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憲法記念日。今こそかみしめよう、憲法97条。「基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」
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2016年05月03日 | 日本国憲法の先進性 Everyone says I love you !
人によって、憲法の条文のここが一番好きという意見は分かれると思います。
うちの高校では政治経済の授業で憲法前文を暗唱させられました。
徹底した平和主義を規定した憲法9条が好きという方は多いと思います。
憲法9条
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
憲法の最高価値とされる個人の尊厳・個人主義と幸福追求権を規定する13条が好きという方もいらっしゃるでしょう。
憲法13条
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
法の下の平等を規定した14条1項、表現の自由を規定した21条、両性の平等を規定した24条など、日本国憲法にはファンになってもおかしくない条文の宝庫です。
憲法14条1項
すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
憲法21条
1 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
憲法24条
1 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。
そんな日本国憲法の中で、私が最高に好きなのは、97条!
憲法97条
この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。
この条文を読むとき、私の頭の中に一番最初に思い浮かぶのは、エジプトの王様に命じられて奴隷とされた人々がピラミッドを作るために、とてつもなく大きな石を運ばされている姿です。
人が人として認められず、物扱いされた奴隷制度の典型的な場面だと思います。
そんな古代の時代から、中世・封建主義の時代まで数千年、人として生まれてもほとんどの人が王侯貴族と平民、奴隷に分けられる身分制社会が続きます。
そして、やっと、近代になって市民革命が起こり、人は生まれながらにしてだれもが貴いという市民社会になります。
「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」
「過去幾多の試錬に堪へ」
とはそういうことですね。
ところが、悪名高い自民党の日本国憲法改正草案では、なんとこの97条が丸ごと削除されています!
それに対する自民党の解説は以下の通りです。
『現行憲法第97条は、削除しました。現行憲法には、「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試練に堪え、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。」と規定されています。
一見立派な文章でありますが、誰が読んでも、この記述は、西欧の市民革命に始まる歴史を意識して書かれたものであることは、明白です。正に、英文原稿を翻訳して制定された憲法の痕跡があります。また、最後の「信託されたものである」の部分は意味不明であり、天賦人権説の色濃い文言です。
また、基本的人権の尊重は、憲法改正草案の前文でもきちんとうたいました。さらに、第3章の国民の権利及び義務の章、特に第11条で基本的人権の保障はきちんと規定しており、それで十分と考えたところです。』
つまり自民党は、西欧の市民革命を意識していたり、人が生まれながらにして人権を持っているという天賦人権説に立つ条文は存在を許さないというのです。
しかし、憲法97条は人が人として扱われなかった奴隷制度のあった時代からの悠久の歴史を踏まえて書かれたものです。
日本だって明治の自由民権運動や大正デモクラシーがありました。
また、天賦人権説を否定するということは、自民党は国家が憲法によって国民に人権を与えたと考えるのですから言語道断。
そして、「現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託」とはまさに永久不可侵の権利として現在および未来の国民に信じて託されたということ。
さらに、基本的人権はちゃんと草案でも保障していると言いますが、自民党草案はその人権についてすべて「公の秩序」「公益」を害さない範囲で人権を保障するとしているのですから、97条が不要というのはまさに自民党ができるだけ人権を矮小化したいという流れの一環と言えます。
そもそも、なぜ、この97条が97番目に持ってこられたか。
実は、97条は憲法の第10章である最高法規の最初に持ってこられていることに意味があります。
つまり、97条に書かれているとおり、この憲法は人類多年の努力の成果である基本的人権を、現在・未来の国民に永久不可侵のものとして信託するものだから、国の最高法規なのであり、だからこれに反する法律以下一切の法規範も国の行為も憲法に反することは許されず、憲法違反だと無効とされるのです。
憲法98条1項
この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
このように憲法の条文の置かれている位置や順番には論理的な意味があるのであり、それを全く知らずに無視していきなり条文を削除してしまう自民党は、そもそも憲法の勉強が全く足りていないことがわかります。
わかってないのに答弁するな!
こんな時代だからこそ、我々は憲法97条を、そして人権規定の総論部分、個人の尊厳の前に規定されている憲法12条をもかみしめないといけません。
12条
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
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「憲法改正」の真実 (集英社新書)
樋口 陽一 (著), 小林 節 (著)
集英社
自民党の改憲草案を貫く「隠された意図」とは何か? 護憲派の泰斗と改憲派の重鎮が、自民党草案を徹底分析。史上最高に分かりやすい「改憲」論議の決定版が誕生!
自民党改憲草案を読む
横田 耕一 (著)
新教出版社
「改憲」に向けて猪突猛進の安倍内閣。現行憲法の三大原則「国民主権主義」「基本的人権尊重主義」「平和主義」のみならず、立憲主義そのものまでも否定し、国家の都合よいように国民を縛ろうと躍起だ。しかし私たちはそもそも現憲法をどれほど血肉化してきただろうか。立憲主義を壊す自民党改憲草案を読むことで、私たち自身の憲法理解・実践を省み、国家から諸国民に憲法を、取り戻す。
赤ペンチェック 自民党憲法改正草案
伊藤 真 (著)
大月書店
トンデモ改憲案の条文を、「法律受験のカリスマ」伊藤真・伊藤塾塾長が赤ペン添削!
なぜ、自民党の改憲案は「憲法の体をなしていない」のか? 近代国家が寄って立つ「立憲主義」のキホンが、改憲案との比較でわかります。
「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」
今がその時です!
記者の目 安倍首相の改憲論=須藤孝(政治部)
http://mainichi.jp/articles/20160503/ddm/005/070/019000c
毎日新聞2016年5月3日 東京朝刊
参院予算委員会で質問に答える安倍晋三首相。この日、改憲への強い意欲を見せた=3月2日、藤井太郎撮影
改正内容を示すべきだ
安倍晋三首相は夏の参院選で憲法改正を争点とする考えをたびたび表明している。しかし、何を変えようとしているかははっきりしない。何を変えるかではなく、憲法を変えること自体を目標にしているようにも見える。民主主義の基盤を不安定にしかねない危険な状況だと思う。
私は憲法を一字一句たりとも変えるべきではない、とは思わない。必要があれば時代の変化に合わせて憲法を変えていくのは当然のことだ。しかし、憲法には手続きを定めた規定と、国民主権や基本的人権といった基本原理を定めた規定の2種類がある。手続きを変えることと、基本原理を変えることは明確に区別して論じられるべきだ。しかし、首相の改憲論はその区別が必ずしも明確ではない。
立憲主義の説明として「憲法は権力者を縛るもの」という説明がよくされる。そもそも誰にも侵すことのできない基本的人権を基礎として築いた社会があり、その基本原理を尊重するよう記したものが憲法の条文だ。憲法の本体は条文ではなく、基本原理にある。「憲法を変える」ということが基本原理の変更を意味するなら、それは現在の日本社会をひっくり返す革命を起こそうという革新の主張だ。
基本原理変更の疑念につながる
戦前には革新は、左右を問わず、国の基本的な枠組みから外れて既存秩序を変えようとする集団を指した。首相の祖父の岸信介氏も革新官僚と呼ばれた。
首相は最近は発言を封印しているが、日本国憲法を含め、連合国軍総司令部(GHQ)のもとで作られた戦後体制に否定的だ。そして「私たちの手で新しい憲法を作る」と言う。こうした言い方は、憲法を変えることで社会を変えようとしているように受け取られても仕方がない。現在の社会を守ることから出発する本来の保守のあり方からはほど遠い。たとえ首相にその意図がなくても、憲法の基本原理を変えようとしているのではないかという疑念を起こさせる。変えようとする内容を具体的に語らないことが、さらにその疑念を強める。
内容を語るべきだ、と指摘されると首相は「自民党は憲法改正草案(2012年)を示している」とする。しかし、草案は基本的人権の行使を制約する原理として「公益及び公の秩序」を挙げるなど、憲法の基本原理に触れる内容を含む。
首相が憲法について語る難しさは理解できる。国会で質問を受けた場合、首相の立場と自民党総裁としての立場があり、うまく使い分けながら答弁するのは難しい。首相自身がどう思っていようと、党が正式に決めた草案を、正面から否定することができない事情もよくわかる。
草案は自民党が野党だった時に作成されたという事情があり、自民党内でもそのまま実現しようとしている議員は多くはない。首相自身も草案がそのまま実現するとは思っていないだろう。また行政の長である首相が改憲の内容を具体的に語れば、国会での議論をかえって阻害するという思いもあるのだろう。首相は「どの条項をどのように改正するかは、国会や国民的な議論と理解の深まりの中で定まってくる」(2月3日、衆院予算委員会)という考えも示している。
思惑ばかり先行、議論は深まらず
しかし、「私の在任中に成し遂げたい」(3月2日、参院予算委)と、強い意欲を示しながら、どういう必要があって憲法を改正しなければならないのか、首相が十分に示しているとは言えない。そのことが、衆参両院で改憲発議に必要な3分の2以上の議席を確保するためにどうするか、といった政治的な思惑ばかりが先行し、内容についての議論が深まらない原因になっているのではないか。
憲法尊重義務が課せられている行政府の長としては、そもそも改憲に言及することには慎重であるべきだ。それでも、選挙に臨む党総裁として有権者に問いたいというのであれば、きちんと議論の材料を提供しなければならない。
憲法改正は、基本原理を変えないことを大前提としたうえで、必要性について十分議論を重ねて整備すべきだ。そのためには、改正すべき内容を個別具体的に掲げて国民に問わなければならない。環境権など、制定時には想定されていなかった新しい権利について議論するのも良いと思う。
憲法を変えること自体に意味を見いだそうとするのは、変えないこと自体に意味を見いだそうとすることと同様に問題だ。何を改正しようとしているのかきちんと示すことで、本質的な原理の部分では憲法を変えないという姿勢を明示すべきだ。
憲法記念日 きょう 頭もたげる「緊急事態」 熊本地震、菅官房長官が前向き発言 識者批判「惨事に便乗」
http://mainichi.jp/articles/20160503/ddm/041/010/078000c
毎日新聞2016年5月3日 東京朝刊
「中にいたら助からなかった」。潰れた2階建てアパートの1階自室を前に、淋和光さんはそう語った=熊本県益城町で、伊藤直孝撮影
東日本大震災をきっかけに自民党が第2次憲法改正草案で新設をうたった緊急事態条項が、4月14日以来の熊本地震で再び存在感を増している。国に強力な権限を与えれば、人の命を救えるのか。【川崎桂吾、伊藤直孝】
14日夜、震度7の揺れに見舞われた熊本県益城(ましき)町。会社員の淋(そそぎ)和光さん(54)が住んでいたアパートは傾き、同居する妻、娘とアパート前の空き地で一夜を明かした。余震の続く翌15日、妻子を親類宅へ行かせ、アパートのそばに止めた車の中で不審者の警戒に当たった。一人で夜を明かすつもりだった。
同じ日、900キロ離れた東京で河野太郎防災担当相は住民の屋外避難を問題視した。松本文明副内閣相が、防災相の「今日中に青空避難所は解消してくれ」との指示を熊本県の蒲島(かばしま)郁夫知事に伝えた。知事は「避難所が足りないのではない。余震が怖くて中にいられないから出たんだ。現場が分かっていない」と不快感を示した。
一方、菅義偉(よしひで)官房長官は午後、大災害などの際に国に強い権限を与える緊急事態条項について記者会見でこう述べた。「今回のような緊急時に国家、そして国民自らがどんな役割を果たすべきかを憲法に位置づけることは、極めて重く、大切な課題だと思う」
翌16日の午前1時25分。益城町のアパート前に車を止め、運転席で居眠りしていた淋さんは「ドーン」という地鳴りを聞いた。地面が波打ち、電柱が折れる。阪神大震災級の本震でアパートは倒壊。夢中でアクセルを踏み、その場を離れた。
住んでいた1階は押し潰された。「中にいたら死んでいた。本当に危なかった」と淋さんは言う。災害時に国が強権を振るう必要性は「現場に近い市町村の方がきちんと判断できる」とのみ込めない表情だった。
「改憲の入り口」
安倍政権を批判する憲法学者の一人、小林節慶応大名誉教授は官房長官発言に接し、5年前の一本の電話を思い出した。2011年3月11日の東日本大震災直後、福島第1原発の緊迫した状況が刻々と伝えられていたころだった。電話の主は開口一番、「やっと憲法改正の入り口が見えましたね」と言った。
相手は、自民党の重鎮だった中山太郎元外相。衆院憲法調査会長を務め、第1次安倍政権で国民投票法制定に尽力した。現在91歳で震災時すでに政界を退いていたが、小林氏に「(震災が起きた)今なら国民や野党から緊急事態条項への理解を得られる」と言った。小林氏も改憲論者として自民党の勉強会で講師を務め、中山氏と懇意にしていた。
電話のあとポーランドの緊急事態条項に関する資料が中山氏から送られてきた。「シンポジウムを開こう」と誘われた。小林氏はその後、自民党批判に転じ、実現しなかった。
「危機への対応は憲法ではなく法律で準備すべきだと分かった。私は権力というものに楽天的すぎた」。小林氏はそう振り返り、災害時に条項が持ち出されることを「ショック・ドクトリン」(惨事に便乗した体制転換)と警戒している。
中山氏は、小林氏への電話を覚えていた。「憲法改正のハードルは極めて高く、東日本大震災や熊本地震のようなことがなければ改憲の必要性は理解されない。大災害や有事の前に改憲が実現することを願っている」と話す。自身も1995年、地元・大阪で阪神大震災を体験したという。
過熱する論争
熊本地震の余震が続く4月26日、ジャーナリストの桜井よしこ氏が東京都内で記者会見した。「熊本県を責めるわけではないが、緊急事態条項があれば国が前面に出て対処することができたであろうと思われます」「安倍政権が改憲に前向きの今こそ、心を合わせて改憲を進めましょう」
その4日後、東日本大震災で支援にあたった弁護士が、都内の日弁連の会合でマイクを握った。「南海トラフや首都直下地震……議論すべきことは山ほどあるのに、突然、憲法の話を持ち出す人がいる。災害を『だし』にしないでほしい」
【社説】 憲法記念日に考える 汝、平和を欲すれば…
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2016050302000121.html
2016年5月3日 東京新聞
「在任中に成し遂げたい」と首相が憲法改正に意欲的です。国防軍創設など九条改憲案を自民党は掲げています。平和主義の未来が心配でなりません。
ラテン語で表題が書かれた文章があります。訳せば「『汝(なんじ)、平和を欲すれば、戦争を準備せよ』と『汝、平和を欲すれば、平和を準備せよ』」です。一九三三年に書かれた論文で、筆者は東大法学部教授の横田喜三郎でした。
「平和を欲すれば、戦争を準備せよ」という標語は昔、オーストリア・ハンガリー帝国の陸軍省の扉に書いてありました。
強大な軍備を用意しておけば、他国は戦争を仕掛けてこないだろうから、平和を得られる。そんな論法です。横田は記します。
<標語に従つて、各国はひたすら戦争の準備を行い、互(たがい)に強大な軍備を用意することに努力した。そこに猛烈な軍備競争が起(おこ)つた。その結果は世界大戦であつた>
第一次世界大戦のことです。一四年にオーストリア・ハンガリー帝国の皇太子が暗殺されたのをきっかけに、戦争が始まり一八年まで続きました。「戦争を準備せよ」とした同帝国は崩壊しました。皮肉です。
この後に「不戦条約」が二八年にパリで結ばれます。戦争を放棄し、紛争は平和的手段により解決しようという約束です。横田はこう記します。
<『汝、平和を欲すれば、平和を準備せよ』 世界戦争後に、不戦条約がパリで記名されようとしたとき、こう金ペンに書いて、フランスのアーヴルの市民はケロツグに贈つた。ケロツグはこの金ペンで不戦条約に記名した>
◆満州事変は自衛権か
「ケロツグ」とは米国の国務長官だったケロッグで、フランス外相とともに条約を提唱しました。
<アーヴル市民の金言が世界の指導原理となつた。平和を準備するために、各国は協力して、軍備を縮少(小)し、戦争を禁止し、紛争の平和的解決に努力した>
横田の論文は東大法学部の学生向けの雑誌に寄せたものでしたが、中には「横田先生万才(歳)! 横田教授頑張れ!!」と書き込みをした人もいました=写真。感激したのでしょう。三一年の満州事変を批判した学者としても横田は有名な存在でした。
一八九六年に現在の愛知県江南市に生まれ、旧制八高から東大に進み、国際法学者となりました。名古屋新聞(中日新聞)の配達をした経験もあった人です。
満州事変とは中国・奉天(現在の瀋陽)で鉄道爆破をきっかけに、関東軍が中国の東北部を占領した出来事です。横田は帝国大学新聞に「はたして軍部のいっさいの行動が自衛権として説明されるであろうか」と書きました。
鉄道破壊が事実であったとしても、それから六時間のうちに北方四百キロ、南方二百キロもの都市を占領したことまで、自衛のためにやむをえない行為であったと言い得るか。鋭い疑問を呈したのです。
さっそく右翼の新聞が「売国奴の帝大教授」として攻撃しました。ある会議で上海に行きましたが、「コウベハキケン」と電報を受け取り、帰りは長崎に寄りました。それから福岡、別府(大分)…。なかなか東京に戻れなかったそうです。
その横田が東大法学部の大教室に再び立つと、満員の学生から割れるような拍手を浴びました。再び三三年の論文に戻ります。
<歴史は繰り返すと言う。人は忘れ易(やす)い。(中略)満州事件を契機として、まず太平洋の舞台に戦争の準備が開始され、軍備の拡張と競争が展開しようとしている>
戦争の歴史は繰り返す−。横田は懸念しています。満州国が生まれたのが三二年。犬養毅首相が暗殺された五・一五事件もありました。ドイツでヒトラーの独裁政治が始まるのは三三年です。この論文はきな臭い空気を吸って書かれていることがわかります。
◆非常時には金言を胸に
横田は非常時の国民に向かって最後を締めくくります。平和を欲するならば、戦争を準備するのか、平和を準備するのか、「いずれを選ぶべきかを三思せよ」と…。三思とは深く考えるという意味です。歴史の教訓に立てば、答えは明らかでしょう。
横田の論文については、樋口陽一東大名誉教授が著書で紹介しています。昨年には東大でのシンポジウムでも取り上げました。改憲が現実味を帯びているからでしょう。今もまた“非常時”です。軍備の拡張と競争になれば…。猜疑(さいぎ)と不安の世界になれば…。ケロッグのペンに書かれた金言を忘れてはなりません。
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