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太平洋戦争で、日本軍“兵士”は、どんな死に方をしたか
http://www.asyura2.com/16/senkyo211/msg/635.html
投稿者 赤かぶ 日時 2016 年 8 月 23 日 16:40:05: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU
 

太平洋戦争で、日本軍“兵士”は、どんな死に方をしたか
http://blog.goo.ne.jp/nrn54484/e/1e3f05e093df0de182f5251b8518c934
2016年08月23日 のんきに介護


岡山博
@giovannni78 さんのツイート。

――前大戦で、勝つための戦闘で死んだ兵士はわずかだ
死因の大半は
・無責任方針による、飢えと傷病
・「見通しない挽回のための時間稼ぎ」名目に勝つつもりない、硫黄島や沖縄をはじめとする玉砕や特攻含む無駄な戦闘
・不都合な人間を死なせるための戦死配属
・上官によるリンチや強制された自殺〔10:09 - 2016年8月16日 〕——


このツイートは、

拙稿「日本会議所属の人間は、本来は、戦争責任を負うべき人間の末裔だ。


だから秘密にしておこうとしている戦争の実態」で取り上げました。


☆ 記事URL:http://blog.goo.ne.jp/nrn54484/e/5219f12551b824a2a1b36a4ed392d1fc

しかし、また、取り上げたくなりました。


戦前を美化する


風潮の深刻さを身近に感じるからです。


ラバさん@boroboro2015さんが言うように

先に戦争では、


――軍官僚や文民官僚の「無能さ」や「功名心」や「出世欲」という国家の存続や国体とまったく異次元の個人の欲得のために無駄死にさせられたのが現実。国の為に散ったというのは単なる妄想でした。〔1:02 - 2016年8月20日 〕——


という事実を素直に受け入れる必要があります。


「庶民が一番の戦争犠牲者。戦争の勝ち負けは関係無い」


と仰るのは、


岩 大海 @sizentaiさんです。

この方のツイートに戦没者の記録が


紹介されています。


それによると、


――ソビエト2200万人、中国1500万人の犠牲者。インド600万人。日本300万人。ドイツ600万人、イタリア50万人、イギリス70万人、フランス60万人、アメリカ40万人〔14:06 - 2016年8月23日 〕——です。


しかし、日本300万人とされる内訳で、


ほとんどが


無駄死だったということ、


頭の中に


刻み付けておく必要があります。


安倍晋三ら戦犯の末裔は、


先祖と同じ放埓な生活を手に入れようとして、


「愛国心」


という大ぼらを吹こうとしているんです。


乗せられちゃいけないです。


 

  拍手はせず、拍手一覧を見る

コメント
 
1. 新共産主義クラブ[2324] kFaLpI5ZjuWLYINOg4mDdQ 2016年8月23日 16:59:51 : pgtjGg2sJc : YLN_CPM8s4E[48]
 
 「太平洋戦争で、日本軍“兵士”は、どんな死に方をしたか」を伝える記録映画があります。

 第二次世界大戦中に、アメリカ政府は、戦意高揚のためと戦時国債の販売促進のために、自国民に向けて多くの戦争プロパガンダ映画を製作していました。
 
 下記も、実際の日本軍との戦闘の状況を伝えている戦争プロパガンダ映画の一つです。
 
 アメリカ政府による、この戦争プロパガンダ映画では、次のようなナレーションが挿入されています:
 
 「これは我等(米軍)が別の場所で発見した物(遺体)だ。彼ら(日本人)は野蛮な戦闘員だった。彼ら(日本人)にとっては命など全く意味のない物だった。」
 
 
 
■ 戦争をお茶の間へお届けします: タラワの海兵隊と一緒に (アメリカ合衆国政府)
 
 誰が、オスカーはハリウッドのためだけのものだ、と言ったのでしょう?
 
 あなたは、アメリカ合衆国政府が製作した数多くの映画がアカデミー賞にノミネートされたり受賞したりしていることをご存知でしたか?
 
 そのような映画の一つが『タラワの海兵隊と一緒に』です。
 
 この映画は、主要な戦闘の体験をアメリカの公衆に伝えて、結果的に短編ドキュメンタリー部門で1945年のアカデミー賞を勝ち取りました。
 
 
 
 This is what we found on the other side. They were savage fighters. Their lives were nothing to them.
 
 これは我等が別の場所で発見した物だ。彼らは野蛮な戦闘員だった。彼らにとっては命など全く意味のない物だった。
 
 
(動画開始後 9分55秒から 10分16秒)
 
http://unwritten-record.blogs.archives.gov/2014/02/28/bringing-battle-to-the-home-front-with-the-marines-at-tarawa/
 


2. 2016年8月23日 18:05:22 : w3M1BHSquE : 5KToaZSVnLw[805]
一説によると 戦死者65%以上の兵士達が 飢えとマラリアなどの風土病による戦病死だったという

完全なる無駄死にであるが、さらに輪を掛けて醜悪だったのは 兵士達への兵站を「現地調達」 とした方針である
「徴発」 と言われるこの行為は 完全なる“現地からの収奪”であり 【侵略戦争である事の証明】
だから、現地住民から恨みを買い 戦争序盤は日本軍に協力的だったはずの人達からそっぽを向かれ
日本軍に有利な情報はまったくもたらされず 現地住民は連合軍に協力し圧倒的な不利に陥る結果となる
もちろん、食料なども 分けて貰える訳など無い事も言うまでもない

中国大陸でも 南方戦地でも 現地から食料その他を奪い取ったという日本軍将兵の証言は 山ほどある
女を犯すのが趣味になった輩までいたという

哀れと言うより他はないのは 赤紙という一銭五厘の紙切れ一枚で召集され 南方戦地で骨と皮だけになって
ついには無残な屍を晒し 骨すら拾ってもらえない兵士達が まだ無数にあると言う事実である

断言しよう 【絶対に彼らは 米国よりも 日本の国家体制を 心底恨んで死んでいったであろう事】 を。


3. 2016年8月23日 18:10:06 : V1Unj36my2 : nLyA4VmYAUY[5]
戦争とは、政府による国民殺しであり、ビジネスなのだ
国民の命を多く捧げれば金儲け
悪魔のゲームだ

4. 2016年8月23日 18:13:56 : w3M1BHSquE : 5KToaZSVnLw[806]
国力を超えた無理な戦線拡大 伝統的とも言える補給と兵站の軽視 何の役にも立たなかった精神論
嘘だらけだった大本営発表 数々の間抜けな戦時スローガン 暗号を解読されてる事に全く危機感をもたぬ
愚かなる戦争指導者 そして何よりも国民の命を“紙よりも軽く扱った”と言う事

あの戦争と その結果は 馬鹿で愚かな日本の指導者の 自業自得が9分9厘である


5. 2016年8月23日 20:49:31 : YP1kc8DpkY : Fp7k2J1nLzc[8]
>>4 何よりも国民の命を“紙よりも軽く扱った”と言う事

滅私奉公を美徳とする風土を利用し、基本的人権などなきに等しかった。
国民は天皇のために死ぬことが本懐であると刷り込まれ、戦って死んだら、名誉なことに祀られ顕彰される靖国神社という装置まで考え出された。

喜んで死んでいく、或いは子供が戦争で死んでも悲しまないという建前の装置。そしてその建前に従うことを強いた。

自国の兵士は一銭五厘(召集ハガキ)で、いくらでも補充がきくと消耗品扱いにし、民間人には最後の一人まで竹ヤリで戦って玉砕という瀬戸際まで突き進んだ。

歴史学者加藤陽子氏の「それでも日本人は『戦争』を選んだ」に、これを如実に表す興味深い数値が示されている。
ドイツ軍の捕虜になった米兵の死亡率が1.2%であったのに対し、日本軍の捕虜になった米兵の死亡率は37.3% であったというのだ。赤川次郎氏は「自国の兵士をも使い捨てにした国は、敵国の兵士をも人間扱いしなかった。」と引用している。

また赤川氏は書評の中で、「残念なことに、第2次世界大戦に関わった国の中で、日本は今も侵略や虐殺の事実を認めようとしない人々が国の中枢に多くいる。」と述べている。全くその通りであると考える次第。


6. 2016年8月23日 21:39:57 : I6EZMvXBRl : n13qCbww1qc[29]

   安倍首相は海外で多額の金をばら撒いているが、なぜ海外に残された兵士たちの遺骨収集に使わないのか。なぜ70年も死者の遺骨を野ざらしのままで放置しているのか。

   100万の遺骨を放置して安倍が常用するせりふ「英霊に尊崇の誠を捧げる」は、薄っぺらで中身のない口先だけの麗句に過ぎない。



7. 2016年8月23日 21:50:49 : 4WwV7ZgL6E : e7EQoTil8sU[2]
6さん然り

8. 2016年8月24日 01:36:31 : IJjjrLkBu1 : Tp0IihGPIW0[904]
  6さんの言うとおり、先の大戦は、日本軍部と政府が末端兵士を犬ころのように打ち捨てたのが特徴であろう。
   部隊内でのしごきは元より、本来は軍事組織というのはあくまでも自国軍兵士の命を守りつつ敵を攻撃し勝利に持って行くのが基本的戦略であるが、日本軍の場合は全くそうした基本戦略に則っていなかったのである。
   今になって見れば、軍参謀や将校クラスの戦争遊びに末端兵士が付き合わされた格好であろう。
   通常、トップが戦局を睨んで分が悪ければ撤退、撤収、勝てそうにも無ければ休戦宣言、愈々ダメなら敗戦宣言と、とにかく可能な限り自国兵士を生きて祖国へ帰してやろうと知恵の限りを尽くすのが、軍事組織の要諦であろう。
   ところが、日本軍参謀は政府に対して「かくなる上は思い切り暴れて見せる位の事はしてしんぜましょう」などと大見得を切り、一種の政府へのパフォーマンスとしての見世物に、彼らにとっての戦争は相成ったのである。
   よって、銃も馬も食糧も尽きても補充されるでも無く、餓えと病に倒れた兵隊を見殺しにしつつ、ただ進軍を命じたのであり、最終的には肉弾攻撃の玉砕で、確かに敵軍を驚かすことくらいは出来たのだが、これはもはや戦争では無く、無意味な戦争ごっこに過ぎなかったのである。
   今でこそ、自爆、などと聞いても誰も驚かないが、当時は、幾ら何でも、宣戦布告の後の開戦から始まる戦争には一応のルールが有ったのであり、例えば民間人には手を出さない、戦局によっては撤収や撤退を試みつつ前線を下げる、などの戦争戦略は、軍参謀の重要な任務であった筈だ。
   ところが、夜討ち朝駆けの突撃で死を前提にしての肉弾攻撃であり玉砕命令であるから、自国の兵隊を1人でも殺傷させたくないからこその戦局読みである筈が、全くそのような気配の無い日本軍の、いわゆる自爆作戦には、米軍も驚愕、辟易したであろう。
   このような、自国の兵隊を犬ころ扱いして自爆させた日本の中枢のDNAは、未だに保守政権とそれと歩を一にする財界、官界の護送船団に引き継がれ、大政翼賛構造を再び形成していると言えるのである。
   彼らは先の大戦の軌跡を全く検証しようともせず、軍参謀を英霊として、御霊を慰労することに精魂込めているのであり、自戒、自省無き集団は、またしても
兵隊を鉄砲玉とし、兵隊の死を以て日本の国力を誇示する倒錯状態に入り、あるいは戦争らしきものを遂行し続け、手段の目的化に陥るだろう。
   日本のエリートが過去に学ぼうとしないのは、彼らが先の大戦時の軍部と政府の振舞いを丸ごと肯定している故であるからこそ、多くの体験者が疑義を示しているのである。
   

9. 2016年8月24日 03:10:33 : w3M1BHSquE : 5KToaZSVnLw[807]
とにかく 馬鹿ウヨ連中の 愚かさと下衆根性は こう言った 「軍国体制の愚かさ無能さ」 と言う事には
絶対と言って良いほど言及しないくせに やれ米国の策略だソ連の陰謀だと 戦争の原因と敗因を
【他国のせい】にする事によって、軍国体制の醜悪さを隠してしまおうと言う 「狡い論理」 でしかない

米国の思惑と言うのも 確かに有っただろう だがしかし、日本による身勝手な侵略行動を【上手く利用】しただけ
あの戦争の原因を作ったのは ほとんど大部分が 中国への侵略という日本側の責任によるものである
そして、ウヨを除く大部分の日本人が あの戦争を【絶対に繰り返してはならぬ愚かな行為】とする理由は
まず何と言っても 戦中戦後の飢餓と食糧難という 壮絶な苦しみなのだし
米国よりも 日本の軍国体制が いかに愚かで醜悪だったかと言う理由が ほとんど大半であるという事
(むしろ米国は 飢えた日本国民に 救いの手を差し伸べたではないか)

日本の軍国体制の醜悪さは 指導者層の馬鹿さ愚かさから来ているものが殆どで 自業自得というもの

「マッカーサーが 日本の戦争は自衛だった」 と発言したなどとは ウヨ連中の作ったでっちあげ
「中国大陸での日本軍の行動を部分的に説明するために使った言葉」 を、都合の良いように解釈しており
馬鹿ウヨ連中は 大本営発表と同じく 嘘ばっかり言うのが 大得意なのである。


10. 2016年8月24日 05:15:37 : 60zrsP9i5I : gDIlEHw40xw[27]
殺す事が目的だった。被害を最小限にする努力が一切見られず、逆に最大化するような愚策が強行された理由はそれしかない。バカだったからではない。故意なら殺人、過失なら過失致死。証言を拒否すれば法廷侮辱罪、ウソをつけば偽証罪、しかし記憶になければお咎め無し。酒飲んで人を引けば危険運転致死傷、逃走して醒めた後に怖かったので逃げた、と言って出頭すればただのひき逃げ。もちろんひき逃げの方が罪が軽い。これと同じだ。

どうしても説明がつかない異常な国策も、国民を一人でも多くを殺すことが目的だったとすれば全て説明がつく。為政者がバカだったから、という説明でなぜ納得できるのだ。産めや増やせで短期間に4倍に急膨張し若年層が異常に肥大化した国民構成だったが、若年労働力の必要が無くなればそれは社会の不安定化、崩壊につながる。

だからまず移民で余計な連中を外へ放り出し、それでも足りずに戦争で殺し滞貨、余剰人口を一掃し破壊し尽くすことで需要を作り出したのだ。戦争や軍隊は若年層を吸収し殺すには都合の良い装置として機能することは誰でもわかるだろう。こうして、例えば関東軍など典型的だが幹部は全て日本に逃げ、下っ端と現地召集者をソ連兵の前に置いて殺されるか自決玉砕することを期待した。ところが捕虜になる者多数。

これについて昭和天皇は言った。
「捕虜を返されても養えないから、ソ連に預かってもらった方がいいだろう」

真実は、戦争をしていたんじゃない。
国民を殺処分していたのだ。
戦争になったから国民を養えなくなったのではない。その逆だ。


11. 2016年8月24日 08:44:12 : gFW7dka71U : YrM0Tpn31nI[14]

>>無責任方針による、飢えと傷病

各地の戦場で兵士が飢えと傷病に耐え戦っている時、東京の大本営は深夜、東京湾に「備蓄米」を潜水艦使って捨てていた。

理由は「備蓄米」が余り過ぎると「予算」が盗れないから!!。

現在、貧困家庭・非正規労働者・年金や社会福祉減額などの重大問題を放ったらかしにして「外国に税金バラ撒く」キチガイ総理と何処か似てない?


12. 2016年8月24日 09:53:15 : 5IuSlC3a1Y : jg0J0YlU_Z0[59]
弾薬も食料も補給なくて、つきてしまって、ひもじいから、刀を抜いて、米兵の機関銃の弾に突進て、集団自殺。それを玉砕と称える新聞。

13. 2016年8月24日 11:45:01 : Lo5SRBRv4w : Zoh_OL3BZ38[1]
戦争中の話を聞いた中に 中国戦線だったか

灼熱の暑さ 疲労困憊 モウロウとしての撤退中

敵の襲撃に

弾に当って死にたいと思ったそうだ

なぜ?

これでラクになれる。


14. 2016年8月24日 12:48:58 : w3M1BHSquE : 5KToaZSVnLw[808]
13さん 吉田満著 「戦艦大和の最後」 にも 大和沈没直後の重油の海で漂流した著者は
「弾に当たって死にたい」 と願ったそうです しかし米軍の機銃掃射は 吉田氏には当たらず
それが返って 「腹が立った」 という、米軍機に機銃掃射されたから腹が立ったのではなく
それが自分になかなか当たらなくて腹が立ったと回顧しております

大和沈没直後には 1000人近くは漂流していたとの事 しかし生還したのは300人にも満たない訳で
どれほど辛く苦しい漂流だったのかがが判ります。


15. 2016年8月24日 22:18:14 : rT2fGapJU6 : jIMekde4rQE[32]
私は戦記物を読みますが最前線の兵隊さんは本当に大変な目に遭っています。誰が戦争を始めたのか?歴史学者はよく知っているけど一般国民はどのようにしてだれが戦争を始めたのか知らないでしょう。日本人は馬鹿だったのでしょうか?誰も戦争が始まるのを止められなかった。止めようとしなかった。日本人は馬鹿か。
戦争を始めたのは軍人です。関東軍参謀「辻正信」は戦後戦犯として逃げ回り戦争犯罪人として処刑されず、国会議員もになりました。不思議ですね。しかし最後に行方不明になりました。アジアのどこかの国で処刑されたという噂もあります。アメリカが彼を利用していたという情報もある。日本がまた戦争を始めようとしてもやはり国民は止めることができないでしょう。アメリカは自衛隊を利用するでしょう。日本は「日米安保条約」を破棄できないのですから。日本人はやはり馬鹿か?大変な目に遭ったのは兵隊さんだけでなく一般国民もでした。

16. 2016年8月25日 00:20:34 : 2YXPknAsD2 : xKGlyoRJ3jA[10]
>>10さん

>国民を殺処分していた

九死に一生を得て戦火をくぐりぬけ生き延びた軍人・兵士も
そのことに気づいていた人は少なくなかったと
考えられます。
戦後、互いに連絡を取ることを禁じられていた時期があったように
聞いています。


17. 2016年8月25日 07:39:33 : 2YXPknAsD2 : xKGlyoRJ3jA[11]
>>15さんのおっしゃっている、国を戦争に導いた軍人(軍部トップ=上層部)とは
誰であったのか、
それを国民は知りたいわけです。

軍部という曖昧なことばで、
権力犯罪そのものであった彼らの戦争責任は、あらゆる裁きを
逃れてしまったわけですから。

参謀総長(陸軍)と軍令部総長(海軍)、そして
統帥部です。それぞれ一人しかいません。


18. 2016年8月25日 07:58:00 : 2YXPknAsD2 : xKGlyoRJ3jA[12]
>誰も戦争が始まるのを止められなかった。止めようとしなかった

反戦は、権力者の手先・仲間である特高が
睨みをきかせる時代であり、抵抗や社会主義・共産主義者は
拘束・逮捕、拷問と死につながったいた時代です。

古いですが、
「戦争と人間」などの映画も描かれています。

徴兵を拒否し、共産主義を大学で勉強していたというだけで、
敗戦まで監獄につながれていた例を身近に知っています。

共産・社会主義は当時、大学もですが軍・社会に当然のごとく
知れわたり、多くの同調者を得ていたことは事実です。



19. 2016年8月25日 08:08:35 : 2YXPknAsD2 : xKGlyoRJ3jA[13]
15さん

>「日米安保条約」を破棄できない

答えは

憲法さえ越える(憲法さえ無視した、天の法さえ踏みにじる)、権力者の手駒 = 超法規的な「日米合同委員会」の犯罪的存在にあるのではないでしょうか。


20. 2016年8月25日 12:14:31 : w3M1BHSquE : 5KToaZSVnLw[811]
私は 15さんではありませんが 17さんの疑問に いちおう私なりの意見を

軍人達のトップに位置した人物が いったい誰なのか、正直それは一概には言い難く
海軍大臣 陸軍大臣 軍令部総長 参謀総長 これが陸海軍の実質トップなのでありますが
(この4人に 首相と外相を加えた6人が“最高戦争指導者会議”呼ばれております)
実際それは その時期によって目まぐるしく変わっており、本当の意味で日本を戦争に導いた真犯人が誰なのか
特定するのは困難を極めるのです

実際 開戦時の、首相と陸相を兼ねてたのが東條英機 海軍大臣は島田繁太郎 軍令部総長は永野修身と
私は記憶しておりますが 開戦を決定した時期の陸海軍トップだけに責任が集められるのも正直疑問で
一番責任重いのは 満州事変勃発の時期(昭和6年) なのか、日支事変勃発の時期(昭和12年)なのか
あるいは 三国軍事同盟締結の時期(昭和15年)なのか、石油禁輸を招いた南部仏印進駐の時期なのか
歴史家の見解も諸説様々で “誰が一番悪いのか”個人を特定するのは難しいのです

軍令部総長の永野修身が一番悪いという人もいれば、早期講和などと言い出した山本五十六が悪いとか
謀略による満州事変を画策した 石原莞爾が 最も悪いと言う人もいれば
陰で海軍の人事を牛耳っていた 伏見宮博恭王が 最も悪いと言う人もおり
他人によって見方は様々なのが実際の所で

私が思うには 「船頭多くして船山に登る」 の諺が 一番言い得ているのではないかと思います

【ドイツの場合なんかは なんでもかんでも ヒトラー一人に押し付ければ良かったのだから
諸外国への謝罪も賠償も 日本に比べれば速やかに行われたという事だと思います。】


21. 2016年8月25日 13:25:14 : rT2fGapJU6 : jIMekde4rQE[33]
悲惨な結果に終わった日本の戦争は一体だれが始めたのか?張本人を特定するのは困難という意見もありますが、私の調べた限りでは昭和2年に田中義一元首相、外務、陸海軍、満鉄の首脳部が集まった「東方会議」が開かれ中国東北部を武力によって日本の支配下に置くことが確認、決定されました。そした日中戦争、日米戦争と拡大したのです。これがアジアにおける日本の侵略戦争の始まりです。

条約は憲法を超える超法規的存在ということですが、条約自体に期限がありまた条約を無効にする手続きが含まれています。共産党はその手続きは非常に簡単だといっています。それならすぐ安保条約をすぐ破棄できるはずです。「日米合同委員会」は無視すればよい。腰抜け侍にはできないかも。綱領には安保破棄が掲げてある共産党はつねに破棄の政治活動をすべきなのに共産党員は全然しない。可笑しいね。国民も破棄には関心がない。日本人はみんな馬鹿か?


22. 2016年8月26日 17:48:58 : w3M1BHSquE : 5KToaZSVnLw[815]
アジア侵略の源流を探そうとすれば、幕末の思想家 吉田松陰にたどり着く
_____________________________________

対外思想[編集]

『幽囚録』で「今急武備を修め、艦略具はり礟略足らば、則ち宜しく蝦夷を開拓して諸侯を封建し、間に乗じて加摸察加(カムチャッカ)・隩都加(オホーツク)を奪ひ、琉球に諭し、朝覲会同すること内諸侯と比しからめ朝鮮を責めて質を納れ貢を奉じ、古の盛時の如くにし、北は満州の地を割き、南は台湾、呂宋(ルソン)諸島を収め、進取の勢を漸示すべし」と記し、北海道の開拓、琉球(現在の沖縄。当時は半独立国であった)の日本領化、李氏朝鮮の日本への属国化、満洲・台湾・フィリピンの領有を主張した。松下村塾出身者の何人かが明治維新後に政府の中心で活躍した為、松陰の思想は日本のアジア進出の対外政策に大きな影響を与えることとなった。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E7%94%B0%E6%9D%BE%E9%99%B0
_____________________________________

この吉田松陰に影響を受けた 長州藩士が 後の明治政府にもっとも蔓延る“長州派閥”となる訳で
軍国主義の始祖とも言えるのがこの吉田松陰 要するに 明治政府そのものが 大陸への進出と領土の拡大を
大前提としているのであるから いつか必ず破たんするのは運命だったとも言えます

【そもそも、欧米列強からの侵略に対抗するべく 逆に自分達から外国を侵略すべしと作られた国家体制である】


23. 2016年8月27日 08:32:32 : rT2fGapJU6 : jIMekde4rQE[27]
22様
対外侵略思想はそんなに古くからあったのですか。吉田松陰がそんなことを考えているとは知りませんでした。鎖国に反対しているだけだと思っていました。だから戦争はなくならないのですね。もっとさかのぼれば秀吉の朝鮮征伐もありました。逆に日本は蒙古来襲もありました。気を付けないといけないですね。日本がこれから北朝鮮,中韓の侵略を受ける可能性はあるでしょうか?でも今は日本は米国による占領と同じ様な状態にあるのでそういう心配はないと思います。ただ尖閣諸島や韓国が領土宣言をし実効支配している沖ノ島の問題があります。

24. 2016年8月27日 08:38:43 : rT2fGapJU6 : jIMekde4rQE[28]
訂正 沖ノ島は竹島に訂正します。

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