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憲法改正の流儀[アメリカ編] 今だから知りたい 憲法の現場から 改正は難しい半面、憲法秩序の変動は判例で行う柔軟性
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投稿者 軽毛 日時 2016 年 11 月 22 日 07:06:09: pa/Xvdnb8K3Zc jHmW0Q
 


憲法改正の流儀[アメリカ編]

今だから知りたい 憲法の現場から

改正は難しい半面、憲法秩序の変動は判例で行う柔軟性
2016年11月22日(火)
神田 憲行、法律監修:梅田総合法律事務所・加藤清和弁護士(大阪弁護士会所属)
 憲法改正の振る舞いを他国のやり方に学ぶ「憲法改正の流儀」、ドイツ編、フランス編に続いて今回はアメリカを取り上げる。アメリカは憲法改正のハードルが高く、憲法秩序の変動は判例によって行われている。憲法の条文が抽象的かつ少ないので、明文で禁止されていること以外は裁判所の法解釈によってどんどん補充していくのだ。日本国憲法も強い影響を受けた合衆国憲法はいかなる改正を経てきたのか。一橋大学大学院法学研究科教授の阪口正二郎氏に聞いた。
「老舗の温泉旅館」のような合衆国憲法


阪口正二郎(さかぐち・しょうじろう)氏。一橋大学大学院法学研究科教授。専攻は憲法、主な研究テーマは立憲主義、表現の自由など。主な著書に「立憲主義と民主主義」(日本評論社)などがある。
 合衆国憲法は1788年に成立した世界最古の成文憲法と呼ばれる(ただし異説あり。後掲阿川氏著作)。230年近い歴史のなかで、憲法改正を求める提案は1万2000件を超えるといわれており、そのうち発議に至ったのが33カ条、改正にまで至ったのが27カ条である。

 条文数はわずか34だが、予備知識を持たずに読んでいくと混乱する。第1条第1節に「立法権、二院制」を定めてあるのだが、それからしばらくいくと、今度は修正第1条なるものが現れて、政教分離や表現の自由など人権を規定した条項が現れる。第1条の連邦議会の権限や構成を定めた条文を修正したのが、なぜ人権の話になっているのか?? 第1条と修正第1条の関係がわからない。

 私の素朴な疑問に阪口教授が笑った。

「わかりにくいでしょう。合衆国憲法は世界的にも珍しい形式を取っていて、成立時のオリジナルの条文が第1条から第7条までで、そのあと改正で条文を加えるごとに『修正第○○条』と書き加えるんです。オリジナルが7条、改正したのが27条、それで合計34条となるんです」

 つまり「修正第1条」とは「1条を修正」した条文ではなく、「1回目の改正で加えた条文」のような意味なのである。

 さらにわかりにくいのが、「修正の修正」があったりすることだ。たとえば1919年に成立した修正第18条は「酒精飲料の製造等の禁止」を定めている。禁酒法時代の憲法の条文だ。それが1933年に成立した修正第21条第1節に《合衆国憲法修正第18条は、これを廃止する》と書いてある。

「普通だったら廃止したり書き換えたら、条文を削ったり文言を上書きするでしょう? 合衆国憲法はそのまま残すんです」

――なんでそんなややこしいことをするんでしょうか。

「わかりません(笑)」

 合衆国憲法は老舗の温泉旅館のようである。本館(旧館)のあと新館やら別館を建て増しして渡り廊下でつないである。渡り廊下を進んでいっても、使われていない部屋がある。

「死者の手」による支配を認めるか、権威と法的安定性を重視するか

 合衆国憲法の改正には、まず両議院の3分の2以上の発議、もしくは全州議会の3分の2以上の要請で招集された憲法会議によって発議され、そののち、全州議会の4分の3以上の同意、または4分の3以上の州における憲法会議の同意が必要になっている。国民投票は必要ないが、改正の難度でいえば相当高い。

「ここは合衆国憲法を作るときに、いわゆる『建国の父(ファウンディング・ファーザーズ)』の間で大きな議論になったところです。独立宣言の起草者で後の第三代大統領であるトマス・ジェファーソンは、改正規定を緩く作るべきだと主張しました。改正を難しくしてしまうと、憲法制定時の意思に未来まで束縛されることになる。それは『死者の手』による支配を認めることだというジェファーソンの言葉は有名です。一方のジェイムズ・マディソンは憲法の権威と法的安定性から、改正を難しくすることを主張しました。結局、マディソンの意見が通り、このような規定になったのです」

 改正の難度が高いわりには、最初の大規模な憲法改正は憲法制定から3年後に行われている。これも憲法制定時の事情が背景にある。

 もともとアメリカは「州憲法」があったり「州兵」がいることからもわかるとおり、州の自治意識が強い。それらを束ねるために、中央集権的な法として「憲法」の制定が考えられた。だから合衆国憲法のオリジナルである第1条から第7条までは、連邦政府と州政府の権限分配、連邦政府の統治機構しか書いていない。これがフェデラリスト(連邦主義者)と言われた人々の考え方だった。

 だがアンチ・フェデラリストたちはそのような中央政府のあり方に疑念を持ち、自分たちの人権を保障する規定も憲法に書くように求めた。フェデラリストたちはこの主張を受け入れ、合衆国憲法制定にアンチ・フェデラリストたちが同意することと引き替えに、3年後に修正第1条から修正第10条までの人権規定を付け加えたのである。これを「権利章典」と呼ぶ。

 ちなみにアメリカで銃乱射事件が起きるたびに銃規制が論議されるが、そこで反対派が主張する「銃の保有はアメリカ市民の人権」というのは、このときに追加修正された修正第2条にこうあるからだ。

《よく規律された民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有し携帯する権利は、これを侵してはならない》

 銃の保有は建国当時からアメリカ市民の人権なのである。規制の難しさがわかるだろう。

 そのあとの重要な改正は修正第13条「奴隷制度の廃止」(1865年)、修正第14条「合衆国市民の権利」(1868年)、修正第15条「選挙権における人種差別の禁止」(1870年)の3カ条である。南北戦争を経て奴隷制度が廃止になり、それを受けての改正だ。合衆国を再建することから「再建条項」とも呼ばれる。

 興味深いのは女性の権利の取り扱いである。修正第15条で選挙権の人種差別の禁止を規定しているが、ここに女性は含まれていない。女性に選挙権が保障されるのは修正第19条「選挙権における性差別の禁止」(1920年)まで待たねばならない。また日本国憲法第14条のように、性差別の明文禁止規定もない。

「1920年に女性に選挙権を保障したのは、第一次世界大戦があったからです。男が戦地に行くので、内地に残る女は銃後の守りをちゃんとやってくれよ、という感じでできました」

「性差別禁止規定を作ろうという機運は1960年代に盛り上がったんですが、改正に必要な数の州議会の同意が得られず改正にいたりませんでした。現在は合衆国連邦最高裁が修正第14条の解釈で運用しています。日本国憲法の第14条はGHQで働いていたベアテ・シロタという女性の発案なんですが、性差別禁止規定はアメリカにもない新しい人権規定だったとわかります」

違憲立法審査権の明文規定がない合衆国憲法

 合衆国憲法は34カ条しかなく、廃止された規定もある。改正も難しい。それでどうやって200年以上もあの強大な国家を運営してきたのか。憲法によって作られる法秩序のことを「憲法秩序」という。そしてその憲法秩序が変わることを「憲法秩序の変動」と呼ぶ。憲法秩序の変動は憲法改正によってのみ行われるのではない。

「アメリカの憲法秩序の変動は判例によって行われています。憲法の条文が抽象的かつ少ないので、明文で禁止されていること以外は裁判所の法解釈によってどんどん補充していく」

 その端的な、大きな例のひとつが連邦最高裁による「違憲立法審査権の宣言」だろう。違憲立法審査権とは、法律が憲法に適合しているかどうかを裁判所が判断し、憲法に違反(違憲)としたときはその法律を無効にできる強力な裁判所の権限である。

 現代立憲主義の3要素のひとつとして考えられ(他は「人権規定」「三権分立」)、立憲主義を標榜する国家には欠くべからざる規定で、日本国憲法はもちろん、フランスにもドイツにも明文規定がある。その「発明者」が連邦最高裁なのだが、実は合衆国憲法には違憲立法審査権の明文規定がない。19世紀初頭の裁判の判決文で「我々には違憲立法審査権がある」と宣言して、始まったのだ。

 違憲立法審査権は、法的には微妙な問題を含んでいる。国民から選ばれた国会議員の多数が賛成して成立した法律を、国民から選ばれていない裁判官が多数決で(連邦最高裁は9人なので、5人の賛成があれば)、葬り去ることができるのだから。日本は日本国憲法第81条の明文規定があるので疑念を呈されることはないが、

「アメリカでは違憲立法審査権の明文規定がないから、正統性がないという人もいます。ですが判例としてすでに確立していて、明文化する必要も無いくらい当たり前になっていると思います」

連邦最高裁が立て続けに違憲無効としたニューディール関連法

 裁判所が違憲審査にあたって、憲法の価値や理念の維持のためには政治部門の判断に介入することを躊躇しない態度を「司法積極主義」と呼ぶ。逆に政策決定者たる政治部門の判断をできる限り尊重し、それに介入することはなるべく控えようとする態度を「司法消極主義」と呼ぶ。司法積極主義は政府との間に極度な緊張関係を生む。その例が1930年代後半、ルーズベルト大統領の時代にあった。

 ルーズベルトはニューディール(まき直し)政策のもと、数々の経済関係の立法を行った。それを連邦最高裁は立て続けに違憲無効としていった。連邦最高裁の態度に苦慮した大統領は、ある策を建てる。それがアメリカ憲法史上の有名な「コート・パッキング・プラン(court-packing plan、裁判所詰め込み案)」である。


ルーズベルト大統領は「司法積極主義」に悩まされた。(写真:Everett Collection/アフロ)
 連邦最高裁は9人の判事からなり、大統領から指名されて上院の同意をもって任じられる。任期は無く、死ぬか自分から辞めるまで続く(日本の最高裁は70歳定年制)。つまりいったん最高裁が「ひとつの色」に染まってしまうと、なかなか変えられないのである。

 そこでルーズベルト大統領は、「70歳を超えて引退しない裁判官については、総数で15名になるまで、大統領は新たな裁判官を任命できる」という法律の制定を考えた。いまいる連邦最高裁判事の意見を変えることはできない。とすれば、連邦最高裁に自分と政治的意見の近い人物を判事として送り込み(詰め込み)、物理的に多数派を形成してしまおうと考えたのである。

 しかしこの案はルーズベルトの支持者たちからも反対を受けて頓挫する。また連邦最高裁もこの後、今度は司法消極主義に転じて、ルーズベルトの法案に合憲判決を出していくようになる。

「ルーズベルトの支持者たちが『コート・パッキング・プラン』に反対したのは、まず司法の独立を脅かしてしまうこと。さらに当時はすでに海の向こうにヒトラーが誕生していたんです。このままではルーズベルトがヒトラーになってしまうという懸念もありました」

議会への不信感が強い米、司法への不信感が強い仏


アメリカの代表的な憲法の教科書。ちなみにアメリカには日本の「六法全書」のような法律をまとめた本はない
 興味深いのは、このときのルーズベルト法案は最低賃金法や長時間労働規制法など、現在の社会福祉国家観では是認される法律だったことだ。これを連邦最高裁は契約自由の原則(雇用主と被雇用者がどのような労働契約を結ぼうが自由)から違憲としたのである。司法積極主義は必ずしもリベラリズムを表すわけではない。

「連邦最高裁の判決が全て国民全員に支持されてきたわけでもありません。たとえば1980年代後半、国旗を冒涜することを規制する法律がテキサス州にありました。共和党の党大会でレーガン大統領に抗議する人が国旗を燃やしてその罪に問われたとき、連邦最高裁は『国旗を燃やすことも表現の自由だ』と、その法律を違憲にしたんです。合衆国国民と政治家が怒って連邦法で同様の法律を作ったら、またそれも違憲無効にしました。私の印象では、世論全てを敵に回すような判決は出しませんが、世論が半々に割れているようなときは、そこに真っ向から斬り込んでいくような判決を出すのが連邦最高裁です」

 なぜ連邦最高裁がこれほど強気でいられるのかというと、アメリカは伝統的に議会への不信感があるからである。イギリス植民地時代、アメリカ入植者が参加していないイギリス議会で、入植者に対する課税法が次々と成立して、入植者たちは苦しめられた。議会は人民を苦しめる法律を作るときがある、というのがアメリカの伝統的な議会観であり、そのストッパー役として、司法に期待がある。

 この逆がフランスで、フランスは違憲立法審査権は通常の司法裁判所とは別の憲法裁判所に与えている。これはかつて裁判官職が金で売り買いされ、貴族の特権を保護してきたことから司法に対する国民の不信があるからである。

 また日本の最高裁判事では考えられないが、連邦最高裁判事は国民的人気もあると、阪口教授は指摘する。

「たとえば大きな書店に入ると、必ず連邦最高裁判事の伝記を集めたコーナーがあったりするんです。今の連邦最高裁判事は小粒ですが、歴史的には個性的で滋味豊かな人物が大勢いました」

 連邦最高裁判事は法廷でお互いを「ブラザー」と呼び合う特殊な共同体で、ユニークな存在である。

 たとえばリベラル派判事として連邦最高裁判事を最長の36年間も務めたウィリアム・O・ダグラスは旅行が趣味で、およそ20冊もの旅行記を残している。

「バイロン・ホワイトは裁判官になる前はプロのアメリカン・フットボール選手でした。選手でロースクールの学費を貯めて、それから法律家になってキャリアを積んだのです」

 女性初の連邦最高裁判事となったサンドラ・オコナーは映画のモデルにもなった。

 アール・ウォーレンもリベラル派判事の代表格で、彼が長官となって連邦最高裁を率いた時代を「ウォーレン・コート」と呼ぶ。公立学校での人種差別的政策に違憲判決を下した「ブラウン判決」は、アメリカ裁判史上名判決のひとつと評価される。だが元々ウォーレンは保守派の共和党員で、カリフォルニア州知事も務めていた。

「アイゼンハワー大統領が二期目を目指すとき、同じ党内のウォーレンが最大のライバルだと言われていました。それでアイゼンハワーは彼を連邦最高裁長官に任命したんです。そうすることで大統領選のライバルを消し、かつ連邦最高裁に保守派の人物を送り込める一石二鳥のアイデアのつもりだった。とろこがウォーレンは連邦最高裁に入った途端、リベラルになっちゃった(笑)。アイゼンハワーが大統領を退くときの記者会見で、大統領時代の後悔した判断を聞かれて、『ウォーレンを最高裁長官に指名したこと』と答えています」

「最初に改正ありきの議論はおかしい」

 前述したように連邦最高裁判事は終身制で、いったん任命されると死ぬか自ら退くまでその職に止まる。日本のように国民が最高裁判事を免職することができる国民審査の機会もない。

 だが連邦最高裁判事が独善に陥らないような制度が担保されている。そのひとつが「アミカス・キュリエ(amicus curiae、ラテン語で「法廷の友」)」である。

 アメリカでは裁判の原告・被告という当事者以外に、所定の条件を満たせば第三者がその裁判に自らの意見書(アミカス・ブリーフ)を送ることができる。たとえば1989年の中絶に関する裁判では400にのぼる個人・団体が合計78の書面を提出した。この制度はただあるだけでなく、実際にアミカス・ブリーフが判決に影響を与えていることが実証されているという。日本ではこのような制度はない。

 憲法の条文の数が少なく改正も難しいアメリカは、裁判所の解釈によって、「憲法秩序の変動」つまり実質的な憲法改正を行ってきた。それを支えるのは国民の司法権への信頼の伝統と「アミカス・キュリエ」のような制度である。日本の司法権はアメリカと似た権限を持ちながらそのような伝統と制度を欠き、日本の最高裁は「司法消極主義」の立場を維持している。

 では日本の憲法秩序の変動はなにによって行われているのかというと、国会の立法である。国会法、内閣法、公職選挙法など憲法の規定を充足する憲法付属法をいじることで、憲法秩序を変えてきた。たとえば有権者の年齢を18歳に引き下げるなどが最近の例だ。

 阪口教授は、「憲法改正を論じる前に、まずその改正で達しようとする目的が本当に憲法を変えないとできないのか、法律でできるのか考えることが必要です。最初に改正ありきの議論はおかしい」と指摘する。

 たとえば同性婚について、安倍首相は「憲法が予定していない」と発言している。これは日本国憲法第24条の「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立」という文言の「両性」を念頭に置いていると思われる。安倍首相の考え方でいくと同性婚は憲法改正が必要になる。

「ですが第24条の趣旨は、結婚が当事者の意思に基づかないとダメであるということで、同性婚を排除しているとまでは考えられません。法律で同性婚を認めても違憲とはいえないでしょう」

 天皇の生前退位についても、内閣の法律顧問である内閣法制局は恒常的な退位制度を作るには憲法改正が必要と考えている。

「これは憲法第1条後段の天皇は『日本国民の総意に基づく』という文言から、国民が退位を認めればいいが天皇自らの意思での退位は無理だと解釈しているのでしょう。しかし天皇も生身の人であり、表現の自由や婚姻の自由など多くの人権が制限された立場です。それを理論的に正当化するのは相当難しい。だったらせめて天皇を辞める権利ぐらいは認めるべきではないでしょうか。皇位の継承については憲法第2条が皇室典範に委ねているのですから、生前退位も皇室典範の改正で足りると考えられます」

 私自身は、たとえば参議院選挙のあり方について一票の価値を貫くのか、地域代表の性質を認めるのかは、憲法改正を含めた論議が必要だと思う。だが同性婚のように今現在進行中の人権侵害については、憲法改正によらない速やかな立法的解決をすべきではないかと考える。

 「とにかく憲法改正すべし」のごとき、なにに由来しているのかわからないある種の強迫観念から改正論議を解き放ち、なにを憲法典のテキストに書き込むのか、書かないのか、自由な議論がしたい。

【主な参考文献】
阪口正二郎「憲法に対する愛着と懐疑」(民主主義法学と研究者の使命−広渡清吾先生古稀記念論文集」所収、日本評論社、2015年)
岡山裕「憲法修正なき憲法の変化の政治的意義」(駒村啓吾・待鳥聡史編「『憲法改正』の比較政治学」所収、弘文堂、2016年)
川岸令和「立憲主義のディレンマ−アメリカ合衆国の場合」(同上)
鵜飼信成著・日弁連法務研究財団編「憲法と裁判官 自由の証人たち」(日本評論社、2016年)
見平典「憲法学と司法政治学の対話」( 宍戸常寿・曽我部真裕・山本龍彦編「憲法学のゆくえ」所収、日本評論社、2016年)
宍戸常寿「憲法運用と『この国のかたち』」(長谷部恭男編「『この国のかたち』を考える」所収、岩波書店、2014年)
阿川尚之「憲法改正とは何か アメリカ改憲史から考える」(新潮選書、2016年)
曽我部真裕・見平典編著「古典で読む憲法」(有斐閣、2016年)
高橋和之編「新版 世界憲法集」(岩波文庫)

このコラムについて

今だから知りたい 憲法の現場から
日本国憲法が揺らいでいる。憲法解釈を大きく変更した安保法が国会で成立し、自民党はさらに改憲を目指す。その根底にあるのが「押しつけ憲法論」だ。だが日本国憲法がこれまで70年間、この国の屋台骨として国民生活を営々と守り続けてきたのも事実だ。本コラムでは、憲法史上に特筆すべき出来事が起きた現場を訪ね、日本国憲法が果たしてきた役割、その価値を改めて考えていく。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/120100058/111400009/  

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コメント
 
1. 戦争とはこういう物[1605] kO2RiILGgs2CsYKkgqKCpJWo 2016年11月22日 10:05:56 : 9PG0M0b68Q : jKnbezZWN40[247]
 「性差別禁止」「違憲立法審査」が米国内にもないというなら、「押しつけ憲法」論では否定すべき事となる。
 「押し付けであろうとできた物は良い。特に平和主義は。」と鶴川の田舎で畑を耕していたインテリのいう事と、どちらが現実的か。

2. 2016年11月22日 10:59:18 : mCfl5gSfX2 : rrOs7qZH8nU[55]
平和主義の理想はよいでしょう。結構なことだ。

しかし、現実と乖離した条文、戦力不保持といいながら、すでに自衛隊(実質

軍隊をもっている)。 軍隊もたない憲法で、日米安保で米軍駐留、原子力空母

原子力潜水艦が来ている。 矛盾だらけの状態はおかしい。

日本防衛軍は持つ か、平和主義の理想のため自衛隊は廃止丸腰でたんなる口先

外交でまもるか、国民の考えを聞いてみろ。小学生でもわかること。


3. 2016年11月22日 13:02:56 : HjCHbiL9yc : r66eSYUSdgw[159]
この投稿は大変よかった。部分的には知っていてもここまでくわしくは知らなかったので。

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