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ベートーヴェン 『交響曲第4番』
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/849.html
投稿者 中川隆 日時 2020 年 1 月 28 日 15:46:26: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: ベートーヴェン 『交響曲第3番』 投稿者 中川隆 日時 2020 年 1 月 25 日 11:29:53)

ベートーヴェン 『交響曲第4番』



ムラヴィンスキーの『交響曲第4番』


Beethoven "Symphony No 4" Yevgeny Mravinsky 1973




1973年4月29日録音
エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮
レニングラード・フィルハーモニー


▲△▽▼


Beethoven "Symphony No 4" Yevgeny Mravinsky 1955


Leningrad Philharmonic Orchestra
Yevgeny Mravinsky, Conductor
Prague, Smetana Hall, 03.VI.1955
Prague Spring Festival 1955


▲△▽▼
▲△▽▼


ベートーヴェン 『交響曲第4番』


スケッチ帳の紛失のため正確な作曲時期は不明だが、1806年夏ごろから本格的な作曲が始められている。この年はラズモフスキー四重奏曲集、ピアノ協奏曲第4番、ヴァイオリン協奏曲、オペラ《レオノーレ》第2稿などが作曲されたベートーヴェンの創作意欲が旺盛な時期であり、この作品も比較的短期間に仕上げられている。
10月中には作品が完成し、献呈先のオッペルスドルフ伯爵(英語版)に総譜が渡されたと考えられている。


ベートーヴェンの交響曲の中では古典的な均整の際立つ作品で、ロベルト・シューマンは、「2人の北欧神話の巨人(第3番と第5番のこと)の間にはさまれたギリシアの乙女」と例えたと伝えられている。
また、エクトル・ベルリオーズは「スコアの全体的な性格は生き生きとしていて、きびきびとして陽気で、この上ない優しさを持っている」と評した。
しかし、そのようなイメージとは異なった力強い演奏がなされる例もあり、ロバート・シンプソンは「この作品の持つ気品は『乙女』のものでも『ギリシア』のものでもなく、巨人が素晴らしい身軽さと滑らかさで気楽な体操をこなしているときのものなのだ。ベートーヴェンの創造物には、鋼のような筋肉が隠されている」と述べている[1]。


初演


1807年3月、ロプコヴィツ侯爵邸で開かれた私的演奏会で、ベートーヴェンの指揮によって初演された。なお、同じ演奏会で『コリオラン』序曲とピアノ協奏曲第4番も初演されている。公開初演は1807年11月15日にブルク劇場で行われた慈善演奏会において、やはりベートーヴェンの指揮で行われた。


楽器編成
標準の二管編成よりさらにフルートが1本少なく、ベートーヴェンの交響曲の中で最小である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/交響曲第4番_(ベートーヴェン)


1806年は「傑作の森」の中にあっても、特に粒揃いの作品が生み出された年とされる。交響曲4番、ヴァイオリン協奏曲、歌劇『レオノーレ』(第二版、序曲は『レオノーレ3番』)、弦楽四重奏曲7〜9番『ラズモフスキー1〜3番』等正に錚々たる顔触れといったところだが、このピアノ協奏曲4番も決して忘れる事の出来ない傑作である。


ベートーヴェンというと、交響曲『英雄』や第五の様に、重厚さや激烈さを秘めた作品をイメージする者が少なくない。しかし、彼が尊敬するモーツァルトとはまた別の優しさや美しさに満ちた作品を数多く遺している事も確かである。


1806年に書かれた交響曲4番、ヴァイオリン協奏曲、そしてこのピアノ協奏曲や『ラズモフスキー』等にはそうしたベートーヴェンのもう一つの面が顕著である。これには楽聖の恋愛事情も関係あると見なされる。


ベートーヴェンは旧知の貴族、ブルンスビック家の娘で、未亡人となっていたヨゼフィーヌに当時入れ込んでいたという。嘗てはこの年にベートーヴェンはヨゼフィーヌの姉、テレーゼと婚約した事から作品にその影響が反映されていると言われていたが、今では楽聖がこの時期ヨゼフィーヌに思いを寄せていた事が判明し、婚約説は否定されている。


相手がテレーゼだったにせよ、ヨゼフィーヌだったにせよ、ベートーヴェンが女性美に通じる優しさや美しさを持つ作品を書いた事だけは確かな事である。勿論、ベートーヴェンはベートーヴェンだ。単に優美なだけの作品は書いていない。主題の提示方法、展開手法、表現手法何れも彼ならではの独創性を盛り込んでいる。正に創造力が爆発している。だからこそ、この時期の作品群が「傑作の森」と称されるのである。
http://mahdes.cafe.coocan.jp/myckb4b.htm


ヨゼフィーネ・ダイムを思い描いて書いた曲


・ピアノ・ソナタ第18番変ホ長調 作品31−3
・交響曲第四番
・ピアノ協奏曲第四番
・ヴァイオリン協奏曲


ヨゼフィーヌはベートーヴェンが不滅の恋人とされるアントーニアと出会う前に愛した女性で、13通の情熱的な手紙が残されている。ヨゼフィーヌは後に精神の病で天国へ逝ってしまうが(この時ベートーヴェンの第9の3楽章がスケッチされている)ベートーヴェンの子供ミノナはヨゼフィーヌの姉に育てられ成人後は生涯独身で長寿を全うした。


ベートーヴェンは大変なロマンティストで、若い頃にはいつも恋をしていた、といいます。「憧れ」の対象になる女性を見つけては、情熱を燃やし、それを自分の創作活動のエネルギー源にしているのです。そうしたベートーヴェンの数少ない「本物の恋」の相手になったのは、ハンガリーの貴族ブルンスウィック家の令嬢で、ヨゼフィーネ・ダイム伯爵未亡人でした。この人との恋愛関係は、1804年から1807年まで続いていますが、恐らく身分の違いが原因で、この恋愛はつぶれてしまいます。ヨゼフィーネ・ダイムは、平民のベートーヴェンに対して、貴族の誇りを捨てることが出来なかったのでしょう。


ベートーヴェンはアントーニアとボヘミアで幸せな時間を過ごすが、当時ベートーヴェンはアントーニアとその子供達も連れてロンドン移住を真剣に考えていた(アントーニアは夫と別居していて夫婦間は冷めていた)。
ベートーヴェンはアントーニアの家族と一夏を共にし人生で最も幸福な時間を過ごす。
その後ベートーヴェンはアントーニア達と行動を別にして弟のいるリンツを訪れるが、このリンツ滞在中に突然幸せ絶頂だったベートーヴェンとアントーニアの関係は崩壊してベートーヴェンは絶望のどん底に突き落とされる。当時の日記の幸福から絶望への豹変は生々しい。
実はベートーヴェンが以前愛していたヨゼフィーヌがベートーヴェンの子供を妊娠していた。かつての恋人ヨゼフィーヌがベートーヴェンに悩みを相談しに会いに来たときにできた子供とされ(あらゆる研究からこれは間違い無いとされている)、おそらくベートーヴェンとアントーニアが別れた原因はベートーヴェンがアントーニアにこのヨゼフィーヌが妊娠した事実を報告したからと言われている。
ベートーヴェンの予想に反して、アントーニアはこのヨゼフィーヌの妊娠を理由に2人は別れる運命と決心して、離婚するつもりでいた夫とよりを戻し一緒に暮らすようになる。


ベートーヴェンはヨゼフィーヌと別れた後も事業に失敗した彼女を出版社などから大きな借金をして助けたが(1816〜17年)、結局ヨゼフィーヌは精神の病にかかり、1819年には幻覚の中だけで生きるようになり1821年に天国へ逝ってしまった。
この同じ頃に、第九のあの美しい3楽章がスケッチされてる…。
http://www.fujioka-sachio.com/fromsachio/fromsachio201505.htm


不滅の恋人は現在ではアントーニア・ブレンターノ(夫とは別居してた)に間違いないとされる。出会いは1810年で翌年に喜びに狂喜乱舞する7番が生まれる。


有名な不滅の恋人への手紙(ベートーヴェンの死後に発見された)は、1812年の夏のチェコ旅行直前に交わされたもので、アントーニアが妊娠を告げた内容とされる(ベートーヴェンの子供か旦那の子供か2つの説がある)。


この手紙の後にチェコ旅行で2人は幸福な時間を過ごし(この時の想い出が8番に込められてる)、ベートーヴェンはアントーニアとその子供とのロンドン移住を真剣に考えていたが、旅行が終わった直後に破局を迎え、アントーニアは夫の元へ帰る。それ以後もベートーヴェンはアントーニアを愛し続け、最後の3つのピアノソナタにも不滅の恋人への想いがこめられている。


ベートーヴェンには不滅の恋人と出会う前の恋人でベートーヴェンの子供まで産んだヨゼフィーヌという女性がいた。


ベートーヴェンはヨゼフィーヌと別れた後も事業に失敗した彼女を出版社などから大きな借金をして助けたが(1816〜17年)、結局ヨゼフィーヌは精神の病にかかり、1819年には幻覚の中だけで生きるようになり1821年に天国へ逝ってしまった。


この同じ頃に、第九のあの美しい3楽章がスケッチされてる…。


アントーニアにしても、ヨゼフィーヌにしても人妻だったことからベートーヴェン死後も周りの人間が秘密を厳守した。ヨゼフィーヌが亡くなった1921年当時のベートーヴェンの会話帳のページは、ヨゼフィーヌの親族の要望で破棄されてしまったらしく破られて無くなっているという。


またベートーヴェンの子供ミノナはヨゼフィーヌの姉によって育てられた後、生涯独身で長寿をまっとうした。
http://www.fujioka-sachio.com/fromsachio/fromsachio201309.htm#fromsachio20130920-Beethoven-symphonyNo9-02


「不滅の恋人」 が誰だったのかやっぱり気になる。
世界的な権威であるベートーヴェン研究者の 青木やよひ 女史の 「アントーニア」 説が最も説得力があるが ・・・
第九を指揮してると 「ヨゼフィーネ」 説を信じてしまう ・・・
何故ならば、第九を作曲していたときにヨゼフィーネは天国にいて、アントーニアは生きていた ・・・


「天上の楽土から来た娘」 という言葉や、 「天使」 と言う言葉が明らかに 「不滅の恋人」 に重ね合わせられてると僕には感じるので、 どうしても生きていた女性より天国にいる女性を想像してしまう・・・・・


またあの第3楽章の美しい旋律は 「ヨゼフィーネ」 が死んだ1821年にスケッチされたとも言われてる ・・・・・
第3楽章の後半はまるで恋人と夢の中で踊っているようだ ・・・・・


50歳頃(1820)
「第九」を作曲
していた頃。
ちなみにどちらの女性とも不倫関係にあり、 (だからベートーヴェンや周りの人たちが秘密を守り未だに恋人が特定できない) ヨゼフィーネとの間に子供がいたことは確証されている。


いずれにせよベートーヴェンの不滅の恋人に対する想いやいかに!! ・・・だ。
これは第九だけに限らず、最後の3大ピアノソナタにも大きく影響している。
http://www.fujioka-sachio.com/fromsachio/fromsachio200810.htm#fromsachio20081004-Beethoven-symphonyNo9




 

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コメント
1. 中川隆[-14170] koaQ7Jey 2020年1月30日 20:20:31 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-853] 報告

フルトヴェングラー指揮 ベートーヴェン 『交響曲第4番』


Wilhelm Furtwängler Composer INDEX 1

このコーナーでは、主要な作曲家・作品別にフルトヴェングラーのディスクを掲載します。特に「スタジオ録音」と記載のないものはすべてライヴ録音です。
http://www.kit.hi-ho.ne.jp/shin-p/furu08.htm


Beethoven:Sym.No.4


1)43/06/27-30 BPO Berlin Phil.(RRG=No Audience)

2)43/06/27-30 BPO Berlin Phil.(RRG)

3)49/01/26-9 MunchenPO Munchen

4)50/01/25-30 VPO Musikverein(EMI Studio)

5)52/12/1-2 VPO Musikverein(EMI Studio)

6)53/09/04 VPO Munhen


▼1)の3・4楽章と2)の1・2楽章を組み合わせたハイブリッド盤もあり。3)は未発売。

▲2)がいちばんWF的だが、この曲にそこまでの劇性が必要か−ということでやはり5)。

>>>>>My Best is 5)

2. 中川隆[-14157] koaQ7Jey 2020年1月31日 13:31:18 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-840] 報告

Furtwängler Beethoven No 4 most lively! Berlin Philharmonic Alte Philharmonie 1943









Wilhelm Furtwängler, conductor
The Berlin Philharmonic Orchestra

Recorded June 30, 1943
at Philharmonie, Berlin

Furtwangler conducted Beethoven's symphony No. 4 in four concerts, 27th - 30th June 1943 in the Alte Philharmonie Berlin, as part of a pure Beethoven program, together with Coriolan overture and the 5th Symphony. MOVEMENTS: I 0:11 II 11:23 III 23:23 IV 29:03 - INTRODUCTION & TIPS:


▲△▽▼

Furtwangler Beethoven 4th symphony 1943-no audience


Berlin Philharmonic Orchestra
Furtwangler Wilhelm
聴衆なしの録音

__________


1943年
●6月27-30日(1944年1月録音?) 27-30 June 1943 BPO Philharmony (without audience)DRA 5500557

Beethoven:Sym.No.4 ベートーベン/交響曲第4 (o-83/97)

LP/PR: VOX PL7210(51/12) D09083-4('61?) DG LPM18817(62/09) DG(JP)MG1444('70) Columbia(JP)DXM132VX('72)
CD: POCG 2349('91) OpusKuraOPK7002(03/11) VeneziaV1021(03/12) DeltaDCCA0002(04/10) Berliner Philharmoniker KKC5952(18/12)


BPO フィルハーモニー RRG放送録音 No4=旧DDR No5=ヘッセン放送 SFB所蔵(No5=1987,No4=1991=only 2nd Mov.)DRA B003286954
●6月27-30日 27-30 June 1943 BPO Philharmony (with audience)DRA B003321740

Beethoven:Sym.No.4 ベートーベン/交響曲第4 (o-84)

LP/PR: MEL33D09083-4('73) DG(Kr)427 773-1('89)
CD: DG427777-2('89) DG(JP)F20G29090('89) MEL10 00719('93) TOCE3731(00/08) Berliner Philharmoniker KKC5952(18/12)
LP/PR(1-2Mov.Live): Melodia D09083-4(65?) Columbia(JP)DXM103UC(70/10) SWF7103(72/03)
CD(1-2Mov.Live): ToshibaCE28-5747('89)TOCE8519('94)VeneziaV1022(04/04=only 1-2Mov.)

>>>> SWF said No.4 had two sorts of different live performances.

▼第4の演奏には実況盤、放送録音盤および両者を組み合わせたハイブリッド盤が存在する。

米Vox系、DG旧盤及びメロディア最初期盤=青色大聖火ガスト56は完全放送録音。
浅岡氏所有LPによると、白または桃色大聖火ガスト61では完全放送録音盤と1,2楽章のみ実況盤が混在している。
ピンクレーベル(ガスト61)メロディア盤とそれをコピーした旧西側のレコードは1,2楽章のみ実況盤。
1989年に出たDG427777-2は全楽章実況録音でメロディアの日本直輸入黒盤LP/CDも同じ完全実況盤。
但し70年頃までDG旧盤とその音源提供元の旧東独エテルナ盤は44年の放送録音(放送されたのが44年3月)で上記2盤とは別録音とされていた。

Vox盤はバイエルン放送から正式に入手したものという説もあるが、音質はDGに劣る。
実況盤は1分45秒付近に大きな物音があるが、他はミスもなく、終楽章の迫力は凄い! 
なお、完全実況盤は韓国ポリグラムLPやDG盤CDが初出盤とされていたが、現在では73年頃発売された黄レーベルのメロディア盤が初出とされている。

つまり、メロディア盤は発売時期によって放送録音(59年頃)、ハイブリッド(66年頃)、実況録音(73年頃)の3種が存在する。

完全放送録音のDG系LP/CDは3楽章20小節までの反復で後の方が2度使われている。
Vox、メロディアは正常。
ドイツに残されたコピーテープ(DG=東独放送局/Vox=西独のいずれかの放送局所蔵)と思われる聴衆なし放送録音はガザガサボコボコノイズが多く鑑賞に支障がある。

初期のメロディア盤はオリジナルテープからと思われ、明快な音質。
SWFLPやオーパス蔵盤が最初期全楽章放送録音のメロディア板おこしとされる。
特に蔵盤は、最も明瞭度を高めた今後の標準盤という声も高い。
Venezia盤はさらに明瞭だが針音も盛大。

仏フ協会報2002-1では、SWF8801に収録された第4の第1,2楽章は、現在流布しているロシアから返還されたものとは別の実況盤という。
SWF011-3では3種の異なる演奏という名目で頒布されたが、全楽章通し演奏と思われるSWF011の演奏は全て53年VPO盤(SWF892)と同じ演奏。
SWF012の1,2楽章は現在メロディア盤などで流通しているLiveと同じもの。
清水氏によれば、SWF8801も今までと同じ演奏という。

再登場したSWF011Rも従来と同じ演奏で、結局43年 No4 Liveは現時点で1種類しか確認されていない。
DRAではDRA 1590084として24分11秒の2,3,4楽章の別テープが存在するが、別演奏かどうかは不明。
http://www.kit.hi-ho.ne.jp/shin-p/furu05.htm
3. 中川隆[-14156] koaQ7Jey 2020年1月31日 13:34:24 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-839] 報告
Beethoven / Symphony No.4 / Wilhelm Furtwängler


Vienna Philharmonic Orchestra
cond. by Wilhelm Furtwängler

Recorded 25, 30, January 1950

HMV DB-9524-8
12inch 78rpm x 10side


1950年
25/30 Jan. 1950 VPO Musikverein (EMI studio Version=SP)
Beethonen: Sym. No.4

●1月25、30日 ベートーヴェン/交響曲第4 VPO ムジークフェライン EMIスタジオ録音
Matrix:2VH7207-1A/08-1A/09-1A/04-1A/05-1A/06-1A/10-1A/11-1A/12-1A/13-1A

SP/PR: DB21099-103('50?)
LP: ToshibaEAC47009-14('75)WF70045('76)
CD: ToshibaTOCE6180('91)



▽日本ではSPは出なかった。

75年東芝から「世紀の9大指揮者によるベートーヴェン交響曲全集(EAC47009-14)」で日本初出LPが出た。

SP片面ごとに収録したオリジナルテープを LP用に編集したと思われるテープが使われていると思われたが、若干周期ノイズと思われる部分もあり、即断できない。

全集盤からの分売WF70045 はつなぎ目の粗さはあるが、比較的聞きよい音質だが、同じような条件の7番よりも東芝TOCE37xx同士の比較では音質が悪い。
http://www.kit.hi-ho.ne.jp/shin-p/furu14.htm
4. 中川隆[-14155] koaQ7Jey 2020年1月31日 13:39:10 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-838] 報告
Beethoven - Symphony n°4 - Vienna / Furtwängler 1952





Wiener Philharmoniker
Wilhelm Furtwängler
Studio recording, Vienna, 1-3.XII.1952


1952年
1/2 Dec. 1952 VPO Musikverein (EMI studio Version)
Beethoven: Sym. No.4

●12月1、2日 ベートーヴェン/交響曲第4 VPO ムジークフェライン EMIスタジオ録音

LP/PR: ALP1059(53/06)
CD: EMI(GB)763192('89)ToshibaTOCE8438(94/08)
http://www.kit.hi-ho.ne.jp/shin-p/furu16.htm
5. 中川隆[-14154] koaQ7Jey 2020年1月31日 13:43:16 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-837] 報告
1953年
4 Sep. 1953 VPO MunichDutchMusium(Bavarian Radio)
Beethoven Sym. No.4

●9月4日 ベートーヴェン/エグモント序曲・交響曲第4・英雄 VPO ミュンヘン・ドイツ博物館 バイエルン放送所蔵


LP/PR(No4): RVCJapanRCL3333(84/12)
CD: SWF892('89)KingJapanKICC2354('94)


▼51年ロマンティックや52年ブラ2などミュンヘンで行われたすべての録音にいえることだが、マイクがオケから遠く、聴衆ノイズは鮮明だが楽器の音質が悪すぎる。これはホールの影響なのだろうか。

ベト4 の SWF011-3 に含まれる43年録音とされる演奏は、この53年盤と同じ演奏。

http://www.kit.hi-ho.ne.jp/shin-p/furu18.htm

6. 中川隆[-14153] koaQ7Jey 2020年1月31日 13:48:23 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-836] 報告

ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮 ベートーヴェン 『交響曲第4番』


ベルリン・フィル----1943年6月27-30日、放送用録音
DG。POCG 2349。
カップリングはピアノ協奏曲第4番(ハンゼン)。
11:16, 12:08, 5:42, 7:01

このほうが、下のライヴよりも音質・演奏ともに自然である。
西ドイツに残されたマグネットフォン録音から比較的早い時期にDGがリリースしていたものである。

______


ベルリン・フィル----1943年6月27-30日、Live
DG。F20G 29090。
カップリングは、ヘンデルの合奏協奏曲op.6-10。
11:09, 11:59, 5:30, 6:51

マグネットフォン録音がソ連から変換された時にCD化されたものである。
残響が不自然なのと、ややテンポが急速すぎて踏み外しすぎたところがあるように思う。

 ほとんど同じ時期に

「POCG 2349----全楽章聴衆無し」
「F20G 29090----全楽章ライヴ」

と完全に2通りの録音がなされていたわけである。
(同様の例が、戦後のブルックナー第8番でもある。)

 POCG 2349の桧山浩介氏の解説によると、昔のメロディア盤LPや、EMIユニコーンから発売されていたものは「聴衆無し放送用録音の第1・2楽章と、ライヴの第3・4楽章をつなぎあわせたもの」だったという。

しかし、同じメロディア盤でも93年のCD(MEL10 00719)は全曲ライヴである。


______


ウィーン・フィル----1950年1月23,24日
EMI。
同時期の第7番と同じ録音方式(つまりSP1面分ずつ細切れのテープ録音)である。

私は初め、これをHS-2088リマスターの国内盤で入手した(2000年6月発売)のだが、このCDは第1楽章4分45秒あたりで、編集にキズがあり「おかしな演奏」に聞こえる。

しかし、2004年夏、TAHRAから発売されたフルトヴェングラー指揮ウィーン・フィル録音集4枚組FURT 1084/7に収録されたものは、素晴らしい復刻である。

これに収録された第7番はLP用テープではなくSPレコードから復刻したものなので、この曲もおそらくそうしていると予想される。

所用時間は、10:53, 12:20, 5:58, 7:28。

この演奏は気合いがみなぎっている。音の出し方ひとつひとつに神経を使っている。


______


ウィーン・フィル----1952年12月1,2日
EMI。全集中の録音である。
10:32, 11:44, 5:57, 7:29。

録音は良いのだが、演奏の燃焼度は低い。
カルロス・クライバー盤が出るまでは、この曲をやや柔和なイメージ(ベートーヴェンの偶数番号)でとらえる演奏が多かったので、これもアリなのだろうが..。

しかしフルトヴェングラー自身は戦時中にあれだけエキサイティングな演奏をしていたことを考えると、この録音は「運命」の54年スタジオ録音と並んで“レコーディングで急に冷静になってしまったフルトヴェングラー”の代表例となろう。

3・4楽章の所用時間は50年録音とほとんど変わらないのだが、どこか流しているような印象がある。


______


ウィーン・フィル
TAHRAから出た没後50周年3枚組FURT 1090/3。
1953年9月4日、ミュンヘンでのライヴ録音。

2度目のスタジオ録音よりもあとのため、終楽章も落ち着いたテンポではあるが、テンションは高い。

同日のエグモント序曲も収録されている。

http://classic.music.coocan.jp/sym/beethoven/beethoven4.htm

7. 中川隆[-14152] koaQ7Jey 2020年1月31日 14:09:15 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-835] 報告
クレンペラー


Beethoven - Symphony No 4 in B-flat major, Op 60 - Klemperer


Cologne Radio Symphony Orchestra
Otto Klemperer

Cologne, 1954

▲△▽▼

Otto Klemperer Beethoven Symphony No.4 , Concertgebouworkest, 1956









09.05.1956, Concertgebouw.

▲△▽▼

Beethoven - Symphony n°4 - Philharmonia / Klemperer





Philharmonia Orchestra
Otto Klemperer
Recorded at Kingsway Hall, London, on 21-22 October 1957

▲△▽▼

Beethoven Symphony no. 4 The Philharmonia Orchestra Klemperer 1960



▲△▽▼

Beethoven: Symphony No. 4 ( BRSO & Otto Klemperer )


Symphonie-orchester des Bayerischen-Rundfunks
Otto Klemperer

Herkulessaal, München, 30. V. 1969

▲△▽▼


BEETHOVEN Symphony No.4 in B flat major Op.60 OTTO KLEMPERER


Otto Klemperer (conductor)
New Philharmonia Orchestra
Royal Festival Hall
London 1970.

8. 中川隆[-14151] koaQ7Jey 2020年1月31日 14:17:32 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-834] 報告



ブルーノ・ワルター

Beethoven: Symphony No. 4, Walter & ColumbiaSO (1958)


Bruno Walter (1876-1962), Conductor
Columbia Symphony Orchestra

Rec. 8, 10 February 1958

▲△▽▼

Beethoven - Symphony n°4 - NYP / Walter





New York Philharmonic
Bruno Walter
Studio recording, New York, 24.III.1952
9. 中川隆[-14150] koaQ7Jey 2020年1月31日 14:42:32 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-833] 報告
カルロス・クライバー

ベートーヴェン 交響曲第4番 カルロス・クライバー指揮バイエルン国立管弦楽団 1982


Conductor: Carlos Kleiber
Orchestra: Bayerisches Staatsorchester

カルロス・クライバー指揮バイエルン国立管弦楽団
ORFEO。1982年5月3日、バイエルン国立歌劇場でのカール・ベーム追悼コンサートのライヴ録音。

私が学生生活を始めた84年にLPで発売され、ものすごいセンセーションをまきおこした超名演である。

このレコードがでる以前は、いわゆる「ベートーヴェンの偶数番号=優しいイメージ」という言われ方がなされていた。実際は、フルトヴェングラーなどの戦時中の録音を引き合いに出すまでもなく、カラヤンなども終楽章で結構なスピードで演奏していたのだが、それにもかかわらず「偶数番号はワルターやベーム」ということで、何となくのどかな演奏こそがふさわしいとされていたのであった。

ほぼ同じ頃にブリュッヘンが18世紀オーケストラとの録音を出すようになったため、吉田秀和氏がそれらを並べて「男性的なベートーヴェンが復活してきた」といったような評論を書かれていたと記憶している。

2011年、シングルレイヤーSACDでもリリースされた。
2005年初頭、同日演奏の第7番もORFEOからCD化された。
http://classic.music.coocan.jp/sym/beethoven/beethoven4.htm



▲△▽▼




CARLOS KLEIBER ~ BEETHOVEN SYMPHONY # 4 in B flat - CONCERTGEBOUW ORCHESTRA 1983





the Concertgebouw Symphony Orchestra in Amsterdam.


PHILIPS。1983年ライヴLD。第7番とカップリング。

CDよりも躍動感にとむ超名演!とにかくクライバーの指揮は「見たい」。

これもまた私が学生時代に、学生生協でレーザーディスクプレーヤーのデモで毎日のように見ていたものである。

彼の死後、DVD化されたので購入(写真)。
5.1チャンネル・サラウンドにも切り替えられる。また、LDではA面に第7・B面に第4が収録されていたが、DVDではコンサートの曲順通り第4・第7の順で収録されている。
http://classic.music.coocan.jp/sym/beethoven/beethoven4.htm



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Beethoven: Symphony No.4 / C.Kleiber Bayerische Staatsorchester (1986 Movie Live)


Carlos Kleiber
Bayerische Staatsorchester

1986.5.19 Tokyo. Japan Live




カルロス・クライバーも死後急速に忘れ去られましたね。

フルトヴェングラーやブルーノ・ワルターより 2ランクか 3ランクは落ちる評価になってしまいました。

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