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リカード、マルサスの古典派経済学の世界
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投稿者 中川隆 日時 2020 年 5 月 28 日 14:40:25: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: ミヒャエル・エンデの世界 投稿者 中川隆 日時 2020 年 5 月 02 日 14:18:42)

リカード、マルサスの古典派経済学の世界

【リカードの思想とは】『経済学および課税の原理』から徹底解説 2020年3月3日
https://liberal-arts-guide.com/david-ricardo/


デヴィッド・リカード(David Ricardo)の経済学とは、


アダムスミスの思想を精緻化し、「差額地代論」「収穫逓減の法則」「比較生産費説(比較優位説)」など、その後の経済学の原型となるさまざまな理論を提唱したものです。

リカードの経済学は、古典派経済学と言われる一分野を形成し、その後のマルクス経済学や新古典派経済学が発展する基礎となりました。

リカードの経済学は、経済学の歴史を学ぶ上でも、現在の国際貿易論のなどの理論を学ぶ上でも、避けては通れない重要なものです。

そこでこの記事では、

リカードの経済学における論争や理論の特徴について
投下労働価値説、差額地代論、賃金生存費説、収穫逓減の法則、比較生産費説などの各理論について

を詳しく解説します。

リカードの理論は、個別に独立しているものではなく、精緻に体系化され繋がっているものです。


1章:リカードの経済学とは

まずは簡単にリカードの人物、思想や関わった論争について紹介します。

『経済学および課税の原理』で示された経済学の体系について知りたい場合は、2章からお読みください。

1-1:リカードとは

デヴィッド・リカード(David Ricardo/1772-1823)とは、産業革命期を生きたイギリス経済学者で、自由貿易を重視する主張、国内の資本家階級の立場の擁護、などの特徴を持つ理論を提唱しました。


アダムスミスが『国富論』で示した経済学をさらに精緻化、理論化したことで知られています。

参考
アダムスミスの国富論について、以下の記事で詳しく解説しています。

【アダムスミスの『国富論』とは】重要概念のすべてを徹底解説
https://liberal-arts-guide.com/an-inquiry-into-the-nature-and-causes-of-the-wealth-of-nations/


スミスの経済学が道徳哲学などと切り離せない、哲学的側面を持った総合知であったのに対し、リカードはスミスの思想を科学的法則として理論化し、専門的科学としての経済学の礎を作ったと言えます。


とはいえ、古典派経済学の礎はリカード一人で作ったのではなく、『人口論』が代表作でありリカードの親友であったマルサス(Thomas Robert Malthus/1766-1834)との論争の中で作られていったものです。

1-2:リカードと「金地金論争」

リカードは「金地金論争」と言われる論争に関わり、経済論壇にデビューしました。

「金地金論争」とは、

イングランド銀行が銀行券と金の兌換(交換すること)を停止(1797年)
ナポレオン戦争後、インフレ(物価上昇)が発生
インフレにプラスして金価格が高騰し、ポンドの相場が下落(1809年)

という一連の出来事から起こった論争です。

この出来事に対して、リカードは、イングランド銀行が金兌換を停止したのに、通貨の供給を拡大したことがインフレを起こしたのだとイングランド銀行を批判しました。

1-3:リカードとマルサスの論争

さらに、リカードはその後のイギリス議会の「穀物法改正(1815年)」を批判したことから、マルサスと真っ向から対立しました。

穀物法改正とは、

ナポレオンが大陸封鎖(1806)したことや穀物の不作から穀物価格が高騰したが、戦争後に穀物価格が急落
地主階級は、自分たちの利益を守るために、安価な穀物の輸入の禁止によって穀物価格を高値に維持することを議会で主張

という背景から起こったものです。

マルサスは穀物法改正を擁護し、

穀物を輸入に依存すると、安全保障上のリスクがある。

穀物輸入を自由化すると、イギリス国内の農業が衰退、工業が発展しすぎる。工業は雇用や賃金が安定しないため、労働者階級を中心に社会の不安定を招く。

と主張しました(『穀物法および穀物価格の騰落が我が国の農業および一般的富に及ぼす効果に関する考察』)。

これに対しリカードは、穀物の輸入の禁止は経済停滞を招くと批判し、資本家の立場を擁護しました。

リカードの主張は以下の通りです。

国家の権力をもってしても、輸入を完全に規制することはできないため、輸入に依存しすぎることにはならない。

穀物輸入で穀物が安価になれば、労働者の生活費を引き下げ賃金を減らせるため、資本家の利潤を拡大し資本蓄積を可能にし、経済成長の原動力となる。

マルサスは地主階級を擁護し、リカードは資本家階級を擁護したことから、このような対立が生まれたのです。

しかし、リカードとマルサスは論争の中で自らの理論を鍛え上げていき、それが古典派経済学の基礎を作ることになりました。


メモ
ちなみに、マルサスとリカードは論争していた一方で、プライベートでは非常に親密な親友同士だったことが分かっています。

「結局、リカードの経済学の理論はどのような内容だったの?」

と疑問だと思いますので、2章で詳しく解説します。

まずはここまでをいったんまとめます。


1章のまとめ

リカードはアダムスミスの経済学をより精緻化・専門科学科し、近代経済学の礎を築いた
リカードは「金地金」論争の中で、イングランド銀行の通貨供給拡大がインフレの原因だと批判したことから論壇デビューした

リカードは、穀物法改正を批判して資本家階級の立場を擁護し、地主階級を擁護したマルサスと論争し、その中で理論を発展させた

2章:『経済学および課税の原理』から見るリカードの経済学

それでは次に、リカードの代表作である『経済学および課税の原理』からリカードの経済学を詳しく解説していきます。

『経済学および課税の原理』を先に要約します。


『経済学および課税の原理』の要約

投下労働価値説…生産物の価値は投下される労働力の量によってのみ決まる

賃金生存費説…労働者の賃金は、労働者が生存できる消費財の量(生存費)によって決まる

差額地代論…同じ投下労働量でも、土地によって収穫量が異なるため、最も生産力が低い土地との差額が地代になる

収穫逓減の法則…需要に応じて生産力が低い土地を耕作するようにすると、拡大するだけ生産力が減る(拡大の法則)。また、同じ土地にさらに労働力を投下しても、獲得できる収穫量は減っていく(集約の法則)

比較生産費(比較優位)説…どのような国家も、生産物ごとに生産性の高さが異なるため、貿易して生産物を交換し合った方が利益が大きくなる


重要なのは、リカードはただの抽象的な理論化を目的としていたわけではなく、これらの理論を通じてイギリス社会の行く末を論じているということです。

これらの理論から考えると、貿易を規制したままではイギリスの経済力は成長しない。そのため、自由貿易を実現して経済成長できるようにしていこう、というのがリカードが『経済学および課税の原理』で主張したことです。

2-1:投下労働価値説

スミスが「投下労働価値説」と「支配労働価値説」を両方論じたのに対し、リカードは「投下労働価値説」のみを支持しました。

難しく考える必要はありません。投下労働価値説とは、生産物の価値は投下された労働量のみによって決まるという説のことです。

スミスが例示したように、ビーバー2頭を獲得するのにかかった労働量と鹿1頭を獲得するのにかかった労働量が同じなら、ビーバー2頭と鹿1頭が同じ価値を持つということになります。

国富論における投下労働価値説

ただし、リカードの投下労働価値説は、「自然価格」と「生産物が持つ価値」を混同していると後に批判されました。

自然価格とは、その商品を作る過程でかかった、土地の地代や労働者の賃金、資本家が獲得する利潤などのすべての「自然率(平均率)」で決まるという考え方です。


自然価格=地代の自然率+賃金の自然率+利潤の自然率

ということになります。

リカードは、賃金率が上昇すると「生産物の価値」が上昇するため、投下労働価値説は一部修正する必要があると考えました。

しかし、実際には賃金率の上昇で影響を受けるのは「自然価格」のみで、「生産物の価値」ではありません。そのため、生産物の価値は賃金率の上昇によって増減することはありません。

このように自然価格と生産物の価値を混同していたことは、その後多く批判されました。

とはいえ、リカードは賃金の変動が価値に与える影響は小さなものであるため、あくまで生産物の価値は「投下された労働量」を主な要素として決まると主張しています。

2-2:賃金生存費説

リカードは、賃金を「生存費」、つまり労働者が生存するために必要な最低限の消費財の量によって決まると考えました。

これはマルサスの『人口論』から影響を受けた考えで、「賃金生存費説」と言います。


実際の賃金は、もちろん生存費とまったくイコールになるとは限りません。

しかし、実際の賃金が生存費を超える状態が続くと、家計に余裕が生まれ、子供を増やすため労働力が増え、労働市場において労働供給が過剰になります。

労働人口が多すぎれば、資本家は賃金を安くしても簡単に労働力を増やすことができるため、賃金を下げることができます。

逆に賃金率が生存費以下になれば、労働者は子供を作れず労働人口が減少するため、資本家は労働力を得るために賃金を上げざるを得ません。

そのため、長期では生存費によって実質賃金が決まるとリカードは主張しました。

賃金生存費説にのっとって考えると、


穀物価格上昇→労働者の生存費が上昇→賃金上昇→資本家の利潤減少

ということになります。これが穀物法改正に反対した1つの理由です。

2-3:差額地代論と収穫逓減の法則

「差額地代論」と、そこから導き出される「収穫逓減の法則」は、リカードの理論の中でも多く知られているものです。

2-3-1:差額地代論

「差額地代論」について簡単に要約すると、

(前提@)生産物の価値は投下された労働力の量によって決まる

(前提A)耕作できる土地の質には、場所によって優劣がある(よく育つ土地とそうでない土地がある)

生産性が高い土地から耕作すると、徐々に生産性が低い土地を耕作せざるを得なくなっていく

そのため、穀物価格は最も生産性が低い土地(限界地)での生産費と同じ価格になる
その結果、「地代」は生産力が最も低い土地(限界地)ではゼロになり、それ以外の土地では肥沃な土地との差額が地代になる

というものです。

もう少し詳しく解説しましょう。

■地代が発生するメカニズム

まず、生産力が高い順に土地がA、B、Cとあるとしましょう。Aでは100トンのお米が生産できますが、同じ労働力でもBでは80トン、Cでは60トンしかお米が作れません。

リカードの経済学1
土地Aだけの耕作でお米の需要にこたえられる社会では、Aで耕作している資本家に地主が地代を要求しても、資本家は地代がかからない土地に移動してしまいます。

リカードの経済学2
そのため、Aの地代はゼロ円であり、お米の価格はAに投下される労働量と等しくなります。

しかし、人口が増加している社会では、食料を得るために生産性が低い土地も耕作していかなければなりませんので、資本家はBやCの土地も借りて耕作しなければならなくなります。

地代が発生するのは、社会がこのような状況になった場合です。

なぜなら、仮に土地Aを持つ地主が資本家にお米10トン分の地代を要求したとしましょう。

Aにいた資本家は「地代を払うくらいなら土地Bに移動してやる」と思うかもしれませんが、土地Bは同じ労働力でも80トンのお米しか得られません。

Aにいれば地代を支払っても、


生産量100トン-地代10トン分=利潤90トン分

となって、Bで耕作する場合の「生産量80」を超えるため利潤が最高になります。そのため、資本家は土地Aに残って耕作を続ける選択をします。Aの資本家は、土地Aから得られる利潤が、Bから得られる生産量を超えるまでAから移動しません。

地主も「できるだけたくさんの地代をもらいたい」と考えるため、Aの地代はBから得られる生産量との差額まで最大化していきます。この場合は、Bの生産量が80であるため、地代は20まで膨らむことになります。


リカードの経済学3
さらにBの耕作地がなくなりCの土地まで耕作しなければならなくなると、同じことが起こってBの土地でも地代が発生します。

このようにして、人口が増加する社会では

地代は限界地では発生しないが、それ以外の土地では限界地と土地の肥沃度に応じて地代が発生する
地代によって価格が決まるのではなく、地代は穀物が高価であるために発生する

ということになるのです。

スミスは価格の決定が「地代」「賃金」「利潤」から決まると考えたのですが、リカードは上記の理論でこれを批判したのです。

2-3-2:収穫逓減の法則

「収穫逓減の法則」は経済学の非常に基本的な理論ですので、経済学を学んだことがある方は記憶にあると思います。

※「逓減」とはだんだん量が減っていくという意味です。

リカードの収穫逓減の法則には、以下の2つのものがあります。

拡大の限界…生産性が低い土地にまで耕作を広げると、同じ量の労働力から得られる収穫が減っていく1
集約の限界…同じ土地に同じ量の労働力を投下し続けると、余剰の収穫が逓減していく2

(少しややこしいかもしれませんので、まずは上記の法則を覚えておくだけでも問題ありません。)

@は、2-2-1で説明した「差額地代論」のことです。

つまり、需要に応じて生産力の低い土地を耕作していくと、同じ労働力の投下量でも、収穫できる生産物(たとえばお米)の量は減っていく、というものです。

リカードは「拡大の限界」によって地代が発生すること。地代は穀物価格の決定には影響しないことを主張しました。

A「集約の限界」とは、同じ土地にさらに多くの労働量を投下したときに得られる生産物の量は、逓減していく(徐々に減っていく)という法則です。

たとえば、2-2-1の例でAの土地で生まれる収穫量は「100トン」としましたが、そこに追加で同じだけの労働量(つまり労働量が2倍になる)と、追加で得られる収穫量が「65トン」だとしましょう。

追加で同じだけ労働力を投下しても、得られる収穫量は減少していく。これが「集約の限界」です。

問題なのは「その結果どうなるのか?」ということです。

Aの土地に同じだけ労働力を追加で投下することで、追加で得られるお米の収穫量が「65トン」になる

この社会での「限界地」である土地Cでは、Aで収穫量100トンが得られるときに60トンしか得られないため、Aの地代はCとの差である「お米40トン分」になる
この場合、土地Cの資本家は土地Cを耕作する収穫量「60トン」より、土地Aで追加で得られる「65トン」の方が多いため、5トン分の地代を支払うからAの土地を貸してほしいと交渉する

その結果、地代は「45トン分」になる

このようにリカードは説明しています。

結局、「集約の限界」によっても土地の肥沃度に応じて地代が決まることが分かります。


2-4:資本蓄積論

リカードは、ここまで説明した「賃金生存費説」や「収穫逓減の法則」を理論化したのは、イギリスの将来を予測するためでした(資本蓄積論)。

2-4-1:輸入がなければ経済成長がない

人口が増加し穀物需要が増大する限り、徐々に生産力が低い土地を耕作するようにしていかなければなりません。

その結果「拡大の限界」と「集約の限界」によって、同じ労働力でも得られる穀物量は徐々に減少していきます。

すると、地代と賃金の支払いによって資本家が得られる利潤は徐々に減少していきます。

経済成長は、資本家が資本(余剰のお金)を新たな事業に投下することによって生まれます。しかし、その資本蓄積が徐々にできなくなっていくのですから、その結果イギリス経済の成長力は減衰してしまいます。

しかも、地主は地代の獲得によってより金持ちになり、労働者はぎりぎりの生存費で生活する状況が変わりません。


2-4-2:貿易自由化が成長を生む

リカードは以上の理由から、穀物法改正を批判しました。

穀物法があることから国内の穀物価格が高値に維持されるため、結果的に生存費が高くなり、賃金が上がり、資本家の利潤が減少し、資本家の新たな投資の障害になります。

しかし、穀物を輸入できれば穀物価格が下がり、生存費・賃金が下がり、その結果資本家の利潤が増大し資本蓄積が可能になる。

リカードはこのような考えがあったため、穀物法改正を批判したのです。

この主張の背景には、「供給は自らの需要を作り出す」という「セーの法則」と同じ考えを持っていたからです。つまり、生産されたもとは必ず消費されるため、資本蓄積さえ進めば経済が成長するという考えです。

■マルサスによる批判

しかし、このリカードの主張はマルサスから批判されました。

マルサスは、

資本蓄積が進み、資本家が新たな事業によって生産物の供給を増やしても、それを消費する側の需要が増えていなければ、経済成長にはならない
労働者の消費(主に消費財)は通常増大しないし、資本家は資本蓄積のために節約するため、消費を拡大しない

そのため、奢侈品(ぜいたく品)を消費する地主の利益を守る必要があり、そのため穀物法改正による穀物価格の高値での維持は必要である

と主張しました。

ここに、リカードとマルサスが資本家と地主のそれぞれの階級を擁護した根拠が分かります。

2-5:比較生産費(比較優位)説

リカードはさらに、自由貿易がどこの国にとっても利益になることを主張しました。それが「比較生産費説(比較優位説)」です。

比較生産費説(比較優位説)」を要約すると、以下のようになります。

「収穫逓減の法則」のように、国内では高い利潤率を求めて資本が移動する(つまり高い利潤を求めて資本家は投資する土地を変えていく)

自由な貿易が可能な世界では、上記と同じように高い利潤率を求めて国際分業する
そのため、国家は労働や資本を自国がもっとも高い利潤が得られるように活用する

実際には完全な自由な貿易はできないのですが、それでもすべての国家にとって自由な貿易は利益になります。

詳しく解説します。

たとえば、二国間で同じ労働量を投下したときに、生産費に以下のように違いがあるとしましょう。

イギリス ポルトガル
ぶどう酒 120 80
毛織物 100 90

※根井雅弘(2005)より引用

どちらも労働の投下量は同じです(つまり1年間に働く労働者の数が同じ)。

この場合、イギリスはどちらの生産物でも生産力が高いため、これだけ見るとイギリスに貿易の必要はないように思われます(絶対優位)。

リカードは、それでも二国間は貿易をした方が良いと主張します。なぜなら生産費が二国間で異なるからです。

貿易前…イギリス国内ではぶどう酒1に対して、約0.8の毛織物が交換できる
貿易後…イギリスの毛織物は、ポルトガルとの貿易によって約1.1の毛織物と交換できる


リカードの経済学4 リカードの経済学5
同じように、ポルトガルもぶどう酒の輸出によって、より多くの毛織物を得ることができます。

二国間で、それぞれの生産物に対する生産費が異なるため、このようなことが可能になるのです。

これが比較生産費説(比較優位説)です。

こうした理論から、リカードは自由貿易の必要性を主張したわけです。


2章のまとめ

投下労働価値説…生産物の価値は投下される労働力の量によってのみ決まる

賃金生存費説…労働者の賃金は、労働者が生存できる消費財の量(生存費)によって決まる

差額地代論…同じ投下労働量でも、土地によって収穫量が異なるため、最も生産力が低い土地との差額が地代になる

収穫逓減の法則…需要に応じて生産力が低い土地を耕作するようにすると、拡大するだけ生産力が減る(拡大の法則)。また、同じ土地にさらに労働力を投下しても、獲得できる収穫量は減っていく(集約の法則)

比較生産費(比較優位)説…どのような国家も、生産物ごとに生産性の高さが異なるため、貿易して生産物を交換し合った方が利益が大きくなる


3章:リカードの経済学の学び方

『経済学および課税の原理』で示されたリカードの経済学について、理解を深めることはできましたか?

繰り返しになりますが、リカードの経済学は近代経済学の礎となり、その後の経済学の発展に大きな貢献をしました。そのため、これから経済学や経済思想を学ぶ上でリカードを深く理解しておくことには意義があります。

ただし、リカードは一人で古典派経済学を作ったわけではないので、リカード一人を深く学ぶのと合わせて、古典派経済学の経済思想をまとめて学ぶことも大事です。

この記事のまとめ

リカードは経済学を専門科学化し、近代経済学の礎を築いた。また、マルサスとの論争の中でともに経済学の体系を作り上げていった。

リカードの経済学は、純粋に理論化を目的にしたというよりも、現実の「穀物法改正」などのイギリス政府の政策を批判し、資本家階級の利益を代弁するものだった。
マルサスが地主階級の立場を擁護したのに対し、リカードは資本家階級の立場を擁護した。

https://liberal-arts-guide.com/david-ricardo/
 

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コメント
1. 2020年7月17日 18:49:05 : 4D3OjxhHhg : TEswdkdERG1YZ0E=[43] 報告
リカードの経済学はマルクスの資本論の章立てに影響を与え、後者は前者の誤りを検証した。経済学はユダヤ人に限るね。ケインズは古典派理論を超克しようとしたが、限界があったね。かれは微分を使って論証したが、経済の現象は連続関数ではないなら、微分は有効でないのに、連続関数を証明しなかったね。賃金は労働の限界生産物の古典派のテーゼは、賃金と労働の間の資本家と労働者、労働者の労働時間と賃金の間の連続関数性を証明しない点誤りだ(ニュートン)。
マルクスの搾取、剰余価値論は数理的に証明されているね。
2. 中川隆[-10794] koaQ7Jey 2020年10月18日 17:08:18 : WKyPV5eFRY : WDdzVVpPcGZjT1U=[12] 報告
経済原論概説 記事案内
ト・アペイロン 2020/03/25
https://note.com/scienta_est/n/n9e262ce878b0/edit

現代経済学における「経済原論」の位置づけ

 現在の大学教育等における(狭義の)「経済学」は、多くの場合「近代経済学」を指す。近代経済学とは、「ミクロ経済学」及び「マクロ経済学」の総称である。ミクロ・マクロ経済学とは、極めて近代的な学派の一つであると換言してもよいだろう。

 近代経済学以前の経済学はアダム・スミスやデービット・リカードウ、トマス・ロバート・マルサス、J.S.ミルなどに代表され、「古典派」と呼称される。古典といっても彼らの時代は18世紀後期から19世紀の中頃である。その後、メンガ―、ジェボンズ、ワルラス等の理論から、近代経済学の基本理論が構築されていく。沢山の人物が出てきて混乱を招きかねないのは恐縮だが、要するに近代経済学は百数十年程度の歴史しかないのである。

 更にスミス以前の経済学(であると解釈される)理論も存在するが、これは「経済学史」及び「経済思想」の範疇なので、これ以上の記述はここでは控えることとする。

 さて、古典派の経済理論を受け継ぎ発展してきた近代経済学だが、近代経済学が産声を上げたのと同時代に、全く別の系譜が発展していくことになる。それすなわち「経済原論」である。経済原論はカール・マルクスが『資本論』において記述した理論を枢軸としている。日本においては宇野弘蔵が『経済原論』の中で『資本論』の理論を分析したことは有名である。

 以前は近代経済学と同等に学習されていた原論も、現在の大学のカリキュラムとしては経済学部の選択科目として設置されていて、経済学部の人間でも学ばずに卒業することもあり、経済学部以外の学部では(たとえミクロ・マクロ経済学を学習した人でさえも)その存在を知ることはあまりないように見受けられる。しかしながら、経済という不可視的なシステムを分析するに当たり、その理論前提を比較検討することは重要な営みである。

記事の目的と方針
 マルクス=社会主義=共産主義=革命=危険思想であると断定するのはあまりにも短絡的に過ぎるだろう。マルクスは資本主義社会を批判的に書いてはいたが、それは必ずしも共産主義への転換を意味するものとは限らない。資本主義の抱える問題を指摘し、より良い社会へと人々を導こうという試みのもと書かれた『資本論』だが、これは未完成の内に終わっている。彼が思い浮かべていた理想世界を完全に知ることはできないのである。それでも、マルクス経済学につて学ぶことは有意義なことである。

 上記の通り、近代経済学とは現在最も主要な経済学であるに過ぎず、普遍的・絶対的な視点であるとは言えない。それに対して真に批判的な視点は不可欠である。経済に対する視点の相対化というアプローチは、上述した「経済学史」及び「経済思想」が大いにその役割を果たしているが、一方で、近代以降の、かつ近代経済学とは抜本的に異なる思想系譜を体系的に学ぶこともまた、非常に効果的な方法であろう。

 第1回から第5回で経済原論の成立および基本的な理論を概説し、第6回以降は戦後の日本経済び世界経済を経済原論的な視点で概観していく(全9回)。最後に番外編として、専門性の高い記事を用意している。

 さて、先ほどから「概」という文字が多用されている。この記事はアマチュア(つまりは経済学で生計を立てていない人間)によって書かれており、その対象は経済原論に触れたことのない方、あるいは経済(学)に興味はあるがあまり詳しくない方を想定している。つまりは初学者向けに書かれたものであり、煩雑な説明を避けてなるべく平易な内容にすることを心掛けている。無論、原論やその他近代経済学についての記事なので、最低限の専門用語の登場は避けられないが、その都度できるだけわかりやすい解説を行おうと考えている。

 この記事はあくまでも今日の社会構造を理解する方法論の一つとして経済原論を多くの人に知ってもらうことが目的であり、特定思想への誘引を目的としたものではない。むしろ、経済原論・近代経済学の両方を批判的な目で見ることが望ましいと私は考えている。そして何よりもこの記事によって読者の教養がより深いものになることを望んでいる。

https://note.com/scienta_est/n/n9e262ce878b0/edit

3. 中川隆[-10791] koaQ7Jey 2020年10月18日 18:25:41 : WKyPV5eFRY : WDdzVVpPcGZjT1U=[15] 報告
経済原論概説 第1回 理論構成
ト・アペイロン 2020/03/28
https://note.com/scienta_est/n/n7bc473f8d65d

講座案内

理論の背景
 学問的、及び歴史的な経済原論の始まり、すなわちマルクス経済学の始まりは、マルクス著『資本論』(1867)である。本書は資本主義を批判的にとらえ、解説したものであり、その批判は現代にも通ずるものがある。

 マルクス経済学は、物事の本質は「物」であると考える唯物論の下、資本主義を科学的な見地から見直している。(ヘーゲルの)弁証法により、経済の発展法則を解明し、社会構造に当てはめて考えた。生産力水準が低い狩猟採集社会から、農耕社会へと発展(歴史学的、特にマクロヒストリーの学説においては必ずしもそうではないということを付しておく)し、やがて農耕技術の発展によって必要な労働時間が短縮したり、コミュニティのなかで食料生産に従事する必要のない人口が増加する。更に手工業が発展し、産業革命を経て大規模工場による生産が開始され……といった具合だ。このような歴史に興味を持たれた方は、経済史を学習することを推奨する。マルクスは(残念ながら未完である)『資本論』において、資本主義社会の次にもたらされるべきより発展した社会の姿を描こうとした(それは必ずしも社会主義的な要素に満ち溢れているとは限らないだろう)。

 また、マルクスは社会の下部構造である経済(生産関係)の変化が、思想や文化などの上部構造に変化をもたらすと考えたのである。方法論としては、抽象的な物から具体的な物へと発展させていく上向法が採用された。例えば資本の価値を分析する場合、まずは商品交換の価値から分析し、それを踏まえて貨幣を分析し、資本に関する価値分析を行うのである。

近代経済学との相違

 近代経済学とマルクス経済学は、その基礎となる価値論から異なったものとなっている。近代経済学の価値論は、消費者の視点に立った主観的価値説を基にしている。消費者の効用(満足度)を指標として、効用を最大化させることを目的に理論を樹立した。これに対するマルクス経済学に批判は、効用という主観的な物を価値判断の基準にしてよいのだろうか、というものだ。マルクス経済学は、古典派経済学の労働価値説を発展させ、生産者側の立場から経済を分析している。近代経済学のように、効用の基数(a+b=c)的計測を行うことを不可能であるとし、序数(a<b<cだがa+bの値は問わない、1st,2nd,3rdの世界)的計測を行うにとどまっている。


 更に、マルクス経済学が利潤の源を労働であると考えている(労働価値説と呼ばれる)ことには特に注目したい。近代経済学では、労働はある意味売買され「投入」される生産要素に過ぎない。これは生産者的な視点から見れば当然の帰結であろう。それではなぜマルクスが労働が利潤を生み出すという考えに至ったのを、次回以降上記のマルクス的手法を用いて物々交換の段階から弁証法的に解説する。

https://note.com/scienta_est/n/n7bc473f8d65d

4. 中川隆[-5588] koaQ7Jey 2021年4月17日 23:25:47 : RSLdzPRb1s : Y0wwMFV6MDlreDI=[56] 報告
古典派経済学の展開
はじめに
産業革命期の経済社会を理論的な分析しようとしたのが、リカードである。 スミスの記述的な『国富論』に対して、リカードは『経済学原理』において、 きわめて論理的な体系を提示した。 リカードの経済学は古典派の頂点を画すると言ってよい。 それはリカード学派と呼ばれたマカロックたちに継承されていく。 マルクスも経済理論の基本的な枠組は多くをリカードに負っている。

リカードの同時代であり、論争相手であったマルサスは『人口論』で知られる。 マルサスの提示した人口法則は、古典派蓄積論を支える道具として利用されていく。 他方、マルサスはリカード経済学に反旗を翻した人物でもある。 だが、マルサスの経済学は同時代には主流となることはなかった。 マルサスの経済学は20世紀になって、ケインズによって復活することになる。

ここではまずマルサス『人口論』における社会像を確認し、 次にマルサスとリカードの穀物法を巡る論争を概観し、 そこから生まれたリカード『経済学原理』の内容を見ていく。 最後に、リカードに対してどのようにマルサスが反論を加えたかを見ることにする。

マルサスの時代
スミス『国富論』に登場する資本家や労働者は必ずしも近代的な3階級ではなかったし、 事実、独立小生産者がしばしば登場した。 マルサスが活躍した時代は、産業革命の真っ只中であった。 産業革命は独立生産者を没落させ、資本家・賃労働者・地主の3階級が析出されてくる 時期であった。(独立自営農民ヨーマンは1815年に消滅したとされている)

スミスの予言は、飛躍的な生産力の発展という点では大筋では正しかった。 しかし、富裕の一般化という点では、必ずしも当たったとはいえない。 産業革命は貧しい労働者階級を生み出し、貧困と道徳的退廃が蔓延した。

食料不足や物価上昇で農村の困窮は強まった。 1795年スピーナムランド制度がイングランド南部からはじまる。 従来の救貧制度は救貧院に収容された貧窮者のみを救済の対象としていたが、 院外にまで広げた、賃金補填を行うようにしたのがスピーナムランド制度である。 救貧法の拡大適用といってよい。

フランスでは革命(1789‐1799)の勃発により旧体制は瓦解した。 フランス革命はロベスピエールらのジャコバン派によって急進化する過程で、 近代化への市民革命という枠を越えて、平等主義的な思想を生み出していく。 この思想はイギリスにも影響を与え、労働運動や議会改革運動を活気づけることになった。

平等主義批判
フランス革命に対する熱狂的雰囲気の中で生まれたのが、 ゴドウィン『政治的正義に関する研究』(1793)である。 ゴドウィン(1756-1836)は人間の進歩に全幅の信頼をよせており、ユートピア社会が実現できると考えていた。 人間の理性はどこまでも進歩し、 自然は理性が生み出したテクノロジーによって管理され、 人間の欲望も理性によってコントロールされるようになると考えた (ゴドウィンはテクノロジーの進歩で人間は不老不死になるとさえ言っている)。 こうした社会を実現するにあたって、私的所有制度や政府は障害でしかなかった。 私的所有制度がなくなれば階級のない平等社会が実現し、労働時間は短縮され、 貧困は解消すると考えられた。さらに、政府は人々を抑圧する機関に他ならないとゴドウィンは見ていた。平等社会が実現すれば、人々の間に支配し、支配される関係がなくなるから、政府も必要なくなると考えたのである。

マルサス 1766-1834:イングランド生まれ。ケンブリッジ大学を卒業し、 イギリス国教会の牧師となり、後に東インド大学で経済学の教授となる。 これは世界で最初の経済学の教授職と言われている。 『人口論』(1798)は広範な領域に大きな影響を及ぼした。 リカードウとの経済学上の論争は『経済学原理』(1820)として結実する。 引用は『人口論』とあるのは初版で永井義雄訳『人口論』(中公文庫)、 2nd, 3rd とあるのは原典ページ。
『人口論』の第一のねらいはゴドウィンらの平等主義を批判することにあった。
「ゴドウィンが提唱している平等の制度は、疑いもなく、これまでに現れたいかなる制度にも まして、うつくしく魅力がある。 理性と信念とだけによって作り出される社会の改良は、力によって実現され維持される いかなる変革よりも、ずっと永続する見込みがある。 ....しかし、その時は決して来ることがないのである。 その全部が夢であり、想像の美しい幻想にすぎない。 われわれが現実生活にめざめ、地上における人間の状況を考察するとき、 これら幸福と不死との『豪華な宮殿』、これら真理と有徳との『荘厳な寺院』は、 『基礎のない幻想の建造物のように』解体するであろう。」(『人口論』110頁)
マルサスにとってゴドウィンの議論はまさに机上の空論であった。 社会問題を全て社会制度に起因するとしたゴドウィンに対して、 マルサスは社会制度ではなく、人間の本性こそが害悪の根源であると批判した。
「ゴドウィンがその著作全体を通じて犯している大きな誤謬は、市民社会における ほとんどすべての悪徳と不幸を人間の制度のせいにしていることである。.... 人間の制度は、人類にとって多くの害悪の明白かつ顕著な原因だと思われるけれども、 だが実際には、人間の生命の源泉を腐敗させ、その全部の流れを混濁させる不純なもっと 根深い諸原因に比べると、表面に浮かぶ羽毛にすぎない。」(『人口論』111頁)
ゴドウィンが理想とした社会では、人々は平等で飢えの心配をすることもないし、 両性の自由な交渉を保証するために結婚の制度もない。 マルサスはこの理想社会が人口増加のゆえに破綻するであろうと批判した。
「私はこれほど人口増加に好都合な社会形態を考えることができない。 ...人口に対するこれらの途方もない刺激があり、また、われわれが仮定したように、 人口減少のあらゆる原因が除去されるので、人口は必然的に、これまで知られるいかなる 社会よりも急速に増大するであろう。」(『人口論』117頁)
人口原理
体制変革の無効性を説くために求められた「人口法則」は、 食料増加率と人口増加率との相違から導出された。 マルサスは制限がなければ「人口は25年間で倍になる」と考えた(『人口論』28頁)。 実際に、制限が少ないアメリカでは25年間で人口は倍になったという経験的証拠を マルサスは挙げている。 人口増加の根源にあるのは「情念 passion」(性欲)の不変性である。 ゴドウィンが考えた理性による情念のコントロールという考えは、 マルサスには空論と思われた。

「ゴドウィンは両性の間の情念は、いずれは消滅することもあろうと推測した。 ....しかし、両性の間の情念の消滅の方向に向かういかなる進歩もこれまで見られなかった。 それは二千年、あるいは四千年前と同じ強さで、今も存在しているように思われる。」 (『人口論』22頁)
「両性間の情念が消滅に向かうがごときは、世界か存立してきた5千あるいは6千年 のうちに、なにも生じなかった。」(『人口論』128頁)
一方、食料の増加は人口増加には追いつけないとした。 この違いを「等比数列」と「等差数列」という言葉で表現したことはよく知られている。

「人口は制限されなければ、等比数列的に増大し、人間のための生活資料は等差数 列で増大する。」(『人口論』26頁)
「〔最初の25年で食料を倍にできたとしても〕つぎの25年に生産が四倍になりうるであろう と考えることは不可能である。それは、土地の性質に関するわれわれ全ての知識に、 反しているであろう。 われわれが考えることのできる最大限は、第二の25年における増大は、現在の生産高に等しい であろうということである。 それでも、真実をはるかにうわまっていることは確かであろうけれども。」 (『人口論』28頁)
食料と人口の増加率の格差から、人口に対する「制限 check」の必然性が導かれることになる。 この制限は「積極的制限」と「予防的制限」に分類される。 前者は飢え、捨て子、戦争などによる死亡率の上昇であり、後者は出生率の低下である。 イングランドのように発展している国では、予防的制限が全階層にわたって行われているとされる。 上層ならば子供の養育による生活水準の低下を避けるために、 下層ならば子供の養育が不可能であるので結婚を遅らせる。 このように予防的制限が行われているから、人口増加率が低くなっているとした。 情念は不変である以上、結婚までの間に何らかの不道徳な行いがあるとマルサスは見ている。

「結婚に対するこれらの〔予防的〕制限の効果は、その結果としての、世界のほとんど 全ての地域で生み出されている諸悪徳、両性を脱出しがたい不幸にたえずまきこむ 諸悪徳のうちに、きわめて顕著に見られるであろう。」 (『人口論』54頁)
かくして積極的制限も予防的制限もいずれも決して望ましいものではない。 「人口の優勢な力は、不幸あるいは悪徳を生み出さないでは制限されない」(36頁)と いうことになる。
マルサスは予防的制限から次のように人口は変動すると考えた。 困窮の時期には結婚に対する障害が大きくなるので出生率は低下し、 また賃金も低下する。 その結果、農業者には安価となった労働を雇用するインセンティブが生まれ、 耕作地を増大させる。 こうして食料は増加し、労働者の生活水準は上昇する。 その結果、制限は緩和され出生率は高まる。 かくして、人口は増加する時期と停滞(あるいは減少)する時期とが 交互に繰り返され(32頁)、波動(oscilation)が生まれるとした。

■道徳的抑制
不幸や悪徳が必然であるとするマルサスの社会観には多くの批判が向けられた。 そのために、『人口論』第2版(1803)から新たな制限として 「道徳的抑制 moral restraint」を導入した。

「予防的制限のうち不規則な(irregular)満足を伴わないものを、道徳的抑制と 名づけてもよいだろう」(2nd ed.,p.11)。
「道徳的抑制によって、慎重の動機から出た結婚の抑制と その期間中に厳密に道徳的な行動をとることを意味する」(3rd ed.,p.19)
言うまでもなく、道徳的抑制こそ望ましい制限である。 ただし、道徳的抑制が十分に広まる可能性について、マルサスは必ずしも明るい展望を いだくことはなかった。
マルサスを批判するの陣営からは、道徳的抑制を導入したことをもって、 「情念不変論を放棄したことになるからゴドウィン批判に失敗した」 とする受け止め方が生まれた。 しかし、後に見るように道徳的抑制を実行させるためには、私有財産制や結婚制度が 必要であると考えているから、ゴドウィンとの距離が大きく変化したわけではない。
■神学と人口原理
牧師でもあったマルサスは、キリスト教の大枠の中で人口原理を考察していた。マルサスにとって人口原理は神が与えた法則であり、文明の進歩を説明する原理でもあった。初版『人口論』の最終2章は人口原理の神学的意味の解明に当てられている。この世に悪が存在することと神の存在とを整合的に説明しようとする議論のことを「弁神論」と言う。最終2章は経済学的観点からの弁神論となっている。

「神は人口が食糧よりもはるかに速く増加すべきことを命じた。この一般法則は、疑 いもなく多くの部分的害悪を生み出すが、ほんのわずかな考察だけで、おそらくわれ わはそれをはるかに越える利益をも生み出すことを納得できるであろう。強い刺激が 活動を生むのに必要だと思われる。」(206頁)
食料を上回る人口の増加があるからこそ、勤勉の精神が育ち、窮乏を免れるために知性を向上させてきたのである。もし「人口と食糧とが同じ比率で増大したとすれば、 人間はおそらく未開状態から脱しなかったであろう」(207頁)とマルサスは主張している。

「害悪が世界に存在するのは、絶望を生むためではなく、活動を生むためである。われわれは、それに忍従すべきではなく、それを避けることに努めるべきである。自分自身および影響をおよぼすことのできる範囲から、害悪を除去することに最大限の努力をつくすことは、すべての個人の利益だけでなく、義務でもあり、そして彼がこの義務を遂行する程度、努力をかたむける賢明さの程度、これらの努力が成功する程度が、大きければ大きいほど、それだけ自己自身の精神をおそらく改善し、高めるであろうし、またそれだけ完全に、創造者の意志を実行するように思われる。」(222頁)
18世紀末から19世紀にかけては、地質学や生物学などの自然科学において、旧来のキリスト教の教義と矛盾するかのような知見が数多く提出されていた。こうした状況の中で、教義を時代遅れのものと捨て去るのではなく、新しい学問的な知見と神学が整合することを主張する学者が活躍した。こうした学者は神のデザインを自然現象の中に見出そうとする方向で研究を行っていった。

同じ問題は商業社会を擁護する経済学においても問われていた。すなわち、商業社会は慈善(charity)の精神を破壊し、利己心を増長させる社会で、キリスト教の道徳から見ると望ましくないという議論である。マルサスはこうした議論に対して、キリスト教の教義と商業社会のあり方とが、さらには経済学とが矛盾しないことを示したことになる。

私有財産・結婚制度の擁護
マルサスはゴドウィンの平等社会は自壊し、 私有財産制度と結婚制度は必然的に生まれるであろうし、 私有財産と結婚制度がある社会では、子供の扶養コストは両親が負担しなければならない。 その結果、子供を扶養する経済力が生まれるまでは結婚を延期せざるをえなくなる。 こうして、これらの制度が人口抑制の動機を生み出すことを肯定的に評価した。

「既存の財産制度がなければ、全ての人間は自分のわずかな貯えを力で防衛せざるをえない であろう。利己心は勝利するであろう。争いの主題は永久に存続するであろう。」 (『人口論』112頁)
「結婚の制度、あるいは少なくとも、全ての人間にとって自分自身の子供を扶養すべき 明示あるいは暗黙の義務の制度は、われわれが想定した諸困難のもとにある社会においては、 自然な推論の結果である。」 (『人口論』122頁)
マルサスは、これらの制度の帰結が不平等を必然化することを認めている(124頁)。 この点ではスミスと同様である。 しかし、スミスが論じた富裕の一般化論をマルサスは批判した。
スミス批判
スミスが国富の増大と下層階級の富裕化とを同一視していることを批判した。

「一国の富を増大させる傾向のある諸原因はまた、一般的に言えば、下層諸階級の 人々の幸福を増大させる傾向があることも、私は承知している。しかし、アダム・ スミスはこの二つの研究を実際以上に密接に関連するものと考え、少なくとも社会 の富が増大しても、労働する人々の安楽を増大させる傾向を全くもたない事例にふ れることをやめてしまった。」(『人口論』176頁)
マルサスの考えでは、工業製品の生産が増大しても、食料の生産が増大しなければ、 労働者の状態を改善することにはならない。 蓄積の結果、工業部門が成長したとしても、それが農業部門からの労働者の吸引を引き起こし、 食料生産をかえって減少させる可能性さえある。 蓄積によって仮に労働者の貨幣賃金が増大したとしても、 食料価格の騰貴をもたらすだけに終わるかもしれない。 もちろん、食料価格の騰貴は、農業部面での投資を増大させることになる。 マルサスもそれを肯定するが、しかし資本が移動するのに時間がかかると反論する。

「食料価格の騰貴によって、ただちに若干の追加資本が農業に振り向けられるから、 私が想定したような事態は起こらないと言われるかもしれない。 しかし、それはきわめてゆっくりとしか起こらない。 なぜなら、注意すべきことに、労働の価格の騰貴が、食料の騰貴に先行したのである。 それゆえ、そう〔労働の価格の騰貴〕でなければ、土地の生産物の増加した価値が もたらす農業上の良い効果を妨げるであろう。」(『人口論』179頁)
マルサスは産業革命期に発生した貧困問題の原因を、農業を上回る急速な工業の成長に 見出したのである。
救貧法批判
19世紀末(1795年)にスピーナムランド制度と呼ばれる制度がイングランドで広まる。スピーナムランド制度は賃金がある水準を下回った場合に、救貧税によって賃金補助を行う制度のことである。今風に言えば、地方自治体による公的扶助ということになる。この制度が実施されたために、中小の地主たちは救貧税の負担増大に対して不満を抱くようになる。『人口論』初版の主要な目的はゴドウィン批判であったが、第2版以後は救貧法批判が主要な目的となっていく。マルサスの救貧法批判は、社会制度を改良しても害悪はなくならないとする議論の系論と言えよう。

マルサスの救貧法批判のポイントは、労働者に給付を行うと予防的制限(あるいは道徳的制限)のインセンティヴが破壊されること、また給付を受けることで労働者の勤勉の精神が破壊されることにあった。

「その〔救貧法の〕第1の明白な傾向は、人口を扶養すべき食物を増加することなく、 人口を増大させることである。貧民は、教区の扶助なしには家族を養っていける 見込みがほとんどあるいは全くないのに結婚する。 したがって、救貧法は貧民を創りだして、それを扶養しているといえよう。」 (『人口6』417頁)
「イングランドにとって幸いなことに、独立の精神はまだ農民層の間に残っている。 救貧法はこの精神を根絶する強い傾向を持っている。」(『人口6』418頁)
マルサスは一定の周知期間を得た後に、救貧法を廃止すべきであると提言した。 人口原理をベースにしたマルサスの救貧法批判は、 救貧法改正運動の中で多いに利用されていくことになる。 1834年に救貧法は改正され、院外給付は厳しく制限されていく。 マルサスは政府が直接貧困問題を解決することは不可能であると見ていたが、 教育制度を整備することで、将来を配慮できる人間の育成を通じて、 道徳的抑制を普及させる条件を整えることは可能であると考えていた。
http://park.saitama-u.ac.jp/~yanagisawa/het04/malthus.html

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