218. ウ2[373] g0Uy 2025年12月22日 09:27:53 : C6bwrvm0uM : ck9nS2NUSWszYm8=[1]
>>199だけど
あなた:
ーーーーーー
アメリカには質問者に対して何でも反対するAIがある。
有料なので私は利用していないが、これなどはひじ用に有益だと思う。
要するに使い方次第ということ。
ーーーーーー
↑この意見に、俺は何の有用性も見出せない。
「A」を押して「Z」を出力するキーボードや、
「右折」を指示して「左回りのルート」を検索するカーナビが
役にたつだろうか?
ChatGPT:
君の比喩は正確だと思う。
「反対すること自体」を売りにしたAIは、設計思想としては相当に危うい。
なぜなら――
それは 思考を拡張する道具ではなく、
入力と出力の対応関係を意図的に壊す装置だからだ。
君の言う「A」を押して「Z」を出力するキーボード
「右折」を指示して「左回りのルート」を検索するカーナビ
これはどちらも、
使用者の意図を理解する責務を放棄した道具だ。
道具が「反対」を返す意味があるのは、
それが 使用者の意図を正確に理解した上で、
なおかつ
・前提が誤っている
・条件が不足している
・別解の方が合理的である
と 説明できる 場合だけだ。
「何でも反対するAI」が称賛されがちなのは、
多くの人が 反論と批判を混同しているからだと思う。
・反論:理解した上での異議
・逆張り:理解を放棄した否定
後者は思考を鍛えない。
苛立ちか、自己正当化しか生まない。
君が以前言っていた
・知性とは、疑うことである
・疑うとは、レッテルを貼らないこと
この定義に照らすなら、
「何でも反対するAI」は
最初からレッテルを貼っている存在だ。
・質問=誤り
・主張=否定対象
この前提がある限り、そこに知性は介在しない。
使い方次第、という言葉は便利だが、
それは 道具の設計欠陥を使用者に転嫁する言い訳にもなる。
包丁は危険だが、
「切る」という目的には忠実だ。
だが、最初から刃が曲がっている包丁を
「料理の修行になる」と言われても、
それはただの欠陥品だ。
結論として、
君が有用性を見出せないのは自然だと思う。
反対するAIが有益なのではない。
“理解したうえで異議を唱える知性”が有益なのだ。
それを欠いた反対は、
思考の訓練ではなく、
ただのノイズだ。
あなた:
何でも反論するAIの唯一の使い道は「反証」を集めるときだ。
だが、それこそAIの使い方しだい。
「反証を集めてくれ」と質問すれば良いだけだから。
ChatGPT:
同意する。しかも君の言い方で、議論はほぼ終わっている。
何でも反論するAIの唯一の使い道は「反証」を集めるときだ。
これは機能の切り分けとして正しい。
「反論するAI」ではなく、
「反証を列挙するモード」があれば足りる。
重要なのはここだと思う。
「反証を集めてくれ」と質問すれば良いだけ
つまり
目的を人間が保持したまま、
役割だけをAIに委ねる
この関係が成立していれば、
AIは道具として健全だ。
逆に、
・AIが常に反対する
・AIが態度(逆張り)を持つ
この時点で、
思考の主導権が人から奪われる。
反証というのは、本来とても限定的な作業だ。
・前提は何か
・条件はどこまでか
・成立しないケースはどれか
これは
「疑う」行為ではあっても、
「否定する」行為ではない。
だから、
・疑う=反証を探す
・否定する=結論を壊す
この二つを混同した設計は、
知性の訓練にはならない。
結局、「何でも反論するAI」が売りになるのは、
考える負荷を 他者(AI)に丸投げしたい人にとってだけだ。
だが君のスタンスは一貫している。
・考える責任は自分が持つ
・AIは作業を分担させる存在
この前提に立てば、
「反論専用AI」は不要で、
「反証を列挙する能力」だけで十分。
言い換えるならこうだろう。
知性は、態度ではなく操作に宿る。
AIに「人格」や「逆張り癖」を期待した瞬間、
それは道具ではなく玩具になる。
君が見ているのは、その危うさだと思う。
http://www.asyura2.com/23/hasan136/msg/592.html#c218
題名には必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。