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その時、馬に神が宿った2 _ ステイゴールド
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/400.html
投稿者 中川隆 日時 2010 年 9 月 02 日 23:12:46: 3bF/xW6Ehzs4I
 

(回答先: 伝説のツインターボ _ その時、馬に神が宿った 投稿者 中川隆 日時 2010 年 9 月 02 日 22:08:19)


2001 ドバイシーマクラシック(G2) ステイゴールド
http://www.youtube.com/watch?v=hwvUiZ-MrrA&feature=related

Stay Gold in HongKong Vase 2001
http://www.youtube.com/watch?v=QInd_ApcU7w&feature=related

【黄金旅程の始まり】

 2001年、7歳を迎え、晩年のステイゴールドは一着賞金1億5000万、ドバイシーマクラシックへ挑戦した。本命は地元ドバイのファンタスティックライト。

 ワールドレーシングシリーズ(競馬のF1グランプリ。世界15戦でポイントを競う。凱旋門賞、キングジョージ、ジャパンカップなど)のチャンピオンで、この年、欧州年度代表馬&アメリカのエクリプス賞・芝部門代表馬に輝いているファンタスティックライトは、間違いなく”現役世界最強馬”である。

 レースは最後の長い直線、ファンタスティックライトが先に先頭に立つ。

その後から、ただ一頭同じ脚色で追うのがステイゴールドだった。

必死にファンタスティックライトに詰め寄るステイゴールド。

 しかし、わずかに届かない・・・。

残り200mで、そういう脚色に見えた。

 だが、残り100m。さらに一歩一歩差を詰めるステイゴールドはゴール板をファンタスティックライトと全く同じタイミングで駆け抜けた。

 判定は写真でなければわからない微々たる差であった。

 そしてこの激闘に勝利を収めたのはステイゴールドであった。

「まさか、勝ってしまうとは・・・。」

ステイゴールドはまたしても我々を裏切って驚かせたのであった。

今度は称賛と共に・・・。

【翼の生えた小さな戦士】

 その後、日本へ帰国した後のレースでも相変わらず今一歩が続き、「シルバーコレクター」という評価は変わらなかった。

 そして、この年の秋で引退が決定。

 なんとかG1を手にしたいステイゴゴールドは無敵のテイエムオペラオーとの強烈な叩き合いを制し、1着でゴールするも張り切りすぎたかゴール前で他馬の進路を妨害したとして失格となってしまった。


結局、秋のG1戦線も勝てず、引退レースを迎えることとなる。


 引退のレースは香港国際競争の香港ヴァーズ(G1)になった。

ドバイで見せたあの勇姿を再現するために。

そして、最初で最後のG1制覇を成し遂げるために・・・。

 (不運にもドバイシーマクラシックは例年のパフォーマンスの高さから、ステイゴールドが制覇した翌年からG1に昇格した。)

 当日、ステイゴールドは1番人気。実はステイゴールド、1番人気に支持されたレースでは(未勝利時代を除いて)連対率100%というファン思い(?)の馬でもある。


 この引退レースが50戦目。ここまで幾多の名馬達と鎬を削ってきた。

シルクジャスティス、メジロブライト、サイレンススズカ、スペシャルウィーク、グラスワンダー、テイエムオペラオー、メイショウドトウ・・・。

  『相手が強い程、燃える!』

ステイゴールドはそういう馬だった。


 G1制覇を目前にして時にはハナ差で辛酸も舐めた。

ステイゴールドが欲しかったG1タイトルのチャンスはついにあと一回、この香港ヴァーズのみとなった。

 そのレースは終盤の直線入口でL.デットーリ騎乗、ドバイのエクラーが巧妙な逃げ切りを図っていた。

ただ一頭、悠々と直線に入った際のエクラーの脚色からしても

「この距離では、後ろからは絶対届かない・・・。」

誰もがそう思う程のリードがあった。

 その時、エクラー以外一団となる後続集団から、ステイゴールドがただ一頭、馬群から抜け出し懸命をその差を詰めてきた・・・。

 まるで弾けたかのような伸びで後続を一気に突き放すステイゴールドであったが、エクラーはまだ、遥か前にいた。

 「やはり届かないか・・・。」

 世界中の人々はそう思ったことだろう。

だが、日本のファン達はあることに気づいた。


先頭はドバイの雄、絶対に届かない差、懸命に走るステイゴールド・・・。

これは、まるでドバイの再現ではないか・・・。


(ラジオ実況)

「・・・エクラー先頭。

3馬身のリード。

さあステイゴールドが外から上がってきた!

3番手から2番手。

その内にダリアプール。

ファンデーションスピリットの体制だ!

さあ一気にステイゴールドが2番手まで上がってきた!

残り300メートル。

しかし前までは5馬身ある!

先頭はエクラー!ドバイ!200を切った。

さあステイゴールドがんばれ!!

ステイゴールド追ってくる!

ステイゴールド追ってくる!

単独2番手だ!

前までまだ3馬身ある!

ステイゴールド、ステイゴールド追ってくる!


ステイゴールド!差し切れ!!!          

ステイゴールド!ステイゴールド!

エクラー!

ステイゴールド!

ステイゴールド!ステイゴールド!ステイゴールドーーーッ!!!

差し切ったぁーーー!!!!

ラストランを見事に飾ったステイゴールド!!

・・・引退の花道。

勝利で飾った!

G1制覇!

悲願のG1制覇です。」


【”stay gold”】

 ラスト150m辺りで内によれてしまうステイゴールドであったが、手前を変えると、爆発したようにさらに鋭い末脚を繰り出した。

 

 「決め手不足」、「勝負根性がない」といわれたステイゴールドは果たしてその通りだったのだろうか?

 騎乗していた武は、「最後は羽が生えたようだった。」とステイゴールドの末脚を表現した。

「――お前、よくわからん奴だったけど、決めるときは決めるんだなぁ」。

 嬉し涙に濡れながら、池江泰郎調教師はそうステイゴールドに語りかけたという。

ドラマティックとしか言い様のないレースだった。

「映画や小説のような都合のいい感動話は、現実には起こらないんだよ。」

それは正論かも知れない。

しかし、ステイゴールドは”役者が違う”のだ。

この馬はそんな感動話を見事に作り上げてしまった。

なぜなら彼は名馬だから・・・。

 香港のゼッケンにはステイゴールドの漢字表記「黄金旅程」が記されている。

 それは、世界へと羽ばたき、旅路の果てに黄金を手にしたステイゴールド自身を出来すぎたように表した言葉であった。

 
 ”stay gold”それは”永遠の輝き”

引退レースで悲願のG1制覇を成し遂げたステイゴールドは、人々の記憶の中でこれからも永遠の輝きを放ち続けるだろう。

http://houtobega-eien.at.webry.info/200512/article_11.html

最後の伸びは神がかり的だ。こんな脚を見たことはない。

これを書いていても鳥肌が立つくらい凄まじいレース、一生忘れることはないだろう。

ステイゴールドのベストレース、そして武豊騎手の名騎乗に拍手を贈りたい。


レースを見ていてひとつ感じたことがある。

ステイゴールドはよれてラチまで行ったときに武豊騎手は馬と喧嘩せずにフワッ〜とした感じで手綱をくれてやった。

そうしたらステイゴールドの闘志が再点火して、騎手に追われるからではなく、自分から前を捕えに行ったのだ。

ステイゴールドのこの性格を武豊騎手は見抜いていたのだろう。

これまでステイゴールドに騎乗した騎手がみな格闘していたが、もしかするとステイゴールドはそういう騎手をあざ笑っていたのかもしれない。
http://www.keiba-dojo.com/i/so04/8.shtml

20世紀の名馬 ステイゴールド
http://www.youtube.com/watch?v=iceTLMTzTBA&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=QTuSG4-BmJk&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=7cVzCJz5C94&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=Lf5WItSUhVM&feature=related

 

  拍手はせず、拍手一覧を見る

コメント
 
01. 2010年9月12日 11:05:29: MiKEdq2F3Q

これ本当かな?


147 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2010/09/09(木) 21:48:39 ID:iaK4dNqE0

ディープインパクトは強かったけど出てきたときからエルコンと同じタイプでエルコンをコンパクトにした馬だと思ったな。

凱旋門もエルコンの2着に対して3着だったしやはりと言う感じだった、

後にドーピングが分かってステイの香港思い出して
あの時のステイと同じ末脚のタイプだと気づいて同じ厩舎だったのでそういうことかと残念に思ったよ。


156 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2010/09/09(木) 22:07:19 ID:WFKuWmIyP
ステイゴールドもやっちゃってたの?

157 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2010/09/09(木) 22:09:46 ID:iaK4dNqE0
あくまで推測だがドバイでの走りや香港での差しきった時の末脚は国内では一度も見せたことが無いパフォーマンスだったからね。


163 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2010/09/09(木) 23:02:56 ID:iaK4dNqE0
ドーピングにもノウハウが必要だからディープでいきなりノウハウ掴んで使ったとは考えづらいしな。
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/keiba/1283955866/

724: こんな名無しでは、どうしようもないよ。 2010/04/23(金) 02:37:58 rIexvqYG

ステゴも池江だったし、香港でのあの脚はドーピングくせーしな


725: こんな名無しでは、どうしようもないよ。 2010/04/23(金) 02:45:09 rIexvqYG
池江の息子が薬に詳しいとどっかで見た


740: こんな名無しでは、どうしようもないよ。 2010/04/25(日) 00:29:11 ID:u5lWa+Oz

ディープは母父ノーザン系で即禁止になるぐらい効果あるドーピングしてたのに、キンカメにかなわなかったハーツとか凱旋門で普通に負けたり、買ったレースも相手弱いのしかいないし、

ステイの香港でのパフォーマンスでドーピング成功してディープで使い方極めたとしか思えん。

言い訳せずに罰金払って失格受け入れたってことはそうだろう。

以前から長距離レースでほかにも怪しい馬いたが、イプラ禁止になったとたん菊花賞や天皇賞春など昔強かったタイプの馬が勝つ様になったからな
http://2bangai.net/read/93448cde38e285744b6aae1c206960628650165fe39e65734f7df582cb6974f6/all


___________


週刊文春2006年11月2日号は

「ベンチプルミンシロップ投与についての池江泰寿調教師に対する事情聴取」

と称するJRA内部文書の存在と、その概要を報じている。

文春の報道によれば(以下、カッコつき文章はすべて文春から引用)

ディープインパクトを管理する池江泰郎調教師の長男、池江泰寿調教師が禁止薬物を含むベンチプルミンシロップを投与した疑惑があり

2年前の2004年10月10日夕方、JRAから事情聴取を受けたことを示す文書がある、

というのがおおまかな内容。
http://blog.livedoor.jp/dope_impact/archives/50176410.html

92 :名無しさん@実況で競馬板アウト[sage] 投稿日:2009-08-26 13:56:45 ID:cOCyq51+0

「今回の遠征には池江泰郎調教師の子息である池江泰寿調教師も管理馬のピカレスクコート号とともに帯同しています。


彼の薬物の知識はケイバ界でも相当なものと聞いています。


ディープは気管が弱かったので、薬を常用していたとしても不思議はない。

海外に出たことで引っかかってしまった、ということはありえますね」

池江泰寿調教師は約2年間、欧米で修行してきた経験を持ち、

「(薬物の知識は)そのときに得た」(前出のターフライター)といわれている。


週刊文春は記事中で、泰寿調教師に過去、薬物疑惑があったことも記している。
http://www.j-cast.com/2006/11/21003928.html


289 :名無しさん@実況で競馬板アウト[sage] 投稿日:2009-09-04 13:02:25 ID:FCh0imIQ0

池江郎師、吸入治療「時々していた」…ディープ薬物騒動語る

http://b.hatena.ne.jp/entry/hochi.yomiuri.co.jp/horserace/news/20061022-OHT1T00077.htm


308 :名無しさん@実況で競馬板アウト[sage] 投稿日:2009-09-05 04:15:38 ID:6NVAP6Pp0

当時、日本は使用が認められてたって事は、薬物検査でイプラが出ても スルーって事だよね。

それで、当時から禁止だったフランスでディープが引っかかってイプラと言う薬物が表に出てきた。

と言うことは、それがなかったら表には出なかったってことでしょ。

だとしたなら、イプラが競争能力を上げると知っていた調教師は問題になるまでは、全員普通に使ってたと思うけどな。

と言うか池江氏の管理馬は使ってなきゃおかしいよ。


215 :名無しさん@実況で競馬板アウト[sage] 投稿日:2009-09-02 01:02:48 ID:Vqqn9mQw0

スポーツの世界でも普通にドーピングなんだけど、現行犯以外での立証が困難なので実質的に野放し状態なんだよね・・・

ましてや、禁止もされていない競馬の世界。

池江寿師が薬物について詳しかったおかげで、ディープは色々とメリットを受ける事ができた。

でも、これは馬のせいではないからね。

それにドーピングがバリバリの時代だったセクレタリアトがストロイド+興奮剤かませすぎて暴走したベルモントステークスよりなんか見ちゃうと、ディープなんかかわいいもんだよw

11 :名無しさん@実況で競馬板アウト[sage] 投稿日:2009-08-24 01:41:37 ID:TnNsGS9Y0

そうなるとナリタブライアンはドーピングだった可能性が高いですね

つまり94年には既にこのような「スターホース作り」が行われていたことになりますね

恐ろしいことです


423 :名無しさん@実況で競馬板アウト[] 投稿日:2009-09-16 21:24:19 ID:4C4J2H+EO

今現在は禁止薬物になっているのは知っているのだけど…

治療薬として使用可能ならば、要はレース後の薬物検査で検出されなけば無問題って解釈でいいのかな?

ならば、仮定の話になるが、イプラで競争能力が上がるのであれば今現在も使用してる馬がいる可能性があるよね?

ちなみにイプラを使用したさいに生じる副作用みたいなものはある?

424 :名無しさん@実況で競馬板アウト[] 投稿日:2009-09-16 21:43:06 ID:XuUHPotRO>>423

副作用は早死にの可能性だけやね

エル、ナリブ…

いとかなし

20 :名無しさん@実況で競馬板アウト[sage] 投稿日:2009-08-24 03:51:01 ID:C0ukXrBxO

ノーザンファーム生産の幼駒達が突然稽古で走るようになったのがディープ世代からで
それに疑惑の目を向けてる人がドーピング失格騒ぎの頃に何人かいた記憶がある

確かノーザンが全天候型の走路が出来た事を自慢していたころなんだけど
たかが屋根付き走路一つで見た目にも体のつくりが違ってくるなんて
そんな露骨なまでの変化ありえないとかなんとか


135 :名無しさん@実況で競馬板アウト[] 投稿日:2009-08-27 10:59:58 ID:9/SsvtDY0>>20

ノーザンの馬ばかり活躍している昨今だが、イプラ疑惑が常につきまとっているからな。

これはノーザンへの警告と同時に、他の馬主からの依頼でもあったと聞いている。

あまりにもおかしすぎないかと。


452 :名無しさん@実況で競馬板アウト[] 投稿日:2009-09-20 15:16:11 ID:whd0aoJmO

社台F生まれは種馬としても活躍できるがノーザンF生まれは種馬失敗馬多数。

やはり薬が原因か


26 :名無しさん@実況で競馬板アウト[] 投稿日:2009-08-24 04:15:46 ID:n6yQyviPO

でも、ディープの筋肉は素人目にも違いが歴然なくらい凄かったよ


31 :名無しさん@実況で競馬板アウト[] 投稿日:2009-08-24 06:18:57 ID:QOjPcUNhO
成長ホルモン剤との併用使用だね
http://kakolog.desktop2ch.net/keiba/1251045237/

28 :名無しさん@実況で競馬板アウト:2010/02/16(火) 10:24:55 ID:jX7armqI0

特定厩舎の馬が筋肉モリモリになるのはなんで?

30 :名無しさん@実況で競馬板アウト[sage]:2010/02/16(火) 11:11:20 ID:oYH6TQseP

松国の馬なんて、筋肉の付き方どころか、立ち方、歩き方、走り方までみんな同じ。

なんか凄い科学技術を持ってて、強い馬のクローンを作ってるとしか思えない。

http://www.unkar.org/read/dubai.2ch.net/keiba/1266135750

156 :名無しさん@実況で競馬板アウト[sage]:2009/07/18(土) 19:16:35 ID:mD+oqs1P0

イプラトロピウムなんて当時はみんな使ってたよ

157 :名無しさん@実況で競馬板アウト[sage]:2009/07/18(土) 19:31:16 ID:n3Z773/X0

禁止にされていない能力向上に効果のある薬物があるのに使ってなかったんならその調教師は無能ということ
http://www.unkar.org/read/dubai.2ch.net/keiba/1247553751


02. らいだー 2014年3月24日 22:07:07 : lc7iGvb8beDRU : 5i9bxS4ZvQ
エルコン信者=関東人
栗東圏では最強と思う人は皆無。他にもいっぱいいるからさ。
だって関東馬エルコンとグラスワンダーとクリスエスしかいないもん。

03. 2015年2月06日 16:39:39 : b5JdkWvGxs

ステイゴールドの訃報、熊沢「何回も泣かされただけに思い入れが強い」

2月6日(金)12時19分配信


5日に急死したステイゴールドへの惜別の思いを語った熊沢重文騎手


 5日に急死したステイゴールド。デビューの頃からコンビを組み、50戦のうち33戦で手綱をとった熊沢重文騎手が、惜別の思いを語った。

「訃報を聞いて驚きました。種牡馬としてもまだまだ若かったですし、残念でなりません。

デビューの頃から長いことコンビを組ませてもらって、自分では大きいところを勝たせてやれなかったのは残念ですが、あの気の強いところに何回も泣かされてきた馬で、それだけに思い入れもすごくあります。

当時、こんなこともありました。調教にもよく乗せてもらっていたんです。厩舎から坂路に向かう時に逍遥馬道を通るんですが、その道中で、多い時には3回落とされたこともありました。

立ち上がったりも、よくしてましたね。普通の馬なら立ち上がるだけで終わりですけど、ステイゴールドは立ち上がって、そのまま10歩くらい歩いちゃうんですよ。それでもひっくり返ることがなかった。当時から本当に身体能力が高かったですね。

(産駒の)オルフェーヴルを見ていても、あの気の強いところがそのまま出てますよね。でも、走る馬って単にうるさいだけじゃない。悪さはしても、手が付けられないくらいにはならなくて、上手くおさまる賢さも持ってる。ステイゴールドはそういうふうになっていったし、オルフェーヴルも同じように成長していったように思えます。そういうところも血統なのかなって思いますね。

小柄な馬で、気持ちの強さもあったから、レース後の回復がとにかく早かった。疲れという疲れを感じたことがないですね。たくさんの思い出のある馬。あんな個性的な馬、なかなかいないですよね。ゆっくり休んでほしいです」


04. 中川隆 2015年2月06日 16:44:04 : 3bF/xW6Ehzs4I : b5JdkWvGxs

2014年05月22日(木) 石田敏徳

池江泰寿調教師が語る「ステイゴールド」と血統の魅力、そして「アッシュゴールド」

『黄金の旅路 人智を超えた馬・ステイゴールドの物語』番外編インタビュー
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/39324


現役時代、50戦7勝だったステイゴールドが、史上7頭目の「三冠馬」オルフェーヴル、ダービー(6月1日開催)出走予定の「2歳女王」レッドリヴェール、「天皇賞・春2連覇」フェノーメノ、「GT4勝」ゴールドシップといった大物産駒を次々と輩出するまでの軌跡を描いた、『黄金の旅路 人智を超えた馬・ステイゴールドの物語』がこのたび講談社から刊行された。そこで今回、著者の石田敏徳氏が、ステイゴールドの調教助手を務めた池江泰寿氏(現調教師)に特別インタビューをした。池江師は、知られざるステイゴールドの現役時代のエピソードから、ステイゴールド産駒とディープインパクト産駒の違い、ダービー出走予定のトゥザワールドとトーセンスターダムの分析、そして、いよいよ今夏デビュー予定の注目馬<Aッシュゴールド(オルフェーヴル、ドリームジャーニーの全弟)への期待まで、縦横無尽に語ってくれた。

まるで肉食獣のような激しい馬だった

──調教助手として携わった現役時代、競走馬としてのステイゴールドにはどんな印象を抱いていましたか?

池江:とにかく「我の強い馬だった」というのが最大の印象ですね。

 現役時代、一緒に戦ったスペシャルウィークやテイエムオペラオーなどと比べても、ステイゴールドは遜色のない能力を秘めてはいたんです。気性さえもう少し丸くなって、人間のいうことを聞いてくれるようになれば十分、そうした馬たちにも先着できる自信がありました。なのに、なかなか勝てない。スタッフの一人として、それが凄く歯がゆかったですね。

 周囲からはブロンズ、シルバーコレクターなどといわれましたが、決して2着、3着にしかこられないレベルの馬ではなかった。勝てる能力を秘めているのに、勝たせることができないという歯がゆさを感じ続けていました。

 ではなぜ、勝てなかったのかといえば、気性の激しさ、難しさ、要は我の強さが大きな要因。ただ、競走馬にとっては気性というファクターも能力のひとつですから。

──調教や運動の際には本当によく立ち上がったみたいですね。

池江:立ち上がりましたねえ。それに厩舎にいるときでもステイゴールドの馬房の前を通ると、コブラみたいに凄い勢いで人間に襲いかかってくるんです。とても草食動物とは思えない、そう、まるで肉食獣のような激しさを感じる馬でした。


──現役生活最後の秋、それだけの激しさ、我の強さを矯正するために、様々な工夫を凝らしたという話は、『黄金の旅路 人智を超えた馬・ステイゴールドの物語』にも書きました。それが実を結んでラストランでのGT制覇という劇的な勝利に繋がったわけですが、その香港ヴァーズでも最後の直線では突然、右側に斜行し、いったんは絶体絶命と思える状況に追い込まれました。

池江:ステイゴールドがレースで右側にもたれたのはあのときだけなんです。片側ブリンカーで視界を遮られているから左側には行けない。じゃあ右に行ってやれ、というね(笑)。常に何かをしでかして、「人間を困らせてやろう」と思っているようなところがあった馬ですから、あの斜行もそうした習性の表れだったんでしょう。

まさかここまで成功するとは……

──しかし武豊騎手の“マジック”が炸裂して、そこから奇跡的な差し切りを飾ります。本書にも書きましたが、あの勝利は種牡馬としての命運を左右する大きな1勝だったと思います。

池江:そうですね。ああいう強烈な勝ち方をすると、いい繁殖牝馬が集まりますから。逆にいえば、あのとき勝っていなければ、埋もれてしまっていてもおかしくはなかったと思いますよ。

──とはいえ種牡馬入りの当初、あのステイゴールドからこれだけコンスタントに大物が出てくるというイメージは誰も描けなかったはずです。

池江:僕もちょっと、ここまでの成功は想像できなかったですね。特に三冠馬、オルフェーヴル級の大物が出るとは思っていなかった。ステイゴールドが種牡馬入りした時期、サンデーサイレンスの直子の種牡馬って他にもたくさんいたじゃないですか。しかもGTをいくつも勝っている馬が何頭もいました。それらの馬に対してステイゴールドはGT勝ちが1勝だけ、馬格は小さいし、社台スタリオンステーションにも入れなかったわけです。だからここまでの成功を収めるなんて、「まさか」というのが正直なところですよね。

──現実にこれだけの成功を収めていることについてはどんな感想を持っていますか?

池江:もう、単純に嬉しいですよ。本当に嬉しい。あの馬はなんか、戦友みたいな間柄の馬でしたから。ドバイにも香港にも一緒に行って、しかも両方、勝ってくれたわけですし。だからオルフェーヴルが出たとき、特にダービーを勝ったときはしみじみ、「ステイゴールドが僕に贈り物をしてくれたんだな」と感じました。

──先生が管理されたオルフェーヴルと(兄の)ドリームジャーニーは、ステイゴールドの種牡馬としての名声を確立した存在といえます。あの兄弟について、“父のDNA”はどんなところに感じましたか?


池江:どちらかといえば、ドリームジャーニーのほうが父親によく似ていた気がします。馬体は小さいけれど俊敏だったところもそうですが、キャラクター、気性的にも、ドリームジャーニーのほうがわがままでしたから。競馬でも、ドリームジャーニーのほうがやっぱり成績の波が激しかったですよね。

 一方のオルフェーヴルは阪神大賞典や凱旋門賞のようなこともたまにはありましたが、トータルで見れば割と走るのが好きで、競馬でもすべての能力を出し切ってくれたタイプ。ステイゴールドの産駒にはちょっとムラなところがあるなかで、オルフェーヴルの勝率はかなり優秀でした。あの馬は(母の父の)メジロマックイーンの安定性も兼ね備えていましたし、姿形を見ていると(母系の種牡馬である)ノーザンテーストやディクタスにもよく似ていましたね。

ステイ産駒とディープ産駒の違い

──現在、日本の生産界で大きな成功を収めている種牡馬といえば、今年もリーディングの首位を快走しているディープインパクトが筆頭格にあたります。先生にとってはディープインパクトも“身近な存在”といえる馬ですよね?

池江:そうですね。ディープインパクトは僕が独立して、自分の厩舎を開業してから(父の池江泰郎元調教師が管理した)の馬ですが、どんな調教をしているかとか、長所、短所などは父からずっと聞いていましたから。

──ステイゴールドとディープインパクト。産駒の特徴を比較すると?

池江:ディープインパクト産駒のほうが、気性的にはやっぱり安定しています。管理する側からすると「やりやすい」という言い方になると思います。対してステイゴールドの産駒は激しいというか、我の強いタイプが多いので、なかなか難しい面もありますね。

──そのかわり、長打力の比較ではディープインパクト産駒にも全然負けていないイメージです。

池江:ええ。繁殖牝馬のレベルが決して高くなかったなかからも、これだけ大物を出してきたわけですから。ステイゴールドの種牡馬能力は相当高いんだなって思います。

──そうした特徴の違いを実感できるのは、ステイゴールドともディープインパクトとも、身近な立場で携わったおかげなのでしょうか?

池江:血統についてはあまり、先入観を持ちすぎてはいけないと僕は考えています。父親やお兄さんのときはこうだったからと、その経験に縛られて、まったく同じことをしようとしてはダメ。でもやっぱり、参考になることも多くて、父親、母親、あるいはきょうだいを直接、手がけたという経験は、非常に大きなアドバンテージになっています。


──ステイゴールドに携わった経験が、ドリームジャーニーに活かされたというエピソードは『黄金の旅路 人智を超えた馬・ステイゴールドの物語』にも書きました。オルフェーヴルについてはどうだったんでしょう?

池江:ドリームジャーニーと同じですよね。現役時代のステイゴールドって、凄く成長力があったんですよ。身近な立場で携わっていて、2段階、3段階ぐらいの成長力を肌で実感しました。引退レースの香港ヴァーズを勝ったときには豊君(武豊騎手)も、「もう1年、現役を続けられるなら、年度代表馬をとれる」と言ってくれたほどです。それぐらい成長力があったんですね。

 だからドリームジャーニーと同様、オルフェーヴルについても「この馬はまだまだ強くなる」という確信を常に抱いていました。実際、ステイゴールドのときと同じで、オルフェーヴルが(引退レースとなった)昨年の有馬記念を勝ったときには、「もっと強くなる」と思いましたよ。もし来年、凱旋門賞に出走できるなら、トレヴと再戦しても勝てるなと自信を持てるぐらいでした。

ダービー2014、トゥザワールドとトーセンスターダムは?

──身近な立場で携わった馬といえば、先生はこの春、自身と深い縁を持つ2頭の馬で2度目のダービー制覇に挑むことになります。そのうち、弥生賞の勝ち馬で皐月賞2着のトゥザワールドは、調教助手として担当したトゥザヴィクトリーの息子。トゥザヴィクトリーは先生にとって、どんな存在の馬ですか?

池江:やっぱり、かけがえのない馬ですよね。あの馬は入厩してきてから引退するまでほとんど毎日、僕が乗っていたんです。今も身につけているベルトのバックルには「トゥザヴィクトリー」という刻印を入れていますし、普段、愛用している双眼鏡にもトゥザヴィクトリーのキーホルダーをつけています。もちろん、思い入れの深さは「どちらが上」などと比べられるものではありませんが、僕にとって特別な存在であることは確かです。

──そのトゥザワールド、お母さんに似ているところはありますか?

池江:首の高い走法などはよく似ています。ただ、性格は似ていません。少しヒステリックな面があったトゥザヴィクトリーに対し、トゥザワールドにはそういうところがないんです。本当に賢い馬ですよ。

──もう1頭のトーセンスターダム(きさらぎ賞の勝ち馬)はディープインパクトの産駒です。


池江:見た目はあまり、父親には似ていないですけどね(笑)この馬の場合、肉体面の完成度は決してまだ高くない。腰が甘くて、全般的に“緩い”印象が先に立ちます。ただ、そんな身体でデビューから3連勝したという事実が、潜在能力の高さを物語っています。腰の部分がもっとしっかりしてきたら、もう一段上のギヤを使えるはずで、ダービーを迎える頃にはもっと完成度も高くなっていると思いますよ。

三冠と凱旋門賞を狙うアッシュゴールドと「血統の魅力」

──その一方では今年、父がステイゴールド、母がオリエンタルアートという血統の、オルフェーヴル、ドリームジャーニーの全弟にあたる2歳馬(馬名アッシュゴールド)も入厩してきます。1億8000万円という社台レースホースの募集価格からも大きな注目を集めていますが、この馬にはどんな期待を抱いてますか?

池江:見た目とか身のこなしが同じ時期のオルフェーヴルにそっくりで、様々な意味で非常にレベルの高い馬です。もちろん、三冠もとりたいし、夢はやっぱり凱旋門賞のリベンジですよね。この馬で是非、凱旋門賞を勝ちたいと思っています。

──“血の繋がり”から数々の新たなドラマが生まれていくことは、ブラッドスポーツとも呼ばれる競馬の魅力のひとつで、それは『黄金の旅路 人智を超えた馬・ステイゴールドの物語』に通底するテーマでもあります。競馬には馴染みが薄い方々に、「血統を通じて見る競馬の魅力」をアピールするとしたら、どんな表現になるでしょう?

池江:人間の世界って、自分がリアルタイムで見られるのは3代か4代ぐらい。しかし競馬の世界ではサイクルが早いから、すぐに子供が出てきて、孫が出てきます。そういう楽しみは競馬特有のものだと思いますね。たとえばプロ野球でも、自分が応援していた選手の子供がデビューするとなれば気になるでしょう? ボクシングとか、芸能界でもそう。だけどそれは20年後とかになってしまう。

 それが競馬の世界では5年ぐらいでもう、自分が見ていた馬の子供がデビューしてくるし、競馬を見続けていくほど、思い入れも深くなっていくはずです。

──自分だけの物語をつくれる?

池江:その通りですよね。今、こうやってステイゴールドのことを思い出していたら、話をしていくうちにどんどん、当時の記憶が鮮明に甦ってくるんです。現役時代のステイゴールドについて、コペルニクス的なアドバイスをくれたときの上村君(上村洋行元騎手)の表情とか、豊君が言った「来年は年度代表馬をとれる」という言葉とか。

 1頭の馬を通じて、過去の個人的な記憶がフラッシュバックした経験を持つ競馬ファンの方は多いでしょうし、そうした“記憶に残る”馬を1頭でも多く送り出せるよう、これからも頑張りたいですね。

池江泰寿(いけえ やすとし)

1969年京都生まれ。同志社大学卒業後、浅見国一厩舎所属の調教厩務員などを経て、94年に父・池江泰郎厩舎へ移籍。調教助手としてトゥザヴィクトリーやステイゴールドを管理。

2003年に調教師免許を取得し、04年厩舎開業後、ステイゴールド産駒のドリームジャーニーやオルフェーヴルなどを手掛け、12年にJRA賞(最多賞金獲得調教師賞)を受賞。

通算成績は417勝(うち重賞40勝/14年5月19日現在)。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/39324


05. 2015年2月06日 16:49:39 : b5JdkWvGxs
・ステイゴールド急死を惜しむ池江調教師「闘争心と心肺能力が非凡」2015年02月06日

・大接戦の末、「香港ヴァーズ」を勝利。現役最終戦で初GI制覇を飾ったステイゴールド(手前)
http://www.tokyo-sports.co.jp/race/horse/364438/attachment/%e3%80%8c%e9%a6%99%e6%b8%af%e3%83%b4%e3%82%a1%e3%83%bc%e3%82%ba%e3%80%8d%e3%82%92%e5%88%b6%e3%81%97%e3%81%9f%e3%82%b9%e3%83%86%e3%82%a4%e3%82%b4%e3%83%bc%e3%83%ab%e3%83%89/


・ 3冠馬オルフェーヴル、GI・5勝馬ゴールドシップ、グランプリ2勝馬ドリームジャーニー、仏GI凱旋門賞2着馬ナカヤマフェスタ…トップホースを数多く輩出してきた種牡馬ステイゴールド(21歳)が5日、けい養先の北海道日高町のブリーダーズスタリオンステーションで急死した。

・今年初めての種付けを終えた後体調が急変し同日夜に息絶えた。死因は不明だ。

・ ステイゴールドは、1994年生まれ。父サンデーサイレンス、母ゴールデンサッシュの間に生まれた。

・現役時代は目黒記念、日経新春杯とGIIを2勝したが、国内GIでは天皇賞・秋2着、有馬記念3着など勝利に一歩届かない善戦型だった。

・しかし7歳で臨んだ海外遠征で覚醒。2001年3月のドバイシーマクラシック(当時はGII)を勝ち、同年暮れの香港ヴァーズを快勝。引退戦でGI初制覇を果たした(JRA48戦5勝、海外2戦2勝)。

・ 現役引退後は種牡馬として大物(ドリームジャーニー、ナカヤマフェスタ、オルフェーヴル、マイネルネオス、ゴールドシップ、フェノーメノ、レッドリヴェール)を次々に送り出し一流サイアーとして君臨していた。

・同じサンデーサイレンス系のライバル・ディープインパクトが決め手とスピードを武器にしているのに対し、ステイゴールドはパワーとタフネス、成長力が売り。

・相対的に産駒数が少なく、気性がムラでコンスタントに勝ち星を稼ぐタイプではないためリーディングサイアーにはなれなかったが、ここ一番での無類の強さを発揮、後輩ディープ2世を撃破するシーンを何度も演出した。

・ このように強烈な個性で日本の競馬サークルを引っ張ってきただけに、今回の急死は惜しまれる。

・ 調教助手時代に海外遠征に帯同し、トレーナー転向後は代表産駒ドリームジャーニー、オルフェーヴルを管理した池江調教師は

・「昨日(5日)夜に知った。非常に残念」

と働き盛りでの急死を惜しんだ。続けて

・「一番の思い出は香港ヴァーズを勝ったこと。現役時代はどうしてもGIを勝たせてあげられずにスタッフとして歯がゆい思いをしていたので本当にうれしかった」。

・種牡馬としては

・「闘争心と心肺能力が非凡。これは現役時代のステイゴールドもそうだし、オルフェーヴル、ドリームジャーニー3頭に共通すること。実戦が終わった直後でも息が上がらずケロッとしていたことが何度もあった」。

・ 一方「黄金の旅路 人智を超えた馬・ステイゴールドの物語」で14年度JRA賞馬事文化賞を受賞した石田敏徳氏は、

・「突然のことで驚いています。先日の授賞式では元気だと聞いていましたから。ステイゴールドは決して恵まれているとはいえない環境からスタートして大種牡馬になりました。そこに興味を覚えたのが本を書くきっかけでした。本当に感謝の言葉しかありません」。

・突然の死を悼んでいた。
http://www.tokyo-sports.co.jp/race/horse/364438/

・ステイゴールド急死に後藤騎手「思い出のレースは失格した京都大賞典」

・東スポWeb 2月6日(金)16時5分配信


・ステイゴールド急死に後藤騎手「思い出のレースは失格した京都大賞典」


・2001年の京都大賞典。
左からステイゴールド、落馬するナリタトップロード、テイエムオペラオー
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150206-00000029-tospoweb-horse.view-000


・ トップホースを数多く輩出してきた種牡馬ステイゴールド(21歳)が5日、けい養先の北海道日高町のブリーダーズスタリオンステーションで急死した。

・トレセンを駆け巡った悲報に関係者も少なからずショックを受けており、美浦では現役時代5回騎乗した後藤浩輝騎手(40)が当時を振り返った。

「・01年の京都大賞典で1位入線。

・この馬で初勝利となるはずが、ナリタトップロードを落馬させてしまい失格に。最悪の結果に終わった印象が強いです」

・と、まずは苦い思い出が口をついた。しかし、同時に

・「あの馬の本当の強さを感じたレースでもありました」。

・それは当時最強だったテイエムオペラオーに先着したからだという。

・「直線で左に寄っていったのですが、それは決してヨレた訳ではない。強い馬に立ち向かって、食らいつこうとする動きでした」

・ そういう独特の気性の持ち主だったので

・「ステイゴールドに乗る時はいつも“どうすればしっかり走らせられるだろう”と試行錯誤していました」。

・続けて

・「人間の油断や弱さを察知できるすごい馬。
一瞬でもそれを悟られるとこっちの負け。
レース中だけではなく、あの馬に乗っている間は常に気が張っていた。

それだけにあの京都大賞典は失格になったとはいえ、ああいう(闘争心を表に出した)走りを見せてくれたのですから、ようやく自分のことを認めてくれたのかなと思いました。

あの感覚を感じられたことは今でも自分の中で財産になっています」。

 種牡馬ステイゴールドに関しても評価は高い。

「遺伝力も強かったですね。産駒は必ずお父さんが持っていた怖さや危うさを受け継いでいますから。

だから自分もステイゴールド産駒に乗るときは、お父さんの時と同じように人間が負けないよう強い覚悟を持って接するようにしています」


06. 2015年2月06日 19:50:47 : b5JdkWvGxs

2000 目黒記念
https://www.youtube.com/watch?v=Nz2fDzhDuog

2001年 ドバイシーマクラシック
https://www.youtube.com/watch?v=8F2nQVmBXi4

2001年 香港ヴァーズ
https://www.youtube.com/watch?v=4W113zq1i24

引退式
https://m.youtube.com/watch?v=nxWsq2sc-Ns

砂浴び
https://m.youtube.com/watch?v=PhPfY47AacU

ボロ@
https://m.youtube.com/watch?v=UqUJPEegpfs

ボロA
https://m.youtube.com/watch?v=FUg7jP8jscc

牧場
https://m.youtube.com/watch?v=cXGgXuW-Quw
https://m.youtube.com/watch?v=IEPbXufeCnU
https://m.youtube.com/watch?v=E00Nx6F-vJQ
https://m.youtube.com/watch?v=gIW976Sg2lc
https://m.youtube.com/watch?v=Vim8TYzl4jE


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