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無策こそ、最上の策 選択肢 時間配分 上司なぜ誤解 クリエイティブになる 就業力 あの世 ニオイ対策
http://www.asyura2.com/13/hasan79/msg/556.html
投稿者 eco 日時 2013 年 4 月 17 日 01:38:17: .WIEmPirTezGQ
 

(回答先: 「日本病」に気付き始めた日本人  お金がもたらす“無限の可能性”という錯覚 転換期に必要な3つの武器 目的工学 投稿者 eco 日時 2013 年 4 月 04 日 01:18:31)

ピーター・ブレグマン/HBRブログ
Leadership
無策こそ、最上の策

2013年04月17日
ピーター・ブレグマン  CEOおよびリーダーにアドバイスを行う戦略コンサルタント。


これから何をすべきか、わからない――卒業、転職、引退など人生の転機を迎える時、こんな不安を抱えることは誰しもあるだろう。先が見えないのは自分の計画不足のせいだ、と自責の念にかられる人もいるかもしれない。しかしブレグマンは、4つの要素さえふまえていれば、将来について無計画でもかまわないという。


?今週末、20年以上前に通っていたプリンストン大学を訪れてスピーチを行った。キャンパスに向かうあいだ、卒業を数カ月後に控えた当時の私が取り憑かれていた悩みを思い出していた。「これから、どうすればいいんだろう?」

?その頃、よい答えが見つからなかった。就職先が決まっておらず、将来の計画もなかった。

?しかし結局、それこそがよい計画だったのかもしれない。

?マーク・ザッカーバーグとそのルームメイトは、コンピュータ・サイエンス専攻の学生だった当時、現実的な計画などなにもなかった。彼らがフェイスブックを立ち上げたのは、ただ面白いと思ったからである。才能を発揮できて、ハーバードの学生や卒業生どうしをつなげる斬新な手段が、たまたまフェイスブックだったのだ。それが4億人以上の会員を擁することになるとは、彼は予想だにしていなかった。そのうえ、収益がどこから来るのかもはっきりわからなかった。しかし彼はフェイスブックをやめなかった。2007年にアプリ開発を外部に解放し、ゲーム開発者がユーザー獲得のためにフェイスブック上の広告枠を買い始めた。これは2004年当時のザッカーバーグの戦略には、まったく含まれていなかったことだ。

?グーグルの創業者ラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンも同じだ。1996年にプログラムを書き始めたが、収入源について明確なプランもアイデアもなかった。しかしそれは、やめる原因にはならなかった。2002〜2003年になってようやく、アドワーズとアドセンスによって収益基盤ができたのである。

?先週の記事「計画したことに縛られないために必要なこと」の中で私は、計画に対して柔軟性をもつ必要があること、計画に固執するのは危険であることを書いた。でも、もし完全にノープランだったらどうすればいいだろうか。

?学校を卒業する時だけでなく、人生を通して、そんな状況に直面することは誰もがあるだろう。30年近く働いてきた世代は、幸いにも長生きしていれば、第2、第3の人生を迎えている。若い世代は数年おきに転職し、まったく別の業界に鞍替えすることもある。昨日立てた計画は、今日には無意味となるかもしれない。私のヨガの先生は、以前はキャスティング・ディレクターだった。

?無限の選択肢がある状況では、計画を練ることが難しくなる。コロンビア大学ビジネス・スクールの経営学教授シーナ・アイエンガーは、次のような研究を行っている。あるグループには6種類のジャムを購入の選択肢として提示し、別のグループには24種類のジャムを提示した。試食段階では後者のほうが商品に強い興味を示したが、実際に購入した数は前者のほうが多く、後者の10倍だった。選択肢が限られると、人間は10倍も行動を起こしやすいのだ。

?選択肢が多すぎると、人は簡単に惑わされてしまう。たくさんの中から選べず、結局は何も選ばずに終わってしまう。

?それでも人生は続いていくので、「選ばない」という選択を事実上はしたことになる。ある時そのことを振り返り、自分の能力を無駄にしてしまったように感じる。ジャムを1つも買わずに店を出てしまった、というふうに。

?必要なのは、計画がない場合でも行動を起こす方法、正しい方向へと進む指針だ。

?それでは、マーク・ザッカーバーグ、ラリー・ペイジ、サーゲイ・ブリンのように成功するには何が必要なのだろうか。機会、粘り強さ、幸運などだろう。しかしこの3つをもたらし高めてくれる、別のものがある。私はそれを「4つの要素」と呼んでいる。

?●自分の強みを活かす
?●自分の弱みと向き合う
?●情熱を持ち続ける
?●自分を差別化する

?以上のことができたら、成功はあなたに微笑むだろう。

?ザッカーバーグ、ペイジ、ブリンの3人はテクノロジーを愛してやまず、それに関する才能もある。しかし1人で事業を起こしたのではなく、弱点を補い合うために他者と協力している。そして、他のどんなものとも違うユニークな方法と事業内容によって、自分たちを差別化した。

?プリンストンでの私の情熱の対象は、野外活動でリーダーシップを発揮することだった。私の強みはチームの形成と指揮、弱点は神経症的なまでの安全意識だった。しかしアウトドアにおいては、この弱点は長所となる。野外で仲間たちと過ごすことが大好きだった。ニューヨーク市で育った私は都市生活者としての視点を持っており、これが野外活動の初心者に対する独特の指導法に結びついた。

?けれども当時の私は、それらを就職にどう役立てればよいかわからなかった。それが長期的なキャリア形成にどう結びつくというのか。森で生活しながら家族を養っていけるのか。それは難しいだろう。だから野外活動のすべてを投げ出そうとした。ロースクールに行くことすら考えた。

?しかし私はそうしなかった。代わりに選んだのは、その時やっていたことをやり続けること。「4つの要素」を追求し、それらにマイナスとなるものを変えるという実験を始めたのだ。

?私が試してみたのは、野外活動で企業の団体のチーム形成を指導することだった。この仕事で生活は安定した。そして自己の差別化をはかることもできた。他のアウトドアリーダーよりも、企業の世界について詳しくなったのだ。

?こうして、私は会社を設立した。ひとつの決断が、次の決断を導いた。18年後の今も私の事業は、強みと弱み、情熱と独自性をより活かすために変容を続けている。3年後にどう変化しているか、自分にもわからない。

?人生でたどる道筋をすべて明確にする必要はない。最も成功している人や事業は、はじめは考えてもいなかった方法や分野で能力を発揮しながら、成功への紆余曲折をたどっている。

?あなたはすでに、4つの要素に沿った何かを始めているのではないだろうか。それが仕事でも、趣味やひとときの気晴らしでもよい。あなたの強みが活かされ、弱みが受け入れられ、熱中するほど楽しく、あなたの個性が反映される何かをしているはずだ。ならば、そこをスタート地点としてはどうだろう。


原文:Why Not Having a Plan Can Be the Best Plan of All April 28, 2010
http://blogs.hbr.org/bregman/2010/04/how-to-make-a-career-when-you.html

【第16回】 2013年4月17日 後藤順一郎 [アライアンス・バーンスタイン株式会社 クライアント本部戦略ソリューション室長、兼DC推進室長]
選択肢が多いことは良いことか?
?前回は「人間は合理的な選択ができない」ことをカーネマン教授のプロスペクト理論の観点からお話ししました。投資においては、人間は最終的な資産価値ではなく損益で喜びや苦しみを感じてしまい、また利益から来る喜びよりも同額の損失から来る苦しみを大きく感じてしまいます。だから、損失回避の傾向が強くなり、損失が出ているときは損失を取り戻そうとリスクの高い無謀な行動に出てしまうのです。つまり、リスク選好は一定という理論通りには行かず、実際にはリスク選好は損益の状況によって大きく変わるため、人間はなかなか合理的な選択ができません。でも、人間のおかしな行動はこれだけではありません。今回は、選択が人間に与える影響についてお話ししたいと思います。

選択肢が多いことは良いことか?

?日常生活におけるラーメンや宅配ピザのトッピングなど、自分が好きなものであれば選択肢は多いに越したことはありません。では、当連載のテーマである老後の資産形成のように一般的に楽しくないものの場合はどうでしょうか。これから、その重要なツールである確定拠出年金の事例を用いて、選択肢の数が意思決定に与える影響についてお話しします。

?アメリカの確定拠出年金は、以前は希望者が加入する制度でしたが、当時、企業は従業員の選択の幅を広げるため、なるべく多くの運用商品をラインナップとして用意しました。普通に考えると、選択肢が多いほど多様な従業員のニーズに応えられるため、多くの従業員が関心を示し、確定拠出年金の加入率は高まるはずです。ところが、意外なことに、実際には運用商品の数が多いほど、加入率は低くなったのです。つまり、企業は従業員のために良かれと思って運用商品を充実させたのに、確定拠出年金の加入率が下がるという皮肉な結果になったのです。

?次に、もう少し身近な例で考えてみましょう。スーパーで多くの種類が置いてあるジャムのコーナーと、少ない種類しか置いてないコーナーがあるという状況を想像してください。コーナーを訪れた人の割合はたぶん皆さんの予想通り、種類の多いコーナーのほうが上でした。ところが、実際に購入した人の割合は種類が少ないコーナーのほうが上という、またしても意外な結果となったのです。なぜ、このようなことが起こるのでしょうか?

?実は、選択肢が多すぎると、人間は麻痺状態に陥り、意思決定を先送りする傾向があるのです。結果として、ジャムのように特段こだわりもなく、今すぐ必要でないものの場合は、選択自体を先送りし、今すぐ必要な場合には、現状維持の選択をする傾向があります。現状維持というのは、例えばバーに行って注文しようとしたとき、メニューに載っているお酒の種類が非常に多いと、目移りして決まらず、結局はビールやいつも飲むお気に入りのカクテルなどを選んでしまうことです。

?ここまで幾つかの事例を見ましたが、資産運用についても同じことが言えます。今、東証一部に上場している日本株式は約1700銘柄、公募されている投資信託も4000本以上あります。老後の資産形成のための投資は通常、今すぐ必要なものではないため、これだけ膨大な選択肢から適切なものを選べと言われてもよく分からず、結果として、多くの人が選択を先送りしてしまいます。実際、弊社が2009年に実施した調査でも、多くの人が老後に備えた「自分年金」の必要性は感じながら、行動に移した人はわずかでした。

「選択は良いこと、選択肢は多いほど良い」と思われがちですが、実際には選択肢の多さが災いして、選択肢が増えると選択できなくなる「決定麻痺」を招くのです。オヤジ世代の皆さんには、子供や部下の教育で選択の余地を与えすぎてうまく行かなかった経験はありませんか??人を適切な方向に導くには、あえて選択肢を狭め、決定麻痺が起こらないようにする必要があります。このように自主性を残しながら上手に誘導することを、自由放任でも積極介入でもないリバタリアン・パターナリズム(緩やかな干渉主義)と言い、アメリカの確定拠出年金制度では活用されています。

人間は選択肢を正しく評価できるのか?

?人間が選択において不完全なのはこれだけではなく、絶対的な評価にも問題があります。以下のような2択の質問があった場合、あなたならどちらを選びますか??(1)XYZ誌の印刷版の購読(年間1万2000円)、(2)XYZ誌の印刷版およびWeb版の購読(年間1万5000円)。では、次のような3択の場合はどうでしょうか??(1)XYZ誌の印刷版の購読(年間1万2000円)、(2)XYZ誌のWeb版の購読(年間1万5000円)、(3)XYZ誌の印刷版およびWeb版の購読(年間1万5000円)。

?3択における(2)の「Web版だけ」という選択肢は一見無駄に思えますが、実はとても重要な意味があるのです。2択では「印刷版だけ」、3択では「印刷版とWeb版」を選んだ人が多いのではないかと思いますが、その場合、あなたはXYZ誌の思惑通りの選択をしたことになります。3択に「Web版だけ」という選択肢を加えたことにより、値段は同じでサービスが充実した「印刷版とWEB版」がより魅力的に見えたからです。つまり、一見無意味に思えたこの選択肢は、実は高額な選択肢に誘導するための巧妙な“囮”だったのです。この背景には、ある選択肢をだいたい似ているが一部劣っている選択肢と並べると、両者の比較から前者を魅力的に感じてしまう人間の心理が働いています。

結局、人間は正しく選択できない

?何事においても選択肢は多いほうが良いとよく言われますが、人間は意外と自分が思っているほど適切には選択できないのです。正しい選択をするため、投資に限らず、様々な局面において今回お話ししたことを参考にしていただければ幸いです。

今回の川柳
選択は?思っているより?難しい
http://diamond.jp/articles/print/34763


部下を成長に導くのは「時間配分」だ!

ティーチングとコーチングのバランスを考えよう

2013年4月17日(水)  石田 淳


『育てる技術』
 「課長塾」で講師を務める石田淳さんの新刊『育てる技術』(小社刊)が、4月8日に発売されました。
 「仕事をいくら教えても、若手が育たない。むしろ、口うるさく指導する自分が部下から疎まれている」――。そんな悩みを抱える管理職は少なくありません。なぜ、部下のため、組織のためによかれと思って指導して、嫌われるという結果を招くのか。それは多くの場合、教え方が行動科学の原則からはずれているから。いまどきの若手にもストレスなく伝わる合理的な育て方を身につければ、指導の成果は一気に上がります。
 部下育成で重要なのは、相性でも情熱でもなく、「行動」に焦点を当てること。本書では、具体的な行動を改善することで「できる部下」を育てるロジカルな褒め方、叱り方を、石田さんが実例を挙げながら詳細に解説しています。ぜひご一読ください。
 日本企業の課長職はプレイングマネジャーであることが求められています。限られた時間の中で、部下の育成、そして自分のプレーヤーとしての業績アップという2つの課題をクリアしなくてはいけません。

 しかも、それだけではありません。ほとんどの企業はトップダウン型の意思決定プロセスに従って動いています。そのため大抵の場合、課長のところには経営陣から業績アップのためにあれをやれ、これをやれと様々な案件が下りてきます。

 一方で、課長が取り仕切る現場では日々、クレームなどの問題や課題が次々と発生しています。つまり、課長は経営陣から下りてきた案件に対応するのとは別に、新たに発生する現場の問題や課題を解決していかなければいけません。

 組織のピラミッド構造において上層部と下層部の間に立つ課長は、こうした構図の中にいるがために、処理しなければならないことが山のようにたまっていく傾向があります。

 私が行動科学マネジメントの普及を通じて目指しているのは、このようなピラミッド構造をひっくり返して、「上から下」という流れを変えることです。行動科学マネジメントを実践すれば、若い従業員たちは放っておいても望ましい行動を取るため、良い結果が出る。現場が上層部に良い結果を提示するため、上層部にいる経営者は現場を信頼するようになる。だから経営層は現場に対してむやみやたらと指示を出さなくなる。なので、私は「行動科学マネジメントは現場で指揮をとる課長職がラクになるための究極の手法である」と主張しています。

部下のパフォーマンスを上げ組織の成果につなげる

 行動科学マネジメントの根底には「パフォーマンス・マネジメント」という考え方があります。パフォーマンス・マネジメントとは、「個人のパフォーマンスから生み出された貢献を、組織の成果に結びつけること」を指します。

 一般的に、組織における個人のパフォーマンスとか個人の貢献度というと「個人をどう評価するか」という観点を想起しがちですが、行動科学マネジメントにおけるパフォーマンス・マネジメントにおいては、個人に対する評価は二の次です。

 ここで、課長であるあなたのことを考えてみてください。会社からあなたに問われているのは、チーム、つまり課としてどれだけの結果を残せたかということです。部下を管理する立場になると、どうしても「部下をどうやって評価するか」に意識が向きがちですが、部下の評価は本質的な命題ではありません。課長は「部下のパフォーマンスを向上させて、会社に寄与する人」であるべき。ここに起点を置いて、課長として何をするのかを考えていく必要があります。

「みんな平等に教育」では部下は育たない

 北陸地方に本社を置く精密機器会社では、東京や大阪などの大都市に営業拠点を置いています。今回新しく設置された福岡営業所には、所長以下、4人のスタッフが配属となりました。4人とも20代で、1人ひとりの経験の差はそれほどありません。

 この会社では、営業活動におけるマニュアル化が徹底されています。過去に医療関係者への過剰接待や、顧客企業の担当者にバックマージンを提供していたことが発覚し、問題となったからです。

 そこで、九州地方の営業を任された所長は、4人に対してはマニュアルに沿って全く同じ教育を実施することにしました。毎朝のミーティングでは会社のミッションとビジョンを確認し、各人のあいさつや笑顔のチェックを行いました。さらには、その日の行動予定を各自に述べさせて、所長が細かい指示を与えるようにしました。夕方には、営業活動の結果報告も兼ねた会議を持ち、懸案事項を皆で話し合いました。

 商談のロールプレイング(模擬訓練)や個人に対して行う個別ミーティングについても、誰に対しても同じ頻度で行うようにしました。平等で明確だし、これにより4人全員が同じように成長できると考えたからです。

 ところが半年もすると、4人の成長度合いに明らかにばらつきが出てきました。

 あるスタッフは、所長の目から見ても快活で説明能力も高いのですが、顧客からの評判が良くありません。どうやら、社会人としての基本的なマナーを軽んじているところがあるようです。そういえば、毎日の朝礼でもどこかしらけた態度を取りがちです。

 一方、また別のあるスタッフは真面目なのですが自分からはあまり発言せず、営業には向いていないようにも思えます。ロールプレイングをやらせてみても、自社製品のアピールなどが上手にできていません。

 あとの2人も似たり寄ったりで、それぞれ長所があれば短所もあるといった具合です。ただ総じて言えば、帯に短し襷(たすき)に長し。所長にとっては誰ひとり安心して仕事を任せられないという状態なのです。そのため、大事なことはすべて所長が走り回って処理しています。

 そんな所長に対する本社の評価は、残念ながら高くないようです。実質的に5人もいるのに、それにふさわしい数字が出ていないためです。

 スタッフ1人ひとりが持つ潜在能力や、所長がスタッフの教育のためにかけた時間を考えると、所長は非常にもったいないことをしています。4人それぞれの得意分野や成長度合いを踏まえて、少しでも指導の時間配分を変えていれば、今ごろは4人ともかなりの「使える人」に育っていたはずです。

「一緒に仕事をする」だけでは部下は学べない

 近畿地方にある、従業員数100人前後の広告代理店。ここで働いている30代半ばのマネジャーは、3年前に後輩社員が入社してから自分の仕事が忙しくなる一方だと感じていました。

 このマネジャーは長い間、今年50歳になる上司と2人で、電車広告の営業を担当してきました。不景気が続いていたため、定期的に広告を出してくれるクライアントはごくわずか。毎月の売り上げを確保するためには、顧客の様々なリクエストに応じなければならず、目の回るような忙しさでした。

 そこに新しくメンバーが増えたので、マネジャーは「これで少しはラクになる」と喜びました。マネジャーとしては、上司の下に自分と新人という2人が配属になるのだから、自分の仕事は、半分とは言わなくても3分の1くらいは軽減するだろうと期待したのです。

 ところが、上司はこう言いました。

 「君たち2人で、これまでの仕事は頼む。その分、僕は新規の顧客開拓に専念するから。頑張れよ」

 マネジャーを中間管理職として置き、その下に後輩社員を配置する。つまり、マネジャーはこのとき後輩社員の上司となったわけです。

 それにしても、これまで一緒に組んできた50歳のベテラン上司と、これから組むことになる新人とでは、そのポテンシャルは天と地ほどの差があります。当然、マネジャーの負担はかなり重くなることが予想されます。しかも、部下育成という仕事が増えてしまった格好です。

 それでも、このマネジャーはこう決心しました。

 「後輩社員が独り立ちしてくれたら、僕も上司のように自分の仕事に専念できるはずだ。そこまで頑張って育てなくちゃ」

 マネジャーは、自分たちがこなさなければならないすべての仕事について、まずは2人で一緒にやってみようと考えました。クライアント企業を訪問して回る、広告原稿のチェックをする、といった仕事を一緒に進めることによって、後輩社員はそのやり方を覚えてくれるだろうと考えたからです。

 その結果、どうなったか。2人の労働時間が圧倒的に長くなりました。そもそもマネジャー1人が急いで進めてもなかなか終わらないような仕事を、後輩社員に1つひとつ説明しながら進めたので、毎日深夜残業となりました。

 それを会社がよしとするはずがありません。マネジャーは上司から「もっと効率的にやれよ」と指示を受けました。

 今度は思い切って、仕事を分けることにしました。

 「これまで僕と一緒にやってきて、理解できたこともずいぶんあるだろう? だから仕事の3割くらいは、君だけでやってみてくれないかな」

 でも、これは後輩社員には無理な相談でした。というのも、それまでずっとマネジャーと2人で動いていたため、「1人シフト」、つまり1人だけで仕事を進める準備が全く整っていなかったからです。だから後輩社員は頭では理解できているものの、その通りには行動できません。1人でクライアント企業に出向いても、ただあいさつをするにとどまり、受注に至らないことがほとんどでした。

 当然、売り上げは落ち、マネジャーはそのフォローに何倍もの時間と労力を費やすことになってしまいました。後輩社員の育成にかける時間など取れません。

 マネジャーはまたしても上司から注意を受けることになりました。

 「どうして放っておくんだ。もっと早く育てなくちゃダメじゃないか」

 もちろん、マネジャーはそんなことは言われなくても分かっています。後輩社員に独り立ちしてもらえたら一番助かるのはマネジャー本人なのですから。でも、マネジャーにはもう後輩社員を独り立ちさせるのは不可能なのではないかと思えてしまうのです。

 2つのエピソードを読んで、他人事とは思えないと感じた方も多いのではないでしょうか。2人とも「良かれ」と思って頑張っているだけに、それが裏目に出ていることがとても残念です。

「ティーチング」と「コーチング」を組み合わせよう

 では、課長として部下のパフォーマンスを向上させるにはどうすればいいでしょうか。行動科学マネジメントでは「ティーチング」と「コーチング」の組み合わせが重要であると言っています。

 課長であるあなたに必要なのは、部下が成果を創出できるようなティーチングと、部下がモチベーションを高く保てるようなコーチングです。つまり、仕事自体を正しく教えることと、部下が自発的に動けるような意欲喚起の両輪が必要だということです。

 ティーチングとコーチングという2つに対する配分は、部下1人ひとりの能力や経験の度合いに応じて、バランスが取れるよう変えていく必要があります。入社したての新人社員に対しては、対応する時間のほぼすべてをティーチングに充てることになるでしょう。最初からモチベーションを喚起したとしても、正しい仕事のやり方が分からなければ空回りするだけですから。

 一方、仕事が何とかこなせる状態にまで育ってきたなら、ティーチングの時間をコーチングにシフトさせていくことが大切です。コーチングを通じて本人のモチベーションを高めていかなければ、その部下は次第に腐ってしまいます。精密機器会社や広告代理店のケースは、ティーチングとコーチングの割合をうまく配分できなかった例と言えるでしょう。

 では、配分はどのように変えてバランスさせればいいでしょうか。例えば、ティーチングに週3時間、コーチングに週30分必要な部下がいるとします。その部下が、あなたのティーチングのおかげで仕事ができるようになってきたら、今度はティーチングは週15分、コーチングは週2時間という配分に変えていきます。

 この結果、その部下がコーチングを週30分も実施すれば十分、というレベルにまで育てば、しめたもの。課長であるあなたは、浮いた時間をほかの部下育成に充てる、あるいは自分の仕事のために使うことができるようになります。

 要は、課長自身が自分の仕事の内容と、各仕事にかけている時間をちょっとていねいに見て、それぞれの時間配分を考えていけばいい、という話なのですが、実際にはそれをやらずに苦しんでいる課長が多いのです。

時間配分を盛り込んだ「行動計画表」を作ろう

 自分の仕事をこなすだけで大変な課長が、業績も伸ばしながら部下育成を成功させるには、先ほど紹介したティーチングとコーチングの時間配分を含めた、仕事時間のバランス配分が必須です。

 課長はおしなべて忙しく、使える時間は限られています。自分の業績を上げるために、そして部下を育成するために、やらなければと感じていることがたくさんあるはずです。しかし実際には、それらすべてをこなせるほどの時間は与えられていません。だから、従来の延長線上にあるやり方だけを続けていたら、行き詰まって当然なのです。

 こうした事態を避けるために、行動科学マネジメントがあります。自分の仕事と部下育成の時間配分を考え、バランスを取り、その内容を盛り込んだ「行動計画表」を作ってみましょう。

 ひとくちに課長と言っても、置かれた状況には違いがあります。精密機器会社の所長のように部下をたくさん抱えているのであれば、部下育成にかける時間配分は必然的に多くなるでしょう。逆に、広告代理店のマネジャーのようなケースであれば、部下育成ばかりに多くの時間を使うわけにはいきません。

 まずはあなたがするべき仕事と、それらに対する時間の使い方を全部、洗い出してみます。それを適切な割合で配分し直し、スケジュールに落とし込んでいきましょう。

 例えば、毎日午前中と夕方の2時間を自分の仕事に充てて、午後の3時間を部下育成に充てるという配分が考えられるでしょう。あるいは、月曜日から木曜日は自分の仕事に集中し、金曜日に部下育成を徹底的に実施する、という配分も考えられます。もちろん、もっと細やかに分けられるのが望ましいでしょう。

 広告代理店のマネジャーは、後輩社員の上司になった段階で、こうした時間配分と、それをどう変化させていけば良いかを考えるべきでした。最初のうちはすべて後輩社員と一緒に行動し、仕事を覚えてもらおうというのは、決して悪い計画ではありません。慣れてきたら仕事を分けるというのも悪くありません。しかし、そこには時間配分の考え方が欠けていたのが問題でした。

 例えば、最初の1カ月は、自分の仕事は後回しにしてでも徹底的に後輩社員に仕事を教える。2カ月目は現場で一緒に行動し、3カ月目に入ったらいよいよ1人で顧客回りをしてもらう。このような時間配分の変化を持たせた計画を練り、それに基づいた細かい行動計画表を作っておく。そして、それを後輩社員と共有するのです。もしマネジャーがこのような行動計画を立てていたなら、計画の実行を通じて、後輩社員が独り立ちできるようになった可能性は十分にあったはずです。

あいまいさを排除する

 行動計画表を作るときに大事なのは、課長であるあなた自身の仕事についても、また部下育成についても、数値を使ってあいまいさを排除するということです。仕事内容とその時間配分を具体的に記述して、計測できる数値に落とし込んでください。

 仕事内容についてはあまり欲張らずに3つ程度に絞りましょう。そして、それぞれの仕事について「どのくらいの時間をかけるか」「どこまで進めるか」ということを、数値で計画していきます。

 そして、2週間後くらいをメドに検証してみましょう。例えばあなた自身がA、B、Cという3つの仕事をこなしていて、Aはほとんど完成しつつあるのに、Cはまだまだ進んでいないようであれば、これまでAにかけていた時間をCに使うよう、配分を変更します。

 また、部下にD、E、Fという3つの仕事を教えていて、Eの習得がかなり遅れているようなら、Eの仕事について教える時間を多くする必要があるでしょう。

 このようにして定期的な見直しをかけていくことにより、手に余っていた仕事がどんどん片づいたり、部下への指導が適切にできるようになります。

 行動科学マネジメントの“果実”をできるだけ早く得たいと考えるなら、計画に対するきめ細やかな見直しが必要です。以前はどんなに効果を上げた行動計画表であっても、見直しをしなければあっという間に古くなり、効果を出さなくなります。

 課長の仕事内容は日々変化しているはずです。また部下も変化しています。行動計画表に沿って実行しているのであれば、成長もしていることでしょう。ですから、その変化に合わせて柔軟に時間配分を変えていきましょう。

 仕事内容を洗い出す。時間配分を決める。行動計画表を作る。検証して時間配分や行動計画に見直しをかける。日々の仕事で忙しい課長職にとっては遠回りのように思えるかもしれませんが、実際にはちょっとした遠回りでしかありません。そして、このちょっとした遠回りが、あなたの仕事をラクにする最短の道になるのです。


石田 淳(いしだ・じゅん)

ウィルPMインターナショナル 代表取締役社長兼最高経営責任者
行動科学マネジメント研究所所長
組織行動セーフティマネジメント協会代表理事
「課長塾」メイン講師(行動科学による部下指導法を担当)
行動科学(分析)マネジメントの第一人者。アメリカのビジネス界で大きな成果を上げる行動分析、行動心理を基にしたマネジメント手法を日本人に適したものに独自の手法でアレンジ、「行動科学マネジメント」として展開。精神論とは一切関係なく、行動に焦点をあてる科学的で実用的な手法は、短期間で組織の8割の「できない人」を「できる人」に変えると企業経営者などから支持を集める。ビジネスパーソン個人が自ら成長する際に今後、最も必要となる「セルフマネジメント」にも活用できるという手法として、各方面からさらなる注目を浴びる。組織活性化に悩む企業のコンサルティングをはじめ、セミナーや社内研修なども行い、ビジネス・教育の現場で活躍している。趣味はトライアスロンとマラソン。2012年4月、世界一過酷なマラソンといわれるサハラ砂漠250キロメートルマラソンに挑戦、完走を果たす。『教える技術』(かんき出版)、『会社を辞めるのは『あと1年』待ちなさい!』(マガジンハウス)、『組織行動セーフティマネジメント』(ダイヤモンド社)、『組織が大きく変わる最高の報酬』(日本能率協会マネジメントセンター)など著書多数。

輝く課長の行動科学マネジメント

日本の現場を支えているのはミドルマネジャー、すなわち課長です。課長が輝いてこそ、現場が元気になり、企業は発展します。課長の目の前に課題は山積しています。目標達成、新事業の立案、部下の育成から子供の教育、生活習慣の改善まで。様々な課題に対し、対策は提示されていますが、その実行と継続は容易ではありません。自分の行動を自分で改善し続けられる「行動科学マネジメント」で、輝く課長を目指しましょう。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20130411/246528/?ST=print


上司は私の言葉をなぜ誤解するのか?

『半年で職場の星になる! 働くためのコミュニケーション力』/『Team・HK』

2013年4月17日(水)  ザ・絶賛エディターズ

【私が編集した本読んで下さい!】
『半年で職場の星になる! 働くためのコミュニケーション力』
山田ズーニー著、担当:筑摩書房 鶴見智佳子

『半年で職場の星になる! 働くためのコミュニケーション力』山田ズーニー著(筑摩書房)
 『あなたの話はなぜ「通じない」のか?』など、職場でのコミュニケーション技術で数々のヒット作を放った山田ズーニーさんの本です。社会人として、職場を自由に動き回り、ひいては社会で自由に動き回って働きかけることが出来るようになるための1冊です!

 まずは会社員によくある悩み、「あなたの話をなぜ上司が誤解するか」を考えてみましょう。

 物事は「何を言うかよりも誰が言うか」が問題です。本書ではこんな例をあげています。

「おめでとう」 (イチローより)
「おめでとう」 (連続強盗殺人犯より)
「おめでとう」 (母より)

 同じ言葉でも誰が言うかで相手に与える印象がガラリと変わります。あなたの発言を誤解する上司は、「頼りない」「早のみこみ」「自分勝手」といった、あなたのセルフイメージとはかけ離れた見方で、あなたのことを見ているのではないでしょうか。

 職場で話が通じるようにするには、まず自分という人間のメディア力=信頼性を高めることが大切なのです。

 本書は「等身大のメディア力を持つ」方法からスタートします。

 等身大のメディア力とは、まったく新しい職場でも、いかに職場の人々から自分という人間を信頼してもらうための方法です。

 では、信頼を得るためにどうするか? 

人の話の聞き方が、実は信頼に効く

 本書では、一発で信頼される「人の話を聞く」技術、さらに、「上司を説得するチカラ」や「正しく伝わる説明・指示・報告のしかた」が、抜群に良い例・やってはいけない悪い例・フツウの例で、わかりやすく納得しながら習得できます。

 さらに、社会人としての「書く技術」、仕事の文書を「読む技術」、通用するおわび、スタッフがやる気になる指示の出し方などが具体的に書かれています。

 そして、一緒に働きたいと思われる・人を動かす表現力、上司もうなる・やる気が出る、目標の立て方まで。

 つまり、日々のコミュニケーションを通して信頼を得ていく方法が満載です。伝えることで信頼が増す、信頼が増すからさらに伝わる。だから職場で伝えたいことを伝え、相手と通じ合い、チームで成果をあげていくことができるのです。

 本書は、日経ビジネスオンラインで2009年4月〜9月に連載され大好評だった「新人諸君、半年は黙って仕事せよ。山田ズーニーのフレッシュマンのためのコミュニケーション講座」をまとめた単行本を文庫化したものです。

 しかし、単行本が右から左に文庫になったわけではありません。

 タイトルを変更し、中身も刷新し、新たに文庫として生まれ変わるまでには、新刊を出すのと同等の努力が要りました。

 単行本は、フレッシュマンにターゲットが絞られていたのですが、文庫化にあたって、改めて読んでみると、この本は、一生通用する「働くためのコミュニケーション力」の基礎を身につけることについて書かれています。これは、新人だけに必要なチカラではありません。3年目も、5年目も、ベテランもベテランだからこそなめてしまいがちな基礎に戻って、本物のチカラを身につけてほしいと感じました。

 読めば読むほど、社会人として働く人すべてに読んで欲しい!!と感じ、また連載当時も、単行本の読者も、ふたをあけてみると旧社会人も多かったので、山田さんに新人だけではない、働く人全てに通じる本として生まれ変わった文庫にしましょうと相談しました。

著者自身の体験から作られた一冊

 山田さんは、改めて「働くためのコミュニケーション力」をすべての社会人に送り届けるために、そのコンセプトを一から考え直しました。何日も何日も本当にヘトヘトになるまで考えてくださいました。

 そこで山田さんの頭に浮かんだのは、自分自身が16年目の企業戦士だったときの経験、なかでも転勤で全く新しい職場に移ったときの経験でした。岡山で11年経験を積んで、自信をもって東京へ異動したものの、同じ会社なのに話は通じず、バカにされ、自信をなくして呆然とした時のことを思い出したのです。

 その時、山田さんが変えたのは、自らのコミュニケーションの方法でした。

 皆に「私を分かって!」というのではなく、上司や同僚の作った書類やメールを読み込み、相手の文脈に飛び込んでいったのです。そこで山田さんは、周囲を自分のものさしでばかり見ていたことに気づきます。そこで、まずはものさしを捨て、周りを理解することに腐心すると、何もかもが変わっていったそうです。半年後には最高の結果を出すまでになったのでした。

 私たちは「同じ言葉を話しているし、同じ会社にいるし、話は通じるもんでしょう??」と思っています。でも、同じ会社にいても部署ごとに見ているもの、目指す方向が違って話が通じないことが多々あります。

 だからこそ、人をわかるチカラや伝える技術が大切なのです。

 そう確信した山田さんは単行本の大手術に取り組みました。一度バラバラに解体し、組み直して、手を入れ、最後のまとめは大幅に書き直して……。

 伝え方を全く変え、生まれ変わってできたのがこの本です。

 人をわかるチカラ、伝える技術は、話す・書く・読む・聞くの、日々の地道な取り組みで誰にでも手に入れられます。そして、こうした働くためのコミュニケーション力を身につければ一生の武器になり、本当に半年で職場の星になれます!

 山田さんも私も、心から自信を持ってお薦めできる内容になりました。

 さらに、装丁の倉地亜紀子さんの力で、書棚でキラリと光り、仕事や職場に不安を持っている人を勇気づけ、元気の出る清々しい青い本にしていただきました。

 コミュニケーションに困ったら、この「青本」を読んでください!!

【そんな私が「やられた!」の1冊】
『Team・HK』あさのあつこ著、徳間書店

『Team・HK』あさのあつこ著(徳間書店)
 最近面白かった本は、あさのあつこさんの『Team・HK』です。

 あさのあつこさんと言えば児童文学や時代小説の書き手というイメージだったので、装丁を見てちょっとびっくり。主婦の話?? 家事力?? あさのさん初のお仕事小説なんじゃない? と。

 思わず手にとって本を開いたら目次に「魔女の腐乱死体」「訪問者は誰?」とある。

 あれ? 主婦が主人公じゃないの? ミステリーなの? もしかして、家政婦は見た……みたいな話? とまた頭の中にたくさんの「?」が。

 これが読み始めたらこれがメチャメチャ面白い。(ボキャ貧ですみません)

えっ、こんなお仕事の主人公でミステリー??

 夫から「典型的な主婦思考だな」とバカにされ、中学生の娘からは「もっときれいにしてよね」と言われている、平々凡々とした主婦・美菜子が主人公。ある日、ハウスキーパー(そう、HKはこの略なんです!)会社のチラシをみつけてパートに出ようと決意したところから物語は始まります。

 面接に行った日に、「死にそう(に家がメチャクチャ)、早く来て!」という電話でいきなりスタッフとして巻き込まれた美菜子。宝塚の男役のようなスラっと背の高い日向、小柄でまんまるな月子、金髪で見た目イケイケの樹里……などなど個性的なスタッフと共にお掃除に向かいます。

 行った先でももちろん、あれこれ小さな事件が勃発……。すごいスピードで物語が進み、サクサクと家が片付けられ、ピカピカに磨き上げられていきます。HKのワザが開陳されているので楽しみながら家事力がアップする気がします。私は窓の拭き方を習得しましたっ!!

 お仕事小説でもあり、謎解きミステリーでもあり、何より毎日の家事に前向きになって力が入る元気が出る作品でした。

 あさのさん、続きが読みたいです!

鶴見智佳子(つるみ・ちかこ)
大学卒業後、編集プロダクションを経て筑摩書房入社。主に文庫や単行本の編集に携わる。担当した本に『絶叫委員会』(穂村弘)、『買えない味』(平松洋子)、『少しだけ、おともだち』(朝倉かすみ)、『泥酔懺悔』(朝倉かすみ他11人のエッセイ集)、『私の東京地図』(小林信彦)など。この4月から高校生、大学生向けのちくまプリマー新書編集部に異動となりました。

ザ・絶賛エディターズ

版元の規模やジャンルを問わず、ビジネスパーソンにいろいろな意味で役に立つ本を作っている編集者の任意団体。参加希望の方はぜひ、日経ビジネスオンライン編集部までお電話、お手紙、メール、ツィッター、コメント欄などでご連絡ください。熱い絶賛の原稿とそれに値する本、お待ちしております。(本欄担当:Y&Y)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/book/20130415/246648/?ST=print


雲泥の差が出る「クリエイティブになる方法」

2013年4月17日(水)  横田 尚哉

 考えるコトと調べるコトは違います。何かを始める時に「さてどうやる」「どこかに事例はない」というのは思考ではなく、調査です。それはクリエイティブな作業ではなく、オペレイティブな作業です。自分はクリエイターだと思っていても、作業はオペレーターになっていないでしょうか。本当の意味でのクリエイションを身につけないといけませんね。

創造作業を科学的にアプローチ

 クリエイティブな作業は、科学的にアプローチできます。新規性や独自性を追求したプロダクトやプロセスを創り出す作業は、特殊な能力が備わった人やその集団だけという印象が強いようですが、そうではありません。クリエイトできる仕掛けと、クリエイトできない仕組みを理解すれば、多くの人が創造作業に携わることができるのです。

 もちろん、芸術的な領域でのクリエイトは困難です。そこには、表現のプロセス、具現化のプロセスがあるからです。科学的にアプローチできる限界というのもあります。マニュアルに従っていれば、自動的に優れた成果が得られるというものでもありません。

 ただ、私の言うクリエイティブとは、あくまでビジネスにおけるクリエイションの領域に限定しています。仕事、業務の創造的改善という意味です。科学的アプローチを知らない人と知っている人では、雲泥の差が出るからです。時間と費用の掛けた量と比例するオペレイティブな作業とは異なり、コツを知るか知らないかで結果が変わるからです。

 つまり、科学的アプローチを知らない人が多いのです。学校教育でも教わりません。企業に入っても教育プログラムはありません。だから、知らずにビジネスしている人が多いのです。だから、科学的アプローチを身につけると効果があるのです。

クリエイトできない仕組みを理解する

 生物的な仕組みとして、クリエイトしにくいものなのです。私たちは、日常の活動において、四六時中クリエイトしてしまうと行動できなくなります。考えないで行動することができるような仕組みがあるのです。それは、習慣であったり、反応であったりするものです。先入観、固定観念によって無意識のうちに処理されているのです。

 もっとも私たちは、その他の生物と違って知恵があります。ブレーズ・パスカルも「人間は考える葦である」と言いました。自分の意思と思考によって、道具を作ったり、判断したりすることができます。何も考えない生物と同じように扱うことはできません。
しかし、より多くの思考を処理したり、より複雑な行動をとったりするためには、固定観念が必要なのです。一部の情報から、過去の経験や知識を使って全体像をとらえ、次の瞬間を予測できるようになっています。たとえば、車が自分に向かって走ってきたら、反応的に逃げる行動をとります。いちいち思考することはありません。

 つまり、ビジネスのど真ん中にいると、右から左から車が行き交っているのです。その都度立ち止まって分析して、議論して、合意を得ている暇はないのです。あえて、思考を停止することで、身の安全を守る仕組みがあるのです。だからクリエイトできないのです。

クリエイトできる仕掛けを理解する

 では、クリエイトできる仕掛けを説明したいと思います。ポイントは固定観念から逃れる仕掛けを作るコトと、創造性を刺激する仕掛けを作るコトです。まず、固定観念から逃れる仕掛けについて説明します。それは、目の前の対象と脳にある過去の観念を結びつけないようにするコトです。それには、次の6つのパターンがあります。

細分化:対象を細かく分解することで、原形を判らなくする
拡大化:対象の一部を拡大することで、全体を見えなくする
縮小化:対象の周囲も取り入れることで、対象を相対的に小さくする
被覆化:対象の一部を隠すことで、対象と認識できなくする
変形化:対象の形や性質を変化させることで、別のものと思わせる
抽象化:余分なものを取り除き単純化することで、新たな感覚で捉えさせる
 実は、クリエイトの上手な人は、自然にこの6つのパターンのどれかを使っているのです。バイアスがかからないように、ゼロベースになれるように、自分なりに工夫しています。そのためのテクニックもたくさん存在しています。私の専門とするファンクショナル・アプローチは、「細分化」「変形化」「抽象化」を取入れているのです。

 だから、固定観念に縛られている人よりも優れたクリエイションができるのです。思考のブレーキを外し、自由に動き回れるから、新規性、独自性の発見ができるのです。これが、クリエイトできる仕掛けなのです。

図1

もっとも簡単な問いかけ「誰のため?何のため?」

 私はこれまで、「誰のため?何のため?」が、問題解決における重要な問いかけであると言い続けてきました。実は、この問いかけこそが、「抽象化」にあたります。現象や形状にとらわれず、本質や原点を意識させるからです。本質や原点は、そもそもの目的であり、本当は何がしたかったのかを考えるきっかけを与えてくれるからです。

 同時に、クリエイトできる仕掛けの2つ目のポイントにもなるのです。つまり、創造性を刺激する仕掛けです。過去に向かう思考から、未来に向かう思考に180度意識を変える魔法の言葉でもあります。あるべき姿をイメージしやすくなるのです。

 クリエイティブな活動を、オペレイティブにしてはいけません。逆に、オペレイティブな活動にクリエイティブを持ち込んでもいけません。ビジネスにおいて、クリエイトとオペレイトを使い分ける必要があるのです。オペレイトのみの教育訓練をしていると、クリエイトできない人材になってしまいます。イザというとき、何も創り出せないのです。

 私たちは、クリエイトの科学的アプローチを身につけるべきなのです。今の時代、そういうスキルが求められます。そしてそういう人材開発に力を注いでいる企業が生き残っていくのだと思います。他人に任せるのではなく、自らクリエイティブになってください。

図2

「誰のため?何のため?アソシエーション」(略してDNA):まず2つの問い掛けから改善のきっかけを得ようとする、横田尚哉が提唱している活動とそれに賛同した人たちの総称。

横田 尚哉(よこた・ひさや)

株式会社ファンクショナル・アプローチ研究所代表取締役社長。顧客サービスを最大化させる経営改善コンサルタント。
世界最大企業・GE(ゼネラル・エレクトリック)の価値工学に基づく改善手法を取り入れ10年間で総額1兆円の公共事業改善に乗り出し、コスト縮減総額2000億円を実現させる。
「30年後の子供たちのために、輝く未来を遺したい」という信念のもと、そのノウハウを潔く公開するスタイルは各種メディアの注目の的。人間ドキュメンタリー番組「情熱大陸」(毎日放送)にも出演し大きな反響を巻き起こす。
全国から取材や講演依頼が殺到し、コンサルティングサービスは約6ヶ月待ち。「形にとらわれるな、本質をとらえろ」という一貫したメッセージから生み出されるダイナミックな問題解決の手法は、企業の経営改善にも功を奏することから「事業改善」「チームデザイン」「組織改善」の手法としても注目が高まっている。
著書に『問題解決のためのファンクショナル・アプローチ入門』『ワンランク上の問題解決の技術《実践編》』(ディスカヴァー刊)、『ビジネススキル・イノベーション』(プレジデント刊)がある。


「明日の決定学」

経営とは、未来の行動を決定することです。過去の行動を調べ上げることでも、現在の行動を徹底追及することでもありません。社員が、そして企業が、未来にどのような行動を取ればいいかを決めていくのが経営です。過去にとらわれず、現在に縛られず、向かうべき未来を見て、感じなければなりません。これが「明日の決定学」です。
このことは、経営だけではないのです。普段の仕事でも、プライベートでも、日常の決定と、「明日の決定」があるのです。本を読んでも、人に聞いても、ネットで調べても、誰も決めてくれない自分の明日は、自分で決めなければならないのです。
筆者は、これまでも『長期計画の作り方が分かるようになる「感性」「知性」「理性」』、『80年周期のサイクルで世の中を観てみる』、『2012年度は経営指標が使い物にならない』などで、その重要性を伝えてきました。10年後、30年後を見すえた時代のうねりを感じるようにならなければならないのです。
本コラムでは、これからの時代を担う方のために、これまで見えなかった大きな潮流を読み取るコツをつかんでいただきたいと思っています。日常の喧騒から少し離れ、物事の本質を感じとれる力を身につけてもらいたいのです。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130416/246720/?ST=top



【最終回】 2013年4月17日 辻太一朗 [大学教育と就職活動のねじれを直し、大学生の就業力を向上させる会(DSS)代表]
大手企業が「大学の成績」を選考で使えば
日本の大学生は勉強するようになる!
?昨年の10月より、現在の日本の就活にかかわる様々な「不機嫌な現象」を説明してきました。それでは、現在のような学生にとってあまりにも無駄や理不尽なことが多い就活の問題は、どうすれば解消できるでしょうか?

大学の成績が役に立たない!
それこそが「負のスパイラル」の原因

?一般的には、こうした事態に陥っている原因として「企業が悪い」と言われたり、「大学が悪い」と言われたりする場合があります。しかし、それは間違いです。日本の就活にかかわる仕組みは、大学生にとって“不機嫌”であると同時に、企業にとっても、大学にとっても“不機嫌”なのです。そして、このようなおかしな状況が何十年も続いているのが現状です。

?これらの“不機嫌な状況”を作っているのが第2回でお話しした「大学教育と就職活動の間に起こっている負のスパイラル」になります。

?では、改めて「負のスパイラル」について簡単に説明しましょう。

?企業は、大学の成績を採用選考時に参考にしない。それによって、大学生は簡単に単位の取れる授業を選択し、その余った時間を課外活動に費やすほうが、メリットがある。そうすると教育に真剣な大学教員より、適当な授業で簡単に単位を出す授業をする教員の方が学生に人気が出やすい。その結果、授業の質は下がる傾向になり、より成績は企業にとって参考にならない。大学の成績が参考にならないので、企業はまず多くの応募者を集めて、独自のテストや面接に力を入れる必要がある。独自のテストや面接をクリアするために、学生はより課外活動に力を入れる――。

?このような流れになっています。詳しくは、第2回をご覧ください。

?では、なぜこの「負のスパイラル」は起こるのでしょうか?

?元凶になっているのは、「社会全体の大学の成績に対する期待感の低さ、信頼感の欠如」です。企業は、大学の成績を信頼していないから参考にしない。学生は、大学の成績を上げても何も得をしないため、成績に対する期待感が低い。大学教員も厳正に成績を評価する必要性を感じていない。

?このように当事者三者、もっと言えば社会全体の大学成績に対する信頼感のなさが、「負のスパイラル」を起こし続けています。

?少し言い方を変えると、今の日本は、大学生が学業に力を入れても報われない。そして、大学教員が教育に力を入れても報われない社会になっていると言えます。

?これを「変える」とは、大学生が学業に力を入れること、大学教員が教育に力を入れることが報われる社会にするということです。そのためには、成績に対する信頼度を上げることが必要なのです。

成績表は大学ごとにバラバラ
企業が成績を活用するためには

?成績の信頼度を上げるためには、まず企業が成績を採用活動で活用する努力をはじめることが必要です。今は、成績が信頼できないから活用しないという企業がほとんどです。しかし、負のスパイラルの構造の中で、企業が成績を活用し始めなければ、大学生は学業に力を入れても報われません。そうなると大学教員も、教育に力を入れても報われないのです。

?そこで、特に社会的な責任の大きい大手企業には、すぐにでもどうすれば成績を採用に活用できるのかを模索していただきたいのです。「信頼できないから活用しない」ではなく、社会構造の変化のために、活用する方法を模索する。それができれば、厳正に学生を評価している教員の成績に注目することが重要です。

?ただ、企業が大学の成績を活用するべきだとは言っていますが、大学の成績は、成績段階も、また表記の仕方も「A」「B」「C」や「秀」「優」「良」など大学ごとにバラバラ。また、どの先生が厳正に評価をしているかもわからない。また、成績表の体裁もバラバラです。

?つまり、企業にとって大学の成績は、活用するにはあまりにも有効な活用方法がわからないうえに、統一化させて評価するには手間のかかるものでした。

?私が代表をつとめているNPO法人DSSは、就活の「負のスパイラル」を解消することを目的に活動しています。そこで、少しでも企業の成績活用の負担を下げ、活用方法を模索しやすくするために、企業が簡単に応募者の大学成績を集められるようにし、統一のフォーマットや統一のGPA的な平均点の算定等をして、企業にとって編集しやすいデータで企業に提供するサービスを今年の6月から無料で提供する予定です。これによって、企業は大学の成績を格段に活用しやすくなるはずです。

いい授業を取得→いい就職ができる
1〜2年で学生に広まる可能性も

?企業が成績を活用しはじめ、それもいい授業や、厳正な評価をしている授業に着目するようになると、学生はそのような授業を取得して、その成績を向上させることが就職を考えたうえでメリットになります。学業に力を入れることが報われるようになるわけです。

?このような学生の動きは、企業が動き出すと1〜2年で相当進むと思われます。なぜなら、就職活動中の企業の選考方法に関する情報や噂の伝播のスピードと広がりのすごさは、相当なものがあるからです。そして、就職活動に関する情報は、就職を控えた下級生の間でも瞬く間に広がります。

?重要なことは、大学生の中で「大学の成績も参考にする企業が増えてきている。それもよい授業や厳正に評価している授業の成績を気にしているらしい」という評判が広がることです。

?そうなると、大学生は楽な授業よりいい授業・厳正な評価をする授業を選択し、単に単位を取れればいいのでなく、真摯に授業に取り組み、良い成績を上げるように力を入れます。すると、学生はこれまでは敬遠されていたような厳正な評価をしている教員の授業を選択し、そのような教員の授業では学生が真摯に取り組むようになります。要するに、大学教員が教育に力を入れることが報われるようになります。

?このような環境が整ってくれば、教育に力をいれる大学教員が増え、授業の質や評価の質がおのずと上がってきます。

?こうした流れができれば、全体的に大学成績の信頼度が高まり、企業にとって採用選考時に大学成績を活用することがより有効になっていきます。結果的には、大学成績を活用したほうが効果的な採用選考ができるので、活用しはじめる企業は増えていきます。

?これらの流れによって、「負のスパイラル」はおのずと「正のスパイラル」へと変わっていくのです。

学生が学業に力を入れるには
大手企業の協力が絶対条件

?この流れを作るためには、企業、それも社会的な影響が大きい大手企業が成績を活用しはじめる動きがどうしても必要です。私自身も大手企業の人事責任者にこの流れを説明し、協力を要請し続けてきました。大学生が学業に力を入れることが報われるような社会にすることに賛同いただき、協力を約束してくれる方もおられます。しかし、自社の採用のメリットが高くないということで、協力したくないというような人事責任者の方も多くおられることのも事実です。

?しかし、大学生が学業に、大学教員が教育に力を入れても報われない構造を残したままで、無駄の多い就活の問題も、大学教育のレベル低下の問題も解決するはずはありません。

?例えば、就職活動の開始時期だけを変更しても、大学生が学業に力を入れるでしょうか?過去もそうだったように大手企業を中心に、水面下での採用活動が横行し、そして徐々に選考時期が早くなることは目に見えています。

?大学生が学業に、大学教員が教育に力を入れることが報われる環境を作ることは、社会としての環境基盤の整理です。この基盤環境が整理されてはじめて、大学、大学教員、企業、学生がそれぞれの価値感や考えで行動することが、社会にとってもプラスの方向につながるのです。

?繰り返しになりますが、それにはまず、企業が成績を採用活動の参考にすることが絶対条件です。しかし、企業が行動しやすくする、また大学教員が今まであまり気にしてこなかった評価を厳正にしやすくするなどのために、政治が動くことも必要です。

?デフレスパイラルの解決も、政治によるリーダーシップが必要だったのと同じように、大学教育と就職活動の「負のスパイラル」を解決し、大学生が学業に、大学教員が教育に力を入れることが報われる環境を整えるためにも、政治にリーダーシップをとっていただきたいと思います。


<お知らせ>

3月29日、新刊『なぜ日本の大学生は、世界でいちばん勉強しないのか?』(東洋経済新報社)を上梓いたしました。東大・慶應・早稲田などの一流大学の学生も例外なく「勉強しない」状況を生み出す構造を解き明かし、改善策を提案しています。よろしければ、ご一読ください。
http://diamond.jp/articles/print/34766


 

 

【第1回】 2013年4月17日 矢作直樹

医師である私が、なぜ魂や「あの世」の存在を確信したのか

医療現場でときに遭遇する、医学常識の通用しないケース。その中には、魂や「あの世」の存在を示唆し、人は死ねばすべて終わりではない、ということを教えてくれるものがあります。
さらに、世界中で、人の魂が輪廻転生していることを信じざるを得ないような事例が数多く報告されているという現実があります。

医療の現場では?
ときに医学では説明のつかない現象が起こる

?医師となって30年余りとなる私は、救急・集中治療の現場をやってきたこともあり、大勢の方が逝く場面に立ち会ってきました。

?家族に見守られながら眠るように逝く方、苦しみながら亡くなる方、誰も面会に来ず医療スタッフだけに看取られる方、事故で運ばれて意識のないまま逝く方……、人のエンディングというのは、実に多様です。
?人は生きてきたように死ぬ、という言葉がありますが、それをどう解釈するかは皆さんにおまかせするとして、ここで一つ絶対と言えることがあります。
それは、「誰もが必ず肉体死を迎える」という事実です。

?私は医師であると同時に、魂もあの世も理解していると思っている人間です。「大いなるすべて」と解釈している神の存在も同様です。だからといって、何か特定の宗教や宗派の信者ではありません。

?私は死に関して、「肉体死を迎える」と表現しています。
?私たちの魂はこれまで連綿と続き、そして私たちの死後も連綿と続きます。その意味では「死なない」ということになりますが、私たちの肉体は期限が来ればすべて確実に滅びます。
「人は死なない」とは、そういう意味で「死なない」ということです。魂は滅せない、という意味であるとご理解ください。

?医療現場に携わるようになって驚いたのは、私たち医師が知っていること、わかること、できることは、残念ながらいまだ限られている、という事実でした。
?大学で医学を学び、臨床医として医療に従事するようになると、経験を重ねるにつれ、それまでの医学常識では説明がつかないことにもたびたび接するようになったのです。
?どんなに治療を尽くしても亡くなられてしまう方、それとは逆に、決して助かる見込みのないはずの重篤な患者さんが奇跡的な回復を遂げられたケース、果ては臨死体験といえるような事例なども経験し、いろいろなことを考えさせられました。そして、さまざまな報告や文献を読み、機会があれば気功や交霊なども実体験してみたのです。

矢作直樹(やはぎ・なおき)
東京大学大学院医学系研究科救急医学分野教授および医学部附属病院救急部・集中治療部部長。
1981年、金沢大学医学部卒業。その後、麻酔科を皮切りに救急・集中治療、外科、内科、手術部などを経験。1999年、東京大学大学院新領域創成科学研究科環境学専攻および工学部精密機械工学科教授。2001年より現職。
2011年、初めての著書『人は死なない』(バジリコ)が7万部を超えるベストセラーとなり、話題となる。

前世を語る人々?
ヴァージニア大学医学部教授による報告

?輪廻転生、前世の存在については、現在まで多数の文献等に報告されています。
?また、チベットのダライ・ラマ法王は何度も転生を繰り返しているとされ、その位の継承は、代々転生者(生まれ変わり)を探し出すことでなされています。法王が亡くなると、次に生まれ変わってくる方角などが予言され、数年後、それにあてはまる幼児を探し出すと、先代の遺品を選ばせたり、先代の身近にいた人物を見分けさせるなどして前世の記憶を試すのです。現法王も幼少時に、先代ダライ・ラマ13世の愛用していた数珠を見分け、側近の名を迷わず言い当てたと言います。

?しかし、輪廻転生や前世など、そんなものは迷信の一つであり、荒唐無稽なもの、と思われている方も大勢いらっしゃることでしょう。
?でも、ときには、それでは単純に片付けられないような事例も報告されているのです。

?近年で論文ベースになる報告を集めたものとして有名なものに、ヴァージニア大学医学部精神医学講座教授であったイアン・スティーヴンソン博士の著書『前世を記憶する子どもたち』(原題:Children Who Remember Previous Lives?日本教文社)があります。

?この中には数多くの事例が報告されていますが、印象に残ったものをいくつかご紹介します。

【コーリス・チョトキン・ジュニアの事例】
?チョトキン夫人は、アラスカで漁師をしていた伯父のヴィクターから「自分が死んだら、おまえの息子として生まれ変わるつもりだ」と告げられ、伯父の体にある2つの手術痕を見せられた。そして、ヴィクターは「生まれ変わったら、これと同じ場所にあざがあるはずだ」と言った。
?その伯父が1946年に亡くなると、その一年半後、チョトキン夫人は男の子を出産する。その子はコーリスと名付けられたが、彼の体には生まれつき母斑が2つあり、その部位はいずれも生前の伯父が見せてくれた手術痕と同じ場所だった。
?また、1歳になって間もないコーリスは、コーリスという名前を復唱させようとした夫人に、「ぼくはカーコディだ」と言った。カーコディとは、伯父ヴィクターの部族名である。これ以外にも、コーリス少年は、その行動や興味に伯父ヴィクターと瓜二つといった特徴を示したり、知るはずのないヴィクターの知人たちを見分けたりしている。
?しかし9歳になる頃には、前世に関することは話さなくなったという。

【スレイマン・アンダリの事例】
?1954年にレバノンに生まれたスレイマンは、幼少期に前世での子どもの数や名前、出身地がガリフェであること、搾油機を所有していたことを口にしたが、それ以上のことは思い出さなかった。
?だが、11歳になった時に、ある出来事をきっかけにガリフェの首長だった前世を思い出す。前世での名や、その生涯についても思い出した。

?スレイマンの親族が、彼の語る記憶の真偽を確かめにガリフェに行くと、思い出した前世の名と同じ名前の首長が12年前に亡くなっていたこと、搾油機の所有やその生涯がスレイマンの記憶と一致することなどがわかった。
?その後、ガリフェを訪れたスレイマンは、首長の家族こそ見分けられなかったものの、いくつもの関連する場所や人を見分けたり、その首長の特徴を示したりしている。

【ボンクチ・プロムシンの事例】
?1962年、タイに生まれたボンクチは、話せるようになるとまもなく、前世について話し始めた。前世での出身地やチャムラットという名前、その両親の名、そして自分が祭りの日に刺殺されたということまで語った。彼がこの自分の死の模様を口にしたのは、2歳の頃だという。のちに、この殺人事件が事実であったこと、ボンクチの語った犯人の名前などが一致していることが確かめられた。
?また、ボンクチには、タイ人らしくない変わった行動や食べ物の嗜好があったが、これはラオス人特有のものであった。また、ボンクチは家族には理解できない言葉を口にすることがあったが、これもラオス語であることが判明する。チャムラットの一家はラオス人だったのである。
?だが、成長するにつれて前世の記憶を語ることはなくなり、その変わった振る舞いもしだいに消えていった。

(以上、いずれも『前世を記憶する子どもたち』<イアン・スティーヴンソン著?笠原敏雄訳?日本教文社>より)

?しかし、以上のような文献等に報告された事例だけでなく、私の知人にも、過去生体験を持つ人が複数います。
?その中の一例をご紹介しますと、某病院の理事長であり、皮膚科・ホリスティック医療を行っている40代の女性医師は、エジプトを訪れた時に、ある神殿で、かつて自分がここで働いていたことを思い出したと言います。それだけでなく彼女は、初めて訪れたその神殿内の細部まで思い出したというのです。

亡き母との再会が確信させてくれた
「あの世」と死後の生

?ほかにも私には、母の死にまつわる不思議な体験があります。
?ある時、知人の紹介で母を交霊してもらう機会に恵まれました。つまり、死者となった母と会話したのです。

?母は、霊媒となった人の体を借り、私の問いに答えてくれました。母しか知るはずのない、これまで私が誰にも話したことのなかった詳細なども正確に話したのです。また、霊媒となってくれた知人の降霊中の口調や立ち居振る舞いは、母との面識がなかったにもかかわらず、驚くほど母の生前の特徴そのままでした。そこに母がいるのでは、と錯覚を起こしたほどです。
?それ以来、なぜか私には、不思議な安心感のようなものが生まれてきました。
?死に対する漠然とした恐怖感が消えたのです。
「あの世」という異界の存在を、さまざまな書物や人の体験談以外で知ったのもこの時です。
?この体験は鮮烈でした。文字や他人から聞いた話や、同じ交霊でも知らない人(霊)から知らされるのと、他界した肉親から目の前で知らされるのとでは大きな開きがあることも実感しました。
?同時に私は、「あの世」と呼ばれるようなものの存在があること、人は肉体死を迎えても魂は滅しないこと、つまり、見えない世界の存在に確証のようなものを得たのです。

?現在の科学力では解明できませんが、魂は存在します。
?私たちが死後に行く場所、一般的に言えば「あの世」と呼べるようなものも明確に存在しますが、いきなり全部は無理としても、少しずつこれらの事実を理解されると、私たちがこの世に生を受けた日から旅立ちの時、つまり生まれてから死ぬまでの年月が愛しく感じられます。
?すると、死という「お別れ」に関する逝く側、送る側それぞれの「作法」が、実に興味深いものへと変わるものと思います。
?輪廻転生があるからこそ、つまり「死後の生」があるからこそ、私は死というお別れには作法が必要だと思っています。

?次回は、「逝く人の作法」「送る人の作法」を紹介します。
4月18日更新予定です
http://diamond.jp/articles/-/34724


【第3回】 2013年4月17日 松澤萬紀 [日本コミュニケーションマナー協会・代表]
職場の女性を味方につける「7つのニオイ対策」とは?
ANA客室乗務員(CA)として12年。500万人のお客様の対応で気づいた、行動・言葉・気づかい・テーブルマナー・習慣とは?テレビ、新聞でも紹介された「100%好かれる1%の習慣」。第3回目は【職場の女性を味方につける「7つのニオイ対策」とは?】です

女性は特にニオイに敏感。
「自分が心地よい」=「相手も心地よい」とはかぎらない

?あるセミナーを聴講したとき、私の隣に座った男性から、「香水の強いニオイ」がしました。

?ほのかに感じる香りであれば、好感がもたれると思います。けれど、この男性のニオイは、ちょっと強すぎました。

?私は「香水アレルギー」ではありませんが、それでもこのニオイを嗅いでいるうちに、少し、気分が悪くなってしまいました。
?香水の香りが強すぎると、相手の気分を害することがあります。おそらくこの男性は、「香水のニオイが嫌いな人もいる」ということに、気がついていなかったのかもしれません。「自分が心地よい」=「相手も心地よい」とはかぎらないものです。

?異業種交流セミナーで知り合ったIさん(男性)は、生命保険の営業に携わっています。トップセールスマンとして、たくさんの顧客を抱えるIさん。
?私はIさんに、「人と接するときに、心がけていること」について、うかがったことがあります。

「常に笑顔でいる」「売り込まない」「どの年代でも理解できる言葉を使う」など、セールスのコツをいくつか教えていただきましたが、とりわけ印象に残ったのは、「消臭対策をしている」という点でした。

「とくに女性はニオイに敏感。体臭や口臭をできるだけ抑えるように気をつけている」というのです。

トップセールスマンのIさんが行っていた
女性を味方につける「7つのニオイ対策」とは?


松澤萬紀(まつざわまき)?
日本コミュニケーションマナー協会・代表。
幼少期よりCA(客室乗務員)に憧れ、8回目の試験で念願のCAに合格。ANA(全日空)のCAとして12年間勤務する。トータルフライトタイムは8585.8時間(地球370周分)。ANA退社後は、コミュニケーションマナー講師、CS(顧客満足度)向上コンサルタントとして活動。年間登壇回数は200回以上。総受講者数は、2万人以上。リピート率は97%に達している。また、読売テレビ「ミヤネ屋」への出演、毎日新聞にも掲載されるなど、メディアでも活躍中。
【オフィシャルHP】
http://www.matsuzawa-maki.com/
?具体的に、Iさんがどのような対策をしているのかというと…。

【1】口臭の原因になるので、お客様とお会いする前は、コーヒーを飲まない。カフェなどでお客様とお会いするときは、「紅茶」を頼むようにする(コーヒーの成分が口のなかに沈着して、独特のコーヒー臭になるそうです)

【2】訪問先でコーヒーを出された場合は飲み、次のお客様に会う前に、ニオイ消しのために駅のトイレなどで歯磨きをする

【3】タバコは吸わない

【4】歯ブラシと歯磨き粉をカバンのなかに入れておき、食後と打ち合わせ前に、毎回歯を磨く

【5】「携帯用の除菌・消臭スプレー」や「制汗スプレー」、「汗ふきペーパー」を常備して、ニオイを抑える

【6】汗をかきやすい夏場は、「着替え用のシャツ」と「替えの靴下」を用意しておく

【7】入浴時は、デオドラント効果のある薬用ボディソープで体を洗う

?私がIさんに「そうしたニオイ対策をする前に、人からニオイを指摘されたことがあったのですか?」と質問すると、「いいえ。どちらかというと、私は体臭は少ないほうだと思います」との返事。

?それでもIさんは、「ニオイは、目に見えなくても相手を不快にさせる要素がとても強い」と考え、人一倍、「消臭対策」に気を配っているそうなのです。

消臭対策は、「やりすぎかな」
と思うくらいでちょうどいい

?少し前の資料になりますが、1999年に経済産業省が「抗菌加工製品ガイドライン」をつくるためのアンケート調査を行いました(※1)。

その結果、「自分のニオイを常に気にしている」と答えた方は全体の42%にのぼったそうです。
?この数字は、「太りすぎないよう食事には気を使う」と答えた人(38%)よりも多い結果です。

「42%」という数字を、みなさんはどう解釈しますか?この数字を「多い」と思いますか?それとも「少ない」と思いますか?

?私は、「少ない」と思います。
?女性に比べると、男性はまだまだ「消臭対策」に消極的です。

?実際、「男性は、自分の体臭は少ないと思い込んでいる傾向があり、花王(大手化学メーカー)の社内モニター調査では、実際にはかなり強めの体臭を持つ男性でも、自分はニオイがあまりないと過小評価しているケースがあった」そうです(日経トレンディネット参照:2008年9月)。

?消臭対策に、「やりすぎ」はありません。むしろ「やりすぎかな」と思うくらいでちょうどいいのです。
?口臭や体臭は、自分では気がつきにくいし、周囲の人も、気を使って教えてくれないことがほとんどです。だとしたら、自分が臭くても臭くなくても、ニオイ対策をしておいたほうがいいと思います。

?せっかくあなた自身がすばらしいのに、「ニオイで人が遠ざかる」ようなことがあったら、本当にもったいないと、思いませんか。

(※次回の掲載は4月18日になります)

(※1:経済産業省製造産業局編「抗菌加工製品ガイドライン」生活関連新機能加工製品懇談会第一次報告)

【ダイヤモンド社書籍編集部からのお知らせ】


価格:¥ 1,470(税込) 判型/造本:4/6並製 ISBN:978-4-478-01734-0
◆『100%好かれる1%の習慣』

?ANA客室乗務員として12年。500万人のお客様の対応で気づいた、行動・言葉・気づかい・テーブルマナー・習慣とは?テレビ、新聞でも紹介された「100%好かれる1%の習慣」とは?

?ほぼ100%に近い確率で、どんな人からも好かれるためには、「相手がどう思うか」「なにをすれば相手が喜んでくれるのか」を察する「相手を気づかう心」を持ち、それを言葉と行動に込める「習慣」を身に付けることです。ですが、その気づかいの習慣を持っている人は、わずかに「1%」でしょう。そして、やろうと思えばだれでも実行できる、たった「1%の習慣」です。

?本書では、「劇的に人生を好転させた人」たちが身につけている「1%の習慣」を、39個、ご紹介いたします。

http://diamond.jp/articles/print/34678
 

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01. 2013年4月18日 01:59:55 : mHY843J0vA
意思決定のスピードを決める意外な要因
スタンフォード大学 アイゼンハート教授の論文を読む【1】
2013年4月18日(木)  清水 勝彦

取り上げるのは――Making fast strategic decisions in high-velocity environments(変化の激しい業界でスピーディーな戦略意思決定を行う)
Katheleen M. Eisenhardt(1989年 Academy of Management Journal)
 今回は、ぐっとアカデミックな論文を紹介します。「アカデミックだから、浮世離れしている」「学者の論文は実際の経営に役に立たない」という思い込みを一蹴する、レベルの高い論文です。この論文が発表されたAcademy of Management Journalは、経営学会の中でも1、2を争うトップ学術誌であるということも付け加えておきます。
 この論文は、実はある意味私の人生を変えました。1996年に前職のコンサルティング会社をやめ、6月29日に生まれたばかりの次男を含め8月に家族4人でテキサスに渡ったとき、もともとの博士課程のアプリケーションには「企業の戦略的アライアンスの研究をしたい」と書いてありました。
 実際、1994年にMBAを終えてダートマスを去る時に、教職に進むつもりはなかったのですが、戦略系の先生、例えば最近『リバースイノベーション』を上梓した、ビージェイ・ゴビンダラジャン先生(通常VGと呼ばれています)にも「アライアンスはまだまだ研究されてない余地だから研究してみれば」とはげまされ、帰国のあいさつにも「戦略的提携の研究を進めていきたい」なんて書いた記憶があるほどです。
 1年目の2学期にあった博士課程の学生向けの戦略の授業(生徒は同期のたった6人)でこの論文を読んだ時、ああ、こういう研究をしたいと心から思いました。その意味で「運命の論文」と言ってもいいかもしれません。結果として、私の博士論文は「アライアンス」ではなく(実は90代後半はアライアンスが学会での大人気テーマになります)「意思決定」に近いですが、それからさらに一歩踏み出し「意思変更」、つまり、いったん行った重要な戦略決定がうまくいかない、間違っていると分かった時に企業はどのようなきっかけで、どう軌道修正を行うかを主題としました。M&Aを行った後に売却する事例を集めて、売却しなかった事例と統計的に比較分析しながら論じたものです。
 この論文の著者であるキャシー・アイゼンハート教授(当時assistant professor)は、この論文を皮切りに、次々とケースインタビューをベースにした「定性的論文」を(博士課程の学生と共著で)一流の学術誌に発表し続けます。定量的、つまり多くのサンプルを集め、統計処理をすることが主流の(つまりより科学的であるとみなされることが多い)学会では、異彩を放っています。ちなみに、スタンフォード大学でも、彼女の所属はビジネススクールではなく、エンジニアリングスクールです。私もその著作を訳したことがあるボブ・サットンなど、組織や戦略分野で有名な教授がエンジニアリングスクールにいるというのはシリコンバレーにあるスタンフォードならではと言えるでしょう。
That’s interesting!
 昨年の10月、このコラムで2つめに取り上げたのが“That’s interesting!” (Murray Davis)という1971年の古典的な論文であったことをご記憶の方もいらっしゃると思います。この論文のポイントは「理論家が偉大といわれるのは、その理論が正しいからではなく、interestingだからだ」といい、それは「当たり前だと思っていたことにあらためて注意を向ける」さらに「新しい理論が注目を集める唯一の方法は古い真理(言い伝え、決まり文句、公理、格言、ことわざ、ありふれた常識など)を否定することだ」という点でした。
 「Xのように見えるが、実はXではない」「なんとなく正しいと思っている前提(weakly held assumption)を掘り下げ、否定することこそが最も重要だ」と繰り返しデービスは説き、その教えは40年以上も(少なくとも欧米の)博士課程の授業では必ずと言っていいほど取り上げられているのです。
 深い話は以前のコラム、あるいは原本を見ていただくとして、アイゼンハート教授の論文の基本構成は、まさに“That’s interesting!”を地で行くもの、つまり「一般的にはXといわれているが、実はYである」にほかなりません。本論文ではシリコンバレーのマイクロコンピューター企業8社(従業員50〜500人規模)のインタビューを通じ、意思決定のスピードの違いを生み出す要因をあげています。1つひとつは以下で見ていきますが、意思決定のスピードに関して取り上げられている「一般的にはXといわれているが、実はYである」は以下の通りです。
1. 情報を広範に集めないほうが早い意思決定ができると思われているが、実際は多くの情報を活用している企業ほど意思決定が早い。
2. 多くの案を考えないほうが早い意思決定ができると思われているが、実際は多くの代替案を検討している企業ほど意思決定が早い。
3. 経営者が1人だけで決めたほうが早い意思決定ができると思われているが、実際は「アドバイザー」を活用している企業ほど意思決定が早い。
4. 対立意見がないほうが早い意思決定ができると思われているが、実際は対立意見を出し、それをうまく解決する企業ほど意思決定が早い。
5. 重要な意思決定を1つひとつ行ったほうが早い意思決定ができると思われているが、実際は大小複数の意思決定を関連させている企業ほど意思決定が早い。
 後でもう一度触れたいと思いますが、「一般的にはXといわれているが、実はYである」と言っていますが、よく見るとYというよりはX’と言っていいものばかりです。つまり、似ているけれど実は微妙に違う、XとX’の違いに気付いているかどうかが、企業の意思決定スピード、ひいては業績につながるのです。
 では、1〜5について、1つひとつ見ていきましょう。
1. 情報を広範に集めないほうが早い意思決定ができると思われているが、実際は多くの情報を活用している企業ほど意思決定が早い。
 日本企業、あるいは政府・官庁なのでもよくいわれる「意思決定の遅さ」の原因の1つに、「もっと情報がほしい」という点があげられます。そもそも、正解などあり得ないのに、これでは不十分だ、もっといい解があるのではないかと情報を求め続けるため、意思決定がどんどん延びていく、場合によってはその結果、さらに環境が変わってしまい、過去の情報が役に立たなくなり、だからもっと情報を…といった悪循環に陥ってしまうことも少なくありません。ですから、情報を集めすぎないほうが意思決定のスピードは早まるというのは日本でも一般的な考えであると思いますし、そうした少ない情報で意思決定のできる「胆力」が日本人のリーダーに必要なのだという声もよく聞きます。
 これは、半分は正しいのだが、半分は間違っている…同じスタンフォード大学のフェッファー、サットン両教授流(注1)に言えばそういうことをアイゼンハート教授は指摘します。そもそも、「情報」って何だ? というところからその投げかけは始まります。例えば、将来の市場の成長性とか、今後の計画とか、実はそうした「予測情報」ではなく、「リアルタイムの情報」こそが大切なのだというのです。
(注1)Hard Facts: Dangerous Half-Truth & Total Nonsense (邦訳『事実に基づいた経営』2009年)
 サンプルの8社の中で、意思決定の早い企業と遅い企業を注意深く比べ、アイゼンハート教授はなぜ「リアルタイム情報」が重要か、3つの理由をあげます。まず、現在の問題とチャンスが明確になること、さらにリアルタイムの情報に触れ続けることで「経営者は自分の直感を進化させ続けることができる」、さらにリアルタイム情報を交換し続けることで経営層の中に一定の共通した見方が生まれることをあげています。これは、拙著(注2)で強調したコミュニケーションの大切さとつながる点でもあります 。
(注2)『戦略と実行』(2011年)
 2つめの「直感(intuition)」の話は、科学的に説明しにくいですし、ちょっと怪しくなりがちなので学者としては触れにくい点ですが、実際の経営者の方はよく分かるのではないでしょうか。少し話は違いますが、天気予報の精度が向上した大きな理由は、コンスタントにフィードバック、つまり当たったか外れたかがすぐ、しかも毎日分かり、それに対して対策を考えたからだと言われています。リアルタイム情報に頻繁に触れることを通じて、「直感(intuition)」あるいは「仮説」を進化させることができ、早い意思決定につながるのです。一方で、将来の予測、プラニングは「何が本当に起こっているかというビジネスの実感を経営層がつかむには役に立たないことに注意しなくてはならない」とも指摘しています。
 最近日本のある企業の幹部研修をした時に、「これまで営業会議を2週間に1度、3時間とってやっていたが、実は朝10分毎日やったほうがはるかに効果的だということが分かった。なぜ今までそうしなかったんだろうと思う」という話がありました。リアルタイム情報の重要性、そしてそれが迅速な意思決定につながるもう1つの例ではないかと思います。
 以前、産業再生機構にいた後輩に慶應ビジネススクールのクラスにゲストとして来てもらった時に、こんなことも言っていました。
 社長が1年前にやるといってできなくても、みんなああそうか、仕方がないかと思う。でも、1週間前にやるといってできなければ、「うそつき」といわれる。
 1年とか、4半期とかはもちろん大切だけれど、経営のスピード感というのは、もっと短くなくてはいけないということを、さまざまな企業の再生にかかわって実感として感じた。そうした経験則で言えば、業績なり進捗なりを管理し、施策を考えていくのは1週間というのがいいと思う。
2. 多くの案を考えないほうが早い意思決定ができると思われているが、実際は多くの代替案を検討している企業ほど意思決定が早い。
 いろいろな案がありすぎると、それぞれの案の評価に手間取るし、場合によってはどれが良いのか迷いすぎてしまう。その意味で、1つか2つの案に絞って深く検討したほうが意思決定が早くできるのではないか…これまた一般的にはそうだと思いやすいのですが、「半分は正しいのだが、この教えも半分は間違っている」のだとアイゼンハート教授は言います。
 意思決定の遅い企業は1つ2つの案を深く検討し、それがだめだとなって初めて別の案を検討する傾向があり、それがだめな理由として、4つの理由があげられます。
 まず、案というのは1つだけでは評価できないこと。つまり、他の案と比較して初めて良い点、悪い点が明確になるのです。「良さそう」に見えても、他にもっと良い案があったりするかもしれませんし、「だめ」と思っても、それが最善の案であるかもしれません。また、1つの案に絞ると、どうしてもその案を生かそうとして「escalation of commitment」(例としてベトナム戦争などがよくあげられますが、だめだと分かっていても、抜き差しならなくなってコミットし続ける、投資し続けること)になりやすいこともあります。
 3つめの理由は、同時に複数の案を検討することで、どれかの案がだめと分かっても別の案が待っていることです。4つめとしては、検討のために必要な時間は代替案の数だけではなく、どの程度深く検討するかにもよるということです。つまり、1つの案を深く検討して結論を出すより、複数の案を浅く検討したほうが、前述の1〜3の効果と相まって、より早くかつ良い決定ができることが多いのです。
 実際、こうした意思決定の前提となる企業自体の強み、弱みの評価についても同じことが言えそうです。自社の技術、自社の強み、弱みを評価するのに、自社の経験しかない、あるいは現場の経験は10年以上前のことだ…といった役員が集まって一生懸命考えても、世の中、あるいは競合から見た姿とは全く別の像を描いてしまうかもしれません。
 日本企業の海外進出に関しても、少し似たことが言えそうです。確かに、国内市場に比べて成長しているし、利益も上がっている。「苦労はしていますが、順調です」という海外担当役員の方の言葉をよく伺います。しかし、例えばそのアジア市場の成長率、あるいは欧米のライバル企業の成長と比べるとはるかに劣っていることが少なくありません。何と比べるか、さらに言えば正しい「基準」があって初めて評価できるのに、評価自体に気を取られすぎて「基準」をおろそかにしていることが多くないでしょうか?
3. 経営者が1人だけで決めたほうが早い意思決定ができると思われているが、実際は「アドバイザー」を活用している企業ほど意思決定が早い。
 最近の日本の電機業界はサムスンやLGと比較されることが多いと思います。そして、(おそらく家電業界だけではないのでしょうが)繰り返し指摘されるのが「強いリーダーシップ」への願望、あるいはその欠如への嘆きです。意思決定にしても、トップがガッと決めて、それを一斉に実行することが企業の速さであり、強さなのだという指摘は、サムスンの強さに象徴されるでしょう。
 注意しなくてはならないのは、「1人で決める」ことと「1人だけで決める」ことは同じように聞こえますが、全く違うということです。XとX’が異なるように。
 原文では「counselor」という言葉が使われていますが、ちょっとピンときにくいので日本語では「アドバイザー」と訳しています。要は、その業界、あるいはシチュエーションに関して経験を持っている人のアドバイスを参考にして「1人で決める」ということです。
 アイゼンハート教授はそうしたアドバイザーの重要性について(1)代替案を与えてくれること(2)未経験だったり、非常に不確実であったりする状況に対して意思決定の支えになることを指摘します。「自信」を与えてくれるというのです。そして、それは必ずしも「正確」だからではないことにも注意をする必要があるでしょう。
 「正確」でもないのに、なぜ「自信」が与えられ、かつ早い意思決定につながるのか? 考えてみれば納得いかない気がします。
 結局未来を完全に見通せる人はいません。であるとすれば、過去の経験が豊富だからといって、必ずしもその経験が未来で使えるとは限りません(よく、成功体験のわなということが言われます)。そうした局面の意思決定で最も大切なことは「自信」なのです。どこまで調べても、情報を集めても、結局「確かな答え」はないとすれば、意思決定をして、先に進み、そこで情報を集め、より良い方向に軌道修正をしていくしかないのです。「情報を集めて決断する」のと同じかそれ以上に「情報を集めるために決断する」ことが重要なのです。
 ビジョナリーだ何だといわれている経営者も、試行錯誤の中で切り開いているにすぎないのです。ミシガン大学の社会心理学の大家、カール・ウァイクがよく引用するハンガリー軍がアルプスで遭難した時の話がそのあたりのことをよく表しているでしょう。ある兵士の1人のポケットに地図が入っており、その地図を使って一隊は無事下山できたのですが、後になって、その地図は全く違うピレネー山脈のものだったことが分かったという話です。
 その意味で、経験豊富であるのが「経営者」あるいは「意思決定者」ではなく、「アドバイザー」であることは大切です。過去の体験の呪縛に陥ることを防ぐには、経営者があまり「経験豊富」ではないほうがいいのでしょう。しかし、一方で「経験」は多くのもの、代替案だけでなく「自信」「心理的な拠り所」を与えてくれるのです。「根拠のない自信」なんて時々言われますが、結局「根拠」であるのは「過去の実績」である場合がほとんどであるとすれば、新しい局面で「根拠のある自信」は存在しないと言ってもいいのかもしれません。しかし、企業は、経営者は進まなくてはなりませんし、そこで進めるかどうかが競争での勝者と敗者を決めるのです。
 アイゼンハート教授はさらに「不安、情報不足、そして時間がないために意思決定がしばしば遅れる」と指摘し、例えばCEOが「1人だけで」意思決定をしようとする時、情報が届かなかったり孤立感が深まったりして、逆効果になることに警鐘を鳴らしています。
(次回に続きます)

清水 勝彦(しみず・かつひこ)
慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授。東京大学法学部卒業。ダートマス大学エイモス・タックスクール経営学修士(MBA)、テキサスA&M大学経営学博士(Ph.D)。戦略系コンサルティング会社のコーポレィトディレクションで10年間の戦略コンサルティング経験のあと、研究者に。
専門分野は、経営戦略立案・実行とそれに伴う意志決定、M&A、戦略評価と組織学習。テキサス大学サンアントニオ校准教授(2000〜2010年、テニュア取得)を経て、2010年4月から現職。学術論文以外の著書に『戦略の原点』、『経営意志決定の原点』、『戦略と実行−組織的コミュニケーションとは何か』、『実行と責任 日本と日本企業が立ち直るために』など。監訳にロン・アドナー『ワイドレンズ』



MBAプラスアルファの読書術
慶應ビジネススクール清水教授が、経営書から知られざる名論文まで幅広い書物を読み解き、本当に読むべき勘所とその応用の仕方を紹介します。欧米のMBAや博士課程の授業で学生が必ず読んでいる本や論文なども含め、実行するリーダーが、自分自身とその経営を振り返り、見直すための読書術です。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/skillup/20130411/246514/?ST=print

「機械との競争」に人は完敗している

エリック・ブリニョルフソンMIT教授に聞く【前編】

2013年4月18日(木)  細田 孝宏

 世界経済は金融危機から回復途上にある。だが、その足取りにもどかしさは否めない。先進国ではとりわけ雇用の回復が遅れている。理由はなぜか。デジタル技術の進化が雇用を奪ったことを実証的に提示し、米国で話題を呼んだ『機械との競争』(日本版は日経BP社)の筆者、米マサチューセッツ工科大学(MIT)のエリック・ブリニョルフソン教授に聞いた。
なぜこのテーマの本を書こうと考えたのでしょうか。

ブリニョルフソン:2年前のことです。米国では「イノベーションが停滞してきたのではないか」と懸念する声が出ていました。たとえば、タイラー・コーエン(米ジョージ・メイソン大学)教授は、『The Great Stagnation』(邦題は『大停滞』、NTT出版)という本を書いて、そう論じていたのです。


エリック・ブリニョルフソン(Erik Brynjolfsson)氏
米ハーバード大学卒。米マサチューセッツ工科大学(MIT)にて博士号(経営経済学)を取得。現在はMITスローン・マネジメント・スクール教授。デジタル・ビジネス・センターのディレクターやスローン・マネジメント・レビュー誌の編集長なども務める。著書に『インタンジブル・アセット』(ダイヤモンド社)などがある。『機械との競争』(日経BP社)は、デジタル・ビジネス・センターのアンドリュー・マカフィー主任リサーチサイエンティストとの共著。(写真:常盤武彦、以下同)
 我々もその本を読み、興味深くとらえていましたが、一方で完全な間違いであると思っていました。そこで(共著者の)アンドリュー・マカフィーと私は、こうした主張に対する反論を書くべきだと考えたのです。

 それが2011年の春でした。我々は既にたくさんの調査をしてきて、この問題に興味を持ってくれるMITの学生がたくさんいました。「デジタル・フロンティア・チーム」と名付けたそのグループで毎週ミーティングを持ち、素早くアマゾン(ドットコム)のキンドルで10月には出版できたのです。すると米国ではすぐに話題になった。ニューヨークタイムズでは一面で扱われ、ウォールストリート・ジャーナルやフィナンシャル・タイムズなどメディアに取り上げられました。

 好評だった理由は、アカデミックな調査を利用し、経済学の理論と証拠に基づく一方で、幅広い人に理解できるように書いたからだと思います。

国の富は増えたが、上位1%が取っていった

当初のコンセプトは「機械との競争」という最終的なものとは違っていたのですね。

ブリニョルフソン:ええ、少し違っていました。「技術の進化が停滞している」と語られていたので、そうではなく逆に急速に前進していることを示すつもりでした。しかし、取り組むうちにある重要な問いと格闘しなければならなくなったのです。


 「なぜ米国ではそんなにたくさんの人が職を失っているのか。そしてなぜ所得の中間値が1997年よりも低くなったのか」という問いでした。イノベーションが進み生産性が向上したのに、なぜ賃金は低く、雇用は少なくなったのか。

 「デジタル技術の加速」のためです。それは生産性の向上をもたらしましたが、ついていけない人々を振り落としてしまった。ある人たちは多くのものを得て、別の人たちは少ないものしか得られずに終わる。それが過去15年に起きたことです。国全体の富は増えましたが、多くの人にとって分け前は減った。残りは上位1%が取っていったのです。

デジタル技術と雇用との関係は、なぜこれまで大きな議論にならなかったのでしょうか。

ブリニョルフソン:技術の変化が雇用や失業にどう影響するかという議論は経済学においてはありました。ただ、多くは学者向けのものだったのです。

 経済学者は技術の変化がいかに速いかを正しく認識していませんでした。それを理解するには、経済学と技術という2つの専門性が必要です。それらを一体として考えて初めて、現在の経済の中で何が起きているかが理解できる。この2つがなかなか両立していなかった。

本でも触れていますが、歴史を振り返ると、ラッダイト運動*のような出来事がありましたね。

*1810年代、英国の紡績・織布業地帯で発生した機械破壊運動。機械の登場による失業を恐れた手工業者・労働者らが起こした

ブリニョルフソン:先にはっきりさせておきますが、我々はラッダイト運動家ではありません。彼らは技術の進化を遅らせることを望んでいました。一方、我々は技術の進化は素晴らしいもので、富をもたらすものだと確信しています。彼らとは意見が違うのです。

我々は「グレートデカップリング」を目にしてきた

 もちろんラッダイト運動家が完全に間違っていたわけではありません。テクノロジーが雇用を破壊するという点では正しかった。1800年代、運動家は職を失うのではないかと心配し、そして実際に職を失った。

 だが、覚えておかねばならないのは、技術は常に雇用を破壊するということです。そして常に雇用を創出する。問題はバランスなんです。

 200年前は、古い仕事が姿を消すのと同じような速さで新しい仕事が生まれました。それはここ最近、すなわち1990年代の終わりくらいまで続いてきた。

 ところが、その後、技術による雇用破壊は雇用創出よりも速く進んでしまった。それがこの10年の現象なんです。かつては生産性の伸びと同じように雇用も伸びてきたのですが、97年頃に雇用が置いていかれるようになった。そう、我々は「グレートデカップリング」を目にしてきたのです。


 「なぜ今まで議論されなかったか」との質問には、もう1つの答えを挙げましょう。私も含めて、たいていの経済学者は「生産性が上がるとすべて(の問題)を解決する」と考えてきました。だからやるべきことは生産性の向上だと思っていた。それは正しかったのです。ただし、97年までは。今や生産性の向上そのものが全員の利益を保証するものではなくなっており、新たな考え方が必要になっています。

「大デカップリング」をもたらしたデジタル技術にはどのような特徴があると考えていますか。

ブリニョルフソン:デジタル技術には3つの側面があります。

 1つは、指数関数的に発展するということ。人類の歴史に登場したどんな技術よりも速く進化します。蒸気機関よりも電気よりも速い。ご存じの「ムーアの法則」では、コンピューターの性能は18カ月で2倍になります。それは指数関数的なスピードです。

 過去10〜15年の間に、デジタル技術の能力拡大を我々は目にしてきたはずです。そして人々はそれに追いついていけなくなっている。

 2つ目の側面は、デジタル技術は以前の技術よりも、より多くの人に影響を与えるということです。過去、農業ではいくつもの進化があり、より効率的な耕作を可能にしましたが、それは限られた集団に影響しただけでした。今日、コンピューターの発展は、ほとんどの働き手に影響を与えます。米国では全労働者の業務のうち約65%が(コンピューターを使った)情報処理に関わるものです。事務職、マネジャー、あるいは学校の先生、ジャーナリストやライターなど、幅広い仕事がそれに含まれる。過去よりも多くの人が影響を受けるということです。

 3つ目は、新たなテクノロジーが「デジタルであること」。ひとたび何かが発明されると、ほとんどコストなしでコピーができる。そしてそのコピーを即座に世界のどこへでも送り、何百万人という人が同じものを手にすることができる。高いお金をかけて工場を建設しなければならない製造業などとは全然違う。過去200年とは全く異なる影響を雇用にもたらす。

たしかに我々メディアの仕事も変わったと実感しています。

ブリニョルフソン:それはちょうど良い例ですね。マスコミ産業は大きく変わりました。30年前に比べジャーナリズムの世界で働く人は減っています。デジタル革命のおかげで産業の収入も減った。しかし、影響を与えているのはもっと広い産業に対してです。音楽産業はもちろん、製造業も金融も、小売りも。すべての産業が影響を受けているのです。

雇用は中国に移ったのではない。ロボットに移った

製造業のデジタル技術と言えば、3D(3次元)プリンターも注目されています。この分野も変わる可能性があるわけですね。

ブリニョルフソン:そうなるでしょう。製造業は米国では縮小してきました。それはまた別の重要な論点を生むのです。製造業における米国の雇用縮小の背景として、生産拠点の海外移転や中国の台頭が挙げられてきました。しかし、それは本当のことではありません。

 調査の結果、分かったのは、中国では製造業で働く人が97年に比べ2000万人以上少なくなっているということでした。雇用が米国から中国に移ったのではないのです。米国と中国からロボットに雇用が移ったというのが正しい。「デジタル革命」や「機械との競争」は、生産の海外移転よりももっと重要な論点のはずです。

ラッダイト運動家のように「機械との競争」は人間の危機と考える人がいるかもしれませんね。

ブリニョルフソン:それは我々の対応次第でしょう。危機にもなれば機会にもなるはずです。

 テクノロジーと経済は非常に速く変化しています。もし我々が何もしなければ、危機に陥り、多くの人が仕事を失うことになるでしょう。しかし、うまく対応できたら、つまり技術の利点を取り入れることができたら、すべての人にとってチャンスを生み出せます。

(続きは明日掲載予定です)


細田 孝宏(ほそだ・たかひろ)

日経BP社入社後、経済誌「日経ビジネス」を振り出しに、建築誌「日経アーキテクチュア」、日本経済新聞証券部(株式相場担当)で記者活動に従事。「日経ビジネス」では主に自動車、流通、商社などの各業界を担当し、現在、米国特派員として、ニューヨークに駐在している。


技術は雇用を破壊する 〜『機械との競争』著者が語る〜

 イノベーションが雇用を奪うことを論じた『機械との競争』(日経BP社)が日本でも話題になっている。

 米国で深刻化した失業問題の根本には、急速なデジタル技術の進化があると分析するのは、著者の1人、エリック・ブリニョルフソン・マサチューセッツ工科大学(MIT)教授だ。

 4月15日号の日経ビジネス「世界鳥瞰」に掲載したブリニョルフソン教授のインタビューの詳細版を2回にわたって紹介する。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20130416/246769/?ST=print


 
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130415/246672/?ST=print
「中計」の耐えられない軽さ  HUAWEI流に日本企業も学ぶとき
2013年4月18日(木)  白石 武志


 ニュースの重要度が整然と視覚化されていることは活字メディアの大きな魅力の1つだが、新聞の片隅に載るいわゆる「べた記事」の中にも、それまでの仮説や思い込みを崩し、認識を改めさせるようなニュースがある。
 今年の1月下旬、深夜の編集部内で何気なく新聞をぱらぱらとめくっていて、まさにそんなたぐいのニュースに出くわした。中国の通信機器大手の華為技術(HUAWEI)が首脳ら11人の2012年末の賞与をゼロとしたことを伝える、40行ほどの短い記事だ。
 世界のスマートフォン市場で3位に浮上するなど、華為技術の業績はいたって好調のはず。なのになぜ、この時期に幹部の賞与がゼロになるのか――。見出しを目にしてもニュースの背景が分からず、一瞬、頭の中が混乱した。
 実際、2012年12月期の華為技術の売上高は前の期比8%増の2202億元、純利益は32%増の154億元だった。一部報道では円換算ベースの売上高でスウェーデンのエリクソンを上回り、世界最大の通信機器メーカーになったと報じられている。

華為技術はスマートフォン市場で韓国・サムスン電子、米アップルに次ぐ地位を獲得しつつある
 もちろん、記事に目を通すことで、こうした疑問はすぐに解消された。今回、首脳陣らの賞与がゼロとなったのは、参入して間もない企業向け情報システム部門などの業績が目標に届かなかったためだという。
 同社の規定では本来、当該部門のトップのみ賞与がゼロになるところだが、同社には「負けたときは命懸けで助け合う文化がある」との理由で、創業者の任正非・最高経営責任者(CEO)を含む幹部全員が賞与を自主的に返上したのだそうだ。数値目標の未達を許さない厳格な姿勢に驚かされると同時に、競争が激しい通信機器市場で同社が急成長を続ける理由を垣間見た気がした。
信賞必罰で透明性アピールとの見方も
 ただし、このニュースには別の読み方もできる。
 ここ最近、頻繁に報道されている通り、華為技術をめぐってはダンピング(不当廉売)の疑いがあるとして欧州連合(EU)が調査に乗り出しているほか、米国では安全保障上の理由から同社の製品を採用しないよう自国の通信会社などに働きかける動きがある。米国の一部の政治家の間では中国人民解放軍との関わりが指摘されており、華為技術の経営の実態について、多くの人々が懸念を抱いているのは事実だ。
 こうした背景を理由に、華為技術が首脳陣の賞与をゼロにするという決定について、企業の透明性や先進性をアピールするためのある種のポーズだと見る向きがあるのも確か。従業員持ち株制を採用し、上場していない同社が、株主のために経営陣の責任を明確にする必然性はあまりないという意見もあるだろう。
 しかしそれでも、経営陣の信賞必罰を徹底することには、華為技術の経営計画に対する信頼性を格段に高める効果がある。華為技術は今月、今後5年間の年平均成長率を10%とする野心的な経営計画を発表したが、目標管理に厳格な同社だからこそ、達成可能なのではないかという期待感を周囲に与えることができると思うのだ。
 一方、日本の産業界において、経営計画などで掲げる数値目標はどの程度重視されているのだろうか。10年以上、企業取材を続ける中で、私自身、いくつもの企業で数値目標が未達に終わる状況を目の当たりにしてきたが、華為技術のように経営幹部らが連帯して賞与を全額返上したという話は聞いたことがない。
 例えばNTT東日本・西日本は毎年総務大臣に認可申請している事業計画の中で、光ファイバー通信回線サービスの年間純増数を最も重要な経営指標に位置づけている。2005年以降のNTT東西の光回線の純増数の数値目標と実績をまとめたのが下の表だ。未達に終わった年の実績を赤色で示した通り、NTT東の場合は2007年度以降、NTT西にいたっては2005年度以降、一度も期初に掲げた数値目標を達成できていないことが分かる。
NTT東日本・西日本の光ファイバー通信回線の純増数
NTT東日本 NTT西日本
期初目標 実績 期初目標 実績
2005年度 100 100.4 80 75.0
06年度 150 151.0 120 114.7
07年度 200 156.4 140 113.8
08年度 200 132.8 140 102.9
09年度 140 124.2 110 87.4
10年度 125 97.8 85 83.0
11年度 125 84.2 85 66.4
12年度 80 39.7 65 33.9
13年度 50 ? 50 ?
NTT東西の光回線の純増計画は未達が目立つ(単位:万件、赤字は未達)
 私自身、日頃の取材を通じて、両社の経営陣や社員らが日々懸命に光回線サービスの契約数拡大に努力している姿は目にしているが、6〜8年も未達が続くようでは、やはり事業計画の立て方そのものに問題があると言わざるを得ない。達成可能な目標ばかり掲げても意味はないのはもちろんだが、途中で断念することが常態化してしまったのでは、目標を達成し続ける企業との間に、いずれ埋めがたい差を生む恐れがある。
電機大手も“負け越し”続く
 不振が続く電機業界においても、経営計画などで掲げる数値目標の達成状況は近年、「負け越し」となっている。パナソニックとソニーが21世紀に入って策定した主な中期経営計画と、その達成状況をまとめたのが下の表だ。
パナソニックの中期計画と数値目標の達成状況
社長 経営計画の骨子 達成状況
中村邦夫氏 「創生21計画」(2000年11月30日発表)
2003年度の数値目標 ・売上高9兆円 ×
・営業利益率5% ×
「躍進21計画」(2004年1月9日発表)
2006年度の数値目標 ・売上高 8兆2,000億円 ○
・営業利益 4,100億円 ○
・営業利益率5%以上 ○
大坪文雄氏 「GP3計画」(2007年1月10日発表)
2009年度の数値目標 ・売上高 10兆円 ×
・ROE(株主資本利益率)10% ×
「GT12」(2010年5月7日発表)
2012年度の数値目標 ・営業利益率5%以上 ×
・売上高 10兆円 ×
・フリーキャッシュフロー 8000億円以上(3年間の累計) ×
・ ROE 10% ×
津賀一宏氏 「CV2015」(2013年3月28日発表)
2015年度の数値目標 ・営業利益3500億円以上 ?
・営業利益率5%以上 ?
・フリーキャッシュフロー 6000億円以上(3年間の累計) ?
ソニーの中期経営計画と数値目標の達成状況
CEO 中期経営計画の骨子 達成状況
出井伸之氏 「トランスフォーメーション(TR)60」(2003年10月28日発表)
2006年度の数値目標 連結営業利益率10%(金融を除く) ―
ハワード・ストリンガー氏 「ソニーグループ中期経営方針」(2005年9月22日発表)
2007年度の数値目標 連結売上高8兆円以上 ○
連結営業利益率5% ×
エレクトロニクスの営業利益率4% ○
「ソニーグループ中期経営方針」(2008年6月26日発表)
2010年度までの数値目標 ROE10% ×
平井一夫氏 「〜“One Sony”でソニーを変える〜」(2012年4月12日発表)
2014年度の数値目標 エレクトロニクス事業で売上高6兆円、営業利益率5% ?
ソニーグループ全体で売上高8兆5000億円、営業利益率5%以上、ROE10% ?
パナソニックとソニーが近年策定した中期経営計画
 数カ年にわたって企業の成長の方向性を示す中期経営計画は経営陣にとって最大の見せ場の1つだが、パナソニックにおいて数値目標を達成できたのは中村邦夫氏が社長時代に策定した「躍進21計画」のみ。ソニーでもハワード・ストリンガー氏がCEO就任直後の2005年9月に掲げた「グループ中期経営方針」の数値目標を部分的に達成しただけだ。
 経営計画で掲げた数値目標は、いわば投資家を含むすべてのステークホルダーとの約束。リーマンショックや東日本大震災など、想定外の外部環境の変化があったとは言え、その約束を反故にし続けてきた結果が、昨年来の株価低迷につながっていると見ることもできる。各社の事業計画の信頼性そのものが損なわれつつある状況に対し、現経営陣からは強い危機感が伝わってくるようになっている。
 3月28日に新たな中期経営計画「CV2015」を発表したパナソニックの津賀一宏社長は今回、「中期経営計画の作り方を変えた」と言い、従来とは異なる精度で数値目標を算定したと自負する。「2015年度に営業利益率5%以上」を柱とする数値目標について、津賀社長は記者会見の中で「覚悟と執念を持って達成する」と強調した。
 ソニーの執行役EVPで、ソニーモバイルコミュニケーションズの社長兼CEOを兼務する鈴木国正氏も、3月上旬の日経ビジネスなどとの共同インタビューの中で、2013年度中の携帯電話事業の黒字化を必達目標とする考えを繰り返し強調している。
 「アベノミクス」によって景気回復への期待感が高まる中、企業経営者にとっては外部環境の変化を業績低迷の言い訳にすることは難しくなっている。今後も、自らが掲げた数値目標の未達を繰り返すようなことになれば、いずれ華為技術のようなやり方で経営陣の責任を明確にすることを求められる日が来るかもしれない。

白石 武志(しらいし・たけし)
日経ビジネス記者。



記者の眼
日経ビジネスに在籍する30人以上の記者が、日々の取材で得た情報を基に、独自の視点で執筆するコラムです。原則平日毎日の公開になります。

 


JBpress>イノベーション>ウオッチング・メディア [ウオッチング・メディア]

映画『ハーブ&ドロシー』に見るアートとイノベーション
ゲームチェンジャーになれる新ビジネスを生み出すには
2013年04月18日(Thu) 志村 一隆
 新宿駅東口アルタ前を伊勢丹方面に歩き、ちょうど三越の前を左に切れ込むと、新しくなった映画館、新宿ピカデリーに出る。

 通常シネコンプレックスは郊外のショッピングモールに広く横たわっているが、新宿通りと靖国通りに挟まれた都心の新宿ピカデリーは、横に拡張する土地があるわけでもない。この都心型シネコンプレックス、最上階は11階。

 普通、映画館というとちょっと閉塞感があるが、この11階から見える景色は開放感があって綺麗。新しいタイプの映画館である。

 その新宿ピカデリーで映画『ハーブ&ドロシー』をやっているというので見てきた。

厖大な現代アートコレクションを寄贈した「ハーブ&ドロシー」夫妻

映画『ハーブ&ドロシー ふたりからの贈りもの』の前売りチケット(著者撮影、以下同)
 映画の主人公は、ニューヨークに住むボーゲル夫妻(Herbert & Dorothy Vogel ――つまりハーブ&ドロシー)。彼らがなによりスゴいのは、コンセプチュアルやミニマルといった現代アートを、誰も評価していない黎明期から収集している点である。

 彼らは資産家ではない普通の夫婦。図書館司書のドロシー(妻)の給料を生活費にあて、郵便局員であるハーブ(夫)の給与はすべてアート購入にあてた。

 そして、いまでは総額何十億ドルもの価値を持つようになったコレクション4000点を、無償で美術館に寄贈してしまう。

 なかなかデキない。

 ワシントンのナショナルギャラリーに寄贈したコレクションは、さらに全米50州の美術館に50点ずつ寄贈されるという。

 このプロジェクトを追って、ニューヨーク在住の佐々木芽生氏が映像に収めたのが、映画『ハーブ&ドロシー ふたりからの贈りもの』である。前作も面白かったが、今回の作品も面白かった。

“なんじゃこりゃあ”が現代アートの役割

 ボーゲル夫妻が買い集めた現代アートは、コンセプチュアルやミニマルと言われるジャンルに特化している。

 コンセプチュアルは、作品の「コンセプト」そのものがアートという考えに基づくジャンル。ミニマルは、シンプルなアート。ノートの切れ端になぐり描きされた水彩画、パリのポン・ヌフ橋を梱包するアート、展示する方向が決まっていない(上下左右自由に飾ってよい)絵などなど・・・。

 こうした現代アートのアイデアは、「コンセプト」や「制作過程」自体が「作品」なのだ、という点にある。完成した「絵」が作品であるという既成概念に対するイノベーションである。

 そういえば、先日見てきた「アドタイデイズ」というイベントでクリエイターの倉本美津留氏が、アートの役割は「“なんじゃこりゃあ”と人々に思わせること」と語っていた(この様子はあやとりブログに書いた。参考まで)。


現代アートの作品(ロンドンのサーチギャラリーにて)
 “なんじゃこりゃあ”って思うくらい衝撃で、既成概念を壊すものだということだろう。彼はそんな「アート」を「アーホ!」と呼んでいる。

 まさにボーゲル・コレクションは「これってアートなの?」と思わせるのに十分なものばかりである。

 実際に、美術館でコレクションを見た人たちが「完成した作品を見たいわ」「なんだか孫が描いたみたいね」と言っているシーンも映画に収められている。

 それに対し、ある美術館の館長は「『自分でも描けそう』と思わせた時点で作品への親しみが増している。高い技術を持った芸術品を自分でも作れるとは思わないでしょう」と語る。

 この「アートを身近に」という考え、は前回紹介した韓国のアートベンチャー「Aart」も同じことを言っていた。

 現代アートを見て「難解だ」という言葉が出てくるのは、「理解しよう」としているからで、鑑賞者は自分の好き、嫌い、意見で自由に作品を味わっていいのである。その点で、「なにこれ」と思ったときに、その作品は既に鑑賞者とのコミュニケーションが成立している。

 映画には、アーティストや美術館長の面白い言葉がたくさんあった。

 「前衛アートは保守的な土地でこそ価値がある。ロサンゼルスやニューヨークで盛り上がっても当たり前なことだ」「作品を好きになってくれても、嫌いになってもいい。自分で考えをぶつけてくれたのだから」「アートは人に何かを考えさせるためにある」などなど。

 人それぞれが自分の意見を持っていい。持つ必要性。美術館に収められたボーゲル・コレクションを子供たちに案内、説明する係員が言う。

 「この作品にタイトルをつけてみよう」「数学と違ってアートに正解は無い」

 なにより、ボーゲル夫妻が、「自分がいい」と思ったものを評価し買い続けてきたのがとてもよい。彼ら自身が「アート」なのである。

「ゲームチェンジャー」は、ビジネスにおける“なんじゃこりゃあ”だ

 「人々に何かを考えさせる」「行動させる」「人と違ってもいいことを気づかせる」そんなアートの役割はビジネスにおける「ゲームチェンジャー」に似ている。

 誰も思いつかなかったサービス、技術は、それが出た当初は誰にも理解されないだろう。

 先日、投信会社の「さわかみ投信」から毎月送られてくるニューズレターに「ベンチャー企業と話をしていると、最初“なんだこれは?”と思うことがある」という一文があった。ただ、説明を聞くうちに「なるほどそんな見方もあったのか!」とその新たな視点に驚くことが多々あるという。

 自分も2009年に今に至るスマートテレビの原型を見たとき「なんじゃこりゃあ」と、とても驚いた。


2009年CESに展示されていた TV Widget(今に至るスマートテレビの原型)
 「これは、変化が起きる」と直感した。今から4年前だが、その頃スマートテレビの話をしても頑強に否定的な人がいたのを思い出す。

 当時はテレビの発展は「画質」であった。スマートテレビはそんな予定調和なストーリーとは別な話、「なんじゃこりゃあ」な発展なのである。そして、その想定外の発展のおかげで、アメリカでは放送局やケーブルテレビに代わる新たな配信プラットフォームが成長した。

 まさに、映像市場のゲームが変わってしまった。

 こうした「予定調和」性に異物を投げ込む役割。アートやベンチャー、それにメディアもそんな役割を担うものであろう。『ハーブ&ドロシー』はそんなことを考えさせられる映画だ。

 ちなみに、この『ハーブ&ドロシー ふたりからの贈りもの』はクラウドファンディングで制作や配給資金を賄っている。

 1口3000円で前売り券を買うものから100万円で映画のエンドロールに名前が載ったり、食事会に行ける権利まで13バージョンが用意されている。日本では915人が申込、1460万円を集めた。自分も申し込んだ。ココに名前が記載されている。


 

[ロシア]
戦争に明け暮れた欧州が生み出した技術革新
需要がなかった平和なアジア〜ヨーロッパなるもの(1)
2013年04月18日(Thu) W.C.
 最近、米国の生理学者(兼生物学者)J・ダイアモンドの著作が注目されているという。人類史を鳥瞰したうえで、多くの民族の盛衰を規定してきたのは環境条件であって、生まれ持った人種の特性がそれを決めたわけでは決してない、という結論を導いていく。

 彼と対談した生物学者の福岡伸一氏は、ダイアモンドのスタンスが発展史観ではなく生態史観であるとも評している。発展には格差がつきものだが、生態ならそうした比較は意味をなさない、ということだろう。

西欧の軍事的・文化的支配力を生じさせたもの

 学問としての区分けをするなら、むしろ文化人類学や社会学に近いようで、証明や立証が大変難しい世界である。不可能と言ってもよいかもしれない。それに、環境決定論と見なされるその立場への批判があることも、ダイアモンド本人が重々承知している。

 だが、それでも何となくもっともらしい説明がついて、生まれ持った人種の優劣などは元々存在などしないのだ、と上辺だけではなく納得できるのであれば、それはそれでなかなか面白い。

 そのダイアモンドの論に従えば、歴史上に現れるヨーロッパ(正確には西欧)の支配力も、そして現在世界を支配している彼らの考え方も、いくつかの偶然が重なってもたらされたものに過ぎない。

 特に、長らくヨーロッパに対して自分たちの後進性への引け目を感じてきたほかの世界(ロシアもアジア諸国も)にとっては、大いに留飲の下がる議論だ。ではダイアモンドに倣って、環境決定論の立場からヨーロッパの「先進性」なるものを眺めてみたらどうであろうか。

 歴史を繙(ひもと)くと、ヨーロッパは1500年代から1700年代にわたるおよそ250年間で、新大陸・アジア・アフリカを植民地化して支配権を確立していった。それが可能だったのは、彼らにとりわけ崇高なる人徳が備わっていたわけでもなければ、札びらを切れたからでもない。武器(火器)とその使い方での優越性を持っていたからだ、と多くの研究者が認めている。

 ならば、なぜヨーロッパが優越する武器を生産し持つことができたのか。結論を先に述べてしまえば、彼らが戦争を散々やらかしていたからだ、ということになる。戦争は非文化的な野蛮な行為であり、そして同時に発明の母でもある。

 それでもヨーロッパ人の立場なら、自らの歴史を語るに際して戦争が生んだ肯定的な面を強調したくなるだろう。それをなぞると、彼らが成し遂げた軍事、科学、産業の3つの革命に行き当たる。

 まず、1500年代半ばに生じたとされる「軍事革命」について。これは、新兵器の登場が戦争のやり方を大きく変えていったことを指している。

 専門家によれば、騎士密集隊形から弓矢・火器の使用へと移ることで戦術が変わり、軍隊が大規模化し、その運用での複雑な戦略が要求されるようになる過程である。さらに、軍隊が大きくなればそれだけ戦費も損失も拡大していく。

 平たく言えば、銃や砲が多用されれば敵味方の犠牲が増え、損耗率が高くなるから兵隊の数を増やし、勝つためには銃の数もさらに増やすことになり、その経費が雪だるま式に嵩(かさ)んでいく、という流れだ。

 銃の原始的な形は、この革命以前からヨーロッパにもあった。モンゴルの侵略には100年ほど間に合わなかったものの、1350年頃には大砲が、また1300年代末期には小銃がヨーロッパで使われ始めている。

 ただ、それが一気に広まっていったわけでもない。1500年代が近づいても、火縄銃の射手が弾丸を1発充填する間に、弓の射手は10〜15本の矢を射ることができたという。だから、役立つにしてもまだ圧倒的に優秀な兵器とまでは言えなかった。

 鉄砲隊を何組かに分けて連続交代で射撃させ、その間隔を縮めることで弓矢を圧倒する手法は、1575年に織田信長がやってみせるまで世界で誰も考えつかなかったのだ。

神の摂理に踏み込ませた宗教改革の効用

 それでも、繰り返される戦乱の中で銃の性能も進化して、1500年代にはその浸透とともに、歩兵を援護する野砲や軍艦の舷側砲といった新兵器が世に放たれていった。これらを使った新たな戦術と兵員増強、それに攻城砲に対抗できる要塞建設で、ヨーロッパでは1500年代前半に3万人の野戦軍が常識的な規模になる(それまでは精々1.5万人)。

 新兵器が戦(いくさ)のやり方を変え、新たな戦法がまた次の新兵器を要求するようになる。そうした武器の発達は科学を必要とし、火薬の調合での化学(まだ錬金術の域を十分には脱し切れていなかったが)、弾道学、銃砲製造での冶金技術、築城と材料工学、それに銃創に対する外科医学の発展が促された。

 その発展を加速した「科学革命」は1600年代に生じたという。これは人々が、「宗教や迷信を振り切って、自然界の現象をあるがままに見るようになる、そしてそこから、人間生活に有用な多くの発見・発明が生まれる」という世界の到来を指す、と説明されている。

 ここでは、このように人々の内面に生じた変化をその理由として引っ張ってこないと、なぜ革命などと大げさに呼ばれる事態が1600年代に生じたのか、という点がうまく説明できない。それがいかにもヨーロッパ人が優れていたかのような印象を与えたとしても。

 少し踏みこんで言えば、宗教革命から100年以上を経て、がんじがらめの聖書の解釈から解き放たれた人々が、自然界の現象をあるがままに見るだけではなく、そこにあると信じられた神の摂理をも覗き込もうとし始めた。

 それは、人間は神に近いから自然を支配して当然、という動機からでもあったろうし、逆に、絶対神の前では人間は卑小な存在でしかない、という認識が神への憧れとそれへの探求心を掻き立てたからでもあるだろう。

 ケプラーは天文学での問題解明を成し遂げた時に、「宇宙創造に神が用いた設計図を入手した」と叫んで感激したという。微積分学の根本となる極限値の概念(無限の彼方だが存在はする)もまた然りで、最初の動機が何であれ、神の摂理を追いかけていった末に生み出された思考なのだ。

 とりわけ数学は、その公理、定義、証明で、神の世界に近い完全合理性・普遍性の世界を提示できると考えられたことから、多くの成果を生んでいった。

 こうした内面的な要素だけではなく、1600年代に当時のヨーロッパは、大航海時代の幕開けと諸国・諸侯間のたび重なる戦争の世界だった。これらが、航海術、測量・地図製作の改善や、より優れた兵器の生産を要求する。これに応じて、冶金・鉱山技術・土木技術が数学や観察・実験という手法を通じて水準を上げていく。

 手を相携えて発展する兵器と科学はヨーロッパ内の戦いに収まり切れなくなり、1500年代末以降にはその場が海へと広がっていく。遠く交易のためにやって来たアジアでもヨーロッパ諸国同士の戦が始まり、最初の交易目的からは外れた土地での拠点と要塞の確保や建設、そして軍の配備へと進んでいく。乗り込まれた側には実にいい迷惑である。  

 「軍事革命」と「科学革命」は、ヨーロッパ諸国に恫喝の手段を与えて、アジアに対する優位性を確立した。それでも、アジアがヨーロッパに経済面でも遅れていたというわけではまだない。全く逆だった。

産業革命で圧倒的についたアジアと欧州の差

 1400年代からヨーロッパの対アジア貿易は輸入が輸出を2倍以上も上回り、その慢性的な赤字を埋め合わせる貨幣が、常に西から東へ(経済後進国・ヨーロッパから先進国・アジアへ)と向かっていた。そして、この東西の経済関係は、1700年代後半まで基法的に変わらなかった。

 弱小経済のヨーロッパはアジアとの交易に振り回される。中世末期には正貨流出によるデフレに悩まされた。だから、1500年代前半に新大陸で貴金属を見つけた時は万歳三唱だったろう。

 大量にそれをヨーロッパ本土に持ち込み、これでしばらく貿易赤字の帳尻は何とか合わせることが叶った。しかし、貨幣供給量が急増したものだから、今度はインフレの嵐に巻き込まれてしまう。

 武力だけで経済はダメ、というヨーロッパは、例えて言うなら1950〜1980年代のソ連のようなものだった。そして、このヨーロッパの経済弱者の立場を引っ繰り返したのが、木綿工業と製鉄業に始まる1700年代後半の「産業革命」であることは言うまでもない。今度こそは、確かにヨーロッパとアジアで国力の格差がついてしまった。

 「産業革命」は、実は軍事革命が生んだ財政革命にも支えられていた。新兵器の出現と軍備増強は、すでに述べたように、それを維持するための経費を膨らませていく。国家の財政を軍事費が圧迫すれば、為政者はもっと歳入を、と動く。歳入拡大とは結局増税ということになり、これが民衆の負担とそれへの不満を高めてしまう。

 軍事国家は外だけではなく内にも敵を抱え込むことになった。この状態が絶対王政に反抗する勢力を国内に生み出して、やがて為政者を滅亡に追い込んでいく。

 だが、絶対君主制が滅んでも戦争は止まらなかった。民主主義即平和主義とはいかない。戦争に強いか弱いかが、戦費の調達の力量(資金集めの能力)に大きく依存する状況にも変化はなかった。

 税の取り立てに限界があるなら、後は誰かから借りてくるしかない。民主主義の体裁の下で最初にそのカネ集めに成功したのが英国である。

 政府の借り入れを議会に認めさせる流れ(議会政治)と、その借り入れに当る国債の発行・販売を可能とする市場(中央銀行の創設など)を整えることでヨーロッパの先陣を切った。そしてこの金融市場の成立が、後の産業革命を生む条件の1つにもなっていった。

 さて、こうした歴史がヨーロッパの成功体験だったとすれば、それが科学や金融の進化という恰好良さを身に纏っている限りは、発展史観に沿ったものということになる。

 だが、ヨーロッパで戦争がなかった時期は1500年代で10年未満、1600年代は4年のみ、1700年代で完璧な平和は15年のみだった、という歴史家の調べがある。

 1500〜1700年の200年間では戦期が95%を占め、1815年以前で10年間続けて戦争がなかった時期は一度もなかったというのだから、近世以降のヨーロッパ史はまさに戦争の歴史そのものなのだ。

戦争に明け暮れ、武器が急速に発達した欧州

 そこまでやれば、誰がそこにいようと武器が発達しないわけがない。そして、戦争を野蛮な行為と見る限り、ヨーロッパの「先進性」に野蛮さという要素がなかったと言えるはずもなくなる。ならば、産業革命はともかく、軍事や科学の革命がロシアやアジアで起こらなかったのは、その「野蛮さ」が足りなかったから、と考えてもおかしくはなかろう。

 例えば、1400年代まで中国は世界の技術最先進国だった。火薬を使った火器でも、その揺籃期の形はヨーロッパより300年以上も早く登場している。そのほかにも、磁針、可動式活字、紙、磁器、印刷術、船尾舵、鋳鉄、など技術での中国の先進性を示す例は多々ある。

 中国が、その後なぜそれを発展させることができなかったのか、という問いに対して、内在的要因を重視する人々は、その答えを中国の伝統墨守に求める。そして、その排外思想がヨーロッパの優れた点を解析することを怠たらせ、対外的な無知を生んだと解している。

 こうした説明からは、中国に代表されるアジアは何やら無知蒙昧に過ぎなかった、という結論しか出てこない。だが、技術の発展がなくてもやっていける社会だった、と考えることだって可能なのだ。

 科学や軍事技術全般の進歩の差が地域によって生じた理由を、J・ダイアモンドはいくつか挙げている。「労働力が大量に安く手に入れば発明への関心は湧かない」や「戦争が起爆剤となった」がその中に数えられる 。

 人口が多く労働力に事欠かなければ、人手を省く機械化という技術革新の必要性は薄れる。そして、戦争がヨーロッパほどは頻繁ではなかったから、アジアでは兵器の発達が必要とされなかった、ということになる。

 それに、兵器の開発や保有を継続した結果、それを自国の兵や民に悪用されても困る。こうした為政者の懸念はヨーロッパでも同じで、英国でもフランスでも火薬の生産の国家独占管理や国民の武器保有制限に一度は動いた。だが、対外戦争の危機が高まるとそんなことをやっている余裕はなくなり、制限はすぐに解除されてしまった。

 アジアとは異なり、四方八方からの脅威に常に接してきたヨーロッパ諸国では、武器の量と優劣が生きるか死ぬかの切実な問題として為政者のトッププライオリティーであり続けた。

 その必要がなかったということは、それだけ世の中がより平和だったことを意味する。だから、「野蛮さ」に欠けてしまったのだ。そして、そのことは、文化での遅れでもなければ劣後でもない。


http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/37598


【第2回】 2013年4月18日 矢作直樹
逝く人にも、送る人にも、
なすべき大事なことがある
死は、誰もがいつかは迎えるもの。
30年以上、医療の現場に身を置いて大勢の人の死の場面に立ち会い、
ときに医学常識を超える事例を目にしてきた現役医師による、
人の「死」の真実について説いた連載の第2回。

あなたが自分自身や身近な人の死を意識しだした際に
なすべき大事なことの中から、その一部をご紹介します。

やりたいことをやり、感謝も忘れずに

 死は、誰もがいつかは迎えるものです。また、それが自分の身にいつやってくるか、わかる人はいません。あなたがもし、みずからの死を意識しだしたら、是非、心に留めておいてほしいことがあります。その一部をご紹介します。

 今、やりたいこと、やっておきたいことは何ですか?
 仮にあなたが余命宣告を受けているなら、やりたいことに優先順位をつける作業から始めないといけませんが、ここで私が言いたいのは、たとえ今はそこまで差し迫った状況にない方でも、「やりたいことはできるだけ全部やってしまいましょう」ということです。

 親子や夫婦で温泉に行く、絵を描く、小説を書く、あのレストランに行く、山に登る、船に乗る……など、いろいろあるでしょう。思い出の場所にもう一度行きたい、という方も多いでしょう。
 さらに、その過程で誰かのお世話になったら、その人に、感謝という素晴らしいエネルギーを送ってください。
 感謝を送られた人の魂は輝きを増し、その人が次の誰かに感謝のエネルギーを送るパワーの源となります。これがエネルギーの循環です。私たちの人生は、誰かに感謝し、感謝されることの繰り返しを理想とします。

また、ひと言だけでもお礼を言っておきたい人には、余裕のあるうちにお礼を伝えましょう。あなたが気になっている人は、あなたのことを気にしている人でもあります。

最期をどう迎えたいか、の意思表明が家族の迷いを消す

 治療法に関する相談は、最期をどう迎えたいか、という希望を伝えるための情報交換でもあります。患者さんも家族も、わからなければ遠慮なく医師に尋ねてください。
 その際に、医師とどうしてもコミュニケーションがとれないと感じたら、セカンド・オピニオン(ほかの医師への相談)という手もあります。
「私はこんなふうに最期を迎えたい」と、自分の言葉で具体的に語っておくことが大切です。

矢作直樹(やはぎ・なおき)
東京大学大学院医学系研究科救急医学分野教授および医学部附属病院救急部・集中治療部部長。
1981年、金沢大学医学部卒業。その後、麻酔科を皮切りに救急・集中治療、外科、内科、手術部などを経験。1999年、東京大学大学院新領域創成科学研究科環境学専攻および工学部精密機械工学科教授。2001年より現職。
2011年、初めての著書『人は死なない』(バジリコ)が7万部を超えるベストセラーとなり、話題となる。

 延命治療をどうするかというきわどい状況下で、正常に判断・会話できる状態にある患者さんは多くありません。そして残念ながら、家族による意思が結果として患者さんの意に反してしまう場合もある、ということも言わざるを得ません。
 つまり、その患者さんの最期が、患者さん本人が望む死ではなく、家族が望む死となるケースが多いのです。
 人工呼吸器に関しても、いったん装着すると、外すタイミングに悩みます。家族が外さないでくれと言えば、現場の医師にはなかなか外せないでしょう。

 私の父は、心不全を起こして病院に担ぎ込まれ、その後一度は容態が安定したように見えたものの、数日後に急変し、知らせを聞いて私が駆けつけた時には臨床的脳死状態でした。
 体にさまざまの生命維持装置をつけられ、ベッドに横たわる父の姿を見て、母はすべてを悟った様子でした。
 母は、私に父の状態を尋ねた後、驚くほど何の迷う様子もなく、
「本人の意思なので、(担当の先生には)もうけっこうです、と伝えてくれる?」と言いました。
 父は、医者嫌いで重体になるまで決して病院に行こうとはしなかった人でした。長く心疾患を患っていた父は、前年に自分の死後の手はずを母に話していたのです。
 そのせいなのでしょうか、担当医に意向を伝え、これまでの尽力にお礼を述べた母には、まったく未練のようなものが感じられず、淡々と父の死を受け入れているように見えました。

あの世での幸せのコツは「執着」を手放すこと

 もし、お別れの時期を意識しだしたら、ぜひ早めにやっておきたいことの一つに「身辺整理」があります。
 この作業は非常に大切な作業です。生きていると、誰しも多くの「執着」を持ちます。執着はあの世に還るまでに少しずつ捨てないと、あの世でうまく生活するのが難しくなります。
 この世への執着が強いと、いわゆる未浄化霊(浮遊霊)として残存する可能性が高まるともいわれます。あの世で楽しく生活するためにも、まずは自分が長年持ち続けている執着を手放すことから始めてください。身辺整理は執着との戦いなのです。
 最初に「いらない物リスト」や「死ぬまで必要な物リスト」を作ってみたらいかがでしょう。
 ちなみに後者は、生活する上で最低限必要なものだけのリストです。

 亡くなった私の母も、その昔父が亡くなった後、すぐに家を売り払おうとしました。私と弟は判断のあまりの速さに驚いたものです。
 結局、弟と私が時々訪れるためということで家を残してもらうことにしましたが、母はさっさと家を出て、一間の賃貸アパートへと引っ越しました。立って半畳、寝て一畳という質素な生活で、晩年の母は満足していました。何に対しても、「必要ないのよ」と笑って答えていました。

 次に、もしもあなたが大切な人、身近な人を送らなければならなくなった場合に知っておいてほしいことの一部をご紹介します。

時間を共有し、話を聞く

 あなたの大切な人、身近な人の死を意識しだしたとき、そのお別れまでの時間に余裕があるならまだしも、余命宣告などを受け、時間が迫っている場合には、逝く人の思いや希望をヒアリングすると同時に、最善の条件で可能なことから実行することが大事です。

 なかでも「時間を共有する」ことは最も大切です。
 逝く人と送る人、それぞれの胸中にはそれぞれの思いがあります。できる限り時間を共有することで、双方の愛情が深まる、または誤解が解けることもあります。
 逝く人と離れて住んでいるのなら、その安否確認がてら定期的に電話することも大切です。毎日何時に電話する、毎週何曜日に電話するといったように習慣化させると、それが双方の生きる活力の増大へとつながり、落ち込む気持ちが上向きになることも多いのです。
 さらに、たまには顔を合わせましょう。直接会うということは、電話する時とはまた違った感情が芽生えるものです。その場の雰囲気で初めて伝える話が出たりもします。

 時間を共有することの次に優先順位の上位に来るのは、「話を聞く」ということでしょう。仮に会話がままならない状態でも、人は話をしたいものです。
 当人がうまくしゃべれず、時には家族の我慢も必要となりますが、何かを伝えようとしたいのだということはくれぐれもご理解ください。

祈りの力の強さを知る

 救急に運ばれてきた患者さんに、「早くよくなりますように」と私が手を合わせていると、ある看護師から「先生、縁起でもないからやめてください」と言われました。
 ちょっと待てよ、と内心思いました。
 手を合わせることが、さもお墓や仏壇の前で死者に対しておこなう専売特許のように刷り込まれていますが、そうではありません。
 どんな状況であれ、私たちが手を合わせることで「祈りのエネルギー」を照射することができるのです。
 祈ること自体が、よいエネルギーを放射します。祈りは最も効率的な、想念の集中技法です。
 欧米の病院では、手術台の患者さんに向かって医療スタッフが祈る儀式をおこなうところもあります。手術前や手術後に医療スタッフ全員で手をつなぎ、強い祈りを捧げることもあります。キリスト教圏の国だからというわけではなく、エネルギーとしての効果を知っているのです。
 祈りは重要なエネルギー照射の場ですので、私たちは個人的にもやるべきだと思います。

  かつて米国で祈りの効用に関する調査研究がおこなわれました。

 1988年、サンフランシスコ総合病院のランドルフ・バードは、CCU(心臓病患者を収容する集中治療室)に入室した393名の患者を、通常の治療に加えて院外から病気からの回復の祈りを受けるグループと、通常の治療のみを受けるグループとに分け、両グループを比較した結果を報告しました。

 それによると、祈りを受けた患者のグループは、祈りを受けなかった患者のグループに比べて明らかに症状が改善していたのです(Byrd RC:Positive therapeuticeffects of intercessory prayer in a coronary care unit population. Southern Medical Journal1988 Jul ; 81〈7〉:826-9.)。
 ちなみに、ハーバード大学、コロンビア大学、デューク大学といった名門校でも祈りに関する研究は盛んで、その研究事例は1200を超えるといいます。

喪失感を一人で抱え込まないこと

 親しい人を失うと同時に私たちの心に占めるのが、喪失感です。
 その人を失ったショック、悲しみ、その人ともう会えないという嘆き、さまざまな思いが混ぜこぜになり、気がつくと、いつまでも足踏みしている状態です。何か大きなものをなくしてしまった、それは二度と取り返すことができない、それが抜け落ちてしまった穴を埋める方法がわからない……。

 いつの時代も、親しい人の死というのは残された人々にストレスを与えがちです。
 残された人は、しばらくの間、その死を認めようとしません。認めてしまえば、大切なものが手の中からこぼれ落ちてしまいそうだからです。
 そのことが結果として、日常生活に支障をきたし始めます。
 仕事に身が入らない、会話での集中力がなくなる、家族関係がギクシャクする、友人・知人との意思疎通が疎遠になる……など、喪失感を抱える人はそれまでの日常を壊してしまいがちです。
 次第に、その喪失感からは「後悔」が生まれます。
 もっといい医療を受けさせればよかった、ケンカするんじゃなかった、会いにいく頻度を増やせばよかったと、その人の心は後悔に満たされ、それはやがて、「自分への恨み」や「周囲への無関心」といった状況を生み出します。

 だから私は、喪失感をすぐに手放して、などとは言いません。その悲しみを十分に感じ、寂しさを十分に感じてください。たくさん泣いてください。そして泣き疲れたその先に、お腹のすいた自分がいることに気がつきます。そうしたら、何でもいいから食事をしましょう。
 お腹がすくのは、私たちが生きている証拠です。頭は混乱していても、体は実に正直です。それが生きている人間なのです。

 悲しみを癒す最大の薬、それは「時間」です。
 私も身内を失った際、表現しがたい喪失感がありました。それでも時が経てば、次第に日常へと戻っていくものです。生きている限り、明日の生活があるからです。
 そんな喪失感を、決して一人で抱え込まないでください。悶々と悩めば悩むほど暗い淵しか見えなくなります。自分を責めすぎて心が折れる時もあります。
 可能なら、話しやすい人に話を聞いてもらう、特にしゃべりたくなければ、せめて少しの間、あなたの隣にいてくれる人を探してください。気持ちがとても楽になります。

 喪失感はすぐには消えませんが、時間が経つにつれて、気持ちが徐々に「あきらめ」へと変化します。もうあの人はこの世にいない、という現実を知るわけです。

 人生は、出会いと別れの繰り返しです。別れのない出会いはなく、出会いのない別れはありません。そんな繰り返しを楽しんだり、悲しんだりすることに「学び」や価値があるのです。いつまでも悲しむだけでは、あの世に還った当人に無用な心配をかけるだけです。

成仏を心配するのはルール違反

 身内が亡くなった時に、感情面での揺らぎとして起こることに「逝った人がちゃんと成仏しているのか」というものがあります。

 前回お話ししました母との交霊において私自身が実感しましたが、現世の人間が心配すればするほど、逝った人はあの世で心配を続けるそうです。
 私の母も、交霊が始まった途端、「直樹さん、ごめんなさいね。心配をかけてごめんなさいね」と霊媒の方の口を借りて話し始めたのでした。
 母が亡くなって以来、私は親孝行らしいこともせずにいた自分を省みて、毎晩手を合わせていたので、きっとその思いが母に心配をかけてしまっていたのでしょう。

 あの世とこの世は常につながっており、それこそ亡くなった人のことを考えた瞬間、あの世の当人へとつながります。
 冥福を祈る、こういうことがあったと楽しげに語りかける、そういうことならいいと感じますが、心配することで余計な心配をかけてしまうのです。

 ちなみに、故人を思い出すのは時々でいいそうです。思い出し方も重要で、涙を伴う思い出し方ではないことが大切です。これも母の死後、交霊で母本人から聞いた情報です。
 要するに、幸せに生きている、というメッセージが、時々向こうに伝わることが大切というわけです。私もそうしています。
「こっちは元気だよ。そっちも楽しいんじゃない? 私がそっちに行った時はよろしくね」
 時々、そんなメッセージを送っています。

 次回は、「幸せなお別れを約束してくれる言葉」をご紹介します。

4月22日更新予定です。
http://diamond.jp/articles/print/34750

 

【後篇】 2013年4月18日 永野裕之
【後篇】
中学数学で学べる「仕事と生活に役立つ7つのテクニック」
算数と数学の違いは押さえた。そのうえでいざ数学を勉強するときに、注意点はあるのだろうか?『大人のための中学数学勉強法』で「仕事と生活に役立つ7つのテクニック」を紹介した永野裕之氏によれば、我々が中学数学を復習する際には、大人ならではの「イメージ」が強力な武器になるという。
 私は『大人のための数学勉強法』で、「正しい方法で取り組めば、数学は誰にでもできるようになる」という信念のもと、数学の正しい勉強法と「どんな問題も解ける10のアプローチ」について書きました。おかげ様でたいへんよい反響を戴いたのですが、題材を高校1年生程度の内容に取っていたため、「難しすぎる」というご意見も頂戴しました。
 そこで『大人のための中学数学勉強法』では数学の一番初めに立ち戻り、中学数学の全体を大人ならではの視点で捉え直しながら、数学の世界にどのように入って行けばよいのかを、そして中学数学から得られる数学的・論理的思考法のテクニックを伝えようと思いました。
大人にはわかる数学を学ぶ意味
 数学に限ったことではありませんが、新しいことを学ぶときに大切なのは「イメージ」です。
 そもそもある事柄が「わかる」とは、それを既知のものと結びつけることができて、自分の言葉で言い換えられることです。単に辻褄があっていることを確認できただけでは、わかったことにはなりません。学んだことを本当にわかったかどうかが知りたければ、
 「おばあちゃんにも理解できるように説明してあげられるか」
と自問してみてください。きっと、わかったつもりになっていただけのことが浮かび上がってくると思います。
 相手の理解のレベルに合わせて言葉を選び、噛み砕いて説明できるためには、対象を一面的に理解するだけでは不十分です。数学で言えば、無味乾燥な数式の羅列や幾何学模様は、別の視点からみたイメージを添えてあげることではじめて生きた意味を持つようになります。そして、この「生きた意味」によって実現する立体的な理解こそが自分の言葉で言い換える際には必要であり、これによって公式や解法の奥に潜む本当の意味もつかむことができるのです。
 数学を、単なる暗記科目として何の役にも立たないものに成り下げてしまうか、生きるためのかけがえのない知恵に化けさせるかの分かれ道もまさにここにあります。
 ではどうすれば豊かなイメージとともに数学を学ぶことができるのでしょうか?それを可能にするのは、豊富な語彙と人生経験です。この点において大人は圧倒的に有利です。
 当然、大人に比べると中学生は語彙も人生経験も不足しています。そこで本来は教師が具体的なイメージを付け加えてあげることで、数学に息吹を与えてあげることが必要なのですが、そういう先生は必ずしも多くありません。結果として、多くの中学生にとって数学がどんどん実生活からかけ離れたものになっていき、学べば学ぶほどチンプンカンプンな、拷問のような科目になってしまっているのは本当に残念なことです。
 一方、大人は長く生きている分だけ多くの語彙を持ち、知らず知らずのうちに豊かな人生経験を積んでいます。いわば、数学の勉強に欠かせないイメージ力を自然と育んでいるのです。
 大人が数学を学び直す際の利点はこれだけではありません。大人のさらなるアドバンテージは、何よりも「一度やった」ということです。当時どんなに数学が苦手だったとしても、文字を使って計算をする方法やマイナスの数のことについての記憶はいくらかは残っている人がほとんどではないでしょうか?また全体のボリュームに対するイメージもある程度は持っていると思います。これが強みなのです。初めて数学を学ぶ中学生にとっては文科省の定めるカリキュラム通りに学ばざるを得ない部分もあるかと思いますが、一度やったことのある我々は全体を大胆に再編成することができます。
 大人が中学数学を復習する際の柱も、まさにこの「イメージ」と「再編成」です。
7つのテクニックの役割
 本書では中学数学の全単元をイメージを加えつつ再編成し、論理的に考える技術の習得に繋げていくために次の「7つのテクニック」を用意しました。
【7つのテクニック】
 (1)概念で理解する
 (2)本質を見抜く
 (3)合理的に解を導く
 (4)因果関係をおさえる
 (5)情報を増やす
 (6)他人を納得させる
 (7)部分から全体を捉える
 中学数学の中にはこれだけ論理的思考のヒントが隠されています。
 たとえば、中学2年生で習う「三角形の合同条件」なんて日常生活で使う場面はまるっきりありません(よね?)。数学の問題を解くことにしか使えないようなら、まさに典型的な「むだなこと」でしょう。でもこれが「効率のよい情報の集め方」の一例だとしたら……?そしてそれによって「見えない性質をあぶり出す」ことができるのならどうでしょう?ちょっと「使えそう」ですよね。
 また、こうして再編成してみると、今まではバラバラで繋がっていなかった各単元の関係性が明らかになり、中学数学全体が1本の大樹のように感じられると思います。大きな体系をつかむことでそれぞれの単元への理解が深まり、学習のスピードも格段に上がります。
1つずつそのポイントを紹介していきましょう。
テクニック・その1 概念で理解する。
【ポイント】
 ・新しいコンセプトを導入する。
 ・バラバラに分解する。

 概念(コンセプト)を生み出し、概念を深めることによって私たちは世界を理解します。数学の歴史は概念の歴史だと言っても過言ではありません。
 かつてドイツの数学者クロネッカーは
「自然数は神に由来し、他のすべては人間の産物である」
と言いました。
 中学数学に出てくる負の数や無理数もまさに人間が数に概念を導入することによって生まれた数です。また、素数は自然数(1、2、3…とものを数えるための数)をバラバラに分解していくと、その素が見つかるはずだというコンセプトのもとに考え出されました。
テクニック・その2 本質を見抜く
【ポイント】
 ・一般化する。
 ・ファクターをあぶり出す。
 ・情報量の多いほうに注目する。

 対象を一般化できれば、膨大なデータを1つの体系のなかで考えることができます。またある事柄がいくつの要因(ファクター)によって成り立っているのかを意識することは、問題の複雑さと対処法を知ることにつながります。逆に、情報量が少ない場合にはどうすれば望む情報を引き出せるかを考える必要もあるでしょう。
 中学数学で学ぶ文字式・多項式・因数分解にはこのすべてに繋がるヒントが隠されています。
テクニック・その3 合理的に解を導く
【ポイント】
 ・正しいプロセスを踏む。
 ・ルールを集める。
 ・モデル化する。

 「答え」が正しいかどうかは、答えだけを見ても分かりません。導き出したものが正しいかどうかは、そこに至るプロセスが正しいかどうかで決まります。中学数学で学ぶ1次方程式と2次方程式の解き方からは「正しいプロセス」とは何かが学べます。
 また、解を導くためにはルール(制約)が必要です。ルールがあるから解が求まるのだということを、連立方程式から実感しましょう。さらには、文章題を方程式に落としこむ演習を通して、複雑な現実をモデル化するスキルも磨いていきます。
テクニック・その4 因果関係をおさえる
【ポイント】
 ・1対1対応を見つける。
 ・「線形」と「非線形」の関係を使いこなす。

 「1対1対応」を使えば、わかりづらいことをわかりやすいことにおき換えたり、多くの情報を手に入れたりすることができます。中学数学では最も基本的な1対1対応である比例を入り口に関数の世界に入っていきます。
 関数とはすなわち因果関係がはっきりする関係のことです。私たちは1次関数という「線形」の関係によって世界の根本原理を理解し、2次関数のような「非線形」の関係によって現実世界を表現します。
テクニック・その5 情報を増やす
【ポイント】
 ・方法から原理をさぐる。
 ・効率のよいチェックリストを持つ。
 ・分類する
 ・似ているものを見つける

 社会に出ると、パズルを解くとき以外には幾何(図形)の知識やセンスが必要なシーンはほとんどないと思います。だとしたら、中学数学で学ぶ幾何的な内容は「無駄なこと」でしょうか?
 そんなことありません!作図からは、方法から原理を見つける姿勢を、合同条件からは、効率のよいチェックリストを、各種図形の性質からは分類によって隠れた性質をあぶり出す方法を、そして相似からは似ているものを見つけることで情報量を飛躍的に増やす術を学ぶことができます。
テクニック・その6 他人を納得させる
【ポイント】
 ・仮定、結論を明示する
 ・「ならば」の理由をわかりやすく示す
 ・受け売りを言わない

 討論番組などを見ていると、結論だけをただ連呼する人がいます。また仮定が異なる言い合いを「議論」と称する人たちもよく見かけます。そんな時、その人のバイタリティには圧倒されても、心から納得することはできないものです。
 一方、数学によって証明されたこと(真理)は圧倒的な説得力を持ちます。真理は上司も政治も時代さえも飛び越える力を持っています。真理の前では何人も抗うことはできません。証明とはすなわち他人を納得させる方法です。仮定からスタートして論理的に正しく結論を導くことができれば、そしてそれを他人が理解できるように表現できれば、誰もがあなたの意見に耳を傾けることでしょう。中学数学ではそのための基本を学びます。
テクニック・その7 部分から全体を捉える
【ポイント】
 ・「代表」を選ぶ
 ・直感を頼りにしない
 ・偏りなく混ざっているデータを使う

 情報化社会に生きる私たちにとって、膨大なデータをどう取り扱うかの指針を持つことは必須の能力です。そのための強力な武器が統計であることに誰も異論はないでしょう。
 中学数学ではまず記述統計(全数調査によって得たデータを使いやすく変形する)の基礎を学び、その後確率を学んでから、最後に推測統計(標本調査から全体の特性を確率的に予想する「推定」と得られたデータの差に意味があるかどうかを検証する「検定」を行う)の入り口をのぞきます。
 「数学は役に立つものだ」
 「社会人には数学的思考法が必要だ」
などの文言を最近はよく聞くようになりましたが、数学が苦手な人にとっては、実際のところ数学がどんな風に役立つのかは、なかなか見えてこないのが実情だと思います。「7つのテクニック」はまさにそんな人のためにあります。
 ここで言う「テクニック」とは数学の問題を解くための裏ワザ的な方法のことではありません。「7つのテクニック」は、一見数学とはまるで関係のないような普段の生活や仕事にも応用できる、物事の捉え方・考え方・解決法です。本書を読み終えたとき、
 「数学って意外と役に立つんだなあ」
と思ってもらえれば、筆者としてこれ以上の喜びはありません。
10のアプローチと7つのテクニック
 私が前著『大人のための数学勉強法』で書いた「どんな問題も解ける10のアプローチ」は高校数学に出てくる約700もの典型的な解法の多くに共通する数学の根本的な考え方であり、「数学ができる人はどのように考えて問題を解いているのか」ということをできるだけ明文化したものです。この連載でも前回ご紹介しましたので、ここではタイトルだけをあげます。
【10のアプローチ】
 (1)次数を下げる
 (2)周期性を見つける
 (3)対称性を見つける
 (4)逆を考える
 (5)和よりも積を考える
 (6)相対化する
 (7)帰納的に思考実験する
 (8)視覚化する
 (9)同値変形を意識する
 (10)ゴールからスタートをたどる
 これらのアプローチを使えば、経験のない新傾向の問題を前にしてもその場で解法を編み出せるようになります。いわば、伝家の宝刀的な考え方であり、ゴルフに例えるならさまざまなコースを攻略するための戦術のようなものです。
 ただし「10のアプローチ」は実戦的であるがゆえに、ある程度の準備ができていることが前提になっています。ゴルフのコーチがコース上で、
 「こういうときは5番アイアンを使いましょう」
と言うときには、相手が5番アイアンを使えることを期待しているのと同じです。
 これに対し「7つのテクニック」は、「10のアプローチ」を使いこなすために必要な基本です。上の例えで言えば、それぞれのゴルフクラブの使い方や素振りの「型」を解説するものです。これらの7つのテクニックを身につけてもらえれば、10のアプローチをスムーズに使いこなせるようになると思いますし、何よりも数学と仲良くなれます。

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 http://diamond.jp/articles/print/34676

 

 
【第4回】 2013年4月18日 松澤萬紀 [日本コミュニケーションマナー協会・代表]
「10歳若く見られたい!」と、
女性の3人に1人は思っている
ANA客室乗務員(CA)として12年。500万人のお客様の対応で気づいた、行動・言葉・気づかい・テーブルマナー・習慣とは?テレビ、新聞でも紹介された「100%好かれる1%の習慣」。第4回目は【「10歳若く見られたい!」と、女性の3人に1人は思っている】です

3歳くらい若く見られても、
女性はあまり嬉しくない

 CA時代に、友人の男性から、こんなことを聞かれたことがあります。

「やっぱり松澤さんも、実年齢より、若く見られたいですか?」

 私が「それは、もちろん」と答えると、彼は少し困った顔をしました。
 彼は、仕事で知り合った「38歳の女性」を前に、「もっとお若いかと思いました。35歳くらいに見えます」と答えたそうです。すると、その女性の表情が曇って

「あんまり、嬉しくないですね…」

とつぶやいたそうです。私には、彼女の気持ちがよくわかります。

 実年齢よりも若く見られるのは、たしかに嬉しい。けれど、「3歳くらい若く見られても、あまり嬉しくない」というのが女心です。
 私なら「ウソだとわかっていても、10歳くらい若く年齢を言ってほしい」と思います。

女性の3人に1人は
「10歳若く見られたい!」と思っている


松澤萬紀(まつざわまき) 
日本コミュニケーションマナー協会・代表。
幼少期よりCA(客室乗務員)に憧れ、8回目の試験で念願のCAに合格。ANA(全日空)のCAとして12年間勤務する。トータルフライトタイムは8585.8時間(地球370周分)。ANA退社後は、コミュニケーションマナー講師、CS(顧客満足度)向上コンサルタントとして活動。年間登壇回数は200回以上。総受講者数は、2万人以上。リピート率は97%に達している。また、読売テレビ「ミヤネ屋」への出演、毎日新聞にも掲載されるなど、メディアでも活躍中。
【オフィシャルHP】
http://www.matsuzawa-maki.com/
 コラーゲンドリンクなどを販売する健康食品メーカーが、「20〜50代女性400人」に実施した意識調査によると、「あなたは何歳に見られたいですか?」という問いかけに対し、「32・2%」の女性が「実年齢マイナス10歳」と答えています(『東京ウォーカー』2010年 参考)。

 つまり、女性の3人に1人は「10歳若く見られたい!」と思っていることになります。これは、男性にはわからない「女心」かもしれません。

 女性は、いくつになっても「若く見られたい」と思う生き物です。

 先日、友人と立ち寄った小料理屋さんで、おもしろい光景を目にしました。
 古希(こき)(70歳)を超えた女将に向かって、男性客が威勢良く声をかけました。

「そこにいる女子高生、ビールを1本ください!」

 すると女将は「あんた、気に入ったよ」と喜び、ビールを1本サービスしてあげたのです。

 男性客がお店を出たあと、私は女将に聞いてみました。

「女子高生って、言われてましたね?」

 女将は快活に笑ったあと、「たとえお世辞でも気持ちが若返ってくるから、嬉しいわよね(笑)。それに、若く言われたってことは、『私が元気だ』っていう証拠でしょ?この歳になると、健康がいちばん大切だから」と話してくれました。

男性は「5歳若く言う」ことで、
相手は嬉しい気持ちになる

 ちなみに男性の場合は、どうでしょう?
 男性も、多くの人が「若く見られたい」と思っているようです。NTTアドが行った「第2回『見た目年齢』に関する調査」によると、「実年齢よりも若く見られたい」と回答した男性は「55.4%」。

「まわりの人から何歳に見られたいか」という質問には、「実年齢マイナス3.5歳」という結果になったそうです。この結果から、男性は「5歳若く」言うことで、相手は嬉しい気持ちになるでしょう。

 とくに相手が女性の場合、年齢を聞かれたくない人もいますから、自分から「おいくつですか?」と聞くことはやめましょう。相手の年齢に関係する話題は避けたほうがいいと思います。

 ですが、会話のなかで年齢の話になってしまったときは、「相手の年齢を大げさに見積もる」(30代以上の女性に対しては、マイナス10歳)くらいでいいと思います。

「若々しく見られる」と、人は元気になります。「年齢を下に見られる」と、女性はそれだけで「一日中幸せな気持ちでいられる」ものなのです。

(※次回の掲載は4月19日になります)

【ダイヤモンド社書籍編集部からのお知らせ】


価格:¥ 1,470(税込) 判型/造本:4/6並製
ISBN:
978-4-478-01734-0
◆『100%好かれる1%の習慣』

 ANA客室乗務員として12年。500万人のお客様の対応で気づいた、行動・言葉・気づかい・テーブルマナー・習慣とは?テレビ、新聞でも紹介された「100%好かれる1%の習慣」とは?

 ほぼ100%に近い確率で、どんな人からも好かれるためには、「相手がどう思うか」「なにをすれば相手が喜んでくれるのか」を察する「相手を気づかう心」を持ち、それを言葉と行動に込める「習慣」を身に付けることです。ですが、その気づかいの習慣を持っている人は、わずかに「1%」でしょう。そして、やろうと思えばだれでも実行できる、たった「1%の習慣」です。

 本書では、「劇的に人生を好転させた人」たちが身につけている「1%の習慣」を、39個、ご紹介いたします。
http://diamond.jp/articles/print/34679


 

【第7回】 2013年4月18日 鎌塚正良 [ダイヤモンド社論説委員]
日本企業は再び打ち勝てるのか?
体系化された「競争」理論の中にあるヒント
『[新訂]競争の戦略』
アベノミクス効果で市場は円安で推移、輸出業にとってはひさかたぶりに追い風が吹いています。しかし、日本が「安くて品質が良い」を売りにできたのははるか昔の話。価格の面では中国、韓国や新興国に押され、品質の面でも違いを際立たせるのが難しい状況になっています。では、そんな中でどのような戦略で国際競争に打ち勝っていくのか。30年以上前に出版され、戦略論の古典として今なお実践的に読まれている『競争の戦略』の中にヒントがあるかもしれません。

個々の企業の行動が原因ではない
――競争激化の5つの要因

 1982年10月に初版が発行された『競争の戦略』は、その後95年に新訂版が出され、今日まで30年以上の長きにわたって読み継がれてきました。


M・E・ポーター著『[新訂]競争の戦略』
1995年3月刊行。本文中にもあるとおり、初版の刊行は1982年10月。新訂版では装丁を新たにするとともに、初版で省略していた原注と参考文献を追加。480ページ超、A5版上製の造本も相まって、歴史を感じさせる存在感を放っています。
 発刊当時、ハーバード・ビジネス・スクール教授だった著者のマイケル・E・ポーターは、「業界内で競争激化が起こるのは、偶然そうなるのでもなければ、またそれは不運な現象でもない。競争の根は業界の経済的構造の中にあるわけで、個々の競争しあう会社の行動が必ずしも激化の原因ではない」(17ページ)としたうえで、競争状態は1. 新規参入の脅威、2. 代替製品の脅威、3. 顧客の交渉力、4. 供給業者の交渉力、5. 競争業者間の敵対関係、といった5つの要因によって決定されるものであると指摘しました。

5つの競争要因が一体となって、業界の競争の激しさと収益率を決めるのであるけれども、戦略策定の立場からいうと、そのうちいちばん強い要因が決め手になるわけである。たとえば、業界内で、新規参入業者を寄せつけないほどの不動の市場地位を確保している会社であっても、より高品質で低コストの代替製品があらわれると、収益率は低下せざるをえないだろう。すごい代替製品も出現せず、強力な新規参入業者もあらわれないとしても、既存の競争業者間の戦いが激しくなると、収益率は低下せざるをえなくなる。(20ページ)

 むろん、競争の第一要因は業界ごとに異なります。業界の基本特性を発見し、その特性の上に企業の競争戦略は策定されなければならないとポーターは主張します。

経営者にとっての「チェックリスト」
社内研修の課題本にも

 そして5つの競争要因に対処する場合、以下の3つの基本戦略がカギを握ることになります。第一は「コストのリーダーシップ」。同業者よりも低コストを実現し、コスト面で最優位に立とうという戦略です。第二は「差別化」。自社の製品やサービスを差別化して、業界の中でも特異だと見られる何かを創造しようとする戦略です。第三は「集中」。特定の買い手や特定の地域市場、あるいは製品の種類などに企業の資源を集中する戦略です。

いちばん重要なことは……3つの基本戦略のどれがその企業にとって適切なのかを決定するにはどうすればよいか、という問題を浮かび上がらせる点である。この選択の決め手は、その企業の強みにいちばんぴったりとし、競争相手がいちばん応戦しにくい戦略を選ぶことにある。(67〜68ページ)

 2010年6月、NHK教育テレビ(現在はEテレ)の「仕事学のススメ」において、外食大手のワタミが本書を社内研修の課題本にしていることが放映されると、小さからぬ反響が巻き起こりました。結果、重版が決定し、新訂版となってから32刷の発行となりました。ワタミの渡邉美樹代表取締役会長兼CEOは、自身のブログで以下のように綴っています。

ポーター教授は、私の「モヤ」っとしていた経営感覚、体験からくる「第六感」みたいなものを全部言葉にしてくれました。「経営」が論理立てて整理されており、経営の「チェックリスト」として使えます。
……ワタミの幹部社員でさえ5回読んで、初めて経営とは何かが少し分かるようです。かたい本ですが10回目にはマンガを読むように読めるようになると約束します。

より実践的に、そして国際競争へ
ポーター氏の理論を体系化した3部作

 本書の原書『Competitive Strategy』が発刊された5年後の85年には『Competitive Advantage』(邦訳『競争優位の戦略』)を、さらにその5年後の90年には『Competitive Advantage of Nations』(邦訳『国の競争優位』上下巻、いずれもダイヤモンド社)が刊行されました。


写真左から『競争優位の戦略』(1985年12月刊)、『国の競争優位』上巻・下巻(1992年3月刊)。『競争の戦略』と同じく、ボリューム感のある3冊。すべてに、ポーター氏による「日本語版に寄せて」が収録されています。
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 前者は米国企業の競争力に対する危機感が広がる中で書かれたもの。部分より全体を重視する視点は、当時の日本企業にポーター自身が多くを学んだことをうかがわせます。後者にもまた、逆境をイノベーションで克服する日本企業が描かれています。

日本が国際的な競争優位を達成したほとんどすべての重要な産業では、数社、あるいは十数社の企業がひしめきあっている。(『国の競争優位』下巻39ページ)

 日本の企業や産業が競争優位な状況から次々と脱落していく昨今、この2冊の書には日本の再生を可能にするヒントがたくさん隠されていると思われます。とまれポーターの視野は企業の競争戦略から国の産業の競争優位、そして産業政策にまで広がり、この3部作によってひとまず理論の体系化が完成したのです。

「産業がちがい、国がちがうと、競争のやり方はみなちがうけれども、競争および競争戦略の基本原理はみな同じだということを発見した」(『[新訂]競争の戦略』464ページ)

 ポーターの現在の肩書きは「ハーバード大学ユニバーシティ・プロフェッサー」というもので、この地位を有する教授には同大学のすべての学部で授業を行う資格が与えられているそうです。その花形教授が20〜30年前に提唱した理論は、企業を取り巻く環境が大きく変化した今日においても通用するものなのか。最近のインタビューでそう問われたプロフェッサーは、以下のように答えています。

「80年前後の世界と現在とでは、世界は大きく変貌しました。……しかし、競争の原理自体は何ら変わりません。収益性は依然として、業界構造、および差別化された競争優位を築く企業の能力に左右されます。経営者にとって重要なことは、業界内の競争における変化がいかにして新たなチャンスを生み、同時に新たな課題も浮き彫りにしているかを理解することです」(「ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー」2013年3月号)

 本書の内容は今なお古びることなく、経営者や実務家、学究者たちに有益な洞察を提供し続けているのです。

次回は4月25日更新予定です。

◇今回の書籍 8/100冊目
『[新訂]競争の戦略』


産業が違い、国が違っても競争戦略の基本原理は変わらない。戦略論の古典としてロングセラーを続けるポーター教授の処女作。

M・E・ポーター 著
土岐 坤、中辻萬治、小野寺武夫 訳

定価(税込)5,913円

→ご購入はこちら!


◇今回の書籍 9/100冊目
『競争優位の戦略』


競争優位の確保が高業績のキメ手である。その源泉は、会社のどんな部門、どんな活動にも存在する。前著『競争の戦略』の実践版。


M・E・ポーター 著
土岐 坤、中辻萬治、小野寺武夫 訳

定価(税込)8,190円

→ご購入はこちら!


◇今回の書籍 10/100冊目
『国の競争優位』(上下巻)


国際競争で特定の国の産業や企業が成功するのはなぜか。世界の主要貿易国10ヵ国を6年間調査・研究し、メカニズムを解明。

M・E・ポーター 著
土岐 坤、中辻萬治、小野寺武夫、戸成富美子 訳 
定価(税込)上下巻ともに6,627円
http://diamond.jp/articles/print/34744


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