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「日本病」に気付き始めた日本人  お金がもたらす“無限の可能性”という錯覚 転換期に必要な3つの武器 目的工学
http://www.asyura2.com/13/hasan79/msg/454.html
投稿者 eco 日時 2013 年 4 月 04 日 01:18:31: .WIEmPirTezGQ
 

(回答先: 複雑な現代社会で簡潔さが解決方法となるとき 投稿者 eco 日時 2013 年 4 月 02 日 18:25:47)

【第149回】 2013年4月4日 莫 邦富 [作家・ジャーナリスト]
「日本病」に気付き始めた日本人

それが復活の始まりを告げる

 白物家電の領域では世界の王者となった中国最大の家電メーカー・ハイアールの本社には、会社の歩みを紹介する展示ホールがある。ハイアールの前身は、山東省青島市の国有企業、青島冷蔵庫総廠で、当時の従業員は400名ほどだった。

 経営効率の悪い中国国有企業の例に漏れず、経営不振に陥った同社は1984年には1年間で3回も工場長を代えるなどして再起を図ったものの、いずれも失敗に終わり、負債額は約147万元に膨らみ、給料も支給できないほどの窮地に追い込まれていた。そこでその年4人目に送り込まれた工場長が、今のCEOである張瑞敏氏だった。

 しかし、張氏の目に映った工場の姿は、目を覆いたくなるほど惨めなものだった。工場は労働規律がないも同然の無法地帯と化していた。そのため張氏は、労働規律に関する13の「べからず」を設けた。その中の一つは、なんと工場内で大小便をするべからずという信じられない内容だった。

今や深夜のオフィスビルの明かりは
日本の生産性の低さの象徴

 1990年半ば頃まで、日本を訪れた多くの中国人が、夜になっても煌々と照明がついているオフィスビルを仰ぎ見て、感嘆する。「勤勉な日本人には、私たちはとても追いつけそうにない」と。日本に視察に来た中国の政府関係者や企業関係者もそうだったが、日本社会に根を下ろしはじめた中国人留学生も同じく感嘆・感心していた。

 だが、今やその夜のオフィスの照明を褒める中国人はいない。むしろ、その深夜になっても消さないオフィスの照明を、日本企業の生産効率の悪さの象徴として見ている。

 数年前に、東京・汐留の高層ビルにあるホテルのバーで、会社を経営する新華僑の友人と久しぶり飲んだことがある。彼は「莫さんと同じように、おれも一番、尊敬しているのは、戦後の廃墟から日本を世界2位の経済大国にまで復興した世代の日本人だ」と主張する。

 しかし、今の日本人に対してはあまり評価しない。「見た目では、今の日本人も昔と同じように一生懸命働いているようだが、実際は『扭秧歌』(読み:ニウヤンコー)と同じだ。まったく前進はしない」

「扭秧歌」とは、中国の北方で親しまれる踊りの一種で、激しく体を動かすが、移動することはほとんどない。彼のその表現に、私はむしろ言い得て妙だと感じ入った。いつの間にか、日本社会の隅々まで、リスクも責任も負わない日本人が氾濫しているという現象が見られるようになった。

 実は、日本での生活年数が長い中国人同士が集まると、こうした現象がいつも嘆く定番の話題の一つとなった。生活の基盤を日本に置いているだけに、その嘆きは傍観者としての感想ではなく、ある種の切実さを持っている。

日本にはびこる「責任を逃れ」を
自覚し始めた日本人たち

 近年、こうした日本社会の風潮に一部の日本人も気付いたらしい。日本の大手出版社に勤める近藤大介さんという方が、江蘇文芸出版社という中国の出版社で『中国に欠けるものと日本に欠けるもの』という本を出版した。その中に、「怖い『日本病』」という章がある。

 その中で日本社会や企業にはびこる「責任を逃れる」ための現象に容赦なくメスを入れた。この責任を逃れようとする安全志向は、新しい分野を開拓しようとする意欲や動きを初期段階で殺してしまう。それはまた日本社会や企業の停滞、老化を招いてしまう。

 日本社会に長く暮らしている外国人の私でさえ、こうした現象をすでにいやというほど見てきたから、今さら問題にしようともしなくなった。しかし、日本人の近藤氏が実例を挙げながら、こうした問題を「日本病」として取り上げ、厳しく批判しているのを見て、改めてその病根の深さを認識した。

 インターネットではすでに公開されている「怖い『日本病』」という章を中国版SNS微博にアップし、とくに日系企業に就職しているフォロワーたちに勧めた。あっという間に多くのフォロワーにシェアされ、近藤氏のこの指摘が広く読まれた。多くの感想も書き込まれた。

 これらの感想のほとんどが近藤氏の意見に賛同しているのを見ると、日本企業や日本社会に見られるこうした現象が、すでに大衆にとっては体感できるほどのものになっているということを意味している。もちろん、この「怖い『日本病』」にある「日本」の2文字を「中国」に取り換えてもそのまま通用できるという指摘もある。それはそれで面白い見方だと思う。

 しかし、日本人自身が日本病という病気に気付いたことは、私から見れば、非常に喜ばしいことだ。その問題点に気付けば、やがてその問題をどうやってなくすべきかを考える。そしてその解決方法にたどり着く。

 たしかに日本は1970年代、80年代ほどの輝きを失ってしまい、苦戦するケースも増えている。その分、意気消沈しているところもある。しかし、危機意識が強い日本人がこうした危機感を共有すれば、きっと問題の解決に動き出す。日本社会、そして日本企業がもう一度輝き出すことができる。私はそう信じている。
http://diamond.jp/articles/print/34195


【第11回】 2013年4月4日 山口揚平 [ブルーマーリンパートナーズ 代表取締役]
アイドルと同じで手が届かないからこそ思いが募る

お金がもたらす“無限の可能性”という錯覚

ゲスト:小幡績・慶応義塾大学ビジネススクール准教授[後編]
巷に出回るお金の量を増やせば物価が上昇してデフレを退治できる――。アベノミクスのリフレ政策は本当に有効なのか?お金が有する力とその限界、さらにリフレ政策の危うさについて、『なぜゴッホは貧乏で、ピカソは金持ちだったのか?』の著者・山口揚平さんと慶應義塾大学ビジネススクール准教授の小幡績さんが独特の視点から議論を交わした。

男子はカネ、女、権力という3つの欲望に取り憑かれている

山口揚平(以下、山口) 「お金が究極のマスターベーション」とは、いったいどういう意味なんですか?

小幡績(以下、小幡) とかく男子は太古の昔から、カネ、女、権力という3つの欲望に取り憑かれている。もちろん、女子の発想はまったく違うかもしれないけど、有り余るほどのカネがあれば権力や好みの異性も手に入れられると男子は錯覚しがちだ。どんなに強大な権力を握っても、下々の者が必ず言いなりになるとは限らない。カネをちらつかせて親しくなったところで、その女性が喜んでいなければ虚しいだけなんだけどね。

山口 錯覚したままお金を追い求めて、自己完結してしまっているという意味ですか?

小幡 完結していない魅力。魔力。お金があれば無限に可能性が拡がるように思い込んでしまうという錯覚。見たこともない金額のお金を手にすれば、自分の人生が今とは変わってくるのではないかと期待してしまう。だから、庶民は「もしも6億円が当たったらどうしよう?」と夢を膨らませながら宝くじを買う。もしも最高賞金が100万円程度なら、その金額ではさほど興奮しないだろう。アイドルと同じで、実際には手が届かないからこそ、思いが募るわけだ。

山口 お金は人間に錯覚をもたらす一方で、自らの限界も抱えていますよね。実はそのことについては、『なぜゴッホは貧乏で、ピカソは金持ちだったのか?』の後半でも触れています。たとえば、野球にはバットとボールが不可欠であるように、経済学者はお金というツールを使うことを大前提として話を展開します。だけど、現実の経済では、お金を介さずとも価値の交換によって成り立つケースがあります。

小幡 いわゆる「贈与経済」だね。


山口 そして、僕が考えるお金の限界とは、文脈を伝えられないことなんです。たとえば、同じく1000円の値段がついた本であっても、それぞれの本質的な価値には違いがあるはずです。それは、金額だけでは伝わらない。もっとも、それでいてお金はビジネスの偏差値となってきましたし、これまでは社会全体のKPIでもあったと僕は考えています。

小幡 そのKPIっていうのは、いったい何の略なの?

山口 ビジネス用語で、キー・パフォーマンス・インディケーター(重要業績評価指標)の略称です。ビジネスにおける目標達成の度合いを計るときなどに用います。

小幡 つまり、お金で達成度を計っていたということ?本当にそうかな?

山口 以前はそうだったけど、最近はちょっとズレてきているのではないかと思っているんです。これまでは、信用を毀損することで儲けている金融業者はあちこちにいました。信用を担保にお金を集めるわけです。たとえば、「1億円儲かる!」という本を書けば、それがベストセラーになって、本当に1億円儲けられるかもしれない。実際、かつてはそのような類の本がいっぱいありました。けれど、お金がKPIではなくなりつつある今は、それも通用しなくなってきた気がします。

小幡 要するに、それは信用の希薄化ということ?でも 本当はカネが指標であったことはなくて、指標であると言う現在の状態も錯覚じゃないかな。

フリードマンは矛盾している!? リフレ政策は先食いにすぎない

山口 小幡先生の著書『リフレはヤバい』を読んで痛感しましたが、アベノミクスに対する僕のスタンスは先生と同じなんです。基本的に僕は紳士的な人間なんですが、先日の深夜、ついつい気持ちを抑えられなくてフェイスブックに「アベノミクスのク○ッ○レ!」と書き込み、大論争になっちゃいました(笑)。


小幡績(おばた・せき)プロフィル 慶應義塾大学大学院経営管理研究科(慶応義塾大学ビジネススクール)准教授。1967年生まれ。92年東京大学経済学部卒、大蔵省(現財務省)入省、99年退職。2001年ハーバード大学経済学博士(Ph.D.)。2003年より現職。『すべての経済はバブルに通じる』(光文社)、近著『リフレはヤバい』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など著書多数。
小幡 ちっとも紳士的じゃないよ(笑)。

山口 社会にとって、価値と信用を創り出すことが何よりも重要であるにもかかわらず、今は、ただ価値と信用を希薄化しているだけだからです。

小幡 それで、具体的にどういった観点について僕の考えに同意しているの?

山口 円安が進むことは輸出企業など一部の事業者には有利に働くものの、多くの人々にとって通貨価値の低下はむしろ不利益となるというポイントです。それに小幡先生が本に書かれていたように、こうした政策によって経済の実体が変わったことは過去にありませんから。

小幡 今は先食いしているから気づいていないが、円安というのは円の価値と信用を堕としているだけなんだよね。自滅だ。

山口 アベノミクスから連想するのがかつての“株式分割バブル”です。僕はM&Aの専門家なので、かつてライブドアをはじめとする新興企業が繰り広げた派手な株式分割をネガティブに評価していました。株式を分割して発行済み株式数が増えれば、その分だけ1株当りの価値は希薄化することになります。

 スケールの違いこそあれ、アベノミクスがやろうとしていることはそれと似た部分があります。お金をどんどん刷れば、その価値と信用は希薄化されていくわけですから。(実態価値に基づいて判断する)ファンダメンタリストの僕としてはなかなか認められない。小幡先生も本に書かれていたように、株価は上がったとしても、実体経済のガソリンにはなっていません。

小幡 そうそう、ファンダメンタリストといえば、非常に皮肉な話があるよ。シカゴ学派のエコノミストたちは実体経済主義者で、「政府が何をやってもムダだ!」と介入政策を批判してきた。ところが、シカゴ学派で最も著名な存在なフリードマンはマネタリズムの構築者で、貨幣の供給量によって経済をコントロールできると考えたんだよね。お金は最も無色透明で単なる価値基準にすぎず、マネーサプライが実体経済に影響を与えてはいけないんだよ。政府の介入もマネーも同じで、実体は動かせない、効かない、とシカゴ学派は考えてきたのに、フリードマンはお金が世の中を動かすと説いているわけだ。シカゴ学派として有名だけど、実は邪道なんだよね。

山口 巨大な金塊は何の役にも立たないけど、砕いて小口化すれば流動性が生じて価値が出てくるのは当たり前のことで、その点においてフリードマンの考えは正しい。だけど、あくまで交換価値が高まるだけにすぎず、もともとの金塊全体の本質的な価値は変わりません。

小幡 本来、シカゴ学派は短期的にもお金の操作を否定しているから、フリードマンは派閥の中では堕落した存在だったとも言えるかもしれないけど。


山口 僕が危惧しているのは、信用と価値の希薄化を続けると瞬間的にバブルが発生することです。メディアや一般の投資家がそれをもてはやして追いかけ、いっそう過熱感が高まり、やがては弾け散る。そういったパターンが過去に何度となく繰り返されてきたにもかかわらず、社会全体が手放しでアベノミクスを賞賛しているのが奇妙です。

小幡 金塊を小分けする話で思い出したんだけど、2006年頃の不動産バブル期だと、都心の一等地は切り売りするよりも、まとめて売ったほうが高く売れた。300坪の一等地が24億とかね。「1000万円が60人に!」よりも「6億円が1人に!」の宝くじのほうが人はそそられるし、足したり割ったりして価値観が変わるって、お金が絡むものは面白いね。もっとも、それも単なる錯覚にすぎないのかもしれないが……。

山口 本当に、お金をテーマにすると話が尽きませんね。今日はどうもありがとうございました。

次回は4月5日更新予定です。

<小幡 績氏 書籍のご案内>


本書が、リフレ政策による目先の円安、株高に浮かれる人々に対する警鐘となり、そして、安倍首相が、名目金利上昇のリスクに気づき、リフレ政策を修正することを望む。
そして、本書の予言が実現せず、小幡の言うことは当たらなかったと、私が批判を受けるというシナリオ。そちらのほうのシナリオが実現すること。
それを強く願って、本書を、安倍首相とかれの愛する日本に捧げたい。(著者からのメッセージ)

『リフレはヤバい』
(ディスカバー・トゥエンティワン 発行 1000円税別)発売中

<新刊書籍のご案内>

なぜゴッホは貧乏で、ピカソは金持ちだったのか?
これからを幸せに生き抜くための新・資本論


人は、経験を通して世界を創造する。
お金は、その創造の一要素でしかない。

将来の“正解”が見通せない今、誰もが、ぼんやりとした不安を抱えて生きています。その大きな原因は「変化が重なり、先がよめないこと」。なかでも、グローバル化やIT化によって最も大きく変化したもののひとつが、金融、「お金」のあり方でしょう。「お金」の変化を整理し、どうすれば幸せをつかめるのか、経済的に生き抜いていけるのか、考え方や行動様式をまとめた、未来を考えるための土台を固めてくれる新「資本論」です。
http://diamond.jp/articles/print/34117


【第3回】 2013年4月4日 鈴木博毅
今こそ幕末に学ぶ!
転換期に必要な3つの武器

転換期の現代日本は、大きく社会が変わった幕末・明治期と重なることが多い。約300年間続いた江戸幕府の崩壊と同時に始まった近代化への未曾有の大変革。激動の時代をサバイブするために必要なこともまた、今日と共通している。時代の転換期に書かれた当時の大ベストセラー『学問のすすめ』から、混迷する現代を生き抜く3つの武器を紹介。

諭吉が教える、
時代の変化に生き残るための「3つの武器」

 意外なことかもしれませんが、福沢諭吉の『学問のすすめ』は単に勉強することを勧める箇所はそれほど多くありません。むしろ、時代遅れの古い学問は実際の生活や人生に役立たないから固執するなというメッセージが何度も出てくる書籍です。

 では、なぜ『学問のすすめ』なのでしょうか?それは本書が「本当に有効な学問の定義」を論じている書籍だからでしょう。

 本書は、300年間続いた江戸幕府が消滅し、たった4年後には廃藩置県で特権を持っていた武士階級が日本からいなくなったほどの大変革期に書かれており、海外情勢を含めた未曽有の社会変化を日本人が体験していた時代に向けて書かれた書です。

 幕末明治初期は、サバイバルのため古い時代から脱却し、誰もが新しい時代に飛び込む必要がありました(必要に迫られたと言うべきかもしれませんが)。だからこそ「学習自体の再定義・再考」が何より求められたのです。そして時代遅れになった、もはや使えない学習の定義はきれいさっぱり捨て去ることになりました。

 福沢諭吉は「有効な学問」を「実学」としていますが、ここでは「実学」を学ぶ前の前提となる「3つの武器」をご紹介しましょう。

(1) 直面する問題への当事者意識を持つ
(2) 2つの疑う能力と判断力を磨く
(3) 「怨望」を避け逆の行動指針を持つ

 この3つの武器を身に付けることで、ごく自然に「有効な学問」に近づくことが可能になります。なにより、現時点で私たちが本当に求めている問題解決力を養うことができるのです。『学問のすすめ』は、単純に本を読むことだけが学問ではないと述べていますが、3つの武器をまず身に付けることは、「学問のための学問」ではなく、私たちの人生を確実に向上させてくれる、本当に役立つ学問の実行へと導いてくれるポイントとなるのです。

(1)まず必要な当事者意識を持つべし。
持たない者の末路は憐れである

 あらゆるときに、時代が変化しつつあるサイン、予兆は多くのところで示されています。もっとあからさまなケースでは、社会制度自体ががらりと変わることもあります。明治維新後は、平民も苗字を持つことができ、過去武士しか乗れなかった馬に乗ることができるようになりました。また、国際法により海外と交易し、日本国内では自由独立という方針が国民に示されました。

 社会情勢や時代の変化にも関わらず、自分には関係ないと考えて意識も行動もまったく変えない人たちが存在します。しかし、当事者意識を持たないと(当たり前ですが)自分が問題に突き当たっていることに気づきません。すると問題解決への行動もうまれず、結果としてこのような人は最後に予想もしない現実に衝突し、泣くことになるのです。

 大抵の場合、変化の予兆は多くの場所で目撃されており、何度も指摘されたことです。しかし当事者意識を持たない人にとっては、現実の変化で手痛い失敗を自己体験するまで「自分には関係のないこと」になっているだけなのです。

 例えば、平成24年度の大学卒業生内定率が文部科学省から、このように発表されています。リーマンショック以降低下を続けた内定率は、数値としては持ち直しているのですが、実際に就活をしている大学生からは悲惨な声が聞こえているそうです。

 大学全入時代(入学定員より希望者が少ない)と言われてきた現在、大学生であるという資格の価値が大幅に低下していること、同時に企業がグローバル世界でビジネスに勝つ必要性から、人材ニーズを変化させていることはすでに何度も指摘されています。

 実際、大企業は留学生を含めた外国人採用枠を広げています。逆に以前と同じような大学生活を送り、最新の企業ニーズにマッチしていない学生には、関心を抱くことがなくなったことが、学生が数値を超える就職氷河期を感じている理由ではないでしょうか。

 一方で、筆者が昨年ニューヨークで出会った21歳の日本人男子学生は、大手商社志望のため1年生から単位を早く取得し、英語留学を終えたあと、ポルトガル語をマスターするために、ブラジルへの留学を計画しているところでした。なぜブラジル留学が必要かと聞けば、英語しか話せないと入社後の赴任希望を出す際に低成長の先進国しか書けないから選択肢が狭くなるので、と言っていました(ご存じの方も多いと思いますが、ポルトガル語は世界第7位の話者数を持ちます)。

 この男子学生は一つのケースに過ぎませんが、今起こっている変化の当事者意識を持つならば、このような行動の必要性を自然に感じることができるのではないでしょうか。一方で度々企業の採用ニーズに関するニュースやビジネス誌の記事を目にしながら、なんら関心を持たず、変化の当事者意識がゼロの学生は、大学3年生で就職活動を始めると自分が早くも時代遅れであり、企業の欲しがる人材から外れていることに唖然とすることになるのです。

当事者意識がない集団は、
危機を乗り越えられない

 明治維新後、四民平等の社会になったにも関わらず、多くの日本人からは旧来の身分制度による卑屈さのままでした。

 庶民の精神状態を知った福沢諭吉は、日本国民こそが国家の主人公である新時代に、当事者意識をあまりに持たない人たちを叱咤激励する意味も込めて『学問のすすめ』を執筆したのでしょう。

 当事者意識がないことで現実の壁に衝突してしまうことは、単に個人の問題だけではなく、企業などの集団あるいは国家としての日本でも同様です。

『学問のすすめ』では、織田信長に敗れた今川義元の軍勢が、大将の首を取られた途端に蜘蛛の子のように四散してしまい、あっけなく滅亡した一方で、フランスが普仏戦争でナポレオン3世を人質に取られたのに、さらに勇猛果敢に戦って国家を保ったことが書かれています。

 当事者意識を持たないことで、現実に直面している問題が消え去るわけではありません。むしろ何の備えもないままに変化が進行してしまい、気がつく頃には大失敗が確定していることさえあるでしょう。

 社会の変化、ビジネスの変化、海外情勢の変化、個人生活の変化。すべて私たちは当事者のはずです。そして、正しい当事者意識を持つことは、問題解決のための最初の一歩であり、新たに適切な学習を始める重要なきっかけとなることも『学問のすすめ』から学べる点なのです。

(2)生き残り新時代の成功者になるには
「疑う能力」を徹底して磨け

 変革期とは、多数派が必ずしも正しくない時代でもあります。昨日と同じ今日が続いてくれる平穏な時期は、多数派がこれまで進めてきた物事の扱い方、考え方、選択が通用することが多く、何も考えずに集団の誰かについていくことでそれほど大きな失敗もなく、平均的な幸せがある意味で約束されていた時代だと考えることができます。

 しかし変革期はそうはいきません。変革期は、むしろ多数派が間違っている可能性が高まる時代だからです。

 したがって、何も考えずに「なんとなく周囲と同じ行動をする」ことのリスクが段階的に高まっていくことになります。時代の曲がり角は、自分のアタマを使わないことがそのまま人生の大きなリスクとなってしまうのです。諭吉は『学問のすすめ』第15編で、疑う能力を高めること、そして疑った上での判断力の重要性を説いています。

1. 従来の学説、常識、社会通念などの限定枠

 ガリレオやニュートンなどの科学者は、従来の学説を疑うことで新たな真理を発見し、社会に大きな恩恵をもたらす文明の進化を成し遂げました。この従来の学説、常識や社会通念を「健全な形で疑う」ことは、新たな可能性を発見するきっかけです(諭吉は宗教改革を成し遂げたマルチン・ルターにも言及している)。

 あなたが考えている「現在の限界」は、実は限界でもなんでもなく、極めて底の浅い思い込みに過ぎないかもしれません。「これ以外に方法はない」と社会が思い込んでいる限定枠も、実際はその思い込みが生み出している限界であって、より素晴らしい選択肢をたくさんつくり出す努力を怠っているだけかもしれないのです。社会を進歩させる、科学技術の新しい定理を発見する、個人の人生の限界を押し広げるためにも「健全な疑う能力」を高めることは、極めて重要になるのです。

2. 社会変化への不安から、新しいものを盲信する「開化先生」の言説

 時代が移り変わり始めると、なんでも新しいものに飛びつき、新しいものを疑わずに盲信し、古いものを何でもダメなものだと決めつける軽率な「開化先生」がたくさん出現すると、『学問のすすめ』は指摘します。

 本来であれば、物事は良し悪しを慎重に吟味して、時間をかけて正しい判断を下すべきなのに、これらの「開化先生」は古いものを信じていたのと同様に、新しいというだけで盲信してしまう軽率な人たちで、時代がどれだけ移り変わっても、自分の判断力をまったく向上させず、賢くなることもありません。

 このような人は古いモノの中にあった「本当は優れていたもの」を簡単に捨ててしまい、実は役に立たない新しいモノに飛びついて有頂天になっていたりします。現代日本でも、盲目的に新しいモノ、海外の習慣や製品を礼賛する傾向が私たちの周囲に溢れていないでしょうか。私たちは正しい判断をできているでしょうか。

『学問のすすめ』は、このように新しいものに盲目的に飛びついて、当時外国のものが何でも優れていると論じ、日本のものが何でも時代遅れであると考えた流行モノが大好きな軽薄な人間を、疑う能力と判断力に欠けた人物の典型であるとしています。真の学問とは、健全な疑う能力と正しい判断力を養うためのものだと諭吉は喝破していたのです。

(3)日本人に多い「怨望」を避けよ。
他人の足を引っ張る愚かさ

『学問のすすめ』で諭吉は、怨望こそもっとも社会に害毒を流すものだとしています。では、「怨望」とは一体なんなのでしょうか?

「怨望」とは、例えば他人の幸福と自分の不幸を比較して、相手が良く自分に不足があれば、自分を改善するという手段を取らず、逆に他人を不幸に陥れて他人を自分と同じ状態にしようとすることです。このような者の不平を満足させるならば、世間一般の幸福が減るだけであり、何の得にもなりません。

【怨望から生まれる行動事例】
・働き方が陰険、自分から積極的に何かを成すことがない
・他人の様子を見て自分に不平を抱き、自己反省ではなく人に多くを求める
・不平を解消して満足する方法は、自己の向上ではなく他人に害を与えること

 このような社会に損失を与え、幸福を減らすだけの「怨望」が実は日本社会には溢れていると諭吉は指摘しています。「怨望」を元に私たちが行動すれば、優れた人や存在に出会うたびに、ひたすら他人の足を引っ張り、自分と同じ低いレベルまで陥れることで満足を得ることになります。これは極めて醜悪で、非生産的です。

 では「怨望」の逆を実行すればどうでしょうか。自分より優れた人、幸福な人に出会ったら自分に欠けている部分をまず補い、自らを向上させることで、優れた人と同じ高さに少しでも近づく努力をする。相手が自分より幸せであれば、相手の足を引っ張ることなく、自分もより幸せになれる努力をする。

「怨望」から生まれた思考や行動には学びがなく、社会全体への貢献も皆無です。一方で「怨望」とは逆の人生態度は、優れた誰か何かに出会うたびに、あなたの中に健全な学びと成長の意欲を生み出すことになります。 世間に流布する「怨望」を捨て、逆の行動指針を持つことで、人に出会うたびにあなたは成長する学びを行うことが可能になるのです。(第4回に続く)※4/8掲載予定

新刊書籍のご案内

『「超」入門 学問のすすめ』


この連載の著者・鈴木博毅さんが、『学問のすすめ』を現代の閉塞感と重ね合わせながら、維新の「成功の本質」を23のポイント、7つの視点からやさしく読み解く書籍が発売されました。歴史的名著が実現させた日本史上最大の変革から、転換期を生き抜く方法をご紹介します。変革期に役立つサバイバルスキル、グローバル時代の人生戦略、新しい時代を切り拓く実学、自分のアタマで考える方法など。140年前と同じグローバル化の波、社会制度の崩壊、財政危機、社会不安などと向き合う転換期の日本人にとって、参考になることが満載です。
 

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『「超」入門 失敗の本質』

野中郁次郎氏推薦!
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13万部のベストセラー!難解な書籍として有名な『失敗の本質』を、23のポイントからダイジェストで読む入門書。『失敗の本質』の著者の一人である野中郁次郎氏からも推薦をいただいた、まさに入門書の決定版。日本軍と現代日本の共通点をあぶり出しながら、日本人の思考・行動特性、日本的組織の病根を明らかにしていきます。現代のあらゆる立場・組織にも応用可能な内容になっています。
http://diamond.jp/articles/print/34110

【第5回】 2013年4月4日 鎌塚正良 [ダイヤモンド社論説委員]
日々の株価に右往左往しない!
世界一の投資家が莫大な資産を生み出した流儀

『[新版]バフェットの投資原則 世界No.1投資家は何を考え、いかに行動してきたか』
アベノミクスに対する期待感から株価は上がり続け、ここ数年ではありえなかった日経平均株価1万2000円も珍しいことではなくなってきました。日本人の株への関心も目に見えて高まっています。今回登場するウォーレン・バフェットは、1万ドルを元手に株式投資だけで620億ドルの資産を生み出した世界一の投資家。彼の投資手法に学びたいと考える人は多いと思いますが、バフェットの流儀は日々の株価の値動きに一喜一憂する短期投資家には耳の痛いものかもしれません……。

アメリカ経済に多大な影響力を持つバフェットの
誠実でユーモアのある日々の言葉


ジャネット・ロウ著/平野誠一訳『[新版]バフェットの投資原則 世界No.1投資家は何を考え、いかに行動してきたか』(写真左)
 2008年8月刊行。本書のルーツは、1999年7月に刊行された『ウォーレン・バフェット 自分を信じるものが勝つ!』(写真右)にあります。読者の方々からの復刊のご要望にお応えして、2005年6月に『バフェットの投資原則』(写真中央)と改題して刊行されました。その後、原書が改訂・増補されたのに伴って、新版の出版に至っています。
[画像を拡大する]
 株式ブローカーの父親を持ち、11歳にして初めて株式に投資したウォーレン・エドワード・バフェット。世界的大富豪として知られ、歴史上もっとも成功した投資家とされています。

 近年では、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツが設立した財団に300億ドル相当(2006年当時の為替レートで3兆4500億円!)の株式を寄付するなど、慈善事業家という新しい顔も覗かせています。また、「財政の崖」危機に瀕した米議会やオバマ大統領に対して富裕層への増税を訴えるなど、その行動力や影響力は80歳を過ぎてなお衰える気配はありません。

 つい先日も、リーマン・ブラザーズが経営破綻した直後の2008年9月、経営危機に直面したゴールドマン・サックスのワラント(株式引受権)を巨額購入していたことが判明しましたが、日本の株式市場が活況を取り戻してきた昨今、彼の著作に関心が高まるのはごく自然な流れなのかもしれません。

『[新版]バフェットの投資原則』は、テクニカルな投資技法やライバルを出し抜く戦術を公開したものではなく、この種の本にありがちな自慢話に終始しているわけでもありません。日々の発言を丹念に拾い集めて編集した「バフェット語録」といったほうが正確です。およそ鉄火場の住人とは思えない誠実でユーモアのある語り口が象徴するように、バフェットはいかなる投資においても誰も傷つけていないし、また誰からも憎まれていません。たぶん。

用意するのは紙と鉛筆
そして「年次報告書」を精査すること

 バフェットの投資作法は、まず紙と鉛筆を用意することから始まります。

「自分が理解できる企業の名前を紙に書いて、それを取り囲むように輪を描きます。次に、その輪のなかにある企業のうち、その本来の価値に比べて株価が割高なもの、経営陣がダメだと思うもの、事業環境が芳しくないものなどを消します」
「1つの企業に目をつけたら、自分がその企業を相続したつもりで調査をします。要するに経営者兼大株主の立場に立って考えるわけです。しかも、自分の一族が保有する資産はこの企業だけだと仮定します。……経営者として自分は何をするか、何をしたいと考えているか。心配事はないか。どんな競争相手がいて、どんな顧客がいるか。こういう質問をいろいろな人にぶつけてみます。……そうすれば、その会社の長所と短所が見えてきます」(49〜50ページ)


カバーのソデ部分に抜粋されたバフェット語録。奇をてらわない、誠実な言葉が並んでいます。
[画像を拡大する]
 企業を調べるうえで、主たる情報源の1つに挙げているのが「年次報告書」です。目をつけた企業の年次報告書を読み、次にその企業のライバル会社の年次報告書を読みます。脚注も飛ばさず読みます。もし理解できない脚注があったら、それは理解してほしくないという会社側の姿勢の現われであると判断して、そんな脚注を書く会社には投資しないのです。

 調査はこれで終わりません。ときに図書館にこもって書籍や参考資料を読みまくります。必要があれば専門家に話を聞き、可能な場合は経営陣にも会って話を聞くのです。

「ニューコーク」が大失敗したあとのコカ・コーラや金融危機時のゼネラル・エレクトリック(GE)などの株式を、かつてバフェットが大量購入したことはよく知られています。

「絶好の投資機会がやってくるのは、エクセレント・カンパニーと称される優良企業が異常事態に直面し、株価が適切に評価されなくなるときです」(34ページ)

短期的な利益予想に左右されない
長期的な投資こそが大きな実りをもたらす

 コカ・コーラの株式公開は1919年、初値は40ドルでした。ところが、コーラの原料となる砂糖の価格が高騰したため、株価は翌年、19ドルに暴落してしまいました。しかし、それにもめげずにコカ・コーラ株を持ち続けた投資家は、その後笑いが止まらなくなりました。この間、砂糖価格のみならず、恐慌や戦争など数えきれないほどの変化や変動があったにもかかわらず、コカ・コーラ株は大きく値上がりしたからです。

「要するに、大事なのは商品そのものが長期間持ちこたえられるかどうかを考えることです。その銘柄を買うべきか売るべきかを延々と考えるよりも、そちらのほうがはるかに実りが大きいとは思いませんか」
(93ページ)
「私たちが大量保有している銘柄の大半は、この先何年も保有するつもりです。そしてその間の私たちの運用成績は、特定の日の株価ではなく、それらの企業の業績によって決まることになります。企業を丸ごと買収するときに、短期的な業績見通しだけに着目することがばかげているように、短期的な利益予想に惚れ込んで株式を買うのは不健全だと思います。市場で売買されている株式は、その企業の一部だからです」
(109〜110ページ)


ロバート・G・ハグストローム著/三浦淳雄、小野一郎訳『株で富を築く バフェットの法則』
 2005年9月刊行。バフェットの投資手法から、じっくり資産を育てる成功則を学ぶ一冊。
『株で富を築く バフェットの法則[新版]』によると、彼が売却しないと決めている銘柄が4つあります。コカ・コーラ、ワシントン・ポスト、保険業のGEIC、そしてメディア会社のキャピタル・シティーズ/ABCです。これらの銘柄にはバフェットが認める特性があり、同書において詳細に分析しています。

 バフェット式投資の要諦とは、誠実で有能な経営陣が率いる優れた企業を探し出し、その企業の株式を割安価格で購入し、そして長期間あるいは永久に保有する――詰まるところ、そういうことです。

◇今回の書籍 6/100冊目
『[新版]バフェットの投資原則』


わずか1万ドルの元手から620億ドルを超える資産を築いたバフェット。その経歴を見れば、誰もがその成功の秘密を知りたいと思うだろう。本書は、この世界最高の投資家が株式投資やビジネス、人生について語った言葉を集めたもの。達人の言葉から学ぶ成功する投資の作法。

ジャネット・ロウ著 平野誠一訳
定価(税込)1,680円

→ご購入はこちら!

【お知らせ】ジョン・ウッド氏 来日決定!

ダイヤモンド社創立100周年記念講演会
教育と人材育成でイノベーションを起こせ!―世界基準のリーダーシップの育て方

経済全体がボーダーレス化し、めまぐるしく変化を続ける国際社会にあって、世界で活躍できる人材を育成することは、日本にとって喫緊のテーマです。そのために、これまでにないコンセプトで「教育と人材育成」の分野で大きなインパクトを生み出そうとしている人たちがいます。

ダイヤモンド社は、これからの日本を担う人材育成のために、新たな挑戦を始めたリーダーたちに注目し、教育や人材育成、リーダーシップ、組織運営といったテーマを論じる講演会「教育と人材育成でイノベーションを起こせ!―世界基準のリーダーシップの育て方」を開催いたします。

ルーム・トゥ・リードのジョン・ウッド氏の来日基調講演のほか、パネルディスカッションにはダボス会議でも活躍する注目のリーダーたち(小林りん氏、小沼大地氏、松田悠介氏、石倉洋子氏)が登壇いたします。豪華な顔ぶれが一堂に会するこの機会、ぜひお聴き逃しなく!

【開催概要】
□日時:2013年4月17日(水) 19:00〜21:00(開場18:30)
□会場:モード学園コクーンホールB
□住所:〒160-0023 東京都新宿区西新宿1-7-3 モード学園 【会場】(PDF:283KB)
□定員:500名(一般450名/学生50名)
□参加費:一般 5500円/学生 1000円
    ※本講演会の利益は、登壇者が所属する4団体に全額寄付されます。
□プログラム:
●基調講演「教育で世界を変える」
  ジョン・ウッド氏(ルーム・トゥ・リード創設者兼共同理事長) ※逐次通訳
●パネルディスカッション「教育と人材育成でわたしたちが目指すもの」
  小林りん氏(公益財団法人インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢設立準備財団代表理事)
  小沼大地氏(NPO法人クロスフィールズ 代表理事)
  松田悠介氏(Teach For Japan創設代表者)
  石倉洋子氏(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授)


 


【第6回】 2013年4月4日 紺野登 [多摩大学大学院教授、KIRO(知識イノベーション研究所)代表],目的工学研究所 [Purpose Engineering Laboratory]

「目的工学」(パーパス・エンジニアリング)でよりよい未来をつくろう

――本文から(その6)
「手段の時代」から「目的の時代」へ――はじまった目的工学の取り組みをさまざまな形で紹介していく。『利益や売上げばかり考える人は、なぜ失敗してしまうのかーードラッカー、松下幸之助、稲盛和夫からサンデル、ユヌスまでが説く成功法則』の第1章「利益や売上げは『ビジネスの目的』ではありません」を、順次公開してきた。

第1章の最終回となる第6回では、われわれが提案している目的工学が、どのような思いと意図のもとに生み出されたのか、どんな役割を果たすものなのかをまとめる。

ドラッカーの思いを
さらに発展させたい

 われわれ目的工学研究所の結論はこうです。

 よい目的(パーパス)が、よい会社、よい組織、よい事業、よいリーダー、よい人間関係をつくる。その結果、よりよい未来が生まれてくる ― 。

 たいていの企業には、創業の理念、社是や社訓など、まさに社会的で、利他の心あふれる目的(パーパス)があるものです。ところが、多くの場合、いつの間にか空疎なお題目に変わってしまい、すっかり忘れ去られています。それが、だれもが共感するような目的(パーパス)であっても ― 。

 それはなぜでしょう。私たちには、そもそも利他性が宿っているのではなかったのでしょうか。したがって、困っている人を助けたり、社会に貢献したりすると、充足感が得られるのではなかったのでしょうか。

 せっかくのよい目的(パーパス)が空念仏(からねんぶつ)に終わってしまうのには、いくつか理由が考えられます。経営者から新入社員まで、みんな目の前の仕事や目標に追われている。

●何を言おうと、結局「会社は株主のもの」である。
●財政面での安定がなければ、何もできない。
●一人ひとりの小目的がバラバラである。
●社会に貢献し、かつ利益が出るようなビジネスモデルなど考えられない。

 ほかにもあるかもしれませんが、だいたいこんなところではないでしょうか。

 ドラッカーは、市場原理、資本家や企業家が支配する資本主義の限界を見て取る一方、「知識労働者(ナレッジ・ワーカー)」が台頭し、彼らが組織の枠にとらわれることなく自由自在にコラボレーションし、イノベーションや新しい価値を生み出すという未来を予言していました。そして、この新しい現実において、非営利組織こそ企業が学ぶべき手本であり、ここにマネジメントの本質があるという見解に達しました。

 ドラッカーは、ナチズムの台頭に危機を発していた若き20代の頃から、リーダーの社会的役割を問い続けてきたように思います。つまり、社会の安寧(あんねい)はリーダーの品格や力量に大きく左右されると考えていたのです。

 ですから、アメリカに亡命した後、政府と同じくらいの影響力を有する大企業の経営者たちに期待し、その啓蒙に努めてきました。もしかすると、「非営利組織に学ぶ」という教えは、そのための最後の手段だったのかもしれません。

 これからわれわれが紹介する「目的工学(パーパス・エンジニアリング)」は、このドラッカーの思いを発展させるものであり、また「社会と企業の共生」(われわれは「共進化」と呼んでいます)という日本企業の忘れ物を再発見するためのものでもあります。

目的工学は、組織メンバー全体を
一体化するための方法論

 組織は人間の集合体であり、そこにはさまざまな人たちがおり、考え方や価値観、働く動機もバラバラです。大目的に目覚めて「社会のために」働いている人もいれば、「生活のために働いている」人もいるでしょうし、「とにかく出世したい」という上昇志向の人もいれば、「他人にはできないことをやってみたい」という野心家、「ここでいろいろな経験を積んでもっとよい会社に転職したい」というキャリア志向の人もいるでしょう。このように動機が異なれば、その目的(パーパス)も当然異なります。

 経営学における古くて新しい課題の一つが、組織メンバーを一つにまとめることです。何しろ組織というものは、一人ではできないことを、複数の人たちの力によって成し遂げるために生まれたものです。しかし残念なことに、これまでの手法の「成功率」はあまりほめられたものではなさそうです。

 われわれは、その最大の原因を「大目的の不在、あるいは喪失」にあると考えています。組織メンバーのさまざまな目的 ― なかには相容れないもの、荒唐無稽なものもあるでしょう ― を調整しながら、大目的に向かってメンバー全員を一体化するための方法論、これが目的工学の目指すところです。そして、その大目的は言うまでもなく、「世界じゅうの人々の幸福」を企業や組織、個人が実現する道筋を見出すことです。

 さぁ、みなさん、一緒に目的工学を研究してみませんか。

(今後もさまざまな形で目的工学を紹介していく予定です。)

【新刊のご案内】
『利益や売上げばかり考える人は、なぜ失敗してしまうのかーードラッカー、松下幸之助、稲盛和夫からサンデル、ユヌスまでが説く成功法則』


アインシュタインも語った――「手段はすべてそろっているが、目的は混乱している、というのが現代の特徴のようだ」
利益や売上げのことばかり考えているリーダー、自分の会社のことしか考えていないリーダーは、ブラック企業の経営者と変わらない。英『エコノミスト』誌では、2013年のビジネス・トレンド・ベスト10の一つに「利益から目的(“From Profit to Purpose”)の時代である」というメッセージを掲げている。会社の究極の目的とは何か?――本書では、この単純で深遠な問いを「目的工学」をキーワードに掘り下げる。

ご購入はこちらから!→ [Amazon.co.jp] [紀伊國屋BookWeb] [楽天ブックス]  

紺野 登(Noboru Konno)
多摩大学大学院教授、ならびにKIRO(知識イノベーション研究所)代表。京都工芸繊維大学新世代オフィス研究センター(NEO)特任教授、東京大学i.schoolエグゼクティブ・フェロー。その他大手設計事務所のアドバイザーなどをつとめる。早稲田大学理工学部建築学科卒業。博士(経営情報学)。
組織や社会の知識生態学(ナレッジエコロジー)をテーマに、リーダーシップ教育、組織変革、研究所などのワークプレイス・デザイン、都市開発プロジェクトなどの実務にかかわる。
著書に『ビジネスのためのデザイン思考』(東洋経済新報社)、『知識デザイン企業』(日本経済新聞出版社)など、また野中郁次郎氏(一橋大学名誉教授)との共著に『知力経営』(日本経済新聞社、フィナンシャルタイムズ+ブーズアレンハミルトン グローバルビジネスブック、ベストビジネスブック大賞)、『知識創造の方法論』『知識創造経営のプリンシプル』(東洋経済新報社)、『知識経営のすすめ』(ちくま新書)、『美徳の経営』(NTT出版)がある。
目的工学研究所(Purpose Engineering Laboratory)
経営やビジネスにおける「目的」の再発見、「目的に基づく経営」(management on purpose)、「目的(群)の経営」(management of purposes)について、オープンに考えるバーチャルな非営利研究機関。
Facebookページ:https://www.facebook.com/PurposeEngineering
 

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コメント
 
01. 2013年4月04日 13:25:14 : q931E3NW4E
無限の資質というものの存在を見えなくしているのは
既存経済の観念に未だ取り憑かれた者たちの希薄な展望のみ
豊かさを比較に酔って知るだけのマネーゲームなんてものはとおに終わっている


02. 2013年4月05日 02:35:26 : niiL5nr8dQ
第12回】 2013年4月5日 山口揚平 [ブルーマーリンパートナーズ 代表取締役]
経営者と従業員の関係は「庇護」か「対等」か?
「お金による繋がり」へのスタンスはそれぞれ異なる
ゲスト:家入一真さん(起業家、投資家、クリエーター)[前編]
会社を作って人を雇えば、給料というかたちでお金が関わってくる。そうなると、人と人の関係はどう変わるのか?『なぜゴッホは貧乏で、ピカソは金持ちだったのか?』の著者・山口揚平さんの対談シリーズで、今回はゲストに『お金が教えてくれること 〜マイクロ起業で自由に生きる〜』の著者・家入一真さんを迎え、起業家同士の対談の中でその答が出てきました!

奇しくも2人とも、自分で興した会社の売却経験あり

家入一真(以下、家入) 著書を拝見しましたけど、面白いタイトルですね?

山口揚平(以下、山口) 実を言うと、いろいろなアイデアの中から『ピカソはなぜ小切手で支払ったのか?』という仮タイトルが浮かんで。「信用をお金に換える力って、これからの時代は特に大事になってくるよね」っていうのが僕の伝えたいメッセージだったからです。

 けれども、「なぜ?」の部分は別として、日本人にとって小切手に馴染みが薄いこともあり、ピカソが小切手を使ったという行為自体に読者は驚きを感じないだろう、と。あれこれ熟考を重ねるうちに、最終的に『なぜゴッホは貧乏で、ピカソは金持ちだったのか?』というタイトルに決まったんです。


家入一真(いえいり・かずま)プロフィル 1978年福岡県生まれ。起業家・投資家・クリエーター。高校中退、ひきこもりから、22歳でpeperboy&co.の前身となるマダメ企画を起業。レンタルサーバー「ロリポップ!」のサービスを成功させ、29歳で史上最年少ジャスダック上場を果たした。1年後に社長退任。株売却で得た十数億円は、新事業やプロジェクトに投資し2年で使い果たした。現在は、ものづくり集団Livertyなど複数の企業・事業を束ねている。
家入 僕も2月に3冊目の著書『お金が教えてくれること 〜マイクロ起業で自由に生きる〜』を出したんですけど、正直、読者がどんなタイトルの本を求めているのかがピンとこなったんです。それで編集者にいくつかアイデアを出してもらった中から選んだのがこれでした。

 ただし、読者に「お金を稼ぐ方法」を書いた本と勘違いされたら困るので、ちゃんと表紙に「この本を読んでも、お金は貯まりません(笑)」と入れてもらいました。これは、入れてよかったですね。

山口 本の冒頭に「そもそも僕はお金がありません」って書いていますけど、実際のところはどうなんでしょうか?

家入 いやいや、本当にそうなんです(笑)。料金の未払いでガスを止められたりしてますし。「そうは言っても、土地や家を持っているでしょ?」とよく言われるんですけど、すべて会社の資本金に充てて消えてしまいましたから。今は飲食店を経営しているので、その売上げが日銭でチャリチャリ入ってきてどうにか生きているって感じですね。

山口 家入さんは、ご自分で創業したPaperboy&co.(ペパポ)を2004年に売却して、GMOインターネット(当時はグローバルメディアオンライン)の連結子会社にしましたよね。実は僕もウェブサービスの会社を立ち上げて、その事業をGMOクリック証券に売却したんです。

家入 一緒ですね。売却後はどうしたんですか?


山口 その後は、留学したり、ベトナムにお店を作ったり、好きなことをやろうと頑張っている人を応援するために使いました。そんな浪人生活を2年間程送ってから帰国したわけですが、家を引き払ってしまっていたので住む場所がない。そこで、仲介サイトで見つけ出した早稲田の築60年の古民家に、売れないユダヤ人の役者さんとルームシェアで住むことにしました。

家入 意外だな。そんな感じには全然見えませんね。

山口 すごい家でしたよ。玄関のカギもネジ式で差し込むレトロなもので……。とにかく冬の寒さが辛かったですね。それはさておき、僕は浪人時代に築いてきたコミュニティから協力を得て、昨年末、再び同じ事業をはじめました。

家入 そうなんだ!僕もペパポを取り戻そうかな(笑)?

山口 だけど、家入さんはもう別の会社をいくつも立ち上げているじゃないですか。

家入 そうなんですけどね。何も考えずにやってきただけです。

 ペパポは2008年12月に、史上最年少でジャスダック市場への上場を果たしましたけど、翌年3月には代表取締役社長を辞めて現場に戻っちゃった。決算説明会などで、僕はつい言ってはいけないことまで喋ったりして、株価が下がったりしたからなんです(笑)。新たに代表取締役CCO(最高クリエイティブ責任者。音感がコロコロして可愛いから、と家入氏が名付けた造語)という肩書きになったんですが、それも2010年3月には返上しました。

 周囲からは「もうちょっと上場企業の社長というポストを楽しめばよかったんじゃないの?」と言われたけど、僕の役目は仕組みを作ることで、完成してしまったら仕事がなくなっちゃうんですよね。それで、次へ進もうと思って。

リストラを迫られて知った、お金を通じた繋がりの脆さ

山口 次から次へとレストランやカフェをオープンさせて、凄まじい勢いでしたよね。

家入 どれも自己資金を注ぎ込んでいたので、お金がどんどん出ていって、かなりしんどくなっていきました。湘南にオープンさせた海の家が最後の一撃って感じでしたね。

山口 海の家って、どんな感じだったんですか?


家入 新江ノ島水族館の目の前というロケーションで、ふたつの物件を借りてクラブ風の造りに仕上げました。水着の女の子が踊っていたりする華やかな雰囲気にしたかったんです。ただ、スタッフに任せっきりで、結局のところ、僕はオープンしてからは1度も店に顔を出しませんでした。それがよくなかったんですね。スタッフからの報告もルーズだったし、収支がめちゃくちゃで、気づけば赤字になってました。

山口 その後はどうされたんですか?

家入 会社としてリストラに取り組まなきゃいけない状況になって、他の店も閉めましたし、スタッフの数も減らさざるをえなくなったんです。2001年から会社を経営してきたけど、初めて経験するリストラでした。

山口 苦渋の決断を迫られたわけですね。

家入 背に腹は代えられない状況でした。ただ、その体験もあって、「お金って何だろう?」と考えるようになりました。つくづく、お金を通じた繋がりは脆いと思いましたね。

山口 そのように痛感するような出来事があったんですか?

家入 当然といえば当然ですけど、リストラを告げると、スタッフは誰もが怒り出すんですよ。でも、僕にはピンとこなかった。僕は彼らに給与を払って、彼らはその分だけ働く、という対等な関係が成り立っていると思っていましたからね。現実には、彼らは僕の支払う給与を完全にアテにして、そのような生活がずっと続くと信じ込んでいたわけです。会社なんて、いつ倒産してもおかしくないのに……。結局、僕は彼らを雇うことによって、彼らを他人に依存するような人間にしていたということです。

山口 僕も従業員を抱えていたんですけど、リーマンショック後に売却を迫られたときに、家入さんとは逆の決断をしました。自分自身では彼らを雇い続けるのが難しくなっても、最後まで守り抜かなければならないと思いました。それで、いくつかオファーがあったのですが、その中から選んだのは従業員ごと受け入れてくれるという条件を提示したGMOクリック証券だったんです。


 というのも、僕が30歳のとき、「従業員を背負うか、家族を背負うか、どちらかを選べ!」と言われた影響が大きいです。僕は、従業員を背負うことにしました。僕にとって会社経営のモチベーションのひとつは、自分の力で何人の社員を雇えるのかということだったんです。

家入 昔の旦那さんみたいな感じですね。自分の敷地に何人の使用人を雇えるのかで甲斐性が決まるみたいな……。僕のほうは、お金を通じた繋がりの脆さを痛感したのがキッカケで、もう相手に求めるのは止めようと思うようになりましたね。そして、「お金の関係ではない組織って作れないかな?」とも考えるようになりました。

(後半へ続く)
次回は4月8日更新予定です。
http://diamond.jp/articles/print/34122


 


第16回】 2013年4月5日 ジョン・キム [慶應義塾大学大学院特任准教授]
自分が自分を
しんどくさせている
【小倉広×木暮太一×ジョン・キム】(前編)
好評の「媚びない人生」対談シリーズ。今回は、昨年行われた小倉広氏、木暮太一氏との3人でのスペシャルトーク「「働き方」を考えることは、幸せのかたちを考えることだ」の模様をお届けします。『僕はこうして、苦しい働き方から抜け出した。』(小倉氏)、『僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか』(木暮氏)というベストセラー作家3人が送ったメッセージとは。(構成/上阪徹 撮影/石郷友仁)

働く意味を感じる装置としての会社

木暮 今日は大きく三つの柱でお話をさせていただきたいなと思います。一つ目は社会変化。これから社会と経済がどうなっていくのか、どうなっていきそうなのか。二つ目は、この社会の中でどういうふうに働いていくべきなのか。そして三つ目が、人間の幸せって何だろうかと。まず経営者の小倉さん、これからどんな社会になっていくと思いますか。

小倉 これはひとつの見方ですが、最近、人材募集で応募してくる人に傾向があるんです。どんな仕事がしたいか、どんな会社で働きたいかというと、社会貢献をしたいとおっしゃる学生さんが多い。

 社会で役に立っている会社で、できれば新入社員の段階からダイレクトに社会とつながりたがっている印象を私は強く受けています。これは働く人だけじゃなくて、企業そのものが、世の中にどんなふうに役に立っていくのか、どんなふうにつながっていくのか、意味のようなものを強く求められるようになっている気がするんです。
 これは働き方にもつながるんですが、みんな、すごく意味を感じたい。役に立っていると実感したい。その装置として会社の存在がすごくクローズアップされているような気がします。

木暮 ここにいらしている来場者の方々が実感されているかどうかはちょっとわからないんですが、今までの社会の流れとか、会社のあり方が最近、変わってきたなというふうに僕も考えています。
 終身雇用が崩壊したり、年功序列がなくなっていく中で、会社はこれからどうなっていくのか、どういう社会になっていきそうなのか、どういう価値観がよしとされる世の中になっていくのかということに関して、キムさん、いかがですか。


ジョン・キム(John Kim)
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科特任准教授。韓国生まれ。日本に国費留学。米インディアナ大学博士課程単位取得退学。中央大学博士号取得(総合政策博士)。2004年より、慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構助教授、2009年より現職。英オックスフォード大学客員上席研究員、ドイツ連邦防衛大学研究員(ポスドク)、ハーバード大学法科大学院visiting scholar等を歴任。アジア、アメリカ、ヨーロッパ等、3大陸5ヵ国を渡り歩いた経験から生まれた独自の哲学と生き方論が支持を集める。本書は、著者が家族同様に大切な存在と考えるゼミ生の卒業へのはなむけとして毎年語っている、キムゼミ最終講義『贈る言葉』が原点となっている。この『贈る言葉』とは、将来に対する漠然とした不安を抱くゼミ生達が、今この瞬間から内面的な革命を起こし、人生を支える真の自由を手に入れるための考え方や行動指針を提示したものである。
キム 僕は経済学者ではないので経済を専門的に分析することはできないんですが、自分の学生を見ても自分自身を見ても、日本社会というのはかなり成熟した資本主義に入ってきているんじゃないかと思うんですね。

 多くの方々がいわゆる資本主義に毒されて今まで生きてきたんじゃないかと、やっと気づいた気がします。それは企業側の体制が変わったから変わったのか、消費者のニーズが変わったから、それに合わせるように企業側の体質が変わってきたのかはわからないんですが、いわゆる物質的な豊さを越えた、成熟した形になってきている。

 金銭的な対価だけでなく、例えば仕事をする中で働きがい、またコミュニティに対する貢献、自分の利害を越えた形での愛情の連鎖の中に自分の身を置くことによって、自分の働きがい、生きがいというものを探す若者が多くなっている。

 多くの大人は若者を見たときに、若者は欲求がない、このままだと日本は経済大国第3位から4位、5位に落ちていってしまうと言いますが、若者にとっての幸福の基準と高度成長期の大人の基準はちょっと違うんです。その部分について十分理解しようとせず、自分たちが若いころから持っていた幸福の基準というのを大人が押し付けようとするのは、間違いですね。

 大人の基準から判断すると若者はあまり欲がないように見えたり、草食系に見えたりするかもしれないんですが、若者が持っている欲求や幸福は性質がまったく違うところがある。若者は資本主義の成熟度に合わせて、生き方、働き方を適応させようとしているんじゃないかと見ています。

無理して競争社会に入らなくても生きられる


木暮太一(こぐれ・たいち)
経済入門作家、経済ジャーナリスト、出版社経営者。NHK「ニッポンのジレンマ」、TBS「よるべん」ほか。『今までで一番やさしい経済の教科書』(ダイヤモンド社)『僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?』(星海社新書)、『学校で教えてくれない「分かりやすい説明」のルール』など。著書32冊、累計80万部。
木暮 今の若者って、どうですか。草食系って確かによく言われますが。

キム 恋愛における草食系はあるかもしれないですね。ただ人生において草食系というのはある意味ではガツガツしないということでもあると思いますし、より落ち着いて自分の実力や自分の働き方を眺めているというふうにも思えます。

 従来は、画一的にこの大学を出てあの会社に就職をすれば、終身雇用と年功序列である程度、組織に自分を順応することで組織全体のパイが大きくなり、みんな平均収入が高まっていくというポジティブなスパイラルの中で生活ができあがっていった社会だったと思うんです。

 でも、今は何の保障もないわけですよね。不安の時代でもあり、出世のモデルもなくなって、自分自身がどういった働き方をするのかも、自分が責任を持って選択しなければいけない。ある意味、可能性も無限にあるんですが、責任も無限になってきているので、戸惑っている若者も多いんじゃないかと思うんです。

木暮 僕自身は、大学生の就職希望先に公務員が増えてきたことに対して、率直に驚いています。公務員が悪いということではないんですよ。でも、非常に安定志向を求めている人が多いんだな、と。


小倉広(おぐら・ひろし)
1965年新潟県生まれ。株式会社フェイスホールディングス代表取締役社長。青山学院大学経済学部卒業後、リクルート入社。営業部、企画室、編集部などを経て、1995年、組織人事コンサルティング室課長に就任。その実績が認められ、30歳にして課長に抜擢されるも、チームマネジメントに失敗。鬱をわずらうなど、苦しい時期を過ごす。2003年、フェイスホールディングスの代表取締役に就任。自らの失敗体験をベースに組み立てられたリーダーシップ開発と理念浸透に特化したコンサルティング事業で頭角をあらわす。『33歳からのルール』(明日香出版社)、『任せる技術』『やりきる技術』(日本経済新聞出版社)、『自分でやった方が早い病』(星海社)、『折れない自分のつくり方』(フォレスト出版)など著作多数。ともに、生き方や働き方を学び合う「小倉広『人間塾』」の塾長も務める。
小倉 自分が社会でどんな役に立てるのか。それを強く求める人が多いと思うんですね。私はよく、仕事で泣いたことあるか、と聞くんです。私は年に何回か、感動して涙を流すような場面に出くわします。幸いにそういう仕事をさせてもらっている。
 そういう職場に行きたいという学生さんは多いと思います。お客さまから喜ばれて涙が出る。大の男が仕事で泣く。そういう劇的な場面、人生が変わるような場所に一緒にいたい。そういうものを求める学生さんが多い気がします。

キム もしかしたら背後にある心理は二つ同時に共存しているような気がします。一つは純粋に資本主義を越えたい、金銭的なモチベーションを越えたい、ということ。自分の中に内在するいろんな愛情とか、他者に対する思いやりを具現化できる日常を職場の中で得たいと。そんな前向きの意味で求めている方もいらっしゃると思います。

 もう一つは日本全体に言えることだと思うんですが、自分自身に対する信頼を求めている気がするんです。つまり自分自身の実力ですね。この資本主義の中で自分をそこに入れて、競争を勝ち抜くことに対する自分の可能性。それに対する信頼が薄い。だから、やはり競争から逃げたい。その分、金銭的な何かを犠牲にする。一方でワークライフバランス的に、より最適なところを選びたいという、ある意味で、それこそ草食系というか、消極的な意味でそういう道を選ぶ方もいらっしゃるんじゃないかと思うんです。

木暮 自分の能力に対して自信がなくなってきたというのは最近の話でしょうか。

キム みなさんも私もみんな経験していることだと思うんですが、20歳前後で社会に出ていくとき、自分自身が社会に通用するか、絶対的な信頼を持っている方はごく一握りだと思います。未熟の結晶がある意味では青春でもあるので。だからこそ無限の可能性があるともいえるんですが、ほとんどの若者は基本的に社会に飛び込むことに大きな不安を覚えます。

 一方で、社会的な環境はどうなっているかというと、昔であれば、不安があったとしても、社会に出て仕事をして、競争を勝ち抜かないとやっていけないという状況だった。

 ところが、今は不況と言われても日本はもっとも豊かな国の一つなんですね。どこかでバイトをすれば生活が十分にできる社会だし、無理して競争をしなくてもやっていける社会的な環境、経済的な環境が整備されてきた。無理して競争社会に入らなくても生活できる、生きていける道が用意されている。

木暮 20歳の学生がアルバイトをして一人で生きていくのはそんなに難しいことではないと思うんですね。40歳の大人がアルバイトをして生きていくのも一人では生きていくのは問題ないと思うんです。

 でも、もし家庭ができたらどうか。周りの同級生が会社で出世していく中で自分はアルバイトで生活している精神的な負担はどうか。比較して劣等感を感じて非常に生きづらくなるような気がするんです。そこをどう処理し、解決していくかが今後の大きなポイントになると感じています。

どの時代もどの場所においても人間はしんどい


木暮 小倉さんは近著『僕はこうして、苦しい働き方から抜け出した』で、しんどさを抜け出した話を書いてベストセラーになっています。僕は『僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか』という今進行形のしんどさにスポットを当てて本を書いたんですが、そもそも資本主義の中で働き方がしんどくなってしまう理由に関してちょっと考えてみたいんです。いろんな要素があると思うんですね。人間関係とか、ノルマとか、やりがいとか。小倉さんご自身はどういうところがポイントかなと思いますか。

小倉 悩みの8割は人間関係だと言われていますよね。結局、人間は他の動物と何が違うかというと、社会的だということです。わかりやすい例でいうと、岸田秀さんっていう学者さんが「人間は本能の壊れた動物である」と言っています。基本的には動物は社会性がなく、お腹がすいたらごはんを食べ、眠いといえば寝て、本能で動いている。でも、人間は本能が壊れてしまっているから、生きる理由が必要だ、と。自分自身に意味づけしないと生きていけない。

 生きる意味や理由がなくなると、下手をすると喪失感を感じて自殺をしてしまったりする。結局、社会の中で意味を感じたり、だれかの役に立ったり、だれかに褒められたり、認められたりしない限り、一人だけでは幸せや満足を感じられないのが人間というものだと思うんですよね。

 だから僕は人間関係の悩みっていうのは尽きないと思うし、人間関係の悩みがない人はおそらくいないと思うんです。そこから逃げて幸せはないというか、しんどさからは抜けられない。例えば仕事がうまくいかない、商売もうまくいかない、売上が上がらないといっても、結局それは人と人の社会の話。当然、価値の提供はありますが、それよりもストーリー的な満足というのかな、そういうものが必要になっている。むしろ、人間関係は避けて通れないし、逆に今はクローズアップされている気も私はします。

キム 僕はたとえ個人がしんどい思いをしても、それは社会のせいではない気がするんです。どの時代もどの場所においても人間はしんどい。それは人間という動物が権力関係の中で生きているから。『媚びない人生』の中でも書いた、自然体で生きていくことは、ある意味ではもっとも不自然なことでもあるし、人間が社会の権力関係の中で、自然体として自分を打ち出すには内面的な強さがないとなかなかそういうことはできない。他者に合わせてしまったり、いつの間にか妥協して媚びてしまう自分を発見することになる。

 例えば100年前の日本と今の日本とどっちが幸せかといえば、それは一概には言えないわけじゃないですか。戦後直後の日本と今の日本、どっちが幸せかと言われたら、たぶん大人は今の方が幸せだと言うと思うんですが、ただ人間は二百年も三百年も生きるわけではなく、たまたまわれわれであれば1970年前後に生まれて、たまたま自分が選択できない社会の中で生きていくので、そこにはもちろんしんどいこともあれば、いろんな恩恵を受けながら助かっている部分も両方あると思うんです。

 しんどさの根元は自分が自分をしんどくさせているところにあると理解しないと、問題の解決策にはならないと思うんです。自分自身が自分の内面の捉え方を変えることによって、いかに昨日より幸せな自分をつくれるのか、昨日より信用できる、信じられる自分というものを構築できるか。そんなふうに持っていった方が、時間がかかるように見えて、一番確実で、一番解決に近いんではないかと思います。

木暮 僕は慶応大学を出て、新卒で富士フイルムに入りました。そのあとサイバーエージェントという会社に転職し、リクルートに転職して、3年前に独立しました。社名だけを聞くと、ああ、すごい有名なところばかり行ってるよね。さも狙ってキャリアステップを踏んでいったかのように思われるんです。

 でも、富士フイルムに入ったのは、会社の近所で食べさせてもらった焼肉が、びっくりするくらいおいしかったからだったりします(笑)。サイバーエージェントに入ったのも、たまたまでした。そんな感じだったんですが、他人からは戦略を立ててやってきているように見られているんですね。
 だから、「俺は木暮とは違うからそういうことはできない」「私は木暮さんと全然違うので木暮さんの働き方はいいと思うけど、全然できません」みたいなコメントは聞こえてくることが最近、とても多いです。

 今の自分には何もないと思っている人が、理想の働き方にたどり着くには何が必要になるのか、何をしなければいけないのか、ちょっと考えてみたいんですね。
 仮に20代の大学生に話をするとしたら、何をすれば理想の働き方になれると語りかけますか。

120%努力している人にしか幸運は訪れない

キム 僕自身のケースでいうと、20代の10年間はとにかくやりたいことは我慢をして、やるべきことをこなしました。社会というのはやっぱり他者がいて自分がいるわけですから、他者からの信頼がなければ、自分が何かをしようとするときにだれも応援してくれないと思うんです。

 では、どうやって信頼を得ていくか。やっぱり自分が努力をして実績を残すしかない。その実績から生まれた信頼こそが本物だと思っているので、私自身は20代の10年間は、とにかく自分が成長できる機会を得たら飛びつくことと、日々の中で自分の存在意義というものを自分で見つめ直すことに費やしていました。他の人では代替できないような自分というものをつくる気持ちで、すべての場面を自分の学びと成長につなげていく姿勢を貫くことが大事だと思っていたんです。

 ですから、他者と比較をして、あの人はこれがあるからとか、家が恵まれているからとか、天性的な才能があるから、といったように、自分の弱さを正当化するために天性を持ち出したり、才能を持ち出したり、または家庭の環境を持ち出すことは自分の可能性に対する冒涜のような気がしたんですね。

 僕自身は、成功というものは本当に常識的な努力の積み重ねでしか、勝ち得ることはできないと思っています。ある意味で幸運によってもたらされた成功は、本物の成功ではないような気がするんですね。なので、そういった幸運に依存しない、幸運に出会っても喜ばない、動じない自分をつくる。または幸運に依存しない強い自己をつくる。そうした気持ちを当たり前に持って、時間をかけて努力を積み重ねて、自分の内面の中で力を積み重ねて、それが結果を生み出して他者からの信頼を得て、自分自身が社会の中でいろいろ重要な役割を果たしていく、そういう道しか僕自身はないような気がしています。原点に戻るということです。

木暮 目標設定というのが、非常に大事で重要ですよね。社会人になって、本当に口酸っぱく、いつも言われていたことではあるんですが、それだけにすごく難しいことでもあると思うんです。

小倉 そうですね。僕は、目標設定はするものじゃなくて出会うものだと思っているんです。スタンフォード大学のクランボルツ教授が言っているPlanned Happenstance理論っていう計画された偶然性、という理論が大好きなんです。
 要は世の中というのは、自分でコントロールできる範囲は限られていて、どんどん社会は変わるし、次々と連続した不確実性の中で、何が起きるかわからない。だから大事なのは目の前のことに対して、120%努力し続けていくことだ、と。そうすればきっといろんな偶然が訪れてくるし、ラッキーも訪れてくるという。

 これは単なるラッキーではなくて、当たり前のことです。社会は網の目の人間性の中ですから。当たり前ですけど、目の前の仕事に手を抜いて文句を言って、おもしろくないなとか、この仕事なんてつまらないんだろう、と言っている人の前にラッキーは訪れない。でも、つまんない仕事だろうが、いやな仕事だろうが、いきいき楽しく120%がんばっていると、だれでも輝いて見えるんですよね。


 つまんない仕事を一生懸命やってるやつは、やっぱり上司から見るとかわいいわけです。僕もそうですね。つまんない仕事を一生懸命やってるやつを見ると、もっとこいつに、とか、思うわけです。こんなちっちゃなことに、例えば細かい話でいえばコピーを一つとるのでも、実は上司は見ているんです。試しているわけです。
 コピーだからいいや、って手を抜く人とコピーだけどどうやったらいいコピーがとれるかな、という人を見て、いいコピーをとっている人を見たら、こいつにコピーをとらせているのもったいないな、もっとおもしろい仕事をやらしてやろうと思うでしょうし、そういう中で次々と連続的な小さな変化が起きてきて、気がつくととんでもないチャンスが来るというわけです。

 120%努力している人にしかラッキーは訪れなくて、つまんねえな、いつかラッキーが来ないかな、何で俺のところにはおもしろい仕事がこないんだろう、という人には、だから永遠に来ないわけです。それはすごく意味があって、Planned Happenstanceもそうだと思っていて、やっぱり目の前のことを120%やっていると次々にいろんな偶然が出るんです。例えば僕は今、本を書く仕事が実はかなりメインになっているんですが、気がついてみたら、子どものころにやりたかったことって、そう言えば文章を書いて、本を書くことだったなと、つい、この間、気づいたんですよ。

 忘れていたんです。途中で夢って変わるじゃないですか。医者になりたいとか、弁護士になりたいとか、そっちの方は覚えていたんですが、大きく遠回りして、全然違うことをしていたのに、気がついたら本を書く仕事にものすごい近道を進んでいた。一時は諦めたり、遠回りだと思っていたのが結果的にはものすごい近道だったんです。これもPlanned Happenstanceだと思うんです。そんなふうに僕は思っているし、本当にそういうふうに今にたどり着いています。

次回は4月8日更新予定です。

◆「対談 媚びない人生」バックナンバー

第1回 媚びない人生とは、本当の幸福とは何か 『媚びない人生』刊行記念特別対談 【本田直之×ジョン・キム】(前編)

第2回 大人たちが目指してきた幸福の形では、もう幸福になれないと若者たちは気づいている【本田直之×ジョン・キム】(後編)

第3回 日本人には自分への信頼が足りない。もっと自分を信じていい。【出井伸之×ジョン・キム】(前編)

第4回 世界を知って、日本をみれば「こんなにチャンスに満ちあふれた国はない」と気づくはずだ。【出井伸之×ジョン・キム】(後編)

第5回 苦難とは、神様からの贈り物だ、と思えるかどうか【(『超訳 ニーチェの言葉』)白取春彦×ジョン・キム】(前編)

第6回 打算や思惑のない言葉こそ、伝わる【(『超訳ニーチェの言葉』)白取春彦×ジョン・キム】(後編)

第7回 いつが幸せの頂点か。それは死ぬまで見えない【(『続・悩む力』)姜尚中×ジョン・キム】(前編)

第8回 国籍という枠組みの、外で生きていきたい【(『続・悩む力』)姜尚中×ジョン・キム】(後編)

第9回 「挑戦しない脳」の典型例は、偏差値入試。優秀さとは何か、を日本人は勘違いしている【茂木健一郎×ジョン・キム】(前編)

第10回 早急に白黒つけたがる人は幼稚であると気づけ【茂木健一郎×ジョン・キム】(後編)

第11回 やりたいことがたまたま会社だった。だから、自然体で起業ができた。【リブセンス村上太一×ジョン・キム】(前編)

第12回 不安は、将来に対する可能性の表れである。【リブセンス村上太一×ジョン・キム】(後編)

第13回 一番怖いのは、頭が固まってしまうこと【安藤美冬×本田直之×ジョン・キム】(前編)

第14回 面接で落とされたおかげで今の自分がいる【安藤美冬×本田直之×ジョン・キム】(中編)

第15回 自分を大きく見せようとすると、失敗する【安藤美冬×本田直之×ジョン・キム】(後編)
http://diamond.jp/articles/print/34165

 

【第7回】 2013年4月5日 米田智彦
家もオフィスも持たない生活実験
「ノマド・トーキョー」からわかった
これからのライフデザインとは?
1年間、家もオフィスも持たない生活実験型プロジェクト「ノマド・トーキョー」を行った米田智彦さん。東京中のシェアハウスやシェアオフィスを渡り歩くうちに、今、同時多発的に生まれている、自己流に働き方や生き方をアレンジする「ライフデザイナー」たちと出会うようになった。特殊な才能の持ち主でも、社会的成功者でもない、彼らの等身大のライフデザインとはどのようなものか?

都市を旅して暮らす生活実験
「ノマド・トーキョー」

 近年、新しい働き方や暮らし方が注目を集めています。それにともない、ノマド、シェア、コワーキング、フリーエージェント、デュアルライフといった、さまざまな新しい言葉が世に出てきています。

 約20年も続く経済の停滞、日本企業の凋落……そこに起きた東日本大震災と福島原発の事故。日本社会が大きな時代の転換期にあることは誰もがご存知だと思います。「これまでのようにはいかない」──誰もがそう強く感じ、20世紀のスタンダードとは違った多様性に富んだ自由や幸福の形が求められています。

 その実践に対する答えは一概には語れませんが、少なくとも言えるのは、働き方や暮らし方のスタイルを変えるだけではなく、戦後70年近く常識や慣例とされてきた生き方を根本からとらえ直す必要があるということです。

 現在、僕はフリーランスの編集者・ディレクターとして、出版からウェブサイト、イベントまで幅広い分野で企画や編集、執筆などの仕事をしています。そして、2011年に約一年間、「ノマド・トーキョー」と名づけた「生活実験」を行いました。

 これは家もオフィスも持たず、トランク一つで東京を遊動し、都市の機能をシェアしながら「旅するように暮らす」を目的とした生活実験型プロジェクトです。「ノマド」という言葉は賛否両論もあって近年特に話題になっていますが、本来は「遊牧民」を指します。

 一般的には場所に縛られずに働く「ノマドワーキング」の意味で使われていますが、僕はもともとフリーランスで働いていた身だったので、ノマド・トーキョーを始める随分前から特定の職場を持たず、ノートパソコンと携帯だけを持ち歩いて、気づいたら、いろいろな会社のオフィスやカフェで仕事をするノマドワーカーになっていました。

 しかし、ノマド・トーキョーは本来の「遊牧民」の意味に近い、定住所を持たない「ノマドライフ」です。働くスタイルだけでなく、住む家も家財も捨てられるものはすべて捨て、東京をまるごとシェアして旅するように暮らす。しかも、これまで通り仕事もちゃんと続けるというルールを課して、生活そのものの変化を実験してみました。

 毎日のように東京という巨大な都市をアリのように移動しながら、昼間は編集者・ディレクターとして、これまで通りカフェや取引先の会社で原稿の執筆や企画書の作成、打ち合わせを行い、夜は友人知人やソーシャルメディアで知り合った人々の家やゲストハウス、ホテルなどに泊まりました。

 学生時代、僕はいわゆるバックパッカーとしてアジアやヨーロッパを貧乏旅行した経験がありました。でも、わざわざ飛行機に乗って海外に出かけ、秘境を訪れたり、世界一周なんてしなくても、ほんのちょっと日常の視点を変えるだけで自分の生活をまるで旅のように違ったものにできるのではないか?

 そして、人生を変えるようなヒントというのは、遠くの誰かが与えてくれたり、ここではないどこか遠くにあるのではなく、自分の身近な足元に転がっているのではないか?そんなことを、ある日ふと思ったのです。

 ノマド・トーキョーを始めるきっかけについては、新刊『僕らの時代のライフデザイン』の中で詳しく書いていますが、この経験が僕の人生に新しい風を吹かせ、ルーティンな生活の中に埋没し、次第に新鮮さを失いかけていた東京という街に対するイメージをがらりと変えていきました。思い切って「所有」という固定観念を捨てたことで、それまで当たり前だと思っていた働き方や暮らし方に対する考え方が大きく変わっていったのです。

 さらに、移動型の生活を続ける中で、今まで知らなかっただけで、僕と同じように生活そのものを自分流に実験台にしたり、大胆にアレンジしている人々が同時多発的にいるということを知るようになりました。

 彼らは決して特殊な才能の持ち主でも、飛び抜けた出自を持っているわけでも、社会的な成功者でもありません。自分の身の丈に合ったサイズで生活にちょっとだけ「工夫」を施し、与えられた条件のもと、考えうる可能性の中から、自らの意志で自らの人生を「選択」していました。

 彼らは、僕から見ると、困難な状況にあっても、飄々としなやかに生きる「ライフデザイナー」とも呼ぶべき人たちです。バラエティに富んだ働き方や暮らし方を実践する彼らをひとくくりにしてしまうのは多少強引ではありますが、ここではあえてライフデザイナーと呼ぼうと思います。彼らは決してマスメディアには大々的に報じられたりはしませんが、僕の目には、日常に静かな革命を起こしているように映るのです。

逆算型ではない人生設計とは?
ライフデザインの3つの柱

 僕はノマド・トーキョーを実践するうち、ただ旅をすることの高揚感を求めるのではなく、自分自身が生きていくにあたって必要不可欠な要素についてより深く考えるようになりました。いかにこれからの自分の人生を「デザインしていくか」というテーマが浮かんできたのです。

 きっとトランク一つで移動しながら暮らすという、特殊な生活実験だから見えてきたことなのだと思います。そのポイントは、次の3つに集約されます。

1. 「セルフデザイン」……精神の安定と自己の可能性を広げる「多面性」のデザイン
2. 「ワークデザイン」……場と人によって仕事の「つながり」を生み出すデザイン
3. 「リビングデザイン」……心身の健康を良好に保ち続ける「多拠点」の住環境のデザイン

「セルフ」「ワーク」「リビング」は三位一体であり、どれが欠けてもバランスが崩れてしまいます。名づけて「自・職・住」。この3つによって自分の人生をどうつくっていくか。そのことを「ライフデザイン」と呼ぶことにします。

 ライフ「デザイン」であって、ライフ「プラン」ではありません。これは重厚長大にプラニングして設計図を描き、その通りに進めていくという従来型の「逆算」の人生設計ではなく、いわゆる「デザイン思考」の発想に近い考え方です。

 デザイン思考とは、イノベーションを達成するための考え方や技法のことで、事前にきちんとした計画を立てて実行する手法ではなく、とりあえずつくってみてから改良していくような試行錯誤型のアプローチです。

 今、日本式の製造業の生産法が行き詰まっているのと呼応するかのように、僕らの人生設計も予定調和なプランニングでは立ち行かなくなってきています。計画性の精度を高めてもアクシデンタルな人生は思う通りにはいきません。それより偶発性を取り込んだミニマルな計画にとどめて、「行動」と「修正」に重きを置きながら臨機応変に対応していくような生き方が必要になってきています。

 決して誰かに敷かれた直線的なレールを走るのでもなく、成功とされる到達点から逆算して計画を立てるようなプランニングでもありません。未来への道のりでは必ず障害にぶつかります。その度に僕らは自分自身を修正し、方向転換して進みます。道は一つじゃないし、途中で事故ってもまたやり直せばいい。大切なのは決して止まらずに、違う道を探し続けることです。

 多くのライフデザイナーたちに共通していたのは、「複数の補助線」を持っているということでした。予定通りにいかない人生を生きるために、「セルフ」「ワーク」「リビング」のいずれにおいても、たった一つのプランを用意しているわけではないということです。

 一つの立脚点を強度にすることは大切ですが、それができなかったり、自分が思ったようにうまくいかなかったりすると、途中でポキッと折れてしまいます。しかし、カーボンのようにしなやかに生き抜くためには、外部からの衝撃をやわらかく受け止め、たとえねじ曲がったとしても、また前を向いて歩き出せるように「複数の立脚点」を用意するのです。

 僕は本の中で、「あいだ」という言葉がたくさん使っています。それは曖昧な表現で逃げているわけではなく、生きるということが、一つの立脚点に縛られない複数の点を行き来する、しなやかな運動であるということです。

 理想と現実のあいだ、個人と組織のあいだ、仕事とプライベートのあいだ、都市と田舎のあいだ……。僕らは「あいだ」を泳ぎ続けるのです。今は誰もが不確実な時代を生きています。確かなのは、これからは不安定で、不安な時代を生きるということだけです。だからこそ、「あいだ」を行き来しながら途中変更、試行錯誤を前提としたライフデザインが必要なのです。

 この先どうなるかわからない時代に「これをやればこうなる」とは、誰にも言い切れません。ただ、この時代に自分なりに人生をデザインしている人たちがすでにたくさんいて、僕はその人たちのやり方から大きな示唆を得ました。

「自己責任論」や「強者だけが生き残る」ということを、僕は述べたいわけではありません。困難な現実の中、どうやって自分たちの人生を切り拓けばいいのか。その可能性を一つでも多く見つけていきたいと思います。(第8回に続く)※4/9掲載予定
http://diamond.jp/articles/print/34102


03. 2013年4月06日 15:14:20 : xEBOc6ttRg
食うか食われるか
生き馬の目を抜くビジネス・モデル競争

ビジネス・モデルは常に脅威にさらされている。市場は既存ビジネス・モデルの破壊者を歓迎し、変化に対応できなかった企業は破綻へと追い込まれていく。だが、既存ビジネス・モデルの破壊者も、いずれ新たな破壊者がもたらす厳しい競争にさらされる。ビジネス・リーダーに求められるのは「食うか食われるか」の覚悟である。

2013.04.05
著者 : キム S.ナッシュ ● text by Kim S. Nash
URL : http://www.ciojp.com/strategy/t/9/13859
栄枯盛衰が加速

 業界リーダーが思わぬライバルに打ち負かされる。CIOであれば、この厳しい現実を肝に銘じておくべきだ。既存ビジネス・モデルの破壊者の典型だった米国ネットフリックスでさえ、例外ではなかった。

 1999年、設立2年の同社は月額定額制の手軽で便利なDVD郵送レンタル・サービスを立ち上げた。月額料金を支払えば、1度にレンタル可能な枚数に制限はあるものの、返却さえすれば何度でもレンタルできるというものだ。


 このサービスを支えていたのは、効率の高いサプライチェーン・システム、好立地の物流センター、そして何よりも米国郵政公社だった。既存の技術やサービス・ツールを新しい方法で組み合わせ、ネットフリックスはビデオ・レンタルの斬新なビジネス・モデルを生み出したのである。同社はこれを武器にブロックバスターやハリウッド・ビデオなど、物理的な店舗に依存していたビデオ・レンタル大手を追い落とした。

 しかし今、ネットフリックスは悪戦苦闘している。

 ユーチューブ(YouTube)やフールー(Hulu)、ケーブルビジョンなど、ビデオ・ストリーミング・サービスを提供する多くの企業が、ネットフリックスのテリトリーを侵食するようになった。最大の脅威はアマゾン・ドットコムかもしれない。その怖さの一端は、同社の野心はとどまるところを知らないように見えることにある。電子商取引で年間480億ドルを売上げるアマゾンは、さまざまなデバイス向けにビデオのストリーミングおよびダウンロード・サービスを提供している。これはまさに、ネットフリックスが構想している今後の事業展開の在り方だ。

 ライバルの攻勢を意識し、ネットフリックスは自社のストリーミング・ビジネスの強化と、フルデジタルの市場に対応した改革に取り組んできている。

 2011年7月には、単一の会員制サービスとして一括して提供していた郵送レンタルとストリーミングを別々の会員制サービスに分割した。これに伴う新料金プランは、郵送レンタルまたはストリーミングのみを利用する場合、従来よりも割安になる。だが、両方とも利用する場合は割高になるという実質的な値上げだったため、顧客の反発を買ってしまった。

 さらに2011年9月、同社は郵送レンタル・サービスを「クイックスター」に名称変更し、同名の新しいWebサイトを通じて運営する計画も発表した。これに対しても、顧客からは「利便性が下がる」と不満の声が上がった。顧客からの厳しい反応を受け、ネットフリックスは翌月、郵送レンタル・サービスの名称と運営の変更を撤回したが、料金変更については方針を貫いた。

 その影響は尾を引き、同社は最近の財務報告で「予想以上に多くの顧客が解約している」ことを認め、そうした顧客がなかなか戻ってこないことを明らかにしている。2011年の解約率は、4.9%。前年は3.8%だったという。

 多くの業種の、多くのビジネス・モデルがITに依存するようになっていることから、CIOは、ビジネス・ジャングルのルールに注意を払わなければならない。まさに「食うか食われるか」。既存ビジネス・モデルの破壊者が参入し、のし上がり、市場と技術が進化する中で倒されるというのがおなじみのパターンだ。ライバルは意外なところから現れる。より魅力的な企業に流れる顧客もいれば、改革の試みに抵抗する顧客もいる。あらゆるビジネス・モデルがいずれは終焉を迎えるが、それに立ち向かうコツは、その有効期限が迫ってくるのを認識し、それに備えて計画を立てることだ。

 「CIOが常に状況の悪化を予測していれば、その回避方法や、いざ直面したときの対処方法を前もってほかの役員に示せる」と、ガートナーのアナリスト、デーブ・アロン氏は語る。

 自社や業界の形骸化した慣習を打ち破るには、CIOは競争上の武器がいつ弱点に転じるかを見極め、思わぬライバルを見つけるアンテナを磨かなければならない。近視眼と惰性という企業の病弊を克服することも重要だ。放置すれば命取りになるからだ。

昔ながらの訪問販売

 従来の課題を解決できる、革新的な技術や創意に富んだビジネス・アプローチなら、誰もが手に入れたいはず。しかし、競争上の武器はいずれ使い古されてしまう。

 化粧品の製造販売で知られる米国エイボンは、長年にわたって、訪問販売という同社の昔ながらのビジネス・モデルを破壊しようとする勢力、とりわけ電子商取引業界に対抗してきた。

 百科事典の訪問販売は廃れた。エイボンはふんばっているものの、あまり長くは続かないかもしれない。同社は2005年にリストラ・プロジェクトに7億8,200万ドルを投じたが、残念ながら、同社の利益は依然として近年の最低水準に落ち込んでいる。売上高は伸びているにもかかわらずだ。

 「エイボンはこの数年、いわば消火作業に追われている。根本問題を解決するのではなく、対症療法に終始している」と語るのは、モーニングスターの金融アナリスト、エリン・ラッシュ氏だ。

 エイボンの株価は過去5年の最低水準で推移しており、ライバル企業のコティは昨年、敵対的買収を仕掛けた。「もっとひどい状態の米国企業があるとは考えにくい」と、金融調査会社の24/7ウォール・ストリートは指摘している。同社は2013年にエイボンが倒産すると予想している。

 エイボンのCEO、シェリ・マッコイ氏は「当社の業績が振るわないのは、ビジネス・モデルが通用しなくなっているからではない」と主張している。同氏をはじめとする経営陣は、訪問販売を廃止することなく、エイボンを時代に適応させようとしている。同社の訪問販売は、エイボン・レディと呼ばれる販売員が家々を訪問して注文用のカタログを顧客に直接届けたり、商品を紹介/販売するホームパーティを開いたりする形で行われる。効率的ではないが、設立127年の同社は、この方式で成功を収めた。

 マッコイ氏は、ブラジルやロシアといった新興市場をこの方式で制覇する計画だ。これらの市場では、化粧品の小売販売は広く行われておらず、訪問販売員が信頼できる購入先と考えられている。

 「600万人のエイボン・レディが問題となっているわけではない」と、マッコイ氏。同社が抱えている問題は、一部地域における商品ラインアップの不備や、無駄なインセンティブに加え、多くの場合、すでに8年かかっているERP導入のトラブルが絡んだ複合的なものだという。

長年の課題が山積

 同氏は最近、アナリストにこう語っている。「エイボンが直面している課題は、長い間に積み重なったものであり、急に持ち上がったものではない。エイボンが長年取り組んできた問題を解決するために、我々がなすべきことは山積している」

 エイボンは、ブラジルで導入したERPのプライチェーン・モジュールで発生した問題が、同地域での業績に悪影響を及ぼしたことを認めている。同社は2005年からグローバルERPシステムの導入を進めており、このプロジェクトは「完了までにもう数年かかる見通しだ」と、最新のアニュアル・リポートで述べている。ERPを含め、エイボンは今後3年間で1億5,000万〜2億ドルのIT投資を行う計画だ。この投資は、注文システムや請求システム、アナリティクスおよびモバイル・アプリケーションなどに振り向けられる。

 エイボンのCIO兼電子商取引責任者、ドナフ・ハーリヒー氏は取材に応じなかった。だが同氏は、CIO Magazine米国版の主催による2011年のリーダーシップ・イベントで行ったプレゼンテーションの中で、「販売員の入れ替わりを減らすこと。それがIT業務の大きな目標だ」と語っていた。

 なかでもオンライン注文システムの改善は、エイボンの利益向上に貢献すると同氏は期待していた。オンライン注文システムを利用しているエイボン・レディに向け、特別プロモーションとして2〜3点の特別な商品が用意されるからだ。また同氏は、販売員が顧客の開拓と維持にソーシャル・ネットワーキングを利用できるようにする計画も紹介していた。

 「エイボン・レディの顧客対応は今、ITに支えられている」と、モーニングスターのラッシュ氏は指摘する。販売員が発注や決済、顧客情報を活用するにはITが欠かせない。エイボンの販売員の多くは、他社の商品も販売しているため、IT環境の問題は大きなリスクとなる。

 「エイボンの仕事が快適にできなければ、販売員は必ずしもエイボン商品を推さないだろう」(ラッシュ氏)

強みが一転して弱みに

 外部の者が問題を診断するのは簡単である。問題を解決する必要がないからだ。内部の者ならそうはいかない。

 「内部の者は問題を解決しなければならない。ただ、時にはそれが不可能なこともある」と、匿名希望の米国サーキット・シティ・ストアーズの元IT担当役員は語る。かつて同社は家電小売業界の雄だったが、2008年の終盤に破産保護を申請した。

 サーキット・シティは、家電小売業界に初めて大型ディスカウント店という販売形態を持ち込み、一時代を築いた。会社清算時は設立60周年だった。

 同社が構築したプロプライエタリなPOSシステムは、20年間使われた。「経営陣は、このシステムは独自性に富み、競合他社に簡単にはまねされないと考えていた」と、元IT担当役員は語る。自社開発したPOSシステムは、最初の10年間は競争優位をもたらした。だがその後、サポートに面倒な手間がかかるようになり、機能面でもパッケージPOSシステムに及ばなくなったという。
 一方、ライバルのベスト・バイはどうだったのか。

 同社はPOSシステムをアップグレードし、食料雑貨店のような家電販売アプローチを積極的に推進した。すなわち、「サーキット・シティが商品知識の豊富な歩合制の販売スタッフを起用したのに対し、ベスト・バイはより低コストなアプローチを取り、顧客のセルフサービスを基本とした」と、サーキット・シティ創業者の息子で、同社のCEOを務めたアラン・ワーツェル氏は語る。

 サーキット・シティも結局、低コストの販売方法に切り替えた。しかし、それは遅すぎた。経営陣は、あまりにも長い間、「古いモデルに固執しすぎた。それが破綻につながった」(ワーツェル氏)
 サーキット・シティの元IT担当役員も「我々は、俊敏でダイナミックな企業へと進化することができなかった」と語っている。同氏は倒産の1年前に退職しており、「苦渋の選択だった」と振り返る。

 かつては年商が124億ドルに達したサーキット・シティだが、会社清算に伴い、エレクトロニクス製品の販売を手がけ、電子商取引サイトを運営するシステマックスに、ブランドとドメイン名の使用権をわずか650万ドルで売却した。

 しかし、今ではベスト・バイも他の大型家電量販店と同様に、“ショールーム化”の脅威にさらされ、対抗策を迫られている。ショールーム化は、実店舗が、消費者が商品の実物を見て触ってみるだけの場となることを指す。こうして商品をチェックし、後で別の場所で、大抵は価格が安いネット・ショップで購入する消費者が増えている。

他業種のアイデア

 企業文化に蔓延する近視眼と惰性。それがCIOの習慣に入り込むこともある。

 多くのCIOが、自分の仕事は「技術活用の指揮と、ビジネス・プロセスの問題解決および改善」だと考えている。しかし、そのように「仕事の範囲を限定すると、在任中に平凡な結果しか出せない」と、ガートナーのアロン氏は指摘する。

 既存プロセスの合理化に集中しているようでは、陳腐化したビジネス・モデルを打ち破るアイデアを思いつくことや、まったく新しいビジネス・モデルを発見することはできない。ただし、ベスト・プラクティスはどうかと言えば、定義上、革新的なものではなく、長い時間をかけて有効性が実証されてきたものだ。

 既成の枠を超えて考える1つの手法は、他業種のアイデアを借りるというものだ。例えば、グラクソ・スミスクライン(GSK)は、他の製薬会社と同様に、従来の創薬モデルは維持するのに時間とコストがかかりすぎると考えている。

 大型新薬の開発は、多大な費用をかけて何十年にもわたる研究を行い、干草の山から針を見つけるような難事業となるからだ。しかも、医薬品特許が切れると、開発した薬は基本的に利益が出なくなる。代わりとなる新薬がなければ、製薬会社はいわゆる“特許の崖”を転落し、利益が急激に落ち込むことになる。

 GSKはこのサイクルからの脱却を目指し、アナリティクスを利用して、自社の膨大な科学データと消費者データの蓄積から、有望な研究方向を見いだす方法を生み出そうとしている。この取り組みを加速させるため、GSKは製薬業界の外に目を向け、ビッグデータ処理を得意とする意外な企業と手を組んだ。F1レースのレーシング・チームであるマクラーレン・グループである。

 マクラーレンはレーシング・カーにセンサーを取り付け、約200の指標に関するデータを測定し、ピットに送信している。チームのメンバーはリアルタイム予測分析により、ドライバーがレース中に、微妙な判断を迅速に下せるようにサポートしている。また、エンジニアがレーシング・カーを次のレース用に調整する際にも役立っている。

 GSKはこうしたデータ活用術を、例えば、在庫や価格に関する意思決定に応用したいと考えている。「GSKは、ある業種で起きたことが、自業種にとって新しいのであれば、積極的に取り入れようとしている」(アロン氏)

新興企業の視点

 新興企業が既存の業界の新市場を掘り起こすこともある。例えば、ジップカーとユーバーはITを駆使して、それぞれ独自のレンタカー、タクシー・サービスでテリトリーを築いている。

 同じく新興企業のシンプル・ファイナンス・テクノロジーは、一般の銀行を介さず、Webとモバイル・バンキングを利用する金融サービスの提供を目指している。創業者でCEOのジョシュ・ライク氏は、銀行が延滞料金や、当座借り越し(預金残高を超えた小切手や手形の振り出し)に対する違約金を課すことに憤慨しており、それが同社の出発点となっている。

 ライク氏が目指したのは、顧客が自分の口座状況を常に把握できるようにすることであった。従来の銀行がシンプル・ファイナンスのサービスのような詳細なリアルタイム・データを顧客に提供したがらないのは、「提供すると、顧客に対し、自分の口座や行動パターンに注意を払うよう促すことになり、その結果として、延滞料金や当座借り越し違約金を得る機会を失うのではとおそれているからだ」と、ライク氏は主張する。

 顧客がミスをすることで銀行に収入が入るなら、顧客が自分のお金の出入りを理解しないほうが、銀行にとって利益になるというわけだ。

 ウォルマートも、金融サービスには参入余地があると考えている。これは、ある業種の大企業が、別の業種の企業のビジネスを脅かすケースだ。ウォルマートは近年、金融サービスへの参入を図っている。銀行設立免許を申請したり、銀行の買収を試みることで、確立されたチャネルを通じて参入に取り組んだが、結局、規制当局から待ったがかかった。実績ある企業を傘下に収めたが、試みは失敗に終わったのである。同社は、自らが創意工夫を発揮する必要性を痛感することになる。

 2012年、ウォルマートはアメリカン・エキスプレスとの提携により、金融サービス「Bluebird」を開始した。再チャレンジである。これにより、ウォルマートのサービスとして、消費者は預金、現金引き出し、支払い決済ができるようになった。ウォルマートはモバイル決済技術の特許も申請している。

進化の必要性

 「企業が起業家精神を持っていなければ、新しいものは生まれない」

 創業81年の製紙メーカー、モホークのIT担当副社長を務めるポール・スタマス氏は、そう考えている。危機を経験することもプラスになるという。


「企業が起業家精神を持っていなければ、新しいものは生まれない」と、モホークのIT担当副社長を務めるポール・スタマス氏は考えている。危機を経験することも、企業にとってはプラスになるという。
photo:Steven Vote
 モホークは今、猛烈な逆風にさらされている。デジタル化を背景に紙の使用量が激減し、森林保全に向けた環境対策の強化が進み、世界の製紙業界で米国以外のメーカーが勢力を拡大しているからだ。「我々は、従来とはまったく違う新機軸を打ち出す必要があった。さもないと存続が危うかった」とスタマス氏は語る。

 モホークは、主力の高級紙の需要を刺激する新事業についてブレーンストーミングを実施。2010年にデザイン会社のローズブルック・ピーターズ・フナロと共同で、ピンホール・プレスを立ち上げた。シャッターフライに似た小規模なオンライン写真ギフト会社だ。

 ピンホールは、モホークの高価な特殊紙を使って結婚アルバムのようなアイテムを製作するサービスを展開。モホークは2年間にわたってピンホールの事業拡大を後押しし、オンライン販売について学んだ。そして2012年にピンホールを売却し、売却金額は同社の立ち上げに投じた100万ドルを上回った。

 モホークは、ドイツの小規模なソフトウェア会社と紙の流通業者にも出資しており、より多くの企業を育成することを計画している。「CEOは私にこう言った。『次はどうするか考え始めよう。この取り組みは制度化して、継続的に展開していきたい』と」(スタマス氏)

 モホークの多角化が成功した背景には、同社の起業家精神がある。ただ、それだけではない。うまくいっている事業(特殊紙)を関連事業(写真印刷など)で強化するという賢明なアプローチがあってこそ、である。

 「現状やこれまでの積み重ねから逃れることはできない。だが、そこから進化する必要がある」(スタマス氏)

苦しいときの対策


「我々の将来は、この取り組みにかかっている」と語る、オフィスマックスのCIO、ランディ・バーディック氏。同社はオムニチャネル・リテイリングの推進に社運をかけている。
photo:Bob Stefko
 自社の立場が脅かされているときに取りうる1つの対抗策は、自社の差別化につながるプロジェクトに集中することだ。

 事務用品の米国オフィスマックスでは、それは実店舗、Web、モバイルの各ショッピング・システムを統合したオムニチャネル・リテイリングの推進だ。その狙いは、顧客が任意の方法で同社とやり取りできるようにするとともに、システムがバックグラウンドで関連データを共有できるようにすることにある。

 「我々の将来は、この取り組みにかかっている」と、オフィスマックスのCIO、ランディ・バーディック氏は語る。

 オムニチャネル化に集中するという決断は、CEOと取締役会によって下されたという。オフィスマックスは、3社が寡占する米国オフィス・サプライ市場でステープルズ、オフィス・デポに次ぐ3位が定位置となっている。一方、新たに台頭してきたアマゾンやターゲットといった販売業者との競争も激しさを増している。

 「我々は、顧客にとってワンクリックで切り替えられる購入先にすぎない。だから、自らの魅力を高めなければならない」と最高デジタル責任者のジム・バー氏は語る。そのため、広い視野で競争をとらえているという。

 なお、オフィスマックスは2013年2月20日、オフィス・デポとの合併を発表した。

依存関係を断ち切る

 既存のビジネス・モデルの破壊という現象は、企業の存在と同じくらい古い。だが、現在のビジネス・モデル破壊の波は、多くの企業間で相互依存が進んでいることから、特に対処が難しい。カリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネス・スクールのフィッシャーCIOリーダーシップ・プログラムのエグゼクティブ・ディレクターを務めるジム・スピッツ氏は、そう指摘する。同氏によると、企業が前に進むためには、一部の依存関係を断ち切る必要があるかもしれない。

 例えば、モホーク。以前は紙製品を流通業者に卸し、最終顧客とのやり取りはほとんど、あるいはまったくなかった。

 「流通業者は我々に対し、市場の微妙な変化を教えてくれない。あるいは教えることができない」と、モホークのスタマス氏は語る。顧客の声を把握し、それに応えることができなければ、企業は間違いなく失敗するという。モホークは、顧客と密接な関係を築き、顧客が何を求めているかを知ることができるように、以前の流通モデルの解体に踏み切った。

危うい協力関係

 ネットフリックスはアマゾンとの間で複雑な関係を築いている。両社はパートナーでありながら、ライバルでもある。ネットフリックスはクラウド・コンピューティングに賭けているが、この技術をアマゾンから調達している。2013年末までにネットフリックスは、アマゾンが子会社のアマゾンウェブサービス(AWS)を通じて提供しているクラウド・サービスにおいて(アマゾンを除き)最大の顧客になる見通しだ。

 ネットフリックスは、米国証券取引委員会(SEC)に1月29日付けで提出した重要事項報告書「フォーム8K」で、ITに関するアマゾンとの関係を重要リスク要因として挙げている。

 「我々は、我々のコンピューティングの大部分をAWSクラウド上で行っている。さらに、AWSクラウド上でのオペレーションを他のクラウド・プロバイダーに切り替えることは、簡単にはできない。これらのことから、我々のAWSクラウドの利用が中断したり、支障をきたしたりした場合、我々のオペレーションに影響が及び、我々のビジネスに悪影響が及ぶだろう」

 実際、ネットフリックスのストリーミング・サービスは、2012年12月24日、AWSクラウドの障害の影響を受けた。ネットフリックスに経営陣への取材を申し込んだが、同社は応じなかった。

 ネットフリックスは投資家の懸念を和らげるため、楽観的な説明を付け加えている。「アマゾンのネット販売事業の一部は、我々と競合するかもしれない。しかし、アマゾンがAWSのオペレーションを、我々のサービスに対する競争優位を獲得するために利用することはないと考えている」

 それでもネットフリックスは、米国証券取引委員会へ提出する報告書のForm 8-Kで説明しているように、ライバル企業との協力関係には危うい面があることも知っている。同報告書によると、インターネット・サービス・プロバイダーでありながら、ネットフリックスと競合するビデオ・サービスも手がけるコムキャストがその例として挙げられている。同社は2010年、ネットフリックスの技術パートナーであるレベル3コミュニケーションズに対し、コムキャスト・ネットワークへのアクセス料金を値上げした。

 コムキャストの顧客が要求するトラフィックの多くは、レベル3コミュニケーションズの施設に保存されているネットフリックスのデータだ。そのため、コムキャストがネットフリックスのトラフィックを差別的に扱っているか、あるいは、ネットフリックスの営業コストを押し上げようとしていると推測できる。

 「ビジネス・モデルが相互に絡み合うようになった。そこから生まれる今後の展開は興味深い」と、カリフォルニア大学のスピッツ氏は見ている。

http://www.ciojp.com/strategy/t/9/13859


日経研月報2013.4


地域別にみる少子化と未婚の関係

大橋 知佳 一般財団法人日本経済研究所 事業部 研究員

 わが国は、近年の急速な少子高齢化により、既に
人口減少社会に入っている。少子化の要因について
は、晩婚化や非婚化の進展による女性一人あたりの
生涯出産数の減少とされており、その対策は急務で
ある。本稿では、晩婚化や非婚化に地域別に異なる
傾向が存在することを示し、その内容を分析するこ
とにより、地域における今後の少子化への対応につ
いて考察を加えるものである。

1.少子化の現状とその要因

 わが国の合計特殊出生率は、2005年の1.26を底
に、2010年には1.39と改善傾向にあるものの、人口
維持に必要な水準(2.08)に比較して依然低位にあ
る。出生数については、第2次ベビーブームの終
わった1975年に200万人/年を下回ってから漸減傾
向にあり、2010年は107万人にとどまっている(図
表1)。


図表1 出生数と合計特殊出生率の推移
出典:2010年国勢調査を元に作成

 このような少子化は、晩婚化や非婚化の進展によ
り、女性一人あたりの生涯出産数が減少しているこ
とが要因と考えられている。例えば、合計特殊出生
率が2.13と2を超えていた1970年と2010年を比較す
ると、平均初婚年齢については、男性が26.9歳から
30.5歳、女性が24.2歳から28.8歳に上昇している。
同様に生涯未婚率(50歳時未婚率)について比較す
ると、男性で1.7%から20.1%、女性で3.3%から
10.6%へと急増しているなど、近年、急速な晩婚化
や非婚化が進んでいる。
 少子化の進行は、生産年齢人口の減少から転じて
経済活動の低下につながる懸念があり、今後の国民
生活に深刻な影響をもたらす可能性が高い。その一
方で、少子化社会対策基本法の前文にも指摘がある
とおり「もとより、結婚や出産は個人の決定に基づ
くもの」であり、晩婚化や非婚化が、ライフスタイ
ルの変化や価値観の多様化に伴うものであれば、そ
の是正を政府が何らかの政策によっておこなうこと
はかなり困難と考えられる。しかし、結婚の意思は
あるものの、経済的な理由で非婚であるとか、晩婚
故に理想の子ども数を持たないといったケースにつ
いては、政策的な対応を的確に行うことによってこ
れらの状況を改善に向かわせることは、期待できる
可能性が高く、これまで様々な施策が実行されてきた。

 今後の少子化対策として、例えば、若年者の雇用
問題を解決し、子育て世代の給与アップを図るとい
う考え方は、経済的な理由で子どもを持たない世帯
に対しては有効な対応策かもしれない。ところが、
現実には、都道府県別で一番所得が高いはずの東京
都の非婚率が最も高くなっており、単に経済面だけ
の対処では十分な解決策とはならないことを示して
いる。また、核家族化が進んだ地域と共同体的な性
格が色濃く残る地域とを比較した場合、家族あるい
は地域における子育ての方法における高齢世帯の関
わり方が異なっていることは容易に想像がつく。あ
るいは、保育所等の整備などの子育てに対する公的
支援についても、女性の社会進出の状況や就業形態
などの違いが地域によって大きく、その対策につい
ては地域毎の事情を考慮する必要があるだろう。
 結局、わが国全体の大きなトレンドとして、晩婚
化や非婚化などの未婚の状況が少子化に大きな影響
を与えていることは事実であるが、その対策を実施
する上では、地域別の経済状況や社会構造が晩婚化
および非婚化に影響を与えていることを踏まえ、地
域固有の少子化をもたらしている事情について十分
検討する必要があると考えられる。そのため、以下
では、地域別(県別)に少子化と未婚の関係につい
て、その動向を見ていくことにする。
2.地域別の出生率と未婚の関係
⑴ 都道府県別合計特殊出生率と生涯未婚率の関係
 2010年の都道府県別の生涯未婚率と合計特殊出生
率の関係性について見てみると、図表2のとおりで
ある。女性の生涯未婚率は、最高が東京都の17.37
%、最低が福井県の5.64%、全国平均は10.61%と
なっている。同様に、男性の生涯未婚率の最高が東
京都の25.25%、最低が奈良県の14.08%、全国平均
は20.14%となっている。


図表2 都道府県別の生涯未婚率と合計特殊出生率の関係
(全国平均以上の数値に色を付けている)  

都道府県 (男) (女) 合計特殊出生率
全 国20.14 10.61 1.39
北海道19.52 13.50 1.21
青 森21.31 9.80 1.30
岩 手22.71 9.23 1.39
宮 城19.42 9.21 1.27
秋 田20.84 8.21 1.24
山 形18.71 6.87 1.40
福 島20.37 7.92 1.51
茨 城20.55 7.28 1.38
栃 木20.55 7.62 1.40
群 馬20.18 8.85 1.39
埼 玉21.02 9.18 1.29
千 葉20.60 9.71 1.31
東 京25.25 17.37 1.12
神奈川21.97 10.73 1.29
新 潟21.11 8.45 1.41
富 山17.52 6.72 1.39
石 川17.03 7.38 1.40
福 井15.83 5.64 1.55
山 梨19.48 8.19 1.34
長 野19.30 8.21 1.47
岐 阜15.82 6.77 1.37
静 岡20.40 8.93 1.48
愛 知18.67 8.30 1.46
三 重16.29 7.09 1.39
滋 賀14.60 6.29 1.48
京 都18.92 11.76 1.22
大 阪20.35 13.18 1.30
兵 庫17.48 10.73 1.36
奈 良14.08 8.61 1.25
和歌山16.65 9.22 1.42
鳥 取19.39 8.06 1.48
島 根19.84 7.48 1.63
岡 山17.77 8.62 1.45
広 島17.58 9.34 1.51
山 口19.13 9.77 1.50
徳 島17.96 8.74 1.40
香 川17.07 8.15 1.55
愛 媛18.72 10.69 1.43
高 知22.13 12.40 1.32
福 岡18.77 12.60 1.40
佐 賀18.15 9.72 1.56
長 崎19.50 11.76 1.54
熊 本18.33 10.76 1.61
大 分17.69 10.12 1.55
宮 崎18.34 9.80 1.63
鹿児島20.35 10.60 1.60
沖 縄25.05 12.72 1.83
出典:2010年国勢調査を元に作成
日経研月報2013.4


 これまでの議論によれば、生涯未婚率が高いほど
出生率が低くなる傾向が見られるはずであるが、図
表2を見ると、合計特殊出生率が全国平均よりも低
い16都道府県のうち、男女とも生涯未婚率が高かっ
たのは、4都県(構成比25%)であり、逆に、合計
特殊出生率が全国平均よりも高い31都道府県のう
ち、男女とも生涯未婚率が低かったのは19県(構成
比61%)だった。このように生涯未婚率が高いほど
出生率が低くなる傾向はやや限定されていて、地域
別の出生率と未婚の関係は必ずしも一様ではないこ
とが観察される。
 例えば、愛媛県、長崎県、熊本県、沖縄県につい
ては、女性の生涯未婚率が高いにも関わらず合計特
殊出生率も高くなっている。
 また、男性の生涯未婚率が東日本において比較的
高い傾向を示すなど、一定の地域特性が見られるも
のの、男女共に生涯未婚率が全国平均よりも高いの
は、東京都、神奈川県、大阪府、高知県、沖縄県の
5都府県であり、大都市圏と地方圏のどちらにも分
布しているなど、地域毎の個別の要因を考慮する必
要があるものと考えられる。
 結局、都道府県ベースでみた場合、生涯未婚率と
合計特殊出生率との関係は、ある程度の相関は見ら
れるものの、それほど明確なものとは言えない結果
であった。
⑵ 都道府県別の生涯未婚率と若年未婚率の関係
 続いて晩婚化の影響を見るために、都道府県別の
生涯未婚率1と若年未婚率2の関係を示す(図表3)。
縦軸に生涯未婚率をとり、横軸を平均初婚年齢
(2010年)時の未婚率(若年未婚率)として、全体
的な分布を見るために、若年未婚率が全国平均より
も高い都道府県を晩婚、低い場合を早婚として、以
下の通りT〜Wに区分する。
 区分T:早婚ではあるが、生涯未婚率は高い。
 区分U:早婚であり、生涯未婚率も低い
 区分V:晩婚であり、生涯未婚率が高い。
 区分W:晩婚ではあるが、生涯未婚率は低い。
 そうすると、男女ともに、早婚であり、生涯未婚
率が低い〈区分U〉に属する都道府県が最も多かっ
た。また、前項において、女性の生涯未婚率が高い
にも関わらず、合計特殊出生率が高かった愛媛県、
長崎県、熊本県、沖縄県の4県については、いずれ
も早婚であるが生涯未婚率の高い〈区分T〉であっ
た(図表4)。この結果を踏まえると、生涯未婚と
晩婚化とでは、出生率との関係が異なっている可能
性が考えられる。
 そこで、生涯未婚も晩婚化も、ともに少子化の要
因とされていることから、これらがともに当てはま
る都道府県〈区分V〉では合計特殊出生率が低く、
逆に生涯未婚率が低く、早婚な都道府県〈区分U〉
では出生率が高いと想定する。また、晩婚化傾向と
生涯未婚率の高低が入り混じった〈区分T〉と〈区
分W〉については、出生率の高低について、どちら
ともいえないと想定し、出生率との関係を見てみる
こととする(図表5)。
              
1 「生涯未婚率」…45〜49歳、50〜54歳未婚率の平均値から、50歳時の未婚率(結婚をしたことがない人の割合)
を算出したもの。50歳で未婚の人は将来的にも結婚する予定がないと考えることもできるため、生涯独身でいる
者がどの位いるのかを示す統計指標として使われる。
2 「若年未婚率」…男女の平均初婚年齢30.5歳、28.8歳(本稿では四捨五入して繰り上げた整数を用いている。)時
点で結婚していない者の割合を算出したもの。

日経研月報2013.4
⑶ 若年未婚率と合計特殊出生率の関係
 図表4における区分T〜Wに従って、合計特殊出
生率の高低を整理したものが図表6である。女性の
場合、合計特殊出生率が高い都道府県は、〈区分
T〉が100%、〈区分U〉が75.8%、〈区分V〉が
12.5%、〈区分W〉が0%となった。同様に男性は、
〈区分T〉が88.9%、〈区分U〉が84.6%、〈区分V〉
が0%、〈区分W〉が25.0%となった。従って、女
性の場合、合計特殊出生率の高い30都道府県のうち
29(96.7%)が、男性の場合は同じく31都道府県の
うち30(96.8%)が早婚である〈区分T〉と〈区分
U〉に集中している結果になった。ただし、〈区分
U〉において合計特殊出生率が低い都道府県が女性
で8、男性で4あることから、早婚であれば合計特
殊出生率が高くなるとは一概には言えない。
 全体について整理すると、〈区分U〉(早婚であ
り、生涯未婚率が低ければ合計特殊出生率が高い)、
〈区分V〉(晩婚であり、生涯未婚率が高ければ合計
特殊出生率が低い)は概ね想定通りの結果となった
が、男女とも、生涯未婚率と晩婚化の関係が入り混
じった〈区分T〉と〈区分W〉の場合においては、
より早婚の場合において、出生率が高い傾向が見ら
れることが分かった。

図表3 生涯未婚率と若年未婚率の関係
出典:2010年国勢調査を元に作成

 以上のことから、生涯未婚率が合計特殊出生率の
高さと関係性が高いことは伺えるが、晩婚化傾向
(結婚する早さ)のほうが合計特殊出生率の高さに
より大きな影響を及ぼしている可能性が考えられ
る。次項では、出生率と、経済的要因、社会的要因
との関係について見ていくこととする。
3.地域別出生率の要因分析
 出生率と晩婚化の関係を考察する上で、若年未婚
率が高くなる(晩婚化する)要因としては、ライフ
スタイルの変化等に加え、長引く不況による失業率
の上昇や抑圧的な賃金の動向など経済的な要因が考
えられ、将来的な経済基盤に見通しが立ちにくい状
況では、結婚が先延ばしになる(晩婚化する)可能
性も高くなると考えられる。また、2011年に実施さ
れた第14回出生動向基本調査結果によると、理想の
子ども数を持たない理由として、「子育てや教育に
お金がかかりすぎる」とする回答が60.4%と最も多
く、若年層により顕著な結果となっており、結婚に
踏み切ったとしても、出産を思いとどまる若年層が
相当数居る可能性が高い。従って、合計特殊出生率
と経済的な関係について検証する必要が出てくる。
 ただし、これまでの時代においても、年功序列の
社会システム傾向が強いわが国においては、若年層
が現代と比べて必ずしも豊かであったわけではな
い。そのような経済状況に対して、親世代と家計を
同一にすることにより、収入面あるいは家賃負担等
の面で補完されるケースもあったと推察される。近
年の核家族化の進展は、このような補完関係を希薄
化しているが、少子化の進展は逆に親世代と子ども
世代の関係を強めている可能性があり、晩婚化を抑
制する要因として、こうした社会的な側面について
も検討する必要があると考えられる。


図表4 都道府県別の男女別生涯未婚率と若年未婚率の関係(男女で同じ区分の都道府県を太字にしている)
区 分男女
〈区分T〉
早婚であるが、生涯未婚
率は高い
岩手、秋田、福島、栃木、群馬、
新潟、静岡、鹿児島、沖縄
計9
愛媛、長崎、熊本、沖縄
計4
〈区分U〉
早婚であり、生涯未婚率
が低い
北海道、宮城、山形、石川、福井、
長野、岐阜、愛知、三重、滋賀、
兵庫、和歌山、鳥取、島根、岡山、
広島、山口、徳島、香川、愛媛、
福岡、佐賀、長崎、熊本、大分、
宮崎
計26
青森、岩手、宮城、秋田、山形、
福島、茨城、栃木、群馬、埼玉、
新潟、富山、石川、福井、山梨、
長野、岐阜、静岡、愛知、三重、
滋賀、和歌山、鳥取、島根、岡山、
広島、山口、徳島、香川、佐賀、
大分、宮崎、鹿児島 計33
〈区分V〉
晩婚であり、生涯未婚率
が高い
青森、茨城、埼玉、千葉、東京、
神奈川、大阪、高知
計8
北海道、東京、神奈川、京都、大
阪、兵庫、高知、福岡
計8
〈区分W〉
晩婚であるが、生涯未婚
率は低い
富山、山梨、京都、奈良
計4
千葉、奈良
計2
図表5 生涯未婚および晩婚化と出生率の関係に見る仮説
〈区分T〉〈区分U〉〈区分V〉〈区分W〉
晩婚化傾向−(早婚) −(早婚) +(晩婚) +(晩婚)
生涯未婚率+(高い) −(低い) +(高い) −(低い)
合計特殊出生率(仮説) △( どちらともいえない) ○(高い) ×(低い) △( どちらともいえない)
日経研月報2013.4

図表6 区分T〜Wと合計特殊出生率の関係
〈区分T〉〈区分U〉〈区分V〉〈区分W〉
合計特殊出生率(女)
高い4 25 1 0
低い0 8 7 2
合計特殊出生率(男)※ 高い8 22 0 1
低い1 4 8 3
※ 本来、男性は合計特殊出生率に直接的に関与しないが、晩婚化傾向に関わる背景要因
の一つとして参考にする。

図表7 出生率の要因分析
出生率
経済的要因
社会的要因
@就業率
A三世帯同居率
B保育所数

 また、もうひとつ考慮すべき事柄として、少子化
対策として実施されてきた各種支援施策の実施状況
が挙げられる。例えば、保育所の待機児童対策が問
題視されているが、核家族であっても、幼児保育に
対するサポート体制等がしっかりとしていれば、夫
婦共働きすることが容易になり、経済的な要因を緩
和できる可能性が高くなる。もちろん、職業自体が
無ければ如何ともしがたいが、子どもを生み育てや
すい環境を整えることは、少子化対策として重要な
ポイントであると思われる。
 以上のような要因について、それぞれ@就業率、
A三世帯同居率、B保育所数を代表的な指標として
抽出し、図表7のような関係を仮定した。
 図表8は、47都道府県別に見た合計特殊出生率と
@就業率、A三世帯同居率、B保育所数の関係であ
る。これを図表9のとおり整理した。
 @〜B全ての指標が全国平均を上回った11県のう
ち、9県で合計特殊出生率が全国平均よりも高かっ
た。また、女性は全県が、男性は11県中9県が早婚
であった。また、3指標とも全国平均を下回った4
道府県のうち、合計特殊出生率が全国平均よりも高
かったのは1県であった。これらの結果から、この
3指標の動向と合計特殊出生率との関係には、ある
程度の相関があるものと推察できる。
 個々の指標について見てみると、@就業率につい
ては、合計特殊出生率が高い31都道府県中14県で高
かったに過ぎないなど、強い関係性は見られなかっ
た。経済的な要因として、別の指標による関係性の
評価もおこなう必要があると考えられる。
 A三世帯同居率とB保育所数については、全国平
均より高い県で合計特殊出生率が高い傾向にあっ
た。ただし、三世帯同居率については、中四国、九
州地方において低い傾向にあり、保育所数は東日本
で低い傾向にあるなどの地域特性が現れており、他
の指標についてもより詳細な分析が必要とされる。
 これらの結果から類推するに、親世代からのバッ
クアップの促進や子育て支援施策の一層の充実が、
安心して早いうちから子どもを産み育てられる環境
作りにつながり、出生率の回復につながる可能性を
示唆しているのではないかと考えられる。ただし、
どのような施策がより有効かどうかについて、地域
特性も踏まえ、より詳細に検証する必要がある。
日経研月報2013.4
図表8 合計特殊出生率と就業率、三世帯同居率、保育所数の関係(全国平均以上の数値に色を付けている)
都道府県合計特殊出生率@就業率A三世帯同居率B保育所数※
00 全国1.39 57.30 7.90 3.41
01 北海道1.21 53.80 3.90 3.28
02 青森県1.30 54.10 14.70 7.71
03 岩手県1.39 55.60 15.00 5.63
04 宮城県1.27 54.80 10.90 2.78
05 秋田県1.24 53.70 15.90 5.49
06 山形県1.40 56.60 22.20 4.16
07 福島県1.51 56.30 16.80 3.13
08 茨城県1.38 57.20 13.90 3.06
09 栃木県1.40 59.20 12.80 3.24
10 群馬県1.39 57.50 10.30 3.91
11 埼玉県1.29 59.10 6.60 2.38
12 千葉県1.31 58.20 7.40 2.24
13 東京都1.12 60.70 3.10 2.79
14 神奈川県1.29 58.70 4.20 2.00
15 新潟県1.41 57.40 16.50 6.21
16 富山県1.39 58.70 17.30 5.63
17 石川県1.40 59.70 13.30 5.69
18 福井県1.55 59.60 20.60 5.97
19 山梨県1.34 58.00 11.40 5.51
20 長野県1.47 59.70 13.90 5.21
21 岐阜県1.37 58.30 15.20 3.87
22 静岡県1.48 59.50 13.40 2.47
23 愛知県1.46 61.40 9.30 2.71
24 三重県1.39 58.30 10.80 4.37
25 滋賀県1.48 58.90 13.30 2.92
26 京都府1.22 57.00 5.10 3.49
27 大阪府1.30 55.20 4.10 2.55
28 兵庫県1.36 55.00 6.30 2.78
29 奈良県1.25 51.90 7.90 2.49
30 和歌山県1.42 53.60 8.40 4.68
31 鳥取県1.48 58.10 15.00 6.26
32 島根県1.63 57.50 13.80 7.55
33 岡山県1.45 54.90 9.20 3.78
34 広島県1.51 58.00 6.60 3.70
35 山口県1.50 53.90 7.10 4.12
36 徳島県1.40 53.40 10.30 6.02
37 香川県1.55 56.10 8.30 4.08
38 愛媛県1.43 53.40 5.80 4.62
39 高知県1.32 54.00 6.30 7.49
40 福岡県1.40 55.00 5.60 3.04
41 佐賀県1.56 57.10 16.00 4.49
42 長崎県1.54 53.60 7.20 5.79
43 熊本県1.61 55.90 11.50 5.70
44 大分県1.55 53.90 7.90 4.41
45 宮崎県1.63 55.80 5.20 5.84
46 鹿児島県1.60 54.50 2.80 4.88
47 沖縄県1.83 54.80 5.40 3.42

※子ども1,000人に対する保育所の数を表している。

出典:2010年国勢調査・社会福祉施設等調査を元に作成


4.まとめ
 これまでの一連の考察を踏まえると、まず、都道
府県毎の出生率と未婚の関係には、地域特性があ
り、例えば、各都道府県の男女の生涯未婚率の高さ
と合計特殊出生率の高低とが必ずしも一致するわけ
ではないことが観察された。このような背景とし
て、東日本と西日本で一定の傾向が出る指標もあ
り、県民性や地域独特の風習などとの関連性がある
かもしれない。

 また、生涯未婚率よりも晩婚化のほうがより合計
特殊出生率に影響を及ぼしている可能性があり、今
後の少子化対策として、これ以上の晩婚化を食い止
め、早期の結婚を促進するような社会的な要因(親
世代からの協力・援助や待機児童の解消等、社会福
祉の充実)に基づく環境作りからのアプローチも重
要になってくるものと思われる。

 いずれにしても、若者が安心して結婚し子育てを
実践していくためには、経済社会面において将来に
向けた明るい展望が必要であり、少子化対策を通じ
てそのような社会づくりを推進していくにはどうし
たら良いのか知恵をしぼることは、全ての世代に
とって共通の課題となっている。

 今回の分析においては、いくつかの仮定に基づき
指標を設定したが、引き続き、男女別・地域別に区
分した更に詳細な分析・考察をおこない、地域特性
に合った少子化対策について検討していきたい。


図表9 合計特殊出生率と就業率、三世帯同居率、保育所数の関係

都道府県数 @就業率 A三世帯同居率 B保育所数 @+A @+B A+B
高い31県
高い 14 23 25 13 10 18
低い 17 8 6 18 21 13
都道府県数 @就業率 A三世帯同居率 B保育所数 @+A @+B A+B
低い16県
高い 2 7 5 2 2 4
低い 14 9 11 14 14 12
http://www.jeri.or.jp/membership/pdf/research/research_1304_01.pdf


04. 2013年4月07日 10:57:27 : rPtZjJ34SI
「会社辞めさせてくれない」 「不当解雇」訴えから労働相談様変わり
2013.4.7 08:08

 正社員の解雇規制の緩和など労働市場の流動化に向けた議論が政府で進む中、逆に労働者が「辞めたいのに辞めさせてもらえない」といった労働相談が増えている。デフレ不況で企業がリストラを進めすぎた結果、人手不足に陥ったためといわれるが、かつて「不当解雇」の訴えが主流だった労働相談も様変わりしているようだ。

 「辞めたら仕事に穴があく。損害賠償しろ」「こんなときに辞めるなんて、人としてどうよ」…。

 毎週日曜に労働相談を受け付けているNPO法人労働相談センター(東京)には、自己都合で退職を申し出た労働者が経営者から浴びせられたこんな言葉が相次ぎ報告されている。

 2008(平成20)年9月のリーマン・ショックの時期を含む20年7〜12月、相談の4割近くは解雇(会社都合の退職)に関するもので、「会社が辞めさせてくれない」など自己都合をめぐる相談は15%に満たなかったが、昨年1年間は25%程度で推移している。

 給与を前借りさせて辞めないように仕向けたり、社長が自宅に乗り込んできて怒鳴り散らしたりする例もあった。センターの相談員は「正社員、派遣社員などの立場や年齢、性別の偏りはなく、あらゆる職種でみられる。経営者の都合で労働者が抱え込まれたり、放り出されたりしている現状がある」と話す。

 厚生労働省の労働相談統計でも、全国の労働局などが受け付けた民事上の個別労働紛争相談のうち、15年度は29%が解雇をめぐるトラブルだったが、23年度は18%に減少。一方で、自己都合退職にまつわるトラブルは同じ期間に3%から8%に増えた。背景には、長期にわたるデフレ不況の下、企業がリストラを進めすぎた結果、逆に人手不足に陥ったケースがあることが指摘されている。

 東海大の小崎敏男教授(労働経済学)は「希望退職に応募した社員が、希望通りに退職できなくても裁判で違法とされた例は聞いたことがない。こうした場合、社員は出社しないなどの強硬策を取るしかない」と指摘。「少子化で労働人口が減る中、労働者を無理やりつなぎ留めるような企業は、長期的には淘汰(とうた)されるだろう」と予測している。


 


TPP、転換探る農家 「生活保護のような補助金時代は終わった」
2013.4.7 09:20

 「どうせコメは撤廃の例外」真剣味足りぬ

 安倍晋三首相による環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉参加表明を受けて、農業の抜本改革が急務となるなか、農家でも政治の場でも生き残りを目指した模索が始まっている。国際競争にも耐えうる強い農業への転換に向けた動きを探った。(水内茂幸)

 雪に覆われた水田が広がる新潟県小千谷市。日本を代表するコメである魚沼産コシヒカリの産地だ。ここで農業生産法人「農園ビギン」を経営する南雲信幸氏(57)は、3月15日のTPP交渉参加を表明する首相の記者会見をみて、しみじみと感じた。

 「農家が生活保護のように補助金を受け取る時代は終わった」

 魚沼産コシヒカリの取引価格(1月現在)は60キロ当たり2万4257円と、農林水産省が継続的に調査する全国44銘柄中、唯一2万円を超える。そんな小千谷でも、南雲氏は「このままなら小千谷のコメは壊滅する」と危機感を持つ。市内の農業従事者のうち、72%が65歳以上(農水省調べ)だからだ。

 TPPで米価が壊れれば、就農者がさらに少なくなる可能性もある。ただ、南雲氏はTPPを悲観的ばかりには捉えない。

 「農園ビギン」は現在25ヘクタールの水田を耕す。南雲氏の所有地はわずかで、大半は後継者のいない農家など38軒から借りた土地だ。

 「どのタイミングで農地を手放せば高い補助金がもらえるか、値踏みする農家すらいる。TPP対策の補助金を将来ビジョンのある農家に絞れば、大規模化も進むのでないか」

 ビギンは冬場の収入源として、平成22年に「さつまいもプリン」の工場を建てた。発案は東京から8年前に就農した新谷梨恵子氏(35)。豊かな風味が評判を呼び、東京・表参道にも販路を拡大した。

 7人の従業員を抱え、平均年齢は29歳。南雲氏は「人が増えるたびに自分の年収は下がる」と笑う。ただ若い人を引きつけることが、小千谷の田園風景を守る道と確信している。

 「この土地を守る若者を育てるのが俺の仕事」

 県内にはコシヒカリの海外販路を切り開いた若い農家もいる。

 新潟市で農業生産法人「新潟玉木農園」を営む玉木修氏(33)は今年、新潟コシヒカリ「玉木米」など250トンを台湾と豪州に輸出する。

 玉木氏が10キロのコメを手に台北入りしたのは8年前。苦難の連続だった。キロ当たり1300円程度の玉木米に対し、店先の米カリフォルニア米は同400円と勝負にならない。3年かけ硬水でもおいしく炊けるコシヒカリを開発した。

 そんな玉木氏にとって、TPPで揺れる今の日本の農業はどう映るのか。

 「農家は例年通りの春だ。『どうせコメは関税撤廃の例外』と思っている。安易な輸出拡大論もどうか。真剣味が足りない」

 玉木氏が「卒業した」という農協は、TPP交渉参加断固反対を掲げてきた。玉木氏のような農家には農協は直接必要ないが、兼業農家にとっては生産機材を提供し、一括販売してくれる農協なくして農業はできないといってもいい。

 農協にとっては、米価を高くし続けてきた生産調整(減反)の廃止や縮小は経営を直撃する。このため農協は減反維持のため政治にも関与し続けてきた。

 農協は「かつてのような力はないものの、候補者を落選させる力は持っている」(自民党閣僚経験者)と言われる。だが、選挙で農協の力を当てにする自民党の農林族の幹部からも、減反政策を見直すべきだとの声が出てきている。

 われわれの行動は合っていたのか 自民農林族「減反見直しも」

 自民党の農林族幹部で、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)対策委員長を務める西川公也氏は、平成21年冬、東京・市谷の飲食店での激論が忘れられない。テーブルの向かいにいたのは農林水産相だった石破茂氏(現幹事長)だった。

 石破氏はコメの生産調整(減反)の参加を農家に委ねる『選択減反制』を提唱していた。全国一律減反・保護一辺倒の農政から、補助金なしでも戦えるコメ農家の背中を押そうとした。

 「農家の所得に責任を持てるのか」。西川氏は面と向かって石破氏を批判した。

 農協の支持を受けた族議員は米価維持に奔走し、見返りに農民票をもらう「農政のトライアングル」が自民党政権の屋台骨を支えていた。

 「一粒たりとも輸入させない」という農林族議員の要望は、778%の高関税に生かされた。

 そんな守りの姿勢に、石破氏は「高関税と補助金で守っても、農地と農業者の所得は減り続け、高齢化は止まらず、後継者は減少の一途をたどる」と疑問を持っていたのだ。

 最終的に選択制は「農水省案」から単なる「石破案」となり、断念に追い込まれた。

 TPP対策委員長となり、交渉参加に向けた党内の取りまとめに当たった今、西川氏は自問する。

 「われわれの取った行動は合っていたのか。今や日本の耕作放棄地は埼玉県の面積と等しい約40万ヘクタール。高齢化も止まらないのは、これまでの農政に間違いがあったからではないか」

 西川氏は3月28日、党の農林族との幹部会合で「お腹立ちの方もいるでしょうが」と切り出した。「縮小生産に向かった40年前は正しかったのか。この際改革しましょう」

 西川氏は減反を全てやめた場合の米価の予測や、減反を廃止した場合に必要な補助金額などを計算する方針を明言した。

 都道府県ごとに、5年後の農業者の平均年齢や生産量の減少予測を出す意向も示した。

 石破氏は西川氏の決意を伝えられると、「実は減反をやめた場合のシミュレーションがある」と切り出した。自民党が衆院選で大敗した21年夏、選挙から民主党に政権を明け渡すまでの16日間に、石破氏は数パターンの想定書を書き上げ、後継となった赤松広隆氏に手渡していたのだ。

 幹事長となって党をまとめる立場となった石破氏はTPP交渉参加を機に、農業政策の改革に正面から取り組もうとしている。

 減反の廃止や縮小をめぐっては、農協との間で対立を生むことになるが、石破氏は「どの農民層を守るのかという議論を突き詰めると選挙の票は減ってしまう。ただ、小農家が農機具の投資なく地代を手に入れ、農地を集める大農家のコストダウンを図れれば、票は本当に減るだろうか」と問いかける。

 その上で、「単に減反見直しを語るだけでなく、国を挙げて輸出拡大の知恵も出すべきだ。本来マーケティングくらい国がやるべきだ」として、今こそ、農地の集積を進め、コストダウンと海外輸出の進展を図るべきだと強調する。

 新潟県小千谷市の谷井(やつい)靖夫市長(75)の楽しみは里山へのハイキングだ。大手家電の旧三洋電機で、半導体を世界に売り歩いた谷井氏は定年退職後、市長に担ぎ出された。

 「山から市内を見下ろすと、うねる信濃川沿いに一面の田んぼが広がる。春先になれば水を張った田んぼが鏡のようにキラキラ光り、秋は全面が黄金色に染まる。ため息が出るほど素晴らしいんですよ」

 農地集積に補助金を出し農業の大規模化を後押ししてきた谷井氏は、今はまだ雪に覆われた田んぼを見ながら決意を新たにするのだった。「農業を強くする知恵を出したい」

 【用語解説】減反政策 コメ余りによる米価下落を食い止めようと、政府は昭和45年にコメの生産を制限する政策を導入した。農家の保護につながった半面、休耕地を急増させ、農家の新たな担い手不足をもたらした。生産調整により消費者も主食のコメを高い値段で買わされてきた。
http://www.sankeibiz.jp/macro/news/130407/mca1304070925002-n1.htm


05. 2013年4月08日 00:54:43 : rPtZjJ34SI
【第323回】 2013年4月5日 
黒田日銀新総裁の鮮烈なデビュー
サプライズに満ちた「異次元の金融政策」
――大和総研チーフエコノミスト 熊谷亮丸
「異次元の金融政策」を標榜する、黒田東彦・日本銀行新総裁が鮮烈なデビューを飾った。

 白川方明・前日銀総裁から黒田・新総裁へのバトンタッチは、あたかも「白」から「黒」へと一気に局面が転換する「オセロゲーム」のようだ。


くまがい・みつまる
東京大学大学院修士課程修了。1989年、日本興業銀行に入行。同行調査部エコノミスト、みずほ証券エクイティ調査部シニアエコノミスト、メリルリンチ日本証券チーフ債券ストラテジストなどを経て、現職。財務省「関税・外国為替等審議会」の委員をはじめとする様々な公職を歴任。過去に各種アナリストランキングで、エコノミスト、為替アナリストとして合計7回1位を獲得している。「ワールドビジネスサテライト」(テレビ東京系)レギュラーコメンテーター。著書に『日経プレミアシリーズ:消費税が日本を救う』(日本経済新聞出版社)、『パッシング・チャイナ』(講談社)など。
 日銀に対して普段は辛辣な海外メディアの報道も総じて好意的である。英フィナンシャルタイムズ(FT)は「黒田が市場を急襲」「日本が金融革命を始めた」という表現で賛辞を送った。独フランクフルターアルゲマイネ・電子版も「天変地異が起きた」と報じた。

予想を上回る大胆な内容

 新生・黒田日銀が決定した金融緩和は、金融市場の事前予想を大幅に上回る大胆な内容であった。

 4月4日に、日銀は2年間で前年比+2%の消費者物価上昇率実現を目指す「量的・質的金融緩和」の導入を決定した。政策目標を従来の「金利(無担保コール翌日物金利)」から「マネーの量」に切り替えると共に、「マネタリーベース(資金供給量)」を2年間で倍増させる。日銀が市場から購入する国債の残存期間を長期化することに加え、長期国債や上場投資信託(ETF)などのリスク資産も大幅に買い増す。この結果、2014年末の日銀の資産規模は290兆円(GDP比59%)に倍増することとなる。

 今回の黒田新総裁の英断は、過去の日銀との決別を意味するものだとも言える。

 従来、外国人投資家の間では「日銀の金融緩和は極めて不十分」との不満が蔓延していた。

 エコノミスト業界には、従来の日銀の政策を一貫して擁護してきた「御用エコノミスト」とも言われる集団が存在する。しかし、旧来の日銀擁護派がどういった理屈を並べたてようとも、大幅な円安・株高進行という「現実」の前では、黒田新総裁に対する「揚げ足取り」の様な批判はむなしく響くだけだ。

 昨年の11月半ばに、衆議院の解散が事実上決まってから、日銀金融政策決定会合が開催された4月4日までに、わが国の株式時価総額は120兆円以上増加している。驚くべきことに、1年間の国家予算(当初予算ベースで90兆円程度)を大幅に上回る規模の富が、政権交代に伴い創出されたのである。

 この間、ドル円相場は15円以上、円安になっている。大和総研のマクロ経済モデルでは、10円の円安・ドル高は、わが国の実質GDP(国内総生産)を約0.4%(2兆円)増加させる。したがって、単純計算では、政権交代に伴う円安は、わが国の実質GDPを3兆円(=2兆円×1.5)程度弱押し上げることになるのだ。

類まれなる「市場との対話能力」

 今回、黒田新総裁は政策の内容のみならず、「市場との対話能力」という面でも、類まれなる才能を見せつけた。

 元々、黒田氏は「通貨マフィア」と呼ばれる、為替市場のプロ中のプロである。グローバルな金融市場参加者のメンタリティに精通している。

 一言で言えば、金融市場には「サプライズ(驚き)」を与えることが重要だ。

「サプライズ」とは、「金融市場が事前に想定していた政策内容」と「現実に打ち出された政策内容」の違いのことである。金融市場の反応は、「現実に打ち出された政策内容」ではなく、この「サプライズ」の大きさによって決まるのだ。つまり、いい意味で「市場の期待感」を裏切ることがポイントになるのである。

 今回、黒田氏はスピード感を持って、金融市場に「ポジティヴ・サプライズ(前向きの驚き)」を与えることに成功した。

 従来、日銀は経済・金融環境が悪くなってから――言葉を変えれば、追い込まれてから、小出しの金融緩和を行ってきた。日銀の政策は金融市場からは「too little too late(あまりに小さくて遅い)」と揶揄され、日銀が金融緩和行うと「材料出尽くし」などと言われて、むしろ株価が反落するケースも多かった。日銀の金融緩和の内容が「想定の範囲内」である上に、スピード感に乏しかったからである。

 新生・日銀の政策決定に至る「情報管理」の徹底も見事の一語に尽きる。

 従来、永田町では、「日銀は情報管理が甘い」と見る向きが少なくなかった。しかし、今回の政策決定に際しては、「水も漏らさぬ」情報管理が行われた。主要メディアや金融市場関係者は、いい意味で完全に裏を書かれる形になったのだ。

ボールは政府に投げられた

「黒田マジック」を受けて、ボールは政府に投げられた。

 一見好調に滑り出したかに見えるアベノミクスは、3つの課題を抱えている。

 第1に、現時点でアベノミクスは、金融政策や公共投資などのカンフル剤が中心となっている。だが、アベノミクスを持続的な経済成長につなげるためには、規制緩和やTPP(環太平洋連携協定)参加などの構造改革への取り組み――すなわち成長戦略という三本目の矢の強化が不可欠である。安倍政権が日本経済の体質を抜本的に改革できなければ、株高・円安は一過性のものに終わることが懸念される。

 第2の課題は、財政規律を維持することである。

 財政規律の喪失と一体的に行われる大胆な金融緩和は、事実上の「マネタイゼーション(負債の現金化)」の色彩を帯びる。もし、市場がマネタイゼーションの懸念を強め、日本で債券相場が急落(=長期金利が急上昇)すれば、歯止めのかからない悪性の円安や、輸入物価の上昇を受けた「スタグフレーション(不況下の物価高)」の発生が懸念される。

 第3の課題は、雇用者の所得を増加させることである。

 過去の歴史を検証すると、わが国では「売上高増加→賃金増加→物価上昇」というサイクルが存在する。すなわち、わが国では売上高が増加した半年〜1年後に賃金が増加し、その約半年後に消費者物価が上昇する傾向があるのだ。

 ただし、2000年代以降、「グローバリゼーション」の進展などを背景に、売上高の賃金に対する先行性が崩れつつある点には、一定の留意が必要である。今後、売上高の増加が賃金の増加に適切に波及していくような「トランスミッションメカニズム(波及経路)」を、政策的に強化する必要があることは間違いない。

 安倍政権には、ここまでの成功に慢心することなく、さらなる政策課題に取り組むことを大いに期待したい。(談)


【第271回】 2013年4月8日 山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員]
ファンド・オブ・ファンズをめぐるあれこれ
 ファンド・オブ・ファンズとは、複数のファンドを集めて一つのファンドとした商品だ。一般個人向けの投資信託にもあるし、機関投資家向けの運用でも、ヘッジファンドなどを集めたファンド・オブ・ファンズが存在する。

 個人向けの投資信託で最近多いのは、主に海外市場に上場されているETF(上場投資信託)を複数組み合わせたファンドだ。

 このタイプのファンドは、小口単位で行う投資に向いている。

 海外ETFは売買に外国株式と同様の手数料がかかる。ネット証券を利用すると手数料は対面型の証券会社よりも安いが、それでも、国内株式の手数料に比べると高いので、投資金額が小さい場合には比率的に小さくない負担になる。この事情は、外国為替の手数料にあっても同様であり、これらの手数料が必要な売買を、ファンドの中で機関投資家価格で実行してくれることにはメリットがある。

 また、商品としては通常の投資信託なので、小口から(500円ないし1000円程度の金額から)積み立て投資が可能だ。少額で積み立て投資して、金額がまとまったらETFに投資し直す「リレー投資」という方法にも使える。

 ファンド・オブ・ファンズを運用する会社のアセット・アロケーション(資産配分)の能力に「市場のタイミングをうまく予測して運用してくれる」というような過大な期待を抱くべきではないが、複数の資産クラスの比率を大まかに一定に保つ「リバランス」の手間を運用会社に任せることができるメリットがある。

 最近、特にネット証券系の会社から登場している商品は、信託報酬を低めに抑えていて、個人投資家が利用しやすいものが多い。これらは、総合的に見て、個人投資家がローコストで十分な分散投資の効果を享受できる「無難な」商品に仕上がっている。

 ただし、100万円を超える単位で投資できる投資家の場合は、自分で海外ETFに投資することで、同じ内容の投資を追加的な信託報酬なしで実現できるので、そのほうが得になる場合がある。

 自分で配分を管理して投資するほうが、何にどれだけ投資しているか、自分で把握できる点も好ましい。アセット・アロケーションは、原則として自分で行うべきだ。

 他方、年金基金など、機関投資家向けの運用でファンド・オブ・ファンズに投資することには賛成しにくい。

 この種のファンド・オブ・ファンズは、ヘッジファンドや商品ファンドのような、単体ではリスクの大きな運用を独自に組み合わせたと称するものが多い。

 しかし、そもそも、他人のお金を預かる機関投資家が、個々のファンドについて内容を把握して評価できないのだとすると、そのこと自体が問題だ。はっきり言うと、こうした投資家は、この種のオルタナティブ投資(伝統的でない代替的な資産への投資)に責任を持って投資できるレベルにない。ゲートキーパーと呼ばれる自称「目利き」業者に運用を丸投げするのは無責任だ。

 また、機関投資家であるにもかかわらず、ファンド・オブ・ファンズの組成業者への手数料を払うことにも問題がある。

 加えて、この種のファンド・オブ・ファンズの場合、中でかかる手数料が完全には把握できない場合がある。ファンド間の売買で発生する手数料を意図的に抜かれるような悪質なケースもある。

 ファンド・オブ・ファンズに投資する機関投資家は、自らがその任に足らないことを告白している。

 

【第22回】 2013年4月8日 高野秀敏 [株式会社キープレイヤーズ代表取締役]
35歳からの転職で年収が上がる人、下がる人
 転職希望者の方に転職の理由を直接お聞きすると、日本人のほとんどの方は「年収が一番の理由ではない」とお答えになります。しかし、無記名のアンケートを取ると、必ずと言っていいほど転職理由の1位になるのが「年収」です。もちろん、仕事のやりがいと年収のバランスが大事なのは言うまでもありません。それも理解した上で考えても、本音では年収が最も気になるものですよね。

この5年で30代年収は約40万円ダウン
転職で年収はほとんど上がらない

「アベノミクス」が掲げられて以降、給料が引き上げられそうなムードが漂いはじめています。とはいいながら、今も転職時に年収が上がることは少ないと言っていいでしょう。上がるパターンは、@そもそも現職の給料が著しく低かった、A競合や近い領域への転職で、採用する企業側のニーズが高く、ヘッドハンティングで声がかかった、B採用企業の賃金テーブルが業界内で非常に高い会社。このような場合のみです。

 @は、旅行代理店やウェディング業界などが該当することがあります。Aは採用企業側から見て会社の業績に直結する重要な方になるため、業界でも話題の優秀な方の場合は、年収をアップさせてでもとにかく欲しいと経営者の方から頼まれることもあります。BはSNS系の大手企業などが該当します。

 2012年度の平均年収は、DODAの調査を引用すると、20〜59歳の平均年収(手取りではなく支給額)は442万円(平均年齢33歳)。昨年の446万円から4万円減少し、3年連続のマイナスとなりました。また、リーマン・ショック以前の2007年からの平均年収の推移を見ると、20代が343万円(2007年比−24万円)、30代は458万円(2007年比−43万円)、40代は608万円(2007年比−62万円)、50代は754万円(2007年比−48万円)と、5年前より大きく減少しています。

 ひと昔前は年功序列型賃金制をうたっていた会社も少なくなりつつあり、現実は厳しいものがあります。アベノミクス以降、ローソンのように経営者自らが年収アップを宣言した会社もあるものの、決して多数派ではなく、“次の不況”に備えている経営者も多いと感じています。

 実際に私がお会いしている経営者の方々も、ソーシャルゲームを中心とした明らかに利益率の高い業態、利益が伸張している会社以外は、慎重な給料の分配をしています。こうした経営者が中途採用者を採るときの決まり文句は「人物次第、前職考慮で」です。

目先の年収にとらわれると
失敗する

 このように年収が上がりにくい時代でも、転職後に「転職して良かった」という方には特徴があります。第二新卒の方などは何度も転職ができますので、思いつめずに決断ができるかもしれませんが、30歳を過ぎれば家庭を持つ方も多く、慎重になるのは当然です。では、どんな方であれば、金銭面も含めて納得した転職ができるのでしょうか。

35歳以上の転職に納得している人の特徴

@会社の課題を自分が解決できる(強みと弱みが凹凸になっている)

 会社の課題、弱点を転職者自身が補填できる場合は、良い転職になるケースが多いといえます。自分しかできない、オンリーワンの立ち位置でジョインすれば、会社はあなたを手放せなくなります。営業会社なら管理、技術会社ならセールス、マーケティングなどの職種の方などがこれにあたります。

 20代の転職では、より優秀な方がいる会社に(転職したい)という想いを持つ方が少なくないわけですが、30代以降の転職ではあくまで「自分が貢献できるか」を重視したほうがうまくいくようです。

A「年収だけ」にこだわらない

 このような時代ですので、目先の年収が下がってしまうことも多々あります。たとえダウンしても今の時代、現状維持もできなくなる可能性が高いといえます。そう考えますと、次の職場でいったん給料がダウンしても自分の強みを発揮して、会社に貢献し、幹部クラスになれると自信が持てれば、転職するのもありだと思います。

B「ポジションだけ」にこだわらない

 当初から「役員でジョインしたい」「本部長でジョインしたい」と肩書き、役割をとても重視する方も多くいます。確かに肩書きでつきあいやすくなるお客様もいるのは事実ですが、あくまでもその会社の事情をよくみた上で、自力が発揮できそうかどうかを判断したほうが良いでしょう。

 また、社長だけに会って転職を決めるのではなく、他の幹部や社員の方にもできるだけお会いすることをお勧めします。幹部として転職しますと、最初は周りが腕組みをして情報を出してくれないこともよくあります。嫉妬とはかなり怖いものです。実力よりひとつ下ぐらいのポジションで入っても、時間がたてば多くの組織では実力通りに反映されることが多いですので、短期的な目線になりすぎないことが大事だと思います。

 ポイントを3つ書きましたが、いずれにしても35歳以上の方は、会社をすぐに辞めないことこそ大事です。情報を集めたり、ヘッドハンターに会うのもよいですが、間違っても次の会社が決まっていないにもかかわらず辞表を出してしまったり、辞めることを口走らないように気をつけましょう。


06. 2013年4月08日 11:35:05 : xEBOc6ttRg

http://ikedanobuo.livedoor.biz/

2013年04月07日 17:27 経済
日銀の加速する不動産バブル
日銀の黒田総裁が打ち出した新政策は、たしかにサプライズだった。政策目標をコールレートからマネタリーベースに変更して2年で倍増するというのもすごいが、長期国債(平均残存期間7〜8年)を大量に買うのも驚きだ。この結果、長期国債の7割を日銀が買うことになり、民間銀行が国債市場からクラウディングアウトされる。


東証REIT指数

その結果、あふれた資金は株や不動産に向かうだろう。今でも住宅ローンの金利は10年物で1.35%と過去最低水準になり、東証REIT指数は図のように半年で6割以上も上がって、2007年のREITバブルのときを上回った。ここまでは株と同じく、リーマンショック以来、萎縮していた市場が活性化したと好意的に見ることもできるが、ここへさらに余剰資金が流れ込むと、未知の領域だ。

REITの価格は、理論的には家賃の収益還元価格で決まるが、半年でオフィス収益が6割も上がるとは考えにくい。不動産業者によれば「短期の回転売買のためのような物件が多い」とのことなので、ますますいつか来た道に似てきた。そのうち銀行が余った金で地上げ屋を使い、低利融資つきで中小企業や退職老人に投資物件を買わせる――という80年代のパターンが再現するのではないか。

日銀は国債を買い占めて実質的な財政ファイナンスに踏み込んだが、これが国債・株・不動産のバブルを同時に引き起こすと、今年の日本経済は大荒れになるだろう。アゴラ金融セミナーやアゴラ経済塾では、こうした問題について解説する(途中からの参加も可)。
 

 

2013年04月03日 11:46 本
「解雇ルール」についての誤解
政府の産業競争力会議などで「解雇ルール」の議論が始まった。しかし先週、「朝まで生テレビ」でも言ったように、この議論には誤解がある。中小企業では解雇が行なわれているが、大企業では労基法にいう解雇はほとんど行なわれていないのだ。

本書によれば、大企業は業績が赤字にならない限り、ほとんど人員整理を行なわない。行なうのも2年以上にわたって赤字が出た場合で、東京都の調べによる1991〜6年の実施率(中小企業も含む)は次のようなものだ:
新卒採用の停止:68.3%
配置転換:76.7%
出向・転籍:48.3%
一時帰休:25.0%
希望退職の募集:31.7%
指名解雇:13.3%
このうち1〜4は人員整理とはいえないし、5は法的には依願退職なので解雇にはあたらない。「解雇ルール」が適用されるのは6だけだが、これは「整理解雇の4要件」などの判例で事実上禁止されているので、倒産まぎわの企業しかできない。これをルール化して金銭による解決を可能にすることは望ましいが、厚労省や労組が強く抵抗しているので不可能に近い。

重要なのは、希望退職のルール化である。現在は「肩たたき」のような形で退職に追い込むとか、拒否した場合には草むしりをやらせるなどの陰湿な方法しかないが、これをルール化して、外資系企業のように金銭交渉で自主的に退職するルールをつくることが現実的だと思う。これは法的な規制とは無関係で、「評判」を気にしてぎりぎりまで人員整理しない大企業のカルチャーの問題だ。

本書も指摘するように、こういうカルチャーは、経営環境の激変にもかかわらず、ほとんど変わっていない。下の図のように、2002年の不良債権の最終処理や2008年のリーマン・ショックのような急激な業績悪化のときは人員整理を行なうが、それ以外のときは人員整理を行なう企業は数十社しかないため、業績の低迷が長期化する。

このバッファとなっているのが非正社員である。特に派遣や請負の規制がきびしくなったため、規制の弱いパート・アルバイトが増えている。彼らの待遇を改善するには、無期雇用(正社員)と3年の短期雇用しか認めない規制を撤廃し、有期雇用を全面的に自由化するなど、雇用形態を多様化する必要がある。

しかし厚労省の政策は、これとは真逆だ。今年度予算では、社内失業者の休業手当を政府が補填する雇用調整助成金が2100億円にものぼる。このように厚労省が正社員を守ろうとするのは、城繁幸氏によれば、厚生年金を守るためだという。これ以上、社会保険料を払う労働者が減ると、すでに破綻している厚生年金制度が崩壊してしまうからだ。

財界主導で「解雇の自由化」という言葉が先行すると、また「弱者救済」に名を借りた厚労省や労組に攻撃され、元も子もなくなりかねない。もっと現実的に、非正社員を含むセーフティネットや職業訓練を拡充して労働移動を促進する政策を考える必要がある。少なくとも労働者を「ゾンビ化」している雇用調整助成金は、ただちに撤廃すべきだ。
 


 

 
2013年04月06日 00:21 本
小幡績・池田信夫『アベノミクスで日本はどこへ行く?』
アゴラブックスから電子書籍で発売。価格はわずか210円(税込み)!

安倍首相の意を受けて日銀の黒田新総裁が打ち出した「異次元の金融緩和」で、初日から株式も債券も相場が大荒れになったが、これで日本はデフレから抜け出せるのでしょうか? 本書は、現在の円安の本当の理由、デフレの正体など、アベノミクスの中身とその効果を、慶應義塾大学准教授の小幡績氏と経済学者池田信夫氏が議論した対談録で、いま日本経済が置かれた状況を30分で理解できます。

目次

第1章 黒田体制で日銀はどうなるか
 黒田総裁への評価は意外に高い
 相場が信じれば株価は動く

第2章 円安の原因はアベノミクスか
 為替はなぜ動いたのか
 円安はどこまで行くか
 円安は日本経済の実力
 デフレもインフレも実体経済の反映

第3章 デフレの正体は賃下げ
 日本経済は「デフレ不況」ではない
 量的緩和でインフレ予想は起こらない
 バブルの教訓
 物価と資産価格の動きの分離
 賃金の引き下げがデフレの原因
 本丸は労働市場

第4章 アベノミクスは副作用の強い偽薬
 バブルは再来するか
 財政ファイナンスのリスク
 安倍首相の取るテールリスク
 金利上昇で何が起こるか
 輸入インフレは起こるか

第5章 停滞から脱却するには
 日本はもう「貿易立国」ではない
 本丸は労働市場改革だ
 世界的に進行する新興国との賃金の「大収斂」
 人材の活用が成長の鍵
 
(アゴラ・シングルシリーズ:A5版で60ページ相当)
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07. 2013年4月09日 00:46:26 : xEBOc6ttRg
【シャープ取材班集中連載(2)】   私がシャープを辞めたワケ

2013年4月9日(火)  佐伯 真也

 液晶事業への過剰投資が原因となり、経営危機に陥ったシャープ。業績回復に向けて社内で実施されたのが、約60年ぶりとなる希望退職の募集だ。2012年8月28日に実施を発表し、同年12月15日付で2960人が同社を去った。希望退職以外で会社を去った従業員を加えると、同時期の退職者数はさらに増えることになる。

 彼らは何を考え、シャープを退職することを決断したのか。今回、匿名を条件に、昨年末にシャープを退職した元従業員に話を伺う機会を得た。以下からは、取材の内容を座談会形式でお伝えする。

 なお、取材に応じた元従業員は下記の3人である。いずれも、現在は別の会社で新たな業務に就いている。

A氏:非液晶部門所属の50代男性
B氏:液晶部門所属の40代男性
C氏:液晶部門所属の30代男性

 A氏とB氏は会社側が募集した希望退職に応じた。C氏は自ら転職を選んだ。

シャープでは約60年ぶりに希望退職が実施された。その概要について聞きたい。

B氏:希望退職の実施について社内外で発表されたのは2012年8月28日だが、詳細については社内でも明らかにされなかった。実際に詳細が明らかになったのは9月以降だったと記憶している。

A氏:対象年齢は40歳以上、退職金の加算は最大で30カ月、希望者には転職に向けた支援を実施するという内容だった。多くの企業で実施されているリストラとそんなに違いはないだろう。

C氏:内容については、ほぼ同じ。私自身、30代が対象外だったので、ショックを受けたのを覚えている。

退職を決断したのはいつか。理由についても知りたい。

A氏:私は8月末に希望退職の応募が発表された時点で、退職を強く意識した。50代なので定年まで残るという選択肢もあったが、会社の状態を考えると去るのが良い選択だと考えたからだ。もちろん、退職金の加算がいくらになるかは気になったが。

C氏:2012年5月から一般社員の給与カットが始まったのがきっかけだ。それまでは経営悪化という報道を耳にしても、なかなか実感できなかった。9月には給与カットの割合が2%から7%に拡大したうえ、残業もできない状態が続いた。この結果、月給ベースで7万〜10万円程度下がり、さすがに生活が苦しいと感じるようになった。シャープに愛着は感じていたが、安定的な給与が保証されないので辞めることを決意した。

B氏:私は会社の経営が悪化する中で、これ以上は会社にとどまるのは危険だと判断したからだ。転職するならこれが最後のチャンスだと感じた。

社内は異様な雰囲気に

希望退職の対象者だったA氏とB氏に聞きたい。実際の面談はどのようなものだったのか。

A氏:私自身、2012年9月末に1回目の面談を受けた。対応者は旧知の部門長だったので、お互い気まずい雰囲気になった。コンサルティング会社から部門長にひと通りの指南があったようだ。「あなたには処遇する業務がなくなりましたと言わなきゃいけないんだ」と説明された。その後、10月上旬に2回目の面談があり、退職の意志を部門長に伝えた。

B氏:部門単位で目標があったようだ。8月末の発表時の予定人数は2000人。国内における連結対象の社員数が2万5000人弱なので、おおよそ部門ごとに1割程度は削減しないといけなかったのだろう。さらに、従業員も「辞めさせたい人」「本人の希望を尊重する人」「辞めさせたくない人」に分類されていたようだ。会社側が「辞めさせたくない」と思っている人は、本人が退職を希望しても、希望退職にならず(加算金などの条件の悪い)自己都合退職になったと聞く。

希望退職の面談が実施されていた期間、社内の雰囲気はどうだったのか。

C氏:いろいろな噂が飛び交っており、異様な雰囲気だった。先ほどB氏が挙げていた、辞めさせたくない人の中にも、部門長の判断で希望退職にしてもらえた人がいると聞いた。一方で、「自己都合になる」と言われ、退職を断念した人もいた。約60年ぶりにリストラを実施するということで、足並みがそろっていなかったのだろう。

A氏:実際、雰囲気はあまり良くなかった。対象者同士でも希望退職に関する話題は避けていたし。部門長も辛い表情を浮かべていた。

B氏:我々の部門では希望退職者の送別会は行われなかった。そのせいか、年末に定年退職になった方の送別会も実施されなかったので、申し訳ない気持ちになった。

転職活動は順調に進んだのか。

C氏:私は30代ということもあり、比較的順調に進んだ。希望退職の対象外だと分かった時点で動き出したので、転職希望者そのものが少なかったのかもしれない。

A氏:50代なので贅沢は言えない立場。給与水準にこだわらなければ、何とかなったというのが本音だ。私自身、転職先の給与はシャープ時代の約半分になることを受け入れた。退職金の加算でローンを繰り上げ返済すれば、給与が半分になってもやっていけるというメドが立ったことで転職に踏み切れた。子供が就職していたことも、決断するうえで大きかった。

B氏:私自身もかなり苦労したが、なんとか見つかった。ただ、給与そのものはシャープ時代から下がっている。

明確な戦略がない

シャープの経営について聞きたい。元従業員から見て何が原因だったのか。

B氏:液晶事業に傾倒しすぎたことは、社員から見ても疑問に感じてしまう。だが、方向性が間違っていると感じても、幹部に進言できないような雰囲気が社内にはある。

C氏:明確な商品戦略がない。しばしば指摘されることだが「良い技術は市場で受け入れられる」と過信している部分は社内でも感じる。液晶部門に所属していて不安だったのは、新型液晶である「IGZO」を旗印に事業を立て直そうとしている点。仮に、IGZOで液晶事業が復活したら、今後も液晶が中心になりそうなのが怖い。

シャープ経営陣は鴻海(ホンハイ)精密工業を筆頭に、米クアルコムや米インテル、韓国サムスン電子といった具合に、海外大手企業との提携に奔走しているが、元従業員の目にはどう映るのか。

C氏:いろいろ手を打っているが、明確な成果は出ていない。ホンハイの話についても、社内にいて思うように進んでいないように感じた。社内でも期待は高かっただけに残念だ。

B氏:結局、資金調達に動いていただけにしか見えない。

シャープはどうすれば復活できるのか。

B氏:もっと風通しの良い会社にならなければダメだ。現状では無駄に組織が大きすぎる。分社化して組織をスリムにするなど、決定権を若手にゆだねれば良くなるかもしれない。

A氏:技術面でみると液晶に傾倒しすぎたツケが出てきている。社内で開催される「R&D(研究開発)展」に参加しても興味を引く技術は少ない。現状はエネルギーを中心に、液晶一辺倒ではなくなりつつあるのは良い傾向だと思うが。

痛みをムダにしない計画を

 以上が、年末にシャープを退職した元従業員の生の声だ。今回、取材対応いただいた方はいずれも、幸いにして次の勤務先が見つかっている。「決してシャープが嫌いになったわけではないが、会社が良い方向に進むなら」と快諾いただいた。勤務先である企業の経営危機という状況の中、どのように生き抜いていくかを考え抜いた末に新たな道へ踏み出したのだろう。

 一方で、「希望退職で会社を去った従業員の多くは、次の勤務先が見つかっていない」(現役のシャープ管理職)との声も聞くだけに、彼らは少数派かもしれない。約60年ぶりに痛みを伴う改革を迫られたシャープ。同社の経営状態は依然として予断を許さないが、4月末以降に公表される予定の中期計画では、復活に向けた確固たる内容を期待したい。


佐伯 真也(さえき・しんや)

日経ビジネス記者。


 

「競争しない奴はいらない!」 中小企業“切り捨て”社会の行く末

淘汰ではなく共生を実現した英国に学ぶ支援策のあり方

2013年4月9日(火)  河合 薫

 今回は、「日本の未来」について考えてみようと思う。何とも壮大なテーマなのだが、それ以外にいい言葉が見つからなかった。なので、とにかく未来を考えるってことで、よろしくお付き合いください。

 4月1日から関西電力が企業向けの電気料金を引き上げたのに伴い、工場の運営が難しくなったとして、京都府内の野菜工場が同日から休業に追い込まれたという報道があった。

 休業したのは、京都府南丹市にある「園部町野菜工場」。18年前に国などの補助を受けて完成し、季節や天候に関係なく安定して生産できることを売りに、「ナトリウムランプ」と呼ばれる照明器具を使ってレタスやサラダ菜を生産。年間25トンを出荷してきた。

 昨年度の電気代は年間でおよそ900万円。ところが今回の値上げで、今年度の電気代の見込みが1090万円余りとなる。

 これ以上の節電は厳しく、かといって値上げ分を野菜の価格に転嫁できないことなどから、休業を決めた。従業員6人は全員解雇された。

その番組に出演していた楽天の三木谷社長はどう感じたか

 私はこの報道を夜のニュース番組で知ったのだが、直前のコーナーで楽天の三木谷浩史社長が生出演していただけに、何とも言葉にしがたい気分になった。

 三木谷さんは、休業に追い込まれた野菜工場をどう思っただろうか?

 190万円のアップに耐えきれずに淘汰されていく企業を、そして解雇された6人の従業員のことを、彼はどう感じたのだろうか。

 TPP(環太平洋経済連携協定)などの自由貿易や規制緩和の推進、企業の国際化、常に成長を続けることの重要性を番組では熱く訴えていたけれど、190万円のコストが捻出できなかった零細企業をどう思ったのか?

 「経営者の責任」と言われてしまえばそれまでなのだが、政府の産業競争力会議の民間議員として発言力を強めている方だけに、何と答えるのか聞いてみたかった。

 しかも番組では、日本航空(JAL)の華々しい入社式の映像も報じていた。

 年額190万円のコスト増加に対応できずに休業に追いやられる中小企業がある一方、2兆3000億円もの債務超過に陥りながらも、わずか3年で再建する大企業。強い者が守られ、弱き者は淘汰される。

 事情がどうであれ、日々資金調達に奔走する中小企業の経営者の方や、納期の短縮を求められて長時間労働を強いられている町工場の方たちを取材させていただいたことがあっただけに、やるせなかった。 

 大阪商工会議所が先月末に発表したアンケート調査によると、電力値上げで「大きな影響がある」と答えた企業は27%、「ある程度影響がある」を加えると61%に達した。また、8割超の企業は製品などの販売価格にほとんど転嫁できないと見ており、経営基盤の脆弱な中小企業では廃業が相次ぐ恐れもある。

 特に、小さい企業ほど痛手は大きい。

 さらに、中小企業の借金に対して返済を猶予するよう求めてきた中小企業金融円滑化法が、この3月末で期限切れを迎えることで、苦境に追い込まれる中小企業が増加するとの見方もある。金融庁は、円滑化法を利用した企業は30万〜40万社前後で、そのうち5万〜6万社が自主再建困難と推計しているという。つまり、倒産予備軍が5万〜6万社あるのだ。

 消費増税が実施されれば、さらに苦境に立たされるに違いない。

 東日本大震災で大きな被害を受けた東北地方の太平洋側沿岸部に足を運ぶと、「これって日本の将来の姿なんじゃないか」と思うことがある。基幹産業の漁業などを営む零細企業の多くがいまだに再建できていない現実がある。

 後継者問題や経営者の高齢化など、震災前から懸念されていた問題が、震災によって時計の針が一気に進んで顕在化した。「仕事をしたいけど、できない」。そんな人たちがたくさんいる。

 「店を再開させたいんだけど、個人じゃ無理。そば屋同士で結託しろとか、大きな企業のフランチャイズを考えろとか言われるけど、そんなの無理だよ。そば屋が10軒あれば、10通りの味がある。その味を変えるなんてことはできねえ」

 宮城県石巻市の仮設住宅で暮らす、そば屋を営んでいた男性はそう話す。

 大きいところ、成長が期待できる会社、たくさんのおカネが落ちそうな事業。そういうところにはカネも貸すし、サポートもする。でも、「今、働きたい。店を再開させたい」と願う人には門前払い。

 「切り捨てられている」―─。そんな思いを拭い去ることができないのである。

 競争、競争と声を荒らげる偉い人たちを見るたびに、「淘汰されたくなかったら、もっと頑張れよ」と、言われている気がしてならない。でもね、別に頑張らなかったわけじゃないと思うのですよ。それなりに精一杯頑張った。それでも、どうすることもできない人たちがいる。どうやったって譲れない自分の仕事への誇りもある。「競争社会って、働くことの喜びまでを捨てろってことなのか?」などと思ってしまうのである。

失われた「皆で作っている」という感覚

 「もう、わしらができることはないんじゃないかと思うんですよ」

 そう話すのは、従業員20人の企業を経営する60代後半の方だ。

 実はこの方。先日、中小企業の経営者向けの講演会をやった際に、「どうしてもお礼が言いたい」と講演後に控室まで来てくだり、ご自身の会社のことを話してくれたのである。

 「昔はね、取引先がみんな家族みたいだったんです。わしらは何やかんや言っても職人です。自分たちのできることしかできない。それを大企業さんも分かっていて、サポートしてくれた。仕事を発注してくれる大企業のために、うちのような零細企業が独自の技術を生かして頑張った。みんなで作っている感じでね。家族みたいで楽しかったです」

 「でも、リーマンショックで大企業さんもそんな余裕がなくなったんでしょう。海外に生産を移すとかで、大口受注が激減した。『コストを下げろ』と迫るばかりで、『それは無理でしょう』と思うような理不尽な納期短縮も求められる。長年連れ添ってきた社員たちの高齢化も進んでいて、みんな死力を尽くしてやっているという現実もある」

 「若い社員を雇って、これまで培ってきた技術を引き継ぎ、経営も若い人たちに任せたいとも思うんだけど、うちみたいな零細企業に来てくれる若い人はいないし、雇う余裕もない。ここ何年も、いつも頭の中は、どうしようかって思いばかりで、ぐっすり眠れることもありません。『もう、アンタの会社はいらない』と言われているような気がしてね。それで今日、あなたの話を聞いていて、自分が励まされているような気がしたんです。本当にありがとうございました」

 そう深々と頭を下げたのである。

 確かめたわけではないので定かではないけれど、恐らく私が講演で話した、働く意味や自分の存在意義、会社の土台を作っている腹の底から真面目な人々の話のいずれかが、この男性の琴線に触れたのだと思う。

 わざわざ控室まで足を運んでくださったことが素直にうれしかった。と同時に、中小企業が置かれている厳しさを改めて痛感させられた。

 危機感を覚えた。そう表現した方が正確かもしれない。

 だって、その方は明らかに疲弊していた。「あ〜、ホントにギリギリの思いで踏ん張っているんだなぁ」と強く感じた。

 踏ん張っても踏ん張っても、光が見えない。
 頑張っても頑張っても、出口が見えない。
 あがいてもあがいても、長いトンネルが途切れることなく、厳しさは増すばかり。

 そう。できる限りのことを尽くしても、乗り越えることのできない高く厚い壁に疲れ切っていたのである。

 「もう、アンタの会社はいらない」―─。そう言われていると思ってしまうほど、生きる力までもが奪われていたのだ。

かつての中小企業は下請けでなく同志だった

 数年前、世界にワザを誇る日本の中小企業を取材して回ったことがあるが、世界で認められている“日本のワザ”は、いずれも小さな町工場にあった。何十年にもわたって作業着に身を包み、毎日同じ作業を繰り返す中で生まれていた。時には繰り返しの中で見つけた発見が“ワザ”につながることもあったし、時には「こんなモノが作りたい」と、毎日試行錯誤して、何十年もかかって生まれた“ワザ”もあった。

 その経営者たちに共通していたこと。それは彼らが、モノを作る、ということに頑固なまでに、真正面から向き合っていたことだ。

 作ったモノがあるから、それをおカネと交換する。ごくごくシンプルにいいモノを作る。その対価として、おカネを得る。

 彼らにとって大切なのは、その製品を使ってくれている人、その製品のためにお金を払ってくれている人。金儲けだの、競争だの、は関係ない。

 その頑固さと仕事への誇りが、彼らの生きる力の源であり、前に進む力のトリガーだった。中小企業の人たちの、愚直さと誇りがあったからこそ、世界に誇れる日本の技術が生まれ、それが大企業の土台になっていたのだと思う。

 「家族のようだった」と前述の男性が懐かしんだ頃の日本では、中小企業ができないところを大企業が補い、大企業ではできないことに中小企業が力を注ぎ、それぞれに役割を全うし、「いいモノを作ろう! 新しいモノを作ろう!」と目標を共有していた。

 中小企業は、“下請け”なんかじゃない。大切な“同志”だったのだ。

 大企業は中小企業の職人さんたちの技術を尊敬し、職人さんたちが大企業のために必死にいいモノを作り、お互いに敬意を持って協同する風土があったからこそ、今がある。

 日本の経済は、一部のパフォーマンスの高い、生産性の高い大企業が支えていたわけじゃない。儲かることも、会社が大きくなることがなくとも、地味な仕事でも、ほかの人がやりたがらないような仕事でも、腹の底から真面目にやり続けた中小企業の人たちが、日本経済の土台を作っていたのだ。

 その大切な土台が、崩れ去ろうとしている。それでも「仕方がないよ。競争だもん」。競争社会を煽る人たちはこう言うのだろうか。

 「だから三木谷さんが言っていたように、TPPなどの自由貿易や規制緩和を推進して、競争に勝てる企業を国が支援し、世界市場で競争に勝ち抜いて大きな収益を上げればいいじゃない。そうすりゃ、景気も良くなるし、体力のない弱い企業を救うこともできるでしょ」

 こう主張する人もいるだろう。

 でも、それは一体いつのことなのか?

 明日、どうやって生きて行こうか、どうやって切り抜けようかとしている中小企業に、もはや時間的猶予は残されていない。

 しかも、中小企業としての存在意義も、仕事への誇りも失いつつある状況への特効薬にそれがなるとも思えない。

 そうなのだ。私が最も危機感を抱いているのは、土台を担ってきた人々の誇りが失われつつあることにある。

働く喜びを感じ取れる仕組みが失われている

 人間というのは弱さと強さの両方を持ち合わせる。強さが引き出されるには、「自分がここにいる意味」を感じ取ることが重要である。だって、誰だって自分の存在意義を見いだせないことほど、しんどいことはないわけで。

 つまり、「もう、アンタの会社はいらない」ではなく、「アンタたちの力が必要なんだ。手を貸してくれよ」──。そう言われていると彼らが感じられる社会にならない限り、本来の強さは発揮されない。

 「よし、やってやろうじゃないか!」とエンパワーし、淘汰ではなく共生する。新しい企業、ベンチャー企業を支援することも大切だけれども、今ある力をさらに強めるためにできること。大企業も厳しい状況にある時代だからこそ、行政がそのためにできることを、もっともっと進めていかなきゃダメなのだ。

 労働の人間化──。努力が苦痛に感じられる仕事(labor)ではなく、人間として喜びを感じられる仕事(opera)に、労働の奴隷ではなく、働く喜びを感じ取れる仕組みが、競争ばかりが主張されることで失われているんじゃないだろうか。

 日本と同じように中小企業が経済を支える重要な存在である英国では、1980〜2005年までの25年間で、中小企業数が240万社から430万社に倍増し、従業員49人以下の企業と自営業者が全体の9割以上を占めるとされている。

 背景にあるのが、1979年に誕生したマーガレット・サッチャー政権の時から積極的に展開された中小企業政策だ。

 サッチャー政権と言えば、「マネタリズム」と「新自由主義」を掲げ、規制緩和政策を断行したことは広く知られているが、実は時を同じくして始めた様々な中小企業政策が、その後の経済成長をもたらしたとされている。

 中小企業の役割や位置づけを明確にし、規制緩和とともに支援策を進めてきた。世界で競争する大企業と、国内の土台を守る中小企業。それぞれの“強み”を生かす積極的な政策を続けることで、雇用を増やし、経済を活性化させた。(ご興味のある方はこちらをどうぞ:『修道商学』vol.37(2),1997,『中小企業季報』No.2.1997, 『商工金融』vol.48(11),1998.『経済学論集』vol.30(2,3),1999,『経済科学研究所紀要』vol.32.2002など)

 その流れは、サッチャー政権に続く保守党のジョン・メージャー政権や労働党のトニー・ブレア政権でも踏襲された。

 政府が、中小企業の役割をそれぞれの時代で明確にし、まさしく「アナタたちの力が必要です。あなたたちが力を最大限に発揮できるような具体的な政策も取ります。だから一緒に頑張りましょう」と、保護ではなく共生することで経済を活性化してきたのである。

 例えば、サッチャー政権の時には大量な失業者の受け皿としての役割を中小企業に与えた。代表的な政策の1つである「EAS(エンタープライズ・アローエンス・スキーム=enterprise allowance scheme)」では、失業者に対して失業者手当を支払うのではなく、企業を開設した人に週40ポンドの手当を支給した。その結果、自営業者が増え、中小企業が従来の製造業ばかりではなく、サービス業でも増加した。

 メージャー政権では、中小企業の倒産を食い止めるために、経営を強化するための育成策、訓練制度などを取り入れた。さらに、地域経済の活力として中小企業を位置づけるために、ほかの中小企業と連携を持つ支援やカウンセリングを行う機関を設置した。

 ブレア政権下では、「スモール・ビジネス・サービス(small business service)」という名称の公的機関を立ち上げた。既存の中小企業とその可能性への支援、成長可能性のある中小企業のグローバル化に後押しする支援、社会的に弱い立場にある企業の不利是正などを理念に掲げ、中小企業協議会(The Small Business Council)を設置している。

真に強いのは異なる力を最大限に生かせる社会

 もちろんそれですべての問題が解決されたわけではないかもしれない。EU(欧州連合)各国の経済格差が中小企業に与える問題など、それこそグローバル化が加速する中で中小企業政策の試行錯誤は続いている。

 だが、長年、中小企業の役割を時代時代でとらえ、彼らに、「自分たちが必要とされている」と意識づけしたことが、今の経済の土台を作ったのは紛れもない事実だ。

 もちろん頑張ったからと言って、期待通りの結果がもたらされるわけではない。だが、生きていること、働いていることの喜びを感じられるような働き方。それを政府主導で行ったのだ。

 今の日本に、そういった政策があるのだろうか? 競争を煽り、その結果として淘汰されても仕方がないと考えている人たちは、日本の経済を支えてきた土台に目を向けていないように思う。人間にはそれぞれ異なる能力があり、異なる力を最大限に発揮できる社会こそが真の強さを作り上げる。

 デカいだけがいいわけじゃない。強いだけで生き残れるわけでもない。小さいものには小さいものにしかできないことがある。ナンバーワンに牛耳られるよりも、オンリーワンがたくさんある社会の方が楽しいぞ。

 


 
「プレイングマネジャー」で成功する3つのポイント

「ただのマネジャー」より楽しい仕事でなぜ悩む

2013年4月8日(月)  横山 信弘


『営業目標を絶対達成する』
【4月9日&23日、横山信弘氏の講演をライブ配信】
 本連載の著者、横山信弘氏の熱血講演を4月9日19時からUSTREAMでライブ配信します。詳しくは「営業目標を絶対達成する 横山信弘の『超・行動』ガイド 出版記念セミナー ライブ配信」をご覧ください(実会場のセミナーは満席となっております)。
 さらに4月23日、「横山信弘の営業目標を絶対達成する『超・行動』」実践講座」を開催します。こちらについてもライブ配信を予定しております。
 一連の講演とライブ配信はムック『営業目標を絶対達成する 横山信弘の「超・行動」ガイド』の出版を記念して実施するものです。本ムックには著者横山信弘氏のインタビュー、超・行動実践企業のルポに加え、営業目標を絶対達成するための「予材管理表」(原寸)を収録しています。

 「プレイングマネジャーですから……」

 営業部門の管理職の方から、こう言われることがしばしばある。普通の日本語なら「プレイングマネジャーですから何々です」となるはずだ。だが「何々」が無いまま口ごもる。

 このフレーズを出した時の表情は大抵の場合、卑屈にゆがんでいる。「プレイングマネジャーですから……」と言うだけで、後はただ苦虫をつぶしたような顔をする。

 「横山さんならその先は言わなくても分かりますよね」という態度なのである。私が黙っていると「横山さんも人が悪い。プレイングマネジャーの辛さをよくご存じでしょう」と言いたげな顔になる。

 「プレイングマネジャーですから……」の後に続く「何々」が分からないわけではない。大抵の場合、否定的な見解だ。

 「プレイングマネジャーですから、部下の面倒も見ないといけないし大変なのです」

 「プレイングマネジャーですから、そんなに高い目標を達成しろと言われても無理ですよ」

 要するにプレイヤーとしても無理、マネジャーとしても無理と言いたいらしい。こうした寝言に私は同意できない。「プレイングマネジャーですから……」と言って、悲哀に満ちた表情を浮かべるのは止めてもらいたい。

プレイングマネジャーであるのは「当たり前」

 そもそも「プレイングマネジャーですから……」という表現をする人は勘違いをしている。プレイングマネジャーだから何だと言うのだ。社内で特別に苦しく、大変な役回りをさせられていると思っているのか。

 逆である。プレイングマネジャーであることが当たり前なのだ。現場でプレイをしてこそ、部下を指導できる。

 確かにプレイングマネジャーではない管理職は存在する。ただのマネジャーである。目標ノルマを持っていない、マネジメントだけをする人だ。

 マネジメントの本質とは何だろう。組織で結果を出すために、計画・改善・調整をすることだ。マネジメントに専任で従事する人は必要だが、組織において一定量いるだけでよい。それ以外はプレイングマネジャーになる。

 にもかかわらず、年齢を重ねることによって「ただのマネジャー」になれると思っている管理職が多すぎる。組織論を無視した愚考である。

部下と同じぐらい現場へ行け

 営業のプレイングマネジャーは普段どこにいるべきか。現場である。本コラムで提唱している「超・行動」に組織で取り組むには、マネジャーも外へ出なければならない。

 超・行動とは「点」の集積によっていきなり「面」にしていく営業活動を指す。お客様に対し膨大な量の単純接触を繰り返すことで、目標の未達成リスクを回避する。マネジャーも部下の営業と同じように、おびただしい量の接触を繰り返す。

 こう説明すると「現場にばかりいるとマネジメントをする時間が無くなります」という反応が返ってくる。まさに「手段の目的化」的な発言だ。こういう反応が出てきたら、私のみならず、私の部下も条件反射的に次の質問を返す。

 「あなたが考えるマネジメントとは何でしょうか」

 こう質問されると相手は返答に窮す。マネジメントが何なのか分かってもいないのに、「マネジメントをする時間が足りなくなるから営業課長はもっと社内にいたほうがいい」と主張する。そのこと自体が問題だ。

 だいたい社内にいると、無駄な会議に明け暮れたり、必要のない資料を部下に作らせたり、やたらとccメールを送りつけるようになったり、ロクなことがない。

視野角を広げよう

 私は目標を絶対達成させるために、現場に入って支援を行うコンサルタントである。机上の空論など言わない。アカデミックな話はどうでもよい。

 目標を絶対達成させることで、組織は活性化し、若い人も向上心を持てるようになる。感謝の気持ちを芽生えさせたり、社会に貢献したいという誠実さが養われる。

 まずは結果である。結果を出すことから逃げてはならない。結果にとことんこだわってほしい。

 目標を絶対達成させるために、「予材管理」と呼ばれる独自のマネジメント手法を私どもは提唱している。目標の2倍の材料を予(あらかじ)め積み上げておき、その「予材」を管理することで目標未達成リスクを回避する方法だ。

 営業は現場を走りまわり、予材を集めてくる。そして2倍の予材を積み上げながら、結果が出る予材を商談に発展させるとともに、そうではない予材を捨て、新たな予材に入れ替えていく。入れ替え作業を繰り返すことで、安定的に目標を達成できるようになっていく。

 私どもが営業のコンサルティングに入ると、現場の営業パーソン一人ひとりに予材管理表を書いてもらう。抱えている予材を一覧できるようにするためだ。そして予材管理表を基にマネジャーと話し合う。

 しかし、マネジャーが部下の予材管理表を見て、そこに書かれている予材を吟味・評価するだけではダメだ。なぜなら漏れが分からないからである。マネジャーは部下が持っているアイデアよりも、もっと広い視野で物事を見つめなければいけない。

 予材管理ではなくても、「案件管理」でも「商談管理」でも何でもいい。部下から上がってきた報告事項を、ただ鵜呑みにし、ダメ出ししたり、文句を言っているだけではマネジャーとして失格だ。ただの評論家であり、コメンテーターに過ぎない。

 担当者よりも主任のほうが、主任よりも係長のほうが、係長よりも課長のほうが、視野角が広く、部下たちの発想に漏れがないかどうかを見抜けなければならない。

 現場に入っていてつくづく感じることがある。それはマネジャーが「発生ベース」で物事を考えているということだ。起こったこと、営業が持ってきたもの、だけで物事をとらえようとする。そうではなく視野角を広げ、部下の発想に漏れがないか、それをチェックする力が必要なのだ。

アイデアは現場から出る

 そうした力がマネジャーにあるかどうかはすぐ分かる。マネジャーに予材管理表を書かせればよい。私はそのために、部長や課長を集めて、「部下の予材管理表を見ずに、ご自分の課全体の、もしくは部全体の目標の2倍の予材を描いてください」と指導する。

 そうすると、全くアイデアが出てこない部長や課長がいる。悲しいかな、一番書けないのが、現場に近い管理者、すなわちプレイングマネジャーたちだ。彼らはやたらと無駄な作業に日々追われており、現場のことが分かっていない。

 「なぜ結果が出ない! もっと頭を使って考えろ!」

 「お客様の声に耳を傾けろ。そうすれば、ちゃーんと答えは見つかるはずだ」

 このようにプレイングマネジャーたちは日ごろから部下の営業担当者を叱責している。にもかかわらず、自分の中にはアイデアが無いのである。

 「それは部下が考えること」と言うなら、そんなマネジャーはいない方がいい。断言できるが、こういう発言をするマネジャーが組織から消えても業績は変わらない。逆に業績が上向くことのほうが多いだろう。

 組織に評論家など要らない。「他責にするな」などと部下に訓示しておきながら、すべての責任を部下に押し付けるマネジャーがとても多い。

 視野を広げ、部下の発想の漏れをチェックでき、目標を達成するアイデアを出せる。こういう力はどこから出てくるか。いつの時代も基本は「現地現物」である。

 現場に行かないで、目標達成のアイデアが出てくるわけがない。お題目だけのマネジメントを社内でするのはもう止めよう。部下の力量不足、スキルの物足りなさを嘆く前に、もっと自ら現場へ足を運ぶ必要がある。市場は常に変化しているからだ。

 課長職以下の役職者はほとんど社内にいなくてもマネジメントはできる。社内にこもって部下に関与すればするほど、部下は考える習慣を無くしていく。営業日報などを書かせてマイクロマネジメントをするのは間違っている。

 現場に行かないことでマネジャーに発想力が無くなり、発想力の無くなったマネジャーに強く干渉されることで部下の発想力も減退していく。まさに負の連鎖である。

戦略予材を作るのは経営者

 プレイングマネジャーの話からややそれるが、予材管理について補足しておく。私どもがコンサルティングに入ると、3種類の予材管理表を準備していただく。既に説明した通り、現場の営業パーソンには一人ひとり書いてもらい、上司にあたるリーダーや課長クラス、プレイングマネジャーたちにも書いてもらう。

 さらに社長をはじめとした経営陣にも「戦略予材管理表」と呼ばれるものを用意していただく。これら3種類の予材管理表をつき合わせて漏れを無くしていく。

 経営陣が作るのは「戦略予材」である。これについては現場の知識というより、仮説立案力がものをいう。

 経営陣の中でも、社長はやはり別格だ。市場を大きな目でとらえており、自社の予材はどこにあるのか、その仮説を数値で表現できる。社長の頭の中にある「地図」は、現場の営業たちが描くそれと比べると、かけ離れて大きい。それが羅針盤となって、組織を大きく動かしていくことになる。

 私たちコンサルタントも戦略予材を作ることがある。市場分析、環境分析そして採算分析を繰り返し、どのお客様に、どのような販路で、どのような商材を、どのような手法で、そしてどのような価格帯で提供することで、目標を絶対達成できるのか、財務的な視点で作り上げる。その企業の現場を熟知しているわけではないが、だからこそクールな目で作成できるわけだ。

プレイングマネジャーのほうが楽しい

 プレイングマネジャーへの苦言を並べてしまったが、これはプレイングマネジャーに期待しているからこそである。

 よく言うのであるが、プレイングマネジャーはサッカーで言えば背番号「10」にあたる。チームのエースであり、司令塔だ。フォワードである現場の営業たちに、素晴らしいパスを送ってほしい。そのために自分で動き、自らボールを取りにいこう。

 選手としての能力がまだまだ高いのに、早々とフィールドプレイヤーを引退し、監督やコーチになりたいだろうか。そう思うはずがない。もしそういう発想が出る選手なら、もともと選手としての能力も低いのではないか。

 フィールドプレイヤーであり続けながら、チーム全体の指揮を執る。これほどやりがいのある仕事はそうはない。ただのマネジャーよりもプレイングマネジャーの方がはるかに仕事が楽しいはずである。

 今回の話をまとめておく。プレイングマネジャーとして成功するためには3つのポイントがある。

プレイングマネジャーであることは「当たり前」だと考える。
部下と同じぐらい「現場へ足を運ぶ」。
プレイングマネジャーの方が「楽しい」と思う。
◇   ◇   ◇

 次回は「リアル・トップセールスの名言十選」を公開する予定である。企業でただ一人の、真のナンバーワン営業を「リアル・トップセールス」と呼ぶ。

 私の部下に「リアル・トップセールスの研究者」がいる。彼はコンサルティング業のかたわら、リアル・トップセールスを人づてで探し出しては会いに行き、インタビューしている。研究成果の一端を披露するので期待いただきたい。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20130403/246083/?ST=print


 

おばあちゃん発、流通革命

2013年4月8日(月)  村田 裕之

これまでデジタル化の波に乗り切れなかったシニア市場。だが90歳のおばあちゃんがタブレットを使いこなす日は近い。「超スマートシニア」の登場は小売業界に大きな衝撃を与える。

 最近、街を歩けばスマートフォンを操作している高齢者の姿に出くわすことが多くなった。実際、年齢別インターネット利用率はここ10年間で高齢者の伸びが顕著。増えている理由はネットを使わなかった人が利用するようになったことと、若い時代に使っていた人が年を取ってもネットを利用し続けていることだ。このペースでいくと2025年の高齢者のネット利用率は飛躍的に増えることが予想される。


 上のグラフは女性人口と要介護人口の数だが、男性も同じような推移をたどる。そこにネット利用率の予測を合わせてみた。例えば83歳では要介護者とそうでない人の割合が50%ずつ。そしてネットの利用率は45%だ。すると流通業界において高齢者のネット通販利用が劇的に増える。今、高齢者の通販の利用と言えば、折り込みチラシやテレビ通販の利用がせいぜいだが、それがネットにシフトしてゆく。

 シニアがネットをどんどん使うようになれば、小売業は転換期を迎える。百貨店のように店頭販売が主流の小売業は今の業態のままでは、シニア顧客は離れていくことだろう。これに対し、一部の通販会社は来る2025年に向けて、着々と準備を進めている。

 例えば、ある通販会社のタブレット用画面は、きめ細かいナビゲーションシステムを備え、ワンクリックで商品が買える使い勝手のよさがある。今後シニアが使うデバイスの主流はタブレットになりそう。スマホは画面が小さいし、パソコンは設定や接続が面倒だ。

「幸せシニア」になるために

 ここで生じる懸念は、高齢者のネット利用率が上がり外出を控えるようになると肉体的に衰え、要介護者が増えるのではないかということ。私はシニアの生活スタイルが2極分化すると考える。1つは超スマートシニアとも呼ぶべき高齢者の出現だ。デジタル機器を使いこなし、老化予防の策を講じ、健康寿命を延ばすことだろう。仮に要介護状態になっても情報を探り、欲しいモノ・サービスを受け、自分に合った施設を探せる。移動が不自由なこと以外は健康時と同じ機会が得られる。

 一方、デジタルに抵抗を示す高齢者は超スマートシニアに比べて、周囲の人の手を借りなければならず健康な時にあった多くの機会が失われる。

 2012年、日本の高齢化率(総人口に占める65歳以上の割合)は24.1%。既に様々な生活シーンでシニアシフトが進み、既に紙おむつ市場は「大人用」が「赤ちゃん用」を逆転した模様。高齢化が進めば進むほど、市場はシニアシフトへと向かう。デジタル関連市場もようやく、シニアシフトが加速しそうである。

(構成:鵜飼 秀徳)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/research/20130403/246086/?ST=print


08. 2013年4月09日 00:48:42 : xEBOc6ttRg
源流を問わない常識は迷信と変わらない

先行きの本質を見通し、バブルに踊らされるな!(休載最終回)

2013年4月9日(火)  伊東 乾

 2006年、思いがけず開高健賞というものを貰って、音楽を生業とする私が40歳を過ぎてから職業原稿の依頼をコンスタントにいただくようになりました。

 国内のこうした賞というのは本質的に「景気浮揚策」、というか新人を売り出すPR、宣伝広告として出されるものです。例えば芥川賞や直木賞は新人作家、もっと明確に書くなら「新商品」をマーケットに喧伝するブランディングの装置です。私が「開高賞」というものを貰った理由は、コンスタントに一定水準程度の原稿を書くことが期待されてのことでした。確かにリハーサルや本番を重ねる音楽作りや音符を推敲する作曲のプロセスに比べれば、原稿を書くのははるかにシンプルな仕事で、自分ひとり頑張ればなんとかなります。

 ところが2006年ごろというのは、ネットの定着に伴って月刊誌がバタバタと休刊、というより廃刊していた時期に当たり、「開高賞作家」になった筈(?)の私も連載の場がなかなか決まりませんでした。これには私のほうから注文をつけたこともあります。オウム真理教・地下鉄サリン事件の実行犯となってしまった私の大学時代の同級生、豊田亨君の本当の体験を記そうとした「さよなら、サイレント・ネイビー」で開高賞を頂きましたが、私自身は骨の髄から叩き上げの「生涯一音楽人」ですし、また東京大学としては明治10年の建学以来、123年目で初めて任官する音楽実技の教授職でもあります。

 父祖の代からの私の生業で、世界で勝負する本分がありますし、日本国内でも自分がなすべき仕事があります。頂いた仕事のお話の中でも、実のところかなりのものをお断りしました。私は語りおろしで原稿を作ったり、ゴーストライターにまとめてもらうといった仕事の仕方をしません。すべて自分自身で原稿を打ちます。そうでなくて、どうして自分の名をもって責任を引き受けられる内容を世に問うていけるでしょう?

 当然ながら、毎週毎月、限られた数の原稿しかお引き受けすることは出来ません。が、こうなると「仕事をえり好みする、結局は大学教授だ」なんて言われたりもするのが日本の微妙なところですね(笑)。

 つまるところ「開高賞以降」の仕事として私が持つことになった連載は、岩波書店の月刊誌「科学」の「物理の響き・こころのひびき」という平易な解説連載と、創刊したばかりだった日経ビジネスオンラインの、この「常識の源流探訪」の2本となりました。岩波は部数的には限られたものですが、自分自身がゼロから整理した大事な内容を平易に、とくに若い世代に伝えるように、と大切に記すようにしました。

 それともうひとつ「日経ビジネスオンライン」を、口幅ったいですが、毎週大切に書き続けてゆく媒体として選ばせていただいた・・・それには個人的な理由と決意、確信がありました。

経済学部に進み損ねて

 本連載の読者には何回目かになると思いますが、私は経済、ないしは経済学のファンであります。子供の頃から音楽の生業は決まっていましたが、大学が一般大学というのも決まっていて、高校時代は経済学部に進むつもりでいました。それは、経済学者になりそこねた私の父のことが大きく影響しています。

 大正14年2月に生まれた私の父は、今の「首都大学東京」戦前は東京府立高等学校と呼ばれた大学教養部に相当するところから、旧制の東京帝国大学に進学し、半年後に「学徒出陣」で陸軍二等卒として満州の関東軍に配属されました。昭和18年の秋、すでに戦況は十分に思わしくなく、敗戦色も濃厚になっていた時代です。

 父は結局満州で1945年8月15日を迎え、しばらくは戦地を敗走しましたが、ほどなくソ連軍の捕虜となり、ラーゲリと呼ばれる施設、収容所で強制労働に駆り出されることになりました。4年間の強制収容所生活、ここで多くの戦友が命を落とし、父も体を壊して寝込み、すんでのところで一巻の終わりとなるところを、国際赤十字の視察で収容不適格と認定され、病院船で復員・帰国することが出来ました。

 そこから直ちに父は大学に復学しました。元来は理数に長けて学者肌だったのに、徴兵逃れと言われたり卑怯者と思われるのが嫌で文科に進んだという父の話を聞くにつけ、なんて馬鹿なことにこだわったのだろう、卑怯でも何でもいいから自分にあったことをすればよかったのに、と思うのですが・・・。何であれ、彼は20代半ばでいったん経済学部での大学生活に戻ります。

 ところが・・・いくら勉強しても、追いつかないというのですね「年下の先輩たち」に。自分が兵士として戦った約2年、そして強制収容所で壮絶な環境をからくも生き延びた4年の合計6年の間、戦地に行くことなく勉強することができた「年下の先輩たち」がどんどん先に行ってしまい、いくら勉強しても追いつかない・・・その焦燥は、私などの想像を絶するものがあったようです。

 それでも、強制収容所で死んでいった戦友たちのことを思えば、あるいは砲火の雨降る戦場を思えば、平和な日本で勉強できると言うこと自体が、天国のようなものだ、と、不眠不休に近い無理な学生生活を送ったことで、父は肺結核が脊髄に入る「脊椎カリエス」に罹患し、寝たきりの生活を余儀なくされてしまいました。せっかく復学した大学も、再び休まざるを得ませんでした。

 これから約6年、父は都内杉並区の自室で、木製の「船」と呼ばれるベッドに固定されたままの療養生活を送りました。何とか父が社会復帰できたのは、戦後にストレプトマイシンが普及したおかげで、もう少し状況が違っていたら、父も20代で落命し、私はこの世に生を受けることがなかったでしょう。

 結局、父は経済学に進むことなく住友系の海運会社に就職し、40歳で結婚して私を設け肺がんのため46歳で命を落としました。この父と、昭和20年3月の大牟田空襲で焼夷弾に直撃され、全身炭化火傷から奇跡的に社会復帰できた母と、戦争という経済営為の暴力で、青春も人生も台無しにされた両親のもとで育った私は、10代の内は大学では経済学部に学んで音楽家の本分を全うする、と堅く心に決めていました。

 ところがそうはならなかったのです。理由は簡単で大学受験に失敗したから。音楽の専門に血道を上げ、大学など受ければ合格すると高を括っていた私は、今考えれば当然のごとく経済学部(東京大学文科II類)の入試に失敗、しかし浪人のまま当時の西ドイツに留学して、冷戦下のベルリンの壁や東ベルリンなどの現実を知り、音楽以外に身につける学問として本当に自分の力になるものは自然科学、とくに物理だろう、と最終的に考えを改めることになりました。

 実際大学では理学部物理学科に進み、都合10年ほど極低温物性を勉強しながら音楽家としてコンクールや賞のキャリアを積んで現在の仕事になったわけですが、その中に一抹の「やり残した感」があったのが「経済」でした。

 20歳のとき、私は父の後を襲って経済に進んで楽隊になるのではなく、自分自身の判断で、物理に進んで音楽を仕事にするよう、気持ちの上ではかなり大きなギアチェンジをした、そのときの「心残り」があったのです。

 40歳を過ぎ、開高賞を貰ってから「日経ビジネスオンライン」の当時の川嶋編集長から連載のお話をいただいたとき、即座に「やらせていただきます。続くものなら5年でも10年でも」とお答えしたのは、20歳でのいわば「父殺し」、親父が生涯無念の涙を飲んだ「経済」に、何かのフィードバックをしたい、しなければという、突き動かされる思いがあってのことでした。

 それから今回まで291回、すべて私自身で手を動かし、時には簡単な分析やシミュレーションなどした回もありましたが、自分としては出来る限り、ベストを尽くしてこの連載を続けてきました。

「セックスの快感は脳を麻痺させる」

 あれから丸6年、「常識の源流探訪」には多くの思い出深い記事のラインナップが並びました。個人的にはどのコラムも一生懸命書きましたので思い出深いです。連載第64回から10週ほど続けたノーベル賞関連のコラムは並行して書籍化の企画を進め、12月の授賞式前に新書になりましたし、連載を通じての出会いもいろいろあった。思い返せば楽しい思い出がたくさんあります。歴代のご担当者といろいろ相談して工夫し、自分の殻を破るようなことにもチャレンジしました。

 そんな中で一番インパクトが大きかったのは2008年1月15日に公開した、なんともベタなタイトルの連載第24回「セックスの快感は脳を麻痺させる」と思います。この記事は、同じ日に発売になった徳間書店「アサヒ芸能」の袋とじ企画とタイアップして行ったもので、島津製作所に提供していただいた脳血流可視化装置で、性的興奮の絶頂にあるときのヒト脳内の血流を測定してレポートしたものでした。

 こういう仕事は下手に大学の中でやろうとしてもなかなか出来ません。実際にはアサヒ芸能にご尽力いただき、AV女優さんを被験者に、またテレクラ漫画で知られる成田アキラさんにご協力をいただいて、普通では出来ない内容を実現できました。

 その当時は日経ビジネスオンラインのページビューとして最高記録を更新させていただいたようにも記憶しています。

 このとき、なぜこんな事をするのか? と多くの方からご質問をいただきました。すでに音楽の本業で落ち着いた仕事が出来る立場にあるのに、わざわざ袋とじのエロ企画とタイアップして、こんなことをするなんて理解できない、おかしいんじゃないか、といった指摘もいただきました。

 どうしても、これをやっておかねばならなかったのは、実はそれから半年後の2008年6月、ルワンダ共和国大統領府の招聘で、1994年にジェノサイドつまり大虐殺のあったルワンダに赴き、ルワンダ国立大学医学部+マスコミュニケーション学部、ならびにキガリ工科大学でセミナーを行う上で、どうしても必要かつ避けて通れない問題が、ここにあったからでした。

「アサヒ芸能」からルワンダへ

 どうしてルワンダに行くのに、性的快感と脳血流の関係を見なければならなかったか? 主要な理由は「戦場での兵士によるレイプ」の問題と直面せざるを得なかったからでした。ルワンダ・ジェノサイドではたった3カ月の間に、民衆自身の手によって80万とも120万とも言われる数の人が虐殺されました。刑事被告人として罪に問われているひとが12万人以上あり、通常の司法手続きでは300年からの時間がかかることから、選挙によって選ばれた「裁判員」が審理してゆく「ガチャチャ」と呼ばれる市民裁判が開かれていました。

 私たちはルワンダ共和国大統領府の特別許可を得て、これら法廷にも出席させていただきましたが、ここでもっとも重い罪に問われる人は「殺人」並びに「レイプ」の実行犯なのです。現在、多くの戦時法において強姦は殺人に並ぶ重罪と考えられているわけですが、古代から現在まで、無法状態の戦場では殺人と並んで略奪と強姦の後が絶えることがありません。

 一方で、戦場における兵士自身が常に死の恐怖と隣り合わせにあり、強い恐怖の情動の下ではヒトの大脳新皮質連合野は必ずしもよく作動しないこと、虚血に近い状態となって思考したくても出来ない状態に陥ることはわかっていました。

 自らの存在を脅かされた状態になったとき、生物が自己保存という本質的な動作原理に基づいてレイプという犯罪を繰り返してしまうこと、その際の責任能力などを考える上で、性的興奮と悟性的な思考能力の関係を押さえた上で、ジェノサイドの現場ルワンダでディスカッションしたいと思ったのです。

その「現場」を提供してくれたのが、かたや「アサヒ芸能」の袋とじグラビアであり、かたや、この日経ビジネスオンライン「常識の源流探訪」であったわけです。

内容とビューは比例せず

 こんな具合で、約2年近く掛けて準備し、じっさいに赴いたルワンダでしたが、あらゆる想像を絶した現実に直面しました。14年たってまだそのまま留め置かれた何百という遺体(しかも女性や子供ばかり)、地下室を所狭しと埋めた骸骨の山(はキリスト教的な意味でのカタコンブで、決してルワンダの宗教規範によるものではなかったのですが)、激論が交わされる「ガチャチャ裁判」では、なぜか私たちの見学は拍手をもって迎えられ、殺人容疑で告発されている被告からすら拍手を貰い、にこやかに握手を交わして帰ることになる、などなど。

 最も驚いたのは、大学で学生たちと議論しようと思って準備していったゼミナールで、いま在学している20代の学生たちは14年前、ジェノサイドの現場を小学生年配の子供たちとして経験している加害者側、被害者側双方の当事者であったこと。「あのとき、私たちは、あるいは私たちの親はどうすればよかったのか、2度とあんなことを繰り返さないためにはどうすればいいのか?」という一人称の問いを突きつけられ、改めて問題と本質的に対面し直すことになりました。

 性的興奮と脳血流の関係だけでなく、可能な準備は万全を尽くしました。国際刑事訴訟のポイントについては刑法の團藤重光先生、「修復的正義」の法哲学はホセ・ヨンパルト先生に細かにお教えを請い、このときはちょうど緒方貞子さんがルワンダ国立大学から名誉博士号を受けられるタイミングだったので緒方さん、JICAのスタッフとご一緒して、非常に充実した成果を上げることはできました。そしてそれらをつぶさに、この「常識の源流探訪」に連載しました。例えば2008年5月27日の連載第43回のように。ですが・・・こちらのビューは、まったく伸びなかったんですね。そういうものか・・・、と改めて何かを学ぶことになりました。

 いま、例えば、池上彰さんが「アフリカビジネス」と銘打って仕事を展開しておられ、日経ビジネスオンラインでも関連記事が出ています。

 当然ながらさまざまな準備、背景をもって取り組んでおられるもので、敬意をもって拝見するわけですが、少なくとも外交的、内容的には劣らない内容で充実した仕事をしても、ある種の準備をしなければ、メディア上での展開にはならないこと、ページビューなどもまったく伸びないことを体感することになりました。そういう面も含め、日経ビジネスオンラインで私自身が学ばせていただいたことは少なくありません。

ルワンダ・ジェノサイドからナチス・ホロコーストへ

 ルワンダの現場では、虐殺を体験した当事者とお話し、彼ら彼女らの役にたつ復興の力にもなろう、という気持ちで現地に長期滞在し、実際一定の価値還元は出来たと思います。どうしてこの仕事をしたか。直接的には、友人が起訴されているオウム真理教裁判に関連する書籍で開高健賞を貰ってしまい、賞金などの使い方を公益性のある形で、と考えたことによりますが、やはり自分自身の内発的な動機がないと、気持ちに火は点きません。

 それは、私の父を戦場に駆り立てもした戦時情宣、とくにラジオを用いるメディア・アジテーションのあり方が、ルワンダのジェノサイドと、ナチス・ドイツのデマゴギーと、すべて一貫したものだから、に他なりません。限られた私の持てるもの、すべてが120%燃焼するモチーフに火が点いてしまうと、これはやらなければ前に進むことが出来なくなる。芸術人というのは結局そういう種族でありまして、ルワンダに行かなければ俺は前に進むことができない、と気がついたが百年目、それに向かって走ることになった、そのペースを支えてくれたのも日経ビジネスオンライン「常識の源流探訪」連載でした。

 性的興奮と悟性的思考の相関を脳血流可視化測定で実証的にデータを押さえること、それを持ってルワンダに赴き、現地復興にも確かに役立ちながら、決定的な何かに出会うこと。

 こうした一連の出来事ののち、ルワンダから帰国後の2009年から私は、ナチスドイツのメディア・アジテーションで最も顕著な役割を果たしてしまったリヒャルト・ヴァーグナーの音楽、そしてヴァーグナー自身が建設し、一時はナチスが聖地化した時期もあるバイロイト祝祭劇場とのコラボレーションを、決定的に一歩前に進め始めることができました。

 バイロイトとのコラボレーションは、18歳で初めてドイツ留学し、バイロイトを訪れて以来30年、ずっと準備し少しずつ積み重ねてきた仕事です。そのもっとも大きな1ステップに、ルワンダの経験があり、その後支えとして日経ビジネスオンライン「常識の源流探訪」があった。一人の音楽家として私が取り組むライフワークの本線も、この連載が大きくサポートしてくれました。深く感謝しています。

「瞬間風速」から「長期先行き見通し」へ

 前回も記したことですが、偶然というのは面白いもので、ちょうどこの記事、つまりひとまずの「常識の源流探訪」休筆の稿を発表する本来予定日の2013年4月9日、私は東京大学でオペラのレッスンを始めます。これから3カ月ほどでヴァーグナー「トリスタンとイゾルデ」を内外一線のレベルで丁寧にリハーサルし、夏場に東京・初台の新国立劇場で試演準備したあと、これと同様の形で10月にバイロイト祝祭劇場での最初の試演と音楽音響の録音・評価を開始します。この仕事も、具体的に準備の動きを始めてから実際に回り始めるまで、短く見積もっても足掛け5年の準備が必要でした。いわばその時期に重なるようにして、毎週常に「常識の源流探訪」のコラムを打ち続けてきた訳です。逆に言えば、さまざまに動く世相はそれとしながら、3年5年のスパンで、もっといえば10年20年のタイムスケールで、準備してきたことを確実に進めてもいます。一人の芸術人としてライフワークを生きるという意味でもそうですし、一緒に働いてくれる若い人たちの将来にも責任の一端を負う教授屋家業としても、ロングレンジの見通しのない仕事は、することが出来ません。

 ここで話が飛ぶようですが、ショートレンジの例を挙げてみましょう。2013年4月第一週は、日銀の黒田東彦総裁が発表した金融緩和で世論も市場も持ちきりで、さまざまな話題が紙面を、あるいはマスコミの舞台を賑わしています。

 ここで、不謹慎かもしれませんが、黒田さんの緩和策を「アベノミクス」と表現するのを見ると、正直やや失笑してしまいます。別段安倍首相に他意あるわけでもなく、黒田さんの施策は十分に考えられたもので、今後の推移を大切に見守るべきものと思いますが、今回の規制緩和はきわめて入念に考えられたインフレ・ターゲティングの第一矢と見るべきもので、端的に言うなら2012年1月、ベン・バーナンキがFRB議長として敢行したインフレ・ターゲットの導入と1周期ずれた形で、日本もまたその動きに同期する形で中長期的な経済成長を達成してゆこうというもので、先々週に黒田人事が決まった瞬間から、見えている人には自明な展開だと思います。

 単なる一過性の景気浮揚策とは「次元」の違う、中長期的なインフレ・ターゲッティングを狙うという意味での発言は、すぐさま「異次元金融緩和」などと標語化されて流布しますが、大切なのはその種の瞬間風速的なものなんかじゃない。まさにその手のものと「次元が違う」と黒田氏は言っているわけですが、果たして誰がどのようにそれを受け止めているのか。日経ビジネスオンラインやその読者層も含め、そこでの受容やものの考え方は、一考があって良いのではないか、と思うんですね。

 大事なのは何か、と問われれば、例えば長期金利の低下でしょう。7年というスパンできちんと成長しましょうよ、そこでは、一過性の風速で利ざやを稼ぐ、みたいな下品な根性でなく、もっと質実剛健に、実体経済を育てるような準備、あるいは設備投資かもしれないし、中期規模のR&Dや人材育成なども本来は決定的に重要です。そういう面も含めて、きちんとフローのある、命のある生きた経済を、もう1度活性化させてゆこうではないですか、という、そういうメッセージとして、少なくとも経済学に敬意を持つ一個人として私は今回の施策を見ています。自民党が選挙を考える上ではこれを「アベノミクス」と呼ぶのも分からなくはありませんが、3年後、5年後、どこの政党が与党で誰が政権首班であっても、そういうポリティクスとは独立して、確固たる基礎ある経済の活性を取り戻そうではないか、そういうマニフェストとしてみるべきなんじゃないでしょうか?

 いままで292回書いてきた私のコラムは、ひとつの例外もなく、こうした中長期的な観点から実体を育てるという内容を、極力現地などにも入り、一定の範囲で自らも責任を負える内容について記してきました。経済評論家でもなければコンサルタントでもない、ただの一芸術音楽家の私にとって、この6年は、ちょうど父が学徒出陣し、満州を転戦し、シベリアに抑留されていた時間と同じ長さになっていると、この稿を書き始めてから気がつきました。そしてその間に私は親父の享年を迎え、それを越して自分自身の年齢に達することになりました。

 40代の丸6年を、日経ビジネスオンラインと共に、一過性の相場の風で儲け抜くというお話ではなく、多少の乱高下があってもそれとは「別の次元」で、確かに成長してゆく仕事を一貫して考えることが出来たのは、幸せだったと考えています。

 また、このコラムを毎週丁寧に読んで下さったような方は、これから訪れるであろう新しい経済の波を、たんに内実を欠く風船のように膨張するだけの空疎な数字でなく、確かな実体を伴うものとして乗りこなしていく可能性の高い人たちだとも思います。間違いなく今回の緩和も、なんらかのバブルは生み出すでしょう。そういう牌をツモるのも、もっと確かなものを掴むのも、すべてはこれからの、私たち自身の選択に掛かっている、そう認識するべきでしょう。少なくとも、あなた任せ、人任せでは、あまりにも切ないではないですか!

 これからしばらく私は、従来より遥かに日本のためにも国際的にも意味があり、長期的に価値を生み出す私自身の本来の仕事に集中することになります。そういう選択をした訳で、ずっとあと、長期的に振り返って、なるほどバブルでなく、実体を育てたな、と自他ともに言える仕事を、今まで同様5年10年、20年30年のスパンで続けてゆく積もりです。

 一段落することがあれば、またそこで別のお話の場があるかもしれません。それまでは、この連載の続きは先のお楽しみということで、取っておきたいと思います。足掛け7年292回、本当にありがとうございました。いまはここまで、またお目に掛かりましょう。 


伊東 乾(いとう・けん)


1965年生まれ。作曲家=指揮者。ベルリン・ラオムムジーク・コレギウム芸術監督。東京大学大学院物理学専攻修士課程、同総合文化研究科博士課程修了。松村禎三、レナード・バーンスタイン、ピエール・ブーレーズらに学ぶ。2000年より東京大学大学院情報学環助教授(作曲=指揮・情報詩学研究室)、2007年より同准教授。東京藝術大学、慶応義塾大学SFC研究所などでも後進の指導に当たる。基礎研究と演奏創作、教育を横断するプロジェクトを推進。『さよなら、サイレント・ネイビー』(集英社)で物理学科時代の同級生でありオウムのサリン散布実行犯となった豊田亨の入信や死刑求刑にいたる過程を克明に描き、第4回開高健ノンフィクション賞受賞。科学技術政策や教育、倫理の問題にも深い関心を寄せる。他の著書に『表象のディスクール』(東大出版会)『知識・構造化ミッション』(日経BP)『反骨のコツ』(朝日新聞出版)『日本にノーベル賞が来る理由』(朝日新聞出版)など。


伊東 乾の「常識の源流探訪」

私たちが常識として受け入れていること。その常識はなぜ生まれたのか、生まれる必然があったのかを、ほとんどの人は考えたことがないに違いない。しかし、そのルーツには意外な真実が隠れていることが多い。著名な音楽家として、また東京大学の准教授として世界中に知己の多い伊東乾氏が、その人脈によって得られた価値ある情報を基に、常識の源流を解き明かす。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20130407/246268/?ST=print


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