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現在一体誰がヒトラーを称賛するだろう?ドイツ風刺映画『帰ってきたヒトラー』(マスコミに載らない海外記事)
http://www.asyura2.com/16/kokusai14/msg/608.html
投稿者 赤かぶ 日時 2016 年 7 月 18 日 11:33:20: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU
 

現在一体誰がヒトラーを称賛するだろう?ドイツ風刺映画『帰ってきたヒトラー』
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/post-0026.html
2016年7月18日 マスコミに載らない海外記事


Bernd Reinhardt
2015年12月16日
wsws


デヴィット・ヴェント監督; ヴェント、ヨハネス・ボス、ミンナ・フィッシガルトルと、ティムール・ヴェルメシュ脚本


ティムール・ヴェルメシュの同名小説に基づく風刺映画『帰ってきたヒトラー』[Er ist wieder da]は200万人以上が見て、今年ドイツで一番見られた映画の一本になった。


70年後、ヒトラー(オリヴァー・マスッチ)が、ベルリンの彼の元掩蔽壕の場所で、住宅開発されている場所の真ん中で、突然目覚める。最近首にされたばかりのテレビ放送記者、ファビアン・ザヴァツキ(ファビアン・ブッシュ)に、彼は発見されるが、ザヴァツキは彼をヒトラーの物まね芸人だと思いこむ。ザヴァツキは、この“ヒトラー”が、大勢の観客を引きつける人物で、自分が元の仕事に戻る最後の機会だと感じる。ヒトラーは自分の立場を素早く理解し、ドイツの国家的危機に介入すべき頃合いで、自分しか国を救える人間がいないので、運命が自分を2014年に送り出したのだと結論するに到る。



『帰ってきたヒトラー』


ヒトラーは、あらゆる既成政党からの不人気を満足そうに納得する。ワイマール共和国最後の頃を、彼は思い出すのだ。ザヴァツキは、“総統”が現代ドイツを巡るツアーを企画し、ヒトラーが生み出す大いに肯定的反響で 彼は大胆になる。YouTubeビデオが、100万回も見られて、テレビ番組出演への道が開かれる。


歴史上のヒトラーとは違い、映画のヒトラーは、自分の主張を通すために、テロを用いる必要はない。彼は、マスコミを迎合させるため、批判的なジャーナリストをマスコミから粛清する必要がないのだ。そうではなく、そうした業界の連中は、進んで彼に迎合することに気づく。『帰ってきたヒトラー』の効果的場面の一つは、あるテレビ脚本家が、政治番組向けに人種差別的ギャグを作るよう命じられ、斜に構えたプロ精神で、それをこなすというものだ。


しかも不安定なザヴァツキは、彼が他の人々のように“行動”しないだけでなく、“彼が単純に彼で”ビジョンを持って、それを執拗に進めようとする人物であるがゆえに、“ヒトラーの”独裁的カリスマに魅了されてしまう。


テレビ局のトップ、カッチャ・ベリーニ(カッチャ・リーマン)が、扇動のかどで告訴されると、連邦検事当局の代理人が、彼女が告訴されたのは左翼の変わり者の仕業に違いないと請け合う。右翼によるどういう犯罪や非行が不問に付されたり、最小化されたりするかを決めた“規則集に従って”あらゆることが行われる。ヒトラーの更なるテレビ出演は、何ものも妨げることができませんと、この番組が好きな連邦検事当局の男は宣言する。


うまく描かれた遍在する偽善と欺瞞は、ハンス・クリスチャン・アンデルセンの有名な童話『裸の王様』を思い起こさせる。外国人を公然と害虫になぞらえるヒトラーに、誰も右翼というレッテルを貼ろうとしない。彼は、独特な皮肉と、あいまいさを持った、カリスマ的で、反体制的な人物と見なされる。


ヒトラーが過激な右翼連中に殴打され、入院する羽目になった際には、社会民主党党首シグマール・ガブリエルが自らお見舞いカードを送る。無節操なテレビ局長は、彼を民主主義の戦士とまで呼ぶ。(ヴェルメシュの小説では、ヒトラーは、ドイツのテレビ番組にとって、最も威信のある賞の一つグリム賞も受賞する。)



『帰ってきたヒトラー』


これは余りに牽強付会だ。ドイツ・マスコミは、ウクライナでの右翼クーデターを、民主主義のための戦いだとして慶賀した。政治家たちは、右翼ペギーダ運動との協力を模索した。人種差別的な、反イスラム漫画が、芸術の自由の名のもとに称賛される。オバマがノーベル平和賞を受賞した際に、一部のドイツ人インテリが有頂天になったのも、さほど昔のことではない。


アンデルセンの童話同様“純真な”個人が真実を語る。憤慨して人々が本物のヒトラーを称賛しているとザヴァツキが言う。それだけで彼を精神科病院に入院させるに十分だ。


同時に『帰ってきたヒトラー』は、多くの表面的かつ徹底的な一般化をしてもいる。映画は、ヒトラーは現代ドイツに足場を見出す、おおむね、まずまずの可能性があるような印象を与えている。理不尽な理由で、世界支配に向かって奮闘する右翼扇動政治家が、ポップ・スターのように、マスコミを制覇することができ、映画が示すように、まるでキーボードを演奏するように、易々と大衆をあやつれることを示唆している。彼は大衆に人気のあるごくわずかな社会問題をしつこく繰り返すだけで良いのだ。監督が映画に加えた“ヒトラー”が“民衆”と出会うドキュメンタリー場面が部分的にこれを確認しているようだ。ドイツのタブロイド新聞ビルト紙のインタビューで、ヒトラーと会った際、外国人に向かって喚く、多くの人々について、ヴェントは怒って文句を言った。


『帰ってきたヒトラー』のある重要な場面は、多少の歴史的説明をしようとしている。ヒトラーは、彼らも心の底では 彼と同じだったので、普通の人々全員、1933年に彼を選んだのだと主張する。そこで彼は、現代のドイツ人に向かって言う。“私は皆様方全員の … 一部なのです。”


ヒトラーが小犬を撃つ様子を映したビデオが出現すると世論は一変する。国民全員が、恐怖を表明する。この場面は、自称、知識人サークルにおける、ドイツ人は簡単にあやつられてしまう進歩の遅い大衆だという広く行き渡った見方を反映している。


こうした見方は、西ドイツ国家において、ナチス・エリートが依然地位を占めていたことへの批判にもかかわらず、1968年、反抗の世代が疑問を投げ掛けるまで、ほとんど触れられなかった戦後イデオロギーの不可欠な要素だ。初期には、社会主義者のファシズム理解の一部だった、ファシズムと資本主義との間の不可分の関係は、“大衆社会”や“マスコミ”や、似たようなアイデアに対する上辺だけの批判に置き換えられている。


『帰ってきたヒトラー』は現在の状況に対する率直な懸念を語ってはいるものの、ヒトラーが権力の座についた、実際の歴史的な原因に関しては何も説明しない、在り来りの偏見や概念に満ちている。


いくつかの場面で、痛烈な批判こそ、よりふさわしいである場面で、映画は、ヒトラーを愚かなように描いている。長年、社会的、民主的権利を攻撃してきて、今やドイツ軍国主義再建を企んでいる与党の『帰ってきたヒトラー』における“批判”は、事実上、本物の内容に欠けている。例えば、SPDのガブリエルは、単なる冗談のように描かれている。他の政党や政治家も同じような形でかたずけられる。狭量な国家を支持する右翼政党としてのグリーン描写だけは(“環境安全保障は、国土安全保障だ”)当たっている。


もちろん、大衆の中には、ヴェントがドキュメンタリーで捉えているような見当違いの、右翼の反応もある。だが彼らは実際、一体何を代表しているのだろう? 様々な恐怖を、民族主義的、人種差別的方向に向けようと、意図的に取り組んでいる事実を無視して、一体なぜ、ヴェントは、政治体制を無罪放免してしまうのだろう? しかも、人々は、ヒトラーの服を来た人物などの挑発に対し、最も深刻な結論も考えずに、反射的に反応してしまいかねないのは明らかだ。


とはいえ、『帰ってきたヒトラー』に対する大きな関心が、映画が痛いところを突いたことを表している。重大な限界はどうであれ、ドイツ人大衆が一般的に体験している、偽善的で、恥ずべき政治状況を、映画が描写しているためであることは疑いようがない。


しかも、より裕福な階層は、無謀に民主的権利を無視する用意があるこの強力な指導者の描写、ヒトラーをむしろ比較的無害な人物におとしめる描写に、ある種魅了されている。


広範な層の労働者が根本的改革を希求するのは、独裁者を求める願望とは全く無関係だ。ヴェントの『帰ってきたヒトラー』の中で終始表現されている、大衆運動が制御しきれなくなることへの恐怖と疑念は、不快かつ、多くを物語っている。それにもかかわらず、映画は“大衆”に関する偏見からは決して抜け出せていない。この相反する心的葛藤と、ためらいが、結局、芸術的、社会的効果を弱めている。


現在の難民危機におけるドイツ人の様々な層の実際の行動は明らかだ。多くの人々が自発的に、苦しんでいる難民を支援した。女性や幼い子どもを含む難民支援を拒み、彼らを収容所に閉じ込めるという不気味な歴史的関連性を目覚めさせる作戦を行ったのは政界エリートだった。


世論調査では、マスコミ報道に関して、大衆が憤りと言えるほどの深い不信感を抱いていることも明らかになっている。この最もひどい例が、最近のパリでのテロ攻撃に対する当局の対応だ。ドイツ・マスコミは、民主的権利を制限する必要性や、対テロ“世界戦争”の必要性までも執拗に広めている。


記事原文のurl:https://www.wsws.org/en/articles/2015/12/16/back-d16.html
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コメント
 
1. 2016年7月18日 13:04:24 : nJF6kGWndY : n7GottskVWw[1943]

>『帰ってきたヒトラー』に対する大きな関心が、映画が痛いところを突いたことを表している。重大な限界はどうであれ、ドイツ人大衆が一般的に体験している、偽善的で、恥ずべき政治状況を、映画が描写しているため

結局、そういうことだな

ドイツもヒトラーを全否定した反動に苦しみ続けている

枢軸国は、単にナショナリズムと全体主義の力を用いて急成長はしたが

所詮は周回遅れの未熟な帝国主義国家に過ぎなかったのであり

本来、客観的な再評価が必要だが、ドイツはナチス第3帝国に責任を押し付けて

道義的責任を回避し、国際的な関係を構築した手前、なかなか簡単ではないだろう


日本ではA級戦犯に押し付け(国家元首である天皇の責任すら法的には免罪し)、

帝国主義を全否定して、平和憲法で誤魔化してきたが、やはり、その歪は徐々に大きくなってきた

今後も欧米の衰退が続き、中ロに限らず、

欧米であっても、主権国家は最終的には自国の利益のために、ウソと偽善を行う現実を認識すれば、

いくらシルバー民主主義が強いとはいえ、望むと望まざるとに関わらず、いずれは日本の自己欺瞞的な戦後体制も終わり、
普通のナショナリズムに支配された極東の衰退国になっていくだろう



2. 晴れ間[1128] kLCC6orU 2016年7月18日 14:40:59 : xni5yVaf3k : Fxfse0RTtHo[250]
本投稿記事を読む限り、この映画は観てもいいかな、と思います。免疫と批判力はしっかりあるから。

ところで、ル・コルビュジエの一連の建築物が世界遺産に登録されました。国立西洋美術館(東京・上野公園)もその一つです。

フランスのニュースでは、この世界遺産登録決定を伝える際に、ル・ゴビュジエが反ユダヤ主義者(=人種差別主義者)でファシストであった事実にも触れています。
私は日本のテレビも見ないし新聞も読まないけれど、日本のニュースは、そういうことには触れないのではないでしょうか。それは何故でしょうか。
日本は恐いですね。人種差別には鈍感で、反ユダヤ主義(ユダヤ人に対する人種差別) が阿修羅でも氾濫している。人種差別がスーッと通る一方で、カルト愛好者も多い。

こちらのビデオは、ル・コルビュジエの建築と「全体主義」の関係について語っています。
http://www.akadem.org/magazine/2014-2015/l-antisemitisme-de-le-corbusier-29-04-2015-69752_4556.php

あ、私はル・コルビュジエの建築はどちらかと言えば好きですよ。「近代的」ですからね。建築家としての仕事とその思想は、一応別。分離して考える。

でも、ル・コルビュジエの建築物を見る度に「反ユダヤ主義のファシスト」という言葉が脳裏をよぎるのは辛いな。
シャネルもそう。「対独(ナチ・ドイツ)協力者」だったから、シャネルを愛好する気にはなれない。尤も、あのロゴのお化けは悪趣味で嫌いだけど。


3. 2016年7月18日 17:09:39 : nJF6kGWndY : n7GottskVWw[1947]

日本では、有名な芸術家や科学者の場合、政治的思想の偏りや人格の低さは忘れて、その業績だけを分離して評価する態度が強い

「死ねば悪人も仏」、「思想もまた無常であり、本質ではない」という仏教的な思想とつながるのかもしれない

死人を墓から引きずり出して晒し者にするのが普通の諸外国に比べ、悪くない思想だろう


4. 2016年7月18日 17:33:53 : nJF6kGWndY : n7GottskVWw[1949]

ル・コルビュジエのファシズムとの関係は、なかなか面白いね

どんなに偉大な業績を残したとしても、所詮は、人間ということだろうな

それにファシズム自体は、別に、そんなに批判されるべき思想ではなく、どこにでもあるナショナリズムに過ぎないからね

戦争に負けたから、ユダヤ人虐殺をネタに諸悪の根源みたいに批判されているだけで

自由と民主の国、米国の大量破壊兵器による、国際法違反の日本の民間人の大虐殺や、ソ連によるポーランド大虐殺も、大した違いはない

ま、勝てば官軍というだけのことだろう

http://www.kmine.sakura.ne.jp/kusyu/kuusyu.html
10万人以上の都民が1夜にして命を失った東京大空襲


a.wikipedia.org/wiki/カティンの森事件
第二次世界大戦中にソ連のグニェズドヴォ近郊の森で約22,000人[1]のポーランド軍将校、国境警備隊員、警官、一般官吏、聖職者がソビエト内務人民委員部(NKVD)によって銃殺された事件。「カティンの森の虐殺」などとも表記する。
NKVD長官ベリヤが射殺を提案し、ソビエト共産党書記長スターリンと政治局の決定で実行された[2]。


https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=779678625488227&id=736118449844245
  
「近代総体の終焉・世界資本主義の崩壊過程を生きる若い人たちへ
―歴史を逆行して全体主義に回帰するこの日本国家と社会に存在する若い人たちの可能性と不可能性」

・2016年7月25日(月)18時15分~開始(開場17時15分)

・早稲田大学早稲田キャンパス11号館9階902教室
・地下鉄東京メトロ 東西線 早稲田駅から徒歩5分
・山手線 高田馬場駅から徒歩20分  
 
2015年10月4日 ·
【早稲田大学「内海先生のドロップアウト塾」第2期初回講義
「安倍ファシストクーデタ体制下で全体主義と建築の関係を考える―ドイツ占領下で強制収容所に転用されたフランス・モダニズム建築『ドランシー』集合住宅は、企業奴隷収容所としての日本の集合住宅と酷似している」に向けて】
ル・コルビュジエのファシズムとの関係


● バウハウス創設者で初代校長のヴァルター・グロピウス、そして第三代バウハウス校長のミース・ファン・デル・ローエ、この二人こそナチに迫害されアメリカに亡命して以降、20世紀を代表する巨匠建築家であるとされています。この夏、バウハウスを再訪しバウハウス出身の建築家がナチ親衛隊に志願し、その後武装親衛隊の将校となってアウシュヴィッツ強制収容所の設計とガス室の設計施工を行なった事実を知りました。このことは大きな衝撃でした。しかし私にとってより大きなショックは、グロピウスそしてミースがナチから迫害を受けてアメリカに亡命したという定説が疑わしいものであり、ナチの政権強奪直後からナチ体制への協力と順応を図っていたことが分かってきました。
● 1932年にスターリンに媚びてモスクワ宮殿のコンペに応募したグロピウスが、1934年にはナチの『労働の家』コンペに応募しているのです。ナチ好みの意匠とハーケンクロイツを書き入れたドゥローイングが残されています。さらにバウハウス出身の建築家・デザイナーすなわちバウホイスラーたちの相当数が、ナチ党に加入しナチ体制に関わっていたこともわかってきました。私の中では、神話化されたバウハウス像は、轟音ともに崩れ去りました。そして神格化されたグロピウスとミースの虚像は、地に墜ちたに等しいものとなりました。
● ここでスイス人画家シャルル=エドゥアール・ジャンヌレ=グリ、すなわち建築家ル・コルビュジエのファシズムとの関係を若干考えてみたいと思います。すでに書いてきたことですが、ル・コルビュジエはグロピウス同様に1932年スターリン独裁体制のもとで行われたモスクワ宮殿のコンペに参加しています。翌年ル・コルビュジエはイタリアのファシスト独裁者ムッソリーニに謁見を求め、計画都市ポンティーニアのプロジェクトに参画しようとしています。ムッソリーニに拒まれて以降も何度もムッソリーニに手紙を書き、作品集を送り、ローマ郊外開発計画を提案するなどして必死に売り込みを図っています。ル・コルビュジエのモダニズム建築とファシスト合理主義建築には基本的な同一性がありますが、スターリンにも媚び諂う無節操さが嫌悪されたことは確かです。1930年当時までスイス人であり、結婚後フランス市民権を得たとはいえフランスで活動するル・コルビュジエを、ムッソリーニは無視して忌避したようです。
● ル・コルビュジエはドッコイ負けていません。ル・コルビュジエはジョルジュ・ヴァロワというフランスファシストのリーダーとかなり親しくしていました。アクション・フランセーズといえばフランス王党派の系譜にある極右であり反ユダヤ主義団体です。ジョルジュ・ヴァロワは、アクション・フランセーズの有力メンバーであり、ムッソリーニに心酔してファシスト組織『フェソー』を立ち上げたフランス・ファシストの代表格なのです。ここからル・コルビュジエがムッソリーニに何度も接触を図り、仕官の申し出をしていたことも理解できます。1936年の人民戦線政権下でアクション・フランセーズは地下活動を余儀なくされます。この時期、ル・コルビュジエはブラジルに渡り、リオ・デ・ジャネイロでルシオ・コスタとオスカー・ニーマイアーとともに仕事をしています。
● ところが第2次世界大戦が始まり、降伏したフランスをドイツが分割占領し、北部フランスをドイツ軍政下におき、南部フランスを間接統治をするために、保養地ヴィシーにフランスの背反者ペタン元帥を首班としたドイツ傀儡政府を樹立させます。ペタンの協力ぶりに驚いたヒトラーは、カイテル元帥に「フランスがナチズムを信奉していたとは知らなかった。そうと知ったら攻撃の必要はなかった。同士討ちをした」という趣旨のことを語っています。こんなペタンのところにル・コルビュジエは身を寄せるのです。ル・コルビュジエはヴィシー政権誕生後、ヴィシーに移住までしてペタン元帥やヴィシー傀儡政権に取り入っています。ヴィシー政権は国民革命というファッショ政策を遂行し、ドイツ軍にフランス軍を差出し、フランス官憲は親衛隊とゲシュタポに協力してユダヤ人とレジスタンスを捕えて収容所に移送することを主な仕事にしています。
● この時期のル・コルビュジエのヴィシー政権への加担について、数ある伝記や論集にはほとんど触れられていません。画家であるとともに建築家として脚光を浴びていたル・コルビュジエの作品は、実際には従弟のピエール・ジャンヌレとの共同作品であり、ル・コルビュジエは外回りの営業を中心に行なっていた可能性もあります。そのピエールは、ル・コルビュジエの無節操な政治性に我慢できず、レジスタンス活動に参画してドイツと闘うことを選び、ル・コルビュジエと決別しています。大戦中のル・コルビュジエの作品は残されていませんが、膨大な設計プランだけを考えていたとは思えません。全くの推測ですが、いくつかのプランは破棄された可能性があるのではないでしょうか。
ドイツ降伏後からペタンらヴィシー政権閣僚たちへの裁判が始まり、10万人近くが訴追されますが、多くは免責されペタンも減刑されています。ドゥゴールと自由フランス、そしてフランス共産党のレジスタンス神話が醸成され始めると、都合の悪いことはなかったことにされ、つじつま合わせの歴史観が出回り始めます。
● ル・コルビュジエの戦争責任? そんなものはただの一度も聞いたことありません。ル・コルビュジエの変節とペタンへの只ならぬ協力者ぶりを多くの人々が知っていたことは確かですが、彼を批判した言説は見事に姿を消しています。今日、彼について書かれたあらゆる出版物からも対独協力について詳しく書かれたものはほとんどありません。
● 1945年に依頼が来た「ユニテ・ダビタシオン」はル・コルビュジエの代表的作品です。依頼が来てすぐに設計がなされたのではなく、おそらくこれこそ戦前から戦中にかけてファシストと親密な関係にあったル・コルビュジエが構想してきた都市計画と、都市としての集合住宅という基本構想が結実したことは間違いないのではないでしょうか。建築家は純粋で理系なんだから世情に疎く政治音痴だし・・・などという奴を私は何人も見てきました。彼ら彼女らが言いたいことはわからないでもありませんし、じじつ建築家がその通りの専門バカであることが多いのも確かです。ただし問題はそのような言説が言い訳にもなっておらず、ただの口先の戯言だということです。建築家に限らない日本固有の芸術至上主義と専門技術信仰に基づく妄言です。なるほどバウハウスを神話化したがる訳です。
● グロピウスとミースの変節をなかったことにして、聖人のごとく神格化し、ナチに抵抗したバウハウスの英雄という神話を守り育ててきた理由が少しづつ読めてきました。ル・コルビュジエに至っては神格化とともに個人崇拝、絶対的な権威として、タヌキやキツネのような後発の建築家たちの権威のイコンのように崇め奉られています。
● 今日、日本の大学や建築界デザイン界で、ル・コルビュジエが絶対的な信仰の対象にされているのには理由があります。それは建築家やデザイナー自身が認めたくない現実を隠蔽するのに格好の権威にされてきたからです。彼ら彼女らを支配している心情として、彼ら彼女らが邪悪で強欲な権力や企業に依存し、隷従を強いられていることへのコンプレックスです。こんなはずではない、こんなことは仕方がないことなんだ、生活のため、家族のため、子どものため、会社のため、部下や従業員の生活のため、ゴルフのため、スキーのために仕方なくやっているんだ・・・。冗談じゃありません。ナチもファシストも皆、同じですよ。仕方がなかったと。生活のためだったと。極悪非道の犯罪者の言い訳と全く変わりません。 文=内海信彦


5. 2016年7月18日 20:26:39 : nJF6kGWndY : n7GottskVWw[1950]

>>03 死人を墓から引きずり出して晒し者にするのが普通の諸外国 vs 死ねば仏

日本の場合、死者を鞭打つな という思想の背後には

御霊信仰もあるから、そう偉そうに自慢はできないか

祇園前祭りも終わり、次は後祭だな

ja.wikipedia.org/wiki/御霊信仰
目次 [非表示]
1 霊とは
2 怨霊から御霊へ
3 祇園信仰


6. 2016年7月18日 20:33:47 : nJF6kGWndY : n7GottskVWw[1951]

靖国神社もまた同じだな

一神教が浸透した諸外国では、荒御霊の祟りを畏れる日本人が結構多いことを

なかなか理解できないだろう

http://blog.goo.ne.jp/toshimasanaka/e/1d283c63d77738038b8c867a1b1c64b1
祟り(たたり)を怖れる日本人、死者に鞭打つ隣国の人


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