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歴史の大逆転<本澤二郎の「日本の風景」(2368) <G7キリスト者首脳の伊勢神宮参拝> <政教分離を放棄したG7首脳>
http://www.asyura2.com/16/senkyo206/msg/711.html
投稿者 笑坊 日時 2016 年 5 月 27 日 12:07:22: EaaOcpw/cGfrA j86WVg
 

http://blog.livedoor.jp/jlj001/archives/52138658.html
2016年05月27日 「ジャーナリスト同盟」通信

<G7キリスト者首脳の伊勢神宮参拝>

 今回の伊勢志摩サミットは、中国叩き以外に目立った内容はなかったが、日本の極右・宗教イデオロギーから分析すると、多大な悪しき成果があった。そう、歴史の大逆転である。G7首脳は、日本を除くと、キリスト教徒らである。彼らをまんまと、戦争神社・伊勢神宮に参拝させることに成功した点にある。

<政教分離を放棄したG7首脳>

 政教分離は、近代国家の基本原則である。かりそめにも、これに抵触することは許されない。明白な憲法違反である。
 それを安倍・自公内閣は、見事に違反した。極右にとって、これほどの快挙はない。愚かなG7首脳であることを露呈したものだ。イソップ物語の世界が、5月26日に現出した。肝心の世界経済その他の懸案事項が山積みしてる中で、同日の午前中をかけて日程化、具体化した。欧米先進国首脳が、日本外交当局の用意した罠にはまったことになる。

<国家神道の本山>

 筆者を含め国家神道に対する知識は不足しているが、戦前のあの過酷で、不自由な日本社会を律していたのが、国家神道である。国家神道を抜きに、日本の軍国主義も侵略戦争も想定できない。
 それゆえに占領軍は、敗戦後の対日政策において、信教の自由を保障し、国家神道を廃止した。言及するまでもなく、伊勢神宮が、神である天皇の意思を体現して、侵略と植民地政策を推進・祈る本陣だった。
 そこに安倍は、G7首脳を参拝させるために、何度も足を運んでいる。「あっぱれ!心臓」である。「いずれ田布施に心臓神社が建立されるかもしれない」といった冗談も聞こえてきそうだ。

<侵略戦争の司令塔>

 歴史を知らない、歴史を学んでいない日本人は、筆者だけではあるまい。筆者は、10年ほど前に「橋のない川」(住井すゑ著)を読んだ。人権派弁護士の遠藤順子さんに薦められたものだ。
 天皇制国家主義の時代を、小説の形式で見事にえぐった、戦後最高の文学作品でもある。日本の歴史や文学を研究するためには、必読の本であろう。異様な天皇制国家主義に反吐が出るだろうが、日本人は読まねばならない。
 戦後でも、小説風にまとめないと表現できない日本に、驚かされたものだ。靖国だけではない。国家神道が、戦争遂行の震源地であった。伊勢神宮はその司令塔であった。そこへと日本政府は、総力を挙げて欧米の首脳を参拝させたのである。「日本は天皇中心の神の国」という異様な宗教イデオロギーを、世界に示したことなのだ。キリスト教も形無しであろう。

<神社本庁・日本会議は感涙!>

 振り返って、国家神道から一つの宗教法人に格下げされ、神社本庁として生き延びた原始的宗教は、戦後も天皇家の宗教ゆえに存続してきた。しかし、復活することを放棄することはなかった。
 自民党右翼勢力と連携して、勢力の温存と再興を期してきた。彼らは靖国に合祀されている戦死者の遺族をテコにして、靖国の国家護持運動を繰り広げた。しかし、まともな当時の野党と言論界が反対して成功しなかった。
 いま安倍内閣が誕生すると、財閥を巻き込んで秘密結社・日本会議を本格的に浮上させて、国会議員から地方議員へと組織拡大、憲法破壊運動に率先して取り組んでいる。
 その先頭に「田布施」の心臓を押し立てて、国政・外交権を壟断して突っ走っている。祭政一致の国家神道復活にかけている!その成果が今回のG7を悪用して、悪しき成果を挙げたことになる。感涙する日本会議・神社本庁であろう。

<次回は靖国サミット?>

 伊勢で味をしめた右翼の中には「次回は靖国サミットだ」という冗談も飛び出しているという。問題は、政教分離違反・戦前回帰・歴史の大逆転を、真正面から報道できない新聞テレビにある。この3年ほど神社礼賛報道が、茶の間にがんがん入っていることに、気付いている日本人は少ない。
 「たかが神社」と侮ってはならない。戦争には宗教がからむ。宗教を利用して殺し合いは行われている。心臓内閣の宗教利用は異常である。

<外務省工作資金に興味津々>

 欧米のG7担当の官僚が、伊勢神宮を知らないはずはない。靖国と同列であることを知っている。それでいて、なぜ易々と訪問という名の神宮参拝を受け入れたのか。
 ここでも買収が行われたはずである。東京五輪も金で買収した心臓内閣である。外務省の官房機密費では不足したであろう。せめて朝日や赤旗には指摘してもらいたかった。悔やまれる。

<潘基文・国連事務総長は回避>

 さすがに、次期韓国大統領と名指しされている潘基文・国連事務総長は、わざと日本入国を遅らせて、神宮参拝を回避した。もし、のこのことG7首脳に歩調を合わせていれば、大統領の芽は消えてしまったろう。
 愚民は亡ぶ!

2016年5月27日記(政治評論家・日本記者クラブ会員)

 

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コメント
 
1. 2016年5月27日 13:04:37 : vxsyxtjqOA : dr88cnfHCms[43]
伊勢神宮参拝ではないのでは?

伊勢神宮訪問でしょ、見物。

空気の良いところだし、健康にいいでしょ。


2. 2016年5月27日 18:32:09 : qVEdzlT8YI : DNfu8OqHjtY[39]
 
1さんに賛成
せっかく伊勢志摩に来たんだし観光気分じゃないですか。
せいぜい一般的な日本文化への敬意の表現で、普通の社交の範囲でしょ。

今の日本は政教分離国家なんだから(憲法20条)、仮に日本会議に邪な意図があったとしても、訪問は公式には単なる日本文化の紹介であり、それを超える意味付けは不可能だと思いますね。

社交で訪問しただけで「政教分離を放棄したG7首脳」なんて大丈夫ですかw
 


3. 2016年5月27日 19:42:56 : GX0jAPhTD6 : CIhbabyss1g[1]
>今の日本は政教分離国家なんだから(憲法20条)、仮に日本会議に邪な意図があったとしても、訪問は公式には単なる日本文化の紹介であり、それを超える意味付けは不可能だと思いますね。
>社交で訪問しただけで「政教分離を放棄したG7首脳」なんて大丈夫ですかw

甘いな。
実際はただの訪問でも安倍とその支持者連中は宣伝するだろう。
キリスト教国から来た首脳も「参拝」した。であるからして日本人は皆、神社を参拝するのは当然だと。

>せいぜい一般的な日本文化への敬意の表現で、普通の社交の範囲でしょ。

多くの国民もその程度の認識だろうが、相手はそれ以上のことを考えている。
社会的儀礼の範囲と言う理屈で、信仰を強制されることもあるだろう。


4. 2016年5月27日 19:56:14 : Q82AFi3rQM : Taieh4XiAN4[252]
1,2氏は意図的にトボケている。

 日本会議について知れば知るほど上記記事の内容は妥当。
国を代表する者の集団行動に「観光」はない。
各国首脳が政治的意味のない行動を外国での外交スケジュールに入れることはない、それも集団で。

 安倍氏は自分の政治屋稼業を支えてくれる日本会議神社本庁等に対して今回のようなイベントを実行することにより、今後更にいっそう彼らからの支持を固めたかった意図があったはずだ(何故なら今日発表された消費税増税延期にみられるように安倍政権はジリ貧だから)。
 これまでに安倍氏が海外にばら撒いた(我らの税金)金額を振り返ってみるならば外国首脳陣にばら撒く金額など屁でもないだろう、自分で稼いだ金でもないし。
 地震や放射能で住む場所を失い心身を壊し根本から人生を破壊された「納税者」について安倍氏は一切関心がない。

 米軍産複合利権組織の傀儡である安倍氏(とその集団)はまた、日本自体の内側に生息している日本会議関係集団のポチでもある。
安倍氏には自己尊重の概念、プライドというものがないようだ。
本当の意味で自分を大切にすることができないようで気の毒ではあるが、余りに馬鹿なので同情する気も失せる。



5. 晴れ間[1059] kLCC6orU 2016年5月27日 20:11:36 : xni5yVaf3k : Fxfse0RTtHo[181]

伊勢神宮を「見学」(観光)するだけなら、政教分離の原則には違反しない。
政教分離国家フランスでも、文化財として歴史的な価値があるとみなされる教会建築物の維持修理費は、税金からも助成が行なわれている。(宗教奨励ではなく、単なる文化財保護。)

西欧諸国の代表も「参拝」はしていないだろう。内心、これが「日本会議」取り囲まれた「極右」安倍の文化的古里か、と思ったかもしれないが。安倍に取り込まれるほど馬鹿ではないよ。


なお、日本国は政教分離国家では断じてない。

本投稿記事文中の表現や、コメント記事のような日本国憲法についてのよくある見解 :
*--------------------------------------
> 政教分離は、近代国家の基本原則である。かりそめにも、これに抵触することは許されない。明白な憲法違反である。

>>2
> 今の日本は政教分離国家なんだから(憲法20条)
*--------------------------------------*


日本国民は、いつまでこういう誤魔化しを続けるのだろうか。
日本国憲法は、天皇制を明確に規定した君主制の国家である。共和国(君主制を否定する国体)では断じてない。
天皇が「神事」を行う限り、皇室に税金からカネを出し続ける限り、日本では政教分離は実現していない。憲法の文言を字義通り解釈して「政教分離」を信じるなど、愚の骨頂、愚民臣民のアホ脳である。

天皇が「神」であろうと「人間」であろうと、天皇制は依然として日本国民を支配するイデオロギー装置であり、国家神道(天皇崇拝)は形を変えて生き続けている。
天皇制があるからこそ、日本会議のような極右集団が暗躍するのである。
天皇制がなければ、日本会議も形成されず、霧散するだろう。

天皇制と世襲政治制は、ルーツは同一。共に明治クーデタ派が権力を握ったとき、国民支配を強め貫徹するために、近代になってから創始されたものた。前近代の「お家制度」が政治の世界で生き続けているのだ。
「近代民主主義」の理念とは、真っ向から対立する。

昔、高校の倫理社会の授業で、天皇制を憲法で規定(規制)しているのは、戦前の(日本最大の)大財閥である皇室に天皇制支持者・崇拝者からの寄付などをさせないため、という意味のことを習った。しかし、そろそろ別のパラダイムに入るべきではないだろうか。
極東で、中国も台湾も韓国も共和制になっているのに、日本だけが君主制とは・・・。



6. 2016年5月27日 21:34:58 : qVEdzlT8YI : DNfu8OqHjtY[40]
 
>>3
>実際はただの訪問でも安倍とその支持者連中は宣伝するだろう。
キリスト教国から来た首脳も「参拝」した。であるからして日本人は皆、神社を参拝するのは当然だと。


実際はただの訪問なのなら、それだけのことですね。

G7首脳陣がキリスト教徒か知りませんが、キリスト教文化圏の人間であることは事実でしょう。
キリスト教では、「教会堂を訪問」なんて何の意味もありません。
キリスト教徒になるには、きちんと信仰を告白して洗礼を受けることが必要ですから。
その辺はものすごく厳格で、多神教の日本とは、個人の感覚としても社会通念としても、全く感覚が違うと思いますね。

安倍が宣伝に使うとして、こんな幼稚な宣伝に騙される人ってそんなにいるのかな。
まあ少ないとも思えないのは残念なところですが。

とにかく今のところ憲法20条がありますから、絶対に守らなくてはいけませんね。


>>4
>各国首脳が政治的意味のない行動を外国での外交スケジュールに入れることはない、それも集団で。

安倍政権の異質さを警戒されている可能性はあると思います。


>>5
>なお、日本国は政教分離国家では断じてない。

現実と憲法の関係が逆転した議論に思えます。
憲法は最後の砦なのだから、現実に合わせて解釈を変更したりすべきものではないのです。
 


7. 空虚[440] i_OLlQ 2016年5月27日 21:41:30 : 0VgFvq2NhQ : 3M@KdkhLMmU[2]
>5 晴れ間様

>中国も台湾も韓国も共和制になっているのに、日本だけが君主制とは・・・。

すべて傀儡。本家も、事実上共和制でなくなって久しい。

>しかし、そろそろ別のパラダイムに入るべきではないだろうか。

うん。いいね!賛成。

やつらとは違うNWOね。


8. 2016年5月27日 21:51:44 : Ur9BVDQWe6 : LfdCLtgedeg[24]
客家(華人)が建国した、アジア初どころか、フランス革命より早く共和国が
成立していたことを、記憶に留めておいてよいと思います。日本も無関係ではありませんので。インドネシアにて華人(漢民族中の漢民族である客家)が建国。蘭芳共和国。中華民国に先駆けて。


蘭芳伯は会員に選出されて指導者となり、蘭芳伯の死後も同様の手続で指導者が選出さ
れ、1777年から1884年までオランダに併合されるまで100年以上蘭芳公司は継続した。蘭芳公
司は実質的に民主主義に基づく蘭芳共和国であり、蘭芳伯は大統領と同じであった。フランス
革命以前に既に民主主義国家がボルネオ島に存在していた。蘭芳公司は異国における中国
人の治外法権地域であったのみならず、民主的制度の始まりという点からも評価される。

http://www.jttk.zaq.ne.jp/bachw308/page058.html


9. 2016年5月27日 22:47:02 : AiChp2veWo : crH3ggO@jw4[345]
●田布施がスケープゴードだったらどうするんですか?。●あの聖地は本当に戦争神社なんですね?。

10. 忍穂耳の垢[431] lEWV5I6ogsyNQw 2016年5月28日 06:27:08 : qyczUn9c1U : 5J7Qm59iSMs[16]
>・・・国家神道に対する知識は不足しているが、戦前のあの過酷で、不自由な日本社会を律していたのが、国家神道である。

知識不足を断るその謙虚さには敬意を表するが、
かの「国家神道」なるものが戦争をなした元凶とみるのなら、それには大いに疑問がある。


西欧で起きた、たくさんの戦争の最中にも、そこには宗教があった。
なぜならそれは、生と死のぎりぎりの瀬戸際だからだ。

当時の日本は追いつめられていた。
「現人神(あらびとがみ)」とか「八紘一宇」とか言うころは、もう後が無かった。
後が無いとは、負ければ、命が無いということ。生まれた国、故郷をとられるということ。
いま話題の、尖閣諸島を盗られるとか、そういうレベルではない。どうか想像力を働かせて欲しい。

だから皆、故郷にいる親や子供たちを守るために、銃を取ったのだ。
それを見送る者も、死を常に、感じていた。
いま話題の新型爆弾(原爆)の威力さえ知らず、なんと竹槍で対抗しようとしていたくらいだ。

追いつめられた者達は、無意識の底にある聖なるもの、自らが信じるものの、もとに立つ。
それが、西欧ならば、たとえば基督教であり、中東ならイスラム、この日本なら神道となったというだけ。
ちなみに、仏教にその任を負えはしない。なぜなら仏教は、神道にみる日本的霊性に奥底で支えられているからだ。

いわば、
かの悪名高き「国家神道」とは、死の床で最後の最後に発症した「死因」に過ぎないのだよ。
「死因」が何かは、その個体のどこが一番弱いのかによってきまるだけのこと。
だから、
どれほど「死因」を論じたとしても、病気(戦争)そのものを防ぐことには、つながらない。

だが困ったことに、
その「死因」に過ぎぬ「国家神道」なるものを、原因と捉える愚がいまも続いている。
ほら、そこらじゅうにだ。どれも西欧的史観に染められた者ばかり。


11. 忍穂耳の垢[432] lEWV5I6ogsyNQw 2016年5月28日 06:29:50 : qyczUn9c1U : 5J7Qm59iSMs[17]
>>10 の続きも、記しておこう。

では、
そのような「死因」へのプロセスを決定づけたのは何か、戦争にまで至った原因は何か、と問うてみよう。

その一番最初に挙るのは、そう軍部の、それも陸軍の暴走だ。
では、その暴走を制御するの手立ては、どこにあったのか、と問うてみよう。
その先に出てくるのは、軍とは何か、誰が軍を取り締れるのか‥という問いだ。
それは、「国家神道」とは少し別の話なのが分るだろうか。


驚くべきことに、明治以来のシステムには、軍を制御する術(すべ)が無かった。
当時の先進国に倣い、憲法をなし、議会で事を決めると、設計したにも関わらず、だ。
それは、
往古以来、軍を統帥する伝統を持たない天皇が、なぜか軍を統帥するという‥虚構を抱えたまま、明治は生まれたことによる。
それは、武士の時代を終わらせるために、有名な錦の御旗の力を最大限に利用した結果でもあるかも知れぬ。
それをいいことに、
軍は統帥権干犯を楯にして、天皇の大権を挙げ、好き勝手なことが出来た。
なにしろ、それに口を挟める者は誰も居ないのだから。

最後の最後まで、帝国陸軍は、天皇が親しく統帥するという、その本質的な虚構が見えず、その先には破局しかないことにも、気づくことができなかった。
それは明治以降に生まれた、いわゆる「国家神道」が負える責めではない。


12. おじゃま一郎[5448] gqiCtoLhgtyI6phZ 2016年5月28日 10:09:20 : JtJGx6Upm6 : 29LbG3w5dTU[1]
><G7キリスト者首脳の伊勢神宮参拝>

参拝とは、神殿の前で二礼二拍一礼の行為をする
ことをいい、政教分離を考慮して各首脳はこの行為を
していない。単なる日本文化の見物である。

しかし、カナダのトルドー首相は早めに来日し、夫人とともに
明治神宮を参拝している。首相としては宗教ではなく
日本の文化に触れたかったようだ。

誰もとがめないのは、トルドーのルックスがいいからである。
見てくれは全てに優るのである。



13. ボケ老人[491] g3uDUJhWkGw 2016年5月28日 11:28:51 : nLZD14DWII : 9rxZb60T_X8[13]
>10. 忍穂耳の垢
>当時の日本は追いつめられていた。
>生まれた国、故郷をとられるということ。
>だから皆、故郷にいる親や子供たちを守るために、銃を取ったのだ。
>仏教にその任を負えはしない。なぜなら仏教は、神道にみる日本的霊性に奥底で支えられているからだ。
>かの悪名高き「国家神道」とは、死の床で最後の最後に発症した「死因」に過ぎないのだよ。

当時の「八紘一宇」「五族協和」の欺瞞性が追いつめられていただけ。決して「日本」ではない。
どこが日本国土を侵略してきたのかな。
満州侵出部隊(出先)が本部の意向を無視して戦線を拡大したのだ。
仏教感としてどうかな、一方的な決め付ではないか
原因と結果をないまぜにして議論をぼかしているように思う。

>11. 忍穂耳の垢
>戦争にまで至った原因は何か、……軍部の、それも陸軍の暴走だ。

ここまでわかっているのに、〔「国家神道」とは少し別〕に結びつく説明がない。

>往古以来、軍を統帥する伝統を持たない天皇……なぜか軍を統帥するという‥虚構を抱えたまま、明治は生まれたことによる。
>武士の時代を終わらせるために、有名な錦の御旗の力

往古(いつの時代を指すのかわからないが)天孫族は大王(おおきみ)が軍を統帥していた。
飛鳥から時代を経て平安京の国家体制が整うに連れ、下位職に実権が移るのは古今東西を問わぬ歴史の流れだ。
武士の時代を終わらせる、これは明治維新をヨイショする言葉で、実際は薩長の下級武士を錦の御旗でカモフラージュしたに過ぎない。

>軍は統帥権干犯を楯にして、天皇の大権を挙げ、好き勝手なことが出来た。……なにしろ、それに口を挟める者は誰も居ないのだから。
>いわゆる「国家神道」が負える責めではない。

明治4年太政官布告に始まり昭和12年「国体の本義、現人神」により完成するまでになった国家神道があるからこそ、通説であった天皇機関説を問題にし、統帥権干犯を言い出したと考えられる。大正期から摂政の宮として立っていた裕仁天皇の黙契ありと考えるべきである。
宗教としての神道とは全く別物である
国家神道を抜きにしては考えられない。
今また通説である、集団的自衛権が憲法違反であることを一内閣の解釈、しかも内閣法制局長官を恣意的に取り換え、解釈変更の議論の記録も残さず、圧倒的多数の憲法学者の反対を抑え付けて、戦争できる国とした。
日本会議(決して旧来の右翼ではない)+神道政治連盟はあらたな国家神道復活を目指している。

   


14. 2016年5月28日 12:20:34 : Ur9BVDQWe6 : LfdCLtgedeg[25]
軍の動きを率先して操っていたのは天皇と背後の皇族軍人であることを無視してはだめですよ。

日本を対米開戦に強引に向かわせた伏見宮博恭。731部隊の設立に当たっての資金は特別なところから出ていると、朝枝中将も動画で証言。(これも一つの例に過ぎない。)
特攻隊も金の百合も、児玉機関も・・・ 命令した者は大本営つまり、お上そのもいの。元パイロットも、特攻隊編成への経緯を大本営命令だと動画で証言している。背後をみれば、軍が現地で暴走などと、いくら宣伝しても、信じろと言われても、とても、とても。


15. 2016年5月28日 13:13:11 : W6J5youP1Q : 5ZPsPEFKV5s[12]
風光明媚な国立公園でやりますから、とか言って騙したんだろう。各国首脳と言っても、もはや皆、第二次大戦後世代。日本の国家神道など詳しく知るはずもないし、諜報機関だってマークしてなかったろう。ギリシャのパルテノン神殿でも見物する気分だったのかもしれない。もちろんパルテノンには神官などいないが、着物姿の神官を見てもゲイシャガールを見るのと同じ、「エキゾチックジャパン」くらいにしか感じなかったのではないか。日本の戦前回帰を認めたとかそんな意識ではない。第一、公式行事で参拝はできないのであれはあくまで訪問である。イスラム圏へ行ってイスラム寺院に参詣したのと同じだと言ったら、首脳たちも呆れてひっくり返るかもしれない。w

でもそこが日本会議の狙い目で、首脳たちが来てくれたという事実だけで「国内向け」の宣伝材料にはなる。安倍が会議でリーマンショックとか言い出して国内向けの言い訳を作ったのと同じ手法ではあるが。


16. 2016年5月28日 16:32:09 : 8OJgBBJ5q2 : @CyMpkLuRwg[1]
日蓮正宗を貶すと罰が当たる。
神道を棄てよ。

17. 2016年5月28日 16:34:05 : 8OJgBBJ5q2 : @CyMpkLuRwg[2]
日本文化を大切にして欲しい。

18. 忍穂耳の垢[433] lEWV5I6ogsyNQw 2016年5月28日 18:01:46 : 3NO9L2ieOg : DF9oP9LvUuM[13]
>>13. ボケ老人 殿。コメント有り難う。長くなるので要所のみお答えしたい。

>仏教感としてどうかな、一方的な決め付ではないか

仏教者には大変申し訳ないが、これは‥しいて言うなら、既に現実化していることだ。

仏教はもともと、神道となる以前の、神道の祖型の段階で、新種のお祓いの一手段として導入された。
もちろん、人を救済する仏教の力を否定するわけではない。ただ始まった経緯を述べているだけ。
その底には、往古の神々の権威をある意味で「借りた」基礎がある。だが、これを語ると長いので、しない。

みるがいい、この構造を明治政府が破壊した結果、いまの仏教は漂流しつつあるではないか。
死者が出ても、昔からの宗旨の仏教で葬らない、無宗教の葬儀が増えているとも聞く。
それは、世に貧困が広がっているからだけではない。
なにより、仏教者がいちばん切実に感じているのではないかと。仏教が危機に瀕していることに。

もちろん、神仏混淆に戻せばいいという話でもないけれども。
かように、神々から切り離された仏教は、人をして生死を分つ瀬に追いやる、かつての狂気の進行、
満州事変から始まる十五年戦争の最中の、その理論的な支えとなるには弱いとみる。


>原因と結果をないまぜにして議論をぼかしているように思う。

お題の「国家神道」をどう捉えるか、どの時点で切り出すかで、所見は異なるだろう。

たとえば、GHQが言う「国家神道」、たしかD・H・ホルトムあたりが知恵を付けた元だったか‥
いわゆる「神社神道」がそれだとするなら、
それに関わるものを全て解体・破壊したあかつきには、日本人は日本人でいられないだろう。
それ程に、我々の文化の根底にそれは関わっているからだ。

全く異文化である西欧の価値観、歴史観で日本を断じても、混乱ばかりを生むだけ。
いまだにその愚かな方法論に固執する方々が多いようだけれども。


>往古(いつの時代を指すのかわからないが)天孫族は大王(おおきみ)が軍を統帥していた。

(笑)貴殿も、往時の陸軍とおなじ陥穽に落ちているとみたが。

だがそれもやむなしとも思う。その陥穽に落ちる歴史はかなり根深いからだ。
なにしろ、“大王(おおきみ)が軍を統帥”するという、大きな勘違いは、千三百余も前の天武朝にまで遡るのだから。

この、いわゆる「天皇親政」が、いままで何度も頓挫してきた歴史があることは、あまり話題にされていない。

例えば‥
臣を一切置かず、文字通り「天皇親政」をなした天武帝は、神剣の祟りという、いわば罰を得て病に崩れた。これは誰も臆して語らないが、祖神がそれを許さなかったということだ。
あるいは、親政に憧れた宇多帝は、重用した菅原道真が左遷され、醍醐天皇によって否定されて、皮肉にも延喜の治、古今集にみる日本文化の再興をみた。これもあまり表に出ないが、国が大きく変化した節点の一つだ。
同じく、親政に憧れた後醍醐帝がなした吉野朝、有名な南朝はやがて潰え、北に吸収された。
その南朝の後継と標榜する明治政府がなした国は、日清日露の頃は威勢がよかったが、ご存知のとおり敗戦し、他国による占領統治をみた。
ちなみに、それらの原点だとまぶしく見る、神武天皇が戦った東征は、即位していない皇子のときの話だ。
それらを今に伝える記紀は、それをなした往時の者等の願望がそこに結実している。「八紘一宇」の典拠となる神武天皇の御事績を含めて。いわば、我々はいまもその亡霊に憑かれているとも言えようか。

もうそろそろ、“大王(おおきみ)が軍を統帥”するという虚構に気づいても良い頃ではないかな。
もし「天皇親政」が本来の天皇のお姿なら、このような結末には至っていない。

それは、戦前・戦後の識者らの論説にも見られる。
戦前は福沢諭吉だ。彼は天皇をして「虚器」「虚位」と表現した。
戦後は、誰だったかは思い出せぬが、大日本帝国は「天皇親政」といういわば表向きの「顕教」と、テクノクラートらの実質的な専横という「密教」との、二重構造、つまり「天皇不親政」が論じられてもいる。

あの愚かな戦争を防ぎたいと思うのなら、
結果的な病理でしかない「国家神道」を責めるよりも、
貴殿でさえも取り込まれている、この「天皇親政」という虚構に気づくことの方が、はるかに意味があるだろう。
何度も繰返して申し訳ないが、それは、明治以降に生まれた、いわゆる「国家神道」が負える責めではないのだよ。


19. 悪は必ず亡びる[28] iKuCzZVLgriWU4LRguk 2016年5月28日 18:41:20 : rKUn2ZLCW2 : AhBxfzwJqUc[18]
日本会議は愚かな安倍晋三を見捨てたらしいがね。
例によって、勝ち馬にしか乗らない創価学会も距離を置き始めたようだ。
そして安倍内閣の誕生を援助した、ジャパンハンドラーズはその力を失いつつあるそうだ。

どちらもまだ確信はしていないが、メディアの論調が安倍批判に今後傾くようなら、事実だろうし、参議院選挙で不正選挙は不可能になるかもしれない。
今後の行方を見守っていけば、真相も解ってくるだろう。


20. 2016年5月28日 19:36:16 : A8DcndKiO6 : cpFx_956_@4[36]
そもそも国家は、共通の土地神・穀霊神を祀ることで
共同体としての統一の正統性を得た存在であって、
民主主義国家というのは矛盾した存在です。
民主主義思想を徹底するなら、
中央集権主義の否定まで行かなければなりません。
宗政分離は建前です。
建前だから、守らなければならないのはそうですが、
厳密に守られるはずもありません。
国民が如何なる宗教も信じないようにならなければ実現不可能な体制です。
宗教の自由というのは、国家の、宗教に対しての譲歩・妥協です。
国家を至高の存在と主張する宗教を優遇するのは、
国家が本来宗教的存在だからです。
アメリカは憲法では特定宗教の国教法制化は禁止しているにも関わらず、
大統領就任に際しては、聖書を使って宣誓します。
自由民主主義・宗政分離を主張するなら、
まずアメリカは自由主義国家ではないことを認めてから言いましょう。
アメリカを自由主義国家で、
日本と価値観が一致しているなどと言う人は、
右翼・国家神道信者と同じです。

21. 2016年5月28日 20:27:02 : 3VbCQUYwdw : N6p_TNO57dI[386]
まあ彼らの運動が海外にまで広がることはまずないでしょう。
ほぼ自己満足。仲間内で盛り上がるだけ。
創価学会よりも、統一教会よりも広がらんでしょうな。
海外の人間にしてみれば異国の王を、まずは自国の王やら精神的指導者をさておいて神として崇める精神的動機をもたないでしょう。
日本人が一番、みたいな宗教、そんなのに彼らが入信してもちっとも幸せにはならない。
でもそんな当たり前のことすら思い及ばない人間が今の日本にあふれているのは嘆かわしいことです。

22. 2016年5月29日 00:42:38 : 4WuEoagkJ2 : HDVd8hEYFm4[9]
そういえば日本に来て坊さんになったという外国人は時々聞くが、神主になったという話は聞いたことないな。

23. 忍穂耳の垢[434] lEWV5I6ogsyNQw 2016年5月29日 04:34:24 : 13VRHPHhaw : YTKheEqmSOU[12]
>>18 のつづき

>>13. ボケ老人 殿。失礼。大事なところを落としていた。

>明治4年太政官布告に始まり昭和12年「国体の本義、現人神」により完成するまでになった国家神道があるからこそ、通説であった天皇機関説を問題にし、統帥権干犯を言い出したと考えられる。

それは、貴殿の言葉を返すわけではないが、原因と結果を混ぜこぜにした議論。
はじめに「国家神道」という悪ありきで出来た論ではないかな。

後の統帥権干犯に近い動きは、それこそ明治のはじめから存在したし、その頃はまだ国家神道は完成していなかったと、資料が語っている。
国家神道が完成するまでには、それこそ自身を否定する程の振れ幅で、紆余曲折があった。
なにしろ、当初は国学者の云う理想論のとおりに、祭祀と政治さらには宗教までも一致させようとしたのだ。それも基督教抜きで。さらに、古代の律令制度にあった神祇官を復活させようと企て、政府の言う神道「大教」を教える「教導職」までこしらえた。これらの企てが次々に頓挫して、その方針は二転三転した。

祭・政・教の一致が不可能だと明治新政府は渋々受入れ、宗教を切り離してようやく「国家神道」が固まったのだ。
つまりは、最初から「国家神道」のグランドデザインなどは有りもしなかったし、それが固まるより先に統帥権干犯に近い動きはあった。
維新まもない頃、その統帥権干犯に類する動きが問題化しなかったのは、先のコメの福沢諭吉にみる如く、天皇が如何なる存在かを知る者が当初は存在し、彼らが臨機応変に対応して事を収めたと聞く。
だから、貴殿の見立ては、現実の経過とは逆になる。

推察するに、在野の神道と「国家神道」とを区別したい‥という結論ありきの議論とみるが。だから「国家神道」の異常さ異質性にこだわる。
残念ながら「国家神道」と言えども在野の神道と隔絶したものではない。それは、紆余曲折を経て固まっただけの「死因」なのだよ。

それと「現人神」、正確には「現御神(あきつみかみ)」だが、明治初期のそれは、単に皇祖の御稜威がつく尊い存在ぐらいの認識だった。十五年戦争の最中にみるような、人の姿をした「神様」などという切迫したものではなかった。
どうも、敗戦時の「国家神道」を、まるでナチスドイツのような怪物に見立てたい、それで在野の神道を区別したいという、願望がほの見えて、ならない。


>今また通説である、集団的自衛権が憲法違反であることを一内閣の解釈、しかも内閣法制局長官を恣意的に取り換え、・・

なるほど。そのお話か‥
今の政権はそれほど好きではないのだが、内外の情勢、挑発する北朝鮮や、南シナ海や尖閣諸島にみる中国の動静をみるに、憲法を改正して法整備している間に、いつなんどき有事があるかも知れぬ。
その法整備の冗長さゆえに、ぽっかり空いた防備の穴、脆弱さに対処しようとするのは、責任ある為政者としては、仕方がないのではないかな。


24. ボケ老人[494] g3uDUJhWkGw 2016年5月29日 12:22:56 : nLZD14DWII : 9rxZb60T_X8[16]
忍穂耳の垢 さん
>≫仏教にその人を負えはしない。なぜなら仏教は、神道にみる日本的霊性に奥底で支えられているからだ。
≫仏教感としてどうかな、一方的な決め付ではないか
>既に現実化していることだ。仏教はもともと、神道となる以前の、神道の祖型の段階で、新種のお祓いの一手段として導入された。

神道となる以前と言う意味が分からない。
国家神道(この言葉そのものはGHQが言い出したことだが)が為政者の手で作り上げられるまでは、神様仏様の世界で神仏習合状態であった。
仏教も神道も人の救済を目的としたものでなく、祟りを恐れて敬うのがカミサマで仏教は蘇我氏がマツリゴトとして普及させたもの。江戸期の檀家囲い込みの庇護を離れ、明治の廃仏毀釈によって葬式仏教として残っている。
これは私の認識で異論も多々あるだろうが本スレの趣旨ではないのでこの辺で置く。

>いわゆる「神社神道」に関わるものを全て解体・破壊したあかつきには、日本人は日本人でいられないだろう。

鎮守の森に根差すカミサマとい〔わゆる「神社神道」=国家神道〕は別物であって、これを解体・破壊しても庶民には何の痛痒も無い。」
カミサマもホトケサマも庶民にとっては祖先を敬う心の問題である。

≫往古(いつの時代を指すのかわからないが)天孫族は大王(おおきみ)が軍を統帥していた。
>(笑)貴殿も、往時の陸軍とおなじ陥穽に落ちているとみた

私は敢えて「天皇親政」という言葉を使わなかった。
7世紀後半の天武朝に遡るのではなく、さらに昔の天孫族、出雲族を踏まえて往古とし、百済人とか田布施システムというお伽噺は別としても、万世一系の絶えることのない世界に類のない古代から連綿と続く天皇家などとは露ほどにも考えていない。

≫明治4年太政官布告に始まり昭和12年「国体の本義、現人神」により完成するまでになった国家神道があるからこそ、通説であった天皇機関説を問題にし、統帥権干犯を言い出したと考えられる。
>それは、貴殿の言葉を返すわけではないが、原因と結果を混ぜこぜにした議論。はじめに「国家神道」という悪ありきで出来た論ではないかな。

「国家神道」を道具として、天皇を権威に祭り上げ、帝国主義政策を推し進めた。

>後の統帥権干犯に近い動きは、それこそ明治のはじめから存在したし、その頃はまだ国家神道は完成していなかったと、資料が語っている。

上の文章は何ら意味の無いことである。
倒幕と明治維新は下級武士層の政権奪取に過ぎず、天皇の統帥権という概念そのものが存在しない。
何ら後ろ盾のない明治の為政者が天皇と言う名称を担ぎ上げ、それを己が権威とした。錦の御旗なぞも作り上げられたものであって昔からの権威ではない。天皇の権威は京都周辺には及んでいても関東やそれ以北では、「天皇?。なんぼのもんじゃ」と言うものであった。
己が権威を高めるために、天皇を利用し、さらに国家神道を無理やり作り上げて天皇を神格化して後ろ盾としたのである。

この権威がようやく完成したのが昭和前期であり、天皇自身も現人神として君臨した(親政ではない)

>残念ながら「国家神道」と言えども在野の神道と隔絶したものではない。

村の鎮守の神様の一部を招魂社として一般のそれとは区別して、さらに靖国神社となして英霊(政権側の戦死者)を顕彰する。
これが在野の神道と隔絶したものではないとは

≫今また通説である、集団的自衛権が憲法違反であることを一内閣の解釈、しかも内閣法制局長官を恣意的に取り換え、・・
>なるほど。そのお話か‥

この続きが現実態を分析したものでなく、
10.の「当時の日本は追いつめられていた」と同様
単なるプロパガンダに終わっているのは悲しいね。


25. 忍穂耳の垢[435] lEWV5I6ogsyNQw 2016年5月29日 18:03:10 : GdO03XB0LE : ywJDavVFC4g[13]
>>24. ボケ老人 殿 コメント有り難う。

>神道となる以前と言う意味が分からない。

これが解らなければ議論にはならない。
神道を神道と最初に捉えたのは、漢籍を知る仏教者あたりから出たと聞くが、
むしろ、そう呼ばれる前は、神道とはこうだ‥と迫ることもない、茫漠とした霊性の世界があった。万葉集にも「神ながら、言挙げせぬ国」とあるようにだ。話題の「国家神道」もそうだが、最終的な形態をそのまま過去にまで当てはめて見るのは間違いのもと。
明治政府は「(神社)神道」は宗教ではないと言い、祭政一致は政教分離に反しないとしたが、そうした政治的な意味ではなく、もっと深い意味で、神に感謝し神前で祈りをささげる日本人の姿は、宗教ではない。むしろ霊性と言う方が相応しいだろう。
GHQはこれを知らない。彼らの洗脳が成功したのか、戦後の日本人も、宗教という枠組みでしか見なくなった。もちろん皆ではないけれども。

>祟りを恐れて敬うのがカミサマで仏教は蘇我氏がマツリゴトとして普及させたもの。・・

それは中世以降を現代人が見た解釈論ではないかな。
それでは、江戸時代に数回起きた「お蔭参り(おかげまいり)」は説明出来ない。
日本人はかつて、心のどこかで、はるか皇祖にまで行き着く恩恵(おかげ)によって生かされているのだ‥と知っていた。それは祟りへの怖れとは別のものだ。
これを知っているのと、知らずに怨霊信仰とみるのとでは、出てくる議論はかなり違うものになる。

>鎮守の森に根差すカミサマとい〔わゆる「神社神道」=国家神道〕は別物であって、これを解体・破壊しても庶民には何の痛痒も無い。」

そうかな。
その“鎮守の森に根差すカミサマ”が坐す神社で、日清・日露(戦争)に出征した、わが子や亭主をお護り下さいと、戦勝祈願したのが国家神道完成へのエンジンにもなっている。そうした市井の神社が国家神道を支えたのだ。
とまれ、戦前には、神道から宗教的側面を切り離され、今度は占領統治下の施策と洗脳によって神話は語られなくなり、手足を縛られた各地の神社は衰退してしまった。朽ちた社殿を見かけて沈痛な思いにかられるのもしばしばだ。もちろん、“鎮守の森”さえ残ればそれでいいというのなら、問題はないだろうが。

>倒幕と明治維新は下級武士層の政権奪取に過ぎず、・・
>天皇の権威は京都周辺には及んでいても関東やそれ以北では、「天皇?。なんぼのもんじゃ」と言うものであった。

それはかなり狭い見方とみる。なにより、先の「お蔭参り」や、「ええじゃないか」騒動という世直しの機運が存在したことをみていない。庶民は、天照大御神の御神徳でいっきょに世が変わると、待望して踊り狂ったのだ。そうした機運は、錦の御旗を掲げる倒幕勢力を助ける、見えない力になっただろう。こうして、民が許したからこそ維新は成功した。単なる“下級武士層の政権奪取”劇とみたら誤ろう。

>・・、天皇の統帥権という概念そのものが存在しない。

初期の維新政府とはつまるところ陸軍に始まった。強力な軍を擁して武家政権を倒さねばならなかったからだ。
この者等は、天皇が自ら軍を率いると謳い、「神武東征」になぞらえることで、士気をおおいに引き上げたことだろう。それはいまも「皇軍」という名の響きに残っている。
明治維新を成し遂げさせた「皇軍」によせる思い、それは「天皇親政」による崇高な国づくりへとつながるのは必然のこと。「天皇の統帥権」という言葉が出るはるか前から、天皇が親しく「政(まつりごと)」を執るという思想は根付いていたのだ。
少し大きめの流れでみるなら、明治維新は、「天皇親政」を遂げきれずに吸収された南朝の再チャレンジという意味がある。維新を進める者等にとって、後醍醐帝が憧れた「天皇が親しく政を執る」のは当然に尊守する概念だったろう。

>村の鎮守の神様の一部を招魂社として一般のそれとは区別して、さらに靖国神社となして英霊(政権側の戦死者)を顕彰する。
>これが在野の神道と隔絶したものではないとは

なるほど。だが、人を神様と祀るのは国家神道の専売ではない。
それを始めたのは江戸時代に神道界を支配した吉田神道が始めたものだ。それは豊臣秀吉の豊国大明神、徳川家康の東照大権現にも影響を与えたと聞く。それが長州藩の招魂社、ひいては靖国社につながっている。靖国社の立ち位置の是非は脇に置いての話。
貴殿も“一般のそれとは区別して”と云われるように、庶民は、その人霊を祀る社は、古くからの神様とは違うと、ちゃんと了解していた。もともと人を祀る伝統は日本の霊性にはある。けれど、その多くは御霊を鎮めるためのものだからだ。
むしろ、出征している子や夫の無事を願い、戦勝祈願をするかたわらで、かつて戦地に倒れた御霊に頭(こうべ)を下げるのは、いわば必然の流れだったのかも知れぬ。
子や夫を無事に返して欲しい、願わくば勝利してほしいという、庶民の切なる願いがそこにある。庶民をしてそのような状況にさせたのは、日本を締め上げんとする西欧諸国、それに抗して大陸で戦端を開く軍、それを鼓舞する大本営の陸軍のテクノクラートら、これらの者等に日本の命運を任せてしまったことによろう。かえすがえすも、それにブレーキを掛ける仕組みが無かった事が悔まれる。

>単なるプロパガンダに終わっているのは悲しいね。

陰謀論なら、幾らでも焚き付けられよう。だが、北朝鮮と拡張主義を帯びる中国の動静に対処するのは、どの者が政権を執るとて同じだ。


26. 歯磨き右近高山[742] jpWWgYKriUWL342CjlI 2016年5月30日 00:04:30 : RVZ7dDCxgM : qw8qfW6QkgI[6]
>>5性狂分離して無いから如何わしいのは公明盗。棄民党と、何の違いも無い。

神道には、「信徒 or not」は曖昧であるべき」という不文律が在る。東京の国学院大学 or 三重の皇学館大学に問い合わせて下さい。

10年近く前にTVでPeter Franklさんが指摘した話なんだけれど、Japanese shrinesはある程度以上大規模だと複数のEntranceが在り、その他にも色々と「信徒でない人でも、Enter Free」、っていう空気が充ちていることは、日本国内にもある小規模なキリスト教会との違いで「一目瞭然」でしょ、って述べていましたよ。

(俗語)多神教、(正式)汎神論。尚、Jeffry Burglandさんのご専門は「宗教学」だって。

戦争の最大の犯人は、本当は大騒ぎすべきではない「敵」を、「針小棒大❗」に言う輩。
>>10>>11>>13>>18>>23

忍穂耳の垢 & ボケ老人さん。戦前には軍隊を制御するsystemが有名無実、と言うのは正しいのです。天皇ただ一人で責任が取れる筈がない、出鱈目なDie日本低国犬法。

「国家神道」という概念自体、実体のないものだった、という可能性もあるのではありませんか?

それよりも、東北大地震の時、「一つになろう、日本」って、コレは「Fascismの温床」に他なりません。

>>12>>15>>22
そうですね。欧米人の多くが、日本の神社の事を「宗教施設」とは思っていない可能性がある、と見るべきだと、私は思います。


27. 忍穂耳の垢[436] lEWV5I6ogsyNQw 2016年5月31日 18:14:38 : XZ2uHaevNs : 9I9JNYq44_Q[10]
>>26. 歯磨き右近高山 殿

>「国家神道」という概念自体、実体のないものだった、という可能性もあるのではありませんか?

そのとおり。
追いつめられ、宗教の教えに望みを託して戦おうとする。信仰心の厚い国柄なら十分に起こりうる事。
そこで非難されるべきは戦いの是非なのに、彼らの宗教そのものが悪いと指差す愚かさよ。
海の向こうの大統領予備選では、イスラム教徒の入国を禁ずると候補者が言ったそうな。これも似たようなもの。

「国家神道」は、明治政府の肝いりでなした祭祀と政治を統合したシステムという土台が、やがて勝てない戦争にのめり込んで、行き着いた「結果」でしかない。それは上のコメでの「死因」と同じ。

どうやら、左巻きの方々は、GHQの敷いた路線、教わった西欧的史観のもとに、旧日本を見る。まるで、時代遅れの封建時代に生きた野蛮人を見る如くにだ。
ところがよく見ると、そこには、今の我々と同じ日本人が居る。何とか生き延びようと苦しみもがいている姿をみつけるだろう。


>それよりも、東北大地震の時、「一つになろう、日本」って、コレは「Fascismの温床」に他なりません。

言挙げされた言葉は、あっという間に錆び付き、朽ちやすい。古代の日本人はその儚さを知る故に言挙げを慎んだとも思う。
「一つになろう、日本」も同じとみる。朽ちたら皆が気づく。もの言えば、くちびる寒しとなる。

朽ちてドグマ(教条)化したことに気づかず、喜々として喧伝して歩く者もいるが、それが力を得るかどうかは分らない。
話題の「国家神道」という「死因」が発症した時のような、世に重くのしかかる重圧、はけ口の無い心の葛藤、そのような内面の、それも集合的な要因なしには、ご指摘のような狂気に至るまでには、ならないのではと。


蛇足ながら、冒頭の記事を改めてみるに、なんとステレオタイプな視点かと。
そもそも、靖国社と伊勢神宮を同列とするところは滑稽だ。

伊勢神宮とは、天皇が、皇祖が示した道から逸れ、同床共殿の勅を破り、なした、いわば天皇個人の祭祀場でもある。そこには世を導く君への「戒め」が込められている場。「天皇が親しく政を執る(天皇親政)」という、本来の君から逸れたところから出た穢れ、即ち、かの戦争を終らせる場所としてはまことに相応しい。
日本の首相は軍の総帥でもある、それは米国の大統領も同じ。二人はこの神宮を起点とし広島を訪問した。なかなか良く出来た筋書きだとも思う。


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