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現役の神社宮司が「日本会議や神社本庁のいう伝統は伝統じゃない」「改憲で全体主義に逆戻りする」と真っ向批判(リテラ)
http://www.asyura2.com/16/senkyo207/msg/108.html
投稿者 赤かぶ 日時 2016 年 6 月 01 日 09:25:15: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU
 

                    『日本会議の研究』(扶桑社)


現役の神社宮司が「日本会議や神社本庁のいう伝統は伝統じゃない」「改憲で全体主義に逆戻りする」と真っ向批判
http://lite-ra.com/2016/06/asyuracom-2296.html
2016.06.01. 神社宮司が日本会議や神社本庁を批判  リテラ


 安倍政権ともつながりが深い日本最大の右派団体「日本会議」が、いま、出版・言論界で注目を浴びている。

 今年5月には、著述家の菅野完氏がウェブメディア「ハーバー・ビジネス・オンライン」で昨年2月から連載していた論考を書籍化した『日本会議の研究』が発売。書店に並ぶ前から、椛島有三日本会議事務総長の名義で、版元の扶桑社に出版差し止めを要求する申し入れ書が送られるなどし、大きな話題になっている。椛島氏は、菅野氏が同書で日本会議の中枢に座る「生長の家原理主義」の一人として名指しした人物だ。

 言論活動に対して、それが巷間に出る以前から「抗議」と称して差し止めを要求する。これは明らかに言論、出版の萎縮を狙った威嚇行為だ。断じて許されるものではない。

 しかし、日本会議側がいくら圧力をかけても、昨年以降、メディアは日本会議を大きく取り上げるようになった。新聞でもたびたび取り上げられるようになり、追及の動きは止まることはないだろう。

 こうしたなか最近目を引いたのが、「週刊金曜日」(金曜日)5月27日号の特集「日本会議とは何か」である。同特集には、『証言 村上正邦』などで日本会議の成り立ちを記したジャーナリスト・魚住昭氏や、一水会元代表の鈴木邦男氏、右派の歴史修正主義等を研究してきた能川元一氏などが寄稿しているのだが、特に注目したのが、現役の神社宮司である三輪隆裕氏へのインタビュー記事だ。

 三輪宮司は愛知県・清洲山王宮日吉神社の神職56代。周知の通り、全国約8万社の神社を統括する宗教法人「神社本庁」は日本会議と密接な関係にあり、神社本庁統理や神宮代宮司らが顧問として日本会議の役員に名を連ねている。だが、三輪宮司のインタビューを読むと、神社界全体が日本会議の推し進める“戦前回帰”的な運動に賛同しているわけではないことが、はっきりとわかる。

 三輪宮司は、冒頭から“日本会議は「皇室と国民の強い絆」が「伝統」だと主張しているが”という「週刊金曜日」の質問に対し、こう答えている。

「いや、それは『伝統』ではありません。江戸時代にはごく一部の知識階級を除き、『京都に天皇様がおられる』ということを庶民が知っていたか、はなはだ疑問です。本来神社とは地域の平和と繁栄を祈るためのもので、この日吉神社でいえば、江戸時代は氏神の地域と尾張国の繁栄を神様に祈願していました。明治になって、日本という統一国家ができたので、その象徴として『天皇』を据えたのです」(「週刊金曜日」より)

 事実、神社本庁が「本宗」として仰ぎたて、安倍首相がサミット開催地にゴリ推し(過去記事参照)して各国首脳に訪問までさせた伊勢神宮ですら、明治になるまで一度も天皇が参拝したことはなく、とくに江戸時代に庶民のあいだでブームとなった伊勢参りは、皇室への信仰心によるものではなく、豊作を願ってのもので人気の“観光スポット”という意味合いが強かった。

 しかし、明治維新という“軍事クーデター”によって樹立した明治政府は、それまで民間の信仰であった神社神道を、天照大神を内宮に祀る伊勢神宮を頂点とする「国家神道」に組み替えた。この神話的ヒエラルキーのもと国民を「天皇の赤子」として支配しようとしたのだ。その結果が、「世界無比の神国日本」による侵略戦争の肯定・積極的推進であった。先日逝去した歴史学者・思想史家の安丸良夫氏も、著書でこのように書いている。

〈伊勢神宮と皇居の神殿を頂点とするあらたな祭祀体系は、一見すれば祭政一致という古代的風貌をもっているが、そにじつ、あらたに樹立されるべき近代的国家体制の担い手を求めて、国民の内面性を国家がからめとり、国家が設定する規範と秩序にむけて人々の内発性を調達しようとする壮大な企図の一部だった。そして、それは、復古という幻想を伴っていたとはいえ、民衆の精神生活の実態からみれば、なんらの復古でも伝統的なものでもなく、民衆の精神生活への尊大な無理解のうえに強行された、あらたな宗教体系の強制であった。〉(『神々の明治維新』岩波新書)

 国家神道は日本の「伝統」でもなんでもない。もともと、日本の神社は寺と不可分だった(神仏習合)が、明治政府は神仏分離令(1868年)によって神社から仏像や仏具を撤去するなどし、神道を仏教の上に無理やり位置付けようとした。この神仏分離令は一部で廃仏毀釈と呼ばれる激しい寺院・仏教の排斥運動を呼び込んだが、こうした点について三輪宮司は「週刊金曜日」で、「明治政府は文化と宗教の破壊者です」と強く批判。そして、明治政府の「国家の宗祀」理論や「教育勅語」についても、「このように一つの価値観と規律で国民をしばる、などという発想は、多神教の神道にはありません」と一刀両断している。

 さらに批判は神社本庁にも及ぶ。三輪宮司は、国家神道が神道の歴史では極めて特殊であることを「今の神社本庁には理解できないのですね」と言い、このように解説するのだ。

「戦後、占領軍の『神道指令』で国家神道は解体されました。その後、神社は生き残るために宗教法人・神社本庁として再出発しますが、当時の神道界のリーダーは、ほとんど明治時代に神主になった人だったため、それ以前の本来の神道ではなく、明治政府が作った神道が『伝統』だと思ってしまった。その感覚が、戦後70年経ってもまだ残っているのです」(「週刊金曜日」より)

 実際、神社本庁は「伝統」の御旗のもと、機関誌「神社新報」で新たな憲法を制定して軍の「統帥権」を天皇に帰属させるべきだという主張すらしている。これは大日本帝国憲法で明文化されていた、すなわちどう考えても「近代的」なシロモノ。ようするに神社本庁は、偽りの「伝統」を振りかざして、戦中に軍部が暴走した反省から日本国憲法に記した「文民統制」すら廃止すべし、と言っているわけだ。

 このことひとつとっても、神社本庁のいう「伝統」は単なる政治的装置でしかないことは自明だが、さらに三輪宮司は、神社本庁や日本会議が憲法に組み込むことを求めている「伝統的家族観」の復活や、2012年の自民党憲法改正草案にも含まれているいわゆる「家族条項」の本質についても、このように喝破している。

「家族主義というのは、せいぜい通用するのは家庭内とか友人関係、つまり『顔』の見える範囲の社会です。それを国家のような巨大な社会まで拡大したら、危険ですよ。(略)家族主義を国家まで拡大すると、権威主義や全体主義となります。『良いリーダーの元に素直な人々が結集して良い社会を作る』。これが一番危険です。戦前のファシズム、あるいは共産主義もそうです。カルト宗教なんかも同じです。今のイスラム原理主義もそうです。民族派の人たちが主張するような社会になったら、また昔の全体主義に逆戻りしますよ」(「週刊金曜日」より)

 三輪宮司は、改憲について「日本の独自性とか、妙な伝統とかいったものを振りかざして、現代の人類社会が到達した価値を捨ててしまう可能性があるような憲法なら、変えないほうがよい。日本会議の改憲案は世界の共通価値と離れ、時代錯誤の原理主義と権威主義に満ちている」と語る。神社本庁は目下、日本会議と連携して改憲運動を活発化させており、今年の年始にも傘下の神社の一部で改憲賛成の署名運動を展開していた(過去記事参照)が、三輪宮司によれば、「ほとんどの神社の宮司は、本庁から書類が来ているのでそのようにしているだけ」という。事実、本サイトの記者が年始に都内神社を取材し、職員に聞き込みをした際には、「神社庁のほうで決まったことで……」との答えが複数聞かれた。

 ようするに、神社界全体が、いや、たとえ神社本庁の傘下の神社であったとても、決して日本会議らが企む明治復古的な改憲に諸手を上げて賛同しているわけではないのだろう。むしろ、三輪宮司が「週刊金曜日」で解説しているように、国家神道が“偽りの伝統”であることを熟知している宮司や職員の多くは、安倍政権による改憲に内心危機感を覚えているのかもしれない。

 だが、神社本庁は近年、個別の神社の人事に対して強権的な介入を繰り返すなど「傘下神社への締め付けを強化している」(全国紙社会部記者)との声も漏れ伝わってくる。参院選後に安倍首相が着手するとみられる憲法改悪の前に、一人でも多くの神社関係者が日本会議、神社本庁に反旗を翻して欲しいが、残念ながらそう簡単にはいきそうにないだろう。

(宮島みつや)


 

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コメント
 
1. 新共産主義クラブ[2033] kFaLpI5ZjuWLYINOg4mDdQ 2016年6月01日 09:37:34 : mPOS5zDgq2 : yhfpZgpv2W0[18]
 
 国家神道に対する国民の怒り神道
 

2. 2016年6月01日 09:47:53 : KzvqvqZdMU : OureYyu9fng[-100]

よーするに アメリカかぶれ ってことだょ

アメリカかぶれ・西洋カブレ ってものは 日本が嫌いで嫌いでしょーないのだ。

人権だの主権だの、ゴケンだの、西洋的な概念で 脳味噌がバタ臭くなっておる。


[32初期非表示理由]:担当:アラシコメントが多いので全部処理

3. 2016年6月01日 10:54:13 : dO8tTuRLAE : Xe7VbuNB9WA[2]
三輪宮司よくぞ言ってくれました。伝統的神道の者として今日お神酒をあげましたが(神道では毎月1日と15日、家で祭る神棚の榊を変えお墓参りにいく)。

天照さんと土地神(八百万の神)と祖父母や父母などご先祖を祭る。伝統的神道は自然万物に神が宿る、自分は大自然大宇宙に生かされているという考えがメイン。たしかに今の神社本庁はおかしい。明治維新の大神社解体から国家神道という新興宗教をはじめて、太平洋戦争の敗戦で国家神道はおわったはずなのに、また全体主義に戻そうとしている。
国家神道なんて政治の小道具にすぎない。あんなもん本来の神道哲学からして邪道。
土地や血に宿る神秘性を愛するのが本来の姿であって、時の権力や政府に盲目的に追従せよという日本会議的な思想は神道とは相容れない。


4. 2016年6月01日 11:04:14 : c9q1dzKb9w : 9e@HapKMbz8[3]
>>02

血がオツムに上り過ぎて反論になっとらんぞ。

ていうか、オマエさんがちゃんと反論したコメントを見たことはないけど。

あ、だから消されちゃうのかw


5. 大和狼[521] keWYYZhU 2016年6月01日 11:13:41 : tmUdaCHHuA : blgR0k5DmEo[1]
ただの成り済まし宗教カルト。それも朝鮮カルト。山口の神社の宮司はいつの間にか乗っ取られ係争中に不審死した。
その神社の敷地は原発建設予定地。

明治に遡っても靖国神社は
長州の小さな神社だったんだろ。

朝鮮田布施ムラ出身者たちがそれを軍国主義に利用した。それが真相だろう。
昭和天皇が靖国参拝を止めたのはA級戦犯合祀ではなく逆賊長州への反感からだろう。


6. 新共産主義クラブ[2035] kFaLpI5ZjuWLYINOg4mDdQ 2016年6月01日 11:18:05 : n9wX432XWc : Pa_R7YbHNuA[2]
>>4さん
 
 2さんは、西洋かぶれした国家神道は、英国国教会の真似事だと言って、明治の新政府と明治憲法に対して怒っていらっしゃいますのよ。
 
 「明治天皇は、徳川の将軍様を、西洋風の王様みたいにバタ臭くしたものだ」と、怒り心頭のご様子。
 


7. 2016年6月01日 11:56:29 : esmsVHFkrM : Z3UQbl@PdwA[320]

神道はもともと日本人民衆の素朴な信仰だ。祀られているものはそれこそそれこそ森羅万象、民衆が素朴に恐れ畏れ敬い愛するものだ。だから地域地域に氏神がいて民衆から愛されてきた。

それを明治維新の際国家が取り上げて自分たち利権官僚国家のイデオロギーとしやがって、敗戦で氏神たちがやっと帰ってきたかと思ったら、神社本庁がいつの間にかちゃっかり乗っ取って再び戦前ファシズム復帰の手段にしようとしている。

氏神を、民衆の神々を、神社本庁とそこに巣食うファシズトどものてから奪い返そう。

それは簡単だ。あなたも今日から以下の2項目を実行しよう。

1. 神社本庁が共生する「二拝二拍手一拝」には従わない。自分の好きなやり方でお参りする。

2. 賽銭もおみくじもお守りも、神社には一切金を払わない。どうせ金は神様に行かない。神様はそもそも民衆から金など望まない。金は神社本庁の戦前復帰政治運動に悪用されるだけだ。

神社で賽銭も上げず「二拝二拍手一拝」もしない人がいたらそれは同志だ。ニヤッと笑って挨拶を交わそう。

日本のどこかの神社でそんなあなたと会うのを楽しみにしている。


8. 2016年6月01日 12:10:26 : c9q1dzKb9w : 9e@HapKMbz8[6]
>2さんは、西洋かぶれした国家神道は、英国国教会の真似事だと言って、明治の新政府と明治憲法に対して怒っていらっしゃいますのよ。


はあ?
だったらなんでこんなこと書いてんだ?

>>02

>人権だの主権だの、ゴケンだの、西洋的な概念で 脳味噌がバタ臭くなっておる。


9. 2016年6月01日 12:14:43 : 46EnRy6sT6 : 5WOy0cO0ERA[1]
政府とは、統治システムである。江戸期、諸外国からの介入でリビアのごとく徳川の軍事政権はつぶされ(首都壊滅にはならなかったが)、フランス・イギリス・ドイツ・アメリカなどと技術導入(つまり今のリビアや中東の占領施策)し、多国籍政府の後見の元、各国通の人物が統治の要に据えられた。そして政府からのお抱え外国人としてそれらから技術者を雇い入れた。結果軍隊は陸軍がフランス式(のちにドイツ式)、海軍がイギリス式に、教育関連・開拓分野ではアメリカ人が多く雇われた。明治元年からお抱え外国人の国籍内訳は、イギリス人1,127人、アメリカ人414人、フランス人333人、中国人250人、ドイツ人215人、オランダ人99人、その他252人である。また期間を1900年までとすると、イギリス人4,353人、フランス人1,578人、ドイツ人1,223人、アメリカ人1,213人とされている。
つまり、明治は多国籍占領軍の海外派兵によって成立したのだが、現イラクのごとく表上現地人(西洋かぶれの日本人)が主導で構築した形式になっている。
システムとしては、江戸期の日本は連合政府とほぼ同質であったため、中央が各地をコントロールする集権化を行い、その骨子として宗教(天皇)を据え、神道以外の宗教を管理から外し(廃仏毀釈など起こる)、国家資金で神道を運営した。

これにより、潤沢な国家資金で宗教を賄い、日本人の精神を侵し、もって国の建設根拠をまでも神道で形作り、キリスト教徒や他原理主義のごとく指導者の一声で一丸となって動く日式統治システムが誕生した。それが日本帝国。

その日式統治システムは、日清・日露・第一次世界大戦のなかで得られたコロニーにて実践再生産され、周辺国家へ現代のOS商品のごとく現地統治システムを塗り替え、組み込まれていった。第二次世界大戦まで続くことになる。


10. 人間になりたい[42] kGyK1ILJgsiC6IK9gqI 2016年6月01日 16:14:57 : vew34TeHNk : O3QpYgKaGX8[42]
>日本会議や神社本庁のいう伝統は伝統じゃない
全くその通りです。社会における本物とは根底に人間があるものをいいます。人間のないものは似非です。社会は人類が人間として生きる場です。だから社会の要請によって生まれたものには人間性がなくてはなりません。統治システムも政治も経済も文化も伝統も宗教も根底に人間のないものは似非です。日本会議とは似非右翼と似非宗教(カルト)の集団です。だから彼らのいう伝統は似非伝統にならざるをえません。「皇室と国民の強い絆」が「伝統」だと主張するのは壁(システム=権力)が欲しいからです。国旗や国を愛するふりをするのも壁の側に立ち人間を支配するための道具にしたいがためです。アメリカのケツ舐めにうつつを抜かすのも、ユダヤ選民主義やNWOとつるむのも同じことです。人間は社会的行動規範の根底に隣人愛を受け入れた人なので、人間性に反しない限りそれぞれの個性を尊重します。自己愛という子供の精神構造から成長できなかった人たちは自分を基点として判断することしかできないので、違う考えや行動をとる他者を許容できません。だから考えが同じで役に立つお友達同士はとても仲が良いのですが、違う人には過剰な敵愾心を抱きます。考えの違う相手の個を認めて友好的に付き合うということができないので居心地の良い環境を確保するためには排除するしかありません。そのためあらゆる権謀術数を企てますがなんといっても一番効果的なのは壁(権力)を私物化することです。安倍内閣によって権力は手に入れたのですがいまだ私物化には至っていません。立憲主義を破壊し、憲法を踏みにじり戦争のできる国にするために汗びっしょりになってうごめいていますが、激しい市民の抵抗にあって苦戦を強いられています。市民が掲げる「安倍政治を許さない」の安倍政治とはなんでしょう。個々の政策や滑舌の悪さに怒っていることもあるでしょうが、人間のない政治、似非政治に対する気持ちの悪さが粘り強い行動のエネルギーになっているのではないでしょうか。最近ではオーンゴールも多発するようになりました。もうすぐお腹が痛くなる頃でしょう。

11. 2016年6月01日 18:41:04 : tHIVKuZsdo : _YgkBQOb_8U[811]
http://hiyoshikami.jp/hiyoshiblog/
日吉神社の宮司さんのブログ拾って来たよ。
すげー気に入った。面白い。 御目通し願いたし。
ただボリュームが物凄い処持って来て然もえらい濃いので
各位事前にトイレと食事を済ませ、ビールとつまみを不足無く用意した上で
肝を据えて読破しに行って下されませ

12. 2016年6月01日 19:20:10 : ftkX5EzCns : QsBSN@WLx4Q[61]
歪められ プロパガンダの お飾りに

13. 2016年6月01日 19:22:21 : Oozg29Kcag : Qiiwq5NaXgQ[144]
…… 政治権力と民俗的なものとの対抗というこの構図には、すでに近世中後期以降の長い由来があった。祭礼と若者組の制限や禁止、強制的な勧化の禁止、流行神や淫祠の禁圧、博奕・芝居・踊の禁制などは、幕府や藩の法令のなかにしばしば見出すことができる。しかし、こうした禁制は、一時的にはともかく、幕藩制の動揺と解体の過程ではけっして有効ではなく、むしろこうした民俗的な様式を通して民衆の欲求とエネルギーとが社会の表相へ表出されていったのである。

ところが、廃藩置県をおえて集権国家としての体制をととのえた明治政府は、こうした民俗的なものへの抑圧をいっきょに強めていった。教部省と大教院による教化政策も、よりひろい視点からみれば、この開明的専制主義の一環であり、神仏各派は、その大合唱に加わることで、みずからの存在意義を政府に認めさせようとした。また、民俗的なものに対立するという点では、ようやく数を増してきた開明的な新聞・雑誌類もおなじ立場にあり、反政府的な新聞の方が、民俗的なものへの対抗意識がいっそう強烈でさえあった。

民俗的なものへのこうした抑圧策は、全国的にみれば、六十六部の禁止(四年十月)、普化宗の廃止(同上)、修験宗の廃止(五年九月)、僧侶の托鉢禁止(同十一月)、梓巫・市子・憑祈禱・狐下げなどの禁止(六年一月)、祈禱・禁厭をもって医薬を妨ぐる者の取締り(七年六月)などが重要な画期であり、これらの禁令は、それぞれの地域で、地方官の啓蒙的改革への情熱にもとづいて実施されていった。

そして、これらの伝統的な宗教活動の禁止は、産穢をきらわないとか、女人結界を廃止するとか、僧侶にも妻帯・蓄髪を許すとかいう、それ自体としては開明と啓蒙の政策ともあい補うものであり、また裸体・肌ぬぎ・男女混浴・春画・刺青などの禁止とも結びついていた。素人相撲・門付の芸人・万歳なども、あるいは禁じられ、あるいは改められた。民俗的なものは、全体として猥雑な旧習に属し、信仰的なものはその中心的な構成要素であった。

民俗信仰が猥雑な旧慣のなかに一括されて、啓蒙主義的な確信にもとづく抑圧策の前では、ひたすらに否定的にしか意味づけられないものであったということは、ここでとりあげている分割線の設定にかかわって、もっとも留意すべき点である。というのは、この枠付けによって、民俗信仰の抑圧は、強権的なものとしてよりも、はるかに権威づけられた啓蒙や進取のプラスの価値として、人々に迫ることになるからである。

一方に猥雑と懶惰と浪費と迷信があり、他方に良俗と勤労と文明と合理性があるというとき、誰も前者に積極的な意味をあたえて、これを後者に対決すべきものとしてつきつけることはできない。こうして民俗信仰の世界は、意味や価値としての自立性をあらかじめ奪われた否定的な次元として、明治政府の開化政策にむきあってしまう。政府の開化主義的な抑圧政策にたいして、不安・不満・恐怖などが不可避的に生まれても、しかしそれは、筋道たてて意味づけられて表わされることのできない鬱屈した意識(むしろ自己抑圧された下意識)として、漠然と存在するほかない。そして、そのためにまた、権力の抑圧性とそれにたいする不満や不安なども、時間の経過のうちにしだいに意識下の次元に葬られ、開明的諸政策とその諸理念が曖昧に受容されてしまうのであった。

出典:神々の明治維新 ―神仏分離と廃仏毀釈―
http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_good/good0405.html


14. 2016年6月01日 22:01:26 : G9pRncd5P6 : kNLawzAmjgA[699]

先日、Amazonで元日本会議メンバー(?)という方の興味深いレビューを見つけましたので以下に貼っておきます。神道とは直接関係無い話で申し訳ないですが「日本会議つながり」ということですみません。

Amazon『日本会議の研究』のレビューより
投稿者はぐらめい2016年5月29日 形式: 新書|Amazonで購入

伊藤哲夫様

すっかりご無沙汰しております。伊藤さんが「安倍首相の筆頭ブレーン」として詳しく紹介されている『日本会議の研究』を読み、いろいろ懐かしく思い起こしております。15年ぐらい前のことですが、日本会議山形県支部発足の会で司会を務めさせていただいたこともありました。伊藤さんと最後にお会いしたのはちょうど10年前、平成18年3月の「立ち上がれ!日本」ネットワーク山形支部の設立の会合でした。あの時、伊藤さんのお話に異和を感じて質問させていただきました。「日本本来の保守の立場」とは何なのかを考えるきっかけになったものでした。その後の第一次、第二次安倍政権成立、伊藤さんの陰ながらの御尽力を思いました。とりわけ第二次安倍政権において繰り出される施策の数々に伊藤さんの熱い思いを感じ取っていました。しかし正直申し上げ、最後にお会いした時の「異和」の感じは膨れ上がる一方でした。

私たち世代はいろんな場で言いあい、議論をしたものでした。はじめっから丸く収めようなどとは決して思いませんでした。みんな言うだけ言いあえば、そこからおのずとひとつの道筋が見えてくる、けんか腰もありましたが、最後はちがいはちがい一致は一致でそれはそれ、たしかな魂のふれあいがありました。そうした言いあいの蓄積がひとりひとりの活力にも世の中全体の活力にもつながっていったのだと思います。

実はそうした思いからすると、施策のどうこう以前に、安倍首相の姿勢ががまんなりません。議論にならないというより前に議論しようとはしないのです。言いくるめる、はぐらかす、その場を切り抜けることしか考えていない。魂の在処がみえません。フクイチの現状を「アンダーコントロール」と言いくるめ、「ウソつかない。TPP断固反対。ブレない」はずが、そんなことは忘れた振りでむしろTPP実現推進に様変わり、「経済第一」の行きつくところの軍事力増強、そのための安保法制、九条破棄、その先にあるのはいよいよ宗主国アメリカ様言いなりの「戦争のできる国」。「アベノミクス」「三本の矢」も所詮お題目、暮らしはさっぱり豊かにならず貧しさに向っているのが正直な実感、ごく一部の富裕層と残りの貧困層、中間層がぬけ落ちて二極化の進行です。伊藤さん、どっかで間違ったんじゃあないですか。かねて伊藤さんたちが唱え私も共感していた「日本再生」どころか、大切な日本が足もとから壊れているんじゃあないですか。

伊藤さんを思い起こしながら2年前に書いた文章があります。

*   *   *   *   *

政治が民からどんどん遊離させられている。昔はそうではなかった。地域を思う、国を思うことにみんなもっとエネルギーを注いでいた。いつのまにかみんな個のタコツボに入ってしまっているのがあたりまえになり、政治は特別な人のものになってしまっている。権力をにぎる側にとっては好都合なことだ。いろんな面での二極化と軌を一にしています。

「国民の生活が第一」、政党名にもなった。遠い昔のことのように思えるが、2年前のことだった。政党名になる前、鳩山さんや小沢さんが民主党の実権を握っていたわずかな時代、この言葉をかかげたポスターがあちこちに貼られていたものだった。平成22年9月14日、民主党代表選で小沢さんが敗れた日、この日が日本の分水嶺だった。あの日まっとうに小沢さんが選ばれていれば東北大震災もなかった、そう思えてしょうがない。なぜ今更「集団的自衛権」なのか。自民党のなかにも「アンタらより若い人たちが戦場に行き殺されるかも知れないんだよ?そんな大事なことを閣議決定で簡単に決めて良いのか?」(村上誠一郎衆院議員)と正論を吐く人もいるにはいる。しかしそんな声は掻き消されてしまう。公明党も政権与党であり続けるために「平和の党」の大原則を脱ぎ捨てた。

安倍首相の陰にいつも思い浮かべる人がいます。日本政策研究センター所長の伊藤哲夫さんです。懐かしい人です。「新しい歴史教科書をつくる会」運動に関わる以前からの付き合いでした。私とは同年代、新潟大学の出身です。学生時代から「生長の家」に属し、大学紛争の時代右翼側で当時の全共闘と対峙したと聞いたことがあります。その後、「生長の家」の内部で政治に対する考え方の対立が生じ、「生長の家」から出て新たなグループ(ビジョンの会)を立ち上げました。私が市議をやっていた頃、その山形のグループ、山形ビジョンの会の方々と出会ったのでした。その会のK会長さんによって、「新しい歴史教科書をつくる会」運動の渦中に入り込むことになりました。山形県支部の活動は全国でもトップレベルだったと今も自負します。ほんとうに本気でした。それだけに当時の仲間は「同志」というのがぴったりで、今でもひとりひとりが懐かしい。

その伊藤さんの講演の中でだったと思います。「アメリカに一週間ほど滞在して、その間何人ものアメリカの要人と会ってきた。」と多少自慢げに話されたことがありました。その後あらためて「ジャパンハンドラーズ」の存在を知るに及んで、その時の「アメリカ要人」とは誰だったのか聞いておくべきだったと思ったのですが、もうお会いする機会もありませんでした。2006-03-21 にブログに書いたこんな記事があります。

《19日に伊藤哲夫日本政策研究センター所長が来られるとのことで、久しぶりにビジョンの会例会に参加してきた。会場で「立ち上がれ!日本」ネットワーク山形支部の設立の会合であることを知った。地方支部としては第一号とのことだった。はじめての顔ぶれも多かった。
伊藤所長の話の中で、中国、北朝鮮を批判するに「自由と人権」を持ち出されることに違和を感じて質問した。「もっと別の言葉はないのだろうか」と。伊藤氏も自覚しておられるようで、「しかし、『自由』と『人権』という言葉は国際的には力を持つ」と答えられた。私には、アメリカによる占領下の「ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム」を批判し、その流れでサヨクの持ち出す「人権」に異議を唱えつつ、中国、北朝鮮を「自由と人権」の視点で批判するというダブルスタンダード、結局アメリカの言い分に巻き込まれている今の日本の「保守」の姿が見えてくる。日本本来の保守の立場とは、そうではないはずなのだ。としたら、「日本本来の保守の立場」とは何なのか。「もっと別の言葉」を本気で探したいと思った。》

このときがお会いした最後でした。ジャパンハンドラーズとのつながりを思わされます。本来あるべき「スジ」が失われています。「スジを通す」の「スジ」です。その場その場都合のいい論理をつなぎあわせるようになったら理論家(思想家)としてはおしまいです。伊藤さんは「理論家(思想家)」というより「オルガナイザー」だったかもしれません。

安倍首相が世の注目を集めるようになったのは、平成14年、副官房長官として小泉首相と共に訪朝し、拉致問題について強硬路線を主張したことからですが、伊藤さんと安倍首相とのつきあいはずっとそれ以前からです。安倍さんの初当選が平成5年、保守系議員のシンクタンク的役割を果たす日本政策研究センターの設立が昭和59年ですから、議員当選当初から伊藤さんは良きアドバイザー、あるいは指南役だったと思います。そうしたことから教科書問題に取組む私たちにとって、安倍さんは中川昭一さん等と共に最も信頼に足る国会議員と思っていたものでした。安倍さんの兄貴分といわれる衛藤晟一議員は、伊藤さんとは「生長の家」以来のいわば身内です。

私は、平成13年の9.11をきっかけに始まるアメリカによるイラク侵攻、小泉政権下の自衛隊派遣という流れの中で、少しずつ「つくる会」の運動から距離を置くようになります。並行して副島さんの文章をよく読むようになりました。西尾幹二先生に副島さんとの対談を提案したら、すごい剣幕で「あんな奴はわれわれの間では信用ない」と言われて驚いたことがありました。しかし私は、副島隆彦さんの説く「アジア人同士戦わず」に深く共感しました。副島さんの文章は「正論」では読んでいましたが、最初に買った本は『堕ちよ!日本経済ーアメリカの軛から脱するために』です。この本の発行が平成12年8月ですから、翌年9.11が起きたときにはかなり副島さんの愛読者になっていたと思います。『副島隆彦の学問道場』はいちばん先にチェックするサイトになっていました。一時は一年1万円の会員にもなっていました。今でも副島さんは良き水先案内人です。いま『ダヴィンチ・コード』をおもしろく読んでいますが、もとをたどると副島さんの『隠された歴史:そもそも仏教とは何ものか?』でマグダラのマリアについて教えられたことからです。

「日本をアメリカの属国にしておくための対日操作班ジャパンハンドラーズが存在する」。今ではもう「常識」と言っていいかもしれませんが、副島さんグループが最初に言い出したことでした。このことでハッと思い起こしたのが、伊藤さんの「アメリカの要人と会ってきた」という話でした。いつのまにか、伊藤さん、アメリカの操り人形にさせられているのではないだろうか。

平成18年9月、第一次安倍内閣誕生。「美しい国」「戦後レジームからの脱却」というテーマ設定に、安倍さんらしいな、伊藤さん張り切っているんだろうな、と思っていました。しかし翌年9月、1年そこそこで体調不良を主な理由に突然の辞任、だれもがもう再起不能と思ったものでした。ところがどっこいそうではありませんでした。平成24年9月の自民党総裁選挙で石破氏に逆転勝利、12月の衆院選で294議席を獲得して圧勝、そして二度目の安倍内閣誕生。第一次安倍内閣の失敗からの学習効果は大きかったようで、たくましく変身を遂げていました。本来の安倍カラー満載、それは私がかつてその中にいた世界そのままでした。安倍さんがそうしたカラーを打ち出す度、伊藤さんの影を感ぜずにおれませんでした。

教科書運動に躍起になっていた頃のことですが、伊藤さんと話していて心配になったことがありました。米沢で教科書問題について講演していただいた時のことです。「われわれの歴史教科書が採用されたとして、現場の混乱が心配だけどどう思いますか。」と言ったとき、いとも簡単に「それは心配ない。」の言葉でとりつくしまもなかったのです。どういうふうに心配ないのか、いま安倍さんのやり方を見ていて、「反対するやつなんか無視してどんどん進めるから、心配ない」ということだったのかと理解できたように思うのです。「自分たちは絶対正しい、まちがいない」のです。

伊藤さんも安倍さんも善意の人です。いい人です。だから「たくらみ」に屈するのです。どうすれば気づくことができるのでしょうか。どうにも抜き差しならぬところまで行かねば気づけないのかもしれません。としたら国民にとって実に不幸なことです。

*   *   *   *   *

以上、2年前に書いた文章ですが、《いま安倍さんのやり方を見ていて、「反対するやつなんか無視してどんどん進めるから、心配ない」ということだったのかと理解できたように思うのです。「自分たちは絶対正しい、まちがいない」のです。》と、安倍政権の危うさを指摘したつもりでした。あれから2年、多くの心ある国民はこのことに気づき心配しています。「心ある国民」とは、新聞テレビのマスコミ報道や日々の人間関係のみにどっぷり浸かることなく、ネット情報や書籍に拠る情報をもとに自分なりに「考える」ことのできる国民です。「考える」結果、目先のことだけに惑わされずに「自分の立ち位置が見える」ようになります。自己の相対化です。「知識」ではなく「知恵」の問題です。伊藤さん、やっとの思いで実現させた安倍政権の維持に汲々とするあまり、自らの立ち位置が見えなくなってしまっているのではないですか。

どうしてもお聞きしておかねばならないことがあります。伊藤さんが会って来られたという「アメリカの要人」とはどなたですか。

(引用終わり)


15. 2016年6月01日 22:54:00 : qVEdzlT8YI : DNfu8OqHjtY[47]
 
>本文 実際、神社本庁は「伝統」の御旗のもと、機関誌「神社新報」で新たな憲法を制定して軍の「統帥権」を天皇に帰属させるべきだという主張すらしている。これは大日本帝国憲法で明文化されていた、すなわちどう考えても「近代的」なシロモノ。

太平洋戦争時、大本営発表で玉砕を伝える際に必ず流されたという『海ゆかば』も「「近代的」なシロモノ」です。
歌詞は万葉集から取られていますが、曲はワーグナーを連想させるドイツロマン派的曲想ですから。
(ワーグナーの音楽と言えば、ナチスドイツがアーリア人至上主義を謳って、ドイツ人煽動に利用したことでも有名です。)
実際、作曲者の信時潔は、西洋音楽を学んでドイツに留学しています。
(右翼的)日本人を高揚させる感じで、それなりに名曲かとは思いますが、日本の伝統音楽とは言えません。
https://www.youtube.com/watch?v=PfBebI2oFp4

結局、国家神道とは、近代的なイメージ戦略であり、大日本帝国の広告宣伝活動(プロパガンダ)に過ぎないように思います。
(神様とは何の関係もない)
しかし、宗教の仮面を被って大日本帝国憲法に影響を及ぼし、軍部の暴走を許し、悲惨な戦争を正当化していく力となりました。
安倍の「美しい日本」もイメージ戦略であり、麻生の「ナチスに学べ」も、このような広告宣伝活動が念頭にあるのでしょう。
 


16. 忍穂耳の垢[437] lEWV5I6ogsyNQw 2016年6月01日 23:45:38 : qyczUn9c1U : 5J7Qm59iSMs[18]
はて、この日吉神社の三輪宮司は、リテラなる場に引用されたのを了解済みなのかな?

>事実、神社本庁が「本宗」として仰ぎたて、安倍首相がサミット開催地にゴリ推し(過去記事参照)して各国首脳に訪問までさせた伊勢神宮ですら、明治になるまで一度も天皇が参拝したことはなく、・・

(笑)一度も参拝したことがない‥のではなくて、してはいけないのだよ。
それは、伝統だった。天皇の歴史を少しでも知る者なら、こうした書き方はしない。

それと、天皇が地方の神社に参拝するのも、本来は有り得ないこと。今はそれさえ崩れている気配があるけれども。


>実際、神社本庁は「伝統」の御旗のもと、機関誌「神社新報」で新たな憲法を制定して軍の「統帥権」を天皇に帰属させるべきだという主張すらしている。

まずはそのソースを拝見したいものだ。
なにしろ、今の憲法下で象徴とされる天皇は、そもそも「統帥権」を執れぬ立場にある。
象徴天皇という立ち位置を変えるほどの改正を、本当にそのような主張があるとは、にわかには信じられない。


なぜなら、それは日本を戦端の淵におとしめた原因という、たいへん大きな問題だからだ。
ところが、困った事に‥
多くは、いまだ「天皇が親しく政・軍を執る」という虚構がなす陥穽に気づいていない。それは、ここに集う左巻きの御仁らも含めて。いや、それどころか、問題の存在にさえ気づいてもいないだろう。
こうした無知な御仁がそのまま天皇の側近になったら、おそらく戦前の陸軍テクノクラートらと同じ愚を犯すだろうと思うからだ。まさに先の民主党政権に、危うさを憶えるのと同じ。こうした思いは、ちょっと前の、左巻きの御仁との意見交換で、なおさらに強くした。

とまれ、
こうした「天皇親政」が、当時の軍部に「天皇の(直接の)統帥権」という論拠を与え、軍部の独走を許した。いわば、日本を戦争におとしめた本因がこれなのだよ。「国家神道」という結果的な病的症候群を責めるよりも、より本質的な原因がこれ。

ちなみに、
このような「天皇親政観」を植え付けた原因は、古事記、日本書紀を編んだ者等にその原因がある。もっと深く言えば、力に頼る人間の愚かさ、驕りにその原因があろう。
天武帝は、蘇我氏等がなした傀儡王朝を憎み、敢えて一切の臣を置かない親政をなしたふしがある。
問題は、その天武朝の親政を、朝鮮系帰化人や漢籍に通じた者らが、当然の事として彼らの価値観のもとで賛美の目で捉え、それを描いた事だ。
記紀の通奏低音として響く、侵略史観、「易性革命」的な強さを善しとする性向は、本来の日本人のそれではない。
困った事に、歴代の天皇の一部は、そうした大陸的性向に憧れ、皇祖が戒める驕りのままに生きたところがある。その責めはその皇祖の恩恵に預かる国民に及ぶということを知らぬままに、だ。


17. 2016年6月01日 23:48:35 : LY52bYZiZQ : i3tnm@WgHAM[3522]
神社は元々天皇や皇后を祀ったもの、武士を祀ったもの、土着神を祀ったもの、など多種多様だから神話に合わせて組織を組み替えるという行為自体に無理がある(というか日本人の元々の自然な信仰心に反する行為となる)。江戸時代以前の外国との戦争で祈願に使われていた神社は靖国神社ではなく福岡市の筥崎宮だったようだが極右メディアの動画コンテンツなどを見ていても論客がそのことを指摘することは殆どない。いい加減な洗脳で国民を動かそうとするのはそろそろ止めにして欲しいもの。

18. 2016年6月02日 01:35:04 : wBeSamwJUo : VimhQsAhHsI[25]
日本は本来八百万の神を信じてきた土地柄で、神道は自然信仰に根ざす。
これは琉球神道やアイヌ神道とも根っこで共通する。
その緩さが良い所である。

しかし国家神道は全体主義権威主義でガチガチに固めようとする方向にある。
よって神道が忌避する穢れである事象を、促進する方向で思考する。
これは神道に対する背信的行為に他ならない。

例えば自然信仰である神道が、原発の敷地にする為に神社の土地を譲渡するなど有り得ないことだ。
山口県神社庁は祝島の神社の土地を、中国電力の上関原発建設の為に譲渡、その過程で宮司を解雇した。
土地の人はこれに猛反発。
こんなことが許される訳がない。


19. 2016年6月02日 01:40:43 : Fgne2oIeJC : iREujjGjnM0[14]

サミットの舞台になったのでこのところ伊勢神宮のことがテレビでしばしば取り上げられたようだが、皇祖を祀っているので神社の中でも最も神聖な神社というようなことばかりが強調される。しかし長い歴史を持つ伊勢信仰は明治になって一変していることにはなぜか触れられない。

お蔭参り、抜け参り、「ええじゃないか」といえば日本史の授業で習ったのを思い出す人もあるだろうか。通常は厳しい手続きが必要だった江戸時代の庶民の旅行は、伊勢参りに限っては簡単にその許可が下りた。そのため多くの庶民が講を作って伊勢に参拝した。当時のこうした参拝旅行は単に信仰の旅というよりも物見遊山の娯楽の旅でもあった。特に男性陣のお目当ては各宿場にいる飯盛女を抱いたり、目的地の伊勢の内宮と外宮の間にあった古市遊郭で遊ぶことだった。今の感覚では考え難いことだが当時は神社仏閣の門前や、ときには境内に遊郭があるのは珍しいことではなかったという。とくに伊勢古市の遊郭は最盛期には七十軒の妓楼に千人を越す遊女がいた一大遊郭だったという。

古市の遊女はプライドが高く、近隣のさほど貧しくもない家からも志願者が出るほどだったとかで、裕福な家の息子が親に言われて彼女たちに初体験をさせてもらい、その証明にもらって来た手紙なども残っているそうだ。こうしたことから古代、世界各地に存在した神娼(神殿娼婦)の系譜を引くという説もある。

ともあれ、幕末には商店の丁稚小僧や女中たちが主人にも言わず、子供達までが親にも言わずに家を出て、柄杓一つを手に持って「ええじゃないか、ええじゃないか」と叫びながら沿道の家々に物乞いをしつつ集団で伊勢を目指すという「ヒッピームーブメント」のようなことも全国規模で何度か起こっている。そのため当時の庶民の六人に一人は伊勢参拝の経験を持ったと言われているほどだ。それが明治になると国家神道の中心地と祭り上げられ、その神聖性ばかりが強調されるようになり、各地から参拝逆を集めてきた御師の制度も廃止され、参拝客は激減して遊郭も衰退した。

実は私の曾々祖母は古市の遊女だった人だ。明治の初め、参拝に来た曾々祖父と馴染みになり、年季が明けるのを待たずに、遠い道のりを男の後を追い、一緒になったという。
考えてみれば私はまだ曾々祖母ゆかりの地にまだ行ってはいない。いつか訪ねてみようと思っている。


20. 2016年6月02日 10:09:53 : AiChp2veWo : crH3ggO@jw4[355]
伊藤さんも安倍さんも善意の人です。いい人です。だから「たくらみ」に屈するのです。この投稿いいですね!、気もちが晴れますよ。汚染問題にも騙されてるんですね。三輪宮司さんのお話し、いいですね。でも私も以前から同趣旨の事書いてます自慢ですが。田布施の話は別に箕作氏の話がありますが、大室氏はスケープゴードみたいに言われてます。軽々に判断しないことが大切。まずは、徳川様に主権をお返しし、そこから本当の霊統に戻ることが必要ですね。日本の伝統と言ったって、一万年は遡るんですから。同時に、広島長崎を破壊した原爆問題も、真実の犯人探しが始まっていますが、これ大問題ですよ本当に。結局、全て暴露されてくるんですね。

21. 2016年6月02日 10:46:51 : rGT9z24w76 : E1gnitVyu0E[76]
そうか、安倍の嘘はこの神様が言わせているのか?・・・日本懐疑


22. CRITES[17] gmKCcYJognOCZIJy 2016年6月02日 11:39:21 : 7AgYOzsAjI : FV7UvlHpNTY[1]

>このように一つの価値観と規律で国民をしばる、などという発想は、多神教の神道にはありません

明快だね。


>明治になって、日本という統一国家ができたので、その象徴として『天皇』を据えたのです

これはどうだろう。統一国家を「創る」ためじゃないのかな。統一国家を創るために「天皇」を据えた。

秀吉以降は統一国家だったのかもしれないが、天皇と将軍の関係が曖昧っていう問題はあったからね。

明治以前の「伝統」に戻るのも現実的じゃないと思う。国家の統一原理として天皇を利用するというのは、考え方としてはありじゃない?

だから神社本庁や日本会議が考えているのとは違う形の天皇制を構想するんだね。「民主的天皇制」「天皇制民主主義」っていうところか。

いまの象徴天皇制でいいんじゃない?(笑)


23. 2016年6月02日 12:54:12 : tQbRd7zPaI : Znd4duqxXXY[8]
あまてらすって古くからの神様じゃなかったんだね。グノーシスの太陽神のことなの?
だったら、もう参拝するのやめよーっと。

24. 2016年6月02日 14:58:12 : Mz0XqnNMiM : ckkee8p_mbo[11]

いま日本人として直視を避けられないこと
日本人が日本の『朝廷』を果たしてどこまで知っているかと言うことだ。

律令制度と百済仏教と神道と藤原血族支配と天皇制と明治維新と18c世界権力フリーメーソン革命連続没発の関係と日本国の歴史に関して正しく物をいえるものがいるかどうか?天皇制無批判万歳の態度に落とし穴はないか?これら全てが現状の最悪危機の解決に結びついているのだ。
勲章にはどんな意味が?
位階の意味とは何か?
日本の都市の中心地になぜ藤原血族御用宗教施設があるのか?
ああ、勿論日本歴史と一体だろう。そういう危機レベルだと言うことだ。客観視すると。途方もない大事だ。

マッカーサーの日本人13才説にはこの自国お上権威*ウ批判態度のことを言っているのだ。

13才の批判精神共有の井の中の蛙百姓価値観共有枠からき、少なくとも抜けだそう。


25. 2016年6月02日 15:07:45 : Mz0XqnNMiM : ckkee8p_mbo[12]

24続き

いつまでたつても幼児視野狭窄と価値観共有限界止まり。
日本人の浅はかさの実例として最大のものは、

@この日本の朝廷が藤原血族ということと、


A百済移入仏教と物部神道から奪取藤原不比等神話創作の神道の一元管理者≠ェ今も昔も藤原血族限定≠ニいうことだ。明治維新前に、江戸幕府ともどもフリーメーソン加入。その後は、自作自演悪魔教大仕事で、(たとえは日本のふたつの原爆自作自演爆破)さぞフレーメーソンの階級を上げたことだろう。

歴史を変えるとかなんとかの弁舌の人間はこの程度の知識くらい知っていて物を言えよ。それは必要で大切なことだ。


26. 2016年6月02日 15:58:15 : Mz0XqnNMiM : ckkee8p_mbo[13]
25続き

藤原血族所属日本国国民か否か。
藤原血族御用宗教に先祖代々加入してました〜の救われぬ日本国民だろ〜

NWOに、抵抗したいと考えているひと、いるのか〜?

つまり、歴史的無自覚途方もない巨大な習慣で、

村祭りやら、神社参拝やら、地鎮祭やら、神道冠婚葬祭やら、毎朝のお勤め、やら法事やら、仏式冠婚葬祭行事で、

潜主藤原血族権力を知らずに支援し、グローバル展開フリーメーソンの通貨発行権独占フリーメーソン人類65億人抹殺残り1パーセント奴隷化NWOを知らずに支援している、

→日本国民が馬鹿≠ナはないかとということだ。
→いったい何を拝んでいるかどうでもよい、日本国民大馬鹿の図がそのまま、今日の日本悪魔教独裁権力を批判しながら、藤原血族御用宗教は続けるし支援するぞの日本国民大馬鹿の図≠ニいうことなのだ。

☆根本解決ならば、日本国の場合は藤原血族御用宗教への無批判容認をどこか見直せということが第一だろう。そこで『???』完全な思考停止だよ。

1300年間藤原血族御用宗教の洗脳に徹底的に支配され尽くした日本国民の精神性そのままなんだが、聖書のこの世界の終末到来には、神様わたしらなんで危機が切迫するのでしょうか?と訊いても、当然何の効力もなしということだ。

現人神信仰=フリーメーソン悪魔教支持の枠内でおまけに無批判の人間が、おとなとして自分の意志で、仏教釈迦現人神天照大神権威を信奉と言っても実利は→全て藤原血族(百済藤原血族)が収奪。本当に、高僧でも神官でもこの藤原血族一元支配がまったくわからぬ素朴純朴の大馬鹿揃い。

最悪状況結果が見えていて、その対策にかけようという意志も見識もなく、現状の世界同時進行の重大危険も一過性のものとしてしかみていない。

仏教神道の一元管理者が藤原血族と言うことをまったく知らずに、よくやれるよな〜 ということだし、実際そうなんだし、征夷大将軍の称号は天皇背後の実質権力者の藤原潜主血族等が最高決定権を持つ仕組みの藤原血族御用宗教1300年間完全支配の日本という視点が欠落。きりしたん大名の狙いはこの藤原血族一元支配の藤原御用宗教にもあった。しかし、つるんだ相手がカトリック権力内部フリーメーソン機関の最悪謀略組織イエズス会では、話にならん。今日キリスト教会も殆ど悪魔教の前に陥落。しかし、いつでも自分でやろうという人間には、浅はかなキリスト教会教師達を気にせず、終末の危機に際して聖書の道を見いだし得る。今日の欧米の悪魔強制力抵抗のネットの有力情報の殆どの出所はキリスト教徒だ。アジアからは殆どでないのはキリスト教の歴史の浅さと、その中のまともなキリスト教徒のでる割合の低さによる。

悲しい藤原血族仏教神道信者の共有世界観の障害。

藤原血族憲法を日本国憲法に優先させていることは、日本会議の論理を見てもはっきりわかるだろう。

仏教

神道

も一回検証しろよ。そして、その所属を考え直してみろよ。
一家総出の初詣に、村祭りの御輿担ぎながら、仏式冠婚葬祭等々藤原血族御用宗教行事をいっぱいやってのTPP反対に原発反対に安倍政権糾弾に不正選挙告発等々は、実は筋が通らないし、物事と状況が見えていない馬鹿の証明だと。

現代の危機の解明には、歴史の見直しは必要条件なのだ。それなくして、どうして(歴史由来の)腐敗権力構造が見えるというのか?


27. 2016年6月02日 15:59:21 : 66psnxHrzI : KuUmq5mVKy8[2]
このスレのコメント、すごく勉強になります。

>>11

ブログのご紹介ありがとうございます
清須なら近いし、申年のうちに一度お参りしてこようかな


28. 2016年6月02日 16:15:20 : wo1FNLaOyk : uVNViAAi@xU[478]
現代の政治をCTスキャンにかけたように鮮やかに映し出した扶桑社新書、「日本会議の研究」は読みました。日本会議系や日本の政財界など日本のタカ派の最終目標は、彼らが永遠に偉大だと崇拝している〈戦争に明け暮れた明治憲法下的体制」への回帰だと思います。現憲法の理念「平和主義や自由と民主主義〉体制は「占領軍に押しつけられたもの」として「日本にとつてふさわしくない」と考えている人たちが日本の政財官界のタカ派には多いと感じます。

29. 2016年6月03日 01:33:28 : G9pRncd5P6 : kNLawzAmjgA[702]
幕末に「国学思想」というのがあってそれが維新の志士たちの思想的バックボーンになったと聞いたことはあります。
それまでの大陸渡りの儒教や仏教ではない、日本古来の独自の思想、神学を追及し「取り戻そう」という、一種のリバイバル(復興)運動でしょうか。そのためのテキストとなったのが、私たちも日本史の授業でその名を習った「古事記」や「日本書紀」だったようです。

解読不能になっていた古事記を解読してその注釈書を書いた本居宣長という人は(お医者さんだったそうですが)「もののあわれ」を好み、源氏物語を愛読していたそうです。

Wikipedia 本居宣長 より
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E5%B1%85%E5%AE%A3%E9%95%B7

>契沖の文献考証と師・賀茂真淵の古道説を継承し[4]、国学の発展に多大な貢献をしたことで知られる[5]。宣長は、真淵の勧めで、当時既に解読不能に陥っていた『古事記』を研究して解読に成功し、約35年を費やして『古事記』註釈の集大成である『古事記伝』を著した[5]。『古事記伝』の成果は、当時の人々に衝撃的に受け入れられ、国学の源流を形成してゆくこととなった。

>本居宣長は、『源氏物語』の中にみられる「もののあはれ」という日本固有の情緒こそ文学の本質であると提唱し、大昔から脈々と伝わる自然情緒や精神を第一義とし、外来的な儒教の教え(「漢意」)を自然に背く考えであると非難し[6]、中華文明を参考にして取り入れる荻生徂徠を批判したとされる[7]。

>また、本居宣長は、法学においても特記される[要出典]提言を行っている。紀州徳川家に贈られた「玉くしげ別本」の中で「定りは宜しくても、其法を守るとして、却て軽々しく人をころす事あり、よくよく慎むべし。たとひ少々法にはづるる事ありとも、ともかく情実をよく勘へて軽むる方は難なかるべし」とその背景事情を勘案して厳しく死刑を適用しないように勧めている。

>本居宣長の代表作には、前述の『古事記伝』のほか、『源氏物語』の注解『源氏物語玉の小櫛』、そして『玉勝間』、『馭戎慨言(ぎょじゅうがいげん)』[8]などがある。

>平安朝の王朝文化に深い憧れを持ち、中でも『源氏物語』を好んだ。これは、万葉の「ますらをぶり」を尊び、平安文芸を「たをやめぶり」と貶めた賀茂真淵の態度とは対照的である。

ところが、その死後の弟子となった(宣長の死後、夢に宣長が現れて、そこで師弟関係を結んだ)平田篤胤になるとまた、趣が変わってくるんですね。この「平田国学」が水戸派をはじめとする維新の攘夷派の志士たちに影響を与えたらしいのですが。

Wikipedia 平田篤胤 より
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E7%94%B0%E7%AF%A4%E8%83%A4 

>当初は、本居宣長らの後を引き継ぐ形で、儒教・仏教と習合した神道を批判したが、やがてその思想は宣長学派の実証主義から逸脱した神秘学的なものに変貌していった。篤胤の学説は水戸学同様幕末の尊皇攘夷の支柱となった。

>篤胤は独自の神学を打ち立て、国学に新たな流れをもたらした。神や異界の存在に大きな興味を示し、死後の魂の行方と救済をその学説の中心に据えた。また、仏教・儒教・道教・蘭学・キリスト教など、さまざまな宗教教義なども進んで研究分析し八家の学とも称していた。西洋医学、ラテン語、暦学・易学・軍学などにも精通していた。彼の学問体系は知識の広範さゆえに複雑で錯綜しており、不自然な融合もみられる。篤胤の復古神道は平田神道と呼称され、後の神道系新宗教の勃興につながった。

>篤胤の学説は学者や有識者のみならず、庶民大衆にも向けられた。一般大衆向けの大意ものを講談風に口述し弟子達に筆記させており、後に製本して出版している。これらの出版物は町人・豪農層の人々にも支持を得て、国学思想の普及に多大の貢献をする事になる。庶民層に彼の学説が受け入れられたことは、土俗的民俗的な志向を包含する彼の思想が庶民たちに受け入れられやすかったことも示している。特に伊那の平田学派の存在は有名である。後に島崎藤村は小説『夜明け前』で平田学派について詳細に述べている。倒幕がなった後、明治維新期には平田派の神道家は大きな影響力を持ったが、神道を国家統制下におく国家神道の形成に伴い平田派は明治政府の中枢から排除され影響力を失っていった。


このあたりの篤胤の人物像は、生長の家の教祖である谷口正春氏を彷彿とさせるようなところがあります。
正春氏も古事記に関する本を書かれていて、現在、日本会議の中心にいる人たちの聖典になっているようです。
こちらのブログさんが批判的に紹介されていますが、それも仕方ないでしょう。

生長の家原理主義とは:「古事記と日本国の世界的使命」の妄想
http://joe3taro.com/?p=1413

(この本だけを見ると、正春氏の著作はトンデモ本ばかりかと思われてしまいそうですが、誰もが自然に納得できるような道理を書いたものもたくさんあり、早稲田中退後に英語の翻訳で生計を立てていたというだけあって、西洋の思想にも明るく、フロイトやユングの思想も日本ではかなり早い頃に紹介されていたのではないかと思います)

ただし、現在の「生長の家」はこのような思想とは縁を切っていて、上記の著作に関しても現・三代目教主の谷口雅宣氏はその再出版を拒み、現在、初代正春氏にのみ帰依を誓っている「原理主義的信徒集団」とだいぶ対立したらしいという話は聞いています。結局、反雅宣側が裁判で版権を奪ってしまったらしくて、教団外の出版社から復刻版として出ているようです。(私もかつて、家族が信徒だったので生長の家の青年部信徒になっていたことがあったのですが、丁度、そうした雅宣派、反雅宣派の「分裂」が始まっていた頃で、末端信徒だったので具体的なことは良くわかりませんでしたが、何かめんどくさいことになったらしいと感じたので教団を抜けました)

前記ブログさんもこの件についてはフォローされてますので、念のため。

現在の生長の家はリベラルエコロジー教団
http://joe3taro.com/?p=1413


30. 2016年6月03日 12:29:59 : G9pRncd5P6 : kNLawzAmjgA[703]
>>29です。
夕べのコメントですが、以下のブログ記事のアドレスが、間違えて下のリンクの記事と同じになってしまっていたので訂正します。

ブログ Joe & Santaro 生長の家原理主義とは:「古事記と日本国の世界的使命」の妄想
http://joe3taro.com/?p=1130



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