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アメリカの演奏家は何故みんな演奏技術だけ凄くて中身ゼロなのか
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/437.html
投稿者 中川隆 日時 2019 年 5 月 18 日 13:17:45: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: アメリカの大富豪は毎日何を食べているのか? _ アメリカ人には料理の味も文学も芸術も全く理解できなかった 投稿者 中川隆 日時 2019 年 5 月 17 日 21:13:23)


アメリカの演奏家は何故みんな演奏技術だけ凄くて中身ゼロなのか


1月20日は、ミッシャ・エルマンの誕生日です。


◆昔のヴァイオリニストです。美音でした。


Mischa Elman plays Brahms - Hungarian Dance No. 7
http://www.youtube.com/watch?v=GSlI6cNtkqg


しばしば、昔のヴァイオリニストは、個性的で、いまのジュリアードで習った人達はテクニックはあるけど、 つまんない、というような、ことを言います。

それほど、単純では無いと思います。今のヴァイオリニストでも、「あ、これは・・・」と音を聴いて分かる人、 弾き方の特徴(曲の解釈上の個性とでもいうのでしょうか)で、「あ、これは○○だ」と言う人はいます。

ただ、今の方が、世の中がギスギスしているのと、みんなテクニックがどんどん向上していくので、 つい、そちらの方に演奏者も聴き手も気を取られて、何だか少しカリカリしている気がします。

特にコンクールとなると、本来の演奏会じゃなくて、皆同じぐらい上手いので、ミスをした方が負け、のような(実際はそれほど単純じゃないでしょうが)状況ですから、ピリピリしています。

でも、少しぐらい間違えたっていいですよね。全部デタラメでは、お話になりませんけど。

そのようなことを、ロシア生まれのアメリカの往年のヴァイオリニスト、ミッシャ・エルマン(1891-1967)の小品集を聴いていると、感じます。

エルマンの美しい音は「エルマン・トーン」と呼ばれた、と言われています。

私は生で聴いたことがないので、本当はどういう音だったのか、分かりませんが、 そんなの今更どうしようもないんですから、ムキになることはない。


いや、失礼。


何を独りで怒っているかというと、

Wikipediaでミッシャ・エルマンの項
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%83%B3


を読んだら、 要するに上手かったのは、若い頃で、晩年はテクニックも衰えて、音色も、さほど大したことはなかったと、 珍しく情緒的な説明だったので、何かエルマンに恨みでもあるのか? と少々不愉快だったからです。

失礼を致しました。

◆エルマンより今の日本の若い人の方がテクニックはあるかも知れませんが・・・。


純粋に早いのを正確に弾けるかとか言うことで言ったら、それは今の学生さんの方が、 これからお聴き頂く晩年のエルマンより上手いでしょう。


そこが、逆に貴重でして、エルマンのヴァイオリンを聞くと、音楽家というのは、テクニックは身につけなければいけませんが、上手ければ良いというものではない、ということが分かります。


◆【音楽】アンコール集 エルマン(vn)セイガー(p) より。


CDは、AmazonでもHMVでもTowerRecordでも買えますが、Amazonだけ試聴できないので、 HMVのアンコール集 エルマン(vn)セイガー(p)と、 Towerのヴァンガード名盤選38::ヴィルトゥオーゾ・ヴァイオリン・マスターピースにリンクを貼っておきます。


ガヴォット(ゴセック)
http://www.youtube.com/watch?v=EqkRbC4EC-8
http://www.youtube.com/watch?v=y3ztkHOYtDc


エルマン先生、1拍目から弾かないで、前の拍のウラからシンコペーションにして弾いてます。

たしか、楽譜はそうなっていないはず。でも良いんです。これぞ「エルマン節」なんです。


今時、こういう可愛い小品を弾いてくれる、プロのヴァイオリニストっていませんよね。

或る意味では、大変怖いかも知れません。プロを目指して所謂「英才教育」を受けた子など、小学校に入学する前に弾けていたと思います。易しい曲ですから、誰でも弾けます。素人ですら、兎に角弾くだけなら弾けます。そういう曲を大勢の前で弾くのは、間違えたらすぐにバレますから。


2曲目はこれまた泰西名曲、ドヴォルザークの「ユーモレスク」です。

N響の第1ヴァイオリンで30年弾き続けた鶴我裕子さんは、仕事ではやれ、マーラーだ、ブルックナーだ、ショスタコーヴィッチだ、バルトークだ、と難しいのを弾いておられたのに、著書「バイオリニストは肩が凝る」の中で、エルマンの「ユーモレスク」を聴くと、ホッとする、と書いています。プロですらそうなのか、と、何だかこちらもホッとしたことを思い出します。


ユーモレスク 変ト長調 Op. 101 No. 7 (ドヴォルザーク--編曲:アウグスト・ヴィルヘルミ)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm7897609
http://www.youtube.com/watch?v=20xtbVx8sn8
http://www.youtube.com/watch?v=MrdrXJ73Xa4

エルマンが来日した時、日比谷公会堂かどこかで、リサイタルがあり、アンコールでエルマンは、この「ユーモレスク」を弾いたそうで、それを実際に見て、聴いた人によると、今の若いヴァイオリニストだったら、照れちゃってこんなの弾きませんが、エルマンは、実に気持ちよさそうに楽しそうに弾いたそうです。


ベートーヴェン 「ト長調のメヌエット」
http://www.youtube.com/watch?v=TwjzTHF2jgw
http://www.youtube.com/watch?v=iwE_40PrJ0c
http://www.youtube.com/watch?v=n7tuuEzLvBg


お聴きになれば、「ああ、あれか。」と思われる筈です。


ここまでの曲、いずれも「ヴァイオリンが歌っ」ています。その「歌心」が、聴き手の心の琴線を震わせます。


以上は技術的には易しい曲ばかりです。このレコードは1958年にエルマンのアメリカデビュー50周年を記念して作られたとか。


エルマンの晩年ですが、Wikipediaで批判的な文章を書いている人物は「チゴイネルワイゼンに至っては、技術が衰えているため、難しいところは思い切りテンポを落として弾いている」という意味のことを書いていますが、私はそれはどうかな?と思います。

聴いて頂きましょう。


サラサーテ:ツィゴイネルワイゼン
http://www.youtube.com/watch?v=eFtNt0d7KHo


ハイフェッツと比べたら、それは確かにテンポは遅いです。最後モルト・ヴィヴァーチェ。ハイフェッツは一番速いところでは、テンポ180近い。全盛期のハイフェッツと比較したら気の毒です。

岩城宏之さんの「棒振りのカフェテラス」という本に書いてありますが、ハイフェッツですら最晩年は、小品すら通して弾くことができず、編集でつないでいたそうですから。


エルマン先生は思いきり遅いですが、音質は乱れていないし、音を飛ばすこともない。

左手ピチカートもきちんと鳴らしている。曲の最後の最後ではアッチェレランドをかけて非常に高いポジションの音程が狂っていない。ただ、何度も出てくる、和音が三つ続くところで、あまりにテンポを落とすし、演りたい放題なので、これは伴奏者、ジョセフ・セイダー氏の健闘を讃えるべきでしょう。


最後です。


マスネー:歌劇「タイス」 - 第2幕 瞑想曲
http://www.youtube.com/watch?v=nYsSrhamhb0
http://www.youtube.com/watch?v=eL9xlJqd0zQ
http://www.youtube.com/watch?v=eaonFKJKG7U
http://www.youtube.com/watch?v=3dL3Ozdn1SE


全体としてお分かり頂けたかと思いますが、エルマンの音は決して、刺激的に鳴らないのです。

録音が古いこととは無関係だと思います。奏者が常に「美しい音」をイメージいていなければ、ヴァイオリンのみならず、どんな楽器でも良い音が出せるようにはなりませんし、それを維持できない。

エルマン氏は、一生、理想の音を追い続けていたのかも知れません。

好き好きですが、このCDはお薦めです。とにかくエルマン聴いたこと無い、じゃ、問題外でっせ。

コメント

しばしば、言われることですが、昔のヴァイオリニストって、本当に音に個性があるのですよね。

音を聴いて、「あ、○○の音だ!」とすぐ分かるような音色や、歌い方の個性は、何故か技術の進歩と共に埋没してしまいます。

ゴセックの「ガヴォット」やドヴォルザークの「ユーモレスク」など、素人でも弾くだけなら弾ける曲でなおかつ、聴衆を魅了するということは、プロコフィエフやショスタコーヴィッチのヴァイオリン協奏曲で高度なテクニックで人を「驚かせる」よりも難しいことだと思います。

今の時代にエルマンを愛好して下さる方がいらっしゃって、とても嬉しく思いました。
投稿: JIRO | 2011.04.18 23:12


昨日、私もエルマンのジュビリーアルバムとクライスラー愛想曲集を買い、同じように、ガボットの快活さに舌を巻き、音の素晴らしさに酔っていました。そして、同じくWikipediaの分かったような解説に腹を立てていたところです。
こんなに素晴らしい小品集は他にないと思います。
投稿: kuma | 2011.04.16 23:57
http://jiro-dokudan.cocolog-nifty.com/jiro/2010/01/12018911967-566.html

▲△▽▼

ヴァイオリン(Vn)教師の四方山話ーヴァイオリンを教えるとは


名指導者とは

 さる音楽談話例会における話題の中で、「名選手必ずしも名指導者にあらず」と言っていたが、 同じ事が音楽にも言えるのではないかと思う。

 ヴァイオリン(以下、Vn)の世界では、レオポルド・アウアー、エネスコやエルマン等は、一世を風靡した 歴史に残る超一流のソリストであったが、その弟子も一流のソリストに育てている。

   特にレオポルド・アウアーに至っては、弟子にジンバリスト、エルマン、ミルステイン、 ハイフェッツとくれば、これはもう驚きである。・・・歴史的な名ヴァイオリニストがずらりと並んでいる。日本では江藤俊哉がその範疇に入る様に思われる。

 しかしVn界全体を通して眺めて見た場合、自分自身はソリストとして前者ほど華々しく 脚光を浴びていない人物が、指導者として、超一流のソリストを育てている場合が、意外と多い様に 思われる。

 日本では鈴木鎮一や鷲見三郎がその範疇に入るのではないだろうか!

ジュリアードのガラミアンとディレイ

 アメリカではジュリアード音楽院のイワン・ガラミアンやドロシイ・ディレイであるが、共に 素晴らしい名ソリストを数多く育てている。ざっとあげてみると次のようになる。


イワン・ガラミアン
ズーカーマン。渡辺茂人。マイケル・レビン。
パールマン。チョンキョンファ。・・・Etc


ドロシー・ディレイ
パールマン。原田孝一郎。竹澤恭子。五嶋みどり。
諏訪内晶子。ギル・シャハム。アン・アキコマイヤーズ。
シュロモ・ミンツ。漆原朝子。チョーリヤン・リン。
チー・ユン。サラチャン。神尾真由子。数住岸子。
前橋汀子。加藤知子。ナイジェル・ケネディ。奥村智弘。・・Etc

(年長の生徒はドロシーがガラミアンの助手をしていたために共通の生徒がいる。)


 このようにして、Vnの指導を受けるのはジュリアードに限る、それもガラミアンや ドロシー・ディレイの指導を受けることが、ヴァイオリニストとしてのステイタスにもなっている ばかりでなく、実際に世界を席巻するソリストが、続々と送り出されている。

 ガラミアンの教育法は古い権威主義と呼ばれていた様に独自の指導法で、誰に対しても同じ方法で 徹底して指導したが、生徒は細部まで、正確に徹底した練習を求められ、テクニックの習得に重点が 置かれていたと言う。

 先生の指示する弓使い、指使いに従わない生徒には容赦をすることがなかった。

 特にガラミアンは運弓の名手と言われたカペーの弟子であっただけに運弓にはうるさく、後に ガラミアンのトレードマークになるが、大きく弓を使いいい音を出すことを徹底して訓練した。

   後にガラミアンは石ころでも立派に磨き上げて、ヴァイオリニストを創ることが出来たと評されている。

 これに対してドロシー・ディレイには固執する教授法はない。

 機械的に反復練習ばかりをさせる事はなく、この生徒のどこに問題があるのかを並み外れた洞察力で もって見い出す事に重点を置き、その生徒に必要なものは何かを的確に指摘した。

 そして生徒と徹底的に話し合い、やがては生徒自身が問題点を見つけ出せるところまで指導すると 言ったものである。

 また生徒の良い点は徹底して褒めて褒めて伸ばしていくと言う教育法をとった。従って生徒は気が付かない間に問題点を克服し、その子が知らない間に弾けなかったところが、いつの間にか弾けている と言う具合であった。

 従ってドロシイの生徒は画一的な教育法でないため、自分に合った様に、自由に成長していった。


 話はそれるが、かつて渋谷天外が藤山寛美を育てるとき、欠点はさておき褒めて、褒めて一流の 芸人に育て上げた教育法に似た感じがするが、しかしその生徒の数、レヴェルを考えるとき、 ドロシー・ディレイは実に天才的な指導者であったと言わざるを得ない。

 ただこれだけ優れた有名な指導者になると、教えを乞う生徒も莫大な数になり、そのいずれもを 平等にレッスンをすることは難しく、やはり才能のある生徒に重点を置かざるを得ないと言う悩みは あったようである。

 そのためか、単に一度か二度レッスンを受けたとか、公開レッスンに参加をしただけで、 ドロシー・ディレイに師事をしたと言う人がいるそうである。

 これはドロシーもよく知っていたが、その生徒がマネージャーとの交渉とか、後々の仕事がうまく行くのならばと言うことで、苦笑いしながらも黙認する事があったと言う。

ヴァイオリン(Vn)教師の逸話二題

 その一つは、地下鉄の駅の入り口でいつもVnを弾く、いわばホームレスがいた。足下には 「投げ銭」をもらうためにVnのケースを開けたままで置いてある。その傍をラヴエルが 通りかかり、

「こんな下手な演奏は今まで聞いたことがない、全くひどくて話にならん」

と通り過ぎた。

 次の日またラヴェルが通りかかったら、今度はVnケースの横に「ラヴェルに師事」と 書いてあったと言う。


   もう一つは、ある時ドロシー・ディレイが飛行機に乗っているとき、Vnを抱えた学生が 乗り込んでディレイの席のそばを通った。

 「まあVnを習ってらっしゃるの、すてきね〜、先生はどなた?」

と尋ねたところ、その学生は困った顔をしてディレイ先生です、と答えたという。


 これらは笑い話であるが、事実このような話はいくらでもあるようだ。

 日本でも、よくある事と考えられる。単に一度公開講座を受けただけで、誰々先生に師事と演奏会の パンフレットに書いてある。百歩譲ってそれでもよかろうと思うが、聡明な聴衆は決して騙される事は ない。聴衆は良い演奏とそうでないものはちゃんと聞き分けているものである。  演奏家はそのことを肝に銘ずるべきである。
http://chauchaw.web.fc2.com/hafuna-48-4.html

▲△▽▼


イヴァーン・ガラミアン(Ivan Galamian, 1903年1月23日 – 1981年4月14日)

1903年1月23日アルメニア人の両親の下に、ペルシア(現イラン)のタブリッツで生まれた。

1905年2歳のとき家族でモスクワに移転。彼は早くからVnに興味を抱き、両親はそれを伸ばした。

1916年13歳のときモスクワ・フィルハーモニック・スクールに入学し、アウアーの弟子であるコンスタンティン・モストラに師事した。

1917年ロシア革命後、父が実業家として成功していたため、ガラミアンは投獄された。しかし、当時ボリショイ劇場管弦楽団の団員であったことから、釈放された。

1922年パリに移住し、運弓法の権威であったパリ・コンセルヴァトワール教授ルシアン・カペーに師事した。

1924年パリでリサイタルを開いてデビューした。

このころからパリのロシア音楽院でヴァイオリンを教え始めた。

1937年ニューヨークに移住し、ヴァイオリンを教えた。

1944年にジンバリストの招きでカーチス音楽院の教授となる。

1946年ジュリアード音楽院の教授となり、1948年からドロシー・ディレイが助手となった。

ガラミアンの指導は、技術の習得を最優先した厳しいものだった。特に「弓使い」が専門で優れていた。

1970年にはディレイと仲違いをしたと言われている。

マイケル・レビン、パールマン、チョン・キョンファ、ズッカーマン等を輩出。
http://blogs.yahoo.co.jp/senninnehan/15169841.html


▲△▽▼

ガラミアンのスケールブックについて
http://www.youtube.com/watch?v=O6r0f7_JFo4

ヴァイオリン奏法と指導の原理 イヴァン ガラミアン (著)

・真面目にヴァイオリンを習得しようとした場合
・真面目にヴァイオリンを教えなければならない場合

きちんとした理論が欲しくなりますが、この本はそうしたきちんとした理論の代表格のようなものです。

値段は大変高く、訳も古く、本の体裁もとてもお堅いですが、ヴァイオリン教育業界では知らぬ者のないイヴァン・ガラミアンの著作とあれば、当てはまる人は参照して研究するべきでしょう。
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E5%A5%8F%E6%B3%95%E3%81%A8%E6%8C%87%E5%B0%8E%E3%81%AE%E5%8E%9F%E7%90%86-%E3%82%A4%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%B3-%E3%82%AC%E3%83%A9%E3%83%9F%E3%82%A2%E3%83%B3/dp/4276144523

アイザック・スターン曰く、

「ガラミアンは教師としてずば抜けた才能を持っていました。
ガラミアンは、まず初めは楽器を弾きこなすことが先決であり、そのために全てのテクニックの練習曲をさらうこと、
次に、テクニックを付けるための曲を弾くことが大切だと感じていました。」


ピーター・ウンジン曰く、

「人は、ガラミアン先生は石ころからでもヴァイオリニストを作ることが出来ると、いつも噂しました。

ガラミアン先生は右腕の移動の方法を知り尽くしていました。
ヴァイオリンの構造をよく理解していたのです。

生徒達は、数週間ごとに新しいコンチェルトを勉強するように言われました。
全ての指使いとボウイングを教え、それを生徒が間違いなく弾けば、その曲の学習が終わったことになります。もし、スピッカートが下手ならば、スピッカートのたくさん入った曲を練習させるのです。」


パールマン曰く、
「完璧に弾かねばなりませんでした。
さもなければ、先生の目がギラギラと睨みつけ、この世の終わりという感じでした。」


スタインハート曰く、
「私がもう学生ではなくなった時、先生は親しく口をきいて下さいました。
時々チェスをご一緒しました。ゲームの時はいつもウォッカのグラスを持ち、
『一杯目はおいしい。二杯目はもっとおいしい。三杯では足りないね。』
と言うのが口癖でした。」
http://blogs.yahoo.co.jp/senninnehan/15169841.html

 

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コメント
1. 中川隆[-10400] koaQ7Jey 2019年5月18日 13:20:58 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1919] 報告

ジュリアード音楽院に留学した天才少年ヴァイオリニスト 渡辺茂夫の喜劇(悲劇?)


渡辺茂夫(1941年6月26日 - 1999年8月15日)


Shigeo Watanabe plays the violin
http://www.youtube.com/watch?v=6uMdz9HeREI

Schubert's Ave Maria Violin and Piano - Shigeo Watanabe
http://www.youtube.com/watch?v=qzaQJuVmJlI

Tchaikovsky Violin Concerto in D, Op.35 - Violin: Shigeo Watanabe - Japan - Miyajima
http://www.youtube.com/watch?v=UxEuFi6RpSo

Niccolò Paganini - Le streghe Op.8, MS19 - Violin - Shigeo Watanabe
http://www.youtube.com/watch?v=9kdSBAhki40

Felix Mendelssohn - Auf Flügeln des Gesanges ( On Wings of Song ) - Violin: Shigeo Watanabe
http://www.youtube.com/watch?v=HdLo_OUj6lo

Frédéric Chopin - Nocturne No.20 in C-sharp minor - Violin: Shigeo Watanabe
http://www.youtube.com/watch?v=XbEp4W5Z-dE

戦後日本に彗星のごとく現れた天才少年ヴァイオリニスト渡辺茂夫。

4歳半よりアウアー流派の教授法を研究した父季彦氏より薫陶を受け、13歳で来日していたハイフェッツに才能を高く評価される。

その後ハイフェッツによる熱心な推薦で無試験でジュリアード音楽院へ入学し、ガラミアンに師事。

アメリカでもその才能は高く評価されるも、ガラミアンとの意見の不一致や戦後間もない日米間の微妙な空気などから精神不安となり1957年自殺未遂、演奏活動の続行は不可能となった。

この悲劇的かつ伝説的な神童の演奏は渡米前、渡米中の録音がいくつか残されており、その類稀な音楽性を窺い知ることができる。演奏活動を続けていれば間違いなく世界的なヴァイオリニストに成長したと思われ、残念この上ないことである。
http://www.fstrings.com/player/detail.asp?id=68

渡辺 茂夫は少年時代に戦後復興期の日本で活躍したヴァイオリニスト。いわゆる伝説的な音楽的神童のひとり。

音楽家一家に生まれ、茂夫の生母・鈴木満枝はヴァイオリニストだった。4歳より、母方の叔父の渡辺季彦が経営する音楽教室(渡辺ヴァイオリン・スタジオ)でヴァイオリンを学び始める。その翌年、両親の離婚にともない、そのまま渡辺家の養子となった。


天才少年の誕生
1948年(7歳)に芝白金小学校に入学するが、早くもこの年に、巌本真理より音楽的才能を絶賛され、12月に最初のリサイタルを、翌年以降も毎年1回の定例コンサートを行う。また、1949年にはヴァイオリンを弾く少年役として映画「異国の丘」に出演している。早くも創作面にも関心を示し、音楽理論を石桁真礼生に師事しながら作曲活動や詩作にも着手し、小学校の最終年次にヴァイオリン協奏曲、オペラ、ヴァイオリン・ソナタを作曲。その作品はクラウス・プリングスハイムによって高く評価された。


渡米
1954年(13歳)に暁星中学校に進学。同年、イギリスの名指揮者マルコム・サージェントの指揮により、東京交響楽団とチャイコフスキーの協奏曲を演奏。来日したダヴィッド・オイストラフを訪ねて演奏を行う。5月、渡辺季彦の奔走により、帝国ホテルにおいて、来日中のヤッシャ・ハイフェッツに面会し、演奏を披露、ハイフェッツに深い感銘を与え「百年に一人の天才」と評される。

6月にハイフェッツからの招待を得て、両親に促されて渡米が決まる。1955年3月、ジュリアード音楽院院長より、「ハイフェッツ氏の熱心な推薦により」無試験入学が許可される。各方面の支援者(アメリカ軍属、朝日新聞社、その他の個人)から経済的援助を受け、期限は2年間、演奏旅行には連れ出さないとの条件により、7月に飛行機で渡米。


輝かしい未来
(14歳)カリフォルニア州で語学研修を受けるかたわら、奨学金を得て地元の夏季音楽講習会にも参加する。早くも天才ぶりと品のよい物腰から脚光を浴び、とりわけハンガリー人ピアニストのジェルジ・シャンドールに目をかけられた。

8月末にはモーリス・アブラヴァネルの指揮でベートーヴェンの協奏曲を演奏して、サンタバーバラ市の地元紙で絶賛される。講習会の告別演奏会にも出席して、自作のヴァイオリン・ソナタを披露する。9月にニューヨークに到着し、ジュリアード音楽院でペルシャ出身のヴァイオリニストイワン・ガラミアン(アイヴァン・ガラミアン)に師事することが決定。日系人の家庭にホームステイを始めるが、後にガラミアン宅に同居する。


最後の栄光
1956年(15歳)からニューリンカーンのハイスクールに通学。この頃から日本への連絡が途絶えがちになる(一説には、日本や日本語に対する嫌悪感があらわれたと言われる)。職業音楽家を集めたプライベートの演奏会において、ハイフェッツの伴奏者として知られるエマヌエル・ベイのピアノにより、ブラームスのヴァイオリン・ソナタ、ヴィエニャエフスキの≪協奏曲 第1番≫を演奏。出席者には、レナード・バーンスタイン、ピアティゴルスキー、レナード・ローズらの顔ぶれがあり、ハイフェッツのお気に入りの指揮者アルフレッド・ウォーレンスタインからは、世界一の演奏家になるとのお墨付きを得た。

新学期の9月には、ジュリアード音楽院で史上最年少の奨学生に選ばれ、さらに半額と規定されていた奨学金も全額支給される。秋にガラミアン教授宅を出て、ホームステイ先を変更。すでにガラミアンと折り合いが合わなくなっていた。

青春の終わり・悲劇の幕切れ
1957年2月、情緒不安定を訴え精神科に通院。春にふたたびホームステイ先を変更する。4月より助手としてジュリアード音楽院に残り、研究のかたわら治療を続ける。夏のヴァカンスでカリフォルニア州に行き、恩人ハイフェッツを訪ね、激賞された。9月にジュリアード音楽院に再入学するが、乏しい報酬と心もとない支援金により耐久生活を余儀なくされており、劣悪な住環境しか見つからなかった(身元引受先のジャパン・ソサエティによる配給額が適切でなかったためとされる)。

異国の地で人間嫌いと疎外感がつのるようになり、自殺願望をほのめかすようにもなると、両親は茂夫の急変を察知。ジャパン・ソサエティに緊急帰国を要請するも、同協会は茂夫の治療優先の方針を崩さなかった。ついに11月2日、茂夫は未成年が購入禁止とされているはずの睡眠薬を大量に服用する。11月5日に日本の家族に危篤を告げる電報が届いた。一命はとりとめたものの、不幸にも脳障害が残り、意識を回復する見込みはなかった。翌年1月、家族の要請により日本に送還され、その後四十年以上に渡って在宅療養を続けた。

演奏の特徴
茂夫の演奏は、ガラミアンにつく前にすでにある程度の完成の域に入っていた、と養父・季彦はいう。アウアー奏法を基本として技術的にも優れた才を示していたにもかかわらず、ガラミアンがそれに理解を示さず、独自の厳しい指導でもって自身の奏法へ転換させようとした重圧に茂夫は苦しみ続けたといえる。

茂夫の養父、渡辺季彦 (1909年 - 2012年6月10日[2]) はヴァイオリン教師であり、門下生の多くが国内の各地や海外で、ソリストや楽団員として活動している。渡辺季彦は、カール・フレッシュの理論書やレオポルト・アウアーの著作をひも解きながら、独自のメソッドを編み出しており、小野アンナと同様、早期教育の重要性を説いていた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%A1%E8%BE%BA%E8%8C%82%E5%A4%AB

渡辺茂夫は10代に満たない頃すでに国内では神童として名が通っていた。その評価が決定的になったのは、来日したハイフェッツに高く評価され、ジュリアード音楽院への留学を強く推薦されたことだった。

茂夫にヴァイオリンの手ほどきを施した父季彦氏はハイフェッツの師アウアーの教授法の熱心な研究者で、その最も偉大な門下生、ハイフェッツの推薦は決定を意味していた。しかしこのことが悲劇の幕開けとなるとはこの時、誰も思わなかった。

ジュリアードで茂夫が師事したガラミアンは、近代的合理奏法を推し進めた教育者である。そのため、アウアー流派を強く信奉し、既に完成したスタイルを確立していた茂夫とは奏法上の意見が折り合わなかった。

次第に茂夫はアメリカに来た意味を見失い始める。折りしも戦後間もない微妙な時期で、敗戦国からやってきたこの少年に対する周囲の目も相当に冷たいものであったともいう。こうして彼は演奏ができない体になって日本に戻った。時代と巡り合わせによる悲劇という他ない。

 彼は10代に満たない頃から既に深い音楽的洞察を行っている。これは残された録音からも明らかである。この天才を授かったわずか10歳そこそこの少年は、メニューインの来日時の演奏を日記中に評して「深みのない演奏だった」と述べている。実演がどうだったかはひとまずおいて、彼がこの感想を抱くだけの確立した音楽を自身の中に持っていたことは間違いない。

彼の音色は私の知るすべての日本のヴァイオリニストの中でもっとも個性的で、そして最も美しい。その上、天性に他ならない自然で優雅なフレージングを持っている。もし、演奏活動を続けていれば、と思わずにはいられない。
http://www.fstrings.com/player/

神童 渡辺茂夫

音楽の世界では、しばしば神童が現れます。古典的にはモーツァルトやメンデルスゾーン、現代では、ヴァイオリン奏者のヤッシャ・ハイフェッツや五嶋みどりが有名です。ところが、日本にもう1人まだ音楽活動を続けていたならば、演奏面のみならず作曲面でも歴史に留められたであろう神童がいました。

昭和20年代後半に若干10歳を少し越えて国内の演奏家として確固たる評価を受け、14歳で世界を睨んで、米国のジュリアード音楽院に留学した渡辺茂夫です。

残念ながら彼は留学中の昭和32年に自殺未遂をおこしその輝ける才能は16歳にして終焉をむかえます。両親をはじめ多くの関係者から世界の音楽家として一身に期待を受けていた茂夫でしたが、すでに音楽家としての「渡辺茂夫」は完成されていました。それでも彼が留学したのは、当時の日本では彼と共演できるレベルの音楽家が少なかったこと、それに最高を目指すにはやはり世界の舞台に立つ必要があったからです。

しかし、茂夫の音楽性を理解していた人たちは、それでもなぜまだ幼い時期に留学の必要があったのかと顧みます。今回は、神童の出現、渡米、そして自殺未遂まで、なぜ日本の偉大な才能が失われるに至ったかを考察します。

神童が生まれるまで

神童には2つのパターンがあります。生まれながらにしての天才、そして努力を重ねた結果の天才。モーツァルトを前者とすれば、茂夫は明らかに後者です。

養父の渡辺季彦はオーケストラのヴァイオリン奏者としても、また音楽教育者としても一流の人でした。自らの経験から音楽教育は幼いうちから徹底して行うべきだと、茂夫にも5歳のころからスパルタ式でヴァイオリンを教え込んでいきました。

毎日7〜8時間、幼い子供には地獄ともいえる特訓を施したのです。彼の完ぺきなまでのテクニックは父の指導のもと完成していき、そして彼の天賦の才能が加味して、後に「天上の音楽」とも呼ばれた、他にはまねの出来ない演奏を行うようになりました。7歳の小品の初リサイタルから、小学6年生の時にはすでにベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の共演まで神童にふさわしい音楽活動を続けました。

神童は神童を知る

ヤッシャ・ハイフェッツ茂夫がジュリアードへ留学するきっかけとなったのは、世界的なヴァイオリニスト、ハイフェッツとの出会いでした。茂夫の才能に惚れ込んだ彼は、最年少でジュリアード音楽院のスカラシップに推薦します。

ハイフェッツ自身、15歳の時ベルリンフィルと共演して、「100年に1人の天才」と呼ばれた人物です。非常にプライドの高い彼は、茂夫をして「25年に1人の天才」と称賛しました。これはハイフェッツにとっては最大の賛辞なのです。

また一方、茂夫は作曲の方面でも非凡な才能を発揮しました。茂夫が試作するソナタやオペラを見て、彼を指導した武蔵野音大教授プリングスハイムは最大級の賛辞を惜しみませんでした。もし、彼が作曲を続けていたならば、演奏家としてだけではなく、作曲面でもクライスラー以上の成功が約束されていたでしょう。茂夫の音楽にはそれほどの美しさが宿っていたのです。

ガラミアン学校
イワン・ガラミアン教授茂夫を推薦したハイフェッツには大きな誤算がありました。

父、季彦が茂夫に伝授した奏法はかつてハイフェッツも師事したレオポルド・アウアーの流れを含むものです。一方、ハイフェッツが推薦したガラミアン(Ivan Galamian 1903-1981)は当代最高の音楽教師でしたが、茂夫の演奏法には否定的でした。

ガラミアン学校では後にパールマンやズッカーマンなど今日では巨匠と呼ばれている演奏者を輩出します。しかしながら、厳格な彼の教育法はすでに完成されたスタイルを持つ茂夫には不適切で、才能を伸ばすよりむしろ混乱を与えたようです。感受性の高い思春期の子供への教育としてよく見られる傾向ですが、褒めることよりも厳格な指示による教え方は、かえって反発を買い、本人の才能を縮める結果となります。

特に感受性の高い茂夫にとっては、ガラミアンのレッスンは、本人の人格まで否定しかねなく、彼は徐々に情緒不安定に陥っていきます。彼の変化は単に反抗的になっただけではなく、人間嫌いになり、また自分自身を否定するような日本語拒否反応を示すようになります。この結果、周りからも疎外されていき、ますます孤独に陥るようになっていきます。さらにひどいことに、本来援助されるべき茂夫の生活費が、当時身元引受先であったジャパン・ソサエティから生活に必要な半分も支給されず、生活は惨めなものでした。


神童の悲劇
茂夫は未成年者が買えない睡眠薬をどこからか買って、それを大量に飲んで、自殺を図ります。それ以前に自殺を匂わす言動がしばしば見られましたが、残念ながら誰も真摯になって彼を顧みるひとはいなかったのです。一命を取りとめましたが、彼の脳細胞は薬の影響で破壊され、音楽家としての偉大な才能も失われました。
http://www.mozartant.com/Jordan/Classic/Shigeo_watanabe.htm

渡辺茂夫(天才バイオリニスト)の晩年の40年間の介護 2012/08/27

2012年6月10日、驚異のバイオリン教師、渡辺季彦氏が103才で亡くなられた。

 昭和21年(1946年)渡辺季彦、美枝夫妻にもとに美枝の妹、鈴木満枝の妹と長男の茂夫が同居を始めた。

 茂夫の実母の満枝もバイオリニストだったため、養父の季彦は5才から茂夫にレッスンをほどこしたが、

「最初は他の生徒と比べ、ダントツの下手さで馬鹿じゃないか、と思った」

という不器用さだったが、季彦の猛特訓に耐え、

「一年ほどたって、上達してきた」。


 それが7才で交響楽団と共演のリサイタル、だから驚くしかない。

 8才での名古屋交響楽団との共演では、日記に「交響楽団が全くついてこれないので苦労した」と書くほどだった。

 渡辺茂夫はジュリアード音楽院(NY)に授業料全額免除の破格の待遇でハイフェッツの推薦で入学。

 バイオリンは人の声に最も近い音を出す楽器という。

茂夫の演奏は門外漢が聞いても、まさに天上からの情感に満ちた、もしや人の声?
ではとさえ思わせる音色、演奏。

 8歳頃か、名古屋交響楽団と共演の際、楽団メンバーだった後述の若井一朗氏は

「いざ、本番、真剣勝負となると、まるで天から神様が降り立ったようだった」

と述べている。

  渡辺茂夫の天才ぶりは米国ジュリアード音楽学院時代の在学女性(米国人)も

「シゲオは現代のモーツァルトだった」

と感歎をこめて(番組で)語っていた。


 さて、渡辺茂夫は当時としては夢のまた夢の渡米してのジュリアード音楽院入学。だが、この渡米が天才バイオリニスト渡辺茂夫を潰してしまった。

ジュリアードの帝王、イワン・ガラミアンに惚れ込まれ、ガラミアン邸(ウェストサイドのマンション)に一室に住まわされた。だが、養父の季彦に教えられて完成の域の奏法を変えられてしまい、迷路に彷徨うハメになってしまった、のが最大の不運だった。

この点について、渡辺季彦氏は

 「ガラミアンのように、全て分かっているはずの人が自分の流儀に強引に変えさせるなんて、彼は結局、本当の芸術家じゃなかったんですね」

と憤懣やるかたない、のである。

 なおジュリアードでガラミアンにバイオリン奏法を変えさせられた被害者!に桐朋学園大教授のバイオリニストの小林健次氏もいて、番組でコメントされている。

 米国留学の必要は(あの時点で)、全くなかった。
来日した(1954年)ハイフェッツとの前での演奏が結果として命を奪った。

 クラシックの留学先としてアメリカは何か不適な面がある。
ヨーロッパが当然ベストだが第二次大戦での疲弊が激しかった。

 すでに完成していた奏法を強引に変えられ、生活面でも葛藤が多かったようだ。ガラミアン亭を出て一人暮らし、を始めてからは金欠の傾向が出てきた。

それはまさに経済的な困窮だった。留学に際して渡辺家は三条件の一つに「アルバイトはしない」を挙げていた。しかしあまりの茂夫の窮状をみかねたガラミアンは「週三回のオーケストラでのバイト」を提示した。
ギャラは月収75ドルでこれは当時の水準でも安い。

 ガラミアンの紹介したオーケストラは「National Orchestra association」で全米の演奏家の登竜門だった。 同時期にジュリアードにいた小林健次もこのバイトをしていたが、この中では小林、渡辺は抜群の実力だった。

 だが、このオーケストラにJudieという茂夫より年長の可憐な白人の少女がいた。16才になっていた茂夫はジュディにぞっこんになった。 茂夫は英文日記で

 「今、ジュディに電話しようかと迷っている。彼女は忙しく、僕のことなどに構ってくれないだろう。この夏は彼女によく逢えた。そして心を乱された。ジュリアードでは同じクラスを僕は繰り返し、幸福ではなかった。言葉も十分でなく、意思の疎通の出来ず、トラブルが多かった。生活も混乱した。他人の感情に悩まされてはいけな(ジュディを除いて)」

 小林健次によれば

「確かジュディという少女はいたように記憶しています。
まだ彼女も十代でした。派手でなく可愛い人でした。オーボエだったか、バ
イオリンだったか、」

 ともあれ、この頃の多感な茂夫が他生年上の少女に恋した、のも無理からぬことだった。だがしょせん、友情としか思っていないジュディは茂夫の苦しみの原因になった。

 日記「ああ、今すぐ、ジュディに逢えたら、と思う。彼女を忘れられない。
彼女のことで頭が一杯だ。この二日間、誰とも話していない。
ジュディがいないと寂しくなる。生きる希望を失っていた僕に希望を与えてくれたのだ」

 「この夏、ジュディに逢ったとき、人生で初めての幸せを感じた。だが、今
はそうではない」

 ジュディを知って逆に週三回のバイトが楽しみになった。

米国でも「二十世紀のモーツァルト」、「比べる者もない演奏」と評されても、・・・・・16才で終わりました、では悔やんでも悔やみきれない損失と言うしかない。

 「今の僕の考えは危険なものになりつつある。誰も親身になって気づか
ってくれないのだ。
 僕は一つの結論に達した。ジュディはもう僕などに関心はない。だが僕
は変われない。ジュディに聞きたい。僕をどう思っているのか。はっきりさせ
てほしい。もう逃げるしかない。全てが終れば何も感じないだろうから」

 「ああ、僕は間違っていた。僕を助けてほしい。ジュディだけが僕を助けてくれる。僕は疲れてしまった。今の僕は何も出来ない。もう数週間したら、・・・」

 十月下旬、茂夫はジュディへの手紙をオーケストラノメンバーに託した。
だが、返事はなかった。いくら待っても返事がないことに茂夫は絶望した。

 ・・・・実は手紙を託されたメンバーが忘れてジュディに渡さなかったのだ。
これが運命を決めてしまった。

 「僕はジュディに声をかけた。だが返事はなかった。もうジュディに頼らな
いことにする。僕はもう疲れてしまった。」

 「僕を本当に思ってくれる方へ
 策や彼女に別れを言って、全てが決まった。この夏、全く希望などなか った。僕自身、すべてを忘れようとして、いろんなことをやった。ただ幸福になりたくて友人をたくさん持ちたいと思った。しかし、心の中のどこかでこの世から逃げ出すことを決めていた。(中略)
NYに戻ったとき、人生が恐ろしかった。しかし再びジュディと逢った。気持が戻った。その後、いつもジュディに惹かれていた。彼女こそ僕を幸せに出来るただ一人の存在だ。核心は、僕は全てをジュディに捧げた。が彼女は僕を見ようともしない。もう何も考えないことにしよう」

 茂夫の悲劇が起こって手紙を託されて忘れたメンバーは後悔に苛まれ
た。

 下宿先の女性には自画像「鎖でベッドに足をつながれて演奏している自らの姿」を書いて見せていた。

 1957年11月1日、茂夫は日米協会を訪れた。いあわせたオーバートン事務局長に
「僕はたいへんなご負担になっている、と思います、日本に帰ろうと思うんです」

 日ごろの茂夫の日本嫌いを知っていた事務局長は驚いた。だから
「 無理に帰国させたら自殺のおそれもある」
と精神科の医師も言っていたのだ。それが突然の翻意だ。

 「今帰国したら皆、おかしいと思うよ」

 「そうでしょうか」茂夫は首をかしげた。

 翌、二日後もまた茂夫が現れた。
「もう身許保証人になっていただかなくていいです。すぐ日本に帰らせてください」

 翌日の三日は茂夫は終日、部屋にこもっていた。

 この日の午後、2階の小林健次の部屋を米国人がノックした。

 「建次、ちょっと心配なんだ。いま廊下で茂夫は私に錠剤を見せて
『これを飲んで死んでやる』
なんて言ってるんだ。大丈夫かな。私は仕事があるので見ていてやれないが」

 小林健次は茂夫の茶目っ気と思った。本気で死ぬ人間がそんなものを人に見せるだろうか。小林は、どうすべきか、思案していた。

 その夜、12時近く、うとうとしていた小林健次は誰かが激しくノックする音で目が覚めた。

 「建次、起きろ!茂夫が大変だ!」

 「何があった?」

 「茂夫が自殺したんだ」

 小林ははねおきて4階の茂夫の部屋に走っていったがすでに茂夫は運びだされていた。

 ニューヨーク市警に報告が入ったのは午後11時45分。パトカーが到着した時は既に誰かがセント・ルークス病院に運んでいた。

 市警の報告書

 「男性、16才、黄色人種。シゲオ・ワタナベは特定できない睡眠薬を飲んで明らかに自殺を計った。個人的にセントルークス病院に運ばれた。
 ジャパンソサイアティによれば本人は重体で面会謝絶。医師はスコポラミンとメサフィリンを服用したのが原因としている。この大量摂取は危険である。失恋で精神がめいっていた、との証言もある。要望で捜査は打ち切る」

 ただちに全力を挙げての茂夫の治療が始まった。意識不明で瞳孔散大 。
自律神経失調で発汗しない。そのため体温は急上昇して40度を超えていた。全身は反り返っていた。胃の洗浄したが薬物は既に吸収されていた。
呼吸困難が始まった。痙攣が顕著。服毒から治療開始まで7時間経過。

 小林健次も病院に来たが、
「口も利けず私が誰かもわからない。言葉も話せない」


 外務省にNY総領事館からの報告

 「目下、当地でバイオリン研修中の渡辺シゲオは米国人娘に失恋し、それを苦にして、昨日3日夜m多量の睡眠薬で自殺を企て、重体になっているところを発見され、直ちにセント・ルークス病院に搬送された。あらゆる治療がなされたが、午後にいたっても危篤状態は変わらず、担当医師の話では、回復の見込みはなく、命は取りとめても脳が破壊されているため通常の生活はおろか、寝たきりになって精神機能もないであろう、ということである」

 渡辺季彦はこれを信じることはなく、終始一貫、自殺など責任逃れであって、何者かの陰謀によるものだ、と信じて疑がわなかった。

 茂夫の治療費は莫大になっていった。協会の茂夫のためのお金はすぐに枯渇した。若井一朗は米国が責任を持って面倒見るべき、と主張した。

 結局、それは無理と分かり、茂夫を帰国させる、こととしたが、この重体の半死半生の患者をどうやって遠路はるばる帰国させるか、が問題になった。

 若井は協会会長に掛け合って渡辺茂夫基金を創設することを認めさせた。茂夫が生涯に得る金額は想像を絶する大金だろう。それだけの金があれば茂夫を帰国させても療養生活を余裕を持って送れる、と踏んで若井は自ら付きそって帰国させることとした。

 日本航空は断った。ノースウェストが受諾した。コクピットの後ろの特等席にある四つのベッドの一つに茂夫を固定した。若井が付き添っていた。 鼻にはvチューブ尿を取るカテーテル、他の乗客は何事か、と怪訝な顔をしていた。

 機内で茂夫は暴れ、わめき、他の客は必死で耐えた。

 昭和33年1月16日、羽田に到着した。そして渡辺季彦などの待つ自宅に到着した。・・・・・・

 テレビ朝日の番組では

 若井氏いわく「脳の表面が壊れてしまっていて、喜怒哀楽はかろうじてあるようだったが、四肢も動かせず全く動けなくなっていた.全身は硬直し、けいれんが続いていた」

 ・・・・脳の表面が壊れていた、・・・とは開頭したのだろうか。・・・・
睡眠薬多量服用のためとされる。

 だが養父の渡辺季彦氏は生涯、その死の原因を追究し続け、
「茂夫が自殺なんかするはずないじゃないですか。NYの新聞記者によれば茂夫はギャングの陰謀に巻き込まれたんですよ.。これは、はっきりしていることなんですよ」
(89才のとき、テレビ朝日放送番組で)

 ・・・・・渡辺季彦氏は鎌倉でバイオリン教師(レッスン)の傍ら91才まで茂夫が58才で亡くなるまで40年間、必死の介護、リハビリを行い、最後は何とか支えたら歩けるていどにまで回復させた。しかし帰国後、言葉を発したことは一度もなかった。

 TV]で放送されたその時の茂夫と風呂に入れて食事もさせる季彦氏(当時89才)のそのに気丈な姿。あまりに愛情に満ちて献身的な季彦氏である。

 なおこの時、番組スタッフが茂夫氏に何度かコンタクトを計り、最初は茂夫氏も警戒心を示していたが、徐々に完全に打ち解けてくれたそうである。

テレビ朝日で放送された茂夫死去2年まえの番組のゲストとして出演されていた服部克久先生が

 「さらに経験を積んで上達し、彼が最高の名器で、そして現在の録音技術の中で演奏していたら、どれほど素晴しいものが出来ていたことか。日本はまさに宝を失った、ということなんです」

 は、まさに至言と思われます。

 それにしても半生半死の状態で帰国、動けず、言葉もなく、感情も失せた茂夫を必死の介護で支えた養父の季彦は茂夫が1999年8月15日、58才で亡くなるまで二人で41年間、肩を寄り添って鎌倉で生きたのである。
http://madonna-elegance.at.webry.info/201208/article_28.html

2. 中川隆[-10399] koaQ7Jey 2019年5月18日 13:22:43 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1920] 報告

まあ、渡辺季彦みたいに気が小さくて意気地無しだったら大成できる筈も無いんですけどね。

ガラミアンには何ら責任は有りません。

欧米では か弱い女性でもこの自己主張の強さですからね:


ナージャ・ソレルノ・ソネンバーグ。

Nadja Salerno-Sonnenberg Plays Mendelssohn's Violin Concerto on the Tonight Show
http://www.youtube.com/watch?v=ROWnNIVgVyA


知っている人は知っている。私と同い年らしい。

1960年生まれのアメリカのヴァイオリニストで聴いて頂きますが、この人とんでもない「じゃじゃ馬」だったようです。

ヴァイオリン教師の神様のような伝説的存在、カーティス音楽院の故・イワン・ガラミアンに習ったのですが、全然、言うことをきかなかった。ガラミアンはおっかない先生で「イワン雷帝」というニックネームで呼ばれる厳しい人でした。とにかく基礎から徹底的に絞る。おかげでパールマンとかものすごく優秀な弟子が才能を伸ばしました。

ガラミアンの

Cry now. Play later.(今、泣いて、後で弾け)

という有名な言葉があります。今はとにかくテクニックを身につけろ。上手くなれるだけ、なれ。

音楽的にどうだとか、そう言うのは後で良い。と、まあ乱暴に言うと、そのような意味です。

以前、日記に書いたので、お読み下さい。

2004年01月07日(水) Cry now. Play later."―今、泣いて、後で弾け。― イワン・ガラミアン=ヴァイオリン教師

さて、今日お聴き頂くメンデルスゾーンのソリスト、ナージャ・ソレルノ・ソネンバーグという人。前述のとおり、並の変わり者ではないようです。

イワン・ガラミアンの生徒は大抵、先生に逆らうことなど恐ろしくて出来ませんが、ナージャは、言っちゃうんですね。ガラミアンがナージャの弓の持ち方がなっていない、と指導すると、

「どうして?他の子にはそれでいいかもしれないけど、私は嫌だわ」

一時が万事で、とうとう、ガラミアンは匙を投げたそうです。


その後、我流で練習していたらしいのですが、14歳の時に、やはりヴァイオリン教師の神様みたいな、ジュリアード音楽院のドロシー・ディレイという先生の門下生となるのですが、ディレイ先生も最初はひっくり返ったそうです。

ブルッフという作曲家のヴァイオリン協奏曲の一部を弾いて見せたら、ディレイ先生、ナージャの完全に我流のボーイング、楽器の構え方を見て、

「あんな弾き方でどうしてこんな演奏ができるのか、全く信じられない」

唖然としたらしい。それでも弟子にしたのは、音楽的な才能の片鱗をナージャに見出したのでしょう。

しかしながら、ナージャはディレイ先生のレッスンでも大変だったそうで・・・。

ディレイ先生、基礎からやり直させようとしたら、ナージャは、私には前のやり方が合っているし、第一、ちゃんと弾けています。教えなきゃいけないことだけ教えて下さい!

と反論したそうな。相当なもんだね。普通破門だけど、ドロシー・ディレイ先生、辛抱強く説得したんです。すると、ナージャ・ソレルノ・ソネンバーグはもともとバカじゃないから、先生の言うことの合理性が次第に理解出来て、教えに従うようになったと。

それで落ちつくかと思ったら、また大変でした。1981年にあるコンクールに出てナージャは優勝するのですが、その前、何がどう気に入らないのか、何と7ヶ月もの間、レッスンに楽器を持たずに現れては、ディレイ先生と話をするだけ、という「レッスン」が続いたそうな。ディレイ先生、半年は何とか我慢したが、ついにキレて、

7ヶ月目、
来週楽器を持ってこなかったら、破門にする。更にジュリアードも退学にする。
と、激怒して宣言したのです。それでやっとナージャ・ソレルノ・ソネンバーグは目が覚めて、コンクールまで1日13時間練習したそうです。で二ヶ月でコンクールに優勝したのだから、やはり才能あるんでしょうね。

芸術家に変わり者が多いのは、世間にも知られていることですが、最近の音楽家でこれほど、異端児は珍しい。演奏にも現れてます。
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=89954&pg=20090313

3. 中川隆[-10391] koaQ7Jey 2019年5月18日 14:15:20 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1928] 報告

アメリカ人には音楽の陰影が理解できない


オーディオ談義〜フルレンジSPユニットの聴き比べ〜 - 「音楽&オーディオ」の小部屋


・リチャードアレン(写真右側)とアルテック403A(写真左側)から試聴。


アルテックの方をはじめに鳴らしてみた。

音を目方で表現するのも何だが、実に軽快そのものの音には驚いた。スカッと抜けきっていて、単純明快で隠し事のない音。人生バラ色、悩みなんて一切ありませんという印象がしてまさに典型的に陽気なアメリカ人を思わせる。

これはこれでいいんだろうが、もっと陰影が欲しい気もする。好き嫌いがはっきり分かれそうな音だ。


・これに比べるとリチャードアレンはまったく正反対でひとひねりも、ふたひねりもした音。音に適度の湿り気があって陰影がそこはかとなく漂ってくる。

人生を慎み深く、そして思慮深く生きていくイギリス人という感じ。

こういう音でないと表現できない音楽もたしかにある
http://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/12f18fe300c6b753750512890609680d?fm=entry_awp

4. 中川隆[-10390] koaQ7Jey 2019年5月18日 14:18:21 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1929] 報告

ヴィスコンティ 熊座の淡き星影 Vaghe stelle dell'orsa
https://www.youtube.com/results?search_query=Vaghe+stelle+dell%27orsa

制作 65年 イタリア

キャスト クライディア・カルディナーレ,ジャン・ソレル,マリー・ベル 等々

使われた音楽 セザール・フランク作曲「前奏曲・コラールとフーガ」

使われた意図 ヨーロッパの精神世界の迷宮


かなり昔・・・もう10年以上前になるかな?それとも5年くらい前かな?
あのギリシャで大きな地震がありました。それを伝えた民放のニュース番組でこのように言っていました。

「あの有名な観光地のパルテノン神殿も被害を受けました!!」

私もその番組の正確な言葉は忘れてしまいましたが・・・
実際のところはパルテノン神殿の被害はそれほどなかったはずだし・・・
ダテに大昔から建っているわけではありませんよね?

しかし、地震そのものよりも私の心を揺さぶったのは、「観光地のパルテノン神殿」という言葉です。

これは驚きでしょ?

本来ならギリシャ政府からクレームが来てもおかしくないくらいですよ!
あの「パルテノン神殿」を「東京ディズニーランド」と同じ観光地扱いとは?!

ただ遊ぶだけだったら、「ディズニーランド」の方が楽しいでしょう。パルテノン神殿は遊ぶというより、過去と対話する場所ですよね?より的確な言葉だと、文化遺産という言葉になるでしょう。

しかし、パルテノン神殿だって、残された遺物から、その当時の人間の営みを連想できないような人には、単なるオブジェであり、まさに観光地なんですね。

過去を持たない人間や過去を考えることのない人間はつまらない。しかし、過去を振り返らない姿勢は、別の言い方をすると、未来志向とも言えるのかも?そのように肯定的に捉えることもできるでしょう。

しかし、すべての人間がそんなに簡単に過去を捨て去ってしまっていいの?

ウィーンの作家のフーゴ・フォン・ホフマンスタールは手紙の中で書いています。

「人間は生きるためには、過去を忘れ、過去を捨てないといけない。しかし、人間の尊厳は、過去を忘れないこと、過去を捨てないことにかかっている。」

前向きに生きるというと、印象はいいのですが、人間の尊厳から外れることにもなりかねないわけ。

だから、過去にこだわる人間は、過去を簡単に捨ててしまうような人間を軽蔑し、敵意を持ったりする。

この「過去にこだわるもの」と「過去を捨て去ってしまうもの」・・・その間に横たわる無理解と対立が、描かれている作品、それがヴィスコンティ監督の「熊座の淡き星影」という作品です。


映画のあらすじは以下のようなもの。

イタリア人女性とアメリカ人男性の夫婦がアメリカに住んでいる。ちなみに、イタリア人女性には弟がいて、ロンドンに住んでいる。その姉弟の父親はユダヤ人。第2次大戦中に非業の死を遂げた父親の記念のための記念碑の除幕式のために、夫婦は妻のイタリアの故郷に戻ってくる。

実家に戻った妻は弟に再会し、かつての日々の思い出に囚われ、そこから逃れられなくなってくる。

そんな妻の姿をアメリカ人の夫は理解できない。
やがて・・・

さてさて、ここで「映画の中のクラシック音楽」を考えてみましょう。

使われている音楽はセザール・フランク作曲の「前奏曲・コラールとフーガ」というもったいぶったタイトルのピアノ曲です。その曲が最初に演奏されるのはジュネーヴでのサロンでのこと。女性ピアニストが演奏いたします。

しかし、これはヘンな選曲だ!

お酒が伴うようなサロンでピアニストが弾く曲が何故にセザール・フランクなの?
これをヘンと思わない人は、あの作品を理解したことにはならないでしょう。

だって、サロンでピアニストが弾く曲だったら、常識的にはショパンでしょ?

次に考えられるのはリストとか・・

この映画は第2次大戦が終わってかなり経った時代を舞台としています。いわば、当時の現代ものといえるでしょう。つまり舞台は1960年頃のこと。だから当時のサロンで弾かれる曲としては、ドビュッシーでもラヴェルでもいい。またモーツァルトでもいいわけです。エスプリがある人だったらフォーレの初期作品とか、すごく「粋」な人だったらクープランをもってくるとか・・・

あるいは、ヴィスコンティの最後の作品「イノセント」では、ショパンとモーツァルトとリストという選曲でした。まあ、これがサロンにおける「普通」の選曲。

いずれにせよ、フランクの曲をサロンで演奏するのは場違いなんですね。だからサロンに集まっている人は、ピアノの演奏を聞いていないわけ。

大体、フランクの曲は華やかな響きもないし、甘いメロディーもない・・・いわば晦渋な音楽です。それにその曲のタイトルや、音楽のオルガン的な響きでわかるように宗教的な音楽。

私は、「山猫」という作品でのヴィスコンティの音楽の使い方・・・つまり、あえてミスマッチな「椿姫」の音楽を使用することによって、演奏者の知性の欠落を表現した例・・・について書いていますが、ここでも、敢えて映像の流れとは「合わない」音楽を演奏させていることになるんです。

そう!

ヴィスコンティはショパンの音楽が鳴らされるのにふさわしい場所で、晦渋で迷宮に満ちたセザール・フランクの音楽を演奏させることによって、これから展開されるストーリーの「前奏曲」としているわけですね。

「さあ!これから、晦渋で、精神的なお話が始まりますよ!!」というわけです。
映像から簡単に推測されるショパンと、実際に演奏されているフランクの対比・・・これはこの作品を理解するのに重要になるわけです。

大体、フランクのピアノ・ソロの曲なんて、生演奏で聴いたことがある人は何人いるでしょうか?
いや!プロのピアニストだって一生フランクのソロ・ピアノ曲なんて演奏せずにキャリアを終わる人の方が多いんじゃないですか?

フランクの曲は、例の「交響曲」と「ヴァイオリン・ソナタ」くらいしか、一般的には演奏されませんし・・・
演奏する側にとってもあまり面白くない・・・演奏家としての技量が発揮させにくい音楽といえるわけです。そのくせ音楽性の欠落は聞き手にわかってしまう。損な音楽なんですね。

聞き手にとっても、そう。
聞いていて面白くはない。目立つフレーズが出てくるわけではない。
聞きながら色々と考えなくてはならない音楽と言えるわけです。気軽に聞くことができない。

ショパンを演奏しておけば、ピアニストの音楽性が多少欠落していても、目立つフレーズでごまかすこともできるし、聞き手も楽しい。
フランクを演奏することは、芸術的に難しいことであると同時に、興行的にみてもリスクを伴うものと言えるわけです。

ですからサロンでショパンが演奏されていたら、「ごく一般的」のサロンであると言えますし、その場所がヨーロッパなくても成立いたしますが、フランクが演奏されるサロンはヨーロッパ以外にありえない。ヨーロッパ世界の晦渋さと迷宮が、このフランクの曲で象徴されているわけです。

ちなみに、このフランクの曲は、ジュネーヴのサロンで演奏されるだけではありません。一種の映画音楽としてピアノの演奏シーンのないところでも流されています。
例えば、妻の実家に向けてヨーロッパをドライブしているシーンで、このフランクの曲が流されるわけ。

オイオイ?!
これはムチャクチャですよ!

太陽の光を浴びながらオープンカーでドライブしているシーンに、どうしてフランクの重苦しい晦渋な曲が流れるの?
もっと「軽い」音楽の方がいいに決まっていますよね?別にクラシック音楽でなくてもいいわけだし。だって、たかがドライブの時の伴奏音楽でしょ?
フランクの曲なんて、一番「場違い」の曲ですよ!
まだ、ストラヴィンスキーの「春の祭典」の方が景気いいというもの。

しかし、このような「場違い」によって、これから起こり行く「重苦しく」「晦渋」なドラマを予感させているわけ。
ヨーロッパの精神世界の迷宮に向かって、「堕ちていく」メタファーといえるわけです。

ここで、ちょっとクラシック音楽から離れてみましょう。

この作品を理解するためのチェックポイントのひとつとして、アメリカ人の男性はいつも「8mmカメラ」を持っているというのがあります。まあ、この作品は、65年の古い作品(モノクロ)なので、今のように「8mmヴィデオ」というわけにはいかない。またこの夫婦はたいそうブルジョワなので、写真を撮るだけの「ただのカメラ」でもないわけ。「65年当時の8mmカメラ」なんですね。

ご主人はイタリアの珍しい「観光地」を、その「8mmカメラ」で一生懸命撮っている。
おお!まさに一時代前の典型的アメリカ人観光客ですね。今日の映画制作において、このカメラを手放さない観光客の役回りが、アメリカ人から別の国の人に変更されているのは、皆さんもご存知のとおり。

しかし、さすがに、妻のイタリア人はそんなことはしない。もともと自分の故郷なんだし・・・名家の育ちだし、今更ね。

エトルリア時代の遺跡を見ても、それを「観光地」と捉えて、「フィルムに収めて満足する」アメリカ人と、「過去の世界」に思いをはせるイタリア人。
アメリカ人の必須アイテムの「8mmカメラ」によって、この対比が明確に表現されているわけです。

また別のチェックポイントとして、そのイタリア人の妻が部屋のドアを開けるシーンがあります。そのシチュエーションが実に多いわけ。そんなことを書くと、
「今更、人間が『部屋のドアを開けるシーン』が映画的に見て意味があるのか?」
と疑問を持たれる方も多いでしょう?

ヴィスコンティ監督の「熊座の淡き星影」では、「部屋のドアを開ける」という行為は、過去を解き明かす・・・あるいは、「心の迷宮に分け入る」・・ということのメタファーになっているわけです。

だから、「部屋のドア」を開けるのは、常にイタリア人の妻の方で、アメリカ人の夫ではないわけ。アメリカ人は「積み重なる過去の問題」や「心の迷宮」などに分け入る気持ちはさらさらないというわけです。

イタリア人は・・・いやヨーロッパ人は、「過去の迷宮」に入らざるを得ない。まさに妄執に執りつかれたように、部屋へ部屋へと入り込んでいきます。さながら「青ひげ公」におけるユーディットのように・・・

ドアを開け、部屋に入っていくとそこから立ち上る毒に「魅了され」次々と、他の部屋に入っていくことになる。いわば「毒が毒を呼ぶ」状態。
こうして、イタリア人の妻は多くの部屋のドアを次々開けていき、その迷宮から逃れられなくなっていくわけです。

このようにヨーロッパ人は過去にとらわれている。しかし、ヨーロッパ人すべてが過去にとらわれているわけではありません。
やっぱり過去などにこだわらない人も多くいる。
この作品で、ジラルディーノというオヤジが登場しています。この姉弟は、そのオヤジさんをやたら嫌っている。映画の中では、自分たちの父親の非業の死に関係があると思っていることになっています。
しかし、本当かな?
このジラルディーノはそんなに悪い人なの?

そうでもないんですね。このジラルディーノのキャラクターについては、実に上手に描かれています。
アメリカ人の夫が主催した晩餐の席でのこと。
ジラルディーノは料理に手をつけ、その後で料理に粉チーズをかけ、ソースのような調味料もかけている。

今の日本では、このような食べ方を的確に表現する言葉があります。
「汁だく」という言葉。
そんな食べ方は、お世辞にも上品な食べ方とはいえないでしょ?
しかし、「汁だく」愛好家が権謀術数をめぐらす悪人である例はないでしょう。

このあたりのキャラクター描写は、それこそ「山猫」において、わざわざ「場違い」な、「椿姫」の音楽を演奏した農民出身のオルガン奏者と、描写の雰囲気が共通しています。
そんな人たちは、つまらない人かもしれませんが、決して「悪い人」ではないでしょ?

そんなこと、その姉弟くらいの知性があれば、スグにわかることです。
つまりこの姉弟が抱いているジラルディーノへの反感は、「過去を軽んじる」ものへの反感なんですね。

ジラルディーノは良くも悪くも「前向きに生きる人」。だからアメリカ人の夫とも話があう。
しかし、「過去にこだわる」キャラクターを持つ人間、たとえば、この映画における姉弟にしてみれば、軽蔑すべき存在に写る。
いわば、ソフォクレスの「エレクトラ」におけるクリテムネストラの役回りは、このジラルディーノが担っているといえるでしょう。「本来は自分たちの過去にこだわり、その遺産を受け継ぐべきイタリア人のクセに、どうしてそんなに過去を捨ててしまっているのか?」そのような近親憎悪的な反感があるわけ。

ご存知のように、ソフォクレスの「エレクトラ」を、ホフマンスタールが翻案した戯曲もあります。ホフマンスタール版の方は、エレクトラが過去にこだわる女性で、クリテムネストラが過去を忘れる女性というキャラクターの対比の作品でした。「本来は、あの人も、自分と同じように過去に拘るべきなのに・・・」そう思うからこそ、エレクトラがクリテムネストラへ寄せる憎悪は深まるわけです。

姉弟は過去にこだわるがゆえに、結びつく。過去を忘れないという尊厳ゆえに結びつくわけ。その姉弟をイタリア人女優と、フランス人俳優が演じているのは、全くの偶然とはいえないでしょう。
フランスという国もイタリアという国も、同じ祖先を持つものですからね。

ヴィスコンティのような「迷宮に満ちたヨーロッパ」という考えは、今現存している映画作家ですと、ラース・フォン・トリアーが一番です。ラース・「フォン」・トリアーとルキノ・「ヴィスコンティ」。まさに迷宮に満ちた宮廷政治の後継者というわけですね。

彼らは、アメリカのすがすがしい清潔さの価値を認めながら、毒に満ち満ちたヨーロッパを愛しているわけです。フォン・トリアーもヴィスコンティもアメリカ人の単純さを軽蔑している・・・ヴィスコンティが見つめる「過去を持たぬもの」と「芳醇な過去」を持つものの対比の構図は、63年の「山猫」や、この「熊座の淡き星影」以降に顕著に現れてきます。

ちなみに、この「熊座の淡き星影」はヴィスコンティ唯一のミステリーなんだそうな・・・
この作品で、この「姉弟の過去に何があったか?」とか「姉弟の父親の殺害したものは誰か?」ということについて真実は最後まで明らかにされません。だってそんなことはどうでもいいことなんですからね。

過去に何か事件があって、謎が謎を呼ぶ、それで十分なんです。事件の内容が重要なのではない・・・解決されていない謎が存在する・・・そのことが重要なんですね。

つまり最大のミステリーはヨーロッパの精神世界そのものと言えるわけです。
http://movie.geocities.jp/capelladelcardinale/old/03-09/03-9-23.htm

5. 中川隆[-10389] koaQ7Jey 2019年5月18日 14:19:54 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1930] 報告

ダンサー・イン・ザ・ダーク
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1145854
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1145942
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1146010
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1151705
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1146139

http://www.nicovideo.jp/watch/sm1146197
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1146237
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1146419
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1146549
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1150997


制作 00年 デンマーク

監督 ラース・フォン・トリアー

使用された音楽 ワーグナー「ニーベルングの指環」  (無光での冒頭という形で)

使用された意図 ヨーロッパの聖と毒


このメールマガジン「映画の中のクラシック音楽」では、以前にアニメの「新世紀エヴァンゲリオン」の劇場版における音楽の使用の意図を考えました。そして、そこでの引用方法は「無音」という形での引用でした。

5分間の実質的な無音部分を作り、これを強調することで、マーラーの交響曲第2番を引用していたわけ。


今回のラース・フォン・トリアー監督の映画「ダンサー・イン・ザ・ダーク」では「無音」ではなく、「無光」というスタイルでの引用です。

映画「ダンサー・イン・ザ・ダーク」では、劇場版においては、スクリーンに何も写っていない状態から、静かに音楽が立ち上ってくるわけです。

言うまでもなく、このような冒頭はワーグナーの舞台祭典劇の「ニーベルングの指環」の第1作目、つまり序夜の「ラインの黄金」の冒頭部分と同じです。

ちなみに、このような手法は劇場でしか使えませんね。

家庭内での鑑賞を前提としたヴィデオとかDVDで、このような真っ暗な中から音楽が立ち上ってくる・・・ということは不可能ですからね。

家庭内の照明は、映画の監督が指示できるものではありません。ヘタをすれば、「これは不良品だ!」などと、せっかちな人からクレームがついたり、ヴィデオの早送りでさっさと処理されるのがオチでしょう。

ということで、劇場版では無光だったのが、ヴィデオ版では単純な映像がついています。

しかし、冒頭の音楽そのものは、弦楽器の低い音にホルンが絡んでくる・・・という音響で、音響そのものも「ラインの黄金」と同じですね。

逆に言うと、監督が劇場のライトを指定できる劇場版においては、ヴィデオ版とは違った表現をしているわけ。その部分にこだわりがないのなら、劇場版でも、ヴィデオ版と同じように、単純な映像をつけるでしょう。

フォン・トリアーは、あえて、光のない劇場から、音響が立ち上ってくるという状況を作り出しているわけです。

ということで、ラース・フォン・トリアー監督は、意識的にワーグナーを引用しているわけです。

ラース・フォン・トリアー監督は重症のワグネリアンですよね。
「タンホイザー」の音楽は、確か別の作品でも使っています。

では、彼にとってワーグナーの音楽とは何でしょうか?

それは「聖」と「毒」の絡み合った世界ということなんだろうと思います。

実際に、ワーグナーの音楽には「毒」がありますよね?
モーツァルトとかベートーヴェンの音楽には「毒」なんてなく、「聖」なるものしかありませんよ。モーツァルトもベートーヴェンも、いっそのことドビュッシーもウェーベルンも、その音楽を毒々しいとはいえないでしょ?

そして、ワーグナーの音楽には「聖」なるものもたっぷりありますよね?
劇音楽らしい、作られた「聖」と言えるのかもしれませんが、「毒」と一緒に存在することによって、「聖」の部分も、より一層際立つといえるんだと思います。

このように、「聖」と「毒」が一緒にあるために、「ワグネリアン」なるワーグナー信者が生まれ、社会に多大な影響を与えることになる。
「聖」なるものだけでは、人を惑わすことはできませんし、「毒」だけでも無視されちゃいますよ。

この「聖」と「毒」が一緒に存在する世界・・・

このようなワーグナーの世界は、ある意味において、ヨーロッパの精神世界そのものと言えるでしょう。

この「ダンサー・イン・ザ・ダーク」と同じラース・フォン・トリアー監督の「キングダム」という作品の冒頭のモノローグは「この魑魅魍魎の渦巻く沼地の上に建てられた、近代科学の粋を集めた病院」という言葉でしたが、この言葉はヨーロッパの精神の比喩そのものでしょ?

「神」による「聖」なるもの、それに対する「毒」、あるいは「近代科学」・・・すべてあってこそヨーロッパと言えるのだとフォン・トリアー監督は考えているようですね。

この「ダンサー・イン・ザ・ダーク」の冒頭の、全く光のない劇場に弦楽器とホルンによって立ち上ってくる音響は、ワーグナーの引用であり、この映画が「聖なるもの」と「毒々しいもの」を含んだ「ヨーロッパの精神」をテーマにした作品であることを聴き手?に印象つけるわけです。

しかし、この「ダンサー・イン・ザ・ダーク」に舞台はアメリカですよね?
主人公のセルマはチェコからの移民ですが・・・

つまり、この作品の設定は、「アメリカの中のヨーロッパ人」そして「アメリカ文化?の中のヨーロッパ精神」になっているわけです。

「ニーベルングの指環」を使って観客にワーグナー・・・ひいてはヨーロッパ精神を印象つけたフォン・トリアー監督ですが、別の音楽も引用しています。

クラシック音楽ではありませんが、皆さん御存知の音楽であるミュージカルの「サウンド・オヴ・ミュージック」です。主人公のセルマが映画作品中で上演の練習をいたします。一種の劇中劇となっているわけ。

この「サウンド・オヴ・ミュージック」という作品は、皆さん御存知のとおり、ナチスに反対しヨーロッパを逃れ、アメリカに渡ったフォン・トラップファミリーの話。

ヨーロッパとアメリカの対立?というテーマがここでも喚起されているわけです。

先ほど書きましたが、ヨーロッパには「聖」と「毒」がある。少なくともフォン・トリアー監督はそう考えているようです。


では、アメリカ精神には何があるの?

それは「正義」と「悪」ですね。
アメリカにはこの世を越えた「聖」はなくても、この世の規範である「正義」はあるでしょ?

自らを蝕む「毒」はない代わりに、他者を裁く「悪」がある。

この「ダンサー・イン・ザ・ダーク」では、そのようなヨーロッパの「聖」と「毒」が明確に描かれています。

「聖」なるものの代表例は言うまでもなく、教会です。

この「ダンサー・イン・ザ・ダーク」では不思議なくらいに教会が出てこない。
共産圏から移住してきたセルマが教会に行かないのは、分からないでもありませんが、その他の人が教会に行くシーンもありません。

これが単に映画の尺の関係ではないことは、刑務所での死刑の場面を思い起こせばスグわかります。

通常このような死刑のシーンにつきものの、聖職者(牧師とか神父)がいないでしょ?

映画における普通の死刑のシーンでは、刑の執行される前に聖職者と会話するシーンがつきものです。一番感動するシーンですからね。では、どうしてないの?

この「ダンサー・イン・ザ・ダーク」では、このような「聖」を思い起こすような人物は注意深く避けられているわけです。

キリスト教関係でいうと、セルマが刑務所のダクトから聞こえる賛美歌と、囚人の部屋にある1枚のキリストの肖像くらいです。

ダクトから聞こえる賛美歌・・・この賛美歌は一体どこから聞こえるのでしょうか?


他の人には聞こえない賛美歌・・・

セルマの心にしか聞こえない音楽・・・

これはヨーロッパから聞こえる・・・

と言えるでしょう。勿論、物理的には無理ですが、心では聴こえているわけ。

つまり賛美歌を喜んで聴くセルマにもかかわらず、死刑において神父の立会いもない・・・

これくらいアメリカには「聖」から距離がある・・・とフォン・トリアー監督は言っているわけです。


では、ヨーロッパの「毒」とは?

それはまさにこの「ダンサー・イン・ザ・ダーク」では、遺伝性の病気として示されているわけです。

「遺伝することがわかっているのに、何故に子供を作ったのか?」という疑問は、「毒に満ちて閉塞感の漂うヨーロッパ文化を伝承することに、価値や意味があるのか?」という、監督のフォン・トリアーの自問でもあるわけです。

毒に満ちた文化を伝承することによって、その「毒」も伝承される。

その価値と覚悟・・・

それがラース・フォン・トリアー監督が、この作品で言いたかったことでしょう。


ヨーロッパの持っている出口のない状況と、未来一杯のアメリカ。
シリアスなヨーロッパの表現と、能天気なミュージカル仕立てのアメリカ風表現。

精神主義のヨーロッパと、商業主義から抜け出せないアメリカ家族。
約束を守るヨーロッパ人と、約束を無視するアメリカ家族。


勿論のこと、映画の中での区分けですので随分ステレオタイプな分け方ですが、この作品においての、ヨーロッパとアメリカとの切り分けはこのようなところです。

例の事件のあった家族の庭に星条旗がはためいているのは偶然ではないわけ。
あの家族がアメリカ人の典型だ!とフォン・トリアー監督は言っているわけです。

あるいは、あの家における知性の欠落は、本棚を見ればスグわかるようになっています。
何かの全集ものがキレイに並んでいるんですね。
本棚の本がズラーと並んでいて、外見上もキレイなのは、本を読んでいない証拠。
これは映画上ではよくある表現です。

勿論、アメリカ人にも善意はありますよ。問題はそれ以外の部分ですね。

そうそう、この「ダンサー・イン・ザ・ダーク」という作品は「息子を守る母の強い愛!!!」とかのキャッチコピーで宣伝されましたが、今まで書いてきたように、フォン・トリアー監督の意図は別のところなんでしょう。

ただ主役を演じたビョークにしてみれば、やっぱり「母の愛」の方が興味があったでしょうね。フォン・トリアー監督とビョークは、撮影中に随分ぶつかったそうですが・・・

まあ、映画作品は監督の思惑どおりに行き過ぎると面白くない面もあったりします。

特にフォン・トリアー監督はちょっと「頭」で映画を作るようなところもありますしね、他の作品などに見え隠れします。

また、この作品ではカトリーヌ・ドヌーヴ演じるキャシーがいい効果を生んでいます。

作品中ではこのキャシーがどこの国から来たのか?

生粋のアメリカ人なのか?

示されてはいません。いわば、すべての国の人と言うことなんでしょう。

彼女は観客の代弁者なんですね。
映画を見ている観客が思っていることを、その都度、観客の代わりに映画の中で言っているわけです。

ヘンな話、ドヌーヴ演じるキャシーなんていなくても、ドラマの上では問題はないわけです。
そもそもキャシーなんて名前は、ドヌーヴの名前カトリーヌを英語読みしただけでしょ?

ただ、観客の代弁者が常にスクリーンでがんばっているので、観客はドラマに入りやすい。
俗に言う「オイシイ」役と言えますよね。

というわけで、フォン・トリアー監督の割には、観客に配慮している作品と言えます。まあ、だからヒットしたんでしょう。

ただ、フォン・トリアー監督がワーグナーのオペラや「サウンド・オヴ・ミュージック」を引用したり、あるいは「聖なるものの象徴としての教会」を排除してドラマを作っている意味も考えると、「母の愛」以外の面も見えてくるわけです。


まあ、フォン・トリアー監督がアメリカの単純さに距離を置く人であることは明白ですね。

まあ、「あんなに単純で生きられたらラクだろうなぁ・・・」と思っているのかな?
http://movie.geocities.jp/capelladelcardinale/old/03-12/03-12-16.htm

6. 中川隆[-10388] koaQ7Jey 2019年5月18日 14:23:18 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1931] 報告

NOと言えないアメリカ人
http://amairisuki.blog.fc2.com/blog-entry-6.html


just_say_yes

よく洋物は「Oh Yes! Fuck me〜」の連呼でスポーツみたいでつまらない、なんて事を仰る方がいらっしゃいます。

別にこれは外人がスポーツみたいなSEXが好きだからではなくて、そうでもしないと北米ではポルノの制作販売が出来ないと言う裏の事情が有るからです。

今回はその辺りのお話です。



アメリカは「表現の自由」が建前なんですが、同時にプロテスタントの国でもあります。この多分にキリスト教原理主義的倫理観を有する集団は大きな力を持っておりまして、ポルノ産業の根絶を目指して絶えず強力な圧力をかけ続けてきました。これにフェミニズム運動なども自己の発言力アップの為に乗っかかりまして、結果として色々と細かい規制が設けられています。

一番大きなものは「レイプ及びそれを想起させる暴力表現の禁止」と言うモノでして、女優さんは行為の最中は絶対に「NO」とは言えません。これは、どんなプレイであっても女性の側が合意し求めているという証明の為です。

ですから「Oh Yes! Fuck me〜」と「喜んで」SEXしないといけない訳です。某居酒屋のホール係みたいですが(笑)

ともかく、この辺りが「スポーツみたいな」印象を受ける一番大きな理由となります。


余談ですが、実はこれを逆手に取った男がいます。それがこのカウボーイハットのおっさん、Max Hardcoreです。


Max Hardcore 白人優越、男尊女卑丸出しの古き良き南部の伝統(笑)を体現した様なおっさん。プロテスタントの国アメリカに在りながらロリの尻穴を徹底的に犯したいと言うド直球な姿勢は、世界中に数多くの信者とアンチを生んだ。

このおっさんは契約上「NO」と言えない事を良い事に、右も左も分からない新人女優を連れて来てはロリ服を着せて、ゲロ吐くまでイラマしたかと思うと尻とマムコにクスコ突っ込んだ挙句に中に放尿、フィストでいたぶった上に尻穴犯し倒して顔射した後に口をこじ開けて口内放尿、とまあやりたい放題のビデオを量産していました。

新人時代のBriana Banksがこれに引っかかりまして、マジ泣きしながら「Oh Yes. Fuck Me My Master〜」と言っているシーン等は個人的には非常に萌えるモノがありましたです。はい(笑)

好事魔多し、と言うか自業自得と言った方が良いのでしょうか、1998年ついにロサンゼルス市が動きます。罪状は「児童ポルノみたいなのを作った事」という言いがかりに近い物だったのですが、出演女優の数人が検察に有利な証言をした為に起訴されました。

実は私、この数年前に彼の有料オフィシャルサイトのメンバーだった事があるのですが、そのせいか突然Maxからこんな内容のメールが来て驚いた事があります。

「よう、ダチ公! 実は俺様が使ってやった糞ビッチ共が、その恩も忘れてポリ公に告げ口しやがって、ロスのクソ役人共に裁判を起こされたんだ。悪いんだが裁判費用の捻出の為にもう一度メンバー登録してくれないか?」

とまあ、要約するとこんな感じなんですが、全編ビッチだクソだのオンパレードでMaxの円満な人柄が垣間見えるメールでした(笑)

結局、この裁判では無罪になったのですが、民主党のクリントンから共和党のブッシュに政権が移った後の2005年に突然、今度はFBIが動きます。

Maxの外遊中に家宅捜索に入ったFBIは彼のサーバーを押収し、中のデータの5つの作品が幾つかの連邦法に抵触するとして彼を起訴、判決は全て有罪で24ヶ月の服役を命じられます。即時控訴しますが、2年後にMaxの控訴は棄却され2009年に服役します。

2年後の2011年に出所したMaxは「もっと世の中のためになる事をしたい」と言い残すと…

max_new_official

新しいオフィシャルサイトを立ち上げてポルノ販売業に復帰しましたとさ(笑)

全然懲りてねぇよ、このジジイ(笑)


さてさて、寄り道が長くなってしまいましたが話を戻しましょう。

北米は規制が厳しいと言っても全土で均一ではありません。州によっては比較的寛容な所もあります。北米ポルノの殆どがカリフォルニア州ロサンゼルス界隈で制作されている事と、このエリアがカソリックや移民が多く比較的リベラルな民主党の地盤である事と無関係ではありません(ちなみにポルノ業界人の大半は民主党支持者)。

とは言え、商業面を考えると連邦政府の意向を無視した無茶な物を作る訳は行かず、結果として他国の人間から見ると奇形的な形で発展して来ました。

一例を上げると、SM関係はそのままなら完全にアウトなんですが、これが女優の側が望んだ事なら可能になります。だからと言って、嗜虐シーンで「Oh Yes!〜」なんてやられたら興醒めしてしまいますよね?

で、どうするかと言うと、まず本編の前に女優さんのインタビューを入れます。そこで「私は前から、トイレの中で男達に拉致されてアジトの中で緊縛されて穴と言う穴を輪姦されるのが夢だったの!」てな事を言わせる訳ですね(笑)

さらに、本編の後に又インタビューが入り、それがどれだけファンタスティックでエキサイティングな体験だったかを長々と語らせる訳です(笑)

アメリカ人はよく日本のモザイクを嘲笑するのですが、こんなの見せられるとおかしいのはどっちだと言いたくなりますね(笑)


ヨーロッパの場合はプロテスタント国のイギリス以外は北米ほど厳しい規制は無いのですが、市場としての北米を無視できない為にこれに準じたフォーマットで制作されています。まあ、オランダやドイツやロシアとかは結構好き勝手にやってますが(笑)

但し、どの国でも獣姦モノは児ポと並んでアウトで、今世界で獣姦モノを作ってるのは日本とブラジルくらいになります。

ですから日本の獣皇シリーズなんかは世界中に愛好家がいたりします(笑)
実は、規制の面から見ると日本はとても良い国なんですよ。


一口に規制と言っても国ごとに細かい違いがあるのですが、プロテスタント系のアメリカと英連邦の厳しさはちょっと異常なものを感じます。
特にアメリカは表現の自由と宗教的倫理観が常に対立していて、多分に分裂症的な感じがします。

ちょっと乱暴な言い方をすると、この2つの利害が対立する時に前者を優先するのが民主党、後者を優先するのが共和党と言えるかも知れません。

ところで、このアメリカの対立する2つの利害が一致する事柄が一つあります。
それが「自由と平等の為に異教徒共を始末する」事です(笑)

アメリカ最大の産業が戦争だと言われるのは、こう言う所に一因があるかもしれません(笑)
http://amairisuki.blog.fc2.com/blog-entry-6.html

7. 中川隆[-10387] koaQ7Jey 2019年5月18日 14:26:40 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1932] 報告

NHK交響楽団の首席指揮者に着任したパーヴォ・ヤルヴィがつい最近、ヒラリー・ハーンとの対談(@フランクフルト)でとても興味深いことを語っている
→動画(3分40秒あたりから)。


Interview mit Hilary Hahn und Paavo Järvi zum hr-Sinfoniekonzert am 21.3.14 - YouTube

「現在世界で未だにブルックナーの音楽が演奏され、愛されているのはドイツと日本だけ。

そして面白いことに日本でブルックナーを演奏すると、会場には男性客しかいないんだ!
ラヴェルとかチャイコフスキーなどロマンティックで美しい曲を演奏したら女性客や子どもたちが来てくれるんだけどね」

それに対してヒラリーは

「じゃあブルックナーは日本の成人男性のために作曲したのね!」だってさ。

特にアメリカでブルックナーは全く人気がなく、演奏される機会も滅多にない。
http://opera-ghost.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/post-470a.html

8. 中川隆[-10386] koaQ7Jey 2019年5月18日 14:29:13 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1933] 報告

トランプ大統領がシリアにミサイル攻撃した理由2017年4月11日


トランプ政権は完全に機能不全に陥っていた。法案は議会を通らず、政権内部は混乱している。トランプ大統領は何らかの打開策を見つけなければならない。この状況の原因となっている政策は何か? バノン氏やフリン氏の親ロシア政策である。ではその政策は政権にどのようなメリットをもたらしているのか?

大統領選挙の時からトランプ氏の演説を追っている読者があれば映像を覚えているかもしれないが、「他国の政権転覆をやめる」という主張は、トランプ氏の演説のなかで支持者からの反応が最も薄かった主張の一つである。

アメリカ国民とは、アメリカが「世界で最も偉大な正義の国」であると本当に信じている人々である。その彼らに「アメリカは他国の政権転覆をやめるべき」などと言えば、アメリカの歴史そのものが悪だと言うようなものである。


ドナルド・トランプ氏は本当はアメリカが嫌いなのではないか?
http://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/4076


だから、トランプ氏が演説でこの主張をしたときの支持者の反応は、賛同から程遠い当惑だった。

アメリカの政治介入は悪だったのか? 

イラク戦争は正義ではなかったのか? 

部外者から見れば何の正当性もないものが、アメリカ人には正当に映る。
彼らはそう教育されているのである。


何度も言うが、アメリカ人とは広島長崎への原爆投下が正義の行いだったと本気で信じている国民である。

個人の銃所有が治安向上のためになると全米ライフル協会が主張すればそれを信じ、

ブッシュ大統領のイラク侵略の口実となったイラクによる大量破壊兵器の所有が全くの嘘でたらめだったと明らかになっても気にさえ留めない、

政治的に非常に操作しやすい、頭の無い人々である。


だからこそトランプ氏は、政権転覆という表現よりも中東での軍事支出を減らすという主張に重点を置いた。「アメリカ人にとって正しいこと」は「世界にとって正しいこと」よりも先にあるものだと明確に述べた。上記で引用した通りである。


トランプ大統領の決断

親ロシア政策による利益とコストは明白だった。
政治的コストはあまりに大きく、利益はアメリカ国民にも議会にも理解されない。

そこでトランプ大統領が何を決断したのか、もう読者にもお分かりだろう。

彼の言う「世界にとって正しいこと」を選挙と議会における票のために犠牲にしたのである。

フリン氏は辞任させられ、そしてロイターによれば、トランプ政権内ではバノン氏の更迭が検討されているという。

トランプ政権内の反グローバリズムは風前の灯火である。


そしてシリア爆撃をアメリカ国民がどう捉えたかと言えば、トランプ大統領の支持者は言うまでもなく、彼に反対していたはずのリベラルのアメリカ国民でさえ、このミサイル攻撃を支持している。

CBSの世論調査(原文英語)によれば、共和党支持者のシリア爆撃支持率は84%、そしてトランプ大統領を毛嫌いする民主党支持者でさえ、40%が爆撃を支持しているという。

以前伝えたように、この爆撃の口実となったシリア政府による化学兵器の使用はシリア政府自身は否定しており、ロシアは「アメリカによるこのような大規模なミサイル攻撃は口実となった事件よりもかなり以前から準備を進める必要があったはずだ」と主張している。また、シリアの国営放送はアメリカによる攻撃で民間人が死亡したと主張している。


米国トランプ政権がシリアをミサイル攻撃、各国の反応まとめ
http://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/5987


個人的には状況の認識についてシリア側の見解にも西側諸国の見解にも与するつもりはない。しかし仮に西側諸国の言う通り、シリア側の化学兵器使用が事実であったとしても、全く関係のないアメリカがシリアにミサイルを打ち込む理由になると信じられるのは、西側諸国の教育を受けた人間だけである。

アメリカ人は諸手をあげて攻撃を支持している。
日本人は、どれだけの数がそれに同意出来るだろうか。


結論

第二次世界大戦における原爆投下を「戦争の早期終結に繋がり、結果的に多くの人命を救った」行為として正当化することを含め、アメリカ人は教えられれば何でも信じる人種である。

西洋はそうして戦争を行なってきた。

キリスト教の布教を理由に全く関係のない国々を植民地化し、戦後は「自由でオープンな価値観」の布教を理由に人殺しを行なってきたのである。

特にアメリカ人は政治家にとって御しやすい。

日本人やヨーロッパ人よりも単純であり、思想のコントロールが容易だからである。

トランプ氏はそこから外れた価値観を政治に持ち込もうとしたが、結局は有権者の理解がなければどうにもならない。要するに、誰が大統領になろうとも、アメリカ人は所詮アメリカ人だったということである。

ただ、トランプ大統領にとっても、これまでの主張をすべて覆すようなシリア爆撃を結論するのは容易ではなかったはずである。だからトランプ大統領の決断にはもう一つ重要な要因が必要となった。この点についてはまた別の記事で書きたいと思っている。
http://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/5999

9. 中川隆[-10385] koaQ7Jey 2019年5月18日 14:29:45 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1934] 報告

世界一豊かなアメリカはこんな国  
▽3100万人の国民が飢えている。

▽4500万人が医療保険に入っていない(国民健康保険制度がない)

▽国民の8人に1人が貧困レベル以下(2人家族で年収140万円以下)の暮らし振り。

▽貧困児童数は先進国でもっとも多い1300万人。

▽乳児死亡数は1日あたり77人。

▽国内に350万人のホームレスがいる(そのうち50万人が退役軍人)。

▽国内には約2億3000万丁の銃がある。

▽銃によって死ぬ子どもは1日平均13人。

▽選挙では不正が横行(黒人投票者を露骨に排除など)。

▽大学に行けなかった者は一生のあいだ時給5ドル(あるいはそれ以下)の仕事にしか就けない。

▽成人の4人に1人が自分の名前程度しか読み書きできない。

▽処女懐胎を、アメリカの成人の8割が信じている。

▽ブッシュ政権が1期目で実施した大型減税は、総額の半分以上が超富裕層のトップの1パーセントの懐に入った。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4875252307/ref=sr_11_1/503-0687016-2159947?ie=UTF8


1.スーパーのレジが異様に遅い。(日本の5倍くらいはかかってるw)

2.ファーストフードのセットメニューを頼むと、時々一品抜けてる。(3品しかないのにねw)

3.まともな運行時刻表すらないアメリカのバス・電車。(アメリカでは新幹線なんてとてもムリw)

4.殆どのアメリカ人って、外国に行った事も無い、外国語も話せない。要は、無知な田舎者w

5.レディーファーストなんてカッコつける割には、旦那の暴力が社会問題&驚異的な離婚率w

6.アメリカ人の運転マナーの悪さ・自分勝手度合い・・・ 日本人には『想定外』の連続ですw

7.何かを発注したとき、まず守られない納期。稀に納期を守る会社があるとビックリするw

8.議論は長いが何の結論も出ないアホな会議が、実は日本より多いw

9.必ず下らないギャクを入れるプレゼン。アメリカ人はプレゼン上手だと勘違いしてる模様w

10.テメーの稼ぐ金よりも、多くの金を浪費してる国・国民。愚かな・・・(以下省略w

11.コミュニケーションという言葉が好きみたいだが、要はペチャクチャ話して仕事せずw

12.自由を守る!テロとの戦いだ!などと他国に騒いでるが、要は、親米か反米か、それだけw

13.ミーティングでは“No Problem. We can do that” し か し・・・行動が伴わないw

14.ゴミの分別などお構いなし。誰も居ない週末のオフィスでも冷房ガンガン。環境を語る資格ナシw

15.駐車場で白線内にクルマを停めない馬鹿が多過ぎw、世間の程度が知れるw

16.セクハラ訴訟で何百億円、タバコ訴訟で何千億円・・・素晴らしい常識の国だよw

17.国民総肥満w、何食ってどれだけ怠惰に生活すれば、あんな肥満になるのか誰か教えてくれw

18.いまだにアメリカだけポンド・ガロン・インチ・・・の世の中w ま、彼らに国際単位系への変更なんて理解不能かw

19.終わってる製造業w 武器以外に輸出できるようなモノって一体何があるの?誰か教えてくれw

20.たかだか二百数十年の『アメリカ史』w なんせ白人は人々が暮らしているのにアメリカ大陸“発見”だからw

皮肉な事に、日本の負け組みに限って渡米希望w


◆米国民の知的劣化 

これは、米国民が、知的に劣化したせいだと考えられるのです。

 とにかく、米国の成人の5人に1人は天動説を信じていますし、26%しか進化論を信じていません。そもそも、高卒以下の人々の約45%は聖書に書かれていることはすべて真実だと信じています。

それどころか、白人の原理主義的(evangelical)キリスト教徒の60%は、議会ではなく、聖書に拠って米国の法律が制定されるべきだと考えているのです。

 また、成人のたった57%しか年間に1冊以上ノンフィクションの本を読んでおらず、若い成人の3分の2はイラクがどこにあるか地図上で示すことができず、成人の3分の2は米国の3権を列挙することができず、同じく3分の2は1人の最高裁判事の名前も挙げることができません。

15歳の数学の力はOECD加盟29カ国中24位ですし、2007年の研究では読む力が男女とも、しかも教育レベルの相違にかかわらず、低下気味であることが明らかになっています。
http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu181.htm

10. 中川隆[-10384] koaQ7Jey 2019年5月18日 14:30:27 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1935] 報告

狂ったアメリカ人の精神構造  


キリスト教原理主義

キリスト教原理主義の本質は、主に米国が過去に行った過失を正当化できるからこそ普及しているのであり、キリスト教よりもユダヤ教の亜種に近い性質を帯びている。

プロテスタントといえば、多くの日本人はルター派とカルバン派しか思いつかないだろうが、英米のプロテスタントの多くは、英国国教会の亜種である。

英国国教会は、設立当初から血塗られている。

ローマ教会が離婚を許さないのを理由に、ローマ教会を離脱して英国王が首長となる教会を設立したのであるが、そのヘンリー8世は6人の妻を持ち、2番目の妻アン・ブーリンと5番目の妻キャサリン・ハワードを姦通罪で処刑している。6人のうち死別は3番目の妻ジェーン・シーモアのみである。
英国国教会の成立には、ローマ教会を通して仏の影響力を廃したかったのもあるだろう。アビニョン捕囚(1309〜77)の影響でフランスはローマ教会への影響力を強化していた。

また、ローマ教会自体が各国の王の上に己の存在を置く状態であり、英国内の反発があるからこそ、英国国教会は存続したのだろう。

つまり、設立自体が、エゴイズムとナショナリズムが動機である。
そのため、エリザベス一世時代に英国国教会から清教徒が反発して分離するのだが、彼らがローマ教会へ戻らずに新しい諸派を建てていった理由も、ナショナリズムによるローマ教会への反発があった。

もちろん、当時のローマ教会は相当腐敗していたのも事実だ。

つまり、英米のプロテスタントの場合、ルター派とカルバン派ほど純粋な動機とは言い難い部分が元来強かったのである。


ローマ教会を離れた時に、教皇に替わる宗教的権威は、何になるか。

自派内のヒエラルキーの頂点である。
古い宗派の中で頂点を極めることは難しいが、新派を建てれば己自身が頂点になりうる可能性がある。

「英国人は六十の宗派を抱えているが、料理のソースは一つだ」というイタリアの諺があるほど、英米のプロテスタントは多数の派がある。
己が宗教的権威になりたいという我欲こそが、多数の派が存在する理由の最大の要因ではないかと憶測している。

一番の問題は、聖書無謬性という偏向なのだが、これはルター派が聖書中心主義を唱えた影響から英米のキリスト教原理主義に多い。
キリスト教において本来一番大切なのは、イエス=キリストの言葉であった筈だが、イエス=キリストの言葉と矛盾する見解を米国人が頻繁に出すのは、聖書無謬性の影響ではないかと思う。

聖書無謬性、というよりも、旧約聖書無謬性こそが、キリスト教原理主義の中心に存在するのではないか。

旧約聖書は、無謬どころか矛盾だらけだが、キリスト教原理主義で重要視されているのは、旧約聖書の内容とヨハネの黙示録なのである。
ヨハネの黙示録の諸派にとって都合の良い解釈することと、旧約の内容が、キリスト教原理主義の根本のようだ。
これでは、キリスト教というよりも、選民思想が極端に強いユダヤ教の亜種である。


まず、北米インディアンの土地を奪ったことについては、「アメリカは約束の地である」と説明する。

鉄砲隊に向かって「特攻」を続けた北米インディアンを、虐殺し続けるのに当たって、「北米インディアンは聖書に書かれていない。だから、あれらは人間ではない」と説明する。

奴隷貿易の中心は実は英国だったが、「黒人は聖書に書かれていない。だから、あれらは人間ではない」と同様に説明している。

聖書の無謬性という信仰を利用することによって、自分達のエゴイズムや貪欲な物欲、選民思想を合理化できるのだ。

どんな人間だとて、異民族でも多数の人間を無差別虐殺すれば、潜在的に罪悪感を感じるものである。
もちろん、本物の「見せかけだけの善人」ならば、潜在的にも罪悪感を感じないだろうが。

米国人の心に在った潜在的罪悪感や不安感を薄れさせ、自らの虐殺・軍事的及び経済的侵略を正当化するために、聖書無謬性は、実に利用価値の高い説なのである。

聖書無謬性は、選民思想を強化し、エゴイズムの発現と経済侵略を正当化する。

だから、英国は「死の商人」として長年成功できたのだろう。日本で有名なグラバーも、英国の武器商人である。

第二次世界大戦後、英国の国土は荒廃していた。

戦争の被害のない米国が「世界の中心」となったのは必然であるが、その世界の中心とは、「世界の武器工場」なのである。この情けない地位は、この先当分揺るぎそうにない。

人殺しで儲ける「商売」は、私は世界中で最も卑しい職業だと思う。

殺傷兵器を多数生産することにも、自己正当化と合理化が必ず必要になる。
「我々は、民主主義を世界に普及するために武器を製造しているのである」とか工場で合理化の言葉を言わなければ、現場の労働意欲が必ず低下していく筈だからだ。


米国で武器を多数製造しなくても、たくさんある別の産業に大半を転換すればいいだけの筈だ。日本は、戦後ちゃんとできたのだから。
だが、恐らく、最早不可能だろう。

なぜなら、米国は「民主的な豊かな社会」から「憎悪と恐怖の対象」「言論を弾圧する強国」へと変質して行っているからである。
報復を恐れて先制攻撃し、無差別攻撃するために、他国民の憎悪と怒りが増し、死を賭しても抵抗を表したいという人々をどんどん増やしているという、ごく当たり前の論理が、米国人には理解できないようだ。

恐らく、欧米人以外の人々を、無意識下で「人間」と認めていないからである。

世界中から恨まれ憎まれていることを、米国人の大半が9.11まで気づかずに済めたのは、エバンジェリカルが米国民が潜在的に持つ罪悪感や不安感を合理化し、選民思想を強化してくれているためである。

戦争があるたびに、米国内のエバンジェリカルは信者数を増していく。
今や、聖書無謬性を信じる米国人が半数以上なのではないか。

例え、神が言ったことが正しかったとしても、転記を続けた古代ユダヤ人が自分達に都合の良い内容に書き換えなかったと何故信じられるのかは、理解に苦しむ。
古代ユダヤ人の知っている世界しか書かれていないからといって、それ以外の土地に住むのは人間ではない、あるいは被差別民族だと信じられるのは、何故なのか。

「木を見る西洋人 森を見る東洋人」に従えば、西洋人の世界観があまりに単純だからと説明できるだろう。

そんなに、世の中、単純なわけなかろうが。
あらゆる物事は、複雑に絡み合っている。
人体の一部が悪くなれば、全体に影響が及ぶようにだ。

潜在的罪悪感を引きずるからこそ、米国は犯罪大国になったのではないか。


エバンジェリカルは「核戦争を待望する人びと―聖書根本主義派潜入記 朝日選書」によると、ヨハネの黙示録の「ゴグとマゴク」、つまりイスラエルに進攻して戦う二つの大国とは、ロシアと中国だと教えているそうだ。

信者を増やすために、「核戦争はすぐ来る」とエバンジェリカルが米国民の恐怖を煽れば煽るほど、「どうせ先はないんだから」と自暴自棄の心境に陥り、犯罪に走る者は増えていったのだろう。

潜在的罪悪感や不安感は、潜在的犯罪者を増加させていき、米国民の人心を荒廃させて行ったのである。

「人のふり見て我がふり直せ」と言う。
経団連が武器輸出を求めた結果、内閣が勝手に、当座米国にのみミサイルを輸出することに決めてしまったが、これは米国の轍を踏むことになるだろう。
潜在的罪悪感を合理化する装置としての宗教は、日本において国家神道と靖国である。

次第に国粋主義者が再度増えて行っている現状を、よく考えてほしい。
米国の事実上支配下に入っている日本では、精神的には戦後の混乱が続いたままなのである。
恐らく、潜在的罪悪感や社会の矛盾を合理化するために、日本人の多数が、再び自発的に国家神道と靖国に縋り始めたのである。

それを否定する者に対して、「非国民」扱いが始まっている。
戦後の精神的混乱を「日教組の偏向が」等とする、安易な合理化を続けているようでは、昭和初期と同じ状況を自ら作り出してしまうだろう。

そして、潜在的罪悪感と社会の矛盾を合理化するのに、靖国では駄目だと考える人々が新・新興宗教に縋っていくのである。
この状況が長く続けば、オウムのような極端な教義を必要とする人々が増えていくはずだ。

武器輸出は、第二・第三のオウムを作り出し、アーレフを強化する。
エゴイズム、利己主義と物質主義、利益優先主義、選民思想などの、「アメリカナイゼーション」が「グローバリズム」の名で一層進行していけば、犯罪発生率が増加するのは当然である。


物事は連鎖していると考えるのは、東洋的発想らしいが、過去の清算が充分に済まないならば、潜在的罪悪感や不安感が、国を誤った方向へと導くのは避けがたいだろう。

良い商品を世界に供給するのを止めて、死の商人への道を進むのが、日本国の将来のために素晴らしいことと思いますか。
経済的論理のみを追求すれば、犯罪発生率は高まり、要人暗殺や報道機関への武力攻撃等の右翼テロが頻発する時代をもたらすだろう。
その先にあるのは、五‐一五事件(1932年犬養毅首相暗殺)、二‐二六事件(1936年陸軍クーデター)のような時代が来るだろう。

貴方は、奥田経団連会長や小泉首相が、そういうことまで考えて武器輸出を決めたと思いますか。

重要案件が国会の議決を経ないで決まる事態は、民主主義の形骸化の進行です。
「誰がなっても変らない」と賢しらに言う人々が多数日本にはいますが、本来、日本の未来を選ぶのは、国民の一票の筈です。

貴方は、どんな未来を選びたいと考えていますか?
何もせずに他人(政治家や官僚)のせいにするというのも、一つの選択であり、その選択に相応しい未来が待っているはずです。


【福音派】聖書の外典・偽書と「聖書の絶対不可謬性」

キリスト教史の中で、旧約聖書が正式に聖典の扱いを受けるようになった歴史は意外に浅く、トリエント公会議(1545)の時である。
2世紀には既に旧約聖書を認めない派が存在し、それに反対するためにも4世紀に聖書のラテン語訳が始まり、397年「正典」が一応決まった。

特に、ヨハネの黙示録を新約に残すかどうかで、随分揉めたらしい。
東方正教会は、長く認めていなかったという。

1世紀末に書かれたもので、「ヨハネによる福音書」「ヨハネの手紙」の著者とは別人が書いているが、今でも諸説あり、作者が福音書作者でないと文献学等で否定されていることを聞くと激怒する宗派もあるらしい。

どの文書が聖書として認められるべきか否かで、長く揉めて来た歴史というのは、大抵の宗教にあることだ。例えば、「北伝仏教の経典の多数は偽書である」という研究もある(「梅原猛の授業 仏教」をご参照下さい)

そんな歴史があるのに、特に、キリスト教原理主義者達を中心に「聖書の絶対不可謬性」を固く信じているキリスト教徒が結構いるのだそうだ。

聖書の中には、これを聖書に含めるかで揉めた文書があるという歴史等を、清教徒は全く知らなかったらしい。そのため、アメリカを中心に「聖書の絶対不可謬性」という、珍奇な教義をもつ教団が多いのだそうだ。

しかも、彼らが「間違いがない」と主張するのは、大抵、本来は聖典ではなかった旧約聖書のほうで、新約と違って間違いだらけの書物だ。


旧約聖書は盲信されると、世界の迷惑になる話が多すぎるのだ。

聖書と言っても旧約聖書は、基本的に泊付けのために導入されたものであり、どう考えても新約聖書の「神」と矛盾している。
旧約聖書の「神」は、所詮民族宗教の神なので、イエスと違い、人を幸福にすることのない神なのだ。

その「神」とイエスが三位一体であると言ったものだから、それから、キリスト教の神は相当残虐な「神」に変化し、教会の教えも残虐なものに変質してしまったのかもしれない。

ローマカトリックが新教の発生と共に今までの教会のあり方を見直して現在に至るのと対照的に、「自分達こそ、(旧教の輩と違って)汚れなき者である」と主張し続けて来た人々は、随分人殺しが好きな人々になっていき、全く自分達の行動を振り返ろうとはしない。

「神に選ばれた」とか「(自分達だけは)清浄なるものである」とか、「アメリカは『神の国』である」とか言うのは、明らかな(誇大)妄想である。
民族宗教の神ならともかく、キリスト教の神が、そんなに驕り高ぶり尊大で、「自分達は選ばれているから何をやっても許される」といった論理で他国民を無差別虐殺するような信者を、そんなに高く評価するだろうか。

「汝の敵のために祈れ」と言った神がだ。

聖書を書き記したのは所詮古代ユダヤ人であり、聖書の中にサハラ以南の黒人、インド以東のアジア人、北米南米・オーストラリア・ミクロネシアの現地人の存在が書かれていないのは、単に、当時の古代ユダヤ人の知識が足らなかっただけである。


ところが、「聖書の絶対不可謬性」を盲信する人々は、聖書に出て来ない人々を「人間として認めてはならない」という、見解になりがちだ。

清教徒が最初にこの考え方を米国に伝え、英国の清教徒が奴隷貿易を擁護した。自分達は清い名を名乗り、その行動は実に血なまぐさい。

聖書が誤っていることを認めぬ代わりに、世界や現実のほうを自分達の信念に合わせようとすると、随分多数の人々の人権を侵害し、戦争を次々起こし、多数の国を弱体化させ、...たくさんの異教徒をアジア・アフリカ・南北アメリカで殺さなければならない。
実際に、合わせようと今まで努力してきたのが、アメリカ合衆国という国の「裏の歴史」ではないのだろうか。

「キリスト教原理主義のアメリカ」(p.94)では、「聖書の絶対不可謬性」を信じる信者の割合を表示している。

 ユニタリアン・ユニバーサリスト        6%
 統一キリスト教会              12%
 アメリカン・福音ルーテル教会        21%
 エビスコーパル・チャーチ(聖公会)     22%
 統一長老派教会               25%
 統一メソディスト教会            34%
 エホヴァの証人               51%
 チャーチ・オブ・クライスト         55%
 サザン・バプティスト会議          58%
 チャーチ・オブ・ナザレン          58%
 アセンプリーズ・オブ・ゴッド        65%
 ユナイテッド・ペンテコスタイル・チャーチ  69%
 チャーチ・オブ・ゴッド           80%
http://hoffnungenlied.cocolog-nifty.com/kaizen/cat1966234/index.html

11. 中川隆[-10383] koaQ7Jey 2019年5月18日 14:31:27 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1936] 報告

回心者ブッシュの演説に聞き入る「十字軍」兵士達

アメリカには「ポーン・アゲン」を なのり、そう呼ばれる人びとがいる。 人生の道半ばで、神に、キリスト に、聖書に出会い、キリスト教徒とし て新しく生まれ変わった人びとであ る。改宗ではなくて、回心と再生を誓 う、プロテスタント教会のなかの行動 的な一派である。


◆40歳にして「回心再生」

ブッシュニ世はボーン・アゲンのひ とりになった。飲酒にふけって、安易 な生活を送っていたのが、名高い伝道師の説教を聞いてからは、四十歳にし て酒を断ち、回心再生の人となった。

朝は祈りと聖書の読誦にはじまり、閣議も祈りではじまる。

演説には聖書 のことばがちりばめられている。

「ア メリカに昧方しないやつは敵だ」というブッシュニ世の人物を特色づける発 言も聖書からでている。

「わたしの側 に立たない者はわたしに逆らう者、わたしと共に集めない者は散らす者である」


神仏の信仰を問わず、ボーン・アゲ ンの宗教体験をもつ人びとのおおく は、個人の内面の間題として回心をうけとめている。

ところが、アメリカの 「生まれ変わり」は異様に猛烈である。かれらは公の場で回心の体験を声高 に語って、人間は罪を負って生まれた存在であるから回心しなさい、改俊しなさいと、説得と折伏の活動に訴えることを神に奉仕する使命と信じている。

その特徴は徹底した二元論である。人間は神に選ばれて救われる者と、救 われない者に分かれている。回心者に は永遠の平和、福音に耳ふさぐ者は悪魔の子で永遠の地獄が待っている。

善と悪、神と悪魔、味方と敵、白と黒、光と闇が現世を二分して戦ってい るという論理を用いて、迷える小羊に選択をせまるのである。

原理主義(ファンダメンタリズム) はイスラムの 「専売」のように思われて いるが、この 言葉と運動は はじめて一九 二〇年代アメ リカの白人プロテスタントの環境からうまれた。

ボーン・アゲンは原理主義の三つの 教条を継承している。

聖書に書かれてあることはすべて神の言葉であって、解釈や考証はゆるされない。

人間は神によってつくられた被造物で、サルから進化したなどという「妄説」はゆるされない。

やがてキ リストがこの世に再臨して至福の千年 が始まるから、神への奉仕にいそしまなければならない。


◆悪魔うけいれる土壌

最近のギャラップ世論調査による と、アメリカ人の48%は神が人間をつ くったと信じ、28%が進化論に傾いている。そして、悪魔の存在を68%が信 じている。

テロリズムも「九・一一」の悲劇も、バグダッドに巣食う悪魔の仕業だ という圧倒的な政治宣伝がたやすくう けいれられる精神的土壌がそろっている。 プロテスタント教会の少数派であっ たボーン・アゲン原理主義と、帝国を夢みる新保守覇権主義の二つの特殊な 潮流と人脈が、アメリカ政治の中枢を乗とってしまった。

神の下なる道義の国アメリカの指揮 官ブッシュニ世は、「万軍の王の王、主の主」(ヨハネ黙示録)として、神の御業を実践する十字軍に立つのであ る。

しかし、利得の追求を宗教的熱狂で紛飾した十字軍は、中東のみならず、 世界の現状にひそむ限りない複雑さ と、そして、人間の惨害を無視して強行されるのだから、前途には、とほうもない魔の陥弊が待っている。


現在の狂ったアメリカ人の精神構造を探るには、アメリカを覆っているキリスト教原理主義的教義が分からないと理解できない。

回心再生と言ったって何のことか分からない。

回心再生して神に仕え、そうでない福音に耳を塞ぐ者たちを、悪魔の子として永遠の地獄に突き落とすことが、彼らの使命なのだ。


このようなキリスト教原理主義の教義が分かっていれば、ラムズフェルドの冷酷さも理解できる。

彼はアフガニスタンの戦場における、タリバン兵の捕虜達をクンドゥスに集め、爆撃して皆殺しにした。悪魔の子として地獄に突き落としたわけだ。

彼らにとっては異教徒は人間とはみなさないのだ。
http://www.asyura2.com/0304/bd25/msg/114.html

▲△▽▼

 フィラデルフィアで林間学校に参加していた16歳の時だった。ラジオで原爆投下を知った。周囲の子どもたちは歓声を上げた。私は我慢できず、一人で森の中に入り数時間戻らなかった。

もっと衝撃を受けたのは、ポルノ映画との触れ込みで50年代にボストンで上映された「ヒロシマ」という題の映画で、被爆者が沸騰した川に飛び込む映像を見ながら、観客が大笑いしていた光景だ。
http://www.asyura2.com/0505/idletalk14/msg/428.html

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