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CIA の犯罪
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/1042.html
投稿者 中川隆 日時 2021 年 8 月 23 日 08:33:17: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: アメリカ人による極悪非道の世界侵略の歴史 投稿者 中川隆 日時 2021 年 3 月 23 日 07:16:40)

CIA の犯罪
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/147.html  

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コメント
1. 中川隆[-16381] koaQ7Jey 2021年9月14日 06:28:41 : meoR52NmVY : RnhYRDEzN2NDbjI=[2] 報告

2021.09.14
1973年の9/11も米英の私的権力が望む方向へ歴史の流れを変えた
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202109140000/


 ニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎が攻撃されたのは20年前の9月11日のこと。この出来事を利用してアメリカの私的権力は人びとから基本的な権利を奪い、侵略戦争を公然と始めた。形骸化していたとは言うものの、かろうじて残っていた民主主義は止めを刺される。

 その28年前、つまり1973年9月11日にリチャード・ニクソン大統領はヘンリー・キッシンジャーに命じ、チリのサルバドール・アジェンデ政権を軍事クーデターで倒した。キッシンジャーの下でクーデターを実行したのはCIAの「テロ部門」とも言える作戦局(DDO)。作戦についてはCIAの内部でも秘密だった。

 DDOは1973年3月までは計画局(DDP)と呼ばれていた。議会で暗殺やクーデター等さまざまな秘密工作が明らかにされ、名前を変えたのだが、実態に大きな変化はない。

 DDPは1952年8月に創設されたが、その核になったのは極秘の破壊工作機関OPC。この機関は1948年6月にOSPとして創設され、50年10月にCIAと一体化している。当初、CIAと別の組織だったのは、第2次世界大戦後、破壊活動を行わないという条件でCIAの設立が認められたからだ。

 OPCは1943年後半にアメリカとイギリスがレジスタンス対策で創設したゲリラ戦の部隊「ジェドバラ」が母体になっている。大戦中、西部戦線でドイツ軍と戦っていたのはレジスタンスで、その主力はコミュニストだった。

 この当時、すでに戦争の勝敗は決していた。ドイツ軍は1941年6月にソ連へ向かって進撃を開始する。「バルバロッサ作戦」だ。その時に東へ向かったドイツ兵は約300万人、西部戦線に残った兵力は90万人にすぎなかったと言われている。アドルフ・ヒトラーの命令だったという。

 ドイツ軍は1941年7月にレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)を包囲、9月にはモスクワまで80キロメートルの地点まで迫る。ソ連軍の敗北は決定的だとヒトラーが語ったのは10月。ウィンストン・チャーチル英首相の軍事首席補佐官だったヘイスティングス・イスメイは3週間以内にモスクワは陥落すると推測しているが、モスクワは陥落しない。そしてドイツ軍は翌年の8月にスターリングラード(ボルゴグラード)市内へ突入して市街戦が始まるが、11月になるとソ連軍が猛反撃、ドイツ軍25万人はソ連軍に完全包囲され、43年1月に生き残ったドイツの将兵9万1000名が降伏した。

 この段階でドイツの敗北は決定的。アメリカとイギリスの動きが活発化するのはこれからだ。英両国は1943年5月にワシントンDCで会談、7月にアメリカ軍とイギリス軍はシチリア島に上陸した。9月にはイタリア本土を占領、イタリアは無条件降伏する。この際、コミュニスト対策としてマフィアの協力を得ている。ジェドバラが編成されたのはこうした時期である。

 ドイツ軍がソ連を壊滅させられなかったことからチャーチル英首相はドイツが降伏した直後、JPS(合同作戦本部)に対してソ連へ軍事侵攻するための作戦を立案するように命令した。

 5月22日に提出された「アンシンカブル作戦」によると、7月1日に米英軍数十師団とドイツの10師団が「第3次世界大戦」を始める想定になっていた。この作戦は発動しなかったのは、参謀本部が5月31日に計画を拒否したからだ。(Stephen Dorril, “MI6”, Fourth Estate, 2000)

 ジェドバラの後継組織であるOPCは大戦後、ヨーロッパに秘密部隊のネットワークを築く。ソ連軍の侵攻に備えるためだとされているが、実態はヨーロッパ支配の道具だ。

 1948年頃にはCCWU(西側連合秘密委員会)が統括、NATOができてからはその新組織に吸収され、CPC(秘密計画委員会)が指揮することになる。その下部組織としてACC(連合軍秘密委員会)が1957年に設置され、NATOの秘密ネットワークを動かすことになった。(Philip Willan, “Puppetmaster”, Constable, 1991)

 こうして組織された「NATOの秘密部隊」の中でもイタリアとフランスの組織は活発に動いた。イタリアで中心的な役割を果たしたのが有力貴族でローマ教皇庁ともつながりのあるバレリオ・ボルゲーゼとボルゲーゼの下で動いていたステファノ・デレ・キアイエ。このふたりはチリでクーデターが成功した後、ピノチェトと接触している。

 ピノチェト体制下のチリを含むラテン・アメリカの軍事政権は協力して反対勢力の主要人物を暗殺したり誘拐している。「コンドル」という仕組みだが、欧米へ亡命されると簡単には手が出せない。そこで協力したのがボルゲーゼンやデレ・キアイエだ。当然、その背後にはCIAが存在している。

 チリのクーデターは単に民主政権を倒したというだけでなく、新自由主義の実験場を作ったという側面もある。ここでの経験がないと、イギリスや日本で新自由主義を導入することはできなかっただろう。1973年の「9/11」も歴史の流れを変えた。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202109140000/

2. 中川隆[-15664] koaQ7Jey 2021年11月01日 09:30:40 : iqAOGccErg : SEp1OTlwWGlHaWs=[7] 報告
2021.11.01
ソロスが情報統制のために新たな会社「グッド・インフォメーション」を設立
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202111010000/


 ふたりの富豪、ジョージ・ソロスとリード・ホフマンが「​グッド・インフォメーション社​」なる会社をスタートさせた。ふたりの仲間、つまり私的権力にとって「優れた」、そして「好都合な」情報を広めることが目的なのだろう。この会社は情報統制システムの一端をになうことになるだろう。

 ソロスはハンガリー生まれの投機家でロスチャイルド資本と緊密な関係にあることで有名だが、その一方、ソ連を経済面から攻撃していたことでも知られている。そうした工作の拠点として1984年にハンガリーで設立した団体が「オープン・ソサエティ・インスティテュート(後のオープン・ソサエティ財団)」だ。

 ホフマンはインターネット産業の成功者で、ビジネス系SNSのリンクトインを創業したことで知られている。ピーター・ティールのPayPalで副社長を務めたこともあった。リンクトインは2016年にマイクロソフトの子会社になっている。

 「グッド・インフォメーション社」は私的権力にとって都合の悪い情報の信頼度を落とし、排除することを目的にするのだろうが、グーグルやフェイスプックなどシリコン・バレーのハイテク企業は検閲を強化している。

 第2次世界大戦後、アメリカの私的権力はメディアをコントロールするためのプロジェクトをスタートさせている。いわゆるモッキンバードだ。プロジェクトの中心人物はアメリカの情報活動を指揮していたアレン・ダレス、ダレスの下で破壊工作機関OPCを指揮していたフランク・ウィズナー、やはりダレスの側近でCIA長官になるリチャード・ヘルムズ、そしてワシントン・ポスト紙のオーナーだったフィリップ・グラハムの4名だ。

 ダレスとウィズナーはウォール街の弁護士で、ヘルムズの祖父は国際決済銀行の初代頭取。グラハムの妻、キャサリンの父親は世界銀行の初代総裁である。グラハムはジョン・F・ケネディが暗殺される3カ月前に自殺、キャサリンが次の社主になり、ウォーターゲート事件の取材を指揮した。

 同紙でウォーターゲート事件の取材はカール・バーンスタインとボブ・ウッドワードが中心になって行われた。ウッドワードは少し前まで海軍の情報将校で、情報源を持っていたものの、記者としては素人に近い。事実上、取材はバーンスタインが行ったと言われている。

 バーンスタインはニクソン大統領が辞任した3年後の1977年にワシントン・ポスト紙を辞め、「CIAとメディア」という記事をローリング・ストーン誌に書いた。これはウォーターゲート事件以上に重要な記事だ。(Carl Bernstein, “CIA and the Media”, Rolling Stone, October 20, 1977)

 記事を執筆するまでの20年間にCIAの任務を秘密裏に実行していたジャーナリストは400名以上におよんだという。1950年から66年にかけてニューヨーク・タイムズ紙は少なくとも10名の工作員に架空の肩書きを提供したとCIAの高官は語ったともいう。

 CIAが有力メディアを情報操作のために使っていることはフランク・チャーチ上院議員を委員長とする情報活動に関する政府の工作を調べる特別委員会でも明らかにされたが、CIAからの圧力があり、記者、編集者、発行人、あるいは放送局の重役から事情を聞いていない。当時のCIA長官、つまりウィリアム・コルビー(1973年9月から76年1月)やジョージ・H・W・ブッシュ(1976年1月から77年1月)たちから調査をやめるように働きかけられたことが影響したようだ。

 それでもチャーチ委員会の調査は情報機関やその背後に存在する私的権力にとって脅威だったようで、その後、活動の拠点をCIAの外部に移している。各国の情報機関の幹部が参加したサファリ・クラブが作られた理由もそこにある。ここにはヨーロッパ貴族のネットワークも深く関与していた。破壊活動に貴族の名前が出てくるのが、偶然ではない。

 COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)騒動で情報統制のシステムは強化され、恐怖を煽り、「ワクチン」を接種させるために機能している。「ワクチン」接種の先にはデジタル・パスポートを使った管理システムの構築が予定されている。脳の管理や人口削減も目的だろう。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202111010000/

3. 中川隆[-15656] koaQ7Jey 2021年11月01日 12:25:58 : iqAOGccErg : SEp1OTlwWGlHaWs=[15] 報告
CIAがやっている事


Terror Tuesday _ オバマ大統領は火曜日夕方に必ず CIA のブレナンに暗殺指令を出した
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/341.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/1137.html
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/696.html

世界を支配しているCIA3派とは・・・・
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/52001108.html

CIAとメディア
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/347.html

マスコミの偽情報 _ CIA は有力メディアを情報操作のために使っている
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/330.html

Google は CIA や NSA のIT部門 _ シリコンバレーが人々に知られたくない本当の姿
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/560.html

CIA の犯罪
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/147.html  
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/1042.html

麻薬取引の黒幕はCIA
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/345.html
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/293.html

アフガニスタンの麻薬ビジネスを始めたのは19世紀の大英帝国、CIAに麻薬ビジネスを紹介したのも MI6
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/1108.html

CIA が主催しているビルダーバーグ会議
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/753.html

CIAは丸裸、中国が全てを把握してる 2018年7月 2日
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/407.html

米国が裏で操るビットコイン価格、200万円から30万円まで売り崩したCIAの戦略とは
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/665.html

エルビス・プレスリーやジョン・レノンはCIAやFBIから危険視され、監視されていた
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/323.html

CIA のド・ゴール暗殺計画
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/1119.html

プーチンは CIA右派のエージェトだった
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/363.html

日本の中のCIAエージェント
http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/306.html
http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/436.html

陰謀論大好き _ ♪高校生のブログ♪柏発信 日本のCIAエージェント一覧表(昭和天皇陛下)
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/508.html

民主社会党(民社党)は CIA が野党分断の為に作った
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/1169.html

ジャニー喜多川は、CIA工作員だった
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/521.html

ロッキード事件にも関与 CIAでスパイを養成した日本人女性教官
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/597.html

陰謀論大好き _ 京都アニメーション集団放火殺戮事件でささやかれるCIA黒幕説
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/563.html
 

4. 中川隆[-13843] koaQ7Jey 2022年2月07日 06:59:41 : oCqatUkqPM : VzByNlhuRTcyRkE=[11] 報告

2022.02.07XML
バイデン政権の国務省報道官が抱えるCIAの闇
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202202070000/


 アメリカ国務省の報道官としてロシアとの軍事的な衝突を誘発しかねない深刻な主張をし、APのマット・リー記者から主張の根拠を問われて答えられなかったネッド・プライスは2006年から​2017年2月14日に辞表を提出​するまでCIAの分析官を務め、最後の時期にはNSC(国家安全保障会議)の広報官のポストにあった。辞表を提出した理由は新大統領のドナルド・トランプの下で仕事をしたくなかったからだ。

 NSCは安全保障、軍事、外交を決定する重要な場所で、議長は大統領が務める。大統領の安全保障補佐官も出席することになっているが、2017年1月に成立したトランプ大統領の補佐官、マイケル・フリンは出席できなかった。​CIAの妨害でクリアランス(国家の機密情報にアクセスできる資格)を取得できなかった​からである。その時、プライスはCIAの幹部としてNSCの広報官を務めていたわけだ。

 トランプの前のアメリカ大統領はバラク・オバマ。ロシアとの関係を悪化させようとしていた人物だが、2010年から中東から北アフリカにかけての地域でムスリム同胞団を使った体制転覆プロジェクトを推進、14年にはウクライナでネオ・ナチを使ってクーデターを実行している。

 ウェズリー・クラーク元欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)最高司令官によると、2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターやバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されてから10日ほど後にペンタゴンを訪れたところ、国防長官の周辺で攻撃予定国リストが作成されていることを知る。そのリストにはイラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、イラン、そしてスーダンが載っていたという。

 ジョージ・W・ブッシュ政権は2003年3月にイラクを先制攻撃してサダム・フセイン政権を倒したが、オバマはその後を引き継ぎ、2010年の後半に「アラブの春」を仕掛けた。2011年10月にリビアのムアンマル・アル・カダフィ体制は破壊され、並行してシリアも攻撃されたが、シリアは手強い。しかも2012年5月にロシア大統領へ返り咲いたウラジミル・プーチンがアメリカ/NATOのシリアへの本格的な攻撃にブレーキをかけた。

 オバマ政権はリビアからシリアへ戦闘員や武器/兵器を移動、集中させ、バシャール・アル・アサド政権の打倒に力を入れる。ムスリム同胞団やサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)への支援を強化したのだ。

 それに対し、アメリカ軍の情報機関​DIAはこの政策が危険だとオバマ政権へ2012年8月に報告​する。その中で、反シリア政府軍の主力はサラフィ主義者やムスリム同胞団だと指摘、アル・カイダ系武装集団のAQI(アル・ヌスラと実態は同じだとしている)の名前も出している。オバマ大統領が言うところの「穏健派」とは、一般的に「過激派」と見なされているグループだとしているのだ。ちなみに、2012年7月からDIA局長を務めていたのは後にトランプが国家安全保障補佐官に指名するマイケル・フリン中将である。

 オバマ政権の政策はシリアの東部(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配地域を作ることになるとも警告していたが、これは2014年にダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国などとも表記)という形で現実になる。その年の1月にイラクのファルージャで「イスラム首長国」の建国が宣言され、6月にはモスルが制圧されたのだ。当初、この武装集団は首を切り落とす演出をするなど残虐さをアピールした。アメリカ/NATO軍の本格的な介入を正当化するためだったと見られている。

 2015年にオバマ大統領は政府を好戦的な布陣に作り替えた。2月に国防長官がチャック・ヘーゲルからアシュトン・カーターへ、9月には統合参謀本部議長がマーチン・デンプシーからジョセフ・ダンフォードへ交代させている。

 ヘーゲルは戦争に慎重だったが、カーターは2006年にハーバード大学で朝鮮空爆を主張した人物。サラフィ主義者やムスリム同胞団を危険だと考えていたデンプシーはシリア政府と情報を交換していたと言われている。

 デンプシーは2015年9月25日に議長から退くが、その5日後にロシア軍がシリア政府の要請で軍事介入、アル・カイダ系武装集団の支配地域を急速に縮小する。その中にはダーイッシュも含まれていた。その後、ロシア軍は兵器と戦闘能力の優秀さを世界へ見せつけることになる。この出来事は歴史の転換点だと言えるだろう。

 2016年の大統領選挙中からCIAやFBIの中枢にはヒラリー・クリントンを支援する勢力が存在、反トランプ工作も行われていた。後にこの工作は発覚、責任問題になりつつある。そのクリントンを支援していたマイク・モレルは2010年5月から13年8月にかけてCIA副長官を務めた人物。選挙期間中の2016年8月、​チャーリー・ローズのインタビュー​でロシア人やイラン人に代償を払わせるべきだと語っている。その際、司会者からロシア人とイラン人を殺すという意味かと問われると、その通りだと答えた。

 実際、その後、ロシアの幹部外交官らが相次いで死亡している。例えば、2016年11月8日にニューヨークのロシア領事館で副領事の死体が発見され、12月19日にはトルコのアンカラでロシア大使が射殺された。

 12月20日にはロシア外務省ラテン・アメリカ局の幹部外交官が射殺され、12月29日にはKGB/FSBの元幹部の死体が自動車の中で発見され、17年1月9日にはギリシャのアパートでロシア領事が死亡、1月26日にはインドでロシア大使が心臓発作で死亡、そして2月20日にはロシアの国連大使だったビタリー・チュルキンが心臓発作で急死している。その間、2016年9月6日にはウラジミル・プーチンの運転手が乗った自動車へ暴走車が衝突、その運転手は死亡する。

 また、モレル発言の前、2015年11月5日にはアメリカ政府が目の敵にしてきたRTを創設した人物がワシントンDCのホテルで死亡している。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202202070000/

5. 2022年3月26日 05:51:44 : yCCTUAAjGk : RWlLbFNmbGpJaEk=[1] 報告

2022.03.26XML
ウォール街と関係の深いCIAと特殊部隊の危険な行動に統合参謀本部がブレーキ
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202203260000/


 ロシアの「十月革命」でソ連が誕生すると、アメリカの国務省はファシストの巣窟と化した。そうした外交官の中にジョージ・ケナン、ジョセフ・グルー、ジョン・フォスター・ダレス、アレン・ダレスも含まれている。

 ケナンは人口の6・3%を占めるにすぎない人びとが世界の富の約半分を握っている情況を維持するための仕組みが必要だと考えていた人物で、フォーリン・アフェアーズ誌の1947年7月号に匿名で発表した論文でソ連を封じ込めるべきだとする議論を展開した。

 第2次世界大戦後、アメリカでは戦時情報機関OSSは廃止され、CIAが創設されるが、当初、この新機関の活動は情報の収集と分析に限定され、破壊活動は許されなかった。

 そこでケナンは1948年6月に破壊活動を目的とする機関の創設を提言、ジョージ・マーシャル国務長官や後任長官のディーン・アチソンがそれを支持し、NSD10/2という文書が作成された。そして創設されたのがOSP(特殊計画局)。名称はすぐにOPC(政策調整局)へ変更された。資金やスタッフはCIAから出ていたものの、名目上はケナンが創設した国務省のPPS(政策企画本部)が管理していた。1952年8月にCIAの秘密工作部門「計画局」が創設されたが、その中核になったのがOPCだ。(Stephen Dorril, “MI6”, Fourth Estate, 2000)

 OSS時代から破壊活動を統括した人物がアレン・ダレス。OPCの初代局長に就任したフランク・ウィズナーはダレスの側近のひとり。ダレス自身、1951年1月に副長官としてCIAへ乗り込み、計画局が創設されたのである。

 すでにドイツの敗北が決定的だった1944年、イギリスの特殊部隊SOEとOSSの1部門だったSOはゲリラ戦部隊「ジェドバラ」をフランスで編成した。大戦中、西部戦線でドイツ軍と戦っていたのは事実上、市民のレジスタンスだけだが、その主力がコミュニストだったことから、これに対抗するために作り上げたのである。この部隊の内部には93チームが存在、そのひとつを指揮していた人物が後のCIA長官、ウィリアム・コルビーだ。このジェドバラ人脈がOPCやアメリカ軍の特殊部隊につながる。この人脈を基盤にし、ヨーロッパにも秘密部隊のネットワークが作られ、後に「NATOの秘密部隊」と呼ばれるようになった。

 このように国務省、CIA、特殊部隊は根は同じで、共同して動くことが少なくない。その典型例がベトナム戦争における「フェニックス・プログラム」だ。この秘密工作は正規軍の指揮系統になく、CIAの指揮下にあった。

 1967年6月にICEXとして始動、NSC(国家安全保障会議)のロバート・コマーが指揮することになった。この人選はエバン・パーカーによるものだが、パーカーはOSS出身で、ジェドバラに参加していた。ICEXはすぐに「フェニックス・プログラム」へ名称が変更になった。

 この秘密工作の中核メンバーはアメリカ軍の特殊部隊から引き抜かれたが、実働チームはCIAが組織したPRU(地域偵察部隊)という傭兵部隊。海軍の特殊部隊SEALsの隊員だったマイク・ビーモンによると、PRUを構成していたメンバーは凶悪な犯罪で投獄されていた囚人たちが中心で、フェニックスは「ベトコンの村システムの基盤を崩壊させるため、注意深く計画されたプログラム」だという。

 1968年3月にソンミ村のミ・ライ地区とミ・ケ地区で引き起こされた農民虐殺事件、いわゆる「ソンミ事件」はこのプログラムの一部だとされている。

 この虐殺事件はアメリカ陸軍第23歩兵師団第11軽歩兵旅団バーカー機動部隊第20歩兵連隊第1大隊チャーリー中隊に所属するウィリアム・カリー大尉の率いる第1小隊によって引き起こされた。犠牲者の数はアメリカ軍によるとミ・ライ地区だけで347人、ベトナム側の主張ではミ・ライ地区とミ・ケ地区を合わせて504人だという。

 この虐殺が表面化した理由は、現場の上空にさしかかったアメリカ軍のヘリコプターに乗っていた兵士が止めたからだ。ヒュー・トンプソンという乗組員がヘリコプターから地上へ降りたが、その際、彼は同僚に対し、カリーの部隊が住民を傷つけるようなことがあったら、銃撃するように命令していたと言われている。(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012)

 こうした虐殺を従軍記者や従軍カメラマンは知っていたはずだが、報道していない。帰国後、議員に告発した兵士もいたが、政治家は動かない。政治家のスタッフをしていたジェフリー・コーワンからこの話を聞いた調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュが取材、記事にしたものの、ライフやルックといった有名な雑誌からは掲載を拒否され、ワシントンを拠点とするディスパッチ・ニュース・サービスという小さな通信社を通じて伝えている。1969年11月のことだ。コーワンは当時、ユージン・マッカーシー上院議員の選挙キャンペーンに参加していたが、ハーシュもマッカーシー陣営に加わっていた。

 報道を受け、陸軍参謀長に就任していたウィリアム・ウエストモーランドは事件の調査をウィリアム・ピアーズ将軍に命令する。ピアーズは第2次世界大戦中、OSSに所属していた人物。1950年代初頭にはCIAの台湾支局長を務め、その後もCIAとの関係は続いていた。ピアーズの任務は事件の真相を隠蔽することにあった可能性が高い。16人が告発されたが、裁判を受けたのは4人、そして有罪判決を受けたのはカリー大尉だけ。そのカリーもすぐに減刑されている。

 ソンミ村での虐殺が告発されていた1968年7月、コリン・パウエル少佐(当時)がベトナム入りをしている。ジョージ・W・ブッシュ政権で国務長官に就任したあのパウエルだ。配属されたのはカリー大尉と同じ第23歩兵師団。彼自身、事件後に現場を訪れて衝撃を受けたと2004年5月4日に放送されたCNNのラリー・キング・ライブで語っている。

 ベトナム戦争でアメリカはふたつの戦闘集団を送り込んでいた。ひとつは正規軍、もうひとつはCIAと特殊部隊だ。この構図は今でも続いているだろう。

 ニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されてから3カ月後の2001年12月、ドナルド・ラムズフェルド国防長官は統合参謀本部の作戦部長だったグレゴリー・ニューボルド将軍をオフィスに呼びつけ、イラク侵攻作戦について報告させた。

 ニューボルドによると、その場にいたのはラムズフェルドのほかポール・ウォルフォウィッツ国防副長官、リチャード・マイアーズ統合参謀本部議長、ピータ・ペイス副議長、そして後にCIA長官となるウィリアム・ハインズ。(Andrew Cockburn, “Rumsfeld”, Scribner, 2007)

 ウェズリー・クラーク元欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)最高司令官によると、世界貿易センターとペンタゴンが攻撃されてから10日ほどのち、統合参謀本部で攻撃予定国のリストが存在することを知らされたという。まずイラク、ついでシリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そして最後にイランの順だったという。(​3月​、​10月​)

 この計画に正当性がなく、政府が偽情報を流していることを知っていた軍の幹部は背広組と対立、アメリカの対イラク軍事作戦の内容がリークされている。

 そこで、ラムズフェルド長官は2002年7月12日付けのペンタゴン幹部宛てメモでリークを止めるように命令しているが、その内容までがロサンゼルス・タイムズ紙に掲載されてしまった。

 アメリカがイラク侵攻作戦を開始する前、エリック・シンセキ陸軍参謀総長は議会でラムズフェルドの戦略を批判した。グレグ・ニューボルド海兵隊中将は2002年10月に統合参謀本部の作戦部長を辞し、2006年4月、タイム誌に「イラクが間違いだった理由」というタイトルの文章を書いてブッシュ政権を批判している。(Greg Newbold, “Why Iraq Was a Mistake”, TIME, April 9, 2006)

 その記事が出る直前にアンソニー・ジニー元中央軍司令官もテレビのインタビューで国防長官を批判、同年3月にはポール・イートン少将、4月に入るとジョン・バチステ少将、チャールズ・スワンナック少将、ジョン・リッグス少将もラムズフェルド長官を批判している。

 バラク・オバマ政権は2011年春、ムスリム同胞団やサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)を使い、リビアとシリアに対する侵略戦争を始めた。その年の10月にカダフィ体制が崩壊、カダフィ自身が惨殺されるが、その時点でNATO軍が手を組んでいた地上部隊の主力LIFGがアル・カイダ系だということが発覚した。

 カダフィ体制を破壊した後、オバマ政権は戦闘員と武器をシリアへ集中させるのだが、その戦闘員がアル・カイダ系だということが知られている。そこでオバマ政権は「穏健派」という概念を持ち出し、「良いアル・カイダ」と「悪いアル・カイダ」という話を作り出す。

 アメリカ政府は「良いアル・カイダ」を支援しているのだというわけだが、アメリカ軍の情報機関​DIA(国防情報局)は2012年8月、反シリア政府軍の主力はサラフィ主義者やムスリム同胞団だと指摘​、シリアで戦っているアル・ヌスラの実態はAQIと同じだと報告している。

 バラク・オバマ大統領が言っていたような穏健派は存在しないということだが、その存在しない勢力へ提供された武器は「過激派」へ流れ、シリアの東部(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配地域を作ることになるとも警告していた。

 この警告は2014年にダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国とも表記)という形になって現れる。1月にイラクのファルージャで「イスラム首長国」の建国が宣言され、その勢力は6月にモスルを制圧。その際にトヨタ製小型トラック、ハイラックスの新車を連ねたパレードを行い、その様子を撮影した写真が世界に伝えられた。その年の8月、フリンはDIA局長のポストから外され、退役させられた。

 偵察衛星、無人機、通信傍受、人間による情報活動などでアメリカの軍や情報機関は武装集団の動きを知っていたはずで、そうしたパレードは格好の攻撃目標だが、アメリカ軍は動いていない。

 2011年10月から15年9月まで統合参謀本部の議長を務めたマーチン・デンプシー陸軍大将もアル・カイダ系武装集団やそこから派生したダーイッシュを危険だと考えていたが、オバマ大統領はデンプシー議長の警告に耳を貸さない。やむなく​アメリカ軍は2013年秋からアル・カイダ系武装集団やダーイッシュに関する情報を独断でシリア政府へ伝え始めた​。

 オバマ政権はシリア政府軍が住民を虐殺しているという偽情報を流し始める。バシャール・アル・アサド体制を悪魔化し、リビアのようにアメリカ/NATO軍が空爆を始めようとしたのだが、嘘が発覚して失敗していた。

 DIAがオバマ政権の政策が危険だとする報告書をホワイトハウスに提出した2012年8月、シリアに対する直接的な直接的な軍事介入のレッド・ラインは生物化学兵器の使用だアメリカ政府は宣言した。12月にはヒラリー・クリントン国務長官がアサド大統領は化学兵器を使う可能性があると語る。

 そして2013年1月29日付けのデイリー・メール紙には、オバマ政権がシリアで化学兵器を使ってその責任をアサド政権に押しつける作戦をオバマ大統領が許可したという記述がイギリスの軍事関連企業ブリタム防衛の社内電子メールに書かれているとする記事が載った。(同紙のサイトからこの記事はすぐに削除された)

 そして2013年3月にアレッポで爆発があり、26名が死亡したのだが、そのときに化学兵器が使われたという話が流れる。シリア政府は侵略軍であるジハード傭兵が使用したとして国際的な調査を要請するが、イギリス、フランス、イスラエル、そしてアメリカは政府軍が使ったという宣伝を展開した。

 しかし、​攻撃されたのがシリア政府軍の検問所であり、死亡したのはシリア軍の兵士だということをイスラエルのハーレツ紙が指摘​、​国連独立調査委員会メンバーのカーラ・デル・ポンテも反政府軍が化学兵器を使用した疑いは濃厚だと発言​している。

 オバマ大統領はシリアの体制転覆に積極的だったが、チャック・ヘーゲル国防長官やマーチン・デンプシー統合参謀本部議長は上院軍事委員会で直接的な軍事介入に慎重な姿勢を示している。議会の好戦的な要求をこのふたりが抑えていたのだ。

 しかし、ヘーゲルは2015年2月に解任されてアシュトン・カーターに交代、デンプシーは同年9月に再任を拒否され、ジョセフ・ダンフォードが後任になった。戦争に慎重な人物から好戦的な人物へ入れ替えたのである。

 デンプシーは2015年9月25日に議長から退いたのだが、その5日後にロシア軍がシリア政府の要請で軍事介入。その後、ロシア軍は兵器と戦闘能力の優秀さを世界へ見せつけることになる。この時、アメリカを中心とする支配システムは揺らぎ始めた。


https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202203260000/

6. 中川隆[-10774] koaQ7Jey 2024年4月29日 15:03:39 : No5BV8Qtyk : aFNkc2lrN3ZtaXc=[7] 報告
<■89行くらい→右の▽クリックで次のコメントにジャンプ可>
2024.04.29XML
揺らぐ支配体制を維持しようと言論統制の強化を図る日米の支配層
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202404290000/

 ​岸田文雄政権は「新型インフルエンザ等対策政府行動計画」の改定案の中で、「感染症対策」を口実として「偽・誤情報」を監視する方針を明確にした​と話題になっている。言論の監視はこれまでも行われてきたはずだが、それを公然と行うという宣言だ。すでに大手メディアは支配システムに対して萎縮しているが、その先には治安維持法的な言論弾圧が待ち受けていると考えるべきだろう。それだけ支配体制が揺らいでいるということでもある。

 日本の支配システムは明治維新以来「天皇制官僚体制」を維持しているが、その上に米英の強大な私的権力が存在している。日本は現在もアメリカ軍に占領されているが、政治的にはCIAが大きな影響力を持っている。CIAやその前身のOSSはイギリスの情報機関のアドバイスで創設された金融資本の情報機関である。

 第2次世界大戦の後、OSSは破壊活動の部門を除いてCIAへ組織替えになったが、破壊活動はOPCとして存続、1950年10月にCIAへ吸収され、52年8月にCIAの破壊工作部門「計画局」の中核になった。世界各国でクーデターを仕掛け、要人を暗殺してきたのはアレン・ダレスが指揮していたこの部署にほかならない。

 アメリカの私的権力は大戦後、情報をコントロールするための仕組み「モッキンバード」を作りあげた。その中核がアレン・ダレス、ダレスの側近で戦後に極秘の破壊工作機関OPCを率いていたフランク・ウィズナー、やはりダレスの側近で後にCIA長官に就任するリチャード・ヘルムズ、そしてワシントン・ポスト紙の社主だったフィリップ・グラハム。この陣容からも明らかなように、CIAのプロジェクトだ。

 この仕組みには西側の有力メディアが協力している。ワシントン・ポスト紙の記者としてウォーターゲート事件を取材したカール・バーンスタインはリチャード・ニクソン大統領が辞任した3年後の1977年にワシントン・ポスト紙を辞め、「CIAとメディア」という記事をローリング・ストーン誌に書いているが、そこでも仕組みの一端が明らかにされた。

 その記事によると、1977年までの20年間にCIAの任務を秘密裏に実行していたジャーナリストは400名以上に達し、1950年から66年にかけてニューヨーク・タイムズ紙は少なくとも10名の工作員に架空の肩書きを提供したとバーンスタインにCIAの高官は語ったという。(Carl Bernstein, “CIA and the Media”, Rolling Stone, October 20, 1977)

 また、​フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング(FAZ)紙の編集者だったウド・ウルフコテは2014年2月、ドイツにおけるCIAとメディアとの関係をテーマにした本を出版、その中で多くの国のジャーナリストがCIAに買収されていて、そうした工作が危険な状況を作り出していると告発​している。

 モッキンバードの仕組みが存在しているにも関わらず、1970年代にはCIAの秘密工作や極秘にされていた電子情報機関NSAの存在が明るみに出るといった事態が生じた。そこで情報機関の内部やメディアの統制を強める政策が推進される。

 そのひとつの結果がメディア各社の資本集中。1980年代には「規制緩和」で有力メディアの大株主は集中、メディアの大半を少数のグループが支配している。2019年ではCOMCAST(NBCなど)、ディズニー(ABC、FOXなど)、CPB(NPR、PBSなど)、Verizon(Yahooニュース、ハッフィントン・ポスト)、ナショナル・アミューズメンツ(VIACOM、CBS、MTVなど)、AT&T(CNN、TIME、ワーナー・ブラザーズなど)、グーグル、ニューズ・コープ(FOXニュース、ウォール・ストリート・ジャーナルなど)というようになっているが、その背後の巨大資本が連携していることも忘れてはならない。そうした巨大資本の広報部門と化しているのが実態だ。

 ノーム・チョムスキーは西側支配システムの枠組みから外れることのない人物だが、それでも1996年、「ジャーナリスト」のアンドリュー・マーに対し、​もしマーが支配システムが求める何かとは違うことを信じていれば、今座っている場所には座っていないと指摘​している。これは正しい。

 ケイトリン・ジョンストンが指摘しているように、​メディア世界でのキャリアを高めるような報道の仕方を学ばなければ、排除されてしまうか、内部での軋轢に疲れ果てて辞めるしかない​。そうした有力メディアに情報を頼り、そうしたメディアの記者や編集者に知り合いが多いことを鼻にかけているような「市民活動家」に期待できないことも確かだ。

 ウクライナに住み、キエフのネオ・ナチ体制を批判していたゴンザロ・リラは逮捕、収監され、刑務所内で拷問のすえ、死亡している。適切な治療も受けていなかった。殺されたというべきだろうが、西側の有力メディアはおとなしい。

 彼が逮捕されたのは、ジョー・バイデン大統領とカマラ・ハリス副大統領を批判した直後だ。アメリカ政府はジャーナリストの逮捕、そして拷問を容認、バイデン政権は自国民であるリラに救いの手を差し伸べなかった。

 勿論、完全とは言えないが、権力者にとって都合の悪い情報を明らかにし、有力メディアの嘘を暴いてきたWikiLeaksの象徴的な存在がジュリアン・アッサンジだが、この人物は2019年4月11日、アメリカの政府機関の要請でロンドンのエクアドル大使館でロンドン警視庁の捜査官に逮捕された。現在、イギリス版グアンタナモ刑務所と言われているベルマーシュ刑務所へ入れられている。

 アッサンジはオーストラリア人であり、活動はアメリカ以外の場所で行っていた。つまり、アメリカ政府はどの国の人間であろうと、どの国で活動していようと、自分たちに都合の悪い人物は拘束し、処罰できると主張、それを少なくともイギリスやオーストラリアは受け入れているわけだ。

 リラのケースもアッサンジのケースも明白な言論弾圧だが、有力メディアが沈黙している。日本をアメリカの植民地にしようと努力している岸田政権が言論統制を強化するのは必然だろう。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202404290000/

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