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日本人のガラパゴス的民族性の起源 日本人の源流考
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/280.html
投稿者 中川隆 日時 2020 年 8 月 29 日 09:17:03: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: 縄文人の起源 投稿者 中川隆 日時 2020 年 6 月 20 日 13:41:44)

日本人のガラパゴス的民族性の起源
2020/8/25 0-2. 日本人の源流考
http://garapagos.hotcom-cafe.com/0-2,0-5,15-28,18-2.htm#0-2

ガラパゴス史観を総括した、日本人の源流考です。Y-DNA及びmtDNAの論文104編を読み込みメタアナリシスした結果得た、アブダクション(推論)です。 追加の着想がまとまる都度書き足します。

v.1.8
新しい知見を入れて追記・訂正等行いました。

1.はじめに

  当ガラパゴス史観が、Y-DNAとmtDNAの分化ツリーの調査を進めて行く中で、ホモサピエンスの歴史自身をもう少し深堀したい疑問が生じてきました。

●何故、ホモサピエンス始祖亜型のY-DNA「A」やY-DNA「B」はその後現代にいたるまで狩猟採集の原始生活から前進せ
 ず、ホモエレクトスの生活レベルのままだったのか?
●出アフリカを決行した結果、分化した古代4亜型の中でY-DNA「D」、Y-DNA「E」やY-DNA「C」などの、オーストラリ
 ア、ニューギニアやアンダマン諸島、アフリカなどの僻地に残った古代亜型の集団は、なぜ現代に至るまで「A」,「B」同
 様、狩猟採 集形態から抜け出さなかったのか?抜け出すチャンスがなかったのか?
●彼らは本当にホモサピエンスになっていたのだろうか?我々解剖学的現代人類(Anatomically Modern Human)=現ホ
 モサピエンスはアフリカ大陸でホモサピエンスに進化してから出アフリカしたと思い込んでいるが、もしかすると
 原ホモサピエンスが出アフリカ後に、ネアンデルタール人との遭遇でハイブリッド化することで現代型ホモサピエンス
 に進化したのではないか?原ホモサピエンスと現ホモサピエンス(解剖学的現代人類)は違うのではないか?

2.ネアンデルタール人から始まったようだ。

  ネアンデルタール人は、ホモサピエンスの亜種か異種とこれまで議論されてきました。最新の知見では、80万年前頃にホモエレクトスから、 ネアンデルタール人とホモサピエンスの共通の祖先と考えられる草創期のネアンデルタール人 (旧ホモハイデルベルゲンシス)が出現し、60万年ぐらい前には出アフリカし、先輩人類としてユーラシア大陸に拡がったらしく、 そして40万年前頃にネアンデルタール人の東アジア型のデニソワ人が地方型として分化したようです。

注:ホモエレクトスの次の進化型古人類と思われていたホモハイデルベルゲンシスが最新分析技術による遺伝子解析の結
  果、草創期のネアンデルタール人と分類されることになりました。このためネアンデルタール人の出現年代は、ホモ
  ハイデルベルゲンシスの出現年代とされていた80万年前頃に遡りました。
注:デニソワ人はあくまでネアンデルタール人に包含される地方型というのが極最新の見解です。ユーラシア大陸に拡大・
  拡散したネアンデルタール人は数十万年の歴史の中で各地域型の進化を遂げていた、と欧米の研究者は説明しています
  が、あくまでネアンデルタール人の範疇に入るのだそうです。

  極最新のアフリカ大陸の調査では、草創期の原ホモサピエンスも50万年前頃には既に出現していて、30万年前頃にホモサピエンス最古のコイサン集団の祖先が出現し、 その後何度か出アフリカを行っており遺跡も発掘されているそうですが、6-7万年前頃の最後の出アフリカが、 我々、解剖学的現代人類(Anatomically Modern Human)を形成したようです。 そしてネアンデルタール人は、3-10万年前頃にホモサピエンスと各地で交雑し、3万年前ぐらいには絶滅した、という見解になっています。 デニソワ人の絶滅時期はまだ解明されていません。

ホモサピエンスとネアンデルタール人の人類種の分類の見解は研究者によって異なり、亜種扱いの場合は、
  ホモ・サピエンス・サピエンス<===>ホモ・サピエンス・ネアンデルターレンシス、と分類され、
あくまで別種と考える場合は、
  ホモサピエンス<=========>ホモ・ネアンデルターレンシス、と分類されています。

  いずれにせよ最新の遺伝子解析技術は、現代人類の遺伝子の2−4%はネアンデルタール人から受け継いでいることを解明しました。 東アジア人の比率が最も高く、次にヨーロッパ人で、東南アジア人は意外に低いそうです。 その後、現生人類の先祖が、スタンフォード大学の研究では2000人程度の規模で、出アフリカしユーラシアに拡がるまでに、 ネアンデルタール人の歴史は既に60万年程度は経過しており、 その間にネアンデルタール人はユーラシア各地で亜種に近いぐらい分化していたと考えられ、 アジアで発掘されたデニソワ人はネアンデルタール人の東アジア型と考えられ始めています。 しかも研究ではデニソワ人の遺伝子がメラネシア人に6%も受け継がれている、ことまで判明しています。
  またネアンデルタール人にはホモサピエンスの遺伝子が20%も含まれていた、と言う報告まであります。
  これはつまり現代人類は、既にある程度の高度な文化を築き上げていたネアンデルタール人との亜種もしくは異種間交雑の結果 進化の爆発が起こり、解剖学的現代人類(現ホモサピエンス)として完成したのではないかと考えるのが妥当なのではないかと思われます。

  また大きなトピックスとして、解剖学的現代人類のY-DNA分化ツリーにネアンデルタール人とデニソワ人の亜型がとうとう組み込まれました。 一方、現在の調査結果ではネアンデルタール人とデニソワ人のmtDNAは解剖学的現代人類には受け継がれていないことも判明しました。
  つまり、ネアンデルタール人、デニソワ人と解剖学的現代人類はY-DNA(男系)で直系で繋がっている(つまり直系の先祖)、と言うことになりますが、 女系を表すmtDNAでは断絶している、と言うことになります。記事「14-2.男系のmtDNAが遺伝しないのは、"ゴミ"だからだった」で解明されたようにmtDNAは母親からしか受け継がれません。ミトコンドリアはもともと共生したエネルギー産生細菌なので、人類自身のDNAではないのです。恐らくこのために生殖時の染色体減数分裂と母親、父親の染色体の合体のプロセスに組み込まれないのでしょう。結果、母親側のmtDNAのみが受け継がれるのでしょう。


  ネアンデルタール人とホモサピエンスは異種か亜種かという問題に対し、ネアンデルタール人のY-DNAの変異型が特定され ホモサピエンスのY-DNAツリーと直系でつながったということは、異種ではないという結論になります。 あえて言えば、ネアンデルタール人とデニソワ人の男性はホモサピエンスの男性と亜種ほどの違いもなく、同種で 「頑丈型」と「華奢型」の違い程度に過ぎないため、両者ともにホモサピエンスの女性と交配しても子孫を残せた、ということになります。

  一方女性に関しては異なり、進化は女性から始まると考えられるため、ホモサピエンスの女性はネアンデルタール人とデニソワ人の女性とは 亜種もしくは異種ぐらい異なる進化段階に進んでしまっていたのかもしれません。だからホモサピエンスの男性とネアンデルタール人やデニソワ人の女性の組み合わせでは 子孫が残らなかったのだろうと欧米の研究者は考えているようです。 うがった見方をすればネアンデルタール人とデニソワ人の女性達は華奢でひ弱そうなホモサピエンスの男性を受け入れなかったということも考えられます。

遺伝子解析の技術の進歩は目覚ましいものです。当ガラパゴス史観がRNAとリボソームの研究をしていた約50年前頃とは 隔世の感があります。今後の新しい論文や知見が楽しみです。

3.原ホモサピエンスから現ホモサピエンス=解剖学的現代人類へ脱皮したのではないか!

  我々、解剖学的現代人類の祖先は、共通の祖先である草創期のネアンデルタール人からネアンデルタール人が先に進化し 出アフリカした後も、進化に出遅れアフリカ大陸に残存していた早期のネアンデルタール人の中で、 50万年前頃にやっと草創期のホモサピエンスが出現し、30万年前頃には原ホモサピエンスであるコイサン集団の祖先が出現したようです。
  しかも原ホモサピエンスの出アフリカは20数万年前頃には既に始まり、遺跡が発掘されています。 また最近の発掘調査では、10万年前ごろにはすでにレバント地域に定住していたらしく、8万年前頃には中国南部に到達していたと報告されています。 以前の5−6万年前頃に最終出アフリカしたのではないかという見解が、今は6-7万年頃と遡ってきているのは 今後まだまだ新しい研究報告がある予兆と思われます。

3-1.華奢型への退行進化と集団形成への変化

  いずれにせよ、80万年前に現れた草創期のネアンデルタール人(旧ホモハイデルベルゲンシス)が共通の祖先となり、 60万年前頃にネアンデルタール人が先に出アフリカし、50万年前頃に草創期ホモサピエンスが現れたのだろうと考えられます。 この草創期ホモサピエンスは、恐らく華奢型に突然変異してしまった早期ネアンデルタール人と推測されます。後述しますが、 恐らくこの華奢型に退行進化してしまったことが、アフリカ大陸を生き抜くために、捕食獣から身を守るために集団化せざるをえなくなり、 仕事の分担をするようになり、コミュニケーションをよくするため言語能力を進化させたと、京都大学の松沢教授は説明しています。 このことは要するに原ホモサピエンスとは、集団を作ることが本来の生活様式(つまりムラ単位)ということになります。 最新の論文「14-12. 初期の人間は自分自身を家畜化した、新しい遺伝的証拠 v1.1」報告されているように、人類は同調性のない個体や、 ボスになりたがる個体などグループ維持に不都合な個体を排除しできるだけ同調できる個体達でグループ構成をするようになった、と言うことのようです。 日本人の持つ「同調圧力」は、なんとホモサピエンス本来の形態ということになります。 恐らく家族単位の生活様式だったと考えられるネアンデルタール人は数十万年経過しても人口増加率は低いと思われますが、 大家族や近縁グループ単位など集団を形成するホモサピエンスは人口増加率がはるかに高くなったのではないかと考えられます。

3-2.最新のY-DNAツリーの超概要!

  最新のY-DNAツリーは、
Y-DNA「Adam」からY-DNA「A0000」(デニソワ人)が分化し、
Y-DNA「A000」(ネアンデルタール人)が分化し、
Y-DNA「A00」(コイサン集団)が分化し、更に「A0」、「A」と分化が進み、
Y-DNA「A1b」からY-DNA「BT」が分化し、
Y-DNA「BT」がY-DNA「B」とY-DNA「CT」に分化しましたが、
  この「A」と「B」はホモサピエンスの始祖亜型で原ホモサピエンスと考えられます。
Y-DNA「CT」が出アフリカし、現ホモサピエンスY-DNA「DE」とY-DNA「CF」に分化しました。
  これは中近東あたりで先住ネアンデルタール人との交雑の結果と考えられます。
  この「C」,「D」,「E」は古代性を強く残した狩猟採集民として、近年まで残ってきました。

注:デニソワ人がネアンデルタール人の地方型として分岐したのは40万年前頃と解析されていますが、 解剖学的現代人類に組み込まれたネアンデルタール人の遺伝子はもう少し後年の3-10万年前頃の集団からと考えられているようです。このためデニソワ人のほうが古くなっています。 これは大事なことで、ネアンデルタール人は末期に近く、文化レベルも技術レベルも十分に成熟しきっていた、ということです。 未開の狩猟採集民でしかなかった原ホモサピエンスは、この成熟したネアンデルタール人と交雑することで一気に進化の爆発を起こし、 集団で行動するホモサピエンスの生活習慣を継承したハイブリッド種は恐らく人口繁殖力も極めて高く、圧倒的な人口増加の中に ネアンデルタール人を自然吸収する形で一体化し、解剖学的現代類に進化したと考えるのが最も合理的です。

3-3.解剖学的現代人類は出アフリカ組の原ホモサピエンスと終末期の成熟型ネアンデルタール人とのハイブリッド人類

  現在のY-DNA情報から考える合理的な解剖学的現代人類の分化史は、
1.出アフリカ後、中近東あたりで原ホモサピエンスと中近東型ネアンデルタール人が交雑。
  Y-DNAはYAP型「DE」と非YAP型「CF」に分化。mtDNAはアジア型「M」とヨーロッパ型「N」に分化。
2.「CF」はインド亜大陸〜中央アジア〜シベリアで東アジア型ネアンデルタール人と逐次密に交雑し「C」,「F」に分化。
3.「F」は更に「G」〜「K」→「K2」と分化、子亜型「K2a」からさらに「N」,「O」が分化し東アジアの主役となった。
4.残った子亜型「K2b」→「K2b1」からデニソワ人との交雑で、「M」,「S」が分化し出アジア後太平洋に移動。
5.最後に残った孫亜型「K2b2」から「Q」,「R」が分化し「Q」はシベリア経由で南北アメリカ大陸に拡散。
  最後の最後の「R」の本体は西進しスラブ系「R1a」とケルト・ゲルマン系「R1b」としてヨーロッパの主役となった。
というストーリーでしょう。当ガラパゴス史観が生きているうちに解明することを期待しましょう。

 つまりY-DNA「A」と「B」は解剖学的現代人類(ハイブリッド型)として完成する前の原ホモサピエンスと言っても良いかもしれません。
 西欧列強が世界中を植民地化するべく搾取活動を続けているときにわかったことは、 アフリカ大陸やニューギニア・オーストラリアやアンダマン島の先住民は、 何万年もの間、古代のままの非常に素朴な狩猟採集民の文化レベルにとどまっていた、ということでした。

  研究調査からかなり高度な文化・技術レベルに達していたと判ってきているネアンデルタール人と比べると、 分類学的なホモサピエンスに進化したというだけではホモ・エレクトスとさほど変わらない文化レベルだったという証明でしょう。 つまり脳容積がホモエレクトスより大きくなったり、会話が出きるようになったというレベルでは、とてもホモサピエンスとは言えないのです。

注:解剖学的現代人類(AMH)のY-DNA「K2」はデニソワ人と交雑しY-DNA「K2b1」が分化し出アジアしてメラネシアに拡がったようなのです。 しかしシベリアに居住していたデニソワ人と交雑したY-DNA「K2b1」が何故海に漕ぎだしたのかは全く謎のままです。 古代に海の民だったのはY-DNA「C」で、現在のポリネシア人の先祖とほぼ判明した海洋性ハンター遺伝子集団です。 しかしY-DNA「C」がサフ-ル大陸に到着したのは5-6万年前と考えられており、Y-DNA「K2b1」が出アジアを行ったのは遥か後の時代です。 遭遇したのはニューギニア島についてからのはずです。Y-DNA「K2b1」がどのように渡海技術を習得したのか全く推理が働かない状況です。

  解剖学的現代人類は、なぜ現代につながる文明を興すほど進化できたのだろうか?非常に大きな疑問です。 古ネイティヴ・アフリカン(一部の王国を築いた特殊な集団を除く)、は大航海時代になっても、狩猟採集民でしかなかったようです。 その後西欧列強と出会わなければ、今でも狩猟採集のままのはずです。
  このことは、文明と言うものを構築するレベルに達するにはホモサピエンスになったというだけでは全く無理で、 何か決定的なブレークスルーのファクターがあったはずです。

3-4.解剖学的現代人類は進化の爆発に遭遇できたのではないか!!!

  成熟期ネアンデルタール人と原ホモサピエンスの交雑の結果、進化の爆発が起きたと推測するのが最も妥当です。

  出アフリカした親人類のネアンデルタール人と亜種間交雑した結果、ネアンデルタール人がすでに獲得していた先進文化を 一気に取り込むことに成功したのかもしれないのです。恐らく華奢型の突然変異型だったために生き残るために集団化したことで 高い人口増加率(繁殖力)を得た出アフリカ組の原ホモサピエンスに対し、 家族単位のため比較して少ない人口だったネアンデルタール人が自然吸収される形で統合化されたのが現ホモサピエンス= 解剖学的現代人類=ハイブリッド型(原ホモサピエンス+ネアンデルタール人)と考えるのが最も妥当性が高いのです。
  この繁殖力の高さは想像をたくましくすると、集団化したことに加えて、亜種間交雑の結果、出アフリカ組の原ホモサピエンスが獲得した後天的な獲得形質かもしれません。
  つまり解剖学的現代人類とは、先進文化を持っていた頑丈型のネアンデルタール人と狩猟採集民でしかなかったひ弱で華奢型の 原ホモサピエンスとのハイブリッド(混血)の結果誕生し、進化の爆発に遭遇できた人類と考えるのが最も妥当でしょう。

  ホモサピエンスがもし出アフリカせずネアンデルタール人とも出会わずアフリカの中に留まっていたら、 人類は相変わらず19世紀ごろのサン族やピグミー族のように素朴な狩猟採集段階に留まっているだろうと容易に推測できますが、 北京原人やジャワ原人などのホモエレクトスも出アフリカし、ネアンデルタール人も出アフリカしたということは、 原ホモサピエンスが出アフリカしたのは人類の遺伝子が導く宿命ではないかとも思われます。 つまり原ホモサピエンスが出アフリカし、ネアンデルタール人と交配しハイブリッド型に進化し狩猟採集文化から脱し、 現代文明にまで至ったのは必然だったということかもしれません。

注:記事「18-4. ホモサピエンスとは人類学上何者なのか」で触れたように、最新の研究で、ネアンデルタール人とデニ
  ソワ人のY-DNAの変異型が同定され、恐らく80万年前頃と考えられるようになったY-DNA「Adam」に続き、デニソ
  ワ人とネアンデルタール人が分化のツリー上に配置されるようになったのですが、「1-1. Y-DNAハプロタイプ
  2019年6月版 ツリー」を参照ください、...。
注:一方mtDNAツリーでは、デニソワ人とネアンデルタール人のmtDNA変異型はまだ検出されておらず、おそらくデニ
  ソワ人女性とネアンデルタール人女性とサピエンス男性との交配では恐らく子孫ができなかったか、出来ても生殖能力
  が無かったのだろう、と欧米の研究者は考えています。

3-5.男女の進化の違いまとめ

・ホモサピエンスとネアンデルタール人の男性は「華奢型(きゃしゃ型)」突然変異と「頑丈型」の違いだけで、亜種の違
 いに進んでおらず、あくまで同種の範疇内だったと考えるのが最も合理的です。ホモサピエンスは恐らく骨形成不全や、
 筋肉形成不全など身体能力の発現不全症だった可能性もあります。だからネアンデルタール人女性から選択されなかった
 のかもしれません。
・一方進化は女性から始まると考えれば、ネアンデルタール人女性とサピエンス女性は亜種レベルに分化していたため、
 ホモサピエンス男性との間に子孫を残せなかったのだろうとも推測できます。

4.日本列島への最初の到来者は、古代遺伝子集団:Y-DNA「D」と「C」

注:実はまだ残っている疑問があります。古代性を近代まで残していた古代遺伝子Y-DNA「C」、「D」、「E」も現ホモサ
  ピエンスの段階に至っておらず、原ホモサピエンスの段階に留まっていたのではないか、後に様々な遺伝子亜型と交雑
  することで何とか現代性を身に着けることができたのではないか?
  そしてY-DNA「F」のみがインド亜大陸周辺でネアンデルタール人やデニソワ人と交雑し、現ホモサピエンスの段階に進
  化したのではないかという疑問です。これは極めて大胆な推測ですが、これに関する知見、否定する知見はまだ全く報
  告されていません。

  最初の縄文人はY-DNA「D1b」(旧「D2」)を多数とする、Y-DNA「C1a1」(旧C1a」との混成部隊である。

  以下の写真は記事「30-11. 縄文遺伝子Y-DNA「D2」」、および「30-12. 縄文ハンター遺伝子Y-DNA「C1a」,「C3a」」で ご紹介したものです。残念ながら現在Wikipediaでは写真は削除されていました。

4-1.縄文系遺伝子集団:Y-DNA「D」


  Y-DNA「D」が100%の純系子孫のOnge族です。白黒写真なのでわかりませんが Onge族やJarawa族は世界で最も黒い(ネイティヴアフリカンより黒い)と言われているそうです。Y-DNA「D」が日本列島に 渡って来たのは、オーストラリアのアボリジニは5−6万年前頃には既に到達していたらしいので、日本列島にも恐らく遅くても 3−4年前頃には渡来していたと考えるのが妥当でしょう。その当時のY-DNA「D」集団は黒かったのか既に黄色くなっていたのかは 全く情報がありません。しかし確かなのは鯨面文身であったことでしょう。Y-DNA「D」が85%を占める子孫のアイヌが鯨面文身だったのは、 子孫として数万年にわたり正しく文化を残してきたことになります。 Jarawa族やOnge族は現代でもネグリートなので、当然縄文人も小柄なネグリートつまり、 「倭」人であったことは間違いないでしょう。

4-2.縄文系遺伝子集団:Y-DNA「C」


  Y-DNA「C」が100%の純系子孫のニューギニアのLani族です。濃い褐色で彫深のソース系になります。Y-DNA「D」のJarawa族や Onge族同様ネグリートです。恐らく古代遺伝子のY-DNA「D」、「E」、「C」、「F」は全てネグリートだったと思われます。 日本人は近代になっても男一匹五尺の体、と言われていた通り、日本人の男性人口の約50%を占める縄文系Y-DNA「D」と「C」は 戦前までネグリート形質を維持してきたのです。戦後の食糧事情や衛生環境の圧倒的な改善で日本人の身長は伸びてきましたが、 記事「19-14. 縄文遺伝子Y-DNA「D2」のネグリート(倭人)体質」でご報告した通り、戦後一気に伸びた身長も男女ともに 1980年代でピタッと止まりました。女性の縄文系の割合はほぼ67%です。ネグリート形質は強固で、 食糧事情や衛生環境の圧倒的な改善にも打ち勝ち、日本人の身長を抑え込んでいるようです。 イタリアやスペインなどのラテン系の人々の低い身長もY-DNA「E」の持つネグリート形質の特徴でしょう。 欧米人の高身長の源は、ヨーロッパ中に拡散した北欧系の高身長遺伝子によるものです。

  というわけでY-DNA「C」もやはり鯨面ですが、文身はしていないようです。 Y-DNA「D」とは明らかに異なる集団だということがわかると思います。 同じY-DNA「C」のアボリジニの祖先は沿岸でマグロのような回遊魚を漁していた渡海技術を持つ技術集団であることが判っています。 このY-DNA「C」集団は一時はニューギニア全島に分布していたと思われますが、かなり後代にY-DNA「S」と「M」のデニソワ系 メラネシア人が移動してきたときに押し出されたと思われ、ポリネシア全域に拡大し現在のポリネシア人のコア遺伝子となっています。 渡海技術を持っていたため、出ニューギニアできたようです。Lani族やDani族、Tehit族等純系部族は取り残されたのか、 やや内陸に居住しているので内陸適応したのかもしれません。 ニューギニアに移動してきたデニソワ系集団Y-DNA「S」と「M」はニューギニア高地人部族として現在もデニソワ人から受け継いだ 高地適応形質をチベット人同様維持しているようです。また恐らくY-DNA「C」から習得したのではないかと思われる渡海技術を持って メラネシアに拡大したと推測できます。ただし元々は高地適応部族だったので、近海のメラネシアが移動の限度だったのでしょう。

4-3.Y-DNA「D」の先輩チベット人の高高地適応獲得形質:

注:標高の高い高地に適応しているチベット人の高高地適応獲得形質は、欧米の研究者はデニソワ人との交雑で得た後天的獲得形質と考えているようです。

  2019年度のノーベル生理学賞「細胞が低酸素を検知し応答する仕組みの発見」だそうです。低酸素状態になると「エリ
  スロポエチンが増えて赤血球が多く作られ酸素を確保する」仕組みだそうですが、負の問題として赤血球が増えるとド
  ロドロ血になり、高地では心臓への負担が大きくなるという高血圧症や新生児の低体重、死亡の原因になるのだそうで
  す。特に妊婦さんの負担は極めて大きいのだそうです。
  その血液に酸素を供給するヘモグロビンの生成を調節するのがEPAS1遺伝子だそうです。チベット人は高地になっても
  ヘモグロビンの過剰生成を抑えられるように変異しており、標高4000mを越える高地でも低酸素症の発症を抑えること
  ができているのだそうです。このチベット人のEPAS1変異が解読されたデニソワ人のEPAS1の変異と同じだったのだそ
  うです。この研究結果は2014年にNature に発表されていました。
  ところがデニソワ人の遺伝子を6%も受け継いでいるメラネシア人にはこの遺伝子変異が受け継がれていないのだそうで
  す。これは調査不足の可能性が大です。通常メラネシア人と言うとメラネシアの島々に点在する人々を言いますが、
  ニューギニア高地人も同じY-DNA「K2b1」(「S」と「M」)を持って高地に居住しています。高地人にも当然高地適
  応形質が受け継がれていると考えるのが当然でしょう。
  Y-DNA「K2b1」が出アジアを行い移動したのは遥か後の恐らく7000-8000年前頃ではないかと言われています。デニ
  ソワ人が生きていたのは少なくとも数万年前と考えられるため、交雑はその頃のはずですが、まだ研究報告はありません。となるとY-DNA「K2b1」はどこでデニソワ遺伝子を獲得したのでしょうか?

  手持ちの情報だけで無理やり推測すると数万年前に交雑していたが、数万年の平地居住で高地適応形質を失ってから移
  動した。もしくは高地適応形質が消えずに持っていた小集団がニューギニア高地に残った。あるいはニューギニア高地に到達したら、高地適応形質が復活した。...ぐらいです。

  アンデスのマチュピチュなど先住民文化はY-DNA「Q」のはずですが、「Q」は「K2b2a1」なので「K2b1」の兄弟遺
  伝子亜型です。いずれにせよ高地集団の遺伝子調査が重点的に行われると判別しそうですね。

4-4.Y-DNA「D」の弟亜型のY-DNA「E」

  さて戻って、移行亜型Y-DNA「DE」はさらに古代遺伝子Y-DNA「D」とY-DNA「E」に分化したが、Y-DNA「D」がインド洋沿岸に沿って東進したのに対し、 Y-DNA「E」は逆に西進し地中海南北沿岸に定着し、地中海南岸(アフリカ北岸)に移動した集団はさらにアフリカ全土に展開し、 始祖亜型である原ホモサピエンスの先住民の中に入り込み、始祖亜型Y-DNA「A」と「B」のネイティヴ・アフリカン集団の中に 古代亜型Y-DNA「E」の遺伝子が混在するようになっています。

注:現ネイティヴアフリカンのコイサン集団にもピグミー集団にも、Y-DNA「A」と「B」の純系部族は存在していません。
  このため原ホモサピエンスのイメージは推測の範囲を出ません。
注:アフリカ大陸にはその後Y-DNA「R1a」と分化したY-DNA「R1b」(後代のケルト系遺伝子)集団がアナトリア、中近東から南下してきて、更に新しい集団として現在のカメルーンあたりを中心にネイティブアフリカンの一部を形成して
  います。

  しかし出戻りアフリカしたY-DNA「E」は進化の爆発が進む前にアフリカ大陸に入ってしまったため、また周囲の始祖亜型の部族も同じレベルで、 基本的に狩猟採集のまま刺激しあうことがないまま、ユーラシア大陸で起きた農耕革命など進化の爆発に会わないまま現代に至っているのでしょう。
  ところが地中海北岸に定着したY-DNA「E」は、その後ヨーロッパに移動してきたY-DNA「I 」などの現代亜型と刺激しあいながら 集団エネルギーを高め、ローマ帝国やカルタゴなどの文明を築くまでに至りました。要するに自分たちより古い始祖亜型との遭遇では埋もれてしまい、 文明を興すような爆発的進化は起こらなかったが、より新しい現代亜型との遭遇が集団エネルギーを高めるには必要だったのでしょう。

4-5.Y-DNA「D」

  一方、Y-DNA「D」は、欧米の研究者の考えではY-DNA「C」と共に、現代より120m〜140mも海面が低かったために陸地だった インド亜大陸沿岸の大陸棚に沿って東進しスンダランドに到達し、そこから北上し現在の中国大陸に到達したようです。 その時にY-DNA「C」集団の本体は更に東進しサフール大陸に到達したようです。このY-DNA「D」と「C」の移動は、Y-DNA「C」が 習得した沿岸渡海技術で思いのほか早く5万年前にはサフール大陸に到達したと推測できます。

  その時に大陸棚だった現在のアンダマン諸島域に定住したY-DNA「D」集団は、その後の海面上昇で島嶼化した現アンダマン諸島で孤立化し 現代までJarawa族やOnge族などの絶滅危惧部族として古代亜型Y-DNA「D」を伝えてきています。研究者によっては中国大陸−インド亜大陸 経由で南下してきた、とする説もありますが、納得には至りません。
  Y-DNA「D」は基本的に古代性の強い狩猟採集民と考えてよく、日本人の持つ古代的なホスピタリティの源泉であることは間違いないです。

4-6.Y-DNA「C」

  Y-DNA「CT」から分離したもう一方の移行亜型Y-DNA「CF」は恐らくインド亜大陸到達までに古代亜型Y-DNA「C」とY-DNA「F」に分離し、 Y-DNA「F」はインド亜大陸に留まりそこで再度先住ネアンデルタール人と交雑した結果、 Y-DNA「G」以降の全ての現代Y-DNA亜型の親遺伝子となったと推測できます。 こうしてインド亜大陸は現代Y-DNA亜型全ての発祥の地となったと考えるのが今のところ合理的です。

  もう一方の分離した古代亜型Y-DNA「C」は、欧米の研究者の説明ではY-DNA「D」と行動を共にしたらしく東進しスンダランドに入り、 一部はY-DNA「D」と共に中国大陸に到達し、本体はそのまま更に東進しサフール大陸に到達した。 サフール大陸に入った集団はサフール大陸内で拡大し、海面上昇後分離したニューギニアとオーストラリア大陸に それぞれTehit族、Lani族やDani族などニューギニアの先住民集団やオーストラリア・アボリジニ集団、 つまり共にオーストラロイドとして現代まで残っています。 そして5万年前にはオーストラリアに到達していた集団の遺跡から回遊魚のマグロの骨が東海大学らの調査により発見され、 Y-DNA「C」は沿岸を船で移動できる海洋性ハンター集団だったと考えられます。 従ってサフール大陸に到達したY-DNA「C」集団は更にそのまま船で海に漕ぎ出し、ポリネシア全土に拡大していったようです。 ポリネシアのY-DNAの主要亜型として検出されるY-DNA「C」は、実は縄文の海洋性ハンターY-DNA「C」と同じ亜型です。 つまり日本列島で検出される海洋性ハンター遺伝子Y-DNA「C」亜型は、現代ポリネシア人と同じ先祖を持つことになります。

  ところがオセアニアの遺跡の年代はそれほど古くはないようです。海面上昇で当時の陸地は全て水没し遺跡も当然海中です。 海中考古学が進歩すれば、Y-DNA「C」集団がポリネシアに漕ぎ出したのはかなり古いという事が判るのではないかと期待しています。 しかし現状の情報のみだと、ポリネシアに漕ぎ出したのはデニソワ系Y-DNA「S」と「M」がニューギニアに到達し押し出された結果と 考えるのが妥当です。

注:一部の日本人の持つ海洋性気質は、このポリネシア人と共通の祖先Y-DNA「C」から受け継いだ気質と言っても差し支
  えないでしょう。

4-7.Y-DNA「D1b」,「C1a」の日本列島への上陸

  スンダランドから北上し現在の中国大陸に入ったY-DNA「D」とY-DNA「C」の混成集団は中国大陸の先住集団として拡大しました。 この時に混成集団の一部の集団は中国大陸には入らずにさらに北上し、当時海面低下で大きな川程度だった琉球列島を渡ったと思われます。 集団はそのまま北上し現在の九州に入った可能性が大。また一部は日本海の沿岸を北上し当時陸続きだったサハリンから南下し 北海道に入り、当時同様に川程度だった津軽海峡を渡り本州に入った可能性も大です。 つまりもしかすると日本本土への入り方が2回路あった可能性が大なのです。

  現在沖縄・港川で発掘される遺骨から復元再現される顔は完璧にオーストラロイド゙の顔です。 と言うことは、スンダランドから北上の途中沖縄に定住した「D」と「C」の混成集団がその後の琉球列島人の母体になり、 サハリンから南下した「D」集団がのちのアイヌ人の集団になった可能性が極めて大と推測できます。

  さて中国大陸に展開したY-DNA「D」は残念ながら後発のY-DNA「O」に中国大陸の中原のような居住適地から駆逐され、 南西の高地に逃れY-DNA「D1a」のチベット人や羌族の母体となったようです。 欧米の研究者はチベット人の持つ高高地適応性はデニソワ人との交配の結果獲得した後天的な獲得形質と考えているようです。 そして呪術性が高い四川文明はY-DNA「C」と「D」が残した文明と考えられます。 このため同じY-DNA「C」と「D」遺伝子を50%弱も持つ日本人には四川文明の遺物は極めて親近感があるのかもしれません。

  日本の民話とチベットの民話には共通性がかなりありますが、これらはY-DNA「D」が伝えてきた民話と考えて差し支えないでしょう。
  しかし一緒に移動したと考えられる-DNA「C」の痕跡は現在の遺伝子調査ではチベット周辺では検出されていません。 どうやら途絶えてしまった可能性が高い、もともと海洋性の遺伝子なので、内陸の高地は居住適地ではなかったのかもしれません。。 縄文時代に火炎土器のような呪術性の強い土器を製作したと考えられるY-DNA「C」なので、 四川文明の独特な遺物類はY-DNA「C」が製作した可能性が極めて高いのですが、Y-DNA「D」のようにデニソワ人から チベット高原のような高高地適応形質を受け継がなかったため途絶えてしまったのかもしれないですね。 チベット人の高高地適応がデニソワ人から受け継いだということは、 四川文明もデニソワ人が加わっていた可能性はあります、Y-DNA「C」とデニソワ系Y-DNA「D」との合作かもしれません。

  一方スンダランドから琉球列島を北上した集団(Y-DMA「D1b」とY-DNA「C1a」は、一部は琉球列島に留まり、琉球人の母体となった。 しかし、そのまま更に北上し九州に到達したかどうかはまだ推測できていない。 しかし日本各地に残る捕鯨基地や水軍など日本に残る海の文化は海洋性ハンターと考えられるY-DNA「C1a」が そのまま北上し本土に入った結果と考えられます。

  オーストラリアの海洋調査で、数万年前にY-DNA「C」の時代にすでに漁労が行われ、 回遊魚のマグロ漁が行われていたと考えられる結果のマグロの魚骨の発掘が行われ、 当時Y-DNA」「C」はスンダランドからサフール大陸に渡海する手段を持ち更に漁をするレベルの船を操る海の民であったことが証明されています。 このことはスンダランドから大きな川程度だった琉球列島に入ることはさほど困難ではなかったと考えられ、 Y-DNA「C」と交雑し行動を共にしていたと考えられるY-DNA「D」も一緒にさらに北上し本土に入ったことは十分に考えられます。 すべての決め手はY-DNA「C」の海洋性技術力のたまものだろう。

  一方日本海をさらに北上した集団があったことも十分に考えられます。 この集団はサハリンから南下し北海道に入り、更に大きな川程度だった津軽海峡を南下し、本土に入ったと考えられ、 サハリンや北海道に留まった集団は古代アイヌ人の母体となったでしょう。 Y-DNA「C1a」は北海道に留まらず恐らく本州北部の漁民の母体となり、Y-DNA「D1b」は蝦夷の母体となったでしょう。

  このY-DNA「D1b」とY-DNA「C1a」が縄文人の母体と言って差し支えないでしょう。 つまり縄文人は主力の素朴な狩猟採集集団のY-DNA「D1b」と技術力を持つ海洋性ハンターのY-DNA「C1a」の混成集団であると推測できます。 この海洋性ハンター遺伝子が一部日本人の持つ海洋性気質の源流だろう。日本人は単純な農耕民族ではないのです。

4-8.Y-DNA「C2a」の日本列島への上陸

  ところがサハリンから南下せずにシベリヤ大陸に留まり陸のハンターに転身したのが大陸性ハンターY-DNA「C2」(旧「C3」)です。 この集団はクジラの代わりにマンモスやナウマンゾウを狩猟する大型獣狩猟集団であったと思われます。 ところが不幸にもシベリア大陸の寒冷化によりマンモスもナウマン象も他の大型獣も少なくなり移住を決意したのでしょう。 一部はナウマン象を追って南下し対馬海峡を渡り本土に入りY-DNA「C2a」(旧C3a」)となり山の民の母体となったでしょう。 また一部はサハリンからナウマンゾウの南下を追って北海道、更に本土へ渡った集団もあったでしょう、北の山の民の母体となったと推測できます。

  この山の民になった大陸性ハンターY-DNA「C2a」が縄文人の3つ目の母体と考えてよいでしょう。 つまり縄文人とは、核になる狩猟採集民のY-DNA「D1b」と海の民のY-DNA「C1a」及び山の民のY-DNA「C2a」の3種混成集団と考えられる。
  このY-DNA「C2a」が一部日本人の持つ大陸性気質の源流と考えられる。 Y-DNA「C1a」は貝文土器など沿岸性縄文土器の製作者、Y-DNA「C2a」は火炎土器など呪術性土器の製作者ではないかと推測され、 いずれにせよ縄文土器は技術を持つY-DNA「C」集団の製作と推測され、Y-DNA「D」は素朴な狩猟採集民だったと推測できる。

  この山の民のY-DNA「C2a」が南下するときに、南下せずY-DNA「Q」と共に出シベリアしたのがY-DNA「C2b」(旧「C3b」)の一部であろう。 このY-DNA「Q」はヨーロッパでは後代のフン族として確定されている。このY-DNA「Q」はシベリア大陸を横断するような 移動性の強い集団だったようだ。 シベリア大陸を西進せずに東進し海面低下で陸続きになっていたアリューシャン列島を横断し北アメリカ大陸に到達し Y-DNA「Q」が更に南北アメリカ大陸に拡散したのに対し、

  Y-DNA「C2b」は北アメリカ大陸に留まりネイティヴ・アメリカンの一部として現代に遺伝子を残している。 最も頻度が高いのはTanana族である、約40%もの頻度を持つ。 北アメリカや中米で発掘される縄文土器似の土器の製作者はこのY-DNA「C2a」ではないかと推測できる。

  またそのままシベリア大陸/東北アジアに留まったY-DNA「C2」はY-DNA「C2b1a2」に分化し、 大部分はモンゴル族やツングース族の母体となった。 また一部だった古代ニヴフ族は北海道に侵攻しY-DNA「D1b」のアイヌ人を征服しオホーツク文化を立ち上げた。 本来素朴な狩猟採集民だった原アイヌ人は支配者の古代ニヴフの持つ熊祭りなどの北方文化に変化し、 顔つきも丸っこいジャガイモ顔からやや彫の深い細長い顔に変化したようだ。 現代アイヌ人の持つ風習から北方性の風俗・習慣を除くと原アイヌ人=縄文人の文化が構築できるかもしれない。

5.長江文明系稲作農耕文化民の日本列島到来

  さて、日本人は農耕民族と言われるが、果たしてそうなのか?縄文人は明らかに農耕民族ではない。 狩猟採集民とハンターの集団だったと考えられる。ではいつ農耕民に変貌したのだろうか?

  古代遺伝子Y-DNA「F」から分化した現代遺伝子亜型群はY-DNA「G」さらに「H」、「I」、「J」、「K」と分化し、 Y-DNA「K」からY-DNA「LT」とY-DNA「K2」が分化した。 このY-DNA「LT」から更にY-DNA「L」が分化しインダス文明を興し、後にドラヴィダ民族の母体となったと考えられている。 Y-DNA「T」からは後のジェファーソン大統領が出自している。

  Y-DNA「K2」はさらにY-DNA「K2a(NO)」とY-DNA「K2b」に分化し、Y-DNA「NO」が更にY-DNA「N」とY-DNA「O」に分化した。 このY-DNA「N」は中国の遼河文明を興したと考えられているらしい。 このY-DNA「N」は現在古住シベリア集団(ヤクート人等)に濃く70-80%も残されており、テュルク族(トルコ民族)の母体と考えられている。
  しかし現代トルコ人は今のアナトリアに到達する過程で多種のY-DNAと混血し主力の遺伝子は Y-DNA「R1a」,「R1b」,「J2」などに変貌している為、東アジア起源の面影は全くない。 唯一タタール人に若干の面影が残っているが、今のタタール人もY-DNA「R1a」が主力に変貌してしまっている。 Y-DNA「N」はシベリア大陸の東西に高頻度で残りバルト3国の主力Y-DNAとして現代も40%以上も残っている。 やはり移動性の強い遺伝子のようだ。

  さていよいよ日本農耕の起源に触れなければならない。Y-DNA「NO」から分化したもう一方のY-DNA「O」は、 中国の古代遺跡の発掘で、古代中国人は現在のフラットな顔つきと異なりコーカソイドの面影が強いと報告されている事は研究者の周知である。 つまり本来の人類は彫が深かったといってよく、現代東北アジア人のフラット/一重まぶた顔は 寒冷地適応に黄砂適応が加わった二重適応の特異的な後天的獲得形質と言って差し支えないでしょう。 (余談ですが、人類(動物)は体毛が減少する方向に進んでいるので、実は禿頭/ハゲ頭も「進化形態」である事は間違いない。)

  この東北アジア起源のY-DNA「O」は雑穀栽培をしていたようだ。東アジア全体に拡散をしていった。 日本列島では極低頻度だがY-DNA「O」が検出されている。陸稲を持ち込んだ集団と考えられる。 東北アジアの住居は地べた直接だっと考えられる。主力集団は黄河流域に居住していたため、 長年の黄砂の負荷で現代東アジア人に極めてきついフラット顔をもたらしたのだろう。

  一方南下し温暖な長江流域に居住した集団から長江文明の稲作農耕/高床住居を興したY-DNA「O1a」と「O1b」が分化し、 更にY-DNA「O1b1」(旧「O2a」)と「O1b2」(旧「O2b」)が分化し稲作農耕は発展したようだ。 このY-DNA「O1a」は楚民、Y-DNA「O1b1」は越民、「O1b2」は呉民の母体と推測できる。

5-1.長江文明系稲作農耕文化民の拡散

  長江文明は黄河文明に敗れ南北にチリジリになり、Y-DNA「O1b1」の越民は南下し江南から更にベトナムへ南下し、 更に西進しインド亜大陸に入り込み農耕民として現在まで生き残っている。 ほぼ純系のY-DNA「O1b1」が残っているのはニコバル諸島 (Y-DNA「D*」が残るアンダマン諸島の南に続く島嶼でスマトラ島の北に位置する)のShompen族でY-DNA「旧O2a」100%の頻度です。

WikipediaのShompen族の写真

  真ん中の人物は近藤正臣かキムタクか、日本に普通にいる風貌である。稲作農耕民の典型と考えてよいでしょう。

  また南インドのドラヴィダ民族中には検出頻度がほとんどY-DNA「O1b1」のみの部族もあり、 越民がいかに遠くまで農耕適地を求めて移動していったか良く分かる。 カースト制度でモンゴロイドは下位のカーストのため、他の遺伝子と交雑できず純系の遺伝子が守られてきたようだ。 この稲作農耕文化集団である越民の子孫のドラヴィダ民族内移住が、ドラヴィダ民族(特にタミール人)に 長江文明起源の稲作農耕の「語彙」を極めて強く残す結果となり、その結果、学習院大学の大野教授が 日本語タミール語起源説を唱える大間違いを犯す要因となったが、 こんな遠くまで稲作農耕民が逃げてきたことを間接証明した功績は大きい。

5-2.日本列島と朝鮮半島の稲作農耕民の共通点

  一方、呉民の母体と考えられるY-DNA「O1b2」は満州あたりまで逃れ定住したが、更に稲作農耕適地を求め南下し朝鮮半島に入り定住し、 更に日本列島にボートピープルとして到達し、先住縄文人と共存交雑しY-DNA「O1b2a1a1」に分化したと考えられる。 この稲作農耕遺伝子Y-DNA「O1b2」は満州族で14%、中国の朝鮮族自治区で35%、韓国で30%、日本列島でも30%を占める。 この満州族の14%は、満州族の中に残る朝鮮族起源の姓氏が相当あることからやはり朝鮮族起源と考えられ、 呉系稲作農耕文化を現在に残しているのは朝鮮民族と日本民族のみと断定して差し支えないだろう。 この共通起源の呉系稲作農耕文化の遺伝子が日本人と朝鮮人の極めて近い(恐らく起源は同一集団)要因となっている。 北朝鮮はツングース系遺伝子の分布が濃いのではないかと考えられるが、呉系の遺伝子も当然30%近くはあるはずである。 過去の箕子朝鮮や衛氏朝鮮が朝鮮族の起源かどうかは全く分かっていないが、呉系稲作農耕民が起源の一つであることは間違いないだろう。

5-3.台湾と日本の共通点

  長江流域の呉越の時代の少し前に江南には楚があったが楚民はその後の呉越に吸収されたと思われる、 しかしY-DNA「O1b1」が検出される河南やベトナム、インド亜大陸でY-DNA「O1a」はほとんど検出されていない。 Y-DNA「O1a」がまとまって検出されるのは台湾のほとんどの先住民、フィリピンの先住民となんと日本の岡山県である。

  岡山県にどうやってY-DNA「O1a」が渡来したのかは全く定かではない。呉系Y-DNA「O1b1」集団の一員として 混在して来たのか単独で来たのか?岡山県に特に濃く検出されるため古代日本で独特の存在と考えられている吉備王国は 楚系文化の名残と推測可能で、因幡の白兎も楚系の民話かもしれない。 台湾やフィリピンの先住民の民話を重点的に学術調査するとわかるような気がしますが。

  台湾のヤミ族の正装です。なんと東国原氏に瓜二つですね。女性も普通にいますね。

  日向は薩摩とも異なる独特のネーミングが残る土地柄ですが、辿ると吉備と似たような土地柄だったのかもかもしれませんね。 因幡の白兎伝説に似たワニが出てくる民話でもあれば間違いないでしょうが。果たして?

6.黄河文明系武装侵攻集団の到来

  狩猟採集と海陸両ハンターの3系統の縄文人と、長江系稲作農耕文化の弥生人が共存していたところに、 武装侵攻者として朝鮮半島での中国王朝出先機関内の生き残りの戦いに敗れ逃れてきたのが、 Y-DNA「O2」(旧「O3」)を主力とする黄河文明系集団だろう。 朝鮮半島は中華王朝の征服出先機関となっており、 長江文明系とツングース系が居住していた朝鮮半島を黄河系が占拠して出先機関の「郡」を設置し、 韓国の歴史学者が朝鮮半島は歴史上だけでも1000回にも及び中華王朝に侵略された、と言っている結果、 現代韓国は43%以上のY-DNA「O2」遺伝子頻度を持つ黄河文明系遺伝子地域に変貌してしまった。

  朝鮮半島での生き残りの戦いに敗れ追い出される形で日本列島に逃れてきた集団は、当然武装集団だった。 おとなしい縄文系や和を尊ぶ弥生系を蹴散らし征服していった。長江系稲作農耕集団は、 中国本土で黄河系に中原から追い出され逃げた先の日本列島でも、また黄河系に征服されるという二重の苦難に遭遇したのだろう。

  この黄河系集団は日本書紀や古事記に言う天孫族として君臨し、その中で権力争いに勝利した集団が大王系として確立されていったようだ。 この黄河系武装集団の中に朝鮮半島で中華王朝出先機関に組み込まれていた戦闘要員としてのツングース系の集団があり、 ともに日本列島に移動してきた可能性が高いY-DNA「P」やY-DNA「N」であろう。 好戦的な武士団族も当然黄河系Y-DNA「O2」であろう。出自は様々で高句麗系、新羅系、百済系など 朝鮮半島の滅亡国家から逃げてきた騎馬を好む好戦的な集団と推測できる。

  この黄河文明系Y-DNA「O2」系は日本列島で20%程度検出される重要なY-DNAである。韓国では43%にもなり、 いかに黄河文明=中国王朝の朝鮮半島の侵略がひどかったが容易に推測できる。 日本列島の長江文明系Y-DNA「O1b2」系と黄河系Y-DNA「O2」系は合計50%近くになる。韓国では73%近くになる。 つまり日本人の約50%は韓国人と同じ長江文明系+黄河文明系遺伝子を持つのである。これが日本人と韓国人が極めて似ている理由である。

  一方、韓国には日本人の約50%を占める縄文系Y-DNA「D1b」,Y-DNA「C1a」とY-DNA「C2a」が欠如している。 これらY-DNA「D1b」,「C1a」とY-DNA「C2a」は日本人の持つ素朴なホスピタリティと従順性と調和性の源流であり、 このことが日本人と韓国人の全く異なる民族性の理由であり、日本人と韓国人の近くて遠い最大の原因になっている。

  一方、日本人の持つ一面である残虐性/競争性/自己中性等は20%も占める黄河系Y-DNA「O2」系からもたらされる 特有の征服癖特質が遠因と言って差し支えないような気がする。

6.日本人の源流....簡易まとめ

  日本人の持つ黙々と働き温和なホスピタリティや和をもって貴しとする一面と、 一方過去の武士団や維新前後の武士や軍人の示した残虐性を持つ2面性は、 日本人を構成するもともとの遺伝子が受けてきた歴史的な影響の結果と言えそうだ。
  日本人の3つの源流は、

  ・日本列島の中で約1万年以上純粋培養されてきた大多数の素朴な狩猟採集民と少数のハンターの縄文系、
  ・中国大陸から僻地の日本列島にたどり着き、集団の和で結束する水田稲作農耕民の弥生系、
  ・朝鮮半島を追い出された、征服欲出世欲旺盛な大王系/武士団系の武装侵攻集団系、

  個人の性格の問題では解説しきれない、遺伝子が持つ特質が日本人の行動・考えに強く影響していると思える。 世界の技術の最先端の一翼を担っている先進国で、50%もの古代遺伝子(縄文系、しかも女系遺伝するmtDNAでは何と約67%が 縄文系のmtDNA「M」系なのです。)が国民を構成しているのは日本だけで極めて異例です。 もしこの縄文系遺伝子がなければ、日本列島と朝鮮半島及び中国はほとんど同一の文化圏と言って差し支えないでしょう。 それだけ縄文系遺伝子がもたらした日本列島の基層精神文化は、 日本人にとって世界に冠たる独特の国民性を支える守るべき大切な資産なのです。

7.Y-DNAの分化.....エピジェネティクスか

  これまで独立した亜型として扱われてきた近代亜型のY-DNA「L」,「M」,「N」,「O」,「P」,「Q」,「R」,「S」,「T」は、 現在、再び統合されてY-DNA「K」の子亜型Y-DNA「K1」とY-DNA「K2」の更に子亜型(孫亜型)として再分類される模様です。 つまり独立名をつける亜型群として扱うほど「違いが無い」ということなのです。
  ところがこのY-DNA「K」は、我々極東の代表Y-DNA「O」や西欧の代表Y-DNA「R」や南北ネイティヴアメリカンの Y-DNA「Q」等が含まれているのです。とても遺伝子が近いとは思えないのです。では何故これほど外観も行動様式も異なるのでしょうか?

  これらの亜型群は、何十万年の歴史でユーラシア大陸の各地で亜種に近いほど分化していたと考えられている ネアンデルタール人やデニソワ人のY-DNA亜型を受け継いだだけの可能性も十分にあるのです。 西欧と極東であまりにも異なる外観や行動様式などの違いの原因を亜種間の接触に求めるのは荒唐無稽とは言えないでしょう。我々現代人は、当然ですが、各亜型群が分化した当時の形態は全く知りませんが、各亜型に分化してから各地に移動したのか、移動した先の地域に順応して分化したのか、いずれかでしょう。分化の要因はまだ推測できていませんが、移住先の地方型先住ネアンデルタール人との交雑、気候や食生活の変化、移住先に特有のRNAウイルスとの共生化.......等々、いずれにせよ後天的な獲得形質ではないかと思われます。

ネアンデルタール人からホモサピエンスが分化したのは、骨形成不全、筋肉形成不全等、身体能力の発現不全症だった可能性も高いのです。つまりひ弱な華奢型の退行型突然変異だったような気がしますが、Y-DNAの亜型の分化は突然変異というよりエピジェネティクス(後天的な獲得形質)と考えるほうが理にかなっていると思います。

8.雑考

  (極めて余談ですが、北方系極東人の多くは寒冷地適応や黄砂適応を受け、フラット顔になってはいますが、 中国で発掘される古代人骨はほとんどコーカソイド顔であり、フラット顔は後天的獲得形質であることは研究者達が認めています。 日本人にはこの後天的獲得形質を獲得してから日本列島に渡ってきた集団が多かったことを示しています。 日本人の胴長短足は、高身長の弥生系と武装侵攻系の上半身と小柄な縄文の下半身の交雑の結果に過ぎず、日本人に意外に多い反っ歯や受け口も 弥生系の細身の顎に縄文系のがっしり歯列が収まりきらず前に出てしまっただけであり、親知らずは逆に出られなかっただけなのでしょう。

  また日本人固有の古代的なホスピタリティは、縄文系である古代亜型Y-DNA「D」と「C」(合計で日本人男性の出現頻度約45%を占める) 及びmtDNA「M」(合計で日本人全体の約67%を占める)の固有の特質であり、近代亜型群の特質ではありません。 つまり特に日本人と他の民族との違いのほとんどは、この縄文系遺伝子の伝えてきた極めて古代的な、 狩猟採集民やハンター民の持つ行動様式や思考回路のもたらす結果に帰することは疑いようがありません。

  もし、天孫族や武士団族が朝鮮半島から負け組として追い出されてこなければ、日本列島は徳川時代の高度な文化もなく、 当時世界最大の都市だった江戸もなく、容易に西欧列強の植民地になっていたでしょう。つまり極めて残念なことですが、 日本人の世界に冠たる高度な技術力や文化性は、日本列島の3重遺伝子構造を構成する遺伝子の中で最後にやってきた黄河系 Y-DNA「O2」(旧O3)が牽引してきたものなのです、中国や韓国と支配階級が同じY-DNA「O2」遺伝子なのに結果が異なってきたのは、中韓が 常に外敵との抗争や侵略に脅かされ、技術や文化の熟成が現代に入るまでまで確立出来なかったかのに対し、日本列島は江戸時代には出来ていたという違いなのでしょう。

9.時代の趨勢

  3.3 Y-DNA「R1b」に書いた文章を復誦します。

  極めて明らかなことは、国・国民が先進的になるには純系民族では無理なのです。辺境民化してしまいエネルギーが低すぎるのですが、 競う共存遺伝子の種類が多ければ多いほど集団エネルギーが高くなり、国の活性度が上がり、覇権に向かうのです。 アジアの中で唯一近代化に成功した日本は縄文系−弥生系(長江文明系)−武装侵攻系(黄河文明系)が交雑し、 武装侵攻系が核になり集団エネルギーを一気に高め、一時はジャパンアズNo1と覇権を握るかもしれないほどの勢いを手に入れました。
  しかし日本が高止まりしてしまった間に中国が、日本以上の複雑な遺伝子ミックスにより集団エネルギーを高め、近代化らしきものに成功し 対外的には日本に取って替わりアジアの覇権を握ったように見えるレベルに達しました。しかし国民一人当たりの生産性があまりにも低く、 日本の1/4以下程度しかなく真の覇者には恐らく永久になれないでしょう。

  その中国も恐らく近いうちに日本同様高止まりするでしょうが、東アジアには日本、中国に代わる国はもはや存在しません。 南アジアのインドはロシアのスラブ系と同じインド・ヨーロッパ系遺伝子が支配する国ですが、中国同様あまりに国民一人あたりの 生産性が低すぎ日本の1/20程度しかなく覇権には届かないでしょう。

  当分の間はY-DNA「R1b」のアメリカとY-DNA「O2」(旧「O3」)の中国が覇権争いを続けるでしょうが、中国も日本もアメリカに 対する輸出で生産性を上げてきたので、アメリカにとって代わることは逆に自滅に向かうためまず不可能でしょう。

  非常に残念ですが、現代世界の構図は、世界の警察官であり輸入超大国のアメリカが太陽として中心に存在し、世界中から生産物を 買いまくり、そのおかげでアメリカの周りに各国が衛星のように回っていられるだけなのです。 水星、金星はEU諸国、地球は日本、火星はロシア、木星が中国、土星がインドという感じでしょうか。

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余談

  このコラムで「北京原人やジャワ原人などのホモエレクトスも出アフリカし、ネアンデルタール人も出アフリカしたということは、 現生人類が出アフリカしたのは人類の遺伝子が導く宿命ではないかとも思われる。」と書いたのですが、

  何故、ヒトを含む類人猿の進化ツリー前半のギボン(テナガザル)やオランウータンは(東南)アジアにしか棲息しておらず、 進化ツリー後半のゴリラやチンパンジーはアフリカにしか棲息していないのか?

  ヒトがアフリカで発祥したのはチンパンジーとの共通の祖先がアフリカにしかいなかったからなのは極めて明白ですが、 では何故共通の祖先はアジアにはいなかったのか?何故アフリカにしかいなかったのか? この疑問に関する納得できる説明を探してみたのですが、今のところ全く見つかってはいません。

  今のところの進化ツリーでは進化の後半で、ゴリラの祖先になった類人猿はアジアからアフリカに大移動をしたことになります。 要するに、ヒトの遠い源郷はアジアだったから、人は出アフリカしてユーラシア大陸を東に進んだと言うことになります。 つまりサケやウナギが戻ってくるのと一緒で、源郷戻りが遺伝子に埋め込まれているのではないか!? では逆に、なぜ類人猿はアジアからアフリカに移動をしたのか?も依然、極めて大きな謎です。

大陸移動の年代を、類人猿を含む人類の進化史と照らし合わせると、もしかするとヒントがあるかもしれませんね。

  とにかく解剖学的現代人類は宿命に導かれ出アフリカし、中東あたりで先輩ヒト族の中東型ネアンデルタール人と交雑し分化し、 インド洋の沿岸に沿って東のアジアを目指し大移動を決行し、古代遺伝子Y-DNA「C」と「D」はアジアに到達しそこで棲息をしてきたわけです。 ところが別の古代遺伝子Y-DNA「E」は、せっかく出アフリカしたにも関わらずまたアフリカに出戻ってしまった。 ということはアフリカに進むことも遺伝子に組み込まれているのかもしれない。

  では残りの古代遺伝子Y-DNA「F」は、なぜインド亜大陸に留まり全新興遺伝子の親遺伝子となったのだろうか? アフリカ大陸でヒト族がチンパンジーとの共通の祖先から分化したように、インド亜大陸で新興遺伝子の共通の祖先の古代遺伝子「F」から 分化したのでしょう、それを実行した最も考えられる要因はアジア型ネアンデルタール人との交雑でしょう。

  インド亜大陸はアフリカ大陸と同様の、進化や分化を後押しするパワーがあるのではないか?誰か研究してくれませんかね!!!!!。
http://garapagos.hotcom-cafe.com/0-2,0-5,15-28,18-2.htm#0-2
 

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コメント
1. 中川隆[-11589] koaQ7Jey 2020年8月29日 13:20:15 : soEYFebmyo : QWQ0OExaa2treG8=[18] 報告
日本人のガラパゴス的民族性の起源

1-1. Y-DNAハプロタイプ 2019年6月版 最新ツリー
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-1.htm

2-1. mtDNA ハプロタイプ 2019年5月21日取得 最新ツリー改訂版
http://garapagos.hotcom-cafe.com/2-1.htm

1-5. Y-DNA ハプロタイプの意義と拡散
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-5,2-2.htm#1-5

1-5. Y-DNA/mtDNA ハプロタイプの意義と拡散
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-5,2-2.htm#2-2

0-2. 日本人の源流考
http://garapagos.hotcom-cafe.com/0-2,0-5,15-28,18-2.htm#0-2


▲△▽▼

ヨーロッパY-DNA遺伝子調査報告

 3-1. Y-DNA調査によるヨーロッパ民族
http://garapagos.hotcom-cafe.com/3-1.htm

 3-2. Y-DNA「I」   ノルマン度・バルカン度 調査
http://garapagos.hotcom-cafe.com/3-2.htm

 3-3. Y-DNA「R1b」  ケルト度 調査
http://garapagos.hotcom-cafe.com/3-3.htm
       
 3-4. Y-DNA「R1a」  スラブ度・インドアーリアン度 調査
http://garapagos.hotcom-cafe.com/3-4.htm

 3-5. Y-DNA「N1c」  ウラル度・シベリア度 調査
http://garapagos.hotcom-cafe.com/3-5.htm
 
 3-6. Y-DNA「E1b1b」 ラテン度(地中海度) 調査
http://garapagos.hotcom-cafe.com/3-6.htm
  
 3-7. Y-DNA「J」   セム度・メソポタミア農耕民度 調査
http://garapagos.hotcom-cafe.com/3-7.htm

 3-8. Y-DNA「G」   コーカサス度 調査
http://garapagos.hotcom-cafe.com/3-8.htm

15-4. アイスマンのY-DNAはスターリンと同じコーカサス遺伝子の「G2a」
http://garapagos.hotcom-cafe.com/15-4.htm
 
3-9. Y-DNA「T」   ジェファーソン度 調査 
http://garapagos.hotcom-cafe.com/3-9.htm  

3-10. Y-DNA「Q」   異民族の侵入者フン族の痕跡調査
http://garapagos.hotcom-cafe.com/3-10.htm

1-11. ユダヤ人のY-DNA遺伝子は日本列島の構成成分となっているのか?
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-11.htm

1-15. コーカサスはバルカン半島並みの遺伝子が複雑な地域
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-15.htm

1-14. ギリシャはヨーロッパなのか?? 地中海とバルカン半島の遺伝子は?
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-14.htm

1-13. 中央アジアの標準言語テュルク語民族の遺伝子構成はどうなのか?
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-13.htm

1-17. 多民族国家 ロシアのY-DNA遺伝子調査
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-17.htm

1-9. 多民族国家 アメリカのY-DNA遺伝子調査
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-9.htm

1-18. 多民族国家 インドのY-DNA遺伝子調査
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-18.htm

1-16. 多民族国家 中国のY-DNA遺伝子調査
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-16.htm

2. 中川隆[-11588] koaQ7Jey 2020年8月29日 13:20:48 : soEYFebmyo : QWQ0OExaa2treG8=[19] 報告

0-1. 日本人のY-DNA、mtDNA遺伝子ハプロタイプ出現頻度調査まとめ
http://garapagos.hotcom-cafe.com/0-1.htm

0-2. 日本人の源流考
http://garapagos.hotcom-cafe.com/0-2,0-5,15-28,18-2.htm#0-2

1-2. 日本と関連民族のY-DNAハプロタイプの出現頻度 rev.1
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-2.htm

2-3. 日本民族mtDNAハプロタイプ頻度リスト
http://garapagos.hotcom-cafe.com/2-3.htm

1-3. 日本民族 Y-DNA調査まとめ 日本人は三重遺伝子構造の民族!
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-3.htm

1-5. Y-DNA ハプロタイプの意義と拡散
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-5,2-2.htm#1-5

1-5. Y-DNA/mtDNA ハプロタイプの意義と拡散
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-5,2-2.htm#2-2

1-8. 縄文遺伝子近縁度調査 Y-DNA「D」とY-DNA「C」
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-8,30-11,30-12,19-14.htm#1-8

1-4. 琉球列島のY-DNA遺伝子構成
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-4,16-5,19-12,19-13.htm#1-4

1-7. 極東遺伝子度調査 Y-DNA「O」(O1,O2,O3」
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-7,19-6,18-3.htm#1-7

1-10. 北方民族度調査 日本列島に古代北方民族はやってきたのか?
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-10.htm

1-11. ユダヤ人のY-DNA遺伝子は日本列島の構成成分となっているのか?
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-11.htm

0-4. 日本の人口構成動態 今後はY-DNA「O」の増大と「D2」の減少か! rev.2
http://garapagos.hotcom-cafe.com/0-4.htm

0-3. 日本人のガラパゴス的民族性の起源
http://garapagos.hotcom-cafe.com/0-3,19-8,30-31.htm#0-3

30-23. Y-DNAから見た日本語の成り立ち考
http://garapagos.hotcom-cafe.com/16-2,30-23,30-24,30-25.htm#30-23

3. 中川隆[-8883] koaQ7Jey 2020年12月27日 12:26:00 : FRaqZnrJmP : eVhnV01CT2dEcWc=[20] 報告
日本人のガラパゴス的民族性の起源
http://garapagos.hotcom-cafe.com/

1-1. Y-DNAハプロタイプ 2019年6月版 最新ツリー
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-1.htm

2-1. mtDNA ハプロタイプ 2019年5月21日取得 最新ツリー改訂版
http://garapagos.hotcom-cafe.com/2-1.htm

1-5. Y-DNA ハプロタイプの意義と拡散
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-5,2-2.htm#1-5

1-5. Y-DNA/mtDNA ハプロタイプの意義と拡散
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-5,2-2.htm#2-2

DNA解析の限界/実は単品ではあまり役にたたないという話
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/430.html

ネット上でよく見かける人類進化に関する誤解
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/774.html

先住民族は必ず虐殺されて少数民族になる運命にある
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/590.html


▲△▽▼

日本人のガラパゴス的民族性の起源

1-16. 多民族国家 中国のY-DNA遺伝子調査
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-16.htm

1-2. 日本と関連民族のY-DNAハプロタイプの出現頻度 rev.1
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-2.htm

1-7. 極東遺伝子度調査 Y-DNA「O」(O1,O2,O3」
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-7,19-6,18-3.htm#1-7
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-7,19-6,18-3.htm#18-3

1-13. 中央アジアの標準言語テュルク語民族の遺伝子構成はどうなのか?
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-13.htm

3-10. Y-DNA「Q」 異民族の侵入者フン族の痕跡
http://garapagos.hotcom-cafe.com/3-10.htm

15-31. 新石器時代後期の中国北部がシナ‐チベット語族の起源らしい!
http://garapagos.hotcom-cafe.com/15-31.htm

14-8. 長江江南(江西省仙人洞洞窟遺跡)で世界最古2万年前の土器発見!?
http://garapagos.hotcom-cafe.com/14-8.htm

4. 中川隆[-8882] koaQ7Jey 2020年12月27日 12:27:42 : FRaqZnrJmP : eVhnV01CT2dEcWc=[21] 報告
日本人のガラパゴス的民族性の起源
ヨーロッパY-DNA遺伝子調査報告

 3-1. Y-DNA調査によるヨーロッパ民族
http://garapagos.hotcom-cafe.com/3-1.htm

 3-2. Y-DNA「I」   ノルマン度・バルカン度 調査
http://garapagos.hotcom-cafe.com/3-2.htm

 3-3. Y-DNA「R1b」  ケルト度 調査
http://garapagos.hotcom-cafe.com/3-3.htm
       
 3-4. Y-DNA「R1a」  スラブ度・インドアーリアン度 調査
http://garapagos.hotcom-cafe.com/3-4.htm

 3-5. Y-DNA「N1c」  ウラル度・シベリア度 調査
http://garapagos.hotcom-cafe.com/3-5.htm
 
 3-6. Y-DNA「E1b1b」 ラテン度(地中海度) 調査
http://garapagos.hotcom-cafe.com/3-6.htm
  
 3-7. Y-DNA「J」   セム度・メソポタミア農耕民度 調査
http://garapagos.hotcom-cafe.com/3-7.htm

 3-8. Y-DNA「G」   コーカサス度 調査
http://garapagos.hotcom-cafe.com/3-8.htm

15-4. アイスマンのY-DNAはスターリンと同じコーカサス遺伝子の「G2a」
http://garapagos.hotcom-cafe.com/15-4.htm
 
3-9. Y-DNA「T」   ジェファーソン度 調査 
http://garapagos.hotcom-cafe.com/3-9.htm  

3-10. Y-DNA「Q」   異民族の侵入者フン族の痕跡調査
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1-11. ユダヤ人のY-DNA遺伝子は日本列島の構成成分となっているのか?
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1-15. コーカサスはバルカン半島並みの遺伝子が複雑な地域
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-15.htm

1-14. ギリシャはヨーロッパなのか?? 地中海とバルカン半島の遺伝子は?
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-14.htm

1-13. 中央アジアの標準言語テュルク語民族の遺伝子構成はどうなのか?
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1-17. 多民族国家 ロシアのY-DNA遺伝子調査
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1-9. 多民族国家 アメリカのY-DNA遺伝子調査
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-9.htm

1-18. 多民族国家 インドのY-DNA遺伝子調査
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-18.htm

1-16. 多民族国家 中国のY-DNA遺伝子調査
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-16.htm

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1-9. 多民族国家 アメリカのY-DNA遺伝子調査
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1-11. ユダヤ人のY-DNA遺伝子は日本列島の構成成分となっているのか?
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1-13. 中央アジアの標準言語テュルク語民族の遺伝子構成はどうなのか?
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1-14. ギリシャはヨーロッパなのか?? 地中海とバルカン半島の遺伝子は?
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-14.htm

1-15. コーカサスはバルカン半島並みの遺伝子が複雑な地域
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-15.htm

1-17. 多民族国家 ロシアのY-DNA遺伝子調査
http://garapagos.hotcom-cafe.com/1-17.htm

5. 2021年3月15日 12:15:57 : ww05IaOXmY : czZLc3BxQU1mVkk=[7] 報告
リンク先訂正

日本人のガラパゴス的民族性の起源
https://cc.bingj.com/cache.aspx?q=%e6%97%a5%e6%9c%ac%e3%81%a8%e9%96%a2%e9%80%a3%e6%b0%91%e6%97%8f%e3%81%aeY-DNA%e3%83%8f%e3%83%97%e3%83%ad%e3%82%bf%e3%82%a4%e3%83%97%e3%81%ae%e5%87%ba%e7%8f%be%e9%a0%bb%e5%ba%a6&d=4780878608793612&mkt=ja-JP&setlang=ja-JP&w=ReGot61fqWV-F4EEz3w_-QcH44bHw8dB

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