日蓮曼荼羅の問題点

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投稿者 山幸彦 日時 2001 年 6 月 07 日 13:32:31:

回答先: Re: ユダヤ魔より怖い創価学会 投稿者 ずっこけ善財童子 日時 2001 年 6 月 04 日 00:40:55:

ずっこけ善財童子 様、

有難う御座います!勉強になります!

日本古神道の霊能者達の間では、
 
 『日蓮上人は、おかしな曼荼羅を作ったので、罰として、地獄で、釜焚きをさせられたいる!』

と言われている。と、聞きましたので、日蓮曼荼羅に関して調べてみました。

●日蓮曼荼羅の欠点〜黒魔術的な曼荼羅
  通常の曼荼羅は、中央の大日如来様から、四方八方に、徳のエネルギーが流れます。しかし、
  日蓮曼荼羅は、”南無妙法蓮華経”の文字が中心に、僧侶が上、神仏が下!!
  とう、逆さまになってしまいます。
日蓮山が作った日蓮曼荼羅は、神仏が上、僧侶が下なのだそうで、すり替えられたようです。
  祈り方で、善と悪が逆さまになってしまうようですし、悪神・鬼神・邪鬼が出てくるようです。
  この場合、神仏世界に、多大な不浄と負担が掛かるようです。

●日蓮弾圧のわけ〜と日蓮上人の伝説のウソ
  数年後、日蓮が説いた通り、蒙古から使者が訪れた。
  執権北条時宗は裏に潜む野望を見抜き使者を追放したが、やがて蒙古の大船団が来襲、博多湾に侵攻してくる。
  この一大危機に時宗は佐渡へ流罪となっていた日蓮を鎌倉に迎え、ともに博多へと出向いた。
  日蓮弾圧のわけ ・蒙古襲来を予知して日蓮は不安を扇動した。
  しかし、幕府は為政者として当然蒙古の襲来を予知していた。
  むしろ、不安を増大するような人物は好ましくなかった。
  蒙古の襲来に対して祈りだけで防げるものではなく、国全体で対応したともいえる。

  以上の話は、サイト情報ですが、日蓮上人が蒙古襲来時に、言霊(ことだま)で、台風を発生させたなら、
  日蓮上人は、博多へ行っていたはずです。
  実際には、流刑中です。  真言密教の座主が、祈祷し、国中で祈ったのが、勝利の理由のようです。

●三沢鈔(みさわみょう)に観る、日蓮上人の本音と後世の大法
  
  下記の様に、日蓮上人は、三沢鈔に、法華経がお釈迦様の本懐でなかったことの落胆と
  後世に大法が現れることを記述しているようです。
  また、お釈迦様の時代より、その大法の出現は、知っていても、公言されず、引き継がれてきたようです。
  日蓮上人は、佐渡流刑を解かれ、帰りに、越中富山の皇祖皇太宮に寄ったそうなのですが、
  この三沢鈔は、その時、頂いた神勅を元に書いたのだろうと思われます。

  「不便なり我に付きたりし者共に、実の事を言はざりけりと思ひて、佐渡国より弟子共に内内申す法門あり。
   此は仏より後、迦葉、阿南、龍樹、天親、天台、妙楽、伝教、義真等の大論師大人師は、知りて而も
   御心の中に秘せさせ給ひし、口より外には出し給わず。其の故は仏制して云く、
 
   ”我が滅後末法に入らずば、この大法云うべからず”とありし故なり。

   日蓮は其の御使いにはあらざれども、其の時尅(じこん)に当たる上、存外に此の訪問を解り(さとり)
   むれば、聖人の出させ給ふまでみな日出でて後の星の光、巧匠(たくみ)の後に拙きを知るなるべし。
   此の時には正像の寺搭の仏像・僧等の霊験は皆消えうせて、但(ただ)此の大法のみ一閻浮堤(えんぶだい)
   に流布すべしと見えて候。」 (『三沢鈔(抄)』建治四年二月 日蓮57歳作)



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