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複雑な現代社会で簡潔さが解決方法となるとき
http://www.asyura2.com/13/hasan79/msg/447.html
投稿者 eco 日時 2013 年 4 月 02 日 18:25:47: .WIEmPirTezGQ
 

http://jp.wsj.com/article/SB10001424127887324474804578396150000016638.html
2013年 4月 01日 20:35 JST
複雑な現代社会で簡潔さが解決方法となるとき
記事
By ALAN SIEGEL, IRENE ETZKORN

 ヘンリー・デービッド・ソローは「ウォールデン」の中で現代生活の複雑さに反対する理由を簡潔につづっている。

 「われわれの生は些末(さまつ)事によって徒消(としょう)される。正直な人間はその10本の指をかぞえる以上の必要はほとんどない。特別の場合には10本の足指をくわえるぐらいで、あとはひとからげにすればよい。単純、単純、単純!」「諸君の問題を2つか3つにしておきなさい、百とか千とかではなく。百万のかわりに半ダースをかぞえ、あなたの親指の爪に勘定書きをつけておきなさい。…単純にしたまえ、単純に。」(『森の生活 ウォールデン』神吉三郎訳 岩波文庫)

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C.J. Burton
私たちは複雑さの危機に直面している

 しかし、これは19世紀の話で、私たちが生きているのは21世紀だ。何の変哲もない1日の間に、私たちは複雑な物事のせいで遅れたり、イライラしたり、混乱したりする瞬間が何十回もある。私たちの生活は使いこなすことができない機械(自動スプリンクラー、衛星利用測位システム[GPS]機器、しゃれたミキサー)、理解できない説明書(薬のボトルに貼られたラベル、組み立て式のおもちゃや家具の取扱説明書)、解読できない文書(納税申告書、スポーツクラブの会員契約、携帯電話の請求書)でいっぱいだ。

 私たちの生活は猛スピードで増え続ける選択肢によって、あらゆる面で複雑になっている。娯楽やレクリエーションだってそうだ。以下の現実を見てほしい。

? アップルのAppストアでは80万以上のアプリを配信している。

? レストランチェーンのチーズケーキファクトリーには240種類以上のメニューがある。この中にランチやブランチのお薦め料理は含まれていない。

? 化粧品通販サイトのセフォラ・コムでは135種類のマスカラ、437種類の化粧水、1992種類の香水が販売されている。

 1980年には通常のクレジットカード契約書に書かれている文字数は約400ワードだった。今では多くの契約書が2万ワードだ。複雑な「細則」のせいで私たちは隠れた料金(ポネモン・インスティテュートの調査によると、平均的な消費者で1年に約900ドル)や請求拒否、予期していなかった料金(米連邦通信委員会によると、固定電話の利用者の合計で1年に20億ドル)の形で金銭的な負担を強いられている。

 メディケア(高齢者向け公的医療保険)パートD(処方箋薬剤給付保険)を選ぶのに誰が1時間半をかけて2万ワードの説明を読むのだろう。(medicare.govで検索すると、45のプランが提示される)医療専門誌サザン・メディカル・ジャーナルの2008年の記事によると、1人の皮膚科医が1年間に書類にサインする回数は3万回近くに上るという。この事実をよく考えてほしい。私たちは自動操縦モードで動いているのだ。深く考えずにサインをして、同意し、働き、金を使う。

 どうして私たちはこんな面倒なことに巻き込まれてしまったのだろう。物事を複雑にしているのは主に弁護士や技術者だ。政府の規制当局は情報開示を義務づけるという誤りを犯し、事態を悪化させている。消費者にとって厄介な商慣習を採用している略奪的な企業は、喜んで複雑さを隠れみのにしている。そして、事実上、全ての企業と組織は変化をひどく嫌っていて、当然のように最も楽な道を選びがちだ。こうした企業や組織にとっては、顧客にとってわかりやすくなるようにゼロから見直すより、これまでのものを修正したり例外を定めたりするほうがはるかに簡単だ。

 作業の途中に手をとめて、ウェブサイトの「クリックスルー契約」を読む人を1人でも知っているだろうか。 PCピットストップという会社は2004年にエンドユーザー向けの使用許諾契約書にわざとある項目を紛れ込ませた。それは同社のあるアドレスまでメールを最初に送った人に1000ドル(約9万4000円)を進呈するというものだった。メールが来るまでに5カ月かかり、その間に該当製品は3000本売れた。2010年にはビデオゲーム販売チェーンのゲームステーションがエープリルフールのジョークとして、ユーザーは同社に魂を売り渡すという項目を契約に紛れ込ませた。このときになっても、状況は改善していなかった。

 複雑さは臆病者の解決策だ。だからといって、簡潔であることが簡単かと言えば、そうではない。簡潔であるためには次の3つの主な原則に従わなければならない。それは、共感すること(他人の要求や期待を把握する)、抽出すること(提案の本質を突き止めること)、明確にすること(提案を理解・利用しやすくすること)だ。

 簡潔な製品やサービスが発売されることがめったにないのはなぜなのか。足りないのは共感だ。企業は技術としてではなく、科学として単純化に取り組む。カスタマーサービスに掛かってくる電話の通話時間を100分の1秒単位まで計り、音節を数えるリーダビリティの公式を使い、何百万回というマウスのクリック数を監視する。常識に左右されないように、企業は明確さと有効性を判断するのに数字に頼っている。しかし、明確さと有効性には定量化できないという性質がある。その結果、企業は小学6年生でも読めるレベルで書かれている、と胸を張って文書を送信するが、実のところ、大卒の人間でもそれを理解できる人間はいない。

 サービスを提供する組織とそれを受ける個人との間の距離を本当の意味で縮める唯一の方法が共感だ。クリーブランド・クリニック(この病院は1990年代半ばには、筆者2人が勤務するブランド戦略企業の顧客だった)は患者に共感することが極めて重要であることを理解しているため、医療を簡潔にすることだけに注力するのではなく、匂い、音、あいさつ、患者用ガウン、安全、警備、予約スケジュールといった患者が経験するあらゆることに注目している。病院のスタッフはベッドに横渡ったまま廊下を移動して初めて、それがどれほど不快で目がくらくらするものかを実感した。そうしたことを事前に患者に知らせておけば、簡単に患者の不安を和らげることができる。

 このクリニックの理念である「患者を第一に」は最高経営責任者(CEO)のトビー・コスグローブ氏がよく口にする言葉だ。コスグローブ氏はプレゼンテーションには必ず、患者の経験談を取り入れている。病院で働く全ての人間はその職業を問わず、「介護者(caregiver)」と呼ばれている。単に言い方を変えただけで、クリーブランド・クリニックは病院内の全ての人に自らの役割について重要なメッセージを送ることができるのだ。

 入院したとき、患者に特に強い印象を与えるものは何だろう。クリーブランド・クリニックが学んだとおり、それはほんのささいなことだ。看護士がナースコールに応えるまでどれくらいの時間がかかったか、要望に応じて食べ物を手に入れることができるのか、スタッフが「10-4」のルールに従っているか(患者から10フィート離れているときはほほ笑んで視線を合わせ、4フィート離れているときは言葉をかける)といったものだ。

 サービス業に倣って、クリーブランド・クリニックは匂いにも気を配っている。消毒剤の匂いはしない。病院内は4星のホテルチェーンが好んで使う芳香剤のような香りがする。医師が患者に話しかける態度(平易な英語で快く、全ての質問に答えること)から患者用ガウン(ダイアン・フォン・ファステンバーグ氏が医師が患部を診察しやすく、患者が品位をたもてるガウンをデザインした)、退院後に受け取る明確で簡潔な請求書まで、あらゆることに1人の人間と1つの規模が大きく複雑な医療機関との間のやりとりを簡素化しようとする意思が表れている。この病院は煩わしさを取り除き、より明確でより思いやりのあるやり取りを行うことで、簡潔さを実現した。

共感を実現する鍵の一つはフィードバックだ。この病院は患者から多くの意見を集め、そのデータを表にまとめて掲示している。同僚より優れた仕事がしたいと思うスタッフにとっては、入院患者に対する態度は計測可能なものとなった。もはや漠然とした質の問題ではない。

 クリーブランド・クリニックが私たちの感情面に訴えて簡潔で心地のよい経験を提供しているとすれば、スーパーマーケット・チェーンのトレーダー・ジョーズは合理的な選択の簡略化に取り組んでいる。同社の長期目標は顧客が対処可能な範囲の決定をいくつかするだけで食料品の買い物を少なくさせることである。トレーダー・ジョーズはなんでもそろえようとするのは最低のビジネスモデルだということに気づいた。商品が多すぎれば顧客は圧倒されるし、店は商品で一杯になってしまう。顧客は買い物を楽しむことができない。その結果、顧客の中には、何を買うか決めることができず、何も買わないことにする人もいる。 その上、在庫管理の点でも効率が悪い。

 トレーダー・ジョーズが扱う商品数は他のスーパーマーケットよりはるかに少ない(サウサリート・グループのピーター・シーレイ氏によると、通常は4万点の商品を扱うところをトレーダー・ジョーズが扱うのは約4000点だそうだ)。しかし、扱う商品の種類を限定することは当たり障りのない商品をそろえているということではない。同社は顧客に代わって賢い選択をするために同社の顧客層を対象に大がかりな調査を実施して、外国産の食品を取り入れたり、 遊び心のある奇抜なパッケージを使用したりしている。そして、買い物客はジャムやマスタード、冷凍食品を何十もの選択肢の中から選び出すといういらだちから解放される。

 このビジネスモデルは機能しているのだろうか。トレーダー・ジョーは全米で約350店舗を運営している。2010年のフォーチュン誌によると、1平方フィート当たりの商品の販売額は推計1750ドルで、ホール・フーズ・マーケットの倍以上だ。

 簡潔であることは生死にかかわる問題になることもある。10年前、デボラ・アドラーさんは処方薬のラベルが紛らわしく、祖父母が健康を害する恐れがあると心配して、どうにかしようと思い立った。 グラフィックデザイナーのアドラーさんは修士論文のテーマとしてこの難題に取り組んだ。アドラーさんは一般の処方薬のラベルに書かれた小さな活字を整理して、情報を論理的な順番に並べ替え、患者が薬を飲むときに知っていなければならない情報を目立たせるようにした。アドラーさんはラベルを黒い太線で上下2つに分けて、薬の名前や用量などの重要情報を上に、その他の情報を下に配置した。

 アドラーさんは次にボトルの形状を検討した。通常の丸いボトルに巻きつけるように貼られているラベルは読みにくいため、アドラーさんはフタが下にくる平たいチューブのような形状の容器をデザインした。大きなラベルを平面に貼るスペースは十分にある。これならラベルを一目で簡単に読むことができる。アドラーさんはさらにボトルを色分けして、家族が自分の薬を見分けることができるようにした。アドラーさんがデザインした簡潔で明確なパッケージはスーパーマーケットのターゲットが運営する全米の薬局で採用されている。

 賢明な企業は顧客がどのように製品情報を認識しているのか、実際に理解しているのはどの程度かを調査して、製品情報を検証している。認識を評価するだけでは誤解を招く恐れがある。人は自分が混乱していることを告白したがらないものだからだ。情報に欠陥があったのではなく、自分に問題があったから混乱したと考えるのだ。情報に基づいて作業を行う能力を評価するほうが情報の明確さや正確さを測る指標としては信頼度が高い。

 こうした検証はオンライン上の消費者グループを対象に時間も費用もかけずに実施できる。例えば、米内国歳入庁(われわれ筆者の現在の顧客だ)の通知を検証するには、納税者に期限を守らなかった場合に支払う罰金と利息がいくらになるかを質問すればいい。こうすれば、消費者が通知の文言や明確さについてどのように感じているかだけではなく、自分らの行動の結果を実際にどの程度理解しているのかが明らかになる。同様に、患者にどのくらいの量の薬をいつ飲むかを質問すれば、私たちは患者がパッケージに貼られた指示を本当に理解しているのかと頭を悩ませる必要はない。

 簡潔化は1つの基準として徐々に認められつつある。例えば、慈善団体のピュー・チャリタブル・トラストは混乱が起きていた銀行手数料などの金融関連の文書の簡潔化に取り組んでいる。この団体が昨年提示した書式モデルは米国の大手銀行のうち数社が自主的に採用した。非常に心強い動きだ。

 同じように、米消費者金融保護局(CFPB)は主要な消費者金融取引(学生ローンや住宅ローン、給与所得者向けの貸し付け)に関連する情報開示について、借り手が契約前に比較検討しやすいものにするように取り組みを進めている。ニューヨーク市などの地方政府は苦情や緊急通報を受け付けるホットライン(311)のようなシステムを通じて、市民と役所のやり取りの簡略化を図っている。さらに、ソーシャルメディアのおかげで、市民と企業や団体の距離が縮まり、誰もが企業に懸念や苦情を伝えられるようになった。

 簡潔化が必要なもの他に何があるのか。通常の個人の商取引にはキーワードやコンセプト、計算を説明するインターアクティブ機能付きの簡潔なオンライン契約書が必要だ。 全ての医療機関が簡単に利用したり更新したりすることができる健康管理記録も必要だ。嵐で被害が生じたときに保険金の請求方法がはっきりわかる住宅保険や自動車保険の簡易説明書が必要だ。病院の請求書は簡潔に1枚にまとめて、患者が受けた治療一つ一つがわかるものにしてほしい。多額の費用を払って専門家に納税申告書を準備してもらわなくてもいいように税法を簡素化してほしい。

 グーグルはそのすっきりとしたホームページを修正するにも追加するにもゼロベースで検討する。気づかないうちに複雑になっていくことを避けるためだ。同社は新たな視覚要素を付け加えるときにはさまざまな角度からそれが妥当と判断されなければならないとしている。同社は書体、サイズ、色を変えるたびにポイントを付与して、最もポイントが少ないものを目指している。同社は「ポイントが多いほど、簡潔さが失われる」と考えているからだ。他の組織も新しいサービスやコミュニケーション、製品を評価する際には同様のアプローチを採用したほうがよさそうだ。

 簡潔化と聞くと、基準を狭くすることのように思うかもしれない。しかし、企業や政府などあらゆる組織が不必要な選択肢を取り除いたり、消費者や顧客、市民に対するメッセージを明確にしたりするうえで、簡潔化は役に立つことがある。私たちはソローがウォールデン湖のほとりで営んだ静かな生活を再現することはできないかもしれない。しかし、簡潔にすることで物事を改善することはいつだって可能だ。

―シーゲル氏とエツコーン氏の共著「Simple: Conquering the Crisis of Complexity(簡潔であること:複雑性の危機を乗り越えて)は4月2日にトゥエルブから刊行される。シーゲル氏はブランド・アイデンティティーのコンサルティング会社シーゲルビジョンのCEOであり、ブランド戦略会社シーゲル・プラス・ゲールの名誉会長。エツコーン氏はシーゲル・プラス・ゲールのエグゼクティブ・ディレクター。
 

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コメント
 
01. 2013年4月02日 22:44:21 : q931E3NW4E
処理には簡潔さが必要とされるが創造性に対しては真逆であるべきだ
人々の嗜好の追求といった創造性はより多様化が進むことだろう
それはコントロールされるべきものなどではない

02. 2013年4月03日 00:26:53 : pDuR0joKhA
ほんとにそうですね。
処理に関してはなんだかんだ言ってないで簡潔にさっさとしてほしいもんです。
でないとほんと、創造性も生活力も幸福感も国柄も減退していきます。
とくにこの本末転倒なんかは4月28日にやるとかいう主権の日迄に、
総理の号令一下簡潔処理できないもんでしょうか。
http://www.asyura2.com/13/senkyo145/msg/805.html
無理言ってすみません。

03. 2013年4月10日 14:06:48 : xEBOc6ttRg

子供の幸福度世界一、オランダの教育に学ぶ
どうすればグローバル人材の育成ができるのか(23)

2013年04月10日(Wed) 村田 博信
 2007年のユニセフ (国連児童基金)・イノチェンティ研究所調査によると*、オランダの子供たちは先進21カ国中、幸福度第1位に輝いています。ちなみに日本は同調査の「子供が孤独を感じる」という項目で断トツでワースト1位になってしまいました(日本は29.8%で、2位のアイスランドの約3倍です)。

*参考:先進国における子どもの幸せ−国立教育政策研究所(PDF)

幸福感と学力の両立を実現したオランダ

 さらにはWHO(世界保健機関)による子供たちの健康行動調査では、「学校の勉強にストレスを感じているか」という質問に対して、北米・ロシア・ヨーロッパを含む35地域の中でオランダは35位。つまり最も子供たちが勉強にストレスを感じていない国ということです。

 しかも学力においても2009年度のOECDのPISA(Programme for International Student Assessment)の結果で、欧米の中ではフィンランドに次いで、読解力や数学的リテラシー、科学的リテラシーなどが総合的にバランス良く高位置にランクされています。

 一方で経済活動に関しても、1時間当たりの国民総生産額が日本の1.5倍あり、失業率も3.9%という非常に低い値を示しています(2006年OECDデータ)。また、職業訓練においても目立った成果を挙げています。

 そんなオランダにおける教育方針は調和の取れた発達に関心を払うことを大前提として、「社会情緒的発達」「運動能力の発達」「認知的な発達」の3つのバランスを取るという考えがあります。

 それを実現するために、特に初等教育では「個別指導」「自立学習」「共同学習」が重視されています。

自学自習を勧める教育方針

 「個別学指導」は、一人ひとりの子供の能力やテンポに合わせて学びを支え、奨励し、指導する、いわば子供のサイズに合った教育です。既製服を無理やり着せるのではなく、その子の発達状況に応じた教育が行われます。

 「自立学習」は、先生の説明がなくても子供が自分で読み、学んだことを復習でき、体得した知識や技能を使って実際に問題を解いていくスタイルです。

 そのために個人差に応じた多種多様な教材が用意されています。このような学習は先生の目の届く範囲でなされるため、分からない時にはすぐに先生に質問できるようになっています。

 「共同学習」は、クラス全員での話し合い、数名のグループ学習、クラス外の生徒とのグループ活動など様々で、他の子供たちとの相互作用を通じて、人間関係の築き方や役割分担のやり方、自分の強みと弱みなどを学んでいきます。

 これらの教育方針を実現するために、国立カリキュラム開発研究所(SLO)が設立され、教育サポート機関(OBD)が全国各地に設置されています。

 SLOは個別教育に必要となる教材開発の研究所であり、研究所の職員が大学などの他機関に所属する多様な専門家と協力して教材開発を行います。ここでは全ての学校に一様に採用される教材を作るのではなく、地域や子どもの状況に合わせた指導法や教材を、現場で柔軟にカスタマイズできるよう複数用意しています。

 それらを現場の教員に提供することがOBDの役割で、地域の学校と密な関係を保ち、各々の事情を十分把握したうえで、SLOなどで開発される教材やカリキュラムなどを適宜学校に提供しています。

 また中等教育では、スタディハウスという形態が特徴的です。教員からの一方的な受け身の授業ではなく、生徒自らが教科書などを読み、自分で情報収集しながら自立的に学ぶスタイルです。

 教師はあくまでも生徒からの自発的な質問に対して答えるアドバイザー的な役割を担います。

 そのために、学校では教室の外の廊下や、ホールの片隅など、いろいろな空間を利用して、個々の生徒が集中して勉強できる空間を設けていたり、コンピューターを数十台並べたメディア室を作り、生徒たちがいつでも情報収集や報告書を作ることができるような設備を設けています。

 さらに、共同学習の中ではプロジェクトや実験を通じて企画・実施の能力を、議論・討論を通じて論理的思考力を、プレゼンテーション・報告書作成を通じてコミュニケーション力を養っていきます。

 また、「哲学」や「一般科学知識」「文化・芸術教育」など、学際的で考える訓練を要する科目が含まれるのも特徴的です。

グローバルな課題意識を醸成する「開発教育」

 さらに、オランダは開発教育にとても熱心であり、NGOやNPOなども設立されるとまず子供向けの開発教育教材を作成するほど、開発教育教材の宝庫と言っても過言ではありません。

 開発教育は、1960年代に「新しい教育概念」として使われ始め、当初は発展途上国への支援を促す教育という意味合いが強いものでした。

 しかし現在は、世界における貧困や食糧・環境問題などが、先進国によってもたらされた構造的な課題であるという視点に立ち、それらの問題の解決に向けて、一人ひとりが参加し、行動していこうとする教育活動に変わってきています。

 ユニセフ、WHO、FAO(国連食糧農業機関)などの国際機関も開発教育の支援を始めていますが、活動自体はオランダが最も早く開始し、今では全国に開発教育センターが設置されています。

 その後、イギリス、アメリカなど欧米各国が追従していますが、オランダでは他国に比べて、政府がNGOや開発教育センターの活動を熱心に支援しており、かつ自らも開発教育を推進しています。

 その具体的な学習目標として以下の5項目が挙げられます。

1. 多様性の尊重

 開発を考える上で、人間の尊厳を前提とし、世界の文化の多様性を理解すること。

2. 開発問題の現状と原因

 地球社会の各地に見られる貧困や南北格差の現状を知り、その原因を理解すること。

3. 地球的諸課題の関連性

 開発をめぐる問題と環境破壊などの地球的諸課題との密接な関連を理解すること。

4. 世界と私たちのつながり

 世界のつながりの構造を理解し、開発をめぐる問題と私たち自身との深い関わりに気づくこと。

5. 私たちの取り組み

 開発をめぐる問題を克服するための努力や試みを知り、参加できる能力と態度を養うこと。

 主にLSO(全国グローバル教育サービスビューロー)や開発教育センターなどが中心となって、教材の開発・評価・提供を推進し、現場の教師が負担なく利活用できる仕組みを構築しています。

 具体例としては、グローバルな相互依存の関係を理解するための教材に紅茶輸送用の木箱があります。この中には銅やボーキサイト、ゴム原料などの資源とこれらの資源から成る様々な製品が入っています。

 これらの資源を採取している場所の映像を生徒に見せることで遠い資源産出国と日常生活とがリンクし、世界を身近に感じるきっかけとなります。

 また、中学生向けには「グローバル・ウォーキング・ツアー」という、町中にある世界に関わるあらゆるものを示していく教材があります。町中の商店やレストラン、駐車場など様々なところを歩きながら、身近にあるグローバルな側面を確認します。

 ツアー中には多くの質問が用意されており、生徒はそれに答えていきながら自分たちがいかに他国と相互依存の関係にあるかを実感していきます。

 このように学校が開発教育を積極的に進めることで、「持続可能な社会とは」「グローバル社会における相互依存とは」などを子供の頃から意識させています。

誰もがいつでも学べるオープンな教育システム

 オランダの教育システムは非常にフレキシブルです。中等教育は「大学準備コース」や「高等職業専門学校準備コース」「中等職業専門学校準備コース」などがあり、高等教育には「大学」や「高等職業専門学校」「中等職業専門学校」などがあります。

 中等教育の各コースを終えると他コースの高等教育へ編入することも可能だったり、中途退学した場合でもいったん仕事に就いてからやり直したいと思えば全国にある地域教育センターで比較的安価に補習授業を受けて卒業資格を取る道もあります。

 また、中高一貫制の中等学校を卒業してディプロマ(卒業)資格を得ると、全国の大学へどの年からでも無条件で入学できます。

 試験で測れるような学力だけで子供たちを選別すると、知識偏重の教育を促進するだけで、柔らかくて何でも吸収できる頭脳を台無しにし、結果、能力がとても偏ったものになるからです。

 その代わり、大学に入ってからが大変です。入学直後から大量の専門書を読まされたり、実習や少人数のワークグループでの討論や共同研究も始まります。それについてこられない学生は振り落とされるか専攻を変えるよう指導されます。

 このように、学齢期を人間形成という大きな流れの中で捉える考え方は、大人に対しても当てはまります。職業や社会の中での役割から動機づけされたり、自分ならではの能力に気づいたりした時に、改めて学べる機会を用意しているのがオランダの生涯教育です。

 大人に対しても上記に挙げたほぼ全ての教育課程が設けられています。全日制あるいは定時制で、昼間あるいは夜間のコースを受けられますし、様々な大学教育課程をそろえた通信大学(オープンユニバーシティ)も用意されています。

 画一的な教育システムの日本に比べるとだいぶ多様性を重視した体系であることがわかるでしょう。今後の日本の教育を考える上で大いに示唆に富む制度であると感じます。

 

1人当たり国民所得世界一、ノルウェーの魅力 もともとは資源も産業もない貧乏な国が生んだ芸術
2013年04月10日(Wed) 川口マーン 惠美
 ノルウェーに行ってきた。何と言ってもノルウェーは、私にとっては作曲家エドヴァルド・グリークの国だ。グリークの曲は昔から大好きで、自分でも弾いたし、生徒にもよく弾かせた。
今は日本の2倍豊かな国、ノルウェーが生んだ大作曲家グリーク
 グリークの音楽には雄大な大地の拡がりがある。目を瞑ってゆったりしたテンポの楽章を聴いていると、自分が大自然の中にいて、広々とした緑の草原や碧い水を湛えたフィヨルドの絶壁が見えるような気がする。
ベルゲンのオペラハウスの前のグリーク像(筆者撮影、以下同)
 大自然と言っても、バルトークのような土臭さはあまりなく、ロマンティックで、しかも、少しメランコリック・・・。こう書いても、文字では何も伝えられなくてとてももどかしい。
 興味がおありの方は、グリークがイプセンのお芝居「ペール・ギュント」のために作った第1組曲の最初の曲「朝」とか、ピアノ協奏曲、ヴァイオリンソナタ第3番、あるいは、チェロソナタなどのそれぞれ2楽章を聴いてみていただきたい。素朴で清らかな気分が味わえると思う。
 グリークはベルゲンで5人兄弟の4番目として生まれた。ベルゲンはオスロに次ぐノルウェー第2の都市だが、今でも人口は26万5000人だから、グリークの生まれた1843年当時は、本当に小さな町だったはずだ。
 ノルウェーは、今でこそ石油のおかげで1人当たりの名目GDI(国民総所得)が世界1位(外務省・主要経済指標参照)、日本の約2倍という豊かさだが、石油が発見されたのはたった40年前の話だ。つまり、それまではとても貧しい国だった。寒くて穀物はあまりできず、主要な産業と言えば、漁業ぐらい。そういう国で、グリークは生まれた。
 15歳のとき、音楽の才能を認められてライプツィヒへ行き、同地の音楽院でピアノと作曲を勉強した。当時のライプツィヒは、ヨーロッパでも有数の音楽都市だった。
 すでに18世紀、バッハは聖トーマス教会の音楽監督に就任していたし、19世紀の初めには、ゲヴァントハウス管弦楽団でメンデルスゾーンが首席指揮者を務めていた。シューマンはライプツィヒでこの町出身のクララを見初め、ワーグナーもここで生まれ育った。その他にも大勢。とにかく、ライプツィヒと縁のない音楽家を見つけるのが難しいほどだ。
グリークが暮らし、今も崖に穿った墓に眠る「トロルの丘」
トロルハウゲンのグリークの家
 グリークは、その後、コペンハーゲンを経て再びノルウェーに戻り、作曲家、およびピアニストとして活躍するが、1885年、妻のニーナと共に、ベルゲン近郊の新居トロルハウゲンに移る。グリーク自身が、丹精込めて設計した家である。
 トロルとは、ノルウェーの伝説に出てくる森の小人の妖精で、トロルハウゲンは「トロルの丘」。当時は自分の所有地に名前を付けることが流行っており、トロルハウゲンはニーナの命名だが、グリーク自身、身長が152センチととても低く、トロルのようだった。
 そのグリークの家が、そのままに保存されている。ベルゲン市内から市電で南に10キロほど走り、そのあとブナ林の小道を歩いていくとトロルハウゲンだ。3月も半ばだというのに道は凍り、周りは雪景色だった。
グリークの家の中
 小さなグリーク博物館や、あまり目立たないコンサートホールなどが併設されているが、家はその向こうの湖に面した丘の上に、昔通りぽつねんと立っている。
 これだけ人里離れていれば、当時はいかに寂しかったかと思う。グリークは死ぬまでの22年間、ニーナと共にここに住んだが、ただ、冬は寒くて寂しいので、春から秋の住まいとして使ったという。
 家の中は、グリークが使ったピアノをはじめ、楽譜も調度品も壁の絵も置物も、そのままだ。このピアノでグリークが演奏したのかと思うと、ファンとしてはかなり興奮する。
 作曲は、少し離れたところに建てられた小さな小屋に籠ってしていたらしいが、いずれにしても、この大自然の中の孤立した空間で多くの作品が生まれたことは確かだ。鳥の声や、湖に映る夕日や、庭を濡らす冷たい雨が、グリークの心にインスピレーションを与えたのだろう。
 トロルハウゲンで一番印象に残ったのは、お墓だ。家の建っているところから5分ほど急坂を下っていくと、湖の畔に出る。そこから崖が切り立っていて、その上がグリークの家なのだが、崖の中腹に穴をうがち、グリークと妻のニーナの骨壺が埋葬してある。
グリークと妻ニーナが眠る絶壁の墓
 よく教会では、壁に名前を書いた石板がはめ込んであり、その後ろに遺体が入っているが、崖の中腹にそれがあるようなものだ。
 生前、釣りをしていたグリークは、太陽が沈む前、最後の光がその岸壁を赤く照らしていたのを見て、死んだらそこに眠りたいと言ったという。
 グリークは1907年に亡くなり、ベルゲン市内で国葬が営まれ、その翌年、骨は望み通りこの岸壁を穿って納められた。
 岸壁のその場所には、昔のヴァイキング文字で名前を彫った石板がはめ込んである。下からそれを眺めていると、不思議な気分になった。とっくの昔に亡くなった人間の意志をこれほどはっきりと感じたのは、生まれて初めてだ。
ムンクの絵には「叫び」以外にも胸に響く作品がある
 さて、ノルウェーにはもう1人、世界的に有名な芸術家がいる。画家のムンクだ。彼の作品の中で一番有名な作品が「叫び」だが、これは公式には4枚あり、去年その中の1枚が売りに出され、96億円という途轍もない値段で売れた。
 非公式、つまり、習作か贋作かが定かでない物を入れると、「叫び」のモチーフで描かれた同様の絵はもっとたくさんあるという。
オスロ国立美術館の「叫び」
 本物の4枚のうちの1枚は、オスロの国立美術館にある。今年はムンク生誕150年にあたり、ノルウェー、特にオスロはムンクで沸き返っている。私は音楽畑の人間なので、ムンクにはグリークほどの思い入れはなかったが、それでもワクワクして見に行った。
 オスロ国立美術館にはムンクの部屋があり、16点が展示してある。観光としてはオフシーズンなので美術館も空いていて、「叫び」もいやというほどじっくりと見ることができた。ムンクの絵はどれも、見れば見るほどインパクトがある。
 ムンクもグリークと同じくエドヴァルドという名で、やはり5人兄弟。ムンクが生まれた翌年に家族はオスロに移る。
 ムンクは、しかし、病と死に蝕まれた子供時代を過ごす。5歳の時に母親が結核で亡くなり、13歳の時には2つ上の姉がやはり結核で亡くなった。その後、医者であった父親もたびたび精神を病み、ムンク自身も虚弱な体質だったという。
 ムンクの部屋に「病室での死」という絵がある。姉の亡くなった時の絵、あるいは、そのときの印象を描いた絵だと言われているが、私にとっては、この絵が最も強烈だった。妹は椅子に腰かけて亡くなっているようだが、よく見えない。父親と思われる人物が、その娘に向かって手を合わせて祈っている。
 部屋にはその他、立ったり座ったりしている5人の人間がいるが、互いに何の接触もない。全員が呆然と、それぞれ別個に悲しみに取りつかれている。顔の見えるのは1人の女性だけで、硬直したように直立し、まっすぐにこちらを見ている。目の下に隈ができていて、しかも、目の表情は虚ろだ。そして、その絶望が見る者に凄い勢いで迫ってくる。
 その絵の前で、じっと彼女と向き合っていたら、思わず涙が出そうになった。今、思い出してもそうだ。絵の中にひそむ悲しみが、これほど直接的に見る者の心に伝わってくるというのは、いったいどういう仕掛けになっているのだろう? これがムンクの力なのだろうか。
ムンク美術館には「叫び」がなかった!
ムンク美術館のカフェにあったケーキ
 翌日、もう1つの「叫び」が展示されているというムンク美術館に行った。オスロ中央駅から地下鉄で2つ目。降りたらすでに駅の壁に「叫び」のモチーフがでかでかと描いてあり、さすがムンク美術館の最寄駅だ。
 ただ、美術館に入ったら「叫び」がない。訊いてみると、「今日はない」という返事。6月までないそうだが、そんなことは、ホームページにも美術館の前にも書いてなかった。
 違う人にもう一度尋ねたら、「他の物はすべてあるから」という言い訳のような話だったが、世界中から「叫び」のためにオスロに来る愛好者もいるはずだ。これではちょっと技が荒すぎるような気がする。
オスロ市内のムンクが行きつけだったというカフェ
 私は、前日に国立美術館で1つ見ていたから、まあいいとしても、聞くところによると、その国立美術館のムンクの部屋のほうも、その日から改修のために閉めるという話だった。
 これでは、わざわざ「叫び」を見にきたファンは、浮かばれない。ただ、「叫び」にこだわらなければ、もちろんムンク博物館のムンクコレクションも圧巻だった。
 絵画や音楽には、不思議な力がある。若いころ、意気消沈してコンサートに行き、音楽を聴いている間に生き返ったように力がわいてきたことがあった。我ながら、何がどう作用したのか理解できなかったが、また、その反対で、歌を聴きながら、歌詞とメロディーの組み合わせが、どういう風にか自分の心境とマッチすると、無性に悲しくなってオイオイ泣きたくなることもある。
 絵でもやはりそういうことがあるのだと、ムンクを見て思った。ただの1枚のカンバスに絵具がのっているだけだが、そこに絵具だけでなく魂を埋め込むことができるかどうかが、芸術家の力量の見せどころなのだろう。そして、それを鑑賞者がキャッチできるかどうかは、その日のアンテナの性能にもよるのである。
海にせり出すオスロの近代美術館
 芸術鑑賞はグリークとムンクで堪能した私だが、そのあと行った海沿いの近代美術館の展示物は、見たことを深く後悔するほどの不作だった。ただ、建物は素晴らしいので、外観だけ鑑賞することをお勧めしたい。
 ノルウェーには芸術だけでなく、素晴らしい大自然と豊かな生活があり、報告したいことは多いのだが、字数も尽きたので、今日はこれでおしまい。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/37407



04. 2013年4月11日 20:14:33 : xEBOc6ttRg


2013年 4月 09日 18:02 JST
わが家を救ったマキャベリの『君主論』

By SUZANNE EVANS


Ethan Pines for The Wall Street Journal
 再婚して間もなく、夫のエリックと私は子供たちと新居に引っ越した。当時の私たちは、2つの家族をうまくなじませようとしていた。

 当初からそれは大混乱以外のなにものでもなかった。8歳以下の子供4人(2人はそれぞれの前の配偶者との間にできた子供、残り2人は私たちの間の子供)の世話をする苦労は言うまでもなく、家事にさえ終わりが見えなかった。ちょうどその頃、私は訴訟事件摘要書を書くという新しい仕事を在宅で始めたばかりで、史学の博士号を取得するための論文も終わらせようとしていた。そんなわけで私は子供たちの絶え間ない口げんかに悩まされながら、数日間にわたって家に閉じこもるという生活を送っていた。

 私も多くの母親たちと同じで、怒鳴ったり、がみがみ言うことで子供たちを変えようとした。こうしたやり方は当然だが、子供たちに逆効果をもたらした。ある特に大変な1日を過ごしたあと、私は乱暴な足取りで仕事部屋に入っていった。作業をするにはあまりにも疲れていたので、デスクの前に座ってぼんやりとほこりっぽい本棚を眺めた。するとそのとき、一冊の古ぼけた本、『君主論』が目に入った。

 本棚からそれを引っ張り出し、ニッコロ・マキャベリの肖像が描かれたその表紙をじっと見る。私を見つめ返すつつましくも決意に満ちた目、事情を解しているかのような笑みをたたえた薄い唇、力強さと自信にあふれた姿勢――当時の私にはないものばかりだった。


Sean McCabe
 私は本を開くと読み始めた。マキャベリの名は二枚舌、策略、狡猾さ、容赦なき力の行使などの代名詞となっている。それでも私は、読めば読むほど興奮していった。

 『君主論』を書き始めたとき、マキャベリ自身も失意のどん底にあった。フィレンツェの高級官僚という職を失い、逮捕、投獄、拷問という憂き目にあっていた。フィレンツェを統治していたジュリアーノ・デ・メディチを暗殺して政権を強奪するという陰謀にかかわっていたとされたのだ。釈放されたもののトスカナの田舎に追放された彼は、メディチ家に気に入られれば、政府で新しい地位に就けるのではという思いから政治の手引書を書く決意をする。こうして生まれたのが歴史上最も画期的で広く中傷されてきた政治的な論文『君主論』である。

 「目的は手段を正当化する」という悪名高いフレーズはマキャベリの言葉とよく誤解されているが、そうではない。彼の方法論は権力を手に入れること自体を重視していない。彼は権力を国の安全や安定を確保するためのツールと捉えていた。彼は君主たちに、どうすれば臣民の幸福と満足のいく生活を確保できるかを教えたかったのである。

 安全で安定した家庭、幸福で裕福な子供たちと置き換えると、それは君主ばかりか、親にとっても価値がある目標に思えた。私は自分の王国を取り戻すのに、マキャベリの原則が使えるかもしれないと考えた。

 私の子供に対しては、甘やかしても、優しくしてもダメだった。懇願したり、交渉したり、しつこく言ったり、丁寧に頼んだりしてもダメだった。それでも実際的で厳格なマキャベリ的戦略ならうまくいくかもしれない。私は『君主論』を携え、本格的なマキャベリ的母親になることを目指した。それからすぐ、その偉大な政治顧問による重要な金言のいくつかを実行に移してみた。

 

 「気前の良さほどそれを発揮する人自身を急速に食い尽くしてしまうものはない。気前の良さを売り物にしているうちに、その財力はいつしか失われてしまう。貧乏になるか、人にさげすまれるか、あるいは貧困から逃れようとして強欲になり、人の恨みを買うのが落ちである」

 人間は気まぐれで、偽善的で、欲張りで、不誠実なので、忠誠心を獲得したり失ったりするのは簡単だとマキャベリは主張する。忠誠心の移ろいを防ぐために、君主は気前が良いという評判を築くべきだという。しかし彼は、気前が良すぎると君主はすぐに国を破綻させてしまい、臣民の気前良さを求める気持ちは高まる一方となってしまうとも警告している。

 私はすぐに自分の子供たちを思い浮かべた。


Sean McCabe
ニッコロ・マキャベリ
 私もすべての母親と同じく、子供たちのさまざまな物質的欲求を満たすのに苦労している。ところが『君主論』を読み、多くを与えれば与えるほど、子供たちはより多くを期待し、ありがたみは薄れていくということに気付いた。そこで、次に小売りチェーンのターゲットに行くとき、私はまったく疑っていない子供たちにマキャベリの原則を適用してみた。

 そうした買い物では通常、欲張った子供たちがDVDや人形を次々とカートに投げ入れていた。私がそうした商品を戻すように言うと、子供たちは決まってかんしゃくを起こしていた。しかし今回、私にはある計画があった。大騒ぎが起きる前に入口で立ち止まり、子供たち一人ひとりに10ドル札を手渡した。

 「これ、なあに」と私の7歳の娘、テディが聞いた。

 「10ドル札よ。今日あなたが使えるのはそれだけだから、よく考えて使ってね」と私は言った。

 店に入ると、子供たちは欲しい物の値段を慎重にチェックしていった。「えっ、29ドルもするの」ジャスティン・ビーバーのバックパックの値段を見たテディが驚いて声を上げた。「ばかみたい。そこまでの価値はないわ」テディはぶつぶつ言いながらそれを棚に戻した。

 買い物はこれまでにないほど順調に進み、お金の価値を学んだ子供たちは、いつもより感謝している様子だった。

 

 「支配者は……敵の軍勢を分断するためにあらゆる手を尽くすべきで、敵の君主が部下たちを疑うように仕向けたり……その軍隊と分裂する原因を与えたりすると、これにより敵は弱まる」(『君主論』ではなく『戦術論』から)

 「分断統治」については私もすでに経験済みだった。子供たちは自分たちの要求をかなえるために夫と私を対抗させるのが得意なのだ。ところがついに、私がこの原則を利用するときが来た。

 私はテディと8歳の継息子、ダニエルを分断させた。どちらが学校でより良い成績を取るかで2人を競わせたのだ。

 パーフェクトに近い2年生の成績表を持ち帰ったテディを「すばらしいわ」と言って褒め称えた。ご褒美としてテディが好きなレストランに行き、家族全員で夕食を食べながら祝ったりもした。その一方で、成績がぱっとしなかったダニエルが得たものは、1歳下の妹に負けたという不名誉だけだった。

 ところがこの敗北がダニエルの競争心に火を付けた。その学年度の終わり、テディとダニエルの2人共が優秀な成績表を持ち帰った。肝心なのは、子供同士を対抗させたことで、私は最終的に望んでいた結果を手にし、2人にとっても有益だったということである。

 「今日偉業をなしているのは、信義のことなどほとんど眼中になく、狡知によって人々の頭脳を欺くことを知っていた君主であり、そうした君主は結局、信義に依拠した君主たちに打ち勝ってきた」

 その勝利を収めたことで私は『君主論』の中でも、マキャベリの主眼が具体的なアドバイスをすることから偉大なリーダーの性格特性描写に変わっている部分に目を向けた。君主にとって常に信頼できる人物に見えることは重要だが、その国の統治を脅かすようならば約束を守るべきではないと警告している。またすべての人間は不正直なので「それで有利になるのではれば、君主は不誠実になるべきである」とも書いている。

 これは政治においてはあてはまるかもしれないが、自宅で試すのが賢明なのかは分からなかった。そんなときたまたま、夫と私は週末にカリフォルニア州サンタバーバラで開かれるゴルフ大会に招待された。

 親なら誰もが承知していることだが、スポーツ、誕生日会、友達と遊ぶ約束など、週末の予定は子供中心のイベントで埋まっている。その週末も同様で、私が参加することになっていた子供たちのイベントがめじろ押しだった。それでも私は休息を心底必要としており、子供の世話役についても手配できそうだった。

 そこで、子供たちの抵抗と不必要な罪悪感を最小限に抑えるために(「ゴルフに行くの?だったら一緒に行ってもいいでしょ」と言われないように)子供たちには夫と私は出張に行くのだと告げた。その結果、私は十分にリラックスして帰宅でき、祖父母たちをへとへとにさせた子供たちは私たちの帰りを大いに喜んでくれた。

 言い換えると、そのおかげで自分が楽しめ、リラックスできるのなら、子供たちに嘘をつくことに罪悪感を覚える必要はないのである。幸せを感じ、リラックスしている母親は子供にとっても絶対に有益なのだから。

 

 「自らの臣民の団結と自らに対する忠誠を維持する限り、支配者はたとえ残酷だという評判がたったとしても・・・・・・あまりにも慈悲深いためにかえって混乱状態を招く者よりもよっぽど慈悲深い」

 マキャベリの「良き軍隊のないところに良き法はあり得ず」という言葉と法の正当性そのものが強制力の脅威に支えられているという理論に遭遇したとき、私は一瞬立ち止まった。原則として、子供が何歳であろうと、私は罰として尻を叩くことを良いとは思っていないし、それははっきりさせておくべきだろう。ところが、娘のケイティが5歳のとき、この問題を考える出来事があった。ある日、私が見ていないと思ったケイティが家から抜け出そうとしたのだ。

 ダウン症を抱えているケイティは普段は幸せそのものなのだが、たまに頑固で挑戦的になることもある。ボトルに入っていた水をわざと私のノートパソコンにかけたり、家や学校から頻繁に抜け出したりといった悪さをしていた。この日に限って、私はケイティの尻を素早く叩いた。

 彼女は驚いて大きく目を見開いたが、大声で泣き出すどころか、すすり泣いたり、べそをかくこともなかった。翌日にも同じことをしようとした娘に対して私はまた尻を叩いたが、ケイティは少し顔をゆがめただけで、そのあと挑戦的ににっこりと笑って見せた。この作戦に効果がないのは明らかで、状況はむしろ悪化していた。

 私が『君主論』にざっと目を通していると「君主が軍隊のことよりも優雅な事柄について考えていると、その国は失われてしまう」という一節が飛び込んできた。数日後、ケイティはまた家を抜け出し、裏庭に隠れようとした。このとき、私はケイティをすぐに自分の部屋へ連れ戻した。

 「私に断りなく家を出てはいけないことになっているでしょ」私は厳しい口調で言った。ケイティはそれにうなずいた。「だったら、自分の部屋で30分間のタイムアウトよ」と私が宣言する。「今後、あなたがこのルールを破る度に、部屋で反省のタイムアウトをしてもらうわ。毎回よ」私はゆっくりとドアを閉めてその場を離れた。

 障害を抱えた子供にしつけをする難しさがわかっていない人は、この罰が厳しすぎると感じるかもしれない。しかし、子育てと政治においては背景事情がすべてである。私の優しくて元気で頑固な娘の安全と無事を確保するのに、そうした実際的で厳しいマキャベリ的戦略が必要ならば、それはケイティにとっても最善の利益となる。

 30分後、私がケイティの部屋に入っていくと、娘はベッドに座って絵本のページをめくっていた。ケイティは顔を上げると、きまり悪そうに微笑んだ。

 「ちゃんと言うことを聞くなら、出てきてもいいわよ」

 「わーい」娘はくすくすと笑って手を叩いた。

 

 「すべての人間の行動は、特に君主のそれは・・・・・・結果によって判断される」

 わが家に平和と予測可能性が広がり始めると、私はマキャベリの最も悪名高い助言に注目した。「目的は手段を正当化する」と誤って覚えられていることが多いが、マキャベリが本当に言わんとしていることはもっとやんわりとしている。他人は行動について最終的には結果で判断する、ということなのだ。

 どちらにしても、この金言は役に立った。ある晩、夫がベッドに入ってくるなり私を引き寄せてこう言った。「本当に子供がもう1人欲しいんだ」それに対して私はこう応じた。「それも素敵だけど、あなたには代わりにパイプカットの手術を受けてもらうわ」

 私は4人のにぎやかな子供たちをようやくある程度落ち着かせ、自分の王国を勝ち取ったばかりだった。子供が1人増えたら、その王国は明らかに脅かされる――つまり、私には受け入れがたい結果である。夫は当初、私の勅命に難色を示していたが、それを受け入れるまでベッドでの愛情行為はお預けだと私が言うと、医者に予約を入れることにすぐに合意してくれた。

 マキャベリが示した道に従うことに関して策略的、操作的なところは一切ない。大事なのは権力を維持し、毅然とした態度で法を行使することである。フィレンツェ出身の偉人が生きていたら、私という新しい弟子を誇りに思ってくれたはずだ。

(筆者のスザンヌ・エバンス氏は米国で4月9日にサイモン・アンド・シュースター/タッチストーンから出版される『Machiavelli for Moms: Maxims on the Effective Governance of Children(母親のためのマキャベリ:子供の効果的な管理に使える金言)』の著者)


05. 2013年4月12日 00:53:34 : xEBOc6ttRg
周囲から嫌われても朝ごはんはおいしく食べる

自分の道を進むのはその覚悟から始まる

2013年4月12日(金)  遙 洋子

(ご相談をメールでお寄せください。アドレスはこちら)

 ご相談
 出産して復帰すると、職場の空気が微妙に冷たくなりました。開き直る度胸もなく、出社するのが苦痛です。(30代女性)

 遙から
 なんとも言い難い違和感について語ろうと思う。先日見たNHKでの討論会がきっかけだ。

 出産を機にその女性に降りかかる困難。待機児童問題、職場での肩たたき、職場復帰の困難など。テーマはずっと過去から引きずるいまだ解決しないものだ。

 番組構成は、子と仕事をもつ母たちと雇用側の声として経営者たち。その分野の有識者たち。ついでに、これから職業人となり母となろうとする若者。

 こんなもんだろう。おそらく正しい配分だろう。

 なのに、だ。いつもこういった、底辺に男女平等問題が絡むテーマにつきものの違和感がこの会にもあった。自分が番組に登場するときにはそれどころではないが、傍観者として眺めていると、そこにある違和感を分析したくなる。

異なる周波数で交信しても会話はできない

 子と職業を持つ女性たちの声はあくまで当事者経験としての不満だ。これは100人の声を聴いても、おそらく、同じ。何人集めようが一個一個の経験は聞き飽きたものだ。

 そこに経営者としての声もまた、それが女性経営者なら必ず登場する“自己責任”。「がんばればできる」「工夫が足らない」。そして“経営不振”。「育休の次は時短。と思ったらまた2人目ができました。企業に余裕などない」的、経営者としての困窮。これも昔からある主張。

 そして、保守が言う「せめて3歳までは母が子についていてやらないと」的な“3歳児神話”。つまり「子ができたら専業主婦でいいじゃないか」論。

 子を持った途端、詐欺にあったかのような八方ふさがり感は、自己責任と、経営不振と、3歳児神話、が、壁となって立ちはだかる。

 これもずーっと過去からなんら変わらない。発見はない。

 そこでNHKは、番組に未来を持たせるために、工夫をしている企業を紹介する。まずは残業を強制的になくす企業。父親は早い帰宅を余儀なくされ、子育てに参加し、母親の負荷を減らせる。女性が出産後働き続けたら日本のGDPは4%アップするなど、希望を持たせる。そうしないと、番組が成立しない。

 だが、最後にデーブスペクター氏が言った。

 「専業主婦もすばらしい」

 この発言で終わる番組の主旨を思うと、椅子から転がり落ちた。

 発言は主観からだからどんな発言でも自由だ。だが、この種の相まみえなさを見るたびに不毛を超えて、虚脱感に近い絶望を感じる。

 周波数の違う多チャンネルで交流しようとする違和感だ。その代表例がこの会話に表れている。

 経営者が言う。

 「3歳までは子とともに」

 青年が言う。

 「それは3歳児神話。そもそも両立って、無理ゲーなんですよ」

 この時の憮然とした年配経営者男性と、腰をずらし両足を大きく広げて「無理ゲー」を連発する青年との交流は、その交流不能さの象徴的シーンにも見えた。

討論のたびに残る絶望感

 まず、経営者には、礼儀正しく着席する年配者に対し、大股開きの若者が、“神話”だの“無理ゲー”だの、理解不能な日本語で向かってくる姿は無礼にしか映らなかっただろう。宇宙人に見えたかもしれない。

 育児と仕事の両立は現実的に無理なゲーム(芸?)である。3歳まで母親がついていてやらないと子はまともに育たないというのは脅迫に近い神話である。といった、男女平等的基礎知識が流布しきれていないのが、世間、だ。

 その世間と格闘するときに、「無理ゲー」と叫んでも通じない。また、「辛い」と涙ぐんでも動じない。では有識者はどう機能するか。

 彼らの武器はデータだ。いかに両立している国がGDPをあげているか、いかに日本が立ち遅れているか、いかに専業主婦という選択肢が非現実的か、等々。

 だが、こういうデータを見てもなお、デーブスペクター氏が最後に締めた、「専業主婦もすばらしい」という発言を見る限り、なーんも価値観を揺るがす効果はなし、と、見ていい。

 データなど、何十年も前からその筋の専門家が発信してきて、今がある。データは、すでに問題意識を持つ人には利用価値があっても、経験値と過去の実感に依拠する普通の人の価値観を揺るがすほどの威力はない。

 新体制に取り組む企業の例もまた、「いーなー」という憧憬で、終わる。

 女性学で最初に習う、「個人的なことは政治的なこと」。一人の女性が被る困難は、一人の頑張りで解決できるようなものではなく、その国の政治、政策、が絡む。国のありようが絡むということだ。

 しかし仮に、この番組に少子化対策大臣を呼んだとしよう。「国も前向きにがんばっている」という希望的発言で終わる。実際、その種の番組で私自身がそう答えられた経験がある。

 男女平等が底辺に絡むこれらテーマの討論に常になんらかの違和感があるのは、討論するたびに残す、絶望感、だ。無理やり希望に着地してもなお拭い消せない絶望。

みんな好きに生きている

 私の結論は、ひとつだ。

 世間の価値観も、好かれようとする思いも、いっさいかなぐり捨て、好きに生きる。

 企業に認められ子を産もうとするから絶望がある。良き妻、良き母であろうとするから苦労がある。

 データ、データといい、多くの男女が結婚を希望しながらできない、と評論するが、本当にそうか。

 したければしている。結婚生活に憧れつつ、現実は「この男と結婚しても未来が見えない」と女性は(男性も)冷静に見ているから、その瞬間、その男性を(女性を)選ばなかった。

 つまりもう好きに生きている。

 「結婚したい」が本音か「したくない」が本音か。その行動を見る限り、「したくない」から、しないのだ。

 「子供を2人ほしい」というデータが仮にあっても、では、実際その時に、産むか産まないかは別だ。産みたきゃ産んでる。「やっぱ産みたくない」が勝つと産まない。

 少子化は、「産みたくない」結果の現実だ。

 その現実に、なんとかせねばとばかり政策は後から追いついてくる。

 みな、好きに生きればいいし、すでに生きている。そのことをデータを基に「問題だ」とし、「討論を」とする世間やメディアがおかしい。

周りが敵ばかりでも、好きに生きる

 「この会社、おかしい」と思ったら訴訟すればいい。法律はあくまで男女共同参画社会側だ。

 社会や国家を嘆いているうちに、あっという間に人生は過ぎる。結婚も仕事も子育ても、私は個人戦だと思っている。社会的合意を得た上で、仕事も子供も、と、思うから、結婚も、となる。

 番組が醸し出したものは、皮肉にも、社会的合意など永遠に得られないから覚悟しろ、という痛烈なメッセージだ。

 これは自己責任とは違う。人生の可否の責任は自分にある、というのではない。あくまで社会が未熟だ。悪いのは社会だ。明確だ。

 何かが叶わなかった時に、自分のせいだ、と思うのではなく、この時代、この社会で生まれてしまった現実を受け入れ、そんな社会に迎合されようなどと期待せず、選択を繰り返す。

 誰かに承認されようとせず、周りが敵ばかりでも、好きに生きることを応援したい。

 まずは嫌われても朝ごはんがおいしく食べられるトレーニングから始めよう。

 
【第5回】 2013年4月12日 オバタカズユキ[監修]
「後悔しないための大学選び、
基本のき【就職問題/後編】」
前回に引き続き、複数の大学にてキャリア形成支援に携わる『大学キャリアセンターのぶっちゃけ話』で話題の著者、沢田健太さんに大学の就職事情についてインタビュー。今回は、大学が行っている「キャリア教育」について、その実態について鋭く突っ込んでみた。

大学のキャリア教育って
どんなことをやっているの?

―― まず最初に、大学のキャリア教育は、どんなことを行っているのでしょうか?

沢田 企業人のあるべき姿論、自己分析の方法、ビジネスマナーなど、講師によって教えていることはいろいろです。でも、多くは就職マニュアル本やビジネス自己啓発本を読めば済むようなお話ですね。それを大規模授業で講義する。当初は受けたい学生だけが受ける選択授業だったのが、いまや下位校を中心に必修科目化しています。初年次教育と融合し、どんどん科目数が増え、卒業単位の中に占めるキャリア教育がすごく増えているのです。

 教えているのは、就職業者から派遣されてきた、元人事マンなどの企業社会経験者が多い。現役の人事の講師もいますね。アカデミックに就職問題を研究しているのは少々。ほか、地域活動に取り組むNPOの人など。

 問題なのは、圧倒的に非常勤講師の比率が高いことです。結局は寄せ集めなので、ひとつの大学の中に多彩なキャリア教育の授業があっても、それに連携がなかったり、内容が重複していたり、場当たり的な就職支援の前倒しみたいなことになっています。

本当のキャリア教育を行っている
大学をどう選ぶか?

―― あまり大学にキャリア教育を期待しても意味がないということですか?

沢田 いや、大学のキャリア教育はもっと変われるはずです。わたしは、企業社会と大学教育の橋渡しになることが、キャリア教育の進む道だと考えています。

 企業は、新卒採用で学生に、対人スキルなどのコミュニケーション能力や課題解決能力を求めています。ならば、キャリア教育の授業の中で、グループワークなどを実施し、コミュニケーション能力を養ってもらえばいいではないですか。

 あるいは、学生自身に現実世界の中にある課題を見つけさせ、それを調べ、解決法を考えてもらうのでもいい。つまり、課題解決能力の育成です。
 学生個々の意識や能力を教員が見定めながらアドバイスする必要があるので、教える手間はかかります。でも、そこで身についた力は、大学教育の本丸である「研究」でも確実に活きるのです。

―― そういった教育をしている大学をどう探せばいいですか?

沢田 大学公式ホームページにあるシラバス(講義要目)で、どんなキャリア教育の授業があるのかを調べてください。ほとんどの場合、学外の人でも自由にアクセスできます。シラバスには、担当教員名も出ていますから、気になる名前があったら検索をかけて、もっと詳しく調べるのもおすすめします。

活きたキャリア教育で見える
ブラック企業の実態!

―― 若者の労働問題として「ブラック企業」が注目されています。あとで後悔しないために、その見極め方を教えるということは?

沢田 大学のキャリア教育はそもそも、学生を就職させるためのものでした。適応教育や適応支援というんですが、企業社会が求める人材像を説明し、だからあなた方もそうなりなさい、と。いまだにその手の授業が主流です。

 けれど、「ブラック企業」の問題が大きくなり、適応だけではなく、抵抗や変革の側面も併せ持たなければならない、という声が高まっています。ただし、そういった授業をやる教育は企業社会の負の側面を強調しがちで、真剣に教えるほど、肝心の学生が下を向く。「働くのって嫌っすね」「自信がないっす」と思わせてしまう。いわゆる労働教育は、教え方がとても難しいんです。

 わたしは授業で、とある物流会社の人事担当者にブラックトークをしてもらったことがあります。「僕は採用のときに勤務時間は9時から17時と説明していますが、実態は朝8時前に出社、帰りは平均で23時か24時ぐらい」「ちゃんと払ったら大変な額になるので、残業代は申請してもらわないようにしています。申請があっても、その数字を改ざんします」といった話。

 学生にはリアルブラックを体感してもらいたかったんです。どんな仕事でも大変なことはあるし、それを乗り越えないと成長できない。それは大切なことだ。しかし、どこかで線引きしなければ自分が潰れてしまう。この会社は一線を越えた例だろうね(笑)と。
 活きたキャリア教育をどう実践するか。これはわたしにとっても大きな課題です。

(本コラムは、「大学図鑑!2014」からの抜粋です)


 


 


【第429回】 2013年4月12日 宮崎智之 [プレスラボ/ライター]
グローバル企業で働くことは本当に幸せか?
若者を食いつぶす悪徳企業の正しい見分け方
これからは、グローバル人材にならなければ生き残っていけない――。就活中の若者たちの間にこうした価値観が広がるなか、積極的な海外展開を行なうグローバル企業の就職人気は、相変わらず高い。しかし足もとでは、小売業、外食業などにおいて、社員が過酷な労働条件に陥っているグローバル企業の経営に異議を唱える風潮が、メディアで盛り上がっている。その批判は一面の真実ではあるが、グローバル企業で働くことは本来、厳しいもの。本当に問題視すべきは、はじめから社員を使い捨てる目的で「グローバル」を吹聴し、人集めをする企業が増えていることだろう。一部の悪徳グローバル企業に引っかからないために、就職活動中の若者はどんなポイントに気を付けるべきか。また、そもそもグローバル企業で働くことに、私たちはどんな「覚悟」を持つべきだろうか。(取材・文/宮崎智之、協力/プレスラボ)

学生の中に広がる「グローバル意識」
国内市場だけではサバイバルできない?

 グローバル展開する企業が増えている昨今、日本国内の人口減による市場縮小などを背景に、グローバル化の要請はより一層強まりつつある。その意識は企業を選ぶ側の学生にも浸透している。

 人事総合ソリューション企業のレジェンダ・コーポレーションが2012年4月入社の大学生・大学院生に対して行った調査では、約8割の学生が「将来、グローバル人材になりたい」と回答した。

 また、同社による別の調査(対象は2013年4月入社の新卒学生)によると、「日本市場が縮小していて国際的に活躍できる人材が求められているから」(男性/理系/院)や「将来海外で仕事をしたいと考えているため、海外で外国人とのビジネス感覚を養いたいから」(男性/文系/大学)などを理由にして、36.6%の学生が海外での新入社員研修を希望しており、そのうちの7割が「海外赴任を命じられたら積極的に受け入れる」という結果が出た。

 一般的に、日本の若者は「内向き志向」と言われているが、今後の経済状況やキャリア形成を考えれば、「積極的に海外に打って出たい」と思っている若者も多いということだろう。今後、数十年間、ビジネスの第一線で働くことを考えると、国内市場に目を向けているだけではサバイバルできないという危機感の表れなのかもしれない。

 ある大学生はこう語る。

「大学でも『これからはグローバル人材にならなければ生き残っていけない』と学内セミナーで叫ばれていました。就職難ということもあり、周囲でTOEICの勉強をしたり、短期留学をしたりする学生は多いです」

 そんな若者に狙いを定めているのか、採用段階で「グローバル企業」を標榜する企業が増え、学生の人気も上々だという。しかし一方で、そうした企業の一部には、外から見た先進的なイメージとは裏腹に、社員に低賃金で重労働を行わせる労働条件の悪い企業も少なくないのが現実のようだ。

 なかには、うつ病社員が続出し、若手社員の離職率が異常に高いという、前近代的な課題を抱えるケースもあるという。

 足もとでは、小売業、外食業などにおいて、社員が過酷な労働条件に陥っているグローバル企業の経営方針に異議を唱える風潮が、メディアで盛り上がっている。名前を挙げられる有名企業の中には、事業構造に課題を抱え、結果として社員にしわ寄せが行っているケースが多いように思われる。

 さらに問題視すべきは、はじめから社員を使い捨てる目的で「グローバル」を吹聴し、人集めをする企業が増えていることだ。「期待に胸を膨らませて入社してみたら、イメージと全然違った」と嘆かないためにも、就活時の綿密な企業分析は必要だ。

 そこで今回は、そうした一部の悪徳グローバル企業に引っかからないために、就職活動中の若者がどんなポイントに気を付けるべきかを分析しよう。

海外赴任をさせず、長時間労働で選別
若者を食いつぶす「悪徳グローバル企業」

 本当の意味での「グローバルで活躍できる人材」がどういう人かはさておき、若者がそうしたビジネスマン像を目指して努力することは、日本経済を活性化させる上でも、好ましいことである。しかし、いざ憧れのグローバル企業に就職したとしても、思い描いていた実態とかけ離れた業務を強いられるケースもある。

 年間数百件の労働相談を受けるというNPO法人POSSEの代表で、『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』(文春新書)の著者である今野晴貴氏は、グローバル企業について「英語を使ってカッコいいだとか、大々的にグローバル化を謳っているなどのイメージに振り回されては危ない」と警鐘を鳴らす。

「国内で社員に長時間のサービス残業を強いて、体を壊すまで酷使させて得た利益をもとに、海外進出を狙う企業もあります。日本の人材を食いつぶして国内の経済に還元しない企業は、日本を海外進出するための『発射台』としか思っていません。若者は、華々しい企業イメージだけで判断するのではなく、その企業がどういう体質なのか見極める必要があるでしょう」(今野氏)

 低賃金、長時間労働が常態化し、人材を使い捨てにする企業と言えば、まず「ブラック企業」という言葉が思い起こされる。実は、ブラックなイメージとはほど遠いグローバル企業のなかにも、それに近い体質を持つ企業がある。

 今野氏によると、グローバル企業と謳っていても、すぐには海外赴任をさせず、国内で過酷な労働によるふるいにかけるため、その過程で多くの社員が退職するケースもあるという。グローバル企業が持つ先進的で合理的なイメージとは裏腹に、体育会系のマニュアル主義を徹底させ、過剰な競争によって従業員を酷使しているのである。

うつ病になっても辞められない?
「労災隠し」を行う企業の言い分

 あるグローバル企業では、「プレッシャーによって若手社員の間でうつ病患者が増え、診断書を持っていっても労災隠しのため『一度休職して、治ってからでないと辞めてはいけない』と言われることもある」(今野氏)。

「グローバル」という華やかなイメージで学生を集め、人材を使い捨てようという企業がある可能性には、留意しておいた方がいい。

 また、ブラック企業かそうでないかにかかわらず、グローバル企業の現状は甘くない。前出した学生の声からもわかるとおり、グローバル人材に必要な要素として「語学力」を第一に思い浮かべる人も多いと思う。しかしそれに加えて、実際に海外に赴任し、ライフスタイルが変化しても耐え得るだけの「順応能力」が求められることも忘れてはならない。

「海外展開する商社に二世の帰国子女や外交官の子どもが多いのは、そのためでしょう。外国語を喋れるだけではなく、海外生活にどれだけ違和感を覚えず順応できるかどうかも非常に重要です。その部分でミスマッチを起こしてしまう若者も多い」(今野氏)

 さらに、会社の体質とは関係なく、そもそも海外赴任には危険が付きまとうことも忘れてはならない。日揮の社員が巻き込まれ、10人の犠牲者を出してしまったアルジェリアの人質事件は記憶に新しい。

 特に海外に工場を持つ製造業では、今後、現地従業員によるストライキなどのトラブルに巻き込まれる可能性も増えるかもしれない。すでに、インドのスズキ、ベトナムのキヤノンなどでストライキが起きている。

 2012年1月に在中国日本大使館経済部がまとめた『中国の日系企業におけるストライキの発生状況』(回答総数180件)についての調査結果によると、2010年は13社、2011年は6社が「自社でストライキが発生した」と回答した。

 なかには、「日本企業が外からきて安い賃金でこき使っている」「日本人社員との給料と比べて格差がある」「資源を奪っている」などと感じる現地従業員もいるかもしれない。

 文化や商環境が違うなかで、現地との軋轢の最前線に立つ。政情や治安が不安定な国に赴任する際は、休日の行動も制限せざるを得ない場合もあるだろう。そんな覚悟がなければ勤まらない仕事もあるということだ。

「ブラック企業」と思われないために
企業がグローバル人材を活用する方法

 それでは、グローバル人材を採用する企業の側には、「ブラック企業だ」と思われないために、どんな配慮が必要なのだろうか。今野氏は「厳しい現実や入社後の海外赴任の可能性などを、採用段階でしっかり明示することが重要」と話す。

「しっかりした企業なら、そういった説明はしているはずですが、一部のブラック企業でグローバル企業を標榜している会社は、それを隠している。『グローバル』という甘い言葉を隠れ蓑にして若者に夢を見させ、人材を食いつぶしている会社がある状況に対して、まともな会社はもっと異を唱えるべきです」(今野氏)

 そもそも、「グローバル企業」を標榜しなくても、日本の多くの企業はすでにグローバル展開している。グローバルに対応できる語学力などの能力があり、海外のライフスタイルに耐えられる人材は希少価値があるため、喉から手が出るほど欲しいはずだ。

 そういった人材がブラック企業によって潰されているとしたら、日本経済にとって由々しき自体である。今野氏は、貴重な人材を潰さず、適材適所の配置を行うため、能力がある学生を対象に「グローバル枠採用」をもっと増やす必要があると指摘する。

「企業はグローバル人材の枠をつくって採用し、アピールしていけば良いと思います。そうすれば、『グローバル』の名のもとに若者を大量採用して、選抜した社員以外は退職に追い込んでいくような、一部の悪質なグローバル企業に人材を食いつぶされることはないでしょう」(今野氏)

もう一度問い直してみたい、
グローバル企業で働くことは幸せか?

 現在、自民党の雇用問題調査会は、ブラック企業の名前を公表することを検討しているという。線引きをどこにするかなどの問題も指摘されているが、悪質な企業を撲滅する一歩になることは間違いない。

 これから就職や転職を考える人は、その企業が謳う「グローバル」が本当に中身のあるものなのかどうか、よくよく見極めてから採用試験を受けることをお勧めしたい。

 もう1つ心得たいのは、就職を考える人たち自身も、グローバル企業で働くことへの「覚悟」を持つことである。かつてない苦境に立たされている家電各社を見てもわかる通り、日本企業が熾烈なグローバル競争で生き残るのは並大抵のことではない。すさまじい企業努力が必要となり、当然、社員にも業務効率の向上やコストの合理化が厳しく求められることになる。

 そうしたグローバル企業の本質を見ずして、就職してから厳しい労働環境に不満を抱き、頭ごなしに「ブラック企業だ」と批判する人がいるとしたら、それは本末転倒と言わざるを得ないだろう。

 グローバル企業で働くことは本当に幸せなのか――。まずはそのことから問い直してみる必要があるかもしれない。


 

 

 

【第1回】 2013年4月12日 田島弓子 [ブラマンテ株式会社代表取締役],竹川美奈子 [ファイナンシャル・ジャーナリスト]
「仕事」と「お金」の両方とも
目先のソントクではなく
ちょっと長い目で考えよう
4月は「仕事」や「将来」を考える絶好の機会。この1月に『はじめての「投資信託」入門』を上梓したファイナンシャル・ジャーナリストの竹川美奈子さんと、『プレイングマネージャーの教科書』の著者で、人材マネジメント、キャリアアドバイスなどで有名な田島弓子さん特別対談が実現。それぞれの専門家であるおふたりに「キャリア」と「お金」について語ってもらった。

「投資」はギャンブルとは違うので
今からでは遅い…ということはない!

田島 今まで講演会などでお会いしたことはあったけど、対談は初めてですね。

竹川 田島さんは「キャリア」、私は「お金」というように分野が違うからでしょうね。どちらも「育てていく」という意味では似ている部分も多いと思いますが…。今日はそのあたりについてお話できるといいですね。


田島弓子(たじま・ゆみこ)
ブラマンテ株式会社代表取締役。 成蹊大学文学部卒。日本人材マネジメント協会会員。IT業界専門の展示会主催会社などにてマーケティングマネジャーを務めた後、1999年にマイクロソフト日本法人に転職。約8年間の在籍中、Windowsの営業およびマーケティングに一貫して従事。当時、営業・マーケティング部門では数少ない女性の営業部長を務める。在籍中、個人および自身が部長を務めた営業グループでプレジデント・アワードを2回受賞。2007年キャリアおよびコミュニケーション支援に関する事業を行うブラマンテ株式会社を設立。キャリアアドバイザーとして「若年層向け働き方論」「中間管理職向けビジネス・コミュニケーション」「女性活用支援〜女性の中間管理職を増やす」の3つを軸に、コンサルティング、社員研修、セミナー、大学講義、執筆などの活動を行っている。著書に『プレイングマネジャーの教科書』『女子社員マネジメントの教科書』(ダイヤモンド社)、『働く女性28歳からの仕事のルール』(すばる舎)などがある。ブラマンテ株式会社 http://bramante.biz/
田島 よろしくおねがいします。昨年末からアベノミクスなどお金に関するトピックが盛り上がっているので、竹川さんはセミナーなどで忙しいんじゃないですか?

竹川 そうですね。セミナーは活況ですし、取材依頼なども増えています。ただ、気になるのは「今買うなら何がいいですか」「これから何が上がりますか」といった質問が多いこと。それって、「何が」「いつ」上がるのかを当てて、大きく儲けたいということですよね(笑)。
 たしかに「当てにいく投資」は大きな利益が得られることもありますが、仕事をしながら、個人が当て続けるのは現実的にはむずかしい…。当たったり外れたりであまりお金を増やすことできなかったり、夢中になりすぎて仕事に支障がでてしまうことも…。

田島 積極的に「儲けるぞ!」というのとは違う?

竹川 そうですね。著書でも触れていますが、私の提案しているのは、国際分散投資をして長期的にお金を育てていこうという考え方です。一発当てて儲けるぞ、ではなく(笑)。

田島 年齢層はどんな感じなんですか?

竹川 若い人の受講が増えていますね。公的年金不安もあったり、早めに始めておこうという人が多いようです。

田島 投資は今から始めても大丈夫なんですか? もう遅いんじゃないかと…

竹川 始めるタイミングは始めるタイミングはあまり気にしなくてもいいと思います。投資というと、相場の先を読んで、特定の地域や銘柄を選んで、売り買いのタイミングをはかるというイメージが強いと思います。でも、長期でじっくり資産形成をしていくという方法もあるよ、ということを知ってほしいんです。具体的には、投資する地域や対象、時間などを分散して、世界経済が拡大していく恩恵をじっくり受けるという方法です。

 それに、若い方はそれほどまとまったお金もないと思うので、少額でもいいから毎月コツコツ積み立て投資を始めてみるのもいいと思いますよ。たとえば、給与天引きで財形貯蓄をしていたり、銀行口座から自動引き落としで積立預金をしていたりする人は多いですよね。そこに積立投資も加えてみてはどうでしょう。ちょっと投資を加えることで、株式や為替など、日々の経済ニュースにも敏感になります。投資はギャンブルといった発想を変えていくことが大事です。

田島 確かに投資って危険なイメージがありますね。あとはちょっと面倒そうな感じ(笑)でも積み立てだったらできるかも…。

竹川 普通の人はそうですよね(笑)投資が大好きで、株の研究をしたり、データを分析したりすることが楽しくて、趣味のひとつのようになっている方は自由に自分のスタイルで投資を楽しめばいいと思います。
 一方、私が情報をお伝えしたいのは投資が仕事でも趣味でもない方、普通のビジネスマンやビジネスウーマンです。日々仕事をしたり、趣味を楽んだりしながら、資産形成をしていける方法もあるよ、と。

仕事が一番、投資はその次!
これが長い目でみれば一番有効

田島 バブルの頃は、仕事そっちのけで株価の上り下がりをチェックしている人がいましたからね(笑)


竹川美奈子(たけかわ・みなこ) LIFE MAP,LLC代表/ファイナンシャル・ジャーナリスト。明治大学卒業後、出版社や新聞社勤務などを経て独立。2000年フィナンシャル・プランナー資格を取得。新聞や雑誌などを中心に執筆活動を行なう一方、投資信託やETF(上場投信)、マネープランなどの講師も務める。著書に『投資信託にだまされるな!2010年最新投信対応版』、『あなたのお金を「見える化」しなさい!』(ともにダイヤモンド社)『金融機関がぜったい教えたくない 年利15%でふやす資産運用術』(かんき出版)他多数。
著者ウェブ http://www.m-takekawa.jp/ https://www.facebook.com/lifemapllc
竹川 携帯やスマホで株価を四六時中チェックしている人もいるようですが、ビジネスパーソンにとって本業はあくまで「仕事」です。きちんとキャリアを積み重ねながら、それほど時間や手間をかけなくても投資を継続できる方法を実践する。長い目でみたら、それが長期的にお金をふやす道だと思います。

田島 たしかに。本業を疎かにせず、それ以外にも投資でお金が増えるというイメージですね。

竹川 そうですね。ただ、若い人の中には投資はお金持ちがやるものだから、自分たちは関係ないと思っている人も少なくありません。たしかに、例えば、株式投資だと1つの会社に投資するのに最低でも数十万円かかるものもあります。けれど、投資信託というツールを使うと、少額からでも投資が始められます。一般に1万円程度から購入できますし、「積み立て」という機能を使えば、月々1000円や500円から始められるものもあります。

田島 へえ〜!1コインからですか。

竹川 例えば、月々3000円で、日本の株式、先進国の株式、新興国の株式というように、世界の株に投資するということができてしまう。これってすごいことだと思いませんか?まとめてどーんと大金を投じてイチかバチかを賭ける…ということでなく、少額で勉強しながら、資産形成をしていくことができるんです。

田島 なるほど。少しずつお金が増えていくって理想ですね。

マイクロソフトでは
女性ながら営業部長に!

竹川 田島さんは『プレイングマネジャーの教科書』に引き続き、『女子社員マネジメントの教科書』も上梓されましたが、人材マネジメントに強かったんですか?そもそもマイクロソフトからの独立するきっかけは何だったのですか?

田島 私の場合、独立したのは実は家庭の事情で。主人が日本とハワイの両方で生活をしたいという願いから、そのためには会社に縛られないほうがいいだろうな、と。そのデュアル生活へのオファーを受けてから2年ほど準備してからやめました。

竹川 2年!結構長くかけましたね。

田島 ずっとWindowsの担当だったので、次の新しいバージョンのwindowsが出るまで見届けたかったんです。その間に少しずつ周囲に根回しをしたりして(笑)。いい辞め方をできるよう頑張りました。

竹川 営業部長って、いくつでなったんですか?

田島 38歳のときです。

竹川 若いですね!

田島 実は、マイクロソフトは社員全体の平均年齢も低いですし、IT業界的にはそんなに若いという感じではないです。私のようなおとなしい人間がなぜ営業部長になったのか……。

竹川 おとなしいかどうかはわかりませんが(笑)

田島 ええ〜?(笑) 私は、自分自身はリーダーシップやカリスマ性がないなあと思っているんです。多分、あまりマイクロソフトにいないタイプだったから部長になったんじゃないですかね。

 マイクロソフトには、ヴィジョンが明確で、アイデアや意見もしっかりしている人、つまり、自分の仕事にプライドを持って仕事をしている人が多くいたんです。そんな中で「そういう人達をうまくまとめてくれる人」が欲しかったんだと思います。

竹川 猛獣使い的な(笑)

田島 そんな、共に働いた人々のことを猛獣だなんて言えません(笑)

竹川 『プレイングマネジャーの教科書』にはかなり実践的なことが書いてありました。こう伝えた方が部下は動くとか。仕事をしっかりやってきた方が書いた本だな、と。

田島 そう言ってもらえてうれしいです。18年間のサラリーマン時代の経験を通じて、現場で機能した実践的なものを伝えたかったんですね。リアルな話ができるのが自分の強みだと思うので、それで喜んでもらえたならうれしいです!

組織の約半数が女子社員。
女性を動かすのは必須のスキル!

田島 結局、マネジメントとはいいつつも、コミュニケーションが土台にあるんですよね。『プレイングマネジャー…』の次に出した『女子社員マネジメントの教科書』は、組織の約半数が女性になってきているので、これからは管理職の人にとって、女性を育てることは特別なことじゃなくてマスト、ということを伝えたかったんです。

 自分は女子社員は苦手…といった得意不得意ではなく、チームとして結果を出すためには女子社員は必要だし、彼女たちを活かしていくマネジメントのスキルは、もう必須になってきているのが現状なんです。

竹川 確かに、働き続ける女性は確実に増えていますよね。

田島 クライアント様からは具体的なニーズとして、実際に本当の「戦力」として育てていかなきゃダメだよねって話になっています。今はわかりやすい指標として、女性の活躍を管理職比率で見がちですが、大事なのはそれだけでなく、現在のポジションでもっと活躍する人材を増やすこと。1人1人のパワーの底上げが大事ですね。

 女性の営業職を増やしていかなければならない業種は特に大切です。営業職は、長時間労働、残業は当たり前といった男性社会のところが多く、そういった状況の中で頑張っている若い女性も多いですが、たとえやる気があっても、結婚や出産を考えると二の足を踏んでしまうのもよくわかります。

 でも、だんだん、そういった気質、風土みたいなものを少しずつ変えていこう、そして女性にも頑張ってもらおう。そうやって歩み寄ろうとしている企業も増えてきていますね。せっかく育ってきた女性の営業職が「このままでは続けられない」と結婚や出産を機に辞めてしまう。それは会社にとっても損失ですから。かといって、女性だけに頑張れというのもおかしなことなので。

今後女性社員が増えていくのは確実。
上司と女子社員の共通認識が重要に!

田島 でも「働き続ける」という意識的なものが育てば、ワーキングマザーになって会社に戻ってきた時にもっと戦力になるんですね。

 育児休暇、出産休暇を経て会社に戻ってきた人たちの中には、悪気はなくとも、子どもがいることを既得権のように振る舞ってしまうケースが見受けられたりします。

 だけれども、早い段階で、ビジネスパーソンとしての自覚、例えば「働くということはどういうことか?」「チームで働く」「結果を出す」ということを理解し、チームにとって欠かせない戦力に育っていれば、ワーキングマザーとなって会社に戻ってきた時も、歓迎される人になり、会社側も助かると。自分から言わなくても周囲が手を差し伸べてくれる、そんなワーキングマザーになれると思うんです。

竹川 最初のところでしっかり共通認識を持って、長い目で見るということですよね。それは投資と一緒かもしれません。

田島 そう、上司の方が少し頑張って、女性だから…と怯まず、覚悟を持って男女分け隔てなく育成して欲しいんですね。そういう上司の皆さまにぜひ、この『女子社員マネジメントの教科書』を読んでほしいですね!

竹川 そうですね!10年、20年後には、確実に女性社員もワーキングマザーも増えていますから。
                       (取材・文 永野久美)


 

 
【第33回】 2013年4月12日 原英次郎
エステー・鈴木喬会長【下】
経営者を育成するには勉強よりも勝負事

すずき・たかし
1935年生まれ。59年一橋大学商学部卒、日本生命入社。85年エステーに出向。企画部長、営業本部首都圏営業統括部長などを経て、経営が不振に陥った98年に社長就任。07年に会長に就任したが、リーマンショック後の危機を打開するために、09年社長に復帰。12年から再び会長に。
エステーは、「消臭力(しょうしゅうりき)」など、家庭用の芳香剤や防虫剤のトップメーカーである。いよいよ「独裁経営」を標榜して、同社を引っ張る鈴木喬会長ロングインタビューの最終回。第1回目はヒット商品を生む発想法、第2回目は開発のポリシーを中心に訊いた。今回はいかに経営者を育てるかを軸にインタビューを進める。会長は経営は総合格闘技、だからこそ勉強より勝負事と説く。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン編集長 原英次郎)

モノなんかつくったら
会社は潰れちゃう

――著書の中で、エステーは「メーカーではない、感動創造企業だ」と述べておられますね。そのココロは?

 15年前に社長になった時はですね、うちは「ものづくり、ものづくり」していて、江戸時代の士農工商じゃないけども、製造と技術がいちばんえらくて、「俺達が作ったものをみんな売って来い」と。だから売れやせんのです。それで、工場のラインが余っていたんですよ。全部専用ラインで、何億円もかけたオートメーションでしょ。えらいことになっていたんです。

「これはだめだ」と5工場から3工場に一挙に集約して「こういうオートマチックなラインがあるからあかんのや」とて言って、みんな捨てちゃったんです。それでもっと小回りがきき、ニーズに応えられるものを作れるラインに全部変えちゃったんですよ。

 その当時は全員が「モノづくりに徹する」と言っていたので、「お前、今みんなはモノなんかな欲しくて買ってるんじゃねーよ、モノなんか溢れてるんだよ。モノなんかつくってら、会社潰れちゃうぜ」って言ってね。「だから何か考えなきゃ、しょうがない」っていうことで、「俺のところで作ってるモノは、あれはモノじゃないんだよ。ワクワク感とかドキドキ感っていうものを、容器の中に詰めて売ってるんだよ。だからお前ら心して作ってくれ」って、そんな感じだったんですよ。

 そしたらみんなア然としてね。まあ今でも当然のことなんでしょうけど、工場行くとモノづくりが「どうした、こうした」とか、ちょっと会社が調子悪くなると「モノづくりの原点に帰る」って言うから、僕が「うるさい、余計なこと言うな」なんて言ってね。その方向に持ってきたんです。

――確かに、調子が悪くなって来ると、どこのメーカーも「モノづくりの原点に帰る」と、よく言いますね。

 モノづくりの原点に帰って、モノづくりの原点から出られなくなってしまった結果が、今の電機メーカーだと思うんです。世の中の人、例えば家庭の主婦は、「技術なんて買ってねーんだ。何が悲しくてダイソンを買うんだよ」ということです。僕が気に入ってるのは自動掃除機ルンバです。あれ今5万円くらいする。1年ちょっと前にある電器メーカーが10万円くらいで売り出したでしょ。それには「おはようございます」とか「元気です」とか、いろんな声が出ますよね。でも余計なことなんですよね、あれは。

 私にとっちゃね、ひっそりと本を読んだり、音楽を聞きたい思っているのに、変なことを言われちゃ困るわけですよね。「大きなお世話だ」って。その点では、お客さんのこと考えてない。

 それともう一つ、家電メーカーで言うとダイソンの扇風機。あれは感動ものですね。扇風機を3万5000円以上の価格で売ってるわけでしょ。値崩れも一切しないですね。ダイソンの扇風機の隣では、メイド・イン・チャイナの扇風機が3500円で売られている。でもダイソンのやつは、夏のシーズンには品切れですからね。なぜかというと感動を売ってるからですよ。ああいうことやりたいんです。

――感動っていうのは、ある意味で値段はいかようにでもなりますからね。

 そうですね。掃除機だって重たくて馬鹿馬鹿しいですよね、ダイソンのは。日本の女性なんか持ち歩けないと思いますけど。機能もゴミ袋がいらないというくらいでもって、あんなバカ高い値段で売っている。でもあの吸い込み方を見てると、大真面目に吸い込んでいる。「あーこれはすごい」と思いましたね。

――真面目な吸い込みっぷりに感動するということですね。

 感動しますね。しかもあんな馬鹿高いものを世に出してくるという馬鹿馬鹿しさにね、僕は経営者として「すっごいことだなー、こいつは」と思います。

トップになるには
勉強は体に悪い

――失礼ながら、鈴木さんもいつまでも、エステーのトップを続けているわけにはいきません。後継者の育成については、どうお考えですか。

 よく次代の経営者を育成する「なんとかゼミ」ってやっているけど、あれみんな嘘みたいなもんですね。勉強で経営者が育つもんかって。トップの仕事って総合格闘技みたいなもんですよ。今の社長が手塩にかけて育てようとしても、そんな人はものになりませんわ。

 そんなことよりも、「お前に飲み代3000万円やるから1年間で使ってこい」ってね。日本で一番いい料亭行って、芸者呼んでどんちゃん騒ぎやった方が、ずっと金の使い方が分かるし、度胸もつくし、一緒に酒を飲む相手も選ぶようになる。お酒の席というのは、一番、人を見る目ができますしね。そのくらいやった方がいいですよ。

 知識がなんぼあっても、経営者にはなれませんわ。知識があればいいんだったら、MBA(経営学修士)出たやつが、みんなうまくいってるはずだけど、そんなことありませんよ。MBAはいい役員になるのには、向いていると思いますけれど。

 ただ、トップになるには勉強は体に悪い。それだったら丁半博打でもやった方がいいですわ。だって日本海軍の山本五十六以下のリーダーは、どうせ戦争のない時はやることないですからね、年中ブリッジ(トランプゲーム)をやっていた。ケ小平だってね、ブリッジをやっていたわけですよ。

 ブリッジと言うと格好いいけど、要はみんな博打をやってるんですよ。博打に何があるかって言うと、博打が一番、自分の五感を研ぎすますしね。経営は相手のあることなので、この瞬間に何をやるかを決めなくてはいけない。勉強は相手のないところでやっているシャドウボクシングみたいなもんです。あんまり役に立たんのですわ。

 そうかと言ってね、真剣を抜いて勝負するっちゅうわけにもいかないでしょ。だからそれに一番近いのはね、丁半博打ですわ。競馬、競輪はね、自分が相対する相手がいないですからね。宝くじもだめですね。カジノも相手のいないゲームはだめです。一番時間効率いいのは、丁半博打だと思いますよ。清水次郎長じゃないけど、あれをもっと推奨すべきじゃないかな(笑)。

――えー、丁半博打ですか!?


だいたい経営トップのやることには、「やるか、やらないか」。もうひとつ撤退するか。この3つだけなんですよ。
 だってあれは瞬間的な判断力でしょう。丁(偶数)か半(奇数)か、だけでしょ。だいたい経営トップのやることには、「やるか、やらないか」。もうひとつ撤退するか。この3つだけなんですよ。それを優れて追いつめられた状況で、決断しなきゃいけない。その際に、だいたいいい情報はないですわ。手下がみんないい情報を持っていて、少しずつ小出しにするので、親分には全部は届かない。それで自分の存在価値を高めているわけですからね。経営スタッフとか経営企画って、だいたいそういう連中が多い。

 持っている情報の99%は出すけれども、最後のエキスの1%は自分がとっているんですよ。ですからそれがなくて、経営トップは未来を判断するわけでしょ。未来は誰も教えてくれない。だから経営学とかナントカ後継者塾というのは、あんまりあてにならないと思うんですが、どうでしょうか。

――うーん、それはどうでしょうね(笑)。

経営には独裁が必要でも
チームワークは欠かせない

 そうかと言ってね、ワントップじゃまずいと思っていましてね、いまエステー・リフォーメーションっていうのをやっているんですよ。現代サッカーのような全員守備、全員防御ができる組織を目指している。やっぱり私みたいに独裁であっても、チームワークは必要なんですよ。ただ、最後は会社というのは、独裁でないと動かんのですよ。そうでないとスピードが違う。

 学校とか、政治というのは理路整然としてればいいわけでしょ。ところが会社っていうのは、とろとろやってると敵がいますからね。敵に食べられちゃうんですよ。スピード競争をやってる。だから決断力のあるトップがいないといけないんです。で、そのトップは、生まれ備わった博才があるとか、運が強いとか、勘がいいとか、度胸がいいやつとか。こういうやつがね、やっぱりトップとして出てきます。

 だから、僕なら僕が死んじまっても、何とかなりますよ。そうじゃなかったら、代が替わるたびに会社は潰れてしまう。ですから何とかなるんですよ。ただ、その場合も、トップを支える強烈な軍団がいないといけない。

 今やってるエステー・リフォーメーションは略してSTR。営業・スタッフ・役員と、大きく3つのSTRに区分けしましてね、それぞれのSTRが1日中ディスカッションやるんです、テーマを出してね。今解決すべき問題は何かっていうことを各部署の責任者が本音で議論するんです。これによって、すごくコミュニケーション良くなってきています。

 とくに、いわゆる内勤というやつは、だいたい蛸壺に閉じこもっている。飯食いに行くのもパソコンで連絡を取り合う、なんて話があるくらいでね。部と部の壁とか、課と課の壁があって、わざわざ別の部署に行ってフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションをしないんですよ。よその部門に行くとね、敵の陣営に殴り込みに行く感じがしているらしい。どうもねコミュニケーションが悪いんですよ。最大の問題はコミュニケーション、横断的なコミュニケーションなんです。

 例えば、役員会やってるとは言えね、朝から晩までテーマをもうけて徹底的に議論することなんてないですよ。それでSTRで、もっと儲かるようにするにはどうしたらいいんだとかいう話を、徹底的にやる。「ここにいる役員は3人ほどいなくなったら、すっきりすんじゃねーか」ってまず脅かす、挑発するわけですよ。

 で、そういうことをやったら必ず夜飲みに行くんです。飲みニケーションやってるんですよ。私それを本社だけじゃなくて、地方の支店でもやってるんです。私も大変。アル中になっちゃいますよ。だけど会社が変わってきましたから。

社長は男性がいいという会社は
この世の中にはほとんどない

――後継者という点では、スカウトしてこられた米田幸正さんが1年で社長をお辞めになり、この4月1日から鈴木貴子取締役が社長に就任されましたね。いくら独裁といっても、1年で社長が変わるというのは、外から見るとフツーではありません。

 本人から辞表が出ましたから。僕のところの文化とちょっと合わなかったのかな。ご本人は商社の出身ですから、商社は卸という流通業ですよね。われわれメーカーっていうのは、要するにブランド命のところがある。一方、流通業はいいものであればどこのものを持ってきてもいい。僕のところのは、僕のところのブランドしかない。そのブランドに命をかける。ここら辺の発想というか、風土がちょっと合わなかった。ご本人もずいぶんご苦労されたようですけどね。

――鈴木さんにはついていけないということではなかった?

 どうでしょうね。そこはわかりませんね。

――新しい社長は一族ということになりますね。

 そうです。ただ一族と言ってもね、上智大学を出て、日産に長く勤めて、それから要するに外資に移って、ブランド渡り歩き人間のブランドマネジャーで、最後のほうではルイ・ヴィトンのマネジャーやってますからね。要するに僕らもブランドを作りたかったんです。エステーというブランド、消臭力というブランド。要するにブランドさえ確立していれば、そこへ何を持ってきたってビジネスになる。だからブランド作りのプロを持ってきたくて、「ちょっとうちに来いや」と言って連れてきて、彼女が一番適任かなって、そういうことです。まあいろいろあると、ファミリーを社長に持って来る方が、収まりがいいわけですね。

 それと隣の韓国では女性の朴大統領が出たでしょ。日本がどうだというと、女性進出度とかでは、世界でもずっと下の方という評価でしょ。一部上場企業だと、女性の社長はテンプスタッフの社長さんくらいじゃないの。とっても少ないですよね。

 この評価はやっぱり日本の価値を不当に卑しめている。だって、家に帰ったらカミさんが全部財布のひもを握っていて、好き放題やっててね、僕は必要なお金をカミさんからもらってくるんですよ。日本の女性は強いのに、なんだ、韓国よりも女性の進出度は下かって。日本のためにイメージアップに、じゃあちょっと誘い水になってやるかって。女性を社長にしたのは、そういう思いがなかったとは言えませんね。

 それともうひとつはね、日用品業界の会社なのに、社長はなんで男でなくてはいけないのかよ、ということです。不思議ですわ。世界的な某化粧品メーカーの社長さんは歴代男でしょ。執行役員にも女性はほとんどもいない。日本の社長はどうして男だらけなんだろうって。僕がトップは男がいいと思うのは「鉄の男」、新日鐵さんとか、それからゼネコン、建設機械のコマツさんなんかも男の方がいいかもしれない。そう考えると、男が社長の方がいい企業って、上場企業全体の5%くらいしかないんじゃないかって、思えるんです。

 私のところは元々ね、社外役員含めて3人女性なんですよ。だから女性がえらいんですよ。いつも言ってるんです。「同じ能力だったら女性にする」って。これが僕の人事方針。「悔しかったらお前ら、男から女になればいいだけの話だ。簡単なんだ。そんなもん5分でできるはずだ」って。「そんなことぐらいできないで、お前なエステーの役員が務まるか」ってね。

私の最大のイノベーションは
女性社長を誕生させたこと

――それくらい大胆で柔軟な発想がないと、エステーの幹部は務まらない(笑)。

 姿形から入らないと。ある意味、中身なんてどうでもいいんですよ。社長を演じなきゃ。リーダーを演じなきゃ。男ではもう演じられません。今回の社長人事は、会社が変わったっていうことを、猛烈に社会に発する僕のところのメッセージなんです。私のやった最大のイノベーションは、女性を社長にしたことですよ。

大胆にして緻密。鈴木会長は数字にも強い。勝負師のように見えて、会社が傾くようなリスクはとらない。その一線をわきまえている。そして明確な方向性を示し、挑発的な言動で社員の能力を引き出していく。その「漫談的独裁経営」は鈴木会長ならではのものだ。その意味で、これまでは鈴木会長がエステーの「時」を刻んできた。これからはエステーそのものが時を刻めるか。鈴木会長は今その仕掛けづくりに挑んでいる。


06. 2013年4月15日 10:48:01 : xEBOc6ttRg

【第1回】 2013年4月15日 宮崎智之 [フリーライター]
【新連載】
「割り勘」は今も昔も変わらぬ地雷の筆頭格?
バリバリ女子が忌み嫌うケチケチ上司の失地回復術

元気な女子に押されるおじさんたち
今も昔も嫌われる筆頭格は「割り勘」

?日本企業で元気な女性社員が増えているのに対して、男性社員は元気がなくなっていると言われて久しい。一昔前とは比べ物にならないほど女性の社会進出が進む現在、ビジネスの第一線でバリバリ働く女性社員と年配の男性社員たちの「意識の差」は、埋めようもなく広がっている。

?実力主義の社会になっても、「女性の能力を正当に評価しようとしない」「頭が固くて一緒に仕事ができない」と女性から批判されるような、古い価値観を持ち続ける男性は多い。往々にして、こうした男性は見た目も立ち振る舞いも女性受けしないもの。職場で女性陣からひとたび反感を買うと、「加齢臭のケアに気を遣わない」「服装や身なりがバブルっぽい」「プレゼンで言っていることがよくわからない」など、陰で理不尽とも言える“口撃”に晒されることにもなりかねない。

?そんなご時世で、「男性部下には思いっきり注意できるけど、女性には気が引けてしまう」「女性社員の本音がわからない」と苦手意識を持ち、悩んでいる男性も多いはずだ。今どきの女性たちは、男性に対してどんな不満と要望を持っているのか。

?本連載では、「バリバリ女子」たちが時代遅れの「ポンコツおじさん」に向けるシビアな苦言、提言を赤裸々に紹介しながら、彼女たちから尊敬される「バリバリおじさん」になるにはどうしたらいいかを、ケース別に徹底指南していく。

?女性たちの厳しい声は、決してタダの罵詈雑言ではない。それは、ポンコツおじさんたちへの期待の裏返しでもある。男性顔負けの活躍を見せる彼女たちだって、やはり女性には変わりない。もっと先進的で頼り甲斐のある「バリバリおじさん」になって、自分を引っ張って行ってほしいと願っている女性も少なくないはずだ。男性はバリバリ女子に臆するのではなく、彼女たちを「自己改造のための先生」と前向きに捉えるべきだろう。

「ひょっとしておれのこと?」と不安な気持ちになったあなた、「気が付けば『ポンコツおじさん』と呼ばれていた!」なんてことにならないよう、一度彼女たちの声に真摯に耳を傾けてみたらどうだろうか。

?そんなわけで、連載第1回で取り上げるテーマは、今も昔も「ポンコツおじさん」がついつい踏んでしまいがちな地雷の筆頭格、「割り勘」である。筆者が聞き取り調査をしたバリバリ女子の不満のなかで特に評判が悪かったのが、飲み会や食事などで「割り勘」を提案してくる上司だ。

?昨今は、アベノミクス効果で景気好転への期待が高まってきているとはいえ、長引く不況で懐が寂しい状態が続くおじさんも多いことだろう。そんななか、部下に割り勘をお願いしたくなる気持ちはよくわかる。

?しかしそれは、男性部下から見る以上に、女性部下からしてみると「あり得ない」ということになってしまうのだ。特に「大人の気遣いができる洗練された上司」を理想とするバリバリ女子にとって、落胆の度合いは大きい。

?以下に、男性上司の「割り勘」に怒るバリバリ女子たちの声を列挙しよう。

「年の離れた男性上司と一緒に外回りしているとき、次のアポイントまで時間があったので、喫茶店に入ってコーヒーを飲んでいたんです。確か1人300円くらいだったと思いますが、まさかの割り勘。店を出てから請求してくれればまだ良かったのですが、レジの前で『300円ね!』と堂々と言われたので、こちらのほうがちょっと恥ずかしかったです。店員さんも苦笑いしていましたよ……」(20代)

プレゼント代を封筒で請求なんて!
女子は金払いで上司の男っぷりを判断

「退職する同僚のために上司がサプライズで花束とプレゼントを買ってきてくれたんです。その場は感動的な雰囲気に包まれていましたが、なんと翌日になって『6000円÷16人=375円』と書かれた茶封筒が回ってきて……。その後、1週間は部署内に微妙な空気が流れていました」(30代)

「ランチまでおごってほしいとは言わないけれど、夜の飲み会はやっぱり上司に出してほしい。色々と相談に乗ってもらい、おごってもらってこちらも感謝の気持ちを伝える。そうして信頼関係が築かれていくのだと思う」(30代)

「男性上司にお酒の席に誘われて参加したところ、家庭や仕事の愚痴ばかり。2時間半も付き合わされたあげく、お会計は割り勘だったので、『あり得ない』と思いました。さすがにまずいと思ったのか、同席していた他の先輩男性2人が上司と折半して払うことを提案してくれて助かりましたが、今まで尊敬していた上司だっただけに、残念な気持ちでいっぱになりました」(20代)

?最近では、働く女性や共働き夫婦も増えてきたため、デートでの割り勘に抵抗がなくなってきた女性も多い。また、筆者自身も別の連載で書いたとおり、おごりか割り勘かはケースバイケースで良いと思っている。

?しかし、職場の場合は相手との所得格差がある程度わかってしまうことに加え、「上司に誘われれば断わりにくい」と思って参加している部下もいるから難しい。上司からの割り勘提案を嫌がるのは男性部下も同じだが、特に女性の場合は上司の「男っぷり」を判断する1つの材料にしてしまうので、注意が必要だ。

ためになる話ならまだしも
愚痴を聞かせたあげくに割り勘!?

?ちなみに、「最近の若者は飲み会に来たがらない」と思われがちだが、実際はそうでもないようだ。オルニチン研究会が行った調査では、2013年4月入社の新入社員のうち、約8割が「上司や先輩と飲みに行きたい」と思っているという。上司と飲みたい理由としては、「上司や先輩とコミュニケーションを取りたい」(91.5%)、「仕事の話を聞きたい」(77.4%)、「職場の話を聞きたい」(74.4%)がトップ3となっているそうだ。

?そういう意味では、前出の男性上司のように、一方的に自分の愚痴を聞かせたあげく割り勘を持ちだすことは、最悪のケースだと言えよう。なかには「割り勘でもためになる話しを聞かせてくれるなら納得できる」(20代)という声もある。

懐が寒くても女性におごるのは当然?
仲間や家庭と連携して乗り切る秘訣

?しかし、男性上司にしてみると、はっきり言ってこの状況はつらい。同調査では一方で、77.6%の上司が「新入社員を飲みに誘いにくい」と思った経験があるという。理由としては、「今どきの若者は飲み会に参加したくないと聞いたことがあるから」(54.5%)がトップだが、12.8%が「お金がない」と回答していることが明らかになっている。

?また、ソフトブレーン・フィールドが行った調査によると、妻が家計を管理している割合は72.0%だったのに対して、夫が家計を管理している割合は10.1%に過ぎなかった。さらに、小遣いが3万円以内の男性は、20代が92.9%、30代が72.0%、40代が51.4%、50代以上が35.4%。平均額としては3万5890円が相場で、そのなかに昼食代が含まれている人も42.5%いるという。しかも、小遣いは減少傾向にあるのだとか。

?使える経費も減り、小遣いも減少傾向。「部下におごってあげて、上司としての威厳を示したいのはやまやまだが、こんな状況では……」と頭を抱えている人も多いことだろう。もはや部下におごるためには、日々の生活を切り詰めてヘソクリを貯めるしかないのだろうか。しかし、それではあまりに寂しすぎるし、おごるお金がないからといって陰口を言われるなんて、理不尽だ。

?そんな事態を回避するためにまず考えられるのは、上司同士でタッグを組み、負担額を低減することだろう。別部署の上司と組めば、部署間の交流にも繋がる。たくさんの部下を呼んでしまうと、結局は負担額が増えてしまって元も子もないが、月1回くらいのペースで定期的に飲み会を開催し、部下のメンバーを入れ替えていけば問題ない。

?また、ある女性社員からはこんな体験談が聞かれた。

「同僚2人と上司の家にお呼ばれして、奥さんの家庭料理を振る舞ってもらったことがあります。帰りはお酒を飲んでいない奥さんが車で家の近くまで送ってくれて、本当に感動しました」(20代)

?これなら金銭的な負担を抑えて、部下を飲み会に誘えることになる。家庭的な部分もアピールできて一石二鳥だ(奥さんには負担になるが)。

?ただ、部下との距離感を考えると、かなり親しい間柄にならなければできないことかもしれない。また独身だったり、共働きで妻が忙しかったりすると難しいだろう。奥さんの同意が得られるのであれば、実践してみたい誘い方ではある。

?いずれにしても、部下を飲み会などに誘う場合、やはり割り勘は評判が悪いということだけは押さえておいたほうがいいだろう。万が一割り勘にする場合も、事前にそれを伝えておくことや、「割り勘でも良い」と相手が思えるだけのコミュニケーション(相談を聞く、未来の指針になるような話しをするなど)をとることが必要だ。

?もちろん、部下は「お客様」ではない。「部下にそこまで気を使わなければいけないのか?」と憤慨する上司もいるだろう。しかし、そういった上司もまた、若い頃に上司におごられた経験があるはずだ。根も葉もないことを言ってしまうと、上司が部下に気前よくおごれるくらい景気が良くなることを願ってやまない。

「誰が割り勘で誰がおごりだったか」
瞬く間に噂が広がる恐怖のネットワーク

?最後に、女性社員に対して一番やったらいけないケースを紹介しておこう。それは、「他の女性社員にはおごっていたのに、私には割り勘だった」(30代)というものだ。

?もしかしたら、そのときの持ち金が少なかっただけかもしれないが、女性はそういった不平等感には敏感だ。また、女子社員は同僚同士の横の繋がりを強く持っているケースが多いため、「誰におごったか、おごっていないか」という情報は瞬く間に知れ渡る。おごる、おごらないが恣意的になってしまうと、上司としての評価が暴落してしまうので気をつけてほしい。

?なお、当連載についてご意見がある方は、筆者のTwitterアカウントにご連絡いただきたい。全てに返信できないとは思うが、必ず目を通したいと思う。
http://diamond.jp/articles/print/34612

【第327回】 2013年4月15日 上田惇生
自己目標管理は全員のビジョンを方向づけ
個の強みと責任を全開する

ダイヤモンド社刊
2520円(税込)
「組織の中の人間が果たすべき貢献は、多様である。しかし、それらの貢献は、すべて共通の目標に向けられなければならない。あらゆる活動が同じ方向に向けられ、あらゆる貢献が隙間なく、摩擦なく、重複なく、大きな全体を作り上げなければならない。あらゆる仕事が組織全体の目標に向けられなければ、成果は得られない」(ドラッカー名著集(14)『マネジメント──課題、責任、実践』[中])

?組織に働く者全員が、自らと自らの率いる部門が上位部門に対して果たすべき貢献、つまるところ、組織全体に対して果たすべき貢献について、責任を持たなければならない。

?そのためには、自らと自らの率いる部門の目標は、自らが設定しなければならない。上司は、そのようにして設定された目標を承認する権限を持つ。しかし、目標の設定はあくまでも本人の責任であり、しかも最も重要な責任である。

?それだけではない。全員が、自らと自らの部門が属する上位の部門の目標、ひいては組織全体の目標の設定に責任を持って参画しなければならない。

?したがって、全員が、組織全体の究極の目標を知り、その内容を理解する必要がある。そして、自らと自らの率いる部門に求められているものと、その理由を知る必要がある。当然、自らと自らの率いる部門の成果は、何によって、いかに評価すべきかを知る必要がある。

?目標管理とは、目標を与えて管理することではない。正しくは、自己目標管理である。まさに、自己目標管理の利点は、自らの活動を自ら管理することにある。その結果、最善を尽くすための動機がもたらされる。

?ここにおいてドラッカーは「自己目標管理は、マネジメント全体の方向づけや仕事の一体性のためには不要としても、自己管理のためには不可欠である」という。

?自己目標管理とは、全員のビジョンを方向づけ、個の強みと責任を全開させるためのものである。

?だが、真の自己管理を伴う自己目標管理を実現しているところはまだ多くはない。

「哲学という言葉を安易に使いたくはない。できれば、まったく使いたくない。大げさである。しかし、自己目標管理こそマネジメントの哲学たるべきものである」(『マネジメント』)

https://www.evernote.com/view/5c54eab5-4702-4f0d-a693-09da6c245f6d#st=p&n=5c54eab5-4702-4f0d-a693-09da6c245f6d

【第1回】 2013年4月15日 松澤萬紀 [日本コミュニケーションマナー協会・代表]
飛行機の機内で起こった「千羽鶴」の奇跡
ANA客室乗務員(CA)として12年。500万人のお客様の対応で気づいた、行動・言葉・気づかい・テーブルマナー・習慣とは?テレビ、新聞でも紹介された「100%好かれる1%の習慣」。第1回目は【飛行機の機内で起こった「千羽鶴」の奇跡】です

同級生の手術のために
クラスメイトが「千羽鶴」を折っていた

?飛行機の機内では、さまざまな出来事が起こります。

?同期のCAは、「お客様の持つ利他の心(他人の幸福を願う心)」の強さに、「深く感銘を受けたことがあった」と話していました。

?東京から沖縄に向かう機内で、高校生数人が、「おりがみの鶴」を折っていました。同級生が手術をすることになり、学校を代表してお見舞いに行くことになったものの、「千羽鶴が間に合わなかった」というのです。

?到着までに、一羽でも多く鶴を折ろうとする彼らに心を打たれ、彼女は「私たちも時間があったら手伝いますね」と声をかけました。

「機内で得た情報は、クルー全員で対処するため、周知させる」のが機内のルールです。「21Aのお客様は、お風邪気味です」「45Kのお客様は、朝日新聞をお探しです」といったように、すべての情報を共有して、クルー全員で、ひとつのフライトをつくり上げます。チームワークの良し悪しが、フライトにも大きく影響します。

「千羽鶴」のことを知ったチーフパーサー(客室のCAを統率するリーダー)は、客室にアナウンスをかけて「高校生が、手術に向かうクラスメイトのために千羽鶴を折っている」ことを説明し、「どなたか、お手伝いいただける方はいらっしゃいますでしょうか?」とお客様に呼びかけました。

「誰かを助けたいという思い」は、
伝播しやすい

?すると、嬉しいことに、ほとんどのお客様が手を挙げてくださったのです。
?目的地に着くころには、たくさんの人の思いが込められた「千羽鶴」ができ上がったそうです。

?同期のCAは「知らない人同士でも、気持ちがひとつになれば、これほど大きなことができるんだ」と、この奇跡的な出来事に「胸がいっぱいになった」と話してくれました。

?私は、彼女からこのエピソードを聞いたとき、あたたかな気持ちに包まれながら、

「『だれかを助けたい』という思いは、伝播しやすい」
「『人のために、なにかをしてあげたい』という気持ちは、共感を得やすい」

ことを学びました。共感は、「利己的な行動(自分のことだけを考える行動)」からではなく「利他的な行動(相手のことを気づかう行動)」から呼び起こされるのです。

?乗客のみなさんが鶴を折ってくださったのは、「クラスメイトの快復を祈る高校生の思い」に、心を動かされたからではないでしょうか。
?そしてなにより印象的だったのが、「手伝ってくれたみなさま」も、とても幸せそうな笑顔になったそうです。

「ボランティアをしている人は、うつ状態になりにくい」という話を聞いたことがありますが、「人のためになる行動」は、回り回って、結果的に「自分のためになる」ようになっているのですね。

「与える人」になれたとき、
人生は好転していく

「新約聖書(ルカによる福音書)」には「与えよ、さらば与えられん」という記述があります。

?この言葉には、いろいろな解釈があるようですが、私は、「私利私欲に走らず、他人のために行動できる人は、たくさんの人の協力を得られる」という意味として、とらえています。

「与える」=「人のために行動すること」

?損得を抜きにして、純粋な心で他人の力になる、そうすれば自分の気持ちも満たされ、相手からも感謝される。それが回り回って、自分の幸せとして返ってくる。そんな人間関係を築くことができたら、きっと、自分が困ったときにも、だれかが助けてくれるのでしょうね。

?人間の心理には「返報性の法則」というものがあります。

?この法則は、社会心理学者のロバート・B・チャルディーニが、自著『影響力の武器』(誠信書房)のなかで取り上げたもので、「自分からなにかを与えると、相手もお返しをしたくなる」という心理法則を指しています。

?他人に与えている人は、「返報性の法則」によって、いろいろな協力を得やすい。だから、人生が好転していくのだと思います。?

?大きな行動でなくてもいい。ほんの少しのことでいいのです。

「電車の席を譲る」「自分から挨拶をしてみる」「自分から連絡する」「『ありがとう』を、いつもより1回多く言う」

?見返りを求めずに、「与えよう」の気持ちで行動することを、私は「幸せ預金」と呼んでいます。人に対してプラスの行いをすることで、結果的に、自分もたくさんのものを与えられる。つまり、「人から応援される」ようになるのです。

「与えること(行動すること)」で、きっと、あなたの人生が変わりはじめます!

Just do it!(あとは、行動するだけです!)

(※次回の掲載は4月16日になります)

【ダイヤモンド社書籍編集部からのお知らせ】


価格:¥ 1,470(税込) 判型/造本:4/6並製 ISBN:978-4-478-01734-0
◆『100%好かれる1%の習慣』

?ANA客室乗務員として12年。500万人のお客様の対応で気づいた、行動・言葉・気づかい・テーブルマナー・習慣とは?テレビ、新聞でも紹介された「100%好かれる1%の習慣」とは?

?ほぼ100%に近い確率で、どんな人からも好かれるためには、「相手がどう思うか」「なにをすれば相手が喜んでくれるのか」を察する「相手を気づかう心」を持ち、それを言葉と行動に込める「習慣」を身に付けることです。ですが、その気づかいの習慣を持っている人は、わずかに「1%」でしょう。そして、やろうと思えばだれでも実行できる、たった「1%の習慣」です。

?本書では、「劇的に人生を好転させた人」たちが身につけている「1%の習慣」を、39個、ご紹介いたします。
http://diamond.jp/articles/print/34487


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