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先祖供養と心の病について
http://www.asyura2.com/0510/health11/msg/219.html
投稿者 たそがれ竹べえ 日時 2006 年 1 月 03 日 01:40:33: EzRc1UvJydDio
 

先祖供養と心の病について

『幻聴が聞こえたら(http://www.gennchougakikoetara.com/)』より
2006年1月3日

 先日、真言宗の住職である萩原玄明氏が執筆された『精神病は病気ではない』(ハート出版)という本を読む機会がありました。この本には、私たちが精神病になる原因と、その治療方法(先祖供養)について書かれています。私などが読んでも非常に勉強になる内容でしたが、特に、先祖を供養するために実際に実行するべきプロセスについて触れられており、それが私にとっては非常に印象深く、意味のある内容であるように感じられました。

 そこで、精神病の主な原因と、その解決策としての先祖供養について簡潔にまとめることにします。大部分を萩原玄明氏の著書から拝借し、一部修正・書き加えました。

 また、私は、お金をかけずに自分で出来る治療法はないかと、それを念頭に置き書いています(もちろん、専門家の指導を受けながら治療していくことが大切です)。例えば、幼い頃に受けた心の傷が原因で精神的に不安定(神経症)なのであれば、インナーチャイルドのワークを定期的に実行していくことが有効であると感じますし、肩こりや腰痛に悩まされているのであれば、自彊術という、戦前の国民に普及していた健康体操を習慣にすることにより効果がある事を確認しています。

 それに対して、精神病の治療を自分で行うことが出来るかというと、、難しい部分があるように感じられます。病気になった本人の精神状態は大変なものだからです。すると当然、家族や親類の親身になった援助が必要であり、最低、両親の援助は必要となるのではないでしょうか。しかし、両親の援助がどうしても得られないケースもあるかと思います。その場合は、当サイトでも紹介している書籍から霊的真理を学んでいくことにより、徐々に心境を高くしていくことができます。本人の心境が高くなると、それに伴い低い霊に感応しなくなり、苦しめられることが少なくなっていきます。

 それでは、以下「私たちが精神病になる主な原因と時期」、「先祖を供養するために必要なプロセス」についての内容になります。


私たちが精神病になる主な原因と時期

@科学万能・物質主義の弊害
 心の豊かさや助け合いの精神を失い、合理性・経済性を優先させる現代人のおごり高ぶった生活態度によるところが大きい。核家族化・物質崇拝などの影響もあり祖先との絆が薄れていき、その先祖の怒りを招いたため。

A新興宗教団体へののめり込み
 現在まで連綿と続いてきた先祖との縁を切り、教義に偏りのある新興宗教団体に入信するこにより先祖霊の怒りを買った。また、新興宗教団体信者が亡くなった場合、子どもたち(子孫)に迷惑をかけることになる。霊的真理とはかけ離れた誤った教義・死生観に固執することにより、死後成仏することができなくなるため。C.A. ウィックランド [著]『精神科医ウィックランド博士の迷える霊との対話―精神病を除霊で治した医師の30年』では、ウィックランド博士が行った浄霊のための交霊会において、死んでなお誤った教義・死生観に固執することにより成仏できない霊が何度も現れている。
 また、新興宗教団体における面白半分の座禅や瞑想、神仏への利己的なお願いは、本人を低級霊と感応させることになる。

B就職・受験・入学・転校など、人生の転機
  緊張、ストレスによる精神疲労・精神衰弱が、未成仏霊による憑依のスキを生むため。

C祖父母・父母・伯父伯母などの近親者が亡くなってから間もなく
 近親者である故人の、生前の誤った信仰への執着、後悔、思い残しなどにより、死後も地上に縛りつけられ未成仏霊として苦しみ続けることによる。

D故人の命日、特に何回忌の当日またはその前後
 故人が、自分の存在を子孫・縁者に気付いてもらいたいため、憑依する。思い残したこと、子孫の生活態度などについて、何かを訴えかけたいことがあるため。


先祖を供養するために必要なプロセス

@ 自分の両親の家系をできる限り調べる。父・母型双方の亡くなったご先祖様の氏名、生年月日、没年月日、故人が亡くなられた当時の状況、心情、信仰など。既に別れた先妻の家系なども含めて。

A 供養する日時を決め、一人づつ供養していく。例えば、ある月末には誰々という一人の縁のある故人。翌月末にはまた別の一人の故人、というように一回の供養で一人の故人を供養する。決して、誰々家代々御先祖様、という風にひとまとめにしての供養はしない。

B 当日は死者にお供えする食べ物を用意し、縁者が集まり(集まらなければ一人で)供養する。(お世話になっている住職や萩原玄明氏を含めた信頼できる霊覚者・霊能者に相談することができれば、尚よし)

C 供養とは、死者へ思いやりの気持を伝えること。形式は重要ではなく、人間同士の言葉でよいので故人に優しく語りかけていく。今まで故人をほったらかしに来てしまったのであれば、心からのお詫びを述べ、故人が後悔していること、思い残していることが判っていれば、自分が代わりに解決してあげる。

D 語りかけにより、故人の死への自覚をうながす。当時どういうことがあり、いつ、どこで亡くなられたのですよ、という語りかけ。

E 定期的に同様の供養を行い、何度でも繰り返す。それと平行して、同じ誤りを繰り返さないために自分(たち)の利己的な生活態度を反省し、思いやりのある自然主義に根ざした生活態度に改める。「自分がして欲しいと思うことを人にしてあげる」利他心を持った生活態度が理想。『シルバーバーチの霊訓』シリーズを繰り返し読み、説かれている霊的真理をよく理解し生活信条とする。


 今回は以上の内容になります。家族や親類が皆健康であったとしても、先祖供養は行っていきたいものですね。

[参考図書]
萩原玄明[著]『精神病は病気ではない』(ハート出版)
ジョン・ブラッドショー[著]『インナーチャイルド―本当のあなたを取り戻す方法』(NHK出版)
池見酉次郎[著]『自彊術入門―1日15分、31の動作で心と体が強くなる』(ゴマブックス)
C.A. ウィックランド [著]『精神科医ウィックランド博士の迷える霊との対話―精神病を除霊で治した医師の30年』(ハート出版)
アン ドゥーリー [著]『シルバーバーチの霊訓〈1〉』(ハート出版)

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コメント
 
1. 中川隆[4603] koaQ7Jey 2016年10月24日 14:14:27 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5014]
精神病は脳の器質障害で一度なったら二度と治せないよ

2. 中川隆[4604] koaQ7Jey 2016年10月24日 14:17:09 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5015]

Ex4: 精神分裂病患者の脳観察〔日経産業新聞2001年10月3日〕


 米カリフォルニア大学ロサンゼルス校の研究チームは、精神分裂病患者の脳で組織の損傷が進んでいる様子を撮影するのに成功した。

分裂病は米国人の約1%にみられ、特に10代後半から20代に多いが、詳しい原因はわかっていない。
病気の進み方が詳しく観察できるようになることで、早期の診断や治療が可能になるとみている。
 
次期共鳴画像装置(MRI)を使って、10代の患者グループの脳を繰り返し撮影した。
はじめ、脳の外部の方にある灰白質という部分が10%以上損傷し、これが脳の残りの部分にも5年にわたり拡がっていくことが分かった。

この損傷がひどい患者ほど、幻覚や幻聴などの
症状もひどかったという。←大川隆法先生はココで進行が止まってる
http://www.geocities.jp/ec71276/gennchou/gen.html


脳の画像解析の進歩からわかったこと

 統合失調症が約100年前に一つのまとまりある病気とされてから、その病気の仕組みについてたくさんの研究がなされてきました。まずは亡くなった統合失調症の患者さんの脳が調べられました。脳のどこかで何か異常な所見が見つからないかと、さまざまな脳の部位の切片が作られ、顕微鏡で細かく調べられました。
その結果、前頭葉・海馬やその周辺の部位などで、神経細胞の数が少なかったり、並び方が乱れていたりするらしいという所見が得られましたが、残念ながらすべての患者さんの脳で確実に見られるというものではありませんでした。そのため、このように脳の組織を調べる研究はしばらく行われなくなり、脳の機能(働き)を調べることに研究者の興味が向けられるようになっていました。


CTやMRI

ところが、1970年代から、放射線技術の進歩により人の脳を輪切りの形で撮影することができるようになりました。今でしたら大きな病院であればどこでも備えられているCT(コンピュータ断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像)という脳の画像解析装置です。この装置を使って、統合失調症患者さんの脳の形を調べた研究が数多くなされました。今までのところ、多くの研究者の間で一致している意見としては、対照群に比べ

脳室(脳の中心にあって脳脊髄液という液体で満ちている空間)が拡大していること
(逆にいうと脳の実質が小さくなっているということ)、

前頭葉や側頭葉が小さいこと、

大脳辺縁系の海馬や扁桃体がとくに左側で小さいこと


などです(ただし、小さいといっても統計的に対照群と比較して小さいということで、脳の画像を見て診断ができるほど大きく違うということはありません。それでもこのような所見が研究者の間で注目されるのは、これが統合失調症の本質的な病因を探るための手がかりになるのではないかと考えられているからです)。これらの脳の部位が小さいということは、その機能も障害されているのであろうと想定されます。図1にMRIによる脳の断面図を示しました。脳の細部までかたちがよくわかります。


PETやfMRI

最近では科学技術の格段の進歩により、脳の形だけでなく、脳の活動もそのままの状態で調べることができるようになってきました。脳のある部分が活発に活動すると、エネルギーのもとになるブドウ糖がそこでたくさん消費されます。脳の血流もその部位で増えて、酸素の消費量も増えます。PET(ポジトロン断層撮影法)、SPECT(シングルフォトン断層撮影法)や機能的MRI(fMRI)などとよばれる方法を使うと、検査されている人の脳の中で、どこでブドウ糖の消費や血流が変化しているかを見ることができます。頭の中で考え事や計算をしてもらったり、ものを見たり聞いたりしてもらいながらテストをすることもできます。このようにいろいろな精神活動をしているときに、統合失調症の患者さんは、そうでない人と比べて、脳のどこの部位でどのような特徴的な変化を示すのかを調べるのです。このような研究は現在世界中で行われています。テストをいろいろ工夫して、統合失調症に特徴的な所見を得ようと研究者は懸命になっています。

 機能的MRIによる研究の一例を図2に示しました。この図ではふつうのMRIの像の上に、課題によって信号が変化している部位を赤色で重ね書きしています。様々な所見が得られていますが、多くの研究者のあいだで支持されている所見は、
統合失調症では前頭葉の機能が低下しているのではないかというものです。とくに前頭葉を働かせるようなテストをしてもらうと、機能の低下がはっきりしてきます。それ以外にも、左側の側頭葉(言語に関連する領域です)の機能が低下しているという研究者も少なくありません。

また、PETを使うと脳内の神経伝達物質の受容体なども可視化することができます。図3では、FLB457というドーパミンD2受容体に結合する標識化合物を使って、ヒト脳でのD2受容体の分布を調べたものです。


2-2脳の生理的機能の研究からわかったこと


人の脳の機能を丸ごと調べようとするのは、脳の画像診断技術が進歩する前から、脳波や目の動きなどを指標として行われてきていました。残念ながら、当時の脳波や目の動きなどの生理的指標を用いた研究では、統合失調症の病因に直接アプローチするには限界があったといわざるをえません。それでも、統合失調症の患者さんは振り子を見てもらったときに、目の動きがぎこちなくなることや、特定の図形を見てもらったときに視点があまり動かず固定しがちであることなどが明らかになっていました。

最近では、いろいろな刺激を与えた後に出現する脳波をコンピュータで分析し、事象関連電位という脳波上の微妙な変化を抽出することによって、刺激が脳の中でどのように情報処理されているかを調べる方法がさかんに行われています。このうち、聴覚刺激を突然与えた時、約300ミリ秒後に出現するP300という脳波の波形がよく調べられています。P300は聴覚刺激後脳内で複雑な情報処理を経てから出現するものと考えられ、統合失調症の患者さんではP300の出現がよくなかったり、出現が遅れたりすることから、脳の情報処理過程の障害が推測されています(図4)。
http://www.smilenavigator.jp/science/sci02_01.html


統合失調症の原因ははっきりとわかっていませんが、統合失調症の症状が発現しているときの脳の働きがどのようになっているのかについては、徐々に明らかにされつつあります。

統合失調症の症状発現に大きく関与しているのが、ドパミンやセロトニンなどの神経伝達物質*の異常です。幻覚や妄想などの陽性症状はドパミン神経系の機能が過剰亢進しているために引き起こされ、また一部のドパミン神経系では逆に機能が低下するために陰性症状が現れるなど、ドパミン神経系の機能異常が統合失調症の病態に深く関与しています。

また、セロトニン神経系の機能異常でも幻覚などが発現することが知られています。一方、セロトニン神経系はドパミン神経系に対して、抑制的な調節をすることが知られています。また、最近では、グルタミン酸なども病態に関与しているのではないかと考えられています。

陽性症状と陰性症状の発現に関与するドパミンの機能異常 統合失調症ではドパミンの機能異常が病態に大きく関与しています。統合失調症の病態を説明するものとしてよく知られているのがドパミンの過剰です。ドパミン遮断作用をもつ抗精神病薬が陽性症状に対する治療効果をもっていること、また、ドパミン活性作用をもつ薬剤が統合失調症に似た幻覚・妄想を引き起こすことから、統合失調症ではドパミンの機能亢進が1つの病態として考えられています。

脳内のドパミン神経系にはいくつかの経路があり、それぞれ異なった生理機能をもっています。統合失調症の精神症状に関係している1つの経路が中脳辺縁系で、この経路でドパミンの機能が亢進しているために幻覚、妄想などの陽性症状が引き起こされているとされています。

一方、すべてのドパミン経路においてドパミンの機能亢進がみられるわけではなく、一部の経路においては逆にドパミン機能の低下がみられることも明らかになっています。中脳皮質系の経路においてはドパミン機能が低下しており、これが意欲減退、感情鈍麻などの陰性症状を引き起こしていると考えられています。
統合失調症では、中脳辺縁系においてドパミンの機能亢進が、中脳皮質系にてドパミンの機能低下が引き起こされているために、陽性症状と陰性症状という一見相反する症状が併存する背景となっています。


陰性症状の発現に関与するセロトニン系:セロトニン仮説 ドパミン遮断作用のみの抗精神病薬では陰性症状が改善されず、ドパミン遮断作用に加えてセロトニン遮断作用のある抗精神病薬において陰性症状への効果がみられることから、セロトニンが陰性症状の発現と関連しているのではないかと考えられています。ただし、セロトニン遮断作用のみを有する薬剤では抗精神病作用がみられず、抗精神病薬との併用で陰性症状への効果がみられることから、ドパミン神経系とそれを抑制的に作用するセロトニン神経系とのバランスが崩れ中脳皮質系におけるセロトニン系の優位が陰性症状の発現に関係しているとされています。

統合失調症の病態に関与すると考えられる他の神経伝達物質:グルタミン酸仮説 一部の麻酔薬が陽性症状のみならず、陰性症状や認知機能障害に類似した症状を引き起こし、それら薬剤に共通してグルタミン酸遮断作用があることから、グルタミン酸が病態に関与していると考えられています。特に、麻酔薬ではNMDAとよばれる受容体の機能が阻害されているため、NMDA受容体を介したグルタミン酸機能の低下を病態の背景として想定しているのがグルタミン酸仮説です。この仮説では、統合失調症の一次性の障害としてグルタミン酸の機能異常があり、それを背景にドパミンの機能亢進やセロトニンの拮抗優位が二次性に生じて陽性症状と陰性症状が現れると推測されています。
http://www.mental-navi.net/togoshicchosho/rikai/kasetsu.html


3. 中川隆[4606] koaQ7Jey 2016年10月24日 14:35:12 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5017]

統合失調症に良く見られる症状としては同じ言葉を繰り返す、言葉のサラダ(意味のない単語の羅列)、宇宙人と交信しているという、霊と話をする、チャネリングが出来るというetc.

そして何より、自分が統合失調症であることを認めない患者が多いのがこの病気の最大の特徴であり、統合失調症が発病してから、5年放置した場合、脳の萎縮が前頭葉に達し二度と現実の世界に帰ってこれなくなってしまうのです。

つまり、統合失調症であることを否定し続け、5年間何も対処せずに放置した場合、もう手遅れであるということです。

私は霊能力がついた、ハイヤーセルフとつながっている、という人たちのブログも読みましたが、統合失調症の初期症状が出ているとして間違いないと思います。 ← 大川隆法先生はコレ

あの時の私と完全に症状が一致している。

統合失調症は現在では治療可能な病気であり、予後も良い病気になってきています。
薬も副作用の少ないものがたくさん出てきています。しかし、早期治療が何よりも重要であることには間違いがありません。

どこか思い当たる節があるのなら、一度病院に行って検査されることをお勧めします。
何もないとしたら、それはそれでめでたいことです。しかし、手遅れになってしまえば
人生を台無しにしてしまうこともありえるのです。
http://plaza.rakuten.co.jp/kuukuumaromaro/diary/200806050000/


4. 中川隆[4607] koaQ7Jey 2016年10月24日 14:36:37 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5018]

統合失調症患者の幻聴との会話

幻聴と会話してる方他にいませんか?


01: 名前:george(" ") 投稿日:2009/08/17(月) 08:39

僕は幻聴と普段から時折話しています。

麻雀やらせたら、ちゃんと正しく捨て牌を選び、ロト6の数字を選ばせたら六つ数字を選びます。

たいした会話はしませんが、自らを「幻聴」ではないと主張します。

しますが名前を聞いても、ごまかし、住所を聞いても答えません。
出てきて欲しくない時は出てこず、此方が話しかけると答えます。

手のかからない幻聴さんです。
他に、幻聴が聞こえる方、どんな様子でしょうか?

02: 名前:ジャイアンツ ◆jH.6d5ig投稿日:2009/08/17(月) 09:14

自分も幻聴聞こえるのですが、会話型ではなく一方的に聞こえてきます。

”ほかの人の話し声が自分の事言われている感じ”がしたり

“テレビの声が、自分の事言われている感じ”がします。

あと、”鳥の声や工事の音が暗号化されて自分の事言われている感じ”がしたりして怖くなることがあります。


03: 名前:george ◆uaFaM4H2投稿日:2009/08/17(月) 19:00

会話型幻聴って珍しいのでしょうか?

知らない道を案内されたことは無いんですが、散歩で道を選ばせたりしていると、一度通った道を覚えたりもします。

どうにも不思議で、他の会話型幻聴の人の経験も聞いてみたいです。

04: 名前:ルカ ◆Q8qPG/TA投稿日:2009/08/18(火) 06:35

私の場合は幻聴と会話というより、戦いといった感じであります。

「おまえはこうしくちゃならない」

ということを、耳にするのですが、それに対して、自分がどう対応するのか迷ってしまうのです。

それと以前ある精神科医が言ってたのですが、(基本的には)幻聴とは自分以外の
声だとの事です。

その意味においては当てはまらないのですが、私は自分の(と思っている)感情・思考がスパイラルすることがよくあります。

ラジオをつけっぱなしの如く、言葉が頭でぐるぐるになり、自分を責めるのです。
そのような体験をしています。

ただ、一時的な発作のようなもので、24時間ずっと続くわけではないのですが・・。


05: 名前:心 投稿日:2009/08/18(火) 12:09

私は会話というより予言する幻聴なら聞えますよ。

思考伝播もありました。

集団ストーカーの被害でもうけてるのかなとも思いましたけど最近は思わなくなりましたよ。


06: 名前:tako 投稿日:2009/08/18(火) 21:38

私も週末はベットにごろごろしながら、幻聴と話をしています。

最近は名前は言わなくなりましたが、前は登場人物がいっぱいいました。
一番出てきた子は”ゆう”という名前の男の子でローソンにいくと”これ、
買って”とかまで言ってきました。

でも会話ができるようになったのはまだいい事でその前は命令ばかりされて、
変な事をいっぱいしてました。

初めて病院に行った時には、トイレの天井に抜け道があると言われて探したり、
診察室の手前にある事務所のドアを突然開けてみたり、他の人の目を見たら
声がうつると言われていたので、初めての診察は先生の後ろにあるランの花
を見ながら”入院して休んでください。医療保護入院ですので断れません”
とかいうのを何となく聞いていました。

入院中も入院患者なのに夜以外はベットに寝ころぶ事を許されなかったり、
勉強をしてもいけないし、買う雑誌もおやつも全部決められて、ご飯はお米
一粒たりとも残させてもらえませんでした。

先生にも幻聴が聞こえる事を言うことを許されず、嘘を言って退院しました。

その後も仕事を探す時にこの仕事はだめとかいいとか指示を出し、ある会社
の面接に行った日の夕方に”今日、電話がある”と言われたので、もう夕方
だしないよ・・・と思っていたら、夜遅い時間に電話があり、仕事が決まりました。

仕事をはじめたら、今度はパソコンに入力してたら、”漢字違う”とか注意
されていました。

ジャイアンツさんの言われている症状も全部ありましたね。
他の人に言われている事はいまだに自分の事のように感じる時があります。

急性期はエアコンの音がメッセージに聞こえて、エアコンつけれませんでした。
笑っていいともでタモリが私の話していると感じました。

変な症状ですよね。
何年たっても、完治しないのでしょうか?


08: 名前:george ◆uaFaM4H2投稿日:2009/08/18(火) 23:22

幻聴は自称女性なんですが、自分のことをあまり答えないので、話題が広がりません。しゃべるといっても最近では、此方から話しかけないと滅多に話しかけてきません。

最初、幻聴のコトを昔好きだったある女性だと思って話しかけていたんですが
ある日幻聴が 「XXXにはなれない」と叫びだし、自分はその人物ではないと言い出し今に至ります。

最初の頃は色々、ドコソコにいるから来てくれ、振り回されました。自分も幻聴だとは思っていませんでした。


09: 名前:心 投稿日:2009/08/19(水) 12:20

某芸能人がニュースでハワイで挙式と放送される何秒前かにそとでハワイと聞えました。

それと郵便局に行った時、あいのてと、聞えて何日か後にラジオであいのてを入れたい曲というのをやってました。


georgeさん:

私の幻聴は昔好きだった男の子から始まり、その後、いろいろな人がその子に
会わせる前にしっかりしつけすると言っていろいろうるさく言い始めました。
私も幻聴と思わず、半年位、精神科の先生に嘘を言っていました。

今は誰でもありませんが、今気になる人がいるので、その人に嫌われてるだの
そんな事ないだの・・・週末はだらだらと言いあいしています。


心さん:

私も頭に浮かんだことを、偶然に前を通りかかった人が言ったりします。

一時は私の考えていることばかりがMSNのホームページに書かれているので、
インターネットが怖くなって、コンピューターの電源がつけれませんでした。


11: 名前:george ◆uaFaM4H2投稿日:2009/08/20(木) 00:53
>心さん
「あいのて」は偶然のような気がしますが、「ハワイ」はびっくりですね!
他にもあるのでしょうか?


>takoさん
うちの幻聴があまり多弁でないのに比べて、よく話し相手になってくれる幻聴のようですね。

まだテレパシーだと思っていた頃、うちの幻聴を精神科の先生と話させようとしたことがあったんですが、その途端、何もしゃべらなくなって、がっかりしたことがありました(苦笑

今も何か書き込めと言うと「なんで私がそんなことしなきゃならないんだ」
と言って、意味にならない単語を入力させようとするので、止めさせました。


12: 名前:george ◆uaFaM4H2投稿日:2009/08/20(木) 01:06

幻聴を説得して、掲示板に発言させてみました。
ぶつくさ、言いながら、以下の発言を記述するにいたりました。
「念話者」は定着しちゃった幻聴さんの呼称です。

「takoさんの幻聴さんこんにちわ、私はここにいます。念話者です。
なんでこんなこと考えるでしょうね、georgeは,」


13: 名前:tako 投稿日:2009/08/20(木) 20:21

georgeさんの書き込み見て、”私の幻聴は何か言うかな?”と思ったら、

”アホか?” って聞こえました。(私は関西人です)

まあ、よく似たものですね(笑)


14: 名前:george ◆uaFaM4H2投稿日:2009/08/20(木) 22:14

こんばんは、
幻聴は「そっか、なるほどね」って言ってました。


幻聴同士会話したら、何を話すかな?って思ったんですけど、
ダメでしたね、すいません、つき合わせてしまって。


15: 名前: 投稿日:2009/08/21(金) 01:05

幻聴一月目の者です。

誰か見ててくれれば、嬉しいのですが・・・皆寝てるかな・・

之は私の実体験ですが、一度誰かと右の脳なのか耳なのかで話したことがあります
でその方とは会えたのですが私の知ってる人ではなかったと思います。
ですが、腹の下辺りが熱くなりその方も同じ症状でした。嘘だと思ってもらってもいいです。

今はその方とは話ができませんが、今度は左の脳?の耳鳴り?が
私の頭で考えてることをシグナルのように自分の考えが自分で聞こえる?

表現が難しいですがそんな感じです。之も統合失調症の現れでしょうか?

病院へは行きました。勿論今は心因何とかと診断されていますが、処方されている薬を飲んでも欝っぽくなるだけで全く症状は改善されません。

最初は物凄く小さな耳鳴りでしたが今は少し大きくなってます。

女性のようです。怖いや好きなどの声を聞きます。


19: 名前:機動戦士パンダム 投稿日:2009/08/23(日) 20:52

私も幻聴がひどくて、薬を飲む前はいわゆるテレパシーがあると半分信じ込んでいました。

治療前でも、科学的にはそんなことありえないと落ち着いて考えれば判断できたのですが、そもそも落ち着いていられるときが少なかったので、徐々に妄想に押し
流されてしまいました。

幸いなことに薬がよく効く体質らしく、薬を飲んでからはそのような妄想から、かなり早いスピードで脱することが出来ました。しかし、今でも幻聴は残っていますし、暇だと会話してるときが多いです。

最近は幻聴に幻聴が答える事もあったりして、思わず笑ってしまいます。

幻聴の主は多数居て、実在の人物の過去の発言やそれに類する内容の発言と、架空の(抽象的な)人物が現在の行動や考えてに対して行う発言とに分かれます。


21: 名前:george ◆uaFaM4H2投稿日:2009/08/25(火) 21:44

私は、幻聴に時計の代わりをさせてみて、まともに時間を知らせることが出来ないことを知り、ああ、これは幻聴さんだな、と思えるようになりました。

普通の人なら、家に時計があり、携帯電話なり腕時計で時間を確認できますからね。

幻聴同士が会話するっていうのはすごいですね。
どんな話をするんでしょうか?
幻聴さん何人ぐらいいらっしゃるんでしょうか?

僕の場合最初幻聴が始まってすぐの頃、大量の幻聴さんどうしが話しあう声が聞こえ、「僕に味方する幻聴さん一人が残ることになった。」という演技を某さんがテレパシーでしたと考えてました。

複数の幻聴さんの声が聞こえたのは後にも先にもその数分の間だけでした。


24: 名前:どうしてこうなった? 投稿日:2009/08/27(木) 15:37

名前が何も表示されなかった者です。それ以降幻聴に指示された場所に行っても誰にも合えませんでした。これです私もこれでした。

その後も何度というより私の頭で考えてることがアッチに筒抜けと思い、切ってくれと頼んだらいつの間にか消えてました。

ただ私の場合はこの女性が自分は私の初恋の相手だと名乗りました。勿論、幻聴でです。

14年見ても無かったので私の記憶が正しければ、別の人だったと思います。かなり記憶が新しいので、その女性に会ったのは皆既日食の次の日でした。

その頃は余りにも怖かったので、その女性の家に行き(本物)が住んでいるだろう場所に行って事実確認をしました。結果は恥ずかしくて顔は見ませんでしたが結婚されてました。

同じような幻聴を聞いて、たまたま同じ場所に幻聴を聞いたもの同士が集まってしまったのでないことを確認されましたか?

またそのような現象が起こったら確認しようと連絡先など交換してませんか?
残念ながらしていません。ですが会ったのがカフェでして逆ナンではないですがライターの火が付かずカチカチしていましたのでライターは上げました。そして何も話していません。

その自分を私の初恋の相手だと言い、もし○○なら足を動かせと言えば動かしました。チョット面白かったです。

それともう一人女性がいました。この方の方は全く記憶にはありません。もしかしたら、その様にして出会った一人だったのかもしれません。

大量の幻聴さんどうしが話しあう声が聞こえ、「僕に味方する幻聴さん一人が残ることになった。」

これです!!私もありました。多数の人間が同時に同じ事を言ってる声です。

何でしょうか?未来予告みたいな事もありましたが、私の信条的に未来は誰にも分からないと思っていましたので、その時はなぜか舞い上がってましたが、紙に書いて残していましたが捨てました。

この2ヶ月の間に憑依?もされました。3回です。

最初は女性、次に3つの考えがある男、最後は人に雷落としたり疫病ばら撒いた事のある歴史上の日本人です。

今は左側の耳鳴り、脳鳴り?で治まってくれただけで奇跡かもしれません。うざいですけどね。しかし、何かに集中していたり、仕事をしていたりすると全く気にならないのでまぁいいかなということになってます。今度脳ドックへ行きます。


28: 名前:どうしてこうなった? 投稿日:2009/08/27(木) 21:48

私の場合幻聴さんの声にあわせて、何かを指でコツコツと叩くと何故か、声がよく聞こえたので、しばらく、そのようにしてました。

なるほど、私の場合さっきもですが今は脳鳴りは聞こえていません。ですが面白いことに喋ってるとき(私の妄想ですが)脳鳴りが聞こえない時、体がその喋ってる動きに合わせて動いている時が殆どです。

尻の下ぐらいから振動のように聞こえてくる声もあります。幻聴の声を自分で喋るですか・・・私の幻聴はチョット卑猥な発言もしますので喋ることは難しいですね。

憑依のときは凄かったです。もう部屋中ぐるぐる自分では決して動けない動きをしましたね。

最初の女性のときでしたが幻覚もその時のみ見ました。透明で冠みたいなのを被ってましたね。

あれはきつかった。その女性が言うにはというより、私にも体や声は自由に動かせませんが自覚がありました。それが凄いと後々の憑依された方々に言われました。精神力が強いと(笑)

精神も糞もねーと思っていましたが、まだ沢山の声が聞こえているときに今度取り付いたら許さんと言ってもうそれは無いと言われたのでホッとしています。

それが取れたとき今でもそれが見えるんですが体から白い煙がブワーッと出ているのを見ました。(普通はチョロチョロとしか見えない)


31: 名前:どうしてこうなった? 投稿日:2009/08/28(金) 20:00

幻聴に口を貸すのですが、貸すといっても、いつでも自分で割り込めるので・・

実はこの頃左の後ろ側の脳鳴り?がとても小さくなって凄く聞こえず楽なってし
まいました。

幻聴さんには、最初、ブッダの生まれ変わり扱いされました

実は3人目の憑依された方から、お前は俺の力と魂の生まれ変わりだと言われました。 その時、私が頭の中でそれは無いと言ってたのですがそうらしいです。名前は菅原道真といいます。

私も今は話せるのは一人だけですね(女)。と言っても今は会話になりませんw

病院へは行ったのですが・・薬はきつくてもう飲んでいないのに完全に回復してきています。 相変わらず体から出る煙は見えるのですがこうなるまでに実は私がそうだと思っている原因があります。


32: 名前:どうしてこうなった? 投稿日:2009/08/28(金) 20:11

最初はある神社からでした。岩戸?岩室?と言う所で願い事をしました

そして、その夜(体から煙がでてから)体のへそ辺り(丹田)に熱いなんか蛇かなんか? がぐるぐると動いていて、その頃ヨガをやってまして瞑想をしていました。

丹田呼吸をやっていたのですが、イメージでその丹田にあるエネルギー(本当は何も無い)を眉間に持っていくイメージですwをやっていると無茶苦茶気持ちよくなりました。なんでしょうか?

卑猥な表現になりますがセックスをしている時の射精をする感覚が2時間ぐらい続くみたいな事があり、煙も見えていましたのでこんな状態で神社にお願いしたらなんかいいことが有るんじゃないか?という気持ちで手を合わせて来ました。

その夜から今日までの事です。現実的に見ればはっきり言って何の足しにもなりませんでしたが・・・


48: 名前:だつ ◆RshxIIMU投稿日:2009/09/04(金) 22:04

>georgeさん アドバイスをありがとうございます

さっそく自分の幻聴か確かめるために、脳内パフュームに大学で何を専攻しているか訊いてみました(3人中2人は本当に未公表)。

やはりというか、案の定答えませんでした。
暇が出来たら病院に行ってみます。


49: 名前:george ◆uaFaM4H2投稿日:2009/09/05(土) 01:05

幻聴さんの答えられる範囲は概ね、自分の知識内のことに限られます。

例外もあって、その辺不可思議です。

えっと、ちなみに、専攻を答えたりした場合、専門的なことに踏み込んで、質問し、ネットで答え合わせすると、見事に頓珍漢で面白いですよ(笑

ソレをスラスラ答え始めて合ってたら、儲けモノですね(苦笑
教えを請いましょう(爆


50: 名前:george ◆uaFaM4H2投稿日:2009/09/05(土) 01:07

「集団ストーカー」は最近ネットでも取り扱うページが出来るなど、
既に浸透しているタームです。ですが、多分9割は、妄想だと思います。


51: 名前:心 投稿日:2009/09/06(日) 13:38

妄想なら良いですけどね。たまたま聞えた幻聴など、ほのめかしや原因を突き止めようとした者がたどり着く妄想の答えかもしれません。

被害妄想かもしれませんね。実際行われていたら事件にもなってます。


52: 名前:ねこ 投稿日:2009/09/10(木) 02:21

その幻聴さんはあなたのことしか見てない・理解してない可能性がありますね。
あなたにリンクしてるのであってこの世界全体とはリンクしてないという可能性がありますね。

そのため、あなたが見たり、聞いたりしたものしかわからないのかもしれません。
性格が丸くなったのは良かったですね。私にとって悪いことをしないで良いことをしてくれるやさしい幻聴だけになってほしいと思ってます。

私にとって悪いことする超存在はいなくなってほしいのですが、なかなかいなくなりません。困ってます。

あなたの幻聴の性格が丸くなったきっかけはなにでしょうか?
よろしければ教えてくれませんか?

私は自分含めて複人数で異常体験をしましたので脳の問題でないことは理解しています。

悪いことする超存在(世間では悪霊とかというのでしょうか?)を退治する方法をご存知の方がいらっしゃったら教えてほしいです。
(統合失調症の薬以外で)


53: 名前:george ◆uaFaM4H2投稿日:2009/09/10(木) 20:00

 最初は、何かしら、嫌なヴィジョンを送り込んできていた、幻聴さんなんですが、話しかけているうちに、和んできたというか、夜の街を徹夜で歩かされたコトもあったんですが、そんなこんなしているうちに、自然に馴染んで来てしまった感
が強く、特にきっかけがあったわけではありません。

ところで、その「超存在」とは話が出来るのでしょうか?
私の場合、幻聴さんと話しているうちに、馴れ合ってしまって、仲良くなったので、「超存在」ともひょっとすると打ち解けられるかもしれないと思ってしまいます。


54: 名前:ねこ 投稿日:2009/09/11(金) 02:13

例え話ですが、野球でいえば、8回まで2対0で勝ってたのに9回になったら0対0になってたといった感じです。 そして同じチームの健常者も同じようにスコアが変わったという認識を持っていたということです。

野球を例にしましたが実際はもっと少人数で体験したできごとです。

超存在と打ち解けて仲良くなれたらとてもいいですね。
自分もいろんなところを徹夜で歩かされました。
ただ、そのときは怖い幻聴が主流だったので大変でした。
私はまだ自分にとって良いとは思えないいろんな異常体験があるので、困ってます

ほんと悪いことする超存在(世間では悪霊とかというのでしょうか?)を退治する方法をご存知の方がいらっしゃったら教えてほしいです。(統合失調症の薬以外で)です。


56: 名前:どうしてこうなった? 投稿日:2009/09/11(金) 04:03

私も超存在ではないですがそういう状態がありました。私はそれを悪と呼んでいました。

先ず、話せるならその超存在をあなたがどういう者又は象徴だと理解していますか? 出来るなら質問してみてください。

あなたが理解している超存在と会話している超存在に違いがありませんか?あるなら取り敢えず話を終わらせることが出来るはず。多分それでも何か言い続けるでしょうが・・・・

それで次です。もし、その超存在がこれをしろとか、死ねとか言ってきたら何もしないでいてください。

多分その工程を踏めば落ち着いてくるはずです。
何もしないこれが大事です。出来れば寝ててください。目は覚めててもかまいません。

寝たら死ぬとか言われても絶対に死んだりしません。(薬はやめてね)

もし、憑依体験などされているならそれでも何もしないでください。
動かないで寝ていてください(動かないで寝る意識はいる)
深呼吸とかいいですよ。そんなアホなと言われるかもしれませんが効きます。
それだけで憑依されません。

ねこさんの脳の問題ではないでしょうが多分まだ超存在とのチャンネルが合ってることが問題だと思います。

人にはまぁ霊能者とか?w直せる人がいるのかも知れませんがほぼ無理です。と私は思います。勿論薬でも死ぬまで飲み続けなければならないかも知れません。薬を使いたくなければ自分の意識で消すことが非常に重要となります。
先ず重要なのはそれが出てきた根本原因を自分で探すことです。多分その部分がねこさん達の超存在根っこになっています。


57: 名前:ねこ 投稿日:2009/09/12(土) 00:00

いろいろなたくさんの超存在がいます。
みなさんはそれぞれ1人だけなのでしょうか?

好意的であったり友好的な存在もいれば、負の感情をもってたり、私にひどいことをしたりするものもいます。性格もいろいろです。能力もいろいろです。

ひどい目にあっているやさしい弱者などのものなどもいるようで、そういったものたちに助かってほしいとも思っています。

人間との意思伝達手段が限られてるものもいるようです。
そのため意思伝達をしようとすると人間に苦しみなど、不利益が伴ったり、または思うように意思が伝わらない場合が多いようです。

そしてこの超存在たちの中には悪意あるものや悪いシステムの支配下にあったり、影響下にあったりするものもいるようです。

なんとかこの悪意や悪いシステム(当然、私に対しての悪意や悪いシステムを含めて)を退治したいものです。

霊能者には悪い霊はいないといったり、悪霊払いはしないというものが多いです。
ですが、実際には悪い異常体験をしてないか、悪霊を恐れているたりして悪霊に逆らいたくないのだと思います。
神主でも悪霊払いはなかなかやってもらえません。悪霊を恐れていて悪霊に逆らいたくないようです。(そりゃ当然か、怖いもんね普通。)
特に日本の場合、祭られてる神様自体がいろいろな性格だからなのか悪霊払いを断られることが多いです。

みなさん、悪霊払いをしてくれる良い神社を知りませんか?
是非教えてください。


59: 名前:george ◆uaFaM4H2投稿日:2009/09/12(土) 12:15

統合失調は、ただの「病気」ではない とは思っているのですが、「超存在」を悪霊のような存在だとは思いませんし、人知を超えた何かであっても、神社などそのようなモノに対抗するにきちんとした能力があるとは思えません。
霊能者と呼ばれる人たちの多くは、詐欺の一種であることが多いと思います。

私は自分が「超存在」の、「軽いイタズラ」だと思っていたものは、今は治まっており、治まる前の「イタズラ」は、自分の機能にも、問題があったのではないかと思います。


62: 名前:どうしてこうなった? 投稿日:2009/09/12(土) 17:34

私も統合失調症今はまだ心因何とか?wですが、改めて思うのはこの異常事態に
なる人々は一種凄い人間だと思います。社会のニッチに目を向けれる。しかも、それを存在させる(私の場合自分自身の中だけですがtt)。之は普通の人には無理です。考えを飛躍させると、ただ生きるという事に長けていると思います。

georgeさんは超存在を悪霊のような存在だとは思いませんと言われていますが、私の解釈では受け入れた(私もそうです)と思われます。ねこさんはまだこの手前だと思います(掲示板に掛ける時点でセーフ)。

インドでは其れを内在神といっています。之を現実的に言えばつまりあなた自身です。

私の解決策は取り敢えず、何もしないです。何故なら、必ず何かを言ってくるわけだからねこさんの言う良い者も悪い者も、必ず何かを要求します。そうでなければ存在しません。

だとするなら何もしない、要求は聞かない(之は難しいかも)だからその数?が減ってくるまでは何もしないが一番いいですよ。

無理だと思われたら仕方ないですが、薬にたよざるを終えません。
抵抗があるなら、どちらにしろ人は物を食わないと死にます。嗜好品で言えば酒もタバコも害ですが気分がよくなります。1つ希望を・・・たとえその時はチャンネルがあってても人は別の事、チョトたとえが悪いですがサッカーと剣道は別物です。サッカーをしていていきなり剣道をしても上達しませんが、色々なルールが違います。人の脳はどうにかして大多数のバランスに戻ろうとします。之が一番薬を使わずにすむ方法です。


63: 名前:心 投稿日:2009/09/12(土) 17:59

健康な心でいられるかどうかですね?何もしないのが一番ですが何か結果を出したいときは、アクション起こさないと出ないですしね。アクション起こしても相手が何もしなければ何もおきませんしね

良いことも悪いことも誰かのおかげで、止まってるかもしれませんね。


64: 名前:どうしてこうなった? 投稿日:2009/09/12(土) 19:39

私は今でも時々幻聴は聞こえます。健康な心という定義には少し疑問を抱かざる終えませんw

身体的には全身くまなく調べましたから、問題はありませんでした。
ただ、脳みそ自体は問題は無くても幻聴は聞こえます。全く苦しくはない程度ですが・・

何もしないとは、この場合ねこさんの状態のときです。
失礼ですが嫌な言い方かもしれませんが、ただ寝るという行為自体も脳の休養と体力の回復を図れます。何もしないとは呼吸はしますよw

良いことも悪いことも誰かのおかげで、止まってるかもしれませんね
統合失調症を心療内科的に言うと幻聴、幻覚を悪いことと捉えると最終的にはご自分の力です。 事実止まるのは自分自身ですから。

私のこの状態を(苦にならない幻聴)を完全に消すには薬に頼るか又は幻聴が出るまでに体験した出来事が完全に私の許容範囲に入った場合消えるかもしれません。

健康な心が何なのか正直な所、私には分かりません。それを考え出すとそれこそ宗教でしょう。勿論犯罪はダメですけどね。宗教は何にしてもただそれだけでルールがあります。薬と一緒です。

それに頼らざる得なくなる。健康、不健康、善と悪まぁここまで来るとややこしくなりますが・・・

簡単に考えると受け入れることが重要かもしれません。ねこさんが幻聴を聞いても別に何とも無くなるまでは今は殆ど聞こえない状態に戻るのが最善だと思います。それにはどんな声も無視してただ寝てたり、幻聴が出た根本原因をご自分で探ってみたり(手帳等にその経緯を書く之は私もしました)、
ボーっと散歩したり、悟ることが重要かも(ご自分で)自分に自信を持って下さい!


65: 名前:おはな 投稿日:2009/09/12(土) 19:51

私の幻聴の症状は、ほぼ全部が何故か学校の知り合いや芸能人の声でした。

症状が酷かった数年前は『え!?芸能人が話しかけてくれてる!?』と思い、
短期間、幻聴と会話してました。でも、処方薬を飲んだら、なくなりました。
今のところ、そういう症状は特に出てないですね。

医者には『幻聴が話しかけてきても会話するのはできるだけ避けた方が良い』
と言われましたよ。何故かは分かりませんが。


66: 名前:心 投稿日:2009/09/12(土) 20:00

>どうしてこうなった?さんへ
幻聴は誰もいないときに聞えるのですか?誰かを介して聞えるのですか?
誰かを介して聞えるのは実際には言ってないことを自分の脳で勝手に判断して
聞えるのかもしれませんね。

私の場合も苦にもならない幻聴の程度です。未来を予言するような幻聴体験もあります。

幻聴が出るまでに体験した出来事が完全に私の許容範囲に入った場合消えるかもしれません。っていうのは不思議な体験したということでしょうか?

今思えばあの時あの人を介して聞えた言葉は幻聴なのか?もしくわ何かされているのかと妄想に入る時もありますが、今こうして生きていられて良かったと思うときもあります。

幻聴なら何も起きていないのだと思います。
幻聴でなかったらなんだろう?と思います。
この前なんて○○が犯人と聞えてきました。
不思議ですねこの幻聴というのは!


67: 名前:どうしてこうなった? 投稿日:2009/09/12(土) 21:07

なるほど〜その様な方々の幻聴もあるんですね。会話はできるだけ避けた方がいいと言うのは分かります。多分グルグルと平行線で終わらないからだと思います。要するに現実的にですね。

>心さん
そうです。ほぼ家族や友人が居る時は聞こえなくなりました。私の場合、誰かを介してではなく何かを介しての方が正しいでしょう。

例えば風だったり(風が耳に当たると)その様に聞こえるとかw
水の音だったりそれは人それぞれかもwは実際にありました。

今は自分の頭左下?右脳下からしか聞こえません。

最初の方は集団ストーカーですかwみたいに思っていた事もありました。
が、私は気持ちオープンな奴なので別に見られても構わない。と思っていました。
要するに精神分裂という呼び名が適当かもしれません。私も未来の予言などはありました。


68: 名前:心 投稿日:2009/09/12(土) 22:22

同じような体験をしてるのですね。私の場合は携帯電話を8年前にハッキングのようなことをされ自分の未来を予言するようなことが録音されたテープを発見しました。

テープには昔働いていた職場の人の会話も録音されてました。
そして周りには人を介しての幻聴なのか、その人が言ってた声なのかあまり僕しか知りえないことなど聞えてきました。

このような事が重なり思考伝播、サトラレと思い込んだのです。
18歳くらいから幻聴みたいなものはあったのですが病気とも認識できませんでした。

元職場の人たちやその家族が集団ストーカーで出てくる宗教に入っているのです。
これも全て妄想のなのか現実なのかわからなくなる時があります。
これも病気なんだなと思うときもありますが、油断はなりませんね。
犯罪被害者なのか?被害者妄想なのか?
精神がやはり分裂しているのでしょうね


73: 名前:ねこ 投稿日:2009/09/13(日) 04:51

いろいろな超現象を体験してきましたが、わかりやすいのを書きます。

冬場で何ヶ月も窓を締め切ってた(寒いからね)部屋のなかで幻聴と会話してるといろんなものが突然現れるのです。鳥とかいろいろ。

(狭い部屋の中では曲がりきれないので、壁にぶつかりまくり、逃がすのが大変でした。無事逃がせれてで良かったです。)

悪意のない超現象から、悪意のある超現象までいろいろです。


74: 名前:ねこ 投稿日:2009/09/13(日) 04:58

悪魔がいくら強いといっても
自民党のように政権交代が起きて、悪魔が失脚するかもしれませんね。


75: 名前:ねこ 投稿日:2009/09/13(日) 04:59
>>74では悪い超存在を悪魔といってます。


76: 名前:ねこ 投稿日:2009/09/13(日) 05:31

おはなさんや、こころさんや、どうしてこうなったさん
の幻聴主は悪意のない存在のようですね。
何かを介して(波の音など)話してくるのなら
それは、あなたに負担をかけないようにかなり気を使ってるのだと思います。

超存在の中には能力不足かこちらのことや状況を理解できてないなどで、
悪意がないと主張しつつ、こちらに負担をかけてしまう(こちらが苦しんだり、不幸になったりしてしまう。)ものもいます。
当然、悪意をもった超存在たちもいます。(ほんとに苦しめられたり、不幸にされたりします。)

みなさんは幻聴で苦しんだり、不幸になったりしてるのですか?


78: 名前:どうしてこうなった? 投稿日:2009/09/13(日) 20:11
>ねこさん
私は思うのですが・・・この私の幻聴もはっきり言って現実的には理解できない事が発生してその苦しみから自分の頭のリミットが外れて妄想で幻聴が派生してしまったと思います。

73で言っていることを現実的に解釈していくと、ねこさんにとって、とても不幸なことが起きてしまったとします。あなたにその不幸な事を与えてしまったのは多分人です。その通りなんですがその人の悪意なんですよね。

ねこさんのレスを見ていて幻聴が聞こえ出しました。
私の幻聴にお前は悪意があるのか?尋ねました。
すると無いですと言いました。

ですが、私の考えではお前の存在自体が悪なんだがな〜と思ってしまって(正直ウザイですしw)幻聴がえ〜んえ〜んと言って泣いてますw

私の目には体から白い煙が出ているのが見えますwなんか使えないかなーと画策した日々もありましたが徒労に終わりましたw

私にとっての超常現象は自分の体から血液がひいていく状態に何日もなった事ですかね。今は全くそれはありませんが私にはそれが、何故なったのか?何故私なのか?何かを私が否定しているからなのか?そして今何故それが治まっているのか?
今でも分かりません。ある意味何かに取り憑かれていたのか?体の異常だったのか?

どちらにしても今はその症状はなく現在の私の体の異常はあまり何を言っているのか分からない幻聴のみに治まりました。

良い神・善霊的なもの(良い超存在)はいます。しかし、悪神・悪霊的なもの(悪い超存在)よりはるかに弱い・力がない
これは正に人の心その物に見えます。(現実的に言うならですが・・)


81: 名前:えり 投稿日:2009/09/14(月) 03:37

なんだか声がわたしを罵りつづけている。
金切り声で、でもきこえないほどの音量で。

なにかで、気をまぎらわせているときはいいけど、寝るときはつらい。
ひっきりなしに、声がきこえてきて、罵っている。

寝られないからネットを徘徊して、なぜ死んではいけないのか、などの書き込みをながめている。

なんて言っているんだろう、彼らは、ひとことでは、言い表せない。
時期がくると、叫び始める。

言っていることは、おそらく、たいしたことはない。
うぬぼれるな、とか、ひとを馬鹿にしている、とか、とにかく、まあ、わたしの態度を非難しつづけて、その声が、だれかの声だとしたら、機械的すぎるからきっと、自動的にくりかえされているのかも。

録音してだれかにきいてもらえたらいいんだけど、
だれも、録音してきくことのできる声だと思っていないし、わたしも、信じてもらおうとは思っていない。
どんな意図で、どんな人たちが、どんな仕組みで、声をきかせているのだろう。
あちらのほうからきこえてくると、音源は特定できる。でも、そちらへ行くとふいと止んだりする。

そしてまたべつのほうからきこえてくる。
わたしの態度を読み取って応じてくるから、幻聴だとひとは言う、わたし以外の全世界の人間が言う。

サトラレという言葉が、掲示板におどっていることに驚いた。
あの漫画の影響はこんなところにあったのだ。

そういえば、声は言っていたっけ、おまえは才能はないけれど、サトラレなんだよ、って。

謝れ、といい、働け、といい、それから、…。ああ、そう。わたしのまわりの家族はね、みんな手先で人質なの。たぶん、あいつら「声」の。
誘導補助員、そして、わたしが従わなかったときのための人質。

こうやってとらわれて生きているひとが、この世の中にはたくさんいるんだね。
「声」は、人々の恐怖を利用し、家族を分断し、その網をひろげているんだ。

従えば、救ってやると。
あ、ちがったね。従わなければと言って脅すんだ。

もうすぐ、わたしのたいせつなひとを、「声」として迎え入れるんだって。うんざりだ。

彼は、やつらの声をわたしに届けるために、捕えられ、つれてこられ、わたしを監視させられ、そんなはめに。

わたしのたいせつなひとを、べつのたいせつなひとが傷つける。こんな連鎖が、ひじょうに効率よく、わたしを縛っていく。

神様気取りさ、ローテーションでわたしの面倒をみているのかもしれない。

声がきこえてくる、眠れそうもない、こんどは何をすればいいだろう。
話の通じない相手じゃ、会話になんてならないしね。声を相手に会話できるひとが、わたしはうらやましいよ。

もうすぐ、わたしの親しいひとの声をきかせてやろう、と連中は言う。そして、
罵られることになるのだろう、この無機質な金切り声のかわりに、あざけりと感情のこもった声で。 今まで、ずっとそうだったように。


わたしと同じ、とらわれの人々はどこにいる?
感覚遮断されているのだろうか。やはり、統制された情報を流し込まれているのだろうか。
どうやったら健全な精神を、声のなかで保てるのだろうね。
どうやったら自由を、声の支配からとりもどすことができるのだろう。

そして、どうやったら声の主を消すことができるだろう。
わたしたちを縛るこの機構を、ひとを力で従わせようとするそのやり方を否定し、なきものにするためには。

より、大きな力が必要だ。声、を上回るような。

適切な言葉で助けを求めれば、余力ある人間がひょっとしたらそれをきくかもしれない。その人間が、じぶんの利害に合致すると思えば、協力してくれるかもしれない。

そう、適切な言葉。きっと、あなたがとらわれているとすれば、あなたの耳はふさがれていて、あなたの目はとざされている。

よくまわりを見てよく言われた言葉を分析すれば、あるいは何か見えてくるかも。手がかりが。
あなたをとらえたのはだれ?
外に出るのに、手を貸してくれるひとはいない?

わたしは無理だけど、助けを求める声は、けっこう、届いていることも多いから。

あなたが逃げ延びたら助けに来て。もし、状況が許せば、だけれども。


84: 名前:ねこ 投稿日:2009/09/14(月) 08:06
>>えりさん
私が思うには。
いろんなところで助けてと訴えてれば、
通りすがりのやさしい超存在が気付いて助けてくれるかもしれません。
このスレをみてもわかる通り、悪意のなさそうな、気のよさそうな幻聴主(超存在)もいるのです。
ただ、優しい気持ちを持ち続け、大事にしたほうがいいとい思います。
人間同士でもやっぱり優しい人間を助けたいと思うのが普通だからです。


85: 名前:心 投稿日:2009/09/14(月) 16:04

サトラレだと思い込んでそれにたいして幻聴で何か答えてきたりしたらサトラレだと確信してしまうかもしれませんね。
いろいろ妄想が出てきたら対処法を考えなくてはなりませんね。

妄想が当たり前になると妄想の世界が普通になってしまうのでその普通になったら大変ですね。

でも声に出して話さないと相手には伝わらないと思います。
考えにくいのですが幻聴は未来の自分の声とか。
まあそれはないですね。


86: 名前:心 投稿日:2009/09/15(火) 15:17

幻聴は今日はないですね。頭が平和なのは良いですね!
思考伝播やサトラレだという体験すると心が浄化された感じしますね。
幻聴の正体はわかりませんね。幻聴という本にもこれからしようとすることが
先に聞えると書いてあったので幻聴なのでしょうね。

心が浄化されても体調悪いときって聞えてきますね。
霊が存在するなら人を介して聞えさすことも可能かなとおもいます。
何かにとらわれすぎると、人間ってだめですね。


88: 名前:心 投稿日:2009/09/18(金) 18:02

昨日外に人がいる様子だったので聞えると?サトラレの感じがあったので
きいてみると何秒かに(きこえる)と聞えてびっくりしました。

病気の症状がひどいとき常にサトラレ感があったのでそんなに頭の中動揺しなかったのですが、まだ頭の中は浄化されきっていないと思いました。

まだ汚い部分が残っているのです。でも人間らしいのかな?とも思いました。

もう少し大人になった時、過去の自分にまた語りかけとかできるのかなと思いました。同じ体験の人いませんよね?


89: 名前:どうしてこうなった? 投稿日:2009/09/22(火) 14:53

過去の自分にまた語りかけとかできるのかなと思いました

私はそれはいつでも可能だと思います。私は症状としては7月下旬から8月上旬ごろまで小学生頃牛乳を落として助けたとか(意味がわかりませんがw)そんな事を言ってくる幻聴がありました。

幻聴じゃなくても何時でも思い出せばいいんじゃないですかね。


90: 名前:心 投稿日:2009/09/22(火) 21:31

私の場合人ごみの中から聞える抽象的な言葉なども時間がたつとその言葉を
聞いたり、見たりします。意識的に何か考えてたりすると、その言葉を連想するような考えなど浮かびます。


91: 名前:どうしてこうなった? 投稿日:2009/09/22(火) 22:38

私も8月の間例えば風が窓に当たったり、クーラの排気の音、車を運転している時に段差などのガタガタ音なんかが言葉に聞こえたりしました。その他は完全に私にしか聞こえない例えば仏壇のチーンと言う音を途切れさせて言葉に聞こえるようにした音が聞こえてました。


92: 名前:心 投稿日:2009/09/23(水) 11:27

私の場合は未来を予言するような幻聴なのです。
風や物の音からは何も聞えません。


93: 名前:どうしてこうなった? 投稿日:2009/09/23(水) 17:39

私の未来予言の幻聴は8月2日から8月8日の6日間で起きました。

全て自分事であったり親しい人間の未来だったりしました。

その幻聴は集団で同じ事を寸分違わず言ってる様な声でした。なので、名前は集団意識と名づけています。人ごみの中では聞こえません。一人で居るときのみでした。

自分にとってはいい事ではあったのですが・・全てそうならない様に自分の
人生は動かしています。


94: 名前:心 投稿日:2009/09/23(水) 20:39

未来予言は不思議ですよね!病気になる前からもありましたけど病気になった今だからこそ気づいた部分もありますが、人を介して聞えるので病気になるとみんなそういう力身につけるのかなと思ってしまいます。


95: 名前:心 投稿日:2009/09/25(金) 15:33

幻聴は自分にしか聞えないので、聞えても無視するのが良いですね!
病気ではないと幻聴の世界も味わえないことですね。

幻聴と会話できるのであれば少しサトラレみたいなところあるかもしれませんね。


98: 名前:ryoichi ◆LBqBcTUU投稿日:2009/10/19(月) 19:17>>28 どうしてこうなった?さん、はじめまして
あなたのおっしゃる”脳鳴り”とは具体的にどんなものでしょうか?

耳鳴りとは違うのでしょうか?。
私は耳鳴りが酷くて・・・。両耳で金属音が聴こえるので耳鳴りと思っているのですが。
私も幻聴も経験し会話もした事もあります。
ものの音が声の様に聴こえる場合もありますよ。私も・・・。


99: 名前:どうしてこうなった? ◆optzixGI投稿日:2009/10/20(火) 00:31

失礼しました。その頃恥ずかしながら、耳を塞いでも聞こえていたので私の日記帳に脳鳴りとかいてますが、正しくは耳鳴りですw(病院に行ったときに説明されました)

私の場合、左耳から聞こえます。私もどんな音?言われれば金属音ですね。

分かりやすいのは、仏壇のチーンと言う音を少し小さくしてずっと聞こえる感じです。

幻聴が酷かったときは右からでも上からでも聞こえていましたが(はっきり)今は左の耳鳴りで治まっています。時々不安感や恐怖感などが感じられると頭で考えてる事が耳鳴りの音を分断?して言葉になり聞こえてきます。

時々電気を消し落ち着きだして、ねむる〜って時に意識していない(頭で考えてる事を)言葉の幻聴が聞こえる時があります。

又、現在は会話になっていません。
多分、トウシツの耳鳴りは心因性が殆どだと思うので投薬を服用されてドーパミンを抑えると良いかも知れません。

私は薬は飲んでなくて、変かも知れませんが深呼吸や音楽を聴いて自分で高ぶりや不安を抑えると耳鳴りは消えてます。又、消えている要因として物事に集中していると消えてます。ですが家に帰ってきて部屋に入ると聞こえてくる毎日ですね。

ものの音が声の様に聴こえる場合もありますよ。私も・・・。
私も現在でもあります。分かってきたのは一定のリズムを取ってる音とかじゃないですか?

説明は難しいですが、音質が一緒?の時に聞こえ方が言葉になる時があります。
私の対策としては、ipod聞いたりとか、意識を別に持っていくとそれを回避できます。


100: 名前:ryoichi ◆LBqBcTUU投稿日:2009/10/20(火) 03:55

やはり耳鳴りも統合失調の症状だったですね。
私の主治医は違うというのですが次回の診察の時に話してみます。

私の投薬状況は”エビリファイ”のスレに書いてます。
音楽を聴くのはいいですね。幻聴は少し良くなってくるのですが
耳鳴りは消えませんね。


102: 名前:だつ 投稿日:2009/10/26(月) 20:33

何だか追い込まれているので、ここでお訊きしたいことがあります。

私は趣味でヴァイオリンを弾いているのですが、都合2人の先生につきましたが
人間関係が上手く行かず止めてしまい、田舎だから教えてくれる先生も無くそれ以降自分で弾いていますが、何年続けても巧くなりません。

しかし脳内彼氏が「自分は市民オーケストラにいるからそこで会おう!」というのです。

そこは一度行ったけど、メンバーにバカにされて以来行きたくなかったところです。でも先日、脳内彼氏やその他の脳内メンバーがとてもうるさいのでその練習場に足を踏み入れました。

私はそこで恥ずかしながら練習をしましたが、また市民オケメンバーに音程が変wwwとバカにされました。もう私はいい年だし、これから練習してそこに加入できるほど腕が上がるには先生についたとしても何年もかかるので、脳内彼氏と結ばれなくても(それ以前に存在を確認しなくても)いいから、市民オケには入りたくないです。しかしそういうと、脳内彼氏に責められるのです。もうイライラが止まりません。


103: 名前:どうしてこうなった? ◆optzixGI投稿日:2009/10/27(火) 01:08
>>だつさん
その脳内彼氏は、市民オーケストラに行った時に存在されてたんですか?
又はその脳内彼氏は事実存在していて、幻聴と言う名の脳内彼氏と言う事ですか?
ここからは私の勝手な妄想ですが、だつさんは市民オーケストラに入りたい(脳内彼氏の役目)、

ですが深層心理はヴァイオリンは好きだけど、市民オーケストラには入りたくない。上手になったという意識の第一歩が市民オーケストラだと確定的に思われていないですか?

私は幻聴(脳内彼女?)の出現条件が違いますが、その幻聴の本人に会い恥を掻いて、少しづつその幻聴の存在理由が曖昧になり、結果消えたと思います。
もし、この工程が役に立つならその脳内彼氏が又合おうと言ってきたら市民オーケストラに参加されてはいかかでしょうか?その時、ほら見ろお前はいないじゃないか?と(私は之が何度もありました;;)


104: 名前:ryoichi ◆LBqBcTUU投稿日:2009/10/27(火) 07:16

>だつさん
ヴァイオリンと聞いても葉加瀬太郎さんのCDしか思い浮かばない稚拙な私ですが、いわゆる脳内彼氏の言うことには、いちいち反応されない方が良いかと思います。

幻聴の内容は人それぞれですが、内容が論理的に合ってるようですが話を突き詰めれば合ってません。

私の脳内彼女は、それこそ卑猥な事を言います。ご紹介できる範囲で言えば

「梶町のマンションで裸になって待ってるで」なんて言います^^。

どこのマンションか?なんて話を進めても最後は部屋番号はおろかマンション名
さえ曖昧です。

幻聴は、その人の深層心理とも関係あると思います。
あなたの場合、”ヴァイオリン”、”嫌な思いをされた市民オーケストラ”のキーワードで幻聴が現れるのだと思います。

私の場合、幻聴が現れるとヘッドフォンで大音量で好きな音楽を聴いてます。
幻聴は、多くの場合、ずっと続きませんので音楽を聴くのはお勧めします。


105: 名前:だつ ◆RshxIIMU投稿日:2009/10/27(火) 21:53

脳内彼氏は幻聴だと思います。実はその幻聴はもう1年以上続いています。

幻聴の内容は何度も変わっています。よくよく思いだせば統一性がありません。

私も何だか焦っているから、そういう幻聴を聞いてしまうのだと思いました。
幻聴はネットをやっていると余りやってきません。何かに夢中になるといいのかもと思いました。


106: 名前:アイ アイ 投稿日:2009/11/02(月) 20:38

僕は、独り言を神様や宇宙人が話します。

デパートに行こうとか、缶コーヒーと煙草をしろとか言います。

よく、「おめでとう、具合が良いわよ。」と言われます。

エビリファイで失敗したようで、よく、興奮しているだけだから、マスターベーションをしろと言われます。

薬で失敗して、会社勤めを止めてから、3年ほど経ちますが、ずっと、しゃべりっぱなしです。大学の教授になりますよと言われたり、アメリカの諜報機関で研究しますよとか言われます。

あと、身内で不幸が続いていたのですが、よく、励ましてもらいました。

僕は、何か悪いことがあると、よく自分の所為だと思ってしまうのですが、独り言の神様や女神様や、仏様に、貴方とは関係ないわよと、言ってもらっています。

とにかく、神様や女神様や、仏様は、元気で力強いので、それだけで救われます。
たぶん自己治癒だろうと思います。


あと、僕は、とにかく、メモ帳やノートにいろいろなことを書きまくりました。
運命が、翻弄されるっと言われたのを覚えています。
不思議と怖い感じではないです。
独り言は、とにかく、楽しいのです。嬉しいのです。


108: 名前:ジャイアンツ ◆jH.6d5ig投稿日:2009/11/12(木) 13:31

自分は、幻聴というか、怖くなることが多いです。

鳥の声が、自分のことを暗号化されている感じがしたり

他の知らない人が、自分の事を見透かされているんじゃないかとか

他に怖くなられる方いらっしゃいませんか?


109: 名前:心 投稿日:2009/11/12(木) 15:55
>ジャイアンツさんへ
見透かされてるのは、思考伝播やサトラレ感があるからですか?


110: 名前:ジャイアンツ ◆jH.6d5ig投稿日:2009/11/12(木) 17:02

それが、よくわからないんです。すみません。


111: 名前:心 投稿日:2009/11/13(金) 11:53

自分でも解らないのであれば気のせいかもしれません


112: 名前:心 投稿日:2009/11/22(日) 14:13

見透かされてると思うなら、人がたくさんいるとこで(きこえる?)と思い反応あるかどうかしますね。


113: 名前:ななし 投稿日:2009/11/30(月) 03:19
私も幻聴で悩んでいる者です。
気功(ハンドパワー、2000円)に行って、CD(2000円)を買って、それを
鳴らしたら幻聴が静かになって癒される。皆さんもどうですか?

http://profiles.yahoo.co.jp/-/profile/?sp=H0v8WCohdKivZoo3Q_RLino-
この方に気を送ってもらい、幻聴(雑霊?)を取り除いてもらいました。

友録して定期的にお願いしています。無料です。この方はご自身の霊位が向上するためにやってるそうなので、安心して頼ってください。御礼をちゃんと言ってくださいね。では皆さんの苦心が少しでも和らぎますようにー。
送信をクリックしてメールを書いてください。あとは偶然同時にパソコンの
前に着いてチャットまたはスカイプで話してみてください。


115: 名前: 投稿日:2009/12/04(金) 02:53

思考伝搬(サトラレ)についてですが、私は全く逆の見解をしています。

統合失調症になるような人は…いわゆる悟りに近い状態、空の状態になっていて、他人の考えたことをあたかも自分が考えている様に思ってしまうということです。

ですから、相手がそれを話し出す前の心の中にあったものを、先に共有してしまい、それについて相手が現実に話し出すと、あたかも自分の考えをその相手が盗んで、あるいは伝播して喋っている様に聞こえてしまうのです。

私も以前は自分の思考がバレていたと思っていました。

しかし、成人してこのことについてずっと研究してきたのですが、これは信じられないかもしれませんが、統合失調症になるような人って言うのは、相手の心の中のものを無意識に共有してしまう性質があるらしく、それを自分の考えだと思いやすいということなんです。

ですから、決して「サトラレ」になったのではなく、「サトリ」なのですよ。

統合失調症の人は自分の考えを持たずに、空っぽだから、そこに入ってきた他人の迷いそのものである思考をあたかも自分のもののように思ってしまっているのです。

この違いは、何事にも主体性を持たずに受動的に生きているか、能動的に生きようとしているかの違いです。

統合失調症になるような人は、悟りに近い人であり、いわゆるテレパシーで会話できる人なのだと思います。

…こんなこと書くと、「あんた!それが病気なんだよ!!」なんて言われちゃいそうですがww

でも、私のこれまでの4年間の研究事実なんです。

そして、これが分かるようになると、たとえば○○さんと一緒に居ても何の思考も湧いてこないのに、××さんと居ると妄想(思考)が湧いてくる。
というようなことが次第に自覚できる様になってくると思います。

何か○○さんと居るのは楽なんだけど、××さんと居るのは疲れるんだよなとか。
ハッキリと分かってくると思います。

それは相手がそう思っているからなんです。

実はこれは、その○○さんには妄想がなく悟りに近い状態であり、××さんは迷いに満ちて思考がスマートじゃなくなっている状態なんです。

こういうことに気付くようになれば、「なんだ、自分が考えていたと思っていたけど、私は××さんの迷いに満ちた妄想に影響されていたのか」ってのがハッキリ分かるようになると思いますよ。


116: 名前:ななし 投稿日:2009/12/04(金) 20:03

幻聴と雑霊・低級霊では別物ですか。
そうですか、分かりました。

雑霊・低級霊はそのまんま。幻聴は不思議な力を持った悪い人が人に見せかけるために作ったカゲロウだそうです。


118: 名前:とくめい 投稿日:2009/12/24(木) 00:08

幻聴の期間5年ほど、薬を飲んでここ最近は幻聴はおさまっていて落ち着いていたのですがまたここ数日のうちでどうやら発症してしまいました。

もう治った、と安心してたのでショックです。
みなさんは薬、必ず飲んでますか?
私は副作用に負けてしまうのであまり飲みたくないのですが他に何か方法あるのでしょうか?

サトラレ感って他の方もあるのですね。知りませんでしたが私もそのようです。
みなさんと同じように幻聴の薬ではサトラレ感は治まりませんね。辛いです。

121: 名前:どうしてこうなった? ◆optzixGI投稿日:2010/01/12(火) 22:56

それは、要するにその霊能者の方からのカウンセリングをされてるのだと思いますよ。現実の沢山ある心療内科のカウンセリングよりは効果はいいカモ(笑)

でも、気をつけないと金をむしり取られ本末転倒だから、よくよく考えた方がいいです。新興宗教やなんちゃって霊能者がいい例です。霊格=人気なんですよ(笑)もうななしさんが、いい宣伝人になってる。

御礼をちゃんと言ってくださいね。この効果は分かります。

昔の人はすごい物で現代医療ではどんな成分で脳に刺激すれば落ち着くとか、高ぶるとかが分かっているから、薬で処方します。

その御札の呪文は有名どころでは真言宗の真言と同じ効果です。其れは唱えるだけで、脳にセレトニンやらアドレナリンやらが出る仕組みになっています。実は自分で出してるだけですが・・

もっと言うなら、人は走ると息切れをしますがその時、深呼吸して息を整えると体は元に戻ります。

好きな人に好きと言うだけで人は興奮します。要はそう言う事です。俺が知ってる真言で一つ

ノウマク、サンマンダバザラダン、センダ、マカロシャダ、ソワタヤ、ウンタラタ、カンマン

不動明王の真言らしいです。効きますよ(笑)

書いててあれですが、このノウマクやソワタヤなんかは体の下側に効いて、意識をどっしりとした気持ちにします。之を科学的に言うなら体からセロトニンが出てるんでしょうね。

真言宗は密教で人間の心や体を鍛えるために、又現代では統合失調症ですが、そういう心の病気はあったと思います。其れを日本では御祓い や(笑)、滝うち(笑)などで解消してきたのでしょう。俺は出身が九州ですが、必ず昔は区切り程度でそういう心の病を取り除ける人達がいたと思います。

極論してしまうなら、本当かうそかという話らなら、之ばっかりはその人次第としか言いようがありません。

俺の祖母は佐賀ですが、祈祷し(笑)みたいな人はいたらしいです。昔で言うなら狐憑きとか、(狐がかわいそうだ(笑))


122: 名前:どうしてこうなった? ◆optzixGI投稿日:2010/01/12(火) 23:13

>>完全にななしさん
俺は悟りとは取ってません。悟ってるなら幻聴や他人の想念を受け取って自分が傷ついたりしないと思うからです。というか、悟りとは何者にも束縛されない状態じゃなかったかな?

酷い言い方をするなら思い込みが激しい人、又は思い込んでしまった人がトウシツ(幻聴や幻覚)引き起こしてしまった。という言い方が正しいのかもしれません。

俺の友人は新興宗教をしていました。マインドコントロール宗教ですね。勿論、其れを信じ込めて生きていける人も居ます。まぁ其れには其れ相応の酷い経験があったんでしょう。

その友人のみ新興宗教から脱退しているので、その環境の過去を引きずっての
生活が待っています。友人はパチンコ依存症で借金があるんですが、自分を異常だとは思っていません。其れによるフラッシュバックの人格崩壊もありません。そういう人間も居ます。

だだ、その友人は過去の事は何も話しません。というより、思い出せないないんでしょう。思い出して俺に話す時はとても苦しそうにしていました。又其れ系の話になると急に沈黙します。

今は会ってませんが(笑)もういい歳なので、そうじゃなくても生きて行かなければならない。


123: 名前:どうしてこうなった? ◆optzixGI投稿日:2010/01/12(火) 23:39

幻聴の期間5年ほど、薬を飲んでここ最近は幻聴はおさまっていて落ち着いていたのですがまたここ数日のうちでどうやら発症してしまいました。

何故発症したのか、を考えた方がいいです。

環境が変わったからなのか、
自分が嫌だと思う人間が現れたからなのか?
副作用が嫌だから投薬を控えていたから又出たのか?

サトラレ感と幻聴は投薬が違うと思います。

幻聴は聴覚と右脳の異常?サトラレ感は脳の感覚器官?だからだと思います。
瞑想ではなく、自分自身の今の現状を先ずは認識すると可能性として消えると思います。

この病気が完治するのは間違いなく、自分の周りの環境とリンクしているからです。

サトラレ感がいやなら、先ずは幻聴の摩訶不思議感とか、サトラレ感ではなく、
自分が何故其れが出たのか、どういう生活をしていたのか?又はしているのか?
を先ずは考えるべきだと思います。現実的に、いや真実的にかな?

現実感も言うなれば、自分が見ている世界としか言いようが無いから、自分の真実ですね。

俺の現状は考思化声とヒミツという名の幻聴人格ですが、出るタイミングは孤独になっている時で一番解り易いのはベットに入り寝ている時のみです。


124: 名前:名無し 投稿日:2010/01/13(水) 21:59

私の幻聴は行く所まで行ったという感じです。
もう今では安定している感じです

もうすぐパートでもしようと思ってますが、人の話が聞えないので、1人でする仕事をと思っています。幻聴とは適当に仲良くしていればいいと思います。


125: 名前:どうしてこうなった? ◆optzixGI投稿日:2010/01/14(木) 01:51

幻聴とは適当に仲良くしていればいいと思います

ハイそうだと思います。この病気には肉体ではなく、心(精神)なので完治という概念自体不適切だと思います。

幻聴や幻覚なんてのも好き好んで見たいとか聞きたいとかいう人がいる現代の世の中ですからね(スピリチュアルなんてのがいい例)。

自分でバランスとれてれば其れが完治じゃないでしょうか。


126: 名前: 投稿日:2010/01/14(木) 02:49

昨日、意識がおかしくなり、精神的に苦痛が続きました。今日入院です。(結局、病気は霊能力者によると生霊がついているという詐欺でした。

電話後、「ひまちゃーん、同情しなくていいのよ」という声に挑発されたり、警察役の声に書けと挑発されたり、普通では無いことが続きました。)

幻聴は恐ろしいものです。

事実は事実償わなければ納得いきません。
プライベートはプライベート、
幻聴は幻聴ですが、
病気としては不可解でした。


127: 名前: 投稿日:2010/01/14(木) 02:50

住民の空間的な出ていけという訴え即答でお願いします。

超常現象で訴える人を大昔、テレビで見たことがあります。

昨日は大変でした。「ひまちゃーん、どう思う?」とか、わざと気に為らせる「どう思う?」とか毎日、幻聴と本人の声が2階1階で聴こえ続きました。

ひどいことです。病気は黙っていること。
無視です。

無視を続けると住民が黙っていないんです。

住民の訴えをどう思いますか。呼びかけ、(家の中)に対する外の住民からの呼びかけに無視に苛立つ住民をどう理解しますか?


129: 名前: 投稿日:2010/01/14(木) 07:22
>127
これは、絶対大丈夫です。
本日入院とのこと。気にせずゆっくり療養下さい。


132: 名前:どうしてこうなった? ◆optzixGI投稿日:2010/01/14(木) 23:54
>>126さん
即答できなくてすいません。先ずは、落ち着きましょう。今現在は急性期でしょうか?

多分統合失調症としては急性期だと思います。
大丈夫ですよ。先ずは落ち着きましょう。マジで深呼吸がいいです。

多分126さんは急性期だから、今色んな物事に過剰に反応している状態だと思われます。
また、霊能力は在りませんご心配なさらずに。

その幻聴(生霊)は全て126さんが作り出したものですから、全て不快な幻聴は
取り敢えずは無視です。

取り合えず言える事は住民の訴え、無視に苛立つ住民は居ません。もし出来るなら、イヤホンで音楽を聴くことをお薦めします(病院へ行くまで)。後は、よく睡眠をとることをお薦めします。


133: 名前: 投稿日:2010/01/15(金) 08:13

ありがとうございました。注射を強いのを打ってもらい大分落ち着きました。
生霊じゃないなかもしれないと少し思えるようになりました。

入院は先送りになり、たまに激痛がくるぐらいで済みました。


135: 名前:どうしてこうなった? ◆optzixGI投稿日:2010/01/16(土) 00:36
>>133さん
よかったです^^
取り敢えずは気分を落ち着かす事をお薦めします。

たまに激痛がくるぐらい
激痛はどこに来るんでしょうか?症状は解りませんが、体の力を抜くという事をすると少しはましになるかも知れません。深呼吸で体の力をどっと抜いてください。勿論寝ながらでもいいですよ。

生霊なんかは俺がこの病気になって、色々調べて解った事をここに書きます。

まず、何故霊は体や心に反応するのか?と言う事です。反応という事は自分が反応しているから(要するに受身)と言う事です。

生霊=悩みと捉えてもいいです。というか、生霊=悩みです。

唯、この悩みが分からないから人は混乱して霊だとか何とか言いますが、生霊(悩み)を消すにはその悩みの正体を知る必要があります。そして之は霊能者も霊も関係ないです。先ず間違いなく。

あなたの人生の中で生きている中で何か理不尽な事や不可解な事に遭遇しているのかも知れません。勿論、現実的にです。此処が重要です。幻聴も生霊も霊能力者も関係なくてです。


136: 名前:どうしてこうなった? ◆optzixGI投稿日:2010/01/16(土) 00:51
124名無しさん
そういう風に言われると、俺はいけない事を言ったのかと思ってしまします(笑)

唯、俺の場合は人の話が聞けないほどの幻聴ではないので、仕事中や勉強、家族や友人との会話中には幻聴は存在しない状態なので、バランス取れてると思うし、別にこのままでも何ら問題無いという結果になっています。

ですが、今年の正月は朝まで親戚とマージャンしていましたら、プレイ中でも幻聴は聞こえてきました。 疲れも関係あるかもしれません。

其れこそ、幻聴抜きでも人はそれぞれだと思うので、幻聴があろうと無かろうとお一人で仕事をする事が好きな人もいます。そういう意味で、完治という言葉も取って頂けるとありがたいです。こういう結論から心って言うのは完治も何にも最初から無いのかもしれません(笑)


138: 名前:どうしてこうなった? ◆optzixGI投稿日:2010/01/16(土) 23:57
137さん
症状と言うのはどんな症状の事なんでしょうか?。幻聴でしょうか?それならバランス取れてるならいいと思いますよ。どうせ周りには全く聞こえてませんから(笑)

精神科医から言わせれば、全部症状だと思うんですよ。つまり、唯の言葉です。

例えば、風邪でも風邪と言う症状です。でも、風邪が治るのは体の中に在るウイルスを撃退する抗体が出来たから直っただけであって、また幾らでも風邪になります。つまり、風邪にかからなくなった訳ではないと思うのです。

精神科的に言わせれば137さんが好きな仕事して、幸せに暮らしていけるなら
それで良いんじゃないでしょうか?勿論色々な方が精神疾患者でなくても居ますので。 と言うより、137さんがどんな人か分からないので、まぁ公共の福祉に反しない限りは病気ではないと思います(笑)


139: 名前:ルカ ◆Q8qPG/TA投稿日:2010/01/17(日) 21:07

幻覚を強制的にそこに、置いて、話しかけたりしてみるが、返事はない。

独りでいるのを寂しく感じて、仮に昔の記憶の中の女性をイメージして隣に
置いてみたら、寂しさが少し緩和された様な気がした。

ただ、声をかけても笑ったり表情を作ったりはするが、返事はしない。
しかも彼女は外人で会った時も、言葉で会話するまではいかなかったから
なのかも知れない。

とにかく、幻覚は返事をしなかった。

言いたい事はそれだけです、今も意識すれば彼女は側に来ますが、会話は
できませんし、会話してもそれは幻聴なのだと思います。

だけど一瞬彼女を側に感じることができまして、それは幻覚・幻視なのかも
知れない、だけど普通の人でもそのくらいあることなのかもしれないし・・・。


140: 名前:124名無し 投稿日:2010/01/17(日) 22:18

私の幻聴はひどいです。

「あんたは世界一幸せ者だから世の中のほとんどの人に恨まれている。
そして皆であんたを苦しめた」

と言ってます。本当でしょうか?


147: 名前:どうしてこうなった? ◆optzixGI投稿日:2010/01/19(火) 01:01

4日前ぐらいの話ですが、俺の幻聴人格は2人いるんですが、一人ととても仲良くなって話していたんですが、家に帰ってくつろいで、たばこ吸ってたら、もう殺してくださいと聞こえ始めました。

(その仲良くなった幻聴からです)俺はその時、恥ずかしいですが、ごめんねと言いました

居て良いからねと言ってます。例えこの先消えても、其れは俺の一部だから、その場合はすまないと言ってます。
そしたら、わかってますと言います(笑)

俺的には時々、もう死ねよと聞こえる時があります。もう一つの幻聴からです。

勿論、原理的には俺が俺に対して言ってるんですけどね。

その優しい幻聴は俺にもう死ねよと出た時(出る時俺がうっとくる(笑))、何故かネオンと言って誤魔化してくれます(笑)。

成る様になれですか・・・実は俺も本質そう思ってます。でも、人が書くと面白い事に投げやりに見えますね。

この症状の場合(幻聴とかの場合)諦めるという発想はよくないです。
幻聴ではなく、自分の人生で何故幻聴が発生したのか?を考えた方がいいです。
幻聴はもしかしたら、あなたの問題を解決するために出たのかもしれないですよ。


148: 名前:124名無し 投稿日:2010/01/21(木) 18:09

私は幻聴の正体は雑霊だと思い込んでいます。

確かに色々アドバイスしてくる幻聴もいます。でもここぞという時に裏切ります。
悪い人は不幸だから人に当たるんだと聞かされました。

もう自分自身が幻聴から逃れるのに絶望してしまいます。
でも幻聴の薬は飲み続けます。


150: 名前:どうしてこうなった? ◆optzixGI投稿日:2010/01/21(木) 23:55
124名無しさん
雑念でいいと思いますよ。気長に付き合いながら、あなたがああ幸せだーと思う時がきた時多分、もう消えていると思います。

気にしない事が重要でしょうね。でも、俺がまぁ期間は短い方だと思いますが、
急性期当時は幻聴が在る事が普通だったと記憶しています。自分で幻聴を出した。之が俺にとっては真実です。

俺も夜中にタバコを買いに行こうとした時、幻聴に今コンビニに行って買うべきか、(寒いので笑)明日まで待つべきか、どっちがいいか決めてくれと言ったら(心の中、頭の中?で)どっちでもいいですと連呼します。

どっちか決めろと言うとエート、エートと言って永遠と10分間位そんな事を
言いながら過ごす時があります(笑)その日は其のまま夜中行きましたけど(笑)

薬は重要でしょう。唯、ちゃんと自分の精神状態を把握するのは重要だと思います。鬱、興奮(之は多分吐き気)とか、この作用をしてしまうなら最初の投薬当初は仕方ないですが、御自分で病院の先生と試行錯誤をしながら、安定した
状態に持っていくように頑張ってください。


151: 名前:どうしてこうなった? ◆optzixGI投稿日:2010/01/22(金) 00:27
ルカさん
バニラスカイ見られたんですか?刑務所でトムクルーズ(ディビット)が幻覚のペネロペ(ソフィア)を見ながら絵を描くシーンがるんですが其のペネロペも何も喋りません。動きますけどね。其のシーンを思い出したんです。

実は俺も幻覚を1度だけ、透明の(水で出来てるような女性)其の時は憑依みたいなことが在ったので、あれなんですが在りました。

まぁその内容は恥ずかしくて書きたくないですが、其の幻覚は、ちっちゃな冠を着けていて、風でなびいてる羽衣みたいなのを着ていて、髪は肩上(でも後ろ側が長かった?)、目は二重で切れ長、鼻筋通ってて唇は小さい、俺は心の中で(うわ、マジで綺麗・・)と思いました。

その後が重要なんですが、其れが終わった後、右脳側が半端なく重たくなって、更に吐き気がしていました。そして便所で吐きました。色も無い、顔の動きも無い、見た時間は10秒程度の幻覚でしたが、反動はそういう状態だった訳です。

この病気は人其々でしょうが、聴覚、視覚と優れている分野が違うことで得意?不得意?があるんだな〜と思いました。

幻で恋人を追い求めるなんて、かわいそうな話だと考えています
まぁそうですね。可哀想な話かもしれません。唯、男性は求めると思いますよ。例え幻でも(笑) 俺は可哀想な男かも知れません;;

幻聴うざいですよ。寝る時なんてずっと聞こえてますから(笑)
無心になったって俺の場合は、耳鳴りになる(笑)
もう慣れましたけどね。


153: 名前: 投稿日:2010/01/22(金) 22:43

幻聴があるのを当たり前のように意識に入れるのが一番の原因です。
意味付けしようとしてませんか?裏切られるとか自分の意思で生きているのですから。
書き込むことで楽になるのなら良いですけどね。
幻聴と会話。あなた方に必要なのは声に出して誰かに聞く、話す勇気をもつことです。病気だから幻聴なのです。


154: 名前:どうしてこうなった? ◆optzixGI投稿日:2010/01/23(土) 00:18

>>153さん
幻聴があるのを当たり前のように意識に入れるのが一番の原因
間違いなくそうだと思います。ですが、この幻聴、俺の場合は自転車と一緒で一度乗れちゃったら何故か忘れないんですよね(其の感覚を)。勿論、仕事してる時とかは全く気にならないと言うより、多分、存在していません。俺の意識の中では(それに、気にしてたら仕事にならん(笑))。

唯、まぁ嫁さんでも貰えばそれも消えるかもしれませんね。
意味づけに対しては、消すための一つの条件に俺はなったので、何とも言えません。急性期時は自分の意志では操れませんよ。(このニュアンスもだめかな・・)
もしも、之を薬で強制的に消すことが出来たとします。ですが、果たして其の先も出ないと言う保障には多分ならないと思います。幻聴が出るにはその人なりの人生に、何か重大な事が起きた証明でもありますから。
又起きていて、耐えられなくなったからなのか?

俺はこの幻聴を親、親戚、兄弟、友人、全員に説明してます(笑)よく聞かれたのは、どんな風に聞こえるとか俺は出てきたか?とか、こっちが何を言ってるんだ?と思う質問ばっかりでしたけどね。

幻聴で面白いのは、人と話している時は全く聞こえない
(俺は)之だけでも、幻聴を自分で作り出しているという理解に繋がると思います。

168: 名前:kikiriri" " 投稿日:2010/02/21(日) 19:54

僕の最初の病名は幻覚妄想症でした。「俺はやくざに狙われている」
見たいな事だと教えてもらいました。まだ若くて自分の力で何とかなると思っていたのが歯がゆいです。

幻聴について、結局自分の脳に何かが作用している故に自分の分かる範囲内かと思いきやそうともいかず。理不尽さに任せて、しまうか。しまうしかない。服薬か診察か入院して休息をとる以外では。
僕の思考は支離滅裂。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。以上失礼


171: 名前:名無し 投稿日:2010/02/22(月) 17:29

幻聴のある皆さん、宗教どうですか?
不思議なことが起きている人は不思議ないいことが起こりやすいそうですよ。
私も幻聴があるので宗教を信じて入ってみたところ、数々のいいことがありま
した。お勧めです。


172: 名前:kikiriri" " 投稿日:2010/02/22(月) 17:42
御仏は信じていますか?


173: 名前:名無し 投稿日:2010/02/22(月) 18:48
幻聴が出てから信じました


186: 名前:名無し 投稿日:2010/03/04(木) 00:44

話は変わりますが、以前、占い師に診てもらったら「あなたには霊感があ
る」と言われました。幻聴に混ざって霊感もあったようですが、まともなの
が霊感でふざけたものが幻聴なのかなと思ってました。そしたら幻聴が

「どっちも幻聴だよ。あんたの気をひくために色んなお告げをして、その代わ
りにイタズラもするんだよ」

と言いました。


187: 名前:鬼太郎 ◆optzixGI投稿日:2010/03/04(木) 01:59

幻聴に混ざって霊感はありません。幻聴は幻聴、霊感は霊感です。
そして、この世界中どの人間も例外無く、霊感はあります。

少し、紐解いていくと解るのですが、霊感とは”普通”に全ての人間が視力の許す限り、見えている(感じている)世界とは別の物を捉える時に、ゴーストや霊、霊気、プラーナなど色々な国によって名前は違えど、そういうのを見る、感じる、のを霊感とします。

198: 名前:P 投稿日:2010/04/09(金) 13:17

幻聴の人、人間性が子供みたいだと思いませんか?

付き合ってられないです。
特に「くやしい」と言われるのには苦労させられました。

考え続けてやっとでたのが「下劣」と言い返すことです。
なんか頭もくらくらします。幻聴の内容と関係あるのでしょうか?


199: 名前:鬼太郎 ◆optzixGI投稿日:2010/04/09(金) 19:48
>>Pさん
俺も今は多分、その段階に来ていると思います。

簡単な事を連呼しませんか?

付き合う必要は無いですよ。俺はほぼ無視していますから。

其れにその幻聴多分俺と状態が一緒なら、もうPさん自身です。つまり、人格性が無い。

彼方の性別が解りませんが、このスレッドで解ったのは、最後に落ち着くのは
俺(本体)が男だから幻聴は女で、本体が女の場合幻聴は男に落ち着くと思います。

しかも、チョットアホな、まぁ餓鬼な感じでしょうね。

霊能者ではこの事をスイッチという表現でしている方が居ますが、意識を幻聴に向けないようにすると頭や体に響きませんよ。俺はもう、そうしています。


190: 名前:フリーダム 投稿日:2010/03/04(木) 23:09

george(" ") 同様、幻聴と会話できます。幻聴は歌も歌います。症状もめちゃくちゃで、「解放してくれ。」、「それはできない。」、「幻聴の原理は人間の脳波に同調させて話しかけている。」などと言っています


200: 名前:鬼太郎 ◆optzixGI投稿日:2010/04/09(金) 21:51
>>フリーダムさん
190からの書き込みを見ていましたが、幻聴と話す感覚ってありませんか?

俺は在るのです。其れを無視する方向で、別の事(何でもいいです)をしていると
多分、直ぐには無理ですが、幻聴を抑える事が出来ると思います。

俺は急性期時は色んな物音さえ、自分の頭で声で変換していたと思うんです。
俺の研究から言えば、脳も体も別々だが連動していると思うのです。

先ずは自分の体を鍛え上げてみる事をお薦めしますよ。其れこそ中山筋に君じゃないですがある一定の物事に集中していると、確実に幻聴は消えてます。

先ず、聞こえている時は幻聴と会話をしている以外は、ほぼ集中力など要らない作業をしていると思います。

もう一つ其の根拠としては、音楽をヘッドフォンで聴いていると、聞こえなくなります。其れは聴覚を半場強制的に音楽に集中させているからだと思います。

190の文章の幻聴との会話を見ていると、もうフリーダムさん自身が幻聴に捉われている会話内容なんですよね。

本質は幻聴もフリーダムさん自身です。

其の人格性を作ったのも、フリーダムさん自身です。

二重人格の理論です。
其の答えは、前におななさんが証明してくれました。

後はその幻聴人格が自分にとって近ければ近いほど、捉われる気持ちが増大します。

nanoさんという方も居ましたが、其れこそ簡単にこのトリックがわかると思います。 nanoさんの幻聴の主は自分の夫でした。会話内容によっては之が幻聴だという確固たる認識が早いわけです。綺麗に分ける事が出来たら、後は無視です。意識を意図的にずらす。

大人になっても抜けない癖ってありますよね。俺は無いですが、俺の弟(腹違い)が指をかむ癖をよくします。そう言うのと同じだと思われてもいいです。直すのは少し辛いですが、意図的にずらす事をしていると癖のように幻聴も消えると思います。癖に成る事それ自体も、癖を解消する事と一緒だからです。


201: 名前:フリーダム 投稿日:2010/04/09(金) 23:07

自分の場合、幻聴は薬を飲もうが、集中しようが、音楽をヘッドフォンで聞こ
うが、なにしても聞こえます。

24時間人の話を聞き続ける状態でノイローゼです。考えただけで違う病気になりそうです。


202: 名前:フリーダム 投稿日:2010/04/09(金) 23:26

世の中には、お金を持っていて、将来の不安もない。普通の人と同様に仕
事をして、子供を育てることができず、ある程度将来が予想できるので真面
目にやるのがばかばかしく、世の中の人は踊りを踊っているように見える。
まさしく人生に退屈するような人間がいるのでしょう。

そんな人間が暇つぶしにオンラインゲームの主人公(人間)を操るそれが今の自分の現状でしょう。

人間をロボットのように操ることができる。これは間違いなく事実でしょう。
http://hpcgi3.nifty.com/prunus/bbs/mibbs.cgi?mo=p&fo=avium&tn=0305


5. 中川隆[4607] koaQ7Jey 2016年10月24日 14:40:32 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5018]

精神病は薬物療法をやると廃人みたいになるから気を付けてね

効果が有りそうなのは:


アタマに効く温泉
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/345.html


6. 中川隆[4608] koaQ7Jey 2016年10月24日 14:50:39 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5019]

電波系というのは、つまりまあ頭の中で電波がささやくのでしょうから、分裂症か薬物中毒の系統になりましょう。sinobu_10さんの方は「パラノイア」系のように思われます。思考にまとまりがありますからね。

もっとも、「症例:G・W・F・ヘーゲル」などのレベルになりますと分裂症と見分けがつかなくなってまいりますが。

 チマタで見かける「ユダヤ陰謀史観」みたいなのと一緒で、いちおうの一貫性はあるのですね。ただその、決定的な証拠は? と言われると「ない!」となって、ならなんで? と言われると「証拠がないのも陰謀だ!」という形で無事に着陸。

こうなるともう誰が何を言っても聞き入れるもんじゃありません。
 
 実は、sinobu_10氏に関しては「教祖様」ではないのです。
「教祖様に疎んじられている一信者」らしいのです。彼が掲示板上で開いたトピックは、「千乃先生」なる教祖様の意を体したと称する信者各位がsinobu_10氏の信条の矛盾を突きまくり、それも彼らの「教義」に基づいてのことですから、さながら宗教戦争の様相を呈し、そこへ「ウォッチャー」を名乗る一般人が面白おかしくチャチャを入れるという展開になっておりまして、なかなかに楽しめる一大エンターテイメントになっておりました。
http://ime.st/members.at.infoseek.co.jp/serpent_owl/past-log/spring/log00000118.html

sinobu_10さんの阿修羅投稿
https://www.google.co.jp/search?as_occt=any&as_sitesearch=www.asyura2.com&num=10&as_q=%93%8A%8De%8E%D2+%94E&btnG=google%88%A2%8FC%97%85&gws_rd=ssl

たこさんご紹介のサイトをちょこちょこ見て回った印象では明らかに病的、すなわち初期の分裂病もしくは妄想を伴う躁鬱病、痴呆などの傾向が感じられるのに対して、sinobu_10さんのはソノ分野に浸かっているヒトなりに理路整然に近く、文章の構成もしっかりしています。

一括りにして良いものかどうか。臨床精神病理は難しくて、実はまだ余り勉強してない分野です。
 
 電波受けるヒトを実際知っております。仕事ができ、礼儀正しく義理堅く、言葉使いが綺麗で、想像力・情緒・感性も豊かで、発明の才もあり、倫理観もしっかりしていて、善意に溢れている。難を言えば少しまじめ過ぎる。

そういう誠に好ましい人望のあるヒトなんですけど、電波が入るんですね。それを普通の事のように言うので、こちらも普通の事のように受け答えしております。

 随分昔からその状態のまま変化がないようで、さらに聞こえるのはドク電波ではなく、善意の宇宙人からの助言が中心だったりしますので、ま、様子を見ています。数年前まではサイババが夢枕に立って「来い」と言ったからというのでインドに行く計画を立てていましたが、現在はモンゴルの平原でUFOとコンタクトする計画を楽しげに語ってくれます。

まじ。ホントに聞こえてるらしいのです。それを蔭で笑う奴がいるのも自覚しているようなのです。

「目を覚ます」という類の話じゃなくて、これ、はっきり言って症例なのです。しかし長年進行してないし、生活に支障がある訳でもないから、無闇にいじらない方が良いのです。


じつは、stomachmanは見積書作成要領の見本を作ったんですが、うっかり本物と間違えられて無用の混乱を起こすことが絶対ないようにと思い、
 
「荒矢田産業株式会社」発行の「重力遮断板セット」の見積書
 
って見本にしまして、発注先に配布したんですよ。そしたら彼がやってきて「あなたなら理解してくれると思う」と語りだした訳でして…
 
理解はすれども、同意はせず。得意の奴で対応しております。

目を醒まさせてあげなくていいの?
念力も自分だけで使ってるぶんにはいいんだけど・・・
自分だけでとどまってないとこが厄介だぁ―!
もうそろそろ、目を細めて笑って見てるばかりでもいられない。

テレビが俺の悪口を流している!
あのCMは俺の事をあざ嗤うのが目的…
 
てのが、典型的な公共電波系電波系さんですが、こちらは公共デンパでナンパするのが怪しからんという、これもまた、割合論から言って、別物ですな。
 
最近、街ですれちがう美女という美女が皆、秋波を送ってくるので困っているstomachmanです。


症例ってのは、夢を壊さないで、みたいなアマイ話ではないんですよ。
 
この彼の場合には、多分初期で停滞している分裂病だと思われます。悪化させないように、stomachmanとしても注意を払っておる訳です。もちろん、症状に悪化が認められたら直ちに治療を開始するよう促す積もりでいます。すなわち、確かに聞こえる電波が、彼の集中力を乱すようになってくると、本当に生活に支障をきたしはじめ、ついには外部とのコミュニケーションが取れなくなってしまう。


怪文書の宝庫!
 
 あ、そうそう。yahooの方で出くわした怪文書も一つ、ご紹介しましょう。sinobu_10という、静岡県にお住まいの男性の方がお書きになったものです。挙げられているURLもオススメ度大です。「神が推薦するパソコン…」なんて、もお、死にます。
 
      *
 
目を覚ませよ、国際連合の地下に核爆弾情報
投稿者: sinobu_10 (男性/静岡県)
メッセージ: 113695 / 116578

アメリカの精神の支柱である基督教の神であるヤーベ(八百重)は、
日本にいる事をアメリカの人達に伝えて欲しいのです。
以下の文書を真剣に考えて読んで下さい。そして、国際都市である
ニューヨーク市にある国際連合の地下に核爆弾情報が流れているの
です。爆発する前に友人や知り合いに伝え、引っ越すか警察に真剣に
取り扱う様に伝えて欲しいです。
 
初めまして、忍と申します。

現代科学のタブーである霊界の存在を考慮して、
今、現実問題として、イルミナティ共産主義問題を考えて置きたい
です。其れは、約2億人の虐殺があったのでは無いかという問題で
す。其れは、遠く遡れば、バビロンの時代まで遡れます。

近代は、イルミナティ教団が出来、フランス革命から始まって
一連の共産主義革命を起こした国際金融グループに対して何も
罪を問わない現状になっているのです。其れもユダヤ系列のマ
スコミと歩調を合わせて行動を執っているのです。但し此れは
戦略で行っているので、頃の見境を考えながらの行動であるか
ら、注意深く年数掛けての戦いなのです。

後、もう一つ大きな問題点はスカラー波の技術開発による武器
開発です。其れに関連してインターネットの通信問題も深く考
えなければならないのです。今、一番大きい
問題は、未だ科学が未完成の状態(物理学上の問題)を
解決しないで、それを前提とした意見が権威を持って発
表している所が問題なのです。

現実問題としては、テスラ波による武器開発です。別名「スカラー波」又は「気」
とも言っていますけれど、このテスラ波は物質の根源に
なすもので磁気的な性質を持っています。宇宙の構造
は、磁気法則で全てが成り立っているのです。

磁子の活動が電流を生み、そして力を発生するのです.「テスラ
波(スカラー波)」は、磁子の縦方向に振動している状
態を指しているのです。その悪用は、宇宙そのものがバ
ランス(平衡性)が無くなり、太陽系そのものが崩壊す
る危険性があり、又、精神作用にも動作するので、「洗
脳」にも使われる可能性があるのです。そしてDNAに
も作用するので、奇形児が出来る可能性があるのです。

又、マイクロ波の衛星通信の拡大は、電子レンジの中に
地球が入るという恐ろしい結果が待っているのです。それらの
問題をマスコミは真剣に考えていないのが現状なのです。
そして、環境問題の考え方も対処療法的で、物理療法的
に問題を考えていないのです。それが欠点なのです。
つまり、公害の原因を全て化学化合物で説明し、化学反応
の物理的説明を含んでいないのです。そこに免疫の問題を
考慮する事が出来ないのです。

 
神の言葉
http://page.freett.com/syouhou/kaminokotoba1.html

最後の審判の理由
http://page.freett.com/syouhou/reason_of_last_judgement.html

正しい性道徳とは
http://www.musesworld.co.jp/web2/syouhou/index.html

この侭だと本当に地球が崩壊する
http://page.freett.com/syouhou/index.htm

神が推薦するパソコンPC9821
http://page.freett.com/syouhou/suisennPC.htm


 
これらの問題を真剣に考えないと、やはり異星人は自衛の為に
最期の手段を使用されるのです。

 日本人が中心になって、神の言葉を、お伝えてこの問題を
解決する方向に考える必要があるのです。

神のいる場所
エルアール出版
〒150-0046 東京都渋谷区松濤1−4−9 サンエルサビル101号
TEL 03-5453-1870
 
アメリカ国内
HORKOM International Corp.
P.O.Box 282713
San Francisco, California 94128-2713
 
「人が全世界を儲けても、自分の命を損したら、何の得になろうか。又、
人はどんな代価を払って、其の命を買い戻す事が出来ようか。
邪悪で罪深いこの時代にあって、私と私の言葉とを恥じる者に対しては、
人の子も又、父の栄光の内に聖なる御使達と共に来る時に、
其の者を恥じるであろう。
(マルコ福音書第8章34節〜38節)」
http://www.ch-sakura.jp/oldbbs/thread.html?id=17590&genre=sougou


7. 中川隆[4611] koaQ7Jey 2016年10月24日 14:58:44 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5022]

感応精神病とは

@ 精神病の感染

 果たして、精神病というのは伝染するものなのだろうか。

 人の心を操る寄生虫が出てくる小説(ネタバレになるのでタイトルは言えない)を読んだことがあるが、実際に見つかったという話は聞かないし、たとえ存在したとしてもそれはあくまで寄生虫病であって、「伝染性の精神病」とは言いがたいような気がする。

 実際には、たとえば梅毒のように伝染性の病気で精神症状を引き起こすものはあるけれど、純粋な精神病で細菌やウィルスによって感染する病気は存在しない。精神病者に接触しても、感染を心配する必要はないわけだ。

 しかし、だからといって精神病は伝染しない、とはいえないのである。
 精神病は確かに伝染するのである。細菌ではない。ウィルスでもない。それならなんなのか、というと「ミームによって」ということになるだろうか。

 妄想を持った精神病者Aと、親密な結びつきのある正常者Bが、あまり外界から影響を受けずに共同生活をしている場合、AからBへと妄想が感染することがあるのだ。もちろんBはまず抵抗するが、徐々に妄想を受け入れ、2人で妄想を共有することになる。これを感応精神病、またはフォリアドゥ(folie a deux)という。Folie a deuxというのはフランス語で「ふたり狂い」という意味。最初に言い出したのがフランス人なので、日本でもフランス語で「フォリアドゥ」ということが多い。もちろん妄想を共有するのは2人には限らないので、3人、4人となれば"folie a trois"、"folie a quatre"と呼ばれることになる。なんとなく気取った感じがしてイヤですね。

 AとBの間には親密な結びつきがなければならないわけで、当然ながらフォリアドゥは家族内で発生することが多いのだけど、オウム真理教などのカルト宗教の場合も、教祖を発端として多数の人に感染した感応精神病と考えることもできるし、以前書いたことのあるこっくりさんによる集団ヒステリーも広義の感応精神病に含めることもある。

この感応精神病、それほどよくあるものでもないが、昔から精神科では知られた現象で、森田療法で知られる森田正馬も1904年に「精神病の感染」という講演をしている(この講演録が日本での最初の文献)し、その後も今に至るまでいくつもの論文が発表されている。


A 宇宙語で会話する夫婦 ← 恭子夫人は唯の詐欺かこのケースかどっちかな?

 まずは精神医学1995年3月号に掲載されている堀端廣直らによる「Folie a deuxを呈し“宇宙語”で交話する一夫婦例」というものすごいタイトルの論文から紹介してみよう。

 鍼治療の仕事を営む夫婦の話である。

 夫婦は「温和で物静かな夫婦」とみられていたが、1986年8月中旬から、妻の方が「宇宙からの通信」を受け始めた。その内容は「病気はこうしたら治る」「宇宙から素晴らしい人がやってくる」といったものだった。また、それと同時に近所の人々によって嫌がらせをされるといった被害妄想も感じるようになった。

そして約1ヶ月後には夫も同様の被害妄想をもつようになり、宇宙からの通信を受け始めたのだという。妄想が感染したのだ。二人は治療を求める客に対して「あなたは価値のない人間だから」などといって断るようになる。昼間から戸を締め切り夜は部屋の電灯を一晩中ともして「宇宙からの使者を待つ」生活をして周囲から孤立していった。

 そして約二年後のこと。今度は夫の方から「宇宙語」と称する言葉をしゃべりはじめ、半年後には妻も同調して二人は「宇宙語」で会話するようになったのだという。近所に抗議に行ったり通行人を怒鳴り追いかけるときにも「宇宙語」を発して近所の人々を驚かすこともあった。

宇宙語は中国語やスペイン語に似た言葉のように聞こえたとのこと。子供が3人いたが、感化されることもなく宇宙語も理解できなかった。

1991年、妻が通行人に暴力をふるう行為があったので妻のみが入院。妻は、医師に対して「宇宙語を喋るのがなぜいけないのか。人間のレベルが高くなったからしゃべるのだ」と反論し、同席した夫と宇宙語で会話。しかし入院翌日からは落ち着きが見られ話も通じるようになった。

入院3週間後より夫との面会を許可したが、笑顔で落ち着いた様子で宇宙語は話さなかったという。退院してからは「あのときは自分は一生懸命だったのです。今となっては過去のことです。通らねばならない過程だったと思います」と冷静に振り返ることができたという。

 これは春日武彦『屋根裏に誰かいるんですよ。』にも紹介されている症例だが、おそらくこれは「愛」の物語だ。フォリアドゥの成立条件に「2人の親密な結びつき」がある以上、フォリアドゥの物語は、多くの場合、愛についての物語なのである。

 この症例で興味深いのは、もともとの妄想の発端は妻だったのにも関わらず、「宇宙語」を話し始めたのは夫の方からだというところ。最初妻が妄想を語り出したとき、当然夫はとまどったことだろう。その時点で病院に連れて行ったり誰かに相談したりすることもできたに違いない。しかし、結局夫はそれをせず、妻の妄想世界を受け入れる。それはつまり、二人の間にはそれほどまでに深い結びつきがあったということだ。それから二年後、夫は、世界を与えてくれた妻に対し「宇宙語」を伝え、さらに二人の世界を広げるのである。

 「宇宙語」はつまり、夫から妻へのプレゼントだったのかもしれない。


B 行者と女工

 もうひとつ、篠原大典「二人での精神病について」(1959)という古い文献に載っている事例も紹介してみよう。72歳の女行者と25歳の女工の話だ。

 まずは行者の方である。老婆は若い頃から信心に凝り、夫や子を捨てて住みこみ奉公をし、金がたまると神社仏閣を遍路するという生活を繰り返していた。いつのころからか病人をまじないし、狸がついているなどというので、昭和31年夏、I病院に入院させられた。病室の隅にお札やお守りで祭壇をつくり大声で祈り、ときどき気合いをかけたりしていた。

医師には「お稲荷さんもこの病院は嫌だといっておりますわ。いろんなことがありますが、いうと気狂いだといわれますさかい」と言っていた。

 一方、女工は18歳で母を亡くし、継母とはうまくいかず、郷里を出て工場を転々とし、苦労を重ねていた。入院1ヶ月前、3年間つきあっていた男性から別れ話を持ち出された。

その後、ほかの人が彼女には無断で男から手切れ金を取ったり、すぐあとで別の男から結婚を申し込まれるなどの事件が重なり、発病。「不動さんの滝に打たれていると自然に首が振れだし、止まらなくなりました。不動さんが私に乗り移り問答できるようになりました。故郷に帰れとお告げがあったので荷物をまとめていると、手切れ金の噂をする声が聞こえてきました」。彼女は昭和31年秋に入院した。

 1年後にこのふたりは同じ病棟で移る。すると2人はすぐさま一日中話し込み、ともに祭壇を拝み、女工は行者のお経を写すようになる。

このころ、女工は「私の病気の原因を知っていて治してくれたのです」「不思議な風が私をおさえつけもがいているときに○○さん(行者の名前)のお守りで楽になりました」と話している。

女工は、男に裏切られて以来始めて、信頼できる人に出会ったのである。このころの2人はまさに教祖と信者の関係であった。

しかしその関係は長くは続かなかった。いったんは救われたものの、行者の方が「腹の中にいる生き物がはらわたを全部食ったらおまえは死ぬ」「人を犯す霊がお前についている」などと女工を脅すようなことをいうようになり、女工は行者に不信を抱くようになる。

彼女は行者とは別に祈るようになったが、するとますます行者は怒る。結局3週間で2人は争い分かれてしまった。女工は言う。「○○さんは私を計略にかけたのです。○○さんは身寄りがないから私を治して退院させ、退院した私に引き取ってもらおうとしたのです」

 その後1ヶ月して面会させたが、語り合わずまた争うこともなかった。行者はその後も変化はなく、女工は症状が消え3ヶ月して退院、故郷に帰っていった。

 孤独な2人の、出会いと別れの物語である。


Cフォリアドゥの治療

 この例でもわかるように、実はフォリアドゥには、鉄則といってもいい非常に簡単な治療法がある。それは、2人を引き離すこと。

もちろん最初に妄想を抱いた人物(発端者)は、多くの場合入院させて薬物などによって治療する必要があるが、影響を受けて妄想を抱くようになった人物(継発者)は、発端者から引き離されただけで治ってしまうことが多いのだ。

 ただし、引き離す、という治療法は多くの場合有効だが、そうすれば絶対に治るとはいえない。

 私がまだ研修医だったころのことだ。隣の家の朝鮮人が機械で電波を送ってくる、という妄想を抱いて入院しているおばあさんの治療を先輩医師から引き継いだことがある。

「自分が治してやろう」という意気込みは精神科ではむしろ有害なことも多い、ということくらいは知っていたが、まだ駆け出しだった私には、どこかに気負いがあったのだと思う。必死に薬剤を調整してみてもいっこうに妄想は改善しない。

万策尽き果てた私が、永年同居生活を送っている兄を呼んで話をきいてみると、なんと、彼の方も「隣の家の朝鮮人からの電波」について語り出したではないか。2人は同じ妄想を共有していたのだった。

 これはフォリアドゥだ! 私は、珍しい症例に出会ったことと、そして先輩医師が気づかなかった真実にたどりついたことに興奮し、さっそく「鉄則」の治療法を試みた。兄の面会を禁止したのである。

しかしこれは逆効果だった。面会を禁止してもおばあさんの妄想はまったく改善せず、それどころか2人とも私の治療方針に不信を抱くようになり、治療はまったくうまくいかなくなってしまったのだ。

私は2人を一緒に住まわせるのはまずいと考え、兄のところ以外に退院させようと努力したのだが、2人とも態度を硬化させるばかりであった。
1.
今考えれば私の方針の間違いは明らかである。私は、妄想が残ったままであろうと、彼女を兄のところに退院させるべきであった。それが彼女の幸せであるのならば。私は「鉄則」にこだわるあまり、老人の住居侵入妄想はなかなか修正しにくいことを忘れてしまい、そして何よりも、永年2人だけで暮らしてきた兄に突然会えなくなった彼女のつらさに考えが及ばなかったのであった。


D古いタイプの感応精神病 ← 幸福の科学信者はこのケース

 続いて、古いタイプの感応精神病の例を紹介してみよう。最近の感応精神病は「宇宙語」の例のように、都会の中で孤立した家族で発生することも多いのだが、かつては圧倒的に迷信的な風土の村落で発生することが多かった。例えばこんな例がある。

 昭和29年、四国の迷信ぶかい土地の農家での話である。あるとき、父親が幻覚妄想が出現し興奮状態になった。そのさまを熱心にそばで見ていた長男は2日後、父親に盛んに話しかけていたかと思うと、次第に宗教的誇大的内容のまとまりのない興奮状態に発展し、互いに語り合い感応し合いながら原始的憑依状態を呈するに至った。

父親は妻、娘など一家のもの6人を裏山に登らせ裸にさせて祈らせ、大神の入来を待った。長男は家に残り夢幻様となって家に放火。一同は燃え崩れる我が家を見ながら一心に祈りつづけた。父親、長男以外も一種の精神病状態にあった。

悲惨な話だが、どこかゴシック・ホラーの世界を思わせないでもない。
 これがさらに拡大すると、村落全体が感染するということもある。

青木敬喜「感応現象に関する研究(第1報)」(1970)という論文に載っている例だが、これはフォリアドゥというよりむしろ、以前書いたこっくりさんの例のようなヒステリー反応とみなすのが適当かもしれない。

 昭和11年、岩手県北部にある戸数40程度の集落での話である。
 発端となったのは35歳の農家の妻Aである。昭和11年5月、夫の出稼ぎ留守中、頭痛や喉頭部の違和感を感じるようになり、また身体の方々を廻り歩くものがあるような感じがするようになった。あちこちの医者を回ったがなんともないといわれるのみで一向によくならない。

どうも変だと家人がいぶかしんでいる間に、患者はときどき「鳥が来る。白いネズミのようなものが見える」などといったり、泣いたり騒いだりするようになった。家人はこれは変だと患者の着物を見ると、動物のものらしい毛がついている。これはイズナに違いない、と12キロほと離れた町の祈祷師Kに祈祷してもらったところ、たちまち発作状態となり、さらに発作中に自分は集落の祈祷師Tのもとから来たイズナであると言い出したのである。

その後もこの患者は発作を繰り返すようになり、多いときには一日のうちに数回起こすようになった。

 さてAの近所に住む農家の妻BとCも、昭和11年5月頃から喉の違和感を覚えるようになる。12月にはBの夫がBに毛が付着しているのを発見している。BとCは例の祈祷師Kのもとを訪れ祈祷してもらったところ、祈祷中に2人は急に騒ぎ出し、「Tから来たイズナだ。Tで育ったものだ」と言い出す。

こうして昭和12年4月までの間に続々と同様の患者がこの集落に発生、ついにその数は10名にのぼった。事件は集落をあげての大騒ぎとなり、「集落は悪魔の祟りを受けた。なんとかして悪魔を滅ぼさねば集落は滅んでしまう」と不安と緊張が集落にみなぎるにいたる。

 こうしたなか、本当にTの祈祷のせいなのか確かめようじゃないか、という動きになり、昭和12年8月20日午後3時ごろ、集落の共同作業所に患者10名を集め、集落の各戸から1名ずつ、合計四十数名の男たちの立ち会いのもと、TとKのふたりの祈祷師の祈祷合戦が繰り広げられることになった。

まず疑いをかけられているTが祈祷をするが患者は何の変化も示さない。次にKが祈祷すると、約10分くらいして患者たちはほぼ一斉に異常状態となり、「Tから来たTから来た」と叫ぶもの、「お前がよこした」と激昂してつかみかかるもの、「命をとれといわれたが恨みのないものの命をとることができないからこうして苦しむのだ。苦しい苦しい」と泣き喚くもの、ものもいえず苦しげにもがいているものなど憑依状態となり、まったく収拾のつかない大騒ぎとなった。

このため、これは確かにTの仕業に違いないと集落のものは確信を抱き、Tに暴行を加え、T宅を襲って家屋を破壊した上、村八分を宣言したのである。

 さらにその約1ヶ月後のことである。集落の各戸から1人ずつ男たちが出揃ったところで副区長が「イズナが出ないようにするにはイズナ使いの家に糞便をふりかければイズナは憑くことができないという話をきいた。どうであろう」と提案した。

すると、一同は一も二もなく賛成し、そのまま四十数名が暴徒と化し、大挙してT宅に押しかけ、雨戸を叩き壊して座敷になだれ込み、糞便をかけ、Tをはじめ家族の者を殴打、重傷をおわせてしまった。
これまたものすごい事件である。ただ、「宇宙語」の家族は隣にいてもおかしくないように思えるが、こちらはわずか60年前の事件とは思えないくらい、私には縁遠く思える。

集落全体が外部から遮断された緊密な共同体だった時代だからこそ起こった事件なのだろう。こうした共同体が減ってきた今では、このような憑依型の感応精神病はほとんど見られなくなっている。


E 家庭内幻魔大戦

 さて今度はまた篠原大典「二人での精神病について」(1959)から。家庭内の騒動が、宇宙的規模での善悪の戦いにまで発展していってしまうという、興味深い物語である。

 昭和31年5月、Kという呉服商が相談のため京大精神科を訪れた。

 彼の話によれば、昭和23年に妻と長女、三女が彼と口論をしたあと家出。しばらくして帰宅したが帰宅後はことごとく彼と対立、離婚訴訟を起こした上、妻と長女は前年から二階の一室にこもり、ときどき外出して彼の悪口を言い歩くが、一見正常に見えるから始末に困るという。なお、別居中の義母も妻とは別に彼を悪者扱いしているという。

 そこでこの論文の著者らはただちに母と娘を閉鎖病棟に収容した。現在の常識からすればこれくらいのことでなぜ、と思えるが、当時はそういう時代だったのだろう。入院後も2人が協力して反抗してくるのでただちに分離したという(「鉄則」の通りである)。

 さて母子の入院後、2人の部屋からは数十冊にも及ぶ膨大なノートが発見される。そのノートには、驚くべき母子共通の妄想体系が詳細に記されていたという。その記述によればこうだ。

 宇宙外にある「大いなるもの」から一分子が月に舞い降り、さらに地球に来て母の肉体に宿った。太陽を経て地球にきた分子は長女に、ある星を経て来た分子は三女に宿った。彼女らは肉体は人間の形をしているが、魂は大いなるものの一部であり、月や太陽の守護のもとに人類を救済する使命をもち、「宇宙外魔」の援助を受けて彼女らをおびやかす悪の根源である夫Kを撃滅せねばならない!

 家庭内幻魔大戦というか、家庭内セーラームーンというか、とにかくそういう状態なのである。ここで、仮に母を月子、長女を陽子、三女を星子と呼ぶことにし(実際、論文にそう書いてあるのだ)、2人が書いた手記をもとに、この妄想体系が完成されるまでの経過をたどってみる(以下斜体の部分は手記の記述による)。
Kは苦労人で丁稚奉公のあと、月子と見合い結婚すると暖簾をわけてもらい東京で呉服店を開いた。一方月子は貿易商の長女で甘やかされて育ったせいもあり、派手でだらしなく浪費癖があり、夫とは常に対立していた。2人の間には4人の子どもが生まれる。長女陽子、長男、次女、三女星子の4人である。

 長女陽子は自然が好きな子どもだったが、人間は嫌いで、幼稚園の頃は太陽の絵ばかり描いていた。「父は些細なことで怒り赤鬼のようになって母を叩き、耐えている母をみて母の尊いこと」を知った。

父と母の争いにまきこまれ、成績があがらず落胆し、学校も家庭も憎み、「よく裏庭に出て月や星を仰いで」いた。5年生のときにH市に疎開、終戦までの1年間は父のいない楽しい生活を送ったが、終戦後父もH市で商売を始め、再び母との争いに巻き込まれることになった。

 しかも、中学から高校にかけては父の命令で、妹たちとは別に祖母のいる離れで寝なければならなかった。祖母は向かい合っていても何を考えているかわからない人で、「父が悪事を企んでいる」と真剣な顔で陽子に告げるのであった。

この祖母も分裂病だったと思われる。陽子の手記によれば「父から物質的恩恵を受けながら父を愛せませんでした。そのことを深刻に苦しみましたが、誰も理解してくれませんでした。知らず知らず孤独を好み、しかし一方では自分が頼りなく誰かに頼らねば生きていられませんでした」。そして高校1年のときある事件が起き、それ以来彼女ははっきりと父を敵とみなすようになるのである。

 その事件については陽子の母月子の手記をもとに見ていこう。
 昭和25年、月子と陽子はKの弟の家で軽い食中毒を起こす。このとき月子の心に最初の疑惑が生じる。

昭和27年、月子は夫の甥が陽子の部屋に無断ではいるのを発見し、夫に告げるが「夫は全然取り合わないのである。私は夫の仮面を見たような気がした」。
昭和28年1月、陽子は腎臓疾患にかかり、月子は離れで陽子を看病するが、Kが離れに出入りしたあとは必ず容態が悪化することに気づいた。

「ここに至っては夫が陽子に危害を加えていることは明らかである。私は夫と甥に警戒の目を向けた。家の中は自ら疑心暗鬼、一家をなさず私と陽子対夫と甥の目に見えない対立が生じ、間に入ったほかの子どもたちはおろおろするばかりである」。

長男は中毒事件までは母についていたが以後父に従い、次女は最初から父の側、三女星子はほとんど母についていたが、終始母に批判的であったという。

 28年3月、月子は飼い犬のえさのことで夫とひどい口論をしたときに夫に「何か一種の妖気を感じた。私は今までの夫にないものを見たのだ。以後奇怪な事件は連続して起こっていった。私たちは身体に異常を感ずるが、くやしいことにその根源を科学的に実証できなかった。しかし害を加えられるところにとどまることはできない」

 彼女たち3人は家を出て警察などに訴えまわり、3ヶ月後に帰宅した。

「家に帰ると陽子は身体がしびれて動けぬという。奇怪だ。しかしある夜、私はその正体の一部を見た。私が陽子を看病していると、といっても病気ではない。見守っていると、はなれとの境目の板塀の節穴からさっと私たちに向かって青白い閃光が走った。私も陽子もしびれるような異常を感じた。相手は見えざる敵である。あるときは右隣、あるときは左隣から来た」

 やがて29年になる。「私は陽子を連れて二階に引きこもることにした。疑いを持った人とともに生活することは無意味だからである。そしてこの不可解な事件をどう解決するかということに専念した」

 家出前後の事情は娘陽子の手記にも書かれている。

「腎臓炎になってから不思議なことが次々と起こり、布団が非常に重く感じられ、時計の音が大きく響きました」

「父が薬を飲ませたとき、味が妙だと思いましたが、あとで毒を入れられたのでそれで病気が治らなかったのだとわかりました」

「父に殺されるといったのは私で、家を出ようといったのは母です」
「隣の家から光線が出て2人とも気持ちが悪くなったこともあります」

「H先生(遠縁にあたる絵の先生で、彼女の片想いの対象)に何度も危険を訴え、殺されたら裁判所に訴えてくれと頼みました」。

笑っちゃいけないのだが、月子の手記がなんだか妙にB級ホラーサスペンスタッチなのがおかしい。母子と父の戦いはいったいどうなるのか。

 昭和29年になると、母月子と長女陽子は2人で2階で暮らすようになる。陽子の手記によるとこうだ。

「母と2階で生活し、父が来ると追い返し塩を撒きました」

「私が買い物に出て家の周りのことを母に伝え、対策を考えてはノートで敵を攻撃しました」

 「ノートで敵を攻撃」というのがどういうことかというと、つまり呪文による攻撃なのである。母のノートには「神不可抗、我等と敵魔外魔との反発源を白光通像の中へ密着入せよ」などとあり、娘のノートには

「さしもかたき暗黒の魔星、四方に砕けて、たちまち無くなれり。彼方より尊き神の御光、仰げ白光たえなる神を」とあった。

また、「敵撃滅敵撃滅敵撃滅……」という呪術的文句も延々と繰り返されていたという。ここにきて、事態は家庭内呪術戦争の様相を呈する。

 昭和30年、ついに2人は「大いなるもの」と接触する。

「『ご自身の世界に一度顔を出してください』と太陽から聞こえたり、大いなるものから『来たければおいで』と知らせてくれました。

体がしびれたとき、目を閉じるとダイヤモンドのようにきらきら光るものが見え、母に話したら大いなるものだといいました」。
きのう書いたとおり、困り果てた父親が精神科を訪れたのが昭和31年5月。そして2人は入院することになる。

入院3日目より陽子は「壁の後ろから父に命令されたものが電波をかける」と訴え、母の名を叫びながらノートにも

「お母さんお月さんはありますね」

「お母さんを離れては私はありません」

「お母さんの心は私の心、一心同体とお母さんは言いましたね」

などと書いた。母と会わせると抱き合って

「月と太陽が……あいつと宇宙外魔が……」と語り合っていた。

 入院第1週から月子は「私の伝記」を書き始める。これが今まで引用してきた手記である。

 第2週、娘は

「新しい素晴らしい世界ができる。その主となるのは私」

「地球も宇宙も月も捨ててしまう」

「月も太陽も出ない。宇宙を逆転させて、しめたといったのは誰だ」

と緊張病性興奮をきたし、父と面会させると

「あれは亡霊です人間ではありません」と逃げ出した。

主治医はつとめて妄想を肯定するように対応したが、すると彼女は主治医とH先生(きのうの記述にも出てきた、陽子が片想いしている絵の先生である)を人物誤認し、
「太陽は自由だった。太陽に飛んでいきたい。しかし地上にも幸福はある。それはH先生」

と書いている。この頃から興奮は鎮まり、第3週から手記を書き始めている。

 母の症状はなかなか改善しなかったが、第6週には娘は父の住む家に外泊、父は案外やさしい人だといい、逆に母を説得さえするようになった。「入院はいやだったが、病気が治りかえって自由になった」と書いている。第8週に母はなんら改善されずに退院。第10週に娘も母と別居し父と暮らす約束で退院した。

 しかし、話はここでは終わらない。陽子は1ヶ月ほど父と生活したが、H市の母のもとに手伝いに行ったのをきっかけに、ふたたび母と二階の一室で暮らすようになる。ときどき帰る父と母の緊張、H先生への恋を母に禁止されたことなどが誘引となり、10ヶ月後、再び陽子の症状は悪化してしまう。

 昭和32年4月、陽子は京都にH先生に似ているというある俳優の撮影を見に来ていたが、その俳優が殺されるシーンになると不安になり、ハンドバッグから持ち物を出し、次々と太陽にすかし池に投げ込んだ。かけつけた父を罵りますます興奮するので、主治医が呼ばれて行った。

「よい月が出ているから安心しなさい」と主治医が言うと一応鎮まり、

「二次元と三次元の世界のどちらを選ぶべきですか」と質問したという。

 かくして陽子は再入院。第1週には

「人間なんか信用できないから地球に未練はない。あの汚らわしいやつ。人間のできそこない、あいつは絶対に許されない。神でもないのに神のつもりでいるのだ。あいつは物質的恩恵を与えたつもりでいるけれど、太陽によって成り立った物質はあいつのものとはいわせぬ」

「私の元の世界は宇宙の外にある。お母さんが帰らなければ私だけH先生を連れて帰ってしまう」

などと話していたが、2週目以降はやや現実的になり、母親と離れることの不安やH先生への思いを語るようになっていった。
入院2ヶ月後にLSDを服用させて妄想を発現させたところ(驚くべきことに、昔はそういう治療法があったのである)、1時間後強迫的に笑い出し、
「ケセラ・セラの歌は私がお母さんに頼っていたことに対する警告だと思います。お母さんを捨ててH先生と結婚します」

といい、2、3時間後には「先生! オールマイティになってください」と主治医に寄りかかる。一人で立たないといけないと突き放すと不安がつのり

「空に飛びたい。元の世界に帰る」と机の上に乗って飛ぼうとする。

しかし飛べずに興奮し始め、

「過去も現在もなくなってしまえ」

と叫びながら主治医にH先生になってくれと懇願する。主治医がうなずくと次第に静まっていったという。

 念のため言っておくが、これは今じゃとても考えられない荒っぽい治療法である。 ともかく、入院4ヶ月目に陽子は退院。以来京都で父と暮らし洋裁学校に通うようになったという。

 論文の著者はこう結んでいる。「母からH先生へ、そして主治医へ、退院の頃には主治医から父へと陽子の依存性は次々と移され、その程度も弱まり遂には精神的独立を決意するに至っている。かくて主治医を通じて父との新しい人間的結合を生じ、母から分離したのである」。

 つまり主治医は、陽子の分離不安をいったん自分で引き受けることによって治療を成功させたわけなのだけど、これも下手をすれば主治医が妄想に取りこまれないとも限らないわけで、けっこう危険を伴なう治療法だと思うんだけどなあ。ま、結果よければすべてよしですが。


F フォリアドゥと家族 ← 大川一家は今このケース?


 さて最後にちょっと違った視点からフォリアドゥを見てみよう。共同生活をしている家族などの中で狂気が伝染していくというのは、確かに気味の悪い現象ではあるのだけれど、ある意味、感染して同じ狂気を共有するようになった人は幸せといえよう。

抵抗をやめて吸血鬼(or屍鬼orボディスナッチャーorボーグ)になってしまえば楽になるのと同じようなものだ。

 それでは、狂うことができなかった家族はどうなるのだろう。
 家族を正気に戻すために戦う? 家族を捨てて逃げる? 

映画ならともかく、現実にはどちらもよほどの覚悟がないとできそうにない。それに、もし、戦うことも逃げることもできない無力な子どもだとしたら? 

家族は狂気を共有することを強要するだろう。暴力も振るうかもしれない。狂うこともできない子どもは家族からの虐待に耐えつつ、ただひとり孤立するほかあるまい。狂気に陥っている集団の中では、正気を保っている人物こそが狂人なのである。

 これは、狂気に感染した家族よりもはるかに悲惨なんじゃないだろうか。しかし、どういうわけか、これまでの文献は、感染した家族には興味を示すのに、狂気に陥らなかった家族についてはほとんど触れていない。「宇宙語」の論文でも、感染しなかった子どものことはほとんど書かれていないし、「家庭内幻魔大戦」の論文でもそうだ。無視しているといってもいいくらいである。

 このへん、精神医学という学問の偏りがよく現れていますね。派手な精神病症状には興味を示すくせに、狂気を耐え忍んできた人の心にはまったく無関心。今でこそPTSDなどが話題になってきているけれど、つい最近までの精神医学はこんな具合だったのだ。
フォリアドゥそのものではなく「狂えなかった家族」に焦点をあてた文献はあまりないのだが、それでも皆無というわけではない。酒井充らによる『いわゆる被虐待児症候群の事例化』(社会精神医学1987年12月)という論文から事例を引いてみる。

発端者は母親であったらしく、結婚前の18歳ごろから

「近所の人たちが自分のことをバカにして笑っている」

とくってかかるなどの行動があったという。21歳で結婚するが、しだいに夫も妄想を共有するようになり、次男Kが生まれた頃には、夫婦そろって近隣といざこざを起こし転居を繰り返していた。

 次男のKは4歳のときに幼稚園に入園したが、両親はKが保母に不当にいじめられているという被害妄想を抱き、中途退園させてしまう。またその頃父から「家族は家族だけでやっていくから、もう二度と外の人とは遊ぶな」と言われ、子どもたちは外出を禁じられるようになる。

 6歳でKは小学校に入学するが、やはり父は担任の家に電話してどなりつけたり、教育委員会に抗議に行ったりしていた。まもなく両親はKの登校を禁止。Kが登校しようとすると、両親、ときには兄も加わってベルトで鞭打つ、金槌で殴りつける、煙草の火を押しつける、鉄パイプで眼を突くなどの身体的虐待が加えられた。そのため、小学3年生以降はほとんど学校に出席できなくなった。

 他の兄弟は親に従ったがKだけは抵抗したため、Kは親の言うことを聞かない子として、兄に行動を監視され、他の家族員から仲間はずれにされていた。Kは自宅内で一人で教科書や本を読みながら過ごすようになる。

12歳、中学校に進学したが一日も出席できず、学校から自宅に届けられた教科書で勉強し、父に命じられて自宅の敷地内の草取りをしたり、自宅内で飼っている豚の世話をしたりしていた。

この頃から、両親の近隣に対する被害妄想はますます強くなり、両親は自宅周囲をトタン板で囲い、月に一、二度のリアカーでの買い出し以外外出をしなくなる。

外出のときには両親はカメラやテープレコーダーを持ち歩き、「いやがらせの証拠」を探していたという。その際にもKは外出を許されず、父から訪問者の声の録音を命じられていた。

 15歳ごろより、Kはマンガ家になりたいと思うようになり、マンガの添削教育を受け始める。しかし両親は「マンガなど描くのはやめろ。豚の世話をしろ」と反対し、Kの描いたマンガを破き、届いた郵便物を焼き捨てる。反抗すると、両親はKに暴力を加えた。

Kは両親の妨害を避けるため、自宅の隅に家具やガラクタを積み上げて「バリケード」を築き、その中に閉じこもってマンガを描くようになった。Kの態度に父は逆上、バリケードに灯油をぶちまけて火をつけ、自宅は全焼、Kは右半身に火傷を負い、翌日外科病院に入院した。

 入院したKは病院で植皮術を受ける。しかし、手術痕の回復に従い、問題行動が始まった。看護婦の体に触る、夜間徘徊して眠らない、注射・服薬を拒否するなどの行動を繰り返し、病院側から治療半ばにして退院させられてしまう。

病院は通院治療を勧めたが、父は「一旦家から離れた者は家族ではない」といって、Kを父の信奉する宗教施設に預けた。

しかしKはそこでも問題行動を起こし、自宅に帰された。両親はやむなくKを家に置くことを許したが、やはり自宅外への外出を禁じたため、Kは再びバリケード内にこもった生活を続けることになった。

痛ましい話である。Kにとってはまさに地獄のような家だったに違いない。15歳で入院し、家から離れたときになぜきちんと助けを求めなかったのかと不思議に思う人もいるかもしれないが、それは無理な話だろう。

それまで家族以外との接触がほとんどなかったKには、他者とうまくコミュニケーションをとることができなかったのだろう。

 さてこのあと、Kは意外な方法で地獄からの脱出を図る。

17歳頃になると、Kは両親が話しかけても「あなたは誰でしゅか」などと幼児語しか話さなくなり、昼夜かまわず奇声を発するようになった。

また布団の上や鍋の中に大小便をしたり、糞尿を身体をなすりつけて転げまわるなどの異常行動が徐々に激しくなり、両親も対応に困り、翌年11月、救急車で精神病院に入院することになった。

 入院したKは、主治医の質問も待たず一方的に喋りだし、

「親から離れて入院できたのは本当にラッキーでした。でも僕は本当のことは言いません。狂気を装っているんです。催眠療法してもだめでしょう」

とうれしそうな表情で話した。入院前の異常行動については

「親が鉄パイプで殴ったり、僕のものを燃やしたりするのが鬱積して、精神病の方へ出ちゃったんです」

「虐待ばかりで学校へも行かせてくれず、訴訟ばかりしている親に反抗して、家から脱出したいと思って、親の方から僕を嫌いにさせようとして狂うふりをしたんです」という。

また「これは父にやられた、ここは母にやられた」と体中の傷痕や火傷痕についてしきりに説明した。
病棟では他の患者や看護婦に一方的に話しかけ、苦情が出るほどだった。また自分の要求が通らないと大声でわめきちらし、逆に強く注意されるとその場で土下座して謝ったりと、周囲の人たちとどのように接したらよいのかわからない様子だった。

 両親への憎悪は強く、「もう自宅には戻りたくない。親戚に連絡して引き取ってもらいたい」と要求。入院が長引くにつれ、

「自分の親は被害妄想狂です。だから僕ではなく親のほうを入院させて下さい」と攻撃的な口調で退院を要求した。

 一方両親は、入院時「一生退院させない」と言って面会にも現れなかったが、月に2、3回の手紙は必ず送って来た。

Kは両親が「被害妄想狂」である証拠として、主治医に手紙の一部を見せた。手紙は、警察や近隣、福祉事務所などへの被害的内容が主で、当初は病院に対して好意的だったが、徐々に

「病院も警察とグルになって一家をバラバラにしようとしている」

と被害妄想の対象になっていった。そして、それとともにしだいにKの退院を認めてもいいとも書くようになっていった。

 翌年7月、突然父が病院を訪れ、Kを自宅に引き取りたいと申し入れ、即日退院となった。その後もKは以前のように自宅に閉じこもった生活を続けているようだが詳細は不明だという。
こうして、Kは結局地獄の家に帰ってしまうのである。おいおい、そりゃないだろ、と思うのは私だけではないはずだ。

 Kが本当に狂気に陥っていたのか、それとも本人の言う通り狂気を演じていたのか、この論文でははっきりとした結論は出していない。

それでも、Kは、両親の狂気に対して、それを上回る狂気という奇策によって脱出を図り、必死に助けを求めてきたわけだ。そんなKを、父親に言われるままにあっけなく自宅に引き取らせてしまっていいんだろうか。いくらなんでもこの結末はないだろう。

 確かにこの患者は未成年でもあることだし、普通は親が退院させたいと言えば、法的には退院させるほかはない。たとえ親の方がおかしいと思おうが、この両親を無理矢理入院させるわけにはいかない。でも、このような場合には何かほかの方法があったんじゃないかなあ(例えば親戚に介入してもらうとか)。

 この論文は、「今後はさらに、本事例児のみならず、他の兄弟の発育についても、慎重に経過を追う必要があると思われる」と結ばれているのだが、本当にそれだけでいいのか?
 その後この家族がどうなったのか、気になって仕方がないのだが、残念ながら続報は発表されていない。
http://homepage3.nifty.com/kazano/folie.html


8. 中川隆[4613] koaQ7Jey 2016年10月24日 16:46:12 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5024]

精神病の教祖を放置しておくと信者は全員 感応精神病にかかる

宗教とセックスにまみれながら子どもたちが育つ、新興宗教「神の子どもたち」

2012.04.25 水

オカルト事件簿 「神の子どもたち」
 
 2005年1月9日、カリフォルニア州のブライスで、車の中で拳銃自殺をした男性の遺体が発見された。男性の身元はすぐに判明。リッキー・ロドリゲスという、アリゾナ州のツーソンで電気技師をする男だった。そして、リッキーのツーソンの自宅アパートには、のどをナイフでかき切られた初老の女性の残虐遺体があり、血だまりの中、息絶えていたという。

 リッキーは殺人を犯す24時間前、自殺する48時間前、元妻、友人、そして自分が育ったカルト教団「神の子どもたち」で育った元信者に向けて、告白ビデオを遺していた。これを見た警察は驚いた。「神の子どもたち」が、子どもにまで性行為を強要していたということ、教団の中で幼児性虐待を受けてきた子どもたちが大勢いること、自分たちは精神的に傷つき、死んだも同然の状態であることを、リッキーはビールをあおりながら、淡々と語り続けていたからである。

 リッキーは「復讐する必要性がある。正義の必要性があるんだ。やりたい(殺したい)からじゃない。もう、このままでは、やっていけない」と、虚ろな目で語りかけていた。ごくごく普通に見える青年、リッキーは、なぜ、老女を殺し、自殺をしたのか。そして、彼を追い詰めた「神の子どもたち」とは、一体、どのような教団なのだろうか。

 「神の子どもたち」は、1968年、バプテスト教会のカリスマ的牧師、デビッド・バーグにより、南カリフォルニアで設立された新興宗教である。父親も牧師であったデビッドは、「イエス・キリストの愛の言葉を広める」ことを目的に、「神の子どもたち」を立ち上げた。最初はシンプルなゴスペルなどで信者に「イエスの愛を」と説いていたが、ヒッピーが集まるようになると「フリー・ラブ」が大事だと説教するようになり、セックスにより信仰を深め、広めようと、スワッピングや乱交を推奨するようになった。スワッピングは子どもたちの目の前でも行われた。「イエス・キリストがお望みのこと」「喜ばしいこと」だと信者の子どもたちは教えられ、異様な環境の中、育てられたのだった。

 グルであるデビッドには、カレン・ゼルビーというお気に入りの女性信者がいた。彼女は、セックスをしてイエスの愛を伝えることにより信者を増やす「浮気釣り(FF)」という新しい福音伝道を開発。カレン自身も積極的にFFを行い、アメリカだけでなく、メキシコやフィリピン、日本でもFF伝道活動が行われるようになり、信者数は一気に増えた。そして、信者の1人だったウェイターの男性の赤ん坊を身ごもったカレンに、デビッドは自分の養子として迎えてあげようと伝えた。彼は、家庭的なイメージを欲しがっていたため、赤ん坊の誕生はグルとしての株を上げるチャンスだったのである。

 1975年1月25日、カレンは男の赤ん坊を出産。名前をリチャード・ピーター・ロドリゲスと名付けた。デビッドは、リッキーのことを自分の次に偉大な存在だとし、跡取りだと公言。デビッド、リッキー、カレンはまるで皇族みたいな崇高な存在だと見られるようになった。しかし、リッキーの幸せな幼少時代は、そう長くは続かなかった。デビッドとカレンは、リッキーを利用して、フリーセックス対象年齢を下げようと企み、幼児・子どもたちにも性行為を強要するようになったのだ。

 教団は、3歳のリッキーが1歳や2歳の女児たちとペッティングをしたり、大人の女性と性行為をする様子を撮影。762ページにもわたる子育て本としてまとめ、信者に配布した。

 1996年に教団を去り、現在ニューヨークでストリッパーとして働きながら薬物中毒と戦っているデヴィータは、ドキュメンタリー番組のインタビューで、

「リッキーと私は、次世代のデビッドとカレンになるように育てられた。私は5歳の頃からベッドでデビッド相手に、手淫やオーラルセックスをさせられたわ」

「12歳になった時、リッキーは自分の母親であるカレンとセックスするようになった。一つのベッドの右側で私とデビッドがオーラルセックスをし、左側でリッキーがカレンとインターコース(性交)をしている。これがイエスの望むハッピーファミリーだと教えられてね。教団の子どもたちは、宗教とセックスにまみれながら育ったのよ。1歳の赤ん坊にオナニーを教えたりもして、狂っているわ」

とぶちまけている。

 子どもと大人が交わるフリーセックス推進により、さらに信者が増えた「神の子どもたち」。しかし、多くの小児性愛者を引き寄せることにもなり、デビッドはインターポールから目をつけられるようになる。教団は、1986年、これ以上探られては困ると考え、子どもの性行為を一切禁じた。そして、その8年後には「FF」「乱交」を禁止。教団名も「ファミリー・インターナショナル」に落ち着き、1994年にデビッドが死去した後は、ポルトガルに拠点を置いていたカレンがリーダーの座に納まった。

 リッキーは19歳の時にハンガリーの教団コミュニティで出会った女性と一緒になっていたが、カレンとの同居生活を続けていた。信者たちは、デビッドの後継人だと教えられていたリッキーがカレンの言いなりになっていることに疑問を抱くようになり、1人、また1人と脱退していった。カレンの家では、教団では禁じられいてたスワッピングが行われており、リッキーは次第に母親に反発するようになる。そして、2000年。妻と共に教団を出て、元信者たちが多く住むアメリカの某地区へと移り住んだのだった。

 しかし、しばらくするとリッキーは元信者たちから次々と連絡を受けるようになる。教団の大人たちに仕返しをしてほしい、壊された精神をどうにかしてほしい、と訴えられるようになったのだ。幼児性虐待を受けながら育った子どもたちは、誰もが心に深い傷を負う。リッキーはそのリーダーとして立ち上がる義務があるのだ、という元信者まで現れた。この声を無視できなかったリッキーは、復讐を企て、妻と離婚。2004年の29歳の夏、アリゾナ州へと向かったのだった。

 リッキーが殺害しようとしていたのは、母親のカレンだった。しかし、教団ナンバーワンである彼女の居場所はトップシークレットであり、リッキーは手がかりさえつかめなかった。しかし、しばらくして、老人ホームに入居している祖父母を訪問したという情報を得て、ホームのある町へと移住。電気技師の職を得て、マーシャルアーツや射撃の練習をしながら、母親を待ち続けた。そして、その4カ月後、あの告白ビデオを撮影したのだった。

 リッキーが首を切り殺害したアンジェラ・スミスという女性は、母親の側近であった。彼女は、教団が制作した子育て本で、リッキーに性の手ほどきをする役としても登場している。しかし、リッキーが母親の居場所を知ることができたのかは、今となっては知る由もない。

 セックスにまみれた幼児期のおぞましい記憶を消そうと、薬物に逃げる教団で育った子どもたちはとても多く、23歳の若さでヘロインとコカインの過剰摂取で死亡した、リヴァー・フェニックスもそうだったのではないかと、元信者らの間では囁かれている。そして、今もなお、多くの者たちが、「神の子どもたち」でのおぞましい性的虐待の記憶に苦しみ、薬物・アルコール漬けになっていると報告されている。
http://happism.cyzowoman.com/2012/04/post_713.html

近親相姦を受け入れる姉妹に喜ぶ父、罪の意識なき残虐殺人事件
2012.01.05 木

今回のオカルト事件簿 【ハラルド&フランク・アレクサンダー事件】

 1970年12月22日、人気リゾート地であるスペイン領カナリア諸島テネリフェ島のヘスス・ナサレン通り37番のアパートメントで、身の毛もよだつような残虐殺人事件が起きた。殺害されたのは、39歳になる一家の母親と15歳と18歳の娘たち。3人は滅多打ちにされ、血しぶきは壁や天井にまで飛び散っていた。全裸になった遺体からは、乳房と女性器が切り取られ、壁に釘で打ちつけられていた。

 ベテラン鑑識医も息を飲むほどの殺害事件を起こしたのは、一家の16歳になる息子。妻と娘たちを殺害された父親は現場に居合わせており、「殺人のバックグランド・ミュージックに」とオルガンを弾いていた。乳房と性器を切り取る作業は、息子と父親が共同で行ったことも明らかになった。

 逮捕された息子と父親は恍惚とした表情を浮かべ、嬉しそうに殺害の詳細を明かし、世界中を震撼させた。だが、一家を知る者たちは「やっぱり」と思ったそうだ。なぜなら、この一家はマイナーな新興宗教「ローバー・ソサエティ」の熱狂的な信者であり、息子を「預言者」として崇め、宗教を理由に近親相姦まで行っていたからである。

 この一家は、どのようにして狂気的なカルトに染まり、また、なぜ猟奇殺人を犯したのだろうか。

■預言者の言うことは絶対である

 一家の父親、ハラルド・アレクサンダーは、ドイツ連邦共和国ザクセン州の州都ドレスデンに生まれ、後にハンブルグに移り住み、同い年のダグマルと結婚。このハンブルグでハラルドは、ジョージ・リールという病床の老人の世話をするようになった。ジョージは、ドイツ神秘主義者ヤコブ・ロルバー(1800〜1864年)の崇拝者であり、新興宗教ローバー・ソサエティのリーダーであった。ローバー・ソサエティは19世紀初めに設立された厳格なスピリチュアル組織であり、信者以外は悪だという教えを説いていた。全盛期でも信者数は数百人ほどで、小さなカルト集団であったが、大変危険だとして認知されていたという。そして、30年代に入信したジョージは、「神の言葉を聞く預言者」だと信者たちから崇められていたのだ。

 ジョージの最期をみとったハラルドは、妻のダグマルに、自分がローバー・ソサエティのマントルを継承したと伝えた。宗教集会で奏でられる持ち運び可能なオルガンも受け継いだ彼は、意気揚々としており、ダグマルは夫のひたむきな信仰心を大切に育もうと決意。息子・フランクが誕生した時、ハラルドが「この子こそが神の預言者だ!」と宣言した際も夫の言葉を信じ、何の疑問も持たずに受け入れたのである。

 フランクを「神の預言者」だと宣言したハラルドは、「彼の言うこと、望むことは、どんなことでもすべて従わねばならない」というルールを家族に強いた。2歳年上の長女マリア、1歳年下の双子の次女と三女ペトラとサビーネも、両親同様、フランクに仕えた。フランクは王のように彼らを支配し、年を重ねるごとに独裁者のように振舞うようになった。10代になると、「信者以外の女の身体に触れると汚れる」と言い出し、父親に「母と性交を行う」と宣言。間もなくして姉とも交わるようになった。父親はこの状況を歓迎し、家中、ところかまわずセックスをするようになった。「預言者のため」だと教えられていた双子の妹たちは、この状況を喜ばしいことだと思い学校で自慢。近親相姦のうわさはたちまち街中に広がった。警察の訪問も受けるようになった一家は、ドイツを離れることを決断。スペイン領カナリア諸島テネリフェ島に移住したのである。

■殺人ではなく聖なる儀式

 テネリフェ島での一家は人との接触を避けていたが、音程の外れた大音量のオルガンと、その音楽に合わせて賛美歌を歌う家族の大きな歌声が、次第に付近住民の注目を集めるようになった。10カ月間、一家は問題を起こさず静かにしていたが、この頃には双子の妹たちもフランクと性行為をするようになっていた。なお、生計は娘たちが女中をして得た金で立てていたという。

 事件があった日、ハラルドとフランクはサビーネが働くウォルター・トレンクラー医師の自宅を訪問し、サビーネに伝えたいことがあると言った。快くサビーネを呼んだウォルターは、ハラルドの「サビーネよ。我々はフランクがお前の母親と姉たちを殺さねばならなくなってしまったことを伝えるために、ここに来たのだよ」という言葉に仰天。しかし、サビーネはまったく驚くことなく、父親の手を取り頬に当てて「必要なことをなさったのだと信じています」と言った。衝撃を受けるウォルターにハラルドは「あぁ、お聞きになりましたか。我々はわが妻と娘たちを殺しました。殺害の時が来たのです」と落ち着いた口調で伝えた。ウォルターはハラルドとフランクの顔や手、服に血糊がべっとりとついていることに気がつき、あわてて警察に連絡。警察は近隣住民から「地獄のような叫び声が聞こえる」との通報を受け、すでに現場に到着し、畜殺場のようなアパート内の様子を目の当たりにしていた。

 嬉々とした様子で警察の調書を受けたフランクは、殺害の経緯をこう述べた。

「部屋に入ってきた母が、私のことを淫らな眼差しで見たと感じたんです。許されないことだったので、クローゼットから(木製の)ハンガーを取り出し、母の頭を繰り返し殴ったら意識を失い倒れました。父はリビングに行きオルガンを弾き始めたので、私もリビングへ行き、マリア、ペトラの順に殺しました。そして汚れた部分を切り離す儀式に入った時、父はオルガンを弾く手を止め手伝ってくれたのです」

 ハラルドも同じ証言をした上で、「うちの女たちは、いつかこの時が来ることを知っていた」「聖なる時のことを、我々はよく話し合っていた。女たちは生贄になることを喜んで受け入れていた」と発言。3人とも抵抗したあとがまったくなかった理由が明らかになった。

 フランクもハラルドも罪の意識はまったくなく、汚れた3人を清めたことにより天国に行くことができたと喜んでいた。オルガンを弾いたのも祝うためであり、2人は残虐殺人を終えた後、交互にオルガンを弾き賛美歌を歌ったという。精神科医は彼らを診察し「裁判を受ける精神状態ではない」「能力なし」と診断。犯罪的に精神異常である者たちが収容される施設に入れられた。しかし、どんな治療も2人には効かず、次第に「我々は、宗教から迫害された殉教者である」と思い込むようになった。また、ハラルドはフランクのことを「預言者」だと呼び続けているのだという。

 最後に、唯一難を逃れたサビーネだが、父や兄と同じ施設に入ることを熱望したが許されず、厳重な修道院に収容された。彼女は「不純」で「悪魔の手下」である他人と話すことを嫌い、殻に閉じこもり続けていたそうだ。その後、修道院を出ることを許されたサビーネだが、頼れる者は誰もおらず、いまなお修道院に留まっていると伝えられている。
http://happism.cyzowoman.com/2012/01/post_382.html

全米を震撼させた「シカゴ・リッパーズ」事件
2012.04.02 月


「儀式」といってもその方法は千差万別


 1981〜82年に渡り、シカゴ周辺で若い女性が次々と誘拐、強姦、暴行、拷問された上に殺害されるという事件が発生した。大半の被害者は乳房が切り取られ、傷口を使ってマスターベーションをした形跡も残っており、事件の異常性に世間は震え上がった。警察の捜査は難航したが、奇跡的に一命を取り留めた被害者の証言を得て犯人を検挙。20人近くの犠牲者がいるとされるこの事件の犯人は、地元に住む4人の男性だった。そのうちの一人が「殺人は悪魔に捧げるための生乳房を手に入れるため」だと衝撃的な供述をしたことで、メディアは彼らを「シカゴ・リッパーズ」と呼ぶようになった。

 全米が注目した裁判の結果、直接殺人行為をした2人が死刑、殺人に関与した1人が禁錮70年に。主犯格だとされる男は「自分は殺害などしていない」と主張し、証拠もないため死刑にはならず禁錮120年が命じられた。「シカゴ・リッパーズ」はどれほど残虐な連続殺人事件だったのか。

 1981年6月1日、シカゴ郊外の治安の悪い地区で21歳の娼婦リンダ・サットンの遺体が発見された。一部白骨化していたため死後かなりの時間が過ぎていると見られたものの、検死結果は死後3日。乳房を切り取られたため、そこから蛆が大量に発生し腐敗が早まったのだった。被害者は強姦され激しく暴行を受けた痕があり、手錠もかけられ口には布が捻りこまれていた。なお、金は現場に残っており、物取り目当てでなかったことは明白であった。

 それから同様の手口の事件が連続し、中には死体でマスターベーションした形跡もあったという。1982年10月には、20歳の娼婦ビバリー・ワシントンが強姦、暴行され乳房を切り取られた上で路上に捨てられた。瀕死状態で発見された彼女は、なんとか一命を取り止め犯人について詳しく語りだした。

「男は赤いバンに乗っていた。バックミラーには羽とゴキブリのクリップが付けられていた。運転手は25歳の白人男性でフランネル・シャツを着ていた。ギトギトの茶髪で、言う通りにしたら金を弾むと言われ、車に乗ったら銃を突きつけられフェラチオをするように強要された。その後、大量の薬を飲まされ身体をコードでグルグル巻きにされ、それから意識を失った」

 ビバリーの証言を得た警察は10月20日、赤いバンを運転しているエドワード・シュプライツァーに質問をした。車は証言通りだが、エドワードの外見は証言とは違う。彼は「車の持ち主は僕のボス」だと言い、ボスであるロビン・ゲットの家に警察官を連れて行った。ロビンの姿を見て警察は色めきたった。ビバリーの語った犯人の外見そのものだったからである。

 最初、ロビンは警察官を見ても動揺することはなく、捜査にも協力的だったが、被害者がロビンの写真を見て「この人!」と叫んだことを知ると、早急に弁護士を手配。あまりの手際のよさに警察を驚かせた。実はロビンは、この事件の3年前にシカゴを震撼させた「キラークラウン」ことジョン・ウェイン・ゲイジーの下で働いていたことがあり、ジョンのケースを勉強していたため、警察にどう対応すればよいか熟知していたのである。

 ロビンの逮捕に二の足を踏んだ警察だったが、もう1人、生き延びた被害者の証言を入手することに成功。最低でも3つの事件に関わったとしてエドワードとロビンの逮捕に踏み切った。エドワードは、「自分が車を走らせ、ロビンが女性を誘拐し強姦、暴行し乳房を切り取った。自分は血が苦手で、吐いたこともあったが、ロビンに命じられ乳房を切ったり、傷痕でマスターベーションをするようになった」と詳細に語りだし、7件の殺人と1件の暴行に関わったと供述した。

 エドワードが自白したことを聞かされてもロビンは表情ひとつ変えず、一貫して否定。そうしているうちに、エドワードが突然、自白内容を変え、「殺したのはロビンじゃない。自分の彼女の兄貴アンドリュー・ココライズが殺したんだ」と言い出した。そして、逮捕されたアンドリューは、素直に「殺害したのは自分」「ローズ・ディヴィスとロレイン・ボロウスキは俺が殺した。全部で18人殺した」と自供した。

 警察が聞き込みを強化すると、アンドリューの弟トーマス・ココライズが自分も犯行関与していることを認める発言をしたのだ。周りから「頭の弱い奴」だと言われ、知能指数が低かったとされるトーマスは、警察に促されると、事件の真相をベラベラ語りだしたのである。

 トーマスは自分たちのことを、80年代アメリカの若者の間に流行っていた悪魔崇拝者だと説明。ロビンの家の屋根裏が悪魔教会であり、壁には6つの赤と黒の十字架が描かれており、赤い布をかけた祭壇の周りに皆でひざまずき、儀式を行ったと語った。「生乳房はこの儀式のために必要な生贄」とも明かしている。その儀式だが、まずロビンが聖書の文を読み上げるのを聞きながら、1人ずつ生乳房でマスターベーションを捧げる。そして、全員のマスターベーションが終了したら、ロビンが乳房を小さく切り皆で食べるというものであった。

 なぜ、そのような恐ろしいことをしたのだと警察に問われたトーマスは、キラキラした目で「そうすれば、ロビンに悪魔の力がのり移り、僕たちの願いをすべてかなえてくれるから」だと言い、「やんなきゃいけないんだよ。ロビンが言うんだから絶対だ」と強く述べた。

 実はロビンを知る多くの人が、彼には不思議な力があると恐れ、警察官に「ロビンの目を見てはいけない」と警告した人までいたという。ロビンは子どものころに妹にいたずらをしたため、祖母に引き取られ育てられた。誰もが彼を煙たがり、寂しい生活を送るようになった彼は思春期になると悪魔崇拝にのめり込み、自分には特別な力があると吹聴するようになった。悪魔に祈りを捧げれば、超自然的な力を得ることができ、周囲から一目置かれるとでも思い込んだのだろう。悪魔の虜になったロビンの目は異様な光を放つようになり、周囲の人々は彼を恐れるようになったのだ。

 なぜ、悪魔崇拝の儀式に乳房を使ったのか。ロビンはすべてを否定しているため、真相は明かされていない。しかし、彼は青年時代から乳房に強いこだわりを持っていたと多くの人が証言しており、自分の性欲の対象を悪魔に捧げることで願いをかなえてもらえると考えていたという説が有力だとされている。

 ロビンと知り合いだという女性は、「乳を針で突き刺したい」と告白され、実行してもよいかと繰り返し頼まれたと警察に語っている。また、妻も乳房を針で刺されるというプレイを受けていたとのこと。刑務所を訪れた女性ジャーナリストから、「あなたは乳房に強い関心をもっていますよね。乳フェチですよね。なぜ、そこまで乳房にこだわるのですか?」と質問された時、ロビンは「私は事件には関係していないが」と前置きした上で、「乳フェチなのは家系なんだよ。曽祖父の頃から代々、巨乳と結婚しているしね。元妻も39Dで満足させてもらったよ」とニヤニヤしながらコメント。インタビューをしたジャーナリストは、悪魔は単なる口実で、異様な性癖を満たすために次々と女性を殺めたともとれるような発言だと、感想を述べている。

 このように刑務所では乳への思いを熱く語ったロビンだが、裁判中は乳房への思いを隠し、一貫して無罪を主張。彼が犯人だという証言者はいるものの、証拠がないとして、最終的に死刑は免れた。1983年、彼は強姦、暴行罪などで有罪判決を受け禁錮120年を命じられている。

 トーマスは、殺人罪が認められ、1984年に禁錮70年に。アンドリューには死刑が宣告された。が、実は統合失調症であったとして死刑撤回を求めたものの、1999年3月17日に刑は執行された。最低でも4人の殺害を認めたエドワードも、1984年に死刑が言い渡され、2002年10月に執行された。

 エドワードは生前受けたジャーナリストの取材で、仕事も金もなく薬にはまってボロボロだったときにロビンに助けてもらい、仕事をもらったと語っている。弱みを握られ、気がついたら手先になってしまったというのだ。トーマスもそうだが、エドワードも周りからバカにされており、ロビンに上手く洗脳されてしまったのだろう。

 ロビンは自分が悪魔崇拝者であることは否定しているが、今なお不気味な目力をもっており、悪魔の魅力にとりつかれていると伝えられている。
http://happism.cyzowoman.com/2012/04/post_640.html

ブラジルの人肉パイ事件は、幽閉、四肢切断、スナッフ・フィルム……グロ要素全部入りだった

2013.02.22 金

『ハンニバル』(東宝)

 2012年4月11日、ブラジル北東部に位置するペルナンブーコ州のガラニュンスで、一組の夫婦と、同居していた夫の愛人の計3人が、5件の殺人容疑で逮捕された。夫の名は、ジョルジ・ベウトラン・ネグロメンテ・ダ・シウベイラ、51歳。妻はイザベル・クリスティーナ・ピリス・ダ・シウベイラ、50歳。愛人はブルーナ・クリスティーナ・オリベイラ・ダ・シウベイラで、25歳と若く勝気な女性だった。


 妻のイザベルは、"ペルナンブーコのスイス"と呼ばれるほど気候が穏やかなこの田舎街で、手作り一口パイの「エンパーダ」を売り、一家の生計を支えていた。ピザのような記事に肉を包みオーブンで焼く「エンパーダ」は、ブラジル人にとって庶民の味。彼女の「エンパーダ」はおいしいと評判で、毎日飛ぶように売れていたという。

 イザベルの客だった人々は、逮捕のニュースを聞き、「あんなに穏やかな女性が人殺しをしたのか」と驚いた。が、間もなくして、吐き気を催すほど驚愕することになる。なんと、被害者の肉をミンチにして、「エンパーダ」に入れて客に売りさばいたとイザベルが供述したのだ。

 身の毛もよだつようなハンニバル事件を起こした3人だが、反省の色はまったくなく、被害者の命を奪ったジョルジは、「地球のために浄化したのだ」と、恍惚な表情を浮かべているという。殺害の手順を詳しく執筆した本まで発売している、ブラジルの人肉パイ事件。一体なぜ、このような奇怪な事件が起こったのだろうか。

 事件の主犯者であるジョルジの肩書きは、俳優、執筆家、ミュージシャン、マーシャルアーツのインストラクター。髪の毛は若干薄くなっているが、51歳とは思えないほど筋肉隆々でたくましい体つきをしており、娘ほど年の離れた愛人がいるのも納得できる風貌の男である。

 アフリカから伝わってきたカンドンブレーやペンテコステ派など、いわゆる超自然的な考えに慣れているブラジルにおいて、ジョルジは、ある日突然、独自のカルトを立ち上げた。そのカルトとは、「世界の浄化と、世界の人口減少」を実現を目指すもの。智天使と呼ばれる「ケルビム」と、大天使「アークエンジェル」の導きによるものだと、彼は明かしている。
 
 カリスマ的な雰囲気を持つジョルジだが、布教活動は積極的に行わず、その代り、イデオロギーを綴った単行本を出版。『統合失調症の啓示』という、まるで神病患者の闘病日記なのかと思うようなタイトルのこの本は、全34章で構成されている"浄化ハウツー本"でもあり、「悪魔に取り憑かれた女性を浄化するため」のノウハウも詳しく記載されている。

 実際に浄化したような下りもあり、「悪魔が宿る若い肉体を見下ろした私は、解放された気持ちで満たされていた。そして、金属板を手に持ち、皮をはぎ、解体していった。悪魔の肉は浄化儀式を行うため、我々が食した。残りは中庭に埋めた」という記述と共に、「女性の四肢切断」の挿絵まで掲載されている。

 実は、ジョルジは精神病を患ったことがある。病名は明かされていないが、本のタイトルである統合失調症だと思われる。しかし、彼は浄化儀式を行っていたときは頭はクリアな状態で正気だったと頑なに主張いいことをしたのだと胸を張っていると伝えられている。

 浄化儀式を実行に移したきっかけだが、ジョルジいわく、ケルビムとアークエンジェルの2大天使に、「悪として生を受けたわけではないが、生まれながらに"呪われた子宮"を持つ、女性」「聖書の『ヨハネの黙示録』に出てくるサタンを示す数字、悪の"666"の数字を持つ女性」を浄化することで、地球を浄化させよという使命を受けたから。

 ジョルジから、「666」の数字が、身分証明カードのID番号に含まれている女性を浄化対象に選ぶように命じられた妻と愛人は、若い女性たちに、「給料のよい子守の仕事がある」と騙して身分証明カードをチェック。ブラジルでは何をするにも、身分証明カードを提示しなければならないため、番号は簡単に見れたとのこと。そして、「666」の数字が入っている女性を自宅に招き入れ、ジョルジが浄化だと言い張りながら彼女たちを殺害したのだった。

 拘置所でメディアの取材を受けたジョルジは、「浄化儀式を行う前は、必ず神からサインが送られてきた」と告白。「私の頭の中に矢が突き刺さり、無数のイメージを見せてくれた」「この者たちを神に送り届けろ、そう、有無を言わさず命じられたのだ」と興奮した口調で語った。

 ジョルジは自分が『統合失調症の啓示』に記した通り、被害者に対して浄化儀式を行った。木づちで撲殺し、皮をはぎ、血抜きをして、バラバラにし、肉を食したのだ。人間の肉は思いのほか多く、3人ではなかなか食べきれなかったため、イザベルが「エンパーダ」に入れて売ればいいと提案。地球を救いたいジョルジは、一も二もなく賛成した。

 イザベルは、警察の調べに対して、気だるい表情を浮かべながら、「エンパーダに人肉を詰め込み、こんがりと焼いて。すべて売ったわ。バーや食堂にも大量に持って行ったし。そういえば、あんたにも売ったわ。あんた、うちのエンパーダをよく買ってたじゃない」と詫びれることなく明かした。

 完全犯罪にもなりえたこの事件だが、終わりはあっけなかった。イザベルが、被害者のクレジットカードで買い物をしたため、遺族がおかしいと思い、調べたところすぐに発覚したのだ。

 警察は、3人が住むジャルディン・ペトロポリスの家の裏庭から、2012年2月25日に行方不明になった31歳のジゼリ・エレナ・ダ・シウベイラと、同年3月12日に行方不明になった20歳のアレクサンドラ・ファルカン・ダ・シウベイラの遺体を発掘。家の中は、人が住んでいるとは思えぬほど荒れており、血のりのついた木づちや、服の切れ端などが発見された。

 また、この家には身元不明の5歳の娘が住んでいたことも明らかになり、警察に保護された。遺体が埋められていた場所を教えてくれたというこの幼女は、2008年に行方不明となった当時17歳だったジェシカ・カミラ・ダ・シウベイラ・ペレイラの娘ではないかと見られている。ジェシカも3人によって殺害された可能性が高く、『統合失調症の啓示』はジェシカを殺したときに書いたものではないかという疑いもかけられているという。

 地元メディアによると、警察は、ジョルジとイザベルが制作した、『エスピリト』というビデオも押収したとのこと。霊という意味のタイトル名がつけられたこの作品は、53分に渡って、夫の幽霊に苦しめられる女性を描いたもので、エマニュエル・シウベイラという役者が主演しているという。拷問を受けている女性が被害者なのか、本物の拷問なのかどうなのか定かではなく、警察は、このビデオが撮影された時期を特定しようと捜査を続けていると報じられている。

 地元メディアに「自分のことを無罪だと信じているのか?」と問われたジョルジは、「戦争の中で、無罪の奴なんているのか?」と返したという。警察は逮捕した3人が、最低でもあと5件の殺人事件に関与していると見ており、イザベルの常連客は「一体、どれだけの人肉パイを食べさせられていたのか」と驚愕していると伝えられている。
http://happism.cyzowoman.com/2013/02/post_1960.html


Res.191 by 無回答 from トロント 2013/02/05 03:17:09
生まれたばかりのわが子を生きながらに切り刻み、血を集め、その肉も血も当然のごとくに食してしまう。学校に通っている児童たちも、墓の中に眠る嬰児の遺体までも−−。

今、米国の幼い子供たちはだれもが残忍な悪魔教の生け贄として狙われているのだ!

その、目を覆いたくなるような数々の惨状を努めて冷静にレポートする。


■わが子の肉を食らう恐るべき黒ミサの実態

「シェリル、あなたがまだ小さかったころ、両親に黒ミサに連れていかれたことがありますね」

「いいえ、何も覚えていないわ」

「人間は、あまりにもつらいことが起こると、それを忘れようとして記憶を失うものです。あなたが昔起こったことを覚えていなくても無理はありません。でも、あなたの子供のことはどうでしょう。あなたが初めて産んだ子供、双子の男の子と女の子は、あなたの両親の手で殺されたのではなかったのですか」

「やめて、やめてよ……。私は何も覚えていないのよ!」


 カリフォルニア州ロングビーチに住む、ごく普通の主婦シェリル・ホートン(37歳)。

彼女は3年前、極度の精神衰弱に陥り、精神科医サミット博士の治療を受けはじめた。治療が続けられる中、恐るべき事実が次々と明らかになっていった。


 シェリルの両親のロバート・アルトキンとバット・アルトキンは、シェリルが6歳のときにイリノイからカリフォルニアに移住した。父親が食料雑貨商から、大工に転職したのである。

このころから、父親は凶暴な性格を発揮するようになった。

シェリルをベッドに縛りつけては、幼い彼女の性器に箒の柄を突っこんだり、ひどいときには、階段から彼女をさかさまに吊りさげたり、皮膚を焼いたり、体中に針を突き刺したりするようになったのだ。

 父親の異常性は、さらにエスカレートした。

シェリルをロープでぐるぐる巻きにし、内臓を抜いた犬の皮を縫いつけ、その内臓を顔に押しつけて箱の中に閉じこめたこともある。

箱を暖炉から吊りさげて火を焚き、4時間にわたって降霊術の儀式を行ったのだ。

 母親もよく似た性癖の持ち主であった。

シェリルの家では、胸が悪くなるような大乱交パーティーが頻繁に開かれた。

パーティーにはシェリルはもちろん、なんと飼い犬まで参加させられた。

 そう、シェリルの両親は、悪魔教の信奉者だったのである。


「黒ミサは週3回、金曜の夜から日曜の夜にかけて行われました。
祖父母、曾祖父母、全員が悪魔教の信者でした。
ですから父や母にとって黒ミサは、ごく正常なことだったのです」


「私が9歳のとき、母は男の子を産みました。

出産の夜には、たくさんの人たちが家に集まってきました。

生まれたばかりの赤ちゃんを父は〈祭壇〉の上に乗せ、柔らかい新鮮な肉をえぐりとりました。

そして私にナイフを手渡し、喉を裂いて血を集め、足を切り落としてその肉を客に振舞うよう命じました」


「大きくなって私は、男と女の双子の赤ちゃんを産みました。

1人は産まれてすぐに、黒ミサの生け贄として悪魔に捧げられました。

胸に逆十字が置かれ、肌が切り刻まれて客に渡されました。

もう1人も同じように殺されました。

父は『お前が悪魔を信じないから、赤ん坊が死んでしまったんだよ』といって笑っていました。生きていれば2歳のはずです……」


 以上はロサンゼルス高等裁判所の裁判記録である。


シェリルは4万2000ドルもの費用をかけてすべての記憶を取り戻した後、両親を訴え、法廷の場でこのあまりにも衝撃的な事実を告白した。

アメリカの全国民は、20世紀のアメリカで、このような残虐な儀式が行われているという、戦慄の真実を知らされ、震撼したのである。

Res.192 by 無回答 from トロント 2013/02/06 07:42:44

 悪魔教の餌食となった子“ジョン・ドゥー”の場合。

サンフランシスコ警察に、ある日、一人の小さな少年の死体が届いた。

死体はあまりにも損傷がひどく身元の確定が不可能だったため“ジョン・ドゥー”と名づけられた。


 死因解明にあたった検死官は、“ジョン・ドゥー”があまりにも残酷な殺され方をしたのを知って愕然とした。最初はただの、ホモセクシュアルの変質者の仕業と疑っていたのだが、それだけでは説明のつかない背後の状況が、徐々に浮かび上がってきたのである。


 まず彼は、袋に入れられ縛り上げられて、3日間にわたり、めちゃめちゃに殴る蹴るの暴行を加えられた。激痛と恐ろしさに耐えかね、泣き叫んだのだろう。唇がナイフで切りとられている。

 胸に刻まれたペンタグラムが、これが単なる性犯罪でないことの決定的な証拠となった。

睾丸は、そのまま食いちぎられていた。

さらに性器から肛門にかけてもナイフで深くえぐられていたのだ。


 顔の状態もひどかった。

暴行によって腫れ上がった顔は火であぶられ、複数の人間の精液と唾だらけとなっていた。 

右目は目玉がえぐられ、空洞になった眼窩にはロウが注ぎ込まれていた。
左目だけはそのままであった。


 ■アメリカ全土で1年間に行方不明になる子供の数は、数万人とも数十万人ともいわれる。行方不明事件の大半は未解決であり、そのうちかなりの子供が悪魔教の犠牲になっているものとLAPD(ロサンゼルス警察庁)のパトリック・メトロイヤーは語っている。


 ■残忍な悪魔教徒たちに特に好まれるのは、6歳以下の子供である。

この年齢の子供は彼らの命令に従順に従い、事件が発覚したとしても法廷で証言する能力がない。そして何よりも、罪で汚れていないピュアな肉体をもっているのだ。


 ■悪魔教の聖日とされるハロウィンの10月31日と、ケルト族の祭典に端を発するベルテーン祭の4月30日には、アメリカ全土で行方不明になる子供の数が急増するともいわれている。


 学校の教師が悪魔教信者だった場合はさらに悲惨だ。

教師を慕ういたいけな子供たちが、格好の餌食となる。

虐待された子供の親が担任教師を告訴するなど日常茶飯事だ。

さらに、適当な生け贄の子供が不足すると、幼い子供の遺体を狙った墓荒らしまで横行する。暴かれた墓からは、子供の遺体だけが持ち去られるのである。

Res.193 by 無回答 from トロント 2013/02/06 11:02:15

白日のもとに晒された悪魔教の全貌

「グループを裏切ることは、死の契約書にサインするのと同じだ」


■現在、全米には13万5000にものぼる悪魔教のグループや、カルト(教団)があるといわれる。

 それぞれのグループのメンバーは強い絆で結ばれており、機密保持の血の約束を交わしている。これはつまり、グループの秘密を漏らした者には、死が与えられるということを意味する。

 フロリダ州タンパに住むエンジェルは、悪魔教グループの中で実際に数々の儀式に参加していた生き証人であり、FBIに対して行った戦慄の告発のために、現在、執拗にその命を狙われている。


「16歳のとき俺が夢みていたのは、力を持つこと、それと女だった。ロックバンドをやったり、コカインの密売をやったりもした。だけど、いっこうにツキは回ってこなかったんだ。生活を変えて運をつかむために、俺は悪魔教に入信した」


「悪魔教信者の最大の目的は破壊さ。グループに入ったばかりのころ、俺は教会に忍びこんで、中にあったものをめちゃめちゃに壊しまくった。その他、破壊できるものは何でも破壊してやった。

 悪魔に気に入られるよう、毎晩欠かさずお祈りもした。毎週日曜日には、必ず黒ミサに参加した。そして20歳になったころには、すべての儀式を司る大司祭にまで昇格していたんだ」

 エンジェルは、大司祭としての経験から、悪魔教が行う黒ミサの儀式の内容を詳しく語った。その内容は以下のようなものである。


 まず黒ミサの儀式には、悪魔の像が必要とされる。大司祭だけがそれに触れることを許されている。

最初に大司祭は、参加者と儀式が行われる部屋を、悪魔の祈りによって清め、地獄の4つの方角を定める。

4つの方角は、冠をつけた4人の魔王、レビシアン、ベローヤル、ルシファー、サタンに支配される。


 いっぽう祭壇は、西の壁を背にして作られる。参加者の背後にはペンタグラムが飾られる。

そして大司祭が床に伏して祈りを捧げると、いよいよ破壊の儀式が始まる。

参加者が破壊したいものの写真か絵を、マジックトライアングルの中に入れて呪いをかけ、短剣で突き刺すか燃やすかして壊すのだ。こうすることで、サタンの力が呼びさまされるのだという。

 真の悪魔教徒は、敵対する人間を呪ったりはしない。それはサタンの力を試すことになるからだ。それよりも、儀式と修練によって、自分の力を高めることが要求される。

 さて次は、自分自身の闇のパワーを高めるために、哀れみの儀式や絶望の儀式が行われる。

大司祭がサタンの9の掟を読み上げ、参加者はそれぞれの願いを羊皮紙に書き留める。
後に願いがかなったとき、この羊皮紙は祭壇に捧げられる。


 生け贄として生きた人間を捧げるグループもある。グループのリーダーが自ら首を落として、祭壇に捧げることも珍しくない。

また子供を引き裂いて祭壇に捧げることは、サタンへの最高の賛辞とされているのだ……。

Res.194 by 無回答 from トロント 2013/02/06 12:31:46


全米に勢力を拡張する数々の悪魔教グループ

 アントン・サンダー・ラヴェイの名前を一度は聞いたことがあるだろう。

彼は、もともと警察の現場カメラマンだったが、1966年のある日、突然剃髪し、「サタン教会」を設立して、全米に布教活動を行ったことで知られる。

 彼の主著『悪魔の聖書』は50万部という大ベストセラーになり、信者には映画『ローズマリーの赤ちゃん』の監督ロマン・ポランスキー、美人女優ジェーン・マンスフィールド、サミー・デービス・ジュニアなど、そうそうたる面々を擁していたのである。

 ラヴェイが60年代ビートジェネレーションの悪魔教の始祖なら、ハイテク情報化時代の悪の権化は、マイケル・アキノである。

 マイケル・アキノ博士は、悪魔教のカルトの一つ「セット寺院」の大司祭として有名であると同時に、士官学校を優秀な成績で卒業し、米軍の陸軍諜報士官・特殊勤務部隊士官、外国地域担当士官、内政問題士官、海外情報担当を勤める軍部エリートとして、たいへん高名な人物である。

 彼が1975年にセット寺院を設立して以来、彼のグループに関するさまざまな黒い噂が囁かれたが、確たる証拠は掴めず、彼はいまだに軍の要職にとどまっている。

しかし、FBIの特別捜査によれば、少なくとも56人の子供が犠牲となり、被害者全体としては、102人にも及ぶという、恐るべき数字も挙げられている。

 かつてセット寺院内でアキノの愛人として辣腕を振るっていたリンダ・オズボーン・ブラッドも、カルトの中での彼の絶大な権力を証言する。そしてさらに、アキノがナチスの行っていたとされる秘儀に着目し、実際にそれを実践して世界全体の破壊を企てているということも……。

 ラヴェイやアキノのような、恐るべきパワーと野望を抱く指導者のもとに集まる悪魔教徒とは、いったいどのような人々なのだろうか?


「私の家に来ていた人たちは、一見、まったく普通の人たちでした。
彼らは悪魔の存在を信じていると同時に、神の存在も信じているのです。
ですから、クリスマスやイースターも、普通の家庭と変わらず祝いました。

恐ろしい儀式が行われた次の朝も、母はまるで何も起こらなかったように朝食を作り、私を学校に送りだしました」

 と、シェリル・ホートンは語る。

 エンジェルもこう証言する。

「黒ミサや集会に参加するために、全米各地から集まった人々が飛行機から降りてくる様子は、観光で地方から都会に出てきた人々の団体と何ら変わったところはなかった。あいつらはにこやかに談笑しながらデニーズ・レストランのシートに陣どり、その夜の生け贄について話をしたりしているんだ」


 ごく普通の良識ある市民が、夜な夜な血に飢えた悪魔に変身し、幼い子供の生き血を、肉をむさぼり食らう。悪魔信仰の恐ろしさは、まさにこの点にあるといっていいだろう。

 現在、悪魔教グループやカルトの強大なネットワークは、アメリカ国内にとどまらず、ヨーロッパを始め急速にその勢力範囲を拡張している。

あなたの隣に住む人間が、真夜中に悪魔の儀式を行う日が来るのも、そう遠くないかもしれない。

Res.196 by 恐い from 無回答 2013/02/07 00:54:26

黒ミサ・・・恐いですね。
ノースサレーに住んでいるんですが、Green Timbers Parkの101AVEから100AVEにある小道(グリーン・ティンバーズの一部)で、変な集団を何度か見かけた事あります。

何か変な衣装(ハロウィンパーティで着るような?)を着ていて、叫び合っていて・・・

あの小道はもう一生通らないと決めました。

オタクの集団かもしれないけど、なんだか得体の知れない雰囲気があり、恐かったです。

Res.197 by 無回答 from バンクーバー 2013/02/07 06:58:14

一番こわいのは、本当に善良そうな人とか、学校の先生や、教会の神父さんとか牧師さんとかご近所の人なんかが、本当はこういう顔も持っている、っていうときがこわいですよね。

一見するとすごく知的で善良だから、信じてしまって気づいたらそういうグループに取り囲まれてるっていう。

ベストセラーのダビンチコードの中にも秘密結社の秘密儀式、出てきましたよね。

Res.198 by 無回答 from 無回答 2013/02/07 07:25:56

子供が好き(悪い意味で)なのは牧師さんじゃなくて、神父さん。


Res.199 by 無回答 from バンクーバー 2013/02/07 12:58:14

なぜ教会内で児童に対する性的虐待がこんなに多いのでしょうか。
教会内のシステムに問題があるのですか?
神父になる人にそのような傾向を持った人が多いのでしょうか?

2002年にアメリカのメディアが大々的にとりあげたことをきっかけに、カトリック教会の性的虐待事件について多くの報告が行われるようになりました。

アメリカ国内だけでも1950年から2002年にかけての52年間で、カトリック教会の神父4450人が、児童への性的虐待を行った疑いがあり、件数は1万1000件にのぼると報じられています。

カトリック→独身者のみが聖職者となれる

加害者と被害者が成人である場合、大抵は身体的もしくは精神的強要があるのが普通であるが、子供が虐待されている場合には、一見すると同意しているような場合も少なくない。だが、この関係性の軸において「同意」などということはありえない。

子供達にはその行為について理解する能力が存在していない。だが、これを利用して大人達は子供を簡単に従わせてしまう。そのため、不幸にも子供たちは自分に責任があるように思い込んでしまうのである。

おそらくカトリック系列の神父は独身であることが多いからだと思います。いわば出家ですから、女性とみだりに交わることもなかなかいい目はされません。

 そして男性の多い閉鎖的なコミュニティーにずっといれば、おのずと性処理の対象が男性や、少年少女に向いてしまうことがあるのだと思います。

でも、ただ単に 教会というだけで 話題になりやすいだけです。

日本では 学校の教師が・・・ですね。


Res.200 by 無回答 from ビクトリア 2013/02/07 13:00:19


もともとそのような傾向を持っている人間が、絶好の隠れ蓑として神父などの職業を選ぶのでしょう。

女性に興味が無ければ結婚しなくてもいいし、たくさんの子供に密室で会う事が出来ます。

宗教で口止めもできる上に、最近まではバチカンなどは隠蔽体質で犯罪の発覚した国から犯罪者の神父を逃亡させる手助けもしていました。

そのような犯罪者にとっていいことばかりの職業なので、多くの犯罪者予備軍が神父になるのでしょう。

その結果、教会内で神父による児童に対する性的虐待が多くなるのでしょう。

これを防ぐには犯罪者は犯罪者として罰を受けさせて職位を剥奪し、子供に密室で会えるシステムを変えなければいけません。かなりの改革が必要になるでしょう。
http://bbs.jpcanada.com/log/16/24166.html



9. 中川隆[4614] koaQ7Jey 2016年10月24日 16:50:33 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5025]

信仰というのは怖いもので、最初正気ではじめたのが信仰がすすむにつれていつしか強信ならず狂信の世界に突入する。やがて拝んでいるうちに祈祷性精神病になる。

教祖が”気違い”の場合その信者は確実に”気違い”になる。”気違い”はウイルスよろしく伝染する。オーム真理経の麻原彰晃、人民寺院のジム・ジョーンズ(1978年11月18日900名以上集団自決)一人一殺の血盟団の井上日召(1886〜1967)いずれも、教祖の狂気が伝染し弟子を殺したのである。

ゲーテの若き「ウエルテルの悩み」という小説が流行した時に多くの若者が主人公よろしく黄色いチョッキを着て自殺したらしいが、是も狂気のあらわれであろう。

真言密教の坊主には頭の狂ったのが圧倒的に多いがその理由は不思議な超能力を身につけるべく行う、求聞持聡明法・日輪観・月輪観・加持祈祷などにある。祈りをかけて祈りを叶えようとすると、祈りが叶えばそれでよいが、もし叶わざる場合には自分が壊れてしまうのだ。

熱心に祈り続けると、あるとき突然にお客様が”おいで”になる、そうすると一人で泣き出す者、飛び跳ねる者、にやにや笑い出す者、もうあっちの世界に飛んでしまったのだ。こっちの世界にそれでも、もどれる者もいるが戻れなくなる者もいる。

禅の修業でも勝手に座禅などやると、現実と空想の区別がつかなくなり、あっちとこっちの世界の間に彷徨うことになる。これを空病という。導師とはこのことを良く知り、現実に引き戻してやるための存在なのだ。現実に戻さないでさらに背中を押してあっちの世界に追いやるのが悪の宗教であり、邪教なのだ
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/53904826.html


10. 中川隆[4617] koaQ7Jey 2016年10月24日 18:01:52 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5028]

Yahoo!知恵袋 Q & A


jjhm_0840さん 2009/11/22 18:25:17

鬱がひどいのです。よく神経症は「先祖の霊が憑依しているのが原因」と言われますが、やはりそうなのでしょうか?

薬が効かないです。今朝も嘔吐と過呼吸をやってしまいました。
火曜日に診察ですが、もうそれまで生きていたくないです。
苦しくて役たたずで迷惑男で価値の無い人間なので私はいないほうがよいです。

なぜ先祖は子孫を苛めるのですか?
先祖供養に問題があるのですか?
霊の影響ならばどのように対処すればよいでしょうか?
鬱が治るための供養ではなく本当に先祖に感謝して供養する必要があるのですね?

※すみません、創価学会員のかたの回答はお断りいたします。上司の学会員に鬱を相談したら勧誘され座談会に呼ばれたり、本当に苦しくて、動けないし、入信を断りましたら

「お前は性格が悪いから鬱になったんだ。お前の鬱は治らない。」

と言われました。

座談会に来れば友が励ましてくれる、元気になれる、友はもうお前仲間だから遠慮しないで相談しろ。と言われますが、知らない創価学会員たちから多くの学会員から励まされて、過呼吸を起こしてしまいました。

創価学会員さんは熱心ですが自分のことしか考えていないみたいです。
すみません、創価学会員さんは回答しないでください。本当に申し訳ないです。



ベストアンサーに選ばれた回答
masakohime619さん 2009/11/22 19:54:30
.

やはり先祖の祟りだと思います。私も経験があります。

私の克服方法を紹介すると、

まず、自分で作ったタマネギを長屋か倉庫の軒先につるすと魔よけになります。
にんにくでもいいですけど、あくまで自分で作ったものでないとだめです。

それと、イモ作りも先祖の供養になります。
我々の先祖を飢饉から救った食べ物ですから、江戸時代はサツマイモでしたが、昨今はジャガイモでも良いと思います。

また、米作りもいいですが、現代は機械化が進み、農薬も使いますから米作は先祖の供養にはなりにくいと思われます。

もちろんタマネギもイモも買う方が多いいですが自家製を少しでも作ると言うことが先祖の供養になり現代の我々を守ってくれます。

タマネギやイモなら自家菜園用の畑がなくてもプランターなどで出来ると思います。信じようと信じまいとご自由ですが。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1033267665


(参考) うつ病の原因

重いうつは、大人における慢性鉛中毒のよく見られる症状である。(マイケル・レッサー博士)

水銀中毒で、興奮性、うつ、不眠、それに反社会的人格変化が起こる。

(マイケル・レッサー博士)
必須ミネラルの銅との関連も指摘されています。

過剰な銅は、多動性注意欠陥障害、気分の動揺、不安、パニック症状、憂鬱症、および反社会的言動を引き起こす。(カール・ファイファー博士とポール・エック医師)

大気汚染、水道水、食品添加物、精製食品、タバコの煙などから有害ミネラル(有害金属)は身体に侵入します。有害ミネラル(有害金属)は大切な必須ミネラルを追い出し、体内で様々な悪さをします

_____________________________


原因は歯の「詰め物」!? 

19本の銀の「詰め物」除去で40年来の慢性うつ病が完治!

40年間も慢性的なうつ状態に苦しんできた女性が、原因は虫歯の銀の「詰め物」ではないかとの指摘を受けて、19本分、銀の詰め物を除去、他の素材に変えたところ、それまでどんなうつ病治療も効果がなかったにもかかわらず、嘘のようにうつ状態から解放されたというニュースが伝えられた。

ハンプシャーのリミントンに夫と共に住むメアリー・スティーヴンソンさん(59)は、過去40年もの間、慢性的なうつ状態に苦しんできたという。21歳の時に、虫歯の治療として数本の歯に銀の詰め物をしてから、気分が晴れ晴れとすることがなくなったというスティーヴンソンさんは、これを精神的な問題として、数々のカウンセリングを受け、市販されている抗うつ剤などを試してみたものの、よくなる気配は一向に見られず、毎朝1日の始まりが憂うつで、人と話をすることすらおっくうになってしまったとされる。

ひどいうつ状態にさいなまれ、我慢も限界に達していたスティーヴンソンさんはある日、友人から原因は虫歯の治療に使われた「詰め物」ではないかとの指摘を受けて、これまで治療された19本の歯の金属製詰め物を除去し、プラスティック製のものに代えたところ、40年間の苦痛はすっかり消え去り、全く別人のようになったという。スティーヴンソンさんはさらに、水銀の解毒療法も行ったとされ、これらの治療には数ヵ月、費用として2,000ポンド(約40万円)かかったとされる。

銀の「詰め物」の正体は、水銀52%と銀や銅、亜鉛48%を混ぜて作られたアマルガムと呼ばれる金属。水銀の安全性の問題に関しては賛否両論があるが、英国政府は人体に害を及ぼすほどの毒性はないとしており、英国歯科医師会でも、アマルガムは充填剤としては値段の割に最も強度が高いとしてその有効性を評価している一方、慢性疲労やうつ病、硬化症、腎臓病やアルツハイマー病などの発症要因にもなるとの報告がなされており、スウェーデンやオーストリアなどでは使用が禁止されているという。
http://www.japan-journals.co.uk/dailynews/041122/news041122_3.html


11. 中川隆[4618] koaQ7Jey 2016年10月24日 18:03:28 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5029]

有害化学物質汚染が自閉症増加の一因


――自閉症や学習障害児、行動異常児などが増えている原因は何でしょうか。

「原因は胎児や新生児の化学物質環境、育児環境、家庭環境、テレビの影響などの社会環境などが考えられます。このうち、化学物質の毒性や危険性については食品や薬の安全性などの問題を通じて、たくさんの経験がある。

ここ数十年の増加は何らかの環境要因によることは確実です。環境由来の化学物質が子どもの脳の機能の発達に影響を与えている可能性は無視できなくなっています。しかし、それ以外は因果関係の立証が難しい。どれが一番多く、次が何かというようなことも、わかっていません。」

――化学物質の環境に限って言えば、脳に有害な化学物質が蓄積されることが脳の機能発達や行動の異常を引き起こす原因になっているといえますか。

「そのとおりです。」

――米国は、どのような状況ですか。

「米国では自閉症の子どもが0.2パーセントの割合で存在し、カリフォルニア州では1987年から1998年までに自閉症児の登録数は倍増しました。学習障害も増えています。

注意欠陥多動性障害の子どもは最も少ない数字でも全学童の3〜6パーセント、最大では17パーセントとさえいわれます。このような数字の開きは診断の難しさや医師の診断方法に原因がある。」


●脳機能障害は多種化学物質の複合汚染か

――子どもの脳の機能の発達障害や行動異常の原因の1つが環境由来の化学物質の蓄積であることは、よくわかりました。

その化学物質の蓄積は後天的なものですか、それとも先天的に体内にあるためですか。自閉症児などの場合、どちらが多いのでしょうか。

「脳の機能発達や行動の異常に遺伝的な影響があることは確かですが、それは大きくはない。環境ホルモンが遺伝子の働きを狂わせるために、遺伝子に異常が生じていなくても、脳機能の発達は障害を受けます。このように後天的な影響のほうが、先天的な影響よりもずっと大きいのです。」

――脳の機能発達や行動の異常を引き起こす化学物質の蓄積は複合汚染でしょうか。

「農村部では多様な農薬が大量に散布され、都市部でもガーデニングや雑草取りに殺虫剤や除草剤などの各種農薬が使われ、室内では殺虫剤が使われています。

このほか、食品の農薬汚染もあり、全国的に著しい複合汚染が起こっています。家庭でよく使われる殺虫剤の成分であるペルメトリンやDDTなどの農薬類、流産防止剤DESは脳の記憶や学習の機能を阻害すること、しかもそれらを一緒に与えると、障害の程度が相加的に大きくなることが動物実験によって明らかになっています。複合汚染が障害を大きくしていることを示す例でしょう。」
http://www.kokumin-kaigi.org/kokumin03_31_01.html

____________________________

ディーゼル排ガス:胎児に影響、自閉症発症

 ディーゼル自動車の排ガスを妊娠中のマウスに吸わせると、生まれた子供の小脳にある神経細胞「プルキンエ細胞」が消失して少なくなることが、栃木臨床病理研究所と東京理科大のグループによる研究で分かった。自閉症では小脳にプルキンエ細胞の減少が見られるとの報告もある。ディーゼル排ガスが自閉症の発症につながる可能性を示す初めての研究として注目を集めそうだ。16日にカナダのモントリオールで開かれる国際小児神経学会で発表する。

 研究グループは、妊娠中のマウスに、大都市の重汚染地域の2倍の濃度に相当する1立方メートル当たり0.3ミリグラムの濃度のディーゼル排ガスを、1日12時間、約3週間浴びせた後に生まれた子マウスと、きれいな空気の下で生まれた子マウスの小脳をそれぞれ20匹ずつ調べた。

 その結果、細胞を自ら殺す「アポトーシス」と呼ばれる状態になったプルキンエ細胞の割合は、ディーゼル排ガスを浴びた親マウスから生まれた子マウスが57.5%だったのに対し、きれいな空気の下で生まれた子マウスは2.4%だった。また、雄は雌に比べ、この割合が高かった。人間の自閉症発症率は男性が女性より高い傾向がある。

 さらに、プルキンエ細胞の数も、排ガスを浴びたマウスから生まれた子マウスに比べ、きれいな空気下で生まれた子マウスは約1.7倍と多かった。

 菅又昌雄・栃木臨床病理研究所長は「プルキンエ細胞の消失などは、精神神経疾患につながる可能性がある。ヒトはマウスに比べ胎盤にある“フィルター”の数が少ないため、ディーゼル排ガスの影響を受けやすいと考えられる。現在、防御方法を研究中だ」と話している。【河内敏康】

 ▽橋本俊顕・鳴門教育大教授(小児神経学)の話 最近約10年間で先進国では自閉症が増えているとみられており、海外の研究報告では生まれる前の要因が強く疑われている。その研究報告と今回の研究は一致しており、候補の一つを特定できた点で高く評価できる。今後は、ディーゼル排ガスで動物に自閉症の行動特徴が起こるのか調べる必要がある。
http://asyura2.com/0510/health11/msg/455.html


12. 中川隆[4619] koaQ7Jey 2016年10月24日 18:13:33 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5030]


因みに、カルト信者は脳のどこかに欠陥があるんですね。

軽症の場合は心理療法士のカウンセリングで改善される場合もあります:

820 :神も仏も名無しさん:2009/10/04(日) 12:07:45 ID:/w8Lwm8l

幸福の科学の信者の人って、何かしら脳に病を持ってる人だと思う、だから病院で診てもらってもわかんないんだよ。今そんな人がたくさんいるのが、医学的にわかりつつあるらしい

大きな大学病院で相談してみたら、幸福の科学ではないけど、脳の病が原因で信者だったって人、実際にいたからね

自分自身をコントロールする訓練を3ヶ月近く入院してやるみたいだけどね


828 :神も仏も名無しさん:2009/10/04(日) 12:53:23 ID:rnoDxt6r
>>820
> 信者の人って、何かしら脳に病を持ってる人だと思う、だから病院で診てもらってもわかんないんだよ。


マジレスしとくと境界性や自己愛性をはじめとした各種の人格障害の場合、CTなどで精密検査しても脳に問題が出ない事が多く
医師がこの診断を下す事をためらう場合が多い。
つまり肉体というハードウエアの欠陥が見つからない事が多いため、診断に至らない場合もあるという事。

(ある程度長期で見ないと結論出ないとか、特定条件化でしか異常が現出しないなどなど)で、原因は?って言うと、ここのスレかな?だれか書いていたけど「認知の歪み」という現象に起因することが多いんだよね。

この歪みは習慣的なものが原因で発生するんだけど、多くは幼少時、学童期などの親子関係や家庭環境に起因する。
虐待とかはわかりやすい例なんだが言葉によって形成されるもの、態度で形成されるものも少なくない。


つまり対象者がおかしくなってしまった原因をさかのぼったとき、実は他者が繰り返し「操作」を行ったために起こる
「認知の歪み」が原因である場合が少なくないのだ(DVの原因などがこれに起因する)


> 自分自身をコントロールする訓練を3ヶ月近く入院してやるみたいだけどね

認知行動療法ね、まだやってるところは少ないし手間がかかるので多くのメンタルクリニックは薬で押さえ込んだりが基本。
しかしこれがもとで「お薬依存症」になってしまうことも多いんだわ。
やはりカウンセリングやセラピーが必要になるんだけど、幸福の科学の場合アダルトチルドレンの集団っていう要素強いからね。

インナーチャイルド療法が必要な人多いよ、これが解消しないもんだからみんなだまされて利用され続けるんだよな。
要するに傷ついたインナーチャイルドが足引っ張ってるんだよ、それに振り回されてるうちに幸福の科学の洗脳にやられるという仕組みだからね、まずはインナーチャイルドの呪縛から足を洗うことだよ。

前述の「認知行動療法」は少々内容が難しいものの、今の幸福の科学の教えや祈願、研修なんかよりもず〜っと効果あるから、気になる人は調べてみるといい

結論、幸福の科学信者のみなさんインナーチャイルド療法と認知行動療法がお勧めですよ

★なぜインナーチャイルド療法をするのか?

子どもは生まれてから6才頃までに基本的な性格が形成され、潜在意識が初期設定され、7才までに脳はかなり発達し、8才までに対応メカニズムが定着するといわれています。

子どもは生まれてから自分の育った家庭や環境の中で、人間関係というものを学んで育ちます。家族の中で、親や他の大人や、かかわり合う兄弟からの影響を受けて、いろいろなことを学びます。そこではコミュニケーションの仕方や問題処理の仕方や防衛の方法や愛情表現の仕方などさまざまな事を、意識的に無意識に模倣しながら多くのことを学んでいます。

しかし子どもが安全に守られた状態ではない「機能不全家庭」で育った場合、子どもの心は傷つきます。それは感情、思考、人間関係にも影響を与えます。

肉体的・感情的・精神的・霊的に虐待を受けた場合、感情は抑圧され、否定され、
感情を感じたり表現することはよくない事だというビリーフ(信じ込み)と、ゆがんだ形で表現することを覚えていきます。

子どもは家族関係の中で、親の愛を得る為にいろいろな役割を意識的、無意識に演じているうちに、感情的な痛みやを葛藤を避けて、自分本来の感情を感じたり表現したりすることから遠ざかってしまいます。

そしていつしかその演じている自分、仮面の自分「マスク」を自分だと思い込み
本来の活き活きとした生命力から遠ざかってしまったことさえわからずに人生を生き続けます。

その安全な家庭で育つことができず、抑圧した感情と満たされなかった子ども
(傷ついたインナーチャイルド、またはローアーセルフともいう)を抱えたまま大人になって「アダルトチルドレン」になります。

多くの場合アダルトチルドレンは、人間関係や行動の仕方、防衛反応や思考や感情表現の仕方など、自覚しているしていないにかかわらず、その自分の傷ついたチャイルドの影響を受けて、生きにくさを感じることが多いようです。

インナーチャイルド療法では、本来のあなたの人生を生きる為に、パワーや創造性の表現を阻んでいる「傷ついたインナーチャイルド」を見つけ出して、受容し共感し、満たされなかった思いや体験を満たして癒し、擁護し統合を行います。
http://www11.ocn.ne.jp/~oneness/innerchild.html


インナーチャイルド療法

誰の心の中にも、純粋で想像性の豊かな子供心が存在します。
インナーチャイルドとは、その心の中にいる小さい頃の自分です。

小さい頃には、たくさんの体験があります。
その体験からは、遊び心や好奇心、そして、わがままなどと、素晴らしいものが芽生えてきます。

でも、体験の中には、自分でどうすることも出来ず、ただひたすら耐え忍んだり、見て見ぬふりをしたり、ただ、じ〜っと堪えながら時の流れを待つような辛く悲惨で過酷な時もあるのではないでしょうか。
その時の自分「内なる子供」は、抵抗も何もできず、ただ、泣いて、怒って、おびえて、悲しんで、苦しんで・・・etc、の表情しかできないまま孤独になっているのです。

そこから生まれた、不安、恐怖感、不満・・・などは、ネガティブな感情となり、今の私たちの心の中で傷となり残ってしまいます。忘れようとしても、忘れたつもりでも、潜在意識に深くインプットされているのです。

そして、心の傷は、気付かない内に私たちの前に現われてきます。
人間の不和となり現われたり、体の不調や癖として現われたり、心の病として現われたり、様々な形で現われます。
その人の人生、生活、人間関係、全てに影響しているのです。

インナーチャイルドセラピーでは、あなたが幼かった頃まで時間を遡ります。
そこで起きた辛い出来事を再度体験して癒そうと言うものです。

あなたは、辛い体験を思い出したくないかもしれません。
でも、あなたの心の中では、小さい頃のかわいい子ども「あなた自身」が、傷を負い独りぼっちで寂しがっています。

その「内なる子ども」を救えるのは、あなたしかいないのです。

再度体験しながら、その時の小さい頃のあなたの気持ち、表情に気づいてやってください。そして、語り、話を聞き、慰めて、誉めて、励まして、温かく抱きしめてあげるのです。

あなたの、その優しい愛情により、傷ついた子どもは安心することができます。
安心した子どもは願いを叶えられるようになります。

そうすることによって潜在意識の深い部分で、癒しが始まります。
小さい頃の出来事を理解できるようになります。
そして、放出することの出来なかった感情を快方することができるのです。

今あなたの心の中にいる子どもとは、どんな顔をしているのでしょう。
小さなあなたの声に、少しだけ耳を傾けてみてはいかがでしょうか?
http://www010.upp.so-net.ne.jp/innerheart/inner_heart_hypnotherapy_innerchild.html

[幸福の科学の信者の人って、何かしら脳に病を持ってる人だと思う、
境界性や自己愛性をはじめとした各種の人格障害の場合、CTなどで精密検査しても脳に問題が出ない事が多く医師がこの診断を下す事をためらう場合が多い。
「認知の歪み」という現象に起因することが多いんだよね。
この歪みは習慣的なものが原因で発生するんだけど、多くは幼少時、学童期などの親子関係や家庭環境に起因する。 虐待とかはわかりやすい例なんだが言葉によって形成されるもの、態度で形成されるものも少なくない。

つまり対象者がおかしくなってしまった原因をさかのぼったとき、実は他者が繰り返し「操作」を行ったために起こる「認知の歪み」が原因である場合が少なくないのだ(DVの原因などがこれに起因する) ]


他者が繰り返し「操作」を行ったために起こる「認知の歪み」はこういう過程で生じるんですね:


幸福の科学 会員と語るトピ


Re: 少しお返事。 2009/ 7/29 15:53 [ No.21578 / 24561 ]
投稿者 : cxpnj735


母は。。。。

8歳のときに。。。。わたしを包丁で殺そうとしました。。。。

それを命がけでとめたのが死んだ父です。。。。。

その後のわたしの精神状態は。。。。。

生まれ出たおおもとであるその根源がわたしを殺そうとした。。。

今でもかんしゃくを起こした時などは。。。大変ですよ。。。

この人生の問題集をどう答えを出すか大変に苦しみました。。。。

世界中の誰でも良かった。。。母以外ならまだ理解できる。。。

なぜ。。。実の子供を殺すのか。。。。。。。

わたしの魂は。。。すでに半分。。。あの世に帰っている気がします

ただ。。。ひとつだけわかったことは。。。。。

人の痛みや心の傷。。。おきてはいけない事件の中に。。。。

とてつもない慈悲の心が光りだすということ。。。。。

愛は。。。。その一部だと感じます。。。。。。。空船

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835217&tid=9acja1a4n2j3xa1a12q0wa4h8la4ka5ha5t&sid=1835217&mid=21578


Re: マニフェスト出ました。 2009/ 7/31 17:12 [ No.21609 / 24564 ]

投稿者 : cxpnj735

私は。。。なるべく思い出さないようにしています。。。。

母が。。。包丁をもって追いかけてきた時のことは。。。。

先のとがった包丁を見ると。。。冷や汗と吐き気。。。。。

それも乗り越えました。。。。。ポイントは。。。。

思い出さないこと。。。。それしかないのです。。。。。

3日に1回が。。。10日に1回。。。一月に一回と。。。。

思い出すペースの幅を広げていきました。。。。。

何十年もかかりましたが。。。。今では。。。1年に数回程度。。。

その間。。。生きる正しい執着を起こすまでも数十年。。。。

新たなる問題は無神論者の主人との生活。。。。。

これが難解でした。。今現在は。。。神棚と仏壇に手を合わせるところ

まできました。。。。。やれやれ。。。「笑」

自分の境遇で。。。憎しみに燃えたときも経験しました。。。。

胃潰瘍をしました。。。。今は考え方が違うので。。。。

ほとんど完治しました。。。不思議だねえ。。。

いまだにその母は。。。。時々感情が乱れて暴言しますが。。。。

小さく見えますよ。。。本当に。。。小さくて。。。。

がんばろう。。。仏法真理は。。。。あらゆるものを救済する。。。。

読みやすいのが。。。なりよりで。。。すごいなあとおもいます

あなたが。。。幸福になりますように。。祈ります。。。空船
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835217&tid=9acja1a4n2j3xa1a12q0wa4h8la4ka5ha5t&sid=1835217&mid=21609#under-deli


Re: マニフェスト出ました。 2009/ 7/31 16:22 [ No.21607 / 24564 ]

投稿者 : hosini_negaio_007

>>親の子供への虐待のない社会も実現してほしい。。

私は親に虐待されて育ちました、
心の苦しみはいまだに消えません。。

それが私の選んだ人生だから
カルマだからしょうがないと思っていました。。

(親も色々な事があり大変で、
子供も少し憎かったのかもしれないけど・・)

でも親が少しでも宗教的な教育を受けていれば、
宗教的心情を持っていれば、、
踏みとどまって虐待まではしなくなるだろうと思う。。

学校でのいじめの問題にせよ
家庭に問題のある子供が
いじめをするケースも多い、、

この教えが広がって
家庭に学校に社会に<いじめのない>世界が展開して欲しい。。


今はまだ、
正直この世の中の人の
幸福まで願える心情ではない。。
心が悲しみで一杯だから、、、


テポドンが落ちなければ、
危機が分からない人が多いなら
目を覚ますために
一度落ちてみるのも手かもしれない・・

返信 これは メッセージ 21593 yumi92ing さんに対する返信です http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835217&tid=9acja1a4n2j3xa1a12q0wa4h8la4ka5ha5t&sid=1835217&mid=21607#under-deli


cxpnj735 さん 2009/ 7/31 21:27 [ No.21610 / 24564 ]

投稿者 : hosini_negaio_007

ありがとう。。

今まで誰にも、
私の気持ちなんて分かってもらえないと思っていたのですが、、、、、

心が軽くなりました、、ありがとう。。


貴方は私よりも、
もっと大変な経験をされているのかもしれないと思いました。

それを乗り越えてこられたのですね。。

私は40代、
会に入ってからも20年近くも過去に苦しみ続けてきました。。


ダメかもしれないと諦めかけた事もあります。。


早くあの世に連れて行って欲しいと何度も願いました。。


でも、、もう一度・・生きていこうと思う、、ありがとう。。

返信 これは メッセージ 21609 cxpnj735 さんに対する返信です
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835217&tid=9acja1a4n2j3xa1a12q0wa4h8la4ka5ha5t&sid=1835217&mid=21610#under-deli


_______________________


Re: 信者さんはこれをどう思いますか? 2009/ 7/28 20:07 [ No.21571 / 24564 ]

投稿者 : cxpnj735

幸福の科学の人たちが。。。。

全て完璧な人だと想わないでくださいね。。。。

人間は不完全。。。。完璧な人などこの世には存在しません。。。

あなたがどうしてやめたのかは知らないけれど。。。。

紹介してくれた方が。。。実はあなたの精神より低い場合い。。。。

よくあるんです。。。。これで私も最初。。。

苦しんだことがあります。。。。正直なところね。。。「笑」

でもね。。。経典を読み込むうちに。。。気ずいたことがあったんです。。

相手に完璧さを求めては。。。人間関係は成立しないということ。。。

これは。。。全ての世界にいえることだと想います。。。。

家庭の中でも。。。職場の中でも。。。。。。

子供に対しても。。。。植物を育てる時さえそうです。。。。。

あなたもきっと。。。正義の味方だと想う。。。。

わたしも。。。潔癖症なところがあります。。。。。。

自分の至らなさを自分で攻めては。。。。何度も答え探ししながら。。。

母親に。。。殺されそうになった時のことなども含め。。。。

この世の中を恨んだ事もありました。。。。。

血の汗をかくほどの経験もありました。。。。。。。

何時も一人で。。。捜し求めておりました。。。。。。。。。

お釈迦様の教えを。。。いろんな宗教でもお手本になることを求めました

自分は。。。この世になにをしに来たのかを知りたくて。。。。

最後にたどり着いたところなのです。。。。。。。。。。。。。。。

いろんな人が幸福の科学に集っています。。。。。。

一つがだめなら全てだめという考えを。。。。。

わたし自身やめた時に。。。。答えが見えた気がします。。。。。

私は。。。落ちこぼれです。。。。。

落ちこぼれの仏弟子です。。。。。。。。「笑」

毎日。。。平和な世の中になるように。。。

小さな祈りをして。。。一日の終わりを感謝して眠ります。。。。

こんな人間もいることを。。。。忘れないでください。。。。。

あなたの幸福を祈ります。。。。。。。空船

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835217&tid=9acja1a4n2j3xa1a12q0wa4h8la4ka5ha5t&sid=1835217&mid=21571#under-deli


Re: 信者さんはこれをどう思いますか? 2009/ 7/29 20:24 [ No.21579 / 24564 ]

投稿者 : cxpnj735

ありがとう。。。優しい天使さん。。。。。

わたしは。。。何時も自分が死に装束を着てるとおもって生きています

この世に未練はありません。。。

たぶん。。。死に場所を探していた気がします。。。。

ただねえ。。子供を生んだらね。。。。

欲が出た。。。そしてね。。。エルカンターレの役に立ちたいと。。。

出すぎた考えかもね。。。。「笑」

母に対しては。。。最後まで優しく手を握り。。。

支えになるつもりです。。。

落ちこぼれと自分で言うのはね。。。。。

まだ悟り切れない自分を原点に戻すための呪文みたいなもので。。。。

基。。。訂正します。。。。もう自分を責めるのはほどほどにします

反省。。。あなたの愛で。。。今日はなぜか心が軽いです。。。。

ありがとう。。。。。。。。。。空船

返信 これは メッセージ 21574 emiko1963f さんに対する返信です http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835217&tid=9acja1a4n2j3xa1a12q0wa4h8la4ka5ha5t&sid=1835217&mid=21579#under-deli


Re: お返事のお返事。 2009/ 7/30 20:20 [ No.21596 / 24564 ]

投稿者 : cxpnj735

たぶん。。。。

あなたと年齢が近いか。。。

もしくは年上のうちの主人と同じくらいなのかもしれないですね。。。

あなたの落ち着いた言葉に。。。。

話しやすさが感じられます。。。。。。。。。。

わたしは朝起きると。。。。。

神棚。。仏壇。。。イエス様に十字を切り。。。もちろん。。。

エルカンターレ。。。。竜神。。。「4代目の受け取りでお守りしている」

主人は新婚当時から。。。ほぼ無神論者。。。。。。。

このようなわたしを。。。初めて受け入れてくれたのが幸福の科学。。

いろいろな宗教に誘われましたが。。。。。なにかがちがう。。。

主人と仏教やキリスト教の話は。。。今もほとんどしておりません

死んだ父は。。。よく天災を予知しては。。まわりを驚かせていました

わたしも含めて。。。宗教者なら自然に話すこと。。。。

あの世がない死んだら終わりだという唯物論者には。。。。

通じない話。。。。唯物論者から見れば。。。

お寺の住職も廃業です。。。なにせ魂の供養をしたり。。。。

お盆や彼岸には先祖の魂を家に迎えて。。。お墓参り。。。。

本家に親族が集まり。。。故人の思い出話をしたり。。。。。。

あの世で元気にしてるよとなぐさめたり。。。。。

幸福の科学もお寺です。。。ただ神様が多いこと多いこと。。「笑」

宗教同士の争いはいつの時代も悲しいです。。。。。

壁なんてなければいいのにと、若いころから想っていました。。。

あなたの話のなかでわたしの人生の問題集が。。。。

また一つ増えました。。。。ありがとう。。。。。。空船

返信 これは メッセージ 21590 hyougo_36 さんに対する返信です http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835217&tid=9acja1a4n2j3xa1a12q0wa4h8la4ka5ha5t&sid=1835217&mid=21596#under-deli

Re: 移動しまつた。 2009/ 7/31 16:23 [ No.21608 / 24564 ]

投稿者 : cxpnj735

リニアモーターカー。。。

ああ。。。乗りたい。。。2019年くらいかア。。。「嬉・」

夢いっぱいの未来ビジョン。。。。。

幸福実現党は。。。。天才の大集団だあ。。。。。。。。

今日も。。。仕事が終わったら。。。チラシ配りがんばります。。。

神様の仕事のお手伝いが少しでもできるこの幸福。。。。。

生まれてきて。。。。よかった。。。。「涙嬉」。。空船

返信 これは メッセージ 1 hyougo_34 さんに対する返信です


13. 中川隆[4620] koaQ7Jey 2016年10月24日 18:20:53 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5031]


福岡のみなさんこんにちは、えー幸福実現党総裁 大川隆法です。


初めまして、えー、先般福岡の講演会に休んでしまいましたら、
その間に宇宙人の日本侵略が着々と進んでいるようでございます.

私くし いたく反省いたしておりますので、
今日はその遅れを取り返すべく、やってまいりました。

(23日総裁街宣 福岡天神イムズ前)


______

ゴータマ シッダ―ルタ かく語りき

「我は今より2600年後に、東の小さな島国のケントマティーという都市に再誕するであろう」

インド人みな聞き伝えり。

仏滅2500年後、東の国にゴータマ シッダ―ルタ が再誕すると。

かつて、インドに生まれしゴータマ シッダ―ルタを超える使命を持ちて、われ再臨せし.

我が名は エル・カンターレ


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我は大川隆法であって、大川隆法ではない。エル・カンターレであ-る!!!
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https://www.youtube.com/watch?v=bSARK-Ss2Bs

我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへいくのか

知っている者は知っており、知らない者はしらない。

人類の所業を見られて仏が流した涙が地に落ちて七色の輝きを放った。

その輝きは今や全国通津浦裏に・・。誰でも一度は目にし、聞いたことがあるその御名。 死後必ず天の使いに問われることば

「あなたはあの方のお言葉を聞いたか?」

ノストラダムスの予言を打ち砕きし不滅の真理、不滅の光。アンゴルモアの大王。その御名は・・・

 あなたの胸に手をあてて静かに問うがよい・・・


日本国の主宰神 天之御中主之神

仏の光から岐れたる七色の光線のうち紫の光線に属するする霊団なり。

多くの諸如来、諸菩薩を有し、秩序と礼節を重んじる格式の高い霊団なり。

もともとはかのムー大陸にて活躍した霊団


ムー大陸ではラ・ムー大王が祭政一致の王道楽土を建設し、その名声は銀河にとどろきたり。

 ラ・ムー大王が人々に教えし法 「太陽の法」

太西洋にあらわれアトランティス大陸において全知全能と称されたトス大王が降臨し、科学と宗教,芸術を融合した文明を建てり。

ムーは東洋の源流となり、アトランティスは西洋の源流

インドに降臨された時の御名はゴータマシッダ―ルタ


ああ、思えば、遥かなる昔のことであった。

 一千億年のその昔に、この大宇宙を創らんとする時にも、我は既に存在していた。

 我は念いのなかにて、この宇宙のあるべき姿を決めた。

 そして、宇宙に張り巡らされるべき法というものを組んだ。

 この法が宇宙に流れる血管であり、血液なのだ。

 この法というものを通じて、この宇宙は一つの大きな体として成り立って見えるのだ。

 遥かなる一千億年のその昔に、この宇宙を創らんとし、 その構想を練っていた時に、我は思った。

 すべての者よ、無限の向上を目指せ。

 しかし、おまえたちはひ弱な存在であってはならぬ。

 我は、おまえたちをより優れたる者と成すために、厳しい試練も与えよう。


 ああ、この太陽系ができたは、わずかほんのつい昨日のことのようにも思える。

 太陽が生まれ、そのまわりを回る惑星たちの一つびとつを産み出した時の悦びを、惑星のなかに住んでいる小さな存在であるおまえたちには、その星を創った時の悦びがわかるまい。


 この地球ができて四十五億年以上の歳月が流れた。

 それは我が一千億年の孤独のなかでは、ほんのつい昨日のことのようにも思える。
 されど、我はこの地球のすべてに関し、最終の権限を有するものである


☠ฺ☠ฺ☠ฺ☠ฺ☠ฺ☠ฺ☠ฺ☠ฺ☠ฺ☠ฺ☠ฺ☠ฺ☠ฺ☠ฺ☠ฺ☠ฺ☠ฺ☠ฺ☠ฺ☠ฺ☠
我は大川隆法であって、大川隆法ではない。エル・カンターレであ〜る!!!
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我がエル・カンターレなるぞ !


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       ミ;;;;;;;;、;:..,,.,,,,,
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 Y     /       ̄´   :::::    
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   ∧   (二二ノ||      /;;;;;;
    ∧       ||    /;;;;;
     ∧      | |  /;;;


1. 大川隆法先生が語る人類の歴史


・金星人は、上半身植物、下半身人間の金星人(通称ユリ星人)止まりで、金星文明は、失敗だった。
   (大川隆法先生は、地球以前に、金星に、人類と文明が創られた、と語っている)

  ・地球人の肉体祖先は、3億6千5百万年前に、マゼラン星雲から、UFOで、地球に飛来した、6000万人のマゼラン星人。

・マゼラン星雲から来た人々の指導者の魂は、霊界で、エル・ランティと呼ばれる神霊となった。  このエル・ランティこそ、後の、アラーの神、エホバ(ヤハウェ)である。

  ・エル・ランティの計画により、地球人の魂は、パイトロンという霊界の装置で、数百億人分創られたが、質が悪かった。

人霊として最高段階の悟りの次元を九次元宇宙界といいます。

その世界には、10人のメシアが存在している。その一人がエル・ランティ。九次元の
10人は、一応同格ですが、あえて上段階と下段階に分けるとすると、

上段階は、エル・ランティ、モーゼ、釈迦、イエス、孔子の五人。
下段階は、ニュートン、ゼウス、マヌ、マイトトレーヤ、ゾロアスターの五人だということです。

エル・ランティは、三億六千万年前に、マゼラン星雲のベータ星という科学
の星から、六千万人の人々を引き連れて地球に移住してきたそうです。

肉体を持ってUFOに乗ってやってきたそうです。その時に、七大天使たちも
一緒に来たようです。

ミカエル大天使長は、エル・ランティの直系ですね(^^;。

エル・ランティは、地球で死んで、地球の九次元宇宙界の五番目の存在となりました。
それまでの宇宙界は、釈迦、イエス、モーゼ、孔子の四人でした。

エル・ランティは、地球霊団をつくるために、招聘されたのです。

エル・ランティ到着後、地球が急速に進化したので、エル・ランティは
「進化神」として九次元の中でも一目置かれる存在であったようです。

九次元の10人は、同格とはいえ、光の量には、やはり差があるのです。
だから、本当は序列をつけることができるはずなのですよね。霊界通信
などから想像すると、どうも、エル・ランティの光の量というは別格であるような感じです。

高橋信次先生は、エル・ランティの生まれ変わりなのですが、実は、これは、
三億六千万年ぶりの生まれ変わりだそうです。

生まれ変わりには、周期というものがあって、それは悟りの段階によって異なります。原則は、高い悟りになるほど、生まれ変わりの周期が遅くなっていくそうです。

釈迦やイエスは、わりとよく生まれ変わるほうで、大体2500年周期です。

8次元の如来は、1000年から1500年ぐらい。菩薩は800年ぐらい
といった感じで、きっちり線引きできるようなものではありません。

エル・ランティは、地上に降りたことがなかった存在なので、天上界でも
神秘的な存在だったようです。ヤハウェとかアラーと、砂漠のほうで
呼ばれている神、これは造物主、創造主と考えられているのですが、実は
それがエル・ランティだったということです。

その神秘の存在がとうとう、三億六千万年ぶりに生まれ変わってきた。

それも日本に。

そしてその正体は、なんと電気屋のおっさんだった。
http://ime.nu/ime.nu/sunmoonearth-70.spaces.live.com/blog/cns!D15EEE3E75EDD4D0!508.entry


14. 中川隆[4632] koaQ7Jey 2016年10月25日 01:02:29 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5044]

超能力者は精神病質者
http://www.aritearu.com/Influence/Native/NativeWorld/Books/Upashikuma.html


アイヌ最後のシャーマン 青木愛子さん(1914年3月10日〜1995年10月24日)は、古代から継承されてきた産婆術だけに留まらず、診察・治療のための特殊な手、そしてウエインカラ(何でも見える千里眼)を通してシャーマン的な役割を担ってきた方である。

愛子さんのウエインカラは、初対面の人と対座した時だけでなく、電話の相手でもその人の過去と未来がわかる特殊な力を持っていた。それは相手の血液の赤血球や白血球の流れがまるで顕微鏡を見ているように見えることも意味していた。

アイヌの「お産ばあちゃん」

写真は、アイヌの青木愛子さん(1914年〜1995年)の左手です。青木さんは、古代から継承されてきた産婆術だけに留まらず、診察・治療のための特殊な手、そしてウエインカラ(何でも見える千里眼)を通してシャーマン的な役割を担ってきた方です。

愛子さんのウエインカラ は、初対面の人と対座した時だけでなく、電話の相手でもその人の過去と未来がわかる特殊な力を持っていました。

同じく沖縄・奄美には現在でもシャーマンがいます。沖縄では「ユタ」(殆ど女性です)と呼ばれていますが、例外なく全ての「ユタ」が出来るならユタにはなりたくなかった、と話されていることは共通しています。それはユタが犠牲と奉仕に貫かれた生活を送ることを小さい頃から見て知っていたからです。「ユタ」として神から召し出される人(自分の意思や世襲ではなく、 文字通り神のお告げを受け入れた人)にも、人には見えないものが見える千里眼を持つようになります。

キリスト教ではアッシジの聖フランシスコが有名ですが、聖痕(イエス・キリストが磔刑となった際についたとされる両手両足、脇腹の傷)を受けた人であり、千里眼を持つ人としても知られたピオ神父(1887年〜1968年)がいます。ピオ神父は見ず知らずの人の過去や未来を的確に言い当てただけでなく、二箇所同時に存在することや学んでいない外国語を話すことが出来、ヨハネ・パウロ二世から462番目の聖人に列聖されたのは死後34年経った2002年のことでした。

このように宗教を問わず、千里眼の能力を授かった方は世界には沢山いることでしょう。私もこんな能力があったらどんなにいいかなと内心思ったことはあります。一つの優越感みたいなものをそこに感じたからでしょうね。でも冷静に考えると、この能力を持つことには大いなる責任と義務も併せもたなければならないことを意味しているのではないかと思います。

そう考えると私にはとても耐えられそうにもないので「普通の人間で良かった」と感じますし、 一人一人違った形の「召し出し」があるのかも知れません。

一方、千里眼など不思議な能力、神からの授かりもの(そうでない場合もあります)としてのこの能力を、自らの訓練によって自らの力によって勝ち取ろうと思う人も出てくるかも知れません。多くの新興宗教の教祖がその部類に入るのではと思います。

この態度の本質を、ダライラマ14世も高く評価している、アレクサンドラ女史による「チベット魔法の書」の中に紹介された一つの逸話が的確に言い当てているので紹介します。

「あるとき、釈迦が弟子たちを連れて旅をしていたとき、森の奥に佇む小屋の中に、一人の疲れ果てた顔のヨギをみた。釈迦は立ち止まり、行をやって何年になるのかと尋ねた。

『二十五年になります』
『そんなに長いこと苦行をして何を得たのか ? 』

行者は得意気に答えた。

『水の上を歩いて川を歩いて渡れるようになりました』

『哀れな人だ』と釈迦は同情の声をかけた。

『そのようなつまらないことに幾歳月も費やしてきたのか。小銭一枚出せば、船頭がすぐさま向こう岸まで運んでくれるだろうに』」

アイヌの青木愛子さん、沖縄・奄美のシャーマン、ピオ神父に共通していること。

それは犠牲と奉仕、そして「謙遜」ではないかと感じています。

どんな超能力や奇跡(前にも申しましたように全て神からの授かりものとは限らないと思います)を行うことが出来ても、謙遜がないところには、全てその意味を失ってしまうどころか、誤った道へと誘う主体者へと変貌していくのではと思います。使徒パウロは別の表現でこう言っています。

「たとい私が、人間と天使のことばを話しても、愛がなければ、鳴る青銅と響きわたるどらにひとしい。たとい私が、預言の賜物をもち、全奥義と全知識に通じ、山を動かすほどの満ちた信仰を持っていても、愛がなければ、無にひとしい。たとい私が、すべての財を施し、この体を焼かれるために与えても、 愛がなければ、益するところがない。」

うーん、こんな偉そうなことを書いても運転中にゆっくり前を走る車がいると、独り言で「わが、なんばしょっとか、トロトロ走りやがって、いてもうたろうか」と九州弁と関西弁が喧嘩し合い完全に自分を見失っている、いや本来の僕が出てきますしね。「はぁー、なんとか穏やかにせんとといけんばってん、むずかしかでごわす」であります。まあ僕の日常が全てこんな調子ですので、僕がどんなに美辞麗句を並べても、ほどほど聞き流すのが無難なところかと思います。

アイヌのお産おばあちゃん、青木愛子さんの言葉を聞きとった方が本の中で次のように記していますが、最後にこの言葉を紹介して終わりにしたいと思います。

「一人一人が持っている光が見える。明るい人、非常に明るい人はごく少なく、暗く見える人が多い。何も見えないほど暗い人もある。明るく見える人をウエインカラしてみると、他人に対して尽くしている様子が見える。ウテキアニ(愛)の精神で生きようとしている人は明るく、 無慈悲な人、愛のない人は暗く見えると解釈している。現在財宝をたくさん所有しているかどうかということとは関係なく、その光の量が見えてしまう。」

皆様にとって、そして世界の人にとって、2012年が平和と調和の道を歩むことが出来ますように願っています。


顕微鏡のように見える

縮小して見ることができるかどうかの話は聞いていないが、顕微鏡のように拡大して見ることができる。

例えば白血球や赤血球の流れが見える。

これによって病人の白血球の異常の有無をウエインカラして診ることができる。細菌を見ることもできる。小児麻痺や癌等の診断に偉力を発揮する。医師と診断争いをして負けたことがない理由に一つがここにある。

生きている人間の骨の、白血球と赤血球の皮膜層が見える
例えばお産あつかいの愛子の指技の一つは、生まれてくる嬰児の筋や筋肉がこの皮膜層に掛かる圧力のバランスを調整することにもある。骨格の狂い、その他の嬰児に対する指技治療は、このウエインカラによる診断によって為される側面に大きなウエイトがあるとも言えよう。

生きている婦人の卵子の様子が見える。また男性の精子の様子が見える。精子の中にも受精可能なものと不能であるものがあることまで見えてしまう。これは不妊症の治療に偉力を発揮する。

脳脊髄液の流れが手に取るように見える。これは精神病患者の治療に偉力を発揮する。

例えば精神神経科の医師や学者が、昔から上即ち脳にばかりこだわっていることを愛子が馬鹿にしている理由の一つにもなっている。

胎内の胎児の様子が見える。これによって双子や先天性奇形、その奇形の位置等を見るので、より完全に近い診断ができ、それにそなえることができるので一例の失敗もしないであつかえる。外科医にまかせた方がよいもの、自分ではあつかえないものも早期にわかるので、そういう者は病院に送る。

見えないはずのものが見える

これは常識では見えないことの方が普通で、見えるのが異常に思われるものが見えるということである。

例えば一緒に居る人達には見えないのだが愛子にだけは大蛇が沼に居るのが見える。

死者の霊が見える。例えば愛子の親しい友人が交通事故で死亡した。死亡してから四十九日の間は、その友人の霊が愛子の処に遊びに来るのが見えて、対話する。愛子にとっては日常的なことなので恐ろしいという気持ちは起きない。四十九日が来ると、既に死亡している友人の親族の霊が友人の霊と一緒に現れて歌をうたったりする様子が見え、その声も聞こえる。これは四十九日で終る場合である。

この場合、愛子の親しい友人でなくとも、死者の霊を見ることがあり、四十九日を過ぎた者の霊を見ることもある。これは完全にポクナモシリ(地獄)に堕ちている霊であると解釈している。いわゆる自縛霊のことである。自縛霊は人間に限らず、犬や猫等の動物である場合もある。

リクンカントン(天上の世界の) カムイモシリ(カムイの国)のカムイ(カムイ)が降りて来て、愛子に助言するのが見え、聞こえる。この場合、主として愛子のイコインカルの先祖とその夫と思われる者の場合が多い。また例えば、筆者宅にある聖観音菩薩像の魂としての霊が降りて来るのが見え、「そなたの視野は非常に狭くなっている。広い世界に目を向けよ。そして心を開く努力をしなさい」というアドバイスの声まで聞こえる。

一人一人が持っている光が見える。明るい人、非常に明るい人はごく少なく、暗く見える人が多い。何も見えないほど暗い人もある。暗い人の過去現在をウエインカラしてみると、詐欺、泥棒、異性関係の乱れている様子、売春や覚醒剤、物欲の強い様子が見える。明るく見える人をウエインカラしてみると、他人に対して尽くしている様子が見える。

ウテキアニ(愛)の精神で生きようとしている人は明るく、無慈悲な人、愛のない人は暗く見えると解釈している。現在財宝をたくさん所有しているかどうかということとは関係なく、その光の量が見えてしまう。
http://www.aritearu.com/Influence/Native/NativeWorld/Books/Upashikuma.html

青木愛子さんについては


イエスのヒーリングは本物のシャーマンには敵わない
http://www.asyura2.com/09/cult7/msg/609.html

シャーマンと右脳・左脳の働き
トランス状態では右脳・左脳 双方が活性化する〜  

シャーマニズムにおける右脳・左脳の働きを分析した資料として、NHKサイエンススペシャルにおいて取り上げられた、沖縄のユタと東北恐山のイタコの脳派を分析したデータがある。

まずはこのデータを元に、シャーマンにおける右脳・左脳の働きについて考えてみる。

以下、NHKサイエンススペシャル「驚異の小宇宙・人体U 脳と心」より引用

>東京電気大学の町好雄教授は、かつて、東北地方のシャーマンであるイタコの脳波を測定したことがある。脳波といっても頭全体ではなく、前頭葉の脳波である。町教授は、ヘアバンド形式で脳波を測定する民生品に改良を加えて、左右二つずつの電極を埋め込み、右と左の前頭葉の活動を別々に記録できるようにした。

この脳波測定装置でイタコの女性の脳波を測定してみると、驚くべき事実が判明した。イタコが依頼者の話を聞いているときは、左側の前頭葉が活発に活動して、右半球の活動は目立たない。しかし、口寄せ(死者がのり移って語り出す)が始まると、右半球の前頭葉の活動のほうが優勢になるのだ。

私たちの脳は、ふつう左半球に言語野があり、左と右の間に機能的な違いがある。人類になって初めて複雑に発達した「言語」という新しい能力の活用に左半球が適応していったとすると、右半球はそれ以前の、古くからの能力を温存しているのではないだろうか。
イタコが死者の声に耳を傾け、それを告げているとき、右半球の前頭葉が活発に働いているという現象は非常に示唆的である。集合的無意識(引用者注:個人の体験を超えて、民族に共通した、あるいは全人類に共通した心の働きの原型を言う)が語り出すことと、右半球の前頭葉が活発に働くということとは、何か深いつながりがあるのだろうか。

>いよいよ宮古島の根間ツル子さん(引用者注:沖縄〜八重山諸島に存在する民間的シャーマン=ユタの方)の前頭葉の脳波を測定させていただくことにした。・・・(中略)・・・

まず歌が始まる前の脳波を記録する。(相談に来た)主婦の方の話を聞いている。続いて歌がはじまる・・・。

現場に持参したのが簡易装置なので、データを東京に持ち帰って分析してみないと詳しいことはわからないが、表示装置を見ていると、歌が始まると左の前頭葉の活動が低下するように思われた。主婦の方の感情の高まりに呼応するかのように、根間さんの歌の調子も次第に高まってゆき、目から涙が流れ落ちた。

この日、主婦の方のほか、夫婦で神事の相談に来た二人、横浜から全国を渡り歩いて宮古島に辿り着いた青年、他の離島からわざわざやってきた二人のおばあさんのために「拝み」をしたときの、前頭葉の脳波を併せて測定した。そのデータを東京に持ち帰り、町教授に詳しく分析してもらったのである。その結果、歌を唄う前はふつうの脳波だが、歌が始まるとやはり、左半球の前頭葉の活動が抑えられる傾向がはっきり確認された。

イタコの場合ほど急激な変化ではないが、歌が始まって30秒の間に左半球前頭葉の活動がかなり抑えられ、右半球の前頭葉では大脳皮質の活動を示すベータ波の活動が目立ってきた。歌の調子が上がるとともに、その活動は高まっていった。そして、ベータ波の領域に強いピークが現れたのだ。

とにかく、根間さんが歌を唄って神さまと話しているとき、右半球の前頭葉がはっきり優位であることが確認された。音楽で右半球が優位になるのは当然(引用者注:一般的に音楽に対する反応を行うのは右半球であると言われている)だ、と言う考え方もあるが、驚いたことに、根間さんの歌が終わったとき、右半球の活動がさらに劇的に高まったのだ。神の言葉を告げる何分かの間、右半球の高まりは続いた。この結果だけで、大脳皮質全体の活動がわかるわけではないが、精神活動に特に関わりの深いと言われる前頭葉で右半球が優位であるということは非常に大きな意味を持つ。根間さんが神さまや先祖の霊の言葉として集合的無意識からのメッセージを語り出しているのだとすると、やはり集合的無意識の浮上と右半球の活性化が深く関係していることは確かなようだ。

以上のように、シャーマンが神の言葉を語る時(=トランス状態に入る時)には右脳が活性化することが解っている。

この右脳の活性化が、引用文で言うところの「集合的無意識=人類共有意識(?)」を引き出すと言うことについては、次回以降に分析を行う予定である。今回投稿では、このシャーマンにおける右脳の活性化と左右脳の連携に注目して分析する。

上記引用文では、「右脳(前頭葉)が活性化した」と書かれているが、この分析が行われた基になっている脳波分布のデータを見てみると、実態はやや異なっている。

正確には以下のような分析になると思われる。


@相手の話を聞いている時は、通常の脳波状態にあり、左脳前頭葉が活性状態にある。右脳前頭葉の活動は低い。

A歌を唄い始めると、左脳前頭葉の活動が低下し、右脳前頭葉の活動が活発になり始める。

B歌の調子が上がると、右脳前頭葉の活動が更に高まるが、実はこの時、左脳前頭葉の活動も上がり始めている。

C唄い終わり、神の言葉を告げるときは、右脳の活動は最も活発になる。この際、右脳に比較すると若干弱い活動状況ではあるが、左脳の活動状況も通常時(@時)の活動状況より活発化している。


以上から解るのは、「トランス状態の入り始めは、左脳が活動低下し右脳が活性化する」→「トランス状態が進むにつれ、(右脳の方が優位ではあるが)右脳も左脳も活性化する」と言うことである。
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&t=6&k=2&m=286447  


共感覚の謎、最新技術で解明進む


共感覚(きょうかんかく、シナスタジア、synesthesia, synæsthesia)は、ある刺激に対して通常の感覚だけでなく異なる種類の感覚をも生じさせる一部の人にみられる特殊な知覚現象をいう。

例えば、共感覚を持つ人には文字に色を感じたり、音に色を感じたり、形に味を感じたりする。

英語名 synesthesia は、ギリシア語で共同を意味する接頭辞 syn- と感覚を意味する aesthesis から名づけられた。感性間知覚。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%B1%E6%84%9F%E8%A6%9A

共感覚の謎、最新技術で解明進む 2011.11.24

脳の拡散テンソル画像(DTI)。神経線維が束になっている。

Image by Simon Fraser, Science Photo Library/Getty Images
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/5245/


 色を“聴き”、単語を“味わう”人がいる。最新の研究によれば、複数の感覚が結び付く「共感覚」は脳の仕組みを理解する重要な手掛かりになるという。 共感覚が初めて科学的に記録されたのは1812年。以来、長年にわたって広く誤解されてきた。多くの専門家が軽い精神疾患の一種と考えていたのである。

 カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)のデイビッド・ブラング(David Brang)氏は、「共感覚者にとって、“数字の2は青い”だけではない。2は男性で帽子をかぶっており、7と恋愛関係にある」と説明する。「このような擬人化が共感覚の症状かはわからない。しかし、多くの研究者は全くの作り話だと考え、興味を持てなかったようだ」。

 だが、この30年で、共感覚に身体的な原因を示す証拠が相次いで示されている。例えば、共感覚者の脳は各部の結び付き方が異なる。また、遺伝しやすいため、遺伝要素も関係があるとみられる。

 実際、ブラング氏らは、この不思議な現象が生き残ってきた背景には、進化的な理由があると考えている。創造的思考においてある種のメリットを得られるためだ。「共感覚者の95〜99%が自身の共感覚を喜んで受け入れている。そして、生活の質を高めてくれると述べている」とブラング氏は話す。


◆脳の配線を見る新手法

 共感覚が長年にわたって誤解されていたのは、連想が非常に明確で、描写が細かいためだ。かつて、一部の専門家は統合失調症などの精神疾患と結び付けていた。

 研究論文の共著者で、同じくUCSDの神経科学者ビラヤヌル・ラマチャンドラン氏は、「共感覚は進化における原始的な状態への“後退”だという見方もあった」と説明する。

 しかし現在は、200年前はもちろん10年前でさえ不可能だった手段で脳を徹底的に調べることができる。

 その一つが「拡散テンソル画像(DTI)」という一種の脳スキャンだ。DTIを使用すれば、脳のさまざまな領域がどのようにつながっているかがわかる。「共感覚者の場合、関連する感覚のつながりが強い」とブラング氏は述べる。

 感覚をつかさどる脳領域の結び付きを視覚化すれば、特定の共感覚が存在する理由や、多くの知覚現象が一方向だけに起きる原因がわかるかもしれない。一方向性の例として、数字は色を連想させるが、色から数字を連想することはあまりないという。

 すべての人は共感覚の神経機構を持つが、何らかの理由で抑制されているという仮説もある。脳を徹底的に調べれば、その検証が可能かもしれない。

◆創造性を高める?

 最近の研究で、芸術家や詩人、小説家には、それ以外の人より共感覚者が約7倍多いと示されている。そして、複数の専門家が、共感覚者は関連のないアイデアを結び付ける能力に秀でているという仮説を立てている。

「数年前に協力を依頼したある小説家は、共感覚が隠喩の選択に役立っていると断言していた。彼女によれば、言葉を思いつく前から、何色の言葉にすべきかが見えてくるそうだ」とブラング氏は語る。

 共感覚者の中には、円周率を2万2514桁まで暗唱するなど、驚異的な記憶力を発揮する人がいる。とてもよく似た色を見分けられたり、触覚が非常に発達しているケースもあるという。

 共感覚に関する研究は、オンラインジャーナル「PLoS Biology」で11月22日に公開されている。

Image by Simon Fraser, Science Photo Library/Getty Images
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/5245/


Synesthesia
https://www.youtube.com/watch?v=qZEL31Mq2OA#t=49


共感覚(シナスタジア)が実際に起こった場合の実験映像「Synesthesia」2010年10月16日
http://karapaia.livedoor.biz/archives/51775271.html


実験 共感覚(シナスタジア)とは、ある刺激に対して通常の感覚だけでなく、異なる種類の感覚をも生じさせる、一部の人にみられる特殊な知覚現象のこと。

 例えば、文字に色を感じたり、音に色を感じたり、形に味を感じたりと、視覚、聴覚、味覚などが他の感覚によって呼び覚まされるというわけなんだ。ということで、この映像は、強いシナスタジアの持ち主の目を通した感覚を、そのまま映像化したものなんだ。

そういえば最近、嗅覚と視覚の錯覚でクッキーの味を変えてしまう技術が、東京大学が開発したことで話題を呼んでいたね。この装置を使えば、共感覚の持ち主じゃなくても、錯視的味覚の変化を楽しむことができるんだ。

「Metacookie+」と呼ばれるこのシステム、ニオイを出す管が付いたヘッドギアを装着し、モニターで画像処理されたクッキーの映像を見ながら食べると、本来は味のないプレーンクッキーが、チョコやマツタケなど7種類の味に変化するというもの。

source:クッキーの味が七変化 嗅覚と視覚の錯覚を利用、東大が開発


 味覚が、視覚と嗅覚に大きく左右されることを利用したもので、人によって効果は異なるが、実験では体験者のうち約8割が味の変化を感じたという。カロリーが低くても、さまざまな味を楽しめる病院食などへの応用を視野に入れているそうだ。
http://karapaia.livedoor.biz/archives/51775271.html  



15. 中川隆[4633] koaQ7Jey 2016年10月25日 02:10:14 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5045]

シャーマンと右脳・左脳の働き2 

脳梁による右脳・左脳の連携強化が「松果体」を活性化させ、トランス(幻覚)状態を呼び起こす〜
 

先回投稿で扱ったシャーマンのトランス状態と右脳・左脳双方の活性化について、これまでの追求内容を含めて考えてみると、

「左脳:観念と右脳:共認の結びつきを強化し、双方の回路の活性化を図った状態こそがトランス状態である」

と言えるだろう。そして、この双方の回路の活性化は、やはり「脳梁」を介して行われているものと考えられる。

シャーマンはトランス状態に入る際、現実世界ではない幻覚を見ていると言われるが、この幻覚は脳梁による左右脳連携の強化過程がもたらしているのではないかと考えられる。

人類の脳内の中枢部には「松果体」と呼ばれる小さな神経組織が存在する。この松果体は、脊椎動物の祖先でまだ「眼」が存在しなかった脊索動物が、外界の光を感受する為に使用していた脳内の光受容細胞が基になって形成されたと言われており、原始的脊椎動物や初期爬虫類では文字通り「頭頂眼」として残っている種も存在している。

脊椎動物の進化過程で「眼」が形成される中で、この「頭頂眼」は不要となるが、不思議とこの神経細胞は人類の段階に至っても残されており、メラトニンを放出して概日リズムを司ったり、性ホルモンをコントロールするなど、重要な働きを果たしている。(光の感受はすなわち日中リズムを把握することに等しいので、このような働きを行う神経細胞として残ったと思われる)

また、もう一点注目される松果体の働きに「DMT(ジメチルトリプタミン)」と呼ばれる幻覚物質の分泌がある。このDMTは、南米のシャーマンがトランス状態に入る為に利用する「アヤワスカ」と呼ばれる植物に含まれる幻覚物質と同じ物質である。

すなわち、松果体が活性化してDMTが分泌されると、アヤワスカ等の幻覚植物に頼ることなく、トランス状態に入ることが出来ると言える。

注目されるのは、この松果体が、人類の脳においては「脳梁」に包まれるような形で存在していることである。本来、頭頂眼としての機能があった神経細胞を、わざわざ別の神経組織で覆ってしまったことには、何らかの意味があるのではないだろうか。

先述したように、シャーマンがトランス状態に入ると、右脳・左脳の連携強化が行われ、双方の脳が活性状態となる。この際、脳梁による神経接続は通常時よりもはるかに活発に行われていると考えられる。

ここからは完全に仮説であるが、シャーマンの右脳・左脳の連携強化時には、脳梁の活性化によって、脳梁が包み込んでいる「松果体」をも活性化するのではないだろうか。そのように考えると、シャーマンがトランス状態において幻覚を見ていることも完全に繋がってくるのである。

そして、この「脳梁」による右脳・左脳の連携強化と、「松果体」の活性化こそが、シャーマンの能力=予知・予言を可能にする”回路”ではないかと考えられる。
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=286448

〜シャーマンと右脳・左脳の働き3 

世界に対する「周辺視」が”古い脳”を起こし、生物史を通じて蓄積された記憶・対処反応を呼び起こす
 

前回、前々回投稿でシャーマンにおける右脳・左脳の働きについて分析し、以下の2点を整理した。

1.トランス状態の入り始めは、左脳が活動低下し、右脳が活性化する。
  トランス状態が進むにつれ、右脳も左脳も活性化する。
  →右脳:共認と左脳:観念、双方が活性化したのがトランス状態

2.脳梁を介した右脳・左脳の連携が脳梁に包み込まれた松果体を活性化
  →松果体による幻覚物質DMTの分泌が幻覚を呼び起こす。


今回投稿では、トランス状態が「右脳の活性化」からスタートすることと、松果体を始めとする原始的な脳の覚醒について更に掘り下げてみる。


1970年代にペルー生まれのアメリカ作家・人類学者、カルロス・カスタネダと言う人物が、ヤキ・インディアンのシャーマン、ドン・ファン・マトゥスに弟子入りし、そこでドン・ファンから受けた教えを記している。(この著作はアメリカでベストセラーとなり、西洋的思想・社会観を反省する社会的ムーブメントの基盤ともなった)

この著作の中で、カスタネダはドン・ファンと共に荒野に出て、「大自然と対話する」とはどういうことかを教わっている。その内容とは

「自分自身の知覚、認知、概念に関するフィルター(=固定観念)を全て落とし、『世界を止めて』、知覚から気づいていく→世界をありのままに見る」

と言うことであり、「世界を周辺視」で捉えることであると語られている。

シリーズ投稿E284934
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=284934


で取り上げたように、「周辺視」は右脳の危機逃避機能がもたらしており、「中心視・照準視」は左脳の日常パターン認識機能がもたらしている。

考えてみれば、「中心視・照準視」とは、餌を獲得する時に利用していることからも解るように、己の興味・関心で世界を観ると言うことであり、「周辺視」はその逆。すなわち世界をありのままに観ると言うことに他ならない。(危機逃避=外敵の動きを捉える上では、特定の関心に基づいて世界を捉えていると動きが遅れる)

ドン・ファンの言葉にあるように、シャーマンの視点で世界を捉えるとは、この右脳の周辺視で世界をありのままに見ると言うことなのだろう。

そして、これがトランス状態の初動における「右脳活性化」を呼び起こすのであると考えられる。

さて、この右脳による「周辺視」と左脳による「中心視・照準視」は、同じ視覚でも脳内での伝達のされ方が違うことが解っており、昨今流行りの3D三次元映像をデザインする上で、この違いが注目されている。

以下、ロバート・ヤコブセン編集『情報デザイン原論:「ものごと」を形にするテンプレート』より引用。

>三次元映像をデザインするに当たっては、中心窩からの信号と周辺視野からの信号を区別する必要がある。それぞれ、脳への伝達のされ方が違うからである。

中心窩からの信号は直接、大脳の視覚皮質に送られるが、周辺視野からの信号は脳梁を通って、一部は視覚皮質へ、一部は視床下部へ送られる。そして視床下部で、感情的反応を引き起こすような神経回路の爆発、つまりストレス波は起きる。

また耳の前庭のメカニズムともフィードバックの関係があるので、乗物酔いに似た症状・めまい・失神・吐き気など、身体的不快を起こす可能性もある。

矛盾するキューが入りすぎていると、観客や視聴者の中に感情的反応の摩擦が起き、ニューロンの機能が抑制される。つまり疲労を感じる。三次元媒体の作品に見られる典型的な反応である。


上記引用文にあるように、周辺視野からの信号は「脳梁」を通って、視覚皮質(大脳皮質)と視床下部(脳梁の下部にある間脳の一部)に送られる。

視床下部は進化的に”古い脳”の一部で、本能行動・情動行動の中枢である。

この視床下部を通じた情動反応は、

269673で「シャーマン脳の中枢」
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=269673


として取り上げられた、扁桃体の活性化を呼び起こす。

扁桃体は危機察知・仲間認識、長期記憶の呼び起こしと定着などの機能を持っている。

すなわち、「右脳による周辺視」は、脳梁を通じて古い脳(=本能脳である視床下部→扁桃体)を活性化させて情動反応や危機察知反応を起こし、進化史を通じて蓄積された膨大な危機の記憶とその対処反応を呼び起こすと考えられるのである。

シャーマンが人知を超えて行う予言や予知、

286447
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=286447


の引用分で紹介した「集合的無意識」からのメッセージの浮上は、この生物史・進化史を通じて古い脳に蓄積された記憶と対処反応の呼び起こしと言えるだろう。


以上の内容に前回・前々回の内容も加えて、シャーマンと右脳・左脳の働き(シャーマン脳回路)を整理すると、以下のようになると思われる。


1.シャーマンが世界や事象を捉える時、右脳周辺視で世界を見る。
  →右脳が活性化。(トランス状態の入り始め)

2.周辺視が脳梁を通じて視床下部に信号を送り、”古い脳”を刺激。
  →情動反応・危機察知反応
  →生物史・進化史を通じて蓄積された記憶・対処反応を呼び起こす。
   (集合的無意識の浮上)

3.一連の反応の中で、脳梁と視床下部を通じて松果体も活性化。
  →呼び起こされた記憶・対処反応が幻覚として五感化される。

4.脳梁を通じて右脳活性化に引続いて左脳も活性化される。
  →幻覚化された記憶・対処反応が言語野を通じて観念化=言語化。
  →”予知・予言”として発信される。

※一般的にシャーマンが極めて感情的で情動的なのは、上記シャーマン脳回路において、視床下部の情動反応が引き起こされる為と思われる。
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=286876


〜シャーマンとしての女性の脳回路〜


前回までの投稿で、シャーマンにおける右脳・左脳の働きについて分析し、シャーマン脳」の構造を明らかにしてきた。

今回は、シャーマン脳の構造と「女性」の脳構造について追求する。

現在に残るシャーマンである沖縄のユタや東北のイタコでは、その殆どが女性であり、世界に残る伝承や神話を見ても、シャーマンの殆どは女性である。
(一部、北米・南米など、男性がシャーマンを担っている社会もあるが、これらは特殊な事例であると考えられる。)

”女性のシャーマンとしての役割”に関しては、2011年10月に行われた

「なんでや劇場」で以下のような分析が行われている。(258196)
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=258196

>精霊信仰に先端収束することによって統合された人類集団では、精霊への祈りが最も重要な課題であり、元々は二足歩行訓練という目的であった踊りや祭りも、精霊への祈りが主要な意味に変わっていったであろう。

また、それに応えるために最も霊感能力の高い者(一般的には女)が集団のリーダーになったはずである。

 このように原始人類集団では、祭祀の長(シャーマン)=部族長である。

部族長がいなかった部族があったとしても、シャーマンのいない部族はなかったであろう。

 もちろん、祭祀とは別に、食糧(動物の死骸の骨)を拾いに出る決死隊も必要であり、そのリーダーは男が担っていたが、霊感能力の高いのは一般に女であり、原始人類の集団のリーダーは女が担っていた可能性が高い。
(集団のリーダーは力の強い男という固定観念を塗り変える必要がある。)

上記分析にあるように、原始人類から女性がシャーマンとして部族長を担い、集団を導いてきた。

では、なぜ女性の方が予言能力・霊感能力が高いのか。
そのヒントも右脳・左脳の機能分析を行う中で見えてきた。

前回記事で扱ったように、シャーマン(の脳回路)に必要とされるのは、「周辺視」である。

周辺視が脳梁を通して視床下部に信号を送り、”古い脳”を刺激。
古い脳の危機察知反応が、生物史・進化史を通じて蓄積された、危機に対する記憶と対処を呼び起こすことにより、超常的な「予知・予言」がもたらされる。

実は、交通事故のデータ等から、女性の方が男性よりも「周辺視」回路がはるかに太いことが解っており、一方で中心視(照準視)は男性の方が優れていることが解っている。
(ベストセラーにもなった「話を聞かない男、地図が読めない女」(アラン&バーバラ・ピーズ著書)でも紹介されている)

これは、外に出て食料を獲得する役割を担った男が必要とした視野と、出産・子育てを安全に行う=すぐに危機を察知できる必要があった女が必要とした視野の違いであると考えられる。

また(現状では諸説ある状況だが)女性の方が男性よりも脳梁が太く、更に男性と比較して高年齢になるまで脳梁神経線維が発達し続けると言うデータがある。

すなわち、男性に比較して女性の方が、「周辺視」能力・回路が発達しており、周辺視の情報を(視床下部を通して)古い脳に伝える為の脳梁も発達していると言うことになる。

この女性の2つの回路の太さこそが、シャーマンの殆どが女性である理由であると考えられる。

実現論に記述されているように、原始人類は想像を絶するような過酷な外圧状況の中で必死に適応してきた。そのような外圧状況の中では、いかに危機を素早くキャッチし、対処を行うかが重要になる。

特に、極限的外圧状況の中で、人類としての”命”を繋いでいく為には安全に出産・子育てすることが生命線となり、そのためにも危機察知が何よりも重要となる。

人類の女のシャーマン能力=周辺視と脳梁の発達は、このような極限的外圧状況の中でもたらされたものであると言えるだろう。
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=287083


16. 中川隆[4634] koaQ7Jey 2016年10月25日 02:19:15 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5046]

危機察知の「右脳扁桃体」がシャーマン脳の本体か?
 

扁桃体(扁桃核)は大脳辺縁系(古い哺乳類の脳)に属し、側頭葉の内側奥にある直径1センチメートルほどの丸い器官だ。

霊長類などの高等脊椎動物にみられ、生存に重要な役割を果たしている。

右脳左脳の機能分化や古い脳と新しい脳の関係を調べていくと、この扁桃体の特徴がシャーマン脳と深い関わりがあることが見えてきた。

危機察知、共同体環境での能力の発揮、認知できない情報のキャッチ、幻覚・幻聴現象に近い予知予言、巫病現象、意識と無意識の線、記憶の構造等々、多くの部分がこの「扁桃体」に由来すると考えられる。

まずは、「扁桃体(扁桃核)」の機能をみてみよう。

■危機察知、仲間認識の扁桃体

扁桃体は、危険や恐怖を呼び起こす対象(外敵)や(嬉しい)獲物や愛くるしい対象に対して素早く反応する。そして、この反応は右脳の扁桃体のみに生じている。このことは、生物の進化の過程で右脳は予想外の環境の変化(危機や仲間の認識)に対して反応する役割を担っていると考えられる。

扁桃体は、五感を通して脳に入った情報に対しての情動反応を処理しているが、危機等の環境変化に素早く反応するために、味覚、嗅覚、内臓感覚、聴覚、視覚、体性感覚などあらゆる種類の刺激が皮質感覚野を経過せずに、脳幹レベルから直接的に(または、間脳の視床核を介して間接的に)入ってくる。環境からの情報をそのままに受容する生(なま)の感覚である。

その他に、大脳皮質を経由していわば高次元で処理され、知覚され、認知された結果が扁桃体に入ってくるものがある。この入力系はその伝達経路の故に必然的に、時間的に僅かに遅れて伝達されるが、そのことによって、適正かつ精密な情報として入ってくる。

これらの粗と精、原始的と識別的、低次と高次という2種の情報が扁桃核内で遭着しているのである。このことにより、環境に対して瞬間的、反射的に反応した生得的な生体反応は、成体の思慮深い知恵により、快か不快か、有益か有害かの判断に基づいて環境適応的に補正・修正される。

なお、ここでいう有益か有害かの判断は実生活上の実利的なものに限定されるものではなく、情動記憶と扁桃体の関係からして明らかなように、ヒトの場合、周囲(社会)の情報を処理し、広く動因なるものを選定して、また芸術などに接した場合に知覚される高尚な快の情感、つまり精神的な意味で生体にとって有益な情感の判断もここに含められるだろう。また、自然の景観や宗教的経験における崇高な感情や超越的感動もここに根ざしていると考えられる。

なお、扁桃体は情動に深くかかわるだけでなく、社会性にも関係が深いことがわかってきており、人の顔を区別したり、表情を読み取る機能(能力)を持ち、扁桃体が傷つくと孤立するなど社会生活がうまくいかなくなることが動物実験で確認されている。


■幻聴、幻覚のメカニズム

視覚情報は、目から視床へと流れ、それが扁桃体、海馬、そして前頭葉へと流れるのが通常の流れだが、扁桃体など視床下部の下に直結している組織から視覚聴覚情報が逆に入力してくることがある。

実際に目に見えている情報ではないが、扁桃体など視床下部の下の組織から入力された情報が、視床で映像として再現され、その視覚情報が前頭葉へと流れる。

これが幻覚の仕組みであり、それが実際に聞こえる言葉の情報となると幻聴となる。

このように脳の中の各組織が複雑に関わりあうことでさまざまな精神症状を生み出している。それは異常なことではなく、脳の機能の誤作動ともいえる。

不安や恐れストレスなどが原因で、扁桃体からの言語情報、視覚情報が視床に伝わり、それが現実の言葉、視覚として前頭葉に伝わり、現実的なものとして脳が捉える。


■危機や恐怖反応

感覚器を通じて入ってきた信号を受けて、扁桃核は過去のトラブルの記憶をひとつひとつチェックしはじめ、

「これは自分が嫌いなものか?自分を傷つけるものか?自分がこわがっているものか?」

を判断する。

答えが「イエス」ならば、扁桃核は即座に反応して脳全体に緊急事態を発信する。

「恐怖」と判断したときは、扁桃核は直ちに脳の主要各部に緊急事態を知らせ、同時に戦ったり逃げたりするのに必要なホルモンの分泌を命じる。

扁桃核から出ている別の神経回路からノルアドレナリンの分泌を促し、脳は興奮状態になり、感覚は鋭敏になる。

扁桃核からは、脳幹にも信号が送られ、その結果、表情は恐怖に凍りつき、筋肉はとりあえず必要のない動きを中断し、心臓の拍数は早くなり、血圧は上昇し、呼吸数は少なくなり、他の器官は恐怖の対象に注意を集中し、必要に応じて筋肉を動かせるよう準備する。

大脳新皮質は思考を一時中断し過去の記憶をめくり、目の前の非常事態に関連する知識を引き出そうとする。

■幼児期に形成される情動反応

扁桃核の情動反応は、生で粗な情報に反応することから不正確さを孕むことになる。

また、情動反応の不正確さを増す要因がもうひとつある。強烈な情動の記憶は生後2、3年までの幼少時における体験から生じる場合が多いという事実だ。

虐待や遺棄などによって心が深く傷ついた場合は特にこの傾向が強くなるのだが、この幼児期の記憶が情動反応に関わるため、本来不要な恐怖や不安反応を示すことになる。

生後まもない時期には、脳の他の部分、特に言語的に文脈を記憶する海馬や、理性的思考の場である大脳新皮質は発達途上にある。扁桃核と海馬はそれぞれ独自に状況を記憶し、必要に応じて貯蔵してある情報を取り出すのだが、海馬が取り出した情報を情動反応に結びつけるかどうかを判断するのは扁桃核であり、扁桃核は海馬に比べて誕生の時点ですでにかなり発達しており、生後まもなく完成する。

扁桃核完成後の幼児体験が後々の情動反応に影響を及ぼすと考えられる。

■長期記憶に関わる扁桃体

扁桃体は大脳辺縁系の下部、海馬と隣り合わせの位置にあり、相互に情報交換をしており、長期記憶には扁桃体が強く働いている。例えば、私たちは、特別に好きなことは努力しなくて覚えら、喜怒哀楽の感情を強く抱いた出来事はいつまでも覚えている。また、強い恐怖や危機体験も強く記憶されることに扁桃体が関わっていると考えられる。
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=269673


人間は視覚を用いずに相手の表情を"見る"ことができる

全盲でありながら、人間の表情を"見る"ことできる人がいるという。

そして、相手の表情を読み取っている時、右扁桃体が活発化していることが報告されている。

さらに詳細な実験によると、正方形や丸などの幾何学を描いた紙を見た場合は単に推測することしかできないらしい。また、無表情な男性や女性の場合はその性別を読み取りづらいという傾向が確認されている。

右扁桃体が、感情などの情報を潜在的に処理していることを示唆する実験結果といえそうです。

***

X51.org「全盲の男性が人間の表情を"見る" - 未知能力を確認」より引用
http://x51.org/x/04/12/1450.php


【BBC】英ウェールズ大学の科学者の発表によると、全盲でありながら人間の表情を"見る"事が出来るという、未知の能力を持った男性が発見されたとのこと。

現在"ペイシェントX(患者X)"と言う名で呼ばれているこの男性(52歳)は、例えば笑顔や怒っている顔の人の写真を"見せる"と、視覚以外の"何か"でその表情を読み取っているという。

男性は過去に二度の脳卒中で脳の視覚信号処理を行う部位に損傷を受け、現在は全盲である。

しかし、男性の眼、そして視神経は正常であり、写真を見せて脳のスキャンを行ったところ、通常、感情表現などの視覚信号処理には用いられない脳の部位を使って感情を読み取っている事が確認されたのである。

また更に、ウェールズ大学の研究者らが男性を詳しく調査したところ、例えば正方形や丸などの図形を描いた紙を見せた場合は、男性は"見る"ことが出来ず、単に推測しか出来ないこと、また同様に無表情な男性や女性の場合はその性別を読み取りづらい、といった傾向が確認されたという。

しかしまた、顔に明確な感情 - 怒っている顔、喜んでいる顔 - を示した人の顔を見せた場合、その正解率は59%、すなわち単なる当てずっぽうを上回る正解率を示し、また同様に悲しい顔とうれしい顔、怯えている顔と幸せそうな顔といった感情表現の場合でもほぼ同様の確率で正解したが、それらを動物に置き換え、例えば襲いかかろうとしている姿とそうでない姿などを見分けることは出来なかったことなどが報告されている。

またその際に行われた脳のスキャンの結果では、男性が人の感情表現を読み取る際、右扁桃体 - 非言語的感情表現に反応するとされる部位 - が活発化していることが示されたとしている。即ち、この結果は、男性は目から得た情報を通常の視覚中枢で処理せずに、脳の別の部位で処理していることが予想されるというのである。

「この発見は、行動学者らにとって非常に興味深いものだと思います。これまでにも右扁桃体が感情などの情報を潜在的に処理しているという説は存在していました。しかしこの男性は、我々にその(脳の)部位が本当に感情表現を処理していることを確かなものとして示してくれたのではないかと思います。」研究を行っているアラン・ペグナ博士は語った。
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=270472


17. 中川隆[4639] koaQ7Jey 2016年10月25日 12:39:15 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5051]

CNN.co.jp 昏睡に陥った米高校生、目覚めると突如スペイン語が堪能に
2016.10.25 Tue posted at 09:43 JST


目覚めるとスペイン語が堪能になっていたというルービン・ネンセモさん

(CNN) サッカーの試合中に脳震とうを起こして倒れ、意識が戻ると突然、スペイン語がネイティブ並みに堪能になっていた――。米アトランタ郊外に住む高校生がこのほど、そんな症状に見舞われていたことを明らかにした。

高校2年のルービン・ネンセモさん(16)は先月下旬、サッカーの試合中に頭を蹴られて意識を失った。数日後に目覚めると、母語の英語ではなくスペイン語を話し始めたという。

両親によると、それまでも片言のスペイン語は話せていたが、流暢(りゅうちょう)なスペイン語にはほど遠かったという。その後徐々に英語が戻ってくると、スペイン語の流暢さは失われていった。

意識を回復後は物事に集中するのも難しくなり、またサッカーができるようになるのかどうか不安だったとネンセモさんは振り返る。

脳のけがによって話し言葉が変わってしまう「外国語アクセント症候群」は極めてまれな症例で、世界で最初に報告されたのは1941年。

ノルウェー人の女性がドイツによる爆撃で破片を浴びて脳を損傷し、突然ドイツ語なまりで話すようになった。

以来、報告された症例は数十例ある。3年前には米海軍の元兵士がカリフォルニア州のホテルで意識を失い、目覚めるとそれまでの記憶をすべて失ってスウェーデン語しか話さなくなっていた。

オーストラリアではバスの運転手だった女性が衝突事故で重傷を負い、フランス語なまりの英語を話すようになった。

こうした症状について外国語アクセント症候群に詳しいカレン・クルート医師は、「発語は極めて複雑な仕組みで成り立っていて、さまざまな動作部分の調整に脳中枢がかかわっている。その一部が損傷すると、発語のタイミングや旋律やテンションに影響を及ぼすことがある」と解説していた。
http://www.cnn.co.jp/fringe/35091048.html


18. 中川隆[4640] koaQ7Jey 2016年10月25日 15:10:58 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5052]

           _ -―´ ̄ ̄ ̄`ヽ、
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        / ,=          ヽ
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「精神病は病気ではありません。先祖霊の憑依現象なんです!!」


宇都宮爆発の犯人・栗原敏勝は、娘の精神病を治すために嫁が手を出した宗教について生前、ブログに書き込んでいた。

栗原容疑者の退職金を使い果たしてしまうほどはまってしまった宗教はどこだったのか? 紹介していこうと思う。

栗原敏勝の嫁を洗脳した宗教はどこ?【宇都宮爆発の犯人】
http://evil-goodnews.com/archives/11211

嫁を洗脳した宗教は、真言宗長江寺住職・萩原玄明(ブログより)


ブログには萩原の著書の一部を掲載し、批判していた

さらに、萩原の音声を掲載し、やばさを伝えに来ている

http://www006.upp.so-net.ne.jp/rukajp/hagiwara1.html
http://www006.upp.so-net.ne.jp/rukajp/hagiwara2.html

長江寺・萩原玄明のプロフィール

萩原玄明(はぎわらげんめい、1935年11月8日、80歳)は、東京・八王子の宗教法人・長江寺福浄院の住職。

●東京・八王子の菅谷不動尊教会の次男として生まれる。店員から会社経営まで俗人としての体験を経て、生家の寺を継いでいた兄の早逝を機に僧となる。正しい供養による完全なる死者の成仏を説いて全国的な活動を展開している

●精神病は病気ではなく、先祖霊の憑依現象という独自の信念に基づき、取りついた霊を供養することで精神病から救っている

●これまでに多くの著者を出版している。代表作は『精神病は病気ではない』、『精神病が消えて行く!』など

萩原「精神病は病気ではありません。先祖霊の憑依現象なんです!!」←病ってついているだから病気だろ。こいつ何言ってんだろうなって思ったわww

今時、こんな宗教に引っかかる奴っているのねww ちょっと考えればうさんくさいとわかるのに、娘を治すのに必死でそこまで頭が回らなかったのかしら?
http://evil-goodnews.com/archives/11211


栗原敏勝、家族だった嫁と娘からとんでもないことをされていた!?
宇都宮爆発、犯人は元自衛官 2016/10/23
http://evil-goodnews.com/archives/11182

  栃木県警は23日夜、栃木県宇都宮市内の3か所で連続して火災や爆発が起きた事件で、現場の1つの宇都宮城址公園内で発見された焼死体男性は元自衛官で職業不詳の栗原敏勝容疑者(72)と確認されたと発表した。

県警によると、同日午後11時15分ごろ、同市針ケ谷町にある栗原容疑者の自宅が炎上。同日11時半ごろ、宇都宮城址公園付近のコインパーキングで同容疑者名義を含む複数の車が燃え、この直後、駐車場から250メートルほど離れた公園の駐輪場で爆発があった。現場からは同容疑者のバラバラになった焼死体が見つかり、遺体の靴下には「自殺する」と書かれた遺書が入っていたという。

この爆発では、付近にいた58歳の男性が巻き込まれて肋骨を複数折るなどの重傷、64歳の男性も頭部から出血、14歳の男子中学生も足にケガをするなど3人が重軽傷を負った。

県警は、栗原容疑者が自宅と車に火をつけた後、宇都宮城址公園に行って自殺したとみて捜査する方針。

【Facebook】栗原敏勝、家族だった嫁と娘からとんでもないことをされていた!?

宗教に洗脳された嫁の良子と精神障害(統合失調症)を患った娘の理沙から殺人未遂を受ける

嫁がDVを理由に訴訟を起こす。殺人未遂を認めるも、栗原容疑者は全面敗訴。全てを失った


退官時、嫁から「何で殉職しなかった」と言われたうえに退職金(数千万)は全て使われる

宇都宮爆発、犯人は元自衛官・栗原敏勝の反応

自爆テロじゃないか。結果的に。

くつ下に挟むってすごいね。身体で爆発しても一番遠い所に持っていれば被害が最小限に抑えられて自分のだとわかるっていう…自衛官ってそんなことまで教わるのか…。

自殺だとすれば極悪な手口だなあ そういえば新幹線放火事件もこの年代の人だっけか

自衛官なら爆弾作れるんだ。PKOの任務拡大で人を殺して精神障害を負う自衛官がこれから増える。恐ろしいね。

とばっちり食らった祭りや人が気の毒。

やっぱり、最初に燃えた家の家主が犯人だったわね。

FBを見る限り、嫁と娘にめっちゃ恨みもっているようね。だったらこいつらを巻き込んで自殺すればよかったのになんで関係ない人を巻き込むのか謎ね…
http://evil-goodnews.com/archives/11182
      


19. 中川隆[4641] koaQ7Jey 2016年10月25日 15:18:09 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5053]

栗原敏勝の家族は?娘が自爆の理由の一端か?
http://workers-magazine.com/kuriharatoshikatsu/


10月23日に宇都宮市本丸町宇都宮城址公園付近で自殺したとみられる栗原敏勝氏。「命を絶って償います」と遺書に残す一方で、この騒動により周囲にいた3人が重軽傷を負い、自宅の全焼や車の爆発など多くの騒動が併発している。

ここまでの被害を出す自殺に踏み切った動機や原因を、敏勝氏のTwitterやブログから辿ると、そこには家族間での不和や裁判への不満が憤然と散りばめられていた。中には娘の診療履歴なども貼られており、敏勝氏から見た娘の発病から裁判、自殺に至るまでの足跡を残している。

栗原敏勝の家族は?

残された記事を見る限り、敏勝氏、妻、娘(三女)の他に彼自身の姉妹の存在が確認できる。長女や次女についての記述は見当たらず、この二人の間でのトラブルは見受けられなかった。

診療履歴を見る限り、三女の娘は高校中退後にパートに就いたあと統合失調症を発症し、入退院を繰り返していた。就労意欲はあるものの労働に耐えうる状態ではなかったようだ。一時期容体が安定し、アルバイトに取り組むも状態が悪化して再び治療を必要となっている。

そしてこの娘の治療方針を巡り、夫婦関係が破綻したと敏勝氏は文章内で明言している。病院での治療を進める夫に対し、妻は信仰宗教や祈祷といった治療を施そうとしたことが原因だという。その意見の相違により妻にナイフで襲われ、娘にも精神障害によりナイフで斬り付けられたという体験を投稿している。

また妻がDVによる訴訟を起こし、栗原敏勝氏は全面敗訴。これを不服としはねのけたが、債権差押命令により家屋の競売も予定されていたようだ。


娘が自爆の理由か

自殺の原因のすべては娘にあるのか。記事を読んでいると、確かに娘の統合失調症が敏勝氏にとって家族間の不和の始まりであったことが分かる。娘の治療ために何度も病院に診療を断られたり、症状の悪化によって引き起こされる暴力行為や自傷行為に悩まされていたのは確かだろう。

しかし感情的な文章も多く、敏勝氏の言い分をすべて鵜呑みにするのも危険だ。今年の8月、先祖の墓参りに行った娘が熱心に墓掃除をしていたのを近所の人や身内から褒められたのを受け、妻の宗教と重ねて嫌悪感を抱いていたような描写もある。

DV判決で敗訴したことで全てを失ったという妻や娘に対する憤りとともに、判決を出した宇都宮家庭裁判所やその判事に対する強い恨みも書き綴られていた。

「死んでも認めない」
「事実を知ってもらうために、大勢の人の列にアクセル全開の車で突っ込みたい」「どんなことが起ころうとも全責任は宇都宮家庭裁判所やその関係者にある」

といったような内容が各所に見受けられる。

なぜ自殺において、大勢の人が集まる祭りの日を選んだのか。自分だけでなく家屋や車まで爆破したのか。その理由は想像以上に根深いものかもしれない。
http://workers-magazine.com/kuriharatoshikatsu/


20. 中川隆[4642] koaQ7Jey 2016年10月25日 15:33:57 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5054]


栗原敏勝氏のブログ
http://blog.goo.ne.jp/jpkingkoko

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↑この人も糖質とあるが
それならそれらの話が信憑性なくなるじゃん
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↑糖質ではあるが、娘の診断書、調停、DV裁判の記録なんかはきちんとブログに残してあるんだよ
娘が措置入院食らうほどのキチガイ、寝込みをナイフで斬りかかるカルト妻なんかはまず本物と見ていいと思う

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女ってなんでカルトにハマるの?
家族は本当に迷惑だよな
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カルト宗教どこだろう?
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↑真言宗のお寺だとさ
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http://my.shadowcity.jp/2016/10/post-10093.html


栗原敏勝 宗教で家族崩壊を招いた様子がヤバい…命を落として訴えた不当性
http://menswinner.net/kuriharatosimasasyuukyou/

栗原敏勝の家族は宗教により家族崩壊を招き一連の事件へと発展したようだ。

事件発生当初は付近で連続して火災や爆発が起こり、テロの可能性も考えられていたが、事件発生から時間がたち、徐々に事件の全容が明らかになりつつある。

栗原敏勝は生前にブログやフェイスブック上に多くのメッセージを残しており、宗教により家族が崩壊していき、相当な怒りを生み出していた様子がうかがえる。

栗原敏勝の家族は宗教で崩壊


栗原敏勝の家族は宗教で崩壊していく様子はブログにも記されている。

栗原敏勝には十五年前から統合失調症の三女がいた。しかし、三女は病状が良くならずに、病院で暴れるなど移送を繰り返し、病状は一向に良くならなかった。

そんな中、栗原敏勝は長年勤めた自衛官を退職し1500万円もの退職金を得て、三女の治療に役立てようとする。

しかし、当時、嫁は真言宗長江寺住職の萩原玄明の宗教に入り込んでいたことが、栗原敏勝のブログにも記載されている。

栗原敏勝の 2016年の5月1日のブログには

「宗教指導者が言う精神病は病気ではないは本当であるか?」

と萩原玄明の著書を一部抜粋し批判している。

ここで栗原敏勝の退職金の使用用途を巡り、医療費に企てるのか、嫁の信仰する宗教に企てるのかで意見が割れたのだ。


そんな中、栗原敏勝が退職金で得た1500万円を嫁がすべて、自身が三女の統合失調症の治療法に役立つと信じていた、真言宗長江寺住職の萩原玄明の宗教に使い込んでしまう。

この事態に栗原敏勝は嫁を強制的に措置入院させようとする。
しかし、強制措置入院させようとしたことが起訴されて、裁判所に栗原敏勝の一方的な DV であると下され、離婚が決定し慰謝料の支払いに、財産の没収で自宅や車などをすべて嫁に徴収されることとなったのだ。

これらの裁判所の判決に不服があった栗原敏勝が、SNS上に多くのメッセージを残すも世間から全く反応は得られなかった。

そこで、栗原敏勝は自身の身を犠牲にすることで、世間からの注目を浴びて、裁判所の不当性を訴えようと決意。

そして、嫁にあけ渡すはずの自宅に火をつけ、車で移動し、嫁に渡すはずの車を爆破、そして、自身も遺書の残して自決を図り、世間の注目を集めることになったのだ。

宇都宮でのテロ騒動の背景には宗教により、嫁が変貌を遂げ家族が崩壊していった末路があったようだ。

栗原敏勝の生前にSNS上のメッセージが注目を浴びていればこのような事件には発展しなかっただろう。果たして今回の事件を機に栗原敏勝が命を落として訴えた不当性が改善されることがあるのだろうか。
http://menswinner.net/kuriharatosimasasyuukyou/

真言カルト (2016年10月24日 04:08)

てっきりISISのテロかと思ったら、自衛隊だったw 

ところでネットのネトウヨは自衛隊大好きで、自衛隊は全て正しいと思っているので、今回の事件では困惑気味で、「辞めて20年も経っているのに、なんで元自衛官なんだ」とお怒りですが、理由はカンタンで、50歳定年で退職してからずっと、働いてないからですw 

72歳でガードマンやってる爺いなんざ山ほどいるんだが、この人は退職して以来、ずっと無職だったんだろうね。


この少佐どのがここまで追い込まれた背景には、カルト宗教があるというんだが、カルトじゃないです。真言宗です。


娘がキチガイになったのが最初のきっかけなんだが、そこで母親がそれを苦に病んで、「精神病は病気ではない」と主張する真言宗の坊主にハマって、財産を貢いでしまったらしい。

精神病は病気ではなく、先祖霊の憑依現象という独自の信念に基づき、取りついた霊を供養することで精神病から救う、という教義です。

この主張に基づき、ちゃんとした治療もせず、ただひたすらカネを貢ぐだけw 
自衛隊以外の働き方も知らない少佐殿は、退職金も失い、人生を失った。


カルトと言っても、新興宗教ではないです。まっとうな真言宗。

宗教は、基本、役立たず。役に立たないという事を認めないと、「拝めばキチガイが治る」とか「拝めば癌が消える」とか、詐欺師の領域に入って来る。キチガイは拝んでも治りませんw

ゲリラ志願 | 2016年10月24日 10:36

宗教てのはある面カルト的でもあるし現実的でもある
寺が無くなってよいのかとは別の次元の問題だ
真言系は下手にのめり込むとカルトの臭いに染まりやすい
浄土系や禅のほうが無難だな

海DON | 2016年10月25日 00:27
真言が一番儲かるってw知り合いの坊さんが言ってたwww
つか、真言カルトって言ったら真如苑だろwww石原真理子な感じwww
http://my.shadowcity.jp/2016/10/post-10093.html


21. 中川隆[4643] koaQ7Jey 2016年10月25日 15:35:12 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5055]

信仰というのは怖いもので、最初正気ではじめたのが信仰がすすむにつれていつしか強信ならず狂信の世界に突入する。やがて拝んでいるうちに祈祷性精神病になる。

教祖が”気違い”の場合その信者は確実に”気違い”になる。”気違い”はウイルスよろしく伝染する。オーム真理経の麻原彰晃、人民寺院のジム・ジョーンズ(1978年11月18日900名以上集団自決)一人一殺の血盟団の井上日召(1886〜1967)いずれも、教祖の狂気が伝染し弟子を殺したのである。

ゲーテの若き「ウエルテルの悩み」という小説が流行した時に多くの若者が主人公よろしく黄色いチョッキを着て自殺したらしいが、是も狂気のあらわれであろう。

真言密教の坊主には頭の狂ったのが圧倒的に多いがその理由は不思議な超能力を身につけるべく行う、求聞持聡明法・日輪観・月輪観・加持祈祷などにある。祈りをかけて祈りを叶えようとすると、祈りが叶えばそれでよいが、もし叶わざる場合には自分が壊れてしまうのだ。

熱心に祈り続けると、あるとき突然にお客様が”おいで”になる、そうすると一人で泣き出す者、飛び跳ねる者、にやにや笑い出す者、もうあっちの世界に飛んでしまったのだ。こっちの世界にそれでも、もどれる者もいるが戻れなくなる者もいる。

禅の修業でも勝手に座禅などやると、現実と空想の区別がつかなくなり、あっちとこっちの世界の間に彷徨うことになる。これを空病という。導師とはこのことを良く知り、現実に引き戻してやるための存在なのだ。現実に戻さないでさらに背中を押してあっちの世界に追いやるのが悪の宗教であり、邪教なのだ
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/53904826.html


22. 中川隆[4644] koaQ7Jey 2016年10月25日 16:47:36 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5056]

栗原敏勝氏のブログ


栗原良子と子供の理沙は、こうしてマインドコントロールされた。

錯誤齟齬判決をされ、冤を背負っては三途の川を渡ることはできない。

栗原敏勝は家族を守る為に、全知全能を持って子の理沙の精神障害の治療に努め精神科病院へ通院・入院させ誠心誠意行動し、 人の弱みを付け込んで宗教指導者・占い師・祈祷師等の精神制御からの催眠からの解放に全力を持って対処し努力したが全て徒労に終わった。

目に見えない精神障害と言う病気を理沙が発病・証拠が残らない信仰宗教による栗原良子と理沙への催眠術を取り除くために懸命に戦ってきた。

取下書を提出されても司法・法曹会から栗原敏勝の家族・家庭は崩壊させられ、戻ることはない。

栗原敏勝は無慈悲な司法・法曹の残虐な行為を忸怩たる思いだ。

   横山弁護士は、これらを悪意利用し、裁判所は偏向裁判をした。

  精神障害者の子供の持つ夫婦は、司法・法曹会に認識されず、悲劇を持って終わる運命である。

  理沙の父親として良子の夫として栗原敏勝は社会正義実現に尽した事を誇りとする。

  栗原敏勝は成すべきことを全てして天命を待った。

人間は全て理性が制御し誰しも3重面相のです。


普通・良い・そして悪い栗原敏勝が心の中で争いが絶えない。

悪い栗原敏勝は下記の様にです。

良い栗原敏勝は親から貰った命を無駄にするなと言っております。
人生一度しかないので自然死を全うせよと言っています。
全てをなくしても命さえあればいいのだと言っています。
ゼロになっても生き延びれと言っています。

もし、悪い栗原敏勝が勝利した場合は、国家権力により潰されます。

精神障害者を持つ家族でないと、知っているとおり、悲惨な家族の状況など100回説明しても理解は出来ません。

宇都宮家庭裁判所長 近藤壽邦 宇都宮家庭裁判所 家事審判官 間部 泰
書記官や原告訴訟代理人弁護士 横山 幸子など、この精神障害者の子供と持つ夫婦の苦悩等全く理解せずに捌かれました。

私たち抜きに私たちのことを決めないで!! 栃木県のスローガンです。


良子と理沙は、こうして催眠に引き込まれた。

その1へ その1・41分録音ページに移動
http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:I9Mk4HniO5cJ:www006.upp.so-net.ne.jp/rukajp/hagiwara2.html+&cd=1&hl=ja&ct=clnk&gl=jp&lr=lang_ja


真言宗 長江寺住職 萩原玄明氏 −霊視を通して 41分録音再生

栗原良子と子供の理沙は、こうしてマインドコントロールされた。

宗教指導者・占い師・祈祷師等の精神制御により、知らぬうちにマインドコントロールされた栗原良子と理沙は、全く気付いていない。

 この恐怖は、同居して生活を共にした者でないと他人は理解困難だ。

あらゆる行政や公的相談機関に相談をしたが、本人が気付かなければ対策がないと異口同音の解答であった。

栗原敏勝の意見は嘘で都合の良いことばかり言う自己中心的人間と信じこませた。
栗原敏勝・と栗原良子夫婦の家庭・家族は崩壊し法曹関係者等(裁判所判事・裁判官・弁護士・DV関係支援者)は漁夫の利を貪っている。

宗教信仰により栗原良子は明確に精神障がい者の症状を示していた。

裁判所裁判官・判事・書記官・弁護士等は全て、栗原敏勝が悪いと国家権力を行使し老後を生きる生活権を奪い、銀行等の口座を差押社会経済活動遮断し、宇都宮地方裁判所民事執行係は、規則であるからと生活する権利を奪う。

証拠説明が極めて困難な精神制御された栗原良子と理沙を懸命に現実の世界に取り戻そうと努力したが全て裏目にでた。

長江寺 住職 荻原玄明が催眠術を施している


栗原良子は、宗教指導者・占い師・祈祷師から洗脳され、幻覚・妄想・させられ体験を惹起し、思考形式の障害を患い著しい奇異な行動をし父親で夫である栗原敏勝に対して殺人未遂事件を起こしたが咄嗟の判断で栗原敏勝は防いだ。

理沙からも包丁で精神障害から精神状態が錯乱し斬付け殺害から免れた。

信仰による精神異常状態を呈し以前から栗原良子の寝室に殺害する目的で準備していたナイフで平成20年8月20日に襲われ栗原良子の殺害から免れ、生き延びた栗原敏勝である。

させられ体験から夫で父親である栗原敏勝に殺害行為をした栗原良子と子の理沙には、金員は一切、支払う義務もないし意思はない。

子の理沙から妻の栗原良子から殺害され人生を終えた方が幸せだと思う今日この頃である。

2度に渡り殺害行為から逃れた栗原敏勝である。

調停や裁判で訴えたが調停員・裁判官は生きているではないかと言われた。
死ねば認めるのかと疑問を感じた。


良子と理沙は、こうして催眠に引き込まれた。その2へ その2・31分録音ページに移動
http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:Yx7Cr5wIlwIJ:www006.upp.so-net.ne.jp/rukajp/hagiwara1.html+&cd=2&hl=ja&ct=clnk&gl=jp&lr=lang_ja

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真言宗 長江寺住職 萩原玄明氏 −霊視を通して『死者は語る』2007年05月18日

久しぶりに、「おぉ良い書籍に出会った!」と感銘したのが、先日購入しました


あなたは死を自覚できない―萩原玄明の「死者の霊魂とどうつきあうか」
精神病は死者からのメッセージ 1997/2/1 萩原 玄明 (著)
https://www.amazon.co.jp/%E3%81%82%E3%81%AA%E3%81%9F%E3%81%AF%E6%AD%BB%E3%82%92%E8%87%AA%E8%A6%9A%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%81%AA%E3%81%84%E2%80%95%E8%90%A9%E5%8E%9F%E7%8E%84%E6%98%8E%E3%81%AE%E3%80%8C%E6%AD%BB%E8%80%85%E3%81%AE%E9%9C%8A%E9%AD%82%E3%81%A8%E3%81%A9%E3%81%86%E3%81%A4%E3%81%8D%E3%81%82%E3%81%86%E3%81%8B%E3%80%8D-%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E7%97%85%E3%81%AF%E6%AD%BB%E8%80%85%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AE%E3%83%A1%E3%83%83%E3%82%BB%E3%83%BC%E3%82%B8-%E8%90%A9%E5%8E%9F-%E7%8E%84%E6%98%8E/dp/4892950866


荻原玄明氏は、真言宗長江寺住職で、少僧正です。

宗教家といいますか、僧侶でありながら、霊界の死者から映像による通信を受けることができるという霊能力をお持ちの方で、特に精神病と未成仏霊の憑依との関係を詳しく語っておられます。

なぜ、私がこの方の書籍を手にしたか。

何気なく書店の棚を見ていましたら、「死者からの教え」というタイトルに「???」と思ったことと、もう一つは「真言宗の僧侶」ということで惹かれたからでした。

・・・

今年4月だったでしょうか。 某有名人の俳優さんが、出家したという報道がありました。

「僧侶?」「お坊さんねぇ・・・」と思い、その俳優さんが得度と受けたというお寺さんをインターネットで調べたら。。。どうも・・・よく分からないお寺さんでした。

九州では有名なお寺さんなのかも知れませんが、天台宗、真言宗、浄土宗、浄土真宗、曹洞宗、臨済宗、黄檗宗、法華宗、日蓮宗など・・・ではなく、どうも「新興宗教」のようでしたので、イマイチシックリきませんでした。

教祖の方の名前で、検索してみますと、たくさん書籍を書いて出版していました。
それは、かなりの数で、タイトルは精神世界の話のものや占いのようなものが多く、「ふ〜ん」と当初感心を寄せましたが、ようは、この教祖の方も、

「あの世が見える」
「死者と会話ができる」
「何か光の存在から言葉を受けた」

のだと思いますが「新興宗教を作ってまで活動する」という姿は、はっきり言いまして、引いてしまいました。
(引いてしまったとは、おどろおどろしいものに感じた,宗派がわかない,

プロフィールに霊能者,ヒーラー等と書いてあったり、人物も寺もどこか派手なことから)なぜ宗教法人をつくり新興するのでしょうか。

江原啓之氏のようなスタイルで、満遍なく世にあの世の存在や我々はなぜこの世に生かされているのかを説く道を選ばなかったのかと感じた次第です。

以前、このブログの記事にも取り上げましたが、「幸福の科学」の大川隆法氏なども、何かしらの光の存在,あの世からの言葉を聴いたのだと思います。

しかし、だからと言って「『教団』のようなものまで作って活動する」というのは、私はいただけないと思っています。

・・・

話を戻しまして、私は、

荻原玄明氏は、「真言宗の僧侶」でありながら「霊能力」を持つという点で、書籍の内容によっては、信じることができる人物だと感じましたので購入しました。

(萩原氏の書籍の隣には、上記の宗教法人を作った女性教祖の書籍もありましたが。。。)

古来の宗教が「正しく」「正統」で、新興宗教が「怪しい」「駄目なもの」と決め付けているわけではありませんよ。

「どうなんだろう・・・何だか信じられないなぁ」という人間の心理ってものでしょうか。

−荻原玄明氏の霊能力−

真言宗 長江寺住職の荻原玄明氏は、

ご主人は代々内科のお医者さんで、その奥さんから、35歳の息子さんが精神を冒されているという相談をもちかけられ、精神科の限界みたいなものを息子の入院を通じて十分知ったので、医師ではあるけれども目に見えない世界に期待したいということでした。

荻原玄明氏の寺では、夫婦そろって供養を進めていくのが原則にしているのですが、奥様からなんとか自分一人で当分進めさせてはいただけまいかということでしたので、「では霊視は奥さん一人で」ということになったそうです。

荻原玄明氏は、

「霊視は実にはっきりと、しかも幾体も姿を見せてきました。」

「翌日おいでになった奥さんの顔を見るなり、私は霊視中から疑問に思えてならなかったことをすぐに質問してしまいました。」

「お宅は代々お医者さんなんでしょう?
それなのに、一人もお医者さんが出て来ないで、次から次へとお坊さんばかりなんですよ。変ですね。」

とおっしゃったそうです。

そうしましたら、奥さんが、

「申し訳ございませんでした。実は医者というのは嘘でして、私どもの家は、本当は親代々の寺なんです。」

と打ち明けたそうです。

寺の家族が、別の寺の住職の所へ来るには、それなりに勇気がいるのだろうと理解出来ないわけではない、恥と思われるだろうと、荻原氏はそう思ったそうです。

荻原玄明氏は、

「いずれにしても霊視にお坊さんが出てきたわけがよくわかりましたので、早速霊視に現れた内容の説明に入りました。」

「霊視の中に私という立場の人物は僧侶であり、その私が、自分とごく近い間柄の、やはり同じ坊主頭の人物を風呂場で見ています。どうもその僧侶らしき人はそこで死んでいます。」

「私は大声で人を呼びながら夢中で裸のままのお坊さんを抱きかかえるのです。」

と、そこまで説明すると奥さんはすぐに、

「それは主人の兄です。風呂場で亡くなったのですよ。」

と大変驚いた様子で、さらにこんなことを、荻原玄明氏に質問してきたそうです。

「先生の霊視にそうやって出て来たということは、まだ浮かばれていないということなんでしょうか」と。

荻原玄明氏は、

「ええ。成仏していませんね。」

奥さんは、

「でも、兄の葬儀というのは、有名なホテルを葬儀会場にして、八十人ものお坊さんが集まってのそれはそれは盛大なものだったんですよ。」

と言ったそうです。

荻原玄明氏は、

「葬儀がどんなに盛大であろうと成仏とはまったく無関係です。」

「それよりも八十人もの僧侶が葬儀に立ち会いながら、誰一人その葬儀によってこの死者を成仏させられなかったというこの事実は何ですか。」

「情けないを通り越して吹き出したくなるほど滑稽なことに思えました。」

とおっしゃっています。

さらにそのまま次の霊視の話に移り、

「背の小柄な丸顔の僧侶が、大きな菊の花の飾りを付けて、大勢の僧侶たちを前に講演している姿があり、そして、その人は外国にも出掛けて行った著名な人物のように私は思えました。」

この霊視にも奥さんはまた目を丸くして、

「それは間違いなく主人のお父さんです。宗派では相当名のある人で、この人の講演は、同じ宗派に属する僧侶なら必ず二度以上は聞かなくてはならないとされたほどの高僧でした。」

「そして先生のおっしゃる通り小柄で顔の丸い人で、しかも説法師というような形でアメリカなどによく行っておりました。」

と霊視を依頼した奥さんは語っています。

本書は、

「なぜ子孫に精神病を引き起させるのか」

「あの世にいる先祖は何を言いたいのか」

を説いているというのが本編の本筋です。

詳しくは「『死者の霊魂とどうつきあうか』死者からの教え」ハート出版をご一読ください。

・・・

荻原玄明氏もまた、

「人間の生命とは『肉体の以前にまず魂ありき』」なのです。」

とおっしゃっています。

「私はかつて僧として学んだ一切の形を捨てて、我が身を御佛の前に、御佛がお使いになる1つの道具として投げ出しましたが、その時を一つの大きな転機として、以後、私が歩むテンポと段階を合わせるように、さまざまな体験を御佛は仕組んで下さいました。」

「そのおかげで私もやっとこの真理を学べたようなわけです。」

とおっしゃり、

「『肉体を離れた死者は霊魂となり、意識体になる・・・』このはっきりとした言葉による霊的指導で、私は魂の存在を知り、同時にまた本当の生命ともいうべき魂は、人間の誕生の時から確実に存在するのだということも知りました。」

とおっしゃっています。

また、荻原玄明氏は、

「私たちが今生きているということは、肉体を持っているということに大事な意味があるのです。」

「『生』とはそのためにカミから与えられているものです。」

「ですから、生かされている意味を失ってしまったら生かされなくなります。」

「それが『死』というものです。」

「魂が人間として行動するのに身体があった方がよければ生きていますが、その価値が無くなれば直ちに魂の居場所に移されても不思議ではないというものです。」

「この地上界・人間界は、表裏で言うならば裏です。表ではありません。」

「表とは、人間の目程度のものではとても見ることの出来ないカミの世界であり、魂が生きている世界のことです。どうぞ、ここに早く気づいて下さい。」
とおっしゃっています。

・・・

荻原玄明氏は、ご自身の体験から、

「死者はそのまま生きている」

「身体だけが人間ではない」

と強く、そしてなぜそう言えるのかを、ご自身が行った霊視結果も記して、本書に
て語っています。

ホント、久しぶりに「目から鱗」といいますか、「うん、うん、なるほど」と感じられ、ドンドンと読み進められる書籍と出会いました。

江原啓之氏などと同じで、

「この世の地位や名誉などもあの世では関係ない」

「故人を想う心が大事(死んで無になり居なくなったのではない)」

など、霊的真理の真実は、やはり1つなんだなぁと改めてそう思いました。
http://blog.goo.ne.jp/fasb2002account/e/3d1c615d30a8e0a239fe3deda13e6673


23. 中川隆[4645] koaQ7Jey 2016年10月25日 17:01:25 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5057]

真言宗 長江寺 住職 荻原玄明氏の語る−迷える死者と供養 2008年01月03日


初詣で真言宗のお寺に行ったこともあり、久し振りに、

真言宗 長江寺 住職 荻原玄明著
「『死者の霊魂とどうつきあうか』死者からの教え」ハート出版

を読みました。

荻原玄明氏は、迷える霊について、

「・・・毎晩霊視の中で、死者たちが今も生きていて意識を送ってくるのを
見させていただいています。」

「死後何十年たっていようが、浮ばれないそれらの死者たちは、かつて地上界に
あった時の鬱々とした執着に、今もなおそのままとらわれています。」

「この人たちは生前、人間が肉体だけのものと思って生きてしまった人々です。」

「そして今困っているのです。」

「肉体ばかりが人間ではなく、もう一つの永遠のもの、すなわち魂が厳然と
わが身のうちにあることを、この世を生ている間にきちんと勉強しておかない
と、みんな哀れな死者になってしまいます。」

とおっしゃっています。

江原啓之氏もまったく同じ言い方をされていますよね。

肉体と魂について、知っている,理解しているのとそうでないのとでは、死後に迷う云々について、ちょっと、極端過ぎる言い方じゃないかなぁと思っていましたが、荻原玄明氏も、かなりキツイ言い方をしています。

荻原玄明氏は、

「死者が迷いの世界から意識を送ってくれば、それは悪い作用となって現れます。」

「この世の人間たちはこの作用に対してはまったくの無力です。」

「どうしたらその作用から脱出できるのか見当もつきませんし、いろいろ努力
してもさっぱり効果がありません。ただ怯え、嫌い、恐れるだけです。」

「そこで、キリスト教の国々では大昔からこうした死者からの恐ろしい意識作用
を人格化して、悪魔とかサタンとか呼んで敵対視して来たわけですが、しかし、
実はそんな得体の知れないものではなく、すべて、死後に自分の死をさとれない、
つまり、自分の死に気づかないままでいる哀れな『人間』だったのです。」


と語っています。

う〜ん、そういう見方もあるのですね。

荻原玄明氏は、

家族の精神的な病は、先祖の供養や先祖を大切にしていないところから来る

とか、

死者は供養されるのを望んでいる,何か現世に生きる子孫に訴えかけたいことが
あると心の病を身内に引き起こさせる

というような話をよくされています。

ですから、特に先祖供養についてはきちんとするようにとおっしゃっておられる
人物です。

荻原玄明氏は、

「・・・こうした死者たちに話しかけ、説いて聞かせて、既に肉体を失い魂だけ
となって生きているのを納得させるという、そういう仕事を私は日夜続けています。」

「これが私の『霊視』というものであり『供養』というものです。」

とおっしゃっています。

そして、

「死者たちはこの説得をちゃんと理解してくれます。そして長い間の迷いから
覚めて還えるべき安らかな所へと還って行ってくれます。」

「この世から去ればその結果もこの世に現れ、子孫たちの苦しみは見事に氷解
して行きます。」

と語っています。


しかし、荻原玄明氏にお会いできない多くの人は、このような事態(先祖が迷っている等)からどうやって抜け出だせばよいのでしょうか?

荻原玄明氏は、

「・・・憑依を解いて成佛していただくには、何といっても子孫である私たち
人間の生きざま・心がその土台として正しく整備されていなくてはなりません。」

「私の術一つで手品のように成佛するのではなく、子孫であるあなた方が先亡の方々を成佛しているとかしていないかということを離れて、漏れなく思いやってあげることです。」

とおっしゃっています。

確かにそうです。
見てもらって、 成佛していたら、もう済んだではないですよね。

よくよく読んでいましたら、 先祖の霊というよりも、「先立った魂=先亡」の方々がこの世に何かしらの未練や遺した者へ何か伝えたいときに、身内に何かが起こる(荻原玄明氏は精神病を引き起こすと説いています)

ということをおっしゃっているようです。


荻原玄明氏は、心強い言葉を本書に記しています。

「まだ生きている気でいる人たちは、身体が無くて思うことが何も果たせないと
いうまことに中途半端な形のまま、ストレスの塊みたいになって地上界をさま
よっています。助けてあげなければ可哀想です。縁のあるあなたなら間違いなく
助けてあげられます。」と。

・・・

江原啓之氏の天国からの手紙のTV番組を見ていましたら、けっこう、「パンが欲しい」とか「アイスクリームを供えて欲しい」など生前好きだったものを伝えてきたりするのを聞きます。

それは、死者のこの世への一つの未練・執着なのかもしれませんね。
でも、別の角度から見れば、「そういうことを言える(伝えてくる)んだから、
私(亡くなった本人)なんだよ」という信号でもあると思います。

・・・

あと、お迎えが来るとき、

お父さんのおかあさんが来た(連れに来た)

とか

お父さんの母方のおばあちゃんが迎えに来た

とか

江原さんが言われているのを見て、 「縁の深い人が迎えに来る」ということがよく分かりますよね。

これを見てても、「身内」というのは死後もとても深い繋がりなんだなぁ
と感じます。

ですから、 振り返ってみますと、葬儀のとき、親族の列に入れて頂き、
火葬場からお寺まで彼女の遺骨を持たせて頂き、 亡き彼女のお父さんへ、婚約指輪と結婚指輪を受け取って頂き、亡き彼女のお母さんは指輪を贈ったことを喜んで頂けた聞き、それなら「身内と同じく、私が逝くべき時には、亡き彼女は絶対に
迎えに来てくれる!」と思いました。

・・・

少なくとも江原啓之氏の書籍を読んでいた彼女は、この世に想いはあっても死後、死んだことが分からないということはないでしょう。

今夜も語りかけて寝ようと思います。

でも、私も中途半端なことを語りかけているので、亡き彼女も困っている
でしょうね。

「逝くべきところへ行って、楽しく暮していなよ」

「色々、仕事みたいなのがあるからぼちぼち頑張ってね」

「でも、僕のことを忘れちゃ駄目だよ」

「忘れないと先へ進めないところまで行ったら・・・ちょっと待っててよ・・・」

「死ぬときって恐いと思う。その瞬間を考えるだけでドキドキするので、
恐いので迎えに来てよ」

というようなことをよく言っています。
http://blog.goo.ne.jp/fasb2002account/e/82e569942c082312c5509c6b2a092698


24. 中川隆[4646] koaQ7Jey 2016年10月25日 17:13:05 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5058]

精神病は病気ではない - 精神科医が見放した患者が完治している驚異の記録
2002/4/18 萩原 玄明 (著)
https://www.amazon.co.jp/%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E7%97%85%E3%81%AF%E7%97%85%E6%B0%97%E3%81%A7%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%84-%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E7%A7%91%E5%8C%BB%E3%81%8C%E8%A6%8B%E6%94%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E6%82%A3%E8%80%85%E3%81%8C%E5%AE%8C%E6%B2%BB%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E9%A9%9A%E7%95%B0%E3%81%AE%E8%A8%98%E9%8C%B2-%E8%90%A9%E5%8E%9F-%E7%8E%84%E6%98%8E/dp/4892954942

霊魂の存在  「精神病は病気ではない」の著者・萩原玄明先生との対談


2004年3月14日、心療内科医師で真言宗仲間の村上信行先生と共に、萩原先生のお寺、八王子の長江寺を訪問いたしました。

お二人と共に昼食を共にしながら精神病についてのお話を伺いました。
途中説明会をはさみ、お話は夕方まで続きました。

萩原  八王子は精神病院の多いところです。
 20年前お寺に縁があって突然飛び込んでこられた強度の精神病者の方との出会いにより、
 治療法を試行錯誤してまいりました。
 その後、数え切れない事例と向かい合い、一つ一つ確実に結果を出しています。

 精神病の治療は異常と思われる激しい症状を抑えてしまう薬を投薬するだけで、
 それでも手に負えない場合は、電気ショックというような人権的にも問題のあるような、
 衝撃を身体に与えて何らかの変化を期待する治療もあります。
 現代の医学では精神病を肉体の病気と見て治療をしています。

村上  そうですね。私も「心の病」に接し多くの方と接しお薬を出すのですが、
 症状を抑えるだけで改善に向かうことが少なく、
 さまざまなグループ・ワークやヨーガ、鍼灸、アロマテラピーなどを試みています。


萩原

 医学での治療効果がはかばかしくないので、親御さんは宗教にすがりつきます。
 しかし「困ったときの神頼み」という言葉があるように、
 苦しみを取り除いてくださいと頼んでも、神仏はそんなことのために存在するものではありません。

 自分自分と、何でも自分を中心に据えた思いで、悪いことは追っ払ってと頼んでも
 神仏はそんな勝手な願いを聞いてくれるはずはありません。

 人間がなぜ生まれてくるのか、なぜ死ぬのか、その本当のところは人間には全然わかっていません。
 心というものがそうであるように、
 目には見えない理屈を超えた大きなものによって人間は生かされているのです。

 精神病にかかった子供たちは心を盗まれてしまっているのです。
 誰に盗まれたかというと何者かの「意識体」によって憑依されてしまったのです


村上  現代医学は心と身体は別のものだということで発展してきました。
 私は心の病気は宗教を学ぶことによって解明できるかと思い、高野山真言宗で修行しました。
 しかし現代の宗教は形式化してしまい、なかなか参考になりませんでした。


萩原
 電気ショックは憑依した憑き物「狐」を叩き出す昔の方法のようです。
 が、私の経験では出て行けと命令しても簡単に出て行くものではありません。 

 動物霊が憑く事などはありません。
 なぜならば、憑依してくる死者の意識体を、私は現実のものとして
 この目で見たり聞いたりしているからなのです。

 先祖の死者の意識体は生きていて、強い後悔があると地上をうろつき、若い子孫の子供に憑依するのです。
 強い後悔があっても死を自覚できた意識体は、魂の世界に帰るのだと気づきます。

 私は死者本人に向けての「語りかけ」をすることで、
 死者が自分を知ることが出来、憑依が解けると考え、実践しています。


小林  先生の成仏に導く方法は「チベット死者の書」とそっくりですね。
 チベットでは死んだ魂は、身体の各チャクラから出て転生すると考えています。
 下のチャクラから地獄、餓鬼、畜生、人間、阿修羅、天界に転生し、
 頭頂から出ると成仏すると考えています。

 ですから死後にお坊さんは死者の書を読み聞かせ、本人が死んだことを納得させるのです。
 これをしないと死者の魂は障りをもたらすと考えているのです。


萩原
 日本では神主が死者を拝めば神となり、僧侶が拝めば仏となると信じています。
 引導を渡すとは「迷わず成仏しなさい。」と伝えることです。
 このような習慣を鵜呑みにしてしまっているから、
 お経を聞くだけで儀式が滞りなく終わったと思ってしまうのです。

 ご先祖も仏様も拝んでお願いすれば何でもかなえてくださるというのは、現世での価値観です。
 これでは単なるご利益宗教です。
 10円のお賽銭では10円分、じゃあ100万円ならば100万円分の見返りがあるのでしょうか?

 私たちはつらい体験を通して死者からの教えを受けているのです。
 一口で言えば、それは生きている今を正しく暮らせということです。
 人間の一番大切なものはお金でなんでもなく、心だということです。

 今だからこんなことを話していられますが、かつて失敗の連続だった頃
 自分が法則を違反しながらカミが協力してくれないのを「なぜだ、なぜだ」と言いつづけていました。
 ついにはそれまで熱心に祈っていた祠を橋の上から川へ投げ捨ててしまいました。

 すべてのものを投げ捨てることにより、私に残されたものは、私の命ただ一つになりました。
 そのことが大きな転機となって、奥深い魂の教えをカミからいただけたと信じています。

 どなたにもカミとは別に肉親だった者のやさしくて厳しい浄化霊の背後霊団が、見守ってくださっているのです。

 私の霊視は他の方とだいぶ違います。
 まず除籍謄本で父母の両方のご先祖を調べていただきます。
 その後私が霊視をした情景を元に憑依している方々の名前をご依頼のご両親が探ります。
 名前がわかった方々を一人一人供養していくのです。

 この供養とは名前を告げて一人一人に語りかける私独自の方法です。
 一人また一人と供養していくことによって、症状の一つ一つが次第に軽減していくのです。


____



霊の存在


萩原先生の体験は英国のスピリチュアリズムの交霊界を思い出させます。
中でも有名な霊はモーリス・バーバネルをチャネラーとして降りてきた高級霊シルバー・バーチです。

なんと1920年から1980年までの60年間ものメッセージを残しているのです。
ハート出版からたくさんの本が出ていますので、参考にしてください。

真言宗でも霊の存在は常識です。

護摩行の後には低級霊に対しての供養もしますし、毎日の施餓鬼(飢えた霊に対する供養)は欠かせません。

先祖供養自体が先祖の霊なしには存在しない考え方なのです。

この翌日、哲学者で仏教思想家の苫米地英人さんと対談しました。
彼によれば霊魂は仏教からは遠く離れた考え方なのです。

儒教では死者の霊は魂魄(こんぱく)に分かれ、魄は骨に、魂は遠い山に住んでいてお彼岸の時に魄のある墓に帰ってくると考えています。

霊魂の考えは純粋な仏教思想の中には無いのです。
ですから真言宗は儒教化・ヒンズー教化した仏教なのです。

しかし私にとっては仏教思想が大事なのではなく、多くの人々が霊魂を信じているという思いに興味があります。

タイに行っても、ネパールに行っても、もちろんチベットでも、そしてイギリスでも霊の存在を信じるのです。

苫米地さんによれば「心の内部に刷り込まれた思いが作り出している幻想=霊」となるのですが、人はそのように簡単に理性的にはなれません。

同席した中国人気功師チャン・ツーのおばさんは中国大陸で霊を降ろすチャネラーとして生活しているのです。

認識が世界を作っているのですから、霊があると思えば見えるし、無いと思えば見えないのかもしれません。

ヒンドゥー教のサドゥーは墓場で瞑想しますし、チベット仏教では霊が骨につかないことを確信するために僧侶は大腿骨の骨で使った笛を吹いたり、頭蓋骨の杯で儀式をします。

でもそれは一般信者の思想とはかけ離れたものなのです。

私自身の体験では意識がボンヤリとなる時に霊を感じるときがあります。

若いころヒッチハイクをしながら旅行し、房総の社で寝袋で寝ていた時には、憑依霊の存在を感じ眠れない体験もありました。

苦しんでいる時に夢枕に立った男の人の助言で、救われたこともあります。
その日は亡き祖父の命日でした。

真言宗のお経は多くの仏の名前を唱えますが、これは大霊(ハイヤーセルフ)の霊団を呼ぶようなものです。
真言宗では思いが物に憑くと考えています。

神社などの御祓いという行為は、身体についたネガティブなエネルギー(思い)=霊?を払い落とす行為なのです。
http://mandalaya.com/channel.html


25. 中川隆[4648] koaQ7Jey 2016年10月25日 18:00:15 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5060]

萩原玄明(はぎわら げんみょう) 

昭和10年11月8日、東京都八王子市の菅谷不動尊教会の次男として誕生
現在は八王子市の宗教法人・長江寺住職。
供養による死者の完全なる成仏と、世の人々の正しい生き方を説いて全国的な活動を展開中。
http://www.810.co.jp/hon/ISBN4-89295-150-1.html

日本では、つい最近の話で萩原玄明(はぎわらげんめい)という方が「死者は生きている」など関連がありそうな体験を著書にされています。

幸い、私の家の近くだったので話をうかがいに行ってきましたが、今は代が息子さんに変わって残念ながらお会いできませんでした。

萩原玄明さんの書籍を読んでみると、やっぱりパイパー夫人と同じように初対面の人の生い立ちなどをピタリと当てているようなところが一致します。このような事実がまだ現代科学の世界では解明ができておりませんが、来年はちょっと重点的に調べてみようかとも考えています。

長江寺 福浄院の紹介

ここのお寺は萩原玄明さんの著書(精神病は病気ではない)にもあるように、全国的に統合失調症などの患者やそのご家族の方たちの駆け込み寺になっているようです。毎週木曜日がご住職(萩原玄裕)の休暇日となっていますので、それ以外の日でしたらお話を聞くことができます。

住所 東京都八王子市宮下町85

電話 042−691−3801
http://morinosei2.cocolog-nifty.com/polter/2013/12/post-77ae.html

amazon.co.jp 萩原 玄明作品一覧
https://www.amazon.co.jp/%E8%90%A9%E5%8E%9F-%E7%8E%84%E6%98%8E/e/B004L3A2BE/ref=dp_byline_cont_book_1


26. 中川隆[4649] koaQ7Jey 2016年10月25日 18:31:35 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5061]

萩原玄明 (著) 『精神病が消えていく―続・精神病は病気ではない』 カスタマーレビュー

以前全く同じことを書いたら、消されました。そういう場所なのだとご理解ください。
投稿者 みー 投稿日 2009/12/8

私が統合失調症を発病し、母がこの本を読んで、先祖供養に励みました。

現場で著者がいうことも、結局は「こういうことに、思いあたりは無いか?」という、インチキな占い師がする手法でした。

それでも高い料金を払い、母は先祖供養に向かいました。

実際には私の病状は、病院との相性が悪く当時は悪化の一途でしたが、「今日キチンと先祖供養したけど、変わった?」と、入院病棟へ電話する始末です、変わるわけありません。

もう母は、完全に思考停止し医学的な問題と向き合うことがありませんでした。
しかも、当時は私が自分で病院を変えることができませんでした。

結局は、鍼灸などに通ったり、歳を取って自分で病院を変えることができるようになって、病状を改善されることができました。

今では全く別のお寺の住職様に大変お世話になっていますが、著者と大きく違う点は

「何でもかんでも霊のせいにして逃げるな、そんでキチンと病院で治療せんか」

「わしゃ死んだこと無いから、死んだ後は知らん」

「人に受け入れられないで、寂しい寂しいと喚きながら死ぬ奴に仏さんの救いがあるもんか。そもそもアンタは誰の事を全部許して受け入れたんか?」

という、とても現実的なお叱りを下さる方です。

____


先祖供養を出しにした新手の寄生虫ビジネスか?
投稿者 Kindleユーザー 投稿日 2013/1/9

著者の代表3部作である、『死者は生きている』・『精神病は病気ではない』・そして本著とすべて読ませていただいた。

無学を自認している著者にしては、そこそこの文才も感じるし、読み物としてはたいへん読みやすく内容もおもしろい。

しかしながら著者がおこなっている霊視ならびに先祖供養に関係する行為が、とても危険をはらんでいると感じるのである。

まず著者は、精神障害の原因は複数以上の死者の魂が人間に憑依して、その人間の肉体を使って自己表現してくる現象であると断言する。

ここまでは普通でまあいいだろう。

問題なのは、その原因となっているる死者たちを、「あなたが調べて誰方なのかを見つけてください(156ページ1行目)」と先祖供養を望まれてやってくる相談依頼者に丸投げしてしまう姿勢だ。

つまり著者の売りにしている【霊視】とは、要は、著者の‘夢日記’を相談依頼者自身に解読させることなのである。

著者自身は寺から動かずに、依頼者に先祖調査から現地調査まで、何から何まで徹底して調べさせて、最後にはその原因となる死者についても、

「私はただ「年をとったお婆さん」と申し上げます。
そのお婆さんが祖母なのかどうかはあなた方で特定して下さい。
すぐにわからなければ調べてそして探し当てて下さい(同11〜13行目)」、

とまったく投げやりな態度である。

先祖供養についても

「以前とは比較にならない回復ぶりにいっぺんに未来が開けて来ます。(163ページ6行目)」

と持ち上げたかと思うと、

「まだ浮かばれていない人々をもっと探して供養して行くために、言い換えるならば、まだ憑依を続けている死者を更に見つけるために、もう一度霊視をします。
症状によって、また、子孫としての気持ちによって、霊視を二回目、三回目と重ねて行くこともよくあります(163ページ11〜14行目)」

と谷底に突き落とし、とどめは、

「あなたでは終わらずに、もうその頃にはすっかり元どおりの元気さを取り戻している息子さんや娘さんが、あなたのやり残した分をちゃんとやってくれるかもしれません。
そういうことでもよろしいではありませんか(172ページ9〜11行目)」

などと、未来永劫に続く蟻地獄のごとき状況を、他人事のような軽い口調で語るのである。

それはそうであろう、一人の死者につき高額の供養料をいただき、それが未来永劫続く、そして自分には何の責任も無いのであるのだから。

著者にしてみれば理想的な宗教ビジネスモデルを構築したと自負したいところであろう。そうした臭いも文中にぷんぷんと感じてしまう。

いずれにしても、藁をもすがりたい気持ちで悩んでいる精神病患者の家族をターゲットにしているのであるから、自分としてはなんとも表現のしようもない、後味の悪い気持ちになってしまった本である。

最初にも述べたが、読み物としてだけの評価ならば4つ星をつけても良いほど、妙にひきつける何かがあるおもしろい本でもあった。


____


広告倒れでした
投稿者 mr・tourcon 投稿日 2012/8/11

娘が精神障害なので、解決方法を模索していました。
早速購入してお寺に行くと、余りにも祈祷料が高いのに驚きました。
それ以来この方の著書は購入してません
https://www.amazon.co.jp/精神病が消えていく―続・精神病は病気ではない-萩原-玄明/dp/4892954853/ref=cm_cr_arp_d_product_top?ie=UTF8



27. 中川隆[4650] koaQ7Jey 2016年10月25日 18:40:29 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5062]

萩原玄明 (著) 『精神病は病気ではない - 精神科医が見放した患者が完治している驚異の記録』 カスタマーレビュー

宇都宮の自衛官爆発爆死関連書
投稿者栢野克己(かやのかつみ)2016年10月24日

宇都宮の自衛官による爆発爆死事件。の娘が統合失調症で長年苦しみ、母で妻も悩み、このカルト住職に数千万つぎ込み、離婚されて全財産失った自衛官が事件起こしたとネットニュースで見た。

霊視や祈祷もプラセボ効果で存在意義はある。
が、ボッタクリやったのなら住職は責任取らねば。わからんが、、、、、、


___


霊視 (笑)投稿者 フォーマルハウト 投稿日 2008/3/7

 『一体どのような御佛(かみ)なのでしょうか。また、どうして私のような者をお使いになるのでしょうか。
  私は何もわからぬまま、自然体で毎夜まことに不思議な霊視を体験し続けています。
  そしてその霊視の中の映像が物語る内容をベースに、死者たちを成佛させるための供養を続けて、
  早いものでもう14年になります。
  供養の結果として、長い間の難病がすっかり治ったとか、報告を頂戴する私までが
  嬉しくなってしまうようなことを毎日のように体験させていただいています。』
                                                   (本書冒頭より)

知り合いが重度の精神病にかかりもう6年。
何とか治してやりたいとあれこれ手を尽くしている母が、藁にも縋る思いで新聞広告にあったこの書物を通販で購入したのが先月の事でした。

しかし、それほど真摯に処方箋を求めていた母が、1日も経たないうちにこの本を読むのを止めてしまいました。

怪訝に思い手に取って読んでみたところ、すぐにその理由がわかりました。

全面インチキ臭、偽善臭をプンプン漂わせた、科学的根拠とは無縁のとんでもないオカルト書物だったからです。

怪しげな宗教にハマっている方々からすればこの本は聖典になりうるかもしれません。
しかしそれ以外の者にとっては、何の参考になもならない電波系の怪文書にしかならず、精神病を治癒する処方箋になるどころか別の意味で病状を悪化させる恐れがあるとすら思います。

最後に一言、

『精神科医が見放した患者が完治している驚異の記録』などという華々しいサブタイトルをつけていますが、真摯に病魔と闘っている方々をカモにした、こういう根拠のかけらもない悪徳商法は止めて欲しい。

それだけです。
https://www.amazon.co.jp/精神病は病気ではない-精神科医が見放した患者が完治している驚異の記録-萩原-玄明/dp/4892954942/ref=cm_cr_arp_d_product_top?ie=UTF8



28. 中川隆[4652] koaQ7Jey 2016年10月25日 19:05:28 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5064]

萩原玄明 (著) 『精神障害は病気ではない』 カスタマーレビュー

宇都宮の自爆テロ
投稿者 scream_icecream7 投稿日 2016/10/24

宇都宮の自爆テロで原因となった1つである。

元自衛官の奥さんが娘さんの統合失調症をこの本にある通り信じ、祈祷により治療をしようとした事で元自衛官と対立し裁判に発展。

元自衛官は弁護士を付けずに裁判に出廷し負け、全財産に近い金を取られるという結果になったらしいです。一方的な言い分しか見てませんが事の真偽はどうであれ…

精神病はすべて憑依だという主張に何ら科学的根拠はありません。
元自衛官の言い分を話し半分で聞いたとしても、このような似非科学は何の解決ももたらしません。
この作者は真剣に治療しようとしている人を馬鹿にしているのでしょう。


______

私達はこの本で不幸になりました。 投稿者 みー 投稿日 2009/12/8

私が統合失調症になり母はこの本を読みこの寺に通うようになりました。

母はそこで私の病が先祖霊だと思考停止して病院を変える等の本来すべき処置を怠りました。

私はきっかけを与えられ病院を変えたり生活を整えたり針治療をして改善に向かわせました。
こういった本は読むべきではありません。
https://www.amazon.co.jp/%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E3%81%AF%E7%97%85%E6%B0%97%E3%81%A7%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%84-%E8%90%A9%E5%8E%9F-%E7%8E%84%E6%98%8E/dp/4286053865/ref=la_B004L3A2BE_1_7?s=books&ie=UTF8&qid=1477388594&sr=1-7


29. 中川隆[4653] koaQ7Jey 2016年10月25日 19:46:51 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5065]

真言密教は狂った宗教

芥子の花


ふ〜しょう♪ふ〜めつ♪ふ〜くう〜♪ふ〜じょう♪〜

読経は続いている。焼香の煙が静かに漂い流れてくる。

私の実家は阿波の国、土佐との国境で、海底で堆積し褶曲された山々がある所では隆起しある所では黒潮が流れる青い海へと没した海辺に開けたのどかな土地にある。

宗派は真言、それで弘法大師いわれの話しがここかしこに言い伝えられている。


大師さんが休み、杖をついたところ、そこから清水が湧いてきたとか、ちょうど大石が落ちてきた時、弁当に使っていた箸を地面に突き刺すと忽ち箸は大木の杉の木になって大石の落下をくい止めたとか、小さな頃から法事がある度に先代のおじゅっさんから先祖の逸話を聞くと伴に大師さんにまつわる話しを数多く聞いてきた。

・・・ないし♪むろし♪やくむろしじん♪・・・


遠い声を聞く様に清んだ先代のおじゅっさんの話し声が重なって聞こえてくる。


裏山に住む狸の話をしてくれた事や椎の大木の陰に潜む天狗が夜な夜な空を飛ぶ話しとか、そんな幾つかの話しの中にあって、ことさら不思議と胸の内にわだかまった話し


「大きな声では言えないがね寺の裏山には終戦頃まで芥子の花が咲みだれていてね・・・」


何か咲きみだれる見知らない花々が秘密めいて思い出されてくる。

これは我が母校の校章となっているからだろうか?

焼香の匂いが一層強く漂い私はさらに静かにゆっくりと夢想の翼が開いていく様に感じられてきた。 月の青い光が降り注ぐ裏山に白い花びらの芥子の花が青白く濡れている。 これは梶井基次郎が書いた『櫻の木の下に死体が埋まっている』より尚妖艶ではないだろうか?

芥子の花の下には骨が埋まっているのに違い無いのでは。


空海さんはさすが博学やったんやな〜と思ってしまう。 真言密教の片田舎の末寺に芥子の花が咲き乱れていたと言う事は日本各地の数多くの寺々では芥子が植えられ使われていたのではないだろうか?

さても、古く真言密教の儀式において護摩火に芥子も焼香のひとつとして投げ入れる秘儀が常時おこなわられていたのでは?・・・

かの時代なら十分うなずけれることなのでは。


薄暗い堂内に掲げられた曼荼羅に昇る火と立ち込める煙、それと伴に強い香を焚けば祈りを捧げる人々、 みんな酩酊しないわけが無いのではないだろうか。

人々の眼前に現れるのは極楽浄土だったのではないだろうか。


夢想する私の耳には空海さんが唐国から船で帰るさい墨染めの衣の袖の下には身毒(インド)渡りの芥子坊主を忍ばせた・・・・

サラサラと芥子坊主の中の乾いた実の音が聞こえてくる。

そしてその音はサラサラ サラサラと木霊し流れ来て私の脳内の神経節の一部にエンドルフィン、エンケファリンとして反応し点滅している様に感じられてくる。

それはランニングハイのような高揚なのだろうか?

いやいやそれは今まさに私の脳内で芥子坊主から滲み出した黒く変色した果汁が翼を開ける様に広がっている高揚なのではないだろうか?


・・・ぎゃあ〜てい♪ぎゃあ〜てい♪はらさそ〜うぎゃあ〜てい♪・・・・


読経は尚も続いている。

ああ・・・またもや何処か人知れない廃寺の裏山でひっそりと月の光に濡れながら青白く咲く芥子の花と唄う様に揺れる芥子坊主の姿が私の頭の中で映像として結びだしてきた。
http://plaza.rakuten.co.jp/maeno7547/diary/200901310000/

インド密教の起源


今、テレビや雑誌などで、ヨガや瞑想が取り上げられ、若い女性を中心に流行っていますが、何も知らずに興味本位や健康法、趣味などで生活に取り入れると、取り返しのつかないことになります。

 何故、ヨガや瞑想が危険かと言うと、これらの起源は一般には良いこととしてしか知られていませんが、およそ健康法などとは全く関係の無いものだからです。もともと、ヨガや瞑想は一般の人たちには縁の無い、インドやチベットなどの行者が「悟りを開く」と言う目的で行なっている修行法です。


 ヨガの起源はインドにおける「尸林(しりん)の宗教」にあります。「尸林」とは中世インドの葬儀場のことで、大きな都市に隣接してこの尸林が存在していました。死者の遺骸は都市部から尸林に運ばれ、荼毘にふされるかそのまま放置されて鳥獣の貪り食うにまかせられました。しばしば尸林は処刑場を兼ねており、斬首されたり、串刺しにされた罪人の死骸が晒されていました。


これらはまともな神経の人間には実に恐ろしい場所であり、実際に野獣が跋扈する危険な場所であり、しばしば魑魅魍魎が徘徊する場所として恐れられていました。

 この尸林では、「尸林の宗教」といったものがあり、墓場に女神が祀られ、女神に仕える巫女が住み、死体や血液を用いる黒魔術的な秘儀を行なっていたのです。
尸林の土着の女神たちは、それぞれの尸林を管理する教団によって、ヒンドゥー教か仏教の女神として崇拝されていました。それぞれの尸林の女神の祠(ほこら)には巫女が仕え、女神を供養する傍ら、呪術を生業としていました。

その巫女は苦行母(茶吉尼・ダーキニー)または、瑜伽女(ヨーギニー)と言いました。シヴァ神の神妃サティーの暗黒面を表象するドゥルガー女神に彼女たちは侍女兼巫女として仕えていたのです。

その聖地(墓場)に土着の女性たちは、多くはアウト・カースト(日本で言う穢多非人)の出身で、昼間は牧畜や工芸等の底辺労働に従事し、夜間は(アウト・カーストの女性に特有の)妖術を使うとみなされていました。彼女等は1年の特定の祭日、又は月の特定の祭日に尸林に集まり、人肉や排泄物を含む反日常的な食物、つまりは聖なる食物として食し、酒を飲み、歌舞音曲を楽しむというオルギア(秘教的儀式)を行ないました。

 この尸林におけるオルギアの中核をなすのは、ガナチャクラと呼ばれる性魔術儀式です。ガナチャクラとは仏教行者の行なう修法の一種であり、修法を構成する儀礼は曼荼羅制作、護摩、観相(瞑想)法、飲食、歌舞、供犠、性瑜伽(ヨガ)などです。


 ガナチャクラの構成員は9名であり、破壊神シヴァの最も凶暴な姿を具現した神、パイラヴァを召喚した男性行者が1名がアジャリとなり、その周囲を円形に囲む女神を召喚した女性行者が8名の計9名で行なう儀礼です。


天体の運行を模す形で周囲の女性が位置を変え、順番に中央の男性と瑜伽(性行為・読み方はヨガ、ヨガのポーズはこの性行為の秘儀が元になっています。)します。この位置変換を「瑜伽(ヨガ)女の転移)(サンチャーラ)と言います。
女性行者が8名に臨時のメンバー(行者でない女性)を1名加えた9名と言う説もあります。その場合は中央の歓喜仏の姿勢で交合する男女1組に対して、円形に8名の女性が並び、曼荼羅が常時成立することになります。この結果、中央の男性行者はすべての女性行者と平等に和合することになります。

 この儀式はインドの古代神話世界において、ヴィシュヌ神が金輪剣(チャクラ)を用いてシヴァの神妃サティーをばらばらに切断し、地上に落としたあと、サティー女神が復活し、シヴァ神と再結合を果たした説話をかたどっています。ちなみに切断された女神の遺体が落下した場所が前出の聖地です。


星辰の回転を象徴しながら、都合8回(1対8)の性的和合により発生する宇宙的快楽は「大楽(マハースーカ)」と呼ばれ、子の大楽が行者を「梵我一如」の境地に連れ去ると言われているようです。 梵字はこの瑜伽(ヨガ)のポーズを記号化したものであることから、ヨガのポーズや梵字には多くの憑依霊や狐などの動物靈を呼び寄せる大変危険なものなのです。


 上記の尸林に集まる巫女の内、ダーキニーと呼ばれた人たちは、空海が日本に密教を持ち込んだ時に茶吉尼天(ダキニテン)という女神として現在の稲荷神社に祀ってしまいました。稲荷神社でキツネを眷族として祀っているのは、このダキニテンからきています。


 というのは、もともとダキニテンはインドの墓場、尸林で性行為を伴う黒魔術をおこなっていたダーキニーであり、インドでは人肉を食らいながら裸で踊り狂い、左手には人の腎臓(もしくは心臓)、右手には人からもぎ取った手足を持っている姿で描かれていますが、何と日本の稲荷神社で茶吉尼天となったダーキニーは優しい姿で左手には宝玉、右手には剣を持って描かれています。

 そして、何故キツネかと言えば、もともとダーキニーは夜になると死肉をあさるゴールデンジャッカルの変身した姿だと言われていたり、ゴールデンジャッカルを人食い女神の眷族(けんぞく・使いっ走り)として使っていた、と言うことから来ていますが、日本にはジャッカルが存在しないため、ダーキニーとジャッカルのコンビが茶吉尼天とキツネのコンビに変容してしてしまったようです。


ヨガや瞑想が危険であるのは、健康法などとごまかしてヨガのポーズをとったり、瞑想したりしている内に、知らず知らずに黒魔術の儀式を行なっていることになり、そこに数多くの悪霊を呼び寄せ、額にある霊的な目(第三の目)を横目(正しくは縦目)に開き、サタン(悪魔)との契約を結ぶことになり、悪の強靭なエネルギーを得て、自らの体内に取り入れて、魂を悪魔に捧げることとなり、それが密教で言う「悟り」であるとされていますが、ヨガや瞑想に関わり続けることで、人生を台無しにし、魂をも堕落させ、取り返しのつかない過ちを犯すことになるからです。 
http://www2.tba.t-com.ne.jp/onmyoukai/newpage109.html


尸林の土着信仰


 尸林(しりん)、シュマシャーナとは中世インドの葬儀場のことである。大きな都市に隣接して、この寂しい尸林が存在する。死者の遺骸は、都市部から尸林に運ばれ、荼毘に付されるか、そのまま放置されて鳥獣の貪り食うにまかせられた。
しばしば、尸林は処刑場をかねており、斬首されたり、串刺しにされた罪人の死骸が晒されていた。

 これらは、まともな神経の人間には、実に恐ろしい場所であり、実際に野獣が跋扈する危険な場所でもあった。そして、しばしば、魑魅魍魎が徘徊する場所として、恐れられていた。


インドの尸林には、嘗て女神が祀られていた。そして、尸林自体もバドラカーリーなどのように女神の名前がつけられていた。これらは土着宗教の女神たちであり、それぞれの尸林を管理する教団によって、ヒンドゥー教か、仏教の女神(守護女尊)として崇拝されている。それぞれの尸林の女神の祠には、巫女が仕え、女神を供養する傍ら、呪術(Necromancy)を生業としていた。

その巫女は、苦行母(ダーキニー)または、瑜伽女(ヨーギニー)という。大神シヴァの神妃サティーの暗黒面を表象するドゥルガー女神に、彼女たちは、侍女兼巫女として仕えている。その聖地(ピータ)に土着(クセトラジャー)の女性たちは、多くはアウト・カーストの出身で、昼間は牧畜や工芸等の底辺労働に従事し、夜間は(アウト・カーストの女性に特有の)妖術を使うとみなされていた。

彼女らは一年の特定の祭日、または、月の特定の祭日に尸林に集まり、人肉や排泄物を含む反日常的な食物、つまりは聖なる食物(<三昧耶>(サマーヤ))をとり、酒を呑み、歌舞音曲を楽しむというオルギアを行った。

古代のディオニュソスの祭儀か、どちらかと言うとキリスト教によりディフォルメされた魔女のサバトに似た狂乱の宴である。もちろん、この土着の「尸林の宗教」は、文献も残さず、伝承も不確かな存在であり、ヒンドゥー教や、仏教サイドの文献から存在そのものを再構築するしかない。しかし、その痕跡は現代にも残されている。

津田博士が1975年にカルカッタのカーリー寺院を訪れたときは、暗い回廊の下に黒衣をまとったダーキーニーが、黒い羊の首、四、五体を並べた前にひとり座していたという。


 もちろん、多かれ少なかれ性的儀礼を含む自然崇拝的宗教は、世界中に伝播している。『旧約聖書』においても、IHVH神はバアル神と鋭く対立した。

何故なら、バアル(男性原理)及びバアラテ(女性原理)とは大地の豊饒を司る精霊で、その集合体が神格化、宗教化したバアル神だったからだ。夫婦の神の交わりにより、土地を肥やし、作物を生む。農民は、その神々に帰依する者となり、神々の交わりを模倣して神聖な性交を行うことで豊饒を祈る。

遊牧民の神であるIHVH神は、この性的な豊饒儀礼とは無縁であった。
性的祭儀はハムの子孫であるカナン人が発展させ、イスラエルに教えたのである。
聖書は、これを避難して<アモリ人の悪>(『創世記』15章16)と呼び、その祭儀に参加する者を「高きところでバアルと頸城をともにする者」と呼んだ。
潔癖主義のユダヤ教は、カナン人の信仰だけでなく、神殿娼婦を置き性の崇拝を織り込んだ古代の有力な宗教と対決を続けてきた。


 しかし、農耕神の素朴な性的儀礼と尸林の宗教は、かなり異なる。バアルの聖なる交合は、大地の実りをもたらす開放的な営みであるが、墓所における性の儀礼は、人間の心の深奥部へ辿り着こうとする閉鎖的な営みだからだ。

 この尸林におけるオルギアの中核をなすのは、ガナチャクラと呼ばれる性魔術儀式である。中世インドまでの中期密教において、九想観等の死体が崩壊する様を瞑想する技術はすでに確立しており、宗教者が修行のためや、純粋に供犠のために尸林を訪問する機会はあったのである。

インドにおいて宗教者とは常に男性であり、タントラ行者は、土着宗教の巫女たちと性交を含む儀式を行ったと考えられている。

 ガナチャクラの構成員は9名である。 つまり、破壊神シヴァの最も凶暴な姿を具現した神パイラヴァを召喚した男性行者が1名、そして、その周囲を円形に囲む女神を召喚した女性行者が8名の計9名で行う儀礼である。

天体の運行を模す形で周囲の女性が位置を変え、順番に中央の男性と瑜伽する。
この位置変換を<瑜伽女の転移>(サンチャーラ)という。女性行者が8名に臨時のメンバー(行者ではない女性)を1名加えた9名という説もある。その場合は、中央の歓喜仏の姿勢で交合する男女一組に対して、円形に8名の女性行者が並び、曼陀羅が常時成立することになる。

この結果、中央の男性行者は、すべての女性行者と平等に和合することになる。
この儀式は、インドの古代神話世界において、ヴィシュヌ神が金輪剣(チャクラ)を用いてシヴァの神妃サティーをばらばらに切断し、地上に落としたあと、サティー女神が復活し、シヴァ神と再結合を果たした説話をかたどっている。

 星辰の回転を象徴しながら、都合、8回(1対8)の性的和合により発生する宇宙的快楽は、<大楽>(マハースーカ)と呼ばれ、この<大楽>が行者を<梵我一如>の境地に連れ去るのである。
http://www004.upp.so-net.ne.jp/akibba/IOSARCHV/sirin/2smshna.html


クンダリニー・ヨーガの瞑想においては、骨盤下部で覚醒したクンダリニーという蛇が脊柱に沿って上昇していくさまを観ずるのだが、この蛇の通り道には七つの中継点がある。

それらをチャクラと呼ぶ。

チャクラは神秘的な眠れるエネルギーの貯蔵センターである。

 クンダリニーは各チャクラを通過するとき、ひとつひとつに特有なエネルギーを解放していく。
すると、行者は身をもってそれらの働きを経験することになるのである。

主要なチャクラは七つあり、各々がクンダリニーの通り道、つまり脊柱沿いに位置を占めている。
これはもちろん目には見えないが、多くの先人のイマジネーションによって、たしかにその通りの造りになっていると認められてきた、からだの元型的内部構造なのである。
http://www.transview.co.jp/02/text.htm


クンダリニーは、悟りを得るために必要なシャクティ(性力)のこと。
クンダリニーの活性化を念頭においたヨーガは、「クンダリニー・ヨーガ」と呼ばれる。
クンダリニーを象徴化したものとしては、密教の軍荼利明王がある。

クンダリニーは、普段は尾てい骨付近のムーラーダーラチャクラに眠っているが、ヨーガの実践や宗教の各種修行によって活性化し始め、生涯をかけ各チャクラを開花させグランティ(=結節。ブラフマー結節、ヴィシュヌ結節、ルドラ結節の3種類がある)を破壊し、最終的には頭頂のサハスラーラを押し開け解脱に至る。
今世で解脱できる魂は極一部といわれている。
性欲を昇華させたものがクンダリニーとなるため、梵行(性的な事柄を避ける)修行が重要となる。

クンダリニー・ヨーガ (Kundalini yoga)
ムーラーダーラに眠るというクンダリニーを覚醒させ、身体中の気道やチャクラを活性化させ、悟りを目指すヨーガ。

ナーディとの関係
ナーディとチャクラの位置を表した図体内(霊体)にあると言われるナーディ(管)の中でも代表的なものは、

動的で男性的性質のピンガラー・ナーディ(別名・太陽の回路)、
静的で女性的性質のイダー・ナーディ(別名・月の回路)、
そして身体の中央を貫いており、調和をもたらすスシュムナー・ナーディ


の3つがある。ピンガラー・ナーディとイダー・ナーディの調和のとれた活性という条件の下、瞑想時にスシュムナー・ナーディ内をクンダリニーが上昇した結果訪れるサマーディに入定することが、サマーディより出定後も安全に高い霊性を維持していくための条件となる。


クンダリニー症候群

クンダリニーを思い通りに、意図的に上昇させようとするクンダリニー・ヨーガを実践する場合、その「思い通りに、意図的に」とは真我ではなく個我にとってのそれであるため、クンダリニーが動的なナーディであるピンガラー・ナーディのみを通ってサマーディに入定してしまうことがある。

そうなるとサマーディから出定後、クンダリニー症候群(英:Kundalini syndrome 中:走火入魔)と呼ばれる症状が現れ、程度の深浅こそあれ、自律神経系のうち交感神経系の暴走からくる自律神経失調症を呈し、そこから全身の激しい脈動、心拍数の増加と血圧の上昇、片頭痛、慢性疲労症候群、統合失調症、うつ病、神経症などを発症するおそれがあり、最悪のケースでは脳溢血や自殺などを招いてしまうという説もある。

よってイダー・ナーディを強力に活性化させる技法を知らぬままクンダリニー・ヨーガを行うことは無謀ということができる。

また、クンダリニー・ヨーガを実践するつもりでなくても、急進的な解脱願望を抱いた状態または神への絶対帰依を欠いた状態での修行の継続の結果や、さらには交通事故や出産時のショックなどによっても上記のような現象が起こる場合が稀にある。

このため、クンダリニー覚醒を目指す実践者はベジタリアニズムを実践し、刺激物の摂取を避け、過食、不規則な食事、わがままで否定的な態度を避けるべきである。

安全な隠遁生活がなかなか難しい現代社会において、社会生活を営みながら安全にクンダリニー覚醒を得るためにはどうしたらよいか、霊的潜在能力覚醒における課題である。


イマジネーションの拡大

クンダリニー覚醒が一定のレベル以上に達すると、人間に果てしない「イマジネーション」の拡大がもたらされるといわれており、実際その事例を見ることも多い。
クンダリニーの覚醒者と自称する人(その多くは覚醒者とはいえないレベルではあるが)は多くいるが、彼らの中の一部に「空想的世界観」を見ることができる。

人間が自分を”実際以上”のものである(あるいは実際以上のものでありたい)と思うたびに、イマジネーションの力がそこで働いている。
イマジネーションの力は、過去において不可欠であったのであり、さらに人類にとって今後もまだまだ必要な力である。

あまりに現実を見てしまうと、世界の進歩が阻害されてしまうのであり、クンダリニーにより神の夢を個々の人間の器に応じて実現させることができるのである。
しかし、修行者がイマジネーションの拡大に溺れてしまい、それを自分の力だと思い込み「欲望」のままに行動してしまうならば、「悟り」への道を逸脱することになってしまう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%AA%E3%83%8B%E3%83%BC
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%AC#.E3.82.AF.E3.83.B3.E3.83.80.E3.83.AA.E3.83.8B.E3.83.BC.E3.83.BB.E3.83.A8.E3.83.BC.E3.82.AC_.28Kundalini_yoga.29

クンダリーニ・ヨーガと云う言葉は、今日多くの人に浸透しているように思えるが、人体におけるクンダリーニの役割や機能について、また、その現実的な活用についての理解・実践となると、まだまだ、実際には普及していない印象がある。

 そもそも、クンダリーニ自体の存在が、手足や内臓などのように、物理的に確認出来る人体の部位ではない。

 活動する人間の精神や魂が、聖なる事業の実現のために、肉体に生成されるエネルギーと結びついて、聖霊が住む高次な世界の扉を開こうとするとき、クンダリーニの覚醒が重要なプロセスとして存在する。

そして、その手段が、ヨーガであり、瞑想である。

 C.G.ユングが提唱したアクティヴ・イマジネーションの実践は、ミトラ教の大いなる時の神、デウス・レオントケファルスを彼自身に感得させた。

その姿は、巨大な光を放射する身体、炎の弓を持って振り上げられた腕、下半身は蛇で、下(しも)は大地を裂いて地獄にまで至り、上(かみ)は不思議な魔力で空から星を降らせた。

密教の甘露軍荼利もまた、星を降らせ、炎の光輪(大威日輪)を戴く。
三股金剛杵や輪宝を執って腕を振り上げ、全身に蛇を巻き着けている。
青蓮華を用いて盤石の上に立ち、或いは座して、毘那夜迦(魔族)の地上への出口を塞いでいる。

ユングは、1932年10月12日の「クンダリーニ・ヨーガの心理学」の講義の中で、チベット密教の曼荼羅の象徴学を熱心に語る傍ら、クンダリーニの覚醒法に関する興味深い見識を述べている。

 「クンダリーニは、正しい行ない(修行)に拠らなければ覚醒させることが出来ない。
私の心理学でも、無意識に対するはたらきかけはたったひとつだ。
それは、正しい行ないによって心を浄化させて、天の恵みを待つこと。
それが、クンダリーニなのだ。」と。
 


ユングがヨーガの取組み方について、

「自らの心の闇を避けて通っていくような始め方をするなら、ヨーガは何も実を結ばないし、無益である。」

と語ったのは、神仏の信仰による心の浄化が前提にある。

当たり前のことだが、ヨーガは元来、エクササイズではないし、美容と健康のためのお手軽な体操でもない。

スワミ・ヴィヴェカーナンダの米国でのヨーガの普及活動について、カイザーリングは、米国人を高次な世界に同通させるどころか、かえって病院や療養所行きになった者を多く出したと批判している。

さらに、本場のインドにおいても、クンダリーニ症候群が古代から現代まで連綿と後を絶たない。

その原因は、ユングが指摘するように、正しい行ないの認識不足によるものだ。

 空前のヨーガ・ブームを引き起こした日本でも、信仰を持たず、神秘思想を学ばずにいい加減なアーサナを指導した者や、また、その指導の下に、エクササイズだと思って神の姿を真似た人々は、今、米国やインドで起きている同じような大きな付けをやがて支払わなくてはならないときが必ずやって来る。

その時、心身の不調を訴えても、異常を裏付ける医学的な根拠がないため、誰も責任を取る者はいないだろう。

ヨーガを通じて幸福を与えると云うヒンドゥー教のドゥルガーやカーリーは、信愛厚き者の心の覚醒や人生の繁栄をもたらすと同時に、不信心なヨーガ行者を容赦なく殺戮してやまない。

彼女たちこそ、世界で最も恐ろしい血を好む女神たちであることを決して忘れてはならない。

 ユングが西洋人に対してヒンドゥー・ヨーガを積極的に奨励しない背景は、こうしたインドの女神たちの激しい気性を、彼自身が体験しているからだ。

 ユングは、1937年にインドを訪れた折、知らずに神殿儀礼を欠いたことで、カーリー女神の怒りを買ってカルカッタで赤痢に罹っている。

地元インドの敬虔なヒンドゥー教徒でさえ、女神の威光を畏れて、生きた動物による血の生贄の供養を現在も怠らない。

最近では、旅行気分でいそいそとわざわざインドにまで出向いて行って、形式ばかりのヨーガを少し修しただけで、さも深遠な教えを体得した気になって箔が付いたと思っている輩が多い。

全く救いようのないお馬鹿たちだが、こうした人は、むねに手を当ててよく考えて欲しい。

自分が本当に悟っているのかどうか。
ヨーガによって人を導く資格があるかどうかを…。

 それでは、クンダリーニ・ヨーガにおける正しい行ないとは何んであろうか? 
インドから中国に伝わった密教は、三武一宗の法難によって廃れた。

また、朝鮮半島の仏教も李氏朝鮮時代の弾圧によって壊滅状態になり、スリランカや東南アジアは上座部仏教が主流になって、密教の体系は失われた。

辛うじて、ひとりチベット密教だけがモンゴル帝国の庇護の下に無上ヨーガを完成させたが、クンダリーニ・ヨーガについては、トゥモのヨーガの断片的な発展を除いて、専門的な研究を進められないまま動乱の時代を迎えている。

わが国においても、内乱の世にいくつかの迫害や打撃を経験したが、比叡山や高野山は、民衆による法灯擁護の兵力を備えて果敢に危機を乗り越えてきた。
したがって、クンダリーニ・ヨーガが無傷のまま整然と体系化されるに至ったのは、日本密教のみである。


 さて、秘密仏教は概ね二つの修行形態が存在する。

一つは清浄ヨーガ(日本密教)の教理に基づくものであり、
もう一つは性ヨーガ(チベット密教)の教理に基づくものである。

前者は心身の霊的磁場を単身で樹立する瑜珈であり、後者は心身の霊的磁場を双身で樹立する瑜珈である。

清浄ヨーガの体系(ヨーガ・タントラ)の体現者を金剛薩埵(ヴァジュラサットヴァ)とし、
性ヨーガの体系(無上ヨーガ・タントラ)の体現者を持金剛(ヴァジュラダラ)及び金剛界自在母(ヴァジュラダートゥヴィーシュヴァリー)

としているが、修法の違いこそあれ、法界における悟りの境涯は同等である。
 
 クンダリーニ・ヨーガを何れの修行形態で実践するにしても、注意しなければならないのは、『ギュー・シ』や『アーユルヴェーダ』などのタントラ医学の修得が必須条件であることだ。

法華経などに説かれている文殊菩薩の女人成仏における五障を克服するサトル・ボディの救度法は、神変加持やクンダリーニの覚醒のプロセスで、女体に現れる無月経などの症状に対して、修道に則した解決法が時の医学や法律の良識にそぐわない点が懸念されるため、無上ヨーガを宝珠に譬えて悉地を与える法門が秘密裏に伝承されてきた。

ただ、そうした事例は現代において極めて稀であり、相当な法器に限られる。

女人への秘密仏教の伝授は、女体がこのような胎生のメカニズムを保有する性質上、クンダリーニ・ヨーガではなく、専ら桜閣生起(巫女型)の儀軌によって霊道を開かせることが多い。

女人成仏のメリットはまことに大きいが、無上ヨーガが如法によらず、あまりに世俗的な方向に傾くと、行に停滞が生じてデメリットが多くなり成就が得られない。
これが、釈迦仏教や高野山が教団発足当初、女人禁制とした決定的な理由である。
http://star.ap.teacup.com/senokublog/6.html

密教には 仏教には存在しない多くの呪法が数多く存在する。

それらは タントリズム行者たちが執り行った呪法をそのまま採用したものが大部分であり 硬直法・隠身法・招入法・恫喝法・粉砕法・呪殺法・解毒法・治病法といったこれら呪法は 本来仏教とは無縁ではある。

しかし実際仏教タントリズムが誕生する以前の初期仏教において呪法への依存から人々を遠ざけようとしたこと自体 密教時代 俗信・呪法が仏教の中に流れ込んでいた証拠と考えられる。

呪法自体はタントリズム以前の初期密教の時代から存在するものであり 遙か太古に遡る原始的心性に基づくシャーマニズムだ。

それら過去における禁止された呪法は 仏教タントリズム展開の過程で世間的・実践的重要な部分に値し 大衆の要求に合致したタントラ密教の思想の下敷きであることは間違いない。

こうして タントラ密教は 俗信や白魔術・黒魔術的な呪法を取り入れた新たな組かえと編集により変化してゆく。

密教には 仏教には存在しない多くの呪法が数多く存在する。

それらは タントリズム行者たちが執り行った呪法をそのまま採用したものが大部分であり 硬直法・隠身法・招入法・恫喝法・粉砕法・呪殺法・解毒法・治病法といったこれら呪法は 本来仏教とは無縁ではある。

しかし実際仏教タントリズムが誕生する以前の初期仏教において呪法への依存から人々を遠ざけようとしたこと自体 密教時代 俗信・呪法が仏教の中に流れ込んでいた証拠と考えられる。

呪法自体はタントリズム以前の初期密教の時代から存在するものであり 遙か太古に遡る原始的心性に基づくシャーマニズムだ。

それら過去における禁止された呪法は 仏教タントリズム展開の過程で世間的・実践的重要な部分に値し 大衆の要求に合致したタントラ密教の思想の下敷きであることは間違いない。

こうして タントラ密教は 俗信や白魔術・黒魔術的な呪法を取り入れた新たな組かえと編集により変化してゆく。


ガナ曼荼羅は,定まった日 ある特定の場所を選んで行なわれる集会(儀礼)である。

八人の瑜伽(ヨーガ)女と釈尊の役を演じる阿闍梨の合計九名が最少必要人員とされ現実態としての曼荼羅を実践する。

入檀希望の新たな弟子との飲食と性の饗宴をもってその実態とする。

動員される八人の女性はヘーヴァジュラ曼荼羅の八女尊に相応する生身の瑜伽女である。


阿闍梨が弟子を曼荼羅に引き入れ目を布で覆う。

次に弟子に曼荼羅を見ることが許される。

ガナ曼荼羅では 弟子は金剛阿闍梨によって受認される。


▼人身供犠

ところで中世インド社会では特異な儀礼内容の集会を行う瑜伽(ヨーガ)女たちの魔女集団が存在した。

へーヴァジュラの徒、瑜伽女たちは 節会をもち人身供犠を行う儀礼の集会日を月の満ち欠けによってを定めた。

ヘーヴァージュラ瑜伽女集団にとって人身供犠 つまり人間の殺害儀礼において 輪廻転生を前提とする仏教タントリストの論法により 「犠牲の合意のもと」集会へ招待する。

自己犠牲となったものから提供される丸薬は成仏の因として扱われ犠牲となった者は 輪廻転生から逃れ最終解脱を果たす。


また人身供犠の犠牲七生人(7回目の輪廻転生)の選別では 男女問わず話す声が麗しく 切れ長の眼に濁りなく麝香か樟脳のごとき芳香を持ち 同様に大いなるオーラの具え 影が7つとして存在するものである。

これを七生人と印づけ 吟味した上で丸薬を作りそれを食することで「虚空行」を果たす。(虚空行=空中飛翔)これらの儀礼は、ヨーロッパ古代ギリシア ローマへ入ったオリエントの密儀宗教の崇拝を想起させる。

瑜伽女たちの集会が人身供犠を伴うことは仏教徒外部からの影響と考えられるのではないだろうか。

以上後期密教としてのタントラ密教は その後ヒンドゥー教の隠された異端によって受け継がれていく。
http://d.hatena.ne.jp/mminazuki/20050619/1119188314

中期密教ではヒンドゥー教の隆盛に対抗できなくなると、理論より実践を重視した後期密教が誕生した。

後期密教では仏性の原理の追求が図られた。

ヒンドゥー教シャークタ派のタントラやシャクティ(性力)信仰から影響を受けて、男性原理(精神・智・方便・金剛界)と女性原理(肉体・感・般若・胎蔵界)との合体(性交)を修行する無上瑜伽も後期密教の特徴であり、
男尊(男性原理)と女尊(女性原理)が性交する歓喜仏も多数登場した。

ヨーガ・タントラの修行方法が探究されるにつれて、下半身のチャクラからプラーナを頭頂に導くこと(ジョル)が最上とされ、性交がその最も効果的な方法とされた。

しかし男性僧侶が在家女性信者に我が身を捧げる無上の供養としてセックスを強要したため、仏教徒の間には後期密教を離れて戒律を重視する部派仏教(上座部仏教)への回帰もみられた。

また僧侶の破戒に対する批判を受けて、無上瑜伽も実際の性行為ではなくクンダリニー・ヨーガによる性的な瞑想へと移行する動きも生じた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%86%E6%95%99

中世のインドでは、ヒンドゥー教、仏教、ジャイナ教という宗教の枠を超えて、性を重要なテーマとする宗教「タントリズム」が爆発的に流行した。
つまり後期密教がこの方向に走ったのは時代の潮流がその背景にあったということだ。


性的ヨーガ

仏教徒が輪廻からの解脱を実現する方法として、努力して少しずつ煩悩を排除してゆくという一般的方法をあえて採らず、ある秘密の技法によって一気に解脱に達しようとする方法が性的ヨーガ。

タントラとは、密教経典、とくに性的ヨーガの実践を主張する経典のこと。
それはつまり、「無上瑜伽タントラ」のことだ。

ある高名なタントラの成就者は、タントラの道について、それは選ばれた者だけが知ることができるのであって、余人に知らしめてはならぬという意味の文を書き残したそうだ。

「無上瑜伽タントラ」は「父(ふ)タントラ」「母(も)タントラ」「双入不二タントラ」に分けられ、それぞれにまた複数のタントラが存在する。
父タントラには敵を調伏する修法が多く、母タントラは性的ヨーガの実践に積極的だった。

双入不二タントラは父・母両タントラを統合止揚しようとするもの。

後期密教では、人間の体の中に「霊的な器官」があると思われていた。


身体論を導入したものとして大日経の「五字厳身観」がある。
これは、地水火風空を象徴するア・ヴァ・ラ・ハ・カの5字を身体の5箇所に観想する。

この5字に加持された行者の身体は大日如来の五輪塔となり、清浄な仏の身体に転化する。
このような身体の中の特別な場所は、後期密教ではチャクラと呼ばれるようになる。

「ヘーヴァジュラ・タントラ」では4つのチャクラが説かれ、それらは身体の臍・心臓・喉・頭頂にあり、そのうちの3つが如来の応身・法身・報身に対応する。
チャクラは蓮華の形をしていて、花弁の数はチャクラによって異なる。

また身体にはチャクラの他に脈管がある。

脊髄のそばに1本、その左右に各1本。
並行して走るこの3本は、上端・下端とチャクラの部分でだけ接合している。

これが当時のインドの生理学説で、「四輪三脈」説という。

脈管の中はそれぞれ精液、血液、その混合物が通る。

母タントラでは精液が「世俗の菩提心」と呼ばれ重視された。

精液は快感の源であり、これを脈管の下端から次第に上のチャクラへと送る。

それぞれのチャクラで得られる快感には名前が付けられ、4つ目の「倶生歓喜」を成就することが生理学的ヨーガの課題とされた。

前述のように精液は菩提心なので、射精は菩提心の放棄でありタブーだった。

行者は睡眠中の夢精すら許されなかった。

なお、上述の快感が下から上へ行く説の他に、上から下へ降りるとする説もあった。

一番下のチャクラは会陰部にあり、これはまだ性的な力にすぎない。
この力を順次上のチャクラに送り、次第に浄化し、頭頂にある最上のチャクラに送ると修行者は解脱するという。

現代では実際に性的な行為をするのでなく、観想によって精神的に修行するそうだ。
しかし8−10世紀頃のインドでは修行者が実際に女性と性交することでヨーガを実践していたらしい。


後期密教の灌頂はそれ以前のものよりも複雑になっている。
それは4つに分かれていて、まず瓶灌頂は、瓶から香水を取り出し受者の頭頂に灌ぐのでこの名が付いている。
この瓶灌頂では受者の本尊も決める。
またそれ以外にも複雑な儀礼が付加されている。

瓶灌頂は中期密教の灌頂の内容を継承したものになっており、もともと国王の即位式を真似たものだった。
そういえばキリスト教の洗礼ともどこか似ている。ここまでなら私にも納得できる。

ところが後期密教は、この国王の即位式を真似た最高の儀礼であるはずの瓶灌頂を格下げして灌頂の第1段階とし、その先におぞましいものを持ってきた。

第2の灌頂である秘密灌頂から先は、後期密教になって付け加えられた灌頂だ。

秘密灌頂では受者が阿闍梨に女性を献ずる。
あるいは阿闍梨が瞑想に入り女性を観想する。

阿闍梨はこの女性と交わり、「金剛杖の中の菩提心」つまり精液を取り出し、指でつまんで受者の口に入れる。

これで「菩提心を授けた」ことになる。
なお、精液だけでなく赤白二滴(経血と精液の混合物)を授けるとする文献もある。

次の般若智灌頂では、こんどは受者は阿闍梨から与えられた女性と交わる。

女性と交わりつつ受者はヤブユムの本尊の境界を悟る。

受者は射精を我慢して究竟次第の4つの歓喜を体験しなければならない。

そして受者が射精を我慢できなくなった時は女性の体内に菩提心を放出し、赤白二滴(経血と精液の混合物)を服用する。

最後の第4灌頂は、阿闍梨が受者に「言葉によって」大切な教えを授ける。


人は死ぬと「中有」になる。 最大で四十九日間。

中有はやがて未来の父母の性行為の場面に遭遇する。

それを見て失神し、赤白二滴(経血と精液)の中に吸着される。

父母の性行為をまのあたりにして
父に愛欲を起こして母に嫉妬すると中有は女になり、
母に愛欲を起こして父に嫉妬すると男になる。
http://blueclouds.blog.so-net.ne.jp/archive/c2300688127-1

[3.85 射精し終わるや、ゆっくりと、適正に精液を吸い上げることを習熟すべし。

男性はもちろん、女性でもヴァジローリーに熟達することができる。]
(『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』より。)


ヴァジローリー(性器による吸引)に関しては「実際見せてもらったことがある」というスナックのママさんの話を聞いたことがあります。

曰く、温泉場で同伴した長年ヨーガを実践している女性が性器から湯を吸い上げたり、吐き出したりすることを自在にやって見せたそうです。

私は当時沖正広師の著作を読んでいたので、周囲の人ほど驚くこともなく聞いていましたが、ほとんどの人は話そのものを信じていない様子でした。

ただし、この女性はおそらくこれを「性技」として活用しているのだと思われました。

私の考えでは、ヴァジローリーとは、修練すれば性器でさえ自在にコントロールすることができる証しなのだと思うわけです。

もう少し突っ込んでいうなら、交接時に「受け身」である女性は性器を巧みに絞ったりゆるめたりすることで、男性の射精を適宜操ることができるのです。そしてこれは「女性の修行法」に相当します。


[3.88 ヨーガの道を心得た人は、かようにしてビンドゥを保全して、死を克服する。ビンドゥを漏らすことによって死があり、ビンドゥを保全することによって生がある。]

[3.90 人間の精液は心に依存し、生命は精液に依存する。それ故に、精液と心の保全につとめなければならない。]


「ビンドゥ」は精液と同義のようです。

「接して漏らさず」的な考え方がここにも表れています。


[3.98 ヨーギニー:男子が適正な行法を巧みに行なってビンドゥを回収した時、婦人がヴァジローリーをもってラジャスを保全するならば、彼女はヨーギニー(女行者)である。]


「ラジャスとは、ここでは交接時の女性の分泌物であろう」

との佐保田師の解説があります。

3.101には「ラジャスを回収し保全するならば、空中を歩むことができる」という記述もあります。

そしてこの部分も「女性の修行法」に相当すると思われます。

これはこの著作の際だって特異な記述です。

つまり、ヴァジローリーはともかくとして、女性も男性同様に「もらさない(下世話にいえば、イカナイ。多量の愛液をもらさない)」ことが健康法レベルでの禁欲的な実践になるのでしょう。

そしてヴァジローリーができない限りは、「絶頂感」は男女ともに慎んでおくべきなのです。
http://redsnake.seesaa.net/article/94566521.html

性的パートナーと性的ヨーガ 2008年 10月 27日

チベット仏教に精通している人っておられますか?

もち、密教は仏教のなかの一部なんだけど、歴史的にインド仏教が後に興隆したヒンドゥー教に押されてしまいインド仏教の高僧が人里はなれたチベットに移り住みそこでインド仏教を根付かせた。

チベット密教の本を手に取ればそこには性的パートナーっていう、俗に言うセックスフレンドというかセックスパートナーを公認している。

そのセックスパートナーとは性的ヨーガによりつながり互いの性の力の高まりにより悟りを開くというものだから、、、ちょいと驚くよね。

このセックスパートナーって言うのは夫婦関係以外のことも多いからよけい驚く。
インドの仏画をみたりしたら男女が裸体で性器を突き入れているっていう感じのものがよくあるよね。

それが性的ヨーガを一部現したようなものなんだそうな。

ただし注意しないといけないのは、この性的ヨーガをするならばチベット密教の密教的原理だけを理解していて実践するのは絶対にダメだということ。

釈迦が説いた数多くの説法を読み込んでからにしたほうがいい。

そうじゃないと女性がいいように他人に操られるようになってしまう。

おそらくしっかり仏教経典を読み込んでいれば人間の生命場をあらわした超能力的な不思議な目に見えないような世界の話もでてくることがわかるだろう。

だがそれだけじゃなくて仏教の土台を理解してそのうえにひとつの教義としてチベット密教の考え方がある、そう受け止めちゃえば変ないかがわしい人間の甘言や脅しなどにも抗し得るだろう。

そうやって仏教に対してのバランス感覚がよくなった人ならば安心だろう。
チベット密教はやはり私たちの常識では計り知れない叡智がある。

性的ヨーガで得られる悟りを開けるほどのトランスとエクスタシーはそれを我が身で体験した女性は性的に熟練し若さを保て魅力的になるにとどまらず人生観までも転機するといったような。。。。。。。

ぞくぞくっとするような。あのチベット密教の寺院にこだまする読経の声こそ深くこの世の世界から天界へと意識をトリップさせるためのマントラのパワフル極まりないエネルギーに満ちたものだった。

そのことは僕が実際に女性とのセックスをしたときにBGMがチベット密教の寺院で読経された音源だったからこの身をもって体感した。

だけどもチベット密教での性的ヨーガはヨーガの修行体系のひとつでもあり瞑想の行でもあるわけだから、それなりに男女とも修行って言うものがひとしきりする覚悟がないといけない。

そこは安直な簡単で短時間にとかいったような浅薄なことに慣れて面倒なことをしたくないっていう人には向かないよね。

それにチベット密教の行をする過程でリンガといった男性性器が力をつけていくしヨーニという女性性器も変わっていくのを感じた。

セックスのとき極々従順にすべてを受け入れてくれる女性が、セックスの回数を重ねるたびに美しくなっていくっていう秘密のひとつがこういったものなんだよね。
性的パートナーとして整体師さんである僕の性技を味わえば、セックスで整体していく感覚を持てるのかもしれない。
http://sexbody.exblog.jp/8834718/

 初期仏教から7、8世紀頃までの仏教は、その最大の手段は、業と煩悩の止滅を追求する(止滅の道>であった。

この多分に都会的な形而上学的、自己探求型の宗教は、当時の豊かな商業経済に裏付けられた都市型の文明に支えられていた。

シッタータ王子も生まれてから青年に達するまで宮殿をほとんど出たことがない。
仏教は、アーバンな衒学的な色彩を有した貴族の宗教たり得たのである。
ところが、貿易相手の西ローマ帝国の滅亡とともに、社会のあり方が、重商経済国家から、帰農国家に様変わりしていったのだ。

農村中心の社会が再構成されるに従い、仏教も土臭い庶民の心に対応していくことになる。

つまり、出家僧個人の精神的至福の追求から、在家信徒の現世利益追求型へのゆるやかな転換である。


 その過程において、4、5世紀頃から徐々に7、8世紀頃にかけて、護摩祭などの集団的祭礼、血骨皮を用いる土着信仰儀礼の浸食、性的オルギア、そして、憑依現象の利用などが顕著になってきた。

ただし、こと憑依に関しては、完全な忘我状態にあるのではなく、自意識を有して観想状態に入るというというという優位性を主張できたのではあるが。


 チベット仏教ゲルク派の開祖ツォンカパは、ラマ行者ウマパに師事し、(成就法(サーダナ)>を収めて、文殊菩薩に会い、その姿をいつでも目の当たりにすることができたと言う。

のちに、かれは『大真言道次第』(ガクリムチェンモ)という著作のなかで、生起次第を本格的に履修してから約1年ほどで「神々が面前にはっきりと現れる」ことを示した。

かれは文殊菩薩から直接教えをもらっていたのである。
これは現代風に言えば、チャネリングになるのだろう。

心霊科学では(憑依>と呼ばれる。

ある精神回路が開き、かれの心は見神状態で固定されたのだ。
この種の宗教体験は珍しいものではない。

ラーマクリシュナは、いつでも母神カーリーを現前に見ることができた。
主イエス・キリストの花嫁として恍惚状態に陥る尼僧ヒルデガードの例など枚挙に暇はない。

しかし、チベット仏教の場合は、その手段をシステム化することに成功している。

たとえば、後世のゲルク派は、(ヤマーンタカ成就法>を完成させた。

(閻魔を殺す者>(ヤマーンタカ)とは、宗祖ツォンカパの(守護尊>(イダム)となった神であり、ヒンドゥー教の破壊神シヴァが憤怒の相を表したときの神格ヴァジュラ・パイラヴァと同一視されている。

また、ヤマーンタカはゲルク派自身の守護尊とも呼ばれ、後世のゲルク派の(三密教>(サンデジクスム)とは、父タントラに属する(秘密集会>、母タントラに属する(チャクラサンヴァラ>そして、(ヤマーンタカ>である。


さて、その修行法は、次の三段階に区分される。

 その1は、初加行三摩地である。

この段階では、本尊であるヤマーンタカを観想し、修行者がヤマーンタカ神そのものにほかならないことを体得する。

このとき(死の光明>を通過し、歓喜とともに(空性の智>の体験が得られる。

さらに(中有>において、身体が浄化されると(幻身>が構成される。

その後、月輪観及び日輪観を経てヤマーンタカが種字から顕現する。

そして、ヤマーンタカが単体ではなく本尊(ヤプ)と明妃(ユム)になり、種字が性器となり交合するさまを観想する。

修行者は双子のアンドロギュノス的体験をする。

明妃を貫く本尊の男性的快楽と、本尊に貫かれる明妃の女性的快楽の双方を(大楽>として感じるのである。

しかも、それら全てが万物の空性の故であると悟らねばならない。

むろん、神格と自己の融合は、一種の憑依現象であるが、修行者は手綱を放すことなく、憑依をコントロールしている。

 その2は、曼陀羅最勝王三摩地である。

ヤマーンタカの十三尊からなる曼陀羅全体を観想する。
その曼陀羅は修行者の心臓のなかに置かれる。

交合する本尊(ヤプ)の全身から光明が発せられ、そのなかに万余の仏と菩薩が招来され、本尊の口から呑み込まれて凝集されひとつの滴(ティクレ)となる。
ティクレは、喉から、心臓へ、そして男性器へと下降し、明妃(ユム)の女性器のなかに射精される。

ティクレは女性器から明妃の心臓へと上昇し、そこで2分割される。
片方のティクレは、宮殿と座を表象する種字となり、もう一方のティクレは、十三対の歓喜仏となり、先の座につく。

生起の門の完成である。

この曼陀羅となってティクレは、心臓から女性器に再度降下し、本尊の男性器に吸い込まれて本尊の心臓に戻る。

そこで、修行者は曼陀羅を身体の外に放出する。

放出の門である。

曼陀羅は虚空に無限に拡散し行為の門となり、極微に収斂し点となり集約の門となり、再度、拡大し正しい位置に戻り安住の門となる。
これが五門の成就である。

魔術の召喚技法において、神格を纏った術者が、神の権威で下位神格や、霊を統制する場面を想起してもらいたい。

また、I∴O∴S∴の神殿儀式における精密なアストラル・ライトの投射も、同様の(性魔術部分は、通常の祭儀には執行されないが)プロセスを辿る。


 その3は、羯摩最勝王三摩地である。

細部を記述するときりがないが、(外供養>、(内供養>、(秘密供養>の三つの供養を行い。微細な生起次第を学び。

生起を思念し。念踊を行い。ヤマに供物を捧げて謝し、曼陀羅を収斂させて終える。

技術的には豪華絢爛な儀軌の連続であり、いかに視覚的な細部を固めながら人間の精神を変質させていったかが理解できる。

住する段階を越えるダイナミックな変化を変容というが、まさしく儀典による精神の変容を目的としている。


 これまで見たとおり、召喚の根源となる仕組みは憑依のプロセスであり、それは世界の主要な宗教のなかに変質して潜んでいる。

チベット密教は、その(憑依>のプロセスを応用、改善し、より高度な意識変容システムを完成させた。

そして、憑依のシステムに力動的な推進力を与えているのが、初期の古怪な性魔術(尸林の儀軌)とは、一線を画する精密な性の哲学と技術である。


 むろん、他のシステムにも性の密儀は存在する。

カバリストは、完全な性的結合の上にシェキナーが訪れることを知っていた。
ハシドたちによって発展した神聖なる交わりの奥義は、ラビ・フリッシュが「・・・家庭を神殿とし、寝室を至聖所となす。

・・・低き交わりと高き交わりをともに完成させるために、性愛のさなかに・・・」

と語り、ラビ・ヴィダスが

「男女が性の交わりにおいてひとつの霊魂とひとつの身体になり、ついに一個の人格に融合するとき、聖なるかな、誉むべき主はその上に宿られる。」

などと語ったことなどが含まれている。


 その本質は、性の喜びをシェキナーに帰することであるが、性愛の前後の複雑な手順と最中の瞑想を含んでいる。
http://www004.upp.so-net.ne.jp/akibba/IOSARCHV/sirin/3posss.html

大印契(ザ・グレート・ライト)
 チベット仏教がインド後期密教からその精緻な教えを伝承したとき、当然のことだが、大印契(マハー・ムドラー)などの教義に融合した尸林の土着信仰の残滓を飲み込むこととなった。

密教が象徴主義による直接的な悟りを得る技法を追求した段階で、人間の営みの全てを捧げることになるのは、ある意味で自然の流れである。
むろん、宗祖である釈迦の(現法的梵行>という枠を大きく逸脱しているのは事実であるが。

 尸林の宗教において、性交を伴う儀式集会(メーラー)が行われたことはすでに述べた。

その儀式に召喚される主神は、パイラヴァ神であったが、これがチベット化してヘールカ神となり、同様の儀式構成を取るようになったのが(ヘーヴァジュラ・タントラ>である。

 ガナチャクラは、通常のパターンのほかに、儀式の施主を招いて灌頂を授けるという参入儀礼スタイルのものも実施されていた。

中央の阿闍梨を囲む8人の女性たちは(印>(ムドラー)と呼ばれる。

(印契女>たちは、性ヨガの経験を積んだ在家信者たちであるが、入門儀礼のために初めて参加する(大印>(マハー・ムドラー)と呼ばれる「月経期間中の16歳の美しい処女」が準備される。

彼女が祭礼の中心になる。

8人の(印契女>たちは、女尊を召喚し、独自のヨガに入る訳だが、この霊威が円の中心において最初に阿闍梨と交わる(大印>にすべて集中する。

従って、すべての(印>を束ねる(大印>たりうるのだ。

入門儀礼でなければ、阿闍梨は、(印契女>たちを転移させながら、都合8回和合することになるか、さらに複数の侍僧が円の外周で同時に(印契女>と和合するという次第になるが、入門儀礼では転移するのは阿闍梨の側である。


 入門儀式は、いくつかの段階に分かれる。

 第1の段階では、先に述べたように阿闍梨自身が性魔術を実践する。

 阿闍梨は、大印と交わる。

このとき般若波羅密を体現する処女(大印)と阿闍梨の和合により生じた体液の混合物(アレイスター・クロウリーならば、「Birth of Elixir(精液)とElixir Rubaeus(月経血)の混合物」と呼ぶであろう。)を(菩提心>と呼び、この液体を志願者の口に含ませる。

いや、植え付けるのである。

これが秘密灌頂である。


「みめ美しい一六歳になる女を得て、加持の三句をもって秘密裡に供養を始めるべし。
如来の大いなる妃であるローチャーナー等として観相すべし。
二根交合によって、仏(となる)悉地を得ることになろう。」


 第2の段階では、阿闍梨は脇に移動し、志願者は先ほどの16歳の乙女と和合する。
志願者は、射精しないように自己をコントロールしながら、性魔術ではカレッアと呼ばれる技法であるが、菩提心を下から徐々に頭頂に導き、サンスクリットの種字に変成し、いわゆるポワを完成させる。
これが般若智灌頂である。


 ここまでで精緻な象徴主義により、構築された入門儀礼は終了する。


 だが、さらに、第3の段階がある。
第4灌頂と呼ばれるその儀軌は、逆説的に言葉で伝授される。
これまでの課程が、性エネルギーによって活性化された自己の変容であるとすると、言葉での伝授は即時性はなく、その意味が志願者の心に徐々に染み込んでいくまで完成はしない。

津田博士は、第4灌頂を密教の自己否定、つまり。反密教と捕らえている。
密教の方法論を自ら否定することで、自らを完結させる。
このとき伝授される秘密の言葉は公開されていない。
しかし、『ヘーヴァジュラ・タントラ』の末尾にある次の偈のようなものであろうと推測される。


「この智慧はきわめて微妙であり、金剛曼陀であり、

 虚空のごとくである。

 離塵であり、静寂であり、解脱をもたらす。

 『汝は自ら、汝の父である』。」


 これが象徴化され洗練されてチベットに導入された。

 ゲルク派の『大印契の滴』(チャクチェン・ティクレ)によると(大印契>とは、四灌頂を正しく授かり、生起次第の修行を満了した後に収める行である。

「『手(チャク)』とは空性の智慧であり、

 『印(ギャ)』は輪廻の在り方から解放されることである。

 『大いなる(チェンポ)』は、二つのものが合一することであり、

 『大いなる手印(チャクチェン)』と呼ばれている。」


 その技法には、金剛身たる修行者の外的な手段、つまり、儀軌、呼吸、その他の条件付けなどによる環境整備を行い、修行者の内的手段、主として観想技法により、風(ルン)を中央脈管に導き、停止させ、溶解していく。

この過程で生まれるのが純粋な歓喜、性的歓喜を超越するとも呼ばれる大楽の光明である。

しかも、この光明を通じて空性をイメージとして理解することが必要とされている。

ゲルク派は、サムィエーの宗論のカマラシーラの末裔とも言える立場にあり、かれらは中観思想の立場を発展させ、無自性を中心に組み立てていく。
従って、大印契の行においても、光明によって空性を直接自覚することが重視されている。

 このとき方便(手段)である大楽は、智慧である空性と不可分一体になるのである。
http://www004.upp.so-net.ne.jp/akibba/IOSARCHV/sirin/4gtrite.html


光が乱舞する心の深層の世界


仏教タントラではブラフマン(創造神)とアートマン(真我)の合一を体験することをサマジー(三昧耶)・・・暝想の極致という。

ダンマ(真理)に接近しこれと合一する(即身成仏)ことを目的にした、究極的な高度で、深い暝想のはてに、浄化がある。


○想像力は目にみえないものを見させる

 ハワイのフラダンスは、もともと神に奉げれていた神舞であった。
フラの巫女には、女神ペレのマナ(霊力)が感応してくる。
ハワイ語でマナとはスピリチャル・パワーのことだという。
そこで、もともとフラは神霊との交流の儀式であった。

 始めに、詔(みことなり)や、リズムと歌で、神々しい雰囲気と聖なる場を整える。
「真如」の導入である。

次に、フラのダンサーは、そのリズムで踊りながら陶酔し、やがて「没我」となる。
そこに、神霊が「感応」する。
恍惚が踊り手を支配する。
すると、神からの返答が現れ、「天恵」が現象化する。

こうしたプロセスをもつ古代儀式は、世界中に普遍的にある。
ダンスがそもそも交霊術であることを示してくれる明確な例はスーフィのダンス、鎌倉時代に起きた一遍の「踊念仏」などが上げられよう。
不乱の舞は、「没我」に至るには欠かせなかったのだろう。


 古代的な交霊は、表面的にしか物事を見ない人々には理解できない。
エンタテインメント化されたショウとしてのフラよりも、マナ(スピリチャル・パワー)と一体になったフラは偉大で神聖である。
ハワイ島では、古代と同じ”のり”で女神ペレへの感謝のフラが、今でも行われている。
これが奇跡なのだろう。

 なんであれ、音楽とダンスとは一体であり、それは神楽(かぐら)だった。
日本の祭の神輿(みこし)の”のり”が、それなのだろうか。
洸惚感、あの陶酔感は、御輿(御神体)を担ぐことによって、はじめて感じることができる。

神輿を担ぐことは、スピリチャル・ダンスだった。
真の芸能には、「真如」「天応」「没我」「天恵」の4つのプロセスが必ず組み込まれている。
だからこそ喜びと生きる力を与えていた。
現代では、真のイベントは少なく、その一部か、残り物だけとなってしまっている。
それは、大音響のロックの陶酔感とはあきらかに違うものである。
http://hwbb.gyao.ne.jp/akione-pg/Japanese/008.html


○男性原理と女性原理


 マンダラは金剛界マンダラと胎蔵界マンダラと2つのマンダラが常に一対のものとして見られている。

般若とは完全な知恵という意味があるが、ヒンズータントラでは、般若(プラジニヤ・ー)といい、女性原理(シャクティ)を示し、行動と知恵であり、男性原理は方便(ウ・パーヤ)シヴァといい、自らは何の活動もしない。

方便(シヴァ)と般若(シャクティ)が一体になったときをアーナンダ(恍惚たる喜び)という。

後期のチベット密教の無上ヨーガタントラは性的技法が説かれている。

タントラの根本は男性より女性のほうが多量の霊的エネルギーをもっていると信じられ、このため男性は女性との性的結合によってはじめて悟りの境地に到達し、神的なるものを認識するという後期のタントリズムを生んだ。
基本的には男性は射精によって精力を費やすことなく、女性のオルガスムスによって生じた液体を吸収し、長時間性交を保ち、大楽の観相をする生理的ヨ−ガである。

女神との合一している神仏の当体のごとくなろうとする儀式の体系を秘密灌頂という。

 後期の無上瑜伽タントラはヒンズー教、梵教の神母信仰と習合したもので、本来、禁欲的な仏教とは相容れないので、「タントラ密教」として本来の仏教と区別する。

 インドのカジュラーホーのヒンズー寺院群、コナーラクの太陽寺院の外壁を飾る男女の交歓像(ミトナ像)は、けた外れに官能的な浮き彫りで、おびただしく曝している。
リンガをヨーニに結合し、女性は永遠のオルガスムスに至福の笑みを浮かべている。
シヴァ神とカーりー女神の合一を表すリンガ(男根)・ヨーニ(女陰)がそもそも神体であるので、ヒンズータントラは性的結合が万物の根本であるという原理にたったものである。
http://hwbb.gyao.ne.jp/akione-pg/Japanese/Frame_N_MJ.html

○マンダラの普遍性
 
 マンダラはタントラ(仏教教典)によった仏界の見取り図といわれている。
しかし、単に「金剛頂経」のから生まれ出た産物なのではない。

この幾何学的な構図や色彩は、真実の仏界と心のリアリティ=元型(イデア・プリンシパル)の像であり、かつ普遍的なものである。

だからこそ、太古からその像は連綿と描かれてきた。
そもそも、マンダラは意図されることなく、始まりのない宇宙そのものであった。

ところで、瞑想ってなんだろう? 

チベットの僧侶たちは、「マンダラ」に対座して暝想をする。
チベットの密教では暝想が必須の行だ。
暝想を実践しなくては、生ある間に、どんな人間も聖なる領域へつながることはない。

チベットの僧侶の暝想は、朝、昼、晩、夜にと、各時間帯に継続して行なわれている。
ゴンパ(寺)の中は暗く、蝋燭の火で灯す。
すると、マンダラは眼前に迫るように浮き上がり、揺らめく炎が煙のようにその前を立ち昇る。
その煙は、自分の体から立ち昇る気の炎であることに気づく。

と、やがて、目の前は青紫色に、やがて黄金色に輝き始める。 
それは、次元を透過する超越した偉大なる光だ。

「空性」の体験はこうして現われる。
大空の世界からの橋渡しが為されており、それは、この幻の光に他ならない。


 マンダラは超越しており、特定の人間のものだけではない。
マンダラを外なる図画として語るだけでは、マンダラに近接できないと言ったのは、実は、こうした体験こそ大切なことだからだ。

マンダラは内なる存在として、すべての俗的な権威を越える至高の存在であり、それは、同時にあなた自身であるからだ。
マンダラは「空」の世界の究極の「相」であり、空の本質であり、円く輝くさまざまな色彩に満ちた光の像となって顕れる。

永遠なるもの、マンダラの本質、それは、同時に一人一人の「魂」に輝き、万物に平等にある。
生あるものは、それがマンダラなのだ。

 暝想は誰もが大悟を得るために通らねばならない偉大なステップだ。
宇宙原理(ブラフマン)と個我(アートマン)とは本来、同一であるという考え方は、バラモン正統派の伝統的な疑いえない真理なのだ。

アートマン、その表れはあくまで肯定的な「有」の存在であり、肯定的な有産力をもった力となって表れる。

さまざまなトーンをもち、色彩をもち、形をもって存在し、あらゆる存在するものなかをつらぬいて全空間をおおいつくしている。
それゆえに、アートマンは現象のすべてを包み、生産するむシャクティ(母性)の役割を担う。

それは、空域と物質界がもともと一つである事の確証であり、2つの領域は別物ではないことを示している。
そして、それと不二だと思うとき、彼は至福をえるのである。
彼の外からけっして来るものでなく、それははじめから内蔵されていたものであった。


 さて、インドでは仏教はヒンズー教に、また、イスラム教に圧倒されてしまったが、チベットにはタントラ仏教(ラマ教)がいまでも残されている。

そして、チベットには数々のゴンパ(寺)があり、なかでもリンチェンサンポ方式の堂は、ただ、ひたすら暝想を行なうための場とされている。

とりわけ堂内の壁にはマンダラが所狭しと描かれ、そのなかで、独り、宇宙と自分の合一を体感するために暝想に耽る。

宇宙のエネルギーが彼自身を全く貫いている。
すべては、原初仏のもとに一つなのだと・・・。


 密教タントラのあらゆる実践は、ラマによって灌頂、直接伝授されなければ成就できないとされる。

また、タントラ密教の三帰依戒は、導師(グル)、守護神(デーヴァ)、ダーキニーで、仏教とは出発から異なっている。
仏教の三宝帰依は”仏法僧”である。

 チベットの修行で、導師は一人とは限らない。
はじめは何人もの導師に教えを乞う。

しかし、最終的な悟りに導く導師を根本導師といい、グルに絶対的に帰依する。
口伝だけでなく、あらゆる動作を含めて、それらは書物だけでは伝えることができない。


 ヨーガとはサンスクリット語で、馬をくびきに「縛りつける」といった意味だ。
肉体の感覚器官を暴れる馬にたとえると、その統御を意味する。転じて、暝想という意味の言葉になった。

荒々しい五感煩悩に、手綱をつけるという伝統的な意味をもっている。
それが、ヨーガである。

 タントラとは、[tantri]が語源で「縦糸、織物」を表し、転じて、「知識を広める」という意味。

自らに目覚めるための知識、体験の体系を意味し、単純に教典をさすようになった。

タントラのうち、第4の無上ヨーガ(最高のヨーガ)は中国・日本には伝わらなかった。
一方、いわゆる後期の密教がチベットでは一世を風靡し、土着的ボン包含しながら発展したといわれる。

チベットでは、タントラヨーガに、無常の魂の励起が約束されており、多くの人々を高い境地に導く実践がいまでもなされている。
日本の密教は、中期の密教に属している。

 瞑想のビギナーは、瞑想中に不思議な挙動をしめす光にでくわす。
それらは、ブラフマンを顕す兆候だ。

なぜなら、その光はまさしくわたしの意志によらない挙動をしめし、わたしはただ感動しているからだ。

禅では、これと魔境(雑念、妄想)と区別しない人が多い。
しかし、これらは、たいへん良い瑞兆なのである。

「密教は4つの段階に別れている。

一、所作タントラ 
二、行タントラ 
三、ヨーガタントラ 
四、無常タントラ。 

第1の「所作タントラ」は、呪文、陀羅尼、諸仏の供養の仕方、壇の作り方、手印の結び方などの作法を主要な内容とする。「蘇悉地経」、「蘇婆呼童子経」、「不空絹索経」などがある。 

第2の「行タントラ」は7世紀の成立と言われる「大日経」で、マンダラをつくり、悟りを中心にした観想法を発展させた。観想法とは、精神集中によって眼前に神仏をありありと描くことである。しかし、この行タントラの大日マンダラはほんのわずかの点数が残されていること以外、あまり知られていない。 

第3の「ヨーガ・タントラ」は「金剛頂経」である。この教典の出現は8世紀で、行者はこの金剛界曼陀羅と一体になる暝想を行じる。 第4の「無上ヨーガ・タントラ」は精神・生理学的なヨーガの技術を用いる。さらに、奥深い秘密を残しているが、この暝想は、ある観相マンダラを持ちいて直接、光の場に降り立とうとする。 

 チベットの観相修業にもちいる第4段階以降のマンダラは、日本に知られていなかった。

「悟り」の第一段階は、シューニャータ(空)の光とエネルギーが、いつも真我に透過しているという真実を見ることからはじまる。

それが透過しているゆえに、万物がマンダラの(構成の)一部であり、わたしたちもマンダラの元型を刻印された「仏」に他ならないことを感得することができる。


○チベット・ゾクチェン密教

「無意識をさらに突き抜けたところに光の領域があらわれる。この光の領域こそ、意識の原初の場を示している。

これは、『ダルマ(法)の本性』ともいうべき(光の)場、精神現象の「法」すべてが、この『法の本性』の場に立ちあらわれる。

『法の本性』という光の場において、輪廻する現象界のすべてと、それを抜け出した解脱の状態を示すものすべてがあらわれである。

したがって、この『法の本性』とは違うところからあらわれでるものはなにひとつとしてない。

すべては、とぎれることなく、『法の本性』という場の中にあり、その場から立ちあらわれる。だからこれを、一切の土台と呼んでもいい。

仏教の修業は最終的には、ここに直接おりたとうとする。

 経験的な知覚意識よりもさらに奥深く、光の領域がある。
この光の元型がマンダラである。

そのマンダラはまさに「ダルマ」の本性であり、さまざまに呼ばれるているが、もともと一つのものだ。

この他に、「空」とも「中道」とも、さらに「縁起」とも名づけられる。
これらも、そう名づけられているが、皆、一つのものを言い表している。

マンダラは光の領域、または、光の場にあり、自然(じねん)的で、なにものにも影響されない(無碍)ばかりか、いっさいの精神現象のエネルギーの源になっている。

つまり、ここから、無限の生命力が絶え間なく供給されている。すべてのエネルギーがそこから流出している。

ダルマカーヤ(法身)とはマンダラにほかならない。

マンダラは永遠で無限の光を、他からエネルギーを与えられずに活動する超越的な存在である。

つまるところ、原初の太陽といってもいい。

この太陽は、なにものにも影響されず、消滅せず、また、なにものにも汚されない純粋な光を放つ性質をもっている。

その存在する領域は空性であり、永遠で、清浄で、破壊されず、減ることも増えることもない。終わりなく、始まりもないので、創造した、あるいは創造されたということもない。

 この永遠の光の領域は、3つの純粋な光に分かれ、それらは堅く結び合わされている。

そして、図画としてのマンダラもまた、光の法身を直接顕そうとする。
マンダラがパンテオンのようでもあるが、実は、一つである。
したがって、マンダラはわたしたちに秘密をもって立ち表れる。

自己の内部には、必ず光り輝く空性の領域(仏の世界)がある。
外なるマンダラは、内なるマンダラを招来するための聖なる像であり、同時に伝法の手段である。 

そもそも、マンダラを自己のものとしてとらえるのには暝想する以外にない。
暝想はマンダラを捉える最上位の手段である。マンダラが描かれた訳はたとえていうなら、図画は多くの情報を瞬間的に訴えることができるからといえる。
無意識の内奥に刻印された形は、文書で説明するのは極めて難しい。
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仏の世界は「空」の場、そのものなのだ。

般若心経の解釈では「空」は「実体がない」つまり、相がないと学者は解釈するが、実は心の目で見ると全く反対となる。

空は、全く形なきものではなく、「光」(クリアーライト)で成り立ち、実は形もあり、動き回わる。

それがマンダラなのだ。

無と空 そもそも、「無」を対象として、それと合一することはできない。

「無」とは、主語ともなりえず、また、一切の形容を受けつけない。

空性はわれわれの意識と連続しており、万象がまた連続しており、一切が一つの空性(マンダラ)のなかに息づいている。

なにもないことを無というのでない。
存在のなかに無がある。

彼は、はっきりと実在の「光」を観相する。
それは現実の光線ではない。

そして、しばし己れを忘れる。

そういった体験から、空性は「無」ではなく、輝き、あるがままに自在に運動する実体なのである。

激しく活動する光り・・・マンダラは、その所在地を「空」の場に置く。
空界がイコール、そのままマンダラなのだ。 


マンダラはわたしたちをも包含した神仏の世界、それは広大なる、「空」である。
そこには、実在の「光」があり、それは振動の乱舞であり、エネルギーに満ちている。
無限のエネルギーの波動であり、永遠に尽きず、宝石のような美しさに溢れている。
http://hwbb.gyao.ne.jp/akione-pg/Japanese/Frame_N_MJ.html



30. 中川隆[4654] koaQ7Jey 2016年10月25日 19:47:50 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5066]

秘密仏教(密教)の秘密とは…

父母や先祖の髑髏に漆を塗って祭壇に祀る。

そしてへールカと呼ばれる中央の男性とダーキニーと呼ばれた女性行者が9名とその前で契りを交わし、その和合水を髑髏に塗り付ける。


髑髏の「建立」

髑髏をそのままにして、頤(おとがい)と舌をつくって髑髏にしつらえ、また歯をつけて、髑髏全体に生身の肉がついているかように見えるまで、何度も漆を念入りに塗ったあと、箱の中に納めておく。

続いて,地面に血を用いて曼荼羅を描き中心に指導者がそのパートナーと座し,その周囲に円形に8人の容姿端麗な美女を配置する. 天体の運行を模す形で周囲の女性が位置を変え、順番に中央の男性と和合を行なう。

中央の歓喜仏の姿勢で交合する男女1組に対して、円形に8名の女性が並び、曼荼羅が常時成立する様にする。 中央の男性行者はすべての女性行者と平等に和合し,それを5日間続ける.

そしてその和合水(淫水=男性の精液と女性の愛液)をこの髑髏に百二十回塗り重ねる。 それから毎夜子丑の刻(午前零時と午前二時)に反魂香を焚いて髑髏を薫染する。 反魂香を焚けば死者の姿が煙のなかに現れる。

その一方で反魂の真言を千回唱える。そうすれば死者の魂が戻る。

このような修法を行ったのち、髑髏の中に種々の相応物や秘密の符を書いて納め、頭頂に銀箔と金箔をそれぞれ三重につけ、その上に曼荼羅を書き、その上に金銀箔をおす。 さらにその上に曼荼羅を書き、銀箔と金箔をおし重ねてはりつける。


このような曼荼羅画を交えた箔おしの所作を略式では五重か六重、通式では十三重、最高では百二十重とする。曼荼羅を書く染料はすべて男女の交合の二H(和合水)を厳守する。

舌や唇には朱をさし、歯には銀箔をおし、目には絵の具で若々しく綺麗に彩色するが、義眼に用いる玉を入れてもよい。 顔にはお白いを塗り、紅をつけて、美女のように化粧する。

こうして髑髏が完成したら、それを壇上に祭り、山海の珍味を供え、反魂香を焚き、子、丑、寅の三刻に祭祀を行う。 そして卯の刻になったら、七重の錦の袋に入れる。

こうして、行者はその袋に入った髑髏本尊を、夜は行者が肌で抱いてあたため、昼は壇に据えて山海の珍味を備えて供養する。


これを7年間続けるのである。


 そして、8年目になると、髑髏本尊はその位階に応じて3種類の験力を現す。

下位ではあらゆる望みをかなえ、中位では夢でお告げを与え、上位のものでは言葉を発して三千世界の全ての真理を語る。

http://www5e.biglobe.ne.jp/~occultyo/tachikawa/dokurohonzon.htm

髑髏の「建立」。

用意した髑髏を加工して組み立てる。 これには大頭、小頭、月輪形の三種類の制作法がある。

大頭とは、髑髏をそのままにして、頤(おとがい)と舌をつくって髑髏にしつらえ、また歯をつけて、髑髏全体に生身の肉がついているかように見えるまで、何度も漆を念入りに塗ったあと、箱の中に納めておく。

つづいてすでに訳知りの容姿端麗な美女と性交し、その和合水(淫水=男性の精液と女性の愛液)をこの髑髏に百二十回塗り重ねるのである。

髑髏を守っているという七魄(人間の魂は三魂七魄からなるとされる)に和合水(三魂の象徴)を三魂七魄の本尊としての準備が整うわけである。

それから毎夜子丑の刻(午前零時と午前二時)に反魂香を焚いて髑髏を薫染する。 反魂香とは、漢の孝武帝が李夫人の死後も恋しくてならず、方士に香を造らせ、それを焚いて夫人の面影を見たという故事にちなむもので、それを焚けば死者の姿が煙のなかに現れるとされる香である。

その一方で反魂の真言を千回唱える。そうすれば死者の魂が戻るというのである。

このようなず修法を行ったのち、髑髏の中に種々の相応物や秘密の符を書いて納め、頭頂に銀箔と金箔をそれぞれ三重につけ、その上に曼荼羅を書き、その上に金銀箔をおす。さらにその上に曼荼羅を書き、銀箔と金箔をおし重ねてはりつける。
このような曼荼羅画を交えた箔おしの所作を略式では五重か六重、通式では十三重、最高では百二十重とする。


曼荼羅を書く染料はすべて男女の交合の二H(和合水)を厳守する。舌や唇には朱をさし、歯には銀箔をおし、目には絵の具で若々しく綺麗に彩色するが、義眼に用いる玉を入れてもよい。

顔にはお白いを塗り、紅をつけて、美女か、童子(美少年)のように化粧する。
その際、表情は貧相にせず、笑みをたたえ、決して怒ったような顔つきにしないことが大切である。

http://park8.wakwak.com/~kasa/Religion/shingontatekawa.html


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インドにおける密教は変容し、性欲崇拝の濃厚なものになり、やがてチベットに伝わり、ラマ教になるのだが、ラマ教は密教という点では空海が遺した真言密教との違いはないといっていいであろう。

しかしながら両者は神秘性の表現においてははなはだ異なっている。

ラマ教は、インドで衰弱段階に入った後の左道密教といわれるものに相似し、性交をもって宇宙的な原理を表現することに於いて強烈で得あるが、空海がもたらした密教はそういう思想を内蔵しつつも教義全体の論理的筋肉がまだ若々しく、活動がなお旺盛で、性欲崇拝へ傾斜するような傾向は外部からは窺いにくい。

しかし空海の没後、数百年を出ずして彼の密教も左道化した。

「真言立川流」 と呼ばれる密教解釈が、平安末期から室町期にかけて密教界に瀰漫し、とくに南北朝時代にはその宗の指導者である文観(もんかん) が後醍醐天皇の崇敬を受け、立川流が密教の正統であるかのような座を占めたことなどを見ても、空海の体系には、性欲崇拝を顕在化させる危険が十分内在したというべきであろう。

http://singetu.ddo.jp/kuukai_huukei/56.htm


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2)立川流の成り立ちと経緯


「真言立川流」を始めたのは見蓮と言う人物で、陰陽師を習得した真言宗の僧侶兼陰陽師だった。

北斗・北辰妙見信仰に始まる「交合に寄る歓喜行」は、日本の信仰史上に連綿と続いた呪詛巫女の神行であるから、真言宗の僧侶兼陰陽師だった見蓮が創始した八百万の神・陰陽修験と陀羅尼真言密教の習合教義である真言密教立川流に、その奥義が取り入れられていても「自然な流れ」と言える。

この真言立川流、今の時代ではとても理解されないが、当時、素朴な民衆を矛盾無く導く為に、性に対していたずらに禁欲をさせるより、「肯定した上で民意をリードしよう」と言う考え方があった。

真言密教立川流の始祖と言われ、立川流開祖見連に奥義を授けた仁寛僧正は、伊豆の大仁に住まいし真言宗の僧侶で、陰陽師だった見蓮に、真言密教の秘伝「歓喜法」を授けた者である。

仁寛に限らず高野山系の僧達の多くも、鎌倉時代末期近くまではこの男女交合の「秘術」を理念としていた。

仁寛は、鳥羽天皇の暗殺を謀ったとして、捕らえられて、「伊豆大仁」に流されていた。言わば、政治犯の流人である。 そこで陰陽師修行中の見蓮に出会い、醍醐三宝院流秘伝の奥義を伝授されたのだ。

現代人の宗教観とは合致しないであろうが、本来、いずれの宗教も「現世利益」が基本である。 つまり他人の事はどうでも良く、祈る者だけに「利を与える」のが元々の教義だった。 本来、信者の本音で言えば「現世利益」が無い信仰など魅力がある訳が無い。

近・現代に於いて「教えが改善された」と言えばその通りだが、元々の信仰はそんなに立派なものではなく、自分の「利」の為に祈るもので、呪詛的には「相手を呪い殺す願い」をも受け入れる事が「信仰(宗教)の実態」と言って良かったのである。 この辺りを理解すると、個人の「現世利益」の考え方から、極楽浄土に「性的な境地」が結び付く教義「真言密教立川流」に、現実感が出て来ても不思議ではないのである。


常識的に見て密教経典の意味解釈は、解釈する側の意志で加工が可能である。弘法大師(空海)が日本にもたらせた密教は、やがて日本で加工されて行ったが、その原点に近いものがインド・ジャンム・カシミール州最大の地方「ラダック(Ladakh)」に残っている。

このラダック地方の土着宗教がタントラ教の影響を受けた密教で、いわゆるチベット仏教である。 ラダックには多数の仏教寺院、ゴンパがあり、全人口が敬けんな仏教徒である。

釈迦生誕の地に近く、「真言・天台両宗の源流」とも言える「敬けんな仏教徒の地ラダック地方」には、つい近代の英領インド時代に禁止されるまで「一妻多夫」の習慣があり、一人の妻を兄弟で共有していたが、それはチベット仏教においては「けっして教えには背いては居ない」のである。

つまり密教において、性はかなり「おおらかな扱い」であり、現在の日本人が意識する厳しい戒律は「無かった」のである。

元来性行為と言うものは、単に「男女が交われば良い」と言う即物的なものではない。 そこには精神的感情が介在する。 それも複雑で、一口に「愛」とばかりにかたずけられない。

性交の本質は、想像力をたくましくして、被虐心、加虐心、羞恥心に触覚、聴覚、視覚を駆使して、初めて上等な性感を得る。 つまり【右脳域】の本能的無意識の境地に入る為の「行」として捉えるのである。

人間の感性は複雑で、あらゆる情報を脳で処理する事で、結論を導きだす。従って、性的快感も単純ではなく、それに拠る精神的癒し効果も認められる。

つまり、性と精神はリンクしていて、人格の形成にも関与する重大事項と言えるのだが、これを「無理やり離して考えよう」と言う間違った傾向がある。 喜怒哀楽は人間の基本的な感性で、【右脳域】の思考である。 その内の「喜」を以って「楽」を為すのが、密教における性交呪詛所謂「歓喜法」に拠る「極楽浄土」の境地である。


人間は、性行為や食事、音楽や映像鑑賞の際に「ベータ・エンドロフィン」と呼ばれる快感ホルモン物質を分泌させ快感を得る。 言うなれば、宗教行為と性行為、音楽の演奏などは、ある意味同質の目的、快感ホルモン物質の分泌を促す為にある。

宗教に陶酔したり、音楽に聞き惚れたり、視覚、嗅覚、五感の刺激がこの快感ホルモン物質の分泌を促すのなら、人は神の教えで救われても不思議はない。 それを経験的に学習しているから、いかなる宗教にも音楽や雰囲気創りの演出は付き物で、そのトリップ状態は、けして否定すべき物でもない。

言うなれば、宗教行為と性行為が合体した真言密教立川流は、「究極の奥義」だったのではないだろうか?

この快感ホルモン物質がモルヒネと同じ作用を持つ「脳内麻薬」で、精神的ストレスの解消と肉体的老化防止の特効薬であり、必要なホルモン物質なので、健康な性行為の抑制は必ずしも人間の為にはならない。 当然の事ながら、気の持ち様で「自然治癒力が増す」などの奇蹟は現に症例が多いから、宗教の奇蹟も存在する。 真言密教では、この生物反応的効能を肯定して、「修験道に活用しよう」と考えた。


快感ホルモン物質が大量に分泌されると、人間はトリップ状態になる。

従ってかがり火の燃え盛る呪詛の場で、陀羅尼・呪文(オンマニ・ペドフム)が流れる荘厳な雰囲気の中、激しい性行為を繰り返す事によって、常人には無い激しい反応を見せる。 それが呪詛の効果で、真言密教で言う所の「極楽浄土」である。

その状態が「呪術の効果をもたらす為に必要だ」としていたから、立川流は成立した。 それにしても、呪詛の為に身体を提供して「歓喜法」を体現する呪詛巫女の存在は、現在の感覚では理解が難しい。

しかし、密教の教えの詰まる所は「空」である。 空に私心は無い。

有にしても無にしても、そこには私心が介在するから、空に成れば、如何なる行を求められても、それを不条理と思う事は無い。 実は、「気」も、奇跡と扱うには「ペテン染みた」物理現象である。 言わば、思い込み(既成概念)と言う物差しを外した所に奇跡とも思えるパワー現象が生じる。 しかし、そこに到達するには、「空」が要求されるのである。 その「空」に、成りおおせないのがまた、人間である。


行を施され、呪詛巫女が空に及ぶには、その行の厳しさに相応の覚悟が要る。女性の身体は不思議なもので、縛り上げて三日ほど変わる変わる攻め立てれば「脳で考える気持ち」とは別に、身体が性交の快感を覚えてしまう。

つまりそちらの感性は【右脳域】の本能的無意識が覚醒するからである。 そうなればしめたもので、女性から呪詛(性交)に応じる様になり、滞りなく行える呪詛巫女が完成する。 当初の呪詛巫女の仕込み方は大方そんな処である。

呪詛巫女の確保については多くの方法がある。 その一つが、前述した律令制における被差別階級として賤民の利用である。

奴婢として地方の豪族が所有し、基本的に家畜と同じ所有物扱いの私奴婢と呼ばれる身分の者の中から「婢」の身分の女性奴隷を選び出し、執拗に性交を施して極楽浄土を体現させ、呪詛巫女に仕立て上げた。

八百六年(大同元年)、ちょうど桓武天皇が崩御し、第一皇子が平城天皇として即位(八百六年)の準備をしていた頃、唐から帰国した空海(弘法大師)は高野山(和歌山県伊都郡高野町)に真言宗・総本山金剛峰寺を開山する。

仏教の発祥はご存知インドであるが、実を言うとインドには「密教」と呼ぶ言葉や宗派はない。 金剛乗(ヴァジュラヤーナ)、或るいは大乗(マハーヤーナ)等が相当しそうだが、厳密には意味がかなり異なっていて「伝播の途中で変化したものと」考えられる。

大陸での修行を終えた空海(弘法大師)は、持ち帰った経典に重さを付ける為に「密教呪法」の存在を強調し、その呪法効果を期待させる事に成功する。 当時の日本の指導階層は血統を重んじる氏族で、世継ぎを得る為には多くの妾を抱える社会だったから凡そ禁欲的な教えでは受け入れられない。

空海(弘法大師)の教えは、その教義の中で「人の世界の理性的な原因の世界」を肯定し、然る後に

「密教呪法」に拠り身に印契を結び(両手の指を様々に組み合わせる)、
口に真言(真実の言葉)陀羅尼を唱え、
心に本尊(大日如来)を念ずる

事により、仏の不思議な力で「煩悩にまみれた生身のまま成仏(即身成仏)出切る」としている。 その教えを秘密仏教、即ち「密教」と称し、教理と行に呪術的かつ具象的表現を伴う教義を成立させ、「潅頂」と言う入門の密教儀式をしていない者に師の許しなく真言や行の内容を軽々しく教えを説き伝える事を禁止してこれに反する行為は大罪としてその自戒を三昧耶と呼んでいる。

密教とは、「深遠な秘密の教え」の意味で日本では主として真言宗(東密)、天台宗(台密)と結び付いて発展した。 手に印を結び(手の指で種々の形をつくること)、口に真言・陀羅尼を唱え、心に本尊(大日如来)を念ずる事によって、仏の不思議な力により「煩悩にまみれた生身のまま成仏(即身成仏)できる」とされている。つまり本能(煩悩)で汚れた人々を、「真言・陀羅尼を唱える事で救う」と言う教えである。

この真言宗の教えの中の密教と日本古来の山岳信仰・神道などが結びついて、修験者が生まれている。修験者とは、修験道を修行する人で、山伏とも言い、修験道とは高山などで修行し、呪術(呪詛・まじないの力)を体得しようとする宗教である。

当然の事ながら、陰陽修験は呪詛を使う。 呪詛の目的は、それを行なう事に拠ってあらゆるものを操ろうとするものである。

修験道には、役小角を祖とし天台宗の本山派(天台山伏)、真言宗の当山派(真言山伏)などがある。 弘法大師(空海)、伝教大師(最澄)達が、我が国にもたらした密教は、強力な「現世利益の秘法」であったのだ。 本来の仏教は祈りによる現世利益で、まずは手っ取り早く長生きや裕福と言った幸せを願う物だった。

この現世利益については、現在の中国式寺院にその面影を見る。 お金に見立てた寺院発行の紙の束を、供え物として火にくべ、金持ちに成る様、先祖に祈るのだ。 そうした教えが、真言宗の密教として伝えられ、日本古来の山岳信仰・神道などが結びついて、陰陽修験の呪詛を使う真言密教・立川流が成立した。


真言密教立川流は陰陽修験の呪詛を使い、あらゆるものを操ろうとしてその呪詛の手段に性交の行を採用した。 立川流の教義は、真言宗の


「即身成仏・即事而真(そくじにしん・物そのものが真実)」、

「当相即道(とうそうそくどう)」


の意味は、「ありがたちそのままが理想」と言うであり、つまり「自然の欲望(煩悩)は自然な事である」としている。


「本有平等(ほんぬびょうどう)」の意味は

「本来もっているものが皆同じく真実を宿す」という真言を、男女二根の交会、

淫欲成就の妙境をそのまま「即身成仏の意味」

に解したもので、ごく自然な人間の命の営みを、素直に容認したものである。


この教義の根拠として「首拐厳経」、「理趣経」などが用いられて、なかでも「理趣経」の十七清浄句の、「欲望は浄らかなり〈大楽の法門〉」と言うその教えは「一切の法は清浄なり」と言う句門であった。この時点で、愛欲に対する罪悪の考え方はまったく存在しない。

「一切の法(手段)は清浄なり」を「男女の性交も清浄なり」と解すれば、良いのである。


如来は十七の清浄なる菩薩の境地を挙げて、男女交合の「妙適なる恍惚境」も、
欲望、箭の飛ぶ様に速く激しく働くのも、男女の触れ合いも異性を愛し堅くい抱き、男女相抱いて「縛(しば)ごう」と満足するも世の一切に自由である。

男女相抱いて「縛(しば)ごう」と満足するも世の一切に自由とは、解釈の仕方では現代で言うSM的な行為まで性愛の形として肯定している。 つまり、欲望に身をゆだねて「恍惚境」に入る事を、真言密教は教義として肯定しているのである。

それはそうだろう。 禁欲主義は生き物としての最も基本的な「種の保存本能」に矛盾している。


「全ての主である様な心地となる事」、
「欲心をもって異性を見る事」

も、また、

男女交合して「適悦なる快感を味わう事」、男女の愛、これらの全てを身に受けて生ずる「自慢の心」も、ものを荘厳る事、全て思うにまかせ「意滋沢ばしき事」、
満ち足りて光明に輝く事も、身体の快楽も、この世の色も、香も、ものの味もまた清浄なる菩薩の境地である。


と、立川流では、全てのものをその本質において積極的に肯定している。つまり色欲の煩悩を含めて、人間の存在が完全に清浄なもの、菩薩のものとして肯定されており、性欲肯定の句として知られている処である。

何が故に、これらの欲望の全てが「清浄なる菩薩の境地」となるのであろうか。

それは、菩薩が人々の【右脳域】に存在し、これらの欲望を始め世の一切の法は、「その本性は清浄なものだからである」と、自然に存在する性的欲望を菩薩のものとして肯定しているからである。

故にもし、真実を見る智慧の眼を開いて、これら全てを「あるがままに眺める」ならば、人は真実なる智慧の境地に到達し、全てに於いて「清浄ならざるはない境地」に至るのである。


真言宗開祖・弘法大師(空海)は、仏教とは異教である儒教を廃してその禁欲思想に攻撃こそすれ認めてはいない。 現代人の感覚では理解し難いかも知れないが、弘法大師・空海が日本に持ち帰った経典の中にインド・ヒンドゥー教の影響を受けた経典が多数含まれていた事も事実で、日本の初期密教の成立にヒンドゥー教の生命への畏怖を根源とした性的な教義が混ざっていて当たり前である。

つまり真言密教・立川流に拠ると、弘法大師・空海が持ち帰った真言密教の教義解釈は「性交に拠って穢れが浄化される」 と言う解釈なのである。


儒教の抑制的な考え方は人間の本質と矛盾する教えであるから、現実に起こり得る様々な事象を闇に葬るばかりで結果的に「在る事」を「無い」と建前で覆い隠すに過ぎず、何ら解決には至らないからである。

ところが、後世の真言宗僧侶達は時の権力におもねり、開祖・弘法大師(空海)の教えを翻して儒教の抑制的な考え方を取り入れて真言密教の王道たる立川流を「淫邪教」と廃し始め、弾圧の挙句その存在まで闇に葬った。

愛欲は生きる事の一部であり、後世に血脈を引き継ぐ原点である。

開祖・弘法大師(空海)が「あるがままに眺める」とした真言宗の抑制的改宗は、信念とは別の御都合主義の為せる業で教義を変節したのであり、人間の本質として必ず「在る事」を「無い」と建前で覆い隠して対処を放置する事こそ、現実に正面から向き合わない「邪教」ではないのか?


___________

3) 立川流の呪詛様式


立川流の経典は理趣経を習している。 そして呪詛を使い、あらゆるものを操ろうとしてその呪詛の手段に性交の行「歓喜行」を採用した。 邪神とされる荼枳尼天(だきにてん)を拝し、特に髑髏を本尊とする為、世間から邪教と解される原因と成っている。

確かに、髑髏の存在は「死と言う現実」を見せ付けられるものであり、並みの人間で有ればそれだけでも不快に感じるのは事実である。また、髑髏には生前のその持ち主の魂が宿っていそうで、精神的には犯すべからぬ畏怖の対象であるから、その辺りの抵抗感が存在して、違和感が生じても不思議はない。

にも関わらず、真言立川流が髑髏を本尊としたには、こうした精神的な意識に元付く既成概念そのものを、共通して一気に変革させる狙いを試みていたのではないのだろうか?

真言密教立川流の髑髏本尊は大頭、小頭、月輪行などの種類があり、この建立に使われる髑髏は、王や親などの貴人の髑髏、縫合線の全く無い髑髏、千頂と一千人の髑髏の上部を集めたもの、「法界髏(ほうかいろ)」と言う儀式を行って選ばれた髑髏を用いなければならない。

その様に選ばれた髑髏の表面に、女人の協力を得て、性交の際の和合水(精液と愛液の混ざった液)を幾千回も塗り、それを糊として金箔や銀箔を貼り、更に髑髏の内部に呪符を入れ、曼荼羅を書き、肉付けし、山海の珍味を供える。

しかもその七日七晩に及ぶ壮絶な「歓喜行」の間絶え間なく本尊の前で性交し、真言を唱えていなければならない。 こうして約七年間もの歳月を「歓喜行」に費やして作られた立川流の髑髏本尊はその位階に応じて「三種類の験力を現す」と言う。

下位ではあらゆる望みをかなえ、中位では夢でお告げを与え、上位のものでは言葉を発して「三千世界の全ての真理を語る」と言う強烈な現世利益の本尊である。


真言密教立川流の真髄は性交によって男女が真言宗の本尊、「大日如来と一体になる事」である。 立川流の金剛杵は特殊な金剛杵であり、片方が三鈷杵(さんこしょ)、もう片方が二鈷杵(にこしょ)になっている。 この金剛杵を割五鈷杵(わりごこしょ)と言う。

本堂のお勤め場所の周りに星型の結界が、蝋燭としめ縄で張られる。 しめ縄はいわば神の「結界占地」を標示するもで、神域に張られる事になっている。

蝋燭の炎は、「歓喜行」の間絶やす事は無い。

反言真言を唱え、星形の結界(五芒星)は陰陽師家、安倍晴明の判紋である。

格子状のしめ縄の結界は、九字紋と同じ形状であり、九字紋は横五本縦四本の線からなる格子形(九字護身法によってできる図形)をしている。 九字結界は、「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」を星型に配置し、その間を結んで五芒星(晴明判紋)となす。 安倍晴明判紋は晴明桔梗とも呼ばれ、五芒星と同じ形をしている。五芒星(九字護身法に拠って出来る図形)の意味は、一筆書きで元の位置に戻る事から、「生きて帰ってくる」と言う意味でもある。


「歓喜行」はこのしめ縄の結界の中で全ての障害を排して執り行うのである。呪法に使う髑髏にも、それなりの確りした仕度がいる。

亡なって間もない人頭を、丁寧に洗い清めて、真言を唱えながら漆を塗る。朱色を出すには「辰砂(水銀)」を使う。水銀と硫黄からなる硫化水銀鉱が、「辰砂」であり、細かく砕くと水銀朱の朱が取れる。

この「辰砂(水銀)」、弘法大師(空海)が多用していた事で知られている。

真言密教立川流に取って、朱は血の色であり、活力と蘇生の呪術には欠かせない。 仕上がったら、よく乾燥させ、上等な桐箱に収めて置く。

そして七日七晩に及ぶ壮絶な「歓喜行」を行い、八日目の朝、「開眼供養を迎える」と言う荒行である。

この本格的な「歓喜行」は、真言密教立川流の僧正が呪詛を用いる為に強力な呪力を有する淫液に塗れた髑髏本尊を会得させる為の物だった。これが、「髑髏本尊・歓喜法」と言う秘術である。

立会いの僧正や男女の信者達は、願主が「歓喜行」を行うを、眼前にて見守りながら「反魂真言」を絶やさず唱える。 一度達しても、茶吉尼(だきに)天の妖力の色香は強烈で、男はすぐにまた活気を取り戻す。

願主は真言密教秘伝の強壮の秘薬と食べ物をとりながら、和合と髑髏に和合水の塗布を続けて、七日目の深夜「結願」を迎える。


いよいよ「結願」を迎えた八日目に入った深夜十二時を過ぎからは、「開眼供養」を夜明けまで行う。 和合水と反魂香にまみれた髑髏の頭部に、金箔を幾重にも重ねて張り、口に紅、歯に銀箔を施し、作り物の眼球を入れて、最後に化粧するのだ。 その後、錦の袋に入れて七年間、願主が毎夜抱いて寝る。 願主が歓喜行をする時は傍らに捧げ、仮本尊となす。

八年目に、ようやく「髑髏本尊」が完成する。 この本尊に妖力が宿り、「呪詛祈願の達成効果を保持する」としていた。 陀羅尼・呪文(オンマニ・ペドフム)や反魂真言を唱えて、性交を繰り返す「歓喜行」は多分に異様である。

しかしこの淫靡な儀式の奥には、別の真実が隠れている。

理趣経は、「本来男性と女性の真の陰陽があって初めて物事が成る」と説いている。 この儀式に七年もの歳月がかかるのは、その過程で僧侶とその伴侶の女性が「大日如来」の導きで、悟りを得る事がその目的だからであり、何の事は無い互いの情が移る年月である。 そうなれば髑髏本尊は、単なるシンボリックな物に成ってしまうのである。


何故こうした信仰が成立するのか、種明かしをして置く。

人間は「恐怖心や高揚心、羞恥心」と言った興奮を背景にすると、普段の判断とは全く違う感覚で物事を受け止める。こうした興奮の心理的な影響は極論理的なものであるが、当事者は意外と「興奮に影響されている」とは思い到らずに「自分の正常な判断」と結論着けてしまう。 その興奮に影響される判断が、興奮が覚めても「正常な判断」と確信されて残る所に所謂「洗脳状態」に陥る状態が、信仰などに利用される心理的な手段である。


真言密教立川流、その教義は、遠く印度の仏教に遡る。 印度の仏教の教えの中に、白い狐に乗り移った茶吉尼天と言う魔女が、大日如来の教えで、「仏法諸天の仲間入りをした」と言うのがある。

これが日本では、後に稲荷神社に成る。 財産や福徳をもたらすとして信仰され、老舗の商家の奥庭に、祭られたりしていた。

当時の商人の考え方は、「商は長くやるもの」であり、家業、商売を代々繁栄させるのが使命であるため、老舗跡の跡継ぎの確保は重要だった。 その為には跡継ぎに困らない様に妾を持つほどの艶福家で無ければならず、性的パワーのある稲荷の社を祭ったのである。

つまり、幸せにしてくれる神様で、その茶吉尼天が、真言立川流の御本尊である。 茶吉尼天の法力を高める秘法が、密教の儀式である。 茶吉尼天の法力を高める為には、男女和合の性エネルギーのパワーが必要で有る。

つまり初期の仏教は、信じればご利益があると言う「現世利益」の教えで有ったものが、時代とともに変遷して、道徳教育的な目的から「悪行を積むと地獄に落ちる」と言う死後の利益に変わって行った。

一方で修験道師が村々に分け入って布教し、植え付けて行った矛盾とも取れる「おおらかな性意識」は、庶民の中で生き続けていた。

真言密教立川流の本尊・荼枳尼天(だきに天)は、元々はインドのヒンドゥー教の女神で、「荼枳尼天」は梵語のダーキニー(英字:Dakini)を音訳したもので、ヒンドゥー教ではカーリー(インド神話の女神/仏教・大黒天女)の眷属とされる。

このヒンドゥー教の女神が仏教に取り入れられ、荼枳尼天は仏教の神となる。元々は農業神であったが、インドの後期密教においては、タントラやシャクティ信仰の影響で、 荼枳尼天は裸体像で髑髏などを抱えもつ女神の姿で描かれるようになって、後に性や愛欲を司る神とされ、さらには人肉、もしくは生きた人間の心臓を食らう夜叉神とされるようになった。


荼枳尼天は、自由自在の通力を有し、六ヶ月前に人の死を知り、その人の心臓をとってこれを食べると言われたが、その荼枳尼天が、大日如来が化身した大黒天によって調伏されて、仏教神となって「死者の心臓であれば食べる事を許された」とされる。

日本では鎌倉時代から南北朝時代にかけて、荼枳尼天は、性愛を司る神と解釈された為、その男女の和合で「法力を得る」とする真言密教立川流と言う密教の一派が形成され、荼枳尼天を祀り、髑髏を本尊とし性交の儀式を以って即身成仏を体現したとされる流派が興隆を極めた。


真言密教と陰陽道を究めた人物に仁海(じんかい)僧正がいる。醍醐寺隨心院は、九百九十一年(平安時代中期・正暦二年)に雨僧正と呼ばれていた仁海僧正によって建立され、千二百二十九に門跡寺院となった真言宗善通寺派の大本山である。「雨僧正」と呼ばれ、占術の祈祷で「祈雨祈願に成功した」とされる仁海僧正は和泉国の小豪族の家に生まれ、七歳で高野山に上る。 そこで、占星術を身につけ、学僧としても、知られるようになる。

仁海はしばしば五行の考えに基づく易を使う。安倍晴明より少し後の時代に活躍した仁海は、しばしば五行の考えに基づく易を使う。 このことは当時の僧侶が仏教の経典だけではなく、中国の「易経」のような中国特有の古典にも通じていたことを示している。 仁海僧正の私生活を「生臭坊主であった」とする評があるが、それは当時の僧を後世の常識感覚で評するからである。

そもそも、日本の神官や僧侶は、長い事氏族が武士や官僚と兼務していたもので、勢力争いもするし女性も抱く。 高僧と言えども例外ではないから、正妻を置いたかどうかを問わなければ、江戸期以前の僧侶は全て「生臭坊主」である。 と言うよりも、「女性との交わりを呪詛パワーの源」と言う解釈が、密教に於いては為されていたのである。


陰陽師の見蓮に、仁寛が密教の秘術を伝授して、かれこれ百年に成ろうとする頃、北条(平)政子が心血を注いで礎を作った流石の鎌倉幕府執権・北条得宗家も、代を重ねて落日を迎えようとしていた。 鎌倉幕府が弱体化していた頃、敵対していた勘解由小路(賀茂)家と土御門(安倍)家の両家は天皇の皇統護持の為に和解している。

◆真言密教立川流・南北朝との関わり

北条(平)政子が心血を注いで築きあげた「鎌倉幕府執権・北条得宗家」も、体制百三十年余りを数えて独裁への反感も膨れ上がり、流石に屋台骨が揺らぎ、「時節到来」と倒幕の機運も、静かに盛り上がりつつあった。

そんな時に、皇位に目覚めた後醍醐天皇(第九十六代)が、突如現れた。 それは取りも直さず、地に潜っていた「勘解由小路党」を、そして幕府御家人衆に甘んじていた「源氏の血筋」を目覚めさせる事となった。

この後醍醐天皇(第九十六代)、まさしく密教の申し子だったのである。

京都醍醐寺は、皇統・大覚寺統(後の南朝)を護持する為の寺であり、後醍醐天皇の支えだった。その醍醐寺は、真言密教の教義を支持していた。 従って後醍醐天皇は、真言密教を信奉していたのである。


本来、男女の交合は尊い物である。男女の陰陽を現世の基本として、人々の生活の向上、平和と幸福を願う呪詛(法力)の為のエネルギーの源が、男女交合の歓喜パワーであり、密教理念としていた。 この教義を後醍醐天皇が信奉した事は、彼がしごく「人間的であった」と言う事である。

真言密教の理念は、けして浮ついた邪教ではない。 至極まじめで、日本に入って来た初期の頃の真言宗の教えの一部として、間違いなく存在した。

それはそうだろう、武器を携えて破壊と殺戮に行くよりよほど良い。 精神的な愛に於いて、性交はあってもなくても良い。そして独占欲はそれも愛情で有るが、それが愛情の全てではない。 その違いが判らないと、大人の対応は出来ない。

全てに拘束を欲する愛情もあれば、全てを赦す愛情もある。 難しい所で有るが、愛し方はそれぞれで、自分と違うからと言って、愛が無いとも言いきれない。

空海(弘法大師)が唐から伝えた経典では、何よりも性に対する位置づけが「生命力パワー」と言う前向きな思想からなっている。 真言密教でも、その「生命力パワー」は認められていた。


京都醍醐寺に文観弘真と言う僧侶がいた。彼は先人で有る仁寛僧正を信奉し、その弟子が興した見蓮の真言密教立川流を継承していた。

勿論同じ醍醐寺に、文観弘真に対立する勢力もある。後醍醐天皇(第九十六代)と文観弘真僧正が結び付けば、当然反対派もまた結び付くのが世の習いである。


話は、鎌倉時代末期の事である。

後宇多上皇(第九一代)の皇子・尊治親王(後醍醐天皇)は宋学者の玄恵や文観から宋学の講義を受け、宋学の提唱する大義名分論に心酔し、鎌倉幕府の倒幕を目指し、宋の様な専制国家の樹立を志した。

千三百十七年の文保の御和談に於いて花園天皇から譲位され践祚(せんそ)した尊治親王(後醍醐天皇)は野心満々で、平安時代の聖代(延喜帝・醍醐天皇や天暦帝・村上天皇の政治)のような復古的天皇親政を行うべく、当時の醍醐天皇(第六十代)に肖って自ら後醍醐天皇(第九十六代)と名乗り、手初めに父である後宇多上皇が行っていた院政を停止させ、天皇としての実権を確立した。


鎌倉時代末期、北条寺の僧・道順から真言密教立川流の奥義を学んだ文観は、「験力無双の仁」との評判を得ていた。 これを耳にした後醍醐天皇は彼を召し抱え、自身の護持僧とした。 文観僧正は、後醍醐天皇に真言密教立川流を直伝する。

茶吉尼天のイメージが演出され、衣服の透ける様な美女姿を宮中に現し、天皇は絶倫になる。 退屈な宮中生活にあって、これが「楽しくない」筈はない。

若き天皇は好色でこの教えを痛く気に入り、自ら実践する事で極楽浄土を体感し、教義は宮中に広がった。 後醍醐天皇の相手と成った女妾、女官も数多く、皇子・皇女と認められただけで、十六人に及ぶ親王、内親王を設けている。

つまり、「皇統を繋ぐには親王が多いに越した事は無い」と言う事態に見舞われたのだ。 「勘解由小路党の女人(白拍子)」も天皇相手に、歓喜の行で大活躍したのかも知しれないが、詳しい記述はない。 唯、夜な夜な「おごそかな歓喜儀式が、宮中で盛大に執り行われた」と、想像にするに難くない。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」は、九字呪法である。 そして男女による「歓喜法」で「極楽浄土」を体現する。 その強烈なパワーを持って、四方に幸せをもたらす。

この教えに傾倒した後醍醐天皇は真言密教立川流を保護し、文観を政務の補佐役にする。 文観の権力は強くなり、一時、日本中に真言立川流は広がって行った。


この辺から、雲行きが怪しくなる。

真言立川流が、余りの隆盛を見せた事で、真言宗右派(禁欲派)が嫉妬し、文観の立川流(左派)から、宗派の最高権力を奪取すべく行動を起こす「きつかけ」と成った。 右派が、後醍醐天皇の対立相手、大覚寺(持明院統方)と組んだのである。 これは、宗教上の権力争いで、醍醐寺統(後醍醐天皇)と左派(真言立川流)連合が勝っていれば、その後の日本の宗教観は変わっていたかも知れない。 「菩薩の境地」が、精神的抵抗無く庶民のものに成っていたかも知れないのだ。

だが、醍醐党が破れ真言立川流は衰退して行った。 つまり、負けた方が「弾圧された」のである。 そこに至る経過が、南北朝並立の争いとリンクしていた。


文観は、当時としては珍しく、八十歳と言う長寿を全うしたそうである。 文観は死期を迎える僅か前まで、村娘を相手に日々のお勤めを欠かさず、真言密教立川流を守っていたのだ。

真言密教立川流(真言宗左派)は、対立する宗教勢力(真言宗右派)と結び付いた政治勢力(北朝方)が、南朝方に勝利すると、倫理観を前面に出して「淫邪教」の烙印を押されてしまった。

所が、本来の立川流の教義の形成経緯は、密教の命の持つ力(パワー)に対する純粋な信仰心と土着の呪術・占術を一体化した修験密教の教義を、誓約(うけい)の概念をも含めて理論武装し、再構築したもので、ただ単に淫蕩な目的の宗教では無いのである。

真言宗右派(反立川流禁欲派)と北朝(持明院統・光明天皇)、足利尊氏派が、真言宗左派(密教立川流・文観弘真僧正)と南朝(大覚寺統・後醍醐帝)、新田義貞・北畠顕家派に勝利し、文観僧正に拠って頂点を極めた真言密教立川流は、急速に衰えて行く。

元々、仏教と儒教は異なる宗教であるから、仏教・真言宗の開祖・弘法大師(空海)が儒教を否定した。 その開祖・弘法大師否定した儒教思想を、主流と成った真言宗右派は、チャッカリ教義に取り入れて真言密教立川流を邪教とし禁欲の教義を広めた為、安土地桃山期には立川流はほとんど無くなり、江戸初期には完全に消滅してしまった。

後醍醐天皇が吉野へ逃れ、足利氏と持明院統(北朝)が勢力を拡大すると、醍醐寺大覚寺統の「真言密教立川流」は徹底的に弾圧されて先細りと成り、やがて衰退して消滅している。

弘法大師(空海)がもたらした真言密教の、鎌倉初期に封印された教えには、性は「生きる為の活力の元」と書いてある経典も数多くあった。真言密教に大きく影響を及ぼした理趣経の経典は、その基礎に大陸での「妙見信仰」がある。

実はこの妙見信仰は弘法大師・空海が経典として持ち帰る前に、既に大陸からの移住者(渡来人)達に拠って先行して伝来し普及していた。 そして列島独自の原始宗教と習合し、陰陽修験道として集成していたのである。 そうした経緯から、弘法大師・空海の真言密教は陰陽修験道とは一体化の道を辿り、総本山金剛峰寺は修験道の修行の地と成るのである。

さて妙見信仰の伝来当初は、渡来人の多い南河内など辺りでの信仰であった様だが、次第に畿内などに広まって行った。 しかし朝廷の統制下にない信仰であった為、統治者としての統制が取れない。 神の威光で統治する朝廷にとって、庶民の間で勝手に広がった「妙見信仰」は危険な存在だった。

七百九十六年(延暦十五年・平安遷都直後)に妙見信仰最大の行事「北辰祭(妙見祭)」を禁止した。表だった理由は「風紀の乱れ」であった。

これは何を意味するのか?

庶民の間に、男女の交わりを指す隠語として「お祭りをする。」と言う用法がある。 本来、信心深いはずの庶民の間で、神の罰当たりも恐れず使われていたこの言葉の意味は、何故なのだろうか?

命を繋ぐこの行為を、「ふしだらなもの」ではなく、「神聖なもの」と捉えられていたからに他ならない。 元々「生み出す」と言う行為は神の成せる業で、それを願う行為が「お祭り(性交)」なのである。

気が付くと、神前で挙げる結婚の原点が此処に垣間見れる。 日本における所謂庶民参加の祭り行事のルーツは、北斗妙見(明星)信仰が源であり、陰陽修験の犬神信仰の影響を受けているから大抵その本質は「乱交闇祭り文化」である。

つまり、建前(本音はただの性欲のはけ口かも知れないが?)子供(命)を授かる事が豊作を祈る神事であるからだ。

例えば、京都・宇治の「暗闇祭り」、今でこそ暗闇で御輿を担ぐ程度であるが、昔は暗闇で、相手構わず男女が情を通ずる為の場だった。 京都府宇治の県神社の「くらやみ祭り」は、明治維新まで無礼講の祭りだったのである。

こうした事例は何も珍しい事ではなく、日本全国で普通に存在する事である。

◆【私の愛した日本の性文化】


当時の庶民感覚は、元々「性」に対しておおらかだった。 信仰が庶民に浸透して行くには、それなりの現世利益が必要で、「北辰祭(妙見祭)」は、当時の庶民が日頃の憂さをおおっぴらに晴らす有り難い行事として、「大いに支持された」と言う事だろう。 そこまで行かなくても、若い男女がめぐり合う数少ないチャンスが、「祭り」の闇で有った事は否定出来ない。


朝廷の「北辰祭(妙見祭)」禁止から十年、八百六年(大同元年)唐から帰国した空海(弘法大師)は高野山(和歌山県伊都郡高野町)に真言宗・総本山金剛峰寺を開山する。 空海(弘法大師)が信徒獲得の為に目を付けたのが、北辰祭(妙見祭)禁止に対する「庶民の不満」である。


空海の教えは、

身に印契を結び(両手の指を様々に組み合わせる事)、
口に真(真実の言葉)を唱え、心に本尊(大日如来)を念ずる事

により「即身成仏(煩悩にまみれた生身のままでも救われる)に成る事が出来る。」として「性」を積極的に肯定している。

この妙見信仰や、修験道と結び付いた弘法大師(空海)の真言密教は庶民にも浸透して行った。

そもそも密教には、人間は「汚れたものではない」と言う「自性清浄(本覚思想)」と言う考えがある。 真言立川流が弘法大師(空海)の「東密(真言密教)の流れを汲む」とされるのに対し、
伝教大師(最澄)の台密(天台宗の密教)でも男女の性交を以って成仏とし、摩多羅神を本尊とする「玄旨帰命壇」と言う一派があった事からも、性交を通じて即身成仏に至ろうとする解釈が密教中に存在したのは確かである。
http://jiyodan.exblog.jp/7936468/


31. 中川隆[4656] koaQ7Jey 2016年10月25日 21:41:40 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5068]

密教の秘密

密教は修行を積んで、灌頂という儀式を受けて、上の位に上がっていくシステムなんですけど、灌頂の内容をこっそり聞いたら、マントラを10万回唱えるとかそんな感じのことでしたwww

あと、日本の密教寺のことは知りませんが、チベット密教の古い寺だと建物の下に死体が埋まっているのが見つかることがあります・・・。

人柱だそうです…。

性行為を伴うタントラとか観想だけとか言ってますが、実践している人も居ます。

「呪い」も盛んで、人を呪い殺すとか、”成仏させない”とか真剣にやってる人もいます。

チベットには成仏させないような処理をされた死体が集められている洞窟があります。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11162801076


32. 中川隆[4664] koaQ7Jey 2016年10月26日 11:37:13 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5076]

真言密教の怨霊調伏の儀式とは

楳図かずお 『マザー』動画
http://www.bilibili.com/video/av2184619/


松竹メディア事業部 2014年

監督 楳図かずお


キャスト

楳図かずお - 片岡愛之助
若草さくら - 舞羽美海
イチエ - 真行寺君枝

お礼参りって…復讐かよっっ!!

親から愛されず孤独で、おまけに傷物にされて縁遠くなり、結婚してからは男狂いと…地元の伝説を作っていたのはイチエさん自身だった。

親戚からも家政婦からも馬鹿にされて、夢で見た通りのお礼参り〜〜〜…。

本当は「子の年・子の月・子の日・子の刻…」(1936年11月?)に生まれたらしい かずおの誕生日をわざわざ自分と同じ誕生日に修正して届け出たのはなんのため?

「お前、似てきたね」
結局、かずおは自分を犯した男の子どもで、イチエはその男にひと目ぼれして探していたというオチらしい。

母親としてこの長男だけを深く愛していて、女としてこの子の父親を探し求めていた。なんか、凄いな。このまま民話のヘビ女にされても仕方ないな。(実際にそんなお母さんだったのかどうかは知らないけど、届け出の誕生日が実際の誕生日と違うのは事実らしい)

「愛してるよぉぉぉぉぉ」の映像はチープだったけれども、ちょっとウルっとなりかけた。

だって、母だもの。
http://www.cinemarev.net/entry/mother-umezu.html

楳図かずお先生による楳図かずお作品の実写映画
「楳図先生!半生記を出版させてくんなまし」

「いいけど住民トラブルの話は無しね」

「了解っす!」


漫画家楳図かずお先生の「半生記」の企画が持ち上がりました。

担当は楳図作品の大ファンで、特に「おろち」に入れ込みまくってる新人編集者、
若草さくら←ここでファンは大喜び


さくらが取材していくうちに、楳図は、母親であるイチエとの間に、強くかつ複雑な関係を持っていることがわかってきます。

イチエは、次男よりも長男の楳図を溺愛してたっぽい。


イチエは、とても美しい人でしたが、 病の床についていました。


楳図に自分が見た夢の話をするイチエ。

「お世話になった方々に、お礼参りをしてきたわ」


イチエは死の直前、楳図に、 「綺麗に化粧をして…」と言い残し亡くなります。

しかし、その手には、どこの誰のものともわからない黒髪が握りしめられていたのでした。


葬式も終わり、日常が始まるはずでしたが、 楳図の周囲では怪奇現象が起こり始めます。


さくらは、楳図の作品に大きな影響を与えているイチエのことを調べるため、
シカ…奈良県曽爾(そに)村を探訪。

そこで、不思議現象に次々襲われるさくら。


一方、楳図の親戚たちが、イチエに襲われる…という事態が勃発。
まさにイチエが見ていたあの夢のとおりになってしもうてる。


実は、イチエの生まれた村に伝わっている、怪奇伝説のモデルはイチエだったのです。

美しいイチエは、通りすがりの男(イケメンらしいが身元不確か)に手篭めにされ孕んでしまい(その子が楳図)、そのことが原因で村人からも親戚からもハミゴにされてしまうのです。


オールドミス(禁止用語)になりかけてたイチエは、 一人の男と結婚しますが、
手篭めったその男を恋してしまってたので、ある意味「男狂い」になってしまった不幸な過去。


イチエは自分を排除した皆様方に、復讐をしておられたのです。

「お礼参り」


楳図は、蘇ったイチエと決別すべく、 神の左手悪魔の右手で戦いを挑みます。

ついでにイチエが苦手としている蜘蛛の絵や、美少女の絵を武器にしたるわ!


実体化したイチエ。
蛇女のようになるイチエ。

対抗する楳図。

イチエは楳図にのしかかり、 「愛してるのよ」と悲壮な声を上げます。

その時、何故か建物が崩れ、落下してしまうさくら。

さくらの髪をむんずとつかみ救出するイチエちゃん…。
死の間際に握ってたのは、さくらの髪の毛だったのねー。


そしてイチエは、さくらの身代わりに深い闇の中へと落ちていくのでした。
ちょっと笑っちゃうポージングで。

「おかあさんいかないでぇぇぇぇ」


事は一段落しますが、 楳図の周囲には、まだイチエがいるような…。

     おしまい

ぼくは、おかあさんがだいすきすきすきすきすきすきあいしてる。

イチエがネグリジェ姿で道を疾走するシーンは、通行人の皆さんが思わず道を譲る…モーゼ状態。
こんな甘酸っぱい思いをするのは、 「実写版スパイダーマン」で、スパイダーマンがごっつ恥ずかしそうに町中を走らされているシーンを見たとき以来でした…。


この映画を一言で表現するならば、楳図かずお作品の実写化、これに尽きます。

漫画を実写にしたらこうなる…という楳図かずおテイスト満載になっております。
監督してるの楳図かずお先生ご本人だし。
故に、ホラー映画として観たなら、あれ?となるかもしれません。


いっちゃん怖い(と思われる)シーンは、廃屋の中で泣いている少女が、こっちを向いたら目から血を流していて…っちゅうところでしょう。


既視感がありますが、気にしない。

それよりも、 母親と息子の間に流れる、しかも同じ腹から産んだ子供でも、 愛する人にそっくりな息子と、 別に愛してないけど生活のために結婚した相手の息子では、愛情の深さに差が生じる…的なところが、 怖かった。


女はいつまで経っても、母になっても女なのよのさ!
そういうのが、いいのかぇ?
母性より己の女性の部分を尊びているオナゴのほうが、いいのかぇ?


楳図かずお永遠のテーマ、

母性(息子に恋してる)
老いたら醜くなる(美しさを永遠に)
寝るときはネグリジェ(そこは違う)

を如実に表した出来上がりとなっておりますぞ。


楳図かずおファンには、オススメ。
そうじゃない方には、オススメしません。
だって、何がなんだかオラわかんねー!になるに違いないからさ。


しかし、死んでから、このやうなネタにされてしまふとは、 母親とは因果な商売よのぅ。

母上、 化けて出られますよ、この扱いじゃ。

でもまぁ、アテクシなら、息子のネタになるなら本望ですことよっ!
さぁ、いつでもネタになさいませ。

あ、いらんの?
そ…そう…(寂しげに)
http://ameblo.jp/makomako-63/entry-12043805571.html


33. 中川隆[4666] koaQ7Jey 2016年10月26日 14:00:16 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5078]

江戸時代のお寺は精神病院だった!? 薬に頼らざる「宗教的」精神疾患治療

──古くから、京都にはあるお寺を中心として、脈々と精神病患者を受け入れてきた歴史、そして場所がある。

盆地という独特の土地を利用し、相互扶助が行われていた。日本全国に存在したとされるそのような寺社の成り立ちをひもときながら、現在の精神医療が学べるものを考察していきたい。

江戸時代の昔から、お寺は精神病院の役割を果たしていた。

 2013年10月、厚生労働省からある指針が発表された。

それは厚労省研究班が公開した、抗精神病薬の減薬指針である。

抗精神病薬とは、統合失調症などの精神疾患に使われる薬のこと。従来より、日本では精神病患者には多種類の薬が処方される多剤大量処方が広く行われてきた歴史があり、国立精神・神経医療センターの調査では、

統合失調症の入院患者の42%が3種類以上の抗精神病薬を与えられ、1種類の投薬のみの患者の割合は30〜40%にとどまっている。

これは諸外国と比べても非常に高い数字で、多剤大量処方による副作用の弊害などが従来から取り沙汰されてきた。

 そこで今回発表された厚労省の指針では、日本で販売されている41種類の抗精神病薬を一覧表にし、週あたりの投薬をどの程度減らすことができるかを明示。財政に重くのしかかる医療費の削減という本音もあるだろうが、つまるところ、投薬の種類を減らし、最終的には1種類にすることを目的とした格好だ。

 このような動きは、日本の精神医療の長年の慣習だった多剤大量処方の方向性を改めようとすると同時に、ここ半世紀、薬物治療中心で行われてきた精神科医療がひとつの曲がり角に来ようとしていることを示しているのだろう。

 最初の抗精神病薬ともいえるクロルプロマジンが、フランスで発見されたのは1952年。これにより、拘束衣などを使わなくても薬で患者を沈静化することが可能になり、精神病院内が一気に静かになった……とも言われるが、その後の精神科医療はあまりにも薬に頼りすぎていたのではないだろうか。薬を処方し、調整するだけで、主治医と患者の対話も不十分な医療機関は、今でも珍しくない。

 ところで、そもそも精神疾患は、抗精神病薬や精神病院が登場するはるか以前から存在していたのである。そのような時代に精神病患者を受け止めていたのは、どのような場所だったのだろうか? いささか前置きが長くなったが、精神疾患と"宗教"は密接に関わっていたのだ。

 13年に他界した精神科医で筑波大学・国際医療福祉大学名誉教授の小田晋氏は、日本の古典文学を詳細に研究し、古代・中世における日本の狂気の形を分析した著作でも知られている。そのひとつ『日本の狂気誌』(講談社学術文庫)では、『源氏物語』を材料に、次のような分析を施している。

 源氏の年上の恋人、六条御息所(ろくじょうみやすどころ)は、源氏への募る想いと、源氏の正妻、葵の上への嫉妬のあまり、生霊としてさまようことになる。うたた寝をしている間にも、自分の意識が身体を抜け出て、葵の上のところに赴き、相手を押し倒してうち叩いたりする自分の姿をありありと目にするようになるのである。これに対し、小田氏は以下のように記述する。

「この場合、六条御息所の体験しているものは、今日的解釈からは心因性の人格分裂による例外状態といえることに異論はあるまい。この第二人格(生霊)が本妻(葵)のところに出現して現実に相手を苦しめる、というのはもちろんフィクションの便利なところであるが、妊娠中毒症とか子癇、または産褥精神病で苦悩している本妻に祈祷の影響が加わったとき、内心気が咎めていたり、その怨恨を怖れていた相手の幻覚が出現する、あるいは憑依の状態が起きるというのは、今日でも狐憑きや犬神憑きなど、多くのモノ憑き状態の発病機能としてごく自然のことなのである」

『源氏物語』はフィクションであるが、実際にはさまざまな人物をモデルにしているとされ、六条御息所の生霊の話も、何かしらのリアリティを有していたものだと思われる。小田氏は同書で平安時代の説話集『日本霊異記』からも、狂気をめぐる多くのエピソードを採取しており、このことからも中世の日本人にとって狂気がありふれたものであったことがわかる。

また、史実を見ても、奈良の大仏の建立で有名な聖武天皇の母親の藤原宮子は、のちの聖武天皇を出産してすぐ心的障害に陥って部屋に引きこもり、36年間息子と会うことがなかったなど、なんらかの精神疾患にあったと思われる。かねてより狂気(≒精神疾患)とは日本人の生きる場所の中で、身近に存在していたのである。

 それでは精神病院のない時代、このように精神疾患に陥った人の受け皿はどこにあったのだろうか? その代表的な場所こそが、お寺や神社などといった宗教的な場所だったのだ。小田氏は前掲書の中で、このように書いている。


「狭義の狂気・乱心であって、すでに近世社会のなかでの家族ないし地域共同体が抱えてゆけなくなった場合の解決策はどうであったか。

それはひとつには宗教がらみの方法であった。

『寺院弟子』として寺院に預けるという方法が、てんかん患者の場合にもとられたことがあり、これは、『百箇条調書』(徳川幕府編纂)が伝えるところである。

やはり宗教がらみで、神社、仏閣、そのなかを中心に、狂気・乱心の者が集団的に集まり、治療を受けるという形態もあった。

江戸から明治初期にかけては、狂気に対して霊験があらたかであるとされた寺社仏閣が各地方にあり、禁呪や誦経のほか、滝に打たれるか、ぬるい温泉に入るという形で、一種の水治療法を行っていた。

これらは真言宗、日蓮宗に多く、神道がこれに次ぎ、曹洞宗にもみられたが、呪術をもたない浄土真宗の寺院にはみられなかった」
http://biz-journal.jp/2014/01/post_3792.html


34. 中川隆[4667] koaQ7Jey 2016年10月26日 14:22:14 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5079]


昔の精神科で行われていた、驚くべき治療法 2015/4/16 

昔の治療法


統合失調症や双極性障害などの精神疾患の原因は、現在ではある程度突き止められており治療法も確立しています。

しかし、満足のいく治療が行えるようになったのは実はつい最近のことです。1950年代以前は、これらの疾患は「原因が全く分からない」「どう治療したらいいのか分からない」という原因不明の病でした。

「私は神だ」「闇の組織に狙われている」などと言い始め、理解不能な行動を取り始める。
急にテンションが高くなり、攻撃的になる。

何が原因でそうなるのか全く分からない。原因が分からないから、どう治療すればいいのかも分からない。

今でこそ、これらは脳が異常をきたしている「病気」なんだ、と理解されるようになり、有効な治療薬も開発されましたが、実はそれも1950年代以降の話です。1950年代にクロルプロマジン(商品名:コントミン)が発見されるまで、精神疾患への有効な治療法は皆無だったのです。

昔の精神科医は大変だったと思います。そして患者さんやその家族はそれ以上に大変だったでしょう。

当時の精神科医は試行錯誤し、様々な治療を試してきました。今考えると「そんなことやっても効くわけないでしょ」と言いたくなるものもたくさんありました。しかし、当時は有効な治療法がなかったため、少しでも「これが効いた!」という報告があると、その治療法に皆が飛びつきました。

みなさんの治療に直接役立つ情報ではありませんが、今日は昔の精神科で行われていた驚くべき治療法を紹介します。これを見て、精神科治療の進歩を感じて頂ければ幸いです。



1.瀉血

18世紀以前に行われていた治療法です。瀉血とはかんたんに言うと「血抜き」です。患者さんの静脈を切開し、血液を抜くということです。

「精神疾患患者さんの血液を大量に抜いたら幻覚妄想を言わなくなった!」という報告があり、それに基づいた治療法なのだと思われます。

血液が足りない状態になれば、血圧が下がってめまい・ふらつき・意識レベル低下などが起こります。確かにおとなしくはなるでしょう。

しかし、これは精神疾患を治しているわけではありません。「ふらつき、めまいがひどくて幻覚妄想どころではない」ために落ち着いたように見えただけです。

また、似たような治療法で下剤や嘔吐剤を飲ませて下痢や嘔吐を人工的に誘発する、という治療法も行われていたようです。これも下痢・嘔吐によって身体が脱水状態になったり電解質のバランスが崩れたために、見かけ上おとなしくなったように見えるだけで、精神疾患に対する効果はありません。

これらの治療法が精神疾患に対しての効果が無いのは明らかであり、現在では当然行われていません。

2.水責め

これも18世紀以前に行われていました。

高所から水を落として患者さんにかける、患者さんを不意に池などに突き落とすなどの治療法です。これを「治療」と言っていいのか分かりませんが、当時は「治療」として行われていました。

確かにいきなり水をかけられたら、幻覚妄想は一時的に止まるでしょう。しかし、これは精神症状が治ったのではなく、驚きや恐怖から一時的に幻覚妄想が治まったに過ぎません。

この治療法も現在では行われていません。

3.旋回椅子

患者さんを回る椅子のような装置に座らせ、高速で回転させることで治そうとする治療法です。

回すと言っても、コーヒーカップやメリーゴーランドのような楽しいものではありません。気持ち悪くなり吐いてしまうほどの高速回転です。

患者さんを高速でグルグル回せば、確かに一時的には幻覚妄想は言わなくなるでしょう。しかしそれは、めまいやふらつき、吐き気で苦しくて幻覚妄想どころではない、というのが正確なところで、精神症状を治療していたわけではありません。

効果がないため、現在では行われていません。

4.高熱療法

患者さんをわざと感染症に感染させ、高熱にさせることで治療する、という方法です。感染症にかかって高熱を出した患者さんの精神症状が発熱後に改善した、という報告がありそこから生まれました。

代表的なのが、患者さんを人工的にマラリアに感染させるという「マラリア高熱療法」です。「マラリアに感染させて治そう!」という今考えればかなり恐ろしい治療法です。実際、この治療をしたがために亡くなってしまった患者さんもいるでしょう。

これも「マラリアに感染した患者さんが幻覚妄想を言わなくなった!」という報告があったため生まれた治療法なのですが、実はこれは恐らく梅毒の末期症状で精神症状を呈した患者さんだったのではないかと現在では考えられています。

梅毒の原因菌である梅毒トネポネーマは高熱に弱いため、梅毒が原因で精神症状を呈していた患者さんに対しては高熱療法は効く可能性があります。マラリアに感染したら死ぬ可能性もありますから、とてもハイリスクな治療法ですけどね。

しかし当然、統合失調症や双極性障害などの精神疾患に対しては効くはずはありません。

確かにマラリアに感染して高熱を出せば、幻覚妄想発言はなくなる。しかしこれも、幻覚妄想が消えたのではなく幻覚妄想ところではなくなったというのが実際のところでしょう。

このマラリア高熱療法を開発した医師はなんとノーベル賞をもらっていますが、当然現在ではこの治療法は行われていません。

5.ロボトミー(前頭葉白質切除術)

「どうも脳の異常のようなだから、脳を切除したら良くなるのではないか」という発想から生まれた治療法です。両側前頭葉を切除したチンパンジーの行動が穏やかになったという実験結果に基づいています。

いやいや、そんなことしたら脳の正常な機能まで失われちゃうよ・・・・。

と今だったら考えますが、これも昔は実際に行われていた治療法です。20世紀前半には日本を含めた多くの国で、数多くの患者さんに対して施行されていました。

確かに、この治療で幻覚妄想が改善する方はいました。しかし、「病気が回復した」と喜べる結果は少なく、性格が変わってしまったり、感情が無くなってしまったり、ほとんど動かなくなってしまったりと「廃人」のようになってしまう方も多くいました。

現在ではこの治療は、世界中を見渡してもほぼ行われていません。日本においても日本精神神経学会が1975年にロボトミーの否定を公表しています。

ちなみにロボトミーを開発した方も、ノーベル賞を受賞しています。

6.インスリンショック療法

インスリンはホルモンのひとつで、血糖を下げるはたらきがあります。私たちの身体は食事をすると、膵臓からインスリンが分泌されます。インスリンが分泌されると、血中にある糖が臓器に取り込まれ、血糖が下がります。

現在、インスリンは糖尿病の患者さんに血糖を下げる目的で使われています。

このインスリンを糖尿病でもないのに、打ってしまうのがインスリンショック療法です。

正常の人にインスリンを打てば、血糖が下がって低血糖になります。低血糖になれば脳の栄養分が足りなくなり意識レベルが低下し、ショック状態となります。

このショックで精神病が治るのではないか、という発想のもと生まれたのが「インスリンショック療法」です。

インスリンでショック状態にしたら幻覚妄想が落ち着いた、という報告があったため生まれた治療法ですが、インスリンで低血糖ショック状態にすれば幻覚妄想を訴えるところでなくなるのは当然です。命の危険があるレベルですからね。

これも、現在では行われていません。

7.カルジアゾール痙攣療法

・統合失調症の患者さんが、てんかん発作を起こすと精神症状が改善することがある
・てんかんの患者さんは統合失調症になりにくい

ということが経験的に昔から知られていました。

ここから、「てんかん発作には精神疾患を予防する効果があるのではないか」と考えられ、人工的にてんかん発作を起こせば精神疾患が治るのではないかと考えられ、生まれた治療法です。

カルジアゾールは興奮剤のようなもので、人工的にけいれん発作を誘発する作用があります。

患者さんにカルジアゾールを静脈注射すれば、けいれん発作が起こるため、精神疾患が治るのではないかという理論です。

たしかにけいれんを起こすことで、効果を認めたケースはあったのですが、効果の割に危険の多い治療法であったため、次第に行われなくなりました。

しかし、この「けいれんを起こせば精神疾患が治る」という発想は、次の電気痙攣療法につながっていきました。

8.電気痙攣療法

カルジアゾール痙攣療法と同じで、

・統合失調症の患者さんが、てんかん発作を起こすと精神症状が改善することがある
・てんかんの患者さんは統合失調症になりにくい

という報告に基づいた治療法です。

脳に電気を流して、けいれんさせれば良くなるのではないか、という発想です。

これは偶然にも精神疾患への効果が確認され、この治療法だけは現在でも行われています。

電気痙攣療法がなぜ効くのかは、まだ正確には分かっていないところも多いのですが、脳に刺激を与えることで、

・脳の血流を増加させるため
・脳のホルモンの分泌を促進するため
・けいれんに神経保護作用があるため

などの仮説が考えられています。

脳に電気を流す、というのは普通の感覚で考えればとても怖いことです。そのため、現在では薬物療法で効果を認めない例や難治・重症例などに限られて行われ、最初の治療でいきなり電気痙攣療法が試されることはありません。

現在では、麻酔を使い、しっかりと呼吸・循環管理を行い、安全性を重視して施行されています。また、筋弛緩剤を使って身体のけいれんを起こさないようにした「修正型電気痙攣療法」という方法もあります。

過去の治療をみて

精神科で昔行われた治療をみて、みなさんはどう感じたでしょうか。

普通の感覚を持っていれば驚くと思います。冗談で言ってるのではないか、と思われてもおかしくないレベルの治療法もたくさんあります。

しかしこれはつい60年ほど前まで、実際に病院で行われていた治療法なのです。

今見れば、「当時の精神科医はバカなんじゃないか」「人権侵害もいいところだ」と思ってしまいますが、当時の精神科医は真剣に治療しようと思って、これらの治療法を行っていました。

これは当時の精神科医のレベルが低かったということではありません。このような方法以外思いつかないほど、当時の精神疾患は治療法が分からない謎の病気だったのです。

1950年代にクロルプロマジン(商品名:コントミン)が発見されました。コントミンは副作用の多さから現在では使われる頻度は少なくなっていますが、当時のクロルプロマジンの発見は革命的なものだったことが分かると思います。

何をやっても治らない精神疾患患者さんを「治すことができる」おくすりが発見されたのですから、これはもう革命的な出来事です。

「精神科のおくすり」というとネガティブなイメージを持つ方は多いと思いますが、クロルプロマジンの発見は、精神疾患患者さんの治療を大きく変えました。それまで瀉血だったり高熱療法だったり、ショック療法だったりと、文字通り「命がけ」の治療を余儀なくされてきた患者さんに、はじめて「安全な」治療が提供されたのです。

精神医学界における、歴史的な進歩と言っても良いと思います。

現在においても精神科の世界では分からないことがまだまだたくさんあります。統合失調症の原因だって、うつ病の原因だって、未だ「仮説」の域を出ていません。

しかし、こういった精神科医療の歴史をみると、試行錯誤を重ね少しずつ精神科治療は進歩していることが分かります。
http://seseragi-mentalclinic.com/oldtreat/


35. 中川隆[4668] koaQ7Jey 2016年10月26日 15:01:19 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5080]

精神病の温泉療法


斎藤茂太氏は精神病に効くといわれる温泉を二箇所を訪問しています。

一つは山形県にある今神温泉で、もう一つは宮城県の定義温泉です。

今泉温泉では、入湯者はローソクを火に灯して祭壇に供え念仏を唱え乍ら頭に湯を二十杯かけてから温泉に静かに浸かります。

温泉の温度は36℃という低く設定されています。定義温泉もまた今神温泉によく似ていると斎藤は指摘します。【精神科医三代 斎藤茂太著 中公新書富復刻版に典拠】
http://uchan20.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_2c68.html


定義温泉


【超秘湯】定義温泉に行ってみた【宮城】 2014/07/13
http://www.youtube.com/watch?v=Z8_hNE7USL4

定義温泉 2015.4.19 動画
https://www.youtube.com/watch?v=TcDvf6SzBaM

定義温泉凸 動画
https://www.youtube.com/watch?v=bkm4YY5J0cc

定義温泉 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%9A%E7%BE%A9%E6%B8%A9%E6%B3%89

定義温泉 - Google 画像検索
https://www.google.co.jp/search?q=%E5%AE%9A%E7%BE%A9%E6%B8%A9%E6%B3%89&lr=lang_ja&hl=ja&tbs=lr:lang_1ja&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ved=0ahUKEwjPzJ3T4_fPAhWEopQKHeESCMcQsAQILw&biw=1161&bih=635

定義温泉(じょうげおんせん)は、青葉区大倉にある温泉です。

近くには、平貞能の平家落人伝説や、子授け信仰がある西方寺(定義如来)が存在し、地名の由来となっています。

旅館は奥羽山脈・船形山の南東の麓、湯川沿いに建っています。

古くから「逆上引き下げの湯」として知られ、精神疾患に特効があるとされています。
ノイローゼや自閉症、その他脳疾患などの神経性疾患の治療を専門とする、完全予約制の療養温泉のため、一般人は宿泊することが出来ません。

開湯当初から専門湯治場というスタイルを貫いていて、伝統的な療法を堅持しており、数年ぐらいでの患者の社会復帰を目指しています。

山間に佇む旅館は、かなりの歴史を感じさせる建物で、コの字型の木造2階建てとなっており、大きく風格があります。背後には山が迫っていて、落ち着いた静かな環境になっています。

1969年の雑誌「旅」に、精神科医の斉藤茂太が訪問記を書いたことがあり、それによれば昔は暴れる患者を縄や鎖で縛りつけて入浴させ、2日間絶食させると鎮静したのだそうです。そのための専用の、畳一畳ほどの小さな浴槽もあったそうです。

かつて興味本位のマスコミらが、この温泉に対して誤解を招くような報道や記事で煽り立てたことがあり、また、釣り客や定義薬師の参拝客が泊めてもらおうとして、けんもほろろに突き返されたケースも少なくないため、一部の人には大いなる誤解を招いているのも現状です。

今日においても、物見遊山の施設見学は言うまでもなく、純粋な療養目的以外での訪問や問い合わせは避けるべきだと思います。

2011年に発生した東日本大震災の内陸部被害を被り、2013年現在閉鎖中となっています。復旧の見込みは立っていませんが、紹介者を介せば入浴できる可能性があるという情報もありますが、実際のところは定かではありません。
http://www.ibuki-estate.jp/sakunami/jyoge.html

実はここにどんな温泉ガイドに登場することも、仮にその宿の場所・連絡先を知っていたとしても決して一般客は泊まることが出来ない温泉宿がある。地図には温泉マークが記されているものの、その情報が皆無に等しく、実体は謎、現代のミステリー、と長年温泉マニアの間でも半ば伝説化された温泉、それが今回特別に紹介する温泉である。

 ところで、察しのいい読者はこの連載当初からお気づきではあろうが、この「逆上!」のタイトルは、ネタを明かしてしまえば、実は漫画家つげ義春の温泉エッセイのなかのエピソードから採られている。「つげ義春とぼく」(新潮文庫)である。

そのなかの「颯爽旅日記」の一文のその冒頭、つげは「「逆上=のぼせ」を「ぎゃくじょう」と読み違えてしまい、どこか浅野匠頭の松之廊下のシーンを思い浮かべてしまった」みたいなことを書いていた。それがこの「脱線温泉エッセイ」のタイトルの由来である。しかも、その一文とは、今回紹介する「定義温泉」のことである。

 定義と書いて「じょうげ」と読む。
 仙台から作並温泉(「逆上!其の八」参照)方面へ向かう途上、熊ヶ根橋(「熊ヶ根ラドン温泉」がある)を渡って右折、しばらく走るとそこにはどこか懐かしいような風景に行き当たる。山の深い緑に埋もれた中に忽然と現れる、古い寺とわずかばかりの土産物屋。違和感がある真新しい五重塔。そして、名物の三角油揚げをついばみながら、極楽浄土を夢見る老人たちの群れ。店先に佇む子供たち。タイムスリップしたような異世界。まさに「つげワールド」である。

ここが通称「定義如来」、正式には「浄土宗極楽山西方寺」である。壇ノ浦で破れた平貞能がこの地に逃れ建立したという、よくある平家の落ち武者伝説が残る寺である。仙台市民には子授かり、縁結びの寺として馴染み深い寺である。古い山門(仁王門)の寺の境内にはいつだって参拝客の供えた香の煙が立ちこめる。

この定義如来の外れに温泉があるという話はだいぶ昔から知っていた。だが、地図にも温泉マークが記されてはいるものの、温泉宿の話もそこを訪れたという客の話もついぞ聞いたことがなかった。つげのエッセイの中で、「古くから精神病に効く温泉」とか、つげ自身も「頭が重い」といって泊まらせてもらったという話を読むに及んで、いよいよもって謎は深まるばかりであった。無論、つげのエッセイはもう30年も前の話であるし、温泉宿などはこのご時世、新旧交代が激しいので、とっくの昔に宿を畳んでしまったのであろうと半ばこの温泉の確認は諦めていた。

 しかし、リサーチをするうちにこの温泉が現存することが判明した。だが、行き着いた先は、一般客の受け入れ、宿泊は不可ということである。

 つまり、そこは温泉場というよりも療養施設、いわゆる本当の意味での湯治場である。そもそも温泉とはその歴史的に見ても行楽やお忍び旅行の場所ではなく、奇跡の泉の泉質と効能を人伝に聞いて人々が傷や痛みを癒すために訪れた聖域であった。

湯治場は、決して現代のような病院ではないが、古くから民間の治療場、療養場としての機能を果たして来た訳だ。恐らく現在でも国内に一般客お断りの湯治場がいくつか残されているかもしれない。(正式に「病院」としての名を冠した療養施設(特にリハビリ系)は国内の温泉地にかなりあるが)ほんの20年ほど前までは人里離れた温泉地にはそのような療養目的の湯治場が珍しくなかった。寂れた温泉場などには一般人はほとんど出入りしなかった。治療・療養目的の温泉客か年寄りだけであった。

しかし、ここ十数年の温泉ブームに乗った都会の人々が温泉に押し寄せ、結果そのような民間の治療所は絶滅寸前に追いやられた。

この定義温泉、今でも一般客の入浴・宿泊を受け入れていない。長年の民間療養所であることを守り続けているのだ。しかも、実はここの湯は古くから特に神経系・精神系疾患に効果があるとされ、全国各地からノイローゼ、神経症に苦しむ人々が療養に訪れているという。長期逗留で湯に浸かりながら、文字通りの心の傷を癒そうと努めているのだ。そこは温泉宿の騒がしさとも我々が言う「癒し」とも無縁の世界である。ここは彼らの戦場であるのだ。病気との闘いの場である。

目標全国3000湯制覇!などと浮かれている自称秘境温泉マニアやつげファンのなかには、治療のために藁をもつかむ思いで湯を求めて来た人々が療養するそんな闘いの場にまで無遠慮に足を踏み入れ、何が何でも湯に入ろうとする実にけしからん輩が今でもいるらしい(事実、定義温泉への問い合わせはだいぶあるらしい)。

療養者たちの静かなる、激しい戦場に、手ぬぐい一本で浮かれて裸で浴場に向かう酔客。想像したまえ。それは醜悪以外の何物でもない。傍若無人な温泉キチガイども、これが本当の湯治場の狂人である。

 一度 yahooあたりで「定義温泉」で検索してみてほしいみるのもいいかもしれない。そこに定義温泉に関していくつか書かれたものがある。定義温泉を都市伝説と思っている人、謎の温泉と捉える者、様々である。

なかでもさる温泉好きと思われる方が写した「定義温泉」全景の写真がある。確かに温泉好きにはたまらない風情のある古い建物である。しかし、その建物の中で療養に励んでいる人々のことを思うと、やはり我々はその聖域には足を踏み入れてはいけないのかもしれない。極楽浄土の寺の山奥にひっそりと佇む湯治場。それだけでも胸を締め付けられるような思いに駆られる。だが、そういえば、つげ自身も相当長い間神経症に悩まされていた事実を考えると、実に因縁めいたものを感じさせるに充分な温泉であることは確かだ。そして、つげの世界に通じるような世界。「近くて遠い温泉」。こう表現するのが相応しい温泉である。


蛇足だが、つげのエッセイにも書かれてある通り、斉藤茂太(斉藤茂吉の息子・精神科医)がこの定義温泉の訪問記を書いたり、「気違いの湯 <定義温泉の歴史聞書>」という医学論文(「日本医学史学雑誌」23巻3号=1977年)が書かれたりと、精神病学者の間でもかなり知られた温泉でもある。

 寂れた温泉宿に泊まり夜中に誰もいない湯に浸かっていると、時々僕はあの映画のことを思い出す。そして、目を閉じこう想像してみる。真夜中にひとり暗い浴場に佇み、灯をともした蝋燭を手にゆっくりと広い湯船の縁を歩む。湯煙の中に仄かに揺らめく蝋燭の火。向こうの縁までたどり着けたら、きっとすべてが救われる。そう想像し、祈願する。だが、夢の中ででも、まだ一度も火を消すことなく、広い浴場を歩ききることは出来ないでいる。・・・・・・そして、いまだ現実の世界でも何も救済されていないままである。(OZ)

 (定義温泉)
  泉質:単純泉(37度)
  効能:リウマチ、脳卒中、神経系・精神系疾患
  *上記疾患等治療の長期療養宿泊のみ(完全自炊)
  *一般の入浴及び宿泊不可

http://www002.upp.so-net.ne.jp/harapeko/spa/19_2.html


つげ義春の「枯野の宿」の中に、フトンを勝手に持ち出した主人公に向かって宿屋のおばあさんが、「すんませんですむことかね!」と怒鳴り散らすくだりがありますよね。このシーンのネタもとは、つげ氏が定義温泉で実際に体験した出来事だったと記憶しています。

_________________


ゼンリンの住宅地図にもその存在は記されていながら、その実態がなかなか知られていなかった、定義温泉です。結論から言うと、ここは湯治専門の宿で、特に心の病の方を一般の人は温泉に入ることはおろか泊まることさえできないようです。これこそが秘湯中の真の秘湯、というものでしょうか。

定義如来さんから奥に道を進み、林道をひょいと入った場所にある農家の前に車を止めます。ここから先は進入禁止になっています。そのまま林道を15分ほど歩くと、見えてきました。

宿の入口です。手前のブルは除雪作業用のもののようです。


これが宿の玄関のようです。この風格!、このひなび具合!、温泉ファンにとってははよだれダラダラではないでしょうか。

建物は木造二階建てで、コの字型に配置された建物です。

このように、部屋数も想像以上に多く、かなり立派なつくりをしています。もしこんな宿に泊まれるなら、川のせせらぎを聞きながらしんみりとお湯を楽しみたいところですね。ドンチャン宴会だけはしたくないものです。まぁ、この宿には泊まりたくても泊まることはできないんですが、、、
http://www.dma.aoba.sendai.jp/~tsuda/onsen/miyagi/jougi/


一日のべ十時間の入浴で神経系の病を治す。
一般観光客は利用できない謎の温泉。

問い合わせ先:仙台市宮城地区観光案内所
TEL:022-395-2052

「この温泉は、人間の体温より一度か二度ぐらいしか高くない温度の温泉で、むかしから、気ちがいになった人や、脳病、神経すいじゃくなどの人が、ながい間はいっていると、たいへんききめがあるといわれている。だから、あばれてしかたのない気ちがいの人などは、二日も三日も、飯をくわないで、クサリでつないで、温泉のなかにぶちこんでおく」


ある夫婦が山形へ向かう途中で「定義如来」の看板に興味を持ち立ち寄ることになった。 参拝のあと、妻が「「ここには温泉はないの」と呟いた。

門前のそば屋に入って店のおかみに訪ねる。

3キロほども登った山中に定義温泉があるけれど「一般客は歓迎せんし、予約なしでは温泉に入るだけでも無理だべな」との返事だった。

しかし落胆した様子が気の毒だったのだろう温泉に電話をかけてくれた。

「わざわざ訪ねてくれたって・・・、一泊だけでもなんとか」。

しかし、なんともならなかった。

二人連れの釣り人が車を止めて温泉の玄関に向かったが、二階から和服姿の女性に呼び止められる。

「予約の方しか入れないもので」

「遠方から来たのですが」

「決まりになっておりますので」

くいさがったが、結局ことわられてしまった。との事。やっぱりね。
http://www.geocities.jp/tenkara1234/z/okura-onsenn.htm


文学士・中村古峽の『仙南仙北 温泉游記』(1916 年)の「山中の癲狂院」という章は、

「定義温泉には狂人が澤山入つてゐると聞いて来ただけに、何処となく陰気臭い」

という書き出しではじまっている。しかし「此の陰気臭い定義温泉ほど、僕の創作的気分を誘ったところは外にはなかった」ため仙台にもどるところを、急遽ここに一泊することになったのだという。さらに温泉について次のように説明している。

「入って見ると湯は非常に温い。摂氏三十八度と云ふのだから、然もあらうとは思はれる。

一体此の湯は往昔出羽の国東根村の住人、桶屋何某なるものゝ娘とかゞ、霊夢の神託によつて其の永年の眼病を癒したがために、夙くから眼の湯として世間に知られてゐたのださうが、

何時の頃からか脳病特に精神病に効験あることが評判になつて、定義の気狂湯など呼ばれるやうになり、今では主として頭脳に疾病ある人が集まつて来るやうになつたと云う。

僕考えるに、湯が此の温さでは一旦入ると容易に出る気にならない。従つて浴客はどうしても長湯をする。其れが知らず知らず学理に適つて、(精神病学上、微温湯の持続浴は諸種の興奮性患者に対し、最も確実の効験ある物理的療法と認められてゐる)病気に好い結果を齎すことゝなるに相違ない。」

定義温泉にはどこか人を魅了するものがあるらしい。上記の中村古峽の訪問記のほかに、数々の文献が存在する。

呉秀三・樫田五郎:『精神病者私宅監置ノ実況及ビ其統計的観察』、1918 年.斎藤茂太:『精神科医三代』、中公新書、1971 年.昼田源四郎:「気違いの湯」−定義温泉の歴史聞書.『日本医史学雑誌』(1977), 23(3),370-380. 石井厚:日本精神医学風土記−第 2 部−第 2 回宮城県.『臨床精神医学』(1987), 16(2), 237-243. 7


定義温泉に一軒あるという温泉宿写真:石井厚「日本精神医学風土記−第 2 部−第2 回宮城県」『臨床精神医学』第 16 巻(1987 年)

これらの文献からわかることは、要するに

温泉の起源ははっきりしないこと、

摂氏 36〜38 度くらいの温泉に長時間つかることで効果があるとされていること、

である。とくに、『精神病者私宅監置ノ実況及ビ其統計的観察』のなかの「第四章 民間療方ノ実況」で、中村古峽も述べていた持続浴(Dauerbad)との類似性を挙げて「定義温泉ハ精神病者ノ民間水治療方場トシテ理想ニ近キモノナリ」と称賛されている点が重要であろう。

だが、その後の発展は医学者の願望どおりにはならなかったようである。温泉宿は一軒のみだが現在もなお存続しているらしい。比較的最近の記事には

「客のプライバシーへの配慮からか、見学も撮影もできないと聞いている」(石井)、

「見送りの主人、(中略)『山のことで静かなことは静かですが、なるべく人を寄せつけんようにしておりまして』」(入山)、

「所有者の人間不信から、昔の資料は一応所蔵しているものの、誰にも見せない、見学も一切お断りとのこと」(小俣)

などとあり、定義温泉の不思議な魅力は増すばかりである。

要するに、この定義温泉に限っていえば、先述の滝治療と違って医学者の評価はかなり高かった。その理由は精神医学の学理(持続浴)に合致するというものだが、この論理は岩倉の宿屋・保養所が家庭的看護の日本的な形として評価されていたことと符合する。
http://www.aichi-pu.ac.jp/lit/person/aha/SHF-Dentouchiryo.pdf


2014年 09月 08日 定義温泉
http://hayashion.exblog.jp/23341237

かなり前から気になっていた温泉。
どんな地図にも載っているのに情報が少ない。
とはいえ、やはり気になっている方は多いようで、ネットでの訪問記録も多くなってきた。

一応、5年前も入り口だけは確認していた。車両通行止めという表示があったので、行くのをためらっていたが、ナビで確認すると入り口から 1km程度だったので、行ってみることに。


http://hayashion.exblog.jp/iv/detail/index.asp?s=23341237&i=201409/08/55/b0167255_10333561.jpg


昔は民家だったろう、大倉地区連絡所?に駐車。

砂利道を進んでいく。電柱があるということは、この先に人家があることを予期させる。
登って下ると、渓流から水の流れる音、なんとも秘湯がありそうな期待感を持たせる風景。


http://hayashion.exblog.jp/iv/detail/index.asp?s=23341237&i=201409/08/55/b0167255_10335534.jpg


んんん?建物らしきものが見えてくる。10分ちょい歩いたかな。


http://hayashion.exblog.jp/iv/detail/index.asp?s=23341237&i=201409/08/55/b0167255_10341425.jpg

これか!定義温泉!!!ついにご対面。


http://hayashion.exblog.jp/iv/detail/index.asp?s=23341237&i=201409/08/55/b0167255_1034298.jpg


雪かき用と思われる小型ホィールローダー、軽トラがあるということは、住まれている方がいるのかな?

ちょっと散策したが、建物は損傷し、傷みが激しい。空いている
箇所から中を拝見したが、荒れ放題。


http://hayashion.exblog.jp/iv/detail/index.asp?s=23341237&i=201409/08/55/b0167255_1034501.jpg
http://hayashion.exblog.jp/iv/detail/index.asp?s=23341237&i=201409/08/55/b0167255_1035583.jpg
http://hayashion.exblog.jp/iv/detail/index.asp?s=23341237&i=201409/08/55/b0167255_10351916.jpg
http://hayashion.exblog.jp/iv/detail/index.asp?s=23341237&i=201409/08/55/b0167255_10353537.jpg

玄関付近まで行ってみると、中からテレビの音のようなのが聞こえた。

窓には薄いビニールで補修した跡が多数。
こんなんで冬場、しのげるの?って感じ。

人が住んでいると決定づけたのが、電気メーターが回っていたこと。
日中だからか、宿泊客の気配はしなかったな〜

あまり人を寄せ付けないオーラがあったので、足早に去る。

帰宅してから調べたら、震災による被害で営業を見合わせているらしい。

復旧の目処は立っていない感じ。

また、ここは精神疾患のある方が長期療養を目的に来られるようで、一般客の宿泊はできないとか。
ま、ここなら完全に隔離できるからそれも納得できる。

唯一、1969年につげ義春という漫画家?が、泊まる場所がなくてどうにかこうにか宿泊できたというのが、聞く限りでは唯一の宿泊体験な話。

謎はまだまだあるけど、建物を確認できて、今までのもやもやが晴れた。
次は、十里平奥にある、定義森林軌道でも探索してみようかな。
http://hayashion.exblog.jp/23341237


36. 中川隆[4669] koaQ7Jey 2016年10月26日 15:16:30 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5081]

精神病患者を隔離する座敷牢


昔は発病した子供を精神病院に受診させず、自宅に部屋をつくって閉じ込め、長期間、食事だけ与えるくらいの扱いしていた家族が実際にあった。

病名はほとんどが統合失調症だったと思われる。

そんな風な部屋は「座敷牢」と言われた。この座敷牢に入れられていた患者さんは、現在、うちの病院のように小さな病院でも2名いる。たぶん、現在のどこの精神病院でも、数名は生存されていると思うのである。

座敷牢で数年生活していた人は、必ずと言ってよいほど、かなり荒廃している。

人によっては会話ができないくらいで、話しができたとしても、連合障害が酷くてまとまった会話にならないことの方が多い。ずっと保護室で暮らしていた人もいる。

座敷牢と保護室は変わりがないじゃんと思うかもしれないが、僕に言わせると天と地の差がある。保護室では、普通に食事が食べられるし、入浴、洗面もできるからだ。精神症状によれば読書やパソコンもできる。


興奮が酷いケースでは、当然、過酷といっていいほどの大量の精神病薬が入っている。

現在、もう70歳くらいになる女性患者がおられるのだが、14歳頃から30歳まで、床下に入れられていたらしい。食事もおにぎりが1つずつとか、そんな感じであったらしく、今でも背丈なども相当に小さい。よく言えば小柄なのだが、つまりは慢性的な栄養失調だったのであろう。

僕はこの人を約2年ほどしか受け持っていないのだが、当時、セレネースが40mgくらい入っていて、他のフェノチアジンも併用されていて、どのようにやっても寛解しないような感じだった。僕が持った後、ジプレキサやセロクエルをあわせて処方したり、いろいろ手を尽くしたが非常に難しいと思った。

これは2003年1月の処方である。
セレネース  30mg
セロクエル  600mg
トロペロン   3mg
アキネトン   3mg
ヒベルナ   100mg

2004年1月の処方は下のような感じだった。
クレミン     100mg
リントン      9mg
リスパダール  12mg
ヒベルナ     75mg
アキネトン    3mg

まぁこれがベストかどうかわからないのだけど、これでも悪いときはセレネース液経口やトロペロンの静注をしていたのである。不思議なことに、この処方でもEPSは全然なかった。この程度の処方が長かったこともあるかもしれない。あるいは、かなり多い量なのでEPSさえ押さえ込んでいたのだと思われる。

この患者さんの処遇し辛いところは、悪くなると、寝ている人の首を絞めたりすることであった。だからと言って、ずっと保護室住まいにするのはむごすぎるので、僕はこんな処方で大部屋で様子をみていたのである。

最初、床下から救出された?時は、垢にまみれており、顔の中央だけ赤いような感じで、まさに動物に育てられた子供のようであったらしい。当然、ずっと入浴もしていない。

最初入院した時は非常に精神状態が悪く保護室に入れていても、すぐに便いじりをして全身便だらけになってしまうとか、自分の肛門から出てきた回虫を拾って食べたりと、どうしようもない状態だった様子が詳しくカルテに記載されている。ちゃんと落ち着いて食事をするとか、洗面をするとか、生理の始末とか、そういうのが全然できなかったのである。

カルテの生活歴をみると、中学校時代はなんとバレーボールの選手だったらしい。これにはちょっと唖然としたというか、それを通り越した驚きだった。

なぜこんなことになったかというと、貧しくて治療費がなかったので仕方なく家族がそのようにしたのであった。昭和30年代後半から40年前半頃は、まだ日本は保険制度がまだ整備されていなかった。生活保護も制度も予算が少なく皆に行き渡らなかったのであろう。

これは今なら犯罪に等しいが、当時は社会の余裕もなく、そのような家族の処遇もとりわけ咎められなかったのである。こういう患者さんをみると、薬物治療に限らず、作業療法、生活指導、レクレーション、デイケアなどのリハビリテーションがいかに重要かがわかる。

日本の精神病院の老人患者さんにはそのような人がまだいるのである。
http://ameblo.jp/kyupin/entry-10025431136.html


奈良 月ヶ瀬村 女子中学生殺人事件 ログ速@2ちゃんねる(net)


660:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/17(土) 00:41:27 ID:???

この被害者宅には「座敷牢」があったって話だけどw
家族にそういう人がいて、それを閉じ込めるためのものね

253 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/24(火) 22:22:10 ID:nC9t4TrN

殺された娘の家からは檻が出てきたな。

殺された娘の兄というのが精薄でずっと檻に閉じ込められて生きていたと言うんだな、それが発覚するのを恐れて殺された娘の家が捜査に非協力的だったので逮捕が遅れてそのうちに事件が(意図的に?)報道陣にリークされてTVが丘崎の家に押し寄せたというのが真相。

ここまでは報道関係者なら誰でも知っている。
俺も当時現場行ってたからわかる。

ダム工事のあとにあの村に住み着いた朝鮮人は丘崎の家だけではなくて他にも数軒あったらしいのよ、家も残っていたから結構最近まで住んでいたらしいんだけど、どこに消えたのか誰も言わないのよ。

丘崎の親父が「みんな殺されてしもうた」みたいなことを言っていたけど誰も追及しないでうやむやになってしまったな。

その家族がどこに消えたのかはわからないのだけど、失踪したのは親だけで遺棄された子供は村の家のゴミ箱を漁ったり、ネズミみたいなもんを焼いて喰ってたりしてしばらく村にいたらしい。


これ昭和60年代の話だよ。

戸籍も無い奴隷みたいなのが、あの村にはまだいるんじゃないかって話もあった。
昭和30年代までは農奴というのは東北とかにいたらしいねえ。

579 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/11/04(木) 20:52:50 ID:???

昔は奇形が生まれたら、産婆さんか母親が処理(間引き)してたそうだね。
知的障害児は三歳ぐらいにならないと判明しないから、そういう子は倉や座敷牢に閉じ込めたり、崖から突き落としたりしてた。
http://logsoku.com/thread/toki.2ch.net/archives/1262165480/


37. 中川隆[4677] koaQ7Jey 2016年10月27日 06:22:17 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5089]

461 : ◆arPoYs0ON. :2005/09/24(土) 20:24:39

京都伏見区のとある地域は異常に同姓の多い地域が有ります。
80代の方に伺ってみた。

「夜這いってあったんですかね、○○さん」

「さーねー。ははは」

とはぐらかされてしまいました。ますます興味が湧いてくる!

466 : ◆arPoYs0ON. :2005/09/25(日) 09:39:50

その地域の人は本当に障害を持つ親族の家庭がおおく、座敷牢の存在を認める方もいらっしゃいます。なのでどうしても色々な想像をしてしまいます。

516 :天之御名無主:2006/10/19(木) 19:45:29

10年くらい前、母方の祖父の家にいったはずが、離婚したはずの祖母と同じ苗字の家に世話になっていた。よくわからず母に聞いたところ、代々2つの家系で婚姻しているとのこと。

本家には座敷牢があって精薄で生まれた子などはそこで暮らしていたらしい。
(その数年前の台風で流されて今はもうないです)

その時会った従姉妹?は高校生なのに親戚との婚姻が決まっていて、本人はおかしいともなんとも思っていない様子でびっくりしたけど何も言えなかった。
多分兄弟でとかはないと思うけど十分疑問。
http://desktop2ch.tv/min/993305147/
http://hentai4u.blog12.fc2.com/blog-entry-86.html

『座敷牢』


385 :本当にあった怖い名無し:2009/09/16(水) 01:12:36 ID:bquAUI+a0

あー うちのばあちゃんの実家にも座敷牢あったな。

ばあちゃんちは地方の庄屋かなんかで、怖くなるくらいデカい屋敷に代々住んでた。
庭もすげー広大な日本庭園だったんだけど、

ある日遊びに行ったら、えらいキレイな顔して白い着物?浴衣?着た男の子が、一人でぽつんと佇んでた。

自分小さかったから、ばあちゃんに「あれ誰?」って聞いたら、適当にかわされた。

後年、母親にその体験を語ったら、

「あれはちゃんと育たなくて座敷牢にいる人」

と言われた。

だいたい一代とばしでそんな風なのが生まれるから、座敷牢が必要らしい。(今でも)

391 :本当にあった怖い名無し:2009/09/18(金) 13:50:29 ID:+0bzKi2X0

生まれた時点では正常とみなしたんだから、出生届け出してるはずで、
小学校への就学年齢になっても入学させてなかったら、役所から人がくるだろ
ありえん


392 :本当にあった怖い名無し:2009/09/18(金) 16:50:24 ID:nhgs6Eu30
>>391
ありえない前提が『出生届け出してるはず』なのは弱くないか。
出生届も出さずに、戸籍を持たない子供も増えてるのに。


393 :本当にあった怖い名無し:2009/09/18(金) 17:52:41 ID:+0bzKi2X0
>>392
これまた特殊な例を出してくるんだなw
都市部の無計画子作りなDQN貧民や不法滞在の外国人の話をしてんじゃねえぞ
古くから土地に根付いていて広い敷地にデカい屋敷を構えてるような家の子供の話してんだよ
場合によっては跡取りだ
そんな家の子供が出生届を出さん理由って、一体なんだよ?
教えろや

394 :本当にあった怖い名無し:2009/09/18(金) 18:41:36 ID:nhgs6Eu30
>>393
何故そこまでお前は喧嘩腰なのかと。

そういう存在が生まれる可能性が高いなら、適当に保留するのもあり得ない話じゃないし、
古くから土地に根付いてるなら、役所の人間より偉い(その土地の中で)ことだってあり得るわけで。
出してるかどうかすら定かでないのに、「出生届出してるはず」って前提は弱いだろ。


395 :本当にあった怖い名無し:2009/09/18(金) 19:36:56 ID:FgAaf8DQ0

昭和も初期の頃は、「そろそろ就学年齢だから、役場に出生届を出すか」って、東京でもあったらしい。
当然、場合によっては±1年の誤差が出ることもある。
ソース@婆ちゃんの実家


396 :本当にあった怖い名無し:2009/09/18(金) 20:51:11 ID:+0bzKi2X0
>>394
なるほどそういう話か
それはすまん。わしが悪かった


397 :385:2009/09/18(金) 23:00:40 ID:Y7sBYqiY0

ありゃりゃ…紛らわしい話ふっちゃってスマソ

ばーちゃんの家は、確かに「古くから土地に根付いていて、広い敷地にデカい屋敷を構えてるような家」だよ。

国会議員や元警視総監(!)あたりもヘコヘコ挨拶にくるし、
昭和天皇が通りすがりに「日本庭園見せてくれ」って立ち寄ったり、
死人が出れば新聞に載ってエラい騒ぎになるような家柄。

ヤバい子が生まれた場合も、さすがに出生届けは出してるだろうね。(昔はわからないけど)

けど就学年齢になっても、役所も家も多分スルーだと思う。
書類上は一応入学したことにしといて、ずっと病欠→卒業とか…かな?
自分と同世代で座敷牢に入ってる人はいないから、詳しくは分からない。

ちなみに、自分が昔遭遇した美少年は、とっくに亡くなってるとのこと。合掌

398 :本当にあった怖い名無し:2009/09/19(土) 00:18:06 ID:wiP7I0xM0

なんか池沼の他にも、スケキヨとか真珠朗とか、その家にはいそうだなと思った。


402 :397:2009/09/19(土) 15:46:00 ID:N9WZrU60O

あー確かに…リアル犬神家みたいな屋敷だよ。
ひたすらデカくて暗くて座敷牢がある家。

乱歩的なモダンさがあれば、もう少し怖くなくなるんだけどねえw
しかし、なんで一代おきにヤバい子が生まれてくるのかなぁ 不思議

コメント


[ 7515 ] NO TITLE
>けど就学年齢になっても、役所も家も多分スルーだと思う。
>書類上は一応入学したことにしといて、ずっと病欠→卒業とか…かな?

リアルにありそうなところがなんとも不気味


[ 7642 ] NO TITLE
出生届けは出したが、あとになって障害者とわかったから懇意にしてる医師に頼んでニセの死亡届けを出して戸籍抹消とかだと思う。

そんだけでかい家で議員や警察のお偉いさんも来るぐらいだし、一代飛ばしくらいでそういうのが出てくるのが確定してるなら役所や警察も昔から「暗黙の了解」として詮索はせずにニセとわかっていても死亡届けを処理しているだろうしな。

[ 18272 ]
>なんで一代おきにヤバい子が生まれてくるのかなぁ

デカイ家ってのは、古い歴史の中でそれなりに後ろ暗いこともしてきてんだよ。
家系を維持するために因果応報

金持ちだから座敷牢で生かしておけるってのもあるだろう
貧しい農民の家ならすぐに口減らしされると思われる


[ 20627 ] NO TITLE
血が濃いのかね?

[ 26929 ]
座敷わらしの由来みたいなことがあったんじゃないかな。

家を立派にする為に子供を閉じ込めてさ…扱いは酷かったらしい。

美少年って言ってたからたぶんそっち系の慰みものにもなってたんじゃ?と恐ろしいことを想像した。

[ 32237 ] NO TITLE
>20627
ありうるね
遺伝子異常なのか、何か家系的な呪いなのか、まあ偶然ではないやろう、なんらかはある。


[ 46533 ] NO TITLE
ちゃんと育たなくてというなら知的か身体障害か。遺伝的な疾患もあるからね。
でも天皇家もそうだけど今後は障害がある子が生まれてもぜひオープンにしてほしい。
そして一緒に戦っているというのを国民や周りの人にぜひ見せて欲しいんだ。


[ 51152 ] NO TITLE
出生届はこんな一例もあるぞ…
http://www.kitimama-matome.net/archives/2166507.html

あと無戸籍に関してのドラマも放送されたしな
平成の世でこれなんだから、昭和なんてもっと酷い例があったとしても驚かない

[ 55536 ]
1974年?位までは座敷牢が合法だったんじゃなかったっけ
自宅監護っていってさ。
精神病院に入院させるか選べるの。


[ 55566 ] NO TITLE
>53702
昔はご近所というか集落ぐるみでやってた可能性もあるで
一家族だけじゃなくてさ

[ 57616 ]
昔から病気を理由に学校に通えない子供はいるだろうから自宅療養のため家庭教師つけて学校には行きませんで済んだんじゃないの。

地元でもかなりの名士だったなら役場も学校も事情知ってただろうし。

昭和40年代生まれだけど小学校の6年間一度も学校に来なかった同級生がいたよ。
なんか難しい病気で通学出来ないから学校に籍だけ置いてて定期的に担任の先生や
校長が様子を見に行ってたらしい。

卒業時に名前があったけど誰もその子の事を知らなかったし見た子もいなかった。
田舎で地域の子供全員が幼馴染みたいな環境だったんだけどね。
戸籍があっても色々な事情で世間には知られずに暮らしている人間って結構いるよ。
http://nazolog.com/blog-entry-4036.html

すごい。大正期のキチガイ座敷牢の実態調査を現代語で

呉秀三・樫田五郎 精神病者私宅監置の実況
http://www.amazon.co.jp/%E3%80%90%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E8%AA%9E%E8%A8%B3%E3%80%91%E5%91%89%E7%A7%80%E4%B8%89%E3%83%BB%E6%A8%AB%E7%94%B0%E4%BA%94%E9%83%8E-%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E7%97%85%E8%80%85%E7%A7%81%E5%AE%85%E7%9B%A3%E7%BD%AE%E3%81%AE%E5%AE%9F%E6%B3%81-%E9%87%91%E5%B7%9D-%E8%8B%B1%E9%9B%84/dp/4260016644


90年前の大正時代にはすでに精神病者に対応するための法制度もある程度はあったし、精神病院なんてものもあったわけだが、むろんみんながそこに入れたわけではなく、相当部分の精神病者――ボケ老人もかなりいるが、25-40歳くらいが大半――は家族が座敷牢を作ってそこにぶちこむしかなかった。

その実態を調査したもの。著者の呉秀三は東京帝国大学の医学部の先生。
精神病で呉というと、どうしてもドグラマグラを連想してしまうんだけれど、そういう関係はどうもないみたい。


あちこち農村に分け入ってはその実態を淡々と書いており、その収容されている座敷牢の平面図、患者の状況その他がひたすら記録されている。その家族や村の経済状況、症状、病歴その他きちんと描かれている。全部で300件弱、地域も全国津々浦々。

もちろん、どれも悲惨ではあるけれど、その悲惨にも差がある。ほとんど人間の状態をとどめない者もあれば、コミュニティの助け合いの中にいる人々もいる。

座敷牢の広さは、いちばん多いのが一坪半*1、つまり三畳ほどだけれど、もうピンキリ。読んでいて悲しいものは悲しい。はだかで床に転がされている患者の粗い写真とか、患者が板戸を叩いて近所迷惑なので、内向きに釘をたくさん打って叩けないようにするとか……


とはいえ、結構みんな最低限の面倒は見ていたようで、本当にひどいのはそんなになかった、とのこと(統計的な分析もある)。でもそれも実に様々。さらに私宅監置って、勝手に座敷牢をこしらえてぶちこむもんだと思っていたら、ちがう! 

私宅監置の届け出をして、図面その他を警察に出して許可をもらって監禁する。暴力的とか、それなりに監禁を正当化する理由は必要だ。社会としての精神病に対する対応として公的に認可されていたものなんだね。これを見て、国家権力が弱者の弾圧を社会的に促進し、と拳をふりあげたがる人もいるだろうけれど、当時の医療や経済水準から考えて、これが可能だった精一杯の水準だったんだろうとは思う。

そしてまた、精神病者を治療すると称するお寺や神社や行者なんかが跋扈していて、そういうのも調査している。これまたここに書き切れないくらいおもしろい。いろんなものの黒焼きが珍重されていたとか(実はうちから少し上野のほうにいくと、黒焼き屋がいまもあるんだよね)。


原著者はこれを受けて、いまの座敷牢は監禁だけしかしない、だから廃止して、病院で引き取って治療も受けられるようにすべきだ、と強く主張している。でも当時、実際に何をしてあげられたのか考えてしまう面はある。
http://d.hatena.ne.jp/wlj-Friday/20121017/1350481846

『豪農の屋敷の開かずの間』


39 :1/7:2006/07/12(水) 22:45:33 ID:J0yDoNbP0

小二の頃のガチ体験。

俺の母親の実家ってのは、いわゆる田舎に古くからある豪農の家系ってやつで、
まあ地方だからってのもあるけど、敷地も広くて屋敷も大きかったし、蔵なんかもあった。
中学に上がるまでは毎年夏休みになると、十日くらい泊まりに行ったもんだった。

俺みたいな都会から来た青白いガキは、地元の子供達とは打ち解けられなかったんで、もっぱら同い年の従兄弟(母の兄の子)と、2人っきりで遊ぶ毎日だった。
こいつもまあ、金持ちのボンボン扱いwされてたんで、普通に友達いなかったし。
とりあえず家の敷地がめちゃくちゃ広かったんで、その中で遊んでても充分だった。


ある日の午後、俺達は昼間でもいくらか涼しい蔵の中で遊んでいた。

蔵は2階建てなのだが、1階の半分だけが座敷になっていて、1階奥と2階は物置状態。
何をして遊んでたのかも覚えてないが、いつしか床の間の脇にある押入れに入っていた。

そうこうしている内に俺達は、押入れの一番奥の床板が外れる事に気が付く。
外して下を見ると、大人ならちょっと入れなそうな狭い通路みたいになっていた。
まだ体が小さかった俺達は興味に突き動かされ、そこに入ってみる事にした。

通路は3mほどで行き止まりになった。(網が張られていてそこから通れない状態)
向こう側から風を感じたので、おそらく蔵の縁の下辺りに通じているのだろうと思った。

もう戻ろうか・・・と思った時、その通路の床がさらに外れる事に気が付いた。
すぐに床板を外して下を眺めると、今度は思いのほか広い空間がそこに横たわっていた。

持ってきた懐中電灯で照らしてみると、意外にもちゃんとした“部屋”のような感じ。
真っ暗というわけでなく、部屋の隅の方から弱い(外の)明かりが漏れているようだった。
都合が良く、俺達がいる場所のすぐ下に箪笥があったので、足場にして下へ降りてみた。


下に降りて部屋全体を眺め回してみると、そこは6畳くらいの殺風景な部屋だった。
箪笥(足場にした)が1つ、文机のような物が1つ、あとは何枚か座布団が積んであるだけ。
カビとほこりのニオイが結構きつかったが、そんなに汚い場所ではなかった。
意外な場所を発見した俺達は興奮して、部屋のそこかしこを調べて回った。

先ほど感じた“弱い光”は、一方の壁の上方に4つ並んだ小さな“通気孔”だった。
やはり網が貼られていたので奥は見えなかったが、これも縁の下に通じている感じがした。
反対側の壁には小さな襖みたいな戸があり、ここをくぐって部屋の外へ出れた。
(↑茶室?とかにあるような、ちゃんと立った状態では出入りができないような襖)

そこを出てみるといきなり細い階段があって、登ってみたが上で塞がれていた。
後で考えると、その階段の先は、蔵奥の物置になってる場所のどこかに通じてそうだった。
仕方ないので俺達は部屋に戻り、今度は箪笥の中とかを物色し始めた。
中身は衣類、食器類、紙で作ったおもちゃ?などがごちゃごちゃに詰め込まれていた。
特に目ぼしい物は発見できなかったので、次は文机の方を調べてみる事になった。


文机は横に2段の引き出しがついていた。上の引き出しには文房具などが入っていた。
下の引き出しは、立て付けが悪いのか最初開かなかったが、無理に引っ張ったら開いた。
中にはノート(というか紙を糸でしばってノート状にした物)が何冊か入っていた。
どうやら日記っぽかったが、小二の俺達には難しい漢字があり、ほとんど読み砕けなかった。
仕方なくペラペラとめくっていると、何枚かの写真がはさまっているページがあった。
サイズが一定していない古い白黒写真で、最初の1枚だけが大きいサイズだった。
大きい物は集合写真のようで、立派なヒゲを生やした紋付袴の男と数人の男女が写っていた。

ヒゲの男は見覚えがある。若いが、仏間に飾ってある写真の人だ。(俺の曽祖父に当たる)
隣は奥さん(曾祖母)らしき女性。前には2人の少女。他、小作人らしき者が周りを固める。

「この女の子ってさ、ばあちゃんじゃない?」

従兄弟がそう言う前に、俺もそう思っていた。
当時はまだ生きていた俺の祖母。写真は少女ではあるが、確かに面影はある感じだった。

が、不思議な事が1つ。写真には、その少女と瓜二つの少女がもう1人写っている。

「ばあちゃんて双子だっけ?」

だが俺達はそんな事より、残りの写真の方に興味が移っていた。


次の写真は、少女が女学生になった頃の物のようだ。だが、ここでは2人写っていない。
というか、これ以降の写真にもこの女性は写っているのだが、全部1人のみになっていた。
文金高島田の結婚写真、赤ちゃん(おそらく叔父=従兄弟の親父だろう)を抱えた写真。
写真をめくる度に老けて行き、その女性は俺達が知っている祖母の顔に近くなっていった。

特に見る物もなくなってしまった俺達は、その部屋で寝転がって話をしてしばらく過ごした。

“俺達しか知らない部屋”というシチュエーションに魅了されてしまい、全く怖くなかった。

「これからここを秘密基地にしよう」などと子供らしい発想でケリをつけ、部屋を後にした。

その夏、屋敷にいる間、ちょくちょくこの部屋に潜り込んで、遊んだりお菓子を食ったりした。
俺は帰る時まで、いや帰った後もずっと・・・誰にもこの部屋の事を口外しなかった。
子供の意識として、秘密基地というのは“そういうもんだ”と考えていたからだ。

そして1年後の夏、いつものように俺はまたその屋敷にお邪魔する事になる。


従兄弟は(もちろん他の家族もだが)去年と変わらず、喜んで俺の到着を迎えてくれた。
さてこの夏も2人でいろいろ遊びまくろうと、お互いわくわくしていたと思う。

「なぁ、明日はまず“秘密基地”へ行こう」

俺がそう耳打ちした瞬間、顔色が変わる従兄弟。

「そんなのいいよ、カブトムシ採りに行こう」

いきなり従兄弟にフラれ、俺はガッカリした。
が、わざわざ議論する事でもなく、その日は疲れていたのですぐに寝た。

翌日からは俺がいくら誘っても、従兄弟は何かにと理由をつけてはぐらかす状態が続いた。
頭に来た俺はとうとう詰問してしまった。すると従兄弟はバツが悪そうにこう言った。

「ばあちゃんに・・・あそこには行っちゃダメだって怒られたんだよぅ」

俺はその時、従兄弟が秘密基地の事を他人に口外した件についてのみ腹を立ててしまい、どうして祖母がそんな事を言ったのかについては何も訊ねなかったし、考えもしなかった。

その夏、結局あの部屋を訪れる事はなかった。(というかそれ以降も行った事はない)
1度だけこっそり忍び込もうと思ったが、押入れに大きな箱が入っていて中に入れなかった。
が、子供だったせいもあって・・・そんな事は俺の記憶から次第に薄れていってしまった。


中三の春、祖母が死んだ。その葬式の時、なぜか急にあの部屋での出来事を思い出した。
従兄弟はすごく落ち込んで聞き辛かったので、代わりに俺の母(祖母の実娘)に訊ねてみた。

「ばあちゃんってさ、双子だった?」

もちろん、あの部屋で見た写真について聞いたつもりだ。
母は全くそんな話聞いた事がないようで、何言ってんのアンタ的な表情しか見せなかった。
叔父にも他の親族達にも訊ねてみたが、反応はやはり似たような物だった。
誰に聞いても、祖母は“1人娘で婿取り”という存在で通っている。だが俺は信じられなかった。

成長してわかった事だが、あの部屋はおそらく“座敷牢”的な部屋だったのだろうと思う。
写真にあった、若かりし頃の祖母に瓜二つの少女。あの部屋にいたのは彼女ではないのか?
確かに、戦後にそんな三文小説のような、非人道的な事があったとは考えにくいのだが・・・。

大人になるにつれ、あの家にも足が遠のき、従兄弟ともいくらか疎遠になってしまっている。
もちろん座敷牢云々は俺の想像でしかない話だが、確かに“あの部屋”はあったはずだ。
たった1度だけ訪れたというわけではない。小二の夏、2人で何度あの部屋に入った事か。
それなのに、従兄弟は今ではこう言う。

「子供の時の事だし、全然覚えてないんだよな〜」

さらには、翌年の夏に俺が部屋について詰問した事すら覚えてないという。
彼の記憶は、“あの部屋に関する事”だけ綺麗に消えている(もしくはそう見せたい?)のだ。

いまだに俺は何かモヤモヤした物を感じているのだが、どうにもこれ以上聞き出せない。
そしてすでに蔵は取り壊され、あの部屋や写真の女性についての真相を探る術もなくなった。


[ 31731 ] NO TITLE

歴史のあるでかい家には、こういう部屋が付きものだと思う。

ゲームの零シリーズみたいにさ、あれほど脚色されてはいないと思うけど。
古今東西、お偉い立場上、見つかっちゃヤバイ子とか、宗教で生活を縛られてた時代には、ある種の病気は、前世で何か悪いことをした罰のためにかかる“業病”として認識されてて、その病にかかると周囲に穢れを撒くからと忌み嫌われた。

でも、だからと言って殺すなんて畜生みたいなこと、できるわけがない。
お偉い家名に傷が付く、だから生かしたまま閉じ込める。死ぬまでずっと。

流石に、もうこんな部屋いらん、取り壊せ埋めてしまえって、潰してある場合は多々あると思うけど、工事代もバカにならんからね…かん口令敷いて、入り口完全封印するのが一番簡単で手っ取り早いから、まだ残ってるとこもあるだろうな。
[ 2012/06/23 ] NO NAME ◆-


生きてりゃ80過ぎる母が昔、

「昔は双子が生まれると畜生腹と言われて忌み嫌われたもんだ」

って話してたのを思い出す
[ 2012/07/15 ] NO NAME ◆-
http://nazolog.com/blog-entry-3746.html

精神疾患という概念が出来るまで昔から精神病の患者さんは色々迫害されてきました。

特に中世ヨーロッパでは「魔女狩り」と称し300年で15万人の患者さんが虐殺されたんですよね。これはドミニク修道院のある修道僧が出した、「魔女の木槌」という魔女の見分け方マニュアルが原因で、例えば幻覚妄想がある女性、過呼吸発作や意識消失がある女性などを片っ端から宗教裁判にかけたんです。「宗教裁判」といっても「裁判」とは形だけで、要は神父さんが気に入らなければ皆有罪で処刑になったんです。(あのガリレオも地動説で宗教裁判にかけられ有罪になりました。有罪になった時の「それでも、地球は回っている」は彼の名言として残っています。)

 

 日本ではそのような虐殺の歴史は無いのですが、精神障害のある子供が生まれると、恥ずかしいからと座敷牢に隔離していた歴史があります。実際に

「精神病患者を外に出してはいけない」

という法律があり(精神病者監護法)、私宅監禁を国が推奨していた時代もあるんです。その後、ピレルの「鉄鎖からの解放」と呉秀三が「クレペリンの精神医学体系」を出すまでは全く病気という認識はされていなかったんです。


 今回はこの座敷牢に近い状態で、隔離されていた悲惨な患者さんのお話です。

 患者さんは20歳台後半の男性で、精神的におかしいからという理由で、子供の頃からずっと家の中で隔離され、病院にも行かず、ほとんど外に出たことはありませんでした。

今回は食事を取らず苦しそうで様子がおかしいと姉に連れられ来院しました。彼自身はほとんど会話出来なかったんです。

 初めて会った時には、かなり不潔で奇妙な風貌でした。

服装は粗雑で汗と排泄物の臭いがし、伸びきった髭と長髪に女性用のカーラーをたくさん巻いていました。ほとんど風呂にも入ったことがない様子でパッ見は本当に路上生活者のようでした。

男性なのに髪にカーラーを巻いているのが非常に奇妙であり、同時に彼の精神状態が普通でないことが一目でわかる風貌だったんです。


 呼吸困難を訴えており色々検査をしましたが特に嫌がる様子も無く、非常に苦しそうな表情だったのを憶えています。 入院後胸部レントゲンを見てびっくりしました。両肺に大量の水が、肺がほとんどレントゲンで写らないくらい溜まっていたんです。それで息が出来ず呼吸困難になっていたんですね。

 精神科的には統合失調症か知的障害で姉の話では、恐らく10歳くらいの発症です。引きこもりから始まり、ずっと訳のわからないことを言っていましたが、近所の目もあるからと病院には連れて行かず、姉の身を案じ家に彼用の隔離室を作り食事だけ与えていたそうです。他人とコミュニケーションが取れず、今回も自分で苦しいと言えなかったんでしょう。

 とにかく入院させ酸素を投与し、胸水の検査の結果を待ちました。たまたま入院した夜に僕は当直で、彼を見にいきましたが、苦しくて横になれず、全く眠ることも出来ないんですよ。会話できませんが、治療に抵抗することなく、何とか僕たちが助けようとしているのは解ってもらえたみたいでした。結局ベッドのテーブルに枕を置いて一晩を苦しそうに過ごしました。その夜は彼が不憫で心配で頻回に診に行ったのを覚えております。


 その時には、よくここまで放っておけたなと、家族に対し強い怒りを覚えるのと同時に非常に悲しくなりました。家族としては姉の身を案じてのことで、昔からの慣習だったのかもしれません。家族のせいだけではないのだと思います。逆に考えれば、よくぞ今回病院に連れてきてくれたのだと思いますよ。

 胸水の検査の結果、診断は癌性胸膜炎と悪性リンパ腫という血液の癌でした。胸水をカテーテルで少しずつ除去することで呼吸不全は改善したんです。

 統合失調症の方も、抗精神病薬を投与し、多少のコミュニケーションは取れるようになったんです。きちんとした会話は出来ませんでしたけど、身振り手振りで解りました。悪性リンパ腫については化学療法で完治する可能性もあるため血液専門の科のある大学病院に転院となったんです。

 あと2、3日病院に連れてくるのが遅かったら、隔離されたまま、息が出来ず一人死んでいたんでしょう。幼少時から隔離され、外にも出れずに、苦しくても苦しいと言えずに死んでいくなんて、彼は何のために生まれてきたんでしょう?

きちんと治療さえ出来れば良くなるのに・・・精神症状でコミュニケーションが取れないいうことは非常に恐ろしく悲しいことだと痛感いたしました。

 転院後患者さんはどうなったのかわかりませんが、おそらく、化学療法でリンパ腫は良くなったと思われます。精神症状についても薬物の反応は悪くなかったので、再び隔離されているということはないと思います。


 しかしながら、彼の未来を考えると、薬で統合失調症が良くなっても、この20年以上隔離されていたことで他人とのコミュニケーションや社会性というものは全く身についておりません。そのことで彼はこれからもずっと苦労することになるでしょう。再び引き篭もる選択をするのかもしれません。失った時間を取り戻すのは大変なんですね。でも、これから彼の人生は始まるのですから、今回このように病気になって外に出られたことは、良かったのかもしれません。

 私宅監禁、座敷牢、というのは地方の部落などでは、未だに認めることがあるそうです。

恐らく彼のような悲惨なケースが昔から日本には沢山あったんでしょうね。

逆に考えると、今回の彼は身体的な病気があったおかげで、家族が気づき外の世界に出られた訳ですが、もし身体的な病気がなかったら、一生隔離部屋から出ることはなかったのかも・・・老人になって、体を壊すまで・・・・

 日本では精神病というと、どうしても恥ずかしいという偏見が強いみたいですね。一族の恥だみたいな・・

昔海外の精神科医の講義を聞いたことがあるんですが、アメリカなどでは精神科に偏見が無く、逆に精神科にかかっていると言うと周囲の人が変に思うどころか「この人は大丈夫だ」と安心するそうですよ。日本と比べると全く逆ですよね。精神医学的に日本はアメリカより10年は遅れているんです。治療薬や精神科医の技量もですけどね。


 今回のような可哀相なケースを無くすためにも、日本人の精神病に対しての偏見が、無くなることを心から祈っています。
http://www.geocities.jp/niwaiin/C5_12.htm 


座敷牢の幽霊

もう十年くらい前だけど、従弟が事故で死んで俺が本家を継ぐことになったときに叔父(従弟の父)から聞いた話。

江戸も終わりの頃、N家(本家)に嫁が来た。

N家跡取りと仲むつまじく、やがて女の子が生まれて春と名付けられた。
その年は不作で、子どもを生んだばかりでも嫁も働かなければならない。
嫁は山菜を取りに山に入ったが、夕方近くになっても姿が見えない。
村の衆で探し回っていると嫁は乱れた姿で山から下りてきた。
天狗に孕まされて。

どうもこの天狗ってのは白人のことらしい。
まぁ「天狗=日本に漂着した外国人」ってのはよくある話、と叔父は言っていた。


堕ろそうにも、襲われたショックで寝込んだ嫁にそれは耐えられないと旦那が躊躇しているうちに、ついに男の子が生まれてしまう。
嫁は生んですぐに体調を崩して死んでしまった。

旦那は子供が憎くて殺そうしたが、嫁の忘れ形見だと思うと殺せない。
しかたないので座敷牢に幽閉し、そこで育てた。

途中までは人を雇って世話をさせてたが、いつからか姉の春が面倒をみるようになった。
父親がいくらいっても聞かないし、身内の恥を他人に見せるよりはって理由でそのまま娘にまかせた。
男の子の名前はユキハル。父も誰もつけないから、春が名付けたそうだ。
春はユキハルを大変可愛がった。

んで、そのユキハル。見た目は死んだ嫁によく似ていたけど、色彩が白人…というかハーフのそれだったらしい。
茶色の髪と青い目をしてて、姉から学んだたおやかな仕草。

(ここらへん特殊事情。春は訛りの矯正やなんかの習い事?もやってた。その姉からいろいろ教わったユキハルは女形みたいな子だったようだ)

嫁そっくりなのに日本人離れした薄い肌や髪の色をみるたびに腹ただしくて、ユキハルが成長するにつれて旦那はだんだん可笑しくなった。


…で、ある晩。ついに旦那はユキハルに乱暴したんだと。

その日から、村の衆や村にくるお役人にも身売りをさせた。
(売るといってもはした金の値段で、ユキハルを苦しめる為にやっていたようだ)
(だんだん憎らしさが勝ったんだろう)

春は弟が普憫で、父にこんなことは止めるようにと言ったが父は聞き入れず、次第に娘がうっとおしくなり早めに嫁にやることにした。

春が「嫁に行くことになった」と告げると、ユキハルは春をさらって山へ逃げた。
唯一自分に優しくしてくれる姉を奪われるのは、ユキハルにとって身を切られる辛さだったんだろう。


やがて湖のほとりに出ると、そこで春を抱いた。

事が終わり、すすり泣く春を見て「少し周りを見てくる」と言って一人にさせた。
春は泣きながら湖に入った。
ユキハルが帰ってくるとすでに春は水の中だった。
姉がいないならばと、彼も崖から飛び降りた。


姉弟がいないことに気づいた旦那は村の衆を使って探し、最初に姉、次に弟の遺体を見つけた。
春の着物の乱れを見て、何があったか悟った旦那は鬼のごとく怒り狂った。
ユキハルの死体を八つ裂きにして、山中に放置。
獣に食わせた後、荒神(山神ではないらしい)の祠の前に捨てた。

祠の前に捨てたときは、死んでからもう何ヵ月も経ってたけどまだ怒りが収まらなくて、骨を足蹴にしても飽きたらず石で粉々に砕いたんだと。
娘が死んだ嫁と同じ目に会わされたと知ったらね…気持ちはわからんでもないけど。

もう誰もいない座敷牢に幽霊が出るようになった。
けどそれは牢の主のユキハルではなくて姉の春のほう。
しばらく座っていたかと思うと消え、庭の隅にある石の上にたたずんで蔵をジッと睨んでいるそうだ。

その蔵というのが、ユキハルが身売りさせられてた場所だった。
春は生前、ユキハルが蔵に入っている間は石に座ってずっと彼が出てくるのを待っていたらしい。

そのうち旦那の夢枕にも立つようになったらしい。
春が祟っている、と言って少しづつ衰弱していった。
そして蔵の戸口の前で首をかっ切って死んだ。
(この蔵は戦後に壊しちゃったんだけど、叔父や親父は飛び散った赤い染みを見たそうだ)

旦那の弟が後を継ぐことになったが、怖くて仕方ない。
N家は跡を継ぐときとある儀式をするんだが、儀式をやる前に春の霊をなだめる方法を考えていると、なにやら井戸のほうで水音がする。

時刻は夜中。こんな時間に誰だろうと見に行くと、春が着物や食器を洗っている。
それはユキハルが使っていた物だった。

「お春…死んでからも、ヤツの世話をすることはない」

実父を祟り殺したとはいえ未だユキハルに縛られてる春が哀れでつい声をかけると、春は振り返りにっこり笑って消えた。
彼はもしや…とユキハルの砕かれた骨が散らばった土を集め、春の墓の隣に葬った。
途端に春の姿を見るものは無くなり、たまに井戸で誰もいないのに何かを洗う音がするだけになった。

「…きっと、春もユキハルを好きだったんだよ。でも姉弟で愛し合うことはできないから、入水した」

と叔父は言った。 それから、本来ならユキハルが継ぐはずだったんだろうN家は末子が継ぐように決めた。(春の機嫌をとったようなものらしいけど…)
http://id41269.blog.fc2.com/blog-entry-12.html

「座敷牢」仲町六絵

 I先生の刑法ゼミに在籍していた、学生時代の話だ。

 講義のあと、先生が私達を祇園のバーに連れて行ってくださったのだが、刑法39条の話題になったその流れで、先生がポツリと

「子どもの頃、近所の家の座敷牢に女の子が閉じ込められていた」

とおっしゃった。先生の子ども時代といえば、私宅監置が禁じられた昭和25年を、おそらく過ぎている。「あまり聞いてはまずいかな」という雰囲気が学生達の間に流れた。しかし空気を読まない男子学生が「監禁罪ですね」と言ったのに言葉を継いで、先生は話を始めた。かなり酔っておられたと記憶している。

 先生のご実家は小さな酒屋で、幼い頃から集金や御用聞きで近所の家々を廻っていたそうだ。ある大きな家の玄関を敲いたところ、返事のかわりに呻くような声が聞こえたので、誰か急病かと思って中に入っていった。鍵はかかっていなかったそうだ。

 どうかしましたか、と呼びかけながら声のもとをたどると、日の差さぬ部屋の中にささくれた材木を縦横に組んで、手づくりの檻があった。中で白い着物の女の子が、「なぁい、あい、なぁい」と声をあげていたそうだ。

 その女の子は、お尻がすっぽりと木箱にはまっていた。姿勢だけは乳母車の中の赤子のようだったけれど、十ぐらいのその子は、箱から手足をはみださせ、じたばたと動いていた。汚れた板敷きの上で、女の子のはまった箱はガタガタと鳴り続けていた。

 所用で出かけていたその家のおばさんが帰ってくるまで、先生は立ち尽くしていたそうだ。こっぴどく叱られて、ご両親にも「あの家には行かんでいい」と言われたという。

 しばらくたって、その家が燃えてしまった。深夜のことで誰も助からず、葬式で用意された棺桶は、女の子のぶんが無かった。

 葬式から帰った後、先生の叔父にあたる人が、一時期おかしくなったそうだ。押入れに布団ごと閉じこもって三日三晩、業を煮やした親戚連中に引きずり出されて井戸水をぶっかけられ、「いい大人がなにやっとる」と叱られて、夢から半分覚めかけた顔で言った言葉が「白い女の子とかくれんぼしとっただわ」。

 幼かった先生はそれを聞いて、

「あの女の子が牢から開放されて、遊んでいる」

と思ったそうだ。

 「解放されて、あの子はどこまで来れるようになったんだろう」

 そうおっしゃる頃には先生の呂律はすっかり怪しくなっていて、私達は何となく居心地の悪い思いで、テーブルの下の暗がりに目を落としていた。
http://www.mf-davinci.com/yoo/index.php?option=com_content&task=view&id=973&Itemid=52


38. 中川隆[4678] koaQ7Jey 2016年10月27日 06:51:27 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5090]

>なんか池沼の他にも、スケキヨとか真珠朗とか、その家にはいそうだなと思った。


TV横溝正史シリーズU 金田一耕助 真珠郎 
http://www.dailymotion.com/video/xuf73u_tv%E6%A8%AA%E6%BA%9D%E6%AD%A3%E5%8F%B2%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA%E2%85%A1-%E9%87%91%E7%94%B0%E4%B8%80%E8%80%95%E5%8A%A9-%E7%9C%9F%E7%8F%A0%E9%83%8E-%E5%89%8D%E5%8D%8A-%E5%8F%A4%E8%B0%B7%E4%B8%80%E8%A1%8C_shortfilms
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http://www.dailymotion.com/video/xugwc5_tv%E6%A8%AA%E6%BA%9D%E6%AD%A3%E5%8F%B2%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA%E2%85%A1-%E9%87%91%E7%94%B0%E4%B8%80%E8%80%95%E5%8A%A9-%E7%9C%9F%E7%8F%A0%E9%83%8E-%E5%BE%8C%E5%8D%8A%E3%81%AE%E3%81%BF-%E4%B8%AD%E5%8D%8A%E8%A9%B1%E9%A3%9B%E3%81%B0%E3%81%97-%E5%8F%A4%E8%B0%B7%E4%B8%80%E8%A1%8C_shortfilms

神隠し真珠郎
http://www.dailymotion.com/video/xuex42_tv%E6%A8%AA%E6%BA%9D%E6%AD%A3%E5%8F%B2%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%9E-%E9%87%91%E7%94%B0%E4%B8%80%E8%80%95%E5%8A%A9-%E7%A5%9E%E9%9A%A0%E3%81%97%E7%9C%9F%E7%8F%A0%E9%83%8E1-%E5%8F%A4%E8%B0%B7%E4%B8%80%E8%A1%8C_shortfilms
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本作品は、作者の従来の耽美的作風をそのままに、怪奇ミステリの味わいと本格推理の謎解きとを巧みにブレンドした、作者の戦前の活動を代表する一篇であり、後に金田一ものへと発展する作風の原点となる作品である:

7月の初めごろ、X大学の講師である椎名耕助は、夕暮れの雑木越しに空に浮かぶ夕焼け雲がサロメの前に差し出されたヨカナーンの首そっくりに見えて、ぎょっとして立ちすくむ。そこへ通りかかった同僚の乙骨三四郎に声をかけられた椎名は、夕雲を指し示してヨカナーンの首に見えるという話をする。

その数日後、椎名は乙骨に誘われて2人で信州に旅行に出かける。そして旅行先の温泉宿で、姪と2人暮らしの鵜藤氏という医者が N湖畔の邸の一室を貸し出す相手を探しているという話を聞き、その邸を訪れることにする。ところが途中、バスに乗り込んできた老婆から、Nに行くのはやめるように言われ、「お前さんたちの身の周りに、今に恐ろしい血の雨が降る。Nの湖水が、血で真っ赤になる。」と予言される。

しかし、元は娼家であった春興楼(しゅんきょうろう)という邸での生活は、鵜藤の姪の由美の美しさに惹かれたこともあって初めのうちは満足していたが、そのうち邸の蔵にもう一人誰かが住んでいる様子を感じるようになる。

そして数日後の真夜中、椎名と乙骨は障子の隙間から、水に濡れた美少年が柳の樹の下に立っているのを目にする。そのたぐいまれな美しい姿に、2人は妖異なものを感じる。翌朝、2人が鵜藤に美少年を見た話をすると、彼は激しく驚愕する。

それから1週間後、2人が湖水にボートを浮かべていると、浅間山が突然噴火する。溶岩と灰が降り注ぐ中、何とか岸まで戻ったところ、邸の展望台で先日見た美少年が鵜藤に刃物で襲いかかるのを目撃する。美少年は鵜藤の首をえぐると、今度は由美に襲いかかる。2人が邸の中に駆け込むと、肩を斬られて気を失って由美が倒れていた。気を取り戻した由美は、美少年が真珠郎という名で、彼に襲われたことを2人に話す。

真珠郎を追って外に出ると、丘にバスで見た老婆が立っていた。老婆は、真珠郎が逃げ水の淵と呼ばれる洞窟に逃げたことを3人に話し、洞窟の入り口が2つあるため4人で2艘のボートに分かれて真珠郎を追う。椎名と由美は、もう一方のボートとの合流点である浮き洲に倒れている乙骨を見つけ、さらにもう一つの浮き洲に首なし死体となった鵜藤を見つける。やがて気味の悪い笑い声とともに近づいてきたボートに乗っていた老婆のその顔は、真珠郎だった。そして、真珠郎は鵜藤の生首を笑いながら振り回した挙句、逃げ水の淵に放り込むと、ボートを漕いで去っていった。

邸に戻った由美は、椎名と乙骨を蔵の中の隠し部屋に案内し、かつて自分を糾弾した社会に復讐を遂げようと目論んだ鵜藤によって、ここで真珠郎が狂気の殺人者として育てられていたことを、1年ごとに撮影した真珠郎の写真と『真珠郎日記』と呼ぶ観察記を見せながら話す。のちに『真珠郎日記』の内容は、かつて鵜藤家に仕え真珠郎の世話をしていた爺やの証言によっても裏付けられた。

その後、警察の捜索にも関わらず真珠郎の行方は杳として知れない中、椎名は東京に戻り、乙骨は由美と結婚して吉祥寺に新居を構える。そしてある日のこと、椎名は須田町の交差点で隣り合った自動車に乗っている真珠郎を目撃する。さらにその翌日、真珠郎を見たという由美に連れられて行った映画館で、新聞社のニュース映画の中に乙骨夫妻とその後ろの方に真珠郎が映っているのを見る。

そして、雪の降るクリスマスの日、椎名が乙骨夫妻の家を訪れ泊めてもらったその真夜中、真珠郎は再び凶刃を振るう……。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E7%8F%A0%E9%83%8E


39. 中川隆[4691] koaQ7Jey 2016年10月27日 15:08:29 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5103]


『【現代語訳】呉秀三・樫田五郎 精神病者私宅監置の実況』制作こぼれ話 2012.9.26 update.


精神科医療者の皆さんなら、「呉秀三」という名前と、

「わが邦十何万の精神病者は実にこの病を受けたるの不幸のほかに、この邦に生まれたるの不幸を重ぬるものというべし」

というフレーズを、一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。
このフレーズは今回現代語訳した『精神病者私宅監置ノ実況』に出てくる一文です。 

呉秀三は、精神病者を私宅で監禁することを強制する精神病者監護法を廃し、新しい法律(精神病院法)を作り、病者を病院で看るという形を目指そうとした人です。そして新しい法律制定の根拠として、政治家向けに作成した調査報告書が、この『精神病者私宅監置ノ実況』だったといわれています。その意味で、この本は近代精神医療の原点といっても過言ではありません。

制作期間3年という異例の長さで、「明けても暮れても呉」とばかりに本書の編集に携わった編集者2人が、個人的感想も含めて、この本を制作しながら「ここがおもしろかった」という裏話を紹介していきたいと思います。

http://igs-kankan.com/article/assets_c/2012/09/kuregenponL2-2076.html

※『精神病者私宅監置の実況』原本(石川私物のため書き込み有)

●当時の人々の息遣いが聞こえる


今回、現代語訳を発行しようと考えた大きな理由は2つでした。

1.呉秀三という名前や上記の言葉は誰もが知るけれども、原文は、90年前の旧漢字、カタカナ文であるため、読むことが非常に困難で、誰もが読み通せるというものではなかった。

2.明治大正時代の人々の暮らしぶり、風習、社会通念を伝える、民俗学的にも貴重な一次資料である。

実際、プライバシー保護といった点でも、その遠慮のない表現といった点でも、現代の私たちでは決して作れない書物だと感じます。この時代の空気、人々の暮らしぶりが濃厚に感じられる本で、読み進めると、引き込まれてしまう魅力に満ち溢れています。

なかでも圧巻なのは、やはり第2章に展開される座敷牢実地調査の部分です。

本人写真あり、家の間取り図あり、でもなぜか住所・名前だけは伏字になっているという中途半端さが不思議です。

東京帝国大学医科大学精神病学教室教授だった呉は、医学士、医学博士である弟子たちを一府十四県に送り、視察を命じ、そこであがった調査報告をまとめたのがこの本なわけですが、映っている写真などを見ても、交通も不便な九十年前に、野に山に分け入り、よくぞここまで調べたなと感じます。

水盤(すいばん)、盥(たらい)、飯盒(はんごう)、鞠(まり)、煙管(きせる)、などの生活道具や、半纏(はんてん)、袷(あわせ)、単衣(ひとえ)などの着物の名前、呉座(ござ)、薄縁(うすべり)、藺草(いぐさ)、皆川蓆(みながわむしろ)などの敷物の名前などが詳しく出てきます。

また薬のなかった時代ですから、墓から人骨の混じった土を取ってきて病者に飲ませたとか、みね打ちをして狐を追い払おうとしたとか、呪符を授かってきて家に貼ったとか、そういった民間伝承の方法も記されており、民俗学、民族学、社会学的にも価値がある資料だと思います。

たとえるならば、実地調査版の柳田国男『遠野物語』と言えるでしょうか。

呉は警察が管理していた監置精神病者台帳の正確な引き写しを弟子たちに求めたので、「監護義務者」「資産」「生活程度」「監置の日時」「監置の理由」「監置の場所」「監置室」「家族の待遇」「病状」「医薬」などの調査項目はある程度そろっているのですが、よくよく見ると、なかには全く無視して書いた調査者や、自分が関心ある加持祈祷だけは妙に熱心に書いた調査者など、個性もいろいろです。

●庶民とエリート

全体の文章から立ち上ってくるように感じたのは、この時代に存在していた「身分差」あるいは「格差」でした。視察者たちは、小学校卒業すら多くない時代に、大学の院生たちなわけですから、経済的にも、家柄的にも相当条件がそろったエリートなわけです。もちろん同情をもって調査にのぞんでいたと思いますが、「自分も同じ立場になるかもしれない」という想像力をもって病者を見ていた人ばかりではなかったように感じました。

第64例で樫田五郎が、白いスーツを着て、分厚い本で監置者を指し示し、座敷牢の前で記念写真然と悠然と写っている写真なんかを見ると、特にそんなことを思います。

余談ですが、この本の共著者樫田五郎は、この本の症例写真に、ちゃっかり自分も写り込んでいるのです(第64例と第103例)。そんなことをしたのは樫田だけです。

●不思議な気分になる症例たち

第70例の、裸のマハと見まがう裸の男性被監置者の写真は、医学部教育の教科書に載っていて、医師たちのなかでは大変に有名だそうです。私個人は、第27例の癲癇(てんかん)の患者が、檻の中でにっこり微笑んで記念写真のように写っている写真が不思議で、見るたびに魅かれます。

また第89例の、妊婦を裸にして縛り上げて虐待していたような、読むのもつらいような事例や、柵を二重にして厳重に監置されていたような事例がある一方で、第91例などは監置室に穴が開いていて、近隣が分けてくれる食事をもらいに自分で毎日出かけているので、視察時も留守でした、、、のような脱力してしまうような事例もあるのでした。

●戦争の時代をところどころに感じる

金川英雄先生の「まえがき」にあるのですが、伝染病対策や精神病者対策は、当時の内務省が管轄でした。内務省は製糸業、農業等の産業奨励や警察部門を持っていたため、犯罪捜査のほかに思想弾圧をしたことでも知られています。

私宅監置も、警察が指示を出し、監督していたから、医療よりも監禁に重きが置かれてしまったんですね。この調査書も、内務省組織には直接組み込まれていなかった医療職の呉だったからこそ可能だったわけですが、それでも内務省批判にならないように気を使い、「前の法律よりはよくなったが、さらによくするには…」のような、SST(Social Skills Training:とにかく誉めるのがコツ)かと見紛うばかりの書き方をしたりしています。

それから、不敬罪(天皇家への冒涜の罪:本書286頁参照)や浮浪罪(一定の住所なく徘徊する者は拘留できる:本書159頁参照)といった処罰令もあったので、こうした素地がそろえば人々の言論は抑え込まれるよなあと、今さらながら戦争につながる時代の背景を知ったのでした。

●例のフレーズはどこに出てくるか

第5章「私宅監置の統計的観察」は、全体の症例をまとめ、統計を出そうとしている章です。やたらとすべて「%」で計算しているのですが(ちなみに「プロセント」と書かれています)、明治・大正のそろばんしかなかった時代に、よくぞこの計算をしたなあと感心してしまいます。「統計」「数字」というものが持つ説得力を呉は知っており、政治家の心をつかむために意図的に使ったんじゃないかなと思います。

果たして、国や政治を動かし、新しい法律を作ろうとした男の野望は成就したのでしょうかー!答えは、本で読んでくださいね。

最後に、雑誌を読んでくださった方だけにサービス。例のフレーズ「わが邦十何万の精神病者は実にこの病を受けたるの不幸のほかに、この邦に生まれたるの不幸を重ぬるものというべし」は、いったいどこに訳されているでしょう。

答えは、第7章「意見」の頭のほうにあります(本書334頁の16行目)。ぜひ見つけてみてくださいね。

―――――――――――――――――――
視察者と座敷牢の患者、家族が交差した
一瞬のスナップショットの魅力

本書編集協力 川口達也


本書の中核をなすのは、明治大正期に“座敷牢”に閉じ込められていた患者の100を超える事例です。

その多くは、視察者が自ら調べた、あるいは観察した様子を淡々と記録したものです。

ただ、その中に少数ながら、視察者自身と患者、あるいはその家族とのやりとりを交えた記述があります。いわば筆者自身がリポートそのものの中に登場している事例です。そうした記載が、この「実況」をよりヴィヴィドなものにしているように私には思えました。そんな場面をいくつか拾ってみましょう。

例えば第27例では、猛暑のさなかだったため、訪れた際、男性患者はもろ肌を脱いだ姿でした。しかし、視察者が写真を撮りたいと申し出ると、すぐに着衣を整え、愛用らしい茶碗もきちんと監置室の前に並べ、にっこり笑って「『レンズ』中の人物」となってくれます。

第66例の男性患者は、「理解力、注意力が相当良く」、訪問した視察者に向かって、際限なく不当な監禁であることを訴えます。一方、その家族も、市が肩代わりした監置前の入院費の負担に悩んでおり、視察者にその旨を「くどくどと訴えてやまなかった」様子が活写されています。

また、第101例の患者の場合、逆に「あなたは誰ですか」と訪問者側を問いただし、視察者が名刺を差し出すと喜び、やはり警察の不当監禁への恨み言を吐露した上、精密な診察を乞う場面が記録されています。

さらに第102例では、裸で監置室内を歩き回っていた患者が、視察者の用件を聞くとおもむろに服を着て、撮影も嬉々として応諾し、日々自分が熟語の抜き書きをしているノートも披露。「字は丁寧で鮮明であった。視察者はこれを持ち帰った」と記載されています。

第105例は、高齢の被監置者の世話をしている肢体不自由な独り息子のケースです。市の支援を受けつつ細々と草履を作って生計を立てながらも、孝行の情は揺るぎなく、その姿は視察者の胸を打ち、思わず「この不幸な父子のため小銭を恵んで辞去した」のでした。

第118例の寺社の水治療の現場(滝壺)では、視察者はせん妄状態に陥った女性患者を目の当たりにし、すぐさま応急処置を施した後、入院に至るシーンが描かれています。
http://igs-kankan.com/article/2012/09/000666/


40. 中川隆[4692] koaQ7Jey 2016年10月27日 15:16:15 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5104]

百年史写真館|公益社団法人 日本精神神経学会
https://www.jspn.or.jp/modules/forpublic/index.php?content_id=9


私宅監置と拘束具


明治時代、多くの精神障害者は、監禁を許していた精神病者監護法のもとに、私宅に監置されていました。 

呉秀三は、1910年(明治43)から1916年(大正5)までの間、監置室365、被監置精神病者361人の実態調査をおこない、かの有名な言葉が載っている「精神病者私宅監置ノ実況及ビ統計的観察」(1918年、大正7)で、その実状を明らかにしました。

監置室(写真1、写真2、写真3)は1〜2坪のものが約60%で、極めて悲惨な環境であったといいます。

その後の私宅監置の推移を写真4に示しました。

入院が私宅監置を上回ったのは、ようやく1924年(昭和4)のことでした。
同法には精神病院以外の場所でも拘束できる保護拘束の規定があり、戦後まで長く続きました。

なお、当時は今では考えられないような様々な拘束用具(写真5上、写真6)が用いられていました。写真5下は、当時の病室の鉄格子付きの扉です。

「保護拘束」規定が完全に廃止されたのは、1965年(昭和40)の精神衛生法改正においてであり、その間実に65年を要したことになります。

その後も写真6にあるような拘束衣は最近まであちこちで用いられていました。

[写真1] 監置室

監置室(東大精神科所蔵).

[写真2] 監置室

監置室(東大精神科所蔵).

[写真3] 監置室

監置室呉・樫田論文より転載 監置室
監置室
監置室.

[写真4] 私宅監置の推移

私宅監置の推移.

[写真5] 拘束用具

拘束用具 濯水籠 濯水籠(鉄製)
籠の中に患者を閉じ込め、上より蒸露え水を注ぐ治療を行った。治療器具のひとつであるも、患者を閉じ込めるという意味で、拘束具のひとつといえる。.

病室の扉 病室の扉
鉄格子の窓で中が監視できるようにつくられている。.

[写真6] 拘束用具

種々の拘束具 種々の拘束具
手錠、手鎖、足錠の他、上にあるのは手革、足革(用い方は呉秀三の文章に記述).

縛衣(拘束衣) 縛衣(拘束衣)
(用い方は呉秀三の文章に記述) (松沢病院所蔵).
https://www.jspn.or.jp/modules/forpublic/index.php?content_id=12


41. 中川隆[4693] koaQ7Jey 2016年10月27日 15:20:56 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5105]

精神障害者は20世紀をどう生きたか 秋元波留夫

精神病者監護法のもとで

 今から80数年前の1918年、日本の精神医学と精神医療の創始者としてよく知られている当時の東京帝国大学教授呉秀三は、その著書「精神病者私宅監置ノ実況及ビ其統計的観察」で、「我邦十何万ノ精神病者ハ実ニ此病ヲ受ケタルノ不幸ノ外ニ、此邦ニ生レタルノ不幸ヲ重ヌルモノト云フベシ」という有名な言葉を残している。

私はこの言葉ほど、切実に精神障害者の運命を表現した言葉はないと思う。

この本は全国にわたって座敷牢の実情をつぶさに調査してその悲惨な状況を克明に記録したドキュメンタリーであるとともに、この非人道的な座敷牢を合法化し、その全国的広がりを許している「精神病者監護法」(1900年制定)と、これを黙認している明治政府を糾弾する告発の書でもあった。

 精神障害者の「此邦ニ生レタルノ不幸」の源泉ともいうべき「精神病者監護法」は当時、野放しになっていた、座敷牢や民間の収容施設を取り締まる目的でつくられた、監禁を合法化する法律である。「監護」という奇妙な言葉は、「精神病者監禁法」を主張する政府案と、「保護法」とすべきだとする、法案の審議に専門家として参画した東京帝国大学法医学教授片山国嘉(呉秀三の渡欧中、精神病学講座を兼任した)の意見の妥協の産物であると言われている。

 この法律をつくるきっかけとなったのが「相馬事件(1884年、明治17年)」である。旧相馬藩主相馬誠胤(1852−1892年)が精神病にかかり、座敷牢に入れられたことに端を発して、旧藩主の忠臣と称する錦織剛清が、当時の旧家老志賀直道(志賀直哉の祖父にあたる人)と精神科医が結託して相馬家を乗っ取ろうとした陰謀だと主張し、藩主に精神病の診断を下した東京癲狂院(都立松沢病院の前身)の院長中井常次郎、当時の東京帝国大学精神病学教室教授榊俶が訴えられるという騒動に発展した。結局錦織の敗訴、誣告罪が課せられるという結果に終わったが、この事件で明らかになった、不法監禁の野放しを取り締まるためにつくられたのが精神病者監護法である。

 この法律は、精神病者を社会にとって危険であり、監禁の対象であると見なし、座敷牢を「私宅監置」と呼び、監置の責任を家族に負わせるために「監護義務者」制度をつくり、また、この法律の施行を内務省と警察の管理下に置き、警察は、監護義務者が監禁の責任を果たしているかどうかを監視するというものであった。わが国の精神障害に関する法律が監禁の合法化で始まったという歴史を忘れるべきではない。

 呉らの私宅監置廃絶の運動は議会を動かし、精神障害者の医療を国の責任で整備するための法律「精神病院法」が1919年に制定された。この法律は国および道府県に精神病院の設置を促進することを求めたものであり、私宅監置廃絶に絶対に不可欠な法律であり、この法律の制定と同時に、呉らの要求してやまなかった精神病者監護は廃止するのが当然であったにもかかわらず、そのまま生き残ることになった。

その理由は、1914年に始まった第一次世界大戦に参戦し、帝国主義の道を走り出したわが国政府が軍備拡張に要する莫大な国費を捻出するために、精神病院設置運営の財源を出し惜しみする必要があったからである。その当然の結果として、「精神病院法」とは名ばかりで、精神病院の設置は一向に進まないばかりか、「精神病者監護法」のもとで私宅監置の悲劇はいっそう拡大していった。

 30年にも及んだ精神病院法と精神病者監護法の並立なる奇怪な状況に終止符が打たれ、私宅監置が廃止されたのは、太平洋戦争が終わった5年後の1950年、「精神衛生法」が制定されたときであった。呉が「私宅監置の実況」で私宅監置の廃止を訴えてから32年の歳月が過ぎていた。呉はついにこの日を見ることができなかった。

 今年はわが国の精神障害に関する最初の根拠法令である「精神病者監護法」が制定されて100周年である。「精神病者監護法」のもとでの精神障害者の生きざまをあらためて振り返り、そこから精神障害者がこの国に生まれたことを喜べる未来を迎えるための教訓を学び取ることが大切である。

15年戦争と精神障害者

 精神病院法が有名無実で、精神障害者が座敷牢に閉じ込められなければならなかったのは国が貧乏で精神病院をつくるお金がなかったからではなく、戦争に備えるための軍備にお金をつぎ込んだためであることはいま述べた通りだが、第一次世界大戦以後の帝国主義の歩みの必然の結果である、満州事変から太平洋戦争へと続く15年戦争は、一般市民にもまして精神障害者に大きな災厄を齎した。

 15年戦争によって蒙った精神障害者の災厄は、空襲による負傷や死亡などの直接の被害だけではない。戦争の長期化とともに食料の不足が深刻となり、1941年4月から食料の配給制が施行されたが、不十分な食料配給のあおりをまともに受けたのが精神病院に入院している人たちであった。この悲惨な事実をはっきりと物語っているのが精神病院の死亡統計である。ここでは当時の代表的な精神病院であった傷痍軍人武蔵療養所(現在の国立精神・神経センター武蔵病院)と東京府立松沢病院(現在の都立松沢病院)の状況を述べることにしよう。

 傷痍軍人武蔵療養所は精神障害軍人を治療する軍事保護院の施設だったため、身体的には丈夫な若い人たちが多かったにもかかわらず、1941年頃から死亡者が増加した。死亡者は1940年には1人であったが、1941年26人、1942年55人、1944年になると100人を超え、敗戦の年、1945年には160人、実に在院患者の4分の1、4人に1人が死亡した。死亡者の増加は戦後も続き、死亡者の数が平年並みとなったのは1950年以後である。食糧不足は戦後も数年続いたからである。

 東京府立松沢病院の状況はさらに深刻である。松沢病院は武蔵療養所と違って、一般市民の治療施設で高齢者も多数含まれていたこともあって、食糧不足の影響はいっそう大きかった。この病院の平時の死亡者は年間20人程度であるが、日中戦争の始まる前年の1936年にはすでに73人に増えており、1938年には121人、1940年には352人という多数の死亡者が出ている。

太平洋戦争が激しくなるとその数はいっそう増え、1944年には422人、敗戦の年1945年には480人と激増し、在院者の約半数が死亡している。松沢病院で死亡者の数が普通の水準に戻ったのは1952、3年以後である。

このような痛ましい死亡の原因は、松沢病院の記録が明らかにしているように、食料の不足による慢性栄養失調である。松沢病院や武蔵療養所は公的施設であり、闇の物資調達は不可能であり、政府の食料配給計画を忠実に守らなければならなかったのである。

この二つの施設だけでなく、おそらく当時の全国の精神病院の患者は同じような状況に置かれていたにちがいない。精神病院に入院している精神障害の人たちの多くは、一般市民のような食料調達の自由をもたず、食料は病院から支給されるものだけに限られた。死亡はその結果であるから、病死というより、事故死であり、正しくは政府の不当な配給計画の実施による他殺というべきである。

精神衛生法から精神保健法・精神保健福祉法へ

 「精神衛生法」という近代国家なみの新しい名前を用いた法律が初めて制定され、精神病者監護法と精神病院法の二重支配の時代が終わったのは、敗戦から5年たった1950年のことである。しかし、精神衛生法は精神病院法(1919年制定)の隔離収容主義をそのまま受け継ぎ、精神病院、とくに私立精神病院を増やす施策を最優先したため、精神病院、精神病床は増加の一途をたどり、1960年代に始まる「脱施設化」(精神障害者の処遇を施設中心から地域中心に移す政策)の世界的動向から逸脱する結果を招いた。

 宇都宮の一私立病院で起きた患者の人権侵害事件(1983年)が契機となり、国の内外からの精神衛生法改正の厳しい要求に押されて、政府は法改正を余儀なくされ、1988年、精神衛生法は精神保健法に改められ、入院患者の権利を保障するための規定が設けられるなどの改正とともに、初めて授産施設、援護寮などの社会復帰に関する制度が設けられた。さらに1995年には、障害者基本法の成立を享けて、それまで皆無であった精神障害者の福祉施策を取り入れ、精神保健法が「精神保健及び精神障害者の福祉に関する法律」(精神保健福祉法)に改められた。

 わが国の精神障害者施策が精神衛生法の施設収容一辺倒から、精神保健法で社会復帰を取り入れ、さらには精神保健福祉法で福祉施策を加えるように変化した要因として、第1に、1960年代に始まる抗精神病薬の開発などによる精神障害の治療の進歩によって、精神病院に入院している人たちの退院と社会復帰の可能性が増大したこと、そして第2に、1980年代から民間の草の根運動によって地域で生活する精神障害者の働く場所(共同作業所など)、住まう場所(グループホーム、アパートなど)が全国に広がり、その活動の中から地域リハビリテーションの現状からみて、あまりにも立ち遅れている精神障害者の社会復帰と福祉に関する法制度の改正、整備を要求する運動が熾烈になったことを挙げることができるだろう。

 このようにして、現行の精神保健福祉法は、医療・精神保健に加えて社会復帰、福祉の施策を取り入れ、一応は時代の要請に応えた形となっている。しかし、その内実をみると、医療では精神病者監護法の監護義務者が保護者制度として温存されているとか、精神障害者の定義に社会復帰、福祉の対象としての障害者の視点が欠落しているなど改正を要する点が少なくないばかりでなく、社会復帰、福祉の施策にいたっては、身体障害者福祉法、知的障害者福祉法に比べてあまりにも落差が大きく、法の下での不平等の見本のようなものである。一例を挙げれば、精神保健福祉法の下での授産施設の職員定数は身体障害者福祉法、知的障害者福祉法による授産施設の職員定数の半分である。

 精神保健福祉法は第1条目的で精神障害者の「社会復帰の促進及びその自立と社会経済活動への参加の促進のために必要な援助を行う」ことを謳っているが、それは本当に実行されているのだろうか。その答えが否であることを、わが国精神医療の恥辱ともいうべき社会的入院の存在が歴然と証拠だてている。

21世紀に向けて

 現在、全国の精神病院には34万近くの在院者がいるが、その少なくとも4分の1、8万人以上の人たちが引き取り手がないとか、退院しても生活のめどがつかないなどの病状以外の理由で病院暮らしを余儀なくされている「社会的入院」と呼ばれている人たちである。入院の必要のない入院という不条理なことが、今わが国ではまかり通っているのである。その主な理由が、退院できる人たちを受け入れる地域の態勢が整っていないことにあることはあまりにも明らかである。民間の努力で法内、法外の共同作業所やグループホームが全国に1500か所近くつくられているが、それではとても足りないのである。

 総理府が1996年に発表した「障害者プラン。ノーマライゼーション7か年戦略」も、社会的入院の問題を取り上げ、その原因が地域の社会復帰資源の不足にあることを認めて、社会復帰施設の拡充、強化を約束し、極めて低いものであるけれども、数値目標まで掲げているが、7か年の半ばが過ぎた現在まで、まったく実現されておらず、精神保健福祉法による社会復帰施設の設置が進まないので、無認可小規模作業所が精神障害者の地域リハビリテーションの担い手の役割を果たしているのが実情であり、社会的入院の解消とは程遠いありさまである。

 21世紀に向けて今必要なことは、国が「障害者プラン。ノーマライゼーション7か年戦略」の約束を実行し、精神保健福祉法の目的である精神障害者の「社会復帰の促進及びその自立と社会経済活動への参加の促進」を謳い文句ではなく、現実のものとすることである。そのためには、精神障害者の地域リハビリテーションの実態を担い、社会的入院の解消と精神障害者の福祉に貢献している1000余を数える全国の無認可小規模共同作業所、あるいは無認可小規模グループホームが、これまでのように助成金の不足から運営に苦しむことがないような施策を講ずることが必要である。

 先般、社会福祉基礎構造改革の一環として社会福祉事業法が「社会福祉法」と改められ、これまで極めて困難であった社会福祉法人取得の条件が緩和され、無認可施設が法定施設となる道が広げられたことは、障害者福祉制度の一歩前進として評価されるが、重大な問題は、法定授産施設などの助成制度が従来の措置制度から利用者の支援制度に変わることであり、支援費の決め方がまだ検討中ということである。

 すでに国および地方自治体では、財政再建を旗印として社会福祉の予算の切り下げが強行されている。もしも措置制度から利用者の支援制度への転換が財政緊縮の意図のもとでの方便であるとすれば、社会福祉の切り捨て以外のなにものでもない。障害者プランの「数値目標」にしろ、精神保健福祉法の「社会復帰の促進及びその自立と社会経済活動への参加の促進」にしろ、それが実効を伴わないのは、それに必要な予算が伴わないからである。どんなに立派な政策でも、必要な予算がなければ絵に描いた餅にすぎない。

 現代の精神障害者は、今世紀初めの「私宅監置」の時代とはまた別の意味で、「此邦ニ生レタルノ不幸」を背負っていると言わなければならない。

 精神障害者にとって、20世紀は「此病ヲ受ケタルノ不幸」と「此邦ニ生レタルノ不幸」の二重の不幸を背負って生きた時代であったが、21世紀をすべての障害者が「この国に生まれたことをしあわせに思う」時代にすることこそが、これからの障害と福祉に携わる人たちに課せられた使命であろう。


(あきもとはるお 財団法人日本精神衛生会会長、共同作業所全国連絡会顧問)
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/prdl/jsrd/norma/n228/n228_01-01.html


42. 中川隆[4694] koaQ7Jey 2016年10月27日 16:59:16 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5106]


精神病院の起源 – 1998/7 小俣 和一郎 (著)
https://www.amazon.co.jp/%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E7%97%85%E9%99%A2%E3%81%AE%E8%B5%B7%E6%BA%90-%E5%B0%8F%E4%BF%A3-%E5%92%8C%E4%B8%80%E9%83%8E/dp/4872334094

 京都の中学校では「おまえ岩倉、行ってこいや」とか「岩倉から出てきたんとちゃうか」という言葉を何度も聞いた。ちょっとおかしなことを言うと、そうからかわれたのだ。

 「岩倉」とは明治17年にできた岩倉癲狂院が、その後は岩倉精神病院、岩倉病院とつづいた場所をさす。中学生が口にしがちな差別の言葉である。しかし「岩倉」は、もともとは天台密教の余慶法師が10世紀におこした岩倉大雲寺にもとづいている。

 ここに冷泉天皇の妃昌子の精神病治癒を記念して観音堂が建立された。境内に閼伽井(あかい)が涌いていて、霊水として治療によろこばれた。また、後三条天皇の第三皇女佳子が「髪乱し、衣裂き、帳に隠れてもの言わず」という状態になったので霊告によって大雲寺に籠もらせたところ平癒したという噂もたち、岩倉に治癒を求める者がふえたという。

 岩倉は室町期には大雲寺が四九院を数えて荘園も十万石に達したので、参詣者でも賑わった。近世になると、信長の叡山焼き打ちにまきこまれていったん焼失、再建後は数軒の茶屋が繁盛して、そこが精神病者の宿泊施設化していったのである。

 明治になって府知事の槇村正直がこうした過密な治療宿舎の限界を指摘し、南禅寺の一角に新たに京都癲狂院を創設するとともに、岩倉への宿泊が禁止されたのだが、その宿泊所の一軒から岩倉癲狂院が誕生し、土屋栄吉によってコロニー型の精神医療施設として自立した。

 明治末期、ここを呉秀三の案内でロシアのウィルヘルム・スティーダが訪れて、「これは日本のゲールだ」と感嘆した記録ものこっている。

ゲールとはベルギーのゲールのことで、ヨーロッパでも珍しい精神病者の参集する地のことである。精神病に罹ったイングランドの王女デュフナの終焉の地であったことから、1349年に教会が生まれ、その後に町全体が世界に稀な精神病者の大コロニーになったことで知られている。

岩倉地域はそれほどではなかったろうが、京都では「岩倉」といえば、つねにこのような背景が暗示されたのであったろう。


 この本は貴重だ。精神医療の歴史については多くの本があり、医学史の一分野にも病院の歴史は含まれる。が、日本の精神治療史と精神病院史の歴史観とが結びついたことはまったくなかった。もっと詳細に展開してほしいところはいくつもあったものの、たいへん参考になった。

 これまでフーコーの『監獄の誕生』がそうであったように、精神病史やその施設の歴史については、もっぱら「疎外の歴史」という捉え方が多かった。そうした風潮のなかで、本書は著者自身が臨床精神医学の医師であるせいか、直截な目で歴史の変遷を眺めていてくれていて、かえって考えさせられた。

 その著者の目で、日本の歴史的な精神治療施設は3つに大別される。

その前に原型がある。

行基の「布施屋」「昆陽施院」、光明皇后の「悲田院」、藤原冬継の「施薬院」などで、主として福田思想にもとづいた八福田(井戸・水路橋梁・道路・父母孝事・師僧孝事・病人・貧窮者・畜生)のうちの病人救済事業として建てられ、治療された。

 こうした前史のうえに、第1には「密教系の水治療を中心とする施設」が生まれていった。

 これは主に水行・滝行とむすびついた治療で、修験道・不動信仰も加わって独得の治療史をもった。

高尾山薬王院と連動した高尾保養院、岐阜の鉄塔山天上寺と養老水系から生まれた山本保養所、徳島阿波井神社に関連する磯崎山医王院、そもそもは閼伽井の水が評判だった岩倉施設もこの系譜に入る。

 だいたい薬王院とか医王寺という名称のあるところは、精神治療とはかぎらないものの、かつては治療を施していたと考えていいのだろう。


 第2は「浄土真宗系の漢方治療をとりいれた施設」である。

 ここでは、とくに叡尊とその弟子の忍性がひらいた奈良北山の北山十八間戸がわが国最初の癩病者収容施設であったことの影響が大きく、鎌倉極楽寺の桑ケ谷療養所などでは薬草や茶葉を用いて精神治療にあたったとみられている。

そもそも叡尊が従来の酒盛をやめて茶盛を真言律宗の儀式にとりいれたような革新的な僧侶であったから、各所に工夫に富んだ施設が飛び火した。

愛知岡崎の光明山順因寺は善祐という僧医が癲狂者を漢方薬で治療して、その伝統がえんえん続いて1946年の戦後になって、29代の住職の粟生敏春がみずから精神科医となって羽栗病院をおこした。

 1990年には、108床を有した新病棟が完成したという。

 そのほかにも、大阪泉佐野に浄土真宗の僧医・本多左内が爽神堂を設立して癲狂・癇症のための治療にあたったのをうけて、1889年には七山病院になった例、新潟の永井山順行寺から派生した永井精神病院、広島の南光山専念寺から派生した武精神病院の例なども紹介されている。

 第3のタイプは「日蓮宗系の読経を治療につかう施設」で、題目や法華経を読唱することをもって気分の解放にあてた。

 本書では千葉の田辺日草が精神病に罹って中山法華経寺の荒行で回復したことから東京芝の長久寺の住職になったのち、石神井に石神井慈療院をおこし、それが慈雲堂病院になっていった例を照らしている。

ちなみにここには1933年にダダイスト辻潤が入っていたことがあって、その体験をのこしている。そのときも読経が習慣化していたようで、辻は「読経によって無我の境に入ることを得て、自然病気が癒えるのに別段不思議はない」と書いている。

 以上の3つのタイプから日本の精神病院の脈絡が浮き上がってくるという調査研究の視点だけでもユニークなのだが、ここに中国からの陰陽道、錬丹術、李朱医学、江戸のはやり神、加持祈祷術、蘭学・洋学が加わって、日本の精神治療は実は多様な展開をしていたのだということが見えてくる。

 さらにいえば、世阿弥が五番能の四番目物に「物狂」をあげ、中世の狂気にひそむなんらかの身体動向を芸能に高めたこと、また弾左衛門や車善七らの制度が非人の管轄をする一方で、乱心者の収容を担当していたことなどなど、ここに精神病院ではないもうひとつの収容治癒の歴史を加えると、これは絶対に見過ごすことのできない「もうひとつの日本」、ただならない日本を浮上させることにもなってくるのである。

 本書はこうした方向を新たに告げる最初の一撃ともいうべき一冊で、本格的な議論はこれからなのだろう。
http://1000ya.isis.ne.jp/0470.html


43. 中川隆[4695] koaQ7Jey 2016年10月27日 18:33:46 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5107]
>>18, 〜 >>28 に追記


宇都宮自爆事件。原因は宇都宮家裁 調停員 今井幸子の一言!
http://bokopan2ch.jp/archives/8580053.html
http://ameblo.jp/daihatu-com/entry-12212812888.html

宇都宮市で10月23日午前に3件の火災・爆発事件が発生した。

容疑者は元・陸自3佐 (退職により1階級特進して2佐) の 栗原敏勝(72)

誰にでも多少の不安や不満があるものです。
厳しくて切ない民間の社会でもまれた人ならば、今日の あらがいようの無い社会構造にあきらめを感じ、ただ ため息を漏らすだけで消沈するところではありますが、

公務員として安楽に過ごしてこれた栗原容疑者にとって
今日の荒んだ社会構造は、彼の期待を完全に裏切るものですた。
___________________

掌握できた事の次第は、
栗原容疑者、52歳で宇都宮市に新築。

55歳で 宇都宮駐屯地・定年退職、あいにく再雇用のほとんどない時期であり、彼はみじめにも ハケンで働かざるを得なかったようです。
曲がりなりにも国家公務員であったというプライドが邪魔をして、ハケン等という職に定まる事は無かったのでしょう。

やがて6年ほど前に3女が精神分裂気味になり、刃物を振りかざすなどしたため、
これを治そうと、妻・栗原直子はカルト宗教にはまったそうです。

カルト宗教側はその祈祷料などと称して数千万円を要求。
妻は素直に これを支払う…栗原容疑者の退職金がなくなってしまいました。

_________________________________________________________________

妻がハマったカルトは 東京八王子の 真言宗 長江寺
真言宗と看板が上がってはいますが、この寺は独自に暴走しています。
金の亡者・住職はひょっとして、あれか?…朝鮮渡来の人なんじゃないのか?


長江寺 住職 荻原玄明
〒192-0004 東京都 八王子市 加住町2丁目248?3
電話 042-691-3801
http://www006.upp.so-net.ne.jp/rukajp/hagiwara1.html

…妻・栗原直子からの相談内容から 長江寺は、
栗原容疑者に退職金(幹部なら概ね3400〜3700万円ほどか?)がある事を知り得、これを狙っていたのでしょうね。
____________________

ややあって、妻が離婚調停を 宇都宮家庭裁判所 に申し出る。

宇都宮家庭裁判所
所在地: 〒320-8505 栃木県宇都宮市小幡1丁目1−38
電話: 028-621-2111
____________________

宇都宮駐屯地の近くに住んでいた。

まず自宅に放火。

ストリートビュウで観てみませう。
一番奥の家と車庫が容疑者の物件。

自衛隊は高校新卒後、37年勤務で退職一時金 2800万以上を得る。
恵まれた境遇の自衛官。。だから、精神的には子供のまんまな人が多く、
退職金が入るや否や 高級外車を購入しにディーラへ走る人が とても多い。
彼もまた、そうであったのかも知れまへん。

自宅裏手の車庫を拡大。
私有車両、かつては メルセデス・ベンツだった。
自爆時に燃えたのは、トヨタ・ヴィッツ。 最近 買いかえたと思われ。
______________________

栗原容疑者は、社会正義にそくした公平な調停を司法に期待していたに違いない。

しかし それは裏切られ、結果
「定年後に稼いだ老後の資金は全て、裁判所に差押没収された」
とありました。
______________________

上記 差し押さえに対して異議を申し立てたようです。

「 …平成24年9月18日火曜日 曇り 10時から親族問題第1回調停が調停室で実施された。
裁判官&調停官は近藤壽邦
(宇都宮家裁所長 定年退官 平成26年7月30日)、
調停員は男性が小松、女性が今井幸子であった。」

その場でのやり取りの中で、

「 今井幸子から 「(あなたは) 殺害されずに生きているのではないか。死んだら (あなたの主張を) 認めてやる。」と言われ憤りを感じた。
しかし(残念ながら)記録は残っていない。」

と、彼は書き残しています。

___________________

栗原容疑者は10月21日にYouTubeをUPし その中で、

「債権差押え預貯金を奪取され・住居家屋まで抵当に入れ、間もなく競売に附し没収される。もう、預金も住む場所も無くなる。

個人としてはどうにも対応できない。

大きな事件にならなければ問題を見向きもしないという現代の風潮は、非常に不満を持っております。

精神障がい者の子を持つ夫婦は多くが悲劇を持って終わる。私も例外ではない。全てに負けた。
私は社会に訴える。」

と、切々と訴えていました。
____________________

栗原容疑者は 子供のように純粋に社会を信じていた部分があるもんだから 簡単に追い詰められてしまいました。

先程も書きましたが、
社会にもまれ、世の中を…生意気なクソ役人社会を知っている方々ならば、
まず第一に、家裁の呼び出し等には出頭しません。

妻からの申し立てによる家庭裁判所の出頭要請書なんて、
そんなもの、放って置けば良かったのです。

また調停により発行された書類に不満があったなら、
基本的に サインなんかしちゃダメ ですよね。

素直な心は必ず裏切られる。相手が公職だからと信じて行儀良くしていちゃ、いかん。
_______________

陸上の元自衛官なら 化学肥料から爆発物(通称アホン火薬)を作るなんて朝めし前や。

ワタスは海自機関科出身で 陸自には予備自衛官で数年行っただけやけど、
こんなワタスにも 材料と30分の時間があれば 10sは作れる。

そんな陸さんに向かって…

…調停員の 「死んだら信じてやる」の一言 は非常にヤバかった。

今回の自爆事件、
火を着けたのは 宇都宮家裁 調停員 今井幸子である。

 引用元:http://ameblo.jp/daihatu-com/entry-12212812888.html


テロ?宇都宮城址公園で爆発・爆破事件起こした後に焼死自殺した犯人・加害者で元自衛官の栗原敏勝容疑者の twitter や Facebook (現在は削除済み)やブログ「精神障がい者の子を持つ夫婦の多くは悲劇の連鎖が絶えない。」などの情報まとめ!顔写真・画像や事件経緯・時系列や犯行動機などまとめ


“【宇都宮爆発】元自衛官、ツイッターやフェイスブックなどに、宇都宮家庭裁判所の裁判官や調停員に対する批判を書き込み

ここまでの数年で宗教に洗脳する側のやり口はだいぶ明らかになった
今回も確実にミスリードを狙っている
引っ越しおばさんの二の舞いは避けないとね
リテラシーを高く持とう

要約を拾ってきた

1 :以下、VIPがお送りします:2016/10/23(日) 21:40:38.238 ID:MGxoKM710

要約すると

娘が若いころに統合失調症にかかり妻と治療方法を巡って対立

妻は新興宗教にはまり娘の統合失調症に対しオカルト療法で一家の財産の大部分をつぎ込む

夫は医学的見地から基づく治療を勧めるも妻に断られる

妻と被害妄想を発症した娘にナイフで3回も殺されかける

家庭に亀裂が入り妻に挑発され手をあげると病院から診断書を持ってdv離婚訴訟に持ち込まれる

このとき夫は妻側の弁護士に嵌められたと気づく

法廷で殺されかけたことや娘が糖質であることを述べるも証拠が無いと無視され、統合失調症も軽い精神病でありなんら関係ないように言われる

このときボイスレコーダーの持ち込みも認められず
職員から「お前が死んだらナイフで殺されたことを認めてやるよ」と言われる

結果敗訴し家財も全て差し押さえられ妻に取られ、退職金も貯金も宗教団体にむしり取られ司法にも見放され自殺を決意


487 :名無しでいいとも!:2016/10/23(日) 23:23:18.31 ID:MzX/XEb00

娘が糖質、嫁が怪しい宗教に入り財産をつぎ込む。
2人をなんとかしようと奮闘する容疑者。

しかし逆に妻にDVでっちあげで提訴される。

裁判所は妻の言い分のみ一方的に認め、容疑者全面敗訴。

容疑者は長年、ネットで訴え続けるも誰も気づかず。

家も財産も差し押さえられる。

絶望した容疑者、今回の事件を起こす。

72歳でTwitterやFacebookって凄いな

まとめ(本人のブログから)

容疑者は栗原敏勝(72) 元自衛官(98年度に退官)

動機

三女が15年ほど前に統合失調症を発症し、暴れて病院移送などを繰り返す。
妻が治療と称して栗原さんの退職金数千万円をカルト宗教につぎ込む。

そのことを巡り妻と対立するが栗原さんの意見はまったく聞き入れられなかった。

妻から離婚裁判を起こされ、

・妄想に取り憑かれて無差別殺人を起こそうとする娘を止める行為

・包丁で自分を刺しにくるのを阻止する行為

・自傷行為を強引に阻止する行為

・娘を強制的に措置入院させたこと

などが娘と妻に対するDVであるという妻の訴えを裁判所が全面的に認め、栗原さんは完全敗訴し離婚が決定。

離婚における慰謝料として預貯金や自宅、車などすべて差し押さえられる。
ブログ、YouTube、2ちゃんねる等で懸命に裁判の不当を訴えるが反響は無し。

センセーショナルな自殺をすることで世間の注目を集め、自分の意見に耳を傾けてもらい、自分が正しいことを知らしめたいと自殺を決意。

なおかつ元妻(カルト)に家や車を渡すくらいなら燃やしてやろうと犯行に及んだ模様。

なお、栗原さん自身も統合失調症らしき症状が出ているが自覚はないっぽい。


栗原敏勝氏のブログ(非常に読みづらいです)
http://blog.goo.ne.jp/jpkingkoko


上記まとめは栗原敏勝氏のブログでの主張を元にまとめていますが、娘が統失であるということも彼の妄想に過ぎない可能性はあります。


10/23時系列:
AM11時13分
宇都宮市針ケ谷町428-14
元自衛官 栗原敏勝(72)宅⇒住宅火災
爆発的に燃え屋根が吹き飛ぶ



↓車で城址公園付近へ移動

AM11時33分
宇都宮市中央3丁目地内
⇒ピザーラ宇都宮店前のコインパーキングで車(栗原敏勝所有)が爆発炎上



↓徒歩で城址公園内に移動

AM11時38分
宇都宮市本丸町地内
⇒宇都宮城址公園清明館北側の駐輪場で栗原敏勝本人が爆死

・吹き飛んでバラバラの焼死体に(靴下の中から遺書)

・火薬のような匂いがした

・複数回の爆発音がした

・他、付近にいた3人が負傷


現場見取り図


 引用元:http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1477227326/


“栗原敏勝容疑者にDVで接見禁止命令 自宅に花火の残骸、威力の強い爆発物自作か

全焼した栗原敏勝容疑者宅では、午前9時半から警察と消防局による現場検証が行われた=24日午前、宇都宮市針ケ谷町(豊嶋茉莉撮影)

宇都宮市の宇都宮城址公園で爆発が相次ぎ、巻き込まれた男性3人が重軽傷を負った事件で、焼死した元自衛官、栗原敏勝容疑者(72)が平成24年、配偶者暴力(DV)防止法に基づく接見禁止命令を受けていたことが24日、栃木県警への取材で分かった。遺書には家庭内の問題に関する悩みなどがつづられており、県警は自殺につながった経緯と動機を調べる。

 県警は同日、殺人未遂容疑で、公園と栗原容疑者の自宅を現場検証した。爆発前の23日午前11時すぎに全焼した自宅の焼け跡から、家庭用の打ち上げ花火の残骸が複数見つかっていたことも判明した。

 公園の現場からは複数のビー玉やひもでくくり付けられた筒2本が見つかったほか、爆発物のものとみられる金属片が半径数十メートルにわたり散らばっており、県警は不特定多数を殺傷する威力のある爆発物を自作し、自殺を図った可能性があるとみている。

 県警によると、栗原容疑者は妻からドメスティックバイオレンスで訴えられ、24年2月から半年間、裁判所の接見禁止命令を受けていた。20〜24年には栗原容疑者や妻、娘が警察に相談していたという。

 引用元:http://www.sankei.com/affairs/news/161024/afr1610240016-n1.html


“ 関係者によると、精神疾患のある娘の相談で訪れたことがきっかけとなり、25年ごろからは、県精神保健福祉会の相談員として活動。娘の治療方針をめぐって妻と対立していると周囲に打ち明け、

「妻と娘はDVシェルターに駆け込んだ。退職金2千万円を妻が宗教につぎこんでしまった」

などと悩んだ様子で話していたという。

 離婚調停の結果、自宅が競売にかけられることになり、栗原容疑者は今年5月ごろ、こうした悩みを県の関係施設に訴えようとしていたといい、その後、自ら退会を申し出たという。

 引用元:http://www.sankei.com/affairs/news/161024/afr1610240016-n2.html

“【社会】燃えた車、宇都宮市内の男性の住所で登録 自宅も全焼

現在までに判明したことまとめ

自爆したと思われる元自衛官は、you tubeに退官パーティの動画もあげていた。
退官パーティでは「栗原2佐を送る夕べ」とタイトルが飾ってある。

よって現役は3佐、定年で特別昇任し2佐となった事がわかる。

勤務歴は細部まで述べられてないが、かつて宇都宮分校で気象教官をしており、
パイロット候補生を多数育成していたと紹介コメントがある 。

定年時の役職は、宇都宮分校地上訓練班長?

3佐は海外の軍隊だと少佐、2佐は中佐クラスに当たる

栗原敏勝の自衛隊退官バーテイー youtube動画
https://www.youtube.com/watch?v=bs0089iZO0o


この一連の爆発事件は、自暴自棄になった元自(精神障害者の可能性あり)
による放火自殺と推定することができるが、そのトリガーの一端は(本人ブログによれば)、娘の精神障害発症に付け込んだ、カルト宗教のインチキ療法(ぼったくり料金の請求)もあると思われる。

妻がその療法に自分の退職金まで突っ込んでしまい、口論の際にDVで訴えられ裁判になったという。

家などの財産もその調停で差し押さえされたらしく、宇都宮地裁に対する恨みなどもつづられている。

追加、栗原の立てたと思われるスレ

裁判官や判事に不服のある方は書き込んで c2ch.net
http://potato.2ch.net/test/read.cgi/court/1468330810/


 引用元:http://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1477208024/


【特定】栗原敏勝容疑者のブログ

「精神障がい者の子を持つ夫婦の多くは悲劇の連鎖が絶えない。」

の一部記事を引用


“宇都宮家裁判事・調停員・書記官の判断に不平・不服不満を持つ

宛先
内閣官房 内閣法制局 内閣府 宮内庁 国家公安委員会・警察庁 総務省 法務省  文部科学省 厚生労働省

司法の性善説°t手に悪意のタッグ 弁護士&宇都宮家裁判事・調停員、DVでっち上げ不正の実態

司法は本人訴訟の栗原敏勝を目隠・耳栓をし虐め抜き、国家権力の濫用でないか

本人訴訟の栗原敏勝を法曹会は、無視・軽蔑し司法は権益を守るために本人訴訟主張は認めず、絶対敗訴させるのか、疑問である。


1 宇都宮家裁判事・調停員・書記官・弁護士は処置入院を全く理解していない。
栗原理沙は4回処置入院した。

 栗原理沙の処置入院は、どのような課程を経て県知事が認定していることなど、
 判決文で全く、理解されていないことである。

  人権を拘束するのであり、通常の入院と全く異なることなど、理解していない。
 判決の中で、栗原敏勝が処置入院させたことを批判しているが、栗原敏勝の意思は
 全く、関係なしに処置入院されるのです。
  
 この文章を読んだ方が処置入院を理解していなければ、信頼されない。


 1) 栗原敏勝は理沙が佐世保・徳勝仁弁護士の娘のような事件になる前に
  未然防止した。徳勝仁弁護士は自殺した。

 2) 栗原敏勝は理沙が相模原・障害者施設の入所者死傷事件と同様な事件を
  惹起する前に未然防止した。
  事件になれば、社会は対応策を考え、議論される。
  適切に事件防止行為をし、処置した栗原敏勝に対しては、
  何故に宇都宮家裁判事は
  対応処置は適切でないと判断し、判決するのか疑問である。
  
 3) 父親である栗原敏勝を理沙が包丁で殺害する行為を未然に防止した。
  検索用語:統合失調症の娘から惨殺される。
  
 4) 栗原敏勝は理沙の自殺行為を救い治療をし、未然に防止。

 5) 保護者である栗原敏勝が、身を挺して事件・事故防止に努め社会正義を果たしたが
  宇都宮家裁判事は、判決文で適切な対応行為でないと結論付け判断判決する。
   社会に安心と安全を齎した栗原敏勝に対して宇都宮家裁判事・調停員等は
   悪の判定を下した。

6) 栗原敏勝は事件・事故を未然に防止し栗原敏勝の人生は、娘が精神疾患し、
  家庭は分解・崩壊した。
  懸命に家庭を築く為に努力したが、宇都宮家裁判事は、栗原敏勝の行為は
  適切でないと判決をした。

2 保護者選任申立事件の目的を全く理解していない。
 宇都宮家裁判事は判決文適切でないと判断し処置入院と同様、呆れた。

3 精神障害者手帳2級認定されている目的など全く理解していない。
 

 第3者による判決文を精査すれば、統合失調症を持つ家族は、
 誰でも知り得る事である。

 判決文を読んで下さい。

 栗原理沙の処置入院や保護者選任などは栗原敏勝の意思で
 申請できるものでは、ありません。

 死ねば認めると調停時に言われたが死んでしまえば
 訴える事は出来ず、死人に口無だ。
 それを望んでいる宇都宮家裁判事や調停員。
 宇都宮家裁は絶対に調査等には協力しない。
 宇都宮家裁は面子に掛け認ない。


本人訴訟は、宇都宮家裁は密室で闇打された。
インターネットで検索すると闇打ちされる・切り捨て御免される
・多くの方々から危険だと言われていましたが忠告を無視した。

全く、その通りだ。
これは法の下の平等・職業による差別でる。

調停や口頭弁論の過程で電子記録を毎回、意見具申しましたが全て却下。
口頭弁論調書も主張した内容が記録されていない部分は、毎回、
意見書を提出。
調停では調停員から死んだら認めて遣ると言われた。
録音できなかった事が残念でたまらない。

調停から最高裁まで争い全て敗訴。

裁判は確定し、債権差押命令、平成28年(ル)第77号・平成28年(ル)第431号。
平成23年(家ホ)第20号 離婚等反訴請求事件判決・平成27年(家)第675号
平成25年(ル)第878号 債権差押命令
 
判決は覆えらないが、社会正義を果たした栗原敏勝は不満不服遣りきれない。

妻に退職金は全て使い果し、定年後に稼いだ金員は、裁判に不服であるから
支払いに応じず、僅かばかりの金員を差押没収され、老後の生活は、出来ない。

僅かばかりの年金があるので生活保護は受けられない。

生活保護を受けられれば、健康保険代金や医療費が無料になるので老後の
生活が出来る。

宇都宮家裁は、老後は刑務所に入って生活しろと言わんばかりである。


調停員や判事・書記官の判断に疑問を持ち、過去5年以上、
継続して栗原敏勝は自力で調べた。

その結果、宇都宮家裁は精神障がい者に対し偏見と差別していることが判明した。
これは、司法関係者に全て帰納する。

細部については栗原敏勝で検索して下さい。

家庭崩壊の原因は三女が15年前に統合失調症に疾患した事。

他の障害者の子供を持つ夫婦は共に協力して治療しております。

治療方針の相違から夫婦は破綻した。

妻の良子は信教宗教・占い師・祈祷師による治療。

意見の相違から、寝室にナイフを準備する。

裁判では性行為を拒否するためと弁論したが事実は、証拠が残らない

精神制御された人間であり、証明は極めて困難である。

カルト宗教の影響で精神制御され栗原敏勝にナイフで斬り付ける。

口頭弁論で2度も弁論している。宇都宮家裁判事は、敏勝は曲解している
と結論付けた。

判決では先祖霊の信仰は一時的としているが継続している。

栗原敏勝は精神科病院等近代医学と行政機関を通じて治療に専念。

栗原良子は、オカルト宗教、占い師、祈祷師に頼り理沙の治療に専念。

この相違が、全ての要因である。


3女の娘が15年前に統合失調症を羅漢し、悪の循環。
精神障がい者を持つ家族の多くは悲劇を持って終わる。

妻は栗原敏勝の退職金を全て子供の為にと使い果した。

定年後に稼いだ老後の資金は全て、裁判所に差押没収された。

宇都宮家裁の判決について不服であるので支払い命令には応じない。
近い将来、家屋等も競売される。

娘が精神障がい者になり処置入院を繰返し、栗原敏勝は
懸命に事件・事故を未然に防止し、
社会正義を果たした栗原敏勝に対して本人訴訟であるが故に
判決は全て敗訴、到底承服できない。

宇都宮家裁調停員から言われた死んだら認めて遣ると
言われたが死んでも認めない。
死人に口無だ。

警察官による取り調べは行き過ぎと裁判官は判断し、覆すが
調停官・調停員そして判事等には、それがない。

裁判は名目上公開制であるが裁判所の都合によりしばしば非公開である。

司法関係者に処置入院等について、啓発活動が必要である。

 引用元:http://blogs.yahoo.co.jp/bwssf171/65883245.html


http://bokopan2ch.jp/archives/8580053.html
http://ameblo.jp/daihatu-com/entry-12212812888.html



44. 中川隆[4696] koaQ7Jey 2016年10月27日 19:08:55 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5108]

Yahoo!知恵袋 Q & A

kentarou_kenchanさん 2015/8/11 18:59:37

真言宗の葬儀では、引導法により、即身成仏になるとされています。
つまり、死者がブッダになったわけです。
そうであれば、なぜ、四十九日や回忌供養やら追善供養が必要なのでしょうか。

真言宗の関係者がいるのなら、ぜひ回答してください。
信者を騙してお布施をだまし取るなど仏法の冒涜も甚だしいものです。


ベストアンサーに選ばれた回答
wakise741さん 2015/8/12 11:25:56

日本で行われている葬式も盆も、本来仏教とは関係なく、昔からあった祖霊信仰という風習、習俗です。

日本では、江戸時代にキリスト教排除目的で、信仰に関係無く、全国民を強制的に最寄の寺の檀家にすると言う不幸な歴史があります。

形式上、全国民が仏教徒ですから布教の対象となる無宗教、他宗教の人は存在しません。
檀家は強制ですから教化をしなくても逃げません。

以降、伝統仏教は教祖(釈迦)や宗祖の教えを広める宗教というよりも、故人供養、先祖供養に重点を置く葬式仏教に舵を取ります。


真言宗では

「今現在生きて いるこの身のまま成仏できるというものです。それは、大日如来を自分自身の中に確認し、それと一体となることです。」

これでは追善供養が不要になります。
布施という方法で寺院運営費用を得るには、各種の儀式が必要です。

そのため、古代インドで仏教が新興宗教として誕生した時、現在のヒンズー教の前身バラモン教の教義であった十王経などをもとに各種法要を行います。

以下は浄土宗の公式ホームページです。

「三回忌までの法要はインド、中国の習慣(しゅうかん) を取り入れたもので、それ以降(いこう) の年忌法要は日本で生まれたものです。」
http://jodo.or.jp/knowledge/soshiki/index_22.html


仏教徒ならともかく、故人供養、先祖供養だけが目的の葬式仏教徒は深く考えてはいけません。


質問者 kentarou_kenchanさん 2015/08/12 19:33:11
寺院の運営を保証するのは、檀家の役目だと思います。必要なものであれば、お布施いたします。
しかし、お金が必要だからと言って、檀家を騙して、四十九日や回忌法要を行わせるのは、仏法を冒涜するものです。

真言宗の寺院に関わるものは、地獄に落ちるべきだと思います。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12148938267


45. 中川隆[4697] koaQ7Jey 2016年10月27日 19:43:35 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5109]

Yahoo!知恵袋 Q & A

secular2004jpさん 2014/1/16 22:39:32
お彼岸、七夕、お盆も元々は仏教ではなく神道の行事が先行していたのですか?


ベストアンサーに選ばれた回答

bouretuさん 2014/1/17 07:14:40

お彼岸、七夕、お盆も元々は仏教ではなく神道の行事が先行していたのですよ

これらは仏教伝来以前の日本の神の風習です。

アマテラスのように神の代表は太陽でした。
日本は故人も神になりますので、「先祖=太陽」という思想があったのです。

彼岸は太陽が中くらいの時の先祖と神のまつりでした。
※真東から太陽が昇り、真西に沈み、昼と夜の長さが同じ期間。

盆は太陽の力が最も強い頃の先祖と神のまつりでした。

正月は太陽が弱いの時の先祖と神のまつりでした。

今も彼岸に神社に行く地域、また正月に墓参をする地域もあります。

・太陽が強い頃の先祖崇拝= お盆

・太陽が弱い頃の先祖崇拝= 正月

・太陽が中間の頃の先祖崇拝=彼岸


なお、七夕は七月の盆で先祖供養をするにあたり、水で身を清めた神道儀礼でした。
今でも七夕の行水は各地に残っています。
また七夕の竹も祖霊を宿す神籬(ヒモロビ)だったといわれます。


お彼岸、七夕、お盆、彼岸などの行事は外国に存在しません。

仏教とは本来は無関係の神道の風習と言えるそうです。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14119564019


46. 中川隆[4698] koaQ7Jey 2016年10月27日 19:46:32 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5110]

神道とは

これが弥生人の神道
 
古代の日本人の霊魂観によると、人は肉体と霊魂からなり、また霊魂を「タマ(魂・玉)」と呼びました。生命の維持はタマの働きによって保たれ、死はタマの離脱することだと考えられていたのです。病気や怪我などはタマの一時的離脱であり、死はタマの永遠の離脱(脱出)を意味していました。つまり、「タマ(魂・玉)」は生命活力の根源とされてきたのです。

 「タマフリ(魂振り)」は、「タマ(魂・玉)」を振り動かして、その霊威を高める働きです(魂振・魂殖・魂触・魂降などは少しずつニュアンスが違いますが、生命エネルギーの活性化という意味では同じです)。神や人のタマを人の中府(ちゅうぶ・体内)に鎮め結び付けること(「タマシズメ(魂鎮め)」)は、霊威が活き震うことの前提であり、「タマフリ(魂振り)」により人の生命力と活動力が強化されると考えられたのです。

 「タマフリ(魂振り)」いわゆる鎮魂(ミタマシズメ・ミタマフリ)は、禊祓(みそぎはらい)と並ぶ神道の重要な行法で、枯渇する人の魂を振り起こし、衰微する魂の生命力を再生する救霊の呪法です。そして鎮魂祭は、人の肉体から遊離しようとする「タマ(魂・玉)」をしっかりと中府(ちゅうぶ・体内)に鎮め固定し(「タマシズメ(魂鎮め)」)、「タマフリ(魂振り)」をすることによって人の生命力と活動力を強化すると考えた古代信仰から生まれた神事(祭祀)なのです
http://blog.livedoor.jp/susanowo/archives/50045056.html

人里に近い山を「葉山」といい、亡者の霊がしばし山中に留まり、この世への執着を絶った後に祖霊となり、やがて里を訪れて子孫に福をもたらしてくれる、という葉山信仰が東北に多く、恐山もその一つだ、といいます。
http://www.kurikomanosato.jp/to-r07simokita.htm


「人が死ねば肉体は滅びても、その霊は祖霊として永遠不滅な一種の生命体となって蘇生復活し、高い山に上って住み、山上から麓の子孫を守ってくれる」と信じられていました。この我が国固有の信仰は、すでに「古事記」にも見られ、永年にわたって脈々と受け継がれてきたのです。

 古来、子孫の生活の中で最も重要なことは「稲作」であり、祖霊なる「ハヤマの神」は、春4月8日ごろ「田の神」とになって田に降りて、子孫の農耕を助け、秋の収穫が終わると、家族と新穀を共食し、10月8日ごろ再び山に帰って休むと信じられていました。

したがって、「ハヤマ」のある場所は、田の見える端の山でなければなりません。もっとも、祖霊の住まう山は「ハヤマ」の冠を持つとは限らず、山形県や秋田県の「モリノヤマ」などは、「ハヤマ」に相当する山です。
http://www.geocities.jp/hayama1462m/hayama-history.htm


これが縄文人の神道  

上の稲作云々の部分は弥生時代以降に変わった部分で本来の神道は:

アイヌの人々が考える宇宙は、この世とあの世とからなる。人間は死ぬとあの世へ旅立つが、そこではあの世での新しい生活がある。そこで一生を終えるのと、またこの世に戻ってくる。この世とあの世とは、同じ生活が営まれているが、季節や昼夜は反対である。

 霊魂 この行き来するものが霊魂であるが、この世にあるすべてのものに霊魂が宿っているとされている。

 アイヌにとってのカミ観念 そうした霊魂のうち、火や雷、地震、津波などの自然現象、クマやオオカミ、トリカブトなどの強い力を持った動植物など人間の意のままにならないもの、力を持ったもの、不思議もの、役に立つもの、あるいは恐ろしいものが、神として崇められ、畏れられた。神は崇められるだけではない。神として崇められた霊魂は、人間世界へなんらかの恩恵をもたらすことで、返礼する。



47. 中川隆[4699] koaQ7Jey 2016年10月27日 19:57:48 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5111]

アイヌの霊の世界 (小学館創造選書 56)を取り上げたいと思います。
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%8C%E3%81%AE%E9%9C%8A%E3%81%AE%E4%B8%96%E7%95%8C-%E5%B0%8F%E5%AD%A6%E9%A4%A8%E5%89%B5%E9%80%A0%E9%81%B8%E6%9B%B8-56-%E8%97%A4%E6%9D%91-%E4%B9%85%E5%92%8C/dp/4098200562


著者の藤村さんは、アイヌ研究の第一人者で、
現在は北海学園大学の名誉教授ですが、
以前、開拓記念館の研究員をなさっていたときに
主に道東各地のアイヌ文化に関してフィールドワークを実施し、
さまざまな長老の方々と語り合う中で徐々に受け入れられ、
その本質に触れていくことができるようになったということでした。

この本の中で「憑き神」について述べられているところを要約しますと、


・誰にでも憑き神は憑いている。

・憑き神は人が生まれるとともにこの世にやってきて、
 その人が死ぬとその霊共々あの世に返っていく。

・先天的に憑いて来る霊には2種類あり、1人から最大3人で-ある。

・後天的に憑く霊は4種類ある。
 非常事態(たとえば病気)などのときに助けに来たりする霊もいれば、わるさする霊もいる。

・個人以外に人間の集団に憑く神もある。家系や村などの集団組織ごとにいる。

・同じ憑き神が複数の人を渡り歩くことはない。

・その人の動きやしぐさを観察すると、その人の憑き神がわかったりする。

・憑き神を知るためには「トゥス(シャーマン)」のところへ言ってみてもらうと判明する。

・その個人が成長するとともに憑き神も成長し、老化する。


…などなど、という感じですね。

現代スピリチュアリズムで言うところ「守護霊」とは同じ雰囲気のところもあれば、
そうでないところもありますが、大きな差異が見られるわけではない、とも思います。
「わるさする神もいる」、ということですから、それは「憑依霊」として分類されますね。

「守護霊」というと、なんでもかんでも守ってくれるもの、と勘違いしそうですが、
「その人(集団)の成長を助けてくれる見えない存在・神さま」と考えるほうがあっているようですね。


そして、それらの憑き神などの存在を、
普段は意識できないように、この世界もできているわけですが、
どうもこれはちゃんといるんだなーと感じる体験ができるのが、
上記にもあったシャーマン的な特異能力を発揮するような人に出会ったときですね。

http://www.donavi.com/contents/column/spiritual_nonaka/023/


本の中に「不思議なアイヌの超能力」という章があり、
そこには巫術行為(トゥス)の系統について述べられています。


 ・トゥスは世代世襲制である。家系をはずれてトゥスができるようになる人はいない。

 ・母親がトゥスをする人であって、子供が誰もできない場合、
  母方の兄弟の子供にできる人が現れたりする。

 ・例えば、姉がトゥスをよくする人で、その姉が急死した場合、
  ぜんぜんできなかった弟が代行する場合などもある。


ということで、霊能力には家系が非常に大切と言うことも分かります。

そういえば有名な霊能者さんのお話を聞くと、ご先祖様が霊能者をやっていた方もいらっしゃいますし、
そのままでなくても、お医者さんだったり神主さんお坊さんだったり、という方が多いような気も致します。

そうするとその方の拝む対象や、浄化の仕方なども自然とその系統を受け継いでいくようです。


また「ノイポロイクシ」と呼ばれる能力もあるそうで、
著者の藤村さんがご存知でそれができるという方はお二人いて、まずある古老の方は、


 ・あるときに「頭痛」がして、そうすると五分以内に来客が来ることがわかる。

 ・その来客も遠方から来る見知らぬ人に限って起こる。

 ・必ず頭痛する部位が、頭の右か左に偏り、
  左の場合は位の高いような大切なお客であるし、右の場合は並の人である。

 ・「はげしい頭痛」がある場合は、とてつもなく偉い人の来客である。


ということであり、もう一人のおばあさんの場合は、


 ・来客する1時間か30分くらい前に頭痛が走る。

 ・荒々しい頭痛の場合は女性の来客で、緩やかなときは男性の来客である。

 ・訪問理由の概略と来客の年齢まで分かる。


という感じで、来客に関して分かるという共通点はあるものの、
細部の情報の伝わり方はそれぞれ違うようなのですね。


それで、「どうして分かり方がちがうのか?」というのは、
私の考えでは、おそらく頭痛が走るようなやり方で、その方々の「憑き神」、
つまり「守護霊」さんたちが教えているのからなのではー?と思うわけですね。
つまり、憑き神さんたちとその受け取る人の能力差によって、
サインの受け渡し方法が違うのだろうと思うのです。

ですから、いろいろ便利そうだからと
若い人などが興味本位で超能力を伸ばそうとしてもそうならないのは、
きちんとそれぞれの憑き神さんが受け取る人の能力や人格を配慮して、
受け取る準備ができている人のみに、お知らせを送っているためと思われます。


ちなみに後のおばあさんの場合は、嫁いだ先のお姑さんがそういう能力があった方で、
離婚した後、自分の故郷に帰ってからご自分にも能力が出てきた、ということですから、
霊能力には実際の血のつながりだけでなく、さまざまなご縁も非常に大切なのかもしれませんね。


そのほか、この本にはカラスの鳴き方でもって来客や死別、
向かいの家でご馳走がある、それが自分の家に回ってくるか、こないか(笑)、
天気のよしあし、豊漁の有無などもわかる、ということですから、
カラスさんもいろいろ考えておしゃべりしているものなのだなーとも思いますが、
今ではすっかり忘れられている以心伝心的なコミュニケーションがあったおかげで、
昔の人々も厳しい自然の中で生き延びて来られたのかもしれないと思いましたね。
http://www.donavi.com/contents/column/spiritual_nonaka/024/


アイヌ文化の中のスピリチュアル的な行為の代表としては、
ツス(降霊現象)とウエインカラクル(観自在・千里眼能力)が挙げられるかと思います。

要するに、恐山のイタコさんのような力のある方が村の中にいて、
何か問題が起こるとお伺いを立ててことなきをえた、ということですね、
いわゆる「シャーマン」がいたわけです。

具体的にはどのような感じだったかということで、
今でも活躍中の方がいらっしゃればよいのですが、
なかなか「アイヌ式」などと謳っておやりになっていらっしゃる方は居ないようなので、参考文献として


『アイヌお産ばあちゃんのウパシクマ―伝承の知恵の記録』
 青木愛子 述 長井博 記録
   樹心社 1983年 新版2001年 ¥2000+税

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4795224803/reborn0asyuracom-22/250-1298541-7861852

の記述をお借りしますね。

『ウエインカラをするためのカムイノミ等の儀式形式は何もない。
対座する相手と話をしながら、相手の過去や未来のことが見えてしまうのである。

これは目の前にいる相手でなければならないということはなく、
電話に出ている1千キロ離れた相手であってもかまわないし、
今どこに居るかわからない人のことであってもかまわない。
想うと見えてしまうのである。

…病人が来て愛子の治療を受ける。
治療の謝礼として金子(きんす)を包みに入れて差し出す。

開封せずに中の金額がわかる。その金子を借金してきたこともわかる。
貧しい家庭の様子まで見える。財布の金額もわかってしまう。
こうなると貧しい人からは謝礼を受け取れないということになる。

牧場主が1〜2ヶ月後に出産予定の子馬の性別を知りたがる。
生まれる時の様子が見えるので、雄か雌かわかる。

商売の運勢を見てもらいに人が来る。
その商売で動くおかねの様子が見える。
ついでにその人の浮気の様子まで見えてしまう。』


…ということで、この本に出て来る青木さんも、
なかなかお見通しな方だったようですねー。
見たくなくても見えてきてしまう、とのことですから、
とても霊感がおありの方だったようです。

それで、そのような能力というのも、
青木さんの場合は、若い頃に死の淵を彷徨ったことから始まったようですね。

臨死体験をして、あちらの世界へ行きかけたのだが、
「お前はまだやりのこしたことがある!」とかなんとか
守護天使さんのような方に言われて舞い戻ってきたら、
いつのまにかそのような能力が付いていた、という体験談も良く聞きますよね。

また強制的に臨死体験をするようなことをして霊感を高める修行は、
各地の伝統宗教などにも良く見られますね。

ネイティブアメリカンの方などでは
呪術師見習いがひとりで少しだけの食糧を持って荒野をさまよい、
精霊の声の導きを待つ、といういわゆる「ヴィジョンクエスト」などもあり、
ほんとに命がけで行なったようです。

ただ共通しているのは、「見える」ようになるということは、
自分ひとりの力で行なっているわけではないと言うことですね。
ただ、聴きに来る方は「その人自体がエライ先生」と言う風に祭り上げやすくなってしまうので、
霊能者自身も勘違いしやすい、道を誤りやすい、という弱点もあるようです。

そのような能力があっても青木さんのようにずっと謙虚な姿勢を保つというのは
霊能者自身にとっても難しいでしょうから、様々な人にできるだけ救いの手を差し伸べると言う事と共に、人間的にバランスを保つというのは、この世に学びにきている大きなテーマかもしれません。
http://www.donavi.com/contents/column/spiritual_nonaka/020/


アイヌ最後のシャーマン_青木愛子フチは「ウエインカラ」ができたそうです。

それは何かというと「千里眼」ですね。

「陰部まで見える」って書いてありましたから、よっぽど見えたそうです、でも見たくない人のも見えて困ったと思いますが。それはがんばってようやっと女湯覗けたらおばあちゃんだらけだった(小6の修学旅行にて)、という感じでしょうか?(^^;)

まぁつまり彼女は数少ない本物のアイヌ霊能者「ウエインカラクル」だったのですね。


たとえばある方が見てもらいに来て、封筒にお金をいただく、そうするとあける前に金額がわかる、そしてそのお金は借金したものだということが見える、だとするとなかなか受け取れない、というような感じだったそうです。

この方は10年位前までご存命だったそうですから、なかなか現代の神人のようだったんだなぁーって思いますね。

あとは「ツス」といって神がかりになることですね、イタコさんのようになることがおできになったようです。

それでその「イタコ」という言葉の語源もアイヌ語にあるようで「イタック(言葉)オイナ(宣託)」の変化だそうです。

それでははー出てきました、アイヌ語で「守護霊さん」というのは「トレンペヘ」って言ったそうです、「憑き神」っていうことですね。

だいたいどんなに凡人でも3人くらい憑いていて、守っているようです。自分の子供の憑き神は大体見ていれば親がわかったそうですが、わからん場合はこういう人に頼んでみてもらったそうです。ご先祖様がどうとかもですね、沖縄ではユタさんがそうですね。

そして書いてあります。


『一人ひとりが持っている光(注:オーラ?)が見える。

明るい人、非常に明るい人はごく少なく、暗く見える人が多い。

何も見えないほど暗い人もある。

暗い人の過去現在をウエインカラしてみると、詐欺、泥棒、異性関係の乱れている様子、売春や覚せい剤、物欲の強い様子等が見える。


ウテキアニ(愛)の精神で生きようとしている人は明るく、無慈悲な人、愛のない人は暗く見えると解釈している。

現在財宝をたくさん所有しているかどうかということとは関係なく、その光の量が見えてしまう。』


ということですね。自分なんかは細かいことは見えないですが、おそらくこの光の量というのは良くわかるんだと思うんですね、ですから、自分が遠くから見ていてもそれは結構良くわかるので占いができるんだと思いますし、あまりはずさないのかな?って思うんです。でももっとはっきりわからないとあかんなぁーっては思いますね(^^)。
http://blogs.yahoo.co.jp/fy3on3/6770078.html

ウテキアニ(育みわかちあう愛) 青木愛子ババの一周忌に思う

1989年の秋、日本列島の「気の文化」を考える上で、また日本人の生き方を見つめ直す上でも国内の先住民族・アイヌの伝統文化を学ぶことが最も重要なことだと考えた津村喬さんから、「アイヌ自然医学を訪ねて」という研修名で私と連れ合いにコーディネートをしてほしいという要請があった。 

その前年、私は一年近くアイヌの人達と仕事をしたおかげで、道内のかなりの数のアイヌの人達と知り合っていた。とりわけアイヌ語でカムイノミ(神事)のできるエカシ(長老)や伝統的な女の手仕事を身に付けているフチ(おばあさんの尊敬語)との出会いは強烈で、北海道で生まれ育ってはいたものの今まで実際には知る機会がなかった目に見えない世界・魂の領域を私が意識するようになれたのもこの頃からだった。

 ぜひ年内に第一回目を実施したいという津村さんからの要請を引き受けてはみたものの具体的な提案はなく、全てこちらにおまかせ方式。これは大変な課題を背負ってしまったと悩みつつも、自分が出会い感動したアイヌのコスモロジーをなんとか他の人達にも伝えたいという気持ちがいわば私のエネルギーになっていた。

 アイヌの伝統文化の根幹に学ぼうとするならばシャーマニズムは不可欠なものだが、沢山出会ったアイヌの人達から今もシャーマンがいるという話は一度も聞いたことがなかった。よく考えてみれば、和人がいっきにおしよせた明治以降、厳しい同化政策が一方的に進む中でアイヌの信仰やシャーマニズムの世界は特に差別の対象にされてきたのだから、私が知り合ったアイヌの年輩者達がそれらの事を今でもそう簡単に口にすることはできなかったのだろう。

はたして薬草や呪術的な世界に精通したシャーマンは今も存在しているのだろうか。

どういう組み立て方にしようかと考えあぐねた私は、「アイヌ自然医学」というテーマの研修をするならばやはりこの本しかないと思ったのが『アイヌお産ばあちゃんのウパシクマ(樹心社)』だった。

これは札幌在住の写真家で伝承医学研究家の長井博さんが記録した本で、アイヌの伝統医術の世界、とりわけ人間の誕生・出産に関するコスモロジーが青木愛子ババを通して驚くほど豊かに語られていた。

アイヌに関する書籍は次々出版されていたが、この本のように一人の実在するシャーマンの口から伝承医術が具体的に語られている内容のものは当時これ一冊といってよかった。

 表紙の言葉をそのまま紹介すると

「青木愛子はアイヌコタンに代々続いた産婆の家に生まれ、古代から継承されて来た産婆術(イコインカル)、診察・治療のための特殊な掌(テケイヌ)、薬草(クスリ)、整体手技、あるいはシャーマンとしての技量をも駆使して(ウエインカラ ツス ウエポタラ)、地域住民の心身健康の守り役、相談役として活躍している。

本書は十年にわたって愛子の施療の実際を見、その言葉の一つ一つを丹念に記録して、アイヌの信仰と文化の実態に迫った伝承の知恵の書。」

と書かれていた。

 研修の核となりうる存在はこの人だと思ったもののいっさいの噂を耳にしたことがなかった当時の私は、もしかしたら亡くなっているのではという不安をいだきながら大急ぎで愛子ババ探しを始めた。しかし、意外にも出会いは短距離で実現した。ババは二風谷に健在で、親しくしていた樺さんの母方の叔母さんにあたるというのだ。

「連れては行くが、それから先の話は自力でやるように。」と樺さんに念をおされながら私達が訪ねて行ったのは研修実施一ヶ月前の事だった。

初めて訪ねて行った時の愛子ババは、すでに産婆としての現役時代を終えてはいたものの、鋭い眼光でいきなり「アイヌのモンキー見物に来たのか!」と煙草をふかしながら言った。

参ったなあと思うほどこちらを見透かすような強い眼力と迫力で、こういう人には素直にしなくてはと思った途端、

「なしてそんな青っちょろい顔してる。」とババは連れ合いに向かって言いながら自分の近くに手招きした。

私達がそばににじりよるとババはポイと煙草をほおってよこした。

「いいから二回吸ったらババさよこせ。」。

連れ合いが言われるままに煙草を吸いババに戻すと、今度はババがまたその煙草を一口大きく吸い、薪ストーブの焚き口を開けて火の神様にアイヌ語でなにやら祈りはじめた。私達にはアイヌ語は解からなかったが、何か連れ合いのために神々にお願いしてくれているということはよく伝わりありがたい気持ちになった。


 この時、愛子ババは私達と初めて会ったのにもかかわらず、連れ合いが帝王切開かつ仮死状態で生まれ、決して丈夫とはいえない体で育ち、一ヶ月前に母親を癌で亡くしたせいで身も心も疲れており、父親も病弱で心配の種であることなどを瞬時にして感じとっていた。

質問などいっさいなしで、ババの心の中には連れ合いのことが色々観えてしまっていた。ババはこういうふうにいろいろ観えてしまうことを“胸の知らせ”と言っていたが、初対面で私達はいきなりシャーマンが持つウエインカラ(千里眼)の力を思い知らされた。

 祈り終わるとババはすぐに

「ババのこと信じるか。」

とたずね、私達が信じますと心からそう思って答えると、

「ババのことを信じてこの薬草がなくなるまで煎じて飲めば丈夫になる。間違いないから。」

と言いながら部屋中にぶら下がっている薬草の中から連れ合いに必要なものを選び、無造作に渡してよこした。そして何度も

「あんたのためにやる薬だから他の人には絶対やるんじゃないよ。信じて飲めば効くんだから。」

と言った。

その時ババが連れ合いのために選んだ薬草は、ヤマニンジンとシケレベ(きはだの木の実)、キトピロ(行者ニンニク)だった。

この日、私達はアイヌのシャーマンがウエインカラ(千里眼)と薬草術によって人を癒やすことを身をもって体験した。そしてババは一ヶ月後に研修で訪ねて来る人達にも会うことを約束してくれた。

 再び二風谷を訪れるまでの間、連れ合いはババの薬草を毎日煎じて飲み、どのくらいからか記憶はさだかではないが一ヶ月後には慢性的な下痢が止まり、血色の良い顔になっていた。

生まれつき胃腸が弱いせいか下痢状態の便があたりまえだった彼にとってこれは画期的なことで、どんなに沢山食べても痩せていた体に少しづつ肉がつきはじめていた。


■89年12月、慌ただしい師走の隙間をぬうようにして「アイヌ自然医学を訪ねて」の第一回研修ツアーは実施され、冬〜夏〜秋〜春と季節を変えながら4年続き、5年目は京都気功会の企画として、さらに翌年は春なお寒い道北の白樺樹液採集の森を訪ねつつ通算6年間行なわれ、延べ120人余りの人達が参加した。

 研修内容は毎回かならず二風谷を訪ねて愛子ババと歓談することをはじめ、大長老の葛野エカシや亡くなった織田フチ、木幡エカシ、当時まだ国会議員ではなかった萱野茂さん、杉村京子フチ、千歳コタンのフチ達、その他多くのアイヌの人達の様々な協力に支えられた。チプサンケ(舟おろしの祭り)やラォマップ・カムイノミ(伝統漁法による鮭迎えの儀式)にも参列させてもらった。

また、不治の病いを愛子ババに助けられ、それ以後伝承医学の研究をライフワークにされている長井博さんには、ほとんど毎回お話を聞かせていただいた。


しかしなんといってもこの研修の核となったのは愛子ババである。回を重ねるごとに急速に体調を崩していったババは、入退院を繰り返し、こんどは無理かなと思っていても不思議に研修ツアーの時は自宅に戻っていて皆に会い続けてくれ、毎回参加者とババとの間にはなにかしらのドラマが生まれた。

 ババはウエインカラでその人の不幸や心の傷を観てとると、「かぁわいそうにぃ〜。」と独特の言い方と眼差しでその人を包んだ。いきなりとも言えるその愛の癒しに沢山涙を流した人達がいた。

「いつまでも空家(独身)にしとかないで、もっと素直になれ。幸せになんないばだめだ。」と言われた人。

「真っ直ぐいけ。真っ直ぐいってどんとぶつかれ。」と言われた人。

「あとはここ(胸のチャクラを指差して)、ここの窓を開けばいいだけ。すぐそこまできてるんだから。」と言われた人。

「今のこの人と一緒になれば幸せになるから。」と言われて翌朝すぐに相手の所に行って結婚を決めた人。


ババは終始一貫して皆に最愛の人を見つけ、結婚して幸せな家庭を育むようにと言っていたが、大宇宙の法則からしてそれが自然な営みなのだから自然に逆らわずに生きることが一番だと説いていた。

 また、ババは参加者の何人かの手を握り、ほんの少し手相を観てはその人の不幸や具合の悪さをいったん自分に引き受けその人を癒した。

「なんともない。だいじょうぶだから頑張って。」とババに言われた人は、手を握られている間に悪い手相が消えていた。不思議な話だが本当だ。

ババの説明によるとその人を癒そうとする時、その人の病いや悩みをババはいったん我身に引き受け、その後自力あるいは自分の憑き神様達の力で、引き受けた悪いものを自分の外に祓い落とすのだそうだ。 

皆と歓談しているうちにフゥーフゥーと肩で大きく息を吐きながら、水をがぶがぶ飲むこともしばしばで、

「憑いてた悪いもん引き受けてやったしょ。したから火照って、火照ってどうもなんないしょ。」

と私に耳打ちしながら着ている物を次々脱いで肌着一枚になったこともあった。


こうした“いったん我身に引き受ける癒し”の行為にはものすごいエネルギーを必要とし、歳をとり体が弱ってきたババにはだんだんそれがしんどくなっていた。それにもかかわらずババは自分に助けを求める人が傍らにいれば、たとえ相手が無意識でもつい手を差し伸べ悪いものを引き受けてしまっていた。

 愛子ババは、優れたイコインカラクル(助産婦)であり、ツスクル(降霊能力者)であり、ウエインカラクル(観自在者)であり、薬草や整体を含める各種療術師であった。カムイノミ(神儀)やウエポタラ(まじない)も行ない、さらにはウェプンキネ(看取り)も行なっていた。その人がさわやかにあの世へと旅立つことができるようにその人のトゥレンペヘ(憑き神)と話し合ったりしながら臨終に立ち会うこともしていた。

 これについては昨年9月に出版された『女と男の時空: /ヒメとヒコの時代(藤原書店)』という本の中で、旭川医科大学助教授の松岡悦子さんが「魂を見守る人」というタイトルで愛子ババのことを書いている。84年から88年までの4年間に松岡さんが愛子ババのもとに通って話を聞いたもので、これを読むと愛子ババを通して知るアイヌのシャーマンの役割とは、総じて「魂を見守る」ということなのがよく解る。

助産を意味するイコインカルは見守るという意味であり、臨終を看取るウェプンキネということばも見守るという意味なのだそうだ。

つまり愛子ババは直接的には生まれてくる赤ちゃんや死にゆく人を見守りながら、この世とあの世とを行き来する魂を見守る役目をはたしてきた。そしてこれまでアイヌのコタン(共同体)には、愛子ババのようなシャーマンがかならずいて人々の健康と生と死を見守ってきたのだ。


■私達が「アイヌ自然医学を訪ねて」という研修ツアーをきっかけにして愛子ババと出会った時、ババはすでに現役時代を終えて少しづつあの世へ旅立つ準備を始めていたともいえる。八人の子宝に恵まれ、皆無事に成人してはいたものの私と同じくらい歳の末の娘さんは不治の病いで病院生活が長く、どんなに他人を癒すことができても我が子にその力は効かないのだとババは時々シャーマンの運命を悲しそうに語った。

 私達は6年間、ババと一緒に食事をし、歓談し、研究者のような質問をさけ、ただただ一年に一度皆でババに会うのを楽しみとした。「たまげたなあ。皆、心のきれいな人ばっかしでないの。」とババは大きな目を見開いて言い、かならず皆のためにアイヌ語で祈ってくれた。津村さんが愉気をしてあげるととても気持ちが良いと喜び、「先生こんどいつ来る?。ババの生きてるうちにもう来ないっしょっ。」とわざとだだっ子のように言うのが口癖だった。

 そんなババが第4回目春の時には一緒に山に入り、子供の時よく遊んだというカンカンの沢まで行った。途中茂みの中に生まれてまもなく亡くなったお父さんの霊が姿を現わし、ババはうわさ通りの立派な風貌だとすごく喜んだ。その日の夕方、ババは今まで自分が祝い事の儀式の際、神々と交信するために用いてきたトゥキ(お椀)とトゥキパスイ(捧酒箸)を参加者全員の前で津村さんに贈った。

唐突にお祈りを始め「このトゥキをシサムのツムラに贈るのでカムイよどうかそれを許して祝ってください。」というような内容の祈りが終わると、なんの説明もなしにいきなり津村さんにあげるから持って帰れと言った。津村さんが驚いて「こんな大事なものはいただけない。」と断わると、「甥っこや娘らが持つよりも先生んとこさいくほうが生きる(トゥキが)から。祝い事にしか使ってこなかったんだよ。なしてさっさとしまわない。」とババは相変わらず乱暴な口のききかたをし、隣りにいる私になぜ津村は受け取らないのかと目で言った。ババは津村さんを代表にこうして自分のもとに集い、自分からの一方的な愛だけでなくお互いに癒し合う交わりを本当に喜んでくれていたのだ。

そしてこれから先も手渡した神器が愛と幸せを祝う働きをなしていくようにとババは願っていた。恐縮している津村さんをうながしてババからの贈り物を受け取ってもらいながら、私は全員がこの神器と共に大事な心をババから託されたという実感を抱いた。


■ババがあの世へ旅立ってからも、時々私にはあの独特な話し声が聞こえてくる。

「自分が今までこうして生きてこれたのも、愛のおかげさ。こんな田舎の、それもうんと昔に、なしてババに愛子なんて名前ついたのさ。“愛”でしょ。愛のために生きる人になれって、愛をみんなさ伝える人になれって、どっか上の方(神様)でババの親にそういう名前をつけさせたのさ。

アイヌもシャモ(和人)も全国世界中、神の道は一つなんだよ。“ウテキアニ(註:ウ・互いに テク・手 イ・それを アニ・執る)”さ。解かるかい。

こうやって(自分の両脇にすわった人の手を握り)あんたもあんたも(目で一同に手をつなぎ合うよううながす)ほらこうすれば伝わってくるっしょ。これがウテキアニ。これが愛でしょ。」。研修ツアーで遠くから訪ねて来た皆にババが一番伝えたかった話だ。

 癒しにおいて大切なのは超能力や技術よりもむしろ愛だということは、愛子ババだけでなく多くのヒーラーが語っていることで、気功でもそれは同じことだろう。世界が健康でなければ個人の健康もないという立場も愛を基にしてこそ成り立つものだ。

自分では何も書き残すことのなかった愛子ババは直接触れ合った私達に、大切なものの伝え方、遺し方を教えてくれた。ババの愛に包まれた者は、また自分が出会った人にその愛を手渡していけば良いのだと思う。今は神戸で暮らすババの神器が、協会のこれからの活動の中で、津村さんのそして私達の人生の中で、愛と幸せを祝うことができるようにと祈りたい。
http://www2.comco.ne.jp/~micabox/grugru/aiko1.html


青木愛子の人となりを簡単に紹介するならば、収入になるかどうかの問題は置くとして、アイヌ世界のプロフェッショナルとしてのイコインカルクル(助産婦)であり、ツスクル(降霊能力者)であり、ウエインカラクル(観自在者)であり、クスリや生体を含める各種療術師であるといえよう。

…巫女の側面としては、ツス(降霊現象)とウエインカラ(千里眼)がある。ツスは昭和二十一年五月(三十二歳)に始まり、ウエインカラは章は三十年(四十一歳)、癌の手術で死にかけた時から始まっている。

例えば人生相談のものが来て、すでに他界している先祖の霊にお伺いしたいというようなことで、愛子の肉体に死者の霊を降ろして語らせる現象をツスと呼ぶ。

ウエインカラ、いわゆる千里眼で何でも見えるようになると、人生相談の者が来てもツスをする必要がなくなり、もっぱらウエインカラして見るようになる。巫女として、他の種々のカムイノミ(神儀)やウエポタラ(まじない)等も行う。


というわけで、愛子さんも小さいころから能力があってということではなく、途中からよくわかるようになって来た方のようですね、さらに、女系の方は代々そのような能力をお持ちの方のようです。

では実際にはどのような感じでわかったかというと、

距離と時間を越えて見える

ウエインカラをするためのカムイノミ等の儀式形式は何もない。対座する相手と話をしながら、相手の過去や未来のことが見えてしまうのである。

これは目の前に居る相手ではなければならないということはなく、電話に出ている一千キロ離れた相手であってもかまわないし、今どこに居るかわからないある人のことであってもかまわない。想うと見えてしまうのである。

…病人が来て愛子の治療を受ける。治療の謝礼として金子(きんす)を包みに入れて差し出す。開封せずに中の金額がわかる。その金子を借金してきたこともわかる。貧しい家庭の様子まで見える。財布の金額もわかってしまう。こうなると貧しい人からは謝礼を受け取れないということになる。

牧場主が1〜2ヵ月後に出産予定の子馬の性別を知りたがる。生まれるときの様子が見えるのでオスかメスかわかる。
商売の運勢を見てもらいに人が来る。その商売で動くお金の様子が見える。ついでにその人の浮気の様子まで見えてしまう。

…例えば、一緒に居る人たちには見えないのだが、愛子にだけは大蛇が沼に居るのが見える。

死者の霊が見える。例えば愛子の親しい友人が交通事故で死亡した。死亡してから四十九日目の間は、その友人の例が愛子のところに遊びに来るのが見えて、対話する。愛子にとっては日常的なことなので恐ろしいという気持ちは起きない。

四十九日が来ると、すでに死亡しているその友人の親族の霊が友人の霊と一緒に現われて歌をうたったりする様子が見え、その声も聞こえる。これは四十九日で終わる場合である。


またオーラはこのように見えていたようで、大変興味深いですねー。


一人一人が持っている光が見える。明るい人、非常に明るい人はごく少なく、暗く見える人が多い。何も見えないほど暗い人もある。

暗い人の過去現在をウエインカラしてみると、詐欺、泥棒、異性関係の乱れている様子、売春や覚醒剤、物欲の強い様子等が見える。

明るく見える人をウエインカラしてみると、他人に対して尽くしている様子が見える。ウテキアニ(愛)の精神で生きようとしている人は明るく、無慈悲な人、愛のない人は暗く見えると解釈している。現在財宝をたくさん所有しているかどうかということとは関係なく、その光の量が見えてしまう。


と、なるほど、私も光の量が違うということは良くわかるようで、くすみが内ない人ほど良い人ですよね、しかし、もともと心が温かい人でも、さまざまなストレスがたまっているとその周りにくすみがたまっていってしまって、そのストレスを発散できていない状態が長い間続くと、もともと明るい朗らかな方もふさぎ込むようになってしまったり、ガンコになってお酒に走ったりというわけで、オーラの明るさというのはまず非常に重要かつわかり易いその方の性格、状況の指標になったりしますよねー(^-^)。

ですので、まずスピリチュアルなこと学び、またそれを人生上で活用していくときに、オーラがわかるのとわからないのでは結構差がつくような感じも、実は致しますね。

「そんなオーラなんて普通の人がわかるようになるはずがな〜い!レインボーブリッジも封鎖できませ〜ん!」

とあきらめてしまうのは簡単なのですが、まぁ自分としては自分が一応わかるようになったということは、もっと霊感体質で、かつ慈善的な活動なさっているような人はたくさんいらっしゃるわけですから、そのような方もうまくその能力を特に難しいことを学ばなくても活用できるようになる時代が来ると思うのですね。
http://www.uranaiblog.net/user/fy3on3/fy3on3/62550.html


青木愛子さんについては

アイヌ民族 (朝日文庫) (文庫)
本多 勝一 (著)
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%8C%E6%B0%91%E6%97%8F-%E6%9C%9D%E6%97%A5%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%9C%AC%E5%A4%9A-%E5%8B%9D%E4%B8%80/dp/4022613572

でも詳細に紹介されています。  

アイヌのシャーマンの治療分野として大きく以下のジャンルがある。

1.ウェインカラ(透視・千里眼)
霊的障害(サイキック・アタックなど)、心的要因、具体的要因を透視して呪術を施したり、その障害の具体的な治療方法で対応するもの。「空」の境地に入るといわれる。

2.トゥス
治療師のトレンカムイ(憑き神)や患者の先祖などを降ろし、トゥスクル(トゥスする人)の肉体をそれらに支配させ、病因や治療の方法を託宣いただくもの。 いわゆる「トランス状態」に持っていくため、トゥスクルの神憑りの間の記憶はないらしい。

3.ウェポタラ
祈祷師による呪術に準すると考えられる。魔実的要素が濃い。

4.フッサラ
悪霊の嫌う薬草や植物などをを用いて祈りと共に病人に憑く悪霊を追い払うもの。 ウェンカムイ(悪霊)払い。

6.薬物療法(単品・複数のアレンジの治療法)
多くは、民間伝承によるが、霊的なアドバイスにより薬草は個別性に応じて配合するらしい。 筋骨格系、神経系に働きかけ、歪みの矯正、身体のバランス保持やリラクセーションをはかる。 カイロ、整体、指圧、マッサージなどのボディワークの概念を含むとされる。

9.テクマウ(手当て療法)
カムイへ祈り、行う手当て療法。外気功に対応するらしい。

これらの秘儀の継承は家系的に受け継がれるのもと、臨死体験し、魂が持っている要素を引き出し秘儀を授かることが多い。


REF034 二風谷アイヌのウェポタラ 1     Ainu
Exorcism Rites Uepotara in Nibutani, Hokkaido: 1         N.G.Munro D-2
13'00" 1933 白黒サイレント
94011001 (ORG・RETAKE)(Hi8), 92090202 93052603 (AGFA版・字幕無・チセノミと混)(Hi8), 96030801 (非復元版・日本語字幕・チセノミ混)(β-CAM)     

帰化スコットランド人医師N.G.マンローは、第二次大戦前、二風谷アイヌへの医療と健康改善につくしながらアイヌ研究を続けた。その中で撮影され、生前未完成に終った悪霊払いの儀礼の記録、オリジナル版その1(原版16mm)。エカシの祈祷(アッツシ、イナウ)、儀礼(庭先、家の脇:樹の枝)、治療(庭先・川岸、数種類のイナウ)、樹に祈祷(刀、着物を治療に使用)、火のついた草束を患者がくぐる、エカシの踊り(イナウ、刀の使用)、女性の踊り


REF048 二風谷アイヌのウェポタラ 2      Ainu
Exorcism Rites Uepotara in Nibutani, Hokkaido: 2     N.G.Munro D-2
15'00" 1934 白黒 サイレント
92090202 93052603 (チセノミと混じっている)(Hi8)     

N.G.マンローの悪霊払いの儀礼の記録、オリジナル版その2(原版35mm)   

川辺での治療、家の脇での呪い・治療、織物(糸紡ぎ、アットゥシを織る)、揺り篭の子供をあやす、赤ん坊を背負う、頭にのせたものを運ぶ、炉端の周りに集まり食事をする、女性の踊り、輪舞(男女)
http://tokyocinema.net/far-eastlist.htm


48. 中川隆[4700] koaQ7Jey 2016年10月27日 20:03:31 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5112]

アイヌとカムイ

アイヌ民族の伝統的な世界観では、カムイは動植物や自然現象、あるいは人工物など、あらゆるものにカムイが宿っているとされる。一般にカムイと呼ばれる条件としては、「ある固有の能力を有しているもの」、特に人間のできない事を行い様々な恩恵や災厄をもたらすものである事が挙げられる。そして、そういった能力の保持者或いは付与者としてそのものに内在する霊的知性体がカムイであると考えられている。

カムイは、本来神々の世界であるカムイ・モシリ (kamuy mosir) に所属しており、その本来の姿は人間と同じだという。例えば下記のアペ・フチ・カムイ (ape huci kamuy, 火の老婆のカムイ) なら赤い小袖を着たおばあさんなど、そのものを連想させる姿と考えられている。そしてある一定の使命を帯びて人間の世界であるアイヌ・モシリ (aynu mosir) にやってくる際、その使命に応じた衣服を身にまとうという。例えばキムン・カムイ (kim un kamuy, 山にいるカムイ)が人間の世界にやってくる時にはヒグマの衣服(肉体)をまとってくる。言い換えれば我々が目にするヒグマはすべて、人間の世界におけるカムイの仮の姿ということになる。

名称ではキムン・カムイ、コタン・コロ・カムイ (kotan kor kamuy, 集落を護るカムイ、シマフクロウ) 、レプン・カムイ (rep un kamuy, 沖にいるカムイ、シャチ) のように、「ーカムイ」などのように用いられる。

また、カムイの有する「固有の能力」は人間に都合の良い物ばかりとは限らない。例えば熱病をもたらす疫病神なども、人智の及ばぬ力を振るう存在としてカムイと呼ばれる。このように、人間に災厄をもたらすカムイはウェン・カムイ (wen kamuy, 悪しきカムイ) と呼ばれ、人間に恩恵をもたらすピリカ・カムイ (pirka kamuy, 善きカムイ) と同様に畏怖される。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%A0%E3%82%A4

遥かな古代、まだ人々が神について考える事すらなかった時代、その頃から人間は、なんらかの魔法を行っていました。我々の知る最古の魔法は、ネアンデルタール人の時代、つまり現在から7〜8万年前の狩猟成就の儀式です。彼等は、くまの頭蓋骨を並べ、より多くの獲物が得られるよう祈ったのです。4万年程前のクロマニョン人の時代になると、魔法も進歩しています。壁画に動物を描いて、狩猟の成功を祈ったのです。

つまり、熊の頭蓋骨という具体的なものを必要とせず、絵という抽象度の高いもので魔法をかけられるようになったのです。

これらを【フェティシズム】〔Fetishism物神崇拝〕と言います。このような時代の魔法、つまり人類最初の魔法はフェティシズム的世界観によって行われた魔法だと考えられます。

つまり、『もの』の魔力を直接用いる魔法です。ネアンデルタール人の魔法も、熊の頭蓋骨という熊の肉体〔の一部〕そのものの持つ力を用いた魔法である事が分かるでしょう。動物の爪を持つことで自らの攻撃力を高める魔法は、フェティシズムの時代からある古い古い魔法なのです。フェティシズムといっても、異常性欲の一種ではありません。宗教学において、フェティシズムとは、物神崇拝〔または呪物崇拝、霊物崇拝〕の事です。つまり、【物】に魔力があり、その力を崇拝するという思想です。元々は、15世紀にポルトガルの船乗りが西アフリカに行き、住民が歯や爪、木片や貝殻、さらに剣や鏡などを崇拝しているのを見て、自分たちがフェティゾ〔カトリックの聖遺物〕をありがたがっているのと似ていると考えて、フェティシズムという言葉ができたのです。

そして、西アフリカの住人が拝んでいる物神のことをフェティッシュと呼ぶようになりました。西アフリカの例では、部族に一つフェティッシュがあるほかに、家族ごとにもフェティッシュがあります。個人が一つのフェティッシュを持っている例もあります。

フランス人で社会学の祖コント〔1798〜1857〕によれば、「フェティシズムは世界に対する人間の根源的態度」であり、人間の精神史における最初の段階である「神学的状態」における人間の心性であるとされます。つまり、人間の精神が発達し始めた最初の段階で、自分たちが生命を維持する為に使うものたちに、何らかの力を感じ、それを崇拝するようになった状態がフェティシズムなのです。フェティシズム自体、物に潜む魔法を見出す一種の魔法体系だと考えられますが、フェティシズムの考え方は、後の魔法体系にも広く取り入れられました。物に魔力を込めてマジックアイテムを作り出すのは、このフェティシズムが起源でしょう。

ちなみに、フェティシズムには、宗教学的意味、経済学的意味、心理学的意味があり、上記の説明は宗教学におけるフェティシズムです。経済学で言うフェティシズムは、(あの『資本論』を書いた)カール・マルクスによって定義された言葉で、「商品が人間の意志を超えて動き出し、逆に人間を拘束するようになった」状態をあらわしています。日本語では【物神崇拝】といいます。そして、心理学で言うフェティシズムが【節片淫乱症】とも訳される性倒錯の一種です。いずれも、実態(宗教学では物の働き、経済学では物の使用価値、心理学では性の対象となりうる人体)から遊離した物に価値を見出す心理です。

人類の実体から象徴を抽象化する能力に伴う、人類の文化そのものに潜むフェティシズムが、様々な方面にあらわれたものと解釈されています。フェティシズム的魔法の時代が数万年続いたあとで、人類はアニミズム〔Animism 有霊観・精霊崇拝〕的世界観を手に入れました。そして、これによって物の背後にあって魔力の基となる霊的存在に気づくことができるようになりました。

メラネシアの住人がマナと呼んでいるもの、我々日本人があらゆるものに宿っていると感じている神々、これらは全てアニミズム的な霊的存在なのです。物に宿る霊的存在こそが魔力の源であるならば、同じ物でもより強い霊的存在を宿らせる事で、より強力に働かせる事が出来ます。また、病などが起こるのも、人間に宿る霊が抜けてしまう事で人間の働きが悪くなってしまうからなのです。逆に、敵の武器に宿る霊的存在を追い出す事ができれば、敵の刃は味方を傷つける事がないのです。

このように、アニミズム的世界観があれば、魔法に様々な工夫を施す事ができるようになります。そして、その工夫の差によって、魔法の力に大きな差が出るようになりました。魔術専門家の出現です。フェティシズムの次の段階として、「物」それ自身に魔力があるのではなく、「物」に霊的存在が宿っていて、それが力を持っているのだという考え方が登場しました。これがアニミズムであり日本語で汎神論といいます。

この霊的存在のことを、精霊と呼んだり、神々と呼んだりします。イギリスの文化人類学者タイラー〔1823〜1917〕によれば、アニミズムは夢や死、病気や幻想などの経験から、体から離脱できる非物質的で、しかも人格的な存在を信じるようになった事から生まれたとされます。そして、そのような霊的存在を進行する事が宗教の始まりであるとされています。

アニミズムは、現在にも残る魔法の基本となりました。死にかけた人の親族が、屋根の上や井戸に向かってその人の名前を呼ぶのは、死にかけた人の魂がどこかへ行ってしまうのを防ぎ、元の身体に戻るように行う儀式なのです。例えば、ケルト人の間でも首を狩る習慣がありますが、これも首に存在する霊魂を獲得する事で、狩った側の豊穣を祈る魔法なのです。他にも、動物霊の存在はきつね憑きなどの憑依現象の原因であるし、お盆も霊魂が特定の日に戻ってくるというアニミズム的な考え方の名残なのです。トーテミズム〔Totemism 族霊崇拝〕とは、ある集団と、特定の動植物や事物とが、特別な結びつきを持っている事をあらわします。


そして、その特定の何かの事を、トーテムと呼びます。元々は、アメリカ・インディアンのオジブワ族の言葉ototeman〔彼は私の一族の者だ〕に由来するものです。特にそのトーテムを柱に刻んだトーテムポールでして知る人も多いでしょう。

けれども、トーテミズムは、インディアンだけの特殊事情ではなく、世界中で広く行われていました。トーテミズムの例としては、奇妙なものも多いです。特定の部族が熊を自分たちの先祖と信じているものなどは、まだしも分かりやすいです・・が、オーストラリアの部族で、下痢という病気をトーテムに持つ部族もいます。こうなると、一体トーテムとは何なのか、訳がわかりません。ともかく、特定のトーテムを持ち、時にはトーテム名で呼ばれる部族が、そのトーテムに関して何らかの利益を得たり、何らかのタブーをもっています。

これが、トーテミズムです。つまり、トーテムと部族の間には、何らかの神秘的なつながりがあります。そのつながりのために、部族は何らかの約束事を守らねばならず、その代わりに何か利益を受けます。これを魔法と呼ばずして・・何といえばよいのでしょう。シャーマニズム〔Shamanism 祖霊崇拝〕は、アニミズムにおける霊的存在が、物に宿るだけではないことを知ったことによって生まれた魔法です。

つまり、本当に強い霊的存在は物に宿っておらず、人間の手の届かないどこかにいるのだということを知った人間が、その強い存在に働きかける為に作り出した魔法体系がシャーマニズムなのです。そして、このシャーマニズムにいたって、遂に職業的魔術師が登場する事になりました。それがシャーマンです。

シャーマンといっても、大きく分けて2種類のシャーマンがいます。彼等の使う魔法も二つに分けられます。【憑依型シャーマン】と【脱魂型シャーマン】です。

憑依型シャーマンは、強力な霊的存在を自分の肉体に宿らせて、その霊的存在に力を発揮してもらう魔法を使います。つまりシャーマンの魔法は、必要な霊を選択すること、自分の体に宿らせる事の二つです。本当に魔法(奇跡かもしれませんが)を使うのは、シャーマンの身体に宿った霊が行うのです。こう言うと、憑依型シャーマンは、たいした能力を持っていないように思えるかもしれません。しかし、そんな事はありません、自らの肉体を霊に貸し、しかもあとから取り返せるようにしなければならないことを考えると、シャーマンの魔力は大変高いものでなければなりません。

実際、能力不足のシャーマンが悪霊に憑依されたままになった例は、何度も報告されているほどです。憑依型シャーマンの魔法の強さは、呼び出す霊のバリエーションと強さによって決まります。より強い霊を、数多く呼び出せるシャーマン(その上で、呼び出した霊を追い返せる能力も必要)が、強力なのです。


脱魂型シャーマンは、自らの霊魂を肉体から離脱させ、高位の霊的存在に会いに行って、依頼を行います。シャーマンの魔法は、自らの魂を離脱させる事、高位の霊のいる所まで魂だけで旅をする事、高位の霊に依頼を聞いてもらう事の3つです。こちらも、本当に魔法を使うのは、シャーマンが出会った高位の霊です。脱魂型シャーマンの利点は、霊を自らの肉体に宿らせなくても良いので、より高位の霊と接触する事ができる点にあります。

憑依型シャーマンは、霊を強制的に呼び出すため、自らが霊よりも強い力を持っている必要があります。また、強力な霊を我が身に宿らせるのは、本人にとってかなりの負担です。しかし、脱魂型シャーマンは、自らが会いに行くので、そのような制限がなく、どんな強い霊に依頼する事も可能です。その代わり、高位の霊を強制して働かせるわけにいかないので、うまく説得したり、適当な代償を支払ったりする必要があります。けれども、国家的大事件などを解決するには、憑依型シャーマンでは力不足で、脱魂型シャーマンの力が必要となります。

脱魂型シャーマンの魔法の強さは、高位の霊に会う道筋をどれだけ知っているかと、その高位の霊に依頼を聞いてもらう為の技術によって決まります。より高位の霊と接触できれば、より高度な魔法が使えるのです。

シャーマニズム、特に脱魂型シャーマンは、文明社会では早くに衰退しました。というのも、神々について知った人々は、最高位の霊である神に祈る僧侶の祈りの方が、それ以外の精霊に接触するシャーマンよりも強力に見えたからです。特に大事件を扱う脱魂型シャーマンは、宗教というライバルに顧客を奪われ、衰退の憂き目を見る事になりました。

現在では、未開地域を除いて、脱魂型シャーマンを見る事はありません。しかし、憑依型シャーマンは、憑依させる霊の制限から比較的小さな願いをかなえる魔法であった為個人を相手にする魔法使いとして長くその地位を保つ事が出来ました。心霊主義も、憑依型シャーマンの末裔と考える事ができるほどです。つまり、憑依型シャーマンは、20世紀になっても使われつづけた魔法体系なのです。
http://f4f4440.s10.xrea.com/pagefile/sinwa/jujut2.htm

原始宗教


1) アニミズムとアニマティズム


山崎
「アニミズムとは、動植物から、山や川や海といった無生物、 雨や風や雷などといった自然現象に至る万物に、霊的存在〔霊魂・神霊・精霊・妖精など〕を認める信仰だ」。


ルナ
「つまり自然の万物、万象を生命化するのがアニミズムなのね」。


山崎
「そうだね。もっとも原始的な宗教で、神の観念はこのアニミズムから生じたとされるよ」。


ルナ
「やがて、太陽、山、海、風などが が神格化されて多神教の神になったのね」。


山崎
『アニミズムより以前に、アニマティズム(プレ・アニミズム)が存在したという説もある。

アニマティズムとは、万物に内在する生命力や活力に対する信仰で、ここから神の観念が生じたとも言われている。山や海や太陽などといった人間の力を超える存在に対し、おそれかしこむ心情を抱くこと。火や水の浄化力を信じて禊(みそぎ)したり火祭を行うこと。鏡や剣に霊力がそなわるという考え。これらはアニマティズムに通じていると言えるんじゃないかな。

なお、呪術さらには宗教そのものが、超自然的存在を動かすことを目的としていて、アニマティズムの発展と考えられるよ』。


ルナ
「いずれにしても、かつて人間は、人智を超えた自然神秘や驚異を神と見なしたということね」。
「最初にアニミズム説を唱えた人は?」。


山崎
『エドワード・バーネット・タイラー(1832〜1917・オックスホード大学初代人類学教授)というイギリスの人類学者だ。タイラーは主著「原始文化」で、神や霊魂の観念、呪術、祖霊崇拝などといった宗教現象となっている人間の意識をアニミズム〔ラテン語のアニマ(霊魂・生命・気息の意)から〕と定義し、これこそが最も原始的な宗教の形で、ここから死霊崇拝などを経て多神教へと発展し、さらに一神教へと進化したと述べたそうだ』。


ルナ
「当然、一神教の立場の人たちから激しい批判を受けたでしょうね」。山崎「そのとおりだ」。


山崎
『なお、タイラーは最初に「文化」の概念を明らかにした人としても知られている。彼は、文化や文明は、人間が獲得した知識、信仰、芸術、慣わしなどといった能力や習慣の複合体であるとしている。また、世界各地に同じような神話が見られることから、文化は伝播すると主張したようだね。のちには、世界の諸文化を、野蛮、未開、文明の3つに分け、文化の進化主義をとったというよ』。


ルナ
「アニマティズムを主張した人は?」。


山崎
『タイラーの弟子の マット〔1866〜1943・イギリスの人類学者。オックスフォード大学学長〕だ。彼によると、人類が霊魂や精霊の観念をもったのは、智恵がかなり発達してからだという。例えば「雨よ。やんでくれ」と雨に呼びかけるのは、雨に霊魂が存在していると見ているのではなく、雨を生命そのものとみなしているというのがマットの主張だ』


ルナ
「なるほど」。


山崎
『それからマットは、メラネシアやポリネシアといったオセアニアの島々の原住民が持つ「マナ」の観念を自説の裏付けとしていて、アニマティズムは、マナイズムともいうよね』。

B、マ ナ

ルナ
「マナって?」。

山崎
「自然、人工物、人間、神、祖霊、死霊などあらゆる存在が持つと考えられている超自然的な力だ。広く太平洋諸島にみられる観念だという」。


山崎
『例えば「彼が勇士なのは、マナを有する槍を持っているからだ」とか「彼の土地に作物がよく育つのは、マナを有する石を持っているからだ」とか「マナを持てば家畜が増える」とか「酋長は多くのマナを所有している」などと言われるものだね。

マナの特徴は、その人やそのものに固有な力ではなく、付け加えたり、取り除くことができるということ、また勝手に他のものに伝わっていくということにある。だから、槍や網などの道具類、また病人や疲労した人に、マナを注入することで、望ましい状態にすることができると考えられている。

マナを得ることが利益ももたらすので、人々は強力なマナを得ようと様々な努力をするというよ。
マナの観念は、イギリスの人類学者・カトリックの宣教師 コドリントン(1830〜1922)の著書「メラネシア人」によって世界に紹介されている。彼は、マナとは“転移性を有する超自然力”と定義している。このマナが学会の注目を集めたのは、マナのような超自然力こそが、宗教の原初であり、あらゆる宗教の本質であると考えられたことからなんだ』。


ルナ
「“超自然力を獲得するための努力”なら、修験道では、山岳を霊力が強い場所とみなし、そこで修行すれば霊験(れいげん)を得るとしている。この霊験という超自然力を得て、加持祈祷を行なう人が修験者だわ」。


山崎
『修験道には“転移性を有する超自然力”の観念もみられるよね。
密教では、宇宙の根本仏の大日如来と合一することで即身成仏を目指す。これも超自然力を手にするための努力だ。
護摩木や供物を火の中に投じ、煩悩を焼き尽くす「護摩」という修法には、火を超自然的な浄化力とみなす観念がみられるね。
また日蓮系においては、日蓮の著した曼荼羅にはすごい功力(くりき)があるとされていて、これを拝み題目(南無妙法蓮華経)を唱えることで、自己の仏性が顕現され、大変な功徳が得られると信じられている。

古神道では「禊」(みそぎ)は、身削ぎ(心身の浄化)だけでなく、霊注ぎ(みそぎ)の意味もあるなんて言われる。水の持つ超自然的な浄化力やエネルギーを信じるものだね。
「神籬」(ひもろぎ・巨木)や「磐座」(いわくら・巨岩石)に、神が依りつくという考えは、超自然力の転移だ。
神道では、巫女(みこ)や神輿(みこし)に神霊が宿ったり(転移)するし、お祓(はら)いなんていうのは、まさに超自然的な力で災いを除く呪術だよ』。


ルナ
「一神教の神も超自然力をそなえた全知全能の神だわ」。


山崎
『一神教においては、人間が神の力を獲得することは説かれないけど、生前に奇跡をなした人を「聖人」という称号を与えて崇めるカトリックの「聖人崇拝」なんてのは、特定な人間に超自然的な力を認めるものだし、
「教会には神より聖霊が与えられていて、秘蹟(サクラメント)の効果は、聖職者に聖霊が宿るから可能である」なんていうカトリックの教義にもマナ的観念がみられる』。


ルナ「カリスマ(ギリシャ語。神の賜物の意)という語も、本来、キリスト教の言葉で、神から与えられた奇跡、呪術、予言などを行なう力をさすというわ」。


山崎『イスラム教神秘主義のスーフィズムでは、すぐれたスーフィー(神秘主義者)は、人々の願望をかなえるバラカという特別な呪力を得ていて、聖者として崇拝の対象となる。


バラカは死後も存続し、ムハンマドや聖者たちの遺体、遺品、墓石などにバラカがあり、これらを拝んだりすると様々な功徳があるとされている』。


ルナ『スーフィズムの聖者崇拝は、カトリックの「守護聖人」(特定の職業や地域などを守護すると崇められる聖人や天使)に対する信仰と近いわね』。


山崎『こうした宗教の源となったアニマティズムというのは、おそらく人類が超自然的な力を恐れ、危害を避けたいと願うと同時に「その力を味方にしたい」と考えたことから生まれたのかもしれないよね』。ルナ「はい」。

C、呪 術


ルナ『「呪術」も超自然的な力を動かすことで目的を達成しようとするものでしょ』。


山崎『呪術は、雨乞いのように人や社会に有益なことを目的とする「白呪術」と、人や社会に災いが起きることを目的とする「黒呪術」に分けられ、黒呪術には、密教の「調伏」〔ちょうぶく・明王などを本尊として、怨敵や魔障を降伏(ごうぶく)させる修法〕や「丑(うし)の時参り」なんかがよく知られている』。


ルナ『丑三つの刻(午前2時半頃)、社寺の樹に、呪う相手のわら人形を取り付けて、呪文を唱えながら五寸釘を打ち込むのが「丑の時参り」ね。よく白衣に身をまとった女性が、わら人形に釘を打つ姿が漫画に描かれたりするわ。


釘を人形の頭に打てば、相手の頭を痛めつけ、手足に打てば手足を痛めつけられる。満願の日までに人に見られると効果がないとか、目撃されたらその者を殺さないと自分が死ぬとか言われているわよね』。


山崎「黒呪術には、この他、写真に針を刺したり、相手の名前を書いた板に釘を打って海に流したり、足跡に釘を打ったり、相手の髪の毛を手に入れて呪うなどの方法があるようだね」。


ルナ『「お百度参り」は、白呪術になるのかしら?』。


山崎『そうだね。百度参りは、平安時代にはじまり、中世以降に一般に浸透したそうだ。特定の社寺に100回参詣し祈願するものが、のちに1日に100度参詣する形式となったそうだよ。


拝殿で祈願すると、そこからお百度石に戻り、そこからまた拝殿に行き祈願することを100回繰り返す。これを、お百度を踏むと言うんだけど、数を間違えないように、小石や小枝や竹べらが用意されていたり、お百度石の壁面にそろばんのようなものが備え付けられていたりするよね』。


ルナ「宗教がどちらかというと、超自然的な存在への帰依や服従であるのに対して、呪術は人間の力によって超自然的な力を動かそうという意識が強いようね」。

D、シャーマニズム T


ルナ「シャーマンが、トランス(恍惚)状態、神がかり状態となって、神や霊といった超自然的存在の言葉を語るシャーマニズムも古いタイプの宗教でしょ。邪馬台国の女王 卑弥呼もシャーマンだったというし」。


山崎『シャーマンは、ツングース語(シベリア東部・中国東北部に住むツングース系諸民族の言語)のシャマン(霊媒師)に由来するという。


日本のシャーマンの代表が、民間巫女(みこ)の「イタコ」(東北)と「ユタ」(沖縄)だね。巫女は、神社で神に仕える神社巫女〔かつては処女をあてた〕と、民間巫女に大別されるんだけど、民間巫女は、口寄せをするところに特徴がある』。


ルナ「巫女の語源は?」。山崎「不明だが、神の子を意味するみかんこの転、貴人の子を敬って称したものなどと言われているよね」。


ルナ「口寄せって、死霊を招いて神がかり状態となり霊の意志を語るのよね」。


山崎『口寄せには、ルナの言った「死口」(しにくち)の他、神霊を寄せる「神口」(かみくち)、生霊を寄せる「生口」(いきくち)があるそうだ。個人によってどれを得意とするかがあるみたいだね』。


ルナ『神や死者・さらには未来人・宇宙人など交信する「チャネリング」は、現代版の口寄せといったところね』。


山崎『シャーマンは、口寄せ(霊との交信)ばかりでなく、とり憑いた悪い霊を除く「除霊」。さまよっている霊を浄化(成仏)させる「浄霊」。またそれらにより、病気を治したり、災いを除くこと。


さらには、予言、占い、前世や過去世をいいあてること。悩み事相談なんかもするよね。悩み事相談の答えは「現在の不幸は、○代目前の先祖への供養が足りないために、その先祖が苦しんでいるのが原因です」とかいうものだ』。


ルナ「最近では、スピリチュアルカウンセラーなんていう連中が登場したど、彼らのしていることは、民間巫女と基本変わらないわね」。


山崎『それから未開社会では、青年期に夢や幻覚で見た鷲や熊などの動物霊を、個人の精霊(守護霊)としたり、日本のように祖霊信仰を持つ社会では、先祖の霊が子孫を加護するという思想があるようだけど、シャーマンは、守護霊と関係が深いようだ。


世界的に見てシャーマンになるには三つの型があるとされるよ。1つは、代々シャーマンの家系で守護霊が継承される世襲型。


1つは、召命型。これは、守護霊に選ばれた者が、巫病(ふびょう)にかかり、夢や幻覚で守護霊を見たり、幻聴で守護霊の声を聞くなど心身に異常をきたす。選ばれてしまったら本人の意志で拒絶することは困難で、拒否すると異常が激しくなり死ぬこともある。先輩シャーマンの指導によりシャーマンになると異常は消え、守護霊に守られるというもの。


もう一つは、修行型といって自分の意志や親族などのすすめにより師のシャーマンのもと修行し、呪文やトランス状態になることなどを学び、最後に守護霊を依り憑かせる儀式をうけてシャーマンになるというもので、このとき陶酔や幻覚のなかに現れた霊体が守護霊となるというものだ。


守護霊は、神霊であったり、先祖の霊であったり、精霊(鷲や熊などの動物霊)であったりするらしい。シャーマンと守護霊が夫婦や主従の関係とされたり、守護霊に眷属(けんぞく・家来)がいて、シャーマンは守護霊の力により眷属を使うことができるとされている場合もあるというよね』。

E、シャーマニズムU〔イタコ〕


山崎「イタコは、東北の津軽、南部〔岩手県と青森県下北半島と北秋田にまたがる地域。狭義には盛岡をさす〕の民間巫女だ。語源は、アイヌ語のイタク(語る)に愛称のコが付いたという説や、戒名を板に書いて祀るので板コである等の説がある。下北半島の恐山〔おそれざん・879mの火山。宇曾利山(うそりざん)ともいう〕を聖地とするよね」。


ルナ「恐山?」。


山崎『恐山は、862年に 慈覚大師 円仁(延暦寺3代座主。天台宗山門派の祖)が地蔵尊を祀ったことに始まると伝承される。菩提寺(円通寺地蔵堂)があり、比叡山、高野山とともに日本三大霊場とされるよ。


菩提寺は1536年に 聚覚(じゅかく)が再建して以来、山腹の円通寺〔曹洞宗。1522年、宏智聚覚(こうちじゅかく)の開山。南部氏の開基(資金的な開山)。本尊 釈迦如来〕の管理となっている。


宇曾利湖というカルデラ湖を中心に、周囲に朝比奈岳、円山、大尽山、釜臥山などの山々がある。周囲の山々は、八葉(はちよう・8つの花弁)蓮華の花弁をあらわしているとされる。いたるところに硫気孔があり、音を立てて硫気を吹き出していて、三途の川、賽の河原、八大地獄などもあり、死霊信仰と地蔵信仰が習合した霊場だ。


死者の集まる山として7/20〜24日の大祭には、参詣や観光でにぎわい、数珠を手にしたイタコによる口寄せが境内のいたるところで行われる。こ2恐山の大祭や、津軽半島 金木町川倉の地蔵盆には、沢山のいたこが集まるという』。


ルナ「イタコには盲目の女性が多いと聞くけど?」。


山崎『天台宗の寺院でも養成しているところがあるそうだが、普通、盲目の女性が少女のときに師のもとに弟子入りし、経文、祈祷、筮竹(ぜいちく)による占いなどを学ぶことが多いというよね。


独立のときにカミ憑(つ)けという神婚式を行い自分を守護する神や仏をもらうらしい。彼岸や盆に死者の供養として口寄せをする他、病気治しのオッパライ(お祓い。猫や馬や蛇などが描かれているイタコ絵馬を用いて病気の原因を占ってオッパライの祈祷を行う)をしたり、オシラサマを祀ったりするというよ』。


【 オシラサマ… 東北地方の民間信仰の神様。多くは30pほどの桑の木2本に男女や馬の顔などを彫ったり書いたりして、おせんたくと呼ぶ布を着せ、家の神、農耕神、養蚕神としたもの。神棚の祠におさめる。春秋の祭の日には祠から出しておせんたくを着せ替えたり、本家の老婆が祭文(さいもん・祭のときに神にささげる祈願や賛嘆の心を表したことば)を唱えるという。


イタコが行う土地も多くオシラサマを両手で持って舞わせながら祭文を唱える。イタコがオシラサマを舞わせたり、少女がオシラサマを背負って遊ばせることをオシラアソバセという。】

F、シャーマニズム V〔ユタ・御杖代〕


ルナ「ユタというのは、聞いたことがないけど…」。


山崎『ユタは、沖縄本島を中心に南西諸島で活動する民間巫女で、女性がほとんどだが男性もいるというよ。語源は不明だが、左右にゆためくことからとか、あらぬことを口ばしるので、ゆた口やゆたゆん(よくしゃべる意)からきたなどと考えられている。


ノロ〔祝女。地域の祭祀を取りしきり、御嶽(うたき)を管理する女性神官。世襲制で、かつては琉球王国より任命された〕が神官であるのに対し、ユタはシャーマン(霊媒師)だ』。


ルナ「沖縄では、女性が祭祀の中心なのね」。山崎「そうだ」。


山崎「ユタは、多くは幼少から病弱で霊能力を持つ者がなる。宿命によってなるのであり一般人はなれないとされるよ」。


ルナ「イタコが修行型であるのに対し、ユタは召命型なのね」。


山崎『幼児期に不思議な精神体験をし、その後、神ダーリ(巫病・神よりユタになるよう与えられる病気)にかかり、精神的に不安定な状態となり、死者と交信したり、予言を語ったり、異常な行動をするという。神の指示に従うことで精神が安定し、異常行動はなくなり、ユタとしての能力が現れてくるというよ。


その後、御嶽(うたき)を巡り、自分の守護神を見つけこれをのり移りさせて、最終的には弟子入りして学ぶという』。


【 御嶽… うたき・おたけ・沖縄県において、神社および鎮守の森に相当する聖地。多くは森の空間。山そのものや島そのものであることもある。


宮古(宮古島など)や八重山地方(石垣島・西表島・竹富島など)では、過去に実在したノロの墓が御嶽となっているものも多く。そのノロは地域の守護神として祀られているという。


社殿はなく、本殿にあたる最も神聖な場所をイベ、イビ、ウブ等と呼び、イベ石という自然石を祀る。イベ石は、古神道の磐座(いわくら)にあたり、神が降臨する場である。


イベには、香炉、線香、ロウソクなどが置かれ、酒や供物が供えられる。琉球王国時代、御嶽は完全に男子禁制で、現在でも、イベには、ノロ(祝女)・ニーガン(根神)・ツカサ(司)等の女性神役しか近づくことはできないという御嶽も多い。


≪ ニーガン… 村の草分け的な家を ニーヤ(根屋)と呼び、その主人(村の長)が ニーンチュ(根人)、主人の姉妹が ニーガン(根神)である。ニーガンは ノロの支配下にあり、村の祭祀を行った。


ツカサ… 宮古、八重山地域には ノロの名称はなく、ノロに代わって村落の祭祀を司る神女。≫


また、大きな御嶽では、人々が御嶽の神を歓待して歌ったり踊ったりするための「神あしゃぎ」(神が足をあげる場=腰を下ろす場の意味という)と呼ばれる四方が吹き抜けの建物が設けられていることもある。


鳥居がある御嶽も見られるが、これは明治の「皇民化政策」による結果。明治初期には、宗教政策の一環として御嶽を神社化する動きもあったが、影響は一部にとどまっている。


御嶽に祀る神は、村落共同体の祖霊神、太陽神、土地神、水神、火の神、農耕神、鍛冶の神、航海神、竜宮神、英雄神など様々。普通、それぞれの御嶽には、これを崇拝する集団がいて、代表者の女性神役を中心に定期的に豊作祈願や悪霊払い等がなされている。


現在でも新しい御嶽が出来たり、逆に統合されたり、放置されるなどしているという。なお、村落や地域の人々が、加護や繁栄を祈願する場所を「うがんじゅ」(拝所)と総称する。うがんじゅの多くは御嶽であるが、他に霊石や洞穴などの場合もある。】


ユタを守護する神(守護霊)は、多くは何代か前の先祖が多いが、観音菩薩などとする者もいるらしい。ユタは、自分の守護神が他人のそれより霊力が強いことを誇りとするそうだ。


ユタによる死霊の口寄せを「マブイワカシ」(マブは霊魂の意。本来は守護する意)という。人により、琉球王朝時代の死霊を呼び出すのを得意としたり、死んで間もない者の霊を得意とするなどの違いがあるらしい。この他、身体から抜け出した生霊を戻して病気を治す「マブイグミ」なんかを行うそうだ。


また、教義も戒律もないことから、ユタの祭壇には、仏教、神道、キリスト教などの偶像なんかが一緒に並べられているそうだ。また、副業としてユタを行なっている者も多いというよね。


また沖縄には、沖縄県には「医者半分、ユタ半分」ということわざがあり、ユタが千〜2千人(5千人とも)いて、多くの人たちがユタと関わりを持ち、結婚相手、結婚の日取り、運勢、転居、ノロなどの神役の選定、家庭の不和などの悩み事について占ってもらうそうだ。


さらに明治以後、移民によりブラジル、アルゼンチン、ペルーなどにも広がり、当地のユタの判示(占いの答え)を受け、沖縄に祈願にくる人もいるというよ。


しかし、不安を煽るような事を言っては、お金を騙し取るユタも多く、社会問題になることも多い。


また、中央集権化や近代化を目指す支配者層は、ユタの存在は、脅威や障害とみなされ、琉球王国以来「世間を惑わす」として、幾度も弾圧、摘発を受けている。近代以降も、明治期のユタの禁止令、大正期のユタ征伐運動、昭和10年代(戦時体制下)のユタ弾圧といった迫害を受けている』。


ルナ「日本初の統一王朝とされる邪馬台国〔初代神武天皇が創始した大和朝廷以前に存在。3世紀半ば頃〕の女王 卑弥呼(ひみこ)は、鬼道(幻術、妖術)に通じた巫女(シャーマン)であったとされるでしょ」。


山崎「飲食を給し、用件を伝えるただ一人の男子と婢(ひ・女の奴隷)千人が仕えていたとされ、弟が卑弥呼の神託に従って政治や軍事を担当していたというよ」。


ルナ「古代の祭祀って女性が中心だったのかしら?」。


山崎『古代の祭祀では、未婚の女性(処女)を神聖視したそうだ。神の妻とされた女性が神がかりして、神の言葉を伝えてきたようだね。例えば、斎宮〔さいぐう・斎王(さいおう・いつきのみこ)〕は、天皇の代わりに伊勢神宮に入り、天照大神に仕えた内親王(未婚の皇女)や 女王(じょおう・天皇の2世(孫)以下の女子)で、天皇即位のさいに選ばれたという。10代 崇神(すじん)天皇のときにはじまり96代 後醍醐天皇(在位・1318〜1339)のときまで続いたとされる。


〔崇神の年代についてはよく分かっていない。3〜4世紀とする説もある。また、崇神天皇を初代天皇とする説や、神武(初代)=崇神とする説、神武=応神(10代)=崇神とする説もある〕


皇祖神の天照大神(あまてらすおおみかみ・太陽の女神)の御神体である「八咫鏡」〔やたのかがみ・「天の岩戸開き」の神話に由来する鏡〕は、天皇のもとにあったが、崇神天皇のとき、恐れ多いとして、大和の笠縫邑(かさぬいむら)に移して、皇女 豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)が仕えた。


しかし、その後も天照の霊魂(みたま)が荒ぶったことから、姫が「御杖代」(みつえしろ・自らが天照の霊魂が宿る者)となり、丹波(京都中部)、大和(奈良)、木乃国(和歌山)、吉備国(岡山)を21年間巡っている。


さらに11代垂仁天皇のとき、年老いた豊鍬入姫命に代わり、垂仁の皇女 倭姫命(やまとひめのみこと)が、御杖代となり、新たな鎮座の地を求め、伊賀、淡海(おうみ)、美濃、尾張を巡り、伊勢の五十鈴(いすず)川のほとりに来たとき、天照が「常世(とこよ)の浪(なみ)が重浪(しきなみ)帰(き)する国なり」といたく気に入ったとして神殿が建てられた。これが伊勢神宮だよ。


天照の霊魂が皇居を出て、最終的に伊勢神宮に鎮座するまでに、25ヶ所もの社(宮)に祀られたとされ、これらの場所は「元伊勢」と呼ばれているよ。〔1つの元伊勢に、現在あるいくつかの神社が候補地としてあげられていたりする〕


また、日本武尊〔やまとたけるのみこと・12代景行天皇の第3皇子。14代仲哀天皇の父。小碓命(おうすのみこと)〕は、東北征討の途中、伊勢神宮に立ち寄り、おばで斎宮の倭姫命より、草薙剣を授かっているよ』。


【 草薙剣… 天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)ともいう。八咫鏡、八坂瓊勾玉(やさかにのまがたま)とともに、歴代天皇の三種の神器、皇位継承の証とされる。天照の弟の須佐之男命(すさのおのみこと)が、八岐大蛇(やまたのおろち)を退治したときに、大蛇のしっぽから出てきた剣。】


このような女性中心の祭祀形態は、神の言葉を伝えるという巫女の役割が形骸化されてゆき、巫女が男性神職の補助的存在になって失われていったと考えられているよね。だから沖縄の祭祀は、古代日本の宗教形態を最もとどめていると言えるかもしれないね』。

G、フェチニズム


山崎『マナの観念と似るものに「フェチニズム」というのがある。アニミズムやアニマティズムとともに宗教の原初形態の1つとされている。現在では、自然崇拝やアニミズムが宗教の原初であるという説が有力だが、かつては、フェチニズムから、アニミズム、多神教へと発展したという説も唱えられたそうだよ』。


ルナ『「フェチ」と言うと、異性全体ではなく、髪の毛とか、足とか、耳とかいった身体の一部や、靴下とか、下着とかといった所持品に、愛着を示すことでしょ』。山崎「そうだね。下着どろぼうや、毛皮(異性の象徴となるモノ)を着ていない女性とは、性交できないなんてのがいい例だ」。


山崎「フェチニズムは、もともとは特定の自然物や人工物に神秘的な力、超自然的な力が内在すると信じ、崇拝するものだよ。アフリカの未開社会をはじめ各地でみられるというよ。物神(フェティシュ)崇拝とか、呪物崇拝と訳される。


語源は、フェチコに由来する。15世紀後半、西アフリカと交易をしたポルトガルの航海者たちが、西アフリカの海岸地域で、原住民が、歯や爪、木片や貝殻や石などを、髪の毛に包んでお守りにして身に付けていたり、剣や鏡や玉、首飾り、臼などを崇拝しているのを見て、


カトリック信者が、聖者たちの遺物や護符をフェチコ(呪符や護符の意)として崇拝しているのと同じとみたところからきているそうだ。


フェチニズムの語を最初に使ったのは、フランスの比較民俗学者で思想家(ヒューマニスト)の シャルル・ド・ブロス(1709〜77)の著書「フェティシュ諸神の崇拝」だとされるよ』。


ルナ「偶像(仏像やキリストの画像)や十字架、曼荼羅、御札やお守り…。これらは広い意味で、フェチニズムと言えるわね」。

H、トーテミズム


山崎「ルナは、トーテムポールを知っているかな?」。ルナ「学校の校庭にあったわ。公園にもみられるわよね。鳥とか動物とか、人間の顔などが彫刻されている柱でしょ」。


山崎『トーテムポールは、カナダ西海岸部から北西アメリカのネイティブ(インディアン)諸族が製作するもので、トーテム〔家系をあらわす紋章。動植物など〕や、彼らのもつ伝説や物語の登場人物を表現したものというよ。


家屋から独立して建てられる独立柱、家屋の正面に建てられる入り口柱、家を支える柱また家の内部の飾りとして建てられる家柱、墓地に特定の個人を記念するために建てる墓標柱、特別な出来事(戦いなど)を記念して建てられる記念柱などがあるようだ。但し、これらは、崇拝の対象ではないというね』。


ルナ「トーテムって何?」。


山崎『氏族の先祖として崇拝する特定の動植物だね。動植物ばかりでなく、自然物、人工物、自然現象などの場合もあるようだ。


トーテムという語は、オジブワ族〔アメリカおよびカナダのネイティブの部族。アメリカでは3番、北米全体でも4番の人口〕の「彼は私の一族の者だ」という言葉に由来する アルバート・ギャラティン〔1761〜1849・アメリカの民俗学者。言語学者。政治家(財務長官を務めた)。アメリカ民族学会の設立者〕の造語だと言われているよ。


トーテミズムは、トーテムを崇拝する信仰だ。この信仰は、はじめネイティブアメリカン(アメリカインディアン)で発見され、のちに世界各地、とくにオーストラリア、オセアニア諸島、アフリカ、インドなどにも見られることが明らかになったそうだ。


オーストラリアには、各氏族のトーテムをあわせると、その数4千にもなる部族があったり、日、月、雲、雪、雨、火、水、季節などもトーテムとなっている部族があったり、安眠、下痢、嘔吐、性交などがトーテムとなっている部族があったり、男がコウモリで、女がキツツキというように、氏族でなく性によるトーテムを持つ例がみられたりするそうだ。


また、メラネシアには、各氏族が、鳥1種、樹木1種、動物1種というように複数のトーテムを持つ部族があったり、インドには、短刀、割れた瓶、トゲの付いた棒、腕輪、パン切れなどもトーテムとなっている部族があったり、


アフリカには、トーテムは牛だけで、各氏族のそれは、赤牛とか乳牛といった牛の種類や、舌、腸、心臓といった身体の部位で区別する部族があったり、アメリカ北西部には、個人が特定のトーテムを持つ例(但しこれは守護霊であるとする考えもある)もみられるというよ。


ほとんどの場合、トーテムとトーテム集団との結びつきの由来を物語る神話が存在するそうだ。また、トーテムは部族や氏族の先祖として畏敬され、殺したり食べたりしてはいけないとされていて、触れたり、見たりすることもタブー(禁忌)とする例もあるという。


一方で、禁忌をともなわない例も多く、トーテム動物は、トーテム集団の者に好意を持っていて、撃たれて食べられることを望んでいるとする例もあるそうだ。トーテム集団の人たちの姿や性格は、トーテム動物に似ているなどとも言われるらしい。


また、同じトーテムを持つ氏族の者同士の結婚は許されないというよね』。

I、アニミズムと神道


ルナ「日本の神道って、アニミズム的要素を割合と濃くとどめていると言えるような気がするけど…」。


山崎『そうだね。経済先進国において、純粋にアニミズム的要素を濃く残している宗教は、日本の神道以外にないかもしれないよ。


アニミズムとは自然の万物に、精霊や霊魂(みたま)が宿るという信仰だね。巨樹、森、山、太陽、月、あるいは、雨や風などの自然現象に精霊が宿るといった信仰だ。


前述したとおり、山、太陽、月、雨、風、雷などが神格化されて、神道のような多神教の神になったとされる。


インドのヒンズー教も多神教ではあるけど、仏教同様、輪廻や解脱を説き哲学性が強いうえ、カースト制度をも包含し、社会への影響は計り知れない。また中国の道教も多神教であるけど、まじない的要素が強いし、人間神も多いからね』。


山崎「ルナはどんなところに、神道にアニミズム的要素が色濃く残っていると感じたのかな?」。


ルナ「そうね-。仏教では仏像が本尊とされたりするけど、神道では神像がほとんど見らないわ。もちろんこれは一神教のような偶像崇拝の禁止とは違うでしょ…」 。


山崎「そこに、神道が自然崇拝を残している感じを持たせるわけだね。ルナにそう感じさせるのは、おそらく社(やしろ)が、本尊を拝む場ではなく、万物、自然を対象とする拝殿って感じがするからかもしれないね」。ルナ「確かにそうね」。


ルナ「鏡や玉や剣が御神体とされるところにもアニミズムの要素が感じるけど…」。


山崎『なるほど。おじさんが、神道がアニミズム的要素を色濃く残すと思うのには、神道がタマ(魂)とカミ(神)の観念が結びついた信仰だからというのもある。


古代の日本人は、言葉には言霊(ことだま)、木には木霊(こだま)、人には人霊(ひとだま)、稲には稲霊(いなだま)、船には船霊(ふなだま)が存在すると考えたそうけど、


天照大神の御神体(ごしんたい・神霊を象徴するもの)=御霊(みたま)を「八咫鏡」(やたのかがみ)とするのなんかは、まさにタマとカミの結びつきを示していよね。


さらに、神道の神、つまり日本神話の神には、ギリシア神話でみられる理念神〔勝利、自由、秩序、愛などの理念を神格化した神。日本神話ではこれといった理念神は登場しない〕がみられず、自然神が多いことも、神道にアニミズム的要素が色濃く残っている根拠の1つになると思うよ』。


ルナ『秩序の神という理念神がみられないのは、古代の日本人が、天体の運行から、花の一生に至るまでの全ての自然現象に、規則性や秩序性を感じ、


自然の摂理こそが、全ての秩序であり、理念であるとみていたからかもしれないわね』。山崎「なるほど」。


山崎「それから、例えば、八幡神社の祭神の八幡神は、応神天皇(15代天皇。5世紀頃)のことだとされている。このように神社の祭神はみな自然神なわけではない。でも、一般の人は、地域の神社は、その祭神に関わりなく、そこの地域や住民を守る 産土(うぶすな)神、鎮守神、氏神であると認識しているよね。ここにもアニミズム的要素がみられるだろうね」。

J、多神教と一神教


山崎『アニミズムやアニマティズムの信仰の対象が、やがて神格化されて、自然神が誕生した。自然神の誕生は、多神教の誕生でもある。


自然神とは、山や川、太陽や月、雷や風といった自然、天体、気象現象を神格化したものだ。アイヌの熊など神聖視される動物も自然神の一種と言える。


その後、人間神や文化神や理念神も誕生する。人間神とは、民族や氏族の統合の象徴で、祖先神や氏神といったものだ。


例えば、奈良の春日大社の祭神 天児屋根命〔あねのこやねのみこと・天照大神(あまてらすおおみかみ)が、天の岩屋にかくれたとき、祝詞(のりと)を奏して出現を祈った。のちに邇々芸命(ににぎのみこと)の天孫降臨につきしたがった神の1人。祝詞の神。子孫は大和朝廷の祭祀を司った〕は、


朝廷の祭祀を司った中臣(なかとみ)氏と、中臣氏から分れた藤原氏〔中臣鎌足が大化の改新の功により藤原姓を賜ったことにはじまる〕の氏神だ。


【 春日大社… 710年の平城京への遷都後まもなく、藤原不比等が、武神の建御雷神(たけみかづちのかみ)を春日山の浮雲峰に祀ったのにはじまり、786年に、称徳女帝の命で、藤原永手(ながて・不比等の孫。左大臣)が山麓に移し、建御雷神とともに、祖神の天児屋根命をあわせて祀った。この他、祭神は、武神の経津主神(ふつぬしのかみ)、比売神(ひめがみ)。】


祖先神や氏神は、子孫に律法をさずけたり、子孫を守護する神だね。


歴史や伝説の英雄なども神格化されている。家康は、日光東照宮に、東照大権現〔権現とは、権(かり)に現れた神の意。神仏習合思想で、インドの仏・菩薩が、日本の衆生を教化するために、仮に神の姿をとって現れたという意味〕として祀られている。


この他、人間神の例として、明治神宮は、明治天皇を祭神としている。天満宮の祭神の天神さんは、菅原道真だね。


文化神は、屋敷神、かまどの神、音楽神、学芸神といった生活や文化を司る神だ。


理念神は、勝利、秩序、自由、愛などの理念が、神格化されたものだ。アメリカの自由の女神。ギリシア神話の秩序と正義の女神 テミスや、運命の3女神 モイライ。


最高神のゼウスも雷神であると同時に、人間社会の秩序を支配している。また、バラモン教の宇宙の根本原理ブラフマン(梵)を神格化した ブラフマー(梵天)は、自然神と理念神の性格をもっていると言えるよね。


多神教では、時代がすすむにつれ、神の間に上下関係や支配被支配関係が生まれ、多くの神のなかから最高神が誕生したり、主要な神がトリオで最高神の位置を占めるようになってくる。


3神トリオの例としては、ギリシア神話で世界を3分する ゼウス(天)、ポセイドン(海)、ハデス(冥府)の兄弟。ヒンズー教の ブラフマー(創造)、ビシュヌ(維持)、シバ(破壊)。


古事記の最初に登場する造化3神〔天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、高御産巣日神(たかみむすひのかみ)、神御産巣日神(かみむすひのかみ)〕。


黄泉(よみ)の国から帰った伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が海で禊(みそぎ)して生まれた三貴子〔天照大神(あまてらすおおみかみ)、月読命(つくよみのみこと)、素戔嗚尊(すさのおのみこと)〕などがあげられる。


多神教には、特定の最高神は存在せず、祭儀の目的(福徳・病気平癒・長寿・悪霊退散・和合・祈雨など)にかなった神を最高神とするものもある。


つまり、その場に適した神を、交替で最高神とする信仰で、これを交替神教というそうだ。


リグ・ヴェーダ(バラモン教の聖典ヴェーダの最初部)時代のバラモン教はこれにあたる。密教の別尊曼荼羅〔 密教U 曼荼羅T 分類 〕もこれに属すると言えるよ。


また、多神教でも特定の一神をとりわけ強く信仰するもの、多神教と一神教の中間に位置するものもあるらしい。


一神教の成立については、多神教より発展したという説や、一神教こそ宗教の原初の形態で、多神教は一神教が退化して誕生したという説もあけど、これらはほとんどかえりみられない。


最も支持されているのが、創唱者によって創造されたという説だ。一神教にも、他の集団が崇拝する神を容認するが、自分たちは特定の神しか拝まないというものと、他の神は一切認めないという立場があり、古代イスラエルのヤーウェへの信仰は、前者だね』。

K、汎神論。理神論


ルナ『アニミズムって、一切が神、宇宙や自然すべてが神という「汎神(はんしんろん)論」に通じているわよね』。


山崎「そうだね。ただ汎神論に2種類あるんだよ」。ルナ「2種類?」。


山崎「一切が神というのと、神が一切というやつだ」。ルナ「同じように思えるけど…」。


山崎「一切が神となると、ルナもおじさんも、そこに転がっている石も、あそこに立っている木も神ということだね。すると神という言葉は飾りものにすぎない。形容詞にすぎないってことになる。これは神がいないのと同じだというので“無神論”というんだよ」。ルナ「なるほど」。


山崎「これに対して、神が一切というと、ルナも私も、そこの石も木も、宇宙のすべてが、じつは神の影のような存在で、実際は、本体の神しか存在しないことになるね。だからこっちは“無宇宙論”というのさ」。


ルナ『無神論は多元論。無宇宙論は一元論ね。一神教は「神」と「神の創造物の宇宙」の二元論にあるから、一切が神という多元論や、神が一切という一元論は否定されるでしょ』。


山崎「そうだね。汎神論を、無神論、無宇宙論と立て分けて論じるようになったのも、一神教の立場から、汎神論を否定するためになされたことと想像できる」。


ルナ「いつ頃から汎神論について色々論じられるようになったの?」。


山崎『スピノザが“神即自然”(即はそのままの意)という「理神論」を説いてからだというよね』。


ルナ「理神論?」。


山崎『17〜18世紀のヨーロッパに登場した神学だ。世界の根源としての神の存在は認めるが、これを人格的な神とは考えない立場さ。理神論者たちは、イギリス国教会(聖公会)の説く、神の啓示(おつげ)、神の奇跡、秘儀(サクラメント)などの神秘的要素、超自然的要素を否定し、


神による天地創造以後の世界においては、自然に内在する法則を把握することは可能であり、宗教的真理は自然から理性によって把握できると主張したんだよ。このため、理神論は、自然宗教や理性宗教と呼ばれているんだ』。


ルナ「理性宗教と自然宗教って反対のような感じだけど、キリスト教の世界観では同じなのね」。


山崎『イギリスの思想家 トーランド〔1670〜1722・論争をまきおこす多くの著書のため、迫害され諸国を放浪。貧困のうち死去。「キリスト教は神秘ならず」は処女作〕が「キリスト教は神秘ならず」(1696)を公刊すると、それに反論する国教会側とのあいだに論争が起きたというよ。


トーランドは、信仰が理性に反してはならず、キリスト教の教義は理性に反しないと主張し、教会の伝統的な秘儀を厳しく攻撃したそうだ」。


ルナ「でも、キリスト教の教義を、理性で把握できるという主張もおかしいわよね」。山崎「結局そこが一神教の世界で育った思想家の限界ということなんだろうね」。

L、スピノザ。必然と偶然


山崎「理神論者で最も有名なのが、オランダの哲学者・神学者の スピノザ(1632〜77)だ」。ルナ「スピノザ?」。


山崎『スピノサの両親はポーランドからオランダに移住した裕福なユダヤ商人で、スピノザは、ユダヤ人学校でヘブライ語や聖書を学び、その後、ユダヤ教の神学を研究したそうだ。


しかし批判的な見解をもつに至り、ユダヤ教会から永久的に破門され、学問の研究に生涯を終えたようだね』。ルナ「そうなんですか」。


山崎『スピノザは、まず神を万物の内在的原因と考え、超越的原因ではないとして“神即自然”と主張したんだ」。ルナ「汎神論ね」。


山崎『そして、神は唯一無限の実体である。精神界、物質界の全ての事物、事象は、神の諸様態である。


神の本性は、絶対・無限で、属性を無限に持つ。精神も身体も神の属性の1つにすぎない。と考えたんだ』。


ルナ「これは汎神論の無宇宙論ですね」。


山崎『そうだね。神による一元論さ。さらに、一切は神に内在する必然性(必ずそうなる)によって生成されるので、人間の自由意志や偶然(たまたまそうなる)は全く存在しないとしているよ。


スピノザによると、自由意志と理解されている心像や言語は、じつは単なる身体の運動にすぎないというよね』。


ルナ「決定論、運命論ね」。


山崎「但し、彼は、個の本質に、自己保存の衝動(コナトゥス)を認めている。その上でこのコナトゥスを乗り越えるには、神による必然性を理性によって認識し、この認識を他者と共有する必要があると唱えているよ」。


ルナ「ここに理神論的な思想があるのね」。


山崎『スピノザの真の自由とは、理性を通して、自己を含む全ての存在が、神の必然性の中にあることを洞察し、人間が神を通して思考できていることを知ることだという。


そして、これが最高の善であり道徳あるというのが、彼最大の主張で、これを「神への知的愛」と呼んでいるよ』。


ルナ『デカルト(1596〜1650)の「我思う、ゆえに我あり」を、根拠のない宗教的信念から否定しているわね』。


山崎『さらに「神への知的愛」とは、神が、神の一様態である人間を介して、自分(神)自身を愛することであり、人間は神の一様態であるから、神への愛は人間への愛でもある。


人間は、神が、自分自身を認識し、愛し、満足する行為に参与することで、最高の満足を得ることができると主張するよね』。


ルナ「感情については?」。


山崎『感情には、感覚的な受動感情と、理性的な能動感情があり、欲望の決定が、不完全な受動感情でなされたとき、人間は自らの環境にふりまわされ支配されている状態にある。能動感情により決定されているとき、人間は自由であるとしているよ』。ルナ「なるほど」。


山崎「そして、以上のような理神論の立場から、聖書はあくまで民衆を導く信仰の書であり、科学や哲学の書ではない。聖書にある奇跡を現実の出来事として教えるのは、信仰を迷信におとしめる行為であると主張したそうだ」。


ルナ「スピノザも色々と考えたようだけど、結局、センスのない服をおかしくアレンジしたみたいになっちゃってるわね」。


山崎「もともとオカルトにすぎないものに、色々と理屈をつけたからおかしなものになってしまったということだね」。ルナ「はい」。


山崎「無宇宙論や唯心論〔全ての事物、事象は、心という本体よりあらわれた影であり、本来 心の他に存在しない〕は、神あるいは心を唯一の真理とする一元論だ。一元論の場合、1つの存在だけが真理なんだから、その1つがよほどしっかりとした根拠を持たないと、スピノザみたいに哲学ではなく神学みたいになっちゃうよね」。


ルナ「全てに仏性があるという仏教の立場は、一切が神という無神論と同じだと思うけど…」。山崎「そうだね。仏教は無神論的宗教と言えるね」。


ルナ『スピノザが「全ては必然」という運命論の立場にあるのに対して、仏教はそうではないですよね。すると、仏教って全ては偶然だというの?」。


山崎「仏教でも偶然はあり得ないとみるよ。但し、それは全てを必然とみるからではなく、全ての結果に原因があるという因果の法則の立場からだ」。


ルナ「なるほど。まず因果の法則によって偶然は否定されるわけね」。


山崎『それから一神教では、宇宙は唯一絶対の神によって創造されたとするけど、これに対して仏教では、全ては、因(結果を生じさせる直接的な因。原因)と縁(因を助けて果を生じさせる間接的な因。助因)が、一瞬一瞬 和合して成り立っているという「縁起」を説く』。


ルナ「全てが関係性によって成り立っている。全てが相互依存の関係にあるということね。全ては神の御心という運命論とは違うわ」。


山崎『仏教における、森羅万象の本質は変化だよ。変化しないものはないという「空」だ。空は、縁起と表裏一体の関係にあり、あらわれた果にまた新たな因と縁が加わると、たちまち変化するので、新たな因や縁をつくってゆくことで、未来はいくらでも変えてゆけるという可能性の哲学でもあるんだよ』。


ルナ「空は可能性の哲学なのね。運命論や決定論、つまり全ては必然で決まっているというのとは逆の立場ね。すると、偶然でもなく必然でもないというのが仏教の立場になるわ」。山崎「そういうことだ。 全てが関係性によって成り立っているというのが仏教だ」。

M、アイヌの信仰 T〔アイヌ人〕


ルナ「アイヌの意味は?」。山崎「アイヌ語で人間を意味するそうだ」。


ルナ「そもそもアイヌ人とは?」。山崎「東アジアの古種族で、歴史的には、北海道を中心に、樺太南部、千島列島、本州の東北部を生活圏にしていた人たちだ」。


山崎『現在では、日本とロシアという2つの国に分断されて生活する少数民族で、日本では北海道を中心に、東京他の都市部でも生活しているというよ。その数3万人を超えるとも、北海道内には2万3千人がいるともいうが実際のところ正確な数はよく分かっていないようだ。


これはアイヌと名乗ることができない人がいるからだというよね。またこれらの人たちのほとんどが、日本人との混血によって人種的な特質は薄れているらしい。


なお、アイヌは、他のモンゴロイドに比べて、彫りが深かったり、体毛が濃かったりといった身体的特徴から、コーカソイドに近いという説が広かった時期があったそうだ。のちに、アイヌ=縄文人近似説が主流となっている』。


ルナ「縄文人近似説?」


山崎『この説によると、≪縄文時代、日本列島を含む東アジア一帯には、南方系の人々が住んでいた。およそ5千年前、シベリアの北方系の人々が東アジアに拡大をはじめた。2300年前には、九州北部から日本列島に侵入してきた。彼らが弥生人である。本土の大部分は弥生人によって占められ、わずかに北海道に残った縄文人がアイヌの人々になった。現代日本人は、平均として、およそ北方弥生系7〜8割、南方縄文系2〜3割の比率で混血している≫ということらしい。


〔縄文時代… 今から約1万6500年前(前145世紀)〜約3千年前(前10世紀)。弥生時代… 前10世紀中頃(異論もある)〜3世紀中頃〕


室町中期から江戸後期にかけては、和人(アイヌの立場から日本人を指す語)の抑圧に対して、しばしばアイヌの武装蜂起が起きている。秀吉、家康から松前氏が蝦夷の支配権を認められた後にも、大規模な蜂起が起き、これを収拾することで、松前氏は実質的な支配権を確立したそうだ。


アイヌ人は、食糧や生活に必要な素材のほとんどを狩猟〔エゾシカ・ヒグマ・アザラシ・トド・オットセイなど〕、漁労〔サケ、マス、ニシン、シシャモなど〕、植物採集により得ていたんだ』。


【 シシャモという言葉はアイヌ語のスサム(柳の葉の意)に由来する。神の国の柳の葉が人間の世界に落ちて魚になったとされる。サケは、カムイ・チップ(神の魚)と呼ばれ、サケの回帰性を神が与えてくれたものとみなした。】


ルナ「木の皮の繊維で織った和服に似たアイヌの民族衣装をアツシ(アットゥシ)というわよね」。山崎「アツシには、オヒョウあるいはシナノキの内皮を使うそうだ」。


山崎『しかし明治政府が成立し、多くの和人が移住してくると、森林は伐採され、原野は耕作地となり、狩猟や漁労の権利も奪われてしまったという。これにより彼らは、採集民としての生活が維持できなくなったという。


明治政府は、アイヌの農民化とともに、皇国臣民化を図ったというよ。以来、政策によって日本文化への同化を強いられ、固有の文化を失っていったそうだ。とくにアイヌ語は、日常の会話で全く使われなくなったそうだ。


近年までアイヌに対する根強い差別や偏見があったが、現在では、物質的、精神的ともに、日本人と全く同じ生活を営んでいて、民族としてのアイヌはすでになく、せいぜいアイヌ系日本人となっているともいう人もいるよね』。


ルナ「北海道や東北を、蝦夷地(えぞち)と言うでしょ」。山崎「蝦夷とは、大和朝廷によって異族視されていた北方に住む土着民に対する呼称で、蝦夷地は、時代によりその地域は変化しているよね」。


山崎『アイヌも、近世には、蝦夷(えぞ)と呼ばれたそうだ。アイヌという言葉が一般化したのは明治以降だという。蝦夷は、古代には「えみし」と読み「毛人」とも書かれたらしい。また「えみし」の転訛から「えびす」とも読まれたそうだ。えぞと読むようになったのは平安中期以降だというよ。


えみし、えぞの語源については様々な説があるが、一説によると、アイヌ語の雅語(日常語に対して文章語をいう)の「エンチュ」(人間の意)に由来するという。他には、本来の意味は「田舎(辺境)の勇者」であったという説などがあるようだ』。

N、アイヌの信仰 U〔カムイ〕


ルナ「アイヌの信仰ってどのようなものなの?」。


山崎『まず、ユーカラという神話的叙事詩がある。ユーカラは吟唱するもので、「カムイ・ユーカラ」(神謡)と「人間のユーカラ」(英雄叙事詩)の2つに大別される。また、鳥獣、植物、火、風などの神々が自らの身の上を語るカムイ・ユーカラ(神謡)、人間の祖先神が自らの功績を語るオイナ(聖伝)、人間の英雄(主にポンヤウンペという少年)の戦闘や愛などの体験記であるユーカラ(英雄詞曲)、主人公が女性のマト・ユーカラ(婦女詞曲)の4つに分けられたりする。


カムイ・ユーカラやオイナによれば、アイヌ神話の国造りの神は、コタン・コル・カムイ〔コタンは村や里や集落。カムイは神や神霊の意〕で、この神は巨人神で鯨を串刺しにしてあぶったりする。妹神とともに、大海に陸地をつくり、山や川、人間、動物、植物などを創造し、天上界に帰ったとあるそうだ。


天上界は神々の生活の場〔カムイ・モシリ〕で、ここの支配者は、カント・コル・カムイ〔雷神カンナカムイと同一とする説もある〕で、この神の指示によって、地上世界の創造されたという。


アイヌの世界観には、神々の世界(カムイ・モシリ)、人間の世界(アイヌ・モシリ)、死後に行く(ポクナ・モシリ)があり、死後に行く世界は、地上と同じ様相をしていると考えられていて、主神的な存在は見られないそうだ。


天上界から人間界〔アイヌ・モシリ〕に、生活の知恵や文化を授けた神は、アイヌラックル(人間的な神の意)という始祖神(アイヌ人の祖)で、オキクルミ、アエオイナカムイ、オイナカムイ、オキキリムイの別名を持つ。


この神は、脛(すね)の中に、稗(ひえ)の種を隠して、地上に降り、人間に穀物を授け、狩猟、漁労、耕作、薬草につていの知識、家や舟の作り方、彫り物、機織り、刺繍、神の祀り方や祈りの詞(ことば)などの信仰の儀礼、争いごとの解決法など生活の全てを教えたという。また地上の悪神を退治している』。


ルナ「日本語の神とカムイ〔神威や神居と当て字する〕は関係あるの?」。山崎「共通の祖先語から生まれたという説もあるようだよ」。


山崎「そのカムイ(神霊)が、動植物や自然現象、さらには人工物など、あらゆるものに宿っているというのがアイヌの世界観だね」。ルナ「アニミズムね」。


ルナ「他はどのような神がいるの?」。


山崎『太陽(チュプカムイ)、雨乞い(ホイヌサバカムイ)、雷(カンナカムイ)、狩猟(ハシナウックカムイ)、幣柵(ヌサコルカムイ)、月、風、雪、山、川、湖、草木、鳥獣、魚、虫、火、舟、疱瘡などの神々が祀られるという。


カムイ・ユーカラでは、これらの神々が、自分の来歴や体験などを語り、人間に対する位置づけや祀られるゆえんなどを明らかにしているそうだ。


水の神(ワッカ・ワシ・カムイ)や、魚(チェプコルカムイ)を与えてくれる川の神(ペトルンカムイ)はとくに重要で、また多くの祭儀では、火の神(アぺ・カムイ)がとくに尊ばれるというよ。火の神は人間の言葉を神の言葉に変えて、諸神に伝えてくれるため、どんなカムイに祈りを捧げる場合でも、原則としてアペ・カムイへの礼拝がともなうそうだ。


舟や家をつくる材料となるシランパ・カムイ〔樹木の神霊。樹木の集合である山をも意味した〕には、材料となる良い樹木には良いカムイが、ならない樹木には悪いカムイがいるとみなしたそうだ。


家にも、家の守護霊(チセコロカムイ・家の東北角に存在)、囲炉裏の霊〔アペ・フチ・カムイ。アペは火、フチは老婆の意味で、老婆の姿をした神〕、夫婦の霊(エチリリクマッ・家に入って入口すぐ右の柱に存在)などがいるとされたという。


また、陸、海、空のそれぞれに、最も重要な動物神がいる。陸ではキムン・カムイ(山にいる神)であるヒグマ、海ではレプン・カムイ(沖にいる神)であるシャチ、空ではコタン・コル・カムイ(集落を護る神)であるシマフクロウだ。他には、鹿の霊(ユッコルカムイ)、狐の霊(キムンシラッキ)なども信仰されたようだ。


さらに、人間に幸をもたらすピリカ・カムイ(善きカムイ)と、人間に災をもたらすウェン・カムイ(悪しきカムイ)がいる。流行病や天災は、悪しきカムイとされる。疱瘡(天然痘)や流行病を司る神は、パヨカカムイまたはパイカイカムイといい、この神の射た矢の音を聞いた者が疱瘡になるそうだ』。

O、アイヌの信仰 V〔イオマンテ〕


ルナ「イオマンテ(熊神送りの祭儀)ってよく聞くけど…」。


山崎『イは「それ(神霊)を」、オマンテは「行かしめる」の意味で、飼育した子熊(ヒグマ)を殺し、その霊魂であるカムイを神々の世界(カムイ・モシリ)に送り届ける祭儀だというよ。なお、親熊を狩りで殺した場合、その場で解体し、霊を送るけど、これはカムイ・ポプニレ(カムイを発動させる意)というそうだ。


カムイ・ポプニレは、祭壇を設えてヒグマの頭部を祀る。これは、殺された直後の獣(熊以外の動物も)のカムイ(霊魂)は、両耳の間に留まっているので、これを神々の世界に送り返すからだというよ。


但し、人間を傷つけたり殺したりした熊は、細かく刻んで大地にまいたり、ゴミと一緒に燃やしてしまい、ポプニレを行わないため、こうした熊の霊魂は神の世界に帰れないそうだ。


春先、まだ冬眠から目覚めない熊を狩ると、冬ごもりの間に生まれた子熊がいる場合がある。この子熊を集落に連れ帰って飼育する。はじめは、人間の子供と同じように家の中で育てるそうだ。1、2年ほど育てた後に、集落をあげての盛大な祭儀(イオマンテ)を行う。


花矢(木を装飾的に削ってつくった矢)を射かけ、最後に本物の矢を心臓に打ち込み、さらに丸太の間に首を挟んで屠殺するそうだ。遺骸は一定の様式に従い、頭だけを残して解体される。頭部はポプニレ同様、イナウ(木幣)や酒を供え、祈りを捧げて、霊魂を神々の世界に送り返す。肉は人々にふるまわれるそうだ。


アイヌの人たちは、イオマンテを行うことにより、再び熊神が、自然の恵み(毛皮や肉)をもって、人間の世界に訪れてくれると考えたらしい。


なお、熊神の他、主要な動物神〔シマフクロウ・キツネ・タヌキ・カラスなど〕を送る場合もイオマンテと呼ばれ、クジラやシャチを対象とするイオマンテもあるそうだ。一部の地域では、シマフクロウ〔北海道には130羽しかいない。日本では1971年に国の天然記念物。93年に希少野生動植物種に指定〕のイオマンテが重視されるという』。


翔「イオマンテは、生贄(いけにえ)を神に捧げて守護を願うというものや、人間の罪を動物に着せてあながわせるといった贖罪信仰とも違うみたいだね」。


山崎『アイヌの信仰は、アニミズム的な側面が強い。自然物、人工物、人間に関わるものであれば全てに神霊(カムイ)が存在すると信じられていた。神と霊との関係は、樹を切るときには、その霊を森の神に送り返すといったもので、同様に、使わなくなった食器は、捨てずに特定の場所にもっていき、器や皿の霊を神の世界へ送り返す。葬式では、死者の霊とともに副葬品の霊が他界へ行くように、副葬品を壊したり破ったりするそうだ。イオマンテもこうしたところからきていることが分るよね。


カムイは、カムイ・モシリという神々の世界からやってくる。このカムイ・モシリは、天上界にあると考える場合と、山の獣であれは山の奥に、鳥であれば天界にあるといったように生活の場から想定される場合とがあるようだ。


カムイ・シモリでは、カムイは、人間と同じ姿で、人間と同じように、料理をしたり、彫り物をしたり暮らしているが、人間には見ることができないという。カムイが人間界になにかの理由(シマフクロウなら村を護るため)でやってくる場合、人間に見える衣装を身に付ける。火のカムイなら赤い衣装を、クマなら黒い衣装を身に付ける。これが人間には炎に見えたり、毛皮に見えたりするそうだ。


クマは毛皮と肉という土産をもって、気に入った人間の家を訪れる。狩猟はこれを迎える行為だというよ。本人が心が美しいと熊が好意をもって訪問してくる。猟運とはこれをいうそうだ。


なお、熊やキツネを先祖とする家も多いそうだけど、これをトーテムの残存とするかどうかについては考えが分かれているらしい』。

P、アイヌの信仰 W


翔「偶像は作られたの?」。


山崎『アイヌの信仰は、神殿やら神の像やらは作らない。祭儀では、イナウを用いる。例えばイオマンテでは、熊神の祭壇を中心に、森の神、水の神、狩猟の神、氏神、農業神、祖霊などの祭壇が設けられるそうだけど、祭壇とは、イナウを立てる並べる柵だというよ。

また祭壇は、家の脇にも設けられていて、祭儀ごとに酒を供え、祈りを捧げるそうだ。


【 イナウ… 木幣(もくへい)。通常は、ヤナギを使用。ミズキや、キハダ(ミカン科)で作られたものは上等とされ、肌が白いミズキのイナウは天界で銀に、黄色いキハダのイナウは金に変るとされる。捧げる神によって種々の形がある。

一例をあげると、直径が3センチほどのヤナギやミズキの枝を採集し、70センチほどの長さに切り、皮を剥ぎ、乾燥させる。乾燥したら、表面を削り、先端部あたりにふさふさと飾りたらす。イナウ作りはアイヌの男性の大切な仕事とされ、イオマンテなど重要な祭儀には、泊りがけで集い、イナウを作成したという。】


また、アイヌには神官のような人は存在せず、成人男性であれば誰でもカムイへの儀礼ができなければならないという。一方、女性はふつう火の神以外には祈りを捧げられないそうだ。参加できない祭儀も多いようだ』。

Q、アイヌの信仰 X〔コロボックルと日本人の起源〕


翔『「コロボックル」ってアイヌの説話に登場する小人だよね』。


山崎『地面を50センチくらい掘って屋根をかけた竪穴住居に住むというよね。また、コロボックルとはフキの葉の下に住む人の意味で、フキの葉の下に2〜3人(10人とも)入れる大きさだそうだ。


漁が得意で、笹の葉を合わせて作った舟で漁に出て、多くの舟が力を合わせてニシンなどを捕り、クジラも捕るそうだ。北海道の原住民で、アイヌの家にやってきて物品を交換したりするという。


人類学者の 坪井正五郎〔1863〜1913・東大理学部教授。日本人類学会の創設者〕が、1887年(明治20)に「コロボックルは日本列島の先住民で、アイヌに追われた」と主張し、「日本人の先住民はアイヌである」(当時の主流の説)と主張した 小金井良精〔よしきよ。1858〜1944・東大解剖学部教授。日本解剖学会の創設者〕と激しい論争を展開したそうだ。


これを「コロボックル論争」「アイヌ・コロボックル論争」という。この論争によって、日本人の起源の研究が飛躍的に進歩したというよ。


小金井は、人骨の実証的研究から坪井の間違えを証明し、彼の「アイヌ先住民説」は、修正をなされながらも現在に至っている。つまり、アイヌは縄文人の血を最も直接的に引き継いでいるとみられている。沖縄の人たちも、縄文人の血を濃く受け継ぐ民族だといわれている。


しかし小金井は、縄文時代の先住民のアイヌは、弥生人(日本人)が海外から渡来したことによって、北へと追いやられたと考えたが、これはその後の研究によって、弥生人も基本的には縄文人に由来することが分り、間違えのようだ。


縄文人は、本州では、大陸から農耕文化が入ることによる生活の変化や、西からの遺伝的影響によって体質を大きく変えて弥生人となったが、北日本では、北からの遺伝的影響を受けながらも、漁猟採集を中心とした生活が続き、本州ほど体質を変化することなくアイヌとなったというのが現在の見方のようだね。


なお、縄文人は、2〜3万年前(後期旧石器時代)に、アジア大陸から陸橋を渡ってやってきたモンゴロイド系の集団が、海面が上昇したことで、日本列島に長期に亘って閉じ込められ、その結果、特殊化したものだというよ』。
http://shinri809.com/sono13.html



06. 中川隆 2012年11月05日 00:15:12 : 3bF/xW6Ehzs4I : HNPlrBDYLM


ポリネシアは広大な空間を占める海洋と島々の世界であるにもかかわらず,島ごとの偏差を越えて,言語と文化の共通性がいちじるしい。これは,ポリネシア人がいまでこそ広漠たる大洋に散在する多数の島々に分散居住してはいるものの,もと一つ源泉に出たものであるからにほかならない。

相手かまわぬ乱暴狼籍とはいかないまでも,ポリネシアのあちこちに散見される習俗として,死者の財物を破壊する行為がある(Williamson 233−287)。この場合,破壊される財物には二種類ある。そのひとつは死者が病臥中に使用していたか,あるいは死後その屍体に触れるかしていた品々であり,他はそうしたことにかかわりのない,死者の生前の所有物すべてである。

前者に関しては,たとえばマルケサス諸島(Handy 1923:111)やタヒチ(Oliver 1974:494)では,死者が病臥中および死後に触れていたもの一一ベッド,マット,衣料,食器等々 のいっさいが焼却された。マルケサスでは,死者が病臥していた住居さえもが焼き払われた。

こうした焼却は,浄化の火によって死の不浄を除去するため,と土着宗教の司祭によって説明されている。

ところが,このような,死者が死の前後に触れるか使用するかしていた品物の,焼却による破壊とは別に,生前の身の回り品や道具類を破砕することもあった。タヒチのある女性首長が死んだおり,彼女の身の回り品や特別に愛着のあった品々を,遺体とともに墓所に納めたが,そのさい,それらの晶々は,こなごなに壊したうえで納められた,というロンドン伝道協会宣教師の手になる,19世紀初めの記録が残されている(Oliver 1974:494)。

破壊する品がそれだけにとどまらず,故人の所有にかかる耕地や樹木にまでおよぶばあいもあった。たとえば,ッアモッ諸島では,死者がでると,人びとはただちに死者の持ちものを燃やすばかりか,彼の畑も壊わし,彼のココヤシの木を伐り倒した(Williamson 1933:275−276)。ニウエ島でも,死者のすべての畑が殿たれ,ココヤシをはじめとする果樹類が伐り倒されたうえ,海に投げ捨てられた(WHliamson 1933:278)。

こうした破調行為の理由として,これまでになされてきた説明には,4つのものがある。

その1は,死者(の魂)が死後においても生前の財物を用いうるよう,それらの財物を所有者同様に死なせて(破壊して),財物の霊質だけを死者に同伴させる,というもの。

その2は,死者に生前属していたものはすべて,それが死の前後に死者によって触れられたと否とにかかわらず,死霊がとりついていて危険きわまりないから,というもの。

その3はゴ邪術によって死者の霊を操作しようと待ちかまえている敵対者によって,死者の遺品が邪術の手段に悪用されることを妨げるため,.というもの。

そして最後は,以上の諸説と違って世俗的な説明である。つまり,死者の遺品が他人に盗まれてその所有物にされることを防ぐため,というものである。

これらの説明は,資料採集者もしくは研究者の解釈というだけでなく,その慣習をもつ人びと自身の説明でもある。どれもがもっともらしく,にわかにどれか一つに決定的理由をしぼることは困難である。

畑や果樹まで含めて,死者の財物を破壊するこの慣習は,一見ハワイの場合との類似を思わせるが,つぎの諸点で根本的に相違しているとせざるをえない。

ハワイのばあいには,その慣習の契機となる死者は,原則として王もしくは首長にかぎられる。誰が死んでもというわけではない。他方,破壊の対象とされる財物は,死者のものだけにかぎられない。相手かまわず誰のものでも,手あたりしだいに破壊の対象とされ,破壊ばかりか掠奪されたり放火されることもある。さらに,攻撃が人間にむけられ,傷害や殺人さえおこなわれることもある。まったくの無法・無秩序状態の現出といってよい。こうみてくると,ハワイのばあいを,ポリネシアにかなり一般的な,死者の財物破壊の慣習の,一変異とみなすことはとうていできがたく思われる。他に類例を求めねばならない。


首長の死に続く無法・無秩序 サモアとタヒチの事例

捜してみると,ハワイのそれによりょく似た慣習を,サモア諸島のサヴァイイ島にみいだすことができた。
サヴァイイ島では,首長が死ぬと,戦士たちが首長の遺体を野外に引き出し,これを担って「おおわが首長よ,あなたはわが君主」と歌いながら村のうちを巡回し,行きあたった豚を殺し,カヌーを壊しというように,見つけるかぎりの財物すべてを破壊した。それで,村はあたかも戦争で掠奪されたかのような光景を呈した(Williamson 1933:240−241)。

ウィリアムソンは,この破壊はおそらく首長の霊魂のためになされたのであろう,と解釈している。この報告では,ハワイのばあいによく似てはいるものの,傷害や殺人について触れるところがない。ハワイでは,そうしたことさえもおこなわれたというのである。ところが,こんどは,サヴァイイ島の事例とは逆に,破壊や掠奪こそともなわないものの,傷害が通常のことで,ときとして殺人にまでいたるという例が,タヒチを含むソサイエティ諸島にみられる。これについては,ハワイの事例を報告したエリス自身をはじめ,多くの情報提供者がある)。それらによれば,

大首長が死ぬと,親族と従者の若者たちが,腰帯をまとうだけの裸体となり,その体を赤,自,黒に彩色して,見るからに恐ろしげにつくり,司祭を先頭に領土内をねり歩いた。司祭はすっぽりと頭部を掩う仮面をかぶるほか,全身を着飾り,手には2枚の真珠貝でできたカスタネットと,サメの歯を植えこんだ長さ1メートル半もの大鎌とを携えていた。若者たちは手に手に槍や棍棒をもち,それを回しながら行進した。もし,彼らの行手を横切ったり,無礼とみえる態度を示す者があれば,たちどころにこれを打ちすえ,あるいは斬りつけて,ときには死に至るまでの傷害をおわせた。

このため,彼等の接近を知らせる司祭の鳴らすカスタネットの音は,村の人びとの恐怖心をかきたてた。村を通過するとき,司祭は手にした大鎌で家の壁を激しく叩き,屋内の人びとを怯えさせた。屋内の人びとは,じっと息をひそめて,彼らの通過が少しでも早かれと願うばかりであった。

戸外の人びとは,身の安全をもとめて,マラエ(土着宗教の祭祀場,神域)に逃げこむのであった。マラエだけが,いかなる暴徒といえども乱入をはばかる「聖域」だったからである。

こうした異常事態は,1∼2週間からときには数ヶ月もつづく。その期間が長ければ長いほど,それだけ死者が喜ぶと信じられていたのである。やがて,遺族の意志によって終燃することとなるが,そうはならずに,戦争にまで発展することもあった。他の地域の人びとが鎮圧にのりだしたばあいである。双方に同盟者が加担して,全土をまきこむ深刻な戦乱になることさえあった。首長連中の仲介によって戦乱が収まるまでには,多数の戦死者がでた。司祭が仮面をぬぎ,服装を変えると,これが戦争終結の合図となって,平和が回復するのであった。

この異常な慣習は,ヨーロッパ人との接触以後にもつづき,暴行に用いられる武器に,新たに導入された火器まで加わったという。そこまで狂暴化するこの慣習の意味について,18世紀の末にタヒチを訪れた,南海の探検史上有名なイギリス船バウンティ号の,掌帆良種を務めていたジェームズ・モリソンは,親族の死のために悲しみのあまり狂気に駆られた行動,と述べている(Oliver l974:502)。モリソンの解釈だけでなく,島民自身にもぞうした見方があったようで,それは,こうした暴挙を演じる若者たちが,ネネヴァ(「無意識」とか「錯乱」の意)という名称で呼ばれていたことから推測される。

しかし,かりに錯乱からでた行動であったにしても,それが一定の様式にしたがってなされていることからみて,儀式化された錯乱であったことは明らかである。

エリスの説明はまた別で,死者が生前にうけた侮辱への報復と,遺族にたいする無礼への懲罰とのために,その人びとは死者の霊にのり移られたものと考えられていた,と述べている(Ellis 1831:414)。報復とか懲罰ということはさておき,この暴挙への参加者の異様な扮装,とりわけ司祭の仮装は,死者の霊を象徴しているようにも思われる。
エリスはまた,これが戦争をはじめる手段として利用されたという,政治的な意味も指摘している。


無法・無秩序を演出する理由一ひとつの仮説一

エリスがハワイについて記述した,王や首長などの社会的に高い身分の人びとの死にともなう,慣習としての無法・無秩序状態の意味を探るために,ポリネシア諸地域に類例を求めてえられた結果が,上に述べたサモア(サヴァイイ島)とソサイエティ諸島の事例であった。さきに触れたように,前者では無差別な財物の破壊だけで,人にたいする危害はなく,後者にあっては逆に,人の危害だけで財物の破壊をともなわない。しかし,どちらのばあいも,けっして衝動的な暴動・暴行というようなものではなく,それなりの形式にしたがっている。サモアの例では,首長の遺体を担い,一定の文言を唱和しながらということであったし,ソサイエティ諸島のばあいでは,いっそう形式化しており,暴徒のスタイルを含めて始まりから終わりまでが一定の型にはまっている。

この両者にくらべてハワイのばあいは,エリスの記述にしたがうかぎり,掠奪,破壊,放火,傷害,殺人といった乱暴狼籍のかぎりがっくされ,文字どおりの暴動の印象をうけるのである。

しかし,それにもかかわらず,そうした事態の起こるのは,首長など高位の人物の死去にさいしてだけであり,ある期問,日常の秩序が失われ,無法がまかり通るという点では,ハワイもサモアやソサイエティ諸島のばあいにことならないのである。つまり,ことの本質において,ハワイ,サモア,ソサイエティのそれぞれの慣習は同じである。

この同一性,あるいは一致を,この慣習がそもそも高位の人の死にともないがちな性質のものであり,それゆえに各地域に独立に成立し,結果的に一致を示した,とみることもできよう。しかし,いまのばあい私は,三地域間の一致を,歴史的な関連にもとつく結果であることまちがいないと考えている。それは,三地域間に民族移動の とくに,ソサイエティ,ハワイ問のそれは西紀12世紀ごろという比較的新しい時代に あったことが,先史学的に立証されているからである。

ハワイでは,暴徒が裸のままで走りまわったというが,ソサイエティ諸島でも暴徒の若者たちは腰帯一本の裸体となった。ソサイエティ諸島では,人びとはマラエ(〃研α6,伝統宗教の祭祀場,神域)に難を逃がれたが,ハワイでもキリスト教の教会領が避難所とされた。

ハワイにも1819年の伝統宗教の放棄以前には,ソサイエティ諸島のマラエにあたる,ヘイアウ(加’α枷)と称する祭祀場があちこちにあった。キリスト教以前の伝統宗教の時代であったならば,おそらくヘイァウが避難所とされたことであろう。こうした類似からも,その暴力的慣行が同根であることを疑うわけにはいかない。エリスの記述で一見無統制な暴動を思わせるハワイのそれにも,やはりなんらかの形式があったのではなかろうか。エリスの聞きもらしか,あるいは,のちの変化で失われたか,本来はサモアやソサイエティ.諸島と同様に,演出された無法・無秩序であったにちがいない。

さて,それならば,この慣行にはどのような意味があったのであろうか。すでにこれまでに,ウィリアムソン,モリソン,そしてエリスの説を紹介してきた。そのどれをも,誤った解釈であるとして,否定するだけの積極的根拠を私はもたない。それぞれになるほどと思わせるものがあり,各説相互に矛盾するわけでもないから,むしろ柑補弼に理解することが妥当なのかもしれない。

しかしながら,そうした解釈とは別に,より深いところで,この慣行の意味をとらえることも可能なのではないか,と私は考える。

エリスの著書にハワイのその記事を読んだとき,まず私の頭に浮かんだことは,『古事記』に語られた天岩屋神話であった。つまり,アマテラスが岩屋にかくれた結果,世がヨロズワザワイ コトゴト闇となり「……萬の妖,悉に昇りき」という条である。天岩屋神話が,神話の類型学からみて日蝕神話に属するにしても,上に引用した句は,明らかにアマテラスが世界秩序の体現者であり,彼女の姿が失われるとき,世の秩序もまた失われることを物語っている。いうまでもなく,アマテラスは太陽神であり,あらゆる生命の源泉,世界の秩序の体現者と観念されて少しもおかしくない。

このあと,すぐに述べるように,ポリネシアでは大首長がそのような存在と考えられていた。アマテラスが神話上の存在であるのにたいして,ポリネシアの大首長は肉体をそなえた実在であるという違いはあるものの,観念的にはポリネシアの大首長もまた,生命の源泉であり,世界の秩序を体現した存在であった。であればこそ,大首長が死をヨロズ ワザワイ迎えるとき,世の秩序は失われ,アマテラスが天岩屋にかくれたおりと同様な「萬の妖,コトゴトオコ悉に発」る情況が演出されなければならなかったのであろう。そうした情況を続出せず,ただひたすら厳粛,静謹のうちに大葬が運ばれるならば,そのことはかえって,世界秩序の体現者としての大首長の本質を否定することになるのではないか。

ここで当然に想起されるのが,フレイザーがその昔『金枝篇』の中にはじめて集めたことで有名となった,「王殺し」の諸例である(Frazer 1890)。

このばあいには,人の世の繁栄を維持するために,少しでも体力の衰えをみえた王,あるいは一定の統治期間のすぎた王は,みずから生命を断つか,拭殺されるかしなければならなかった。これは王があらゆる力の源泉と考えられたがゆえにほかならない。帝威衰えるとき天変地異あり,という東洋に古くからみられる思想も右に同じである。

ポリネシアのばあいも同様であり,ただ,ここでは慣行が,フレイザーの諸例とことなる形態をとって発現した,ということなのではないか。


ポリネシアの大首長の本質

さて,ポリネシアの大首長の本質についてである。これについては,ポリネシア人の宗教観念の基本にある,マナの観念から説明を始めなければならない。

マナというのは,精霊や霊魂ともことなって,いわば世界を運行させる原動力ともいうべき超自然力の観念である。作物の成長,家畜の繁殖,海や山からの豊かな収穫,人びとの繁栄,そして人の世のあらゆる企ての成功をもたらすものがマナである。ひとりポリネシアにかぎらず,このマナの観念は,南太平洋諸民族のあいだに広くみられるが,ポリネシアでは,身分制と結びついて特異な発達をとげていた。

ポリネシア人の観念では,マナは生物,無生物を問わず,万物に宿っている。ただし,宿っているマナの量はけっして一様でなく,個々の宿主ごとにことなる。マナをごくわずかしかもたない存在もあれば,大量にもっているものもある。マナとはこのようなものであり,こうしたマナをもっとも大量に,というよりも無限に宿した存在が神であった。神はマナの源泉といってよい。

ところで,ポリネシアではマナはけっして一代かぎりのものでなく,系譜的に継承もしくは相続されていく。そのばあい,なにごとによらず長子優先のポリネシア社会では,長子が祖先のマナをもっとも大量に相続し,他は祖先からの系譜上の位置の遠近に応じて,それなりのマナを相続するものと考えられていた。

ポリネシアの社会は,大きく貴族と平民両落分層から構成されていたが,この二つの身分層を区別する規準は,神の系統に属するか否か,ということであった。いうまでもなく,神の子孫にあたるものが貴族である。この氏族のうち,代々にわたって長子継承の原則にもとつく神の直系の子孫こそが大首長にほかならず,彼は前述したマナ相続の原理にしたがって,神のマナをもっとも大量に身に宿した存在,つまり現人神ということになる。

大首長のこのような本質を理解してみるならば,その死にともなって,社会の一時的な無法・無秩序状態が演出されたとして,けっして理解できぬことではあるまい。ハワイ,サモア,ソサイエティ諸島の准例を,私はそうしたものと解釈したい。

なお,ここで私が大首長と称したものは,首長国(chiefdom)の頂点に立つ首長(chief)のことであって,首長国を構成する諸小集団それぞれの長のことではない。後者もまた首長と呼ばれうるので,それらと区別するために,ことさらに大の字を冠したわけである。土地の言葉でも,たとえばハワイ語では,アリイ(髄)という言葉で首長一般をさすほか,これに「大」を意味するヌイ(nui)を付してアリイ・ヌイ(alii nui)をとくに区別することがある。英語文献では,私のいう大首長を,paramount chiefまたはthe highest chiefと表現することが多いが, chiefとだけ記して,区別の曖昧な例も少なくない。

ウィリアムソンが引用したサモア(サヴァイイ島)の例に語られている首長は,大首長のこととみてまちがいあるまい。エリスもまた,ハワイの記事で「王や首長」と述べているが,この首長も大首長であること疑いない。ハワイ王国は,その群島の各地に割拠分立していた多数の首長国を,カメハメハ大王が1810年に征服・統合したことによって成立したもので,カメハメハ大王もその前身は,ハワイ島かぎりの大首長にほかならなかった。したがって,エリスによって王に併記された首長は,とうぜん,王国成立以前のかつての諸首長国の長,つまり大首長をさすものと考えて誤りないであろう。

エリスは,ハワイにおいて,王母の死去にさいしても,無法・無秩序状態のおこることを人びとが懸念して,避難さわぎのおこったことを目撃している。じっさいには,そうしたことはおこらなかったのであるが,もし人びとの懸念が思いすごしではなく,正当な予想であった ということは,キリスト教以前であればとうぜんにおこった とするならば,死につづく無法・無秩序の慣行は,ひとり大首長の死去のばあいだけにかぎらず,大首長に準ずる高位の人の死にさいしてもみられたこととなる。かりにそうであったにしても,私は,サモアやソサイエティ諸島の事例にてらして,ハワイのそれは,この慣行の真意が忘れられた結果としての拡大現象であると考えたい。

最後に,この慣行が,ときとしてポリネシアで葬儀にともなう模擬戦とは別ものであることを,付言しておきたい。これもまた,大首長の死にさいしての慣行の一つにはちがいないが,模擬戦では,遺族側の集団と,近隣からの弔問者の集団とのあいだで,儀式的に戦闘が演じられるのであって,暴徒が一方的に荒れ狂うのではない。その意味についてここでは立ちいらないが,この慣行が,本稿の主題としたそれとは別ものであることだけを,念のためにここに書きそえておく。

http://docs.google.com/viewer?a=v&q=cache:W5fs8-SrRusJ:ir.minpaku.ac.jp/dspace/bitstream/10502/1875/1/SER59_004.pdf+%E3%83%9D%E3%83%AA%E3%83%8D%E3%82%B7%E3%82%A2+%E6%AD%BB%E9%9C%8A&hl=ja&gl=jp&pid=bl&srcid=ADGEESjEtS4plalExa8V1OWH7eQYsuzpbBxPVQF82TcN3daLeBxtTdQJmY3VkFgeFF9Y7kz3n3TyZCc1AvEbyPq7A9_Dzi0yTmn1j7B3tKkGM9WXxkq5CHKbE8ypelFUbr3_I5SepDaP&sig=AHIEtbQlJ-_RC-hifQKdGt0DC5vBXSkGTw


49. 中川隆[4701] koaQ7Jey 2016年10月27日 20:26:00 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5113]
>>44, >>45 に追記


彼岸の期間とお墓参り

彼岸は先祖を供養する仏教の行事。

もしかしたら、そう思っていませんか?

実は、それ少し認識不足なところがあります。

でも、安心して下さい。

日本人の半数以上、もしかしたら8割以上の人がそう認識していると思います。

今回は、そんな彼岸の期間や常識のほか伊勢神宮を中心としたブログならではの読んでみると「えっ!そうなんだ 以外だった」と思う内容を紹介します。

お彼岸のことなら正解をすべて分かっているという人は読む必要がありません。



では、さっそく彼岸の期間をチェックしましょう。

お彼岸の期間 2016年

春の彼岸
•彼岸の入り:3月17日
•彼岸の中日:3月20日(春分の日)
•彼岸の明け:3月23日

秋の彼岸
•彼岸の入り:9月19日
•彼岸の中日:9月22日(秋分の日)
•彼岸の明け:9月25日

お彼岸の期間は毎年いつから、いつまでと決まった日程で固定されていません。

その理由は国立天文台の予測した「春分の日」「秋分の日」を中日として前期3日、後期3日の7日間とするからです。

なかには、春分・秋分も国民の祝日なのに決まった日ではないことを疑問に思う人がいるかもしれません。

そこにも彼岸ならではの理由があります。

春分・秋分の日

彼岸の夕日

太陽が真東から昇り、真西に沈む

春分・秋分の日(彼岸の中日)はこの条件を満たした日と定めているため固定されていません。

だから、毎年のように彼岸の入りはいつ?明けるのは?と調べる人が多いです。

それでも、思うかも知れません。

「彼岸まで春分・秋分の日に合わせなくても固定すれば忘れなく良いと思う」
「そもそも、彼岸と太陽の動きなんて関係ないでしょ」

確かに、私もその方が彼岸の期間が分かりやすいし休日の計画も立てやすいと思います。

しかし、そこに「彼岸は仏教の固有の行事」というだけではない理由があります。

その理由の前に、この「彼岸期間には先祖のお墓参り」をするという習慣は日本だけのものだと知っていましたか?

知らなかった人も少なくはないと思います。

仏教の国といえば、釈迦の生まれたインドや中国が有名ですよね。

彼岸という言葉はインドが起源が、仏教が誕生した国、インドには「彼岸」という期間や習慣がありません。

それなのに日本仏教では春・秋のお彼岸に先祖供養をします。

どうして?

その答えも、先ほどの理由に関係してきます。

では、その理由をチェックしましょう。

彼岸と日願(ひがん)の天照大御神

彼岸といえば仏教の大切な行事として位置づけられ、辞典などでも解説されています。

一般常識という例え方をするのであれば、現在において仏教の行事と答えられたら正解、常識人。

しかし、日本特有の仏教における彼岸という習慣が広く浸透していった背景には日本固有の神道や自然信仰の日願に由来した先祖を大切にする考え方、習慣が大きく影響しています。

日願は、日に願う。

伊勢神宮の内宮、天皇のご祖神(先祖)とされる天照大御神は太陽神(日神)とされている。

つまり、日願は太陽神の天照大御神に一般人は五穀豊穣や家内安全、ご縁などを願う。

役人たちは国の繁栄や安泰、勝利を感謝し願うことだと訳される。

そのため、彼岸は日願だと考えると春・秋のお彼岸と太陽の動きに関係性が生まれます。

だったら、彼岸は伊勢神宮や神社に参拝する慣わしになるのじゃないの?

ですよね。

次に彼岸が仏教と深く結びついていくきっかけをチェックします。

彼岸と神道の融合のはじまり

彼岸の期間

伊勢神宮を根本とする神道では穢れとされた病や死にふれないところがありました。

そこで仏教が登場します。

日本で最初に彼岸会が行われたのは仏教伝来から300年ほど経った9世紀。

平城天皇の即位を自害に追い込まれた早良親王(崇道天皇)の怨霊が妨げないよう、二月と八月の七日以外は全国の国分寺の僧侶らに金光明最勝王経(こんこうみょうさいしょうおうきょう)を奉納させたものが彼岸にあたるらしい。

国分寺とは国を守るために創建された仏教寺院。

その国分寺の本部といえる寺院が2つあります。

東大寺(国分寺僧寺)
法華寺(国分寺尼寺)

当時は宗派などはなく、聖武天皇の命によって金光明最勝王経と妙法蓮華経(みょうほうれんげきょう)を写経し七重塔を建て納めることだった。

そうすると、やっぱり彼岸の根本的なところは仏教なんじゃないかと思いますよね。

次に仏さまと天照大御神についてチェックしましょう。


仏さまと太陽の神さま

彼岸は日願に起因するものとして、聖武天皇が写経させたお経の考え方とお寺の本尊が日願に通じるものでした。

それを簡単に説明すると、この経典を読み広めて政治をおこなえば国は豊かになる。
四天王(仏教を守護する仏さま)や弁才天、吉祥天などの諸天善神(しょてんぜんじん)が国を守護する。

当時は聖武天皇の直筆の写経をした書が国分寺の実質的な本尊としていたとされる。

また、金光明最勝王経は当時のインド医学で病因論と思われる内容が詳細に記されていた。

そこには多くの病因は太陽を中心とした気候の変化と飲食が適合しない場合に起きるとされ、太陽が人間の生死を左右するところにも関係するとも説かれていた。

天皇にしてみるとご先祖で太陽の神で天照大御神が中心。

さらに、この経典は密教の色合いが濃い。

密教では摩訶毘盧遮那仏(まかるしゃなぶつ)一般的に大日如来(太陽)という仏さま仏界の中心。

国分寺の本山である東大寺の仏像は盧舎那仏(るしゃなぶつ)を音訳すると光明遍照(こうみょうへんじょう)を意味するそうです。

宇宙の根本の真理をすべての人に照らして悟りに導く仏さま。

一方の法華寺も創建当時は同様に密教とゆかりある寺院だったらしい。

平城天皇の時代の役人や天皇もすべてを照らすものは太陽だと示されることで受け入れやすかったのかもしれません。

そんな背景に太陽が沈む西の彼方(かなた)に「極楽浄土」があるという仏教の思想がなじみやすかった。

これがご先祖の魂をしずめ、安息と感謝の祈りをささげ、お墓参りをするなどの日本特有の彼岸という習慣になりました。

ちなみに彼岸の意味は、苦悩などのない悟りの境地すなわち極楽浄土とされています。

それに対し、私たちの暮らすところを此岸といいます。

次に伊勢神宮の春季皇霊祭についてチェックします・

彼岸と伊勢神宮の皇霊祭

これまでの内容で日本的彼岸のはじまりは天皇の霊を鎮めるためのものだったとしてきました。

つまり春と秋におこなわれる皇霊祭、これは神道的彼岸行事です。

そして、春分・秋分の日に皇霊祭がおこなわれます。

この日、宮中皇霊殿において天皇が歴代の天皇はじめ皇族方の御霊(みたま)に鎮魂の祈りをささげられます。

それを伊勢から神職たちも遥拝(ようはい)するというものです。

遥拝とは、遠く離れたところから拝礼するという意味。

最後になりますが、彼岸が仏教、神道どちらを起源とするものなのかについては諸説あります。

先祖を敬い、供養する古きよき日本の習慣にどちらが先で後は大きな問題ではありません。

ふだん、なかなか行くことのできないお墓参り。

彼岸には、ご先祖さまへ敬愛の思いを伝えにでかけるのも良いのではないでしょうか。
http://isejinguuu.com/higan/


50. 中川隆[4702] koaQ7Jey 2016年10月27日 21:11:59 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5114]

結論として

萩原玄明さんは真言宗も仏教の基礎もきちんと勉強した事がないので、神道の霊の話を真言宗の教えだと思い込んでしまっているのですね

こういう仏教の事を何も知らない人が住職をやっているというのが日本の仏教の問題なのです:


萩原玄明 プロフィール

昭和10年11月8日、東京都八王子市の菅谷不動尊教会の次男として誕生。

店員から会社経営まで俗人としての体験を経たのち、生家の寺を継いでいた兄の早逝を機に僧となる。

現在は真言宗の宗教法人「長江寺」住職。

死者から映像や声による通信を受ける霊能力をもとに、正しい供養による完全なる死者の成仏を説いて全国的な活動を展開している
http://www.hmv.co.jp/artist_%E8%90%A9%E5%8E%9F%E7%8E%84%E6%98%8E_000000000406564/biography/

先祖供養を出しにした新手の寄生虫ビジネスか?
投稿者 Kindleユーザー 投稿日 2013/1/9

著者の代表3部作である、『死者は生きている』・『精神病は病気ではない』・そして本著とすべて読ませていただいた。

無学を自認している著者にしては、そこそこの文才も感じるし、読み物としてはたいへん読みやすく内容もおもしろい。

しかしながら著者がおこなっている霊視ならびに先祖供養に関係する行為が、とても危険をはらんでいると感じるのである。

まず著者は、精神障害の原因は複数以上の死者の魂が人間に憑依して、その人間の肉体を使って自己表現してくる現象であると断言する。

ここまでは普通でまあいいだろう。

問題なのは、その原因となっているる死者たちを、「あなたが調べて誰方なのかを見つけてください(156ページ1行目)」と先祖供養を望まれてやってくる相談依頼者に丸投げしてしまう姿勢だ。

つまり著者の売りにしている【霊視】とは、要は、著者の‘夢日記’を相談依頼者自身に解読させることなのである。

著者自身は寺から動かずに、依頼者に先祖調査から現地調査まで、何から何まで徹底して調べさせて、最後にはその原因となる死者についても、

「私はただ「年をとったお婆さん」と申し上げます。
そのお婆さんが祖母なのかどうかはあなた方で特定して下さい。
すぐにわからなければ調べてそして探し当てて下さい(同11〜13行目)」、

とまったく投げやりな態度である。

先祖供養についても

「以前とは比較にならない回復ぶりにいっぺんに未来が開けて来ます。(163ページ6行目)」

と持ち上げたかと思うと、

「まだ浮かばれていない人々をもっと探して供養して行くために、言い換えるならば、まだ憑依を続けている死者を更に見つけるために、もう一度霊視をします。
症状によって、また、子孫としての気持ちによって、霊視を二回目、三回目と重ねて行くこともよくあります(163ページ11〜14行目)」

と谷底に突き落とし、とどめは、

「あなたでは終わらずに、もうその頃にはすっかり元どおりの元気さを取り戻している息子さんや娘さんが、あなたのやり残した分をちゃんとやってくれるかもしれません。
そういうことでもよろしいではありませんか(172ページ9〜11行目)」

などと、未来永劫に続く蟻地獄のごとき状況を、他人事のような軽い口調で語るのである。

それはそうであろう、一人の死者につき高額の供養料をいただき、それが未来永劫続く、そして自分には何の責任も無いのであるのだから。


______


栗原容疑者、6年ほど前に3女が精神分裂気味になり、刃物を振りかざすなどしたため、これを治そうと、妻・栗原直子はカルト宗教にはまったそうです。

カルト宗教側はその祈祷料などと称して数千万円を要求。
妻は素直に これを支払う…栗原容疑者の退職金がなくなってしまいました。

妻がハマったカルトは 東京八王子の 真言宗 長江寺

真言宗と看板が上がってはいますが、この寺は独自に暴走しています。

金の亡者・住職はひょっとして、あれか?…朝鮮渡来の人なんじゃないのか?


長江寺 住職 荻原玄明
〒192-0004 東京都 八王子市 加住町2丁目248?3
電話 042-691-3801
http://www006.upp.so-net.ne.jp/rukajp/hagiwara1.html

…妻・栗原直子からの相談内容から 長江寺は、
栗原容疑者に退職金(幹部なら概ね3400〜3700万円ほどか?)がある事を知り得、これを狙っていたのでしょうね。


51. 中川隆[4704] koaQ7Jey 2016年10月27日 21:47:33 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5116]

Yahoo!知恵袋 Q & A


tutaechanさん 2010/7/7 05:54:10
真言宗を信じて病が治った人いますか?

ベストアンサーに選ばれた回答
ozizousann21さん 2010/7/9 02:11:38

密教行者をしています。

病気が治りますから祈祷を受けてください。という方法はどなたもしてはいないかと思います。

この部分は治療行為になりますので、医師の資格を有していないものが治療をすることは違法になります。

但し、昔から身体健全のご祈祷というものは存在します。
それは、治療では無く、祈りなのです。
あなたの祈りをご神仏さまに聞き遂げていただけますように、
あなたの代わりにご祈願をいたしましょう。という内容になります。

祈祷の結果としまして、医者では治らなかった難病奇病の方が
完全治癒とはいかなくても、改善をされました。という報告は良く聞きます。
祈祷の結果上、ありがとうございました。と自然と言われるのです。

一行者として書いています。ご参考までに・・


sishabury1834さん 2010/7/7 06:33:10
真言宗の信者で医者です。「真言宗を信じれば病気が治る」というようなことは寺院などでも説いていないと思います。

それな本当に真言宗ですか?
悪徳商法のにおいがします…

ただ、信仰を持つことで精神が安定し、精進料理をバランス良く食べることで健康になると考えることはできます。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1343312528


52. 中川隆[4705] koaQ7Jey 2016年10月27日 21:53:50 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5117]

Yahoo!知恵袋 Q & A

saefgyhhさん 2016/8/27 12:16:02
日本仏教ってブッダの教えになぜ背いているの?

ブッダ「死んだら土に帰るだけ。骨なんてなんの意味もなくなる」

日本仏教「納骨してお墓立てよう!お墓参りを欠かさずやろう!お墓荒れると無縁仏になるよ!」

ブッダの真逆をいく日本仏教


ベストアンサーに選ばれた回答
citrus_doropsさん 2016/8/27 20:26:06

大昔は、インターネットなんてありませんでしたからね。

明治時代ですら、まだ海外の情報を得る手段が不十分だったために、研究者の勘違いで『上座部仏教=小乗仏教』と世間に紹介され、いまだにその勘違いが残っている状態です。

現代は、ネットや専門書から正確な情報を得られるのですから、いい加減、間違いに気づく人が増えればいいのですが、まだまだ過去の情報をコピペするだけで、事実を確かめようとしない人は多いです。(ウィキペディアも、過去の間違った情報をそのまま使っています)

現代でもそうなのですから、大昔の日本人が「中国からありがたい仏教が伝わってきた」と聞いて、その内容を鵜呑みにして信じ続けても不思議ではないでしょう。
当時は、本当にインドにそんな先祖供養の習慣があるのか、確かめる手段すらありませんでしたから。

そうして、誤った情報に基づいて、仏教は日本人の生活に溶け込んでいったのです。

もはや、お葬式・戒名・お彼岸・お盆は、お寺の経営に欠かせないものになっています。今更、本物の仏教の情報が入ってきても、すぐには方向転換できない状況だと思います。

ただ、若い人は合理的ですから、本来の仏教には存在しない『戒名』という習慣に、今後、高いお金は使わなくなっていくでしょう。

悟りを得たブッダが説いた内容は、時代を越えて人々に感銘を与えますが、一般人が仏教の名を借りて金儲けのために考えた内容は、時間の経過とともにメッキが剥がれていくのでしょうね。

2016/08/28 18:20:02
『四種の人達』に、凡夫(悟っていない一般人)は入りません。
お釈迦様は、「誰でも死んだらそのように供養しなさい」とはおっしゃっていません。

経典には、お釈迦様が、ある弟子(最高の阿羅漢果に悟っていた)の遺体を、聖者に対する特別な方法で供養したという記述があります。「聖者に対する特別な方法」と書かれているので、当時の一般のインド人に対しては、そのような供養はしておらず、聖者だけに認められた供養法である事が明確です。

お釈迦様の言葉は、厳密で明確なので、わざわざ『4種の人達』と定義されたものには、きちんと意味があります。

それを勝手に『自分が尊敬する人、偉大だと感じる人』に解釈を変えてしまうと、それこそお釈迦様が説かれた仏法に対する冒涜になります。

初期仏教をきちんと学べば、お釈迦様が説かれた内容を自分勝手に解釈を曲げることの恐ろしさが分かります。

悟っていない一般人の骨は、死んだら土に還るだけです。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13163510618


53. 中川隆[4706] koaQ7Jey 2016年10月27日 22:11:46 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5118]

釈迦の言葉


死後の世界について

ブッダは、人間が死後も存在するかどうかというような人間の知識を超えることがらについては、それは独断にすぎず、無益な

ものであると考えて、沈黙を守りました。


________________________________

滅びてしまったその人は存在しないのでしょうか? 
あるいはまた常住であって、そこなわれないのでしょうか。
世尊よ、どうかそれをわたしに説明してください。あなたは真理をあるがままに知っておられるからです。

師は答えた。ウパシーヴァよ。滅びてしまった者には、それを測る基準がない。かれを、ああだ、こうだと論議する根拠がかれ

については存在しない。あらゆることがらがすっかり絶やされたとき、すべての論議は絶えるのである。
(スッタニパータ 1075〜1076)

尊者マールンキャプッタは人影のないところへ行って静思していたが、その心に次のような考えが起こった。

「これらの考え方を世尊は説かれず、捨て置かれ、無視されている。すわなち ---

世界は永遠であるとか、世界は永遠ではないとか、世界は有限であるとか、世界は無限であるか、魂と身体は同一なものである

とか、魂と身体は別個なものであるとか、人は死後存在するとか、人は死後存在しないとか・・・、

これらのさまざまな考え方を世尊はわたしに説かれなかった。世尊がわたしに説かれなかったということは、わたしにとって嬉

しいことではないし、わたしにとって容認できることでもない。だからわたしは世尊のところへ 参って、この意味を尋ねてみよ

う・・・。

もし世尊がわたしのために、これらのことを説かれないようなら、わたしは修学を放棄して世俗の生活に帰るとしよう。」(中略)

「マールンキャプッタよ、わたしはおまえにそのようなことを教えてやるから、わたしのもとにきて修行せよ、と言ったことがあるか。」

「師よ、そのようなことはありません。」

「マールンキャプッタよ、わたしはそのようなことを教えてやると言ったこともないのに、愚かにも、おまえはわたしがそのよ

うに説くことを要求し、そのように説くことをしないわたしを拒もうとしている。(中略)

マールンキャプッタよ、人間は死後も存在するという考え方があってはじめて人は修行生活が可能である、ということはない。

また人間は死後存在しないという考え方があってはじめて人は修行生活が可能である、ということもない。

マールンキャプッタよ、人間は死後も存在するという考え方があろうと、人間は死後存在しないいう考え方があろうと、まさに、生老病死はあり、悲嘆苦憂悩はある。現実にそれらを征服することをわたしは教えるのである。
(マッジマ・ニカーヤ 63)


ヴァッチャよ、[世界は常住かどうか、霊魂と身体とは一体であるかどうか、人は死後にもなお存するかどうか、などのような種類の問い]に対する見解は、独断に陥っているものであり、見惑の林に迷い込み、見取の結縛にとらわれているのである。

それは、苦をともない、悩みをともない、破滅をともない、厭離、離欲、滅尽、寂静、智通、正覚、涅槃に役立たない。
(マッジマ・ニカーヤ 72)

弟子たちよ、『我(アートマン)』や『我がもの』などは、真実として捉えられるものではないのであるから、このようなものに立脚した教え、つまり、

『我と世界は一つである』とか、

『我は、死後、永遠不変に存続して生き続けるであろう』

というような教えは、まったく愚かな教えであると言えないだろうか。」

「まったくその通りです、師よ。まったく愚かな教えであると言わねばなりませぬ。」
(マッジマ・ニカーヤ 22)


____

(マッジマニカーヤ72、アングッターラニカーヤ34)


ヴァッチャは、さらに、尋ねて聞いた。

「世尊よ、では、執着を離れて解脱した者は、いずこにおもむいて生れるのであろうか。」

「ヴァッチャよ、おもむいて生まれるというのは、適当ではない。」

「では、どこにもおもむいては生まれぬというのであろうか。」

「ヴァッチャよ、おもむいて生まれぬというのも、適当ではない。」

「世尊よ、それでは、わたしはまったくわからなくなってしまった。以前に世尊と対座問答することによって、わたしの得た深い確信すらも、すっかり消えうせてしまった。」

すると世尊は、彼のために、このように説明せられた。

「ヴァッチャよ、なんじがまったく解らなくなったというのは、当然であろう。ヴァッチャよ、この教えは、はなはだ深く、知りがたく、すぐれて微妙であって、智慧あるもののみが知りうるところのものである。他の見解にしたがっている者や、他の行をしている者には、とうてい知られがたいものであろう。

だが、ヴァッチャよ、わたしはさらに、なんじのために説こう。いまわたしが、なんじに問うから、思いのままに答えるがよい。

ヴァッチャよ、もしなんじの前に、火が燃えているとしたならば、なんじは、火が燃えている、と知ることができるか。」

「むろんである。」

「では、ヴァッチャよ、この火は何によって燃えるのであるかと問われたならば、なんじは何と答えるか。」

「それは、この火は、薪があるから燃えるのだと、わたしは答える。」

「では、もしなんじの前で、その火が消えたならば、なんじは、火は消えた、と知ることができるか。」

「むろんである。」

「では、ヴァッチャよ、かの火はどこに行ってしまったかと問われたならば、なんじはいかに答えるか。」

「世尊よ、それは問いが適当ではない。かの火は、薪があったから燃えたのであり、薪が尽きたから消えたのである。」

そこで、世尊は、うなずいて、説いていった。

「ヴァッチャよ、まったくその通りである。そしてそれと同じように、かの色をもって人を示す者には、色が捨てられ、その根は断たれる時、その人はすでになく、また生ぜざるものとなるであろう。

その時、ヴァッチャよ、人は色より解脱したのである。・・・

そして、ヴァッチャよ、受についても、想についても、行についても、識についても、また同じである。」

(同上、増谷文雄訳)


ヴァッチャは、古代インド人の常識として当然のごとく、バラモン教・ヒンズー教・俗信の伝統にしたがって、執着を離れて解脱したものはどこか善いところ赴いて生まれると思い込んでいたのです。

そのために、ブッダにつまずいてしまったわけです。

ブッダの思想には、どこかに赴いて生まれる(赴いて生まれない)とか、よい世界に生まれ変わる(生まれ変わらない)とかいうような問いは、「いままで燃えていた火はどこに行ったのか」と問うことがまったく見当違いの問いであるように、まったく見当違いの問いだったからです。

ブッダは、比喩を用いて、火が消えるのはただ薪が燃え尽きたから消えたにすぎないのであって、火がどこか別の世界に赴いて行ったのではない、というのです。ヴァッチャは、これを聞いてブッダの意味するところを理解することができ、ブッダに帰依します。

ブッダは「人は悟って天国に帰る」などとは説きませんでした。
http://www.j-world.com/usr/sakura/replies/buddhism/buddhism20.html


54. 中川隆[4708] koaQ7Jey 2016年10月27日 22:50:19 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5120]

釈迦は輪廻や死後の世界や神の存在を完全に否定していた。

しかし、釈迦は当時の霊魂や死後の世界を信じている一般人には真実は言わず対機説法だけをした。

スッタニパータやダンマパダの釈迦の言葉が矛盾するのは真実と対機説法が混在しているから:

世に広まっている誤解に、釈尊は「六道輪廻」から解脱することを説いた、つまり生まれ変わりからの解放を説いたというものがあります。

しかし実は「輪廻」も「解脱」も元来、古代インドの支配階級だったバラモンの考えで、それらを含む思想が釈尊と同じころに『ウパニシャッド』という文献にまとめられてきますが、それは釈尊のとられる考え方ではありません。 それどころか、それらを批判していったのが釈尊でした。


 そもそも釈尊の当時は、正統的なバラモン思想に対抗する一連の革新的思想家が出てきた時代です。

かれらは沙門(しゃもん=努力する人)と呼ばれ、釈尊もその中の一人でした。

釈尊の師であったといわれるアーラーラ・カーラーマやウッダカ・ラーマプッタもそうですし、ジャイナ教の始祖ヴァルダマーナなど、「六十二見九十五種」という言葉もあるように、何十何百もの方々がさまざまな教えを説いていたといわれています。

 その中にも生まれ変わりを否定する人はたくさんいたのですが、釈尊がそれを否定した仕方はきわめて簡単です。 生まれ変わりという考えは、われわれが常住不変・永遠不滅の「我」(霊魂のようなもの)を持つということを前提としますが、釈尊はそのような「我」はないと言われたのです。

 趙樸初『仏教入門』(法蔵館)の記述にしたがえば、釈尊はわれわれも含め生き物はすべて、さまざまな物質的要素(地・水・火・風・空)と心理的要素(感覚器官・感覚・印象・思惟・判断力など)の集合体であり、しかもそれらすべての要素が一瞬ごとに生滅・変動していると考えました。

そうであれば、そこには輪廻の主体となる不変の「我」はどこにも見いだすことができないということです。これが「無我」といわれる考え方です。

 ただし、釈尊が冷静に学問的に研究した結果、そういう結論に達したのかどうかは微妙です。むしろ、輪廻という考えを否定するという動機にしたがってそう考えたと見ることもできます。

 というのも、ここは非常に大事な点ですが、釈尊を含む革新的思想家たちがバラモンの教えを批判するのは、それがバラモン支配の社会を支えるための教え(今ふうに言えばイデオロギー)だったからです。

たとえば、輪廻という考えは厳然としてカースト制を支える教えとしてあります。

つまり、現在バラモンであるものは前世によい行いをしたからであり、反対にシュードラにあるものは、前世でわるい行いをしたからであり、来世でよい境遇に生まれたければ善いことをせよというわけですが、その善悪の基準とは、つねにカースト制を含む社会が存続するのに都合のいいものです。

善を行ない悪を行うまいとして道徳を守れば守るほど、一方では安逸を貪り、他方ではいかに努力しようとも悲惨な状況から抜け出すことの出来ない階層が存在するという状況が続くわけです。

 これだけでも皮肉ですが、しかも、悲惨な状況にある者は、その状況を自分の前世の行いからくる運命のように受け入れて生きていくしかないと思いこんでしまうという点で、二重に悲惨なのです。

要するに、輪廻は身分差別には当然の理由があるんだという「こじつけ」として機能していたと考えることができます。

 ですから、釈尊が輪廻を否定し「四姓平等」(四姓とは、バラモン:司祭者・クシャトリヤ:王族・ヴァイシヤ:庶民・シュードラ:隷民)を表明したということは、「カースト制度を正当化しようとするいかなる考えかたも許さない」ということを意味したわけですから、カースト制と闘う態度を明確にしたということができます。

 しかし、残念ながら世間には、釈尊が輪廻を説いたというたぐいの仏教入門書が少なくありません。

しかし逆に言えば、その本が輪廻を釈尊が説いたもののように言っているかどうかは、その本が信用できるかどうかの一つの指標になるのではないでしょうか。
http://www2.big.or.jp/~yba/QandA/98_10_21.html

ダンマパダ
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/737.html

スッタニパータ
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/736.html

ブッダ最後の旅
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/738.html


スッタ・ニパータは釈迦の本当の教えなのか?

仏教学を学ぶ者にとって、釈迦が、神の存在や霊魂の不滅性の是非を説かなかったことは、初歩中の初歩であるのだろう。そして、多くの仏教本には、釈迦は、人間にとって知ることのできない形而上学的諸問題については、それを問うても解答の出ないものであり、釈迦は、それらをことごとく捨て去ったと書かれている。(無記説)

ところで、最古の経典『スッタ・ニパータ』に登場する釈迦は、「無執着説」を説きながら、一方では、「輪廻からの解脱」ということを言う。最初から、霊魂の不死性を肯定も否定もしなかった仏陀が、一体、何故に、再び「輪廻」という言葉を持ち出してくるのだろうか?

これらのことは、『スッタ・ニパータ』を読んだときから、どうしても、私の頭から離れなかった疑問点であった。そして、もともと、本経典は、別々の時代に書かれた別の経典から編集されたものであり、全く別のものとして仏教を誤解釈した釈迦弟子が、仏陀の言葉として書き記したものであるのだろうか?

あるいは、釈迦は最初から輪廻を信じていて、これらは、何かの点によって繋がっているものであるのだろうか? それとも、それらはナーガールジュナ(龍樹)が言うような「勝義諦」と「世俗諦」なのだろうか?

実を言うと、先日、由緒ある曹洞宗のお寺に、日本を代表する仏教学者である奈良康明先生の講演会があり、話が終わった後に、個人的に、これらの質問をもって行ったところ、お寺の奥にあった小部屋に、先生から直々に案内され、一対一で、先生からの、これらに関する解答を頂いたのでした。


『釈迦は無我説を説き、霊魂の不滅性は説かなかった。

しかし、当時の一般民衆のほとんどが輪廻思想を信じていて、釈迦は霊魂の不滅性を否定はしなかった。霊魂の不滅性を否定したなら、托鉢で飯も食えなくなっただろうし、それを信じる者には、その道で行きなさい、といった感じだった。

だから、スッタ・ニパータのは矛盾はない。』


その日の夜に、仕事が終わった後に、スリランカ出身の友人B氏と、これらについて、さらに深い部分にまで及んで話し合ったところ、まったく別の説が浮かび上がってきた。

その彼の説はこうである。

『当時のインドでは、ほとんどの人が輪廻を信じていて、釈迦は輪廻からの解脱に挑んだ。その到達点は梵我一如のそれと同じであり、ニルヴァーナに至った釈迦には輪廻それ自体が無くなってしまった。

それゆえに、神(ブラフマン)の領域にまで達した釈迦にとってはアートマンは輪廻することが無くなったために、霊魂は不滅ではなくなった。』


しかし、B氏の説はバラモン教や梵我一如とその到達点ばかりではなく、それに至る道までもが同じではないのか?

一体、釈迦の仏教は梵我一如であったのだろうか?

いや、そんなはずはないだろう。釈迦の仏教が梵我一如の達人であったのなら、仏教は仏教である意味は喪失してしまうことになるのだろう。

私は、仏教のニルヴァーナの境地とバラモン教の境地とは、同一のものであることはB氏の意見と一致するが、釈迦の山頂に登る手法は、梵我一如のそれとは異なっていたのではないのかと思っている。

そして、「釈迦は霊魂の不滅説を説かなかった(否定も肯定もしなかったという意味)。

しかし、当時、霊魂の不滅性を信じる多くの一般民衆に対しては、霊魂の不滅性を否定はしなかった。」

という奈良先生の説に、私は賛同している。

もしかしたら、修行のレベルに合わせて釈迦は説法をされたのであろう。(対機説法)
http://blogs.yahoo.co.jp/dyhkr486/47870614.html

対機説法の目的


スッタニパータ 第二章 小なるもの 第一経 宝

227  正しくある者たちに賞賛された、これら四組の者たち八人(四双八輩:正覚に至る四階梯の各々において学びつつある者と学び終えた者の計八人)が〔世に〕有るなら、彼ら、善き至達者(ブッダ)の弟子たちは、施与されるべきである。

これらの者たちにたいする諸々の施しは、大いなる果となる。これもまた、僧団(サンガ)における、妙なる宝である。この真理によって、安穏成れ。
http://www7.ocn.ne.jp/~jkgyk/sho20070317.html


ここで布施を受けるのは、貧しい人々ではなく、バラモンの生活法に則って、家住期を終え、家庭を離れて遍歴修行する遊行者、あるいは祭祀を行うバラモンのことである。
 
ゴータマとその弟子たちもまた、住居と生業をもたない遍歴の修行者であった。 かれらも生存していくためにやはり在家から食を乞わねばならない。 

 そのとき、布施の功徳を問われれば、先のマーガとの問答にあるように、祭祀さえも認めることがあったのだろう。 後の経典は、動物供犠を除けば邪盛会でさえ、肯定されているのである
http://www.eonet.ne.jp/~sansuian/com/comp5.html


要するに上記227節の意味は、

釈迦の弟子は特別な存在だから、もっと金を出せ

という事ですね。そしてこれこそが仏教における釈迦崇拝の背景でしょう。


スッタニパータを書いた目的も

善き至達者(ブッダ)の弟子たちは、施与されるべきである。これらの者たちにたいする諸々の施しは、大いなる果となる。

というのを一般の人に納得させる事なんですね.

要するに,我々偉大なる釈迦の弟子にもっと金を出せ という事です.

輪廻転生や死後の世界を素朴に信じている無知蒙昧な一般人に大金を出させるには,釈迦の弟子が特別な選ばれた人間であると思わせなければならないですからね.

ブッダというのは目覚めた者という意味で単なる人間にしか過ぎない。

さらに、部派仏教の段階で釈迦の教えは既に大幅に修正されていたので、釈迦の言説は100年後には既に真理だとは思われていなかったですからね。

悟った人間は阿羅漢と言われて、本来はその全員が釈迦と同格ですね。釈迦から阿羅漢に認定された弟子は当時、何千人も居たので、釈迦が特別な人間という訳ではないのです。


釈迦が何故神格化されたかと言うと、無知蒙昧な一般人にお布施を出させるには,釈迦が神で、その弟子も特別な選ばれた人間であると思わせなければならないからでしょう。

坊さんも水を飲んで霞を食べて生きている訳じゃないですからね.

ハッタリも方便

要するに、僧侶にとって宗教は,職業として生活の為にやっているものなので,釈迦の本当の教えなんかどうでもいいという事なんでしょうね.

釈迦の悟りというのは、輪廻転生とか霊界・死後の世界と言われているものが、実際には人間の無意識の中で生起している現象に過ぎないという事に気付いた事なのです。神や悪魔というのも人間の心の中にしか存在しない、そういう事がわかったという事です。

俗に死後の世界とか霊界とか言われているのは心理学の言葉で言えば無意識の事です。人間が死ねば脳が溶けて、意識も無意識も一緒に消えてしまいます。従って、極楽も地獄も人間の死と共に消えてなくなるのですね。

輪廻転生というのも生きている人間の脳内で生じる virtual な経験なんです。そして、その事に気付いたのが釈迦の悟りですね。

ウパニシャッドにおいては、ブラフマン・アートマンが実在する事が真実だったんですね。アートマンというのは人間の魂なので、魂が実在すれば、肉体が滅びてもまた生まれ変わってくるという輪廻の考え方になってしまうのですね。

しかし、輪廻は当時のカースト制を維持する為に悪用されていた考え方なんです。

低いカーストの人間は前世で悪行をした報いだから、上のカーストの人には逆らわず、文句を言わず、がまんして苦しい労働に耐え、来世で高いカーストに生まれ変わる様に努力しなさいという上の人間に都合のいい考え方を押し付けていたのですね。

しかし、釈迦はカーストというのはアーリア人がドラビダ人を征服したから生じたもので、人間の価値とは関係ないとわかっていたんです。

それでカースト制を支えている輪廻転生、アートマンの存在を否定する考え方を探し求めたんです。

そしてその答えとして


アートマンは存在しない(無我説)

生き物はすべて、さまざまな物質的要素(地・水・火・風・空)と心理的要素(感覚器官・感覚・印象・思惟・判断力など)の集合体であり、しかもそれらすべての要素が一瞬ごとに生滅・変動していると考えました。

そうであれば、そこには輪廻の主体となる不変の「我」はどこにも見いだすことができないということです。これが「無我」といわれる考え方です。


を思いついたのです。

釈迦の悟りというのはこの無我説を実際の瞑想体験で確認するという事ですね。

神や悪魔や地獄の様な悩みの元になるものは普遍的無意識の浅い層にあるもので、そこからさらに深い所まで下りて行けば普遍的無意識の深い層(涅槃・空の世界)が広がっている。

従って、魂や死後の世界というのは幻影で、涅槃の世界からすべてを見る事ができる様になれば、苦しみもなくなるというのが釈迦の教えです。


ブッダというのは目覚めたる人間という意味ですが、目覚めるというのは魂や死後の世界というのが幻影だと悟るという意味なのですね。


仏教史を整理すると


@ 釈迦は輪廻転生や死後の世界が深層心理に基づく virtual なものだというのに気付いた。


A しかし、当時の人は魂の存在、輪廻転生や死後の世界を信じていたから、真理をそのまま教えたらパトロンの王侯貴族からお布施が貰えなくなる。


B それで、対機説法というのを考えて、魂の存在、輪廻転生や死後の世界を信じている一般人には真理を伝えないで誤魔化す事にした。


C 釈迦の弟子もお布施が貰えなくなると困るから、釈迦の対機説法を釈迦の教えとして仏典をまとめた。 スッタニパータで釈迦が否定した筈の天界や輪廻転生が語られるのにはそういう事情があった。


D 部派仏教で人間の心の深層の研究が進むにつれ、ブラフマン・アートマンが実在する事が確認され、釈迦の無我論をそのままの形で継承するのが不可能となった。


E 大乗仏教になると、釈迦の対機説法を当時の一般民衆に人気のあったヒンドゥー教に置き変えて、宗教ビジネスとして完成させた。 大乗仏教の空というのは本質的にはブラフマン・アートマンと同じものを指している。 その結果、大乗仏教での悟りも釈迦の悟りではなく、バラモン教・ヒンドゥー教の悟り、即ち梵我一如と輪廻転生からの解脱と本質的には変わらなくなってしまった。


F 日本に渡来した大乗仏教ではさらに、仏教の外見だけ残して中身を完全に自然神道に置き変えて、それまで村の古老がやっていた儀式を殆ど引き継いだ。 日本のお坊さんが本来の仏教では絶対にやらない筈の葬式やお盆で稼いでいるのはこういう事情なのです。


纏めると

インド仏教は外観だけ釈迦の教えに見せ掛けているが、中身はバラモン教・ヒンドゥー教に置き換えた。

中国仏教は外観だけインド仏教に見せ掛けているが、中身は道教に置き換えた。

日本仏教は外観だけ中国仏教に見せ掛けているが、中身は自然神道に置き換えた。


55. 中川隆[4709] koaQ7Jey 2016年10月28日 06:56:07 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5121]

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で. .|:::::  ,〉'"      `'´     `ヽ!  :| か  悪
す  |:::: /   /  ハ  ハ ヽ ヽ 、  ',  |  ゜  い
ね. |:::: i  ,'  /!__i_, !' ! ,_ハ__ハ ',  ! ',    ん
  ゜/::  ノ.! ! /,ィ-ァ!、! レ',ィ-=!、! i ハ  〉    で
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悪魔が取り憑いてしまった10人のケース(閲覧注意)2013年08月08日
http://karapaia.livedoor.biz/archives/52136302.html



 邪悪な霊が不運な人間にとりつくのは、フィクションの世界の中だけのように思えるが、悪魔にとりつかれる可能性は、世界中で信じられている。

キリスト教の聖書の中でさえ、30回以上も悪魔憑きについてほのめかしていて、キリストが人々から悪魔を追い出す記述がいくつかあるのだ。

古い時代にさかのぼっても数え切れないくらいの犠牲者や目撃者の例が報告されているし、バチカンにはエクソシストという要職がある。

 ここでは真に恐ろしい悪魔にとりつかれた10の話をとりあげてみよう。


1.クララ・ゲルママ・セレ

 1906年、南アフリカのナタールでのこと。聖ミカエルミッションスクールの学生だったセレは、なぜか16歳のときに悪魔と契約を結んでしまい、それからというもの、おかしな衝動に襲われた。十字架のような宗教的なものを拒絶し、知らないはずの言語をいくつもしゃべり、まわりの人たちの過去や考えを読める能力が現れた。

 セレにつきそった尼僧は、彼女が動物のような恐ろしい声をあげ、1.5メートルも宙に浮くのを見たという。ついに、ふたりの聖職者が悪魔祓いを行うためにやってきたが、セレはストールでひとりの司祭の首を絞めようとした。司祭が聖書を読み上げる間、彼女が宙に浮くのを170人以上の人が目撃した。2日以上の悪魔祓いの儀式の結果、邪悪な霊は彼女の体から出て行ったという。

2.アンネリーゼ・ミシェル

 アンネリーゼ・ミシェルの場合は、論争の絶えないケースで、彼女の悲劇は多くのフィクションの材料となった。もっとも有名なものは、2005年の法廷ドラマ『エミリー・ローズ』だろう。16歳のアンネリーゼには、癲癇と精神疾患があったため、精神病院で治療を受けていた。

 1973年、アンネリーゼは自殺衝動にかられるようになり、宗教的なものを足蹴にしたり、自分の尿を飲んだり、声が聞こえるようになったりした。薬も効かず、悪魔にとりつかれたと信じた彼女は、自ら司祭のところへ連れていってくれるよう、両親に頼んだ。だが、その願いは聞き入れられなかったため、地元のふたりの司祭が、こっそりと彼女に悪魔祓いの儀式を施した。

 10ヶ月以上に渡って、70もの悪魔祓いが行われたといい、その様子の多くは録画されている。しかし、アンネリーゼは憔悴と飢餓から死に至った。彼女の両親と司祭は過失致死の罪で起訴された。

3.ローランド・ドー/ロビー・マンハイム

 映画『エクソシスト』のベースになった、この14歳のローランド・ドーのケースは、もっとも有名な悪魔憑き話のひとつ。ローランド・ドーは本名ではなく、カトリック教会が少年のプライバシーを守るためにつけた偽名だ。1940年代後半、叔母が彼にウィジャーボード(コックリさん)を教え、その叔母の死後、彼がウィジャーボードで叔母と接触しようとしたため、悪魔に取り入られるきっかけをつくってしまったのではないかという。

 どこからともなく水がしたたる音が聞こえるというような怪現象が始まり、十字架などの宗教的なものがひとりでに揺れたり、壁から落ちたり、家のまわりで不可解な足音や、ひっかくような音が聞こえたりした。少年の体になにかの言葉のようなひっかき傷が現れ、喉からしゃがれた奇声をあげて、意味不明な暴言をはくようになり、苦しみに体をよじりながら宙に浮いたりした。

 ついに、カトリックの司祭が呼ばれ、壮絶な悪魔祓いの儀式が30回以上行われ、少年は司祭に何度も怪我を負わせた。ついに儀式が成功したとき、少年の獣のような恐ろしい咆哮が響き渡り、ひどい硫黄のにおいがあたりに漂ったという。

4.ジュリア

 2008年、ニューヨーク医科大学の准教授、精神科医のリチャード・E・ギャラガー博士が、悪魔にとりつかれたと思われるジュリアという患者のケースについて、論文を出した。たいてい、こうしたことは詐欺やただの精神疾患として片付けられてしまうため、科学者や精神科医が憑依の可能性を認めるのは珍しい。

 ギャラガー博士の観察によると、物が部屋の中を飛び回り、ジュリアがベッドから宙に浮いたり、意味不明なことを口走ったり、まわりの人たちについて、知るはずのないこと知っていたりしたという。

 ジュリアは何度もトランス状態に陥り、そのたびに異常な現象がついてまわった。脅し、嘲り、猥褻な言葉が口から飛び出し、“彼女を放っておけ、ばかもの”、“彼女は我々のものだ”、“うせろ、無能な聖職者”などという言葉も発した。声の調子はジュリアのものではなく、さまざまに変わり、しゃがれ声だったり、男の声だったりするかと思うと、甲高い声になったりする。悪魔祓いの最中には、信仰的なもの、神聖なものをひどく侮辱する言葉が繰り出されたという。

5.アーン・シャイアン・ジョンソン

 アメリカで悪魔による殺人の裁判として知られる、アーン・シャイアン・ジョンソンのケースは、弁護側が被告は悪魔にとりつかれていたため無罪だと主張した裁判事件。

 1981年、コネチカットでアーン・シャイアン・ジョンソンは家主のアラン・ボノを殺した。ジョンソンの弁護士は、彼が子供のときから奇行を繰り返していたことを指摘。ジョンソンの家族も、彼はずっと得体の知れない存在に悩まされ続けていて、悪魔学者のワレン夫妻に相談したこともあると証言し、ジョンソンの邪悪な行いはすべて悪魔のしわざだと主張した。

 結局、裁判官は悪魔憑きは、第一級殺人に対する確固たる抗弁にはならないと裁定。ジョンソンは有罪になった。

6.デイヴィッド・バーコウィッツ 通称“サムの息子”

 1976年、ニューヨーク市民は、サムの息子、または44口径キラーとして知られる連続殺人鬼に恐怖のどん底につき落とされた。殺人犯は1年以上に渡って、6人を殺し、7人に重傷を負わせ、現場にあざ笑うようなメモを残して警察を翻弄して逃げ回った。

 ついに逮捕されると、バーコウィッツは、すべては悪魔に命令されてやったと告白した。彼は終身刑の判決を受けたが、90年代半ばに自供を修正して、自分は悪魔崇拝教団のメンバーで、その教団が儀礼的な殺害として一連の事件を画策したと主張した。

7.マイケル・テイラー

 イギリスのオセットという小さな町に住んでいた、マイケル・テイラーと妻のクリスティーンは、とても信心深く、マリー・ロビンソン率いるクリスチャンのグループによく参加していた。1974年のある会合で、クリスティーンは夫がロビンソンと不倫をしていると疑い、マイケルを責めたが、両者とも断固として否定。それから、マイケルはおぞましく卑猥な言葉を吐いたり、人が変わったように奇行に走るようになり、まわりは彼が悪魔にとりつかれたと考えるようになった。

 奇行が始まって数ヵ月後、ついに聖職者が24時間以上に渡る悪魔祓いをとり行った。マイケルの体から40もの悪魔が取り除かれたが、殺人の悪魔がまだ残っていると聖職者は警告した。マイケルは家に帰ると、妻と飼い犬を惨殺し、血まみれで通りをふらふらしているところを発見された。裁判では心神喪失で無罪になった。

8.ジョージ・ルーキンス

 1778年、イギリス人仕立て屋のジョージ・ルーキンスは、悪魔にとりつかれたと主張した。外国語で、彼の声とは違う声で歌を歌ようになり、奇行がエスカレートしつつあるのを恐れた隣人が教会に助けを求めた。

 ルーキンスは20ヶ月以上病院に入れられたが、医者の力ではどうすることもできなかった。世話人が匙を投げ、彼の苦悩はもともと悪魔的なものだと認めた。悪魔にとりつかれているときの彼は、非常に暴力的でまさに悪魔そのもので、犬のように吼え、賛美歌を冒涜したという。ルーキンスは7人の悪魔にとりつかれていることがわかり、テンプル教会に7人の聖職者が集められ、悪魔祓いが行われた。儀式が終わると、ルーキンスは悪魔から解放され、イエスを祝福して神をたたえ、主の祈りを唱えて、聖職者たちに感謝したという。

9.アンナ・エクランド

 アイオワ州イーリングに住むアンナ・エクランドは、14歳から悪魔にとり憑かれたような行動をとりはじめた。アンナは敬虔なカトリックとして育ったが、父親とおばが呪術を行い、アンナの食事に薬草を入れた。まもなく、アンナは十字架や聖遺物を嫌がるようになり、性的にも堕落し、教会に足を踏み入れることができなくなってしまったという。

 1912年、悪魔祓いが成功して、アンナは“治癒”したが、父親とおばがさらに強力な呪術を行い、1年もたたないうちに多くの悪魔にとりつかれてしまった。その多くはアンネリーゼ・ミシェルにとりついたのと同じ悪魔だと言われている。

 1928年、アンナは再び教会の助けをかりた。修道院に入っていたが、アンナの態度はますます悪くなる一方だった。尼僧たちが食べ物を清め、アンナの部屋に入ろうとすると、アンナは尼僧たちを威嚇して追い払い、食べ物を床に投げつけた。また、聞いたことがないはずの外国語を話し、重力に逆らって宙に浮いたり、壁にしがみついたりした。

 見えるはずのない遠くのものが見え、聖職者に向かって唾を吐きかけたりした。目が飛び出し、体が膨れて重くなり、寝ている鉄製のベッドが壊れそうになるほどだったという。23日間に渡る、悪魔祓いの儀式が完了して、聖職者はアンナが完全に悪魔から解放されたと宣言した。

10.ローマ法王フランシスコ、少年の悪魔祓いをする

 カトリック教会は、毎年多くの悪魔祓いを行っている。現ローマ法王フランシスコは悪魔は現実にいると信じているといい、2013年5月、カメラの前で短い悪魔祓いをしたと言われている。このとき、法王は体に障害のある人たちの列を歩きながら祝福を与え、ある車椅子の少年の前で止まると、その少年の頭をつかんだ。すると、少年は全身を痙攣させ、あえぎ声をあげてぐったりしたという。
http://karapaia.livedoor.biz/archives/52136302.html


56. 中川隆[4710] koaQ7Jey 2016年10月28日 07:21:58 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5122]

独占インタビュー 元弟子が語るイエス教団「治療」の実態!!

 自称キリストことナザレのイエス(34)の行っていたデタラメな「治療」については,エルサレム市警察の調べによって次第に明らかになりつつあるが,当誌はイエスの逮捕直前に教団を離脱,裏切り者と激しく教団から非難されていた実業家,イスカリオテのユダ氏 (48) の単独インタビューに成功した。

教団幹部としてイエスの「治療」にも深く関わり,事件の鍵を握ると考えられていたユダ氏だが,このインタビューの後極度の鬱状態に陥り,自殺も数度にわたって図ったという。同氏はなおも証人としての尋問は不可能な容体であり,このインタビューは事件についての同氏の事実上唯一の証言となっている。

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―――ナザレのイエス氏は手のパワーによって病気を直すと公言していますが。

ユダ「それはデタラメです。すべてカラクリがあります。あれは人々を信用させてより多くの布施を集めるための一種のショーです。」

―――布施を集めたのですか?

ユダ「もちろんイエス自身が集めるわけではありません。布施を集めるのはマタイとレビの役目でした。彼らは以前収税人をしていましたからお手のものです。金の無い者からは着物や毛布まで取りたてて,顔の知られていない弟子が金に換えました。そのために寿命を縮めた患者も少なくありません。」

―――らい病を直したというのは本当ですか?

ユダ「仲間の一人でルカという医者がいるのです。その男にまず患者をらい病と診断させます。そこへイエスがやってきて,手で触れたりかざしたりして,治ったと宣言するわけです。その通り患者はぴんぴんしています。元々らいなどではなかったのですから。」

―――歩けなかった病人が歩けるようになったのは?

ユダ「エルサレムの街を歩いてごらんなさい。いざりの乞食は五万といます。しかし奴等は本当に歩けないのではなく,商売のために歩けないふりをしているだけです。ですから銀貨の1枚も渡せば偽の奇跡に協力させるのはたやすいことです。盲を見えるようにしたというのも,中風患者が治ったというのもこのやり方でした。」

―――しかし,本当に治ると信じてやって来た患者もいるのでは?

ユダ「もちろん,噂が広まれば治療を求めて多くの人々がやってきました。もちろんイエスに彼らを直す能力などありません。しかし,人間本気で治ると思えば治ってしまう病気もあるのです。また,単に貧しくて薬や食べ物がないために病気になった患者は,ルカや私が薬や食べ物を与えれば一時的にでも軽減します。そうやって自分の力で治ってしまった患者は,イエスの力で直してもらったと思い込み,また噂を広めます。治らなかった患者は信仰が足りないとか悪魔が憑いているとか言っておけば,民衆は他愛なく信じるものです。」

―――イエスの力ではないとは言え,治ったのなら結局良かったのでは?

ユダ「しかしその後でマタイとレビが法外な布施をふっかけるのですよ。イエスに脚気を直してもらったと思い込んでいる一人の漁師からは(実は単に食物のバランスが偏っていただけなのですが),商売道具の網や舟まで奪ってしまいました。これだけは置いていってくれと泣き叫ぶその漁師の妻と子を足蹴にするマタイと,右の頬を打たれたらほかの頬も差出せというようなことを冷たい笑みさえ浮かべながら話すイエスの姿は今でもこの眼に焼き付いています。漁師は現在もイエスの弟子のはずですが,漁師の妻はガリラヤで売春婦に,子供たちは物乞いになりました。」

―――あなたがイエスのもとを離れたきっかけは?

ユダ「裏切り者にされかけたからです。ある日イエスの悪辣なやり方に嫌気がさした私が,いくらなんでもそれはひどいのではないかと苦言をしたところ,その日の晩餐で私は名指しで裏切り者と呼ばれました。ちょうどマグダラのマリアの事件で教団の結束が緩みかけていたところでしたので,イエスは私をスケープゴートにしてたがを締め直そうとしたのです。私は身の危険を感じ,このままでは自分も熱心党のシモン(彼はイエスの命令ですでに数人の弟子を抹殺していました)に殺されると思ったので,逃げてきたのです。」

―――マグダラのマリアの事件とは?

ユダ「イエスの愛人でマグダラのマリアという女がいます。秘密ということになっていますが,位の高い弟子たちはたいてい知っています。ところがある日,彼女がイエスに香油を振り掛けているとき,たまたま居合わせた,真面目だが鈍い一人の弟子が彼女に,そんな香油を買う金があったら貧しい人に与えてはどうかと言ったのです。この男は彼女がイエスの愛人であることを知らなかったのです。マリアは馬鹿にしたような薄笑いを浮かべていただけでしたが,イエスは烈火のごとく怒って(イエスは香油を振りかけてもらったあと,弟子たちを部屋の外に出してマグダラのマリアにマッサージをしてもらうのが日課でした。)その弟子を破門にしたのです。おそらく彼は今ごろゲネサレ湖の底に沈んでいるでしょう。」

―――銀貨30枚を受け取って裏切ったというのは本当ですか?

ユダ「祭司長の使いと名乗るものが銀貨30枚を持って来たというのは本当です。しかしそれはイエス一派の陰謀で,私が金のために教団を裏切ったと言う風説を広めるためだったのです。実は金を持ってきた男というのは弟子の一人マルコの遠縁に当たる者で,最近信者になった男でした。彼らは私がその男を知らないと思って使者にしたのですが,私はおかしいと気付いたので突き返しました。教団は私が金を受け取ったと機関紙やパンフレットで宣伝していますが,事実ではありません。」

―――イエスは逮捕されましたが,教団がイエスを奪還する可能性は?

ユダ「おそらくないでしょう。イエスのわがままには教団幹部も困り果てており,内紛の原因にもなっているほどです。おそらくそのまま死刑にして,何か奇跡が起こったという話(例えば殺されたイエスが復活したのを見たとか)を作り,教団の結束を固め,存続を目指す方向に進むでしょう。悪知恵の働くヨハネあたりを中心にもう動いているんではないでしょうか。古株のペテロあたりは反対するでしょうが,彼は気が弱いですから。」

―――教団はイエスが逮捕されたのはあなたのせいだと非難しています。死刑になったらいっそう攻撃は激しくなるのでは?

ユダ「構いません。その血の責任はわたしとわたしの子孫の上にかかってもよいです。」
http://www.geocities.jp/tsume291/christ.html  


マルコ傳福音書 第1章


1:1神の子イエス、キリストの福音の始。

1:21かくて彼らカペナウムに到る、イエス直ちに安息日に會堂にいりて教へ給ふ。

1:22人々その教に驚きあへり。それは學者の如くならず、權威ある者のごとく教へ給ふゆゑなり。

1:23時にその會堂に、穢れし靈に憑かれたる人あり、叫びて言ふ

1:24『ナザレのイエスよ、我らは汝と何の關係あらんや、汝は我らを亡さんとて來給ふ。われは汝の誰なるを知る、神の聖者なり』

1:25イエス禁めて言ひ給ふ『默せ、その人を出でよ』

1:26穢れし靈その人を痙攣けさせ、大聲をあげて出づ。

1:27人々みな驚き相問ひて言ふ『これ何事ぞ、權威ある新しき教なるかな、穢れし靈すら命ずれば從ふ』

1:28ここにイエスの噂あまねくガリラヤの四方に弘りたり。

1:29會堂をいで、直ちにヤコブとヨハネとを伴ひて、シモン及びアンデレの家に入り給ふ。

1:30シモンの外姑、熱をやみて臥しゐたれば、人々ただちに之をイエスに告ぐ。

1:31イエス往きて、その手をとり、起し給へば、熱さりて女かれらに事ふ。

1:32夕となり、日いりてのち、人々すべての病ある者・惡鬼に憑かれたる者をイエスに連れ來り、

1:33全町こぞりて門に集る。

1:34イエスさまざまの病を患ふ多くの人をいやし、多くの惡鬼を逐ひいだし、之に物言ふことを免し給はず、惡鬼イエスを知るに因りてなり。
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/376.html


「豚の群れの滅びと悪霊に憑かれた人の癒し」(ルカ福音書 第八章二六―三九節)

 
26)一行は、ガリラヤの向こう岸にあるゲラサ人の地方に着いた。

27)イエスが陸に上がられると、この町の者で、悪霊に取りつかれている男がやって来た。この男は長い間、衣服を身に着けず、家に住まないで墓場を住まいとしていた。

28)イエスを見ると、わめきながらひれ伏し、大声で言った。
「いと高き神の子イエス、かまわないでくれ。頼むから苦しめないでほしい。」

29)イエスが、汚れた霊に男から出るように命じられたからである。この人は何回も汚れた霊に取りつかれたので、鎖でつながれ、足枷をはめられて監視されていたが、それを引きちぎっては、悪霊によって荒れ野へと駆り立てられていた。
 
30)イエスが、「名は何というか」とお尋ねになると、「レギオン」と言った。たくさんの悪霊がこの男に入っていたからである。

31)そして悪霊どもは、底なしの淵へ行けという命令を自分たちに出さないようにと、イエスに願った。

32)ところで、その辺りの山で、たくさんの豚の群れがえさをあさっていた。悪霊どもが豚の中に入る許しを願うと、イエスはお許しになった。

33)悪霊どもはその人から出て、豚の中に入った。すると、豚の群れは崖を下って湖になだれ込み、おぼれ死んだ。

34)この出来事を見た豚飼いたちは逃げ出し、町や村にこのことを知らせた。
 
35)そこで、人々はその出来事を見ようとしてやって来た。彼らはイエスのところに来ると、悪霊どもを追い出してもらった人が、服を着、正気になってイエスの足もとに座っているのを見て、恐ろしくなった。

36)成り行きを見ていた人たちは、悪霊に取りつかれていた人の救われた次第を人々に知らせた。

37)そこで、ゲラサ地方の人々は皆、自分たちのところから出て行ってもらいたいと、イエスに願った。彼らはすっかり恐れに取りつかれていたのである。そこで、イエスは舟に乗って帰ろうとされた。

38)悪霊どもを追い出してもらった人が、お供したいとしきりに願ったが、イエスはこう言ってお帰しになった。

39)「自分の家に帰りなさい。そして、神があなたになさったことをことごとく話して聞かせなさい。」その人は立ち去り、イエスが自分にしてくださったことをことごとく町中に言い広めた。
http://www.geocities.jp/gaimutorisimariyaku/bun1.htm

ルカ福音書 第八章三二―三六節

@悪霊の意味するもの。

 悪霊というものはキリスト教では病気、特に精神病の原因と考えられた。
悪霊が宿ることによって、人の精神が狂うものと解されていた。

そして、その悪霊の正体を具体的に言うならノイローゼやストレス、悩みというような精神的な苦しみである。

また、マルコ伝の十四―十九節に登場する男の子に憑いた悪霊も参考にすると「幼いころから男の子に憑いている」「けいれんを起こす」という記述から、ドストエフスキーもそうであった癲癇の症状も悪霊によって起こされる病気の一つと考えられていたようである。

 また、悪霊は外部から入ってくるものと考えられ、「悪霊に憑かれた」ということは道徳的な罪人という意味ではない。そして、悪霊から救われるには「イエスを信ずる信仰によってのみ」とされる。


Aレギオン

 第八章三二―三六節に登場する悪霊はその名を「レギオン」と名乗る。

これは、ローマの軍隊において三千人〜六千人で成る部隊の名称であったことから「数多い」という意味に解される。

そして、それは悪霊たちがたくさんの豚(マルコ伝では二千匹と言われる)にそれぞれ入っていったという記述からもみてとれる。

 そしてこの豚たちは崖から湖に飛び込んで死ぬのだが、なぜ豚たちは飛び込んだのか。

聖書講義U(ルカ伝、上)では

「悪霊を追い出す時には激しい苦痛と痙攣といった副作用をともない、豚たちはこのために崖から落ちて死んだ。」

としている。また、西堀牧師の説教では「男の内にあった苦しみに豚が耐えられなかった。」とある。いずれにせよ、多くの、そして大きな精神的苦しみがあったと解せるだろう。


Bゲラサ地方の人々

 救われた人を見て、人々はイエスを恐れ、その土地から出て行ってほしいと願う。

これはイエスの霊的な力を恐れたとも、豚に続いてさらなる物的損害をこうむることことを恐れたとも言われるが、どちらにしろ人々は「憑かれた男」一人に苦しみをおしつけ、それを救おうとしない罪ある者たちであった。

そして、そこに残されることとなった救われた男は

「自分の家に帰りなさい。そして、神があなたになさったことをことごとく話して聞かせなさい。」

と言われ、町中に起こったことを言い広める、というところで話は終わり、町の人々がどのような反応を示したかや、どのように変わったかは書かれていない。しかし、人々の心が良い方向に変わってほしいという思いが、この男に託されたと解釈できないだろうか
http://www.geocities.jp/gaimutorisimariyaku/bun1.htm


イエスはどこで悪霊払いの方法を学んだのか?


聖イッサ伝  
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/374.html

十三歳になったイエスはひそかに両親の家を離れ、エルサレムを立ち、商人とともにシンド (Sindhはパキスタン南部の州) に向けて出発した。

神のことばにおける完成を目指し、大いなるブッダの法を学ぶために。

若いイエスは十四歳のとき、シンドのこちら側に来て、神の愛された地、アーリア人の間で一人立ちしていた。

イエスはジャイナの謝った信仰を捨てて、オリッサの国ジャガナートに行った。
そこにはヴィアーサ・クリシュナの遺骸が安置されており、バラモンの白い僧らがイエスを歓迎した。

彼らはイエスにウェーダを教え、祈祷によって病人を治すことを教えた。
聖典を講じ解釈することを教え、人体から悪霊を払い、正気に戻すことを教えた。

イエスは、夜に紛れてジャガナート地方を去り、山に入って、仏教徒の国、唯一にして崇高なブラフマンを信じる人々の間に住むことにした。

すなわち、かの偉大なブッダ・シャカムニ誕生の地である。

義の人イエスは、パーリ語を完全に習得した後、聖なる仏典の研究に専念した。

六年後、聖なる教えを広めるため、ブッダが選んだ人イエスは聖典の完全な講術者になった。

その後は、ネパール、ヒマラヤ山地を離れ、ラージプータナの谷へ降り、さまざまな国の民に、人間の究極の完成について説きながら、西へ向かった


われらの主、神のご加護により、イエスは苦しむことなく自分の道を進んだ。


堕落して、真の神に背いた人間に警告するために、創造主が選んだ人イエスは、二十九歳のときイスラエルに帰った。


__________________

 イエスの人生は13歳から30歳に至る記録がまったくないそうだ。

キリスト教では「エジプトへ行っていた」としているらしいが何一つ証拠がないとのこと。

ところがこの間、アジアへ行った形跡がある。

過去に3人の人物がチベットで「イッサ=イエス」にまつわる経典を目撃しているのだ。

(※ニコラス・ノートヴィッチ著『知られざるイエス・キリスト伝』で紹介されたチベットに伝わる写本『聖イッサ伝 人の子の最も秀れしもの』)

物語は素早くイッサの13歳に飛ぶ。「失われた歳月」の最初の年である。

物語によれば、それは「ユダヤ人が妻を迎えねばならない」年齢でもあった。

見すぼらしい(ママ)両親の家だったが、若いイッサを養子にしようとする金持や、高貴の人々がここに集まった。イッサは「すでに全能の神の名において、教えを語ること

によってその名を知られていたから」

 しかしイッサの目標は他にあった。

ノートヴィッチが公刊した写本によると、イッサはひそかに父の家を離れてエルサレムに行き、東へ向かう隊商らとともに旅し、「神のことば」に生きる自らを完成させるた

め、偉大な仏たちの法を学ぼうとした。


 イッサがシンド――今日のパキスタン東南の地域を横切ったのは、14歳のときだった。

インダス川下流の渓谷地帯である。彼はその地の「アーリヤ人」の間に落ち着くことにした。

この人たちが、紀元前の第二・千年紀の初め、インダス川の渓谷に移住したとされるアーリア人に関係があることは明らかだ。

イッサの名声はそこで高くなり、彼らジャイナ教徒は、イッサに共にとどまるよう求めたが、彼はそうしなかった。

彼はやがてジャガナートの神殿に赴き、バラモンの祭司たちから歓迎された。

彼らはイッサにヴェーダの聖典を教え、説教と癒やし、また悪魔祓(ばら)いの方法を伝授した。

 イッサはジャガナート、ラージャグリハ、ペナレス、またその他の聖都市で、学び、教えて6年を過ごした。

彼は下位カーストの民衆、つまりヴァイシャ(農民と商人)やシュードラ(小作人と労働者)に聖典を教え、そのことによって上位カーストのバラモン(祭司)、クシャトリ

ヤ(王族)との紛争に巻き込まれた。

バラモンの定めによれば、シュードラはヴェーダ聖典に近づくことも、目で見ることも許されなかった。ヴァイシャは祭りのときに唱えられるヴェーダの章句を、聞くことだ

けはできたたが、シュードラにはそれさえ許されなかった。

 その掟に従うことなく、イッサはバラモン、クシャトリヤに逆らって、ヴァイシャ、シュードラに伝道した。

この反逆に気がついた祭司、王族階級はイッサを殺そうと計った。

 危機をシュードラに警告され、イッサは夜陰に乗じてジャガナートを離れ、南ネパール・ヒマラヤ山麓へ脱出した。

500年前、シャカ族の王子として生まれた偉大なる正覚者(ブッダ)、ゴータマの称号をもつシャカムニ生誕の地であった。

シャカムニ――ことばの意味はシャカ族の賢者(ムニ)。


 6年間の学びの後、イッサは「聖典のいう完全な解脱者となった」。

その後にヒマラヤを去って、西に旅立つ。

道々、偶像崇拝を非難して教えを説きながら、そして遂に29歳、パレスチナへ帰る。


 こうした内容が現地の各所で言い伝えとして残っているという。
http://d.hatena.ne.jp/sessendo/20090228/p1



57. 中川隆[4711] koaQ7Jey 2016年10月28日 08:28:37 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5123]

奇跡は奇跡では無かった話

ユングに易を伝えた宣教師・ヴィルヘルム


ユングに易を教えた、ヴィルヘルムという宣教師がいました。

ヴィルヘルムは宣教師として中国に渡り、易の素晴らしさに気づき、持ち帰ってユングに渡した人です。

  聖書でも禁じられていると言われている占いに、彼はどういう視点で接していくのでしょうか・・・

  私にとっては大変に面白いです。

 ヴィルヘルムの妻の父も牧師でした。しかしその父の父、すなわち祖父は、超能力者に近かったのです。

  まるでイエスでした。手をかざせば、難病がどんどん治ったのです。

その癒しを求めてヨーロッパ各地から毎週何百人という病人が集まりした。教会 は、病院と化しました。

  相変わらず病気はどんどん治ります。

  村中の家が、病人の泊まる場所として開放されたくらいです。

  そのため、大きな温泉宿を買い取り、そこで礼拝と治療をしました。

  祖父が死ぬと、その役は父(祖父の次男)にきました。でも本には次のように書かれています。

 問題となったのは、祖父によって悲惨から救われた人たちが、祖父の死を悲しみ、もはや魂の慰めと肉体の癒しが得られなくなることを嘆いたという 事実であった。子ブルームハルト(父)は、ここに信仰を持つ人間のエゴイズムを見た。そしてそのようなエゴイズムが、結局はキリストの敵であるこ とに気づいた。

彼は人間が被害者であるばかりでなく、神の国の到来を妨げている加害者であることを知った。自分を被害者であることを理解することにより無責任となり、さらには放漫になることを発見した。

  キリスト教が宗教となり、制度を持ち、教会となったときに、それは神の救いを自分の所有とするエゴイズムの施設となる。

 イエスが癒しを与え、病気を治したのは有名です。それをも批判するような彼の考えは、当然教会から批判されます。そして彼は一時、牧師から降ろされます。
  でも私は彼の考えは、すごいと思います。

  宗教が始まるとき、教祖の多くは超能力を発揮します。それが「売り」になり、信者を集めます。

  信者は、癒しが欲しいです。それを、エゴだと言ったのです。

  「神の恵み」などという言葉を、口にするなとも言います。

  この考え方の裏には、神は沈黙して当たり前・・という概念があります。
  すごいです。

ヴィルヘルムは結婚するのですが(彼はプロテスタントなので結婚できます)、最初に中国に赴任するときはヴィルヘルムだけが単独で行きます。

そしてヴィルヘルムが手紙でやりとりするのが妻の父、ブルームハルトなのです。 
 ヴィルヘルムの手紙も面白いですが、ブルームハルトの返事も面白いです。
 中国での易の発掘は、この二人の偉業かも知れません。
http://www.moritaken.com/goroku/goroku01/02.html

イエスやヴィルヘルムの妻の祖父が易々と治した難病とはヒステリーの事

欧米ではキリスト教道徳に由来する『女性のセクシャリティ(身体)の罪悪視』と『男性の性愛のダブルスタンダード』というのが女性を家庭・婚姻に位置づける上で大きな役割を果たしていました。

キリスト教にせよイスラームにせよ、父権宗教(男性的宗教)では『女性の性愛・快楽の抑圧と罪悪視』が必ず教義と宗教共同体の性規範に組み込まれており、男性の女性に対する性的欲求(独占欲)が女性へと投影されることで『女性の誘惑・媚態』が想像的に指弾されていました。

ヨーロッパやイスラーム圏の信仰心が頂点に達した中世は、男性にとってはともかく女性にとっては特別な身分・権力を有する女性を除いては『暗黒の中世』であり、共同体の性愛(男女関係)の秩序やルールに違反する女性(自由恋愛・売春・不倫)は『魔女』として弾圧されたり、性被害を受けた女性が逆に『一族の恥・男性をみだりに誘惑した』として処罰されるというような男性原理の理不尽な裁定が罷り通りました。

現代社会においてでさえも、性犯罪の二次被害として『女性の落ち度・誘惑・気の緩み』などを不条理に批判する声の問題が残っているわけですが、中世〜近世のヨーロッパの共同体では『婚姻関係・生殖目的のセックスのみが正常』という宗教的価値観が非常に根強く(この考え方は現代の一神教の根本主義としても見られますが)、結婚していない女性が性行為をすればそのすべてが『女性の誘惑・不貞・落ち度』として非難される風潮があったのです。


今から考えれば論理も説得力もない無茶苦茶な話なのですが、『女性の身体・快楽の罪悪視(女性は男性を誘惑して神の道を踏み誤らせる存在)』と『結婚の秘蹟によるセックスの認可(性愛の罪の赦免)』という父権宗教の伝統規範によって、女性は結婚しなければ性行為をしてはならないし、結婚したとしても身体的な快楽を感じることは禁じられていたのでした。


異常なまでに性道徳が厳格化した18〜19世紀(特に英国ヴィクトリア朝)では、どのようにして罪深い快楽を体験せずに生殖目的のみに限定したセックスができるのかを真剣に思い悩み、教会では聴罪司祭に自分がどのような性行為をしているのかを打ち明け、その性交の方法が罪に当たらないのかを恐れていたのでした。

性的エネルギーである“リビドー”の過剰抑圧、特に女性(淑女)は一切の性的快楽を感じてはならず、性の欲望も抱いてはいけないという抑圧が、『心因性のヒステリー』の原因となり、S.フロイトの精神分析の病理学・治療法へとつながっていったのでした。


基本的には、17世紀頃までは男性も結婚しなければ一切の性行為ができないとされていたようですが、性欲の抑圧で血気盛んな『青年集団』は、村落共同体の『大人集団』の管理下に置かれていたものの、時に暴行事件や性犯罪事件などを起こしても若気の至りとして重い処罰を科されることはありませんでした。


青年は『結婚』というイニシエーション(通過儀礼)を経験しなければ、『大人集団の正規メンバー』として認められず、合法的・倫理的に『女性との性関係』を持つこともできないという厳しい制限があったので、青年たちの結婚に対する動機づけは非常に高いものとなりました。


また、男性の場合は19世紀に近づくにつれて淑女(良妻賢母)と娼婦を巡る『性愛の二重基準(ダブルスタンダード)』が許されるようになっていくので、家庭内での妻との性的快楽は宗教的に禁圧されていても、家庭の外で娼婦から快楽を得ることが『マッチョリズム(男権主義)』のステイタスになっていたという経緯もあります。

20世紀前半までは、男性だけ『生殖のための性行為』と『快楽のための性行為』を区別できる二重基準が許されており、女性には『婚姻を前提とする生殖のための性行為』か『婚姻規範に違背する自由な娼婦』しか許されないという圧倒的なセクシャリティを巡る男女の格差(差別)が残っていましたが、淑女は性的な関心や快楽への意志を持たないものとされていたので、社会規範上はそれでも問題がないと考えられていたのでした。


17世紀までは暴力と処罰によって女性の性・身体は厳しく管理され、18〜19世紀初頭にはジェンダー教育と宗教的な敬虔さの内面化によって女性の性・身体が抑圧されることになります。17〜19世紀のゲマインシャフトの社会では、女性には『聖母(良妻賢母)』か『娼婦・魔女』かという社会的偏見に基づく自己規定しか無かったというのが、女性の社会的・宗教的抑圧の重石になっていました。
http://charm.at.webry.info/200912/article_7.html

S.フロイトの創設した精神分析は、イギリスのヴィクトリア朝時代(1837年-1901年)の余りに厳格過ぎる性道徳へのアンチテーゼとしての側面を持っており、19世紀のヒステリー(神経症)は性的な欲望や身体を罪悪視する社会的風潮(世論の圧力)と強い相関を持っていた。

現代からは想像できないことだが、近代ヨーロッパの黎明期には『女性の身体』は美しさや華やかさと結びつけられずに、罪深さ(恥辱)やはしたなさと結びつけられており、とにかく社会の中で女性の身体(肌)を見せることはタブー視されて抑圧されていたのである。

笑い話のようであるが、ヴィクトリア朝の貴婦人たちは『椅子の脚・テーブルの脚』を見ると不埒な性行為をイメージさせるということで、そういった家具の脚にカバーを掛けたり、設計段階でできるだけ脚の見えない家具を作ろうとしたりしていた。

ヴィクトリア朝の英国人はその意味では究極の妄想的な“脚フェチ”であるようにも思えるが、それは現代人が『女性の脚』を性的刺激として余り意識しなくなる程度に、社会(他者の視線)の中で脚を露出するファッションが一般化したからである。

現代でも、極端に丈の短いミニスカートや肌の多く見えるファッションを『道徳的に好ましくない』とする価値観は残っているので、女性の脚と性的刺激のイマジネーションを結びつける感覚が完全に消えたわけでは当然ない。しかし、全体的な傾向として近代以降、社会における『女性の身体性の解放』は留まることなく進んできたと見ることができるし、そのことは女性の身体の所有権が『男性社会・家長』から『女性個人』へと移行してきたことを示している。


各種の社会的格差はあっても『男女同権』は今では当たり前のことのように思われているが、19世紀後半に至るまで、女性は自分の身体に対する所有権すら男性並みに保障されていたわけではなかった。

女性のファッションの自由というのは、自分で自分の身体の見せ方をコントロールできる権利のことであり、

ヴィクトリア朝の上流階級では1850年代まで“クリノリンスカート”という全く機能的ではない重苦しく大きなスカートによって、女性の身体は足首から二の腕に至るまですべて社会から覆い隠されていた。


その意味では、19世紀前半までのヨーロッパ世界(中流階級以上の女性)では、現代のイスラームのブルカの宗教的衣裳と同じように、『女性の身体』を男性社会や家族(家長)が管理するという発想に立っていたと解釈することができる。『女性の身体を隠蔽しようとする文化』は近世まではヨーロッパ世界の主流の文化であったが、そこには男性原理や家父長制を肯定する『一神教』の影響があり、

女性は配偶者(家父長制の家族)の所有物であるかのようにその活動範囲を『家の周囲』に狭く制限されていたのである。


古代ギリシア・ローマの文化芸術では、男性も女性もその自然な身体性の美しさや魅力が賞賛されており、裸体の彫刻や絵画が『美のイデア』を模倣したものとして鑑賞されたが、それは古代ギリシア・ローマ社会が、女権社会(地母神崇拝)の痕跡を留める『多神教の宗教』を信仰する社会だったからと推測することができる。

しかし、キリスト教やイスラム教という『父なる神』を崇拝する男性原理の一神教がヨーロッパ世界を覆うに従って、女性の身体も分厚く面積の広い衣服によって覆われていき、理想的な女性のイデアは父・夫・子に純真無垢に尽くす『家庭の天使』に収斂していくことになった。


ヴィクトリア朝では『家庭の天使』になる女性には能動的な性欲は存在しないものと定義され、『女性の非性的な属性』を医学的な事実だとするウィリアム・アクトンのような保守的な医師も多かった。

19世紀前半のイギリスでは、積極的に自分から性的活動をしようとしたり、他愛ない話題でも不特定多数の男性に話し掛けたりする女性は、所謂、異常性欲の診断や娼婦への偏見を下される恐れもあった。


http://charm.at.webry.info/200910/article_7.html

ヒステリー患者に共通している二項目を挙げると、

一つは彼等が嘘をついていない事、

二つ目はいくら検査をしても医学的に悪い所が発見できない事である。

今まで行われたヒステリー研究ではその規模が小さく、また方法論に問題があって結果の比較が難しく、総合的結論が出せなかった。


フロイト以前にもヒステリーと言う言葉はあった。原語はヒステラでありギリシャ語で子宮を意味する。古代の医者の中には、餓えた子宮、間違った位置にある子宮が女性の病気の原因になっていると言う人もいた。ヒポクラテスは子宮理論の中で、女性の病気を治すには結婚が良いとした。

その後に現れたのが聖者であり、呪術師であり、悪霊に取り付かれた者達であった。

17世紀ではヒステリーは発熱に次ぐ最もありふれた病気であった。

19世紀に入りフランスの神経医学者であるジャン・マルチン・シャルコーやピエール・ジャネットがヒステリーの現代医学的基礎を作った。そして、シャルコーの生徒であり若き神経学者であったジークムント・フロイトが、劇的にヒステリーの見方を変えて大衆化させた。

フロイトの魅力は、何故ヒステリー患者が卒倒したり、痙攣したりするかを説明した所にある。

彼は「転換」と言う言葉を使い始めた。彼によれば、ヒステリーとは解決されない無意識の葛藤がヒステリー症状に転換したと言う。

彼のこの「体は心のドラマを演じている」に取って代わる理論は未だ現れていない。

「ヨーロッパの医者には、ヒステリーが体の病変と関係しているのでは無いかと考える人もいた。例えば、不幸な子宮、余りに細い神経、肝臓から出る黒い胆汁等がひきつけ、叫び、痛みを起しているのでは無いかとした。

フロイトがこの因果関係を逆転させ、心の葛藤がヒステリー症状を起すとした」とイリノイ大学の助教授であるマーク・ミケール氏は言う。


現在の神経学者は脳と心をを別々に考えていない。多くは未だ不確かではあるが、脳スキャンによる検査では、脳の感情の中枢が感覚野や運動野の回路を変調させているのが分かり始めている。


過去10年間にヒステリー患者の脳スキャンが多く取られ次の事が分かった。

患者の神経と筋肉には問題がない事、即ち構造より機能に障害がある事を示している。

患者では動きを指令する高度の部分、即ち意志の部分に問題が起きていると推察される。映画で言えば、俳優が駄目なのでなく、監督に問題がある。


手を動かすには次の一連のプロセスを必要としている。

先ず手を動かしたいと言う動機があり、次にどの筋肉をどのように収縮するかの計画、そして最後に実際に手を動かす実行がある。理論的にはこの3つの段階のどの段階に問題が発生しても麻痺は起きる。(シャルコーは1890年に既にそのように考えていた)

1997年に雑誌Cognitionで、カーディフ大学のハリガン氏の研究チームは、体の左半分が麻痺した女性の脳の機能を詳細に調べ、彼女の体、脳には病変がない事を確認した。

彼女が麻痺した左の足を動かそうとしても、活動すべき脳皮質が活性化していなかった。

その代わり、右眼窩前頭皮質と右前部帯状皮質が活性化していた。

この部分は行動と感情に関係する分野で、ここが運動を抑制して足の麻痺を起しているので無いかと判断した。

「患者は足を動かそうとしている。しかし、その意志が原始的な右眼窩前頭皮質と右前部帯状皮質を活性化し、動かそうの命令を阻止した。彼女は足を動かしたいのですが足は動かないのです」

とハリガン氏は言う。

その後に行われた研究でもこの考えは支持されて、転換性障害の患者では、感情を処理する脳に変調を来たし、動き、感覚、視覚の脳の回路が正常に働かなくなったとしている。

今後、このようにスキャンで診断する方法が主流になるであろう。従来の検査では悪い部分を発見出来なかったから、勢い、仮病ではないかの誤った偏見を医師に持たせる結果となった。


脳スキャン検査は医療関係者のヒステリーに対する偏見を取り去ろうとしている。

「ヒステリー患者は我々の間では大変評判が悪かった。彼等は、どうも奥深くの所で我々を騙しているのでは無いかと、我々が思うからです。

だから、わざとらしい症状を見ると

『ちょっとおかしいのじゃないの。足うごかせますよ』

と言いたくなるのです。

もう1つ好きになれないのは、彼等が良くならないからです。

それも意図的にしているように見える」


とバーモント大学の神経学助教授であるデボラ・ブラック氏は言う。

文化は変わっても症状は余り代わらない。

オーマンではジン(悪霊)がひきつけを起すと言う。

ナイジェリアとインドではヒステリー患者は頭、手、足にピリッとした痛みを感じる。カリブ海諸国では頭痛、震え、心臓の動悸、むかつきが一般的症状である。

イギリスでの帰還兵士の調査では、20世紀を通して心的外傷障害はなくならなかったと報告がある。本能が心に取って代わったのだ。


ヒステリーの広範性、人間の歴史と共に存在した長い歴史から見て、ヒステリーは恐怖に対する本能的反応であろう。

麻痺のような機能の完全喪失は、最早不可能な事態に直面した時に起こる反応とも考えられる。例えば、車のヘッドライトに目の眩んだ鹿を考えたらどうだろう。
http://saito-therapy.org/new_finding/hysteria.htm

医療器具だったバイブレーター

大人のオモチャの代表格“バイブレーター”は、元々は医療器具だった。

“バイブレーター”と言えば、最も有名な大人のオモチャの一つだと思う。Durex社の調査に拠れば、日本人女性の24%はバイブレーターを使用した経験が有るという。4人に1人の割合だ。

そのバイブレーターだが、実は元々は女性の“ヒステリー”を治療する為の医療器具として開発されたのだという。この場合の“ヒステリー”とは日常的に用いられる意味ではなく、医学用語で

「何らかの葛藤やストレス等の心理的異常によって、声が出なくなったり、腕や足が動かなくなったりする状態」

の事を指す。現在では“転換性障害”とか“身体表現性障害”と呼ばれる事も有るらしい。要は神経症の一種である。

ヒステリーは19世紀後半に注目され始めた病だったが、当時は原因が不明で治療法が確立していなかった。そこで20世紀初めまでは、専門医が女性患者の性器を愛撫して症状を軽減させていたらしい。

しかし愛撫には相応の技術が必要な上に手間も掛かり過ぎる為、1930年代にヒステリー専用の医療器具が開発される事になった。それがバイブレーターだったのである。

バイブレーターは特殊な技能を有さなくても誰でも簡単に愛撫が可能な為、医療器具としてだけでなく大人のオモチャとしての需要も多かった。その為、現在のように広く普及していったのだ。

以上より結論。

バイブレーターは元々、女性のヒステリーの症状を軽減する為の医療器具だった。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1316338103


英語版Wikiには「電動バイブは1880年代に女性のヒステリー治療の1手段として発明された」とはっきり書いてあります。
http://en.wikipedia.org/wiki/Vibrator_%28sex_toy%29

特許取得者はロサンジェルスのジョン・キオーは1911年にアメリカ初の電動膣用バイブレーターの特許を申請した。取得したのは翌年の1912年。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1316338103


性を敵視するキリスト教


 1966年、イニス・ベアグ島のアイルランド系の島民に関する人類学的研究によって、島民の性生活において、19世紀のキリスト教の父権的パターンをもつ小型の文化が続いていることが明らかとなった。

女性はオルガスムを経験しなかった。女性はセックスを享受するよりも耐えるように訓練されていた。男性はいつも数秒で果てた。節度というものが抗しがたく両性の心を占めていた。

夫も妻も相手の裸体を見たことはない。前戯は寝巻の上から乱暴になでまわすだけであった。正常位Venus Observa以外の体位はとらなかった。

婚前交渉は事実上行なわれなかった。というのは若いカップルが2人だけになることはなかったから。旧式のデート方法である「散歩」さえも許されなかった。若者は性に関する知識はいっさい与えられなかった。結婚してから「成行きにまかせればいい」と島民は悪びれずに語った。

 男たちはしばしば小船に乗って海に出るが、泳ぐために人前で服を脱ぐのがいやで泳ぎを学ばなかった。「海水浴」というのは、服を着たまま海中を歩くことを意味した。海水浴をする男女は厳しく分けられた。男性は病気になったり負傷しても、本土の病院に行くよりも死を選んだのであった、というのは病院に行けば看護婦の目に自分たちの身体をさらすことになると考えたからである。

 イニス・ベアグ島ではイヌでさえも、陰部をなめたり、他の「卑猥な」振舞いをすると答で打たれた。

http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/antiGM/sex.html

「キリスト教中世」は、「性的快楽は全て、男女を問わず、悪だ」と考えた。


「肉には善きことは何もない。神を恐れる者は、禁欲せねばならぬ」(聖クレメンス)。

「生殖を目的としないセックスは全て悪魔の仕業だ」(聖アウグスティヌス)。


これが、数百年にわたってキリスト教の「結婚道徳」の礎(いしずえ)となった。
十九世紀には、「女性の性」への敵意は、一種の歴史的集団ヒステリーにまで高まっていた。

「女性にオルガスムスがあるなどと考えるだけでも精神病者の妄想である。そんなものはありえない」(当時の精神科医の話)

「女性に性的な感覚があるなどという主張は、汚らわしい中傷だ」(当時のイギリスの権威、ウィリアム・アクトン)。

http://www.porsonale.co.jp/semi_i194.htm#1

キリスト教会が、女性は性的快感を覚えてはならず、子を産むためにのみ性交をすべきであると教えたために、成長期にある男子も女子も、できるかぎり女性の性的能力については知らされないようにされた [註6]。

医者でさえも、貞節な女性には陰核がないと信ずるようになった。

 中世以来、貞節な女性はその裸身を男性に、そして夫にさえもめったに見せることはなかった。

そのため、暗闇でごそごそと女体をまさぐっていた男性が、女体がどういう構造になっているかまったく知らなかったとしても、それは驚くにあたらないことであった。

信心の深い夫婦は頭巾のついたシュミーズを着ていた。それは前面に小さな穴の開いているたっぷりとしたナイトガウンで、肉体の接触は最小限で妊娠させることができるものであった [註7]。

 1593年の魔女裁判で、審問官(既婚者)は初めて陰核を見つけ、それを悪魔の乳首と思い、魔女の有罪を確証するものだとした。

陰核は「小さなこぶで、いわば、乳首のように突き出ていて、長さは半インチ」であった。

審問官は「初めて陰核というものを見たが、それが見るのもいやらしい秘所に隣接しているために、誰にも見せないつもりであった。しかし結局、そのようなまことに珍しいものを隠しておくことができなくなって」、彼はまわりにいる人々にそれを見せた [註8]。

人々もそのようなものは見たことがなかった。魔女は有罪と宣告された。


 西欧社会は、たしかに、男根については熟知していて、男根崇拝はキリスト教時代になってもなくならなかった。Phallus Worship. しかし、陰核のことは忘れられていた。

 「人生のそもそもの始まりから、私たちはみな、主要な男性生殖器は男根であり、女性性器で主要なのは膣であると教わる。そしてそれらによって男であるか女であるかがはっきりわかるし、男女の違いが現れるものと考えられている……これは嘘である……女性の性的快感を考える場合、こうした定義があてはまらない場合が多い。もし女性性器の目的が女性に快感を与えることであると思うならば、女性が性欲をはっきり自覚するのは別の器官によるし、それに集中する。幼児のころから、主要な男性性器は男根で、女性のは陰核であると、すべての者が教わるとよい」 [註9]。

 19世紀の医学の権威者たちは、女性の性的能力を女性たちに気づかせまいと心を配ったようであった。男の子と同様に、

自慰によってオルガスムが得られることを覚えた女の子は、医学的に問題のある子だけだとみなされた。

そういう女の子は、しばしば、陰核を切り取られたり焼灼されたりして「治療」され、「矯正」され、

あるいはまた、

「小さな貞操帯をはめられて、陰唇を縫い合わせて陰核に手がいかないようにされ、卵巣を外科手術で切除されて去勢されたりもした。

しかし医学的文献を見ても、自慰をやめさせるために男根を切断したり、睾丸を外科手術で切り取ったりしたということは、どこにも書いてない」 [註10]。

 アメリカで、自慰行為をやめさせるために陰核摘出をした記録の最後のものは、1948年のものであった。5歳の女の子であった [註11]。

 カトリック教会は、1976年、自慰行為を「重大な道徳的退廃」だとしたが、それは、女性が自慰行為によってオルガスムに達することができることを恐れたこともあったのかもしれない。男性と同様に、自慰行為によって女性がオルガスムに達することは、今ではよく知られていることである [註12]。ヴィクトリア朝時代、聖職者や医者たちは、「女性の性的能力を全面的に抑圧することが、女性を飼いならすのに決定的なことである」と思っていた。

アイザック・ブラウン・ベイカー博士のような指導的な権威者たちも陰核摘出を数多く行って、女性の神経衰弱、ヒステリー、強硬症、狂気、女性痴呆症、その他性的欲求不満の徴候を示す数々のふれこみ文句で言われている症例を治療しようとした [註13]。

http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/antiGM/clitoris.html


マッサージ機の歴史


テーマ:芸能・エンターテイメント 「松島・町山の未公開映画」というマイナー番組。オセロの松島さんと、アメリカ評論家(?)の町山さんがアメリカ社会の事実をお届けするという番組。

今日はとても面白かった、町山氏の解説がね(笑)

そもそもヨーロッパでは、キリスト教の教えにより、女性にとって陰核刺激をすることは低俗なことであり、挿入快楽によって主人と同時絶頂が理想とされた。その考えは今も根強いとも言われる。

18世紀後半ビクトリア朝のイギリスでは、女性は束縛された。女性はきれいな言葉を使い、働いたらだめだし、さまざまな権利も保障されない。女性たちは当然、ストレスがたまり、欲求不満でイライラするようになる。

これは、当然の結果だ。にもかかわらず、当時イギリスでは、これを女性がかかる「ヒステリー」という病気だと断定した。

実際、束縛された女性たちはイライラがつのり、医師のところにどんどん行くようになる。

医師は、これに対してどういう治療をしたかというと、陰核刺激だった(爆笑)
女性たちは、医師による陰核刺激で絶頂に達し、すっきりして家に帰るわけである(爆笑)

夫たちも、別にその陰核刺激は、ヨーロッパでは性行為ではないという概念であるし、治療行為なので気にしないし、何せ妻がすっきりしてイライラがおさまるのだから、悪くはない。

さらに、女性たちは病院に通った(爆笑)

すると、今度は医師たちの指が疲れるわけである(笑)

そこで、バイブレーターというものが発明され医師たちに愛用された。その後、バイブレーターを肩などに当てても気持ちがいいということで、電動マッサージ機として発売されることになった。 つまり、電マで陰核刺激することは、バイブレーターに転用したということではなく、本来の使い方だったというわけである。

番組の本題は、アメリカで女性用バイアグラを政府が認可するか、しないかという話の前半であった。

アメリカでは女性が挿入絶頂しないのはなんと病気(FSD)だと今、半ば定義づけられており、政府がお墨付きで病気だと断定するか、しないかという段階だという恐ろしい話なのである。

病気じゃないものを病気だといわれると、昔のイギリスのような無知なアメリカの主婦たちが、その女性用バイアグラを買っていき、製薬会社はボロ儲けという構図なのである。

アメリカは性教育が発達していると思われる人が多いかもしれないが、実際は逆。 これはアメリカの最重要問題の人工中絶の是非の問題にもからんでくる。

アメリカの少し内陸部になると、ものすごく保守的で古いキリスト教義が根強く、人工中絶は禁止だし、性教育で生徒には、いまだに婚前交渉はだめであり、結婚後も避妊はだめだと教える。そういう土壌の中、保守的な女性たちにFSDは病気だと製薬会社が政府とつるんで教え込み、儲けようとしているのである。


加筆・・・・

翌週。結局、ホルモンを使った薬は今回は認可を阻止することができた。しかし時間の問題だという。そして一足先に、EUで認可されたそうである。 これについて、町山氏が松島さんに言う。2週にわたって、見てきたが、一回も「愛情」という言葉が使われなかったよね、と。

アメリカは、女性が絶頂に達しないのは病気であるとし、薬で絶頂に達せようとしたり、手術までしようとしたり異常としか言えない。

仮に、薬を飲んだり、貼ったり、したら快楽が増し絶頂に達するというのであれば、好きでもない男でもどんな男に対しても絶頂に達するということになる。それはおかしいことだ。女性はまず愛情があるからこそである。手を触られただけでも、大好きな人であれば、ドキっとするものであり、それは、科学だとか薬だとかの話ではない。

一切、そういう愛情というものを度外視して、ただ絶頂しないのは病気であり薬で解決させようとするのは、機械的であり、まったく、日本では理解できないものだ。 本当に、「愛」という言葉が1度も聞かれず、ただ絶頂に達することについてだけ議論しているという完全に異常、異様なVTRだった。
http://ameblo.jp/winterorange/entry-10691576426.html


かってヨーロッパのキリスト教国などでは、若い男女がマスターベーションを行う習慣をやめさせようとする時代がありました。19世紀には、特に女性のクリトリスは性的快感を与える以外には何の役にも立たず生殖出産には全く不要であるとして、クリの切除が合法化され、奨励されていました。

当時の高名なある医者は、オナニー(マスターベーション)の習慣をもつ多数の少女のクリトリスを、焼きごてで焼きつぶして、オナニーと言う病気、を治療したと明言しています。

http://mas.fromc.com/life-partner/danjyo~tame/kuritorisupenisu.htm

中世ヨーロッパのキリスト教国などでは、若い男女のマスターベーション、オナニーは禁止されていました。

今でもクリスチャンにはオナニーを悪魔の誘惑に負けることだといって、慎む人たちがいます。その中でも女性のクリトリスは性的快感を得ること以外に役には立たないという認識があり、こんなものは子供を作る際にも不要だ!ということで、クリトリスの切除が、奨励されていました。

「イタイ!!」

慢性的にオナニーの習慣を持つ少女に関しては、病気だと診断し、クリトリスを焼きつぶしたりしてオナニー癖を治したりしたそうです。

魔女裁判とも密接な関係があり貞淑な女性には性欲の象徴であるクリトリスがないものだという考えが浸透し、クリトリスがあると魔女扱いされたりしました。当時はオンナは、オトコの欲望、好奇心の対象物でしかなく、自らセックスの楽しむを得ることは許されてなかったのです。

http://htsx.blog.so-net.ne.jp/index/4

クリトリス切除はマスターベーションを防ぐ方法の一つだと考えられていたが、アメリカではコーンフレーク王のJ.H.ケロッグがまた別の治療法を考えだした。女の子が自分で楽しむのをやめようとしなければ、「純粋な石炭酸」をクリトリスに塗ればいいと提唱したのである。

http://diary.mrmt.net/2745


X線の最初に知られていた治療上の機能は女性のクリトリスを照射し、焼灼・破壊することだった。

1860年代からは clitoridectomyのための方法によって、取って代わられた。

http://www.brandbihar.com/japanese/women/history_female_sexuality.html

949. 名無し調教中。 [sage] 2006/12/07(木) 01:03:00 ID:m7yYpyRH

ヨーロッパじゃ一時期 オナニーに対して過剰な措置を取っていた時期があるよ。
ペニスにつけるアンチマスターベーションデバイスが売られたり、就寝時に子供の手を縛って性器に触れなくするとか。


953. 名無し調教中。 2006/12/07(木) 10:32:14 ID:XN5tKFeY

まあ、マスターベーションは精神病、特にヒステリーの原因と考えられた時代があってな。そのころは、クリトリス切除をマジで推進する医者が欧州にもいたんだと。精神に変調をきたした女から子宮摘出とかやってた時代だ。


954. 名無し調教中。 2006/12/08(金) 03:10:57 ID:gQmoBRBp

マスターベーション禁忌は聖書にも記載されているから、敬虔なキリスト教徒なら嫌うだろう。 逆に近代に入ってからの性感帯信仰が異常とも言える。

女子割礼反対の根拠ともされるが、クリトリスが女性の体にとって本当に欠かせないものかどうか怪しいな。

一つだけはっきりしていることは、どの社会でも女の性器に自由はあまり無いということ。男根のように放置されることはまず無い。 生理や出産など常にケアと点検が欠かせないからね。

955. 名無し調教中。 2006/12/08(金) 10:15:03 ID:NURGfebo

うんにゃ、聖書にオナニーしちゃいかんって記述はない。オナンが罰せられたのは姦淫の罪でだな。妊娠を目的にしないセックスをしちゃいかんというタブーならあった。

マスターベーションがタブーになったのはキリスト教とストア派が融合した結果、「肉なるものはずべて悪」って思想ができた時代だと思う。

意外に思うかもしれないが、イスラム世界のハレムでは女たちの同性愛と自慰が性的コンディションを高めるために容認というより奨励されていた。もっとも、子種を植える畑を耕しておくという意味においてだけど。
http://pink.nihongodeok.net/thread/pie.bbspink.com/test/read.cgi/sm/1107523811/


陰核切除 CLITORIDECTOMY
http://www.google.co.jp/search?q=CLITORIDECTOMY&hl=ja&rls=com.microsoft:ja:IE-ContextMenu&rlz=1I7DAJP&prmd=ivnsb&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=UAigTe_BFIa-vgO47oj0BA&ved=0CDYQsAQ&biw=972&bih=821


コートジボワール、少女たちを待ち受ける「悪習」
http://www.youtube.com/watch?v=b-tE3ZXdcp8&feature=related

Female Genital Mutilation (FGM)
http://www.liveleak.com/view?i=b6e_1248548199

FGM
http://www.youtube.com/watch?v=PS0UpDiAa1E

Clitojap
http://www.youtube.com/watch?v=EqGwI2jojcY&eurl=http%3A%2F%2Fja%2Eclitoraid%2Eorg%2Fnews%2Ephp

「陰核切除」 

女子に対する「割礼」のことで、陰核を幼いうちに切り取ってしまうこと。


「陰核切除」の目的は、女性器性感を鈍化させることによる浮気封じにある。つまり男上位主義に基づく男の身勝手から出た発想で、女から性的快楽を奪うことにつながる。モハメツトは教典『口伝律(スンナト)』で、割礼は男のための儀式だが女にとっても名誉なこと、と言っている。しかし女の割礼を神聖な行事とするイスラム教の割礼儀式、ことに陰核切除は、中東やアフリカの一部に見られる残酷な弊習にすぎない。

従来、たいていの陰核切除手術で、施術者は少女を押さえつけ、麻酔も施さずにクリトリスを擦って勃起させ、その頂点で切り落とす。女の子は痛みに悲鳴を上げ、予後ケアーも不備なため、命を落とす者も珍しくなかった。

一八七〇年頃ヨーロッパで女のオナニー有害説が流布し、その影響もあってクリトリス切除が流行した。この傾向はアメリカにも飛び火し、一八九〇年代女たち(多くはプロスティテュートだが)は骨盤矯正という名目の手術を受け、その流行に乗ったことを証明するべく手術跡を見せ合ったという。
http://mistererog.seesaa.net/article/174587783.html

日本人がガンガン“性”楽しんでいた昔、欧米人は禁欲生活


江戸文化史研究の第一人者で、法政大学教授の田中優子氏が興味深い示唆を与えてくれた。田中氏には、浮世絵研究家・白倉敬彦氏との共著『江戸女の色と恋――若衆好み』(学研刊)などがある。
 
「性に関するタブーのほとんどは西欧文化、特にキリスト教的宗教観の強い影響の下にあります。日本は明治維新とともに、政治と社会制度や経済体制、教育システムを刷新するだけでなく、性のタブーも受け入れてしまったのです」(田中氏)

 キリスト教的セックス観はいたってシンプルだ。性の営みは子孫繁栄のためにだけ存在するものであり、愉悦や快楽が介在してはいけない、というものだ。
「オーラルセックスやゲイなど生殖に関係ないセックスは、法律で厳しく罰せられました」(田中氏)

 欧米の一部では、今もこれらのセックスを禁止する法律が存在する。
“正常位”がカトリックの定めた“正しい体位”であり、後背位は獣と同じと否定されていたことも有名だ。ちなみに、江戸期に正常位は存在せず、この体位は“四つ手”と呼ばれていた。

 田中氏も笑う。「そもそも江戸の性には、正常と異常の境界線がなかったんです」
 
 欧米では、オナニーも生殖に直結しないという理由で罪悪視され続けた。ところが、江戸の自慰観は実に健全なうえ、医学的見地にも立脚している。江戸の性指南書『閨中紀聞枕文庫』は「男女とも若時婬欲をこらへるも頗(すこぶ)る毒なり」と看破しているのだ。

「おまけに西欧では女の性が抑圧され、快感はもちろん性欲すら抱いてはいけないという理不尽ぶりです」(田中氏)

※週刊ポスト2010年11月12日号
http://www.news-postseven.com/archives/20101103_5019.html


エマニエル夫人

ビデオは 『XVIDEOS.COM』で『Emmanuelle (1974) 』で検索すればすぐに見つかります。


Emmanuelle(エマニエル夫人)− Pierre Bachelet

なぜフランス人とドイツ人は性的タブーを破り捨てたいのか?


イタリア人やスペイン人は、全般的に女性好きにも関わらず、あまり幼児性愛には関心がないように見受けられる。彼らは幼女ではなく、「女性」にぞっこんだ。陽気であけっぴろげだ。

しかし、北欧あたりの男たちが幼児性愛に関心があるようで、フランス・ドイツあたりの男がどうも他と違う。

特にフランス人が性的に不思議な感覚を持っているように見える。ディープキスは昔はフレンチ・キスと言われた。フランス人が好んでいたキスだったからだ。

フェラチオはフランス人がする変態行為だと言われていた。他の民族でそれは一般的ではなかった。フランスの性的な放縦さは突出していた。

また、ドイツも奇妙な性の探求で有名な民族だ。どうも、フランス人やドイツ人は性的に何か深いものを隠し持っている。


性に関して何かタブーを破ろうとする負のエネルギー

フランスと言えば、子供が怖がるほどに精巧に作られた「フランス人形」が伝統にある。

実はフランス人形を量産化させたのがドイツ人形で、やはりとても精巧で薄気味悪い感じがする。人形なのにリアルすぎるのである。

あれを見ても何か子供のためではないような、退廃的なものを感じてしまう人は多く、実際にロリコン気質のある男たちがそれをコレクションしていることで有名だった。

フランス人やドイツ人はロリコン気質があるのだろうか。実はあるかもしれない。アジアやアフリカで、ロリコン狂いをしているのはフランス人やドイツ人が多い。

彼らがその旧植民地をさまよってやっていることを見ていると、どうもロリコンだけでなく、セックス全体のタブーをあえて冒したいという意識すらも感じる。

どうもフランス人(と、ドイツ人)は性に関して何かタブーを破ろうとする負のエネルギーがあるように思えて仕方がない。

アジアの闇の中で、誰がどこにいたのかを後々よく考えてみれば、どうもそういう疑念が浮かんでしまう。

そこでふと思ったのが、「サディスト」の元祖マルキ・ド・サドのことだ。

サドは今でもその名を知らない者はない。未亡人を暴行したり、娼婦を虐待したりして刑務所と精神病院に放りこまれたが、そこで壮大な暴力小説を書いて、それが歴史に残った。

『ソドム百二十日』『ジュスティーヌあるいは美徳の不幸』『悪徳の栄え』などを読むと分かるが、そこには暴力と反体制にまみれた描写が執拗に続き、そのあらゆる不品行と堕落には陶酔さえ感じる。

サドはフランス人だった。


人形なのに、どこか精巧すぎて気味が悪いフランス・ドイツ人形。


堅苦しい社会をぶち壊したいという自由への欲求

また1970年にエマニエル夫人という映画が公開されて、そこから女性たちの性的概念の「パラダイムシフト」が起きた。

原作者は「タイ・バンコク生まれ」の女性エマニュエル・アルサンだった。

ジュスト・ジャカン監督シルビア・クリステルの映画は大ヒットして1970年代は、その亜流で映画が埋め尽くされた(この亜流のひとつである「ブラック・エマニエル」の主演女優はインドネシア人だった)。

私がエマニエル夫人を見たのはずっとあとの話だが、あの映画を見てもエマニエルの「哲学」がよく分からず、しかたがないから原作を買って読んでやっと何が言いたいのか理解した。

フランス文学はどれもそうだが、自己客観視と哲学に溢れている。この小説もまたそうだった。

もうこの小説を顧みる人もいないが、その根底を貫く哲学が「反処女(アンチ・バージン)」の概念だったのだ。

これはもちろん、キリスト教の強烈なアンチテーゼである。

私は今でもこのアンチテーゼを持ち出したエマニュエル・アルサンという女性に惚れている(シルビア・クリステルに惚れているわけではない)。

このエマニュエル・アルサンもまたフランス人だった。

フランス人であるサドもエマニュエル・アルサンも、その強烈な性的反逆を提示したのだが、この両者に共通するのが「反キリスト」の概念だ。

反キリストとは何か。表面を見ると、キリストや聖書に反対する立場のことを指す。

しかし、堅苦しい社会をぶち壊したいという「自由への欲求」でもあったのである。

宗教の堅苦しい枠から抜け出して、規定された常識に縛られず、自分の感覚のままに生きていきたいという欲求だ。

貞操や、常識や、文化に縛られたくない。自由に人を好きになり、自由にセックスを楽しみ、自由に振る舞いたい。

それは宗教に反しているのであれば、自分は自由のために「反キリスト」になりたい。そういう感覚が、「タブーを破りたい」というエネルギーにつながっていく。


映画「エマニエル夫人」のシルビア・クリステル。この映画が全世界の女性を性道徳から解放した。


ロリータも原作がドイツで、出版がフランスだった


1962年の映画「ロリータ」より。ドイツの原本にロシア系アメリカ人が着想を得てフランスの出版社が世に出して、これが映画化された。


そう考えると、フランス人やドイツ人が秘かに惹かれている幼児性愛(ペドフィリア)もまた、タブーを破る反キリスト的な行為であることが見えてくる。

ところで、幼児性愛のことをロリータ・コンプレックスと言うこともある。このロリータは小説「ロリータ」から取られた言葉だ。

この小説を書いたのはロシア系アメリカ人ウラジーミル・ナボコフなのだが、あちこちの出版社に断られて、最終的に出版の許可を出したのはフランスの出版社だった(ここにも「反キリスト」的なフランスが登場する)。

そして、このロリータには後日談があるのだが、この小説の原作がまた存在していて、こちらを書いたのがドイツ人ハインツ・フォン・リヒベルクだったという話だ(今度はドイツ人が出てくる)。

反キリストのニーチェもドイツ、サドの対極にあるマゾ(マゾッホ)はオーストリア(ドイツ圏)。ロリータも原作がドイツで、出版がフランス。

厳格なキリスト教がこの地域に根づいた反動なのだろうが、性的に逸脱したすべての概念もまたこの地域から生まれている。

彼らの中の反キリスト感情と、後進国で彼らが秘かに行なっているロリコン犯罪……。

ずっと心に引っかかっているのがフランス人・ドイツ人の、陰湿な性の探求だ。

彼らの中にある反キリスト、反道徳。もう彼らにはキリストは負担になっているのだろう。だから、そこに性のタブーを覆したいという欲求が見える。
http://www.bllackz.net/blackasia/content/20120912T0004430900.html

シルビア・クリステル死去。エマニエル夫人で一世風靡した女優 2012-10-18


シルビア・クリステルが死んだ。2012年10月18日、60歳だった。癌を患い、2012年7月には脳卒中を起こして寝たきりになっていた。それから3ヶ月で亡くなっているので、最期は意識もなかったのかもしれない。全世界の女性の性意識を転換させた女性の静かな死だった。

シルビア・クリステルという女優は、多くの映画で人々に感銘を与えた女優ではなかった。50本近くの映画に出ていたが、ただひとつ「エマニエル夫人」の3部作のみで人々の記憶に残った。最初から最後までエマニエルの呪縛から逃れることができなかったという言い方もできる。しかし、いろいろなインタビューを読むと、彼女はむしろそれを誇りにしていたようだ。

「エマニエル夫人」が、彼女の人生の使命だったのだ。


女性はもっと奔放に性を楽しむべきだ

「エマニエル夫人」は特異な映画だ。原作も駄作、映画自体もそれほどよくできた映画でもない。映画史から見ると、「エマニエル夫人」はキワモノであり、賞を与えるほどの名作でもなく、大金をかけた大作でもない。

しかし、シルビア・クリステルが映画の中で見せた瑞々しい肉体は、そのすべてを吹き飛ばし、全世界の女性にアピールした。時代が求めているものを、彼女は表現していたのだ。

1970年代はヒッピー・ムーブメントの時代であり、これは時代を縛っていた様々な既成概念を壊す動きだった。この打ち壊すべく既成概念のひとつに「女性の貞操観念」があった。

「女性はもっと権利を主張すべきだ」
「女性は自らを解放すべきだ」
「女性はもっと奔放に性を楽しむべきだ」


ウーマンリブの概念が生まれたのもこの頃だし、女性の社会進出が求められたのもこの頃だし、フェミニズムという思想が生まれたのもこの1970年代だった。この中で、「女性はもっと奔放に性を楽しむべきだ」という部分の起爆剤になったのが、シルビア・クリステルの「エマニエル夫人」だったのである。

1970年代の女性たちはこの映画で、シルビア・クリステルに導かれるように「性を謳歌する」道を歩み始めた。だから、この映画は「映画」として重要なのではない。「社会史」として重要なものだったのだ。


最初の映画に仕組まれていた「毒」とは何だったのか

エマニエル夫人は、ただの映画でも、ただのポルノでもなかった。時代が求めているものを表現したものだった。巧みな宣伝と、シルビア・クリステルの美しさと、映画全編に流れる美しい音楽すべてが相乗効果を発揮していたとも言える。

彼女のあとにも様々な女性がエマニエルを演じたし、エマニエルの亜流もまたたくさん作られた。しかし、そのどれもが興行的に失敗しているし、歴史の風雪を乗り越えることもできなかった。 実は、エマニエル夫人も「エマニエル夫人」「続エマニエル夫人」「さよならエマニエル夫人」と立て続けに作られたが、強い影響力を持って覚えられたのは、最初の「エマニエル夫人」だけだった。

なぜなのか。

実は、原作をなぞって作られた最初の映画には、美しさの裏に大きな「毒」が仕掛けられていたからだ。その「毒」は、原作を読んだ人間だけが知っているものだ。その「毒」を表現していたのが、まさに最初の一本だったのである。「続エマニエル夫人」と「さよならエマニエル夫人」は、ただヒットに釣られて作られた映画であり、原作の持つ「毒」はそこに表現されていない。


いったい、この最初の映画に仕組まれていた「毒」とは何だったのか。それは、実はブラックアジアで答えを書いた。ブラックアジアの会員の方は、その「毒」をもう一度確認してみて欲しい。


伝説の映画『エマニエル夫人』に仕掛けられていたものとは?

エマニエル夫人。汚れて「いない」と感じるのは恐ろしいわ


本当のエマニエル夫人の裏にあるものを知らなければ、何があったのか、何も分かっていないのと同じだ。答えはこの図が示しているものだ。


女性の肉体は世の中を変える力がある

多くの人たちは映画「エマニエル夫人」の奇妙な物語の裏側に何が隠されているのか、その意図を知ることもないし、見ることもない。ただ、シルビア・クリステル演じるエマニエル夫人が、性的に解放されていくという部分のみに目を奪われてしまっている。

しかし、エマニエル夫人を取り巻く男たちの言動はとても奇妙で、異様な哲学を持っている。その哲学は、現代になってもまだ実現していない先進性を持ったものである。そして、その一見、奇妙に見える哲学の裏側にあるのが、「毒」だったのだ。

「伝説の映画『エマニエル夫人』に仕掛けられていたものとは?」で示したフランス版の奇妙なイラストは、ひとつのサブリミナルになっていた。

しかし、そういった毒を毒と感じさせなかったのが、シルビア・クリステルという美しい女性の肉体だった。

毒のあるリンゴであっても、とても美しければ食べてみたくなる。時代は毒リンゴを求めていて、だからエマニエル夫人はその象徴となった。

女性の肉体は世の中を変える力がある。

これは、常にブラックアジアのひとつのテーマでもある。今、インドで「女性の肉体が世の中を変える」動きが加速していることも書いた。


エジプトでも起きている。(アリア・マフディ。あっさりと裸をさらしてイスラムに反抗 )

1970年代に、シルビア・クリステルが示したのがまさに、これだった。

「女性の肉体は世の中を変える力がある」
http://www.bllackz.net/blackasia/content/20121019T0049500900.html



[32初期非表示理由]:担当:アラシ

58. 中川隆[4711] koaQ7Jey 2016年10月28日 08:57:39 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5123]

尼僧ヨアンナ(1961)

監督: イェジー・カヴァレロヴィチ
出演: ルチーナ・ウィンニッカ ミエチスワフ・ウォイト アンナ・チェピェレフスカ
https://www.youtube.com/results?search_query=Mother+Joan+of+the+Angels

http://www.amazon.co.jp/gp/product/B0036SKPYY/ref=pd_lpo_k2_dp_sr_1?pf_rd_p=466449256&pf_rd_s=lpo-top-stripe&pf_rd_t=201&pf_rd_i=B00005FW0M&pf_rd_m=AN1VRQENFRJN5&pf_rd_r=0HJ33FGV1K0PYW9M5K1E


『尼僧ヨアンナ』 悪魔祓いの映画、ショックでもあった・・・
http://ameblo.jp/jahyon2002/entry-11421572626.html


映画のパンフには、

悪魔に取りつかれた尼僧の悪魔祓いに・・・

とあり、ホラー映画?かと、思ってしまいましたが、そういう部分もありましたけど、内容は人間の業とか欲とか、愛を描いたものでした。

17世紀の始め頃、ポーランドの片田舎

辺境の荒涼とした、大地にポツンと建つ尼僧院と、近くに宿屋があるくらいの小さな村で、起きた話で、悪魔祓いに使わされたスリン神父は前の晩、宿屋に泊り、尼僧院の尼僧達が悪魔に取り憑かれて、大変な事になってると聞かされ、自分が祈る事によって悪魔を追い出す、決意を新たにします。


翌朝、尼僧院に赴くと、教母と呼ばれるヨアンナと20人位の尼僧達の出迎えを受け、この光景は異様です。全員真っ白な僧服に身を包み、露出しているのは、顔だけ、

ヨアンナは美しく、私の体には、八つの悪魔が憑いている、と言い、スリン神父は、二人で、心を込めて祈れば、必ず悪魔を追い出す事が出来ると話すと、突如ヨアンナの顔と声が不気味で、挑戦的な表情になり、壁を伝って逃げ、白い壁に血と思われる手形を残して自分の部屋へ、逃げて行きます。

ここも、笑ってはいけないシーンですが、手形があまり、はっきり、くっきりしてるので日本のお相撲さんの手形に見えてしまった・・・


そもそも、スリン神父が尼僧院に使わされた理由というのが、

スリン神父が赴任する前ガルニエツ神父が居て、彼は魔法使いで、

夜になると、窓や扉を突きぬけ、ヨアンナの寝室に入りびたり、ヨアンナに悪魔を、憑依させた

として、尼僧院の庭で、火あぶりの刑に処せられた、後に着任して来たのですが、スリンは、別の尼僧院で、育てられ、世俗の事には、全く、疎く、勿論男女関係についても、自分に性欲があるのかどうか考えたこともない


純粋培養された、祈りこそが、総てを解決してくれると思い込んでる神父なので、
チベット仏教の五体投地みたいな祈りをしたり除霊したりしても、ヨアンナに憑依した悪魔が一向に出て行く様子がないので、

屋根裏部屋で、ヨアンナと二人、自分に鞭打ち、激しい痛みを共有するうちに、いつの間にか悦楽を伴うようになり、

自信を無くしたスリン神父は、ユダヤ教の司祭の所へ教えを乞いに、行きますが、司祭は、キリスト教の根本がおかしいのだ、と、説き、ますます、

混乱したスリン神父はヨアンナから、

神に祈るより、悪魔が与えてくれる、悦びの方が、生きがいがある

と言われ思わず、ヨアンナにキスしてしまうと、ヨアンナの体の中に居た悪魔が、スリン神父に乗り移り、スリンは宿屋の一室に逃げ込み鏡に映る自分とその中の悪魔と対峙してヨアンナに悪魔が、再び取り憑かないよう
自分の中の悪魔と恐ろしい約束をし、実行します。

結局、悪魔祓いをして、尼僧を救う事が、目的だったのに、ヨアンナを愛してしまったために、無関係な人間二人を殺してしまったスリン神父・・・


その事を知って涙を流す、尼僧ヨアンナ

印象的でした、


僧院という、閉ざされた空間に、あたりは何もない、寂寥感を感じるだけの場所で、厳しい戒律と祈りだけでは、精神のバランスを失うのは、当然のことのように思いました、


尼僧達が真っ白な僧服で、踊る様や男性僧侶達の黒とのコントラストの美しさ


ヨアンナを演じた女優さんは、先日観た『夜行列車』の女優さんですが、金髪が隠れて、メイクも変えて、別人の様でしたが美しさは、変わらなかった!

見応えのある映画でした。
http://ameblo.jp/jahyon2002/entry-11421572626.html

 ポーランドを代表する作家イワシキェウィッチが、17世紀フランスの史実に基づいて書いた短編小説の映画化で、舞台はポーランド北方に置き換えられている。

辺境の尼僧院に赴任しようという司祭スリンは、そこを目前にして近くの宿屋に泊まる。客や従業員たちの間では、院の話題で持ち切りだ。尼僧たちは、院長ヨアンナを始めとして、みな悪魔にとりつかれ、情欲のままにふるまっている。スリンはその悪魔払いのため来たのだが、先任者は完全にヨアンナの魔性に狂って火刑に処されたのだ。彼は悪魔と対峙する前にすでに震えおののく。そして会ったヨアンナは、平常時は美しく淑やかだが、ひとたび、その魂が悪魔を呼べば獣のように肉の交わりを求めて這いずり回るのだ。

自分を、そしてヨアンナにも、鞭打ってその誘惑を振り払わせる苦行を強いるスリンだが(白い聖衣が干している選択部屋の隅と隅に分かれてのシンメトリックな構図)、次第に彼女らの内奥にある魂の真実の叫びが彼にも届き始める。そしてヨアンナの中の悪魔を自ら引き受ける事でしか、彼女を解放する術はないと信じたスリンは、彼女を抱いて悪魔と一体になり、罪のない従者と宿屋の下男を殺す。その血によって彼の内に封印された悪魔は、やがて彼に下される火あぶりの断罪に彼と共に昇天するであろう、そんな余韻の中に映画は終わる。

果たして、悪魔とは字義通りのそればかりでなく、たとえば、カソリック教義自体が内包する神や悪魔を弄ぶ矛盾、ナチの残虐行為からスターリン圧政に連なるポーランドの問題を意味する言葉でもあろう。東欧映画に共通する理詰めの放縦とでも呼びたいカメラの運動にも圧倒される、鬼才カワレロウィッチによる真の恐怖映画。主人公が自分とそっくりの顔をしたラビ(ユダヤの僧侶)に教えを請うシーンが印象的。


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カメラに頭を向けて腹ばいで床に倒れている男という奇妙な構図のショットから始まる本作は、全編にわたって空間の深さを意識した構図を用いており、カメラの動きもそれに追従している。また、文芸作品らしいリアリズムで、SFX一切無し(逆廻しも無し)なのだが、ここまで得体の知れない存在を感じさせるのは流石である。観客を惑わす編集や、フレーム・イン、妙なタイミングが満載で、楽しめる。

苦悩に満ちながらも、どこか笑っているように見えるヨアンナの演技が怖い。村人たちの方も病的に見えるが、彼らは単純に欲や愚かさ(俗世界)を示しているのだろう。モノクロの、時に非現実的な色彩が、ポーランド映画のもつシンプルな画面によってより象徴的に、そして無機的に働いて、極度に精神的な中世ヨーロッパの雰囲気を上手く表現していた。何と言うか、ベルイマンの簡潔な世界観を物語的にしたような作品だった。


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童貞僧スリンに出会って恋に落ち、生理が始まってしまったヨアンナが、その経血を壁に塗り、悪魔に取り憑かれた笑みをたたえる有名なシーンが忘れられない。

http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=16926


修道院に悪魔祓いのために派遣されるスーリン神父は,その途中の宿屋で,怪しい噂を耳にする。修道女たちに悪魔が憑き,みな裸で踊り回るなど狂乱状態だ。とくに尼僧長のヨアンナには,いくつもの悪魔が住み着き,どんな悪魔祓いの儀式も功を奏さない。神父の前任者も,このヨアンナの妖気に惑わされ,狂い死んだのだという。

不安でいっぱいの神父が,修道院で実際に出会ったヨアンナは,普段は魅力的な瞳を持った淑やかな女性。しかし,いちど悪魔が乗り移ると,野獣のように唸り,呪いの言葉を吐き,ほかの修道女とともに荒れ狂うのだ。

はじめは,教理に則って,公開の悪魔祓いの儀式をおこなうスーリン神父だったが,全く効き目がないことを悟ると,密室でのヨアンナとの一対一の対決を試みる。そして次第にヨアンナの苦しみ,真実の声を知るにしたがい,自らがその悪魔の犠牲になるほかに,ヨアンナを救う道はないと知る。

ついにそのときは訪れ,ヨアンナと抱き合った神父は,体の中に悪魔たちが乗り移るのをはっきりと感じる。その後,すっかり普通に戻ったヨアンナに対し,悪魔を受け入れた神父は,内なる悪魔との戦いの中で疲れ果て狂乱。ヨアンナの肉体に戻ろうとする悪魔を自らの内に永遠に閉じこめるため,悪魔にすべてを売り渡す。悪魔は神父に従者ら二人の少年を殺害させ,ふたたびヨアンナも狂うが,しばらくののち元に戻り,その後は長く修道院長をつとめる....。
http://www.tomita.net/review/y980318.htm


この作品はケン・ラッセル監督が1971年に撮った「肉体の悪魔」のルーダン憑依事件の後日談と位置付けられる作品。

この作品自体は1960年に作られた作品なのでケン・ラッセルの作品とは全く関係ない。しかし、ルーダン事件で尼僧院長ジャンヌ(ポーランド語でヨアンヌ)がグランディエ(この作品ではガルニェツ)の魅力に惑わされ、尼僧院全体がいわゆる集団ヒステリー状態に陥る。グランディエが尼僧に悪魔を憑かせた張本人として火刑に処せられる。

この作品ではガルニェツ(グランディエ)の火刑の後の話として展開する。

ヨアンナは依然として悪魔に憑かれた状態で神父スーリンが悪魔祓いに向かう。尼僧院で神父たちが繰り広げる悪魔祓いの演出は最高。教会の石畳に十字架のように横たわる尼僧たちを上から見つめるように撮るシーンは幻想的というよりはサイケな感覚の方が合っていると思う。

そして、ヨアンナの尋問でヨアンナがブリッジの格好になり悪魔の声で応じるシーンはウィリアム・フリードキン監督の「エクソシスト」の階段をブリッジで降りるシーンとして完全に活用されている。

悪魔憑きが女性の男性に対する愛情や情欲であることはストーリーが進む中で明らかにされていくが、スーリン神父自体もヨアンナに魅了されていき悪魔に憑かれるという展開は、何とも「性(サガ)」を表しているようで物悲しさもある。

ヨアンナを演じたルチーナ・ヴィニエッカは同監督の「夜行列車」に引き続き妖しい魅力を出しており最高だった。さすがイェジー・カバレロビッチ監督ストーリー展開も映像の表現力素晴らしく一気に観てしまう傑作だ。


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17世紀のフランスで起こった“ルーダンの悪魔憑き事件”。これを題材にした有名な映画が2作あります。本作「尼僧ヨアンナ」と「肉体の悪魔」です。

この2作の間には、大きな違いがあるのですが、まず時系列で考えた時、「ヨアンナ」は「肉体の悪魔」の後日譚と捉えることができる、という点があります。 といっても、安易に〔続編〕と呼ぶことはできません。

「尼僧ヨアンナ」の原作は“ルーダンの悪魔憑き事件”をポーランドの作家イヴァシュキェヴィッチが独自の解釈を交えて書いた小説です。例えていうと、「赤穂浪士事件」に対する「忠臣蔵」のようなもの。一方「肉体の悪魔」の原作は、オルダス・ハクスリーが綿密な取材をもとに執筆したノンフィクション。舞台や世界観、登場人物の名前も違います。例えば;


  『肉体の悪魔』        『尼僧ヨアンナ』

  地方都市ルーダン   →  ルーディン(映画ではポーランドの無名の寒村)

  修道院長ジャンヌ   →  ヨアンナ(ジャンヌのポーランド語読みですね)

  グランディエ司祭   →  ガルニェツ神父

  イエズス会士・スラン →  スーリン神父

 (スランは原作のみ登場)


「肉体の悪魔」は、グランディエ(ガルニェツ)が火刑にされたところで終わります。一方「尼僧ヨアンナ」は、ガルニェツの死後、新たな悪魔祓い士としてスーリン神父が来るところから物語が始まります。
「肉体の悪魔」はフランスの地方都市(しかもかなりアヴァンギャルドなセットデザイン)が舞台で、映画のタッチは極彩色のエログロ絵巻。


「尼僧ヨアンナ」は東欧的な世界観の荒涼とした風景の中、モノクロの美しい画面であくまで静謐に、狂気が描かれます。この両作品の世界観・イメージはあまりにもかけ離れすぎているので、即・続編と捉えるにはかなりの抵抗が感じられます。しかし、これは多元宇宙的な世界観の中で展開する“ルーダンの悪魔憑き事件”を様々な視点から視ている、と考えれば、これほど面白い比較鑑賞法はなく、この事件を元ネタにしたと言われる「エクソシスト」も“ルーダン事件”の時空を超えた一面(憑かれた少女がとるリアクションの数々や、退魔士の神父の交代劇、といった展開は“ルーダン”事件そっくり)と解釈すると、メチャクチャ面白い映画の楽しみ方ができる、と言えないでしょうか?

本作「尼僧ヨアンナ」の魅力は、イェジー・カワレロウィッチ監督の手腕による、まさにアート映画と呼ぶにふさわしい、ゾクリとする程美しい映像の数々だと思います。


荒野の真ん中にポツリと建つ、白い修道院の幻想的な風景。


楚々と登場した瞬間から、その静かな貌に宿した狂気のまなざし。

ヨアンナ演じるルチーナ・ヴィニエツカのこの演技力!


「肉体の悪魔」でせむしのジャンヌ僧長を演じたヴァネッサ・レッドグレーヴの怪演も鬼気迫るものがありましたが、ヨアンナの貌に突然悪魔が現出するシーンの表情など、本当にコワイです。名女優相譲らず、の感・無量です。


悪魔が“女の血をかきたてて”白亜の壁につける「血の手形」。

礼拝堂の床に、腕を広げてバタバタと倒れる尼僧たち・・・真っ白い十字架が累々と横たわっているようです。

悲しみと嘲りがめまぐるしく交錯する、美しきヨアンナの大写しの貌。

そして、映画のラストで、ヨアンナを救うためにスーリン神父がとった行動とは・・・。


この映画は「悪魔憑き」という設定を通して神や悪魔の存在、そして愛とは何なのか・・・といった哲学的なテーマを問いただしているように思えます。 「肉体の悪魔」では、悪魔の存在そのものの問いかけよりも、「悪魔憑き」を政治的な陰謀に利用する人間たち、またその権謀術数により運命が狂わされていく人々のドラマを描いた作品だった、といえそうです。 同じ題材を扱っても、作品というものはここまで変わるものなのですね。

http://www.amazon.co.jp/gp/product/B0036SKPYY/ref=pd_lpo_k2_dp_sr_1?pf_rd_p=466449256&pf_rd_s=lpo-top-stripe&pf_rd_t=201&pf_rd_i=B00005FW0M&pf_rd_m=AN1VRQENFRJN5&pf_rd_r=0HJ33FGV1K0PYW9M5K1E

  かねてその評判は高いが、日本ではこれまで部分的引用でしか知られていなかった歴史人類学の大著、ミシェル・ド・セルトーの『ルーダンの憑依』(みすず書房 6500円+税)がはじめて全訳された。

http://www.amazon.co.jp/%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%B3%E3%81%AE%E6%86%91%E4%BE%9D-%E3%83%9F%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%BB%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BC/dp/4622073978


「ルーダンの憑依」は、十七世紀フランスの田舎町の女子修道院で起きた、歴史上もっとも有名な集団的悪魔憑き事件である。

十七人の修道女からなるウルスラ会修道院に、数週間前に亡くなった告解師の亡霊があらわれた。霊はしばらく修道女のベッドの脇で泣いた。別の亡霊が次の日真っ黒な球のかたちで修道院の食堂にあらわれ、二人の修道女を乱暴に地面に押し倒し、その肩に乗った。やがて修道女たちの肉体と精神に奇妙な変調があらわれ、次々に判断力を失い、全身がすさまじい痙攣に襲われた。

 教会の上層部は動転し、調査をした結果、この事件の犯人は悪魔だと判断した。「悪魔祓い」が専門僧の手で行われた。 悪魔に名を名乗るように命じると、「神の敵だ」という。悪魔にとりわけ狂った院長の体から出るように命じると、院長は暴れ回り、吼え、歯をきしらせ、奥歯が二本欠けた。 悪魔と何度か問答を重ねた末、悪魔を彼女の体内に入れたのは、ユルバン・グランディエという別の教会の司祭であると判明した。


「彼女たちは叫び、(略)グランディエを探そうとして、修道院の屋根に駆け上がり、また肌着だけで木の上に、それも枝の先の方までよじ登ったのです。そこで恐ろしい叫び声を上げながら、風や雨に耐え、何も食べずに四、五日も留まっていた」という。


 この悪魔憑き事件は、たちまちヨーロッパ中に知れ渡り、ルーダンの街に何千もの野次馬が押しかけた(修道女が教会の尖塔に上り宙を飛ぶなどのウワサが広まった)。野次馬は何日も泊りがけで狂える修道女を見物した。野次馬に見られながら、修道女は吼え叫び、土の上でころげまわり、足や手を組み合わせ、足の裏をくっつき合わせたりした。卑猥なようすで舌を出し、つばを吐き、冒涜的な言葉を吐きちらかした。ミサの最中に、足と頭のてっぺんだけで背面位の体を支え、その体勢で階段をかけ上がり祭壇の上で司祭の服を引きミサを妨害した。

 やがて、修道女たちには、一人に何人もの悪魔が乗り移って(多い人には九人も)いるとわかる(悪魔がそう告白する)。修道女たちとグランディエとの対決が行われ、グランディエがどう否認しても、彼が悪魔に使われている証拠が次々に出てきた。六人の悪魔とグランディエが署名した「契約書」すら出てきた(「神を否認して悪魔に仕え、できる限りの悪を尽くし、なろうことなら人間でなくなり悪魔になることを願う」)。グランディエは、ルイ十三世直々の指名による特別法廷で魔法使いとして裁かれた。一カ月余の審理を経て(書類の読み上げだけで十八日間を要し、喚問した証人は百人をこえた)、膨大な証拠(悪魔との契約書など)によって、火刑による死刑が宣告された。刑は一万人以上の見物客の前で執行された。


 裁判中に、修道院長と修道女の一人が、無実のグランディエを告発して罪におとし入れたと告白したが、その告白も、魔法使いの魔力を証明するものとされ何の影響力も及ぼさなかった。

 この異常な事件は、欧米では繰り返し検証の対象となり数々の論文や小説が書かれた。映画も(カヴァレロヴィチ「尼僧ヨアンナ」、ケン・ラッセル「肉体の悪魔」)作られ、オペラも(ペンデレツキ「ルーダンの悪魔」)作られている。 本書は、驚くほど浩瀚な資料によって、この事件の背景を深く深く掘りさげている。なるほど名著といわれるだけのことはある。

 この事件をもっと大きな構図で知るためには、ポール・ケーラス『悪魔の歴史』(青土社 2718円+税)をあわせ読むとよい。悪魔という観念が、どれほど人類の頭を狂わせてきたかがよくわかる。特に、宗教改革と反宗教改革の時代は最も、悪魔観念にとらわれていた時代で、カトリックもプロテスタントも互いに他を悪魔とみなしていた。ルーダンは実は宗教戦争の最前線で、ついこの間まで、両教徒が殺し合いを続けていた場所だった。

 今世界で一番悪魔の存在を信じている人が多いのはアメリカで、半数以上の人がそれを信じている(ハリウッドは悪魔映画でいっぱい)。かつてアメリカ人にとって悪魔はソ連であり共産主義だった。いまは何なのか。テロリストであり悪の枢軸国家だ。イスラム原理主義者もアメリカは悪魔の国と信じている。だから殺し合いがつづく。
http://blog.livedoor.jp/phoyipsnoons/archives/64959390.html


『肉体の悪魔』の原作はオルダス・ハクスレーの『ルーダンの悪魔』という歴史研究書。 『ルーダンの悪魔』はルイ14世時代のフランスの修道院で実際に起きた悪魔憑き事件を、20世紀の視点で冷静に分析した本。

 田舎町ルーダンにやって来たセクシーな司祭(オリバー・リード)は町中の女たちを熱狂させた。その熱狂は男子禁制の修道院内にも感染し、なかでも修道院長(ヴァネッサ・レッドグレーヴ)は一度も会ったことのない司祭に恋焦がれ、彼に犯される淫夢を見るほどだった。

 ところが司祭は極秘にある女性と結婚してしまった。司祭のファンたちは嫉妬に狂い、精神の均衡を失う。 中央政府は、それが女性たちの性的欲求不満による集団ヒステリーだと知っていたが、権力を持ちすぎた司祭を葬るために政治的に利用する。 司祭が悪魔に魂を売って、修道女たちに悪魔を取り付かせたのだと。そして、政治ショーとしての悪魔祓いと魔女狩り裁判が始まる。

http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20090321

われわれ人類と悪魔との契約を記す文書で、今日まで遺されているものは数少ない。冒頭に掲げたユルバン・グランディエによる一書は、そのなかで最も明確に形を留めたものとされている。

このユルバン・グランディエなる人物は、十七世紀フランスを揺るがしたかの有名な「ルーダンの悪魔憑き」事件の被告であり、一六三四年に同市で火刑に処された札付きの放蕩司祭としてよく知られている。

 彼がサン=ピエール・デュ・マルシェの教区司祭に任命されたのは一六一七年、二十七歳のときであった。栄誉ある就任は彼の自尊心をしばし満たしたが、だからと云い、ひきかえにその美しい面貌を自然に朽ち果てるまで聴聞室の翳がりに埋れさせるつもりはまったくなかった。


 「いや聴罪司祭とは、その気になりさえすればあまたの女と一戦交えるのにこれほど都合のよい地位もあったものだ。まさしく俺にふさわしい、神が与えてくださった恩寵に違いない」


 という次第であり、以来、彼は自ら定めた勤行に忠実にはげむこととなった。のちの裁判が決めつけたような悪魔との取引こそなかったものの、それとは別に、彼は神のことなど識りはしなかったのである。

 この新任の司祭は、手始めとばかり、悔悛に訪れる娘たち次々とものにしていった。とりわけ王室顧問官の娘マドレーヌ・ド・ブルについては、その愛人関係を公けにして憚らなかったという。


 このようにしてグランディエは就任後の数年を思いのままに過ごしたのだが、やがて普通の女では飽き足らなくなってきたちょうどその折、一六ニ六年、同市にウルスラ会修道院が新設された。純潔の砦に集いし十七人の乙女たち――とりわけ「天使のジャンヌ」の誉れ高き院長ジャンヌ・デ・ザンジュのみずみずしい横顔は――さしもの女に食傷気味であったドン・ファンの裔にとっても、新たな意欲を掻き立てるに足るものであったらしい。それが司祭にあるまじき涜神行為になることなど、彼にとってはどうでもよいことであった。


 それにしても彼は、一体どのようにして院長のみか他の修道女たちをも芋蔓のごとく籠絡せしめたのだろうか。いかに名うてのプレイボーイといえど、たしかに悪魔に縋ったような話ではある。それゆえ彼がうまくやってのけた際には、いかなる手管を用いたのかは大いに人の怪しむところとなった。

 この一件はそれだけでは済まされなかった。さすがに聖ウルスラの美名を汚し、その験力をも侮ったとなれば、因果も来たりて誅槌を下すというもの。当初はグランディエに心底惚れ込み、修道院長の地位を譲り渡そうとさえしていたジャンヌであったが、グランディエを御するなどとうてい適わぬこと。頭を冷やして考えるならば、自分といい後輩たちといい、とんだ不始末をしでかしたものだ。このままでは世間の恥さらし、かくなるうえは すべてはグランディエと悪魔の謀りごとに帰してしまうのが上策であろう――というわけで彼女たちは、「悪魔憑き」のシナリオを描いた謀殺者らと利害の一致を見た。

 だが、グランディエの禍根はそれだけではない。誘惑者として中傷と非難を集めるかたわら、彼は政治家として、また著述家としても敵をつくることに余念がなかった。

 政治家としての彼は、聴聞を通じて地方要人の妻たちとのコネクションをつくりあげ、間接的に影響力を行使した。これは、ルーダンにもともといたカプチン会やカルメル派にとっては、あの学者面をした色男に女性告解者をことごとく奪われ、著しく影響を減退させられたかたちとなる。また当地のカルメル派の収入源であったノートル・ダム・ド・ルクヴランス(健康回復の祈祷を受ける聖母)というマリア像も、グランディエの嘲笑の餌食となり験力を失った。

 グランディエは執筆活動も精力的に行った。自由主義的な論文や風刺詩といったものに本領を発揮し、もう一つ機縁があったなら、同じイエズス会士であったルネ・デカルトやあるいは諧謔の思想家フォントネルのようなリベルタンとして名が挙がったかも知れないのだが、あくまでローカルな諷刺家に留まった彼は、当然の帰結として地元政治家や聖職者たちに疎まれる結果となった。

 総じて、彼は誘惑や挑発には長けていたが、保身のすべをまったく知らず、その子供のような無防備さゆえに、自ら火刑場の薪を積み上げていったのである。

 それでも、彼の著作のなかにはマドレーヌ・ド・ブルのために書かれたという『聖職者の妻帯権を求める訴状』といったものまで含まれているのを見るならば、この放蕩者にもそれなりのポリシー、内的な一貫性があったことを認めなければならない。

 「若い男性に禁欲を強いるということは、羊に向かって空を飛べと云っているようなものではないか? 羊を崖に追い立てたところ墜落して死んでしまったとしたら、その責任は羊ではなく牧者にあるのではないか? そのような馬鹿げた不可能事は信仰とは何の関係もない。

 読者諸賢よ、性欲、食欲、名誉欲といった欲望は、それが美辞麗句や欺瞞によって隠蔽されている時にこそ毀めるべきなのであって、それ自体は罪でないばかりか恥ずべきことですらない」

 してみれば、愛人との関係をとりたてて隠さなかったのも、彼なりの誠実さだったのかも知れない。とはいえ、彼の時代そして地位において、そんなことが理解されるはずもなかった。グランディエに対する共同体からの排除は、「魔女裁判」という最も陰惨なかたちで今しも始まらんとしていた。天使たちもまた沈黙のうちに彼の謀殺を許した。グランディエは、手遅れにならぬうちに自制を知る機会を、遂に得ることができなかった。

 ウルスラ会修道院の聴罪司祭であったミニョン神父が、最初の告発者となった。彼もまたグランディエと土地を争い、嘲笑を浴び、従姉妹を誘惑された、つまりはグランディエがつくった敵の一人であった。ルーダンで起こった悪魔憑きのすべては彼が仕組んだ芝居であったが、のちに同類の訴訟が積み上げられ、それは退け難いものとなった。枢機卿リシュリューは彼の風刺文に恨みを抱いていたし、検察官は娘を孕まされた復讐をする絶好の機会であった。そのうえフランチェスコ会、カプチン会、そしてグランディエ自身の属するイエズス会の神父までもが告発者のリストに名を連ね、グランディエの甘言を信じたために悪魔に憑依され翻弄されたという、かつて彼に捨てられた女たちが次々と証言台に立ったのである。
http://www.geocities.jp/mezusinnou/kaie05.html

尼僧ヨアンナ / イエジー・カワレロウィッチ監督の最高に美しい白黒映画


1960年ポーランド映画。何度も見ているが、これほどの美しい白黒映画を知らない。見る度に新鮮な感動を覚える。全編、考えぬかれた構図がぴたっと決まっていて、そんなところからもこの映画美に引きずり込まれる。

中世のポーランド、辺境の寒村の旅籠にスリン神父(ミエチスワフ・ウォイト)が着くところから映画は始まる。村の尼僧院の僧院長のヨアンナ尼に悪魔が乗り移っている。スリン神父は彼女の悪魔払いのためにはるばるやって来た。スリン神父は僧院で生まれ育った女を知らない敬虔なキリスト教徒であることをみこまれたらしい。前の教区司祭が夜な夜な美しいヨアンナ尼の寝室に忍び込んだために、彼女の肉体に悪魔が乗り移ったと村人は噂している。


旅籠から見ると小高い丘の上にその僧院はあり、中間あたりに、前の教区司祭が火あぶりの刑に処せられた刑場が今も残っている。その横を通って、僧院についたスリン神父はヨアンナ尼と対面する。対話が進むにつれて、ついに悪魔が本性を表して、神父に挑発する言葉と石壁に血の手形を残してヨアンナ尼が立ち去っていく。この時の映像が様々に媒体に使われているので、目に焼き付いている。

二人は誰も入れない広い屋根裏部屋で、苦行を続けるうちに、通いあう心が芽生える。ついに、口づけをきっかけに悪魔はヨアンナ尼からスリン神父の肉体に乗り移る。神父はヨアンナ尼への愛ゆえに、悪魔を自分の肉体に留め置こうと決意する。ヨアンナ尼を救う道はそれしかないことを悟って、悪魔と取引をする。取引の条件は殺人の罪を犯すことだ。スリン神父は二人の村人を斧で殺害して、ヨアンナ尼を悪魔から救う。

途中、悪魔払いに自信を失って、ユダヤ教の司祭を訪れて助言を求める。 ここでユダヤ人司祭はキリスト教徒のユダヤ人迫害を持ち出して、話しは決裂する。このシーンもあって、この映画はキリスト教徒の自己分析の映画ではないかと思った。根底にはナチスドイツのホロコーストがあるのかも知れないが、作者は普遍的なレベルを問題としているように思えてしかたがない。というのも、今見ても鮮度を失っていないと感じるから。
http://page.sgy3.com/index.php?ID=1162

中世末期。ポーランドの小村にあるウルシュラ修道院の尼僧長「天使の」ヨアンナの身体には6体の悪魔が憑いていた。悪魔はときとしてヨアンナの意識をのっとり、彼女に悲鳴を上げさせ身体を操った。彼女のほかの尼僧たちにも悪魔は憑き、修道院内は悪魔憑きの病的な空気に深く包まれていた。事態を収拾するため教会から派遣されたスーリン神父はヨアンナに憑いた悪魔を祓う祓魔式に臨むことになる。

スーリンが修道院に向う途中で聞くヨアンナの噂は不穏だったが、実際に彼女と面会してみればそこには憔悴した一人の尼僧がいるだけだった。しかし面会が終わり、神父が十字を切ったとき彼女は豹変する。表情は一変して恐ろしい形相となり、魂の奥底まで覗き込むような凄まじい目つきで神父を睨みつける。彼女に憑いた悪魔が目覚めたのだ。悪魔は彼女の口を借りていうだろう、「そう簡単に俺をこのかわいい体から追い出せると思うなよ」と。

ヨアンナの祓魔式は公開される。興味本位で集まる野次馬たち。ヨアンナをはじめほかの尼僧たちに憑いた悪魔たちまでもが暴れだし、修道院内は狂気のるつぼと化して儀式は失敗に終わる。スーリンは公開をやめ、屋根裏の密室での祓魔式に切り替える。時間をかけ相手の話に耳を傾け、精神を落ち着かせる。これは現在でいうカウンセリング式の精神療法によく似ている。面会を重ね、ヨアンナの人となりを知るにつれ神父に募っていく彼女への思慕の念。何としてでもヨアンナを癒し、彼女を聖女にしたい。その思いが嵩じたために、予想外のおそろしい事態を招いてしまう。

この小説は実際にあった悪魔憑きの事件を著者がアレンジして小説としたもので悪魔に直面した神父が自らの信仰を自問し、女への愛情を自覚する内面探求の物語となっている。これは著者の文学の特徴であって訳者は巻末の解説で著者についてこう述べている:

イヴァシュキェヴィッチの小説は、ポーランド近代文学が自らの宿命とみなしてきた政治性、愛国憂国亡国の問題、祖国の蜂起や戦争をめぐる主題などをそれ自体として全面に押し出すことがほとんどない。時局に対応して、作者自ら政治的寓意を含ませるということもほとんどなかった。焦点をあてられるのは、常に、愛や死、歴史の無常、あるいは美の衝撃に直面した個人の内面劇であった。

きわめてショッキングな内容を扱ってはいるものの、この小説においてもっとも注目されるのは結局はスーリン神父の内面の問題であり、悪魔憑きの事件は彼にとっての契機としてあるに過ぎない。

悪魔とは何であるか。それは誰のなかにも棲んでおり、われわれを日々罪へと誘惑する囁きのことではないのか。ヨアンナは敬虔な尼僧だが、彼女も人間であって傲慢さと無縁ではない。その弱点を意識しすぎるあまりの狂気の発作、それこそが悪魔の正体ではなかったか。

かつてスーリンの前に祓魔式に臨んだ美男の神父は、尼僧たちの関心を惹きすぎたために断罪された。女だけの閉鎖的な空間で厳しい戒律に縛られて続く禁欲的な日々。それが若い女たちの自然な欲求を歪め、集団ヒステリーを引き起こしたとしても異常とは思えない、むしろ自然な反応だと管理人には思える。最初の祓魔式の恐ろしいような狂気のカオスも集団ヒステリーの場面と捉えられなくはない。

修道院をときどき抜け出しては村の庶民たちと他愛ない噂話に興じて憂さ晴らしをしていたある尼僧だけは、悪魔憑きと無縁な健康体でいるという設定に注目すれば、管理人と同じ見解を著者もこの事件に関してもっているように思える。それにしても最後に勝利したのは悪魔だったのか、人間だったのか。

http://epi-w.at.webry.info/201104/article_1.html


フロイト的抑圧の光景 / 「尼僧ヨアンナ」 イェジー・カヴァレロヴィチ


フロイトそのまんまに、まずは書いていこう。もともと人間の「性」は抑圧されている。

そうしないと、秩序はうまく保たれないからだ。宗教や法や政治というのは、そのような「性」を封じ込めて、それで社会全体がうまく機能するようにするためのものといってよい。

そういう抑圧のシステムの中では、男性の側から一方的にみると、この映画の冒頭の下卑た宿屋の主人のセリフにあるとおり、女性というのは聖女であると同時に淫らな存在である。社会的な禁忌を破るものはすなわち「悪」であるとするならば、そのような性的な存在である人というものは、映画の中でカトリックの僧侶の主人公と問答をするユダヤ教の僧侶の認識とおり、もともと悪を秘めているし、そもそもそれが前提となって世界は出来あがっているということになる。


さらに、性的な抑圧は、時にそれがうまく機能しないと、人間の精神に破綻をきたすこともある。フロイトは単刀直入に、精神病の病理を性に結びつけて考えた。

この映画は、カトリックの修道院が悪魔に獲りつかれているため、その修道院に派遣されてきた僧侶の破滅の物語。
悪魔につかれた尼僧ヨアンナに、悪魔払いの様々な努力をするが、そのうちに僧侶自体がその悪魔に取り付かれていくという筋書きなのだが、映画のテーマは、性的存在である人間の悲劇といったところかと思う。

映画の観方は様々でよいと思うが、共産主義体制の抑圧の風刺うんぬんはちょっとピントがずれていると思う。この映画の取り扱っているのは、もう少し人間の禁忌の起源に触れるようなものであろう。

単純といえば、単純。

宗教と性・・・そのまんまフロイトのテーマである。


荒涼としたポーランドの風景に、精神の破綻を来たした女性の悪魔劇が延々と続いていく。そして、性的なものから隔絶した存在であるべき僧侶が、尼僧との対峙を通じて、人間の暗い性の世界に落ち込んでいく様を、完璧なカメラワークと清みかえったモノトーンの画面の中でゆっくりとゆっくりと描写していく。

悪魔に憑かれる、すなわち精神に破綻を来たした尼僧たちが、躍動する女性としてむしろ魅力的にみえるのは自分だけではないはず。それはこの映画の監督の狙いだったと思う。

http://masterlow.blog74.fc2.com/blog-entry-165.html


「悪魔憑き」の現象という戦略 ―― 封印され得ない欲望系との折り合い


  1) 閉鎖系の空間状況下での修道女たちのストレスと、ガス抜きされねばならないという構造性


 この映画を今回観直していて、私の脳裏を過ぎったのは、ピーター・ミュラン監督の「マグダレンの祈り」(イギリス・アイルランド合作映画・2002年製作)の幾つかのシークエンスである。

 それは、アイルランド各地から「非行少女」を強制隔離して、「堕落したあなた方も、信仰を取り戻すでしょう」と言い放つ、シスター・ブリジッドの訓示によって開かれた「マグダレン修道院」の苛酷な物語であった。 「未来の修道女」を目指すことを強いられる「非行少女」たちの実話であるから、観ていて余計総毛だったものだ。 とりわけ、修道院のルールに背いた「未来の修道女」に対するシスターたちの「教育」は、彼女たちの若い自我を壊しかねないほどの陰惨さに満ちたものだった。


 洗濯場で全裸にされた娘たちを一列に並ばせて、シスターが吐き出す言葉の暴力は殆んどサディズムと言っていい。

 「オッパイが大きすぎる子がいるわね。

フランシスは意外ね。こんな貧弱なオッパイは見たことはないわ。乳首もないわ。
見た?普通じゃないわ。ハハハハ。

一番のぺチャパイはフランシスね。一番のデカパイは?・・・」


 シスターによって、「陰毛賞」という低俗なるネーミングによるヘイトスピーチが吐き出され、その対象となった「未来の修道女」は泣き出すばかりだった。


 このエピソードで瞭然とするように、「マグダレン修道院」では、シスターを頂点とする「権力関係」が形成されていて、ここに寄生する修道女たちの日頃の不満やストレスをガス抜きする手段として、「未来の修道女」に対する陰湿な虐めや暴力が日常化しているという現実があった。 いや寧ろ、「権力関係」を保持する「潤滑油」として、この類の暴力が常態化していたと言ってもいい。

 ここで重要なのは、修道女たちのストレスが、このような方法論によってガス抜きされねばならないという、その構造性そのものである。 そこでは、厳然たる「権力関係」が存在し、閉鎖系の空間状況を現出させていた。 そして「権力関係」を補完的に強化するシステムが殆んど万全であり、何よりも、「不道徳なる娘たち」を矯正するという大義名分があった。 そして、このような施設の存在を認知する社会的背景があり、そこに送り込まれた娘たちの親族の、堅固な協力体制が厳然と存在していたのである。

 以上の言及は、1996年に閉鎖されたアイルランドの修道院の実話についてのもの。 ここからは、本作の修道院のケースを見ていきたい。

 2)「悪魔憑き」の現象という戦略 ―― 封印され得ない欲望系との折り合い


 本作の時代背景は17世紀半ば。 場所は、ポーランドの寒村の尼僧院。

 映画を観る限り、この尼僧院には、「マグダレン修道院」のような堅固な「権力関係」が存在したとは思えないし、まして「未来の修道女」に対する陰湿な虐めや暴力が常態化していた訳ではない。 いや、それ故にこそと言うべきか、尼僧院内部の閉鎖的環境下で生活する尼僧たちにとって、色彩感の乏しい日々の累積の中でストックした、様々なストレスを解消する手立ては相当に限定的であっただろう。 しかし、その限定性は相対的なものだった。 そこが、「牢獄」の如き「マグダレン修道院」の閉塞性と分れていたのである。

 個々人の欲望系が、抑性的に処理される技術のみが求められる生活の日常性は、そこに特段の破綻を来たす事態が招来しなければ殆ど問題ないが、閉鎖的環境下で許容された自由の濃度が相対的に深かったならば、却って、個々人の欲望系の出し入れが恣意的になりやすく、抑性的に処理される技術のコントロールも困難になるであろう。


 「聖」の象徴としての尼僧院が建つ丘の下に、まるで対極の構図のように構える、「俗」の象徴としての木賃宿。 そこに通う僧院の門番の話によると、尼僧院では、夜間でも門を閉めないから出入り自由であり、肉食も自由であると言う。 即ち、尼僧院の尼僧の個々人の欲望系は、「絶対禁欲主義」の縛りから相対的に解放されていたのである。 まして、美しい女性の尼僧院長であるヨアンナの下で、先の「マグダレン修道院」のような堅固な「権力関係」が形成されていた訳ではなかった。 尼僧たちは、適度なガス抜きを愉悦していたのである。

 現に、「聖」の象徴としての尼僧院に暮らす一人の尼僧は、折に触れ、「俗」の象徴としての木賃宿に通っていて、世俗の話題を存分に共有していた。 そればかりか、木賃宿の色好みの亭主に酒を飲まされ、軽快なテンポで歌まで歌うのだ。

 
 「惚れる男がいなければ、私は一生尼暮らし」


 こんな歌を平気で歌う尼僧が、スリン神父に見つかり、退散するシーンは印象深いものだった。 なぜなら、後に男との駆け落ちに失敗ししたこの尼僧は、男に捨てられて嘆いていたが、ここまで徹底的なガス抜きを愉悦していたならば、もう本質的に、彼女は「俗」の住人であるとしか言えないからだ。 そして重要なことは、この尼僧が「悪魔憑き」に捕縛されていなかったという厳然たる事実である。


 「俗」の住人には、「悪魔憑き」という現象が無縁であったこと。 それこそが、本作の根柢にある主題に関わる由々しき現実なのだ。

 ともあれ、そんな環境下にあったからこそ、美男で若いガルニエツ神父が、尼僧院の門戸を開けて、夜毎に美しいヨアンナの寝室に忍び込むことが可能だったのだろう。

 「尼僧たちは、神父の訪問を享楽していた。悪魔に取り憑かれた尼たちは、人目も憚(はばか)らず、大声で喚き立てていたのです。会堂で例拝の間にも、淫らな行為をしていました」

 これは、スリン神父が土地の者から聞いた話。
 
 そのスリン神父が、ヨアンナとの関係形成の中で、本人から直接聞いた話がある。 既に、「悪魔憑き」によって隔離を余儀なくされていたヨアンナは、スリン神父に語っていた。


 「神よ、このあさましい私は何ものですか?私はただの尼です。父は公爵でしたが落ちぶれて、スモレンスク(注)にいるとのことですが、不明です。八つの悪魔に取り憑かれたのは、私の落ち度でしょうか」


(注)17世紀初頭のロシア・ポーランド戦争の「スモレンスク包囲戦」によって、ポーランド=リトアニア共和国に割譲された都市。現在は、ロシア連邦に帰属。


 スリン神父に語った、このヨアンナの言葉をみても分るように、彼女は恐らく、他の多くの修道女がそうであったように、「聖女」を目指す強い「宗教的使命感」によって尼僧になった訳ではない。

 普通の欲望と感情傾向を持った美しい女性の、その閉鎖的な日常性の中にあって、存分なまでに世俗に塗れた世界との比較において、己が欲望系を封印されることを余儀なくされたとき、「聖」の世界に殉じる者の非日常の時間の広がりに同化していくに足る、「最適適応戦略」の要請が内側から強迫的に突き上げて来た心的プロセスが仮定できるだろう。

 しかし、その強迫的な時間の空洞を埋めるような事態が出来する。 これが、美男で若いガルニエツ神父の振舞いであった。 夜毎にヨアンナの寝室に忍び込む時間の形成の本質は、例えそこに「禁断」の印が張り付いていたにしても、その行為自身が「男女の恋愛」か、それとも、「男女の性的関係」の愉悦以外の何ものでもなかったことは否定できないだろう。 「禁断」の閉鎖空間で男女の関係が作り出されたとき、何かが大きく変わっていく。

 変わっていったものは、ヨアンナが日常的に封印していた生々しい欲望系の情感世界である。 その中枢の感情が、性欲であると言っても間違いないだろう。 しかし、「禁断」の閉鎖空間での睦みが世間に知られるに至って、生々しい欲望系の情感世界の延長は人為的に遮断され、その反徳行為は最も厳しいペナルティを招来した。 ガルニエツ神父の火刑である。

 「ガルニエツ神父の火刑の前夜、尼さんたちは裸で庭を走り回って、神父の名を叫んでいたということだ」

 これは、「俗」の象徴としての木賃宿で拾われた言葉。 「悪魔憑き」の現象である。 この「悪魔憑き」の現象が尼僧院で本格的に出来したのは、それ以降である。 これが、尼僧ヨアンナを中心とした尼僧たちの、その欲望系の情感世界が人為的に遮断された結果、そこに出来した最悪の現象の真実の様態だった。

 
 欲望系の情感世界が封印された中枢の空間で、禁断の印を存分に解いてしまった尼僧たちの自我にとって、なお封印され得ない欲望系と折り合いをつけるには、「悪魔憑き」の現象という戦略以外になかったのである。 「事件」が発覚し、ガルニエツ神父の火刑によって、そこで展開されていた人間の欲望の自然な発動のラインが破壊された代償は、「最適適応戦略」を容易に手に入れられないアポリアの中で、既に限定的であったということだろう。

 3) 我が身を鞭打つ肉塊の炸裂にまで上り詰めて


 「これからお前と闘わねばならない。お前の縄張りだろうと、私は神の使いだ。私は善で、お前は悪だ」


 これは、「悪魔」に対するスリン神父の戦闘宣言。


 「悪魔が女の血を掻き立てて、壁に付けるのです」


 これは、スリン神父の参戦に対するヨアンナの、「悪魔憑き」の現象という戦略による意思表明。 かくて、二人の「実存」を賭けた心理戦争が開かれた。


 「神を敬えと言われても、私にはできないことです。地上のどんな力でも、私を束縛できない。私はいつも自由です。束縛など嫌です」


 このヨアンナの言葉には嘘はない。 「悪魔憑き」の現象という戦略によって、彼女は閉鎖空間で、なお自分の思いを繋ごうとするのだ。 そんな彼女の振舞いを目の当たりにした司教たちによって、「悪魔払い」の儀式を経て、彼女は束縛されるに至る。 ヨアンナの叫びが、白一色の人工空間の中で刻まれた。 隔離されたヨアンナの苦悩を引き受けようと、スリン神父の苦行が開かれた。


 「愛は悪を追い払います」


 スリン神父は、ヨアンナに語った。


 「汚辱に満ちた誇りを捨てなさい。あなたの苦しみを全て吐き出すのです」


 スリン神父の熱意が、ヨアンナに連射されていく。


 「八つの悪魔に取り憑かれたのは、私の落ち度でしょうか」とヨアンナ。

 「子供のように純真になればいいのです。神はきっと愛して下さる」とスリン神父。

 「もし悪魔が、あなたに乗り移ったら?」とヨアンナ。


 際どい会話が、二人の心理戦争の濃密な時間の内に捨てられていく。 濃密な時間の内に捨てられた二人の心理戦争は、まもなく、屋根裏部屋に籠って我が身を鞭打つ肉塊の炸裂にまで上り詰めていくのだ。 スリン神父の手を取るヨアンナが、そこにいた。 思わず、その手を突き放した神父は、

「あなたが悪魔だ」


と洩らしてしまった。 泣き崩れるヨアンナが、そこに置き去りにされた。


 4)「神学論争」を超えるドストエフスキー的な教理問答 ―― 迫るラビと、立ち竦む神父


 悪魔払いに自信を失ったスリン神父が、ユダヤ教のラビを訪れた。 そこで展開された、ドストエフスキー的な教理問答は、以下の通り。


 「あなたは、何を指して悪魔というのですか?
それは何処から来て、誰が作り出したものですか?」

とユダヤ教のラビ。

 「それは神です」とスリン神父。


 「悪魔が世界を創ったとしたら・・・

神がこの世界を創造されたとするならば、死や病気や戦争が起こるのは何故ですか?

何故、私たちユダヤ人が迫害を受け、何代にもわたって侵略と虐殺の恐怖に苦しむのか」


 「それは原罪です」


 「原罪だと言うのか。アダムとイヴの堕落です。人間は何度も堕落し、立ち直りもする。人の犯す全ての悪業は、決して悪魔のせいではないのだ。

最初の人間の堕落と、最初の天使の堕落です。

なぜ天使は、人間の女に巨人を生ませたのか。答えて下さい、神父」


 「天使は不可解な存在です」

 「ヨアンナを天使の尼僧と呼ぶが、ただの女に過ぎない。では、天使とは何ですか?」

 「神の使いです」

 「悪魔もそうだ。神の意志で人間の心に取り憑く」

 「それはどんな時に?」

 「悪魔を強く愛した時です」

 「悪魔を愛するとは?」

 「愛はこの世で起こる、あらゆる物事の基です」


 この会話には、少し説明が必要だ。

 本来、ユダヤ教では、「悪魔」とは「神の敵対者」というよりも、「サタン」の語源がヘブライ語で、間違いを犯した人間に罰を与える「天使」を指していて、寧ろ「神の僕(しもべ)」という役割を持っていた。 

ところが、「神は慈悲深い愛」と説くキリスト教の成立過程において、現実社会で出来する理不尽な死や、災厄や戦争、繰り返される人間による迫害や悪業の根源について的確な解答を提示せねばならなくなったとき、そこで作り出された観念の産物が「神に対する絶対敵対者」としての「悪魔」という概念だった。 このユダヤ教のラビは、キリスト教の敬虔な神父に対して、その辺りの本質的な疑問を投げかけたのである。


 元来、ユダヤ教では性衝動や性行為を自然なものと考えているから、「セックス」を不浄視していない。 従って、「性欲」に懊悩するヨアンナを、「ただの女」、即ち、普通の人間であると言い切ったのだ。 

詰まる所、「悪魔」とは、人間の心が作り出したものであると断じているのである。 このユダヤ教のラビの究極の発問への答えに窮するスリン神父が、そこに立ち竦んでいた。 本作の根源に迫る最も重要なシークエンスは、こうして閉じていった。


 5) 確信的な破戒僧の「覚悟の愛」を受容する尼僧 ―― その裸形の人格像の逢着点


 教理問答を経て、スリン神父の中で何かが変っていく。

 「あなたを助けます」

 彼はヨアンナに会いに行き、自分の思いを告げる。 鉄格子の内側に閉じ込められているヨアンナは、今やもう、自分の中で騒ぐ情感の揺動を隠そうとしない。 彼女は「悪魔」への愛を語るのだ。


 「私は悪魔が大好きで、悪魔に抱かれているとき、私はどんな運命でも甘受します。悪魔は最高の存在です」


 ヨアンナは、スリン神父にそう言い切ったのだ。 ヨアンナへの思いが変わらないスリン神父は、自然の成り行きで彼女に近づいて、口づけした。 自ら犯した行為に驚愕し、神父は走り去って行った。 それは、「悪魔」を自分の体内に取り憑くことを受容する行為でもあった。

 「何でもするから、私に取り憑いていろ」

 スリン神父の覚悟を括った言葉が捨てられた。 彼は「悪魔」に語ったのだ。 その後のスリン神父の行為の異常性は、紛れもなく確信犯の範疇にある者の選択的行動だった。 ヨアンナから「悪魔」を憑依させたスリン神父は、「悪魔」の命によって、斧を使って二人の村人を殺害したのだ。 「悪魔」との取引である。

 ヨアンナへの愛の、彼なりの答えであるが、神父の犯した行動は、それ以外に考えられない最も象徴的な行為だったと言える。 二人の男を殺害することは、彼にとって、「悪魔」を内側に憑依させることだからだ。 破戒僧となったスリン神父は、自分の思いを、一人の女を通してヨアンナに伝えた。

 「全て愛が、そうさせたのだ」

 これが、スリン神父のヨアンナへの伝言。 伝言を任せられた女こそ、駆け落ちをして男に捨てられた尼僧である。 「俗」の象徴としての木賃宿との往還という適度なガス抜きをすることで、彼女は「悪魔憑き」から解放されていたが、「聖」の象徴としての尼僧院の生活を完全否定する駆け落ちへの流れ方は、「悪魔」への屈服であるから、男に捨てられる運命を余儀なくされるという「象徴性」を被されていたと読むことも可能だろう。 「覚悟なき愛」の逃避行は自壊するということか。

 ともあれ、その尼僧を介して、スリン神父の「覚悟の愛」を受容するヨアンナの表情からは、映像を通して初めて開く裸形の人格像が露呈された。 彼女は嗚咽したのである。 確信的な破戒僧の、確信的な行為を受容した瞬間である。 「聖」なるものの「象徴性」が一切剥ぎ取られたとき、そこに胚胎した未知の「前線」は、欲望系の情感世界を封印せずに済む地平に辿り着いたと言える何かなのか。 少なくともそれは、ヘビーなモノクロの映像が訴えるものの根源に触れる何かであったに違いない。

 そのヘビーなモノクロの映像を貫流する基本的構図が、今更のように想起される。 緑なき小高い丘に聳(そび)える、「聖」なるものの象徴としての尼僧院と、それを俯瞰する、「俗」なるものの象徴としての木賃宿との対極の構図である。 そして、この構図の中間スポットに、ガルニエツ神父が火刑にされた処刑場の残滓が剥き出しになっているのだ。 同様に破戒僧であったガルニエツ神父は、「聖」と「俗」を自在に往還し、「聖」なるものの中枢に「欲望前線」を全開させてしまったのである。 この「前線」には、尼僧院長のヨアンナばかりか、他の尼僧たちも求めてアクセスしたに違いない。 「淫靡(いんび)なる忍びの行為」を突き抜けて、無秩序に稜線を広げた「欲望前線」での振舞いへのペナルティは、ガス抜きの範疇を逸脱した反徳行為として裁かれるに至った。 ガルニエツ神父には、「悪魔」、「悪魔憑き」、「悪魔祓い」などという観念のゲームの発想は、恐らく初めから存在していないのである。

 ところが、スリン神父の行為は、


「悪魔憑き」→「悪魔祓い」→「悪魔の憑依」

という流れの中で、殆ど確信的に遂行されたものだ。 「聖」なるものの「禁断」の閉鎖空間に閉じ込められて、懊悩を極めるヨアンナの裸形の自我に触れ合うことができるのは、その方法しかないと考えたのだろう。

 実話にはない、殺人まで犯した神父の振舞いを描き切った作り手の意図は、普通の欲望と感情傾向を持った女性が「欲望前線」に踏み入れたとき、最も厳しいペナルティによって人為的に遮断される運命から免れないシステムを相対化するには、「覚悟の愛」を身体化する表現なしに具現できないと考えたのかも知れない。

 人間としてあまりに自然な「男女の睦み=『性』」を、「悪魔」の仕業と読み替えることの「愚」の問題も含意させた、この厳しくも真摯な構築的映像は、人間の「欲望前線」の尖りを極端に嫌う全体主義へのシステムへの批判とも受け取れるが、映像を観る限り、精神医学の臨床治療の格好の素材にもなり得る、人間の根源的問題を巡る省察と問題提起という文脈で把握する方が、寧ろ自然であるように思える。 人間の普遍的問題をも網羅した、このような構築的映像こそ、私の最も好む表現世界である。

http://zilge.blogspot.com/2010/08/61.html

イタリア産尼僧映画の系譜


世の中には尼僧映画と呼ばれるジャンルがある。英語ではNunsploitationと呼ばれ、その人気はいまだに世界中で根強い。欧米では専門の研究書まで出版されているほどだ。 尼僧映画がブームとなったのは主に70年代。そのルーツはイエジー・カワレロウィッチ監督のポーランド映画『尼僧ヨアンナ』(60)とされているが、もちろんそれ以前から尼僧を題材にした映画はヨーロッパ各国で作られてきた。しかし、現在認知されている尼僧映画の定義と照らし合わせると、やはり『尼僧ヨアンナ』がこのジャンルの原点であると言って差し支えないだろう。

 その定義を一言で述べるならば“抑圧”。性的抑圧、社会的抑圧、精神的抑圧など、男性主導の父性社会で女性が受けてきた様々な抑圧を集約したものが尼僧映画なのである。『尼僧ヨアンナ』では教会から“悪魔憑き”と見なされた尼僧たちの集団ヒステリーを題材に、女子修道院という狭い世界へ閉じ込められた女性たちの苦悩と哀しみを描きながら、このような非人道的な抑圧を強いる権力や社会の偽善を痛烈に批判した。それはすなわち、社会主義国だった当時のポーランドにおける理不尽な圧政へ対する批判だったと言えよう。

 この『尼僧ヨアンナ』によって撒かれた種が、その後の世界的な左翼運動の高まりによって“尼僧映画”という1つのジャンルを生み出すに至ったとも考えられる。各国で物議を醸して話題となったケン・ラッセル監督の問題作『肉体の悪魔』(71)も、このジャンルの盛り上がりに多大な影響を与えた。

 ただ、必然的に登場人物の殆んどが女性で占められ、多分にセクシュアルな題材を取り扱っていることから、やがて低予算のポルノ映画として応用されるようになっていく。そのきっかけとなったのは、やはりポーランド出身のワレリアン・ボロズウィック監督による『修道女の悶え』(77)である。抑圧された生活を送る尼僧たちの赤裸々な性欲を描いたこの作品は、芸術的なアート映画であると同時に大胆な性描写を含むポルノ映画的な要素も併せ持っていた。結局、そのポルノ映画的な部分が世間の人々の関心を集め、この作品は欧米で大変な話題となり、柳の下のドジョウを狙う尼僧ポルノが続出することとなったのだ。
http://angeleyes.dee.cc/nunsploitation/nunsploitation.html


59. 中川隆[4715] koaQ7Jey 2016年10月28日 13:06:45 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5127]

悪魔祓いの最中に悪霊の声が録音される ロシア
http://x51.org/x/05/03/2935.php
http://paranormal.about.com/od/demonsandexorcism/a/aa031405.htm


「ロシア正教会内の椅子に少女(16)が、母親に押さえつけられるようにして腰掛けている。

上方のステンドグラスから除く光は、さながら聖なる光を彼女に降り注ぐようにして、張り詰めた緊張感を周囲に与える。

そして神父は彼女の前に立ちはだかり、いよいよ悪魔祓いの儀式を始めた。

すると少女は母親の腕の中でもがきだし、まるで神父の言葉が彼女の魂を拷問するかのように、少女はうなり声を上げ始めた。やがて少女は激しく暴れだし、その声はもはや人間のものではなく、地の底から来るような叫び声に変わった。そして少女は神父を激しく罵倒し、まるで少女のものではない声で、神父に呪いの言葉を吐き続けた。」


このまるで映画の一幕のような悪魔祓いの記録は、昨年5月1日、ロシアにて行われたエクソシズム(悪魔祓い)の一部である。そしてこの程、その際に録音された声が公開されたという。

※録音された声(WMA/要WindowsMediaPlayer):
http://paranormal.about.com/library/media/audio/russian_exorcism.wma

(2分経過したあたりから激しくなります。苦手な方は注意。)

このテープを録音した、ロシア正教会の悪魔祓いアシスタント、ユージーン・サフロノフ氏によれば、氏は録音した際の悪魔祓いには直接関与していないため、少女についての詳しい情報は不明であるとしながら、悪魔祓い自体はバシル神父なる人物によって行われたと話している。儀式は三十分ほど続いたのち、悪魔祓いには失敗し、その後家族がどうしたのかは定かではないという。


また今回、録音された声の少女が一体如何なる理由によって悪霊にとり憑かれたのかは理由は明らかではない。ユージーン氏はその後母親や少女らと話す機会を得ず、詳細は不明であるとしながらも、おそらく何らかオカルト儀式を行って悪霊に憑かれたか(あるいはそう錯覚しているか)、何らかサイキック・ヒーラーの言葉などに悪影響を受けたのではないかと推測している。

氏によれば、現在でもロシア正教会の様々な教区において、こうした悪魔祓いが行われているという。またこうした悪魔祓いを行う"解放省"は、比較的最近作られたものであり、聖職者のみならず、精神科医や他の医師らも協力し、事態の解決に当たっているという。

現代のエクソシズム

こうした悪魔憑き、そして悪魔祓いのような儀式が未だに行われているのは、現在にあって、いささか時代錯誤のようにも思える。例えば中世において見られたこうした悪魔憑きの現象の数々は現在においては、何らかの脳障害として説明可能なものが多いことも事実である。

それは例えばトゥレット症候群(ジル・ド・ラ・トゥーレット症候群)や、精神分裂病(Schizophrenia)、癲癇などによって説明される。また控えめにみても、それらが何らかの儀式や迷信からきた何らかのネガティブな影響下における精神活動の一種であったと見ることは可能だと言えるのである。

しかし現代においても、こうした悪魔祓いといった儀式は続き、例えば昨年にはヴァチカン大学は正式に悪魔祓い=エクソシズムの専門家養成コースを開設している。またその背景としては、ここ最近イタリアにて急増する悪魔憑き、もしくはそうした現象に対応するためのエクソシスト不足が原因であるという。また教会関係者によれば、その不足はアメリカにおいては更に深刻なものであるとしている。


また関係した逸話として、今年3月1日には1949年米ミズーリ州のセントルイスの悪魔憑き事件(映画「エクソシスト」のモデルとなった有名な事件)にエクソシストとして関わった最後のイエズス会修道士ウォルター・H・ハロラン神父が逝去している(死因は癌、享年83歳)。


ハロラン氏は以前、取材に答えるなかで、事件時、実際に悪魔祓いをされている少女の皮膚に突然「HELL」という文字が浮かび上がるのを目撃した、とその時の様子を語っている。


【参考1】トゥレット症候群より

病状が進行すると、声のチック、たたく、ける、突然の不規則なけいれん性呼吸など、複雑なチックが一気に噴出します。声のチックは、ブツブツ言う、鼻を鳴らす、ブンブンうなる、吠えているような雑音を出すなどから始まり、進行すると心ならずも悪態をつかずにいられなくなります。

トゥレット症候群の一部の患者は、特に理由もないのに、しばしば会話の途中で卑猥な言葉を叫び出します。

一般的に、便に関連した言葉を多く発します(汚言)。このような声の噴出は、特に小児だとわざと言っていると誤解されがちです。聞いた言葉をすぐに反復する現象(反響語)も多くみられます。


【参考2】心理学辞典:「汚言症」より

多くはチックと合併して生じる。

「バカ,死ね」「チンチン,オッパイ」「ブラジャー,ブラジャー」など,通常は口に出すことをはばかるような,人を罵る言葉,卑猥な言葉(汚言,醜語,糞語,猥言,猥語)が,本人の意識のコントロールをはずれて発せられる。

チックの身体症状と同様に,突発的にかつ急なリズムで繰り返される。重篤な多発性チックを伴うトゥレット症候群に最も特徴的な症状と考えられていたが,現在では決定的な診断基準に入れられていない。
http://x51.org/x/05/03/2935.php

悪魔祓いのビデオが公開される ロシア
http://x51.org/x/05/05/1746.php
http://paranormal.about.com/library/bl_exorcism_video.htm

ロシア正教会の悪魔祓いの儀式 動画
https://www.youtube.com/results?search_query=%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2%E6%AD%A3%E6%95%99%E4%BC%9A%E3%81%AE%E6%82%AA%E9%AD%94%E7%A5%93%E3%81%84

先月報告されたロシアのエクソシズム(悪魔祓い)の様子が、今度はビデオで公開された模様。

今回公表されたビデオは今年、ロシアにおいてテレビで放映されたものであるという。
また前回報じられた悪霊の声を発した少女は、おそらくこのビデオには登場していないものと思われる。


ビデオの概要は次のようなものである。

1.イントロダクションの後、キャスターのレポート。レポートは悪魔祓い(グループ・エクソシズム)が行われている教会を紹介。

2.神父により、十字架を額に当てられた若い女性が声を上げながら必死に抵抗する様子。

3.年老いた教区民が言う。「取り憑かれた女性の声はもはや人間のものではない。」

4.レポーターの話によれば、こうしたエクソシズムの様子を撮影することは本来禁じられているという。しかし、今回、神父は今も行われているエクソシズムの実態を視聴者に知ってもらうため、特別に許可したと話している。聖職者は、こうしたエクソシズムの最中、取り憑かれた者が動物のような咆吼を上げることのみならず、空中浮揚などの様々な信じられない現象が起こる、と説明している。

5.初老の聖職者が彼の悪魔祓いについて語る。

6.ある教区民の話。彼はお祓いを受けるまで歩くことさえままならなかった。しかし、エクソシズムによって悪霊を祓った後、彼は再び歩くことが出来るようになったという。

7.二人の男性に身体を拘束される年老いた教区民。悪魔払いを行う神父に向かって罵倒する。

8.ガンが進行し、死期が近づいている女性。彼女はかつて悪魔払いを受けた。悪魔払いの最中、彼女は特に何も感じることはなかったが、十字架が確かに彼女の中の悪魔を燃やしたという。

9.若いエクソシストが言う。「悪魔たちは知性を持っており、決して甘く見るべきではない。また悪魔は各人の隠し事を知っている。」

10.レポーターがある精神科医に問う。医師はこうしたエクソシズムは決して良いものではなく、むしろ有害であると話している。

11.悪霊に取り憑かれている人物の様子。

12.若いエクソシストが精神科医に反論する。エクソシストたちは当然、単なる精神病の患者と、そうではないもの - 即ち悪霊に取り憑かれたものをきちんと見分けることが出来る。

13.更にまた、若いエクソシストによれば、精神分裂(schizophrenia)などで精神病院に入院している患者の中には、実際には悪魔払いを必要とするものがいるという。

このビデオに写されている彼らは、果たして実際に悪魔に取り憑かれているのだろうか?

あるいはまた、何らかの精神病や障害により、あたかも悪霊に取り憑かれたかのような症状を見せているのだろうか?

今なお続くこれら悪魔憑きが一体いかなる原因によるものなのか、真相は定かではない。
http://x51.org/x/05/05/1746.php


60. 中川隆[4716] koaQ7Jey 2016年10月28日 18:07:04 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5128]



統合失調症か霊的障害か


 私は、現在四十歳です。

最近、精神科に受診し、統合失調症だと診断されました。これで二回目です。

主訴は、最近では、幻聴(隣家からのゴトゴトという生活音)でした。

処方はジプレキサ2.5ミリ朝夕の服用です
私は、これをたった二日間服用しただけで、この陽性症状は治まりました。陰性症状はありません。

 実は、一回目の統合失調症の診断は、これより、四年ほど前のことで、そのときの主訴は、幻視でした。

それもものすごくリアルないわば、映画ビューティフルマインドで表現されているような内容です。

ですから当初、私は、今はやりの集団ストーカーかなと思っておりました。
すなわち、異常な体験のほとんどが、視覚に訴える内容がほとんどだったからです。

医師の処方は忘れましたが、この陽性症状も半年ほどで止んだわけです。陰性症状はありません。


 さらには、霊的障害とも思われる経験もしました。

というのは、私には、幻視や神秘体験的な現象が、十三歳のころから、時間的間隔をおいて、かなりの回数があり、さらに、予知能力的なものを発揮したり、物事を言い当てることもかなりの回数あり、周囲から不思議がられています。あるいは、気味が悪いと去っていた友人もいます。

 そこで、霊症に関する書籍や、拝み屋や霊能を得るにいたった経過について科学的見地から記された書籍を読んだのですが、詳しく書くと長くなりますので書けませんが、私に当てはまることが極めて多いように感じます。


ただ、統合失調症だけで、説明のつかない不思議な事象もあるのです。

たとえば、最近では、私の家はマンションの10階ですが、なんと、押し入れのふすまを開けるとレールの上に団子虫がいるのです。

私の住む地域は、都心部で、普段団子虫など生息していない環境なので驚きました。
さらには、常識的に考えると、ふすまを開くと轢死してしまうと思うのですが不思議でなりません。

この現象は2回あり、ごく最近では、同じふすまを開くと、死骸まででてくるありさまで、数名の友人を自宅に呼び、この死骸を確認してもらうと皆一様に不思議だ、と言っております。

 あと、最近のものだけでも、簡単には信じてもらえないでしょうが、不思議な現象が数々あります。上述の件と同じく、視覚により確認できる現象がほとんどなのです。

私の場合、いわゆる心霊的なものとしては、3年前、友人1名と四国の遍路に行ったとき、宿泊したところがお寺さんの施設で周囲は、墓地でした。

そこで、一人で入浴後、脱衣場の扉の外に人の気配を感じ、よく耳をすますと、足を引きずりながら歩行しているような物音がしました。

先に入浴した友人にこのことを話すを、「そうやろ、幽霊おったやろ。」と同じ体験をしておりました。

宿泊は、私たち2名だけで、夜間は、職員が不在になる、ユースホステルだったのですが。
 私は、そもそも、世間でいう霊感が強い方なのかもしれないかもしれません。

統合失調の疑いがある人は宗教や霊に近づかない方が良いと昔から云われてます。

しかし、宗教によってはあえて統合失調に追い込んで「悟り」を得るという危険なものもあります。しかし帰ってこられなくなる人が多いので非常に危険で一般向けではありません。

そういうことから考えると統合失調の状態と「悟り」の境地はすごく似たものだということになりますが、統合失調には「帰ってくる」スキルがないので、要するにキチガイで終わります。

従ってそういう病気のある人は宗教や霊に独学で近寄るべきではないです。
むしろ普通のフィットネスなどで汗を流すことが良い、と云われてますね。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/6729260.html



61. 中川隆[4717] koaQ7Jey 2016年10月28日 18:31:57 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5129]

霊感と統合失調症 - BIGLOBEなんでも相談室 Q & A

「自分には霊感がある」「よく霊を街中や部屋の中で見る」「いつも霊が話しかけてくる」等を公言する人たちやタレントがいますね。

「小人のおじさんを時々部屋の隅っこで見かける」とか言う女優やタレントも何かのトーク番組で見ました。

「売名行為」や「その場を盛り上げるための作り話」を除いて、本当の事として話している人たちは、統合失調症等の精神疾患がある人たちと思っても問題ないのでしょうか?


学生(高校・大学)時代にそうした霊体験をよく語っていた友人が2人いました。

その後、何年か後にその二人ともが統合失調症で通院しており、徘徊や警察の保護を繰り返していると聞いて非常にショックを受けました。

周囲の人たちは、妄言や悪口やつきまといに困って距離をあけているそうです。

それ以来、霊感話を真顔でする人を「この人は大丈夫かなぁ」という目で見てしまうようになりました。

私自身は、霊の存在を肯定も否定もしませんが、頻繁に日常的に霊体験するという人間には「大丈夫なのだろうか」と不安になります。

投稿日時 - 2013-10-31 16:47:58


質問者が選んだベストアンサー

僕も同じ経験をしたことがあります。

ちょっと精神的に疲れて2ヶ月ほど入院(精神科)してましたが、隣のベッドに自殺企図で担ぎ込まれた30歳くらいの男性と話をするようになりましたが、

この方は三途の川を渡ったですとか、幽体離脱、幽霊は当たり前にこの病棟にいますねと平気で言ってました。

その人の病名はズバリ統合失調症でした。

この病は100人に1人の発病でほとんどの人がこの病気で入院をしてました。

19歳〜20歳くらいで発病するそうです。
人生のほとんどを病院で過ごすことになるんだそうです。
早く完治する薬が開発されればいいですね。願ってやみません。
http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa8328421.html

幽霊が見える人と精神病について
質問者:kumatarou883 質問日時:2012/03/01 21:25

私の知人は僕は幽霊が見えると言い、君の後ろにも今いたよなどと言ってました。

気味悪いと思い少しおかしいなと思っていたらその後総合失調症と診断され今も通院治療しています。
その人は霊感が強いから霊が見えると今も言い、病気との関係を否定しています。
霊が見える人はたいてい総合失調症なんでしょうか。


ベストアンサー
回答者: kuroko-krk 回答日時:2012/03/01 23:23

精神病以外にも、考えられるものがあります。

例えば、ドッペルゲンガーというのがありますよね。

脳には「人からみた自分はこうだろう」と、自分の姿をイメージする側頭登頂接合部という部分があります。
そこに腫瘍が出来るとうまく制御出来なくなり、自分の幻覚を見てしまうそうです。

偏頭痛で脳の血流が悪くなっても、幻覚を見ることもあります。

霊を見る人って、酷い偏頭痛を持ってる人が多いですよね?
頭痛がするからこの場所は霊がいる、とまで言ったりしますし。
要は脳の不調が原因なのです。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/7336873.html


62. 中川隆[4718] koaQ7Jey 2016年10月28日 18:46:10 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5130]

アイズ (2015年の映画) 無料動画
http://www.bilibili.com/video/av2541167/


監督 福田陽平

原作 鈴木光司


キャスト

山本由佳里 - 伊藤万理華(乃木坂46)
山本由布子 - おぞねせいこ
山本和弘 - 山田太一
山本翔太 - 中川慶二
遠藤宗介 - 遠藤耕介


平凡な女子高生・山本由佳里は、ある日マンションの表札に「F」というマーキングを見つける。それ以来、周囲で不幸や不可解な出来事が続発する。

家族の失踪や友人の事故死、見えるはずのない少女の幻覚、やがて直面する驚くべき真実
http://hm-hm.net/horror/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%BA2015%E5%B9%B4
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%BA_(2015%E5%B9%B4%E3%81%AE%E6%98%A0%E7%94%BB)


63. 中川隆[4719] koaQ7Jey 2016年10月28日 19:27:16 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5131]

回転1961【字幕】 動画
https://www.youtube.com/watch?v=7dKZShZxg3E

妖精たちの森【字幕】 動画
https://www.youtube.com/watch?v=CHtFzrIvsdw

映画『回転』(変態邪道解釈のすすめ)
http://mojopower.blog.so-net.ne.jp/2008-07-02

 現代心理小説の先駆者であるヘンリー・ジェイムズ作『ねじの回転』の映画化である。

 製作は1961年、イギリス映画。

 映画の原題は『Innocents』。ちなみに原作の方は『The Turn of the Screw』となっている。

 原作者のヘンリー・ジェイムズはアメリカ生まれだが、イギリスでの生活が長く、一般的にはイギリスの作家と思われている。特に心理描写に長け、後世の作家に与えた影響は計り知れないものがある。代表作は『デイジー・ミラー』(1878)、『ねじの回転』(1898)、『鳩の翼』(1903)。
 
 1961年に制作されたこの作品は、原作の雰囲気を壊さぬように配慮された脚本、墨絵のように美しい撮影、心理描写の優れた描き方等々、第一級品の心理ミステリーに仕上がっている。

 特筆すべきは原作の持つ微妙な雰囲気を十分に汲み取った上で、映像作品としての特質を最大限に生かし、原作以上に明快な視点を観客に提示したことである。
 原作を読んだ者も、なるほどと納得させられる仕上がりになっている。


 STORY

広大な屋敷を所有する金持ちの男は、幼い甥(おい)と姪(めい)の面倒を見る必要に迫られ、女性の家庭教師を雇うが、彼女が亡くなってしまったため、新任を探していた。

 それに応募して採用になったミス・ギデンス(デボラ・カー)は、なにがあっても自分で問題を解決するようにと言われ、了承する。

 屋敷を訪れた彼女を待っていたのは、まだ幼いフローラと世話人のグロース夫人だった。ミス・ギデンスは無邪気なフローラに好感を抱くが、しばらくしてロンドンの寄宿学校にいるはずのマイルズが学校を退学になって屋敷に戻って来るという知らせを受け取る。

 そんなある日、塔の上に人影を見たミス・ギデンスは、その人物が以前ここで働いていた使用人のクイントではないかと告げる。さらに湖のほとりにたたずむ、前任者である女性家庭教師の姿を目撃するにつれ、幽霊の存在が子供たちに悪影響を与えていると思い始める・・・。

 物語は一応幽霊譚なわけだが、幽霊が本当にいたのか、いなかったのかは、明確にされていないし、ほとんど問題ではない。

 ミス・ギデンスは二人の幽霊が子供にとりついて悪影響を与えていると考えたが、幽霊にとりつかれていた(絡め取られていた)のは、子供たちではなく、彼女自身だったのではないか?

 その証拠に、彼女の目を通してのみ幽霊の存在が示されるのだが、肝心の幽霊自体はただ立ってたり、窓から顔を覗かせたりするだけで、特別悪さをするわけではない。考えようによっては、人畜無害な存在だったりする。そう、大変だーっ、大変だーっ、と、慌てているのは彼女一人だけなのだ。

 その彼女の表情が、物語が進むにつれ、とても神経質になり、まるで "なにか" にとりつかれているかのように、目を見開いた異形になってゆく。美人なだけに異様な迫力で迫ってくるのだ。

 英国流ゴシック・サスペンスを代表する一品として、映画史に残る傑作であろう。

          ☆          ☆          ☆          ☆

 ・・・と、至極もっともなことを書いた後に、このままでは面白くなかろうと、敢えて<変態邪道読み>で読み解く、もう一つの『回転』。果たしてそれはいかなるものか???

 ◆まずこの作品の根底に流れるのが、「性的欲求不満」である。ここを押さえておかないと、正しい解釈を導き出せぬまま、さらりと終わりを迎えてしまうこと必至。

 ◇ミス・ギデンスを演じるデボラ・カーの美貌に騙されてはいけない。彼女がこの役を演じたのがちょうど40歳の時。役柄からしても、若い新任女家庭教師ではけしてない。自殺した前任者がまだ若いと表現されていたのに対し、ギデンスにはそれがない。実はオールド・ミスに一歩足を踏み入れたところ。これも重要なポイント。

 ◇冒頭の面接の場面。ミス・ギデンスに対して、よろしく・・・と、手を取って、子供たちの世話を頼む大富豪の中年男性に対して、すでに恋心を抱いているのがわかる。この時点で彼女の頭の中には、彼との恋愛模様(もしかして結婚まで)がイメージとして浮かび上がっていた節もある。乙女チックなオールド・ミス、危ない、危ない・・・。

 ◇塔に佇む使用人の男の幽霊を目撃し、彼が女性家庭教師と只ならぬ関係にあったと召使の女性に聞かされた時に、ミス・ギデンスが示す異様な興味、そして興奮! 

 屋敷の部屋半分は使われていなく、そこで昼間から扉を開けたままで、何やら怪しげな行為をしていたらしいと聞かされると、目を輝かせ、それまでの落ち着いた雰囲気をかなぐり捨てて、身を乗り出す。まるで週刊女性のゴシップ記事に一喜一憂するどこぞの主婦のように下世話な表情が露呈する。

 これ以降、彼女の行動はこの「性的欲求不満」に突き動かされ、狐憑きならぬ、幽霊憑き状態になってゆく。

 ◇夜中、睡眠の最中に、たびたびうなされるシーンが登場する。表向きは幽霊が子供たちに取りついているのに気を揉んでいると受け取れるものの、裏読みでは、家庭教師と情夫の淫らな行為を夢見て、身悶えしているとしか思えない。

 ◇入水自殺した先任者の幽霊を湖畔で目撃。湖で立ちすくむ姿や、教室として使っていた部屋での悲しそうなその姿をたびたび見掛けるようになり、デボラ・カーは次第に心情的に彼女にシンクロし始める。先任者の若き家庭教師は、使用人の男に屈辱的に扱われても、彼を慕い、離れることが出来なかった・・・。

 ◇(エンディング)
 屋敷にマイルズ少年と二人きりで残ったデボラ・カーは、死してなお幽霊となって彼に影響を与え続けている使用人の男のの名を言わせようとする。抵抗するマイルズを追いかけ、捕まえて、その名を言うことを強要し、彼が男の幽霊らしき者を見つめ、その名を言ったとたん、死を迎えてしまう。

 ガクリと頭を垂れ、息を引き取ったマイルズに対して、デボラ・カーは子供に対するそれではなくて、大人にするように、唇をしっかりと合わせたキスを名残惜しそうにする。

 まるでマイルズの身体の裏にいる男に対する愛情を燃え上がらせるが如く。
 このラストシーンの伏線として、お休みのキスを、デボラ・カーに同じように(唇に)するマイルズの描写がある。

 注)前任の家庭教師と使用人の男は、幼い子供たちに殺されたと考えられる。

 
 以上、そんなまさか〜な、記述だろうが、正論なのである。

 ここに書かれたことが正しいのか、単なる大ボラなのか、機会があったら是非自分の目で検証していただきたい。

 何が真実なのかは、それこそ観た人次第・・・。
http://mojopower.blog.so-net.ne.jp/2008-07-02

「ねじの回転 」 前日談  
映画 The Nightcomers(1971年 )邦題「妖精たちの森 」 〜 「ピーターはオオカミ 」 だった!
http://scherzo111.blog122.fc2.com/blog-entry-362.html

 2014 11.09  ☆ ブリテン 「ねじの回転 (ジェイムズ原作 ) 」 − 本当はもっと怖い真相

  


映画 The Nightcomers(1971年 )邦題「妖精たちの森 」
〜  マイケル・ウィナーの 暴走するパラレル・ワールド


 ジェイムズによる原作「ねじの回転 」の語り部たる女性家庭教師が 初めて馬車でブライ邸に到着する場面が そのまま映画の「ラスト・シーン 」( ! )となる − 生前のピーター・クイントとミス・ジェスルを主人公にするという − そんな斬新な発想のもとに作られた「妖精たちの森 The Nightcomers 」のパラレル・ワールド的ストーリー展開


 ストーリーは、「ねじの回転 」の女性家庭教師が赴任する半年ほど前の、同じ館が舞台です。ジェイムズのオリジナル作品は夏の物語でしたから、この仮想「前日談 」は 秋から冬にかけての季節の物語として描かれます。

 そんな紅葉も美しい湖沼地帯に建つ豪奢なブライ邸の屋敷。

▲ 映画の冒頭、古典的なイギリス音楽を思わせる、金管アンサンブルによるヘンデル風のバロック・ファンファーレが サウンドトラックに明るく響き渡ります
(音楽:ジェリー・フィールディング Jerry Fielding )。

 フローラとマイルズの「姉弟 」二人(マイケル・ウィナーによる このパラレル・ワールドでは、オリジナルの兄妹関係が意図的に逆転、ついでに年齢も引き上げられ 二人は思春期という設定です )が大好きな庭師の名前を大声で呼びながら、広大な庭園の緑の斜面を駆け回る美しいシーンからスタート。

その下男の名前とはもちろん 「ピーター・クイント ! 」、

「どこにいるの ? ピーター・クイント ! 」

 これに応えて、まだ元気でピンピン生きてる ピーター・クイント が登場。

 しかも 演じているのは、「ラスト・タンゴ・イン・パリ 」や「ゴッドファーザー 」で知られる名優マーロン・ブランド Marlon Brando ! 

その仕草や表情もさることながら、わざと品の悪いアイルランド訛りのイギリス風英語を発音してみせるなど 出生から卑しい男になりきる演技力の秀逸さ。

ブランド扮するクイントは、嬉しそうに 子どもたちに合図の指笛をピーッと秋空高く吹き鳴らすや、鬼ごっこに興じるべく、素早く帽子を取って 森の茂みへと走ってゆくのです。

 マイケル・ウィナーのドラマの中では、フローラ(ヴェルナ・ハーヴェイ Verna Harvey )と マイルズ(クリストファー・エリス Christopher Ellis )の「姉弟 」は ピーター・クイントのことを 心から慕っています。


 なぜならクイントは、ある意味で 二人の父親代わりのような存在だったからです。 

− あ、「父親 」といっても 厳格な家長としての存在という意味では決してなく、そうですね、ちょうど かつてのガキ大将のように 子どもと一緒に森の中を走り回って 野生の動物のこと、森や自然のこと、馬の乗り方、小鳥に餌を与える方法、凧や気球の作り方や揚げ方、弓矢の作り方や射る方法、紐の縛り方など、まさしく生存するために必要な工夫や力強さ、見てはいけないものもときには見せてくれる、つまり机の上で学ぶこと以外のことはすべて教えてくれた、そんな頼もしい存在という意味においてです。

 特に 町山氏が ピーター・クイント「に 血肉を与えた 」 マーロン・ブランドのことを「太ったピーター・パンのように自由奔放で魅力的なキャラクター 」であると表現されている文章には、深く共感しました。


 私自身も「ねじの回転 」に出てくるピーター・クイントという謎めいた存在について、ベンジャミン・ブリテンがオペラ化するに際して付けた まるで飛翔するような音楽を聴いてみたり、誰にも知り得ない生前のマイルズとの人間関係がいかなるものだったのか想像を巡らしたりしてきましたが、子どもたちに空の飛び方まで教えてくれる、決して歳をとらないイノセントな存在である「ピーター・パン 」という妖精のキャラクターが、ピーター・クイントに充てる最も相応(ふさわ )しい比喩であろう、との確信を深めたのでした。

 ・・・もとい。映画「妖精たちの森 」のクイントに話題を戻すと、子どもたちにとっては ある意味 頼もしい父親代わり的な存在であった反面、その判断基準や基本的な考え方のほうには 実は かなりアヤシイところも多く、たとえば

「塩は清潔だけど、砂糖は不潔だから テーブルで使ってはイケナイ 」という説明の根拠のなさとか、

沼でつかまえてきたカエルの口に煙草を咥えさせ、その煙を吸わせ続けた挙句 破裂して死んでしまっても「このカエルは煙草が死ぬほど好きだったんだから、幸福なんだ 」などというめちゃめちゃな説明をするなど、

その言動の殆どすべてに首を傾げたくなるような振る舞いばかりが続くので、そのうち映画の観客は、この身分も低い無学な下男に対し、屋敷の取締り係を務めるグロース夫人でなくても 当然強い不信感を募らせることになったでしょう。


 「姉弟 」の両親二人が揃って海外で事故死してしまったという重大な事実を、子どもの心情に配慮して周囲の大人たちが しばらくの間は伏せておこうとしていたのにもかかわらず、これをあっさり伝えてしまったのもクイントでした。


▲ 「姉弟 」の両親二人の亡骸を収めた棺が二つともにブライ邸領地内の墓地に埋葬されようとする短いショット。

 そんなクイントの存在は、「姉弟 」の生活と館の家事全般を取り仕切っているグロース夫人(ソーラ・ハード Thora Hird )にとって 決して好ましい存在ではありません。

 今はこの館の主人となった、「姉弟 」の叔父である後見人(ハリー・アンドリューズ Harry Andrews)が自己都合のビジネス優先でロンドンへ帰ってしまうという その朝、グロース夫人は 怠惰で不良な下男クイントの解雇を 後見人に仄(ほの )めかします。


▲ 後見人自身も 実は クイントの不品行には うすうす気づいていたものの、しかし ここで簡単にクビにしてしまっても 広大な屋敷・庭園に男手がいなくなってしまう不便のことを考え、しばらくの間 様子をみることにしたのでした。

 子どもたち「姉弟 」が クイントと同じくらい慕っていたのは、住み込みの若い家庭教師ミス・ジェスル (ステファニー・ビーチャム Stephanie Beacham )でした。彼女は、子どもたちに上流階級にふさわしい礼儀作法だけでなく ラテン語や数学・歴史・地理・聖書ばかりか音楽なども教えており、とりわけ「姉 」フローラとは大の仲よしでした。


▲ まだ20歳代の美しいジェスル先生は、原作「ねじの回転 」の主人公である女性家庭教師と、そのキャラクター自体は 酷似している気がします、置かれてしまった状況が異なるだけで、もし赴任時期がズレていれば 両者の立場は容易に逆転していた可能性もあるでしょう。

 身分制度の厳しい大英帝国時代のイギリスにおいて、下男は自分の私用で主の屋敷に出入りすることなどは許されず、クイントも 夜は馬小屋で寝なければなりません。一方、子どもたちの家庭教師として屋敷の一部屋を私室として宛(あて )がわれているジェスル先生。 クイントなんかとは身分が違いますから 当然です。しかしクイントには恐るべき夜の顔がありました。

 若い女性教師の寝室に 大胆にも夜這いをかけるピーター・クイント。屋敷に立ち入るだけでも許されないというのに、館に暮らすレディを本来なら守るべき使用人が、一体なんということを。 ・・・おお、信じられません。 「ピーターはオオカミ 」 だったのです !

 しかも クイントの好みは 目を覆うばかりの特殊な変態プレイです。

 貞節な未婚女性らしく そんな真夜中の侵入者を捕え、悲鳴を上げて助けを求めるかと思えば、こんなSオヤジの打擲を易々と受け入れてしまうジェスル先生も 実はスゴイMでした。

▲ 「縛ってほしいの 」、「叩いてほしいの 」

 嫌がる素振りや苦痛の表情をみせても 実は「やめて 」は口先だけ、縛られ 打(ぶ )たれることに性的興奮を抑えきれなくなり、やがて むき出しにされた豊かな白い胸を 中年男に荒々しくわしづかみにされながら、いろいろ恥ずかしい体位で凌辱される悦びのあまり 口元からヨダレまでたらしてます。 そうです、ジェスル先生のほうも 昼は衣装の下に隠している夜の顔があったのでした。


▲ しかも どうやらマイルズのほうも 若いジェスル先生の寝室を 前々から覘(のぞ )き見する習慣があったらしく、暗闇の中を慣れた足取りで窓に近づくと カーテンの隙間から そんなオトナの男女二人が くんずほぐれつ汗だくで絡み合う肢体を目撃、「学んで 」しまうことも どうやら これが初めてのことではないらしい・・・。

 その翌日、マイルズは 早速「姉 」フローラと 昨晩新しく「学んだ 」オトナの行為を実践してみます。

ロープで縛られる「姉 」は 痛がって「嫌がる素振り 」、後ろから追いかける「弟 」は「姉 」の服を引き裂き、露わになった白い背中にキスします。

「姉 」はベッドに押し倒され、激しく抵抗。でも「やめて 」は口先だけ・・・

 二人の嬌声を聞きとがめ、さてはまた姉弟喧嘩しているのかと駆けつけたグロース夫人、子ども部屋のドアを開けた瞬間、この光景を見て驚きます。

「一体 何をしているの ? 」

必死に笑いを堪(こら )えているフローラをベッドに組み敷きながら、「弟 」マイルズは イノセント(無邪気 )な笑顔で 家政婦に返答します。

「セックスごっこだよ、グロースさん ! 」

 そうなのです、彼らにとって これは「ごっこ遊び 」なのでした。本当の行為ではありません、だって彼らは まだ 無垢(イノセント )な子ども ですから。 

 おそらく幼い頃からピーター・クイントに遊んでもらいながら育った「姉弟 」にとっては 階級的な偏見など目に見えず、また純真であるがゆえに そんな下男のことを卑しい存在であるとも考えず、このため彼の言動すべてを殆ど盲目的に信用してしまうという危険にさらされていました。

▲ フローラとマイルズへの教育上の悪影響を考慮したグロース夫人は、クイントはもちろん ジェスル先生も解雇することを決めます。

 塔の中で 残りわずかな二人だけの時間を過ごす クイントとミス・ジェスル・・・

 クイントが真面目な顔で結婚を 仄(ほの )めかす言葉を口にするのを聞いた瞬間、ジェスル先生は 身分違いの下男と暮らすことなど無理であることに気づくのでした。ツンデレの彼女は 思わず口元を軽蔑に歪ませながらクイントに屈辱的な言葉を投げてしまいます。

「お前なんかの汚い豚小屋に わたしを寝かせようっていうつもりなの ? 」

激怒したクイントは、美しいジェスル先生の顔をめちゃめちゃに殴打しながら、彼もまた決して 現世では彼女と結ばれることなどあるまい − と痛感するのでした。

「誰かを心から愛すると、相手を殺したくなるものなんだ 」

と、二人の諍(いさか )いを目撃してしまった子どもたちに まるで言い訳するかのように語るクイント。彼は、ゆがんだ形ではあっても ミス・ジェスルのことを 心から愛していたのでした。

「もし愛する人が死んでも、自分が死ねば また会えて 結ばれる 」

それらは、大人にとってはひとつの比喩に過ぎない言葉でしたが、クイントの言動すべてを鵜呑みにしてしまうフローラとマイルズは、クイントとジェスル先生の二人が結ばれることを心から願って、二人に素敵なプレゼント計画を実行するのです。


 ・・・さて、ジェイムズの原作「ねじの回転 」では 館を解雇された直後にジェスル先生は亡くなったことになっています。原作の中では、主人公の家庭教師がグロース夫人に ジェスル先生の死について訊ねる、以下のような 曖昧な会話が記されているのみです。


家庭教師   「 (二人の関係は )ジェスル先生が望んだことでもあったのでしょう ? 」

グロース夫人 「・・・おかわいそうに。高くつきましたね 」

家庭教師   「では、なぜ(彼女が )死んだか やはりご存知なのですね 」

グロース夫人 「いいえ、何も存じませんし、知りたくもありません。知らなくてよかったです。もう苦しみから抜け出されたわけですし 」

家庭教師   「でも何か思い当たることはあったのでしょう ? 」

グロース夫人 「ここを去る理由ですか ? ええ、むろんです。それは、もう・・・いられはしませんですよ。考えてもみてください、家庭教師がですよ ! あとからいろいろ考えましたし、いまでも恐ろしいことを考えます 」

家庭教師   「きっとわたしの想像ほど恐ろしくはないでしょう 」
                                    


 この映画の意外な結末については、前述の町山智浩氏による 「トラウマ映画館(集英社 ) 」の中に たいへんわかりやすく描かれている要約を 見つけてしまいました、以下 敬意をもって 引用させて頂こうと思います。

 

町山智浩「トラウマ映画館(集英社 ) 」


 ・・・ フローラはジェスル先生にクイントが湖の向こうの小屋で待っていると伝える。別れ際に やはり一目会いたくて、彼女はボートを漕ぎ出す。だがボートの底にはあらかじめマイルズによって穴が開けられていた。泳げないジェスルは溺死する。


 ジェスルの遺体を発見したクイントは失意のあまり酒をあおる。泥酔した彼の脳天にマイルズが弓矢を撃ち込む。

「じっとしてクイント、すぐにジェスル先生に会えるからね 」と言いながら。

 マイルズは落ち着いてクイントの頭から矢を抜いて証拠を隠滅する。『ねじの回転 』では、道端で死んでいたクイントの頭には小さな傷があり、酔っ払って転んで頭を打って死んだのだろうと推測されている。

 クイントは 実は被害者で、無垢な天使のはずの子どもたちこそ殺人者だった。いや、彼らは無垢だからこそ残酷だったのだ (以下、略 )
                      ― 町山智浩「トラウマ映画館(集英社 ) 」より 引用 (青字部分 )


 ・・・いかがでしょうか。

 以上の経緯が、フローラとマイルズ姉弟が愛するピーター・クイントとミス・ジェスルのカップルに用意してあげた素敵なプレゼントです。

原作者ヘンリー・ジェイムズが わざと曖昧なまま書き残しておいた 影の部分に、 マイケル・ウィナーとマイケル・ヘイスティングの二人が 巧みに光を照射したことによって、ある程度まで つじつまが合う結末となっています。

 ひとつの仮説として、あるいは、共通のキャラクターが暮らすパラレル・ワールドの出来事として観る限り、これは 素晴らしい想像力だと思います。

 また、新たに創作された、「前日談 」 から眺めれば 「続編 」の立ち位置であるともいえる 本編 「ねじの回転 」における 不可解な 謎 のひとつ 

− 子どもたちの口から決してピーター・クイントとミス・ジェスルという二人の名前が出てこないこと − 

への理由もまた、これによって (ある程度 )納得できます。

さらに、この恐ろしい始末によって、死霊となって現れる 二人の男女が 何故マイルズとフローラに憑依しようとしているのかという 疑問 に対する合理的な説明にもなってしまっていることは、ひとつの驚くべき功績だと思うものです。
http://scherzo111.blog122.fc2.com/blog-entry-362.html


64. 中川隆[4721] koaQ7Jey 2016年10月28日 22:00:27 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5133]

幽霊は脳が作り上げている。人工的に幽霊をつくり出す実験に成功(スイス研究)
2014年11月16日
http://karapaia.livedoor.biz/archives/52178018.html

 こんな経験をしたことはないだろうか?

夜、明かりの消えた暗い階段を上っていると、背後から幽霊が忍び寄って来ているような気がする。いや絶対来ている。

これは紛れもない実感だ。そして、階段も半ばにさしかかるとどうにも駆け上りたくなってしまうのだ。

 いるはずもない誰かがすぐ側にいるという感覚を”存在感”という。

最近、『カレント・バイオロジー』誌に掲載された研究では、この感覚を生み出す脳の領域の特定に成功しており、実験室で再現することができたという。

Neuroscientists awaken ghosts… hidden in our cortex
https://www.youtube.com/watch?v=GnusbO8QjbE

 この論文は、スイス連邦工科大学ローザンヌ校の高名な学者であるジュリオ・ログニーニ氏によって発表された。”存在感”を感じた経験がある神経障害(主にてんかん)を患った患者12人の脳を研究したところ、島皮質、前頭頭頂皮質、側頭頭頂皮質の3領域において病変を発見したそうだ。

 これらの領域は、自意識、動き、空間的位置の認識を司る部位であり、これらの感覚運動信号に混乱が起きたとき、いるはずのない何者かの存在を感じるとるという。

 これは神経障害のある患者だけに限らない。

 別の実験では、神経障害のまったくない健常者に目の前に設置されたロボットのスティックを操作させ、すぐ後ろにあるアームが操作すると同時に被験者の背中に触れるような仕掛けを作ったところ、感覚運動信号の混乱を引き起こし、いるはずのない何かの存在感を感じ取ることができたという。

 ロボットが触れるタイミングは、同時の場合と、一瞬遅れる場合の2パターンがあった。被験者が存在感を感じることができたのは一瞬遅れる場合のみであった。


 
 こうした被験者の脳に病変はない。人間の動きと触れられたという感覚の混乱は存在感を引き起こす上で十分なはずだが、正常な脳の中で起きているメカニズムについては明らかではないそうだ。

 「可能性としては、自分の行為の帰属先を決める処理における問題が考えられる」。

と、ログニーニ氏は登山家のラインホルト・メスナー氏を例に挙げて説明する。

 メスナー氏はパキスタンにある山を下山中に自分とパートナーの他にも、もう1人目に見えない人物がいるのを感じていたそうだ。

ログニーニ氏によれば、これは高所にいたことか、または下山の動作を何度も繰り返したことで脳が自分の動作を忘れてしまったことが引き金となり、動作の主をいるはずのない人物のものと錯覚したことが原因であるそうだ。


 本研究は、ただ不気味な現象の謎を解き明かすだけでなく、統合失調症を理解する上でも意味がある。

ここで示された信号の混乱が、何者かによって操作されている感覚をはじめとする統合失調症の症状と関係があるかもしれないのだ。

そのため、ログニーニ氏は次のステップとして、統合失調症患者の協力を仰ぎ、その症状と同じ感覚を作り出せるか実験することを計画している。


 また、意識全般に関して興味深い事実も示唆する。すなわち、脳は身体の動作を常に理解しているわけではなく、その動作を行っているのが自分の身体であることも忘れてしまう可能性があるのだ。

 ログニーニ氏によれば、脳は複数の身体イメージを持っているが、これは通常1つに統合されているため、空間と時間における身体と意識の統一感を生み出している。

しかし、脳に損傷があったり、ロボットなどによる混乱が起きたりすると、別の身体のイメージが出現し、自分の身体がまるで他人の身体であるかのように感じられるのだ。

 幽霊は恐ろしい。しかし、脳のバランスがデリケートなもので、ちょっとした切っ掛けで自分を自分と認識できなくなるという可能性もやはり恐ろしい。幽霊の正体は実は自分自身なのかもしれない。
http://karapaia.livedoor.biz/archives/52178018.html


65. 中川隆[4722] koaQ7Jey 2016年10月28日 22:15:31 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5134]


人間の脳は幽霊を見るようにできている。特に右脳を良く使う人は心霊現象を見やすいことが判明
(スイス研究)2014年01月17日
http://karapaia.livedoor.biz/archives/52151355.html


 スイスのチューリヒ大学病院の神経心理学者ブルッガー氏の研究によると、幽霊を見たとか、超常現象を体験したと思い込む効果の多くが脳の右半球に関連していることが判明したそうだ。

 実際に幽霊に遭遇するなどの心霊現象を体験したという人は多い。
これはその人が嘘を言っているわけではなく、人間の脳がもともと超常現象などを見るようにできているためだそうだ。

 ヒトは、限られた情報から素早く結論を引き出すという、生物としての生存に不可欠な脳の働きによって、時として存在しないものを誤って検出してしまうことがある。

 例えば3つの丸があると人の顔と思い込んでしまう。

これは、『輪郭誘導現象』、あるいは『シミュラクラ現象(類像現象)』と呼ばれるもので、人類にとって、顔を認識することは、生きていくうえで極めて重要で、顔に表れた非友好的な表情に気づかないでいると重大な危険を招きかねないからだ。
 
 その為、脳のかなりの部分が顔を見分けて特定する処理に充てられていることがこれまでの脳画像研究からわかっている。

人によってはこのシステムが過剰に働いて、至る所に目や口が見えてしまう。
心霊写真などはこの認知傾向によって部分的な説明がつく。

 また、人間が日常生活で他者と関わっていくには、相手の意図を理解することが不可欠だ。他人の行動の背景にある理由を検出する脳領域があるために、多くの人はまるで意味のない刺激についても、そこに人間の行動に似たものを見いだしてしまうことがある。

 これは『代理検出装置』と呼ばれる仕組みで、これが幽霊の存在を信じることにつながっている可能性がある。

 その心霊現象を体験したと思い込む効果の多くは、脳の右半球に関連しているそうだ。

下の画像を見てほしい。AとB、どちらの顔が楽しそうに見えるか?
その答えによって、心霊現象をよく見るタイプがわかるという。


 AとB、どちらが楽しそうに見える?
http://livedoor.4.blogimg.jp/karapaia_zaeega/imgs/e/2/e2706060.jpg

 これは右脳派か左脳派かを見分ける簡易テストだそうだ。

 図Aの顔は向かって右半分がほほ笑んでおり、図Bでは左半分がほほ笑んでいる。

人間は画像をとらえた目とは反対側の脳半球を使ってその視覚情報を知覚しているので、図の左半分の情報は右脳に、右半分の情報は左脳に入力される。

よって右脳派は、図Bの顔をより楽しそうに感じる傾向があるという。
左脳はならば図Aの画像を楽しそうに感じる。

 ブルッガーはこのタイプのテストを数百人の被験者に実施し、超常現象を信じる度合いを自己申告してもらった。超常的な体験をしたことのある人々は右脳の優勢を示すテスト結果になる傾向があったという。


 どう見ても図Bが微笑んでいるようにしか見えなかったパルモの場合には、よく見えないものが見えちゃうのはその為なのだってことがちょっとわかったような気もする。他にも超ビビリでちょっとした音にもビクンビクンなわけだが、どんだけ防衛本能の炎をガンガン燃やしてるんだ自分って話だ。渡る世間は仮想敵ばかりって話じゃないか。明日はどっちだ。
http://karapaia.livedoor.biz/archives/52151355.html


66. 中川隆[4723] koaQ7Jey 2016年10月28日 22:28:17 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5135]


心霊現象はなぜ起きるのか?脳科学で解明する 2010年05月22日
http://karapaia.livedoor.biz/archives/51701842.html



心霊 普段は決してみることができない怪しい物体、光、そして音など、心霊現象と呼ばれるものはどうして起きるのか?

脳科学や視覚により説明している記事があったので見てみることにしよう そうしよう。

【「心霊写真」が出来上がる理由とは?】

 科学ライターの久我羅内氏によると、主に夜間、青白いものがボワっと見えてしまうのは、『プルキンエ現象』の一種なのだという。

 幽霊がよく目撃されるという夕暮れ時や夜間、人の目は特殊な働きをする。

視細胞には『錐体細胞(すいたいさいぼう)』と『桿体細胞(かんたいさいぼう)』があり、錐体細胞は明るいときに赤色の感度が上がり、桿体細胞は暗くなると青色の感度が上がる。

つまり、黄昏時は錐体細胞の感度が鈍るため、赤は黒ずんで見えにくくなり、桿体細胞は感度が上がり青がよく見えるというのだ。

 トンネルの中で車のフロントガラスに幽霊を見たというのは、この現象により、普通の人の顔が青白く見えているカラクリだ。

 桿体細胞と錐体細胞のしくみ
http://karapaia.livedoor.biz/archives/51701842.html


 また、自分では見たと思っていても、それが脳内で勝手に作り上げられた偽装情報である場合もあるという。

これは、『輪郭誘導現象』、あるいは『シミュラクラ現象(類像現象)』と呼ばれるもので、三つ染みがあれば人の顔に見えてしまうという人間の特性みたいなもの。

 壁のシミが浮かび上がってきて人のように見えたり、樹木の肌が人の顔に見える心霊写真などは、この現象によって引き起こされていることが多いのだそうだ。

 また、最近の脳科学の研究によると、「心霊現象」は、磁気が関係しているという。磁気が脳にある影響を及ぼしているというのだ。


【心霊現象はなぜ起きるか?】
http://uguisu.skr.jp/question/sinrei.html

 上記サイトによると、カナダ・パーシンガー博士の研究結果で、、「人間はある種の磁気刺激により幻覚を体験することがある」ということが判明したという。

 人間の脳が、磁気を受けると側頭葉の「ニューロン」が活性化し過去の記憶が無作為に呼び起こされ、実際にはその場に存在しない映像や音などが、あたかも体験しているかのように感じてしまうことがあるのだというのだ。


 例えば人影を見たという現象であれば、脳へ磁気を照射することにより幻覚や記憶の中の人影を、あたかも実際に見たかのように錯覚する現象が起きるのである。

 それは磁気の強い場所では顕著に現れるのだそうで、例えば墓地など、心霊現象が良く見られるスポットでは、「墓石」に含まれる「花崗岩」が何らかの現象によって強力な磁界を帯びてしまい、人間の「脳」に影響を与えている可能性が極めて高いのだそうだ。

 ということで、割と身近な存在であるかもしれない心霊現象や怪奇現象なんだけど、脳のいたずらであると解決するには、まだ早計である場合もあるわけで、例えば同時に2人以上がまるで同じものを同じ時に見てしまったり心の中で思っていた言葉を不意に誰かに言われたり、昨日見た夢が現実になっていたりとか、まだまだ謎の部分が多いのが人間であり脳であるかもしれないんだ。
http://karapaia.livedoor.biz/archives/51701842.html

関連動画:1976年米映画「怪奇現象」ムービートレーラー 
https://www.youtube.com/results?search_query=Amazing+World+of+Psychic+Phenomena+


67. 中川隆[4724] koaQ7Jey 2016年10月28日 22:34:33 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5136]


人間には潜在的にシックスセンス(第六感)が備わっていることが証明される(米研究)2011年08月04日
http://karapaia.livedoor.biz/archives/52030178.html


第六感 シックス・センス(第六感)とは、基本的に、五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)以外のもので五感を超えるものを指しており、直感、霊感、超感覚的知覚(ESP)や予知能力などとも言われている。

この第六感なるものが、潜在的に人間にも備わっているということが、米・マサチューセッツ州医科大の神経生物学者、スティーブンレパート氏によって証明されたそうだ。


 ちなみに、スティーブンレパート氏の証明した、「第六感」は、太陽放射やオーロラなどの要因で絶え間なく変化する地球の地磁気を感知する能力のことで、ある種の動物にこういった第六感があることは既に立証されている。

目的地に向かって迷わず空を飛ぶ渡り鳥や、地震の直前に騒ぎ立てる動物たちは、地磁気の異常や電磁波を体の特殊な受容体で感知すると言われている。

「鳥類は網膜で捉える磁気感覚に頼って移動する」 という説は、1970年代後半、すでに物理学者のクラウス・シュルテン氏により報告されていた。

 この磁気感覚は、人間の網膜にもある、「クリプトクロム」という特殊なタンパク質の働きを利用して得られるそうだ。光感受タンパク質であるクリプトクロムが何らかの形で磁場に応答し、そのために鳥類は磁場を視覚としてとらえているとも指摘されている。


そこで今回、同研究チームは人間のクリプトクロムを採取してショウジョウバエの網膜に注入。さらに羽に巻いたコイルに電気を流して地球と同じような磁気を発生させた。

すると、ハエは人間のタンパク質を持ってしても、通常通りに地磁気を感知。
たとえば危険な磁場を避けたり、餌がある磁場に近づくなどのように飛行経路を調整しながら飛ぶことができたそうだ。

つまり人間のクリプトクロムも地磁気を感知することができる――すなわち第六感がある――ということになる。

ではなぜ、実際に人は自身や災害などを事前に予知できないのか? 

それについて同氏は、地磁気を検知したあとの磁場シグナルの伝達機構に問題があるためだと語っている。

 そういえば前にも、イルカやコウモリなど一部の動物に備わっている超音波で物体を認識する能力も、一定の条件下においては人間もこの能力が発現するというニュースがあったよね。

 種を保存させていく上で必要ないと思われる能力は、消えてしまうのではなく引き出しの奥にしまわれているだけなのだとしたら、また、この能力が必要であるという状況になった場合、ドバっと発現する可能性はあるわけで、もし終末を本能的に予感してしまった場合には、火事場の馬鹿力以上のなにかが、きみにも、あなたにも、芽生えちゃうっていう、中2当時思い描いていたあの妄想が現実化するということになるのかな?かな?

ソース:Humans really DO have a sixth sense that lets us detect magnetic fields
http://www.dailymail.co.uk/sciencetech/article-2006885/Humans-really-DO-sixth-sense-lets-detect-magnetic-fields.html

http://karapaia.livedoor.biz/archives/52030178.html


68. 中川隆[4725] koaQ7Jey 2016年10月28日 23:29:25 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5137]

人間も特定の環境下では超音波で物体を認識する能力を持っている(カナダ研究)
2011年06月30日
http://karapaia.livedoor.biz/archives/52022601.html


イルカやコウモリなど一部の動物は超音波を発し、その反響によって物体を認識することが分かっている。では人間にもその能力があるのだろうか。「ある」という結果を導き出したのはカナダの研究者らで、一部の視覚障害者たちが健常者と同じように自転車に乗ったりすることができるのは、超音波を使っているからであると主張している。

ソース:目の不自由な人 超音波で物体を認識=カナダ研究 - (大紀元)
http://www.epochtimes.jp/jp/2011/06/html/d92445.html


 オンライン科学ジャーナル Plos ONE に掲載された論文によると、一部の視覚障害者たちは軽く舌打ちをして小さな音を発し、その反響で周りにある物体を認識しているという。主執筆者で西オンタリオ大学のロア・テイラー博士研究員は、微小なマイクロフォンを2人の視覚障害者の耳に取り付け、舌打ちとその反響を録音した。その後、テイラー氏は2人に録音を聞いてもらい、彼らの脳のスキャン(fMRI)を観察した。


 その結果、録音を聞いた視覚障害者たちは、物体の「形、動き、場所などを極めて正確に」識別していたという。

 fMRI の観察で興味深かったのは、視覚障害者たちが音波探知をする時、脳の後頭葉鳥距野(calcarine cortex)が、活発化していたことだという。この部分は、健常者の場合、視覚で見た情報を処理する場所だ。また、視覚障害者たちが音波探知をする時、脳の聴覚を司る部分に動きは見られなかった。

 「視覚障害者が超音波を使う時、脳の視覚を司る部分が重要な役割を果たしている」とテイラー氏は話す。一方、健常者が超音波の反響の録音を聞いても物体の認識はできず、脳も反応を示さなかったという。

 共同執筆者であるロットマン研究所のステファン・アーノット氏は、「健常者も超音波の訓練をすれば、脳の視覚を司る部分が使われるかもしれない」と話しているそうだ。
http://karapaia.livedoor.biz/archives/52022601.html


69. 中川隆[4729] koaQ7Jey 2016年10月29日 08:52:47 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5141]

身動きがとれない恐怖の「金縛り」 2016/7/13 
http://www.nazotoki.com/kanashibari.html

伝説

ある夜のこと、ふと眠りから覚めるとノドを絞めつけられているような感覚がする。
胸の上には圧迫感があり、視線を移すと、そこには青白い顔をした女性がこちらをジッと見つめ首を絞めようとしている。耳元では誰かがすすり泣く声も聞こえる。


金縛りの図

体を動かそうとしてもまったく動かない。助けを求めようとしても声は出ない。
金縛りである。

金縛りの原因は、成仏できていない霊などがおこす霊障だ。

強力なものになると呪いをかけられたり、取り憑かれたりすることもある。

そのため、こういったことから身を守るためには霊能力者にお祓いをしてもらわなければならないとされている。


謎解き

金縛りは人が眠っている時に起きる。そのため睡眠の研究の中で金縛りの現象も確認され、研究が進んできた。心霊現象とされているものの中では、最もその仕組みが解明されている現象になる。

金縛りとは何か

金縛りは、専門的には「睡眠麻痺と入眠時幻覚」と呼ばれる現象のことをいう。

睡眠麻痺は、起きている状態から眠りに入るときに生じる一時的な全身の麻痺。
一方、入眠時幻覚とは、眠りに入る際、本人としてはまだ起きていると感じるときに体験するリアリティのある鮮明な幻覚のこと。

この2つの現象が同時に起きるのが金縛りと言われている状態である。

金縛りを体験したときの「体がほとんど動かない」(睡眠麻痺)、「幽霊のようなものが見える」(入眠時幻覚)という組み合わせが、まさにこれだ。

金縛りの原因は特殊なレム睡眠

睡眠麻痺と入眠時幻覚は、特殊なレム睡眠のときに起きやすい。
レム睡眠とは比較的浅い眠りの状態のことをいい、脳は起きているときの状態に近い。
けれども反対に、体の方は起きているときの状態とは大きく違って、ほとんど完全な脱力状態を示す。

レム睡眠の「レム」(REM)とは「急速な眼球運動」(Rapid Eye Movements)の略。
レム睡眠中には、起きている状態に近い速い眼球運動が起きることから名付けられた。
またレム睡眠時は上記のように脳と体が正反対の状態を示すことから「逆説睡眠」とも呼ばれる。


補足説明

人は通常、起きている(覚醒)状態から眠りに入ると、まずは比較的浅い眠りの睡眠段階1に落ちる。
そして次の睡眠段階2に移り、そこから深い眠りの睡眠段階3、睡眠段階4へと落ちていく。
一番下の睡眠段階4はいわゆる熟睡している状態。ちょっとやそっとでは起きない。

ここまでは1時間ほど。
ここから寝返りを打ったりすることで、また眠りは浅くなっていき、1時間半ほど経つと最初のレム睡眠に入る。
レム睡眠中の脳は起きている状態に近く、比較的活発に活動しているため、夢を見るのもこのときが多い。

下の図は、こういった通常の睡眠のサイクルをわかりやすく示したもの。

http://www.nazotoki.com/kanashibari.html


睡眠のサイクル

通常の睡眠サイクル。
レム睡眠は赤で示した部分。眠りに入ってから1時間以上経って現れる。

ところが、こういった通常の睡眠サイクルは、さまざまな要因により崩れてしまうことがある。すると通常は眠りに入ってから1時間半ほどで現れるレム睡眠が、下の図のように眠りに入ってすぐに現れてしまう場合がある。


特殊なレム睡眠の例


http://www.nazotoki.com/kanashibari.html

上図は金縛りが起きる特殊なレム睡眠の例。

これとは違うパターンとして、睡眠途中で一度起きて、再度、眠りに入った際に起きることもある。

この特殊なレム睡眠(入眠時レム睡眠)のときに起きやすいのが、睡眠麻痺と入眠時幻覚、つまり金縛りである。

金縛りのときの脳はどうなっているのか

金縛り(睡眠麻痺と入眠時幻覚)が起きたとき、脳は起きている状態に近い。
そのため、このときに見る入眠時幻覚は非常にリアルで、本人としては目が覚めた状態で体験したように感じることが多い。

しかし脳が起きている状態に近いとはいっても、起きているのか眠っているのかといったら、「眠っている」状態である。本人は目を開けて部屋の様子を見ていて、主観的には確かに起きていると感じても、客観的には「寝ているときに見た非常にリアルな夢」ということになる。

これは実験でも確かめられている。入眠時レム睡眠のときに金縛りを起こしたと考えられる被験者を赤外線カメラを使って観察していると、彼らはみんな目を閉じて普通に眠っている様子が観察される。

目を見開いて身動きしようともがいているわけでもなく、恐怖におびえているわけでもない。ごく普通に眠っているようにしか見えない。

ところがここで被験者が起こされて、金縛りのときの様子を聞かれると、彼らの多くは目を開けていたと言う。そして室内の様子を「見た」と報告する。

実験室内は真っ暗にされているため、仮に目を開けたとしても何も見えない。何より、赤外線カメラでの観察では、被験者はみんな目を閉じたまま。つまり、被験者の多くが見たり経験したと思っていたものは夢ということになる。

ただしその夢は脳が覚醒状態に近いため非常にリアル。現実感をともなっているのが特徴だ。

金縛りのときの体はどうなっているのか

金縛りのとき、脳は覚醒状態に近く、非常にリアルな夢を見るということはわかった。それでは体の方はどうなっているのだろうか。

もともとレム睡眠中は、脳幹から脊髄へ向かって、脊髄の運動ニューロンを抑制する命令が送られているため脱力状態になっている。体はほとんど動かない。これはレム睡眠中に夢を見ることと関係している。

もし夢を見ているときに体を自由に動かせてしまったら、その夢の中の行動に合わせて体が動いてしまう。歩いたり、走ったり、飛び降りたり、夢のとおりに動いてしまったら大変だ。

そこで夢を見やすいレム睡眠中は、先述のように脱力状態になり、体は動かせないようになっている。これなら夢の中でどんな行動を起こしても大丈夫だ。

高いところから飛び降りる夢を見て、起きたときに「夢で良かった」と安心した経験を持つ人は多いのではないだろうか。これも夢と体が連動しないようになっているおかげである。

猫を使った実験では、レム睡眠中に体が動くようになると、レム睡眠のたびに起き上がり、獲物を追う動きや毛づくろいをはじめ、夢の中の行動と同じと考えられる動きをする様子が観察されている。

人間でも稀にレム睡眠中に体が動く人はいて大きな問題になる。ただし夢遊病とは根本的に違う。夢遊病は夢のとおりの行動を起こしてしまうのではなく、そもそも夢はみていない。脳は熟睡状態に近く、動き回ったときの記憶も残らない。日常の無自覚にできてしまうような行動を寝ぼけてやっているような状態に近いかもしれない。

補足説明

ちなみにレム睡眠中は口の中にある舌も力が抜ける。このとき仰向けに寝ていると、舌が気道に落ちてきて呼吸を邪魔することがあり、いびきや無呼吸の原因になる場合がある。

金縛りのときに胸の圧迫感や首を絞められたような息苦しさを感じることがあるのは、この舌の脱力状態が関係していると考えられている。

つまり、舌の落ち込みが原因による息苦しさをそのときの活動的な脳が夢に取り込み、リアルな幻覚をつくることで辻褄を合わせているということ。私たちの脳や体はよくできている。

海外の金縛り事例

金縛りのときに見る幻覚は国や文化によって違いがある。18世紀のイギリスでは、睡眠時に身動きできない女性を襲う「インキュバス」と男性を襲う「サッキュバス」という悪魔(夢魔/淫魔)がいると信じられていた。

インキュバス
http://nazotoki.com/wp-content/uploads/2015/11/Incubus.jpg


カナダのニューファンドランド島ではオールド・ハグという魔女が眠っている人の胸に座るとされている。一方アフリカのザンジバルでは、ポポバワという空を飛ぶ一つ目の夢魔の仕業になり、アメリカでは宇宙人によるアブダクション(誘拐)になる。

一口に金縛りといっても国や文化によって様々なタイプがあって興味深い。


日本での金縛りという言葉

最後に、日本での「金縛り」という言葉の歴史について触れておきたい。

この言葉はもともと、「金縛」(きんばく)という仏教用語を訓読みにしたものである。
金縛とは、悪霊などを身動きできないように抑えて鎮めることをいい、江戸時代頃から使われていた。

これが睡眠麻痺と入眠時幻覚に対して一般に使われるようになったのは、1960年代(昭和30年代後半)以降のこと。

オカルト作家の中岡俊哉氏の著書『「金縛り」の謎を見た!』(二見書房)によれば、1960年代前半に、中岡氏が金縛りという言葉を霊現象に対する説明として広く使い始めたという。

当時は、耳慣れない言葉で一般に普及していなかったため、雑誌でその言葉を使おうとしたら、意味がわからないので解説を書いてくれと頼まれたこともあったそうだ。

金縛り研究の第一人者である江戸川大学の福田一彦教授によると、1960年代以前は、全国で統一された呼び名はなく、各地方の伝承に従って解釈されていたと考えられるという。

全国的に統一され、広く知られるようになるのは、1970年代のオカルト・ブームの頃である。ここで定着した金縛りという言葉と、その恐怖の怪談と共に広められた話は、本来の特殊な夢の一種に物語性を加えることになった。

もはやこうなれば止まることは難しい。心霊現象として解釈される金縛りは、これからも様々な怪談を生みだし、成長していくに違いない。

【参考資料】

•福田一彦『「金縛り」の謎を解く』(PHP研究所、2014年)
•堀忠雄、齋藤勇・編『脳生理心理学重要研究集1 意識と行動』(誠信書房、1992年)
•菊池聡、谷口高士、宮元博章『不思議現象 なぜ信じるのか』(北大路書房、1995年)
•坂田桐子、林光緒「科学的教育が金縛り現象に関する超常的信念の変容に及ぼす効果」『広島大学総合科学部紀要IV理系編,第25巻』(1999年12月)
•デヴィッド・J・ハフォード『夜に訪れる恐怖―北米の金縛り体験に関する実証的研究』(川島書店、1998年)
•スーザン・A・クランシー『なぜ人はエイリアンに誘拐されたと思うのか』(早川書房、2006年)
•「都市伝説〜超常現象を解明せよ!〜『UFO』」(ナショナル・ジオグラフィック・チャンネル、2016年3月28日放送)
•「都市伝説〜超常現象を解明せよ!2〜『夢遊病』」(ナショナル・ジオグラフィック・チャンネル、2011年2月12日放送)
•山口佳紀『暮らしのことば 新 語源辞典』(講談社、2008年)
•中岡俊哉『「金縛り」の謎を見た!』(二見書房、1985年)
http://www.nazotoki.com/kanashibari.html


70. 中川隆[4730] koaQ7Jey 2016年10月29日 09:03:08 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5142]

事故物件に住むと…

大島てる CAVEAT EMPTOR 事故物件公示サイト
http://www.oshimaland.co.jp/

敷金礼金ゼロで家賃半額も…超安値の「いわく付き」事故物件に人気殺到!首都圏にも多数
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/662.html


同じ部屋でまた自殺…! 大島てるが語る「これまでで最悪の事故物件」


――ちなみに、今までの物件で、最も印象的なものってありますか?

大島「その質問に対して、私がこれまで繰り返しお答えしてきたのは、

『一番酷いのは3件も事件があって4人も死んだビルです』

とか

『そこ自体は何でもないけど、両隣が事故物件というお宅がある』

とか

『火事で死者が出て、全焼したので建て替えたら今度は殺人事件が起きた土地もある』

といったことでしたが、『さすがに、同じ部屋で複数回自殺があったマンションなんて知らない』ともお答えしてきたんです。でも、実はそれは私の勘違いで…あったんです(笑)」


――うわっ、それは凄い……。

大島「最近発生したというわけではなくて、前から『大島てる』に載っていたのですが、私が勘違いして、『そんなの聞いたことないよ』とお話ししていただけなんです。実はそれが…北九州なんですけど(笑)」

――あら(笑)。


大島「小倉駅の近くですね。先ほどの、『今までで一番酷い』と思い込んでいた物件の方では、4年間で3人死んでいるんですが、連続殺人などではなくそれぞれ別個の事件で、しかもその一帯は治安も良くて周りでは何も起きていないんです。だから余計に気持ち悪く感じるわけです。足立区にあるんですけど(笑)」


――さっきから出てくる例が、いちいち具体例になってきますね(笑)。

大島「とにかく、足立区のその物件を上回る物件が北九州市にあって、発生はしばらく前ですが、思い出したのは最近というわけです。

『大島てる』で見ると、事件・事故を示す炎のアイコンが周囲にほとんどない地域で、そのマンションでだけ、しかも同じ部屋で2度自殺があったんです」


――気味が悪いですね……。

大島「しかも、そこは10階建てのマンションなんですけど、4階の住人が、自分の部屋の真下の3階の部屋も買って、勝手に2部屋を階段で繋げたんですよ」


――えーっ!

大島「マンションで勝手にそんなことしていいとは思えないんですけどね。他の部屋の人も知らないのではないでしょうか。

真下の部屋で自殺があったことは承知の上で、でも1室だと手狭だからと買い増して、繋げて、結局自分自身も自殺したというわけです」


――事故物件を買った人が、同じ場所で自殺をしたということですよね?

大島「そうなんです。自殺があった部屋をそうとは知らずに買って結局自分も自殺したという場合と比べて、どっちの方が気持ち悪いのかわかりませんが。

知った上で自殺があった物件を買っているので、騙されたというケースではないんですが、何かに引き込まれてしまった感はありますよね」


――少なくとも、事故物件とわかって住んでいたら、自殺のことを思い出す回数は増えそうですよね。


大島「そうでしょうね。あと、『どうせもう事故物件だし〜』という気持ちもあったかもしれません。『連続』と呼ぶには間が空いてるんですけど。

それにしても、今まで私は『同じ部屋で複数回あった物件なんてそれはさすがに...』などとお話ししてたんですが、実は前から掲載していたという(笑)」


――こうなると、やはり事故のストーリーが気になりますよね。でも、これからサイトが続いてゆけば、データの集積からストーリーが生まれてくるのかもしれないですね。


大島「たとえば、自宅の両隣に炎アイコンがあったら、オセロのように自宅まで事故物件化してしまうような気になるかもしれませんよね」

 あくまでも心霊体験はなく、データに基づいた情報集積サイトである『大島てる』だが、大島氏の言うように、人々の死を記録し続けるそのサイト自体が、次なる都市伝説の舞台になり得るのは事実だろう。

 最後に、大島てる氏の口から、もう一度、自らのサイトの存在意義を語ってもらった。


大島「『世の中が動くのは死人が出てから』というのが私の主張です。

たとえば、ある焼き肉屋が出したユッケのせいでお客さんが食中毒で亡くなってしまったがために、ユッケとかレバー関連のルールが変わったのです。

他にも、ストーカー規制法はある殺人事件が契機となっていますし、誰かが犠牲になってやっと、政治家や役所が重い腰を上げたという例はいくらでもあります。

ごく最近でもそういうことがあったはずなのですが…ちょっと今思い出せません。

原発の話でいえば、犠牲者はゼロじゃないかということで今もまだ原発が稼働しているわけですが、もし原発事故でたとえば10万人もが死んだりしていたら、もうとっくに脱原発していたはずなんですよ」


――だから「死」を声高に言い続けたいというのが大島さんがサイトを運営している理由ですよね。


大島「そうです。人の生死に関わらない程度の問題の場合は、大したことないねとスルーされがちですよね。でも、もっと重大な問題の場合でも、ひっそりと亡くなってしまっていたら誰も何とも思いようがないのです。

だからこそ、『死人が出てるんだぞ!』と世間に対して大声で叫ぶ必要があると思っています。

過労死もそうです。みんなが我慢してるレベルだと、特に問題ないじゃないかと軽く捉えられてしまう」


――やっぱり、過労死があったとされるワタミの事件くらいのレベルじゃないと社会問題にはならないということですね。


大島「そのとおりです。ちなみに、もちろんその現場となった横須賀のマンションも『大島てる』に載っています」


――格安バスの事故もそうですよね。

大島「最近の具体例としてはそれがありましたね!
全員軽傷だったら何も変わらないでしょうが、あんなに亡くなってしまうと…」

 人が死んだという“歴然とした事実”により、生きている人間の生活を変えてゆく。

 事故物件サイト『大島てる』が、我々の生活により大きな影響力を持ち始めているのは、もはや中学生までがイベントに参加しているという事実を挙げるまでもなく、歴然とした事実なのである。
http://tocana.jp/2016/04/post_9090_entry.html

事故物件のリフォームやったことあるけどモノホン話聞きたい?


102 :本当にあった怖い名無し:2012/01/07(土) 16:47:28.93 ID:NSVUjlOh0

事故物件のリフォームやったことあるけどモノホン話聞きたい?

アパート、マンション、一軒家、別荘とか色々。

ついでに孤独死、自殺の発見者(なんか近所の住人が見てくれとか来る)にも数件なった事もあるよ。

場所の特定はかなりボカサしてなら多少ならいいよ。


103 :本当にあった怖い名無し:2012/01/07(土) 17:30:37.87 ID:NSVUjlOh0

自殺アパートの話。

アパートの自殺は圧倒的に首吊りが多い。

若い人でロープ掛けるのは、事後の建物の傷に対する心配なのかカモイや中柱に紐を掛けてやる事が多いみたい。

意外なのは、首吊吊りでも床や畳が汚れてなかった事が多かった。

年取った男性で首の頸動脈を包丁で切った現場があった時は凄かった。

布団被ってヤッたんだけど、畳や壁周囲が血だらけで、畳や壁を張り替えたり塗り替えた。

古い公営の物件だったんで、同居の家族が出た後は誰も住まずに解体したららしい。

パッと見は、そんな事が合ったとは絶対に判らないレベルまで現状回復出来たよ。

現状回復やる人間からすれば、最初から事故物件と明らかに分かったりすれば、まだいい。

たまに、事故後と判別つかない物件の処理は、何も知らされずにやらされる事もあるから。

ここにいる人達が一番聞きたい心霊的現象はって?

たまにあるよ、明らかに説明不可な事はね。

105 :本当にあった怖い名無し:2012/01/07(土) 19:26:54.22 ID:NSVUjlOh0

少しだけ。

ある海辺の別荘の手直しに行った時の事。

そこは前オーナーが2階から1階の吹き抜けから首吊りした。

追求は無しで、それは内緒で売り払う為に遺族から頼まれてかなりの工事になった。

勿論、一部の要員以外は、その事実を知らされて無かった。

俺もだけどね(一応幹部なのにw)

中の工事は深夜でも続けたんだけど、例の吹き抜け部分をやってた人間が俺に言ってきた。

「すいません、何か気分が変で。。」

梯子で作業中に下から足を引っ張られてる感じだと言い出した。

俺も何か変な感じはしてたんだけど、そのまま作業させた。

そしたら、その2日後にその作業員が突然高熱と呼吸困難になり入院した。
原因不明で、病院側で治療データーを貰う代わりに治療費の補助を申し出る位の意識不明の重体の症状になった。

医者が言うには助かる率が1割無いとまで言われた。

奇跡的に持ち直して助かって、良かったんだけど。(それでも入院3ヶ月)
そこで社長「あの物件のせいじゃ無いだろうな?」とか言い出して、そこで初めて聞いた事実w

劇的な展開を期待してた人には悪いがとりあえずはこれでこの件は終わり。

現実は、事故物件は残された人達に大変な迷惑と揉め事を残す事ばかりだよ。
主に、金やPTSDに尽きる。

人間の腐敗臭はゲロゲロだし、ハエゴキ凄いし、普段故人と付き合いもないであろう遺族の金銭関係からのクレームとか。

では、今回は失礼します。

137 :本当にあった怖い名無し:2012/01/19(木) 06:48:55.37 ID:L9NvMj8X0

特殊清掃の人のブログを見たら虫や残骸をある程度片付けた状態でもグロいから
ブログに載せられないような、直後の現場は想像を絶するんだろうな。

デススイーパー(漫画)でも主人公病みかけてたし相当な精神力がないとできなさそう。


142 :本当にあった怖い名無し:2012/01/19(木) 17:28:26.79 ID:+G2jiSAV0

>>137
その特殊清掃人のブログURL教えてください


148 :本当にあった怖い名無し:2012/01/20(金) 01:35:06.47 ID:kPxVCoYv0

>>137です。
オカ板では結構有名だと思って貼らなかったんだ、ごめん。

http://tokusou24.jp/scene/
※グロ注意

私は脂なんかのモログロより2011.8.15の人が倒れていた場所がわかる2つが苦手だ。


156 :50:2012/01/22(日) 18:55:14.00 ID:TTO78nNS0

>>148のブログ見て、マジ吐いたわ。マジで。

この状況だった風呂にずっと入っていたのか!明日にでもここを出たい!!
3月末まで近くの温浴施設に通うわ。


154 :本当にあった怖い名無し:2012/01/20(金) 20:10:20.36 ID:w6/fED7li

>>148
見て来た。人が倒れてた跡ってあるけど、どう倒れてたか自分にはよく分からない…
自殺方法は出血してるし、刺したとか?


155 :本当にあった怖い名無し:2012/01/21(土) 06:02:13.57 ID:X6F4B9n50

>>154
失血死のやつ、人型に血のない場所があるからそこに倒れてたのかな、と。
布団のシミほどあからさまじゃないし推測ではあるんだけども。
あと、その物件は掃除だけでリフォームなしっていうのもゾッとした。


138 :本当にあった怖い名無し:2012/01/19(木) 07:33:45.55 ID:W/8CcAOuO

自分のアパートで自殺された大家さんのblogにも現場写真(吊りの跡)がアップされてて、一度見ただけで三日くらい眠れなかった・・・


139 :本当にあった怖い名無し:2012/01/19(木) 07:35:06.07 ID:1/WR+YMMP

大屋さんすごいなw
そのブログ見たい


140 :本当にあった怖い名無し:2012/01/19(木) 16:14:29.17 ID:W/8CcAOuO

「大家」「事故部屋」でぐぐれば行きつけるかも。


143 :本当にあった怖い名無し:2012/01/19(木) 18:06:26.45 ID:20N2Qpgh0

>>140
あったあった!!吊り(死後一カ月)の後の床と壁!!
こりゃ俺も寝られんわ!!

>>142
「大家」「事故部屋」「おどろおどろしい」ならより早く行きつけるかも


147 :本当にあった怖い名無し:2012/01/19(木) 23:19:38.92 ID:1/WR+YMMP

>>140>>143-144
ありがとう、見てきた…
てか床から湯気の影みたいなのが壁に付いてるけどあれは何…
蝿も心なしかデカイ気が…


145 :本当にあった怖い名無し:2012/01/19(木) 19:24:35.53 ID:8tqIYqS2i

>>143
今ggったは
ハエってどこからわくんだろ
あの床の白いかたまりって何?


146 :本当にあった怖い名無し:2012/01/19(木) 19:42:48.02 ID:20N2Qpgh0

>>145
塩じゃなかろうか。


171 :本当にあった怖い名無し:2012/01/23(月) 20:42:03.56 ID:86cvmcY90

特殊清掃、やってもらえるような地域ならいいよね。多少金かかったとしても。
うちの親戚宅、田舎なのでそんな会社近くにない。
結局、自分たちである程度やるしかないんだけど、匂いや痕跡は残っちゃう。
親戚中で集まる年1〜2回の行事が苦痛だ。(それも泊まり)
だって、その本家が現場なんだから。


173 :本当にあった怖い名無し:2012/01/24(火) 01:12:48.33 ID:2HBhPrh1O

料金上乗せで出張してくれる所もあるんじゃない?

にしても、特殊清掃って料金安いね。
自分だったら100万でも無理だわ。


174 :本当にあった怖い名無し:2012/01/24(火) 07:24:46.65 ID:NbKS0QMqO

失礼します。
前に少し書いたリフォーム関係の仕事してた者です。

雪も降り、時間も少しあるんで少し書きます。

事故物件でも、自殺と孤独死のパターンがありますが、後の処理が楽なパターンが多いのは圧倒的に自殺ですね。

首吊りや風呂での自殺で、発見が早い場合は、即入居可能レベルが多いです。
それに、後の事を考えてるのか?知識を持ってるのか?汚れを出さない様に気遣いをしてある場合もあります。

基本、警察が検証し、警察まで運んで医師が見ますから、まず故人本人を見ないです。

発見が早い場合は救急隊員さんが、蘇生を試みる(仕事とは関係無く発見者となった時の体験)みたいですが。

次は、孤独死の時期的なパターンを書きます。


175 :本当にあった怖い名無し:2012/01/24(火) 07:46:56.27 ID:NbKS0QMqO

孤独死で、夏場と冬ではかなりの違いが出ます。

夏場で、死後約二週間だと臭いや虫が半端なく凄いですね。

畳や床は張り替えで、下の基礎関係まで特掃の方に消臭と除虫剤処理依頼しないと無理でした。

最悪時は二回来て貰いました。

一週間だと微妙で、RC造りで閉鎖するなら、後処理は要らない事はありました。
ちなみに、最初の二週間の物件には処理後、一年後に入居者が入ったとの事です。
最長のパターンは死後半年のがあります。

これは個人的に発見者の一人になったのですが、ミイラ状態でした。

臭いは、消えませんで閉鎖しましたが、周囲にウンコと肥やしと猫の糞と生ゴミが混じった様な臭気が漂い続けました。

そこは既に解体され新しいマンションの一部になってます。
周囲の住んでる人達は最悪だったと思います。

孤独死ですぐに発見されない人は、年輩の独身男性が圧倒的に多いです。
部屋でパンツ一丁や全裸状態で発見されるパターンが多かったです。

霊体験話も結構聞いてますが、実際に物件関係で自分が体験したのは前に書いたのがメインです。


176 :本当にあった怖い名無し:2012/01/24(火) 08:05:15.50 ID:NbKS0QMqO

雪の影響で暇なんで、もう少し書きます。
お付き合い嫌な方は、無視して下されば良いです。

自殺物件だと、すこし切ない思いをする事もあります。

かなりの確率で、お金絡みの痕跡を見、または関わる事もあります。

片付けてる最中に、郵便受けに大量の督促状を発見したり、借金回収担当の方と少し話す状況も多いですね。

一番聞かれたいのが告知の問題でしょうが、私はハッキリとは言えません。

言えるのは、気になるなら住む事を決める前に、近隣のタバコ屋や小さい商店等で、必ず買い物をしたりして聞き込みをする事です。

利害関係が無い人達なら、教えてくれるかも知れません。

くれぐれも不動産屋や持ち主に「××で聞いたんだけど?」とかは厳禁とは思います。


では失礼します。

187 :本当にあった怖い名無し:2012/01/25(水) 19:43:54.44 ID:rovbn2QkP

いわくつき物件になるかはこの後の話なんだろうけど、
あまり詳しく書くと特定されそうだからかいつまんで書く。

俺は所謂点検業者で、個人宅から集合住宅まで、主に電気系の点検をしてるんだが、今日の事。

兵庫県のとある高齢者向け集合住宅でいつも通りの点検をしてた。

いつもと違うのは、この部屋の住人は少し前に亡くなってて、今は空き家で電気もガスも水道も止まってる事。

普段と同じ方法で点検を済まして行き、最後に風呂場の点検に入った。

風呂場はユニットバスで個室みたいになってて、電気が通ってないからLEDのヘッドライト一つで作業してた。

屈み込んで壁面のスイッチを触ってる時、ふと風呂釜? の中から異様な気配を感じた。

よく考えたら、いつもの空き家なら普通は換気の為に風呂釜のフタは開けっ放しになってるはずなんだが、そこはなぜか閉めたままになってて、そのフタがじゃばらと言えばいいのか、一枚フタでそういう形状。

そのじゃばらの一部は少しだけ浮いてて、僅かに中のくらーい部分が見えてる。

俺が異様な気配を感じたのもソコなんだが、こういう点検してるとよくある事なので基本無視して作業だけすました。

作業を終えて立ち上がる時、見ちゃいけないと分かってるのにチラリと見てしまった。

風呂釜の中から、じっとこっちを見つめてる「目」だけが見えた…。

いや、真っ暗の中からだからそれっていう確証は無いんだが、直感でそれは「目」だと分かった。

大慌てで道具を持って逃げるように部屋の鍵閉めて帰ったさ。

仕事上こういうことには慣れてるんだけど、久々にマジで怖かった。
憑いて帰って来てない事だけを今は祈ってる。今夜が怖い。

190 :本当にあった怖い名無し:2012/01/25(水) 23:13:08.86 ID:LgRoT3pb0
>>187
生きてる人間がいたんじゃないか?
どっちにしても怖いけどさ


192 :本当にあった怖い名無し:2012/01/26(木) 13:37:15.40 ID:p38BQcM80
>>187
こういう点検してるとよくある事なので基本無視して作業だけすました。

霊の気配を感じることが良くあるということか?

193 :本当にあった怖い名無し:2012/01/26(木) 14:06:34.15 ID:yulW6jaN0

>>187のその他の話が聞きたい


194 :187:2012/01/26(木) 18:18:52.38 ID:RyziQ1n2P
>>190
ヤメテ! そんな事言われたら次が怖くなる!

>>192-193
俗に言われるポルターガイスト現象っぽいのはしょっちゅう

物が動く、押入れの扉が勝手に開閉する、電気が勝手に点いたり消えたりする。

こういう仕事だから上に書いたみたいな、亡くなった人の家に行くことが多くて、
コレくらいの現象には慣れてたんだが、今回のはさすがに…

195 :本当にあった怖い名無し:2012/01/27(金) 00:11:18.07 ID:4YdKflX20
>>194
>物が動く、押入れの扉が勝手に開閉する、電気が勝手に点いたり消えたりする。

これだけでもかなりの体験だと思うんだけど
できたらkwsk


196 :187:2012/01/27(金) 17:38:16.25 ID:Rpy+8geeP

えーと、結構細かい所まで書くと…


>物が動く
物件によっては、亡くなってまだ日が浅いため、生活用品が置きっぱなしの所にも入るんだけど、
置いてある電子レンジの蓋が突然開いたり。
物(立てかけてあるほうきとかちりとりとか)が倒れる。
が主で、珍しかったのは、結構重そうで重心しっかりしてそうなツボが倒れたw


>押入れの扉が勝手に
文字のごとく。
通常開けっ放しになってる押入れの扉が、
さっきみた時は確かに開いてたのに、別の部屋を点検して戻ってくるとしまってたり、
ちょっと後ろを向いた一瞬の間に閉じてしまったり開いたり。
目の前で開いたり閉まったりは一度も無いけど、少し目を離したスキに開閉する。

>電気が勝手に
一番多いのはトイレ
シーソー式のスイッチが殆どなんだけど、
俺たちは点検の時、到着してまずは電気を全部点灯させるんだが、
また別の所を点検して戻ってくると消えてたりする
再度点灯させても、やっぱりまた消えてしまう
こればっかりは故障の可能性もあるんだけどね

これだけ見てるとさすがに慣れてくるもんよ
それでもいまだに、閉まってる押し入れを開ける時とかは怖いし、
少し隙間が見えてる押し入れの奥とかは、怖くて覗き込めないw

197 :本当にあった怖い名無し:2012/01/27(金) 18:15:11.23 ID:2LTEyGKCP

普通にこええよお
なれるものなのか…
確かに閉まったのを開ける時はいるんじゃないかと思ってしまうな

198 :本当にあった怖い名無し:2012/01/27(金) 18:56:38.42 ID:NeNsQtW00

暗い押入れの中でショボーンと体育座りしてたらおしっこちびるな

199 :187:2012/01/27(金) 20:39:07.96 ID:Rpy+8geeP

いわゆる、そのモノズバリは見たことなかったんだよ、今まで
上に書いたみたいな現象も、開閉してるその瞬間を見たことも無いし、
物が動いてる瞬間も見たことが無い

なのにいきなりあんなインパクト強いの見てしまったからビビってる。
今日は昼間に、別の所だけど同じように亡くなったばかりで、
物を片付けられただけの状態の所に行ってきたからちょっとだけ写真撮ってきた。
自分で見た感じだと何も写ってないけど、うpった方が良い?

200 :本当にあった怖い名無し:2012/01/28(土) 02:38:48.74 ID:k8ghsX6T0

地味さが逆に怖いね。
いつ本体が来るんだ、来るんだ!って気持ちになるし、
良くやってますね、全く。
うpはキボンヌ。

203 :187:2012/01/28(土) 07:59:23.23 ID:QPaOyi6CP

http://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org2567840.zip.html

大丈夫だとは思いますが、モノがモノなんで
DLパス 0000 です

最初の3枚はクリーニング済の空家、普通はこんなとこで作業してるんで
ぶっちゃけ全然怖くない

4枚目以降が居住者がいなくなって、物を撤去しただけの、未クリーニング状態
十数軒に1軒位はこういうとこに当たります

4枚目以降の写真も、結構明るく感じますけど、
フラッシュのお陰でこれだけ明るくて、実際はもっと暗くてじめっとした感じでした

一枚Gさんが写ってるので苦手な方は気をつけて


204 :本当にあった怖い名無し:2012/01/28(土) 12:21:25.13 ID:n5DqlJj20

工業系の高校出て最初の職場を退職した後、
何をしようか迷ってる時に電気工事士目指そうかと考えたことあったが、
知り合いの電気工事士に>>187さんみたいな体験の話を聞いて断念したなあ。


205 :187:2012/01/28(土) 15:05:35.47 ID:QPaOyi6CP

>>204
全部が全部、こんな仕事ばかりじゃないだろうし、
他所は他所で何かしら仕事上でやりづらい事ってのはあるから、
結局どこ行っても何かを我慢しながら仕事しなきゃいけないとは思うよ

俺はたまたまこういう仕事に就いて、こういう体験しやすいってだけでw
この仕事の前に施設警備員もやってたけど、そっちの方が今より数倍怖かった


210 :本当にあった怖い名無し:2012/01/28(土) 17:46:36.86 ID:1cJQ6J140

Gですら生き残れない部屋ってすげー怖いwwwwwwwww
ゆーれいが夜中にバンバンやってるんだろうなー

211 :本当にあった怖い名無し:2012/01/28(土) 17:55:24.28 ID:ujTEKwS/P

Gって相当な生命力だよな?ww


212 :本当にあった怖い名無し:2012/01/28(土) 21:33:37.19 ID:tqMlv1su0

このGは仏さんをかじったのだろうか…


213 :本当にあった怖い名無し:2012/01/28(土) 22:50:16.12 ID:QPaOyi6CP

今戻ったから、ちょっとだけ書いてみる

>>210-212
たぶん、だけど
仏さんが居た頃は元気だったんじゃないかな、
荷物を取っ払って、くいもんもなくなったし、
ここ最近の寒さで逝ったんじゃないかなーと。


警備員時代の話だと、俺は施設警備でもとある製造工場だったんだけど、

一番怖かったのは、その会社で自殺者が出たともっぱらの噂になってた一番古い建物の地下の巡回

持っていくのは通常スポット型の懐中電灯だけなんだが、俺は怖かったから付近一帯を照らせるくらいのどデカイカンテラ型ライトを持って行ってた。

そこでは一番多かったのは音。

パキンとか、パシッとかって音はよく聞こえたし、やっぱり物もよく動いてた
音に関しては、家鳴りかなーと思ったけど、よく考えたらその建物鉄筋だし、
なにより家鳴りを起こすような木製の物なんて置いてない

つーかそもそもその建物は老朽化が進んでたから、俺が巡回してた頃はすでに工場としては稼働してなかった


214 :本当にあった怖い名無し:2012/01/28(土) 23:06:48.65 ID:QPaOyi6CP

そんな状態だから、他の建物にはあるような、ライン用の機械もなかったし、
他に目立つような物は、事務机とか椅子が置かれてる位
あとはただっ広い、なーんにもない空間
なのにちょくちょく音が聞こえるという


ここでもよく物が動いてたかな、

動くはずの無い機械が動いてたり、警備員以外誰も入らないはずなのに、
大人数人が触らないと動かせない位の重い機械の向きが変わってたり…

まあこうして見てると結構前から怖い体験してるんだよね…

215 :本当にあった怖い名無し:2012/01/29(日) 00:51:56.16 ID:pZkI+29BO

とても興味深いですね。
失礼します、また少しだけ出て来ましたリフォームの者です。
少しだけまた書かせてもらいます。

私の友人の一人に、葬儀関係の仕事をしてるのがいます。

葬儀屋は大抵、自前の通夜、告別式、お清め、親族の休息所を持ってます。

でも毎晩式が有る訳も無く、広い会場が夜中に無人になる事もあります。

勿論、夜間警備の人間は居る訳ですが(兼夜間の不幸の連絡時の対応員)、葬式関係のスタッフの場合もありまして。

やはり不思議な体験も多いとの事です。

夜中に誰も居ない会場のエレベーターが、勝手に動く等は当たり前過ぎて何とも思わないそうです。

それと、友人はカメラの撮影が趣味で撮影すると、たまにアレが写る事もあります。

でも友人は言います。

故人が喜んでくれれば良いと思い仕事をしてる、と。

エレベーターが無い階段が狭い団地では、故人を背負い自宅まで連れ帰る事もあるそうです。

やはり、信念がないと続かない仕事かも知れないですね。

216 :本当にあった怖い名無し:2012/01/29(日) 01:05:32.20 ID:pZkI+29BO

自殺の件を話します。

特に飛び降り等は、ニュースにもならずに終わるパターンが大半ですね。

特に現場工事等で、死亡事故等が起きると、大変です。

警察の現場検証が必ず有りますし、目撃したり立ち会ってしまった者は、現場を指差し、警察に写真撮影をされます。

それと既に人が住んでたりして、生活してる場合は、かなり厄介な事になりかねません。

実際に、台風の日に一人で様子を見に来て墜落して死亡し、2日程発見されなかったケース時は大変だったみたいです。

深夜ですし、また機会があったら書きます。
失礼しました。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=3885725&id=73797768


71. 中川隆[4731] koaQ7Jey 2016年10月29日 09:52:55 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5143]

不気味な「心霊写真」を解明する 2016/4/20 
http://www.nazotoki.com/ghost_photography.html

伝説

不気味な顔が写っている写真、頭や足が消えている写真、その他、常識ではありえない写り方をしている写真の多くは心霊写真である。

それらは地縛霊や浮遊霊などが写ったものだ。心霊写真を撮ってしまったり、持っていたりする者には災いがふりかかることが多い。

そのため心霊写真を撮影した場合には、霊能力者や宗教施設などに相談し、お祓いをしてもらうのが最善の方法である。

謎解き

このページでは、いわゆる「心霊写真」について、霊以外の原因があるかどうか探り、その解明を行っていきたい。

扱う写真の多くは巷の心霊写真本に掲載されているものだが、一部は当サイトへ解明の依頼があったものや、mixi 内にて私が管理人を務めるコミュニティ「『心霊写真』解明コミュ」で初期に扱ったものを含んでいる。


足が消えている心霊写真

下は『恐怖写真館 霊の世界をさぐる』(朝日ソノラマ)のP.177と表紙に掲載されている写真。

左足が消えている?
http://www.nazotoki.com/ghost_photography.html

【相談者による説明】
アルバムを整理しているときに出てきたもの。かなり前に撮影した写真とのこと。片足が消えているので不気味に思い、鑑定を依頼。

【霊能力者の鑑定】
典型的な背後霊の警告で、近い将来、大病などの災厄が降りかかってくる可能性を警告したものだという。

【謎解き】
この写真は一見すると女性の左足が消えて、右足だけが写っているように見える。ところが、もし写っているのが右足だとすれば不自然なくらいの「がに股」になってしまう。またコートのボタンのラインを見ると、体が向かって右に傾いていることもわかる。

そこで、こうした不自然な点を補正して考え直してみよう。すると写真全体を反時計回りに傾け、女性は両足を重ねるようにして立っていると考えれば不自然さはなくなることがわかる。
つまり女性は撮影の際、少し気取った感じで、いわゆる「モデル立ち」をしていた可能性が高い。

再現写真
左は傾きを示した。右は傾きを補正し、足の様子を描いたもの。

右の画像は mixi のコミュニティ参加者の方が描いてくださったイラスト。
足をどのようにしているかがわかりやすい。

足が消えている心霊写真・その2

下は、2009年2月3日放送の「ほんとにあった怖い話」(フジテレビ)で紹介された心霊写真。番組では5年間で全国から寄せられた1万5000枚の心霊写真の中から、真の恐怖ランキングを決定するというコーナーがあった。この写真はそのランキングで1位に選ばれたもの。

下半身が消えている?
http://www.nazotoki.com/ghost_photography.html


足下をよく見ると……

【相談者による説明】
長男家族が旅行先で写真を撮ったところ下半身が消えていたので不気味に思い、鑑定を依頼。

【霊能力者の鑑定】
この土地にゆかりのある地縛霊数十体が男性の下半身を奪って影まで消した。
子どもがいなければ上半身まで消えていた可能性がある。

【謎解き】
足下をよく見れば、子どもの足の後ろに男性の足も写っていることが確認できる。男性は腰を90度近く曲げ、前かがみの状態になっているのだ。そうであれば下半身は消えているのではなく、子どもの陰に隠れていることがわかる。下の写真で男性の体のラインを示した。


本当はこうなっている
http://www.nazotoki.com/ghost_photography.html

頭が消えている心霊写真

下は、名古屋テレビの番組「夜だMONDE」で取り上げられた心霊写真。

首から上が消えている
http://www.nazotoki.com/ghost_photography.html


この番組では視聴者から送られてきた心霊写真を霊能者に見せて鑑定してもらうのではなく、プロの写真家が解明にあたる「心霊写真の謎を解明」というコーナーがあった。上に掲載している頭が消えてしまった写真は、そのコーナーで取り上げられたもの。

【謎解き】
この心霊写真の解明を担当したのはプロ写真家の楓大介氏。これまでに数多くの心霊写真を解明してきた楓氏は、男性の顔が「撮影時に動いてブレたため、背景の白い空の光に消されてしまった」可能性を考えた。

下の画像は、撮影時に体がブレたと思われる証拠。本来、1本だった白いラインが、ブレて2本になっている。

赤い矢印のところ
http://www.nazotoki.com/ghost_photography.html

下の写真は、同じ場所で楓氏が撮影した再現写真。撮影時に虫などがいて、顔を振って追い払おうとしたのではないかという仮定のもと(実際、現場の土手には虫が飛んでいた)、被写体の男性には撮影のときに顔を動かしてもらった。すると見事に同じ写真が再現できた。

背景が白いと消えやすい


ブレるとその部分は薄く写る。そこに今回の背景のような強く明るい白色があると、その明るさによってブレた被写体は消されてしまう。下の写真は私が撮影したもの。このように白っぽい背景の前で動くと透けたり消えたりしやすい。

再現写真
真っ白でなくてもこのとおり。撮影時に手を動かしただけで透ける。

頭が消えている心霊写真・その2

下は、2004年4月3日と2009年2月3日に放送された「ほんとにあった怖い話」(フジテレビ)の番組内で、恐怖ランキングの2位と3位に選ばれた心霊写真。

頭が消えている?
http://www.nazotoki.com/ghost_photography.html


【相談者による説明】
滝の前で撮ったところ首から上が消えていた。これ以来、不運なことが何度かあったので気になって鑑定を依頼。

【霊能力者の鑑定】
頭が写っていないのは極めて悪質な悪霊の仕業。
滝の近くで自殺した女性の悪霊が乗り移ろうとしている瞬間をとらえている。
首から先はあちらの世界に行ってしまっているため、お祓いと写真のお焚き上げ供養が必要。

鑑定結果
な……なんだってーー!!


【謎解き】
よく見ると白いシャツと後頭部の一部がわずかに写っていることが確認できる。さらにこの写真は、手すりの部分と滝の部分、さらに左側の岩場をよく見れば、通常より左に傾けられていることがわかる。

傾きを補正した写真
時計回りに10度傾けて補正した写真

上の写真は傾きを補正したもの。だいぶ自然になった。番組で写真を傾けて紹介したのは、そちらの方が不気味に見えるからだと思われる。しかし本来はこのように前傾姿勢だったはずだ。

おそらく被写体の人物は撮影時、手すりに手をついて川を見ようと下を向いてしまったのだろう。そのため頭が体の陰に隠れてあたかも消えたように見えたのだと考えられる。下の写真は私が同じ姿勢で実際に再現したもの。


再現写真。番組の写真のように左に傾けてある。

不気味な手が写っている心霊写真

下は、『恐怖写真館』(朝日ソノラマ)のP.157に掲載されている写真。

赤丸で囲ったところに手のようなものが見える
http://www.nazotoki.com/ghost_photography.html

【相談者による説明】
京都の清水寺で撮影されたもの。4人の真ん中に不気味な手が写っていて、どう処分したらいいのかわからず鑑定を依頼。

【霊能力者の鑑定】
中央に写っている手よりも、右から2番目の女性の左手の指が6本に見えることのほうが意味があるという。背後霊が健康面の警告をしているらしい。

【謎解き】
指が増えているように見えるのは、指の関節の影が原因である。一方、相談者が不気味がっている中央の手については、左から2番目の女性の左手だと考えられる。


隠れているところはこのようになっていると考えられる
隠れているところはこのようになっている

おそらく撮影時、髪型を直そうとするなどした際、手を伸ばしたところを撮られた可能性が高い。手の色が暗いのは、光源である太陽が左上にあるため、頭の影になってしまっていることが原因だと考えられる。上の画像は、コミュニティ参加者の方が描いてくださった分かりやすいイラスト。

不気味な顔が写っている心霊写真

下は、『戦慄!!心霊写真の謎』(学研)の表紙、およびP.20で紹介されている心霊写真。

オレンジ色の幽霊のようなものが写っている
http://www.nazotoki.com/ghost_photography.html


【相談者による説明】
1998年にオーストラリアのシドニーコーストのホテル近くの公園で、夜10時頃に撮影。


【霊能者の鑑定】
心霊研究家の龍顕正氏によれば、写真には炎のようなものが形作る母と子の姿が写っていて、この親子は地縛霊だという。


【謎解き】
被写体の女性はポンチョと呼ばれる衣類を着ている。
一方で地縛霊とされるものも実は向かって右端をよく見ると、ポンチョの袖らしきものが写っている。また襟元も似ている。
そのことから地縛霊とされるものは、被写体の女性本人がぼやけて写っている可能性が高い。


それでは、どうやってこのような写真が撮れてしまったのだろうか。

最も考えられるのは多重露出の可能性だ。多重露出とは、1枚の写真に2つ以上の画像が写ることをいう。カメラのトラブルなどで知らない間に撮影されてしまうことがある。

今回の写真の場合、最初はフラッシュが焚かれていない状態での撮影になってしまった可能性が考えられる。周囲にはオレンジ色の街灯があったはずだ。女性はこの街灯の弱い光に照らされた状態で、まずフィルムに写る。

しかし明るさが足りないため非常にブレやすい状態になる。ブレればぼやけて写りやすい。その結果がオレンジ色に照らされたブレてぼやけた幽霊像だ。これが1枚目。

次に撮影されたのは、通常通りフラッシュが焚かれた写真。こちらはフラッシュの強烈な光で十分に明るいためブレることはない。

ところがカメラのトラブルによって多重露出になってしまった。すると1枚目の失敗写真と2枚目の通常写真が重なり、奇妙な心霊写真ができあがる。

再現写真


上の写真は、これらを実際に再現した写真。フィルムカメラで撮影したわけではなく、被写体とした人形や布も細かな動きなどができないため、完全に同じというわけにはいかなかった。それでもこのような写真が撮れてしまう。

通常、多重露出やブレの大きい写真は失敗写真になる。けれども失敗写真は心霊写真の生みの親でもある。失敗写真の仕組みを知ることは、心霊写真が撮影される仕組みを知る一助になるはずだ。


不気味な顔が写っている心霊写真・その2

下は、当サイトへ解明を依頼された心霊写真。(携帯で撮影されたものなのでサイズは小さい)

拡大すると助手席に顔のようなものが……
http://www.nazotoki.com/ghost_photography.html


【相談者による説明】
一人で旅をしていたときに自分の車を撮影したところ、助手席に見知らぬ人の顔が写っていた。

【謎解き】
助手席のあたりに見える人の顔のようなものは、冷静によく見てみると、後ろにある車の右側後輪(タイヤ)であることがわかる。

この車の後輪

タイヤのホイールの形が、たまたま人の顔のように見えてしまったようだ。心霊写真を見るときは、一箇所に集中せず、ときには引いて全体を見渡すことも大事である。


奇妙な光が写っている心霊写真

下は当サイトへ解明依頼のあった心霊写真。

奇妙な光の線がいっぱい
奇妙な光の線がいっぱいの心霊写真


【相談者による説明】
東京ディズニーランドで夜のパレードを撮影したところ、縦に伸びる光の線が数多く写っていた。もしこの原因が手ブレなどであれば、人物も縦にブレるはず。しかし、そうなっていないということは何か心霊的な原因があるかもしれないという。

【霊能力者の鑑定】
線のように写っているものは「地縛霊の念のエネルギーが映ったもの」だという。

【謎解き】
相談者によれば、問題の写真は「夜景と人物」モードで撮影されたという。これは別名「スローシンクロ撮影」とも呼ばれるもので、大抵のデジカメに実装されている撮影モードだ。

これを使うとシャッタースピードは遅くなるため、フラッシュを使ったあともしばらくシャッターは開いたままになる。そうすることで夜の少ない光をできるだけ多く取り込み、フラッシュの届かない背景が真っ暗にならずにすむようにしている。

つまりこれは、人物と背景を綺麗にとりたいときに便利な撮影モードといえる。しかしこの撮影モードには弱点もある。シャッターが開いている時間が長いため、その間にカメラや被写体が動くと、ひどくブレた写真が撮れやすくなってしまうのだ。

ここで問題の写真をもう一度ご覧いただきたい。光の線が主に縦に伸びているということは縦方向に手ブレを起こしたということである。通常、背景の明かりが静止していれば光の線はすべて同じ軌道を描く。

縦方向の手ぶれ

しかし今回の写真のように背景の電飾がパレードなどで少し動いていると、光の軌道は手ブレの軌道の他に複数できる。他方で撮影時に人物は動かなければ、ほとんどブレることがない。

これはフラッシュを使っているからである。フラッシュの強い光は、その光が届く範囲にいる手前の人物を一瞬だけとらえ、くっきりとした像を焼き付ける。そのためフラッシュが焚かれたあとに手ブレしても、人物は静止していればほとんどブレて写らない。

再現写真
奇妙な光の線を再現した写真

上の写真は、そういった考察を踏まえた上で同じように再現した写真。背景は街灯などの光が線のようにブレて写っている一方、手前にいる人物はブレていない点にご注目いただきたい。

もし実際にこのような写真が撮れてしまったら、普通はさぞ驚かれると思う。けれども、これも失敗写真のひとつ。仕組みを知れば、怖がることなく面白い写真として楽しめる。

心霊スポットで撮影された心霊写真

こちらも当サイトへ解明の依頼があった心霊写真。

赤い線で囲った箇所に……
http://www.nazotoki.com/ghost_photography.html


【相談者による説明】
心霊スポットとして有名な東京競馬場の「魔の第三コーナー」近くの寺院で写真を撮ったところ、門の横に「白い着物を着た女性」が写っていた。周囲は墓地で、不気味な雰囲気が漂っており、この寺院に入ってから常に誰かに見られているように感じたという。

拡大写真。白い着物の女性?


【謎解き】
まず左の黒い服を着た男性の足が透けているのは、撮影時に動いてブレたからである。相談者もこのことは理解しており、問題にはしていない。

相談者が問題にしているのは、赤い四角で囲った箇所。私が最初にこの写真を見たとき、問題の「白い着物を着た女性」は、ただの白い石に見えた。そこで相談者には、現場に石があったのではないかと問い合わせたところ、何もなかったとの返事をいただいた。

けれども心霊写真全般に言えるように、撮影者の記憶というのはあまり当てにならないことが多い。そこで私は直接現場へ行って調べてみることにした。

以下は、問題の心霊写真が撮られた約一週間後に私が現場へ行って撮影してきた写真。

同じ場所にまだあった


ご覧のとおり、 私が行ったときも問題の箇所には確かに白いものはあった。ところが、その正体は「白い着物を着た女性」ではなく、やはり「石」(石碑)だった。

近づいて撮った写真


上の写真は、同じ角度からさらに近づいて撮影した写真。夜にもかかわらず白く写っていたのは、すぐ近くに電灯があったからだということがわかった。下の写真は石の正面から撮影したもの。

正体は石碑だった


この事例のように心霊写真を解明する上では、心霊スポットの撮影現場で「相談者がどのように感じたか」といった感想は、実はあまり役に立たない。

本当に重要なのは、客観的な情報を集め、幽霊だという先入観をなくすこと。そうすれば不気味に見える心霊写真にも、また違った真相が見えてくる。

【参考資料】

•大窪南『恐怖写真館 霊の世界をさぐる』(朝日ソノラマ)
•「ほんとにあった怖い話」(フジテレビ、2009年2月3日放送)
•「夜だMONDE」(名古屋テレビ)
•龍顕正『戦慄!! 心霊写真の謎』(学研)
http://www.nazotoki.com/ghost_photography.html


72. 中川隆[4732] koaQ7Jey 2016年10月29日 10:41:15 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5144]

超常現象の謎解き


超常的な力を演出するテクニック「コールド・リーディング」 2016/4/19
http://www.nazotoki.com/cold_reading.html


この記事では「コールド・リーディング」というテクニックを紹介したい。

これは相手に無意識のうちに自分を語らせ、情報を引き出すというもので、上手く使えば、超常的な力によって情報を当てたかのように思わせることができる。

コールド・リーディングの「コールド」には、「冷たい」という意味の他に、「事前準備なしに」という意味がある。つまりコールド・リーディングとは、事前準備なしに相手の情報を読むこと。事前に調べて準備しておく場合は「ホット・リーディング」という。


基本は「釣り」

コールド・リーディングの基本は「釣り」である。エサとなるのは「キーワード」で、このキーワードの反応を見ながら、当たりが釣れるのを待つ。

たとえば、「あなたは最近、失ったものがありますね」と言ったとしよう。この場合、疑問文のように文末を上げる感じで言うと、相手は引っかかりやすい。

「ええ、妻が最近亡くなりまして」とか、「親友とケンカ別れしちゃったんです」、または何か物を失くしたことを話し出すかもしれない。

いずれにしろキーワードを含めて問いかければ、“困りごとがあって相談にやってきた客”は自分に当てはまる出来事を勝手に探し出してくれるのだ。

場合によっては相手の反応が薄い場合もある。そういう時は表情や微妙な動き(首を少しだけ縦に振るなど)をよく読む。電話などの場合であっても、反応までの時間などで正しい方向に進んでいるかどうかがわかる。


ジョー・パワーの実演

ここでは実際のコールド・リーディングがどのように行われるのか、実例を紹介してみたい。

イギリスのリバプールに、ジョー・パワーという人気の霊能力者がいる。


イギリスNo.1サイキック「ジョー・パワー」
http://www.nazotoki.com/joepower.html

彼は霊界とコンタクトして、相談者と関係がある故人から情報を得られるのだという。
以下は、彼の交霊会イベントに集まった観客たちとのやり取りの一部である。

“ジョー「亡くなったご主人が心配していますよ。腰が痛むんじゃないですか? ヒザも痛むでしょう」

女性A「はい」

ジョー「親戚にジーン……、いやデビーという名前の方はいますか?」

女性B「はい、おばがデビーです」

ジョー「ポールという知人がいますか? ポール……お友達とか」

女性C「はい、ポーリンという知人がいます」

ジョー「5という数字が見えます。家族、兄弟でしょうか」

女性A「はい、女の子が5人に男の子が1人います」”


これを見ると、全部、言い当てているように見える。

ところが、この交霊会に参加したマジシャンのダレン・ブラウンと心理学者のリチャード・ワイズマンによると、これらは全部、コールド・リーディングの可能性が高いという。

どういうことか。

まず、女性Aはかなり年配の女性であったことから、ご主人が亡くなっているであろうこと、さらには高齢者にはよくある腰痛やヒザの痛みを持っているであろうことは容易に想像がつく。

次に女性B。

実はこのとき、最初に「ジーン」と言ったときは無反応だった。そこで次に別の名前を出して当たったのである。もしまた無反応であれば、他のありそうな名前をあげていけばよい。ちなみに「デビー」という名前の人物が「おば」であることは、女性自身が数多くの親戚の中から自分で探して言い出したことである。


続いて女性C。
このときは、「ポール」という名前に該当する人物がいなかった。しかし女性はそれを外れだとは考えない。該当する人物がいないのであれば、似たような名前を自分で探して見つけるのである。


最後に再び女性A。
ここでは「5」という曖昧なひとつの数字に対し、「女の子が5人」だと答えている。しかし通常であれば、ここは男の子も含めて「6人姉弟」、もしくは「子どもが6人いる」と答えるところである。けれども「6」では数字が合わないため、数字が該当する分け方を自分で探して、当てはめたのである。


他にも女性Aの兄弟、姉妹、夫の家族、生年月日など、いろいろなものが考えられる。


このように、一見、当たったように見えることでも、ワイズマンらによれば、実は外見などから予想がつくものだったり、エサとなるキーワードに釣られて自分から言い出したことだったりする場合も多いという。留意しておきたい。

バーナム効果

続いては、前出のダレン・ブラウンが行った興味深い実験の紹介。

以下の動画は、イギリスのチャンネル4で放送されていた人気番組「Trick of the Mind」(心のトリック)の一部である。(日本語字幕を付けておいた)

字幕が表示されない場合は、再生後に画面下のメニュー欄にある字幕ボタン(歯車の左)をクリック。スマホの場合は画面右下の字幕ボタンをクリック→「英語」(動画で表示されるのは日本語)をチェック。


超常現象の検証:占い編
https://www.youtube.com/watch?v=7PSogwm1X_I

この番組でダレンはまず、イギリス、アメリカ、スペインで若いボランティアの男女を集める。そして彼らに誕生日を書いた紙や手型、個人的な持ち物を用意してもらい、それぞれ自由に選んでもらった封筒に入れてもらう。ダレンによると、封筒の中身をもとにその人の性格や過去が透視できるという。

封筒が集まると、ボランティアの男女にはしばらく休憩してもらい、その間にダレンは透視の結果を書いた紙を用意して再びみんなの前に現れる。そして、最初は他の誰にも見られないように封筒の中身を読むように指示。

すると、透視の結果を読んだみんなはよく当たっていると驚く。どれくらい当たっていると思うか質問されると、その多くは 75%〜90%ほどの的中率だという。

しかし番組はここで終わらなかった。続きがあった。

ダレンはすっかり信じてしまったみんなに対し、今度は透視が書かれた紙を他の人と交換するように指示。

すると……「自分だけの性格や過去」が書かれていると思っていた透視の内容が、実は他のみんなと完全に同じだったことに気づくのである。

驚きの真相に唖然となる一同。

ダレンはそんなみんなに、これはコールド・リーディングのテクニックを使ったものだと説明する。より具体的には「バーナム効果」である。

バーナム効果とは、誰にでも当てはまるような一般的な人物描写を、自分だけに当てはまると思い込んでしまう現象のことだ。

これを有効にするためには、人物描写を知らせる際に、「これは“あなたの”性格を表したものだ」と特定することが重要である。それができれば相手の強い思い込みを誘うことができるからだ。

人の性格や経験というものは、意外と多様性を持っている。「優柔不断になってしまうことがある」と言われればそういう時もあるだろうし(どんな時でも即断即決できる人は少ない)、「人見知りな面がある」「心の内をなかなか明かさない」と言われれば、思い当たる人も多いだろう。

しかし一方で、「(優柔不断になりながらも)人を大切にする優しさを持っている」、「うち解けた雰囲気では自分を表現することができる」などと言われれば、そういう面があると考えてしまう人もいるのではないだろうか。

これこそがバーナム効果である。コールド・リーディングにはこういった心理効果もあるのだということは知っておきたい。

否定的な反応だったときの対処法

さて最後は、コールド・リーディングの応用編として、否定的な反応が返ってきたときの対処法があるので紹介する。

以下は、


超常現象の心理学 (平凡社新書) 2012/11/19 菊池聡 (著)
https://www.amazon.co.jp/%E8%B6%85%E5%B8%B8%E7%8F%BE%E8%B1%A1%E3%81%AE%E5%BF%83%E7%90%86%E5%AD%A6-%E5%B9%B3%E5%87%A1%E7%A4%BE%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E8%8F%8A%E6%B1%A0%E8%81%A1/dp/4256191402

において、著者の菊池聡氏が紹介しているエピソードである。大阪の某番組に出演した際に、同席していた霊能力者のK氏と、服飾研究家の市田ひろみ氏とのやり取りだ。


“霊能力者「あなたは左側の眼底に悪いところが見られる。それに気管支、のど、腰の右側が悪い。膝や足に悪い影響が出ているようです」

市田氏「ええ、気管支は悪いんですよ。当たってます。 けど腰の右側は悪くないですね」


霊能力者「はい、自覚症状は出てないようですが、悪くなっています」”

ここでの 「自覚症状は出ていないが悪くなっている」という主張は、否定的な反応が返ってきたときの無敵の切り返し方だ。「あなたは気づいていないが私にはわかっている」というわけである。

もともと相手は特別な力を持っているという前提なのだから、こう言われれば納得するしかない。

また、他にも以下のように言い張ることもできる。(これは実際にイギリスの霊媒ドリス・ストークスが、ある男性の死因を透視した際に使った方法)

“ (家族に、死因は心臓発作ではなく、ガンだったと言われて……)
「最終的には心臓発作に襲われたんだって、彼は私に言ってるわ」”


ハズしたときは霊が助けてくれるのである。

【参考資料】

•志水一夫『大予言の嘘』(データハウス)
•「世界まる見え!テレビ特捜部」(日本テレビ)
•「Trick of the Mind」(Channel 4)
•菊池聡『超常現象の心理学』(平凡社)
•Terence Hines『Pseudoscience and the Paranormal』(Prometheus Books, 2003)
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奇跡を演出する事前調査「ホット・リーディング」 2016/4/19
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ホット・リーディングとは、事前調査した情報を使って超常的に情報を読み取ったように装うテクニックのことである。


コールド・リーディングのような即席の読心術よりもインパクトがあり、「奇跡」を演出するためには欠かすことのできない重要テクニックだ。


以下では、実際に使われているものの一部をご紹介しよう。

易者の暗号

最初は 易えき 占いから。 『ベストセラーの戦後史2』(文藝春秋)という本に、著者の井上ひさし氏が若い頃に弟子入りした、易占い師のイカサマテクニックが載っている。

完本 ベストセラーの戦後史 (文春学藝ライブラリー) 文庫 – 2014/2/20
井上 ひさし (著)
https://www.amazon.co.jp/%E5%AE%8C%E6%9C%AC-%E3%83%99%E3%82%B9%E3%83%88%E3%82%BB%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%81%AE%E6%88%A6%E5%BE%8C%E5%8F%B2-%E6%96%87%E6%98%A5%E5%AD%A6%E8%97%9D%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%83%BC-%E4%BA%95%E4%B8%8A-%E3%81%B2%E3%81%95%E3%81%97/dp/416813010X

井上氏によれば、弟子入りした彼の役目とは、客から得た情報を占い師に「暗号を使って教える」ことだったという。

やり方はこうだ。

まず、待合室で客の接待を装って 1対1 で話す。

このとき世間話を装いながら、最低でも、どこから来たのか、悩みごとは何かくらいは聞き出しておく。

この間、待合室から一歩も出ずに、常に客と一緒にいることが重要だ。

やがて頃合いを見て、占い師が待つ部屋へと案内する。

部屋に入ると座布団をすすめ、お茶を出す。

すると、ここで客から得た情報を占い師へ伝えるために暗号が用いられる。

まずは座布団を使用。

座布団の角の房は一つだけ短くしてあり、その短い房を東西南北のいずれかの方向に向けることで、客がどの方角から来たのかを占い師に伝えるのだ。

開口一番で、いきなり当てられるのだから驚くだろう。
コールド・リーディングなど不要である。


2番目は客に出す茶碗を使う。

この茶碗は茶托(茶碗をのせる小さな受け皿)とセットで出される。
両方とも違う模様が何種類もあり、いろいろな組み合わせによって暗号を送れるようになっている。

たとえば童子遊戯図模様の茶碗と、丸い溜塗の茶托の組合わせは「建築」。

萩焼と四角の黒漆の茶托の組合わせは「試験」

というように、150種近い発信が可能だという。

ここまでで重要なのは、弟子は客と常に一緒にいて途中で一度も待合室から出なかったという事実と、占い師のいる部屋に来てからは一言も喋っていないという事実だ。これなら客がイカサマに気付くことはまずない。

ちなみに、客からまったく情報が得られなかった場合の暗号もあって、そのときは座布団をひっくり返して置くのだという。

そんなときでも占い師は全く慌てない。

男性客には、「仕事上のお悩みでしょう」と言い、女性客には「恋愛の悩みですね」と言えば、かなりの確率で当たるという。

また「あなたは不遇ですな」(恵まれてたら相談になんか来ない!)

も有効だそうだ。


顧客名簿

続いては、アメリカのイカサマ霊媒の話。

1925年、マジシャンで心霊研究家でもあったハリー・フーディーニによってセシル・クックという霊媒のイカサマが暴露された。

このときフーディーニは、『ヘラルド・トリビューン』紙の記者と婦人警官と共にクックが主催する降霊会に潜入。戦術として、相当耳の遠い老人を装うために白髪頭に杖を持って変装した。

変装したフーディーニ


クックは暗闇の中で交霊会が始まると、すぐに霊を呼び出す。

霊の声が参加者の一人一人にメッセージを伝える。

フーディーニの番がくると、「アルフレッド」という霊が交信してきた。
フーディーニは耳が遠いフリをする。


“ 霊の声「アルフレッドです」

フーディーニ「アルフレッドかい?」

クック「ええ、あなたの息子ですよ」

霊の声「あなたの息子、アルフレッドです」

フーディーニ「あれがアルフレッド、私の息子かい?」

クック「ええ、そうですよ」

フーディーニ「元気かね?」

霊の声「父さんですか?」

フーディーニ「そうだよ」”

実はフーディーニには息子などいないのだが、さらに決定的なイカサマの現場を押さえるために演技を続けた。

耳が遠いフリをすることで、クックが演じる霊の声はいつもより大きくなる。
それに伴って、声色を変えるためにクックがメガホンを使用していることを示す、わずかな息遣いも大きくなった。

フーディーニはその息遣いをとらえるとすぐに、懐中電灯で彼女を照らす。
このときの状況はフーディーニによれば、

「彼女はメガホンを口にあてて、まるで写真撮影のためにポーズをとっているような感じで、きちんと座って」おり、

さらにクックは、「何ですか、それは? それは何ですか!」と叫んだという。

メガホンを調べるフーディーニ

クックが声色を変えるために使っていたメガホンを調べるフーディーニ

今さら気付いても後の祭り。イカサマの決定的瞬間を見られたクックは、ニューヨークのシェファーソンマーケット刑務所に収監された。

その後、治安判事裁判所で裁判が行われたが、結果がどうなったのかは、残念ながら記録が残っていないためわからない。

しかし大きな収穫はあった。それはクックの「寄付予定者名簿」。

こうした名簿は秘密の集金マシンとして機能し、非常に入手しにくいものだという。

次の項でも紹介するように、名簿はイカサマ霊媒たちが巧妙に組織した仲間内で密かに編集され、交換される。

新聞、役所の記録、墓、さらには地域の美容院など噂好きの経営者から集めた家系や財政状況、その他の個人的データを事前に調べ、仲間と交換するのである。

当時の『グラフィック』紙のニューヨーク版には、クックの長い名簿に目を通しているフーディーニの写真が載っている。

名簿には降霊会の参加者の名前が州別に記載されており、そのうち約2000人はアメリカ東部の人たちで、クックが郵便で心霊メッセージを売りつけていた人々も含まれていた。

サイキック・マフィア

ここでは霊能者が使用している顧客名簿について、さらに詳しく紹介しよう。M・ラマー・キーンという元人気霊媒が書いた、


サイキック・マフィア―われわれ霊能者はいかにしてイカサマを行ない、大金を稼ぎ、客をレイプしていたか (Skeptic library (05)) – 2001/3
M.ラマー キーン (著), 皆神 龍太郎 (監修)
https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%82%AD%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%A2%E2%80%95%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%82%8F%E3%82%8C%E9%9C%8A%E8%83%BD%E8%80%85%E3%81%AF%E3%81%84%E3%81%8B%E3%81%AB%E3%81%97%E3%81%A6%E3%82%A4%E3%82%AB%E3%82%B5%E3%83%9E%E3%82%92%E8%A1%8C%E3%81%AA%E3%81%84%E3%80%81%E5%A4%A7%E9%87%91%E3%82%92%E7%A8%BC%E3%81%8E%E3%80%81%E5%AE%A2%E3%82%92%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%97%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%9F%E3%81%8B-Skeptic-library-M-%E3%83%A9%E3%83%9E%E3%83%BC-%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%83%B3/dp/4872335678

というイカサマ懺悔録がある。

この重要文献には、当時キーンがいた

「キャンプ・チェスターフィールド」
https://campchesterfield.net/

という有名な心霊キャンプで行われていたイカサマが徹底的に暴露されている。

キーンは最初、キャンプ・チェスターフィールドの中心人物だったヴァイオラ・オズグッド・ダンという有名霊媒の顧客名簿を利用していた。

ヴァイオラは彼女の交霊会に来た何千という客のファイルを作っており、他の霊媒とも情報交換していた。

このアメリカ全土と外国の一部にまで張り巡らされた霊媒業界の情報網により、たとえばフロリダにいる霊媒が、シカゴやロサンゼルスから来た客の過去を驚くべき精度で当てることができるのだという。

霊媒の仲間内では、自分たちのファイルのことを「詩」(ポエム)、または「詩歌」(ポエトリー)と呼ぶそうだ。キーンは、ホット・リーディングを使ったときの威力について次のように書いている。

“疑いを持たない列席者にとって、一度も会ったことのない霊媒から、父親は片目が見えなくて手術をしたが、視力は回復しなかったと聞かされることが、どれほどの説得力を持つかご想像いただきたい。

びっくりするほど詳しい! しかも、はっきりとして正確だ!

「霊媒がそのことを知っていたはずはないのよ」……列席者はすっかり信じこんで、友人たちにそう話して聞かせるだろう。”

これだけでも十分にインパクトがあるが、ときには客のバッグから身分証や会員証などを抜き取って、情報を入手することもあるという。

また、こんな方法を使うこともある。花を届けるフリをしてターゲットにしている客の家に潜り込み、指輪を暖炉の裏の隙間に隠しておく。ほどなくして、客が失くし物のありかを尋ねにきたら(電話でもいい)、超常的な力で情報を得たように装って、「指輪は暖炉の裏にある」と告げる。これで、狂信的な信者の出来上がりである。

キーンの『サイキック・マフィア』が書かれたのは1976年。この本に証拠として掲載されている顧客ファイルの数々は全部手書きである。しかし今はIT時代。当時とは比べものにならないほど情報力はアップしているだろう。

ドリス・ストークスの霊視

続いてはイギリスの話。イギリスにはドリス・ストークスという霊能力者がいた。彼女は1987年に亡くなるまで、イギリス、アメリカ、オーストラリアの人気番組に出演し、当時絶大な人気を誇った世界的に有名な霊能力者である。日本では江原啓之氏がドリスの本の監訳を担当している。

天国の子どもたちから―残された家族への愛のメッセージ – 2006/7/29
ドリス ストークス (著), Doris Stokes (原著), 江原 啓之 (翻訳) https://www.amazon.co.jp/dp/4892955337


ここでは彼女のホット・リーディングを紹介しておくことにしたい。

時は1986年11月16日の晩。イギリスのロンドン・パラディウム劇場にて開催されたドリスの霊視イベントでのことだ。

彼女はイベントが始まると「グラハム」という青年から伝言を得ていると告げた。

すると一人の若い女性が驚いた様子で反応を示す。ドリスは彼女を客席の最前列にあるマイクの前に立たせると、すかさず女性の名前が「ドーン」であると告げた。正解である。

女性によればグラハムは彼女の夫の名前で、数週間前に亡くなったという。ドリスは夫婦の名前だけでなく、弁護士への相談事、死因(建設現場で足場が崩れたことによる)、病院で生命維持装置のスイッチを切る決断をした事、さらには両親の名前までズバリ当てて見せた。

初見で会話らしい会話もないまま、これだけのことを次々に当てられたら驚くほかないだろう。

ところが、この正確な霊視に疑問を持つ者がいた。イギリスのジャーナリスト、イアン・ウィルソンである。彼は同じジャーナリスト仲間で、一緒に霊視イベントに参加したベス・ミラーとシオバン・ホックトンと共に、霊視終了後に追跡調査を行なうことにした。霊視されたドーン本人に取材を試みたのである。

すると驚くべき事が判明した。観客の誰もがドリスとドーンは初見だと思いきや、実は事前に知り合っていたのだ。事の真相は次のとおり。

霊視イベントの数週間前、グラハムが落下事故を起こして病院に運ばれた。このときすでに脳死状態である。担当医は妻であるドーンの許可があれば生命維持装置を外すことができると説明し、誰か相談したい人がいるか尋ねた。病院側は医療関係者を想定していたようだが、ドーンが選んだのは違った。

ここで彼女が相談相手として選んだ人物こそ、霊能者のドリス・ストークスだったのである。ドーンは前に女性誌でドリスの特集を読んでおり、彼女にこの生死に関わる問題を相談したいと思ったのだ。

ドーンによれば、病院のソーシャルワーカーがドリスの代理人に連絡を取ると、すぐにドリス本人から連絡がきたという。もちろんこの時点ですでに事情は詳しく説明されている。さらにはドーンだけでなく、病院にいた母親とも話をしており、結局ドリスが霊視した内容は、事前に知っていた内容と簡単な追加調査で得られる情報でしかなかったわけである。

ちなみに霊視イベントへの参加はドーンが密かに行なったことではなく、ドリス本人が無料招待を申し出ていたこともわかった。事前に情報を得ていた上に、あらかじめ来ることもわかり、さらにはそれらを隠してさも霊能力で情報を得たかのように装うとは、厚かましいかぎりである。


神のお告げは39.17メガヘルツ

最後はアメリカのピーター・ポポフという信仰治療師(テレビ伝道師)の話。

1986年に、元マジシャンのジェイムズ・ランディによってそのイカサマが暴露されるまで、ポポフはアメリカのテレビ伝道師として絶大な人気を誇っていた。


ここでは、ランディが暴露したポポフのホット・リーディングについて紹介したい。

まずランディは、弟子のスティーブ・ショウと共に、ポポフが開催していた信仰治療の会場に潜り込んだ。

会場では、ポポフは信仰治療の真っ最中。

コールド・リーディングを使っていないにもかかわらず、信者の個人情報を見事に当てる。

しかし、これで感心していたら超常現象の調査者として失格である。

ランディは、ポポフを間近で観察できるよう、ショウに接近するよう指示。

注意深く観察した彼は、あることに気付く。ポポフの左耳に小型無線機が入っていたのだ。

そのことを知らされたランディはすぐに行動に出た。サンフランシスコの電子監視の専門家、アレク・ジェイソンに協力を依頼。ランディはすぐに調査チームを編成し、ポポフが受信している電波の傍受を試みた。

すると計画は見事成功。 傍受した内容は、ポポフの妻エリザベスが、事前に調べた信者の個人情報を無線を使って送っているものだった。

ランディは、この内容をジョニー・カーソンの人気番組「トゥナイト・ショー」で暴露。普通なら「終わった」と言っていいような痛恨事だ。しかし信者を減らしながらもポポフたちはしぶとく生き残っている。信じる意志は教祖の悪事も見えなくするらしい。

以上、冒頭でも書いたように、ホット・リーディングは「奇跡」を演出することが出来る非常においしいテクニックだ。そのテクニックは日々ハイテク化している。


“ まさか、そんなことまではしないだろう。”

客がこう思ったときこそ、イカサマ師が内心で笑っている瞬間だということは忘れないようにしておきたい。

【参考資料】

•井上ひさし『ベストセラーの戦後史2』(文藝春秋)
•ケネス・シルバーマン『フーディーニ!!!』(アスペクト)
•M・ラマー・キーン『サイキック・マフィア』(太田出版)
•イアン・ウィルソン『死後体験』(未来社)
•「Peter Popoff proved fake on 39-17-Mhz」(http://www.bible.ca/tongues-popoff-39-17Mhz.htm)
http://www.nazotoki.com/hot_reading.html


73. 中川隆[4733] koaQ7Jey 2016年10月29日 10:58:01 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5145]

超常現象の謎解き


死者が押す死への上り坂「サンアントニオの踏切」 2016/4/18 
http://www.nazotoki.com/ghost_tracks.html


"Ghost Kids" Pushing Car in San Antonio 動画
https://www.youtube.com/watch?v=9WmZbzF9TEw

伝説

アメリカのテキサス州サンアントニオに、子どもの霊によって怪奇な現象が続発する呪われた踏切が存在する。

サンアントニオの踏切現場


ことの始まりは1938年。

サンアントニオで一台のスクールバスが子どもたちを乗せ、学校へと向かっていた。ところがその途中、踏切にさしかかったところでバスが故障。立ち往生してしまう。

すると、そこへ運悪く列車がやってきてしまった。車内にいた子どもたちは逃げる間もなく、バスごと列車と衝突。無残にも彼らは全員死亡し、その遺体はバラバラになって踏切の付近一帯に散乱したという。

怪奇な現象が報告されるようになるのはそれからだ。

この事故現場となった踏切付近では、踏切の手前で車のギアをニュートラルにし、エンジンを切ってブレーキペダルを離すと、上り坂にもかかわらず、まるで何者かに押されているかのように踏切へ向かって車が勝手に上り出すのである。

しかも踏切を越えたあとに車外に出て、車の後部表面にパウダーをかけてみると、奇妙なことに指紋が浮き上がってくるのだ。この指紋は坂の手前できれいに車のボディを拭き取っても現れることから、車の所有者の指紋ということはあり得ない。

さらに踏切付近では、他に誰もいないにもかかわらず、悲鳴のような声が聞こえてくるとの報告もある。

これらの怪奇な現象は現在も報告が続いている。アメリカ中から多くの者が訪れ、体験しているのだ。全部嘘ということはありえず、その原因は踏切事故で亡くなった子どもたちの霊の仕業だと考えられている。

謎解き

この怪奇話が語られる際には、踏切事故は地元のサンアントニオ新聞に確かに載っていて、踏切付近の通りには、それぞれ「シンディ・スー」「ボビー・アレン」「ローラ・リー」というように、事故の犠牲者となった子どもたちの名前まで付けられている、という話もセットで語られることが多い。

ちゃんと由来があるのだよ、ということだろうか。

ところがよく調べてみると、どうも違う真相がわかってきた。報告や語られる話のすべてが嘘ではないものの、多くの勘違いが入り交じっていたのである。

サンアントニオの現場で事故は起きていない

心霊スポットなどの調査で重要なことは、そもそもいわくとして語られる事故や事件などが本当に起きているのか、という点の確認である。

今回の件では、ディスカバリーチャンネルの「都市伝説‐ネット画像のウソ・ホント」という検証番組にて、1938年のサンアントニオ新聞の紙面が紹介され、踏切事故の話が載っていることは確認された。

しかし話はここで終わらない。紙面をよく見ると、事故現場となったのはサンアントニオではなく、北西に約1800キロも離れたユタ州のソルトレイクシティであることがわかったのだ。

より具体的には、ソルトレイクシティの南に位置するミッドヴェールという町で、この町のジョーダン高校に通う学生を乗せたスクールバスが、1938年12月1日の午前8時43分に事故を起こした。

当時は大雪と濃い霧の影響で視界が非常に悪く、列車の運転士は踏切で立ち往生するバスに気づかず、そのまま衝突してしまった。

この事故でバスに乗っていた学生23人と運転手が死亡。大惨事を伝えるニュースは瞬く間にアメリカ全土へと広がっていった。サンアントニオ新聞に載った記事は、この全国に広がるニュースの一部だったのだ。

ところがそれから十数年後。1950年代になると、どこかのおっちょこちょいがこの事件はサンアントニオで起きたものだと勘違いし、その話が少しずつ広がりをみせてしまった。そして1970年代には地元の立派な怪談話として、すっかり定着してしまったのである。

ちなみに地元の郷土史家、ドーシア・ウィリアムズの調査によれば、念のためサンアントニオの現場で踏切事故が起きたことがあるか、鉄道会社や警察に問い合わせて調べてもらったが、やはりそのような記録はなかったという。

上り坂に見えるのは錯視

現場で子どもが亡くなる事故がなかったとはいえ、怪奇な現象は複数の人たちによって報告されている。それらはどのような原因なのだろうか?

まず上り坂を車が勝手に上っていく現象については、これまで測量士による複数の調査が行われた結果、車が動き出す踏切の手前20メートルの地点から見て、踏切の地点は60センチほど低いことが明らかにされている。


踏切現場の測量時の様子

つまり踏切に向かって上っているように見えた坂は、実は下り坂だったのである。このような錯視が起きる坂は、一般に「おばけ坂」や「ミステリー坂」と呼ばれ、日本でも、群馬県、香川県、岩手県、鹿児島県などでこのような坂が知られている。

一方、錯視については学術的に「縦断勾配錯視」じゅうだんこうばいさくしと呼ばれる。

今回のサンアントニオの事例の場合、下り坂が非常に緩やかであることや、踏切の直前に窪みがあり、そのあと少しだけ上り坂になっていること、さらには窪み付近で偽の地平線が知覚されることなどにより、縦断勾配錯視が起きるのだと考えられている。


その他の怪奇現象

次に指紋。【伝説】では、事前に拭き取ってもパウダーを振りかけると指紋が浮かび上がってくるとされる。消したはずの指紋が現れるのだから、幽霊の仕業だろうという。

ところが指紋というのは対象物の材質によるものの、今回のように塗装が施された車のボディの場合、特殊な洗剤で拭き取らない限り簡単には消えない。見た目はきれいに拭き取ってあるように見えても、実際は消えずに残っており、そこにパウダーなどを振りかけると元々付いていた指紋が浮かび上がってくる。

前出の「都市伝説‐ネット画像のウソ・ホント」では、その浮かび上がってきた指紋を専門家に鑑定してもらい、車を運転していた本人のものであることを突き止めている。

その他はどうだろうか。

悲鳴のような声が聞こえる件については、「オァー、オァー、オァー」というような声だとされる。

実は、この声の正体は鳥だった。現場の踏切からそう遠くない場所にクジャクを飼っている農場があり、悲鳴とされているのは、ここのクジャクの鳴き声だったのである。

最後は通りに付けられた犠牲者の名前とされるもの。確かに現場の通りには「シンディ・スー」「ボビー・アレン」「ローラ・リー」といった名前の通りが見られる。しかし先述のとおり、この現場で子どもの犠牲者は出ていない。

ではこの通りの名前は何なのか?実はこの名前は、サンアントニオの現場一帯をおさめる地主が、自分のかわいがっている孫の名前を付けたものだったのである。

現場で数々の怪奇現象を起こす犠牲者の子どもたちの名前だとすると、おどろおどろしい感じがするけれど、実は無関係のおじいちゃんがかわいいの孫のために付けた名前だというのだから、それはそれでほのぼのとするいいオチではないだろうか。

【参考資料】

•對梨成一「縦断勾配錯視」『心理学研究』(2008年 第79巻 第2号 pp.125-133)
•須藤武雄『証拠は語る』(日本文芸社、2000年)
•塚本宇兵『指紋は語る』(PHP研究所、2003年)
•「都市伝説‐ネット画像のウソ・ホント〜幽霊列車〜」(ディスカバリーチャンネル、2010年)
•「ミステリー・ゾーン〜幽霊を見るために〜」(ディスカバリーチャンネル、2006年)
•Miracle Hunters「The Ghost Tracks of San Antonio」(Discovery Channel 2004)
•Virginia and Daniel Barnett「The San Antonio Ghost Children」『The Newsletter of The North Texas Skeptics』(Volume 17 Number 11)
•「Transport: Awfullest Thing」『TIME』(Dec. 12, 1938)
•Kris Baker「Ghost Children and the Train Tracks」(http://www.bellaonline.com/articles/art19888.asp
http://www.nazotoki.com/ghost_tracks.html


74. 中川隆[4734] koaQ7Jey 2016年10月29日 11:18:38 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5146]

超常現象の謎解き


母と子の切れない因縁? 「水子の祟り」 2016/4/18 
http://www.nazotoki.com/mizuko.html


伝説

水子の祟りは恐ろしい霊障である。
墜胎や流産した水子の霊は生まれてくるはずだった親のもとに取りすがる。

そうしなければ、彼岸と此岸との間でさまよったまま、いつまで経っても成仏することができないからだ。

取りすがる場所は産んでくれるはずだった母親の体になる。
そして「お母さ〜ん」と泣き叫びながら、様々な霊障や祟りを起こすのだ。
いつまでも成仏できない場合は母親の体を完全に殺してしまうこともある。

謎解き

【伝説】で書いたのは、細木数子氏の著書『六星占術の極意』の中で、水子について書かれている部分の要約である。

「水子の祟り」について他で言われていることも大体同じようなもので、例えば阿含宗では次のように説明されている。

“水子の不成仏霊は、その家系の幼少児におそろしい霊障を生じます。
ときには、成人になってもきょうだいの水子の霊障のために運気をそこない、悲運に泣いているひとをすくなからず見うけます。水子の霊障による親子の争い、家庭の不和も多く見られます。”


また本覚寺では、次のように説いている。


“家族や子孫が幸せになることはとうてい望めない。水子の霊障は長い期間経過してもその威力は衰えず、いつまでも何らかの不幸をもたらす恐ろしい霊障。”


テレビなどでも霊能力者などが「水子の祟り」とよく言っている。実に恐ろしい祟りとして世間でも有名だ。ずっと昔からある話だと思っている人も多いかもしれない。

ところが、この「水子が祟って母親や家族を苦しめる」という考えは、1970年代に、いわゆる新・新宗教が考えて広めたものだとされている。実は歴史が浅く、確かな根拠がある話でもないのである。

供養のために水子地蔵をまつる風習は江戸時代からあったが、「水子が祟る」という信仰が全国に広まって一般化したのは、70年代になってから。

前出の阿含宗はこの時期に急成長をとげ、本覚寺グループも前身の訪問販売会社時代に「水子菩薩」の販売を手がけて業績を急速に伸ばした。


一方、秩父の紫雲山地蔵寺の初代住職、橋本徹馬氏は、水子供養ブームの仕掛け人と言われている。この橋本氏の地蔵寺は、近年の水子寺の元祖。「水子の祟り」と「お祓い」を売り物に、あっという間に1万体の水子地蔵を売りつくしたという。

また、この頃から各地の石材店が水子観音や地蔵の販売に乗り出すようになり、これとタイアップする寺院も急増した。「水子を成仏させるために」供養しなさい、というわけだ。


けれども、こうした考えや動きは江戸時代以前には一般的ではなかった。

そもそも民間の風習では、

「7歳以下の子どもは人間の子と考えず、まだ神の子であるという考え方があり、死んでも仏にはならない」(『大百科事典』)

と考えられており、

「仏としてのあつかいをせずに、すみやかな再生を願って」(『仏教事典』)いたからである。

宗教ビジネスや霊感商法に「祟り」とセットで利用されるまでは、仏になるために成仏させるべしなどという考えが出てくる話ではなかったのだ。


ちなみに


新編 江戸の悪霊祓い師(エクソシスト) (ちくま学芸文庫) 1994/11 高田 衛(著)
https://www.amazon.co.jp/%E6%96%B0%E7%B7%A8-%E6%B1%9F%E6%88%B8%E3%81%AE%E6%82%AA%E9%9C%8A%E7%A5%93%E3%81%84%E5%B8%AB-%E3%82%A8%E3%82%AF%E3%82%BD%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%88-%E3%81%A1%E3%81%8F%E3%81%BE%E5%AD%A6%E8%8A%B8%E6%96%87%E5%BA%AB-%E9%AB%98%E7%94%B0/dp/448008164X


によれば、江戸時代において、おそらく最初に水子供養を行ったのは浄土宗の祐天上人だという。彼は当時、堕胎で苦しむ母親たちを救済するために、人としての扱いを受けていなかった水子にスポットを当て、供養の対象とした。

当たる確率が高い水子の話

さて、このように「水子の祟り」は近代に一般化した話にすぎない。しかしこの話は霊感商法とも関係が深いため、鑑定などで水子の話を持ち出されて、他言もしていないのに当たった経験をお持ちの人も多いようだ。

ところがこれには理由が考えられる。もともと水子の話は当たる確率が高いのだ。

2002年3月に日本放送出版協会から出された、『NHK 日本人の性行動・性意識』というデータブックによれば、「これまでに中絶を経験したことがありますか」という問いに対し、

20代と30代では約30パーセント、
40代では35パーセント、
50代と60代では約50パーセント

が、中絶を1回以上経験していると回答したという。

これは20代から40代では約3人に1人が、50代以上では実に2人に1人が中絶経験者になることを示している。

水子の話を持ち出せば、それなりの確率で当たることがよくわかるのではないだろうか。

また相談者の先祖までさかのぼる鑑定方法がとられた場合、さらに高い確率で中絶経験者を見つけ出すことが可能だと考えられる。むしろ親戚中を探して一人も経験者がいない、ということの方が珍しいかもしれない。

そうなれば、あとは「水子の祟り」を持ち出すのみ。

知られるはずがないと思われることを当てられたのだから、さぞ驚くのではないだろうか。

不安に駆られて不幸の原因は祟りのせいだと思い込ませることも、きっとできるに違いない。

けれども、その「祟り」に怯える前によく考えていただきたい。

体調が悪くなったり、人間関係が悪化したりしたのは本当に祟りのせいだろうか。

中絶が原因で体が不調になることはあるし、人間関係がぎくしゃくしてしまうことだってあるだろう。霊能者の話に、「そういえば……」と思いを巡らす余裕があるならば、少しその間に、他の原因を考えてみるのも悪くないはずだ。

水子を供養したい、という気持ちはよくわかる。真摯な気持ちで供養を行っている人は多くいる。しかし「祟りが怖い」とか、「人生が上手くいかないのは水子が元凶だから」というような理由で供養するのなら、供養される側はちっとも嬉しくなどないと思う。

水子は先祖の祟りと同じくらい、悩める人間が背負うことが出来ない「うまくいかない原因」を背負わされてきた。

もうすでに40年以上経つ。そろそろ、この役割から解放させてあげたいものである。

【参考資料】

•柿田睦夫『霊・因縁・たたり―これでもあなたは信じるか』 (かもがわ出版)
•『岩波仏教辞典』 (岩波書店)
•『世界大百科事典』(平凡社)
•志水一夫『大予言の嘘―占いからノストラダムスまで そ の手口と内幕』 (データハウス)
•細木数子『六星占術の極意』 (主婦と生活社)
•廣野隆憲『阿含宗の研究 桐山密教の内実』(東方出版)
•『NHK 日本人の性行動・性意識』 (日本放送出版協会)
•高田衛『江戸の悪霊祓い師』 (筑摩書房)
http://www.nazotoki.com/mizuko.html


75. 中川隆[4735] koaQ7Jey 2016年10月29日 11:31:43 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5147]

日本古来の水子供養の方法


38 :本当にあった怖い名無し:2012/05/25(金) 22:29:31.57 ID:izmPJ9ba0

おれの出身は軒数20くらいの山間地。苗字全部一緒だった。本家とかあったし。 母さん(違う地区から嫁いできた)が

「ここらは近親相姦してたところだから、あんたらが障害を持ってたり奇形児じゃないか心配だった」

っておれが大人になって教えてくれた。 昔はうちの地区はみんな苗字一緒なんだぜって変な自慢してたけど、それ聞いて背筋が寒くなった。

そこかしこに無縁仏はあるし、葬式の時変な儀式してるし・・・
今思えば不気味だな。


93 :本当にあった怖い名無し:2012/08/17(金) 01:52:54.80 ID:KAZVh3tz0

東北の父の実家で、知り合いはみんな意味を知らない謎の風習があるんだけど…。
お盆の頃になると赤い布でぐるぐる巻きにされて布に風車をいっぱい刺したボロボロの小さめのお地蔵さん?を設置する文化がある。

お地蔵さんは本当年期入っててボロボロだけど、かろうじて表情はわかる。優しそうな感じで笑ってる。多分女性。 

お盆の頃になると道を挟んだ村の墓地の目の前にある、ため池みたいな場所にでかい慰霊碑があるんだけど、お地蔵さんはその前に設置される。 お地蔵さんは道を挟んだ向こうのお墓の方を向いている。

慰霊碑にはとある戦没者の名前が書いてある。石碑の前にはお地蔵さん以外にも小さな石碑?が5,6個ある。 小さな石碑は季節関係なくある。梵字みたいなのが読めるけど意味はわかんない。これはお地蔵さん位古くて字が読めない。

ため池前の戦没者石碑の前にある梵字石碑の中に布ぐるぐる巻きのお地蔵さんを置く。これがお盆の光景。

で、このお地蔵さんはお盆が終わると山奥の川に流すらしい。流したらどっかに保管するらしい。どこに、誰が保管してるかは知らない。

お地蔵さんは父の実家では”ミズコ”と呼ばれてる。他の家ではなんと呼ばれてるか知らない。

なんで布を巻いて風車を刺して慰霊碑と梵字の中に置いて、どうして川に流してどこに誰が保管するのか、この風習に何の意味があるのか、こういう風習は他の所でもやってるのか。誰か心当たりがあったら情報おねがいします。

97 :本当にあった怖い名無し:2012/08/17(金) 02:20:52.11 ID:BNdhvcKO0
>>93-96
一般に「水子」と言えば、死産・流産などでこの世に生れなかった子供のこと。

赤い布は産着、風車は子供の玩具だから(恐山の賽の河原でも見る光景)、
普通に考えると水子を供養する儀式なのかなと思うけど……。

「地蔵を川に流す」というのがちょっと引っかかる。
土地の由来を知らずにうっかりしたことは言えないけど、 明治ぐらいまで、貧しい地域にはいろんな風習があったからね。

98 :本当にあった怖い名無し:2012/08/17(金) 11:08:13.64 ID:Zn97AIuu0

石の地蔵様が川に流れるというのはよほど地蔵が小さいのか
川が急流なのか
ドボンと沈むイメージから離れられんな


99 :本当にあった怖い名無し:2012/08/17(金) 14:29:01.63 ID:TpDgFTby0

古事記でもなり損ないの子は(葦舟にのせてだけど)、流し去られたよね。


101 :本当にあった怖い名無し:2012/08/18(土) 13:59:59.32 ID:kel8ZOeO0

「日本書紀」に弟橘姫の入水という話があって、弟橘姫は日本武尊の后で海神の怒りにあって波が荒れ船が進めないときに海に身を投げてその怒りを鎮めた場所は走水の海で現在の浦賀水道

面白いことに三浦半島の大浦山洞窟遺跡で弥生時代中期の人骨が発見されたが
骨には刃物で肉をそいだ跡があり、人肉食の風習があったことが疑われている
もしかしたら荒波を鎮めるための儀式的なものである可能性もあるかも

「三浦洞窟人バラバラ死体のミステリー」
http://homepage2.nifty.com/raputar/kansama1-4.htm


102 :本当にあった怖い名無し:2012/08/18(土) 14:18:28.46 ID:Pzw4Mv+N0

ヒルコはイザナギとイザナミの国産みで最初に生まれた子で出来が悪いとして流された
これは女神であるイザナミが最初に声をかけて子をなしたためと「古事記」にはあるけど
この男尊女卑的な神話は後代の中国の影響を受けているという説もある

ヒルコが流れ着いた場合はエビス神に変質したりする
祝福された漂着物といった意味合いか またエビス神は漁業の大漁を象徴したりもする
ただエビス神の性格は複雑で素性をたどるのは難しい
殺生を嫌う仏教の影響は少ないのではないかな

103 :本当にあった怖い名無し:2012/08/18(土) 14:21:14.82 ID:XHLHC4nn0
>>98
お地蔵様は30cm、梵字は20cm位です。川は一部の人しか知らない川らしいです。

>>99
父が水難事故の子供の供養かもとも言ってました…。
本当に古い土地だから謎の場所とか言い伝えが多いので、分かる方がいて安心しました…


104 :本当にあった怖い名無し:2012/08/18(土) 15:27:39.14 ID:tLucQCE00

水子は民俗学のほうでだいぶ研究があるな

現在のような水子供養の概念というのは人工妊娠中絶が盛んになってからのものでかなり新しい 特定宗教が新手の金集めのために始めたという話もあるくらい

昔の間引きや、石を抱いたりしての子堕ろしと現代の妊娠中絶が最も異なる点は、間引きなどは集落において容認されていたという点かな

ある程度の年齢の子がある日を境にいなくなったとなれば、集落内でははあやったか、とすぐにわかる

それに対して現代の妊娠中絶は人に知られぬ個人的な行為だから、どうしても罪悪感を個人で引き受けるしかない 

「現代日本の水子供養」
http://www.ne.jp/asahi/time/saman/index.htm

http://toro.2ch.net/test/read.cgi/occult/1333464457/


15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水)

地元のしきたり

十二年に一度本家か分家から赤ん坊と食べ物を山の神社に奉納する
まだやってる
翌日行くと赤ん坊、食べ物は消えてる


21:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 00:05:50.71 ID:4cwhA+zH0
>>15
大まかでいいから地方おしえて


31:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 00:13:42.25 ID:Sw6vRLo30
>>21
東日本とだけ
奉納する前は山に入れば八つ裂きにされたとか


129 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 01:37:01.03 ID:Sw6vRLo30

で俺の体験

子どもの頃よく言われるのが大きくなるまではその神社にいくなと言われる
そう言われてもたまに友達と行ってしまってたが奉納のための赤ん坊は産まれても公表しない

その時の子供は本家の子供
地主で本家の子供なら村はけっこう大騒ぎするはずだが何もなかった

俺は赤ん坊をみてみたかったが婆ちゃんや父親に止められてた
一週間かそこらかな?奉納が行われる

村人が食べ物を持って来て、その整理や車に載せるのを手伝わされてたのもあって忙しかったのは覚えてる

食べ物を車に載せて神社の入るための山道にいく
子供は神社に入っちゃいけないから俺は車から食べ物を下ろすのを手伝わされた
軽トラに載せたりもしてたしすげー量で色んな匂いが混ざってた
全部下ろしたら車で帰った
その日の夕飯はすげー豪華だったけど静かだったと思う

翌日神社に友達といってみた
もちろん食べ物のためだ
魚や肉はダメでも果物はいけるだろと思ってた

神社に行って中をみると何もなかった
軽トラや車で運んだ食べ物がない
運んだのはここじゃないのかもと思ったが果物や魚の匂いが扉を開けた時少し残ってた

こんな話

85 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 01:11:33.47 ID:Sw6vRLo30

地元はすげー田舎なところ
赤ん坊を奉納する家は元々そこの地主

森にはいって生活するわけだが奥に入りすぎると上でも書いたように八つ裂きにされた
社も建てて毎年食べものを奉納するがそれでも被害はでる

それで地主が自分の家の赤ん坊と一緒に神社に入りひたすらもう襲わないようお願いをした

けど眠ってしまい夢の中で声を聞いた
赤ん坊はうまい。おまえの家の赤ん坊を捧げるなら襲わないでおくと

起きると扉は閉めていたのに赤ん坊はいなくなってた
それから山に入っても襲われなくなった

これが婆ちゃんから聞いた話


65 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 00:56:37.42 ID:RkYjO6AmO

子供の墓は基本的に大人とは一緒にされない。

床下や庭などにトロ箱やミカン箱に入れて埋められることも多かった。

古い家の庭にお稲荷さんとかじゃない塚があったりするが、あれは無縁仏と子供の墓だったりする。


4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/12(火) 23:54:26.53 ID:gV14b2+/0

奇形はごく潰しなのでキュッ

5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/12(火) 23:55:01.88 ID:/gEAURTL0

人工的神隠し

92 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 01:14:51.98 ID:FHX1fQw40

地蔵盆の時にその一年で死んだ人と同じ数の提灯を飾って最後に子供が提灯を破く


76 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 01:03:17.00 ID:C7WEk85Q0

赤ん坊を一度捨てる風習は結構あるのよ
なぜかというと拾った子供はよく育つという俗信があったから
自分の子供を一度捨てて近所の人に拾ってもらいそのあと返してもらうことで擬似的な拾い子とする風習

157. 名も無き哲学者 2012年10月23日 07:23

現代の常識では酷いとか人権がとか言って忌み嫌われる風習とか因習とかは大事だったんだよ…

姥捨ても、お産婆さんがキュッってするのも決して大きな声では言えないけど必要な事だったんだよ。老人ホームやら、優性保護法なんて言い訳作って誤魔化すのは良くないよな


6:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/12(火) 23:55:08.51 ID:LCHumACv0

ある地域の屋根裏には牢屋があった
近親婚が多く、近親相姦で生まれる障害者を閉じ込めておくために

【閲覧注意】あなたの家の開かずの間『開かずのトイレの痕跡』
http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4215369.html


27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 00:09:46.72 ID:f5zNDHWl0

明治のころまでは地下に牢屋などを作って精神的な疾患などを抱えた家族を監禁してた

147:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 01:54:08.57 ID:yF5K3ouQO

重い病気、ボケ老人を姥捨て。
障害持ちを幽閉や産まれた直後〆る
見合いや許嫁による半強制結婚

なんて風習は実は理に叶っていて村や地域社会が効率よく回る為に必要だったのかもしれないな
現代が抱える医療費の増大や未婚晩婚少子化もこういった風習がなくなってしまったが故かもしれない


156:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 02:01:30.22 ID:xeLUaf8l0
>>147
障害持ちを〆るのは普通にやってるだろ
高齢出産だと何も言わんでもチェックされるぞ
あと、安楽死は絶対早く合法化すべきだな
自殺の原因の半分は病気
かわいそう


419 名前:名無しさん@涙目です。 (空)[sage] 投稿日:2011/08/14(日) 14:45:37.10 ID:zV2yCDi70

畑の隅に必ず果樹が植わってて、人が死ぬとその木から少し離れた処に土葬される。 そうすると2,3年先に例年になくワッと果実 の成る年が来るから、その実を漬けて酒にする。 盆や命日がくる度に、故人の話しをしながら、それをチビチビと親戚一同で呑み交わす。

一度、止める様に指導があったけれど、うちの地域が今も土葬を認められているのは この習慣があるから。


82. あ 2012年10月22日 09:58

女とおし
村の有力者に初夜権と称して新婚初夜の嫁を掘られる
この処女膜をやぶる行為から女とおしと呼ぶ
気持ち悪いな〜

162. 名も無き哲学者 2012年10月23日 11:53

新婚の新妻は初夜に村の長老が味見をする、処女膜開通は長老の特権であった。

74. 名も無き哲学者 2012年10月22日 08:31

うちの実家岡山の山奥なんだが、昭和30年ごろまでは夜這いの習慣があったぞ。実際多くのお爺さんが若い頃経験したって話を経験者から聞いた。戦争で夫を失った後家さんに、若い衆が夜這して筆おろししてもらうんだそう。逆の場合もあって(やもめのおじさん×若い娘)そっちは子づくり目的な。

あと、昭和の中ごろくらいまでは田舎の山奥に歌垣の夜みたいな風習が残ってて、地区の祭りの後気に入った人と寝て、その結果できた子供は福の神と言われて大事に育てられたんだとか。でも解せないのが、夜這いや乱交祭りという風習に則った結果できた子供は大事にされるのに、強姦や不倫の子は母親ともども差別されて村八分にされるとか。

風習かな。うちの実家周辺では一般的にお盆に迎え火焚かない。でも最終日にお供えと故人の戒名の書いてある薄い木の板持って、鈴や鐘、家によっては小さい太鼓を絶え間なく鳴らしながら川まで行って、お供え流して板を燃やす。

その後帰宅するのだけど………帰宅途中決して後ろを振り返ってはならず、声を立ててもいけない。鳴り物すら懐にくるんで足跡も消して歩く。

そうしないと音にひかれて死人が返ってくるからって言われた。死人に気が付かれないように懐中電灯とかも消すから、途中田んぼに落ちたり側溝に落ちたりして怪我をする(笑)昔肥溜めに落ちた人もいたらしいが、誰も助けに行けなくって自力で這い出たらしい。

20. m9(^Д^) 2012年10月22日 01:12

神様同士が交じり合う儀式があって それを若い女性がチンコの形した棒もって見てるっていうのなかったっけ?

交じり合っている儀式はお面かぶった男同士だがそのまわりを若い女性が見ているってシュールだなぁって思った。 処女を守るって西洋から来た考えで日本ではむしろ嫁入り前に不吉な血の出る膜は破って嫁入りさせていたんだよなぁ。

地元ではもう残ってないけど 14前の女は稲荷の前で薪を3日焚き、その間、夜は稲荷の裏から鬼が出てきて 掛けていたらしい。

「掛ける」というのはもちろん「交わる」事。


鬼はどういう方法で選ばれてたかまでは 聞かなかったな。 無事、鬼に掛けられた女は、その次の日から夜ばいを受ける事を許され、兄弟以外の一番近い血縁から順番に紹介で次の男へと権利が渡っていく。 一巡し、もし身ごもっていたらいとこ婚だった。 身ごもっていなければ、他の男と結婚。

細かいルールまでは知らんが財産を守る知恵だったらしい。


43. 名無しさん 2012年10月22日 02:56

今と違って昔は処女性重要視されて無かったからな
それより今と違って性関係の情報無さ過ぎて
いきなり初夜迎えても出来ない事の方が深刻だった

52. あ 2012年10月22日 04:09

風習というか、嫁は家に嫁いできたものとして、兄が戦死したから弟が兄嫁と結婚とかならあるわな

あとは西武グループの初代の女癖みてると、息子の嫁と当たり前のようにやってるし、出身地ではそんな習慣があったんじゃないかとも思ってはしまうが
嫁と親父の子供を養育する息子とかなにが楽しかったのかね


216. 名も無き哲学者 2012年10月26日 00:21

シベリア抑留して帰って来た近所の爺さんは、 戻ってきたら後家扱いになってた新婚ほやほやの嫁が村の若衆の夜這いですっかり熟れてたのでショックで村を出たと言ってたよ。 それでも体面上、その後数年は法律上結婚し続けてたんだと。

後家は若衆のもの、という風習が残っていた地域の場合 同じように自分が苦労してる合間に嫁さんが公衆便所になっちゃって 涙飲んだ人は多々いただろうな。

どっちにせよ、人口の少ない村では若い人間はそれなりに貴重だし 一人に操を立てて生涯寡婦だと子供が生まれず村が栄えない。 だからこその風習なんだろう。

江戸から戦前戦後にかけて、それなりに人口が多く、移住者や旅客も多かった都市部はともかく、山間の村なんて自分の村と周囲の村くらいが世界の全て。
だからこその再婚・早婚システムといえなくもない。

無論、こうした風習や歌垣のシステムと、通常の不倫はまったく別。
寡婦を含む独身者は結婚が大きな仕事だし、歌垣は晴れの日の祭りだから許されたのであって、ケの日において秩序や和、信頼を乱す行為は御法度、ってことなんだろうな。

188. 名も無き哲学者 2012年10月24日 00:07

死後婚とはちょっと違うけど、アジアの一部やアフリカでは処女のまま死んだ娘は悪霊と結婚してしまうから、破瓜を済ましてから埋葬する習慣があったそうだ。
http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4318420.html
http://blog.livedoor.jp/isther_s/archives/8698294.html

奇祭、奇習、世の中には沢山ありまして、面白半分という部分はあるのですが、実際に知っていくとですね。口が段々重くなります。近親相姦、精神疾患、遺伝病の発症の理由、村の中での奇習を隠すための排他主義。私もちょっと見てみたんですが、何といいますかね。今まだ残る人に対して、困ることになるんじゃないかと。

私は特に、幼い頃から、「えたひにん」と呼ばれる人たちの生い立ちや生き様、「部落」と呼ばれるところの部落からどう脱していくか、そして、現在、口が裂けても言われないけれど、ある施設の近所の子供に対する「差別」を追っていった事がありました。それを専門に勉強したかったんですが、あまりに、悲しい事実があるので、私も知りうることに関して、口が重いことがあります。けれど、実地でそういう人たちの話を聞いて周った(はじめた当時の私はまだ、8歳くらいでしたかね)ので、口も重くなります。

どうしてここに、社が建つのか。どうしてここに、こんなものがあるのか。どうしてここにこんな施設があるのか。

紐解いていけば紐解けるのですが、だからと言って、残された人たちが、すっきりはっきり白状できない理由も、あるのです。

何度でも話に上がっては来ると思いますが、触ってはいけない問題もあるということで、やったやってないは関係ない世界があるんです。それを、個だけを尊重して尊んで美談にしようとすると、村全体が悪くなって、誰も嫁に来なくなってしまったり、後を取る人もいなくなったり、廃村に持ち込まれたりします。あなたは、掘り下げようと思うとき、全ての人の利益を考えて発言してください。

どさくさにまぎれて行ったことは、全て、美談にならない洒落にならないものばかりなんです。
http://blog.goo.ne.jp/nekotech/e/ff1deb2cfcd8c62ed0dced78d7521f04



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