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アメリカ・アングロサクソンの凶暴性・アメリカインディアンが絶滅寸前に追い込まれた仮説
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/367.html
投稿者 sagakara 日時 2010 年 6 月 21 日 22:31:46: Va70ZvAvjnToE
 

アメリカ合衆国でアメリカインディアンの血筋を引く人は、わずかしか残っていない。
それに対して、メキシコでは70%位の人が原住民の血筋を引いているという。
アングロサクソンは、情報操作でアメリカインディアンは、白人が持ち込んだ天然痘などの伝染病で90%のもの人が亡くなったという説を流している。
しかし、メキシコでは原住民の血筋を引く人が混血しているが多数生き残っている。
そこで、一つの仮説を立ててみた。
アメリカ合衆国には黒人が10%位いて、メキシコには少ない。
これは何を意味するか。
アメリカ合衆国の白人達は、アメリカインディアンを虐殺すると共に、生き残ったアメリカインディアンをも奴隷として皆殺しに近い状態まで追い込んだ可能性が強いと思われる。
アメリカインディアンの奴隷がほとんど死んでしまったので、白人達はアフリカから黒人奴隷を連れて来たのだと思われる。
これは歴史の闇にかき消されていく本当の真実かも知れない。

今回、ある仮説を立てみたが、アングロサクソンの凶暴性は、太平洋戦争・朝鮮・ベトナム・湾岸・アフガン・イラク戦争と近年になても大量殺戮を繰り返す事で証明されている。

皆さん、この仮説をどう思われるでしょうか。
 

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コメント
 
01. 2010年6月21日 22:34:08: jj7ZP2Vrh6
そうかもしれません。原住民は奴隷にされていて不思議ではないです

02. 2010年6月21日 23:22:52: D3VHZNEJ1g
アフリカ系黒人は結果的に従順にアングロサクソンの奴隷となったが、アメリカインデアンは誇り高きプライドの高い民族であったから奴隷になることに抵抗し、そのため虐殺された様だ。アメリカと言う国は、建国時より現在までの期間で、奴隷国家であった期間の方が長い。そんな国が人権だ、民主国家だと言っているのは滑稽ですらあり、二枚舌には恐れ入る。幕末の日本人は奴隷制を非常に批判している。現在の日本人よりものの本質をストレートに見抜いていた様だ。

03. 2010年6月22日 00:30:32: MiKEdq2F3Q

アメリカ・・血まみれの歴史・ブッシュ1

 1800年代初頭、米国ではサギが横行した。ガラス玉を宝石だと偽り、アメリカのネイティブ(差別的にインディアンと呼ばれて来た)から、広大な土地とガラス玉1つを交換し、土地をダマシ取るサギであった。

 しかしサギはまだ良い方であった。いきなりライフルとピストルでネイティブを家族全員殺害し、その畑を略奪する事は常識であった。

 奪った畑では、黒人が奴隷として働かされ、大規模な農場経営が行われた。奴隷はアフリカの西海岸から船で運ばれ、米国のボストン港に「荷上げ」された黒人奴隷であった。

 水も食料も十分に与えられなかったので、黒人の大部分は「輸送途中」で死んだ。

 ボストン港では、黒人奴隷を販売する「市場」が毎日開かれた。この船会社=奴隷の販売業者として財産を作り、奴隷による大規模農場経営で富を作った富豪の代表的一族に、ブッシュ一族とベーカー一族が居た。

 1991年、イラク戦争(湾岸戦争)を起こしたアメリカ合衆国大統領ジョージ・ブッシュと、国務長官(外務大臣)ジェームズ・ベーカーの一族である。

 ベーカーとブッシュ一族の経営する世界最大の商業銀行シティバンク、その親会社=銀行ブラウン・ハリマンの富は、こうして奴隷売買とアメリカのネイティブ虐殺による土地略奪=農場経営で、生み出された。
http://alternativereport1.seesaa.net/article/50655470.html


強姦王ブッシュ・・ブッシュ2

 農業で暮らすアメリカのネイティブ(インディアンと差別的に呼ばれてきた)の家に、ある日突然、ライフルとピストルを持った英国人、フランス人がやって来る。ネイティブは家族全員殺害され、女性は強姦され、売春宿に売り飛ばされる。ネイティブの家と畑は奪われ、その周辺の荒野、森林、山は、英国・フランス人=アメリカ人のものになる。

 こうして、「無料で入手」された土地に鉄道を通す。荒野は駅前の商業地になり、商業地の周辺には住宅地が出来る。無料で手に入れた土地は、高額な不動産という資産に変身する。

 鉄道事業という、この錬金術に目を付けたのが、ブッシュ大統領一族であった。ネイティブの殺害、強姦、女性の売春宿への販売、黒人奴隷の「輸入」と、略奪した畑での奴隷労働。こうして得た利益は、全て鉄道事業に投資され、現在の全米の鉄道網を形成して行った。

 最もすさまじくネイティブを虐殺し、強姦した者が、当然、最もたくさんの土地と鉄道を手に入れた。やがて全米の鉄道を手に入れ、その鉄道事業の利益で、親子2代に渡り大統領になる鉄道王ブッシュ一族。全米の最もすさまじい虐殺王、強姦王が「当然」大統領になる。鉄道王ブッシュ一族の誕生である。
http://alternativereport1.seesaa.net/article/50655411.html

奴隷貿易王・ブッシュ・・ブッシュ3

 乗っ取りファンド、スティール・パートナーズが日本のブルドッグ・ソースに乗っ取りを仕掛ける等、乗っ取り屋が話題を呼んでいる。

 こうした乗っ取り屋は、アメリカの建国時代から居た。鉄道が莫大な利益を生み出す事を知ったブッシュ大統領一族は(拙稿「ブッシュ2」参照)、鉄道の乗っ取りに乗り出す。

 既に鉄道が建設され、走っている所に、ブッシュは同じ路線の鉄道を並行して建設し、運賃を極端に低い価格で顧客に提供した。既存の鉄道は、顧客をブッシュに取られまいと考え、競争して運賃価格を下げる。こうして赤字経営に追い込まれた既存の鉄道会社は、資金力のあり余るブッシュ一族に激しい競争の末、敗北し倒産する。倒産すると、その鉄道をブッシュが二足三文で買い叩く、という乗っ取り手法である。

 最終的に、ブッシュ一族の要請に対し、どうしても相手が買収に応じない場合には、相手の家族の誘拐、家屋への放火、「強盗による」相手家族の皆殺し等の「事件」がしばしば起こった。そして結果的には、鉄道乗っ取りは成功した。

 元々、ネイティブを虐殺して「土地を略奪する」虐殺部隊=ギャング部隊のボスが、鉄道経営者である。鉄道経営者同士の乗っ取り合戦、つまり鉄道の走る「土地の略奪」に、そのギャング部隊が使われる事は当然である。ターゲットが、ネイティブから「他の鉄道業者」に変わっただけである。


 鉄道は、当時、中国から「輸入」されて来るクーリーと呼ばれる奴隷を酷使し、重労働させる事で建設された。厳しい労働の苦痛から逃れるため、クーリーは麻薬・アヘンを求めた。アヘン無しには鉄道建設は不可能であった。

 全米を統一する鉄道王ブッシュは、中国から奴隷とアヘン=麻薬を輸入する麻薬王、奴隷貿易王となった。

 奴隷貿易=人身売買、麻薬売買は、ギャングとマフィアの仕事である。全米を統一した鉄道王とは、全米を統一したマフィア、ギャングのボスという事である。そのマフィアの暴力、権力、資金力が、米国の大統領の力=パワーの源である。

 乗っ取り屋である鉄道事業者は、レールと貨車を製造する製鉄事業を、やがて自分の「河上」産業として支配下に置く。乗っ取り屋が鉄鋼業を支配したため、2007年現在の乗っ取り屋が「スティール・パートナーズ」=「鉄鋼業者のお友達」という名前を持つ事になる。

 鉄鋼業は、やがて余った製鉄製造力を、戦車、弾丸等の製造に「振り向ける」。鉄道を支配した者が鉄鋼業を支配し、世界最大の米国の軍事産業を生み出す。世界最大の軍事産業は、それが製造する膨大な兵器を「購入し、消費」してくれる世界最大の軍隊が無くては、兵器の「販売先」が無くなる。米国は世界最大の軍隊を持ち、その軍隊の指揮官が大統領=ブッシュである。

 「ネイティブの虐殺による土地資源の略奪者」=乗っ取り屋ブッシュ=鉄道業者=鉄鋼業者=軍事産業=巨大な軍隊=その指揮官・大統領ブッシュ、という円環が形成される。

 「ネイティブの虐殺による土地資源の略奪者」が、後に「イラク人の虐殺による、石油を埋蔵した土地資源の略奪者」ブッシュに姿を変える。

 ネイティブを虐殺したギャング部隊が、システム化され、イラク人を虐殺する米軍に姿を変える。米軍の正体が、アメリカ開拓時代の虐殺集団=ギャング団である事が「明るみに出る」。
http://alternativereport1.seesaa.net/article/50655333.html

映画にもなったテロ組織アサシン・・ブッシュ4
 米国の鉄道網を支配するブッシュ大統領一族は、その鉄道建設のためにクーリーと呼ばれる中国人奴隷を酷使した。クーリーは、厳しい重労働の苦痛から逃れるために麻薬、アヘンを求めた。アヘン無しには、全米の鉄道建設は不可能であった。

 1830年、ブッシュ一族は、米国のアヘン専売会社ラッセル・カンパニーを設立する。

 米国随一の麻薬企業ラッセル社の創立時の取締役を以下に掲げる。

1. ジョン・フォーブス。後に世界の富豪を紹介する雑誌「フォーブス」を創刊し、2007年現在のブッシュ大統領と大統領選挙で争ったジョン・フォーブス・ケリー上院議員を輩出する一族。

 また現在、中国企業の内情を諜報するロックフェラーの軍事コンサルタント企業アクセンチュアの諜報員の要職は、このフォーブス一族で占められている。


2. アビール・ロウ。この人物は、後に、アヘン売買の利益で、コロンビア大学を創立する。


3. ジョセフ・クーリッジ。後に、アヘン売買の利益を元に、クーリッジ大統領を輩出する一族。

 クーリッジ一族は、アヘン売買の利益で、中南米でネイティブ(差別的にインディアンと呼ばれてきた)を奴隷とするバナナ農園の大規模開拓に乗り出す。

 クーリッジ一族は、ネイティブが反乱を起こさないよう、中南米全体を巨大な軍隊で押さえ、スパイし監視する、奴隷監視、弾圧組織を作り上げる。中南米のネイティブの多くが、このクーリッジ一族により虐殺された。その数は数千万人に上る。

 このクーリッジの企業=ユナイテッド・フルーツ=チキータ・バナナの巨大スパイ、軍事組織が後にCIAとなる。


4. 中国の広東で、アヘンと中国人奴隷の輸出入を担当した取締役が、ウォーレン・デラノ。デラノ一族は、アヘン売買の利益で、後にルーズベルト大統領(フランクリン・デラノ・ルーズベルト)を輩出する。大統領は、アヘンと奴隷密売人デラノの孫に当たる。
 

5. アルフォンソ・タフト。この一族は、麻薬売買の利益で、後にタフト大統領を輩出。

 ラッセルの取締役タフトは、アヘン売買の利益で「有色人種は劣った人種であり皆殺しにせよ」と主張する、キリスト教原理主義教会を創立。現在、アメリカ人の46%が「日本人等の有色人種を絶滅させよ」と主張する、このキリスト教原理主義教会の信者。


6. ダニエル・ギルマン。この一族は、アヘンで「人間を支配する」テクニックの研究に没頭。それが後に、心理戦争の概念に発展。心理戦争の専門研究機関ジョンズ・ホプキンス大学は、ギルマンの麻薬売買の利益で創立された。

 広島、長崎に原爆を落とし、「日本人の戦意喪失」を図る心理戦争計画は、このギルマンの経営するジョンズ・ホプキンス大学が設計した。ラッセルの麻薬資金により、日本の広島、長崎への原爆投下計画が立てられた。

 また、ギルマン一族は、アヘン売買の利益を、フーバー研究所・フーバー財団の形で残した。

 レーガン大統領時代に、米国は極端な核兵器の軍備拡大を行ったが、そのプランを立てたのが、このフーバー研究所であった。

 「アヘンによって人間を支配する」という、ギルマンの心理戦争研究は、「膨大な核兵器=人類絶滅の恐怖により人間を支配する」フーバー研究所の戦略として「実った」。「世界の支配者=米国に逆らうと、核兵器で人類を滅ぼす」という脅迫作戦である。人類を絶滅の危機にさらす膨大な核兵器は、ラッセルの麻薬資金によって計画的に「生み出され」て来た。


7. クリーブランド・ドッジ。ドッジ一族は、後にブッシュ一族と共に、世界最大の銀行シティバンクを経営。

 第二次世界大戦後、日本に米軍を常駐させ、日本を再軍備=自衛隊を作り、それと引き換えに日本を経済成長させ、「日本と中国、ロシアとの戦争に備えさせる」政策=いわゆるドッジ・ラインを作成した一族が、このドッジである。

 現在の日本に常駐する米軍、また自衛隊、日本の「豊かさ」は、麻薬企業ラッセルの取締役ドッジ一族により「設計」されて来た。


8.ブッシュ一族は、麻薬企業ラッセルの監査役を担当した。

 また、ラッセルの取締役ではないが、社員としては、遺伝子組換え食品の専門企業=コーンフレークのケロッグ一族。

 さらにラッセルのメンバーであった法人としては、ブッシュ一族、ベーカー一族と共に、西アフリカのリベリア等で黒人を奴隷とし、ゴム農園を経営していたファイアーストーン社が居る。ファイアーストーンは、現在、自動車のタイヤ・メーカーとして有名。ファイアーストーン・タイヤのゴムは、アフリカで黒人を奴隷として酷使し、作られたものであった。

 また、ラッセル社に協力しながら、単独でアヘン売買を行っていたグリーン一族は、その麻薬売買の利益で、後に名門プリンストン大学を創立。

 ラッセル社は、その麻薬売買の利益で、後にCIAスパイ養成所と呼ばれる名門イエール大学を創立する。

 また、ラッセル社は、その一部が企業から財団に姿を変え、1954年、共和党基金財団となっている。米国共和党最大の選挙資金プール財団の正体は、この麻薬企業ラッセルである。

 また、ラッセルの麻薬の利益の大部分は、南アフリカに投資され、黒人を奴隷とした金塊、ダイヤモンド採掘企業アングロ・アメリカン社=デビアス社に姿を変えている。

 当時、米国内で麻薬密売を担当したのが、パーキンス・シンジケートというマフィアであった。そのボス、トマス・パーキンスのさらに上司=ボスは、モルガン銀行とその経営者ロックフェラーである。

 ラッセル社が、アヘンを買い付けていたトルコでは、アヘン栽培の大規模農園が作られていた。英国が中国に持ち込んだのが、インド・アヘンであったのに対し、米国はトルコ・アヘンであった。

 トルコで、このブッシュ一族のアヘン農園を経営していたのが、ドイツ人のゼボッテンドルフ一族である。このゼボッテンドルフ一族が、後にドイツでナチスを創立する。アドルフ・ヒトラーはゼボッテンドルフ一族の「あやつり人形」に過ぎない。

 トルコでは、このアヘン農園を監視、経営し、アヘン販売ルートでゼボッテンドルフと競合する業者を殺害するギャング団、暗殺組織が雇われていた。イスラム過激派のテロ組織アサシンである。

 この組織は、麻薬漬けにした人間に麻薬欲しさに殺人を行うよう仕向ける、「殺人ロボット」を養成していた。麻薬=ハシッシュを意味するアサシンが、殺人組織の別名となった理由はここにある。その麻薬を提供していたのが、ブッシュ一族である。

 このテロ組織アサシンの「麻薬を用いた人間ロボット化」が、ジョンズ・ホプキンス大学の心理戦争研究に引き継がれて行く。

 テロ組織アサシンへの麻薬提供の見返りに、ブッシュ一族はアサシンにより「警護」され、麻薬ビジネスをトルコで「安全」に行っていた。

 なお、近代初頭まで、古代シュメール、古代ギリシアの古文書の多くは、イスラム寺院に保管されて来た。これら古代文明発祥の地の一部が、オスマン・トルコの支配下に入った歴史、ローマ帝国=カトリックが、シュメールやギリシアの古文書を異端として排除したためである。必然的に、ローマ帝国に逆らい、カトリックに反対する異端宗教を信仰するフリーメーソンの拠点は、イスラム、その中心地トルコに置かれた。

 ゼボッテンドルフ一族は、カトリックを敵視するフリーメーソンであり、異境の地トルコでの活動資金を作るため、アヘン栽培を行い、ローマ・カトリックを敵視するイスラムと組んでいた。シュメール語版聖書を経典とするキリスト教原理主義教会の創立者=ラッセル=ブッシュ一族が、シュメール語版古文書の保存地であり、シュメール語版聖書を経典とするフリーメーソンの拠点トルコのアヘン販売を担った理由はそこにある。

 キリスト教原理主義教会が、トルコの地を「精神的故郷」とし、トルコにおいてイスラムの「最深部」アサシンというイスラム・テロ組織と一体化して来た歴史には、注意を要する。アサシンは、カトリックを敵視し、ヨーロッパ世界の指導者を殺害するためのイスラム・テロ組織である。

 現代では、アサシンはアルカイダに該当する。アサシンとブッシュ一族との一体化は、9.11テロにおいて、アルカイダとブッシュ大統領との一体化として「歴史的に再帰」してくる。
http://alternativereport1.seesaa.net/article/50655195.html


狂ったアメリカ人の精神構造  


キリスト教原理主義

キリスト教原理主義の本質は、主に米国が過去に行った過失を正当化できるからこそ普及しているのであり、キリスト教よりもユダヤ教の亜種に近い性質を帯びている。

プロテスタントといえば、多くの日本人はルター派とカルバン派しか思いつかないだろうが、英米のプロテスタントの多くは、英国国教会の亜種である。

英国国教会は、設立当初から血塗られている。
ローマ教会が離婚を許さないのを理由に、ローマ教会を離脱して英国王が首長となる教会を設立したのであるが、そのヘンリー8世は6人の妻を持ち、2番目の妻アン・ブーリンと5番目の妻キャサリン・ハワードを姦通罪で処刑している。6人のうち死別は3番目の妻ジェーン・シーモアのみである。
英国国教会の成立には、ローマ教会を通して仏の影響力を廃したかったのもあるだろう。アビニョン捕囚(1309〜77)の影響でフランスはローマ教会への影響力を強化していた。

また、ローマ教会自体が各国の王の上に己の存在を置く状態であり、英国内の反発があるからこそ、英国国教会は存続したのだろう。
つまり、設立自体が、エゴイズムとナショナリズムが動機である。
そのため、エリザベス一世時代に英国国教会から清教徒が反発して分離するのだが、彼らがローマ教会へ戻らずに新しい諸派を建てていった理由も、ナショナリズムによるローマ教会への反発があった。

もちろん、当時のローマ教会は相当腐敗していたのも事実だ。
つまり、英米のプロテスタントの場合、ルター派とカルバン派ほど純粋な動機とは言い難い部分が元来強かったのである。

ローマ教会を離れた時に、教皇に替わる宗教的権威は、何になるか。

自派内のヒエラルキーの頂点である。
古い宗派の中で頂点を極めることは難しいが、新派を建てれば己自身が頂点になりうる可能性がある。

「英国人は六十の宗派を抱えているが、料理のソースは一つだ」というイタリアの諺があるほど、英米のプロテスタントは多数の派がある。
己が宗教的権威になりたいという我欲こそが、多数の派が存在する理由の最大の要因ではないかと憶測している。

一番の問題は、聖書無謬性という偏向なのだが、これはルター派が聖書中心主義を唱えた影響から英米のキリスト教原理主義に多い。
キリスト教において本来一番大切なのは、イエス=キリストの言葉であった筈だが、イエス=キリストの言葉と矛盾する見解を米国人が頻繁に出すのは、聖書無謬性の影響ではないかと思う。

聖書無謬性、というよりも、旧約聖書無謬性こそが、キリスト教原理主義の中心に存在するのではないか。

旧約聖書は、無謬どころか矛盾だらけだが、キリスト教原理主義で重要視されているのは、旧約聖書の内容とヨハネの黙示録なのである。
ヨハネの黙示録の諸派にとって都合の良い解釈することと、旧約の内容が、キリスト教原理主義の根本のようだ。
これでは、キリスト教というよりも、選民思想が極端に強いユダヤ教の亜種である。


まず、北米インディアンの土地を奪ったことについては、「アメリカは約束の地である」と説明する。

鉄砲隊に向かって「特攻」を続けた北米インディアンを、虐殺し続けるのに当たって、「北米インディアンは聖書に書かれていない。だから、あれらは人間ではない」と説明する。

奴隷貿易の中心は実は英国だったが、「黒人は聖書に書かれていない。だから、あれらは人間ではない」と同様に説明している。

聖書の無謬性という信仰を利用することによって、自分達のエゴイズムや貪欲な物欲、選民思想を合理化できるのだ。

どんな人間だとて、異民族でも多数の人間を無差別虐殺すれば、潜在的に罪悪感を感じるものである。
もちろん、本物の「見せかけだけの善人」ならば、潜在的にも罪悪感を感じないだろうが。
米国人の心に在った潜在的罪悪感や不安感を薄れさせ、自らの虐殺・軍事的及び経済的侵略を正当化するために、聖書無謬性は、実に利用価値の高い説なのである。

聖書無謬性は、選民思想を強化し、エゴイズムの発現と経済侵略を正当化する。
だから、英国は「死の商人」として長年成功できたのだろう。日本で有名なグラバーも、英国の武器商人である。

第二次世界大戦後、英国の国土は荒廃していた。
戦争の被害のない米国が「世界の中心」となったのは必然であるが、その世界の中心とは、「世界の武器工場」なのである。この情けない地位は、この先当分揺るぎそうにない。

人殺しで儲ける「商売」は、私は世界中で最も卑しい職業だと思う。
殺傷兵器を多数生産することにも、自己正当化と合理化が必ず必要になる。
「我々は、民主主義を世界に普及するために武器を製造しているのである」とか工場で合理化の言葉を言わなければ、現場の労働意欲が必ず低下していく筈だからだ。


米国で武器を多数製造しなくても、たくさんある別の産業に大半を転換すればいいだけの筈だ。日本は、戦後ちゃんとできたのだから。
だが、恐らく、最早不可能だろう。

なぜなら、米国は「民主的な豊かな社会」から「憎悪と恐怖の対象」「言論を弾圧する強国」へと変質して行っているからである。
報復を恐れて先制攻撃し、無差別攻撃するために、他国民の憎悪と怒りが増し、死を賭しても抵抗を表したいという人々をどんどん増やしているという、ごく当たり前の論理が、米国人には理解できないようだ。

恐らく、欧米人以外の人々を、無意識下で「人間」と認めていないからである。

世界中から恨まれ憎まれていることを、米国人の大半が9.11まで気づかずに済めたのは、エバンジェリカルが米国民が潜在的に持つ罪悪感や不安感を合理化し、選民思想を強化してくれているためである。

戦争があるたびに、米国内のエバンジェリカルは信者数を増していく。
今や、聖書無謬性を信じる米国人が半数以上なのではないか。

例え、神が言ったことが正しかったとしても、転記を続けた古代ユダヤ人が自分達に都合の良い内容に書き換えなかったと何故信じられるのかは、理解に苦しむ。
古代ユダヤ人の知っている世界しか書かれていないからといって、それ以外の土地に住むのは人間ではない、あるいは被差別民族だと信じられるのは、何故なのか。
「木を見る西洋人 森を見る東洋人」に従えば、西洋人の世界観があまりに単純だからと説明できるだろう。
そんなに、世の中、単純なわけなかろうが。
あらゆる物事は、複雑に絡み合っている。
人体の一部が悪くなれば、全体に影響が及ぶようにだ。

潜在的罪悪感を引きずるからこそ、米国は犯罪大国になったのではないか。

エバンジェリカルは「核戦争を待望する人びと―聖書根本主義派潜入記 朝日選書」によると、ヨハネの黙示録の「ゴグとマゴク」、つまりイスラエルに進攻して戦う二つの大国とは、ロシアと中国だと教えているそうだ。

信者を増やすために、「核戦争はすぐ来る」とエバンジェリカルが米国民の恐怖を煽れば煽るほど、「どうせ先はないんだから」と自暴自棄の心境に陥り、犯罪に走る者は増えていったのだろう。

潜在的罪悪感や不安感は、潜在的犯罪者を増加させていき、米国民の人心を荒廃させて行ったのである。

「人のふり見て我がふり直せ」と言う。
経団連が武器輸出を求めた結果、内閣が勝手に、当座米国にのみミサイルを輸出することに決めてしまったが、これは米国の轍を踏むことになるだろう。
潜在的罪悪感を合理化する装置としての宗教は、日本において国家神道と靖国である。

次第に国粋主義者が再度増えて行っている現状を、よく考えてほしい。
米国の事実上支配下に入っている日本では、精神的には戦後の混乱が続いたままなのである。
恐らく、潜在的罪悪感や社会の矛盾を合理化するために、日本人の多数が、再び自発的に国家神道と靖国に縋り始めたのである。

それを否定する者に対して、「非国民」扱いが始まっている。
戦後の精神的混乱を「日教組の偏向が」等とする、安易な合理化を続けているようでは、昭和初期と同じ状況を自ら作り出してしまうだろう。

そして、潜在的罪悪感と社会の矛盾を合理化するのに、靖国では駄目だと考える人々が新・新興宗教に縋っていくのである。
この状況が長く続けば、オウムのような極端な教義を必要とする人々が増えていくはずだ。

武器輸出は、第二・第三のオウムを作り出し、アーレフを強化する。
エゴイズム、利己主義と物質主義、利益優先主義、選民思想などの、「アメリカナイゼーション」が「グローバリズム」の名で一層進行していけば、犯罪発生率が増加するのは当然である。

物事は連鎖していると考えるのは、東洋的発想らしいが、過去の清算が充分に済まないならば、潜在的罪悪感や不安感が、国を誤った方向へと導くのは避けがたいだろう。

良い商品を世界に供給するのを止めて、死の商人への道を進むのが、日本国の将来のために素晴らしいことと思いますか。
経済的論理のみを追求すれば、犯罪発生率は高まり、要人暗殺や報道機関への武力攻撃等の右翼テロが頻発する時代をもたらすだろう。
その先にあるのは、五‐一五事件(1932年犬養毅首相暗殺)、二‐二六事件(1936年陸軍クーデター)のような時代が来るだろう。

貴方は、奥田経団連会長や小泉首相が、そういうことまで考えて武器輸出を決めたと思いますか。

重要案件が国会の議決を経ないで決まる事態は、民主主義の形骸化の進行です。
「誰がなっても変らない」と賢しらに言う人々が多数日本にはいますが、本来、日本の未来を選ぶのは、国民の一票の筈です。
貴方は、どんな未来を選びたいと考えていますか?
何もせずに他人(政治家や官僚)のせいにするというのも、一つの選択であり、その選択に相応しい未来が待っているはずです。

【福音派】聖書の外典・偽書と「聖書の絶対不可謬性」

キリスト教史の中で、旧約聖書が正式に聖典の扱いを受けるようになった歴史は意外に浅く、トリエント公会議(1545)の時である。
2世紀には既に旧約聖書を認めない派が存在し、それに反対するためにも4世紀に聖書のラテン語訳が始まり、397年「正典」が一応決まった。

特に、ヨハネの黙示録を新約に残すかどうかで、随分揉めたらしい。
東方正教会は、長く認めていなかったという。

1世紀末に書かれたもので、「ヨハネによる福音書」「ヨハネの手紙」の著者とは別人が書いているが、今でも諸説あり、作者が福音書作者でないと文献学等で否定されていることを聞くと激怒する宗派もあるらしい。

どの文書が聖書として認められるべきか否かで、長く揉めて来た歴史というのは、大抵の宗教にあることだ。例えば、「北伝仏教の経典の多数は偽書である」という研究もある(「梅原猛の授業 仏教」をご参照下さい)

そんな歴史があるのに、特に、キリスト教原理主義者達を中心に「聖書の絶対不可謬性」を固く信じているキリスト教徒が結構いるのだそうだ。

聖書の中には、これを聖書に含めるかで揉めた文書があるという歴史等を、清教徒は全く知らなかったらしい。そのため、アメリカを中心に「聖書の絶対不可謬性」という、珍奇な教義をもつ教団が多いのだそうだ。

しかも、彼らが「間違いがない」と主張するのは、大抵、本来は聖典ではなかった旧約聖書のほうで、新約と違って間違いだらけの書物だ。
281投稿者:狂ったアメリカ人の精神構造  投稿日:2007年06月10日(日) 08時50分55秒


旧約聖書は盲信されると、世界の迷惑になる話が多すぎるのだ。

聖書と言っても旧約聖書は、基本的に泊付けのために導入されたものであり、どう考えても新約聖書の「神」と矛盾している。
旧約聖書の「神」は、所詮民族宗教の神なので、イエスと違い、人を幸福にすることのない神なのだ。

その「神」とイエスが三位一体であると言ったものだから、それから、キリスト教の神は相当残虐な「神」に変化し、教会の教えも残虐なものに変質してしまったのかもしれない。

ローマカトリックが新教の発生と共に今までの教会のあり方を見直して現在に至るのと対照的に、「自分達こそ、(旧教の輩と違って)汚れなき者である」と主張し続けて来た人々は、随分人殺しが好きな人々になっていき、全く自分達の行動を振り返ろうとはしない。

「神に選ばれた」とか「(自分達だけは)清浄なるものである」とか、「アメリカは『神の国』である」とか言うのは、明らかな(誇大)妄想である。
民族宗教の神ならともかく、キリスト教の神が、そんなに驕り高ぶり尊大で、「自分達は選ばれているから何をやっても許される」といった論理で他国民を無差別虐殺するような信者を、そんなに高く評価するだろうか。

「汝の敵のために祈れ」と言った神がだ。

聖書を書き記したのは所詮古代ユダヤ人であり、聖書の中にサハラ以南の黒人、インド以東のアジア人、北米南米・オーストラリア・ミクロネシアの現地人の存在が書かれていないのは、単に、当時の古代ユダヤ人の知識が足らなかっただけである。

ところが、「聖書の絶対不可謬性」を盲信する人々は、聖書に出て来ない人々を「人間として認めてはならない」という、見解になりがちだ。

清教徒が最初にこの考え方を米国に伝え、英国の清教徒が奴隷貿易を擁護した。自分達は清い名を名乗り、その行動は実に血なまぐさい。

聖書が誤っていることを認めぬ代わりに、世界や現実のほうを自分達の信念に合わせようとすると、随分多数の人々の人権を侵害し、戦争を次々起こし、多数の国を弱体化させ、...たくさんの異教徒をアジア・アフリカ・南北アメリカで殺さなければならない。
実際に、合わせようと今まで努力してきたのが、アメリカ合衆国という国の「裏の歴史」ではないのだろうか。

「キリスト教原理主義のアメリカ」(p.94)では、「聖書の絶対不可謬性」を信じる信者の割合を表示している。

 ユニタリアン・ユニバーサリスト        6%
 統一キリスト教会              12%
 アメリカン・福音ルーテル教会        21%
 エビスコーパル・チャーチ(聖公会)     22%
 統一長老派教会               25%
 統一メソディスト教会            34%
 エホヴァの証人               51%
 チャーチ・オブ・クライスト         55%
 サザン・バプティスト会議          58%
 チャーチ・オブ・ナザレン          58%
 アセンプリーズ・オブ・ゴッド        65%
 ユナイテッド・ペンテコスタイル・チャーチ  69%
 チャーチ・オブ・ゴッド           80%
http://hoffnungenlied.cocolog-nifty.com/kaizen/cat1966234/index.html


ハクジンの作り方  


先日、アボリジニー女性と長く話をする機会があった。

彼女は推定40歳弱のアボリジニー女性。明日、生まれて以来一度もあったことのない姉に会うのに、とても緊張している、と言う。

私は、家庭の事情か、とちょっと思ったけれど(馬鹿な私)、よく聞いてみると、まだ一度もあっていない弟もいて、母親とは、3年ほど前、生まれて初めて会えた。という。
ベルギーに住んでいる弟もいるのよ。と写真を見せてくれた。

ヨーロッパ政府の先住民政策のことを少しでも知っている人ならすぐにわかると思うが、そう、これは、イギリス政府 (後にはオーストラリア政府)の先住民同化政策のひとつで、アボリジニー女性から生まれた赤ちゃんを出産後 母乳をやるのも許さず、すぐ取り上げ、ハクジン夫婦のもとで育てさせる。というもの。こうすることにより、アボリジニーのこども達は、親から文化を継承せず、イギリス人化する と考えたのだ。

私は知識としては知っていたけれど、まさか、こんな若い人がまだ、その政策の当事者として存在していることが、驚きだった。
私の勉強不足のせい、なのですが、ただ、この事実を豪州政府は公にはしない。
事実をしるためには、アボリジニーから聞いた話をドキュメンタリーにした本やビデオしかないのだ。

彼女曰く、この政策は、1980年まで続いた。だから今26歳以上のアボリジニ−は、みんな親を知らないで育った。「そんな最近まで!!」私には衝撃だった。
自分のこどもが、政府によって取り上げられ、2度と会えないのだ。親は子供の写真を見ることも、消息を知らされることも この制度が廃止されるまではなかったという。
たとえ、海外に行っても、死亡しても、知らされなかったのだ、と言う。

これだけでも、悲しいのに、彼女の話は終らない。

この制度は、ただアボリジニーを先祖から引き離し、イギリス人文化に馴染ませるためだけのものではなく、アボリジニーを抹殺するかわりに、彼らの肌を白くする政策でもあったのだ。

アボリジニーをひきとる親のほとんどは、女児を好む。

女児なら大きくなれば強姦し放題だからだ。そして妊娠させる。そしてその赤ちゃんの肌は母親より少し白くなる。だから、政府はそれをよしとしたのだ。

強姦したいハクジンの父親は、早ければ8歳くらいには、強姦すると言う。

彼女の周りでも、たくさんのアボリジニー女性がまだ幼い頃に強姦され、12、13歳で妊娠した人がいっぱいいたはずだ、と言う。もちろん 強姦された挙句生んだ赤ちゃんは、すぐ政府によって取り上げられるのだ。そしてその子も女児なら、運が良くなければ、強姦される運命だ。

男児はどうなるのか。地方や役人によっては、男児は、何の役にも立たないので、(アボリジニー女性は、ハクジン男性の性の遊びの役に立つが、アボリジニー男性がハクジン女性とセックスするのは、許されないし、アボリジニー女性と性交渉をすると、二人の赤ちゃんの肌の色は白くならない) 不必要として、生まれた直後 近くの壁にたたきつけて殺したのだ と言う。

私には、言葉も出なかった。

彼女は自分を育ててくれたハクジン両親はいい人で、とても幸運だったという。
統計などなくてわからないけれど、幸運なアボリジニーは少ない と言った。

彼女は自分の父親が誰だか知らないという。あるとき、病気で医者に行った時、医者から、両親にその病気をしたことがあるか、聞いていらっしゃい、それが予防に役立つと言われ、母親に父親の所在を聞いた。母親が インド人の男性だ、と教えてもらい、会いに行く直前、母親から止められて、何事かと思ったら、よく考えたら違うと言う。笑いながら、インド人だったら、あなたの肌はこんなに白くないわよね、と娘の肌をさすりながら言った と言う。で、父親は、アイルランド人、ハクジンだと言って、でも死んだのだ、と。


彼女は 父親に会うのはあきらめた、と言った。母親が話したがらないから。と。
考えてみればこのお母さんも 親から引き離されて、ハクジンの親の元、苦労して育ったわけだから、何があったかは、想像にかたくない。

彼女は、自分の肌をさすりながら、豪州政府はこの肌でもまだ白さが足りない、と言うわ。といった。肌の白さ、をこれほどまでに気にしながら生きていかなければならのは、信じられないほど理不尽だと思った。

彼女は言う。過去も悲しいけれど、今も悲しい。なぜかと言うと、時折話す、オーストラリア人(ハクジンだと思うけれど)は、総じてこの話を信じないと言う。政府がそんなことするはずない、と。彼女は、じゃあ、なぜ多くのアボリジニーがこんな都市に住んでいるの?各地にあった、トライブにいないの?なぜアボリジニーの言葉が話せないの?と聞くのだそう。

私には、ハクジンオーストラリア人が政府の行ったこの蛮行をしらないのはありえるとして、その本人からこういうことをされた、と言われて、政府がするわけない、と否定するその気持ちがよくわからない。
それほどまでに、政府を信じきっている気持ちが。いや、政府というか、ハクジンがそんな残酷なことをするわけない、とおもっているのかもしれない。

イギリス政府が行った数々の蛮行、植民地支配も何もかも習わず、海賊も彼らの誇り、アメリカ大陸の”発見”と勉強するし、あの土地の近代化をひたすら美化し、第一次大戦も、その後のすべての戦争も (ベトナム戦争、湾岸、今の戦争も)ひたすら、正義の戦いとして教わってきているからね。彼らは。ベトナムは、やるべきでなかった、とはいうけれど、政府には、ちょっと批判的でも、自国の兵士への同情だけ(ベトナムへはなし、)。

反省の”は”の字もない。

ここまで、国際社会の中で(おそらく、対非ハクジン国、民族にかぎって)イギリス系の自分達が間違っているわけない、という、強い信仰があるのだろうな。


一般の日本人が、沖縄の人から、占領された後、こういうひどいことを日本政府から、組織的にされた、と言われたら、頭から否定するかな。特に、強姦とか、殺人とか、そういうものは、抑圧につきものだし、あるかも、と思うのが、普通だと考えてしまう。

まあ、それはともかく、私はこの話をきいて、この国にいまでもひたすら起こりつづけている、先住民女児への、先住民男性からの強姦、性暴力事件の深層が、こういうところにあるのではないかと感じました。(下の方に投稿してあります。)

また、アボリジニー女性が強姦された事件で、容疑者がハクジン男性、アボリジニー男性にかかわらず、裁判員に女性が複数いても(ハクジンのみ裁判員)、裁判で有罪にならず、釈放されてくる事実を見て、アボリジニー女性らが、「私達が強姦されても、とにかく、ハクジン達は、彼らが女性であるか、男性であるかにかかわらず、同情はけっしてされない。どういうわけか、私達は、強姦されてもいい生き物と思われている」、と言った言葉の裏の意味が、今少し理解できる。

さらに、大学時代、クラスで見た(女性学の授業、フェミニスト系の女性教授の中には、アボリジニーのことを理解しようとする人はいる)まだ、上陸したばかりのイギリス軍がアボリジニ−を虐殺する物語のビデオですが、クライマックスは、偶然に森に入っていた9歳くらいの少女は殺されるのをまぬがれ、じっと木の陰から、自分の親、兄弟、姉妹を含む、部族全員がイギリス軍の手によって銃殺されるのを目撃する というような話だったのですが、悲しすぎて、涙がとまらなかった。

明かりがついて、60人くらいの生徒の誰ひとり(私以外全員ハクジン女性(一応見た目ですが)、涙ひとつ、うるうるした様子ひとつないのには、映画の内容以上に驚いたことを覚えています。が今、その理由がわかります。

ついでに書きますが、こちらでは、もちろん、ハクジンが全員ひどいのではありません。何とかしようとするハクジンだっているのです。

最近こういう不満がハクジンから出され、報道されました。

今では、アボリジニーの赤ちゃんが母親から強制的に奪われることはなくなりましたが、アボリジニー家庭はすさみ、アルコール中毒やら暴力やらで、親としてきちんと子育てできない家庭が多く、中には、ハクジン夫婦が 好意で親が落ち着くまで預かる制度があります。(これは、ある程度管理されていて、強姦などはできないようですが)
そのハクジンの親で、それは 自分の子供のように一生懸命面倒見る人もいるわけです。

その中で、学校にきちんと行かせ、宿題をさせ、ドラッグをすわないように ある意味愛情こめてしつけている親がいました。政府はその親に対し、こういう”質のいい”子育てをするのは、契約違反だから、すぐ止めないと、告訴する、というのです。

腹を立てた親が、テレビ局に話して公になったわけです。
政府いわく、先住民のこどもはいずれ、ドラッグを吸い、しつけもろくにできない親元に返るのだから、かけ離れたことをするのは だめ。ということです。

ハクジン親は、親がたとえ吸っても、あなたは自分の身体のため、やめなさい。と教えて何が悪い、また、勉強に興味を持ち、学校に行く習慣ができれば、その子の将来の利益になる、と主張しました。

また、別の アボリジニーの子供をあずかった親からも こんな政府への不満がテレビ局にとどきました。

このこどもが自分のこどものように可愛く、将来は頑張って欲しいから、その子と別れる時、将来大学に行きたくなったら私に連絡しなさい。援助してあげる、と言ったそうです。それを知った政府にそんなことはするなと言われた、と。不公平だと。

あづかった親は、言う。政府は他の子に対し不公平だというが、本当の理由は違う。
彼らは、アボリジニーに、その地位を向上してほしくないのだ。

話をもとのもどすと、そのアボリジニー女性に、私は ここはあなたの土地よ。と言ってしまった。
むなしいだけなのに。

マオリの人に、私たちは、同じ先住民でもアボリジニーよりずっとましなんだ。といっていたことが胸にしみた。

どうなったら、彼らの幸せはやってくるのでしょうか。
私は、彼女に、日本人には、伝えるから、と約束しました。
http://www.asyura2.com/0601/social3/msg/428.html


1813年にノースカロライナで奴隷の家庭に生まれたハリエット・ジェイコブズの例を挙げてみよう。彼女は12歳の時にジェームズ・ノーカムに売られ、彼はほどなく彼女に対して性的交渉を持ち始めた。その後ジェイコブズが彼女のメモワールで回顧しているように、ノーカムは彼女に「私は彼の持ち物だった;全てにおいて彼の意志に服従しなければならない」と告げたのだ。

そして、彼女はそうした。ジェイコブズは時には所有者の手をなんとか逃れる事が出来たとはいえ、彼は確かに彼女を所有していた。彼女とセックスをする為に、ノーカムは時には彼女に新しい洋服や他のプレゼントを約束した。時には単純に彼女の喉元に剃刀を突き付けた。そしてそれは、我がアメリカの同胞よ、我々がレイプを呼ぶ行為だ。

算数をしよう。1850年から1860年の間に、黒人奴隷の数は約20%増加した。だが、歴史家のジョエル・ウィリアムソンが計算した通り、奴隷にされた「ムラート(混血奴隷)」の数は驚きの67%も増加したのだ。もっと率直に言えば、黒人奴隷の肌は色が薄くなっていった。白人の所有者達が彼等をレイプしたからだった、という事だ。本当に単純な事だ…そして、酷い事だ。

偉大なるアフリカ系アメリカ人奴隷廃止論者フレデリック・ダグラスが自伝で物語った通り、黒人女性奴隷は「彼女の所有者の父親、息子、もしくは兄弟のなすがまま」だったのである。黒人女性は奴隷商人にも虐待され、彼等は次の白人に彼女達を売り飛ばす前によくレイプした…そして、次の性的強制劇に入る。

疑いの余地もなく、所有者とセックスする為に選ばれたかもしれない奴隷はいただろう。だが、間違った選択肢が自分を売り飛ばしたり、酷い時には殺されたりすると知っている場合に、セックスを「選択する」とはどういう意味なのか?

所有者の中には生活スペースを共有したり、この関係から産まれた子供達を可愛がったりして、奴隷を伴侶のように扱った所有者達も中にはいるようだ。だが、もっと頻繁には、彼等は何事もなかったように振る舞っただけだった。自分達の鼻先で起こっている事態を無視した所有者の白人の妻や娘も同じだった。

そのようなわけで、我々もやっている。何人のアメリカ人の子供が独立宣言の父であるトマス・ジェファーソンが彼の奴隷に子供を産ませた事を知っているだろうか?そして、どれだけのアメリカ人の両親が子供達にこれを知って欲しいと思っているのだろうか?
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/7253a111def132e53dc3d00f01e92977


黒人奴隷もやはりインディオの奴隷と同じ道をたどり、男性は労働力として、女性は性的搾取の対象として扱われた。黒人女性は家事を行ったり、白人の子どもに乳を与えて育てたり、言葉を教えたりする一方で、農園の主の妾として働いた。そのため、黒人は白人の異常な性愛と家庭生活に強く影響したのだ。

大農園の家父長制や奴隷制は、支配階級にある白人達に倒錯した性生活を与えた。若い頃から性的な関係を持ち、親が子に金を渡してでも女を抱かせ、次々と奴隷に手を出していったことで性病が広まり、一方で性病を治すには若い処女とセックスすることが一番の治療であるという迷信まで広まった。そういった理由から瞬く間に性病が広まり、奇形児が誕生するなどの弊害が生まれた。奴隷制の主従関係はまた、白人にサディズムを植え付けるという効果をもたらした。白人の子どもに与えられた奴隷の遊び相手は、殴られるだけのサンドバッグのようであり、そこからはぐくまれたサディズムは、時に黒人に対しての不条理な行為となった。サディズムに関しては、社会に出ていく機会がある男性は、自分の行為が持つ間違

いに気付く機会を持つことが出来たが、農園の中で守られて育った白人女性にはその間違いを知る機会がなく、時に残虐な行為を行うこともあった。しかし、白人女性にとって常に世話をしてくれる黒人奴隷は唯一の理解者でもあり、時には駆け落ちの手助けをすることもあった。黒人奴隷は労働力でもあったが、同時に資産でもあった。結婚するときには嫁入り道具と共に送られることもあったのである。


04. 2010年6月22日 01:47:42: 9lAVvYxwC6
>>03の変態趣味投稿長すぎ。

それはいいとして、
>>02
>アフリカ系黒人は結果的に従順にアングロサクソンの奴隷となったが

これは違います。アフリカ(とくに奴隷輸出地の西アフリカ)では、
黒人部族が戦争で勝った敵部族を奴隷にしたり、
他部族を奴隷にするために狩ったりすることで、
もともと奴隷の多い場所なのです。(これは現代にも続いています)
つまり英国やアメリカに買われた黒人は元々が奴隷なわけです。
(黒人を奴隷にする以前はやはり戦争に負けたりした欧州人を奴隷にしていた
わけですが、人権感覚が発達してきたために同じ欧州人を奴隷にすることが
しにくくなったという歴史がある)

つまり、英米に買われた奴隷の子孫は現代では一人前の市民扱いになったが
買われなかった奴隷の子孫は今でも奴隷、という歴史の皮肉があるのです。


05. 2010年6月22日 21:46:32: MiKEdq2F3Q

今こそ合州国の正体直視を 本多勝一

この一文が出るころ、アメリカ合州国の体制主流は、イラク侵略を開始または開始寸前にあるだろう。

 国連安保理外相級会合に米英ら3国が今月7日提出した修正決議案は、国連安全保障理事会で11日に採決にかけられる見通しだが、ここで否決されても、合州国は単独で開戦・侵略に踏み切る構えである。

 あたりまえだ。アメリカ合州国の歴史は、こういうことの連続の末に今日の地球史上最強・最悪の帝国となった。ワシントン初代大統領以来の二百余年間は、手段を選ばぬ詐欺・脅迫・テロ・虐殺による侵略史にほかならぬ。そのことはこれまで機会あるごとに触れてきたが(注)、目前でまたしても超大軍事力によって同じことが強行されようとしている今、「正確な合州国史」にうといままその正体に気付かぬ例が多い日本人のためにも、このさい改めて正面から指摘しておきたい。

 ただし、こんどのイラク侵略が開戦されてもされなくても、これはコロンブス以来のヨーロッパによる世界侵略500年史の中で、ベトナム戦争とともに画期をなす歴史的事件となるかもしれない。米西戦争などで世界制覇競争に勝った合州国は、それまでに北米大陸での先住民族侵略をウンデッドニー虐殺によって終了していたが、以降そのままハワイ・グアム・フィリピンへと「西部へ西部へ」を進めた。朝鮮戦争につづくベトナム戦争で、合州国軍隊はワシントン初代大統領以来初の敗戦を喫したものの、侵略のための巨大軍需産業や体質に傷はつかなかった。その成りゆきとしてのイラク戦争(12年前も今回も)である。ところが、合州国の正体に気づき始めた人々の世界的盛上りによって、開戦寸前での中止か、開戦してもベトナム以上の反戦の広がりで帝国の没落となるかもしれない。この500年来の画期をなすゆえんである。

合州国は“民主主義”をタテマエにしている。実態はともかく、民意を完全・明白に無視した侵略は支持されない。そこで開戦のとき必ずといえるほど使われるテこそ、相手が先に攻撃したとみせかける捏造事件である。これは先住民族への侵略以来イラクまで一貫してきた。戦艦メーン号爆破事件(米西戦争)をみよ。トンキン湾事件(ベトナム戦争)をみよ。真珠湾(太平洋戦争)をみよ。その他その他。これを書いている9日の朝日放送(サンデープロジェクト)は、イラクのクウェート侵入(これも裏に合州国あり)にさいして、イラク兵が乳児を哺育器から出して次々と放り投げた様子をクウェートの少女に証言させたこと、これが繰り返し放送されて世論を憤激させ、開戦に有利になったこと、ところが後に、この少女は駐米クウェート大使の娘で、証言は捏造だったこと等を放映した。

 こんどはどんな捏造が、いいように操作されるマスコミによって“報道”されることだろうか。

 開戦寸前の今、このテーマは「未完」としておく。

http://www.kinyobi.co.jp/KTools/fusoku_pt?v=vol451

アングロサクソンの文化  

アングロサクソンは戦争で勝つ事で世界の覇権を持つことが出来ましたが、日本との世界最終戦争で核兵器を使用した事で自らの手を縛る事になってしまった。核戦争の時代ともなるとアメリカ本土と言えども核ミサイルの脅威にさらされて戦争が出来なくなってしまった。

戦争が生業のアングロサクソンは、戦争が出来なくなると金融で世界支配を試みようとしたのだろう。大戦後は朝鮮戦争からベトナム戦争・イラク戦争に至るまでアングロサクソンは戦争に勝てなくなり限定戦争を余儀なくされた。いわば自分で墓穴を掘っているようなものですが、戦争によって栄えたアングロサクソンは戦争ができなくなった事で覇権は終わろうとしている。

それに代わって金融による経済覇権や英語による文化覇権は戦争に代わり得る手段だろうか? 戦争に強ければ経済覇権や文化覇権はついてきたのですが、これからは経済力と文化力で覇権は争われるようになるのだろう。アングロサクソンは経済力や文化力でもでも覇権をとり続けていけるのだろうか?

それを考察するには、アングロサクソンの文化を知らなければなりませんが、太田述正氏のブログには「アングロサクソン社会は当初から資本主義社会であり、それと同時に反産業主義であった」ということです。彼らにとっては戦争が生業であり、平和な時は酒を飲んで賭け事に夢中になっていた。勤勉に働くという事は彼らの文化には無い。


だからこそ大戦後には限定的な戦争で覇権を維持したのでしょうが、イラク戦争やアフガニスタン戦争は大義のない戦争であり、アングロサクソンの時代は終わったとも言える。核戦争の時代では戦争で決着をつけることは不可能だからだ。それで彼らはバクチで稼ぐ金融覇権を試みたのですが、今回見事にそれは失敗した。

アングロサクソンは、ローマ化した大陸のゲルマン民族とは違って、戦争好きなゲルマン文化を多く残していた。個人主義と自由主義はアングロサクソン文化でもあり、大陸の全体主義文化や社会主義文化とは相容れないものだ。しかし今回の金融恐慌は社会主義的な方法でしか混乱は収められないものであり、市場原理主義は敗れたのだ。

だからこそ倉都康行氏は、社会民主主義的な伝統を持つEUが主役に踊り出るだろうと予想していますが、そもそもヨーロッパ全体が戦争好きなゲルマン文化の要素を持っており、ヨーロッパの歴史は戦争の歴史でもあった。すなわち全面戦争が出来なくなった時代は長く平和が続き、戦争で決着をつけるアングロサクソンの文化は衰退せざるを得ない。

http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu178.htm


アングロサクソンは純粋のゲルマン文明

アングロサクソン文明とアングロサクソン以外の欧州(以下、欧州とします)文明は、なぜ近くにあって大きく違うのでしょうか。また、それぞれどのような文明なのでしょうか。

 太田さんの言によると、アングロサクソンはゲルマン民族の伝統をほば変わらず持ち続け、他方、欧州(のゲルマン諸族)はローマ化してゲルマンの伝統をほぼ失ってしまった人々であり、また(大雑把に言って)アングロサクソン文明はゲルマン由来の「個人の自由の尊重」(=個人主義)を中心的価値とする文明であり、欧州はローマ由来の「宗教(中世まで)や一般意思(近代以降)の優越する」文明(=全体主義的)、ということのようです。

 では具体的に、ゲルマン民族の価値観や文化とはどういうもので、どのように形成され、なぜブリテン島のアングロサクソンにだけ受け継がれたのでしょうか。

戦争を生業とするゲルマン人


「タキトゥスの「ゲルマーニア」(岩波文庫1979年4月。原著は97-98年(1世紀))は、ローマ時代のゲルマン人について記述した有名な書物ですが、以下のような記述があります。

 「人あって、もし彼ら(筆者注:ゲルマン人のこと)に地を耕し、年々の収穫を期待することを説くなら、これ却って、・・戦争と[他境の]劫掠<によって>・・敵に挑んで、[栄誉の]負傷を蒙ることを勧めるほど容易ではないことを、ただちに悟るであろう。まことに、血をもって購いうるものを、あえて額に汗して獲得するのは欄惰であり、無能であるとさえ、彼らは考えているのである。」(77頁)
 これは、ゲルマン人の生業が戦争であることを物語っています。つまり、戦争における掠奪(捕獲)品が彼らの主要な(或いは本来の)生計の資であったということです。

 こういうゲルマン人がやがてローマ帝国に侵攻し、これを滅ぼしてしまうのですが、欧州大陸のゲルマン人はやがてローマ化していまい、戦争が生業ではなくなっていきます。

 ところが、ローマが自分でイングランドから撤退した後、文明のレベルが違いすぎてローマ文明を受け継ぐことのできなかった原住民のブリトン人(ケルト系)を、スコットランドやウェールズといった辺境に駆逐する形でイングランドを占拠したアングロサクソン人(ゲルマン人の支族たるアングル、サクソン、ジュート人がイングランド侵攻後、混血したもの)は、ゲルマン「精神」の純粋性を保ち続けます。

だから、アングロサクソンにとっては、戦争は生業であり続けたのでした。


「では、そのゲルマン人とは、どのような人々だったのでしょうか。

 私はかつて(コラム#41で)、タキトゥスの「ゲルマーニア」(岩波文庫)の中の以下のようなくだり・・(略)(77頁)・・を引用して、「これは、ゲルマン人の生業が戦争であることを物語っています。つまり、戦争における掠奪(捕獲)品が彼らの主要な(或いは本来の)生計の資であったということです。」と指摘したことがあります(注8)。

 (注8)戦争にでかけていない時、つまり平時においては、男性は「家庭、
    家事、田畑、一切の世話を、その家の女たち、老人たち、その他す
    べてのるい弱なものに打ち任せて、みずからはただ懶惰にのみ打ち
    暮らす。」(79頁)というメリハリのきかせ方だった。

 ゲルマーニアには、「彼らは、公事と私事とを問わず、なにごとも、武装してでなければ行なわない。」(70頁)というくだりも出てきます。

 つまり、ゲルマン人の成人男性は全員プロの戦士であったわけです。
 しかも、以下のくだりからも分かるように、ゲルマン人の女性もまた、その意識においては男性と全く同じでした。


 「妻・・らはまた、・・戦場に戦うものたち(夫や子息たち)に、繰りかえし食糧を運び鼓舞・激励をあたえさえする・・。」(53頁)

戦争が生業であったということは、ゲルマン人はハイリスク・ハイリターンを求める人々(リスク・テーカー=ギャンブラー)であったということです(注9)。

 (注9)「彼らは・・賭博を・・あたかも真摯な仕事であるかのように行な
    い、しかも・・最終最後の一擲に、みずからの自由、みずからの身
    柄を賭けても争う・・。」(112頁)

 注意すべきは、ハイリスクであるとはいえ、戦争は、それが生業である以上、合理的な経済計算に基づき、物的コストや自らの人的被害が最小になるような形で実行されたであろう、ということです。」(コラム#852(*2)より抜粋)

 以上のように、ゲルマン民族は一人一人が戦士であり、戦争を生業とする人々であったようです。額に汗して働くことよりも、自分が負傷したり命を落とすリスクがあっても、戦争によって掠奪品を得るほうが、はるかに効率がよく得るものも大きいと、当然のように考えている人々だったのです。

 そして戦争遂行という最優先事項のためには、部族の全員が一丸となって協力し、また戦争をする上では、合理的な計算に基づいて、可能な限りコストや被害を少なくして、いかに効率よく戦争を遂行できるかということを追求した形で、実行されていたのです。

ゲルマン人の個人主義


ゲルマンの成人男子は一人一人がプロの戦士で、部族全体が戦争という生業のために一致協力していた、ということは分かりました。では、その戦闘民族的な側面以外に、ゲルマン特有のユニークな点はあるのでしょうか。

 「ここで、女性も戦場に赴いた、という点はともかくとして、このようなゲルマン人と似た特徴を持った民族なら、例えば、モンゴル等の遊牧民を始めとしていくらでもある、という反論が出てきそうですね。

 それはそうなのですが、ゲルマン人がユニークだった点が二つあります。

 その個人主義と民主主義です。

 「彼らはその住居がたがいに密接していることには、堪えることができない・・それぞれ家のまわりに空地をめぐらす。」(81〜82頁)、「蛮族中、一妻をもって甘んじているのは、ほとんど彼らにかぎられる・・。・・持参品は・・夫が妻に贈る・・。妻はそれに対して、またみずから、武器・・一つを夫に齎す。」(89〜90頁)が個人主義を彷彿とさせる箇所です。

 また、「小事には首長たちが、大事には・・[部族の]<成人男子たる>部民全体が審議に掌わる。・・最も名誉ある賛成の仕方は、武器をもって称賛することである。・・会議においては訴訟を起こすことも・・できる。・・これらの集会においては、また郷や村に法を行なう長老(首長)たちの選立も行なわれ・・る。」(65〜69頁)のですから、古典ギリシャのポリスのそれ並に完成度の高い直接民主制であったと言えるでしょう。

 以上をまとめると、ゲルマン人は、個人主義者であり、民主主義の下で、集団による戦争(掠奪)を主、家族単位による農耕(家畜飼育を含む)を従とする生活を送っており、合理的計算を忘れぬギャンブラーであった、というわけです。」(コラム#852より抜粋)


「まず、押さえておくべきは、プロの戦士であったアングロサクソンにとって経済活動は、食い扶持を確保した上で、更に戦士としての実益の追求を兼ねた趣味ないし暇つぶしに過ぎない、ということです。

 ここで実益の追求とは、個人的戦費及び集団的戦費(税金)を確保することであり、かかる実益の追求を兼ねた趣味ないし暇つぶしを、彼らはいかに楽に行うかに腐心しました(注13)。

 (注13)ちなみにアングロサクソンは、「戦士としての実益の追求を兼
    ね」ない趣味ないし暇つぶしの多彩さでも知られている。彼らが後
    に、読書・科学研究・スポーツ・レジャー・観劇・旅行、等に狂奔
    したことが、近代文学・近代科学・近代スポーツ・近代レジャー・
    近代演劇・パック旅行、等を生み出すことになった(コラム#27)。

 タキトゥスの叙述からもお分かりのように、彼らは、その生業としての戦争に従事している間、生死をかけること等に伴うストレスにさられただけでなく、集団行動に伴うストレスにも(個人主義者なるがゆえに)さらされたことから、平時においては、各自がばらばらにリラックスをして過ごすことによって、精神的バランスを回復する必要がありました。

 しかも彼らにはその「自由の意気と精神」から支配者がおらず、またその「戦争における無類の強さ」に恐れをなして彼らを掠奪の対象とするような者もほとんどいなかった上に、彼らにとって戦争が経済計算に立脚した合理的営みである以上、戦費は巨額なものにはなりえませんでした。ですから彼らは、支配者に貢ぐために、あるいは外敵によって掠奪されることを見越して、あるいはまた巨額の戦費を捻出するために、ひたすら額に汗して働かなければならない、という状況にはなかったわけです。

 そういうわけで彼らが経済活動にあたって考えることといえば、目標とした一定の収益を、いかに最低限の労力やコストの投入によって確保するかだけでした(注14)。」(コラム#857(*3)より抜粋)


自由の意気と精神、つまりは戦士たる己の力(能力)のみを頼りとして支配されることを由としないということ、それぞれが戦士として自立していること、戦時以外の自由を尊重すること、これらのことから、ゲルマン人にはごく自然なこととして個人主義が定着していたと思われます。

 部族内においては、戦時以外では自分も他人も自由が侵されず、制度的なしがらみもない。ゲルマン人は戦争を生業とする戦士であったことで、かなりの程度、個人主義、自由主義が文化として浸透していたようです。また(義務を果たしている人々である)戦士による直接的な民主主義も行われていました。一見、個人主義や民主主義というと、古代ギリシャ等、文化的に高いレベルにあって初めて実現すると思い勝ちかもしれませんが、なるほど、武の伝統から生まれることもある、というところはユニークで面白いですね。

アングロサクソンの起源


では、このようなゲルマンの伝統が、いかにしてブリテン島に伝播し、維持されていったのでしょうか。アングロサクソンの起源を確認しておきましょう。

 「今まで随時、アングロサクソン論を展開してきましたが、このあたりでアングロサクソンとは何かを振り返っておきましょう。

5世紀に、スカンディナビア及び北ドイツから様々なゲルマン支族がイギリスに渡ってきて、ケルト系先住民のブリトン人(=ローマ文明を継承できていなかった)を辺境に駆逐した上で定住し、相互に通婚してアングロサクソンとなります。(8世紀にベード(Bede)は、アングル支族、サクソン支族、ジュート支族の三支族が渡ってきたと記しましたが、これは単純化しすぎだと言われています。)(Historical Atlas of Britain, Kingfisher Books, 1987 PP30)

 このアングロサクソンは、7世紀末までにキリスト教化します(前掲Historical Atlas of Britain PP32)。アングロサクソンの部分的ローマ化、欧州化です。
しかし、9-10世紀には、アングロサクソンは、まだキリスト教化していない、デンマーク(一部ノルウェー)のバイキング(デーン人)の侵入、定住化を経験します。(前掲 PP38)(なお、11世紀初頭には、アングロサクソンは、後にデンマーク王とノルウェー王を兼ねることになる、デーン人(その頃には既にキリスト教化していた)の王族カヌートに一時征服されます。(前掲 PP52))
 更に1066年には、アングロサクソンは、フランス北部に侵入、定住したバイキング(ノルマン人)の子孫である、ノルマンディーの領主ウィリアム公に征服されます。(前掲 PP55-57)

 このように、アングロサクソンは、もともとゲルマン人としての純粋性を維持していた上に、キリスト教化した後も、累次にわたってかつての同胞であるバイキング・・キリスト教化していなかった者も少なくなく、しかも、極めて能動的(=悪く言えば、好戦的で侵略的)でした・・の侵入、定住化、征服を受け、その都度、ゲルマン精神を「再注入」させられ、「純化」させられたのです。そのおかげで、アングロサクソンは、精神のローマ化・欧州化を基本的に免れることができたのです


「また、メイトランドが、アングロサクソン文明と欧州文明の最初の岐路について、イギリスではアングロサクソンが侵攻した時にローマ文明が拭い去られた(swept away)のに対し、欧州(フランス・イタリア・スペイン)ではゴート族やブルグンド族は侵攻先のローマ=ガリアの人々の中の圧倒的少数派に過ぎず、しかも彼らが(征服者ではなく)ローマ皇帝の家来ないし同盟者に他ならなかったことからローマ文明の法・宗教・言語が生き残った(注4)ことを挙げている(PP77)ことも知りました。」(コラム#1397(*5)より抜粋)

 以上のとおり、ガリアのゲルマン諸族はローマ化した結果、ゲルマンの伝統を失うことになり、海を渡ってブリテン島に渡来して現地民と同化したアングロサクソンには純粋な形で残ることとなりました。さて、そんなゲルマンの伝統をほぼ純粋に受け継いだアングロサクソンの国、英国とはどのような社会になったのでしょうか。(ちなみに最新の研究によるとアングロサクソンの起源はバスク系の人々とベルガエというゲルマン系の人々がかなり関係しているようです。詳しくはコラム#1687(*6)を参照してください。)

(*4)コラム#74<アングロサクソンと北欧神話(アングロサクソン論3)>
http://blog.ohtan.net/archives/50955759.html
(*5)コラム#1397<マクファーレン・メイトランド・福澤諭吉(その1)>
http://blog.ohtan.net/archives/50954436.html
(*6)コラム#1687<アングロサクソンの起源>
http://blog.ohtan.net/archives/50954197.html

commonlaw


1 英国で、通常裁判所が扱う判例によって発達した一般国内法。一般法。→エクイティー

2 ローマ法・大陸法などに対して、英米法の法体系。


かんしゅう‐ほう〔クワンシフハフ〕【慣習法】

慣習に基づいて社会通念として成立する法。立法機関の制定によるものでなくても、法としての効力を認められている慣習。一種の不文法。習慣法。

アングロサクソン社会のユニークな点として、まずはコモンローを挙げてみたいと思います。コモンローと言えば、アングロサクソンの慣習法、自然法といったことを思い浮かべますが、太田さんはどのように考えているのでしょうか。

 「クライムスは、「11世紀初頭において、[イギリスを征服したデンマーク王]カヌートは、それより半世紀後のウィリアム征服王と同様、・・彼らの前任者たる王達によって、築かれた伝統や身分を破壊しようとはしなかった。」と述べ、アングロサクソン期と中世の連続性を指摘した上で、「[アングロサクソン期の]イギリス王は、法の源ではなかった。・・法は種族の慣習、または部族に根ざす権利からなり、王は、部族の他のすべての構成員同様、法に全面的に従属していた。・・法は、本質的には、その起源からしても非人格的なものであって、いにしえの慣習や、部族共同体の精神に由来すると考えられていた。

法を宣言し、裁定を下すのは、王の裁判所ではなく、部族の寄り合い(moot)であり、王の任命した判事や役人ではなく、訴追員や審判員の役割を担った、近所の自由人達であった。・・王は、単に、法と寄り合いの裁定を執行するにとどまった。」と言っています。

 こういうわけで、自由と人権の起源もはるか昔の歴史の彼方へ渺として消えていってしまいます。

この、マグナカルタ、権利の請願、権利の章典、アメリカ独立宣言などを次々に生み出していった淵源としてのアングロサクソン古来の法こそ、Common Law (コモンロー)なのです。

 われわれは、個人主義が、アングロサクソン文明の核心にあることを見てきました。しかし、個人主義社会という、人類史上空前の「異常」な社会が機能し、存続していくためには、個人が、他の個人、集団及び国家の侵害から守られていなけれなりません。守ってくれるものが、王のような個人であったり、グループや、国家であったりすれば、それらが、一転、おのれの利害にかられ、私という個人の自由、人権を侵害するようなことがないという保証はありません。守ってくれるものが非人格的なコモンローであり、王も含めて全員がこの法に拘束されるということの重要性がここにあるのです。
(略)
 フォーテスキューは、フランスは絶対君主制であり、すべての法が君主に発し、人々はそれに服するが、イギリスは、人々の自発的黙従に基づく制限君主制であり、王自身、彼の臣民と同じ法に拘束されるとし、「予想される不幸や損害を防止し、一層自らと自らの財産を保護するためだけに王国を形成した国が、イギリス以外に存在しないことは明白である。」と指摘します。」(コラム#90(*7)より抜粋)


アングロサクソンにとってのコモンローとは、古来からの個人主義の精神に基づいて、必然的に生まれた慣習法体系だと言えそうです。個人の自由や権利や財産を守るための法が自然法として定着していて、王といえど権利を制限され法の支配の下に置かれるというわけです。このことは、アングロサクソンは古来から人治主義ではなく法治主義であったという見方ができますね。

 考えてみれば、個人主義であるためには、法の整備と遵守が全員に徹底していなければ実現できないであろうことは、当然と言えば当然ですね。

 ちなみに個人主義だけでは遠心力が働いて社会が瓦解してしまうことを防ぐための制度として、コモンローとはまた別にアングロサクソン文明固有の「信託」という思想があるようです。信託については、コラム#1399(*8)と#1400(*9)を参照してください。

(*7)コラム#90<コモンローの伝統(アングロサクソン論8)>
http://blog.ohtan.net/archives/50955743.html
(*8)コラム#1399<マクファーレン・メイトランド・福澤諭吉(その2)>
http://blog.ohtan.net/archives/50954434.html
(*9)コラム#1400<マクファーレン・メイトランド・福澤諭吉(その3)>
http://blog.ohtan.net/archives/50954433.html

資本主義と反産業主義


個人主義社会であるからには、同時に、資本主義社会でもあると言えそうです。個人主義が貫徹している社会であれば、個人が所有する全ての財産を、誰の干渉も受けずに自由に処分する権利を、誰もが持っているはずだからです。

 「個人主義社会とは、個人が部族・封建制・教会・領域国家等、欧州史の古代・中世におけるような社会諸制度のしがらみから、基本的に解放されている社会です。

 ちなみに、個人主義社会と資本主義社会はイコールであると言ってよろしい。個人主義社会とは、上記のごとき社会諸制度によるしがらみから基本的に自由に、個人が自分の財産(労働力・カネ・モノ)の使用・処分を行うことができる社会であり、これぞまさしく資本主義社会だからです(注6)。

 (注6)これは、英国のマクファーレーン(Alain Macfarlane)の指摘だ
    が、この話をもっと掘り下げて論じたいと以前(コラム#88)記しな
    がら、マクファーレーンのその後の著作等の勉強を怠っているた
    め、今後とも当分の間、この「約束」を果たせそうもない。」(コラム#519(*10)より抜粋)

 「しかも、個人主義社会なのですから、アングロサクソンの各個人は、自分自身(の労働力)を含め、自分が所有する全ての財産を、誰の干渉も受けずに自由に処分する権利を持っており、実際にその権利を頻繁に行使しました。そういう意味で、アングロサクソンは全員が「商」(資本家)でもあったわけです


「いずれ詳しくご説明するつもりですが、イギリスはその歴史始まって以来、(すべての成人が、生産財、消費財のいかんを問わず、自由に財産を処分できるという意味で)資本主義社会であり、産業革命前に既にその「反産業主義的」資本主義は、高度に成熟した段階に達していました。

 そして、(これについてもいずれ詳細にご説明するつもりですが、)イギリスは反産業主義(反勤勉主義)であったからこそ、(機械化によって楽をしようとして)産業革命を世界で初めてなしとげます。そして、イギリスは良かれ悪しかれ、反産業主義のまま現在に至っているのです。(「産業精神」参照)」(コラム#81(*11)より抜粋)

 「また、古典ギリシャ社会においても古ゲルマン社会においても、労働には低い社会的評価しか与えられていませんでした。

アテネ等のポリスでは、奴隷が労働に従事し、市民はもっぱら政治と軍事に精を出したものですし、ゲルマン民族の男達は、「戦争に出ないときにはいつも、幾分は狩猟に、より多くは睡眠と飲食に耽りつつ、無為に日をすごす・・家庭、家事、田畑、一切の世話を・・女たち、老人たち<など>・・に打ち任せて・・懶惰にのみ打ちすごす」(タキトゥス「ゲルマーニア」(岩波文庫版)78〜79頁)のを常としました。

 ですから、貧しかった時代ならいざ知らず、豊かになった現在の西欧諸国において労働時間が著しく減ってきたのもむべなるかなとお思いになるでしょう。

 それでは、アングロサクソン諸国の労働時間の長さはどう説明したらよいのでしょうか。


アングロサクソンは世界でほぼ唯一生き延びた純粋なゲルマン人であり、ゲルマン人の生業(本来の労働)は戦争(=略奪行為)だったことを思い出してください(上記引用参照)。これは戦争以外の時間はゲルマン=アングロサクソンにとっては来るべき戦争に備えて鋭気を養う余暇だったということを意味します。だから農耕・牧畜(=食糧確保)に比べて狩猟(=食糧確保+戦争準備)をより好んだとはいえ、これら「労働」も「無為・懶惰に過ごす」こととともに余暇の一環であり、「労働」を減らす、制限するという観念は、元来彼らにはなじまないのです。

 そして、キリスト教の聖書を世界で初めてに民衆が読める自国語に翻訳して大量に普及させたアングロサクソンは、ゲルマン人としての彼らのもともとの好き嫌いを踏まえ、農耕・牧畜等の「懲罰」としての「額に汗」する「労働」(labour。「陣痛」という意味もある。同義語はtask)と狩猟等のそれ以外の「労働」(work。同義語はbusiness)とを明確に区別し、hard work を厭わず(?!)labourを減らすことに腐心してきました。その最大の成果の一つがイギリスを起源とする18世紀のいわゆる産業革命です(コラム#81参照)。

 これに対し、西欧ではこの二種類の「労働」を区別することなく、どちらも忌むべきものとして削減することに努めてきた、と私は考えています。」(コラム#125(*12)より抜粋)

 アングロサクソン社会は当初から資本主義社会であり、それと同時に反産業主義であったというのは面白いですね。楽をしたいからhard workを厭わないというのも、とても面白いと思います。英国が様々な創意工夫をして近代的な発明を数多く生み出したのも、よく分かる気がします。


ちなみに太田さんは、近代文明はイギリス文明そのものといってよく、近代のほぼ全てがイギリスで始まっている、とも仰っています。コラム#84(*13)を参照してみてください。

 それと、経済的物質的に貧しい社会においては、個人主義を成り立たせる余裕が無く、乏しきを分かちあいながら、共同体に埋没して生きて行くより他はないところ、イギリスで個人主義が維持できたのはイギリスが大変豊かだったからだ、という側面もあるようです。コラム#54(*14)を参照してみてください。

(*10)コラム#519<米国反仏「理論」あれこれ(その4)>
http://blog.ohtan.net/archives/50955314.html
(*11)コラム#81<反産業主義(アングロサクソン論4)>
http://blog.ohtan.net/archives/50955752.html
(*12)コラム#125<各国の労働時間の違い>
http://blog.ohtan.net/archives/50955708.html
(*13)コラム#84<イギリス文明論をめぐって(アングロサクソン論5)>
http://blog.ohtan.net/archives/50955749.html
(*14)コラム#54<豊かな社会(アングロサクソン論2)>
http://blog.ohtan.net/archives/50955781.html

http://blog.ohtan.net/archives/51258673.html


06. 2010年6月22日 23:17:30: KzH4UkyrEg

長いカキコミでしたね…
心から微笑てか
ま、ほぼ妥当な言い分だと思いましたよ。

インディアンを「チャンコロ」「チョン」、
アングロ白人を「大和民族.皇民」と置き換えて読みました。

旧日本軍のトップ階級は、欧米先輩国の侵略主義を必死になって学びましたからね。


「日本が亜細亜を一つにするッ」
「首都は北京だッ」


07. 2010年6月23日 20:41:14: MiKEdq2F3Q

オーストラリア先住民の運命


白人の入植=土地の収奪、虐殺、アボリジニによる抵抗、アボリジニ社会の崩壊 

アボリジニ人口の激減

 1788 推定30万人〜100万人

 1861 18万人

 20世紀前半 6万人


オーストラリアにおける入植期のずれ

1820-30年 牧羊業の発展、自由移民の増加
   (土地が無償あるいは定価で提供された)→ 土地の収奪

1829年 全オーストラリアが英国の領有となる
〜 1850年代  NSW, Vic, Tas, SA, WA, Qld自治植民地成立
   
1901     オーストラリア連邦成立

タスマニアの場合:虐殺、「絶滅」

人口の激減
1788 - 1861 4500人 → 18人
1876 「最後のタスマニア人」トルガニーニ死亡、しかし「絶滅」は事実に反している
                      
 今日約7000人のタスマニア・アボリジニがいる


1803 イギリス人がタスマニア島に入植、「開拓」、匪賊の跳梁、アボリジニの殺害・強姦 → アボリジニの抵抗

1825 ニューサウスウェールズ植民地から分離してヴァンディーメンズランド植民地となる

1827 植民地政府はアボリジニの隔離に乗り出す、実効なし

1828 アボリジニに対する戒厳令、「生け捕り」のための賞金を出す、実質はほとんど殺害される

1830 「ブラック・ライン」(島の東南端に追い込んで捕獲しようとした計画、失敗におわりほとんどが殺害される)

1831 アボリジニの「保護」計画、フリンダース島のワイバリナ居留区にアボリジニを収容 → 2/3以上が死亡

1847 ワイバリナ居留区の生存者(46名)はオイスター湾居留区に移される
1876 最後の一人(トルガニーニ)の死亡でオイスター湾居留区は閉鎖される

ヴィクトリアの場合

タスマニアと同様に人口の激減

1788 - 1861 1万5000人 → 2384人


1830年代 キリスト教会によるミッション開設:「堕落した人々の教化」

1839 アボリジニ「保護官」任命、ポートフィリップ地区着任

1851 ニューサウスウェールズ植民地からヴィクトリア(ポートフィリップ地区)植民地が分離

http://opinion.nucba.ac.jp/~kamada/H19Australia/australia19-3.html
__________________


タスマニア人 皆殺し


19世紀の初頭までタスマニア民族が、暮らしていたタスマニア。
しかし、今はいない。

タスマニア人は一人残らず、イギリス人によって殺された。

アフリカを植民地にしたイギリス人は「猛獣狩り」の楽しみを覚えた。
イギリスの貴族は、今でもキツネ狩りをやってるように、ハンティングが
大好き。

そんなイギリス人が、オーストラリア、タスマニアにやってきた。
しかし、ここにはコアラとか、カンガルーしか住んでいなかった。

退屈した彼らはタスマニア人を狩るようになった。
まるでスポーツみたいにタスマニア人狩りを楽しんだ。

女も、子供も狩の対象になった。
そのあげく、一人もいなくなった。

ひとつの民族が皆殺しにされたという例はほかにない。
ヒトラーはユダヤ人殲滅をやろうとしたけど、結局未遂だった。
しかしイギリス人はタスマニア民族を全滅させた。 


タスマニアンタイガーと同じように、賞金をかけられ絶滅していった島の「いきもの」がいます。19世紀はじめのできごと、ときのタスマニア総督ジョージ・
アーサーは、「生きたまま捕えた成体につき5ポンド、幼体につき2ポンド」の賞金をかけます〔真の趣旨は絶滅を防ぐためだったらしいのですけれど〕。

しかし、結果は逆効果におわります。植民者達は隊を組み分担地域を決め
徹底的な「狩り」を始めてしまったといいます。抵抗するものは虐殺され、けっきょくこの大がかりな「狩り」で捕えられた成体2個体であったとのこと。

その後も、植民者が撃ち殺したり、文明のもたらした病気の蔓延で、このいき
ものの最後の一個体は、1876年に命を落とし、けっきょくその骨格は展示
品として博物館に並べられました。

・・・このいきものとは、タスマニアン・アボリジニ。

最後に生き残ったタスマニアン・アボリジニの女性はトルガニーニという名で、その生涯は、悲劇の歴史の縮図として語り継がれています。

タスマニア・アボリジニーであるトルガニーニの最後の言葉。
それは・・・・「山の裏に私を埋めて」。

良心的な医師たちによって彼女は埋葬されたが、すぐに墓はあばかれ遺体は
切り刻まれ、骨格は展示品として博物館に並べられました
http://airplant-herbcore.cocolog-nifty.com/herbcore/2006/11/post_644a.html


【タスマニア(Tasmania)】

1642年オランダ人探検家アベル・タスマンが到達し、当時のオランダ東インド会社総督ヴァン・ディーメンにちなんで「ヴァン・ディーメンス・ラント」と命名されました。

後にイギリスからの移住民により、タスマニア島と改名されました。
この頃はオーストラリア大陸の一部と考えられていたそうです。

島の原住民である「タスマニア・アボリジニ」は1830年代までブラック・ウォーと呼ばれる戦争を起こしていましたが、敗れ、フリンダーズ島へ強制移住させられるなど激減し、純血のタスマニア・アボリジニはハンティングの獲物とされたといった悲劇を経て1876年に絶滅しました。

1830年、兵士2000人と3万ポンドを注いだ大規模な原住民征討作戦以降で、(原因は土地の所有権争い:入植者には土地が無償あるいは定価で提供されたため、原住民タスマニアアボリジニを追い払った(人間狩りを行なった))

1804年に推定人口2500〜7000人だった原住民は300人くらいまで減らされ、以降、残像する者は漸次、原住民保留置に強制収容されたといいます。

移住者が持ち込んだ病原菌などにも免疫があるわけでなく、徐々に人数を減らし、
1847年には46人にまで減り、1876年、最後の純血の原住民トルガニーニが死亡しました。

現存するのは約100人の混血だけとされます。

1803
イギリス人がタスマニア島に入植、「開拓」、匪賊の跳梁、
アボリジニの殺害・強姦 → アボリジニの抵抗


1825
ニューサウスウェールズ植民地から分離してヴァンディーメンズランド植民地となる

1827
植民地政府はアボリジニの隔離に乗り出す、実効なし

1828
アボリジニに対する戒厳令、「生け捕り」のための賞金を出す、
実質はほとんど殺害される。

1830
「ブラック・ライン」
(島の東南端に追い込んで捕獲しようとした計画、
失敗におわりほとんどが殺害される)

1831
アボリジニの「保護」計画、
フリンダース島のワイバリナ居留区にアボリジニを収容 → 2/3以上が死亡

1847
ワイバリナ居留区の生存者(46名)はオイスター湾居留区に移される

1876
最後の一人(トルガニーニ)の死亡でオイスター湾居留区は閉鎖される

タスマニアン・アボリジニは、西洋人が植民地化する3万年以上も前から、外部との接触が全くなく独特の文化と習慣を守ってきました。

タスマニアが発見された時には、約4000人(諸説あり)のタスマニアン・アボリニがいたと言われています。

大昔はオーストラリアとアジアが陸続き、もしくはかなり近距離だったと学術的には言われてます。

その陸続きの時代に、インドネシア方面からオーストラリアへ渡った原住民が、タスマニアに住み着き、月日を重ねてオーストラリア大陸とタスマニア島が分離され、タスマニア原住民は完全に外部との接触が絶たれたと考古学的な見地で言われています。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1424814339


___________________


イギリス人にとっての有色人種とは

マオリ戦士の首 平成19年10月30日

 先日下記のようなニュースがありました。


<マオリ戦士の首>故郷NZへの返還に仏政府が「待った」

 【パリ福井聡】フランス北部ルーアン市が、自然史博物館所蔵の「マオリ(ニュージーランドの先住民族)戦士の首」をニュージーランドに返還しようとしたところ、「事前に相談がなかった。勝手に返還するのはまかりならん」と仏政府が「待った」をかけた。

 同博物館は24日、返還協定を在仏ニュージーランド大使館と結んだ。しかし、アルバネル仏文化相が返還停止を求める行政訴訟を起こし、裁判所は協定締結前日の23日、返還停止を命じた。このため、返還協定締結にもかかわらず、首は当面、フランスにとどまることになった。

 返還が停止されたのは、顔の表面に入れ墨が施されたマオリ戦士ミイラの首。1875年に同博物館に寄贈され、96年まで一般展示されていた。同博物館は10年間の改築を経て今年再オープン。これを機にルーアン市側は「異文化と人間の尊厳への敬意を示すべきだ」(アルベルティーニ市長)、「忌むべき前世紀の密売史を閉じるべきだ」(同博物館館長)と返還を決めた。

 同博物館によると、西欧では19世紀、入れ墨入りの首が装飾品として人気を呼び、中には「輸出するため、頭部に入れ墨を彫られ、殺害された例もある」という。ニュージーランド側は「遺体の尊厳を守りたい」と92年に返還を呼びかけ、これまでに数カ国が応じてきた。

 仏文化省の顧問弁護士は「今回はマオリの首一つだが、今後、ルーブル美術館のミイラなどにも(返還の動きが)波及しかねない」と警戒、マオリの首数点を所蔵するパリのケ・ブランリー博物館も返還には慎重な姿勢を示している。

引用終わり


 「今回はマオリの首一つだが、今後、ルーブル美術館のミイラなどにも(返還の動きが)波及しかねない」

なんという醜い言い種でしょう。

<西欧では19世紀、入れ墨入りの首が装飾品として人気を呼び、中には「輸出するため、頭部に入れ墨を彫られ、殺害された例もある」という。>

 白人というものが、どのような人種であったかということがよく現されているニュースです。

 ニュージーランドのことではありませんが、オーストラリアにおけるアボリジニの運命も同じです。

 一七一七年から一七七六年の間、約四万人の囚人がイギリスからアメリカの植民地に送り込まれている。囚人はイギリスの監獄から船主たちに売り渡され、新大陸に到着すると今度はプランターへと転売された。それが、アメリカの独立戦争により崩壊した。アメリカがイギリスの囚人を受け入れなくなったのです。

 そのため、イギリスは行き場のなくなった流刑判決の囚人たちをテムズ川や軍港の牢獄船に収容し、公共事業などにその労働力を利用しようとしたが、年々増える流刑囚により収容しきれなくなり、オーストラリアに囚人を送り込む事となった。

一七八八年一月二五日にシドニー湾に到着した一一隻の船団にて送り込まれた囚人の数は史料により男性五六三〜五六八人、女性一八九〜一九二人、合計七五二〜七五九人と異なるそうです。

囚人の男と女の比率が四対一という事はどういう結果を招くか。囚人の男達は原住民であるアボリジニの女性を性欲のために強姦した。

 オーストラリアは流刑植民地であったために、流刑者だけでなく、一八〇〇年代になっての一般植民者も多く入植してくるようになる。オーストラリア人にそのルーツを尋ねると、ほとんどは一八〇〇年代にオーストラリアに来たと答えるそうであるが、つまり、わが家の祖先は囚人ではないと言っていることなのです。ところが、この一八〇〇年代の入植者とは本国にいる事の出来ない落ちこぼれ、ならず者、無法者が多かった。
 
 これらの白人が、オーストラリアの原住民であるアボリジニの人々に対してどのような感覚を持って接してきたかが手元にある「オーストラリアの歴史」(藤川隆男著 朝日新聞社刊 朝日選書四〇七 一九九五年)に書かれています。それによると、

 <イギリス政府は、アボリジニを文明人とは見なさなかった。イギリス法上では、タスマニアは征服されたのではなく、発見と植民により獲得された領土であり、そこに住むアボリジニは、市民権のないイギリス臣民として取り扱われた。

タスマニア全島はいまやイギリス国王の所有地であり、征服された国民としての権利さえ失ったアボリジニの土地を守る戦いは、単なる犯罪行為に過ぎなかった。

 「アボリジニはイギリス法の保護の下にある」との宣言が副総督によってしばしばなされたが、実際に保護の手が彼らに差しのべられたことはなかった。イギリス法はアボリジニを殺す権利があるということの偽善的な言い方に過ぎなかったのである>p二九〜三〇

<「アボリジニを民族として把え、その一般的な進歩やそれが習得した事物を比較考量してみると、たとえ野蛮人の間においてさえも、彼らは確実に極めて低い地位にいる。

彼らはおそらく、ホッテントットや寒風吹きすさぶマゼラン海峡に住む部族と順位争いをするのがせいぜいで、繊細なアフリカ人や忍耐強く用心深いアメリカ人や、優美で臆病な南海の島の住民と較べれば非常に見劣りがする。・・・・これほど文明から懸け離れた状態はほとんどないと主張できるだろう」


「自然状態は、崇高な研究や無限の推論をすることができる存在の幸福を増進するには、最も適さないものである。荒野の中の獲物を求めてさまよい歩く野蛮人は、我々の本性を堕落させ、苦しめるすべての感情によって醜悪な姿となった生き物である」>(シドニーの最初の四年間)士官ワトキン・テンチ)p四七〜四八


 これらはどういう事か。アボリジニを人間として見ていなかったのです。その結果、下記のような悲劇が起こされる事になる。

以下引用

 <一八二六年一一月、副総督アーサーは、入植者たちの強い要求に押されてアボリジニを武力で追い払う権利を彼らに与え、必要ならば軍隊による支援を行なうと宣言した。『コロニアル・タイムズ』紙によれば、これはアボリジニに対する公式の宣戦布告にほかならなかった。


 略)

 一八二九年一一月一日、副総督アーサーは定住地にいるアボリジニに対して戒厳令を布告した。これによって、理由のいかんを問わず、ヨーロッパ人がアボリジニを射殺しても起訴されない法的根拠が与えられたのである。

ここににアボリジニに対する絶滅戦争は最終局面を迎える。戒厳令とともに、定住地に残るアボリジニを掃討するための小規模な遠征隊が組織され、内陸部へ分け入ってアボリジニを捕獲あるいは射殺する任についた。

一八二八年から三〇年にかけて、遠征隊によって殺されたアボリジニの数は約六〇、捕えられた者は約二〇人と報告されている。

 略)

 彼の部隊(ジョン・バットマン率いる遠征隊)はペントモンド山の東側の斜面でアボリジニのキャンプ地を発見した。バットマンは奇襲攻撃かけようとしたが、銃が暴発したのでこれに失敗し、逃げるアボリジニに銃を乱射して、逃げ遅れた子供と女一人を捕らえただけでに終わった。しかし、農場への帰途で「幸運にも」彼は二人の傷ついたアボリジニを発見する。この二人の男は歩けなかったので殺さざるをえなかった、とバットマンは述べた。

バットマンは遠征の功績を認められ、二〇〇〇エーカーの土地を副総督アーサーから与えられた。彼は後にこれを売って七五〇ポンドの利益を得た。人間狩りには十分すぎるほどの報酬であろう。>p五三〜五四


 <ヴァン・ディーメンズ・ランド会社に雇われた牧羊夫たちは、アボリジニの女性を誘拐した。これを取り戻そうとしたアボリジニは、牧羊夫に攻撃をしかけ一人の男に重傷を負わせたが、逆にこの攻撃のリーダーだった人物も殺される。

アボリジニは、再度報復の為に二〇〇フィートの岸から三〇頭の羊を追い落とした。これに対し四人の牧羊夫は、アボリジニの部族に奇襲攻撃をかけて三〇人を虐殺して、同じ崖から突き落としたのである。

この崖はこの時の戦功を記念して「勝利の丘」と呼ばれるようになった>p五四〜五五


 <一八二九年の冬に、アーサーは定住地域に残るアボリジニの数を約二〇〇〇人と見積もっていたが、実際には一〇〇人にも満たなかった。それにもかかわらず、アボリジニの抵抗は弱まらなかった。

略)

 一八三〇年、アーサーは定住地に残るアボリジニを完全に相当する作戦を決定した。この作戦は地図のラインから出発して、アボリジニを捕らえるか殺しながら徐々に南に追い詰め、最終的にタスマン半島に追い込むことを目的としていた。

 一〇月七日、約二〇〇〇人の兵士、囚人、自由人が長大な人間の鎖を造って、アボリジニを南へ追い立てる作戦が始まった。カンガルー猟を思い越させる人間の鎖は「ブラックライン」として語り継がれていく。

彼らは一〇〇〇丁の銃と三万発の弾丸、三〇〇の手錠を用意して、七週間にわたって作戦を継続した。しかし、この作戦で捕えられたアボリジニは二人しかおらず、ほかに二人を射殺しただけに終わった。

当時の人々は、この作戦を大失敗であると批判したが、実はほぼ完全な成功を収めていたのである。アボリジニが二人しか捕獲できなかったのは、入植者の予想に反してアボリジニがもはやほとんど生存していなかったからであった。>p五六

 
 これは、今回のマオリ戦士の首の話と共通するもので白人というものをよく現す例です。

 オーストラリアでは二〇世紀になっても獲物としてのアボリジニ二狩りは行なわれていました。

<ニューサウスウエールズ州の国会図書館所蔵の日記には『一九二八年、今日の収穫、ウサギとアボリジニ二七人・・・・」という記述があった>(「残酷な楽園」隆籏学著より)私の引用は「情報鎖国・日本 新聞の犯罪」高山正之著 廣済堂)p一七三より

 当然のことながら有色人種差別を制度化して白豪主義をとり続けていたオーストラリアでは、辛うじて生き残ったアボリジニの人々は、一九六〇年代までオーストラリア国民としてさえ認められていなかったのです。


タスマニア・アボリジニの悲劇


 タスマニア・アボリジニはオーストラリア大陸のアボリジニと人種的に別だったといわれていますが、すでにタスマニア・アボリジニが虐殺により全滅してしまった現在ではわかりません。
 
 アボリジニは、肌が黒いという以外は近隣のメラネシア人やアフリカの黒人とはまったく似ていない人種です。アボリジニの多くは金髪であり、特に子供においてはその特徴は顕著です。 

 アボリジニに対してのイギリス人はどのように接したか。「オーストラリア歴史の旅」(藤川隆男著)に下記のように書かれている。

 アボリジニは食糧のかわりに女性を提供したが、深刻な労働力不足に悩んでいた入植者は、女性よりも子供に魅力を感じた。

略)
 入植者はすぐにもっと手っ取り早い方法、誘拐で労働力の確保を目指すようになった。
略)

 アボリジニは、ヨーロッパ人との間にギヴ・アンド・テイクの原則に基づく友好的な関係を築き、侵略者と共存する用意はあったが、従来の生活様式その他すべての文化を棄て、ヨーロッパ人の社会に吸収されるつもりはなかった。他方入植者の側には、アボリジニを先駆者あるいは正当な土地の所有者として受け入れるつもりは全くなく、土地を奪い取った代価を払う必要があるなどとは考えてもみなかった。
 p五一

 白人侵略者の徹底した掃討作戦によってアボリジニが絶滅の危機に瀕していた時、一人の救世主が現れた。その名をジョージ・オーガスタス・ロビンソンという。彼は副総督アーサーの要請に基づいて、非定住地域に残るアボリジニを集め、白人の殺戮の手が届かない場所へ移住させる計画に着手した。
略)

 アーサーは、一八二六年の時点ではタスマニア北東部に原住民保護区を作る考えであり、ブラック・ラインのときには、タスマン半島をその安住の地とするつもりであった。しかし、そのいずれもが失敗した現在、アーサーはロビンソンの提案に同意し、バス海峡(タスマニアとオーストラリアを隔てる海峡)に浮かぶ小島に、残ったアボリジニを収容する施設を作ることに決定する。

 ロビンソンは、アボリジニの救世主ではあったが、白人の神に仕えていた。彼は、先祖伝来の土地から引き離すことによってのみ、アボリジニをキリスト教化し、優れた文明の本質を教え込むことができると信じた。彼は、アボリジニの文化をすべて奪い取ることが、アボリジニの救済の前提条件だと信じていたのである。このような考え方を当時の裁判所長官ベダーは、次のように批判している。

 「もし、アボリジニを離島へ送れば、彼らがこれまで亭受してきた移動の自由や狩猟の自由はなくなり、希望のない監獄に閉じ込められた生活の中で、彼らはすぐに衰減するであろう」

 しかし、ペダーに対し、アーサーは次のように反論した。

 「たとえアボリジニが離島の中で、我々のあらゆる善意に囲まれて滅亡したとしても、それは白人との戦いの中でアボリジニが英雄のごとく滅亡していくよりもはるかに望ましい」

 ロビンソンは、彼が集めたアボリジニがペダーの予言どおりに、白人の監視下で次から次へと死ぬのを横目で見ながら、彼らを絶滅から救うために、生き残ったアボリジニのすべてをタスマニア全島から集めることに全力を傾けた。

いまやロビンソンは手段を選ばなかった。実現するはずのない約束や銃の力を用いてもアボリジニの捕獲を続けた。

バス海峡にあるフリンダース島の収容施設には、一八三三年に四三人のアボリジニが、翌年には四二人が送り込まれた。しかし、この二年間で五一人のアボリジニが死亡している。

 フリンダース島では、アボリジニたちはヨーロッパ文明の「恩恵」を拒絶し、農業に従事することを拒んだ。

監督官たちは、これを口実として肉や新鮮な野菜をアボリジニに与えなかった。

アボリジニ一人が一日につき配給された食料は、塩づけ肉四五〇グラム、小麦粉四五〇グラム、ビスケット二二五グラム、砂糖七グラム及び塩である。

アボリジニは塩づけ肉を食べられなかったので、栄養不足を補うには狩猟をせざるをえなかった。しかし、多くの者は病気で狩猟ができないか、狩りを禁じられているか、あるいは何も狩るものがないかのいずれかであった。

p五八


 タスマニア・アボリジニが紳士と言われるイギリス人により亡ぼされた様子がよくわかります。そして、白人は他の地域でも同じ事を繰り返したのです。


最後のアボリジニ

 タスマニア島では三万七〇〇〇人(*1)いたとされるタスマニア・アボリジニですが、一八四七年、フリーダース島の収容所で生き残ったたった四七人のタスマニア島に送り返された。

 その時の状況について「オーストラリア歴史の旅」に下記のように書かれている。

以下引用

 この移動の主な理由は、フリンダース島の施設は経費がかかりすぎるという点にあった。彼らの行き先は、健康上有害という理由で放棄された衆人収容所であった。

 ここでは、アボリジニはより大きな自由と少しは栄養のある食事を一時的に与えられたが、マラリアなどの伝染病によって一八五四年までに彼らの数は一七人となる。

一八五五年に自治政府がタスマニアに成立した後は、食事が減らされ、収容所は廃虚のような有り様を呈する。

慈悲深い人道主義者たちの来訪も途絶えがちとなり、タスマニア政府は、彼らの滅亡を願って、最小限の支出さえも惜しむようになった。こうして、一八六八年にはついに三人のアボリジニが残るのみとなった。

「オーストラリア歴史の旅」藤川隆男著 朝日新聞社 p六〇


 そして、一八六七年五月八日に最後の純血タスマニア・アボリジニであったトルゥガニニが死に、その血は絶えた。

 一八一二年に生まれたトルゥガニニの母はアザラシ捕りの一団に刺し殺され、妹は同じくアザラシ捕りに誘拐され、のちに射殺されている。また彼女の婚約者は、彼女が木こりたちに誘拐されるのを防ごうとして溺れ死んだ。

 彼女は亡くなる時にその故郷に埋葬される事を望んだが、彼女の遺体はホーバート病院に移され、植民地首相の命令で、五月一一日に葬儀が行なわれて遺体は教会の前に手厚く葬られたが、イギリス人がその墓をあばき、三つのグループにより盗み出される事になる。最初のグループが頭部を盗み出し、次のグループがばらばらに切断された四肢と胴体を盗み出した。 

最後のグループはわずかな肉片しか残ってなかった。彼女の遺骨は考古学上の珍品として高い値がついたそうであるが、一八七八年、タスマニア王立協会の博物館がその遺骨を入手し、一九〇四年から一九四七年までその博物館で一般に公開された。タスマニアン王立協会のストックウェル博士にいたってはトルゥガニニの皮膚で煙草入れを作成し愛用していたという。

 やっとタスマニアのアボリジニの要求で政府が彼女の遺骨を火葬にすることを同意したのは一九七四年になってからです。

 このタスマニア・アボリジニに対してのイギリス人の接し方は、大東亜戦争における我国の捕虜収容所における収容者に対しての扱いと共通するところが多々あります。

 そして、アボリジニの人権が認められたのは大東亜戦争後、一九六〇年代になってからです。

http://www.tamanegiya.com/mario19.10.30.html

オーストラリアへの白人侵略者達の到来は、史上最も大規模な人種絶滅の殺戮の実例の開始を告げた。百年間のうちに、アボリジニー人口の80%(もっと大きい数字だと言う人さえいるが)もの人々が白人侵略者達に直接に殺されるか、あるいは、この侵略の結果として死亡した。

彼らの死は至る所にあった。いくつかの事例では、土地、水等の使用をめぐる特定の衝突から起きた手当たり次第の殺人の故であり、又、白人の集団によるアボリジニーの大集団の大量虐殺の故であった。

こうした殺戮は、アボリジニー狩りと呼ばれ、カンガルー狩りとほとんど同じ様な調子で行われた。

これらの殺戮は公認のことがよくあったが、公認されていたかどうかに関わらず、白人はほとんど、アボリジニー殺害の故に裁判にかけられる事はなかった。

信じられない様な残酷さについての報告は沢山ある。

あるアボリジニーの集団の数少ない生き残りが伝えた事件では、何人ものアボリジニーの赤ん坊が首のところまで土に埋められ、それらの首はどれだけ遠くに飛ばせるか競争するために蹴り飛ばされた。

同時に女性達は計画的に強姦され、そして膣を貫いて身体を串刺しにして殺された。

最後に男性達は生殖器を切り落とされ、放置されて出血多量で死んだ。

毒薬も又、アボリジニー達を殺すために計画的に用いられた。

毒入りの小麦粉が配られたり、あるいはもっとよく使われた手口としては彼らが生きていくのに必要としていた水の井戸に毒が入れられた。


 新しくある地域を奪い取った(植民した)時には、白人達は水利のある最良の平地へ素早く移動した。

その為アボリジニー達はどんどん、高所の乾燥し辺鄙な土地へと追いやられた。

アボリジニー達が川や井戸に近付こうとして銃撃されることはよくあった。

白人達は野性の動物も追い立てたり、殺したりし、それらの替わりに羊や家畜を連れてきた。

多数のアボリジニーが数少ない水資源と食糧の周りに集まっていたので、水と食糧の供給に対する圧力が大きくなり過ぎた時には、無数の者が餓死した。

 アボリジニーの女性達が強姦される事は頻繁にあったが、誘拐されて、検査官、羊飼い、垣根守り達の性的な、又個人的な奴隷にされることも多かった。

アボリジニー達の聖地は、ある時は無意識に、しかしそれ以上頻繁に意図的にその神聖さを冒涜された。儀礼上の営みは徹底的に打ち砕かれた。

黒人達のいかなる大規模な集いも、植民者達の集落に対する潜在的脅威と見なされて、解散させられた。残虐な形で解散させられる事も稀では無かった。

「ドリームタイム」伝説の、ある世代から次の世代への伝承は、諸々の部族集団の非常に多くの構成員が死亡したり離散したために、破壊されてしまった。

自分達の伝統的な土地を強奪されたことの心理的、又社会的影響が、巨大な衝撃を与えて、道徳的頽廃が生まれ、又一方で、アルコール(これも彼らには初めてのものだった)によって事態が一層悪化する中で、数多くのアボリジニーの集団の部族的生活の解体が進行した。

 アボリジニーのオーストラリア全体を乗っ取ろうとした事の経済上の動機は、当時イギリスで勢いのあった社会ダーウィニズムのイデオロギーによって補強されていた。

社会ダーウィニズムによれば、人類に進化の位階があり、あらゆる階級と人種のうち、上流階級の西洋白人男性は生まれながらにして優越した存在なのであった。

自分達よりも洗練されていない技術しか持たず、中央集権的政治構造や土地の固定した私的所有制をも持っていなかったアボリジニー達に遭遇した時、アボリジニー達はやがて死滅することが不可避な、原始的な「石器時代」の人間達であるとの見解が取られた。

従って、アボリジニー達の殺害は殺人とはならず、優越した進んだ文化と劣等の死滅しつつある文化との衝突の不可避の結果とされた。このような態度はオーストラリアに、今日まで長い間にわたって残って来た。

アボリジニーの大半は全国約250ヶ所の mission station(ミッション・ステーション:宣教師定住地)又は reserve(リザーブ:居留地)に集められた。

互いに言葉の通じない集団も、あるいは互いに関係を持つことがタブーとなっている集団も一緒くたに放り込まれた。これらの国家と教会によるミッション(宣教師定住地)は、キリスト教道徳とキリスト教への教化を特徴としていた。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1310865348


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回心者ブッシュの演説に聞き入る「十字軍」兵士達

アメリカには「ポーン・アゲン」を なのり、そう呼ばれる人びとがいる。 人生の道半ばで、神に、キリスト に、聖書に出会い、キリスト教徒とし て新しく生まれ変わった人びとであ る。改宗ではなくて、回心と再生を誓 う、プロテスタント教会のなかの行動 的な一派である。

◆40歳にして「回心再生」

ブッシュニ世はボーン・アゲンのひ とりになった。飲酒にふけって、安易 な生活を送っていたのが、名高い伝道師の説教を聞いてからは、四十歳にし て酒を断ち、回心再生の人となった。

朝は祈りと聖書の読誦にはじまり、閣議も祈りではじまる。

演説には聖書 のことばがちりばめられている。

「ア メリカに昧方しないやつは敵だ」というブッシュニ世の人物を特色づける発 言も聖書からでている。

「わたしの側 に立たない者はわたしに逆らう者、わたしと共に集めない者は散らす者である」


神仏の信仰を問わず、ボーン・アゲ ンの宗教体験をもつ人びとのおおく は、個人の内面の間題として回心をうけとめている。

ところが、アメリカの 「生まれ変わり」は異様に猛烈である。かれらは公の場で回心の体験を声高 に語って、人間は罪を負って生まれた存在であるから回心しなさい、改俊しなさいと、説得と折伏の活動に訴えることを神に奉仕する使命と信じている。

その特徴は徹底した二元論である。人間は神に選ばれて救われる者と、救 われない者に分かれている。回心者に は永遠の平和、福音に耳ふさぐ者は悪魔の子で永遠の地獄が待っている。

善と悪、神と悪魔、味方と敵、白と黒、光と闇が現世を二分して戦ってい るという論理を用いて、迷える小羊に選択をせまるのである。

原理主義(ファンダメンタリズム) はイスラムの 「専売」のように思われて いるが、この 言葉と運動は はじめて一九 二〇年代アメ リカの白人プロテスタントの環境からうまれた。

ボーン・アゲンは原理主義の三つの 教条を継承している。

聖書に書かれてあることはすべて神の言葉であって、解釈や考証はゆるされない。

人間は神によってつくられた被造物で、サルから進化したなどという「妄説」はゆるされない。

やがてキ リストがこの世に再臨して至福の千年 が始まるから、神への奉仕にいそしまなければならない。

◆悪魔うけいれる土壌

最近のギャラップ世論調査による と、アメリカ人の48%は神が人間をつ くったと信じ、28%が進化論に傾いている。そして、悪魔の存在を68%が信 じている。

テロリズムも「九・一一」の悲劇も、バグダッドに巣食う悪魔の仕業だ という圧倒的な政治宣伝がたやすくう けいれられる精神的土壌がそろっている。 プロテスタント教会の少数派であっ たボーン・アゲン原理主義と、帝国を夢みる新保守覇権主義の二つの特殊な 潮流と人脈が、アメリカ政治の中枢を乗とってしまった。

神の下なる道義の国アメリカの指揮 官ブッシュニ世は、「万軍の王の王、主の主」(ヨハネ黙示録)として、神の御業を実践する十字軍に立つのであ る。

しかし、利得の追求を宗教的熱狂で紛飾した十字軍は、中東のみならず、 世界の現状にひそむ限りない複雑さ と、そして、人間の惨害を無視して強行されるのだから、前途には、とほうもない魔の陥弊が待っている。


現在の狂ったアメリカ人の精神構造を探るには、アメリカを覆っているキリスト教原理主義的教義が分からないと理解できない。

回心再生と言ったって何のことか分からない。

回心再生して神に仕え、そうでない福音に耳を塞ぐ者たちを、悪魔の子として永遠の地獄に突き落とすことが、彼らの使命なのだ。


このようなキリスト教原理主義の教義が分かっていれば、ラムズフェルドの冷酷さも理解できる。

彼はアフガニスタンの戦場における、タリバン兵の捕虜達をクンドゥスに集め、爆撃して皆殺しにした。悪魔の子として地獄に突き落としたわけだ。

彼らにとっては異教徒は人間とはみなさないのだ。
http://www.asyura2.com/0304/bd25/msg/114.html



08. 偽の友をあばけ 2010年6月24日 01:19:43: XxD1rrfsbD1ZU: MUt4ZqqM9A
エゲレスの国是がプロ市民ちゅうんなら納得が行くで。
どおりで身内に対しても粛清の歴史が絶えへんワケや。
http://www.j-natusa.com/literary.html
養老孟司センセはメリケンの国是はヴァンダリズムといっとられるんやが
言い得て妙やで。

09. 偽の友をあばけ 2010年6月24日 01:30:12: XxD1rrfsbD1ZU: MUt4ZqqM9A
>>05>>07>>08
中世では天然痘が粛清と文革の働きしてくれたワケやね。
http://www.j-netusa.com/literary.html

10. 2010年6月24日 20:52:45: MiKEdq2F3Q

アメリカに逆らった民族の運命


チャーチル 「日本人は中国娘と猿との野合の末に生まれた類人猿のようなもの」


ウィリアム・ハルゼー海軍元帥 : 日本軍との戦闘に際し

「敵を殺せ!敵をもっと殺せ!猿肉をもっと作れ!」


トマス・ブレーミー将軍

「諸君らが闘っているのは奇妙な人種である。人間と猿の中間にあると言っていい。文明存続のために我々は最後まで戦いぬかねばならない。日本人を根絶しなければならない!」


当時のアメリカの雑誌

「アメリカ人はドイツ人を憎むことを学ばなければならないが、日本人に対しては憎しみが自然と湧いてくる。

これはかつてインディアンたちと戦ったときと同様に自然なものだ。」


「普通の日本人は知性が低く、無知である。たぶん人間なのだろうが、人間であることを示すような点はどこにもない。」
http://inri.client.jp/hexagon/floorA4F_ha/a4fhc700.html#ex15

 フィラデルフィアで林間学校に参加していた16歳の時だった。ラジオで原爆投下を知った。周囲の子どもたちは歓声を上げた。私は我慢できず、一人で森の中に入り数時間戻らなかった。

もっと衝撃を受けたのは、ポルノ映画との触れ込みで50年代にボストンで上映された「ヒロシマ」という題の映画で、被爆者が沸騰した川に飛び込む映像を見ながら、観客が大笑いしていた光景だ。
http://www.asyura2.com/0505/idletalk14/msg/428.html


ホロコースト生存者の映画を撮ったユダヤ人女性は、「原爆は日本への罰」と言いました。

ノイマンや投下の乗組員は差別主義者で狂ったサルには神の裁きをと死ぬまで攻撃支持しています。

エノラゲイではアロハシャツを着て原爆を落としていった。

ポール・ティベッツは「人類初の原爆投下をした男」というTシャツを作って、得々として着ていた。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1012944300


米国の手による核爆発はすべて「公表された米核実験」としてくくられている。広島、長崎のケースは「第2次世界大戦、実戦使用──広島」などと表記され、その目的も「実戦」と書かれているが、時期別、実験名別のいずれの区分でも「公表された米核実験」の欄の中に分類・記載されている。

「広島・長崎への原爆攻撃の目的は何だったのか。1つには戦後世界でのアメリカ
の覇権確立である。そしてもう1つは、原爆の効果を知るための無数の人間への
『人体実験』である。

占領後にアメリカ軍が行なったことは、第1に、原爆の惨状について
の報道を禁止し、『人体実験』についての情報を独占することだった。

第2に、史上前例のない火傷、放射能障害の治療方法を必死に工夫していた広島・
長崎の医者たちに治療方法の発表と交流を禁止するとともに、死没被爆者の
ケロイドの皮膚や臓器や生存被爆者の血液やカルテを没収することだった。

第3に、日本政府をして国際赤十字からの医薬品の支援申し出を拒否させることだった。

『実験動物』を治療するのでは『実験』にならない。

そこでアメリカ軍は全力を尽くして被爆治療を妨害したのである。

第4に、被爆者を『治療』せず『実験動物』のように観察するABCC
(原爆障害調査委員会と訳されたアメリカ軍施設)を広島・長崎に設置することであった。」

広島で女学生(14歳)のときに原爆にあい、現在も原爆後遺症で苦しむ詩人の 橋爪文さんは、「ABCC」(原爆傷害調査委員会と訳されたアメリカ軍施設)について、次のような恐ろしい事実を述べている。

「私は広島の生き残りのひとりです。 〈中略〉 ここで、ひとつ触れたいことは『ABCC』についてです。これは日本でもほとんど知らされていないことですが、戦後広島に進駐してきたアメリカは、すぐに、死の街広島を一望のもとに見下ろす丘の上に『原爆傷害調査委員会』(通称ABCC)を設置して放射能の影響調査に乗り出しました。

そして地を這って生きている私たち生存者を連行し、私たちの身体からなけなしの血液を採り、傷やケロイドの写真、成長期の子どもたちの乳房や体毛の発育状態、また、被爆者が死亡するとその臓器の摘出など、さまざまな調査、記録を行ないました。

その際私たちは人間としてではなく、単なる調査研究用の物体として扱われました。

治療は全く受けませんでした。

そればかりでなく、アメリカはそれら調査、記録を独占するために、外部からの広島、長崎への入市を禁止し、国際的支援も妨害し、一切の原爆報道を禁止しました。

日本政府もそれに協力しました。こうして私たちは内外から隔離された状態の下で、何の援護も受けず放置され、放射能被害の実験対象として調査、監視、記録をされたのでした。

しかもそれは戦争が終わった後で行なわれた事実です。

私たちは焼け跡の草をむしり、雨水を飲んで飢えをしのぎ、傷は自然治癒にまかせるほかありませんでした。あれから50年、『ABCC』は現在、日米共同の『放射線影響研究所』となっていますが、私たちはいまも追跡調査をされています。
http://inri.client.jp/hexagon/floorA4F_ha/a4fhc700.html


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フィリピンの愛国者の運命


1898年12月、フィリピンはスペインからアメリカに2千万ドルで売却され、アメリカの植民地となる。既に宗主国への独立運動が起きていたが、その戦いはスペインからアメリカに変わっただけであった。

 翌年2月、サン・ジュアン橋を警護していたアメリカ兵がフィリピン人に発砲したことから戦いは表面化する。アーサー・マッカーサー将軍(来日したのは彼の息子)は軍を率い、マニラから北部に攻め入り、本国からも援軍が来る。

アメリカ軍はゲリラを掃討するため、各種の手段も用いたが、当然拷問もその1つだった。

 特に頻繁に行われたのは水責めだった。

捕虜を仰向けに寝かせ、その上に椅子を置き、口の中に棒や剣をねじ込んで口を開かせ、塩水や泥水を大量に流し込む。

そして腫上がった腹の上に椅子に飛び乗り揺する。すると食べた物ばかりか胃液までが水と一緒に吐き出されるが、これを何度も繰り返したそうだ。

処刑の場合は耳を削ぎ、目をくりぬき、腕を切り落とした。捕虜が女である場合は乳房を切り落とし、銃剣をゆっくりと性器の奥に突き刺した。

 1901年、サマール島のゲリラを鎮圧するためジェイク・スミス率いる部隊がバランギガの街に宿営した時、ゲリラの反撃に遭い多数のアメリカ兵が殺害された。この報告を受けたセオドア・ルーズベルトはゲリラの鎮圧を命じる。これを受けたスミスはこう部下を叱咤激励する。

「焼き尽くし殺し尽くす。これが多ければ多いほどよい」。

兵士たちは任務に邁進した。一連の弾圧で20万ものフィリピン人が犠牲となったが、アメリカは本国でのインディアン掃討作戦を再現したに過ぎない。


別に掃討されなくともチェロキー族のように強制移住で全体の3分の1もの人間が命を落とした例もある。

また、7回も居住地を変えられ人口が半減した部族もいたから、まさに死の行進である。悪名高き古代アッシリアと進歩はないようだ。
http://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/87251205a57837d94cf07a593fa62661

米国のゲリラ戦への対応は昔から同じ

『ニューヨーク・ワールド』紙の1901年2月5日版は、米国のゲリラ戦への対応を、若干ですが次のように報道しています。

「我軍はあちこちで土着民に残虐行為を行っている。大尉や中尉は時折、裁判官であり、執行官であり、死刑執行人である。

『これ以上の捕虜をマニラに送り込むな』というのが、3ヶ月前に将軍=植民地総督から出された口頭による命令だった。

一人のアメリカ人軍人が殺されたことに対する復習として、すべての家々を焼き尽くし、容疑者というだけで住民を殺し回ることが、いまや慣習になっている。」


ベトナムの小村やイラクでの最近の結果が残酷にも示しているように、フィリピンの村民は「リコンセントラド」と呼ばれる強制収容所に集められました。

捕えられた兵士と一般市民は等しく「水療法」という拷問を受けました。

「フィリピン・アメリカ戦争百周年記念イニシャティブ」という資料によれば、この拷問は

「捕虜の喉に4−5ガロン(16−20リットル)の水を無理矢理に飲ませ、恐怖で白状するよう追い込む、その後、腹の上に誰かが跪いて座り、水を体から押し出す。その拷問は『友人』が口を割るか死ぬまで繰り返される。」

というものでした。


もしその「友人たち」が反撃したら、米国は「賭け金」を引き上げる準備が整っていました。

つまり、米国の小隊が待ち伏せ攻撃で全滅させられたとき、ジェイコブ・W・スミス准将、ウンデッドニー大虐殺の古参兵(ウンデッドニー大虐殺では米国陸軍がラコタの住民=男女子供の推定三百人を殺害した)は、「10歳以上のすべての人間」を殺せと命令を出したのです。

「捕虜は必要ない。私が望むのは殺し尽くし焼き尽くすことだ。それが多ければ多いほど、私の喜びは倍加する。」とスミスは宣言しました。

「私はすべての人間が殺されるのを望む。米国に対して実際に敵意をもち、武器を持って戦ってくる可能性のある人間すべてを殺せ。」

それから百年後、ジョン・ケリーが、自分はベトナムで「何千人もの他の兵士が犯したのと同じ種類の残虐行為を犯した」と認めているにもかかわらず。ジョージ・W・ブッシュは戦争犯罪を容認しているのです。

すなわち、これは詰まるところ組織的な拷問であるということなのです。
http://www1.gifu-u.ac.jp/~terasima/znet040507commentaries2prisoners3dilemma.html


ウンデッドニー以来…… (本多勝一)

 アメリカ合州国が、一方的な「ブッシュの戦争」でアフガニスタン空爆を続けている。予測されていたとおり、一般住民に多数の死傷者が出た。そして、そんなことは一切おかまいなく空からの無差別虐殺をつづけるであろうことも、予想通りである。なぜか。

 合州国の「はじまり」から点検してみられよ。この国は500余年前の「コロンブスの大虐殺」で始まる。すなわち南北アメリカ両大陸(および付属諸島)の、何千万人とも知れぬ先住民族たちの、おそらく人類史上最大の悲劇の始まりである。

合州国に直接関連するものとして、北米の先住民族が最近までにどんな虐殺をされてきたかは、日本人による世界に誇れる報告『アメリカ・インディアン悲史』(藤永茂・朝日新聞社・1972年)がある。

 ワシントン初代大統領時代から強行された侵略は、最後の組織的虐殺「ウンデッドニー」で一応終るものの、そのわずか10年後(1900年)、フィリピンを侵略した米軍による「10歳以上すべて」の全男女が、ルソン島・サマル島で大虐殺された。

のちの日本占領軍司令官マッカーサーの父親たるアーサー=マッカーサー将軍の命令だ。この虐殺軍の指揮官たるや、なんと米本国でのベテラン対先住民戦闘兵自身だった。つまりアメリカ先住民大虐殺の歴史は、アジア人大虐殺へと直結する。

 息子のマッカーサーを最高司令官とする米軍は、東京大空襲や広島・長崎への明白な無差別大虐殺を、「真珠湾」への“反撃”として強行する。真珠湾は軍事施設だけを目標としていたが、東京や広島・長崎等は住民の生命そのものが目標である。

 その5年後、朝鮮戦争が始まる。そこでの米軍による住民大虐殺については、たとえば松本昌次『朝鮮の旅』での「信川大虐殺」などで明らかだが、つい最近も「老斤里大虐殺」が暴露された(注3)。

 朝鮮での終戦後10年と経たぬうちに、ベトナム戦争への米軍介入だ。ソンミ事件その他、アメリカ先住民大虐殺と全く同じ無差別婦女子大虐殺が、カウボーイ米兵らによって“楽しく”行なわれた。

 ベトナム戦争終了26年後の今、父親ブッシュによるイラク戦争(湾岸戦争)を経て息子のブッシュが、国連を無視してアフガニスタンに開戦した。ウンデッドニー当時の大統領と現在のカウボーイ父子大統領とで認識に基本的違いがない以上、非白人で異教徒住民への無差別爆撃(虐殺)は当然である。良心的アメリカ人は、あくまで非主流だ。

 ここまで書いた直後、ミニコミ誌『シサム通信』10月号が届いた。その中から、アフガニスタンで長年医療活動をして今回脱出した中村哲医師の言葉――「一連の動きを見て思うのは、西部劇の続きである。勇敢な白人がバッタバッタとインディアンをなぎ倒していく。」


<注3>1950年7月に韓国・忠清北道老斤里で避難民数百人を米兵が無差別射殺。AP通信が一昨年9月に報道。
http://www2.kinyobi.co.jp/old/fusoku_oldf/386


11. 2010年6月25日 22:42:24: MiKEdq2F3Q

サンドクリークの虐殺 僕もやってみたい _ わくわく、ドキドキ


映画 SOLDIER BLUE 1970
http://www.youtube.com/watch?v=VbNmUo2dk2o


ジェームズ・D・コナー大尉

「われわれがインディアンの宿営地の見える地点に着いたのは、11月29日の夜明けでした。シビングトン大佐が攻撃を命じ、命令は実行されました。

大佐の連隊は約1000人でした。インディアンの村には100から130のテントがあり、私の見るところ、500人から600人のインディアンがいて、その大半は女と子供でした。

翌日現場に行ってみますと、男、女、子供の死体は、どれもこれもみな頭の皮をはがされていました。

死体の多くは、これ以上むごたらしくはできないほど切り刻まれ、男女、子供の見境なしに生殖器が切りとられていました。

兵士の一人が、自分は女の生殖器を切りとって、棒に突きさしてみんなに見せてまわったといっているのを私は聞きました。・・・・・・・


私の知っている限りでは、こうした残虐行為はJ・M・シビングトン大佐もご承知の上でなされたものですし、大佐が残虐行為を押しとどめようとしたとは聞いておりません。次のようなことも耳にしました。

生後数ヶ月の赤ん坊が馬車のまぐさ桶に投げこまれ、そのまま引いていかれ地面に放りだされて死んだそうですし、兵士たちが女性の生殖器を切りとり、鞍の全部においたり, 帽子の上に乗せたりして行軍したなどの話はいくつも聞きました。」

クレーマー少尉

「シビングトン大佐が連隊に前進を命じ、インディアンたちは川の方まで後退して、土手のところに身を隠しました。

インディアンの指導者“ホワイト・アンチローブ(白いかもしか)が、武器を持たずにわが軍の隊列に向かって両手をあげて走ってきたのですが、殺されました。

女や子供は身を寄せあっていましたが、わが軍の銃火はこの女と子供の群れに集中
しました。

100人ほどいたインディアンの戦士は絶望的に抵抗してきました。

インディアンは全部で500人ぐらいでしたが、125人ないし175人が殺されたと思います。傷ついたインディアンも、最後まで降伏しませんでした。

死んだ者の頭の皮は、みんなはがされていました。

「白いかもしか」だと確認できた死体の指は、切りとられました。

兵力はわが方が圧倒していましたので、発砲する必要はなかったと思います。インディアンが発砲したのは、わが軍が何発も撃ってからあとのことでした。・・・・・・・

私がシビングトン大佐に、こんなインディアンを攻撃するのは、どう考えても殺人ではないかといいましたところ、大佐は拳を私の顔に近づけ、“インディアンに同情する奴は馬鹿だ”とどなりました。

大佐はインディアンを殺しにきたのでした。状況がどんなであれ、インディアンを殺すことを名誉なことと信じていたのです。」
http://www.aritearu.com/Influence/Native/Nativeword/GhostDance.htm#1

ジョン・ミルトン・チヴィントン (John Milton Chivington, 1821年1月27日〜1892年10月4日)は、南北戦争のニューメキシコ戦役とコロラド戦争での活躍で知られる19世紀のアメリカ合衆国陸軍士官。彼は1862年のグロリエタの戦いの英雄として称えられている。

チヴィントンはオハイオ州レバノン(w:Lebanon, Ohio)に生まれた。

メソジスト教会で洗礼を受けたチヴィントンは聖職者になることに決めて、1844年に聖職に定められた。

1853年、彼はカンザス州のインディアン部族、ワイアンドット族の伝道のため、メソジスト伝道遠征隊に参加した。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%81%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3


サンドクリークの虐殺は、1864年11月29日に起きた事件であり、チビントン大佐は特に子どもたちを殺すようにとの命令を下しており、後に理由をたずねられると

「全員を殺して、大きいのから小さいのまで、全部の頭の皮をはがさせたのは、シラミの卵はシラミにしかならないから」

と答えていた。

1890年12月29日、サウスダコタ州のウーンデッドニー渓谷では第七騎兵隊が武器を持たずに「ゴーストダンス」という宗教儀式に臨んでいた350人のラコタ・スーの人たちを襲撃して、およそ90人のラコタの戦士たちや200人の子どもや女性たちを殺害した(写真)。公式な報告でも、マイルズ将軍によるこの事件は「不当な虐殺」と書かれているものの、この虐殺に関与した兵士たち23人には合衆国政府に栄誉勲章が贈られている。
http://native.way-nifty.com/native_heart/2007/04/post_d2ec.html

これはアメリカの南北戦争のさなか、コロラド州サンドクリークで北軍の部隊により133人のシャイアン族が虐殺された事件です。

シャイアンのチーフ、ブラックケトルが率いるキャンプは、全部で約600人、その3分の2が女と子供でした。

白人の軍事力の大きさをよく知っていたブラックケトルは、軍隊と休戦協定を結び、北軍のグリーンウッド大佐の「星条旗を掲げておけば絶対に大丈夫」という言葉を信じ、星条旗と白旗をあげて安心していました。

ところがシヴィントン大佐は、衆議院選挙出馬を狙っており、開拓者の反先住民感情を利用しようとし、無防備なこのキャンプに突然奇襲をかけます。

逃げ惑うシャイアン達を容赦なく殺戮する兵士たちは『しらみの子はしらみ』と女、子供も容赦なく殺しました。

その残虐さは筆舌に尽くし難く、皆、頭皮をはがれ、遺体は切り刻まれ男女、大人子供の区別なく、生殖器は切り取られ、妊婦は、体内の胎児まで引きずり出されたそうです。

この虐殺で、シャイアンの女と子供が105人、男28人が死にました。

1970年に作られた映画『ソルジャー・ブルー』はこの事件を元に作られています。映画の題名は、当時のシヴィントン軍の制服が青色だった事に由来しています。
http://complass.cocolog-nifty.com/suzaku/2003/11/post_8558.html

サンドクリークの虐殺で生き残ったシャイアン族の長にも係らず、生涯白人との友好を訴えた人物がいたことをネットではじめて知った。せっかくサンドクリークで生き延びた彼もまた、4年後の別の虐殺事件により生涯を終えた。


『ソルジャー・ブルー』のラストシーンでの虐殺場面はやはり圧巻。

兵士による輪姦や女子供のような非戦闘員への殺戮、スプラッター映画を思わせる死体損壊などおぞましい映像が繰り広げられる。

ただ、現実はさらに惨かったようで、以下wikiから引用した箇所は、さすがに映画化されなかった。

−指輪を奪うために指を切断し、子どもも合わせた男性の陰嚢は「小物入れにするため」切り取られた。

男性器と合わせ、女性の女性器も「記念品として」切り取られ、騎兵隊員たちはそれを帽子の上に乗せて意気揚々とデンバーへ戻った…

 シャイアン族のキャンプを襲撃した白人兵士達は酔っていたそうだが、早朝から昼頃まで虐殺は続いたのだから、飲酒は言い訳にならない。

この陸軍騎兵部隊を率いたチヴィントン大佐の命に従わぬ将校サイラス・スーレがおり、スーレの告発により事が発覚する。スーレは後に虐殺に加わったチヴィントンの部下の兵士に殺害された。

チヴィントンはスーレを偽証者と糾弾、最後までインディアンの襲撃への対抗と主張し続けたという。

ちなみにチヴィントンは牧師でもあり、先住民へ伝道活動もしていた。


 ブラック・ケトルというシャイアン族の長がおり、彼は部族の惨殺を目の当たりにしても、白人との和平を望みを捨てなかった。wikiには「非常に温厚で慎重な人物」と記されているが、その人徳は仇となる。

 ブラック・ケトルが死亡したのはサンドクリーク虐殺事件から4年後の1868年11月26日、オクラホマのワシタ川でだった。ワシタ川の川岸に野営していたケトルらシャイアン族を襲撃したのこそ、カスター将軍指揮下の第7騎兵隊。これも先住民が寝静まっている夜明け頃の不意打ちで、女子供を問わない皆殺しとなった。

ケトルの死をwikiは以下のように描く。

−この時、彼のティピー(テント)には白旗が掲げられていた。彼は必死に「友達だ! 友達だ!」と叫んだが、それは無視され、最新鋭の軽機関銃で蜂の巣となった…

 白人との友好派だったケトルの最後は、悲惨としか言いようがない。白人と敵対せず“非常に温厚”な長であっても、結局蜂の巣の屍となった。

白人側は所詮ケトルらを友人とは思ってもいなかったのが、この史実だけで知れる。


 日本の親欧米派文化人、殊にクリスチャンなら、上記のような虐殺事件への弁明はこうなる。

「そのような欧米人はキリストの精神を忘れてしまった」

「どの宗教にも問題のある聖職者はいる」。

ただし彼らで欧米人に、「あなたの行いはキリストの精神に反している」と言える度胸を持つ人物がいるか極めて疑問だ。

 また、虐殺事件を紹介した先住民記念館の例を挙げ、

「我々はインディアンの悲劇を決して忘れない」と語ったアメリカ知識人に感銘を受けたと書いていたブロガーもいた。

全くアタマの程度が知れるお目出度さ。

1世紀後のベトナム戦争やアフガン空爆、現代なお続くイラク戦争だけで、19世紀とアメリカは基本的に変わっていないことも黙殺したいらしい。

それとも同じキリスト教徒ゆえ、友達扱いされることを期待しているか。キリスト教に改宗し、人間扱いされたインディアンなどいたのだろうか。
http://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/8178cc8369a8889b63f640d679537e73


―オオカミに導かれて―
                                  
          
1864年11月29日に起きたサンド・クリークの大虐殺の直後、生き残った二人の姉妹がいた。

          
姉妹は同じ男と結婚して一人づつの娘があった。夫は虐殺で致命傷を負ってしまっていた。再び兵隊がやってくる前に、姉妹は娘を連れ、それぞれバッファローの毛皮一枚だけを持って逃げた。他のシャイアンのグループを探しに…

          
4人は大平原を何日も彷徨った。食べ物は、木に残っているわずかなchokecherryをつまんで食べた。冬の寒さは厳しい。4人は丘の下に穴を掘り毛皮を敷き、その上で毛皮にくるまり寒さをしのいでいた。

そんなある夜、一頭の大きなオオカミが彼女たちの前に現れる。オオカミは彼女たちのいる目の前で眠った。

           
朝になって、彼女たちが歩くとオオカミも歩く。オオカミは彼女たちと共に移動をした。

「もう何日も食べていないの。何とかして下さい。」と姉が言うと、オオカミはどこかに行き姿を消してしまった。

しばらくして、口の周りを血だらけにしたオオカミが戻ってくる。オオカミの後をついていくと、そこには倒したばかりのバファローが横たわっていた。

そのバファローの周りを、誰も口をつけずにオオカミの群がとりまいていた。

女たちは、バファローの胃と脂をもらった。

その夜、女たちがオオカミのために香りのいい草(甘草)を敷いてあげると、オオカミはその上で眠った。

           
ある夜、二本足のモノが近づいて来る音があった。オオカミが、そのモノと戦う音がしたが、真っ暗でなにもわからず、女たちは恐怖のあまり逃げ出してしまった。

次の朝、オオカミは彼女たちに追いついて、また行動を共にする。

女たちは疲れていた。「自分の部族の所に案内して下さい」とオオカミに頼んだ。と、オオカミは立ち上がり草原の向こうに消えた。しばらくして、オオカミは干し肉をくわえて戻ってくる。

オオカミの後をついていくと、シャイアンたちのティピー(テント)が見えた。
          
村に着くと、彼女たちは虐殺の生き残りとして大歓迎を受けた。彼女たちは、お礼として干し肉をオオカミに差し上げ、言った

「一生、オオカミへの恩を忘れないだけではなく、これからも自分たちを助けてくれたオオカミのことを語り継ぐだろう」と。

オオカミは自分の仲間の所へ戻っていった。
          
彼女たちが仲間の所へたどり着いた時、虐殺のあった日からすでに一ヶ月近く経っていました。     
http://www.jca.apc.org/~kuzunoha/newsletter5_hanasi.html


12. 2010年7月29日 00:29:03: TcJwcmz5Jk
本田勝一さんは反日赤で嘘を言ってなかったですか。中国を書いたほんですよ。工作員でしょうかね。在日だとネットにでてましたが本当かどうか不明ですが多分違うでしょう。

大東亜戦争の南方戦線でも米軍は捕虜をとらなかったんですよ。降伏した日本人は無残な方法で皆殺しにしたのですよ。全部隠して嘘を宣伝してきた。閉ざされた言語空間ですよ。沖縄の鉄の嵐ですね。サイパンでも民間人の女は全員犯されました。民間人は全員虐殺されてシャレコウベとか皮膚がお土産にもちかえられた。日本人自らが隠して反日になるよう捏造してきたのです。朝鮮でも日本人は大殺戮されてるのですよ。

それがいまだにつずいて洗脳されたままの日本人は滅びようとしている。日本は無くなりシナ人が住むようになる。


13. 2012年1月12日 16:52:58 : MRhSHRGHQ6
メキシコのインディオは旧大陸の血が入ったことで生き抜いた。アメリカ同様純血種は少ない。

侵略精神旺盛なアメリカ人も確かに虐殺したと思うが、スペイン人よりはましかな。 当時のスペイン人農場主はは年間数百人にインディオ女に種付けしたってメキシコで聞いたけど。


14. 中川隆 2012年8月13日 15:27:43 : 3bF/xW6Ehzs4I : HNPlrBDYLM


白人は人間ではない:高山正之
http://www.youtube.com/watch?v=WYdAUWkgFMk&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=NejbFYunpRw&feature=related

高山正之『異見自在 「高山正之が見た、硫黄島」
http://www.youtube.com/watch?v=V2xvr30l60c
http://www.youtube.com/watch?v=vjfZ069dETo

原爆賛歌
http://www.youtube.com/watch?v=3W_tMpq9wJU&feature=related

サンデルと正義
http://www.youtube.com/watch?v=Dfp7zW91he0&feature=related

似たもの詐欺国家
http://www.youtube.com/watch?v=5Vb2hRMLq_s&feature=related

THE COVE 〜世界は腹黒い〜
http://www.youtube.com/watch?v=qDFDeHgk0VA&feature=related

米国の理不尽・トヨタリコール
http://www.youtube.com/watch?v=Ey_YLLTM4LY&feature=related

アメリカの復讐〜ビン・ラディン殺害〜
http://www.youtube.com/watch?v=XRO-UU8Ay9Q&feature=related

TPP問題とは『"ザ・ヤクザ"〜アメリカが潰そうとするのは何故か?〜』.高山正之
http://www.youtube.com/watch?v=_-r516_OD5I&feature=related


15. 2012年11月05日 06:21:12 : 3TIogKHnUI
こんな野蛮で殺戮的な白人の文化が世界のスタンダードなんて悔しくて悲しくて非常にむず痒いです。
今生きてる白人がより温厚でインディアンの精神を見習えるようになってほしい。無理かもしれないけど、、

インディアンとアボリジニのことはとても悲しいし白人に対して、とてつもない怒りが込み上げてきます。

日本もかなり白人文化に侵食されてきてなんだかやりきれないな、


16. 2013年4月19日 13:02:53 : lhiKigaUJ2
アメリカおよび白人が行なってきた無数の残虐な行為を明らかにすることは、彼らを信じている純朴な日本人を自覚させることになると思う。今日この世界は彼らに支配され、苦しんでいる。どうしたらこのような状況を打破できるだろうか。平和共存は理想だが不可能なようだ。なぜなら、白人は黄色人や黒人を同じ人間とは見ていないようだし、感覚的、生理的にそれは不可能なのではなかろうか。広島、長崎の原爆で死んだ人たちは、アメリカにその恨みを晴らしてくれるどころか、アメリカと同盟し、一番仲良くしている今日の日本人を見たら驚くのではなかろうか。仇を撃たないまでも大の仲良しにはなってほしくないのでは。しかし、戦争犯罪人の孫を総理大臣に選び、おかげで景気が良くなったと大喜びしているわれわれに、はたしてアメリカを馬鹿にする資格があるかどうか。となると、人間存在そのものがそれほど賢いのではないのではないかとも思われる。互いに食い合い、殺し合って、離合集散を繰り返すだけなのだろうか。

 去りゆく者


17. 中川隆 2013年4月27日 11:55:35 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

西尾幹二 日本人が戦った白人の選民思想[桜H25/4/24]
http://www.youtube.com/watch?v=gj4gX5UiEos&list=UU_39VhpzPZyOVrXUeWv04Zg&index=6



18. 中川隆 2013年5月27日 22:30:31 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

アメリカの自滅と日本の自殺西部ゼミ2012年11月3日放送
http://www.youtube.com/watch?v=b27-rIeFdDo

19. 中川隆 2013年5月30日 22:35:53 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

940 :山師さん:2013/05/30(木) 20:24:32.70 ID:Q0T7YgKT

アベノミクスは資産バブルにすらならなかったら税収増の時間稼ぎも出来ないので危険だね
日銀が国債を引き受けすぎて金利上昇リスクが容認できなくなり、通貨を刷り続けるしかなくなると地獄
資産流出が始まるとタックスヘイブンへ流れ、金融資本による税の取立てに利用されry

世界で発行される通貨はタックスヘイブンに流れ、デリバティブで二重三重の信用創造(通貨発行)が起きる
金融資本家は通貨発行益によって世界から搾取し、国民は消費能力が下がり、国家は税収不足を招く
通貨発行益だけでは欲望が満たされず、発行された通貨で過剰投資を誘発させ、
未来に発生する実体経済の利益を搾取しすぎたツケ(財政赤字)を国家や国民に擦り付ける
そして、財政赤字が原因となり、国家はリフレ政策によって財政赤字を解消しようとする

しかし、皮肉にも刷ったお金は蟻地獄のようにタックスヘイブンに流れ着き、
デリバティブで二重三重の信用創造(通貨発行)が行われるので、
70億の国民が通貨発行税を払わされ搾取され続ける
更にジャブジャブになったマネーを投資してry

以下ループ

946 :山師さん:2013/05/30(木) 20:42:15.93 ID:TOX9cr2n>>940

どの程度刷ったか公明正大にしているだけ日本はましなんじゃなかな。
FRBなんかは昔から闇ドル刷って銀子に渡してるし。

JPモルガンとチェースマンハッタン銀行が合併したときとか。
一体世界にどれだけドルが巻き散らかされてるのか。
なんて思ってたら中国も同じ事してるらしい。
中国元は基軸通貨をめざすらしいけど、そういう意味ではドルと似てるネw

アフガンでCIAが管理してたケシ畑→麻薬→香港で金に交換・・・の金も
どこに行ってんだか。

膨れ上がったバーチャルマネーと、行方不明になった実物資産、
ほったらかしの不良債権・・・が溢れる素晴らしき世界。


953 :山師さん:2013/05/30(木) 20:56:53.44 ID:Q0T7YgKT
>>946
一番怖いのは国家や中央銀行より金融資本家やね
民間人が欲望の赴くままに自由に通貨発行してる
制御が全く効かない状態

遊牧民族と70億の家畜
家畜は太らせるまで外的から守られるが、最後は売られるか食べられる
昔は国家が遊牧民族、国民が家畜だった
現在は金融資本家が遊牧民族、その他が家畜

957 :山師さん:2013/05/30(木) 21:14:53.15 ID:TOX9cr2n
>>953
FRB設立の歴史が物語ってますな。
FRBやIMFの雛形を作ったのって極々一部の金融資本家。
それに気付いた議員さんも、ぬっ殺された。
あの段階からもうこうなるの決まってたんだろう。

金融に限らず、酷い話だなぁと思ったのはカトリーナ被害に乗じて、
公共の教育ぶっ潰して市場原理主義持ち込んだこと。

人間の尊厳を陵辱してまで持ち込まれなければ成らない競争原理とはなんぞや・・・・とフリードマン派の人間に聞いてみたい。
その略奪システム作った奴がノーベル賞受賞者ってどういう事やねん。

FBIやCIAがテロ犯だと決め付けたら、礼状もいらず、弁護士も呼べず、
施設に連行されちまうという素敵な法案にサインしたオバマがノーベル平和賞つうのもなんのブラックジョークなのかと思う。

959 :山師さん:2013/05/30(木) 21:22:51.60 ID:Q0T7YgKT>>957

小さい頃に習った歴史の授業なんかを思い出すと、昔の人間は野蛮な生活を送っているもんだと思った
でも、近代の歴史を学んでも昔と変わらず野蛮な生活を送ってるよなぁ

アフリカの話だと飢餓が発生する地域(天候の動向で分かる)で食料を買い占める
食料不足で苦しむ部族を元々住んでいる土地から引き剥がすため難民キャンプ(表向きの支援)に移動させる
もう一方の敵対する部族orテロ組織には食料と武器を与え、無人となった土地を奪わせる
資源開発+部族(民族)対立による武器の売却+多額債務でウマー
とかあるから怖い

960 :山師さん:2013/05/30(木) 21:25:46.50 ID:93l5lEez>>959

15世紀以降の歴史ってみんなそれだよ
欧米絡みは須らく

知らない人多いけど、戊辰戦争とかもそう
徳川慶喜がすごかったから、植民地化されなかっただけ


961 :山師さん:2013/05/30(木) 21:29:47.16 ID:TOX9cr2n>>959

戦争・武器ビジネスはエグイね。
南北戦争も第二次大戦も、敵対する両方に武器売って儲けてたし。
災害時乗っ取りシステムも紛争利用システムも、もう誰にしられても
構わないって態度がおっかねーなーと思います。

963 :山師さん:2013/05/30(木) 21:33:35.18 ID:93l5lEez
>>960
そうそう
そういう人がいないと、清国みたいな超大国でも半植民地化されてしまうし、
ムガールやオスマンなんて事実上植民地になってしまった


962 :山師さん:2013/05/30(木) 21:32:32.22 ID:TOX9cr2n
>>960
最近だとベネズエラのチャべスが乗っ取り阻止したよね。
もう死んじゃったけど、すげー人だった。


966 :山師さん:2013/05/30(木) 21:48:09.04 ID:Q0T7YgKT
>>962
モンロー主義以降の南米も酷いよなぁ
国家の転覆は当たり前に起きるし軍隊が派遣され続けた

キッシンジャー「人権問題はアメリカ外交で多大な利益をもたらしてきた」

欧米がミャンマーの市場原理主義導入を推進する民間団体を支援する
ミャンマー政府は国家の安定を脅かす危険性があると判断すると民間団体に制裁を加える
待っていたとばかりに欧米のメディアで、ミャンマーでは深刻な人権弾圧が発生していると報道
アメリカが外交協議で人権弾圧を止めなければ経済制裁を加えると圧力を加える
そして開国ry

皮肉なのは人権活動家は自分達が何をやってるか、何に利用されているかすら知らない

http://anago.2ch.net/test/read.cgi/stock/1369622933/l50


20. 中川隆 2013年6月08日 10:50:57 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

日本と中国が「互いに殺し合う」ように仕掛けている謀略国家 2013年5月11日

イギリスやアメリカを作り上げたアングロサクソンという人種はとてもプライドの高い、そして競争心・闘争心の高い人種である。

その傲慢なまでにナンバーワン主義のアングロサクソンが、十年以上も「これからアジアの時代」「これから中国の時代」「次はアジアが主流になる」と言い続けている。

そして、共産主義国家であるにも関わらず中国に莫大な投資をしている。

天安門事件もチベット虐殺も無視して、中国に近代化を急がせ、さらには軍事的成長すらも許容している。

中国を育てたのは、アメリカのアングロサクソン系だ。ふと振り返ったとき、何か違和感のようなものを感じないだろうか。

なんのために、アメリカはそこまで異文化・異人種・異宗教の中国を急いで育てているのか。

アングロサクソンが、中国人は信用できないと言いながらも成長させる意図はいったいどこにあるのだろうか。

アメリカは昔から謀略国家だった

アメリカが謀略の国であるのはよく知られている。

真珠湾攻撃では日本が攻撃するのを分かっていてわざと攻撃を受けて、戦争に突入して最終的には日本に侵攻した。

フィリピンではメイン号が爆破される自作自演工作をしてスペインと戦争に突入し、最終的にはフィリピンを奪い取った。

ベトナム戦争ではトンキン湾事件を自作自演して、ベトナムに介入するきっかけを作った。

9.11を中東に侵略するための自作自演だと国連で言ったのはイランのアフマディネジャド大統領だった。この9.11を機に、ブッシュ大統領はすぐに中東に軍を侵攻させ、長いテロ戦争に突入している。

「大量破壊兵器を持っている」という話も嘘だったにも関わらず、アメリカはそれを口実にイラクのフセインを追い詰めて殺害してしまった。

アメリカは数々の謀略をしかけては国益を追い求めており、中南米もアフリカも中東もヨーロッパもそれをよく知っている。

ベネズエラのチャベス大統領も、「中南米のすべての陰謀の裏にアメリカがいる」と叫んで、ずっとそれを訴え続けて死んでいった。

アメリカの前はイギリスがそのような謀略の国だった。ドイツ・ナチスがあまりにも強大だったとき、イギリスのチャーチル首相は、ドイツをロシアと戦わせてドイツが疲弊したところでアメリカを呼び込んでとどめを刺した。

アメリカもイギリスもアングロサクソンの国だ。アングロサクソンは謀略の民族なのである。

別に歴史の話をしようとしているわけではない。そういう事実があるのであれば、アメリカはこれからも「何かをする」ということだ。

アメリカは金融立国を目指したがリーマン・ショックで瓦解して、いまや財政危機の状態にある。

そこで自分が生き残るために、ユーロや中東に大混乱を起こして「有事のドル買い」や「リパトリエーション」を仕掛けている。

しかし、それでも間に合わなくなると、最終的には日本と中国が完全なる石器時代に戻るような大破壊をする可能性もある。なぜ、日本と中国なのか。

それは、アメリカの米国債を莫大に買ってアメリカの債権者となっているのがこの両国だからである。


アメリカそのものが限界に達した

アメリカの米国債は多くの国が買っているのは間違いない。その筆頭はもちろん日本と中国である。不自然なほど、この二ヶ国は突出している。

米国債を支えてくれているのがこの2つの国なのだから、このどちらか一方でもアメリカを裏切れば、もうアメリカは生きていけない。

どちらか一方が、「もう米国債は買わない」あるいは「米国債を売る」と言った瞬間に、オバマ大統領が何をしようが、FRBが何を言おうがアメリカは終わりだ。

だからアメリカは異様なまでに日本を恫喝し、中国にすり寄っている。そうするしかアメリカは生きていけないのである。

アメリカはどんな手を使っても、日本から反米派の政権・首相が出ないように全力を尽くす。絶対に何が何でも親中反米政権を作らせない。

反米政権になれば米国債を買い支える保証がない。むしろ、売りつけて来る可能性がある。アメリカはその瞬間に絶命だ。

借金で国を回しているので、金が借りられなかったり、金を返せと言われるのは致命的なのである。

ところが、リーマン・ショックで、莫大なレバレッジをかけていた銀行・証券・保険会社が揃ってつぶれそうになり、それを助けた政府はさらに債務を積み上げることになった。

アメリカは累積債務の上限引き上げに紛糾して危うくデフォルトしそうになったし、米国債も格下げされて信用を失った。

本来ならば、中国・日本にはさらに買い支えさせるべき状況である。

しかし、不信を抱いた中国はむしろ慎重に米国債を外そうとしているし、日本も莫大な累積債務を抱えている。

次の金融危機が爆発的なエネルギーを伴って始まったとき、もうアメリカには打つ手がない。金がない国に打つ手などあるはずがない。


アメリカの採るべき道は3つある

そんな状態の中で、アメリカはこれまでの日本・中国の借金をどう片づけようとしているのだろうか。

借金というのは、時間がかかってもきちんと返していくのが正道だ。しかし、それができないのであれば、借金を帳消しにするしかない。

方法は3つほどある。

(1)返せないと宣言(自己破産)する。
(2)返す相手を抹殺する。
(3)借りた金を無価値にする。

借金で首が回らなくなった人間が取る行動にモラルなどない。つまり、アメリカが何をやっても、何が起きても、おかしくない。

(1)の方法はデフォルト宣言のことを想定している。「返せない」と匙を投げれば、すなわちそれはデフォルト(債務不履行)となる。

どのみち返せないのだから、遅かれ早かれ、債務不履行になる可能性はある。これはアメリカの自殺である。

(2)の「返す相手を抹殺する」というのは、借金をしている相手がいなくなれば返す必要がない、という発想から行われるものだ。

アメリカにとって、借金している相手国が国ごと消えてしまうのは非常に望ましいことだ。

たとえば日本と中国が消えてしまったら、返す相手がいないわけだから、アメリカの累積債務は手品のように消えてなくなってしまうことになる。

(3)の莫大な借金を「無価値にする」という方法もある。それはインフレを一気に加速させることだ。借金の額はインフレ率に連動しているわけではない。だから、仮に百倍のインフレになると借金は100分の1になる。

ただし、アメリカ一国でインフレになったら、アメリカのみがジンバブエ化することになるから、世界中でインフレが起きることがアメリカにとって望ましい。


ドルの守護神FRBは、アメリカ「だけ」を救うために動く。

返す相手を崩壊に導く

もう一度、3つの選択肢を見てみたい。

(1)返せないと宣言(自己破産)する。
(2)返す相手を抹殺する。
(3)借りた金を無価値にする。

このうちの(1)と(3)はとてもアメリカにとっては屈辱だ。アメリカが自分の都合で世界を崩壊させたと歴史に残る。

それならば、アメリカにとっては(2)が一番都合がいいことに気がつかないだろうか。

(2)返す相手を抹殺する。

もし、あなたが誰かから金を借りているとする。金を借りている相手が突如として世の中からいなくなってくれればどうだろうか。好都合だと思うに違いない。返さなくてもいい。

つまり、日本や中国がいなくなってくれたほうがアメリカにとっては都合がいい。

日本と中国が「同時にいなくなってくれれば」もっと幸せなことだ。これで一気に債務問題が片付くのである。

しかし、日本と中国が同時にいなくなるということはあり得るのだろうか。

アメリカの都合よく、日本と中国が同時に歴史の藻屑(もくず)と消え去ることなど、普通に考えればありえない。

しかし、こういうケースはあり得るのではないか。中国と日本が戦争状態に入る。双方が最後に共倒れする。

そうすれば、アメリカは累積債務を返す必要はない。

両方とも絶滅したところで、どちらもアジア人であり人種的にも関係ない。宗教も異質であり、言語も違う。

アメリカにとってアジアなどしょせん「極東(far east)」である。もっとも遠く、もっとも文化的にも関係ない場所だ。そこで、双方が石器時代に戻るまで戦い合っても、それは望むところだろう。

むしろ売りつけた米国債もろとも両方の国が燃えあがることは、まさにアメリカの国益のためにもなる。

アメリカは昔から謀略の国である。もしかしたら、最初からそのつもりで中国を育て、米国債を買わせていたのかもしれないという憶測ですら成り立つ。

そもそも競争心の強く、ナンバーワン主義で、かつ潜在的に白人優位主義のアングロサクソン系が、「これからはアジアの時代」だと言うのが罠にしか思えない。

中国もそれが分かっているからかなり警戒しているが、どんどん取り込まれている印象だ。


非常に危険な時代に入った

そういえば、アメリカと中国の結びつきはとても奇妙なものである。アメリカはあらゆる場面で中国を許容している。ただ許容しているだけではなく、最大限に持ち上げてさえいる。

・アメリカは中国の共産主義を問題ないと許容した。
・アメリカは天安門事件も許容して投資をやめなかった。
・アメリカは中国に莫大な投資をして成長を許容した。
・アメリカは中国の軍事化を許容させた。
・アメリカはチベット問題を無視し中国を許容した。
・アメリカは中国が次の大国だと持ち上げ続けた。

その結果、中国は莫大な国内問題を抱えていながらも、信じられないほどの成長を見せて現在に至っている。

アメリカは共産主義が大嫌いだったはずだ。それなのに、なぜ天安門事件からチベット問題を無視してまで中国を大国に育て上げたのか。

自分たちが世界の支配者だと言っているアングロサクソンが、なぜ「中国の時代」「アジアの時代」だと言って、中国だけをここまで特別に扱っているのか。

アングロサクソンが謀略の民族であるならば、そもそも最初から「裏がある」のではないだろうか。それはこういうことではないのか。

・日本だけが米国債を支えるのが限界になった。
・だからもうひとつの国を育てることにした。
・それが中国だった。
・中国だったのは、中国が反日の国だったから。
・では、なぜ反日の国が重要だったのか。
・最後には双方を戦わせるため。
・なぜ双方を戦わせるのか。
・両方を自滅させて借金をチャラにするため。

アメリカが最初から債務を返すつもりがないのであれば、債権国を抹殺するしかない。

債権国同士が戦って死ねば非常に都合がいいので、そういった長期計画を実行している途中なのかもしれない。

だとすれば、最終的に中国と日本がお互いに戦い合って、最後はどちらも石器時代になってしまっていく。

アメリカは異教徒・異人種に対しては非常に冷淡だ。

アメリカ大陸に上陸したアメリカ人がまず行ったのは、ネイティブ・アメリカンの大虐殺だ。次に奴隷制度を利用してアフリカ人を使役させた。

そしてアジア人には原爆を落として威力を確かめた。ベトナムでも絨毯爆撃や枯葉剤を落とし、中東でもイスラム教徒を大虐殺している。

そんなアメリカが今、追い詰められている。

奇しくも、アメリカの債務国が日本と中国である。ということは、日本にとっても非常に危険な時代に入ったということになる。

話をシンプルにするために、枝葉末節を削ってアメリカと日中の「三角関係」だけを見てきたが、実は韓国にも台湾にも、細かいところでいろいろな仕掛けが見え隠れしていてとても興味深いものも多い。

現実はこのシナリオだけではないし、様々な仕掛けが何重にも折り重なっている。事実はもっと複雑だ。

政治家の動きや個々の重大事件の広がりでいくらでもシナリオは変わっていくから、結論まで一本の線のようにたどることはあり得ない。

しかし、歴史をあとで振り返るとそこに謀略が確かめられる。そして、ここが重大な点になるのだが、謀略の仕掛けられている国は必ず大きな「暴力」に巻き込まれていく。

アメリカが仕掛けてきたとき、果たして日本は生き残れるだろうか。私たちは、生き残れるだろうか。


中国軍は、やがて日本を破壊するためにやって来るのだろうか?
http://www.bllackz.com/2013/05/blog-post_11.html?utm_source=BP_recent


21. 中川隆 2013年6月08日 11:10:04 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

日本は植民地インドの後釜にされた


植民地のインドは商品を輸出しても、その見返りの代金はポンドでイギリスに蓄積され、デフレになり、不景気になった(今の日本と全く同じだね)

ブッシュ大統領が1月31日の一般教書演説で、「私は8800億ドルを減税し、国民に返却した。今後も減税を恒久化し、09年に財政赤字を半減する」と述べた。

 一方で、アメリカの経常赤字は05年が7900億ドル(93兆6940億円)、財政赤字も06年度は4230億ドル(約50兆2千億円)で過去最大、債務残高はすでに8兆ドル(約950兆円)を越えている。

 日本では、税制赤字を解消するために、増税をしなければならないと考えられているが、アメリカは逆である。減税をして国内消費を活性化し、景気をよくして税収をあげようとする。さらにアメリカの場合は戦争によって軍需景気を作りだしているわけだ。

 いずれにせよ、アメリカは消費大国。国も国民も借金をして消費を楽しんでいる。このアメリカの消費を助けているのが日本をはじめとするアジア諸国だ。とくに日本の貢献が大きい。日本は政府と民間が何百億ドルというアメリカ国債を買っている。

 先日、朝日新聞夕刊「経済気象台」に「米国のもう一つの謎」という文章が載った。経常収支の赤字が拡大しているにもかかわらず、ドル高が持続している謎について、それは借金国のアメリカが負債について支払う金利が「異常」に低いからだと書いている。これに反して、アメリカの対外資産は巨大な利益を手にしている。

 アメリカは莫大な借金をし、そしてその中から、わずかな一部を他国に貸している。そして不思議なことに、巨大な借金のための利払いよりも、わずかな海外資産の方が多くの利益を生み出しているというのだ。

 どうしてこんなマジックが可能なのか。それは日本がこの逆をしているからである。なぜ日本がこの分の悪い役回りを続けるのか、実はこれこそが本当の謎だということになる。


<驚くべきことに、小さな対外資産から受け取る利子と配当が、大きな対外負債に支払う利子と配当を今日まで上回り続けている。家計にたとえると、収入を上回る買い物をして毎月赤字が続き、借金が膨らんでいる。ところが、多額の借金に支払う金利がゼロに近ければ、わずかばかり保有する預金などから受け取る利子の方が大きいという状態なのだ。これでは赤字をいくら出しても、借金さえできれば、後は何の憂いもなく買い物ができる>

<このうまい話に手放しで悪のりして、米国は経済収支赤字を続け、負債の増加に加速度がついている。この構図が最近話題になり、債権国が浮き足だっている。日本にその気配がないことが「謎」の源である>

 実はアメリカのこの「うまい話」は、19世紀に繁栄した大英帝国をまねているだけだ。大英帝国の場合は、その繁栄の謎をとく鍵はインドをはじめとする植民地が持っていた。たとえば当時イギリスの植民地であったインドは、香辛料などの原材料を輸出してイギリスを相手に多額の黒字を計上していた。ところが黒字はルピーではなく、ポンドを使って決済され、そのままイギリスの銀行に預けられていた。

 だからイギリスはいくら植民地を相手に赤字を出しても平気だった。イギリスの銀行に預けられたポンドを、イギリス国内で使えばいいからだ。インドは名目上は債権が増え、お金持ちになったが、そのお金をイギリスの銀行から自由に引き出し、自分の国では使えなかった。お金の使い道は預金者ではなく、イギリスの銀行が決めていたからだ。そしてもちろん、イギリスの銀行は国内の人々に貸し出した。

 イギリス国民は植民地から輸入した品物で生活をたのしみ、しかもしはらったポンドもイギリスの銀行に吸収され、イギリスのために使われるわけだ。こうしてイギリスはどんどん発展した。

 一方植民地はどうなったか。たとえばインドは商品を輸出しても、その見返りの代金はポンドでイギリスに蓄積されるだけだから、国内にお金がまわらなくなる。どんどんデフレになり、不景気になった。


仕事がきつくなり、給料が下がり、ますます必死で働いて輸出する。ところが黒字分の代金は、ポンドのまま名義上の所有としてやはりイギリス国内で使われる。こうしていくら黒字を出してもインドは豊かになれなかった。そして、赤字を出し続けたイギリスは、これを尻目に繁栄を謳歌できた。

 このイギリスとインドの関係は、そっくり現在のアメリカと日本の関係だと言ってもよい。経済同友会元副代表幹事の三國陽夫さんは、「黒字亡国」(文春新書)にこう書いている。

<輸出拡大によっていくら日本が黒字を蓄積しても、それはアメリカ国内にあるアメリカの銀行にドルで預け入れ、アメリカ国内に貸し置かれる。日本からの預金は、アメリカにしてみれば資金調達である。貸し出しなどに自由に使うことができる。

 日本は稼いだ黒字にふさわしい恩恵に与らないどころか、輸出関連産業を除いて国内消費は慢性的な停滞に喘いでいる。停滞の原因であるデフレはなかなか出口が見えない。

 日本の黒字がドルとして流入したアメリカはどうなのか。ドルはアメリカの銀行から金融市場を経由して広く行き渡り、アメリカ経済の拡大のために投下されている。日本の黒字は結局、アメリカが垂れ流す赤字の穴埋めをし、しかもアメリカの景気の底上げに貢献しているのである。・・・

 輸出で稼いだ黒字を日本がドルでアメリカに預け、日本の利益ではなく、アメリカの利益に貢献している限り、円高圧力もデフレ圧力も弱まることなく、政府・日銀がいくら財政支出や金融緩和というデフレ解消策を講じても、一向に持続性ある効果は現れないのである> 69投稿者:日本は植民地インドの後釜にされた  投稿日:2007年08月01日(水) 22時49分51秒

幸い、最近この貿易構造がかわりつつある。日本の貿易相手国が中国をはじめとするアジアやヨーロッパにシフトしたことで、日本の対米黒字の割合が相対的に低下したからだ。こうして日本がデフレから解放されるチャンスがここから拡大した。

 しかし、問題はすでに厖大なドル建て資産をアメリカに持っていることだ。日本人の汗の結晶であるドル建て資産が、今後ドル安で何百兆と失われる可能性がある。こうした形で、アメリカは最終的に日本の資産を合法的に手に入れようとする。

「今後も減税を恒久化し、09年に財政赤字を半減する」というブッシュの一般教書の宣言は、これからも日本をはじめ、世界から資金を調達するという意思表示と読むべきなのだろう。


(私のコメント)
昨日の続きになりますが、日本人がいくら一生懸命に働いても豊かになれないのは、稼いだ金を使えないようにしているからですが、そうしているのは小泉・竹中内閣である。

インドがいくらイギリスに輸出して黒字を貯めても、ポンドはイギリスに留まったままだからイギリスが豊かになるだけでインドは貧しくデフレに悩む事が続いた。本来ならばインドの黒字はインドで使われるべきだった。

これと同じ事がアメリカと日本の経済関係に当てはめられる。日本がいくら黒字を貯めてもドルはアメリカに留まったままであり、そのドルはアメリカで使われている。そのような事を日本政府はずっと続けているのだ。だからアメリカは巨額な貿易赤字を貯めても平気でいる。
http://www.asyura2.com/0601/hasan45/msg/253.html


インド,日本そしてその次は?  


アメリカ政府も大資本も日本のマネーを吸い取っているのです。アメリカの日本経済研究者の間には次のような見方が強いそうです。

―『2015年くらいまで、日本の金を使ってアメリカの繁栄を支える。2015年になれば日本の金は尽きてしまう。その時は中国とインドをアメリカ財政の補給源にする』

「2020年の世界」という2004年秋に作られたアメリカ政府部内のリポートには、「2020年にはアメリカのパートナーは中国とインドだ」と書かれています。 つい先日、アメリカの著名な大学教授がNHK・BSで「中国とインドがアメリカのパートナーだ」と明言したということです。アメリカの有力な経済人も同趣旨の発言をしています。

アメリカは日本の富を緻密に計算して「2015年限界説」を述べているのでしょう。日本はアメリカによって使い捨てにされようとしているのです。
http://wanderer.exblog.jp/4632381/


22. 中川隆 2013年7月22日 21:35:38 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

前にも日記に書いたが、自分の母親を殺しにかかったアメリカ人はムスタングという美しい飛行機にのってアクリル風防から標的にした蒸気機関車を母親の頭上からはっきりと見定めて12.5ミリ機関砲をくりかえし掃射している。子供の頃に聞いた記憶では1機だと思った のだが最近ふたたび母親に聞きただしたところ3機だったという。


迎撃するような戦闘機が日本の上空に存在しない事も問題だけれど蒸気機関車から逃げ出した老人や子供、若い少女たちを射殺する事を対航空戦用の機関砲で実行するという感覚がわからない。


逢坂山トンネルを山科から野洲に向かう道中は、実に開けた平野地だ。
ようするに3機のムスタングは、戦闘行為という自覚ではなく非戦闘員を頭上から殺傷することを目的として待ち受けていたのだろう。停止した車両から逃げ出した人達を一人づつ丁寧に撃ち殺している。後で助かった母親は、京都府立医大の看護婦なのだから気丈に殺された人達をそれぞれ検分している。けれど当然ながら到底機上のパイロット に反撃するような火器をもっている人など一人もいない。みな背中から機関砲を打ち込まれ、頭ごとふきとんでしまった赤ちゃんもいたと言う。

母親が無事無傷で助かったのは奇跡的だったと思う。(他界した親戚の老人の身代わりだなどとか神がかりな事を母親は言っているがようする に偶然に過ぎないと私は思う。)同じ客車のほとんどすべての乗客、 女子供を問わずこの襲撃で死傷している。

米国人はなにかにつけてリメンバーパールハーバーを言うが、彼らが戦争中に本来の軍事行動とはまったく関係のないこのような軍人による犯罪行為を多数繰り返していることについては、どのように考えているのだろうか。軍指導の上層もこれを諌めて抑止していたというフシも感じられない。そもそもカーチスルメイ将軍など、いかに効率よく日本の非戦闘員(ようするにじいちゃん、ばあちゃん、にいちゃん、ねえちゃん)を焼き殺すかを熱心に研究していたわけだ。日本人は戦後、なにかと言うと広島、長崎の原子爆弾のお話にもってゆくが、東京や大阪、名古屋でアメリカが落とした油性爆弾で木造家屋を焼かれて死んだ人が壮絶に多いのだ。これについて戦後、アメリカにまっすぐに抗議した人の話を聞いた事がない。

また、殺されかけたことも忘れて靖国神社に出向いて清掃奉仕をしようという親戚のおばさんがいたので、わが母親は罵倒してやめさせた。

靖国神社の宮司かなんぞの中に、アメリカが意図的に非戦闘員とあきらかに分かっている日本人へ向けて実行されたこれら殺傷行為を犯罪であると糾弾したものがいるのか。寡聞にして耳にしたことがない。彼らが全国から参拝する遺族や国民からの浄財でなりわいしているのであるのならば、その国民がいわれなく戦争被害者として戦中、戦後悲嘆の苦しみに喘ぎ過ごしたことについて一度はきちんとアメリカにむけて抗議してみたらどうなのだろう。

戦争に参加した軍人の慰霊を話題にするのならば、彼ら軍人や戦争指導者らが粗忽にも無計画に始めた戦争でロクすっぽ勝てもせず、いたずらに戦争にまきこんで殺されていった幾百万もの国民の慰霊をどのように考えているのか。

「軍国主義者の戦争遂行能力と抗戦意志を挫く」という戦略爆撃の思想にもとづくが、日本の戦争責任とならび、非戦闘員(市民)に対する無差別攻撃として戦争責任を問う考え方もある。


ようやく東京大空襲の概略が、関係者の手で明らかになりつつあるようだけれども、実は戦後50年まったく同じ思いで過ごしていた国民はあまたいるはずである。

そのような体験咀嚼をまじめに積み上げてこなかったからこそ、今またしてもアメリカがイラク進攻に際していつものように非戦闘員に対する無造作な殺戮行為を諌めることも制止することもできないで、傍観していることになる。まして自衛隊をばかばかしいかたちで派遣しているために政府声明もだせない事態にあるのだろう。だから、パウエルに「お仲間だから仲良くしようぜ」みたいなアピールをされてしまうのだ。この恥ずかしさをよくよく考えた方がよい。

自分は、アメリカの軍人が最終的に命がけで我々の生命財産を守ってくれ
るなどと信じたことは一度もない。

当時、18歳であった母親はその後大阪の大空襲で罹災した市民を看護婦として救援に出向いている。当たり前のことなのだが、日本での大戦中の戦争被害は当然東京、広島、長崎だけにとどまらない。大阪の罹災者を救援に出向いた母親の業務は、ピンセットでその肉に食い込んだガラス破片をつまみだすことだけに日々忙殺され、投与する薬など皆無だったと嘆息していた。都市部の戦争被害の様相がそれである。いまイラクなどで進行している戦争被害の規模と災悪を想像することは到底おぼつかない。
(シャルドネ)

「大阪市大空襲」
http://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/kusyu-oosakacity.htm

次数 月日 来襲の戦力 被災の状況
B29 投下弾 戸数 被災者 死者 不明
1 3月13日 274機 焼夷弾  1,773屯 136,107 501,578 3,987 678
2 6月 1日 458機 焼夷弾  2,789屯 65,183 218,682 3,112 877
3 6月 7日 409機 焼夷弾  2,594屯 58,165 199,105 2,759 73
4 6月15日 444機 焼夷弾  3,157屯 53,112 176,451 477 67
5 6月26日 173機 爆弾    1,140屯 10,423 43,339 681 63
6 7月10日 116機 焼夷弾   779屯 16,488 65,825 1,394 9
7 7月24日 117機 爆弾     704屯 893 3,503 214 79
8 8月14日 145機 爆弾     707屯 1,843 2,967 359 79


↑このリンク先に大阪市大空襲についての、記述がある。そちらには、 「昭和23年本市は当時校庭や公園の片すみに仮埋葬された遺体の改葬を行い、無縁の遺骨2870体をここ服部霊園に合葬しましたがこのたびこの塔を建立し大阪市全市の戦災死者の霊を弔うこととしました」とある。

大阪の府民は、服部緑地で運動会をやる企業などが多いがあの服部緑地に隣接する霊園にこのような歴史沿革があることを自覚している者がどれだけいるのだろうか。

以下は、イラクの消息を伝えるとされているレポートです。

伝えられる状況に最も理解も反応もありえるのはまさしく母親の世代ではないかと思われる。戦争罹災者の視点で日本側からの声が湧き上るべきだと私は思うのだけれども、残念ながらあの時代の証言者らが当事者としてインターネットに登場するには、キーボードの障壁に阻まれて声明を述べる機会を得ないと思われる。まことに残念なことである。(シャルドネ)

【ダイジェスト】

到着後、私たちは物資をバスから降ろした。荷箱はすぐに引きちぎるように開かれた。最も歓迎されたのは毛布だった。そこは病院と呼べるものではなく、ただの診療所だった。米軍の空襲でファルージャの大病院が破壊されてから、ただで人々を診療している個人医の診療所だった。もう一軒の診療所は、ガレージに臨時で作られたものだった。麻酔薬はなかった。

血液バッグは飲み物用の冷蔵庫に入っており、医者たちは、それを非衛生的なトイレのお湯の蛇口の下で暖めていた。

女性たちが叫び声をあげながら入ってきた。胸や顔を手のひらでたたき、祈りながら。ウンミ、お母さん、と一人が叫んでいた。私は彼女を抱きかかえていた。それから、コンサルタント兼診療所の所長代理マキが私をベッドのところに連れていった。そこには、頭に銃による怪我を負った10歳くらいの子どもが横になっていた。隣のベッドでは、もっと小さな子どもが、同じような怪我で治療を受けていた。米軍の狙撃兵が、この子どもたちとその祖母とを撃ったのである。一緒にファルージャから逃れようとしたところを。

明かりが消えた。換気扇も止まり、急に静かになった。その中で、誰かがライターの炎を付けた。医者が手術を続けられるように。町の電気は何日も前から止まっており、発電器の石油が切れたときには、石油を入手するまで、とにかく何とかしなくてはならない状況だった。デーブがすぐに懐中電灯を渡した。二人の子どもたちが生き延びることはなさそうだった。

「こちらへ」。マキが言って、私を一人、ある部屋に案内した。そこには、お腹に受けた銃の傷を縫い上げたばかりの、年老いた女性がいた。足のもう一カ所の傷には包帯がまかれていたが、彼女が乗っているベッドには血が染み込んでいた。彼女は白旗を今も手に握りしめていた。彼女の話も、 同じである:

「私が米軍の狙撃兵に撃たれたのは、家を出てバグダッドに向かおうとしているときでした」。

街の一部は米軍海兵隊に制圧されている。
別の一部は地元の戦士たちが統制している。彼女たちの家は、米軍が制圧した
地域にある。彼女たちは、狙撃兵が米国海兵隊兵士であるという固い確信を持っている。

米軍の狙撃兵たちは、ただ大虐殺を進めているだけではない。救急車と救助活動も麻痺させている。ファルージャ最大の病院が爆破されたあと残った次に大きな病院は米軍が制圧する地域にあり、狙撃兵たちによって診療所から遮断されている。救急車は、銃弾による損傷を受けて、これまでに4回、修理された。路上には遺体が転がったまま。遺体を取り戻しに道に出ると狙撃されるので、誰も遺体を取り戻すことができない。
http://plaza.rakuten.co.jp/hint2003/diary/200611140003/


23. 中川隆 2013年9月18日 19:43:27 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

《グレン・グレーの『戦士たち』には、日本兵を一人放ち、その兵士が身の安全を求めて狂ったように逃げ回るのを標的として射撃を楽しんだというはなしが紹介されている。

兵士たちは、逃げ回る日本への様子の滑稽さに、あまり笑いすぎて日本兵に的を絞ることができなかった。しかし、ついに弾が命中すると小隊全体の雰囲気は大いに盛りあがり、数日間はそれを肴にした話題や冗談が続いたと書かれている。》

《一九四三年三月にラバウルからニューギニアのラエに向かった日本の輸送船八隻と駆逐艦四隻を撃沈すると、米豪軍の航空機はいかだや救命ボートに乗っていた3000名近くの遭難者を機銃掃射した。

『タイム』誌(一九四三年三月一五日号)は、

「低空飛行の戦闘機が生き残りのジャップでいっぱいの救命ボートを血の海に変えた。ジャップに浴びせられたこの残忍さは、かつて彼らがしばしば示したものである。今回の攻撃の結果、岸にたどり着くことができたジャップはほとんどゼロに近かった」

と報じた。

また高級紙の『アトランティック・マンスリー』誌(一九四六年二月号)でさえ、

「われわれは捕虜を容赦なく撃ち殺し、病院を破壊し、救命ボートを機銃掃射し、敵の民間人を虐待、殺害し傷ついた敵兵を殺し、まだ息のある者を死体とともに穴に投げ入れ、死体を煮て頭蓋骨をとりわけ、それで置物を作るとか、他の骨でペーパーナイフを作るとかした」

との記事を掲載している。そこには、標的の日本兵がすぐ死ぬことがないように火炎放射器の炎を調節したとも書かれていた。》

《英国人記者のラッセル・スパーは『戦艦大和の運命』で、海面に浮かんでいる大和の乗員を機銃掃射した米軍機の行為を、

「米国人は絶望的になっている敵国人を殺戮することに気が咎めなかった。米国の高官連中は公然と日本人を殺すことはシラミを殺すより悪いことではないと明言していた。」

と書いている。》
(元海上自衛隊海将補平間洋一著『日露戦争が変えた世界史』(芙蓉書房出版)より)

《同校の士官は第一波が上陸に成功してから間もなく到着したのだが、海兵隊は日本軍の投稿をめったに受け付けなかったそうである。激戦であった。わが方も将兵の損害が甚大であった。敵を悉く殺し、捕虜にしないというのが一般的な空気だった。捕虜をとった場合でも、一列に並べ、英語を話せる者はいないかと質問する。英語を話せる者は尋問を受けるために連行され、あとの連中は「ひとりも捕虜にされなかった」という》


(新庄哲夫訳『リンドバーグ第二次大戦日記』下巻(新潮社))
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1237378982


「特攻隊員を処刑するアメリカ軍」
http://www.youtube.com/watch?v=2XfSClIbMh0&feature=related

この動画には、海面を漂う無抵抗な日本兵を砲撃・殺害し、さらにその死体に向かってピストルの銃口を向けている米軍兵の姿が映っています。


24. 2013年9月22日 10:08:09 : W18zBTaIM6

131 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2013/09/21(土) 04:44:57.31

ユダヤ人だけが悪人みたいに言われてるけど、その下にいる白人どももユダヤに準ずる冷酷さを持ち合わせてるからな。
限界を知らない支配欲と貪欲さ。あいつら、精神異常者だから。

145 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2013/09/21(土) 22:08:14.55 >>131

女でさえこの毒気↓

「日本を爆撃して、原爆を落として、いっぱい殺したらJapsは羊みたいに従順になったわね」

/米女性弁護士、保守系政治解説者アン・コールター
アン・コールターの写真/
http://ameblo.jp/jacqueline508/image-11368625951-12215251735.html


25. 中川隆 2013年9月29日 12:40:36 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

受刑者、売春女性、黒人が梅毒の人体実験にされていた現実 2013-09-29


売春地帯では性病がつきものだ。性病になってしまった女性を見かけることも多い。売春地帯で性病が蔓延しているというのは、嘘ではない。本当のことである。

性病と言えば、誰もがエイズを思い浮かべるが、淋病や梅毒も依然として猛威を振るっている。

かつて、梅毒は人間の身体を崩壊させていく恐怖の性病だった。梅毒が突如として15世紀から爆発的蔓延した理由についてはいろいろな説があって今でも真実ははっきりしない。

もっとも有力な説としてはコロンブスがアメリカ大陸上陸したときに現地の風土病であった「梅毒」をヨーロッパに持ち帰り、そこから世界各国に散らばっていったというものだ。

日本では1512年に初めて記録されているが、すでに遊郭という売春地帯を抱えていた日本は瞬く間に梅毒が広がり、「花柳病」と言われるようになっていた。

それはペニシリンが発明されるまで、確実に身体を蝕んでいく恐ろしい病気だったのである。

路上売春に関わっていた女性の95%が梅毒だった

オランダ医学を極めていた幕末の医者(医官と当時は言っていた)であった松本良順は、1864年に「養生法」という書籍を出しているが、これには「下賤のもの100人中95人は梅毒に罹らざるものなし」と梅毒の蔓延を記している。

ここで松本良順が言っている「下賤のもの」というのは、売春女性たちのことで、さらに細かく言うと売春女性の中でも最低ランクとされていた路上売春(夜鷹、引っ張り)に属する女性たちを主に指している。

この路上売春に関わっていた女性の95%というから、ほぼ全員が梅毒に罹っていたというほどに蔓延していたということになる。

夜鷹というのは文字通り夜になった出没する売春女性だ。彼女たちは、薄暗い町の木陰に潜んで男に声をかけて、物陰でセックスをするスタイルを取っていた。

当時は電気があるわけでもなかったから男たちは女がどんな顔をしているのすら分からないまま売春に至っていた。実はこの夜鷹のほとんどが、梅毒が進行して「鼻が欠けていた」のだという。

「梅毒にて娼家に用い難き醜女」
「鼻頭の欠け落ちたるは蝋燭の流れを持て補ふ」
「顔に施粉して疵の痕を埋め、頬被り」

と阿部弘蔵の「日本奴隷史」にある。

梅毒でひどい容貌になってしまって売春宿にもいられなくなった女性が、欠けた鼻をロウソクで補って、顔のアザや欠落や疵(きず)は化粧でごまかして、さらに手ぬぐいで顔を覆って、その上に夜の暗いところでビジネスをしていた。

梅毒が脳にまで到達すると狂人となる。現代では怒って我を忘れることを「頭に来る」と表現することがある。「何」が頭に来るのか。

「梅毒が頭に来る」のである。

最近は、梅毒に犯されていなくても頭に来ている人がたくさんいるようだが、昔は梅毒が頭に来て狂ってしまった。


梅毒は、いまもアジアで普通に存在する

はじめてタイを放浪していたとき、私はいつもバンコク・ヤワラーの安い屋台で食事をしていたが、そこに鼻が欠けている年配の元娼婦がいたのを覚えている。

一緒にいた日本人の知り合いが「梅毒を放置したら、鼻が落ちるんだよ。あれは梅毒だな」と私につぶやいて顔を背けていた。梅毒で鼻が落ちると知ったのは、その時がはじめてかも知れない。

その印象は私の中で強いインパクトとして残って、あとで梅毒はペニシリンで完治すると知った時、量産化に成功したファイザー製薬を崇拝したものだった。

だから、2011年8月、アメリカがグアテマラの刑務所で人体実験をしていたという記事には複雑な気持ちになった。

1946年頃のペニシリンは新薬で、薬効がまだよく知られていなかった。

そこで、アメリカの公衆衛生当局の研究者たちは、グアテマラで刑務所に収容されていた受刑者や精神病院の患者の約5500人に対して、ペニシリンの試験の対象にした。

患者には何の実験をしているのかはまったく知らせず、約1300人に梅毒や淋病などに感染させた売春婦と性交させて、さまざまな実験データを得ていたようだ。

この実験では、少なくとも83人が死亡していることも分かっている。クスリが効くかどうかは、動物実験では駄目で、最終的には人体に試して臨床データを取る必要がある。

アメリカ公衆衛生当局は、すでに梅毒に罹った患者を捜し出すのではなく、わざと囚人を梅毒に感染させたというところが悪質だった。

梅毒にかかった男性の症状。こんなになるまで放置する人間がいるのかと思うかも知れないが、途上国では珍しくない。自分の身体に何が起きているのか分からないし、医者に看てもらうカネもない。


途上国の人たちを人体実験にして臨床実験している?

このグアテマラの人体実験で、アメリカの調査委員会は「研究者が意図的に倫理規定を放棄していた」と報告した。

「関係者たちはこの問題を秘密にしておきたかったはずだ。広く知られることになれば、国民からの批判は免れない」

「グアテマラで起こったことは偶発的なことではない。関与した人の一部は、わが国の中であれば同じことはできなかっただろうと述べている」

オバマ大統領はグアテマラに謝罪しているのだが、コロン大統領は謝罪を受け入れつつも、「これは人道に対する非道な行い」だと批判した。

この実験を指揮していたのはアメリカ公衆衛生当局のジョン・カトラー医官が指揮していたものだった。

さらにジョン・カトラー氏の行動を追っていくと、別の「タスキジー実験」というものも明るみに出てきているのだが、それはどんなものだったのか。

「梅毒患者の黒人男性数百人に治療を施さずに経過を観察するもの」である。このタスキジー実験は、1932年から1972年までの40年にも渡って続けられてきたのだという。

実験台になった人々をもう一度見つめると、受刑者、売春婦、障害者、精神障害者、黒人、である。

医学は故意に社会的弱者を標的にして臨床実験して新薬ペニシリンのデータを蓄積していたということになる。そこで、ふと思わないだろうか。

「ペニシリンだけなのか?」

私たちの現在使っているクスリは、闇の中で途上国の人たちを人体実験にして臨床実験しているものだったかもしれない。

梅毒で鼻が欠け落ちた男性。私はタイのヤワラーや、インドネシアの売春地帯で、このような症状になってしまった女性を何人か見たことがある。
http://www.bllackz.net/blackasia/content/20130929T0107400900.html


26. 中川隆 2015年4月20日 11:12:08 : 3bF/xW6Ehzs4I : b5JdkWvGxs


ヒラリー・クリントンが大統領になっても暴力の時代は続く 2015-04-19

ヒラリー・クリントンは2015年4月12日、時期大統領選に立候補すると表明した。

この聡明な女性は2008年にオバマ大統領に敗れたが、今回は勝ち上がる可能性は非常に高いと言われている。

この立候補の前に、私用のメールアドレスで公務をしていたという問題で批判にさらされていた。

しかし、それでも民主党支持者の60%がヒラリーを支持しており、知名度も財力もある候補であり、それはヒラリー・クリントンを窮地に追いやる問題になっていない。

アメリカは歴史的に民主党と共和党が交互に大統領を出し合っている「2大政党制」なのだが、共和党の巻き返しがなければ、このままヒラリー・クリントンでゴールまで行き着く可能性は充分になる。

ヒラリー・クリントンが大統領になると、アメリカ初の「女性大統領」の誕生となるが、ヒラリーは決して「優しい女性」ではない。

「アメリカは来た、見た、カダフィは死んだ」

それは、2011年のリビアのカダフィ大佐が血まみれになって引きずり回されて殺されたのを見て、ヒラリー・クリントンがカエサル気取りで大喜びしていたのを見ても分かる。

"We came, we saw, he died"
(我々は来た、我々は見た、彼は死んだ)

そう言って、ヒラリー・クリントンは自分がプロポーズされたかのように屈託なく喜び、心から笑っていた。

カダフィが死んで悲しいと思っている人はそれほどいないかもしれないが、これほどまで単純に喜べる人はいない。この後、リビアは収拾がつかない混乱に陥って今に至っている。

共和党ではブッシュ一族が控えているが、このブッシュ一族もまた戦争屋であるのは、誰でも知っている。

誰が大統領になっても、アメリカが暴力的傾向を捨てることはあり得ないだろう。

欧米はアジア・アフリカを侵略し、植民地支配し、その富を奪うことで豊かになったという歴史がある。つまり、「暴力」で豊かになってきたという歴史が刻まれている。

暴力と成功体験がリンクしている。だから、根本的なところで暴力的であることが悪いとは思っていない。特にアメリカは建国史から暴力にまみれているのでそういう傾向が強い。

もちろん、暴力的であることが世界に支持されるとはアメリカも思っていない。

そこでアメリカが取ってつけた錦の御旗が「正義」である。どこかの国を「悪」に仕立て上げて、「悪を倒す」という名目で暴力を振るいに行く。アメリカは「いざとなったら暴力がモノを言う」ことを否定していない。


捕獲され、死にゆくカダフィ大佐の最期の姿
(カダフィ大佐、撃つなと懇願するものの頭部を撃たれて死亡 )

カダフィが死んだと聞いて、心から喜ぶヒラリー・クリントン。「我々は来た、我々は見た、彼は死んだ」と、彼女はこの時に言った。


アメリカの暴力哲学は歴史上、一貫している

なぜ暴力を振るうのかというと、そこの土地の指導者をいいように操ってその国の国富を収奪するためだ。アメリカは国益のために何でもする。

アメリカは国家戦略の中に暴力を埋め込んでいる。米軍も、CIAも、アメリカ政府も、みんな暴力を否定しない。

「言うことを聞かない国は叩きつぶせ」(米軍)
「相手が悪ならば、自分はそれ以上の悪になれ」(CIA)
「叩きつぶせないなら手を結べ」(米政権)

アメリカの暴力哲学は歴史上、ほぼ一貫して行われていることは誰でも知っている。そもそも世界最大の軍需産業はすべてアメリカに集中している。

ロッキード・マーチン、ボーイング、レイセオンを筆頭として、そこにぶら下がる無数の企業がアメリカを支えている。

ノースロップ・グラマン、ユナイテッド・テクノロジー、ゼネラル・ダイナミックス、ハネウェル、アライアント、ロックウェル・コリンズ、L3コミュニケーションズ。

これらの企業はアメリカの雇用を支えると同時に、多くの政治家を排出して、アメリカの暴力を支えている。だから、アメリカの政治が暴力と縁が切れないのは当然のことである。

雇用を支える必要があるから、そういった意味でも暴力は正当化される。その暴力正当化の歴史が長かったので、それがアメリカのDNAになっている。

だから、アングロサクソンがアメリカ大陸に「侵略」して、ネイティブ・アメリカン(インディアン)を根絶やしにし、虐殺し、絶滅品種に追いやった歴史も「正当化」される。


ネイティブ・アメリカン(インディアン)を根絶やしにし、虐殺し、絶滅品種に追いやった歴史も「正当化」される。

「暴力の時代」は、まだまだこれからも続いていく

アメリカは日本に原爆を落とし、一瞬にして20万人の人々を焼き殺したのも正当化している。

ベトナムではナパーム弾、絨毯爆撃、枯葉剤と、おおよそ考えられる非人道的な皆殺し作戦を実行していたが、これもアメリカ国内では正当化されている。

湾岸戦争では劣化ウラン弾を使用して現地を放射能まみれにした。アフガニスタンでの激しい空爆、パキスタンでの無人機攻撃もすべて「正当化」されていて、アメリカがこれらの歴史に対して謝罪の言葉を述べたことはない。

一方、ヨーロッパのほうも南米やアフリカを激しく収奪してきた。現在のアフリカの問題、中東の問題、イスラエルの問題は、すべてイギリスやフランス等が種をまいたと言っても過言ではない。

リビアの空爆はNATO軍が行った。ここでも多くの市民が死んでいったが、ここでの暴力は「正当化」されている。

カダフィ大佐の死も、アメリカの正義戦略の中で行われて目的が達成され、正当化された。ヒラリー・クリントンの高笑いは、アメリカの暴力がまたひとつの国を崩壊させたという満足感の現れだったのだ。

そんなヒラリー・クリントンがまた大統領選挙に打って出るわけで、そんな彼女を支持する厚い層がアメリカにはある。こういった状況を見ると、「暴力の時代」は、まだまだこれからも続いていくというのが分かる。

人間の歴史が暴力の歴史であることは、昔も今もこれからも変わることがなさそうだ。


「暴力の時代」は、まだまだこれからも続いていくというのが分かる。人間の歴史が暴力の歴史であることは、昔も今もこれからも変わることがなさそうだ。
http://www.bllackz.net/blackasia/content/20150419T0058160900.html


27. 中川隆 2015年5月29日 07:37:38 : 3bF/xW6Ehzs4I : b5JdkWvGxs

弱い民族に襲いかかる弱肉強食の歴史はまだ終わっていない


動物界では弱肉強食の世界だが、人間もまたその弱肉強食のルールに支配されている。人間の歴史を紐解くと、弱い民族は常に侵略され、弱い民族の文化・言語は消し去られている。

弱い民族は、大事に保護されるのではない。侵略され、大虐殺され、結果として淘汰されるのだ。

それを一番よく知っているのは、アメリカ人だ。なぜなら、彼らはネイティブ・アメリカンの土地を侵略して国を作ったという歴史から始まったからだ。

アメリカ大陸は本来はネイティブ・アメリカンのものだったが、白人たちはこの先住民を徹底的に殺し続け、結局は彼らの95%を虐殺したと言われている。

人類史上でも類を見ない「大量虐殺の歴史」がそこにあったと言うしかない。イギリスから移住したアングロサクソンが、先住民族を淘汰して今のアメリカにしたのである。

そして、かろうじて生き残った先住民族(ネイティブ・アメリカン)は、今や天然記念物のように指定地区に押し込まれて貧困の中で細々と生きている。

大虐殺は200年ほど前まで世界中で普通に起きていた

アメリカ人は、弱い民族を大虐殺して、自分たちがそこに居座った。だから、「自分たちが弱ければ淘汰される」という本能的な恐怖を持っている。自分たちがそうしたのだから、そうされるという意識を忘れない。

オーストラリアもまた白人の国ではなかった。

しかし、イギリスから島流しにされたアングロサクソンが先住民族だったアボリジニを大量虐殺して、白人の国「オーストラリア」になった。アボリジニはその90%を虐殺されたと言われている。

その頃のアボリジニは、スポーツとして狩りの対象にされていた。信じられないかもしれないが、白人たちは先住民を「獲物」にしていたのである。

また、害虫の駆除のつもりだったのか、井戸に毒を入れたり、孤島に置き去りして餓死させたりしていた。

ラテン・アメリカでは、先住民だったインカ帝国の末裔はことごとく皆殺しにされて、残った女性はほとんどがレイプされて混血児を産むようになった。

今やラテン・アメリカは混血国家として知られているが、それは大虐殺とレイプの結果であることを日本人はもっとよく知っておいたほうがいい。

南米の混血は美しい。その美しさには血の歴史がある。(南米の混血女性が美しいのは、美しい女性だけを選別したから)

この大量虐殺は古代史ではない。つい200年ほど前まで人類が行っていた所業である。


鎖につながれたアボリジニ。アボリジニは、スポーツとして狩りの対象にされていた。信じられないかもしれないが、白人たちは先住民を「獲物」にしていたのである。

言葉も消され、伝統も、文化も、すべて根絶やし

弱い民族は一方的に駆逐され、歴史から抹殺される。そんな民族が生きていたという痕跡すらも消し去られる。そうやって歴史は無数の弱小民族を消してきた。

近年においてもこのような状況である。人類の歴史を長いスパンで見ると、淘汰された民族は夥しいリストになる。言葉も消され、伝統も、文化も、すべて根絶やしにされる。

衰退した民族が、そのまま「保存」されるのはあり得ない。

衰退した国家には強大な国家が入り込み、強大な国家が衰退した民族を駆逐していく。非常に荒々しい手段で、強制的に歴史から消していく。

現在、中東で大虐殺が繰り広げられているが、こうした大虐殺が続けば続くほど、シリア・イラクは疲弊していき、国家的にも民族的に衰退していくことになる。

いったん衰退が確実となると、それが故に他民族がその真空を埋めていく。長期化する内戦は、その民族に大きな危機をもたらすのである。もしかしたら、それが絶滅のきっかけになる可能性もある。

弱体化した民族は、他民族にとっては「獲物」なのである。

現代文明の下で、私たちはすでに人類が石器時代のような弱肉強食の社会ではなくなったと考えている。

しかし、依然として兵力という名の「暴力」が国家の基盤となっているのを見ても分かる通り、いつでも弱肉強食の社会に戻る危うさを秘めている。

そうであるならば、自分たちの民族が衰退しつつあるのか、それとも強大になりつつあるのかを見極めるのは、非常に重要なことであるのは間違いない。

弱体化しているのであれば、未来に淘汰が待っているからだ。


現在、中東で大虐殺が繰り広げられているが、こうした大虐殺が続けば続くほど、シリア・イラクは疲弊していき、国家的にも民族的にも衰退していくことになる。
http://www.bllackz.net/blackasia/content/20150529T0236190900.html


28. 中川隆 2015年6月20日 09:45:48 : 3bF/xW6Ehzs4I : b5JdkWvGxs

セオドア・ルーズベルト (1858年10月27日 - 1919年1月6日)

アメリカ合衆国の軍人、政治家であり、第25代副大統領および第26代大統領。

彼はその精力的な個性、成し遂げた業績と合衆国の利益、国の発展期に示したリーダーシップと、「カウボーイ」的な男性らしさでよく知られる。

彼はノーベル賞を受賞した初のアメリカ人であった

彼はアウトドアスポーツ愛好家および自然主義者として、自然保護運動を支援した。

ルーズベルトは歴代アメリカ合衆国大統領のランキングで現在でも偉大な大統領の一人として格付けされる。

ルーズベルトとインディアン

ルーズベルトが大統領職に就いた時代は、すでにインディアン民族が保留地(resavation)に強制移住させられ、表立った軍事衝突は終わった後だった。1901年の大統領就任祝賀パレードにはアパッチ族のジェロニモが見世物として連れてこられ、コマンチ族のクアナが騎馬参列している。クアナとは、二人でコマンチ族の土地で狩りをする仲だった。

一方で、故郷アイダホからワシントン州に強制連行されたままのネ・ペルセ族の窮状について、世論の批判が高まっていたのに対してまったく放置した。ギボン将軍が後押ししたジョセフ酋長の嘆願も、まったく無視し、死ぬにまかせた。「ノーベル平和賞」を受賞したルーズベルトだが、インディアン民族に対しては歴代大統領の絶滅政策を支持していた。


彼はマニフェスト・デスティニーのなかの「インディアンに対する虐殺と土地の略奪」について、次のように述べている。

それ(インディアンに対する虐殺と土地の強奪)は回避不能だったし、最終的には有益なことでした。

女・子供を含む無抵抗のシャイアン族のバンドが米軍によって徹底虐殺された「サンドクリークの虐殺」については、次のように賛辞を送っている。

これほどまでに、まさしく正当で、有益な行いが、フロンティアで起こったのです。

また、こうも発言している。

私は、「死んだインディアンだけが良いインディアンである」とまでは言いませんよ。しかし、私は10人インディアンがいたとして、そのうち、9人まではそうじゃないかと思っています。それと、私はあまり10人目については真剣に考える気になれませんね。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%82%AA%E3%83%89%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%88


29. Ai 2015年6月21日 17:33:37 : GOuoWi2g5.POA : vTTfMxkAzI
というか、

スペイン女王は、放った征服者達に女性は現地調達し原住民女性に子供を産ませるよう指示してます。スペインはアラブや北アフリカなどと混ざり合ってきましたから混血を作ることに違和感はなく、また搾取のための蛮地では混血を増やした方が効率がよかったのではないでしょうか。土着の民族性を持たなければ反乱を起こしづらく奴隷として新人種として教育できます。

そして、インディオの土地で、支配者=スペイン人、中間層=スペイン系orスペイン系混血、下層=黒人や黒人とインディオの混血、最下層=インディオ
という人種による階級構造を作りました。

確かに、白人の差別と暴力はすさまじく恐ろしいのですが、植民地時代、スペインは南米で数十年残虐行為で強奪した富で独り勝ちに国を栄えさせました。2世、3世と世代が続けば人種別の階級社会も当たり前の価値観が作り上げられ、有色人種へ優越感が根付いたまま文化形成とともに100年、200年と経てば覆すのは容易ではありません。その歪んだ流れにヨーロッパ勢が追従し人種差別構造が白人社会に都合よく取り入れられてしまったのがそもそもの間違いで、日本が第2次世界大戦で修正に尽力したといえるかと思います。


スペインの旧植民地の国々の殆どはいまだスペイン系に牛耳られていますが、本国と旧植民地はいずれも激しい格差社会で「腐敗、経済破綻、貧困」が蔓延しています。
近年、米国メディアやハリウッドはスペインとヒスパニック押しを続けており、黒人の地位向上に便乗したヒスパニックは被害者面して北米に北上してます。その習性としてイナゴのように移動しながら他人の富にたかるのでしょう。

ポルトガルには「スペインからは良い花嫁と風は来ない」という言葉があるようです。スペイン史のようにいずれアメリカ大陸はイスラム圏になるかもしれません。
くわばらくわばら。


30. 中川隆 2015年8月17日 17:35:37 : 3bF/xW6Ehzs4I : b5JdkWvGxs
戦後沖縄レイプ関係資料
http://www.asyura2.com/0505/war71/msg/759.html


◆各項の末尾に「事後処理」 懲役:不明■
(但し、不適切な箇所等々多々有り)


1945 3.26
沖縄戦で米軍が初めて座間味村に上陸。数カ月後、米兵による強姦事件が発生。拉致してボートで連れ出し、裏海岸で強姦した後、放置。
不明

8.20
祖母と食料探しのため海岸に出た32歳の女性、米兵につかまり強姦される。翌年4月、混血の男児を出産。(玉城村)
不明

8.21
友人2人と、子どもをおぶって薪取りに出かけた31歳の女性、米兵3人に拉致され消息を絶つ。(座間味村)
不明

9.8
子どもをおぶってヨモギを摘んでいた39歳の女性、4人乗りの米兵のジープに拉致され、カーブで道ばたに放り出される。背中の子どもは死亡。(羽地市)
不明

9.24
男性2人と石川の収容所に親戚を訪ねていく途中の19歳の女性、子どもをおぶったまま3人の米兵に拉致される。男性2人は米兵に銃を向けたれ、抵抗不可能。母子は2年後に白骨死体で見つかった。(石川市)
不明

10.24
46歳の女性、道路で米兵2人に襲われそうになり、がけ下に飛び降りて大腿骨折。その後、追ってきた2人に強姦される。(本部町)
不明

10.25
家具を失って岩の下で居住していた35歳の女性、夜トイレからの帰りに米兵2人に強姦される。翌年8月、男児を出産。(知念村)
不明

この年
宜野座米軍野戦病院に収容された重傷の女性を、MPが強姦するのを沖縄人労働者が目撃。
不明

1946 1.21
草刈り作業中の23歳の女性、米兵に森の中に連れ込まれ、ナイフでほおを切られたあと強姦される。その後、妊娠、出産する。(兼城村)
不明

1.
草刈り作業をしていた19歳の女性、米兵にすすき林の中に連れ込まれ、強姦される。混血の女児を出産。(糸満町)
不明

3.10
農作業中の30歳の女性、米兵3人に拉致、強姦される。12月に男児を出産。彼女の姉も、前年、出産直後、寝ていたところを米兵に拉致されそうになったが、住民の騒ぎで未遂に終わった。(具志川村)
不明

7.26
川に選択に出かけた34歳の女性、行方不明になる。8月1日に死体で発見されるが、口にぼろ切れが詰め込まれていたことと、住民の立入禁止地区で発見されたことから、米兵による強姦、殺害と推定された。(北谷村)
不明

8.30
芋の積み込み作業をしていた24歳の女性、米兵に捕まって強姦されそうになったところを抵抗。ナイフで切りつけられ重傷を負う。数人の男性の騒ぎで米兵は逃げてしまう。(具志川村)
不明

10.
農作業中の39歳の女性、米兵3人に山中に連れ込まれて強姦される。(具志川村)
不明

46〜47
本土や海外からの引揚者が収容されていたキャンプのテント村では、米兵が進入して女性を強姦した。乱暴された後、自殺する娘も多かった。母、娘とも強姦されたケースもある。

47 3.
大勢の人たちと農作業をしていた女性、逃げ遅れて3人の米兵に拉致、強姦される。後に赤毛の男児を出産。(具志川村)
不明

5.8
34歳の女性給仕、所用で出かけて戻る途中、米兵に拉致され、浜辺で強姦される。農作業中の人たちに助けを求めたが助けられなかった。
(大宜味村)
不明

8.20
外出から帰ってきた24歳の女性、屋敷に潜んでいたフィリピン兵に強姦されそうになり、抵抗したところをナイフで刺殺される。(コザ市)
不明

9.9
28歳の女性、自宅にピストルを持った米兵が侵入したため、一旦逃げるが、生後6カ月の子どものことが気になり、戻ってきたところを畑に引きずり込まれて強姦され、ピストルで殴打されて死亡。(コザ市)
逮捕されるがその後、不明

10.
畑を階昆虫の42歳の女性、フィリピン兵らに強姦される。(具志川村)
不明

1948 7.
中部農林高校の寄宿舎が台風で破壊されたため、民家に下宿していた女子高生、家主の知り合いの米兵に強姦される。助けようとした家主はナイフで切りつけられる。(具志川村)
不明

8.
フィリピン兵の集団に女性が拉致される。救出に行った地元の男性2人のうち、一人は殺され、一人は負傷。
不明

このころ、米兵が基地のまわりの民家に昼夜なく現れ、片言の日本語で女性の名を呼びながら、うろつく。(沖縄本島中部)
不明

9.14
生後9カ月の赤ちゃんが米兵によって強姦される。
不明

1949 9月
混血児人口450人
(那覇94人、前原50人、コザ73人など)

米国の「タイム」誌(1949.11.28)は、沖縄に駐留する米兵が「米軍の才能のないものや、のけ者のていのよいはきだめになっていた。9月までの6カ月間に米兵は18件の犯罪を犯罪を犯した」と論述する。(抜粋)

12
米軍部隊のメイドとして、働いていた17歳の女性、兵隊宿舎の中で米兵に強姦される。翌年、混血の女児を出産。(具志川村)
不明

1945年の上陸から、この年までの米軍人による沖縄住民に対する強姦、及び致死傷76件(うち強姦致死4人、拉致をおそれて車または崖からの転落死7人)-表沙汰になったもの

1950 2.17
夜11時頃、那覇市内で芝居見物帰りの2人の女性が米兵にカービン銃で脅迫されて去られ、一人の女性は6人の米兵に、またもう一人は8人の米兵に強姦される。
不明

7.5
民家にフィリピン兵が侵入してピストルを乱射。主婦が捕まって強姦される。(具志川村)
不明

この年の朝鮮戦争勃発で沖縄における米軍基地建設はピークに達し、沖縄は朝鮮への発進基地となって米兵があふれる。

1951 5.
戦後6年間の強姦事件は278件

1952 3.25
那覇市内の民家に米兵がCIDと偽って入り込み、21歳の女性を強姦。さらに1時間後に引き返してきて逃げ回る女性を殴りつけ、再び強姦する。米兵はエンジニア部隊所属。
不明

1955 9.3
永山由美子ちゃん(6歳)が、嘉手納高射砲隊所属の米兵に拉致され、強姦された上、惨殺される。(石川市)
死刑判決後、45年の重労働に減刑

9.9
9歳の少女が就寝中に海兵隊所属の一等兵に強姦拉致され、重傷を負う。(具志川村)
終身刑

1956 9.23
特飲街でホステスが海兵隊伍長に惨殺される。変態性欲者の犯罪といわれる。(宜野湾村)
懲役8年

1959 3.17
20歳のハウスメイドが那覇航空隊近くで一等兵に強姦される。
陪審員合議で懲役10年、平籍はく奪

10.28
22歳のホステスが米兵に強姦、絞殺される。死体は全裸で発見される。(コザ市)
懲役3年

1961 7.11
47歳のホステスが部隊を脱走した19歳の海兵隊員によって殺される。
逮捕され、一人は無期懲役

1963 7.3
22歳のホステスが那覇航空隊所属の上等兵に惨殺される。降られた腹いせによるもの。

10.1
20歳のホステス、キャンプ・シュワーブ所属の米兵2人に野原に引き出されて強姦される。犯人はMPに現行犯逮捕される。(久志村)
不明

1965 1.24
28歳の女性のホステス、自宅で殺害される。米兵が容疑者として、取り調べを受ける。(金武村)
不明

1966 7.21
勤め先から帰宅途中の31歳のホステス、米兵に強姦、殺害され、全裸死体となって下水溝で発見される。(金武村)
迷宮入り

1967 1.24
32歳のホステスが18歳の海兵隊員によって絞殺、全裸で発見される。(金武村)
重労働35年の判決

4.2
34歳のホステスが米兵に強姦、絞殺される。(コザ市)
不明

11.20
20歳のホステス、自宅で就寝中に米兵にハンマーで頭を殴られ死亡。(金武町)
迷宮入り

この年、ベトナム戦争からの帰還兵による強盗、ホステス殺しが続発する。

このころ、米兵相手のバーでは、女性が一人でトイレに行くのは自殺行為だと言われた。

1968 3.29
浦添村の米軍施設内に努めていた35歳のメイドが同施設内に勤務する米人女教師に殺される。
米軍当局の許可で本国帰還

5.19
52歳の主婦、自宅前の路上でミサイル基地所属の上等兵に強姦、殺害される。(読谷村)
韓国へ出動させるが沖縄県警の捜査で逮捕。終身刑。

6.20
23歳のホステス、海兵隊MPに強姦される。その後短銃で殴りつけられたため、重体。宜野座村)
逮捕後不明

1969 2.22
21歳のホステス、砲兵連隊所属の二等兵に絞殺、全裸死体で見つかる。(コザ市)
逮捕後不明

3.3
20歳のホステスが死体で発見される。司法解剖の結果から米兵の犯行と断定。(那覇市)
迷宮入り

11.21
アルバイト帰りの25歳の女性を路上で上等兵が強姦。抵抗するたびにナイフで切りつける。(那覇市)
俸給二カ月分の罰金、降等

1970 5.28
出勤途中の21歳の軍雇用女性、米兵に襲われる。(浦添村)
証拠不十分で無罪

5.30
下校途中の女子高生が軍曹に襲われ、腹部、頭などめった刺しにされる。強姦が目的だったようだが、騒がれて未遂。教職員会、女性団体、高校生らの抗議で逮捕。(具志川市)
懲役3年の重労働、降等

この年
朝7時半頃、高校3年の女性とが登校中に、突然体が宙に浮き、上半身裸の3人の米兵に腕を捕まれたままジープで数秒間引きずられた。(宮古)

この頃
バーを経営していた女性が、カウンター内に入り込んで来た米兵に強姦される。その際、足と首に大けがをし、働けなくなる。
犯人は裁判中に配置転換

1971 4.23
22歳の女性ホステスの全裸死体が墓地で見つかる。目撃者の証言で海兵隊所属の伍長が逮捕される。(宜野湾市)
血液型が被害者と同じため証拠不十分で無罪

5.1
41歳の女性が海兵隊二等兵にドライバーで刺殺される。指紋体液の血液型などの証拠で逮捕。(金武村)
不明。本人は否認

5.21
女子中学生が米兵に強姦される。(コザ市)
犯人あがらず

5.23
出勤途中のホステスが米兵に空き家に連れ込まれ、強姦される。(コザ市)
迷宮入り

7.10
自宅前で遊んでいた12歳の精薄児を3人の米兵が輪姦。(宜野湾市)
逮捕後不明

1972 4.10
25歳のホステスを陸軍軍曹が殺害。排水溝に投げ捨てる。(泡瀬ゴルフ場横)
懲役18年

8.4
37歳のホステスが二等兵によって強姦、絞殺される。(宜野湾市)
無期懲役

12.1
22歳のサウナ嬢を海兵隊二等兵が強姦、シミーズのひもで絞殺。(コザ市)
無期懲役

1973 3.18
42歳のホステスが全裸絞殺死体で発見。第二兵たん所属の兵隊の血液型、指紋が現場のものと一致したが、物的証拠がなく、逮捕不可能。地元警察の米軍側への申し入れにも関わらず容疑者は二ヶ月後に除隊し、本国に帰る。(コザ市)
迷宮入り

1974 5.8
叔父と共に農道を歩いていた17歳の少女が、米少年兵3人に全裸にされたうえ輪姦される。叔父が殴られて気絶していたときの犯行で、叔父の訴えにより、犯人が判明。(金武村)
不明

1975 4.19
海水浴に来ていた二人の女子中学生をキャンプ・ハンセン所属の二等兵が石で殴って気絶させ強姦。米軍は容疑者の身柄引き渡しを拒否したが、地元住民、県議会の抗議行動で地元警察に引き渡す。(金武村)
懲役6年

1982 8.1
33歳の女性ホステス、新築工事中の部屋で、上等兵に絞殺される。強姦しようとしたところを抵抗され、殺す。(名護市)
懲役13年

1984 9.30
19歳の米軍一等兵女性、一等兵と二等兵に強姦され、車後と焼かれて死亡。(宜野湾市)
懲役13年

1985 10.29
40代の女性が帰宅途中、キャンプ・ハンセン所属の二等兵と上等兵に拉致・強姦される。(金武町)
現行犯逮捕刑は不明

1993 5.
19歳の女性が陸軍軍曹に拉致、強姦される。被害者は告訴取り下げ。
除隊

1995 5.10
24歳の保健外交員の女性、米兵にハンマーで顔面を殴られ死亡。(宜野湾市)
係争中

9.4
米兵3人による小学生拉致、強姦事件発生
2人懲役7年・1人6.5年


31. 中川隆[3257] koaQ7Jey 2016年7月13日 14:02:30 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[3608]

アメリカに警官が人を殺害するのは、殺害するよう訓練されているせい
Paul Craig Roberts 2016年7月11日

アメリカ警察官の訓練に関する情報提供のお願いに応えて
(http://www.paulcraigroberts.org/2016/07/08/why-dallas-happened-paul-craig-roberts/)
読者の皆様から、様々な情報を送っていただいたものは、うまくまとめられそうに思える。

作業仮説、あるいは暫定的説明として、出来るだけ良くまとめて見たいと思う。たぶん、アメリカ警官の振る舞いの変化を懸念しておられる元あるいは現職警官、あるいは警官訓練・実習専門家からの情報を今後いただけて、この暫定的説明を、実証するなり、訂正なりできるだろう。

第一に我々は、警察が軍隊化されてきた、あるいは、されつつあることを知っている。彼らは、従来、戦場でのみ使用されてきた戦争用の兵器で武装している。そのような兵器は、アメリカ国民に対する警察活動では不要で、イスラエルが占領しているパレスチナ以外のどこでも、警察の仕事に使用されていないので、一体なぜ警官が、こういう形で武装しているのか我々は知らない。

こうした兵器の背後には、明言されていない思惑があるが、議会も売女マスコミも、隠された思惑を発見しようという、明らかな関心は皆無だ。

それでも警察の軍隊化は警官の教育に関し我々が知っていることと平仄が合っている。

イスラエルに出張するか、アメリカ国内でイスラエルの教育会社やイスラエルの手法を用いたアメリカ企業によって、アメリカ警官がイスラエルから訓練を受けていることを情報源を示す報告がいくつかある。例えば以下を参照。
https://www.jewishvirtuallibrary.org/jsource/US-Israel/homeland.html および http://www.alternet.org/civil-liberties/us-police-get-antiterror-training-israel-privately-funded-trips

イスラエル占領軍による、アメリカ警察官訓練は、インターネット上のウワサでも、“陰謀論”でもない。これは、イスラエルのマスコミが認めている事実だ。
http://www.timesofisrael.com/israel-trains-us-law-enforcement-in-counter-terrorism/

イスラエル警察の手法は、パレスチナ人の土地を盗みとり、パレスチナ人をゲットーの中に隔離する何十年もの敵対的なパレスチナの占領から生まれたものだ。基本的に、イスラエル警察の手法は、威嚇と暴力で構成されている。
https://electronicintifada.net/content/israels-export-occupation-police-tactics/8485


長年の無数のニュース報道から、パレスチナ人住民に対するイスラエル占領軍の振る舞いを我々は知っている。簡潔に言えば、極めて残虐だ。

兵士にとって、特に女性兵士にとって、パレスチナの街頭や、家の中で、子どもとその母親を殺害するには、その兵士が、イスラエル人ではない人の命に対して感覚を鈍らせられている必要がある。そのためには、今のアメリカ合州国やオーストラリアの先住民が、彼らの土地を盗み取ったヨーロッパ人移民によって非人間化されのと同様に、パレスチナ人が非人間化されている必要があるのだ。

この情報に基づいて、イスラエルによるアメリカ警官訓練は、警官に、警官の生命だけが大切で、警官の生命にとって、一般人の生命は潜在的な脅威だと考えるよう教えていると、我々は推論できる。これがアメリカ警察官が頻繁に誤って疑われた人を殺害し、しかもその大半が決まって非武装の人物である理由だ。例は無数にある。警官による勝手放題のアメリカ国民殺害について、youtubeの既存ビデオを見るだけで相当時間がかかる。

アメリカ警察官は、国民の負担で、我々の生命ではなく、彼らの生命だけが貴重だと教えられるのだ。それゆえ市民とのいかなる遭遇でも、自動的な想定は、市民は警官に危害を与えようとしているので、即座に強引に制圧し手錠をかけるか、あるいは射殺する。警官は、警官がすべき最も安全なことは、たとえそれがサッカーを習っている子を練習に送る際、角を曲がるライトの合図を忘れた母親であっても、容疑者を殺すことだと訓練されている。

言い換えれば、イスラエル占領軍が、パレスチナ人の生命と権利を尊重しないのと同様、もはやアメリカ警察官には、アメリカ国民の生命と権利を尊重する義務がないのだ。

これは、現状の正確な説明であるように思われる。ニューヨーク・タイムズですら、アメリカ警察官に先に銃撃するよう教えているウィリアム・J・ルインスキを告発したが、彼は、彼らが行う勝手放題の殺害がそういう場に至ったまれな例として、裁判で彼らのために質問に答えている。
http://www.nytimes.com/2015/08/02/us/training-officers-to-shoot-first-and-he-will-answer-questions-later.html?_r=1

人種差別はどうだろう? 人種差別は、リベラル、進歩派、いわゆる左翼、そして黒人自身が提唱している答えだ。

人種差別という説明には色々問題がある。一つの明らかな問題は、アメリカの警察官と、白人も勝手放題に殺害し、虐待していることだ。つい先日も、警官が、地面で横になっている19歳の白人アメリカ人を殺害した。また運輸保安局TSAは、黒人より遥かに多くの白人を虐待している。この両方の最近の例については、私のウェブをお読み頂きたい。

ある黒人元警察官が、本当の状況に対する示唆に富む洞察を教えてくださった。彼が言うには、約15%の警官は、正当な理由で、警察勤務している公僕文化の持ち主だ。他の15%の連中は、あたりまえのように権力を濫用する精神病質者だ。警官の残りの70%は、二つの文化のどちらであれ優勢な方につく。不幸にして“悪い警察官連中が警察全体を腐敗させ”、元シカゴ警察署長ジョン・バージ指揮下のシカゴ警官がこれを証明している。
http://www.vox.com/2015/5/28/8661977/race-police-officer

黒人元警察官は“制度的人種差別”のせいだとしている。だがイスラエルによる警官訓練について学んだことに基づけば、黒人アメリカ人に対する警官の偏見は、人種差別、あるいは完全な人種差別ではない可能性がある。アメリカ黒人は、非人間扱いされていた歴史がある。警官訓練講師から見れば、アメリカ黒人は、パレスチナ人の型にぴったりあてはまるのだ。アメリカ国民の中でも、既に非人間化された集団の生命に対して、アメリカ警察官を無関心にして、訓練コースを始めるのはやり易かろう。警官が、自らを公僕としてではなく、その生命が決して危険な目にあってはならない“例外的な必要欠くべからざる民”だと見なすよう洗脳されてしまえば、白人住民に対する警官の優位性という感覚を一般化するだけという単純なことになる。

私は人種差別という理由説明には常に懐疑的だ。これは国民を、本当の抑圧者に対しては団結できず、お互いに戦うだけの党派に分裂させるため、大衆に押しつけられている説明だ。我々がお互いに憎み恐れるよう洗脳されているのと同様、我々を支配し、虐待する連中も、好きなようにできる。

ごく一握りの連中だけが、白人アメリカ人の1パーセントに属していることは、きわめて明白だ。支配者連中にとって、それ以外の我々は黒人同様、どうでも良いのだ。だが我々はお互い、恐れ反目するよう分裂させられている。1パーセントにとって、何という大成功か!

ひとつ、はっきりさせておこう。我々の税金で食べている警官に吹き込まれている暴力志向の考え方に、我々が反対しているのと同様、イスラエル政府が代表している入植者的考え方に、無数のユダヤ人やイスラエル人自身が反対している。現代、最も熱心な人権擁護者の中には、ユダヤ人がいる。ノーマン・フィンケルシュタイン、ノーム・チョムスキー、イラン・パッペや、アメリカ自由人権協会をお考えて頂いたい。パレスチナの土地や村を盗むことに反対している、勇敢なイスラエル団体のことを想起願いたい。政治上のご主人連中がおかした罪で、国民全員を断罪することはできない。もしそうであれば、クリントン、ジョージ・W・ブッシュやオバマ以降の、あらゆるアメリカ国民が断罪されてしまうことになる。

世界にとっての二大脅威は、アメリカとイスラエルの例外主義だ。現在、世界における暴力の根源である、例外主義という、このナチス教義による洗脳の成功だ。

アメリカ警察官による暴力の問題は、今や警官が、例外的で、責任を負わないものとして定義されていることにある。アメリカ政府が、アフガニスタン、イラク、シリア、リビア、ソマリア、イエメンやパキスタンで無数の人々を虐殺しているのと同様、連中は我々を殺害しても責任を問われない。例外的でない人々は、いなくても良いのだ。

テロリストに殺されるより、遥かに多くのアメリカ人が、警官に殺されているという実際の結果になっているのに、アメリカ人警察官を、イスラエル占領軍の暴力的手法で訓練することが、テロリストから、アメリカ人の生命を救うために必要だという主張で正当化されているのは異常なことだ。

明らかに、警官訓練は逆効果だ。

警官に殺害されたり、虐待されたりした人々の家族には、知事、市議会、郡政委員、市長、州議員を、警察監督上での過失のかどで告訴する正当な根拠があるように思える。証拠はある。警官は、命を救うのではなく、命を奪っている。訓練は完全な失敗だ。それなのに、訓練は存続している。これは各当局による高次の過失・怠慢だ。

記事原文のurl:
http://www.paulcraigroberts.org/2016/07/11/police-murder-because-they-are-trained-to-murder-paul-craig-roberts/
----------


国会前のデモに対する、想像を越える警察の弾圧も、同じ方針によるものだろう。

道路を勝手に半分に区切って、並ばせる。

前進するのは、警察の許可による。

しかも、「前進させない」という方針で、行列は延々続き、デモ参加者の意思を挫く。

同じ方針が、参院選でも、次の衆院選でも、憲法破壊の国民投票でも貫徹される。

こぞことし貫く竹のようなもの

『政府はもう嘘をつけない』によれば、全有権者の0.000042%が、選挙結果を握る!とある。
47ページ。

宗主国であれ、最大の属国であれ、同じ手法が適用されていることは確実。

宗主国の選挙結果が想像を絶するほど悲惨であるのに、属国の選挙結果が想像を超えた素晴らしい結果になるはずがないのだ。すべて、政府、大企業、広報会社、マスコミによって、ずっと前から決められているシナリオを臨機応変に実施しているだけのこと。

「去年今年貫く棒の如きもの」

確固とした民衆の意思、というより、総資本の意思の貫徹を描写した名句と解釈したい。
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/post-57e7.html


32. 2016年8月13日 13:56:56 : pFiJ8Hy45A : BrZg2Q7RNE4[1]
匿名党ブログとてんこもり野郎ヲチスレ(アメブロ版)

半ヒ頁しにされてもシッポを振り続けるドMなバカイヌ

2016-08-12 23:40:00NEW !
http://ameblo.jp/tenkomoriwotisure/より一部

(大幅に前略)

インディアン
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%83%B3)

(略)
ヨーロッパ人がアメリカ大陸にやってくるようになった頃、1890年12月ウンデッド・ニーの虐殺により、白人によるインディアン戦争は終結した。最終的には推定1000万人いたインディアンは白人の直接・間接虐殺により実に95%が死に絶えた。
(略)


ウンデット・ニーの虐殺
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%81%AE%E8%99%90%E6%AE%BA)

(略)
1890年12月28日、サウスダコタ州ウーンデッド・ニーで、ミネコンジュー他のスー族インディアンのバンドに対して、米軍の第7騎兵隊が行った民族浄化。

この虐殺を白人側は「ウーンデッド・ニーの戦い」と呼び、虐殺を実行した第7騎兵隊には議会勲章まで授与されている。しかし、インディアン側ではこれを「ビッグ・フット一行に対する虐殺」と呼んでいて、インディアン戦争の象徴にもなっている。


これだけのことをやっておきながら

「インディアンを皆殺しにしてつくった国じゃ

ないニダ!」と喚いてんのかクズ野郎が!!!!

インディアンを虐殺して侵略したと認めねーなら

今すぐ出ていけ!!!!


そしてキサマはエボラウィルスに塗れた毛布を

かぶってタヒね!!!!(縛w


警官が黒人を虐殺しても全員無罪になるような

国を「毛唐至上主義じゃないニダ!」とどの口で

喚いてんだクズ野郎が!!!!


毛唐至上主義と認めねーならせいぜい黒人に

撃ちヒ頁されとけ!!!!

( ゜∀゜)・∵ブハ八ノヽ/ \!!!!!!!!


要するにアメリカの毛唐は逆札したインディアン

たちのタヒ屍の上にふんぞり返ってるクズ共なん

ですよ。

( ゜∀゜)・∵ブハ八ノヽ/ \!!!!!!!!



[32初期非表示理由]:担当:アラシ

33. 中川隆[4828] koaQ7Jey 2016年11月05日 13:01:20 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[5242]

2016年11月05日
トランプは「最悪の大統領」ではない ジョンソンとケネディとニクソン
http://thutmose.blog.jp/archives/67074148.html

ジョンソン大統領はベトナム人をゴミ呼ばわりし「人間として扱うな」と軍に命じた
引用:https://s-media-cache-ak0.pinimg.com/736x/9a/2a/31/9a2a3150d582df868daf383f88c2d480.jpg


ベトナム戦争前史

米大統領選はトランプとヒラリーが激戦を繰り広げていて、特にトランプ候補は史上最悪の大統領候補といわれている。

だが仮にトランプが勝ってもヒラリーが勝っても、下には想像を絶する最悪大統領が何人も居たので、世界大戦でも起こさないと「史上最悪」にはなれない。

まずはベトナム戦争を引き起こしたケネディ、ジョンソン大統領と、泥沼化させたニクソン大統領から見ていこう。



ベトナム戦争は元々ベトナムを植民地にしていたフランスと、独立したいベトナム人の戦争で、フランスが負けて決着したはずだった。

第二次大戦でアメリカを含む連合軍の大半は「戦争に勝ったら独立させてやるから日本軍と戦ってくれ」とフィリピン人やベトナム人などを騙して戦争に狩り出した。

だがこうした約束のほとんどは戦争に勝ったら反故にされ、依然と同じようにフィリピンやベトナムを植民地支配した。


1945年8月、日本が降伏すると同時にベトミン(独立同盟)が蜂起してベトナム民主共和国の独立を宣言した

当時日本軍がベトナムを占領していたので、日本の降伏を受け入れて武装解除するために連合軍がベトナムに上陸してきた。

占領軍として乗り込んできたフランス軍はそのまま植民地支配を続けようとし、1946年にベトミンとフランス軍の全面戦争が勃発した。


このときの最初の「ベトナム軍」に実は日本軍から離脱した日本兵が多数含まれていて戦争指導を行い、陸軍学校も創設してベトナム軍の指導をしていた。

中国とソ連の共産陣営がベトミンを支援し、アメリカはフランスを支援して代理戦争になり、最初から物量では米国の支援を受けたフランスが圧倒していた。

だが日本軍の指導と中国ソ連の支援を受けたベトミンは「ディエンビエンフーの戦い」で圧勝して1954年にフラン軍を倒し、ベトナム民主共和国が正式に世界に認められた。

史上最悪の大統領登場

ベトナムはアメリカが支援する南ベトナムと、ベトミンが支配する北ベトナムに分割し、アイゼンハワー大統領は北ベトナム侵略とアメリカの直接戦争を決断した。

1953年7月に朝鮮戦争が終わり、超大国アメリカに引き分けたソ連と中国は、世界を共産化すると言われていました。

アイゼンハワーはアジア諸国が次々に共産化する「ドミノ」理論を部下から吹き込まれて戦争を決断したといわれている。


南ベトナムは実質的にアメリカの植民地で、アメリカからの指示によって大勢の人が「赤狩り」で粛清されたと言われている。

アメリカが援助するほど、南ベトナムが赤狩りを強化するほど人々の心は離れていき、国民の多くが北ベトナムを支持するようになった。

1960年に南ベトナム解放民族戦線が結成され、実質的に南ベトナムとアメリカに対して全面戦争を宣言、1961年にケネディ大統領が就任し、南ベトナムで「ゲリラ」への攻撃を開始した。


ケネディのベトナム戦争は悪名高い「枯葉剤」を大量に使用して「ベトちゃんドクちゃん」を生み出し、今では使用禁止されている兵器を農村住民に使用した。

またケネディはベトナム農民を強制移住させたり、農村への無差別攻撃を正当化したり、泥沼への道筋をつけた。

アイゼンハワーの時に685人だった米兵はケネディの時には1万6000人になり、大量の兵器と爆弾がベトナムに輸送された。


ケネディは自分の命令どおりに動かない南ベトナムとも対立し、クーデターを煽動して軍事政権を樹立させ、後に戦争が拡大する要因の大半を準備した。

ケネディが南ベトナム軍にやらせた11月2日のクーデターでゴ・ディン・ジェム大統領はなくなったが、皮肉なことに20日後の11月22日にケネディはダラスでなくなった。

他国を貶めて謀略を煽動する人の最後はこのようなものだろうが、代わって臨時大統領になったジョンソン大統領こそアメリカ史上一二を争う最悪大統領だった。

ジョンソン大統領

ジョンソン大統領は大統領としての基盤を固めた1964年8月に本性を現して、トンキン湾事件を引き起こした。

日本軍による真珠湾攻撃はルーズベルトに「そそのかされた」という説があるが、トンキン湾事件は正真正銘のでっち上げだった。

北ベトナム海軍の魚雷艇によるアメリカ海軍の駆逐艦「マドックス」への魚雷攻撃があったと発表されたが、後にそんな事件はなかったと判明している。


ジョンソン大統領は北ベトナムから攻撃を受けたと主張して議会で圧倒的多数で戦争開始を承認され、以降戦時の大統領として議会の承認なしに決定を行う権利を得た。

このでっち上げによってジョンソン大統領は国民の支持を受け、1964年11月の大統領選に圧勝し、アメリカの英雄として悪の国家ベトナムを倒すべく傾倒していく。

1964年11月にアメリカは北ベトナムへの爆撃を開始し、ソ連と中国は北ベトナムへの支援を強めていった。


ジョンソンは北ベトナムを「4流国家」というのが好きで、ベトナム人の全ての村を破壊し尽くすよう何度も命じていた。

ジョンソン大統領は「ベトナム人を人間として扱うな」と命じ、兵士は無関係な農民を遊び半分で狙い、家に火をつけたりソンミ村事件を起こした。

枯葉剤や焼夷弾やあらゆる化学兵器や非人道兵器を投入し、普通の農民や子供や女性を標的にさせた。


またジョンソン大統領は何度も核兵器の使用を検討し、何度か北ベトナムに脅しを掛けていた。

沖縄から経由したB52爆撃機が北ベトナムを爆撃していたが、標的は軍事施設ではなく市街地や農村だった。

当然ながらこのような戦争が支持を得る事はなく、攻撃をするほど南ベトナムの人心はアメリカから離れていった。

空爆好きのニクソン

ジョンソンによる「戦争犯罪」は彼が任期を満了する1969年まで続き、ニクソン大統領が戦争を引き継いだ。

ニクソンは54万人に達していたベトナム派兵軍を削減したが、一方で空爆を強化して「陸から空に」戦争の方法を変えた。

最近の米軍は空爆だけする一方的な戦争が大好きだが、米軍に犠牲を出さないこのやり方を始めたのがニクソンだった。


ニクソンは大統領選から「段階的撤退」や「名誉ある撤退」を訴えていたが、結局そんなものはなく不名誉な『戦争犯罪』を続けた。

ジョンソン大統領はベトナムだけでなく周辺国にも「ベトコンが居る」と難癖をつけて爆撃したり暴動を煽ったりしていて、インドシナ半島は大混乱に陥っていた。

カンボジアとラオスも戦場になり、タイは米軍のための軍事基地になり、北ベトナムへの空爆を強化していった。


ニクソンは確かに戦争を終わらせようと北ベトナムとの交渉を行っていたが、同時に交渉を有利にするため北への爆撃を拡大した。

1972年5月からニクソンは「北ベトナムの全ての人間」に無差別攻撃を行うよう命令し、B52による大量爆撃が開始された。

都市や住宅地、農村や工場、など人間が居そうなあらゆる場所を爆撃し、動くもの全てを攻撃対象にした。


鍵を握ったのは中国で、当時アメリカはソ連と冷戦を行っていて、中国とソ連を引き離したがっていた。

ニクソンは北京を電撃訪問して国交回復し、ソ連と離反させるとともに、ベトナムへの支援を打ち切るよう要求した。

ベトナムは中国から見捨てられるとソ連に頼り、1973年1月に米軍がベトナムから完全撤退するというパリ和平協定を結んだ。


アメリカ軍がベトナムから撤退したのは1975年4月30日で、この日まで米空母やタイの米軍基地からベトナムへの攻撃は続けられ、米軍脱出を支援した。

ニクソンがベトナム撤退を約束して当選してから約5年半が経っていて、最後の米軍は名誉も誇りもなく逃げ出した。

ところがベトナム戦争が終わってしばらく経つと「ベトナム戦争は共産主義と戦った名誉ある戦争だった」というジョンソン大統領の名誉回復が行われた。


1990年代に入るとアメリカは外国と戦争をしたがっており、第二次大戦やベトナム戦争を美化する映画やドラマが国策で次々に作成されていった。

ヒラリーやトランプが「史上最悪の大統領」になるにはジョンソンより悪いことをしなくてはならないが、やろうとしても難しいだろう。
http://thutmose.blog.jp/archives/67074148.html


34. 中川隆[6602] koaQ7Jey 2017年2月09日 08:41:20 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[7059]

2017.02.09
米支配層は支配の戦術として住民皆殺しを採用、ベトナム、中南米、中東/北アフリカなどでも実行


アメリカにはロシアや中国との戦争に向かっている勢力が存在する。アメリカが「自由で民主的で平和的」だということはない。これは歴史が示している。もしアメリカが中国やイランとの軍事的な緊張を今以上に高めたなら、ほんのチョットした切っ掛けで全面核戦争に発展するだろう。ドナルド・トランプが大統領になったからそうした事態になっているわけではない。ヒラリー・クリントンはトランプより遥かに危険な好戦派だ。

 タスによると、ロシア軍は必要ならイランの航空基地を利用するとイラン駐在ロシア大使は語ったという。すでに昨年8月にはロシア軍機がイランの基地を使っているが、この発言はアメリカがイランに対して圧力を強めていることに対する警告のようにも見える。

 そのアメリカだが、ロシアとの関係を改善したいというトランプ大統領の意思は変化していないようだ。前にも書いたように、Foxニュースの政治コメンテーターであるビル・オライリーはドナルド・トランプ大統領にインタビューした際、ウラジミル・プーチンを「人殺し」と表現、それに対してトランプは「人殺しはたくさんいる。われわれは多くの人殺しを抱えている。われわれの国がそれほど罪がないとあなたは考えているのか?」と応じた。勿論、トランプの主張は正しい。

 少なくとも第2次世界大戦後、アメリカは「人殺し」を戦術の軸に据えてきた。戦争の末期に編成されたジェドバラの人脈で極秘の破壊工作機関OPCが作られ、1951年にCIAへもぐ込んで計画局の核になった。この人脈がNATOの秘密部隊を編成、対キューバ工作を実行、ベトナムではフェニックス・プログラムで人びとを殺した。

 フェニックス・プログラムでは2万6000人から4万1000人が殺されたと言われ、その中には504名の村民が殺されたソンミ(ミライ)事件やボブ・ケリー元上院議員による非武装民の虐殺も含まれている。

 ケリーの場合、18名の女性や子どもを含む20名以上の武装していないタンフォンの村民を惨殺したのだが、報告では21名の南ベトナム解放民族戦線の兵士を殺したことになっていた。その「功績」で彼は青銅星章を授与されている。

 2001年にケリーが指揮していた部隊による虐殺が明るみに出ると彼を弁護する声が相次ぎ、その中には著名な「ジャーナリスト」のデイビッド・ハルバースタムはタンフォンを「最も純粋なゲリラ地域」で、1969年までそこに住む全員が第3世代の「ベトコン」だったと弁護している。アメリカは侵略軍にほかならず、その侵略軍を非戦闘員も敵視するのは当然。そうした感情を持つ人びとを殺すのは当然だとハルバースタムは主張しているのだ。

 村民皆殺しの目的はいくつか考えられる。まず共同体を破壊して組織的な抵抗を弱めること、ゲリラに対する食糧などの支援を断つこと、そして恐怖でアメリカに屈服させることなどだ。この戦術はラテン・アメリカでも使われ、「死の部隊」が編成されている。ズビグネフ・ブレジンスキーはサラフ主義者/ワッハーブ派やムスリム同胞団を中心に戦闘集団を組織、対戦車ミサイルTOWや携帯型地対空ミサイルのスティンガーを含む武器を供給し、戦闘員を訓練した。

 1997年から2001年までイギリスの外相を務めたロビン・クックによると、そうした戦闘員のコンピュータ・ファイルがアル・カイダである。アラビア語で「アル・カイダ」とは「ベース」を意味し、「データベース」の訳として使われる。

 2003年にアメリカはイラクを先制攻撃してサダム・フセイン体制を倒し、建造物を破壊、100万人とも推計されているイラク国民を殺した。その際、アメリカが投入した121機動部隊はフェニックス・プログラムの殺人部隊やラテン・アメリカの死の部隊と同じ役割を演じた。2011年春にアメリカはリビアやシリアの体制転覆に乗り出すが、ここで使われたアル・カイダ系武装集団やそこから派生したダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)も目的は同じ。だからこそ、こうした武装集団の危険性を訴えたマーティン・デンプシー統合参謀本部議長やマイケル・フリンDIA局長は任を解かれたわけだ。

 2001年9月11日の攻撃を利用してジョージ・W・ブッシュ政権は1992年にネオコンが作成した世界制覇プランを実行に移したが、1980年代から準備が進められていたCOGプロジェクトも始動している。COGとは「Continuity of Government」のイニシャル。

 核戦争が勃発した際、本来の政府の機能を秘密政府へ移す計画で、1979年に設立されたFEMA(連邦緊急事態庁)もその計画から生まれた。COGは1982年に創設され、88年には大統領令12656によって、その対象は核戦争から「国家安全保障上の緊急事態」に変更されている。この変更の結果、2001年9月11日にCOGは始動、「愛国者法」がすぐに施行され、憲法の機能が停止させられたわけだ。

 アメリカ国内のファシズム化や国外での侵略戦争は9/11を切っ掛けにして本格化、フェニックス的な作戦も実行しつつあるのではないかと言われている。その9/11は政府の自作自演だという指摘は納まる気配を見せていない。トランプ大統領もそうした疑問を口にしているひとりであり、安全保障担当補佐官に就任したフリンやジェームズ・マティス国防長官などはCOGにも反対していると言われている。トランプ政権にはさまざまな側面があるが、支配層、特に9/11を利用してきたグループにとって非常に危険な要素を持っていると言えるだろう。
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201702080000/


35. 中川隆[7286] koaQ7Jey 2017年3月23日 11:08:20 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[7758]

フィリピン大統領: 西洋は他国に自分たちの文化を押し付けるな2017年3月21日
http://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/5885


フィリピンのドゥテルテ大統領が吠えている。フィリピンが現在行なっている麻薬撲滅政策のもとで超法規的な殺人が行われているとしてEU議会の政治家たちがフィリピンを非難しているが、これに対してドゥテルテ大統領が答えている。Guardian(原文英語)など各紙が報じている。


西洋の介入主義

一般的に言って、日本では有り得ないことが海外では行われる。だからフィリピンで現在行われている超法規的な麻薬撲滅について、その是非を議論をするのはこの記事の目的ではない。

ここで取り上げたいのは、西洋諸国が当たり前のように行う内政干渉全般に対するドゥテルテ大統領の主張である。彼がオバマ元大統領を含む西洋の政治家を嫌っている理由はこの一点に尽きる。彼は彼の麻薬撲滅政策を批判するEU議会の政治家に対して、はっきりと次のように言った。


この地球上で各国政府がどうあるべきかということについて、自分の文化や信仰を他国に、とりわけフィリピンに押し付けるな。

何故自分のことだけ考えないのか? 何故われわれとまぐわる(原文:fuck with us)必要がある? 忌々しい。

歴史的に、西洋諸国は自分を正義と信じて他国への政治的、軍事的介入を行なってきた。その最たる例が、存在しない大量破壊兵器を理由に行われたアメリカのイラク侵略であり、しかし大抵の西洋人は一国を侵略したことさえ多少の失敗としか思っていないだろう。


反グローバリズムと介入主義

そうした介入は軍事介入の形で行われることもあれば、国連などの国際機関が平和や人権の名のもとに政治的圧力として行われることもある。介入主義はグローバリズムの本質だからである。日本人は国際機関がどういうものかをもっと知るべきである。

•イギリスのEU離脱でOECDと財務省が化けの皮を剥がされる
http://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/3687


しかし、そうした傾向も変わりつつある。アメリカのトランプ大統領が、アメリカは他国の政権転覆をやめると語っているからである。

•トランプ次期大統領: アメリカは他国の政権転覆をやめる
http://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/4936



「アラブの春」とは何であったのか


1980年代からネオコン/シオニストやイスラエルはイラクのサダム・フセイン体制を倒すべきだと主張していた。

イラクに傀儡政権を樹立させれば、ヨルダン、イラク、トルコの親イスラエル国でイランとシリアを分断することができると考えたからである。

すでにイラクを破壊、今はシリアを侵略している。

 欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)の最高司令官を務めたことのあるウェズリー・クラークによると、1991年に国防次官だったポール・ウォルフォウィッツがシリア、イラン、イラクを殲滅すると口にしていたという。そうした発言の背景には、そうしたネオコンの戦略があったということだ。

「アラブの春」、「民主化」、「人権」などは侵略を正当化するために掲げた中身のない看板にすぎない。

イラクを攻撃する際にはアメリカ軍が乗り出しているが、その後、傭兵を使い始める。1970年代の終盤、ズビグネフ・ブレジンスキー国家安全保障担当補佐官が考えた作戦に基づいて編成されたサラフ主義者/ワッハーブ派やムスリム同胞団を中心とする武装勢力をソ連軍と戦う傭兵部隊として使い始める。

 イラクでの戦乱が続く中、2007年にシーモア・ハーシュはニューヨーカー誌で、アメリカ(ネオコン)、イスラエル、サウジアラビアは手を組み、シリアやイランをターゲットにした秘密工作を開始、ヒズボラが拠点にしているレバノンを攻撃すると書いている。さらに、イランにもアメリカの特殊部隊JSOCが潜入して活動中だとされている。

 その秘密工作が顕在化したのが2011年春。北アフリカで発火した「アラブの春」だ。

おそらく「プラハの春」をイメージとして取り入れたのだろうが、リビアやシリアではサラフ主義者/ワッハーブ派やムスリム同胞団、つまりアル・カイダ系武装集団を使った軍事侵略にほかならなかった。侵略の主体はアメリカ、イスラエル、サウジアラビアだが、さらにフランス、イギリス、カタールといった国々が加わる。シリアではトルコやヨルダンも参加した。
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201608170000/


クリントン国務長官は、後に“アラブの春”と呼ばれるようになった、イラク占領後、2003年に、ブッシュ政権によって明らかにされた大中東プロジェクトの一環として、アラブ中東の至る所で、アメリカが資金提供した政権転覆の波を解き放つ陰謀にもどっぷり浸かっていた。

2011年、アメリカ政府が、フリーダム・ハウスや全米民主主義基金などの“人権”NGOを、いつも通り、億万長者の投機家ジョージ・ソロスのオープン・ソサエティー財団や、アメリカ国務省やCIA工作員と共謀して利用する、アメリカによる“アラブの春”の最初の標的となった三国は、ベン・アリのチュニジア、ムバラクのエジプトと、カダフィのリビアだった。
アメリカ政府による、2011年“アラブの春”による特定中東国家の不安定化の時期と標的が、公表されたばかりの機密解除されたクリントンから、私的なリビア“顧問”で友人のシド・ブルーメンソール宛の電子メールとの関係で、今や新たな意味が浮かび上がっている。ブルーメンソールは 当時のビル・クリントン大統領を、モニカ・ルインスキーや他の性的スキャンダル問題で、弾劾されることから守った一流弁護士だ。


カダフィのディナール金貨

一体なぜアメリカ政府が、ムバラクのように亡命だけで済ませず、カダフィを個人的に破壊し、殺害しなければならないと決めたのかは、多くの人々にとって謎のままだ。カダフィが、アメリカが資金提供しているアルカイダ“民主的反政府”テロリストによって、残虐に殺害されたと知らされると、クリントンは、CBSニュースで、ユリウス・シーザーの有名な言葉を、むかつくような、ふざけた言い換えをし“来た、見た、彼は死んだ”と言い放った。彼女は心から気味悪い笑いをしながら、この言葉を言ったのだ。

リビアにおける、いや、それを言うなら、アフリカとアラブ世界におけるムアマル・カダフィの業績については、欧米ではほとんど知られていない。今、国務長官として、オバマ政権の対カダフィ戦争を指揮していた時期のヒラリー・クリントン電子メールの新たな部分が公表されて、戦争の背景に、劇的な新たな光が当てられることになった。

カダフィを抹殺し、リビアの国家としての全てのインフラを破壊するというのは、ヒラリー・クリントンの個人的判断ではなかった。判断は、アメリカ金融オリガーキーの極めて高位の集団が下したものであることは今や明らかだ。彼女はこうしたオリガーキーの命令を実行する、ワシントンの政治道具の単なる一人に過ぎない。介入は、石油貿易で、ドルに置き換わる金本位制のアフリカ・アラブ通貨を創設するというカダフィの良く練られた計画をつぶすのが目的だったのだ。1971年に、アメリカ・ドルが、ドルの金兌換を放棄して以来、ドルは劇的に価値を失った。アラブとアフリカのOPEC加盟産油諸国は、1970年以来、アメリカ政府によって、アメリカ・ドルでのみ支払うよう命じられているドルのインフレが、2001年までには、2000%以上にまで跳ね上がり、石油販売で得た購買力の消滅に長いこと反対してきた。

新たに機密解除されたクリントンの電子メール中の、2011年4月2日付けのシド・ブルーメンソールから、ヒラリー・クリントン国務長官宛のメールで、ブルーメンソールは、カダフィを排除すべき理由をあかしている。不明の“高位の情報筋”の話を引用するという口実で、ブルーメンソールは、クリントンにこう書いていた。“この情報筋が入手した機微情報によれば、カダフィ政府は143トンの金と、同様な量の銀を保有している… この金は、現在の反乱以前に蓄えられたもので、リビアのディナール金貨に基づく汎アフリカ通貨創設のために使用する予定だった。この計画はフランス語圏アフリカ諸国に、フランス・フラン(CFA)に対する代替を提供するべく設計されていた” このフランス関連の部分も、カダフィ・ディナール金貨の氷山の一角にすぎない。

ディナール金貨、そして更に

今世紀の最初の十年間、サウジアラビア、カタールなどを含むアラブ湾岸OPEC諸国は、ノルウェーの石油ファンドの成功を元に、膨大な石油やガス販売による収入のかなりの部分を本格的に国家のソブリン・フアンドに向けはじめた。

アメリカの対テロ戦争、イラクとアフガニスタンでの戦争や、2001年9月以降のアメリカによる中東政策全体への不満の高まりから、大半のOPEC加盟アラブ産油諸国は、1971年8月15日に、アメリカ政府が投げ捨てた金兌換のドルの代わりに、石油価格天井知らずに上がり、ヘンリー・キッシンジャーが好んで“オイル-ダラー”と呼んだものを作り出した1970年代以来、習慣になっている、手癖が悪いニューヨークとロンドンの銀行家に任せるのではなく、石油収入の益々多くを、国が管理するファンドに振り向けるようになっている。現在のスンナ派-シーア派戦争、あるいは文明の衝突は、実際は、2003年以降の、地域における“分割して、統治せよ”というアメリカによる操作の結果だ。

2008年、益々多くのアフリカとアラブの産油諸国が国家の石油とガス収入を、国が管理するファンドに向けていることが、ウオール街とシティー・オブ・ロンドンにとって大きな懸念となった。何兆ドルもの莫大な流動性を、彼らがもはや支配できなくなる可能性があるのだ。

今にして思えば、アラブの春のタイミングは、膨大なアラブ中東の石油の流れだけではないものを支配しようとする、アメリカ政府とウオール街の取り組みと緊密に繋がっていたことが益々見えてくる。新たな主権国家資産ファンドに集積された、彼らの何兆ドルものお金を支配することも、お同じ位重要な狙いだったのだ。

ところが、最新の2011年4月2日のクリントン-ブルーメンソール電子メールで、今や確認された通り、ウオール街とシティー・オブ・ロンドンの“お金の神様”に対し、アフリカとアラブ産油国世界から、質的に新たな脅威が出現しつつあったのだ。リビアのカダフィ、チュニジアのベン・アリと、エジプトのムバラクは、アメリカ・ドルから独立した金に裏付けられたイスラム通貨を立ち上げようとしていた。私は、2012年始めに、スイス金融・地政学会議で、このプロジェクトに関する豊富な知識をもったアルジェリア人から、この計画の話を初めて聞いた。文書は当時ほとんどなく、この話は私の記憶の中で棚上げになっていた。今や、アメリカ政府によるアラブの春の凶暴性と、リビアの場合の切迫感を総体的に把握できる、遥かに興味深い構図が現れたのだ。


‘アフリカ合州国’

2009年、当時、アフリカ連合議長だったカダフィは、経済的に窮乏したアフリカ大陸に“ディナール金貨”を採用するよう提案した。

イギリスとフランスの支援を得て、NATOによるカダフィ政権破壊の法的隠れ蓑を与えてくれる国連安全保障理事会決議を得ようというアメリカの決断に先立つ数ヶ月間、ムアマル・カダフィは、アフリカの産油諸国とアラブのOPEC加盟諸国が、世界市場において、彼らの石油販売に使用するはずの、金に裏付けられたディナール創設を組織していた。

ウオール街とシティ・オブ・ロンドンが、2007年-2008年金融危機で、ひどく厄介な状態にあった時に、もしもそういうことが起きていれば、ドルの準備通貨としての役割に対する影響は、深刻というだけでは済まされなかったはずだ。アメリカ金融覇権とドル体制にとって、弔いの鐘となっていたはずだ。膨大な未探査の金や鉱物資源を誇る世界で最も豊かな大陸の一つアフリカは、何世紀にもわたり、意図的に、低開発のまま留め置かれたり、発展を阻止するための戦争にさらされたりしてきた。国際通貨基金と世界銀行は、ここ数十年、アフリカの本当の発展を抑圧するための、アメリカ政府の道具だ。

カダフィは、アフリカ連合のアフリカ産油諸国や、イスラム教諸国に、ディナール金貨を主要通貨と為替手段とする同盟に参加するよう呼びかけていた。各国は、石油や他の資源を、アメリカや他の国々に、ディナール金貨でのみ販売することになるのだ。2009年、アフリカ連合の理事長だったカダフィは、アフリカ連合加盟諸国の会議で、リビア・ディナールと、ディルハム銀貨を、アフリカの石油を世界が購入できる唯一の通貨として使用するというカダフィ提案をした。

彼らの石油に対する、アラブOPEC諸国の主権国家資産ファンドと共に、他のアフリカ産油諸国、特にアンゴラとナイジェリアは、2011年のNATOによるリビア爆撃の当時、自分自身の国有石油の主権国家資産ファンドを作る方向で動いていた。カダフィのディナール金貨という考え方と結びついた、こうした主権国家資産ファンドは、イギリス・ポンド、フランス・フラン、ユーロ、あるいはアメリカ・ドルであれ、植民地的な通貨支配からの独立というアフリカの長年の夢を、現実のものにしていたはずなのだ。

彼が暗殺された当時、アフリカ連合の議長として、カダフィは、共通の金貨を持った、主権あるアフリカの諸国の連合、アフリカ合州国計画を推進していた。2004年、53カ国が参加する汎アフリカ議会は、2023年までに単一の金貨を持ったアフリカ経済共同体計画を立てていた。

アフリカの産油諸国は、オイル-ダラーを破棄し、彼らの石油とガスに対する、金による支払いを要求することを計画していた。参加国としては、エジプト、スーダン、南スーダン、赤道ギニア、コンゴ、コンゴ民主共和国、チュニジア、ガボン、南アフリカ、ウガンダ、チャド、スリナム、カメルーン、モーリタニア、モロッコ、ザンビア、ソマリア、ガーナ、エチオピア、ケニヤ、タンザニア、モザンビーク、コートジボワール、更に、新たな大規模石油埋蔵を発見したばかりのイエメンがあった。アフリカのOPEC加盟諸国、四カ国-アルジェリア、アンゴラ、ナイジェリア、巨大産油国で膨大な天然ガス埋蔵量を誇るアフリカ最大の天然ガス生産国と、最大の埋蔵量を持つリビアも-新たなディナール金貨制度に参加する予定だった。

カダフィに対する戦争で、アメリカ政府から前衛役を振り付けられていたフランスのニコラ・サルコジ大統領が、リビアは世界の金融の安全に対する“脅威”とまで呼んだのも何ら不思議ではない。

ヒラリーの‘反政府派’中央銀行を創設

カダフィを破壊するためのヒラリー・クリントンの戦争の最も奇妙な特徴の一つは、石油豊富なリビア東部のベンガジでアメリカが支援した“反政府派”、戦闘のさなか、彼らがカダフィ政権を打倒できるどうかはっきりするずっと前に、“亡命中の”欧米式中央銀行を設立したと宣言した事実だ。

反乱が始まってわずか数週の内に、反乱指導部は、カダフィの国営通貨庁を置き換える中央銀行を設立したと宣言した。反政府派委員会は、捕獲した石油を売るための彼ら自身の石油会社の創設に加え、“ベンガジ中央銀行を、リビア通貨政策を行う資格を有する通貨当局として認め、リビア中央銀行総裁を任命し、ベンガジに暫定本部を設置する”と発表した。

戦闘の結果が明らかになる前に、金に裏付けされたディナールを発行していたカダフィの主権ある国立銀行におきかわる欧米風中央銀行創設という奇妙な決定について発言して、ロバート・ウェンツェルは、経済政策ジャーナル誌で“民衆蜂起から、わずか数週間で作られた中央銀行など聞いたことがない。これは単なる寄せ集めの反政府派連中が走り回っているだけでなく、かなり高度な影響力が働いていることを示唆している”と言っている

今やクリントン-ブルーメンソール電子メールのおかげで、こうした“かなり高度な影響力”は、ウオール街と、シティー・オブ・ロンドンとつながっていたことが明らかになった。2011年3月に、アメリカ政府によって、反政府派を率いるべく送り込まれた人物ハリファ・ヒフテルは、カダフィの主要な軍司令官をつとめていたリビアを去った後、それまで20年間の人生を、CIA本部からほど遠からぬバージニア州の郊外で暮らしていた。

もしカダフィが、エジプトやチュニジアや他のアラブのOPECと、アフリカ連合加盟諸国とともに- ドルではなく、金による石油販売の導入を推進することが許されていれば、世界準備通貨としてのアメリカ・ドルの未来にとってのリスクは、明らかに金融上の津波に匹敵していただろう。


新たな黄金のシルク・ロード

ドルから自立したアラブ・アフリカ金本位制度というカダフィの夢は、不幸にして彼の死と共に消えた。ヒラリー・クリントンの身勝手な“保護する責任”論によるリビア破壊の後、現在あるのは、部族戦争、経済的混乱、アルカイダやダーイシュやISISテロリストによって引き裂かれた修羅場だ。カダフィの100%国有の国家通貨庁が持っていた通貨主権と、それによるディナール金貨発行はなくなり、ドルに結びつけられた“自立した”中央銀行に置き換えられた。

こうした挫折にもかかわらず、今や同様な金に裏付けされた通貨制度を構築すべくまとまっている国家の全く新たな集団は実に注目に値する。それぞれ世界第三位と、第一位の産金国であるロシアと 中国が率いる集団だ。

この集団は中国の一帯一路・新シルク・ロード・ユーラシア・インフラストラクチャー大プロジェクト建設と結びついている。これには、世界の金取引の中心として、シティー・オブ・ロンドンと、ニューヨークに置き換わるための中国による極めて確固たる措置である中国の160億ドルのゴールド開発基金も関わっている。出現しつつあくユーラシア金本位制度は、今やアメリカ金融覇権に対する、全く新たな質の挑戦になっている。このユーラシアの挑戦、その成功あるいは失敗が、我々の文明が生き残り、全く異なる条件のもとで繁栄できるようにするのか、あるいは破綻したドル体制と共に沈むのかを決定する可能性が高い。
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-cc58.html







巨悪の根源、アメリカにノーを突き付けたフセイン 2002年 7月


こんなことを書いても、「独裁者の下、秘密警察だらけのイラクで、まさか?」と思う人も多いと思うけれど、イラクに行く度に、世界の中で、こんな平和で美しい都市があり、苛酷な条件下でも、こんなに優しい人々がいるのだ、「生きていてよかった」と逆にこちらが励まされることが多い。

六月十七日の朝日朝刊に「米大統領、フセイン大統領暗殺容認」の記事が出ていた。声高にテロ撲滅を叫び、テロ支援国とかってに決めた国々を核攻撃で脅している本人が他国の指導者の暗殺を命じている。まるでブラックジョークであるが、そんな大統領に忠誠を誓い、共同軍事行動に踏み込もうという首相がいるなら、その顔を見たいものだ。

 筆者の考えでは、アメリカはフセイン大統領を亡き者にしようと焦っていることは間違いないが、アメリカに楯突くイラク国民をジェノサイドしてしまおうと目論んでいることもまた事実である。

今、週刊『金曜日』に本多勝一氏が連載で書いているように、あの湾岸戦争で、アメリカは、電力や貯水場などの生活に重要なインフラの破壊に重点におき、非戦闘員、とりわけ、女性や子供を標的にした学校、病院、シェルターなどをピンポイント爆撃したのも、地球の寿命ほど長く放射能の被害をもたらす劣化ウラン弾を投下したのも、そうしたフセイン大統領と一体となってアメリカに反抗するイラク国民自体の絶滅を目指してためであろう。

第二次大戦中の沖縄戦や、東京大空襲はじめ日本本土の焦土化作戦、広島、長崎への原爆の投下もさらに、ベトナム戦争、アフガン空爆その他の第三世界への干渉戦争は、兵器産業や巨大石油資本の営業部のブッシュ政権が受け継いでいる伝統的覇権主義の発露であろう。


筆者がバグダードの国際連帯会議に出席していた五月一日には、フセイン大統領が昨年出版し、ベストセラーとなった小説『ザビーバと王』が、パレスチナ生まれの詩人アディーブ・ナシールにより戯曲として脚色され、ラシード劇場で上演されていた。フセイン大統領はさらに小説を二つ、『難攻不落の砦』と『男たちと都会』も発表している。

 何はともあれ、西欧のメディアで描かれているサダム・フセイン像と大分違う。

 大統領の誕生祝いに参加した青年男女、市民の表情は、複雑な国内の宗派、民族の相違を克服して、幼稚園から大学まで無料、医療費もほとんど国庫負担、住居その他民生の向上に力をそそぎ、今日、アメリカに膝を屈しない国にまで育て上げたことへの感謝の気持ちを伝えようという熱気がうかがわれていた。そして、イラクに対するアメリカの不当な抑圧政策のへの怒りがその心の底にマグマのように燃えているからであろう。

 筆者が感銘しているのは、発展途上国では類のない児童文化の育成に力を尽したり、識字運動への熱意で、ユネスコから過去に二回も表彰されている。

 実は、この先頭に立ったのは外ならぬサダム・フセイン大統領である。それは何故か。それは、生まれた時にすでに父親は他界しており、はじめ小学校にも満足に入れなかった幼い日の悔しさがあるようだ。その背景に苛酷なイギリスの植民地政策があった。彼の貪欲な読書欲、そして祖国再興への使命感は、イラク人に共通する国民性であろう。
http://www.kokuminrengo.net/old/2002/200207-inter-ab.htm

2011年10月1日 米国にとって鳩山由紀夫とフセインとカダフィは同じ極悪人


アメリカにとって、イラクのサダム・フセインとリビアのカダフィ大佐はアメリカに敵対する極悪人のような存在だった。そして、実はアメリカの目で見ると日本の鳩山由紀夫氏もまったく同列の極悪人に見えていた可能性がある。

確かに強面(こわもて)のフセインとカダフィに比べて、我らが鳩山由紀夫氏はどこか頼りない印象でもあるが、アメリカは外見で彼らを見ているのではない。思想と行動で彼らを見ている。

そして、アメリカは彼らに共通項を見出し、明確に敵として認識した可能性が高い。


白アリに国家を食い荒らされているアメリカ

「強いドル」とはアメリカの政治家がよく口にするセリフである。アメリカにとっては世界を支配している象徴が基軸通貨としてのドルであり、決済手段としてのドルである。

ところが、2008年9月15日のリーマン・ショック以降、アメリカは目に見えるほどのスピードで急激に衰退が顕著になってきていて、それと平行して基軸通貨としてのドルの信認が揺らいでいる。

アメリカは、本当ならば2008年のリーマン・ショックでグローバル経済は破綻してもおかしくないような崖っぷちにまで追い込まれた。必死に破綻を回避して現在に至っているが、世界がアメリカを見る目がどんどん厳しくなってきている。

アメリカは2011年7月に累積債務の上限引き上げ問題に紛糾して、危うく国家破綻(デフォルト)する寸前にまで追い込まれた。

オバマ政権はタイムリミットぎりぎりの段階で何とかそれを回避したが、赤字削減学が低いとして今度は米国債の格下げで市場を動揺させることになった。

家の中で白アリが見つかると、その家の柱は食い荒らされて脆弱になっている可能性がある。

今のアメリカは莫大な負債という白アリに国家を食い荒らされている。

その結果、州財政が破綻していく問題であったり、失業率が高止まりしている問題であったり、FRBが莫大な不良債権を抱えて身動きできなくなっている問題であったり、米国債が格下げされる問題が、次から次へと噴出しているのである。

それぞれの問題を応急処置のように対処しても、もう間に合わないところにまで来ている。

そして、これらの出来事のひとつひとつが、ドルの衰退を示唆するものになってしまっている。

アメリカが覇権国家でいられたのは、世界で唯一ドルを印刷できる国だからである。ドルが信用されなくなってしまうと、アメリカは死ぬ。

だから、必死になってドルの価値を守るしかアメリカは生き残れない。

ドルを守る=ドル防衛のために、アメリカは何だってするだろう。死に物狂いになって、ドル離れを食い止め、ドルの前に立ちふさがる敵は徹底的に破壊しようとするはずだ。

「基軸通貨としてのドルを守るためにアメリカは死に物狂いである」という姿をまず、私たちは切実に意識しないとならない。


ドル防衛のために何でもするアメリカ


通貨基軸としてのドルの信頼低下

アメリカは大きな問題を抱えており、世界中がそれを認識している。その結果起きているのが米国債とドルの信頼低下である。

特に、通貨基軸であるドルはここ数年でどんどん価値を減退させており、それが日本では円高ドル安として認識されている。

実は、このドルの信頼低下がすべての問題を引き起こしているのである。

今までドルに変わる通貨基軸などないと世界は認識していた。しかし、今では世界中が「アメリカが国家破綻したらドルが紙切れになってしまう」という危惧を持っている。

国連までもが、米ドルが通貨基軸としての信認を失ってグローバル経済そのものがリクスにさらされているという見方を表明している。2011年5月25日のことだった。


国連が米ドル信頼の危機を警告、今年の日本の成長率予測を引き下げ

国連は25日、昨年12月に出した「世界経済情勢と見通し2011」の中間見直しを発表し、米ドルの主要通貨に対する価値が下がり続ければ、米ドルに対する信頼の危機、さらには米ドルの「崩壊」が起こりかねないと警告した。

中間報告は、主要通貨バスケットに対するドル相場が1970年代以来の水準に低下したことを挙げ、このトレンドの一因に、米国とその他主要国との金利差、米の公的債務の維持可能性に関する懸念の高まりがあると指摘。

「(予想される)外貨準備の一段の価値低下が起これば、それをきっかけに準備通貨としての信頼の危機が生じ、国際金融システム全体がリスクにさらされる」とした。

IMFと言えば、2009年3月25日、ドミニク・ストロスカーン(Dominique Strauss-Kahn)専務理事はこのようなことを言っていた。

「米ドルに代わる新たな基軸通貨の創設に関する議論は合理的であり、今後数か月以内に実施される可能性がある」「新たな基軸通貨について議論することは全く道理にかなっており、数か月以内に協議が行われるだろう」

2008年 リーマン・ショック、アメリカ経済崩壊
2009年 ストロスカーン、米ドル以外の基軸通貨示唆
2010年 ギリシャ危機、勃発
2011年 5月、ストロスカーン、レイプ疑惑で逮捕

ここで覚えておきたいのは、ドミニク・ストロスカーン氏は明確に米ドルに変わる基軸通貨が必要だと主張していたことだ。アメリカにとってストロスカーンは、「とんでもない男」に見えていたに違いない。

アメリカの見方は2011年5月に世界が共通認識することになった。ストロスカーンは「レイプ魔だった」のである。


レイプで逮捕されたドミニク・ストロスカーンIMF専務理事


アメリカの決死のドル防衛

ドルの通貨基軸としての地位が揺らいでいるのが今のアメリカの状況である。

アメリカの当面のライバルになるのはユーロだが、このユーロは実は2006年には紙幣供給量がドルを超えており、アメリカにとっては非常に危険なライバルになった。

ユーロ紙幣は2002年に紙幣の流通を開始しているのだが、イラクのサダム・フセイン政権は石油の決済をドルからユーロへ変更すると言い始めてアメリカと鋭く対立するようになり、崩壊していった。

1999年 決済用仮想通貨としてユーロ導入
2000年 フセイン、石油の通貨をユーロに変更
2001年 アメリカ9.11同時多発テロ事件
2002年 1月1日ユーロ紙幣流通開始
2003年 フセイン政権、崩壊


アメリカの敵として葬られていったサダム・フセイン

中東GCC(湾岸協力会議)でも、原油のドル決済をやめて、中東独自の通貨「カリージ」を作って、それで決済をする方向が2008年あたりに決定した。

しかし、そのあとにアメリカと鋭く対立するようになり、2009年にはドバイ・ショックで中東湾岸諸国が危機に陥っていった。そして今、湾岸諸国は通貨どころか、国家存続の危機に立たされている。

2008年 リーマン・ショック
2008年 GCCによる中東独自通貨の導入決定
2009年 ドバイ・ショック
2010年 アメリカによるカリージ延期要請
2011年 中東諸国、暴動・デモで全面崩壊

アフリカでもドルに変わる通貨としてアフリカ共同体の共通通貨をアフリカ連合が画策していた。特に中心となったのがリビアのカダフィ政権である。

しかし、これもカダフィ政権が崩壊したことによって恐らく延期、もしくは中止になっていく可能性もある。

2002年 アフリカ連合(AU)発足
2008年 リーマン・ショック
2009年 AU総会議長にカダフィ大佐就任
2010年 アフリカ共通通貨構想の現実化
2011年 1月、北アフリカ諸国、次々と崩壊
2011年 8月、リビアのカダフィ政権、瓦解


アフリカ共通通貨を主張していたカダフィ大佐


イランは2007年にやはりフセイン政権と同じく石油の決済をドルからユーロへと変更している。

しかし、アメリカはイランを厳しい経済制裁を2007年に課して、事実上、イランの石油が国際市場で販売できないようにしてしまっている。

ユーロ決済云々の前にイランは石油販売ができないのである。イラン攻撃についてはずっとアメリカで検討されていたが、いまだそれは行われていない。

イランは強国であり、いったん攻撃となるとアフガンやイラクのようにすぐに終わらない可能性がある。しかし、アメリカはそれをする計画を立てていた。

ところが、2008年9月にリーマン・ショックが起きて、もうアメリカはそれどころではなくなった。

2005年 アフマディ・ネジャド政権発足
2007年 石油決済をドルからユーロへ変更
2007年 アメリカによるイラン経済制裁
2007年 イランの石油は国際市場では販売禁止
2008年 アメリカ、イラク攻撃を計画
2008年 リーマン・ショック。アメリカ経済危機

イランは首の皮一枚で生きながらえている。偶然にそうなったのか、それとも最後の手段で残しているのかは分からない。


アメリカにとって非常に危険な男、イラン・アフマディネジャド大統領


日本が沈んで行った理由

ちなみに、共通通貨についてはアジアでも検討されていて、これを強力に推進しようとしていたのが鳩山由紀夫氏だった。


鳩山代表、「アジア共通通貨」を提唱

次期首相候補の鳩山由紀夫(Yukio Hatoyama)民主党(DPJ)代表が、10日発売予定の月刊誌「Voice」で、アジア地域の経済的および政治的な連携強化に向けた、アジア共通通貨の創設を提唱した。

出版社から入手した論文によると、鳩山氏はアジア共通通貨について、世界的な金融危機が将来起きた場合の衝撃を回避し、地域の政治的対立を軽減することに役立つと述べた。さらに、鳩山氏は、アジア地域において経済協力と安全保障のルールをつくりあげていくべきだと述べた。

もし、アジアに共通通貨ができあがったら、アジアの経済規模からしてドルの通貨基軸としての地位は完全に崩壊してしまうのは間違いない。

これはアメリカにとっては非常に危険な動きだった。端的に言うと、アメリカにとって、鳩山由紀夫はフセインやカダフィと同じくらいの極悪人だったことになる。


アジア共通通貨を提唱した鳩山由紀夫

そのせいなのかどうかは知らないが、結果的に言うと、アジア共通通貨を提唱した日本は現在、崩壊の危機に瀕している。

2008年 リーマン・ショック、アメリカ経済危機
2009年 鳩山氏、アジア共通通貨創設を提唱
2009年 民主党政権発足
2010年 鳩山由紀夫氏、失脚
2011年 東日本大震災、福島原発爆発

もちろん、2011年の東日本大震災、福島原発爆発は「偶然」起きた災害なのでアメリカが関係しているわけではない。アメリカは「トモダチ」作戦で助けてくれたではないか。

しかし、この震災によって、もはや日本はアジア共通通貨どころではなくなってしまったのは確かだ。

ちなみに、「ドル基軸通貨見直し論」は中国からも出てきている。これは周小川人民銀行(中央銀行)行長が2009年3月23日に「国際通貨システムに関する考察」と題する論文を発表したものが下敷きになっている。


周小川論文の波紋、中国から「ドル基軸通貨見直し論」
周小川人民銀行(中央銀行)行長は、3月23日、人民銀行のホームページに「国際通貨システムに関する考察」と題する論文を発表した。この内容は、ドルを国際基軸通貨とする現行の国際通貨システムには欠陥があり、ドルの代わりに国家主権を超越した新基軸通貨を創造すべきであり、当面はIMFの特別引出権(SDR)を活用すべきというものであった。

この論文に対し、英国タイムズは、「中国のドルに対する挑戦である」と論評し、米国オバマ大統領は、「私は(新たな)基軸通貨を創造する必要があるとは考えない」と反発した。しかし、国連の専門家チームのリーダーでノーベル経済学賞の受賞者でもあるスティグリッツは、これを支持している。

何度も言うが、ドルが基軸通貨でなくなった瞬間にアメリカは崩壊する。したがって、中国が「敵」になるのであれば、アメリカは容赦なく中国を破壊して回るだろう。


中国の将来にとても危険な発言をしていた周小川氏

アメリカが最終的に中国を破壊するのは、可能性としてゼロではない。中国がどのように破壊されるのかは、日本にとっては他人事ではないのは言うまでもない。(日本が完全に破壊され、二度と復活できない暗黒時代が来る)

アメリカが必死になってドル防衛をしている姿が世界中のあちこちで見て取れる。

ドル通貨基軸を揺るがす最大のライバルがユーロなのだとすると、当然今回のユーロ崩壊劇もアメリカの謀略が裏にあると考えていいだろう。

ギリシャの累積債務問題は、元はと言えばゴールドマン・サックスがギリシャ政府にアドバイザーとして入り込んでから始まったとも言われている。

ユーロが安定すると常にギリシャ危機が再燃する仕掛けになっていく。格下げのタイミングも絶妙だ。

最終的にユーロはどうなっていくのか。ユーロがドルを揺さぶる潜在的な危険性を持つ限り、ユーロの将来は極めて暗いと言ってもいいのではないだろうか。

なぜか。アメリカがそれを許さないからである。
http://www.bllackz.com/2011/10/blog-post.html


2011年10月24日月曜日


カダフィが死んで高笑いするヒラリーと八方美人外交の日本


欧米はアジア・アフリカを侵略し、植民地支配し、その富を奪うことで豊かになったという歴史がある。つまり、暴力で豊かになってきたという歴史が刻まれている。

暴力と成功体験がリンクしているのである。だから、根本的なところで暴力的であることが悪いとは思っていない。特にアメリカは建国史から暴力にまみれているのでそういう傾向が強い。

もちろん、暴力的であることが世界に支持されるとはアメリカも思っていないので、そこでアメリカが取ってつけた錦の御旗が「正義」である。どこかの国を「悪」に仕立て上げて、「悪を倒す」という名目で暴力を振るいに行くのである。


来た、見た、死んだ

なぜ暴力を振るうのかというと、そこの土地の指導者をいいように操ってその国の国富を収奪するためだ。だから、アメリカは「いざとなったら暴力がモノを言う」ことを否定していない。

その体質は、今回のリビアのカダフィ大佐が血まみれになって引きずり回されて殺されたのを見て、ヒラリー・クリントンがカエサル気取りで大喜びするのを見ても分かる。


"We came, we saw, he died"
(アメリカは来た、見た、カダフィは死んだ)

そういって、ヒラリー・クリントンは自分がプロポーズされたかのように屈託なく喜び、心から笑っているのが分かるはずだ。

別に私もカダフィが死んで悲しいとも思っていないが、これほどまで単純に喜べるわけでもない。

むしろ、これからリビアは収拾がつかない混乱に陥ることになるのは分かっている。喜ぶべきものではないはずだが、アメリカの戦略が一歩進んだことに、ヒラリーも喜びを隠せなかったのだろう。


捕獲され、死にゆくカダフィ大佐の最期の姿


カダフィが死んだと聞いて、心から喜ぶヒラリー・クリントン

何度も書いているが、アメリカは国家戦略の中に暴力を埋め込んでおり、世界中のどこの国も、アメリカの暴力から逃れられない。

言うことを聞かない国は叩きつぶせ(米軍)
相手が悪ならば、自分はそれ以上の悪になれ(CIA)
叩きつぶせないなら手を結べ(米政権)


アメリカの暴力哲学

アメリカの暴力哲学は歴史上、ほぼ一貫して行われていることは誰でも知っている。そもそも世界最大の軍需産業はすべてアメリカに集中している。

ロッキード・マーチン、ボーイング、レイセオンを筆頭として、そこにぶら下がる無数の企業がアメリカを支えている。

ノースロップ・グラマン、ユナイテッド・テクノロジー、ゼネラル・ダイナミックス、ハネウェル、アライアント、ロックウェル・コリンズ、L3コミュニケーションズ。

これらの企業はアメリカの雇用を支えると同時に、多くの政治家を排出して、アメリカの暴力を支えている。だから、アメリカの政治が暴力と縁が切れないのは当然のことである。

雇用を支える必要があるから、暴力は正当化される。その暴力正当化の歴史が長かったので、それがアメリカのDNAになっているとも言える。

だから、アングロサクソンがアメリカ大陸に「侵略」して、ネイティブ・アメリカン(インディアン)を根絶やしに侵略し、虐殺し、絶滅品種に追いやったのは「正当化」される。

また、日本に原爆を落として一瞬にして20万人の人々を焼き殺したのも「正当化」されている。

ベトナムではナパーム弾、絨毯爆撃、枯葉剤と、おおよそ考えられる非人道的な皆殺し作戦を実行していた。

湾岸戦争では劣化ウラン弾を使用して現地を放射能まみれにした。すべて「正当化」されていて謝罪の言葉は聞いたことがない。

また、イラク・アフガン・パキスタンで、大量虐殺が発生していても、それが正義のためであると喧伝された上に「正当化」されている。これらの国の市民が誤爆や誤射で何人死のうが同じだ。

ヨーロッパのほうも南米やアフリカを激しく収奪してきた。現在のアフリカの問題、中東の問題、イスラエルの問題は、すべてイギリスやフランス等が種をまいたと言っても過言ではない。

リビアの空爆はNATO軍が行った。多くの市民が死んでいったが、ここでの暴力は「正当化」されている。カダフィの死も、アメリカの正義戦略の中で行われて目的が達成された。

ヒラリー・クリントンの高笑いは、アメリカの暴力がまたひとつの国を崩壊させたという満足感の現れである。


リビアの反政府軍はアメリカのカダフィ排除戦略に乗っている。
http://www.bllackz.com/2011/10/blog-post_24.html





2016年11月4日
今回は、ヒラリー・クリントンなる人物が、アメリカの国務長官として何をしてきたかを、まず調べてみることにします。
    *

 さて「国務長官」というと、まるでアメリカの国内行政における最高責任者のように聞こえてきますが、実は日本の「外務大臣」にあたる外交政策の責任者です。
 アメリカの「防衛省」は、今は「防衛総省」(別名ペンタゴン)と言っていますが、かつては「戦争省」と言っていました。

 日本では「陸軍省」と誤訳(意図的?)されていますが、第2次大戦が終わる前までの正式名称は、「United States Department of War」すなわち「アメリカ戦争省」でした。

 まるで外国にたいして侵略戦争をし続けてきたアメリカの歴史を象徴するような名称ですが、アメリカにとって軍事力による外交=戦争は、内政よりも重要な「国務」であったからこそ、「外務省」を「国務省」(United States Department of State)と名付けたのかも知れません。

 アメリカ軍人として伝説的な英雄スメドレー・バトラー将軍は、退職したあと自分が軍人として果たしてきた役割を振り返って『戦争はペテンだ』という著書を著し、そのなかで、右のような事情を、次のように述べています。

 「私は、大企業、ウォール街、銀行、お偉方の用心棒として時を過ごした。
要するに私は資本主義に奉仕する恐喝者でありギャングの一員だった」

「私はウォール街の利益のために中米の六つの共和国の略奪を手伝った。恐喝の記録は長い」

「ギャングの親玉アル・カポネがやれたのは、せいぜい三つの地区のボロ儲けの口を操っただけのことだ。私なんか3大陸を操ったんだ」
(『肉声でつづる民衆のアメリカ史』上巻442頁)


 このスメドレー将軍のことばは、アメリカ外交の本質を赤裸々に暴露しているのではないでしょうか。

    *

 それはともかく、ブッシュ氏が大統領になったとき、「9・11事件」を口実にアフガニスタンを爆撃し、それをイラクへの侵略戦争に拡大したのですが、それでもアメリカによる戦争は中東の小さな範囲にとどまっていました。ところがオバマ大統領とヒラリー国務長官のもとで、戦火は一気に地中海沿岸の北アフリカ(リビアの内戦)や東ヨーロッパ近辺(ウクライナやシリアの内戦)にまで拡大しました。

 それどころか、今まではブッシュ大統領が表立って手出しをしなかった中南米にまで手を出してクーデター工作をおこなうようになりました。このような戦争やクーデターの拡大に深く関わってきたのが、ヒラリー国務長官でした。

 いま深刻な人道危機をもたらしているシリアの内戦について、ヒラリー女史が「リビアと同じような飛行禁止区域をもうけるべき」だと強く主張していることは前回の拙稿で紹介したとおりです。

 アサド政権の要請でロシアが本格的にイスラム原理主義集団の掃討作戦に乗りだし、彼らの拠点を空爆し始めてからは、ダーイッシュ(今まではISISとかイスラム国と呼ばれていた)などのイスラム原理主義集団諸派は、負け戦です。

 サウジを中心とする湾岸諸国が資金と人員を供給し、アメリカやNATO諸国が(さらにイスラエルも)裏で、武器や特殊部隊を派遣して軍事訓練をしてきたにもかかわらず、この状態なのです。

 アメリカの基本戦略は、あくまでアサド政権の転覆です。そのためにはロシア軍の空爆をやめさせる必要があります。ロシア軍の空爆はアサド政権の正式な要請によるものですから、国際法に則った行為ですが、イスラエルやNATO諸国(トルコも含む)のシリア領内における空爆は領空侵犯になりますから、どうしてもリビアの時と同じような「飛行禁止区域」の設定が必要になります。

 これを強く主張しているのが、先述のとおり、ヒラリー女史です。

 しかし、ロシアは安全保障理事国ですから今のままでは国連の許可を得ることができません。残された道は、偽の人道危機をつくりだして、「ロシア軍やアサド軍は民間人を無差別に殺傷している」とか、「彼らは化学兵器を使っている」とかの口実で、世論を喚起して彼らを押さえ込む以外にありません。

 他方、ロシアの主張は次のとおりです。

 「リビアでは『独裁者カダフィが自国の民衆を無差別に爆撃して大量の死傷者を出している。だから飛行禁止区域を』という口実で、カダフィはイスラム原理主義集団と戦う手段を奪われてしまった。その結果、何が生まれたか。国土の荒廃と大量の難民だった。同じことをシリアでも繰りかえすつもりか」
    *
 シリアになだれ込んでいるイスラム原理主義集団は、サウジを中心とした湾岸諸国からだけでなく、ロシアのチェチェンや中国の新疆ウイグル地区といったイスラム教徒が多い地域からも流入してきています。彼らはロシアや中国を不安定化させる勢力としてCIAが以前から訓練してきた勢力だと言われています。

 ですから、シリアが内戦で崩壊した場合、そこで勝利したイスラム原理主義集団は、次の攻撃目標として、ロシアや中国に還流し、ロシアや中国を不安定化させることに最大の精力を注ぎ込むことになるでしょう。

 今やEUとアメリカに対抗する勢力として経済的にも軍事的にも対抗する大国になりつつある動きを、アメリカとしては何としても阻止しなければなりません。

 BRICsという興隆しつつある経済共同体の中心がロシアと中国だから、これはなおさら、アメリカにとっては放置できない事態です。

 だからこそ、ロシアと中国を不安定化させることが必要なのです。

 かつて中東一円からイスラム原理主義集団(ビンラディンもその中の一人でした)をかき集めてソ連をアフガニスタンに引きずり込み不安定化し崩壊させた方法を、シリアでもやろうというわけでしょう。

    *

 しかし、これはロシアや中国にとっても座視できない重大事です。

 ロシアと違って、中国は表立ってシリアに味方しては来ませんでしたが、最近、中国も、アサド政権を支えるために、裏で大きく動きはじめていると言われるのも、このような情勢から見ると当然のこととも言えます。

 ですから、ヒラリー女史が「シリアに飛行禁止区域を!」と大声で叫び、「ロシアやシリアが言うことをきかないのであれば軍事力の行使もいとわない」と主張することは、世界大戦になることを意味します。

 この戦いは、NATO諸国やサウジなどの湾岸諸国と一緒になって、アメリカが、ロシア=シリア=イラン=中国といった勢力と、軍事力で戦うことになるからです。

 前回の論考で述べたことですが、イギリスの高級紙インデペンデントだけでなく、ヒラリー女史の自叙伝を書いたディアナ・ジョンストンなどが、イタリアの新聞インタビューで

「クリントン氏の大統領選の勝利は、第3次世界大戦の勃発も含め予想外の結果をもたらす可能性がある」

と語っているのも、このような背景をふまえてのことだと、私は理解しています。

    *

 ここで、もうひとつ考えておかねばならないことは、ロシアの軍事力はシリアにおける原理主義集団との戦いで明らかになったように、通常兵器ではアメリカ軍をはるかに凌駕しているということです。

 ですから、アメリカ軍がロシア軍や中国軍と戦って本気で勝つつもりならば、残されている手段は核兵器による先制攻撃しかありません。

 しかも集団的自衛権でアメリカに縛られることになった日本も、否応なしに、この核戦争に巻き込まれるかも知れません。

 しかし、いったん核戦争が起きれば、生き残れる国はほとんどないでしょう。今は、それほど深刻な事態なのです。

    *

 話が少し横道にそれたので、クリントン女史に話を戻します。

 ロシアはヒラリーの主張する「飛行禁止区域の設定」について、「シリアをリビアのように破壊して、再び大量の死傷者を出し、EU全土を更なる難民であふれさせようとするのか」と怒っているわけですが、このリビア内戦にヒラリーは、どのようにかかわっていたのでしょうか。

 2016年10月20日は、リビアの元首だったカダフィ大佐が、アルカイダの一派に惨殺されて5周年になる日でした。

 カダフィが殺されたとき、ヒラリー女史は国務長官として、NATO軍のリビア攻撃を指揮・監督する立場にいたのですが、カダフィ惨殺の報が届いたときCBSのインタビューの中で

「来た・見た・死んだ」"We came, We saw, He died"

と、身振り手振りをまじえて、嬉しげに言っています。

 この言葉は、共和制ローマの将軍カエサル(日本ではシーザーとして知られている)が言ったとされることば「来た・見た・勝った」をもじったものですが、その嬉しげに語っている映像がユーチューブに流れ、ヒラリー女史の冷酷さ・好戦性を浮き彫りにするものとなりました。

    *

 では、リビアとはどのような国で、カダフィとはどのような人物だったのでしょうか。

 元財務省高官(財務次官補)で、かつウオール・ストリート・ジャーナルの元共同編集者だったポール・グレイグ・ロバーツ氏は、このカダフィ惨殺五周年の日に、自分のブログで、それを次のように書いています。

 「ムアマル・カダフィは、世界で最も進歩的な指導者だった。カダフィはリビアの石油の富をリビア国民のために使っていた。

 彼は宮殿ではなく、立派なテントではあるが、テントで暮らしており、アメリカ政府の中東同盟国であるサウジアラビアや産油首長国支配者一族につきものの、ヨーロッパ高級車や他のあらゆる身の回り品のコレクションを持っていなかった。

 リビアでは、教育・医療・電力は無料だった。ガソリンは事実上無料で、1リットル14セントで売られていた。子どもを産んだ女性は現金の助成金を貰い、カップルが結婚すると現金の助成金が貰えた。リビアの国営銀行は無利子で融資し、農民には無償で開業資金を供与した。」


*Hillary's War Crime
「ヒラリーの戦争犯罪」

    *

 ロバーツ氏はこれらの事実を、グローバル・リサーチという独立メディアに載せられた「リビア:知られては困る、カダフィに関する10の事実」という小論に依拠しながら書いているのですが、日本では全く紹介されていない事実ばかりです。

 このロバーツ氏が依拠した小論には、カダフィが計画していた世界最大の灌漑施設の地図も載せられていて、驚かされました。カダフィの言う「緑の革命」は単なる夢想ではなかったのです。

 しかし日本で紹介されているカダフィ像は、アメリカ政府から流れてきた情報にもとづいた「自分の国民を冷酷に支配する独裁者」という悪魔化されたものばかりでした。


*Global Research
"Libya: Ten Things About Gaddafi They Don't Want You to Know"
「リビア:知られては困るカダフィ10の事実」

    *

 では、上記のような理想国家をつくろうとしていたカダフィ政権を、なぜアメリカとNATOは倒そうとしたのでしょうか。それをロバーツ氏は、先の引用に続けて次のように書いています。

 「カダフィがアメリカ政府から自立していたことが彼の没落をもたらしたのだ。若い頃のカダフィの目標は、アラブを欧米の略奪に抵抗できる一つの連合に組織することだった。

 それが思うように進展しないことにいらだった彼は、汎アフリカ主義に向かい、アメリカのアフリカ軍に参加するのを拒否した。また彼は、ドルではなく金をもとにしたアフリカ統一通貨を導入ようとした。そうすればアフリカをアメリカの金融覇権から解放できるからだ。

 カダフィは、中国のエネルギー企業にリビアのエネルギー資源を開発させた。以前から地中海におけるロシアの存在に腹を立てていたアメリカ政府は、今や中国の存在にも向き合わねばならなくなった。だからアメリカ政府は結論を出した。カダフィは悪い連中と付き合っているので退陣させるべきだと。」

    *

 私は今まで、アメリカとNATO軍によるカダフィの追放は、リビアの石油が目当てだとばかり思ってきたのですが、実はもっと深い理由があったのです。「ドルによる世界支配」を維持し、「中国のアフリカ進出」を阻止することが、カダフィ追放の真の理由だったのです。

 では、何を口実に、どのような手段で、カダフィを追放するか。それがアメリカにとって次の問題になります。米軍が直接、アフリカに乗りだしてリビアを破壊するのでは、世界の世論はもちろんのこと、アフガン戦争やイラク戦争に嫌悪感が強くなっているアメリカの世論も賛成しないでしょう。ではどうするか。それをロバーツ氏は先のブログで次のように説明しています。

 「アメリカ政府はイスラム原理主義者を使って傭兵を編成し、シリアと同様、連中を『反政府派』と名付け、リビア政府にけしかけた。

 カダフィ軍が勝っていることが明らかになると、アメリカ政府は、初心(うぶ)で騙(だま)されやすいロシアと中国の政府を罠(わな)にかけ、国連でリビア領空に飛行禁止空域を設定することを認めさせた。それを実行するのはNATO軍だ。

 飛行禁止空域の口実は、カダフィによる民間人攻撃を防ぐためということだった。しかしそれは嘘だった。本当の理由は、主権国家のリビアが自分の領空を使えないようにして、傭兵と戦っている地上軍をリビア空軍が支援できないようにするためだった。

 ロシアと中国がこれに騙されて、安全保障理事会の議決で拒否権を行使しそこねると、今度はアメリカとNATO自身が、決議に違反してNATOの空軍力を用いてカダフィ軍を攻撃した。こうして戦局はCIAが組織した傭兵に有利になった。

 カダフィは捕らわれ惨殺された。それ以来、かつて繁栄し成功していた国家リビアは混乱・混沌の極みだ。それは、オバマ政権が望んでいたものだ。」

    *

 ところが今やイギリスでは議会による調査報告書が、「カダフィが欧米の覇権にとっての障害と見なされていたがゆえにリビアは破壊された」と明白に結論づけているのです。だからこそ、ロバーツ氏は上記のブログを次のように締めくくっているのでしょう。

 「注目すべきなのは、ニュルンベルク裁判をもとにした国際法では、彼女が有罪であることは明らかなのに、この戦争犯罪について、この「殺人婆」(killer bitch)に質問したマスコミは皆無だということだ。

 なぜなら、この戦争はヒラリーが国務長官の職に就いているときに、彼女の監督下で準備されたものだからだ。

 もうひとつ注目すべきなのは、この「殺人婆」を所有している巨大な政治力を持ったひと握りの集団オリガーキーと、連中の手先である「売女マスコミ」 (presstitute=press+prostitute)は、この戦犯を次期アメリカ大統領にするつもりだということだ。

 この「殺人婆」や「売女マスコミ」という言葉づかいのなかに、元アメリカ財務省高官だったロバーツ氏の憤りが伝わってくるような気がします。

 ヒラリー女史にたいする怒りもさることながら、ロバーツ氏の大きな怒りは、トランプ叩きに終始しているアメリカの大手マスコミにも向けられているのです。

 それにしても、実名で公けにしているブログなのに、よくぞここまで大胆に言い切れるものだと、その勇気に感心・感動しました。日本の元政府高官に、このようなひとはいるのでしょうか。私は寡聞にして知りません。

    *

 以上で「シリアに飛行禁止区域を!」と主張するヒラリー女史の冷酷さ・好戦性が少しは分かっていただけたかと思いますが、これだけでは、リビア空爆の残酷さや戦犯性が今少し伝わりにくいように思いますので、そのようすを物理化学者・藤永茂氏のブログ「私の闇の奥」から引用して紹介したいと思います。

 このブログの日付は「2011年8月31日」となっています。カダフィが惨殺されたのは10月20日ですから、そのことを念頭において読んでいただければと思います。

 「いま、リビアについての我々の関心は(好奇心は)、カダフィが何処でどのようにして捕まり、どのように処分されるかに釘付けにされているようですが、我々の本当の関心は、今回のリビア内戦でNATOが何をしたか、何をしているかに集中されるべきだと私は考えます。

カダフィの政府軍による大虐殺からリビア国民を守るという名目の下に開始されたNATOによるリビア空爆は、想像を絶する物凄さで行なわれました。8月23日のNATOの公式発表によると、過去5ヶ月間にNATO空軍機の出撃回数は2万回を超えました。1日あたり130回の物凄さです。

 対地攻撃を行なった戦闘爆撃機が1機に複数の爆弾や誘導ミサイルを搭載しているとすると、正確激烈な破壊力を持った数万の爆弾やミサイルがリビアの人々の上に降り注いだことになります。

 リビアの人口約650万人、人口的には福岡県と佐賀県を合わせた位の小国です。ミサイルの標的が戦車であれ、輸送車両、船舶であれ、カダフィの住宅であれ、放送局、大学であれ、無人ではない場合が普通でしょうから、多数の人間が殺傷されたに違いありません。8月上旬に、NATO空爆による死者2万という報道がちらりと流れたことがありましたが、あり得ない数字ではありません。

 しかも、NATOの反政府軍支援は空爆に限られたわけではありません。大型ヘリコプターなどによる兵器、弾薬、物資の補給も行なわれ、地上でも多数のNATOやCIAの要員が間接的に参戦した模様です。しかし、こうしたNATOの活動の具体的報道は殆ど完全な管制下にあります。

 これだけの規模の軍事暴力が、国際法的には全く合法性のないままで(UNの決議内容をはるかに超えて)、人口数百万の小独立国に襲いかかったのです。まことに言語道断の恐るべき前例が確立されました。カダフィと息子たちの今後の命運など、この暴虐行為の歴史的意義に較べれば、3面記事の値打ちしかありません。」

    *

 これを読んでいただければ、ロバーツ氏が先に、「注目すべきなのは、ニュルンベルク裁判をもとにした国際法では彼女が有罪であることは明らかなのに、この戦争犯罪について殺人婆(killer bitch)に質問したマスコミは皆無だということだ」と言っていたことの意味が、改めてよく理解できるのではないでしょうか。

 そして、満面に笑みを浮かべて「来た・見た・死んだ」と言ったヒラリー女史にたいして、ロバーツ氏が悪罵を投げつけたくなった理由も。

    *

 それにしても、藤永氏は1926年生まれですから、2016年11月の現在で、氏は90歳前後のはずです。

 九州大学やカナダのアルバータ大学で教鞭を執っていた一流の物理化学者でありながら、老体にむち打ちつつ、NHKや朝日新聞などの大手メディアが目をつむって通り過ぎている事実を掘り起こし、上記ブログを通じてそれを私たちに伝える仕事を続けておられます。

 唯々(ただただ)、頭が下がります。

    *

 ところでリビアの事態は、単にカダフィの惨殺に終わったわけではありませんでした。

 前述のとおり、この戦争は全土を瓦礫に変え、「リビアの民主化」どころか大量の死者と難民をうみだしただけでした。そしてリビアはいまだに混沌の極致にあります。

 そのうえ今度は、このような惨劇をシリアに輸出しようとしているのがヒラリー女史なのです。

 それは単に彼女が「シリアにも飛行禁止区域を!」と叫んでいるからだけではありません。リビアで使ったイスラム原理主義集団を、実際にシリアに輸出しようとしてきたのが、ヒラリー女史を外交政策の責任者とするアメリカだったからです。

 この間の事情を櫻井ジャーナル(2016年8月20日)は次のように伝えています。

 「カダフィ体制が倒された直後、リビアのベンガジでは裁判所の建物にアル・カイダの旗が掲げられ、その映像がユーチューブにアップロードされた。その事実をイギリスのデイリー・メイル紙でさえ、伝えている。リビアを侵略した軍隊は空がNATO軍、地上はアル・カイダ系のLIFG(リビア・イスラム戦闘団)だった。

 リビアを破壊した後、侵略軍はリビア軍の倉庫から武器/兵器を持ち出してトルコへ運んでいる。勿論、戦闘員も同じように移動した。調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュによると、輸送の拠点になったのはベンガジにあるCIAの施設。輸送にはマークを消したNATOの輸送機が使われたとも伝えられている。

 運び出された武器/兵器の中に化学兵器も含まれ、これをシリアで使い、政府軍に責任をなすりつけてNATO軍が直接、シリアへ軍事介入する口実にしようとしたと言われている。」

    *

 これを読むと、リビアから傭兵集団が兵器もろともトルコを経由してシリアに輸送されていることが分かります。しかも輸送の拠点になったのはベンガジにあるCIAの施設で、輸送にはマークを消したNATOの輸送機が使われたというのですから、二重の驚きです。というよりも二重の犯罪と言うべきかも知れません。それはともかく、櫻井ジャーナルの説明は次のように続いています。

 「そうした武器や戦闘員の輸送をアメリカ国務省は黙認した。2009年1月から13年2月まで国務長官を務めたヒラリー・クリントンもこの工作を知っていたはず。

 しかも、クリントンの部下にあたるクリストファー・スティーブンス大使は2012年9月10日、CIAの武器輸送担当者と会談、その翌日には武器を輸送する海運会社の人間と会っている。勿論、武器はトルコ経由でシリアの侵略軍へ渡される手はずになっていた。

 その9月11日にベンガジのアメリカ領事館が襲撃されてスティーブンス大使が殺されている。リビア議会が首相を指名する前日だ。その2カ月後にCIA長官を辞めたデイビッド・ペトレイアスはヒラリーと緊密な関係にあることで知られ、このルートからもシリアでの工作を知らされていたはずだ。」

    *

 これを読むと、アメリカ大使館や領事館はCIAの拠点になっていることがよく分かります。日本のアメリカ大使館や領事館も同じ機能を果たしているのでしょうか。

 しかし、ここでもっと重大なのは、その領事館が襲撃されてスティーブンス大使が殺されていることです。ヒラリー国務長官が公的なメールサーバーを使わずハッカー攻撃に弱い私的メールを使ったことが、大使殺害につながったかもしれないのです。

 あるいは、うがった見方をすればこのような極秘事項を手配した人物だけに、それを外部に知られては困るから、密かにテロリスト=傭兵集団に頼んで大使を消してもらったのでしょうか。

 櫻井ジャーナルはこれについては何も述べていないのですが、この私の仮説が正しければ、これほど身の毛のよだつ話はないでしょう。櫻井氏は、これに続けて次のように述べているだけです。

 「クリントンは戦争犯罪人と言われても仕方のないようなことをしてきたわけだが、欧米の支配層はクリントンを支持してきた。投機家で体制転覆に多額の資金を提供してきたジョージ・ソロスも支援者のひとり。

 この支配層は軍事的に世界制覇を進めるだけでなく、巨大資本が国や国際機関を支配する仕組みを作り上げようとしている。それがTPP(環太平洋連携協定)、TTIP(環大西洋貿易投資協定)、そしてTiSA(新サービス貿易協定)の3点セットだ。」

    *

 ヒラリー女史の好戦性、あるいはヒラリー女史が大統領になると、なぜ第3次世界大戦になる危険性があるかは、以上の説明で、かなり分かっていただけたのではないかと思います。

 しかし彼女の好戦的履歴は、このリビア爆撃にとどまるものではありません。

 とはいえ本稿もすでにかなり長くなってきていますので、以下ではその略歴だけを紹介して、この論考を閉じたいと思います。以下の引用は先の櫻井ジャーナル(同日付け)からのものです。

 「ウィキリークスによる電子メールのハッキング情報が続いている。今回は投機家で体制転覆に多額の資金を提供してきたジョージ・ソロスだ。

 彼がターゲット国の体制を転覆させるために使っているオープン・ソサエティ基金もハッキングされたという。そうした電子メールの中には、ソロスがヒラリー・クリントンに対してユーゴスラビア=アルバニア情勢に対する対処の仕方をアドバイスするものがある。そのメールが書かれたのは2011年1月24日で、国務長官だったクリントンはソロスのアドバイスに従って動いたようだ。

 ヒラリー・クリントンは夫が大統領だった1990年代、マデリーン・オルブライト(国連大使から国務長官)やビクトリア・ヌランド(国務副長官の首席補佐官)と連携して政権をユーゴスラビアに対する先制攻撃へと導いているが、その背後にソロスがいたということだろう。国務長官に就任したオルブライトが主導する形で1999年3月にNATO軍は偽情報で環境作りをしながらユーゴスラビアを先制攻撃、ひとつの国を破壊した。」

    *

 上記に登場するマデリーン・オルブライトとビクトリア・ヌランドという二人の女性は好戦的人物として有名ですが、この2人を、戦争にあまり乗り気ではなかった夫のビル・クリントンに紹介し強引に新しい国務長官や国務副長官の首席補佐官に据え付けたのも、ファーストレディだったヒラリー女史だったと言われています。

 ですから、彼女のタカ派ぶりは、ここでみごとに発揮されていると言えます。

 櫻井ジャーナルの叙述は、さらに次のように続いています。

 「2003年11月にはジョージア(グルジア)で「バラ革命」、04年から05年にかけてはウクライナで「オレンジ革命」があり、新自由主義体制になった。

当然、一部のグループが不正な手段で国民の財産を奪って莫大な富を築き、その後ろ盾になっていた西側の巨大資本も利益や利権を手にした。こうした「革命」でもソロスはスポンサーとしての役割を果たしていた。

 言うまでもなく両国の庶民は貧困化、そうした状況への怒りからソロスたち西側の富豪や巨大資本にとって好ましくない方向へ動いた。そこで仕掛けられたのがウクライナ首都キエフのクーデター。

2014年2月22日、ネオ・ナチ(ステファン・バンデラ派)を主力とするグループがビクトル・ヤヌコビッチ大統領を暴力的に排除している。そのクーデターを現場で指揮していたのがヌランド国務次官補だった。クリントンは2013年2月に国務長官を辞めているが、ヌランドは彼女の同志だ。」

    *

 私は「バラ革命」や「オレンジ革命」のニュースを聞いたとき、旧ソ連圏の東ヨーロッパで、新しい民衆運動が起きているものと信じていました。

 しかし今から考えると、実に巧妙に仕組まれた「偽の民衆革命」だったのです。これは一種のクーデターでした。

 しかも、このクーデターは東欧だけにとどまりませんでした。ヒラリー国務長官のもとで、クーデターは中米にまで飛び火していました。あの悪名高いブッシュ大統領ですら、やらなかったことです。以下の櫻井氏による説明は次のようになっています。

 「クリントンが長官に就任したのはバラク・オバマが大統領に就任した2009年1月のことだが、その年の6月にホンジュラスで実行されたクーデターでクリントンは黒幕的な役割を果たしたと言われている。約100名の兵士が大統領官邸を襲い、マヌエル・セラヤ大統領を拉致し、コスタ・リカへ連れ去っている。

 現地のアメリカ大使館は国務省に対し、クーデターは軍、最高裁、そして国会が仕組んだ陰謀であり、違法で憲法にも違反していると報告している。つまり、クーデター政権には正当性がないと明言した。

 このクーデター政権は翌2010年、最初の半年だけで約3000名を殺害したとも報告されている。そのクーデターの背後にクリントン長官がいたということだ。」

    *

 以上で櫻井ジャーナルからの引用を終えます。まだまだヒラリー女史の好戦性・冷酷さを示す事例に事欠かないのですが、長くなりすぎていますので、ひとまずここで筆をおきます。今のアメリカ情勢を理解する一助にしていただければ幸いです。

 ただ一つだけ付け加えておきたいことがあります。それはアメリカの民衆が、知れば知るほどヒラリー女史に嫌気がさしているのに、他方の大手メディアがトランプ叩きに終始しているという事実です。

 これでは、アメリカ民衆は「どちらがワルとして我慢できるか」という選択肢しか残されていないことになります。これはアメリカ史上、最悪の大統領選挙と言えるでしょう。

 ただ私たち日本人に一つだけメリットがあるとすれば、今までアメリカは理想の国、民主主義のモデル国だと思われていたのに、それは虚像に過ぎなかったことが、この選挙戦を通じて見えてきたことではないでしょうか。
http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/hirarikurintontohadarekage.html


2017.03.02
世界制覇を今でも目指す米国の勢力はウクライナで攻勢を強め、シリアでの巻き返し図る(その1)

ロシアのビタリー・チュルキン国連大使が急死して8日後の2月28日、国際連合ではシリアに対する制裁を強化するように求める決議がロシアと中国の拒否権で阻止された。勿論、大使の死でびびるような2カ国ではない。この決議はアメリカ、イギリス、フランスが提出したもので、これらの国々はOPCW-UNの報告書を根拠に、2014年と15年にシリア政府軍が塩素を使用したと主張している。

 しかし、この報告書が示している根拠、証拠は信頼度の低いもの。その根拠薄弱な話を西側支配層の配下にある有力メディアがその中から都合の良い部分を都合良く解釈し、大声で叫んでいる。つまり、いつものパターンだ。

 シリアのバシャール・アル・アサド政権を倒すためにアル・カイダ系武装集団やそこから派生したダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)をシリアへ侵入させ、破壊と殺戮を繰り広げてきた国はアメリカ、イギリス、フランス、トルコ、サウジアラビア、カタール、イスラエルなど。今回、決議を提出した3カ国も含まれている。

 1991年にポール・ウォルフォウィッツ国防次官(当時)はシリア、イラン、イラクを5年から10年で殲滅すると口にしたと欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)の元最高司令官、ウェズリー・クラークは語っているが、その中で最初に破壊されたのはイラク。大量破壊兵器という偽情報を有力メディアに広めさせ、2003年3月に配下の国々を従えて軍事侵略したのである。

 シリアでの戦闘は2011年3月に始まっている。リビアで似たことが始まった翌月のことだ。両国でも侵略勢力は偽情報の流布に力を入れてきた。そうした偽情報を発信していたひとつが2006年にイギリスで設立された「SOHR(シリア人権監視所)」。そこから出てくる話を西側のメディアや「人権擁護団体」は垂れ流してきた。

 SOHRは設立当時からCIAやイギリスの情報機関MI6が背後にいると指摘されていた。アメリカの反民主主義的な情報活動を内部告発したエドワード・スノーデンが所属していたブーズ・アレン・ハミルトン、プロパガンダ機関のラジオ・リバティが存在しているとも言われている。

 内部告発を支援しているWikiLeaksが公表した文書によると、SOHRが創設された頃からアメリカ国務省の「中東共同構想」はロサンゼルスを拠点とするNPOの「民主主義会議」を通じてシリアの反政府派へ資金を提供している。2005年から10年にかけて1200万ドルに達したようだ。

 こうした工作が始まった直後、調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュは2007年3月5日付けニューヨーカー誌で、アメリカ、イスラエル、サウジアラビアの「三国同盟」がシリア、イラン、そしてレバノンのヒズボラに対する秘密工作を開始した書き、その中心にはリチャード・チェイニー米副大統領、ネオコン/シオニストのエリオット・エイブラムズ国家安全保障問題担当次席補佐官、ザルメイ・ハリルザド、そしてバンダル・ビン・スルタンがいると書いている。

 ハーシュの記事に登場するバリ・ナスルはサウジアラビアについて「相当な金融資産があり、ムスリム同胞団やサラフ主義者と深い関係がある」としたうえで、「サウジは最悪のイスラム過激派を動員することができた。一旦、その箱を開けて彼らを外へ出したなら、2度と戻すことはできない。」と語っている。

 このナスルはジョンズホプキンス大学高等国際関係大学院のディーンで、CFR(外交問題評議会)の終身メンバー、つまりアメリカ支配層の一員だ。そのナスルもムスリム同胞団やサラフ主義者、つまりアル・カイダ系武装集団を使う危険性を警告していた。

 2011年10月にリビアのムアンマル・アル・カダフィ体制は倒され、カダフィ自身は惨殺された。NATOの航空兵力とアル・カイダ系のLIFGの地上部隊が連携しての攻撃だった。政権が崩壊した直後にベンガジでは裁判所の建物にアル・カイダの旗が掲げられたている。その映像はYouTubeにアップロードされ、デイリー・メイル紙も伝えていた。リビアでの任務が終わったアル・カイダ系武装集団の戦闘員は武器と一緒にシリアへ移動していく。

 その後のシリア情勢に関するホワイトハウス向けの報告書をアメリカ軍の情報機関DIAは2012年8月に作成している。その中で反シリア政府軍の主力はサラフ主義者、ムスリム同胞団、そしてアル・カイダ系武装集団のAQIであり、そうした勢力を西側、ペルシャ湾岸諸国、そしてトルコの支援を受けているしていた。バラク・オバマ政権が主張するところの「穏健派」は事実上、存在しないとしているわけだ。

 また、オバマ政権が政策を変更しなかったならば、シリアの東部(ハサカやデリゾール)にはサラフ主義者の支配国が作られる可能性があるとも警告、それはダーイッシュという形で現実のものになった。この報告書が書かれた当時のDIA局長がトランプ政権で安全保障担当補佐官に就任する予定のマイケル・フリン中将だ。
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201703010000/


2016.12.13
シリアで政府軍と戦っているのはアル・カイダ系武装集団やダーイッシュであり、反体制派はいない

 シリアで政府軍が戦っている相手に「反体制派」というタグをつけているマスコミが存在する。かつて、日本のアジア侵略を「大東亜共栄圏」を建設するためだと主張した人たちがいるが、それと同じようなものだ。

 リビアやシリアで体制転覆を目指して戦っている集団が「反体制派」でないことは戦闘が始まった2011年春の段階で指摘されていた。シーモア・ハーシュなどが何年も前から予告していたことが引き起こされたのだ。

 2012年8月にはアメリカ軍の情報機関DIAが反シリア政府軍の主力がサラフ主義者、ムスリム同胞団、そしてアル・カイダ系武装集団のAQIであり、そうした勢力を西側、ペルシャ湾岸諸国、そしてトルコの支援を受けているとバラク・オバマ政権に報告している。その結果として、シリアの東部分にサラフ主義に支配された地域が作られるとも警告、それはダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)という形で現実のものになった。この報告書が書かれた当時のDIA局長がトランプ政権で安全保障担当補佐官に就任する予定のマイケル・フリン中将だ。

 こうした武装勢力の戦闘員は武器/兵器と同じようにシリアの外から入った。リビアのムハンマド・アル・カダフィ体制が倒された後、戦闘員や武器/兵器をアメリカなどはシリアへ移動させたが、その拠点になったのがベンガジのアメリカ領事館だったことは本ブログでも紹介した。そこが2012年9月11日に襲撃され、クリストファー・スティーブンス大使も殺された。領事館が襲撃される前日、大使は武器輸送の責任者だったCIAの人間と会談、襲撃の当日には武器を輸送する海運会社の人間と会っている。

 サラフ主義から現在のタクフィール主義者は生まれた。この人びとはタクフィール(背教徒宣告)して人を殺す。2012年6月にエジプト大統領となったモハメド・モルシはシーア派へのタクフィールを許可、シリア侵略を後押しした。この許可はイラン侵略も視野に入っているのだろう。

 こうした侵略の背後にはネオコンの世界制覇戦略がある。ソ連消滅後、アメリカが唯一の超大国の超大国になり、その超大国を自分たちが支配していると認識した彼らは世界制覇プランを描き上げたのだ。1992年2月にポール・ウォルフォウィッツ国防次官(当時)たちが作成したDPGの草稿がそのプラン。「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれている。

 ソ連の消滅は西側支配層の傀儡だったボリス・エリツィンたちが仕掛けた。この事実は本ブログでも何度か指摘している。2度とソ連のようなライバルが出現しないように、彼らは旧ソ連圏のほか西ヨーロッパ、東アジアなどが成長しないような方策をとろうとし、力の基盤になるエネルギー源が地下に存在する西南アジアを支配しようと考えた。

 ウェズリー・クラーク元欧州連合軍最高司令官によると、DPGが作成される前の年にウォルフォウィッツはイラク、シリア、イランを殲滅すると口にしていている。ソ連が消滅する前から彼らは世界制覇の野望を持っていたわけで、ソ連消滅はそうした野望を顕在化させることになった。

 しかし、このプランはジョージ・H・W・ブッシュ大統領が再選に失敗、ビル・クリントンが大統領に就任したことでお蔵入りになる。それを蔵から引きずり出したのがファースト・レディーだったヒラリー・クリントン。彼女と親しいマデリーン・オルブライトが国連大使から国務長官へ異動した1997年1月のことだ。そして1999年3月、NATOはユーゴスラビアを先制攻撃した。ちなみに、オルブライトはズビグネフ・ブレジンスキーの教え子。ヒラリーのもうひとりの友人、ビクトリア・ヌランドは当時、国務副長官の首席補佐官を務めていた。

 本ブログではすでに書いたことだが、ウォルフォウィッツをはじめとする好戦派はユーゴスラビアを破壊、解体するため、ウォルフォウィッツ・ドクトリンが作成された直後からプロパガンダを始めている。例えば、ニューズデイのボン支局長だったロイ・ガットマンは1992年8月、ボスニアで16歳の女性が3名のセルビア兵にレイプされたと書いているのだが、これは嘘だった。この嘘を広めた功績で、後に彼はピューリッツァー賞を受賞している。

 2003年3月にアメリカ政府が始めたイラクへ侵略戦争も嘘を広めることから始めた。この時は偽情報を発信する目的で国防総省の内部にOSP(特殊計画室)が作られた。その室長に選ばれたエイブラム・シュルスキーはシカゴ大学でウォルフォウィッツと同じ教授について博士号を取得している。ふたりはネオコン仲間だ。

 1990年代からアメリカの侵略戦争に広告会社が深く関与してくるようになったことも本ブログで書いてきた。偽情報の作成と流布は彼らにとって御手の物だ。そうした偽情報をアメリカなど西側の有力メディアは垂れ流し、アメリカの政府や議会はそうした嘘を暴くメディアやサイトに「偽報道」というタグをつけ、検閲しようとしている。
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201612130001/



今こそ合州国の正体直視を  
週間金曜日2003年 3月14日号「風速計」 本多勝一

この一文が出るころ、アメリカ合州国の体制主流は、イラク侵略を開始または開始寸前にあるだろう。

 国連安保理外相級会合に米英ら3国が今月7日提出した修正決議案は、国連安全保障理事会で11日に採決にかけられる見通しだが、ここで否決されても、合州国は単独で開戦・侵略に踏み切る構えである。

 あたりまえだ。アメリカ合州国の歴史は、こういうことの連続の末に今日の地球史上最強・最悪の帝国となった。ワシントン初代大統領以来の二百余年間は、手段を選ばぬ詐欺・脅迫・テロ・虐殺による侵略史にほかならぬ。そのことはこれまで機会あるごとに触れてきたが(注)、目前でまたしても超大軍事力によって同じことが強行されようとしている今、「正確な合州国史」にうといままその正体に気付かぬ例が多い日本人のためにも、このさい改めて正面から指摘しておきたい。

 ただし、こんどのイラク侵略が開戦されてもされなくても、これはコロンブス以来のヨーロッパによる世界侵略500年史の中で、ベトナム戦争とともに画期をなす歴史的事件となるかもしれない。

米西戦争などで世界制覇競争に勝った合州国は、それまでに北米大陸での先住民族侵略をウンデッドニー虐殺によって終了していたが、以降そのままハワイ・グアム・フィリピンへと「西部へ西部へ」を進めた。朝鮮戦争につづくベトナム戦争で、合州国軍隊はワシントン初代大統領以来初の敗戦を喫したものの、侵略のための巨大軍需産業や体質に傷はつかなかった。その成りゆきとしてのイラク戦争(12年前も今回も)である。ところが、合州国の正体に気づき始めた人々の世界的盛上りによって、開戦寸前での中止か、開戦してもベトナム以上の反戦の広がりで帝国の没落となるかもしれない。この500年来の画期をなすゆえんである。


合州国は“民主主義”をタテマエにしている。実態はともかく、民意を完全・明白に無視した侵略は支持されない。そこで開戦のとき必ずといえるほど使われるテこそ、相手が先に攻撃したとみせかける捏造事件である。これは先住民族への侵略以来イラクまで一貫してきた。

戦艦メーン号爆破事件(米西戦争)をみよ。トンキン湾事件(ベトナム戦争)をみよ。真珠湾(太平洋戦争)をみよ。その他その他。

これを書いている9日の朝日放送(サンデープロジェクト)は、イラクのクウェート侵入(これも裏に合州国あり)にさいして、イラク兵が乳児を哺育器から出して次々と放り投げた様子をクウェートの少女に証言させたこと、これが繰り返し放送されて世論を憤激させ、開戦に有利になったこと、ところが後に、この少女は駐米クウェート大使の娘で、証言は捏造だったこと等を放映した。

 こんどはどんな捏造が、いいように操作されるマスコミによって“報道”されることだろうか。

 開戦寸前の今、このテーマは「未完」としておく。
http://www.kinyobi.co.jp/KTools/fusoku_pt?v=vol451


第一次湾岸戦争時の「ナイラ証言」と「油まみれの水鳥」

アメリカ政府もメディアも、イラク攻撃の世論作りのために露骨な捏造と情報操作をおこなった。世界が、みごとに嵌められてしまった。

「ナイラ証言」というのは、完璧な捏造であることがはっきりしている。ナイラというクウェートの少女が、米公聴会で「イラクの兵士がクウェートの産院の乳飲み子を保育器からだし、次々と床に叩きつけて殺したのを見た」と涙ながらに証言した。

しかし、後にこの少女は、駐米クウェート大使の娘で、ずっとアメリカにいたことが分かった。つまり、証言は真っ赤なウソだった。この証言は、アメリカの広告代理店がシナリオを作り演出したものだった。リハーサルもきちんとしていた。もちろん、スポンサーはアメリカ政府以外にない。ただし、捏造がニューヨークタイムズで暴かれたのは、1年3ヶ月後のことだ。

この「ナイラ証言」が出るまでは、アメリカの世論は反戦が多数を占めていた。しかし、この証言で世論は一気に会戦へと転じた。周到に準備された、たったひとつの捏造が、世論を完璧に逆転させてしまった。しかも、素人の少女のウソ泣きによって。


クウェートから逃げてきたとされる少女の証言だ。そのクウェート人少女は、アメリカ議会の公聴会でこう証言した。

「サダム・フセインの軍隊が病院に乱入して、保育器から赤ん坊を取り出し、床に叩きつけて殺した。私はこの目で目撃した」

 と、少女は涙を流しながら証言した。

 ところが、この公聴会での少女の証言は、真っ赤なウソだった。
 事前にアメリカの広告代理店が綿密なシナリオをつくり、何度もリハーサルをした上での証言だった。当の少女が後に暴露した。


湾岸戦争のときの「油にまみれた水鳥」の映像

 石油の海と化した波打ち際に、全身石油まみれの真っ黒の水鳥が弱々しく立っていた。いや、呆然と立っていたといった方がいいかもしれない。

 当時、メディアはサダム・フセインの「環境テロ」だと大騒ぎした。フセインがわざと油田の油を海に「放出」していると報道された。

環境は破壊され、海の生物が犠牲になっていると。油にまみれた水鳥の映像は、大きな訴求力を持った。水鳥の映像は世界中をかけめぐり、繰り返し放映された。世界中がフセインを「狂気の極悪人」として認識した。このたったひとつの映像が、永遠にフセインのイメージを世界に決定づけたのだ。

 しかし、あの映像はヤラセだった。

 まず原油が海に流れたのは、米軍の爆撃機がイラクのタンカーを撃沈したからだ。アメリカは自分の爆撃の結果を、フセインの環境テロにすり替えたのだ。そしてメディアは、タンカーから流出した油の映像に、水鳥の映像を付け加えて、効果を高めた。日本のメディアは、その映像がおかしいと知りながら、アメリカの大本営発表に沿った報道をした。

 水鳥の命をダシに、イラク市民は爆撃された。
 クジラの命をダシに、日本が爆撃されたら、日本人は納得できるだろうか。


サダム・ フセインが自国民(クルド族)に化学兵器を浴びせた想像を絶する暴君だというイメ−ジを与える宣伝キャンペ−ンがあげられる。私自身もそう信じ込まされていたし、長い間彼のことを何をしだすかわからない怖い存在だと思っていた。

しかし、これもアメリカの巧妙な宣伝が成功したに過ぎない。イラン・イラク戦争の期にイラク領のハラブシャで、イラクとイランとが互いに化学兵器を使い合ったのは確かだが、クルド人を殺した毒ガスはイラン側が所有するシアン化物だった、当時イラクの毒ガスは、マスタ-ドけいのどくがすであっっという。
   検診したトルコの医者が証言している。

しかし、スタンフォ−ド大学フ−バ−研究所特別研 究員松原久子も「アメリカは戦争を望んでいた」(文芸春秋一九九一年五月号)と題した寄稿文でこのことはっ きり書いているが、これに対する反証は出されておらず、今では 定説となっているのである。湾岸戦争後に、米軍は、降参したイラク軍のクウェ−ト陣地に少しでも化学
兵器が残っていないかと躍起になって捜したというが、ついに化学兵器は少しも見当たらなかった。イラクは国家存亡と岐路に立たせられたあの湾岸戦争でも科学兵火は使っていなのである。

http://www.freeml.com/ctrl/html/MessageForm/chance-forum@freeml.com/6841/;jsessionid=0m2cs06w21


悪魔化されるサダム・フセイン

米国は、報道機関の助けを借り、戦争を国民に納得させようと、サダム・フセインを悪魔のような人物に仕立て上げた。イラン・イラク戦争の期間は米国とイラクの問に緊密な外交、経済、軍事の協力があったが、戦争が終って数年すると、サダム・フセインは突然、「ヒットラーより悪い」独裁者となった。

 個人的中傷のほかにも様々な宣伝が行われた。その最初は石油だった。一九九〇年九月十一日、ブッシュは「あまりにも重要な資源をあまりにも残忍な人間に支配させておくことは、許容できるものではなく、今後も許容されない」と述べた。それでも、米国のかなりの人々がこれに同調しなかった。同年十一月十四日付け 「ニューヨーク・タイムズ」 は米政府の新たなアプローチを次のように報じている。

  ホワイトハウスのスピーチ・ライターがブッシュ大統領の湾岸政策について、明瞭に、そして一貫して理解を得られるよう紹介することができず、その結果、本国民の支持をつなぎとめておくことができそうにないことに、(中略)ベーカー国務長官は怒りをつのらせていると言われている。

 湾岸戦争が始まった八月以降、戦闘部隊派遣を正当化する大統領の理由は、「死活的利益」が危機に瀕していることから始まり、侵略による損害を見過ごしてはならない、サダム・フセインはヒットラーより悪い、に至るまで実に網羅均である。

……

 このため、ベーカーは失業という新たな恐怖を持ち出した。「湾岸危機を米国民の生活水準レベルで話すならば、それは雇用問題だと言わせていただきたい。なぜなら、西側の経済的生命線(石油を支配するある国により、さらに言えば、ある独裁者により、世界の経済が不況へと転落すれば、米国民に失業が生まれるからだ)とベーカーは語った。サダム・フセインは今度は、湾岸での米国の支配強化に対してだけなく、米国経済のさらなる悪化に関連しても、非難されるようになった。ただし、米国の景気が実際に悪化するのは、湾岸戦争が終った後のことである。


最も人々の注意を引いて話題となった虚報は、「保育器の報道」である。一九九〇年十月十日、人権に関する議会コーカスにおいて「ナイラ」とのみ紹介された十五才の少女は、イラク兵士が嬰児を保育器から取り出して、「冷たい床の上に置き去りにして死なせる」のを目撃したと主張した。この話は、戦争に向けて突き進むブッシュ政権によってすぐさま利用された。ブッシュはこの話をいくつものスピーチで繰り返し引用し、このようにして三百十二人の赤ん坊が死んだと訴えた。アムネステイー・インターナショナルも一九九〇年十二月十九日のリポートで、この話は真実だと報告した。

 戦闘が終ってみると、保育器の話はまったく信用できないことが分かった。時がたつにつれ、国家安全保障会議や議会で証言を行った証人は、姓名も身分も偽っていたことが判明した。姓名がイサハ・イブラヒムで、身分が軍曹とされた人物は、イブラヒーム・ベハベハニという矯正歯科医だった。先の十五才のナイラという少女は、証言では残虐行為の行われた時に病院でボランティアとして働いていたと言ったが、実は、駈米クウェート大使の娘だった。これらは、十月十日の議会コーカスを、主催した者にとって、既知の事実だったのである。

 アムネステイー・インターナショナルは一九九一年四月、保育器の話を真実とした報告を撤回した。ミドル・イースト・ウォッチは一九九二年二月、保育器の話はイラク軍による大量レイプや拷問と同じく、「明らかに戦時の宣伝工作」である、とするリポートを発表した。

今回の開戦前の国連査察結果からも、ここに抜粋しましたラムぜー氏の見解のごとくに、「イラクの核兵器保有」は、ブッシュ(父子)の捏造である事が判りました。

そして、「保育器の報道」についても、最近ではテレビ放送で、自由クウェート市民との団体が、アメリカの大手広告代理店「ヒルトン&ノートン」に依頼して「駐米クウェート大使の娘」ナイラと名乗らせ作成した「宣伝工作」であったと放映されていました。


ビアーズ次官は完成したばかりの政府広報誌「イラク 恐怖から自由へ」を紹介した。「1988年3月16日、イラク北部の町ハラブジャで、イラク軍の毒ガスにより5000人のクルド住民が死んだ」という内容で、イラク攻撃への支持を訴える意味を込めて、世界中に配布されている。

 冊子には、赤ん坊を背負ったまま道端に倒れる女性や、息絶えた子どもたちの写真が多い。「我々が発信する情報は心を打つ物語でなければ」と次官は言う。ハラブジャ事件にはブッシュ大統領もしばしば言及、「自国民を毒ガスで殺した非道なフセイン政権」の象徴となっている。

 しかし、この事件には実は謎が多い。当時、米中央情報局(CIA)のイラク担当だったステファン・ペレティエ氏(米国の陸軍戦争大学元教授)は「毒ガスはイラクではなくイランのものだった」と主張する。当時はイラン・イラク戦争のさなかで、犠牲者はイランしか持たないシアン(青酸)ガスで死んだ兆候を示していた、というのだ。


 元教授によると、ハラブジャを現地調査した国防総省の情報機関は90年春、部内報告として、クルド人殺害はイランのガスによるものと結論付けていた。ところが、連邦議会の調査委員会は「イラク軍がマスタードガスと神経ガスでクルド人10万人を殺した」と発表し、イラク虐殺説が広まったという。

だが、密室ではなく戸外に散布したガスで一度に10万人も殺せるのか――。首をかしげる専門家も少なくなかった。その後、広報誌のように「5000人」という死者数が多用されるようになったが、昨年10月のCIAの報告書は死者を「数百人」と記し、宣伝用の数字(5000人)と大きな食い違いを見せている。

テレビ放送でも、多くの評論家は、この事実に全く触れずに、“毒ガスを同国民であるクルド人に使用し虐殺した、極悪人のフセインを追放すべし!”と声高に語り、アメリカのイラク侵攻を支持しています。

「多数のメディアが、繰り返し強調する事例はまず疑え」
ということだ。

ソビエト連邦=共産主義=世界の脅威

サダム・フセイン=大量破壊兵器=世界の脅威

タリバーン=原理主義=世界の脅威

「アル・カイーダ」=テロリスト=911、疸阻菌、ロンドン爆破=世界の脅威
・・・etc.


ソビエト連邦も、フセインも、タリバーンも世界の脅威ではなかった。
意図的に強調されてきたにすぎない。
「アル・カイーダ」は実際に存在するのかどうかさえ怪しい。
本当の世界の脅威とは、常套的に情報操作し、平気で他国を爆撃するアメリカ合州国自身ではないのか。


──大量破壊兵器とアルカイダ──

 今回のイラク戦争でも、このウソによるイメージ戦略は大いに発揮された。

 イラク戦争開戦の最大の理由は、
「大量破壊兵器の存在」「フセインとアルカイダのつながり」
 だった。

 この二つの「事実」が、世界中のメディアを使って大宣伝された。狂人フセインを打倒しなければ、世界の安全は脅威に晒される、というように。フセインは世界の脅威、世界の敵になった。すでにフセインのイメージは10年前に定着している。

しかし、「大量破壊兵器の存在」も「アルカイダとの関係」も、ウソだった。

http://blog.goo.ne.jp/leonlobo/c/9596a99dfeb4a0daf5a852d62ea14fa5


マスコミ業界の世界的な中心地であるアメリカでは、マスコミは、開戦後に戦争に協力するだけでなく、政府による戦争開始の策動に協力してきた。アメリカのジャーナリズムの賞として世界的に有名なものに「ピューリッツァ賞」があるが、この賞を作ったジョセフ・ピューリッツァは、1898年にアメリカとスペインの戦争(米西戦争)が始まる原因を作った人である。

 米西戦争は、当時スペイン領だったキューバに停泊中のアメリカの戦艦メーン号が何者かによって爆破沈没され、これをピューリッツァの新聞「イブニング・ワールド」などのアメリカのマスコミが「スペインの仕業に違いない」と煽り、開戦に持ち込んだ戦争である。メーン号が沈没した理由が、故障による自損事故だったことは、後から判明した。

 この米西戦争開始の経緯を見ると、アメリカのマスコミが政府の肝いりで「イラクは大量破壊兵器を持っているに違いない」と煽って開戦に持ち込み、後で、実はイラクは大量破壊兵器を持っていなかったことが分かったという、105年後の2003年に起きたイラク侵攻と、ほとんど同じであることが分かる。

 ピューリッツァとその後の同志たちが巧妙だったのは、自分がやっていた扇動ジャーナリズムを、洗練された知的で高貴な権威あるイメージに変えることを企図し、成功したことである。ピューリッツァは、ニューヨークのコロンビア大学に巨額の寄付を行い、ジャーナリズム学科を創設した。今では、コロンビア大学のジャーナリズム学科は、ジャーナリズムを学ぶ場所として世界最高の地位にあり、ピューリッツァ賞は、世界最高の賞となっている。「ジャーナリスト」は、世界中の若者があこがれる職業になった。

 しかし米西戦争からイラク侵攻まで、「人権」などの一見崇高なイメージを使って敵方の「悪」を誇張し、自国にとって有利な戦争を展開することに協力しているアメリカのマスコミのやり方は、巧妙さに磨きがかかっただけで、本質は変わっていない。
http://tanakanews.com/g0725media.htm


ウンデッドニー以来…… (本多勝一)

 アメリカ合州国が、一方的な「ブッシュの戦争」でアフガニスタン空爆を続けている。予測されていたとおり、一般住民に多数の死傷者が出た。そして、そんなことは一切おかまいなく空からの無差別虐殺をつづけるであろうことも、予想通りである。なぜか。

 合州国の「はじまり」から点検してみられよ。この国は500余年前の「コロンブスの大虐殺」で始まる。すなわち南北アメリカ両大陸(および付属諸島)の、何千万人とも知れぬ先住民族たちの、おそらく人類史上最大の悲劇の始まりである(注1)。合州国に直接関連するものとして、北米の先住民族が最近までにどんな虐殺をされてきたかは、日本人による世界に誇れる報告『アメリカ・インディアン悲史』(藤永茂・朝日新聞社・1972年)がある。

 ワシントン初代大統領時代から強行された侵略は、最後の組織的虐殺「ウンデッドニー」で一応終るものの、そのわずか10年後(1900年)、フィリピンを侵略した米軍による「10歳以上すべて」の全男女が、ルソン島・サマル島で大虐殺された。のちの日本占領軍司令官マッカーサーの父親たるアーサー=マッカーサー将軍の命令だ。この虐殺軍の指揮官たるや、なんと米本国でのベテラン対先住民戦闘兵自身だった。つまりアメリカ先住民大虐殺の歴史は、アジア人大虐殺へと直結する(注2)。

 息子のマッカーサーを最高司令官とする米軍は、東京大空襲や広島・長崎への明白な無差別大虐殺を、「真珠湾」への“反撃”として強行する。真珠湾は軍事施設だけを目標としていたが、東京や広島・長崎等は住民の生命そのものが目標である。

 その5年後、朝鮮戦争が始まる。そこでの米軍による住民大虐殺については、たとえば松本昌次『朝鮮の旅』での「信川大虐殺」などで明らかだが、つい最近も「老斤里大虐殺」が暴露された(注3)。

 朝鮮での終戦後10年と経たぬうちに、ベトナム戦争への米軍介入だ。ソンミ事件その他、アメリカ先住民大虐殺と全く同じ無差別婦女子大虐殺が、カウボーイ米兵らによって“楽しく”行なわれた。

 ベトナム戦争終了26年後の今、父親ブッシュによるイラク戦争(湾岸戦争)を経て息子のブッシュが、国連を無視してアフガニスタンに開戦した。ウンデッドニー当時の大統領と現在のカウボーイ父子大統領とで認識に基本的違いがない以上、非白人で異教徒住民への無差別爆撃(虐殺)は当然である。良心的アメリカ人は、あくまで非主流だ。

 ここまで書いた直後、ミニコミ誌『シサム通信』10月号が届いた。その中から、アフガニスタンで長年医療活動をして今回脱出した中村哲医師の言葉――「一連の動きを見て思うのは、西部劇の続きである。勇敢な白人がバッタバッタとインディアンをなぎ倒していく。」


<注1>たとえばラス=カサスの『インディアス破壊を弾劾する簡略なる陳述』(石原保徳訳・現代企画室)などに詳しい。

<注2>詳細は拙著『アメリカ合州国』(著作集12巻=朝日新聞社)収録の「マイアミ連合からベトナムまでの合州国の道程」参照。

<注3>1950年7月に韓国・忠清北道老斤里で避難民数百人を米兵が無差別射殺。AP通信が一昨年9月に報道。
http://www2.kinyobi.co.jp/old/fusoku_oldf/386


こんな事態が許されるのでしょうか!?

ラムゼー氏の著書を見るまでは、イラクのクウェート侵攻の非は、イラクそしてその独裁者フセインに在ると信じ込んでいましたが、ラムゼー氏は、このイラクのクウェート侵攻はアメリカによって仕掛けられた罠であった事を示してくれます

その罠は、イラン・イラク戦争で疲弊し復興を図るイラクに対して、(アメリカの差し金で)クウェートは石油の過剰な増産を企て国際的な石油価格の暴落を図り、イラクの石油からの利益を削減させた上、イラク油田の盗掘等を行いイラクを徹底的に痛みつけ、イラクがクウェートに善処を請うと、イラク、クウェート、サウジアラビア、UAEによる四ヵ国の石油相会議の席上では、クウェートのサバハ外相は“(イラクに)対応するつもりはない。(中略)気に入らないことがあるなら、イラクはクウェートの領土を勝手に占領すればいい。(中略)我々は米国を引き入れる”とのも発言しています。

そして、当時のブッシュ(父)大統領は“警告も挑発もなくイラクはクウェートに侵攻した” と述べたというが、フセインはこの会議で(イラク軍のクウェート国境への集結の前日)は、“話し合いでイラクを守れないなら、事態を正しく立て直し、かつ奪われた権利をその持ち主に返還するために、何らかの有効な手段が講じられなくてはならない。全能の神よ、我々は忠告を与えたことを覚えておいてください” と語りクウェートに警告を発していたことが紹介されています。

中東で戦争を望んでいたのはイラクではなく、米国の巨大勢力だった。つまり、巨額な予算を維持したい国防総省、中東への武器販売と国内の軍事契約に依存する軍需産業、原油価格に対する支配力強化と利益の増大を望む石油公社、ソ連の崩壊を米軍の中東常駐の絶好の機会と考え、石油資源の支配により巨大な地政学的勢力を二十一世紀に向け構築しようとするブッシュ政権だった。


国防総省の課題は、拡張よりも再建に腐心するイラクを、どうしたら米国の軍事介入を正当化できる行動に駆り立てることができるか、であった。このような危機的状況を創り出すため、国防総省はクウェート王族との特別な関係に頼ろうと考えた。

イラクがイランとの戦いに没頭している最中、クウェートは国境を北方に移動させ、ルメイラ油田の中の九〇〇平方マイルを占拠した。クウェートはこれに加え、米国から供与された傾斜穿孔技術により、イラク領土内に間違いなく位置するルメイラ油田から盗掘を行った。イラン・イラク戦争が最高峰に達した時、イラクの石油輸出能力は低下したが、クウェートは盗掘したイラクの石油をイラクの消費者に売りつけて大いに儲けた。

クウェートは戦争期間を通じ、イラクに三百億ドルを貸与したが、その大部分はクウェート自身がイランから直接的脅威を感じた後のものだった。戦争が終ると、クウェートの指導者はイラクに返済を求めたが、イラクは戦争により八百億ドル以上の被害を受けていた上、クウェートの身勝手な行動で石油価格が引き下げられていた。

イラクにとって債務の即刻返済は不可能だった。

一九八八年から九〇年にかけ、米国防大学の研究が予想した通り、イラクは外交によりクウェートとの紛争解決に努力した。一方、クウェートは、情報筋のすべてが認める通り、一貫して傲慢で非妥協的だった。


サダム・フセインはバグダッドで開催されたアラブ連盟首脳会議で次のように述べた。

戦争は通常、「軍隊の越境、破壊行為、殺人、クーデター支援により遂行される。(中略)そして、現在行われていること(クウェートの石油政策)はイラクに対する戦争である」。

一九九〇年六月、イラクはアラブ数ヵ国に外交使節を派遣し、原油価格の若干の引き上げを可能にする新たな生産割当を訴えた。クウェートはこの生産割当を拒否したが、さらにイラク、クウェート、サウジアラビア、UAEによる首脳会談の開催というイラク提案まで拒絶した。

 七月十日、前記四ヵ国の石油相会議がやっと開催され、原油価格の漸次引き上げが可能となる生産割当が決められた。ところが、翌日、エミールと会談したクウェート石油相は、原油生産を十月まで大幅に引き上げると発表した。

サダム・フセインは、クウェートと米国がイラク経済の破壊を共謀していると公然と非難し、「話し合いでイラクを守れないなら、事態を正しく立て直し、かつ奪われた権利をその持ち主に返還するために、何らかの有効な手段が講じられなくてはならない。全能の神よ、我々は忠告を与えたことを覚えておいてください」と語った。イラクの戦闘部隊がクウェート国境に結集し始めたのは、この翌日である。

 言い換えるなら、イラクは、経済戦争が仕掛けられていると認識しており、事態はそれほど深刻だ、と警告したのである。ブッシュ大統領は八月八日の声明で、警告も挑発もなくイラクはクウェートに侵攻したと述べたが、これは真っ赤な墟である。

http://members.jcom.home.ne.jp/u33/i%20think%20030322.htm


1990:米国の承認の下、クウェートに侵攻。

米国の承認?

1990年7月25日、勢いに乗る独裁者は、米外交官で駐イラク大使のエイプリル・グラスピーとバグダッドで会談。サダムがグラスピーに、イラク石油のちょっとした首長権限をめぐってクウェートに攻撃を仕掛ける際に、アメリカが反対するかどうか確認したところ、このアメリカの使者はこう語った:

「私たちに意見などありません。(国務長官の)ジェームズ・ベイカーが私を寄越したのは、指示を確認するためだけです。それはつまり、クウェートはアメリカと連合関係にないということです。」

サダムは彼女の発言を録音していた。グラスピーは、1991年の議会証言で、父ブッシュがイラクのクウェート侵攻を承認したと世界中の外交官が見なすことになる録音について、その信憑性を否認できなかった。

http://hiddennews.cocolog-nifty.com/gloomynews/2004/04/the_best_democr.html


湾岸戦争はアメリカが仕掛けた罠だった

1991年1月17日、湾岸戦争が始まった。しかしながら、軍事偵察衛星から送られてくる写真から、米ソはイラクがクウェートに攻め込む何日も前から、フセインの軍隊の大規模な移動と、クウェート国境への集結を確実に把握していたことが、関係者の証言で明らかになっている。1990年7月20日に打ち上げられたソ連製スパイ衛星「コスモス2086」が、突然軌道を変え、侵攻直前のクウェート上空を集中的に飛行していたことが、徳島市の「民間・人工衛星追跡組織(LAT)」の調査によって明らかにされた。(1990年10月23日付け「朝日新聞」による)

 他国の衛星の位置を確認しているアメリカが、このソ連衛星の動きを察知していたのは確実で、つまり、「奇襲」とされるイラク軍の侵攻を事前に知っていたことになる。

 もし、アメリカが本気でイラクのクウエート侵攻を沮止しようとするならば、第7艦隊をペルシア湾へ向かわせ、イラクへ警告を発せば、良いことだ。そうすれば、湾岸戦争は回避されていた。

 また、当時のイラク駐在のグラスピーというアメリカ女性大使が、フセインの国家再建努力を褒めて、「アメリカはイラクの行動には関心がない」と言ったのだ。


さらに、国務省の中東専門家であるジョン・ケリー国務次官補が記者会見で「クウェートが攻撃されてもアメリカにはクウェートを助ける責任がない」と公言したのだ。

 さらには、1989年、クウェイト国家公安局長がCIAを「極秘」に訪問し、「非公式会談」を行なっている。

「イラクの経済情勢の悪化を利用して、イラクがわが国との国境を画定しようとするよう仕向けることが重要である、との点で米側と一致した。CIAは、彼らがふさわしいと考える圧力のかけ方を説明し、こうした活動が高いレベルで調整されることを条件に、両国間の幅広い協力関係をつくるべきだと詳述した」ケネディ政権の報道官で、ABCテレビ欧州中東総局長ピエール・サリンジャー他による「湾岸戦争 隠された真実」で、アメリカとクウエートの密約文章の中身をこう紹介している。

 という訳で、フセインはまんまとアメリカが仕掛けた罠にハマったのだった。

http://www.election.co.jp/column/2001/k20011121.html


イラクの湾岸戦争をテレビ報道を見ていて、イラクがクウェ−トに侵入し破壊している様子が映し出されていましたが、その裏にはアメリカのCIAの情報工作があり最初イラクのクウェ−ト侵略を容認した節がある。

 それを、鵜呑みにしたサダム・フセイン大統領がアメリカの思う壺にはまり、悪者にされてしまったのである。

 イラク人の破壊よりも、アメリカの爆撃機の破壊のほうが本当は多大だったのです。

私達は、日本が真珠湾攻撃をしましたが、アメリカは、その情報を先に知っていて、日本の攻撃を口実に日本に宣戦布告してきました。

 時代が変わっても、アメリカのやりかたは、同じなのです。

クウェ−ト(親米政権)は隣のイラクの原油盗掘を行い、また、クウェ−ト人は周辺の貧しいアラブ人を労働者として酷使し、大きな利益を得ていた。これにイラク(フセイン)が抗議したが無視。このため、イラクはクウェ−トを攻撃、占領した。

 クウェ−トは欧米に支援を要請。米を中心とする多国籍軍が編成され、ハイテク兵器を駆使した大攻勢が行われ、一瞬でイラク軍は粉砕され約30万人が戦死しイラクは敗北した。放射能汚染を招くウラン弾頭も使われ、死者の半数は民間人であった。また、国連の降伏勧告を受け入れ、イラクに戻る途中の無抵抗のイラク軍に対し、米軍は隊列の前後の集団を攻撃し足止めした後、「動くもの全て」を対象とした大殺戮を行い、約1万人のイラク兵を全滅させた。イラクへ向かう道路には死体が累々と並び、「死のハイウェイ」と呼ばれた。これらの行為に対し、イスラム勢力の中ではテロによるアメリカへの報復を叫ぶ者も多かった。
http://www.geocities.co.jp/NatureLand/5930/newpage117.htm


湾岸戦争はアメリカなどの、軍需産業を持った多国籍企業という死の商人によって仕組まれた戦争だった。

フセインに資金を送り続けたのはイタリアの銀行であり、化学兵器を造らせてきたのはドイツやソ連であり、原子炉とウランは堂々とフランスから売却され、スーパーガンはイギリスから輸出され、アメリカは資金援助を行ないイラクを戦争ができる国に育ててきた。フセインに戦争させるという作戦を実行してきたのが、この軍需産業ファミリーだ。

[『国連 死の商人』(P.34)、広瀬隆(1992)、八月書館]

世界を飛び回って多国籍企業が操る「影の政府」の意思を世界に伝えて回ったベイカー・アメリカ元国務長官。ユーゴ内戦の国連事務総長特使であり、かつ、アメリカ第2位の軍需産業ゼネラル・ダイナミックスの重役であり、かつ、大マスコミのニューヨークタイムズの重役であるサイラス・ヴァンス。他のイラク在住外国人が足止めをくらったときに、イラクのフランスに対する30億ドルという借金をたてにフランス人のみを脱出させたミッテラン・フランス大統領。

僕たちが新聞やニュースで知ることのできる彼らの肩書きは、長官や大臣や、代表といった平和的なもので、人殺しを職業とする兵器工場の経営者という素性がどこにも書かれていない。ところが原爆・水爆・ミサイル・戦闘機から地雷まですべてを造り、ゲリラ戦の特殊部隊を生み出す戦慄すべき国際グループというのがこの一族の正体だ。

[『国連 死の商人』(PP.36-42)、広瀬隆(1992)、八月書館]


また、この一族の系図は、軍需産業とアメリカ、イギリス、フランスといった多国籍軍の中核をなした各国の政府や、国連、マスコミが一体である証拠だ。近代の戦争はすべて彼ら「影の政府」が仕組んだものだ。

そして湾岸戦争直前の1990年、世界の軍需産業が不況にあえぎはじめていた。その軍需産業の不況を打破するために、多国籍軍が湾岸戦争を引き起こし、大量の兵器を消費して儲けようと企てた。

また、軍需産業とアメリカ政府とのつながりは、現在ますます強まっており、クリントン大統領の閣僚の多くが、多国籍企業の重役出身である。
例えば、現在アメリカの国務長官のクリストファーがいる。彼がクリントン大統領から指名されたとき、潜水艦用の核ミサイル、「トライデント」や、湾岸戦争で使われたステルス戦闘爆撃機をはじめとする軍用機を数多く製造したアメリカ第3位の軍需産業ロッキード社の現役重役だった。

アメリカ大統領直属の情報機関、CIAの長官であるジェイムズ・ウールジーは、アメリカ国防総省との取引額第8位のマーティン・アリエッタ社の重役だった。この会社が生産していたトマホーク巡航ミサイルも湾岸戦争で有名になった。

さらに、クリントン政権は各軍需産業から政治献金を受け、彼らに操られていることがこの面からもわかる。ゼネラルモータース、GTE、テクストロン、グラマン、ゼネラルダイナミックスといった軍需産業がクリントン政権やアメリカ議会議員に政治献金をしていることが明らかになっている。

このようにアメリカは軍需産業のために政治を行なうような仕組みになっている。それがアメリカが世界各地で戦争を勃発させている理由である。

湾岸戦争で多国籍企業は国連を思いのままに操りイラクを世界から孤立させた。そしてこの国連ビルがそびえるマンハッタンの土地を寄贈したのはアメリカ最大の財閥ロックフェラー財閥だった。文字どおり、国連はアメリカの多国籍企業の手のひらの上にある。

また、多国籍企業は、新しい国連事務総長に、ガリを送りこんだ。ガリは、「影の政府」の方針を決定するダボス会議のメンバーである。

http://yiori.tripod.com/aum_related/aum1.txt


湾岸戦争でボロ儲け

……ブッシュ政権の重要ポストにエネルギー業界出身の者が数多くいることにある。……テキサスの石油及び天然ガス会社こそが、ブッシュ・ジュニアの選挙戦の最初の協力者グループだったからだ。……

 副大統領ディック・チェイニーからして、石油産業関連のサービス会社では世界第二位のハリバートン社を長い間経営していた。チェイニーは大統領選を機に同社を離れた。

 すべての諜報機関を統括する安全保障の最高機関、国家安全保障会議の責任者であるコンドリーザ・ライスは、シェブロン社で九年間を過ごした。この巨大石油企業で、一九九一年から二〇〇一年一月まで社外重役を務めていたのだ。……

 W・ブッシュの親友でもある商務長官ドナルド・エバンスは、エネルギー長官のスペンサー・エイブラハムと同様に、天然ガス及び石油を扱うトム・ブラウン社の社長として、それまでの経歴のほとんどを石油業界に捧げてきた。経済問題担当の商務副長官キヤサリン・クーバーは、世界的企業エクソン社のチーフエコノミストであった。

 さらに大臣官房にも似たような経歴の者たちがたくさん見られる。……


投資資産管理会社カーライル・グループの投資財団は、その顧問として、元アメリカ大統領のジョージ・ブッシュまたは、その息子の現大統領ジョージ・W・ブッシュを取り巻く多くの人物を擁している。

 取締役会は特に、ブッシュチームの有力者たちで構成されている。たとえば、ジョージ・ブッシュ政権時の国務長官だったジェームズ・A・ベーカー三世、ロナルド・レーガン大統領時代に国防長官を務めた、フランク・C・カールッチ(CIA副長官も務めた)。一九八九年から一九九三年までジョージ・ブッシュ大統領の下で行政管理予算局長官だったリチャード・G・デーマン、そして同じく父ジョージ・ブッシュ時代のホワイトハウスの首席大統領補佐官ジョン・スヌヌである。……

 アメリカ大統領ジョージ・W・ブッシュは、一九九〇年から一九九四年まで、カーライル・グループの子会社の一つケイタレア社の取蹄役会のメンバーであった。……

 ジョージ・W・ブッシュが一九八六年から一九九三年まで役員を務めたテキサスの石油会社に、……

 だから、ジョージ・W・ブッシュが経営していた別の有限会社二社(アルバスト79とアルバスト80)の資本の中に、テキサスの大物財界人ジェームズ・R・バスの名があっても不思議ではない。……

 ジョージ・W・ブッシュが設立したこの二つの企業は、その後ハーケン・エナジーと合併し、一連の株式取引は、その痕跡さえ見えなくなってしまった。

 ブッシュ・ジュニアは、七八年石油探査会社アルバスト・エナジーを設立。しかし、八六年ハーケン・エナジーに吸収され、ブッシュは役員に就任した。

注 カーライル・グループ:投資資本百二十億ドル。……未公開企業の株式を購入して転売し、米国最大の兵器メーカーを傘下に収め、通信分野の会社を多く持つ。サウジ政府の金融アドバイザーでもある。

アメリカが掲げる「イラク解放」とは、極端にいえば西洋が非西洋の文明を叩きのめし、自分たちの「正義」を押しつけるプロセスに他ならない。しかも、今回の攻撃でアメリカが得るであろう利益は莫大なものだ。新兵器の実験と旧式兵器の在庫処分によって軍需産業が潤い、戦後復興にはアメリカ企業が次々と参入してくる。イラクの地下に眠る世界第2位の埋蔵石油の利権も、優先的に確保するつもりでいる。ロッキード・マーチン社は、今年1月から3月期の売り上げが昨年に比べて18%増加したといい、インフラ復旧事業ではベタテル社が800億円あまりのプロジェクトを受注し、油田の復旧作業はハリパートン社やブーツ&クーツ社などのテキサス系の企業が引き受けている。

 だが、これに至るまで、イラク国民の上には爆弾が降り注ぎ、民間人は3000人近く、イラク軍人は数万人が亡くなった。アメリカ軍の戦死者とは比べ物にならない数だ。イラクの人々を殺すことでアメリカが利益を得る……この構図は、かつて東洋の解放を唱えた岡倉天心が述べた、「西洋の栄光は東洋の屈辱」そのものではないか。とりわけブッシュ政権は、多くの高官たちが、戦争で利益を得る大企業の顧問などを務める「利権屋集団」だ。
この最も基本的な点を忘れ「力こそ正義」という論理に傾けば、力のない人々が絶望的な行動に出ることは避けられない。テロを防ぐどころか、全世界にテロが広がっていくだろう。大義も正義もない、今回のイラク侵略に対しては、きちんと批判の声を上げ、決してアメリカを許してはならない。
http://members.jcom.home.ne.jp/u33/i%20think%20030813ttnt.htm


電通の正体=カナダマフィア(ブロンフマン)の手下 2016/05/19
ヤクザの上はマフィアのお話
http://golden-tamatama.com/blog-entry-2384.html
さて、東京オリンピック色々騒がれてますね。

その昔、猪瀬知事の時にトルコと競り合って東京オリンピック当選。
猪瀬やったなぁおい。
滝川クリステルさんも上機嫌だったのに。


しかし、なんのことはない。
日本は賄賂を払ったから当選したのか。。
トルコは払わなかったから落選した。

そういう話だったのか。。
それも電通が勝手にやったのだとか。

何も知らない日本のオリンピック委員が泣きだしているとか。


これは海外(ガーディアン紙)の説明図。


東京五輪招致委員

↓ 1.6億円(130万ユーロ)の賄賂

国際陸上競技連盟会長、国際オリンピック委員会会長のディアク氏の息子


これをもうちょっと分かりやすく書いた図


その昔、オリンピック委員会のサマランチ会長というのがいましたが。
覚えてるでしょうか。

ったく、タマランチな状況になってきますたね。

タマラーンチ!
電通にタマランチ攻撃!

昨日は夕飯を食べながらブツブツとそう独り言を言っていました。

ランチはもう食べたでしょ。
妻に怪訝な顔で見つめられてしまいますた。

それにしても電通。
以下のように日本の報道では電通がまったく出てこない。


海外では普通に報道されてるのに、日本の新聞各社は絶対に電通の名前は出さない。


霞が関の官僚も電通の名前は絶対に出さない。


電通は霞が関でもタブーだった

大西健介議員「電通からは事情を聴くのか?」

文科官僚「そ、それは 〜〜 や、やらない」

玉木雄一郎議員「電通からブラック・タイディング社のことを聞いて下さい。資料を取り寄せて下さい」

文科官僚「そ、そこまですることは考えていない」

文科官僚は声を上ずらせながら、苦しい表情で答えた。やたらと手振りを交え、時折ツバを飲み込んだ。

何に怯えているのか? 文科官僚は滑稽なほど緊張しながら「知らぬ存ぜぬ」を繰り返した。

おいおい。
いったい電通ってどんだけ力があるでしょうか?

そもそもパナマ文章だって、風評被害でもないのに風評被害だ!
強引にマスコミ各社に風評被害と言わせてしまえる力。
マスコミ、大メディアが恐れ慄き、官僚すらおびえて泣きだす権力。

なぜそんなにも日本のマスメディアは電通を恐れるのか。
電通とはなんなのか。
電通の正体。

その昔書いた話でちょっと古いのですが再掲しときましょう。

以下、テレビ局や新聞社の本社の住所に注目して下さい。
なぜ韓国かを考えて下さい。


【五輪招致疑惑】 電通は霞が関でもタブーだった 2016年5月18日
http://kenshin.blog.ocn.ne.jp/blog/2010/09/post_a0a3.html

そして以下はだいたいの人が理解している日本の支配構造図。


http://golden-tamatama.com/img/d158j2014_00002150.jpg/

一部の人は知っているかもしれませんが。

この在日朝鮮人の上にいるのが偽ユダヤです。(ユダヤ人のふりをしているがユダヤ人とまったく関係ない人種)

で、メディア界担当の偽ユダヤが

カナダの一族。ブロンフマン一族です。


ぇー。カナダ?
意外や意外ですね。

カナダというのはカエデの葉っぱの大人しい国だと思いきや意外です。
メディア界を牛耳ってるのですね。
驚きです。


皆様はオムニコム社は聞いたことがあるでしょうか。
オムニコムというのはカナダに本拠地がある世界最大手の広告会社です。


http://blog-imgs-42.fc2.com/g/o/l/goldentamatama/20130219183949ddf.jpg

これは2012年の広告企業売り上げランキング


これは2014年のランキング。
電通は5位です。OMC=オムニコムです。


オムニコム(OMC)は電通をはるかにしのぐ巨大企業です。

オムニコム社は、日本ではI&S BBDOという怪しい子会社を持っています。
読売グループの第一広告社とセゾングループのエスピーエヌ社が合併した子会社です。


WIKI I&S BBDO
https://ja.wikipedia.org/wiki/I%26S_BBDO


I&S BBDO(アイアンドエス・ビービーディオー)は、東京都中央区に本社を置く外資系広告代理店。売り上げは非公開。

1947年6月に第一広告社として設立された。その後、1986年10月に読売グループとなっていた第一広告社とセゾングループのエスピーエヌが対等合併し、新社名I&Sとなった。

1998年にはアメリカの大手広告代理店オムニコムグループと資本提携し傘下に収まり、I&S BBDOになる。

選挙の時にはこのI&S BBDOが暗躍したりしているのです。


「電通」を取り巻く、日本でいちばん醜い利権の構図
www.asyura2.com/09/senkyo69/msg/805.html

とにかくこのオムニコムが電通を操っているのでした。
で、このオムニコム社の上にいるのがカナダのブロンフマン一族です。

ちなみにこのブロンフマンさんというのはイーディシュ語で酒屋という意味です。
つまり酒屋さん一族ということですね。

1920年代アメリカ。
当時、アメリカは禁酒法といってお酒が法律で禁止されていたのですた。

ブロンフマンさんは禁酒法時代に、カポネさんなどのギャグを使って天文学的なお金を稼いだと言われています。

皆様はアルカポネは知ってますよね。
アメリカのギャング映画に出てくる有名な人ですが。
あのカポネさんもブロンフマンさんの手下の一人です。


ブロンフマンさんは、

世界ユダヤ人会議(略称WJC)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%83%A6%E3%83%80%E3%83%A4%E4%BA%BA%E4%BC%9A%E8%AD%B0

の議長をやったりしています。

今ではブロンフマンさんはシーグラム社というカナダの酒造メーカーをやっています。

ミネラル・ウォーター ボルビックを販売してる有名な会社ですよね。
キリンと合併してキリン・シーグラムも作ったことがあります。


このブロンフマンさんはベルギーの王族の子会社とも関係があり、またロスチャイルドさんとも親戚関係にあります。

そもそもブロンフマンさんは、あのデュポンの経営一族で知られているのです。

ブロンフマン一族は奴らの中でも強硬派、過激派です。
とにかくちょっとでも逆らったらすぐ殺してしまう。

つまり電通をずっと遡ると、朝鮮人ヤクザがいてその上は?

と見ると恐ろしいカナダの酒屋マフィアに行きついた。
それもアルカポネの親分のマフィアだった。

ちなみにマフィア業界で殺人数ランキング。

1位はあの伝説のマフィア。マイヤー・ランスキー一族です。
そして2位がブロンフマン一族です。

電通の親分は殺人数第2位のマフィアだった。
これでは新聞や官僚が電通の名前を聞いて失禁する訳ですね。。

メディア業界というのは上はヤクザでその上はマフィアなのです。
これは裏を知ってる人の常識です。

残虐。凶悪の殺人集団がニュースや芸能界をプロモートしている。
まぁ、前から皆様も何となく気づいていた通りの話です。

という訳で、以上。
長くなってしまいましたが。

とにかく、ミソがついてしまった東京オリンピック。
開催したってヤクザの利益になるだけですよ。

だいたい、福島ではデブリになった核燃料が地下でくすぶってるのに
なにがオリンピックですか。


※この記事はちょっと危ないことを書き過ぎでしょうかね。
時間限定で有料(ブロマガ)記事に移行するかもしれません。
http://golden-tamatama.com/blog-entry-2384.html


36. 中川隆[7297] koaQ7Jey 2017年3月23日 21:10:57 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[7769]

2017年03月17日 米メディアを支配しているのは。。。

非常に長い記事ですのでかなり端折りました。

この記事の重要な点は、CIAがアメリカの主要メディアの全てを支配し、情報を操作・管理しながら、米国民だけでなく日本や世界の人々を騙してきたということです。アメリカの主要メディアはCIAのプロパガンダ・マシーンです。そしてアメリカのメディアの口パクでしかない日本のマスコミも同様にCIAから許可を得た記事やニュースしか報道できないようになっているのでしょう。CNNのニュースをそのまま報道しているのですから。。。

アメリカの主要メディアを支配しているのはユダヤ資本であり、CIAですから、NSAと同様にCIAもユダヤ資本(NWOの重要メンバー)に支配された機関ということになります。

CIAと呼ばれる極悪犯罪組織がアメリカの諜報機関として世界中で様々な犯罪を行ってきたのです。CIAは諜報機関などと呼ばれるような集団ではなく、秘密の犯罪組織です。
http://www.thedailysheeple.com/american-corporate-msm-is-merged-with-cia-and-has-been-since-the-1950s_032017 


(概要)3月16日付け


1940年代後半から1950年代前半にかけて、CIAのオペレーション・モッキングバードと呼ばれる秘密プロジェクトムが実行に移されました。その目的は、アメリカのメディアを支配し影響力を与えることで米国民が入手する情報や評論の全てを操作・統制・支配できるようにするためです。


この秘密プロジェクトは国家安全保障会議で考案されフランク・ウィスナー氏によって実行に移されました。

ウィスナー氏はワシントン・ポストのフィリップ・グレアム氏をメディア界におけるプロジェクトのトップに任命しました。また1950年代前半にはウィスナー氏はニューヨーク・タイムズ、ニューズウィーク、CBSを含む多くのメディア関係者を支配するようになりました。

1953年から1961年までCIA長官を務めたアレン・ダレス氏は1951年にCIAに加わりオペレーション・モッキングバードの主要作戦部員となりました。


1953年以降、メディアを支配するプロジェクトはCIA長官のアレン・ダレン氏が監督することになりました。当時、CIAは既に25社以上の新聞社と通信社に影響力を与えていました。


このプロジェクトは現在まで続いています。

メディアを通して報道されるニュースの全てがCIA及び関連の政府機関よって作成されたものです。つまり現在も主要メディアはCIAが作成する偽のニュースを報道するCIAのプロパガンダ・マシーンででり続けているということです。
報道を行ってきたということです。

CIAが完全に支配しているのは主要メディアだけではありません。彼等は芸能界も支配しています。

アメリカの主要メディアはCIAのアジェンダに沿った偽のニュースを報道するこどでCIAのプロパガンダを行っています。例えば、ブッシュ政権はジャーナリストにお金を払って反キューバの記事を書かせました。


テレビに出演したドイツのジャーナリストであり政治科学の専門家(Dr.Udo Ulfkotte)は、彼の名前で諜報機関が書いた記事を寄稿するよう命令されたと告白しました。命令に従わなかったDr.Ulfkotteは職を奪われました。彼によれば、アメリカとドイツのメディアは共に連携してヨーロッパやロシアで戦争を勃発させるための報道を行っています。彼等は反ロシアのプロパガンダを行いドイツだけでなくヨーロッパ中の人々を騙しています。


2014年に明らかになったことは。。。多くのジャーナリストが定期的にCIAから情報を受けとったり、CIAのイベントに参加したり、ジャーナリストが書いた記事をCIAに手渡しCIAに情報を加えてもらったり書き直してもらたりしているということです。

例えば、ロスアンゼルス・タイムズのリポーターも自分たちが書いた記事をCIAに確認(修正)してもらった後に報道します。

ペンタゴンも情報作戦行っています。2006年から、米軍の全部隊、師団、兵団は国内メディアを通して独自の心理作戦を実行してきました。このような軍事活動は、ラジオ局やニュース・ウェブサイトなどに資金を提供している国務省の報道キャンペーンと関連しています。

イギリスでは、国防省のDirectorate of Targeting and Information Operationsが、ベッドフォードシャーのDefence Intelligence and Security School の心理作戦のスペシャリストと連携してプロパガンダを行っています。

2013年に、CIAとワシントンポストの繋がりが明らかになりました。アマゾン及びワシントンポストのオーナーであるジェフ・ベゾフ氏はアマゾンのクラウド・テクノロジーのインフラに関してCIAと取引を行いました。つまりワシントンポストはCIAのプロパガンダのための報道を行っているのではないかと疑われるようになりました。

つい最近、トランプ大統領の国家安全保障担当補佐官だったマイケル・フリン氏が辞任に追い込まれましたが、これもCIAがメディアを使って反フリン氏の情報操作を行った結果です。

全ての主要メディアがフリン氏を辞任に追い込むためにヒステリックな報道をしていました。

また、フリン氏の会話を最初にリークしたのはワシントンポストでした。ワシントンポストはCIAの命令通りに情報をリークするはけ口なのです。

さらにフリン氏に対する攻撃はトランプが大統領になる前から始まっていました。オバマ政権が残りわずかになったころ、CIAのブレナン長官とクラッパー国家情報長官が大統領選中にロシアがハッキングをして情報をリークしたと騒ぎ立て、フリン氏がロシアと繋がっていることは国の安全を脅かすものだとフリン氏を非難した人物です。
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/52004444.html



37. 中川隆[7663] koaQ7Jey 2017年4月11日 17:50:32 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[8151]

トランプ大統領がシリアにミサイル攻撃した理由2017年4月11日

トランプ政権は完全に機能不全に陥っていた。法案は議会を通らず、政権内部は混乱している。トランプ大統領は何らかの打開策を見つけなければならない。この状況の原因となっている政策は何か? バノン氏やフリン氏の親ロシア政策である。ではその政策は政権にどのようなメリットをもたらしているのか?

大統領選挙の時からトランプ氏の演説を追っている読者があれば映像を覚えているかもしれないが、「他国の政権転覆をやめる」という主張は、トランプ氏の演説のなかで支持者からの反応が最も薄かった主張の一つである。

アメリカ国民とは、アメリカが「世界で最も偉大な正義の国」であると本当に信じている人々である。その彼らに「アメリカは他国の政権転覆をやめるべき」などと言えば、アメリカの歴史そのものが悪だと言うようなものである。


•ドナルド・トランプ氏は本当はアメリカが嫌いなのではないか?
http://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/4076


だから、トランプ氏が演説でこの主張をしたときの支持者の反応は、賛同から程遠い当惑だった。

アメリカの政治介入は悪だったのか? 

イラク戦争は正義ではなかったのか? 

部外者から見れば何の正当性もないものが、アメリカ人には正当に映る。
彼らはそう教育されているのである。


何度も言うが、アメリカ人とは広島長崎への原爆投下が正義の行いだったと本気で信じている国民である。

個人の銃所有が治安向上のためになると全米ライフル協会が主張すればそれを信じ、

ブッシュ大統領のイラク侵略の口実となったイラクによる大量破壊兵器の所有が全くの嘘でたらめだったと明らかになっても気にさえ留めない、

政治的に非常に操作しやすい、頭の無い人々である。


だからこそトランプ氏は、政権転覆という表現よりも中東での軍事支出を減らすという主張に重点を置いた。「アメリカ人にとって正しいこと」は「世界にとって正しいこと」よりも先にあるものだと明確に述べた。上記で引用した通りである。


トランプ大統領の決断

親ロシア政策による利益とコストは明白だった。
政治的コストはあまりに大きく、利益はアメリカ国民にも議会にも理解されない。

そこでトランプ大統領が何を決断したのか、もう読者にもお分かりだろう。

彼の言う「世界にとって正しいこと」を選挙と議会における票のために犠牲にしたのである。

フリン氏は辞任させられ、そしてロイターによれば、トランプ政権内ではバノン氏の更迭が検討されているという。

トランプ政権内の反グローバリズムは風前の灯火である。


そしてシリア爆撃をアメリカ国民がどう捉えたかと言えば、トランプ大統領の支持者は言うまでもなく、彼に反対していたはずのリベラルのアメリカ国民でさえ、このミサイル攻撃を支持している。

CBSの世論調査(原文英語)によれば、共和党支持者のシリア爆撃支持率は84%、そしてトランプ大統領を毛嫌いする民主党支持者でさえ、40%が爆撃を支持しているという。

以前伝えたように、この爆撃の口実となったシリア政府による化学兵器の使用はシリア政府自身は否定しており、ロシアは「アメリカによるこのような大規模なミサイル攻撃は口実となった事件よりもかなり以前から準備を進める必要があったはずだ」と主張している。また、シリアの国営放送はアメリカによる攻撃で民間人が死亡したと主張している。


•米国トランプ政権がシリアをミサイル攻撃、各国の反応まとめ
http://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/5987


個人的には状況の認識についてシリア側の見解にも西側諸国の見解にも与するつもりはない。しかし仮に西側諸国の言う通り、シリア側の化学兵器使用が事実であったとしても、全く関係のないアメリカがシリアにミサイルを打ち込む理由になると信じられるのは、西側諸国の教育を受けた人間だけである。

アメリカ人は諸手をあげて攻撃を支持している。
日本人は、どれだけの数がそれに同意出来るだろうか。

結論

第二次世界大戦における原爆投下を「戦争の早期終結に繋がり、結果的に多くの人命を救った」行為として正当化することを含め、アメリカ人は教えられれば何でも信じる人種である。

西洋はそうして戦争を行なってきた。

キリスト教の布教を理由に全く関係のない国々を植民地化し、戦後は「自由でオープンな価値観」の布教を理由に人殺しを行なってきたのである。

特にアメリカ人は政治家にとって御しやすい。

日本人やヨーロッパ人よりも単純であり、思想のコントロールが容易だからである。

トランプ氏はそこから外れた価値観を政治に持ち込もうとしたが、結局は有権者の理解がなければどうにもならない。要するに、誰が大統領になろうとも、アメリカ人は所詮アメリカ人だったということである。

ただ、トランプ大統領にとっても、これまでの主張をすべて覆すようなシリア爆撃を結論するのは容易ではなかったはずである。だからトランプ大統領の決断にはもう一つ重要な要因が必要となった。この点についてはまた別の記事で書きたいと思っている。
http://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/5999


38. 中川隆[7723] koaQ7Jey 2017年4月13日 18:19:17 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[8213]

敵と国際法に一切容赦なしのトランプ・ドクトリン
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2017/04/post-b588.html
2017年4月13日 マスコミに載らない海外記事


Finian CUNNINGHAM
2017年4月11日
Strategic Culture Foundation

子供を含む一般市民を虐殺する結果になった、トマホーク・ミサイルの集中攻撃で、シリアを攻撃しろというドナルド・トランプの命令は、単なる侵略という犯罪行為ではない。トランプ・ドクトリンという大統領職の定義を狙っているように見える。そのドクトリンとは、以下のように言い表せようか。まず銃撃、先にどんな質問もしないこと。

アメリカは最も無謀な、ならずもの国家だという警告を、世界が受けている。

トランプによる大統領ドクトリン追求は、冗談でなく、むしろ真面目に、こう表現できようか。アメリカが敵と規定したものと、国際法には一切容赦なし。

彼以前のホワイト・ハウス入居者全員、アメリカ大統領は、その外交政策を規定する各自独自のドクトリンで飾られるのが常だ。1823年に、ヨーロッパの植民地権益に対し、中南米という“裏庭”での、アメリカの覇権を主張する、モンロー・ドクトリンを残したジェームズ・モンロー大統領にまで、伝統はさかのぼる。

より最近では、9/11テロ事件後、GWブッシュが、アメリカは、どの外国においても一方的に“テロリストを追いかける”軍事権益を追求すると主張したブッシュ・ドクトリンだ。

トランプ直近の前任者バラク・オバマは、軍事力を行使する権利を保持しながら、敵対国と慎重に交渉するものとされるオバマ・ドクトリンを知らしめたが、イランの核計画を巡るイランとの外交を追求する政策が、おそらく、その好例だ。

トランプのドクトリン候補案は、ブッシュの一方的先制軍事攻撃政策を強化したものだ。シリアへの空爆攻撃からわずか数日後、北朝鮮に対する明白な警告として、アメリカ空母カール・ビンソン率いる航空母艦攻撃群に朝鮮半島に向かうよう、トランプは命じた。

先週のシリアに対するミサイルの集中攻撃後、ホワイト・ハウス報道官ショーン・スパイサーはこう述べた。“これはシリアのみならず、全世界に対して信号を送ったのだ”。

イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、この論理の要旨を把握して、トランプのトマホークによるシリア攻撃“は、ダマスカスのみならず、テヘランや平壌や、どこでも”おこりうる、と述べた。この“どこでも”は、邪悪な含意に満ちている。

二日前のイドリブ県における化学兵器攻撃事件への“報復”として、トランプは、シリア空軍基地の59発の巡航ミサイルによる攻撃を命じた。ホワイト・ハウスとアメリカ・マスコミ丸ごとが、簡単な疑問を問うこともせずに、シリア空軍がハンシェイクンに化学兵器を投下し、80人以上を殺害したと断言した。シリアを軍事支援しているのだから、こうした死には、ロシアが“共謀している、とまでホワイト・ハウスは非難している。

化学兵器攻撃事件の適切な調査に対するロシアの要求は、地中海の二隻のアメリカ戦艦から発射された巡航命ミサイルによる空爆実行を進めたワシントンに、はねつけられていた 。シャイラート空軍基地を狙ったのは、そこからシリア戦闘機がハンシェイクン攻撃を行ったためだとアメリカは主張した。ホムス市長タラル・バザリによれば、アメリカ・ミサイル攻撃により、標的にされた空軍基地近くで、子供四人を含む、一般市民九名が亡くなった。ハンシェイクンでの“可愛い赤ん坊”の死に対するトランプの哀悼は、その後の、アメリカによる空爆命令の動機となって、おしまいなのだ。

アメリカによるミサイル集中攻撃の後、ロシアのウラジーミル・サフロノフ国連代理大使は、アメリカが、真実が暴露されるのを“恐れて”、ハンシェイクンでの化学兵器事件とされるものへ公正な調査を行おうという取り組みを阻止していたと語った。シリア政府が攻撃を行ったというアメリカの主張は、全て“信頼できない情報源”と、聖戦武装集団とつながる“メディア活動家”が提供した怪しげなビデオ映像に基づいていると、先にサフロノフは述べていた。

事件以来、アメリカや他の西欧マスコミ放送は、懐疑の片鱗もなしに、一斉に、化学兵器攻撃を行ったのはシリア政府軍だったと結論づけた。例えばイギリス政府は、一般市民の死亡は、ロシアの“責任”だと非難し、今週予定されていたモスクワ公式訪問をキャンセルするというボリス・ジョンソン外務大臣による決定で、この主張を強調した。

シリア政府と、その同盟者に対する、こうした偏見に満ちた独占的言論で、ハンシェイクンでの化学兵器攻撃事件に対する公正な調査の可能性は、事実上不可能になった。2013年8月、ダマスカス近郊での悪名高いサリン・ガス中毒と同様、最新の攻撃という出来事は、バッシャール・アル・アサド大統領のシリア軍だったという信仰個条になってしまった。二つの出来事は、実際はアメリカ軍による介入を引き起こすため、諸外国が支援する聖戦士が実行した意図的な偽旗中傷戦術であるという証拠が多数あるにもかかわらず。

トランプ大統領は、2013年に、前任者バラク・オバマがためらった餌に食いついたのだ。先週のトランプによるあつかましい戦争行為は、驚くべきことに、聖戦戦士とつながる、信用を失ったホワイト・ヘルメットに所属するメディア活動家が提供したビデオ映像を除き、取るに足らない証拠に基づいていた。

だが明らかなのは、トランプが先に撃つ用意があることを示しただけではない。アメリカ・マスコミと同盟諸国政府に幇助されたトランプ政権は、後で決して誰もあえて質問できないようにした。下劣な侵略行動丸ごと既成事実と化した。

答えが必要な疑問は多々ある。2013年にロシアが仲介した廃棄協定以降、化学兵器を保持していないとシリア政府は主張している。シリアの武装解除は国連の査察集団、化学兵器禁止機関OPCWによって確認されている。

更にシリア政府は、わずか数週間前に、化学兵器禁止機関に、兵器用の有毒化学物質が、シリア国内で、聖戦戦士ネットワークによって移動されていると通知したと主張している。化学物質が秘かにトルコ軍から供給されていることは、最近、クルド人反政府集団によって確認されているようだ。これはまさに、数百人の一般市民がダマスカス郊外の東グータで殺害された2013年の同様な攻撃のためのサリンを聖戦士が入手したのと全く同じ経路だ。

ハンシェイクンでの最近の事件に関するロシア軍説明は妥当に思える。シリア空軍が近くの聖戦戦士集団に対し、通常の攻撃を行い、反政府戦士が保有する兵器庫から毒性化学物質が不測の漏洩をするに至ったのだ。反政府戦士は、シリア空爆攻撃を毒物意図的放出の隠れ蓑に利用し、そこでプロパガンダ目的で好都合にもビデオも撮影し、彼らの見地からして、トランプの後の攻撃命令を考えれば、狙いは成功した。

トランプがトマホーク攻撃命令を出したのが、木曜夜、彼のフロリダ州パーム・ビーチのリゾートで、習近平中国国家主席をもてなしていた時だったのは、決して偶然ではない。トランプは、晩餐中、中国首席に、この件を伝えたと報じられている。

数分後、トランプは、差し迫った対シリア空爆攻撃を公に発表した。アメリカ政策が、それまで“変更させるのに劇的に失敗してきた”独裁者の振る舞いだと、彼はアサドについて表現した。

そのわずか数日前、もし北京が金正恩の核兵器計画抑制に協力しないのであれば、アメリカは、中国の同盟国北朝鮮に対し、一方的な軍事行動をとる用意があると、トランプは発表していた。アメリカの選択肢には、平壌“斬首”攻撃も含まれると報じている。

こうした無謀な国際法無視に基づくマッチョ風シリア攻撃は、のどから手が出るほど欲しかった国内での称賛をトランプにもたらしたのみならず、かつての政敵を、全軍最高司令官のもとに結集させ、ロシアの傀儡という彼に対する主張を鎮めてしまった。

しかも、トランプは、シリアであれ、北朝鮮であれ、中国あるいは、ロシアでさえ、アメリカが敵と指定したあらゆる政権に対して圧倒的軍事力を行使する用意があるというメッセージを送っている。

朝鮮半島への航空母艦打撃群の急行が、“狂人”トランプによる力の誇示としての次の行動だ。これは、アメリカの敵と指定されたものに対しては“一切容赦なし”、証拠、事実、道徳や国際法にも、一切容赦なしだという恐ろしい兆しだ。

新たなトランプ・ドクトリンは、世界に対する、アメリカは最も途方もない規模のならず者国家だという通告だ。

記事原文のurl:http://www.strategic-culture.org/news/2017/04/11/trump-doctrine-zero-tolerance-enemies-international-law.html
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39. 中川隆[7724] koaQ7Jey 2017年4月13日 18:20:53 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[8214]

今こそ合州国の正体直視を  本多勝一

週間金曜日 2003年 3月14日号「風速計」 


この一文が出るころ、アメリカ合州国の体制主流は、イラク侵略を開始または開始寸前にあるだろう。

 国連安保理外相級会合に米英ら3国が今月7日提出した修正決議案は、国連安全保障理事会で11日に採決にかけられる見通しだが、ここで否決されても、合州国は単独で開戦・侵略に踏み切る構えである。

 あたりまえだ。アメリカ合州国の歴史は、こういうことの連続の末に今日の地球史上最強・最悪の帝国となった。ワシントン初代大統領以来の二百余年間は、手段を選ばぬ詐欺・脅迫・テロ・虐殺による侵略史にほかならぬ。そのことはこれまで機会あるごとに触れてきたが(注)、目前でまたしても超大軍事力によって同じことが強行されようとしている今、「正確な合州国史」にうといままその正体に気付かぬ例が多い日本人のためにも、このさい改めて正面から指摘しておきたい。

 ただし、こんどのイラク侵略が開戦されてもされなくても、これはコロンブス以来のヨーロッパによる世界侵略500年史の中で、ベトナム戦争とともに画期をなす歴史的事件となるかもしれない。

米西戦争などで世界制覇競争に勝った合州国は、それまでに北米大陸での先住民族侵略をウンデッドニー虐殺によって終了していたが、以降そのままハワイ・グアム・フィリピンへと「西部へ西部へ」を進めた。朝鮮戦争につづくベトナム戦争で、合州国軍隊はワシントン初代大統領以来初の敗戦を喫したものの、侵略のための巨大軍需産業や体質に傷はつかなかった。その成りゆきとしてのイラク戦争(12年前も今回も)である。ところが、合州国の正体に気づき始めた人々の世界的盛上りによって、開戦寸前での中止か、開戦してもベトナム以上の反戦の広がりで帝国の没落となるかもしれない。この500年来の画期をなすゆえんである。


合州国は“民主主義”をタテマエにしている。実態はともかく、民意を完全・明白に無視した侵略は支持されない。そこで開戦のとき必ずといえるほど使われるテこそ、相手が先に攻撃したとみせかける捏造事件である。これは先住民族への侵略以来イラクまで一貫してきた。

戦艦メーン号爆破事件(米西戦争)をみよ。トンキン湾事件(ベトナム戦争)をみよ。真珠湾(太平洋戦争)をみよ。その他その他。

これを書いている9日の朝日放送(サンデープロジェクト)は、イラクのクウェート侵入(これも裏に合州国あり)にさいして、イラク兵が乳児を哺育器から出して次々と放り投げた様子をクウェートの少女に証言させたこと、これが繰り返し放送されて世論を憤激させ、開戦に有利になったこと、ところが後に、この少女は駐米クウェート大使の娘で、証言は捏造だったこと等を放映した。

 こんどはどんな捏造が、いいように操作されるマスコミによって“報道”されることだろうか。

 開戦寸前の今、このテーマは「未完」としておく。
http://ecoplaza-sabae.jp/mailnews20030319.html


40. 中川隆[-7528] koaQ7Jey 2017年6月12日 07:26:31 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

『マンディンゴ』(Mandingo)1975年 パラマウント 無料動画
http://video.fc2.com/content/20131111yJCCUMgm/&tk=T0Rnek16azBOREE9
http://yume551.com/foreignfilm/4750.html

監督 リチャード・フライシャー

キャスト

ジェームズ・メイソン・・・マクスウェル
スーザン・ジョージ・・・ブランチ
ケン・ノートン・・・ミード
ペリー・キング ・・・ハモンド
ブレンダ・サイクス(英語版)・・・エレン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B4

『マンディンゴ』(1975)アメリカのタブー“奴隷牧場”を暴いた問題作!『ルーツ』の裏側を知れ!
http://yojimbonoyoieiga.at.webry.info/201110/article_5.html

 60年代後半から70年代中盤にかけてのアメリカ映画界で、『トラ・トラ・トラ!』で知られるリチャード・フライシャー監督が撮った問題作はふたつほどあり、一本はつい先日、記事にした『絞殺魔』であり、もうひとつが1975年公開の『マンディンゴ』です。

 ハリウッド映画ではメジャーであるパラマウントがジェームス・メイソン(農場主)、ペリー・キング(ハモンド)、スーザン・ジョージ(ブランチ)、そしてケン・ノートンらのしっかりとした俳優陣を使って製作した大作映画ではあります。


 当時は大ヒットしたにもかかわらず、長い間に渡って、DVD化されていなかったのは差別用語と差別発言があまりにも多いので、パラマウントがリリースするのに二の足を踏んでいたからだと言われています。

 ちなみに上のDVDのジャケットではジェームズ・メイソンが黒人の子どものお腹に足を乗せています。理由は持病のリューマチを治すのには自分の足を“動物”のお腹に乗せておくと病気が動物に移るという迷信を信じた彼が奴隷の子供に足を乗せているというシーンから取られています。


 また公開当時から批評家にさんざん叩かれて、見せ物映画のレッテルを貼られてしまったが、歴代最低映画のワースト10にも常にランクインするなどの話題性もあるので、怖いもの見たさもあり、ついにリリースされたということなのでしょうか。

 ただ拝金主義で問題も多いハリウッドではありますが、こういう問題作を隠さずに見る者の判断に委ねるところがわが国とは違います。

 この映画で彼が描いたのはアメリカの超ヒット大河ドラマとして名高い『ルーツ』での欺瞞への反発からだったのでしょうか。それとも映画化するに際し、誰も引き受けなかったために職人監督の彼が手がけただけというのが真相だろうか。


 製作もディノ・デ・ラウレンティスで、彼もネオリアリズムの傑作である『道』『カビリアの夜』やヌーヴェルヴァーグの代表作『気狂いピエロ』に出資するなど、ちょくちょく顔を出してくる独立系名物プロデューサーのひとりでした。


『ルーツ』では放送倫理規制、いわゆるヘイズ・コードで巧妙に隠されてしまい、明らかにせずに避けて通っていたアメリカの恥部である奴隷の歴史の闇のディティールを描いたのが『マンディンゴ』でした。

 『ルーツ』でもクンタキンテの苦難に満ちた壮絶な人生がセンセーショナルに取り上げられ、わが国でも放送されていました。ただこのドラマではキンタ・クンテの家庭の温かさ(キジーの髪の毛を撫でたりする。)だったり、登場人物も良い人の比率が多かったりと綺麗ごとで塗り固められている側面がある。


 しかし物事の本質をえぐり出そうという映画製作姿勢で知られていたフライシャー監督が通り一遍に作品を送り出すわけはない。彼はそういった綺麗ごとを排し、厳しく、そして皮肉たっぷりの映画を製作する。

 この映画のポスターを見れば、それは一目瞭然で、それはまさに『風と共に去りぬ』を笑い飛ばすブラック・ユーモアに満ちているし、彼が何を批判したかったのかが分かる。

 名画と呼ばれる『風と共に去りぬ』はたしかに歴史的に価値のある傑作であり、ハリウッド映画最大のアイコンでもありますが、見る人が見れば、怒りがこみ上げる作品でもあるという証明がこのポスターなのでしょう。

http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/004/981/16/N000/000/003/131937623801113214750_mandingo_a0q.jpg


 俺は生まれた この時代に
 
 自由の無い この時代に 自由が欲しくても 手が届かない 

 自分のものは この心だけ そうとも俺のものは心だけ

 幸せがどういうものか 知りもしない 

 分からないよ 誰を責めるべきか
                     『Born in This Time』

 作品中、この哀しい歌詞で歌われるブルース・ナンバーはオープニング、クライマックス前、そしてエンディングの合計3回歌われる。この歌はとても印象的ではあります。ただこの曲よりもモーリス・ジャールが付けたこの映画のサウンドが異様で、のどかな古き良き時代を思い出させるようなクラシック調の調べの数々がとても気持ち悪い。

 おそらく対位法の効果を狙い、見る者にその異様な光景を印象つけようということなのでしょうが、『アルプス一万尺?』をヴァイオリンで弾かせているのに合わせて、手かせと首かせを付けられた奴隷たちを行進させたりするので、長閑な音楽の流れるところには異様なシーンが続いていくことが多い。

 フライシャー監督とディノ・デ・ラウレンティスは人身売買の被害者である黒人奴隷の悲惨さ、しかも奴隷の男女をかけ合わせて、新たな奴隷を作り出す奴隷牧場という悪魔のシステムをはじめて商業映画で暴き出しました。作品は人を人と思わない、傲慢で無知な鬼畜の所業の数々とそういった人種差別をしながら、キリストに祈るという滑稽なほど間抜けな南部白人たちのおぞましきエピソードの連続です。


 黒人をまず人間とは認めていませんので、彼らの面倒を診るのは獣医ということにまずは驚かされる。まるで『ドクター・モローの島』のようです。ドクター・モローも人種差別の寓話として見ていましたので、間接的には奴隷牧場を描いていた作品はあります。

 しかしこの作品では白人たちが真正面から見たくないものと向き合わされる。白人男と黒人女、白人女と黒人男という異人種のあいだの性交(もちろん主導権は白人側が握っている。)が何度も描かれていて、人種差別の滑稽さが浮き彫りになる。

 黒人たちは白人の性欲を処理する道具でしかなく、人格は認められていないのです。そのため父親は白人なのに、奴隷に産ませた子供を平気で奴隷として売りだそうとします。


 また閉鎖的な白人社会内では、つまりキリスト教圏だけではなく、多くの宗教では近親相姦がタブーであるはずなのに、実際には行われている。スーザン・ジョージは実の兄に犯され、処女を奪われる。この兄は変態で、SM趣味を持ち、黒人少女たちを犯すときも後ろ手にして、ベルトを外し、鞭のように叩き続ける。

 当時の倫理観は白人同士にしか通用しなかったようですが、たとえ異人種間の不義密通であろうとも、産まれたばかりの乳児を獣と呼び、父親自らが始末するシーンなどは正視に耐えません。

 さらに父親(ペリー・キング)は自分の蛮行にはまったく良心の呵責も感じていないものの、欲求不満の妻が腹いせにマンディンゴの男(ケン・ノートン)と不義密通した結果、生まれた黒い赤ん坊を殺し、妻を毒殺し、さらに相手であるマンディンゴを釜茹でにし、干草を摘むピッチ・フォークで突き刺して殺害する。


 逃亡した上、白人一家を皆殺しにして反乱を起こした奴隷リーダーに対する見せしめのリンチも描かれていて、ビリー・ホリデイが彼女の代表曲である『奇妙な果実』で歌った状況が映画にも出てきます。これら以外にも、支配者である白人たちの様々な愚劣な恥部を白日の下にさらけ出していく。

 クライマックスのひとつに黒人同士を戦わせて、殺し合いをさせるパンクラチオンのような、現代風に言えば、バーリ・トゥードのような見せ物に白人たちが狂喜するシーンがある。まあ、ケン・ノートンはモハメド・アリとも戦ったことのあるトップ・クラスのボクサーでしたので、彼にとっても見せ場でもあります。

 ただこのシーンも皮肉っぽく見ていくと、ボクシングという世界も黒人同士が殴り合いをするのを白人たちが興奮して楽しむという構図がまったく変わっていないことに気づかされる。


 作品を見ていくと白人のほとんどすべては救いようのない愚か者として描かれ、黒人たちのほうが高い人間性と知性を感じさせてくれる。どちらがレベルが低いかは明らかで、キリスト教も南部では違う解釈で広まったのかと思わせる。

 衝撃度は見せ物映画として悪名高いトッド・ブラウニングの『フリークス 怪物團』よりもある意味、強烈な作品でした。最低映画として語り継がれる『プラン9・フロム・アウタースペース』『ピンク・フラミンゴ』『エアポート80』などと並んでしまうほどの作品なので、アメリカ人はよほど見たくないのでしょう。


 ぼくがこれを見たのは高校生か大学生の頃の夕方のテレビ放送で、ガニメデを処刑するときの釜茹でのシーンなどの衝撃的な内容は今でも記憶に残っています。

 こうした作品を見るといつも思うのですが、最近は差別を回避して隠蔽する傾向が強いので、こういう作品は製作されにくいでしょうし、放送もないでしょう。しかし、こういうことがあったこと、隠蔽しようという意図は常にあることを忘れてはならないと思います。

 ちなみにマンディンゴとはアフリカのマリ帝国に住んでいた黒人種族であり、もっとも力強く美しいとして、非常に高価な値段で取り引きされていたそうです。まるで競馬のサラブレッドや血統書つきのペットを買っているようで、吐き気がします。

 南北戦争でもし南軍が勝利していたならば、という想像をすると かなり恐ろしい。奴隷解放が百年以上も先延ばしになっていたかもしれません。
http://yojimbonoyoieiga.at.webry.info/201110/article_5.html

マディ・ウォーターズが歌うブルースで始まる『マンディンゴ』はリンカーン大統領による奴隷解放宣言より40年ほど遡った1820年代のアメリカ南部が舞台です。

農場を経営するマックスウェル(ジェームズ・メイソン)の白いヨーロッパ調の屋敷の前に並べられた黒人奴隷たちを吟味しながら売買するオープニングシーンは
この作品が奴隷制度の真実を扱った映画であることを宣言し、マックスウェルをはじめとした白人たちが黒人奴隷たちを家畜として品定めすることに微塵も疑問に感じていないことを突きつけてきます。

放り投げた木の枝を奴隷に取りに行かせ、その動きで俊敏さを試すくだりはまさに犬扱いです。

かつて日本でも『ルーツ』というアメリカのTVドラマが話題になりある年齢層の日本人にとっては聞き覚えのある「クンタ・キンテ」という主人公の名前は流行語と言っても過言ではないほど知れ渡りましたが

『ルーツ』の評価がいわば『裸足のげん』的な迎え入れ方をされたのに対しその前年に公開された『マンディンゴ』はヒットしたものの、批評家たちからは酷評の嵐だったようです。

それは『ルーツ』が、ある種洗練されて教訓めいているのに対し、『マンディンゴ』は目を覆うような醜い事実をただただ見せつけられ、恥部を刺激されたたことに対するアメリカ白人たちの瞬発的な拒否反応と捉えてよさそうです。

現在では、人種差別は決して許されないものとして表面上は認識されていると思いますが
『マンディンゴ』に登場する白人たちの黒人奴隷に対する振る舞いはあっけらかんとしており、黒人たちを虐待してやろうなどという憎悪すらも持たずまさに家畜やペットを飼い慣らし、愛でるようにして扱っているところが恐ろしいのです。

「マンディンゴ」とは、西アフリカはマリ帝国の血を引くマンディンカ族のことを指し、当時の白人たちにとって「マンディンゴ」は強くて美しい奴隷の血統とされ、高値で売買されていたそうです。

マックスウェルの息子ハモンド(ペリー・キング)が手に入れた「マンディンゴ」のミード(ケン・ノートン)はその腕っ節を見込まれ、白人が奴隷同士の殺し合いを見て楽しむために闘犬のごとく鍛え上げられます。

(ミードに扮するケン・ノートンはあのモハメド・アリを倒したこともある元プロボクサー!)

やがてミードは、自分を特別扱いしてくれるハモンドを慕うようになるのですが、ラストシーンでは「やっぱり、おまえも白人だ!」という言葉を最後に釜茹でにされ、ピッチフォークで突き刺されて死んでしまうのです……

リウマチを患っている農場主マックスウェルがリウマチの毒を足の裏から黒人にうつすことで完治すると信じ、ロッキングチェアに座りながらまるでオットマンのように黒人の子どもの腹に自分の足をのせている映像はおぞましくも象徴的ですが

息子のハモンドも幼少時のケガで片脚に障害を持つことからまともに動くこともできない白人が強靱な肉体を持った黒人たちを支配している理不尽な構図を強調しています。

黒人の子どもをオットマン扱いしていることにはじまり、黒人を診察する医者は獣医だったり、黒人女性はオナホールまがいの扱いで、それどころか子どもを産ませて、産まれた子どもをまた売るという鬼畜ぶり。

ベテラン奴隷(?)の黒人女性いにいたっては24人も子どもを産まされたというから恐ろしい限りです。

このような社会的な問題を提議するような作品には必ずやそこで描かれる世界観に疑問を感じて葛藤する主人公が登場し、観客をメッセージへと導くのですが

『マンディンゴ』で「かろうじて」その役割に該当するのは農場主マックスウェルの息子ハモンドです。

「かろうじて」とつけ加えたのはハモンドは黒人奴隷に対して親和的な情を持ち合わせているものの
根本的には差別に対して無自覚で、ペットに対する一方的な友情や愛情となんら変わりはないと思うからです。

この作品には奴隷の「血統書」まで登場しますから黒人をペットや家畜のように虐げたり、愛したりする登場人物たちを観ていると首輪をつけた犬や猫にわけのわからない服を着させて「かわいい〜」とか言っているペット愛好家たちを思い起こさずにはいられないのです。

黒人を動物扱いしてはいけない……
では、動物は? あいつらは動物だから構わない?

ハモンドは奴隷制度の根本的な不条理に立ち向かうわけでもなくむしろ優柔不断な寛容さを見せ、黒人の赤ちゃんを抱いて、可愛らしいと思いながら何のためらいもなく売り飛ばすこともできるのです。

また、処女信仰のようなくだらない虚栄心にも囚われています。

ハモンドの振る舞いは差別を行使する人間の無自覚さを表し、因果応報の報いを被るしかないように仕立てられています。

作中に見られる、水平軸が傾いた構図が世界観のバランスの欠如を示し、多用される鏡が、スクリーンに映し出される映像とは別にそこで行われている出来事を観客にはね返しているのではないでしょうか。

このような差別が恐ろしくも巧妙なのは

差別する側の思惑とは別に(もしくは思惑通りに)差別されている者どうしが敵対しあうような構造になっていることです。

誰しも、奴隷として扱われて気分がいいわけはありませんが
生きるために現状を甘んじて容認した者と現状をなんとか打破しようとする者の間に生じる軋轢ほど哀しいものはありません。

金銭欲、虐待、嫉妬、姦通、近親相姦……と黒人奴隷問題を訴えるだけに留まらず、人間の業を凝縮したような作品でした。

『マンディンゴ』に描かれているようなことを昔のことだと高をくくらないほうがいいかもしれません。

今でも私たちは、ありもしない下位のカテゴリーを捻出し、相対的に自分が上位にいる状況を作って悦にいるというのはよくあることです。

『マンディンゴ』に登場する白人たちほど あっけらかんと差別することはもはやないでしょうが
むしろそれだからこそ、差別は巧妙に隠されていると言えるかもしれません。
http://nohouz.blog.fc2.com/blog-entry-33.html


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41. 中川隆[-7129] koaQ7Jey 2017年7月22日 08:00:01 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

溺れた男性を笑いながら撮影、少年5人訴追できず 米
2017.07.21 Fri posted at 13:53 JST

(CNN) 米フロリダ州の池で溺れた男性を、10代の少年5人が目撃して笑いながらビデオで撮影し、助けも呼ばないまま放置していた問題で、警察は21日までに事件としての立件を断念した。男性は撮影が行われた数日後に遺体で発見された。

警察によると、男性は9日、フロリダ州ココアの自宅近くにある池で溺れて助けを求めていた。この場面に遭遇した14〜16歳の少年5人は、男性の様子を2分間以上にわたって携帯電話のビデオで撮影しながら笑い声を上げ、助けを呼ぼうともしなかった。

少年たちが男性に向かって「死ぬぞ」とののしり、1人が笑いながら「死んだ」と言う声も収録されている。

フロリダ州には、トラブルに巻き込まれた人の救助または救助要請を義務付ける法律は存在しない。ココア警察の広報はCNNの取材に対し、「(そのような法律が)あれば立件している」「このような事態に対して誰の責任も問えないことに、遺族も捜査員もやり切れない思いでいる」とコメントした。

警察によると、少年5人はビデオを撮影し、男性がおぼれるのを見た後も、警察に通報しなかった。「少なくとも1人は、捜査員に事情を聴かれても反省する様子を見せなかった」という。当局に通報しなかったこと自体、反省心のなさの表れだとしている。

死亡した男性はジャメル・ダンさん(31)と判明した。家族はダンさんが池でおぼれたことを知らないまま3日後の12日に捜索願いを出し、14日に池から遺体が見つかった。

問題のビデオは家族が15日に入手して、フェイスブックで公開した。「目の前で人が死ぬのを何もしないで見ているような子どもたちが、大人になったらどうなるのか。良心はないのか」と問いかけている。


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42. 中川隆[-7111] koaQ7Jey 2017年7月29日 18:59:11 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
書評 『ぼくの村がゾウに襲われるわけ。』 岩井雪乃 著 2017年7月26日

『ぼくの村がゾウに襲われるわけ。』 著者 岩井雪乃
合同出版発行 135ページ 1400円+税
https://www.amazon.co.jp/%E3%81%BC%E3%81%8F%E3%81%AE%E6%9D%91%E3%81%8C%E3%82%BE%E3%82%A6%E3%81%AB%E8%A5%B2%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%82%8F%E3%81%91-%E9%87%8E%E7%94%9F%E5%8B%95%E7%89%A9%E3%81%A8%E5%85%B1%E5%AD%98%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%A9%E3%82%93%E3%81%AA%E3%81%93%E3%81%A8-%E5%B2%A9%E4%BA%95%E9%9B%AA%E4%B9%83/dp/4772613161

 日本ではイノシシやシカ、クマによる農作物の被害が問題になっているが、アフリカ・タンザニアの農民はゾウが大群で押し寄せ、トウモロコシ畑を根こそぎ食べ尽くす被害に苦しんでいる。原因は欧米諸国が住民を無理矢理追い出してアフリカ最大の「動物保護区」をつくったことで、保護されたアフリカゾウは急増し、「自然保護」のために先住民の生活が脅かされる本末転倒の事態になっているというのだ。20年間タンザニアに通い続けている早稲田大学准教授の著者が実情を報告している。


 タンザニアはアフリカ大陸の東部、赤道のすぐ下にあり、アフリカの最高峰のキリマンジャロがある国だ。国土は日本の2・5倍あるが、人口は5000万人ほどである。その北部にあるセレンゲティに1951年、当時タンザニアを植民地的に支配していたイギリスが「動物保護区」をつくった。そのやり方というのも、突然政府の役人が警察や軍隊を連れてやってきて、手当たり次第に家に火を付けて住民を追い出すというもの。そして四国の面積に匹敵する土地が国立公園(1日の入園料は大人7800円、子ども3850円)と猟獣保護区(200万円でゾウのハンティングができる)にされ、人が住むことはもちろん、畑を耕したり牛を放牧するなどのすべての人間の活動が禁止された。入ることが許されるのは、高額の入園料を払ったサファリ観光客(先進国の富裕層)だけだ。


 もともとこの地域は、イコマ族、マサイ族、スクマ族などの先住民が約200年の間、農耕や牧畜、狩猟をくみあわせて生活していた。主食はソルガムやトウモロコシの粉を練ってつくるウガリと呼ばれる団子で、そのための畑作に九割の住民が従事している。雨が少なく、数年に一度の干ばつを乗りきるために、草食動物のヌーやシマウマの狩猟もやってきた。狩りは男たちの仕事で誇りでもあり、男の子は家畜のウシやヤギの世話をする合間に弓矢で遊び、狩人になる訓練をした。

 1951年に国立公園ができて草原での狩りが禁止されても、周辺に追いやられた人人は生きるために狩りをやめなかった。ところが1980年頃からアメリカの自然保護団体が「アフリカゾウが絶滅の危機にある」と騒ぎはじめ、1989年にワシントン条約で象牙の輸出入が禁止されると、密猟者は警察や自然保護官に暴行されたり逮捕されるようになり、狩りをする村人はほとんどいなくなった。


 すると10年ぐらい前から、ゾウが国立公園から出てきて周辺の村に入り、収穫目前の作物を食い尽くし、踏み荒らすようになった。その回数も被害面積も年年大きくなっている。村人が狩りをしなくなったことで、野生のゾウが人間を恐れなくなったからだ。しかもゾウは怒ると人間を鼻で投げ飛ばし、とどめに足で踏みつけるので、そのために死者まで出ている。ところがゾウはこの地域では保護動物とされているため殺すことができず、バケツをたたいて大きな音を出すか、懐中電灯の光を当てて脅かすかしか手段がない。地元の人は「人間がゾウを殺すと警察が村中の人間を調べて大騒ぎになるのに、ゾウが人を殺しても罰せられないし、ニュースにもならない」と怒っている。

 歴史的に見れば、アフリカを植民地として分捕ったヨーロッパ諸国から、19世紀半ば以降白人ハンターが大挙して押し寄せ、その結果、20世紀初頭にはアフリカの野生動物は激減して、絶滅した種もあった。ところがイギリス植民地政府は「アフリカ人の狩猟は野蛮だ」「無秩序に動物を殺している」「虐殺だ」といってこれをアフリカ人のせいにし、アフリカ人の狩猟を禁止する猟獣保護法を決めた。そして1951年には国立公園にして土地まで奪ってしまった。著者はこの国立公園という自然保護制度が生まれたのはアメリカで、それはインディアンの虐殺と深く繋がっていることや、インディアンの反抗の歴史も明らかにしている。正義ぶった先進国の支配層が遠いアフリカの地で何をやっているかを現地で生活する人人の視点から明らかにし、解決の道を探っている。(浩)
https://www.chosyu-journal.jp/review/3965

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43. 中川隆[-6976] koaQ7Jey 2017年8月02日 19:15:33 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
醜い戦後 終戦後とはどんな世界だった?

空襲でホームレスになり上野駅に避難した人達
引用:http://livedoor.blogimg.jp/abechan_matome/imgs/3/d/3df4faa4-s.jpg


アメリカはわざと日本人を飢えさせた

テレビや映画や小説では「戦後」は美しいものの同義語で語られていて、まるで理想郷のように描かれている。

そこでは貧しいながらも人々は協力して生き、戦後の復興をなしとげたとされている。

またGHQは困窮した日本人に食料を支給して助け、民主主義を与えたとも言われている。

          
こうした物語は映画やドラマの中だけで十分であり、事実とは程遠いか、正反対だった。

GHQは日本人に食料を与えるどころか奪い取ってわざと飢えさせて、日本人を従わせる手段に用いていた。

戦争前後は食糧難だったのはよく知られているが、戦時中に日本国内で(朝鮮台湾でも)飢えて亡くなった人や、その危険はなかった。


都会の人は空襲で疎開したが、農村には食べるものがあり、十分ではなかったが飢餓状態などではなかった。

それが戦争が終わって平和になり、アメリカ軍が占領したら食料が足りなくなり、「来年は1000万人が食糧不足で亡くなる」と総理大臣が警告する事態になった。

多くの要因があるが最大のものはアメリカ合衆国自体で、戦争の報復としてわざと日本人を飢えさせていました。


占領軍による妨害で日本は食糧の輸入ができなくさせられ、生産活動も制限され、経済破綻しました。

農業も経済の一部なので、国が経済破綻すると農業生産が停止して、食糧不足に陥ります。

終戦の昭和20年から昭和25年まで、日本はほとんどの工業生産を禁止され、前近代社会になりました。


経済破綻するように仕向けた

戦前から存在する設備を更新することは出来ず、農業生産に支障を来たし、外地に出兵した男達は中々帰ってきませんでした。

「戦争が終わって平和になった」と書いたが、そのこと自体が日本経済を破綻させる原因を作り出しました。

戦争中はあらゆる兵器をフル生産していたが、それが8月15日を境に全面停止になり、一切の生産活動が停止した。


困った日本政府は紙幣を印刷して「金融緩和」したが、激しいインフレを引き起こしました。

物を生産していないのにお金だけばらまいたからだが、当時の日本政府は他にどうする事もできなかった。

あらゆる工場が全て操業停止、鉄道は空襲で破壊しつくされ交通網が分断され、労働者たる男達は外地に居るか戦犯として逮捕されていた。


空襲によって東京など都市部の多くの人は家を失ってホームレスになっていて、路上や公園などで生活していました。

この頃アメリカ本国では、日本人のこうした窮状を伝えては「楽しんでいた」のが分かっています。

自分たちが倒した敵が飢えて苦しんでいるのを見て面白がっていたのが、本当の戦後の世界でした。


一例として占領軍は広島や長崎の被爆者を診療したが、治療をせずに「治療するふり」をして、どのように悪化するか観察しました。

生産活動が禁止され輸入も禁止されているので、復興が進まずホームレスが溢れているのも、無論そうなるように仕向けていました。

さらに占領軍は日本人同士が憎み会うように、心を破壊する政策を実行していました。


アメリカは日本人の食料を絞り上げた上で、自分の手で少し援助した。
援助を受け取った人達はアメリカに感謝し日本を憎むよう仕向けられた。
enjo
引用:http://blog.nihon-syakai.net/blog/wp-content/uploads/img2011/enjo.jpg


美しくない戦後

NHKというラジオ放送局(当時唯一のラジオ)で「真相はこうだ」という日本軍や戦前の日本の暴露番組を放送させました。

内容は日本軍がいかにアジア人や欧米人に酷い事をしたかという物だったが、内容は全て嘘だったのが分かっています。

だが当時の日本人はこうした「真相」を信じ、日本人同士で憎みあったり攻撃するようになりました。


愚かなことに「こんな酷い日本を倒してくれて有難う」「原爆を投下してくれて感謝します」とアメリカ軍に感謝する連中すら大勢居た。

人々は最初アメリカ軍を鬼畜だと思っていたが、食料を恵んでくれるので、感謝するようになっていった。

実は占領軍はわざと食料を絞り、日本人を飢えさせてから、犬を手なずけるように「餌」を与えていきました。


学校では子供たちに「日本は悪の国」「アメリカは正義の国」と教え込み、拒否する教師は戦犯として逮捕しました。

じゅうたん爆撃や原爆で数百万人が犠牲になり、本来なら犯人であるアメリカ人を憎むべき所なのだが、次第に日本のせいだと思い込むようになった。

終戦時に外地には日本軍数百万人が存在したが、ソ連や中華民国の捕虜になった日本兵は、洗脳した順番から帰国を許された。


集団学習や反省、謝罪(今日使われるような軽い意味ではない)などで日本は悪の国と教え込み、拒否したものは永遠に帰国できなかった。

アメリカ軍の捕虜になると多少ましだったが、戦犯として裁かれ、やはり徹底して「日本は悪の国」と教え込んだ。

こうして「日本に原爆を落としてくれて有難う」などと言う日本人が大量生産され、この人達が現在の左翼になっていきます。


この状況が1948年まで続き、1950年に朝鮮戦争が勃発して、急にアメリカは日本の工業力や日本軍の軍事力を必要とするようになります。

ここから日本側の発言力が強まって復興へと繋がっていくのだが、戦後数年間の占領が長く日本を蝕むことになります。
http://www.thutmosev.com/archives/72011631.html


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44. 中川隆[-6825] koaQ7Jey 2017年8月07日 11:10:23 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

都市の民間人を狙った米軍の空襲

日本は戦時中に連合軍(アメリカ軍)から都市への無差別爆撃を受け、原爆を含めて41万人以上がなくなったとされている。

犠牲者数についての正確な統計は無く、それぞれの被害地域で数を数えて合計したのが41万人と考えられる。

戦後の調査は推定値として70万人から100万人という数字も出されている。

          
空襲で負傷した人はその数倍の数百万人いたので、戦後は負傷者や障害者がとても多かった。

分かっている犠牲者41万人のうち約10万人が東京大空襲、広島原爆14万人、長崎原爆7万人、他は大阪・兵庫・愛知が多かった。

連合軍の第一の目標は民間人が多く居住している都市で、第二目標が港湾や飛行場、軍需工場などだった。


最初から民間人だけを標的にして、なるべく多くの犠牲者を出すのを目的にしていました。

1942年(昭和17年)4月18日に空母ホーネットから離艦した16機のB25が、デモンストレーションのように各地を空襲した。

1944年(昭和19年)6月16日、中国から離陸した新型爆撃機B29によって福岡県八幡製鐵所に空襲が実施され、200名以上がなくなった。


B29は操縦性が悪く、目標に狙いを定める事ができないので、最初から特定の標的ではなく、都市全体を狙っていた。

1944年10月からは占領したマリアナ諸島から連日B29が空襲に飛来するようになり、1945年8月15日以降も空襲は行われた。

アメリカ軍は出撃する兵士に「ジャップを人間と思うな」と檄を飛ばし、米軍機のパイロットは意図的に民間人を狙いました。

米軍が撮影した機内動画には、逃げ惑う農民などを執拗に狙い続ける様子が写っており、たまに動画サイトに掲載されている。


ミッドウェー海戦を転機に日本海軍は太平洋の戦線で負け続け、1943年(昭和18年)4月18日には連合艦隊司令長官も撃墜され作戦指揮ができなくなります。

太平洋の拠点は次々に玉砕し、B29が日本本土まで往復可能なサイパンを占領されて万事休すとなった。

B29爆撃機は今の自衛隊の飛行艇程度の全長なのだが、当時はバケモノのように巨大だと考えられていた。


最高速度は零式戦闘機と同等で、上昇高度はずっと高く、頑丈な装甲に守られていて、多数の機関銃も装備されていました。

戦前の最高性能だったとされる四式戦闘機「疾風」でも、速度は十分なものの、機銃が命中しても撃墜は困難だったと言われています。

日本各地には高射砲が設置されていたが、これがまったく当たらない上にB29は高度が高くて届かないので、天気予報(当たらない)と呼んでいた。
http://www.thutmosev.com/archives/72077992.html

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45. 中川隆[-6624] koaQ7Jey 2017年8月21日 15:02:20 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2017年8月13日(日) 午後10時00分(110分)
「なぜ日本は焼き尽くされたのか〜米空軍幹部が語った“真相”〜」 - Dailymotion動画
http://www.dailymotion.com/video/x5ww7u5
http://www.dailymotion.com/video/x5wwhri


太平洋戦争末期、日本の都市を次々に襲った空爆 市民の多くが犠牲になった

今年、取材チームが、空爆作戦を実行したアメリカ軍幹部が証言する肉声テープを発見した

軍内の野望、戦果を迫られる現場、大統領からの圧力…悲劇をもたらした戦略の真相は?

どんな番組?

「空軍に素晴らしいチャンスが来た」

1945年 敗色濃厚な日本への無差別爆撃
わずかな期間で40万人もの犠牲者を出した


72年前、なぜ日本は
焼き尽くされることになったのか?


今年4月、米軍内の施設で発見された
当時の空軍幹部246人の肉声テープ


「過激なことをやろうとした」
東京大空襲を実行した
カーチス・ルメイ将軍


「一番の目的は、人口の中心を
破壊することだった」
バーニー・ガイルズ将軍


アメリカ空軍が日本爆撃のために作り上げた
切り札 B29


強力な航空兵器をめぐる
陸・海軍とのかけ引き

アメリカ軍内の激しい対立
空軍幹部の野望


アメリカ軍内部で追いつめられた
空軍がとった戦略


「こんなに詳細に壊滅的な戦略が
考えられていたのは、本当に驚きです」
アメリカ 航空戦略の研究者

肉声テープが語る、戦争の裏側

番組内容

BS1スペシャル「なぜ日本は焼き尽くされたのか〜米空軍幹部が語った“真相”」

72年前、日本はなぜ焼け野原になったのか?アメリカ軍を取材中の今年4月、米軍内施設で半世紀以上前の空軍幹部246人の肉声テープを発見。日本への空爆を計画し実行したカーチス・ルメイなど幹部の貴重な証言だった。軍内の記録用インタビューのため、野望や焦りなど本音が赤裸々に語られていた。膨大な予算のB29開発の失敗。陸海軍との対立や屈辱。米大統領の圧力。後のない空軍幹部たち…日本への無差別爆撃の真相に迫る


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46. 中川隆[-6088] koaQ7Jey 2017年10月19日 19:23:38 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

「敵を妥協せず徹底的に叩く」というアメリカの精神的背景について
http://www.kanekashi.com/blog/2017/10/5503.html

アメリカに移住したピューリタンは、「キリスト教原理主義」を貫いて、「エルサレムの建国」を「マニフェスト・デスティニー(明白なる使命)」として、西部開拓(実際は先住民殺戮)を推し進めた。

この「キリスト教原理主義」の精神性が連綿と続いているという。

「キリスト教原理主義」は聖書(:福音)絶対であるのと同時に、選民思想であるという。これが他部族みな殺しを正当化させているとのこと。

元々、ヨーロッパ自体が

「古代・地中海周辺における皆殺し戦争の結果としての共同体の徹底破壊」
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=330205

により、選民思想も登場してきているという背景があります。

ヨーロッパは、17世紀中頃に徹底殺戮の宗教戦争(:「神」と「悪魔」の戦い)をやめる条約を取り交わしました。しかし、アメリカ(に渡った移民)はその後も長きにわたって、みな殺しの殺戮を繰り広げてきたことが、今尚「敵を妥協せず徹底的に叩く」という精神性に繋がっているのだと思います。

以下、

『世界を操るグローバリズムの洗脳を解く(馬渕睦夫著)
https://www.amazon.co.jp/%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%82%92%E6%93%8D%E3%82%8B%E3%82%B0%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0%E3%81%AE%E6%B4%97%E8%84%B3%E3%82%92%E8%A7%A3%E3%81%8F-%E9%A6%AC%E6%B8%95%E7%9D%A6%E5%A4%AB/dp/4908117144


からの紹介です。

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■アメリカを新しいエルサレムの地にする

イギリスでピューリタン革命が起こる前、宗教的な迫害を受けたピューリタンの一部の人たちは、新天地を求めてイギリスからアメリカ大陸に向いました。1620年にピルグルム・ファーザーズがメイフラワー号でアメリカに渡ったのです。

ピューリタン(清教徒)というのは、purity(純水、清浄)という言葉から来たものですが、文字通り、宗教的な純粋、純化を求めていた人たちです。

彼らは、当時のカソリックの腐敗した状況を見て、ルターの宗教改革をさらに徹底してやらなければいけないと考えました。

ある意味で、キリスト教の原理主義であり、相当極端な過激な思想であったと思われます。それゆえに、イギリス国内での迫害も強かったのでしょう。ピューリタンたちはイギリスで食い詰めた最下層の人たちだったという説もあります。

いずれにせよ、彼らの一部はイギリスを逃れてアメリカに移住しました。

彼らピューリタンは、司祭の言葉ではなく、聖書の言葉こそ神の言葉と考えて、聖書の言葉を忠実に実践しようとしました。そして「この地に自分たちにとってのエルサレムを建国しよう」と考えたのです。

ピューリタンたちは旧約聖書を重視しましたが、旧約聖書に忠実に従ったという点ではユダヤ人たちと考え方は同じです。

ユダヤ人は自分達を選民と考えていましたが、ピューリタンも自分達を現代の選民と考えて、アメリカという地をエルサレムにして、神の福音を世界に伝えようと考えました。これが「マニフェスト・デスティニー(明白なる使命)」と呼ばれるものです。建国の精神に立ち戻って考えれば、アメリカと言うのは宗教国家であることが分かります。

彼らは、神の福音を伝えることを使命と考えていましたから、それを妨害する勢力は皆敵と見なしました。その観点に立てば、先住民の殺戮も正当化されました。

そして神の福音を妨害する勢力を西へ、西へとなぎ倒していったのがフロンティア・スピリットです。フロンティア・スピリットは、ピューリタニズムと表裏一体です。

西へ、西へと進んでいって最終的にたどり着いたのがカリフォルニア。そこから先は海に遮られています。しかし、太平洋を越えて福音を伝えようと考え、アメリカはハワイ、フィリピンに進出し、さらに日本、中国にも福音を伝えようと考えました。

このように、アメリカのたどってきた歴史は、マニフェスト・デスティニーの歴史と考えると筋が通ります。

■宗教国家のアメリカには「妥協」がない

現代のアメリカには、ピューリタニズムの精神はもうほとんど残っていません。アメリカの国体はすっかり変わってしまいました。国体は変質してしまいましたが、彼らのマニフェスト・デスティニーの考え方は変わっていません。アメリカ的な発想を世界に普及させる、あるいは押し付けるというやり方を続けています。つまり、「アメリカン・ウェイ・オブ・ライフ」を世界に広げることが、一貫したアメリカの世界戦略です。

彼らは、「自分達は植民地主義者ではない。帝国主義者ではない」とずっと主張し続けていますが、実際の現象を見れば、遅れてきた帝国主義者の様相を呈しています。彼らは「門戸開放」という言葉を使いましたが、言い方を変えれば、「オレたちにも分け前をよこせ」という意味です。

神の福音を伝えることが目的であったにせよ」、「アメリカン・ウェイ・オブ・ライフ」を広げることが目的であったにせよ、実質的には帝国主義と同じです。

建国の経緯を見れば、アメリカと言う国の本質は宗教国家であることが見えてきます。宗教を広げることを理念としている以上、彼らに妥協というものはありません。その点を理解しておくことが重要です。宗教国家の側面は、アメリカの戦争のやり方にも影響しています。

ヨーロッパにおける戦争というのは、妥協が成立することがよくあります。17世紀に宗教戦争によって疲弊しきったヨーロッパ諸国は、1648年にウェストファリア条約を結んで宗教戦争を止めることを決めました。

宗教戦争というのは、「神」と「悪魔」の戦いですから、悪魔は徹底的に叩くほかなく、どちらかが破滅するまで行われます。続けていけば際限が無くなり、ヨーロッパ全体が破壊されてしまうため、宗教を理由とした戦争を止めるウェストファリア条約が結ばれました。

ウェストファリア条約以降は、ヨーロッパでは戦わずして対立が終わることもありましたし、話し合いによって妥協が成立することもありました。

アメリカの場合は、選民思想によるマニフェスト・デスティニーが根本にあるため、アメリカにとっての戦争は、いずれも宗教戦争的意味合いが濃く、彼らには妥協というものがありません。

第二次世界大戦においては、アメリカは日本を徹底的に攻撃して壊滅状態に追い込みました。その後の占領政策では日本の国体を徹底的に潰そうとしました。一切の妥協はありませんでした。それが宗教国家のやり方です。

今は、ピューリタニズムのアメリカ的な精神を持った人たちは、ほとんどいなくなりました。アメリカの国体が変質して、宗教国家の要素はなくなっていますが、妥協しないやり方は変わっていません。
http://www.kanekashi.com/blog/2017/10/5503.html

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47. 中川隆[-6075] koaQ7Jey 2017年10月20日 21:09:51 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2017-10-20
北朝鮮とアメリカの挑発は今も続いている。ドナルド・トランプ大統領は11月上旬にアジア歴訪をするが、北朝鮮はこの時期に再び緊張を高めてくる。

トランプ大統領がこの時期にアジアを歴訪するのは、北朝鮮問題の「ある対処」について各国と話し合い、調整を持つためであると言われている。

「ある対処」というのは、北朝鮮への物理的な攻撃だ。

北朝鮮は強硬で話し合いにも絶対に応じない。またトランプ大統領自身もまた話し合いを求めていない。どちらも話し合いを拒絶して相手を公然と罵り合っており、両国間は異様な雰囲気に包まれている。

その中でアメリカは今までにない姿勢で北朝鮮を強硬に経済封鎖している。

2017年9月11日、国連安全保障理事会は北朝鮮に対して「石油輸出の3割削減や繊維製品の輸出禁止」の制裁決議案を採択しているのだが、トランプ大統領が望んでいたのは「石油の全面禁輸」だった。

ロシアが強硬に反対して全面禁輸が見送られて3割減の甘いものになったが、石油の輸出制限にまで踏み込んだのは初めてである。

北朝鮮はいよいよ経済的に追い込まれようとしている。

事態は風雲急を告げている。

北朝鮮問題がより緊張するというのは、どういうことか。それは、金もなく支援もなくなった弱小国家が「武力で事態の打開を図る」ということを意味している。


北朝鮮に戦争させて、アメリカが反撃するという形

このまま経済制裁が長引けば、北朝鮮はじわじわと国力が削がれていく。

経済封鎖は北朝鮮の国内で激しい物資不足と食料不足とインフレを引き起こすが、それによって政情不安も発生し、金正恩政権も動揺する。

追い詰められた金正恩政権が無謀な戦争に打って出る可能性は時が経てば経つほど高まっていく。

ところで、それはアメリカにとって「予想外」なのか。いや、北朝鮮が暴発する可能性くらいは分かっているはずだ。分かっているどころか、それを待っているフシもある。

もっと分かりやすく言うと、アメリカは経済制裁をどんどん高めながら、北朝鮮が暴発するように「ワナを仕掛けている」ように見える。

歴史的に見ると、それがアメリカのやり方だ。

アメリカにとって北朝鮮など取るに足らない相手だ。だから、アメリカのような超大国が北朝鮮を公然と攻撃すると国際的に激しい反発が起きる。

アメリカ国内でも「弱い者いじめをするな」という声が湧き上がるのは必至だ。では、どうするのか。

北朝鮮を追い込み、追い詰め、北朝鮮から攻撃してくるようにワナをかける。それがアメリカのやり方である。アメリカは戦争に介入するときは、必ず一定のパターンを踏襲する。

(1)最初に不意打ちで、わざと巨大な被害を受ける。
(2)これから正義の戦争をすることを宣言する。
(3)戦争を開始する。

第二次世界大戦に参戦する時も、ベトナム戦争に参戦する時も、イラク戦争に参戦する時も、すべてこの手順が使われた。そうであれば、今回の北朝鮮でも同じ手口が使われたとしても不思議ではない。

北朝鮮に先制攻撃させて、アメリカが反撃するという形を取ることによって、すべての責任を北朝鮮に負わせる。そのための経済制裁が今、起きているのだと見ることができる。


北朝鮮の爆撃は核になったとしても不思議ではない

アメリカが北朝鮮への経済制裁を一切の抜け道を封じながら行っているのは、北朝鮮を対話に持ち込むためにやっていると思ってはならない。

最終的に北朝鮮を先に攻撃させて反撃という形の殲滅を行うためであると考えた方がしっくりくる。

たとえば、第二次世界大戦ではどうだったのか。第二次世界大戦でアメリカのこのワナに落ちたのは日本だった。

(1)日本軍の真珠湾攻撃を受ける。
(2)これから正義の戦争をすることを宣言する。
(3)第二次世界大戦に突き進む。

共産主義との戦いであるベトナム戦争に介入する時はどうだったのか。ワナに落ちたのはベトコンだった。

(1)トンキン湾で襲撃事件を受ける。
(2)これから正義の戦争をすることを宣言する。
(3)ベトナム戦争に突き進む。

ちなみにトンキン湾の襲撃そのものもアメリカの自作自演であったのではないかと言われているが、そうであっても不思議ではない。アメリカは「攻撃を受けて反撃する」という形を踏襲したいのだ。

2001年のアフガニスタン戦争、2003年のイラク戦争に突き進む戦争もそうだった。

(1)9.11の同時多発テロを受ける。
(2)これから正義の戦争をすることを宣言する。
(3)アフガン・イラク戦争に突き進む。

つまりアメリカは、戦争したくなったら最初に相手に攻めさせて被害を受け、戦争に突き進んでいくというのがパターン化している。

今、それが北朝鮮に仕掛けられている。北朝鮮が核でアメリカを脅しているのであれば、北朝鮮への爆撃は核になったとしても不思議ではない。

逆に言えば、日本にも北朝鮮の先制攻撃のミサイルが東京や大阪に飛んでくる危険をも考慮しなければならないわけで、これを国難と言わずして何と言うのか。もし、それが核ミサイルであったら、凄まじく悲惨なことになる。
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2017/10/20171020T1656500900.html

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48. 中川隆[-5755] koaQ7Jey 2017年12月20日 10:53:38 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
2017.12.20
米の元国家情報長官はCIAの協力でテロを防げたと感謝する露大統領が米大統領を操っていると主張


アメリカのジェームズ・クラッパー元国家情報長官はCNNの番組で、​ドナルド・トランプ米大統領はウラジミル・プーチン露大統領の協力者として扱っているように見えると発言​した。サンクト・ペテルブルグで計画されたテロを防ぐためにCIAが情報を提供したことに対して感謝の意をプーチンがトランプに伝え、トランプがロシアをパートナーと表現したことに反発したようだ。

サンクト・ペテルブルグで攻撃を計画していたのはダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)のスリーパーだったとされているが、このグループはアル・カイダ系武装集団と同じようにアメリカ、イスラエル、サウジアラビアを中心に編成された武装集団。2011年春にシリアやリビアへの侵略が始まった段階では、イギリス、フランス、トルコ、カタールなども参加していた。

この中からすでにトルコとカタールは離脱してロシアへ接近、その配下の武装集団も離脱しているだろう。残っているのはサウジアラビアが雇い、CIAの破壊工作部門や特殊部隊が訓練した傭兵のはずだが、サウジアラビアでそうした武装勢力を指揮してきたバンダル・ビン・スルタンは11月4日から始まった粛清で拘束されたと言われている。

ビン・スルタンはブッシュ家と緊密な関係にあり、必然的にCIAとも深く結びついているが、粛清を実行したモハメド・ビン・サルマン皇太子はイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフやトランプ大統領の義理の息子にあたるジャレッド・クシュナーと緊密な関係にある。このクシュナーは粛清が始まる直前、10月25日から28日にかけてサウジアラビアを極秘訪問していた。

トランプ大統領の資金源やジャレッドの父親が親しいネタニヤフはイスラエルの情報機関モサドとつながりが深く、モサドはCIAの内部に協力者のネットワークを築いている。バンダル・ビン・スルタン人脈の計画をトランプに近い人脈が潰した可能性もある。

ところで、アメリカは侵略を繰り返してきた国であり、1991年12月にソ連が消滅した段階でその支配層は世界制覇が最終局面に入ったと考えたのだろう。そこでウォルフォウィッツ・ドクトリンが作成された。

その後、21世紀にロシアが再独立したことで計画に狂いが生じ、それを1992年の段階に戻そうともがいている。そのためにロシアや中国を制圧しようとしているのだが、アメリカの支配層は遅くとも20世紀の初頭から中国やロシアへの侵略を考えていた。

先住民の殲滅が一段落、1898年2月のメーン爆沈を利用してアメリカがスペインと戦争を始め、南アメリカだけなくフィリピンの植民地化にも成功、このフィリピンを利用して中国を侵略を目論んでいる。当時、すでにイギリスはアヘン戦争で中国に対する侵略を本格化、イギリスの支援を受けた日本も日清戦争で東アジアにおける利権を獲得していた。その中へ割って入るため、アメリカは門戸開放政策を打ち出している。

こうしたアメリカについて、「真にキュバ叛徒の自由のために戦えるか、何ぞ比律賓(フィリピン)人民の自由を束縛するの甚しきや。真にキュバの自主独立のために戦えるのか、何ぞ比律賓の自主独立を侵害するの甚しきや。それ他の人民の意思に反して、武力暴力をもって弾圧し、その地を奪い富を掠めんとす。」と1901年の時点で批判したのは幸徳秋水だった。(『廿世紀之怪物 帝国主義』警醒社、1901年)

それ以降、アメリカの支配層、つまり巨大資本は中国やロシアを制圧を目指してきた。同じアングロサクソン系のイギリスではそうした戦略をハルフォード・マッキンダーという学者がまとめ、1904年に公表している。

彼は世界を3つに分けた。ひとつはヨーロッパ、アジア、アフリカの「世界島」、ふたつめはイギリスや日本のような「沖合諸島」、そして最後に南北アメリカやオーストラリアのような「遠方諸島」だ。世界島の中心が「ハートランド」。具体的にはロシアを指している。

その上でインド、東南アジア諸国、朝鮮半島をつなぐ「内部三日月帯」を、またその外側に「外部三日月地帯」を想定し、そのふたつの三日月地帯でハートランド、つまりロシアを締め上げようとしたのだ。内部三日月帯の上にはイギリスの植民地になっていたインドがあり、東の端には手先としての日本が存在する。そうした戦略のため、イギリスは日本の軍事力増強を行ったと考えるべきだろう。1932年に出現したサウジアラビア、1948年に建国が宣言されたイスラエル、いずれも内部三日月地帯の上にイギリスが作り上げた国だ。現在、イスラエルとサウジアラビアが同盟関係にあることを公然と示しているが、歴史を振り返ると、それは必然だ。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201712190000/


49. 中川隆[-5785] koaQ7Jey 2018年1月28日 08:58:50 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
John Anderson - Freedom Isn't Free (Houston 02.08.14) HD - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=ZMTD9IVcYMc

「自由はただではない」という言葉の裏には何があるのか?
https://www.bllackz.net/blackasia/content/20180128T0257490900.html


ドナルド・トランプが大統領になって、アメリカの言動は荒々しさと暴力傾向を増している。しかし、アメリカはもともと「暴力的な国家」でもある。ドナルド・トランプが大統領になって、アメリカの言動は荒々しさと暴力傾向を増している。しかし、アメリカはもともと「暴力的な国家」でもある。

アメリカ大陸に白人が上陸した時、この大陸はもちろん無人の大地ではなかった。そこにはネイティブ・インディアンたちが営々と長い文化と伝統を紡いで生きてきたのだ。アメリカ大陸に白人が上陸した時、この大陸はもちろん無人の大地ではなかった。そこにはネイティブ・インディアンたちが営々と長い文化と伝統を紡いで生きてきたのだ。

それを白人たちは苛烈な暴力で奪ってアメリカを「建国」した。暴力こそがアメリカの建国史なのだ。だから、アメリカは暴力で世界に君臨する傾向が今もある。それを白人たちは苛烈な暴力で奪ってアメリカを「建国」した。暴力こそがアメリカの建国史なのだ。だから、アメリカは暴力で世界に君臨する傾向が今もある。

暴力と成功体験がリンクしている。暴力と成功体験がリンクしている。

そのため、根本的なところで暴力的であることが悪いとは思っていない。アメリカは特に建国史から暴力にまみれており、暴力的な色彩が際立っている。そのため、根本的なところで暴力的であることが悪いとは思っていない。アメリカは特に建国史から暴力にまみれており、暴力的な色彩が際立っている。

もちろん、暴力的であることが世界に支持されるとは今のアメリカは誰も思っていない。もちろん、暴力的であることが世界に支持されるとは今のアメリカは誰も思っていない。

そこで、アメリカが振る錦の御旗が「自由と正義」である。どこかの国を「悪」に仕立て上げて「悪を倒す」という名目で暴力を振るう。そして何を得るのか。「自由」である。そこで、アメリカが振る錦の御旗が「自由と正義」である。どこかの国を「悪」に仕立て上げて「悪を倒す」という名目で暴力を振るう。そして何を得るのか。「自由」である。


歴史を見ていくと、アメリカの正体が浮かび上がる

アメリカが関与した歴史の一覧がある。

(アメリカ合衆国が関与した戦争一覧)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%90%88%E8%A1%86%E5%9B%BD%E3%81%8C%E9%96%A2%E4%B8%8E%E3%81%97%E3%81%9F%E6%88%A6%E4%BA%89%E4%B8%80%E8%A6%A7


アメリカ独立戦争から始まって、チカマウガ戦争、北西インディアン戦争、シェイズの反乱、ウィスキー税反乱、擬似戦争、第一次バーバリ戦争、テカムセの戦争、テカムセの戦争、米英戦争、クリーク戦争、第二次バーバリ戦争……。アメリカ独立戦争から始まって、チカマウガ戦争、北西インディアン戦争、シェイズの反乱、ウィスキー税反乱、擬似戦争、第一次バーバリ戦争、テカムセの戦争、テカムセの戦争、米英戦争、クリーク戦争、第二次バーバリ戦争……。

そして、第1次セミノール戦争、テキサスのインディアン戦争、アリカラ戦争、エーゲ海の海賊掃討作戦、ウィネベーゴ戦争、第一次スマトラ遠征、ブラック・ホーク戦争、第2次セミノール戦争、第二次スマトラ遠征、米墨戦争、カイユース戦争、アパッチ戦争……と挙げても挙げても挙げきれない戦争が続く。そして、第1次セミノール戦争、テキサスのインディアン戦争、アリカラ戦争、エーゲ海の海賊掃討作戦、ウィネベーゴ戦争、第一次スマトラ遠征、ブラック・ホーク戦争、第2次セミノール戦争、第二次スマトラ遠征、米墨戦争、カイユース戦争、アパッチ戦争……と挙げても挙げても挙げきれない戦争が続く。

さらに第一次世界大戦以後も、ロシア内戦、Posey戦争、第二次世界大戦、朝鮮戦争、レバノン危機、ピッグス湾事件、シンバの反乱、ドミニカ内戦、ベトナム戦争、第二次シャバ紛争、レバノン多国籍軍、グレナダ侵攻、リビア爆撃、パナマ侵攻、湾岸戦争、ソマリア内戦、ハイチ介入、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争、コソボ紛争、アフガニスタン紛争、イラク戦争、リビア内戦……と続いていく。さらに第一次世界大戦以後も、ロシア内戦、Posey戦争、第二次世界大戦、朝鮮戦争、レバノン危機、ピッグス湾事件、シンバの反乱、ドミニカ内戦、ベトナム戦争、第二次シャバ紛争、レバノン多国籍軍、グレナダ侵攻、リビア爆撃、パナマ侵攻、湾岸戦争、ソマリア内戦、ハイチ介入、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争、コソボ紛争、アフガニスタン紛争、イラク戦争、リビア内戦……と続いていく。

ここで挙げた戦争・紛争・内乱の介入は、一瞬で勝負がついたものもあれば、何年もかかって泥沼の戦争を繰り広げたものもある。ここで挙げた戦争・紛争・内乱の介入は、一瞬で勝負がついたものもあれば、何年もかかって泥沼の戦争を繰り広げたものもある。

アメリカが建国されたのは1776年だが、それから今日までの242年で、アメリカは90%以上もの年月を戦争しながら過ごしてきたのである。アメリカが建国されたのは1776年だが、それから今日までの242年で、アメリカは90%以上もの年月を戦争しながら過ごしてきたのである。

このように歴史を見ていくと、アメリカという国の「正体」が鮮明に浮かび上がってくるはずだ。アメリカがもともと「暴力的な国家」であるというのは、そういう意味だ。このように歴史を見ていくと、アメリカという国の「正体」が鮮明に浮かび上がってくるはずだ。アメリカがもともと「暴力的な国家」であるというのは、そういう意味だ。

しかし、この暴力性をアメリカ人は正当化できている。これらの戦争はすべて「正義と自由のために必要だった」というものである。しかし、この暴力性をアメリカ人は正当化できている。これらの戦争はすべて「正義と自由のために必要だった」というものである。

「悪い指導者が強圧的に国民を弾圧している。だからアメリカは悪い指導者を倒して民衆に自由を与える。それは正義だ。だから、暴力で悪い指導者を倒すアメリカは正義の味方なのだ」「悪い指導者が強圧的に国民を弾圧している。だからアメリカは悪い指導者を倒して民衆に自由を与える。それは正義だ。だから、暴力で悪い指導者を倒すアメリカは正義の味方なのだ」

これが戦争に邁進するアメリカ人の論理だ。これが戦争に邁進するアメリカ人の論理だ。

リビアに君臨していたカダフィ大佐。「悪い指導者が強圧的に国民を弾圧している。だからアメリカは悪い指導者を倒して民衆に自由を与える。それは正義だ」という論理で、葬り去られた。


「自由はただではない。これまでも、これからも」

「自由は尊い。しかし、自由はただではない。それは血と暴力で勝ち取らなければならない」とアメリカ人は考える。尊い自由は、暴力で勝ち取らなければならないのだ。「自由は尊い。しかし、自由はただではない。それは血と暴力で勝ち取らなければならない」とアメリカ人は考える。尊い自由は、暴力で勝ち取らなければならないのだ。

アメリカは国家戦略の中に暴力を埋め込んでいる。アメリカは国家戦略の中に暴力を埋め込んでいる。

米軍も、CIAも、アメリカ政府も、みんな暴力を否定しない。「言うことを聞かない国は叩きつぶせ」と米軍が言うと、「相手が悪ならば、自分はそれ以上の悪になれ」とCIAは説く。米軍も、CIAも、アメリカ政府も、みんな暴力を否定しない。「言うことを聞かない国は叩きつぶせ」と米軍が言うと、「相手が悪ならば、自分はそれ以上の悪になれ」とCIAは説く。

アメリカの暴力哲学は歴史上、ほぼ一貫して行われていることは誰でも知っている。そもそも世界最大の軍需産業はすべてアメリカに集中している。アメリカの暴力哲学は歴史上、ほぼ一貫して行われていることは誰でも知っている。そもそも世界最大の軍需産業はすべてアメリカに集中している。

ロッキード・マーチン、ボーイング、レイセオンを筆頭として、そこにぶら下がる無数の企業がアメリカを支えている。ロッキード・マーチン、ボーイング、レイセオンを筆頭として、そこにぶら下がる無数の企業がアメリカを支えている。

ノースロップ・グラマン、ユナイテッド・テクノロジー、ゼネラル・ダイナミックス、ハネウェル、アライアント、ロックウェル・コリンズ、L3コミュニケーションズ。ノースロップ・グラマン、ユナイテッド・テクノロジー、ゼネラル・ダイナミックス、ハネウェル、アライアント、ロックウェル・コリンズ、L3コミュニケーションズ。

これらの企業はアメリカの雇用を支えると同時に、多くの政治家を輩出して、アメリカの国防を支えている。だから、アメリカの政治が暴力と縁が切れないのは当然のことである。これらの企業はアメリカの雇用を支えると同時に、多くの政治家を輩出して、アメリカの国防を支えている。だから、アメリカの政治が暴力と縁が切れないのは当然のことである。

雇用を支える必要があるから、そういった意味でも暴力は正当化される。暴力の正当化の歴史が長かったので、それがアメリカのDNAになっている。雇用を支える必要があるから、そういった意味でも暴力は正当化される。暴力の正当化の歴史が長かったので、それがアメリカのDNAになっている。

フロリダ州出身のアメリカのカントリー歌手ジョン・D・アンダーソンは、このように歌う。フロリダ州出身のアメリカのカントリー歌手ジョン・D・アンダーソンは、このように歌う。


俺は祖国アメリカに誇りを持っている。自由の大地と勇者の家だ。それは完璧じゃないさ。だけど俺はいつもそれを取る。しかし、いつまでホーク(軍用ヘリ)は飛ぶんだ。それに、どれだけの母が泣くのか。たくさんの息子や娘が死んでしまった。それが、俺たちの辿ってきた道だった。自由はただではない。これまでも、そしてこれからも。しかし、それは払い続ける価値がある。自由はただではない。そのようにあんたや俺に伝えられてきた。ずっとそうなんだ。自由はただではない。自由はただではない。俺は祖国アメリカに誇りを持っている。自由の大地と勇者の家だ。それは完璧じゃないさ。だけど俺はいつもそれを取る。しかし、いつまでホーク(軍用ヘリ)は飛ぶんだ。それに、どれだけの母が泣くのか。たくさんの息子や娘が死んでしまった。それが、俺たちの辿ってきた道だった。自由はただではない。これまでも、そしてこれからも。しかし、それは払い続ける価値がある。自由はただではない。そのようにあんたや俺に伝えられてきた。ずっとそうなんだ。自由はただではない。自由はただではない。


「暴力の時代」は、まだまだこれからも続いていく

アメリカは自分たちの暴力を「正義と自由のためである」と正当化する。そして、国民に「相手を倒すのが正義と自由のためである」というコンセンサスが立った時、容赦ない軍事作戦に踏み出していく。アメリカは自分たちの暴力を「正義と自由のためである」と正当化する。そして、国民に「相手を倒すのが正義と自由のためである」というコンセンサスが立った時、容赦ない軍事作戦に踏み出していく。

ベトナムではナパーム弾、絨毯爆撃、枯葉剤と、おおよそ考えられる非人道的な皆殺し作戦を実行していたが、これもアメリカ国内では正当化されている。ベトナムではナパーム弾、絨毯爆撃、枯葉剤と、おおよそ考えられる非人道的な皆殺し作戦を実行していたが、これもアメリカ国内では正当化されている。

湾岸戦争では劣化ウラン弾を使用して現地を放射能まみれにした。アフガニスタンでの激しい空爆、パキスタンでの無人機攻撃もすべて「正当化」された。湾岸戦争では劣化ウラン弾を使用して現地を放射能まみれにした。アフガニスタンでの激しい空爆、パキスタンでの無人機攻撃もすべて「正当化」された。

カダフィ大佐の死も、アメリカの正義戦略の中で行われて目的が達成され、正当化された。カダフィが死んだ時、時の国務長官だったヒラリー・クリントンは、満面の笑顔を浮かべて喜んでこのように言った。カダフィ大佐の死も、アメリカの正義戦略の中で行われて目的が達成され、正当化された。カダフィが死んだ時、時の国務長官だったヒラリー・クリントンは、満面の笑顔を浮かべて喜んでこのように言った。

「アメリカは来た、見た、カダフィは死んだ」「アメリカは来た、見た、カダフィは死んだ」

このヒラリー・クリントンの満面の笑みは、実はアメリカ人の多くが共有したものであった。このヒラリー・クリントンの満面の笑みは、実はアメリカ人の多くが共有したものであった。

どういうことか。それは「カダフィ大佐という国民に暴政を振るう独裁者が殺されることによって、リビア国民は自由になった」という暗黙知がアメリカ人にあったのである。どういうことか。それは「カダフィ大佐という国民に暴政を振るう独裁者が殺されることによって、リビア国民は自由になった」という暗黙知がアメリカ人にあったのである。

カダフィ大佐の死は、アメリカ式の「正義と自由が達成された」ことの象徴であり、だからカダフィ大佐の死にヒラリー・クリントンは満面の笑みを浮かべたのである。カダフィ大佐の死は、アメリカ式の「正義と自由が達成された」ことの象徴であり、だからカダフィ大佐の死にヒラリー・クリントンは満面の笑みを浮かべたのである。

自由はただではない。自由を手に入れるには戦って勝ち取らなければならず、そのためには多くの血が流れる。しかし、その血と暴力は「払う価値がある」とアメリカ人は考えている。自由はただではない。自由を手に入れるには戦って勝ち取らなければならず、そのためには多くの血が流れる。しかし、その血と暴力は「払う価値がある」とアメリカ人は考えている。

「自由はただではない。これまでも、そしてこれからも」とジョン・D・アンダーソンはメッセージを歌っている。「自由はこれからもただではない」と言っているのだ。「自由はただではない。これまでも、そしてこれからも」とジョン・D・アンダーソンはメッセージを歌っている。「自由はこれからもただではない」と言っているのだ。

つまり、アメリカはいつでも自分たちが考える「正義と自由」のために戦って血を流す覚悟をしているということだ。つまり、アメリカはいつでも自分たちが考える「正義と自由」のために戦って血を流す覚悟をしているということだ。

こういった状況を見ると、「暴力の時代」はまだまだこれからも続いていくというのが分かる。アメリカの歴史が暴力の歴史であることは、昔も今もこれからも変わることがない。どういうことなのか。端的に言えばこうだ。こういった状況を見ると、「暴力の時代」はまだまだこれからも続いていくというのが分かる。アメリカの歴史が暴力の歴史であることは、昔も今もこれからも変わることがない。どういうことなのか。端的に言えばこうだ。

「アメリカは、再び戦争をする」「アメリカは、再び戦争をする」

アメリカはいつでも自分たちが考える「正義と自由」のために戦って血を流す覚悟をしている。こういった状況を見ると、「暴力の時代」はまだまだこれからも続いていくというのが分かる。
https://www.bllackz.net/blackasia/content/20180128T0257490900.html


50. 中川隆[-5752] koaQ7Jey 2018年2月01日 13:23:57 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

『アメリカの汚名』 リチャード・リーヴス著 園部哲・訳
https://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%81%AE%E6%B1%9A%E5%90%8D-%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%AC%A1%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%A4%A7%E6%88%A6%E4%B8%8B%E3%81%AE%E6%97%A5%E7%B3%BB%E4%BA%BA%E5%BC%B7%E5%88%B6%E5%8F%8E%E5%AE%B9%E6%89%80-%E3%83%AA%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%B9/dp/4560095833

書評・テレビ評2018年2月1日

 1941年12月7日の真珠湾攻撃を「恥辱の日」といい、「パールハーバーを忘れるな」といって対日戦争突入を指示した大統領F・ルーズベルトが、その10週間後に大統領令を出して、12万人以上の日系アメリカ人を強制収容所に送り込み、この収容所で育った若い世代を米軍の肉弾として最前線に送っていた。この事実は、その後為政者が隠し、送り込まれた本人も口を閉ざしてきたために長い間闇に葬られてきたが、その全貌が本書で明らかにされている。本書は、トランプ大統領のムスリムやヒスパニックの移民敵視に、ジャーナリストの著者が、「日系人がアメリカ人の仕事を奪っている」とトランプと同じことをいってルーズベルトがやったことを後世に伝え、教訓にしようと、多くの家族の実例を挙げながらまとめたものである。

「テロリスト」と世論を煽り 家財奪い収容所へ

 真珠湾攻撃は、日本にハワイを攻撃させて米国民の怒りを煽り、軍事力にものをいわせて反撃に転じ日本を占領するという、アメリカ中枢の長期戦略にもとづいたものだった。本書を読むと、日系人に対する排外主義は、真珠湾攻撃の何年も前から意図的に組織されていたことがわかる。

 真珠湾の4カ月前、8月1日付『ワシントン・ポスト』は、日系漁民の9割は海軍士官であり、日系農民は油井の破壊活動を狙っており、日系の料理人や給仕、洗濯屋は主要公共施設や橋、トンネルの破壊活動をおこなうテロリストだと、虚偽の報道をおこなっている。この時期、ロサンゼルスの日本人居住区リトルトーキョーは襲撃され、日系人の子どもは登校時に「ちびジャップ」とののしられていた。

 そして日本軍が真珠湾を攻撃すると、ルーズベルトが1942年2月19日に大統領令を出し、これを受けて陸軍長官スティムソンが西海岸一帯を防衛のための軍事地域に指定。そこに住む日系人を強制退去させ、10カ所の強制収容所に送り込み始めた。

 本書には、日系人が1、2個のスーツケース以外の家屋や農場や漁船や一切の家財道具をとりあげられ、銀行口座も差し押さえられて、銃剣を突きつけた兵士に監視されつつ呆然とした表情で収容所に送られていった様子を伝えている。米国籍を有しており、何の嫌疑もない日系人から、ある日突然、生涯かけて築き上げた財産を奪い、強制収容所に押し込めることは、明らかに米国憲法で保障された公民権の違反であるが、それが白昼堂堂と実行されたのである。しかし米国のメディアは、この移動がまるで「自主的なもの」で、田舎にピクニックに行くような調子で報道した。

「救う」と称し米軍の肉弾に

 こうして12万人の日系アメリカ人が、カリフォルニアからアーカンソーまでの10カ所の強制収容所に抑留された。

 本書ではカリフォルニア州マンザナー収容所の様子が記されている。収容所には36区画・504棟に分かれた馬小屋のような宿舎が並び、それを有刺鉄線を張り巡らせたフェンスと、日系人に銃口を向ける機関銃とサーチライトを備えた監視塔が囲んでいた。そのなかで子どもや赤ん坊を含む約1万人の日系人が生活した。各棟に一つしかない水道管は凍り付いており、大人も子どもも藁(わら)の上で洋服のまま眠り、朝目覚めると、ドアの隙間から吹き込む砂埃まみれになってブルブル震えていたという。

 またサクラメントの収容所に収容された当時17歳の女性は、トイレの仕切りがなく、トイレといっても地面に1枚の長い板を置き、30aおきに穴があいているものだったこと、深夜の暗がりにまぎれてそこで用を足そうとすると、米兵がサーチライトで照らしてさらしものにしたことを告発している。

 そのほか北ポートランドの収容所では、牛や豚、羊用にもうけられた小屋のなかで3000人の日系人が暮らしていた。アーカンソー州マッギーの収容所は入り口の階段が淀みに浸かったままで、そこに巣くっている蚊の群れはすさまじく、おまけに管理当局は病人のためのキニーネをいつも切らしていた。日系人は家畜並に扱われる屈辱を強いられたのである。

 砂漠の灼熱や厳寒のなかで消耗して自殺する人や、監視役の兵士に面白半分に射殺される人も出た。一方、その扱いに我慢できず、米国人警官を集団で取り囲んで叩きのめしたり暴動を起こした収容所もあったという。

 ところが太平洋戦争が激化する1943年1月になると、スティムソンは「国家挙げての戦争時に武器を持つことは、その出自を問わず、全国民に固有の権利である」と新聞発表した。日系移民でも軍隊に入り戦場に行けば、国籍も土地も与えるというのだ。陸軍が主催した「自発的入隊制説明会」で日系人が「戦争後、国籍が剥奪されたり所有地が没収されたりしないか?」と聞くと、陸軍幹部は「それは憲法で保障されている」という。「それなら、そもそも僕たちは収容所に入らなくていいはずだ」と問うと、「だからこうして助けの手をさしのべているのだ」という。実際には1人の人間として認めたわけではなく、命令を受ければどんな危険な地域でも戦闘任務に就くという宣誓書にイエスと答えねばならなかった。

戦後も朝鮮戦争の最前線に

 本書を通じて見逃せないのは、アメリカの為政者たちが日本人を黄色人種として蔑視しきっていることだ。ルーズベルト自身が「日本人が狡猾で不誠実なのは、白人よりも2000年遅れた発達段階にある頭蓋骨のせいだ」と公言しているし、当時、オクラホマの州議会議員はすべての日系人に不妊手術を施すことまで提案している。

 収容所をつくるために西部10州の知事が集まった場では、「カリフォルニアのゴミ捨て場になることを我慢できない」「私の州に日本人を連れてきたら、全員木からぶら下げてやる」と抗議した知事もおり、「ジャップはネズミみたいに繁殖し、挙動もまるでネズミだ。戦争が終わるまでは強制収容所に入れておかねばならない」といった者もいる。そんな彼らが、同じ時期にユダヤ人を強制収容所に送ったヒトラーを批判していたのだった。

 この日系移民は、「公民権と職を与える」といって戦後の朝鮮戦争にも動員され、「グック(土人)」と呼ばれながら最前線に立たされたことも、研究者が明らかにしている。そして日本の植民地状態は今日まで続いており、安保法制によって日本の青年が米軍の身代わりとなって最前線に駆り出されるところまできた。日系人の強制収容所送りは過去の問題ではない。
https://www.chosyu-journal.jp/review/6946


51. 中川隆[-5615] koaQ7Jey 2018年2月21日 10:37:23 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2018年02月21日
アメリカの銃規制 国民全員が銃を持ち歩くよう奨励

事件が起きるたびに銃規制は緩和され、多くの州で銃を持ち歩く事ができる
引用:http://naioyake.web.fc2.com/sacc/img/rtc2004usa.PNG

アメリカの銃議論

フロリダ州の高校で起きた事件によって、再びアメリカで銃規制の議論が起きているが、規制はむしろ緩められている。

こうした事件の防止策として提案される方法は2つあり、一つは「全員が銃を持つ」もう一つは「全員が銃を持たない」というものです。

全員が銃を持ち歩けば1人が事件を起こしても、周囲の人に鎮圧されるので、事件は起きなくなるという考え方がある。


正反対の考え方として、全員から銃を取り上げてしまえば、銃で事件を起こすことは不可能になる。

規制の問題点としては、全員が銃を持っていない場所に、犯人1人だけ銃を所持していると、かえって事件を起こしやすくなる。

実際アメリカの学校でこのような事件が起きたとき、周囲に銃を持っている人が居なかったので、被害が拡大していた。


「国民全員が銃を持つべきだ」という支持派の言い分も、まるっきりデタラメという訳でもなかった。

全員が銃を持たない状況を作り出すのは難しいが、全員が銃を持つ状況は比較的簡単に作れる。

アメリカでは1万円程度で、近所のホームセンターなどで売っていて、国民一人当たり何丁も出回っている。

全員が持つか全員が持たないか

銃規制はいくつかの州や地域で行われているが、反対に住民全員が銃を持つように、規制を緩めている州も多い。

ウェストバージニア、カンザス、ミズーリなど12州では、人前に出さなければ、つまり隠し持っていれば銃を携帯していいという法案が最近成立した。

さらに19州で同様の法案が審議中や準備中で、これらの州は「全員が銃を持って威嚇しあう」方法を採用している。


ノースダコタ州やジョージア州では人が多く集まる公共の場で銃を携帯する権利を与え、むしろ銃を持ち歩くよう奨励している。

テキサス州では学校の教室や寮に銃を持ち込む事ができ、オクラホマ州は教員が教室に銃を持ち込めるようにした。

アイオワ州では大人が監視していれば14歳未満でも銃を所持できるとされ、裁判所にも銃を持ち込む事ができる。


連邦議会は「一つの州で公共の場での銃携帯を認められている者は、他の全ての州で同じ権利を有する」という法案が下院を通過した。

この法案が上院を通過すると、各州がどのような規制を敷いたとしても、映画館や教室に堂々と銃を持ち込めるようになる。

銃規制は圧力団体の妨害でほとんどが不成立になっているが、銃所持緩和法案は全米で次々に成立している。


実態としてアメリカでは銃規制どころか、国民全員が常に銃を持ち歩く社会にしようとしている。
http://www.thutmosev.com/archives/75016191.html#more


52. 中川隆[-5608] koaQ7Jey 2018年2月24日 14:37:17 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
米国の銃乱射事件はなぜ絶えないのか 銃規制阻む軍産複合体の存在 2018年2月23日
https://www.chosyu-journal.jp/kokusai/7155


銃規制を訴える米国の高校生たち

 アメリカの高校でまたもや銃乱射事件が起こり、高校生ら17人が殺害された。今年に入って米国の学校での発砲事件はすでに18件目で、ほぼ3日に1件が起こっている計算になる。1999年のコロンバイン高校での事件以来、銃乱射事件のたびに銃規制をめぐる論議がくり返されるが何も解決されたためしはない。そのなかで問題の根源である米国社会のあり方、軍産複合体の存在に鋭い視線が向けられている。日本の研究者の意見を参考に考えてみた。

 海を隔ててキューバと向きあう米南東部フロリダ州のマージョリー・ストーンマン・ダグラス高校(生徒数約3000人)で14日、同高校を退学処分になっていた19歳の少年が銃を乱射し、生徒ら17人を殺害した。少年は、半自動ライフル銃AR15と複数の弾倉を持ち、発煙筒に火を付けて火災報知器を鳴らし、生徒が逃げるところを狙い撃ったという。

 報道によれば、同校は武器を持ち込ませないために所持品は透明なビニール袋に入れるよう決めており、校舎によって違う色の通行証を持たせるなど、安全対策を万全にしていることで知られる。発砲事件を想定して、教室内に逃げ込んでドアにカギをかけ、電灯を消すなどの訓練を最近おこなったばかりだったという。他の学校でも、金属探知機を設置したり、スクールポリスを配置するところもある。それでも銃乱射事件は後を絶たない。

 今、同校の生徒たちは、銃乱射事件が起きるたびに政治家は学校の安全対策強化を語ることでお茶を濁していると見抜き、銃規制にとりくもうとしない政治のあり方に強い怒りをぶつけているという。高校生たちは「酒は21歳まで飲めないのに、18歳で自動小銃が合法的に買えるなんて狂っている」「2度と他の学校で起こらないよう、銃規制が実現できるまで声を上げ続ける」と決意を語り、現場の生生しい映像を拡散し世論を喚起している。17日に開かれた銃規制を訴える住民集会では、同校の女子高生が「全米ライフル協会から資金援助を受けているすべての政治家たちよ、恥を知れ!」と訴えた。

銃により毎年3万5000人が死亡

 銃乱射事件が起きるたび、マスメディアは、それが自分の身を守るのに銃が手放せない開拓時代からの伝統であり、合衆国憲法にも保証されているとしたり顔で解説する。しかし、昨年10月、ラスベガスで銃乱射事件が起こり史上最悪の58人が死亡した直後、銃器関連株が大幅上昇したことはあまり知られていない。弾薬メーカーのオーリンは6・8%高で史上最高値となり、銃器メーカーのアメリカン・アウトドア・ブランズ(旧スミス&ウェッソン・ホールディングス)は8・2%高、スターム・ルーガーは6・6%高となった。昨年、朝鮮半島情勢が緊迫するたびに、ロッキード・マーチンやボーイングなどの軍需関連株が急上昇したのと同じである。また、銃の売上が一番伸びるのも銃乱射事件の後だという。

 米国内には3億2000万丁の銃が出回っているといわれる。全世界の銃の半分をアメリカ人が持っていることになる。そして、毎年3万5000人が銃による殺人や自殺で命を落としており、その割合は先進国で最高だ。

 国内市場だけではない。スイスの調査機関スチール・アームズ・サーベイの調査によると、世界の銃器市場は少なくとも60億j(6400億円)規模であり、そのうち輸出トップはアメリカで、各国に銃を売りつけて年間11億j(1200億円)を稼いでいる。ベトナム戦争で拳銃・ライフル部門が異常な活況となったコルト・インダストリーズは、銃乱射事件への批判世論の高まりから1999年には護身用拳銃の製造ラインを停止するまでになったが、その裏でコルト製M16マシンガンを韓国、シンガポール、フィリピンの工場で製造し、インドネシアやグアテマラ、カンボジア、ハイチ、レバノン、スリランカ、コンゴなどに大量に輸出して、それが国民の虐殺に使われた。

 つまり、米国政府がかたくなに銃規制強化を拒むのも、戦争を最大のビジネスチャンスとする軍産複合体の存在があるからであり、だからこそどんなに銃乱射事件が起ころうと米国は銃を放棄できないのである。それはイスラエルやサウジアラビアなど中東の親米諸国に最新鋭の武器を売りつけ、中東で戦争の火を付けることと表裏一体のものである。

政治家操るライフル協会

 2012年12月、コネティカット州で20歳の男がサンディーフック小学校の校舎に侵入し、児童を含む26人を殺害した事件があった。凶器は自動小銃ブッシュマスター223で、このような殺傷能力の高い銃器への規制が緩和されたのは、ジョージ・W・ブッシュ政府時代に銃器関連企業が活発なロビー活動をおこなった結果であった。このブッシュマスター社に投資するのはサーベラス・キャピタル・マネジメントで、レミントン社やDPRM社などの銃器製造会社を傘下に収めている。

 また、事件の翌年3月、米上院は提出されていた銃規制法案を否決した。反対票を投じた議員たちは、銃規制に反対する全米ライフル協会(NRA)の潤沢な資金で買収され、その意向に沿う投票活動をおこなったといわれる。NRAには銃器メーカーが多額の資金援助をしており、歴代の大統領の多くが会員や名誉会員になっている。中東研究者の宮田律氏は、こうした銃規制に反対する動きが、米国独特の政治・経済・社会の構造から説明できることは明らかだとのべている。

 度重なる銃乱射事件とそのたびにくり返される政治家のごまかしに対して、軍産複合体の存在そのものに矛先を向ける論議は高まらざるをえない。銃規制を求めて高校生たちが声を上げ、全米を巻き込んで動き始めていることが注目されている。
https://www.chosyu-journal.jp/kokusai/7155


53. 中川隆[-5504] koaQ7Jey 2018年3月23日 07:41:43 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8592]
2018.03.23
東京の下町が米軍の空爆で10万人前後の市民が焼き殺されて73年経つが、変わらない米支配層の体質


 今から73年前の3月9日から10日にかけて東京の下町、深川、城東、浅草などがアメリカ軍の投下した焼夷弾で火の海になり、7万5000人から20万人の非戦闘員が殺された。焼夷弾とは一種のクラスター爆弾で、中には38個の小爆弾が収納されていた。上空約610メートルで子爆弾はバラバラに飛び散り、建造物や地面に到達すると数秒後、焼夷剤のゲル化ガソリンが燃え上がる仕組み。


 日本の軍や警察による政策が被害を拡大させた要因のひとつではあるだろうが、アメリカ側の作戦や戦略を徹底的に検証することも重要だ。たとえ、それが不都合な真実であったとしても。


 この時の爆撃は典型的だが、ターゲットは軍事工場でなく一般市民。先住民を殲滅したように、日本の市民を皆殺しにしようとした作戦であり、都市部の爆撃は「無差別」でなく「計画的」だったとする人もいる。


 この作戦を指揮したアメリカ空軍のカーチス・ルメイは広島と長崎に対する原爆投下、あるいは朝鮮戦争における空爆の責任者でもある。1950年6月に勃発した朝鮮戦争でルメイは朝鮮半島北部の78都市と数千の村を破壊、多くの市民を殺している。ルメイ自身の話では、3年間に人口の20%にあたる人を殺したという。勿論、カーチス・ルメイが独断で行った大量殺戮ではないだろう。彼の周辺には仲間がいる。


 ルメイは1948年からSAC(戦略空軍総司令部)の司令官に就任、朝鮮戦争が休戦になった翌年の54年にはソ連を核攻撃する作戦を立てている。それによると、600から750発の核爆弾をソ連へ投下、118都市に住む住民の80%、つまり約6000万人を殺すことになっていた。


 ​SACが1956年に作成した核攻撃計画に関する報告書​によると、ソ連、中国、東ヨーロッパの最重要目標には水爆が使われ、ソ連圏の大都市、つまり人口密集地帯に原爆を投下するとされている。軍事目標を核兵器で攻撃しても周辺に住む多くの人びとが犠牲になるわけだが、市民の大量虐殺自体も目的だ。この当時もSAC官はルメイ。


 この計画で攻撃目標とされた都市はモスクワ、レニングラード(現在のサンクトペテルブルク)、タリン(現在はエストニア)、キエフ(現在のウクライナ)といったソ連の都市だけでなく、ポーランドのワルシャワ、東ドイツの東ベルリン、チェコスロバキアのプラハ、ルーマニアのブカレスト、ブルガリアのソフィア、中国の北京が含まれていた。


 日本列島が中国に対する攻撃の拠点として想定されていたことは確かだろう。1953年4月に沖縄では布令109号「土地収用令」が公布/施行され、基地化が強引に進められた。土地の強制接収は暴力的なもので、「銃剣とブルドーザー」で行われたと表現されている。


 沖縄の基地化が進められていた1955年から57年にかけて琉球民政長官を務めたライマン・レムニッツァーは後に統合参謀本部議長に就任、ルメイを同じようにキューバへの軍事侵攻、ソ連への核攻撃を目論んでいる。つまりルメイとレムニッツァーは仲間。第2次世界大戦の終盤、アレン・ダレスはフランクリン・ルーズベルト大統領の意向を無視してナチスの高官を保護する「サンライズ作戦」を実行したが、レムニッツァーもその作戦に参加していた。


 レムニッツァーとダレスを引き合わせたのはイギリスの軍人。連合軍大本営最高司令官だったイギリス人のハロルド・アレグザンダー伯爵だ。レムニッツァーはイギリスの貴族に憧れを持っていた人物で、シチリア島上陸作戦の際に知り合い、アレグザンダーから目をかけられることになった。


 この人脈が影響したのか、1960年10月にレムニッツァーは統合参謀本部議長へ就任、CIA長官になっていたアレン・ダレスとキューバへの軍事侵攻を目論む。その背後にはソ連や中国に対する先制核攻撃計画があった。この攻撃計画にはダレス、レムニッツァー、ルメイも参加している。


 レムニッツァーとルメイはジョン・F・ケネディ大統領と激しく対立した。ケネディ大統領がソ連に対する先制核攻撃に反対、戦争の準備だったキューバ侵攻作戦ではアメリカ軍の直接的な介入を阻止する。


 キューバ軍を装って「テロ」を繰り返し、キューバに軍事侵攻するという「ノースウッズ作戦」をレムニッツァーは1962年3月に国防長官のオフィスで説明するが、ロバート・マクナマラ長官は拒否する。(Thierry Meyssan, “9/11 The big lie”, Carnot Publishing, 2002)ケネディ大統領はその年の10月、レムニッツァー議長の再任を拒否した。そのレムニッツァーへ欧州連合軍最高司令官にならないかと声をかけてきたのがハロルド・アレグザンダーだ。


 再任拒否の直前、1962年8月にアメリカの偵察機U2がキューバで対空ミサイルの発射施設を発見、10月にはアメリカ軍がキューバを海上封鎖する自体になっていた。いわゆるキューバ危機だが、これを外交的に解決したケネディ大統領に好戦派は反発、ダニエル・エルズバーグによると、その後、国防総省の内部ではクーデター的な雰囲気が広がっていたという。(Peter Dale Scott, “The American Deep State,” Rowman & Littlefield, 2015)


 本ブログでは何度も書いてきたが、レムニッツァーやルメイのような好戦派は1963年の後半がソ連を核攻撃するチャンスだと考えていた。先制攻撃に必要なICBMが準備できる見通しで、ソ連が追いつく前に戦争を始められると考えていたのだ。


 ところが、1963年6月にケネディ大統領はアメリカン大学の学位授与式(卒業式)でソ連との平和共存を訴える。ケネディ大統領がテキサス州ダラスで暗殺されたのはその年の11月のことだ。その翌年、日本政府はルメイに対し、「勲一等旭日大綬章」を授与した。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201803230000/


54. 中川隆[-13337] koaQ7Jey 2018年10月17日 13:36:07 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-19279] 報告

欧米的「理性」からの脱却
http://opera-ghost.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/post-92a8.html


〈我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか〉
Paul_gauguin


ポール・ゴーギャンがタヒチ島で描いた絵のタイトルである。

明治維新以降、日本政府はヨーロッパ諸国やアメリカ合衆国を目標として、富国強兵に務めた。幕末期にペリーの黒船や、英仏軍の大砲の威力を目の当たりにし、「このままでは日本は植民地になってしまう!」という危機感がそこにはあった。西洋をお手本とした近代化は急務であった。

第二次世界大戦で焼夷弾による(東京・大阪などへの)大空襲や原爆投下で日本は焦土と化し、惨憺たる敗戦後に我が国が最大の指標=目指すべきGoalと見做したのはアメリカ合衆国である。それはGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)占領政策の成果でもあった。ハリウッド映画や、1950年代から開始されたテレビ放送の中で見る、アメリカ中流家庭の豊かさは日本人の憧れとなった。テレビ・洗濯機・冷蔵庫という電化製品は「三種の神器」と呼ばれ、我々の親世代はがむしゃらに働いた。その結果、昭和40年代(1965年以降)の日本人は"economic animal"と揶揄された。

そして21世紀となり、いつの間にか日本人はヨーロッパ諸国やアメリカ合衆国を追い抜かし、豊かな国に暮らしていた。最早規範とすべき国はなく、欧米が築いた近代合理主義・科学技術文明を盲目的に賛美し、追従する時代はとうの昔に終わった。我々は今後、独自の道を模索していかなければならない。

欧米諸国の人々の多くはキリスト教徒である。アメリカ合衆国では国民の78.4%がクリスチャンであり、うち51.3%をプロテスタント、23.9%をカトリック教徒が占めている(2008年ピュー・フォーラムによる調査)。


実際、アメリカ人は教会によく行く。総人口の四割、一億人以上が毎週あるいは定期的に、おのおのの教会に礼拝に行くという国は、先進工業国ではほかにはない。
      (ハロラン芙美子 著「アメリカ精神の源」より)

アメリカでは2009年に正教会、カトリック教会、そしてプロテスタントの福音派指導者が合同で「マンハッタン宣言」を発表し、人工妊娠中絶や同性愛という「罪」を容認する法制度に対して、異議を唱えた。1920年代にはテネシー、オクラホマ、フロリダ、ミシシッピー、アーカンソーの各州において、公立学校でダーウィンの進化論を教えてはならないという州法が存在した(進化論は旧約聖書の記述に合致しないので)。なおケネディはカトリック教徒であり、ジョージ・W・ブッシュを支持したのは反中絶・反同性愛を叫ぶキリスト教原理主義(Christian fundamentalism)の人々であった。つまりアメリカ合衆国は宗教国家であることを見逃してはならない。

ユダヤ教やキリスト教にはアントロポモルフィズム(人間形態主義/人神同形論)つまり、神を人間と同じような姿で想像するという基本理念がある。それは旧約聖書の「創世記」にはっきりと書かれている。神は最初の男アダムを神に似せて創造した。そして最初の女イヴはアダムの肋骨から創られた。つまり人は神の似姿なのである。だからすべての動・植物の中で人間は一番偉く、自然を自由にコントロールしたり、生殺与奪の権利を持っていると彼らは考える。地球上に於いて人は神に最も近い存在であり、万物のリーダーとしての重責を担っているというわけだ。

欧米人と日本人との思考の違いは「庭」のあり方に典型的に現れている。野趣あふれる日本庭園は野山(自然)の中に在り、自然と一体化しようと欲する。一方、初期イギリス式庭園やフランス式庭園、イタリア式庭園は幾何学模様や生け垣による迷路など人工的産物であり、自然を型にはめ、人の意思で徹底的に管理しようとする。アメリカ合衆国郊外の建売住宅地に見られる広い芝生の庭も然り(その起源は英国貴族の庭園にある)。

旧ソビエト連邦の社会主義リアリズムとは人類の進歩と発展を信じると同時に、人間の理性の普遍性を信じる芸術(美術・音楽・文学)だった。人類は進歩の結果、やがて理想の共産主義を建設するのであり、共産主義が最高の発展段階である以上、それを設計した人間の理性もまた最高のものでなければならない、というわけである。共産主義は唯物論だ。唯物論とは宇宙の根本は物質であり、「神はいない」という思想である。だから社会主義リアリズムの最終目標は人類(共産党員)=神になればいい、ということになる。ここにキリスト教思想の残滓がある。余談だが唯物論の根本的誤りはエネルギーを無視していること。世界は確固たる物質で構成されているのではなく、突き詰めれば全てはエネルギーであるというのが量子力学の考え方だ。

欧米の白人は有色人種に対して差別意識を持っている。これは衆目の一致するところだろう。しかし彼らの

@アフリカ大陸の黒人や南北アメリカ先住民、オーストリア先住民(アボリジニ)に対する扱いと、

Aインド人やアジア人に対する扱い

に明らかな違いがあることにお気づきだろうか?

@アフリカの黒人たちは奴隷としてアメリカ大陸に売り飛ばされた。南北アメリカの先住民やアボリジニたちは無慈悲に大量虐殺され、「居住区」という名の不毛の地に強制的に移住させられた。そして豊穣で住心地の良い場所は白人が独占した。一方、

Aインド人が奴隷売買の対象になることはなかったし、居住地に関してアジア人が南北アメリカ先住民のような扱いを受けることもなかった。一体全体この差異は何なのか?

アフリカの民族、南北アメリカ先住民、アボリジニに共通する特徴は無文字社会であるということだ。だから欧米人は彼らのことを「未開 primitive」と見做した。未開人は知能が獣レベルであり、家畜同様に扱ってもいいという発想が根本にある。文字による記録=歴史がないが故に、アフリカは「暗黒大陸」と嘲笑された。だからアラビア語を使用するアラビア半島や北アフリカの人々は、中〜南部アフリカの無文字社会の人々よりは遥かにマシな扱いを受けた。彼らの肌が白いということとも無関係ではないだろう。つまり欧米人は肌の色と、文字を持つかどうかという2つの観点から他文明を差別(階層)化していたのである。彼らがいくら屠殺しても構わないと考える牛や豚と、「知性があるから捕鯨を絶対認めない」と主張するクジラやイルカの扱いに差を設けるのも、同じ理屈である。

19世紀末のオーストラリアではスポーツハンティングという名の虐殺が日常のように行われていた。詩人メアリー・ギルモアは幼少期の思い出を「シドニー・モーニング・ヘラルド」紙(1938年3月4日)に次のように書いている。


水飲み場の周辺に何百人ものアボリジニが死んでいた。大人たちが集まり、アボリジニの狩りに出かけるところを何度も見た。欧州から獰猛な狩猟犬が輸入された。アボリジニたちを狩りだし、食い殺させるためだった。ある時は小さな子供たちが、野犬のように撃ち殺された両親の遺体のかたわらで死んでいるのも見た。

そもそもオーストラリア政府はアボリジニを国民とみなしていなかったので、人口動態国勢調査対象からも外し続け、アボリジニを人口統計に入れたのは1973年の憲法改正以降であった。現在、アボリジニの人口はイギリス人の入植前と比較し、10分の1以下に減少した。またタスマニア島にいた3万7千人の原住民は根絶やしにされた(Black War)。これが白豪主義の実態である。

しかし1962年人類学者レヴィ=ストロースにより、無文字社会も高度に知的で豊かな文化を育んでいたことが立証された。

•レヴィ=ストロース「野生の思考」と神話の構造分析 2018.03.24
http://opera-ghost.cocolog-nifty.com/blog/2018/03/post-af4b.html


欧米人は何よりも理性を重要視する。古代ギリシャのプラトン哲学が典型的だが、イデアこそ最高のものだと彼らは考える。我々の肉眼で見えるものではなく、「心の目」「魂の目」によって洞察される純粋な形、「ものごとの真の姿」や「ものごとの原型」に至ることが人類の最終目標なのだ。つまりイデア=真理であり、キリスト教がヨーロッパに広まるにつれ、それは神の国(天国)と言い換えられるようになった。

17世紀の数学者デカルトは、心と体は明確に分離したものだと主張した。西洋科学は20世紀半ばまで、この心身分離モデルを疑うことなく用いてきた。彼らは肉体を軽視し、意識 consciousnessや自我 egoの自制心 self controlを重んじた。ここから派生してきたのが徹底的な個人主義 individualismである。

肉体・欲望の軽視はキリスト教の禁欲主義に如実に現れている。聖職者が神に近づくためには性欲は禁忌とされ、信徒が夫婦生活の営みとして性交する場合も、快感を求めてはいけないとされた。19世紀ヴィクトリア朝時代の英国紳士はマスターベーション(自慰)がタブーであり、自慰によってオルガスムが得られることを覚えた女子は医学的に問題のある子と見做され、陰核(クリトリス)を切り取られたり焼灼されたりといった「治療」が施された。そして1976年にカトリック教会は自慰行為を「重大な道徳的退廃」とした。つまり彼らが目指しているのは肉体を否定し、精神世界=理性でのみ生きることなのだ(極端な例が鞭身派・去勢派)。その背景に、アダムがエデンの園に生えた知恵の木から実=リンゴをもぎ取って、食べてしまった(欲望に抗えなかった)という原罪がある。

こうしたキリスト教の迷妄に対して、最初に異を唱えたのはドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェだろう(19世紀末)。彼は「神は死んだ」と宣言し、「からだが大事」と説いた。これは精神至上主義から離脱し、身体性・皮膚感覚をもっと大切にしようという姿勢であり、欲望の肯定であった。

ニーチェの思想を継承したのがジークムント・フロイトとカール・グスタフ・ユングである(20世紀初頭)。フロイトが提唱したエディプス・コンプレックスの真の目的はキリスト教(禁欲)の否定と性欲の肯定にあった。ユングの〈意識 consciousness+無意識 unconsciousness=自己 self 〉という考え方も、理性だけに目を向けるのではなく、身体性を取り戻すという意図がある。深層心理学の誕生である。そして20世紀中頃に、この身体性・皮膚感覚はレヴィ=ストロースにより「野生の思考」と名付けられた。

従来より八百万の神を信じるアニミズムが浸透し、「野生の思考」を持つ日本人はブリコラージュが得意である。日本語では「日曜大工」「器用仕事」「寄せ集め細工」などと訳される。手元にある材料を掻き集めて新しい配列でものを作ることを言う。クリスマスや聖バレンタイン(←ローマ帝国の迫害で殉教した聖職者)デーを祝い、七五三や正月にはお宮参りをし、葬式は仏式といった宗教的出鱈目さや、中国伝来の漢字と日本特有の平仮名を組み合わせた複雑な言語体系など、ブリコラージュの典型例であろう。

父性原理で何でもかんでも切断・分離し、精製する(純度を高める:その度を越した姿がナチス・ドイツのアーリア人種純血主義)ことを得意とした欧米の手法が行き詰まり、音を立てて瓦解している今こそ、理性と身体(からだ)や、意識と無意識の統合、すべてを包み込む母性原理=野生の思考が求められている。そう、僕は確信する。


アドルフ・ヒトラー「わが闘争」
http://opera-ghost.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/post-2a68.html

http://opera-ghost.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/post-92a8.html

55. 中川隆[-12442] koaQ7Jey 2019年2月04日 22:47:02 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231] 報告
日本人は「狂ったアメリカ」を知らなすぎる
「ディズニー、トランプ、GAFA」に熱狂するDNA 2019/01/18
塩野 誠 : 経営共創基盤 取締役マネージングディレクター
https://toyokeizai.net/articles/-/260849


歴史をひもとくと「トランプ支持」が広がってしまう理由がわかるといいます(写真:AFP/アフロ)

全米話題のベストセラー

『ファンタジーランド:狂気と幻想のアメリカ500年史』(上・下)
https://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4492444521/toyokeizaia-22?p=TK


がついに日本でも刊行された。

「世界でいちばん偉大な国」だったアメリカはなぜ、トランプ政権やフェイクニュースに象徴されるような「不可解な国」に変貌してしまったのか。現代アメリカを覆う社会病理の起源を語った本書を、経営共創基盤の塩野誠氏にいち早く読み解いてもらった。

現代アメリカを語る必読書

「アメリカ人の3分の2は『天使や悪魔がこの世界で活躍している』と信じている」

冒頭から、こんないぶかしい言葉が本書には並ぶ。


『ファンタジーランド:狂気と幻想のアメリカ500年史』


本書は、これまでにない視点で歴史をひもとき、現在のアメリカを語る試みである。アメリカを語る者や研究者の必読書となる可能性のある大作だ。

日本人はアメリカが好きである。正確に言えば、日本人がアメリカについて語る機会は、他国について語るよりも圧倒的に多い。

日本とアメリカがかつては戦争で対峙し、現在は同盟関係にあるという歴史的経緯に加え、高度成長期の政治・経済においてもかの国から多大な影響を受けたことは言うに及ばない。

加えて日本人は彼らのライフスタイルやポップカルチャーからも多大な影響を受け、それを語る。

その昔、日本の若者がアメリカにあると信じていたファッションやライフスタイルは、「UCLAの学生の着ている服は」「古きよきアメリカは」といった断片的な記号で語られた。

ディズニーランドは、聖地のような扱いを受けている。


少し前のビジネスシーンでは、「ニューヨークの投資銀行では」「ウォールストリートでは」「シリコンバレーでは」と、日本人は「アメリカでは」という想像によるイメージを繰り返し語ってきた。

むろん日本人は、「アメリカ」という言葉がさまざまなものを包含した雑な入れ物であることに気づいている。サンフランシスコとデトロイトは異なり、中西部の名も知れぬ街とニューヨークでは国さえも違うかのようである。

2018年に出演俳優らがアカデミー賞を受賞した問題作『スリー・ビルボード』を見た私たちは、同作の舞台となった閉塞感ある片田舎とニューヨークが異なることを知っている。

不可解なアメリカの起源とは

アメリカを語る日本人は、トランプ大統領の登場以降、説明のつかない不可解なアメリカに対してもやもやとした感情を抱いているのではないか。

特に「アメリカは」の後に「合理的」とか「ロジカル」と続ける人々にすればそうだろう。メディアの報道を「フェイクニュース」と切って捨てる大統領の登場と、それに熱狂する支持者たちは、彼らにとって理解しがたい存在に映っている。

そしてニューヨークやボストン以外にもたくさんの「アメリカ人」が住んでいることに気づき、ラストベルト(中西部などのさびれた旧工業地帯)のトランプ支持層について納得しようとする。

しかし本当のところ、現在のアメリカを形づくっているものはいったい何なのか? 本書はそこを掘り下げる。『狂気と幻想のアメリカ500年史』とタイトルにあるように、幻想によって創られた「ファンタジーランド」としてのアメリカを膨大な資料を基にひもといていく。

アメリカは1776年に独立宣言を採択した国であり、500年の歴史を持つとはもちろん言えない。

本書では、イングランドで初めてのプロテスタントの君主だったエリザベス女王、その後を継ぎ聖書の公式英語訳を命じたジェームス1世(1566年生)が与えたアメリカでの植民地建設の勅許の中に、その起源を見る。

この勅許の中に福音伝道の使命が含まれており、著者が「常軌を逸したカルト教団」と表現しているピューリタン急進派が、アメリカ建国の「ピルグリム・ファーザーズ」になったとするのだ。

著者はこう主張する。

16世紀に誕生したプロテスタントは、自分たちの妄想が嘲笑されない場所(=アメリカ)を探し、そのプロテスタントからアメリカのもととなる考え方が生まれ、情熱的で空想的な信念こそ最も重要とされる「ファンタジーランド」の足場が完成したと。


一般的にプロテスタントは資本主義を醸成する土壌をつくったとされるが、これについての著者の見方はこうだ。

アメリカはたった1世紀のうちに普通の人が荒野から国を造り出した初めての国であり、そもそも、ゴールドラッシュのような一攫千金やユートピアなどの幻想を受け入れる空っぽの容器として始まった。

著者は読者を圧倒する膨大な事例を用いて、「アメリカ人は、自分が望むことならどんなにばかばかしいことでも信じられる。自分の信念には、ほかの人の信念と同等かそれ以上の価値があり、専門家にとやかく言われる筋合いはないと思っている」という思想の源泉を解き明かしていこうとする。その思想は、現在のフェイクニュースにもつながる。

そこは事実を目前にしてもなお「現実は相対的なものだ」と考え、公正であれ不正であれ、自分の野心を追求するチャンスを楽しみ、良ければ起業家、悪ければ詐欺師、最悪の場合は「狂信的な反知性主義」が覆う世界である。

日本人にとって興味深いのは、漠然とキリスト教の国と捉えているアメリカが、実際には「誰でも説教師になれる、好きなように説教ができる」というキリスト教のプロテスタントをベースにした数限りない新興宗教の勃興と争いの歴史を持っていることだろう。

アメリカを覆う宗教観は、夢や幻覚、超自然的印象と強固に結びついた、自分が信じれば何でもありの個人主義的な宗教(的なるもの)の寄せ集めとも言える。

アメリカの南北戦争を、両軍とも聖戦と捉え、神の計画の中でどちらを神が罰するのかと考えたのは、当時の人々の自然な考え方であろう。

「幻想・産業複合体」としてのアメリカ

宗教(的なるもの)と幻想、個人主義から生まれたアメリカは、メディアなどのテクノロジーの発達とともに、幻想を産業化する「幻想・産業複合体」となっていく。

中世では教会こそが舞台装置を備えたメディアであったといえるので、これもまた興味深い進化である。

1835年にはすでに金儲けのためのフェイクニュースが登場していた。新聞のニューヨーク・サン紙が、知的な文体で書かれた1万6000字の文章によって、月面上に生物(菜食のコウモリ人間)を発見したことを報じたのだ。

人々はその報道を信じ、名門大学のイェールでも疑いを抱いたものは誰もいなかったという。こうした「稼げるフェイク産業」が勃興し、サルと魚の剥製を組み合わせた「人魚」は、存在を信じさえすればそれは実在すると考える人々に好評を博したのだった。

時とともにアメリカ人の中で、「正しいと信じる権利がある」と考える気質は強化されていった。

そしてアメリカ人が信じたいものを見せる舞台装置は、ここ100年の間にテクノロジーによって加速されていった。VR(仮想現実)もない時代の仮想現実は映画だった。映画は当時の人々にとっては魔法であり「真実」だったのだ。まさに幻想・産業複合体の誕生である。


だが真実と幻想の区別がつかなくなったとき、日常に起こるさまざまな事象は陰謀説が絡みやすい。賢明な読者ならすぐに想像がつくように、アメリカはハリウッドでの「赤狩り」の時代に入り、共産主義者という隠れたスパイが民衆の知らないうちに映画やテレビでプロパガンダを行っているという幻想が爆発し、罪のない人々を追い詰めていった。

また近年に至っても、ケネディ暗殺に関する新しい真実や陰謀論を報じる映画やドキュメンタリーが創られ続けていることを私たちは知っている。

「中二病」の先駆者としてのアメリカ

本書で詳述される「幻想・産業複合体」はいつまでも子どもでいたいベビーブーマー世代以降に完全に定着した。

真実とうその優雅な混合であるプロレスWWEに登場し、WWEのオーナーだったマクマホンに平手打ちした(フリをした)、後の大統領トランプ氏から、スラム街の悪党を名乗るギャングスタ・ラップまで、ある意味で日本の「中二病」の先駆者たちが、ずっと子どもでいたい消費者たちと一緒になって、「ごっこ」の産業を拡大していったのだ。

存在しなかった過去への郷愁の具現化ともいえるディズニーランドに人々は熱狂した。もしかしたら「古きよきアメリカ」を語る日本人は「ごっこ」の「ごっこ」をしている可能性がある。

先述した、寄せ集めでつくられたアメリカの宗教観は、日本の『エヴァンゲリオン』を思い起こすかもしれない。ずっと子どもでいたかったポップカルチャーの帝王マイケル・ジャクソンが、自らつくったネバーランドに子どもたちを招きスキャンダルを起こしたことを記憶する人もいるだろう。

一般的に、国家が先進国となっていく過程で宗教性は薄れるものだが、アメリカは例外的にそうはならなかった。アメリカを事実に基づいた思考をする合理的な国だと考えるなら、再考の必要がある。

アメリカは『Xファイル』化しており、それが日常となったとき、子どもたちが次々に誘拐されるという事件や多重人格障害を妄想から根拠なくつくり出していったと本書は言う。

なぜ学校であれほど銃の乱射事件が起きても、アメリカ人は銃を手放さないのか。

銃のない世界に住む日本人にとって非常に不可解なことも、いつの日か「高圧的な政府の悪党」が市民を攻撃する際に武器をとって立ち向かうためだとすれば、納得がいくだろうか。

本書はアメリカという国を500年という歴史で捉え、現代における「自分が信じればそれが真実」という世界観を理解するための貴重な資料となるだろう。

英『エコノミスト』誌はトランプ大統領の言動は「むしろ権力に立ち向かう意思を証明するものと受け取られている」と指摘する。本書に登場する哲学教授の言葉に問題の深さが現れている。

「繰り返し矛盾に接すると、事実そのものを重視する感覚が鈍ってくる」

今のアメリカを語るのなら、本書は必読だろう。

 



▲△▽▼

今こそ合州国の正体直視を  本多勝一 週間金曜日 2003年 3月14日号「風速計」

この一文が出るころ、アメリカ合州国の体制主流は、イラク侵略を開始または開始寸前にあるだろう。

 国連安保理外相級会合に米英ら3国が今月7日提出した修正決議案は、国連安全保障理事会で11日に採決にかけられる見通しだが、ここで否決されても、合州国は単独で開戦・侵略に踏み切る構えである。

 あたりまえだ。アメリカ合州国の歴史は、こういうことの連続の末に今日の地球史上最強・最悪の帝国となった。ワシントン初代大統領以来の二百余年間は、手段を選ばぬ詐欺・脅迫・テロ・虐殺による侵略史にほかならぬ。そのことはこれまで機会あるごとに触れてきたが(注)、目前でまたしても超大軍事力によって同じことが強行されようとしている今、「正確な合州国史」にうといままその正体に気付かぬ例が多い日本人のためにも、このさい改めて正面から指摘しておきたい。

 ただし、こんどのイラク侵略が開戦されてもされなくても、これはコロンブス以来のヨーロッパによる世界侵略500年史の中で、ベトナム戦争とともに画期をなす歴史的事件となるかもしれない。

米西戦争などで世界制覇競争に勝った合州国は、それまでに北米大陸での先住民族侵略をウンデッドニー虐殺によって終了していたが、以降そのままハワイ・グアム・フィリピンへと「西部へ西部へ」を進めた。朝鮮戦争につづくベトナム戦争で、合州国軍隊はワシントン初代大統領以来初の敗戦を喫したものの、侵略のための巨大軍需産業や体質に傷はつかなかった。その成りゆきとしてのイラク戦争(12年前も今回も)である。ところが、合州国の正体に気づき始めた人々の世界的盛上りによって、開戦寸前での中止か、開戦してもベトナム以上の反戦の広がりで帝国の没落となるかもしれない。この500年来の画期をなすゆえんである。


合州国は“民主主義”をタテマエにしている。実態はともかく、民意を完全・明白に無視した侵略は支持されない。そこで開戦のとき必ずといえるほど使われるテこそ、相手が先に攻撃したとみせかける捏造事件である。これは先住民族への侵略以来イラクまで一貫してきた。

戦艦メーン号爆破事件(米西戦争)をみよ。トンキン湾事件(ベトナム戦争)をみよ。真珠湾(太平洋戦争)をみよ。その他その他。

これを書いている9日の朝日放送(サンデープロジェクト)は、イラクのクウェート侵入(これも裏に合州国あり)にさいして、イラク兵が乳児を哺育器から出して次々と放り投げた様子をクウェートの少女に証言させたこと、これが繰り返し放送されて世論を憤激させ、開戦に有利になったこと、ところが後に、この少女は駐米クウェート大使の娘で、証言は捏造だったこと等を放映した。

 こんどはどんな捏造が、いいように操作されるマスコミによって“報道”されることだろうか。

 開戦寸前の今、このテーマは「未完」としておく。
http://www.kinyobi.co.jp/KTools/fusoku_pt?v=vol451


ウンデッドニー以来…… (本多勝一)

 アメリカ合州国が、一方的な「ブッシュの戦争」でアフガニスタン空爆を続けている。予測されていたとおり、一般住民に多数の死傷者が出た。そして、そんなことは一切おかまいなく空からの無差別虐殺をつづけるであろうことも、予想通りである。なぜか。

 合州国の「はじまり」から点検してみられよ。この国は500余年前の「コロンブスの大虐殺」で始まる。すなわち南北アメリカ両大陸(および付属諸島)の、何千万人とも知れぬ先住民族たちの、おそらく人類史上最大の悲劇の始まりである(注1)。合州国に直接関連するものとして、北米の先住民族が最近までにどんな虐殺をされてきたかは、日本人による世界に誇れる報告『アメリカ・インディアン悲史』(藤永茂・朝日新聞社・1972年)がある。

 ワシントン初代大統領時代から強行された侵略は、最後の組織的虐殺「ウンデッドニー」で一応終るものの、そのわずか10年後(1900年)、フィリピンを侵略した米軍による「10歳以上すべて」の全男女が、ルソン島・サマル島で大虐殺された。のちの日本占領軍司令官マッカーサーの父親たるアーサー=マッカーサー将軍の命令だ。この虐殺軍の指揮官たるや、なんと米本国でのベテラン対先住民戦闘兵自身だった。つまりアメリカ先住民大虐殺の歴史は、アジア人大虐殺へと直結する(注2)。

 息子のマッカーサーを最高司令官とする米軍は、東京大空襲や広島・長崎への明白な無差別大虐殺を、「真珠湾」への“反撃”として強行する。真珠湾は軍事施設だけを目標としていたが、東京や広島・長崎等は住民の生命そのものが目標である。

 その5年後、朝鮮戦争が始まる。そこでの米軍による住民大虐殺については、たとえば松本昌次『朝鮮の旅』での「信川大虐殺」などで明らかだが、つい最近も「老斤里大虐殺」が暴露された(注3)。

 朝鮮での終戦後10年と経たぬうちに、ベトナム戦争への米軍介入だ。ソンミ事件その他、アメリカ先住民大虐殺と全く同じ無差別婦女子大虐殺が、カウボーイ米兵らによって“楽しく”行なわれた。

 ベトナム戦争終了26年後の今、父親ブッシュによるイラク戦争(湾岸戦争)を経て息子のブッシュが、国連を無視してアフガニスタンに開戦した。ウンデッドニー当時の大統領と現在のカウボーイ父子大統領とで認識に基本的違いがない以上、非白人で異教徒住民への無差別爆撃(虐殺)は当然である。良心的アメリカ人は、あくまで非主流だ。

 ここまで書いた直後、ミニコミ誌『シサム通信』10月号が届いた。その中から、アフガニスタンで長年医療活動をして今回脱出した中村哲医師の言葉――「一連の動きを見て思うのは、西部劇の続きである。勇敢な白人がバッタバッタとインディアンをなぎ倒していく。」


<注1>たとえばラス=カサスの『インディアス破壊を弾劾する簡略なる陳述』(石原保徳訳・現代企画室)などに詳しい。

<注2>詳細は拙著『アメリカ合州国』(著作集12巻=朝日新聞社)収録の「マイアミ連合からベトナムまでの合州国の道程」参照。

<注3>1950年7月に韓国・忠清北道老斤里で避難民数百人を米兵が無差別射殺。AP通信が一昨年9月に報道。
http://www2.kinyobi.co.jp/old/fusoku_oldf/386




▲△▽▼

回心者ブッシュの演説に聞き入る「十字軍」兵士達
アメリカには「ポーン・アゲン」を なのり、そう呼ばれる人びとがいる。 人生の道半ばで、神に、キリスト に、聖書に出会い、キリスト教徒とし て新しく生まれ変わった人びとであ る。改宗ではなくて、回心と再生を誓 う、プロテスタント教会のなかの行動的な一派である。

◆40歳にして「回心再生」

ブッシュニ世はボーン・アゲンのひ とりになった。飲酒にふけって、安易 な生活を送っていたのが、名高い伝道師の説教を聞いてからは、四十歳にし て酒を断ち、回心再生の人となった。

朝は祈りと聖書の読誦にはじまり、閣議も祈りではじまる。

演説には聖書 のことばがちりばめられている。

「ア メリカに昧方しないやつは敵だ」というブッシュニ世の人物を特色づける発 言も聖書からでている。

「わたしの側 に立たない者はわたしに逆らう者、わたしと共に集めない者は散らす者である」


神仏の信仰を問わず、ボーン・アゲ ンの宗教体験をもつ人びとのおおく は、個人の内面の間題として回心をうけとめている。

ところが、アメリカの 「生まれ変わり」は異様に猛烈である。かれらは公の場で回心の体験を声高 に語って、人間は罪を負って生まれた存在であるから回心しなさい、改俊しなさいと、説得と折伏の活動に訴えることを神に奉仕する使命と信じている。

その特徴は徹底した二元論である。人間は神に選ばれて救われる者と、救 われない者に分かれている。回心者に は永遠の平和、福音に耳ふさぐ者は悪魔の子で永遠の地獄が待っている。

善と悪、神と悪魔、味方と敵、白と黒、光と闇が現世を二分して戦ってい るという論理を用いて、迷える小羊に選択をせまるのである。

原理主義(ファンダメンタリズム) はイスラムの 「専売」のように思われて いるが、この 言葉と運動は はじめて一九 二〇年代アメ リカの白人プロテスタントの環境からうまれた。

ボーン・アゲンは原理主義の三つの 教条を継承している。

聖書に書かれてあることはすべて神の言葉であって、解釈や考証はゆるされない。

人間は神によってつくられた被造物で、サルから進化したなどという「妄説」はゆるされない。

やがてキ リストがこの世に再臨して至福の千年 が始まるから、神への奉仕にいそしまなければならない。


◆悪魔うけいれる土壌

最近のギャラップ世論調査による と、アメリカ人の48%は神が人間をつ くったと信じ、28%が進化論に傾いている。そして、悪魔の存在を68%が信 じている。

テロリズムも「九・一一」の悲劇も、バグダッドに巣食う悪魔の仕業だ という圧倒的な政治宣伝がたやすくう けいれられる精神的土壌がそろっている。 プロテスタント教会の少数派であっ たボーン・アゲン原理主義と、帝国を夢みる新保守覇権主義の二つの特殊な 潮流と人脈が、アメリカ政治の中枢を乗とってしまった。

神の下なる道義の国アメリカの指揮 官ブッシュニ世は、「万軍の王の王、主の主」(ヨハネ黙示録)として、神の御業を実践する十字軍に立つのであ る。

しかし、利得の追求を宗教的熱狂で紛飾した十字軍は、中東のみならず、 世界の現状にひそむ限りない複雑さ と、そして、人間の惨害を無視して強行されるのだから、前途には、とほうもない魔の陥弊が待っている。


現在の狂ったアメリカ人の精神構造を探るには、アメリカを覆っているキリスト教原理主義的教義が分からないと理解できない。

回心再生と言ったって何のことか分からない。

回心再生して神に仕え、そうでない福音に耳を塞ぐ者たちを、悪魔の子として永遠の地獄に突き落とすことが、彼らの使命なのだ。


このようなキリスト教原理主義の教義が分かっていれば、ラムズフェルドの冷酷さも理解できる。

彼はアフガニスタンの戦場における、タリバン兵の捕虜達をクンドゥスに集め、爆撃して皆殺しにした。悪魔の子として地獄に突き落としたわけだ。

彼らにとっては異教徒は人間とはみなさないのだ。
http://www.asyura2.com/0304/bd25/msg/114.html


キリスト教原理主義

キリスト教原理主義の本質は、主に米国が過去に行った過失を正当化できるからこそ普及しているのであり、キリスト教よりもユダヤ教の亜種に近い性質を帯びている。

プロテスタントといえば、多くの日本人はルター派とカルバン派しか思いつかないだろうが、英米のプロテスタントの多くは、英国国教会の亜種である。

英国国教会は、設立当初から血塗られている。
ローマ教会が離婚を許さないのを理由に、ローマ教会を離脱して英国王が首長となる教会を設立したのであるが、そのヘンリー8世は6人の妻を持ち、2番目の妻アン・ブーリンと5番目の妻キャサリン・ハワードを姦通罪で処刑している。6人のうち死別は3番目の妻ジェーン・シーモアのみである。
英国国教会の成立には、ローマ教会を通して仏の影響力を廃したかったのもあるだろう。アビニョン捕囚(1309〜77)の影響でフランスはローマ教会への影響力を強化していた。

また、ローマ教会自体が各国の王の上に己の存在を置く状態であり、英国内の反発があるからこそ、英国国教会は存続したのだろう。
つまり、設立自体が、エゴイズムとナショナリズムが動機である。
そのため、エリザベス一世時代に英国国教会から清教徒が反発して分離するのだが、彼らがローマ教会へ戻らずに新しい諸派を建てていった理由も、ナショナリズムによるローマ教会への反発があった。

もちろん、当時のローマ教会は相当腐敗していたのも事実だ。
つまり、英米のプロテスタントの場合、ルター派とカルバン派ほど純粋な動機とは言い難い部分が元来強かったのである。


ローマ教会を離れた時に、教皇に替わる宗教的権威は、何になるか。

自派内のヒエラルキーの頂点である。
古い宗派の中で頂点を極めることは難しいが、新派を建てれば己自身が頂点になりうる可能性がある。

「英国人は六十の宗派を抱えているが、料理のソースは一つだ」というイタリアの諺があるほど、英米のプロテスタントは多数の派がある。
己が宗教的権威になりたいという我欲こそが、多数の派が存在する理由の最大の要因ではないかと憶測している。

一番の問題は、聖書無謬性という偏向なのだが、これはルター派が聖書中心主義を唱えた影響から英米のキリスト教原理主義に多い。
キリスト教において本来一番大切なのは、イエス=キリストの言葉であった筈だが、イエス=キリストの言葉と矛盾する見解を米国人が頻繁に出すのは、聖書無謬性の影響ではないかと思う。

聖書無謬性、というよりも、旧約聖書無謬性こそが、キリスト教原理主義の中心に存在するのではないか。

旧約聖書は、無謬どころか矛盾だらけだが、キリスト教原理主義で重要視されているのは、旧約聖書の内容とヨハネの黙示録なのである。
ヨハネの黙示録の諸派にとって都合の良い解釈することと、旧約の内容が、キリスト教原理主義の根本のようだ。
これでは、キリスト教というよりも、選民思想が極端に強いユダヤ教の亜種である。


まず、北米インディアンの土地を奪ったことについては、「アメリカは約束の地である」と説明する。

鉄砲隊に向かって「特攻」を続けた北米インディアンを、虐殺し続けるのに当たって、「北米インディアンは聖書に書かれていない。だから、あれらは人間ではない」と説明する。

奴隷貿易の中心は実は英国だったが、「黒人は聖書に書かれていない。だから、あれらは人間ではない」と同様に説明している。

聖書の無謬性という信仰を利用することによって、自分達のエゴイズムや貪欲な物欲、選民思想を合理化できるのだ。

どんな人間だとて、異民族でも多数の人間を無差別虐殺すれば、潜在的に罪悪感を感じるものである。
もちろん、本物の「見せかけだけの善人」ならば、潜在的にも罪悪感を感じないだろうが。
米国人の心に在った潜在的罪悪感や不安感を薄れさせ、自らの虐殺・軍事的及び経済的侵略を正当化するために、聖書無謬性は、実に利用価値の高い説なのである。

聖書無謬性は、選民思想を強化し、エゴイズムの発現と経済侵略を正当化する。
だから、英国は「死の商人」として長年成功できたのだろう。日本で有名なグラバーも、英国の武器商人である。

第二次世界大戦後、英国の国土は荒廃していた。
戦争の被害のない米国が「世界の中心」となったのは必然であるが、その世界の中心とは、「世界の武器工場」なのである。この情けない地位は、この先当分揺るぎそうにない。

人殺しで儲ける「商売」は、私は世界中で最も卑しい職業だと思う。
殺傷兵器を多数生産することにも、自己正当化と合理化が必ず必要になる。
「我々は、民主主義を世界に普及するために武器を製造しているのである」とか工場で合理化の言葉を言わなければ、現場の労働意欲が必ず低下していく筈だからだ。


米国で武器を多数製造しなくても、たくさんある別の産業に大半を転換すればいいだけの筈だ。日本は、戦後ちゃんとできたのだから。
だが、恐らく、最早不可能だろう。

なぜなら、米国は「民主的な豊かな社会」から「憎悪と恐怖の対象」「言論を弾圧する強国」へと変質して行っているからである。
報復を恐れて先制攻撃し、無差別攻撃するために、他国民の憎悪と怒りが増し、死を賭しても抵抗を表したいという人々をどんどん増やしているという、ごく当たり前の論理が、米国人には理解できないようだ。

恐らく、欧米人以外の人々を、無意識下で「人間」と認めていないからである。

世界中から恨まれ憎まれていることを、米国人の大半が9.11まで気づかずに済めたのは、エバンジェリカルが米国民が潜在的に持つ罪悪感や不安感を合理化し、選民思想を強化してくれているためである。

戦争があるたびに、米国内のエバンジェリカルは信者数を増していく。
今や、聖書無謬性を信じる米国人が半数以上なのではないか。

例え、神が言ったことが正しかったとしても、転記を続けた古代ユダヤ人が自分達に都合の良い内容に書き換えなかったと何故信じられるのかは、理解に苦しむ。
古代ユダヤ人の知っている世界しか書かれていないからといって、それ以外の土地に住むのは人間ではない、あるいは被差別民族だと信じられるのは、何故なのか。
「木を見る西洋人 森を見る東洋人」に従えば、西洋人の世界観があまりに単純だからと説明できるだろう。
そんなに、世の中、単純なわけなかろうが。
あらゆる物事は、複雑に絡み合っている。
人体の一部が悪くなれば、全体に影響が及ぶようにだ。

潜在的罪悪感を引きずるからこそ、米国は犯罪大国になったのではないか。


エバンジェリカルは「核戦争を待望する人びと―聖書根本主義派潜入記 朝日選書」によると、ヨハネの黙示録の「ゴグとマゴク」、つまりイスラエルに進攻して戦う二つの大国とは、ロシアと中国だと教えているそうだ。

信者を増やすために、「核戦争はすぐ来る」とエバンジェリカルが米国民の恐怖を煽れば煽るほど、「どうせ先はないんだから」と自暴自棄の心境に陥り、犯罪に走る者は増えていったのだろう。

潜在的罪悪感や不安感は、潜在的犯罪者を増加させていき、米国民の人心を荒廃させて行ったのである。

「人のふり見て我がふり直せ」と言う。
経団連が武器輸出を求めた結果、内閣が勝手に、当座米国にのみミサイルを輸出することに決めてしまったが、これは米国の轍を踏むことになるだろう。
潜在的罪悪感を合理化する装置としての宗教は、日本において国家神道と靖国である。

次第に国粋主義者が再度増えて行っている現状を、よく考えてほしい。
米国の事実上支配下に入っている日本では、精神的には戦後の混乱が続いたままなのである。
恐らく、潜在的罪悪感や社会の矛盾を合理化するために、日本人の多数が、再び自発的に国家神道と靖国に縋り始めたのである。

それを否定する者に対して、「非国民」扱いが始まっている。
戦後の精神的混乱を「日教組の偏向が」等とする、安易な合理化を続けているようでは、昭和初期と同じ状況を自ら作り出してしまうだろう。

そして、潜在的罪悪感と社会の矛盾を合理化するのに、靖国では駄目だと考える人々が新・新興宗教に縋っていくのである。
この状況が長く続けば、オウムのような極端な教義を必要とする人々が増えていくはずだ。

武器輸出は、第二・第三のオウムを作り出し、アーレフを強化する。
エゴイズム、利己主義と物質主義、利益優先主義、選民思想などの、「アメリカナイゼーション」が「グローバリズム」の名で一層進行していけば、犯罪発生率が増加するのは当然である。


物事は連鎖していると考えるのは、東洋的発想らしいが、過去の清算が充分に済まないならば、潜在的罪悪感や不安感が、国を誤った方向へと導くのは避けがたいだろう。

良い商品を世界に供給するのを止めて、死の商人への道を進むのが、日本国の将来のために素晴らしいことと思いますか。
経済的論理のみを追求すれば、犯罪発生率は高まり、要人暗殺や報道機関への武力攻撃等の右翼テロが頻発する時代をもたらすだろう。
その先にあるのは、五‐一五事件(1932年犬養毅首相暗殺)、二‐二六事件(1936年陸軍クーデター)のような時代が来るだろう。

貴方は、奥田経団連会長や小泉首相が、そういうことまで考えて武器輸出を決めたと思いますか。

重要案件が国会の議決を経ないで決まる事態は、民主主義の形骸化の進行です。
「誰がなっても変らない」と賢しらに言う人々が多数日本にはいますが、本来、日本の未来を選ぶのは、国民の一票の筈です。
貴方は、どんな未来を選びたいと考えていますか?
何もせずに他人(政治家や官僚)のせいにするというのも、一つの選択であり、その選択に相応しい未来が待っているはずです。


【福音派】聖書の外典・偽書と「聖書の絶対不可謬性」

キリスト教史の中で、旧約聖書が正式に聖典の扱いを受けるようになった歴史は意外に浅く、トリエント公会議(1545)の時である。
2世紀には既に旧約聖書を認めない派が存在し、それに反対するためにも4世紀に聖書のラテン語訳が始まり、397年「正典」が一応決まった。

特に、ヨハネの黙示録を新約に残すかどうかで、随分揉めたらしい。
東方正教会は、長く認めていなかったという。

1世紀末に書かれたもので、「ヨハネによる福音書」「ヨハネの手紙」の著者とは別人が書いているが、今でも諸説あり、作者が福音書作者でないと文献学等で否定されていることを聞くと激怒する宗派もあるらしい。

どの文書が聖書として認められるべきか否かで、長く揉めて来た歴史というのは、大抵の宗教にあることだ。例えば、「北伝仏教の経典の多数は偽書である」という研究もある(「梅原猛の授業 仏教」をご参照下さい)

そんな歴史があるのに、特に、キリスト教原理主義者達を中心に「聖書の絶対不可謬性」を固く信じているキリスト教徒が結構いるのだそうだ。

聖書の中には、これを聖書に含めるかで揉めた文書があるという歴史等を、清教徒は全く知らなかったらしい。そのため、アメリカを中心に「聖書の絶対不可謬性」という、珍奇な教義をもつ教団が多いのだそうだ。

しかも、彼らが「間違いがない」と主張するのは、大抵、本来は聖典ではなかった旧約聖書のほうで、新約と違って間違いだらけの書物だ。
281投稿者:狂ったアメリカ人の精神構造  投稿日:2007年06月10日(日) 08時50分55秒


旧約聖書は盲信されると、世界の迷惑になる話が多すぎるのだ。

聖書と言っても旧約聖書は、基本的に泊付けのために導入されたものであり、どう考えても新約聖書の「神」と矛盾している。
旧約聖書の「神」は、所詮民族宗教の神なので、イエスと違い、人を幸福にすることのない神なのだ。

その「神」とイエスが三位一体であると言ったものだから、それから、キリスト教の神は相当残虐な「神」に変化し、教会の教えも残虐なものに変質してしまったのかもしれない。

ローマカトリックが新教の発生と共に今までの教会のあり方を見直して現在に至るのと対照的に、「自分達こそ、(旧教の輩と違って)汚れなき者である」と主張し続けて来た人々は、随分人殺しが好きな人々になっていき、全く自分達の行動を振り返ろうとはしない。

「神に選ばれた」とか「(自分達だけは)清浄なるものである」とか、「アメリカは『神の国』である」とか言うのは、明らかな(誇大)妄想である。
民族宗教の神ならともかく、キリスト教の神が、そんなに驕り高ぶり尊大で、「自分達は選ばれているから何をやっても許される」といった論理で他国民を無差別虐殺するような信者を、そんなに高く評価するだろうか。

「汝の敵のために祈れ」と言った神がだ。

聖書を書き記したのは所詮古代ユダヤ人であり、聖書の中にサハラ以南の黒人、インド以東のアジア人、北米南米・オーストラリア・ミクロネシアの現地人の存在が書かれていないのは、単に、当時の古代ユダヤ人の知識が足らなかっただけである。


ところが、「聖書の絶対不可謬性」を盲信する人々は、聖書に出て来ない人々を「人間として認めてはならない」という、見解になりがちだ。

清教徒が最初にこの考え方を米国に伝え、英国の清教徒が奴隷貿易を擁護した。自分達は清い名を名乗り、その行動は実に血なまぐさい。

聖書が誤っていることを認めぬ代わりに、世界や現実のほうを自分達の信念に合わせようとすると、随分多数の人々の人権を侵害し、戦争を次々起こし、多数の国を弱体化させ、...たくさんの異教徒をアジア・アフリカ・南北アメリカで殺さなければならない。
実際に、合わせようと今まで努力してきたのが、アメリカ合衆国という国の「裏の歴史」ではないのだろうか。

「キリスト教原理主義のアメリカ」(p.94)では、「聖書の絶対不可謬性」を信じる信者の割合を表示している。

 ユニタリアン・ユニバーサリスト        6%
 統一キリスト教会              12%
 アメリカン・福音ルーテル教会        21%
 エビスコーパル・チャーチ(聖公会)     22%
 統一長老派教会               25%
 統一メソディスト教会            34%
 エホヴァの証人               51%
 チャーチ・オブ・クライスト         55%
 サザン・バプティスト会議          58%
 チャーチ・オブ・ナザレン          58%
 アセンプリーズ・オブ・ゴッド        65%
 ユナイテッド・ペンテコスタイル・チャーチ  69%
 チャーチ・オブ・ゴッド           80%
http://hoffnungenlied.cocolog-nifty.com/kaizen/cat1966234/index.html


「敵を妥協せず徹底的に叩く」というアメリカの精神的背景について
http://www.kanekashi.com/blog/2017/10/5503.html
アメリカに移住したピューリタンは、「キリスト教原理主義」を貫いて、「エルサレムの建国」を「マニフェスト・デスティニー(明白なる使命)」として、西部開拓(実際は先住民殺戮)を推し進めた。


この「キリスト教原理主義」の精神性が連綿と続いているという。

「キリスト教原理主義」は聖書(:福音)絶対であるのと同時に、選民思想であるという。これが他部族みな殺しを正当化させているとのこと。


元々、ヨーロッパ自体が

「古代・地中海周辺における皆殺し戦争の結果としての共同体の徹底破壊」
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=330205

により、選民思想も登場してきているという背景があります。


ヨーロッパは、17世紀中頃に徹底殺戮の宗教戦争(:「神」と「悪魔」の戦い)をやめる条約を取り交わしました。しかし、アメリカ(に渡った移民)はその後も長きにわたって、みな殺しの殺戮を繰り広げてきたことが、今尚「敵を妥協せず徹底的に叩く」という精神性に繋がっているのだと思います。


以下、

『世界を操るグローバリズムの洗脳を解く(馬渕睦夫著)
https://www.amazon.co.jp/%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%82%92%E6%93%8D%E3%82%8B%E3%82%B0%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0%E3%81%AE%E6%B4%97%E8%84%B3%E3%82%92%E8%A7%A3%E3%81%8F-%E9%A6%AC%E6%B8%95%E7%9D%A6%E5%A4%AB/dp/4908117144


からの紹介です。

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■アメリカを新しいエルサレムの地にする

イギリスでピューリタン革命が起こる前、宗教的な迫害を受けたピューリタンの一部の人たちは、新天地を求めてイギリスからアメリカ大陸に向いました。1620年にピルグルム・ファーザーズがメイフラワー号でアメリカに渡ったのです。

ピューリタン(清教徒)というのは、purity(純水、清浄)という言葉から来たものですが、文字通り、宗教的な純粋、純化を求めていた人たちです。


彼らは、当時のカソリックの腐敗した状況を見て、ルターの宗教改革をさらに徹底してやらなければいけないと考えました。

ある意味で、キリスト教の原理主義であり、相当極端な過激な思想であったと思われます。それゆえに、イギリス国内での迫害も強かったのでしょう。ピューリタンたちはイギリスで食い詰めた最下層の人たちだったという説もあります。


いずれにせよ、彼らの一部はイギリスを逃れてアメリカに移住しました。

彼らピューリタンは、司祭の言葉ではなく、聖書の言葉こそ神の言葉と考えて、聖書の言葉を忠実に実践しようとしました。そして「この地に自分たちにとってのエルサレムを建国しよう」と考えたのです。


ピューリタンたちは旧約聖書を重視しましたが、旧約聖書に忠実に従ったという点ではユダヤ人たちと考え方は同じです。

ユダヤ人は自分達を選民と考えていましたが、ピューリタンも自分達を現代の選民と考えて、アメリカという地をエルサレムにして、神の福音を世界に伝えようと考えました。これが「マニフェスト・デスティニー(明白なる使命)」と呼ばれるものです。建国の精神に立ち戻って考えれば、アメリカと言うのは宗教国家であることが分かります。

彼らは、神の福音を伝えることを使命と考えていましたから、それを妨害する勢力は皆敵と見なしました。その観点に立てば、先住民の殺戮も正当化されました。


そして神の福音を妨害する勢力を西へ、西へとなぎ倒していったのがフロンティア・スピリットです。フロンティア・スピリットは、ピューリタニズムと表裏一体です。

西へ、西へと進んでいって最終的にたどり着いたのがカリフォルニア。そこから先は海に遮られています。しかし、太平洋を越えて福音を伝えようと考え、アメリカはハワイ、フィリピンに進出し、さらに日本、中国にも福音を伝えようと考えました。

このように、アメリカのたどってきた歴史は、マニフェスト・デスティニーの歴史と考えると筋が通ります。


■宗教国家のアメリカには「妥協」がない

現代のアメリカには、ピューリタニズムの精神はもうほとんど残っていません。アメリカの国体はすっかり変わってしまいました。国体は変質してしまいましたが、彼らのマニフェスト・デスティニーの考え方は変わっていません。アメリカ的な発想を世界に普及させる、あるいは押し付けるというやり方を続けています。つまり、「アメリカン・ウェイ・オブ・ライフ」を世界に広げることが、一貫したアメリカの世界戦略です。


彼らは、「自分達は植民地主義者ではない。帝国主義者ではない」とずっと主張し続けていますが、実際の現象を見れば、遅れてきた帝国主義者の様相を呈しています。彼らは「門戸開放」という言葉を使いましたが、言い方を変えれば、「オレたちにも分け前をよこせ」という意味です。


神の福音を伝えることが目的であったにせよ」、「アメリカン・ウェイ・オブ・ライフ」を広げることが目的であったにせよ、実質的には帝国主義と同じです。


建国の経緯を見れば、アメリカと言う国の本質は宗教国家であることが見えてきます。宗教を広げることを理念としている以上、彼らに妥協というものはありません。その点を理解しておくことが重要です。宗教国家の側面は、アメリカの戦争のやり方にも影響しています。


ヨーロッパにおける戦争というのは、妥協が成立することがよくあります。17世紀に宗教戦争によって疲弊しきったヨーロッパ諸国は、1648年にウェストファリア条約を結んで宗教戦争を止めることを決めました。


宗教戦争というのは、「神」と「悪魔」の戦いですから、悪魔は徹底的に叩くほかなく、どちらかが破滅するまで行われます。続けていけば際限が無くなり、ヨーロッパ全体が破壊されてしまうため、宗教を理由とした戦争を止めるウェストファリア条約が結ばれました。


ウェストファリア条約以降は、ヨーロッパでは戦わずして対立が終わることもありましたし、話し合いによって妥協が成立することもありました。

アメリカの場合は、選民思想によるマニフェスト・デスティニーが根本にあるため、アメリカにとっての戦争は、いずれも宗教戦争的意味合いが濃く、彼らには妥協というものがありません。


第二次世界大戦においては、アメリカは日本を徹底的に攻撃して壊滅状態に追い込みました。その後の占領政策では日本の国体を徹底的に潰そうとしました。一切の妥協はありませんでした。それが宗教国家のやり方です。

今は、ピューリタニズムのアメリカ的な精神を持った人たちは、ほとんどいなくなりました。アメリカの国体が変質して、宗教国家の要素はなくなっていますが、妥協しないやり方は変わっていません。
http://www.kanekashi.com/blog/2017/10/5503.html




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John Anderson - Freedom Isn't Free (Houston 02.08.14) HD - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=ZMTD9IVcYMc


「自由はただではない」という言葉の裏には何があるのか?
https://www.bllackz.net/blackasia/content/20180128T0257490900.html


ドナルド・トランプが大統領になって、アメリカの言動は荒々しさと暴力傾向を増している。しかし、アメリカはもともと「暴力的な国家」でもある。ドナルド・トランプが大統領になって、アメリカの言動は荒々しさと暴力傾向を増している。しかし、アメリカはもともと「暴力的な国家」でもある。

アメリカ大陸に白人が上陸した時、この大陸はもちろん無人の大地ではなかった。そこにはネイティブ・インディアンたちが営々と長い文化と伝統を紡いで生きてきたのだ。アメリカ大陸に白人が上陸した時、この大陸はもちろん無人の大地ではなかった。そこにはネイティブ・インディアンたちが営々と長い文化と伝統を紡いで生きてきたのだ。

それを白人たちは苛烈な暴力で奪ってアメリカを「建国」した。暴力こそがアメリカの建国史なのだ。だから、アメリカは暴力で世界に君臨する傾向が今もある。それを白人たちは苛烈な暴力で奪ってアメリカを「建国」した。暴力こそがアメリカの建国史なのだ。だから、アメリカは暴力で世界に君臨する傾向が今もある。

暴力と成功体験がリンクしている。暴力と成功体験がリンクしている。

そのため、根本的なところで暴力的であることが悪いとは思っていない。アメリカは特に建国史から暴力にまみれており、暴力的な色彩が際立っている。そのため、根本的なところで暴力的であることが悪いとは思っていない。アメリカは特に建国史から暴力にまみれており、暴力的な色彩が際立っている。

もちろん、暴力的であることが世界に支持されるとは今のアメリカは誰も思っていない。もちろん、暴力的であることが世界に支持されるとは今のアメリカは誰も思っていない。

そこで、アメリカが振る錦の御旗が「自由と正義」である。どこかの国を「悪」に仕立て上げて「悪を倒す」という名目で暴力を振るう。そして何を得るのか。「自由」である。そこで、アメリカが振る錦の御旗が「自由と正義」である。どこかの国を「悪」に仕立て上げて「悪を倒す」という名目で暴力を振るう。そして何を得るのか。「自由」である。


歴史を見ていくと、アメリカの正体が浮かび上がる

アメリカが関与した歴史の一覧がある。

(アメリカ合衆国が関与した戦争一覧)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%90%88%E8%A1%86%E5%9B%BD%E3%81%8C%E9%96%A2%E4%B8%8E%E3%81%97%E3%81%9F%E6%88%A6%E4%BA%89%E4%B8%80%E8%A6%A7


アメリカ独立戦争から始まって、チカマウガ戦争、北西インディアン戦争、シェイズの反乱、ウィスキー税反乱、擬似戦争、第一次バーバリ戦争、テカムセの戦争、テカムセの戦争、米英戦争、クリーク戦争、第二次バーバリ戦争……。アメリカ独立戦争から始まって、チカマウガ戦争、北西インディアン戦争、シェイズの反乱、ウィスキー税反乱、擬似戦争、第一次バーバリ戦争、テカムセの戦争、テカムセの戦争、米英戦争、クリーク戦争、第二次バーバリ戦争……。

そして、第1次セミノール戦争、テキサスのインディアン戦争、アリカラ戦争、エーゲ海の海賊掃討作戦、ウィネベーゴ戦争、第一次スマトラ遠征、ブラック・ホーク戦争、第2次セミノール戦争、第二次スマトラ遠征、米墨戦争、カイユース戦争、アパッチ戦争……と挙げても挙げても挙げきれない戦争が続く。そして、第1次セミノール戦争、テキサスのインディアン戦争、アリカラ戦争、エーゲ海の海賊掃討作戦、ウィネベーゴ戦争、第一次スマトラ遠征、ブラック・ホーク戦争、第2次セミノール戦争、第二次スマトラ遠征、米墨戦争、カイユース戦争、アパッチ戦争……と挙げても挙げても挙げきれない戦争が続く。

さらに第一次世界大戦以後も、ロシア内戦、Posey戦争、第二次世界大戦、朝鮮戦争、レバノン危機、ピッグス湾事件、シンバの反乱、ドミニカ内戦、ベトナム戦争、第二次シャバ紛争、レバノン多国籍軍、グレナダ侵攻、リビア爆撃、パナマ侵攻、湾岸戦争、ソマリア内戦、ハイチ介入、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争、コソボ紛争、アフガニスタン紛争、イラク戦争、リビア内戦……と続いていく。さらに第一次世界大戦以後も、ロシア内戦、Posey戦争、第二次世界大戦、朝鮮戦争、レバノン危機、ピッグス湾事件、シンバの反乱、ドミニカ内戦、ベトナム戦争、第二次シャバ紛争、レバノン多国籍軍、グレナダ侵攻、リビア爆撃、パナマ侵攻、湾岸戦争、ソマリア内戦、ハイチ介入、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争、コソボ紛争、アフガニスタン紛争、イラク戦争、リビア内戦……と続いていく。

ここで挙げた戦争・紛争・内乱の介入は、一瞬で勝負がついたものもあれば、何年もかかって泥沼の戦争を繰り広げたものもある。ここで挙げた戦争・紛争・内乱の介入は、一瞬で勝負がついたものもあれば、何年もかかって泥沼の戦争を繰り広げたものもある。

アメリカが建国されたのは1776年だが、それから今日までの242年で、アメリカは90%以上もの年月を戦争しながら過ごしてきたのである。アメリカが建国されたのは1776年だが、それから今日までの242年で、アメリカは90%以上もの年月を戦争しながら過ごしてきたのである。

このように歴史を見ていくと、アメリカという国の「正体」が鮮明に浮かび上がってくるはずだ。アメリカがもともと「暴力的な国家」であるというのは、そういう意味だ。このように歴史を見ていくと、アメリカという国の「正体」が鮮明に浮かび上がってくるはずだ。アメリカがもともと「暴力的な国家」であるというのは、そういう意味だ。

しかし、この暴力性をアメリカ人は正当化できている。これらの戦争はすべて「正義と自由のために必要だった」というものである。しかし、この暴力性をアメリカ人は正当化できている。これらの戦争はすべて「正義と自由のために必要だった」というものである。

「悪い指導者が強圧的に国民を弾圧している。だからアメリカは悪い指導者を倒して民衆に自由を与える。それは正義だ。だから、暴力で悪い指導者を倒すアメリカは正義の味方なのだ」「悪い指導者が強圧的に国民を弾圧している。だからアメリカは悪い指導者を倒して民衆に自由を与える。それは正義だ。だから、暴力で悪い指導者を倒すアメリカは正義の味方なのだ」

これが戦争に邁進するアメリカ人の論理だ。これが戦争に邁進するアメリカ人の論理だ。


リビアに君臨していたカダフィ大佐。「悪い指導者が強圧的に国民を弾圧している。だからアメリカは悪い指導者を倒して民衆に自由を与える。それは正義だ」という論理で、葬り去られた。


「自由はただではない。これまでも、これからも」

「自由は尊い。しかし、自由はただではない。それは血と暴力で勝ち取らなければならない」とアメリカ人は考える。尊い自由は、暴力で勝ち取らなければならないのだ。「自由は尊い。しかし、自由はただではない。それは血と暴力で勝ち取らなければならない」とアメリカ人は考える。尊い自由は、暴力で勝ち取らなければならないのだ。

アメリカは国家戦略の中に暴力を埋め込んでいる。アメリカは国家戦略の中に暴力を埋め込んでいる。

米軍も、CIAも、アメリカ政府も、みんな暴力を否定しない。「言うことを聞かない国は叩きつぶせ」と米軍が言うと、「相手が悪ならば、自分はそれ以上の悪になれ」とCIAは説く。米軍も、CIAも、アメリカ政府も、みんな暴力を否定しない。「言うことを聞かない国は叩きつぶせ」と米軍が言うと、「相手が悪ならば、自分はそれ以上の悪になれ」とCIAは説く。

アメリカの暴力哲学は歴史上、ほぼ一貫して行われていることは誰でも知っている。そもそも世界最大の軍需産業はすべてアメリカに集中している。アメリカの暴力哲学は歴史上、ほぼ一貫して行われていることは誰でも知っている。そもそも世界最大の軍需産業はすべてアメリカに集中している。

ロッキード・マーチン、ボーイング、レイセオンを筆頭として、そこにぶら下がる無数の企業がアメリカを支えている。ロッキード・マーチン、ボーイング、レイセオンを筆頭として、そこにぶら下がる無数の企業がアメリカを支えている。

ノースロップ・グラマン、ユナイテッド・テクノロジー、ゼネラル・ダイナミックス、ハネウェル、アライアント、ロックウェル・コリンズ、L3コミュニケーションズ。ノースロップ・グラマン、ユナイテッド・テクノロジー、ゼネラル・ダイナミックス、ハネウェル、アライアント、ロックウェル・コリンズ、L3コミュニケーションズ。

これらの企業はアメリカの雇用を支えると同時に、多くの政治家を輩出して、アメリカの国防を支えている。だから、アメリカの政治が暴力と縁が切れないのは当然のことである。これらの企業はアメリカの雇用を支えると同時に、多くの政治家を輩出して、アメリカの国防を支えている。だから、アメリカの政治が暴力と縁が切れないのは当然のことである。

雇用を支える必要があるから、そういった意味でも暴力は正当化される。暴力の正当化の歴史が長かったので、それがアメリカのDNAになっている。雇用を支える必要があるから、そういった意味でも暴力は正当化される。暴力の正当化の歴史が長かったので、それがアメリカのDNAになっている。

フロリダ州出身のアメリカのカントリー歌手ジョン・D・アンダーソンは、このように歌う。フロリダ州出身のアメリカのカントリー歌手ジョン・D・アンダーソンは、このように歌う。


俺は祖国アメリカに誇りを持っている。自由の大地と勇者の家だ。それは完璧じゃないさ。だけど俺はいつもそれを取る。しかし、いつまでホーク(軍用ヘリ)は飛ぶんだ。それに、どれだけの母が泣くのか。たくさんの息子や娘が死んでしまった。それが、俺たちの辿ってきた道だった。自由はただではない。これまでも、そしてこれからも。しかし、それは払い続ける価値がある。自由はただではない。そのようにあんたや俺に伝えられてきた。ずっとそうなんだ。自由はただではない。自由はただではない。俺は祖国アメリカに誇りを持っている。自由の大地と勇者の家だ。それは完璧じゃないさ。だけど俺はいつもそれを取る。しかし、いつまでホーク(軍用ヘリ)は飛ぶんだ。それに、どれだけの母が泣くのか。たくさんの息子や娘が死んでしまった。それが、俺たちの辿ってきた道だった。自由はただではない。これまでも、そしてこれからも。しかし、それは払い続ける価値がある。自由はただではない。そのようにあんたや俺に伝えられてきた。ずっとそうなんだ。自由はただではない。自由はただではない。

「暴力の時代」は、まだまだこれからも続いていく

アメリカは自分たちの暴力を「正義と自由のためである」と正当化する。そして、国民に「相手を倒すのが正義と自由のためである」というコンセンサスが立った時、容赦ない軍事作戦に踏み出していく。アメリカは自分たちの暴力を「正義と自由のためである」と正当化する。そして、国民に「相手を倒すのが正義と自由のためである」というコンセンサスが立った時、容赦ない軍事作戦に踏み出していく。

ベトナムではナパーム弾、絨毯爆撃、枯葉剤と、おおよそ考えられる非人道的な皆殺し作戦を実行していたが、これもアメリカ国内では正当化されている。ベトナムではナパーム弾、絨毯爆撃、枯葉剤と、おおよそ考えられる非人道的な皆殺し作戦を実行していたが、これもアメリカ国内では正当化されている。

湾岸戦争では劣化ウラン弾を使用して現地を放射能まみれにした。アフガニスタンでの激しい空爆、パキスタンでの無人機攻撃もすべて「正当化」された。湾岸戦争では劣化ウラン弾を使用して現地を放射能まみれにした。アフガニスタンでの激しい空爆、パキスタンでの無人機攻撃もすべて「正当化」された。

カダフィ大佐の死も、アメリカの正義戦略の中で行われて目的が達成され、正当化された。カダフィが死んだ時、時の国務長官だったヒラリー・クリントンは、満面の笑顔を浮かべて喜んでこのように言った。カダフィ大佐の死も、アメリカの正義戦略の中で行われて目的が達成され、正当化された。カダフィが死んだ時、時の国務長官だったヒラリー・クリントンは、満面の笑顔を浮かべて喜んでこのように言った。

「アメリカは来た、見た、カダフィは死んだ」「アメリカは来た、見た、カダフィは死んだ」

このヒラリー・クリントンの満面の笑みは、実はアメリカ人の多くが共有したものであった。このヒラリー・クリントンの満面の笑みは、実はアメリカ人の多くが共有したものであった。

どういうことか。それは「カダフィ大佐という国民に暴政を振るう独裁者が殺されることによって、リビア国民は自由になった」という暗黙知がアメリカ人にあったのである。どういうことか。それは「カダフィ大佐という国民に暴政を振るう独裁者が殺されることによって、リビア国民は自由になった」という暗黙知がアメリカ人にあったのである。

カダフィ大佐の死は、アメリカ式の「正義と自由が達成された」ことの象徴であり、だからカダフィ大佐の死にヒラリー・クリントンは満面の笑みを浮かべたのである。カダフィ大佐の死は、アメリカ式の「正義と自由が達成された」ことの象徴であり、だからカダフィ大佐の死にヒラリー・クリントンは満面の笑みを浮かべたのである。

自由はただではない。自由を手に入れるには戦って勝ち取らなければならず、そのためには多くの血が流れる。しかし、その血と暴力は「払う価値がある」とアメリカ人は考えている。自由はただではない。自由を手に入れるには戦って勝ち取らなければならず、そのためには多くの血が流れる。しかし、その血と暴力は「払う価値がある」とアメリカ人は考えている。

「自由はただではない。これまでも、そしてこれからも」とジョン・D・アンダーソンはメッセージを歌っている。「自由はこれからもただではない」と言っているのだ。「自由はただではない。これまでも、そしてこれからも」とジョン・D・アンダーソンはメッセージを歌っている。「自由はこれからもただではない」と言っているのだ。

つまり、アメリカはいつでも自分たちが考える「正義と自由」のために戦って血を流す覚悟をしているということだ。つまり、アメリカはいつでも自分たちが考える「正義と自由」のために戦って血を流す覚悟をしているということだ。

こういった状況を見ると、「暴力の時代」はまだまだこれからも続いていくというのが分かる。アメリカの歴史が暴力の歴史であることは、昔も今もこれからも変わることがない。どういうことなのか。端的に言えばこうだ。こういった状況を見ると、「暴力の時代」はまだまだこれからも続いていくというのが分かる。アメリカの歴史が暴力の歴史であることは、昔も今もこれからも変わることがない。どういうことなのか。端的に言えばこうだ。

「アメリカは、再び戦争をする」「アメリカは、再び戦争をする」


アメリカはいつでも自分たちが考える「正義と自由」のために戦って血を流す覚悟をしている。こういった状況を見ると、「暴力の時代」はまだまだこれからも続いていくというのが分かる。
https://www.bllackz.net/blackasia/content/20180128T0257490900.html

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2018.01.15
戦争で金儲けしようと考える企業は多そうだが、それを可能にする仕組みを守ることも戦争の目的


兵器産業や傭兵会社にとって戦争はビジネスチャンスにほかならず、そうした企業に融資したり投資している金融機関にとっても同じことが言えるだろう。国の機関では軍、情報機関、治安機関の権益が拡大する。アメリカが戦争を続ける理由をここに求める人がいても不思議ではない。

しかし、戦場になった国では破壊と殺戮が繰り広げられて悲惨なことになる。軍需産業が「死の商人」と呼ばれるのはそのためだ。それに対し、そうした企業を儲けさせる、つまり戦費を負担する庶民は困窮、国は疲弊して衰退する。

アメリカが戦争を続けられるのは、世界が不換紙幣であるドルを基軸通貨として受け入れてきたからだ。アメリカ支配層は必要なだけドルを発行できる。が、勿論、発行されたドルを放置しておけばハイパーインフレになってしまう。

本ブログでは何度も書いてきたが、アメリカ経済は1970年頃までに破綻している。そこで1971年にリチャード・ニクソン大統領はドルと金の交換を停止すると発表した。ドルを兌換紙幣から不換紙幣に切り替えたわけだ。1973年から世界の主要国は変動相場制へ移行する。

そうした状況でドルの貨幣価値を維持するための仕組みが考えられている。そのひとつがペトロダラー。つまり産油国に対して石油取引の決済をドルで行うように求め、世界がドルを集める環境を作った。集まったドルはアメリカの財務省証券を買ったり、1970年代にロンドンのシティを中心に整備されたオフショア市場へ沈めたり、金融規制の大幅な緩和で準備された投機市場へ流れ込んでいく。投機市場はバブルになり、相場は暴騰、評価益で巨大資本や富豪たちの資産は飛躍的に膨らむ。その資産力は支配力につながった。

日本にもペトロダラーと同じ仕組みが存在しているように見える。企業がアメリカで売った商品の代価として受け取ったドルを日本はアメリカへ還流させなければならないが、企業は利益を確保したい。そこで日本政府は庶民のカネでドルを買い、アメリカへ還流させてきた。もし日本政府が保有するアメリカの財務省証券を売却したなら、その責任者は社会的な地位、資産、収入を失うことになるだろう。いや、そうなる前に処分されるに違いない。

この仕組みは世界がドルを基軸通貨として認め、投機市場へ資金が流入し続けることが前提になっている。ドルが基軸通貨の地位から陥落、相場が天井を打つと加速度的にアメリカの支配体制は崩壊していく。

アメリカの傀儡である安倍晋三首相は黒田東彦日銀総裁と組んで「量的・質的金融緩和」を実施してきたが、それによって流れ出た資金も投機市場へ向かう。そうした道筋ができあがっているわけで、安倍や黒田もその程度のことは認識しているだろう。投機市場の縮小を防ぐため、ETF(上場投資信託)やGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)も利用されている。こうした政策で彼らが日本経済を回復させようとしているわけではない。アメリカの支配システムを支えようとしているのだ。

資金の流れ以上に深刻な問題がドルの立場。すでにロシアや中国を中心としてドル決済を放棄する動きが広がっているのだ。つまり、ドルが基軸通貨の地位から陥落しそうになっている。中国が創設したAIIB(アジアインフラ投資銀行)やNDB(新開発銀行)、あるいは推進中のプロジェクト「一帯一路(シルク・ロード経済ベルトと21世紀海のシルク・ロード)」は不気味だろう。

アメリカやイギリスは遅くとも20世紀の初頭から世界制覇、つまり世界帝国の建設を目指すプロジェクトが存在する。ユーラシア大陸の沿岸を支配し、その三日月帯でロシアを締め上げ、最終的には制圧しようとしている。その三日月帯の東端部に中国、朝鮮半島、そして日本がある。ジョージ・ケナンにしろ、ズビグネフ・ブレジンスキーにしろ、そのベースにはこの戦略があった。

アメリカが戦争をカネ儲けのために使っていることは事実だろうが、それは短期的な目的にすぎない。米英支配層には中期的、そして長期的なプランがある。その中長期的なプランを支えている仕組みが今、揺らいでいるのだ。その原因である中国やロシアを制圧、あるいは破壊しない限り、米英中心の支配システムは崩壊するだろう。世界規模で軍事的な緊張が高まり、ロシアとの関係改善を訴えたドナルド・トランプが有力メディアから激しく攻撃された理由はそこにある。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201801150001/


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2018.01.17
差別反対は許されても戦争反対は許されないアメリカという国(前)

ドナルド・トランプ大統領が批判されているひとつの理由に彼の差別的な言動がある。そのトランプは2016年の大統領選挙、あるいはその選挙で当選した直後はロシアとの関係を修復しようとしていた。その政策は彼を当選させた一因だが、有力メディアはそれが許せずに「ロシアゲート」なる話を作り上げ、特別検察官を任命させることに成功した。大統領選挙でライバルだった民主党のヒラリー・クリントンは戦争ビジネスや巨大金融資本を後ろ盾にする人物だ。

1929年1月15日に生まれたマーチン・ルーサー・キング牧師は人種差別と戦い、ベトナム戦争に反対、そして50年間の1968年4月4日に暗殺された。キングと親しくしていたロバート・ケネディは同じ年の6月6日に殺されている。ロバートの兄で大統領だったジョン・F・ケネディと同じように公式見解は単独の個人的な犯行だが、「政府機関」が暗殺に関与したと疑う人は少なくない。

1968年2月、アメリカがベトナム戦争で負けていると印象づける出来事があった。解放戦線が南ベトナムのサイゴン(現在のホーチミン)や古都のユエなどで攻勢、北爆の停止とパリ和平会談の開催へとつながったのだ。アメリカ支配層は大きく揺れていた。

アメリカはドワイト・アイゼンハワー政権の時代にベトナムへ軍事介入を始めていたが、ケネディ政権で国防長官を務めたロバート・マクナマラの回顧録によると、大統領は1963年10月にアメリカ軍をベトナムから撤退させる決断をしていた。(Robert McNamara, “In Restrospect”, Random House, 2005)そのために出されたのがNSAM(国家安全保障行動覚書)263だが、これは副大統領から昇格したリンドン・ジョンソン大統領が取り消し、本格的な軍事介入へと進んだ。

軍事介入を正当化するために使われたのが1964年8月の「トンキン湾事件」。アメリカの駆逐艦マドックスが8月2日に、また4日にマドックスと僚艦のC・ターナー・ジョイが北ベトナムの魚雷艇に砲撃されたとジョンソン大統領は宣伝、7日にアメリカ議会は「東南アジアにおける行動に関する議会決議(トンキン湾決議)」を可決したのだ。(Douglas Valentine, "The Phoenix Program," William Morrow, 1990)そして1965年2月には報復と称し、北ベトナムに対する本格的な空爆「ローリング・サンダー作戦」を始めた。

このトンキン湾事件はOPLAN34Aと名づけられた計画が関係していた。この計画をジョンソン大統領は1964年1月に承認、統合参謀本部直属の秘密工作部隊SOG(特別作戦グループ、後に研究監視グループに名称変更)が編成された。そのメンバーは陸軍のグリーン・ベレー、海軍のSEALs、そして空軍特殊部隊から集められ、司令官は陸軍大佐が務めている。(John L. Plaster, "SOG," Simon & Schuster, 1997)

この作戦の一環として1964年7月30日に南ベトナムの哨戒魚雷艇が北ベトナムの島、ホンメとホンニュを攻撃、北ベトナムは高速艇を派遣して対抗した。攻撃した哨戒艇は姿を消してしまうが、そこではアメリカの駆逐艦、マドックスが情報収集活動をしていたのだ。31日にはSEALsのふたりが20名の南ベトナム兵を率いてハイフォン近くのレーダー施設を襲撃している。この襲撃に対する報復として北ベトナムは8月2日にマドックスを攻撃したと言われている。なお、マドックスを攻撃した北ベトナムの艦船はアメリカ軍機などの攻撃で撃沈された。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201801160000/

2018.01.17
差別反対は許されても戦争反対は許されないアメリカという国(中)

こうして始められたベトナム戦争は泥沼化、1965年10月にはアメリカ国内で組織的な反戦運動が始まり、67年にはマクナマラ国防長官の指示で「ベトナムにおける政策決定の歴史、1945年-1968年」が作成されている。この報告書の要旨、つまり好戦派にとって都合の悪い部分を削除したものをニューヨーク・タイムズ紙は1971年6月に公表する。これがいわゆる「ペンタゴン・ペーパーズ」だ。

この報告書を有力メディアへ渡したダニエル・エルズバーグはその後、宣誓供述書の中でキング牧師を暗殺したのは非番、あるいは引退したFBI捜査官で編成されたJ・エドガー・フーバー長官直属のグループだと聞いたことを明らかにしている。

エルズバーグは1964年からマクナマラ国防長官の下で特別次官補を務め、2年間を南ベトナムで過ごしている。その時の上司はCIAの破壊工作部門に所属し、旧日本軍の略奪物資を回収するプロジェクトに参加していたエドワード・ランズデール少佐(後に少将)。その後、ランズデールはCIAのキューバに対する秘密工作を指揮、ジョン・F・ケネディ大統領暗殺でも名前が出てくる。

ベトナム戦争でCIAは軍の特殊部隊と手を組み、反米色が強いと見られる地域の住民を皆殺しにする秘密作戦、フェニックス・プログラムが1967年から始められた。「解放戦線と関わりを持つと殺される」という恐怖心をベトナム人に植えつけるための一種の心理戦だったと見る人もいる。似た戦略をCIAはその後も繰り返す。例えばラテン・アメリカにおける「死の部隊」、そして中東におけるアル・カイダ系武装勢力やダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)だ。

フェニックス・プログラムを提案したNSC(国家安全保障会議)のロバート・コマーは1967年5月にDEPCORDS(民間工作と革命的開発支援担当のMACV副官)としてサイゴン入りし、MACVとCIAは共同でICEXを6月に始動させている。本ブログで何度か言及しているジェドバラにその人脈はつながる。ICEXはすぐ、フェニックス・プログラムと呼ばれるようになるが、それを現地で指揮したひとりが後のCIA長官、ウイリアム・コルビーだ。このコルビーがエルズバーグにペンタゴン・ペーパーズを明らかにするよう命令したとも言われている。CIA長官時代、コルビーは議会で情報機関の秘密工作の一端を明らかにし、支配層の逆鱗に触れることになった。

1968年3月16日にソンミ村のミ・ライ地区とミ・ケ地区で住民がウィリアム・カリー大尉の率いる部隊に虐殺されている。犠牲者の数はアメリカ軍によるとミ・ライ地区だけで347人、ベトナム側の主張ではミ・ライ地区とミ・ケ地区を合わせて504人だという。この虐殺もフェニックス・プログラムの一環だった。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201801170001/


2018.01.18
差別反対は許されても戦争反対は許されないアメリカという国(後)

ソンミ村での虐殺が広く知られるようになったのは1969年11月のこと。この事件に関するシーモア・ハーシュの記事が報道されたのだが、虐殺の直後に従軍していた記者やカメラマンはその事実を知っていたにもかかわらず報道していない。後の国務長官、コリン・パウエルは少佐としてベトナムへ派遣されているが、彼もこの事件について知ったいたことを明らかにしている。(長くなるのでこの話はこれ以上深入りしない。)

ところで、エルズバーグにキング牧師を暗殺したのはFBIのチームだと話したのはブラディ・タイソンなる人物。アンドリュー・ヤング国連大使の側近で、エルズバーグは1978年に開かれた国連の軍縮特別総会で親しくなったという。タイソンは下院暗殺特別委員会に所属していたウォルター・ファウントロイ下院議員から説明を受けたとしているが、ファウントロイ議員はその話を否定している。(William F. Pepper, “The Plot to Kill King,” Skyhorse, 2016)

キング牧師が人種差別と戦う切っ掛けになる出来事が引き起こされたのは1955年12月。アラバマ州モンゴメリーで公営バスで白人に席を譲ることを拒み、ジム・クロウ法(人種分離法)違反の容疑でローザ・パークスが逮捕された事件を切っ掛けだ。その後、キング牧師は公民権運動の指導者として知られるようになり、FBIの監視対象になる。

しかし、この段階では要注意人物にすぎない。危険人物と見なされるようになるのは1967年4月4日だと考える人もいる。この日、キング牧師はニューヨークのリバーサイド教会でベトナム戦争に反対すると宣言したのだ。

ロン・ポール元下院議員によると、当時、​キング牧師の顧問たちは牧師に対してベトナム戦争に焦点を当てないよう懇願していた​という。そうした発言はジョンソン大統領との関係を悪化させると判断したからだが、牧師はそうしたアドバイスを無視した。その結果、支配層の中でリベラル派とされる人々と対立することになる。差別反対は許されても戦争反対は許されないとポール元議員は考えている。

FBIは1950年代に国民監視プロジェクトのCOINTELPROを開始、CIAは1967年8月にMHケイアスという監視するプログラムを始めている。当初、COINTELPROはコミュニストをターゲットにしていたが、途中でその矛先を平和運動に向ける。CIAも監視対象は戦争に反対する人々だ。デタント(緊張緩和)に政策を切り替えようとしたリチャード・ニクソンがスキャンダルで排除され、ロシアとの関係修復を訴えたトランプが激しく攻撃されたことも偶然とは言えないだろう。

キング牧師暗殺から2カ月後、次の大統領選挙で最有力候補だったロバート・ケネディ上院議員はカリフォルニア州ロサンゼルスのホテルで殺された。上院議員を暗殺したのは60センチ以上前を歩いていたサーハン・サーハンだとされているが、検死をしたトーマス・ノグチによると、議員の右耳後方2.5センチ以内の距離から発射された3発の銃弾で殺されたのだという。この結果は現場にいた目撃者の証言とも合致する。サーハン・サーハンが犯人だとするならば、議員の前にいた人物の発射した銃弾が議員の後ろから命中したことになる。

(了)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201801180000/





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伊藤貫氏に聞く _ 日本人は何故アメリカの犬になりたがるのか


【平成30年 年末特別対談】伊藤貫氏に聞く[桜H30-12-30] - YouTube動画
https://www.youtube.com/watch?v=0bwlpoETjxQ


2018/12/30 に公開

多くの災害に見舞われ、国際情勢も大きく動いた平成30年を振り返りながら、これからの道標となり得るような達見を伊藤貫氏に伺う年末特別対談をお送りします。

ゲスト:伊藤貫(国際政治アナリスト)
聞き手:水島総
 


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3S 政策より:
https://ja.wikipedia.org/wiki/3S%E6%94%BF%E7%AD%96

「・・・戦略家のガブリエル・コルコはアメリカがベトナム戦争での失敗を契機に、大規模な戦闘という事態を避ける為に低強度紛争としてソフト・パワーを用いた情報戦を軍事戦略の中枢に置くようになる課程を紹介。この戦略が最も成功した例が日本であり、各種の工作は日本支配のための「軍事戦略であり戦争であった」と述べた。


1. アメリカを無条件に支持し、アメリカに服従する政党と政権を他国に成立させ、そのための資金をアメリカが提供する。

2. この買収資金は、アメリカの税金ではなく、他国でアメリカが麻薬を密売した利益を提供し、アメリカが経済的負担を負わない方策を取る。

3. マスコミ操作を通じアメリカが常に「善」であると他国の市民を洗脳し、アメリカを批判する言論をマスコミに「登場」させない。アメリカ映画、音楽を大量に流し、アメリカが「すばらしい」国だと連日宣伝する。

4. 学校教育においては、丸暗記中心の学校教育で思考能力を奪い、アメリカへの批判能力を奪う。

5. 教師への絶対服従を学校教育で叩き込み、「強い者=アメリカへの絶対服従」を「子供の頃から身に付けさせる」。

6. 逆らう言論人、ジャーナリストは、そのジャーナリストのセックス・スキャンダル等をマスコミに流し失脚させ、必要であれば軍の諜報組織を用い、事故に見せかけ殺害する。

7. 他国の食料、エネルギー自給を破壊し、米国に依存しなければ食料、エネルギーが入手出来ないようにシステム化し「米国に逆らえないシステム」を作る・・・」

関連情報:

一億総白痴化
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E5%84%84%E7%B7%8F%E7%99%BD%E7%97%B4%E5%8C%96

愚民政策
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9A%E6%B0%91%E6%94%BF%E7%AD%96

反知性主義
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%8D%E7%9F%A5%E6%80%A7%E4%B8%BB%E7%BE%A9

パンとサーカス
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%B3%E3%81%A8%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%82%B9

ディストピア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%94%E3%82%A2

etc.





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終戦後、アメリカはわざと日本人を飢えさせた


醜い戦後 終戦後とはどんな世界だった?

空襲でホームレスになり上野駅に避難した人達
引用:http://livedoor.blogimg.jp/abechan_matome/imgs/3/d/3df4faa4-s.jpg


アメリカはわざと日本人を飢えさせた

テレビや映画や小説では「戦後」は美しいものの同義語で語られていて、まるで理想郷のように描かれている。

そこでは貧しいながらも人々は協力して生き、戦後の復興をなしとげたとされている。

またGHQは困窮した日本人に食料を支給して助け、民主主義を与えたとも言われている。

          
こうした物語は映画やドラマの中だけで十分であり、事実とは程遠いか、正反対だった。

GHQは日本人に食料を与えるどころか奪い取ってわざと飢えさせて、日本人を従わせる手段に用いていた。

戦争前後は食糧難だったのはよく知られているが、戦時中に日本国内で(朝鮮台湾でも)飢えて亡くなった人や、その危険はなかった。


都会の人は空襲で疎開したが、農村には食べるものがあり、十分ではなかったが飢餓状態などではなかった。

それが戦争が終わって平和になり、アメリカ軍が占領したら食料が足りなくなり、「来年は1000万人が食糧不足で亡くなる」と総理大臣が警告する事態になった。

多くの要因があるが最大のものはアメリカ合衆国自体で、戦争の報復としてわざと日本人を飢えさせていました。


占領軍による妨害で日本は食糧の輸入ができなくさせられ、生産活動も制限され、経済破綻しました。

農業も経済の一部なので、国が経済破綻すると農業生産が停止して、食糧不足に陥ります。

終戦の昭和20年から昭和25年まで、日本はほとんどの工業生産を禁止され、前近代社会になりました。


経済破綻するように仕向けた

戦前から存在する設備を更新することは出来ず、農業生産に支障を来たし、外地に出兵した男達は中々帰ってきませんでした。

「戦争が終わって平和になった」と書いたが、そのこと自体が日本経済を破綻させる原因を作り出しました。

戦争中はあらゆる兵器をフル生産していたが、それが8月15日を境に全面停止になり、一切の生産活動が停止した。


困った日本政府は紙幣を印刷して「金融緩和」したが、激しいインフレを引き起こしました。

物を生産していないのにお金だけばらまいたからだが、当時の日本政府は他にどうする事もできなかった。

あらゆる工場が全て操業停止、鉄道は空襲で破壊しつくされ交通網が分断され、労働者たる男達は外地に居るか戦犯として逮捕されていた。


空襲によって東京など都市部の多くの人は家を失ってホームレスになっていて、路上や公園などで生活していました。

この頃アメリカ本国では、日本人のこうした窮状を伝えては「楽しんでいた」のが分かっています。

自分たちが倒した敵が飢えて苦しんでいるのを見て面白がっていたのが、本当の戦後の世界でした。


一例として占領軍は広島や長崎の被爆者を診療したが、治療をせずに「治療するふり」をして、どのように悪化するか観察しました。

生産活動が禁止され輸入も禁止されているので、復興が進まずホームレスが溢れているのも、無論そうなるように仕向けていました。

さらに占領軍は日本人同士が憎み会うように、心を破壊する政策を実行していました。


アメリカは日本人の食料を絞り上げた上で、自分の手で少し援助した。
援助を受け取った人達はアメリカに感謝し日本を憎むよう仕向けられた。
enjo
引用:http://blog.nihon-syakai.net/blog/wp-content/uploads/img2011/enjo.jpg


美しくない戦後

NHKというラジオ放送局(当時唯一のラジオ)で「真相はこうだ」という日本軍や戦前の日本の暴露番組を放送させました。

内容は日本軍がいかにアジア人や欧米人に酷い事をしたかという物だったが、内容は全て嘘だったのが分かっています。

だが当時の日本人はこうした「真相」を信じ、日本人同士で憎みあったり攻撃するようになりました。


愚かなことに「こんな酷い日本を倒してくれて有難う」「原爆を投下してくれて感謝します」とアメリカ軍に感謝する連中すら大勢居た。

人々は最初アメリカ軍を鬼畜だと思っていたが、食料を恵んでくれるので、感謝するようになっていった。

実は占領軍はわざと食料を絞り、日本人を飢えさせてから、犬を手なずけるように「餌」を与えていきました。


学校では子供たちに「日本は悪の国」「アメリカは正義の国」と教え込み、拒否する教師は戦犯として逮捕しました。

じゅうたん爆撃や原爆で数百万人が犠牲になり、本来なら犯人であるアメリカ人を憎むべき所なのだが、次第に日本のせいだと思い込むようになった。

終戦時に外地には日本軍数百万人が存在したが、ソ連や中華民国の捕虜になった日本兵は、洗脳した順番から帰国を許された。


集団学習や反省、謝罪(今日使われるような軽い意味ではない)などで日本は悪の国と教え込み、拒否したものは永遠に帰国できなかった。

アメリカ軍の捕虜になると多少ましだったが、戦犯として裁かれ、やはり徹底して「日本は悪の国」と教え込んだ。

こうして「日本に原爆を落としてくれて有難う」などと言う日本人が大量生産され、この人達が現在の左翼になっていきます。


この状況が1948年まで続き、1950年に朝鮮戦争が勃発して、急にアメリカは日本の工業力や日本軍の軍事力を必要とするようになります。

ここから日本側の発言力が強まって復興へと繋がっていくのだが、戦後数年間の占領が長く日本を蝕むことになります。
http://www.thutmosev.com/archives/72011631.html


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2017年05月04日
安倍首相、2020年まで憲法改正表明 日本国憲法の暗黒面

マッカーサーは尿漏れしながらタラップを降り、独裁者になった
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引用:http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-fa-95/naojyi/folder/1134515/20/15427020/img_0


憲法改正の日程

安倍首相は憲法記念日の5月3日、憲法改正推進のフォーラムにビデオメッセージを寄せて改憲を訴えました。

首相はメッセージで、新憲法が2020年に施行されるようにしたいと具体的な年限を示した。

また憲法9条について、自衛隊の存在が明記されるように追加し、位置づけを明確にしたいと語った。


自民党総裁の任期は3年で2回まで続けて就任できるので2018年までだったが、3回に延長されたので2021年9月まで可能になった。

日本国総理大臣には期限がないので、理論上は自民党の総裁でなくなっても、総理を続けることは出来る。

改正には衆議院参議院が別々に3分の2以上の賛成を得た上で、国民投票で過半数の賛成を得る必要がある。


国民投票の過半数は憲法の日本語で定義されておらず、護憲派は有権者の過半数だと主張していたが、これだと絶対に憲法改正はできない。

日本国憲法は英語で書いた文章を日本語に翻訳したので英語の原文が存在し、一応「日本語から翻訳した」事にしている。

GHQの原文では「投票者の過半数」と書かれているので、日本人の半分しか投票に行かなくても改正可能だという解釈になった。


2020年に改正憲法施行とすると1年前には国民投票が必要で、その1年前には衆参両院の法案審議を始める必要がある。

その前に改正憲法の条文を明確に決定して国民に示す必要があり、2017年か遅くとも2018年には示されなくてはならない。

2012年に自民党から示された憲法改正案は、はっきり言えば稚拙の印象があり、架空戦記小説に似ている。


日本国憲法の根本的矛盾

2012年自民党案は改正内容が多岐に渡っていて、個別の議論だけで数年を要し、その間に政権が交代したら白紙になってしまう。

緊急に必要なのは「戦争の権利」あるいはもっと穏やかに「自衛権の明記」、それと憲法改正手続きの簡素化の2点だけです。

衆参両院でそれぞれ3分の2が必要なのは、当時のアメリカ軍が日本を敵国と見なしていたため、憲法を改正できないようにしたのです。


世界のどの国でも多数決の原則に基づいて議会の過半数で改正できるのが当たり前で、両院それぞれの3分の2としているのは全世界で日本だけです。

この制度では衆議院で100%の議員が改正賛成でも、参議院の3分の1の議員が反対したら憲法改正はできません。

少数意見が通り多数意見が排除される仕組みで、こういう制度を「独裁政治」と言います。


なぜ独裁を奨励するのかといえば、日本国憲法が成立した1946年の日本は、1人の軍人が全ての権限を握る「独裁国家」だったからです。

この軍人とは東条英機ではなく米軍人のダグラス・マッカーサーで、公式な資格がないのに勝手に憲法を作って議会に承認させました。

誰もこれを指摘しないので自分で書くが、マッカーサーは連合軍総司令官で、トルーマン大統領から日本占領を命じられた。


だが一体何故、「ただのアメリカ軍人」が日本を占領して議会や政府に命令し、憲法を勝手に作り変える権限を。アメリカ大統領が与えるのだろうか?

連合国(=国連)が任命したというが、日本は国連加盟国ではないので、そいつらに指図される筋合いがない。

1945年8月に日本が受け入れたのはポツダム宣言だけであって、米軍の日本占領に合意しても居ない。

トルーマン大統領は「天皇の処遇」「憲法を自由に作る」「戦争裁判を開く」などの権限を与えたが、なぜアメリカ大統領にこうした権利があると考えるのかも謎です。


独裁者になった尿漏れ男

1945年8月28日、帝国海軍厚木飛行場に米軍第一陣が到着し、8月30日にマッカーサーがパイプを咥えて降り立った。

マッカーサーは写真にはこだわりがあり、硫黄島の有名な写真や、厚木に降り立った写真など、すべて演出させた「やらせ写真」でした。

厚木の輸送機から降りるマッカーサーは、日本軍人から襲撃される恐怖から、尿を漏らしながらタラップを降りました。


マッカーサーは開戦時にフィリピンにいたが、部下を置き去りに逃げ出し、沖縄や本土では民間人への空襲を命令した、そんな人間でした。

マッカーサーは軍事法廷や天皇の処罰などをチラつかせながら憲法(帝国憲法)改正を命じ、帝国議会は現行憲法(帝国憲法)の改正案を示した。

1945年(昭和20年)10月4日、マッカーサーは日本政府に憲法改正を命令したが、日本側はマッカーサーの命令を拒否し、時間を掛けて改正すると回答しました。


1946年1月、日本政府はGHQに憲法改正案を提出したが、GHQは却下し独自の憲法を作成する事にした。

特にマッカーサーを激怒させたのが天皇の身分を存続させる点で、彼は天皇を「犯罪者」として定義させたがった。

イラクやアルカイダの首謀者をアメリカは犯罪者と定義したが、あれと同じ事を日本でもやりたかったようです。


脅迫で可決した日本国憲法

マッカーサーはGHQのアルバイト職員に、7日間でで英語の憲法草案を書かせ、日本語に翻訳して新聞社に直接掲載させた。

GHQによる憲法発表が先であって、国会議員や総理大臣は新聞を読んで初めて「GHQ憲法」の存在を知らされた。

ここで駆け引きに使われたのが「昭和天皇処遇と戦争再開」で、GHQ側は公然と、「議会が承認しないならもう一度空襲してやる」と言ったそうです。


ここで日本の国会議員らは、もう一度アメリカと玉砕戦争をするか、それともGHQ憲法を承認するかの二者択一を迫られました、

GHQ憲法は3月7日に発表され、1946年8月24日に衆議院可決、10月6日に貴族院(後の参議院)でも圧倒的多数で可決成立した。

若干の審議と修正がおこなわれたものの、1946年の時点では昭和天皇を初めとして大半の政治家や有力者が、戦犯として裁判に掛けられる恐れがあった。

東京裁判はアメリカ軍側の証拠や証人だけが採用され、被告側の証人や証拠は一切認めないので、最初から有罪が確定していたイカサマ裁判でした。


例えば東京大学(当時唯一の最高学府で最高権威)はGHQ憲法は違法だと主張していたが、GHQは教授らを連行して戦争裁判に掛けると脅迫した。

東大は新憲法容認に立場を変えて「憲法学」という珍妙な学問を考案し、以来日本国憲法を擁護している。

日本国憲法はその成立過程において、民主的な手続きを一切経ておらず、憲法自体が無効だと考えられるが、安倍首相はあくまで正式な改正手続きを踏みたいようです。

リサイクルも良いが、ゴミはゴミ箱に捨てるべきでは無いだろうか。
http://www.thutmosev.com/archives/70762817.html





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アメリカ人の原爆観
 
 フィラデルフィアで林間学校に参加していた16歳の時だった。ラジオで原爆投下を知った。周囲の子どもたちは歓声を上げた。私は我慢できず、一人で森の中に入り数時間戻らなかった。
もっと衝撃を受けたのは、ポルノ映画との触れ込みで50年代にボストンで上映された「ヒロシマ」という題の映画で、被爆者が沸騰した川に飛び込む映像を見ながら、観客が大笑いしていた光景だ。
http://www.asyura2.com/0505/idletalk14/msg/428.html


トルーマンは自分の行動を正当化するために、「原爆投下により100万のアメリカ兵の生命が救われた」とする「原爆神話」を積極的に広めた張本人でもある。

トルーマン大統領は原爆の惨状についての報道を一切禁止し、被爆治療を徹底的に妨害した。

そして、被爆者を「治療」せず「実験動物」のように観察する組織「ABCC」(原爆障害調査委員会と訳されたアメリカ軍施設)を広島・長崎に設置した。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_2/jog099.html

広島・長崎への原爆 米で「実験」と記載

【ラスベガス(米ネバダ州)4日=杉本宏】ネバダ核実験場を管轄している米エネルギー省ネバダ事務所が発行している刊行物「公表された米核実験」の中に、太平洋戦争末期に実施された広島、長崎への原爆投下が「核実験(テスト)」として記載されていることが4日、明らかになった。

この刊行物は同事務所が毎年、編集・発行しており、昨年5月に出された第12版が最新のもの。米国が1945年7月から91年12月までの間、同実験場などで実施した843回の核実験(英国との共同実験も含む)について、103ページにわたり実施時期、場所、爆弾の威力などを記載している。

この中で、米国の手による核爆発はすべて「公表された米核実験」としてくくられている。広島、長崎のケースは「第2次世界大戦、実戦使用──広島」などと表記され、その目的も「実戦」と書かれているが、時期別、実験名別のいずれの区分でも「公表された米核実験」の欄の中に分類・記載されている。


原爆の対日使用は「人体実験」だった。

「広島・長崎への原爆攻撃の目的は何だったのか。1つには戦後世界でのアメリカ
の覇権確立である。そしてもう1つは、原爆の効果を知るための無数の人間への
『人体実験』である。

だからこそ、占領後にアメリカ軍が行なったことは、第1に、原爆の惨状について
の報道を禁止し、『人体実験』についての情報を独占することだった。

第2に、史上前例のない火傷、放射能障害の治療方法を必死に工夫していた広島・
長崎の医者たちに治療方法の発表と交流を禁止するとともに、死没被爆者の
ケロイドの皮膚や臓器や生存被爆者の血液やカルテを没収することだった。

第3に、日本政府をして国際赤十字からの医薬品の支援申し出を拒否させることだった。たしかに、『実験動物』を治療するのでは『実験』にならない。そこでアメリカ軍は全力を尽くして被爆治療を妨害したのである。

第4に、被爆者を『治療』せず『実験動物』のように観察するABCC
(原爆障害調査委員会と訳されたアメリカ軍施設)を広島・長崎に設置することであった。加害者が被害者を観察するというその目的自体が被爆者への人権蹂躙ではなかったか。」

広島で女学生(14歳)のときに原爆にあい、現在も原爆後遺症で苦しむ詩人の 橋爪文さんは、「ABCC」(原爆傷害調査委員会と訳されたアメリカ軍施設)について、次のような恐ろしい事実を述べている。

「私は広島の生き残りのひとりです。 〈中略〉 ここで、ひとつ触れたいことは『ABCC』についてです。これは日本でもほとんど知らされていないことですが、戦後広島に進駐してきたアメリカは、すぐに、死の街広島を一望のもとに見下ろす丘の上に『原爆傷害調査委員会』(通称ABCC)を設置して放射能の影響調査に乗り出しました。そして地を這って生きている私たち生存者を連行し、私たちの身体からなけなしの血液を採り、傷やケロイドの写真、成長期の子どもたちの乳房や体毛の発育状態、また、被爆者が死亡するとその臓器の摘出など、さまざまな調査、記録を行ないました。

その際私たちは人間としてではなく、単なる調査研究用の物体として扱われました。治療は全く受けませんでした。そればかりでなく、アメリカはそれら調査、記録を独占するために、外部からの広島、長崎への入市を禁止し、国際的支援も妨害し、一切の原爆報道を禁止しました。日本政府もそれに協力しました。こうして私たちは内外から隔離された状態の下で、何の援護も受けず放置され、放射能被害の実験対象として調査、監視、記録をされたのでした。

しかもそれは戦争が終わった後で行なわれた事実です。私たちは焼け跡の草を
むしり、雨水を飲んで飢えをしのぎ、傷は自然治癒にまかせるほかありません
でした。あれから50年、『ABCC』は現在、日米共同の『放射線影響研究所』となっていますが、私たちはいまも追跡調査をされています。
http://inri.client.jp/hexagon/floorA4F_ha/a4fhc700.html


ビキニ核実験も広島・長崎の人体実験の続きだった:


 @米側は、気象変化について気象学者らの警告を事前に受けながら無視し、実験を強行した。

 A死の灰が出ることが予測されていたうえ、過去の実験から居住地域に向かうことがわかっていた。

 Bロンゲラツプなど風下の4環礁の住民に対し、意図的に事前警告をせず、避難措置もとらなかった。

 C米兵は34時間以内に救出されたのに、住民の救出には最大4日かかった。同程度被ばくしたアイルツク環礁には避難措置はなく汚染した水や食料でさらに被ばくした。

 D汚染の残るロンゲラツプ環礁に対する安全宣言を出して避難した住民を帰還させ、人体への放射能の長期的影響を調べた。

 E全島が被ばくしたにもかかわらず、人体研究の対象となった環礁以外では、医療援助や総合的な検診がない―などだ。

マーシャル住民らに実施した人体研究「プロジェクト4・1」は、これまで 「医療ケア」プログラムとして知られていた。同研究の存在が明るみに出たことで、「ケア」の裏側で「放射能が人体に長期的に及ぼす影響」についての徹底的なデータ収集を進めていたことが判明した。現在も研究はエネルギー省の手で続けられており、特定の被ばく者集団を対象に40年以上にわたって追跡調査されたデータは、原爆傷害調査委員会(ABCC、放射線影響研究所の前身)が集めた広島、長崎の被爆者データとともに同省健康研究室で一括して管理されている。

 セリグマン同省次官補代理(同室長)は、一連の資料を「完全なデータセツト」と呼び、放射能の人体への影響を調べるうえでの基本資料であることを隠さない。マーシャル側が「モルモット扱いだ」と批判してきたのも調査目的の「二面性」とかかわる。

 これまでの調査から、「医療ケア」では説明できない事例も判明している。赤血球の追跡調査目的で、放射性クロムを注射した事例と、主として被ばく直後に放射性物質の除去のために使われるエチレンジアミン四酢酸(EDTA)という物質を被ばくから七週間たってから投与した例だ。

 米軍による一連の「放射能人体実験」について調査した米大統領諮問委員会は95年、「全体が人体実験だったとはいえない」としながらも、二例は患者の治療目的を逸脱した研究だったと結論づけた。
 こうした事例について、米政府は当時、マーシャル住民への説明や同意を得ずに実施したうえ、現在も「担当医師のプライバシー」などを理由に、対象にした住民らの氏名公表に応じていない。

マーシャル側は、独自調査で少なくとも20人以上が放射性物質を注射されたことを突き止め、うち生存者5人も特定した。ロンゲラツプ環礁の議員ナビ・クンさんの母アトミネさん(58)もその一人で、乳がんや脳しゅように苦しんでいる。クン議員は、「本人への情報開示がないため、『実験』との因果関係を調べることが難しい」と話す。

これに対し、研究にかかわった医師らは現在でも「ケアのために必要な措置だった」と強弁する。エネルギー省当局者はマーシャル側に「注射は、X線検査のようなもので害はない」と説明したという。

放射能実験にかかわる人権問題に詳しい米国人弁護士クーパー・ブラウン氏によると、米側が実施した被ばく者の甲状せん摘出手術についても、「摘出する必要がないのに、放射能以外の原因のがんや肥大との比較研究のために摘出された疑いがある」という。

ブラウン氏は同時に、当時の米原子力委について、

「(マーシャル住民は)文明化されていないがネズミよりは我々に近いと公言する幹部もいた」

と述べ、人体実験の対象になったアラスカ先住民らと同様、「人種差別的」な要素が合まれていた疑いを提起する。
http://www.ask.ne.jp/~hankaku/html/bikininews.html


米国防総省 広島、長崎の原爆被爆者データ 核戦争研究に利用
ABCC収集解禁文書で「モルモット説」裏付け

【ワシントン30日共同】米国の原爆傷害調査委員会(ABCC)が広島、長崎の被爆者から収集した医学データを、国防総省が将来の核戦争を想定した軍事目的の研究にも利用していた事実がこのほど、同省や全米科学アカデミーなどの解禁文書で確認された。

国防総省は、核使用の際の医療対策に収集データが役立つと期待。広島、長崎のデータとビキニ環礁での原水爆実験の資料を比較し、爆心周辺で放射線から身を守るには服装をどうするか、などといった分野も研究していた。
ABCC設立当初から被爆者が抱いていた「モルモット扱いしているのでは」という疑いを裏付けるものだ。

また日本で「ABCCの研究は非人道的」との非難が強まることを恐れた米側が、病理標本やデータを重要機密資料として、その保護に極度に配慮していたことを示す文書も見つかった。

1946年11月26日、トルーマン大統領は「原爆が人間に与える長期的影響の研究を継続すべきだ」との陸、海両軍医務総監の勧告を承認。これを受けて全米科学アカデミー研究評議会に原爆傷害委員会(CAC)が設置され、現場機関として広島、長崎にABCCが発足した。

CAC議事録によると、47年3月のCAC第1回会議で海軍の代表が「防御的措置」と「攻撃的措置」の両面で被爆者データを利用することを提案した。またパターソン陸軍長官は同月、ジュエット科学アカデミー総裁に送った書簡で被爆者研究の「軍事的重要性」を強調し、極東司令部による協力を約束した。

翌48年6月に「特殊兵器プロジェクト」(国防総省国防核兵器局の前身)のハズブルック参謀長がまとめたメモは、被爆者データは「放射能戦争研究に非常に重要」だとして、核攻撃の際の死傷者数や負傷者の治療などに関する情報への利用に期待を表明した。

ABCCで収集されたデータや生検、解剖標本はこうして同プロジェクトや陸軍病理研究所で保管され、47−49年にまとめられた核戦争防護の各種研究に生かされた。
同プロジェクトのワイナント放射線防衛局長の論文は広島、長崎より良い防護施設がなければ「米国の大都市では10万人以上の死傷者が出る」と核シェルターの重要性を強調。ホートン同局医療部長の論文は、広島の被爆者の生殖能力や遺伝的影響などのデータを引用した。

さらにクーニー原子力委員会軍事応用局放射部長の論文は、広島、長崎でのデータとビキニ実験との比較から身体器官への影響を分析。「爆心から1.5キロ離れた地点なら軍服、シャツの着用でも防護になる」などと指摘した。
今さら驚かないが…

近藤幸四郎・広島県被団協事務局次長の話 中学生の時、先生に(調査のためABCCへ)行ってくれんか、と言われた。アメリカにはとても協力する気になれず断った。モルモット扱いは、我々は前々から言っていて今さら驚かない。50年たって、ようやく証明されたかという感慨が強い。

<ABCC> 原爆放射線の長期的な医学影響調査を主な任務として1946年11月、トルーマン大統領が設立を指示した。47年から広島、長崎で調査を開始、予算は米国原子力委員会などから出された。日本からは国立予防衛生研究所が参加。約12万人を対象に寿命(死亡)調査、成人健康調査、病理学的(解剖)調査、遺伝的調査などを実施した。(共同)(毎日新聞 1995/07/30)

核戦略用に設置? 米の研究所、治療はせず

米国は47年、原爆傷害調査委員会(ABCC)を設立。広島、長崎に研究所をつくり、原爆が人体に与えた影響を調べ始めた。75年からは、米国エネルギー省と日本の厚生省が費用を折半する財団法人の放影研が調査を引き継いでいる。
87年から全米に散らばるABCC関連の文書を探し集め、ABCCの元所員らにインタビューして被爆者研究の歴史を調べているペンシルベニア大のスーザン・リンディー教授に尋ねた。

──ABCCの研究は軍事目的だったのですか。

「研究は、核兵器が人類にとってどんな意味を持つかを決めるためのもので、冷戦戦略の一部だった。米国の将来の核戦争に備えるためだったことは疑いの余地がない。ニューヨークに原爆が落とされたら社会的にどうなるか、人問がどうなるか、というモデルでもあった」

──ABCCは調査だけで治療はしないといわれてきました。なぜでしょう。

「治療すれば、原爆投下の謝罪につながると考えていたようだ」
ABCCは、多い時は1000人を超える職員を抱えていた。16万の被爆者を選び、どこでどんな状況で被爆したかを数年かけて1人ひとりにインタビューし、亡くなった7500人を解剖した。

現在も母集団の12万人について、亡くなるたびにその死因を追跡し、2万人を2年に1度健康診断する。8万人の被爆2世、そして2800人の胎内被爆者の調査も継続中だ。放射線以外でも、疫学調査としてこれを超える規模のものは世界に存在しない、といわれる。

被爆者をモルモット扱いしたと言われるABCCの姿勢は、放影研にも引き継がれてはいないだろうか。

占領史研究者、笹本征男さん(54)は、今年末に発行される「通史日本の科学技術〈国際期〉I・II」(学陽書房)の中で、ABCCの研究を引き継ぐ放影研の設立目的にも不明確さが残る、と指摘している。

財団法人の目的には「被爆者の健康保持及び福祉に貢献する」ことをうたっている。一方、両国政府が74年に交わした公式の外交文書では、目的は「放射線が人に及ぼす影響の調査研究活動」とされ、「被爆者のため」という文言はどこにもないのだ。


■年20億円の投入

6月末に訪れたワシントン郊外のエネルギー省で、「シーダ」という名前のデータベースを見た。

ハンフォード、ロスアラモス、オークリッジといった核兵器製造現場で働いた人たちの健康状況を1人ひとり追跡するデータベースだ。その中に「JALSSA01」というファイルがあった。

ABCC、放影研が集めた被爆者7万5991人の被ばく線量、性別、死因などの関連がオンラインで分析できる。利用するにはエネルギー省の許可が必要だという。

被爆者のデータは、実は原爆をつくり、落とした国の、核兵器をつくる省に管理されていた。

同省のセリグマン次官補代代理は「放射線の人体への影響を知るには、日本の被爆者の研究が最も基本となる」と話す。被爆者のデータは、核兵器、原子力関係の労働者から得られたデータと違い、一挙に放射線を浴びせられた子供から老人までの男女多数が、長期にわたって追跡されているからだ。

米国が今も年間約20億円を広島・長崎の研究に投じ、威力の見直しなども進めているのは、データの重要性が極めて大きいからと思えば納得できる。原子力発電、X線などの医療分野、そして核兵器工場でも、放射線をどれだけ浴びると有害かという基準づくりに、被爆者を追跡したデータは必要不可欠となっている。


被爆者治療せず 50年代の米公文書

原爆投下後に広島、長崎に設置された米国の原爆傷害調査委員会(ABCC)をめぐり、米政府が「原爆は特別な兵器ではない」との主張が揺らぐのを避ける意図で、被爆者の治療をさせなかったことが50年代の米公文書で明らかになった。

原爆投下への謝罪と受け止められることも懸念し、被爆者と他の戦災者を区別しない方針を固めていた。米国は当時の冷戦下で、非人道的と非難されて原爆が使いにくくなるのを防ごうとしていたとされ、研究者は「被爆者への対応も核戦略の中に位置づけられていた」とみている。

朝日新聞が米国立公文書館に対し、ABCCに関する複数の公文書の閲覧を請求した。いずれも50年代に作成された当時は機密扱いで、機密期間が過ぎた80年代以降に開示対象になった。

ABCCは被爆者を検査してデータを収集したが治療はせず、被爆者の間に批判があった。

50年代になって日本の報道機関も取り上げるようになっていた。
今回閲覧したうち、パーソンズ駐日公使が国務省北東アジア部にあてた文書(54年2月)には、治療しない理由について「ABCCには日本での医療資格がない」ことなどを列挙。さらに重要なこととして「(治療すれば)被爆者に特別な意味があり、他の兵器の被害者とは異なるという見方を支持することになる」と説明した。「原爆投下への謝罪と解釈されかねない」とも指摘した。

また、ロバートソン極東担当国務次官補にあてた文書(同年1月)の中で、北東アジア部の担当者は米政府の公式見解として「被爆者支援の責任は負わないし、その他の爆撃による被害者と区別することはできない」と述べている。

こうした考え方の背景について、核問題を研究する米ジョージタウン大歴史学部博士課程の樋口敏広さん(28)は「旧ソ連とにらみ合った冷戦下で、米国は原爆を使用可能な兵器と位置付ける必要があった。ABCCが被爆者を治療しなかった理由は核戦略と結びついていた」とみている。(朝日新聞 2007/08/06)

http://homepage.mac.com/ehara_gen/jealous_gay/atomic_bomb.html


●「マンハッタン計画」の舞台裏については、まだまだいろいろな情報がある。

「原爆の製造には、原料のウランが必要だった。ロスアラモス研究所では原爆製造のために、アフリカのコンゴ(現ザイール)からウランを調達していた。コンゴは当時最大のウランの産地であり、この鉱山利権を握っていたのがロスチャイルド財閥であった。そのためウラン原料を調達する監督官として国際的な役割を果たしたのがチャールズ・ハンブローであり、彼は戦時中にスパイ組織OSS(CIAの前身組織)を設立した大物でもあった。のちに『ハンブローズ銀行』の会長となり、イングランド銀行と南アフリカの大鉱山利権を支配した男である。」

「第二次世界大戦はユダヤ人にとってホロコーストの悪夢の時代であった。そのユダヤ人であるヴィクター・ロスチャイルド男爵、チャールズ・ハンブロー、ロバート・オッペンハイマーは、〈系図〉をみてお分かりのように、血のつながりを持つ一族だったのである。イギリスのロスチャイルド・ファミリーは金融王ネイサン・ロスチャイルドに源を発する一族だが、ちょうどその5世代ファミリーに、彼らが同じ血族として記録されているのである。オッペンハイマーは突然にニューメキシコ州の砂漠に現れた科学者ではなかった。

そしてここに、世界史の大きな謎がある。1989年にベルリンの壁が崩壊するまで続いた米ソの東西対立が、事実危険な対立であったか、それとも半ば両者が示し合わせた人為的な対立だったかという謎である。」

「ヴィクター・ロスチャイルド男爵の再従妹にナオミ・ロスチャイルドがいるが、その夫はベルトラン・ゴールドシュミットというフランス人だった。後に国際原子力機関IAEAの議長となるのだが、この男は『マンハッタン計画』の指導的立場にいた。その『マンハッタン計画』に物理学者として参加していたユダヤ人、クラウス・フックスは、原爆に関する極秘資料をせっせと旧ソ連政府に流し、旧ソ連の原爆第1号が製造される。(フックスはスパイ容疑で逮捕され、1950年に懲役14年の判決を受けたが、1959年に釈放された)。

このクラウス・フックスを操っていたのがイギリス内部に深く根差した『ケンブリッジ・サークル』という組織だった。共にケンブリッジ大学出身のイギリス諜報機関MI5、MI6の最高幹部4人が、この組織を通じてソ連に核ミサイルに関する極秘情報を流していたのだった。そしてその中にMI5のソ連担当官アンソニー・ブラントという人物がいた。ブラントは女王陛下の美術鑑定家としても名高くナイトの称号を与えられていたが、実はソ連の二重スパイとして女王陛下を裏切っていたのだった。そしてこのブラントはアーサー・ブラントという父を持ち、その血縁者エディス・ボンソワを通じてハンブロー・ファミリーと結ばれている。」

「先にオッペンハイマーの一族として示した〈系図〉のヴィクター・ロスチャイルド男爵は、1990年にこの世を去るまで、このソ連の原爆スパイとして有名なイギリスの『ケンブリッジ・サークル』の最大の黒幕とみなされてきたのである。」

「このように東西を密かに流通する大きなパイプが走っていたのだ。しかも、パイプの東側ではシベリアの原爆開発が進められ、西側では彼らが全世界のウラン鉱山を支配して、今日まで人類史上最大のカルテルを形成してきた。南アフリカから生まれた利権は、想像できないほど天文学的なものだったのだ。」

「核実験は、2つの目的を持っていた。1つは、高度で破壊力のある兵器を作るための軍事的開発である。しかしもう1つは、核爆弾を1発爆発させるごとに大量の札束を吹き飛ばす利権であった。東西の緊張が高まれば高まるほど、核兵器の開発は容易になったのである。」

「そして次に彼らに必要となったのは、原子力の平和利用へ移っていくなかでの“放射能の安全論”であった。ここで数々の生体実験を行なってきた科学者たちが所有しているデータに目がつけられたのだ。『マンハッタン計画』の命令系統には、大きく分けて2つの部門があった。第1が広島・長崎への原爆投下を実行した『原爆開発班』である。世界有数の科学者が集められ、核分裂を実用化した著名なグループだ。しかしそこに第2の部門として『医学班』が存在していたのである。放射能の危険性を研究した最高責任者がスタッフォード・ウォーレンであり、彼自身が生体実験を認可した当人であった。 〈後略〉」

「1947年にアメリカで『原子力委員会(AEC)』という国家機関が創設され、『マンハッタン計画』が受け継がれた。引き継ぎの際、明らかになったことは、過去7年間に原爆生産に投下された経費が22億ドルの巨額に達していたということである。その後、冷戦が展開されるに及んで、原子力予算は、まず年額10億ドル台になり、ついで20億ドルを超えた。

『1つの新しい産業が突如出現した。それは、初めてベールを脱いだその時からすでに巨体であったが、やがて体全体が成長し、単一の産業としては現代最大の産業になっている』と、1948年末、当時のAECの委員W・W・ウェイマックは原子力産業の巨大なスケールについて述べている。

原子力産業は、『死の商人』にとっては、もっともすばらしい活動分野であった。何しろ、その規模がどえらく大きい。年額20億ドルもの巨費が建設や運営のためにばらまかれる。その設備はといえば、『USスティール』『GM』 『フォード社』 『クライスラー社』の4つの巨大会社を合わせたよりも大きく、数十万の技術者、労働者を擁している。

この土地、建物、機械などの固定設備はむろん、AEC、つまり国家がまかなうが、その建設、運営は『デュポン社』だとか、『ユニオン・カーバイド社』(ロックフェラー財閥系)や、『GE』(モルガン財閥系)のような巨大企業にまかせられる。建設、運営をひきうける会社は自社製品を優先的に売りこみ、すえつける特権があり、また、運営の代償として『生産費プラス手数料』の原則でAECに請求して支払いをうけるが、この『手数料』は純然たる利潤だとAEC担当官さえ認めている。このほか、運営に当たっていれば、科学技術上の機密が自然入手できるが、これらの機密は、将来原子力産業が民間に解放される場合には、ごっそりいただくことができる。

『死の商人』にとって、こんなボロもうけの分野がかつてあったであろうか。
ジェイムズ・アレンが『原爆崇拝のかげで景気のいい一つの商売がおこなわれている。それは、国家の権威をまとい、えせ愛国主義の霊気に包まれているが、いうなれば“ボロもうけの商売”である。しかも、この事業の目的たるや、大量殺人でしかない』と慨歎しているのも当然である。」


■■冷戦で肥大化していった「軍産複合体(MIC)」

●陸・海・空・海兵隊・予備を含めて350万人以上の人間を擁し、あらゆる近代兵器を持ったアメリカ軍部は、そのメカニズムと力において他に類を見ない組織である。しかもその軍は、2万以上の企業と組んで、巨大な「軍産複合体(ミリタリー・インダストリアル・コンプレックス)」を形成している。

●軍産複合体の根幹を成しているのが「ウォー・エコノミー(戦争経済)」である。そもそも軍産複合体は第二次世界大戦と、それに勝つために必要であった複雑な兵器とともに起こったものであった。「軍事省」や「戦時生産局」は、航空機・大砲・戦車などを作り出すためには産業に頼らざるをえなかった。電子工学や原子力が兵器となるとともに、頭脳力を供給するために大学が選ばれた。大学は、戦争に勝ち、民主主義を救うための必要な協力者であった。

●そしてこの「軍」と「産業」の癒着構造(軍産複合体制)を生み出す大きなきっかけとなったのは、軍・産・官・学の連携によって進められた「マンハッタン計画」である。冒頭でも触れたように、「マンハッタン計画」では、5万人にのぼる科学者・技術者を使い、総計20億ドル(7300億円)の資金が投入された。(ちなみに、1940年の日本の一般会計は60億円、1945年で220億円)。

ニューメキシコ州の山奥に新設された秘密軍事研究所「ロスアラモス研究所」で、科学者たちは「原子爆弾」を完成させるべく日夜研究に没頭したのである。
  
●そして第二次世界大戦が終結すると、今度はソ連を相手にした兵器近代化競争に打ち勝つため、アメリカ政府は膨大な補助金を大学の研究室に注ぎ込み、優秀な頭脳を結集して新しい武器の開発を求めてきた。

そこで得た研究成果は、「ダウケミカル社」「デュポン社」「ロッキード社」「ダグラス社」などに下ろされ、これら軍需産業が大量に生産。大学の研究室と産業と政府ががっちり手を結び、冷戦という獲物を手にして巨大な怪物へと成長した。

●この「軍産複合体」の中核に位置するのが、ペンタゴンとCIAである。1947年に「国家安全法」に基づいて、それまで独立機関であったアメリカ4軍を一元的にコントロールするために設けられたのが「国防総省(ペンタゴン)」で、更に同じ「国家安全法」に基づいて作られたのが「中央情報局(CIA)」であった。

このペンタゴンとCIAの誕生により、軍産複合体は一つのガッチリした“中央集権的組織”となって、アメリカに根を下ろしたと言えよう。 
 
●軍産複合体は年々肥大化し、ペンタゴンから発せられる莫大な「軍需注文」は、2万2000社もある「プライム・コントラクター(ペンタゴンと直接契約する会社)」と呼ばれる巨大な航空機メーカーやエレクトロニクス企業に一括して流されている。

更に、その周辺に彼らの下請け・孫請け会社1万2000社、彼らの金融面を司る多国籍銀行団、スタンフォードやハーバードなどの大学研究室が70以上、ランド研究所、フーバー研究所などペンタゴンと契約している「シンク・タンク」が16……などといったように、何百何千万人もの労働者や科学者、研究家、政治家、退役軍人、ロビイストたちが張り付いているのである。

●ちなみに、ペンタゴンと直接契約している企業は、まだ兵器を製造している段階で、多額の「推奨金(無利子の貸金)」を受け取ることができる。

例えば「ロッキード社」は、1968年12月の12億7800万ドルという支払い済み経費に対して、12億700万ドルの「推奨金」を与えられた。15億ドル近くの経費や設備を含む取引に対して、同社が調達しなければならなかったのは、7100万ドルの自己資金だけであった。

●ペンタゴンからの退役軍人の天下りの多さも無視できないものがある。

プロクスマイア上院議員のいうところによると、1968年財政年度には、主要軍需業の3分の2以上をやっていた100社は、その給与名簿に「2072人の大佐もしくは艦長以上の階級の退役軍人」を抱えていたという。トップは「ロッキード社」の210人で、その次に「ボーイング社」の169人、「マクダネル・ダグラス社」の141人、「ジェネラル・エレクトリック社」の89人と続くという。ペンタゴンの制服を着ていた時に、民間企業との多額の取引の交渉をやっていたその同じ人間の多くの者が、退役後は、その影響力や内部の知識を国防会社の利益のために行使していたわけだ。


●「軍産複合体」がアメリカ経済に対し、依然として強い影響力を持っていることに関し、国防産業協会の会長J・M・ライル元提督は以下のように言っている。

「もしも我々が軍産複合体を持っていなかったとするならば、我々はそれを考え出さねばならなかったであろう。というのは、今日の複雑な兵器を考案し、生産し、そして維持することは、必然的に、それを要求する軍部とそれを供給する産業との間の、最も緊密な協力と連携を伴うからである。」

●「ディロン・リード社」のジェイムス・フォレスタルや「ジェネラル・エレクトリック社」のチャールス・ウィルソンなどは、以下のような率直な見解を示している。

「アメリカが必要としているのは、永久的な“戦争経済”である。」

●ベトナムのある高官は以下のような告発をしている。

「……結局、一番もうかるのは、より性能のいい兵器により高い値札をつけてどんどん売りさばくことのできる“ビッグ5(国連常任理事国)”の兵器産業である。」
「ベトナム戦争ひとつを振り返ってみても、本当の“死の商人”が誰であったか一目瞭然だろう。まず、フランスが膨大な兵器を流し込み、その後をアメリカが引き継いだ。もちろん、そうなるとソ連も放っておけないから、北ベトナムやベトコンにどんどん新兵器を与え、やがては中国も介入していった。そうやって戦争がエスカレートして行きさえすれば、それぞれの国の兵器産業を中心とした軍産複合体もまたどんどん肥え太っていくわけだ。」





▲△▽▼

1972年2月、当時のニクソン米大統領とキッシンジャー補佐官が北京を訪問し、
周恩来首相と会談した時に、日本に対して三つの密約が交わされた。

米中密約の内容

1.日本に核武装そして単独防衛させない
2.これを防ぐために米軍は日本に駐留する(ビンの蓋論)
3.朝鮮半島および台湾問題で日本に発言権を与えない

この密約は、2002年10月、当時の江沢民中国国家主席が、
テキサスの牧場に当時のブッシュ大統領を訪ねたときにも再確認された。
http://dwellerinkashiwa.net/?p=2976


ここに1971年7月、米国キッシンジャー国家安全保障問題担当大統領特別補佐官が中国周恩来と交わした秘密会談の内容がある。2002年7月公開された外交文書である。40年近くも以前から米国と中国は裏で繋がっていたことは周知の事実ではあるが、今の日本の立場を見極める意味からも大変重要である。

二人の秘密会談の内容の1/4は日本に関することであったという。当時より経済大成長した日本に対し、米中とも非常に警戒心をもっていた。

 米中の日本に対する見方は今も昔も同じである。この事を踏まえて、対米、対中外交方針を決定しないと、何時まで経っても日本は米中の「お財布さん」でしかない。また、両国が一番恐れているのは日本の再軍備であり、日本の核保有である。相手の嫌がることをし、カードとするのが外交の基本である。日本のある首相は、「相手の嫌がることはしない」で通したが・・・。

 北朝鮮の核保有を米中が嫌がるのは、これを認めると日本の核武装化を止められないからで、6ヵ国協議と称して北朝鮮をなだめるのに必死のふりであるが、真の目的は日本の核保有を阻止する為に他ならない。

 以下の会談の一部を見ると、この流れがここ40年間、めんめんと流れていることがよく理解できる。いつまでも米国に頼っていると大変なことになることを、我々は自覚しなければならない。

(「敵国になり得る国米国」青木直人著より)


日本人観

周恩来 「ものの見方が狭く、とても変わっている。島国の国民だ。」

キッシンジャー「中国は伝統的に普遍的な視野があるが、日本は部族的な視野しかない。日本人はほかの国民がどう感じるかに何の感受性もない。日本には何の幻想ももっていない。」


日本経済

周恩来 日本は第2次大戦の賠償も払わず、戦争から利益を得た。経済拡大は軍事拡大につながる。米国は日本を今の状態に太らせた。」

キッシンジャー「日本を経済的に発展させたことをいまでは後悔している。」


日本の防衛政策

周恩来 「日本は過去二十五年あまり、防衛に必要以上の金を使ってきた。いまや羽が生え、飛び立とうとしている。一度日本が軍事拡大に走れば、どこまでいくかわからない。」

キッシンジャー「日本が米軍撤退を希望すればいつでも出てゆく。日本が自主防衛すれば周辺の国にとって危険だ。米国が日本のために核兵器を使う可能性は実際には小さい。米軍が撤退すれば、日本は平和利用計画で得た充分なプルトニウムで核兵器を作ることが出来る。日本が大規模な再軍備に走るような事態になれば、伝統的な米中関係が再びものをいう。米国は日本の拡張を抑えるために、他国と協調できることをする。日本について我々は同じ方向の利害を持っている。」
http://isukeya.iza.ne.jp/blog/entry/977743/


そして米中が組んでやった事は:

中国は当面は軍事力よりも外交で影響力を強めてきている。PKO活動もその一環ですが、日本は金だけ出して自衛隊の活動には消極的だ。米中の見えない同盟関係は日本に対するものであり、アメリカは日本の円は360円から80円にまで4倍に吊り上げて、中国の元は1ドル=2元から8元にまで4分の1に引き下げを認めた。これは対ドル相場なのだからアメリカが認めなければ出来ない事だ。

アメリカの90年代からの中国に対する経済的支援は、日本の弱体化と中国の台頭を促した。80年代の日本経済はアメリカに脅威を与えるほどになったからですが、日本の弱体化はアメリカにとって国益になったのだろうか? 普通ならば中国が世界一の黒字大国になったのだから人民元が上がるのが常識だ。しかしアメリカはそれ元安を容認してきた。

この事によって中国は西村眞悟氏が言うように世界に「失業」を輸出しているのであり、世界的に労働者の賃金を引き下げさせてきた。それに対して日本は人民元の安さに対抗する為に中国に工場を進出させて雇用を輸出している。職を失った日本の若者は結婚も出来なくなり少子化が進むようになった。これらは米中の思惑通りの結果なのでしょうが、アメリカは同盟国の日本の弱体化はプラスであるとどうして考えたのだろうか?

それに対して日本の政治家は見えない米中同盟に気がつくのが遅すぎた。アメリカは露骨に日本に対しては政治介入してくるのに、中国の人権問題や人民元安には口を出さずに寛容だ。アメリカ自身の国力の衰退がそうさせていると見えますが、その穴を中国が埋めている。そうなれば日本には小沢一郎のような政治家が出てきて、アメリカと距離を置いて中国の属国になろうという政治家が出て来る。そうなる事はアメリカの利益なのだろうか?
http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu208.htm


米中同盟

中国は当面は軍事力よりも外交で影響力を強めてきている。PKO活動もその一環ですが、日本は金だけ出して自衛隊の活動には消極的だ。米中の見えない同盟関係は日本に対するものであり、アメリカは日本の円は360円から80円にまで4倍に吊り上げて、中国の元は1ドル=2元から8元にまで4分の1に引き下げを認めた。これは対ドル相場なのだからアメリカが認めなければ出来ない事だ。

アメリカの90年代からの中国に対する経済的支援は、日本の弱体化と中国の台頭を促した。80年代の日本経済はアメリカに脅威を与えるほどになったからですが、日本の弱体化はアメリカにとって国益になったのだろうか? 普通ならば中国が世界一の黒字大国になったのだから人民元が上がるのが常識だ。しかしアメリカはそれ元安を容認してきた。

この事によって中国は西村眞悟氏が言うように世界に「失業」を輸出しているのであり、世界的に労働者の賃金を引き下げさせてきた。それに対して日本は人民元の安さに対抗する為に中国に工場を進出させて雇用を輸出している。職を失った日本の若者は結婚も出来なくなり少子化が進むようになった。これらは米中の思惑通りの結果なのでしょうが、アメリカは同盟国の日本の弱体化はプラスであるとどうして考えたのだろうか?

それに対して日本の政治家は見えない米中同盟に気がつくのが遅すぎた。アメリカは露骨に日本に対しては政治介入してくるのに、中国の人権問題や人民元安には口を出さずに寛容だ。アメリカ自身の国力の衰退がそうさせていると見えますが、その穴を中国が埋めている。そうなれば日本には小沢一郎のような政治家が出てきて、アメリカと距離を置いて中国の属国になろうという政治家が出て来る。そうなる事はアメリカの利益なのだろうか?
http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu208.htm


1995年 オーストラリアを訪問した李鵬は、豪首相との首脳会談中に、 「 日本など20年も経てば地球上から消えてなくなる 」と発言
李鵬の発言はまるでオカルトのようにも聞こえるが、平成9年当時の国会でも取り上げられた発言である。

武藤国務大臣

「そのオーストラリアへ参りましたときに、オーストラリアの当時のキーティング首相から言われた一つの言葉が、日本はもうつぶれるのじゃないかと。

実は、この間中国の李鵬首相と会ったら、李鵬首相いわく、

君、オーストラリアは日本を大変頼りにしているようだけれども、まああと三十年もしたら大体あの国はつぶれるだろう、こういうことを李鵬首相がキーティングさんに言ったと。

非常にキーティングさんはショックを受けながらも、私がちょうど行ったものですから、おまえはどう思うか、こういう話だったのです。」
http://hanzibakuro.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/20-ea32.html



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アメリカはソ連崩壊後に NO.2 になった日本をどうやって叩き潰したのか

1929年10月24日、ニューヨーク・ウォール街では、世界大恐慌の引き金となって、株式大暴落が起こりました。そして、あれから60年後、今度は日本を叩き潰す為に、1990年2月、巨大な経済の逆回転が始まり、平成バブル経済が崩壊しました。

 平成バブルが崩壊するバブル・ピーク時、CIA(Central Intelligence Agency/アメリカ大統領直属の中央情報局)は、ベルリンの壁が崩壊し、東西冷戦後の次の敵は、日本だと考え始めていました。

事実、1989年秋から始まった、アメリカ系証券会社の株価動向は不気味な動きをし始めました。バブルと、その崩壊に携わったのは、ユダヤ系の金融機関であるソロモン・ブラザーズ(現在のソロモン・スミスバーニー)という証券会社でした。

 ソロモン・ブラザーズは資本主義の歴史に詳しく、また日本の昭和初期の経済にも精通していて、1989年11月、ニューヨークで「日経平均株価が大暴落したら大儲け」という『プット・ワラント』のデリバティブ商品を機関投資家や大口投資家に大量に売り始めたのでした。それ以来、ソロモン・ブラザーズが中心になって、債券、為替、株価のトリプル安が始まります。これがバブル崩壊の裏側に隠れたメカニズムだったのです。

 バブル崩壊のシナリオは、どのようにして仕組まれたのか、その筋書きを追ってみましましょう。

 バブル絶頂期は、1989年にそのピークを迎え、株価は天井でした。この時、多くの日本人は、株価の高騰(こうとう)並びに地下の高騰に、湧きに湧き、怕(こわ)いもの知らずで、日本の投機家達は今迄になく傲慢(ごうまん)になっていました。そしてこの頃、事実CIAは、アメリカの敵は日本であると考え始めていました。

 CIA経済部門のスペシャリスト達は、アメリカ系証券会社のソロモン・ブラザーズ(現在はソロモン・スミスバーニー)と手を組み、日本経済の崩壊作戦に向けて本格的に動き出しました。これが今日の不況を長引かせる要因を作ったのです。これが日本株式市場に於ける下落のシナリオ「バブル崩壊作戦」でした。


ソロモン・ブラザーズは、1989年当時の沸き立つような好景気も、60年前のアメリカ・ニューヨーク.ウォール街での大恐慌と同一のものであると、そのバブル崩壊を予測したのです。

 かつて、国際金融資本の総帥・ロスチャイルドの配下であったロックフェラーやデュポン(世界最大の化学メーカー)らは、この大恐慌を利用して天文学的な巨富を手にしていました。ソロモン・ブラザーズはこれに因(ちな)み、バブル崩壊を企てる研究に取りかかったのです。
 「どうしたら一儲けできるか」からはじまり、「どうしたら日本経済を徹底的に叩く事が出来るか」という結論を導き出し、日本経済崩壊に向けて模索し始めたのです。

 60年前のウォール街での「暗黒の木曜日」の立役者は、国際金融資本の総帥・ロスチャイルドの息の掛かる東部のエスタブリュシュメント達(ロックフェラーを筆頭に、デュポン、ケネディ、オナシス、アスター、バンディ、コリンズ、フリーマン、ラッセル、ファンダイン、リー・クアンシューの超大富豪十二家)でした。
 この者達は手持ち株を売り捲り、その結果、下落に下落を重ね、二束三文になった株式を買い叩いたのです。それで巨万の富を手にしたのですが、今日とは情況が違うことに気付きます。この難題に、しばらく苦慮しますが、ついに糸口を掴んだのです。

 その糸口とは、「何が株価を暴落させる要因になるか」と言うものでした。つまり株価が暴落する切っ掛けを作ればよいのです。そして、「下落によって、下がった株で大儲けできる商品を持っていればよい」ということに行き当たったのです。それが「デリバティブ」でした。

 デリバティブとは、金融派生商品(通貨・金利・債券・株式・株価指数などの金融商品を対象とした先物取引)のことで、「先物取引」という意味合いを持っています。

次の研究課題は「どうやったら大暴落を人工的に作り出し、然(しか)も、そのタイミングに合わせて、自分達の狙うポイントに、総てを集約することが出来るか」という研究に取りかかったのです。
 人工的に大暴落を作り出す場合、60年前の大恐慌では、アメリカの大富豪達による「大量売浴せ」という手法が使われました。

 大量売浴せとは、売方が買方の買数量より、多量の売物を出して買方を圧倒し、相場を押し下げようとすることで、「売り崩し」とも言われます。
 しかし、それでは巨額な資金が必要であり、当時と違って、それほど経済構造は単純なものではなくなっていました。研究に研究を重ねた結果、巧妙(こうみょう)な手口を考え出します。

 それは、「膨らんだ風船を、更に膨らませる手口」だったのです。
 風船は、空気を送り込んで膨らませれば、それだけ膨らみますが、その実体は「バブル」です。膨らむものは、いつか破裂して、大爆発を起こす物理的法則に制約されます。経済とて、この法則下に制約されているのです。彼等はこれに気付いたのでした。

 彼等はそのシナリオを、綿密なストーリーで組み立てました。徐々に膨らみを見せる風船に、意図的に、頃合いを見計らって、更に膨らませ、次に急激に膨らませるという巧妙なストーリーを演出したのです。風船は、今まで徐々に、周囲の状態に馴染みながら膨らんでいたのですが、これに急激な吹圧を掛け、パンパンの膨張状態を作っておいて、一挙に破裂させるという巧妙な演出を画策したのでした。

 彼等は、この原理を東京株式市場に応用して、バブル崩壊を目論んだのです。
 そして彼等は「デリバティブ」という、風船を一突きにする「針」を手に入れ、膨張し過ぎて破裂状態になったところで、一突きにする演出を手がけたのでした。

1989年当時、日本人エコノミスト達は「デリバティブ」という「先物」の実体を知りませんでした。経済や金融の専門家でも、この実体が何なのか、未だに分からず仕舞いでした。またこの事が、バブル崩壊の悲劇を大きくし、当時の日本経済界は全く無防備であったと言えます。


ソロモン・ブラザーズは裁定取引を使って、意図的に、無防備な日本経済に先制攻撃を仕掛けたのです。「梃子(てこ)の原理」(レバレッジ)を利用して、なるべく少ない資金で、効果的にバブル崩壊に導く人工爆発の状態を作り上げる研究をしたのです。次に、バブル崩壊に導く為に、彼等は日経平均の株価操作の研究に没頭しました。
 彼等は、この二つの研究から面白い現象に気付きます。それは日経平均株価(日本経済新聞社が、東京証券取引所一部上場の代表的な225銘柄について算出し、発表しているダウ式平均株価)が単純平均(相加平均のことで、算術平均ともいわれ、n個の数を加えた和をnで除して得る平均値のこと)で作られた「指数」から出来ている事と、もう一つはこれらの指数の分析から、品薄な銘柄を意図的に買うと、少ない資金で日経平均株価を持ち上げることができるという経済現象に気付いたのです。

 こうして研究の成果を、実行に移した時期が1989年の秋から冬に掛けての事でした。日経平均株価は瞬(またた)く間に膨らみ、バブルは天井へと向かっていました。
 その頃、日本の話題はベルリンの壁が崩壊し、東西冷戦構造が終焉(しゅうえん)を迎えれば、世界市場に進出できる等と、日本人経営者の多くが高を括(くく)っていた頃で、日本人の思い上がりの裏側では、こうした巧妙な仕掛けが、水面下で仕掛けられていたのです。
 大蔵官僚も、エコノミストも、この仕掛けには全く気付いていなかったのです。

ソロモン・ブラザーズの真の狙い

 当時の多くの日本人投資家は、「日経平均株価は10万円に到達する」と信じて疑わない人が多くいました。誰もが強気で、今こそ、この好景気に乗って、買いに転じる時機(とき)だと確信していたのです。その結果、バブルは急速な加速度をつけて、瞬く間に膨らみ始めました。
 この時、ソロモン・ブラザーズは信じられない事をニューヨーク・ウォール街で展開していました。
 1989年11月、彼等は「東京株式大暴落の図式」に則り、『プット・ワラント』という金融派生商品を売り始めていたのです。

 『プット・ワラント』とは、「日経平均株価が大暴落したら大儲け」という新商品であり、この商品をアメリカの大口機関投資家に大量売り込みを図っていたのです。また、これには大口投資家も飛びついたのです。
 彼等の新商品に対するキャッチ・フレーズは「年末から年始に掛けて、日本の株式は大暴落するから、60年前の《1929年10月24日の暗黒の木曜日》の時と同じくらいの大儲けが出来ますよ」でした。

1990年1月2日、ニューヨーク・ウォール街では、日本とは逆に、信じられない現象が起こっていました。突然、為替が円安へと向かったのです。この円安はソロモン・ブラザーズが『プット・ワラント』販売に因(ちな)み、債券や為替や株価の「トリプル安」を企てたものでした。
 そして1月が過ぎ、2月に入り、その月は既に中旬に入っていました。この頃、日経株価はジリ安でしたが、大暴落の兆しは現われていませんでした。

 日本人はまだ、この時にも何も気付いていなかったのです。そして日本経済が、瀕死(ひんし)の重傷に陥っている自覚症状すら、エコノミスト達は感じ取ることが出来なかったのです。

 当時の政治背景としては、自民党の政治家は2月中旬の衆議院選挙で大勝したことに祝杯を上げていた頃で、政界も財界も危機管理意識はなく、全く無防備でした。
 日本人は、まさに「ライオンに、餌を差し出す為に手を伸す呑気(のんき)な兎」でした。腕ごと食いちぎられるか、体ごと丸呑みされるかの、こうした危険すら感じる事もなく、呑気な行動をとっていたのです。
 日本人投資家が、株を買いに奔走している頃、アメリカの金融の裏側ではソロモン・ブラザーズの売り攻勢が激化を極め、これまでジリ安で状態であった株価は、一挙に大暴落へと転じました。バブル崩壊の引き金はこの時に引かれたのです。

ついに1990年2月末には、膨らむだけ膨らんだバブルは、日経平均15,000円台を大幅に割れ込みました。一挙に大暴落が起こったのです。

 ソロモン・ブラザーズの秘密兵器はデリバティブでした。
 デリバティブは説明の通り、現物と先物との価格差を狙った「サヤ取り」であり、「裁定取引」と「オプション」で、日本の株価は下落したら大儲けという派生商品です。この派生商品を、至る処に仕掛けておいて、株価を自由に操ったのです。バブル崩壊の大暴落は証券会社のみならず、大蔵省までを翻弄(ほんろう)の渦に巻き込んだのです。

 この巧妙な仕掛けでソロモン・ブラザーズは、僅か三年の研究とその実行で、一兆円にも昇る莫大な利益を手にしたのです。
 そしてこの後、日本では更に悲惨な状態が続くことになります。
 日経平均株価の大暴落は、株式市場の株価下落だけに止まらず、不動産の分野にも悪影響が及びます。この悪影響は、政府が不動産融資へのマネー供給を停止するという事から始まり、今まで高騰(こうとう)を見せていた大都市の不動産の資産価値が急速に下落したことでした。

 この現象は大都会だけに止まらず、地方にまで波及していきます。不動産の資産価値が下落するとは、それを担保にしていた金融機関の担保価値も大幅に減少したということになります。こうして不良債権の波及が表面化するのです。

 これに対して政府の後手政策は、次から次へと傷口を広げ、日本の資産とマネーの急速な収縮は、今日に見る不景気と連動し始めることになります。
 昇り詰めたものは、いずれ落ちる。これは物事の道理です。この道理に随(したが)い、ソロモン・ブラザーズは、次のプロセスへと準備にかかります。

ソロモン・ブラザーズの真の目的は、ただ単に、日経平均株価を下落させて大儲けすることだけではなかったのです。彼等の真の目的は、日本人の個人金融資産の1300兆円にも上る郵貯(郵便局で取り扱う国営の貯金事業で、元金・利子の支払いは国によって保証される)の食い潰しでした。日本のエコノミスト達は、この事すらも見抜けなかったのです。

 ソロモン・ブラザーズが研究の末に計画した事は、こうした下落が生じた時、政治家はもとより、財界人を始めとして、証券会社等が「これを何とかしろ」と、政府に詰め寄り、殺到することを計算に入れていたのでした。これこそ彼等の真の目的であり、ここに「日本発世界大恐慌」を画策した真の狙いが、ここにあったのです。
http://www.daitouryu.com/iyashi/shinizama/shinizama20.html


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その昔、日本は国民総ででバブルに踊った時代がありますたね。
バブルを起こして潰す。奴らの詐欺手口の最たるものですた。
バブルがはじけて今では失われた10年と言われていますが、今だに日本経済はその後遺症を引きずっています。自殺者はバブル崩壊から毎年3万人。今だにその数は変わっていません。

その手口を見れば分かるのですがいつもワンパターンです。
最初は甘い話でカモを釣る。こうやれば儲かりますよ。おいしい話でカモを誘います。

そしてころ合いを見計らって真っ逆さまに突き落とす。詐欺師の典型的なパターンです。

最初に奴らはバカスカ札束を刷って、バブルを引き起こす。銀行は貸して貸して貸しまくる。株に投資すれば儲かるよ。土地を買えば儲かるよ。そしてカモが罠にかかったころ合いで急に蛇口を閉める。貸し渋りをやるわけです。
これをやられたら投資家はいきなり資金難に陥ります。そして、資金難に陥ったカモ達から担保として株、土地、あらゆる資産を奪い取るのです。昔からやっていることは同じです。
いい加減気付いたらどうかと思うのですが、今だに引っ掛かっている人がいます。

その当時の日銀総裁であった澄田智(すみださとし)と言う方をご存じでしょうか。日銀退官後は日本ユニセフ協会の会長などをやっていた方です。

澄田さんがバブル潰しの張本人と言われています。
プラザ合意以降、5%だった金利を2.5%に下げ、銀行は貸して貸して貸しまくった。その当時は、黙ってても銀行が頭を下げて貸しに来たという話は誰でも覚えているはずです。そういうジャブジャブ溢れた資金が株や不動産に流れ込んだ。借金しても金利は安いし土地や株を買えば値上がりするしで猛烈なバブルが起きたのですた。

そしてバブルが膨らみきったころ合いを図って、澄田さんはいきなり公定歩合を8%、長期金利は 10%まで引き揚げた。蛇口を閉めたのですた。借金すると金利が高い。値下がりリスクのある株や不動産よりも安全な銀行預金の方が良いということで投資家は一斉に株と不動産から資金を引き上げた。土地や株は一気に値下がり=バブル崩壊と言われています。

バカスカ金を貸し出して狂乱状態を作ってからブルを破裂させる。
その後には膨大な焼け野原、不良債権の山だけが残る。
それを二束三文で奴らが買い叩く。
昔からの手口。ばればれの三文シナリオだったのですた。

さて、それにしても、そのバブル潰しの張本人澄田さんはどのような経歴の持ち主だったのでしょうか。
澄田さんと言えばフランスに留学した留学組で、その後ベルギー大使館、フランス大使館の一等書記官からキャリアをスタートしたエリート官僚ですた。
そしてその後は、順調に大蔵省で出世して日銀総裁になっています。
澄田さんとフランス財界のつながりはお父様の代から囁かれていますた。


澄田智さんは、日銀総裁を辞めた後、ロス茶イルドフランスの旗艦、投資銀行ラザール・不レールに最高顧問として天下りしています。
ちっとはカモフラージュでもして隠せと思うのですが、親子二代に渡って奴らの充実な部下だったという、そのまんまの経歴の持ち主ですた。
http://goldentamatama.blog84.fc2.com/


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アメリカの日本叩き落とし戦略  

アメリカではFRB議長グリーンスパンの超低金利政策の結果住宅産業バブルが起こり、これが今日まで消費を支えてきたが、ここへ来て住宅バブルに「ローソクの最後の炎現象」が見えてきた。前述のようにアメリカには日本のような「潜在消費・投資力」の備蓄がないから解決策を他国に求めるしかなくなる。

そこでアメリカに狙われたのが日本、つまり竹中平蔵大臣である。

実は竹中平蔵氏は1980年から90年のJapan as No.1(「日本の世紀」と言われるほど日本経済が世界を制覇した)時代にハーバード大の客員研究員や准教授をしていた。日本の銀行が世界ランキング1位から10位を占める事態に危機感を抱いたアメリカはハーバード大等の叡智を結集して「日本叩き落とし戦略」を打ち出して見事に成功し、その結果日本の大不況はまだ続いている。竹中氏(当時、大蔵省財政金融研究所主任研究官)は日本の大蔵情報提供者として重要な働きをしたと考えられる。

だから現在のブッシュ政権の経済担当責任者とも親交が深い。異例とも言われた経済財政・金融担当の二つの経済ポストが竹中に与えられた時、グレン・ハバード米大統領経済諮問委員長は「竹中氏は申し分のない改革論者で、ブッシュ政権は竹中氏を全面的に支持している」との見解を発表すると同時に「不良債権処理と日銀の金融緩和の必要性」を強調した。

竹中大臣が10月に訪米した時、「大手銀行だからといって容赦しないぞ!」と言わんばかりの不見識な「大失言」(竹中ショック)のためニッケイは大暴落となり日本は時価総額で約50兆円の資産を失った。この時ハバード委員長をはじめ、バウチャー米国務省報道官、テーラー米財務次官らは必死になって竹中大臣をかばった。アメリカが日本に経済高官を送り込んでまでの竹中支援ぶりは異常。ここでまた経済の基本に戻るが、不良債権処理が日本経済の現況下では不要であることは再三解説したのでご理解いただいたと思う。

日本企業は現在リストラ中であり、総需要も資金需要もマイナスだから特に銀行機能を求める環境にない。こうした時、銀行の脆弱な財務体質を目の敵にするのは不自然である。しかも国会でもマスコミでも世を挙げて不況の結果である不良債権処理とデフレ対策に議論が集中し、不況の真の原因から目を避けている。異常ではないか。何故竹中大臣とアメリカはこの時期に不良債権処理と金融緩和を急ぐのか。

それはアメリカの国益の立場になって考えればすぐ分る。自ら打つ手がなくなったアメリカは日本の「打つ手」(現金備蓄)を奪うしか手が無いのである。竹中大臣はアメリカの国益の立場に立っているのである。不良債権で金融機関のパイプが詰まったままの状態で金融緩和をすると緩和された資金はアメリカに流れず、資金需要がない日本の資本市場で浮遊資金の増大となる。資金は当然土地と株にヘッジし、地価と株価を押し上げる結果となる。これこそ日本経済再生の道だが、アメリカにとっては許し難いこと。すなわち日本の土地と株が上がりだすとアメリカから資金が逃避し日本市場に向かうからである。

今アメリカは戦争と言う無駄な公共投資を前倒しで実行しているが(前述のごとく)潜在的財源が無い。どんなことをしても日本の「備蓄資金」をアメリカへ還流させなくてはならない。住宅バブルが弾けるのも時間の問題。

不良債権処理を急ぎ、日本の国民に痛みを与え、デフレをさらにスパイラル化し、大銀行や大企業を破綻に追い込んでまでもアメリカの国益の為に尽くす竹中平蔵。さらなる「詭弁」で小泉首相と国民を騙し続ける竹中大臣。まるで邪教の亡者のごとき竹中大臣の強烈な意志と情熱は、多分1980年代に洗脳された「日本叩き落とし精神」の具現だろう。今日本は「気違いに刃物」を与えてしまった。


竹中平蔵は、もともと日本からハーバード大学に留学していった。米国では世界各国から来るエリートを選び、その人物に、洗脳教育を施していると聞く。つまり、「国際金融資本に、すべて任せることがよい」という洗脳である。

○ 竹中の推し進めてきた政策を振り返るとあることに気づく。それは、すべて日本の企業を倒産させて、米国の企業に買い取らせるという結果になっている政策ばかりであり、しかも竹中はこれを「すばらしい」と表現している。

○ここでハーバードまで留学して、結局、「すべて国際金融資本に任せるべきだ」という思想を植えつけられているとする。


<竹中の破壊の歴史>

振り返ってみれば、日本は世界最強の銀行として、誇っていたのを台無しにしたのは自己資本比率規制の導入であった。これを導入することを熱心にやっていたのが竹中であり、金融ビッグバンも竹中の提案であり、不良債権処理も竹中路線であり、就任以来54もの金融機関を次から次へと倒産させてきたのは彼の政策のためである。

小泉内閣になってついに、竹中金融担当大臣が就任した。
周囲は、机上の空論の大臣だといって猛烈に反対していたが、小泉は、
「すぐれた頭脳で貢献していただく」といって任命した。
竹中はそれまでやっていた慶応大学教授からいきなり金融大臣となった。

それでは竹中がやってきた日本の金融政策を振り返ってみよう。

竹中が、日本に、自己資本比率規制を導入した。その結果、世界でも最強を誇って
いた日本の銀行は軒並み、貸し出しを減らし、貸し渋りを行うようになった。
そして不況になっていった。 それまでは世界のベスト10バンクに日本の銀行が
6行も入るすごい状態にいたのだった。

竹中がやってきた日本の金融政策を振り返ってみよう。

竹中が、日本に、自己資本比率規制を導入した。その結果、世界でも
最強を誇っていた日本の銀行は軒並み、貸し出しを減らし、貸し渋りを行うようになった。そして不況になっていった。 それまでは世界のベスト10バンクに日本の銀行が6行も入るすごい状態にいたのだった。

○竹中が時の橋本首相に「金融ビッグバンをやるべきです」と進言して、
それをやった。すると山一證券は自主廃業となり、メリルリンチ証券となり、
長期信 用銀行はf経営が傾き、一時国有化し、リップルウッドに買収された。東
邦生命は、買収されてGEキャピタル生命となり、日興證券は、 これも経営が傾き、外資に助けを求め、外資の傘下にはいった。
日興コーデイアル証券となった。
倒産は続出して、金融恐慌の一歩手前までいった。時の橋本政権は選挙で大負けした。日本経済にとって致命傷となった。

竹中金融大臣が、「不良債権処理をやるべきです」といい、それを強化すべ きだといった。すると、銀行は貸しだしを抑制するためさらに不況となる。不良債権
と認定された企業は次から次へと倒産していくため小泉政権の自殺者数や、倒産件数は歴代1位である。

この竹中金融担当大臣が就任している間、UFJ銀行は経営不安に陥り、54も
の金融機関が倒産した。足利銀行も倒産した。建設会社が倒産したときに、竹中
金融担当大臣は、とてもよろこんだ。 「これが構造改革の進展している証拠だ」

そして、竹中金融担当大臣は、4月1日からペイオフを唱えている。
ペイオフは世界各国でどこもやっていない政策である。ところが、竹中が「どこもやっている」とテレビでいうことで、このとんでもない破壊的な政策をやる流れ
になっている。

そしてこの数年間、日本を痛めつける政策をずっと立案してきた人物の竹中が郵政を解体してしまおうとしている。 というわけだ。
http://ime.nu/www.asyura2.com/0505/hasan41/msg/915.html


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私達は洗脳されていました。不良債権の処理こそが構造改革だと。。。

彼等のやり口はこうでした。

一、株式は自己資本の半分以下にすること。
二、不良債権は二年で半減すること。不良債権処理に充てた資金には税金を課す ただし繰り延べ資産として7年間分認める

私達は国の命令で株式の売却を始めました。株の暴落が始まり長銀は国有化され長銀の株券は一夜で紙くずとなりました。数兆円の血税をつぎ込み身奇麗にした 長銀は瑕疵担保条項までつけて外資の手に渡りました。その後私達は恐ろしい光景を目にすることとなりました。

瑕疵担保条項によって死ななくても良い企業まで次々と息の根を止められて行きました。 その時つぶせばつぶすほど外資がもうかる条約だった事に私達は気づきました。

そんな時あの竹中が金融中枢に入ってきたのです。
そしていきなり繰り延べ資産は認めないと言い出したのです。税金は取っておきながら、です。人々はパニックに落ちました。株価は大暴落し、旧額面で80円を割り込んだ時、外資の増資申し入れを受け入れました。
四大メガバンクすべてが外資に自社株を叩き売ったとき、りそな銀行の国有化が決まり、長銀の時と同じく数兆円の国民の税金がつぎ込まれましたが、驚いたことに減資なし、株主責任は問わないという寛大な措置でした
あれほど株主責任を厳しく追及していた竹中 木○コンビの豹変でした。

その翌日から外資の数千億単位の株式購入が連日のように続きました。
日本の国富が外資の手に落ちて行くのを私達は茫然と見ているしかありませんでした・・・。

私達は竹中によって株式をもっと売り払えと指導されていたからです。





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日本の官僚の上司が日本の大臣や政治家ではなくアメリカ軍人である理由

「「日米合同委員会」「国会を関与させないための仕掛けだったんです」吉田敏浩氏インタビュー:岩上安身氏」
http://sun.ap.teacup.com/souun/21239.html
2016/12/6 晴耕雨読

https://twitter.com/iwakamiyasumi

12月2日(金)「岩上安身による『日米合同委員会の研究』著者・吉田敏浩氏インタビュー」の実況を行います。

戦後日本社会における最大のタブーとも言える「日米合同委員会」の実態について、岩上安身が吉田氏にお話をお聞きします。

岩上「吉田さんは今はフリーのジャーナリストですけれど、どういった所から取材を始めましたんですか?」

吉田氏「大学在学中からビルマ(現・ミャンマー)のことを取材を始めました。これまでに新聞社などの社員になったことはなく、ずっとフリーです」

岩上「まず、そもそも日米合同委員会とはいったい何か?といったところから入っていきたいと思います。日米合同委員会は、港区南麻布のニューサンノー米軍センターというところで開催されているんですね」

吉田氏「最寄り駅では地下鉄広尾駅です」

吉田氏「日米合同委員会について本格的に調査した記事や本はほとんどありません。ここで密約を作り、国会での審議を通すことなく、米軍に有利な取り決めが次々と作られているのです」

吉田氏「ニューサンノー米軍センターには、銃を持った日本人警備員がいます。本来は日本人は銃刀法違反になるので銃を持ってはいけないんです。しかし、日米合同委員会での密約で持ってよいことになっているんですね」

岩上「米国と日本の関係というよりも、在日米軍と日本の関係になっているんですね。日本は米軍の下部組織にすぎないと」

吉田氏「日米合同委員会で話し合われている内容は、在日米軍から本国の統合参謀本部まで上がっています」

岩上「基本的には、在日米軍の利益を図ることが最優先になっているんですね」

吉田氏「辺野古新基地建設について、キャンプ・シュワブの水域を立ち入り禁止にしたのも、日米合同委員会での決定によります。しかし、どう話しあわれたかは分からないのです」

吉田氏「既存大手メディアの中でこの日米合同委員会について報じたのは、1957年の読売新聞の記事くらいです。やはり文書が出てこないということと、メディアまでもが日米同盟を神聖不可侵なものと捉えているからではないでしょうか」

岩上「この、黒塗りになっている『日米合同委員会議事録インデックス』とは何ですか?」

吉田氏「私の開示請求に対して、表紙だけが出されました。つまり表紙があるということは、中身があるということですよね。しかし、肝心のその中身はすべて不開示です」

岩上「さて、次のチャプターに移りたいと思います。なぜ、在日米軍兵士は正当に裁かれないのか。その背景には、日米合同委員会で合意された『裁判権放棄密約』『身柄引き渡し密約』『民事裁判権密約』がある、と」

吉田氏「『裁判権放棄密約』とは、米軍兵士の公務外の犯罪を日本が裁くな、というものです。その理由は『兵士の士気の維持』と『部隊の人員充足』というもの」

岩上「ちょっと、呆れ返るような理由なんですけど」

吉田氏「米兵犯罪者は、不起訴が多いんです。その一件一件の報告書が存在するはずです。しかしこれを法務省に情報開示請求をしても、文書が出てこないし、出てきたとしても黒く塗りつぶされているんです。これでは、検証のしようがありません」

吉田氏「民主党政権の時、岡田克也外相のもとで外務省の密約調査が行われました。その時に、この『裁判権放棄密約』に関する文書が部分的に出てきたんですね」

岩上「しかしこういうことがあったため、民主党政権はつぶされたのだとも言えるでしょう」

吉田氏「この『裁判権放棄密約』に関しては、法務省から『米軍関係者を特別扱いしますよ』という通達が出されています」

岩上「日本の司法が在日米軍に完全に従属してしまっている、ということですね」

岩上「その結果、日本の裁判が今どうなっているか、ということです。この密約は今も生き続けている、と」

吉田氏「公務外の米軍人・軍属の刑法犯は起訴率17.4%。一方で、全国の一般刑法犯は起訴率45.4%です。明らかな違いがあるのです」

岩上「さらなる驚きの事実です!なんと最高裁にも在日米軍のための裏マニュアルがあったと」

吉田氏「これは、最高裁判所の事務総局が作成したものです。民事裁判で、米軍は証拠提出も証人出頭もしなくてもよい、という内容です」

吉田氏「日米合同委員会での密約文書には、『合衆国の利益を害すると認められる場合には、かかる情報を公表し、又は使用に供することができない』と書かれています。これが、最高裁判所の裏マニュアルに書かれているのです」

岩上「これはショックです」

岩上「この『民事裁判権密約』が事件の真相解明を阻んだ事例が、1977年9月27日の横浜米軍機墜落事件なんですね」

吉田氏「この裁判では、米軍関係者は最後まで出廷せず、事故調査報告書の提供も行われませんでした」

岩上「さて、次のチャプターが米軍による航空管制の問題です。米軍の横田基地上空は『横田ラプコン』と呼ばれ、日本の民間航空機が入れないようになっていますね」

吉田氏「はい、これもまた日米合同委員会での密約にもとづいています」

吉田氏「これも密約文書そのものは不開示なのですが、外務省の裏マニュアル『日米地位協定の考え方』からその内容は分かります。それによると横田空域について『合同委員会の合意のみしかなく、航空法上積極的な根拠規定はない』などと書いてあります」

吉田氏「日米合同委員会の密約文書では『事実上の問題として委任した』となっています。つまり法的根拠はなにもないけれど、既成事実を合同委員会が追認する、ということなんです」

岩上「つまり占領体制が、今も既成事実として今も続いているということですね」

岩上「こうした空域は、横田だけではなく沖縄にもありますね。それが嘉手納ラプコンです。これは一応、2010年に日本側に移管されました。しかし実態は、新たに『アライバル・セクター』というものが設置されていたと」

岩上「密約というものは、1950年代に生まれたものだと思われてきました。ところがこの嘉手納ラプコンの問題でも分かるように、今も日米合同委員会の中でドンドン密約が生まれているんですね!? これは本当に驚きです」

岩上「ここまでは沖縄の空域に関する話だったんですけど、実はこうした空域制限は全国に拡大されていると。それが『アルトラブ』ということだというのですが」

吉田氏「移動型と固定型がありますが、日本列島を縦断するかたちで米軍専用に設定されています」

岩上「さて、最後のチャプターです。いったい、この日米合同委員会はそもそも何のために作られたのか、という点です」

吉田氏「日米合同委員会の前身に予備作業班というものがありました。これが、国会を関与させないための仕掛けだったんです」

吉田氏「そしてその上で、米軍の特権を保障するための国内立法措置が次々と講じられていくことになります。例えば国有財産管理法では、米軍基地のために国有地を無償で提供できることになっています。他にも土地等使用特別措置法では、民有地の強制収用も」

吉田氏「なんでこんなことになってしまっているかというと、日本には『安保法体系』と『憲法体系』の2つが存在しているからだと思います。そして、前者が後者を侵食している。そのことを可能にする装置として機能しているのが日米合同委員会なのです」

岩上「そしてこの、『安保法体系』の前身が『占領管理法体系』であると。天皇による勅令のうえに、連合国最高司令官(マッカーサー)の指令や覚書が位置していたと」

岩上「長時間となりましたが、最後にまとめをお願いします」

吉田氏「戦後の日本には、『憲法体系』の外に『安保法体系』と日米合同委員会の『密約体系』がある。そしてそれが、今も米軍の占領体制を継続させているのではないでしょうか」

以上で「岩上安身による『日米合同委員会の研究』著者・吉田敏浩氏インタビュー」

の実況を終了します。動画アーカイブは準備が整い次第、IWJのホームページ(http://iwj.co.jp/ )にアップいたします。


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「米側の代表者が軍人であることは、現在も日本がGHQの占領継続下にあることの象徴です:兵頭正俊氏」
http://sun.ap.teacup.com/souun/21257.html
2016/12/9 晴耕雨読

https://twitter.com/hyodo_masatoshi

日米合同委員会。


米側の代表者が軍人であることは、現在も日本がGHQの占領継続下にあることの象徴です。


日本もいずれ「制服組」がこの場に出席することになるでしょう。


日本には、すでに文官統制も文民統制(シビリアンコントロール)も、ありません。


観念の「制服組」(安倍晋三)が、武器輸出を可能にしました。


集団的自衛権行使を可能にし、これからアフリカ・中東に参戦し、改憲もやるでしょう。


制服を着ているか否かの違いだけであって、この国の軍事は「背広を着た制服組」(安倍政権)にすでにとって代わられています。


日米合同委員会。


米日1%は、植民地を永続化するために、日本を軍事国家に変えます。


軍人の権力を拡大し、最終的には日米合同委員会を、宗主国の軍人と植民地の軍人とで仕切ることになるでしょうね。


>矢部宏治日米合同委員会を特集した報道ステーションに拍手。こうした形でジワジワと事実が国民に広まっていく。しかしなぜメイン・コメンテーターに、安保村代表の後藤謙次などを使っているのか。「日米合同委員会は単なる手続き機関」というコメントは全くの虚偽。それなら協議内容を完全非公開にする筈がない 


日米合同委員会。


米側代表は在日米軍司令部副司令官。


これは戦勝国にして宗主国の軍人が、まだ占領の延長上であることを威圧的に示していますね。


同時に、実際の政治的な権力者が出席しているのだと思います。


軍人の位置づけが米国は高いですからね。


>Tad #報ステ 日米合同委員会 鳩山元総理「日本側は高級官僚が出席しても、アメリカ側は高級官僚ではなく軍人が出席する。まさに占領されているのに等しいと思います」


日米合同委員会からは多くの検事総長を出しています。


つまり、日米合同委員会には官僚の最高のエリートが出席しています。


実質的な日本の重要な政策はここで決められます。


ここで決められたことが官僚によって法案化され、政府に降ろされるのです。


>萩原 一彦 見てない人は見たほうがいい。今の日米政府がとっても不均衡な力関係にあることがわかる。国民の代表ではない日本の高級官僚と、米国民の代表ではなく高級官僚ですらない米軍人が日本の運命を決める。→報ステ特集「日米合同委員会と日米地位協定」憲法を越える存在!?非公開の日米合同委員会20161206houdoustation @gomizeromirai より - http://www.dailymotion.com/video/x54jwia_%E6%86%B2%E6%B3%95%E3%82%92%E8%B6%8A%E3%81

日本の現実は、上位法として、日米合同委員会で作る不可視の「密約法体系」があります。


続いて安保法体系が存在しています。


その後に下位法として憲法が存在しているのです。


これが植民地日本の現実です。


>徳永みちお 官僚が服従を誓う相手は国民でもなく、政治家でもなく、日米合同委員会だ。日本の政治、行政、司法の歪さの原因の一端は日米合同委員会という存在にある。


実は、自民党がいくら気張って新しい憲法を作ったとしてもあまり意味はないのです。


憲法の上に安保法体系が存在し、さらにその上位に日米合同委員会などの不可視の密約法体系が存在するからです。


日本は大きな虚妄の上に成り立った国家なのです。


>よーすけ 鳩山由紀夫のこの証言により日本の基本政策が、日米合同委員会で決められてる事が明らかになったと言える。いわばGHQの延長がこれである。これに逆らったために鳩山氏も嘗ての田中角栄も総理の座を追われたとも言える。許しがたい仕組みである。


安倍晋三が、極端なまでに軍事国家建設に走っています。


これは、背広を着た制服組(安倍晋三)が、背広組のトップに立っているのと同じです。


すでに文民統制(シビリアンコントロール)は、実質的な制服組(安倍晋三)に奪われているのです。


いずれ日米合同委員会に、自衛隊の幹部が出席するようになるでしょうね。


つまり植民地を永続化するために、日本を軍事国家に変える。


軍人の権力を拡大し、日米合同委員会を、宗主国の軍人と植民地の軍人とで仕切る。


その可能性が強くなっています。


安倍晋三は、12月の26、27両日、ハワイでオバマに会うが、プレゼントに「カジノ法案」を強行採決する。


宗主国でのカジノが斜陽になった現在、自国にうじゃうじゃといるギャンブル依存症には目をつぶり、わずか6時間の審議で衆議院可決させた。


安倍晋三が真珠湾を訪れる。


保守の反発を恐れて、首相周辺は、首相は訪問に際して謝罪は予定していない、と必死だ。


「犠牲者の慰霊のための訪問だ」。


バカである。


戦争のできる国へと日本を堕落させ、軍拡に努め、南スーダンにも派兵している。


矛盾したその場しのぎを平気で口にする。


安倍晋三がハワイの米国記者たちに「謝罪はしない」といえるかといえば、とてもおぼつかない。


しかし、こういうことは明確にいわねば、米国では一方的に謝罪にきた、と喧伝され、その見方が定着するだろう。


相手がどう受け取るか。


これが、かれの世界では一貫して欠如している。


「主観の嘘」ばかりだ。


太平洋戦争は、米国に開戦へと追い込まれた、強いられた戦争であった。


真珠湾攻撃も、事前に米国は知っており、参戦の大義を得るために、あえて日本に奇襲させたのである。


このことは米国ばかりか、すでに世界の共通理解になっている。


日本国民だけが米日1%に都合の悪い歴史を知らされていないのだ。


@米国の言い分は、太平洋戦争は日本の宣戦布告なしのパールハーバー急襲から始まり、広島・長崎への原爆投下によって終わった、というものだ。


原爆投下は、戦争を終わらせるためにやむを得ないものであった、とする。


オバマの広島見物はこのストーリー強化の第一幕だった。


A卑怯な真珠湾奇襲、のストーリーを完成させるためには、第二幕として日本の首相にパールハーバーを訪問させ謝罪させなければならない。


そこで初めて米国は太平洋戦争の贖罪意識を払拭できるのだ。


パールハーバーによって広島・長崎を相対化するのだ。


広島とパールハーバーを両国の首脳が相互訪問する戦略は、 1 米国の広島・長崎への贖罪意識の払拭 2 米日軍事同盟の強化 の2点から成っている。


行き着く果ては米日軍事同盟の強化なのだ。


第一幕はすでに上がった。


オバマの広島見物で日本が失ったものは大きい。


相当に国民の暮らしが苦しくなり、生活保護の受給者が増えてきています。


「死ね死ね団」安倍晋三の悪政が、追い詰めているのです。


結局は社会コストの増大になって跳ね返っています。


安倍には自分のやっていることの意味がわかっていませんね。

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なぜ日本はアメリカの「いいなり」なのか?知ってはいけないウラの掟 内閣改造でも絶対に変わらないこと
2017.08.05 矢部 宏治  現代ビジネス
http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/292.html


私たちが暮らす「戦後日本」という国には、国民はもちろん、首相でさえもよくわかっていない「ウラの掟」が数多く存在し、社会全体の構造を大きく歪めてしまっているという。

たとえば2016年、安倍晋三首相による「北方領土返還交渉」が、大きな注目を集めたが、日本での首脳会談が近づくにつれて事前交渉は停滞し、結局なんの成果もあげられなかった。なぜ、いつまでたっても北方領土問題は解決しないのか。はたして、この国を動かしている「本当のルール」、私たちの未来を危うくする「9つの掟」とは?

『知ってはいけない――隠された日本支配の構造』の著者・矢部宏治氏が、「戦後史の闇」を解き明かす。

■事実か、それとも「特大の妄想」か

それほどしょっちゅうではないのですが、私がテレビやラジオに出演して話をすると、すぐにネット上で、「また陰謀論か」「妄想もいいかげんにしろ」「どうしてそんな偏った物の見方しかできないんだ」などと批判されることが、よくあります。

あまりいい気持ちはしませんが、だからといって腹は立ちません。自分が調べて本に書いている内容について、いちばん「本当か?」と驚いているのは、じつは私自身だからです。「これが自分の妄想なら、どんなに幸せだろう」いつもそう思っているのです。

けれども、8月17日発売の新刊『知ってはいけない――隠された日本支配の構造』をお読みになればわかるとおり、残念ながらそれらはすべて、複数の公文書によって裏付けられた、疑いようのない事実ばかりなのです。

ひとつ、簡単な例をあげましょう。

以前、田原総一朗さんのラジオ番組(文化放送「田原総一朗 オフレコ!」)に出演し、米軍基地問題について話したとき、こんなことがありました。ラジオを聞いていたリスナーのひとりから、放送終了後すぐ、大手ネット書店の「読者投稿欄」に次のような書き込みがされたのです。

<★☆☆☆☆〔星1つ〕 UFO博士か?
なんだか、UFOを見たとか言って騒いでいる妄想ですね。先ほど、ご本人が出演したラジオ番組を聞きましたが(略)なぜ、米軍に〔日本から〕出て行って欲しいというのかも全く理解できないし、〔米軍〕基地を勝手にどこでも作れるという特大の妄想が正しいのなら、(略)東京のど真ん中に米軍基地がないのが不思議〔なのでは〕?>

もし私の本を読まずにラジオだけを聞いていたら、こう思われるのは、まったく当然の話だと思います。私自身、たった7年前にはこのリスナーとほとんど同じようなことを考えていたので、こうして文句をいいたくなる人の気持ちはとてもよくわかるのです。

けれども、私がこれまでに書いた本を1冊でも読んだことのある人なら、東京のまさしく「ど真ん中」である六本木と南麻布に、それぞれ非常に重要な米軍基地(「六本木ヘリポート」と「ニューサンノー米軍センター」)があることをみなさんよくご存じだと思います。

そしてこのあと詳しく見ていくように、日本の首都・東京が、じつは沖縄と並ぶほど米軍支配の激しい、世界でも例のない場所だということも。

さらにもうひとつ、アメリカが米軍基地を日本じゅう「どこにでも作れる」というのも、残念ながら私の脳が生みだした「特大の妄想」などではありません。

なぜなら、外務省がつくった高級官僚向けの極秘マニュアル(「日米地位協定の考え方 増補版」1983年12月)のなかに、

○ アメリカは日本国内のどんな場所でも基地にしたいと要求することができる。
○ 日本は合理的な理由なしにその要求を拒否することはできず、現実に提供が困難な場合以外、アメリカの要求に同意しないケースは想定されていない。

という見解が、明確に書かれているからです。

つまり、日米安全保障条約を結んでいる以上、日本政府の独自の政策判断で、アメリカ側の基地提供要求に「NO」ということはできない。そう日本の外務省がはっきりと認めているのです。


六本木ヘリポート(googlemapより)

■北方領土問題が解決できない理由

さらにこの話にはもっとひどい続きがあって、この極秘マニュアルによれば、そうした法的権利をアメリカが持っている以上、たとえば日本とロシア(当時ソ連)との外交交渉には、次のような大原則が存在するというのです。

○ だから北方領土の交渉をするときも、返還された島に米軍基地を置かないというような約束をしてはならない。*註1

こんな条件をロシアが呑むはずないことは、小学生でもわかるでしょう。

そしてこの極秘マニュアルにこうした具体的な記述があるということは、ほぼ間違いなく日米のあいだに、この問題について文書で合意した非公開議事録(事実上の密約)があることを意味しています。

したがって、現在の日米間の軍事的関係が根本的に変化しない限り、ロシアとの領土問題が解決する可能性は、じつはゼロ。ロシアとの平和条約が結ばれる可能性もまた、ゼロなのです。

たとえ日本の首相が何か大きな決断をし、担当部局が頑張って素晴らしい条約案をつくったとしても、最終的にはこの日米合意を根拠として、その案が外務省主流派の手で握り潰されてしまうことは確実です。

2016年、安倍晋三首相による「北方領土返還交渉」は、大きな注目を集めました。なにしろ、長年の懸案である北方領土問題が、ついに解決に向けて大きく動き出すのではないかと報道されたのですから、人々が期待を抱いたのも当然でしょう。

ところが、日本での首脳会談(同年12月15日・16日)が近づくにつれ、事前交渉は停滞し、結局なんの成果もあげられませんでした。

その理由は、まさに先の大原則にあったのです。

官邸のなかには一時、この北方領土と米軍基地の問題について、アメリカ側と改めて交渉する道を検討した人たちもいたようですが、やはり実現せず、結局11月上旬、モスクワを訪れた元外務次官の谷内正太郎国家安全保障局長から、「返還された島に米軍基地を置かないという約束はできない」という基本方針が、ロシア側に伝えられることになったのです。

その報告を聞いたプーチン大統領は、11月19日、ペルー・リマでの日ロ首脳会談の席上で、安倍首相に対し、「君の側近が『島に米軍基地が置かれる可能性はある』と言ったそうだが、それでは交渉は終わる」と述べたことがわかっています(「朝日新聞」2016年12月26日)。

ほとんどの日本人は知らなかったわけですが、この時点ですでに、1ヵ月後の日本での領土返還交渉がゼロ回答に終わることは、完全に確定していたのです。

もしもこのとき、安倍首相が従来の日米合意に逆らって、「いや、それは違う。私は今回の日ロ首脳会談で、返還された島には米軍基地を置かないと約束するつもりだ」などと返答していたら、彼は、2010年に普天間基地の沖縄県外移設を唱えて失脚した鳩山由紀夫首相(当時)と同じく、すぐに政権の座を追われることになったでしょう。

■「戦後日本」に存在する「ウラの掟」

私たちが暮らす「戦後日本」という国には、国民はもちろん、首相でさえもよくわかっていないそうした「ウラの掟」が数多く存在し、社会全体の構造を大きく歪めてしまっています。

そして残念なことに、そういう掟のほとんどは、じつは日米両政府のあいだではなく、米軍と日本のエリート官僚のあいだで直接結ばれた、占領期以来の軍事上の密約を起源としているのです。


日米安全保障条約:外務省外交史料館で展示されている署名(1960年1月19日・Photo by World Imaging creativecommons)

私が『知ってはいけない――隠された日本支配の構造』を執筆したのは、そうした「ウラの掟」の全体像を、「高校生にもわかるように、また外国の人にもわかるように、短く簡単に書いてほしい」という依頼を出版社から受けたからでした。

また、『知ってはいけない』というタイトルをつけたのは、おそらくほとんどの読者にとって、そうした事実を知らないほうが、あと10年ほどは心穏やかに暮らしていけるはずだと思ったからです。

なので大変失礼ですが、もうかなりご高齢で、しかもご自分の人生と日本の現状にほぼ満足しているという方は、この本を読まないほうがいいかもしれません。

けれども若い学生のみなさんや、現役世代の社会人の方々は、そうはいきません。みなさんが生きている間に、日本は必ず大きな社会変動を経験することになるからです。

私がこの本で明らかにするような9つのウラの掟(全9章)と、その歪みがもたらす日本の「法治国家崩壊状態」は、いま沖縄から本土へ、そして行政の末端から政権の中枢へと、猛烈な勢いで広がり始めています。

今後、その被害にあう人の数が次第に増え、国民の間に大きな不満が蓄積された結果、「戦後日本」というこれまで長くつづいた国のかたちを、否応なく変えざるをえない日が必ずやってきます。

そのとき、自分と家族を守るため、また混乱のなか、それでも価値ある人生を生きるため、さらには無用な争いを避け、多くの人と協力して新しくフェアな社会をいちからつくっていくために、ぜひこの本を読んでみてください。

そしてこれまで明らかにされてこなかった「日米間の隠された法的関係」についての、全体像に触れていただければと思います。


本書の内容をひとりでも多くの方に知っていただくため、漫画家の、ぼうごなつこさんにお願いして、各章のまとめを扉ページのウラに四コマ・マンガとして描いてもらいました。全部読んでも3分しかかかりませんので、まずは下に掲げたマンガを読んでみてください。
http://www.asyura2.com/17/senkyo230/msg/292.html

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なぜ、日本では国会議員が地方議員の仕事をしているのか 2015年6月15日
http://www.yamamotomasaki.com/archives/1991


日本政治を図らずも30年近く見てきて、いつも不思議に感じてきたことがある。

それは、「地方分権」と言われながら、いまだにすべての情報は中央、東京に集中し、内政における大枠の情報がほとんど東京に集中していることである。しかも国家主権にわたる外交、安全保障、国の経済政策、教育政策、福祉政策、医療政策、その他の分野でも大きな方針、政策は、すべて霞ヶ関から、国会議員に「勉強会」という形で官僚から卸されてくるのである。

そこで国会議員になった人間は、その中の一つか二つの分野に精通し、期数を重ねることによっていわゆる族議員というものになって、その内政の利権のお裾分けに預かる。この仕組みが、今も続く戦後の日本政治である。

さらに不思議なことは、その霞ヶ関に大きな政策を棚卸ししてくるのが、戦勝国であるアメリカなのである。

今回は、その大きな役割の一つを担っている「日米合同委員会」なるものを改めて紹介したい。不勉強の小生はこの組織のことを知ったのが、十年ちょっと前である。2011年の311以降、ネットや一部の本でもやっと言及されるようになったが、多くの日本人はマスコミがほとんど報道しないので全く知らないのではないだろうか。

そのためにいまだに一般の日本人には、認識されていないが、「日米合同委員会」というものが、戦後日本政治をコントロールしてきた最重要会議であることは間違いないのである。憲法で規定された国権の最高機関である国会を現実には超越していると言っても過言ではない。今回の安保法制を巡ってもテレビのニュース等で、あたかも日本が独立国としてこの法制を審議しているかのような報道がなされているが、残念ながら、このような報道は戦後に創られた共同幻想を維持するためものでしかない。


ところで、話題の書である矢部宏治氏は『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』で、矢部宏治氏は、「日米合同委員会」についてこう書いている。


日本はなぜ帰途と原発を止められないか


「官僚というのは法律が存在基盤ですから、下位の法体系(日本の国内法)より、上位の法体系(安保法体系)を優先して動くのは当然です。裁判で負ける側には絶対に立たないというのが官僚ですから、それは責められない。

しかも、この日米合同委員会のメンバーがその後どうなっているかを調べてみると、このインナー・サークルに所属した官僚は、みなそのあと、めざましく出世している。

とくに顕著なのが法務省で、省のトップである事務次官のなかに、日米合同委員会の元メンバー(大臣官房長経験者)が占める割合は、過去17人中12人。そのうち9人は、さらに次官より格上とされる検事総長になっているのです」

日米合同委員会の構成メンバーを見ると、米側がほとんど軍人である。

米側代表は在日米軍司令部副司令官である。

代表代理として在日米大使館公使、在日米軍司令部第五部長、在日米陸軍司令部参謀長、在日米空軍司令部副司令官、在日米海軍司令部参謀長、在日米海兵隊基地司令部参謀長である。在日米軍の軍人が威嚇するかのごとく居並んでいる。


日米合同委員会の日本側代表は外務省北米局長である

代表代理は、法務省大臣官房長、農林水産省経営局長、防衛省地方協力局長、外務省北米局参事官、財務省大臣官房審議官である。選挙で選ばれた政治家は一人も入っていない。


これは極めて象徴的な演出で、米国側は意識的に軍人を出している。現在も日本が米国の軍事占領下にあることの象徴なのだろう。わかりやすく言えば、日本官僚はネイティブの日本支配者であり、在日米軍の意向を受けて官僚の利権を維持拡大しているというわけである。

そして、日米合同委員会から多くの検事総長を出す。そして日本の対米隷属に異を唱え、真の独立を目指す人間を裁判にかけて攻撃する。その対象になったのが、最近では小沢一郎氏であった。

また、日米合同委員会で決まったことが公表されることはない。記録として残されることもない。いわば密約である。それが日本官僚を通じて政権与党である自民党に降ろされている。前回のレポートでも指摘した覇権国である米国経済の実情を考えると、もっと多くの日本人がこのことを知るべき時を迎えている。

日米合同委員会1日米合同委員会2

下記の参考資料を読んでいただければ、総理になった人間ですら、日米合同委員会のことを知らなかったことがわかる。日本の政治は見事なまでに空洞化しているのである。


<参考資料>

(*週プレNews 2014年12月16日より)

「日本はなぜ基地と原発を止められないのか」で話題の矢部宏治が鳩山友紀夫と“日本の真の支配者”を語った!

矢部宏治

鳩山友紀夫元首相(右)と矢部宏治氏が日本が「真の独立国」として新しい戦後を歩むための方法を議論


<民主党・鳩山政権の崩壊と沖縄の基地問題を出発点に、日本の戦後史を振り返った話題の新刊

『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』(集英社インターナショナル)
https://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%9C%E3%80%81%E3%80%8C%E5%9F%BA%E5%9C%B0%E3%80%8D%E3%81%A8%E3%80%8C%E5%8E%9F%E7%99%BA%E3%80%8D%E3%82%92%E6%AD%A2%E3%82%81%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%AE%E3%81%8B-%E7%9F%A2%E9%83%A8-%E5%AE%8F%E6%B2%BB/dp/4797672897


の著者・矢部宏治(やべ・こうじ)氏。
そして、まさにこの本を執筆するきっかけとなった鳩山友紀夫元首相。

このふたりが、辺野古移設反対派の圧勝に終わった11月の沖縄県知事選や総選挙を踏まえ、事実上、今も米軍の占領状態が続いているこの国の姿と、日本が「真の独立国」として新しい戦後を歩んでいくためにはどうすればいいのか、その方法を考えた!>


首相の時はわからなかった「見えない敵」の正体

―まずは鳩山さんに、矢部さんの本を読まれた率直な感想から伺いたいのですが?


鳩山  正直申し上げて“ぶったまげた”というか、矢部さんがここまで勇気を持って取材され、この本を書かれたことに敬服しました。先にこの本を読んでいれば、私も総理を辞めずに済んだかもしれない、と(笑)。

もちろん、私は自分の非力について言い訳する気はありません。総理として一度は沖縄県民に期待感を与えながら(県外移設を)実現できなかったのは私に大きな責任があります。

ただ、この本を読んで、当時、自分がもっと政治の裏側にある仕組みを深く理解していれば、結果が違っていた部分もあるのかなとは思いました。それだけに、自分が総理という立場にありながら、この本に書かれているような現実を知らなかったことを恥じなきゃいかんと感じるわけです。


矢部  鳩山さんは以前、インタビューで「官僚たちは総理である自分ではなく『何か別のもの』に忠誠を誓っているように感じた」と言われていましたが、その正体がなんであるか、当時はわからなかったのでしょうか?


鳩山  物事が自分の思いどおりに進まないのは、自分自身の力不足という程度にしか思っていませんでした。本来ならば協力してくれるはずの官僚の皆さんには、自分の提案を「米軍側との協議の結果」と言って、すべてはね返されてしまって。分厚い壁の存在は感じながらも「やっぱりアメリカはキツイんだなぁ」ぐらいにしか思っていなかった。その裏側、深淵の部分まで自分の考えは届いていなかったのです。

 しかし、矢部さんのこの本はもっと深いところで米軍と官僚組織、さらには司法やメディアまでがすべてつながって一体となった姿を見事に解き明かしてくれて、いろんなことが腑(ふ)に落ちました。この本を読んで、目からうろこが何枚落ちたかわからないくらい落ちましたね。


矢部  在日米軍と日本のエリート官僚で組織された「日米合同委員会」の存在は、当時ご存じなかったということでしょうか?


鳩山  お恥ずかしい話ですが、わかりませんでした。日米で月に2度も、それも米軍と外務省や法務省、財務省などのトップクラスの官僚たちが、政府の中の議論以上に密な議論をしていたとは! しかもその内容は基本的には表に出ない。

 私が総理の時にアメリカから「規制改革をやれ」という話があって、向こうからの要望書に従って郵政の民営化とかがドンドンと押しつけられた。そこで「この規制改革委員会はおかしいぞ」というところまでは当時もわかっていたのですが。


矢部  日米合同委員会は基本的に占領以来続く在日米軍の特権、つまり「米軍は日本の国土全体を自由に使える」という権利を行使するための協議機関なのですが、この組織が60年間続いていくうちに、そこで決まったことには、もう誰も口出しできないという状況になってしまった。

 なかでも一番の問題は、日米合同委員会のメンバーである法務官僚が、法務省のトップである事務次官に占める割合は過去17人中12人、そのうち9人が検事総長にまで上り詰めている。つまり、米軍と日本の高級官僚をメンバーとするこの共同体が、検察権力を事実上握っているということなんです。

 しかも、在日米軍基地の違憲性をめぐって争われた1959年の砂川裁判で、当時の駐日米国大使だったダグラス・マッカーサー2世が裁判に不当な形で介入し、「日米安保条約のような高度な政治性を持つ問題については、最高裁は憲法判断をしない」という判例を残してしまった。ですから日米合同委員会の合意事項が仮に憲法違反であっても、日本国民にはそれを覆(くつがえ)す法的手段がない。


鳩山  それはつまり日米合同委員会の決定事項が、憲法も含めた日本の法律よりも優先されるということですよね。そのことを総理大臣の私は知らなかったのに、検事総長は知っていたし役人も知っていたわけだ。


矢部  ですから、鳩山さんの言う「官僚たちが忠誠を誓っていた何か別のもの」、つまり鳩山政権を潰(つぶ)したのは、この60年続く日米合同委員会という米軍と官僚の共同体であり、そこで決められた安保法体系だというのが現時点での私の結論ですね。


―そうした仕組みの存在を知った今、鳩山さんはどのような思いなのでしょうか。

鳩山  日米合同委員会に乗り込んでいきたいぐらいだね。「何をやってるんだ、おまえら!」みたいな感じで。

 ただ、そういうものが舞台裏で、しかも、憲法以上の力を持った存在として成り立っていたとしても、決してメディアで報道されることもないし、このメンバー以外にはほとんど知られないような仕組みになっているわけですよね。

矢部  このような「見えない力」の存在は、政権内にいないと、野党の立場ではまったく知り得ないものなのでしょうか?


鳩山  私も自民党時代がありましたので、8年は政権党にいたわけですが、当選1回や2回の新人議員の間は、官邸内部で何が動いているか知りようもありませんでした。でも与党の一員としては扱ってもらっていたと思います。

 それが野党となると、与党、特に与党の中枢の方々とは情報量が圧倒的に違う。官僚も野党に話す場合と与党に説明に行く場合では、丁寧さも説明に来る人の役職も全然違う。そのぐらい野党に対しては、官僚は区別し、冷たい対応をしていました。

 つまり、自民党政権と官僚機構が完全に一体化していたということです。野党は圧倒的に情報過疎に置かれているのは事実で、国民はその野党よりも情報が少ない。

 この先、特定秘密保護法によって、ますます国民には何も知らせない国になるわけで、非常に恐ろしいことだと思います。

日本全土が「米軍の基地」という現実

矢部  「横田空域」という、1都8県の上に米軍が管理している広大な空域がありまして、日本の飛行機はここを飛べない。これなんか典型的な「米軍が自由に日本の国土を使える」事例ですね。


鳩山  私も横田空域のせいで、日本の航空会社が非常に不自然な飛行ルートで飛ばされていることは知っていましたが、「沖縄と同じように、米軍の優位性というのが東京や関東周辺にもあるんだな」という程度にしか理解していなかった。

 しかし、具体的に図を見ると、関東上空がこれほど広範囲に米軍に「占領」されているという事実に仰天しますよね。沖縄だけではなくて、実は日本全体がアメリカに今でも支配されているも同然ですから。


矢部  飛行ルートの阻害もありますが、それより問題なのは、米軍やCIAの関係者が日本の国境に関係なく、この空域から自由に出入りできる、入国の「裏口(バックドア)」が存在することです。これはどう考えてもおかしな話で、こんなことは普通の主権国家ではあり得ません。

 この問題なんて国際社会にアピールしたら、みんなすごく驚くと思うんです。これは今、日本で起きているほかの問題、特に原発の問題にも絡んでくる話ですが、日本という国が置かれている状況の歪(ゆが)みやおかしさを伝えるいい事例になると思っています。

 結局、日米安保条約とは、米軍が「日本の基地」を使う権利ではなく、「日本全土」を基地として使う権利を定めたものなのです。

 旧安保条約の第1条で米軍にその権利が認められ、60年の安保条約で文言は変わっていますが、その権利は残されている。これを「全土基地方式」というのですが、これはなんとしても国際社会にアピールして変えていかないといけない

鳩山  矢部さんの本だと、米軍がそんなことをできる根拠は、敗戦国である日本を今でも「敵国」と見なした、国連憲章の「敵国条項」があるから、という話でしたが。


矢部  そこの説明は少し複雑で、旧安保条約第1条には、そうしたメチャクチャな軍事利用のあり方は、日本側が望み、アメリカ側がそれに応えたものだということが書かれている。そうした戦後処理を日本が望んだ以上、日本の主権や国民の人権がいくら侵害されていても、国連は口を出せないというロジックになっているんです。一種の法的トリックと言ってもいい。

 ですから、日本にちゃんとした政権が誕生して、国際社会で堂々と議論し、「全土基地方式はやめてくれ」と言ったら「それは敵国条項があるから無理だ」とは絶対ならないと思います。

米軍の占領状況を米国民に訴えろ!

鳩山  矢部さんのような方の努力もあって、私もようやく目隠しが外れて真実が見えてきたわけですが、問題はそこから先をどうするかです。やはり一部の人たちだけが目隠しを外すんじゃなくて、日本の国民の多くに触れられるPR戦術というか、日本の戦後の背後には何があるのかをきちんと解き明かす手段が必要だと思いますね。

 それと、日米関係に関わっている米軍関係者を除けば、アメリカの議会や国民は日米合同委員会なるものがどういう役割を果たしてきたのか、それが今も日本の主権をさまざまな形で侵害している事実も知らないと思います。しかし、こうした状況はアメリカの国民から見ても「異常なこと」だと映るはずですから、われわれが海外、特にアメリカの議会や国民に対して「日本は今も事実上、米軍に占領されているけれど、本当にこれでいいのか?」と訴えることが重要です。


矢部  情報発信という意味では、今、ドイツなど多くの国が日本の原発汚染に対して「何を考えてるんだ!」って相当に怒っている。基地の問題だけだと「勝手にやっててくれ」となるかもしれないけれど、原発の問題はそうはいかない。全地球的な問題です。

 あれだけ深刻な原発事故を起こした日本がなぜ、今再び原発推進への道を進もうとしているのか? その背景には「日米原子力協定」という、自国のエネルギー政策すらアメリカの同意なしには決められないという、客観的に見ても非常に歪(いびつ)な構造がある。それをうまく国際社会にアピールできたら、こうした日本の歪んだシステムに世界の光が当たる可能性はあります。

鳩山  そうですね、日本のメディアも完全に取り込まれてしまっているのであれば、基地の問題だけではなく、原発も併せて海外に訴えるほうが、圧倒的に意義があると思います。

ただし、そうした「外圧」に頼るだけでなく、結局はこの国の政治を変えない限り、そして多数派にならない限り、こうした流れは大きく変えられません。

*2015.03.16 NEWSポストセブンより

「米軍幹部と日本の官僚が進路決める「日米合同委員会」の存在」


東京都港区南麻布。都内屈指の閑静な高級住宅地も、そこだけは異空間が広がる。

入り口には屈強なガードマンが立ち、脇には「100%、IDチェック」と書かれた案内書きがある。米軍施設の「ニューサンノーホテル」である。


 在日米軍関係者は、

「ここは赤坂の米国大使館以上に、米国にとって重要な施設。表向きは来日した米軍関係者の宿泊施設ですが、米海軍情報部や CIA の拠点が置かれていて、日米のインテリジェンスの集積地です」

と説明する。

 日本のメディアどころか、政治家も立ち入れない。そんな場所で、日本の高級官僚と在日米軍関係者は、定期的に会合を重ねていた。それが日米合同委員会後述するが1960年に締結された日米地位協定(※注1)をどう運用するかを協議する実務者会議だ。


※注1/1952年に旧安保条約と同時に発効した「日米行政協定」が前身。1960年に日米安全保障条約を締結した際に改めて交わされた。 

そこでは、日本の安全保障の根幹に直接かかわる問題から、米軍基地と周辺住民の諍いまで協議される。 前者は在日米軍基地の移転・縮小、米海兵隊の新型輸送機オスプレイの配備といった問題、後者は基地内のゴミ処理、航空機の騒音問題などだ。

かつては、米兵の犯罪並びにその処遇も、開かれた法廷ではなく、密室の話し合いによって、解決がなされたこともあった。 

日米合同委の組織は、米国側は在日米軍司令部副司令官、在日米大使館公使など、日本側は外務省北米局長を代表として法務省大臣官房長、防衛省地方協力局長といった面子だ。

 日本側の代表者及び代表代理は、将来的に事務次官を狙えるポストにある。そんな高級官僚が、在日米軍や米大使館の有力者と密議を交わすことから、日米合同委は「影の政府」との異名もつく。

 ただし、彼らが一堂に会するわけではない。同委員会は、基地問題、刑事、環境など35の分科会や部会に分かれ、担当ごとに参加者が決まる。実際に出席したことのある官僚が明かしてくれた。


「日米の責任者(担当者)が最低一人、書記および通訳などの職員が最低二人は出席する。対話は基本的には日本語で行なわれますが、日本側も英語の話せる通訳を連れているため、微妙なニュアンスで日米の解釈が異なるという事態は生じない」


 関係者らの話をまとめると、毎月2回ほど開かれ、開催場所は米国と日本で持ち回りとなる。米国ならニューサンノーホテル、日本の場合は外務省を中心に、分科会や部会ごとに代表者の所属する官庁内で開催されているという。

 だが、会合の中身は一切明かされない。合意の一部は外務省、防衛省のホームページに公表されているが、それも簡潔に記されているだけだ。

 同委員会を所管する外務省北米局に日米合同委の詳細を問い合わせても、「回答できるのは、既に公表しているものだけ」の一点ばりで、防衛省広報課に問い合わせても、「外務省が所管なので、外務省に聞いてください」という堂々巡りだった。


 元琉球新報論説委員で、在日米軍基地問題に詳しい沖縄国際大学大学院教授・前泊博盛氏は語る。


「日米合同委に合意内容を公表する義務はない。日米双方の合意がない限り公表しない取り決め(※注2)になっているからです。」


※注2/1996年2月に、日米両政府は日米地位協定の9項目についての運用改善で合意。「日米合同委員会の公表」もそこに含まれた。しかし、結果的に「合意内容」の公表こそ一部改善はされたものの、会合内容が公表されることはなかった。


 「基本的に軍事関係の取り決めなので米軍側は、情報を出したくない。また、米軍に有利に推移した合意内容を表に出して、日本人の神経を逆なでしたくないという思いもある。日本側としても、米国との交渉に負けた、との誹りを避けるために、できるだけ隠密に事を収めたい」


 必然的に日米合同委は「密約の温床」になってしまう。(終わり)
http://www.yamamotomasaki.com/archives/1991  




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アメリカが中南米を支配する方法

CIAがリリースした1950年代から1970年代にかけての機密文書「家族の宝石」の中には、1970年代にヘンリー・キッシンジャーが関与したキプロスとチリのクーデターについても書かれている。

1974年、キッシンジャーは、ギリシアのキプロスへの介入を推進したこと、また1970年、チリの総選挙で社会党のサルバドール・アジェンデが当選しそうになっていた時、キッシンジャーが中心となって「反アジェンデ」のプロパガンダを開始し、チリにおける左翼政権の誕生を妨害。

クーデターでアジェンデは射殺され、ピノチェトの軍事政権が成立したが、このことを促進し、ピノチェトを強くサポートしたのも彼であったこと、なども今回公開された文書には書かれている。
http://www.asyura2.com/07/war93/msg/591.html

2019.01.06
ブラジル新大統領が米軍基地の建設を目論む(1/2)


 ブラジルの新大統領、ジャイール・ボルソナーロは同国にアメリカ軍の基地を建設する意向を示している。


 ​この人物はチリの独裁者だったオーグスト・ピノチェトを信奉​、つまり表面的な手法はともかく、巨大資本に奉仕するという政治経済的な立場はドナルド・トランプよりヒラリー・クリントンに近い。フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領とは正反対の立場だ。軍事政権時代に拷問を行ったことで悪名高いカルロス・アルベルト・ブリリャンテ・ウストラも彼は褒め称えている。軍事政権時代に政治犯だったルセフも拷問されているが、その責任者でもあった。


 ピノチェトは1973年9月11日、軍事クーデターで民主的に選ばれたサルバドール・アジェンデ政権を倒した。アメリカの巨大資本がクーデターの資金を提供していたが、政権転覆に命令は大統領補佐官だったヘンリー・キッシンジャー。その命令でCIAの秘密工作(テロ)部門が動いたのである。


 アジェンデは国民の大多数である庶民の立場から政策を推進しようとしたが、これはラテン・アメリカに利権を持つアメリカの巨大資本やその代理人である現地の支配層にとって許しがたいことだった。


 選挙期間中、CIAは新聞、ラジオ、映画、パンフレット、リーフレット、ポスター、郵便物、壁へのペインティングなどを総動員してプロパガンダを展開したが、アジェンデが勝利する。


 それに対してチリの支配層は生産活動を妨害、アメリカの巨大金融機関はチリへの融資をストップ、世界銀行も同国への新たな融資を止め、1972年になるとトラックの運転手がストライキを実施、商店主、工場経営者、銀行なども同調して全国的なロックアウトに発展した。


 こうした揺さぶりはNSC(国家安全保障会議)の「オペレーション40」が指揮していたが、キッシンジャーは軍事クーデターを計画する。CIA長官だったリチャード・ヘルムズの下、秘密工作(テロ)部門が動いた。


 この計画はCIAの内部でも秘密にされていたが、それでも計画の一端は外部に漏れてしまう。例えば、ワシントン・ポスト紙のコラムニストだったジャック・アンダーソンが1972年3月にコラムで多国籍企業のITTがチリで秘密工作を実行していると暴露したのである。フランク・チャーチ上院議員を委員長とする「多国籍企業小委員会」はこの件に関する聴聞会を実施した。


 それでも工作は続き、キッシンジャーたちはチリ軍を支配するために護憲派だった陸軍総司令官を暗殺、その後任も憲法を遵守する立場だったために排除した。


 アジェンデは1973年8月にオーグスト・ピノチェトを陸軍総司令官に任命する。ピノチェトも護憲派だと判断したのだが、これが致命傷になった。


 クーデター後、ピノチェトはシカゴ大学のミルトン・フリードマン教授の政策、つまり新自由主義を世界に先駆けて導入する。その政策を実際に実行したのがフリードマン教授やアーノルド・ハーバーガー教授の弟子たち、いわゆるシカゴ・ボーイズだ。(つづく)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201901060001/


ブラジル新大統領が米軍基地の建設を目論む(2/2)


 軍事クーデターで実権を握ったオーグスト・ピノチェトは1979年に健康管理から年金、教育まで全てを私有化しようと試み、関税を撤廃、資本や売買の規制を緩和、交換レートを固定した。(James S. Henry, “The Blood Bankers”, Four Walls Eights Windows, 2003)


 一連の規制緩和でチリの民間部門は外国の金融機関から多額の資金を調達、1980年代に入ると債務額は倍増。債務危機が起こると外国の金融機関は銀行の国有化を求め。国有化された彼らの債権は私有化された国有企業の株券と交換することが許された。その結果、チリの年金基金、電話会社、石油企業などチリの重要な企業を外国の投資家は格安のコストで支配することになる。(James S. Henry, “The Blood Bankers”, Four Walls Eights Windows, 2003)


 当然のことながら、こうした政策で庶民は貧困化、その子供は教育を受けるチャンスを奪われ、さまざまな不平等を再生産することになった。これが「チリの奇跡」だ。


 新自由主義が庶民に塗炭の苦しみを強いることは事前に予測されていたことで、そのためには反対勢力を殲滅する必要があった。そうした意味でもピノチェトの軍事クーデターは重要な意味を持っている。


 後に設置される「チリ真実と和解委員会」によると、軍事政権の時代に殺されたり「行方不明」になった人は「少なくとも2025名」だというが、実際の犠牲者はそれを上回り、一説によると約2万人が虐殺されている。ブラジルの新大統領、​ボルソナーロに言わせると、「ピノチェトはもっと多くの人間を殺すべきだった」​。

 21世紀に入った直後、ブラジルはアメリカから自立する動きを見せていた。その当時の指導者、ルイス・シルバやジルマ・ルセフをアメリカは議会を使って排除する。


 議会でシルバやルセフの政治的な抹殺を先導していたのはブルーノ・アラウージョやエドアルド・クーニャだが、前者は巨大建設会社から違法な資金を受け取った容疑をかけられ、後者はスイスの秘密口座に数百万ドルを隠し持っていることが発覚した。


 ブラジルを再び植民地化するためにアメリカ支配層が使った組織としてMBL(自由ブラジル運動)やEPL(自由を求める学生)が知られている。両団体を創設したキム・カタグイリはミルトン・フリードマンの新自由主義を信奉する「活動家」。MBLを率いているジュリアーノ・トレスとファビオ・オステルマンが学んだアトラス・リーダーシップ・アカデミーはアメリカの富豪、チャールズとデイビッドのコーク兄弟から資金が出ている。EPLのスポンサーもコーク兄弟だ。


 シルバやルセフを支えていた人々はアメリカ巨大資本の支配システムを壊さなかった。資金力、情報力、軍事力で圧倒しているアメリカ支配層が反撃してくるのは必然だったと言える。


 そのアメリカ支配層は邪魔な存在を皆殺しにしてきた。チリもそうだが、1965年のインドネシアは悪名高い。現在のインドネシアをカルト国家と呼ぶ人もいるが、確かに欧米権力層はカルトを支配の道具として使っている。その一例がワッハーブ派だ。


 アメリカ支配層は支配の仕組みとしてNATOや日米安保のような軍事同盟も利用している。ボルソナーロがブラジルにアメリカ軍の基地を建設すると言っている意味もそこにあるはずだが、そうした事態になるとブラジル軍はアメリカ軍の支配下に入ることになる。それをブラジル軍が受け入れるかどうかが問題になってくるだろう。(了)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201901060001/



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2017年01月17日 世界を支配しているCIA3派とは・・・・
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/52001108.html

ソ連崩壊後、パパブッシュとブッシュのネオコン攻撃部隊(Vulcans)はロシア及びソ連から独立した国々から全ての資産(特に石油)を奪った。パパブッシュとキッシンジャーは、ブッシュCIAのごろつき集団の犯罪を介して個人的に巨額の富を得た。

ヘンリー・キッシンジャー、サイラス・バンス、ジェームズ・ベイカーが国務長官だったときに副次官補を務めたスティーブ・パチェニクはWikiLeaksについて、クーデターを阻止しようとしている情報機関内のグループが作り上げたのではないかと推測している。

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非常に長い記事ですので一部をざっくりと訳してみました。全てをお伝えできず残念ですが、残りの部分はサイト内の本文をご覧ください。

この記事はCIAについて非常に詳細に説明してくれています。そして世界を実際に支配しているのはCIAの3派閥だとも言っています。これらの3派閥で内紛が勃発しているそうです。またCIA 対 NSAの闘争も起きているそうです。彼らの戦いが激化して共倒れすることを願うばかりです。

日本の政治家もCIAに暗殺されていますが、トランプ氏もケネディ大統領と同様に彼らに暗殺される危険性があります。CIAとは関係がなくスキャンダルも少ないトランプ氏はCIAと主要メディアと戦っていることがよくわかります。主要メディア(日本のマスコミも含め)は、大統領就任式間近の今、反トランプの情報操作を激化しています。マスコミはトランプ氏の暴言について嘲笑しながら伝えていますが、トランプ氏の暴言の内容は非常にまともで本当のことを言っています。これほど本当のことをストレートにいう政治家はいままでいなかったでしょう。
激しくののしっているように聞こえますが、トランプ氏はオルターナティブ・メディアが伝える内容をそのまま言葉にしているだけです。想像以上にアメリカの闇を知り尽くしているのでしょうね。


http://themillenniumreport.com/2017/01/exposed-cia-the-swamp-monsters/

(一部のみ)

1月14日付け


EXPOSED: CIA –The Swamp Monsters


世界を支配しているCIAの3派


By the Anonymous Patriots

The Millennium Report Exclusive


(非常に長い記事ですので、一部しかお伝えできません。ご了承ください。残りの部分はサイト内の記事をご覧ください。)

CIAの国内におけるスパイ活動は全ての米国民を標的にしている。いつ米国民がCIAに狙われ銃で撃たれてもおかしくない状況にある。

大統領選での様々なハッキング騒動は大統領選を無効にするためにCIAが行った偽旗であり、これには国を混乱に陥れているCIAの派閥争いも絡んでいる。
現在、CIAの派閥闘争及びCIAとCIAほど重要でない他の諜報機関(FBI、NSA、国土安全保障省、NIA国家情報機関、その他)の闘争が進行中である。
このような諜報機関同士のスキャンダル合戦は今に始まったものではないが。
米政府の代弁者でしかない主要メディアでさえ、米諜報機関同士の争いが起きていることを報道している。


CIAは他の全ての政府系諜報機関のトップに君臨している。
大統領令は極秘に扱われ、CIA以外の諜報機関には知らされることはない。
大統領の国際的な極秘事項に対してはCIA以外の諜報機関は部外者となる。

現在、オバマ大統領は、米議会、最高裁判所、米国民の承認を得ずに国際戦争を行っている。オバマ大統領は、NDAA(直訳:国防権限法)を修正し大統領の権限を増大させたため、米議会の承認なしに国内外で様々な戦争を行うことができるようになった。オバマはこの8年間で数々の違法な大統領令を確立させ、大統領の権限をかつてないほどに増大させた。


オバマが確立させた大統領令の下で国の安全を理由に大統領はアメリカの全資産を強奪できるようになった。

更に恐ろしいことは、CIAは、国際安全保障の名の下に大統領の上に立つことができるということだ。


CIAは、米連邦議会、大統領、米国民よりも優位な位置に自らを置き、秘密裡に何でも行えるようになってしまった。
CIAの絶大な権限で主要メディアはトランプ次期大統領に関するねつ造報道(ロシアのハッキングやロシアの脅迫など)を展開している。イギリスからこの国へ偽の調査書類が送られた。そしてCIAはトランプ次期大統領に対する


組織的誹謗中傷キャンペーンを実施している。


DNI国家情報長官のジェームズ・クラッパー氏(James Clapper)はCIAが提出した偽の調査書類に同意したことで、政府諜報機関の無能さが露呈した。


1981年にレーガ大統領が大統領令によりDNI国家情報長官を創設した主な理由は、米軍の高級将官が運営していたNSAをなくすためだった。DNIの職務はCIAの監視役として定義され、全諜報機関のトップに立った。しかし彼はCIAを支配することはできない。


国内外の情報活動に携わっている政府機関は世界各地に1271機関あり、政府から委託された民間会社は1931社存在する。つまり、85万4千人以上の職員が機密情報を取り扱っている。
諜報部員は85万4千人以上存在する。


クラッパーDNI国家情報長官は米議会で真実を話すことを宣言したにも関わらず、NSAは米国民の個人情報を収集していないと嘘をついた。
クラッパー氏はDNIに任命される前に、英軍に機密情報を提供している会社(Detica)の業務最高責任者を務めていた。同時に他の民間諜報機関(SRAとBoozAllen Hamilton)にも勤務していた。


クラッパー氏は諜報活動のための約75億ドルの年間国家予算を管理している。また彼はイギリスの元民間スパイである。それでも彼はトランプ氏に関する主要メディアのねつ造報道を見抜けなかったのである。
つまりこの男はプロの諜報部員を従えて年間75億ドルの予算を管理してるのにもかかわらず、CIAがトランプ氏を中傷するために偽の情報を流していることにさえ気づいていないのだ。
一方、我々市民は独立メディアの情報によりその真実を知っている。

法治国家であるならば、CIAによる次期大統領に関するねつ造報道は違法行為と見なされるがアメリカは法治国家ではない。


クラッパー氏は、現在、17の諜報機関(CIA、NSA、国土安全保障省、FBI、国務省、財務省、国防情報局、空軍情報局、陸軍情報局、米海兵隊情報局、沿岸警備情報局、エネルギー省、国家偵察局、麻薬取締局、国家地理空間情報局)のトップに君臨している。同時に彼は今でも3つの政府請負会社(Detica、BAE Systems、SRAインターナショナル、Booz Allen Hamilton)の取締役である。
クラッパー氏はアメリカの全ての情報機関を支配しているが、同時にアメリカの敵でもある。

彼は外国の諜報機関に所属してアメリカをスパイしていたこともある。
彼はアメリカの国家諜報機関のトップに上りつめ、全権力とカネを手に入れた。


オバマがクラッパー氏を国家諜報機関のトップに任命してから、アメリカではねつ造報道のオンパレードとなり、多国籍グローバリストの利益のために売国されるようになった。
CIAは国外の違法なハッカーを雇ってサイバー攻撃を行わせている。ヒラリーと民主党全国大会は彼らのサーバーがハッキングされた後にその調査を国外の民間会社に依頼した。しかしロシアが彼らのサーバーをハッキングした証拠は一切見つかっていない。

ほんの数人に権力が集中すると、必ず誤った方向へ進んでしまう。クラッパー氏は正確な情報を提供することに興味はない。彼はナチスの情報局と同様に単なるプロパガンダ・マシーンなのだ。
クラッパー氏は17の諜報機関を使って、彼らが流す情報は全て正しいと証拠もなしに我々に信じさせようとしている。


オバマの大統領令により、NSAは米国民と世界人類を監視することが可能となった。NSAが盗みとった個人データは全諜報機関が共有している。


スイス、ジュネーブのCIA海外本部はスイスの金融スキャンダルやCIAの犯罪活動に関わっている。


CIAのCiscoルーターやサーバーはNSAによってスパイされCIAの犯罪活動がNSAに知られてしまった。その結果、CIAと共謀したスイスの金融エリートらが逮捕された。NSAは今後もCIAに対するスパイを行っていく。

CIAのスイス本部は極秘施設であり、そこのサーバーがハッキングされたことでCIAは激怒した。
NSAに対するCIAの反撃として、CIA請負エージェントのエドワード・スノーデンを使って、NSAが米国民の個人情報を盗んでいることを示す大量のデータをリークさせた。


CIAは、CIAの3派閥を暴露したNSAがこれ以上CIAをスパイできないように対策を講じている。
クラッパー氏は米議会に呼ばれる度にNSAはスパイ活動を行っていないと嘘の証言をした。

CIAとNSAの闘争の中で、CIAはCisco SystemsやDARPAなどの活動情報をNSAに盗まれないようにした。

現在、CIA、NSAそして他の諜報機関の情報操作、情報収集合戦が進行中である。
しかしCIAは国際安全保障を担っているため国家安全保障を担当するNSAよりも優位に立っている。

CIAは国際的な紛争や事件に必ず関与している。通貨戦争、市場戦争、金融戦争、サイバー戦争、麻薬戦争そしてテロは常にCIAの関心事である。


オバマのNDAAは軍隊がテロリストと見なされた米国民を攻撃することを可能にした。愛国法により、CIAは米国民、企業、機関がテロリストでないことを証明できるまでテロリストと見なすことが可能となった。

CIAは3つの派閥に分類されており、世界中のスパイ活動を通して大きな利益を得ている。
アメリカはCIAに支配されており、ワシントンDCはCIAの泥沼の怪獣に包囲されている。
CIAは国内外で偽旗事件や非人道的犯罪を繰り返している。CIAによる殺人行為で無数の人々が犠牲になり、3兆ドルものアメリカの納税者の血税が無駄に使われた。CIAは国際戦争を勃発させるための偽旗事件を仕掛ける。またCIAはメディアを支配しサブリミナル・メッセージを流すことにより人々を洗脳している。


CIAは、元祖CIA(金に裏付けられたCIA=GB-CIA)、ブッシュCIA、Ex−CIAの3派閥に分かれている。それらの3派閥がアメリカや世界を支配してきた。


GB-CIA:Gold backed CIA

元祖CIA(OSS)は第二次世界大戦中に世界の国々から金(Gold)を盗んだ。ドイツや日本が他の国々から奪い取った金もCIAが奪った。しかしCIAは盗んだ金を返還するつもりはない。CIAが盗んだ金はアメリカには保管されておらず、フィリピンとスイスに保管されている。

GB-CIAはアメリカの国益のために海外で活動することになっているが、彼らは通貨市場、債券市場、株式市場に関与し世界中に影響をあたえている。

GB-CIAのメンバーは米財務省及びアメリカの経済政策を決めるESF経済安定資金に多く入りこんでいる。 ESFは通貨、債券、株式市場を操作し、FRBに金融政策を指示している。ESFはGB‐CIAにとってアメリカの金融市場を支配する上で最も都合の良いツールである。
GB-CIAこそがアメリカ経済を支配している。


GB-CIAは欲深く、世界中に戦争を仕掛けて富を強奪している。邪魔者は容赦なく殺害する。CIAは世界中で数々の残忍な犯罪活動を行っている。
ブッシュやクリントン周辺では、彼らに批判的な銀行のトップ、ブローカー、内部告発者が次々に不審死を遂げている。これまで数百人が殺害された。


また、GB-CIA は、彼らの性的異常行為、ピードフィリア(小児性愛犯罪)、悪魔崇拝の生贄儀式に多くの政治家や企業家を取り込んでいる。彼らは世界的な小児性愛犯罪ネットワークを構築させた。また、彼らは、難民のチャリティ団体を活用して世界最大の性奴隷の人身売買市場を運営している。また世界の麻薬密売も牛耳っており、イランーコントラ・スキャンダルやアフガニスタンのケシ栽培を行ってきた。
彼らは、麻薬、セックス、権力、支配、悪魔崇拝という通貨で絶大な権力を買っている。


Bush CIA (ブッシュ、クリントン、オバマ犯罪ファミリーとも呼ばれる):


パパブッシュが副大統領時代にブッシュCIAが正式に創設された。アメリカの16の諜報機関は国家情報長官によって支配されている。パパブッシュはCIA長官も務めたことがある。レーガン政権を支配していたのはパパブッシュである。彼はレーガンによってアメリカの外交政策の責任者に任命された。当時、パパブッシュはCIAの戦術を使ってソ連を崩壊させた。


パパブッシュ政権時代にジョージ・ソロスとレオ・ワンタが米財務省の偽の米国債を使ってロシア通貨を攻撃し不安定化した。

パパブッシュの兄(弟)は、Riggs Bankを経営しており、その傘下にVelment Bankを創設し、ロシアから奪ったお金とゴールドをロンダリングしている。一部のお金はミット・ロムニーの会社、Bain Capitalを介してロンダリングされた。
ソ連崩壊後、パパブッシュとブッシュのネオコン攻撃部隊(Vulcans)はロシア及びソ連から独立した国々から全ての資産(特に石油)を奪った。パパブッシュとキッシンジャーは、ブッシュCIAのごろつき集団の犯罪を介して個人的に巨額の富を得た。
パパブッシュはブッシュCIAのごろつき集団にホワイトハウス、司法省、国務省を取り込み、勢力を拡大した。その結果、CIAの犯罪は全て連邦判事や国務省の高官によって見逃された。


ブッシュ家はクリントン家とビル・クリントンがアーカンソー州知事になる前から親しい関係にあり、オバマの母親は元CIAエージェントである。そのためオバマは生まれた時からCIAと深い結びつきがあった。オバマは完全にCIAの創造物である。
オバマが抱える問題は、CIAの3派閥ともつながりがあることであり、どの派閥に属してよいのかわからない。彼のめちゃくちゃな政策は、GB-CIAとブッシュCIAの両派閥を満足させようとしたからに他ならない。


ピザゲートで悪名高いジョン・ポデスタ氏と彼の兄(弟)はワシントンで最も有力なロビーストであり、レーガン政権時代から米政府の小児性愛組織を牛耳ってきた。
パパブッシュはレーガン政権の事実上の権力者だったが、当時からホワイトハウスでは小児性愛犯罪が日常的に行われていた。
ホワイトハウスがこのような性犯罪を堂々と行っていたことで連邦議員らの倫理が完全に崩壊した。


パパブッシュはケネディを暗殺したCIAを当時から支配し続けており、やりたい放題のことをやってきた。誰もそれを止めることはできなかった。パパブッシュはレーガン大統領の暗殺も企てたが失敗した。

ホワイトハウスも司法省も国務省もCIAの犯罪行為に慣れてしまい、CIAや政治家の犯罪をひたすら隠蔽してきた。


ケネディが暗殺されたとき、パパブッシュはCIAエージェントだった。
当時GB-CIAは世界の地政学的領域で独占するようになり、政治リーダーの暗殺を行うことで政権を変えることが可能になったとパパブッシュは認識した。
当時、パパブッシュは外交政策の責任者としてCFR(元CIA、政府の諜報部員及び企業の諜報部員で構成されている)の命令に従って政策を実行していた。また、パパブッシュは自分が任命した政治家全員の脅迫状リストを作成し彼らに命令に従うことを約束させた。


パパブッシュはサウジ王族と非常に親しい関係を築いた。そして彼の人生の多くをサウジの宮殿で過ごすことになった。パパブッシュは世界最大の武器商人、麻薬王、マフィア、王族、金融詐欺集団と協力関係にあった。彼はどこの国を訪れてもセキュリティに引っかかることなく自由に入国を許され、彼のビジネス(犯罪活動)を世界中で展開することができた。

最終的にGB-CIAはブッシュCIAの活動に気が付き、両者間の緊張が高まった。


パパブッシュは、配下のジョージ・ソロスとレオ・ワンタがロシア通貨を崩壊させ巨額の富を得た時、ロシアから大量の
金(ゴールド)を盗んだ。
そしてその2年間でパパブッシュは絶大な権力と富を獲得し、ブッシュCIAとGB-CIAのいがみ合いが悪化した。GB-CIAはブッシュの協力を得て政府とのつながりを持ちたかった。彼らはクリントン大統領が単にパパブッシュの命令で動いていることを知っていた。


Ex-CIA:


既にGB-CIA対ブッシュCIAの対立が激化している中で、Ex-CIAがそれに参戦している。
政治家を脅迫して政権を変えることが好きなGB-CIAと非常に欲深く際限のない権力闘争に明け暮れるブッシュCIAの対立を逆手に取りEx-CIAはこれらの2派閥の戦術と利権を盗もうと考えた。多くのEx-CIAは、政府を去り、利益の多い民間の諜報機関に籍を置いている。民間諜報機関はアメリカの諜報活動の65%を行っている。

Ex-CIAは、政府、銀行、企業の最高の地位にいた元CIAエージェントたちである。また、Ex-CIAは、GB-CIA及びブッシュCIAで働いていたエージェントらによる無秩序スパイ集団として創設された。


Ex-CIAのメンバーは政府や大企業で最高の地位を獲得している。
弁護士のジミー・コメィ氏は、FBI長官になる前に、ニューヨーク南部の連邦検事、検事副総長、米最大の軍事契約企業、ロックヒードマーチン社の上席副社長、CIA関連企業の相談役、CIA銀行のHSBC及びGB-CIAの金を保管しているHSBCホールディングズの理事を務めていた。
CIAの高級エージェントはこのよう昇進の梯子を上っていく。


コメィ長官はFBIを去ったあとに別の場所で高い地位を得ることで、 彼が犯罪によって獲得した巨額の富は守られることになる。コメィ長官はCIAの3派閥の命令に従って動いていた。


ジョン・ブレナンCIA長官は、長官になる前に国土安全保障省の副補佐官、サウジアラビアのステーションチーフ、国家反テロセンターの所長、諜報ネットワークのAnalysis CorporationのCEO、National Security Allianceの会長、 Global Strategies 、GlobalIntelligence SolutionsそしてGTECの主任エージェントだった。


これらの3派閥はシリアで破壊活動を行っている。シリアでCIAはペンタゴンが支援している部隊を攻撃していることが明らかになった。

アレッポの外側でアメリカが支援している3つの集団がお互いに戦っていることが分かった。この事実を隠蔽するためにオバマはクラッパー氏に偽の情報を流すよう命令した。
それこそが、ロシアがトランプ氏を脅迫していることや大統領選でロシアがハッキング行為を行ったとするねつ造報道である。また、国土安全保障省が有権者のデータベースをハッキングしたと報道されたのはシリアにおけるオバマの個人的な戦争の実態を隠すための偽装工作である。

クラッパー氏、ブレナン氏、コメィ氏は共に17の諜報機関がメディアを介してねつ造報道を行うことに賛成した。トランプ氏に対する彼らの攻撃により、CIAの3派閥の汚職、共謀、グローバリズム・アジェンダ、反米姿勢が明らかになった。


トランプ氏はCIAに刃向かう戦士である。


トランプ氏はグローバリズムと戦い法の支配を推し進めているため、CIAの3派閥の一番の敵となった。


CIAの3派閥は法の上に君臨して権力を悪用しているが、反グローバリズム、反NWOのトランプ氏が大統領に選ばれたことで彼らはかなりの衝撃を受けている。そのため、3派閥はトランプ氏の信用を落とすためにあらゆる情報操作を行っている。また、彼らが継続的に行ってきた数々の邪悪な犯罪を隠蔽しようとしている。また、ケネディがやろうとして失敗したことをトランプ氏がやろうとしているため、それを阻止しようとしている。


トランプ氏は、CIAがCIAメンバーとCIAの利権を守るためなら容赦なく人を殺すことを知っており、彼の命が危険にさらされていることを十分認識している。
CIAはトランプ氏についての調査書類を持っておらず、彼がワイルドカードだったことをCIAは知らなかった。トランプ氏にはこれまで明らかになったスキャンダル以外は何もないのである。トランプ氏はCIAの3派閥とは一切関わり合いを持っていない。
トランプ氏はワシントンDCの関係者を一切信用していない。なぜなら彼らは既にCIAに取り込まれている恐れがあるからだ。

トランプ氏が1600ペンシルベニア・アベニューのビルにオフィスを構えることをしなかったのは賢い選択である。なぜなら、そのビルの隅々にCIAのスパイ装置が設置されているからである。
愛国者は、トランプ氏が使うことになるホワイトハウスの内装及びリフォームの費用を支援すべきである。


CIAはあらゆる手法を使ってトランプ氏を公然と攻撃しはじめた。CIAの3派閥と繋がりのあるジョージ・ソロスも世界の舞台で公然とトランプ氏を攻撃している。


ビルダーバーグや三極委員会、ボヘミアングローブ、CFRが一同に集まり会議を開いた。そこでトランプ氏を大統領にさせないための作戦を練った。世界中の邪悪なカバラ犯罪集団は神経をとがらせている。既に彼らはトランプ氏を殺害しようとした。また、彼に賄賂を贈ろうともした。彼らは他の政治家に対してならうまくいく戦術がトランプ氏にはうまくいかないことを知った。トランプ氏はCIAが日常的に行っている活動に一切関心がない。

以下省略
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/52001108.html




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2016.08.20
ハッキングされたメールからヒラリー・クリントンがジョージ・ソロスの助言に従っていることが判明、侵略やTPPに執着か

電子メールのハッキングが続いている。今回は投機家で体制転覆に多額の資金を提供してきたジョージ・ソロスだ。彼がターゲット国の体制を転覆させるために使っているオープン・ソサエティ基金もハッキングされたという。そうした電子メールの中には、ソロスがヒラリー・クリントンに対してアルバニア情勢に対する対処の仕方をアドバイスするものがある。そのメールが書かれたのは2011年1月24日で、国務長官だったクリントンはソロスのアドバイスに従って動いたようだ。

 ヒラリー・クリントンは夫が大統領だった1990年代、マデリーン・オルブライト(国連大使から国務長官)やビクトリア・ヌランド(国務副長官の首席補佐官)と連携して政権をユーゴスラビアに対する先制攻撃へと導いているが、その背後にソロスがいたということだろう。国務長官に就任したオルブライトが主導する形で1999年3月にNATO軍は偽情報で環境作りをしながらユーゴスラビアを先制攻撃、ひとつの国を破壊した。

 2003年11月にはジョージア(グルジア)で「バラ革命」、04年から05年にかけてはウクライナで「オレンジ革命」があり、新自由主義体制になった。当然、一部のグループが不正な手段で国民の財産を奪って莫大な富を築き、その後ろ盾になっていた西側の巨大資本も利益や利権を手にした。こうした「革命」でもソロスはスポンサーとしての役割を果たしていた。

 言うまでもなく両国の庶民は貧困化、そうした状況への怒りからソロスたち西側の富豪や巨大資本にとって好ましくない方向へ動いた。そこで仕掛けられたのがキエフのクーデター。2014年2月22日、ネオ・ナチ(ステファン・バンデラ派)を主力とするグループがビクトル・ヤヌコビッチ大統領を暴力的に排除している。そのクーデターを現場で指揮していたのがヌランド国務次官補だった。クリントンは2013年2月に国務長官を辞めているが、ヌランドは彼女の同志だ。

 クリントンが長官に就任したのはバラク・オバマが大統領に就任した2009年1月のことだが、その年の6月にホンジュラスで実行されたクーデターでクリントンは黒幕的な役割を果たしたと言われている。約100名の兵士が大統領官邸を襲い、マヌエル・セラヤ大統領を拉致され、コスタ・リカへ連れ去られている。

 現地のアメリカ大使館は国務省に対し、クーデターは軍、最高裁、そして国会が仕組んだ陰謀であり、違法で憲法にも違反していると報告している。つまり、クーデター政権には正当性がないと明言した。このクーデター政権は翌2010年、最初の半年だけで約3000名を殺害したとも報告されている。そのクーデターの背後にクリントン長官がいたということだ。

 2011年にアメリカはサウジアラビアなどペルシャ湾岸産油国やイスラエルと新たな侵略戦争を始める。2月からはリビア、3月からはシリアだ。2011年10月にリビアのムアンマル・アル・カダフィ体制は崩壊、その時にカダフィが惨殺されている。その事実をCBSのインタビュー中に知らされたヒラリー・クリントンは「来た、見た、死んだ」と口にして喜んでいる。

 カダフィ体制が倒された直後、ベンガジでは裁判所の建物にアル・カイダの旗が掲げられ、その映像がYouTubeにアップロードされた。その事実をイギリスのデイリー・メイル紙でさえ、伝えている。リビアを侵略した軍隊は空がNATO軍、地上はアル・カイダ系のLIFGだった。

 リビアを破壊した後、侵略軍はリビア軍の倉庫から武器/兵器を持ち出してトルコへ運んでいる。勿論、戦闘員も同じように移動した。

 調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュによると、輸送の拠点になったのはベンガジにあるCIAの施設。輸送にはマークを消したNATOの輸送機が使われたとも伝えられている。運び出された武器/兵器の中に化学兵器も含まれ、これをシリアで使い、政府軍に責任をなすりつけてNATO軍が直接、シリアへ軍事介入する口実にしようとしたと言われている。

 そうした武器や戦闘員の輸送をアメリカ国務省は黙認した。2009年1月から13年2月まで国務長官を務めたヒラリー・クリントンもこの工作を知っていたはず。しかも、クリントンの部下にあたるクリストファー・スティーブンス大使は2012年9月10日、CIAの武器輸送担当者と会談、その翌日には武器を輸送する海運会社の人間と会っている。勿論、武器はトルコ経由でシリアの侵略軍へ渡される手はずになっていた。

 その9月11日にベンガジのアメリカ領事館が襲撃されてスティーブンス大使が殺されている。議会が首相を指名する前日だ。その2カ月後にCIA長官を辞めたデイビッド・ペトレイアスはヒラリーと緊密な関係にあることで知られ、このルートからもシリアでの工作を知らされていたはずだ。

 クリントンは戦争犯罪人と言われても仕方のないようなことをしてきたわけだが、欧米の支配層はクリントンを支持してきた。ソロスも支援者のひとり。この支配層は軍事的に世界制覇を進めるだけでなく、巨大資本が国や国際機関を支配する仕組みを作り上げようとしている。それがTPP(環太平洋連携協定)、TTIP(環大西洋貿易投資協定)、そしてTiSA(新サービス貿易協定)の3点セットだ。

 世界的に見ると、その実態を多くの人が知るようになり、抵抗が強まっている。アメリカ大統領選では共和党の候補者であるドナルド・トランプや民主党の候補者選びに参加していたバーニー・サンダースもこうした協定に反対している。本ブログでは繰り返し書いてきたが、これらはファシズム化を目指すものだ。

 そうした中、クリントンは若干の手直しをするだけで協定を実現しようと目論んできたのだが、サンダース支持者の民主党幹部やクリントンに対する反発が強く、自分も反対だと言わざるをえなくなっている。

 しかし、クリントンは弁護士である。契約や法律に違反することなく約束を破る方法を考えることを商売にしている人物だ。先送りと言うことはありえるだろうが、ファシズム化という方針をアメリカの支配層が放棄するとは思えない。ソロスもクリントンに何らかの悪知恵を授けているのだろう。
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201608200000/  


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ヒラリーの戦争犯罪 Paul Craig Roberts 2016年10月20日

2016年10月20日の今日は、アメリカのオバマ大統領と、ヒラリー・クリントン国務長官が組織し、解き放った勢力によるムアマル・カダフィ虐殺五周年だ。 CBS“ニュース”での大喜びで笑いながらの殺人女の振る舞いを思い出して頂きたい。“来た、見た、彼は死んだ。”
https://www.youtube.com/watch?v=Fgcd1ghag5Y


ムアマル・カダフィは、世界で最も進歩的な指導者だった。カダフィは、リビアの石油の富を、リビア国民のために使っていた。彼は、宮殿ではなく、立派なテントではあるが、テントで暮らしており、アメリカ政府の中東同盟国である、サウジアラビアや、産油首長国支配者一族につきもののヨーロッパ高級車や他のあらゆる身の回り品のコレクションを持っていなかった。

リビアでは、教育、医療と、電力は無料だった。ガソリンは事実上無料で、一リットル、14セントで売られていた。子どもを産んだ女性は、現金の助成金を貰い、カップルが結婚すると現金の助成金が貰えた。リビアの国営銀行は、無利子で融資し、農民には無償で開業資金を供与した。http://www.globalresearch.ca/libya-ten-things-about-gaddafi-they-dont-want-you-to-know/5414289 連中が、人々に知って欲しくないカダフィに関する10のことがら(英文)

カダフィがアメリカ政府から自立していたことが彼の没落をもたらしたのだ。若い頃のカダフィの目標は、アラブを、欧米の略奪に抵抗できる一つの圏に組織することだった。いらだった彼は、汎アフリカ主義に向かい、アメリカのアフリカ軍に参加するのを拒否した。彼は、アフリカ人をアメリカの金融覇権から解放するはずの、金本位のアフリカ通貨を導入したがっていた。

カダフィは、中国のエネルギー企業に、リビアのエネルギー資源を開発させており。、地中海でのロシアの存在で、既に腹を立てているアメリカ政府は、今や中国の存在にまで直面することになったのだ。アメリカ政府は、カダフィは、まずい連中と付き合っているので、退陣させるべきだと結論を出した。

アメリカ政府は、傭兵を編成し、連中を、シリアでと同様“反政府派”と名付け、リビア政府にけしかけた。カダフィ軍が勝っていることが明らかになると、アメリカ政府は、うぶでだまされやすいロシアと中国の政府を騙し、国連で、NATOによって、リビア領空に飛行禁止空域を設定することを認めさせた。飛行禁止空域の建前の目的は、やってもいなかった、カダフィによる民間人攻撃を防ぐためということだった。本当の理由は、主権国家のリビア空軍が、地上の軍隊を支援するため、自分の領空を使えなくするためだった。Onceだまされやすいロシアと中国が、安全保障理事会の議決で拒否権を行使そこねると、アメリカとNATO自身が決議に違反して、カダフィの軍隊を攻撃するために欧米の空軍力を用いて、紛争を、CIAが組織した傭兵に有利にした。カダフィは捕らわれ、残虐に殺害された。かつて繁栄し、成功していた社会だったリビアが、それ以来、混乱状態にあるが、それは、オバマ政権が望んでいたものだ。

サダム・フセインについて語られ、現在、シリアとロシアについて語られているウソと同様に、カダフィとリビアについては、あらゆるウソが語られた。イギリス議会報告は、欧米の人々は、リビア破壊に対する支持を得るためのウソを各国政府から吹き込まれ、リビアは、カダフィが欧米の覇権にとっての障害と見なされていたがゆえに破壊されたと、明白に結論付けている。
http://www.globalresearch.ca/libya-war-was-based-on-lies-bogus-intelligence-nato-supported-and-armed-the-rebels-british-parliamentary-report/5547356?utm_campaign=magnet&utm_source=article_page&utm_medium=related_articles

彼女の監督下で準備されたこの戦争犯罪のかどで、ニュルンベルク裁判時の法律において、彼女が有罪であることについて、殺人女に質問した売女マスコミは皆無だ。殺人女を支配している巨大な政治力を持ったひと握りの集団と、連中の手先の売女マスコミは、この戦犯を次期アメリカ大統領にするつもりなのだ。
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/post-5564.html


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一枚の写真から分かる悪魔の手先ヒラリーの本性 自身は脳血栓で自滅 溺愛のリビア米大使も報復で死亡 アベノミクスにも陰り 
http://www.asyura2.com/13/warb11/msg/167.html


上の写真は、アメリカ軍の兵隊と一緒にピースサインを出す、最高の笑顔を浮かべたヒラリーという印象である。
しかし、事実を知るヒラリーの本性が分かる。


実は、写真は、カダフィが惨殺される2日前の2011年10月18日に撮影された。
彼女の周りの男たちは、アメリカ軍の兵隊はひとりもいない。マフィアのような男たちは、リビア人やアラブ人ではない。彼らは、アフガニスタン人であり、アメリカの特殊部隊に雇われている傭兵(マーシナリー)である。この男たちが首にかけている認識カードは、背後の米軍輸送機に乗れる資格証である。


当日ヒラリーは、カダフィー暗殺部隊最高司令官として着任した。まるでマッカサーのように、思いのままに、防諜作戦を遂行し、その成果如何で次期大統領の椅子が約束されていることを確信しての満願の笑顔だったのだ。


しかし、ヒラリーと一緒に映っている彼らは、カダフィを殺した後、処分された。
彼らは、故郷のアフガニスタンに凱旋(がいせん)しようとして、首都カブールの空港に着陸しようとしたとき、タリバーンの反政府ゲリラ(笑)のロケット弾で撃墜され、全員、死亡。アメリカによる実行犯たちのáÄ口封じ”である。


その“巨大なワル女”のヒラリー・クリントンが、ついに脳血栓(のうけっせん)で倒れた。
失神してゲロを吐いて倒れて(始めはウイルス性腹痛と発表。安倍晋三も近いかな?)、緊急入院後に、脳血栓が見つかった。それは、日本では総選挙の当日の12月16日(アメリカでは15日)のことだった。 これでヒラリーはおしまいだ。 彼女が、次の米大統領になる可能性は突然、消えたのだった。


その前に、ヒラリー(の脳)を死ぬほど苦しめる大事件が、リビアで起きていた。


事件はアメリカ政界を揺さぶる巨大な事件になる可能性があった。その後、10月22日の第3回のオバマと、ロムニー共和党候補者のディベートの確か、前日に、ヒラリーが、 “ I am responsible for Libya .” 「私にリビアで起きた事件について(大きな)責任がある」 記者会見で発言した。


このことで、リビア米大使館襲撃(された)事件の責任が、オバマにはない、ということになって、外交問題を巡る共和党系国民からの、オバマへの激しい非難を、オバマは回避することができた。出来た、ということにアメリカ国内の国論として決まったのである。


(転載貼り付け始め)


●「駐リビア米大使死亡か 領事館襲撃事件」
2012年9月12日 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/world/news/120912/mds12091219240002-n1.htm

ロイター通信などは9月12日、リビア当局者の話として、同国北東部ベンガジの米領事館が11日に群衆に襲撃された事件で、米国のクリストファー・ スティーブンズ駐リビア大使を含む計4人が死亡したと伝えた。

米国務省は襲撃で職員1人が死亡したとしているが、詳細は明らかにしていない。中東の衛星テレビ、アルジャジーラによると、大使は出張でベンガ ジを訪れていたという。ほかの3人も大使館職員としている。

群衆はロケット砲も使用、領事館は放火され、略奪もあったという。リビアでは、昨年8月にカダフィ政権が崩壊したが、内戦時に大量に出回った武 器の回収が進まず、貧弱な治安体制が浮き彫りとなった。(共同通信)

(転載貼り付け終わり)


一体、どういう大事件がこの時、起きていたのか。今に至るも、日本国民は、指導者層を含めて、この「9月11日、リビア米領事館襲撃、そして、米大使以下4人の死亡」という事件の真実と大きな波紋のことを誰も知らない。この私でさえ、11月に入ってからようよくその全体像を知った。


それは、ヒラリーが、その前年の2011年10月20日に、リビアの最高指導者のカダフィを、ヒラリーが送り込んだ殺し屋部隊に惨殺させたからである。 その報復、仕返し、復讐の事件が、だから、その翌年の9月11日に、リビア第二都市であるベンガジ(首都トリポリに次ぐ)で起きたからだ。


相手を殺してやる、というほどの、復讐の気持ちほど、恐ろしいものはない。自分の身はどうなってもいいから、自分の体に爆弾を巻きつけて、敵の陣地にまで、自殺攻撃(スーサイダル・ボミング)を仕掛けるほどの 深い憎しみ、憎悪、怨念こそは、 私たち人間(人類)を突き動かす本当の、時代の変化のモーメンタム(動因)である。決心して人を殺しにゆくほどの深い憎しみを双方が持つことが日常的にならなければ戦争にはならない。


ここに、殺されて、その死体を地面に引き釣り回される、リビア駐在米大使であった、アメリカの国務省キャリア外交官で、人殺し部隊の司令官であった クリストファー・スティーブンスの 画像写真を貼り付ける。 謀略国家 アメリカ の手先を今もやり続ける者たちは、人にあまりにもひどいことをしたら、自分もこういう目に遭うのだ、という戒めの為にまざまざと見つめるがいい。

↑ 駐リビア米大使クリストファー・ スティーブンス の死体。民衆にひきづり回されている。

この アメリカの人殺し部隊の司令官であった クリス・スティーブンスに哀悼の気持ちなど抱かない。リビアや中東の人々にあまりにも残虐なことばかりしてきた人間の末路だと、自業自得なのだ。


今でも、虐殺されて血だらけで横たわっているカダフィの死体の写真を、自分の家の通路の壁に飾って、時々、拝んでいる人間だ。リビア国民はカダフィ政権が、無理やり、フランス・ユーロファイターの爆撃隊とアメリカのグローバル・ホーク(無人偵察殺人機。プレデター)と 「アルカイーダ」や反政府勢力と称するイスラエルとアメリカの特殊軍が育てた人殺し専門のならず者たちによって計画的に打ち倒されたことを知っている。


1994年のソマリアのモガデシオで起きた米海兵隊のブラック・ホーク撃墜と、ソマリア民衆による米兵士の死体引き釣り回し(裸にして縄にかけて地面をひきづる)の事件とは少し違うのだ。なぜなら襲撃されて殺されて死体を引き釣り回されたのは、今回は軍人ではないアメリカのキャリア外交官で大使(アンバサダー)だったからだ。大使はその国家を対外的に代表する。


大使というのは、元々は王様(国王)のお友達のような人間で、白い手袋を脱いで相手国に投げつけたら、それは宣戦布告を意味する。日本でも大使は今は認証官(にんしょうかん)というが、昔は、天皇の勅任官(ちょくにんかん)である。


そして、このクリストファー・スティーブンス J. Christopher Stevens は、ヒラリー国務長官の信頼の厚い、直属の家来だった。スティーブンスは、自分たちのカダフィ殺しの一周年記念のパーティをベンガジの米領事館で開こうと有頂天になって準備していたのだ。


そして、ヒラリーが大統領になるだろうから、その時は、自分もホワイトハウスの別室をもらって、ネオコン派としての凶暴な世界軍事制圧計画のプランナー、戦略家になれる、と本当に信じ込んでいたようだ。


このクリストファー・スティーブンスの横にいて、「日本食い尽くし極悪人」のアーミテージとそっくりのタコ入道の男が、情報管理担当官のショーン・スミスSean Smithである。死んだあとのふたりは、米海軍の特殊部隊のアザラシ部隊 Seals の隊員だった者たちだ。自分たちが人殺し、暗殺部隊だから、自分たちも同じように殺されたのだ。


このことが、ヒラリーにとっての痛恨の事態となった。 この 死体ひきづり回しの画像がネット上に公開された9月11日から、アメリカ政界は大騒ぎになった。そして、それが今も「リビア米領事館襲撃(された)事件の責任問題」として、日本の新聞記事にもチラチラ、前後の真実の説明もなく 書かれているのである。 


以下は、このアメリカ大使殺しのことを記したものある。


(転載貼り付け始め)


ここでひとつ重要な事件が起きた。 オバマが11 月4日の大統領選挙で再選される、その2週間前の対論(ディベート)で、オバマが共和党のロムニーの追撃をかわして逃げきったとされるシーンがあった。


日本人にはほんの瞬間のことだったのでよくわからなかった。外交問題を巡る議論の最中でのことだ。アメリカ政治分析の専門家であるこの私にも、この瞬間の重要性がはっきりと理解できるのにその後1ヵ月かかった。どうやらアメリカ国民の間で、大統領選挙戦の最中のこの9月、10 月にひとつの大きな山場があったのだ。


それはアメリカの金融・経済や雇用や景気回復の話ではなかった。
問題は、リビアのベンガジ(首都トリポリに次ぐ都市)で、2012年9月11日に起きていてた駐リビア・アメリカ大使が殺された事件である。この時に殺されたアメリカ国務省の外交官は駐リビア大使だったクリス・スティーブンスである。・・・・


2012年9月11日に、リビアのベンガジで、アメリカ領事のクリス・スティーブンスが、リビアの民衆に殺され、遺体が引きずり回された。この事件は、前年2011年2月からの「アラブの春」で、カダフィ大佐が、アメリカ主導の「仕組まれた民主化運動」によって、悲惨な殺され方をしたことへの、リビア民衆の報復であった。
スティーブンスは、エリート外交官である。アメリカ領事館が民衆に襲撃されて殺されて、なんとその死体は路上で引きずり回されたのである。そのときの写真がインターネット上に流れてしまった。これでアメリカ国民の多くの顔がひきつったのである。
 何故なら、リビアで米外交官が殺されたのは、一年前の2011年10 月20 日にリビア中部の町で殺された指導者カダフィの惨殺に対する報復、復讐劇だったからだ。


多くのアメリカ国民がこのことをすぐに悟った。「ヒラリーに忠実なテロ対策特殊部隊を指揮している外交官を、リビア人のカダフィ派の残党たちが、命がけで襲撃して殺したのだ。このクリス・スティーブンスはカダフィ惨殺の現地の責任者だ」と。
アメリカ国内の新聞記事には、どこにもあからさまにこの真実は書かれていない。しかしアメリカ国民ならこのことが空気 でわかる。だから、この直後からこの事件の責任問題が議会で騒がれた。


前述したスーザン・ライス(米国連大使)が早々と、「リビアの米領事館襲撃は、突発的な民衆の暴動によるものだ」とウソの発表をしてしまった。これで更に大騒ぎとなり、議会で、スーザン・ライスとヒラリー・クリントン国務長官を非難する声が大きくなった。
だから12 月中旬の今の今でもまだ、「次の国務長官はスーザン・ライスにする」とオバマ大統領が言っている。しかしオバマがいくら言っても、議会の共和党(筆頭 ジョン・マケイン議員)が「ウソつきの就任を認めない」と強固に反対している。


だからこの事件についてヒラリーが、ついに「私に責任がある。私は国務長官を辞める」と10月21日に 発言した。これで、オバマ自身に事件の責任が及ぶことがなくなった。これで、オバマはロムニーとの大統領戦のディベイト論戦で、この苦境から逃げきったのだ。
ヒラリーにしてみれば、「アラブの春」という凶悪で「安上がり」のテロ攻撃路線( アメリカとアラブ過激派の、一体どっちがテロリストなのか分からない)で、正規の米軍を使わないで、中小国の政権転覆をやってきたことへのしっぺ返しが起きたのだ。人にひどいことをした者は必ず自分もひどい目に合うのだ。

(転載貼り付け終わり)


以上の経緯である。3年前から、オバマの次は、オバマが病気で倒れて次は、狂暴なヒラリーが大統領になる、と予測(予言)してきた。しかし、ゲロを吐いて脳震盪を起こして先に倒れたのはヒラリーの方であった。これで“ワル女“(中国人は皆、ヒラリーが嫌いである。中国に戦争を、アメリカの属国群を使って仕掛けてくるからだ)は終わった。 だから、あとはオバマが倒れて、副大統領のバイデン(CFR派)が後をやる、ということだ。


その時、凶暴なネオコン派が誰を副大統領に送り込むか、である。 それでも、 アメリカの 軍人たちと 教員たち、公務員たちすべての給料を払う原資ががないので、日本の安倍晋三に、「50兆円分の 米国債を買います。それで日本を更に円安と 株高にしてください」 この2月はじめの訪米で言わせるのだ。


それでも この秋から、スペインで再び金融危機が起きる。ユーロは暴落する(今は、1ユーロ=114円まで上がった。今のうちに、ユーロ建てのファンドなどは解約するように) 。 ヨーロッパの国家債務危機が再発して、それはアメリカの財政危機と連動する。その時に、日本国債の暴落の危機が、この秋から生まれる。


この年末12月23日に放映されたNHKの 「日本国債がやがて暴落する」(利回り1%から3・8%への金利暴騰を、米ヘッジファンドどもが仕組んでいる、とする。投資家のジム・ロジャーズを最期の場面で利用していた) の 日本国民を恐怖に陥(おとしい)れ、脅迫している番組は、あれは日本財務省が仕組んで、NHKに作らせた“やらせ番組“である。
 
このことを私たちは鋭い警戒心と共に見抜かなければならない。あの番組に出てきた 幸田真音(こうだまいん)という性悪女(しょうわるおんな)は、日本の国税庁のキャリア上がりの謀略評論家である。私たち日本国民を脅して、財務省に屈服させようとするのだ。
 
軍産複合体企業の取り巻きたちは、こんな瀕死のヒラリーを、2016年の大統領選に担ぎ出そうと躍起だ。日本でのボケ老人「石原」をヨイショする輩と似ている気がする。
●Rested-looking Hillary Clinton dodges 2016 talk and says she just wants to relax at first paid speech since leaving office




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2019.01.21
不正行為で潤う支配層は内部告発を嫌い、報復する

 CIAによるクーデター、要人暗殺、住民皆殺し作戦、電子情報機関の存在などがアメリカ議会で明らかにされたのは1970年代だった。政府機関による犯罪的な行為が明るみに出る過程で内部告発が果たした役割は小さくない。そこで1970年代の後半から内部告発を難しくするようにシステムは変更され、「民営化」も進められた。そして、メディアの内部からは気骨あるジャーナリストが排除されていく。


 それでも抵抗は消えず、内部告発を支援するウィキリークスも作られた。創設者のひとりであるジュリアン・アッサンジはアメリカの支配層に狙われ、2010年にスウェーデン当局が逮捕令状を発行したことからロンドンにあるエクアドル大使館から外へ出られなくなった。


 話はふたりの女性がスウェーデンの警察でアッサンジにHIVの検査を受けさせられるかと相談したことから始まる。この訴えで逮捕令状が出され、スウェーデンのタブロイド紙が警察のリーク情報に基づいて「事件」を報道して騒動が始まるのだが、翌日には主任検事が令状を取り消す。レイプした疑いがあるとは認めなかったからだ。


 しかし、その決定を検事局長が翻して捜査の再開を決める。その直後にアッサンジはスウェーデンを離れた。逮捕令状の請求はその2カ月後のこと。


 2017年にスウェーデン当局は捜査を中止、逮捕令状を取り消すのだが、​11年にアメリカは秘密裏にアッサンジを起訴していた​。これは裁判所へ提出された文書の中に記載されている。


 アッサンジに逮捕令状が出る半年ほど前、ウィキリークスはブラドレー・マニング(現在はチェルシー・マニングと名乗っている)特技兵から提供された映像を公開している。


 その中には2007年7月、バグダッドでロイターの特派員2名を含む非武装の十数名をアメリカ軍のヘリコプターが銃撃、殺害する場面を撮影したものも含まれていた。ヘリコプターの兵士は口頭で戦闘員を攻撃しているように報告しているが、映像を見れば非武装の人間だとわかる。


 だからこそマニングは内部告発したのだろうが、彼は2010年5月、アメリカ陸軍のCID(犯罪捜査部)に逮捕され、17年5月まで収監された。


 マニング以外にも政府機関の不正行為を告発した人たちはいる。例えば電磁情報機関NSAの不正を明らかにしたウィリアム・ビーニーやエドワード・スノーデン、イランへ核兵器に関する資料を渡してイラン侵略の口実を作るというCIAの危険な作戦を組織内部で警告したジェフリー・スターリング、そしてCIAなどによる拷問を告発したジャニス・カルピンスキーやジョン・キリアクだ。


 カルピンスキーはイラクのアブ・グレイブ刑務所で所長を務めていたが、所内での拷問が明らかになった後、2004年1月に停職となる。それに対して彼女はその年の6月、BBCに対して刑務所内で拷問が行われていたセクションを管理していたのは軍の情報部であり、彼女は実態を把握していなかったと主張した。


 刑務所内で撮影された写真については、兵士が独断で撮影することはありえないとも指摘した。カルピンスキー本人も命令していない。


 彼女によると、グアンタナモから来ていたジェオフリー・ミラー少将は拘束されている人々を犬のようなものだと表現、そうした人々が自分を犬以下の存在だと信じさせることでコントロールが容易になると主張していたという。2004年7月には、刑務所にイスラエル人の尋問官がいたとも話している。


 後にカルピンスキーは准将から大佐へ降格になった。


 キリアクはCIAの元分析官。2007年12月にABCニュースのインタビューで、CIAの同僚から聞いた話として、ウォーターボーディングと呼ばれる拷問が行われていると語っている。それが問題になり、結局、2013年に懲役30カ月の判決を受けた。


 スノーデンはロシアへ逃げ込む形になった。


 権力者は庶民に知られたくない情報を隠す。その口実として安全保障がしばしば使われるが、実態は犯罪的な行為の隠蔽。日本で成立した特定秘密保護法の目的もそこにある。権力者が内部告発を厳しく取り締まるのは自らの悪事が露見することを防ぐためにほかならない。そこで、「一罰百戒」ということで内部告発者を痛い目に遭わせるわけだ。


 かつて雪印食品の牛肉偽装を内部告発した西宮冷蔵の社長は事業の継続が困難な状況になったというが、その理由は不正を告発するような会社とは取り引きできないという会社が多かったからだ。AKSだけでなく、マスコミ、警察、検察の闇に光を当てることになった女性も厳しい状況に陥っている。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201901200000/



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2019.01.23
イギリスの軍と情報機関によるロシアを悪魔化して描く極秘の心理作戦が発覚
 ​アノニマス(匿名)を名乗るハッカー集団​が昨年(2018年)11月、あるNGOに関する文書を公開した。そのNGOはインテグリティ・イニシアティブ。イギリスの軍と情報機関による極秘の心理作戦を実行、その活動範囲はアメリカにも拡大し、同国の国務省、FBI、DHS(国土安全保障省)、あるいは有力シンクタンクに強力な同盟者を育成していることが明らかになった。原資の200万ドルはイギリスの外務省が出したという。


 プロジェクトの内容は第2次世界大戦が終わって間もない頃にアメリカで始まった情報操作プロジェクト、モッキンバードに似ていると言われている。


 モッキンバードで中心的な役割を果たしたのは4名。ウォール街の弁護士でOSSやCIAに君臨していたアレン・ダレス、やはりウォール街の弁護士でアレンの側近として破壊工作を指揮していたフランク・ウィズナー、やはりダレスの側近で国際決済銀行初代頭取の孫であるリチャード・ヘルムズ、そしてワシントン・ポスト紙の社主だったフィリップ・グラハムだ。


 フィリップ・グラハムの妻、キャサリンはウォーターゲート事件でリチャード・ニクソンを失脚させた当時のワシントン・ポスト紙社主。フィリップはジョン・F・ケネディ大統領が暗殺される3カ月前に自殺している。キャサリンの父は世界銀行の初代総裁だ。ニクソン辞任で副大統領から昇格したジェラルド・フォード大統領時代、政府内からデタント派が粛清されてネオコンが台頭したことは本ブログでも繰り返し書いてきた。


 ウォーターゲート事件の取材は若手記者だったカール・バーンスタインとボブ・ウッドワードが中心になって行われたが、ウッドワードは少し前まで海軍の情報将校で記者としては素人に近い。事実上、取材はバーンスタインが行ったようだ。


 そのバーンスタインはニクソン大統領が辞任した3年後の1977年にワシントン・ポスト紙を辞め、「CIAとメディア」という記事をローリング・ストーン誌に書いている。その記事によると、20年間にCIAの任務を秘密裏に実行していたジャーナリストは400名以上に達し、そのうち200名から250名が記者や編集者など現場のジャーナリストで、残りは、出版社、業界向け出版業者、ニューズレターで働いていた。また1950年から66年にかけてニューヨーク・タイムズ紙は少なくとも10名の工作員に架空の肩書きを提供したとCIAの高官は語ったという。(Carl Bernstein, “CIA and the Media”, Rolling Stone, October 20, 1977)


 当然のことながら、CIAの工作は国境を越える。​フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング(FAZ)紙の編集者だったウド・ウルフコテ​は2014年2月、ドイツにおけるCIAとメディアとの関係をテーマにした本を出している。


 彼によると、ドイツだけでなく多くの国のジャーナリストがCIAに買収されている。人びとがロシアに敵意を持つように誘導するプロパガンダを展開、人びとをロシアとの戦争へと導き、引き返すことのできない地点にさしかかっているというのだ。2017年1月、56歳のときに心臓発作で彼は死亡する。出版されたはずの英語版は市場に出てこなかった。


 インテグリティ・イニシアティブも人びとがロシアに敵意を持つように誘導する。そのネットワーク内に含まれるウィリアム・ブラウダーはアメリカ支配層の対ロシア戦争で重要な役割を果たしている。


 この人物はボリス・エリツィン時代のロシアでクレムリンの腐敗勢力と手を組んで巨万の富を築いたひとり。不正な手段で手に入れた資産をロシアから持ち出すために使われた銀行のひとつ、リパブリック・ナショナル銀行ニューヨークを創設した人物とヘルミテージ・キャピタル・マネージメントなる会社を共同で創設したのがプラウダーだ。


 この金融ネットワークでマネーロンダリングしていたとロシア当局はにらみ、ブラウダーが雇っていたセルゲイ・マグニツキーが2008年に逮捕される。マグニツキーを弁護士だとする人もいるが、実際は会計士。経済犯罪の鍵を握る人物だったと言われている。


 そのマグニツキーは取調中に死亡、西側では拷問で殺されたと宣伝されてきた。この人物は心臓病を抱えていたことから病死だと考える人が少なくないが、口封じされたと疑っている人もいる。ブラウダーは2013年に欠席裁判で懲役9年の判決を受けているが、ロシアの逮捕令状要請はインターポールが拒否している。


 インテグリティ・イニシアティブが重要視しているのはドイツだが、その矛先はイギリス労働党のジェレミー・コービン党首やドナルド・トランプ米大統領にも向けられている。西側の有力メディアやアメリカの民主党が盛んに宣伝しているロシアゲートの発端になった根拠薄弱で信頼度の低い報告書を作った元MI6オフィサーのクリストファー・スティールはブラウダーにも雇われていた。


 日本のマスコミが権力者の走狗にすぎないことは言うまでもないが、日本で崇拝者が少なくないアメリカやイギリスをはじめとする西側の有力メディアも同類だ。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201901230000/



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2019.01.31
セルビアでCIAの訓練を受けた学生が始めたベネズエラの反政府運動

 アメリカ支配層は1999年からベネズエラの政権転覆を目論んできた。この年の大統領選挙で当選したウゴ・チャベスが自国をアメリカから独立させた、つまりアメリカの巨大資本から石油をはじめとする利権を取り戻したからだ。このときのアメリカ大統領はビル・クリントン。


 ​2002年にアメリカ政府はクーデターを試みた​。計画の中心グループにはエリオット・エイブラムズ、オットー・ライヒ、そしてジョン・ネグロポンテがいた。その際、アメリカ海軍の艦船がベネズエラ沖に待機していたとも言われている。


 2009年にはフランス人のフレデリク・ローレン・ブーケが3名のドミニカ人とチャベス大統領を暗殺しようとしたとして逮捕されている。


 ブーケのアパートにはプラスチック爆弾C4が500グラム、突撃銃14丁、マシンガン3丁、拳銃4丁、ショットガン5丁、さまざまな口径のカートリッジが2万近く、さらに電子起爆装置、ウォーキートーキー、防弾チョッキ、ガスマスクなどが保管されていたという。


 裁判の過程でブーケは自身がフランスの情報機関DGSEのエージェントであり、イスラエルで訓練を受けたことを認めたと伝えられている。


 そのほか何度も暗殺が試みられたと言われているが、そのターゲットになったチャベスは2013年3月に癌で58歳の若さで死亡した。


 生前、​チャベスはアメリカ政府が南アメリカの指導者を癌にしているのではないかと発言​している。実際、癌を誘発する物質や発癌性ウイルスは存在する。


 この発言の背景には、ブラジルのジルマ・ルセフ大統領、ルイス・イナシオ・ルラ・ダ・シルバ元大統領、そしてパラグアイのフェルナンド・ルゴ大統領が相次いで癌になった事実がある。


 アルゼンチンのクリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネル大統領も甲状腺癌だとされて手術したが、後に癌でなかったとされている。なお、キルチネル大統領の夫、ネストル・カルロス・キルチネル元大統領は2010年に心臓病のため、60歳で死亡した。


 チャベスの後継者として大統領に選ばれたのがニコラス・マドゥロ。チェベスのようなカリスマ性のない人物だったことからアメリカ支配層はベネズエラの植民地化は容易だと考えたかもしれないが、そうした展開にはならなかった。そして2014年5月、マドゥロ暗殺計画が明らかにされる。


 その直前、2014年2月から5月にかけてベネズエラでは大規模な反政府行動があったが、その指導者のひとりがフアン・グアイドだと言われている。


 ​ジャーナリストのダン・コーエンとマクス・ブルメンタールによると​、グアイドはカラカスの大学を卒業した2007年にアメリカのジョージ・ワシントン大学へ留学している。


 その頃にアメリカ支配層はベネズエラの体制を転覆させるために「2007年世代」を創設、2009年には挑発的な反政府運動を行った。こうしたベネズエラの反政府組織に対し、NEDやUSAIDを介し、毎年4000万ドルから5000万ドルを提供してきた。言うまでもなく、この資金の出所はCIAだ。


 2007年世代が組織される2年前、つまり2005年にアメリカ支配層は配下のベネズエラ人学生5名をセルビアへ送り込んだ。そこにはCIAから資金の提供を受けているCANVASと呼ばれる組織が存在、そこで学生は訓練を受けている。


 CANVASを生み出したオトポール(抵抗)!はスロボダン・ミロシェビッチの体制を倒すため、1998年に作られた組織。ジーン・シャープの理論に基づいて運動していたと言われている。


 ユーゴスラビアの破壊に成功したオトポール!/CANVASは体制転覆の「輸出」を始める。その輸出先のひとつがベネズエラだったわけだ。


 そして今年(2019年)1月に入るとアメリカのマイク・ペンス副大統領がグアイドに電話、その直後にグアイドは自らが大統領だと宣言、アメリカ政府はグアイドを「暫定大統領」だと承認した。昨年、アメリカ政府はベネズエラ軍の幹部に接触してクーデターを実行しようとしたが、説得に失敗したと言われている。そこでカラー革命方式を採用したのだろうが、これも順調には進んでいないようだ。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201901310000/




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2019.01.28
米国務長官はベネズエラの政権転覆工作の責任者としてネオコンの大物を任命

 アメリカのマイク・ポンペオ国務長官は今年(2019年)1月25日、ベネズエラのニコラス・マドゥロ政権を転覆させる工作を指揮する特使としてエリオット・エイブラムズを任命した。エイブラムズは現在、CFR(外交問題評議会)の上級特別会員だが、イラン・コントラ事件に連座したことで知られている。


 ベネズエラの政権を転覆させる工作をアメリカ支配層が始めた最大の理由はウゴ・チャベスが1999年の選挙で大統領に選ばれたことにある。チャベスはベネズエラを独立国にしようとしたのだ。


 2001年から2期目に入るが、​その翌年にジョージ・W・ブッシュ政権はクーデターを試みている​。その計画の中心グループにはエイブラムズも含まれていた。そのほかのメンバーはオットー・ライヒやジョン・ネグロポンテだ。作戦の一環としてアメリカ海軍の艦船がベネズエラ沖に待機していたとも言われている。


 ライヒはキューバ系アメリカ人で1986年から89年にかけてベネズエラ駐在大使を務め、ネグロポンテは1981年から85年までのホンジュラス駐在大使を務めてニカラグアの革命政権に対するCIAの秘密工作に協力、2001年から04年までは国連大使、04年から05年にかけてイラク大使を務めた。


 このクーデターは失敗に終わるのだが、最大の理由は事前にチャベスへ計画に関する情報が伝えられていたことにある。当時、OPECの事務局長を務めていたベネズエラ人のアリ・ロドリゲスが知らせていたのだ。


 ブッシュ・ジュニア政権は2003年3月にイラクを先制攻撃、サダム・フセイン体制を倒し、破壊と殺戮で「石器時代」にすることには成功するが、親イスラエルの傀儡政権を樹立させることには失敗した。


 フセイン体制の破壊はネオコンの戦略に基づく。ネオコンは遅くとも1980年代からイラクのフセイン体制を倒し、親イスラエル政権を自立させてシリアとイランを分断、中東全域を支配するという計画を立てた。


 1991年12月にソ連が消滅するとアメリカ支配層は自分たちが唯一の超大国になったと考え、世界の覇者になるときが来たと考える。その戦略は1992年2月、国防総省のDPG草案という形で文書化された。


 このときの大統領はジョージ・H・W・ブッシュ、国防長官はリチャード・チェイニー、国防次官はポール・ウォルフォウィッツ。このウォルフォウィッツ次官が中心になって作成されたことからこのDPG草案はウォルフォウィッツ・ドクトリンとも呼ばれている。


 イラクを親イスラエル体制にすることに失敗したネオコンだが、イラクに続いてシリアとイランを殲滅するというプランは放棄しない。(​ココ​や​ココ​)


 ​ジャーナリストのシーモア・ハーシュがニューヨーカー誌に書いた記事​によると、ジョージ・W・ブッシュ政権は中東における最優先課題をイランの体制転覆におき、レバノンで活動しているイラン系のヒズボラ、イランの同盟国であるシリアを殲滅、そしてイランを倒すという計画を立てる。その手先としてスンニ派を使おうということだ。その中にはフセイン派も含まれた。


 この工作の中心人物は副大統領のリチャード・チェイニー、国家安全保障副補佐官のエリオット・エイブラムズ、そして2007年4月までイラク駐在アメリカ大使を務め、国連大使に内定していたザルメイ・ハリルザドだ。


 エイブラムズを特使に任命したポンペオは2017年7月、アスペン治安フォーラムでベネズエラの「移行」が期待できると語っている。当時、ポンペオはCIA長官だった。


 ベネズエラの政権転覆作戦の一環としてアメリカのドナルド・トランプ政権はジョージ・ワシントン大学で学んだフアン・グアイド国民議会議長を「暫定大統領」として承認した。他国の大統領をアメリカ大統領が決めようとしているわけだ。


 ベネズエラの石油利権を狙っていることは間違いないだろうが、例によってIMFもアメリカに協力、グアイドへ資金を提供していると伝えられている。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201901270000/



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2019.02.04
アメリカ支配層に破壊された多くの民主的政権

 アメリカの支配層は少なからぬ民主的に選ばれた政権を破壊してきた。そして今、彼らはそのリストにベネズエラを書き込もうとしている。アメリカは民主主義を押しつけているのでなく、民主主義を破壊してきたのだ。


 第2次世界大戦後にアメリカが行った最初の内政干渉はイタリアに対して行われた。戦争中、ヨーロッパで国としてドイツ軍と戦ったのはソ連だけ。西側でドイツ軍と戦ったのは市民で編成されたレジスタンスだった。


 その中心メンバーがコミュニストだったこともあり、大戦後のフランスやイタリアではコミュニストが強く、その勢力をアメリカやイギリスを支配する人びとは潰そうとしたのだ。そうした戦略に基づいてNATOは作られ、破壊工作(テロ)部隊がNATOの内部で活動することになる。


 イタリアで1960年代から80年代にかけ、極左を装って「爆弾テロ」を繰り返したグラディオはそのひとつだが、1962年8月にシャルル・ド・ゴールを暗殺しようとしたジャン-マリー・バスチャン-チリー大佐の背景も同じだった。


 この人物が所属したOAS(秘密軍事機構)という秘密組織は1961年、ド・ゴールに反発する軍人らによって構成されたが、その黒幕はCIAの破壊工作部門だったのである。


 OASは1961年4月にクーデターを計画するが、これをアメリカの新大統領、ジョン・F・ケネディが阻止した。クーデター軍がパリへ侵攻したならアメリカ軍を投入するという意思を明らかにしたのだ。CIAは驚愕した。1962年にOASの一派はド・ゴール大統領の暗殺を試みたものの失敗、ド・ゴールを救ったケネディ大統領は1963年11月に暗殺された。


 アメリカは1953年にイランで合法政権をクーデターで倒している。大戦後、イラン政府はイランを食い物してきたAIOCの国有化を決める。クーデター後、1954年にAIOCは社名をBPへ変更した。


 AIOCが生み出す収入で支配システムを維持していたイギリス支配層は激怒、アメリカ支配層を巻き込んでクーデターを実行しようとしたのだ。このクーデターはアメリカ側が主導権を握ることになった。


 まずアメリカは反政府デモを開始、その際にコミュニストを装ったグループに暴れさせる。反政府デモの一部はモサデク支持の新聞社や政党、政府施設などを襲撃、CIAのエージェントがテヘラン・ラジオを制圧、首相だったモハマド・「モサデク解任の命令が国王から出され、ファジオラー・ザヘディが新首相に就任した」とする情報を流してクーデターは終わる。モサデクの支持派と反対派の衝突で約300名が死亡たと言われている。


 イランの民主的な体制をクーデターで倒したアメリカ支配層は中央アメリカのグアテマラの政権を倒しにかかる。1950年に行われた総選挙で勝利、翌年に大統領となったヤコボ・アルベンス・グスマンが農地改革法を公布して国有地を分配、大地主の土地買い上げを実施、アメリカの巨大資本、ユナイテッド・フルーツの利権を脅かした。


 そして1953年にアメリカ政府はクーデターを計画、CIAの破壊工作部門が指揮することになる。CIA配下の軍人が軍事蜂起するが、一般国民はクーデター軍と戦う意思を示した。それをアルベンス大統領は押しとどめ、1954年にに大統領官邸を離れる。流血の事態を避けたかったという。


 クーデター政権は労働組合の結成を禁止、ユナイテッド・フルーツでは組合活動の中心にいた7名の従業員が変死、コミュニストの疑いをかけられた数千名が逮捕され、その多くが拷問を受けたうえで殺害されたとされている。その後40年の間に軍事政権が殺した人の数は25万人に達するという。クーデターを間近で見ていたひとりがエルネスト・チェ・ゲバラだった。


 1973年9月11日にはチリでアメリカ政府を後ろ盾とするオーグスト・ピノチェトが、軍事クーデターで民主的に選ばれたサルバドール・アジェンデ政権を倒した。アメリカ政府でクーデターを指揮していたのは大統領補佐官だったヘンリー・キッシンジャー。その命令でCIAの破壊工作部門が動いている。


 まずCIAは選挙に介入した。メディアや映画だけでなく、パンフレット、リーフレット、ポスター、郵便物、壁へのペインティングなどを総動員したのだが、アジェンデが勝利する。


 一方、アメリカ資本と結びついていたチリの支配層は生産活動を妨害、アメリカの巨大金融機関はチリへの融資をストップ、世界銀行も同国への新たな融資を止めた。1972年になるとトラックの運転手がストライキを実施、商店主、工場経営者、銀行なども同調して全国的なロックアウトに発展する。アメリカ自身を含めてCIAは労働組合の幹部をコントロール、自分たちの手先として使ってきた。


 クーデターの結果、アメリカの巨大資本に盾突く勢力は潰滅、新自由主義が導入される。シカゴ大学のミルトン・フリードマン教授のマネタリズムに基づき、大企業/富裕層を優遇する政策を実施したのだ。その政策を実際に実行したのがいわゆるシカゴ・ボーイズ。フリードマン教授やアーノルド・ハーバーガー教授といった経済学者の弟子たちだ。


 現在、ベネズエラの大統領は2018年5月の選挙で選ばれたニコラス・マドゥロだが、アメリカやEUは勝手に大統領を名乗っているフアン・グアイドを支持している。その直前、2月にアメリカの国務長官だったレックス・ティラーソンはベネズエラでのクーデターを示唆、ラテン・アメリカ諸国を歴訪してベネズエラへの経済戦争に協力するように要請している。それでもマドゥロは勝利した。


 ドナルド・トランプ政権はベネズエラに経済戦争を仕掛け、石油の輸出を止めようとしている。イランの石油も買うなと各国を恫喝、猶予期間は過ぎ去ろうとしている。アメリカの命令に従う人びとはどのようにエネルギー資源を確保するつもりなのだろうか?
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201902040000/

56. 中川隆[-12375] koaQ7Jey 2019年2月06日 13:54:20 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22234] 報告

2019.02.05
トランプ政権が行うベネズエラの内政干渉に反対する議員をメディアが中傷

 ベネズエラには選挙で選ばれたニコラス・マドゥロという大統領が存在する。その大統領が気に入らない人びとはフアン・グアイドなる勝手に大統領を名乗っている人物への支持を表明、そうした動きを西側の有力メディアは煽っている。

 アメリカの支配層は自分たちの利益にかなう場合、その国の政権を正当だと認める。アメリカの巨大資本に搾り取られることを拒否したなら、「独裁者」や「コミュニスト」といったタグをつけられ、否定されてきた。アメリカ支配層から認められるには、グアイド支持を打ち出さなければならない。

 アメリカへの従属を拒否するウゴ・チャベスが大統領選挙に勝利した1998年からアメリカ支配層はベネズエラの政権を転覆させようと試みてきた。その間、アメリカ大統領はビル・クリントン、ジョージ・H・W・ブッシュ、バラク・オバマ、そしてドナルド・トランプへと交代してきたが、ベネズエラに対する姿勢に大差はない。

 今年(2019年)1月にマイク・ペンス副大統領がグアイドに電話、その直後にグアイドは自らが大統領だと宣言、アメリカ政府はグアイドを「暫定大統領」だと承認した。アメリカ支配層に従う人びとは同調する。

 しかし、ベネズエラ国内での工作は失敗したようだ。ここにきてベネズエラ空軍の幹部がグアイド支持を表明したが、アメリカ政府は昨年、ベネズエラ軍の幹部に接触してクーデターを持ちかけて説得に失敗したと言われている。特殊部隊は侵略軍に対するレジスタンスの準備をしているという。

 クーデターが成功した場合、国営石油会社のPDVSAはエクソンモービルやシェブロンへ叩き売られると言われているが、石油は儲かる商品というだけでなく、ドル体制を維持する重要な柱でもある。

 選挙で選ばれたわけでもない人物を勝手に「暫定大統領」として支持するような行為は内政干渉以外の何ものでもない。その内政干渉を打ち出したのは共和党のドナルド・トランプ政権だが、民主党の大半の議員は沈黙している。例外はロ・カンナ下院議員、タルシ・ガッバード下院議員、イルハン・オマール下院議員、そしてバーニー・サンダース上院議員。有力メディアから誹謗中傷のターゲットにされている。

 2016年の大統領選挙で有力視されていたヒラリー・クリントンを失速させた一因はウィキリークスが公表したヒラリー・クリントンらの電子メールだった。その中にはサンダースが同党の大統領候補になることを妨害するよう民主党の幹部に求めるものがあり、サンダースの支持者を怒らせたのである。民主党幹部たちが2015年5月26日の時点でヒラリー・クリントンを候補者にすると決めていたことを示唆する電子メールもあった。

 怒ったサンダース支持者の相当部分はヒラリーへ投票せず、ロシアとの関係修復を訴えていたトランプに敗北する大きな要素になったと言われている。有力メディアはその事実に触れず、ロシア政府が選挙に介入したとする話を証拠もなしに宣伝してきた。それがいわゆる「ロシアゲート」だ。このスキャンダルがでっち上げである可能性が極めて高いことは本ブログでも繰り返し書いてきた。

 グアイドを暫定大統領と認めることに反対した議員のひとりがこのサンダース。ガッバード議員はシリアへの軍事介入にも反対している。カンナはサンダース旋風が巻き起こった2016年の選挙で当選、オマールは昨年の中間選挙で選ばれた議員。ヒラリー・クリントンを担いでいた支配層に反発した人びとの支援を受けて当選したと言えるだろう。

 本ブログでは何度も書いてきたように、西側の有力メディアの内部にはCIAのネットワークが張り巡らされている。CIAは歴史的にウォール街の機関である。有力メディアが巨大資本の意向に従って動き、「偽報道」をまき散らすのは必然だ。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201902040000/

2019.02.06
民主的政権を倒して新自由主義体制へ「平和的に移行」しようと主張する人びと


 アメリカ政府はベネズエラの民主的な政権をクーデターで潰そうとしている。これは本ブログでも繰り返し書いてきたことだ。

 アメリカ支配層が潰そうとしているニコラス・マドゥロ大統領は昨年(2018年)5月に実施された大統領選挙において67.8%の得票率でアメリカ支配層を後ろ盾とする候補者に圧勝した。マドゥロ政権は民意によって成立したのだ。

 このマドゥロ政権を倒そうとしているアメリカ支配層にEUや「リマ・グループ」も従っている。この「リマ・グループ」は「平和的な移行プロセス」を求めている。その主張を垂れ流す人たちもいるが、それは民意の否定にほかならない。

 アメリカ政府は昨年、ベネズエラ軍の幹部に接触してクーデターに協力するように求めたが、説得に失敗したと言われている。特殊部隊は侵略軍に対するレジスタンスの準備をしているともいう。ロシアの存在もあり、「軍事的な移行プロセス」は難しい状況なのだ。

 しかし、フアン・グアイドなる自称大統領へ権力を移行させるとする意思に変化はない。グアイドは2007年にアメリカのジョージ・ワシントン大学へ留学、新自由主義を信奉している。政権を奪取した暁には私有化を推進、国営石油会社のPDVSAをエクソンモービルやシェブロンへ叩き売るつもりだと言われている。

 グアイドがアメリカへ留学する2年前、アメリカ支配層は配下のベネズエラ人学生5名をセルビアへ送り込んだことは本ブログでも書いた通り。セルビアにはCIAから資金が流れ込んでいるCANVASと呼ばれる組織が存在、そこでベネズエラの学生は訓練を受けた。CANVASを生み出したオトポール(抵抗)!はスロボダン・ミロシェビッチの体制を倒すため、1998年に作られた組織で、ジーン・シャープの理論に基づいて運動していたと言われている。運動の目的は富の略奪だ。

 ベネズエラに限らず、アメリカの支配層は民主的な政権を潰してきた。例えば1953年のイラン、54年のグアテマラ、60年のコンゴ、73年のチリなどで民主的な政権をクーデターで倒している。

 1965年のインドネシアで実行したクーデターではスカルノを排除しただけでなくアメリカ支配層に刃向かいそうな人びとを大量殺戮、カルト化が進められ、その影響は今も続く。

 2011年3月にはシリアへジハード傭兵が送り込まれて戦争が始まるが、シリアのバシャール・アル・アサド大統領は選挙で選ばれている。その前の月にはリビアでも体制転覆作戦が本格化しているが、この国の生活水準はEU並み、あるいはそれ以上だった。

 2014年にアメリカ支配層はウクライナでクーデターを実行、やはり民主的に選ばれた政権を倒している。その手先になったのはネオ・ナチのグループで、このグループは今でもウクライナで大きな影響力を持っている。

 アメリカの巨大金融資本は1932年の大統領選挙でニューディール派のフランクリン・ルーズベルトが当選するとクーデターを計画した。ファシズム体制の樹立を目指したのだが、これはアメリカ軍の伝説的な軍人、スメドリー・バトラー少将によって阻止され、その議会証言が記録に残っている。ジョン・F・ケネディ大統領暗殺の背後にアメリカ支配層が暗躍していたと信じる人は少なくない。それを示す事実も明らかにされてきた。


 そのアメリカ支配層は体制転覆を正当化する口実として「民主化」や「人道」などを掲げる。そうした手法を政策として採用したのはロナルド・レーガン時代。「プロジェクト・デモクラシー」だ。アメリカ国内では偽情報で庶民を騙す目的で「プロジェクト・トゥルース」が始められている。こうした心理操作は効果的だった。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201902060000/

57. 中川隆[-11445] koaQ7Jey 2019年3月14日 13:31:06 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[550] 報告
東京大空襲:恐るべき戦争犯罪に手を染めた米国 B-29が作った逃げようのない火炎地獄、人々はなぜ生きながら焼かれたのか
http://www.asyura2.com/19/kokusai25/msg/682.html

http://jbpress.ismedia.jp/mwimgs/8/4/600/img_843245e2c2451fa7da2485f7ca89c879247259.jpg
日本空襲を準備するB-29。飛行場を埋め尽くすほど大量のB-29が駐機している。(出所:米空軍博物館)

 3月10日は東京大空襲の日である。約300機の「B-29」が、現在の台東区、墨田区、中央区、江東区にあたる地域を空爆し、一晩で約10万人が犠牲になったとされる。

 当時、この地域は日本最大であるにとどまらず、世界でも有数の人口密集地であった。さらに、密集して建っていたのは木造家屋だった。

 米軍は関東大震災を研究し、この地域で大火災が起きれば民間人に恐るべき人的被害が発生することを知り、それを狙って実行したのである。

 実際、日本家屋を模した家を建て、焼夷弾の実験を行っている。勝てば官軍で不問となっているが、立派な戦争犯罪である。

 他の大都市の空襲や、東京を狙った他の空襲でも犠牲者は数千人レベルであり、原爆の被害を除いては10万人という犠牲者数は突出していた。米軍が狙った最大限の破壊が実現してしまったのである。

悪条件が重なり犠牲者が増えた
 東京大空襲の犠牲者が突出して多かった理由は、米軍の恐るべき狙いが目論みどおりに実現してしまったうえ、日本側に悪条件が重なっていたことだった。

 実は、東京大空襲以前の空襲は必ずしもうまくいっていなかった。また、すでに住宅地も空爆されていたが、あくまでも主目標は軍需工場であり、一般市民の住む住宅地を焼き払うことを主眼にしていなかった。

 サイパン島の基地が完成し日本の主要部分が攻撃圏内に入った後、最初に爆撃目標となったのは、航空エンジン工場である。

 最初に三鷹にあった中島飛行機武蔵製作所が空爆され、次が名古屋の三菱発動機であった。その後も明石の川崎、太田の中島、名古屋の三菱と航空産業を狙って爆撃していった。

 当初、編隊を組んだB-29が高度1万メートルを飛行し、軍需工場に精密に狙いを定めて爆撃するという方法をとった。しかし、爆弾を外しまくり、日本の航空産業は軍用機を作り続けた。

 空爆する時、日本の1万メートル上空を吹き荒れるジェット気流により機体が安定せず、照準器も強過ぎる風に対応できなかった。

 編隊を組む場合、他の飛行機に合わせるための操縦が必要になり、燃料を余計に消費する。また、当時の飛行機では成層圏の飛行は燃料消費が大きかった(ジェット機では高空の方が、空気抵抗が小さく燃費がよい)。

 燃料と爆弾はトレードオフになるため、最大9トンの爆弾を積むことができるはずのB-29だったが、初期の日本空襲では2トン強しか積めなかった。

 また、結論としては、日本はB-29を防げず焼野原にされたのだが、日本軍も少数ながらB-29を討ち取っていた。

 航空産業は潰されていないし、爆弾が落ちてきても被害は爆弾が落ちた周囲に限定されているし、日比谷公園には撃墜したB-29が晒し者になっているし、自分の住んでいる町では日常生活は続いている。

 既に市民にも犠牲者は出ていたが、東京大空襲の前はB-29の最大の破壊力はまだ発揮されておらず、日本側は空襲の本当の恐ろしさを体感するに至っていなかった。

 これも逃げ遅れなどの要因になり、被害の拡大をもたらしたことは想像に難くない。

 しかし、3月10日の空襲では、米軍は様々な新機軸を打ち出してきた。

 東京大空襲はこれまでの空襲と全く違うものだったのだ。以前のB-29は軍需工場を狙っていたが、3月10日の空襲では標的は都市全体だった。

 そして、軍需工場を爆弾の爆発力で破壊するのでなく、焼夷弾で大火災を起こすことで木造家屋の多い燃えやすい都市を丸ごと焼き払うことが計画された。

 1945年3月10日に多くの人々の命を奪った火炎地獄は東京大空襲で初登場だったのだ。

 軍需工場と違い、都市全体であればターゲットが大きいので外すことはない。だいたいの位置で爆弾を落とせばよい。

 より多くの焼夷弾を積むため、燃料を消費する編隊飛行と高空への上昇をやめ、必要な燃料を減らした。さらに防御用の機関銃も降ろした。結果、3倍近い重量の焼夷弾を積むことができた。

 こうした工夫により、より恐ろしい兵器をより大量に積んだB-29が襲ってくることになった。同じB-29でもこれまでよりも破壊力が強化されていたのだ。

 編隊飛行をやめていたことも日本側に災いした。

 大規模な編隊であれば目立つし何をやろうとしているか明らかであるが、個々のB-29がバラバラの方向から飛んできた場合、行動を捉えにくい。これが空襲警報の遅れにつながった。

 空襲警報が出た時には、すでに空襲の火災が始まっていた。空襲は深夜だった。空襲警報を聞いて起き上がった時にはすでに周囲は火の海だったという場合も多かったことだろう。

 当日の気象条件も悪かった。当日は強い北風が吹いていたという。火災の広がりは早かった。それだけでなく、レーダーは吹き飛ばされないように格納され、戦闘機も強風で飛び上がれなかった。日本側の迎撃もやりにくかったのだ。

 迎撃が難しいなか、これまでよりも破壊力を強化したB-29が火災に弱い下町の木造家屋に焼夷弾を大量に投下した。強い風も吹いていた。

 これで瞬く間に火炎地獄になった。火災は上昇気流を巻き起こし、さらに風が強くなる。炎の突風が吹き荒れる状態になった。

 消防隊は出動したが、消防車が火に巻かれ立往生したり、消防署が焼け落ちて消防士が全滅したりして、すぐに消防は機能しなくなった。

 放水を始めても、あまりに火災が強く、酸素を消費したので、酸素不足で消防用ポンプのエンジンが止まってしまったこともあったそうだ。

 空襲警報が遅れたから人々が逃げるのも遅れたが、さらにその場にとどまり火を消すことが命令されていたため、さらに事態を悪化させた。

 空襲された地域は広大だったことも逃げるのを困難にした。火災は南北では墨田区の北端から東京湾まで、東西では日本橋や上野から荒川まで広がった。仮に空襲圏外に出ようとしても、火の中を何キロも進むのは無理である。

被災者の生死は運次第
 路上でも火に巻かれるような状態の中、逃げるにしてもどこを向いても火である。どうすればよかったのか。

 多くの人々はコンクリートの建物や川を目指した。コンクリートの建物は木造の建物よりも燃えにくいし、耐熱性もありそうだ。川は防火壁として機能するだろうし、灼熱地獄から逃れるために川に飛び込みたいという欲求も加わる。

 しかし、東京大空襲の火炎地獄は普通の火災とはレベルが違った。窓が割れれば、そこから火炎が侵入し、コンクリートの建物も内部が焼き尽くされた。

 また、熱気で建物ごと蒸し焼きになってしまうこともあった。

 旧日本橋区の避難所と指定されていた明治座はコンクリートの建物であったが、多数の犠牲者を出すことになった。

 確かに荒川を超えて逃げることができた場合は助かったのだろう。しかし、被害地帯の中心を流れる隅田川に向かった人々には悲劇が待ち受けていた。

 川の向こう側へ逃げれば助かると思うのは自然なことである。隅田川にかかる橋には避難者が殺到した。しかし、東京大空襲では隅田川の両側が空襲されていたので、どちらに渡ろうとも火から逃れることができなかった。

 隅田川にかかる言問橋では、台東区側から逃げてきた人々の流れと、墨田区側から逃げてきた人々の流れが橋の上でぶつかり、進退窮まる状態となった。

 そこに焼夷弾が落ちてきた。人々が持っていた家財だけでなく人そのものにも着火した。文字通り筆舌に尽くしがたい状況になった。

 10メートル近い高さの橋の上から隅田川に飛び込んでも助からなかった。地上は火炎地獄だったが、寒い日が続いた3月の隅田川の水温は摂氏2度。多くの人が低体温症で命を落とした。

 皮肉なことに言問橋の墨田区側、旧本所区向島の河岸地域は焼け残った場所も多かった。墨田区側の避難民に関しては、言問橋に突っ込まず、河岸に留まっていれば助かった可能性が高い。

 実は、東京大空襲の火炎地獄の中でも、ぽつぽつと焼け残った地域があった。そうした場所に逃げ込んでいれば、結果論から言えば助かった。

 例えば、墨田区京島は非常に家屋が入り組んだ地域で、火災でここに逃げ込もうとは思わない場所であるが、周囲はすべて燃えたにもかかわらずこの地区は火災を逃れた。

 しかし、後から見れば焼け残る地域にいればよいと分かるが、空襲下ではどこに焼夷弾が降ってくるかも、火災がどのように広がるかもわからない。

 どこへ向かって逃げればいいか、どこまで逃げれば空襲されている地区から脱出できるのか知る術はない。

 また、どの建物であれば、火災に耐えられるかなど分かりようもない。1945年3月10日にあの場所にいた人々にとっては、生死はまったくの運次第だったのだ。恐ろしいことである。

 もう燃えるものがなくなったのか、火災は午前8時頃にはほぼ鎮火していた。

 昨日まで日本最大の人口密集地で家が立ち並んでいた墨田区、江東区、台東区、中央区北部の大部分が焼け野原になっていた。道には黒こげの遺体で、川は水死体で埋め尽くされていた。

http://jbpress.ismedia.jp/mwimgs/b/9/500/img_b9230825db9c535060e8f34a381b6196154614.jpg

隅田川西岸の東京大空襲被害地域 白く見える部分が焼き尽くされた部分である。右側に見える川が隅田川。(出所:米議会図書館)
 3月10日以降、都市を焼き払うことに味を占めた米軍は、名古屋、大阪、神戸と大都市を次々に焼き払い、大都市を焼き終わると、地方都市を焼き尽くしていった。

 東京大空襲ほどの被害規模にはならなかったものの、似たような地獄絵図が日本中に水平展開されていった。そして、8月15日の敗戦時、日本中が焼野原になっていた。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/55732  


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