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ディープ世界とは何か _ つげ義春が見たもの
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/300.html
投稿者 中川隆 日時 2012 年 7 月 30 日 22:40:54: 3bF/xW6Ehzs4I
 

(回答先: わかる人にしかわからない 箱根湯本温泉 萬寿福 投稿者 中川隆 日時 2012 年 7 月 29 日 13:48:54)


つげ義春旅写真
http://manriki.sanpal.co.jp/tsuge/


[つげ義春]つげかいどう・よしはるむら・あざ[幻のラジオドラマ ]
http://www.nicovideo.jp/watch/sm10391816

[つげ義春] つげ君の密かな楽しみ
http://www.nicovideo.jp/watch/sm3182293

[つげ義春] ナイトメア ある夏の思い出 [8ミリ映画]
http://www.nicovideo.jp/watch/sm3430029

謎の特撮8ミリドラマ  仕掛け花火の夜 [つげ義春 風]
http://www.nicovideo.jp/watch/sm12238476

ゲンセンカン主人(つげ義春) 冒頭 石井輝男
http://www.youtube.com/watch?v=1R_wU-HW80g

ゲンセンカン主人(つげ義春) 風呂場シーン 石井輝男
http://www.youtube.com/watch?v=m44PQIpNe38

つげ義春's ゲンセンカン主人
http://www.youtube.com/watch?v=ixNhHXWwVCk&feature=related
http://www.nicovideo.jp/watch/sm18437054
http://www.youtube.com/watch?v=IVyUfXuKx78
http://www.youtube.com/watch?v=5IiLKQM4tQQ

つげ義春 もっきりやの少女
http://www.youtube.com/watch?v=p_AVfla_rvs
http://www.youtube.com/watch?v=p_AVfla_rvs&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=pIUrCzB6huU

つげ義春 紅い花
http://www.youtube.com/watch?v=USCtGUlrVN0
http://www.youtube.com/watch?v=TokRME4ttBQ
http://www.youtube.com/watch?v=Ja5xk96hksc
http://www.youtube.com/watch?v=TokRME4ttBQ&feature=results_main&playnext=1&list=PLF83BCE6D33C72EE9
http://www.youtube.com/watch?v=USCtGUlrVN0

映画 ねじ式
http://www.youtube.com/watch?v=Rgfa2N1XiGQ
http://www.nicovideo.jp/watch/sm4903514
http://www.nicovideo.jp/watch/sm4976844

「李さん一家」
http://www.youtube.com/watch?v=4Tsw2IvClKA

つげ義春「退屈な部屋」
http://www.youtube.com/watch?v=eOWx1GkTDvQ

つげ義春『池袋百点会』ラストシーン映画
http://www.youtube.com/watch?v=Z0S9dI4hi0I
http://www.youtube.com/watch?v=_B-IbCOunU0


天狗の面がある温泉
ttp://www9.ocn.ne.jp/~kitanoyu/mokuj.htm

「ゲンセンカン」の「大権現」の幟がある温泉のモデル?
ttp://www.nihon-kankou.or.jp/soudan/ctrl?evt=ShowBukken&ID=06367cd2110077152

こっちも幟がある温泉
ttp://www.dankami.net/oizawa.htm
ttp://www.d6.dion.ne.jp/~masa.ito/nishiyama_oi.html

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鄙びた夜の温泉街を訪れた、1人のコートの男。暗い路地にコッ、コッ、と男の靴音だけが聞こえる。


この町はまるで死んだように静かだな
くずれかかった土塀や
腐った障子は昔のままだし…………
あの障子にぼんやり映っている人影も
昔からあのままの形でしみついているような感じさえする
湯治をする人だって
寿命の短い老人たちばかりだ

だけど不思議だなァ
ぼくはずっと以前からこの町を知っていたような
そんな親しみを覚えてならないな

男は年寄り相手の駄菓子屋で天狗の面をひとつ買い、駄菓子屋のお婆さんから温泉宿ゲンセンカンの話を聞かされる。


ぼくはゲンセンカンの旦那にそんなに似ているのですか


そうして男は……。


あのおかみさんは生まれつきなのですか


きっと前世の因縁でしょうね


前世?


前世ってなんのことです


鏡です


おばさんはそう信じているのですか


だって前世がなかったら私たちは生きていけませんがな

なぜ生きていけないのです


だって前世がなかったら


私たちはまるで

まるで……
まるでなんだというのです

ゆ………
幽霊ではありませんか

 つまり二人はできちゃったってわけさ
 かみさんは大喜びだよ
 なにしろ売れ口がなかったんだからね


そしてその後の旦那はどうかしたのですか


 どうもせんよちゃんといるよ
 でも本当によく似ているわ
 声までそっくりよ


それではぼくはゲンセンカンに泊まることにしよう


 エッ
 それはいけません
 それはいけませんよ
 そんなことをしたらえらいことになるよ


えらいこととはどういうことです


 だってあんたは
 あんたは
 ゲンセンカンの主人にそっくりじゃないか
 
 ちょっとお待ちよ
 だれか早くゲンセンカンに報せておいでよッ
 もしあんたが行ったら
 もしあんたがゲンセンカンに行ったら…………


男を引き留めんとしがみつく老婆達。男はだがゲンセンカンに着いた。


 ああッ
 ああッ

 ゲホッ
 ゲホッ


ゲンセンカンの玄関先には、男とそっくりだという主人と、おかみが怯えるように寄り添いのけぞり、こちらを見ている。


ビューッ
ビュゥゥゥ


吹きつける嵐の様な風。コッ、コッ、と靴音を立て、男はゲンセンカンの門をくぐり、主人とおかみに近寄った。黒いシルエットだった、男の姿が見えた。

http://bonso.sblo.jp/article/19920755.html
http://bonso.sblo.jp/article/20137542.html


「ゲンセンカン主人」つげ義春の短編である。私が始めて読んだのは20代のころだったと思うのだが、その暗然とした作風に魅了されはしたものの、その意味はまったくもって不可解だった。登場人物は老婆と、聾唖の女将、そして男。作品全体を覆う、重く湿り気をおびた陰鬱な気配とどこか生々しい感触に、自分のなかの正視できない隠された世界を掘り出され、物陰でこっそり見てしまったようなきまりの悪さを感じた。そしてそれゆえに、忘れられない衝撃をもって受け止めた作品だった。

この中で老婆と男が会話をする。女将の不具の原因を前世の因縁にあるという老婆に、男は疑念をさしはさむ。

前世とは何か?
前世がなければなぜ生きていけないのか?

と。老婆は恐れおののいて答える、前世がなかったら私たちはまるで幽霊だと。

前世の存在を固く信じる老婆と信じない男。どこまでいってもこの問答は平行線をたどるのであろう。


人はもろい存在である。有限で、壊れやすい。それゆえにこそ、人間は永遠なるものを求めてやまないのである。神、仏の超越した世界と、この小さくもはかない自分という存在とが、どこかでつながっていると信じていたい。それが信仰の源泉である。老婆は輪廻転生という概念でもって永遠とつながっている。老婆は神仏の前に自分の限界を認め、分相応に生きる術を弁えている。一方、男は力ずくで女将を陵辱し、あっという間に主人の座を手に入れる。禁断の領域をいとも簡単に踏み越える。まさに神をも恐れぬ態度、それは人間の有限であることを認めず、神と同等か、むしろ神を認めず人間が唯一偉大であると考えるものである。

男は女将を犯す際、天狗の面をかぶる。天狗は魔であり神である。恐れを知らない男は自分自身が超越した存在の憑依を受け、神仏の領域にまで膨張してしまっている。どんな人の道に外れたことでも、もはやこの男の意に介さない。彼は神になったからである。

ある日男にそっくりなもう一人の男が現れて、ゲンセンカンにとまろうとする。老婆たちは必死で止める、あんたがゲンセンカンに行ったら大変なことになる…と。そして最後にゲンセンカンの主人ともう一人の男が対峙する。主人はこの男にのっとられてしまうのだろう。なぜならこの男も天狗の面をかぶった、神をも恐れぬ男だからである。人の道に外れたものは同じように報いを受ける。因果応報の法則である。女将が前世の報いで聾唖になったように。人が神になど、なれるはずもない。

ふとこの作品を思いだし、考えをめぐらせているうちになんとなくこんな解釈が出来上がってきたので、忘れないうちに書き留めておく。

http://saucyflossy.blog.shinobi.jp/Category/3/

「ゲンセンカン主人」のラスト、村人らの制止を振り切って、主人公はゲンセンカン主人に会いに行く。二人はドッペルゲンガー的な関係にあるらしい。そして主人公は天狗の面をかぶったまま、吹きすさぶ風の中で出会うことになる。

このシーンを見る度、思い出すのが「サムトの婆」である。これは「遠野物語」の一節だが、風が吹きすさぶある日に神隠しにあって村から消えた少女が、数十年後、同じく強風の日に老いさらばえて帰ってくる、という話だ。老婆は去り、帰ってきて村人と再会する。ゲンセンカン主人は主人公の分身であり、本体と再会する。どちらも驚愕の再会であり、風がその驚愕を助長している。というより、風はなければならないのだろう。

この「驚愕」とは何なのだろうか。サムトの婆の驚愕とは、神隠しにあったものとの再会というより、老婆と強風の組み合わせによるものと思われる。試しに「神隠しにあって再会した乙女」を想像してみれば、それはたやすく分かるだろう。そこには艶かしさはあるが、驚愕はない。仏教に壊劫という思想があるが、この中で世界は風によって滅ぶ、という記述がある。壊劫の風が吹き、すべての物体を風解されるというのである。このように風は破壊、しかも砂が飛ぶようなざらざらした破壊をニュアンスする。だからサムトの婆の驚愕とは、風によって肉体が破壊された婆と、里帰りという本来なら暖かな営みとのギャップによるものであろう。安穏とした舞台に、短剣が埋め込まれているような恐怖だ。

安穏と荒廃の対比がサムトの婆の主題なら、ゲンセンカンのそれは「破局」である。何が起こるか分からないが、少なくとも つげは二人が会う時、カタストロフィが起こることを示唆している。そしてそのカタストロフィは、性愛と風にかかわるものである。というのはゲンセンカンでは風が吹きすさび、その中で主人と女主人はまぐわったからである。そのまぐわいはエロチックなものでなく、むしろ母との戯れを思い起こさせるような、生々しく、どうしようもない原罪を思わせる。母の愛薄かったのを、大人になった主人が、無理矢理取り戻そうというようなイビツさが感じられる。そして念願かなって主人は女主人と結ばれ、ゲンセンカンのあるじと収まる。

しかしその束の間の安定であって、その後に「本体」がやってくる。本体は天狗の面と風をバックに現れる。天狗は男根の、風は暴力と滅びの象徴である。それから、彼らはどうなったかは知らない。おそらく、その暴力によって、すべては翻弄されてしまうのだろう。その再会は吹きすさぶ暗雲を見るような、不安と安堵に満ちている。安堵というのは、主人もまた現在の安定が続くことを不安に思っていたからであり、それがいっそ崩壊してくれたことを、どこかで望んでいるからである。

こうしてみると、つげが恐れている巨人、本体は、いずれも「隠然とした、制御できない暴力」を示唆していることが見えてくる。つげの作品が、単なる隠遁者の作品でないのは、この「暴力」とのアクロバティックなかかわりがあるからだ。
http://blog.goo.ne.jp/gelt/m/200602/1

老婆が駄菓子をしゃぶりおはじきをして遊ぶ、老婆しかいない町は、前年につげ義春が旅をした群馬県の湯宿温泉がモデルになっている。湯宿温泉は上州街道から少し外れた旧・三国街道に面した宿場町であり、旅館も5,6軒しかなく源泉かけ流しの共同浴場が複数あるばかりの目立たない温泉である。タイトルの『ゲンセンカン』はおそらく「源泉館」を意味するのであろうが、着想の元になった旅館は「大滝屋旅館」である。

そこでつげは強烈な体験をする。泊まった部屋は傾き、襖越しに老婆のお経が聴こえ、宿泊客も老人ばかりで、自分自身が人生の落ちこぼれ、敗残者のように感じ、またそれが自分に似合っているようで切ない気持ちになったのだという。

また、この大滝屋の混浴の浴室で作品の浴場でおかみさんを襲うシーンの元になる原体験をする。混浴に入るのをためらい、人のいなくなったのを見計らい一人で入り脱衣をしているときに中年の女が不意に入ってきて手早く衣服を脱ぎ全裸になり、体を二つ折りにし、つげに向かって腰を高く向けた際に偶然、中年女の女性器が丸見えになってしまう。まだ若く独身であったつげは大変なショックを受ける。二人で無言で湯に浸かりながら、体がゾクゾク震えたのだという。

「そのときのショックが『ゲンセンカン主人』の入浴シーンを発想させたのでした。」(『夜行』No.12 1983年)とのちに述懐する。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%AB%E3%83%B3%E4%B8%BB%E4%BA%BA

つげ義春が愛した宿場の湯…湯宿温泉


「ねじ式」や「紅い花」などで知られる漫画家・つげ義春は、好んでひなびた温泉を取材しました。代表作である幻想譚「ゲンセンカン主人」(1968年7月発表)は、ここ、湯宿温泉が舞台と言われています。

 つげは、1968年2月に湯宿温泉を訪れ、そのひなびたさまに感銘を受け、この物語を構想したそうです。部分的に今神温泉(山形)なども加味しているのですが、基調は湯宿温泉。風の吹きすさぶ、陽が届かない宿場・湯治場として描かれています。

 ……「この町はまるで死んだように静かだな」と、世捨て人のような男が湯治場に迷い込んできます。あたりの老婆たちは彼をある男と瓜二つだと口々に言います。湯治宿の女主人とねんごろになって、いついてしまった男のことです。強風の夜、二人の男が対峙するところで物語は不意に、しかし戦慄的に終わってしまいます。ドッペルゲンガーどうしの遭遇なのでしょうか。……と、この場でご説明するより、実際に読んで感じていただく他はない筋立てではありますが、ともかくも強烈な印象の残る作品です。

 つげが実際に取材した宿は細い路地の先、いまではこぎれいになっています。しかし、あたりにはひなびた風情もいまだ少なからず残っており、幻想的な物語の端緒がそこかしこに隠れているような気分になります。想像力をたくましくすれば、つげが嗜好した物語世界に近づけるかもしれませんね。そして宿場逍遥のあとは温泉。どうぞパンチのある浴感をお楽しみください。(取材2008年2月)


このまんじゅう屋を探したが、なくなっていた(2001年撮影。他は2008年撮影)
湯本館の浴室。ひしゃくで飲泉してみると、お味はまるで蕎麦湯。芯から暖まる良好な芒硝泉
ひなびた雰囲気がそこかしこに……。つげ義春が嗜好した世界に思いをはせる
http://otona.yomiuri.co.jp/trip/spa/110308_02.htm


つげ義春原作の映画『ゲンセンカン主人』の中で、幟が立ち並びロウソクの立てられた祭壇のあるほの暗い混浴の浴室で佐野史郎演じる主人公が「ゲンセンカン」のおかみさんを強姦しようとするシーンがあるが、その浴室は今神温泉をイメージしたものといわれる。原作者のつげ義春は1969年8月に『アサヒグラフ』の取材でこの温泉を訪れており、著書である随筆『つげ義春とぼく』の中に当時の様子を詳しく記している。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8A%E7%A5%9E%E6%B8%A9%E6%B3%89

3 : 列島縦断名無しさん : 01/10/17 21:40 ID:cxy5mxXE [2回発言]

ゲンセンカンってどこにありますかね?



5 : 2 : 01/10/17 22:54 ID:/ATxpC1Q [1回発言]
>>3

残念ながら、ゲンセンカンは存在しない。 しかし、モデルとなった旅館は存在する。

資料によると、 つげ義春氏は、昭和43年の取材旅行の際、群馬県湯宿温泉の大滝屋旅館に宿泊し、
ここで「ゲンセンカン主人」の発想を得たらしい。

大滝屋旅館は、4年前(1997)の時点ではまだ営業しており、つげ氏が宿泊した当時の面影が、そのまま残されていたとのこと。 恐らく現在も、変わらぬ姿のまま営業しているものと思われる・・・。

詳しくは、「つげ義春幻想紀行」権藤晋著を読んでみてほしい。


339 : ピョンちゃん : 03/10/14 02:22 ID:Y1sAHHYM [2回発言]

湯宿について。

初めて訪れたのは10年程前の真冬のことです。。 思わぬ大雪に立ち往生し、仕方なく探した近くの宿が大滝屋旅館でした。 古い木造の大きな建物で、雪に埋もれた様はとてもつげ的でした。

汚れたコタツ、ショボい食事、薄っぺらい布団、隣の音が筒抜けの障子。
とても生活感たっぷりで感激しました。
確か一泊二食四千円ほどだったと思います。

川を渡った橋のたもとに小さな本屋があって埃にまみれた本棚を物色してたら、パノラマ文庫でしたっけ?

昔の文庫版の「赤い花」が出版当時のまま並んでました。 誰も買う人もなく何年も何年も並んでいたんでしょう。すっかり日に焼けてました。 もちろん当時の定価で買いましたよ。

大滝屋旅館は現在改装して新しくなってます。 今年の初夏に10年振りに訪れてニュー大滝屋を見て愕然としました。 本屋も廃業してました。

賑やかな猿ヶ京温泉に隠れて、ひっそりとした湯宿は今も風情のある良い温泉街なのですが、昔の大滝屋を知っている身としては魅力も半減というか…。


16 : 列島縦断名無しさん : 01/10/25 02:00 ID:3LOzU/Dv [4回発言]

つげの絵は、事実より30年は古びて見えるんだよ
だまされないで

彼が撮ってきた資料の写真と漫画を見比べればわかる

それが味なんだけれども


116 : 列島縦断名無しさん : 02/08/22 22:26 ID:LaJbDvCL [1回発言]

もう何年も前だけど、『長八の宿』のモデルになった伊豆松崎の山光荘に泊まったことがある。
つげさんが本の中で美人だと言っていた女将に色々話しを聞かせてもらったが、『長八の宿』は思っていたよりも事実を元にしている部分が多いことに驚いた記憶がある。

登場人物もじっちゃん以外は全員実在の人物がモデルになっているみたいだったし、作品中に出てくる宿のパンフに至っては実物そのものだった。


177 : 列島縦断名無しさん : 02/11/05 20:31 ID:BS5hFfc9 [1回発言]

腰を抜かすくらい美人の女将に直接会って聞いてみるべし。

長八の宿 山光荘
静岡県賀茂郡松崎町280

一人でも宿泊可能、食事は部屋食、トイレ風呂は共同、だったよ。
10年以上前のことだけど。
ちなみに、ジッさんは実在していなかったが、トヨちゃんは本当にいたんだってさ。もう勤めてはいなかったけどね。

182 : 177 : 02/11/10 23:37 ID:VXNXT0bP [1回発言]

10年くらい前でうる覚えだけど、一人で泊まって1万円から1万5千円くらいだったような気がする。
トイレ共同だからさ、高額な宿泊費はとれないでしょう。
というか、つげさんの作品はかなり忠実に実在のその旅館を再現してるわけで、造り酒屋を改装したつくりだから旅館としての機能はあまり良くない。 まあ、つげファンとしてはそこが逆に良かったりもするんだけど。 泊まるんだったら、「長八の間」を指定したほうがいいよ。 もちろん『長八の宿』の収録された本は必ず持参すること。

本物と漫画を照らしあわせると、つげさんが作品で、いかに忠実に実在のその旅館を描写しているかがわかるよ。

25 : 列島縦断名無しさん : 01/10/27 17:50 ID:ykli7YjH [1回発言]

つげは昭和初期や大正時代に深い愛着があるらしい。
本人が言ってた。

56 : 列島縦断名無しさん : 02/01/21 22:04 ID:a4UMtg0H [1回発言]

つげ漫画と「混浴」は切っても切り離せない。
ああ、彼が旅路の頃はまだまだ荒らされていない素朴な混浴が日本にはイパーイあったんだ(T−T)


140 : 列島縦断名無しさん : 02/09/27 23:59 ID:kzJCCYd+ [1回発言]

つげ義春は、人から忘れられたような場所ばかりを探そうとする。
町はずれの古い神社、町工場の裏の空地、ドブ川、河原、土手あるいは鉱泉宿、東北の寒々とした漁港、信州の山奥の峠、過疎の村、車も通らないような昔の宿場町。 あげていくときりがない。

つげ義春が歩く場所、描く場所は、大半がそうした目立たない、隠れ里のようなところである。普通なら、なんの魅力もないところである。 それが、つげ義春によって描かれ、語られると小さな桃源郷のような、懐かしく暖かい特別の場所になる。それはいわば、つげ義春によって発見された、やるせなく、物哀しくも、詩情あふれる場所になる。その意味では、つげ義春は風景の発見者である。

つげ義春の旅はどこかうらぶれた「落魄の詩情」である。

         *   *   *   *   *

川本三郎評論より


227 : age : 03/03/30 23:57 ID:zJZUSW7L [1回発言]

那須の北温泉はつげ氏の世界観そのままの宿ですよ。
アクセスもかなり悪いですし(バス一時間、徒歩20分くらい)
谷底でひっそりと営業してる(吹雪が凄い、身の危険を感じた)
寒くても極寒の時期がお勧め

薄暗い浴場(天狗の湯)はもうもうとした湯気につつまれ視界はほとんどなく、その向こうにほんとうに巨大な天狗の面がぼんやりと浮かび上がってくる
初めて入ったとき腰抜かしそうになった
壁には安産の絵馬がびっしり

木造の建物も江戸時代からの無計画(に見える)な増改築を繰り返して中は迷宮のようです
旅館の前には広大な温泉プール(つげ氏も描かれてましたよね)
こじゃれたもんではなく、ただだだっぴろいだけ
冬場はがたがた震えながら入りましたが星が綺麗でしたよ

宿の人間については何も申すまい(従業員はいい人達でしたが)
とにかく秘湯ブームとは一線を画した、つげ氏の雰囲気を色濃く残すところです


247 : 列島縦断名無しさん : 03/05/24 20:22 ID:NiAqx4X4 [1回発言]

温泉につかってふやけたいにゃ。
もう、仕事つかれたでち。

つげさんの漫画を読むとむしょうに温泉行きたくなる。あと勤労意欲がおちる。蒸発したい。


37 : ぶんちゃん : 01/11/11 22:02 ID:TVamo/pj [1回発言]

高校生時代につげ義春に出会いそんな旅に憧れつつあっという間に30年が過ぎ去ってしまった。 未だに憧れのままです。もしかしたら一生憧れのままの旅なのかもしれない。夢想のまま終わってしまうのかも?

何か人生って短いヨ。去年奥さんが飼っていたインコのコータローが亡くなった時、泣いて悲しむ姿を見て「ピーコ」を思い出しました。 旅は出来ないが、人生の色々なシーンに「つげワールド」はだぶるんだねこれが。
果たしてこの旅、見果てぬ夢に終わるのか?
あの世ではかなり近いシュールな旅は出来そうだが!

http://www.amazon.co.jp/%E3%81%A4%E3%81%92%E7%BE%A9%E6%98%A5-%E5%B9%BB%E6%83%B3%E7%B4%80%E8%A1%8C-%E6%A8%A9%E8%97%A4-%E6%99%8B/dp/toc/4651700772


89 :愛蔵版名無しさん[sage]:2009/03/07(土) 00:49:54 ID:???

ゲンセンカン主人のラストはもう1ページあったけど省いた、
西瓜酒の最後の説明は無い方が不思議な味の作品になった、
などとつげさんが言ってることからして各々意味はあるんだろうけど
説明したら消えてしまうような雰囲気を意味よりも大切にしてるんだと思うよ


42 :愛蔵版名無しさん[sage]:2009/03/04(水) 09:40:51 ID:???

俺はあんまり頭良くないし、つげ作品に限らず理屈ではなく雰囲気を楽しむタイプなんで、
ゲンセンカンのラストは偽りと堕落に満ちた安逸な生活を楽しむ主人公を、もう一人の自分が
厳しい現実に連れ戻しに来たとか適当に考えてるけど

こういう作品は読者の数だけ答えがあっても良いし、下手に作者が「正解」とか披露しちゃうと
つまらなくなるよね

45 :愛蔵版名無しさん[sage]:2009/03/04(水) 21:09:58 ID:???

ゲンセンカンはドッペルゲンガー?との遭遇で、何が起こるか解らない怖さを感じさせつつ終わるのがイイ。


378 : 列島縦断名無しさん : 04/01/10 09:09 ID:OS0Y5Hww [3回発言]

ドッペルゲンガー(ゲンゲル)は、芥川龍之介が、その作品「二つの手紙」に書いています。ただ、彼が見たというのは、嘘で、進歩派を気取りたかっただけと普通、解釈されています。

分身を見ると死ぬ、といわれています。心身の疲労の極にあるということでしょうか。
男は分身体験、女は多重人格というように、現れるらしいです。


87 :愛蔵版名無しさん[sage]:2009/03/06(金) 23:46:57 ID:???

たぶん、ゲンセンカンの旦那は自分でも知らないうちに能力に目覚めたんだと思う。
隣の世界と自分の世界を同時に存在させるような、そんな能力。


49 :愛蔵版名無しさん[sage]:2009/03/04(水) 23:07:31 ID:???

うん、どのつげ作品も曖昧な夢のふわふわ感を楽しめるんだけどゲンセンカンだけはどうしても何かもやもやしてたんだ
>>42さんの考え方が自分的にはしっくりきたお

106 :愛蔵版名無しさん[sage]:2009/03/09(月) 00:47:31 ID:???

「そんなことをしたらえらいことになるよ」

「もしあんたが行ったら」

「もしあんたがゲンセンカンに行ったら・・・・・」

老婆たちは何を恐れているのでしょうか?


107 :愛蔵版名無しさん[sage]:2009/03/09(月) 01:35:01 ID:???

参考になるのかどうか分からないけど楳図と中沢新一の対談より抜粋


楳:僕、あらわになったときに無くなっちゃうのはホラーと宗教だと思うので。

中:でも、楳図さんはそれをあらわにしちゃおうとしてるわけですよね。

楳:でも、あらわにはなんないんですよね。

中:いつも最後にはベールがかかっていますね。

楳:ホラーって、"だからどうだった"という結末は、絶対に無いですよね。
 それがホラーの仕組みなんだけど、宗教の元の考え方と同じような気がしますね。

中:真理は薄いベールの向こう側に見てなくちゃいけない。
 ベールを取った瞬間に哲学者は哲学者でなくなるという、そういう神話がありますよね。
 だから、宗教とホラーっていうのは、ベールをめくろうとしちゃう人に近いですね。

楳:一生懸命めくってるんだけど、やっぱり見えてこない。

中:規定するともうベールになってしまうんですよね。
 恐怖も絵に描いた瞬間にベールですよね。


108 :愛蔵版名無しさん[sage]:2009/03/09(月) 02:02:06 ID:???

念のため、ゲンセンカン主人がホラーだとは言わないよ
ただ作劇の手法はこの対談で語られてることにかなり近いんじゃないかな?

ちなみにつげさんは1968年の対談でねじ式について
「現実的には決して体験できないような恐怖というものを描いてみたかった。」
でも「それ(恐怖)だけが中心ではないんです。」と発言している。

760 :愛蔵版名無しさん[sage]:2009/10/03(土) 11:11:02 ID:???

図書館に行ったら、旅行の棚につげ義春の温泉本みたいなのがあった。
つげ氏が過去に行きまくってスケッチしまくった温泉絵や漫画と、実際舞台になった
温泉地の写真に、つげ氏のコメントがのってるコンセプトで、なかなか読ませた。

しかしつげ氏ほど温泉にまつわる漫画描いた人いないんじゃないか?知らんけど。
ほんっとに好きなんだなぁ。ってのが、スケッチのタッチに滲み出てるわ
巻末の解説に、とある温泉地に行ったらものすごい拓けてて、店やらバイカーが
山ほどいてガッカリした、なんて書いてあってクスッとしたり。わかります。
寂れた叙情が好きなんですよね。そこにひそむ影のような陰湿エロスも。

物理的に裸になる土地ですもんね。山間谷間にあるせいか、常識でははかれない
不思議なことがまかり通ってしまってそうな怖さもある…そういう昔ながらの、
決して大声でハシャぐような観光地ではない温泉地が好きなんですな。

あーやっぱ革新的じゃね。一体他の誰がゲンセンカンみたいな話を描けるというのか
あの感じ、あの土地だけ異質な感じをどう表現すればいいのか…
そうかと思えば、フツーに明るいノンビリした、でもそんなには人気のいない土地で
とある旅行者が旅館に泊まって温泉入ってそこのジっさんと色々しゃべって
特に事件が起きるわけでもなく旅行者は帰る、ただそれだけの話をなぜこうも
じっくり読ませてしまうのか。謎だ、謎すぎる。
つげ氏の感覚が好きなのだ、としか言い様がない…もっと何かあるはずなのに
言葉にならねェ。



780 :愛蔵版名無しさん[sage]:2009/10/10(土) 06:24:56 ID:???

つげさんてもてるんだよね、多分。人見知りが激しく赤面症としつつ、
蒸発旅日記だっけ?読んでると、手紙をくれたファンの人と結婚しよう、
とか、少々の欠点は目をつむるとか、でもあまりブスでも困るけど、
などといったことは気にしてるけど、自分が振られると言うことは想定していない。

でも自信家とかそういうのも感じられなくて、もてるんだけどその自覚がない人。
ごく自然に女性は寄ってくるものだということが無意識のうちに前提として
あるって感じがする。


            ,、-'''`'´ ̄ `フー- 、
          ,. ‐             ヽ
         ,.‐´               \
        /      ,l       \     ヽ
       /       l|, 、  、 |iヽ, ヽ \.   ヽ
       /     l  i ! | i  | |l'、ト ヽ iヽ ヽ  ',
       !     |  / | |. i  |.|| i.|ヽ |、 | ',   i  i
      !      ! / |,ャ、メ |i ト十i‐トi、! l  .i|  i
      ! i   ,.|!,.+‐'"| | | |i}  ' ュノェ|i,`i  l.| i
      l i l   l |/;:=ニ|i  l |   /rj:ヽ\ i  l i l
      | | |   ノ '/ iニ)ヽ,ヽ |!.   ' {::::::;、! 〉iー | | |
      | |i. |  !; 〈 !:::::::c!     'ー''(つ }i | i.| |
      | ! | |  ;: (つ`''"    、  //// /;:i | | !. |
       | i,  i. 、////      '     /,ノi,   i. |
       ! .|  | i 、,ゝ、     、─,    /   i |  |. i
       .! |  i |. | lヽ、      ̄   /  l  | i  | !
       ! |  i |i |l l| |`''‐ 、   , イ  |i | |i | i  |. !
       | |  i |i |i .| ノ    ` ''"  ヽ/l| l__,.、-|l l  ! i、
     ,. -'"゙ ゙̄'' ヽi |!l '           ,.--‐' |.i |i | |i ヽ
      /       ! l l ̄ `     、_        | /ノi i.!  |
     ,'          ! |              ,|/ |/i'   |
    i         ` l             .ノ  ノ ' ヽ、 |
    |        ノ     ,...      ヽ、;          ヽ-,
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   @゙!         |::              !::        ノ

つげ義春「海辺の叙景」


『海辺の叙景』は淡い恋愛作品といってもよいでしょう。よいでしょうと書くのはこの作品中に


「好きだよ」とか「愛してるよ」


のような言葉が一度も使われていないから。登場人物たちのピントをぼかしたような会話が、作品を損ねないよう慎重に続けられる。

たとえば『海辺の叙景』は出会った二人の会話を中心にストーリーが展開されますが

「あの岬の下は蛸の巣でね 無数の蛸に襲われたらたちまち骨にされてしまうんだ」

「信じられないわ」

「蛸って可愛い感じなのに」

「本当はドウモウなんです あの鋭い嘴を見ればわかる」

「あしたも来る?」

「うん」

「たぶんお昼過ぎに」

「じゃあ・・・・・・・・」


翌日は雨。貸しボートの小屋に一人たたずむ主人公。おくれてやってくる女性。すごく勇気を出して着てきたというビキニ姿。

「すごくきれいだよ」

「すごく」

「あなたいい人ね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

主人公は小雨の降りる海を泳ぎ、それを浜辺に傘をさしながら見ている女性が

「あなたすてきよ」

「いいかんじよ」 (『海辺の叙景』)

二人の影と暗い海、暗い雲が迫ってくるような描写です。
http://ameblo.jp/mainoumi-aomori/entry-10683854319.html


音の排除がモチーフに大きく関わっている作品がある。『海辺の叙景』である。

私はこの作品が、『マンガ夜話』(1997年5月28日放送)で評論家の夏目房之介が述べたように、「台詞だけ抜き出して読んでみるとほのぼのとしたラブストーリーになっているのに、マンガを見ると陰鬱」であるということと、ラストシーンでの静けさが何を意味するのか(音がまったく聞こえないことで何を浮かび上がらせたのか)ということの考察によって、『表現形態としてのつげ義春』が読み取れるのではないかと考えている。


『海辺の叙景』はラストシーンを除けば、男女が徐々に慕情を寄せ合っていく展開になっており、終盤に向かってその緊張は右肩上がりで進んでいる。手法として男女の物理的距離がページを追うごとに近くなっていくこと、ボート小屋でのアングルは登場人物から近く、動きがある。男が女の前で泳ぎを見せる場面では、最初に右から左に泳ぐことで(右からの風)激しさや勢いを、次に右から左に泳ぐことで必死さとたくましさ、それに伴う肉体感に効果を上げている。

一方、2つの雑音ともいうべきものがこれと平行している。一つは画面の黒さである。序盤は白が効果的に使われているが、男が空を見上げる入道雲のコマでは黒と白の割合が既に半々であり、終盤に向かうに従って黒の比重が増えていくことがわかる。(もう一つは終盤に向かって徐々にというわけではないが)、幾分激しい音であり、最初の2コマで「ドドーッ」、「ザザーッ」と波の音からはじまり、途中の雨の音、ラストの少し前のシーンでは多くのかもめ鳴き声、「キャアキャア」という漫符が挿入されている。

ラストシーンでは、「いい感じよ」と台詞こそ緊張感が最高潮に達しているが、その一方画面には黒さが目立ち、二人の物理的距離は遠く、ベタ塗りされて肉体感は失われている。そして、アングルは遠く、かもめはコマから消え、鳴き声も波の音も舞台から排除されて構成されている。

『海辺の叙景』の「入口」はこのラストの見開きである。そして、この「入口」におけるストーリーの盛り上がりに対するコマの描写の盛り下がりの差違は男女間の齟齬(対象)を切り開き、その効果としてより一層の男女間の溝の深さ(出口)を示している、と捉えることもできる。言い換えるなら「本来交わることのない男女を同じ舞台に上げてしまうことの残酷さ」がモチーフになっているということである。

さらに、ラストシーンにおける切り口は明らかに生理的感覚の排除であり、これは『表現形態としてのつげ義春』が生理的感覚への眼差しを多分に含んでいることを踏まえると、『海辺の叙景』の「出口」が効果として(男女間の)溝の「深さ」を表現したとするのは不可解であり、不自然である。なぜなら、つげほどの力量を持った作家なら、この程度の「出口」は、生理的感覚を持ってこの「出口」を描くことができたはずなのである。事実、つげは既に『海辺の叙景』より前の『チーコ』という作品の中で男女の間にあった文鳥とそれに対する二人の視点の差違という切り口で、男女の齟齬の溝の深さを描くことに成功している。(『チーコ』に関しては記号論と併せて別の機会に譲る。)

では、生理的感覚の排除はつげに何らかの意図があって、つまり排除することのメリットがあったと考えるのが自然である。それは何だったのであろうか。

つげはリアリティを追求した作家である。つげは『漫画術』の中で

リアリティというのは内面なんかはずれて、具体的な出来事とか現象とか、もうまったく客観性のものにこそリアリティがあるんじゃないかと思えるんですよ。だからその時代、時代の人がいろいろなことで悩んで、自分の内面表白したような作品、内面のことを書いた作品にはリアリティがないんですよ。

と語っている。『海辺の叙景』には主人公、登場人物からの視点は存在せず、彼らは小道具のように利用されるのみで、具体的な出来事だけが淡々と語られている。これがつげのいうリアリティの現出であって、これによってリアリティをえるのは無論(作品の核である)モチーフである。『海辺の叙景』で描かれたモチーフは差違の(時点>(入口)までであることを慮ると、作品の外に溝が「深い」、「残酷さ」の効果を問う「出口」の(時点>にはリアリティはなく、対象というブラックボックス、この場合「齟齬」という対象だけがよりリアリティを持っている。

また、場所や時間、さらには男女の名前すら明示されていないが、このように意図的に排除することによって「齟齬」という概念のみを浮かび上がらせる手法こそが『海辺の叙景』の独特の表現形態であって、同時に『表現形態としてのつげ義春』が垣間見える所であるのだ。
http://www.geocities.jp/bbtugeken/last2.htm

 「ねじ式」などで知られる劇画家・つげ義春の作品に「海辺の叙景」がある。その最後のコマは見開きで、それこそ「ドン」という感じで、いささか驚かされる。その絵のなんと印象的なことか。夏の雨の日の海辺だが、なんだか、どんよりと、重ぐるしい空気が漂っている。どうしてなのか?

 作品が掲載されている『つげ義春コレクション 李さん一家 海辺の叙景』(ちくま新書 2008年12月 第一刷)で、夏目房之介が、それなりに解説している。

 「『海辺の叙景』を人物ドラマとして見れば、ほのかな男女のやりとりが淡々と続く小品である。ところが作品全体からは、男女が世界から脅されて微妙に揺らめいているような印象すら受ける。その秘密は表現的にいうと人物ドラマと風景描写のせめぎあいにあるようだ(中略)吹きだしゼロの、風景が優位になった場面では暗欝で脅迫的な印象すら受ける。ラストでは『いい感じよ』という女の肯定的なセリフにもかかわらず、真っ黒くなった人物とセリフが、鉛のような稠密な風景に呑まれてしまうのである」

 作品の発表は今から40余年も前、『ガロ』1967年9月号という。高野慎三の解題によると、つげ義春はこの作品にある種のメッセージを与えているという。
 「(つげ義春は)執筆直後に貸本マンガにみられるセンチメンタルな青春ものは嘘のかたまりである。青春とは決して甘ずっぱいものではない、というような意味のことをもらしている。したがって、『海辺の叙景』は、当時の貸本マンガに顕著だった青春賛歌への反論とみられぬこともない」と。
http://nikkosunadokei.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/post-6fc6.html

330 : 列島縦断名無しさん : 03/10/09 21:51 ID:EvINebp9 [2回発言]

海辺の叙景

いったい皆さんはどう読まれたのでしょう。

1、孤独な青年に、素敵な彼女ができて、ああよかった。
  というのが、大方の感想でしょう。わたしもそうです。
  ところが、有力な反対説があります。

2、あれは、20年前、子供を道ずれに海に飛び込んだ女の亡霊で、最後の見開きで颯爽と泳ぐ(泳がされる)青年は、次の空白ページで葬式の写真となって出てくるというものです。

証拠として、女が登場する場面に足が無い。雨の中、女をボート小屋の中で待つ場面に、葬式写真用のリボンがかかっている。などですが、母親の呪縛から抜け出せない、のはわかるとしても、よく読みこむ人がいるには、感心します。

それはともかく、大原、よかったですよ。作品の岩場もまだあります。駅前食堂の、あじのたたき定食もおいしかったよー。

370 : 列島縦断名無しさん : 04/01/01 14:17 ID:a3roRk01 [4回発言]
>>330 海辺の叙景

私は20年間こういう風に読んできました。

「引きこもり」の主人公には、若く美しい女の子と一緒に並んで日光浴するなんてことはもちろん、気軽に話すことも想像すらできない。
その理想、空想の世界。その究極がさっそうと泳いでいる姿に「いいかんじよ」と言ってもらうこと。

379 : 列島縦断名無しさん : 04/01/10 09:17 ID:OS0Y5Hww [3回発言]
>>370
なるほど、その解釈もありますね。
サングラスの意味が、よくわかります。
すべて、青年の頭の中だけで、起こって出来事だったのかも。

つげさんの、ほかのいくつかの作品と同じように、最後のコマガ、最初のコマにつながるとすれば、荒天でのクロールのあとは、白昼の海な場面になるわけです。これも怖いですね。

380 : 山陰つげ旅行、初心者 : 04/01/10 19:35 ID:OFo1FjQX [1回発言]
>>330 海辺の叙景

オデュッセウス(Ulysses)が苦境に陥った時にはアテネ(女神)が出てきて助けてくれる。
アテネは幻覚のようなものだ、という人もいる。文学作品では他にどんな例がありましょうか?

「幻の光」という映画は、私にとって、ほぼ全編が つげ的 日本の原風景でした。

381 : 列島縦断名無しさん : 04/01/10 21:59 ID:OS0Y5Hww [3回発言]

古事記で、日本武尊が東征して、東京湾(走水)を渡るのだが、海が荒れて大変な状況だ。弟橘の姫が、入水して、海の神の怒りを静める話があるね。これは「犠牲」という意味で、君の言うのとは違ったかな。

井上靖の「あすなろ物語」2話に少年を鍛える女性が出てくる。映画では根岸明美がやった。これのほうが、合ってるかもしれない。


383 : 列島縦断名無しさん : 04/01/16 21:40 ID:ASCqHuJO [1回発言]
>>370-381
こういう方々が清水正のいい客なんだろうなあ


385 : 列島縦断名無しさん : 04/01/17 11:22 ID:ki8ot7Vz [1回発言]
>>383
清水正は、間違いだらけ。
かれの 、つげ論は現代詩人と言われる人々の、話をまとめただけ。
特に酷いのは、「腹話術師」のところ。天一ほか、奇術師の名前が出てくるが、あれは実在の人物。間違いの話を、そのまま間違えて、 本にしただけ。

「海辺の叙景」の解釈も間違い。女の正体は、むしろ母子心中の
むしろ、子供の方。
日大でた奴に、ろくな評論書けるわけねえだろ。

169 :愛蔵版名無しさん[sage]:2010/03/25(木) 19:55:05 ID:???
>>168

> 手元にないけど、「つげ義春漫画術」で結構種明かししてたような気がする。

読んでみたい。ところで諸説ある「海辺の叙景」の種明かしはしてました?
自分はあれは普通の淡い恋愛物語として読みたいんだけど‥。
遺影に見えるのは小屋描くときに手が滑ったとして、ひとつ謎なのは
雨の中泳ぐシーン、主人公の水着が女性が前半のシーンでつけてたのと
同じなこと。


170 :愛蔵版名無しさん[sage]:2010/03/25(木) 20:46:11 ID:???
>>169

う〜ん、ごめん! 思い出せない・・。
ただ、そこまで深くは語っていなかったと思う。
「男女の関係を描くとき、屈折してしまう」そんな感じだったかなぁ。


てか凄いね。

>雨の中泳ぐシーン、主人公の水着が女性が前半のシーンでつけてたのと
同じなこと。

そこまで気づかなかった!

183 :愛蔵版名無しさん[sage]:2010/03/28(日) 17:21:45 ID:???

ちくま文庫のつげコレクションの最後の解説に、
「海辺の叙景」について、
「センチメンタルな青春ものは、嘘のかたまりで、青春はけっして甘酸っぱいものではない」
「したがって、「海辺の叙景」は、当時のこういったマンガの青春謳歌への反論。」
と言った風なことが書いてある。


185 :愛蔵版名無しさん[sage]:2010/03/29(月) 05:39:54 ID:???
169です。
>>170
ありがとうございます。
水着の件はどこかで読んだので、私の発見じゃないです。

>>178
ここの過去スレでも話題になってた。
ttp://www.unkar.org/read/anime3.2ch.net/rcomic/1192669103/1266035210/


372のとこ。
でも足がないってのはこじつけ気味なきがする。
だってあのシーン水しぶきで岩場も下の方が消えてるし。
清水ナントカとかもそう言ってるんだよね。

小屋は遺影を暗示するということで譲歩するとしても、
すでに死んでいるとは思わない。
ラストのあとは海に呑まれてしまうかも、という印象はある。
でも基本的にはそうは解釈したくない。


186 :愛蔵版名無しさん[sage]:2010/03/29(月) 05:47:36 ID:???

連続レスすみません。
でも清水って人のサイトに載っている学生の声とか読むと、
「こういう読み方もある」というより「こうなのだ」って
教えているような感じがするけど、そういうのって
どうなんだろう。

>>171
全く同感です。小説でも絵でも映画でも、そうですよね。
だからつげさんの作品もそうだけど、
私は読み手によっていろいろ解釈できる作品が好きです。

たとえ作者が「こうだ」と言ってもそれは必ずしも
正解である必要はないと思う。
もちろんつげさんがどう説明してるかはとても気になるけど。

187 :愛蔵版名無しさん[sage]:2010/03/29(月) 13:47:55 ID:???

先日青林工藝社のガロサイズの「ねじ式」で、はじめてつげ作品にふれた者です。
「海辺の叙景」はなんかフランス映画みたいでいいなと思いました。

夏の海と太陽は主人公の心を『いい気分』にするには強烈すぎるし通俗的でも
あるけど、雨のふる暗い海でも『いい気分』になれた…と、まさにタイトル通り
「叙景」だと思います。


188 :愛蔵版名無しさん[sage]:2010/03/29(月) 14:50:42 ID:???

清水正の事だったら、奴がつげに関して言ってる事は 「 全 て 無 視 」 するべき電波です。


189 :愛蔵版名無しさん[sage]:2010/03/29(月) 22:55:05 ID:???

漫画史上屈指の名セリフ

「あなた、いい感じよ・・」


190 :愛蔵版名無しさん[sage]:2010/03/30(火) 22:45:05 ID:???

マンガ史上屈指のトラウマシーン

あっ そこが急所


191 :愛蔵版名無しさん[sage]:2010/03/31(水) 01:11:30 ID:???

マンガ史上屈指のとぼけたセリフ

さる…
猿?


192 :愛蔵版名無しさん[sage]:2010/03/31(水) 07:13:01 ID:???
>>188
電波なんですか。足がないだの、叙景は女景だのこの辺はさすがに???では
あるけど。
でも清水正氏がつげさんに会いに行った記事は興味深かった。
最近の近影入りで。
http://unkar.org/r/rcomic/1261178092


最初「海辺の叙景」を読んだ時、主人公の男は死ぬであろうと予感したが、雨宿りのシーンが男が死んでいるという話を聞き、それが確信へと変わった。 作中の女は最初明るく美しいが、後になり影となる。

男の生気を奪い、静かに遠のいてゆく最後のシーンは、まるで人とサキュバスのようだと思った。(文芸学科1年・坂本如)


自分一人で読んだ時は、単なる男女の物語としか私には解りませんでした。けれど骨壺から遺影→叙景の「ジョ」は「女」であるという話に背筋が震えました。言われてみれば、いつしか女は男の体を守っていた傘を取り、「こう行って、こう」と男を泳がせていて、「「女、怖い」と思いました。(文芸学科1年・中村亜紗子)

56ページの遺影の図。

あれはボート貸出の小屋だったので、私は死者を送り出すような気がしました。オリーブ油を塗った男の生命も奪われたのでしょうか。だから顔が無かったとか…なんて。(演劇学科2年・潘芽具美)


海辺の女景と最後に聞いて、納得でした。

マンガって深いですね。よめばよむほど色んなところが見えてきます。
つげさんは、何か最後のコマが怖いマンガだなと思いました。何かを訴えかけているような…。(放送学科2年・青木美緒)

「チーコ」もそうだったけれど、この作品も読み終えた後になんとなく気味悪さの残る、怖い作品だった。なぜ女性は男性に水着を貸し、サングラスを借りたのか。二人の行動の1つ1つに何か深い意味が込められているようで、深いところまで知りたくなった。(放送学科2年・矢島美帆)


「詩人は死人より怖い」名言だと思った。
海は言いようのない恐怖を感じるがその片鱗が凝縮されていると感じた。
今回の解体と再構築は見事です。(放送学科1年・牧野笑子)


遺影の話はすごくびっくりしました。それに怖かった。女は男を飲み込むコワさがあるってことなのでしょうか(笑)来週の授業も楽しみです。(放送学科1年 田村香奈絵)


海辺の叙景=女景だなんて怖かった。男がもう死んでいるという設定にハッとした。(デザイン学科3年 原田真理子)
http://www.shimi-masa.com/archives/2009/05/post_232.html

 私は『海辺の叙景』を父からの性的虐待を受ける女性と母からプレッシャーを受ける男性の話だと思って読んでいました。「遺影」にはぞっとしました。(文芸学科一年 馬場嘉淑)

 初読ではこの『海辺の叙景』は若い男と女のいい感じになりそうな爽やかな恋愛マンガだと思っていた。しかし、この男が実はもう死んでおり、女は死神だと聞いたとき、眠気が一気にきえてしまいまった。(文芸学科一年 宮崎隆)


 私的には『海辺の叙景』は『チーコ』よりも好き。つげ作品を詠む度思うけど、ホントに無駄がない。『チーコ』を詠んだおかげか、初見でも「裏」が見える作品だった。(文芸学科一年 飯島哲也)


 今回の話は、ラストシーンの解説で一気に背筋が凍りました。何でもないような話の中に大きな矛盾と疑問を描き、女の恐ろしさを表現したつげ先生には思わず感服してしまいます。(文芸学科一年 井内翔平)

 つげ義春は、無意識にこういったマンガを描いたのか。人間、窮地に陥るとこのような狂気めいた世界が見えるのだろうか。いや、自分たちがいる何気ないこの日常でも、生と死の間を感じることではないだろう。(美術学科四年 川名祐輔)

 遺影が衝撃すぎでした。二人で海に入るとき、男の足が途中で切れてるのも恐くなりました。ビックリがいっぱいです。(映画学科二年 大久保希美)


 56ページの一コマ目が遺影に見えたときは戦慄しました。サングラスに始まり生命まで奪ってしまう妖婦は恐ろしくも魅力的だと思いました。(文芸学科一年 寺田昌洋)

 遺影になっているところに気づいたときぞっとした。登場人物の女がすべてを奪っていく女だと聞いてから、もう一度作品を詠んだら、最後の方で泳ぎたいと言っていたのに、男だけ泳がせて女は男の傘までつかっていたのに気づいた。(美術学科二年 白野鮎美)

 オイディプス王の話と同じものを読んだことがありました。「父親殺しの罪」が繋がっているのもびっくりしましたが、他の作品もの繋がっていくことに驚きました。そして遺影の描写。私は海で泳いでいる青年に女の人が「唇が青いわよ」と言っているセリフも死人を連想させたので、ぞっとしました。青年はどうして罰をうけるのか、自分自身ではわかっていないと思うので、残酷だと思いました。(映画学科二年 高橋茉由)
http://www.shimi-masa.com/archives/2008/05/post_127.html


最初、『海辺の叙景』を読んだ時、さらっと読めてしまった。清水先生が言っていた、ここでの魚は子供で岩の崖は父親で水しぶきを上げる海は女性器を表す母親ということや海は死を表す、というようなことなど思いもしなかった。そう言われてもいまいちしっくりこないというのが正直な感想だが、マンガでも奥が深いと思った。
(放送 目崎光太)

つげ義春の作品は深く読み込んでこそ味があるのだと思えてきました。今回の作品はゾッとする場面が多くて怖かったです。個人的に気になったのは、海の中で唇を青くして寒がっている青年に向かって「カゼをひくからあがりましょ」と一見優しい言葉をかけた女の姿が黒でベタ塗りにされていたことです。あの言葉に裏があることを暗示していたのでしょうか?
(文芸 亀本実世)

遺影の時は「そうなのかなー?」って思って見てたのですが、男性の水着の件はダイレクトに伝わって怖かったです。女の人の笑顔も気味が悪く思えてきました。初めて読んだ時は女性は蛸なのかなって感じたのですが、どうなんでしょう。
(放送 江越美紀)


なんだか・・・女って怖いですね。私も女ですけど。つげ義春さんのマンガをやり続けているせいか、だんだんと深読みするようになってきたようです。でもラストの海で泳いでいるところは、言い知れぬ怖さというか・・・じわじわくる怖さがありました。女には注意しないといけませんね。私も女ですけど。
(演劇 小沼和)

初めて読んだ。

1回目の時から男は死ぬのではないかと思っていたが、授業で読み返してみると遺影のシーンをみて確信しました。あと、「体力が・・・なくて・・・苦しい」も、死ぬ前兆だったのではないかと思いました。
(文芸 阿部桜)


読解していく小説のようなマンガはとてもおもしろい。

よく見てみると、P62の一コマ目で男が「よしつきあおう」という場面で足首のところが風景と一体化して消えているのが分かり「海=死」に向かっているのがちゃんとうかがえる。
(美術 梅原康平)

観る視点が変わると全てのコマが違う意味を持ってくる。海辺ではしゃぐ人々に“ワイワイ”の音の1つもあてなかったつげ義春がカモメの鳴き声はすき間が無い程に描いているのが不気味だ。
(文芸 大野純弥)

よく考えると怖い話だなあと思いました。
途中で水死体で発見された女性の話や蛸が人を襲う話は男が女に殺されて死んでしまうことを暗示した伏線なのかなあと思いました。
(文芸 中島沙弥香)


最初はあの女性、もしくは青年がすでに死んだ人として描かれていると思っていた。

磯の香りがするのも死体の話をするのも海でどちらかが死んだからこういった話をするのかなぁと。

女性が道連れ(?)に男性の命を奪ったとしか思えない。あの話の最後でどちらも死んだ人になっている気がする。
(演劇 森永志音)
http://d.hatena.ne.jp/shimizumasashi/20100615/1276560882


 私は『海辺の叙景』を父からの性的虐待を受ける女性と母からプレッシャーを受ける男性の話だと思って読んでいました。「遺影」にはぞっとしました。(文芸学科一年 馬場嘉淑)

 初読ではこの『海辺の叙景』は若い男と女のいい感じになりそうな爽やかな恋愛マンガだと思っていた。しかし、この男が実はもう死んでおり、女は死神だと聞いたとき、眠気が一気にきえてしまいまった。(文芸学科一年 宮崎隆)

 私的には『海辺の叙景』は『チーコ』よりも好き。つげ作品を詠む度思うけど、ホントに無駄がない。『チーコ』を詠んだおかげか、初見でも「裏」が見える作品だった。(文芸学科一年 飯島哲也)

 今回の話は、ラストシーンの解説で一気に背筋が凍りました。何でもないような話の中に大きな矛盾と疑問を描き、女の恐ろしさを表現したつげ先生には思わず感服してしまいます。(文芸学科一年 井内翔平)


 いつもながら、深いと思いました。とくにさいごの方の旧約の神の話と人間、正義についてのところです。作品で思ったのは、はじめて詠んだときに妙に気持ち悪い終わりだと感じていたので、先生の説明であぁそうだったのかと思いました。(演劇学科二年 渡辺 百桃)

 つげ義春は、無意識にこういったマンガを描いたのか。人間、窮地に陥るとこのような狂気めいた世界が見えるのだろうか。いや、自分たちがいる何気ないこの日常でも、生と死の間を感じることではないだろう。(美術学科四年 川名祐輔)


 遺影が衝撃すぎでした。二人で海に入るとき、男の足が途中で切れてるのも恐くなりました。ビックリがいっぱいです。(映画学科二年 大久保希美)
 とりはだがたちました!!「絵の表現」というもののしばらしさに…。(放送学科一年 キムボミン)


 チーコの授業で読み方を聞いて、今回かなり警戒してたのにやっぱり気付けない所が多かったです。すごく悔しい。(文芸学科一年 松永 寛和)

 この授業に出ると、すべてのマンガが恐くなるんだと感じた。(演劇学科二年 尾山昂)


 海辺の叙景は登場人物が死んでいる男とその命を削る女という関係に気が付いた時は、マンガを楽しんで詠むという点とはかけ離れていて恐かったです。(文芸学科一年 葉雅美)


 56ページの一コマ目が遺影に見えたときは戦慄しました。サングラスに始まり生命まで奪ってしまう妖婦は恐ろしくも魅力的だと思いました。(文芸学科一年 寺田昌洋)

 海辺の叙景は抒情的な作品に初めて読んだとき思えたが、ラストの「いい感じよ…」に含まれる暗さと描写が気にかかっていた。今日はその象徴的な意味がわかる、目からウロコの授業だった。(文芸学科一年 角朋美)


 遺影になっているところに気づいたときぞっとした。登場人物の女がすべてを奪っていく女だと聞いてから、もう一度作品を詠んだら、最後の方で泳ぎたいと言っていたのに、男だけ泳がせて女は男の傘までつかっていたのに気づいた。(美術学科二年 白野鮎美)


 オイディプス王の話と同じものを読んだことがありました。「父親殺しの罪」が繋がっているのもびっくりしましたが、他の作品もの繋がっていくことに驚きました。そして遺影の描写。私は海で泳いでいる青年に女の人が「唇が青いわよ」と言っているセリフも死人を連想させたので、ぞっとしました。青年はどうして罰をうけるのか、自分自身ではわかっていないと思うので、残酷だと思いました。(映画学科二年 高橋茉由)

「海辺の叙景」を、今まで自分は好きだったが、腑に落ちない部分がたくさんあった。特にラストシーンまで続く異常なまでの暗い雰囲気(ラストの見開きに象徴される)が謎だった。しかし、今回の授業の「死」と「母胎回帰」というキーワードによって、かゆいところに手が届いたような感覚を得た。素晴らしい作品だと改めて思った。(文芸学科一年 伊藤多季人)
http://www.shimi-masa.com/archives/2008/05/

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先人にとって、死はやがて来るべきものではなく、与えられるべきものだったようだ。それは「古事記」のヌナカワヒメというお姫様がヤチホコ(=オオクニヌシの別名)にプロポーズされた際に、贈った歌からも分かる。


 青山に 目が隠らば ぬばたまの
 夜は生でなむ 朝日の 咲き栄えて来て

 「青山に太陽が沈んだら夜が来るよ、そしてまた朝日が出てくるよ」、

大筋に解釈すればこのような意味になるだろう。しかしまたなんでこんなことをわざわざ歌にする必要があるのだろうか。大いに首をひねりたくなるところだが、よくよく読めば「夜は生でなむ」という箇所が不思議だ。

「夜は来る」ではなく「夜は生まれる」になっている。

古代では太陽が姿を消す夜という世界は、死そのもの、あるいは死者が住まう冥界と考えられていたそうだ。

夜闇にネガティブなイメージを持つなら、このような表現はまずしないだろう。にもかかわらず、夜を「生まれる」と言ってしまうところに、先人のアンチ的な死生観がうかがえて面白い。つまり先人は、死をネガティブに捕らえていなかったということになるのだ。

 だが、太陽の一日のサイクルを、人間のそれになぞらえてみれば、彼らの思想は、ごく自然に生まれた思想だといえる。太陽は山へと沈み、また山からあふれんばかりの光をたたえて顔を出す。その死と再生のサイクルは絶えることなく、揺るぐことなく普遍的に続くのである。そう考えれば、死(日没)は忌み嫌うべきものではなくむしろいつかは再生(日の出)へとつながるということになる。そう、死の世界からあらゆるエネルギーは再生するのだ。

 先人は、こうして自分を取り巻く自然の摂理や環境に自らをなぞらえることで、自分という存在がどこから来て、どこへ消えていくのか、一つ一つ学んだのである。そしてそれらは、自然への畏怖や敬意となり、やがて、太陽信仰や、山岳信仰、カンナビ信仰などの自然信仰へとつながっていったのだ。

http://www.jumpingfrog-in-kumano.com/newhamon/kumano/050426.html

人間は瞑想によって現実の世界から離れ、無意識の世界に降りていく。瞑想の中で人間は無意識のさまざまなイメージと出会いそれらと対決を余儀なくされる。

 彼が最初に出会う無意識は「影」である。「影との出会い」は錬金術ではニグレド(黒化)と名づけられ、「死」や「腐敗」に喩えられる。(略)この段階は神話学では「夜の航海」と呼ばれるメランコリアの状態である。主人公は鯨や怪魚に呑み込まれ、その腹の中で地獄の火に焼かれたり、ばらばらに引き裂かれたりしながら、死ぬほどの苦しみを味わう。

 なぜこの状態が暗黒によって象徴されるメランコリアなのかというと、そこで人は自分の否定面に出会い、マイナス面を認識させられるからである。それゆえこの段階は「分離」とも名づけられ、心理学的には本当の自分を認識する段階である。つまり投影を引き戻すことによって投影していたものを自分の中の部分として区別し認識して、自分のマイナス面についての自己認識を強いられる。

 次に現われるのがアルベド(白化)の段階である。英雄神話では、怪魚に呑み込まれた英雄が暗黒の世界から地上に甦った瞬間の、光にあふれたすがすがしい感じを表わしている。(略)この段階は肉体や情念から解放された純粋に精神的(霊的)な心の状態であり、多くの宗教において最高の状態と考えられている。

 (略)しかしこの状態はじつは人間のこころが最も分裂している状態である。光と善と霊が、闇と悪と身体とを否定しており、両者は最も鋭く対立している。(略)

 しかしその次に、その次に、その光と闇、善と悪などの対立を止揚して、高次の総合または結合を表わすルベド(赤化)の段階が現われる。これは中天に昇った太陽によって象徴される最高の段階である。その太陽は月に対立する太陽ではなく、太陽と月の結合、男性性と女性性の結合(王と女王の結婚)、ヘルマフロディテ(両性具有)、または皇帝(世俗の最高権力)と法王(宗教界の最高権威)の結合などとして描かれる。これらはさまざまな対立を統一した、新しい調和の世界としての「一なる世界」を表わしている。
http://homepage.mac.com/kazenotopos/topos2/sinpigaku/Jung.html


“魂の闇夜”というと思い出すのが、ユングの“夜の航海”でしょうか・・・。


『ユングが無意識との対決で感じたネケイアのエピソード。

それは、オデュッセウスが影の国の不気味な岸辺と、死者たちの滞在地に旅するところを描いている。


「ホメーロスの英雄は耳を傾けているフェニキア人たちにこう語る。

私たちが不思議な追い風を受けて、永遠の霧の中にあり、太陽が一度も照らしたことのないキンメリアの岸辺の世界の果て、世界を帯のようにぐるぐると巻いているオケアノスの川に着いた時、太陽が海に沈んでいった。私たちは死者たちの川の岩々と流れに来た。 キルケーが私たちに言ったとおりである。・・・」


実際、ユング自身、これを書いた時、自分のネケイアの途上であり、そこでトランスパーソナル(超個人的)、彼岸的なものの体験に耐えねばならなかった。 湖の航行や神話的ネケイアのモチーフは、教科書に書かれているような精神病理学的基準だけではその意味をつかむことができない。


「夜の海の航行」は、レオ・フロベニウスが今世紀の初めにこのプロセス(無意識との対決)に与えた表現だが、これは多くの神話に見られ、元型的、人類に普遍的な特徴を備えている。


太陽は毎日、西の方で飲み込まれ、宇宙的な母の懐に抱かれながら夜の海の航行に出かけ、ついには新たに東方に蘇る。

同様に、英雄の原像である太陽神も、飲み込まれるという運命を、自らに引き受け再生、すなわち復活を体験するのである。
それによって人類と個人の原モチーフが明らかになる。

よく引き合いに出される人生半ばの危機的段階が転換の時であることは偶然であろうか。

上昇してきた生命力は、生物学的な観点からだけでもすでにそのクライマックス、すなわち終点に達しているのである。

特筆すべきことだが、「死点」ということが言われる。 これは、個性的な仕方で、すなわち、人生後半が人生前半とはまったく異なった内容と目標を見据えながら踏み越えねばならない点である。

根本的に言ってあらゆる人はこの問題に直面している。 人生半ばで起こることを完全に自覚しながら通り抜けるように定められている人は経験上、ごく僅かである。このことは、人類の精神史と密儀史を見るだけで明らかである。 しかし、この(神話的)死のプロセスを我が身に引き受ける者、魂の彼岸の旅を初め、夜の海の旅あるいは地獄への旅に合格した者のみが、この経験によって、変えられた者、まさに「新しい人」として同胞たちの前に歩み、彼らに新しい生命を教えることができるのである。

彼のみが、古代の密儀におけるプシコポンポス(魂の同伴者)として、東洋や西洋のさまざまなイニシエーションのシステムにおけるグールー、マイスターあるいは魂の指導者として、夜の海の旅にでかける他の人々を同伴することができるのである。 キリスト教神秘主義の歴史は現在に至るまで、霊経験と魂の導きの様態と方法に関する例に満ちている。

単に症状と戦うだけでは、単に個人を社会のその時々の規範と期待に適応させるのと同様に、不適切であろう。 自己化、ユングの言い方では「個性化」こそ、人間存在の根本テーマなのである。


ニーチェは、「汝は、汝自身にならねばならない」と言っている。』


ユングは無意識との対決で、ニーチェとの違いをこう語っています。


『自分は医師の免許を持っており、患者たちを助けねばならず、妻と子供たちがおり、キュスナハトのゼー・シュトラーセ228に住んでいることについての自覚、これらの事実がわたしに目覚めているようにと要求し、わたしが現実に存在しており、ニーチェのような人間と違い、精神の風に吹き回されている木の葉だけではないということをわたしに毎日証明してくれた。

ニーチェの足が地につかなくなったのは、彼が自分の思想という内的世界以外、何も他に所有せず、さらに、彼が思想を所有していたというよりはむしろ、思想が彼を所有していたからである。 彼は根こぎ状態になり、大地の上に遊離していた。 だからこそ、彼は極端と非現実性に陥ったのである。この非現実性はわたしにとって恐怖の本質をなしていた。というのは、わたしが目差していたのは、まさにこの世界というこの生命だからである。』


無意識の闇をわたるとき、大事なことは、現実を排除しないバランス感覚なのだと思います。

http://blogs.yahoo.co.jp/mieletrose/27664932.html


 ユングは人間的完成つまり個性化への旅を「夜の航海」と名付けた。ユングにとって、個性化の旅は、暗い無意識世界の海へ深く下降していく旅であるから。この下降の中で、意識と無意識は結合され、個性化―人格としての完成―は実現されるという。この旅というのは危険に満ち溢れ、一人の英雄しかゴールに到達できないことになっている。

ケルト世界には多くの他界への旅の物語がある。それは、元来が遊牧民のケルト人は地平線に思いを馳せ、旅に生きたからである。旅は冒険であり戦いであった。ケルト人にとって、人生とは旅だったのだ。試練に立ち向かうアーサー王の騎士たちもみな、人生の旅を生きていたと言える。

現代の我々は人生が旅であるということの本当の意味を見失っている。どこへ出発することもなく、ただ死を待っている。それは同時に出発する他界が存在しないからだ。言い換えるなら、無意識世界へ行く「夜の航海」を失ってしまったのである。人間的成長や人格的完成と言った言葉は死後になっている。

物質的には貧しくとも、人々が豊かな生を生きている時代が存在したのは確かだ。遠い昔の他界への旅の物語が我々に送っているメッセージは、金に象徴される聖なるものに向かう旅をやめた我々の人生がいかに貧しいものであるかということではないだろうか。

www.kufs.ac.jp/English/faculty/sakamoto/s_chivalry1.doc

砂の船
http://www.youtube.com/watch?v=1GolyQMbYEI&playnext=1&list=PL0AA5C7BCA2CE38E4
http://www.youtube.com/watch?v=vLWSO73xYU8
http://www.youtube.com/watch?v=nKvPHuYqgJk


誰か 僕を呼ぶ声がする
深い夜の 海の底から
目を 開ければ窓の外には
のぞくように 傾いた月

僕はどこへゆくの夢を泳ぎ出て
夢を見ない国をたずねて
いま 誰もいない夜の海を
砂の船がゆく

望むものは何ひとつない
さがす人も 誰ひとりない
望むほどに 消える夢です
さすがほどに 逃げる夢です

月は波に揺れて 幾百 幾千
古い熱い夢の数だけ
いま 誰もいない夜の海を
砂の船がゆく

月は波に揺れて 幾百 幾千
古い熱い夢の数だけ
いま 誰もいない夜の海を
砂の船がゆく
いま 誰もいない夜の海を
砂の船がゆく
ただ 誰もいない夜の海を
砂の船がゆく

            ,、-'''`'´ ̄ `フー- 、
          ,. ‐             ヽ
         ,.‐´               \
        /      ,l       \     ヽ
       /       l|, 、  、 |iヽ, ヽ \.   ヽ
       /     l  i ! | i  | |l'、ト ヽ iヽ ヽ  ',
       !     |  / | |. i  |.|| i.|ヽ |、 | ',   i  i
      !      ! / |,ャ、メ |i ト十i‐トi、! l  .i|  i
      ! i   ,.|!,.+‐'"| | | |i}  ' ュノェ|i,`i  l.| i
      l i l   l |/;:=ニ|i  l |   /rj:ヽ\ i  l i l
      | | |   ノ '/ iニ)ヽ,ヽ |!.   ' {::::::;、! 〉iー | | |
      | |i. |  !; 〈 !:::::::c!     'ー''(つ }i | i.| |
      | ! | |  ;: (つ`''"    、  //// /;:i | | !. |
       | i,  i. 、////      '     /,ノi,   i. |
       ! .|  | i 、,ゝ、     、─,    /   i |  |. i
       .! |  i |. | lヽ、      ̄   /  l  | i  | !
       ! |  i |i |l l| |`''‐ 、   , イ  |i | |i | i  |. !
       | |  i |i |i .| ノ    ` ''"  ヽ/l| l__,.、-|l l  ! i、
     ,. -'"゙ ゙̄'' ヽi |!l '           ,.--‐' |.i |i | |i ヽ
      /       ! l l ̄ `     、_        | /ノi i.!  |
     ,'          ! |              ,|/ |/i'   |
    i         ` l             .ノ  ノ ' ヽ、 |
    |        ノ     ,...      ヽ、;          ヽ-,
    .!         |::     :..゚..::       i:        ゙゙''i
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死と再生というテーマ

ユング心理学の本を読んでいて「死と再生」というテーマにたびたび出会うことに気がつきました。

ここでいう「死」は肉体的な死を意味するのではなく、象徴的な「死」のことです。それは、「ひとつの世界から他の世界への変容を意味し、古い世界の秩序や組織の破壊を意味」しています。 象徴の世界の「死」は肉体の死と直接結びついているものではなく、ある人が象徴的な死を繰り返し体験しても、肉体的生命は生き続けていることが多いのだそうです。 ユング心理学では、たとえば「結婚」は娘にとっては処女性が失われるという死の体験であり、両親にとっては娘が失われる死の体験という、2重の死が含まれていると考えます。

肉体的な死と象徴的な死はかならず結びつくものではないですが、微妙なかかわりを持つものでもあるといいます。生死をさまよう体験をしたときに、それを転機としてそれ以降の人生が大きく変わるようなことがそうです。これは特別新しい考え方ではないですよね。夏目漱石が生死をさまよう大病をわずらったあとでその後の作品が変わっていった例、また精神科医であった神谷美恵子さんが若い頃結核になったが自分が死ななかったことが心の中で大きな部分を占めていたこと、作家の辻邦生さんも生死に関わる病気をしていたことがその後の作品に影響を与えていると思います。

このような死と再生のテーマを、河合隼雄さんが自殺との関わりについて述べたものがありました。自殺しようとする人が、象徴的な意味での死の体験を求めていることについてです。人は深い意味での死の体験によって、次の次元に生まれ変わることができる。このような体験を求めたが、しきれなかった(死の体験をしそこなった)ために自殺未遂を繰り返すことになるというものでした。

深い意味での死の体験には充分な自我の力が必要になるといいます。自我の力がそのときに充分強いかどうかで、ひとりでその体験を行ったり、セラピストの力が必要であったり、または今はそのときではないとして、それが肉体的な死の体験へつながってしまうことを予防するのだそうです。

死の体験はいちどすれば終わるのではなく、その体験を繰り返しながら長い成長の過程をたどっていくものでもあるそうです。

自殺が精神の再生や新生を願って行われることもあるという考え方は、自殺がすべてそのようなものと考えるのではないですし、自殺をすすめるものでもありません。ここで私が伝えたかったのは象徴的な死の体験が、次の次元へ生まれ変わる意味をもっていること、そう考えることで自分自身の「死」についての考えに何かが加わったように感じたことです。
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Icho/4875/kangae/kangae_02.htm


巡礼 『身毒丸』 ―賤民・漂白民の救済


巡礼をする者の多くに昔は病(ライ病など)を患ったものがいた。かつてはライ病などは前世の因果に寄るものであり、過去・前世で悪徳をつんだその報いである、つまり因果応報であるという観念があり、治癒のためすなわち罪の謝罪、贖罪の為の巡礼であった。このことはユダヤ教の世界や日本で言えばかの有名な『砂の器』by松本清張にもその例を見ることが出来よう。

ここでは説教『身毒丸』を例に巡礼に託された贖罪と復活、それを見守る仏の加護についてみていこうと思う。

―身毒丸は過去に罪を犯し人間に転生した後は子供が授からない夫婦の間に、清水観音に祈りようやく得ることが出来た一子である。しかしこの母が慢心し観音に向け非礼の言葉を吐き、神仏の怒りに触れ死去する。新しく迎えられた継母の計略・呪いによりライ病となり身毒丸は(呪われたことを知らず自身の因果によるものと思い込み)家を追放させられ、業病治癒するため熊野への巡礼にでる。やがて許婚である乙姫も身毒丸を探すため巡礼者の姿に身をやつし、観音の加護により再会を果たし身毒丸の業病も治る。二人は末永く幸せに暮らす。―というものである。

これは共同体から異人として追放されるというシステム的な巡礼ではない。むしろこちらは仏教的な、もっと人間の原罪に対する罪の償い、その再生へのプロセスとして作られたストーリーである。これは説経なのだから仏教的な教えであることは当然なのだが、人間の作品に多く見られるテーマすなわち「再生」のための「死」、原罪への贖罪という永遠のテーマである。

キリスト教徒同じく神に逆らった(観音に非礼した)親の罪はアダムとイヴと同じく、現状に甘んじた「慢心」つまり神・仏の庇護・加護を見失うというところにある。神仏の怒りに触れた人間(身毒丸の母)の罪、さらにはその母の前世の罪をもかぶり、身毒丸は因果応報の贖罪の旅=巡礼にでるわけである。身毒丸はライ病となり、追放される。これはすなわち一度「死に」、巡礼し、熊野にて「再生」するという死と再生のプロセスであり、過去の因縁から解き放たれ一人の人間としてより生きるための必要不可欠な通過儀礼であったのだろう。

 四国遍路の同行二人(自分と弘法大師)、西遊記の三蔵と観世音、聖地巡礼における神との同化・・・巡礼はその行程を神仏なりその大きな庇護のもと、共に歩むということに意味がある。 ここでその役割を果たしているのは巡礼者に身をやつした乙姫であり、その彼女には観音の庇護がついている。彼女は神仏=観音として身毒丸の後を追い捜し歩く。同じ道を歩み、その罪を同じくその肩に並べているのである。 ここで乙姫に連想されるのは「あるき巫女」(=漂白するシャーマン的な巫女)であり、乙姫の存在があるからこそこの巡礼は成功したのである。

さらにこの物語は説経である。説経、つまり中世の漂白民(賤視され虐げられていた芸能民、定住せず漂白する異人)による語り物でありその中には賤民としての屈辱的な痛みや苦しみ、「仏にさえ見放されている」という悲しみを訴えようとする手段でもあった。 『身毒丸』のなかで観音は加害者と庇護者の二面性をもっている。

継母の呪いを叶えライ病にしたのも、逆にそれを赦し治したのもともに観音である。 前者(加害者)としての観音にとっての身毒丸はまだ因縁・罪を背負ったままの姿であり、それは救われない(仏すらも見捨てた)彼ら漂白民の姿である。 

逆に後者(庇護者)にとっての彼は一度死に、追放され漂白し、再生・復活を遂げるに値する人間である。漂白=巡礼という方法は彼ら漂白民にとって救われるための「通過儀礼」であり、これに意味を持たせるのは彼ら下層漂白民(芸能民)に広く慕われていたあるき巫女の同行する姿である。 中世、彼ら下層民に呪術的方法や絵巻物をもって救いを説き布教して漂白したあるき巫女。彼女を媒介にして観音は同行するのであり、この通過儀礼によって彼らの救済プロセス神話が成り立った。

この物語は一つには因果応報の物語であり、一つには人間の根源的な死と再生のプロセスである。しかしこれらを生み出した根本的な底辺にあるものは、救いの無いところに救いをもたらそうとあがく、名もない漂白民(異人)たちの足掻きであることを忘れてはいけない。

http://utsusemi.at.webry.info/200507/article_13.html


お遍路四国廻り


巡礼の衣装は死装束であるといわれています。その巡礼者が亡くなったときに巡礼衣を着用させて野辺の送りをするからでもあります。死装束は巡礼と同じく遠方への旅立ちの服装であり、巡礼の衣装とほぼ同じです。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~jurinji/shikokuhenro%20miryoku.html


遍路の目的
   
 そもそも四国遍路はどういう目的の為にあるのか、という問いには、最も根源的なセイフティネットの提供にあり、端的に言えば

「死に場所の提供にあり」

と答えたいのです。それは人間の心の底の底、最も奥深い所にある願いに応えるものです。

 その証拠がいっぱいあります。遍路道は死屍累々たる有様です。即ち、行き倒れたお遍路さんの墓があまりにも目立ちます。当初、私は「志し半ばで行き倒れた気の毒なお遍路さん」と見ていたのですが、やがて

「行き倒れこそが目的なのだ」

と気付きました。 今の時代、セイフティネットといえば、失業保険とか生活保護制度を思い浮かべますが、それは表面の見易い部分のネットです。頼るべきものが何も無く、絶望に打ちひしがれた人々にとって、「お大師さんの足許で死にたい」のが最期の願いであり、究極の目的なのです。

 そして、「死に場所の確保」という究極の目的のかなり手前に位置しているのが、先に述べた「通過儀礼」「リフレッシュ」「自分探し」等々です。
http://www.eonet.ne.jp/~oonomasa/henro.htm


村で不治の病になるとその村から追い出される。行き場のなくなった者は遍路に出るのだ。
http://nehan.net/shikoku88.html

「・・・・四国が"死国"であり、そこへ行って死にたい場所であり、さらに重要なのは、そこで再び蘇生したい"再生"の場所でもあるからだろう」


 「"死への旅"と考え、家族の中には、送り出した巡礼者が『旅の途中で極楽に行ってほしい』と考える者もいた。不治の病いにかかっている場合は特にそうだった。人間のギリギリのかなしいいとなみである。」

http://www.amazon.co.jp/%E9%81%8D%E8%B7%AF%E5%9B%BD%E5%BE%80%E9%82%84%E8%A8%98-%E6%97%A9%E5%9D%82-%E6%9A%81/dp/4022566698

遍路とお接待

又、四国には古より修行者が多かった為に、修行者に「善根功徳を施す」為に「お接待」が盛んでした。その為、そのお接待を生活の糧として巡拝し続ける者もいました。

その者達の多くは、貧困のために国を捨て出てきた者、不治の伝染病のために国を追い出された者が大半でした。

その者達は札所を一周しても帰る所もなく、結局は接待を当てに死ぬまで四国を歩きつづけなければならず、故郷に帰ることなく、人知れず果てた無縁仏の遍路墓が今も無数に残っています。
http://www9.plala.or.jp/umibose/henro_yomoyama_frame2_2.html

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遍路の捨て手形

村落共同体からの資金提供( 講 )により代表に選ばれて四国遍路に行く場合がありました。その際には村の豊作祈願、病人の平癒、除災招福祈願の義務を負うと共に、親類縁者、郷中をあげて盛大な送別の宴を開いて旅の無事を祈りました。

出立に際しては、今生の別れになるかも知れない家族親類の者と 「 水さかずき 」 を交わすと共に、檀那寺や庄屋から発行された「 捨て手形 」と呼ばれる通行手形( パスポート )を持参しました。


例文、その一、

万一いずかたにても病死等仕り候とも、その節は、国元へ御通達に及ばず、その御所( 御当地 )の御作法、御慈悲を以て御葬い下さるべく候。


例文、その二
万一病死等仕りそうらはば、国州( その土地 )の御作法に御取置( 処分=埋葬 )なされて、国元へ御届け ( 死亡の連絡 )申すにおよばずそうろう、しかして一件くだんのごとし

遍路墓

遍路が旅の途中で病気や行き倒れで死亡した場合には、所持金があれば村人がそれで墓石を建ててやり、無一文の場合には、土まんじゅうの墓に遍路が使用していた菅笠をかぶせ、遍路の「杖」を立てて墓標として葬りました。

遍路が持つ金剛杖については、仏法を守護する役目の金剛力士が持つ金剛杵 ( こんごうしょ )に由来するといわれていますが、前述のように万一の場合には墓標の代わりとしても使われるので、昔は必ず住所、名前を書いたそうです。

遍路墓でことに哀れなのは、道端や丘の辺に、あるいは渚の近くに盛られた 土まんじゅうの上に、杖や笠だけが差し置かれている光景である。それ以上に哀れなのは、帰るべき場所もなく現実に生命の終わる日まで、たえず巡礼を続けている、身体障害者や ハンセン病者などの遍路たちの姿である。

と記しています。いまでも昔ながらの遍路みちを歩くと、生まれ故郷を捨て/追われ、あるいは故郷の人達に知られぬままに、遍路の道中でその生涯を閉じた不幸な遍路達の墓石や、それらの霊を慰める野仏を道端に見ることができます。

http://homepage3.nifty.com/yoshihito/henro.htm


*菅笠{笠の四方に以下の文字が書かれている.

「迷故三界城」まようが故にさんがいはしろ
「悟故十方空」さとるが故にじっぽうくう
「本来無東西」ほんらいとうざいなく
「何処有南北」いずくんぞなんぼくやある


(迷えば狭い枠のなか、悟れば宇宙のただなかだ、風にまかせて歩くだけ。>


真言宗と禅宗では死者をいれる棺に書く文字で,遍路が死んだ時,この菅笠で死者を覆い、棺の代わりとする.

http://www.geocities.jp/out_masuyama/yougo11.htm

お遍路の出で立ちは死に装束


路傍に残るお遍路さんの墓…歯長峠の麓

 かつて旅は命懸けであった。遍路の途中で病気、その他で亡くなることは想定内だった。また、死に場所を求めて四国遍路に出る人も少なくなかった(現代でもそういう人はいる)。白衣は死に裝束、お杖は卒塔婆、菅笠は柩の蓋でもあるのだ。江戸期の遍路道を歩くと傍らに供養のためのお地蔵さんや墓石をよく見かける。

 安全になった現代も往時のスタイルを踏襲しているわけだが、現代人の意味合いは、熊野詣でが黄泉の国熊野から生還し活力を得る『よみがえり』にあるように、死に裝束で巡拝することにより心を洗い心を磨いて『再生』することにあるのではないか。
 http://furusato-shinbun.jp/2010/11/%E3%81%8A%E9%81%8D%E8%B7%AF%E3%81%AE%E5%87%BA%E3%81%A7%E7%AB%8B%E3%81%A1%E3%81%AF%E6%AD%BB%E3%81%AB%E8%A3%85%E6%9D%9F.html

遍路道は1200年もの間、宗教に癒しを求める人々が踏みしめた心の道である。88カ所霊場巡りをする人は、それぞれ色々な思いや動機をもって歩いている。楽しいことがあって歩く道ではない。この道は苦しみ、悲しみ、失望等からの救いを求め、仏の助けにすがる巡礼の想いが踏みしめた道である。同行二人、山中の遍路道には仏の気配が漂っている。精霊たちが生きている。

 歩き遍路は、昔も今も、何らかの悩みを背負って、俯きがちに重い荷物を背負って、独り黙々と歩いていく。渇きと空腹、疲労、足の痛みを耐えつつ雨の日も風の日も寺から寺へと救いを求め、死を探し、再生を願って、黙々と独り歩く。一人黙々と歩く四国の深い山々は孤独な魂が神の気配を感じる空間である。

山間の寺と寺を結ぶ道は、古来からの遍路道もあれば、また舗装された高速道路もある。どの道も、現代社会の我々一般人には一種の苦行である。海岸沿いの延々と続く国道は意識が朦朧とするほど厳しく、体力の限界に挑戦する苦痛の道である。もう諦めて、遍路歩きを止めたい。深い山道を歩く時は、くじけそうな心を励ましてくれる霊的なものを背中に感じる時がある。どの道を歩いていても仏の助けの手が何処からか差し出されていると感じることが必ずある。神の声か、神の気配か、弱気の自分を励ましてくれるものがある。一陣の風が梢に鳴るとき、その気配を感じるときもあれば、小鳥のさえずりに疲れが消えることもある。

お遍路さんの白装束(死に装束とも言われるようである)は必要である。四国の人々は、一千年以上にわたって、白装束のお遍路さんに接して来ており、お遍路さんになれ親しんでいる。88カ所を遍路歩きする仏道修行者に対しても、娑婆の苦痛を逃れ、あるいは再生を求め神に救いを求める庶民の弱い気持ちに対しても、遍路道はそれを理解し同情する心の優しさを持っている。独りで歩いていると必ず四国の山間に住む人々の優しさに接して感激することがある。人情篤いということの重要さを改めて感じるものがある。行脚の苦しさに、独り歩きを悔やみつつも、それゆえに、仏に救われ、優しい人情に涙することがある。

山間の人々は、白装束の一人歩きのお遍路さんに敬意を払い、また優しくお接待することが、まるで自分の救いであるかのように振る舞ってくれる。山深い田舎の老人に手を合わされることもある。世をすねて独り歩く私には、畏れ多く涙が出る。都会生活の中で長らく忘れていた心のひだの奥の奥に眠っていた大切なものを想い出させてくれる。白装束がそういう人情を呼び起こすのであろうか。
http://www1.seaple.icc.ne.jp/shunro/ohenro1.html


四国遍路の人

 大学生と見間違えたお遍路さんは、四十歳後半の実業家だった。回りはじめた理由を聞くがはっきりしない。皆そうである。四国遍路をしている人たちは理由がはっきりしない。しかし、はっきりしないだけに動機は深刻であったりする。悲しいことは皆伏せているから。そのうちに打ち解けてくる。

 「まず、自分を鍛えなければ」と言う。仕事は快調だが壁を感じている。現代皆そうだ。燃えていて不完全燃焼。そして

「見えなかったものが見えてくる。四国を歩いていると政治も経済も見えて来た」

と言う。四国には山と海と貧乏しかないのに。

 この言葉分かるだろうか。梅雨から盛夏へ、草の生い茂る獣道を杖で毒蛇を探りながら歩いてきた人の言である。大阪に戻れば、一糸乱れぬ仮面の経営者としての彼が待っているだろう。

「帰りたくなくなった。ずっと遍路していたい気持ちだ」。

そのままアウトサイダーして永遠に回る遍路さんになれるような気がする場所だ。


四国遍路の人 2

 この寺で多くの若いお遍路さんが途中下車する。そして途中下車する人はやはり人生で途中下車して遍路へ出た人である。

「仕事で失敗して遍路している」
「家庭が崩壊して・・」
「高校は出たけれど・・」
「一度就職はしたけれど・・」

という具合である。 遍路は一時の逃避地である。そして癒えた人、再起した人は遍路を途中下車する。この遍路、何度回ってもいいことになっているが、活路を見いだせなければそのままその人の墓場となる。「自殺行」「死に場所」「死国」といわれる所以である。遍路道の傍らには行き倒れの遍路たちの無名の墓が多く残っている。

 四国遍路の人 3

「気がついたらお寺に来ていた」。

突然夫を亡くした彼女は、悲しみにくれていて、私にはなすすべがなかった。そんな彼女が四国遍路を始めた。そして二度目を回るという。

「お遍路をしている時は気がまぎれます。お札所で会った和尚さんの言葉で少し気が楽になりました。まだまだいたたまれない気持ちですがもう少し回ります」

と言う。 最愛の人を亡くして、誰にも会いたくない、悲しみを独り癒したいという人はどこへいけばいいのか。同行二人。本来は弘法大師と二人連れという意味だが亡き人と二人連れの旅である。人が死ねば、そのお位牌を持って一緒に回れば功徳になるという。巧い話だが、実際に時間をかけて同行二人していると心が安らいでくるというから不思議である。

 何のことはない。時間が必要なのである。人と分かれるには全く空虚ではない時間が必要なのである。何か有意義な事をしながら時間をかけて自分を変えていくことが必要なのである。親戚の関係が薄くなった。人間関係の絆が弱くなった。人が無条件に大切にされる場所はどんどん減っていく。

 お四国はお弔いが認知された数少ない場所である。悲しみが寄り合う場所。その悲しさが悲しさを和らげる場所である。そして人が生きていくとはこんなに悲しく苦しいことだと知らされる。


 四国遍路の人 4

 「私の父はどうしてそんな人々を泊めてあげるのか分からなかった。ライ病や肺病のお遍路さんを善根宿だといって泊めてあげるのです」。

 社会的困窮者への最終福祉施設としての遍路は実話であった。この寺にも常連の永劫回帰のお遍路さんが泊まる。手押し車に家財道具一切を積んで回ってくる親子もいた。着替えもろくに持たず、何日も風呂に入らぬ体に近づくには勇気がいる。

「村で不治の病になるとその村から追い出される。行き場のなくなった者は遍路に出るのだ。四国には昔から、外から来たものを大切にする太子信仰があって、そんな人々をも食べさせ、お堂に幾日かずつ泊めた。そして次の村へと引き継いだ。途中で亡くなれば墓を立てた」。

 社会から忌避され追い出されてきた者と、それを「お遍路さん」として迎える者。不思議な世界がここにはある。元々、遍路する人は弘法大師であったり、外来の異文化招来の聖者、滅罪の修行者、ひいては自分の代わりに修行して回る人である。遍路の姿をしていても病人や悪人や生活困窮者を差別するのかどうなのかが、接待する側の人々には「やさしさ」として求められた。迎える側は、来訪者の難儀を知って迎えたのである。そこには尊い人であると同時に、底辺の人であるという構造が出てくる。難病の者を手厚くもてなすという捨て身の行為を導き出すこの遍路というシステムは、人間心理の清濁を包括している。


四国遍路の人 6

 納経帳というのがある。八十八の寺で本尊の印を貰う。そして真っ赤になった納経帳がある。それは何十回も回った印である。行き場のない遍路人である。回れば回るほどいいから回っている訳ではない。回るしかないから回り続けるのである。


 
四国遍路の人 7

 歩きはじめる時、お遍路さんはあれもこれも沢山の荷物を持って出掛けるという。そして歩を進めるうちに身軽になっていく。これもいらない、あれもいらない。そうして最低限必要な物だけ持って歩く。それはお釈迦さんの袈裟と鉢だけの遊行を思い出させる。持ち物が減っていくにつれて、出会う人が大切に思えるという。



四国遍路の人 8

 とくべつ何があるわけでもない。とてつもなく長い四十日間。何もないと言った方が良いかもしれない。こんな所へ何故人々は来るのか。どうして何時までも居るのか。

 「どこにも行き場がない」からだという。世の中が暮らしにくくなると遍路が増える。若者の遍路や四十歳過ぎの遍路が増えるのは時代を反映しているのだろう。ただしその人々は「行けば何かあるだろう」ということでやって来るのである。

http://nehan.net/shikoku88.html

発心は、常に死と再生を意味します。つまり遍路では、穢れた生を捨てて仏道を歩み、満行のあとは仏弟子として生まれ変わることになります。そのための白装束(死に装束)です。

発心の前に一旦死ぬ、という行為自体は、例えば吉野川での水垢離のあと、発心門をくぐって大峯の奥駈に向かう修験道にもみられます。ここでの水垢離は、「煩悩に満ちた生への決別」=「自殺」を意味します。

また、「新たな生を得る」という意味では、修験道の行場に「胎内くぐり」、つまりは産道を通過するという象徴的な装置(場所)を設置していることからも明らかです。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1337257978


   (((((((( ;゚Д゚)))))))ガクガクブルブル

( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \


日々のたわむれ流しうてき


「然れども寝所(くみど)に興して生める子は、水蛭子。この子は葦船に入れて流しうてき」

古事記においてヒルコが何を指しているのか、はっきりしない。イザナギ・イザナミ2神の初回の神産みは失敗し、不具の神が生まれた。それがヒルコである。不具なので船に入れて流し去った。一説によるとヒルコは「日の子」のことであり、皇子であったが身体的な欠陥により、島流しにされてしまったのだという。或いは女王の弟であり、邪臣がそれを排除しようとした過去の記憶なのだともいう。

しかしここでは事実が重要なのではない。「なぜ神が水に流されたのか」という点がポイントである。

「水に流す」ということはその存在と決定的に離別したいのではなく、現在の密接な関係を、遠い微かな関係に変換したい、ということを意味している。というのは水は現世との断絶と連続という二重性をもつ媒体だからである。水は海上他界へ繋がっており、そこは現世とは隔たった場所である。と同時に、そこへは決して辿り着けない訳でなく、俗人でも船を用意すれば行く事ができる。

実際、中世には多くの人々が「ふだらく渡海」を行って海上他界へ行こうとした。これは主に熊野地方の僧侶が東方のふだらく浄土に行こうとして、舟に乗り込んだものだ。当然、浄土などは存在しないから、これは即身仏と同様の入水往生、すなわち宗教的自殺であった。僧侶は舟底に食糧・水とともに入れられ、入り口を塞がれて熊野灘から海洋に送り出された。

戦国期には厭世感から庶民の間にもこの風習がはやり、多くの人々が死出の船出をしたということが、ヴィレラやフロイスらの宣教師によって報告されている。

「男が往きたいと欣求している天国は海底にあり、そこには観音(カノン)と称す聖人がおり、(中略)おのおのはできるだけ早く〔海底の〕天国へ至ろうとして、背中に大きな石を縛り付け、袖にも一杯に石を詰め込むのである。私の見たのは七人の同行者が従っていた。そして私の最も驚いたのは、彼らがたいそう歓喜して船に乗り込み、海へ飛び込んでいったことである。」(ガスパール・ヴィレラの書簡)

「海へ身を投じた幾人かは、手に長柄の鎌を携えていた。それは道中、足元を邪魔する荊の茂みを取り除くためと言われている。海へ投身しない人々もいるが、それらの人々は船底に大きな孔をあけ、そこへ栓をして後でそれを引き抜き船諸共に海へ沈むのである。」(ルイス・フロイスの書簡)

沈めない場合は、同行者が火をつけて滅してしまうのである。このような船の燃える姿は、中国南部や台湾の「王爺祭」を彷彿とさせる。王爺祭は実物に匹敵するような大きな船を作り、それを流し燃やすことで王爺神を天に送り返す、という祭儀である。この風俗は日本の精霊流しを思い起こさせる。元々は精霊流しも王爺祭もともに唐時代の風俗であり、当初は穢れを人型に入れて流していたのだ。その風習がほぼそのまま残ったのが日本の流し雛である。中国ではその後人形が船や灯籠に変わり、それを新たに受け入れたのが長崎であり、そこから日本各地へ伝来していったと考えられる。

いずれにせよ、水はこの世とあの世を結ぶ通路であり、不要なものを決別するために使われた。この点はヒルコ流しも精霊流しも同じである。そして単に決別するだけでなく、その再生と復活を願う気持ちも「流し」には込められていたのも、両者に共通している。精霊流しは祖霊という祟りと恩恵の双方をもたらす神に対処するために考案された装置である。殺してしまうと祟りがあるために、流してしまわないとならず、また丁寧に送り返せばまた来年には再来して恵みをもたらしてくれるための流しなのである。ヒルコも同様であった。古事記の時代には、ヒルコは単に祖神だけであったに違いない。だが後にそれは流れくる神であるエビス信仰と習合し、現世に復活を遂げた。

それと同様に、ふだらく渡海を決した人々も、単にこの世と決別したいというだけでなく、この世に復活を遂げたいというささやかな願いを持っていたように思う。実に、水は死と再生をつかさどるからである。

人は羊水の中に生をうけ、水の中に溺死する。その冷たく透明な液体は遠い場所へと続いている。詩人・天沢退二郎の「光車よ回れ」に、水たまりにのまれて死ぬ子供のエピソードが出てくる。水たまりは水底の世界に繋がっており、その他界では水の民が現世を征服しようと企んでいるのであった。インド人はガンジスの流れに死灰を撒く、というのが最高の葬式なのだという。それは当然水の流れに死に、そして再生を願っての行為に違いない。

水は鏡である。人が自らの姿を見ようと鏡を覗くのは、実にその裏側の他界を覗き見ようと言う無意識の表れ、そしてそこから繋がる生死の深淵をたどろうという震えにも、違いないのだろう。だからこそ、子供は鏡の裏側を手探りしたり、天井を映して異次元の世界に入り込んだり、また真夜中に鏡から魔物が現れる、というのは鏡と水は繋がっているからである。

だが近代になると水路は塞がれる。塞がれた水路は別の道を見つける−それが鉄道である。現世から来世への道は、たとえば「銀河鉄道の夜」で如実に示される。カムパネルラは「水死」した霊であり、ほかの人々もタイタニック号の沈没で「溺死」した魂である。

そして、鉄道もまた死と無縁ではない。それは昨年だけでも200名近い日本人が、世界では1000名をこす人々が鉄道事故死を遂げていることを知れば十分だろう。鉄道が生死をつかさどる別な例としては、「幽霊列車」が有名だろう。あの世からやってきて、この世の死人を乗せて去る列車のことである。これは「ふだらく船」や「幽霊船」の近代バージョンであると、考える事ができる。

幽霊船のイメージもまた、南中国から伝来したものらしい。宋の民俗記録である「夷堅志」によれば、広東の南方には幽霊の乗る船があり、生者の船が来るを見ると危害を加えようとするのだという。それを防ぐには握り飯を与えなければならないが、この話は日本の「船幽霊」伝説とよく似ている。 日本でもまた亡者は生者の船を沈めようとするため、握り飯や底のない柄杓を与えなければならない。柄杓はどこか理知的で作為的な臭いがするため、原型は食物を与えて去ってもらうということだったのだろう。その背後には、亡者は生者を貪り食らおうとする根源的な恐怖が見られる。

だが鉄道と水運では異なることが一つある。それは水に流れた死者は再来することができるが、鉄道で運ばれた霊魂は二度とは帰ってこれない、ということである。カムパネルラとジョバンニが永遠に別れなければならなかったのは、その点にある。祖霊は水に流れても翌年にはまた帰ってくる。しかし「ナルニア物語」で鉄道事故にあったペペンジー4きょうだいは、二度と現世には戻ってこれない。そこには輪廻や霊魂を信じないキリスト教の影響が見られるが、それよりも鉄道には死のイメージはあるが、生のイメージがないという点が大きく関わっているように思える。

そのような水の特性は、水が摂取物であることにもよる。水は人の外部にあるだけでなく、その内側にも存在する。人体の半分以上は水分であり、人は自らの水の中に浮かぶ生物とさえいえる。そこからすると、水死は破壊ではなく、むしろ人が本来の姿に戻ろうという消極的な意志の顕れなのかもしれない。実際、水中で出産すると痛みが軽減されるという報告もあるほどだ。タラソセラピーに習うまでもなく、日本人が日々入浴するのは、実にそのたびに擬似的死と再生を誓おうとする行為のように見える。

そう考えれば、日本全土にアメーバのように広がる温泉網の理由が理解できる。人は死ねば無一文になる。日本人も温泉に入る時には真っ裸になる。海外では最低海水パンツをつけるのがエチケットだが、日本ではそれがない。それは温泉は死の世界だから、すべてのものを置き去らなければならないからである。

江戸時代までは混浴だったというのも、性秩序の乱れというより、あの世では男女の区別は無用、という考えに従ったものだったろう。そう考えれば、なぜ銭湯で「富士山」が好んで描かれたかが理解できる。それは富士信仰に沿ったものである。「不死の山」にあやかって、銭湯を死と再生の場と、ペンキ職人らは無意識に捉えていたのである。

だから今でも日本人は風呂に入ると「ごくらく、ごくらく」と唱えるのである。

その湯気は空へと上って行き、雨となって土に降り注ぐ。だから水のつかさどる海上他界は天上他界と繋がっており、さらに土中他界へも連続している。そこから水のもつイメージは空気や、土へも繋がっていることがわかる。実に、これらの諸元素のイメージは重層的に重なっており、合い争って一つの包括的な生死観を醸し出していると、見るべきだろう。

http://blog.goo.ne.jp/gelt/m/200602/1


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山形県 今神温泉


 何がこんなにも私の心を惹きつけるのか・・・
今、私が最も訪れたいと思う温泉。 それが出羽三山の麓にある、”念仏温泉”の異名をもつ「今神温泉」です。

ここは724年開湯の湯治場。湯治客は白装束を着て浴槽に入り、その正面にある祭壇に向かって合掌し、一日4回念仏を唱和するという、まさに日本のルルド、霊泉です。

1泊・2泊の滞在はお断りで、最低でも150時間入浴すると、体内の毒素が全て出ていき、治らない病気はないと言われています。 だいたいの人は1日8〜10時間は入浴するそうです。
夏季だけの営業でしたが、現在は残念ながら休業中。まさに幻の温泉で、営業再開を心待ちにしています。
http://enjoy-onsen.at.webry.info/201001/article_5.html

国道47号線道の駅とざわ「高麗館」手前の信号機の在る三叉路から、山奥に入っていきます。

途中から車一台しか通れないダート道を進むこと5Kmあまり、大きな鳥居が見えてきます。

そう、ここが霊験あらたかな念仏温泉(今神温泉です。)宿と言うよりは、修験場と言った方が正解かもしれません。短期滞在は断られ、一見さんお断り、一週間以上の療養のみ受け付け、入浴時は、白装束を着、祭壇に念仏を唱えながら入浴する温泉です。滞在中は、一切の邪念、殺生は禁じられています。

開湯以来、千数百年を経たここの効能は、ハンセン氏病、ライ病、癌の治療等で昔は朝鮮辺りからも療養に来ていたと言われています。現在も、現代医学で見捨てられた病の方々が来訪しているとの事です。

http://kinspa.com/onsen_report/yamagata/imagami/imagami.html

戸沢村の南、今熊山麓の原生林の中に今神温泉という湯治専門の温泉があった。この温泉は別名念仏温泉といわれ、浴場には今熊大権現が祭られており浴場そのものが祠となって、癌患者やライ病といった難病に苦しむ人達が念仏を唱えながら白装束で入浴していた。

昭和52年に刊行されたものを再編集した、つげ義春著『新版つげ義春とぼく』というエッセイ集の中に今神温泉の記述がある。入浴するものは神の湯を汚さぬ意味もあって腰に白布を巻いてはいり、ロウソクをお湯で濡らしてから灯明をあげるしきたりになっている。そして、

「南無帰命頂礼懺悔慚愧(なむきみょうちょうらいざんきざんげ)、六根清浄(ろっこんしょうじょう)今熊三所大権現霊地礼拝」

「あやにあやに、くすしくとうときいまくまの、かみのみまえをおろがみまつる」

と壁に書かれてある聖句を七唱する。

あとはひたすら「ナムアミダブツ」を唱えるのだが、これを大勢の浴客が灯明だけの薄暗い湯船につかりながら合唱する光景は不気味である。この不気味な光景は短編漫画『ゲンセンカン主人』の浴場のイメージとなっているらしい。

この神の湯に四,五日もはいっていると、全身にアセモのような発疹が現れ、次第に膿をもつようになる。それが破れると「花ざかり」とよぶそうだが、全身から毒素をぬいて難病を治療しようという療法は、なるほど効きめがあるように思える。

御池の景色はこの世のものとは思えない。池のへりには数十本の灯明が並び、どんよりとたれこめる霧を透かして見る太陽は、昼の月のように白っぽく輝きがない。

そして鬱蒼と繁る草むらには、葉の一枚一枚にビッシリとカエルが張りつき、巨大なトンボ(これはちかく保護指定される)が飛びかう水面には蓮の葉と花が浮び、池の底には真黒な絨毯を敷いたように無数のイモリが棲息しているという異様さである。

http://d.hatena.ne.jp/dousoshin/20090114/1231900663


【平成22年5月22日/東尾根〜今熊山〜御池〜今神温泉(周回)】


時間が少し空いたのを利用して以前から気になっていた今熊山に登ってみることにした。

この今熊山は秘密のベールに包まれた秘境中の秘境として一部の人に知られている山だが、それに拍車をかけて怪しげなのが、今熊山の東山麓にある今神温泉である。

戸沢村角川の奥、まだ電気も通じていない山中に湧く温泉で、夏だけ開くという出で湯である。

発見は神亀元年(724) 3月8日と伝わり、別名、念仏温泉ともよばれる。

湯の効きめはすばらしく、どのような難病でもたちどころに癒る霊湯と評判で、入浴時は白装束を着て、湯つぼに祀られている阿弥陀・薬師・観音の尊像に灯明を捧げ、全員念仏を唱えながら2時間から3時間も入るという。

信心が篤ければ篤いほど病気は速く癒るともいわれる。念仏は1人の先達につづいて、みんなで唱和するというのだが、その様子を想像すると異様というか不気味な雰囲気さえ漂うようだ。

長期療要を必要とする人のために短期滞在はもちろん、一見さんもお断りで一週間以上の療養のみ受け付ける。

 この今神温泉は山形県最上郡戸沢村陸羽西線古口駅より南方18Km程の深山にある。ここは深雪が極めて多く、9月末には越冬のため宿舎を解体し、翌年6月に板と柱を組んで再現される湯治場なのだという。よって当然ながら観光目的の温泉ではない。37度ぐらいの湯には湯衣をつけて入り、2〜3日入ると皮膚が赤くなり剥けてきたりする。

こうしてみると、今神温泉は温泉宿と言うよりは、むしろ修験場と言った方がいいかもしれない。なお、ここはかつて月山登拝路の一つであった角川口であり、出羽三山行者はここで湯垢離をしたといわれる。そこには熊野神社があり、月山、湯殿山登山口として、盛時には48坊を掌握していたようである。

http://homepage3.nifty.com/gamou/yamadata2010/20100522/20100522.html


72 : ちょろ : 02/03/14 10:57 ID:QGEzpTpD [1回発言]

つげの行ったとこ 僕も行って見ました。
オンドル小屋(蒸けの湯)漫画に出てる小屋 行ったこと有る。あの絵とおんなじだった。
深浦 下北

今神温泉は結界が張ってあって入れなかったけど もともとレプラの湯治湯だよ。

今でも看板などないから 車で行くとルートを見失う。最後の1本道にでると両側が切りとおしになったようなゲートみたいになったところを通ります

そこを入ると 湯治の予約客以外は帰れという看板が2箇所
最後には強行突破するなら訴訟すると書いてある。

あきらめて 切りとおしゲートのところに戻ると入ったときにはきずかなかったけど そこはお墓だった

湯治にきて帰れなかった人たちの お墓だと 思う。

http://logsoku.com/thread/ton.2ch.net/travel/1003246766/

48 :名無しさん@いい湯だな:2010/10/02(土) 11:40:53
ID:T0j0I9NMO

今神温泉は昔、病気になった人を荷台?に病人を寝かせムシロをかけヒモで巻いて今神温泉に連れていかれたんだって。地元のお年寄りが言っていたそうです。

http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/onsen/1284288762/

90 :本当にあった怖い名無し:04/11/09 14:57:43 ID:vlOE5zfi

今神温泉の近くの沼って昔雨乞いの沼ていうけど詳細な情報知ってる方いる?

93 :本当にあった怖い名無し:04/11/10 07:53:20 ID:YqDJDRCo
>>90
今神温泉近くの沼って、御池のこと?
そこの話だったら聞いたことある。
かなり恐い歴史があるようです。
そもそも今神温泉じたいが特殊な場所ですから・・・


95 :本当にあった怖い名無し:04/11/10 09:07:32 ID:hhC9dJEe
>>93
詳しく知りたい。教えてください。おいけって竜神が祭られてますか?
山形の伝説関係の本で、今神温泉の事のってますな。
仏様(薬師如来?)祭ってるんだよね(ウロ覚え)
カセ鳥見たい。気さくで感じ良いお祭りぽい


97 :本当にあった怖い名無し:04/11/10 16:57:41 ID:cZVPSwwD

今神温泉自体が、マニアな人しか行かないからな。
俺は酷道好きだから行くけど、崩れかけの林道(砂利)を5kmくらい走らなければならないという。

妖気は感じないが、やたら捨て猫が道端からひょっこりと出没する。
最上地方の無責任な飼い主が捨てて行っているんだろうな。
熊とかツツガムシのほうが怖いところだ。


99 :本当にあった怖い名無し:04/11/10 19:02:41 ID:18HSLJGB
>>95
あくまでも私が聞いた話です。
今神温泉は昔から難病に効くと言われており、ハンセン病の患者さん達が治療のために行ったそうです。

御池には病気を苦にして身を投げた人や、家族から投げ捨てられた人がたくさんいるそうです。

私にその話をしてくれた人は、数年前、そこで撮ったという写真を見せてもらったそうですが、集合写真のまわりにたくさんの顔がはっきり写っていたそうです。 なかでも乱れた日本髪の女性の姿が忘れられないと言っていました。

竜神は祀られているみたいです。 いつ行っても生卵が山盛り供えてあると言っていました。
http://mimizun.com/log/2ch/occult/1097303019/


象徴的に死と再生を体験して精神的に成長して貰うより、実際に死と再生を実行してくれた方が、周りの人にとっては厄介払いできて助かるのですね。 レプラや梅毒で顔が崩れた人と身近で何時も接するのは大変ですから。


旅館で出される料理は本来、白装束を着て食べる物で、街の料理屋で食べる時とは状況が全然違うのです。

昔の人も、レプラや梅毒の人を遍路や湯治に送り出す時は村人全員が金を出し合って数カ月は生きていられるだけの路銀を渡したのです。 その数カ月の内に体力が尽きて路傍で行き倒れてくれる事を祈りながら。

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04. 中川隆 2013年5月20日 21:56:21 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6


清水正氏のつげ義春評論―(2)「海辺の叙景」 2012年11月23日


前回、前々回と、当ブログで清水正氏の評論をだいぶケナシたが、中にはその観察力に感服した評論もある。つげ義春氏が67年に発表した27ページの短編「海辺の叙景」についての考察である。

この時期つげ氏は「ねじ式」「紅い花」「李さん一家」等々、現在でもカルト的人気を持つ作品群を続々と発表しており、これもその絶頂期に描かれた作品。

ストーリーらしいストーリーは無い。夏の海辺で、どこか孤独な影のある二人の男女が出会い、何となくお互いに好意を持つ。本当にただそれだけの話だ。

ラスト、二人は誰もいない雨の海岸で待ち合わせる。女は明日東京へ帰るので泳ぎ納めをするという。男も「よし つきあおう」と一緒に泳ぐ。女が男を見つめ「あなたすてきよ」「いい感じよ」と言って終わる。

文章で読むとさわやかな青春マンガのようだが、読み終えた後、得体の知れぬ、陰鬱で奇妙な不安感を残す作品なのだ。

何故なのか。

それは何と言っても、見開きで描かれたラストシーンが与えるインパクトに尽きるだろう。

つげ義春全集4(1994・筑摩書房)342〜343ページより


どんよりと雨雲が垂れ込めた鉛色の空。コールタールのようなドロリとした海。二人の姿は真っ黒く塗りつぶされている。女は「いい感じよ」と言うが、読んでるこちらはちっとも(いい感じ)を受けない。

別段シュールで難解な描写はされておらず、単純に男女の出会いを描いた一編、と読み流すこともできる。だが、だからこそ逆に「何か隠された意図があるのではないか」と、勘ぐってしまう。

実際、つげ氏は「海辺の叙景」について、高野慎三氏(当時の『ガロ』担当編集者)にこうもらしていたという。

「貸本マンガにみられるセンチメンタルな青春ものは嘘のかたまりである。
青春とは決して甘ずっぱいものではない」


つげ氏が何かネガティブな含みを持たせていたのは確かだろう。

清水氏はこれを

「女が男を誘惑し、最終的にその命を奪う、恐るべき話」

と分析している。少々飛躍し過ぎだが、大筋では何となく納得してしまうムードが、確かにこの作品にはある(相変わらずやたらと「この○○は女性性器の象徴」とこじつけるのにはヘキエキだが)。

ではその清水氏が読み解いた箇所を(多少ツッコミながら)、いくつか引用しよう。


まず冒頭。海水浴場で男女が出会うシーンで、妙な描写がされている。砂浜で甲羅干しをする女が、男のサングラスを物欲しそうに見つめる。

次のコマではちゃっかりそのサングラスを頂いてしまうのだ。男は憮然とした表情。ここでどんなやり取りがあったかは全く説明されていない。
つげ義春全集4(1994・筑摩書房)321ページより

夕方、再び男女が海岸の岩場で出会う。ここで二人は初めて言葉を交わすが、女はさりげなく男にタバコをねだる。

清水氏によると、この

サングラス → タバコ → 最後は男の命、

と、次々と女は男から「奪ってゆく」のだそうだ。最後のは清水氏の想像に過ぎないのだが、その根拠として氏が挙げるのが下のコマである。


雨の中、貸しボート小屋?で、男がぽつねんと女を待っている。

このコマで男の両サイドに描かれた斜めの黒い線は、清水氏によると“遺影”なのだそうだ。
つげ義春全集4(1994・筑摩書房)332ページより

「ええっ!?」と思ってしまうが、これは単にボート小屋の“筋交い”のシルエットではないのか?

だが次のコマを見ると、筋交いはどこにも描かれていない(以後のコマも同様)。
つげ義春全集4(1994・筑摩書房)332ページより

さすがに「遺影」はこじつけであろうが、なぜ一コマだけ黒い斜め線が描き込まれているのか。単なるつげ氏のミスなのか。それはナゾだ。

さらに、男の横にある小鉢を「骨壷」だとトンデモ解釈をするが、これは男が持ってきたミツマメの鉢ではないか(苦笑)。

清水氏の講義を受けた学生らが、これらの解釈にビックリしている様子が以下のコメントから伺える。
http://d.hatena.ne.jp/shimizumasashi/20100615/1276560882

男は息が上がり、寒さに唇が真っ青になりつつも、やせ我慢をして?女の指示通り泳ぎ続ける。この後男は力尽きて死んでしまうのではないか‥‥?
ラストの見開きを見ると、そんな想像までしてしまう。


途中男が、蛸に食われて白骨化した水死体の記憶を語るシーンがある。

それを清水氏の説に関連付けたのか、

「実は女は蛸の化身で、これから男を殺して食おうとしている」

なる説もネット上にあった。

失笑しつつも、そう考えると全てのつじつまが合う気もするから不思議だ。そのくらい、ラストの見開きはダークで不気味な印象を与えるのだ。


ただ、“海水パンツの謎”については突っ込んでおこう。

清水氏は冒頭で女が穿いていた水着と、男の海水パンツが同じモノだと指摘する。学生らはこれに驚き、二人の間に何か関係があったのでは?と邪推する者までいる。
つげ義春全集4(1994・筑摩書房)320ページより

つげ義春全集4(1994・筑摩書房)338ページより


実はこれは昭和30年代に流行した、ベルト付き海水パンツを描いているだけである。
http://blogs.yahoo.co.jp/dokidoki_puck/48911934.html
http://blogs.yahoo.co.jp/dokidoki_puck/54896788.html


冒頭の海水浴場のシーンでも、このベルト付き海水パンツを穿いている者が何人か描かれている。

「海辺の叙景」は67年の作品であり、つげ氏にとっては、これが海水パンツのスタンダードだったのだろう。さすがに男が女の水着を借りて?穿くとは、考えられない。
つげ義春全集4(1994・筑摩書房)319ページより


ただ、女の言動もいささか奇妙だ。

女は水着姿になると男に

「それに私ものすごい勇気だして‥‥」

「ビキニ着てきたの」

「これで一度泳いでみたかったの」

と、恥らうように言うが、女は登場シーンですでにビキニを着ているではないか。
これらがつげ氏による“謎かけ”なのか、それとも単なるミスなのかは、全く不明だ。


以上、清水氏による「海辺の叙景」解読は、考え過ぎな所はあるものの、この作品の異様な読後感に一つの解釈の方向性を与えるものとして、ユニークではある。
http://blog.livedoor.jp/std2g/archives/20440580.html


05. 中川隆 2013年5月20日 22:41:30 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

『見張りの湯』 から玉川源流へ _ つげ義春の世界
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/314.html

沖縄パナリの秘祭 _ 臨月になった美女を引き出して洞の中で行う秘密の儀式とは
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/331.html

旧家の男子と乳母との心の繋がりが実の母親より遥かに大きい理由 _ 太宰治は本当に性的虐待を受けたのか?
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/348.html


07. 中川隆 2014年6月20日 21:41:45 : 3bF/xW6Ehzs4I : 3cdYZYbVIc

山形にある奇跡の秘湯...ゲンセンカン主人のモデルにもなった「念仏温泉」

2013年11月17日(日)


「南無阿弥陀仏」の幟が浴槽の周りにたなびく。白装束の浴客たちは祭壇に向かい手を合わせ、一心に念仏を唱えながら、何時間も湯につかっている。

 そんな光景を保ち続けていた温泉が、かつて日本にはあった。

 山形県最上郡の山奥に存在した、「今神温泉(いまがみおんせん)」である。

 温泉はいまや、週末観光レジャーとなった感がある。「秘湯」を掲げる温泉宿だって、車ならアクセスも容易、家族や女性のみでも気楽に行ける場所がほとんどだろう。もちろん、観光としての側面も温泉文化の一翼であるのは間違いない。

 だがその分、病気治療を目的とする湯治場、あるいは宗教的な霊地という、かつて温泉において重要だった側面が今では忘れられているのではないか。

 そういった意味では、今神温泉こそが日本における究極の秘湯だった、といってよいだろう。

 西暦七二四年、二人の狩人が発見したという謂れをもつこの温泉。その入浴法は現代人からみれば異様ともとれる。

 湯治客は、ぬるい湯にまず五十時間はつからなければならない。もちろん湯あたりを起こすのだが、それは一般的な"湯あたり"と呼ぶには凄まじすぎる。体中がふやけてただれ、皮がむけた部分から体液が滲みだすのだ。

 これは体内の毒素が出ている徴であるらしく、今で言うところのデトックス効果だろうか。その様をここでは「花ざかり」あるいは「花が咲く」という独特の表現をする。「花ざかり」自体を治すのも今神の湯以外では不可能であり、さらに五十時間ほどの入浴を必要とする。症状が緩和した後も、さらに仕上げのために五十時間もお湯につかる。

 つまり普通でも百五十時間は浴槽内につからなければならず、それを承諾する湯治客しか受け付けない、ハードコア湯治施設なのだ。泉質を楽しみたいだけの温泉マニアなども絶対お断り。今神温泉の案内にも「日帰り、一・二泊の方はお断りします」とハッキリ明示してあった。いわばサナトリウム施設、さらに言えば修行場として捉えた方がよいだろう。

 それだけに、この温泉は科学医療からは難病や不治の病とされた人々が訪れるケースが多かった。古くはハンセン病、80年代以降も白血病や末期ガンの患者などが訪れ、その快癒を祈っていたという。

 いま「祈る」と書いたが、今神はまさに「念仏温泉」と称されるほど、宗教的な側面も強かった。一日に四回、熊野三社大権現へと向かい、入湯客すべてが念仏唱和を行うのが決まりとされていたのだ。聖なる湯を汚さないため白装束を身にまとい、「南無阿弥陀仏」「南無帰命頂礼懺悔慙愧 六根清浄今熊三所大権現霊地礼拝」などと唱え続ける。

 修験道の聖地である出羽三山近くに位置し、あらゆる人々を救済するための熊野信仰がミックスされた宗教地ならではの温泉といえるだろう。

 白い幟がはためく中、念仏を唱える温泉......読者の中には、そのイメージに既視感を覚える人もいるかもしれない。そう、つげ義春が『ゲンセンカン主人』のモデルとしたのが、この今神温泉なのだ。湯宿の女将が「グフッ グフッ」とお祈りをする、あの浴場である(ちなみに同作の町並みは群馬県・湯宿温泉がモデル)。つげがこの地を訪れた様子は、『つげ義春とぼく』(新潮文庫)所収「東北の湯治場にて」に描写されている。

 90年代には、つげ義春ブームと秘湯ブームがあいまって、今神温泉が注目された時期もあった。中でも、芸術新潮1993年9月号に掲載された「千年湯を行く 山形・今神温泉」(撮影・野中昭夫)は体験記としての臨場感、豊富なカラー写真など、資料としてもっとも直近の「今神温泉の様子」をよく伝える記事だろう。同記事は若干改変され、『日本の千年湯』(新潮社)にも載っている。

 温泉マニアなら一度は訪れたい秘湯として、一部で有名になるも、今神温泉は頑なに長期の湯治客しか受け付けない矜持を貫き通した。山深い土地柄、夏季しか営業できなかったにも関わらず、である。

 そして近年に入り、今神温泉は入湯そのものを受け付けなくなった。

 長期滞在の湯治客が減ってしまったなど、諸々の事情がそこにはあるだろう。ただ、霊水として名高い温泉水の販売は行っており、現地にて買うか通販することは可能とのこと。いかんせん、ご主人の熱意によって支えられているものなので、来年も営業をしているかは分からないが......。

 実は僕も昨年、霊水だけでも入手したいと今神温泉に電話での通販を依頼したことがある。しかし、そこはやはり難病を患っている人向けという特性上、温泉側もおいそれと売る訳にはいかないようだ。

「ご健康な方ですか?」

 電話ごしにそう質問されたのだが、僕自身はすこぶる健康のため、その旨を告げると

「ご病気の方のための温泉ですので、販売いたしかねます」

 とのことで、断られてしまったのである。

 この厳格な姿勢には、さすが今神と感服させられた。レジャー温泉施設も確かに大事だが、ハードコア路線を貫く温泉も必要だろう。もはや絶滅危惧種の文化とすらいえる今神温泉が、長く続くことを祈るばかりである。
http://news.nicovideo.jp/watch/nw842727


8. 中川隆[-7216] koaQ7Jey 2017年7月09日 10:19:49 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

今神温泉の温泉水入り入浴体験サービス


古くから効能の高さで評判だった今神温泉。

現在は廃業し一般客は利用することができません。

しかし、地域の 縁者にはその霊泉を使うことが特別に許されており、地区の農家民宿の特設湯船に温泉水を運搬しお湯に混ぜて入浴しこの効能を体験できるサービスです。


実施場所: 戸沢村角川地区・提携農家民宿

対象客層: 個人/家族づれ/温泉マニア/グループ旅行

実施主体: 地元・地域づくり団体

実施時期: 5 月末〜10 月末

催行時間: 随時

催行人員: 1 名〜5 名

費用概算: 5 名分まで¥8,000〜

積算根拠: 仮設浴槽(特設湯船)設置費用:¥4,000+霊泉・燃料他¥4,000

備 考:

今神温泉は、含食塩芒硝重曹泉、泉温 36℃。胃腸病、リウマチ、皮膚病、糖尿病、神経痛などと共に、医学に見放された患者の為の温泉とも言われ、多くの難病を治して来ました。

宿泊は、農家民宿(ひとり 1 泊 6000 円〜)を斡旋します。
http://www.mogami-genki.net/kankou/tozawa/%E4%BB%8A%E7%A5%9E%E6%B8%A9%E6%B3%89%E3%81%AE%E6%B8%A9%E6%B3%89%E6%B0%B4%E5%85%A5%E3%82%8A%E5%85%A5%E6%B5%B4%E4%BD%93%E9%A8%93%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%93%E3%82%B9.html

今神温泉と御池と巨木でパワースポット散策案内サービス


戸沢村角川地区は、かつて出羽三山の月山に登拝する登山道のひとつ「角川口」だったといわれ、その入り口の今熊野神社で道中の無事を祈願し、今神温泉に向かい読経をしつつ湯垢離をして精進潔斎し、御池、今熊山、高倉山を巡って月山に到ったといわれております。

今神温泉は現在は廃業し普段は入ることができませんが、地元の縁者のみが訪れることを許されています。

この今神温泉で浴舎跡と湯船に落ちる源泉を見学し、龍神が住むと伝えられる御池、樹齢 1200 年を超える長倉の大杉を巡るパワースポット三昧の散策を案内するサービスです。


実施場所: 戸沢村角川/今神温泉

対象客層: 個人/家族づれ/グループ旅行

実施主体: 戸沢村内農家民宿/地元・地域づくり団体

実施時期: 5 月末〜10 月末

催行時間: 10:00〜14:00 (所要時間 4 時間)

催行人員: 1 名〜5 名

費用概算: 2 名分¥6,000〜 ガイド料、昼食を含みます。

積算根拠: ガイド料¥4,000(交通費含む)+昼食代ひとり¥1,000

備 考:
ハンセン病、ガンなど医学的治療が困難な患者の為の温泉とも言われ、かつてはその効能は霊験と共に多くの病を治し、山奥に在りながら多くの湯治客がいました。
http://www.mogami-genki.net/kankou/tozawa/%e4%bb%8a%e7%a5%9e%e6%b8%a9%e6%b3%89%e3%81%a8%e5%be%a1%e6%b1%a0%e3%81%a8%e5%b7%a8%e6%9c%a8%e3%81%a7%e3%83%91%e3%83%af%e3%83%bc%e3%82%b9%e3%83%9d%e3%83%83%e3%83%88%e6%95%a3%e7%ad%96%e6%a1%88%e5%86%85.html

お問い合わせ窓口 山形県最上地域の観光(新)サービス
http://www.mogami-genki.net/kankou/inquery

今神温泉と御池でパワースポット三昧 体験報告
http://www.mogami-genki.net/kankou/monitor_tour


戸沢村・農家民宿に泊まって、今神温泉の霊泉でお風呂、そして…畑で芋煮
戸沢村 2014/11/15(土)〜16(日)

参加者:女性 2 名/男性 2 名=4人+幼児2名 仙台市1名/石巻市1名(幼児2名)/大崎市1名/戸沢村1名

◎参加されたきっかけ/動機 1.知人、友人からの紹介で。 2.主催者からの案内、戸沢村に興味をもった。 3.地元の可能性を再発見する為。


◎開始時間・土曜の 14:00〜は早い?遅い?それとも … ?

○企画者として、宿の通常のチェックイン時間(15:00)と、企画のボリューム(所要時間等)を勘案して 14:00 と設定。

当日の開始時間は定刻どおりでしたが、小雨の為各所で思ったより時間が掛る場面も有りました。


・妥当と思う/ちょうどいい時間帯だと思う。季節に応じて開始時間をくり上げてもいいかもしれない。

※アンケートには、以上の様な回答が有り、企画の内容と宿などの受け入れ態勢に応じて、もう少し早い時間からの開催を検討することも必要と判断します。

◎宿からの移動は …

○宿からの一台の自動車に相乗りして、今神温泉まで 30 分。細い山道なので遠く感じたかも知れません。

・自動車で便利。今神温泉は思ったより遠い。

・自動車での移動時間は長いと思わなかったが、自分が車で酔うタイプだったので、山道はしんどかったです。

※このような回答を得、車に酔うタイプの方には予め“酔い止め”などの薬の服用を促した方がよいと思います。

@ 今神温泉と御池でパワースポット三昧

サービス候補としてまとめられている企画は、

三つのパワースポット → 今神温泉敷地内の“今神石”=身体健康“御池”=心願成就“長倉の大杉”=縁結び を回ると云うもの。

降雪に見舞われた為、御池には行けません


でしたが、地元の許可を頂き長倉の大杉では隣接する熊野神社の社の中で参拝することが出来ました。各パワーポットでは灯明を燈し、霊験とご利益を演出しました。これは効果がありましたが、風の為に火がすぐ消えてしまうので、今後これを行う場合は(紙コップやペットボトルによる除風など)相応の準備が必要と思われます。

・雪が降って寒かったが、神秘的でよかった

・天候が悪かったため(御池)体験できなかったが、行けたらきっと良かったと思う

・予想以上の巨木に驚く

・巨木を見上げて圧巻

・お社に入れたのが良かった


■サービス提供者

現地までのアクセス:農家民宿ほたる

見学受け入れ:今神温泉 田中勇行 ガイド:田中満

A郷土料理の作り方指南

農家民宿で、自家製の野菜や近辺でとれたキノコなどを素材に、地元の料理法を学びながら一緒に調理をして夕食を頂く企画でした。この日は幼児の参加が有った為、急遽“お子様対応”の料理になり、郷土食が多少薄れてしまいましたが、野菜を畑から直接台所に運んで調理する体験は、食育としても有効的と感じました。


主なメニュー:もってのほか酢漬け/なめこおろし/キノコと野菜のてんぷら/地元野菜の煮物/角川蕪の漬物

参加者の声

・地域の料理を教えてもらいながら作れて楽しかった。とても美味しくいただきました。

・楽しく指南していただき、とてもおいしかった。 ・子ども向けの対応もあって楽しかった。


■サービス提供者 料理指南:農家民宿ほたる ガイド:田中景子


B幻の霊泉入りお風呂を愉しむ

かつては万病に効くとの評判で、全国的に名が知られた今神温泉。現在は廃業していますが、念仏温泉と云われ、パワースポット的意味合いを持つこの源泉を直接汲んで浴用とし、その効能と霊験を味わう企画です。

宿泊した農家民宿と温泉の持ち主が姻戚関係に有っことから可能となった企画ですが、今後の相互の協力関係や連携に関しては様々な課題が残ります。

また、この温泉の効能や神秘性については大変魅力を有するものの、アクセスや持ち主との各種交渉を鑑みると、広く一般に呼び掛ける企画としては、多くの調整が必要と判断します。


参加者の声

・ゆったりといつもの風呂より長めに入浴してあたたまりました。 ・(効能は)よくわからないけど面白い


■サービス提供者
霊泉の販売:今神温泉 田中勇行
入浴場所:農家民宿ほたる ガイド:田中満

C芋掘りをして畑で芋煮

獲り立ての里芋を取ったその畑で芋煮にしようと云う企画でしたが … 生憎の雨の為、里芋の収穫だけを行い、芋煮(会)は農家民宿内で行いました。雨は小雨だったので、簡易テントを張っての野外敢行も考えましたが、畑近辺の地盤がぬかるむことと、催行後の風邪などの心配を考慮しました。里芋の収穫が初めての参加者も居り、また畑で獲ったものを調理して食する、川の水で野菜を洗うなどの体験が、食育をコンセプトとした観光サービスメニューとして模索できると考えます。


参加者の声

・雪の為、芋掘りだけした。テントを張るとの話もでたが、お宿での食事で正解と思う。

・はじめての経験で楽しかった。

・場所がいい

・(雨の為)ほりだけだったがとても楽しく、芋煮がおいしかった。


■サービス提供者 畑と里芋収穫/芋煮(会)昼食:農家民宿ほたる ガイド:田中満/田中景子


◎印象に残ったこと、気になること …

・雪どけ後の今神付近は、滝が多く素晴らしい所だと思う。 ・参加者と宿の人が仲間の関係で交流が深まった。

・食事をしながらその家の方と会話もできてよかった。 ・子どもへの気配りもあって嬉しかったです。

◎参加料金や宿に関して …

・とてもくつろげました。
・とても Good です。
・適当 ・リーズナブル

◎スタッフやガイドに関してお気付きの点が有ればお教え下さい。

・これから(企画内容や協力者との関係を)練っていくことになると思う。

・スポットごとに、そこのなりたちや話を聞けてためになった。
・(協力者との)情報の一本化。連携を確りと。

◎ツアーそのものへの感想をお聞かせ下さい。

・志を感じました。 ・知らなかった事も知れ社会勉強にもなった。

・とってもたのしかったです。時期が紅葉の季節とかさなっていたらよかったな〜と思いました。

・協力者間の意思疎通が大切だと思います。


■経費関係 …

参加料:\8,000

霊泉販売今神温泉[田中勇行]…20ℓ \2,600=@520

宿泊[民宿ほたる]一泊二食付 … @\5,500

畑で芋煮(土産付) … @1,000

ガイド料 … [田中満] 全行程一括して … @980×5=\4.900

まとめ

天候が雨と雪になった為、野外での体験を中心にしていた企画としては難しいことが多い催行になりました。

移動に関しては人数的にも一台の自動車に同乗できたので、車内での解説も体験先の故事来歴なども質疑応答も含めて丁寧に行えました。野外での体験を断念した場合の代替案も予め用意して居たので、参加者の満足度を損なうことなく企画が遂行できたと思います。

課題としては、協力してくれる地域の方との意思疎通に不備が有り、予想外の展開(施錠が外されていなかったり、調理素材が届かなかったり)が有りました。今後、広く一般に体験企画として提供して行くには、更に課題を抽出し策を講じて行く必要を確認しました。


9. 中川隆[-7212] koaQ7Jey 2017年7月09日 12:54:22 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

苗場の近くの名湯 4 _ 『ゲンセンカン主人』で有名な湯宿温泉 _ 100円でドバドバ掛け流し温泉に入れるんだけど
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/693.html

10. 中川隆[-13919] koaQ7Jey 2018年7月24日 17:23:08 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-17293]
戸沢村 今神温泉 (通称 念仏温泉)廃湯 2018/1/7
https://blogs.yahoo.co.jp/acco5736/15561753.html


11月初旬のこと。雪が降る前に片付けておきたいことを実行。
この温泉の存在を知ってから 躊躇したり突っかかりながらも

どうしても訪問してみたくて来てみました。

年内〆の山業と称して・・・

雄大な最上川沿い国道47号を走り 戸沢村からひたすら山奥へ。


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長閑な農村地帯を経て 未舗装の道をしばらく走ります。

もちろん冬季は通行止め・・・

登山・山業目的でしか 通行しない道。対向もキツイです。

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目的地までの数百m手前からは 土砂崩れで通行止め。

ここからは徒歩・・・なのですが

この地点で 不自然と道を制止している車にご老人ふたり。

伺えば ”この先に行っても 何もない 帰った方がいい” と。

聞けば この先の温泉の元館長だと。

”温泉に浸かれますか?” 

”(外観)何もないから 行っても意味ないべよ”

どうしても行かせたくない様子でしたが 

見る浸かるよりも 汲まれることに過敏な模様。

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では 今神山・御池のトレッキング(仮)開始!!


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ほどなくして 門構えが現れますが 過去の記録より

今や ”立ち入り禁止”の看板も一切ないもので

もう管理者・元館長も権利がなくなったのではないでしょうか・・・


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イメージ 11

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不自然なホースのみ延々と出発地点から伸びておりますが・・・

はい。 目的はここ

今神温泉 通称 念仏温泉(廃業)


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歴史は古く 戸沢村にある今熊野神社にまつわる霊場のひとつ。

古来より万病に効き 不治の病と医師から見放された患者が

最後の希望を持って湯治にやってくる霊場のひとつでもありました。

日帰り入浴は愚か 1〜2泊も受け入れず 湯治客は 白装束を着け

念仏を唱えながら数時間入浴するのがしきたり。夏季のみの営業。

また つげ義春の短編漫画のイメージにもなっているもので

独特の夢現感の世界も漂うもの。


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まさに神の宿る湯 万病に効く湯と言われているならば

信仰・効能が根強く残り今でも営業が続き 訪れる人が耐えない訳で。

化学的・医学的にも根拠があるとは思えない現在でもあって・・・

どの温泉にも歴史はあるけど 時代に合わせて有功利用しなかったのか

夢現にしておきたいのも理解できるけど 

それほどの良泉 垂れ流しの自然の恩恵をあやかれないのは

非常にもったいない!の一心ばかり。

その 祭壇も囲いも一切なくなった 湯舟は

むき出し 放置の露天風呂

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ここまで来たら もちろん入浴 

神のご加護を受けさせていただきます。

湯温は 人肌37℃ 湯量はザコザコと豊富 

泉質 : ナトリウム-炭酸水素塩・塩化物・硫酸塩温泉

(旧泉質名)含食塩芒硝重曹泉


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しっかりとした 味の素系 ダシ塩味 鉄味は無しの炭酸味あり

泡つきなし 浴感 スルンスルン 湯上り ツルツル

素晴らしい温泉です!!

大量の藻だらけで湯底は気色悪いけど 湯舟の見た目は モネ池風

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感動 衝撃のぬる湯に 念仏ならぬ感嘆ばかり唱える湯です。

とにかく 放置されっぱなしが非常に勿体無い。


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垂れ流しの湯は 廃館の間を抜け 渓流に垂れ流し。

渓流の景色 露天風呂にする景観にもよろし・・・

秘湯の湯 絶好のロケーション♪

今神山 黒倉山 大森山登山 御池トレッキングの汗を

流す湯処があってもいいじゃないですか!

ここは 再開発して是非とも新しい温泉施設に復活して欲しいもの・・・

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私 罰があたるかなぁ・・・

山の神様 今熊の神様起こるかなぁ・・・

こそこそと汲み湯で 金儲けされてしまうのならば

もっと地域振興なってくれたらいいのに・・・

ちゃんと 青い標識で案内してますもん。

曰くつきの湯処 禁断の投稿になりますかね??
https://blogs.yahoo.co.jp/acco5736/15561753.html


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