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日本の農村は怖い _ 狭山事件の背景
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/340.html
投稿者 中川隆 日時 2010 年 4 月 06 日 22:09:55: 3bF/xW6Ehzs4I
 


荻原祐介氏は狭山事件発生直後から独自を調査を重ねた結果、真犯人が石川青年ではありえないことを確信した。 そして石川氏が一審で死刑判決を受けたことを権力の謀略といち早く見抜き、石川氏に面会して、あの有名な二審冒頭での爆弾発言、

「裁判長殿、私は善枝ちゃんを殺していません!」

という「名文句」を授けた人でもある。 正に石川氏とその家族が「命の恩人」として慕う人でもあった。

荻原氏は同時に石川氏を死刑台に送ろうとした首謀者たちを法廷に引きずり出して、
その卑劣な仮面を引き剥がそうと目論み、様々な告発を行なった。
その中の一部に、浦和簡易裁判所宛に提出した、当時の埼玉県警本部長警視監・
上田明氏を被告とする緊急証人喚問請求がある。 以下にその一部を紹介する。


尋問事項

一、被告は中田善枝さんの母、故ミツ(明治42・11・18生、昭和28・12・30死亡)
  の存命中の素行を熟知しているか。

二、母故ミツが中田栄作と昭和8・5・12、婚姻したが婚礼中の翌朝中田家の庭に
  何が持って来て置いてあったか。

三、○○○○は男好きの奔放な女性で死亡まで肉体関係をしていたという色男が
  十人位いたということを知っているか

四、母ミツは昭和28・12・30午前十時三十分に東京都北多摩郡小平町小川六六二〇
  国立療養所精神科病院に於て「脳腫瘍」という一万人に一人位しかいないと
  いう珍しい病気にて昭和28・12・19に入院して昭和28・12・30午前十時三十分
  に死亡しているが、この母故ミツの死因について村人たちは○人いたという色男
  の中の誰かがやきもちをやいて毒を呑ました、中田家で死んだのでは世間体が
  まずいので、遠い所の病院へ運んで死なせたのだ、といっているのである。

  原告が専門医の意見を徴たる処、国立武蔵野療養所は患者は全部精神病者にして、
  外科医の治療を受けねばならぬ脳腫瘍患者が専門外の精神病院に収容されたこと
  及び脳腫瘍という病気は発病してから三年位患ってから死亡するのが此の病気に
  なった患者の発病から死亡するまでの過程であるという。

中田家周辺の住民は母故ミツは病院に連れていかれるまで毎日丈夫で働いていた
ということからして、発病して三年経過しなければ死に至らぬという病気が僅か
入院して十日位で死亡していることは何か臭い、死亡診断書が臭いとの意見
である。

五、被害者中田善枝は、昭和22・5・1生まれで、十六歳であったが、体格は一人前
  の女に成長し、性格は死ぬまで○○○○をしていた色男が十人もいたという
  多情多感、○○な母に似て中学一年位の頃から既に男性に積極的で○○○○を
  持ち、母故ミツに劣らぬ○○が相当いたはずと村人はいっているのである。

  中田善枝さんが強姦されて死んでいるのではなく、和姦の後、格闘乱闘、抵抗の跡
  もなく、おとなしく殺されていたという殺害の状況よりして、村人たちは十人以上
  居た善枝さんの色男の中の誰かが、合意に依る和姦の後、殺害したのに
間違いない。
  
  真犯人は善枝さんと事件以前から肉体関係を持っていた10人以上の色男の中
  の誰かであるといっているのである。

  故に善枝さんを見たことも聞いたこともない通りがかりの男が慾情にかられ
  て殺したのではないと異口同音に村人たちは話している。

六、被告は被害者善枝に肉体関係をしていたという10人以上の色男の所在を突き止め、
  以てそのアリバイを確認する捜査をしたか。

七、狭山市、入間川の菅原部落及び柏原の下宿部落には、環境の相違よりして中田善枝
を知っている男性は一人もいないのである。
  この犯人のいない所謂部落に集中捜査攻撃が加えられたことは差別的偏見による
  偏見捜査であったと断定せざるを得ない。

  原告に多分の暇があれば詳細なるききこみを続行して十人以上いたという色男の
所在を突きとめ、真犯人を発見するのだが、毎日多忙の体でそれができず遺憾
である。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/3.html

エサクとミチュが結婚した翌朝、自宅の庭にとんでもない光景が広がっていたというのは皆さんご承知の通りです。

では誰がやったのか?

ミチュと関係のあった10人以上いたというイロ男たちでしょうか。
もしかするとそうかもしれませんが、それはどんなヒトか・・・

そしてミチュは不審な死を遂げ、恐怖に怯える長女が家出。
さらに利権のからんだ当事件につながっていく。

たとえばです、ヨッチャンの父親が部落民だったとしたらどうでしょう。

当時の農村における差別意識を想像するに、エサクや長兄の心境は?
考えただけでも恐ろしいです。

中田家も、街道も、警察も、真犯人逮捕を望まなかった。
むしろ絶対に避けなければならなかった。 それぞれの事情でです。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/5.html

日本の農村共同体( 講 )での婚姻は家と家のバランス、双方が親戚となった場合の他家との兼ね合い、または両親が無くなったあとなどにどう言った財産関係が出来上がるかなども考えられた上でなるべく血の薄い相手を「講」の中で選んで縁談させるのです。

なぜそうまで考えるかというと講というシステムの中では特出した金持ち、土地持
ちなどは必要とされず、全ては平等の元にという小さい規模の共産主義のような
意識が基本であるからと考えられます。なので婚姻により財産が大きく増えたり土地、田畑が大きくなるのはタブーであったと思われています。

ただし、中田栄作さんの場合は「講」の外である川越の裕福な農家から嫁を入れる
ことになりました。

これは当時の中田家の経済事情であったとか入間川のある資産家から縁談を持ち込まれ断るに断れなかったなど諸説ありますが、結果としたら講に対する奉納品を倍増するなどしてこの縁談を押し通したこととなり、他のこれまで規律を守ってきた講員らには面白くないことと思えたでしょう。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/2.html

493 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 mailto:sage [2007/08/26(日) 00:39:10 ID:???]

この地区は事件まで夜這いの風習が残っていたらしい。
古い農村の夜這いの風習が、事件を横溝的に恐ろしくするキーワードだよ。
母親の結婚した時の惨状しかり、異父兄妹関係しかり。


793 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 mailto:sage [2007/11/14(水) 10:37:00 ID:???]
例えそれが嫌がらせでも、、、

普通墓石なんて考えつくか??

なぜ墓石?

昔のイジメはこれが定番なの???


795 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 mailto:sage [2007/11/14(水) 13:04:03 ID:???]
>>793
「共同墓地からの追放」ってことを意味するんじゃないかねぇ


796 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 mailto:sage [2007/11/14(水) 13:21:53 ID:???]
重い墓石をわざわざ運んでまでやるわけだから、いたずらというには度を越しているよな。

何で運んできたんだろう?リヤカー?軽トラ?

善枝さんの自転車も、何で運搬してきたのかが謎になっていることを思えば、不気味な因縁を感じるね。

事件とは直接関係のないただの嫌がらせだったのかもしれないが。


797 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 mailto:sage [2007/11/14(水) 14:35:15 ID:???]
車が一般的に普及し始めたのって昭和40年代ぐらいじゃない?
よしえサン事件の時車持ってるって聞いてお金持ちだなあと思った。

だけど墓石事件の時って昭和20年代ぐらい、、だよね。
車なんてないんじゃないかな。

しかもあんな重いものをワザワザ。。。。

やっぱリヤカーで村ぐるみなのかね?

798 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 mailto:sage [2007/11/14(水) 15:00:34 ID:???]

昭和八年の五月


799 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 mailto:sage [2007/11/14(水) 15:05:24 ID:???]
墓石投げ込みを、一人でやるとなると、相当な労力がいるだろうからかなり根が深い怨恨だったんだろうね。

複数とすると、結構組織的嫌がらせという感じがしてくる。

…つーことを考えると、やっぱり狭山事件との関連性が、
どーしても頭に浮かんでくる。

単独犯か、複数犯か。
痴情怨恨か組織的脅迫か…
http://yomi.mobi/read.cgi/bubble6/bubble6_archives_1140268024

長兄の手記 (発表されたのは、石川一雄さんが逮捕された日)


善枝の位牌の前で犯人逮捕の報をきき「善枝! 本当にこの人なのか?」
と聞いても 遺影は何もいわず、表情すら変えられないのです。

全国から多大なる激励、慰めの手紙をいただき一刻も早く今日のこの日を待って居たのですが長引いてしまいました。 

これも農村という古くからの何ものかゞ ひそんで居たのではないのか?

と責めざるお得ないのです。 この様な憎むべき犯罪が善枝以外に 誰の許にも起らぬ様、世の皆様にお願ひ致します

犯人たるおまえに なぜ善人に戻って呉れなかったのか、悪に取りつかれたおまえでさえ戻るのみの善をおまえはもって居た筈であり、その善は今日のこの日を待っては居なかった筈なのに

苦しかった事だろう 善枝よ!
安らかに ねむりたまえ!
http://blog.livedoor.jp/higurashi/archives/841936.html
http://flowmanagement.jp/sayama/article.php/20090506074847968

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狭山事件(さやまじけん)とは、1963年5月1日に埼玉県狭山市で発生した、高校1年生の少女を被害者とする誘拐殺人事件である

この事件では中田家を中心に不幸な出来事が続いた。

まず、事件後に中田家の農業手伝いの奥富玄二さん(当時31歳)が自分の結婚式の前日に農薬を飲んで自殺。

続いて、不審な人物を見たと警察に証言した田中登さん(当時31歳)がナイフを突き刺して自殺。

さらに捜査線上に浮かんでいた付近の養豚場勤務の石田登利造さんが自殺した。

更に驚愕したのは、佐野屋で犯人と唯一会話した善枝さんの姉が石川の死刑判決直後に自殺。

善枝さんの次兄も自殺した

不可思議な事は、石川被告の家宅捜査は3回行われたが、第一回の家宅捜査(5月23日)で徹底的に捜査して何も事件につながるものが出てこなかったのに3回目の家宅捜査で善枝さんのピンクの万年筆が勝手口の鴨居から発見された。

捜査員自らこれを取らず被告の兄に取らせて写真を撮影するなど実に不思議なことが起こっている(尚、この第三回目の家宅捜査の時間はたったの24分間で、第一回と第二回の家宅捜査では2時間以上を費やしている)。公判ではこのピンクの万年筆が物的証拠として有罪の決め手になっている。

取り調べ中も「自供したら10年で出してやる」と自白を強要したり、留置場から浦和拘置所に移された後、この留置場の床に「中田よしエさん ゆるしてください」と書かれていたとして川越警察署が証拠として提出したりしている。

が、前述の通り、石川は字が書けないのである(自分の名前、住所のみ漢字で書ける程度)。

その他の状況も含めて鑑みると「真犯人は別に居る」と見た方が素直である。

だから尚更、警察は「何が何でも石川」という演出に走っていったと思われる状況が多々ある。だが、一審の判決は「死刑」、二審で「無期懲役」の判決によって平成6年12月の仮釈放になるまでの実に31年7ヶ月間を獄中で過ごす事を余儀なくされた。
http://gonta13.at.infoseek.co.jp/newpage51.htm


警察にも関与者が居るような気さえしてくる。強引に冤罪者を作ったり、後に何人も出てくる自殺者の状況も怪しきものばかり。

●次姉は空井戸に落ちているのに警察は溺死と判断。

●養豚場の経営者が踏切に飛び込んで自殺。狭山市・入曽の両駅の日誌から、なぜか当日のページが紛失(破り取られる)。

●事件当日に死体発見現場のそばで怪しい3人連れを見たと届け出た証人が包丁で胸を突いたとして死ぬ。(警察で犯人扱いされ厳しい取り調べでノイローゼ状態)
 (もしかすると重要な証言者だったのかも…)

また、気持ち悪いのが次兄の首吊り自殺。
オカマでも無いのに自殺の遺書は女言葉で綴られている。
事件そのものじゃなくて、後々に沢山出てくる自殺(死)者だけでも謎深いよ。

この家庭は良い家柄だけど、変わった家庭らしくて被害者の母が嫁入りした時も
家の庭に墓石やそとばが大量に投げ込まれていたらしい…

ちなみに被害者の少女は1963年当時16歳だけど、事件で犯される以前にも何度かの性体験があったということが検死(処女膜より)によって明らかになってる。

当時としては早いと思うけれど、もしかして、もしかして父か兄とやってた??
http://jbbs.livedoor.jp/study/56/storage/1149838795.html

1. 狭山事件の謎

事件から45年を経過した現時点でなお、真犯人が誰なのかわかっていません。石川一雄さんが逮捕されて有罪とされましたが、その判決文を読むと物理的にも論理的にもありえないことが大量に書かれていて、「推理」とも呼べないようなものです。
本当にこの事件を起こしたのは誰なのか。事件直後から様々な「推理」が提示されましたが、未だに万人を納得させるものは登場していません。


2. 狭山事件の猟奇

この事件の関係者(被害者の家族(兄と姉)、容疑者、重要な目撃者など)が次々と謎の死を遂げています。

「謎の死」という月並みな言葉を使いましたが、この事件に関しては本当に謎な死に方なのです。

公式にはことごとく自殺あるいは事故死として処理されていますが、それをそのまま信じるなんてとても無理だろ常考。という死に方です。


3. 狭山事件のトリック

事件に際して、奇妙な、当て字を多用した脅迫状が被害者宅に届けられています。例えば「警察」を「刑札」と書いています。
刑札ではこれを「知能が低い者の犯行」と見ましたが、その「刑札」でもわかるように微妙に意味が通る当て字で、なおかつ当の刑札自身がこの脅迫状に「車出いく」と書いてあったのを真に受けて身代金受渡し場所で犯人を取り逃がしていたりして、少なくとも刑札よりは知能が高い者の犯行であることは確実です(笑)。

さらに、身代金受渡場所に犯人自身が現れて、身代金を持ってきた被害者の姉と会話しています。その様子は張り込んでいた刑事たち(複数)も聞いています。
その上で犯人は悠々と包囲を突破して逃げおおせています。それを「単なる偶然」と片付けることは可能でしょうが、堂々と脅迫状を出した上に、警官38人の包囲をサクっと突破して逃げる犯人というだけでも推理小説のネタになるでしょう。


4. 狭山事件の陰謀

上の「謎」で名前が出た石川一雄さんは、なぜ「犯人」に仕立て上げられなければならなかったのか。あるいは、被害者はなぜ殺されなければならなかったのか。そのあたりにプチ陰謀論の種も大量に転がっています。

特に、石川さんを犯人に仕立て上げるにあたっては、数多くの「証拠」がでっち上げられています。このでっち上げは誰が何の目的で行ったのか。そこにも陰謀のニオイをかぎつけることは可能でしょう。

くりか江す(これも脅迫状にあった誤字です)と、これは実際に起きた事件です。
「事実は小説より奇なり」とはよく言ったものです。
http://flowmanagement.jp/wordpress/archives/192
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1. 狭山事件関係者一覧

1963年(昭和38年)5月1日事件当時(狭山市大字上赤坂100番地)


中田家

父親: 中田栄作(明治38年8月14日生57歳):善枝の父、富豪、地域の有力者、
平成2年(1990年)没

母親: 中田ミツ(明治41年(1908年)生まれ。昭和28年(1953年)没。享年45 、
死因は脳腫瘍。入院して10日前後で急死した。近親憎悪の対象?

長男: 中田健治(昭和12年5月5日生25歳), 事実上の家長?、あいまいな証言

長女: 昭和9年生まれ。事件の8〜9年ほど前に家を出て東京で働いていた。
実家とはほとんど縁を切っており、その後結婚して子供が出来た時も実家に
入れてもらえなかった。

二女: 中田登美恵(23歳) 、昭和15年(1940年)生まれ。昭和39年(1964年)没。
享年24。自殺だった。真相を知る?、善枝の理解者 、中学卒業後、高校に
行かず家業を手伝っていた。
さのヤに身代金(に見せかけた包み)を持っていった。

三女: 夭折?

二男: 中田喜代治(昭和19年生まれ19歳) 入間川分校定時制4年生 、
昭和52年(1977年)没。享年33。自殺だった。
女言葉で書かれた奇妙な遺書を残している。

四女: 中田善枝((昭和22年5月1日生16歳) 、 昭和38年(1963年)5月1日没。
川越高校入間川分校別科1年生 、被害者、異父姉妹 
        
三男: 中田武志(昭和27年生まれ11歳) 堀兼小学校6年生 。後に他家に養子に出た。

 YH:登美恵の婚約者、健治と同級生

父親は近所では評判のしっかり者で、妻の死後も遺産相続の原因となる後妻を娶らず、
区長としても自分の考えを貫き通し、成績優秀の子供達も「百姓には学問はいらん」
との方針で四女以外は夜間高校に通わせるほどの徹底した頑固者だったと伝えられている。

長兄は高校卒業後、神経系の病気になって通院していた。病気は顔面神経痛と脊髄の疾病らしいが、詳しい病名は判らない。 東大病院に通院しながら会計事務所で働らき、会計士を目指して専門学校にも通っていたらしい。

その後勤めた新聞社というのは「東京タイムス」じゃなかったかな。
死体発見現場で写真を写していた(「最愛の妹がむごい姿で見つかったというのに
涙一つこぼさずにカメラマン気取りとは」と、のちに長兄が犯行に関与しているのではと大いに疑われることになる原因の一つ)のは、新聞記者だった頃の名残りかもしれない。

この新聞社は今はもうないみたいだけど、当時は農業関係の業界紙も発行していたんだろうか?

結局、長兄は父の説得に負けたのか、夢破れて(?)実家の農業を継ぐことになったらしいが。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/4.html


被害者はもともと7人きょうだい(三男四女)でしたが、長兄以外のきょうだいは全員死去するか通常でない形で家を出るかしています。

そのことと、被害者宅が裕福な農家だった(「百万円様」とあだ名されていた。さらに、父親は地区の区長を務めていたこともある)ことから、「被害者の長兄が遺産相続で独り占めをするために他の兄弟を次々と排除していった、その手始めが狭山事件である」という「長兄犯人説」が唱えられています。


中田家のその後

 長男・・・結婚して中田家の「家長」となる
 長女・・・家出して東京で結婚。中田家とは没交渉。
 次女・・・事件の1年後、「自殺」。
 三女・・・幼くして病死。
 次男・・・事件の十数年後、「自殺」。
 四女・・・事件により殺害される。
 三男・・・事件の十数年後、養子縁組。改姓して中田家を出る。

つまり7人のきょうだいの中で存命者は長男・長女・三男の3人のみ。
そのうち事件が起こったあの家に残ったのは長男のみ。


27 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/10/17 16:00

次兄が経営していたのはラーメン屋だったらしい。大きな料理屋なら経営苦で自殺というのもうなずけるがラーメン屋程度なら、うまくいかなくても本家から相続分の畑でもわけてもらって農業をやってもいいわけだし、借金があったのなら土地を売るという手もあったはず。

父親と長男は相談に乗ったのだろうか。
なんでも末の弟も家を出て、次男の店から東京の大学に通っていたそうだ。
どの兄弟も長男とは一緒に暮らしたくないほど、仲が悪かったのか。


31 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/10/17 18:03

店をたたんで農業やるとか考えられたにも関わらず、自殺とは何かがおかしいと思う。
頭下げられないほど実家とは仲悪かったのか? それとも下げるに下げられない「何か」があったのか・・・
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/3.html


249 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/02/09 17:18

末弟も、のちに養子縁組して中田姓を捨て、家を出て行った…

それ以前に、大学へも実家からではなくのちに自殺する次兄の家(中華料理店)から通っていたというから、よっぽど実家にはいたくなかったのだろう。

そんなに父または長兄との折合いが悪かったのか…
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/4.html


230 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・投稿日:02/04/11 15:12

結局中田家の財産を相続したのは誰なんですか?

231 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・投稿日:02/04/11 17:48

兄じゃろう。でもそんなに財産あるのか?


262 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・投稿日:02/04/27 00:02

中田家の農地、山林四町歩(潜在的価格は坪十万円と安く見積もっても十二億円)は長男健治氏の心境ではすでに自分一人のものであるらしい。姉、弟とともに将来は四等分、均等配分の意志なぞみじんもないようである。 これについて昭和46年9月「週刊アサヒ芸能」の記者が兄健治と対談した記事をみると次のようである。

「犯人身内説を受けて中田健治さんがいう。「うちの財産ですか。兄弟はみんな外にでて、たしかに私が中田家を継いでいますが、ここらあたりは一反歩百六、七十万円でうちは三町もっているから四千五百万円ですが地価のとくに安いところですから、百姓やっていてもバカをみますよ。以前、名古屋のほうの新聞だったかに長男が怪しいなんて書かれたんですが、ぼくはやましいことないから平気ですよ。」 静かな口調だった。」

ところで兄のいうようにかりに一反歩(三百坪)百六、七十万円なら坪五、六千円 とみているわけだが当時でも坪二三万円とみられている。又、「うちは三町」といっているが父の警察調書では畑二町三反、山林一町三反、宅地一反三畝計三町七段三畝、一万一千九○坪である。平均坪五千円として五千五百万円、坪三万円とすれば三億三千万円である。

そして兄は中田家を継いでいる、と称しても父がいなくなれば姉弟四人で四等分ではないか。誰も相続権を放棄していないし、長男が勝手に「自分独りのもの」とみなしているところにおかしな心境がみえているのではないか。「百姓をやっていてもバカをみる」といいながら独りで継いだ気になっている

ところに矛盾がある。「バカをみる」なら長男が農家を継ぐことを拒否している例もあることゆえ土地を長女や弟に譲って勤人でもする方がよい。長女、弟たちに父の存命中に土地を四等分して「バカをみないようにする」なら長男の言行は一致し「長男が怪しいなんて書かれない」事になるわけだ。犯罪があるとその結果誰が一等利益したか、又誰がその利益を世間にごまかそうとするかの二点を世間は疑いの的とするのは定石であり、多くの実例と推理小説が強調するところである。 (亀井トム「狭山事件 権力犯人と真犯人」1977)

※この著書は次兄喜代治の「自殺」以前に発表された。
http://mblog.excite.co.jp/user/hageguma/entry/detail/?id=574093

重要人物

石川一雄 事件犯人?、被差別部落民

奥富玄二 B型の血液、1週間後に自殺、中田家の元作男 、土建会社と中田家の仲介人

石田養豚場

  石田登利造 長男、アリバイ不明、3年後自殺、ひこつくしが得意

  石田一義 弟、養豚場経営者、スコップを盗まれたと証言


事件証言者、協力者

増田秀雄 元PTA会長、村の有力人物、現金受け渡し時に協力

内田幸吉 怪しい人物が訪ねる、あいまいな証言

田中登  矢けん坂で不審な3人を目撃、10日後自殺

Q 40代、元浦和の部隊所属の軍人、石田Tと事件の協力する、S30〜S35増田秀雄の元で働く

X 30代 主犯?警察の動きを把握する、医学・薬学関係者

H 訓読みではA、事件直後取調べを受ける、その後行方不明

C 17歳、町の不良少年、取調べを受けるがシロ
B A,Cの仲間、唯一車の免許を持つ、事件後行方不明
A 18歳、Cの親分格、怪しい背後関係、矢けん坂に自宅

O 中田栄作と対立する元区長、土建会社Kを経営

U 大物狭山市会議員、Oと懇意にしている, 水利工事を牛耳る

森(仮名)戦後復員し、紡績業を営むが村の「講」を破り追放
  善枝さんの実の父親?川越の周辺を渡り歩く。母親の秘密?

森の次男 =田中 中田家を恨む。石田登利造の仕事を手伝う。真犯人?

田中幸男= 森の次男? Uの経営するバーに出入りする、善枝さん誘拐・監禁実行犯?

O2=田中? Uの経営する店の従業員、暴力団関係者、アリバイ工作に協力 、善枝さん誘拐・監禁実行犯?

土建会社K 元区長Oの経営する会社,狭山市の水利工事を担当、
U議員が工事の都合をつける
      奥富に対立する中田家との交渉を依頼

事件後の変死者一覧

奥富玄二 S38.5.6 農薬エンドリンによる自殺-井戸で発見。B型結婚式前日。

田中登(31)  S38.5.11 事件当日見た不審な3人連れの男たちについて証言。

中田登美恵 S39.7.14 薬物自殺。遺体がきれいになって、農薬のビンも洗われていた。

石田登利造 S41.10.24 石田養豚所の経営者石田一義の兄。礫死体で25日に発見。

中田喜代治 S52.10.4 中田家二男自殺


事件の関係者で変死したのは以下の通り(死亡順)。

@中田善枝(事件の最初の被害者)
A被害宅の元作男、奥富玄二(農薬を飲み、井戸に飛込自殺)
B目撃情報をもたらした、田中登(心臓を包丁で一突き自殺)
C佐野屋で犯人の声を聞いたPTA会長、増田秀雄(脳内出血で急死)
D被害者の次姉、中田登美恵(農薬自殺)
E石田登利造(鉄道列車で轢死)、「ひこつくし」の名手
F被害者の次兄 中田喜代治(首吊り自殺)
G善枝の母親 中田ミツ (精神科の閉鎖病棟にて脳腫瘍の為病死)


以上、遺書があり自殺として扱われているのはADF。

A 奥富玄二は以前からノイローゼ状態ともいわれており、結婚式を前に、性的不能を悩んでの自殺ともいわれている。

B田中登は警察発表では、支援していた議員の落選を苦にしての自殺とされているが、家族はそれを強く否定。

C増田秀雄は単なる病死とする意見が多く、事件の「不審死者リスト」からは外されている。

D中田登美恵は事件後からノイローゼで通院しており、一審の死刑判決後、日記を中断。妹の後追い自殺といわれている。

E 石田登利造は自殺、他殺、事故死いずれも不明。重いアルコール依存症で、入退院を繰り返しており、病苦とも借金苦による自殺ともいわれている。

F 中田喜代治は経営する飲食店の不振が原因とされているが、妻はそれを否定。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/4.html


かって中田家の三男喜代治の「自殺」をある週刊誌は「また死んだ・・狭山事件の八ッ墓村」 というタイトルで報道した。

むろんこれは当時ヒットしていた映画のタイトルになぞらえたに過ぎないのだが、はからずもこの事件の本質を示していた。この事件は被害者一家を巡る人間関係、それを取り巻く地域社会の特性に着目しないかぎり絶対に理解、解明はできない。


農村地帯特有の奔放な男女関係、

住宅地図を開くと一目だが隣近所が皆同姓という濃い血縁関係の集落、

東京オリンピックを翌年に控えた好景気の中、東京の衛星都市として急発展し地価も急騰する農村、その中に芽生えた遺産相続にまつわる近親憎悪、この事件の背景は横溝正史の小説がくりかえし描くところと全く同じものである。彼の小説がいつの時代も読者を魅了するように、この事件の真相もまた人類に普遍的な問題を孕んでいるのだ。
http://mblog.excite.co.jp/user/hageguma/entry/detail/?id=574093

狭山事件資料
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/sayama.htm
http://flowmanagement.jp/sayama/
http://sayamacase.web.fc2.com/ie_index_1iay.html

狭山事件写真
http://sayamacase.web.fc2.com/0/jiken.html
http://flowmanagement.jp/wordpress/wp-content/uploads/2008/05/higaisha-3.jpg
http://flowmanagement.jp/wordpress/wp-content/uploads/2008/06/higaisha-4.jpg
http://www.asahi-net.or.jp/~mg5s-hsgw/sayama/photos/kyou2.jpeg
http://sayamacase.web.fc2.com/3/sayama2007.html

狭山第二鑑定
http://www.kanshiki.com/sayama/


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2. 本当は怖かった日本の農村

世間には「犯罪とは都市で起こるものであり日本古来の農村地帯は牧歌的で秩序だっていて、近代の都市部とは違い平和で犯罪はなかった」という誤解があります。
しかし、そういう閉鎖された農村地帯とか地方コミュニュティーというのは実は陰鬱でおかしな犯罪の温床でもあったのです。

例えば、間引き、夜這い、村八分、村の権力者による暴行、強姦、犬神や狐憑き殺人のような迷信や因習に縛られた暴行事件、実は殺人事件であった神隠しなど犯罪行為はゴロゴロありました。

まあ村の女性がレイプ同然に暴行されてたり、村のある一家が村八分で酷い目に合わされたり、嬰児が大量に間引きで処理されても、お上には訴えられず表立った犯罪にはなりにくいということはありますけどね。

「昔は村や地元の秩序状態が犯罪にはなりにくい犯罪を誘引していた」が正解です。

ただ、夜這いについては現代では少々、誤解があり、まるで村の女性が村の男に有無を言わさずレイプされてしまうよう言われてますが、実際は当時の独身女性には貞操観念などなく、しかもセックスは最大の楽しみであり、村の女性たちは

「村の男が私を悦ばせにやってくる」と夜ワクワクして床についたそうです。

薩摩だったかの逸話に村の男が男色に耽り女性とのセックスをサボりだしたのに怒った女性たちが、男たちが集まって男色している所に殴りこんで乱闘になったという逸話すらあります。

「当時の村の女は夜這いによって無理矢理犯された哀れな性奴隷であった」
という現代の誤解は「女性が自分の意思でセックスを求めるわけがない」という歪んだ女性像から来ています。

第二に女性の側にちゃんと自分の体調や相手によっては拒否権があり、
もしも、それを破って強引な夜這いに及んだ男は村八分などの制裁を受けます。
つまり夜這いは「村の男女の性の捌け口であり最大の娯楽」という男女共に楽しめる平等なものでした。

しかし、これもあくまで過去の時代の話しで現代では夜這いは一般的風習にそぐわない単なる犯罪行為になってしまったのも事実です。 夜這いの習慣の名残は各地でトラブルを生みました。

例えば単なる旅行者の女性が村の若者に村の夜這いの習慣によって集団レイプされた事件とか南九州で東京から来ていた女性が地元の男に略奪婚の習慣で拉致されて、親子ともども「うちにもやっと嫁さんが来た」と泣いて喜んだ事件とか表立った騒ぎになった事件がいくつもありました。

あと名張毒ブドウ酒事件とか津山三十人殺しも動機は夜這いのもつれらしく、陰鬱な農村型犯罪です。

他に月ヶ瀬村の殺人や殺人事件とは思いにくいですが「便層で死んだ男」事件などもそのカテゴリでしょう。
http://pandaman.iza.ne.jp/blog/entry/526459/


これが日本の農村の風俗


30年前に徳山ダム予定地で水没する運命だった徳山村に入って民俗調査したとき、飲み屋のママが「「毎晩、若い衆が「やらせろ」と忍んでくるので本当に困る」」 とこぼしていた。徳山など西日本の閉ざされた村では、後家さんが若衆の性教育をする義務があった。

 女子は初潮が来れば離れに住まわせ、赤飯を配った。これが「おいで」の合図で、その晩から近所の若衆が娘の元に夜な夜な忍んでくる。これを「夜這い」と呼び、1960年代まで、西日本では、ありふれた習俗だった。

 当然、子供ができるが、お腹が膨らめば、娘は忍んできた若衆のなかから一番気に入った男を夫に指名する権利があった。若衆は、これを拒否することはできなかった。もし拒否すれば、村から叩き出されるほどの指弾を浴びた。 

夫指名はお腹の子の種男である必要はなかった。どうせ、生まれた子供は、村の共同体みんなで育てるのであって、誰の子でも構わないのだ。子供は村全体の財産であり、みんなで育てる義務があった。村の共同体では、困ったことは、みんなで相談して解決するのであって、一人でも飢える者を出すことは許されず、餓死するときが来れば、みんなで一緒に餓死したのである。そこには貧しくとも、孤独という苦悩は皆無であった。 
やがて若衆が都会に出るようになり、都会の家畜的労働者の習俗を村に持ち帰ることによって、夜這いも廃れ、共同体も瓦解していったが、祭りなどには、そうしたフリーセックスの習慣が遅くまで残り、1980年代まで村の祭りは無礼講であり、どの人妻と寝ても良かった。

できた子供が、父親の子である必要があるのは、権力と財産を相続する必要のある名主や武家に限られいて、共同体生活をしてきた民衆には、受け継ぐべき権力も財産もなく、したがって父の子を特定する理由がなかったのである。
http://blog.livedoor.jp/hirukawamura/archives/1805329.html



「夜這い」

 筆者は若い頃から民俗学が大好きで、宮本恒一の熱狂的ファンを自認し、その真似事をしながら、山登りの途中、深い山奥の里を訪ねて、その土地の人と世間話をしながら、新しい民俗的発見をすることを楽しみにしていた。

 かつて、揖斐川の上流に徳山郷 という平安以前に起源を持つ古い村があって、その奥に能郷白山や冠山という奥美濃山地(両白山地)の名峰があり、このあたりの山深い雰囲気に惹かれて何度も通った。今は無意味な形骸を晒すのみの巨大なダム底に沈んだ徳山の里は、筆者の足繁く通った1970年代には、いくつかの立派な集落があり、春から秋までは渓流釣りマニアでずいぶん賑わったものだ。

 そのなかに、名古屋からUターン里帰りした中年女性の経営する小さな飲食店があった。そこでよく食事をして世間話に興じながら、おばちゃんに村の事情を聞いていたが、実におもしろい話がたくさんあった。

 一番凄いと思った話は、近所の農家の中学生の娘が妊娠したことがあったが、その相手は祖父だったという。しかし、当時の徳山では、この程度は全然珍しいものでなく、ありふれていると言ったことの方を凄く感じた。

 夜になると近所の若者が飲みにくるが、必ず店仕舞のときまでいて「やらせろ!」としつこく強要し、うっとおしくてかなわないという話や、この村では後家女性がいれば、婿入り前の若者たちの性教育係を務めるのが村の伝統的義務とされているというような話も驚かされた。

 参考までに、昔の性事情を知らない若者たちに言っておくが、戦前の日本では、とりわけ西日本における古代弥生人の末裔たちの里にあっては、国家によって定められた一夫一婦制結婚形態というのはタテマエに過ぎず、それが厳格に守られた事実は存在しない。つまり適当なものであった、というより、民衆レベルでは自由な乱交が当たりまえであって、生まれた子供が自分の子供である必要はなかった。

 というと、ほとんどの若者たちが「ウソー!」と驚くに違いないが、これが真実なのだ。例えば一番典型的だった中国山陽地方の集落では、一つの集落で、結婚まで処女を保つ娘は皆無だった。初潮が始まると、親が赤飯を炊いて近所の若者宅に配る。それが「おいで」の合図となる。その日から娘は離れの座敷に寝泊まりするのである。

 これは、山陽地方(西日本の古い農家といってもいい)の古い農家の作りを見れば分かる。必ず夜這いのための娘の泊まり部屋が設けられていたはずだ。古い民俗家屋展示を見るときは、昔のこうした光景を見るのだ。すべての構造に歴史の深い意味が隠されていると知ってほしい。

 若者の男たち、ときには、なりすましの親父たちも、赤飯の出た家に夜這いをかけて、初々しい少女を抱いて性欲を満足させたわけで、これなら風俗性産業が必要なはずがない。昔だって男たちに強烈な性欲があった。それが、どのように処理されていたか? 考えながら、赤線・性産業の由来・必要性を考えるのだ。

 夜這いの結果、もちろん子供ができてしまうわけだが、生まれた子供が誰の子であっても、事実上関係ない。子供の父親を指名する権利は娘にあった。別に実の父親である必要はなかった。夜這いをかけた誰かの内、一番好きな男を父親に指名するのである。これが、やられる側の娘の権利であった。

 夜這いを拒否することは、男にとって大きな屈辱だった。そんなことをすれば後々まで男に恨まれて「八つ墓事件」のような事態が起きかねない。津山殺戮事件の裏には、こんな背景も考える必要がある。

 父親を特定することが意味を持つのは、子供たちに受け継がせるべき財産・権力のある有力者に限られていて、持たざる民衆にあっては、受け継がせるべきものもなく、名もない我が子種を残す必要もなく、したがって、女房が誰の子を産もうと、どうでもよいことなのである。

 生まれた子供は「みんなの子供」であった。集落全体が一つの大家族だったのだ。みんなで助け合って暮らし、みんなで子供を育てたのであって、小さな男女の家族単位など、権力が押しつけたタテマエ形式にすぎなかった。

 タテマエとしての結婚家族制度は、明治国家成立以降、政権が租税・徴兵目的の戸籍制度整備のために、それを強要したのである。

 それは権力・財産を作った男性の子供を特定するための制度であった。それは名主・武家・商家・有力者などの権力・財産を「自分の子供に受け継がせたい」インテリ上流階級にのみ意味のあることであり、このために女性を婚姻制度、貞操に束縛したのである。

 農民をはじめ一般大衆にとっては、束縛の多い不自由な一夫一婦制など何の意味もなく、たとえ配偶者がいても、誰とでも寝るのが当然であり、生まれた子供は「みんなの子供」であって、集落全体(大家族)で慈しんで育てたのである。

 このようにして、かつての日本では夜這いに見られるような自由な性風俗に満ちていた。「集落全体が大家族」という考え方で助け合い社会が成立していて、夫を失った後家は、若者たちの性教育係になり、冒頭の飲食店のオバサンも、徳山の若者たちから、そのように見られていたわけで、決して徳山の若衆が性的変態だったわけではない。

 そうした自由な性風俗は1960年あたりを境にして、急速に失われていった。その後、読者が知っているように、女性に貞操観念が求められるようになった理由は、世の中全体が豊かになり、個人が財産を蓄積する時代がやってきたことによるのである。

 豊かになれば財産を「自分の子供」に相続させたくなる利己主義が芽生えるのである。「自分子供」を特定するために、誰の子かはっきりさせる必要があり、女性の自由な性を抑圧し、貞操観念に閉じこめる必要があった。
http://protophilosophy.noblog.net/blog/t/10590234.html


八つ墓事件(津山30人殺し)については

こんな女に誰がした_1
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/332.html

のコメント欄 09〜12 を参照下さい.

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村落共同体(農村講)


講(こう)とは、同一の信仰を持つ人々による結社である。ただし、無尽講など相互扶助団体の名称に転用されるなど、「講」という名称で呼ばれる対象は多岐に渡っている。

元々の講は「講義」「講読」の「講」であり、平安時代に仏典を講読・研究する僧の集団を指すものであった。後に仏典の講読を中心とする仏事(講会)を指すようになり、さらに各種の仏教儀式一般に講という名称をつけるようにもなった(報恩講など)。

この「講」が中世ごろから民間に浸透する過程で、様々な信仰集団に「講」という名称がつけられるようになった。信仰集団としての講には、地域社会の中から自然発生的に生まれたものと、外部からの導入によるものとがある。

前者の講は、氏神・産土といった地域の神を信仰する氏子によって、その神祠の維持のために運営されるものである。社格の高い神社の講では、「村」の範囲を超えて広い範囲に構成員を持つものもある。

講は講社ともいい、講の構成員を講員という。講の運営にあたっては講元(こうもと)、副講元、世話人などの役員を置き、講員の中から選任され、講の信仰する寺社から委嘱されるのが通常である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AC%9B

763 名前:入曽歴3年:02/09/15 11:45

「農村講」というものは農村単位での自治集団といえば分かりやすいでしょうか、昔
飢饉や不作などに困窮した日本の各地で自然発生し、根源は非常時の助け合いが
目的と思われますが実際は非常な内向的社会で外部との接触も必要最小限であり
なによりも自らの利益や自治意識を優先させた集団との見方が適当かもしれません。

「講」の組織自体は日本各地でまさにさまざまで、ある集落内の親戚の集まりで形成
されていたり、あるいは複数の村をまたぎ大掛かりな集団であることも珍しくは
無かったようです。 しかし時代が明治となり、大正昭和となる頃には「講」自体の存在自体価値が乏しくなり自然消滅していったのが一般とされています。
ただ日本各地の豊穣を祈願する春夏秋のお祭りなどにその起源を垣間見ることも
珍しくなく、もっとも近年「講」のシステムを受け継いできた町村も昭和40年代
まで福島県や長野県で見うけられたそうです。

そしてシステムや規律もそれぞれの「講」で違いは多く、その「講」の数だけさまざま
な組織が存在していたと考えられます。 中には少数精鋭の秘密結社的な「講」もあり、または伝統行事などを継承するための「講」も存在していたそうです。歴史的に言うと前者は時の政府などと折り合いが悪く、早期にその存在を無くしていき後者のように時代に対応した組織のほうがどちらかと言うと後年まで組織的に生き延びた経緯があるようです。

ともかく日本の各地に「講」(地域によっては組とか御講、または御講組などと呼び名
はさまざま)と呼ばれる助け合い組織、または幕府や明治政府を頼りにしない自治集
団が存在したということは理解頂けたでしょうか。

NSさんらの調査では埼玉県堀兼、上赤坂地域で小規模ながら「講」が機能していたのは
終戦直後辺りまでと推測しています。「講」が機能していた、していないを判断する
のは「講」内の結束を確認する「覚書・おぼえがき」がいつ頃まで交わされていたかで
判断するのが一般とされているようです。

そこで過去に「講員」(講を構成する人々)であった人々にその点を調査してみると
一様に「講」については口を閉ざすのが常であったようです。
なぜなら「講」内には厳しい規律がありそれに反する者は覚書の元に厳しい処罰を
受けなければならないからです。

「講」における処罰はまったく私刑的なものでもっとも厳しいとされていたものが
「はなれもん・追放」で組織からと土地からの追放を意味します。わかりやすく言うと
ここから出ていけ、二度と戻るな、という意味で該当する人物の家族も含まれます。
(例外あり)何をするとこれほどの処罰を受けるかというと、殺人、放火、重度の
窃盗などがあげられます、いずれも意味合いは講の中でという事と思われます。

次に厳しい処罰が「はちぶ・村八分」となります。これは馴染み深い言葉のとおり
組織内で完全に孤立することを意味します。農作業も一家族でせねばならず、当然
出切ることできない事が起こり家族としては非常に困窮を極めることとなります。
「はちぶ」だと起こした事の程度について期限が決められることもあったようです。
そして何をするとこういった罰を受けるかというと、軽度の盗み、傷害事件、姦通、
覚書に反すること、などがあげられます。

こう言ったことを書くと必ず大したこと無いじゃないの、と思われるかもしれませ
んが当時の農業をしていて講の内部で助け合って生きている者にとって他の土地に
裸同然で放り出されることはすなわち死を意味した事と考えられます。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/2.html

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夜這と村落共同体


日本における夜這の事例が数多く紹介されていますが、村落共同体の実態が紹介されないで、性関係だけが取り出されていると、一対婚しか知らない現代人には違和感の方が強くなりかねません。夜這いを理解するためには、村落共同体がどんなものだったかを理解する必要がありそうです。

大きな特徴は、村落の構成員に大きな変化が少なく、長年にわたって婚姻を重ね、地縁・血縁が複雑に重なり合った共同体であることでしょうか。現代は、苗字があり家族以外は他人という強い意識がありますが、当時は苗字等もなく、村中の人たちが大きな家族のようなものだったのでしょう。

村全体で、田植えをし、水路を整備し、里山を管理し、稲刈りもしていた。年貢を納めるのも、村全体の課題だったかもしれません。子を育てるのも、家を作るのも、共同作業で家だとか個人とかいった観念は非常に稀薄であったように思えます。
みんな家族のようなものだから、誰の子種でも気にする必要は無いし、どっちみち、みんなで育てるのだから更に、誰の子でも良い。年貢もみんなで払うのであれば、相続なんて形式的なもので、どうでも良い。

このような状況では、家と言う意識が稀薄であり、家父長権は殆ど存在せず、色んなことは寄り合いでみんなで決めていた。

みんなが生まれたときから生活を共有し、気心も知れた者どうしだから、警戒心も違和感も好き嫌いもなく、支配も被支配もない。だから村人同士であたりまえのように性を満たしあう。

一対婚は私有制度を母体にした婚姻制度であり、このような血縁と地縁の双方で一体化した村落共同体には、一対婚制度こそ全く相応しくない制度だったといえそうです。
このように考えてみると、明治以降村落共同体を破壊し、夜這から一対婚に変わっていった原因に、家父長権の法制度化が存在する可能性が見えてきます。

それまでは、武士階級にしか存在しなかった家父長権が、明治憲法により農民にも拡大され、名字と一緒に一人ひとりの男に権利が与えられました。その結果、農村にも支配権力が発生し、私権意識、家意識が少しずつ浸透していき、ついに農村も私権を中心とした家が、村落共同体の紐帯を解体し始めた。

そして、村落共同体の中で貧富の差などの、身分意識が形成され、夜這制度も解体されていくという流れをたどったのではないでしょうか。
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=83440

★娘の通経を村内へ披露する理由

遠州国曳馬村地方:女子に初めて月経が来ると、隣家では米二・三合を袋に入れて贈り、『初花が咲いてお目出とうございます』と祝詞を述べた。女子は月経の度に別に立ててある小屋に入ることとなっていた。

讃岐国小豆島:娘が十七歳になると村内の若い衆を招き、『娘も通経があるようになったから、何分ともよろしく頼む』と披露することになっていた。もし娘の家が貧しく披露の宴をひらけないときは、若衆が各自醵金して宴を張る定めであった。
八丈島:女子の初潮のときは『タビ祝い』として村内の若者が芋酒一升と里芋一籠を持ち寄って祝宴を開いた。娘が一人前の女―即ち妻となり母となる資格ができたことを村内に披露するのである。

「而して此の女子が通経を機会として、その事実のあったことを部落中へ披露―即ち若者の共有に提供することに就いては、種々なる方法と手段が存していたのである。他屋(月屋またはひま屋または汚れ屋などとも言う)と称する定められた家屋に別居することもその一つであるし、十三詣り(この事は後に述べる機会があろう)と称して神社仏閣へ参拝するのも又たその一つであった。」


★村内の娘を女にしてやる若者の権利

阿波国山城谷村:未婚の娘と寡婦は、村中の若者の自由になると考えていたから、他の村の者が娘に通じようとすれば、まず村内の若者に酒を買い黙認を受けることになっていた。守らなければ石打または殴打されるのが普通であった。

磐城国草野村付近:娘が年頃になると村の若者が集って、旧正月十五日の夜に『誰々の家の娘は、まだ女になっていぬから、あれを女にしてやろう』といって、娘達を呼び出して女にする行事が近年まで存在していた。

下野国氏家町:五人の若者を我が家に引き入れた娘に親が怒り、娘を裸にして外に立たせ、通行人に向かってこれが浮気女のよい手本ですと懲罰の意で説明したことを若衆が知り、神聖なる淑女を侮辱する不法の父母なりとして押しかけて大論判をした事件があった。

梁田村(筆者の生まれた隣の村):明治二十五六年頃、寺の娘が若者数名に悪戯され、親である寺の住職が立腹して告訴すると息巻くのを、村内の故老が調停に立ち、言った。

『昔は娘は若者持で身分の高下なく自由にして差支なかったのである。それに村の娘が他日嫁入りする際に不具者であるようなことがあれば、ただに親の恥辱ばかりでなく村の名折れになる。

それ故に嫁入りする前に娘が不具でないか否かを試験するために若者はこれを自由にする権利が与えられていたのである。

此の村の古い掟も知らずに告訴して表沙汰にするというのなら、住持は傘一本で追い出してしまう』

こうしてその住職は屈服しなければならなくなり、そのまま結末を告げた。
http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/12/000485.html

★処女は若者の共有物たりし類例

陸奥国東通村:明治の初期までは村の娘と出戻りの婦人とは青年男子の共有物であった。

娘達は十五歳になると娘宿に泊まりに行き、村の青年達の要求には絶対に従う事になっていた。

理由なく拒絶すると、拒絶された男子は直ちにこのことを娘の父兄に知らせると同時に村中に報じる。

娘の父兄は娘を一室に二週間も監禁して村の掟を説くが、それでも従わなければ村から放逐する。

また、反対に外来者に対しては、娘達は絶対に貞操を固守せねばならず、背くと同じく放逐される。実際に、区長が娘を青年に提供しなかった為に、襲撃された事実がある。

羽後国檜木内村:妙齢の女子を持つ親達は、旧正月十五夜に、一定の場所に仮小屋を設け、青年の男女を会合して徹夜させることになっていた。

もしこの会合に娘を出さぬ親があると、大勢の青年が押しかけて砂石を飛ばし誹謗をなし、さらにその娘の嫁入の妨害まで行なった。

★娘の嫁入には若者の承諾を要件とす

羽後国秋田群の村々:「媒介者の斡旋で縁談が進むと、新郎新婦の双方とも家族や親属の承認を経ることは勿論だが、更に村内の友人(即ち若者達の意)の異議の無いということが成立の要素となっていた。

かくてこれ等の者が総て承知すれば内約を取り結び、改めて組頭へその旨を口頭で届け出で式を挙ぐることになっていた。」

こうして若者の異議の有無を確かめるということは、未婚の女子は村の若者の共有であるという習慣から導かれたもので、親達と言えども、若者の承諾を得なければ嫁入りさせる事はできなかった。

★露骨で極端なる女子共有の風俗

「越後三條南郷談」より:明治四五年までは毎年盂蘭盆になると、村の若者が盆の休日間だけの妻女を村の娘の中から籤(くじ)引きで決めた。

もし自分の気に入らない娘が当たったら、清酒一升を出せば取りかえてもらえた。
勿論、この盆くじが縁で夫婦となる者も多い。村内の男女の数に過不足があるときは、その数だけ白籤を入れ、引いたものはその年だけ妻なしで過ごす。ただし酒を出して娘を譲ってもらう事はできた。

★村の娘の結婚の許可権は若者の手に

加賀国能美群:処女は村の若者の共有である。認めぬ家があると、若者が大挙してその家の屋根をめくり、またその娘の嫁入りを妨げて婚期が遅れるようにした。また、その娘が生活に困っても、同情せぬのを常とした。
美作国勝北群:娘は若者の共有物であり、他村に嫁ぐには若者団体の承認を要した。もし若者団体が異議を唱えたら、若者と仮に配婚して、その後に他村へ嫁ぐ習俗となっていた。

丹波国志賀郷村:村内の男女同士で結婚することが慣わしであり、これを破ると両人を素っ裸にして提灯を持たせて村民がその後ろにつき、村内を囃しながら歩かせる制裁があった。

安芸国十二ヶ浦:娘が他村のものと関係することは禁じられていた。
破ると、『樽入れ』と称して、村の若者から僅かな酒肴をその娘に送る。これを受けた娘は日時を定めて氏神の社に村内の人々を招き、できるだけ手厚い酒食の饗応をせねばならず、これを『樽開き』と称した。

これに要する莫大な費用は他村の男の負担となり、この樽開きをしないとその男と結婚することはできなかった。
http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/12/000481.html

共同婚(乱婚とも雑婚とも称し、部落中の男女が共同的に婚姻するものをいう)
共同婚の遺俗としての嬥会(かがい)

『常陸風土記』に現れた嬥会は、共同婚の遺風として認められる。『他妻に吾も交らむ、吾妻に他も言問ひ』とある。そこに参加した女は、「嫂財」として「貞操を提供する義務が負わされた」のである。

嬥会は、国初時代に入ると、歌垣として各地で行われるようになり、この系統の結婚方法は、明治初期まで行われていた。

土佐国西豊永村:毎年七月六日の例祭には、近隣から数千の男女が集まり参詣。夜になると男女で押し問答し、女が答えられぬようになると、男の意に従うことになっている。


三河国の山中村:毎年春に未婚の男女が盛装して山行を行い、夫婦の約束をすれば、父系は必ずこれを承認せねばならない。婚約の出来なかった女は笑いものになるので、近頃では山行の前に内約させたり、他村の青年を養子として必ず婚約できるように仕向けたりしている。


美濃国東村:三日間行われる秋祭りで、村中の若者が鎮守の森に集まって輪になって踊り続け、夜が更けると村長・村会議員・青年会長なども交じって、踊りながら共鳴した男女が交わる。

「此の奇習によって生れる幾多の喜悲劇は、総て神の裁きとして解決され、且つこの踊りが縁となって結ばれた男女は、氏神の許した夫婦として、村人から羨望される」

紀伊国白崎村:「旧暦の盆踊の最中に双思の男女は婚約するのを習いとしている。此の約束が出来ると後で他家からその女を貰いに来ても、身代や身分がどうあろうとも盆踊で約束したと断り、一方、断られた者も盆踊で約束した中では言うて引き退がるのを常としている。」


  この種の土俗が結婚の礼式となって存在する例を、次に挙げる。
下野国の宇都宮市を中心とした村落:「新婦の一行が乗りかけ馬で新郎の家の前まで来ると、門前に二人の男が立っていて『大勢して一体どこから来た』と問う。
新婦の方では『若者に美しい花をやるために来た』と答える。
かくて両者の間に押問答が始まるのであるが、先ず嫁方から口達者な一人の女が出て、婿方の男二人を相手に問答し合う。若し此の問答に嫁方が負けると、馬は元へ引き返してしまう。実に念の入ったものであるが今では稀にしか行なわれぬようになった。」

信州木曾山中の婚礼:花嫁が婿の家に往く道すがら、おこしを撒き散らしながら行く。媒酌人は、顔一面に墨を塗って婚礼の席に出る。
「嫁婿の座が定まると嫁は携えてきた小豆一升を入れた麻袋を取り出し、婿へ投げつけながら『わりゃ(私)、うね(郎)を頼りに来たぞ』と言うと、婿は『オウ石の土臺の腐るまで居ろよ』と答え、此の問答が済んでから盃事になるのである。」

 これらは、嬥会系に属する掛け歌の形式化・単純化されたものであると推知される。
http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/11/000477.html

★我国にも貸妻の習俗は各地に在った

阿波国澤谷村:かなりの山奥で十三戸しかない寒村であるが、宿屋がないので旅客は普通の民家に宿泊する。

旅客を迎えた家では、その夜は娘(なければ妻)を同衾させる。
もし旅客が娘に振られるようなことがあると、娘は『出戻りさんだ』と大声を発し、親や夫が出てきて夜中であろうとその旅客を追い出してしまう。一度『出戻りさん』の名を負わされると、その村では宿を得られない。

肥前天草島:他地方から旅客が来ると良家の子女が自らすすんで枕席に侍る。こうして多くの異性に接するほど、早く良縁が得られると信じていたためである。


肥前国富江村:殊の外に外来人を忌む風俗がある。それは昔から今(昭和二年の秋)に至るまで、外来人が『あの女を借りたい』と言うと、処女でも妻女でも貸さなければならぬ習慣があるためだと言われている。


他に、山陰の因幡・伯耆や越後国三面村等でも、貸妻が行なわれていた。それらは物質的な報酬を受けるのではなく、全くの好意に外ならぬのである。
http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/12/000485.html


3. これが狭山事件の真相(?)

171 :名無しのオプ:2009/07/25(土) 22:23:51 ID:S4bEmZu4

今年出発された伊吹本と昔オカ板で書き込まれた元警察官の甥っ子898さんの有力情報を照らし合わせると、点が線になる。

黒幕は中田父と区画整備とか土木工事だかの入札とかで敵対する隣の区長だか市議会議員だかで、実行犯は黒幕の息のかかった2〜4人ぐらいの養豚所がらみの不良青年達ABC。

結婚式直前に自殺した元作男 奥富玄二氏はカネにつられたか弱味を握られたかで脅迫状を書いたり、善枝さんの死体を埋めるのを手伝わされた共犯。
後年電車にひかれて亡くなられた養豚所経営者の兄も、もしかしたら車を出したりと一部共犯かもしれん。

だいたいこんな感じだ。 これで決まりだ
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/mystery/1222783294/

686 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/09/02 17:59

黒幕とは、中田家と土地の利権(それ以外にも?)で対立していた元区長のO1氏と、
その親分格の市会議員U氏。

中田家の秘密を子飼いの同家元作男 奥富玄二から聞き出したO1は、中田家を秘密の
暴露をネタに同家をゆするがうまくいかず。Uに相談し中田家を揺さぶることにした。
Uは配下の元暴力団幹部O2に指示して事件を計画。

実行犯はO2の手下の未成年A・B・Cの3名。3人のアリバイはO2が作っていた。

最初の計画では善枝さんを殺害する予定ではなかったが不測の事態が起き、
彼女を殺してしまったので営利誘拐事件に見せかけることになった。

脅迫状を書いたのは元作男の奥富玄二。
彼はのちに嵌められたことを気付き、犯人扱いされることを悲観して自殺?

佐野屋には、善枝さんとは幼なじみで3人の中では最も度胸があるAが事前に
警官の配置を調べた上で近づき、身代金を取りに来たふりをしてうまく逃走した。
その後、捜査撹乱のために一味の意を受けた田中登が、事件当日やげん坂で怪しい男たちを見たと警察に届けるが、警察はこれを不審に思い、彼を二日間厳しく取り調べる。
ノイローゼ状態になった田中登に対し、犯人一味は寝込んでいた彼を襲い、ナイフで
心臓を一突き。口封じをした上、自殺に見せかけてすばやく逃げ去った。

警察の一部の捜査員はA・B・Cを怪しいとにらみ、取り調べたが、結局アリバイが
崩せず、そのあと石川氏が逮捕されたこともあり、その線の捜査は打ち切られた。

以上、前スレで898さんが彼の伯父さんである警察の元捜査官に聴いた話です。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/2.html

55 :名無氏物語:2006/04/16(日) 13:17:41 ID:E3zNiCO0

つまりこーゆーことか。

@中田善枝は母親が同和地区出身者との不倫の結果生まれた子だった。それは閉鎖的な堀兼地区の豪農であった中田家では容認しがたい事実だった。

Aそれを知った奥富玄次がつながりのあるU市議会議員に情報を漏らした。

BU議員は入間川工事入札にあたって現地の土木会社に有利なように進めていたが、中田栄作氏の強硬な反対にあっていた。

C中田家のおぞましい秘密を使って中田氏を脅すことにより、何とか入間川に関わる利権をモノにしようと画策したU議員は、中田氏が一番恐れるであろう善枝さん誘拐という行為に及び、子飼いの O2を使って奥富の新居で殺させた。

D中田氏は「犯人はよく知っている人物だろう」と言ったが、それは奥富とU議員を指した。

E奥富の自殺は、結果として殺人事件にまで発展した事件にうまいこと使われた自分への絶望から?

F姉の自殺は善枝という呪われた血の存在と、健次が佐野屋の際、偽札を用意したこと→種々、犯人グループへ協力したことを呪い、石川氏に死刑判決が出たため?


追加すると、

・奥富=U議員は以前にも電話で中田家を脅した(善枝の出自について)。しかし中田氏が動じないので善枝さんを誘拐するまでに至った。

・兄:健次は善枝を捜しに行った際に自転車と脅迫状を発見していた。

・警察の初動捜査は発表された時間よりも早かった。

・佐野屋での身柄引き渡し時には中田家は善枝さんが殺されている事を知っていた。だから健次は偽札を持っていった。

・被害者家族から犯人への憎悪や悲しみのコメントがあまり出て来ないのは善枝の出自によるもの。

・裁判での遺族の不自然・不可解な発言理由も同上。

・犯人は中田家が絶対に口外出来ない事情を利用することにより、自分達の安全が確保されると確信していた。
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/kobun/1137408263/


898 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/07/22 10:24

実は私には大宮に伯父がいまして私の父の8人兄弟の長兄なのですが元警察官なの
です。で最近私が狭山関係の本を図書館から借りたりしているのを見た父が一言
「大宮の大きいアンちゃんは昔狭山事件にかかわったことがあるぞ」と。
私の幼少の頃は伯父はまだ現役で大宮の警察署のちょっと偉いさん、といった印象
でした。しかし実は警官としてのキャリアは所沢と大宮を10年周期くらいで往復
するような感じだったようです。

で昭和38年当時は所沢署で警備課の主任という役職であったようです。
そこで私は本や雑誌で得られない、疑問の部分を伯父に直接聞いてみようと十何年
ぶりに大宮を訪れました。日曜の午後で時間的制約もあるのがわかっていたのと
伯父がどの程度事件にかかわっていたのかがわかりませんでしたので、かなり大
雑把に質問を考えていきました。

1)事件当日のこと
2)被害者の家族のこと
3)上記以外でわかる範囲で細かいこと(脅迫状、自転車などなど)

最初にお断りをいれますが伯父は現在77歳で自分ではしっかりしているつもりの
ようですが記憶違いやあとからの新聞などの情報などがごっちゃになっている
部分があるかもしれません。しかし職業的なものか当時のことも手帳にびっしり
とメモをしている一面もあり少しは頼りになるかなと言った感じもあります。


1)事件当日の記憶
5月1日はメーデーであったので市内各所、とくにH製作所やNなどの警備に当たっ
ていた。特に大きな混乱は無く署に戻ったのは15時くらいであったはずである。
その後は交通課のMらとPCにて市内を巡回し再び署に戻ったのは16時半から17時く
らいであった。

当日報告を書くか書かないか課内で雑談したり出前をとったりしている内に18時か
18時半くらいであったかH署長名で召集がかかった。
会議室に集まるとすでに20名ほど署員がおり署長の報告があった。

「本日夕刻狭山市内にて営利目的による誘拐事件が発生した」と。

「所沢署捜査課捜査員がすでに4、5名狭山署に応援に行っているので、ここに
いる署員は西武園、狭山湖周辺の不審者または被害者の捜索にあたること」

不審者、捜査対象者は不明、被害者は女子高校生一年生十六歳と被害者の特徴が
発表された。自分の課は課長が不在であった為自分が班長となり交通課の協力も
あり12名ほどで狭山湖の捜索および警備に向かうこととなった。
車両の手配、雨中装備など準備を整え署を出発したのは召集がかかって一時間ほ
どしたころであった。(ちなみに西武園および狭山湖は所沢署の目と鼻の先である
そうです)

雨の中狭山湖を捜索しつづけ考えたこと。
署長の「誘拐事件が発生した」との言葉を聞いたときの署員の雰囲気だ。
有名な3月の吉展ちゃん事件の話題がいまだ冷めやまぬどころか数分前ま
でああでもないこうでもないと推理をしていたところに自分達の身に降り
かかった本物の誘拐事件、息を呑むのもやむをえない。

今では誘拐事件は犯罪として公に認知されているが当時としてはやや物語
の中のものという感じが強く犯罪者が金を欲した時に人を略し金を要求す
るというのは今一つピンと来なかった。
どちらかと言うと犯罪者が金を欲すれば刃物を携えて強奪に至る、と考え
たほうがわかりやすい時代ではあったからだ。
5月1日の夜の捜索は23時近くまで行われたが大きな成果も無く終了した。
2日の朝8時半に再度召集命令があったのは官舎に戻った零時前後であった
と思われる。

5月2日午前8時半、本来召集がかかるはずであったが9時に延期された。
理由はすぐにわかった。県警の機動捜査隊が協力にくることになっていた
ようであるからだ。再度9時に召集し昨日の20数名とは違い60名を超え
ようかというほど会議室は人であふれかえっていた。

まず昨日までの報告が署長からあると思っていたら県警の捜一(捜査一課)の
おそらく課長クラスの人物が今後の指揮系統の説明をしだした。
結局署長は口を開かず捜一課長が現場指示責任者となり昨日までの報告は
一切なかった(はず)それとともに本日も西武園、狭山湖周辺の不審者、被害
者の捜索が厳命された。伯父は裁判所関連の用事で午後まで班から離れる事
になったが裁判所でも誘拐事件のことは頭から離れなかった。

誘拐事件であるからには犯人との交渉は進んでいるのか、しかし捜一の課長
が不審者の捜索はともかく被害者の捜索も厳命するとは、これは被害者は
かなりの確率で死亡、遺棄されているのではないか。そう思えてくるからだ。
捜査一課は殺人、強奪、強盗などが専門でそういった部署が専従班を率いて
所轄にやってくる、これはただ事で無いとこの頃思い出したそうである。

午後より捜索班に合流しようとした伯父はいったん立ち寄った署で捜索班は一時
狭山署預かりとなったことを告げられた。
それでまだ向かっていなかった者達と狭山署に向かった伯父は「ただ事でない」
事象を実際に目にすることとなった。狭山署に刻々とマスコミが集まって来ている
ことであって、そのトドメは狭山署に県警本部長がいたことであった。

伯父はそれまでかなりの数の事件に関係してきてはいたが本部長が指揮をとる(実
際の指揮系統の頂点は捜査一課部長クラス、本部長はお神輿だが)のをみたことが
なかった。マスコミが集まるのと比例して捜査員の数も増えていくようであった。

捜索範囲は西武線と川越街道を挟む四角区間を4等分に、その周囲を8等分にして
ローラー作戦で行われた。伯父ら所沢組みは結局再び周囲の南側にあたる西所沢
周辺の担当となった。狭山署を離れる際所沢署より応援で出ていた捜査員のTを見か
けたので捕まえて捜査状況を聞き出そうとしたが脅迫状が来ているそうだが内容は
しらない、被害者宅には十数名の常駐の捜査員が張っている、これくらいであった。
この日の深夜取り逃がしがあるのだがほかの所轄の応援組である叔父らにはそれが
事前に知らされる事はなかったらしい。2日は20時くらいまで地域の巡査の協力の
もとに捜査を進めたが狭山署の本部に21時集合して明日朝9時集合を命令され解散と
なった。

犯人取り逃がしの時間は・・・・家で寝ておった。大きい事件にかかわっている
期間のくせに割合早く帰れたので風呂に入って、テレビを少し見て0時には寝てい
た。実は5時くらいに起きて署(所沢)に行って持っている事件の報告書を仕上げね
ばとも考えていた。それが本当に4時か5時に電話で起こされた。
電話の相手は課長ですぐ署に来い、狭山でなく所沢のほうだぞ、と。

署に着くと名ばかりのロビーに記者が3、4人来ていた。どうしてここにいるの、
狭山はいいの?と言うとSさん(伯父)知らないのですか、と記者にいわれた。
すごく悪い予感がしたのですぐに課部屋に逃げ込んだ。そこで聞いたのが狭山の
犯人取り逃がしだった。朝の6時半くらいだっただろうか会議室に狭山の応援組み
がほとんど集まって捜一課長から説明があった。そこから出た言葉は忘れもしない
県警の不備により犯人を取り逃がした、所轄の諸君には不備は無いというものだっ
た。日頃ならばこれほどの言葉を聞くとすっきりするはずがまったくしなかった。
これからくる大変な事態が予想されていたからだ。

5月3日の狭山署は蜂の巣をつついたような騒ぎであった。あの狭い署内は人で
溢れかいり前の県道にはテレビ局や新聞社の通信車で通行もままならぬ感じがした。
記憶が間違っていなければ捜査会議らしい物がはじめて開かれたのは3日の午前で
あったと思う。これまでは捜査会議と名がついていても一方的に指示をだされる
だけであったからだ。脅迫状の文面を見たのもおそらくこの時が初めてと思う。
実物を拡大した物で無く、黒板に似せて書いたものであったと思う。当然それを
手帳に写した。それと同時に西武園の捜索の意味もわかったが同時に被害者は助か
らないと悲観的な空気が流れたのも確かである。

これまでの捜査状況の擦り合わせが行われたのもこの頃であったと思う、午後には
本部長らの記者会見があるためと考えられた。
午後には県内より150名に及ぶと思われる警察官が応援に到着した、その中に川越で
巡査をしている甥のS・Sも応援に来た、それと同時に狭山署以外に所沢署にも合同
捜査本部が開設された。これは狭山署の手狭なこともあるが地域的な問題が大で
あったと思う。今後は所沢組みは県警の応援を含めて200人体制で所沢を本部に
捜査を進めていくこととなった。

5月4日からは狭山の特捜本部と所沢の臨時本部を往復することが多くなっ
た。4日朝所沢にて刑事部長による特別な訓示があった。
内容は被害者の早期発見と容疑者の情報収集についてであった、同時に警察
の信頼復活に努力を惜しまないようにとあったかもしれない。
4日午後狭山より一報あり、被害者が堀兼の通称吉田農道より発見されたと
の報告。4日夕刻には空には新聞社のセスナ機が飛び交い、各本部はテレビ
カメラや記者で混雑した。

4日20時くらいに所沢本部にて被害者発見時死亡の報告を受ける、細かい
検証は5日午後検死の結果を受けてからとなり。各班の捜査結果の発表があ
った。この日堀兼駐在所の巡査と面会かなう。追ってN課長より取り逃がし
時の詳細の報告を受ける。容疑者が自動車で現れるとの思いこみが人員配置
に穴を作った、とのことであった。

5月5日朝特捜本部より重要容疑者が発表(計3人、この日より市民による
通報が増え出す)追って捜査方針が検討され実行に移される。
正午頃、浦和より検死結果到着(内容は告げられている通り)
続いて正午頃警察庁長官、引責辞任を発表。これは捜査員間でもかなりの
話題になる。

不審者の補導、尋問が始まる(当時は祠を住家にするような不良少年や乞食
は非常に多かった)
22時頃帰宅すると、親戚の巡査であるS・Sが泊まりに来ていた。被害者宅
周辺の警備を担当していたSに聞くと被害者宅は相当な豪農といった雰囲気
であるそうである、昔で言う間続きの屋敷で農機具や自動車なども充実して
おり、Sいわく裕福な農家が金目当てに狙われたとの説を論じた。

5月6日午前重要参考人が一名追加され四名とされ任意による聴取が始まるが、その
中の一名が特捜部の監視をのがれ自殺。

重要参考人の四名のうち三名はすべて被害者家族および親類からの聴取による参考人
であった、自殺した人物はその三名の中のひとりであった。

所沢署ではその内のひとり17歳の無職の少年を聴取、結果シロ。
この頃より市民情報(たれこみ)が日に百軒を超えるようになり厳選して捜査員を
派遣しても手が足らない状態となった。
機捜が日に3、4人引っ張ってくる為留置場が足らず川越、大宮その他まで留置
場を使用することとなる。全県を挙げての捜査という雰囲気となっていった。

(事件の謎)
自殺した人物というのは紛れもない奥富玄二氏ですが、接点というのは意外な部分な
ようです。

「奥富玄二という人はな、聞くことはまずまずあったと思うが早い時点で毒を飲んじまっただがな、毒を飲んだ時点では聞くことはあったが、ほぼノーマークだったよ。

興味を引くネタがづるづる出てきたのは、そうさな死んで3日位してからかな意外な人
が背後にいたんだ、これはそうそうに事件に関係なしと言ってしまってまずかった
なと思ったね」

早期の重要参考人、その一人を取り調べたわけだが。

「俺達が調べたCだがな、ありゃ白だった。だけどね、
Cの親分格Aは限りなく黒だと確信したよ。

なにより度胸が据わっている。18の小僧の癖にね。

大柄な捜査員5、6人に恫喝されて顔色一つ代えやしない。惜しかった。一つでも何かでればすぐに逮捕だったよ、だけどね何も出ないんだ。背後関係しかね。目(目撃情報)
のひとつもあればね、拘留も伸ばせたのに」

当時の中田家について

「中田さんの所はね、事件当時はそりゃあS・Sの言ったとおり大農家だったよ、だ
けどねあれだけ裕福になったのは昭和も三十年代になってからだろうね。

昔はさ、土地もあるし小作もいたし、しかし金がドーン動くようになったのは三十年代になってからだね。どこに道路引くとかどこに宅地つくるとか。それと同時に栄作
さんは力付けて事件の前年には区長になるまでになった。

それで面白くないのはさ前の区長や取りまきだよ。区長てのは、今は農協とか助け合い組織あって便利だけど昔はその土地の作物の取引は区長に裁量があった、

俺は被害者の葬儀の時に長女Kさんにツテを使って面談したんだ。ホンの5分くらいだったけど。Kさんは早々に他所に出ていて今の家のことはわからないと言っていたけどヒントがあったんだ。 これはその時は気がつかなかったけどね、あとからアッと思ったよ」

重要容疑者A,B,C、そしてBの逃走。

「Aがどうにもこうにも臭い、というのはさっきも言ったけど、拘留期限が来てAと
Bは一度出した、それでAは尻尾を出さなかったが、Bのほうがすぐに建築資材の盗難
に関して容疑が出て引っ張ろうということになった。しかしドロンしちまった。

結局数年か永久かわからないけど出てこなかったんじゃないかな。
Bに関しちゃ実は4月30日に車を運転しているところを見られている。A,B,Cの中で免許を持ってたのはBだけ。

まあ時代がおおらかだったんで無免で運転している奴は多かったけど、
とりあえず事件の前日車を転がしているのをBは見られている。

Aを引っ張りたかったけど肝心なBが姿を消したことでAにはますます手が届かなくなった、残念なことにね。」

脅迫状のこと

「取り逃がしのあった次の日だったか特捜部で堀兼の駐在と面談がとれた、で聞きた
い事は山とあったけど一番聞きたかったのはどう言う経路で脅迫状が届けられたか
だった。

家族と親類の調書を取った捜査官と駐在とその他の捜査官が質疑したのだ
けど、足跡の事が大きく扱われた、駐在が狭山署の依頼を受けて中田家に行った時は
親類の捜索隊が大勢出入りしていて土間に足跡どころじゃなかったと言うんだ。で誰
がどの時点で脅迫状を見つけたかというとたぶん親類の誰かが見つけて中田のボン
(長兄)が開いて読んだというんだ。あとからでは誰が見つけたかわからない。

たぶんその場にいて10分後に誰が見つけたんだとやってもわからなかっただろう、と
いうのが駐在の意見だった。調書では中田の長兄が見つけたことになっていたと思う
(親父(栄作氏)の具合が悪く、私がその場で読んだ)となっていたのでイコール見つけ
たのも中田の長兄と調書では解釈してしまったのかもしれない、なので結局脅迫状は
土間の何処かにあったのは事実でそれ以外のことは曖昧になってしまったというのが
事実、ちょっと残念だがね。」


佐野屋の件、同時にAらの素性。

「俺が思うに石川さんには申し訳ないがAと石川さんを比べたら十倍以上Aの方が
臭かった。佐野屋に現れたのもAだと確信している。

証拠はずばり佐野屋から逃げ果せたことが大きい。地図で書くとわかりやすいが佐野屋からAの自宅まで薬ケン坂の雑木林を通れば奴なら8分で帰られる。石川さんでは包囲網から出るのも容易ではなかったはずだ」

*佐野屋では声からして中年男との説が多いですが。

「声からは年齢を特定するのは難しいよ。大体男なら声変わりして五十の終わりまで
声質が変わらないということも珍しくない。高校生くらいに電話に出てお父さんと
間違えられたことがあるだろう?それと昭和四十四、五年大宮で郵便局に強盗が入った
ことがあって犯人は一人で覆面していたんだ。それで局員と客七人くらいは声から
して四十前後の男と証言していたんだがいざ捕まえたら二十歳の男だったということ
もあった。声紋でも取っていれば別だが印象に捕らわれると間違いやすいよ。」

「佐野屋は当時地域のための雑貨と食料品店という店で塩とタバコの公社の小さい
看板しか出していなかった、一見すると大きい民家に見える。その佐野屋を指名して
くるということは地の利に精通していることが想像されるのと佐野屋の位置、道路
状況が理想であったと考えられるね。

もしかしたら最初は車で行くつもりだったのかもしれない、しかし要所要所に追跡車両を隠したり捜査員を納屋に隠したりしているのは地元民のAからしてみたら筒抜けだったろうね。それで裏を取って雑木林から暗闇を利して佐野屋の横の畑まで行くことができたのだろうと思う」


*危険を侵してまで佐野屋にくる理由はやはりお金ですか?

「いや、金ではない。一種の虚栄心だろうね。俺はこれだけ出切ると親分に
アピールする意味もあったろうて。しかし危ない橋には違いない、だけど
逃げ切れる自信は10割あって実行したと思うよ。

佐野屋からAの家までの経路をいろいろ復習してみると危ないのは1箇所どこで道路を横切るか、くらいであったよ。恐らく入間川線まで出て道を横切って家に逃げ込んだ。
これが最も早くて交差点などにポイントを置いていた捜査陣に一度もはち合わず家に帰れる。


*親分とは?

まあ後で説明するがUという議員だよ。ちょうどAの逃走経路に薬ケン坂が
出てくるので言うけど薬ケン坂で怪しい人間を見て、それを証言後自殺した
田中登はUの子飼いの人物だったよ。


*よく目撃者は自殺他殺問われ亀井氏などは他殺と解きますが?

ます゛頑張って7割は他殺だろうと思っている、今も昔もね。
実感したのは検死書を取ってみた時だね。大体自分で心臓を刺す時刃を立てには刺さない、横にするのが手首が返らず力が入って刺しやすい。

それに戦中派はね。当時米軍が本土にきて陵辱されるよりは死を選べって時が合ったのよ。その当時のことを知っている人は刺し方を知っているんだ。本当は青酸ソーダでも
あればかなり楽だけど、そこらにある物でもない、そこで何処にでもある
包丁で心臓をこう、サクッと刺すと薬の次に楽に逝けると聞いたもんさ。

その時刃は縦にしてはいけない、横にして肋骨を避けてミゾオチより一握り
上の少し左を刺すのさ、そうすると苦しまずに死ねる。縦に刺すとね肋骨に
当たったりしてうまく行かずに苦しむ、戦中派なら知っていることだ。

むろん田中氏もね。しかし刃の跡は縦だった、こりゃ殺しの線もありだなと
思った。問題なのは奥さんがすぐ見つけたことだね。ただしUから奥さんに
何かのアプローチがあれば別になるけども。」


*では田中登さんは殺されたとしたら何故ですか。

「田中は薬研坂で怪しい男たちが、それもよそ者風で何か重たい物を抱えていたの
を見た、と出頭してきた。当時重要容疑者は100名にも上がっていたがこれと言って
成果はなかった、一部はスコップの土を調べたり一部は前述のAやBの足取りを調べ
たり、そんな壁に当たりかけているところに怪しい男たちの証言は普通に考えてどう
写る? 捜査のかく乱と思えはしないか?

まず実際そういった男たちを本当に見たとしても、その出頭者がどう言った人物かは調べなければならない。

で出た結果がUと言うわけだ。

もう言わなければならんけどUは中田栄作さんと対立している元区長のOとは懇意にしている、確か姻戚関係があったのではないかな。

それでUやOは否定するだろうがAやBなどの愚連隊を都合のよいように使っている。

今の時代では信じられないだろうけどA、Bやその仲間のような奴らは利用する側に
してみたら良く働く、ライバル会社の工事を妨害したり、恐喝したり、捕まること
がまるっきり怖くないんだ。

で特捜部としては田中さんにはかなり揺さぶりを掛けた。しかし掛けすぎたのかも知れない、Uらにしてもかく乱するつもりが田中がかなりおびえながら帰って来たらどういった対応をとるだろうか。少し予想が入っているけどもどう転んでも田中さんにしては不幸なことだったと思います」

被害者中田家とA、そして元区長のO

「事件から10日経った頃、俺達の班の班長であったT警部は俺達のいわゆる怨恨
説班としての捜査を支持してくれたよ、それで地域的な背景、地元への捜査を人員
をこれまでより割いて行うことになった。まあ他の線も行き詰まっておったからね。
調べる内にネタは沸くように出てきたよ。

地区に投入される金の動きに驚いたね。河川整備事業、上下水道整備事業、宅地造成事業、道路計画による保証金などなど、どれがどの地主どのように働いているかも一目瞭然であった。

時代はもう戦後を過ぎて大きく膨張を続けざる時期に来ていたんだ、オリンピック
に新幹線、高速道路、日本中に大金持ちが溢れだしておった。しかしねホンの10
年前にはみんな慎ましやかな生活をしておったんだよ。

中田の川辺りの土地の横にはAの親父の土地が合った。水害で川が溢れたりしたら皆して力合わせて土手を直したりしていた、むろん元区長のOらもね。それが金が人間を狂わせ始めたのかもしれない。

俺達はひとつの事業に目を付けたよ、事業主が中田栄作さんの土地にかかる事業の選定にOが取り入っていたというものだった。

Oは家族経営でちょっとした規模の土建会社を持っていた、その役員はかねてから
出てくるUだ。この件を洗っていくと意外な人物が出てきた、井戸に身を投げた奥富玄二
なんだ。」


「元区長のOはそれ以前に栄作さんに農業技術会の役員の件で蹴られたことがある、
それで双方の溝は深まったのだけど今度の事業だけは逃すことはできなかった、
なにかプランがあったんじゃないかなOの頭には。

それでそのアプローチ以前か以後かわからんが元作男の奥富玄二があるネタ、中田の家を揺さぶるネタを持って登場したと考えられる。

最初は小遣い稼ぎ程度に元作男の奥富玄二も考えていたかも知れないが、交渉役として使われるようになって後悔し始めたんじゃないかな。死ぬ1ヶ月前くらいから大変な事になったと家族や同僚に繰り返している。

おそらく元区長のOやUの圧力は凄かったんじゃないかな、事件後元作男の奥富玄二はUらの本当の怖さを知ったことになった。奥富玄二の神経は一杯一杯だったと思うよ。

それでどうにも首を縦に振らない栄作さんにUや元区長のOはゆするネタをそのまま
に娘に手を掛けたんじゃないかと思う。Aを使ってね。

俺はAを見て最初から殺す目的でさらったのでは無いと思っている、顔見知りだしね、
一日二日連れ出して家に心配を掛けさせる、言ってみれば揺さぶりを掛けるのが目的
だと思うよ。揺さぶるのが目的だから事前に脅し文句もあったかもしれない。

そう考えると居なくなった時の家の対応の早さもわかる。居なくなった時点で助か
らないと捜査陣に漏らしたこともうなずける。

それで我々は西武園を早い時期で捜索したんだ、最初に誘拐ありきなら捜索は少し
先になるからな」


* それだけ事象があって被害者の家族はなぜ訴え出なかったのでしょうか?

「それがこの事件の一番大きなポイントなんだよな。肝心なことに踏みこむと中田
の家族はだんまりするんだ。

一度班長と家を尋ねたことがある。すると親父は具合が悪くて息子(健治氏)が出てきたけど、事前にゆすり、脅しがなかったか? と聞いても(そういった事実はありません)と言うんだ。

そのあともう一度行ったが同じだったよ。これは、もう奥富玄二の持っていたネタ、中田の家の秘密が外に出ることが一番恐れていることなんだと確信したよ」

5月18日特捜部を離れる事に。

「奥富玄二の持っていた秘密についてね、確認することがあったので同じ班のTとKが川越筋にでかけた、その帰りに狭山の駅を出たところで特捜部の狭山署の捜査員G警部補と
かちあった。俺はその場に居なかったので聞いた話だけどAやUの話しになったらし
い。

でGはいつまでもその線を追っても何も出ませんよ、と言ったらしい。なかば
凄みさえしたそうなんだ、あとで何となくわかったんだけどね、その日18日に刑
事部長から捜査員の削減と捜査本部の縮小の発表があった。

特に所沢組みは初期からの捜査員5名以外は全て外されることになった。もちろん俺もね。それで次の日県警からの捜査員Hに引継ぎをした、Hは非常に有能な捜査員で安心して引継ぎできた。

それで所沢に戻ってまた通常勤務に戻ったんだけど次の日だったかなHから電話があって石川一本で行くことになりましたって、残念だったね。すでに部外者であったことがね。T警部に電話したんだけど何も出ないのだから仕方ない、と残念そうだった」
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/1.html

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415 名前:入曽歴3年:02/11/17 15:40

自転車は何故納屋に収められていたのか、これは中田長兄が奥富玄二さんの指示でおそ
らく菅原の祠あたりに置いておいた自転車を回収したと考えているそうです。

では長兄は犯人グループか?ということになります。ここからは少し長くなります。

当時農地への水利事業が狭山市主導で進められていました、各地の区長も計画に
参加し後は予算と計画の練り直しと考えられていました。それが農水省主導により
県が計画推進することに計画が大きく変更されました。 県は浦和市にある大手建設会社に工事を依頼します、

そして大手は狭山市内の工事については入間川にあったKという土建会社に工事を依頼しました。 つまり丸投げをしたと考えられます。

その工事と予算をKに持ってきたのがUという市会議員であり工事の規模は当時の価格で六千万円ほどであったといわれています。

もともと地元の小さな土建会社が各地域で3分割ほど工事を分け合い施工
されるはずが特定の1社のみが工事を請け負う形となったわけです。

地元の、とりわけ責任のある区長らは反発しました。しかし時期が経つにつれ工事
は少しずつ計画に乗っていったと言われています、

しかし最後まで工事に反対していたのが中田栄作区長でありました。

それは計画の大きな変更もありますが自分の土地を通る水路の計画も最も気にいら
ない点であったと考えられます。

入間川のK社はしだいにあせり出したのかもしれません、あまりに反対が続くと県が
地域民に考慮して計画を変更するかも知れないからです。

そうしてU議員に泣きついたのではないでしょうか。当然U議員にしても自分のマージンが削られる事になるかもしれないので何かしら打つ手を考える必要があった事でしょう。

そして自分の息の掛かった会社の社員であった奥富玄二さんを交渉役として抜擢したのではと思われます。交渉役にされてからは奥富玄二さんは仕事よりもそちらを優先するように仕出したようです。

奥富玄二さんは当初栄作さんに直接考えを改めるよう交渉しだしたと思われますが時期が経つに連れ無理と判断し長兄にその矛先を替えたのではと考えられます。

長兄はある時期から父親には悟られぬように工事計画を飲んではどうだ、と家の中
で発言しだしたのではと予想されます、しかし父親の意見は最後まで変わらなかっ
た。それどころか父親が自分と奥富玄二さんが密かに意見を交換している事に感ずいたらどうなるかと考え出したのではと思われます。

そしてU議員は中田家四女をU議員の経営するバーに出入りする田中(O2?)という
二枚目に接触させ拉致監禁しその間長兄に父親の考えを変更させようという計画を
奥富玄二さんを通し伝えさせたのでは無いかと。

しかし田中(O2?)なる人物は諸事情により当初から監禁にとどめる気はまったく無くむしろこれを機に中田家を落とし入れる考えがあったのではと。

658 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/08/28 20:17

898さんからの情報を元に推理すると、事件の大枠は地元の有力者に逆らった
中田家への「報復殺人」という見方が一番当たっていると思う。

中田家側も、報復と思ったからこそ、誘拐の脅迫を受けてすぐに警察に届けたの
だと思う。ただこの時、以前に黒幕の有力者から脅迫を受けていた事実は話せなかった。

犯人側からすれば、営利誘拐事件に見せかけながら中田家を恐怖に陥れることに
最大の目的があったような気がする。

家族が殺されるという最大の恐怖があれば、以後の「交渉」の無言の圧力となる。
したがって、この事件は最初から四女殺害が目的であり、決して「ゆさぶり」な
どという生易しいものではない。

計画を見破られて尻尾を捕まえられないよう、首謀者は完璧なアリバイを構築し、
実行者には中田家と接点がない若者を使った。

ただ、被害者の呼び出しについては、彼女が見知らぬ男に付いて行くわけがない
ので、中田家の元作男を利用したのだろう。犯行現場も彼の新居かもしれない。

そして、警察の眼をあざむくために様々な偽装工作をほどこした。
一番の難題は身代金受取りで、張込みに気付いて逃げた犯人が怒って被害者を殺
害した、という筋書きのために仕組んだが、目論見どおり見事に成功している。
そして、警察の捜査の眼が養豚場に向くよう、巧みに偽装・誘導しており、事実
そのとおりになった。また、中田家の長男も黒幕に感づいていながら、
「最初からあの養豚場が臭いとにらんでいた」などと発言している。
もともと腹違いで不仲の妹だし父親にとっては赤の他人だ。

これで母親と被害者の出生の秘密で脅されることもなくなるし、将来の遺産相続
の取り分も増える。

黒幕と取引したのかどうかは判らないが、肉親の情より現実の算盤勘定が勝った
のだろう。それは、石川氏逮捕の日の新聞手記を読めばよく判る。

ただ、次女だけはそんな家族の態度が許せなかったのだろう。

中田家の二人の女性の死の原因は、黒幕と中田家の確執にあり、真相が闇に葬ら
れたのは、黒幕の策略に嵌った上、途中で気付いたが引き返すことが出来なかっ
た警察組織に最大の責任があることは言うまでもない

犯人から中田家への脅迫の時刻が確定判決よりも早いのかどうかは不明だが、
いずれにせよ中田家は脅迫されて、すぐさま警察に届けている。
確定判決では、脅迫状を見てわずか5分後には自宅を飛び出している。

犯人は24時間以上の猶予を与えているのにも関わらず、異常なまでのすばやさだ。
可愛いはずの娘・妹の身を案じて、わずか20万円を渡して彼女を返して貰おう
との深刻な相談もなく、父と長男は一目散に派出所に駆け込んだと言うのである。

おまけに佐野屋に次女を行かせる時、父も兄も現金を持たせることは
「まったく考えなかった」なぜなら「本当にあの時は夢中でして」。
16歳の四女の命より、有力者に逆らって起きた一大事に震え、下手をすれば
次は自分たちが殺されると思い、警察に身の安全を託したのだろう。
家の財産と面目と自分らの命を考えるのに「夢中だった」のではないか。

中田家の「秘密」をネタにした脅迫も、ストレートなものではなく、手下を通して婉曲に行われたものだと思う。 ところが中田家側が言うことを聞かないので「家族がどうなっても知らないぞ」くらいの捨てゼリフはあったように思う。

つまり、中田家は家族が誘拐され殺害されることに十分な心当たりがあったが、
事件の黒幕に有力者がいるとの証拠はないし、家の秘密をさらすことと、さらなる
「報復」を恐れて有力者との確執は明るみに出来なかったのだろう。
土地を離れる覚悟と有力者と徹底的に闘う気持ちがあれば全て話したかもしれないが。

関係資料などを見る限り、中田一家の実質的家長としての権限は、この頃から長男が
握っていたようだ。父親は「犯人は知り合いの者に決まっている」と言い続けており、
石川氏逮捕の報を聞いても「まだ本当の犯人かどうか分んないけども・・・」と言っている。

対して、死体発見現場に駆けつけ冷静に死体と野次馬達をカメラで撮っていた長男は、
石川氏逮捕で「石川が犯人に間違いない。」と早くも断言している。

真犯人の偽装工作を十分知りながら、お家の危機を回避するため、それを明かさず
石川氏犯人視に迎合することで、有力者の無言の圧力に屈してその後の「取り引き」に
応じたのだと思われる。ついでに家の秘密と不仲の厄介者も消し去ることができた。

長男にとって石川氏無罪は、即事件の真相解明への道が拓かれることを意味する。
こう考えると、二審での彼の「健忘症ぶり」も納得がいく。
長男の不審な言動は、彼が事件の主犯だからではなく、真犯人の意図を早々と察して
おきながらそれを隠し、二人の妹を犠牲にしてまで家の体面と自分の身を守ろうとした
ことに起因するものだと思う。

199 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/02/05 19:23

狭山事件の真犯人の動機が、単なる営利誘拐目的ではなかったならば、
事件の十年前におきた母親の死にまつわる不穏な噂話を、真犯人が
犯行に利用した可能性は少なからずあると思う。
また、「森の息子」なる人物が真犯人とすると、母の死をめぐる怨念が
直接的な動機ということになるのはいうまでもない。

ここでは犯行動機が前者(不穏な噂を利用し、被害者家族を何らかの形で恐怖させ、
それによって得られる実利を目的としたもの)であったと仮定してみる。
そうみると、この事件の被害者が四女であったことに、必然性がでてくるのである。
どういうことかというと、真犯人の真の標的が家長の父親であったならば、
そして何度も脅迫を繰り返したが父親が妥協しない人物であり、
最後の手段として家族に手をかける手段を選んだのであれば、
四女は犠牲者として最も相応しい人物であったろうと思えるからだ。

なぜか。

それは、四女が父親とは血のつながりのない家族だったからではなかろうか。
真犯人は被害者家族の内情を熟知しており、母親の生前の行状とその死、そして
兄弟姉妹の中に他人の血が混入しているという事実に起因する不和・不協和音が
家庭内に発生していることを利用したのではないかと考えられるのである。

父親は近所では評判のしっかり者で、妻の死後も遺産相続の原因となる後妻を娶らず、
区長としても自分の考えを貫き通し、成績優秀の子供達も「百姓には学問はいらん」
との方針で四女以外は夜間高校に通わせるほどの徹底した頑固者だったと伝えられている。

このような性格の人物を落とすには、かなり荒っぽい手段に出るしかないと考えた人物が眼をつけたのが、他ならぬ四女だったのではなかろうか。

誘拐するなら、小学生の三男を狙った方がはるかに容易である。
だが、相手は単なる「ゆさぶり」だけで落ちる相手ではない。
家族に一員を「消して」、家長に尋常ならざる恐怖の念を与えねばならない。
だからといって幼い実の子を殺されたとなれば、逆に態度が硬化する可能性がある。
かくなるうえは、母親と似て自由奔放で勝気な性格、何かにつけ家の方針に逆らい、
昼間の高女行きも認めざるを得なかった、家族とは異質な存在の四女に
「犠牲の子羊」となってもらうしかない。

血のつながりのない四女が、下校時に不良に襲われ暴行のあと殺される。
あくまでも主犯の姿は見せないが、その死の意味は父親にだけは理解できるように
真犯人は綿密に計画を立て、実行したのではないだろうか。
それゆえの様々な偽装工作であったと思えるのである。

事件直後の父親の印象は薄く、一気に老け込んだという感じである。
やはり事件を起こした真犯人の意図が十分に伝わったのだろうか。

父親が事件翌日には早くも「もう殺されている」と涙し、
「犯人はどうせ知り合いに決まってる」
「犯人の方でも私の顔を見れないだろうし、私も見たくない」
と言った言葉でも、そのことは十分に窺い知れるのである。

665 名前:660:02/08/29 17:44

中田家の長男を手厳しく批判したが、むろんこの事件で最も責められるべきは
卑劣な真犯人グループであり、その首謀者である。

と同時に、面子を重んじるばかりに犯人逮捕を急ぎ、証拠を捏造し無防備な青年を
騙して代用犯人を仕立てた警察であり、それを黙認し追随した検察の罪も深い。
権力の偽装を見破れず(見破ったが見逃した?)、石川氏を有罪とした上、再審
の門も閉ざしつづける裁判所も同罪である。

中田家の父親と長男は、法的には偽証罪(時効ではあるが)に、道義的には真犯人の
心当たりがあるにも関わらず、それを隠したことに対して責められるべきだとは思うが、別に彼らの肩を持つわけではないが、当時の(今も?)農村の閉鎖的な共同体でそれからも生きていくには、仕方がなかったのかもしれない。

事件の前に、真犯人側にとっては絶対に許せない言葉を、中田家の父親か長男が
吐いたのかもしれない。「四女殺害」という報復でもって、中田家は彼らの本当
の恐ろしさを感じ取ったのだろう。

仮に過去のいきさつを警察にすべて告白したところで、本当の黒幕まで捜査の手が
伸びるという保証はなく、この地で生きていく以上、こうなってしまえばもう彼らに
屈服せざるを得ない。これだけの事件が起こせる、この地の有力者と対決したところで、ますます自分たちが窮地に追い込まれるだけだと、父と息子は判断したのではなかろうか。

そして真犯人側は、中田家の家庭内に吹く「すきま風」を十分に知っており、
四女を殺したとしても、「報復」に対する中田家の「反撃」はまずあるまい、
と読んでいたのだろう。

あとはいかに警察をあざむくかに全力を挙げて知恵を絞った結果が、
あの「奇妙な脅迫状」と「死体埋葬」そして「佐野屋の逃走劇」であったのだ思う。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/2.html

581 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/03/06 21:38

事件直後に流れた犯人像としては、

 1、顔見知りのボーイフレンド説
 2、区長選挙をめぐる父親への怨恨説
 3、流しの不良説
 4、米軍の不良外人説

などがあり、2はかなり有力な説だった。

つまり、堀兼地区の利権について発言権が大きい区長である頑固な父親をめぐって、他の有力者との対立が抜き差しならぬところまで来ていたのではないか、との憶測。
第1スレの898さんの伯父さんの話はこの説を裏付けていて、今のところ、この説が最も真相に近いと思う。

ところが、この説を追った刑事は、異様とも思える地元住民のだんまりと捜査拒否にあって立ち往生する。 そこに様々な未確認情報とやらが舞い込んできて、さらに混乱をきたしたという訳だ。

おそらく、地元民にとっては地価の高騰に伴う水利事業などの利権構造は、自分達の財産価値に直接影響する事態でもあるので、単純な正義感だけでは発言しにくい雰囲気があったのだろう。

結局、世論の強い批判を受けた警察は、3の説をとって、弱い立場の青年を犯人に仕立て上げることを選択した、というのが本当のところだろう。 ちなみに「森の息子」とやらの情報も、そのときに囁かれた根拠のない噂話が元ネタになっていると思う。

結局、3の説ということにはなったが、養豚所の元使用人たる石川氏が逮捕されたとき、これに2の説をくっつけて、親父と対立する一派が石川氏らを遣ってやらせたとみる向きもあった(事実、親父と長男はそう思い込んでいたはず)。

地元民としては、黒幕がいることに薄々気付いていながらも、まあ実行犯が逮捕されたのならいいかと思っていたように感じる。
石川氏逮捕を聞いて、芋づる式に2〜3人の実行犯が逮捕されると考えられていた。
ことによると黒幕まで行ってしまうかも?と、戦々兢々いた者も多かったはず。
ところが結論は石川単独犯ということでケリがついた。これには実際、たまげた地元民が多かったと思う。

現地に行って、石川自供の通りに歩いてみると、その犯行の実態がいかに現実にそぐわない作り話であることがよく認識できる。 その意味では、雑木林付近で農作業をしていたK氏の証言(「雑木林の方からは悲鳴など全く聞こえず、あの時刻にあそこで殺人事件が起こっていたなどとは信じられない」)などは、地元民としては大変勇気がある行為だと思う。

772 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/07/29 21:44

これが40年前の東京近郊の農村で起こった事件だということを忘れてはならない。
次第に薄れつつあるとはいえ、現在でも日本の農村社会に巣食う、血縁・地縁が
絡むドロドロとした閉鎖的で排他的な慣習は、厳として存在し続けている。
そしてそれを直接的間接的原因とする犯罪もまた、少なからず発生し続けている。
ただ、都会で起きる事件とは違い、それが明るみになる事例は極めて少ない。

事の善悪を問わず、それら農村社会で発生する非日常的な事件は、背景に土地の
有力者の存在が噂される場合も少なくないが、これが明るみになる事もまた稀だ。
都会人の視点から見れば、片田舎の大地主や区長、市町村議会の議員や首長クラ
スの者など、取るに足らない小物だろうが、その土地での「力」たるや、「子飼いの人
物」が平気で殺人を犯すほどの影響力を持っていたのが、数十年前の日本の農村の
裏の顔でもあるのだ。

その当時の雰囲気は、898さんの元刑事の話で極めて正確に活写されている。
狭山事件の背景に、かかる事象が潜んでいるのかどうかは不明だが、少なくとも
一人の無学な青年が行きずりに犯した犯罪とするよりは、可能性は大であるよう
に思う。当時の水利事業など利権構造をめぐる地元の確執が、どの程度のもので
あったのか、そして区長たる被害者の父親は、その渦中にあって、いかなる役割
を果たしていたのか、人間観関係などを含めて綿密に調査すれば、今からでもあ
る程度は判明する部分があるように思う。



711 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/04/04 19:56

時は高度成長期の真っ只中で東京オリンピックの前年。
のどかな農村共同体の善良な農民も、時代の波に呑み込まれ、カネが人間を変えていく過程で起こった事件だった。 この事件、その動機を大別すると

 @男女関係のもつれ
 A被害者家族の母親にまつわる怨恨
 B土地開発をめぐるトラブル

の3点に絞られると思うが、事件を丁寧に調べると、事件発生時よりも、佐野屋の一件以降の事後対策に犯人側は全力を尽くしている感じを受ける。
ゆえに元刑事サンの言うとおり、動機はBであって、被害者殺害は突発事故。
事件の背景を気取られないよう、事後処理にあらん限りの知恵を絞ったとみていいと思う。

もうひとつ。

死体の埋没は一人でも可能という意見もあるが、とんでもない。
あれだけの作業を深夜に一人でやれば、軽く三時間以上はかかる。
その他の証拠偽装工作、撹乱情報などを考え合わせると、やはり犯罪に手馴れた
組織の存在を疑わざるを得ない。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/5.html

776 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/07/30 16:54

地元の有力者が背後にいたと仮定しても、その有力者が直接計略した事件ではないと思う。

有力者(政治家?)は「あの中田栄作、なんとかならんのか」くらいは言ったかもし
れないが、実際に計画に携わったのは、有力者と権益を共にする「親分」だっ
たと考えられるし、事実、元刑事の話にもそれを裏付ける内容がある。

狭山地区ではないが、関東の田舎の農村に住む知り合いの老人(93歳)に聞
いてみると、昔の農村社会では、今の暴力団的組織とは違う任侠系組織が確
かに存在していて、そこの親分の命令なら、親でも殺しかねない人物がごろご
ろしていたそうだ。

この事件は、そういう組織の親分の命令で、数名の手下達が実行犯となってし
でかした犯行とみていいと思う。

ただし、こういう大きな「シノギ」の場合、実行犯は地元の者ではない人物が選
ばれるそうだ。それは組織と友好関係にある別の組織の構成員などで、失敗し
たときの背後関係を判らなくする為らしい。

とはいっても、一人だけは地元の地理に詳しい人間がいたはずで、おそらくそ
の男が佐野屋に行ったのだと思う。おそらく組織構成員は、だいぶ以前に離れ
ていたが、親分にかなりの義理があり、危険を承知で引き受けたのではないか。
ただし、その危険度の高さから考えて、元刑事がいう二十歳そこらの若者では
ないように思う。若者が佐野屋に来ていたとしたら、姉と会話した男ではなく、
多分探りの投石をした人物だろう。そして会話した男の「おらけぇるぞ」の声を合
図に走り去ったのだと考えられる。

奥富玄二は組織構成員ではないが、構成員の誰かと親しい関係にあり、被害者を誘う
ために利用されたのだと思う。この時代には、普段は善良な百姓や勤め人が、いざというとき事件に利用される大勢ができていたそうだ。
田中登についてはよく判らない。

芋穴の棍棒とビニール風呂敷は、先に穴を掘ったグループが、死体を運んで来
る地元民ではないグループに、その場所を誘導するために残したものだと思う。
有力者は、事件後に自らの身に捜査の手が及ばないよう、実行犯らがなした偽
装工作を、豚屋関係者が犯人と見られるよう、捜査当局幹部をうまく誘導したの
ではないだろうか。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/5.html

656 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/03/12 20:29

市長はエライというより「大きな権力と権限を持っている」というのが正しいかな。
区長はむろん市長に比べて権力の幅は比較にならないほど小さい(つまり市長より
エラくない)とは言えるが、それだけに田舎の農村でしかも地価の高騰に結びつく
土建工事などをめぐっては、利害関係を持つ地元民にとってそこの区長は莫大な権力を
握っている人物ということになる。

特に東京オリンピックを翌年に控えた事件の年、狭山市近郊は都心のベットタウンとして注目を浴び始めていた矢先で、開発も急ピッチで進んでいた。
なにしろ水利事業ひとつにしても、それがどのコースが選ばれるかで地価が何桁も変わってくるのだから、その決定権を持っている区長の周りには実際、さまざまな思惑が渦巻いていたことだろう。

そのことで区長の親父さんが恨みを買っていたとしても不思議ではないし、事件の黒幕がこういう背景の後ろに隠れている、と言う人がいても当然という気がする。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/4.html

407 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/02/20 14:40

父親は当時、農村共同体のリーダーたる区長という立場。 身内のスキャンダルは、即その地位を危うくする。 事件当時から、上赤坂地区の区長は大きな権力を有していた。 当然のことながら、利権が絡む区長選挙などには相当な確執があり、当初は、その遺恨が引き起こした犯罪という見方もあった。 898さんの元刑事の話には、そのことを想起させるものがある。

そして今一度、あの脅迫状に眼を向けてみると、あることに気付く。
それは真犯人が、事件の真の動機を気付かれないような工夫を凝らしているという点である。

まず、犯人は四女とは顔見知りではない人間であることを示すため、最初は「少時家」の子供を狙ったが果たせず、行きずりに出遭った女子高校生に眼を付け、身代金を取るついでに性欲を満たそうと考え、下校途中の四女を襲った、というストーリーを考えた。

そして四女を拘束したあと、脅迫状の宛名たる父親の名前を四女に訊ねる。
四女が「中田栄作」と言ったのを「なかた・えさく」と聞き違え、封筒には「中田江さく」「中田江」と万年筆で書いた。 本文は「少時様」宛に以前に書いておいたと見せかけるために、ボールペン書きにしておいた。

そして封筒の宛名と本文の訂正箇所を万年筆で書くことによって、四女のカバンの中にあった筆入れから万年筆を奪い、あとから書いたように見せかけた(このとき、インクの色を確かめなかったのはうかつだった)。 このことを強く印象付けるため、筆入れごと持ち去って処分した。

見ず知らずの四女の住所をそれで知ったと思わせるためと、誘拐がいたずらではないことを示すために、脅迫状の封筒には四女の生徒証を同封しておいた。
もし父親が不在だったら他の家族が開封せず、発覚が遅れては困るので、封筒は一度封をしたあと、ちぎって開封しておいた。

指紋がつかぬよう軍手を用いたが、これも二種類のものを使い、手袋痕を検出されても複数犯との印象を与えるよう、念には念を入れておいた。

身代金の金額は、貧乏な若者が犯人との印象付けのため、20万円にしておいた。
では警察の捜査をどこへ誰に向けさせればいいだろうか?

そうだ、菅原四丁目の被差別部落の人間にしよう。
ちょうど四女宅の近くに養豚所がある。ここは部落出身の兄弟が経営していて、部落の若者が多く出入りしている。 たわいないものばかりではあるが、いろいろと悪さもしているようだし、地元の人間も差別意識丸出しでこの養豚所を見ている。 それを利用して、彼らに疑いがかかるように工作しよう。

それには身代金受け取り場所を「佐野屋」に指定するのがいい。
ここなら養豚所に近いので、そこで働く者は誰でも知っているはずと思われることだろう。

「少時様」の「前の門」の「前」を訂正し、稚拙な字の共犯が訂正したと見せかけるため、この箇所は左手で「サノヤ」と書いておこう。

それに佐野屋は五本の道路が交差する場所なので、張込み刑事を分散させ、身代金を取りに来たと見せかけて逃げるのに都合がいい。 しかし捕まっては行けないので、過去の事件(斎藤恵子さん誘拐殺人事件)を参考に、指定時刻を「五月2日の夜12時」と書いて前日にも張込みをさせるよう誘導しよう。 そして1日夜に、大体の張込み配置を確かめておこう。

佐野屋での逃走を成功させるため、犯人が自動車でやって来るように見せかけよう。
脅迫状に「友だちが車出でいく」と繰り返し書いて、複数犯と車の使用を印象付けよう。

ちょうど養豚場にはトヨエースがあり、経営者兄弟が乗り回しているので大いに疑われることだろう。

714 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/04/05 14:51

脅迫状に「こども」と書き、金を持って来るのを「女の人」としたのは、犯人があくまでも家族および善枝さんと面識がない「よそ者」であることを強調するためと、最初は「少時様」の子供を狙っていたと思わせるために考え抜いた偽装工作だろう。

実にややこしい工作だが「顔見知りではない行きずり犯」であることを示すのに、これほど効果的な方法も他にそうあるまい。 電話があるのに、わざわざ足のつきやすい手紙を書いた必然性がここにあるように感じる。

被害社宅には、善枝さん以外に女性は次姉しかいなかったので、「母親」ではなく「女の人」とせざるを得なかったのが、きわめて作為的だし、養豚場に近い佐野屋を指定したところなど、最初から警察を誤誘導する計画性の高い犯行と思える。

(「女の人」と書くことで「少時様」の母親と中田家の次姉の両方の意味を持たせることができる。 「こども」も同様で、すなわち文章の訂正を必要最小限度にとどめた、ともとれる。この点、脅迫状の文章を考察して導き出せる「狡猾で合理的な思考をする犯人像」とも合致する。)

稚拙さを装った脅迫状には、「養豚場にたむろする漢字も満足に書けない不良達が数人で、4月29日にしょうじ家の子供の営利誘拐を企てたが果たせず、3日後の5月1日に下校途中の善枝さんを待ち伏せして襲い拉致し、貧乏人にとっては大金の20万円を強奪することにした」 という犯人側の見せかけの意図が透けて見える。

そして、死体と証拠品埋没、その前後の撹乱情報まで、その意図は一貫している。

当初の捜査本部にあった「犯人は顔見知り」という真っ当な見方に、地元民は異をとなえ「あんなことをするのは“よそ者”に決まっている」と言い、捜査への協力を拒否したと聞く。

だとすると、そのような意見を主張し地元民による警察批判の声を煽った者の中に、
真犯人につながる人物がいるのではないだろうか。

http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/4.html

578 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/07/15 20:03

事件当時の現地航空写真を、改めて見てみると、真犯人がなぜ佐野屋を
身代金受け取り場所に指定した上、脅迫状にトラップを盛り込んだのかが
よく理解できる。 警察を出し抜いて逃走するというのが、計画犯罪成就の絶対条件だったとするならば、あの日、あの時刻、あの地区で、あの場所以外に適当な箇所を捜すのは難しい。

すなわち「佐野屋」は、

 @「よそ者」が集う養豚場が近くにある
 A川(不老川)の附近
 B5本の道路が交差する変形十字路である
 C道路側の茶垣の丈が高い
 D道路に街灯がない

犯人は、「車出いく」と見せかけ、5本の道路側に刑事を分散配置させ、
畑側から声をかけた。街灯の明かりもなく、茶垣に隔てられていては、
自分の姿を見られる心配もない。警察犬がいないことも事前に知っていたが、
臭気は2、3日残るため、不老川に入って臭いを消している。

察するに犯人グループは、かなりの手間ひまをかけて、この計画を遂行している
と思われる。

警察犬は狭山署にはいないので、川越署から派遣しようとしたが、同署の訓練士
がなんと二人とも病気などで出動できず、張込み前までには準備できなかった。
急遽手配した大宮署からの警察犬が現場に到着したのは、すでに犯人逃走から
3時間以上も経ってからだった。

警察犬の手配が間に合わず、投光機やトランシーバーなども用意できていない
ことは単なる偶然で、犯人にとってはまれに見る僥倖だったのか?
いや、そうではあるまい。

現地の地図を広げ、用意周到に計画を練っていると思われる犯人グループが、
この点のみは、いちかばちかで決行したとは到底思えないのだ。
結論として、この大胆不敵で壮大なトリックを成功させるためには、警察当局
の動きを逐一把握できることが必須条件であったに違いなかろう。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/5.html


538 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/03/03 16:50

堀兼地区の住民にとっては、地元にあの養豚場ができて、被差別部落の青年が出入りしていることに眉をひそめる者が多かったときく(豚と「よそ者」の臭いでたまらんということらしい)。

それで事件当初から「やったのは養豚所の者」という雰囲気が出来上がっている。

事実、警察が養豚所に眼を向けたのはスコップ発見後ということに公式上はなっているが、実際には事件当日から内偵を開始したらしい。1日夜の養豚場のスコップ盗難についても翌朝には警察はその事実を把握していた。

実行面の主犯格と思われる人物は、土地の有力者(計画面の主犯?)の意向を受けて、
警察・マスコミ・地元民が養豚場を疑うように、事件後も情報操作と誤誘導を行なった
節がある。

堀兼農協に集まって「警察不信任決議集会」なるものを開き、地元民への捜査に圧力を
かけ、警察が部落への見込み捜査を開始すると一転して、署長夫人まで繰り出しての
炊き出しを始めたのは、一体どこの誰がリーダーとなってやったことなのか。
そして石川氏が逮捕されると、マスコミに石川氏の素行不良ぶりを針小棒大にリークし、「犯人に間違いなし」との世論を形成せしめた、陰の大物は誰なのか。
このことは、事件が奥富玄二の自殺で完結するものではないことを如実に示している。


568 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/03/06 15:49

奥富玄二にしても田中登にしても、犯行の「手伝い」をしている可能性は高いと思う。
奥富玄二は被害者を誘い、新居に案内した(?)役目で、被害者の殺害計画までは
知らなかったと思う。

ちなみに、被害者が殺されたのは奥富玄二の新居とみている人が多いが、被害者は後頭部に頭蓋骨まで達する裂傷を負っている。 かなりの出血があったはずだが、新居からはルミノール反応は検出されなかったようだ。

このとこから、被害者は奥富玄二の新居でトマトとおにぎりの接待を受けた後、身柄を拘束され(あるいはなんらかの口実に乗って自ら進んで)、車で別の場所に移されたのではないだろうか。

彼女が殺され、しかも新居近くで死体が発見されたことで奥富玄二は、進退窮まったということで死を選んだような気がする。

田中登にしても同様で、割と軽い気持ちで事後の撹乱工作の手伝いのため偽情報を持って警察に行ったのだろうが、取調官に証言の矛盾を突かれ、怪しまれて背後関係を追及されたのだろう。

ベテラン刑事にとっては、それが善意の情報であるのか、それとも作為あるデマ情報なのか、いずれかを見抜く眼力はあるはずだ。 では、本当のことを打ち分ければいいではないかと思う人もいるだろう。 しかし、そうすれば自分が犯行に関与したということになり、閉鎖的な農村社会では、家族には村八分という厳しい制裁が待っている。

かといって、ヘマをして警察に感づかれたと、仲間に助けを求めても口封じに殺されるのがオチである。 こうなれば、もう自ら死を選ぶしかない。
犯人グループはそのことも計算の上、「普段からおとなしく、気が弱い」
性格の奥富玄二と田中登に、その役割を振り分けたのではないだろうか。


571 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/03/06 18:05

あの時代、あの農村社会の中で起こった事件という事実を考えると、犯罪に利用された気弱な農村青年が、あの情況下で死を選ばないと考える方が「短絡的」。逃げ出してどこかで一人で生活するということを選択するはずがない。

それに、映画のセリフじゃないが「警察はあきらめても組織は絶対にあきらめない」。
自供すれば、いかに利用されたとはいっても殺人事件の共犯。
家族は村にはいれなくなるだろう。
ちなみに、吉展ちゃん事件の犯人小原保が、厳しい取調べでもなかなか自供しなかったのは、「田舎の家族が村八分にされて苦労するから」だったそうだ(そして実際そうなるのだが)。


578 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/03/06 20:32

田舎の狭い世界しか知らない住民に 「全てを捨てて遠くに逃げる」
なんて発想ができたかどうか。 村八分になるのが怖い&地域の連帯大切っていうのも納得できる。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/4.html


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4. 中田家の秘密

974 名前:898:02/07/27 10:30

被害者の家の秘密に付いて

「中田の家の秘密にしたいことなんだけど俺達が調べたことが全貌だったのか一部
だったのか実は整理がついていない。

最初は見当もつかなかった。栄作さんの兄弟なんかにかなり取り入っている捜査員などに頼んでも何も出なかった。だけど思い出したんだ、長女のKさんの言葉を。それで川越方面を中心に調べてみたらポッと出たんだ、被害者達のお母さんのことだった。

健治さんにさぐりを入れた時に外殻の部分を言って見たんだけど否定されたよ、当然だわな」 「お姉さんが言ったことはヒントになっただけだったよ、

お母さんのことでもひどい事なのに何故善枝がこんなことに、

て言われたと思う。
恐らくこのことが白日の元に出れば良くても栄作さんは今の地位を追われ悪くて土地を後にしなきゃならないかもしれん。土地にとどまっても今までの生活は無理だろうからね」

「事件のあと、もしかしたら栄作さんとUの間で手打ちがあったかもしれない、もう
これ以上踏みこまないということでね。

それは暗黙のうちであったかもしれんし、誰か間に入ったかもしれない。だけど耐えられんよ普通の人間には。犠牲になったのはお姉ちゃんじゃないかな(次姉)、丸い顔した愛嬌のある子だった、あの子には耐えられない、事実が全て伝わったらね」

「さっきも言ったけどAもBもあるいは奥富玄二にしてもUにしても娘を殺すつもりで連れだしたとは思わないし思いたくない。いくらUが心底極道でもそうは思いたくないよ。

一晩くらいかな連れ出して栄作さんらにたっぷり冷や汗かかせりゃ良いくらいに
考えていたと思う。なので連れ出す以前に娘には気おつけろよ、くらいは言ってた
かもしれない。

だけども実行犯であるAは娘さんをあやめてしまった。予想以上に手がかかったか、逆にたしなめられてかっとしたのかもしれない」

「それで泡くってUに連絡したと思う、Uは裏の仕事に精通しているO(Oが多くて迷
いますが、このOは実質Uが経営している飲食店の経営者でO2です、

ちなみにAとBの5月1日のアリバイはOの飲食店(キャバレー)の改装の手伝いをしていたことになっている)に指示して事件の隠匿、あるいは偽装を敢行したんだと思う。それが
脅迫状であり誘拐事件と言うことと思う」

「あの脅迫状は娘が居なくなったのは脅しの方向ではなく誘拐事件ですよ、と行為
をぼやかす意味と時間稼ぎが目的と思う。
5月1日に誘拐しておいて5月3日の未明に金持って来い、というのは時間が空きすぎる。当然それはUらが自分達に塁が及ぶのを避けるためにAとBにも十分なアリバイを作るための時間稼ぎであったと思う。

警察としても誘拐事件ならば脅迫状の取引時間まで相手の出方を待たねばならない
、なのであの脅迫状で重要だったのは3日の午前0時まで興味を引きつけておくこ
と、その間に実行犯はその後に容疑が及んでも大丈夫なようにアリバイをしっかり
作っておくことが大事だったと思う」

「あの脅迫状はいろいろ脚色されているとは思う、特に思慮の無い者が20万ぽっち
の金欲しさに子供をさらったと方向付けしているが、金の引き渡しがさきすぎる、
思慮の無い者の仕業とするなら当日の夜でも良いし、二日の朝方でも良い、金は早
く欲しいとなるだろう、だけど脅迫状の犯人はのんびりしているね、時間を稼ぎ
たかったんではないかな」

「アリバイの偽装にそんなに時間がかかるかというとかかるんだ。詰めのあまい偽の
アリバイほど崩しやすい。

AとBのものに関してはほぼ完璧だった。O(飲食店)の書いた筋書きとおもうけどね。
あそこで崩せなかったのが惜しい、何度思いかいしてもね」

「石川さんがやってないとしたら、それはそう大変なことだとおもう。だけど石川
さんはもう刑期を追えて市井の人として無実を訴えている、それは立派と思うよ。
再審は難しいではないかな。真犯人が名乗りでもしない限りはね、無実の証拠を
積み上げても今になっては、どうかな。時間が経ちすぎている。未公開の証拠と
いっても大した物は無いと思うよ、特に真犯人を判断する材料はね」 
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/2.html

201 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/03/31 22:38

中田家には事件以前に家を出て、実家との音信を絶って生活していた長女がいるが、次女の登美恵は「うちは女は義枝(被害者)とあたしの2人だけだったので・・・」と証言しことさら長女の存在を隠そうとしている。

長女が家を出た原因については明らかでないが、家に留まっていればさらなる犠牲者の発生をみただろうという指摘もある。

何れにせよこの事件が被害者一家と無関係な第三者による身代金目当ての誘拐や、行き
ずりの性犯罪の結果でないことは確実である
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/1.html

682 名前:本当にあった怖い名無し:2005/10/05(水) 12:07:04 ID:2+Old3dP0

一家の秘密なんですが、家出して東京に行った姉とは無関係?

姉の旦那の田舎は、貧しくても、色々な物を送ってくれても被害者一家は姉のもとにネギ1本も送ることもなく姉が子供を出産する時(里帰りして、お産をするのが普通の時代)も家に入れてもらえなかったと昔の記事にあったので・・

被害者家族の姉に対する仕打ちが普通ではないようで気になりました。 http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/11.html

620 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/07/18 11:47

自分が一番気になる点は、やっぱり「中田家の秘密」なのですが
母の性格とか被害者の出自とかではなく(これらは近隣の人達には周知の事実だったはず)墓場まで持っていかなければならない秘密と言うならば、中田家(父or長兄)が犯した何らかの犯罪行為(横領とか仲間を死に追いやるとか)があったのではと思うのです。

それと被害者の死が繋がったところに答えがあると思います。既出の意見ですが
この答えは絶対に分からないでしょうね。農村の気風もあるけど、バレたら罪を問われる訳ですから。

そういう意味では家出した長女がポイントなのではと考えます。
結局は真相は闇の中なのでしょうけど・・・。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/5.html

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648 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/07/07 22:51

・父母の結婚式、中田家の庭に大量の墓石投入事件

・前日まで元気だった母を、精神病院に強制入院、数日後に死亡事件

・長姉の中田家縁切り家出事件

・末っ子の被害者だけタネちがい


これらの事は、じつは母親が事件の真相に係わっていることを意味している。
狭山事件は、すでに母の死から始まっていた。


昭和8年5月12日被害者の母故ミツは隣村である川越市中福から中田家に嫁いだが
婚礼の翌朝、村落の墓地の墓石や卒塔婆が大量に庭に投げ込まれていた。

ミツは平素から素行になにかと噂があり、この時も結婚を妬んだかっての男たちが嫌がらせに行ったのだと囁かれている。

また結婚当時「中田家に生まれた女子は育たない」という予言めいた噂も流れたが、
長女は事件前に家族と対立して勘当同然に家出、次女登美恵が事件後「自殺」三女善
枝が事件で殺害され、結果的にその通りになった。

ミツは昭和28年12月30日午前10時30分に東京都北多摩郡小川町(当時)の
国立療養所精神科で、死亡診断書によれば「脳腫瘍」で死亡した。病名とは関係のな
い精神科で死亡していること、自宅から近い川越や所沢の病院でなく、遠い縁のない
病院に入院していること、入院から約10日で死亡しているが、近隣住民の目撃によ
るとミツは入院前日まで畑仕事をしていた、脳腫瘍がそれほど短期間に発病して死に
至るとは通常考えられない、などの疑惑が囁かれている。

ミツは結婚後も男との噂が絶えず、当時地元ではミツに振られた男が腹いせに毒を飲
ませた、近所の病院では噂が広まり世間体が悪いので、家族が医者に金を含ませて遠
隔地の病院に入院させ死亡診断書も工作させたとの噂が流れた。この事件の犯人と善
枝の出生、後年の善枝殺害との間に関連をみる人もいる。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/1.html

725 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/09/10 15:19

被害者の母親は農村のタブーに触れた女性だったようだ。

被害者もまた勝気で現代的な女性で、ボーイフレンドも多かったそうだが、
彼女もまたなんらかのタブーを犯したとは考えられないか。
特にその異性関係において。

インドやパキスタンの田舎では、異性間の交渉でタブーに触れた女性は
親戚縁者がよってたかって私刑をくわえたり、場合によっては殺してしまうことさえ
いまだにあるらしい。これを「名誉殺人」というのだそうだ。
警察もこの名誉殺人については見てみぬふりをすることが多く、犯人が逮捕され起訴されても一般の犯罪に比べて刑が軽いと聞いている。

別に狭山事件が「名誉殺人」だと主張するつもりはないが、犯人側と被害者家族側との
利害が一致する時点がどこかであったような気がしてならない。
むろん警察の利害も同様である。

三者とも、事件の真相が明るみになることだけは絶対に避けたいとの思いが強いこと
は間違いなさそうだ。


388 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/06/02 03:43

長男と被害者は戸籍上は兄妹だが、実際は被害者が母親の不行跡、つまり不倫によって生まれた「種違い」であったらしいことが裁判の過程で示唆されている。


441 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/08/08 11:24

中田家の秘密とは、色情狂の母親が、遠くの精神病院にブチ込まれて、不審な死に方をした事に、父親と長兄がただならぬ係わりをもっていたということですね。

被害者はその事を知って、悩んでいた。 長兄に詰め寄っていたかもしれない。
そして・・・
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/2.html

733 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/09/10 23:09

中田家の闇の部分は母の件と、
善枝が近親相姦によって生まれた子だということ。

735 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/09/11 14:17
>>733
その話は、私も耳にしたが事実なのでしょうか?


736 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/09/11 19:28
善枝ちゃんの父親はいったい誰???

http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/2.html

686 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/12/21 12:57

真相は、母親の不倫相手の出自にあると思う。
当時の農村社会で、主婦の不貞だけでも許されないのに、その相手が「よそ者」だとして、家族にその「よそ者」の子供が混ざっているとしたら…

当時、それだけで村八分の対象になったかどうかは判らないが、一家にとっては
絶対に隠し通したいスキャンダルであったことは想像に難くない。
こう考えると父親と長男が事件の真実の一遍を隠そうとしたことや長女の家出、
次女・次男の自殺の謎も解けるように思う。


687 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/12/21 14:23

>当時の農村社会で、主婦の不貞だけでも許されないのに、

ちょっと違う。

農村社会の内部に於てという限定条件の下で性は今よりもオープンであった。
男手が足らない家に「種付け」すること、未亡人に子を産ませ後に養子として
引き取ること、他、いわゆる夜這いという行為も多くの場合黙認されていた。

だから、問題になるとすれば、
「講」に属さない者との性交渉が「講」と中田家の問題であったのだろう

688 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/12/21 15:25
>>687
大筋では同意だし、昔の日本の農村が性に対しておおらかであったということも
事実だろうとは思うが、本家の正妻の不倫となると話は別なのではあるまいか。
「未亡人への種付け」とはわけが違うと思う。

それとこの場合、家族に「よそ者」の血が混ざっていることの方がスキャンダルとしての意味あいが大きかったのだと思う。

大尽農家としては正当な嫡出子と不貞の子供とでは家督争いの種に十分なり得る。
事件の背景には、かかる「お家騒動」の側面があったようにも思えるのだが。

517 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/08/11 10:44

墓石に秘密があるような気が。
自分もなんでいやがらせに墓石?と思っていたが


519 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/08/12 09:02

投げ込まれた墓石は、当然中田家のものです。
そこには、栄作の母親の死が関係している。
近所の人たちは知っていたのです。


522 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/08/12 12:45

俺の聞いた噂では、墓石は中田家のものじゃないよ。
「中田家の秘密」とは、その件の真相と被害者の四女の出生に関わる秘密のこと。http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/3.html

729 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/09/10 20:22

長兄のあの手記は、非常に意味深だ。
石川氏逮捕の日、まだ彼が本当に犯人かどうか分からない時点で、
記者に「石川が犯人だと思う」と語った上であの文章を書いたのは、なにか真犯人へのメッセージのような気もする。

「農村という古くからの何者かが潜んでいたのではないのか」

とは、

「妹は農村という古くからの因習の犠牲になった」

という風に長兄が思っていることを吐露したものではなかろうか。

その古き因習の中に自分自身も身をおいているので、真犯人の名を明かせずに
いることへの自責の念も読みとれる。
最後の二行を離して書いていることも奇妙だ。
つまりこれは、あの脅迫状を書いた犯人に宛てた「返書」なのではないだろうか。

http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/2.html

37 名前:3-679:03/02/01 10:25

母ミツは、昭和28年に精神病院に入院、11日後に「脳腫瘍」という一万人に一人位
しかいないという珍しい病気で死亡しています(正式な死亡診断書あり)。

つまりこの事件全体において、父栄作氏および長兄が、義枝さんの誘拐
殺人に関して、なんとも不可解な行動や発言をしていたのは、母の不審死
についての秘密を隠すためではなかっただろうか、と考えることもできる
わけです。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/4.html

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93 名前:研究歴一週間:2005/08/21(日) 17:26:01 ID:Qp2TBMg60

被害者家の母親がどのようにして失踪したか。
「脳腫瘍」という診断で遠方の精神科に収容される、というのはそもそも話がおかしい。

一方、「脳腫瘍」というカルテに惑わされて「鈍器で殴りつけてしまった息も絶え絶えの母親を、包帯でぐるぐる巻きにして救急車で運ぶ途中、なぜか行き先が縁故の精神科になった」ということでもないような気がする。

まったくの憶測でしかないのだが、おそらく母親は「だまされて車に乗せられ」遠い場所へ運ばれたのだろうと思う。あるいは睡眠薬などで眠らせて、健康体のまま二度と出られぬ施設に送られた。

まぁ、そのあたりが898さんの伯父さんが語っている事柄だろうと思う。
これは精神科側が明らかに共犯なわけだが、その共謀がどのルートからか、漏れたのだろう。

しかもなんとなく、「そういう話が昔あったらしい」というのではなく、具体的な実行過程が全部バレてしまったんだろうと思う。それがとっておきのユスリネタとして、今回の事件のターゲットとして被害者家を『選定』せしめた。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/11.html

634 名前:3-679 ◆2gw3ijNQ4E :03/07/19 17:21

私も母親の死因=脳腫瘍 は、あり得ないと思います。おそらく死因は、頭部外傷に
よる脳内出血(例えば、鈍器で殴られたとか)ではないかと考えています。なぜなら、
脳内出血であれば昏睡や幻覚、妄想など、精神疾病のような症状が現れることもあり、
脳腫瘍のように死に至るまでに時間がかかる疾病ではなく、入院後10日で亡くなる、
という点で納得がいくからです。

635 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/07/19 18:48
>>634
でもそれだと、医者も殺人のグルということになるよ。
鈍器で殴られた死んだとなれば、明らかに殺人事件。
それを脳腫瘍と偽って隠すとなれば、大変な犯罪。

精神病疾患で入院し、発作か何かでの自殺を、世間体を考えて
脳腫瘍による病死と発表した、とする推理の方がまだ無理がないと思うが。


636 名前:3-679 ◆2gw3ijNQ4E :03/07/19 19:06
>>635氏
>医者も殺人のグル

あり得る話だと思いますが。そもそも「脳腫瘍により死亡」とされたことに疑問を
もって書き込んだ訳ですから。

>精神病疾患で入院し、発作か何かでの自殺
まあ、私も40年前の精神病棟の様子が判らないで書いているのは確かなんですが。
過去スレにも書きましたが、私はその閉鎖病棟に入院歴があるのですよ。
精神科の病棟は、病気を治すためだけではなく、自傷他害を防ぐための管理施設
であるとこは事実なんです。

とくに昔は、患者のプライバシーなどは後回しにして、自傷他害に対する監視を
今よりも厳しくしていたと思うんですがね。従って、自殺、というのは考えられない
のですが。

637 名前:635:03/07/19 19:43
>>636
自分が思ったのは、仮に、何かの鈍器でうまいこと外傷なしに脳内出血を
引き起こしたとして、それを疾病に見せかけるのなら、やはり脳外科なりの
病院に入れるのではないか。精神病院に入れるというのはどう考えてもお
かしい。ということ。

村の噂では、母親と関係があった「色男」が、他の男と「いい仲」になった
母親に嫉妬して毒を呑ませた。というものがあるらしいが、毒を呑んでこう
いう症状が出るものなのかどうか。

それにしてもこの一家、作男まで含めると5人も不審な死に方をしている
わけで、こういう一家というのも、ちょっと他にないんじゃないかな。
全てが偶然の産物とはとても思えない。

643 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/07/20 00:05

しかしいくら何でも、原因不明で倒れた病人を精神病院に入院させたりしないでしょう?
特に隣人の陰口や噂話を極端に嫌う農村で、どうぞ噂して下さいと言っている様なものです。

それに裕福な家庭の人間なら東大病院とか脳外科専門の病院とかいくらでもお金を積んで最先端医療を受けさせますよね?
患者を助けようと思っていたらね。
それを小平の精神病院に入れるっていうのが不自然だという話なんです。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/5.html

663 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/07/08 13:17

善枝ちゃんの母チャンはあることが原因で善枝ちゃんを連れて実家に帰る
ことにしました、しかしそれは善枝ちゃんの家が母チャンの実家にお金を
返さなければならないことになります。

それで家族は母チャンを病院にいれます。良くわからない事を口しゃべる
からと放り込んだのです。ほんとうはほとぼりを冷ますつもりだったので
すが、今と違い精神病院はひどいところです。

母チャンは悲観して自殺してしまったと聞きました、しかし病院では自殺は
許されません。善枝ちゃんは中学の時に親戚に知らされました。上の姉ち
ゃんが家を出た理由もそれだと知らされました。

善枝ちゃんは相当に悩みました。母チャンが家を出る理由が自分にあったの
かも知れなかったからです。


630 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/07/19 04:26

例えば昭和30年代の精神病院といったら、不衛生で正常な人間でも狂ってしまうような
所だったのではないでしょうか?たぶん状況からいって、この母は措置入院あつかいだったと思われます。

担当医にもお金を包んでいたでしょうし、少なくとも父親はたぶん死ぬだろうと考えて入院させているように思えます。

では、なぜ入院させなければならなかったかと言うのが不明なのですが、それが秘密に関わって来るのだと思うのです。
その結果、長兄は将来の家長として秘密の共有者になり、長女は反発して縁を切ったのではないでしょうか?
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/5.html


625 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/07/18 17:18

元刑事がいうには、その秘密が知れると「今の地位を追われ悪くて土地を
後にしなきゃならな いかもしれん」ということであり、そこには犯罪の臭いま
では嗅ぐことができない。このニュアンスでは、あくまで地元に留まる事ができ
ない、なにか世間体を気にせざるを得ないスキャンダルという感じがする。

そうである以上、母親をめぐるスキャンダルとこの事件は直接関係があるわけで
はなく、むしろそのスキャンダルを最大限に利用した計画的犯行と思われる。
10年も前のスキャンダルをもとに、家族を恐怖のどん底に突き落とすような犯行
となれば、利権獲得というのが主たる動機であるとはいえ、やはり家族に対して
強烈な遺恨と怨恨を持った人物が主犯であると思えるのだが。

626 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/07/18 20:17
>>625
なるほど。しかし母親の死亡については、精神病院に入院したのに死因が
脳腫瘍だったり、入院してたった10日で死亡したりと自然死と考えるには
変な事が多すぎる気がするのです。しかも入院直前まで元気だった姿を
目撃されている訳ですし。

となると、父や長兄に死んでしまっても構わないと言う「未必の故意」があった
のは明白なのではないでしょうか?

長女がどこまで中田家の秘密を知っていたか不明ですが、この点だけを取ってみても縁を切って家出する理由になると思います。田舎の犯罪は大義名分に守られる傾向にあると考えますので父の寡黙さとあいまって、長兄と父は何らかの犯罪行為をしていたと思うのです。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/5.html

188 名前:3-679:03/02/05 00:18

母の死については、農薬ではないだろうと思っております。というのは、
農薬を致死量まで飲んだ場合、11日間も生きることができないのでは?
と考えているからです(これは奥富玄二、次姉のケースを見れば判断できる
と思います)。

精神科の閉鎖病棟で死者が出る、というのはめったにないことです(私自身、閉鎖病棟に入っていたことがあるので)。

最も真実に近いのは、「殴打などによる頭部外傷および脳内出血」で11日後にあぼーんなのではないでしょうか。

医師に対してある程度の金を積めば、「脳腫瘍により」という死亡診断書
は、簡単に入手できたのではないかと思います。

189 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/02/05 00:38
>>188
母親をこの時期に殺害するメリット何?
子供がまだ小さいのにする理由がわからん。
ただ脳腫瘍のため頭がイカレて精神病院に入ったのではないのか。
それに医者が脳腫瘍を見過ごしたっておかしくないと思われる。

191 名前:3-679:03/02/05 08:35
>>188
要はメリットを求めたのではなく、新たなスキャンダル発生、という
デメリットを阻止したのだろうと思います。
母は入院する直前まで性的に奔放であったと言われています。つまり新たな種違いの子をもうけるということを恐れて、中田家父と長兄が入院させたのではないでしょうか。
脳腫瘍を精神疾病と思い見過ごしたとしたら、かなりのヤブ医者でしょうね。というのは、

・脳腫瘍は頭部のガンであり、人格変化などの精神的症状だけでなく、
 頭痛や吐き気、めまいなどの肉体的症状が現れること。
・頭蓋骨という密閉された容器の中に、徐々にガン細胞が増殖するため、
 発病から死に至るまで数年かかること。

「家庭の医学」のような本にも書かれているような上記の症状を見過ご
したのなら、まさにヤブ医者です。

519 名前:BBB:03/03/01 16:41

善枝さんの父親が誰だったかということ。
善枝さんの母親が、被差別部落の人間と密通を重ねていたのではないだろうか?

当時は部落の人間と結婚するだけで、家族の縁を切られた時代。
富農の中田家と被差別部落という社会的立場を考えれば、殺人がおきても不思議でないような気がする。

この事件、単なる行きずりの強姦や痴情のもつれだけならば、あまりにも大袈裟すぎる。
その背後に差別問題があったような気がする。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/4.html

98 名前:ななし:02/07/29 17:23

898さん、貴重なレスご苦労さまでした。
質問ですが、鍵を握る被害者の母にまつわる秘密ですが
前スレの 652や 663 のような内容なのでしょうか?
それともまた違う内容なのでしょうか?


99 名前:898:02/07/29 17:45
>>98
内容はほぼ合っています、しかしその件は半分なんです。
思わせぶりで申し訳ありませんが確実でない為残りの半分は
伏せさせていただきます。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/2.html


168 名前:3-679:03/02/03 23:12

う〜ん……。まあ義枝さんに本当に自分の血が入っていないなら、「影の薄い人」
が殺意を抱いていたかもしれませんね。
もしそうなら、次姉が真実を知ったときの衝撃は、想像を絶するほどだった
でしょう。
しかし、単独犯ではないような……。やはり奥富玄二が従犯かな?


182 名前:1-531:03/02/04 19:03

石川さんがそういったわけでもないのに、あの人犯人説を考えだしたら、
昨夜は眠れなくなってしまいました。
合点がいくことがいろいろ出てくるのです。

まず母の死とヨシエさんの死が直結します。
3−679氏の指摘に答えますと、ヨシエさんが自分の子でないことを
いつ知ったのかが問題になります。
たとえば、それを知ったためにかねてから問題人物であった母を・・・

そしてその憎しみが、血のつながってないヨシエさんに向けられ、計画が練られる。
長兄・次女の偽証、奥富玄二・次女・次男の自殺(あるいは他殺)、
これらの点も、割とすんなり説明がつきます。

この事件が、あの人・長兄・奥富玄二による、いわばジサクジエーンだとすると・・・

母・奥富玄二・次女・・・彼らがもし検死されていたなら、
3人から同じ農薬が検出されていたかも???

517 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/08/11 10:44

墓石に秘密があるような気が。
自分もなんでいやがらせに墓石?と思っていたが

519 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/08/12 09:02

投げ込まれた墓石は、当然中田家のものです。
そこには、栄作の母親の死が関係している。
近所の人たちは知っていたのです。


522 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/08/12 12:45

俺の聞いた噂では、墓石は中田家のものじゃないよ。
「中田家の秘密」とは、その件の真相と被害者の四女の出生に関わる秘密のこと。

その秘密をネタに中田家から20万円をゆすろうとしたのが事件の発端。
家族が警察に知らせず、すぐカネを出していれば被害者は殺されなかったはず。

警察に知れた以上、生きて返すわけにはいかない。
最初の計画では被害者もグルだったというのもありえない話ではない。
自分の出生の秘密を知って、家族を困らせてやろうと思ったのかもしれない。
20万円くらいすぐに出すと思ったのが計算違いだったのかも。

家族は、1日の張り込みの前に被害者が殺されたことを知っていたようだ。
ただ、この噂が本当だとすると、佐野屋に犯人一味が現れるはずはないから、
この点が謎として残る。

523 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/08/12 13:15
>>522
その噂は、ほぼ事実に近いと思う。
被害者を殺すかどうかで犯人一味が仲間割れした可能性あり。
カネの受け渡し方法と時刻は電話で二度ほど訂正されているようだ。
脅迫状の2日夜が最終で、このときはすでに最初の計画を立てた人間は手を引いている。


167 名前:1-531:03/02/03 22:58

好色な母の不審死にあの人が関係しているとすれば、
自分の血が入っていない被害者に執拗な殺意をいだいていても不思議ではないと・・・
はい。奥富玄二と長兄がお手伝いってことに。

507 名前:505のつづき:02/08/10 16:28

母親が中田家に嫁いできたのは昭和8年の5月12日。奇しくも事件のちょうど
30年前の同じ月である。そして結婚式の翌朝、中田家の庭には墓石が投げ込まれてあった。

これは母親と以前交際していた人物がいやがらせをやったものと思われた。
そしてどういうわけか「中田家の女は育たない」という変な噂が流されていたそうだ。

そして事実、6人の子供の内、長女は家出同然で去り、次女は自殺、三女は幼くして病死し、四女は狭山事件で惨殺され、母親自身も事件の10年前に脳腫瘍で死んでいる。
噂どおりに中田家には、女が一人もいなくなったわけだ。
(ただし事件の数年後、長男が結婚して嫁を迎えているようである。)

ついでにいうと、女ではないが次男も自殺している。

ところで、母の嫁入り当日の夜か翌朝に投げ込まれていた墓石はどこのものだったのか。

このへんに「秘密の全貌」を知る鍵がありそうだ。
ここまで書けば、私が何をいわんとしているか、事件関係の本を読んだ人には理解できるだろう。

こう考えると、狭山事件の犯人が石川さんでなければならなかったこともうなずけるような気がする。
そしてあれほど「犯人は知り合いの者に決まっている」と言い続けた父親とその家族が、石川さんを犯人に仕立てることに同意したことも。

昭和8年5月12日の墓石事件と昭和38年5月23日の石川さん逮捕は、
「ある秘密」によって一本の線としてつながっているとみてよさそうだ。

497 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/08/10 13:00

898さんの伯父さんの推理だと、弱みを握られてた中田家を脅してもいうことを聞かないのでゆさぶり目的で市会議員が事件を起こしたそうだけど。これってどう考えても理屈に合わないよね。

いうことを聞かないのは秘密をばらされても構わないということだから、娘が殺されたのなら少なくとも警察には洗いざらいしゃべると思う。現に当時の週刊誌には「被害者の家族をめぐる複雑な事情ががあり、怨恨での犯行ではないかとも思われる。」との報道もあったくらい。

当時、中田家の秘密など秘密でもなんでもなく、誰もが知っている噂だったのでは?
中田家が犯人側の人物を怒らせる「何か」をしでかして、事件はその報復だった、
という筋書きのほうがまだ理解しやすい。

だとすると推測に過ぎないが、やはり被害者がからんだ三角関係のトラブルがあったのでは?

それなら被害者が殺されたのもうなずけるし、家族がそれを隠したのも理解できなくはない。

502 名前:497:02/08/10 14:40

娘が殺されても言えない秘密なら、それをネタに脅迫された時点でいうことを聞くんじゃあないの? いうことを聞かないってことは「どうぞ勝手にバラして下さい」ってことでしょ?

それくらいの秘密なら警察にだけは話すんじゃない?
現実に898さんの伯父さんも、中田家の周辺を調べてすぐに分かったくらいの秘密なんだから。

504 名前:500:02/08/10 14:58
>>502
898の伯父サンは秘密の全部はわからなかったと書いているよ。

「中田の家の秘密にしたいことなんだけど俺達が調べたことが全貌だったのか一部
だったのか実は整理がついていない━

505 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/08/10 15:51
>>504
ということは898さんがいう「よくいわれている噂は事実の半分」どころか、
10分の1である可能性もあるということかな。

となると、市会議員Uの脅迫では、Uは秘密の一部しか掴んでいなかったので
中田家側はつっぱねた。ところが四女が殺されてしまったので、仕方なく手打ちをした。
警察に話すとなると、秘密の全貌を明かさねばならなくなるからそれは出来なかった。
というところかな。これなら一応筋が通るね。

では秘密の全貌とは何か?ということになる。
娘が殺されても言えないとなれば、これはもう犯罪がらみかそうでなければ、
当時の(今も?)社会的タブーに触れた事としか解釈しようがない。
そこで、今の段階で明かされている事実から推理してみる。

母親が中田家に嫁いできたのは昭和8年の5月12日。奇しくも事件のちょうど
30年前の同じ月である。そして結婚式の翌朝、中田家の庭には墓石が投げ込まれてあった。
これは母親と以前交際していた人物がいやがらせをやったものと思われた。
そしてどういうわけか「中田家の女は育たない」という変な噂が流されていたそうだ。

そして事実、6人の子供の内、長女は家出同然で去り、次女は自殺、三女は幼くして病死し、四女は狭山事件で惨殺され、母親自身も事件の10年前に脳腫瘍で死んでいる。
噂どおりに中田家には、女が一人もいなくなったわけだ。
(ただし事件の数年後、長男が結婚して嫁を迎えているようである。)
ついでにいうと、女ではないが次男も自殺している。

ところで、母の嫁入り当日の夜か翌朝に投げ込まれていた墓石はどこのものだったのか。

このへんに「秘密の全貌」を知る鍵がありそうだ。
ここまで書けば、私が何をいわんとしているか、事件関係の本を読んだ人には理解できるだろう。

こう考えると、狭山事件の犯人が石川さんでなければならなかったこともうなずけるような気がする。 そしてあれほど「犯人は知り合いの者に決まっている」と言い続けた父親とその家族が、石川さんを犯人に仕立てることに同意したことも。

昭和8年5月12日の墓石事件と昭和38年5月23日の石川さん逮捕は、
「ある秘密」によって一本の線としてつながっているとみてよさそうだ。

509 名前:教えて君:02/08/10 16:58
>>497
>やはり被害者がからんだ三角関係のトラブルがあったのでは?

これについて教えて君です、はい。


510 名前:497:02/08/10 17:27
>>509
別にそのトラブルの事実を知っているわけではないし、憶測で被害者のプライバシー
についてうんぬんしてもいけないとは思うけど、すでにいくつかの本に書かれている
ことなので少しだけ触れると、被害者は大変人気者で社交的な性格の女性で、
ボーイフレンドも当時たくさんいたそうだ。

だから事件後、犯人はそのボーイフレンドの中にいるのではないかと、噂されていた。
ただ、仲のいいボーイフレンドなら殺したりするはずがないので、被害者は社会人と
不倫してしまい、ヤバイことになっていたのではないか、という噂が別にあった。

前スレの488さんの主犯Xというのはその噂がもとになっていると思う。
ただちょっと違うのは、
不倫の清算ではなく、三角関係がヤバイ筋にばれて中田家は脅迫を受けていた。
それを突っぱねたのでその筋から報復を受けた。という内容だった。


511 名前:教えて君:02/08/10 18:03
>ヤバイ筋にばれて

これはO2ですか?


512 名前:497:02/08/10 18:49
>>511
はっきり言うと、そう。

この噂はずいぶん前に聞いたことがあるんだけど、このスレを読んで思い出した。
被害者の実家がゆすられていたというネタは、母親の件なんかじゃなく、実はこれなんじゃないかと思ったりする。

ついでにいうと、被害者は言葉巧みに誘拐されたあとすぐに実家は脅迫を受けたけど、
警告を無視して警察に知らせたので、報復で殺されたんだということだ。

素直に言うことを聞けば金で解決して、被害者は無事だったはずということらしい。
だから家族は、脅迫時刻について本当のことが言えないんだと思う。
これを言うとヤバイかもしれないが、脅迫状は、それをごまかすために身内の誰かが
書いて届けたのでは?という噂も耳にした。自転車の件も。
佐野屋の一件はどういうことなのかはちょっと分からないが。


515 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/08/11 09:57

大昔に週間文集に書かれてた奴は、確か被害者とX氏ともうひとり(身内)
の三角関係の末、X氏が行き詰まってO2関係に委託したんじゃなかったけ。
488氏はO2のとこを他の本の元軍人を当てはめていましたが。


517 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/08/11 10:44

>>507の推理のように三角関係より墓石に秘密があるような気が。
自分もなんでいやがらせに墓石?と思っていたがこの推理だと納得できる。

519 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/08/12 09:02

投げ込まれた墓石は、当然中田家のものです。
そこには、栄作の母親の死が関係している。
近所の人たちは知っていたのです。

522 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/08/12 12:45

俺の聞いた噂では、墓石は中田家のものじゃないよ。

「中田家の秘密」とは、その件の真相と被害者の四女の出生に関わる秘密のこと。
その秘密をネタに中田家から20万円をゆすろうとしたのが事件の発端。

家族が警察に知らせず、すぐカネを出していれば被害者は殺されなかったはず。
警察に知れた以上、生きて返すわけにはいかない。

最初の計画では被害者もグルだったというのもありえない話ではない。
自分の出生の秘密を知って、家族を困らせてやろうと思ったのかもしれない。
20万円くらいすぐに出すと思ったのが計算違いだったのかも。
家族は、1日の張り込みの前に被害者が殺されたことを知っていたようだ。
ただ、この噂が本当だとすると、佐野屋に犯人一味が現れるはずはないから、
この点が謎として残る。

523 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/08/12 13:15
>>522
その噂は、ほぼ事実に近いと思う。
被害者を殺すかどうかで犯人一味が仲間割れした可能性あり。
カネの受け渡し方法と時刻は電話で二度ほど訂正されているようだ。
脅迫状の2日夜が最終で、このときはすでに最初の計画を立てた人間は手を引いている。



531 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/08/12 19:35

522です。
俺の聞いた噂はもうすでにいくつかの雑誌や本、ローカル誌などに出ているよ。
墓石の件も。別に新しい情報じゃないって。

ただ、脅迫については何度か行われて、そのたびに時間と場所が変わっている
という話だ。だから脅迫状の「五月2日夜12時」というのも、「サツに通報したので殺す」という通告のあとだったので、その真意が分からず家族も警察もてんやわんやだったらしい。

そんな中、2日の張込みで来るはずのない犯人が現れたので、驚いたというのが真相
らしい。PTA会長はそれを知らないので、当然犯人が来ると思ってた犯人が来たのに、いつまでも飛び出してこない警察にイライラしていたそうだ。

ところが、佐野屋に近くにいた刑事はエライさんだったが、なぜかビビって足がすくんでいたそうだ。足が速くて若い刑事はみんな道路側にいて犯人に気付いていない。
これは犯人の一味が、車2台でやって来るというガセ情報を警察が真に受けたためらしい。

姉の登美恵さんは、警察に知らせたことの報復のため犯人が自分を殺しに来たと思い、
震えていたそうだ。

532 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/08/12 21:50

しかし、いくら信用できると言ったって、誘拐事件を民間人に漏らして協力を
要請したというのは、今ならちょっと考えられないね。
事実、PTA会長は高校に行って話してしまい、2日の午前中には先生はみんな
誘拐の事実を知っていたらしい。それと近所の金持ちのMT氏の自宅が警察の
前線基地になったことで、その近所のからも事件は漏れている。
犯人はその線から張込みの配置をつかんでいたようだ。
吉展ちゃん事件でも、信じられないミスで犯人を取り逃がしているし、
狭山事件でも、まだ善枝さんの遺体が発見されていない段階で、朝日新聞が
「姉が持っていったのはニセ札」というすっぱ抜き記事を載せている。
営利誘拐事件に対するノウハウが全くなかった時代というのがよく分かる。

535 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/08/13 12:33

残念ながらここのところのレスにある四女(被害者)の出生に関することというのは秘密でもなんでも無いと思う。 事件後の推理本や週刊誌にあることないこと書かれた元ネタでもあるからね。

それよりも母親の件とその背景、母親の件が秘密の一部と言い切る898さんにすこしでもヒントを貰えるとありがたいのだが。

668 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/08/30 19:28

狭山事件関係の本を読むと、その多くが中田家の長兄を真犯人扱いしていて驚いた。
事実そうだとすれば、これはえらいことだ。遺産相続で邪魔になる片親違いの妹を
消すために、誘拐事件に見せかけて殺し、完全犯罪をもくろんだとすると、
日本犯罪史上、他に例がない大事件ではないか!

長兄が自分を真犯人扱いした本の著者を訴えないのもおかしいと思っていたし、
二審でのとぼけぶりにも大いに疑惑を感じていた。

でも、このスレを見て、事件以前に中田家が脅迫されていたとすると、全てが理解できるような気がする。自分が疑われることで、結局真犯人をかばうことになるわけだし、
もともと犯人ではないのだから何を言われても平気だったのだろう。

警察は早くに石川氏を捕まえて起訴し、これをくつがえすことなどないことは、
誰よりもよく分かっている。
長男にとって最大の恐怖は、真相が判明して彼らから報復を受けることだったに違いない。

737 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/09/11 20:37

長男は真犯人ではないが、真犯人(黒幕)が誰か判っていた上で、彼らとの「取引き」に
応じたのなら、事後従犯とでもいうべきか。
その心情があの新聞手記にはよく表れているような気がする。
こう考えると二審で長男が突然健忘症になったのもうなずける。


792 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/09/19 19:35

中田家の長兄は、同家に恨みを持つ「農村という古いものにひそむ何者か」が
石田養豚場で働く不良たちを使ってやらせた犯行と思っていたようだ。

現に雑誌記者たちに「石川の他に複数犯があるはずで、警察もその証拠をつかんでいる
はずなので、もうすぐそれが明らかになるだろう。」と話している。
実際、怨恨の線を追っていた捜査班もあったのである。

ところが警察は単純に養豚場の不良グループの金欲しさからの凶行との見方から脱却できず、結局石川氏以外の養豚場グループにアリバイがあったため石川氏単独犯行というストーリーに仕立ててしまった。 これには長兄も腹を立てたことだろう。 この事件が無学な青年一人のみで起こせるものではないことは、誰よりも長兄がよく知っている。

彼は、今でもこの事件は中田家のタブー破りに怒った者たちが、石川氏その他の不良に
やらせた事件だと思っているのではないか(むろん石川氏は事件と何の関係もない)。

善枝さんの誘拐殺人はともかく、佐野屋に警察の裏をかいてあらわれ、まんまと逃げおおせるなど、地元の地理に明るくそうとう肝が据わった人物でなければ出来るものではない。 おそらく佐野屋に来た人物(多分2名か3名)の見当は長兄にもついているに違いない。

その中に一人は、中田家の遠縁にもあたり、誘拐の事実をも同家から知らされ相談された人物のはずである。真犯人と「密通」できた人間が中田家の近くにいたのは確実である。

長兄がその後、事件の真相と真犯人を知ったことは間違いなく、その事実は家族にも
伝わっている。 むろん、次姉の婚約者(長兄の親友)も知っているのは間違いない。

すでに中田家の実質的「家長」であった長兄は、真犯人側となんらかの「取引き」をした。このことが次姉と末弟の自殺につながっているわけである。
ニ審で長兄と次姉の婚約者が「記憶喪失症」になったのは、こういう事情があったからだ。

本当のことを言えば全てが明らかになり、中田家が窮地に立たされる。
世間からも村の仲間からも。しかし偽証は怖くて出来ない。
裁判での二人は「記憶にない」と逃げるか、沈黙して石になってしまうしかなかったのである
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/2.html


________________________________________________


義枝さんの出生の秘密(?)


326 名前:劇団おまわり:05/02/10 21:58:01 ID:TdWOeT0N0

墓石・卒塔婆投込み事件

母の謎の死は、ひとつには家系の問題(この結婚に先祖が泣いてるぞというメッセー
ジ)、もうひとつには某氏ご指摘にようにパラシュート成金との不倫の二つが絡んで
いるのでしょう。

封建制の色濃く残るH兼で、母は中田家では寂しい存在だったのではないか、だから成金と関係をもつようになったと想像しています。

それは中田家の公然のタブーですが、一番の当事者善枝は知らされていなかったのでは。そして事件勃発。 姉の死は善枝に対する贖罪の意味もあったのでは。だから家族の一抹の良心が姉の遺体をきれいにしたのではないだろうか。

H兼および中田家の口の堅さはいったいどこからくるのか。H兼の語源となった「水を掘
りかねる」という劣悪な自然環境を住民一体となって乗り越えた結束力は、逆に排他
的営力となって「狭山事件」に作用しているのだろうか。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/10.html



「講」と言う物(形はありませんが)を理解することが狭山事件を理解するのに必要である
というのはNSさんの持論であるようです。 NSさんらの調査では堀兼、上赤坂地域で小規模ながら「講」が機能していたのは終戦直後辺りまでと推測しています。「講」が機能していた、していないを判断するのは「講」内の結束を確認する「覚書・おぼえがき」がいつ頃まで交わされていたかで判断するのが一般とされているようです。

そこで過去に「講員」(講を構成する人々)であった人々にその点を調査してみると
一様に「講」については口を閉ざすのが常であったようです。
なぜなら「講」内には厳しい規律がありそれに反する者は覚書の元に厳しい処罰を
受けなければならないからです。

覚書が最後に交わされたのが推測されるところ昭和24,5年頃、狭山事件が起こったの
が昭和38年、「講」のシステムが終了しておよそ13,4年の年月が経っていても元講
員らに影響を与えている昔の規律と言う物が事件の背景として理解せねばならない
事象ということであると言えると思います。

「講」のシステムや当時の「講員」の方々の心情を理解できないと善枝さんの本当の
父親のことやその家族の心情。はたまた中田父の犯人は知り合いに決まっておると
の発言、PTA会長が何故推されたか、などなど他にもありますがそういったことが
結局理解できないと思うのですよ。

「講」の中での処罰のみ見ると非常に厳しい世界であるなと思いがちではありますが「講」の基本は助け合いであるので最低の線さえ守っていれば講員として生きているのは講のシステムが無かった場合を考えると合理的で便利な面が多かったと考えられています。

便利な面とは呼べないかもしれませんが婚姻の面は家と家のバランス、双方が親戚
となった場合の他家との兼ね合い、または両親が無くなったあとなどにどう言った
財産関係が出来上がるかなども、まったくおせっかいとは思いますが考えられた上
でなるべく血の薄い相手を「講」の中で選んで縁談させるのです。

なぜそうまで考えるかというと講というシステムの中では特出した金持ち、土地持
ちなどは必要とされず、全ては平等の元にという小さい規模の共産主義のような
意識が基本であるからと考えられます。なので
婚姻により財産が大きく増えたり土地、田畑が大きくなるのはタブーであったと思われています。

ただし、中田栄作さんの場合は「講」の外である川越の裕福な農家から嫁を入れる
ことになりました。

これは当時の中田家の経済事情であったとか入間川のある資産家から縁談を持ち込まれ断るに断れなかったなど諸説ありますが、結果としたら講に対する奉納品を倍増するなどしてこの縁談を押し通したこととなり、他のこれまで規律を守ってきた講員らには面白くないことと思えたでしょう。

中田の家が「講」の外から嫁を迎えたことは周囲の反感は買ったかもしれないがこれと
いって処罰が無かったことを考えると明治の頃と比べると随分と「講」のシステムも
薄れ掛けて来ていたのかもしれない。

しかし時代が戦時下ともなるとこのシステムは他の地域の隣組制度以上に効果的に
機能した。この地区からは約10名の男手が出征していたが大きな働き手を欠いて
しまっている家族には何の苦労もいらないように組織として援助がなされていたの
である。

やがて終戦となりこの地区の出征者4名が復員してきた。6名は戦死あるいは行方
不明者として帰らなかった。その中でも
海軍に召集された森(仮名)は昭和12年と17年に2回召集され2度目の召集は激戦地の南方に送られたのだが無事戻ってきた軍神なのであった。

しかし森は昭和20年10月頃に復員しても老いた両親と妻、子供を残し横浜に半年
ほど居住していたようである。何をしていたかというと海軍の宿舎の備品(ベッド
や調理道具、末は航空機のタイヤまで)を闇に売りさばいて大金を得ていたよう
なのである。昭和21年の春頃売りさばく物が無くなったのか、森は地元上赤坂に
戻り奇妙な行動を取り始める。進駐軍が放出したパラシュートをトラック一杯に
持ちかえりその生地で作業用のズボンや上着を作り出したのである。

そのパラシュート生地の作業衣料は物の無い時期の池袋や新宿の闇で飛ぶように
売れたようだ。それに気を良くした森は近隣の裁縫の得意な主婦や女子5、6人
に声をかけ割増な賃金で雇い入れた。
その中に中田栄作氏の妻も刺繍や裁縫の腕を見こまれ手伝いに借り出されたと言われている。

生地がパラシュートであったのは初期であっただけと思われるが、しばらくは
衣料の闇での販売は好調であったようで知人に森はこれからは生産業で金儲けを
すると手紙を書いている。その証拠に森は所有する田畑を近隣の農家に地代を
取りながら貸してしまい、老いた両親も衣料の製作を手伝わされていたようだ
からなのだ。

しかし森にとって良い時期はそれほど長くはつづかなかった。
昭和23年の春頃、森は家族ごと行方をくらましてしまうのである。

以前「講」における処罰に「はなれもん・追放」という組織、集落からの追放という
処罰があるとご説明しましたが森の家族にその処罰が下ったのであるのでしょう
か?

時代は昭和の時代であるので住民記録もあるので消えていなくなるという事
はまず考えられない。そうして調査をすると森の家族は川越の的場集落に転居と
なっていた、しかし該当の住所地は単なる荒れ放題の河川敷であり人の住めるよう
な居住地では無かったのである。しかも転居している家族構成が森の両親、妻、
長男、長女、次男の6人であり森自身が含まれていなかったのが確認されている。
森自身は家族が転居する直前に行方不明となっていたからである。

前回までの書きこみが元講員のひとや関係者から聞きこんだ事実と思われる事々の
マトメです。これ以降それらの方々の証言から推理を働かせてこうだったのでは?
と推理編とするつもりでしたがとりあえず概略のみ書いておきます。

1) 森は失踪時、すでに殺されてどこかに埋められていると噂がたった。
2) 森がいなくなったことにより利益を得た5人の内のひとりは栄作氏である。
3) 森の家族が追放された後、家族を監視していた人物は佐野屋に出向いた人物
  である。
4) 元講員らは森の処分を覚書によって必ず同意しているはず、よってそれに関する
事にはいっさい口を開かない。

私の説明不足で「講」の掟を破ったので事件が起きたと解釈させてしまっているよう
で申し訳ありません。 講がもっともシステムとして機能していたのは明治の中頃までで昭和の初期には上赤坂地区でも風習としては残ってはいるが厳しい制裁などは行われていなかったのでは、というのが地元の風習を研究している方々の意見なのです。

それが戦後に森という人物と家族に厳しい制裁が下ったというのは「講」の規律を
悪用し森の財産を不当に取得した者達がいて講のシステムから言うと全ての講員の
同意のもとに制裁が加えられたということになるという事なのです。

それで森とその家族にもっとも恨まれるのは妻と森の不通を講の総代に訴えでた
栄作氏であったと考えられるのです。

上赤坂地区で区長と総代が統一され事実上、講の組織自体崩壊を向かえたのは昭和
29年頃であったのですが、講の規律の中で暮らしてきた人々にとってはその意識と
言う物はすぐに消え去る物では無いということが一番念頭に置きたいことなのです。

狭山事件の実行犯と推測されるのは森の次男、しかし森の次男は森の次女とともに昭和26,7年に結核で死んだと後に母親は語っているのですが、次女の死亡は医者(役場)による死亡確認ができているのにかかわらず次男はされていない。

森の家族は講を追放されてからは川越周辺の遠縁を転々と渡り歩いていたそうなのですがそのころの縁者によると次男は昭和24,5年くらい(本人は12歳の頃)に里子(里子と
言うと聞こえはいいですが事実上人身売買に近い物あり)のではという証言がある。
その先が特定地域の極貧重労働集落であったということなのです。

栄作氏は事件の時に警察に恨まれる憶えは?

と聞かれ真っ先に頭に浮かんだのは川越に今も住むあの一家のことではないでしょうか。しかしその理由は決して口外はできないものでしょう。

森の次男と推測される人物は田中幸男(仮名 = O2?)と言う名で特定地域出身という理由で事件時に逮捕拘留されている。逮捕時年齢が推定24歳(森の次男としたら26歳)
なぜ推定かというと自称戦争孤児で義父の田中卯一郎に引き取られた時の推定年齢
が元になっているからであったらしい。他の同様の逮捕理由の不良少年らと田中の
違う点は狭山市街の西洋酒場Kで男娼として生活していた点であった。

Kで雇われている訳では無く夜にKに行き日に50円を払い客を自分で取っていたので
あったらしい。そして田中は事件において奥富玄二氏と石田登利造氏を結びつける唯一の人物で有った事も因果が深まる点であったと思う。

田中は自分では東京の生まれだと言ってはいるが東京のことは記憶に無い、忘れた
との一点張りであった、確かに卯一郎は終戦直後身寄りを無くした孤児らを拾って
きて養子にしては鉄くず拾いの仕事をさせていた。手製のリヤカーを2人一組で
引かせて2日に一度入間川の鉄くず業者に持ち込み日に100円から200円ほどの金を
稼がせていたらしい。何も収穫も無く帰って来ることを卯一郎は許さず自然と田中
を含めた孤児らは窃盗に手を染めるようになっていった。

農家の納屋のトタンを剥がしたり外に出してある農機具を盗むようになったのだっ
た。うまく行けば良いのだが捕まれば凄惨なリンチにあった。時には二度と盗みを
働けぬように両手を金槌で潰されたこともあった。中でも田中は年を追って顔立ち
がハッキリしてくるとボロをまとった赤黒い風体でも男として屈辱的な行為をさせ
られる事も時にはあったらしい。

そのような経過が後年男娼として生きることになったとしたら悲惨なことであった
ことである。昭和30年頃、卯一郎が死ぬと血のつながらぬ家族は瞬く間にバラバラ
になった。その後に田中の消息の証言が得られたのは33年頃、石田登利造氏の仕事を手伝い、一緒に生活していたころになるのであった。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/2.html


田中の過去を大方教えてもらったのが田中の義兄の人物で、その人も同時期に石田登利造氏の仕事を手伝っていたそうです。

それで義兄いわく田中が石田登利造氏の元にいたのは現状から脱する為(金)なのでその他にも基地の雑用もこなしながら獣の皮を伸ばすような仕事も文句も言わず行っていたそうです。そうして田中は34年の頃には大宮や川口、はたまた池袋や大久保などの深夜
クラブでしばしば見うけられるようになった。特に大宮の深夜クラブSではいわゆる
「顔」でSで田中を知らない者は潜りとか言われるようになった。

昭和36年Sの店長大田(仮名)が独立して同様の店を出すようになった、その場所が
偶然にも入間川駅からすぐの場所で田中の実家より歩いても10分というような
所であった。田中は当時大田と関係が有ると言われ田中自身も入間川の店が開店す
ると自然と顔を出すようになった、これが前述の西洋酒場Kである。

西洋酒場というとピンと来ませんが基地の関係者や都会に働きに言っている若い層
を客層としたバーのような店であった。
そのKに開店時より通っていたのが奥富玄二氏であり、田中とはかなり懇意にしていたと言われている(奥富玄二氏にその方面の趣味が有ったかどうかはわかりません)
大田はかなりのやり手で所沢にも同様の店を出す、と計画していた矢先起こったの
が狭山事件であった。

事件で田中は別件で逮捕され10日以上取調べを受けアリバイの有効性が決め手となって釈放された。田中はKで新聞、週刊誌記者らに警察の不当逮捕について記者会見らしきことも行っている(週間文春などに他の逮捕者の記事などと共に一部掲載)

田中は大田より本来は所沢に出店する店舗を任されるはずであったが事件後双方は
関係を解消し田中は大宮に越して牛田(仮名)という男と共同で深夜酒場を始めた
大宮の店は2年ほどで潰れ、つづいて浦和にそれより小規模の店を自分一人でを開店させる。

田中はその後昭和42年10月に右翼の青年に深夜腹を刺される(青年は逮捕、事件
は痴情のもつれとされるがNSさんらは青年は大宮の暴力団員で事件の日が田中
と初見と推理)田中は一命を取りとめるが実生活に支障をきたし東京の多摩市の
生活保護養護センターへ身を寄せ生活を送るが昭和45年4月肺炎で死亡。享年推
定31歳。

田中が森の次男であったしたら33歳という若さであった。


679 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/12/20 21:23

<母ミツの死について>

このスレ>>373で、野間宏著「狭山裁判(岩波新書)」上巻 p.119
に記載されているとして、
>善枝さんが中学三年時の担任、相沢先生が教師として善枝さんの
>家を家庭訪問したときのことを話し、変った家庭であることをつげ、

とあり、またこのスレ>>397では、荻原祐介氏が当時の埼玉県警本部長
警視監・上田明氏を被告とする緊急証人喚問請求で

>母ミツは昭和28・12・30午前十時三十分に東京都北多摩郡小平町
>小川六六二〇 国立療養所精神科病院に於て「脳腫瘍」という
>一万人に一人位しかいないという珍しい病気にて昭和28・12・19
>に入院して昭和28・12・30午前十時三十分に死亡している
>死因について村人たちは○人いたという○○の中の誰かが
>やきもちをやいて毒を呑ました、中田家で死んだのでは世間体が
>まずいので、遠い所の病院へ運んで死なせたのだ

とのレスがある。

さらに前スレでは、

>中田家の秘密とは、色情狂の母親が、遠くの精神病院にブチ込まれて、
>不審な死に方をした事に、父親と長兄がただならぬ係わりをもって
>いたということですね。

とのレスもある。

これらを重ね合わせて考えると、母ミツの男癖の悪さに辟易した父と
長兄(当時16歳)が、毒を飲ませて(?)死に至らしめた…と推測
できますよね(「村人」が毒を飲ませるより、家族がそれを行ったほうが
チャンスも多いので)。

 これに入曽歴3年さんの過去レスを絡めると、「講」のメンバーだった
復員兵の森が上赤坂に戻ってきたのが昭和21年春。パラシュート生地
の作業衣料を作っていたが、「講」の「はなれもん」とされ、追放された
のが昭和23年の春頃。

被害者の義枝さんが生まれたのは昭和22年5月1日。
つまり時系列として、森とミツが密通して生まれたのが義枝さんである
ということに矛盾はない。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/3.html

681 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/12/20 21:26

義枝さんは裕福な中田家の四女として育てられたわけだが、それと
対照的に森の次男は(もし本当に存在するのであれば)12歳の頃に
里子に出され、不遇な人生を送っている。

この次男=田中幸男(仮名) は、20代になって狭山市街の西洋酒場
Kで男娼として生活していたとのことだが、石田登利造のもとで働き、奥富玄二が
なじみの客だったことを考えると、自分の腹違いの妹が、裕福な暮らしを
していると知ったことは想像に難くない。さらに元中田家の作男であった
奥富玄二から、義枝さんの母ミツが、中田栄作とその長兄によって謀殺
されたとの噂を聞いたとしたら…。

これはゆすりのネタとしてはまさに格好の情報である。

つまりこの事件全体において、父栄作および長兄が、義枝さんの誘拐
殺人に関して、なんとも不可解な行動や発言をしていたのは、「母ミツ
を死に至らしめた」という秘密を隠すためではなかっただろうか。

次女・登美恵さん、次男・喜代治さんが自殺したのは、この真実を知った
からではないだろうか。

奥富玄二および石田登利造の変死についても、入曽歴3年さんの説によれば、田中
幸男は昭和42年10月に右翼の青年に深夜腹を刺され、その後死んだ、
とあるので、2人を口封じのために殺すのは可能であったことになる。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/3.html


539 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/11/25 09:27

「当初逮捕された3人」というのがI養豚所関係者のことだとすれば、
それはI三兄弟のことであって、森の息子ではないと思う。
狭山事件関係では、I養豚所に出入りしていた者を初めとして、
石川氏の友人関係や、素行不良の者など、別件でかなり逮捕されているから
その中に含まれると思う。

558 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/11/27 14:23

父親は、主犯として森の息子を念頭においてしゃべっていると思う。
長男の方は、自分が共犯なので森の息子にはふれることが出来ない。
そこで殺害実行犯として養豚所関係者を挙げたのだと思う。
主犯については、例の新聞手記でそれとなくふれているようにも感じる。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/3.html

_______________________________________________


5. 被害者は…


477 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/02/26 14:16

事件の日の朝に善枝さんが書いた日記は、最後の行に一言だけ。

「五月一日、私の誕生日(十六歳)。うれしい。」

この短い一行の中に、誕生日当日に彼女はなにか特別楽しいことに胸を膨らませていたことがよく分かる。 同級生には「今日は私の誕生日で、家でごちそうを作って待っているから早く帰る。」
と言っていたそうだ。

中田家では兄弟が多かったこともあって、誕生日を祝うという習慣はなかったという。
この日は姉が妹のために赤飯を炊いているが、それは朝食でのこと。
善枝さんが楽しみにするごちそうなどを作る予定は、「ぜんぜんなかったです。」(姉による法廷証言)とのことだ。
まさか夕食の天ぷらうどんを楽しみにしていたわけでもあるまい。
友人との約束であれば、日記にそのことは書いているはず。

したがってこの日の「誕生パーティー」は、善枝さん自身も誰にも言えない
相手との「秘密の約束」であったことは、想像に難くない。

昭和38年5月1日のこの日、この時刻、善枝さんが目撃された場所近くを通って、
会社を早退して新居に向っていた奥富玄二は、事件関係者の中で善枝さんと出遭う
可能性が最も高かった人物といっていいだろう。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/4.html

被害者の日記から読み取れる情報をまとめると以下の通りです。

• 被害者は、ゴールデンウイークにお金を使う予定があった。それはおそらく、5月1日の待ち合わせに関係するものであった
• その内容は、家族とは関係がないものだった
• その内容は、被害者にとって「うれしい」ものだった
• 5月1日の待ち合わせの相手は、被害者にとって対等に費用負担をしたいと思わせる相手だったhttp://flowmanagement.jp/sayama/article.php/20090822174957982

狭山事件: Mくん☆LOVE

個人的に伊吹本で最も衝撃的だったのが、被害者の日記のMくん(PTA会長の息子)への恋心を綴った部分です。

あのすばらしい……Mさんといっしょに……三日間……楽しかった
笑った顔がなんともいえない
Mさんが道でローラースケートを楽しんでいた。行きも帰りも会い、少し恥ずかしかった。早く私もうまくすべりたい。早く早く。

Mさんはこないかしら。


これだけの想いを毎日のように日記に綴っていることから考えると、学校でもラブラブ光線を発していたであろうことが容易に想像でき、そうなるとその恋心を犯人に利用されたのではないかと妄想してしまいます。被害者本人はおそらく隠していたでしょうが、周囲から見ればバレバレというありがちな状況だったのではないでしょうか。
そして、Mくんが生徒会長で野球部、被害者が副会長でソフトボール部という目立つ立場だったこともあり、堀兼中学ではそれなりにウワサになっていたのではないかと思います。

この点、なぜか従来の狭山事件本ではあまり取り上げられて来ませんでしたが、そういう被害者の恋心を犯人(あるいは犯人グループ)が利用した可能性はかなり高いのではないかと個人的には考えています。「誕生日を祝うパーティーをみんなでやろうよ。Mも来るからさ」という形で誘えば被害者は喜んでついていったでしょうし、「私の誕生日、うれしい」と書いていたり当日を楽しみにしていた理由も説明がつきます。さらに、そういうパーティーに誘われていたから、お金を用意しておきたいということで次兄に事件前日にお金を無心したことにもつながります。

ただし、Mくん自身が犯行に関わっていた可能性はまずないと思います。その理由は、被害者が失踪して遺体が発見される前の5月3日にMくんが被害者宅にいる写真が残っているからです。このような形で自分から堂々とマスコミの前に姿を現しながら事件に関係することは、Mくんの当時の年齢(16歳)を考慮するとまずありえないと思います。
http://flowmanagement.jp/wordpress/archives/759#more-759


422 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/11/17 18:45

善枝さんのボーイフレンドは全員警察が調べており、すべてアリバイが確認
されているそうだ。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/3.html


529 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 mailto:sage [2007/08/31(金) 20:31:18 ID:???]

中学時代も含めて同窓生は全員捜査対象になっている。
アリバイその他で重要容疑者はでてきていない。
したがって、事件当日待合わせ(?)して誕生パーティをするはずだった相手は高校生ではないと思われる。
http://yomi.mobi/read.cgi/bubble6/bubble6_archives_1140268024

539 名前:のゆ 投稿日: 2007/12/26(水) 19:07:42

亀井トム氏が昔に書いた本の中に、被害者を解剖した際、膣内に残存していた
精液の量は3人分くらいあったという話しが、非公式に捜査官から漏れていた
とのことです。確認できた血液型はBだけだったらしいです。

620 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/03/10 12:58
解剖直後の発表では「精液多量、血液型はBとO」だったんよ。

http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2776/1061689365/l50


165 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/08/01 19:33

だいたい、事件発生当初は複数犯というのが大方の見方で、被害者の膣内に残された
精液の量も多く、犯人の血液型はB型とO型と書いた新聞もあるほど。

これは解剖が被害者の自宅の庭で行われたため、医師の話が漏れたためらしい。
佐野屋付近に残された足跡も二人だったらしい。

590 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/03/07 22:01

死体における上田鑑定と五十嵐鑑定があるが、
大方の見識は強姦ではないという立場じゃないの。


706 名前:盛況 ◆cQ5CwQT2.c :03/09/27 21:13

被害者の処女膜には3箇所の「陳旧性」=旧いもの と見られる傷があったか
ら、「非処女」と言えるが、これらの傷が性交によって出来たものとは限らな
い。被害者の生前の生活状況などから、運動によって処女膜が破損する事はあ
り得る。

712 名前:盛況 ◆cQ5CwQT2.c :03/09/27 21:54

処女膜の損傷部に「出血等の異常を認めしめず」との所見からすると、常識的に考えてこの損傷は旧いもので、上に書いたように性交によるものかどうかは法医学上は五分五分だが、「処女膜の破損」は確かだト言う事。


912 名前:盛況 ◆cQ5CwQT2.c :04/03/24 21:39

処女膜の損傷の件につき解答を得たのでそれをもとに投稿します。

初めに一般論として、

処女膜は性交の際に充血、腫脹し、亀裂が入る。しかし性交のほか激しい運動、
乗馬、自転車乗りなどでもしばしば破れることがあり、このような場合には後方
または側方が破れることが多い。
性交による亀裂の方向は7、8時或いは4、5時の方向に生じる事が多く、6時
及び12時は稀である。
性交以外の運動による亀裂は6時、3時、9時方向が多いと言う事になる。
但し処女膜の形態とその損傷の出来方は個人差が甚だしく、上記のような亀裂が
あったからと言って、即性交によるものか、スポーツによるものかは断定出来な
い。

本件被害者の処女膜の損傷を記した箇所を下記に引用する。

『処女膜は輪状にして、時計文字盤位の2時、7時、及び10時の処に遊離縁よ
 り附着基部に達する亀裂夫々1個存在するも、出血等の異常を認めしめず。』

これは陳旧性(旧い)傷の所見。

『処女膜の最後部即ち6時位の処には小指爪面大の挫傷1個存在し、皮下に出血
 を認めしむ。』

これは性交時、叉は死後に何らかの理由で出来た傷。

冒頭の一般論からすれば、陳旧性亀裂については、性交によるものとも、運動に
よるものとも断定出来ない。皮下出血がある新しい亀裂については、それが6時
方向(後方)にある事からすれば性交によって出来た傷ではなく死後何らかの理
由でついたものである可能性が高いが、もしこの傷が性交時についたものであっ
たならば(一般論的には性交で6時方向の亀裂が生じる事は稀ではあるが)被害
者は性交経験が無かったと言う事になる。その場合は陳旧性亀裂の方は、性交以
外の運動(スポーツ等)でついたものと言う事になる。

結論として、これらの新旧両亀裂は、共に性交、スポーツ、そして不測の理由と
の、原因が可能性として考えられる(旧亀裂は性交かスポーツ、新亀裂は性交か
他の不測の理由)。従って処女膜の所見だけでは、被害者の生前の性交経験の有
無は断定出来ない。運動好きであったとの被害者の生前の生活容態を考えれば、
尚更である。

915 名前:盛況 ◆cQ5CwQT2.c :04/03/25 00:32

小生の投稿を少し修正します。

新亀裂について、「死後何らかの理由でついた可能性」を記したが、死後につい
た傷には「生活反応」が無いので、一般的には、この亀裂が皮下出血を伴ってい
る事を考えると、この亀裂は死後に出来たものではなく、生前に出来たものと言
う事が出来る。 生活反応が無いと言う事は、死後は血液循環が停止する為、皮下出血が生じないと言う事である。

とすれば、この亀裂(6時方向についた傷)は性交時に生じた可能性が最も高い。
傷が性交時に生じたとすれば、被害者が性交未経験であった可能性も生じる、と
言う事になる(断定は出来ない)。

但し、皮下出血は心停止後もしばらくは生じうる場合もある。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/7.html


700 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/09/27 17:16

弁護側の鑑定によると被害者の下着には精液のシミがついていたらしい。
したがって被害者は性交後、一度下着をはいたあとに殺された、すなわち
強姦されてそのまま下着をずり下げられたまま殺害されたのではない、
つまり被害者と犯人は顔見知りだった…という主張だったように思う。


701 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/09/27 18:01

だいだい被害者は、1日に誰かと逢うことを、家族にも親しい友人にも内緒に
していた。これは誕生日のデートとしか考えられない。
そしてトマトなどを食べたあとボーイフレンドから強姦されたという推理も
一応成り立つが、彼女はかなり発展的な女性だったようで、非処女だったことは
法廷でも証明されている。

トマトを食べておしゃべりをするだけなら親友には秘密にしなくてもよさそうだし、
スポーツ・ウーマンの彼女が激しく抵抗した痕がないこのは、どう考えても
性行為は合意の上だったとしか思えない。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/6.html

110 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/10/23 14:18

善枝さんは乱暴されたのではなく合意の上だったというのは多分間違いないと思う。
それは善枝さんが激しく抵抗したあとがないことと、強姦時には必ず残る太もも内側の
内出血がなかったことによる。

それに父親が証言しているように、善枝さんは男勝りのスポーツ・ウーマンで、
見知らぬ男のいいなりになって付いていくような性格ではないのと、トマトと白米(おにぎり?)の接待を受けて、それを食べていることをみても強姦などではないことが分かる。

ではB型の血液型は元作男というと、地元の人に聞いてみても二人が付き合っていた
という事実がどうしても確認できない。
それどころか元作男は性的な悩みを抱えていて、結婚前にそれを苦にして自殺したのではないかと言う人もいるくらいだ。性格的にも気が弱くお人よしで、とても女子高校生と浮気するなど考えられない。ただ、お人よしの性格が災いして事件の共犯に仕立てられた可能性はあると思う(脅迫状を書いたことと新居の提供)が、真犯人ではないと思う。

事件の日、誕生日のお祝いを口実に善枝さんをデートに誘い、トマトなどを振舞って
性交したのは、やはり彼女のボーイフレンドのひとりだったのではないかと思う。

94 名前:不老川:02/07/29 15:21

私が疑問なのはAと被害者の関係です。被害者の膣内から精液が検出されたこと、
また、被害者が抵抗した形跡がないことから合意による性交と見なしてよいと思われ
ますが、この点はどうなのでしょう? 


97 名前:898:02/07/29 16:33
>>94
Aについてはアリバイのみが崩せなかったと聞いているので血液型は合致していた
と思います(また確認してみます)またAと被害者は年も近く小学校まではよく遊ん
でいたそうです(次兄も含め)また被害者宅とAの家は6,700mしか離れていないそう
です。


609 名前:前スレの898:02/08/23 09:43

伯父が実行犯として推理していた(A)ですが、盆休みに大宮の伯父の所を
再度訪ねた際に確認しましたが血液型のほうほぼB型とのことです。

ほぼというのは、それが小学二年の健康検査の資料のためで当時は精度が
若干悪く確率としては7割方はB型だろうということでした。
ちなみに(B)はO型です、双方とも中学に満足に行っていない様で中学の
検査記録が残っていたらもっと正確な物となっていたはずということです。
たぶん、容疑が固まりしだい血液検査をするつもりだったのでしょうが
それ以前に釈放せざる状況になったと思います。


622 名前:898:02/08/24 09:41

伯父説では脅迫状を書いたのは作男の奥富玄二氏ですが書かせたのはU氏の配下のO2という飲食店の店長と考えているようです
(内容を考えたのも)アリバイ製作も犯行現場の証拠隠滅も脅迫状を届けさせたのも飲食店O2氏の指導の元にと考えているようです。そのため伯父は飲食店O2氏を何故だか高く評価しています。

もともと大宮や浦和を根城にしている広域暴力団員の幹部であった人ですがU氏が手腕に惚れて大金を出して引っ張ってきたような人物だったらしく選挙のゴタゴタや言う事を聞かない人物の意見を変えさせる作業などにかなり重宝された人物とされています。

評価されている点は手腕のみでなく元ヤクザの割りにそれまで微罪で一度しか逮捕
されていないほどの「尻尾を出さない人物」として評価しているようです。
飲食店O2氏が作男奥富玄二氏に安心して脅迫状を書かせるには奥富玄二に近しい内容は排除する点が重要だったと思います。 なので4月29日といい加減な日付、前の門と抽象的な表現、娘ではなく子供との表現、西武園という有名行楽地の表記などで奥富玄二にはかかわりの無い内容として書いていただいたという推理がされます。

しかし書かせたこと自体がトラップで遺体の埋没現場も飲食店O2氏の指示であった
のなら奥富玄二は嵌められるべくして嵌められた事になると思います。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/2.html

968 名前:953:02/10/11 15:59

田中登と石田登利造を殺った奴は黒幕(市議会議員)の部下の元暴力団員の手下だと思う。

898氏の親戚の元刑事氏の推理とは少し違っていて、佐野屋に来たのも、石田登利造を殺害したのも同一人物と思う。

殺しに慣れた中年の男。元軍人。親分のためならなんでもやる男。
ヤクザ組織での闇の仕事に加えて、軍隊で謀略・謀殺の手法を学んだ男。

ついでにいうと、5月1日にボーイフレンド(これも一味)に誘われて食事したあと、
合意もとに性交し、奥富玄二氏の新居でくつろいでいた被害者を背後から襲い、
後頭部を鈍器で殴って殺害したのもこの男。

さらにこれは確証がないが、元憲兵のPTA会長の死にも、この男の影が見える。
元暴力団員の周辺を洗えば必ず該当者は出てくると思う。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/2.html


_______________________________________________________________________________


6. 次姉は…


次姉の遺書の公表箇所

「夫」宛
(次姉)は誰とも結婚できない女です。(「夫」)さん、どうか幸せになってください
(「夫」)さん幸福に。私は美しい花を見ても美しく思えない女になってしまった。あなたを幸福にできない


長兄宛
(長兄)ちゃんとはもっと相談したかった


父親宛
お父さん力強く生きてください。自分のクヨクヨした性格で、毎日毎日が、実にいやになりました。(次姉)の生活には発展もなければ何の信念も考えもない。動物にすぎない。死を考える親から、よい子など生まれません。五月一日、(被害者)の供養をしたとき、はじめて自分がわかった。二人でまっ黒になって働いたころが一番幸せだったと思う。先立つ(次姉)のわがままを許してください。

なお、長兄が次姉の遺書について別途、「常識では考えられないことが書いてあったんだが……」というコメントを残しています。その「常識では考えられないこと」が上の文章のどれかを指しているのか、あるいは公表されていない内容を指しているのかは不明です。

この「遺書」を読むと、やはり次姉は「真実」を知っていて、それを公表できない自分の弱さを「何の信念も考えもない」と表現したのか、と考えさせられます
http://flowmanagement.jp/sayama/article.php/20090506075850770

382 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/06/01 18:16

中田登美恵の死亡診断書を書いた医師鈴木将の証言(二審第六四回公判)


問い 山上弁護人

山 そのことについて少し述べていただきたいんですが、この先生のお宅
  におうかがいして、私どもがいろいろおうかがいしたときに、先生の
  お話になられたなかに、どうも死因がわからんといいますか、非常に
  奇妙な感じを受けたんだということをいっておられましたが、それは
  何に原因してそういうふうな印象をもらされたんでしょうか。

鈴 そうねえ、一般に何で亡くなられたにしても、苦悶の形をしているね。
  老衰というのはいちばん楽な死に方だね。だけど普通の毒で死んだとか
  何とかいう人は非常に苦悶の体で死んでるな。ところがこの人はすっか
  りととのってきれいになって亡くなったね。だからすごく奇異な感じを
  もったよね。

山 すっかりととのってきれいというのは仏さんとしてきれいというんです
  か、身づくろいが。

鈴 身づくろいは普通のものだったけど、吐物がないとか、たとえば失禁と
  かいうことがなかったということですね。そういうものが伴うものだね
  たいがいね。

山 この人の場合にはそういう何か毒薬を用いたというような徴候もなかっ
  たと、こういうことですか。

鈴 それはあったかもしれないけれども、そこの様子じゃわからなかったで
  すね。ただそういう死に方もないとはいえないね。絶対用いないとは私
  はいえないよ。

山 先生は農薬を用いたんじゃないかということで、家族の方に農薬のびん
  はないかというようなことをたずねられたようですね。

鈴 うん。

山 その際、どうだったのでしょうか。

鈴 なかったね。そしてみんなきれいに洗ってあったね。

山 びんを洗ってあった。

鈴 うん、だからどうもね。

山 先生が中田さんのうちに着かれてまあすぐ死体を見られたということに
  なりますと、そのときの死体の状況はまだなま暖かいといいますかもう
  冷えきって固くなる、硬直状態といいますか、その程度は。

鈴 私もいくつも死体をみてるからもう忘れてるけれども、硬直があったと
  思います。

山 これは死後何時間ぐらいして、まあ、普通これは科学的には厳密にはな
  かなかむつかしいということを聞いておりますが、通常硬直というのは
  死後・・・。

鈴 さあ、私も法医じゃないから、そのへんはくわしくはわからないですね。
  知らないといったほうが正しいのですね。

山 とにかく硬直がきておったように思うと。

鈴 そうですね。

山 で、布団が敷かれてあって、すでに普通の人が寝るような形で安置され
  ていた、こういうことになりますか。

鈴 そうですね。


つまり鈴木医師が訪れた時には、遺体はすでに通常の通夜などの時のように
きれいな形で布団に寝かされていた。苦悶のあともなく、こういう場合につ
きものの失禁などもなかったというのである。
これは明らかに死後加工された状態である。仮に布団に入った状態で薬をあおったとしても、苦しむうちに姿態が乱れ、周囲が荒れた状態になるのが普通である。死因の追求にあまり熱心にみえない鈴木医師さえも「奇異に感じた」状況であった。
一応農薬自殺を疑った鈴木医師は、家人に農薬の瓶の有無を尋ねたが、それらはすべ
てきれいに洗ってあったというのである。


中田登美恵の死亡診断書を書いた医師鈴木将の証言(二審第六四回公判)

問い 山梨検察官


山 そのときの死亡診断書ですがね、まあ直接の死因として薬物自殺となっ
  て いるんですが。

鈴 ああ、そうですか。
(中略)
山 ただこの死亡診断書を見ますと、まあ、おいでになった時間がこれは一
  つの問題なんですけれども、発病より死亡までの時間として五時間とな
  っているんですよね。

鈴 それは想像ですよ。だって死んだ時間がわからないでしょう。だいたい
  だからうちの者がうちをあけた時間からそのへんまでということにした
  んじゃないでしょうか。あくまでも想像ですよ、それは。

山 五時間というのは本人が死んだのは何時頃という推定はどうやってつけ
  られた。

鈴 だからうちの人が朝ご飯食べるときは生きてたでしょう。それから今度
  は昼に帰ってきたといったかな、そうじゃないですか。そうするとその
  間ぐらいはだいたい五時間ぐらいあったんじゃないかというふうな、多
  くの根拠をそこにもって私書きませんでしたけれども、わかりませんで
  すよ。私はどうやってわかるかといえば食べ物を行政解剖でもして出さ
  なければわかりませんよ。出ますか。

鈴木医師は一応薬物自殺として診断書を書いたものの、薬物中毒の明確な痕
跡もなく、死亡推定時刻も特に根拠がないことを認めている。これでは先の
奥富玄二のケースと同じく「自殺」と理解することはとてもできない。少な
くとも「変死」とすべきであるし、どちらの場合も医師の診断時すでに遺体
に工作がなされている可能性を考えると、むしろ「他殺」を疑うのが自然と
すら思えるのである
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/1.html


622 名前:488:02/07/06 12:27

次姉は、石川さんが犯人とされ、裁判が始まった時くらいからふさぎ込むことが
多くなり、次第にノイローゼ症状が重くなっていた。

彼女は事件後婚約し、すでに入籍していたが中田家に女手がないので実家にとどまり、
新婚生活もままならない毎日であった。

唯一の話し相手であった妹を失った上、家を出て夫と暮らすことも許されない。
スポーツ万能で勝気だった妹とは違い、おとなしく優しい性格の次姉にとっては
耐えがたい生活だったはずだ。

次姉は、事件当時から独自に調査をしていた石川さんの支援者・荻原佑介氏の訪
問を受ける。そして石川さんが無罪であることの論拠を示された彼女は、
そのとき顔面蒼白となるのである。

「石川さんが無罪ならば、やはりあの人が…」

次姉は裁判で警察に迎合して佐野屋にあらわれた犯人の声を「石川さんにそっくり」と
証言したことを後悔し始める。
そして一審での石川さんの死刑判決の報を聞き、自責の念にかられるのである。

さらに狭山事件のをめぐる直接的・間接的関係者の内、少なからぬ人々が訴えている症状、「原因不明の頭痛と身体のだるさ」に彼女も悩まされるのである。

夫にあてた遺書のなかの「私は美しい花をみても美しく思えない女になったしまった」
という言葉に彼女の苦悩がよく表現されている。

そして次姉の日記には、真犯人の名前がはっきりと記されてあった。

次姉の「自殺」後、長兄はマスコミの取材に答えて、彼女が生前に付けていた
日記の存在を明かし、

「日記には常識では考えられないことが書いてあったんですが…」

とコメントしている。 しかしその「常識では考えられないこと」の内容については口をつぐんでいる。 これはどういうことであろうか。

わざわざ日記の存在を公表し、内容に興味を引くコメントを残しながら、肝心の
内容についてはだんまりを決めこむ。 中身が話せないならば、日記のことなど最初から触れなければいいではないか。 にもかかわらず、そこに書かれてあったことについて思わせぶりな話しをする。 それもマスコミに対して。

はたして長兄のこの不思議な言動は、何を意味するのか。

私には、あの「犯人たるおまえに」同様、これはマスコミを利用して行った長兄
の真犯人に宛てたメッセージであると思う。

つまり「自殺した彼女の日記にはおまえの名前が書かれている。俺はお前の策略
をすべて見抜いているぞ」という意味が込められているのである。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/1.html

158 名前:レイムダック 投稿日: 2004/05/14(金) 16:20

次女が自殺した後の報道によると、彼女は大学ノートに書いていた日記を石川氏の
地裁死刑判決直後から中断したようです。

「身体がだるく、頭が重い」と訴え、死の十日ほど前に訪れた堀兼診療所では、
「極度のノイローゼ」と診断されたとのことです。

また、父親宛ての遺書にはこう書いてあったとのことです。
「死を考える親からよい子など生まれません。五月一日善枝の供養をしたときはじめて
自分がわかった。二人で真っ黒になって働らいていた頃が一番幸せだった」

さらに「夫」宛ての遺書には、「私は美しい花をみても美しく思えない女になってしまった。あなたを幸福にできない」と書いてあったとのこと。

このことから、次女の遺書は一部かもしれませんが、公開されていたことが見てとれ
ますね。ただ、長男が言う「日記には常識では考えられない事が書いてあった」のが、
この遺書のことを指しているのか、それ以前の日記のことなのかが不明ですね。

もし後者とすると、彼女は日記を書くのを中断していたわけですから、一審判決以前から、次女は「常識では考えられない」精神状態に陥っていた、ということになりかねないようにも思われます。

次女は事件の年の秋にお見合いし、十二月には入籍しています。

非業の死を遂げた妹の喪が明けてからでもよかったように思われますが、なにか特別に
急がなければならない事情でもあったのでしょうか。
しかし、この年までは特に変わったことはなく、体調が悪くなったのは年が明けてから
としても、亡くなったのは七月ですから、ノイローゼは急速に進んだと見てよさそうです。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2776/1061689365/

756 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/01/05 17:48

石川氏の声をテープで聞かされた次姉の最初の証言は
「(犯人の声は)もっと低かったと思います。」というものだった。
(実際、石川氏の声は60歳を超えた今でも甲高い。)

それでテープの回転速度を遅くして「似ている」という証言を引き出したもの。
一審では石川氏も長谷部警視との「男の約束」を信じて犯行を認めていたので
中田家の家族も彼を犯人と思っており、次姉の「そっくりです」という証言に
なったものと考えられる。

その後、石川氏が一審で死刑判決を受けたあと、何らかの理由で真犯人と家族との
「関係」を知ってしまったことで良心の呵責に耐え切れなかったのだろう。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/3.html

609 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/12/02 21:51

自殺したお姉さんは可哀想だよね。

母親が死んだあと、上のお姉さんは家出。
唯一の話し相手だった妹が惨殺されて家の中の女は自分一人。
母親代わりと主婦の役目もこなさなければならないし、せっかく婚約したのに
実家に女手がないということで籍だけ入れたまま、新婚生活もままならない。

相談相手だった増田秀雄さんは急死。

そこに自分が証言したせいで無実の人が死刑になってしまうという事実を知らされたとしたら…

お姉さんは石川さんの死刑判決があった日から、毎日つけていた日記を書くのを止めて
ふさぎこんでしまったそうだ。

そこでさらに事件の真相か背景を知らされたとしたら、田舎の純朴な女性にはとても
耐えられることではなかったに違いない。

善枝さんも気の毒だけど、事件の最大の被害者はお姉さんのような気がしてならない。

134 名前:盛況 ◆cQ5CwQT2.c 投稿日: 2004/05/11(火) 20:51

その姉の遺書についてですが、公判証言をつぶさに読んで見たところでは、
「遺書」がどのような形態であったのかも語っていないし、と言う事は、その
「遺書」が夫宛のものであったかどうかも結局の処不明です。

しかし『Yさん、幸せになって下さい』と言う様な文面があったと言い、その
様にある程度内容に関してはっきりと証言していると言う事は、夫は確かに、
ある種の遺書的な文面は家族から見せられたのでしょう。

そうすると言うと、この「遺書」(姉の、夫宛の)はあったのかどうか、と言
う事になるわけですが、小生は、これは姉の日記(の最後の頁)に書いてあっ
た事を、夫はその時見せられたのではないか、と。

要するに姉の「遺書」と称する物は、「日記」に書いてあったのではないか。
 (個別宛の「封書」ではなく)
ト言うのが、現在小生がこの「姉の遺書」について考える処です。

135 名前:レイムダック 投稿日: 2004/05/11(火) 21:42
>>134
公判記録などによると、次女の遺書は3通で2通が父と兄弟宛てで、残り1通が
「夫」宛てとのことです。

ただし「夫」は遺書は見せられたがどんな内容だったか、縦書きか横書きかさえ忘れています(法廷証言は次女の死から8年後)。

遺書は日記にしていた大学ノートを引きちぎって書かれていたそうで、枕の下にあり、
封筒はなかったとのことです。

137 名前:盛況 ◆cQ5CwQT2.c 投稿日: 2004/05/11(火) 23:05

「夫宛」の遺書に限定して言うと遺族に(この夫も遺族なのですが)「遺書」
を見せられた処「ぼくのことが書いてあって‥」と言う事で、その言いっぷり
を一応信用すれば、それは実は夫宛の遺書ではなく、家族宛のものに書いてあ
ったか、やはり日記の文言を見せられたのではないか‥?と言う意味でした。

しかしこれは長兄の「日記には常識では考えられない事が書いてあったんだが」
と言う言葉を、姉のお墓の前で思い出した時に、浮かんだ考えです。

つまり、「日記」(その最後の部分が遺書を兼ねていたのかも知れない)にはその「常
識では考えられない事」が書いてあった為、夫には全部を見せられなかったか、
夫はそれも読んだが、勿論公判では全てを語る事など出来なかった‥‥のか、
と言う事です。

夫が何故通夜にも葬式にも行かなかった(行けなかった)のかについては、その裏にどうも事件総体の真相にも関わる、相当な事情があったのではないか‥‥と考えています。


158 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/02/03 20:52

野間宏の本では例の次姉の婚約者(戸籍上は夫)の裁判証言も面白いというか不気味だったねぇ…

なにしろ最愛の人の死なのに遺書もよく見てないし、通夜にも葬式にも行っていない。
いや、行っていないというのなら「ショックで行けなかった」といういいわけも成り立ちそうだが、なにしろ弁護人が「通夜には当然行ったんでしょう?葬式にも」と聞くと
無言のまま答えずさらに突っ込まれて「忘れた。バカだから」というのだから、
驚きを通り越して不気味な感じがする。

次姉が亡くなった原因や、遺書・葬式などの件になると記憶喪失状態になるのに、
夫なら当然の権利のはずの次姉の相続分の分配などは「まったくありません」と断言し、相思相愛で肉体関係はあったと証言している。 ちなみに婚約者は被害者の長兄の同級生。

出廷の前になぜか警察官が婚約者の家を訪ねて来ており、「一体なんの話をしに行ったんだ」と、弁護人が迫る場面もあった。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/4.html

503 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/02/27 21:06

二人は、事件の年の秋に婚約し12月には入籍しているが、それはYH氏の勤務先(米軍ジョンソン基地)の税金控除で有利というためで、結婚式も挙げていないし同居もしていない。 善枝さんの喪が明けたあとの翌年の秋に挙式予定だったらしい。

つまり戸籍上では夫婦だが、実質的にはまだ婚約中という状態だった。
ちなみに法廷でのYH氏は、仮にも結婚する予定で肉体関係もあった仲なのになぜ通夜や葬式に行かなかったのかと弁護士から追及され、

「まあ、死んで、たまげて行きましたしね、で、とにかく戸籍上では、そういうふうになってたけれども、まだ結婚式もあれだったりして、それ以上深く…」

と答え、他の質問にも

「バカだから忘れちゃう」

との返事を繰り返してまともに証言せず、弁護士は「事実上の証言拒否」と
苛立ち、傍聴していた女性の一人は 「彼女のお墓はY・登美恵となっていますよ!」と叫んだ。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/4.html

737 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/09/11 20:37

次姉の婚約者も、彼女が自殺したとき中田家の秘密と事件の真相の一部を知らされたのだろう。

愛する婚約者の通夜にも葬式にも行っていないのだから、よほどのショックを
受けたのではないだろうか?(婚約者も二審では健忘症状態)

戸籍上は夫だったわけだから、当然彼が喪主だったはず(次姉の墓の姓は彼の苗字になっている)。

喪主が葬式にも出ないとは、普通考えられない。特に昔の農村ではなおさら。
「夫はあまりのショックで式には出られない」とでも説明したのだろうか?


306 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/02/15 19:51

次姉の婚約者Y氏について、その裁判証言があまりにも不可解だったので
大いに疑惑が向けられることになったわけですが、でも本当にY氏が共犯ならば、
あるいは最初から犯行を知っていたのなら、通夜や葬式には行くと思いますよ。

つまり、次姉の死の床で、彼は家族からなんらかの秘密を打ち明けられ、そのショックで通夜・葬式に出ることができなかった。

裁判では嘘を言うと偽証罪になってしまうので、秘密を暴露できない以上、Y氏は沈黙せざるを得なかった、ということですね。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/4.html


268 名前:本当にあった怖い名無し:05/01/31 00:33:08 ID:EbJlKciq0

自殺した次兄がカレンダーの裏に走り書きしていたという「遺書」:

  私の生きる道はどこにあるのかしら。

  社会は流れ、私も流されるとしたら、余りにもさみしい夜になるでしょう。

  あすの社会もきょうの社会も余り変わりはないけれど、
  私はただ私の社会の中にきょうという日を見つめて生きるのです。

  そしてまた、私は古いものの中にいつまでもいいものがあることを願いたい。

  いまを生きるのでしょう。
  けれどもこれは余りにも遠すぎた夜かしら。

  すべてが終わり、すべてが夢だったのね。

はたしてこれが「遺書」といえるのか疑問だが、盛況氏の推理にあるように、
これは次姉の遺書の文面を書き写したものではないだろうか?

妻子ある33歳の男性の遺書とすると奇怪至極だが、ノイローゼ状態だった
24歳の女性の辞世の詩とするならば、そう違和感はない。

「さみしい夜」と「余りにも遠すぎた夜」

昭和38年5月2日の深夜、佐野屋の前に立ち、恐怖に震えた次姉ならではの
表現のように感じられてならない。
http://flowmanagement.jp/sayama-old/2ch/10.html  

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コメント
 
01. 2010年4月07日 20:51:29: MiKEdq2F3Q

『となりのトトロ』

http://tvpot.daum.net/my/PlaylistClipView.do?ownerid=UASw.Gq1yoY0&playlistid=34617&clipid=5557534
http://tvpot.daum.net/my/PlaylistClipView.do?ownerid=UASw.Gq1yoY0&playlistid=34617&clipid=5557520&page=1&lu=m_frm_pview_clip_5
http://tvpot.daum.net/my/PlaylistClipView.do?ownerid=UASw.Gq1yoY0&playlistid=34617&clipid=5557505&page=1&lu=m_frm_pview_clip_4

http://tvpot.daum.net/my/PlaylistClipView.do?ownerid=UASw.Gq1yoY0&playlistid=34617&clipid=5557490&page=1&lu=m_frm_pview_clip_3
http://tvpot.daum.net/my/PlaylistClipView.do?ownerid=UASw.Gq1yoY0&playlistid=34617&clipid=5557478&page=1&lu=m_frm_pview_clip_2
http://tvpot.daum.net/my/PlaylistClipView.do?ownerid=UASw.Gq1yoY0&playlistid=34617&clipid=5557465&page=1&lu=m_frm_pview_clip_1


『となりのトトロ』はモデルになったと言われている事件がある。

トトロの舞台となった所沢の隣町である狭山で昭和30年代に起きた"少女惨殺事件"である。 この事件を念頭において『となりのトトロ』を見てみると、大分印象が変わるというか新しい解釈、新しい発見がある。

 まず"トトロは子供にだけ見える"という印象だがサツキの同級生であるカンタには見えないなどの矛盾がある。そこで登場したのは"トトロは妖精のようなものであるから、死に近い人間が見える"という事だ。

 死期の近づいた老人が、先に死んでしまった家族を見るなど良くある話である(大概はもうろくしたと片されるがね)

 つまりサツキとメイは、あの段階で死期が近づいていたのである。

 結論から言うとメイは母親に会うために1人で病院に向かう最中に死んでしまったのである。

村の人たちの捜索で沼でサンダルが発見され、サツキは「メイのじゃない」と否定するが、実はあの段階でメイは既に水死していて、現実を認めたくないサツキがひきつった顔で「メイのじゃない」と言って走り去ってしまうという流れである。

 そして森の精霊であるトトロにすがり「メイがいなくなっちゃったの! お願い、メイに会わせて! きっとあの子、1人で泣いてるわ!」と言って、サツキは妹に会うため"自らの命を捨てる選択をする"

 そう猫バスとはこの世とあの世を結ぶ乗り物なのだ。物語中盤で登場した猫バスに、サツキが乗る事を恐れた理由も、ただ単に異様であるというだけでなく、「乗ってしまったらもう戻れない」と本能的に感じ取ったからであろう。

 その辺は、「凄い、木が避けてる!」や「みんなには見えないんだ…」のセリフからも、猫バスが実体の無い虚無の存在であると伺える。

 そして重要な証拠としてよく挙げられるのは、沼でサンダルが発見されたシーン以降、"作画からメイの影が無くなっている"のである。作画レベル世界一と言われるジブリがミスをするとも思えないし、何よりも「以降全て無い」というのは明らかに不自然である。

 そして自分が死んだ事に気づかずにさ迷っていたメイの元に、冥界の乗り物である猫バスとともにサツキが迎えに来て、姉妹は再会する。

 そうしてサツキとメイは母親の入院する病院を訪ね、メイが渡したかったトウモロコシを渡すのだが、このシーンでも不自然なポイントが2つ。

 何故サツキとメイは、お母さんに直接会って渡さなかったのだろうか?
 そして何故、病室の窓の外目の前の木に座っていた2人を、両親は見えなかったのか?

 ………ふと風が通り過ぎ、両親が窓の外を見ると、「おかあさんへ」と書かれた紙と共にトウモロコシが置いてあり、母親がふと窓の外の木を見つめ(絵では目の前に座っている)、「今…サツキとメイが笑ったきがしたわ」

 もうここまで来ると反論の余地が無い。


 そして更に悲劇としては、母親の入院している七国山病院というのは、八国山病院という実際にあった病院がモデルなのだが、その病院は"不治の病の末期患者や、精神疾患者を半ば強制的に収容していた病院"だったそうだ。明らかにお母さんの方も先は長くない…。

 映画はその病室のシーンでエンディングを迎えるが、その後に父親が知る事実と悲しみを考えればあそこで終幕なのがベストだろう。

 エンディングと共に流れるハッピーエンド風味の映像…

「サツキとメイが家に帰ってきて、おばあちゃんと再会し抱き合う」、

「お母さんの病状も回復して家に帰ってくる」、

「そして家族4人で幸せに暮らす」


 この流れを加味すると、このエンディングは全てが終わってしまった後、1人残されてしまったお父さん(作家)が、こうだったらよかったと想像する「最良の可能性」だったのであろう。
http://mp.i-revo.jp/user.php/ewalrqsy/entry/329.html

『となりのトトロ』の舞台は狭山丘陵が広がる、埼玉県所沢市松郷地区。当時、所沢周辺は結核患者の療養地であった。

「トトロ」の由来は、宮崎駿監督の知り合いの女の子(姪?)が「所沢」と言う地名を言えず、「トトロザワ」と言ったことに由来する。

2人の子供の名前はサツキ→「皐月」、メイ→「May」でいずれも5月を表している


さつき とメイは途中で本当は死んでしまい、それを父親が想像で生きていたらこうなっていて欲しかったと書いたのがとなりのトトロであり、作中でずっと書いていたのはその原稿。

さつきとメイがトトロと一緒にでかい木の上で何か吹いていたシーン、

あそこでお父さんがチラッと木を見やり、少し満足げにして書類に向かう。

確かに違和感あり。父の想像を臭わせます。


まず、トトロというのは死神、冥界への使者であり、トトロに会った人は死が近い、もしくは既に死んでいるという裏設定。

『トトロ』とはサツキがメイに「トロルのこと?」と聞き直した様に、トロルをモデルにしています。

トロルは地方によって異なりますが、死神であったり、気に入った者には幸福をもたらしたり、またある時は子供をさらうと言われています。


そして母親の入院していた七国山病院のモデルとなった八国山病院という実際にあった病院は末期患者や精神疾患患者を収容する場所であった。

当時の所沢周辺は実際に結核患者の療養地でした。


母親の病気は結核であるとウィキペディアにも記されています。
結核は1950年までは日本人の死亡原因のトップ。となりのトトロの時代設定は1950年代・・・


メイが行方不明になって池でサンダルが見つかる騒ぎが途中でありますが、
あの時既にメイは池で水死しており・・・

「これ・・これだよ」

老婆の差し出したサンダルを見てサツキは凍りついた。それはメイの物であった。
しかし、サツキはぐっと唾を飲み込み、言った。

「メイのじゃない・・・」


(確かに引きつっていました。)


今ここで本当の事を言えば、間違いなく老婆は卒倒するであろう。
老婆の身を思い、サツキは嘘をついたのだった。
妹の死を悟り、その場にしゃがみ込むサツキ。

(メイのサンダルの詳細。

ピンクで、つま先の方が2〜3本のひもで、踵にも一本あるタイプだ。
沼から出てきたのは、つま先が2本、踵ヒモもあるタイプだ。そしてピンク。)


メイの物ではないと聞き、安堵してしゃがみ込む老婆。
そしてサツキは気付いた。メイは病院へ行こうとしていた。
ならばメイの魂は未だ病院を目指して迷子になっているに違いない。

「このままではメイの魂は永遠に迷子のままになってしまう・・・」
「いや、もしかしたらどこかで生きているかも知れない・・・」
サツキは決心した。かつてメイがトトロに会ったという場所で語りかけた。

「お願い・・・トトロに会わせて!!」
木のトンネルを進むサツキ。その先には以前は無かった道があった。
サツキの言葉が冥界への扉を開いたのだ。
そしてその道の先には冥界の番人、トトロがいた。


「トトロ、メイが迷子になっちゃったの。探したけど見つからないの。
お願い、メイを探して!今頃・・・きっとどこかで泣いてるわ・・・
どうしたらいいか分からないの!」

「みんなには見えないんだ・・・」

というセリフから分かるように、さつきは自ら冥界への扉を開け、
魂を運ぶ乗り物である、猫バスに乗ってメイの元へ向かったのです。
(ネコバスの行き先表示の札に「墓道」が出てきているのも暗示・・・)


さらに病院のシーンでは母親が

「今、あの木のところで、さつきとメイが笑ったような気がした」

と言う。なぜ母親だけに二人の姿が見えた気がして、尚且つ二人は近くまできているのにも関わらず、実際には両親に会わずにメッセージ付きのトウモロコシを置いていったのでしょうか?

それは二人が既に死んでいるからです。

そして、父親は全く気が付かなかったのに対し、母親だけが死んだメイとサツキの気配に気づいたのは、母親にも死期が近づいていることを現しています。


(生きている子供のことについて、「あの木のところで・・・」なんて言うでしょうか?

そして、母親に会わなかったのは心配かけまいとして・・・と言うのであれば、なぜメッセージ付きのトウモロコシは置いていったのでしょうか。

メイとサツキは父親にはトトロのことも猫バスのことも揚々と話していました。
「心配をかけまいとトウモロコシだけ置いて帰った」というのは、不自然すぎます。)


母親の発言に対し、父親も「案外そうかもしれないね。」

もし生きているなら「こんなところにいるわけがないだろう。」

が自然な台詞です。否定しないのは、父親は二人が死んでいるのを知っているからです。


・メイが行方不明になった後から、メイの影がなくなっている。

・最後のシーンでは全員が若返っており、実はあれは後の話ではなく、生前の昔のシーンをくっつけハッピーエンド風に仕立てただけ。 もしくはエンディングの歌が始まって以降は本編とは別の終わり。
(サツキの服装を見ると、スカートではなくつなぎのようなものを着ています。これは現実ではなく、父の想像かも知れません。)


・所沢市に隣接する狭山市で起きた、女子高生が殺害された狭山事件をモデルにしている?

サツキ=皐月
メイ=May=五月
狭山事件発生日が5月1日

狭山事件では誘拐された女子高生の姉が犯人との交渉に参加している。

トトロの舞台は狭山丘陵が広がる、埼玉県所沢市松郷地区(所沢市)。


ここまでなら「偶然5月だった」という解釈も出来るのですが、宮崎駿監督は左翼としても有名な方です。ググれば一発です。彼が学生運動に参加している時代に狭山事件は起きています。

(どなりのトトロと同時上映された「蛍の墓」もメインテーマは妹の死でした。)


つまり、宮崎駿監督がこの事件について精通している可能性は高く、これを皮肉って『となりのトトロ』に盛り込んだのでは、という見方も出来るわけです。

一見平和で高度経済成長によって最先進国となった”完璧な日本”が『となりのトトロ』の表向きな姿であり、しかしその裏には人種差別や理不尽な国家権力という巨悪が潜んでいるのに、なぜ気がつかない?そんなメッセージの可能性はないでしょうか。

「となりのトトロ」の劇場での上映が、戦争によって死んで行く悲しい兄弟の話「火垂るの墓」と同時上映だった点からも、何か通じるものを感じます。


さつき、メイ・・・被害者、子供、無垢な存在

トトロ・・・闇、巨悪、日本、一見して平和的で良い子(国民)の味方
しかしその真の姿は・・・。

お父さん・・・監督

視聴者・・・日本国民、気づかない人達

・エンディングでメイちゃんとばあちゃんが抱き合って泣いてるシーンを無視。

→最後はおばあちゃんも死んじゃったんだろうな

魂になってやっとメイ達と会えたんだね
自分達の死に気づかずに家に帰るラストシーン


・もし本当にメイとさつきが死んでたとしたらラストの病院のシーンでお母さんが
『退院したらあの子たちにめいいっぱい甘えさせてあげたい』なんて言わないんじゃないかな?

→母はまだ知らされてないのさ

病人だからね
父は知っていたが心配させまいと・・・。
もしくは、末期患者が入る病院にいる為、既に正気ではなく記憶が曖昧になっているのかも。


・婆ちゃんが死んだとしても、
どうしてラストでかんたとさつきが話せているか説明がつかない
ってことはかんたも死んだのか?

→カン太は生れつきの霊媒体質なんだよ


(ウィキぺディアから抜粋)
最期のシーンで「サツキとメイに影がない」ことについて、都市伝説として「トトロは死神でサツキとメイは死んでいる」という噂が流布している。
これについて、スタジオジブリがブログで「サツキとメイの影は省略しただけなので、トトロは死神でもないしサツキとメイは死んでいない」と一蹴した。


この見解はスタジオジブリの総意であって、宮崎駿の見解ではないことに注意したい。製作発表の時、宮崎監督はこの映画は「サツキとメイの魂の開放」といった


今トトロのCDを見てみたら、さつきとメイが合体したようなひとがトトロの横に立ってました・・・

その場面って猫バス待ってるときの場面なんですけど、バストップの影しかなく、メイ&さつきの人の影なんかありませんでした(/´△`\)


CDの歌詞カードのところの裏見てみたら、また絵がありました。

そこにはトトロの世界へ行くときの穴を見ているメイの後ろ姿なのですが、そのメイにも影がありませんでした(T∇T )( T∇T)

死んじゃったんですね><残念です・・・これがほんとじゃないことを祈りつつ・・・娘には教えないでおきます;;ぁぁぁぁこわい><(@_@;)


たぶん香恋さんと同じCDありました〜〜〜!!ほんとにそのとうりです( -ノェ-)まじでこわい・・・・しかも、そのCDの中にある、「まいご」という曲の歌詞がどうしてもおかしいのですが・・・・・・ひまなかたは少し長いですがお付き合いのほうよろしくお願いします( *・ω・)ノ

今からまいごの歌詞を(問題の場所まで)下に出します。


さがしても みつからない まいごの子
はなをつまみに いったの
ふりむかないで トンボをおいかけていったのかしら
おばけが出てきたら どうしたらいいの
かくれんぼだーいすき
なきむしのあまえんぼ
へんじして おねがいだから きえてしまった小さな子
(中略)
どうしよう こまったわ
のはらにひとりきり かえってきておねがいだから
わたしのだいじないもうと
どこかしらどこかしら


と書いてありました。これは死んでしまったメイの魂を探しに行くさつきの、あのシーンの話だと思います。これはまいごということで聞くのよりも死んでしまっているという設定のほうが絶対に自然だと思いました。
こわいですねぇ;; くれは

宮崎さんはヒットするまでさまざまな作品をテレビ局などに出されてたって聞きました

その中には、「魔女の宅急便」や「天空の城ラピュタ」など、いまでは誰もが知っているようなジブリ映画の“もと”となった作品も多くあったそうでもちろんその中に「となりのトトロ」もありました

その“もと”の作品ではトトロが子供をさらうおばけのような存在であったんです。

ですからこの作品を“もと”にして子供向けでもあるこの映画を作るにあたって、
その内容ではいけない、子供でも楽しめるように、と宮崎さんが改良されたのが
いまの「となりのトトロ」なんです。

セリフとか、事件とか私は分からないけど、根本的に間違っているところは
“裏設定”じゃなくて昔のとなりのトトロつまり“原作”だったというところだと思います。


たぶん、宮崎監督は、狭山事件のことをみんなに知らせたかったんじゃないのかなhttp://houtobega-eien.at.webry.info/200705/article_17.html


[ 作中の違和感 ]
・ラストの病院の木のシーンで、母親にメイとサツキの姿が見えなかったのは何故?

・物語が進むにつれて、メイとサツキから「影」が消えていく

・「トトロのテーマはサツキとメイの解放なんです」 と宮崎監督自身がコメント

     →「解放」の意味するものは!?


・始まって15分ぐらいに荷物の食器を片付けている後ろの箱に狭山茶って書いてある。

     →狭山事件(※注2)を連想させる描写?


・家の2階に上がる階段付近に違和感がある

     →「階段が存在するはずの空間に何もない。

     →「雨戸の外には「階段」があるはずの家の壁が見えず、外の景色が見えていなかった?

     ※作画上のミスかもしれないし、意図的なものかもしれない。

・メイが描いたトトロの絵が、どう見てもトトロに見えない。

・池で発見されたサンダル、メイのじゃなければ一体誰の物?

・ネコバスが行き先表示するときの「めい」になる前が「墓道」

[ 狭山事件との奇妙な共通性 ]

(狭山事件)
5月1日の日が沈んだころ、被害者(当時16歳)が通学に使っていた自転車がいつもの場所にもどっていた。本人はすでに死んでいるのに。外は雨。サドルがぬれていない。いったい誰が・・・。そのころ長男が被害者を探しにいく。脅迫文には「西武園の池に沈める」とあるが、実際はちがった。

(作品)
メイとさつき、雨の中、バス停で父を待つ。日がくれる。自転車に乗ったレインコートが通りすぎる。トトロとネコバスがやってくる。西武園は、まさにトトロの森のすぐそば。
______________


(狭山事件)
死体発見現場は川にほどちかい茶畑の農道。まるで棺を埋める穴のように掘られた穴に、儀式を行ったかのごとく埋められていた。
(作品)
耕された畑で儀式のシーン。新しい芽が顔を出す。三人のトトロと中を舞うメイとさつき。
______________

(狭山事件)
真犯人と巷でうわさされた長兄は、東京タイムスで勤めた経験がある。また、目白の経理学校に通った経歴がある。

(作品)
徳間書店←東京タイムス最後の親会社。宮崎←学習院大政経学部(経済)宮崎は姉と同い年、カンタとさつきは同い年。

______________

(狭山事件)
被害者の実母は精神病院に入院し、10日後急死している(脳腫瘍とのこと。10日で脳腫瘍が急変することはない)。その時、被害者の年齢は5〜6歳。姉12〜13才。病院は小平市(狭山から15km程度)。兄弟は6人だが、2人は特に仲良かった。母なきあとは、まるで姉が母のようであった。姉は、犯人との接触を買って出るほど、主体的にかかわった。

(作品)
自宅所沢から小金井を歩いて通勤したことがある。逸話となっている。位置関係が平行移動の関係。「3時間」を確かめたのか・・・。母のようにお弁当を作るさつき。トトロに会いに行くさつき。

______________

(狭山事件)
被害者には、同居する2人の兄と1人の弟がいた。被害者の死後、まもなく、後を追うように姉は命を絶った。妹と2人でいるときが幸せだったと書き残して。目撃情報によれば、3人の男と車があった。長男は、顔面神経痛と脊椎の病気を患っていた。車が足であり、顔であったようだ。次男はしばらくの後、自殺。3男は養子にだされ、家には長男が残った。

(作品)
3人のトトロと2人の姉妹とお父さん、お母さんの物語。トウモロコシを命がけで母に渡そうとするメイ。「おかあさんへ」「いもうところし」。遊んでくれない父を横目に、トトロの寝床に迷い込むメイ。トトロはメイとさつきにしか見えない。決して怖くないトトロたち
http://darknarice.jugem.jp/?eid=656

■【となりのトトロ】作中との共通(?)点

(1)トトロの舞台が、狭山丘陵(埼玉県所沢市松郷地区)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

  事件の場所と酷似。

  実際に、時代設定の1950年代の所沢周辺は結核患者の療養地。


(2)迷子をイメージした歌詞…少女が行方不明になる

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

   参照⇒となりのトトロ歌詞

  ●「誰かがこっそり小路の木の実埋めて」

   ⇒事件では、少女が農道に埋められていた。

  ●「雨降りバス停、ずぶ濡れオバケがいたら」

   ⇒事件当日は大雨だった


(3)入院中のお母さん

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

  ●七国山病院のモデルとなった、八国山病院は実在した。

  └末期患者や精神疾患患者を収容する場所であったらしい。

  ●お母さんの病気は結核

   ⇒事件の被害者の母が入院10日後に亡くなっている


(4)サツキとメイの関係

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

  ●5月

   ⇒事件があったのも5月

  ●姉が妹を探す

   ⇒事件では、被害者の姉が犯人との交渉に参加した

  ●お父さんとサツキは似ているがメイは似ていない

   ⇒被害者とその姉は異父姉妹だった


(5)メイの靴が池に浮いていた

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

  事件の脅迫文に「子供は○○池の中に死んでいるとある」

  とあった。


はい。

ここまでが予備知識。

あ、ちなみに、「トトロ」の名前の由来は、宮崎駿監督の知り合いの女の子が「所沢」と言う地名を、「トトロザワ」と言ったこと。らしいです。
http://d.hatena.ne.jp/hachi-88/20080521

6 :名無シネマさん :2006/11/15(水) 00:15:19 ID:UMZDBDtt
たまにめいちゃんの陰がなくなるとか
お父さんがうつろな目をするのがヒントだとか
あそこに引っ越したのは子供が死んじゃったからとかいろいろあるらしい。

友達の友達が昔ジブリに問い合わせたらよくわかりましたねって言われたってww


9 :名無シネマさん :2006/11/15(水) 01:34:33 ID:F+vfE66h
あの田舎の村が、あの世なんだよね

死んだ姉妹がお父さんお母さんに、会いに行く物語なんだ
お父さんは想像で作り出した人物だけど、ラストのお父さんは本物

他にも色々ある


10 :名無シネマさん :2006/11/15(水) 01:40:44 ID:F+vfE66h
>お父さんは想像で作り出した人物だけど
ここは、ちょっとニュアンスが違ったかも、実在のお父さんが死んだ娘を想う気持ちが作り出した生霊

お父さん本人は気づいていないけど、それが死んだ娘と交流している姿

14 :名無シネマさん :2006/11/15(水) 02:18:36 ID:F+vfE66h
あの村が、あの世だ バスだけで外界とつながっている

だから、村の住人は死者


18 :名無シネマさん :2006/11/15(水) 02:41:31 ID:MQUC3Vw/

あの土地を舞台にしたのは狭山事件と無関係ではないんだよね。。。
狭山事件は60年代起きた少女誘拐殺人事件で有名な冤罪とされる事件。

宮崎監督は事件のことをかなり調査していて自分なりの解釈をトトロに盛り込んだ。 映画の景色は事件当時の狭山そのものだし。

犯人は被差別部落の青年とされ結審したけど、冤罪を訴える人々は犯人は実は被害者の… これ以上はやばすぎるからやめとく。。。

カンタとおばあさんは部落の人だよね

ちなみに狭山丘陵には七国山病院のモデルになった病院もある。
http://www.geocities.co.jp/playtown/1541/totoro-tour.html

見に行くとサツキとメイが登ってた木が実際にあるんだけど


32 :名無シネマさん :2006/11/19(日) 00:57:51 ID:AE8TDUWT
村の人みんな死んでて、糸井お父さんだけは生きてるってこと?
独りごと言いながら暮らしてるってこと?

33 :名無シネマさん :2006/11/19(日) 02:07:14 ID:TBnuipdP
そうらしいね
かなり寂しすぎる


36 :名無シネマさん :2006/11/23(木) 01:35:37 ID:OGFX4Xko
ラストでは、娘のサイン入りのトウモロコシが病室の窓に置かれていたけど、
どうみても怪奇現象だろ。

それに驚くことなく受け入れる両親とそれを外から眺めてる半透明の娘達。


37 :名無シネマさん :2006/11/24(金) 18:19:12 ID:BiqYOeu/
メイが迷子になった後から メイの影が無くなるらしい (見てないけど
つまり迷子になったときに死んだ


49 :おせち(1d):2006/12/27(水) 01:31:42.32 ID:VGZZ7TWnO
七国山病院

実際には八国山病院という病院が実在して、そこは末期患者を収容する所とか

メイはあの池で水死したんだろ?
http://blog.livedoor.jp/news2chplus/archives/50630935.html

投稿者: ゲストユーザ on 2010年02月11日(Thu) 03:11 JST

このトトロという話において、子供の見る映画として、入れるひつようのない描写(池に浮いたサンダル、病気の母親)があるのはどうしてなのでしょう……?

私には何かしら死をイメージさせているとしか思えません。
故に、この都市伝説はあながち間違っていないようにかんじるんですよね……
http://flowmanagement.jp/sayama/article.php/20090505183024460


02. 2010年4月07日 22:09:40: MiKEdq2F3Q

名張毒ぶどう酒事件


 事件が起きた昭和三十六年、葛尾の住人たちは閉鎖的ともいえる共同体の中で暮らしていた。奥西元被告の有罪を疑う人々の中には、当時の集落の閉鎖性が彼を犯人に仕立てあげたと主張する人もいる。捜査段階では、村人がこぞって奥西元被告を犯人にするために警察に協力したというのだ。ジャーナリストの青地晨氏は、次のように書いている。

 「もし勝が犯人でないと言明すれば、部落のなかに真犯人がいることを意味する。せっかく惨劇の傷あとが、たとえ表面的にせよ癒されているのに、勝の無実をいうことは、部落から新たな縄つきを出し、部落の平和を攪乱することに結びつく。これは部落の人びとが絶対に避けたいことであり、すべてに優先する心情なのである」(「現代」五十一年四月号)

 奥西元被告が自白をひるがえした後には、彼の家に石が投げられ、家族の夕食中に住民がなだれこみ「土下座してあやまれ」と迫ったりもした。

また奥西元被告の家の墓地は、共同墓地から追い払われ、墓地に隣接した畑の中にぽつんと建てられているという。

つまり葛尾の集落は、奥西元被告とその一家を“犠牲の山羊”にすることで、平和と団結を保っていたというのである。
http://www.e-net.or.jp/user/stako/DE/dengon-200602c.html


90 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/06/10(水) 02:04:08 ID:NVOVQXT80]

事件直後、この部落でこんな事件を起こすやつは奥西しかおらん、と言われた男

事件が起きたのは十数世帯が住む小さな農村部でもそこには十数組の不倫カップルがいてドロドロの愛憎関係だったと判明した

つまりそういう事件だったんだよ、これは事件の背景にあった泥沼不倫の愛憎劇がいつの間にか忘れられてしまい「ぶどう酒に毒を入れた動機が不明」なんておかしな理屈が登場するから呆れる


92 名前:名無しさん@十周年 [2009/06/10(水) 08:49:57 ID:SYRkZGmx0]

この時代の農村なら夜這いは当たり前で、ドロドロでもなんでもない。

懇親会ってのも乱交パーティーだろうし、もりあげるためのドラッグ代わりに飲んだ

農薬の量を間違えただけだろ。

動機面で材料となる部分を、過去ログから引っ張ってきたよ。

4.奥西勝は、当初、疑わしい人物として、妻ではなく、奥西フミ子の名前を挙げていた。

理由として、次のエピソードを挙げている。
「フミ子さんが泣きながら『かくまって』とうちに逃げ込んできて、義母(コヒデ)と喧嘩をして追われたので、逃げてきたと言って、家に戻ろうとしないことがありました。3月23日か24日頃、寝床で妻が『今日もフミ子さんとコヒデさんが喧嘩をして、フミ子さんは、川へはまって死ぬか、薬でも飲んで死んでしまいたい、と言っていた』と話したことがありました。」

江川氏著書pp146より参考になる箇所を引用しておこう。

フミ子の夫楢雄も、翌4月1日の警察の取り調べの中で、「このような事件を起こすような理由のあると思われる人」の「第1番目」として妻フミ子の名を挙げている。

姑のコヒデとの折り合いが悪く、コヒデが時にはフミ子に手を上げたこと、
そうしたことがきっかけでフミ子は宗教団体に通うようになったを挙げ、
「長年いじめられた私の実母に対する復讐のためではないか」という。

北浦ヤス子は奥西勝死刑囚だけでなく「三奈の会」会長の奥西楢雄とも不倫関係
にあったという話もあるんやな。それで妻のフミ子(事件の被害者)から別れる
ように迫られていたと。つまり奥西勝と奥西楢雄は全く同じ状況にあったらしい
んやな。


北浦ヤス子は勝と別れるから楢雄に妻のフミ子と別れるように頼んでいたとも。
一体この村はどうなってるのか何が何だか分からん。

147 :名無しさん@十周年[sage]:2009/06/11(木) 23:14:05 ID:PPlzp7B60

ぶどう酒の購入を決めたのは、当日の朝。実際に買ったのは、Rさん

 ◆ぶどう酒が懇親会に出ることが決まったのは当日の朝。

 ◆決めたのは三奈の会会長で農協に勤めるN氏で、農協職員のRさんに購入を命じた。

Rさんは、H酒店でぶどう酒を購入。N氏宅に運んだ

 ◆Rさんは村に飼料を運ぶため農協に立ち寄った車に便乗し、H酒店で清酒2本とぶどう酒1本を買い、

 ◆N氏宅に運んだ。受け取ったのはN氏の妻・F子さん(事件で死亡)。

午後5時20分頃、公民館に(奥西)勝さんが運んだ
  その後、隣家の(奥西)勝さんがN氏宅に来て、5時20分ごろ公民館に運んだ。

事件直後の供述では、午後4時頃に到着(※)

 ◆事件当初Rさんや酒屋など運搬に関わった村人の供述では、ぶどう酒がN氏宅に届いたのは4時前。

 ◆N氏宅に1時間以上も置かれていたことになっています。

 ◆つまりN氏宅でも犯行機会があったのです。

以上、
http://www5a.biglobe.ne.jp/~nabari/mujituda-2.htm より引用

(※)
事件発生後しばらく経ってから、住民の証言が申し合わせたかのように一斉に変わる。
新証言により、N氏宅での犯行機会がなくなり、奥西勝だけが犯行機会があったとされてしまう。

 
この事件が深刻なのは、奥西勝氏が冤罪だった場合、「部落住民の誰かが真犯人」だということ。

そして、部落の住民が、奥西勝氏を陥れるために、「偽証」したことが、判明してしまうということ。


そもそも、事件直後の住民の供述によれば、奥西勝氏による犯行は物理的に不可能であり、
むしろ、毒物の混入は、N氏宅で行われた可能性が高いとされた。


ところが、事件から2週間以上経ってから、「住民の供述が一斉に変わった!」
すべての供述が、奥西勝氏の犯行を示すかのように、置き換えられたのである。


一審では、供述の変遷等が疑問視され、無罪判決。

無罪判決を受けた奥西勝氏は、葛尾部落に戻ったが、部落中から嫌がらせを受けたという。

・(奥西勝氏の)家には、石が投げ込まれ、
・家族の夕食中に住民がなだれこみ「土下座してあやまれ」と迫ったりもした。
・母親が、部落民の暴行を受けることもあった。
・家の墓地は、掘り返された挙げ句、部落の外に放り出された。


二審では、一転して、死刑判決が下る。
部落住民は、大喝采したという。


(奥西勝氏が冤罪かどうかはともかく、)
部落民は、奥西勝という生贄を差し出すことにより、部落の安定を守ろうとしたと言える。

 
150 :名無しさん@十周年[sage]:2009/06/12(金) 03:15:41 ID:66xOufbv0

「住民全員が犯人だった」というオチかな?

146 :名無しさん@十周年[]:2009/06/11(木) 23:10:35 ID:PPlzp7B60

名張市葛尾の住民が、奥西勝被告人の家族に対して行ったとされる行為を整理すると、

「彼(奥西勝被告人)の家に石が投げられ」


「家族の夕食中に住民がなだれこみ「土下座してあやまれ」と迫ったりもした。」


「奥西元被告の家の墓地は、共同墓地から追い払われ」


「(奥西勝被告人の)母親にまで暴力を振るった」


各所に書かれていることが事実ならば、名張市葛尾の住民が行った行為は、完全な犯罪行為である。
警察は、見て見ぬふりをしていたのか?

166 :名無しさん@十周年[]:2009/06/12(金) 21:51:09 ID:y7EKm3SC0

TVで特集をやっていた
ここの地区民は不気味で、インタビューで死刑囚について
酒を飲みながら、ヘラヘラと笑い語っていた

167 :名無しさん@十周年[]:2009/06/12(金) 21:52:40 ID:9vmW7nXk0

一審では、供述の変遷等が疑問視され、無罪判決。

無罪判決を受けた奥西勝氏は、葛尾部落に戻ったが、部落中から嫌がらせを受けたという。

・(奥西勝氏の)家には、石が投げ込まれ、

・家族の夕食中に住民がなだれこみ「土下座してあやまれ」と迫ったりもした。

・母親が、部落民の暴行を受けることもあった。

・家の墓地は、掘り返された挙げ句、部落の外に放り出された。


二審では、一転して、死刑判決が下る。
部落住民は、大喝采したという。

196 :名無しさん@十周年[]:2009/06/13(土) 02:15:13 ID:99qpjRPw0
 
 再審棄却時の部落民の反応からすると、

 奥西勝氏が獄死したら、部落総出で祝杯を上げるんだろうなあ。

 なんだか、怖いよ。
http://www.unkar.org/read/tsushima.2ch.net/newsplus/1244500265


さてこの日は当時取材し「ブドウ酒殺人事件公判に潜む謎」という記事を書いた富山さんの講演でした。

この記事もとても興味深く、「この地域は非常に開放的に男女の交際が行われていた」そうで、「既婚、未婚者の男女関係が半ば公然と行われていた」そうです。

事実「地域内のほかの人たちの同じような関係、つまり誰と誰が関係があったとか、現在までもどうだとか、三角関係、四角関係といった具合に供述している」と「検察側が証拠として提出した供述調書」の中に書かれている」そうです。

で、そういう中でこの容疑者だけが「三角関係の清算」というのは動機としてちょっとおかしいんじゃないの?ということなんですね。

で、一番印象に残ったのは、(これはまた聞きだそうですが)当時の主任弁護士の方の話です。

「彼は無実だよ。だって2、3日前に薬局でコンドーム買ってるんだよ。これから愛人と妻を殺そうと計画している人間がそんなことするわけないでしょ」
といっていたそうです。
http://blog.iwajilow.com/?eid=687003


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この怪奇事件

1 名前:きち 投稿日: 2004/01/12(月) 21:07

ご存知の方も多いと思います。大分昔の事件ですが、ある(東北だったかな?)村でのこと。その村の風習で結婚式の日、初夜の前に新郎の父親と新婦が結婚式場の会場で交わるという儀式があったそうで。

もちろん、ついたての向こうで行なわれるのですが、その事件のとき4時間たっても2人はでてこない。

しびれをきらした新郎が「親父、いいかげんにしろ。」と叫び、出席者もいらいらしてついに覗きにいったそうです。

そうしたら、2人は、裸で抱き合ったまま死んでいたそうです。

結局、死因もわからなかったそうですが、私もいろいろ事件について考察するのは好きなのですが、この事件2人とも亡くなったというのは心中なのでしょうか?
その日以前から2人は関係があったのでしょうか?

父親が仮に腹上死したとしても花嫁が死んでいるのはおかしいですし、皆さんの推理はどんなものでしょうか。

大体、この村の新郎の気持ちは全般にどのようなものだったのでしょうか?

中には、結婚後も父親と関係が続くようなこともあったと思うのですが、どんなものでしょうね。

母親の嫉妬とかはなかったのでしょうか?色々気になります。

まあ、夜這いなんかも今の常識では考えられないことですし、その時代の常識がそれが当たり前だと思えばそうなのかもしれませんが。皆さんの思ったところをお聞かせ下さい。

2 名前:吉之助 投稿日: 2004/01/13(火) 00:04

この事件は私も永年、気になっているのですが、如何せんかなり古い話(明治16年)なのでソースも見当たらずよくわからないというのが正直なところです。ただ、こうは考えられないでしょうか?

そもそも仮の一夜で二人は死んだのではなく何らかの理由で死んでしまった。(それこそ心中かもしれません。)

きっと、その村では隠さなければならない理由だったのでしょう。

そこで、仮の一夜で不可思議な死を遂げたことにしたと・・・

奇習が残っていた古い部落ですから死因を隠蔽することぐらい口裏を合わせれば可能だったんじゃないでしょうか?

いずれにしろ、自然死とは考えにくく捏造された事件だったんじゃないかと思います。

4 名前:吉之助 投稿日: 2004/01/13(火) 23:32

この事件については資料がほとんど見当たらずなかなか調べにくいのですが
明治16年(1883年)1月24日宮城県宮城郡のある村で起きたとしか
私の持っている本には出ていませんでした。いつぐらいまでこの奇習が残って
いたかはわかりませんが、このHPでも取り上げられている名張毒ぶどう酒事件
(1961年)の起きた部落ではフリーセックスのような習慣があったらしい
のでかなり後年まで続いていたのではないかと思います。
繰り返しになりますが、義父が死ぬのは理解できるのですが(心臓麻痺等)
若い新婦まで亡くなる、しかも伝えられるところによると抱き合ったまま
死んでいたというのはやはり無理がある。警察が来たのは当然、その後で
現場にずっといたわけではない。式の参列者は親戚と村の有力者。恐らく
式が始まる前に既に二人は死んでいたのではないか?
その部落にとってその死はあってはならない死に方(心中?)で村の有力者
親戚が話し合って仮の一夜で不可思議な死を遂げたことにした・・・
的外れかな?


5 名前:猫田 投稿日: 2004/03/18(木) 22:52

大分前に読んだ本には、

義父が妻に内緒で囲っていた新婦と、それを全く知らない新郎が出会って付き合いだし二人が祝言を挙げる段で、急に新婦を息子に取られるのが嫌になり、閨で何らかの毒を飲ませて殺し、自分も後を追った…

とあったようです。出版社や著者は覚えていませんが、結構ありきたりな心中事件だったように思った覚えがあります。


9 名前:きち 投稿日: 2004/05/07(金) 23:18

すごいといえば、30年代の名張ぶどう酒事件の村のようなフリーセックスとかもすごいですね。

10年ほど前、仕事で3年ほど住んでいた僻地の村では近親相姦やら夜這いもどきやらで全校50人ほどの中学に知的障害の生徒が8人もいました。

でもこの事件も周りの人が何時間も待っていたというのが笑えますね。

12 名前:あんず 投稿日: 2004/05/08(土) 23:17

日本は近親相姦(父→娘)が多いのはどうしてだ?

と外国人に聞かれたことがあります。なんでも彼の周りだけでも
4人の日本人の女性がそういう過去があるそうです。

そういう話を聞くと病的で嫌悪感を感じますが、もしかしたら日本は昔そういう奇習が普通(と言ったら語弊がありますが)だったのかもしれないですね。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2776/1073909229/


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身近にある近親者からの性的侵入


 家族というのは実に不思議なものです。同じ屋根の下で暮らしていながら、夫婦の寝室では、性行為そのものが行なわれているのに、他の家族に対しては、その性行為は厳重に隠されてしまうのです。そして、性の匂いを拭い去った家族の生活が、延々と続いて行くのです。このような日常生活の中で、ときとして、親と子の間の性的な境界がゆるみ、本来なら夫婦の間だけで表現されるべき性欲が、子供たちに向かって滲み出していくこともあるのです。そして、それが性的虐待と呼ばれるものへと、少しずつ発展していくこともあるのです。まずは、その具体的な例として、私が目撃した出来事から書き始めてみたいと思います。

 あれは、真夏の暑い日のことでした。強い日差しを浴びながら、人通りのない住宅街を歩いていると、アパートの前の道路で、親子が水浴びをしているのに出会いました。ビニール製の小さなプールを作って、そこに三、四歳くらいの男の子がひとり裸で立っていました。そして、その周囲を三人の主婦たちが取り囲んでいたのです。主婦たちは、なにやら男の子のオチンチンに代わる代わる手を伸ばしては、それをいじくり回しながら、話に夢中になっているようでした。私が近付いて行くにつれて、その会話も聞き取れるようになってきたのですが、「将来これで女を泣かせるようになる」というようなことを言っているのが分ったのです。そして、彼女たちは卑猥な笑い声をたてていたのですが、途中で私が接近していることに気付くと、一斉に顔を伏せて黙り込んでしまいました。顔を下に伏せただけではなくて、強い羞恥心に駆られて、さらに私から顔をそむけるようにしているのです。真ん中にぽつんと取り残された男の子は、何が起きたのかまったく理解できずに、私が通り過ぎて行くのをぼんやりと眺めていました。

 これだけの出来事なのですが、ここにはいろんな意味が含まれています。まず、この主婦たちは、人通りがなかったとは言え、そこが道路という公の場所であるということを忘れるほど、話に夢中になっていたということです。おそらく、男の子のオチンチンという、まだ未発達ではあるものの、男性性器の実物を手に取って、それを品定めしながら、お互いに卑猥な冗談に花を咲かせていたのです。そして、性的な興奮も手伝って、周囲への警戒がおろそかになっていたのでしょう。おそらく三人の主婦うちの一人は、その子の母親に違いありません。自分の息子のオチンチンを、他の主婦たちにもいじらせながら、卑猥な会話によって性的な高揚感を味わっていたのです。もちろん、彼女たちは自分のやっていることの意味を理解してたのです。理解していたからこそ、恥ずかしさのあまりに、私を見るなり一斉に顔を伏せたのです。まさに文字通りに、人に顔向けのできないようなことをやっていたわけです。

 性的な虐待というと、どうしても変質者をイメージしてしまいがちですが、実際にはそんなことはないのです。加害者で、もっとも多いのは、見ず知らずの他人ではなくて、子どもの身近にいる、一見普通に見える人たちなのです。肉親だったり、親戚だったり、近所の人だったり、学校の先生だったりするのです。そして、加害者のイメージとしては、どうしても男性の加害者を思い浮かべてしまがちですが、女性がそんなことをするはずがないと言う間違った思いこみが世間にあるために、女性による虐待が見過ごされていることが多いのではないかと思われます。それに、男性が女性から性的虐待を受けたとしても、それは虐待であるとは受け取られずに、逆に「いい思いをしたじゃないか」と羨ましそうに言われたりする風潮があります。しかし、もしこの場面で性が逆だったらどうなるでしょうか。たとえば、三人のオヤジたちが、幼い女の子の股間に指を入れながら、「将来、男を泣かせるようになるぞ」などと卑猥なことを言って笑っていたらどうなるでしょうか。これはつまり、大人の性的な興味のために、子どもの体が利用されたということなのです。体が性的に利用されたということの影響は、女の子も、男の子も同じなのです。しかし、どうしても世間では、女の子の場合には騒いだりするのに、男の子の場合には、まともに取り上げようとしない傾向があります。しかし、最近、まだ少数ではありますが、女性の加害者の問題や、男性の被害者の問題が取り上げられるようになってきています。この問題は別のところで詳しく書く予定です。

 もう一つのケースを紹介しましょう。これは会社の同僚のことなのですが、この人はたしかに仕事のできる人なのではありますが、ちょっとプライバシーの境界に曖昧な部分がありまして、家庭での出来事を、会社に来て冗談のようなつもりで話してしまうのです。普通なら恥ずかしくて言えないようなことでも、ぺらぺらと話してしまうため、この人の家庭の状態をみんなが知ってしまうことになるのです。その話の中で、幼稚園に行っている娘さんのことで、奥さんからひっぱたかれたというのがありました。幼い娘さんをお風呂に入れているときに、娘さんに自分のペニスを洗わせたというのです。洗ってもらっているうちに感じてきて、ペニスが勃起してきたのですが、気持ちがいいのでそのまま洗わせていると、突然、奥さんが浴室に入ってきて、思いっきり彼の顔をひっぱたいたのだそうです。こういうことを、会社に来て、みんなに冗談めかして話してしまうのです。

 では、このケースでは浴室でどういうことが行われたのか考えてみましょう。幼い女の子が、お父さんと一緒にお風呂に入ると、男と女の体の違いに興味を持つようになることがあります。自分の体にはないオチンチンというものに関心を持つようになるのは自然なことです。そして、その機会に親が適切な知識を与えてやるのも必要なことなのです。しかし、子どもの好奇心を利用して、大人が性的な興奮を得るとなると、これはまったく違う話になってしまうのです。おそらく、彼は性的な興味から、面白半分で娘さんにペニスを洗わせたのでしょう。親子の間で性的なことが行われる場合には、普通は秘密のこととして隠されて行われるのですが、彼の場合には、自分のやっていることの意味を理解していないために、まったく隠そうともせずに、ましてや罪悪感を抱くこともなく、堂々と開けっぴろげにやっていたのでしょう。子どもは、父親のペニスをいじることで、妙な高揚感があって、いわゆるはしゃいだような状態になったのではないでしょうか。そこで、大きな声で「オチンチン」とか「大きくなった」とか、意味も分からないままに叫んでいたのかもしれません。その声を、台所にいた奥さんが聞きつけて、普段の夫の言動からして、浴室で不穏な事態が発生していると感じたのでしょう。そして、浴室のドアを開けてみると、その不穏な事態を目の当たりにすることとなり、思わず夫の顔を力まかせにひっぱたいてしまったのでしょう。そして、おそらく子どもをすぐに夫から引き離したことでしょう。

 果たして、このような出来事は、この一回だけで終わるのでしょうか。幼い娘さんは、こういう父親と大人になるまでの間、ずっと一緒に生活していかなければならないのです。その間に、さらにいろいろな出来事があって、そのたびに性的な境界が少しずつ曖昧にされて行くことでしょうし、その他にもさまざまな影響を受けていくことになると思われます。

 ここで、性的虐待という言葉の意味をはっきりさせておきましょう。性的虐待というのは、いま書いた二つのケースのように、親などの立場の強い人が、子どもなどの弱い立場の人を「性的に利用する」ということなのです。どうゆうふうに利用するのかというと、大人が性的な刺激を得るために利用するのです。しかし、子どもを利用するにあたっては、暴力や脅しを使うというパターンもありますが、近親姦のような性行為にまでは行かないような場合には、日常的な何気ない行動を装って行われることが多いのです。たとえば、よくあるのが入浴の時に子供の体を洗ってやる場面です。まだ幼くて自分で体を洗えないような子どもは、たしかに親が洗ってやらなければならないのですが、ここに微妙な状態が発生することがあるのです。親であるとは言っても、子どもの性器に多少は興味を持つこともあるでしょう。しかし、中には体を清潔にするという大義名分のもとに、必要以上に念入りに子どもの性器を洗ったりする人もいるのです。浴室という、閉ざされた密室の中で、子供の体を清潔にするという言い訳のもとに、親が性的な刺激を得る目的で、自分の子どもの体を洗うのです。幼い子どもは、自分がされていることの意味をまだ理解出来ませんし、親の方も、ちょっとしたイタズラ、あるいはちょっとふざけてみただけ、というような軽い気持ちでやっているだけなのかもしれません。しかし、ここには、自分の子どもを、性的に利用しているという「虐待」の一面が顔を覗かせているのです。

 その他にも、子どもは成長するのに従って、さまざまな独り立ちを体験していきますが、それを妨げるような形で行なわれることもあります。たとえば、子どもが一人で寝るようになるとか、一人でお風呂に入るようになるとか、そういう自立的な行動が、親の寂しさを埋め合わせるために妨害されてしまうのです。そして、ときにはそれが性的な色彩を帯びてくることもあるのです。

 普通、何歳で一人で寝るようになるのかといった資料は持ち合わせていませんが、子どもが一人で寝るようになってもいい年齢に達しているにもかかわらず、いつまでも一緒に寝ている親子もいるのです。たとえば、息子が中学生なっているにもかかわらず、母親と一緒に寝ているようなケースもあるのです。思春期になれば、当然、性的な意識も目覚めてきますので、ただ単に一緒に寝ているだけで性的な意味はないのだとは言っても、息子の心の中には、母親の体から立ち上る「女」の匂いへの関心が少しずつ芽生えていくのです。親と子の間には、別々に寝るようになる時期というのがあるのですが、たとえば夫の不在とかの理由で、母親が自分の寂しさを紛らわすために、子供が成長を無視して一緒に寝ることで、密着感を得ようとすることもあるのです。こんなふうに、親に利用されて育った子どもは、自立へのステップをうまくクリアできない可能性が高くなってしまうのです。

 一人寝と同じように、一人でお風呂に入るようになるのも、自立へのひとつのステップとなるわけですが、ここにも自立を妨害をしようとする親がいるのです。そして、お風呂の場合には、裸になりますので、性的な要素が入りやすくなってきます。たとえば、小学生の高学年になっているにもかかわらず、母親が息子と一緒に入浴したり、息子の性器を「清潔にする」という名目で、母親が必要以上に丁寧に洗ったりするケースもあります。

 このようなことは、父親と娘の間にも時々見られます。娘と一緒に入浴することを、親子のコミュニケーションを取るためだとか、適当なもっともらしい理由をつけるのです。もう胸が膨らんできて、父親と一緒に入浴するのが不適切な年齢に達しているにもかかわらず、うまく言いくるめてしまうのです。娘の方でも、まだ世間知らずで、中学生や高校生になっているのに、風呂には父親と入るものだと思っていたりするケースも、ときにはあるのです。しかし、学校の友達との会話で、お風呂の話題になったときに、父親と一緒に入浴しているということを、何の疑問も持たずに話してしまい、その結果、友達から、異常だとか、父親が変態だとか言われて、強いショックを受けたりすることになるのです。たしかに、父親との入浴に性的な雰囲気は一切無かったとしても、父親の方としては、娘の成長してゆく肉体を眺めて、秘かに楽しんでいたわけです。つまり、自分の楽しみのために、娘をだまして利用していたことになるのです。一方、娘の方は、世間の常識を知ったことでその異常性に気づき、裏切られたという思いを抱きます。子どもというのは、親は自分のためになることをしてくれるはずだという期待を持ちますが、ただ単にそれが裏切られたというだけではなくて、自分の体が親の身勝手な楽しみのために利用されていたのだということも分かって、二重に裏切られた気持ちになるのです。

 自立心が正常に発達していけば、友達からバカにされるという思いが出てくるようになって、適当な年齢になれば、自分の方から一人で入浴すると言い出したりもするのですが、親にうまく利用されている場合には、このような自立心がなかなか育たなかったりします。それに、自分の体なのに、いつまでも親に洗ってもらっていたりしますと、自分が自分であるという感覚もあいまいになっていきますし、成長に伴って発生してくる「性的なプライバシー」も歪められてしまうのです。この、性的なプライバシーの発達は、自分といものを確立するための重要な要素となってくるのです。このような性的なプライバシーについても、親から尊重してもらえずに、侵害されてしまうこともあるのです。よくあるのが、年頃になった娘の裸を見たがる父親が、「つい、うっかりと」浴室のドアを開けてしまうケースです。そして、「ごめん、ごめん」と言って、笑ってごまかしたりするのです。父親の方としては、冗談の延長のような軽い気持ちでやったりするのですが、見られてしまった方としては不愉快な気持ちが残ります。思春期になれば、そういうわざとらしい行動の意味を理解するようになるからです。

 このような性的なプライバシーへの侵害は、娘が部屋で着がえをしているときにも行なわれます。「つい、うっかり」ノックするのを忘れてドアを開けてしまった、というようなパターンです。しかも、着がえをする時間を見計らったかのようなタイミングで、ドアを開けるのです。さらに、もっと侵略的な親になりますと、子どものプライバシーを侵害するために、もっと強力な方法を使ったりします。家が狭くて収納場所がないという理由で、子供の部屋の押し入れなどに、親が普段よく使うような品物をしまっておくのです。そして、それを取りに行くという口実で、頻繁に子供の部屋に出入りするのです。これは、子どもにとってはたまったものではありません。こうなると性的なプライバシーだけではなくて、「自我」への侵略を受けることにもなるのです。このような度重なる侵略は、自分というものの境界を確立できずに、自他の区別があいまいなまま成長することにもなっていくのです。

 性的なプライバシーへの侵害は、親が自分の性的な部分を露出するという形で行なわれることもよくあります。たとえば父親が風呂上がりに、腰に巻いていたタオルが「偶然」落ちてしまい、年頃の娘にペニスを見られてしまうというようなケースです。たしかに、偶然そうなることもあるでしょう。しかし、親が性的な刺激を得るためにわざとそうしたのなら、意味は違ってくるのです。ここには、隠された露出症的な意味合いが含まれてくるのです。他にも、たとえば、母親が湯上がりの着がえを持ってくるのを忘れたと言う口実のもとに、あらわな姿で思春期の息子の前を行ったり来たりするとか、あるいは、父親が湯船につかってから、石鹸を忘れたとか、タオルを忘れたとか言って、娘に持ってきてもらい、ドアを開けたときに、自分の股間をさらけ出したりするのです。

 このような行為は、すべて正当な言い訳のものとに実行されるのです。実際に石鹸を忘れることもあるでしょうが、たとえ意図的に忘れたとしても、いくらでも偶然を装うことが出来るのです。しかし、ときには冷静になって考えてみれば、その不自然さが浮かび上がってくるようなこともあります。たとえば母親が着替えをするときに、息子にスカートのジッパーをしめてもらうとか、ブラのホックを留めてもらうような場合です。急いでいたからとか、いろいろな口実もあるでしょうが、急いでいるのなら自分でやった方が早いでしょう。あるいは、父親が腰痛になって娘に湿布薬を貼ってもらうときに、必要以上にお尻を露出させるとかいうケースでは、果たして自分で鏡を見ながら貼ることが出来ないのかとか、そんなにお尻の方まで露出必要があるのかとかいう疑問も出てきます。

 これらの露出症的な行為に共通しているのは、性的な誘惑の存在です。しかし、親としてもあまり大胆な行動に出るにはためらいがあるのです。親子間の性的なタブーを犯そうなどという、そんな大それた考えはないのです。ですから、何気ないような日常の行動を装うのです。そうすればいくらでも言い訳が出来ますし、罪の意識も持たなくて済むのです。ですから、たとえば息子にブラのホックを留めてもらっても、息子が母親の体をじっと見つめていたりしますと、「いやらしい目で見ている」と言って、冷たく突き放してしまうことも出来るのです。こうすることで、ただ単に着替えを手伝ってもらってただけなんだという、正当な言い訳が成立するのです。しかし、息子の方としては、誘惑を受けながら同時に禁止されるという、非常に矛盾したメッセージを同時に受けとることになり、このようなことが繰り返されるに従って、徐々に根の深い性的な葛藤を抱え込むようになっていくのです。

 このような、もっともらしい言い訳というのは、立場を逆転するために使われることもよくあります。たとえば、父親が幼い娘とプロレスごっこをして遊んでいるときに、父親の手が妙に娘の性的な部分ばかり触っているのを、母親が不自然に思ってとがめたりしたしても、「これはただの遊びであって、お前がいやらしい目で見るから、そういうふうに見えるんだ」と言いくるめるのです。そして、さらに、「いやらしい目で見ているお前の方が、おかしいのだ」と反撃するのです。

 このような、反撃は、たとえば、「偶然」裸を覗かれて不愉快になっている娘に対しても、「裸は自然で美しいものなんだ。見られて恥ずかしがったり、不愉快になったりするのは、お前の方がいやらしいことを考えているからなんだ」と、逆に強引に押し切ったりするのです。そして、性的なプライバシーの侵害が行なわれているにもかかわらず、まるでなんでもないような自然なことにしてしまうのです。このようなやり方は、イジメのやり方と同じなのです。あくまでもふざけているだけなんだ、ということにするのです。もしも、イジメではないのかと抗議しても、冗談の分からないヤツだと言うことで、ごまかしてしまうのです。性的な虐待も、これと同じようにして行なわれることが多いのです。こういう状態にさらされ続けていますと、性的な境界が混沌としたものになって行くのです。

 もちろん、このような性的な侵略は、言葉によるカラカイという形で行なわれることもあります。生理が始まった娘に、卑猥な冗談を言ってみたり、成熟していく肉体に対して「色気付きやがって」などというひどい言葉を浴びせたりするのです。このような言葉によって、自分の体に対する嫌悪感を植えつけられていくのです。

 それから、性的な露出で、子どもに非常に大きな影響を与えるものに、夫婦の性生活をそれとなく露出するというパターンがあります。寝室のドアを「うっかりと」閉め忘れたことにして、子どもたちに覗き見をする機会を与えるとか、自分達のセックスの声が聞こえるようにしたりするのです。このようにして、覗かれたり、あえぎ声を聞かれたりすることで、自分たちの性的な興奮を高めようとするのです。日本の住宅事情を考えてみれば、たとえ意図的ではなくても、子どもたちへの配慮がおろそかになると、性行為の気配に気付かれてしまうこともあるでしょう。このような性行為の露出は、子どもに非常に大きな影響を与えます。たとえば性に対する嫌悪感や、羨望、嫉妬、恐怖、あるいは自分だけが除け者にされて見捨てられたような感情などをあおったりするのです。そして、こういう強烈な感情が、子どもの性的な方向性をゆがめてしまうのです。

 しかし、こういったこととは逆に、表面的には性的な要素がまったく無いような形で子供が利用されることもよくあるのです。たとえば、父親が娘に接するときに、まるで妻であるかのようにして接するのです。親子ではなくて、夫婦のような心の親密さを娘に求めて来るのです。娘の方でも、父親の求めに応じて、まるで妻にでもなったかのように振る舞うことで、父親との間に、ある種の一体感のようなものを感じることが出来るのです。別に性的なことをするわけではありません。親と子の立場の違いをなくして、まるで夫婦のような対等な口のききかたをしたり、あるいは、妻ように父親の身の回りの面倒を見てやったりするのです。しかし、妻であるかのように振る舞ったとしても、現実には、父親には本物の妻がいるのです。父親が娘の方に寄りかかっているときはいいのですが、本物の妻の方へ寄りかかって行ったときには、娘はまるで見捨てられてしまったかのような寂しさと、母親への激しい嫉妬を覚えるようになるのです。そして、このような三角関係は、やがて性的な色彩を帯びてくることもあるのです。こうなると、親子の役割や境界が混乱したものになってくるのです。このような混乱は、娘を妻の代用品として利用しようとした父親によってもたらされるのです。娘はこのような混乱の中で、本来の子どもとしての自分を失ってしまうのです。

 このような関係は、母親と息子の間にもよく見られます。仕事などで父親の不在が長引いたり、夫婦関係が希薄なものだったりしますと、母親が自分の寂しさ紛らわすために、まるで夫に接するかのようにして息子に接していくのです。つまり、息子を夫の精神的な代用品として利用するのです。もし、息子が母親の期待に応えようとしても、本物の夫が帰ってくれば、代用品の夫はもう不要になってしまうのです。息子はその時、以前のような本来の息子の役に戻ることも出来ずに、自分が何者なのかという問題に直面することになります。そして、息子は母親との濃厚な一体感を失うこととなり、見捨てられたような喪失感を味わうのです。息子は、やがて父親に対して、「あいつさえいなければ」という思いを抱くようになっていくのです。父親さえ帰ってこなければ、いつまでも母親との、まるで夫婦であるかのような、密着した精神的な一体感を持ち続けることが出来るのです。さらに、母親が夫に対する愚痴や不満をこぼしたりしますと、息子にとっては、それが自分への誘惑に聞こえてきたりするのです。しかし、現実には父親が帰ってきて、母親を独り占めしたうえに、さらに性的な関係まで持ってしまうのです。そして、息子は激しい嫉妬を抱くのです。息子の心の中で、母親を独り占めにしたいという願望が次第に大きくなっていくのですが、このような願望は、父親との関係を危険なものにしてしまいますので、心の中に深く抑圧されることになるのです。

 このような、代用品としての夫や、代用品としての妻の役をやらされて、ずっと親から利用され続けていますと、やがて自分が何者なのか分からなくなっていきます。親としては、子どもを利用しているなどという意識はなくて、ただ寂しかったり、話し相手が欲しくて、子どもにべったりと寄りかかって行くだけなのです。子どもの方は、薄々自分が利用されているという持つこともありますが、何とか親の期待に応えようとして、代用品ではなくて、本当の夫や妻になりたいという願望を抱くのです。そして、現実にはかなうはずのないこのような願望が、さまざまな葛藤を作り出して行くのです。

 このように、性的な出来事が無くても、少しずつ「近親相姦」的な感情が、植えつけられていくのです。ですから、もしも、子どもの方から親に性行為を仕掛けていったとしても、それ以前の段階で、親からの長期間にわたる刷り込みが行なわれているのです。日々の暮らしの中で、境界が少しずつ緩んでいって、親に対して性的な願望を抱くようにと仕向けられて行くのです。表面的には「相姦」のように見えても、そこに至るまでの、代用品として利用され続けていた、長い長い日々の積み重ねがあるのです。

 このような、親からの性的な接近には、ほかにもさまざまなパターンがあります。親からだけではなくても、きょうだいの間でも、たとえば、お医者さんごっこなどがエスカレートしていって、性的な虐待になったりすることもあります。いずれにしても、性行為に至らなくても、家族内での役割が混乱したり、性的な境界があいまいなものになったりしますと、それがさまざまな影響を子どもに与えることになるのです。そして、もし実際に性行為にまで進んでしまった場合には、さらに複雑で強烈な影響を与えることになるのです。
http://homepage1.nifty.com/eggs/jitai/incest/1mijika.html

近親相姦タブーと性的境界


 人間の性行動の調査をするときには、「性の秘密」という厚い壁に阻まれてしまい、その実態をつかむことが非常に困難であります。そこで、近親相姦タブーの問題を考えるにあたって、そもそも人間はなぜ隠れて性交するのかという問題から考えてみたいと思います。

 人間に近い動物であるサルは、堂々とみんなの見ている前で性交するのですが、最近、野性のチンパンジーの観察で非常に興味深いケースが報告されています。これは、極めてまれなことなのですが、群れの中で地位の低いオスが隠れてメスと性交していたというのです。観察によると、どうやらみんなのいる所で性交していると、地位の高いオスが割り込んできて、メスを横取りされることがあることから、それを避けるために隠れて性交しているらしいのです。これは、人間の性行動を考えるうえで、非常に示唆に富んでいると言えましょう。つまり、隠れて性交するということは、地位の低いサルであっても、子孫を残すチャンスが得られるということです。サルの観察でも、弱い者同士が群れを離れて別の群れを作るというケースも観察されています。ですので、おそらく人間もこれと同じように、弱い者同士が集まって、なるべく平等な集団を作ろうとしていく過程のなかで、性交もお互いに隠れてすることによって、子孫を残す機会を平等に分け合うようになったのではないか、というふうに私は推測しています。そして、隠れて性交することによって、メスとの継続的な夫婦関係や、夫婦の持ち物としての「家族の財産」といった観念が発達していったのではないかと思われます。つまり、性は公開すべきものではなくて、プライベートなものであり、隠すべきものであるというふうに位置づけることによって、そこから個人の所有の観念や、夫婦や家族などの観念が発達していったのではないかと思います。

 人間の社会にも、かつて二百数十年くらい前までは、乱交社会というのが現実に存在していまして、あの大航海時代にキャプテン・クックが初めてタヒチ島に上陸したときには、そのあまりのありさまに、ビックリ仰天しているのであります。そして、彼等が島に上陸したときに非常に困ったことは、露骨な誘惑もさることながら、島民には「所有」という観念が希薄だったということです。ですから、個人の所有物であろうと何であろうと、みんな勝手に持っていってしまい、それで島民との間でトラブルが多発することになったのです。西洋から来た人たちにとって、これはまさに泥棒行為そのものなのですが、島民にとっては何でもないことだったのです。このような所有の観念があまり発達しなかった背景には、やはり乱交による性の共有というのがあるのではないかと思われます。集団のしきたりとして、特定の異性とだけ性交することが許されず、頻繁に相手を変えて性交しなければならなかったのです。しかし、このような乱交社会であっても、若いうちはいいのですが、歳をとってくるとやはり特定の異性に愛着を持つようになるようでして、なかでも地位の高い人たちには夫婦のような関係になることも黙認されていたようです。このような乱交社会というのは、現代の我々の社会と比較すると、興味深い事がたくさんありますので、これはまた別の機会に書くことにします。

 さて、このような所有という観念も、発達の仕方がいろいろとありまして、それが性的な関係にも色濃く反映されることになるのです。たとえば、その最たるものに、家族の財産を誰が引き継ぐのかということがあります。男が代々財産を引き継いでいくのが父系社会であり、女が引き継いでいく場合が母系社会となるのです。この、両者の間には、性関係のあり方にも大きな違いがあるのです。たとえば、父系社会では、男が家の財産を継いでいきますので、生まれてくる子供は間違いなく父親の子どもでなければならないのです。妻が浮気をして作った他人の息子では困るのです。そこで、間違いなく妻に自分の子どもを産ませるために、いわゆる純潔だとか貞操観念だとかいった性道徳が発達することになるのです。そして、たとえば、結婚するまでは処女でなければならないとか、女は男を産んでこそ一人前の女であるとか、性的に活発な女はふしだらな女であるとか、そういったさまざまな価値観が、父系社会を支えるために発達していくのです。

 しかし、母系社会では様子がだいぶ違ってくるのです。女性の場合には、自分の子どもというのは、当然のことながら自分自身が産むわけですので、父系社会の父親ように、本当に自分の子どもなのかというような疑いを持つ必要はまったくないのです。ですので、子どもの父親がどこの誰であろうと、自分で産んだ子は、疑いもなく自分の子どもなわけです。このようなことから、母系社会では性に関しては全体的に開放的な傾向が見られるのです。そして、女が財産を継いでいきますので、産んだ子が男ですと「ハズレ」ということになってしまうのです。そして、女は女を産んでこそ一人前の女となるのです。

 このようなことは、民族によって風習やしきたりなどがさまざまなのでありすが、おおざっぱに言いますと、父系社会と母系社会にはこのような違いがあるのです。しかし、母系社会だからといってかならずしも女が威張っているわけではなくて、なかには、女は男の前を横切るときには四つん這いにならなければならないというような、非常に変わったしきたりのある母系社会もあるのです。

 さて、このようにして人間はさまざまな文化や性道徳を発達させていったのですが、では次に家族内での性関係はどうなのかという事について考えてみたいと思います。なぜ近親者の間では性行為や、婚姻関係を結ぶことが禁止されるのかという、いわゆる近親相姦タブーの問題です。これにはいろいろな説がありまして、だいたいみなさんは、すぐに遺伝の問題を思い浮かべると思いますが、どうもこの説にはあまり説得力がないのです。たしかに近親婚を繰り返すことによって、遺伝的に問題を持った子供が生まれる確率は高くなるとは思われますが、それは統計を取ってみて初めて分かることでして、乳幼児の死亡率が非常に高かった時代においては、死亡の原因が近親姦によるものなのか、病気などによるものなのかを区別することが不可能だったからです。では、現在では、近親姦による遺伝の問題はどうなっているのかというと、研究者によって非常に大きなバラツキがありまして、現在においても確かな事は分かっていないのです。たしかに、両親が最初から遺伝的な問題を抱えている場合には、それが子どもに遺伝していくことになりますが、そういう場合を除けば、おそらく今の高齢出産の危険率と同じくらいではないかという人もいますし、いや、もっと高いはずだという人もいます。相手が人間ですので、実際に交配して実験してみるわけにも行きませんので、おそらく危険率は高くなるだろうとは思われますが、それがどれくらいの数字になるのかということはまだよく分かっていないのです。しかし、歴史を振り返ってみますと、たとえば古代のエジプトでは、きょうだい婚による王位の継承が何代にもわたって続けられて、かのクレオパトラもそのようにして生まれてきたわけですし、クレオパトラ自身も実の弟であるトレミーと結婚しているのです。そして、遺伝的には何の問題もないのです。インカ帝国においても14代にわたってきょうだい婚が繰り返されましたが、健康上の問題は起きていません。その一方で、ヨーロッパの王家は、近親婚による血友病という遺伝的な問題を抱えていて苦しんだようです。

 では近親相姦タブーはなぜ存在するのかというと、いろいろな説がある中で、「社会化」説が一番説得力があるのではないかと思われます。これはどういうことなのかといいますと、家族の外部の人と結婚することで、親戚が増えることになりますので、このような社会化によって、たとえば農作業などの人手が必要な時に、親戚同士で助け合うことが出来ますし、食べ物やお金に困っているようなときには、お互いに融通し合うことも出来るのです。このように血の繋がりを家族の外部の人たちに解放することによって、みんなから社会の一員として受け入れられることになるのです。しかし、これを拒否して閉鎖的な近親姦をしていますと、それは社会化への拒絶となりますので、このような反社会的な行為は忌み嫌われることになるのです。しかし、これとはまったく逆に、強大な権力や莫大な財産を持っている人のような場合には、親戚が増えれば権力や財産が分散してしまいますので、古代エジプトのファラオのように、近親婚を繰り返すことで、自分たちの独占的な利権を守ろうとするのです。そして、近親婚を、王に許された神聖な婚姻であるとして、それを正当化したりするのです。

 このように、社会化がタブーの背景にあることから、そのタブーの範囲をどこまでとするのかということも、その社会の文化や価値観によって違ってくることになるのです。そこで、まず日本の現在の状況について言いますと、法律によって、直系の血族と、傍系の血族で三親等以内の人との結婚は禁止されているのです(備考欄に条文掲載)。ここで直系というのは、たとえば自分の両親、祖父母、曾祖父母というふうに、親をさかのぼって行ったり、あるいは自分の子ども、孫、ひ孫というふうに子どもをたどっていったりする、上下の垂直の血の繋がりのことで、これは何親等であろうと禁止されています。さて、ちょっとゴチャゴチャしてきますが、次の傍系というのは、直系の人たちの兄弟姉妹や、そこからさらに先に伸びていく血の繋がりのことを言います。たとえば、自分自身の兄弟姉妹との関係はどうなるのかと言いますと、これは直系ではなくて傍系ということになるのです。そして、何親等になるかと言いますと、親等の数え方は、私−親−私の兄弟姉妹、というふうに血の繋がりをたどるときに、一度親のところに戻って、それから兄弟姉妹のところに行くという数え方をしますので、2親等ということになります。そして、法律ではこの傍系の血の繋がりについて、3親等以内が禁止の対象になっているのです。

 私 −−−−−−−−−−−− 0親等
 私の両親 −−−−−−−−− 1親等(直系)禁止
 私の兄弟姉妹 −−−−−−− 2親等(傍系)禁止
 兄弟姉妹の子である甥や姪   3親等(傍系)禁止
 さらにその甥や姪の子ども   4親等(傍系)結婚可能

 ということになりますが、いくら法律上は結婚可能であるとは言っても、その年齢差を考えてみるとどうなんでしょかね。そこで、自分の年齢に近い線を探るのであれば、親のルートをたどることになります。
 私 −−−−−−−−−−−−− 0親等
 私の両親 −−−−−−−−−− 1親等(直系)禁止
 私の祖父母 −−−−−−−−− 2親等(直系)禁止
 その子、つまり両親の兄弟姉妹  3親等(傍系)禁止
 さらにその子、つまり私のいとこ 4親等(傍系)結婚可能

 ということで、いとことなら結婚できることになるのです。もしも、自分に配偶者がいるときには、配偶者の両親などは、血族ではなくて「姻族」というふうに呼ばれ、姻族については、直系についてだけが禁止の対象になっています。ですので、たとえば妻が亡くなった時は、夫は妻の妹と結婚することもできるのです。しかし、妻の母親、つまり義母は直系の姻族ということになりますので、結婚はできないのです。こういった、結婚できるかどうかという問題については、その他にも離婚や再婚をした場合とか、養子をもらった場合とかに、いろいろと複雑な組み合わせが発生してきますが、そこまで突っ込んで調べていくと、私も疲れてしまいますので、このへんでやめときます。
 さて、このような、何親等までの結婚を禁止するかということは、それぞれの国によって違いがありますし、時代によっても結婚できる範囲が揺れ動いたりすることもあるのです。なかには、非常にまれなケースではありますが、近親婚や近親姦が社会的に容認されているところもあるのです。たとえば、シエラ・マドレ山脈に住むインディアンの間では、農作業の事情と経済的な理由から、今でも父と娘の近親姦が普通に行なわれているそうですし、ジャワのカグラン族では母親との近親姦は繁栄をもたらすとされ、カシス族では母と息子の間以外であれば問題なく結婚でき、東アフリカのタイタ族では、経済上の理由から、息子が母や姉妹と結婚することがよくあったそうです。しかし、これらはあくまでも例外的なものでありまして、ほとんどの社会では、近親婚や近親姦はタブー視されているのです。

 この近親婚を禁止しようとする圧力の源となっているのが、先に書きましたように社会化という事なのですが、このことは個人レベルについても言えることでして、個人の社会化、つまり個人が精神的に成長していって、社会的な自立を達成するということでもあるのです。もしも、近親者の間で性行為が行なわれたりしますと、親離れや、子離れが非常に困難になってしまい、それが子どもの精神的な成長を妨げることにもなるのです。ですので、ほとんどの社会では、近親者の間に、何らかの境界を設定して、性の秩序を維持しようとしているのです。昔は性の秩序がルーズだった社会であっても、いわゆる「近代化」の波が押し寄せると共に、性の境界が明確にされる傾向があります。そして、このような性の境界の明確化は、同時に近代的な自我の確立を目指すものでもあるのです。

 たとえば、最近の日本では、性の乱れが指摘されることがよくあるのですが、近代化以前の性風俗を見てみますと、今の若い人たちには信じられないようなことが、ごく普通に行なわれていたのです。なかでも特に有名なのが、「夜這い」と言われる風習ですが、知らない人もいるかと思いますので、簡単に説明しておきます。これはおもに農村部で全国的に広く行なわれていたことなのですが、年頃になった娘のいる家に、夜中になると村の若い男が忍び込んでいって娘と交わるのです。昔の農村の家の作りは、ごく簡単なものであり、とくに戸締まりもしていませんので、そっと忍び込んでいって、真っ暗やみの中で娘の寝ている布団を探し出して、そこに入り込むのです。若い娘のいる家では、自分の娘の性を村の男たちに解放しなければならなくなるわけですが、もしも拒否したりしますと、村八分ということになって除け者にされてしまい、村に住んでいられなくなってしまうのです。このような夜這いは、嫁選びという意味もありますし、過酷な農作業の合間におこなわれる楽しみのひとつでもあったのです。このような村社会における女の性というのは、男たちの共有財産のように位置づけをされていたのでが、こうすることによって村の連帯感強め、水争いや百姓一揆のときなどに、団結して行動できるようにするという意味もあったのです。しかし、ここには当然のことながら、人権とか、性の自己決定権とかいうものはありません。たとえば、各地にいろんな風習があったのですが、新潟県の三条市の周辺では、明治のはじめころまで「盆かか」という風習が残っていたそうでして、お盆の三日間だけの妻になる人を、くじ引きで決めるのです。男たちは、組み合わせが気に入らないときには、男同士で互いの相手を交換する交渉をしていたそうなのですが、女性には変更する権利は、一切認められていませんでした。

 他にも、地方によってはフンドシ祝とか、腰巻き祝とかいうのがあって、親戚の年長者が若者に性の手ほどきをするとかいうのもありますし、あるいは、若い男たちが夜這に行って恥をかかないようにということで、年配の女性たちが神社などに集まって、若者に性交の実施教育をするというようなことも、地方によっては行なわれていたようです。あるいは、結婚していても、厄落としと称して、祭りの時などに夫も婦も見知らぬ人と交わったりするような風習もあったようです。ほかにもいろいろな風習があるのですが、農村部でのこのような性的にゆるんだ環境下では、おそらく近親姦もそれなりに行なわれていたのではないかと思います。全体的に言えば、子供の父親が誰なのかということにあまりこだわらないような、母系社会的な雰囲気が背景にあって、もしも父親の子どもでないことがはっきりしているときには、「祭りの子」などと言って済ませていたようです。しかし、このような淫靡な風習は、明治時代から始まる近代化の波が押し寄せるて来るに従って、しだいに消滅していったのです。

 そして、近代化と共に、「近代的な自我」の確立が求められるようになっていくのですが、これはつまり、人間としての、あるいは個人としての、自立した精神の確立が求められるようになって行くということなのです。社会においても、家庭の中においても、性の境界が設定され、性のプライバシーが尊重され、性の自己決定権が尊重され、そして個人の人権が尊重され、精神的な自立が促されるようになっていくのです。しかし、これは一つの理想でありまして、人間の心の中には、暗いドロドロとした欲望が渦巻いていたりしますので、時には歪んで屈折した心が、陽の当たらない場所で、毒々しい悪の花を咲かせたりすることもあるのです。

 しかし、1970年代にアメリカで「性革命」と呼ばれる性の解放運動が起こり、それと共に、今まで家族の秘密として厳重に隠され続けて来た近親姦の問題も、その暗いベールが剥がされて、社会の表舞台に登場することになったのです。そして、虐待的な近親姦の悲惨な実体も、世間に知られるようになっていったのです。
http://homepage1.nifty.com/eggs/jitai/incest/2taboo.html

近親姦の実態について


 実際に起きている近親姦の実態とは、どのようなものなのかと言いますと、どうやら近親姦にはおおざっぱに言って、「虐待」的な要素と、「お気に入り」的な要素の、両極端の二つの要素があるように思います。虐待的な要素というのは、言葉の暴力や、肉体的な暴力などを伴いながら、強制的に行なわれる性行為のことです。もう一方の、お気に入り的な要素というのは、いわゆる「お父さん子」とか言われるような、親子の親密で良好な関係を利用しながら行なわれる性行為のことを言います。この二つの要素は、それぞれが単独で現われるケースもありますが、二つの要素が複雑に入り混じっているようなケースもたくさんあるのです。

 ではまず最初に、虐待的なケースから書いていきましょう。これは、いわば家庭内レイプのようなものなのですが、通常のレイプ事件と違う点は、被害者には逃げ場がないということです。通常のレイプ事件というのは、もちろん被害者にとって非常にショックな出来事であり、精神的にも非常に大きなダメージを被るわけですが、それでも被害者には帰る家がありますし、そこには自分の寝室があり、自分のベッドや布団があるのです。しかし、家庭内で発生するレイプの場合には、どこにも安全な逃げ場がないのです。夜、眠っているときに、父親が勝手に寝室に侵入してきて、脅迫しながら力ずくで強姦したりするのです。そして、通常のレイプと大きく違う点は、被害者は子どもであり、しかも犯人は、自分を育ててくれている実の親なのだということです。つまり、被害者である幼い子どもは、犯人である親と一緒に生活しなければならないのです。まだ幼い子どもは、衣食住のすべてを親に依存しなければなりませんので、このような逃げ場のない状況が、さらに大きなダメージを与えることになるのです。

 さらに、家庭内レイプには、虐待的な行為が含まれてくるのです。たとえば、父親が幼い娘の膣に、むりやりペニスを挿入しようとして、膣口が裂けてしまったケースの写真を見たことがありますが、いったい、この親はなにを考えているのかと言いたくなるようなことが発生したりするのです。虐待的な親たちは、こいう唖然とするような非常識きわまりない行為を、性的な衝動に駆られたままに、平気でやってしまうのです。

 虐待は、このような性交を強要するものばかりではありません。幼い子供に対しては、ペニスをマッサージさせたり、フェラチオを強要したり、精液を飲むように言ったりするのです。もしも、子供が性的なサービスを拒否したりしますと、罵詈雑言を浴びせて、子どもの心をズタズタにしたり、浴室に連れ込んで、頭から小便を浴びせたり、あるいはトイレに連れて行って、泣き叫ぶ子どもの頭を便器の奥へ押し込んで、その上から水を流して溺れそうにさせたりするのです。ほかにも、肛門にアイスピックを挿入して直腸に穴をあけたり、膣や肛門への異物の挿入、さらに殴る蹴るだけではなくて、裸にして縛って部屋に監禁したり、食事を与えないで放置したり、何回も妊娠させて、そのつど子どもに嘘をつかせて堕胎を繰り返させたりするのです。このようにして、虐待的なケースでは、子どもの人間としての人格は完全に無視されてしまい、性的なオモチャのように扱われたりするのです。

 こういうケースでは、親は教育という名のもとに、子供のあら探しをすることがよくあります。そして、子どものやることに難癖をつけて、子どもを罰しようとするのです。そして、そのつど罰として性行為を強要して行くのです。このような親は、あらゆる思考が性行為へと結びついていくのです。このような虐待的な親の特徴としては、言うことがコロコロと変わったりして、非常に気まぐれなところがあったり、あるいは突然、怒りを爆発させたりするようなところがあるようです。怒りが暴走してしまいますと、親は自分でも感情をコントロールすることができなくなってしまい、場合によっては激怒に駆られて、突然子どもの首を絞めたりするようなこともあるのです。そして、このようなケースでは、首を絞めている途中で子どもが静かになってから、はっと我に返ったりするのです。まさに、殺人の一歩手前まで行ってしまうのです。このような、親の衝動的な行動というのは、まったく予測不可能な面があるために、子どもはいつどんなことをされるか分からないままに、常に虐待の不安にさらされることになるのです。

 こういう虐待の被害者というのは、言っておきますが、まだ幼い子どもなのです。たとえ、大人がこのようなひどい扱いを受けたとしても、精神的に大きなダメージを被ることになりますが、まだ幼い子どもたちは、大人以上に大きなダメージを被ることになるのです。普通の家庭の子どもであれば、テレビで「ドラエモン」だとか「サザエさん」だとかいう、平和な家族を描いたマンガなどを見て、無邪気に楽しんだりするのでしょうが、同じ年頃の子供たちの中には、親からフェラチオを要求されたり、むりやり強姦されたり、便器の中に頭を突っ込まれたり、首を絞められて殺されそうになったりしている子供たちがいるのです。「家族」という閉ざされた扉の奥で、このような虐待行為が行なわれているのです。しかし、それでも、子どもたちは生きていかなければならないのです。どんなにひどい家族であっても、子どもたちはそこで生きていかなければならないのです。その環境の中で、なんとかして生きて行く方法を考えなければならないのです。

 そして、その生きて行くための方法のひとつが、「心を凍らせる」ということです。心が何も感じなくなってしまえば、もう苦しむこともないのです。たとえば、手術のときに麻酔をかけて、痛みの感覚を麻痺させてしまうように、子どもは、自分の心を凍らせて、感情を麻痺させてしまうのです。そうすれば、心をズタズタに切り裂かれたとしても、もう何も感じなくなってしまうのです。なにも感じなくなってしまえば、虐待にも堪えることが出来るのです。そして、卑劣な親から強姦されるという、こういう忌まわしい出来事は、すべて忘れてしまえばいいのです。心を凍らせて、何も無かったことにしてしまえばいいのです。そうすれば、もうそのことで苦しむこともなくなるのです。このように、心を凍らせてしまうという行為は、激しいショックによって自分が発狂してしまわないようにするための、ひとつの安全装置として作用するのですが、しかし、後で詳しく書きますが、これが大人になってから、さまざまな心の障害となって現われて来るのです。

 さて、虐待的なケースについて書いてきましたが、これとはまったく正反対の位置にあるのが、いわゆる親の「お気に入り」になるようなケースなのです。この、お気に入りタイプでは、言葉による暴力や、肉体的な暴力はほとんど見られません。なぜかといいますと、親は子どもとの良好な愛情関係をうまく利用しながら、性行為へと誘導するからなのです。子どもは最初は少し抵抗を示すこともありますが、最終的には消極的ながらも、親との性行為を受け入れてしまうのです。あるいは、このような消極的な態度ではなくて、時として子どもの方から積極的に親を誘惑するようなケースもあるのです。このようなお気に入りタイプの子どもというのは、親と性的な関係を持つことによって、家族内でさまざまな特権を獲得していくことになるのです。たとえば、親の愛情を独り占めにすることができますし、自分の欲しいものを優先的に買ってもらったり、親との肉体関係を利用しながら家族内の人間関係を操作したりして、自分が家庭の中で中心的な存在になったりするのです。

 このような、お気に入りになってしまう子どもというのは、親との性行為を楽しんでいるようにも見えますし、親との間に濃厚な恋愛感情があったり、あるいは、まるで夫婦のような状態になったりするのです。しかし、子どもが大人になってから、自分のしてきたことやされてきたことの意味を知って、そのショックから精神的にボロボロになったりすることもあるのです。あるいは、いつまでたっても親との性行為を断ち切ることが出来ずに、自立の問題で苦しむことになるのです。たとえば、自分に恋人が出来たときに、親から妨害されたりして、なかなか親離れをすることが出来なかったりするのです。あるいは、たとえ親との肉体関係を終了させることが出来たとしても、精神的な分離や自立の問題を抱えることになるのです。

 お気に入りタイプでは、なぜ親が性行為へと誘導したのかといいますと、親が自分の子どもを、性的に利用したかったからなのです。親が勝手な都合によって、自分の子どもを利用しているだけなのです。こういう親というのは、子どもの自立の問題だとか、近親姦によって生じる心の問題だとか、そういうことはまったく考えていないのです。親は、性教育だとか、子どもへの愛情表現だとか、いろいろなことを言ったりしますが、それは言い訳にしか過ぎないのです。親は、ただ自分の性的な願望が満たされれば、それでいいのです。そのために、子供をうまく利用するのです。ですから、子どもが大人になって、性行為の意味を理解できるようになると、それに伴って、親が自分の体を利用していただけなんだという事も、理解できるようになるのです。そして、親の裏切り行為を知ったショックから、精神的に苦しむことになるのです。

 たとえ親が、「子どもの方から誘惑してきたんだ」と言ったとしても、大人同士の関係ならばともかく、子どもと大人の間では、このような言い訳は成り立たないでしょう。もし子どもが「あんなヤツ、殺して」と言ったら、子どもに言われるままに人を殺してしまうのでしょうか。善悪の判断をつけなければならないのは大人であり、それを子どもに教える責任が、親にはあるのです。

 こういうお気に入りタイプの近親姦の中には、ときとして歪められてしまった愛情や性欲のままに、親やきょうだいとの関係をいつまでも続けていくケースもありますし、なかには、近親姦の体験が自分にとっては有意義だったと言う人や、近親姦による悪い影響は何もなかったと主張する人たちもいるのです。しかし、こういう人たちの実態というのは、まだほとんど分かっていません。

 このように、近親姦には、虐待を伴う悲惨なものもあれば、親のお気に入りになってしまうものもあるのです。そして、実際にはこのような両極端な二つの要素が、複雑に絡み合っているような、中間的なケースもたくさんあるのです。たとえば、児童相談所などでの事例を見ますと、性交を強要する親に対して嫌悪感を抱いているにもかかわらず、ときには欲しいものを買ってもらったり、あるいは、今までほとんど親と話をしたことがなかったのに、関係を持つようになってからは一緒に食事に行くようになったりして、憎いはずの親に対して愛着を抱いたりすることもあるのです。こういう家族内の人間関係には、正反対の矛盾した感情が非常に複雑に絡みあっていたりするのです。

 このような近親姦の発生状況を見てみますと、赤ん坊の頃からずっと行なわれていることもあれば、子どもが思春期になってから発生することもあります。一回だけで終わることもあれば、何回か繰り返されることもありますし、継続的に長期間続くこともあります。そして、両親がそろっている家庭よりは、片親の家庭の方が発生率は高くなります。

 加害者は父親だけではなくて、母親も重要な役割を果しています。たとえば、夫と娘の近親姦に感づいていながら、見てみぬふりをしていたり、あるいは、夫から見捨てられて離婚になることを恐れる妻が、夫を繋ぎ止めるための材料として、娘を夫に差し出したりするようなこともあるのです。そして、最近外国で取り上げられるようになってきた、女性の加害者の問題があります。調査によりますと、従来から言われているような、夫から強制されて、仕方なく息子や娘と性行為をするようなケースよりも、女性が単独で自発的に性的虐待をするケースの方が、どうやらずっと多いようなのです。そして、このような女性の加害者というのは、どうやら想像以上に多く存在しているようなのです。この問題は、後で詳しく取り上げます。

 両親以外の加害者としては、きょうだい、親戚、知人などがあげられます。近親姦が発生する家族というのは、性的な境界があいまいなために、被害者は、複数の加害者から同時に関係を強要されたりすることがあります。たとえば、父親との近親姦と、兄との近親姦が同時に平行に進行していたりするのです。そして、ときには家族全員が近親姦に加わって、家庭内乱交のような状態になるケースもあるのです。それに、近親姦は異性間だけではなくて、同性間の近親姦も結構たくさん存在するのです。こういう近親姦の組み合わせにつきましては、後でそれぞれ個別に取り上げてみたいと思います。

 さて、このような近親姦を犯してしまう親というのは、どんな親なのでしょうか。一般的なイメージとしては精神異常者を思い浮かべるかもしれませんが、実際にはそうではないのです。たしかに、分裂病による精神的な混乱から近親姦に及んだり、知的障害者が近親姦におよぶようなケースもあります。しかし、これらは全体の一部でしかないのです。大部分は、一見普通の人たちなのです。所得や学歴、社会的な地位などには関係なく、近親姦は発生しているのです。しかし、あえて言えば、加害者には境界例的な要素が多分にあるのではないかと思います。たとえば、加害者に見られる性的な境界のあいまいさや、感情の不安定さ、アルコールなどへの依存傾向などは、境界例に通じるものがあります。それに、近親姦の被害者の症状は、境界例の診断基準にあてはまることも多いですし、世代間連鎖によって、被害者がやがて加害者になってしまうことも多いのです。

 次に、近親姦の問題を分かりにくくさせている、「秘密の共謀」という問題について書いてみたいと思います。前回、近親相姦タブーでも書きましたように、人間は進化の過程で隠れて性行為をするようになりましたので、その実態というのはなかなかつかみにくいのですが、近親姦の問題になりますと、秘密の共謀によって、さらに厳重に隠されてしまうのです。つまり、親が近親姦の事実を隠そうとするだけではなくて、子どもも事実を隠そうとするのです。加害者と被害者が、まるで共謀しているかのようにして、近親姦の事実を隠そうとするのです。

 まず親の方ですが、親としてはタブーを犯しているわけですから、もちろんなにがなんでも近親姦の事実を隠さなければなりません。もし、こんなことが他人に知られてしまったら、大変なことになってしまいます。アメリカですと、すぐに警察や福祉機関が介入しますし、親は逮捕されて刑務所に入れられてしまいます。そして、子どもが施設に保護されたり、親の親権が剥奪されたりして、あっという間に家族がバラバラになってしまうのです。アメリカでは、子どもに接する職業の人に対しては、虐待の事実を知った時には通報しなければならないという、罰則の伴った義務が課せられているのです。さらに、そういう職業の人たちだけではなくて、一般の市民の間にも、子どもへの虐待とか性行為というのは犯罪なんだという認識が、広く行きわたっているのです。ですので、もしも近親姦の事実が知られてしまったら、親は法的な処罰を受けるだけではなくて、仕事や社会的な信用なども一気に失うことになったりするのです。日本でも、不充分な形ではではありますが、警察や児童相談所などが子どもの保護に乗り出しますし、それに、もしもこんなことが近所の人たちに知られたり、あるいは妙な噂を立てられたりしますと、異常者あつかいされたり、変態あつかいされて、もうそこには住んでいられなくなってしまいます。ですので、なにがなんでも隠さなければならないのです。

 隠さなければならないという気持ちは、子どもにもあるのです。その理由のひとつは、親からの脅しです。卑劣な脅しや暴力による口封じが行なわれたり、あるいは親がうまく言いくるめたりするのです。そして、子どもは親からの報復を恐れて、口を開かなくなるのです。それだけではありません、子供自身にしても、親からひどいことをされている惨めな自分、親に性行為をさせられている自分、タブーを犯している自分、そういう自分を知られたくないという気持ちもあるのです。さらに、こんな忌まわしいことは忘れてしまいたい、無かったことにしてしまいたいという気持ちもあるのです。

 みなさんの中には、そんなひどいことをされているなら、なんで近所の人とか、学校の先生とかに訴えないのかと、不思議に思う人がいるかもしれません。これは、ふたたびレイプと比較して考えてみれば、理解が得られるのではないでしょうか。とは言っても、レイプの被害者に対しても、単純に「なぜ警察に訴えないのか」と言う人がいますが、被害者にとっては、これは非常に気の重い事なのです。訴えることによって、忘れてしまいたいような出来事に、裁判になったときに正面から向き合わなければならなくなるのです。さらに、自分自身が周囲の人から「レイプされた人」という偏見の目で見られることにもなるのです。こういうことと戦いながら、犯人を訴えるというのは、勇気と決断を必要とすることなのです。もしも、あなたが男性であれば、同性の人からレイプされた場合を想像してみてください。同性からレイプされた人として、警察で事情聴取を受けたり、裁判を戦ったりする勇気がありますか。

 近親姦の場合では、被害者は大人ではなくて、子どもなのです。大人でも訴えるには辛い思いをしなければならないのに、子供の場合には、なおのこと辛い思いをしなければならないでしょう。それに、子供の場合には、子どもの目の高さで物を見る必要があるのです。訴える相手は、他でもない自分の親なのです。生活のすべてを依存している親を訴えるということは、子どもにとっては恐ろしいことなのです。訴えた後、自分の生活はどうなるのかとか、まだ世間というものを知らない子どもにとっては、不安でいっぱいなのです。ですので、自分を絞め殺そうとした親であっても、それでも食事を与えてくれるますので、訴えるなどという見通しの付かないことをするよりは、今のままで堪えていた方がいいのです。

 さらに、このような秘密の共謀には、周囲の人たちの無理解も関係してくるのです。たとえば、もし被害者たちが訴えてたとしてもそんなことがあるはずがないということで取り合わなかったりすることがあるのです。あるいは、大人が精神療法の治療の過程で、幼いころにあった近親姦の体験を語ったとしても、こういう問題に理解のないセラピストたちが、「それはあなたの空想であって、実際には、そんなことはなかったんだ」などと決めつけてしまって、近親姦の事実が闇に葬られてしまうようなことがよくあるのです。これは、考えてみれば実におかしなことなのです。たとえば、患者が「私は若いころ、シンナーをやっていたことがあります」と言ったとき、「それはあなたの空想にしか過ぎないんだ。実際にはそんなことはなかったんだ」などと言うのでしょうか。あるいは、男の患者が、「実は五年くらい前に、女子トイレの盗撮をしたことがあるんです」と言ったら、これも空想だと決めつけるのでしょうか。

 通常の患者への接し方というのは、患者は本当のことを言っているのだ、ということを前提として話を聞くのではないでしょうか。そして、もしも途中で不自然な点や、矛盾した点が出てきたときに、初めて患者の言っていることを疑うのではないでしょうか。しかし、近親姦の場合には、最初から疑ってかかるのはなぜなのでしょうか。その理由としては、次回に書く予定の「逆転移」の問題もあるのですが、他の大きな要因として、近親姦というものが、まだ一般的には「あり得ること」として理解されていないからではないでしょうか。アメリカでは、多数の虐待の通報の中に、近親姦もたくさん含まれているために、実際にあり得ることなんだと言う社会的な認識が作られているのです。そして、たくさんの親たちが、過去の近親姦を子どもたちから告発されて、裁判で裁かれたりしているのです。

 しかし、最近になってこのような行き過ぎた告発への反動として、「偽りの記憶」という問題が社会的に取り上げられるようなってきました。これは、未熟なセラピストたちが治療の際に、過去に近親姦の事実があったのだという方向へ、患者を誘導してしまうことによって発生している問題なのです。そして、裁判になったときに、近親姦の事実関係を巡って、非常に混乱した状況が生まれているのです。そして、無実を主張する親たちが、子どもの記憶に基づいた証言によって、証拠が乏しいにもかかわらず、有罪の判決を受けているのです。その一方で、「偽りの記憶」を主張する人たちの「科学的な実験」にも、いろいろな問題点がありますので、こういった「記憶」の問題に関しましては、次回に詳しく書くことにします。

 では、日本では近親姦は「あり得ること」として認識されているのでしょうか。たしかに七十年代ころから、女性週刊誌などを中心として、盛んに近親姦の告白記事が取り上げられてきましたが、まだまだ「実際に」あり得ることとしては認められていないようです。やはり、なにかの大きな事件などがあって、警察によって近親姦の事実が立証され、さらにそれをマスコミが大きく取り上げて報道したりするようなことがないと、なかなか一般的に認められたと言う状態にはならないのではないでしょうか。

 しかし、日本でも、今から二十年ほど前になりますが、近親姦が絡んでいるのではないかと思われる、非常にセンセーショナルな殺人事件が起きているのです。川崎市に住む、予備校生の一柳展也が、金属バットを使って両親を惨殺したという事件です。当時、この事件は、過酷な受験戦争の影響による殺人事件として、マスコミで大きく報道されたのですが、ジャーナリストたちが取材をしていくに従って、不可解な点が次々と出てくるのです。もちろん警察は公式にはそんなことは一言も言っていないのですが、ここに「近親相姦」というキーワードを当てはめてみますと、たくさんの不可解な点が、すべて理解できてしまうのです。

 たとえば、検視官が意味ありげなことを漏らしていたり、殺し方に異常とも言えるほどの残虐さがあったり、あるいは警察の内部情報として、母子相姦の事実が分かって、これを公表するかどうかで非常にもめたという話があったり、その他にも事件に至るまでの家族の動向に、いろいろな不可解な点があったりするのです。そして、このような謎を解くキーワードとして、母親と息子の間に「近親相姦」があったのだという説が、浮上して来たのです。この近親相姦説は、一部のワイドショーでも取り上げられられたこともあるのですが、しかし、警察が公式的に否定している以上は、この説はあくまでも推測でしかないと言うことになってしまうのです。

 日本では、最近、子供への虐待が注目されるようになってきて、マスコミでも大きく取り上げられるようになってきました。ですので、いずれは近親姦による虐待や事件なども、大きく報道されるようになるのではないかと思います。そして、将来的には、近親姦という虐待も、身近に「あり得る」犯罪として、認識されるようになっていくのではないかと思います。
http://homepage1.nifty.com/eggs/jitai/incest/3jittai.html


03. 2010年4月10日 00:16:25: MiKEdq2F3Q

昔の農村共同体というのはこういう世界だったんですね:

1.精神病の感染

 果たして、精神病というのは伝染するものなのだろうか。

 人の心を操る寄生虫が出てくる小説(ネタバレになるのでタイトルは言えない)を読んだことがあるが、実際に見つかったという話は聞かないし、たとえ存在したとしてもそれはあくまで寄生虫病であって、「伝染性の精神病」とは言いがたいような気がする。

 実際には、たとえば梅毒のように伝染性の病気で精神症状を引き起こすものはあるけれど、純粋な精神病で細菌やウィルスによって感染する病気は存在しない。精神病者に接触しても、感染を心配する必要はないわけだ。

 しかし、だからといって精神病は伝染しない、とはいえないのである。
 精神病は確かに伝染するのである。細菌ではない。ウィルスでもない。それならなんなのか、というと「ミームによって」ということになるだろうか。

 妄想を持った精神病者Aと、親密な結びつきのある正常者Bが、あまり外界から影響を受けずに共同生活をしている場合、AからBへと妄想が感染することがあるのだ。

もちろんBはまず抵抗するが、徐々に妄想を受け入れ、2人で妄想を共有することになる。これを感応精神病、またはフォリアドゥ(folie a deux)という。

Folie a deuxというのはフランス語で「ふたり狂い」という意味。最初に言い出したのがフランス人なので、日本でもフランス語で「フォリアドゥ」ということが多い。もちろん妄想を共有するのは2人には限らないので、3人、4人となれば"folie a trois"、"folie a quatre"と呼ばれることになる。なんとなく気取った感じがしてイヤですね。

 AとBの間には親密な結びつきがなければならないわけで、当然ながらフォリアドゥは家族内で発生することが多いのだけど、オウム真理教などのカルト宗教の場合も、教祖を発端として多数の人に感染した感応精神病と考えることもできるし、以前書いたことのあるこっくりさんによる集団ヒステリーも広義の感応精神病に含めることもある。


この感応精神病、それほどよくあるものでもないが、昔から精神科では知られた現象で、森田療法で知られる森田正馬も1904年に「精神病の感染」という講演をしている(この講演録が日本での最初の文献)し、その後も今に至るまでいくつもの論文が発表されている。


2.宇宙語で会話する夫婦

 まずは精神医学1995年3月号に掲載されている堀端廣直らによる「Folie a deuxを呈し“宇宙語”で交話する一夫婦例」というものすごいタイトルの論文から紹介してみよう。

 鍼治療の仕事を営む夫婦の話である。

 夫婦は「温和で物静かな夫婦」とみられていたが、1986年8月中旬から、妻の方が「宇宙からの通信」を受け始めた。その内容は「病気はこうしたら治る」「宇宙から素晴らしい人がやってくる」といったものだった。また、それと同時に近所の人々によって嫌がらせをされるといった被害妄想も感じるようになった。

そして約1ヶ月後には夫も同様の被害妄想をもつようになり、宇宙からの通信を受け始めたのだという。妄想が感染したのだ。二人は治療を求める客に対して「あなたは価値のない人間だから」などといって断るようになる。昼間から戸を締め切り夜は部屋の電灯を一晩中ともして「宇宙からの使者を待つ」生活をして周囲から孤立していった。

 そして約二年後のこと。今度は夫の方から「宇宙語」と称する言葉をしゃべりはじめ、半年後には妻も同調して二人は「宇宙語」で会話するようになったのだという。近所に抗議に行ったり通行人を怒鳴り追いかけるときにも「宇宙語」を発して近所の人々を驚かすこともあった。

宇宙語は中国語やスペイン語に似た言葉のように聞こえたとのこと。子供が3人いたが、感化されることもなく宇宙語も理解できなかった。


1991年、妻が通行人に暴力をふるう行為があったので妻のみが入院。妻は、医師に対して「宇宙語を喋るのがなぜいけないのか。人間のレベルが高くなったからしゃべるのだ」と反論し、同席した夫と宇宙語で会話。しかし入院翌日からは落ち着きが見られ話も通じるようになった。

入院3週間後より夫との面会を許可したが、笑顔で落ち着いた様子で宇宙語は話さなかったという。退院してからは「あのときは自分は一生懸命だったのです。今となっては過去のことです。通らねばならない過程だったと思います」と冷静に振り返ることができたという。

 これは春日武彦『屋根裏に誰かいるんですよ。』にも紹介されている症例だが、おそらくこれは「愛」の物語だ。フォリアドゥの成立条件に「2人の親密な結びつき」がある以上、フォリアドゥの物語は、多くの場合、愛についての物語なのである。

 この症例で興味深いのは、もともとの妄想の発端は妻だったのにも関わらず、「宇宙語」を話し始めたのは夫の方からだというところ。

最初妻が妄想を語り出したとき、当然夫はとまどったことだろう。その時点で病院に連れて行ったり誰かに相談したりすることもできたに違いない。

しかし、結局夫はそれをせず、妻の妄想世界を受け入れる。それはつまり、二人の間にはそれほどまでに深い結びつきがあったということだ。それから二年後、夫は、世界を与えてくれた妻に対し「宇宙語」を伝え、さらに二人の世界を広げるのである。

 「宇宙語」はつまり、夫から妻へのプレゼントだったのかもしれない。

3.行者と女工

 もうひとつ、篠原大典「二人での精神病について」(1959)という古い文献に載っている事例も紹介してみよう。72歳の女行者と25歳の女工の話だ。

 まずは行者の方である。老婆は若い頃から信心に凝り、夫や子を捨てて住みこみ奉公をし、金がたまると神社仏閣を遍路するという生活を繰り返していた。いつのころからか病人をまじないし、狸がついているなどというので、昭和31年夏、I病院に入院させられた。病室の隅にお札やお守りで祭壇をつくり大声で祈り、ときどき気合いをかけたりしていた。

医師には「お稲荷さんもこの病院は嫌だといっておりますわ。いろんなことがありますが、いうと気狂いだといわれますさかい」と言っていた。

 一方、女工は18歳で母を亡くし、継母とはうまくいかず、郷里を出て工場を転々とし、苦労を重ねていた。入院1ヶ月前、3年間つきあっていた男性から別れ話を持ち出された。

その後、ほかの人が彼女には無断で男から手切れ金を取ったり、すぐあとで別の男から結婚を申し込まれるなどの事件が重なり、発病。「不動さんの滝に打たれていると自然に首が振れだし、止まらなくなりました。不動さんが私に乗り移り問答できるようになりました。故郷に帰れとお告げがあったので荷物をまとめていると、手切れ金の噂をする声が聞こえてきました」。彼女は昭和31年秋に入院した。

 1年後にこのふたりは同じ病棟で移る。すると2人はすぐさま一日中話し込み、ともに祭壇を拝み、女工は行者のお経を写すようになる。

このころ、女工は「私の病気の原因を知っていて治してくれたのです」「不思議な風が私をおさえつけもがいているときに○○さん(行者の名前)のお守りで楽になりました」と話している。

女工は、男に裏切られて以来始めて、信頼できる人に出会ったのである。このころの2人はまさに教祖と信者の関係であった。


しかしその関係は長くは続かなかった。いったんは救われたものの、行者の方が「腹の中にいる生き物がはらわたを全部食ったらおまえは死ぬ」「人を犯す霊がお前についている」などと女工を脅すようなことをいうようになり、女工は行者に不信を抱くようになる。

彼女は行者とは別に祈るようになったが、するとますます行者は怒る。結局3週間で2人は争い分かれてしまった。女工は言う。「○○さんは私を計略にかけたのです。○○さんは身寄りがないから私を治して退院させ、退院した私に引き取ってもらおうとしたのです」

 その後1ヶ月して面会させたが、語り合わずまた争うこともなかった。行者はその後も変化はなく、女工は症状が消え3ヶ月して退院、故郷に帰っていった。

 孤独な2人の、出会いと別れの物語である。


4.フォリアドゥの治療

 この例でもわかるように、実はフォリアドゥには、鉄則といってもいい非常に簡単な治療法がある。それは、2人を引き離すこと。

もちろん最初に妄想を抱いた人物(発端者)は、多くの場合入院させて薬物などによって治療する必要があるが、影響を受けて妄想を抱くようになった人物(継発者)は、発端者から引き離されただけで治ってしまうことが多いのだ。

 ただし、引き離す、という治療法は多くの場合有効だが、そうすれば絶対に治るとはいえない。

 私がまだ研修医だったころのことだ。隣の家の朝鮮人が機械で電波を送ってくる、という妄想を抱いて入院しているおばあさんの治療を先輩医師から引き継いだことがある。

「自分が治してやろう」という意気込みは精神科ではむしろ有害なことも多い、ということくらいは知っていたが、まだ駆け出しだった私には、どこかに気負いがあったのだと思う。必死に薬剤を調整してみてもいっこうに妄想は改善しない。

万策尽き果てた私が、永年同居生活を送っている兄を呼んで話をきいてみると、なんと、彼の方も「隣の家の朝鮮人からの電波」について語り出したではないか。2人は同じ妄想を共有していたのだった。

 これはフォリアドゥだ! 私は、珍しい症例に出会ったことと、そして先輩医師が気づかなかった真実にたどりついたことに興奮し、さっそく「鉄則」の治療法を試みた。兄の面会を禁止したのである。

しかしこれは逆効果だった。面会を禁止してもおばあさんの妄想はまったく改善せず、それどころか2人とも私の治療方針に不信を抱くようになり、治療はまったくうまくいかなくなってしまったのだ。

私は2人を一緒に住まわせるのはまずいと考え、兄のところ以外に退院させようと努力したのだが、2人とも態度を硬化させるばかりであった。


今考えれば私の方針の間違いは明らかである。私は、妄想が残ったままであろうと、彼女を兄のところに退院させるべきであった。それが彼女の幸せであるのならば。私は「鉄則」にこだわるあまり、老人の住居侵入妄想はなかなか修正しにくいことを忘れてしまい、そして何よりも、永年2人だけで暮らしてきた兄に突然会えなくなった彼女のつらさに考えが及ばなかったのであった。


5.古いタイプの感応精神病

 続いて、古いタイプの感応精神病の例を紹介してみよう。最近の感応精神病は「宇宙語」の例のように、都会の中で孤立した家族で発生することも多いのだが、かつては圧倒的に迷信的な風土の村落で発生することが多かった。例えばこんな例がある。

 昭和29年、四国の迷信ぶかい土地の農家での話である。あるとき、父親が幻覚妄想が出現し興奮状態になった。そのさまを熱心にそばで見ていた長男は2日後、父親に盛んに話しかけていたかと思うと、次第に宗教的誇大的内容のまとまりのない興奮状態に発展し、互いに語り合い感応し合いながら原始的憑依状態を呈するに至った。

父親は妻、娘など一家のもの6人を裏山に登らせ裸にさせて祈らせ、大神の入来を待った。長男は家に残り夢幻様となって家に放火。一同は燃え崩れる我が家を見ながら一心に祈りつづけた。父親、長男以外も一種の精神病状態にあった。


悲惨な話だが、どこかゴシック・ホラーの世界を思わせないでもない。

 これがさらに拡大すると、村落全体が感染するということもある。


青木敬喜「感応現象に関する研究(第1報)」(1970)という論文に載っている例だが、これはフォリアドゥというよりむしろ、以前書いたこっくりさんの例のようなヒステリー反応とみなすのが適当かもしれない。


 昭和11年、岩手県北部にある戸数40程度の集落での話である。

 発端となったのは35歳の農家の妻Aである。昭和11年5月、夫の出稼ぎ留守中、頭痛や喉頭部の違和感を感じるようになり、また身体の方々を廻り歩くものがあるような感じがするようになった。あちこちの医者を回ったがなんともないといわれるのみで一向によくならない。

どうも変だと家人がいぶかしんでいる間に、患者はときどき「鳥が来る。白いネズミのようなものが見える」などといったり、泣いたり騒いだりするようになった。家人はこれは変だと患者の着物を見ると、動物のものらしい毛がついている。これはイズナに違いない、と12キロほと離れた町の祈祷師Kに祈祷してもらったところ、たちまち発作状態となり、さらに発作中に自分は集落の祈祷師Tのもとから来たイズナであると言い出したのである。

その後もこの患者は発作を繰り返すようになり、多いときには一日のうちに数回起こすようになった。

 さてAの近所に住む農家の妻BとCも、昭和11年5月頃から喉の違和感を覚えるようになる。12月にはBの夫がBに毛が付着しているのを発見している。BとCは例の祈祷師Kのもとを訪れ祈祷してもらったところ、祈祷中に2人は急に騒ぎ出し、「Tから来たイズナだ。Tで育ったものだ」と言い出す。


こうして昭和12年4月までの間に続々と同様の患者がこの集落に発生、ついにその数は10名にのぼった。事件は集落をあげての大騒ぎとなり、「集落は悪魔の祟りを受けた。なんとかして悪魔を滅ぼさねば集落は滅んでしまう」と不安と緊張が集落にみなぎるにいたる。

 こうしたなか、本当にTの祈祷のせいなのか確かめようじゃないか、という動きになり、昭和12年8月20日午後3時ごろ、集落の共同作業所に患者10名を集め、集落の各戸から1名ずつ、合計四十数名の男たちの立ち会いのもと、TとKのふたりの祈祷師の祈祷合戦が繰り広げられることになった。

まず疑いをかけられているTが祈祷をするが患者は何の変化も示さない。次にKが祈祷すると、約10分くらいして患者たちはほぼ一斉に異常状態となり、「Tから来たTから来た」と叫ぶもの、「お前がよこした」と激昂してつかみかかるもの、「命をとれといわれたが恨みのないものの命をとることができないからこうして苦しむのだ。苦しい苦しい」と泣き喚くもの、ものもいえず苦しげにもがいているものなど憑依状態となり、まったく収拾のつかない大騒ぎとなった。

このため、これは確かにTの仕業に違いないと集落のものは確信を抱き、Tに暴行を加え、T宅を襲って家屋を破壊した上、村八分を宣言したのである。

 さらにその約1ヶ月後のことである。集落の各戸から1人ずつ男たちが出揃ったところで副区長が「イズナが出ないようにするにはイズナ使いの家に糞便をふりかければイズナは憑くことができないという話をきいた。どうであろう」と提案した。

すると、一同は一も二もなく賛成し、そのまま四十数名が暴徒と化し、大挙してT宅に押しかけ、雨戸を叩き壊して座敷になだれ込み、糞便をかけ、Tをはじめ家族の者を殴打、重傷をおわせてしまった。


これまたものすごい事件である。ただ、「宇宙語」の家族は隣にいてもおかしくないように思えるが、こちらはわずか60年前の事件とは思えないくらい、私には縁遠く思える。

集落全体が外部から遮断された緊密な共同体だった時代だからこそ起こった事件なのだろう。こうした共同体が減ってきた今では、このような憑依型の感応精神病はほとんど見られなくなっている。

6.家庭内幻魔大戦

 さて今度はまた篠原大典「二人での精神病について」(1959)から。家庭内の騒動が、宇宙的規模での善悪の戦いにまで発展していってしまうという、興味深い物語である。

 昭和31年5月、Kという呉服商が相談のため京大精神科を訪れた。

 彼の話によれば、昭和23年に妻と長女、三女が彼と口論をしたあと家出。しばらくして帰宅したが帰宅後はことごとく彼と対立、離婚訴訟を起こした上、妻と長女は前年から二階の一室にこもり、ときどき外出して彼の悪口を言い歩くが、一見正常に見えるから始末に困るという。なお、別居中の義母も妻とは別に彼を悪者扱いしているという。

 そこでこの論文の著者らはただちに母と娘を閉鎖病棟に収容した。現在の常識からすればこれくらいのことでなぜ、と思えるが、当時はそういう時代だったのだろう。入院後も2人が協力して反抗してくるのでただちに分離したという(「鉄則」の通りである)。

 さて母子の入院後、2人の部屋からは数十冊にも及ぶ膨大なノートが発見される。そのノートには、驚くべき母子共通の妄想体系が詳細に記されていたという。その記述によればこうだ。

 宇宙外にある「大いなるもの」から一分子が月に舞い降り、さらに地球に来て母の肉体に宿った。太陽を経て地球にきた分子は長女に、ある星を経て来た分子は三女に宿った。彼女らは肉体は人間の形をしているが、魂は大いなるものの一部であり、月や太陽の守護のもとに人類を救済する使命をもち、「宇宙外魔」の援助を受けて彼女らをおびやかす悪の根源である夫Kを撃滅せねばならない!

 家庭内幻魔大戦というか、家庭内セーラームーンというか、とにかくそういう状態なのである。ここで、仮に母を月子、長女を陽子、三女を星子と呼ぶことにし(実際、論文にそう書いてあるのだ)、2人が書いた手記をもとに、この妄想体系が完成されるまでの経過をたどってみる(以下斜体の部分は手記の記述による)。


Kは苦労人で丁稚奉公のあと、月子と見合い結婚すると暖簾をわけてもらい東京で呉服店を開いた。一方月子は貿易商の長女で甘やかされて育ったせいもあり、派手でだらしなく浪費癖があり、夫とは常に対立していた。2人の間には4人の子どもが生まれる。長女陽子、長男、次女、三女星子の4人である。

 長女陽子は自然が好きな子どもだったが、人間は嫌いで、幼稚園の頃は太陽の絵ばかり描いていた。「父は些細なことで怒り赤鬼のようになって母を叩き、耐えている母をみて母の尊いこと」を知った。

父と母の争いにまきこまれ、成績があがらず落胆し、学校も家庭も憎み、「よく裏庭に出て月や星を仰いで」いた。5年生のときにH市に疎開、終戦までの1年間は父のいない楽しい生活を送ったが、終戦後父もH市で商売を始め、再び母との争いに巻き込まれることになった。

 しかも、中学から高校にかけては父の命令で、妹たちとは別に祖母のいる離れで寝なければならなかった。祖母は向かい合っていても何を考えているかわからない人で、「父が悪事を企んでいる」と真剣な顔で陽子に告げるのであった。

この祖母も分裂病だったと思われる。陽子の手記によれば「父から物質的恩恵を受けながら父を愛せませんでした。そのことを深刻に苦しみましたが、誰も理解してくれませんでした。知らず知らず孤独を好み、しかし一方では自分が頼りなく誰かに頼らねば生きていられませんでした」。そして高校1年のときある事件が起き、それ以来彼女ははっきりと父を敵とみなすようになるのである。

 その事件については陽子の母月子の手記をもとに見ていこう。
 昭和25年、月子と陽子はKの弟の家で軽い食中毒を起こす。このとき月子の心に最初の疑惑が生じる。

昭和27年、月子は夫の甥が陽子の部屋に無断ではいるのを発見し、夫に告げるが「夫は全然取り合わないのである。私は夫の仮面を見たような気がした」。


昭和28年1月、陽子は腎臓疾患にかかり、月子は離れで陽子を看病するが、Kが離れに出入りしたあとは必ず容態が悪化することに気づいた。

「ここに至っては夫が陽子に危害を加えていることは明らかである。私は夫と甥に警戒の目を向けた。家の中は自ら疑心暗鬼、一家をなさず私と陽子対夫と甥の目に見えない対立が生じ、間に入ったほかの子どもたちはおろおろするばかりである」。

長男は中毒事件までは母についていたが以後父に従い、次女は最初から父の側、三女星子はほとんど母についていたが、終始母に批判的であったという。

 28年3月、月子は飼い犬のえさのことで夫とひどい口論をしたときに夫に「何か一種の妖気を感じた。私は今までの夫にないものを見たのだ。以後奇怪な事件は連続して起こっていった。私たちは身体に異常を感ずるが、くやしいことにその根源を科学的に実証できなかった。しかし害を加えられるところにとどまることはできない」

 彼女たち3人は家を出て警察などに訴えまわり、3ヶ月後に帰宅した。

「家に帰ると陽子は身体がしびれて動けぬという。奇怪だ。しかしある夜、私はその正体の一部を見た。私が陽子を看病していると、といっても病気ではない。見守っていると、はなれとの境目の板塀の節穴からさっと私たちに向かって青白い閃光が走った。私も陽子もしびれるような異常を感じた。相手は見えざる敵である。あるときは右隣、あるときは左隣から来た」

 やがて29年になる。「私は陽子を連れて二階に引きこもることにした。疑いを持った人とともに生活することは無意味だからである。そしてこの不可解な事件をどう解決するかということに専念した」

 家出前後の事情は娘陽子の手記にも書かれている。

「腎臓炎になってから不思議なことが次々と起こり、布団が非常に重く感じられ、時計の音が大きく響きました」

「父が薬を飲ませたとき、味が妙だと思いましたが、あとで毒を入れられたのでそれで病気が治らなかったのだとわかりました」

「父に殺されるといったのは私で、家を出ようといったのは母です」

「隣の家から光線が出て2人とも気持ちが悪くなったこともあります」

「H先生(遠縁にあたる絵の先生で、彼女の片想いの対象)に何度も危険を訴え、殺されたら裁判所に訴えてくれと頼みました」。

笑っちゃいけないのだが、月子の手記がなんだか妙にB級ホラーサスペンスタッチなのがおかしい。母子と父の戦いはいったいどうなるのか。

 昭和29年になると、母月子と長女陽子は2人で2階で暮らすようになる。陽子の手記によるとこうだ。

「母と2階で生活し、父が来ると追い返し塩を撒きました」

「私が買い物に出て家の周りのことを母に伝え、対策を考えてはノートで敵を攻撃しました」

 「ノートで敵を攻撃」というのがどういうことかというと、つまり呪文による攻撃なのである。母のノートには「神不可抗、我等と敵魔外魔との反発源を白光通像の中へ密着入せよ」などとあり、娘のノートには

「さしもかたき暗黒の魔星、四方に砕けて、たちまち無くなれり。彼方より尊き神の御光、仰げ白光たえなる神を」とあった。

また、「敵撃滅敵撃滅敵撃滅……」という呪術的文句も延々と繰り返されていたという。ここにきて、事態は家庭内呪術戦争の様相を呈する。


 昭和30年、ついに2人は「大いなるもの」と接触する。

「『ご自身の世界に一度顔を出してください』と太陽から聞こえたり、大いなるものから『来たければおいで』と知らせてくれました。

体がしびれたとき、目を閉じるとダイヤモンドのようにきらきら光るものが見え、母に話したら大いなるものだといいました」。


困り果てた父親が精神科を訪れたのが昭和31年5月。そして2人は入院することになる。

入院3日目より陽子は「壁の後ろから父に命令されたものが電波をかける」と訴え、母の名を叫びながらノートにも

「お母さんお月さんはありますね」

「お母さんを離れては私はありません」

「お母さんの心は私の心、一心同体とお母さんは言いましたね」

などと書いた。母と会わせると抱き合って

「月と太陽が……あいつと宇宙外魔が……」と語り合っていた。

 入院第1週から月子は「私の伝記」を書き始める。これが今まで引用してきた手記である。

 第2週、娘は

「新しい素晴らしい世界ができる。その主となるのは私」

「地球も宇宙も月も捨ててしまう」

「月も太陽も出ない。宇宙を逆転させて、しめたといったのは誰だ」

と緊張病性興奮をきたし、父と面会させると

「あれは亡霊です人間ではありません」と逃げ出した。

主治医はつとめて妄想を肯定するように対応したが、すると彼女は主治医とH先生(きのうの記述にも出てきた、陽子が片想いしている絵の先生である)を人物誤認し、


「太陽は自由だった。太陽に飛んでいきたい。しかし地上にも幸福はある。それはH先生」

と書いている。この頃から興奮は鎮まり、第3週から手記を書き始めている。

 母の症状はなかなか改善しなかったが、第6週には娘は父の住む家に外泊、父は案外やさしい人だといい、逆に母を説得さえするようになった。「入院はいやだったが、病気が治りかえって自由になった」と書いている。第8週に母はなんら改善されずに退院。第10週に娘も母と別居し父と暮らす約束で退院した。

 しかし、話はここでは終わらない。陽子は1ヶ月ほど父と生活したが、H市の母のもとに手伝いに行ったのをきっかけに、ふたたび母と二階の一室で暮らすようになる。ときどき帰る父と母の緊張、H先生への恋を母に禁止されたことなどが誘引となり、10ヶ月後、再び陽子の症状は悪化してしまう。

 昭和32年4月、陽子は京都にH先生に似ているというある俳優の撮影を見に来ていたが、その俳優が殺されるシーンになると不安になり、ハンドバッグから持ち物を出し、次々と太陽にすかし池に投げ込んだ。かけつけた父を罵りますます興奮するので、主治医が呼ばれて行った。

「よい月が出ているから安心しなさい」と主治医が言うと一応鎮まり、

「二次元と三次元の世界のどちらを選ぶべきですか」と質問したという。

 かくして陽子は再入院。第1週には

「人間なんか信用できないから地球に未練はない。あの汚らわしいやつ。人間のできそこない、あいつは絶対に許されない。神でもないのに神のつもりでいるのだ。あいつは物質的恩恵を与えたつもりでいるけれど、太陽によって成り立った物質はあいつのものとはいわせぬ」

「私の元の世界は宇宙の外にある。お母さんが帰らなければ私だけH先生を連れて帰ってしまう」

などと話していたが、2週目以降はやや現実的になり、母親と離れることの不安やH先生への思いを語るようになっていった。


入院2ヶ月後にLSDを服用させて妄想を発現させたところ(驚くべきことに、昔はそういう治療法があったのである)、1時間後強迫的に笑い出し、
「ケセラ・セラの歌は私がお母さんに頼っていたことに対する警告だと思います。お母さんを捨ててH先生と結婚します」

といい、2、3時間後には「先生! オールマイティになってください」と主治医に寄りかかる。一人で立たないといけないと突き放すと不安がつのり

「空に飛びたい。元の世界に帰る」と机の上に乗って飛ぼうとする。

しかし飛べずに興奮し始め、

「過去も現在もなくなってしまえ」

と叫びながら主治医にH先生になってくれと懇願する。主治医がうなずくと次第に静まっていったという。

 念のため言っておくが、これは今じゃとても考えられない荒っぽい治療法である。 ともかく、入院4ヶ月目に陽子は退院。以来京都で父と暮らし洋裁学校に通うようになったという。

 論文の著者はこう結んでいる。「母からH先生へ、そして主治医へ、退院の頃には主治医から父へと陽子の依存性は次々と移され、その程度も弱まり遂には精神的独立を決意するに至っている。かくて主治医を通じて父との新しい人間的結合を生じ、母から分離したのである」。

 つまり主治医は、陽子の分離不安をいったん自分で引き受けることによって治療を成功させたわけなのだけど、これも下手をすれば主治医が妄想に取りこまれないとも限らないわけで、けっこう危険を伴なう治療法だと思うんだけどなあ。ま、結果よければすべてよしですが。


7.フォリアドゥと家族

 さて最後にちょっと違った視点からフォリアドゥを見てみよう。共同生活をしている家族などの中で狂気が伝染していくというのは、確かに気味の悪い現象ではあるのだけれど、ある意味、感染して同じ狂気を共有するようになった人は幸せといえよう。

抵抗をやめて吸血鬼(or屍鬼orボディスナッチャーorボーグ)になってしまえば楽になるのと同じようなものだ。

 それでは、狂うことができなかった家族はどうなるのだろう。
 家族を正気に戻すために戦う? 家族を捨てて逃げる? 

映画ならともかく、現実にはどちらもよほどの覚悟がないとできそうにない。それに、もし、戦うことも逃げることもできない無力な子どもだとしたら? 

家族は狂気を共有することを強要するだろう。暴力も振るうかもしれない。狂うこともできない子どもは家族からの虐待に耐えつつ、ただひとり孤立するほかあるまい。狂気に陥っている集団の中では、正気を保っている人物こそが狂人なのである。

 これは、狂気に感染した家族よりもはるかに悲惨なんじゃないだろうか。しかし、どういうわけか、これまでの文献は、感染した家族には興味を示すのに、狂気に陥らなかった家族についてはほとんど触れていない。「宇宙語」の論文でも、感染しなかった子どものことはほとんど書かれていないし、「家庭内幻魔大戦」の論文でもそうだ。無視しているといってもいいくらいである。

 このへん、精神医学という学問の偏りがよく現れていますね。派手な精神病症状には興味を示すくせに、狂気を耐え忍んできた人の心にはまったく無関心。今でこそPTSDなどが話題になってきているけれど、つい最近までの精神医学はこんな具合だったのだ。


フォリアドゥそのものではなく「狂えなかった家族」に焦点をあてた文献はあまりないのだが、それでも皆無というわけではない。酒井充らによる『いわゆる被虐待児症候群の事例化』(社会精神医学1987年12月)という論文から事例を引いてみる。

発端者は母親であったらしく、結婚前の18歳ごろから

「近所の人たちが自分のことをバカにして笑っている」

とくってかかるなどの行動があったという。21歳で結婚するが、しだいに夫も妄想を共有するようになり、次男Kが生まれた頃には、夫婦そろって近隣といざこざを起こし転居を繰り返していた。

 次男のKは4歳のときに幼稚園に入園したが、両親はKが保母に不当にいじめられているという被害妄想を抱き、中途退園させてしまう。またその頃父から「家族は家族だけでやっていくから、もう二度と外の人とは遊ぶな」と言われ、子どもたちは外出を禁じられるようになる。

 6歳でKは小学校に入学するが、やはり父は担任の家に電話してどなりつけたり、教育委員会に抗議に行ったりしていた。まもなく両親はKの登校を禁止。Kが登校しようとすると、両親、ときには兄も加わってベルトで鞭打つ、金槌で殴りつける、煙草の火を押しつける、鉄パイプで眼を突くなどの身体的虐待が加えられた。そのため、小学3年生以降はほとんど学校に出席できなくなった。

 他の兄弟は親に従ったがKだけは抵抗したため、Kは親の言うことを聞かない子として、兄に行動を監視され、他の家族員から仲間はずれにされていた。Kは自宅内で一人で教科書や本を読みながら過ごすようになる。


12歳、中学校に進学したが一日も出席できず、学校から自宅に届けられた教科書で勉強し、父に命じられて自宅の敷地内の草取りをしたり、自宅内で飼っている豚の世話をしたりしていた。

この頃から、両親の近隣に対する被害妄想はますます強くなり、両親は自宅周囲をトタン板で囲い、月に一、二度のリアカーでの買い出し以外外出をしなくなる。

外出のときには両親はカメラやテープレコーダーを持ち歩き、「いやがらせの証拠」を探していたという。その際にもKは外出を許されず、父から訪問者の声の録音を命じられていた。

 15歳ごろより、Kはマンガ家になりたいと思うようになり、マンガの添削教育を受け始める。しかし両親は「マンガなど描くのはやめろ。豚の世話をしろ」と反対し、Kの描いたマンガを破き、届いた郵便物を焼き捨てる。反抗すると、両親はKに暴力を加えた。

Kは両親の妨害を避けるため、自宅の隅に家具やガラクタを積み上げて「バリケード」を築き、その中に閉じこもってマンガを描くようになった。Kの態度に父は逆上、バリケードに灯油をぶちまけて火をつけ、自宅は全焼、Kは右半身に火傷を負い、翌日外科病院に入院した。

 入院したKは病院で植皮術を受ける。しかし、手術痕の回復に従い、問題行動が始まった。看護婦の体に触る、夜間徘徊して眠らない、注射・服薬を拒否するなどの行動を繰り返し、病院側から治療半ばにして退院させられてしまう。

病院は通院治療を勧めたが、父は「一旦家から離れた者は家族ではない」といって、Kを父の信奉する宗教施設に預けた。

しかしKはそこでも問題行動を起こし、自宅に帰された。両親はやむなくKを家に置くことを許したが、やはり自宅外への外出を禁じたため、Kは再びバリケード内にこもった生活を続けることになった。


痛ましい話である。Kにとってはまさに地獄のような家だったに違いない。15歳で入院し、家から離れたときになぜきちんと助けを求めなかったのかと不思議に思う人もいるかもしれないが、それは無理な話だろう。

それまで家族以外との接触がほとんどなかったKには、他者とうまくコミュニケーションをとることができなかったのだろう。

 さてこのあと、Kは意外な方法で地獄からの脱出を図る。

17歳頃になると、Kは両親が話しかけても「あなたは誰でしゅか」などと幼児語しか話さなくなり、昼夜かまわず奇声を発するようになった。

また布団の上や鍋の中に大小便をしたり、糞尿を身体をなすりつけて転げまわるなどの異常行動が徐々に激しくなり、両親も対応に困り、翌年11月、救急車で精神病院に入院することになった。

 入院したKは、主治医の質問も待たず一方的に喋りだし、

「親から離れて入院できたのは本当にラッキーでした。でも僕は本当のことは言いません。狂気を装っているんです。催眠療法してもだめでしょう」

とうれしそうな表情で話した。入院前の異常行動については

「親が鉄パイプで殴ったり、僕のものを燃やしたりするのが鬱積して、精神病の方へ出ちゃったんです」

「虐待ばかりで学校へも行かせてくれず、訴訟ばかりしている親に反抗して、家から脱出したいと思って、親の方から僕を嫌いにさせようとして狂うふりをしたんです」という。

また「これは父にやられた、ここは母にやられた」と体中の傷痕や火傷痕についてしきりに説明した。


病棟では他の患者や看護婦に一方的に話しかけ、苦情が出るほどだった。また自分の要求が通らないと大声でわめきちらし、逆に強く注意されるとその場で土下座して謝ったりと、周囲の人たちとどのように接したらよいのかわからない様子だった。

 両親への憎悪は強く、「もう自宅には戻りたくない。親戚に連絡して引き取ってもらいたい」と要求。入院が長引くにつれ、

「自分の親は被害妄想狂です。だから僕ではなく親のほうを入院させて下さい」と攻撃的な口調で退院を要求した。

 一方両親は、入院時「一生退院させない」と言って面会にも現れなかったが、月に2、3回の手紙は必ず送って来た。

Kは両親が「被害妄想狂」である証拠として、主治医に手紙の一部を見せた。手紙は、警察や近隣、福祉事務所などへの被害的内容が主で、当初は病院に対して好意的だったが、徐々に

「病院も警察とグルになって一家をバラバラにしようとしている」

と被害妄想の対象になっていった。そして、それとともにしだいにKの退院を認めてもいいとも書くようになっていった。

 翌年7月、突然父が病院を訪れ、Kを自宅に引き取りたいと申し入れ、即日退院となった。その後もKは以前のように自宅に閉じこもった生活を続けているようだが詳細は不明だという。


こうして、Kは結局地獄の家に帰ってしまうのである。おいおい、そりゃないだろ、と思うのは私だけではないはずだ。

 Kが本当に狂気に陥っていたのか、それとも本人の言う通り狂気を演じていたのか、この論文でははっきりとした結論は出していない。

それでも、Kは、両親の狂気に対して、それを上回る狂気という奇策によって脱出を図り、必死に助けを求めてきたわけだ。そんなKを、父親に言われるままにあっけなく自宅に引き取らせてしまっていいんだろうか。いくらなんでもこの結末はないだろう。

 確かにこの患者は未成年でもあることだし、普通は親が退院させたいと言えば、法的には退院させるほかはない。たとえ親の方がおかしいと思おうが、この両親を無理矢理入院させるわけにはいかない。でも、このような場合には何かほかの方法があったんじゃないかなあ(例えば親戚に介入してもらうとか)。

 この論文は、「今後はさらに、本事例児のみならず、他の兄弟の発育についても、慎重に経過を追う必要があると思われる」と結ばれているのだが、本当にそれだけでいいのか?
 その後この家族がどうなったのか、気になって仕方がないのだが、残念ながら続報は発表されていない。
http://homepage3.nifty.com/kazano/folie.html


04. 2010年4月10日 02:24:57: MiKEdq2F3Q

 1968年10月5日、栃木県矢板市で、娘(当時29歳)が実の父親(53歳)を絞殺するという事件が起きた。父親は娘が中学生の時から乱暴し続け、娘は父親の子を出産していた。


 栃木県佐久山町にTという男がいた。

 Tは農業のかたわら町役場の吏員として勤め、青年学級の指導員でもあった。妻とのあいだに長女A子をはじめ、二男四女をもうけた大家族だった。

 A子は1939年生まれ。父母が24歳の時の子どもである。

 昭和28年、農業を嫌ったTは、宇都宮に移り味噌・雑貨を扱う商売を始めた。木造平屋の二間に9人が暮らした。商売はうまくいかず、貧しい生活が続いた。

 中学2年の三学期頃、A子(当時14歳)が四畳半で寝ているところ、酒臭い父親が布団にもぐりこんできて体を触られた。

他の兄弟が折り重なるように寝ていたので、A子さんは家族を起こすまいとそのあいだ声を出すことはできなかった。そしてそのまま父親に犯されたのである。以後、母親の目を盗んでは、1週間に1度、10日に1度と犯され続けた。

「お父ちゃんが私のところへ来て変なことする・・・」

 中学3年になったA子は泣きながら母親にこのことを打ち明けている。だが母は「どうりで私のところにこなくなった。おかしいとは思っていた」と言うだけで、ショックを受けたようでも、怒っている様子でもなかった。

 娘の目にはそう見えた母親だが、子ども達のいない時に「A子に何すんだ!」とTに怒りをあらわにした。だがTは逆に包丁をつきつけて「ガタガタぬかすと、殺すぞ」と脅し返した。恐れた母親はA子や他の子ども達と逃げ出した。Tはそれまでは心優しい夫であったのだが、A子とのことがあってからは、乱暴な男に変わっていた。

 結局、母親は子どもの半分を連れて知人のいる北海道に家出。残されたA子が母親代わりとなって、弟妹の面倒を見た。Tは母親の目を気にすることもなくなったので、日に何度もA子を求めるようになった。


 A子17歳の時、母親が戻ってきた。母の実家に屋敷に掘立小屋を作り、一家はそこに住むようになった。母は父を監視して、A子の寝ている方に行こうとすると止めに入ったが、そのたびに喧嘩となった。

 それでもTの欲望はつきることなく、酒を飲んでは娘の体を求め続けた。そしてこの頃、A子は父親の子どもを身ごもった。

 身重のA子は、田植えの時に知り合った男性(当時28歳)と駆け落ちした。A子の方から「私と逃げてください」と哀願したのだった。男性は同情して、2人は黒磯まで行ったのだが、父に追いつかれて引き離された。

 この一件があって、Tは妻の留守中に矢板市に間借りして、長女とその妹H子とで暮らし始めた。この矢板市の家は一部屋で、ここでは毎晩夫婦のように父と1つの布団で眠った。Tはこの頃、植木職人をしていた。

 11月24日、A子は長女出産。

 昭和32年、市営団地に引っ越す。A子はここで二女、三女を出産。

 父親は精力はますます旺盛になったのか、毎晩1度では終らず A子が断ると、大声でわめき散らした。A子は近所の人や自分の子どもにそれを聞かせたくないから応じ続けていた。
 
 妹H子は中学卒業後、千葉県の工場に就職し、矢板の家ではTとA子、子ども3人での生活が始まった。事情を知らない人間からすれば、幸せに映っていただろう。


 1968年、A子は29歳になっていた。

 すでに四女と五女も生んでいたが、生後まもなく死亡した。5度の出産以外にも、5度の中絶をしている。

昭和42年8月、大田原市の産婦人科では「このように中絶していると体が持たないから、手術して妊娠しないようにしたほうがいい」と言われた。A子は父親に相談し、父もそれに賛成したので、8月25日に矢板市内で不妊手術を受けた。供述によると、この手術以来、A子は不感症となり、父とのセックスは苦痛以外の何者でもなくなっていた。

 A子は家計を助けるために65年から近所の印刷所に働きに出ていたのだが、ここで年下のSさん(当時22歳)という男性と知り合っている。A子はSさんに好意を持ったが、積極的に仕事を手伝うぐらいで、それを口にしたことはなかった。以前、駆け落ちした男性は嫌いではなかったが、父の元を離れたいという想いの方が強く、恋とは言えなかった。だからSさんが初恋の相手となる。

 8月の終わり頃、仕事を終えて帰宅中のA子に、Sさんが「工場をやめようかな」と言った。その理由については言わなかったが、その翌朝、Sさんが告白した。
「あんたが悪いんだ。あんたが会社に入ってこなければよかった。あんたが好きになってしまった」

 A子は父に束縛されるため遠出がほとんどできなかったので、同僚が「恋人と〜に行ってきた」と話すのがうらやましくて仕方なかった。だからこそSさんと仕事帰りに喫茶店でおしゃべりをしたり、東武デパートで買い物をしたり、花屋敷で映画を見たことは、彼女にとって初めての幸福であったに違いない。

 Sさんは他の従業員からA子さんに子どもがいるのを聞いており、また子どもが出来ないことも知っていたが、結婚を申し込んだ。

 A子は寝床で父親に結婚したい人がいるということを打ち明けた。

「お前が幸せになれるんなら良い。相手はいくつだ」
「22歳」
「そんなに若いんじゃ向うでお前をからかっているんだ。子どもはどうするんだ」
「お母さんに頼む」
「何を言う!俺の立場がなくなる。そんなことができるか。お前の子どもなんだぞ」

 父親は焼酎を一気に飲んで、「今から相手の家に行って話をつけてくる。ぶっ殺してやる!」とわめいた。A子は「勤めをやめて家にいるから、Sさんのところには行かないで」と言ってようやく納得させた。

 翌朝、A子は工場に電話を入れ、「ゆうべお父さんに話したが駄目だった。今から矢板駅に行くから来てくれ」とSさんに伝えた。Sはすぐに駅に行ったが、A子は姿を現さなかった。

 その頃、A子はよそ行きの服を持ち出して、近所の家で着替えていた。しかし、Tに見つけられ、ブラウスを剥がれ、下着まで破られた。悲鳴を聞いた近くの人が父を押さえているあいだに、A子はバス停に向かったが、バスが来ぬ間に父親に連れ戻された。

 9月20日、A子は父から逃れるために東京に出ようと決心した。その前に1度だけSさんと会ってお別れを言いたかったのだが、彼の自宅でも、工場でも電話は取り次いではもらえなかった。

 Sさんは工場長からA子が父親と関係を持っていることを聞かされていた。「深入りしないように」とも言われた。A子も工場を辞めてしまったので、もう忘れようとしていたのだった。

 A子の上京は、父が仕事を休んでまで監視するため不可能になっていた。

 10月5日、この日も父はA子を監視するため仕事を昼までで切り上げ、泥酔していた。

「俺はもう仕事をする張り合いがなくなった。俺を離れてどこにでも行けるんなら行ってみろ。一生つきまとって不幸にしてやる。どこまで行ってもつかまえてやる」

 夜8時すぎ、いつものようにTが娘の体を求める。

「俺は赤ん坊のとき親に捨てられ、苦労に苦労してお前を育てたんだ。それなのに十何年も俺を弄んで・・・・このバイタめ!」

「出ていくんだら出ていけ。どこまでも追って行くからな。3人の子どもは始末してやるぞ!」

 この罵声を聞いた瞬間、A子は父親を押し倒し跨ったうえで、傍にあった股引の紐をつかんで、首にかけ絞めた。Tはなぜか抵抗しなかった。

「殺すんだら殺せ」
「悔しいか」
「悔しかねえ。お前が悔しいからしたんだんべ。お前に殺されるのは本望だ」
「悔しかねえ。悔しかねえ」

 父は絶命した。A子にとっては父の束縛から自由を取り戻した瞬間でもあった。

 A子は近所の親しい雑貨商宅を訪れ、「父親を紐で絞め殺しました」と言って崩れ落ちた。
http://yabusaka.moo.jp/yaita.htm
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/knight9/totigi.htm
http://gonta13.at.infoseek.co.jp/newpage473.htm


05. 2010年4月10日 02:37:15: MiKEdq2F3Q

日本の農村は怖い


世間には「犯罪とは都市で起こるものであり日本古来の農村地帯は牧歌的で秩序だっていて、近代の都市部とは違い平和で犯罪はなかった」という誤解があります。
しかし、そういう閉鎖された農村地帯とか地方コミュニュティーというのは実は陰鬱でおかしな犯罪の温床でもあったのです。

例えば、間引き、夜這い、村八分、村の権力者による暴行、強姦、犬神や狐憑き殺人のような迷信や因習に縛られた暴行事件、実は殺人事件であった神隠しなど犯罪行為はゴロゴロありました。

まあ村の女性がレイプ同然に暴行されてたり、村のある一家が村八分で酷い目に合わされたり、嬰児が大量に間引きで処理されても、お上には訴えられず表立った犯罪にはなりにくいということはありますけどね。

「昔は村や地元の秩序状態が犯罪にはなりにくい犯罪を誘引していた」が正解です。

夜這いの習慣の名残は各地でトラブルを生みました。
名張毒ブドウ酒事件とか津山三十人殺しも動機は夜這いのもつれらしく、陰鬱な農村型犯罪です。

他に月ヶ瀬村の殺人や殺人事件とは思いにくいですが「便層で死んだ男」事件などもそのカテゴリでしょう。
http://pandaman.iza.ne.jp/blog/entry/526459/


06. 2010年4月10日 11:18:04: MiKEdq2F3Q

『奇子』 手塚治虫

罪の意識に悩まされながらも奇子を抱く伺朗。

「こんなことはしてはいけないんだ」

「なして?奇子を広い高いお空の上へ連れ出してくれたのは、兄ちゃんよ」

「俺を愛してはいけないんだ」

「奇子が窓から星空に飛び出せるのはこの時だけなのに、兄ちゃんはすぐにまた窓の中に引き戻そうとするのね」

「明日は奇子の15歳の誕生日だな。親父の証文をおふくろがあける日だよ。お前が15になるとき、親父が財産をどう分けるか決めた証文を見せるんだ」

「とうちゃんはまだ寝たっきり?」「ああ。意識はない。でも親父の威厳は落ちたわけじゃない」

市朗は証文を出せ、とゐばに迫る。「父さんの枕の中じゃ」その証文の中味を見て驚く市朗。

「遺産の8割は奇子の産みの母親に譲る!」

意識のない作右衛門に迫る市朗。

「親父。俺との約束はどうなった。俺はお前さんのいいなりになり嫁をもらい嫁を貸したんだ。田畑財産を譲り受ける約束だったんだ。奇子の産みの母親はすえだ。だが父親は俺じゃねえ」

そしてすえに迫る市朗。

「さあ書け」

「何を」

「お前が俺に渡す証文よ。女房から亭主が財産を譲り受けるのは当然のことだ」

http://www.asahi-net.or.jp/~an4s-okd/private/bun/man02305.htm


Yahoo!コミックでは「手塚治虫」の作品「奇子」が今すぐ楽しめます。無料立ち読みページつき!!

奇子シリーズ一覧
http://comics.yahoo.co.jp/10days/tedukaos01/ayako01/list/list_0001.html


07. 中川隆 2010年8月18日 21:13:34: 3bF/xW6Ehzs4I: MiKEdq2F3Q

狭山事件について思う事


◆◆「狭山事件・自殺した容疑者O氏について」◆◆


 一年ぶりに狭山事件の現地調査に参加した翌日、都合で参加できなか
ったM氏から電話があり

「事件発生直後に自殺したO氏はどうしても怪しい。

関係なければ結婚式の前日に自殺するだろうか」と質問された。


 同じような声はよく聞く。

事件から四十三年過ぎているが、O氏への疑いはいまだに晴れていない。自殺した直後にマスコミが「容疑者が自殺」と報じたので、その印象がいまだに強く残っているのだろうか。

また、国会でも野党議員が「自殺したO氏を調べろ」と追及したこともあった。

 O氏は当時トラック運転手だったが、婚約者がいて家も新築中だった。

五月七日には結婚式をする予定で、その前日の六日朝に自宅で農薬を飲んで井戸に飛び込んだ。家族宛に遺書もあったらしい。

 六日は善枝さんの葬儀の日だった。O氏はかつて十年前に善枝さん宅で作男として働いていた。血液型もBで条件は整っていた。

 事件発生直後から容疑者として浮かんでいて、狭山署の捜査本部は任意で呼んで調べている。連日朝早くから夜遅くまで調べられていた。自殺の直後、捜査本部はマスコミの取材に対し「O氏は事件と無関係だ」と発表した。

 なぜ、さんざん容疑者として調べていたO氏が、自殺したとたんに「無
関係」と断定したのか。そこに、重要な意味があるのではないか。

 事件発生当初は単独犯でなく、グループによる犯行と考えていた捜査本部は、O氏に仲間の名前を問いただしていたのではないか。

近くの森養豚場のスコップが盗まれていて、地下足袋がO氏の自宅付近から見つかっている点などから、O氏が犯人を知っているのではないかと追及した可能性がある。

 O氏は二十万円の身の代金を要求するほどお金に困っていない。

運転手としての収入もあり、家の新築も進んでいて婚約者もいた。

善枝さんを強姦し埋めたり、カバンや教科書を別々に捨てるような複雑な犯罪をしなければならないような、実行犯としての動機がない。

 しかし、犯行グループは知っていると見て

「だれがやったのか、知っているならいえ」

と迫ったのではないか。


警察は、よく容疑者の秘密を見つけ出し、自白しないなら世間にいうぞ、といって自白を迫る手口を使う。

かつて、自白しない女性容疑者に

「おまえは学校時代、特殊学級にいたな。

そのことを夫にいっていいか。自白すれば内緒にしてやる」

といって殺人を自白させた事件があった。


 おそらく、O氏にも警察は過去の事実を突きつけ、ばれれば結婚できないような状態で

「仲間の名前をいわなければ、おまえの秘密を婚約者にばらすぞ」

と、O氏をせめ立てたのではないか。

 だからこそ、自殺した翌日には「O氏は無関係」と断定できたのではないか。

「死人に口なし」で、その後もO氏は「犯人では」といわれ続けている。

そういう意味でO氏も被害者の一人だと思う。

簡単に「怪しい」などと裏付けのない疑いはしてほしくない。


参考図書 『狭山事件の真犯人』 著者・殿岡 駿星
http://blog.goo.ne.jp/syunsei999/e/f59e7b6d78bd25f8699f48ead8d69879

狭山事件については多くの人が謎解きをやっていますが、狭山事件の犯人は中田家の長男かO氏だというのがコンセンサスになっている様です。

しかし、この投稿を読まれた方はこの両人は何らかの関わりで犯行には止むを得ず加わっていた可能性は高いけれど殺人の実行犯とは考えないだろうと思います。

要するに、狭山事件についての多くの論者は興味本位に無責任な文章を書き散らして、狭山事件の犯人は中田家の長男かO氏だというをでっちあげて定着させてしまったのです。

死人に口無しですから、真犯人にとってはO氏が犯人扱いされるのが一番都合が良い訳ですね。

また、中田家の長男は中田家の秘密(?)を知られたくないから、自分に嫌疑が
かかっていても否認すらしない。 まあ、自分は犯人ではないから何を言われようと平気なわけですね。


こういうのも真犯人にとっては非常に好都合な訳です。

このまま行ったら関係者が全員死んで事件は迷宮入りですから、真犯人は現状のまま時間が経つのを待ってるのでしょう。

日本人はみんな人が良いから気付かないでしょうが、真犯人は口塞ぎの為に自殺に見せかけて何人も殺してる異常性格者です。

当然、真犯人はゴーストライターに狭山事件の犯人を中田家の長男やO氏だと思わせる様な文章を書かせているだろうし、ネットを通して情報操作を繰り返していると想定した方がいいと思います。

今頃、真犯人もうまくいったと ほくそ笑んでいる事でしょう。


08. 中川隆 2011年5月17日 23:16:33: 3bF/xW6Ehzs4I : MiKEdq2F3Q

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09. 2011年10月10日 11:31:20: MiKEdq2F3Q

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10. 2011年12月04日 10:35:30: MiKEdq2F3Q

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           ,. '"    u  /         ヽ、(   {:l/ ./l      、 ヾ,、}    ::::::::::::.Yi芽.l-‐|
        ,. '"  _,.っ,,.__o゚ノ            ヽ`゙'ー--‐'".:::::l         ノ'       ::::::::ノ'"}lメ! ,レ
    ,. ,. -‐''"´ -::r=:、:.、  ``丶、      u     ヽ.   / .:::::::l、   ι´´   _     ::::U '゙’-ィ-/
 ,. ' イ    /::::::::::゙'':´::::::::..                ヽ./  ..:::::::::>:..、      ´u (( ̄``ヽ=ァニ二イ/,ィ
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            u                     ,. ィ''´               `丶、 `ヽ、Y :l l iヾ
                            /             ι       ヽ、 ヾ、 l ! !〃
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、ij               ι           /                       ..:::::::::::::ヽ_j./ / l
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中川隆_麻薬・陰謀論関係投稿リンク
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak50/msg/913.html

中川隆_風俗関係投稿リンク
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak50/msg/912.html


11. 2012年5月16日 07:34:47 : MiKEdq2F3Q


名張ぶどう酒毒殺事件の真犯人は?


名張毒ブドウ酒事件


1961年3月29日朝日朝刊の第一報
三重県名張市 ブドウ酒で5人死ぬ
生活改善クラブ 全部女、10人は重態

 28日午後6時ごろ名張市葛尾の薦生原(こもおはら)公民館葛尾分館で、同地区と隣接の奈良県山辺郡山添村葛尾の両地区合同の「生活改善クラブ 三奈の会」の男女会員31人が役員改選総会後、折り詰めで酒を飲んだが、“乾杯”でいっせいにブドウ酒を口にした女の会員19人のうち15人が十数分後突然苦しみだして倒れ、29日午前2時現在5人が死に、危篤1人、9人が重態となっている。上野保健所では症状から原因は農薬のような毒物の疑いが濃いとみて調べている。

 名張市から医師4人がかけつけ葛尾分館で応急手当てをしているが、現場は屋外、屋内に被害者が折り重なるようにして倒れ、うめき声をあげているなど、文字通りの地獄絵図を描いていた。

 問題のブドウ酒はラベルによると、大阪市浪速区西圓手町、西川洋酒醸造所製の三線ポートワインで飲んだ量は約1.8リットル、名張市林商店から買ったもの。阪大および西川醸造所の話ではブドウ酒の製造過程に有毒物がはいったり、発生したりすることは考えられないといわれ、買ってから何かの原因で毒物がはいった過失の線も浮かび名張署でも調べている。ブドウ酒は28日午後、奈良県側の葛尾の伊勢原利一君(20)(1) が会員である母親の頼みで買ったもので、折り詰めには全員手もふれていなかった。


◇死者 

▽名張市葛尾、農業 奥西千恵子(33)
▽同 北浦ヤス子(37)
▽同 中島登代子(37)
▽同 新矢好(27)
▽同 奥西文子(30)


 3月29日夕刊では、12人の重体患者のうち10人はやや快方に向かったが残りの2人はまだ重体のまま、となっている。


(1) 3月29日夕刊では、葛尾農協職員の石原利一さんとなっている。バタバタしている中で書いたものと思われ事実関係にもいくつか間違いがある。
 奥西千恵子は奥西勝の妻、北浦ヤス子は奥西勝の愛人という。奥西文子は役員改選時まで会長であった奥西楢雄の妻である。


 この事件では、前代未聞のデタラメが警察により行なわれた。そして検察・司法によってデタラメが行なわれているのは他の冤罪事件と同様である。奥西勝の人権があまりにも踏みにじられているではないか。

 1961年4月3日午前4時、奥西勝は妻の千恵子と愛人の北浦ヤス子との三角関係を清算するためブドウ酒に農薬を入れたとして、殺人と殺人未遂の容疑で逮捕された。
 そして警察は、奥西勝が犯人であることをマスコミや国民に印象づけるため、同日午後0時半から奥西勝に記者会見をさせた。逮捕された被疑者に記者会見をさせるなど、これ以前にもその後も聞いたことがない。朝日とNHKの2人の記者が代表で会見室に入ったが、事実関係や犯行の動機など事件の核心については触れないよう制限されたという。警察側は担当刑事ら3人が立ち会った。


 江川紹子著「六人目の犠牲者」によると、

 “担当刑事は刑事部長から、報道関係者が

「奥西に会わせてくれ、記者会見をやってくれ」

と言っている、

「報道陣の方でどうしてもということで要望がある。何とか一つ、わずかな時間でもいいから会見できるようにならんかね」

と言われたという。そこで奥西勝に尋ねたところ、しばらく考え込んでいたが

「今のこういう気持ちを社会の人に知ってもらいたい。自分の謝罪するという気持ちを新聞とかラジオ、テレビなどを通じて一応知ってもらいたいので会います」

と話した。

 しかし、奥西勝によれば事実経過はまったく違う。 彼が後に弁護士に出した手紙によると、午前中の取り調べの際、担当刑事から「記者会見に出るように」指示された、という。

「何のためにですか」

「謝罪をするんだ。家族の者が部落の人に謝っているが、お前が謝らないと家族がますます苦しむ」

「記者に会っても話すことはありません」


いったん担当刑事は引き上げたが、戻ってきてから、


「どうしても会見をやれ」

と強硬だった。

「俺が教えてやる通りに話せばいい」

 そんなやり取りが交わされた末、奥西勝は渋々応じた。家族の負担を軽くしてやりたい気持ちもあったし、自分はやっていないのだから、いつか真実が明らかになるのだと事態を楽観視してもいた。大勢の記者の前に引っ張り出されるわけではなく、少数の代表者と会うのだからと説き伏せられ、それならば仕方がないという気持ちになったのだという。”

 そして記者会見は僅か3分で打ち切られ、奥西勝を犯人とするに都合の良い警察の意図する内容のみがマスコミを通じて流された。会見の内容は4月3日の夕刊にすべて載っているが、“警察に教えられたもの” であり馬鹿馬鹿しいため転載はしない。

 このような事実経過が、警察の発表では

「・・・自分の謝罪するという気持ちを新聞とかラジオ、テレビなどを通じて知ってもらいたい・・・」

となって発表されるのである。警察の発表はウソばかりであり、まったく信用してはならないのです。

 誰が農薬をブドウ酒に混入したか、混入する機会があったかを考えるうえで時刻が最も重要であったが、 すべての関係者の時刻の証言が4月12日くらいから、事件直後と大きく変わった。事件直後極めて具体的に証言していたにもかかわらず、4月12日くらいから、勘違いしていた、はっきりしない、分からない、覚えていない、時計が狂っていたと思う、などとあやふやになり時刻の証言が変わった。


石原利一 は事件翌日3月29日の取り調べで、

 〈当日午後2時頃であったと記憶します。上野市の販購連から(鶏の)資料が小型四輪車で着きましたので、(この飼料を)先に注文のあった分館(=公民館)のすぐ近くにある依頼者方へ送り届けてもらうため、その四輪貨物自動車に同乗して依頼者の家に向かったのでありますが、

その途中林商店の前を通りますので、そこで先に頼まれていた清酒2本とブドウ酒1本、いずれも1.8リットル入りを買い受けて、また小型四輪貨物に乗って依頼者の家の方に向かいますと、

会長の奥西楢雄さんの家の前の道路に奥西さんの奥さんで文子という人がいましたので、私は自動車の助手台から奥さんを呼んで、

「これ晩に飲むやつさかい、預かっておいて」

と言って、先ほど買ってきたばかりの清酒2本とブドウ酒1本を渡したのであります〉

 と明確に供述していた。30日には時間経過の自筆メモも作成している。


 農協  2時頃  小型四輪車
 林酒店  2時5分  清酒2本 ブドウ酒1本
 奥西会長  2時15分  清酒2本 ブドウ酒1本を会長の奥さんに渡しました
 依頼者  2時17分  飼料13俵をおろす


 販購連から(鶏の)資料が着いてそれを依頼者に運ぶのは業務であるから、時刻はほぼ正しいだろう。何月何日何時ごろ、或いは今日(明日)何時ごろそちらの農協に持って行きます、のような連絡があるのは常識である。さもなければ業務が成り立たない。

ところが4月20日の警察官調書では、

 〈午後4時30分頃に、上野から四輪車が飼料を積んで来たので、私はその飼料は名張市葛尾の依頼者のとこへ持っていく飼料でしたので、すぐその自動車に私が乗せてもらって林酒店により、清酒2本、ブドウ酒1本をもらって葛尾へ来たのであります。

そうして葛尾の奥西さんのとこの前まで来た時は、午後5時前後でありまして、道端に文子さんがおりますし、入り口の水道のところにもう一人女の人が見えましたが、今考えてみれば、この女の人は・・・〉

 と変わった。この女の人は、というのは変更した時間の信憑性を高めるために警察が作り出した証人であることは言うまでもない。

法廷では、裁判官たちから石原に対し次々に質問が飛んだ

「小川裁判長」―あなた、(4月11日に)検事の調べを受けた際には、2時から3時ぐらいの間に酒を買って、奥西さん(会長)の所に届けたと、こういうふうに答えてられますが、記憶がありますか。

「記憶あります。それは勘違いしてました」


―どうして2時から3時の時間が、4時半なんてこう1時間半も狂ってしまうんだろうか。

「それは勘違いしてました」


―どういう点を勘違いしておったの?

「・・・・・・」


―これ、あんた警察で、この事件が起きたらすぐ調べを受けたでしょう。そしてその当時、何時ごろに販購連から小型四輪車が来て、林さんとこに酒を買いに行ったかというようなことを説明したでしょう。そういうこと説明しませんでしたか。

「しました」


―その当時、あなた、何と言っておったの?

「はっきり思い出せません」


―どういうわけで、あんた、2時から3時までと言っておったのを、4時半から5時の間に訂正したんですか。その勘違いしておった根拠を一つ納得いくように説明してくれませんか。

「・・・・・・」


―10分や15分ならそれはあるけどさ、何時間という違いが出てくるもんだから。

「そのとき、あんまりびっくりしまして、何と言ってええか、分かりませんでした」


「高橋裁判官」―あなたが葛尾へ帰られた時間は何時ごろでした?

「調書にはなんと書いてありますか」


「岡田裁判官」―その時間について何か時計を見たわけじゃないようですが、何か根拠らしいものがあるんですか。

「バスが動いていやへんだ。バスが普通4時10分くらいですから」


―それがもう出てしまってなかったんですか。

「はい。それから葛尾へ行って10分かかるし、それからこちら(葛尾公民館)へ来るのも10分かかるし、4時半くらいかなと」


―バスの時間が根拠になっているんですか。そのほかにはどうですか。

「そのほかに全然ありません」


「高橋裁判官」―しかしバスに会わなかったからといって、このバスが通った後だということはいえないでしょう。それはどうですか。

「せやけど、久田亭のバスの停留所も、誰もいなかったんです」


「船越検察官」―あなた4時から5時の間ごろに久田亭の前を通ったこと、この事件までに何回かありますか。

「さあ、覚えませんわ。それはあるかもわかりません」


―久田亭の前をそれまでに通ったことはあるね。

「あります。毎日通ってます」


―それで、バスは来てるけれども、乗り場に誰もお客さんいなかったようなことありましたか。

「バスの時間に通ったことはあまりありません」


 検察官は助け舟を出したつもりが、反対に石原の証言のいい加減さを証明することになってしまった。お笑いものではないか。下らない刑事ドラマを見るより余程面白いんじゃないでしょうか。

事実は小説よりも奇なり、と申します。面白くないと言うのはバカ或いはキチガイと検察・警察の威信を守るのが仕事であると考える裁判官及び検察官・警察官以外にありません。


「小川裁判長」―あなたの時間が、こういうふうにガタンと変わってるんだけれども、これはなんか、この問題について大分追求されたと違うんですか。

「お前の言ってる時間、違うんじゃないか、違うんじゃないか」

と言われてこういうような大きな開きが出てきたんと違うの?

「そんな覚えありません」

―それじゃ君は3月23日に中村検事に調べを受けた際に(ブドウ酒到着時間について)答えられなくなっているのはどういうわけだ。初め奥西さん(会長)の所に瓶を届けた時間は、最初は2時半か3時ころと申しておりますがと言って、きみ、時間がピタッと言えないのはどういうわけなんだ。

「・・・・・・」

―私が眼に入れた調書じゃ23日のやつが一番終いなんですが、それにまた2時半、3時ということを問題にしてるんだがね。

「君の時間は違ってるぞ、違ってるぞ」

と言われたのとは違うのかね。そういうことはない?


「言われたこともあります。あんじょう考えてみたら、4時半ぐらいやったと思うんです」


 奥西勝を犯人とするに都合の良いよう、検察・警察により時刻を “調整” させられたのである。

 つまり石原利一の当初の供述では、女たちが懇親会の料理の準備のために奥西楢雄会長宅にやって来る4時45分くらいまでの2時間半、会長宅の表玄関の小縁に置かれていたことになってしまい、犯人が奥西勝と特定出来なくなってしまう。

奥西楢雄会長宅では嫁姑の関係が険悪で、奥西楢雄会長は事件直後可能性のありそうな者として第一に妻の文子の名を上げていた調書がある。山村の部落では、都会と違い、会長宅にブドウ酒の瓶が置かれていたのを見たものは他にもいるだろう。


 “このようなことをする動機のある奴は奥西勝しかいないんだよ。

その時刻じゃ奥西勝と特定できなくなってしまうじゃないか。

お前の言う時刻は間違いでこれが正しいんだよ” と。


そして区長の号令のもと部落としてもその時刻に “調整” した。村八分(部落八分?)を恐れる部落民は証人喚問されても “調整” の経緯を話そうとはしなかった。偽証を問われるよりも村八分の方が恐いのである。偽証を問われるのは自分一人ですむが、村八分は家族にも及ぶ。

 裁判所でデタラメを証言し、矛盾をつかれると 「・・・・・・」 と黙りこくってしまった。

証人喚問で矛盾をつかれた場合は下手に弁解せず黙っていれば良い、と検察・警察から知恵を授けられたのであろう。

部落民は裁判所よりも警察の方が上だと考えているのである。


 時刻の証言の変更は石原利一だけではない。関係者すべてなのです。


一審判決時毒牙にかかっておらず正しい時刻を明確に証言した、折り詰めを販売した店の女主人はその後毒牙に噛まれ、時計が当てにならなかったなどとして時刻を変更した。

 彼女は名古屋高裁では次のように一審での証言を翻した。


「藤本忠雄裁判官」―(約束の時間から)1時間遅れたとかいうようなことは(石原に対して)言った覚えはないのかね。

「はい、そんなことは申したことはありません」

―ありませんというのは、そういうことを言ったような記憶がないという意味か。

「はい、記憶がありません」


―しかしあなた、原審の裁判所の調べでは、その点についてこういうことを言っていますよ。

「奥西楢雄さんから28日の4時に折り詰めをもらいに行くからという電話があったのです。

ところがその日、私方店の時計が5時になっても取りにみえないので、葛尾農協の方でその折り詰めがいらなくなっのかなあと思っていた時、石原さんがみえたのです。

それで私は石原さんに一時間も超過したなあと申し上げた記憶がございます」


と、こういうふうな趣旨のことを言ってるんですが、どうですか。


「申し上げたんだと思います」

―だから石原にそういうことを言った覚えがあるか、ないか。

「・・・・・・」

―今、覚えがないのか。

「はい」

―中略―


―時計が狂っておったということに気がついたのは、いつのことですか。

「それは多分、(一審判決後に)蔵持(派出所)へ行って尋ねられた時 に申し上げたと思います。その時分に、その時計のことで気がついたぐらいのことです」

―あなたの家の前の辺りにバス停があるでしょう。

「あります」

―お客さんが時間なんかを聞くのに、1時間も2時間も狂っているようなことはないでしょう。

「そんなに狂ってないと思いますけど」

―石原利一が折り詰めを取に来たとき、あなたは時計を見たのですか、見ないのですか。

「今になると、何も分かりませんけれども」

―見た記憶ですか、見なかった記憶ですか。

「・・・分かりません」

 人間であるから勘違いすることもある。しかしすべての関係者が勘違いすることはない。この事件にかかわった50人を越える裁判官の8割近くが、一審判決で


「かかる時刻の訂正は、ブドウ酒引渡し人側の時刻を受取人側の述べる時刻に合致せしめるための検察官のなみなみならぬ努力の所産であり、このことは各該当の報告書を一読すれば容易にこれを理解し得るところである」


と指摘されていたにもかかわらず、すべての関係者が “勘違い” することをおかしいと考えず、すべて検察・警察に都合よく判断したのである。事件の鍵を握る奥西文子、奥西千恵子は亡くなっており、検察・警察に都合のよい判断をしたとしても、真実が明らかになることはない、と考えたのであろう。


 いくら精神構造の異常な裁判官が多いといっても、8割近くの裁判官が異常だとは考えたくない。 裏で裁判所と検察の癒着があるのではないかと考えるのです。健全な常識ではそれ以外に考えられないのです。

 庶民であればそのような脳タリンがいても良い。しかし人の命を奪う判断をする者が、このような 低脳・異常な精神構造で良いものであろうか。正義が行なわれないどころか、無実の人を国家権力が殺すというあってはならないことが行なわれることになる。


 時刻の調整だけでなく、捜査はすべてデタラメだった。

 事件直後石原利一はブドウ酒の栓は自分が開けたとし、具体的に供述していた。


「私が席に着いている時、文子さんから『栓を抜いて』とブドウ酒の瓶が差し出されたので、私が

『よし、抜いてやるわ』

と言って何気なく瓶を受け取りました。瓶の口の方を右に、底の方を斜め左下にして、王冠を口に入れて歯でこじ開けようとしたら、私の側にいた男衆の中の誰であったか、
『それじゃあ抜けない。歯を折るぞ』

と言っておりました。私はその言葉を聞いて、歯を折ってはだめだからと注意しながら、瓶の栓を噛んでテコの原理を応用してやってみましたところ、意外に簡単に一回で栓が開きました。それで瓶を文子さんに返したのです」


 会場にいた者たちの証言の大半は石原利一が開けたというもので、一人は次のように証言している。


「男の方が最初の酒を注いでもらう少し前くらいに、文子さんか千恵子さんのどちらかであったと思いますが、私たちの方にコ字型に並んでいた(机の)内側からやってきて、ブドウ酒の絵を描いたレッテルの貼った瓶を持ってきて、

『誰か栓抜いて』

と言ってきましたので、石原利一君が

『抜いたろう』

と言って 口で栓の辺りを噛んでいるのを確かに見ました」


 それが4月12日以降、石原利一の供述は次のように変る。


「私は会合の席で奥西文子さんに頼まれて開けたと申しましたが、奥西千恵子さんに頼まれて開けたのか、その点、この2人の中のどちらかに頼まれたことは確かですが、どちらに頼まれたとは断言することが出来ません。

また、ブドウ酒一升瓶入りの王冠を歯で開けたと申しましたが、その一升瓶は清酒であったか、またブドウ酒であったのか、はっきり記憶がありません。とにかく、ギザギザのあった王冠を歯で開けたことは確実であります」


 4月16日には更に次のように変る。

「いろいろ考えてみますと、初めから申しているように、歯で開けるときギザギザがありましたし、中栓はなかったと思いますから、私の開けたのは酒の瓶であったと思うのが本当であります」

 目撃者の証言も4月21日次のように変る。

「前回申し上げたことの中で、石原利一君が栓を開けていた瓶にブドウ酒のレッテルが貼ってあったのを見たと言いましたが、これは間違いであって、今ようく考えてみますと、そのようなものは見なかったと思いますので、その点で訂正さして貰います」

 お笑いものではないか。まさにデタラメ、滅茶苦茶である。

検察・警察はこのようなデタラメが我が国では通ると考え、裁判所はこのデタラメを認めてきたのてある。

当方が右傾化した低脳な者たちを軽蔑する 「国際社会などどうでもよい。日本国内で、日本人だけで論理を構築できればそれでよい」 そのもの、いやそれ以前の問題か。

 このような調書が国民の目に触れることはないだろうという前提で、我が国ではデタラメな刑事司法が行なわれてきたと思われる。


 予算がないためこの年は、女性たちのためのブドウ酒は出されないことになっていた。

当日になって奥西楢雄会長が自腹を切っても良いとして購入したものである。

従って前日まで懇親会にブドウ酒が出されることを知っている者はいなかった。
 にもかかわらず警察は、ブドウ酒に農薬を入れるため、前日の夜に、笹山から切り出してきて8年にもなる古い竹を切って直径2センチ長さ6センチの竹筒を作り、農薬を入れて新聞紙で蓋をして準備したとする “自白” を作ったのである。

猛毒で液体の農薬を古い竹筒に入れて新聞紙で蓋をするようなことを、その毒性を知っている者がするであろうか。義務教育をまともに終了していないような者でもしないだろう。竹筒を横にすれば新聞紙の蓋から農薬が滲み出してくると思われる。細心の注意を払って、立てて保管・移動しなければならない。また新聞紙で強く蓋をすれば古い竹筒ではひび割れる恐れがある。

このような常識では考えられない幼稚なデタラメの “自白” が作られたのである。お笑いものではないか。

 当方であれば、王冠の歯の跡がどうのこうのなどという下らないことは考える必要もなく、関係者の時刻の証言の不自然な変更だけで十分であるが、奥西勝の無実を考えるうえで興味深い事実を指摘したい。

 虚偽の自白をさせられた奥西勝が農薬の入手先を問われ店名をあげた。この農薬は前年の夏、茶畑の害虫退治のため購入していたものであるが使用していなかった。妻の千恵子には奥西勝の浮気が原因による夫婦喧嘩の際、この農薬が “こわい薬” であることを置き場所とともに話してしまっていた。

 しかし店主は彼に農薬は売っていないと証言した。事件に巻き込まれることを恐れ、伝票を焼却してしまったのである。

もし奥西勝が農薬を混入したのであれば、せっかく店主が売っていないと証言してくれているのだから、“良く考えてみたら買っていなかった” と言えば良いのである。それこそ “勘違いしていた” と言えば良いのである。

しかし彼は店主を呼んでもらって買ったではないかと対決した。そして3月6日ぐらいまで自宅にあった(それ以降無くなっているという)と証言した。

奥西勝が犯人であるなら、仮に店主が売ったと証言したとしても、“すぐに害虫退治に使ってしまった” と言えば良かったのである。犯人がこんな馬鹿なことをするわけがないではないか?  
知的障害者でも物事が何も分からない余程知能指数の低い者でなければしまい。これが分からない裁判官は知的障害者でも余程知能指数の低い者である。

 葛尾部落は当時二十五戸、人口約130、外から嫁いで来たような僅かな人を除き、ほぼすべての人が血縁・親族関係にあったという。これが異常な精神構造の原因なのであろうか。

 名張市の隣りは伊賀忍者の里、上野市である。葛尾も忍者の里と言う。頭の指揮のもと一糸乱れず行動し、仲間の結束を何よりも重要と考える・・・精神構造が受け継がれているのであろうか。

 1961年4月3日の朝日朝刊には “山村には珍しい美男子” とある。

実際当時の写真を見ると驚くほどの美男子である。しかし調子に乗ってあまり浮気をするとこのような事件に巻き込まれるのです。検察・警察は男(醜男)の敵と考えたことだろう。

 江川紹子氏が話を聞こうとある婦人を訪ねた際、婦人の夫から言われた。


「もう勘弁してくれ。どうしてみんな、時間のことばかりしつこく聞くんだ。

事件の時だって、警察にも検察庁にも最初から本当のことを話してきた。

でもいくら話しても信じてもらえず、妻はノイローゼになって入院してしまった。

今でも、あの事件のことを聞かれると血圧が上がって・・・」


_______________

1964年12月23日朝日夕刊
奥西被告は無罪
津地裁 決め手の証拠なし


 さる36年3月28日夜、生活改善グループの懇親会の席上、ブドウ酒で乾杯した婦人会員5人が死に、12人が重軽症の中毒にかかった「名張毒ブドウ酒事件」で、死刑を求刑されていた名張市葛尾、農業奥西勝被告(38)の殺人、同未遂事件の判決公判は、23日午前9時半から津地裁第一号法廷で、小川裁判長、岡田、高橋両陪席係り、船越名古屋地検公判部長検事、長井、吉住、杉浦3弁護人立会いで開かれ、「証拠不十分で無罪」の判決言渡しがあった。初公判以来3年半ぶりである。

 小川裁判長は判決要旨の中で

「犯行の動機、犯行の機会、方法のいずれについても犯行が被告のものであるという決め手になる物的証拠は見出せなかった」

とのべ、検察側の主張をほぼ全面的にしりぞけた。


 36年6月16日の初公判以来、検察、弁護人側とも@動機A毒物投入の機会の有無、について争ってきたが、奥西被告が検察官の最終調書でそれまでの自供をひるがえし、犯行を全面的に否認、弁護人側は被告が事件直前にパラソルを妻の千恵子さんと愛人の北浦やす子さんの2人に買い与えていることから被告の2人に対する愛情は薄らいでおらず、三角関係を清算する必要がなく犯行の動機はないと主張。

また犯行の方法や機会についても状況証拠はそろっているというものの、被告が名張川に捨てたという農薬ビン、公民館のイロリで燃やしたという農薬を入れた竹筒のいずれも発見することができず、物的証拠としては事件の翌々日、現場から発見されたブドウ酒ビンの王冠だけだった。

 さる37年5月、弁護人側が「審理不十分」を主張してはじめられた再開弁論では、この王冠につけられたキズが奥西被告の自供通り、ブドウ酒ビンを歯でかんであけたときについたものかどうかという点にしぼられていた。

 この王冠のキズについて同地裁は同年8月職権で吉田莞爾名大教授、井上剛金沢大教授、船尾忠孝慶大助教授に鑑定を依頼、昨年7月、まず吉田教授が「王冠のキズは奥西の歯によるもの」と鑑定。はじめて物的証拠による “クロ” が出された。

 ところが、ことし10月の公判に提出された井上教授、船尾助教授の鑑定は、いずれも

「キズは奥西被告の歯によってつけられたものとはいえない」鑑定したため、被告の有罪を立証する決め手はないとしたものである。


1969年9月10日
名古屋高裁 無罪を逆転、死刑判決
「名張毒ブドウ酒事件」「原審は事実誤認」

 地区の公民館の会合に出されたぶどう酒で主婦5人が死に、12人が中毒になった「名張毒ブドウ酒事件」で殺人、殺人未遂罪に問われた奥西勝被告(43)=現住所四日市市昌栄町、ガソリンスタンド店員=の控訴審判決公判は、10日午前10時から名古屋高裁刑事一部上田孝浩裁判長係りで開かれた。上田裁判長は「証拠不十分で無罪」とした津地裁小川潤裁判長の一審判決を破棄し

「ブドウ酒ビンの王冠の歯型は奥西のものとみられ、さらにその他の証拠を総合すれば、公訴事実の証明は十分であり、この点で原審は事実を誤認した」

として奥西被告に死刑を言渡した。事件発生から8年半ぶりである。


 法廷はこれまでの公判と同じ27号法廷。定刻、上田裁判長、斎藤寿、藤本忠雄両陪席判事が出廷。検察側は荒井健吉名古屋高検刑事部長、船越信勝総務部長、弁護側は杉浦酉太郎、吉住信百両弁護人が立ち会った。

 控訴審は検察側控訴によって、40年11月20日の初公判以来、15回の公判を重ねた。この間、裁判長は上田裁判長の転勤で一度、坂本収二裁判長に変り、再び上田裁判長に変った。また起訴当時からの長井源主任弁護人は審理途中の41年9月に死亡している。それだけの難事件だった。

 検察側は現場検証による克明な足どり調べと新証言をあげ、特に


「ブドウ酒に農薬を混入し得る機会があったのは、公民館で奥西被告が一人になった約10分間だけである。

王冠の歯型については、控訴審で “黒” と判定した松倉(阪大教授)鑑定が信頼できる。

捜査段階での自供内容は具体的でくわしく、体験した者でなければ供述できない」


と主張した。 これに対し弁護側は

「事件の筋書に合わせた無理な供述、証言をそろえたまで。一審の判決は正しい」

と反論していた。また、奥西被告は終始

「自供は、妻が犯人にされるとかわいそうだと思ったのと、警察に強要されたためだ」

と、一審と同じように犯行を全面的に否認してきた。

 同裁判長は判決理由の中で

「被告人の自供は任意性のみならず信用性を十分かねそなえたものにもかかわらず、原審が採証法則に違反し、事実を誤認したものである」
と述べた。
http://ww6.tiki.ne.jp/~funabashi/dokubudoushu.html


91 名前:名無しさん@十周年 [2009/12/10(木) 08:26:41 ID:L5V8AkY9O]

これって事情聴取の時に、このオッサン泥酔していて何を質問されてるか分からなくて、全ての質問に対して『はいはい』で答えてた奴だよな

で、酔いが醒めた時に大変なことになっている事に気づき、調書の書き直しを求めた時、要求に応じてもらえず、すでに遅し状態だったんだよな?


19 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/12/10(木) 02:15:32

ID:is4W9po70]

奥西勝が否認に転じたことを知ると、家族への迫害が始まった。家族には一切口を利かず、家には石が投げ込まれた。

こうした村八分の結果、家族が葛尾を去ると、何者かによって共同墓地にあった奥西勝の家の墓が暴かれ、墓地の外にうち捨てられた。

葛尾は事件当時、人口100人程度の集落であった。
奥西勝が無罪であった場合、葛尾の中に真犯人がいる可能性が高いと思われたため、地域の「和」に再び波風を立てる結果になることを恐れたのである。

なかなかえぐいな。

118 名前:名無しさん@十周年 [2009/12/10(木) 13:32:55 ID:Rl+7cv9yP]

実はその程度の甘いもんじゃないんだよ

奥西被告人の弁護団が村に調査に行くと「帰れ!帰れ!」って石をぶつけられ
逆に死刑を求刑してる検察の調査団が行くと「頑張ってください!」って声援と
拍手が送られたんだな


235 名前:名無しさん@十周年 [2009/12/11(金) 11:48:02 ID:VVmVeVUY0]

実際は奥西の母親外に引きずり出されてすさまじいリンチしたんだろ

ちょっと良識ある家じゃ「奥西さんは生贄にされたんだよ・・」が定説だったらしいし

田舎はこええこええ

152 名前:名無しさん@十周年 [2009/12/10(木) 19:02:17 ID:RufaJzE2O]

山添村から名張へ行くスゲー狭い峠道にある集落?

前に道に迷って行ったことあるけど集落の雰囲気が怖かった。彼女が

「なんかココ八墓村みたいで怖い」って言ってた。

その集落を抜けて名張へ向かう川沿いに温泉旅館が一軒あった。

197 名前:名無しさん@十周年 [2009/12/11(金) 00:52:30 ID:pMrsisYU0]

旅館は平井亭のことだな そうだよそこだよ


122 名前:名無しさん@十周年 [2009/12/10(木) 13:44:32 ID:DIvgDmH60]

その集落に済んでたら、異論なんか絶対に言えないね…
本当に恐ろしい…
この村の奴らは大量殺人の共犯者みたいなもんだろ 悪魔かよ

123 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/12/10(木) 13:46:39 ID:kvE1qp3o0]

実は村人全員が犯人だったとか。


124 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/12/10(木) 13:48:10 ID:/iN0V1Jb0]

もともと地元にあった住民と、B地区の対立を警察があおった

「あなたがた以外が犯人と思うんですよ、普段から怪しい人はいませんか?」

で住民に容疑者を差し出させた

あとは警察がシナリオを書いて、住民が口裏を合わせた

125 名前:名無しさん@十周年 [2009/12/10(木) 13:57:07 ID:Rl+7cv9yP]

>その集落に済んでたら、異論なんか絶対に言えないね

この事件を初めて表沙汰にしたのはまだ一連のオウム事件で有名になる前の江川紹子女史、その江川さんが著書の後書きに記してたが

ほんの少しでも疑義のある事件ってのは現場で取材すると真偽はともかくとして
必ず「実は・・・」って裏話を聞かせてくれる人間がいるものなのにこの事件に関しては全員が全員

「犯人は奥西!それ以外は絶対にありえない!」

の一点張りだったらしい


29 名前:名無しさん@十周年 [2009/12/10(木) 02:26:53 ID:apZvvzVA0]

率先して家族をいじめた奴とか石投げた奴が一番怪しいな?どいつなんだ?


169 名前:名無しさん@十周年 [2009/12/10(木) 21:55:07 ID:cCNs8U940]

確か夜這いが横行していた村で乱れた男女関係のもつれが原因と噂された事件だろ。

それでこの容疑者は村の有力者にはめられて生贄になったと。


82 名前:名無しさん@十周年 [2009/12/10(木) 06:18:59 ID:QElJRuIa0]

この犯人は変に女にモテて目立ってたんだっけ。
そこらで恨まれて、罪を着せられたとかも、ありそうだ。


104 名前:名無しさん@十周年 [2009/12/10(木) 10:06:56 ID:4bf766vy0]

これ真犯人は奥西の奥さんという説もあるな。

旦那とまんじゅ合戦してた女(出戻り若美人)が憎くて憎くてそいつを殺して
自分も死ぬ。他数名まきこんだのは、旦那が死刑になるように。

まわりくどい復讐劇。


55 名前:名無しさん@十周年 [2009/12/10(木) 03:04:11 ID:Nt12DznHO]

奥西もイケメンだったからやりたい放題したツケが回って来たんじゃね?

159 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/12/10(木) 20:21:05 ID:5vblo7GT0]

名張市葛尾はわずか15世帯ほどの小さな集落だったが、実に10組もの不倫カップルが存在したことが捜査で明らかになった

つまり隣のとおちゃんやかあちゃんとやりまくる夜這い村だった
「不倫関係の清算」とはそういう話だよ


160 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/12/10(木) 20:29:20 ID:KPqiU0zq0]

奥西勝氏だけでなく、村人全員に動機はあったのね。


161 名前:名無しさん@十周年 [2009/12/10(木) 21:00:46 ID:zTqTE3az0]

そういった風習の中でもルールがあるんだろうけど(理解不能だが)、
やりまくりの夜這い村で清算が必要だったんだろうか?


162 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/12/10(木) 21:14:07 ID:uqBSxQRC0]

狭い集落で口裏合わせられると、作れちゃうんだよね、犯人を

田舎出身だが、こういう事知ってるから、絶対田舎に戻りたくない

163 名前:名無しさん@十周年 [2009/12/10(木) 21:18:51 ID:zTqTE3az0]

村八分と聞くと奈良の月ヶ瀬村を思い出す。
女子高生殺害事件の犯人一家も村八分に近い状態だったらしいね。


165 名前:名無しさん@十周年 [2009/12/10(木) 21:41:22 ID:zKZrW1NRQ]

逮捕前の奥西死刑囚は、素行が決してよい人物とは言えず、葛尾の鼻つまみ者だった事実があるから、毒毒ぶどう酒事件の犯人に仕立て上げるには好都合だったのだろう。

もう少し警察がきちんと証拠品を客観的に調査すれば良かったのに、「犯人は奥西勝」と断定して、警察の描いた筋書き通りに供述書を作りあげてしまったから、後で矛盾点が出てきたりした。

今の社会では不倫とひとくくりされてしまうけれど、近世以前の日本は性に関しておおらかだったから、山間にあるこの集落では昭和30年代も夜ばいの風習があったと考えていいのかな?

「こらえてつかあさい」の津山の殺人事件のあった集落では、金持ちの家の旦那が、金を融通する代わりにその家の妻と事に及んだというし、今の世の不倫とはやや違うのかもしれない。

233 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/12/11(金) 10:49:59 ID:dy6sO45P0]

狭い地域で浮気とかして無茶苦茶な生活してたからこうなる


356 名前:名無しさん@十周年 mailto:sage [2009/12/13(日) 20:56:16 ID:5s4ak5JF0]

前に新聞で特集の写真をみたけど

被告はかなり整った顔立ち。N氏とは月とすっぽん。

あの風土ではN氏の嫉妬、やっかみがあり陥れられた感ありの印象をもった。

234 名前:名無しさん@十周年 [2009/12/11(金) 11:28:25 ID:+ANuCtPD0]

田舎こそ男女関係がひどいのは面白いね。
岡山の津山30人殺しと一緒にしたらまずいけど、男女関係は怖い。


153 名前:名無しさん@十周年 [2009/12/10(木) 19:11:57 ID:KPqiU0zq0]

89 名前:傍聴席@名無しさんでいっぱい :2007/05/21(月) 16:31:00 ID:aysqRUiS0

事件前日、勝氏の隣人の妻(事件によって死亡)は、家庭内暴力を振るう夫からのがれるため、勝氏の家に逃げ込んでいた。隣家の主人(N・O氏、健在)には愛人がいた。事件後、妻が死亡したため、すぐに再婚している。関係者の話では、彼が真犯人とされている。これは真実である。

以上は、裁判司法板のスレからの引用。

名張毒ぶどう酒事件 再審取消について
society6.2ch.net/test/read.cgi/court/1167357268/

181 名前:名無しさん@十周年 [2009/12/10(木) 22:58:32 ID:F6E5XFL6O]
>>153
なんだこれ!酷いな!
新犯人の化け物が一石三鳥じゃないか。
いわない現嫁を抹殺し愛人と再婚が出来、勝を犯人に陥れた。

何やってんだ裁判官や検事は!
しかも、48年間牢獄?生きてる者にあまりに残酷!


187 名前:名無しさん@十周年 [2009/12/10(木) 23:45:33 ID:KPqiU0zq0]

真犯人と断定するのは、新たな冤罪を生みかねないから、避けるべき。

ただし、ぶどう酒がON氏宅に長時間保管されていたことは、確認されている。
ON氏の妻が亡くなったことも事実。


190 名前:名無しさん@十周年 [2009/12/11(金) 00:01:50 ID:KPqiU0zq0]

115 名前:傍聴席@名無しさんでいっぱい :2009/09/08(火) 10:25:24 ID:dyNf+kXj0

犯人はNの奥さんなんだよ。無理心中だったんだ。

だからNは奥西死刑囚に罪を着せた。そうしないと、自分の立場が無くなってしまうからだ。

奥西死刑囚は奥西死刑囚で自分の奥さんがやったと思ったらしい。だから虚偽の自白をしたんだね。

愛人との三角関係。この愛人は多数の村人と関係を持っていた。


以上のような説もある。真相は闇の中だが、村人が供述を同時一斉にひっくり返すなど、捜査過程に大いに疑問が残る事件であることは間違いない。

【名張毒ぶどう】門野博の出世を生温かく見守るスレ
society6.2ch.net/test/read.cgi/court/1168080045/


206 名前:名無しさん@十周年 [2009/12/11(金) 03:08:42 ID:lYHsYb+b0]

事件が起きた昭和三十六年、葛尾の住人たちは閉鎖的ともいえる共同体の中で暮らしていた。奥西元被告の有罪を疑う人々の中には、当時の集落の閉鎖性が彼を犯人に仕立てあげたと主張する人もいる。

捜査段階では、村人がこぞって奥西元被告を犯人にするために警察に協力したというのだ。

ジャーナリストの青地晨氏は、次のように書いている。

「もし勝が犯人でないと言明すれば、部落のなかに真犯人がいることを意味する。
せっかく惨劇の傷あとが、たとえ表面的にせよ癒されているのに、勝の無実をいうことは、部落から新たな縄つきを出し、部落の平和を攪乱することに結びつく。

これは部落の人びとが絶対に避けたいことであり、すべてに優先する心情なのである」(「現代」五十一年四月号)

奥西元被告が自白をひるがえした後には、彼の家に石が投げられ、家族の夕食中に住民がなだれこみ「土下座してあやまれ」と迫ったりもした。

また奥西元被告の家の墓地は、共同墓地から追い払われ、墓地に隣接した畑の中にぽつんと建てられているという。

つまり葛尾の集落は、奥西元被告とその一家を“犠牲の山羊”にすることで、平和と団結を保っていたというのである。


207 名前:名無しさん@十周年 [2009/12/11(金) 03:13:07 ID:lYHsYb+b0]

ぶどう酒の購入を決めたのは、当日の朝。実際に買ったのは、Rさん

 ◆ぶどう酒が懇親会に出ることが決まったのは当日の朝。

 ◆決めたのは三奈の会会長で農協に勤めるN氏で、農協職員のRさんに購入を命じた。


Rさんは、酒店でぶどう酒を購入。N氏宅に運んだ

 ◆Rさんは村に飼料を運ぶため農協に立ち寄った車に便乗し、酒店で清酒2本とぶどう酒1本を買い、

 ◆N氏宅に運んだ。受け取ったのはN氏の妻・F子さん(事件で死亡)。


午後5時20分頃、公民館に(奥西)勝さんが運んだ

  その後、隣家の(奥西)勝さんがN氏宅に来て、5時20分ごろ公民館に運んだ。


事件直後の供述では、午後4時頃に到着(※)

 ◆事件当初Rさんや酒屋など運搬に関わった村人の供述では、ぶどう酒がN氏宅に届いたのは4時前。

 ◆N氏宅に1時間以上も置かれていたことになっています。

 ◆つまりN氏宅でも犯行機会があったのです。


以上、
www5a.biglobe.ne.jp/~nabari/mujituda-2.htm(現在は閉鎖)より引用

(※)
事件発生後しばらく経ってから、住民の証言が申し合わせたかのように一斉に変わる。新証言により、N氏宅での犯行機会がなくなり、奥西勝だけが犯行機会があったとされてしまう。

登場人物

 N=奥西楢雄
 F子=奥西フミ子(奥西楢雄の妻)
 R=石原利一


390 名前:名無しさん@十周年 [2009/12/14(月) 15:43:04 ID:KeU6w3KRO]

勝さん可哀想
http://yomi.mobi/read.cgi/newsplus/tsushima_newsplus_1260378058/

名張ぶどう酒毒殺事件の真犯人

 
 最高裁が審理を審理を高裁に差し戻した・・

 再審が濃厚となった名張毒ぶどう酒事件。 人口100人、 わずか15世帯。そのうち10組が不倫関係だったという夜ばいの村で起った大量殺人。

 途中で村人が供述を同時一斉にひっくり返すという過疎の村ならでは、前代未聞の異常事態が起ったこの事件。 奥西死刑囚の声は届くのか。

 この大量殺人、村内では決して触れる事が無いが犯人が特定されているという。

 事件前日、奥西死刑囚の隣家でトラブルがあった。
 事件で死亡した隣家で村の有力者でもある奥西楢雄の妻が、夫奥西楢雄に殴られ逃げてきたという。 奥西楢雄も夜ばいの村の例外ではなく村内に愛人がいた。このトラブルだったという。

 「凶器」となったぶどう酒の購入を決め、購入したのはこの奥西楢雄。農協に勤務していた。

 ぶどう酒を懇親会に出すことになり、奥西楢雄は農協職員の石原氏に運搬を依頼する。 石原氏は酒店で清酒とぶどう酒を購入し奥西楢雄宅に運ぶ、受け取ったのは事件で死亡した奥西楢雄の妻。 受け取ったのは16時ごろだという。

 この前後に石原氏は何人かの村人とすれ違っており それらの証言からもこの時刻ははっきりしていた。 その後、17時すぎに奥西死刑囚が殺戮現場である公民館に運び事件が起こった。

 これが事件直後の村内での供述だ。

 しかし・・事件から2週間以上経ってから「村人が供述を同時一斉にひっくり返す」 という異常事態が起る。

 村人たちが石原氏がぶどう酒が奥西楢雄宅に届けたであろうすれ違った時刻は17時ごろと証言しはじめ、奥西楢雄宅での空白の1時間がなくなってしまう。そして犯行機会があるのは奥西死刑囚だけとなってしまう。 
 
 その後、奥西楢雄の妻は事件で死亡したため、すぐに再婚しているがなんと奥西楢雄は奥西死刑囚の愛人でもあり事件で死亡した北浦ヤス子とも愛人関係にあったという。 そして北浦ヤス子は奥西死刑囚と別れるから奥西楢雄も妻と別れるよう迫っていたと言う。 事件前日の痴話げんかはこの別れ話がエスカレートしたものだったという。

 奥西死刑囚が犯人でないのなら、毒物を入れたのは空白の1時間、奥西楢雄か奥西楢雄の妻ではないか・・・

 村内ではタブーであり、住人全員が奥西死刑囚の死刑を願っているのだ。実際に、奥西死刑囚が否認に転じると奥西死刑囚の墓は住人の手により共同墓地から追い払われ、奥西死刑囚の母を集団リンチという犯罪行為が堂々と行われていたのである。
 
 ぶどう酒を飲んだ懇親会を開いた生活改善グループ「三奈の会」の会長で、妻フミ子さんを亡くした奥西楢雄さん(81)は、自宅のテレビで午前十時すぎ、速報で取り消し決定を知った。

 奥西楢雄さんは

「日本の裁判所は正しい判断を下した。事件後、住民が徹底的に調べられ、勝しかいないと確定したから、今回の取り消しは確信していた」

と納得の表情。 さらに

「勝は生きたいために無実を訴えているだけ。 何度やっても同じこと」

と口調を強めた。

 事件から50年、再審の行方は。

 そして真犯人は奥西楢雄なのか、奥西楢雄の妻なのか。
http://sfu9xi.sa.yona.la/630

★役職務め 趣味も達人 名張 奥西さん

奥西さん=名張市葛尾の自宅で

名張市葛尾に住む奥西楢雄さん(80)は、数々の地域の役職を務めながら、趣味も楽しむ達人だ。

 定年後、区長から始まった地域の役職は数えきれない。現在も全国乗馬倶楽部東近畿地区会長、昨年8月からは名張地区交通安全協会の会長などを務める一方、趣味は民謡や渓流釣り、書道を20年来続ける。

 地元の農協に勤めていた奥西さんは47歳の頃に淡路島を訪れた。そこで初めて馬に乗り「何て楽しいんだ」と即決で5頭の馬を購入し伊賀で初めて同市夏見に「名張乗馬クラブ」をオープン。最初は観光馬のようなものだったそうだ。その後間もなく長男に任せた。

 スリムな体型から出るエネルギーは夏限定で飲む“マムシの心臓”のおかげらしく、クラブ周辺の除草作業や馬たちの好物であるニンジン作りは奥西さんの仕事だ。

 奥西さんは「動ける間は色々と挑戦したい。今は交通事故を少なくするにはどうしたら良いかを考え中」と話した。
http://www.iga-younet.co.jp/honshi/special/special419/

372 名前:名無しさん@十周年 [2009/12/14(月) 08:49:31 ID:fhwGc3+w0]

奥西楢雄

「あれだけ調べたのだから犯人は(奥西勝で)絶対間違いない。

 騒いでいるのはあなたたち(報道陣)だけで、事件は解決済みだと思っている」
http://yomi.mobi/read.cgi/newsplus/tsushima_newsplus_1260378058/l50  


12. 2012年5月18日 23:34:09 : MiKEdq2F3Q


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以下はネットで有名な噂なので一応コピペしておきますが、第二の冤罪事件を生むと困りますから話半分に読んでおいて下さい:


160:名張住在[] 08/03/15(土) 21:42:25 ID:PH0g7/54O(1)

容疑者と昔からの友達だったという人が、「あいつは絶対やってない」と言っていた。周りの人は皆、冤罪だってわかってる気配だよ。

159 + 1:傍聴席@名無しさんでいっぱい[] 08/02/23(土) 15:06:18 ID:G31xFQrG0(2)

この事件を知ったのが小学生のとき
現在中年

当時から

「あれはいじめられていた女性がワインに農薬を混入させ自分も自殺をはかった」

とまことしやかに言われてましたよ
三重県名張市近く在住


161 + 2:傍聴席@名無しさんでいっぱい[] 08/04/04(金) 22:22:10 ID:SyfHrOYT0(1)
>>159
ということは、犯人は、死者の中にいる?


163 + 4:傍聴席@名無しさんでいっぱい[sage] 08/04/17(木) 20:35:26 ID:+wxwRWym0(1)

真犯人がいるとしたら>>161ということかな。隣の嫁だよなあ…。

だとしたら、死人に口なしというし、奥西勝氏可哀相すぐる。

結局、余りに証拠が無さすぎる、と。だから状況証拠が一番揃っていた勝氏が疑われたんだよな。

不倫の清算て…対女性無差別テロみたいな形で殺すかあ?と思う。むしろ、姑にいびられる不幸な女性が田舎の女の生き方に悲観し、近所の女衆を道連れにして自殺…という方が納得がいく。

奥西楢雄犯人説同様、勝氏犯人説以上に物証を欠いた妄想にすぎないけど。


192 + 2:傍聴席@名無しさんでいっぱい[] 09/03/19(木) 17:55:23 ID:3EpznxSN0(1)

これは愛人か奥西楢雄の奥さんが犯人なんだろ。

死人に口なしではないが、犯人が死んでいたら犯人なんて出てくるはずが無い。

奥西楢雄としても奥西勝がやったことにしておかないと困るというわけ。

とはいえ、奥西勝がいまさら出てきても帰る場所が無いというのもある。

198 + 1:傍聴席@名無しさんでいっぱい[] 09/04/18(土) 23:28:08 ID:Bzhqgzic0(1)

容疑者は、奥西勝の奥さん、奥西楢雄の奥さん、奥西勝と奥西楢雄の共通の愛人。

奥西勝が自白したのは、奥さんが毒を入れたと思ったから。小さい村だから奥さんが毒を入れたとしたら、自分の責任にもなる。しかし、奥西楢雄の奥さんや愛人が毒を入れていないと確定していない。誰かが仕組んだ無理心中だったという線が一番ありうる。

犯人は死亡した人間の中にいると考えるのが合理的。

奥西勝がぶどう酒を飲んで死んでいない以上、三角関係の清算と言う見解は難しいだろう。

235:傍聴席@名無しさんでいっぱい[] 10/01/21(木) 11:03:03 ID:yaqkpWTC0(1)

六人目の犠牲者(江川紹子)を読んでみた。

村の女(相手が誰であっても)を、女たちが宴会で飲むブドウ酒に毒を入れて殺すという計画なら、もう前述の奥西楢雄しか犯行不能だと思う。

死んだ奥西楢雄の奥さんも含めて、参加者たちは宴会で例年出ていたブドウ酒が
出ない事を知っていた。前回の会合(会長の奥西楢雄欠席)で予算不足から、それは決定済みだった。死んだ奥西楢雄の奥さんが犯人なら、会長代理として出席しているのだから、そんな決議はしなかったはず。

肝心の女用ブドウ酒が無いなら、単なる無差別殺人になってしまうもんな。

奥西楢雄は当日になってポケットマネーを出しても、と独断で予定の清酒二升に
ブドウ酒を付け加えさせて農協の石原利一に買いに行かせてる。 そして、当初は酒が奥西楢雄の家に3時間以上も置いてあったはずなのに、村の証言者たちは、証言を翻して奥西勝が来る直前に届いたという事にしているのも奇妙。奥西楢雄夫婦と酒の接点を無くそうと必死になっているわけ。

もっと面白いのは宴会に先立って、このブドウ酒のフタを開けたのは誰かという捜査で、当初、奥西楢雄は自分が開けたと言ってる点。

驚いたことにブドウ酒の栓を開けた、という人物は二人いる。

もうひとりは石原利一で、周囲の多くは石原利一だったとも言っている。それに関する会話(歯で開けようとした)も周囲に記憶されているから、こちらが本当と思える。 ただし、この石原利一は後に「思い違いだった」と言い始めるけど。

その奥西楢雄は死んだ細君から瓶を渡されてフタを開けてくれ、と頼まれたと語るのだが、「私に渡す前に妻は開けようとしたらしく封緘は無かった」と言ってる。 何のために、そんな事を言ったか目的を考えてみると答えはひとつだよな。

さらに付け加えると、死んだ奥西楢雄の奥さんが犯人だとすると、人に開栓を頼むのは不自然に過ぎる。自分も飲んで死ぬ覚悟であったとすれば尚更だ。
決して奥西楢雄が犯人と断定はしないが、出てきている状況からすると奥西楢雄の可能性は否定できないと思う。


236:傍聴席@名無しさんでいっぱい[] 10/01/21(木) 21:38:09 ID:i7JKLF7N0(2)

もうひとつ。

農薬なんだけど当時の村ではほとんど使われてなかったようで、村の人間の中で農薬の知識があったのは「消毒好きな」奥西と営農指導員の奥西楢雄くらい、というのが村人の供述にある。

奥西楢雄の母と死んだ嫁の仲の悪さは村でも有名だったらしいから、これが動機と考える事は可能だよね。嫁姑問題というヤツ。

この母親は死ななかったわけだけれど、当時の個人ごとの中毒状況所見は見てみたい気がする。

それが記載されてる資料ってあるんですかね?

237:傍聴席@名無しさんでいっぱい[] 10/01/21(木) 22:09:21 ID:i7JKLF7N0(2)

>>232さんに質問なんだけれど、当時の警察が被疑者死亡ではなく、あくまでも
犯人逮捕に拘った理由というか、そうしなくはならない事情はあったんでしょうか?

事実、死亡者犯人説が当初はあったらしいのに、こちらの方向では早々に捜査が
打ち切られているんですよね。 狭山事件のように「生きた犯人を」という上部からの無言の圧力があった情報は見つかりません。

村人たちが叫んだ「村の和を尊ぶ」方向へ誰の犠牲も出さずに落ち着かせるのは、当初は皆が納得していて、奥西すら語った奥西の細君の無理心中説なんですよね。


238:傍聴席@名無しさんでいっぱい[sage] 10/01/24(日) 00:03:04 ID:BATQGeH20(1)

動機としては、奥西楢雄の奥さんが嫁姑問題を解決するために毒ぶどう酒を作成
した。(奥西楢雄の母親を殺そうとした)それに気が付いた奥西楢雄が奥さんを叱責。 自暴自棄になった奥西楢雄の奥さんが無理心中・・・こんな線が考えられそう。


239 + 1:傍聴席@名無しさんでいっぱい[] 10/01/24(日) 11:57:17 ID:uW67gHlP0(1)

奥西楢雄の奥さんが犯人だとすると、この宴会でやる必要は無いんですよ。
覚悟の無理心中なら後の世間体は考えずに済む。日々の食事に細工を行なえばいい。無関係な人を巻き込む理由は無いわけです。

おそらく警察が早い時期に奥西楢雄妻を捜査対象から外したのはそれに気が付いたからでしょう。同時に奥西勝さんが疑われたのも同じ理由でしょう。

奥西楢雄は犯行に関係無い、と間接的に主張している事になる酒5時到着説のもとになる証言は奥西楢雄の実妹が言い出したものです。

当初の2時到着説は、この証言が出てから一斉にそれと合致するシナリオに変わっている。 奥西楢雄の当日午後の行動が知りたいですよね。


89 + 1:傍聴席@名無しさんでいっぱい[] 07/05/21(月) 16:31:00 ID:aysqRUiS0(1)

事件前日、勝氏の隣人の妻(事件によって死亡)は、家庭内暴力を振るう夫からのがれるため、勝氏の家に逃げ込んでいた。隣家の主人(奥西楢雄 氏、健在)には愛人がいた。事件後、妻が死亡したため、すぐに再婚している。

関係者の話では、彼が真犯人とされている。これは真実である。


94:傍聴席@名無しさんでいっぱい[] 07/05/23(水) 22:08:54 ID:zWAWELXK0(1)

暴力をふるっていた奥西楢雄氏は、すぐに愛人と結婚した。 妻が邪魔だったのだろう。 勝氏の、三角関係の清算と言われているが、普通なら両方殺したりしない。

 ちなみに、奥西楢雄 氏は、村の実力者。

だから、誰もが口を閉ざしている。

http://read2ch.com/r/court/1167357268/


873 : 名無しさん@七周年: 2006/12/28(木) 12:26:20 ID:d0COKNxP0 [13/20回発言]

真犯人の殺したかったのは奥西死刑囚の妻と愛人やなくて自分の嫁やったということや。 つまり真犯人は奥西勝に自分の嫁が寝取られとると思たわけや。それで嫁を問い詰めたけど白状せんのでますます妄想を膨らませ殺意をつのらせていったわけや。

真犯人が村のリーダー的な存在やったら不倫間係そのものより自分の嫁を寝取られたことが公になってしまうことでメンツがつぶれることを気にする。不倫妻の制裁と村社会での自分のメンツを保つことは動機にならんか?
http://logsoku.com/thread/news19.2ch.net/newsplus/1167189784/

54 名前:朝まで名無しさん[] 投稿日:2007/01/03(水) 16:02:32 ID:Sa+Dx8wN

動機面で材料となる部分を、過去ログから引っ張ってきたよ。


●前スレの856
4.奥西勝は、当初、疑わしい人物として、妻ではなく、奥西フミ子の名前を挙げていた。   理由として、次のエピソードを挙げている。

 「フミ子さんが泣きながら『かくまって』とうちに逃げ込んできて、義母(コヒデ)と喧嘩をして追われたので、逃げてきたと言って、家に戻ろうとしないことがありました。3月23日か24日頃、寝床で妻が

『今日もフミ子さんとコヒデさんが喧嘩をして、フミ子さんは、川へはまって死ぬか、薬でも飲んで死んでしまいたい、と言っていた』

と話したことがありました。」


●前スレの878
江川氏著書pp146より参考になる箇所を引用しておこう。

フミ子の夫楢雄も、翌4月1日の警察の取り調べの中で、「このような事件を起こすような理由のあると思われる人」の「第1番目」として妻フミ子の名を挙げている。

姑のコヒデとの折り合いが悪く、コヒデが時にはフミ子に手を上げたこと、そうしたことがきっかけでフミ子は宗教団体に通うようになったを挙げ、「長年いじめられた私の実母に対する復讐のためではないか」という。

●前々スレから

974 名前:名無しさん@七周年[] 投稿日:2006/12/28(木) 20:52:40 ID:d0COKNxP0

北浦ヤス子は奥西勝死刑囚だけでなく「三奈の会」会長の奥西楢雄とも不倫関係にあったという話もあるんやな。それで妻のフミ子(事件の被害者)から別れるように迫られていたと。つまり奥西勝と奥西楢雄は全く同じ状況にあったらしいんやな。

976 名前:名無しさん@七周年[] 投稿日:2006/12/28(木) 21:08:07 ID:d0COKNxP0

一方、北浦ヤス子は勝と別れるから楢雄に妻のフミ子と別れるように頼んでいたとも。一体この村はどうなってるのか何が何だか分からん。

97:傍聴席@名無しさんでいっぱい[] 07/05/24(木) 20:21:18 ID:H1bFx98P0(4)

北浦ヤス子さんは会長とも関係が?
その会長の奥さんのフミ子さん(死亡)が義母(→会長の母親)を疎ましく思っていた?

99:傍聴席@名無しさんでいっぱい[] 07/05/24(木) 20:27:01 ID:H1bFx98P0(4)

奥西楢雄さんと愛人が存命だとしたら、、、どうなるの?(何

100:傍聴席@名無しさんでいっぱい[] 07/05/24(木) 20:28:55 ID:H1bFx98P0

奥西楢雄さんの当時30歳の妻が邪魔になって(汗)

102:傍聴席@名無しさんでいっぱい[] 07/05/25(金) 12:14:06 ID:dETCRWrm0

ぶどう酒の購入を決めたのは、当日の朝。実際に買ったのは、石原利一さん

 ◆ぶどう酒が懇親会に出ることが決まったのは当日の朝。

 ◆決めたのは三奈の会会長で農協に勤める奥西楢雄氏で、農協職員の石原利一さんに購入を命じた。

石原利一さんは、林酒店でぶどう酒を購入。奥西楢雄氏宅に運んだ

 ◆石原利一さんは村に飼料を運ぶため農協に立ち寄った車に便乗し、林酒店で清酒2本とぶどう酒1本を買い、

 ◆奥西楢雄氏宅に運んだ。受け取ったのは奥西楢雄 氏の妻・奥西フミ子さん(事件で死亡)。

午後5時20分頃、公民館に(奥西)勝さんが運んだ

  その後、隣家の(奥西)勝さんが奥西楢雄氏宅に来て、5時20分ごろ公民館に運んだ。

事件直後の供述では、午後4時頃に到着(※)

 ◆事件当初石原利一さんや酒屋など運搬に関わった村人の供述では、ぶどう酒が奥西楢雄氏宅に届いたのは4時前。

 ◆奥西楢雄氏宅に1時間以上も置かれていたことになっています。

 ◆つまり奥西楢雄氏宅でも犯行機会があったのです。

以上、
http://www5a.biglobe.ne.jp/~nabari/mujituda-2.htm より引用


(※)
事件発生後しばらく経ってから、住民の証言が申し合わせたかのように一斉に変わる。 新証言により、奥西楢雄氏宅での犯行機会がなくなり、奥西勝だけが犯行機会があったとされてしまう。

148 + 1:傍聴席@名無しさんでいっぱい[sage] 07/10/07(日) 09:40:07 ID:N40sP6W60(1)

奥西勝さんはぶどう酒を運んだ後の公民館で10分間ひとりきりになったとされています。 そして、その間にぶどう酒に毒を入れたとされています。 しかし、この「10分間」は本当にあったのか、大いに疑問とするところです。

奥西勝さんも、裁判のなかで一貫して「公民館でひとりになっていない」と主張しています。

この「10分間」は、そのころ公民館とN氏宅を往復したS子さんの証言にもとづいています。

「私は5時頃2回公民館に行った。一度目はぶどう酒を運ぶ奥西勝さんと一緒だった。 公民館に雑巾がなかったので、奥西楢雄宅に取りに戻り、もう一度公民館に引き返した。 私が雑巾を取りにいっている間、勝(奥西勝さん)は公民館にひとりでいた」


というものです。 しかし、N氏宅で総会のための炊事仕事をとりしきっていたY子さんは再審請求の裁判のなかで、

「S子さんが最初に公民館に行ったあと勝を道で見たけど、勝(奥西勝さん)は牛の運動をしていた」

と、こう証言しています。 とすると、S子さんの証言には重大な疑念が生ずるのです。

さらなる新証拠発見!名張署長の捜査ノート

また、名古屋高裁での第六次再審請求において提出されたのは、新たに発見された事件当時の名張署長の捜査ノート(「中西ノート」)です。このノートは当時の捜査会議の内容を克明にメモしたものですが、事件後3〜4日後の記述には、S子さんの供述として

「奥西勝さんは公民館でS子さんや別の主婦とずっと一緒にいた。」

と書かれており、奥西勝さんの

「公民館で一人になった機会はない」

という主張を裏付ける内容のものです。 S子さんは事件直後の新聞記者の取材に対しても同様の延言をしています。 こうした記億の鮮明な事件直後の供述と明らかに食い違うS子さんの供述は信用できません。

死刑判決が認定した奥西さんの犯行機会(=「10分間」)がそもそも存在しないことがいっそうはっきりしたのです。
http://read2ch.com/r/court/1167357268/

912 : 名無しさん@七周年: 2006/12/28(木) 16:36:14 ID:UCngw7Wt0 [4/5回発言]

この事件の住民の証言は笑えるよ

最初の頃の詳細な証言なら無実確実なのに突然みんな揃って勘違いでしたでがらっと変わる、そして破綻しまくり

一審無罪の後、無罪の決定的な証言をしていた人物が証言を変える

変えた証言は無茶苦茶

他の人物は不利になると忘れただの、覚えていないだの証言

ぶどう酒が出るのを被告が知りえるわけないとの証言も二審で勘違いでしたで全く違う証言

そして被告に不利な証言を正しいとしてどんどん採用

まぁ無罪だね


915 : 名無しさん@七周年: 2006/12/28(木) 16:52:22 ID:d0COKNxP0 [16/20回発言]
>>912
奥西勝が無罪になると困る村側の事情とメンツにこだわる警察・検察の利害が
一致したということやろね。
http://logsoku.com/thread/news19.2ch.net/newsplus/1167189784/

125:傍聴席@名無しさんでいっぱい[sage] 07/07/03(火) 11:13:05 ID:gYkNPD1mO(1)

前にドキュメンタリー番組でこの事件の取材ものを見たんだが事件のあった地域の、事件をリアルタイムで知っているあるいは関わっている老人達の取材が怖かった。

死刑囚の方に対して

「犯人はあいつに決まってる!」

「なんで早く死刑にならないんだ!」

ということを言っていたんだが、この中に真犯人がいるとしたら…おそろしい。
http://read2ch.com/r/court/1167357268/


95 + 1:傍聴席@名無しさんでいっぱい[] 07/05/23(水) 23:45:34 ID:75fP95TT0(1)
【伊勢新聞】
ぶどう酒を飲んだ懇親会を開いた生活改善グループ「三奈の会」の会長で、妻フミ子さん=当時(30)=を亡くした奥西楢雄さん(81)は、自宅のテレビで午前十時すぎ、速報で取り消し決定を知った。 楢雄さんは

「日本の裁判所は正しい判断を下した。事件後、住民が徹底的に調べられ、勝しかいないと確定したから、今回の取り消しは確信していた」

と納得の表情。さらに

「勝は生きたいために無実を訴えているだけ。何度やっても同じこと」と口調を強めた。
http://read2ch.com/r/court/1167357268/


138 + 3:傍聴席@名無しさんでいっぱい[sage] 07/08/05(日) 00:08:29 ID:vdsU3YG20(1)

俺、今名張市民で接客業してるんだけどさ

>>95の上のリンク先で奥西楢雄の写真見てびっくりしたんだけど

こいつたまに店に来るやつじゃないのかなぁって思うんだけど

江川氏の本読んで、(店に来るのが本人だったとして)あいつの態度見たら
あいつが犯人だろ?って思うわけさ。

すごいえらそうなのよね、態度が

しかも老人の割りにめちゃくちゃ派手なかっこうして、いかにも権力持ってます、的な。

やっぱり犯人なのかね?

今度直撃してみたいw


101:傍聴席@名無しさんでいっぱい[] 07/05/24(木) 21:45:15 ID:i/hT9HeK0

時間が経ちすぎていてどうにもならないのかな?

のうのうと暮らしている奥西楢雄が許せないね。

勝氏は当時、奥西楢雄に疎まれていた。

この地区で一番初めにテレビを買ったのが勝氏の家。地区の人はみんな勝氏の家に観にいっていたらしい。 派手な生活をしているのが、疎ましかったのだろう。 あとは北浦さんとの関係も。


248:傍聴席@名無しさんでいっぱい[] 10/04/09(金) 09:21:41 ID:4ADapTG1O(1)

奥西氏はイケメン


249:傍聴席@名無しさんでいっぱい[] 10/04/09(金) 12:31:20 ID:Hp2N3Ybz0(1)

あのイケメンで、あの当時あの小さな集落だったら・・・

そりゃモテモテだっただろうなぁ・・・

俳優みたいですやん;;
http://read2ch.com/r/court/1167357268/

822 : 名無しさん@七周年: 2006/12/28(木) 10:08:23 ID:CR03pfsE0 [1/3回発言]

奥西死刑囚の母

 奥西死刑囚の母の死が伝えられた記事を目にした。
 そこには、彼女が受けた仕打ちが書いてあった。

 事件後、家のガラスを割られ、土足で家に上がられ、頭を蹴飛ばされ、庭で土下座をさせられたそうだ。

 こんな状態では住んでいられないので、事件の翌年には市内の別の場所に引っ越し、67年に落ち着くまで4回の引っ越しを余儀なくされたそうだ。

 そんな苦しい目に遭っても、毎日のように息子に面会に行ったそうだ。だが彼女は、当時の再審が大詰めを迎えつつあった88年、84歳の生涯を終えた。

 どんな気持ちで亡くなっていったのだろうか・
http://www.geocities.jp/waramoon2000/hitori39.html


111 + 1:傍聴席@名無しさんでいっぱい[] 07/06/01(金) 09:34:08


名張市葛尾の住民が、奥西勝被告人の家族に対して行ったとされる行為を整理すると、

「彼(奥西勝被告人)の家に石が投げられ」
⇒器物損壊罪
  刑法261条:3年以下の懲役または30万円以下の罰金もしくは科料

「家族の夕食中に住民がなだれこみ「土下座してあやまれ」と迫ったりもした。」
⇒住居侵入罪
  刑法130条:3年以下の懲役または10万円以下の罰金
⇒脅迫罪
  刑法222条:2年以下の懲役または30万円以下の罰金

「奥西元被告の家の墓地は、共同墓地から追い払われ」
⇒礼拝所不敬及び説教等妨害
  刑法188条:6月以下の懲役若しくは禁錮または10万円以下の罰金
⇒墳墓発掘罪
  刑法189条:2年以下の懲役
⇒墳墓発掘死体損壊等
  刑法191条:3月以上5年以下の懲役

「(奥西勝被告人の)母親にまで暴力を振るった」
⇒暴行罪
  刑法208条:2年以下の懲役または30万円以下の罰金または拘留もしくは科料


各所に書かれていることが事実ならば、名張市葛尾の住民が行った行為は、完全な犯罪行為である。 警察は、見て見ぬふりをしていたのか?


254 + 1:傍聴席@名無しさんでいっぱい[] 10/04/18(日) 11:16:16 ID:ki520z+R0(1)

村八分にして投石&墓荒らし。これでは他の100人の中に真犯人がいると自白しているようなものだ。w


211:傍聴席@名無しさんでいっぱい[] 09/06/13(土) 23:41:04 ID:q1szwqUNO(1)

村人は全員地獄行きだな。

213:傍聴席@名無しさんでいっぱい[] 09/06/20(土) 14:27:12 ID:3gcMlH890(1)

村人は、奥西勝さんに酷いことをしたよね
http://read2ch.com/r/court/1167357268/


13. 2012年5月19日 19:46:59 : MiKEdq2F3Q

三重県名張市葛尾
http://maps.google.co.jp/maps?f=q&source=embed&hl=ja&geocode=&q=%E4%B8%89%E9%87%8D%E7%9C%8C%E5%90%8D%E5%BC%B5%E5%B8%82%E8%91%9B%E5%B0%BE&sll=34.60444,135.517588&sspn=0.011692,0.013497&brcurrent=3,0x60014d8668fde0ab:0xfb3770f5e7d67671,1&ie=UTF8&hq=&hnear=%E4%B8%89%E9%87%8D%E7%9C%8C%E5%90%8D%E5%BC%B5%E5%B8%82%E8%91%9B%E5%B0%BE&ll=34.652335,136.060315&spn=0.002921,0.003374&z=14


1969(昭和44)年、奥西勝(84)は名古屋高裁で逆転死刑判決を受けた。そのまま収監され、40年。支援者との面会で最近、独房から無実を訴え続けた半生をこう振り返ったという。長い沈黙の後、「残念。無念。悔しい。言葉にならない」と。


 「家族も大きな被害者。苦しみは私と同じ」。

奥西は今年1月、支援者への手紙に書いた。無実を信じて他界した父母、疎遠になった長男、長女、その子孫たち…。

捜査段階で犯行を認めた奥西は

「捜査員に『苦しんでいる家族を救うために』と、うその自白をさせられた」

と訴える。だが皮肉にも、その自白が有罪の大きな支えに。死刑囚の親族として生きる人々の慟哭(どうこく)が、いつも奥西の頭にある。


 母タツノは88年に亡くなるまで三重県内のアパートに独りで暮らした。月1回は内職で得た金を手に面会へ。毎週のように送った手紙には、死刑囚となった息子への励ましと苦悩がにじんでいる。

 「おとなしいのは、そんです。してない事はしたというな。しんでもしないというてけ」
(72年の上告審判決で死刑が確定した直後)


 「ほしいものがあれば母がはだかになってもかってやるから手紙でおしえておくれ」(73年の第1次再審請求直前)


 「あんかを入れてねると勝は寒くないのかと心配で、勝のゆめを見るのです。びっくりしてとびだしてみると、うそ(夢)でした。ざんねんでなみだがでて目が見えませんでした。ゆめなのに本とうの事のように思えて」
(亡くなる半年前)


 奥西は2005年、第7次再審請求審の意見書に書いた。

「母は息子の無実の罪を晴らしてやりたい一心だった。元気なうちに晴らしてほしかった」

 逮捕の約7カ月後、手錠姿で現場検証に立ち会う奥西に、中学生の長男、小学生の長女が駆け寄る写真がある。

「『お父ちゃん、お父ちゃん』と何度も叫び続けていた。その声は今も耳の奥に残っている。私はどうしてやることもできなかった」

と奥西は述懐する。

 2人は今、故郷を離れてひっそり暮らす。それぞれに家族ができ、ここ数年はほとんど奥西と顔を合わせていないとみられる。家族に会いたいと切望する奥西を、支援者はこう励ましている。

「まず再審を勝ち取ろう。そうすれば、きっと分かってもらえる」と。


 再審をめぐる特別抗告審で、最高裁の判断が近づいている。最愛の母が他界した年齢に達した奥西は「後にも先にもないヤマ場であります」と繰り返し、支援者の1人に「これが最後」と漏らす。期待とともに、残された時間への切迫感もまた、色濃くなっている。(文中敬称略)

http://www.k4.dion.ne.jp/~yuko-k/kiyotaka/nabari.htm

半世紀の証言:名張毒ぶどう酒事件/上 無実信じ続けた母


 「赤飯を炊いてタイを用意して待っとるよ」。

その朝、母は努めて明るい声で息子を送り出した。 1審無罪から5年後の69年9月。奥西勝が名張市の母タツノ宅から向かったのは、控訴審判決が下される名古屋高裁。

「原判決を破棄し、被告人を死刑に処する」。

奥西がタツノの元へ戻ることはなかった。タツノも毒ぶどう酒事件のあった集落から姿を消した。
     


 元東海テレビカメラマンの門脇康郎(67)が集落を訪ねたのは78年冬だった。奥西のことを書いた本を読み「判決は事実を見誤っている」と直感した。だが集落の住民は事件について口をつぐんだ。

 「奥西を一番よく知る人物から話を聞きたい」。

弁護団すら知らなかったタツノの居所を捜し当て、80年2月、名張市内の市営団地に足を運んだ。ガラス戸の5センチほどの隙間(すきま)から、小さな声が聞こえた。

「(集落の住民に)墓も持って行け言われてな」

 タツノが明かした「死刑囚の母」の日常は過酷だった。

道に座っていると蹴られ、家のガラスは石で割られた。

逃げた先々で「毒ぶどう酒の奥西や」とささやかれた。

団地は事件から数えて4カ所目の住まいだった。

「つらい毎日でした」。

昼も雨戸が閉め切られた室内の闇から、おびえ切った目がのぞいた。


 80年秋、タツノは初めて門脇を室内に招き入れた。戸を開けると線香の香りが鼻を突き、煙でいぶされてすすけたカーテンが目に留まった。タツノは午前と午後に2時間ずつ、線香を上げて息子の帰りを毎日祈っていたのだ。

「どうか息子を助けてください」。

タツノは息子より若いカメラマンの前に正座し、涙を流して畳に額をつけた。門脇は恐れさえ抱きながら、黙って眺めるしかなかった。

    
 「まさる しっかりせよ」(上告棄却直後の72年6月22日)

 タツノは拘置所の奥西に手紙を送り続けた。

「1日でも、もういっぺん一緒に暮らしたい」(74年4月19日)

「あんかを入れて寝ていると勝は寒くないかと心配で、すると勝の夢を見るのです」(88年4月22日)


 特別面会人として奥西との面会記録をノート10冊に書き残した川村富左吉(故人)は94年2月、手紙をワープロで打ち直し、奥西に差し入れた。息子の無実を信じた母は88年11月、84歳で病死した。969通に上る手紙は120ページの冊子となって残った。(敬称・呼称略)


 ●奥西死刑囚の言葉●

 最後まで無実を信じてくれた。母は誰よりも一番よく無実を知っていた=91年3月22日、母タツノについて


 これでやっと終わると思った。死んだ妻にも晴れて墓参りがしたいと思った=96年5月22日、無罪判決時の心境


 名古屋拘置所に移され2〜3日ぼーとしていた。自分が今どうしてここに居るのかわかるのに1週間くらいかかった=同、逆転死刑判決時の心境
 (特別面会人・川村富左吉の記録より)

 ●奥西死刑囚の言葉●

 妻が死に、子どもやら家族のこと、仕事のことやらどうしたらよいかが真っ先に気になった=96年5月22日、事件発生後の心境

 警察の暴力はしょっちゅう受けた。頭を押さえつけたり、こづいたり。机をどんどんたたいたり、恐ろしかった=93年12月27日、取り調べについて

 死刑になるとか全然思わなかった。思うのは子どもや家族のことばかり=96年5月22日、自白時の心境

 (特別面会人・川村富左吉の記録より)
毎日新聞 2011年6月15日 東京夕刊

http://blog.goo.ne.jp/kanayame_47/e/15dc3c5683e0aff3f5144e26f96f1f1b

奥西楢雄さんはどうやって責任を取るのかな?


14. 2012年5月20日 10:02:55 : MiKEdq2F3Q


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鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鹹              情苛泣罅         ∴3S川Γ ヨ据鬱鬱鬱
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奧西勝は警察から連日激しい取り調べがおこなわれた.  それは任意の取り調べであったが,奧西勝は事件直後から連日ジ−プで警察に連行され,長時間にわたり取り調べを受けた.

さらには自宅に帰っても警察官が泊まり込んで監視した.就寝から排便にいたるまで警察官に監視される生活の中で,ついに奥西勝は大量殺人を自白したのである。

妻と愛人を殺すために公民館で1人になった隙に,用意していたニッカリン・Tをぶどう酒に混入したと自白したのだった。自白したのは事件の6日後の4月3日午前3時40分である.

この自白した時間から分かるように,警察は深夜まで参考人に過ぎない奧西勝を取り調べていた。さらに自白した直後に警察で記者会見をおこない,奧西勝本人に記者の前で犯行を告白させ逮捕したのである.この記者会見は自白の任意性を世間に知らしめるための警察側の演出であった.記者会見とはいえ,警察官や記者に囲まれた状態で本当のことを言えなかった可能性があった.つまり自白が嘘である可能性が高いのである.奧西勝は自白したことに対し,犯人とされていた妻の千恵子の濡れ衣をはらすためだったとしている.

 名張毒ぶどう酒事件は,奥西勝による妻と愛人の三角関係の清算が犯行動機とされていた.しかし小さな村落である葛尾では,既婚の男女がそれぞれ他の男女と自由な性的関係を持つという性的に開放的な地域であった.そしてこの村落では三角関係、四角関係は珍しいことではなく,25戸の農家のうち7組が三角関係にあったとされている.そのため自白動機は殺人の理由としては希薄だった。奥西勝は愛人の他にも数人の女性相手がいたし,殺された千恵子,ヤス子にも他の男性相手がいた.

 田舎ののどかな村落では,全員が仲むつまじく暮らすというイメ−ジがある.しかしこの事件は村落の大らかで乱れた男女の性的関係を暴露し,平和に見える農村にも,世間の目から隠された暗部のあることを示していた.その意味でこの事件が世間に与えたインパクトは大きかった.

 奥西勝はお茶の消毒薬として日本化学工業株式会社の「ニッカリン・T」という農薬を買っていた.そしてこの農薬をぶどう酒に混入したとされている。しかしその後の調査で,ぶどう酒に混入されていたのはニッカリン・Tではなく,ニッカリン・Tと同じにテップを含有する三共株式会社の「三共テップ」または富山化学工業株式会社の「トックス40」と解明されたのであった.これらの農薬は広く製造販売されていたことから,ここに冤罪の可能性が生じたのである.

 裁判では奥西勝は一貫して無罪を訴え続けた.この事件は証拠らしい物的証拠はなく,村は男女関係がオープンで不倫は日常茶飯事だったことから,三角関係の清算という動機は弱いものであった。しかも三角関係の清算が動機とされているが,奥西勝さんと妻,愛人の3人はいつも連れだって仕事や映画に行っており,殺害を起こすような三角関係の苦悩という深刻さがなかったと村人たちは証言したのだった.

また事件2日前に奥西勝さんは市内の薬局でコンドームを買っている.これも妻や愛人との情事に使うためで,殺害の動機は希薄であった.
http://blog.goo.ne.jp/cool-susan/e/43b6c460b53d83ff084c78a70c655ac9

2 警察の焦り

 警察は、事故と犯罪の両面で捜査を開始したが、間もなく、ぶどう酒製造過程においてぶどう酒にテップ剤が混入した可能性は乏しく事故の線は薄いと判断し、殺人及び殺人未遂事件に捜査を絞り込んだ。

 警察は、事件発生直後から、ぶどう酒を懇親会に出すことを決定した当時の三奈の会会長奥西楢雄、右会長奥西楢雄の依頼によりぶどう酒を購入し、酒店から会奥西楢雄宅まで右ぶどう酒を運んだ石原利一、会長奥西楢雄宅から公民館までぶどう酒を運んだ奥西勝さんの3名の中に犯人がいるものと考え、右3名の取り調べを集中的に行った。
当初警察は、ぶどう酒に接触した人間を調べれば案外簡単に犯人を割り出せるだろうと楽観し、その旨公言もしていた。しかし、本件は「第二の帝銀事件」として全国的な注目を集め、26戸、総勢14〇人の小集落である葛尾に多数の報道機関が乗り込み、連日報道合戦を展開していたので、犯人の特定もできず、これといった物証を発見できない警察に対し、日増しに批判、圧力が増していった。

 このような中、警察は、早期に犯人を検挙しなければならないという焦りから、奥西勝さんら重要参考人に対し、長時間にわたって取り調べを行い、自白を獲得して一気に事件解決を図ろうと躍起になっていた。

そのため奥西さんは、事件発生翌日の3月29日から連日朝から夜遅くまで長時間にわたって取り調べを受けた。警察署までジープで送迎され、奥西さんが自白する直前の4月1日には、警察官が奥西さんの自宅まで付いてきて、排便、就寝まで監視される状態であった。
このように警察は、奥西さんのみならず、どんな人でもこのような状況下であれば、身に覚えがないことでも早く自白すれば楽になれるといったところまで追い込んでいた。


3 どうして奥西勝さんが、犯人にさせられたのか。

 この事件で5人の方が死亡したが、その内の2人が奥西さんの妻であり、また奥西さんの愛人であった。このことは二重の悲劇を生んだ。1つは、妻と愛人を1挙に失ったということであり、もう1つは、それが長年にわたり犯罪者という汚名を着せられるきっかけになったということである。

 奥西さんは、当初、取り調べのなかで、この事件で亡くなった愛人のことを隠していた。そのため警察はそれが判明すると厳しく奥西さんを追求するようになり、奥西さんは、「自分の妻がやったのではないか」と言うようになった。
これに対して


警察は、奥西さんが「妻が犯人である」と言いだしたとの情報をマスコミに流す


とともに、


「妻がやったことなら自分がやったのと同じだ。」

「農薬のある場所を教えたのだから幇助罪だ。」

「幇助罪は殺人罪と同じだ」

などと嘘を交えながら奥西さんを強く問い詰めていった。

もうこのころには、奥西さんは、妻と愛人を失い失意のどん底にあったこと、連日の長時間に渡る取り調べが行われたことなどから、肉体的にも精神的にも憔悴しきった状態であった。

 その結果、とうとう奥西さんは、4月2日の深夜(厳密には、4月3日午前3時ころまでの間に)自分自身が所持していたニッカリンTをぶどう酒に混入して本件犯行をしたとの自白をしてしまったのである。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~jinkenha/nabari_r1.html


おそらく村人も警察も真犯人が誰かわかっていたんでしょうね。しかし、本当の事を言ったら奥西勝さんの家族と同じ目に遭わされる。狭山事件の場合と全く同じ事情ですね。


揺らぐ死刑判決 〜検証・名張毒ぶどう酒事件〜
http://www.dailymotion.com/video/xfyc1t_yyyyyyy-yy-yyyyyyyyy_news

裁きの重み 名張毒ぶどう酒事件の半世紀
http://www.youtube.com/watch?v=16nVNVJhOPg


15. 2012年5月21日 13:42:24 : MiKEdq2F3Q


奥西文子は何故盛装して三奈の会に出席したのか?

275 :名無しさん@七周年:2006/12/29(金) 16:04:25 ID:DedFR/430

奥西勝が嫌われ者だったというのは違う
きつい仕事を率先してする優しい人とみなが言っていた、人望もあった(三奈の会の元会長)

子煩悩の普通の人

自白後、村の住民は残された家族に罪はないとして暖かく接そうと有線放送で言っている

ショックを受けた子供を他の子供が向かいに行き学校に行っている

憎悪を浴びるようになったのは無罪を訴えるようになってから

三角関係が動機というのも非常にあやふや

事件のちょっと前に妻と愛人、他男性2名で映画を見に行っている

事件の数日後に妻と愛人と仲間で花見に行く予定を立てている

(事件の数日前、カメラを借りにきた友人に花見に行ってカメラがいるからと断っている)

妻が事件の日、「お父ちゃんに酒を飲むな」と言われたと言っている(証言あり)殺そうとした人物に言わないだろ

そもそも空白の十分間なぞ警察のシナリオに合わせてみんなででっち上げたものだから話にならない
http://mimizun.com/log/2ch/newsplus/1167316366/


集落:生贄のヤギとアザゼルのヤギ   2010/04/12


「私は無実」訴え続け84歳…奥西死刑囚、時間とも戦う

「「判決主文を言い渡すからね」。法廷でこう切り出した高裁の裁判長は、一呼吸置いて「被告人を死刑」と続けた。閉廷後、両手に手錠をかけられ、拘置所に移送された。72年、最高裁で死刑が確定。

「やっていない事はやっていないと、言わないかん」

と励まし続けた母親は、88年に84歳で亡くなった。死刑の執行を恐れながらの拘置所での生活。これまで処刑や獄死で見送った死刑囚は二ケタを数え。70歳を目前に控えた93年には、死亡した時に私物を届ける先や献体を希望する先などを聞かれ、いよいよと覚悟したという。」(朝日新聞)


再審とは有罪の確定判決に対し、その効力をくつがえすものです。そしてその型には、ファルサ(falsa)とノヴァ(nova)があります。

ファルサとは、確定した判決が事実を認定するのに使用した証拠などが虚偽だったり、偽造などがなされた場合に再審を認める型です。対してノヴァは、明らかな証拠があらたに発見されたときに再審する型です。

名張毒ぶどう事件とは、小さな集落の会合で供された葡萄酒に密かに毒が盛られ、たくさんの人が亡くなった事件です。名張毒ぶどう事件の被告人、奥西勝さんは集会前日に葡萄酒に毒を入れたのだとされています。

しかしながら「魔の時間―六つの冤罪事件 (1976年) 」によればその寄り合い、「三奈の会」に葡萄酒がでるかどうかは、当時の会長、奥西楢雄さんの判断一つに任されており、誰も知りませんでした。

事実会長が葡萄酒を出すことを決めたのは当日朝だったといいます。

また警察で接待を受けた集落の某有力者(中川註:奥西楢雄?)にも奥さんと愛人との三角関係があり、惨劇のあった日は奥さんと大喧嘩をしたといわれ、その奥さんは何故か盛装して会に出席、毒ぶどう酒を飲んで死亡しています。

一審判決では、この家でも毒を入れるチャンスがあったことを、かなりはっきりと指摘しており、事件をめぐるナゾは、まだ十分に解明されたとはいえません。
http://iceburg.cocolog-nifty.com/iceblog/2010/04/post-b4f2.html

856 :名無しさん@七周年:2006/12/31(日) 19:46:42 ID:yPFBYVfy0

奥西楢雄氏は、疑わしい人物として、次の3人を挙げている。


 1人目は、彼の妻である奥西フミ子。楢雄母(コヒデ)との嫁姑関係の険悪さは地区内でも有名だった。

 2人目は、ぶどう酒が飲めるはずなのに、当日に限って飲まなかった女性

 3人目は、奥西勝。妻と北浦ヤス子との三角関係を証言。
http://mimizun.com/log/2ch/newsplus/1167316366/

235:傍聴席@名無しさんでいっぱい[] 10/01/21(木) 11:03:03 ID:yaqkpWTC0(1)

六人目の犠牲者(江川紹子)を読んでみた。

村の女(相手が誰であっても)を、女たちが宴会で飲むブドウ酒に毒を入れて殺すという計画なら、もう前述の奥西楢雄しか犯行不能だと思う。

死んだ奥西楢雄の奥さんも含めて、参加者たちは宴会で例年出ていたブドウ酒が 出ない事を知っていた。前回の会合(会長の奥西楢雄欠席)で予算不足から、それは決定済みだった。死んだ奥西楢雄の奥さんが犯人なら、会長代理として出席しているのだから、そんな決議はしなかったはず。

肝心の女用ブドウ酒が無いなら、単なる無差別殺人になってしまうもんな。

奥西楢雄は当日になってポケットマネーを出しても、と独断で予定の清酒二升にブドウ酒を付け加えさせて農協の石原利一に買いに行かせてる。 そして、当初は酒が奥西楢雄の家に3時間以上も置いてあったはずなのに、村の証言者たちは、証言を翻して奥西勝が来る直前に届いたという事にしているのも奇妙。奥西楢雄夫婦と酒の接点を無くそうと必死になっているわけ。

もっと面白いのは宴会に先立って、このブドウ酒のフタを開けたのは誰かという捜査で、当初、奥西楢雄は自分が開けたと言ってる点。

驚いたことにブドウ酒の栓を開けた、という人物は二人いる。

もうひとりは石原利一で、周囲の多くは石原利一だったとも言っている。それに関する会話(歯で開けようとした)も周囲に記憶されているから、こちらが本当と思える。 ただし、この石原利一は後に「思い違いだった」と言い始めるけど。

その奥西楢雄は死んだ細君から瓶を渡されてフタを開けてくれ、と頼まれたと語るのだが、「私に渡す前に妻は開けようとしたらしく封緘は無かった」と言ってる。 何のために、そんな事を言ったか目的を考えてみると答えはひとつだよな。

さらに付け加えると、死んだ奥西楢雄の奥さんが犯人だとすると、人に開栓を頼むのは不自然に過ぎる。自分も飲んで死ぬ覚悟であったとすれば尚更だ。
決して奥西楢雄が犯人と断定はしないが、出てきている状況からすると奥西楢雄の可能性は否定できないと思う。
http://mimizun.com/log/2ch/court/1167357268/


873 :名無しさん@七周年:2006/12/31(日) 21:02:17 ID:yPFBYVfy0

ニッカリンについての知識を持つ者について、地区内男性の証言(調書より)

 「葛尾の部落の中の男の間でも、ニッカリンというようなものについて、いくらかでもその使い方等について知っていると思われるのは、営農指導員の奥西楢雄と消毒好きの奥西勝ぐらいで、その他の者は、ニッカリンを見たこともないし、それをどのように使うのか全然知らない者ばかりであります。」


878 :名無しさん@七周年:2006/12/31(日) 21:28:04 ID:yPFBYVfy0

フミ子の夫楢雄も、翌4月1日の警察の取り調べの中で、

「このような事件を起こすような理由のあると思われる人」の「第1番目」として妻フミ子の名を挙げている。

姑のコヒデとの折り合いが悪く、コヒデが時にはフミ子に手を上げたこと、そうしたことがきっかけでフミ子は宗教団体に通うようになったを挙げ、

「長年いじめられた私の実母に対する復讐のためではないか」

という。
http://mimizun.com/log/2ch/newsplus/1167316366/

156 :名無しさん@十周年:2010/04/06(火) 21:56:58 ID:+KFKVbcl0

犯人が○○の妻(自殺)ってのも100%有りえない
それだったらもっと強力な毒にするだろ。現に飲んだ女の半分以上は助かってるんだぞ

何が悲しくて死ぬかどうか微妙な半端な毒を使って、自分が苦しまないかんのだ

499 :名無しさん@十周年:2010/04/09(金) 05:03:29 ID:fyWJgDVUP

死んだ女性5人の中に犯人は居ない。

死んだ人間が真犯人なら、村人たちが生きている人間(勝)に罪をおっ被せるような嘘の証言をあれほど一致団結して必死にやる理由が無い。
スケープゴートっていうのは生きている誰かをかばうためのものだろ?


500 :名無しさん@十周年:2010/04/09(金) 05:41:26 ID:BJOzaEDA0
>499
50年前の周りから隔離された小集落の村においてその村の昔からの地主を受け継ぐ有力者の影響力というのは、外の部外者からは考えられないほど大きい。
後、周りと違うことや不都合なことをすると、村八分にされる危険性はすごく高い。

村人は保守的、閉鎖的な考えの人が大半だから、地主の妻の犯行ということになれば、全国的な報道によって批判され、地主がいなくことになる村の崩壊を一番
恐れてもおかしくはないと思う。

503 :名無しさん@十周年:2010/04/09(金) 06:32:55 ID:HPVYQcmp0
>>500
有力者の影響力というのは理解するけど、それなら勝ではなく、勝の妻か愛人を犯人とすることで村がまとまることもできたはず。 実際、当初は勝も勝の妻が犯人という供述をしていた。(そういうことにすれば村が落ち着くのでは、という形跡があった)

でも、結局生きている勝が犯人ということで、村が団結したのは、勝の妻の犯行とするだけのものを見出せなかった結果、>>499 のいうスケープゴートになった可能性が高いと思う。

俺が犯人の可能性の順番をつければ、


有力者>有力者の母>有力者の妹>>>有力者の妻


だと思う。 村人の供述が変わったのが、有力者の妹の言動がきっかけになっているものがある。 これは、この有力者かその母・妹(自身)・死んだ妻の誰かを助けるため、と思う。

ただ、有力者の妻の犯行だとすると動機が今ひとつ読めない。 自分も飲んでるわけだし。
http://mimizun.com/log/2ch/newsplus/1270526526/#75


337 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/21(月) 07:50:44.82 ID:b3IknOwN

名張毒ぶどう酒殺人事件の容疑者とされたのは

奥西楢雄
奥西フミ子(死亡)
石原利一
北浦ヤス子(死亡)
奥西千恵子(死亡)
奥西勝

の6人かな?

真犯人が誰かは、関係者はわかってたんだろうな。


328 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/20(日) 13:03:16.08 ID:6c3Hpyxq

警察は奥西楢雄の死んだ奥さんは犯人ではないと考えていた様だから、

容疑者は農薬の事を良く知っている奥西楢雄と奥西勝の二人に絞っていた様だ。

どうしても奥西勝を犯人にしないと奥西楢雄は困るんだね。

329 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/20(日) 13:20:59.65 ID:6c3Hpyxq

奥西楢雄はぶどう酒の栓は自分の死んだ奥さんが最初に空けたと証言したみたいだから最初は死んだ奥さんを殺人犯に仕立てる予定だったのかな?

しかし、警察が死んだ奥さんは容疑者でないと判断してしまったので最初の目論見は失敗?

335 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/21(月) 00:30:34.93 ID:b3IknOwN

自分の奥さんに盛装までさせて、犯人だと思わせようとした(?)のなら幾らなんでもあくど過ぎだったね。
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/archives/1318440442/

873 : 名無しさん@七周年: 2006/12/28(木) 12:26:20 ID:d0COKNxP0 [13/20回発言]

真犯人の殺したかったのは奥西死刑囚の妻と愛人やなくて自分の嫁やったということや。 つまり真犯人は奥西勝に自分の嫁が寝取られとると思たわけや。それで嫁を問い詰めたけど白状せんのでますます妄想を膨らませ殺意をつのらせていったわけや。

真犯人が村のリーダー的な存在やったら不倫間係そのものより自分の嫁を寝取られたことが公になってしまうことでメンツがつぶれることを気にする。不倫妻の制裁と村社会での自分のメンツを保つことは動機にならんか?
http://logsoku.com/thread/news19.2ch.net/newsplus/1167189784/

567 :名無しさん@十周年:2010/04/09(金) 21:53:11 ID:g+44KPzy0

もてるやつってムカつくだろ

そうゆう鬱積したものがあるだろ
特に村社会だと あいつめちゃめちゃもてるし俺の邪魔だと
あいつに何かあったらおとしめたれ

そうゆう感じだよ

568 :名無しさん@十周年:2010/04/09(金) 22:03:54 ID:2t8K+/Du0

そうだろうな。
夜這いの風習が残っていたんだしな。

夜這いは女にも断る権利があったから、イケメンでおそらくほとんど拒否られることのなかった勝を邪魔と思っていた奴はそれなりにいるはず。

ただ、それが公式発表の三角関係のもつれっていうのとは違う。
そもそもこの集落の人間に三角関係という認識なんてなかったと思う。
フリーセクロスとまでは言わないけど、それに近い環境だったんだから。
http://mimizun.com/log/2ch/newsplus/1270526526/#490

94:傍聴席@名無しさんでいっぱい[] 07/05/23(水) 22:08:54 ID:zWAWELXK0(1)

暴力をふるっていた奥西楢雄氏は、すぐに愛人と結婚した。 妻が邪魔だったのだろう。 勝氏の、三角関係の清算と言われているが、普通なら両方殺したりしない。

 ちなみに、奥西楢雄 氏は、村の実力者。

だから、誰もが口を閉ざしている。
http://read2ch.com/r/court/1167357268/


971 :名無しさん@七周年:2007/01/02(火) 19:01:42 ID:thjoiiPB0

俺もはじめてこの事件のドキュメンタリー番組見たとき

村人が犯人は死刑囚以外ありえないとTVカメラに向って吼えてるのを見たとき間違いなく犯人は別に身近にいるなと思ったよ

田舎の人間の恐ろしさを都会の人は分からないだろうね・・・

972 :名無しさん@七周年:2007/01/02(火) 19:13:14 ID:Ij9qtKoA0
>>971
俺もそう思った。
少なくともこれだけ疑義のある事件で、神様でもないのに常識的にあそこまできっぱり断言するのはおかしい。

疑問点もあるが、自分は奥西だと思う、程度なら分かるんだが奥西以外いないって、そんなこと誰にも断言できねえよ。

283 :名無しさん@七周年:2006/12/29(金) 17:01:26 ID:Jod+6sGK0

閉鎖的な少人数の共同体での犯罪の捜査は極めて困難らしい。
村人はみんな犯人を知ってるけど、警察にそれを語る人間はいない。
いつだったか、奈良の山の中の事件でそういうのあったよね?
http://mimizun.com/log/2ch/newsplus/1167316366/


507 :名無しさん@十周年:2010/04/09(金) 09:55:39 ID:o8hUZMwn0

確かに村人たちの態度はおかしい。何かを隠してるんだろう。
昔、世にも奇妙〜とか古畑〜に部落をテーマにしたのがあったが----。
http://mimizun.com/log/2ch/newsplus/1270526526/#490


148 :名無しさん@十周年:2010/04/06(火) 21:31:49 ID:bTg8Pi8b0

この事件はなあ。

狭い村の中の古い因習が原因だから犯人とされた人物の隣に真犯人がいるんだよな。 村の有力者の犯罪を弱い立場の人間がかばっているのかも知れない。
口に出さないだけで真犯人は公然の秘密なんじゃね。

545 :名無しさん@十周年:2010/04/09(金) 19:53:49 ID:mFwf57jZO

勝氏が犯人として逮捕された時、村人達は
「皆が家族の様な狭い村だし、勝氏の身内のことも支えて行こう」
ということだったらしい。

けれど、勝氏が犯行を否認した途端、墓を壊し、家に石を投げ込み、村八分にして勝氏の身内を追い出した。


550 :名無しさん@十周年:2010/04/09(金) 20:48:08 ID:mFwf57jZO
>>547
色々辛いやね…

勝氏の身内ったって、妻は死んでるから、勝氏の老いた親と、まだ幼い娘と息子がそういう目にあったわけだから。

71 :名無しさん@十周年:2010/04/06(火) 15:39:07 ID:kdGjnUwu0

男が逮捕された当初は、彼が犯人と安堵した結果、むしろ男性の家族にも愛の手をさしのべようという呼び掛けが行われた。

しかし、男性が否認に転じたことを知ると、家族への迫害が始まった。
家族には一切口を利かず、家には石が投げ込まれた。こうした村八分の結果、家族が葛尾を去ると、何者かによって共同墓地にあった男性の家の墓が暴かれ、墓地の外にうち捨てられた。

こんな村滅びればいいのに


97 :名無しさん@十周年:2010/04/06(火) 17:18:37 ID:UGrrJN0X0

自白を翻した途端に村八分ですからね。 検察の誘導にしたがって当初の証言も変更しているわけです。 これじゃ人身御供ですよ。

誰でもいいから真犯人に仕立て上げれば安心できるのでしょうか。


相手が潔白でもね

552 :名無しさん@十周年:2010/04/09(金) 21:02:16 ID:mFwf57jZO

しかし、どういう心理だろうね?
村人の総意で「支えて行こう」と言っていたのが一転、村八分というのは…

575 :名無しさん@十周年:2010/04/09(金) 23:01:40 ID:79GrYbam0
>>552
村人たちの当初の証言では、勝以外にも農薬を入れる機会があった人間がいた。
それを、その楢雄の圧力で、一斉に証言を覆した。
警察に自白を強要された勝が、そのまま罪を被って死んでくれるのなら、村に残った勝の身内がよそでおかしなことを言い出さないように、村から出さないようにしようと結託。

だが、勝が否認し始めたため(あるいは一審で勝が無罪になったため?)、
自分たちの目論見通りに運ばなくなったことに腹を立てた、とか。

今までの村人たちの発言を読む限り、
無差別殺人犯の身内を本気で支えてあげようと考えていたなんて、到底信じられない。


555 :名無しさん@十周年:2010/04/09(金) 21:14:38 ID:BJOzaEDA0
>>552
楢雄が勝が罪をかぶってくれるなら、勝の家族を支えてもよかったが、否認に転じたので、不都合な証言の後々されるのを嫌がって追い出しにかかったのが実情。


556 :名無しさん@十周年:2010/04/09(金) 21:18:12 ID:mFwf57jZO
>>555
そのナラオの考えに村人達が同調したということ?


562 :名無しさん@十周年:2010/04/09(金) 21:36:40 ID:6zTQgtb60

一番おかしいのは、犯人のアリバイを崩した証言。
目撃時間には真っ暗でろくに見えない時間帯に本人と確認出来るわけがない。


684 :名無しさん@十周年:2010/04/10(土) 21:41:55 ID:eSEGBvuMO

村人がコロコロ証言を変えたからこんな事になる。

「勝は一人で牛の運動をしていた」という証言はなぜ揉み消されたんだ。

639 :名無しさん@十周年:2010/04/10(土) 12:13:37 ID:eSEGBvuMO

「勝は牛の運動をしてた」と証言したあの人は胸が痛まなかったのかな…
小さな村での村八分を恐れてしまったのかな…


690 :名無しさん@十周年:2010/04/10(土) 22:27:51 ID:/b2WoFWI0

ぶどう酒が会長宅に着いたのは裁判で言われている5時過ぎ(勝が来る直前)ではなく2時ごろだったんだろう?

当初の村人たちの証言では。

2時から5時までの3時間も会長宅にあったのなら、勝だけに空白の10分間があったから勝が犯人という消去法的推論は全く無意味だろ。

2時から5時までの間に会長宅に居た人間なら誰でも入れられる。

あと、冤罪派の人でも誰も言わないけど、林酒店の段階で既に農薬が仕込まれていた可能性だってある。

王冠をきっちりかぶせ直そうと思ったら酒屋でゆっくりやりたいね。
ただし、酒屋や運搬係の男性が犯人とは思わん。


696 :名無しさん@十周年:2010/04/10(土) 23:08:26 ID:++JRKBoj0

勝氏の親や子供達の事を考えると切ないよ。
>>690 のきっかけを作る偽証まがいをしたのは、隣家の妹なんだよね。
何かに気付いたんだろうか…。


733 :名無しさん@十周年:2010/04/11(日) 01:57:13 ID:AHe+zPFD0

素人目には、奥西楢雄のほうが、灰色というよりかなりクロに近く見えるんだが…

当時の世間では、「奥西楢雄真犯人説」ってのは出なかったのか?


737 :名無しさん@十周年:2010/04/11(日) 02:04:05 ID:lmB6mv+kO
>>733
初期段階で村人達の証言が一致していても、ナラオやナラオの妹がそれとは違う証言をすると、村人達がそれに合わせて証言を変えている所がそうとう胡散臭い。

そのせいでナラオが黒く見えてしまう。そんなにナラオにゃ逆らっちゃイカンのか。


98 :名無しさん@十周年:2010/04/06(火) 17:26:37 ID:enKGVkcqO

自分は何年か前に深夜見た「NNNドキュメント」で初めて事件を知った。
老人達が笑いながら

「あいつが犯人よ、違うんなら犯人連れてきてよ〜(笑)」

って茶だか酒だか飲みながら答えてたのがすごく怖かった。
いくら体裁気にしてもこんな村、もう若者とかは住み着かないとは思うけど。

525 :名無しさん@十周年:2010/04/09(金) 15:35:05 ID:mFwf57jZO

ずいぶん前に放送されたこの事件の検証ドキュメンタリー番組ひどかったね。
何がひどいって村人がもう…絶対に行きたくないよ名張には。


530 :名無しさん@十周年:2010/04/09(金) 16:38:27 ID:KTkdEoPo0
>>525
こことかその周辺のB(部落)地区がアレなだけ
人がいる地域はふた昔くらい前のベッドタウンだよ
http://mimizun.com/log/2ch/newsplus/1270526526/#75


16. 2012年5月22日 13:09:38 : MiKEdq2F3Q

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C. ドッグヴィルの世界 _ 僻地の農村はどこの国でも…

@ドッグヴィル

監督 ラース・フォン・トリアー
主演 ニコール・キッドマン

http://www.nicovideo.jp/watch/sm6895844
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6901165
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6901647
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6902027
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6902691
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6904743
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6905786
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6909582
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6910532

http://www.youtube.com/watch?v=MHU_KWr6F44&feature=related

http://www.amazon.co.jp/%E3%83%89%E3%83%83%E3%82%B0%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%AB-%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%88BOX-DVD-%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%BC/dp/B0002AP1WK/ref=pd_cp_d_0

ロッキー山脈の麓にある孤立した村、ドッグヴィル。村人は23人。そこにひとりの美しい女性、グレース(ニコール・キッドマン)がやってくる。

自称作家の青年トム(ポール・ベタニー)は、村人たちに彼女をかくまうことを提案。グレースはトムの計画に従い、無償で肉体労働を始め、徐々に閉鎖的な村人たちの心を開いていく。とりあえず村の一員として認められた彼女だが、やがて警察からの手配書により、強盗に関与している疑いをかけられ、村人たちの態度は急変。

村人たちはグレースを奴隷扱いするようになり、りんご農園を経営するチャック(ステラン・スカルスゲールド)は、彼女をレイプする。そのことを知ったトムは、村からグレースを逃がそうと決意し、トラック運転手のベン(ゼルイコ・イヴァネク)に協力を頼む。しかしベンは裏切り、グレースは村人たちに逃亡防止用の重い首輪をはめられた。

連日のように重労働を課せられ、男たちに弄ばれるグレース。ついにはトムまでも彼女との肉体関係を望むが、グレースが断ったため、傷ついたトムはギャングに通報。やってきたギャングのボスは、グレースの父(ジェームズ・カーン)だった。

グレースは彼と議論の末、自分が家に帰る代わりに、ドッグヴィルを全滅させるよう要望を出す。ギャングの部下たちは村に火を放ち、村人たちを次々と射殺。そしてグレース自身は、トムを射殺するのだった。
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD4354/story.html

私は美形の女優が虐げられたりするのを見るのは映画の醍醐味の一つと思っているのだが、いくらなんでもこれはあんまりだ。

グレイスは肉体的にも精神的にも徹底的に痛めつけられ、最後の方では逃げ出すことができないよう、首に鉄輪をはめられるだけでなく、鈴が鳴っていつでもどこにいるかわかるようにされる。これではベッドで寝てても、寝返りも打てまい。あるいは寝返りは打てても、自分が立てる鈴の音によって、眠りを妨げられるに違いない。さらに車輪をくくりつけられ、どこに行くにもそれをひっぱっていかなければならないのだ。 つまり、グレイスは、まったく家畜同然の扱い、いや、それ以下の仕打ちに耐え忍ばなければならない。

ここでのキッドマンに較べれば、「モンスター」におけるシャーリーズ・セロンが陥った運命は、子供の遊びのように見える。しかし、鈴と鉄輪をつけても、やはり美人は美人だ。薄幸の美人なんて言葉が難なく思い起こされる。キッドマンは近年、「ムーラン・ルージュ」、「めぐりあう時間たち」、「白いカラス (The Human Stain)」と、不幸な目に遭う役柄の方が多く、そういう役によって演技を磨いてきたという経緯はあるが、「ドッグヴィル」はその頂点を極めている。
http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Miyuki/4222/films/04/dogville.htm

R-15指定です。セットは白線でかかれただけの道、家、犬・・・。家には壁も天井もドアもなく必要最低限の家具だけが設置され、常にドッグヴィルの村人達が見渡せるようになっています。

最初は追われている立場の女性に対して、関りをあまり持ちたくない、けれど弱い立場である人に対して冷酷にするのは人間性を問われてしまうので、相手に対して遠慮深く接し、けして悪い人間ではないんだよ、というのだけは一応見せておく。女性が危害を加えるような人間ではないと分った時点で、安心しもう一歩進んで受け入れる姿勢を見せる。

二枚目の手配書から手のひらを返したように、弱者を徹底的に支配する村人達。閉鎖的な村の心理というのもあるでしょうが、強者が弱者を支配するという点は、大なり小なりどこの世界でもあり得ることで、人間の本性をすごく考えさせられました。

共有の秘密を持っているということ、集団の均衡を保つ為とかなんとか理由付けをし、何があっても悪いのはグレースだと決め付けることによって、罪悪感を感じなくしていくところが、人間って・・・・と残酷に思いました。

首輪と錘もそうですが、首につけられたベルがとてもショッキングでし
た・・・。

家畜化扱いされ、男達からは毎晩レイプを受け、女達からは嫉妬心をむき出しにされ、子供達もグレースより強者なので、笑って意地悪をする・・・。もう、死ぬまであんな仕打ちを受けるのは目に見えていました。

あのマゾッ気のあるクソガキもグレースを性的対象に見て、成長すればレイプしたでしょう。そして、ママにはグレースが誘惑したといって泣くんです。ママはまた目を吊り上げてグレースをぶちのめすでしょう。目に見えています。

なぜ、あそこまでしてギャングのボスであるパパから逃げなくてはいけなかったのか。権力を使わないやり方を身をもって示したかったのでしょうが、右頬をぶたれたら左頬を差し出すみたいなやり方しかしていなかったように思います。一度逃げようとしたけど、けして村人と戦う姿勢を見せなかったグレースに、ちょっと疑問を感じました。

ラストでパパとグレースの会話の中に「傲慢」という言葉がたくさん出てきましたが、これも考えさせられました。確かに、グレースは傲慢です。ドッグヴィルの中では弱者として扱われましたが、グレースは最初からドッグヴィルを貧しく環境が悪いから仕方がないんだと、見下ろして見ていました。

何の気なしに親切心から「手の荒れにはアロエが効くわよ」とリズに言い放っていた場面でもそれは見て取れます。ドッグヴィルの中では手の荒れなんか目立たなかったリズにしてみれば、綺麗な手をした女からいわれたことで、手の荒れを気にするようになったでしょう。リズは傲慢と受け取ったから、グレースが労働をさせられていた時に、「手が荒れたら治しかたを教えてあげるわよ」と言い返したのでしょう。
http://tenteko.exblog.jp/3411487/

ラース・フォン・トリアー監督の「ドッグヴィル」、大スターのニコール・キッドマンさんが主役をやっている映画です。

今回はその「ドッグヴィル」という作品で描かれたダメダメ家庭に特徴的な具体例というより、もっと一般的にダメダメ集団の具体的な特徴として考えてみたいと思っています。勿論、ダメダメ家庭も、ダメダメ集団の一つですから、ここで描かれたダメダメ集団の特徴は、そのままダメダメ家庭の中で繰り広げられている風景と言えます

ダメダメ集団の具体的事例はてんこ盛りの作品です。では、具体的に見てみましょう。

1. 見栄っ張り・・・とある老人は盲目であることを隠していたりする。いたし方がないところもありますが、このドッグヴィルという町の人は大体が見栄っ張りです。ダメダメ集団は自分自身を必要以上に立派に見せようすることが多いもの。


2. 自己弁護・・・「オレは本当はこんなことをしたくはないんだ!」などと自己弁護しながら女性をレイプしたりする。そんなシーンが実に多い。ダメダメ家庭でも「オレは本当はこんなことをしたくはないんだ!」といいながら、ロクでもないことをやっていることが頻繁ですよね?


3. ウソつき・・・ドッグヴィルから女性の脱出を請け負った運転手がいます。その運転手は、女性から金だけとって、女性を引き渡してしまう。また、模造品のグラスを作っている家庭もあったりする。どうも人をだますことに罪悪感を持っていない人たちです。自分の尊厳にはこだわりがない人たちなんですね。


4. 排他的・・・大体、貧乏なところほど排他的です。まあ、わざわざ貧乏なところに人が新たに来ることはありませんから、そうなってしまうのでしょう。しかし、新規の人をやたら監視したり・・・お金の貧しさというよりも、心の貧しさが顕著となっている状態と言えます


5. 弱いものイジメ・・・相手が絶対に自分に反撃しない状態になって、うれしそうにイジメたりする。大人がやっているそのような弱いものイジメを子供がマネする。まさしくダメダメの連鎖状態になっている。


6. 強いものに媚びる・・・自分より弱いものには大きな顔をしますが、自分より強いものには媚びた態度です。相手の立場によって態度が豹変したりするんですね。それだけ信念がないわけです。そのような環境なので、子供も駆け引きのような政治的な発想をするようになる。弱きをイジめ、強いものに媚びる。「ママに言いつけてやるからな!」などとスグに言い出すような子供になってしまう。


7. 恩を着せる・・・この映画ではやたら出て来る言葉があります。「これはオマエのためにやっているんだ!」・・・そう言いながら人をイジメたりする。イジメるにしても恩を着せようとする。ダメダメ集団の典型的発想です。


8. 犠牲を強調する・・・「アンタのためにこんなに苦労しているんだ!」って、ダメダメ家庭ではおなじみのセリフですが、この「ドッグヴィル」でも頻繁に出てきます。


9. 報酬を求める・・・何かと言うと、「親切にしてやったのだから、報酬を払えよ!」と言い出すことになる。まあ、このドッグヴィルの人はガメツイ。心が貧しい状態なので、スグに報酬を求めるわけです。本当にちゃんとしたことをしているのなら堂々と報酬を請求すればいいわけですが、やましいことで報酬を取ろうとしているので、言い方も「もし、あなたがその気なら報酬を受け取ってあげてもいいですよぉ。」そんな言い方になっている。本当に腐っているんですね。


10. 大人の発想を読もうとする子供・・・子供時代から弱いものと強いものの上下関係を強く意識しているので、子供も政治的な発想をするようになってしまう。「大人が今何を考えているのか?それを読んで自分に有利に動かしていこう!」と考えたりする。天真爛漫とは程遠い状態の子供となっている。


11. 真実から目をそらす・・・このドッグヴィルでの主要人物としてトムという青年がいます。一応は作家志望とのこと。ところがこの青年は本を読んで思索するわけでもなく、その「しょーもない」ドッグヴィルから抜け出そうとするわけでもなく、アホな人間相手に説教をぶつだけ。創作にせよ、社会改善にせよ、本当の問題は自分自身ですよね?その本当の問題から目をそらしているわけです。


12. ケチ・・・選挙に行くのに金がかかるようになったら、突然に選挙に行かなくなったり・・・やたらケチくさいのもこの手のダメダメ集団の特徴と言えます。そんな風に選挙に行かないのに「政治家はダメだ!」などとグチったりする。そんな姿を見ている子供がどうなってしまうのか?それは言わずもがなですよね?


13. 付和雷同・・・ダメダメな人は信念がありません。やたら付和雷同なんですね。「目立たないように、人に合わせていけばいいや!」ということで、やたら人の行動に合わせたり、投票に当たっても大勢に従ったりする。


14. 改善しようとしない・・・妙に現状満足。ぶつぶつグチっている割には改善の努力をしようとしない

・・・と、ダメダメ家庭でおなじみの風景が展開されている映画です。

やたら排他的で、新参者をいびったりするところは、まさにダメダメ集団のお約束の後継と言えるくらい。

性格の悪いオバンが仕切っている公園に、キッドマンさんが公園デビューする映画と思えば理解しやすいかな?そんなシーンはありませんが、経験された方は苦笑いすると思います。

別の例えをしますと、性格の悪い姑が威張っている家庭に、キッドマンさんがお嫁に行った映画とみることもできるでしょう・・・亭主はトムで、役柄としては典型的なダメ亭主の役。そう見ると、実にありきたりな風景といえます。

このドッグヴィルという町・・・実に『普通』の、ありきたりな町をイメージしているのでしょう。

DOGは英語で「イヌ」。VILLEはフランス語で「町」。それだけアメリカだけの問題ではないと言いたいのでしょうね。アメリカだけの問題ならDOGVILLEと言うタイトルではなく、DOGTOWNと言うタイトルにするでしょうから。

また、犬が持っている序列意識も、その「DOG」という名称に入っているでしょう。
それに「楡の木」もないのに、「楡通り」という名前なんて、「文化」も何もないのに、「文化会館」があるどこかの国とそっくりですよ。

ちなみに、ニコール・キッドマン演じる主人公の女性は、「善意の人」。

犯罪が起こったりすると、

「悪いのは環境のせいだ!彼ら本人には罪はないのだ!」

って、日本でもよく聞く善意を持っています。「恋に恋する」ように、「自分の善意に恋している」状態と言えるでしょう。

しかし、ドッグヴィルで本当のダメダメな連中を見ることで、自分自身の考えを改めるわけです。確かに環境の問題は重要です。しかし、その気があれば、そこから抜け出すこともできるでしょ?ダメダメな環境にいつまでも留まっていて、「環境が悪いからこうなってしまった。」とグチってもしょうがない。環境が悪いことが分かっているのならなおさら、そこから抜け出さないとね。


この映画の最後で、ドッグヴィルは「清掃」されますが・・・

このシーンは旧約聖書のソドムやゴモラの最後を思い出される方も多いと思います。多分、映画のパンフレットにもそれくらいの程度のことは書いてあるでしょうね。

実際に、犬の名前が「モーゼス」なんだから、旧約聖書をイメージしているのは明白でしょう。モーゼの声に従って「まっとう」な人間になれよ!というわけなんでしょう。

それこそソドムのような環境でダメになった人間には同情すべき点がありますが、そこから抜けようとしない点で、もう改善は不可能なんですね。むしろ本人たち、あるいはそこの子供たちのためにも清掃する必要があるわけです。

ちなみに、この「ドッグヴィル」という映画を私は劇場では見ていません。ヴィデオで見る前に、劇場で見たという人に「どんな映画だったの?」と聞いたことがあります。


その人いわく

「うーん・・・ラース・フォン・トリアー監督は『ドグマ』の人だから、そんな感じの映画だった・・・」

とかの、わけわからないお答えでした。ちなみに、「ドグマ」というのはラース・フォン・トリアーらのデンマークの映画監督が掲げている映画スタイルのことです。

以下のような教理(ドグマ)?が掲げられています。


1.撮影はロケーション撮影。小道具やセットを持ち込み不可。       
2.映像とは別のところで音を作り出してはならない。
3.カメラは手持ち。手で出来ない動きや静止についてはこの限りではない。
4.映画はカラーで、人工的な照明は不可。
5.オプティカル処理やフィルター使用は禁止。
6.表面的なアクションは入れてはならない。(殺人、武器など)
7.時間的、地理的な乖離を認めない。
8.ジャンル映画(アクション、SFなど)は、認めない。
9.フィルムのフォーマットはアカデミー35mm(スタンダード・サイズ)にすること。
10.監督はクレジットに載せてはならない。


こんな感じらしい。


しかし、映画「ドッグヴィル」をご覧になられた方はお分かりのように、全然違っていますよね?

スタジオ撮影だし、音楽も入っているし、殺人はあるし、監督名は入っているし・・・

何も分かっていないクセに、一体全体何知ったかぶりしているの?

その「ドッグヴィル」を私に語ってくれた人とのやり取りにおいて、


『ラース・フォン・トリアー監督って、前衛的でしょ?』

私・・・「前衛って何?」

『普通じゃないってこと。』

私・・・「普通って何?」

『普通って・・・普通のことよ・・・』

歯並びが悪い口から発せられる典型的な言葉をニヤニヤ聞いていた私。

ダメダメ家庭出身者は自分を実際以上に見せようとします。このことは以前にも配信いたしました。この「ドッグヴィル」という映画での登場人物もそんな人たちですね。映画を見て、分からないなら正直に「分からなかった!」・・・と言えばいいのでしょうが、そのような言葉を決して言おうとしない。どうしても知ったかぶりをしちゃうんですね。


しかし、相手の人格を知りたい場合には、映画などを語らせるのは有効な方法です。笑って「訳分からなかった。」という説明でもいいわけです。映画に対する理解力なんてどうでもいいことですからね。「自分が理解したことをどのように相手に伝えるか?」という、人に対する説明能力が分かりますよね?説明能力が低い人はコミュニケーション能力が低いことですから、それこそドメスティック・ヴィオレンスなどの問題に陥りがちです。

あるいは、やたら知ったかぶりをするような上記のケースでも、まともなコミュニケーションができない人であることが見えてきます。このような人が子供を持ったりしたら、将来は見えていますよね?

だって、子供としてもそんな知ったかぶりをされては、話をする気がなくなるでしょ?

まあ、知ったかぶりの人のよく使う言葉は、○○的とか△△主義とか☆☆論とか・・・いかにも分かったような言葉を使ったりするわけです。本当に知性のある人には、全く通用しないそのような言葉も、自分で考えることをしないダメダメな人間にはカッコよく見える。そうやって、「割れ鍋に綴じ蓋」のダメダメカップルが誕生するわけです。

まあ、私は「その人」に対し、そのようなことを何も言わず、ただニヤニヤしていただけですが・・・

私が一番性格悪いねぇ・・

ラース・フォン・トリアー監督も、別に「ダメダメ集団は清掃しなくてはいけない!」などと主張しているわけではありません。彼がやりたかったことは

「実例を示す」


さて、ここでは、フォン・トリアーが自らの作品によって、ダメダメの実例を示したわけですが、同じような状況を別のところで取り上げております、エーリッヒ・フロムでの「自由からの逃走」の中でも見ることができます。まさにフロムも、フロムなりに実例を示しているといえるでしょう。

この「ドッグヴィル」と関わりの強い部分を抜き出してみましょう。

ルターを支持したドイツの中産階級と、ヒトラーを支持したドイツの中産階級についての記述・・・この階級は、富と力にあかし、生活を楽しむ人間に対して、実際には羨望をもっていたが、この憤りと羨望を、道徳的な公憤の言葉や、これらの上層の人間たちは永遠の苦悩を受けて罰せられるだろうという信念によって合理化していた。

その他にも・・・彼らが心の中で意識していたのは、極度の卑下の感情である。

利己的な人間について・・・利己的な人間は、いつでも不安げに自分のことばかり考えているのに、決して満足せず、常に落ち着かず、十分なものを得ていないとか、何かを取り逃がしているとか、何かを奪われるとかいう恐怖に、駆り立てられている。彼は自分よりも多くのものを持っている人間に、燃えるような羨望を抱いている。

サディズムについて・・・「私は人から傷つけられた。人を傷つけようとする私の願いは復讐にほかならぬ。」という理屈を使いたがる。

権威主義について・・・権威主義的人間は相手が無力になればなるほど、いきりたってくる。

尊厳のないキャラクターとして・・・強者への愛、弱者に対する嫌悪、小心、敵意、金についても、感情についても、けちくさいこと、そして本質的には禁欲主義というようなことである。かれらの人生観は狭く、未知の人間を猜疑嫌悪し、知人に対しては詮索好きで嫉妬深く、しかもその嫉妬を道徳的公憤として合理化していた。

フォン・トリアーも当然のこととして自由からの逃走くらいは読んでいるでしょうが、もちろん、この映画のテーマがフロムによって影響を受けたということではなく、同じものを見ているということなんですね。
多少は表現方法に違いはあっても、その本質は見えている人には見えるわけです。そして、そのようなダメダメ人間の姿は、いつの時代でも、どんな場所でも存在するわけです。
http://space.geocities.jp/estrelladelsur010/04-09/04-09-01.htm


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           ,. '"    u  /         ヽ、(   {:l/ ./l      、 ヾ,、}    ::::::::::::.Yi芽.l-‐|
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    ,. ,. -‐''"´ -::r=:、:.、  ``丶、      u     ヽ.   / .:::::::l、   ι´´   _     ::::U '゙’-ィ-/
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Aマンダレイ


監督 ラース・フォン・トリアー
主演 ブライス・ダラス・ハワード

http://www.youtube.com/watch?v=P7SRf2Fdaaw&feature=related
http://www.nicovideo.jp/watch/sm8332650

http://www.amazon.co.jp/%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%AC%E3%82%A4-%E3%83%87%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E7%89%88-DVD-%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%BC/dp/B000H7ZWXG


ギャングの娘、グレースは、父親らと共にアメリカ南部の農園「マンダレイ」に到着する。その農園では未だに白人が黒人を鞭打って働かせており、70年以上も前に廃止されたはずの奴隷制度が残っていた。

グレースは黒人たちをすぐに解放する。そんなグレースに、農園の主であった「ママ」がひとつの頼みごとをして死ぬ。その頼みとは、

「皆のために、ベッドの下にあるものを燃やすこと」。


グレースはこの依頼を断りつつ、「皆のために」いくつかの介入を行うことを決める。それは、グレースなりの民主主義「自由と平等」をレクチャーしようという試みだった(父親はそのような介入に反対し、その場を去る)。しかし、そのレクチャーはことごとく裏目にでる。その理由について考察させることがこの映画の肝だ。

グレースが来るまでの間、奴隷達を縛っていたいくつかのルールがある。それはベッドの下にあるもの=「ママの法律」だ。「ママの法律」とは、細かな決まりごとが百ページ以上にもわたって記されている古びたノートのこと。

グレースはこのノートを抑圧の象徴としてとらえ、黒人に対し解放された後の自由を享受させるべく、ノートに書かれているいくつかのルールに抗う行動に出る。

例えばそれまで立ち入り禁止にされていた雑木林を切って黒人達の家の修繕に使うこと、食料を対等に配分すること、コミュニティの決定は多数決によって行うことなどなど。

しかしそれらの行い=抗いは、短期的には「自由」の象徴であるかのように映ったが、しばらくたつとしっぺ返しをくらうことになる。例えば解放され、消費された雑木林は、元々は防風林として機能していたため、「マンダレイ」は砂塵に襲われてたちまち食糧難になってしまう。食料の対等な配分は、「抜け駆け」に対するルサンチマンの過剰性を生み、多数決はしばしば歯止めの利かない暴力を正当化するために行われる。「ママの法律」は、農園の秩序を保つための管理の手法として機能していたため、それを破棄することはその機能すらも破棄することになってしまう。

ママのノートの中でも最も印象的なものが、各奴隷に番号を振り、奴隷のそれぞれの役割を分類した項目だ。項目は「泣き虫黒人」「役立たずの黒人」「誇り高き黒人」「おしゃべり黒人」など7つ。グレースはこれを、権力による非人間的な管理の手法だと捉え、憤慨する。それぞれの役割にハイアラーキーが与えられ、上下関係を構築するための暴力的な行為だと思われたからだ。

しかし、映画がクライマックスになると、実はそのノートの中身を多くの黒人が既に知っており、コミュニティの秩序を保つためにあえて

「各人がそれぞれの役割を演じること」

を守っていたことが分かる。「マンダレイ」では、奴隷制度がただ漫然と続いていたわけではない。「自由や平等」よりも、奴隷であるがゆえ、虐げられる立場であるがゆえの幸福を選択していたのだ。

「『自由や平等』よりも」と書いたが、これはいささか語弊を招く。物語の最後で、黒人の一人がグレースに対し、

「農園の周りの柵はそれほど高くなく、ハシゴを使えばいつでも越えられたはずなのに、自分達がそれをしなかったのは頭が悪かったからだとでも思っているのか?」

という趣旨のことを問う。つまりそこでは「役割から降りる自由」も、「演じ続ける自由」同様に実はあったのだが、彼らは「降りる」方がリスクだと考え(実際、映画の中では、「降りる」選択をした者は無惨な死を遂げている)、あえて「演じる」ことを選んでいたのだ。

物語のラストでは、グレースを除くコミュニティの成員が全会一致である結論に達する。それは、グレースを新たな「ママの法律」にすること。元々はママもまた、「皆の嫌われ役になる」という役割を演じていたのであり、絶対的な権力者というわけではなく、むしろ「平等に」配役されたプレイヤーの一人にすぎず、秩序を管理するための共演者であったのだ。

実際、「ママの法律」は「ママ」が書いたものですらなく、黒人の一人が「みんなのために」作ったものであり、「ママの法律」は「みんな」が「幸せ」に暮らすための台本であった。すなわち、コミュニティの成員は、「グレース型の自由と平等」よりも、「マンダレイ型の自由と平等」を選択していたと言えよう。そして、それが映画の最後で「再」確認されたというわけだ。グレースは黒人達のそのような希求に耐えられず、即座に逃げ出すことになる。そして、次の舞台へと駆けていくのであった。
http://d.hatena.ne.jp/seijotcp/20070131/p2

時は1933年、ドッグウィルを焼き払ってから2年後、父親(ウィレム・デフォー)らと共に新たな移住地を求めてアメリカ南部にやってきた。 辿りついたのはマンダレイの大農園。

マンダレイの外に駐屯していると「助けて下さい」と黒人女性が現れる。 罪もない恋人が、鞭でうたれるところだ、と言うのだ。 奴隷制度はとっくに終わっている。ここでは未だに黒人を奴隷のようにしてきたのか???と怒りを露にするグレース。 父に

「この土地の人間の問題だ。放って置け!余計な事だ」

と咎められてもグレースは止まらない。丁度、白人のこの地の地主でママと呼ばれていた老婦人が死に、奴隷としての生き方しか知らない残された黒人たちに「白人として責任を取らねば」と正義感に燃えまた、そんなグレースが昔、自由にさせようと鳥かごから出した小鳥が凍死した事を父に言われ益々

「私にはこのマンダレイを変える自信があるわ!」

と火に油が注がれる。 父の手下を3人ほど置いて貰い、父は去る。

フェンスで囲まれた元奴隷達の住み家は、簡易的で雨漏りがして、ボロボロだ。ママが死ぬ間際、

「私のベッドの下にあるNOTEを燃やして欲しい」

そういっていたがそのNOTEには奴隷たちをまとめていくための“ママの法律”
が記されていた。 黒人は、数字で分けてある。「おべっか黒人」や「「誇り高き黒人」など7項目だ。

グレースは、奴隷の中のリーダー的存在の男から中を案内され、皆に集会するように言うがまだ何にも“準備ができていない”彼らは戸惑うばかり。グレースの父から借りた、弁護士に奴隷たちの新たな契約書を農場主達と交わさせて、これからは仕事した分の報酬をお金で貰う(ごく当たり前の事になのだが)事に。が元奴隷達は嬉しそうな顔もしない・・・。 長い間、鞭うたれながら命令に従ってきた彼らは被支配者の立場に慣れてしまっていてグレースの言葉は全く響かない。 人権についての勉強会と称して毎日集会所に集まる規則を作ったが、そこでちょっとした事でも多数決で決めるという事から、手始めに学ばせていく。

グレースの勝手な思い込みと自分ぎりの捉え方で、進んでいく所が滑稽だ。
そんなある日、悪天候による大飢饉がその地を襲う。

ママの法律によると、切ってはいけない場所の木を、家のツギのために根こそぎ切ってしまったので、この地の特産物、綿花を植えた場所には砂嵐が襲い収入の望みが絶たれたかのように見えた。

ある若い黒人夫婦の1人娘が、窓から入る砂埃で肺を侵され肺炎にかかる。 グレースが 何かと意識していた黒人青年テイモシーが自分のロバを進呈。 肉を食べればスタミナがついて治るだろうと、見守る中、娘は病死してしまう。 窓辺に置いてた肉は、実は食べるものがなく砂を食べていたお婆さんが食べていたのだった。 お腹がすいたから・・・そこに肉があったら。泥棒になる事も考えずに。

それを知って怒った子供の母は「会議を開いて多数決でお婆さんへの罰を決
めようとする。 命の尊さや人権問題もまだ何にも知らない元奴隷達はグレースに教わった通り多数決で「子供の肉を奪った罪」で処刑する事に。

復讐のための処刑であってはならない・・・グレースには個人的に優しくしてくれたお婆さんだったのだが、その地のにわか法則にのっとりグレースが撃ち殺す。 民主主義を唱えた後の収拾のつかなさ。

前作で事あるごとに


「充分な教育がなされてないからよ」

「この村を出た事がないから、何が悪で何が善か、わかってないのよ」


などといつでも弱い者の味方をしていたグレースも今回は言い訳が少ない。

冒頭で父が「性的な妄想をしない女性なんていないね!」と手下と笑っていたように、グレースもまた、黒く逞しい腕に抱かれる妄想を描き喘いでいた。

簡潔に淡々と物語は進む。 綿花が無事に育ち元奴隷達は、初めてその仕事に対する報酬を手にする日が来る。が、金での通貨が始めての彼らには実感がない。しかし、高揚した頬で、グレースは父の部下に

「父に伝えて。理想の土地に変えた」

と言う。やっと壊れた玩具の修理を完成させた子供のように得意げに。


その上ママのベッドでティモシーと寝るが・・・・。真っ白いグレースが何だか痛々しい・・・・・。

その頃、綿花を売った金が忽然と消えて、「笑わせる黒人」が殺されていた。騒然とする中、グレースはティモシーが、賭け事に有り金全部費やした事を知り、父の迎えの時間に(最初は行かない予定だったがコロコロ気が変わるのもグレ ースの特徴だ)いそいそとマンダレイを出て行く仕度を始める。

そこにリーダー格の元奴隷が「あのママのNOTEは私が書いたのだ」と告げる。

奴隷たちが自ら望んで「奴隷」で居た事を知り愕然となるがグレースにはもうどうでもよい。早くこの“手遅れの村”から出なければ。

冒頭で鞭に打たれそうだった所を助けた筈のグレースは、今や鬼のような顔でティモシーに制裁を加えていた。自分の体を弄んだ男だけに尚更だ。

ママのNOTEに依るとテイモシーは「要チェック人物」だった。「誇り高い黒人」と 「おべっか黒人」の1と7を見間違えたのだ。見た目で思い込んでいたせいもある。(ティモシーは美しい青年だから)

ママの法律は実によく、黒人達を統制していくためのバイブルだった。 それに比べて グレースが行おうとした事は、ただの「よそ者のおせっかい」でしかない。よそ者=アメリカ そう皮肉をこめてあるのだろう。

元奴隷達はグレースに「今後もこの地にいて貰うと多数決で決めた」という。
http://yaplog.jp/tonton119/archive/186

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D.月ヶ瀬村 女子中学生殺人事件


奈良r25(月瀬針線)
http://www.youtube.com/watch?v=-f3MbtoJ4Cg
http://www.youtube.com/watch?v=jqQsh5xGLRE&feature=relmfu

83 :名無しさん@十周年:2010/04/06(火) 16:24:20 ID:iYeNtAm80

奈良県の辺りって、すげー変な事件が起こるよなあ。

村で女子中学生が殺された事件で、捕まった犯人は実は家族ぐるみで村の奴隷みたいな生活送らされてたとか。

ここら辺が平成に入ってからの事件なんだから、60年代とか、俺らからは想像できないような世界だろう。
http://mimizun.com/log/2ch/newsplus/1270526526/#75

____________

1) 在日朝鮮人一家が月ヶ瀬村の被差別部落民に飼われていた話


 1997年5月4日午後、奈良県添上郡月ヶ瀬村(現・奈良市月ヶ瀬)にて、村内に住む中学2年生・浦久保充代子さん(当時13歳)が卓球大会からの帰宅途中に行方不明となった。

 7月23日、同村に住む丘崎誠人(当時25歳)が逮捕された。丘崎誠人は車から下校途中の浦久保充代子さんに「乗っていくか?」声をかけたところ、無視され激昂し、殺害していた。

【ある集落の話】

 両親と兄弟は姉が3人、妹が1人。両親はともに日本人と朝鮮人のハーフ。内縁関係の夫婦で、土木の仕事に就いていた。父は無口、母親は気性の激しい性格だったが2人とも働き者で通っていた。長姉は村に一軒しかない居酒屋で賄いをしていた。

 集落には茶積み農家しかなく、丘崎一家は浮いていた存在だった。封建的な村社会の中、朝鮮人の血が入っていることから丘崎一家を「朝鮮が!」と見下す者もいたという。家は藪に囲まれたあばら屋のような借家であり、この家を借りることができたのは民生委員であった浦久保充代子さんの祖父の計らいによるものだった。家賃は月々1万円程度。一家は30年以上、村に住みながら「区入り」(村の一員に加えること)を認められていなかった。

(中川註 : 

家賃1万というが、代わりに最初は母親ナツエが、後に長女のカンが集落の男たちの慰みものになっていた。 

父のセイジが居ないときに、ナツエのもとに代わる代わる集落の男たちが通ってきた。

集落の男たちはナツエを蔑視しながら性欲処理に使っていた。

集落に住まわせてやっているから。缶ジュースかミカン数個を置いていく。

幼い誠人は隣り合う部屋でその様子を聞きながら育った。 )

 誠人は中学卒業後、測量のアルバイトをはじめた。1988年(丘崎誠人16歳)、大阪、そして東京に調理師として住みこみで働いたが、性に合わず村に戻ってきた。以後、土木作業員や警備員、左官業などを務めたがどれも半年も続かなかった。TVゲームなどを夜遅くまでして、朝起きられないからだと言う。

 事件当時、すでに二女と三女は独立し、両親と四女、長姉とその子供3人の8人で暮らしていた。丘崎誠人はあいかわらず無職で、地域住民との摩擦が耐えなかった。TVゲーム、ビデオ、車にばかりのめりこむ。3月に三菱ストラーダを購入したばかりで、カーステレオでドリカムやチャゲ&飛鳥の曲を聴くのが好きだった。滋賀県・雄琴の風俗街へはたびたび遊びに行っており、犯行前日にも行っている。

【裁判】
 2000年6月、大阪高裁は一審判決を破棄。無期懲役を宣告した。上告を勧める弁護団に対し、丘崎誠人は訴えの取りさげを希望。刑が確定した。

 2001年9月4日午後8時頃、大分刑務所の独居房で丘崎誠人が首を吊り自殺。享年29。遺書はなかった。4日は浦久保充代子さんの月命日だった。
http://yabusaka.moo.jp/tukigase.htm


 この事件、部落差別が原因かというと少し違う。そもそもこの嵩集落自体が被差別部落で、丘崎家を差別していた人たちも、ナツエとカンの元に通った人たちも当然、与力達も被差別部落民だ。

 それが、集落内部に更に下の階層を作った。よそ者の被差別部落民で朝鮮人とのハーフ、貧困で文盲。条件は揃っていた。
http://ameblo.jp/matusyuka/entry-11236499568.html

とある田舎の殺人事情


1997年 平成9年 7月25日――奈良県添上郡月ヶ瀬村 

 ――深夜午前3時 奈良県警は彼を略取誘拐容疑で逮捕した。

 自宅から連れ出された彼はタンクトップに柄パン、ひょろりとしたやせぎすの男だった。汗まみれで叫び声をあげる。捜査員が携帯電話を調べようと手にすると

 「おれのケータイやて!」
 「やめーや!」

 荒れ狂い、取材陣に前蹴りを食らわす始末だった。
 だが、実際の彼はごく小心者で内気で気弱な男だった。


 彼を連行した捜査本部は初め、わいせ つ目的だろうと見込み、取り調べをしていた。というのも彼の部屋から女子中学生や女子高生のレイプ系のAVや18禁雑誌が見つかっていたからだ。それもナイフで制服やらを切り裂くような内容のものが多数あった。 公衆トイレで見つかった失踪少女のジャージや下着の状態がいかにもそれと符号していた。

 逮捕から9日後、ずっと否認を続けてた25歳の丘崎誠人は、村の女子中学生、浦久保充代、13歳の拉致殺害を自供した。

 供述も当初は「てんごするつもりだった」だった。てんごはイタズラのこと。この場合は性的な悪戯の意味だ。だが、これは取調官の想定してる性的目的の犯行へと誘導していったから出ただけの言葉だった。さらに聴取が進むと捜査本部は困惑することになった。 というのは単純な性犯罪とはまったく違う、よじれた田舎の構造と動機が浮かび上がってきたのだ──。

      ――1997年 平成9年 8月1日

 奈良県「月ヶ瀬中学生女子失踪事件」捜査本部取調室。

 「なんでやった?」

 「………」


 丘崎誠人はまるで抜け殻のようだった。

 誠人が事件の日からまもなく突然売り払った三菱ストラーダの後部座席から血痕が発見され、それが充代のDNAと一致した。現場の路上に落ちてた塗料片とジャージに残されたタイヤ痕も誠人のストラーダと一致した。ダウンベストにこびりついてた毛髪の血液型が誠人と同じだった。

 証拠を突きつけ、厳しく取り調べて、 「てんごしようと思った」つまり愛好のAVのように少女を拉致して凌辱をねらい──という自供までこぎつけた。

 この時の丘崎は逮捕連行のときにマスコミの前で演じた大暴れと同じ人間とは思えない大人しさだった。
 たしかに丘崎は仕事も長続きせず転々としていた。だが、仕事先でモメごとを起こしたことはない。ただ来なくなったり遅刻ばかりでクビになったりして、いつの間にかすうっと消えていく。「大人しくて物静かな人」というのが元同僚たちの共通した印象だった。


 ――生きる力が少ない。そんな匂い。

 前科前歴もない。せいぜい軽めの交通違反くらいしかない。

 勿論、このままでも性的いたずら目的の容疑で立件できる。しかし取り調べというのはそれで終わらない。犯罪事実の調書、人定、つまり本人による本人だという説明から始まり、生い立ち、果ては小遣いの金額から今の人生観まで聴取される。


 「なあ、丘崎くんな。君は犯罪事実を認めた。この調べはな、君の言い訳をきこうかって調書や。日本ではちゃんと言い訳を聞いてくれる制度になってるんや」

「さ、もう一度訊こうか」

 誠人はそれでやっと口を開いて、初めて話したのだった。
 自分が生まれたときから決まっていた異端の人生を。


     とある田舎の殺人事情 「差別」

 名張川上流、小さな山の尾根に家屋敷が軒を並べる山渓の村。3000本の梅林とお茶の生産地。江戸時代の家屋や能舞台が残っていて文化財に指定されている。 梅林は始まり江戸時代に染料として需要は高かったが、化学染料登場で衰退していった。だが、本数が多かったので観賞用として名所になった。

  奈良県月ヶ瀬村嵩集落

 この小さな村で丘崎誠人は生まれた。

 35年前── 誠人の両親、セイジとナツエが流れ流れてこの村にやってきた。
 2人とも被差別部落出身かつ在日朝鮮人の血が複雑に絡み合う出自だった。
http://ameblo.jp/matusyuka/entry-11233811835.html


 丘崎誠人の両親はそれぞれトラブルがあって元の被差別部落界隈に住めなくなった。 母親のナツエは月ヶ瀬村の隣の山添村ので生まれた。朝鮮人と日本人のハーフだった。

 (ここで言う『村』は行政村のこと、一般的な近世以来の血縁集団による『ムラ』はここでは『ムラ』と記述する。また『ムラ』は幾つかの集住地域に別れるがこれを『集落』と記述する。関東や東北では『部落』と呼ばれる単位であるが、近畿地方で『部落』と言えば『被差別部落』のことであり、まぎわらしいので集住単位を『集落』とし、被差別部落は『被差別部落』と記述する)

 ナツエの生まれた集落は近くのムラに枝村として附属していた被差別部落でナツエの母(丘崎誠人の祖母)もナツエの祖父母(丘崎誠人の曾祖父)もこの被差別部落民だった。ナツエの母は未婚のままで朝鮮人の男との間にナツエを生んだ。朝鮮人の男はナツエが生まれる前に何処かへ行方を眩まし、ナツエの母もナツエを生んですぐに他の男と家出した。

 ナツエは祖父母に育てられることとなった。だが、家が貧乏で小学校にも行けず7歳の頃から魚の行商を手伝わされていた。いや、そもそも戸籍があったのかどうかも定かではない。 小学校にも通えなかったナツエは読み書きもできなかった。

戦前や発展途上国の話ではない。戦後の日本の話である。


 年頃の娘になった頃は集落で唯一の居酒屋で賄いをしていたが、両親がいない。父親が朝鮮人。学校にも行っていない。当然のように、この被差別部落の中でも最下層で、被差別部落民から差別されていた。

 このころからナツエの元に近隣のいろんな男がやってくるようになった。ナツエはそれ自体を悪いことだとも考えていなかった。いや、そういう認識すらなかった。そのうちに、その男たちのうちの一人と「昵懇」になった。だが、その男は既婚者で不倫だった。狭い集落でそれを隠し通せるはずもなく、周囲に知れるとナツエは集落から追い出されるように出ていくことになった。

 父のセイジの経歴ははっきりしない。セイジも朝鮮人と日本人のハーフで奈良の柳生から流れてきたらしい。ナツエが集落を出て、セイジとナツエは知り合って夫婦になった。夫婦といっても戸籍は入れない事実婚。内縁関係と報道されていたが、主義や主張じゃなくていろいろやむを得ずの事実婚だった。

(そもそもナツエに戸籍があったのかどうかも疑わしい。このあと記述するが国から貰えるべき手当てもなかったのはそのせいではなかろうか)

 二人は流れ流れて別の被差別部落、月ヶ瀬村嵩集落にやってきた。ナツエが山添村で賄いをしていた時にこの集落から来ていた男たちがいて、ナツエと関係を持つものもいた。 ここで夫婦は、村人から早速、「おめえらは区入りさせん」と告げられる。


 ここで登場するのが、この近隣集落独自の自治制度「区」と「与力」

 ムラは長引・月瀬・嵩・桃香野・尾山・石打など、尾根や谷で分かれた小集落の集まりで、これが「区」に分けられ、「区」の代表が「与力」だった。区入りというのは「区の一員」と認められること。区民2人の推薦がないと区入りができない。もちろん明文化された条例ではない、しきたりである。

 村史を繙くと、慶長年間に幕府が農村支配の末端機関として相互観察・全体責任などの目的のために設けた五人組制度がその源ではないか、という。与力というのは同族組織より選ばれた村の複数の代表のこ とである。「区入り」という、村の一員として認められるためには二人の与力の推薦を必要とする。与力には「一家の重要な事柄は喜憂一切」を相談せねばならず、「結婚相談はもちろん、仲人の決定まで与力に相談しないと将来の交際に支障をきたすという」「与力は“縁者は一代、与力は末代”と親類以上に頼りになり、一面言うことをきかねばならぬ権威ある存在であった」(月ヶ瀬村史)

 1. 葬式には運営その他、一切の指揮をとり、家族全員手伝って山仕をつとめたり、会計もつかさどる
 2. 家の普請などのときに手伝う
 3. 結婚の結納、荷の受領、披露宴などでは、与力が親族代表として挨拶をする
 4. けんか・土地の境界争い等の仲裁・調停をしたり、身元引受人になる
 5. 出産や祝い事には親類としてつき合い、失火など、他に迷惑をかけた場合などは親類代表として詫びをする(月ヶ瀬村史)

とある。


 戦国時代、ムラや町の成長期に村人や町人を確定する動きが起こっていた。豊臣秀吉は兵農分離政策の一環で、この動きを促進させ、村人や町人以外の流れ者を厳しく取り締まり、チェックする命令を頻繁に出している。ムラや町のほうも自衛や安全の為に構成員を村人や町人の相互承認という形で確定する排他的な動きを強めていった。また、戦国から近世までは税や法は「村請け」といって、村が法人として請け負っていた。その代表者として「庄屋」や「与力」が税を集めて、不足のときは高利で立て替えたり、法を触れ回ったりしていた。

 つまり、この月ヶ瀬村のこのムラ周辺ではその戦国、江戸時代の名残が未だ続いていた。 勿論、法的根拠はない。だが、今でも与力の権威は絶大で、区民の冠婚葬祭、トラブル解決、生活指導、納税、全てを与力が取り仕切っている。

 区入りができないと区有林を利用する権利等はない。冠婚葬祭は与力が仕切るこ ととなっているため、又地区内での交際も与力関係の者同志での交際が中心であることから、与力がないと事実上村八分のようになってしまう。区入りの概念は必ずしも法廷では明確にされなかったが、嵩集落の区長の証言によれば、区入りとは「皆さんと一緒にこれからお付き合いしていくということ」とされている。

 ほかにも月ヶ瀬では、集落ごとに税金の申告・支払いをまとめている。もちろんこれらは僻地の山村における相互扶助の役割も果たしている。

 繰り返すが、近世や戦前の話ではない。1997年の話である。ちなみに月ヶ瀬では土葬、両墓制で埋め 墓と詣り墓の2つ墓がある。かつて日本では両墓が主流だった。いろんな時計の針がここでは止まってるが、封建時代の旧制が今も生きている所は意外と全国各地にある。

 このような制度は共同体の内側にいて疑問を持たずに生きていられるなら、それは分厚い帰属感に包まれてすこやかに暮らせるだろう。 だが、その輪からはじかれた者にとっては、そこは地獄と化す。

 区入りがなければ与力もつかない。村の社会的生活は全て与力が取り仕切っているので、区入りできないと自動的に村八分になるのだが、そもそも二人は村人から初めから直接言い渡されていた。

 「家ぇ焼けるか、葬式できひんときは村が寄ってやってやる。それ以外は付き合わへんからな」

 それは村八分そのものである。

 成人式、結婚式、出産、病気、普請、水害、法事、旅行、葬式、火事

 この十のうち葬式と火事以外の八には一切関わらない、すなわち村八分。
 葬式と火事だけ例外なのも善意ではない。死体をそのままにしておくと匂うし伝染病のもとになる。火事は延焼が困るからにすぎない。

 近代日本で村八分は違法だけど、1952年には静岡県上野村で選挙不正告発した女子高生一家への村八分事件、1992年には兵庫県佐用町水根の村八分訴訟、2004年には新潟県関川村の村八分訴訟が起こっている。

 水根では、たった7戸12人しかいない集落だが、そこの総代(月ヶ瀬村の与力と同じ)に命じられるまま1戸を村八分をしてる。もちろん総代が訴えられて敗訴した。だが、賠償金も6戸で割り勘することになった。しかもそれでも、裁判はなかったかのように村八分は続行中だ。

 郊外都市でもママ友集団のシカトやイジメも装いを変えた村八分で、法的にも同じく共同不法行為として損害賠償どころか刑事罰の対象にもなる。
 田舎事情は田舎で起きるとは限らな い。都会にも田舎事情は存在する。だが、ライフラインおよび全人生が一元支配されている田舎での田舎事情は生きるか死ぬかになる。

 まさにセイジとナツエ夫婦は住むところもない、生きるか死ぬかの状態だった。だが、集落の民生委員(与力が公的役回りも兼任していた)が動いた。

 (当時のマスコミ報道は、この「与力」という概念を説明できず、「民生委員」を肩書きとして記事を書いたので妙な記事になっていた)

 この与力兼民生委員が、区民に空いてる土地を融通させ「この家に住むがええ」 と夫婦に貸した。 

区入りは認めない。だが、住むことだけは許す。家賃も貧乏だろうからと月1万。

 というと与力の親切心、善意のようだが、そこは村はずれの傾斜地、周りは藪、日当たりも悪くいつもじめじめしている。


しかも家賃1万というが、代わりに最初はナツエが、後に長女のカンが集落の男たちの慰みものになっていた。


 こうして物置にしていた納屋だった掘立て小屋が、以後35年の夫婦の家になった。トタン屋根、壁はベニヤで隙間だらけで夏は暖房、冬は冷房とすきま風。風呂の湯沸かしは薪を燃やす。

 「下水道の分担金を払ってないから」便所もない。だから一家は裏山に穴を掘って用を足していた。長女が穴に用を足していたのをマスコミが写真を撮って仲間内で回したりされたりした。

 これは江戸時代でも発展途上国でもなく戦後、それも平成になってからも続いていたお話である。 

そして、この親切な与力兼民生委員の大きな屋敷に生まれた孫娘が、のち被害者となる充代だった。
http://ameblo.jp/matusyuka/entry-11235582637.html


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セイジとナツエ夫婦は、行商と日雇いの肉体労働でなんとか食いつないでいた。

 やがて長女カンが生まれ、次女が生まれ、三女が生まれ、長男誠人が生まれ、さらに四女が生まれた。

 セイジは、家族が増えるたびに板切れで斜面に家を継ぎ足した。その為、彼らの家は一瞬3階建てに見えて、斜面に1階建て3棟が階段状に連なっている。素人の造作で更にあばら家感が増している。

 区入りできないのでは茶畑も持てないし区有林の使用権利もない。集会にも呼ばれないし、役員選出の投票権もない。けれども負担だけは負わされる。区の奉仕作業もやらされるし、負担金は最低ランクながら支払わされる。

 30年住み続けても、扱いは変わらなかった。

 実をいうと、ここが旧弊に囚われた隔絶された排他的集団かというと、そうでもない。梅林は観光地で、都市生活に疲れて「田舎暮らし」を求めて移住してきた都会人もいる。村人は排斥するでもなく普通に受け入れて付き合っていて、寛容な顔も持っている。 だが、その顔は丘崎家にだけは一度も向けられなかった。日本が経済大国になろうが昭和から平成になろうが、丘崎家は不変だった。
 

 極貧かつ孤立の暮らしだがセイジは愛人を作った。当然ながら夫婦仲は冷めた。

 ナツエは子育てをしなかった。7歳から働かされていて、子育てという概念すら知らなかった。されたことも見たこともないものはできない。

 家事も知らないから家の中はホコリと土だらけだった。家具もまったくない。生活用品は土だらけの床に直接置いてある。

 一家団欒もなかった。料理をなんとか覚えた長女カンが作りおきしたおかずを各々が食べたい時間に勝手に食べる。

 家族の会話もない。みんなたまたまひとつ屋根の下で息しているだけの家族だった。

セイジが居ないときに、ナツエのもとに代わる代わる集落の男たちが通ってきた。

集落の男たちはナツエを蔑視しながら性欲処理に使っていた。集落に住まわせてやっているから。

缶ジュースかミカン数個を置いていく。

隣り合う部屋で幼い誠人はそれを聞いていた。

姉カンが成長すると、村にある居酒屋の賄いとして働くようになった。
 
今度はカンのもとにかわるがわる男たちが通ってきた。

隣り合う部屋で少年誠人はそれを聞いていた。


 カンは未婚のまま子を産んだ。父親は誰ということもないままだった。

 (ナツエもカンも抵抗はしなかった。既に抵抗する術を持たなかったからか、そこに自らの存在意義を見つけたからか、それはわからない。おそらく、抵抗すること自体わからなかったのではないか?産まれたときからそんな境遇で、それが当然だと)


 こうして何重苦もの荒んだ家庭で少年誠人は育った。そして、日本には義務教育制度があり、国籍住民票の有無に関係なく子どもは小中学校に行かされる。誠人は当然のようにひどい目に遭った。

 小3のとき、公民館で放火騒ぎがあった。

 「丘崎の息子がやった」と噂が立った。なぜなら「丘崎の息子やから」

 村祭りで金が盗まれた、ビニールハウスでボヤ騒ぎがあった。

 「丘崎の息子がやった」なぜなら「丘崎の息子やから」

 川で遊んでいると石を投げつけられた。なぜなら「丘崎の息子やから」

 「あの子と遊んだあかん」親たちは子ども達に言い聞かせる。なぜなら「丘崎の息子やから」


 当たり前だが、少年誠人はめっきり暗い性格になった。中2で不登校になった。そのまま学校には二度と行かなかった。友だちもできず、家にこもった。 担任教師は誠人に冷淡で、卒業まで数度しか様子を見に行かなかった。法廷で誠人は「不登校は担任のえこひいきと体罰がひどかったから」と証言した。

 卒業式も行かなかった。担任に命じられてしぶしぶ同級生が卒業証書を届けると、誠人はそれを破って焼いた。

 裁判では、村の住民、同級生たち、当時の担任も証人として出廷したが「そんな差別はなかった」と口をそろえて否定した。だが、新潮45の記事を書いた中尾幸司は 取材中に聞いた、村人の「嘲笑まじりの」証言を次のように記録している。

 「村の人間は、あの家族を明らかに見下しとるよ。年寄りが多いから、どうしても古い体質がある。現に私自身も村の人間が“朝鮮がっ! ”って吐き捨てるように蔑むのを聞いとるしね」


 この事件、部落差別が原因かというと少し違う。確かに一部にはそれがあるものの、それだけではない。そもそもこの嵩集落自体が被差別部落で、丘崎家を差別していた人たちも、ナツエとカンの元に通った人たちも当然、与力達も被差別部落民だ。

 それが、集落内部に更に下の階層を作った。よそ者の被差別部落民で朝鮮人とのハーフ、貧困で文盲。条件は揃っていた。

 部落差別、在日差別、職業差別、貧困、村八分、いじめ──丘崎家は戦後日本の暗部を網羅したかのごとく背負わされた。しかも一家はどのカテゴリにも入れずどこにも属すことができない。だから解放や同和の互助も、被差別への支援も、救済も彼らだけをすり抜けていった。 こうして一家は、オリジナルの下層民として「創造」されたのだった。

 ここで疑問が出てくる方もいるかもしれない。どうしてそんな目に遭っているなら村から逃げなかったのか?と。 村から出なかったのが悪い、外で自立しなかったのが悪い、どこに住むかは自由、どう生きるかは自己責任と必ず自己責任論を掲げたバッシングが出てくる。

 だけど、それは孤立し虐げられ続けることが人の心の芯をどう破壊するか理解できていない。または、する必要もない幸せな人か、要領よくいつも踏みつける側にいて、 「いじめられっ子にも非がある、ぼくらも被害者」 と嘯く人だ。


 ナツエにはこの嵩集落以外に行くところがなかった。集落の男たちの慰み者になるのなら、街に出て風俗でも稼げる。文盲で常識的な知識すらないナツエにはそれがわからなかったし、集落の者たちからは
「ここを出て行ったらお前らは生きて行かれへんぞ」
と言われ続けながら差別を受けていた。とりあえず、ここでは生きていける。虐げられ続けたものの心は自尊心すら破壊され、洗脳されていた。
http://ameblo.jp/matusyuka/entry-11236499568.html

           / 乃了   `ヽ  ヽ∨∧ヽ \`、
              //_/7 ′     ハ `、〈〈_ノ ノ   ヽヽ
       r,ニY/」 ′〃   , ' l| ト、 l l ̄l「`、   | ハ
       __〉イ〃 ,  /, l   / ,イ!} |リ 八 ヽ |ハ
       〈 rク// ,′ ,'/l‖ ,' /厶‐十ナ/}小、ヽ ∨/  、
    , -ァ7イ {  l   |l ハ ト、 { l /ィ乏f千ァ l |ヽ}_ノ   、、 `、
  // 〃l ハ  、 レイ下丶、j′'ヾ゙ジ  // rヘ川 U ヽ ヽ
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{_/    ヾ \/ ヽ\ヾ`ー'′       { !  仆//  ,′ | ヽ  ヽ
         ノ{ {  八_〉、   ` , - ァ  ゝ, ' V ハl /   ハ }   \
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  ,.|ヽ .ヽヽ、ヽ| ,'  ,..-,, `ヽ''-''-'、 __ヾ  ,,. -‐ V"´ __ `ヽ、_ ,
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|  ,|  川ヽ、/ /ト-;:::、        u丶 '´         .....ヽ、 i  /l
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       1986年――奈良県添上郡月ヶ瀬村


 丘崎誠人は3年生を1日たりとも登校することなく中学を卒業した。

 働かないといけないということで測量のバイトを始めたが辞めた。東京や大阪の飲食店で調理師見習いとして住み込みを始めたが辞めた。土木作業員を始めたが辞めた。警備員になったが辞めた。左官見習いをしたが辞めた。

 家族の会話もなく、中学でも人間関係もなかった15歳の少年が、外界で急に円滑なコミュニケーションがとれるはずもない。 いつも、いつの間にか実家に舞い戻っている。

 家では数少ない贅沢品、プレステで黙々とゲームかアダルトビデオ鑑賞の毎日だった。とくにお気に入りは少女凌辱もので、購入資金は老いても日雇い肉体労働を続ける親にねだった。丘崎家には1台しかテレビがないので、誠人がAVを見たくなると、そのたびにテレビを自分の部屋に運ぶ。終わると戻す。

 もはや何度目かわからないが、またもや誠人は実家に舞い戻ってきた時には中学を出て10年経っていた。 もう2・3番目の姉は自立して家を出ていた。長女カンは28歳で子どもはさらに2人増えていた。やっぱり父親は誰ということもないままだった。

 狭い家に、まだ肉体労働を続ける老父母セイジとナツエ、姉カンと3人の子ども、誠人と妹の計8人が住んでいた。

 もはや誠人は働こうという気配すら見せない。プレステとAVビデオ、たまに滋賀県のソープ街雄琴まで遠征して性欲を発散。その資金は親にねだる。

 もうひとつの楽しみは自慢の三菱ストラーダだった。もちろん親にねだって農協でローンを組んでもらって買ったものだ。 チャゲアスとドリカムなどの都市の若者のラブソングを流しながら、ドライブするのが誠人の幸せだった。購入して3ヶ月で5300km走った。深夜までゲームをして昼まで寝る。夕方にストラーダでどこかへ行き、夜戻ってきて深夜までゲームの繰返しの毎日を過ごす。

 (なぜか田舎事情のある殺人者はみんなこうである。なぜか田舎に戻って来るのだ。外の世界へ出て行ったこともあるにもかかわらず。なぜか本人にとって最も忌み嫌って憎んでいるはずのそこにわざわざ戻ってしまう。  

彼らはそこを忌み嫌い憎悪を燃やしつつ、でも外では生きられない。だからそこに帰ってくるしか道を知らない。そこは家もあるし、親に依存して、とりあえず生きることができる。だが、そこを憎んでいるのは変わらない。それでますます毒々しい澱をためていく)
 

 丘崎誠人が村に舞い戻って1か月後。
      ――1997年 平成9年 5月4日

 その日──自慢の愛車ストラーダで夜明けの月ヶ瀬へ朝帰り中だった。前日の夜、例によって母親から貰った金で滋賀県の雄琴ソープ街で性欲を発散し、晴れやかな気分で翌朝、月ヶ瀬へと帰ろうとしていた。
 途中、眠くなってパーキングで仮眠をとった。起きたら昼過ぎで愛車ストラーダを家へと走らせる。 県道をジャージ姿の少女が歩いてるのを見つけた。

 (あれ…おお、充代やんか。帰る途中か。部活かな)

 与力兼民生委員の孫娘、13歳の充代は、卓球大会が終わって家に帰るところだった。この先、まだ高台にある屋敷までかなりある。その上に急な登り坂が続く。 誠人は愛車ストラーダのスピードをゆっくりと緩めて、 少女に、追いついた──

 充代は自宅に戻らなかった。卓球大会が終わって、学校を出て帰宅の途について──それきり足取り不明だった。駐在所と所轄警察も捜索を始めた。捜査員が村で聞き込みを少ししただけで、すぐに有力な怪しい人物が浮上した。

 丘崎誠人、25歳無職。

 ――5月27日

 充代が失踪した5月4日午後の時間帯の丘崎誠人のアリバイは無い。前夜からストラーダで村外へと出ていた。


 ――働きもせえへん。素行も悪い。怪しい。なにしろ丘崎の息子やから。

 「なんだ?最後の“丘崎の息子やから”というのは…」
 「はあ、それが──」

 刑事たちが戸惑ったのは、与力、区入りだという時代劇な言葉だった。村人には常識らしく普通に口にするが、なんのことかわからない。

 「丘崎の家とは付き合いしてへん」  

「付き合いのある人は誰でしょうか」  
「誰も丘崎の家とは付き合ってへんよ」

 「なぜですか?」
 「区入りしてへんし。村のもんやないで」

 「すると最近村に来た人たちですか?」
 「んー30年かそこら前ちゃうかな、来たんは」

 「はぁ、30年も住んでたら村の人やないですか」
 「区入りしてへん。村のもんやないで」


 困惑した県警の刑事達は駐在所の警官からも話を聞き、失踪少女の祖父が「与力」と呼ばれ、村ではたいへん偉い人であることが分かった。最初は「民生委員」だから偉いのかと思っていたが、与力が偉いから民生委員も兼ねてる、とも分かった。


 ――6月28日 台風の夜

刑事たちは違和感を覚えていた。村の人々は捜査にとても協力的だ。そして誰もが「丘崎の息子が怪しい」という。しかし、なぜそう思うのか、と聞くと

 「子どもの頃に公民館を放火したいう話や。 小3の頃やから警察沙汰にはならんかったけど」
 「働いても続けへん。家でぶらぶらしとる怠け者や」
 「親もあれやしな」

 全く論理的な根拠がない。根拠は「丘崎の息子やから」である。


 (丘崎誠人を、何の躊躇いもなく「怪しい」と名指しする。それは被害者が身内(しかも与力の孫)で、対する誠人は、永遠のヨソ者にして犠牲の子羊だったからだった。

 結果的には、村の噂どおり彼が犯人だった。 でも仮に、誠人が無関係だったとしても、きっと村人は言ったはずだ。彼が小3の年に起こった公民館火事のときのように)

 「丘崎の息子が怪しい」
 「丘崎の息子やから」
http://ameblo.jp/matusyuka/entry-11238229540.html

     ――1997年 平成9年 8月1日


 「月ヶ瀬中学生女子失踪事件」捜査本部取調室

 丘崎誠人の、生まれてから、5月4日午後に少女と県道で出会うまでの、自分語りが終わった。取調べ官はやっとあの村にずっと感じてた違和感の正体が分かった。

 「では、これは復讐なのか?充代ちゃんのじいさんは区の与力だ。今までの恨みがあったから、その仕返しということか?」

 そうだとしたら、より犯行は凶悪だ。衝動的ではなく計画的、身勝手、怨恨のため罪もない少女を狙う──

 だが、丘崎はぽかんとしていた。

 「うーん…」

 本当によく分かっていない様子だった。

 「なあ、丘崎くん。一緒に思い出そうや。あんときのことを。できるだけ早う真相を明らかにするのが君の罪滅ぼしにもなるんやで」

 「はい」


 誠人は前夜、雄琴のソープランドに行き、5月4日の午前中に地元に戻ってきた。
 途中、仮眠をとり、昼過ぎに目を覚ました。何となくウキウキした気持ちで車を運転していたところ、ふと見ると嵩集落に帰る途中の充代が歩いていた。

 ――あ、あれは充代か。部活の帰りかな

 ――嵩集落まではまだ距離がある、急な坂もある、あの子を家まで送っていってやろう

 ふとそんな親切心、好意が自然と生じてきた。充代が小学生の頃は何度か送っていってやったこともあった。暫く顔を合わせていなかったが、彼女は誠人を蔑視したり、差別したことはなかった。よく笑う、誠人を「おいちゃん」と呼ぶ、人懐こい子だった。

誠人は車のスピードを落としてゆっくりと近付いた。最初の供述だと「車に引きずり込んで連れ去るつもりで」となっていたが、それは取調べ官が誘導しつつ供述させたものだ。
 いつもはそんなことしない。みんな、誠人を嫌っているので、車に乗れ等と言うと怒鳴られて石を投げられる。それを誠人は自分自身で知っている。だが、この時はいい気分だった。それに充代は誠人を蔑視したことはなかった。


 「乗って行くか」

 誠人は声をかけた。しかし充代は誠人をチラッと見ただけで、呼びかけを全く無視し、返事もしなかった。そして、足早に歩き出した。

 (どうしてそんな風に反応したか、 彼女の心は今となっては分からない。年頃の女の子だ。大人の男の車に乗ることに抵抗があったかもしれない。
13歳だから、うまく取り繕って断れなかったのか、単に丘崎の顔を忘れてて「変な男」と思って逃げたのか、それとも、中2になるまでに周りの大人たちから丘崎は『丘崎の息子やから相手にしたらあかん。近づかんとけ』と言われていたのか、ただ集落の空気を感じとってそうしたのか。
だが、いずれにしろ丘崎誠人は、無邪気な少女がいつのまにか冷淡な世間という仮面を被っていたと受け止めた)


 ――俺をよそ者と思っているから無視しよる。返事もしやがらん。この女も一緒や。

 ああああああああああああっ
 ああああああああああああっ
もう許さん!!

 それまでの嵩集落の人間から受けていたよそ者扱いと謂れのない差別の悔しさが爆発寸前になった。さっきまでのいい気分とこの現実の落差は誠人にとって絶望的だった。自分を無視した充代と嵩集落全体の人間に対する憎しみが一緒になり、頭の中が混乱状態に陥った。


 ――集落の者が一人居なくなれば、集落の全員が心配して、恨みが晴らせる絶好の機会や、今がええチャンスや!!

 それまでの嵩集落の人間からよそ者として口では言い表すことのできない苦しみと差別を受けてきたことが交差した。頭の中は爆発寸前の混乱状態のままだった。後先のことを考える余裕等なかった。

 誠人は充代の背後から時速30キロのスピードで近づき、そのまま車を衝突させた。ドンッと音がして、充代は物も言わずに転がった。ガードレールに衝突するとそのまま倒れこんだ。靴は片方脱げて転がっている。ガードレールに血糊がべっとり付いていた。

 車をぶつけた瞬間、誠人の憎しみは雲散霧消し、現実に引き戻された。急ブレーキを踏み車を停める。慌てて運転席から降りて、道に倒れた少女を抱き起こした。あちこち擦りむいて血が出ている。頭からも血が流れていた。少女はハアハアと荒い息をしていた。

 ああああああああああああっあああ、大丈夫かああっ
 うわわわ、ははねちゃっははははねはね ちゃった。
 ああなんでおれはなんで。こんな。

病院行かなきゃひどいケガケガひどい/
これがバレたらもう村にいられなくなる/
早く連れてってやらんと/
俺も家族も追い出される/
病院病院へ/
どうすりゃ/
病院へ早く病院/
いいんだどうすりゃどうすりゃどうすりゃどうす りゃどうすりゃどうすりゃどうすりゃどうすりゃななななんとかしなけりゃなんとか──

 なんとかしなけりゃ

 なんとかしなけりゃ

 なんとかしなけりゃ──


 病院へ連れていくことも脳裏をよぎった。だが、今までの集落でのことが次々と駆け巡る。自分が犯人であることが露見し、自分だけでなく家族までが村に住めなくなる。事件を持って逃げるしかない。そう考えた。

 みみみ見つからない場所場所へ

 見つかっ隠して追い出される殺して隠して殺し場所見つかったら探しヤバイ殺しヤバイ見つかったら死体場所隠す場所

 どこどこどこどこがががが


 丘崎誠人の自供どおり、村から10km離れた伊賀山中で、充代の白骨化した遺体が見つかった。 祖父の与力兼民生委員は、孫娘の骨壷を受けとった。

 「やっとうちに帰ってきました」

 彼は決して悪人ではなく、集落では皆から慕われる人格者だった。月ヶ瀬の人々も、名張葛尾の人々も、加古川西神吉町の人々も、それに山形新庄市の人々も、日頃から凶悪なはずもなく、ごくふつうの素朴な人々だったはずだ。そこに田舎事情の闇がある。

 丘崎家は当然のように村から追い出さ れた。彼らの長く暮らした掘っ立て小屋の家も、すぐに取り壊されて更地になった。 丘崎家の人々は別の地に流れて居を構えた。貧しいままだったが、彼らは皮肉にも誠人の凶行によって35年にわたる呪縛から解放された。
http://ameblo.jp/matusyuka/entry-11238480746.html

月ヶ瀬村を訪ねた。あの事件の集落を見たくなったのである。青年が生まれ育ち、ついに捨てきれなかった故郷の村の風景を。うららかに晴れた暖かな朝だったが、柳生の里を抜けるうねうねとした山間の道は日も差さず、ひどく寒かった。

 事件は1997年の5月に起きた。梅林で有名な村の中心部から川ひとつを跨いだ山間の集落で下校途中の中学2年の女子生徒(当時13歳)が行方不明となり、付近からタイヤのスリップ痕や女生徒の着用していていた靴やジャージなどが見つかった。二ヶ月後におなじ集落内に住む25歳の青年が逮捕され、自供から伊賀上野市郊外の峠で白骨化した遺体が発見された。

翌年、青年に対して奈良地裁は懲役18年の一審判決を申し渡したが、検察側がこれを不服として控訴し、2年後に大阪高裁により無期懲役の判決。青年は弁護団のすすめにもかかわらず上告をしないまま刑が確定し、去年の夏、収監先であった大分刑務所の独房内にて自らのランニング・シャツで首を縊って果てた。29歳だった。

 事件は当時、いたずら目的の稚拙な誘拐殺人といったニュアンスで報じられたように思う。だが今年になって雑誌に掲載されたレポート(新潮45・7月号「虐げられた人びと」中尾幸司)や、裁判の係争中に弁護団の一人がある機関誌に寄せた文章(部落解放なら第12号「月ヶ瀬事件と差別」高野嘉雄)などに目を通すと、そこからまた、べつの風景が浮かびあがってくる。

 青年は逮捕後、事件の動機として、集落の住民によるじぶんや家族への差別があったと供述した。月ヶ瀬は現在も与力制度といわれる昔ながらのしきたりが残っている村である。与力というのは同族組織より選ばれた村の複数の代表のことである。たとえば「区入り」という、村の一員として認められるためには二人の与力の推薦を必要とする。

 B(部落)地区には与力制度というものがあり、地元民二人の推薦がない限り、区入りができない。区入りができないと区有林を利用する権利等はない。冠婚葬祭は与力が仕切ることとなっているため、又地区内での交際も与力関係の者同志での交際が中心であることから、与力がないと事実上村八分のようになってしまう。
 被告人の母の法廷での証言によれば「地区民から、家が焼けたり、人が死んで葬式ができなくても、それだけは村で寄ってやってやる、それ以外はつきあわない、と言われた」というのである。

事件を起こした青年の家族は30年以上も前に隣村から移っててきたが「区入り」は果たしていない。村の民生委員を務める、かれがその命を奪った少女の祖父の計らいによって家族は、村はずれの日当たりの悪いじめじめとした傾斜地にかつては物置として使われていたトタン屋根とベニヤ板の壁のあばら屋に住みついた。

冬には隙間風に悩まされ、室内にはいつも鼠が走りまわっていた。
風呂は薪で、「下水道敷設の分担金が支払えなかった」ために便所はなく、外に掘った穴で用を足していた。

内縁関係にある青年の両親は、ともに日本人と朝鮮人の間に生まれたハーフであった。お茶の栽培農家がほとんどを占める村内にあって、二人は行商や日雇いの仕事で家計を支えた。

寡黙な父には愛人があり、気が強い文盲の母は子どもに金だけを与えて放任した。毎日、長女がおかずをつくり、それをみなが好き勝手な時間に食べた。会話もない、ばらばらの家族だった。

 中学卒業後、青年は職を転々とするがどれも長続きしていない。測量事務所のアルバイト、土木作業員、警備員、左官見習い。大阪や東京の飲食店で調理師見習いとして働いたこともあったが、住み込みが性に合わなかったのか、ふらりとまた村へ舞い戻った。そんななかで車は、かれの唯一の安らぎの空間であったようだ。カーステでかけるのはドリカムやチャゲ&飛鳥。「特に初期のドリカムの、都市生活を楽しむ若者たちの屈託ないラブソングがお気に入りだった」(新潮45) 事件のひと月ほど前に買ったばかりの大型四駆「三菱ストラーダ」の走行距離は、事件後に売却される三ヶ月の間に5.300キロに達していた。

 そして事件当日。ここでも修羅は、一見何気ない、のどかなごく当たり前の光景からその首をもたげる。 

 被告人が反抗に至った経過は以下のとおりである。

 被告人は前夜、滋賀県内の、いわゆるソープランドに行き、5月3日の午前中に地元に戻ってきた。うららかな日だまりの中に車を停め、しばし仮眠をした後に目を覚ました。何となくウキウキした気持ちで車を運転していたところ、ふと見るとB地区に帰る途中の被害者が歩いていた。B地区まではまだ距離がある、坂もある、あの子を家まで送っていってやろう、ふとそんな親切心、好意が自然と生じてきた。

 気楽な思いで「乗って行くか」と声をかけた。しかし被害者は被告人をチラッと見ただけで、呼びかけを全く無視し、返事もしなかった。その時の心境は、被告人の調書では、以下のとおりのものとされている。

「顔見知りの私が親切に声を掛けているのですから、せめて、お爺さんが迎えに来ますから結構ですとか、家が直ぐそこですので結構です等と断ってくれれば、私としては腹が立つことは無かったのですが、浦久保充代子さんが私の親切心を無視し、返事もせず、逃げるように足早で歩き始めたことで、私は俺をよそ者と思っているから無視しよる。返事もしやがらん。○○の者は俺を嫌っており、この女も一緒や等と思うと、それまでの○○の人間から受けていたよそ者扱いの悔しさが爆発寸前になったのです。

このようにして自分を無視した浦久保充代子さんとB地区全体の人間に対する憎しみが一緒になり、頭の中がパニック状態になったのです。そんな腹立たしい気持ちで車を走らせている時、完全に切れてしまい、許さん、車を当てて連れ去ってやろう、最低でも身動きできないようにしてやろう、B村の者が一人居なくなれば、村の全員が心配して、恨みが晴らせる絶好の機会や、今がええチャンスやと考え」

「待ち伏せしている間も私の頭の中は、親切心を無視された腹立ちと、それまでのBの人間からよそ者として口では言い表すことのできない苦しみを受けてきたこと等が交差し、とにかく頭の中は爆発寸前のパニック状態であり、後先のことを考える余裕等な」かったとされている。

 青年は少女の背後から時速30キロのスピードで近づき、そのまま車を衝突させた。だが、いざぶつけてしまうと「憎しみは雲散霧消し、現実に引き戻され」(弁論要旨)、慌てて運転席から降りて、道に倒れた少女を抱き起こし後部座席に移した。少女はハアハアと荒い息をしていた。病院へ連れて行くことも一瞬脳裏をよぎったが、

「自分が犯人であることが露見し、自分だけでなく、家族までが村に住めなくなる.... 事件を持って逃げるしかないという気持ちになった。(少女を)発見されにくい場所へ連れてゆき、殺して死体を隠してしまおう」(冒頭陳述) 

そして二時間後、伊賀上野郊外の山中で、はじめは四重の紐状にしたビニールテープで絞殺しようとしたがうまくいかず、手元に転がっていた人頭大の石(4.9キロ)を数回、少女の頭部に投げつけて絶命させた。死因は左頭蓋底骨折による脳挫傷であった。

 事件をめぐる検察側と弁護側の争点は、当初、その動機にあった。検察側は殺された少女の下着が刃物で切り裂かれていたことから、事件は性的ないたずらが目的の誘拐殺人であり、青年は性的異常者であると主張した。それに対して弁護側はそのような性的異常の傾向は認められず、事件は青年の自供どおりに「被告人、被告人の家族に対する月ヶ瀬村住民等による差別の中で、被告人の鬱積した怒りが衝動的な形で暴発したものである」と反論した。

もうひとつは「差別」の問題である。一連の公判において、青年の家族を取り巻く村の旧弊さが浮き彫りになったものの結局、裁判所は「被告人のいう差別感情なるものは、何の咎もない中学二年生の被害者に対する本件の犯行動機として、ほとんど酌むべき事情にはならない」としてこれを斥けた。情状酌量の余地はないとして、検察側の求刑通り無期懲役が宣告されたのである。

 月ヶ瀬事件で特徴的なのは、被告人は自白に転じた以降、終始一貫して自己の行為を弁解せず、正当化しようとはしていないことである。被告人は動機として月ヶ瀬村の住民による被告人及びその家族への差別があったことを供述しているが、それは何故に本件の如き犯行をしたのかという質問、追求があったため、「事実」として、その経過、内心の感情の推移を説明したのにすぎない。

被告人は当然償わねばならない責任はこれを受け入れるべきと考えており、自己の刑事責任を軽くするための一切の弁解、責任転嫁を拒否し、公判廷においてもただ「事実」としての自己の心情を述べたに止まったのである。


 冬の月ヶ瀬は、さながら湖底に横たわった村のようにひっそりと静まりかえっていた。梅林近くのみやげ物屋は軒並み店を閉ざし、観光客の姿もまばらだった。昼寝をしているような観光会館にバイクを停め、置いてあった観光パンフを貰い、二階の展示室でかつてこの地を訪れた文人たちの梅林を愛でる書画をしばらく眺めた。

それから梅林の裏手にある尾山代遺跡に立ち寄った。茶畑の広がる丘陵地の斜面が小さな公園のように整備されていて、素堀りの住居と、その隣に四畳半ほどの鍛冶工房の建物が復元されている。室町期あたりに奈良の都の大安寺などに木材を供給していた職能民たちの集落跡だという。北風を避けたなだらかな南の斜面を三段に造成し、上段に前述の住居と工房、中段に食料を貯蔵した穴、下段をゴミ捨て場として使用していたらしい。どこまでも続く低い山並みを眺めながら、いにしえの杣人たちの日々の暮らしを想った。陽が雲間に隠れ、相変わらず寒かった。

 ふたたび中心部の月ヶ瀬橋までもどり、橋のたもとで山頭火の句碑などを眺めてから、青年の生まれ育った集落へ向かった。

日当たりの良い高台に茶畑が広がり、20数戸のわずかな家々が尾根筋の平坦地に身を寄せ合った、のどかな山村の風景だった。人の姿はほとんど見えず、閑としている。集落全体を見わたすことのできる公民館と薬師堂の前にバイクを停めた。もう一方の高台にひときわ立派な土塀に囲まれた屋敷が、あれがおそらく亡くなった少女の家だろうと思った。

隣接する神社の珍しい石造りの神殿などをしばらく見物してから、寺の本堂を横切り、反対側の墓地へとゆっくりと歩をすすめた。

 月ヶ瀬はいまも土葬であり、しかも埋め墓と詣り墓(石碑墓)という両墓制の形を残している。村はずれにある埋め墓に遺体を埋葬し、一定の期間祀った後は村に近い詣り墓へ霊魂を移し、以後はそちらへ詣でるのである。薬師堂の境内にあるのはその詣り墓の方で、ここから暗い雑木林の小径を20分も下ったところにあるという埋め墓も覗いてみたい気持ちもあったが、今回はあえて控えることにした。

 集落の裏山の小高い山の上に位置する、乙若城跡という南北朝時代の史跡を訪ねた。史跡というにはお粗末な、草ぼうぼうの猫の額ほどの淋しい場所だった。青年もかつて子ども時分にここでひとり孤独な時を過ごしたに違いない、となぜか思った。逮捕前に青年がマスコミの「(行方不明の)少女を知っているか」との問いに応えて、「おなじ地区だから知っている。小学生の頃は通りがかりに車に乗せてあげたこともあった」と語ったという、そのことばを想起した。

幼い頃には無邪気にかれの車に乗り込んできた少女が、ある時から「世間」という得体の知れぬ皮をかぶり、他の大人たちと同様にかれに冷淡に背を向ける。鬼だ鬼だと言われ続けてきた者が、ついに本物の鬼となって復讐をした。だが所詮、本物の鬼には成りきれなかった。
http://www.geocities.jp/marebit/oni.html


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2) 奈良県 月ヶ瀬村


493:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/26(土) 19:39:19 ID:???

梅の観光地になってるから行ってみたらいいよ。 梅やさんがいくつかある。
こんなところで事件があったのかってしみじみ思うよ。
見えない何かで囲われた場所って感じ。

289 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/10/19(火) 08:16:13 ID:???

月ヶ瀬にドライブに行ったことある。 すっごく不気味で暗い雰囲気だった。
他にもあちこちのどかな田園地帯には行ったことあるけど、雰囲気が全く違う。
何かにとりつかれたような、とにかく気持ち悪い村だった。
悪霊や山姥でも住んでそうな村だったよ


749 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/11/11(木) 21:47:38 ID:???

月ヶ瀬付近の谷の道路沿いr82だっけ走ってると細い道があって、小さい集落に続いてたりするね

なんか暗い感じのする地域なんだよね
名阪国道の南北周辺は

751 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/11/11(木) 23:08:01 ID:???

東名阪辺りから行くと判るが JRに取り残された丹波方面は一種変わった空気してる 昔のままが残ってるような 非開放的と言うか いわゆる田舎だ

752 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/11/11(木) 23:20:34 ID:???
>>751

奈良市街地→柳生→月ヶ瀬

ドライブに行ったことがあります。 奈良には転勤で二年間滞在してました。
月ヶ瀬に近づくにつれ、怖くなりました。

白土三平の忍者漫画カムイの雰囲気がして、背後から手裏剣が飛んで来そうな恐怖感でした。 のどかな田舎の田園風景という感じじゃなくて、山ん婆とか化け物が住んでそうな恐ろしい雰囲気でした。


754 : 752 : 2010/11/11(木) 23:57:46 ID:???

そういえば 月ヶ瀬は三重の伊賀上野の隣だね。
伊賀上野といえば伊賀者忍者の里。
奈良市側の柳生は柳生一族の里だよね。

月ヶ瀬が時代劇の忍者っぽい雰囲気なのも納得。


290 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/10/19(火) 13:33:38 ID:lOMjkoom [1/1回発言]

月ヶ瀬村ってど真ん中に太い川があるんだけどさ、その川がダム湖みたいに深くてハンパなくでかいの。 バーベキューするような川原って感じじゃない。

あの深くてでかい川は自殺の名所かもね。 年柄年中自殺者の遺体が浮かんでそう。川の周りにはコンビニとか街灯とかはとにかく何も無くて、飛び込む人がいても誰一人目撃者がいないと思う。

梅林見学に車で行った自分は、あの川を見てたら何だか陰欝な気分になった。
真っ青に晴れた日だったのだけどね、空気が重たく感じられたよ。


296 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/19(日) 10:34:10 ID:AABLjX7e

ほんとあの村は異常な雰囲気が漂ってるよ。
俺は仕事とかで行くが横溝作品の舞台じゃないのかと思う時があるな。

ちなみに自殺の名所であり年間多数の自殺者が発生してる。

761:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/05(木) 13:50:27 ID:MWeCSpx/

月瀬橋っていう赤い大きな橋知ってる?
橋の北側が中心部で、観光協会、梅林、役場がある。

川を挟んで橋の南側の山を奥へ奥へと進むと、細い道になっていき、うっそうとした薮になる。 その薮の中に丘崎のあばら屋があった。


258 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/08/07(日) 17:44:01.59 ID:???

奈良市月ヶ瀬嵩っていう地域。
名張川に南北にかかる月ヶ瀬橋の南側地域が嵩。

嵩の細い道(地図に載ってないのでは?)をくねくね奥に入っていき、うっそうと草木が生い茂り日光が入ってこないところに丘崎のあばら家があったそうな。

同じ月ヶ瀬嵩で道路に面した小高い所に被害者中学生の家があるそうだよ。


135:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/14(月) 08:58:13 ID:LIHP0hsz

以前京都市内に住んでたとき、月ヶ瀬村にドライブに行ったことがある。
川とか梅林があってのどかな場所だったけどなあ。

でも、観光客にはわからないような、暗い部分があるのね。差別、古い因習、近代生活から掛け離れた極貧一家、・・・

格差社会がより一層進んでいる今、こういう事件が激増するかも。


358:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/14(金) 02:06:05 ID:???

月ヶ瀬は梅林を見に行くところ。
住むところではないよ。

あんな閉塞感たっぷりのところなんてね。

360:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/23(日) 18:29:34 ID:???

自分は奈良の中心街に住んでるけど、月ヶ瀬ってBだっけ?

そうだったとしたらこの犯人への非人道的な扱いも分る気がする。 そもそも未だに関西に差別が根強いのは、ある程度仕方のない現実なんだよ。

知人が車で走行中、いきなり窓を割られた事があった。 すぐに届け出て、しかもあきらかに犯人と思われる車両が見えるところにあったのに、警察は煙に巻くだけだったとか。 それは、その犯人が周囲でも有名な札付きのBだったためであったことが分った。 奈良ではBは何をしても訴えられない(関わるとえらい目に合う)特権階級。

最近ようやく行政での不正が色々発覚するようになってきたが、まだまだやりたい放題なのが現実だよ。 小学校から無駄な同和関連の授業を組み、過剰なまでに差別の事実を刷り込むのも差別を「商売」にしてBが暮らしていくため。 こんな環境だから、Bとはなるべく関わらないように刺激しないように常に気を使う。 自衛するためには転入者に出身地を訊ねたりするのもやむを得なかったりする。

自分達で「差別」を温存しながらも、低く見られていることに鬱憤を抱えたまま閉鎖的に生きていくB。 彼らなら更に弱い立場の者がいれば、嬉々としていじめをするだろうな。


148:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/17(木) 13:00:02 ID:1Tklg+vP

月ヶ瀬村自体が、同和地区だってことですか?
山奥の川沿いの小さな村らしいけど。


149:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/17(木) 14:18:38 ID:ZjhKLGj+

山奥の川沿い=まさしく

150:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/17(木) 20:26:50 ID:2PZfVmfN

月ヶ瀬村の山高地区


405:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/27(木) 17:55:18 ID:Ty1lbCVR

県境はB地区多し


319:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/07(金) 16:37:08 ID:gxLrsi7V

月貸せ村って部落なん?
部落民が朝鮮人を差別したってことなん?


320:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/07(金) 17:31:51 ID:???

言うまでも無いだろうw
関西方面は半島からの渡来人の末裔が多いから差別意識が強いんだぜ。


321:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/07(金) 19:19:56 ID:gxLrsi7V

ふ〜〜ん、そうなんだ。
大昔朝鮮から渡って来た奴らが、20世紀に朝鮮から来た人達を差別するとはね。 同胞いじめってか!?


164:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/19(土) 07:41:28 ID:Zihyooab

大体において、月ヶ瀬の祖先は渡来人のくせに、流れ者朝鮮一家の丘崎を村八分ににしたのがこの事件の発端。

月ヶ瀬の奴らは未だに「差別なんかしてません」と、ほざいてる。
自分らが行った酷い村八分行為が、巡り巡って孫の死を招いたことを月ヶ瀬の奴らは思い知るべき。

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/07/10(日) 16:16:07.96 ID:???

月ヶ瀬はB地区?って事は月ヶ瀬の人達は他の町からは差別を受けてたって事?

さらにその人達が丘崎一家を差別してたって事?はらいせみたいな感じ?


149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/07/10(日) 18:29:36.82 ID:???
>>146
月ヶ瀬全体が被差別部落なのではなくて、丘崎一家が住んでいた嵩という集落がそうだったということ。 だから被害者やその祖父や「与力」という住民組織のメンバーも被差別部落民で、社会の底辺層がさらにその下を差別する構造だったという認識でいいと思う


188:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/22(火) 11:28:07 ID:fD6W5uiH

チョンが、部落の子を殺した事件。

147:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/17(木) 12:50:01 ID:2PZfVmfN

部落民に差別されてたんだろ。


288 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/10/19(火) 08:09:11 ID:???

丘崎一家が住んでた地域は月ヶ瀬の中のB地区(月ヶ瀬全体がBというわけではない)
で、そのBの奴らが自分らより更に下の丘崎を人非人扱いすることで憂さを晴らしてたんだよな。

底辺が最底辺を見下す構図。


69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/04/15(金) 22:19:43.18 ID:IUQJa6/D

丘崎はKで村人がBだよね。

「差別をなくそう」って綺麗事言いながら、自分たちは何をやったのか?、

と月ヶ瀬B民に俺は聴きたい。


489:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/22(火) 06:04:24 ID:???

同和って差別されることには五月蝿いけど、差別することには寛大なんだねw

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/04/15(金) 23:53:48.97 ID:???

底辺は底辺を叩きたがるもんだよ 
士農工商からしてそう 汚い人間の業だね

救われんなぁ

406:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/27(木) 18:20:06 ID:???

上でBがなぜ住所で分るかって言う人がいたけど、大抵その場に行って見れば分るよ。 明らかに他の地区と雰囲気が違う。簡単に言えばボロいし汚いし雑多。 もしくはいわゆる改良住宅だったりする。(ニコイチなど特徴のある建物が多いから一目で分る)

血が濃いので悪い血が…ていうのも、ただの風評ではない。 実際いとこ同士などの近親婚が多いので、視力などに明らかな劣性遺伝をもっている人が多くみられる。

親族や地区での繋がりが強く、本人同士の問題と安易にBと結婚などをすると、いざ関係が悪くなったら突然ヤクザまがいの人間が出てきて親族中に迷惑をかける事になったというのもよくある話。

「差別」自体は良くない事だと誰でも分ってるんだけど、Bに関しては実害が現実にあるんだから区別して付き合うのは仕方のない事なんだよね。

でも月ヶ瀬って本当にBなのかな?

村の変な制度やいじめ体質を見るとBっぽくはあるけど…

でも身近にこの犯人の家庭みたいな一家が住んでたら正直嫌だと思うんだよね。
極力関わらないようにするし、子供に「付き合うな」と注意するのも普通の対応だと思うんだが。

331 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/10/21(木) 08:07:54 ID:???

Bがばれて婚約が破談になった芸能人

女優のM・R(相撲取り貴○花との破談)
元ミス日本のN・K(名高○郎との破談)
歌手のN・A(近藤○彦との同棲中に自殺未遂)

彼女達本人は、自分がBの子孫だとは知らなかっただろうね。

好きな男が出来、いざ婚約という時に相手側に調べられて親がB出身であることが判明。
結果、一方的に婚約解消されて涙に暮れた…という感じだろうね。

N・A以外はその後、理解ある別な男と幸せな結婚したけど
N・Aは未だにショックが癒えずメンヘラ状態。

親がB地区を出て都会に住むようになった子供は自分がBの子孫であることを知らずに過ごしてる人が多いだろうけど、戸籍から祖先の出自を調べられたらBがわかっちゃうんだよね。


451:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/02(金) 23:33:57 ID:R2RSZAbt

「部落」「部落差別」「同和」という言葉に敏感なヒトが多いのは確かだが、
これは、世間がそういう言葉を使用禁止にしたり、隠語にするところに原因がある。
昔、身分制度で「えた・ひにん」という最下層に属する人間が居たのは事実だが、
彼らは、処刑の後の死体処理、動物の屠殺、皮剥ぎなどの仕事に従事させられ、
ある特定の地区に住まわされただけである。それが「部落」だ。

今、そんな仕事をさせられている人間なんて居ないのに、その地区へ呼称だけが根強く残り、現在に至っている。 要は、「部落出身者がどうのこうの・・・」と言っているワケではなく、人間の中には、他の人間と差をつけないと生きていけない・・・というヤツが多く、「アイツは部落出身だ!」などと言って、その人間と「差」をつけること(つまり、自分はその人間よりは上なのだ、と思う)で、自分自身が生きる支えのようなモノにしているだけである。

413:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/28(金) 10:41:32 ID:???

月ヶ瀬がブラクなんじゃなくて犯人がブラクなんで月ヶ瀬村の中で差別されていたってことだと理解していたのだが・・・


414:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/28(金) 15:16:25 ID:3rjrpBBe
>>413
月ケ瀬全体がBなのではない。

月ク瀬の中の某地区(B)に、隣村の朝鮮人と日本人(B)の夫婦が引越してきた。

その夫婦の息子が犯人。
某地区住民(B)の女子中学生を、犯人が殺した。
つまり、Bの娘を、朝鮮籍の犯人が殺したってことだよ。


433:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/17(木) 07:02:20 ID:???

丘崎が住んでいた嵩地区はB地区。

173:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/21(月) 04:05:46 ID:3JZ1lI3e

名張毒ぶどう酒事件なんかも奥西の家族に対する地元の連中の村八分行為が凄惨だった
地裁で再審開始決定が出た時の、地元の連中のコメント見たら吐き気がした


174:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/21(月) 09:36:22 ID:8WOPMAxt
>>173
名張毒ぶどう酒事件の現場(葛尾地区)も山奥の川沿いだね。
しかも、奈良の月ヶ瀬村、三重の名張葛尾には両方に同じ名張川が流れている。

差別で苦しめられた人間には、山と川が付き物だね。
山奥川沿いのムラって、いやな所だね。


175:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/21(月) 10:05:12 ID:8WOPMAxt

この事件が起きる3年前(1994年)に月ヶ瀬村にドライブに行ったことがある。 村を流れる川とか、上流のダムを見てたらすっごく陰鬱な気分になり、「この川は自殺の名所なのだろうか?」なんてなことを思いもよらず考えてしまった。

梅林や川、山など確かに自然は豊かなんだが、どことなく陰鬱さを感じさせる地域だった。

もしかしたらあの当時、丘崎とどこかですれ違っていたのかもしれない・・・

あの暗くて陰鬱で気分の滅入る山奥川沿い村に、陰惨な差別があるとは当時想像もできなかった。(北海道出身なので、被差別部落・朝鮮差別とかそういうことに全然ピンと来ないです)


169:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/20(日) 10:53:36 ID:J52YXR80

小学生時代に、放火の濡れ衣着せられて、皆からいじめられるのってさ、「フランダースの犬」のネロみたい。

ネロの場合は、アロアとか近所のおばさんとか味方がいて。コゼツの旦那も、最後にはネロへの猜疑心も消えて探してくれたけど。

このスレの犯人は最後の最後まで、信頼出来る人がいないまま、孤独死したんだね。
「自分は何のためにこの世に生まれてきたんだろう」って絶望感で一杯だったんだろうね。


401:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/26(水) 21:55:02 ID:bBNPZW2M

こういう言葉は適切かどうかわからないけど
生まれてこない方が良かった人 っているんだなと思った。


153:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/18(金) 00:47:49 ID:gyEL9ih5

弁護士の奨める上告もしないで刑を素直に受け入れ、服役中は罪悪感で苛まれてたらしいですね。 罪の意識に耐え切れずに自殺。 自分で自分を死刑にしてしまったんですね。

コンクリ詰め犯や、栃木リンチ犯とは、えらい違い。(こいつらには死刑が妥当)

丘崎には服役して出所後、別な土地で人生ゼロからやりなおしてほしかったな。殺人犯とはいえ、境遇を考えると同情を禁じえない。


49:名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/22(木) 23:59:01 ID:???

でも、こいつはレイプしてないんでしょ?


53:名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/26(月) 00:43:44 ID:???

おかざきは性的なことは一切してないよ
裁判記録見れば書いてる


72:名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/11(火) 01:01:27 ID:+Bb5Rhk7

女子中学生がキツく無視したからだろ。
穏やかに断っていればこんなことにはならなかったのに。

140:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/17(木) 01:06:54 ID:1Tklg+vP

親が無学でしかも日本国籍ではない極貧家庭に生まれてしまうって悲惨だね。
丘崎は、一生の中でおいしい物を食べるとか旅行に行くとか家族団欒とか、暖かい部屋で寝るとか普通の人の普通の生活を知らないまま命を閉じたんだろうね。

日の当たらない、ネズミと土ぼこりだらけで、トイレすらない、すきま風ふきすさぶバラック建てのあばら屋で、心も体も病みながら成長していったんだろうね。

村人達からの差別、村八分。 親も情けない親で。

丘崎を殺人犯へと追いやった原因は、村人と親にも責任があると思う。


142:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/17(木) 06:34:27 ID:1Tklg+vP

丘崎は過去に家を出て、住み込みで働いた経験がある。
しかし、朝起きられないのと能力が無いのとで、行く先々をクビになった。
自活への道をあきらめ、あばら屋に舞い戻り、母親から金をせびっては遊び暮らすようになった。

幼い頃から、我慢することを躾けられなかったんだろうな。読み書き計算も、出来たかどうか?
いい加減な親だから文房具も何もちゃんと用意してやらなかっただろうな。


87:名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/13(木) 21:35:08 ID:DRUEpIVH

丘崎の報道陣への逆切れぶりは異常だったね。
あれだと働いても同僚や客とトラブル起こすのは目に見えている。

303:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/26(火) 04:40:40 ID:Zzoc8oKv

マスコミの前で暴れてから、凄いフテブテしい全然反省していない極道と思ってたが本当は物静かな気の弱い、自殺しちまうような男だったんだな。ネットで読むまでまったく勘違いしてたよ

しかし、なんでK札はマスコミの前を逮捕直後に堂々とつれまわしたんだろ

普通はマスコミは遠いところからやっと映像取れるぐらいなのに

頭から服をかぶったりしてあげたりしてる

麻原クラスになると車の正面のほんの瞬間という気に使いようなのに


307:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/05(水) 02:54:03 ID:W02/g6in
>>303 
なんでK札はマスコミの前を逮捕直後に堂々とつれまわしたんだろ

それが差別なんだよ

月ヶ瀬の人たちは少しは反省しないとね
酷い差別が自分たちに帰ってきたんだからね

トイレもないような家だったら、誰か民生委員でも知らせてちゃんとしてやるべきだよ
穴ぼこだらけで臭い!っていうならね

308:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/05(水) 07:59:39 ID:1p9ofrxo

ムラの奴らは丘崎一家を人間扱いしてなかったんだろ。
その辺の虫ケラと同等レベルにしか思ってなかったんだろな

335:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/10(月) 18:22:35 ID:IQl2cStV

丘崎一家は飼われてたんだよ。 月ヶ瀬の住民に。

魂を売った見返りに、民生委員の被害者家族に生保かなんかを斡旋して貰ってたんじゃないの?

月ヶ瀬の住民も酷いが、丘崎の両親も情けない。

336:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/10(月) 18:55:56 ID:CfnrJJBg

村民は何のために丘崎を飼ってたの?

飼うからには、飼う側に利益がないと邪魔な人間を飼ったりしないと思うが。
犬や猫などのペットは心を癒す愛玩動物だし、牛や豚などの家畜は乳や肉を売って利益を得る。

村民にとっての、丘崎一家を飼う目的は何?


343:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/10(月) 21:39:03 ID:IQl2cStV
>>336
飼って住民のストレスの捌け口にしてたんでしょ?

男は虐げられ、女は性の玩具。

「人権を守れ」と立派なこと宣う部落民が人権を蹂躙してどうするんだよwww

344:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/10(月) 22:31:36 ID:CfnrJJBg
≫343
なるほど、サンドバッグ&性処理の道具ね。

708:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/06(金) 23:27:51 ID:RqBVorhl

丘崎家は生活保護じゃねーよ。

両親は土方、姉は居酒屋勤め、

それ以外に母と姉が村人達の性処理の相手してて(売春)、

村人から飼われてたんだよ。

売春は暗黙の了解。 お互いもちつもたれつの関係。

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/04/17(日) 22:41:27.66 ID:wYVT3CC/

一番の原因は母ちゃんが慰み者にされてたからじゃ無いのか?

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/04/17(日) 23:10:51.60 ID:???

一番かどうか知らんが、歪むだろうなぁ、そりゃあ。


普通の風俗は基本的に、来たい客が楽しく遊んで、

女が金を得る商売と割り切れるからまだいいが、

丘崎の母ちゃんは差別されてただろうし、オモチャだもんな。

しかしそんなンが日常だった村って今も正常に機能してんのかね。
代わりのはけ口かありそうで嫌だわ。


645:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/14(水) 23:50:56 ID:???

差別・村八分して人格踏みにじっておいて、
一方では金で母と姉を肉便器にするなど、
自分らを都合よく飼い殺し扱いしていた村人達への復讐だな。


646:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/15(木) 00:35:55 ID:???

両親が隣村にいられなくなった理由…

母が村の有力者と出来ていたのが、奥さんにばれて追い出された。
しかし逆に、月ヶ瀬では村人達の肉便器になることで居住を許されてた。
女の穴を共有するのが月ヶ瀬の習俗。


673:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/17(土) 15:24:19 ID:???

しかし姉はともかく母親はかなりのオバサンだろ。

都市部ならマニアの客も付くだろうが、相手も歳がいってるにしても田舎でよく稼げたな。
年齢の割りにルックスはかなり良かったのだろうか?


674:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/17(土) 15:55:54 ID:???
>>673
外部からの見知らぬ客ではなく、
母親が20代の頃から関係が続く数十年来の馴染み客(村の衆)

事件当時の母親は50代後半だから、その頃は60代70代のじいさん相手にしてたんだろうよ。

不特定多数の客をとる都会の売春婦と同等に考えるな

732:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/10(火) 18:05:56 ID:VMVne5te

月ヶ瀬にドライブに行ったことあるけど。
山、川、梅林しかなくて、コンビニすら無くて寂しい所だった。

あんな所に住んでたら、鬱になりそう。 とにかく、山奥の超ど田舎。
ああいう土地の住民て、普段は何が楽しみなの?

あんな超山奥だと、家でテレビ見て晩酌するぐらいしか、すること無いじゃない。


734:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/10(火) 20:53:17 ID:???
>>732
月ヶ瀬住民の楽しみは、

自分以下の人間を見下して差別し村八分にすることが唯一の鬱憤晴らし


735:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/11(水) 02:15:18 ID:ae4eW/XC
>>734
で、酒飲んでセクスな。

736:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/11(水) 05:11:13 ID:???
>>735
で、チョンB女を肉便器にして中出ししてな


737:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/12(木) 02:13:16 ID:RMl7zJI0
>>736
で、また酒飲む


647:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/15(木) 00:48:06 ID:bn7G1Ow6 B、

チョン、差別、村のならわし、
肉便器、貧困、文盲、
あばら家、トイレ無し地面掘って排泄、山奥…

つくづく嫌な環境だなこりゃ

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/07/07(木) 18:17:00.33 ID:XckXsGMP

以前「新潮45」の記事で読んだんだけど、丘崎の家は便所がなくてその辺でする
もんだから、近所の人は「もう臭くてかなわんかった」と言っていたという。


215 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/08/03(水) 18:50:48.51 ID:???

丘崎家を「くそぅてくそぅて(くさくてくさくて)」と言ってた村の男

何の用事で丘崎家に行ってたのかな?wwww

丘崎の同級生とかじゃなくて、かなり年上の男のようだったけど

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/07/10(日) 05:28:55.21 ID:???

村に住まわせてやるかわりに丘崎母や姉を強姦してたんでしょ、村人が。


124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/07/10(日) 07:53:37.84 ID:???

母や姉を性奴隷にしていたなんてどこソースよ?

住民が毛嫌いしていたというのに、掘建て小屋でセックス?


128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/07/10(日) 08:50:54.05 ID:???
>>124
それがしてたんだよ。 丘崎家のあのバラック小屋で。

執拗な差別と肉体関係、

それがこの事件を取り巻く村社会の不思議さと、陰湿さを際立たせている。


23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/03/06(日) 06:39:00.44 ID:???

あのじいさんってテレビで見た限りでは普通のいい人に見えたけど…
あの人も丘崎の姉母を肉便器にしてたって本当だろうか。


709:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/06(金) 23:34:14 ID:RqBVorhl

で、何故 民生委員の爺さんの孫娘を丘崎が殺したかって?

母親を肉便器にした張本人が、その爺さんだったからさ。

丘崎は、その怨みでジジイの孫娘殺したんだよ。


278 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/10/19(火) 03:56:25 ID:???

丘崎母親を肉便器にしてたのは、被害者中学生少女の祖父な。

乞食のような丘崎一家を月ヶ瀬に住んでもいいと許可し、物置小屋だったボロ小屋に住めるように持ち主に仲介を依頼したじいさん。

そこまで世話してやったのは母親の肉体が目的だから。

丘崎はそのジジイのことを心の底から憎んでた


648:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/15(木) 01:01:24 ID:???

犯人の両親に格安家賃の貸家を世話して住まわせ土方の職を紹介したのが、被害女子中学生のじいさんなんだよな。

犯人母と被害中学生じいさんの関係…

なるほどな。復讐の意味はそういうことな


284 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/10/19(火) 06:31:27 ID:???

ジジイと丘崎一家は親戚みたいな人間的付き合いじゃねーよ。

飼い殺しなのさ。

飼い殺しの意味わかる?

母と姉は村人達に肉便器にはされてたけど金銭はもらえず、せいぜいミカンかジュース程度。

住まわせてもらうことの代償が肉便器になること。

肉便器として扱ってはいても村の奴らは全員、丘崎一家を人間としては扱ってなかったのだよ。

例えて言うならホームレス女にオニギリ一個与えてHして、やり終わると唾を吐きかけ蹴飛ばしてゴミをぶつけるようなもん。

シベリア抑留で強制労働させられた日本人みたいな扱いと思えばいい。


739:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/02/12(木) 07:09:46 ID:???

小さい丘崎に、母親と民生委員の爺さんが見せつけながら、セックスしていてたんだろうな。


16 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/01/09(土) 19:05:12 ID:???

丘崎の母と姉は、村人達の肉便器にされることで村への居住が許された。

土地を持たず国籍にも問題のある乞食同然の一家にとって、それは生きていくためには仕方の無いことであった。

自宅に代わる代わる訪れる村の男どもに母と姉が体をまさぐられている間、子供だった丘崎誠人はその屈辱に堪えていた。

差別されている者ども(月ヶ瀬の中のB民)が、さらに自分達より下の者を虐げることで憂さ晴らしをしていた構図。 村の有力者の娘を殺害することで、丘崎誠人は長年にわたって鬱積していた恨みを晴らした事件。


66 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/01/29(金) 21:23:59 ID:cexANW65 [1/1回発言]

未だに前時代的な風習を続ける山奥の小さな集落。 まるで明治時代。

夜這いもひそかにまだ残ってそうだね。

弱者が女房娘を強者に差し出すことで、村に住むことを許されるみたいな…

やれやれ、つくづく陰惨な土地だね。

72 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/01/30(土) 12:58:24 ID:DXNYTpOb [3/4回発言]

しかし、関係持っておきながら人間扱いしないって酷い話だな。
情ってモンはないのか。


73 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/01/30(土) 15:02:06 ID:???
>>72
人間と認めて交際してたんじゃなくて、性欲処理だけのために利用してたんだろ。
東南アジアへ回春旅行する男みたいなもん。
東南アジア女性を養う気も入籍する気も無い。 マソコだけが目的。

丘崎母姉はただの肉便器にしか思われてなかった。


74 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/01/30(土) 15:41:55 ID:DXNYTpOb [4/4回発言]
>>73
なんか嫌だなぁ…

アヘアヘ腰振ってフィニッシュしておきながら人間扱いしないとは。

そんならヤギとヤッときゃイイのにな。

207 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/08/11(水) 19:40:41 ID:???

長女は村の飲み屋の人気者で中々セクシーだったそうだ。

その長女が外で垂れていたのを、張り込みのカメラマンが盗撮して、仲間内で画像をまわしたと、下品な話には事欠かない事件だったな。。。。


454:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/04(日) 21:48:44 ID:???

そもそも同和地区内部での差別ってあるの?


455:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/04(日) 22:02:42 ID:???
>>454
何世代も前からの土着民は仲間意識が強いのだろうけど。
丘崎一家はよそからの流れ者だし、しかも在日朝鮮人だからね。
村八分状態だったろうよ。


351:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/11(火) 17:50:26 ID:???

少数の人間を生け贄にして集団の団結を計るのは昔からのやり方だからね
その生け贄に逆襲されるのもまた仕方が無いんじゃないの

200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/08/03(水) 01:14:32.70 ID:???

村民達は丘崎一家を見下して差別していたくせに、実は逃げられないように飼い殺ししてたんじゃないだろうか?って。

無学で国籍の怪しい乞食一家が転居してきて、対等な仲間としては受け入れがたいけど、ストレス解消に役立つサンドバッグが出来たぞいいアンバイだなと。


村で放火や盗難事件が発生すれば全て丘崎に罪をなすりつけ、

セックスしたくなったら丘崎母姉で性欲処理して、

むしゃくしゃしたら丘崎にみんなで石をぶつけ…


いじめる相手がいなかったら村民達は困るんじゃないの?

丘崎の母は小学校すら行ってなくて文盲ってことだから、一般的な知識も情報もなかったと思う。 村民達に


「町に出てもおまえらの仕事あらへんで」

「村から出たらおまえら生きていけへんのや」


と巧みに言いくるめられてたんじゃないかって。

この一家は頭悪そうだし、生活設計とか将来の計画とか出来なさそう。 どうやったら村から出て行けて、町で人生再出発出来るかなんて考えつかなかったんじゃない?

もうどうでもよくなって、そういう生活から抜けだそうって気持ちすら持たなかったかもね。 学の無い情弱一家ってことでしょうね。 息子はヘタレだから、東京や大阪で行き詰まって帰郷してしまったし。


134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/07/10(日) 09:35:22.30 ID:YAtNVMoT

丘崎母に旦那は居る。けれども未入籍の事実婚。
丘崎父も日本人と朝鮮人のハーフで流れ者。
丘崎が自殺した時は丘崎の両親は三重でひっそり暮らしていた。

貧困な両親には墓を建てる金がなく、丘崎の遺骨は両親の家に置いたまま。
けれど、当時で両親は70代半ばくらいだったので、今は生きているかどうか…


丘崎姉は未婚で子を産んでいる。子の父親は誰だか明らかにされていない。

もしかすると関係を持っていた村の誰かの子かも知れない。
事件後、月ヶ瀬には居られなくなり、大阪に移り住んだらしい


133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/07/10(日) 09:27:59.36 ID:YAtNVMoT

新潮文庫の記事によると、母親は文盲。
突然疳癪を起こしたりすることからみても知的障害か、あるいは精神障害を患ってたような感じではある。

最初は自分の祖父が婆さんと間違えたみたいにドサクサに紛れて夜中に手をつけたらしいことを匂わせる記述もある。

丘崎母にとって、自分が生きるためには犬猫のような交尾は必要、かつ当り前であって、そこに倫理観やら羞恥心やらの価値観はなかったのかも知れない。

教育を全く受けてないのだから、猿やイノシシと同じで野生のまま…
だから村中の男と関係を持つことに、悔しいだとか悲しいという感情を抱くことなく
生きる為に交尾を重ねていたのではなかろうか。

539 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/11/02(火) 10:09:23 ID:???

丘崎一家は出ていかなかったんじゃなくて、出ていけなかったんじゃないかと思うなぁ。 村の人達が出ていかせなかったというか。

つまり、集団の中で敵を設けると集団がまとまりやすく一致団結するみたいに村に丘崎一家という「最底辺の敵」を敢えて設けて、村の結束を強固にする役割にしてたのかな、と。

事実、村の男たちが丘崎家の女を共有することで秘密を共有し、ボヤ騒ぎが起きた時も
最終的に丘崎のせいにして問題が収まってる。他にも水面下ではいっぱいあるんじゃないか。 B地区特有の世間に対しての鬱憤も、丘崎一家をサンドバック代わりに解消してた気もする。

でも万が一、丘崎一家がいなかったとしたら、自分もターゲットにされるかもしれないというある種の恐怖感さえ生まれてくる。 いじめのターゲットを設けることでその他がまとまり、設けてる間はとりあえず自分は安心みたいな学校や職場のいじめの構造と全く一緒な感じがするんだよなぁ。

結局、あの村にとって丘崎一家は必要悪だったように思う。 丘崎一家には


「この村にいるからこそ家にも住めて仕事ももらえ、食べることが出来るんだ」


と言い続けて見えない恐怖に怯えさせれば、簡単に御することは出来そうだし。


541 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/11/02(火) 12:34:37 ID:???
>>539
同意。
精神的圧力と物理的圧力で丘崎一家は、村から逃げられないようにされてたと思う。

仮に逃げようと思ったにしても日中はばれるから夜中に逃げるしかない。
しかし街灯の無い真っ暗な山奥から徒歩でどうやって奈良市内の町まで出る?
あんな山奥から徒歩ではとても無理。

一家が夜逃げを決行して歩いて逃げるたとしても、途中で誰かに気付かれ村人達に連れ戻されリンチ等の制裁を加えられそう。

じゃあ夜逃げではなく、普通に「町に引っ越したい」と正式に言ったとて許してはもらえなかっただろうね。 役場は転出手続きを拒否し、バスは乗車拒否するかも。 家財道具を運ぶトラックも出してくれない。

>>539さんが言うように、

「町に出たってお前ら住む場所も仕事もあらへんで。

お前らはこの村にいるからこそ、家に住めて仕事させてもらって食べていけるんや」


とか言いくるめられそう。


542 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/11/02(火) 14:05:25 ID:aAvPWP8W [3/4回発言]
>>539
考えられますね   なんか村の連中に洗脳されてそう。 

長い期間、屈辱受けてメタメタに傷つけられていたら逃げようとか嫌だとか言う考えないかもね 
 
もういいや みたいな。まして、子沢山でお金もなければ絶望的でしょうね。
 
丘崎父は、以外と人のいいところあるかもね。

しかし、この村の男ども最低だね 読めば読むほどむかついてくる 

家族で住んでる家に押し寄せて肉体関係なんて・・ 丘崎父は、どんな思いだったんだろう。 丘崎姉は初めての時、どんな思いだったんだろう。 


265 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/12(日) 21:06:55 ID:???

家を買えるお金がない

かといって新規に家を借りる時に必要になる保証人がいない

犯人をかばうつもりはないが村民が悪い


286 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/18(土) 09:46:03 ID:???
>>265
全く当たってる。他から来た人には猫なで声、しかし中へ入ってみるとイジメ体質。
村八分制が根強く子供にまで染み透っている。


660:名無しさん@お腹いっぱい。:2009/01/17(土) 00:41:27 ID:???

引っ越せばよかったとも思うけど
こういう村の人がおいそれと引越しさせるものなのかも疑問。

憂さ晴らしのための差別の生贄として丘崎を逃がさないような気もするけど

村人相手に売春できた辺りも、「そういうため」に用意されてた感じがしてならない

自分より下を置けば安心できる、またそういう対象があると村をまとめやすいし

ところでこの被害者宅には「座敷牢」があったって話だけどw

家族にそういう人がいて、それを閉じ込めるためのものね

253 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/24(火) 22:22:10 ID:nC9t4TrN

丘崎が勤めをやめて竪穴式住居に舞い戻ってきたのは母親と姉と近親姦関係にあったからだろう。

姉の子供というのは実は丘崎との間に出来た子供なんだよ。

丘崎逮捕の前からその噂は立っていたし、村人もその事実をほのめかすようなことを言っていたけど、丘崎の母親と姉は村の公衆便所だったので村人もあまり語りたがらないんだな。


殺された娘の家からは檻が出てきたな。

殺された娘の兄というのが精薄でずっと檻に閉じ込められて生きていたと言うんだな、それが発覚するのを恐れて殺された娘の家が捜査に非協力的だったので逮捕が遅れてそのうちに事件が(意図的に?)報道陣にリークされてTVが丘崎の家に押し寄せたというのが真相。

ここまでは報道関係者なら誰でも知っている。
俺も当時現場行ってたからわかる。

ダム工事のあとにあの村に住み着いた朝鮮人は丘崎の家だけではなくて他にも数軒あったらしいのよ、家も残っていたから結構最近まで住んでいたらしいんだけど、どこに消えたのか誰も言わないのよ。

丘崎の親父が「みんな殺されてしもうた」みたいなことを言っていたけど誰も追及しないでうやむやになってしまったな。

その家族がどこに消えたのかはわからないのだけど、失踪したのは親だけで遺棄された子供は村の家のゴミ箱を漁ったり、ネズミみたいなもんを焼いて喰ってたりしてしばらく村にいたらしい。


これ昭和60年代の話だよ。

戸籍も無い奴隷みたいなのが、あの村にはまだいるんじゃないかって話もあった。
昭和30年代までは農奴というのは東北とかにいたらしいねえ。


543 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/11/02(火) 14:38:43 ID:???

平成の時代にあっても
白装束で樽の棺桶を運ぶとか
与力制度が残るとか
不気味な村だね

544 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/11/02(火) 19:15:40 ID:???

丘崎父は丘崎母と世間一般でいうところの恋愛関係らしきもので事実婚に至ったわけではなく、押し付けられたんじゃないだろうか、と個人的には思ってる。

両方とも朝鮮人の血が混じってるし、小屋も二軒は用意できないし、

「二人とも似たようなもんだし、いいから一緒に住んどけや」

みたいな。 村人からすれば、分散してるより一か所にまとまってくれてた方が管理しやすいし。 子供だって丘崎父の子かどうかも分からないし、丘崎以外の子が池沼かどうかも分からないけど、さすがに村の男が堂々と家に入ってきて当り前のように家族に手をつけられたら、丘崎父の立場としては居た堪れないだろうね。

だけど村の人に反抗するわけにもいかず、結果的に愛人の元に逃げた、て感じかも。

丘崎母を受け入れたのではなく、受け入れざるを得なかった、そうするより他に道がなかった、またそれ以外の道を探す能力もなかったのが丘崎父と言う男なんじゃないかなと思ってみたりみなかったり。


337:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/10(月) 19:03:46 ID:dZk7MMd1

田舎の村社会って、陰湿で怖いな。
河瀬直美さんも、この事件のような村社会の闇に迫って欲しい。

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/03/10(木) 18:44:08.55 ID:???

月ヶ瀬村は丘崎に復讐されたんだよ。

住民たちがこの犯人の母親や姉妹を性欲処理の道具として蹂躙して来たという事件記録が、ネット上で大分消えている。

http://2chnull.info/r/archives/1191711689/1-1001
http://logsoku.com/thread/toki.2ch.net/archives/1262165480/
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/archives/1296636852/
http://mimizun.com/log/2ch/archives/1127680911/

571 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/11/04(木) 19:07:51 ID:???

夜ばいは主に西日本の農村に根付いた風習で高度経済成長期直前まで続いていた。
都市部には遊郭(赤線)があるけど山奥の農村には無いからね。

女房の妊娠中とか独身青年の性欲処理。
山奥の農村では性風習が開放的だったってこと。


569 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/11/04(木) 18:06:48 ID:gMNnjzq5 [3/5回発言]

長女や母と関係もった村のキモ男たちはどういうつもりなんだろう 

昔から、その近所に住んでたわけで下手したら親族やらも住んでいるわけでしょ 

風俗店へ行くって考えはないのかね 安くて近所で済まされる場所みたいな感覚なのか 
お金はどのくらい払ってどのくらいの頻度、人数だったのだろうか

私が思うには、シャワーなんて浴びないで汚い手と臭い息でスボンだけ下ろしてサーッと。  金額にして千円くらい。

「今日は五百円に負けろよ。柿持って来てやったんだからよ。」

みたいな。


570 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/11/04(木) 18:45:46 ID:???
>>569
山奥の村って夜這いの風習があったから、自分の亭主や息子・兄弟がよその女と交わってもあまり気にしないんじゃない?

戦前の山奥では長男の嫁が妊娠しない場合は次男と嫁を交わらせして、跡取りを産ませたとか聞くよ。

月ヶ瀬の男達は丘崎母と姉には現金は払わなかったらしい。 あくまで


「俺達が相手してやってるおかげでお前ら一家はこの村に住めるんやからな。感謝しろ」


の上から目線。 ただでやり逃げの奴もいただろうし、物を持って来てもせいぜいミカン3〜4個か、缶ジュース2本程度。


月ヶ瀬村からソープのある町までは車で遠方まで行かないといけないし、金がかかるから丘崎母姉で済ませてたんだろうね。


それこそ、>>569が言うように

村の男は服を着たまま、ズボンを少しだけずりおろして大急ぎで処理って感じで。

572 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/11/04(木) 19:14:39 ID:???
>>569
人数や頻度までは知らないけど、男どもは重ならないように男どうしで示し合わせてたのでは?

夜這いにもルールがあったそうだよ。
権平は月曜日、熊八は火曜日、杉作は水曜日ってな具合にさ


573 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/11/04(木) 19:18:38 ID:gMNnjzq5 [4/5回発言]

じゃあ血筋とかわかんないよね。 
代々あの一族は●の血筋を引くサラブレッドでなんてよく言われてるのも実はいい加減なのだろうか?  

津山殺しもヨバイが発端ですよね。


574 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/11/04(木) 19:37:24 ID:???
>>573
跡取り息子は身内の血縁で産んでたそうだよ。
長男の嫁不妊

嫁が次男と交わって出産
又は、長男が次男(三男)の嫁と交わって生まれた子供を実子とする


明らかに亭主との間に出来てない子供も一応は出産してばあさんとか親戚が預かって養子養女として育ててたそうだよ。

「私のお父さんとお母さんはどこ?」

と聞かれたら、もう死んだよと嘘でごまかす。 農村は働き手がたくさんいる方がいいから、他人の血の入った子供でも大事に育ててたんだって。


578 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/11/04(木) 20:01:37 ID:gMNnjzq5 [5/5回発言]

一族間で血縁を結んだ場合、障害者が産まれる確率が高いと聞きました。 
昔は婦人科で検診してエコーで見るなんてなかったから、産婆さんが殺したりしたんでしょうね。  


夏江は、自宅で産んだのかな。誰も産後を手伝ってくれず。汚い鼠が這いずる埃だらけの家で。 村のババアどもは、自分の旦那とやってるような女をケアするわけないよね。


579 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/11/04(木) 20:52:50 ID:???
>>578
昔は奇形が生まれたら、産婆さんか母親が処理(間引き)してたそうだね。
知的障害児は三歳ぐらいにならないと判明しないから、そういう子は倉や座敷牢に閉じ込めたり、崖から突き落としたりしてた。

581 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/11/04(木) 22:49:47 ID:???

次女と三女の体が村人に手をつけられなかった理由を知りたい

考えられることとしては
かなりの醜女、超肥満体、病弱、知的障害、身体障害
マジで理由は何だろうね?


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586 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/11/05(金) 00:26:34 ID:UuTsfdSX [1/1回発言]
>>581
次女も三女もやられてたんじゃないかな 未成年だからさすがに面には出なかったわけで 
だって村から逮捕者が出ちゃうし

母や姉のを昔から見てたら、結構抵抗無いのかも 
村の鬼畜ジジイどもが、手をつけないとは思えないなあ  

まだ生きてるんでしょ 鬼畜ジジィどもは 許せないね

583 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/11/04(木) 23:26:01 ID:???

長女と次女三女は歳が離れているのかもよ。
長女と誠人は一回り程度の年齢差っていうから13歳ぐらいの差と仮定して。
本に書いてある母親と長女が村人達と昵懇云々は誠人が少年時代のことだから

誠人が12歳のとき長女は25歳
次女が誠人の2歳上と仮定すると14歳で、
三女が誠人の2歳下と仮定すると10歳

村にはたまたまロリがいなくて熟専は40代母親の体で遊び、
成人女好きは25歳の長女で遊んだって感じ?

誠人が25歳で殺人事件起こした頃は、母親は60代で長女はアラフォー。

さすがに村人達もその頃には、母・長女のくたびれた体に飽きていて
若い愛人作ったりソープに行くようになってたのかもね。


725 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/11/11(木) 01:21:05 ID:???

丘崎誠人がもし今も生きてたとしたら38歳で、
長姉は一回り違うので現在46歳、
母親は現在70歳と思う。


事件当時(1997年5月)
誠人25歳
母親57歳
長姉33歳


肉便器にされてたのは、丘崎の出生前〜少年時代らしいので、
母親がまず最初に肉便器にされてて(30代)
母が40代になった頃には20代の長姉も手をつけられてたみたい。


584 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/11/04(木) 23:35:04 ID:???

金と時間惜しさに以前は丘崎母・長姉で済ませてきた男どもも汚い家での性欲処理がだんだん不快になっていって途中でやめちゃったのかもね。

それより金を出して綺麗な部屋で綺麗な姉ちゃんと一緒に風呂に入ってサービスしてもらう方がいいやと…


587 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/11/05(金) 00:32:57 ID:???

丘崎が25歳で事件を起こしたことを考えると、B地区と言えど通常の教育を受けた、丘崎と同世代の男達はやっぱり同世代の女達や、他地区や他県で就職して普通に恋愛するだろうな

丘崎でさえ車も持ってるんだから、もちろん他の若い男達も持ってるだろうし

昔の因習そのままに、丘崎母や姉に肉欲をぶつけてきたのはその上の世代、つまり丘崎母と同世代、もしくはそれ以上の年齢の男達かもしれない

そう仮定すると、まだ子供だった次女三女に手を出すには年を取り過ぎて幸いにも手をつけられずに済んだ、て可能性も考えられるわけだ
http://logsoku.com/thread/toki.2ch.net/archives/1262165480/

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    l  l         ,'   i、    i  _,r'='ー='、_ _ _ _ _, - ' ´  ,'       ヾミ>、三,'三'´ ,イ  , ',', ' /,イ三三三三三/
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   / /.         ',   レ' .`Y`‐、   _,-`,´,‐'´      _l           ヾミ> ' ´, '―'´/ /,イ三三三三三三/
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335 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/10/21(木) 21:07:55 ID:???

正直、丘崎が本当にどんな生活をしていたのか想像するしかないんだけど、
小学校に上がる前あたりまでは、無邪気に皆と遊んでたんじゃないかな
小学生になり、少しずつ社会性が出てくるあたりから徐々に友人が離れて行き、
自らも自覚が生まれ、周囲との壁が年々厚くなっていったんじゃないかな
他人と話すのも苦手だったようだから、当然、彼女なんていないと思う

そう思うと、丘崎にとっての風俗は、通常の男性の性欲処理とは異なってくる
初めて自分に触れてくれ、話を聞いてくれ、笑顔を見せてくれる人がいる場所がソープ
つまり丘崎はそこで恋人、友人、仲間に会ってたような感覚だったんじゃないか、と
たとえ金銭が絡もうと、その時自分の欲するものが全てあったのが風俗だったように思う

丘崎は風俗からすぐには自宅に帰らず、しばらく車中で時間を過ごしたようだけど、
それが人生で一番平和で充実した、唯一の穏やかな時間だったとするならば、
その時にたまたま通りがかった被害者には、幸福感に包まれたまま声をかけたんじゃないかな

で、被害者の態度で最悪で最低な日常を残酷に突きつけられてしまう
不幸なことに、少女は差別や悲惨な生活、惨めな自分を象徴するアイテムになってしまった、と


336 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/10/21(木) 21:44:11 ID:zn/McJqG [1/1回発言]

何となく平和的でイイ気分の時に被害者に無視されてかなりショックだったんだろうな。
顔見知りだし、以前は屈託なく言葉を交わしていた被害者に無視されたことが。


893 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2010/12/15(水) 22:31:59 ID:StAqrXdb [2/2回発言]

丘崎の人生で幸せと感じたのはソープでのほんのひと時だけだろうね

それ以外で幸せな時間はなかったのだろうな

惨めだったろうな
http://mimizun.com/log/2ch/archives/1262165480/l100


 


17. 2012年5月22日 21:47:06 : MiKEdq2F3Q

奈良市 月ヶ瀬 嵩 地図
http://www.mapion.co.jp/m/34.69811389_136.03240833_8/
http://map.goo.ne.jp/map.php?MAP=E136.1.52.610N34.41.55.130
http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&q=%E5%A5%88%E8%89%AF%E7%9C%8C+%E6%9C%88%E3%83%B6%E7%80%AC&lr=lang_ja&um=1&ie=UTF-8&ei=dW27T-DQCevymAXRnaCtCQ&sa=X&oi=mode_link&ct=mode&cd=3&ved=0CFEQ_AUoAg

奈良市 月ヶ瀬梅林 散策
http://www.youtube.com/watch?v=gZpbQAuuR5Y

奈良の絶景・月ヶ瀬梅渓
http://www.youtube.com/watch?v=sbunLRUb_c0&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=X4ssfgAbHgI&feature=fvst

五月橋〜月ヶ瀬橋〜桃香野
http://www.youtube.com/watch?v=UGqf8o3bMSA&feature=related

月ヶ瀬村の八幡橋
http://www.youtube.com/watch?v=a2U8qjnuY5k


18. 2012年5月23日 20:10:40 : MiKEdq2F3Q


    |〃、 ii  川 ヾ  レ'/::::::::::〃爪::::::川::::::::||:::ヽ::::i::::::::::::i!\ \::::::::::
 ノ  ,/  |! i||  iiハ  | //::i:::::::::||:::| |i:|:::||!i::::::::::|i::::ヽ:::::|!:::::::::||:::\ \::::::
 / /ノi  | i!  |i川  | i::|:::|:::i::::::i!::| |ili:|:::||ヾヽ::::|i!:::::ヽ:::|!:::::::::||:::::\:::\:::
 //ノ i!│!| |!i |川ii  |i::!:::|:::|::::::|:::| i !ト!::| !ヾ゙i:::::|i!::::::ヽ:|!:::::::::|!::::::::\::::\
 //i! | | |_,,i,,L|ト!ilハ ||:|::::|:::|l::::||:i:| i ゙!゙ト、,i_ 'i,::!::|ii:::::::::i,:|i::::::::|!::::::::::::ヽ:::::
  /il i!| ‐''|´! | ハ!| | |i!::i:::|:::||::::|::::| !ヾ!:i`''‐i,,::::||!::::::::::||::::::::|::::::::::::::::ヽ::::
 i i!i | | | i/ / | /  ii | |ト、i:|!:::!゙!::|::::| ゙i ゙、ヾ'、 ゙、‐|、i:::::::::||:::::::|::::::::::::::::::ヽ:::
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i i 川i!ハ/" _!   | │川 ヾ:ii ゙'∨     |    ゙ヾiヽヽ;||:::::i':::::::::::::::::::::::::
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E. 嫁は夫ではなく家の所有物

669 :なまえを挿れて。 :2006/05/31(水) 23:29:05 ID:???

ド田舎の旧家の次男坊に嫁いだんですが、結婚して二年経ったころ姑に呼ばれて

「ここでは嫁は○○家に嫁いできたものなので、家事以外にも舅と長男の相手もなさい」

と言われた。「は?」と驚いて訊き直すと、要するに夜の相手もせよということらしい。義姉にも聞いたが、やはり私の知らないところで舅のお相手もさせられていたらしい。

「○○さん(私)には悪いけど、私の負担が減るから正直助かる」

と言われてショック。その地方では普通のことらしいけど、やはり義父・義兄とセックスするのは気持ち的にツラい。

まず舅がその日の相手(姑か義姉か私)を決め、旦那の兄がその次に指名(義姉か私)。新参者の私はほぼ必ず舅か義兄に指名されるので、肝心の旦那とのセックスがめっきり減ってしまった…


670 :なまえを挿れて。 :2006/05/31(水) 23:33:46 ID:???
>>669
それで子供ができたらどういうことになるの?
旦那は納得してるの?


671 :なまえを挿れて。 :2006/05/31(水) 23:42:23 ID:???
>>670
もちろん避妊はします。一応ですが。
もし仮に出来たとしても

「○○家の嫁が○○家の子供を産む」

ので問題ないとされる雰囲気です。義兄夫婦には子供(13歳)がいますが、これが義兄の子か舅の子かは怖くて訊けません。

旦那はしきたりを知っているので仕方ないといった風情です。「黙っててゴメン」
とは言われました。納得というか、たまに義姉とセックス出来るので満足してるんじゃないのかな。

672 :なまえを挿れて。 :2006/05/31(水) 23:43:31 ID:???
>>671
あ、次男が長男の嫁を抱くってのもありなのね

673 :なまえを挿れて。 :2006/05/31(水) 23:49:11 ID:???

そう。嫁は家の所有物という扱いなので。

それよりも私にとっての心配事は、甥(13歳)が今年元服ということです。
姑には今からそれとなく言われてますが、甥の相手もしなければならない雰囲気です。甥の相手が出来るのは当然私だけなので、ますます旦那との営みは減りそうです。


674 :なまえを挿れて。 :2006/05/31(水) 23:52:05 ID:???
>>673
なんだかすごい世界だ……本当に現代の日本の話?

676 :なまえを挿れて。 :2006/06/01(木) 00:08:34 ID:???
>>674
そうですよ。ぶっちゃけ福島。

村のお祭りで筆おろしの儀式も残ってるらしいです。最近は少ないらしいですが。


677 :なまえを挿れて。 :2006/06/01(木) 00:10:26 ID:???
>>676
うわあ……

よし、俺、福島の旧家の婿養子になる!


678 :なまえを挿れて。 :2006/06/01(木) 00:16:59 ID:???

そして家のモノとして60越えの姑に奉仕させられる677…


679 :なまえを挿れて。 :2006/06/01(木) 00:17:55 ID:???
>>678
それでも多分逝けそうだw

689 :なまえを挿れて。 :2006/06/01(木) 22:43:18 ID:???
>>687
家を出る気はないの?
元服したら筆おろしって、女子も似たような風習はあるの?
もしあなたのところに男の子ができて、年頃になったら義理のお姉さんと寝るの?


690 :なまえを挿れて。 :2006/06/01(木) 23:16:34 ID:???
>>689
批判覚悟で白状すると、かなり裕福な暮らしをさせてもらってるので離婚とかは考えてません。“それ”以外はすごくよくしてもらってるし。

正直嫌悪感というのもマヒしてくるというか、薄らいでくるので気の進まない家事くらいの位置づけになってます。

女の子はいないのですが、いても嫁に出す体なのでしきたりからは外れると思います。

うちに男の子が出来ても、14歳になるころには義姉もかなりの歳になってるので望まないんじゃないかな。親としてもあんまり気乗りしないので「やめなさい」ってこっそり言うと思う。


691 :なまえを挿れて。 :2006/06/01(木) 23:19:51 ID:???

近親相姦とかはないのか?
他に身内で女性は?

692 :なまえを挿れて。 :2006/06/01(木) 23:26:47 ID:???

旦那は男二人兄弟、兄夫婦は息子一人なので今のところ本家に女の子はゼロです。

近親相姦はないです。あったら義兄・旦那は姑を相手にしているはずだから。

693 :なまえを挿れて。 :2006/06/01(木) 23:30:22 ID:???
>>692
そうすると、お舅さんがあなたor義姉さん、義兄さんがあなたor義姉さんを指名した場合、あぶれたお姑さんと旦那さんは何をしているんでしょうか?


695 :なまえを挿れて。 :2006/06/02(金) 00:01:28 ID:???

旦那からの受け売りですが、血の濃い子供を作ることを避けるために嫁を共有するのだから、近親相姦は普通にタブーになってるのだそうです。
(「避妊するんだったら意味ないじゃん」って言いたいけど言えない)

うちは本家なので、親戚(分家)の男のところに行けといわれたことはありません。舅が行くという話も聞いたことはないです。実際行ってないかどうかは分からないですけど。


>>693

一番多いパターンは  舅→私、義兄→義姉で、

その次に多いのは  舅→義姉、義兄→私

というパターンなので、だいたい旦那はあぶれます(笑。

私に余力があるときは深夜に極力旦那の相手をします。私も旦那に抱いて欲しいから。舅とする夜はすごく疲れる(長時間になる)ので、ちょっとムリですが。


709 :なまえを挿れて。 :2006/06/02(金) 21:45:21 ID:???

舅は60歳を超えているので、挿入可能な状態になるのも射精するのも時間がかかる
のです。準備オッケーになるまでは私の体をいじりまわして気分を高めていくわけですが、20分とか30分とかナメられ続けることになります。

最初のうちは特に我慢もせず、気持ちよくなってきたら躊躇なくイッてましたが、それだと舅が挿入してくるまでに2度も3度もイかされてしまうので、一生懸命耐えなければならないのです。

射精してからももちろん長い時間をかけます。 

私の旦那や義兄はバチン!・ビタン!という感じでリズミカルに腰を打ちつけてくるので、私の声も「アッ、アッ、アッ、アッ…」というふうに出ます。

舅はさすがに勃起してもそれほど硬くならないので、そんなに早くピストンするとグニャッという感じに曲がってしまうので、出し入れがゆっくりです。

ぐにゅうううぅぅ…と差し入れて、ずるうううぅ…という感じに引き抜きます。

不思議とそうされると喘ぎ声は出ず

「っっっ…ハアッ、うッ……ッッッハアッ」

といった風にに息つぎをする感じになります。


息子のセックスがテンポよく点で感じるのに対して、父親のは線で感じるセックスと言えば近いと思います。どちらが好みとかはないのですが、なんせ舅は延々とそのリズムで動いているので、ほぼ確実にイかされてしまいます。

だから舅とした後はぐったりして、旦那と2度目のお勤めをするのは無理なのです。


714 :なまえを挿れて。 :2006/06/04(日) 10:50:35 ID:???

別に夕飯の席で重々しく今日の組み合わせが発表されるわけではなくて、
私は指名されるとき舅からは

「○○さん、今日僕の部屋に布団敷いといて」

といわれます。義兄から指名の時は普通に

「○○さん、今日いい?」

です。生理の日や舅から既にいわれてたりする日は

「あ、今日はちょっと…」

ですんなり通ります。


別にセックスするわけですから布団二組は必要ないので、実際に布団敷いたりはしません。夜舅の部屋に行くだけです。

コトが終わると当然自分の部屋に戻って寝ます。朝まで一緒にいたりはしません。夫婦の寝室も別です。終わって帰っても旦那は誰かとまだ最中だったりすることがあるからです。


717 :なまえを挿れて。 :2006/06/04(日) 20:02:06 ID:???

>終わって帰っても旦那は誰かとまだ 最中だったりすることがあるからです。

誰かって、義姉以外にもいるんですか?

718 :なまえを挿れて。 :2006/06/04(日) 22:19:57 ID:???

舅は歳の割りにすごく旺盛な方だと思いますが、それでも週に一度が限界だと思います。なので私は舅とはせいぜい月に3度、多くて4度です。

義兄は週に2・3度なので月だと10回くらいです。

残りの日は常に旦那とといいたいところですが、私が義兄の部屋にいるときには義姉が旦那の部屋にいるケースが多いので、それでは旦那が毎日ということになるので、私が空いてる日の半分くらいです。


舅がパス、義兄がパスした日に旦那が

「じゃあ義姉さん、今日お願いします」

となる日がたまにあるので、そういう時は後で旦那とケンカになります。

比で言うと舅:義兄:旦那で1:5:4くらいです。そのうち義兄と旦那の比は逆転すると思います。義兄が飽きるまではこのままでしょう。

>>717
主語がグダグダで分かりにくくなってしまってすみません。

3夫婦ともに寝室は別ということです。舅姑はもちろん義兄夫婦も私が義兄の布団に入っているときは義姉の居所がないからという意味です。

719 :なまえを挿れて。 :2006/06/04(日) 22:51:36 ID:oLQQY0ux
>>718
そういう事をしてる家はざっと何軒ぐらいあると思われますか??

720 :なまえを挿れて。 :2006/06/04(日) 23:12:17 ID:???

舅や義兄が指名してくる時って、あなたが一人の時なんですか?
それともダンナさんがいても構わずに誘ってくるんでしょうか?

それからエッチの時は口で奉仕することもあるの?
口内発射とか。

721 :なまえを挿れて。 :2006/06/04(日) 23:52:04 ID:???

旦那が私のそばにいるときは遠慮してくれます。舅も義兄も。

でもどっちみち雰囲気で分かるというか、舅や義兄と目が合えば旦那がスッと知らん振りして私から離れていくので同じことですが。

口を使うことはよくあります。でもあくまでも元気にさせるための補助という位置づけです。

旦那は義姉の口の中に出させてもらってるらしいです。義姉が

「遠慮してるつもりなのかもしれないけど、口に出される方が面倒」

といってました。

>>719
部落の人たちとは頻繁に会うわけではないので、確証はありません。
農作業の協力分担の会合のときとかに奥さん方と会いますが、「やってそう」と思えばそう見えるし、かといって当然のことのように話題にすると「はぁ?」みたいな顔されるようで怖くて訊けません。

今度勇気を出して姑に訊いてみようかな。


724 :なまえを挿れて。 :2006/06/05(月) 07:53:50 ID:???

お義姉さんとは仲いいの?
こういう事についてはどんな話してるの?

舅や姑や義兄とは普段の会話の中でもそういう話するの?
食事時などの団欒の席で

「○○さん、昨夜は激しかったなぁ」

みたいな。それとも昼と夜とはちゃんと区別してるのかな。


726 :なまえを挿れて。 :2006/06/05(月) 22:22:14 ID:???

昨夜の書き込みが23時52分。
昨夜はお休みの日だったのかな。

舅さんや義兄さんの部屋に行くのはいつも何時頃なんですか?
その後何時頃までいるんですか?


727 :なまえを挿れて。 :2006/06/05(月) 22:39:07 ID:???

ご近所さんが近所にいないくらいの田舎なので、同性の話し相手は義姉くらいです。姑ともいわゆる諍いみたいなのはないですが、仲良しというほどでもありません。

義姉ともそうひんぱんにあけすけな話をするわけではないですが、たまに際どい話題になることはあります。


私「お義父さんて、…ちょっと柔らかいですよね。ふにゃっと…」

義姉「あんなもんでしょ普通」

私「でもお義兄さんや旦那に比べるとやっぱり違いますよ」

義姉「私の旦那は私とするときはお義父さんと変わらないわよ、アナタとするときは頑張っちゃってんじゃないの(笑」


みたいな。

皆の前でそういう話題は出てきません。みんな知らんふりしてます。
昨晩は日曜だったので、全員仕事に備えてお休みだったです。まず日曜にはしないですね。

今日は今のところ言われてないです。食事も風呂も全部終わって部屋に帰ってきて一人です。11時頃まで言われなければ今日もナシだと思います。


742 :トコ :2006/06/06(火) 23:03:50 ID:???

コテハン/トリップはウザがられがちなので気乗りしませんが、名前だけ。
さとこなのでトコと家族には呼ばれています。

家の中は想像されるようなエロ満開の雰囲気ではないです。思春期の男の子もいるので。それに家がだだっぴろいのもあって、食事のとき集まることを除けばそう頻繁に行き交うこともないです。

私は自分の部屋ではセックスはしません。義姉もそうだと思う。内線電話で呼ばれていくことが多いです。食事の際に目配せや耳打ちされることもあるけど。

昨晩はPC落とした後、旦那の部屋に行って雑誌読みながらダラダラと過ごしてから帰って来て寝ました。

今日はさっき義兄の部屋から戻ってきたところです。夕飯の後お風呂の順番待ちをしていたら内線がかかってきて

「トコちゃん今日空いてる?」

と言われたので

「あ、はーい」と。


745 :なまえを挿れて。 :2006/06/06(火) 23:21:51 ID:???

甥っ子の筆おろしはトコさんになるのではないですか?


749 :トコ :2006/06/07(水) 00:10:46 ID:???

何度もクドくて申し訳ないですが、うちは家庭内でそういう雰囲気は漂ってないです。甥っ子がいるからです。

甥は多分まだ童貞だとは思いますが、我が家のしきたりについては知らないはずです。だから裸で廊下(すごく長いのに)を渡るとかありえないです。

甥の筆おろしについてはまず一番に義姉の意向が関係してくると思います。私ももちろん義姉が「させない」といってくれた方がいいし、きっと義姉もそういう気持ちだと思われます。どこかよそで済ましてきて欲しい。お祭りとかで。


元服式が済んだらどのみちしきたりについては教える予定なので、その際

「トコおばちゃんとする」

といえば私はイヤだとはいえません。多分その時点でも義姉が「まだダメよ」と止めると思います。


私たち夫婦が分家してよそに住み始める前に甥が奥さんを連れてきたら、義姉の意向に関わらず私は甥の相手をすることになるんですけど。今は甥をみてると

「この子とセックス?  ありえなーい」

と感じるんですけどね。まだ幼いし、第一その子の祖父とセックスしてるのにありえないです。

751 :なまえを挿れて。 :2006/06/07(水) 00:29:56 ID:???
>>749
避妊ってコンドーム?
それとも、ピル?

756 :なまえを挿れて。 :2006/06/07(水) 17:43:06 ID:???

>私たち夫婦が分家してよそに住み始める前に甥が奥さんを連れてきたら、義姉の意向に関わらず私は甥の相手をすることになるんですけど。

これはなんで?


それから、甥が嫁さんを連れてきた時は、その嫁さんは今の舅、義兄とトコちゃんの旦那さんの3人にも抱かれるって事なのかな。



757 :なまえを挿れて。 :2006/06/07(水) 19:16:29 ID:???

義父や義兄とエチするときキスは有りですか?

764 :トコ :2006/06/07(水) 22:37:30 ID:???

結婚した当初はピルを処方してもらってました。文字通りの家族計画と、私の子宮内膜症のためです。何年か経ってから子作りは始めようという予定でした。

2年経って家のしきたりに従うようになってからはピルを止めました。逆のように
感じるかもしれませんが、これでいいのです。

そろそろ子供が出来てもいい時期だと思ったことと、ピルを飲んでると舅と義兄にも中に出されてしまうからです。

「飲んでるんだからいいよね」というノリだと思うのですが、中に出されるとヤられちゃった感というか犯された感というのがじわじわとこみ上げてくるんです。

二人に悪感情は抱いてないですが、ちょっとこれは勘弁して欲しかったです。

それに後始末が段違いに面倒になるのがイヤだったんです。

中出しだと終わったあとシャワーを浴びるのが必須になりますが、お風呂場にいくまで廊下にポタポタと垂らしながら行くわけにはいかないので、下着を穿く必要があります。それはもう穿いて寝られないからその場でザブザブと洗うんですが、それが面倒で。

だから今は遠慮なく

「もうピルは飲んでないのでゴムを着けて下さいね」

といえます。後は

・キスはします

・甥と旦那の順列は、少なくとも成人するまでは旦那>甥だと思います

・甥は今のところ私に性欲を抱いているようには見えません

・甥が今すぐ嫁を連れてきたらそのお嫁さんは4人を相手にするはずです

・家長は舅です。絶対権力者(優しい人ですが)


769 :トコ :2006/06/08(木) 00:05:17 ID:???

ここに書き込んでから「ありえない」とか「明らかにおかしい」とか書かれて、
自分でも「ひょっとして…」と思わないでもないです。でも寄り合いでもない限りよそんちの人とは会わないので確認するのは難しいです。

あ、それから「家」のしきたりなので分家すると相手をする必要はなくなります。
私の代でなくなるかどうかは義姉次第じゃないでしょうか。私も義姉も姑の逆らえないオーラみたいなのに気圧されて従ったようなものですから。私にはまだ子供がいませんが、そりゃ止めるに越したことはないと思います。

私自身が舅や義兄に抱かれるのはいまさら感があるのでどうこうしようとは思いません。どうせ舅も現役でいられるのもそう長くないだろうし、分家すれば義兄とも断てるのですから。

ピルを止めてからはゴムは必ず着けてくれます。旦那以外の子を妊娠するというのは耐え難いので、絶対これだけは譲れません。

784 :トコ :2006/06/08(木) 23:07:31 ID:???

始めた当初は毎晩泣き暮らしてましたが、泣かなくなったころにはそういう気持ちとは関係なしに、身体の方が勝手に馴染んでいった覚えがあります。

そういう言い方だとなんかいやらしい感じがしますけど、相手のセックスのリズムが分かるというか呼吸の合わせ方を覚えるといった意味です。


舅とするときは

(0)(スタート)なんかゴソゴソといろいろする
→(1)舅が口でする
→(2)私が口でする
→(3)私が上に乗る
→(4)舅が上に乗る(フィニッシュ)


という手順が殆どなんですが、例えば(1)→(2)では私がギブアップ状態でグロッキーになってるのを舅が気付いてスッと身を引くので、二人無言で体を入れ替えます。

(2)→(3)は私が「もうこれくらい硬くなったらいいかな」と舅の顔を見ると、
舅がコクッとうなずくので私がゴムをはめて上に乗ります。

(3)→(4)のときは舅が上体を起こそうとするので私が上から引き起こしてやり、そのまま二人座って向き合った状態で少し動いてから、私が後ろに倒れ舅が上に乗る形になります。

こうやって殆ど会話をせずにセックスを終わらせるようになってました。こういう状態になってからは随分苦じゃなくなったように思います。

775 :なまえを挿れて。 :2006/06/08(木) 08:03:21 ID:???

トコさんのご両親はこの事をご存知なんですか?

>>775
知りません。知らせるつもりもないです。どういう騒ぎになるか想像しただけで恐ろしくなります。

776 :なまえを挿れて。 :2006/06/08(木) 11:03:16 ID:CvwIqudV

ホントにその地方のしきたりなのかな その家だけのしきたりじゃないのか?

しかし福島のド田舎だとそんな風習が本当に残っていそうで怖いな


>>776
私は福島出身じゃないのですが、なんとなく福島の人ってとっつきにくいというか排他的な感じがするんです。秘密主義というか。 だから姑から「風習だ」と言われたときは妙に納得してしまったのですが。


778 :なまえを挿れて。 :2006/06/08(木) 13:02:05 ID:???

探偵ファイルとかにメールしてみたら特集してくれるかも

>>778
逃げる頃合でしょうかね。ある日庭いじりしてたら見知らぬ2ちゃんねらが

「あなたトコさんでしょ。ね、そうでしょ」

…コワ過ぎる

787 :なまえを挿れて。 :2006/06/08(木) 23:40:35 ID:???
>>785
分家の人達は、その家で同じ事やってるのかな?

トコさんの近所の人と会った時に聞いてみたらどう?
同じ事してるかどうか


789 :トコ ◆cnKAU13406 :2006/06/08(木) 23:57:55 ID:???
>>787
本当にしつこく書いて申し訳ないですけど、あまり親しい人が近くにいないんですよ。というか隣の家とかなり離れてるんです。田舎なので。だから

>トコさんの近所の人と会った時に聞いてみたらどう?

そんな親しいわけでもない人に

「こんにちはごきげんよう。ところでつかぬ事をお伺いしますけど、あなたお舅さんとヤってます?」

とかいきなり訊いたらグーで殴られるんじゃないかな。


793 :なまえを挿れて。 :2006/06/09(金) 00:09:19 ID:???

トコさんの家では夫婦の寝室が別になってるみたいだけど、例えば

トコさんがお休みの時にダンナさんが義姉さんとしていたりしたら、
義姉さんの喘ぎ声とかがトコさんの寝室に聞こえてきたりしないの?

逆に義兄さんとしているトコさんの声を義姉さんに聞かれたりとか。


800 :トコ :2006/06/09(金) 21:16:30 ID:???
>>793
3夫婦のエリアは随分離れているので、舅・義兄の部屋の物音は聞こえません。
そもそも甥の事があるのでみんな意識して声や物音をたてないようにしているようです。

屋敷の3ヶ所でギシギシアンアン聞こえてきたらさすがに教育に悪いですから。
私も頑張ってタオル咥えるなどして声出さないようにしてます。

旦那の部屋に義姉が来ていたら部屋の前の廊下に義姉のスリッパがあってすぐ分かるから近寄らないようにしてますが、うっかりしてると中の声が聞こえてくることもあります。

それがあえぎ声だったらやはり嫌な気持ちにはなりますが、むしろひそひそ話の方がムカつきます。

「なにピロートークかましてんのよ!」

と後で大抵ケンカになります。セックスすることは分かってるので、義姉のあえぎ声が聞こえるとかえって

「よし、旦那がんばれ。やっつけてしまえ」

という気になります。旦那が

「いやー、お義姉さん具合いいわ。とろけそうだったよ」

と私にいうより、義姉が

「トコちゃんの旦那さんってすっごいのね。私もたないわ」

という方が嬉しいじゃないですか。


795 :なまえを挿れて。 :2006/06/09(金) 07:54:43 ID:???

>。ハスタート)なんかゴソゴソといろいろする

ワロタ

801 :トコ :2006/06/09(金) 21:31:46 ID:???
>>795
いくらなんでも部屋に入るなり無言でお互いの服を剥ぎ取り、ベッドに倒れこみながら野獣のように相手の体をむさぼり始める…

みたいなどこのエロ小説かというような行動はムリです。体力的にもキャラ的にも。


「お義父さん?失礼します」

「あ、さとこちゃん来てくれたね」

から始まって、天気とか庭の手入れとか旦那の話とかしながら徐々に(自分で)服を脱ぎます。私がパンツ一枚で座って二人の脱いだ服を畳んでいると、舅が横に座って足とか背中とかをサスサスとなでてきて、じりじりと二人で布団にもぐりこみます。

もう「なんかゴソゴソといろいろする」としか言いようがないんですよ。


804 :なまえを挿れて。 :2006/06/09(金) 22:01:37 ID:???

昨日は舅さんとのセクスの流れを書かれていましたが義兄さんとのセクスはどんな流れなんでしょうか

840 :トコ :2006/06/10(土) 23:30:00 ID:???
>>804
義兄はセックスのパターンが決まっていないので、舅のときみたいに流れを説明することは難しいです。

ただ、一つの状態を長く続けずに次へ次へと(例えば体位を)忙しく変えるので、立ったり座ったりで大変です。それこそ上へ下への大騒ぎ。

旦那も含めて「親子だなー」と感じるのは、3人ともに口でするのにすごく時間をかけてくれることです。旦那と付き合ってた頃は

「ずいぶん念入りにする人だなあ」

と思ってましたがお義兄さんも同様で、父親に至っては輪をかけてでした。舐めたり噛んだりすすったりよくこれだけ飽きもせず延々と続けられるよなと感心するくらいです。

性格って似るのかなと思ってましたが、ひょっとしたら若い頃から経験豊富な女性を相手に実戦を重ねてきたせいかなとも思います。

あと笑っちゃうのが3人とも「相手の服を脱がせてくれない」ということです。

要するに女性の方が自分で服を脱がなくてはいけないんです。服を脱ぐさまを眺めるのが好きなんだと思います。

義兄なんかは私が風呂上りでノーブラだったらちょっとがっかりしてるはずです。ブラをしてて、それを外そうとするときは決まってガン見してるから。

796 :なまえを挿れて。 :2006/06/09(金) 17:51:31 ID:???

トコさんのダンナさんはトコさんと結婚する前から義姉とセックスしてたの?

>>796
詳しくは書けませんが、旦那の上京の時系列から言ったらしてないはずです


803 :なまえを挿れて。 :2006/06/09(金) 21:59:20 ID:???

あ、トコさんだ。こんにちは〜

もうお風呂は済んだんですか?
舅さんや義兄さんに抱かれるのはお風呂の後ですよね。
呼ばれた時はメイクをし直して行くんですか?

>>803
あまりしないです、面倒だから。いまさらスッピン見られてどうもこうもないし。


815 :なまえを挿れて。 :2006/06/09(金) 23:46:25 ID:/IwQbv1S

トコさんありがとう。もしよければ、芸能人で例えると誰似か知りたい。
トコさん夫婦の関係は案外普通で安心した(良い意味で)


>>815
期待を裏切って申し訳ないんですが、私は器量よしではないです。
今まで似てると言われた中で一番マシだったのが『ピザハットのCMのお母さん役』
なんですけど分かります?

834 :なまえを挿れて。 :2006/06/10(土) 18:01:24 ID:49DPGGxX

トコさん

各登場人物の年齢を教えて下さい。

舅、義兄、旦那
義姉、トコさん

>>834
ちょっとそれは勘弁してください。舅は還暦を過ぎてて、甥は13歳。これが限界。


842 :なまえを挿れて。 :2006/06/10(土) 23:39:06 ID:???

今夜のお勤めはないんですか?
(これから?)

ちなみにバストカップは?

>>842
チチはないです。謙遜じゃなくて。

848 :なまえを挿れて。 :2006/06/10(土) 23:56:22 ID:???
>>トコさん

せめて甥御さんとの件がどうなるかまでは続けて欲しいです


>>848
元服式は成人式と同じ日にあるので、甥がこの件に関係してくるのは早くて来年一月です。また先に書いた理由もあって、仮に私が甥と関係するようになるとしてもそれはずっと先のことだと思います。よってムリ。


853 :なまえを挿れて。 :2006/06/11(日) 16:12:40 ID:???

このしきたりの事を姑から言われ、その後初めて舅や義兄に抱かれた時までの流れを聞かせて貰えませんか?

ダンナさんにも説得されたんですか?

>>853
最初は>>669に書いたとおりです。口調はもっと柔らかかったけど。

私は「は?」とか「え?」とか何度も訊き返しました。

「○○さん(旦那)は何て言ってるんですか」

というセリフは20回くらい言ったと思う。半ギレで。

話が終わると当然旦那のところにダッシュで行って

「お義母さんがこんなこと言ってるんだけど」

とオロオロして半ベソかきながら問い詰めました。旦那が

「え?ああそう…それはうーん、ちょっと待ってて」

と母のところに飛んで行ったので「ああマジなんだな…」と確信しました。

旦那は「今日トコに言うとは聞いてなかった」と後で白状しました。説得される
までの経緯についてはもう思い出したくもないです。

口も利かない日が続いて、徐々に会話するようになっても、その話題が出ると私がキーーーーッとヒステリー起こしてまた何日も口を利かないといったことが続きました。
姑に言われてから実際に舅の部屋に行くまでは3週間くらいかかりました。

最初に舅の部屋に行った日も、前の日に舅から

「さとこさん、明日の晩 何時でもいいから僕の部屋に来なさい」

とお達しがあったので、仕方なしにといった風にでした。

旦那は「大丈夫だから」というので

「大丈夫って何よ!
…ねえマジかな?
マジだと思う?」

と救いを求めているのに「大丈夫だから」としか言いませんでした。 舅に

「今から伺いますから」

と電話で知らせて部屋に行くと、

「ああ、さとこさん きてくれたね」

と招き入れてくれて、「そこに座って」と言われました。 舅が淹れてくれたお茶を二人で飲みながら、舅が淡々と説明してくれました。

私ももちろん子供が出来たときのことや、今時そんなのナンセンスだとかモノ扱いするのは非道いとか嫌です嫌ですイーヤーですとしつこく食い下がりました。 結局初日はセックスどころかそういう雰囲気すらなく開放されて、これは案外せずに済むのかなと思ってました。

でもそういうのが何日も続くとやがて

「お義父さんとこんなに長くお話することってなかったですよね」

「そうね、まあジジイは出しゃばってもいかんし」

「そんなことないですよ、こんなよくしてくれるお舅さんっていないですよ」

とか打ち解けた雰囲気になってしまい、結果的には懐柔されてしまいました。

今思うと、そういう作戦だったんだと思います。旦那は頼りにならないので自然と当事者である舅に相談するような形にもっていかせて懐柔するという。


860 :なまえを挿れて。 :2006/06/11(日) 21:24:28 ID:???

初めて舅に抱かれたのは今から何年(何ヶ月)くらい前なんでしょうか


>>860
そこまで注意深く読んでる人はいないと思いますが、舅・義兄との関係が始まってどのくらい経ったかを言うと、かなりの確度で旦那の歳がバレちゃうのでいえません。

861 :なまえを挿れて。 :2006/06/11(日) 23:13:24 ID:???

こうゆう場合、

旦那が助けてくれない(頼りにならない)→愛がなくなる→離婚。


と大半の人は流れていくと思いますが、トコさんがそうならなかったのはそれ以上に旦那さんを愛していたからですか?それとも何か他に特別な理由があるんでしょうか?

もう一つ、前記で“それ”以外はよくしてもらってるとありましたが、具体的に言うとどんな事がありますか?(かなりの田舎だと金銭的に恵まれても、その使い道等困ると思ったので。)

>>861
もちろん旦那のことを愛してます。大好きです。早くこの人の子供が欲しい。

離婚するとしたら舅との最初のセックスより前にするべきだったと思いますが、もって行きかたが上手くなし崩し的にセックスまで行ってしまったので、完全にタイミングを逸した感があります。

それから前も書いたけど裕福なんです、すごく。私はハーブとガーデニングが趣味なんですが、中庭のテニスコートくらいある敷地を「好きにしていいよ」といわれて理想のイングリッシュガーデンにしようといじり倒しているところです。そのくらい裕福。

もうそれだけで打算的だとか現金とか批判されて当然ですが、この際だからぶっちゃけてしまうと、性的に満足しているというのもあります。

今日みたいに“お勤め”がない日などは冷静に「間違ったことをし続けるのはよくないよなあ」と反省するのですが、いざ誰かとセックスして帰ってきて布団に入ると思わず余韻に浸ってうっとりしています。肉便器とか淫売とか言われても反論できません。


862 :なまえを挿れて。 :2006/06/11(日) 23:25:43 ID:???

義兄さんとの初めても聞きたいです

舅さんと初 → 義兄さんと初

まではどのくらいの期間が開いたんですか


>>862
すぐでしたよ。初セックスした後舅に

「○○(義兄)も心配してるんだよ。さとこさんがショックうけてるんじゃないかって。もしよかったら○○に心配いらないって伝えてくれないかな」

といわれて、その通りに義兄に伝えました。

「納得できたわけじゃないけど心配いりません。大丈夫です」

と。すると義兄から


「僕ともってのは聞いてるの?」

と聞かれたので

「…まあ聞いてます」

と答えました。


「で、どうする?気持ちの整理がつかないっていうんならムリにすることはないよ」

「いや、いいです。どっちみちしなきゃいけないんなら早く最初を済ませたいです」

という流れで、舅と最初にセックスした次の晩に義兄としました。

875 :なまえを挿れて。 :2006/06/12(月) 13:38:11 ID:???

トコさんは、その家に嫁いでからは、舅、義兄、旦那以外とはエッチしていないんですか?

また他の人ともしてみたいと思ったことはありませんか?

>>875
結婚してからはその3人以外の男の人と寝たことはないです。
他の人としてみたいと思ったことはあります。しないけど。

885 :なまえを挿れて。 :2006/06/12(月) 21:49:48 ID:???

トコさん

一応、家族の方達はこのようなしきたりは非常識な事だと認識はあるのですか?


>>885
言葉で「悪いね」とか「よく頑張ってくれてるね」など、気の毒に思ってねぎらってくれたりはしますが、根っこの部分では

「しきたりだからしかたないもんね」

というスタンスは一切ぶれていないと感じます。

899 :なまえを挿れて。 :2006/06/13(火) 04:13:34 ID:???

しきたりが始まったのは結婚から二年後か。
予め決められてあった時期だったのかな。

その時期を男達は指折り数えて待ってたんだろうか。はたまた様子を見てた時間の経過だったのか。「そろそろ頃合かな」なんて相談してる様とか恐すぎ。



>>899
二年というのは、男が種無しであるかどうかの見極め期間みたいなものだと舅は言います。その後、家の男衆で試してみてそれでもダメだったら石女(うまずめ)として三行半を出されてた嫁もいたとのことです。コワ


908 :なまえを挿れて。 :2006/06/13(火) 22:14:05 ID:???

赤ちゃんが出来やすい日(いわゆる危険日)は、それを理由に舅や義兄の誘いを断ってダンナさんとHできるの?



>>908
出来ます。「○○さん(旦那)と子作りします」と宣言したりもしないけど。

920 :なまえを挿れて。 :2006/06/14(水) 01:27:15 ID:???

分家しても風習って続くんだろうか。

>>920
うちの旦那がどれだけの屋敷を建てられるかにかかってると思います。
いま住んでる屋敷は代々のものなので広く、子供に気付かれないように営みを持てるというのが大きいです。

まあそんな大豪邸は必要ないので分家した先では続かないと思います。
すくなくとも私たち夫婦の子孫は。

879 :なまえを挿れて。 :2006/06/12(月) 18:42:58 ID:???

>>打ち解けた雰囲気になってしまい、結果的には懐柔されてしまいました。

そこんとこもう少し詳しくお願いします。


>>879
舅が淡々とこのしきたりというか風習について、いつ頃から続いているのか どうしてこういうことするのか、現在の社会規範と照らし合わせてどう考えているのかを話してくれました。

当然ハイハイと従う訳はないので、でもでもでもでもと一々反論してました。

それが何日も続くと肩の力も抜けて、舅が話してくれる

「かあさん(姑)のときは気の毒でねえ」とか

「○○さん(義姉)のときは大変だったんだから」


のようなエピソードにただふんふんふんふんと頷いて聞き入ってました。

さらにそういう日が続くと

「お義姉さんがそういうことしてたなんて全然知らなかったですよ」

「そりゃ月に何回かしかしないし、部屋離れてるだろ」

「イヤーー想像できない。本当にされてるんですか。普通の夫婦の営みみたいな?」


と自分から話を転がしたりするようになりました。 当然そうなったら

「さとこさんはどういう感じでしてるの?」


みたいな流れになりますよね。女の人なら共感してもらえるかもしれないけど、女性が自分のセックスについて話し始めたら、大抵はその話し相手と寝ちゃうと思うんですけどそうですよね?


まあ共感はいらないです。私はそうでした。舅が

「じゃあちょっと試してみて、それでもどうしても耐えられなかったらまたそのとき考えよう」

とお決まりの誘い方をしてきたので、

「本当にイヤだったら考えてくださいよ」

と念押しして服を脱ぎました。その日は口でだけされて

「明日も来なさい。そのとき続けるかどうか決めよう」


と部屋に帰されました。 大体の経緯はこんな感じです。その次の日にセックスまで行きました。

927 :なまえを挿れて。 :2006/06/14(水) 20:03:24 ID:???

てか、旦那が種なしかどうかは子供が出来なきゃ分からないし、(まだ子作り途中だし)それでもダメなら家族が……

ってそれじゃあ複数と交わる意味とか子作り前提のセックスとか色々矛盾してこない?

ましてやゴム着けてやってるし。

>>927
昔は2年子供が出来なかったら種無しの疑いありとしてたんじゃないでしょうか。
そもそも義姉にしても子供産んだ後でもお勤めしてるんだから、そんなの穴だらけのこじつけに決まってるじゃないですか。

矛盾だ矛盾だって私を責められても。

928 :なまえを挿れて。 :2006/06/14(水) 22:35:49 ID:???

トコさんを指名出来る順列は 舅>義兄>ダンナさん ですよね。


舅さんや義兄さんがトコさんを指名する時は連絡(もしくは「今日来てね」の合図)があると思うのですが、逆に指名しない日は「今日は指名しないよ」という意思表示はしてくれるのでしょうか?

その意思表示が無いと、義兄さんやダンナさんから指名を受けた後に舅さん(や義兄さん)から指名されてしまう事態が起きると思うんですが。もしもそうなった場合、先に指名していた人はキャンセルですか?


>>928
舅は月に数度しかないのだから、しない日に「しない」とは一々言ってこないです。 義兄から予約が入った後で舅にいわれたら一応

「もうお義兄さんに言われてるんですがどうします?」

と訊いて舅の決定に従います。 でも通常は義兄は「今からおいで」と電話をかけてくるので、舅とダブるとしても私はもう義兄の部屋にいる最中か帰ってきた後になります。

929 :なまえを挿れて。 :2006/06/14(水) 22:45:24 ID:???

義兄の部屋から帰ってくるトコさんと、ダンナさんの部屋から帰ってくる義姉さん。途中で擦れ違ったりすることはないの?

そんな時は、やっぱり「お疲れさま」って挨拶するのかな。


>>929
>そんな時は、やっぱり「お疲れさま」って挨拶するのかな

ワロタ。鉢合わせはないです。

931 :なまえを挿れて。 :2006/06/14(水) 23:20:00 ID:???
>>トコさん
妊娠しても、できるかぎり相手させられるのかな?
後、出産後どれくらいしたら、また相手させられるのかな?


>>931
子供は授かりものでとても大切なものなので、妊娠中は大切にされると義姉はいってました。普通の妊婦の話にしても安定期に入るまではご法度でしょ。

義姉が出産後どの程度お休み期間があったかについては知らないです。

932 :なまえを挿れて。 :2006/06/14(水) 23:27:15 ID:???

結構矛盾出てきたな。


933 :なまえを挿れて。 :2006/06/14(水) 23:29:57 ID:???
>>932
俺らが感じる矛盾を乗り越えた(まだ途中か?)トコさんが語ってるんだよ。
矛盾だらけっていうなら、この家の全てが矛盾なんだよ。


>>933
私をどんだけトンマだと思ってるかは知らないですけど、ここで言われるような矛盾点なんかもう既に200回くらい詰問してます。 答えはいつも

「それがうちの決まりだから」

です。話にならん。

934 :なまえを挿れて。 :2006/06/14(水) 23:32:43 ID:???

>>舅とダブるとしても 私はもう義兄の部屋にいる最中か帰ってきた後になります。

帰ってきた後に舅から電話があった時は再度出動ですか?


ダンナさんから指名があった後に義兄さんから呼び出された場合は?

>>934
一日に二度三度というのはムリなので、終わった後で言われたら普通に

「今日はもう無理です」

といいます。旦那は基本的に指名という形ではないです。夜も更けて

「え、今日トコ空きだったの?じゃあする?」

というパターンが普通です。一般的な夫婦でもそういう感じじゃないのかな

「する?」

みたいな訊き方。

935 :なまえを挿れて。 :2006/06/14(水) 23:40:37 ID:???

今日のお昼に親子丼を食べてたら、
唐突にトコさんを思いだしてモッキしてしまいました。

トコさんごめんなさい。

>>935
私の容姿も知らんと。義姉の方がずっと綺麗ですよ。本家の長男の嫁として厳選されてますから(見合い結婚です)。

936 :なまえを挿れて。 :2006/06/14(水) 23:46:37 ID:???

もう義兄や舅に裸を見られるのは慣れた?

義兄や舅とする時は電気点けたままするの?


>>936
慣れました。舅は豆球を点けたまま、義兄はこうこうと明かりを点けたままです。


946 :なまえを挿れて。 :2006/06/15(木) 04:18:25 ID:???

特にお義姉さんは、恋愛でなく見合いで本家の長男に嫁いできたようですが
トコさんのお話によると何もかも承知で嫁に入った訳ではなさそうだし
紆余曲折はあっても結局「しきたり」に従おうを決心したわけであろうし
お姑さん然り、お義姉さん然り、トコさん然り

「気の毒」だったお姑さんや、「大変だった」お義姉さんの床始めの悶着も気になるが

イヤ気になるのは、拒絶せずに「しきたり」を受け入れた本心なのだが歴代の嫁さんサイドに何か弱味でもあったのだろうか?

旦那に惚れた弱味とか、金に目がくらんでというのは決定打に欠けるきらいがするしもちろん背徳的な性風習に血が騒いでというのも説得力に欠けると思う

まさか金子銀子と引き換えに小作農家から本家へ奉公に出されたわけでもあるまいに

そもそも家の「決まり」事たる「しきたり」の発端とかには興味はなかったのですか?

家長制度維持や単純に快楽追及だけの旧家に代々伝わる「しきたり」に過ぎないのか

一子相伝で家長にしか与り知らぬ集落の存亡に関わるような重大な背景が存在するのか

現家長やお姑さんが亡き後、「しきたり」や「決まり」事を改める気配もなさそうですし何よりトコさん自身、来たるべき甥御さんのご指名には甘んじて受ける気構えですしね

そもそも将来の分家について旦那さんのご意見はいかようなものなのかと

直系や傍系となるご息女はおられぬようですが、ご生誕の暁にはその処遇も気がかりです

>>946
心からお詫びしたいのですが、私は専攻が電子工学だったのでそういった
民俗学とか文化人類学っぽい分野には全く興味がないです。
文章も漢字が多くて難しいです。バカで済みません。


948 :なまえを挿れて。 :2006/06/15(木) 08:07:26 ID:???

>>トコさん
初めて舅や義兄とした時に、ダンナさんは何て言ってましたか?


>>948
何にも言ってこなかったです。私も話しかけられたくなかったしその辺は空気を
読んでくれたのだと思う。どうせ近寄って来ても涙目でギッと睨むだけだったし。


949 :なまえを挿れて。 :2006/06/15(木) 09:17:35 ID:???

結局は正当な理由は無いのか。てっきり今の時代でも説得に足る(理論上)理由があるのかなぁと思ってたんで。

トコさんの旦那さんは、分家したらやめるつもりですか?
今の状況をみると比較的積極的にしているとおもうんですが、トコさんが反対しなければ「しきたりを続けたい」とか言い出しそうですか?

>>949
分家して旦那が「続ける」とか言ってもセックスする相手は私しかいないじゃないですか。

男の子を授かってその子がお嫁さんを連れてくるまで待つ?

待つとして息子が承知するかしら…などを考えると無理っぽいですね。だからこのしきたりって家長がいて何世代も同居している本家でしか続いてないのかもしれませんね。 知らんけど。


952 :なまえを挿れて。 :2006/06/15(木) 19:03:34 ID:???

福島県民の俺が来ましたよ

って、どの地域の話よ。農作業とかの話も出てるから、農家なのかと思うが。会津の方?

今の時代、そんな豪農があるのか?

>>952
>農家なのかと思うが。会津の方?

教えるわけには行かねーなー


954 :なまえを挿れて。 :2006/06/15(木) 22:48:49 ID:???
>> トコさん

舅さんや義兄さんとした後に、
ゴムをはずしてフキフキしたりするのはトコさんのお役目?

>>954
終わった後私はグンニャリ寝転がってるのでそこまで面倒は見てられません。

旦那がゴムを使ったときは私が後処理します。ゴムを外してウエットティッシュで拭くし、旦那が望むなら口でもします。

でもどうせその後シャワー浴びに行くんですけど。

974 :なまえを挿れて。 :2006/06/17(土) 21:46:49 ID:???
>>トコさん

現段階では、甥とのことは姑に何て言われているんですか?
それについてダンナさんや義姉は何と言っているんですか?

以前の書き込みで「甥が『トコおばちゃんとする』と言えば私は断れません」
と書かれていましたが「舅や義兄とはともかく、甥とするのは断固お断りします」とは言えないんでしょうか?

トコさんのカキコを読んでいると、なんとなく言えちゃいそうな雰囲気を感じるんですが。

>>974
姑は「相手して当然」という風情です。旦那はその話題には関わりません。
義姉は私よりずっと強い拒否反応を示しています。早すぎるそうです。

でもそれは逆に甥が義姉を説得するなり、義姉に「仕方ない」と思わせること
ができれば、私には否も応もないということです。

義姉が「しょうがないからトコちゃんお願い」といえば私は断れません。筋としても
雰囲気としてもです。ただその時でも私はいやだいやだ言ってると思います。

甥が大手を振って(?)私を好きにできるようになるのは成人するか結婚するか
した時ですが、私たち夫婦の計画ではそんなに長く本家にとどまるつもりはないので、現実問題として甥と私が日常的にセックスするようになることはないと思います。

ただし一度もないかといわれると「ない」と言い切る自信はないです。多分私達
が出て行くことが決定したら激しく甥が抗議すると思うからです。

だからありがちですが「一度だけなら…」と応じることになるでしょう。そして多分ほんの一度きりではなく何回か繰り返すのは間違いないと思います。

甥の性格からして「一回じゃ上手く出来なかったから悔いが残る」だのなんだの
いうでしょうから。

まあそれもこれも甥が「トコおばちゃんと?ありえねえ」といえばただの妄想ですが。


961 :なまえを挿れて。 :2006/06/16(金) 00:42:40 ID:???

だいぶ前の方でカキコされてた「筆降ろしのお祭り」とは,具体的にどんな感じで進行するものなのですか?

いわゆる乱交,みたいな感じですか?


>>961
お祭りに関しては殆ど詳しいことは分からないです。

祭りの喧騒の裏でそういうことがあるということだけで。

ただ姑の話では、お相手をする女の人がむしろ楽しみにしている行事らしいです。私が私が状態で。

ちなみに「筆おろしのお祭り」じゃないです。それが主眼のお祭りじゃないです。


963 :なまえを挿れて。 :2006/06/16(金) 01:59:13 ID:???

舅、義兄、旦那、義嫁、トコさんで、それぞれは個別につながっているんだから、5Pとかしても良い気がするんだけど、
それはないんだね。

>>963
ないです、絶対ありえない。

正直言うと旦那と義姉がどんな風にしてるのかというのに興味がないわけじゃないですけど、自分が参加してというのは恥ずかしくてイヤ。ましてや義兄・舅もいるとか考えられない。

そもそも舅がそういうのに乗りそうにない人ですからないでしょう。

982 :なまえを挿れて。 :2006/06/18(日) 10:25:51 ID:???

万が一 トコさん夫婦が子供を授からなかった場合
舅や義兄の種で子作りすることになるのでしょうか?
トコさんはそれを拒否することも出来るのでしょうか?


>>982
旦那の子供だから欲しいのであって、あくまでも私は子種をもらってまでつくろうとは思いません。子供ができなかったら普通に不妊治療すると思います。それでもダメだったら私は諦めます。旦那が望んでもイヤ。

http://logsoku.com/thread/love.2ch.net/kageki/1076854082/
http://moemoe.homeip.net/view.php/15359


19. 2012年6月08日 21:49:12 : HNPlrBDYLM

☆分かっていても公表できないことがある


鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱醯鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱
鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱霾鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱驩鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱
鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱雖雁聴隅鬱鬱鬱鬱羈贍貔躍鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱
鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱詣觀召_召状隅鬱羇剤錐鋸醯艪鬱鬱歡笵鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱
鬱鬱鬱鬱鬱鬱醢儲ィ鑓テ羽Ы⊇没踈佼Y荘繍鬱鬱鬱鬱甑璢霾鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱
鬱鬱鬱鬱勧鬱藹韲菅莢べ⊇∃Ц它∬⊇羽讙蠢鬱葢温輻鬱鬱諸荻Y呈シ隴鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱
鬱鬱鬱鬱鐔鬱露媛どベ   ベS辷Щ坦旦鏥鬱鬱`驩讒鬱鬪舜悠⊆ジY停o鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱
鬱鬱鬱鬱齬醯譴甜Ρ       `∃Ш珀伽躇遏T鬱鬱鬱鬱芦サY川ジベ介Y蹄ヲ霾鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱
鬱鬱鬱鬱鬱醯佼三、      ベ∃滋譴靄謔鬱噬ッ¨       ``ベ⊇川浴壮穉隴罅T鬱鬱鬱鬱鬱
鬱盛護燗燗鷦妓冖マ∴、      ベ俎罎靄躇諚牧べ              ベ⊇川衍掘雁隴鬱鬱鬱鬱鬱鬱
鬱醢世鎰鋸謐鬱廷レ、          沼貍隴謡鈷⊆゛                `ベ∃氾狛挧鍠薩鬱鬱鬱鬱鬱
鬱鬱鬱靉咒謐鬱鬱鬱醢止        ∃堀鍠狽拔シ`∴               ベベ川Y珀掘鐫遏T鬱鬱鬱
鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱蠢=@     ‘氾荘珀召Κ`∴、                ベベ川Y壮掘隴鬱鬱鬱鬱
鬱鬱鬱鬱鬱蠢蹟蠢蠧熨鬱影        ベY珀笠に∴3、                  `ベ介衍衒鐫鬱鬱鬱鬱
鬱鬱鬱鬱鬱醪攤J蠡J鬱’         ‘∃衍衒旦Щ辷゛                   ベ∃衍衒鋸遏T鬱鬱
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鬱鬱鬱鬱鬱鬱蠢,``                `ヨ召Y定ネ此                   ベ∃汾珀掘儲鬱鬱鬱
鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱監                   ベ交ベヨ疆齔                  ∴S⊇浴衒鍠譴鬱鬱鬱
鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱蠢』                  ベ三ヘベ鴪彭                ベ⊇⊇氾衒掘儲鬱鬱鬱
鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱ル                  ∃川シ  ヅ’                 ベベ3氾珀伽疆鬱鬱鬱
鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱』                  `当癶、        、  u∴     ベベ⊇Y珀雄鬱鬱鬱鬱
鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱。                  ″  シ  、uムЩ糴庇     ∴シ⊇汾衍儲鬱鬱鬱鬱
鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱監                      ∴、∃ヨ櫨鬱鬱齔      `3⊇氾珀遏T鬱鬱鬱
鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱テ                逧此払(錙鬱鬱鬱h     ベ3⊇氾衒鬱鬱鬱鬱鬱
鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱蠢』              『鬱JJ鬱鬱鬱鬱影忙      ベ⊇⊇浴郤弭儲鬱鬱鬱
鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱蠢=@             『鬱鬱鬱鬱鬱Г      ベジ⊇Y交氾据鬱鬱鬱
鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鹹              情苛泣罅         ∴3S川Γ ヨ据鬱鬱鬱
鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱醢=@           ヴ県戸”          ⊇⊇ジ   ∃据鬱鬱鬱
鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱蠧=@                       ⊇⊇゛    ヨ溷鬱鬱鬱
鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱蠧止.                  ベシ       旧疆鬱鬱鬱

再審を認めた裁判官は出世コースから外れてしまう
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/288.html

名張ぶどう酒毒殺事件の真犯人は?
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/289.html


名張ぶどう酒毒殺事件の真犯人が誰かくらい、関係者ならみんな知っているのにねwwwwww

翌三月三十一日の取調べで、勝はこんなことを言った。

「奥西楢雄(会長)さんの妻、深子さんが怪しいと思う」

続けて

「深子さんが泣きながら『かくまって』とうちに逃げ込んできて、義母と喧嘩をして追われたので逃げてきたと言って、家に戻ろうとしないことがありました。三月二十三日か二十四日頃、寝床で妻が、

『今日も深子さんと楢雄さんが喧嘩をして深子さんは川へはまって死ぬか、薬でも飲んで死んでしまいたい、と言っていた』

と話した事がありました。 それにブドウ酒が楢雄さんの家に長い時間置いてあったことですし・・・」


974 名前:名無しさん@七周年[] 投稿日:2006/12/28(木) 20:52:40 ID:d0COKNxP0

北浦ヤス子は奥西勝死刑囚だけでなく「三奈の会」会長の奥西楢雄とも不倫関係
にあったという話もあるんやな。それで妻のフミ子(事件の被害者)から別れる
ように迫られていたと。つまり奥西勝と奥西楢雄は全く同じ状況にあったらしい
んやな。


976 名前:名無しさん@七周年[] 投稿日:2006/12/28(木) 21:08:07 ID:d0COKNxP0

一方、北浦ヤス子は勝と別れるから楢雄に妻のフミ子と別れるように頼んでいた
とも。一体この村はどうなってるのか何が何だか分からん。
http://yomi.mobi/read.cgi/tsushima/tsushima_newsplus_1260378058


奥西楢雄の妻は事件で死亡したため、すぐに再婚しているがなんと奥西楢雄は奥西死刑囚の愛人でもあり事件で死亡した北浦ヤス子とも愛人関係にあったという。

そして北浦ヤス子は奥西死刑囚と別れるから奥西楢雄も妻と別れるよう迫っていたと言う。 事件前日の痴話げんかはこの別れ話がエスカレートしたものだったという。
http://sfu9xi.sa.yona.la/630


873 : 名無しさん@七周年: 2006/12/28(木) 12:26:20 ID:d0COKNxP0 [13/20回発言]

真犯人の殺したかったのは奥西死刑囚の妻と愛人やなくて自分の嫁やったということや。 つまり真犯人は奥西勝に自分の嫁が寝取られとると思たわけや。それで嫁を問い詰めたけど白状せんのでますます妄想を膨らませ殺意をつのらせていったわけや。

真犯人が村のリーダー的な存在やったら不倫間係そのものより自分の嫁を寝取られたことが公になってしまうことでメンツがつぶれることを気にする。不倫妻の制裁と村社会での自分のメンツを保つことは動機にならんか?
http://logsoku.com/thread/news19.2ch.net/newsplus/1167189784/

94:傍聴席@名無しさんでいっぱい[] 07/05/23(水) 22:08:54 ID:zWAWELXK0(1)

暴力をふるっていた奥西楢雄氏は、すぐに愛人と結婚した。 妻が邪魔だったのだろう。 勝氏の、三角関係の清算と言われているが、普通なら両方殺したりしない。

 ちなみに、奥西楢雄 氏は、村の実力者。 だから、誰もが口を閉ざしている。
http://read2ch.com/r/court/1167357268/

姉の北浦ヤス子さん(当時36歳)を亡くした遺族で、奥西死刑囚と幼なじみだった宮西武男さん(84)は

「勝君(奥西死刑囚)の主張が本当だと思っていたのに……」

と肩を落とした。
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/archives/1318440442/


583 :名無しさん@12周年:2012/05/27(日) 13:32:44.88 ID:bUceDgzhO

昨日の報道特集で事件で姉を亡くした宮西武男さんは

「絶対勝はやってないと断言できる。あの歳まで生きているのは神様によって生かされていると思う」

 奈良県と接した山あいの葛尾地区。宮西さんは奥西死刑囚とともにこの山里で育ち、同じ会社に勤めたこともあった。

「(奥西死刑囚は)律義で温和な性格。同僚は毎晩のように集まって酒を飲んだが、彼は自転車で真っすぐ家に帰る真面目な男だった」。

犯人を憎む気持ちを抱く一方、奥西死刑囚の無罪を信じてきたという。

 「彼は人を殺せるような男でない。無罪が真実ではないかと思う。本当のことを明らかにするために、神仏が勝君(奥西死刑囚)をここまで長生きさせたのでは」。


587 :名無しさん@12周年:2012/05/27(日) 14:22:08.12 ID:xXJSmhpU0
>>583
よくそんなこと言えるな、村八分とかにされそうで他人のこっちが心配だわ


589 :名無しさん@12周年:2012/05/27(日) 14:25:59.00 ID:3JaMke4o0
>>587
この人は、とっくの昔に村を追い出されているよ。
冤罪じゃないかと発言したことで、畑を焼き払われた。
http://2chspa.com/thread/newsplus/1337954853

この事件、昨日見ていて、戦前の日本のあり方を思い出しました。

これは、一つ先を辿ると全て親戚同士になってしまう村。ここが問題です。つまり、村にいたひとは、みんなエンコ関係にあった事。そして、そこで問題が起きれば、大体は、誰がやったって、わかるもの。分かってて公表できないこともあること。ついでに言えば、村の中で、村八分的な存在や、そういうときに咎を代わりに受けることで、残った家族に有難い想いがあると言う話も事実。

あの頃の村は、そういう風にして、色々な事を隠してきたんです。

無論ですが、この事例はアメリカにも同様な事件があります。皆で隠して風化させて、どうでもいい事にしてしまって、そして、多少の泣き寝入りをしてもらう。裁判で拘置所にはいっても、死刑にならずに済むのは、そういう事情があって、死刑にするに忍びなかったからという話が、ありまして、聞いたときは、アメリカも案外閉鎖的なんだなと思ったこと。

今回の名張ぶどう酒事件に関しても、真相があったのだと思いますが、当時の最高裁判所のあり方も、現時点の最高裁判所のあり方も、実際には、色々な表に出せない諸事情を加味しての裁きなので、真相が見えない人にとっては、不誠実に映るかもしれません。

世の中って、未だ、そういう不誠実な面があって、取引をする代わりに、これを授けるからこれで迷惑料となせとか、そういう事って一杯残っています。まして、親族だけでできた村がまだ残る存在に対して、都会に住む人は驚きがありますが、田舎に住む人たちは、これで十分排他的なんです。

金持ちの世界もそうです。お金があって成金になったからって、入れない世界というモノがあります。非常に排他的で、みなの利益を守るためには、理不尽で不誠実です。ですが、そういう事を言ってしまえば、世の中は全てそういう風な風習が残っています。世界中で、そういう風習が残っています。

私たちは、戦後、村社会を捨て、個を尊び、集団就職に行って、てんでばらばらになって、一見、どこの誰だか分からないようなそんな感じを受けますがね。氏も育ちもあなたの戸籍には残って、あなたが、どういう人なのかって事もある程度辿れるし、大体どこの出身って聞くと、ピンと来るものがあるんですよ。それが、忌み嫌われる民俗学という学問です。

奇祭、奇習、世の中には沢山ありまして、面白半分という部分はあるのですが、実際に知っていくとですね。口が段々重くなります。近親相姦、精神疾患、遺伝病の発症の理由、村の中での奇習を隠すための排他主義。私もちょっと見てみたんですが、何といいますかね。今まだ残る人に対して、困ることになるんじゃないかと。

私は特に、幼い頃から、「えたひにん」と呼ばれる人たちの生い立ちや生き様、「部落」と呼ばれるところの部落からどう脱していくか、そして、現在、口が裂けても言われないけれど、ある施設の近所の子供に対する「差別」を追っていった事がありました。それを専門に勉強したかったんですが、あまりに、悲しい事実があるので、私も知りうることに関して、口が重いことがあります。けれど、実地でそういう人たちの話を聞いて周った(はじめた当時の私はまだ、8歳くらいでしたかね)ので、口も重くなります。

どうしてここに、社が建つのか。どうしてここに、こんなものがあるのか。どうしてここにこんな施設があるのか。

紐解いていけば紐解けるのですが、だからと言って、残された人たちが、すっきりはっきり白状できない理由も、あるのです。

何度でも話に上がっては来ると思いますが、触ってはいけない問題もあるということで、やったやってないは関係ない世界があるんです。それを、個だけを尊重して尊んで美談にしようとすると、村全体が悪くなって、誰も嫁に来なくなってしまったり、後を取る人もいなくなったり、廃村に持ち込まれたりします。あなたは、掘り下げようと思うとき、全ての人の利益を考えて発言してください。

どさくさにまぎれて行ったことは、全て、美談にならない洒落にならないものばかりなんです。
http://blog.goo.ne.jp/nekotech/e/ff1deb2cfcd8c62ed0dced78d7521f04

映画 八墓村
http://www.youtube.com/watch?v=3QjrDh8IkcA



20. 中川隆 2012年7月08日 09:48:43 : 3bF/xW6Ehzs4I : HNPlrBDYLM

戦前の日本では財産の無い一般民は完全フリーセックス状態で、生まれた子供は父親が誰かわからなくても村の働き手になる人材としてみんなで大切に育てていたのです。


一方、大地主や財産のある家だと、自分の一族の子供にだけ全財産を引き継がせたいので、許される乱交も嫁と義父・義兄弟の間だけに限っていたのです。 しかしそうすると未婚男子の相手ができる女性が少なく成り過ぎるので、乳母を何人も雇って相手をさせていたんですね:


旧家の男子と乳母との心の繋がりが実の母親より遥かに大きい理由 _ 太宰治は本当に性的虐待を受けたのか?
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/292.html


21. 2012年7月08日 21:27:35 : HNPlrBDYLM

旧家の男子と乳母との心の繋がりが実の母親より遥かに大きい理由 _ 太宰治は本当に性的虐待を受けたのか?
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/348.html


22. 2012年7月12日 20:51:31 : HNPlrBDYLM


名張ぶどう酒毒殺事件が起きた背景(もちろん僕の妄想ですが)

@当時の名張市葛尾ではまだ戦前から続く完全フリーセックス状況がそのまま残っていた。

Aイケメンだった奥西勝は女性からの誘いが引きも切らない状態だった。

B奥西勝は葛尾の部落民を支配する絶対権力者 奥西○○の妻とも関係を持ってしまった(?)

C奥西○○は広大な田畑を所有する財産家で、自分の本当の子供にだけ財産を相続させたかったので、妻の奥西勝との不倫(?)がどうしても許せなかった。


            ̄~^ヽ、;ヽ;;;;ヽ;:ヽ
           '~" ̄ヽヽ;i;;;i;;;;i;;;;i   
              ノ:ノ::ノ;/;;;;;i;;i   勝さん…ああ…あああ…いや? いや? ダメぇ!
        __,,,,,,,,,,,___/:/;/:/;;i::ノ/
  /^~"´ ̄-‐‐‐'''"´/:/;ノ;;;;ノ://
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:::ヽ、`''ー-、ー-、'ヽ"、i;.     ヽ /"     .::..   '::,,:ヽ.     i     :::::
、::ヽ;;ヽ、:ー-、,,,,,、.ヽ ';''   ノノノ/;/      ..:: ::::  ヽ,,,ノ     ':::    :::
ヽ,,_::''‐、,,,,''ー-''ー-"''/~'"''"/:/::      ::、::: ::::..     ..:.::::::::"     :::::::::

名張市葛尾の三奈の会というのは宴会で意気投合した相手と〇〇〇するしきたりだったんでしょうね。 三奈の会の中心はもちろん美男子の勝で、色々な女性から誘いが沢山来ていたでしょうね。 勝は事件の前日にちゃんと避妊具を買いに行って、楽しみにしていたようです。


奥西○○はそれをずっと苦々しく思っていて、勝と〇〇〇した(?)自分の妻だけではなく、今迄ずっと勝ばかりチヤホヤしていた三奈の会の女性全員を憎んでいたんでしょうね。

部落民はそういう事をずっと身近で見ていて良く知っていたので、勝の冤罪は自業自得だと思って誰も助けなかった。


もし部落の人が本当の事を言ったら奥西○○に部落を追われる。 その当時は農作業しかやっていなかった人が簡単に就職できる職場なんかなかったんですね。

特に奥西さんの世代は戦前の大恐慌の時代に学校へ行ったのですから、毎日食うや食わずで勉強なんかしてないので読み書きそろばんも満足にできなかったでしょう。

部落を追い出されたら、男は廃品回収業や行商、日雇いの土方、女はピンサロかソープ位しか仕事は無かったでしょうね。 だからみんな奥西○○の言うなりになるしかなかったんです。


これが真相だと思いますがいかがでしょうか?


23. 2012年7月13日 22:36:42 : HNPlrBDYLM

374 :名無しさん@七周年 :2006/12/29(金) 23:37:32 ID:EvRaDICm0

俺の親戚のおばあちゃんは、名張市葛尾におって、事件があった日、この会合にでる予定やったらしい。

俺自身は、この事件についてはあんまりしらんけど、おばあちゃんが言うには、奥西さんは当時、むちゃくちゃ男前(今でいううイケメン)で、婦人会でもものすごく人気があったらしい。

この会合も、奥西さんがぶどう酒を飲ませてくれる、ということで前から
大変楽しみにしとったけど、前日から風邪をひいて行けやんようになってしもて
ものすごく残念やったと思ったけど、そのおかげで死なんとすんだ、とよく言うとった。

また、上下関係がはっきりしているので、ぶどう酒を飲む順番も年輩の人から
先についでもらって飲んだみたいで、死んだ人は若い人ばっかりやったらしい。
先に飲んだ人は毒の少ない上澄み部分を飲んだので軽かったが、後で飲んだ若い人は毒が多く残った(沈んだ)部分を飲んだんで、重傷や死んでしまったみたいや、
とよく言っていた。

 俺は、事件の詳細はわかりません。おばあちゃんが時々、話してたことを
そのまま書きました。
http://mimizun.com/log/2ch/newsplus/1167316366/

222 :名無しさん@七周年:2006/12/29(金) 13:02:49 ID:nQ7w2dgx0

こんな当時の記事がある。

朝日新聞記事「美男,複雑な女性関係/二重人格の男――奥西勝」

(奥西)勝は山村には珍しい美男子,表面的には人にうらやまれるほどのむつまじい家庭で,ついこの間も名張市内の映画館で二人の仲むつまじい姿をみかえた人もあるという。

しかし陰で数人の女性とひそかな関係が続いていた。近所の人たちの話では,
勝と地区内の何人もの女性をめぐって三角関係,四角関係が複雑にからみ合っていたという。

しかも北浦さんとの関係は地区内でも公然の事実だった。
……無口でまじめそうにみえるが,半面ふしだらな女性関係をもっている二重人格の男だったといえよう。
http://www.dcns.ne.jp/~t-oku/guilty.pdf

名張毒ぶどう酒事件は間違いなく何ヶ月も掛けて周到に準備された計画犯罪ですね。 自分のアリバイはどうするか、どうやって罪を自分の妻か勝に着せるか、警察や近所の人への根回しと脅しはどうするか等、勝の様な女性にしか関心が無い人にはとても思い付かない事ばかりですね。


しかし、勝の家の納屋からニッカリンの壜をこっそり持ち出して隠したのは一体誰なのかな?


25. 2012年7月14日 21:23:51 : CkN7ktyvDv
狭山事件当時の日本の「共同体」は正直な所、弥生時代から何も変わっていない。そして21世紀になって10年以上経過した現在も、本質は弥生時代の儘である。
人間社会とは名ばかりで、実際は互いに相入り乱れ(=乱婚≒オーラルセッ○ス)喰い殺し合う畜生社会。溜息ばかりが只漏れる。

26. 2012年7月15日 14:24:29 : Ec0aivqppo
狭山市長選で、無所属現職の
仲川幸成氏(69)=自民、公明推薦=

が、無所属新人の元市議会議長中村正義氏(62)を約五千票差で破り三選を果たし、「協働の地域づくりの総仕上げ」と抱負を述べた。

http://www.47news.jp/blog/OUT/投票率-仲川幸成.html


27. 2012年7月26日 12:03:39 : ekn3oTXb4Q
どうみても都会のほうが怖い

28. 中川隆 2012年7月30日 20:39:00 : 3bF/xW6Ehzs4I : HNPlrBDYLM

秘祭


540 :本当にあった怖い名無し :2012/06/18(月) 18:24:33.55 ID:bdzkjPNW0

私が育った集落は、小さな田舎町だけどそれなりの歴史があって、古くから続いている数年に一度のお祭りがある。仏教や神道とは違う感じだから、おそらく民間信仰の一種なのかな。

別に、特別オカルトな事がある訳でもなく、神聖な場所と言われる所に、お婆さんがお供え物と依代の木を持って行って、毎年選ばれる”神様の子”の役目の子供達が数人で歌を歌うだけなんだ。


ただ、その儀式の行われる日は、その場所に集落以外の人間は入っちゃいけないと言われてて、それは、祀られている神様が依代に移る時に落ち着かないからだと教わってきた。

実際、夏休みや年末の帰省時期とは全然ずれてるから、なんの観光もない田舎に部外者が来る事はないんだけど、どこからか、こういう民間の秘祭(?)に興味を持ってやってくる人がいるんだよね。

それで、わざわざその祭りの日に、東京から来たっていうオッサンがビデオカメラを持って入ろうとしてきて、大人達が止めに行ったんだけど、大声でわめき散らして大騒ぎになった。


「なんで見せられないんだー!ヤバイ事でもやってるんだろー!!」


とか大声で叫んでケンカみたいになってて、最終的には駐在さんに連れて行かれた。パトカーに乗せられる時に、その男が血管が浮き上がるくらい真っ赤な顔して


「ここで巫女を村中の男がレイプしてるって本当だったんだな!
だから見せられないんだろ!!」


って叫んでた光景がものすごく異様で怖かった。

祭りがゴタゴタになった事とは関係ないと思うけど、その年に集落に繋がる場所の道路工事で崖崩れが起きて亡くなった方が出たり、高校生が1人、心筋梗塞で亡くなったりしたので、もっぱら「あの騒ぎのせい」っていう噂も多くて、ますます私の中で東京=怖いイメージが固まってしまった^^;

実際、上京してみたら親切でまともな人が多くて、なーんだ普通だと思ったけど、上京するまでは怖くて仕方がなかったな・・・f^^;

http://gnosis.blog64.fc2blog.net/blog-entry-7617.htmlhttp://toro.2ch.net/test/read.cgi/occult/1338006880/l50

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29. 2012年10月07日 18:07:37 : HNPlrBDYLM

裸祭り

私の住んでいる地区にはチョッと恥ずかしい変なお祭りが有るんです。

子供の裸祭りと言う物なんですが、地区に有る小さな混浴の温泉があって、その温泉の源泉の所になる源泉神社と温泉のお祭りなんですよ。

年に4回の季節の神事と月に一度の温泉と源泉神社の掃除が有るんですけど、それを地区の子ども会の子供達が行うんです。 月に一度の掃除は小4以上の子供だけだけど年に4回の季節のお祭りは小1の時から参加なんです。 だから小さい頃から地元の子ども会の男の子も女の子もお互いの裸を見ているので恥ずかしいって感じもなくなってしまう感じなんです。

一応神社は子宝に恵まれると言う由緒ある神社なんですけど、一般の人たちは地区の所にある神社に参拝に来たりするんですけど、温泉のある奥ノ院は地区の所にある神社から300メートルくらい森の中の参道を入った所に有るんです。

いくら幼馴染で小さい頃から裸を見慣れていると言っても、中学生くらいになると恥ずかしいですよ。 男の子なんかは小学校5年生くらいからチンチンが大きく勃起させちゃってるし、女の子だって恥ずかしさでアソコがなんだか濡れるって感じになりますね。

月に一度の掃除は地区の分社から森の中の参道を500メートル奥に入った温泉の有る奥ノ院だけでやるんで良いんですけど、年に4回の季節の神事の有るお祭りの時はチョッと恥ずかしいですよ。

地区の所に有る神社から奥ノ院まで子供が山車を引っ張って行くんですけど、さすがにその時は裸じゃないですけど、男子も女子も越中フンドシで女子だけは上に白い絹の祭りハンテンを着させてもらえるけど恥ずかしいですね。 一応胸とアソコは隠せるけど大人になってから観ると恥ずかしいと思いますよ。 でも子供の頃は恥ずかしさも有ったけどお祭りの楽しさも有って楽しんでいたって言うのも正直な所かな?

でも年に4回の季節のお祭りの時はチョッと変な事をやらさせるんですよ。
山車を引っ張って奥ノ院に行ってからです。
中学生になるとやらされるんですけど神社の中で一応は男女フンドシを着けていますけど交尾の真似事をやらされるんです。

早く言えばセックスの真似事やらされるんだけど男子もフンドシの中でチンチン勃起させちゃってるし
女子もいくらフンドシを着けていてもセックスの真似事させられると興奮してしまいます。

バックのスタイルと正常位のスタイルと立ちバックとやって最後に騎上位の格好でセックスの真似事するんですよ。
でも男子もほとんどの人がフンドシの中で射精しちゃってるし、女子もフンドシでアソコが擦れるんで本気で気持ち良くなっちゃうんですよ。

奥ノ院の神事の時は子供と一部の親しか見ていないけど人に見られながらセックスの真似事をして本気で気持ち良くなってイク瞬間を見られるのは異常に恥ずかしいです。

観ていた一部の親達は神事が終わると帰っちゃうんですけど、本当に異常な恥ずかしさが有りましたね。 正直な話しで年に4回の季節のお祭りの時は地区の分社の神社で一般の人たちが居る所でフンドシと絹のハンテンと言うで女の子の多くはオシッコ漏らしそうなくらい恥ずかしさと緊張がありますね。
オシッコじゃないのにフンドシが濡らしちゃう子も多かったと思います。

奥ノ院のセックスの真似事をした後に全員裸になって温泉に入るけど、月に一度の掃除の時には恥ずかしいって感じじゃないのに、なんでか妙に照れくさいですよ。
セックスの真似事をするのは中学生以上なんだけど、中学生以上の男女共に締めていたフンドシが男子は精液が出て濡れてるし女子もエッチな汁で濡れてるし妙な感じです。

花園メリーゴーランドと言う漫画は読んだ事が有るけど私の住んでいる所の祭りはイメージが違う感じがします。 元々温泉の源泉をお守りする神社なんで温泉に入るのには裸になるのは当たり前だし変な意味の裸って訳じゃないですね。

年に4回の季節のお祭りの時のセックスの真似事はチョッと変ですけど、これはこの神社が子宝祈願の神社でも有るって事で昔からやっているそうなんです。

奥ノ院の神社に有る温泉は地元の人たちも普段から多く利用しているんです。 温泉の湧出量があまり多くないので神社の所に有る浴場しかないんですけど、私も今でもたまに行く事が有りますよ。

おかしな話ですけど、私の住んでいる地区の男の子は小学校の低学年のうちにチンチンの包茎手術を受けているみたいです。 地区では私と同じ歳の人は6人で男子3人女子3人でしたが、男子の3人は小学校の3年生の時に手術を受けたと話していました。

小学校4年生以上になると月に1度の温泉の掃除が有るので包茎だと恥ずかしいと言う事も有るのかも知れないですね。

それと男子もチョッと恥ずかしい事が有るんです。
男子の場合は小学校6年生の時に射精の儀式って言うのが有るんですよ。
小学校6年生だけが集められて神社の温泉浴場で行うんです、単純に言うと男子のチンチンが成長している事を確かめるみたいな事らしいです。

これは男子も恥ずかしいけど女子も恥ずかしいですね。
一応これを経験しないと中学になってからのセックスの真似事の神事が出来ないからと言う事らしいです。

男子のほとんどがオナニーの初経験は済ませているみたいですけど、でも同級生の女子に見られながらするんだから恥ずかしいみたいです。

女子もその頃にはオナニー初経験はみんな済ませていましたね。
私の場合も小学校4年生の頃から覚えていました、月に一度の温泉浴場と源泉神社の掃除が有るのでその時に上級生のお姉さんに教わってしまうんです。

それも変な教え方されるんです、温泉浴場と源泉神社の掃除は裸でしなきゃいけないので最初の頃はたとえ子供同士でも男子に見られると言う恥ずかしさで何だかオシッコ漏らしそうな気持ちになるんです。

それでその気分を抑えるためだって言って上級生のお姉さんが面白半分で教えてくれるんです。 男子の見ていない所に連れて行かれて教えてもらい私も始めての性的快感を覚えたのはこの時が初めてでしたね。
男子も同じ様に教えられているんじゃないかと思います。

中学になって季節のお祭りでセックスの真似事を初めて経験してからは、一緒に組んだ男子と仲良くなりましたね。

季節のお祭り以外の時も一緒に遊んだりしました、おかしなもので誰から教わった訳じゃないけどシックスナインを自然と覚えちゃうんですよ、それでお祭りで一緒に組んだ男子とシックスナイン遊びをしちゃうんです。

地区ではお祭りでセックスの真似事をしても本当のセックスは大人になるまでしちゃ駄目だって教えられているんで中学の頃はシックスナイン遊びで夢中でした。 学校の帰りにどちらかの家に寄って行ってシックスナインで遊んじゃうんです。

私の頃はまだしていましたけど、今は月に1度の掃除は水着を着てしているみたいです。 今は年4回のお祭りも男女ともに短パンの上にフンドシになったし、上半身も女子はTシャツを着ています。 これも児童ポルノの問題で色々と有ったみたいです。

今でも小学校6年生の男子の射精の儀式だけは有るんですけど、女子は裸にはならず水着を着ています。 私の時代が裸でやっていた最後の時代かも知れないですね。 児童ポルノの問題が有ってかなり普通っぽいお祭りになったみたいです、お祭りでのセックスの真似事をするのも、かなり簡素化された物になったと言う事ですよ。

源泉の神社の温泉は浴場は岩を組んで作った物で屋根は有るけど壁のない露天の混浴状態です
普段は地元の人や老人会の人たちがゲートボールをやった後に入浴している所です。

それと源泉の所の神社が子宝に恵まれると言う神社だから子作り作業の真似事を神事の形で行うんですよね。 年4回の祭りでは小学校1年生から参加するけど、子作り作業の真似事をしているのを観れるのは小学校4年生以上なんです。

小学校3年生までは山車を引っ張って終わりなんですけど、小4の時に初めて観た時はびっくりしました、小4だとまだ知識不足だし私も初潮前だったので身体もまだ子供だし良く解らなかったですね。

だから小4の時に始めてみた時に女子は恥ずかしくて良く観れなかった、でも男子は喜んで観ていましたね。 自分達も中学生になったら同じ事をしたんだけど、例え真似事と言ってもフンドシ1枚の所に男子のチンチンがアソコを擦るんだから気持ち良くなっちゃって恥ずかしい事を忘れちゃいます。

子作り作業の真似事をお祭りでするんだけど、中1の時は最初のお祭りの前に何度か練習会が有りました、その時に挿入しないのにアソコから血が出たりするんです。 生理でも無いのに血が出てしまったので驚きでしたけど、激しくアソコを突かれたり擦れたりするんで刺激や振動で処女膜が自然を破けるんだと言う事でした。

練習会は最初の祭りの前に10回くらい有って本番のお祭りの神事で血を出さない様にって慣らされました。 最初はアソコを突かれたり擦れたりで痛かった感じもしたけど、練習会の4回か5回目くらいからスゴク気持ち良い感覚を覚えました。

私と組んだ同級生の男子は練習会と別に練習しようよって言うんです。
だから個人的な練習もしましたよ、その時はフンドシは使えないので私はパンツを履いているだけで後は裸だし相手の男子は裸になっちゃってしてました。
でも途中から私もパンツを脱いじゃって裸になっちゃいましたけど、挿入しないで素股って言うのかな
そういう状態で私のアソコの割れ目でY君のチンチン擦る感じでした。

私の故郷は、最寄の駅から、村営バスで2時間も掛かる場所に、ある秘境に近い村でした・・・、その村は、「マタギ」の村、簡単に言えば狩人たちが暮らす村です。

狩猟の季節に、村の大人たち(マタギ)は、何ヶ月も山に入って、熊や鹿狩りを行います、特に「熊」の肝臓や胆嚢は・・・漢方薬の原材料として、高く取引され、村の貴重な収入源の一つです。 熊の一匹を狩って、一人前のマタギと言われ、何匹もの熊を狩ったマタギは村では、名誉ある者として尊敬を集めました。
そのマタギの村、この村に生まれた男児・・・村で、大人として認めて貰うための儀式が数回ほどありました。

人里離れた秘境の村、昔ながらの「男尊女卑」の意識が強くて、男児が大人として認めて貰うための儀式ですが、12歳になった時に、「精通の儀」が行われます、マタギの血筋を残すため、生殖能力の基本である、射精が出来るかの??テストが行われます、

それを確認するために、狩りで夫を亡くした未亡人たちが分担して、12歳の男児のペニスを触って、射精できるか??を試します、
山神さまを祭る神社にある集会所・・・数部屋に仕切られた部屋の前に、12歳になった男児が並んで・・・順番を待ちます。

未亡人から、ズボンとパンツを下ろされて、下半身が丸出しにされてしまい家族を除いて、自分の下半身を見られる恥ずかしさ・・・

未亡人が、自分のペニスを触って勃起させる、恥ずかしくて・・・頭が真っ白になってしまい気がついた時は、射精していました・・・。


「精通の儀」をクリアした、12歳の少年らは・・・2年後のの村祭りにてマタギの見習いとして認めて貰う「成人の儀」を通過しなくてはなりません
その「成人の儀」とは、「精通の儀」をクリアして、二年を経た少年たちに対して、子供を作るための基本を教える儀式です・・・その相手は、未亡人たちです、

14歳になった私・・・「成人の儀」を迎え、村のマタギ衆から指名された相手は、隣に住む未亡人の阿佐美さんでした・・・

子供の頃から遊んでくれた、近所のお姉さんの阿佐美さんが・・・「成人の儀」の相手をするなんて・・・

阿佐美さんの夫の、正彦さんは〜私が子供の時に、遊んでくれて、強くて優しくて・・・私が憧れる人でした、前年の狩猟シーズンに大物の熊を仕留める時、手負いとなった熊が振るった〜反撃を受けて、亡くなりました・・・。

「成人の儀」、相手をしてくる未亡人宅を訪れます、私は・・・阿佐美さん
の自宅へと行きました、

迎えてくれた・・・、佐美さん、平静を装う感じで迎えてくれて、阿佐美さんは

「夕食を用意しているから一緒に食べよう」

と言われ、阿佐美さんの美味しい手料理を食べて、私が子供だった頃の話にて
盛り上がりました、それから・・・阿佐美さんは、お酒を持って来て・・・
私に勧めました、私は「未成年だからと・・」と断ったら、阿佐美さんは〜

「少しだけ、お酒が飲みたい〜私の相手をして欲しいの」

と言われました。阿佐美さんから勧められ、私は一緒に酒を飲みました、無論、酒を飲むのは初めてではありません、村祭りの時には、村の大人たちが面白がって、子供たちに酒を飲ませるので、別に酒を飲むことに対して抵抗感はありません。 一応、そう言っておかないと・・・私に酒を勧めた、阿佐美さんの立場とかありますし、ある意味で緊張していました、本当です。

女性の裸を見るのは、生まれて初めてではありません・・・私が住む村には温泉が湧いており、村人の大半は共同浴場に通いました、幼少の頃は母親に連れられて、女風呂に入りました・・・そこで何人も裸の女性を見ました。

「精通の儀」を迎える年齢になるまでは、村の掟で、母親に連れられて来た場合に限り、男児は女風呂に入ることが出来ました。

数杯ほど、阿佐美さんと酒を飲みました、今から思えば・・・阿佐美さんも私と同じく緊張していたと思います、「成人の儀」は父親から聞いていましたし、これをクリアしないとマタギとしての修行が始められません。
むしろ、阿佐美さんが「成人の儀」の相手と、当日になって村のマタギ衆の親方たちから知らされたとき、内心・・・ホッとしました。

既に、隣の部屋には布団が敷かれており、幾らか酔った阿佐美さんに手招きされて布団の上に寝ました、着ていた浴衣を脱がされて、パンツも脱がされました、阿佐美さんも着ていた浴衣を脱ぎました・・・

下着を付けていない状態だったので、二人とも全裸となりました、阿佐美さんは優しい手つきで私の陰茎に手を触れました、あっという間に勃起してしまい、クスっと微笑みを浮かべた阿佐美さん・・・

「まあ、立派なこと、亡くなった主人が貴方のことを弟のように思っていた」

と話してくれました、正彦さんは色々と私の面倒を見てくれた兄貴分です、「精通の儀」「成人の儀」から、マタギとしての礼儀作法、山神さまを大切にする心を教えてくれました、正彦さんは当時、二十代の半ば・・・阿佐美さんは、十九歳で正彦さんと結婚しました。

「成人の儀」は、快楽を求める儀式ではありません、子供は山神さまからの賜りものと言う厳格な宗教的な観点と、マタギの仕事は狩猟中の事故を背にして行う厳しい仕事、その血を絶やさないためにも、適齢期になった少年に対して、実地で生殖能力の有無と、将来、村に住む女性と結婚して、子供を作るための予行練習みたいな儀式です・・・

勃起した、私の陰茎を触ったり口で舐めたりして、頃合と見た阿佐美さんは、騎乗位で挿入しました。

何だか、自分の陰茎が暖かいものに入って行く感じがしました、ヌルヌルとして何とも言えない快感がしました、途中から、阿佐美さんが・・・

「この状態で入れてみて」

と言われ、正常位で陰茎を挿入してみたら、自然と腰を動かしていました、大した知識が無くても人間の持つ、子孫を残すと言う本来の生殖能力はDNAに刻まれていると、後になって思いました。 初めての快感と緊張から、数分で「成人の儀」は終わりました・・・

避妊のためコンドームを付けていました、射精したら浴衣を着て、阿佐美さんの家から出るようにと、予め言われていましたので、その通りにしました。

浴衣を着て、家に戻る私の陰茎には、コンドームが着けられた状態でした。
家に戻ったら、母親が、私を共同浴場に連れて行きました、誰もいない共同浴場にて、私の浴衣を脱がせました・・・萎んだ陰茎にはコンドームが着けられた状態でした、母親にそんな姿を見られて、恥ずかしい気分でした。

母親は、陰茎に着けられたコンドームを外して、

「今まで、子供だと思っていたけど、これだけ出れば、立派な大人よ、マタギ衆の親方に、父親が息子の「成人の儀」の相手として、阿佐美さんにお願いして良かった」

と・・・言いました、これだけ出ればの意味は・・・射精した精液の量です。

共同浴場にて、丹念に母親から全身を洗われました・・・陰茎も母親の手で洗われて、つい勃起してしまいました・・・

「仕方ない子ね、お父さんと負けない位よ、早く立派なマタギになって結婚して、お母さんを安心させてね」

と言われました、当時・・・中学の同級生で大好きな子がいたので・・・
その子と結婚して欲しいと、母親が言っていたと思いました。

母親が村の女性も「成人の儀」があると、初めて教えてくれました、

14歳になった村の娘は、生理の有無を確認する儀式として、「成人の儀」があると言い、生理の日に・・・秘部から流れ出る生理の血を、村の未亡人が確認し初めて、村の大人の女性として認められると・・・。

男女とも「成人の儀」をクリアして、15歳の時に婚約して、男はマタギの修行に入って・・・鹿を一匹、狩猟で仕留めたら、結婚が許されると、母親から聞きました、今は・・・法律の関係から、男女とも結婚が出来る年齢になるまで、婚約の状態で過ごし、男が結婚できる年齢になったら、村を挙げて結婚式が行われます、

その間は・・・溜まった性欲の捌け口として・・・
村の未亡人が、月に1回だけ夜の相手をしてくれます、「成人の儀」にて相手してくれた未亡人に限ってです、その時は未亡人が避妊が不要と言えば避妊なしでの行為となります・・・

その未亡人が妊娠して、子供が生まれたならば・・・村の子供として、養育費はマタギ衆から出ます。

かく言う私も、ある未亡人が生んだ子供の一人です、子供に恵まれなかった夫婦に養子として迎えられ、育ての親となってくれました、実の父親は村で若手では一番のマタギと言われた御仁、「赤鬼」と呼ばれた人食い熊がいて山にハイキングに来た人や、山菜取りに入った人を襲っており、猟友会のハンターでも逆襲されて死傷者が出るほどの大熊で、実の父親は、何ヶ月も山に入って・・・「赤鬼」を探し、その「赤鬼」を仕留めましたが・・・
相打ちでした、「赤鬼」の死骸に横たわって死んでいる実の父親の姿、山を
捜索していた村のマタギ仲間に発見されました。

そんな実の父親の血を受けた私、実の父親の兄であり子供に恵まれない夫婦に引き取られ、「成人の儀」では・・・阿佐美さんの年齢では、「成人の儀」の相手をする未亡人から外されるところを、育ての両親と阿佐美さんからの願い出で、村のマタギ衆の親方たちが・・・亡き実の父親の偉業を称えて認めて貰えた結果と、一人前のマタギになった時に、育ての両親から聞きました。

現在も人里離れた秘境に近い「マタギの村」で暮らしています、近年の電話事情でしょうか? 村でもインターネットが出来るようになりました。
この話を書くにあたり、妻である「阿佐美」が面白そうだからと、言うので書いた次第です、年上女房の阿佐美は面倒見の良い妻です、2男3女の子供に恵まれ、

今でも〜夜の営みは週3回・・・(^^ゞ マタギの収入だけでは足りないので、マイカーで近隣の温泉旅館で契約社員の仕事をして、生計を立てる日々、唯一の楽しみは・・・マタギの経験を生かした、女風呂は露天風呂の覗き見でしょうか!? 

現在は「成人の儀」はありません、「精通の儀」は残っております・・・
父親が、息子の射精能力の有無を、確認する形にと変わりました、去年に「精通の儀」を迎えた長男、緊張して勃起しないため妻が持って来た、肩こりに使う「バイブレーター」を、長男の陰茎に当てて刺激したら、速攻で勃起して・・・射精してしまいました、妹たちに、その光景を見られてしまい・・・

「お兄ちゃん、白い〜オシッコを漏らした」
と言われしまいました。

成人する男子の数だけ、相手をする未亡人はおりません・・・当たり前です!
数人の成人する男子を1人の未亡人が請け負う形です、未亡人と言っても〜
年代に幅があり、年増の未亡人に当ってしまう不幸?な成人する男子もいたりする訳ですよ(+_+)
それに、マタギは数人でチームを組んで狩猟するから、その中の1人が単独行動して、チームワークを乱した結果、手負いの熊の逆襲を受けて死んだり大怪我する、それを助けようとする腕の良いマタギが犠牲になってしまうチームワークを乱して死んだマタギには名誉は無い、残された未亡人と家族も同じ、未亡人が常に快楽の対象にされるケース、それはチームワークを乱した夫の責任を妻が背負う、また、村の掟を破った妻が、村人の資格をされて受ける罰みたいなものかも・・・・。

それに、マタギの村を出た女性もいて、他所の地域で結婚して、結局は離婚して、Iターンで故郷のマタギの村帰って来ても、大した仕事も無いし・・・
30代の男日照のバツイチのIターン組の女性、裏稼業ではないが、未婚の若いマタギの相手(夜這い)をして、日銭を稼ぐこともあるらしい・・・。
http://www.moedb.net/articles/1245899725-


30. 2012年10月10日 11:17:40 : HNPlrBDYLM


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            )人ミ、.弋トミ、  、    / {ノ /〃/ノノイ / /
               jノ} ノ代_   、.. .-乂 弋 ( {! λ(__:( / /
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___/    /| |    |       〉 { ` ‐- ..._    / ̄ ̄ヽ /    ,.'      `ーr_、
    /   ∧/   /       /  \      ̄'´        〈、__,.イ-- 、      }-}
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  ヽ.  /   _/         /   \ ̄ ̄ ̄ ̄\≧‐--/\_,.  -―-'

沖縄 新城島の秘祭

新城島(パナリ)
http://www.youtube.com/watch?v=-0p9BHXUbmA
http://www.youtube.com/watch?v=lVAmBAq_Wz4
http://www.youtube.com/watch?v=1Ehez1XIhIg
http://www.youtube.com/watch?v=aL5Fj-Iv63o
http://www.youtube.com/watch?v=Nt_0KxEgZBM

新城島(パナリ)人魚神社
http://www.ishigaki.fm/panari/ningyo.html

新城島(パナリ)美嶽神社
http://www.ishigaki.fm/panari/mion.html


地図
http://www.ishigaki.in/aragusuku-top.html
http://www.ishigaki.in/spot-aragusuku-panarishukuhakujo.html
http://www.ishigaki.in/map-aragusuku-panarishukuhakujo.html

http://maps.google.co.jp/maps?q=%E6%96%B0%E5%9F%8E%E5%B3%B6&hl=ja&prmd=imvns&biw=1047&bih=892&um=1&ie=UTF-8&sa=X&ei=nhVwUJXbHsbjmAWez4GwBw&ved=0CAsQ_AUoAg

http://www.google.co.jp/search?q=%E6%96%B0%E5%9F%8E%E5%B3%B6&hl=ja&prmd=imvns&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=ExVwUJrCD8LRmAW4-IGoBg&sqi=2&ved=0CDYQsAQ&biw=1047&bih=892

A. 神の島の秘祭


石原慎太郎 秘祭
http://www.amazon.co.jp/%E7%A7%98%E7%A5%AD-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E7%9F%B3%E5%8E%9F-%E6%85%8E%E5%A4%AA%E9%83%8E/dp/4101119082
http://www.amazon.co.jp/%E7%A7%98%E7%A5%AD-DVD-%E6%96%B0%E5%9F%8E%E5%8D%93/dp/B001B4P91O


人口わずか十七人の南西諸島の孤島をリゾート化しようと、観光会社の青年、敏夫が島に赴任する。前任者が事故死した為だ。

島の和やかな雰囲気や、島唯一のいい女、タカ子に魅了され島に惚れ込む。タカ子も敏夫が気にいったようで、二人は即、獣のように愛を交わすようになる。社命で赴任したとはいえ、仕事らしい仕事はせず、タカ子とセックスばかりしている敏夫だが、島で生活していく内に、段々と島のタブーが見えてきた。

まずおかしいのは、檻に入れられている男、ミノルの存在。
言葉は発っせず、原始人のような風貌で獣のようにウーウー吠えているだけ。島の人は

「ミノルは頭が弱くて乱暴することがあるのでね」

とあっさり言うが、明らかに異常な光景だ。

さらにある晩、漁に出た敏夫が見たのはタカ子が他の男と交わっている姿。
タカ子に問い質すと、「嫌なら私を島から出して」と懇願する。
どうやらタカ子は島の男全員と寝ているらしい。このことから、段々とこの島の異常性が露わになっていく。

乱婚、近親相姦、暴力、拷問、殺人…。

近親による性交の歴史により、この島は狂人パラダイスと化していたのだった!
前述した、檻の中の男は島の秘密を漏らさないよう、舌を切られていたのだ。

敏夫の前任者もこの秘密を知って殺されたらしい。そして、知りすぎてしまった敏夫は、タカ子を連れて島を出るため島の老人たちに、「訴えることもできるんだぜ」と脅す。老人たちは

「わしらが島を出ます。だからあんたもこのことは黙っておいてくれんかね」

と、屈伏したように見せかけるが、結局、敏夫は別れの酒と称した杯に毒を盛られて眠らされ、ボコボコに拷問された揚句殺されてしまう。

時は流れ、何も知らない敏夫の後任の青年がまた島に赴任して来た。木の下に不自然に土が盛り上がった土饅頭が二つある。「あれは何ですか」と、島の人に聞いてみると、

「ああ、あれは昔から人魚の墓と言われておってな…」

…それが敏夫とその前の前任者の墓であり、

いずれ自分もそこに葬られることになるとは思いもしないであろう…。
http://hojomatsugoro.blog41.fc2.com/blog-entry-982.html

奇祭アカマタ・クロマタ 美女が洞の中で男衆と妖しい儀式

 アカマタ・クロマタは、八重山列島の新城島、西表島の古見集落、小浜島、石垣島の宮良集落で行われている。場所ごとに開催日はずれているが、それぞれの期間は3日間。開催日時は島民と関係者以外には知らされない。

 アカマタ・クロマタに関する文献や写真は極端に少ない。中でも新城島に関しては、さらに厳しいかん口令が敷かれて、外部にはまず漏れない。

 漏れ伝わる話によると、新城島では1日目の夜にアカマタ・クロマタを生む際に秘儀が行われるという。

「ザーシンカと呼ばれる男性による祭祀集団がナビン洞の前に並ぶと、30代後半の美しい女性が介添え役の女性に連れられてやって来る。この美しい女性は、ナビン洞の中に入るとアカマタ・クロマタを生むためにザーシンカの男衆たちと妖しい儀式をするという」

 あくまで噂の域を出ないが、島の人たちが観光客などの行動を異常に警戒しているのは秘議にまつわるタブーを暴かれることを恐れているのかもしれない。

2011.8.5 東京スポーツより
http://sky.ap.teacup.com/f45362/1674.html


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行ってはいけない!ニッポン「不思議島」異聞 (別冊宝島 (1323)) [ムック]

秘密を知ったら戻れない ・ ・ ・ 日本最後の秘境 ! !
民俗学者たちも恐れる離島最大の禁忌 聖地・人魚神社と禁断の秘祭に潜入
http://tkj.jp/book?cd=20132301
http://www.amazon.co.jp/%E8%A1%8C%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%AF%E3%81%84%E3%81%91%E3%81%AA%E3%81%84-%E3%83%8B%E3%83%83%E3%83%9D%E3%83%B3%E3%80%8C%E4%B8%8D%E6%80%9D%E8%AD%B0%E5%B3%B6%E3%80%8D%E7%95%B0%E8%81%9E/dp/479665304X

残念ながら新城島だけはここ数年、観光客は入れないとか、ネットに書かれることを恐れているらしい。


アカマタ・クロマタ?赤股・黒股?

赤い股が女で黒い股が男?

30代後半の女性は生け贄でしょうかね?

早い話がお祭りという輪姦行為?

「怪しい」じゃなく「妖しい」ってのが艶めかしい!


 30代後半と言えば主婦?

生け贄と言いつつ自ら手を挙げちゃったりしてね!

島民皆穴兄弟?なんちゃってね。って、妖しい儀式がどのような物かは島民と童子しか知らないが、知らぬが仏だよ、知ったら死亡?

あぁ〜止めた止めた! これ以上は書けない。


秘儀はあくまで秘技?

秘技は秘戯だよね。

美しい熟女が・・・

祭りの日は1日島民になりたいよ!

マンマン様ご開帳、2礼3拍手その後・・・!

写真は東スポより。
(1963年に撮影されたとされるアカマタ・クロマタの写真。なぜ撮影できたかは不明だ。>って、撮った人は・・・もう死んでるのかな
http://sky.ap.teacup.com/f45362/1674.html

不思議ナックルズにアカマタ、クロマタの秘密が載っていたよ!

その儀式の為に幽閉されてる女がいて、洞窟でSEXさせられてアカマタ、クロマタが生まれるらしい

アカマタ・クロマタの儀式は乱交パーティーで それで生まれた子供を人魚の肉として食ってるだって。


麻薬をやりながら、女を監禁して輪姦って・・・

メスのおサルさんみたいに発情してあそこがまっかっかな若い女がアカマタを、

男性と交わりすぎてあそこが真っ黒な10代から40代くらいの淫乱な女がクロマタを演じる、というのが慣わしです!


何でここまで秘密にするかというと

女を監禁し輪姦が祭りの儀式で、人魚と称して子供の肉を食ってるのでばれるとまずいからです
http://unkar.org/r/tropical/1163308866


728:名無しさん@十一周年:2010/09/19(日) 06:29:16 ID:he1UONG30

そこで生まれ育った女が同類と変態儀式してるならどうでもいいが、島の外の都会から引越しして来た女の子が、突然島民が怪しい仮面とかかぶって取り囲む中、高台で四つん這いにさせられて涙を流して叫びながら、ぶっさいくなゴリラみたいな体型の猿みたいな性欲の男にパンパン突かれてたら興奮するな。

逃げ出そうとしても、ドンドコドンドコ太鼓の音の中、無表情で無感情な島民が取り押さえて高台へと連れ戻される。

そして何人かの若者によるレイプが終わったあとにまんぐり返し状態で神輿に載せられてワッショイワッショイと神殿に連れてこられて鳥居にV字開脚状態の全裸で、精液を垂らしながら荒縄で縛って吊るされ、その下で島民がオバハンとかですら平然と芋煮会をする。

放心状態の娘が深夜の祭り終了時にようやく下ろされて、神社の中の開かずの間に入れられると、そこには1年早く同じ都会からここへ引越ししてきて、音信不通の行方不明になってた友達の少女がボテ腹で発狂して笑い続けている。

多分そんな神秘の祭りなんだろう。


737:名無しさん@十一周年:2010/09/19(日) 06:47:14 ID:he1UONG30

アカマタ(股から赤い血を垂らしている。つまり処女)の信仰の為の儀式だから、処女が選ばれる。だが古くから居る島民はもう乱交夜這いしつくしていて処女がいない。

そこで若い衆の中で女騙すのが上手い奴が、都会で可愛い子を物色するという仕組み。


アカマタの巫女にされた少女の母親が必死で娘の消息を追って訪ねて回っても島民は皆しらを切る。 そしてある時、記者が謎の儀式の噂を聞いて、取材のために島で聞き込みするが、皆血が濃くて薄気味の悪い顔つきでよそ者を冷たくあしらい続ける。

一人だけ陽気で気さくに質問に答えてくれた、なぜか指の間に水かきがあって左右の目の色の違う農民が、ちょっとお参りに行ってくる。と言うが島民じゃない人はダメだと同行を拒絶、隠れて跡をつけると山奥で大声を上げても通らない奥地の神社にはいっていく。

そこで記者が覗いたのは、豹変した農民が少女をダッチワイフのように乱暴に足を掴み上げながら凶暴に腰を振りまくる姿だった。 驚愕した記者が裏手に回ると赤ん坊の鳴き声やら女の笑い声、すすり泣く声がいくつも聞こえる。

少し戸を開けてみると、この島にそぐわない整った顔立ちの美人、可愛いかったであろう真っ白な肌の少女たちが何人もそろって脱力して寝転んでうわ言を言っている。
その内一人がこっちを見つけ

「静かに!君たちを助けてあげるから!」

といっても

「うおああああぁぁぁ!!!」

と既に人語を忘れて叫び声を上げ、神社に鎌や鍬をもったたくさんの人影が忍び寄る。


65:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 10:18:20 ID:z2MmBJ8N0

お前達に警告しておく
これ以上この島に関わるな
http://2chnull.info/r/newsplus/1284771591/1-1001


627:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 23:08:50 ID:Ekuzm5Le0

祭の内容見ると、やっぱ献上する赤ん坊を生む儀式&犠牲になってくれた赤ん坊への鎮魂の儀って感じだな↓

海で監視をしている西泊さんと目が合う。そろそろ上がらないといけない時間だった。すると

「佐野さん?あなたのシンカはどこ?」

と尋ねられた。これは嬉しい島言葉だった。冒頭に書いた、この島で島民と旧島民だけで行われる秘祭「アカマタ・クロマタ」(豊年祭)は、男子の集団による「シンカ」と呼ばれる秘密結社的集団で執り行われる。

そのシンカは入団してからの年齢によっていくつかの階層に区分されるのだが、覚える祭りの歌や決まりごとはこの祭りに合わせた年に1回しか教えられず、メモも録音もできないのでその場で聴いて覚えないといけない厳しいものだという。かつては入団の際にはそれまでの品行を問われ、島の意中の女性も告白しなくてはならず、不相応な女性ならダメ出しを食うなどというまさに血を分けた家族のような存在なのだそうだ。

「シンカ」、そうかここではきっと家族っていう意味なんだろう。瞬時にそう判断して「あそこにいます。呼んできますね」と返事をしていた。 海から上がり、シャワーを浴びて着替えたあとは、約束どおり人魚神社(アーリィウガン)を案内してくれるという。その時には他のツアーのお客さんも加わり、我々はまだ見たこのない人魚神社だけ見て、そこで別れ船を待つことになった。

人魚とはザンと呼ばれたジュゴンのことである。ジュゴンの肉は不老不死の霊薬とされ、琉球王府の王様に献上されるのだが、パナリは毎年、そのことが義務付けられ、必死に捕獲していたらしい。そして捕獲したジュゴンの頭蓋骨をこの人魚神社に奉納していたため、今も神社にはジュゴンの頭蓋骨が残っているそうだが、立ち入り禁止である。島人も必要な時以外は入れないのだという。

鬱蒼とした緑の奥にたたずむ鳥居は神秘的で、とても勝手に入れるような雰囲気はなかったが、西泊さんが、我々も含めたツアー客に

「この神社は、昔、王様に献上したジュゴンを祭った場所です。ジュゴンの肉というのは美味しいものだったそうです」

と語ったとたん、2人の女子高生風の化粧バッチリの女の子2人が間髪いれず「入っていーの?」と質問した。西泊さんが

「ここはダメです。私たち島の人間も勝手に入れません」

というと「どーして?」。このやり取りが続いて噴出しそうだった。なんだか屈託がなくて微笑ましい。


鬱蒼とした緑に覆われた立入禁止のアーリィウガン

我々はそこで案内から外れ、珊瑚の塀で覆われた美しい村の集落を抜け、港で船を待つ。目の前には大きな西表島、遠くには高い山をいだいた石垣島、その中間になだらかな小山を持つ小浜島が見える。翡翠の海に幾重にも重なる島影。この美しさは八重山ならではだ。


パナリ集落

一週間前にはここでその豊年祭が行われていた。400人以上の人が訪れ、3日かけて儀式が執り行われるという。

一昨年、案内してもらったナハウガンと呼ばれる神社の奥にあった赤い太陽と月のマークを描かれた真っ白なアーチ上のワーと呼ばれる門から、稲を島にもたらした神であるアカマタとクロマタの2神が現れる。

アカマタは男の神で、旗には太陽が描かれその先に剣がついている。
クロマタは女の神で、旗には月が描かれ先には二股の槍。その体は野ぶどうの葉で覆われ手や足は見えず、それぞれ赤と黒に塗られた怪異な仮面をつけ、頭には大きな葉をいただき、大きさは2m半を超えるという。

目は夜光貝なので暗闇でも光り、その圧倒的な存在感はまさに神、村人は声を限りに神に出会えた喜びの唄を歌い、神は家を一軒一軒訪ね歩いて踊る。明け方には2神が生まれたナビンドウと呼ばれる洞窟

(シンカ以外の島民はその場所も知らない。丸1日かけてこの中で2神が生まれる儀式が執り行われるそうで、島民は雨戸を閉め、家の中で1日中忌み籠もるのだという)
へ帰っていくのだが、アカマタ・クロマタと島民の別れは、声を限りに涙にくれながら惜別の思いを歌う村人と、何度も振り返りながら消えていく2体の神、見た人によると、この現代にこんな荘厳で幻想的な祭りがあるのかと、震えるような感動に包まれたという。

この祭りは、以前、村人の招待があれば見られた時期から、撮影、録音からメモを取ることまで禁止され、禁を破った者はシンカから何をされるか分からない厳しい掟がある。このパナリのアカマタ・クロマタは昭和30年代に撮影された写真があり、今でも2冊の本で見ることができるが、その姿に一目ぼれしてしまった。威厳と怖さに溢れ、まさに神の姿であった。

このアカマタ・クロマタはパナリだけでなく、最初に始まったという西表の古見、西表島の向かいにあるここパナリと小浜島、そして小浜島の住民が移り住んだ石垣島の宮良の4ヶ所の部落のみで行われているが、どこでもいつ行われるかも公表していない秘祭であることは変わりがない。勝手に見ようとするとシンカに阻止され排除される。

昔出版されたある雑誌に、西表島の豊年祭の写真が掲載されていたが、ここではアカマタ、クロマタ、シロマタの3体の神が現れるのだが、パナリのそれとはまったく違う姿をしていた。小浜と宮良は似た姿だそうだが、パナリのものはこれも違う姿かたちだという。

そしてパナリだけはアカマタ、クロマタが現れる前に子供のアカマタ・クロマタも現れる。

子供のアカタマ・クロマタは鞭を持っていて、それに叩かれると1年以内に必ず死ぬと言われているため、みな必死で逃げるのだそうだ。

このようにそれぞれの島で違う形で伝え続けられてきた。  私はこの祭りを見ることが、ギアナ高地に降り立つことと並ぶ一生の夢であり、見られないだけにここ何年、国会図書館まで行って僅かに記述された文献を調べている。知識はあっても一度も見ていないのだから、ただの頭でっかちである。いつかその「許し」は出るのだろうか...。
http://www.webvanda.com/2010/08/post_31022839.html

沖縄県の新城島では、なんとも奇怪な祭りが行われている。それは通称「種子取り祭」と呼ばれ、若い男女の営みを参加者に公開する、セックス祭りである。

沖縄県は八重山で最も人口が少ない島”新城島”。

ここでは、島出身者以外の旅行者では絶対に参加できない秘祭が行われている。それは豊年祭と呼ばれ、表向きは神を讃える祭りなのだが、特に見物人に対しての制限は難しい。

運良く見物人として参加できても、写真撮影禁止、そして決して祭りを口外にしてはいけないという固い厳守事がある。

一体なぜなのか? それには驚愕の真実が隠れているからである。この祭り、実は裏では「種子取り祭り」と呼ばれる、いわば公然セックス鑑賞会なのだ。

毎年、過疎化を防ぐために島で選ばれた若い男女が、この祭りの時に、島中の人々が集まる場でセックスを行うのである。

首里王朝に伝わる古の書物には「風俗の乱れこれあり…」と書かれた一説があり、島では若い女性たちは半ば強制的にセックスさせられ、種付けをさせられるという。

ちなみにもし、島外の者がその場を見物していることがバレると、島中の男たちから半殺しに遭い、五体満足の体では二度と本島には帰って来れないという。
http://2chnull.info/r/newsplus/1284771591/1-1001


45:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 10:14:07 ID:/PcXl9tp0

平成17年:上地島5人 下地島2人
平成18年:上地島6人 下地島2人
平成19年:上地島9人 下地島2人
平成20年:上地島8人 下地島2人
平成21年:上地島10人 下地島3人

人口増加率すごいなw
5年で約2倍w


44:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 10:13:51 ID:tszwOt390

この人口で若い男女なんかありえない
完全に嘘だな


48:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 10:14:33 ID:VvjyifBx0

そんな人口、集まれる若い男女自体がいねーじゃんw


49:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 10:14:47 ID:hHsGAgkbP

人口13人じゃあ、ほとんど、近親相姦だよね。
きもちわりぃ。


51:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 10:15:29 ID:UED0Noxq0

人口13人の島に「若い男女」がいるはずがない


(中川註 :

新城はかつては上地島、下地島を合わせ700人以上の住民が住み、両島に小学校も有った。学校も一番生徒が多いときで、約30名もいたという。

戦前はカツオ漁での隆盛があり、戦後は農業を中心とした島だった新城は、サトウキビを作り製糖工場もあり、米は西表に田んぼがあって男たちが渡って稲作を行っていた。島では粟・麦・豆類などを作っていて、自給自足の生活をしていた。

しかし昭和16年に沖縄県の移住政策により、南風見(現在の大原)開墾のため上地島・下地島から半強制的に移住をさせられた。)

66:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 10:19:48 ID:FR1ryQpw0

WIKIみたら、島出身者が400人集まると書いてある。
そこから選ぶとしたら、あながちウソではないのかもしれん。
しかし、そんなキモイことを島を出た人間(自由を知った人間)が、できるのだろうか?


323:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 13:13:53 ID:L6kw8wra0

新城島(上地島)の豊年祭
参加できるのは島民・島出身者400名のみ
トリックの山田奈緒子のルーツとも言われる島


755:名無しさん@十一周年:2010/09/19(日) 08:23:34 ID:oKQ3gfHg0

祭祀にあわせて島出身者が400名ほど集まってくる。
むしろ逆にいうと、普段はたった10数人しか島への入植を認めていない聖地ということ
彼らは島守なんだよ
http://2chnull.info/r/newsplus/1284771591/1-1001

123 : 天之御名無主 : 05/01/18 16:20:48

石原慎太郎の「秘祭」は、アラグスクの豊年祭ですよね。
アカマタ系の豊年祭には、何か近親相姦に関する意味合いがあるとか…
http://logsoku.com/thread/academy2.2ch.net/min/1051345690/

354:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 13:57:17 ID:GlCJiGQk0

こういうのはよその種を入れて血が濃くならないようにするのが主目的なんじゃないのか?
夜伽とかと同じで。


361:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 14:12:19 ID:yAysof1uP
>>354
これはそうした風俗とは根本的に違う
祭の夜に降臨するのは神であり、その神が儀式として行う性行為
多くの島では演じるだけだが、今も実際に行われる島があったとしてもおかしくはない
天皇の大嘗祭における真床追衾も、実際に行われているのかどうかを知ることは難しい


40:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 10:13:20 ID:DiGDdkMF0

国内で人口の少ない島はそれこそ1世帯〜数世帯レベル
成り立つかどうかが疑問

それに凄まじい近親婚になるので、障害児出生リスクも高い
他の地域の人と縁を持ち、島を維持してきたと考えるのが妥当


753:名無しさん@十一周年:2010/09/19(日) 08:12:56 ID:7YIgrshr0

地元にも無人島があるんだけど、
昔住人が50人ぐらいいたけど、みんな血が濃くなりすぎて、そのせいでほとんど女子しか生まれず、その女子が本土へ嫁ぐに行ってしまい無人島になった。

434:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 16:14:32 ID:HuT7wwke0

昔はどこも人の出入りが少なくて部落単位だから小さな集落はみんな親戚になってだんだん血が濃くなってくる

ときどき少し遠く血を入れないとまずいので暗黙の了解として祭りの時に利用したってよく言われている

おそらくこれも同じで 全くの部外者の血を入れるのはいやだけど今では遠くにいる同じ島の出身者くらいの血は入れたいってことだと思う
http://2chnull.info/r/newsplus/1284771591/1-1001


136:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 10:58:13 ID:dwr85dTX0

子孫繁栄のためならば、血が濃くなって奇形児が生まれることを防ぐために
部外者の参加大歓迎になるはず。 モンゴルあたりの遊牧民は、お客を自分の奥さんとか娘でもてなすらしいぞ。


64:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 10:17:58 ID:M0iRyq910

大正時代まで全国的にあったらしいぞ。
秋祭りの夜はフリーセックス=>5〜6月に生まれる。
人間の収穫。


107:名無しさん@11倍満:2010/09/18(土) 10:40:34 ID:rfOqN35a0

江戸時代に農村等で行われていたヤツの名残だね。


111:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 10:43:31 ID:B57FBblw0
>>64
万葉集の時代から、祭りの夜はフリーセックスだったしな
人妻とやりあったというのが残ってるw

かつて柳田を師と仰いだ宮本常一氏もまた、村の古老たちの夜這い談義を忠実に
再現した名作「名倉談義」(『忘れられた日本人』の内)を遺しています。

いきなり「夜這い」を持ち出さずとも、日本の村祭は密接に「性」と結びついています。 古来、祭の夜はフリーセックスが公認されており、それが若き村の男女の秘めやかにして最大の娯しみでありました。

160:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 11:10:00 ID:Kyus9N6V0

祭りと言えば乱交という地方は昔多かったらしいな。
今じゃ、離島にしか残ってない日本の伝統の絶滅危惧種。
むしろ保護されるべき。


191:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 11:27:38 ID:Kyus9N6V0

天皇家の跡継ぎ問題じゃないけど、
一夫一婦制の妊娠ってのは結構難しいんだよ。

昔は貞操うんぬんよりも子供を産まない事こそ絶対悪。
だから妊娠チャンスとしての夜這いや乱交が当然の事としてあったんだよ。

貞操を叫んで、少子化で滅ぶ方が馬鹿な社会だと俺は思うがね。

450:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 16:38:03 ID:WYcf1F3L0

乳幼児死亡率が今と違ってものすごく高かったんよ。
生まれた子供の半分以上は、5才の誕生日を迎えず死んでいくような状態。
その前に死産もあったから、受精卵から成人まで育つのは、3割程度かね。

だから、とにかく産むのよ。
成人まで成長するのが数少ないから、産んで産んで産みまくって…
とやっていかないと、途切れちゃう可能性があるんよ。

441:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 16:24:04 ID:tDXPC+zJ0

昔は過疎化という言葉は無かったかも知れないが、貧困と乳幼児の高死亡率で
どんどん子供を産まなきゃならんかった。ガンガン産まなきゃ貧困と過疎高齢化に
対応できない。

それは本土の農民も同じ。沖縄なんて国そのもののレベルが東北以下だったんだから
なりふり構わずやりまくって産まなきゃならない。昔、子供は地域の宝っていう概念があったけど、それは地域で育てて地域を守るって表の意味と、乱交状態で誰の子供か分からないって裏の事情もあったわけ。だから村の子供は村で育てるわけ。

貞操とか秩序とか道徳っていういわゆる日本人的な美徳があったのは貴族や武家だけ。

220:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 11:42:46 ID:XryklFOc0

夜這い・乱交は百姓の話。 百姓は多いほうが良いから黙認していた。
百姓には氏素性は不要だからな。

支配者階級では許されるはずも無く、養子縁組で家を保った。

663:名無しさん@十一周年:2010/09/19(日) 00:28:03 ID:he1UONG30

祭りの日の夜、家柄のいい地主だか商人だかは、自分の娘を蔵に閉じ込めて鍵をかけた。 男衆が女を目を血走らせてあさりに来るからだ。

女は蔵の中でガクガクプルプル震えて祭りが終わるのを待つ。

女を閉じ込めた親父は、時には若い男衆にボコボコにされても娘を守らなければならない。

245:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 11:54:15 ID:ek3jx5xm0

ムラの盆踊りに一人で行かせてもらえなかったって80歳のうちのばっちゃがいってた。 みんなセックスしてるからと。昔はどこのムラ祭りでもそうだった。

結婚はとなりムラの農閑期の慰安会の手伝いにいかされて、婿候補のじっちゃにこっそり見せられて後に結婚。今の俺があります41歳独身。昔はいいですな


178:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 11:20:19 ID:yAysof1uP

岡本太郎が墓暴きをやったせいで久高島では風葬が廃止され
貴重な秘祭であるイザイホーの伝統も絶たれてしまった

>>1が事実であろうとなかろうと、その土地の人が大切に守ってきた文化を
よそ者が踏みにじる行為は絶対に許せないと思う
http://2chnull.info/r/newsplus/1284771591/1-1001


77 : 天之御名無主 : 04/07/15 05:25

風葬は1970年代までは確認されている。

1979年の久高島でのイザイホーのとき、芸術が爆発するバカが風葬場所を撮影するという冒涜を行って大問題になった。

つまり、当時はまだそこに人骨がおかれていたのだそうだ。
http://logsoku.com/thread/academy2.2ch.net/min/1051345690/

194:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 11:28:05 ID:8JgCPlKC0

先島の方の神事って、本島の進行役のユタと少し違って「系譜」があるそうで
その人を検挙されると祭事ができないので秘密の神事にしたところもあるそうですね。

戦後に、男性・女性のシンボルを模った面や神事に用いたものを米軍が押収していった
そうです。 アンガマのウシュマイ・ウミーも現在のモノとは随分と違うって本土復帰前の琉大の調査に証言してた高齢者もいたそうです。

174:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 11:18:00 ID:hqxwwBTu0

沖縄、八重山諸島、新城島の秘祭、豊年祭は島民以外の見学がかなり制限され、撮影、筆記など一切禁止、カメラをもったよそ者が見つかったらリンチされたりと事件が起こってる位、秘密で行われている日本民俗学最大のタブーとされてる祭りです。

ここまで徹底的に秘密にするので、人魚と称して子供の肉を食ってるとか、女を監禁して神様が生まれる儀式として輪姦してるだのおどろおどろしい噂が出てるんです。
まあ、都市伝説みたいなものなんでしょうけど、そこまで隠すからそういう噂が出るんでしょうね。

僕の調べた民俗学者などの資料の限りだと観光客には見せないアカマタ、クロマタ誕生の儀式は男役と女役の島民が性交をする真似をする儀式があるらしく、それで神が誕生するとなってるのが見せない、秘密にするので女を監禁して輪姦という噂になったんじゃないかなと思います。

実際、ここで生まれるアカマタ、クロマタという神はポリネシアの神々に非常に近く、また東北のなまはげの原型とも言われ、南方〜日本と繋ぐ文化のルーツとしてオカルトとしてじゃなく学術的にも興味深いのですが、見せない事で幻想を守り、興味を引くって意味ではモザイクみたいなものかもしれませんね。


215:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 11:40:43 ID:hqxwwBTu0

大学で民族学を専攻していたんで卒論のテーマとして研究した事があります。
あの辺の島は確かに独特の土着信仰があったり奇祭や妙な儀式が存在します。
ルーツを辿ると台湾からの流れを組んでいる儒教がベースなのですがいつの頃からか仏教や密教などが混ざり合い唯一無二のスタイルが出来上がった訳です

儀式には幻覚作用のある薬物(ガンジャや植物など)用い人為的にトランス状態を作り出し神を体に宿し恍惚を感じると言うやり方です。

祭の様子を撮影して暴行を受けたと言う話がありますがそれも現在法律で規制されている上記の幻覚剤の使用や閉鎖された島特有の近親結婚を繰り返した末の畸形などが記録され広まる事を嫌ってだと思われます。

そんな事から島の住民はカメラ、マスコミ等に過剰な反応を示すのです。
僕も卒論の取材中に何度か危ない目に合いました。

後、これは確認できなかったので僕の憶測ですが>>108 の看板が立ち立入禁止になっている場所は埋葬場だと予測しています。鳥葬の風習が残っている地域も有る様ですし
他にも・・・血が濃すぎるための畸形を神の使いとする地域も有り、神への捧げ物とされると言う話も有ったり。

集落でトラブルを起こし何だかの原因で始末された人間を隠したり
まぁ・・・ここら辺はあくまで憶測とか聞いた話ですので確認は出来ていません・・・。

興味が有る方も多く調べてみたいと思う方も居るかも知れません。
でも正直、これ以上は掘り下げないのが良いかな?と思います。
僕等から見て異様な光景でも彼等には受け継がれた文化ですから見ない知らない振りしておくのが一番です。

293:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 12:38:04 ID:DYrKD13LP

新城島のアカマタクロマタは部外者に対して禁忌というより琉球の古代から続く秘祭は多くが文字通りの秘祭だった

だが、今でも部外者秘を守ってるのはこの新城島のアカマタクロマタ

宮古島のパーントゥプナハくらいのもんだろ。

ちゅらさんで有名になった小浜島でもアカマタクロマタは部外者秘というが、今でもそうなのかどうか


アカマタクロマタは八重山一帯で広く信仰されてる、王国の支配が及ぶ以前からの
土着の信仰だ。ただし琉球王国のニライカナイ信仰同様、異界から現世に来る来訪神だから、ニライカナイ信仰に含められてるけどな


724:名無しさん@十一周年:2010/09/19(日) 06:08:19 ID:kAp5lM6HP

アカマタ・クロマタ(地域によってはシロマタというものもある)は八重山一帯に琉球王国の支配が及ぶ以前あるとされる古代祭祀、信仰なんだが、秘祭として執り行っている地域が現在もまだあるというところが重要

アカマタという神が性交に関わる神だというのは広く知られている上に特に新城島のものは島外人秘で極めて排他的で実態が全くわからない
定期船もろくに無い離れ小島で古代の性的儀式を行っている疑惑があるからここまで話題になる
http://2chnull.info/r/newsplus/1284771591/1-1001


154 : 天之御名無主 : 2007/03/22(木) 09:34:22

宮良出身です。

・アカマタクロマタは夫婦。
アカマタは農作業で日焼けして赤い。クロマタは炊事の時の煤で黒いらしい

・アカマタクロマタは、もともと宮良にあるものではなく、明和の大津波の後、新城(?)から強制移住させられた人達が持ち込んだ風習らしい。 その大元の発祥については詳しく知らないけど、海賊避けのハッタリって話しも聞いた事ある

・あのお面は、ある家系が代々保管してる。
体の部分は神聖な意味を持つ、特定の種類の蔦を編んで作成。


214 : 天之御名無主 : 2010/04/23(金) 00:07:10

17年前に2回ほど石垣島宮良に見に行ったことがありますが、規制などは思ったよりは、緩いのですが、アカマタ、クロマタが来る時に、家の中に入っていないと、めちゃくちゃ怒られます
私は知り合いの家が在り、見れたのですが、一般の人が見るのは難しと思います。

祭り自体は、怖くはないのですが、アカマタ、クロマタは、草か葉っぱで覆われていて、意味のわからない言葉でその家々に言葉を残していきます、

アカマタクロマタに入っているのは、地元の青年団で、意味のわからない言葉も古くから伝わる言葉らしく、絶対教える事はできないらしく、地元の人もこの事自体あまり話したがりません、特に地元青年団など、深く関わった人は一切話すことはタブーらしです、

祭りに対してのもともとの由来など、地元の人でもあまり解っていないと思いますが、厳しい掟などは守られているのは罰が当たったりとか、そうゆうことを恐れてではないかと思います。

県民性から言うと、お盆とか、しぃーみぃー(清明祭)などを大事にしているのと一緒だと思います。 私も6年石垣に居ましたが、沖縄の人から(個人的には)見ると、石垣の人は変わっています。
http://logsoku.com/thread/academy2.2ch.net/min/1051345690/

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                 ,ィ圭ア'/ィ圭ィ圭ア l l`くミ(三三三三三= ,' ,' i ,'  ,',' ,'   '//     , r ', ∨´, ','     '
                 Vミ'彳'ィ圭ィ圭/l  ヽ>`ヾミ(三三三三,' ,', ,'i ,'  ,'' ,'          _ -'_',´乂,' , '  ,' ,'
                 `くィ圭ィ圭ア/  \,イ   ,∠ヾミ(三三',' ,',i ,'i ,'  ,' ,'i           衍う,'/,', ','  , ' ,'
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            _ _      ヾミィ圭ア,イ` l , '       ヾミ>、i'三=,'  ,' iiヽ、',    ´     /´, -´ , ',イ,','
 _, .- ‐ ' ´  ̄  ̄     ̄ ` ‐,、-,-弋 _ ハ_ /,'          ヾミ>三'  ,'',i i三≡、- , - ― -, ' ´,' , ', r 7','=,'/、'
 `、 `,               ,'   , ' ,' , '`-,'            ヾミ', ', 'ヽ三', 三三三三,r'_,- ' ,', ' ,' , r'´,','='//,>、
   `、. ',             /   , ' ,' ,-`ー'             ', ,r' , ', 'く三`三三三三= , '´,' ,' ,'   ,',' ,'//,イVハ、
    l ∧            ,'ヽ, '´,'_i ,'´  ,' _             ,'、__二ヾミ>`三三三=, '=´','  , '   ,' ,' ,'//,イ三三ミ、
    l  l          ,'  i   ̄ i   ,〈、::ヽ         , '´ .,'´    ヾミ>三三=, ' -´ ,. ' ,'   ,' ,' ,','/,イ三三三三=,
    l  l         ,'   i、    i  _,r'='ー='、_ _ _ _ _, - ' ´  ,'       ヾミ>、三,'三'´ ,イ  , ',', ' /,イ三三三三三/
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B. 死と再生の儀式


1) ニライカナイは地底にある・・他界はどこにあるのだろうか?

琉球民俗の底流―古歌謡は何を語るか 吉成直樹 (著)
http://www.amazon.co.jp/%E7%90%89%E7%90%83%E6%B0%91%E4%BF%97%E3%81%AE%E5%BA%95%E6%B5%81%E2%80%95%E5%8F%A4%E6%AD%8C%E8%AC%A1%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%82%92%E8%AA%9E%E3%82%8B%E3%81%8B-%E5%90%89%E6%88%90-%E7%9B%B4%E6%A8%B9/dp/4772280367

という本を読んでみました。


(引用ここから)
琉球列島に暮らす人々には、美しい海のはるか彼方、あるいは海の深くに、豊穣も禍ももたらす聖なる国があると信じられてきた。 この国をニライ・カナイと呼ぶ。 このような、人間の暮らす世界とは別の世界を「他界」と呼ぶ。

それが海に想定されていれば海上他界、山であれば山上他界(山中他界)、天上であれば天上他界、そして地下であれば地下他界ということになる。

ニライカナイは、海のはるか彼方、あるいは海底深くにあると考えられていることから「海上他界」と言って差し支えない。 こうした他界観は互いに相いれないものではなく、並存している場合が多い。

この章では、ニライカナイが、本来あくまでも垂直的な地下を志向する地下他界であったこと、先島諸島(宮古・八重山諸島)では、現在でも地下他界を意味すると考えざるをえない儀礼が残されていることを明らかにしようと思う。
(引用ここまで)


著者は、ニライカナイは「海の水平のかなた」にあるのか、それとも「海底深く」にあるのか、ということを考えているわけです。 一読しただけでは、なにが書いてあるのか読み取りにくいのですが、著者は琉球世界の中心と周辺、琉球世界の新旧の層を見極めようとしているのだということが少しずつ明かされていきます。

また、太陽信仰と地下信仰の相克についても考えられています。 以下、本文から少し引用します。


(引用ここから)
琉球列島の南部に位置する八重山諸島には、男性たちの年齢階梯的な結社によって行われる来訪神儀礼がある。 これは折口信夫の用語「まれびと」と表現される人神の訪れる儀礼である。

八重山諸島では、アカマタ、クロマタ、マユンガナシと呼ばれる。
男性が全身につる草を身にまとったり、クバの葉、蓑笠(みのかさ)などを身につけて、人神になり、村を訪れ、祝福し、村を去っていくのである。
これらの儀礼では、来訪神は地下あるいは土中から出現すると考えられている。

八重山のアカマタ、クロマタは、大地の底を意味する“ニーレスク”、手の届かぬ土の底を意味する“二―レースク”、地の底の知れざる穴を意味する“二ーロー”、から出現するとされる。

そして儀礼的には、ナビンドゥ(鏡のような凹状の洞穴の意味)から出現する、という形式を取っている。

アカマタ、クロマタの発祥の地とされる西表島・古見では、二―ラから豊作をもたらしに来る神とされているが、実際には森の中から出現し、そこにまた帰ってゆく。

山から出現しつつも「洞穴」が重要な意味を持つ事例は、他にもいくつかある。

たとえば沖縄島・安田のシヌグでは、草などを身にまとって仮装した男性たちが山から出現するが、その際、頂上にある「洞」を巡りつつ、「エーへ―ホーイ」と唱え、三回ここをつつくという。

宮古島のパーントゥと呼ばれる来訪神儀礼も、旧歴6月ごろ、産水、死水に用いる井戸、若い女性たちが若水を浴びる井戸から現れる。

ここで疑問に思うのは、神女たちが中心になるニライカナイ系祭祀はあくまでも水平的な海上他界に結びついているのに対し、男子結社が行う来訪神儀礼では、同じニライカナイ系の名称を持つ他界でも、なぜ地下を志向するのか、ということである。

端的に言えば、男子結社が行うニライカナイ系の他界と結びつく来訪神儀礼と、神女たちの儀礼では、文化史的な時期が異なるのではないかということである。
(引用ここまで)

「アカマタ」、「クロマタ」という来訪神は、ウィキペディアには次のような説明がされています。


Wikipediaより
アカマタ・クロマタとは、沖縄県八重山列島の豊年祭に登場する来訪神である。
西表島古見を発祥とし、小浜島、石垣島宮良、上地島に伝わっている。
西表島古見ではアカマタ・クロマタ・シロマタの3柱、他の地区ではアカマタとクロマタの2柱が現れる。

来訪行事を実施するのは地区住民のなかで資格を持つ者に限られており、その他の者にはその一部しか公開されず秘祭とされている。 かつては、既に廃村になった西表島北部の他の地区や下地島でもみられた。


石垣島宮良のアカマタ・クロマタ

アカマタとクロマタの2柱の神は全体が草に覆われ、ずんぐりとしていて、だるまやフクロウのようにも見える。

背丈は180センチメートルほど、アカマタ(赤面)とクロマタ(黒面)は縦長の鼻に丸い目と細かいギザギザの歯で構成され目と歯の両端に細長いヒゲもある。
目と歯に光が当たると反射して神秘的に輝くのが印象的である。


祭りの内容

夕方に何処からか現れ、村の一軒一軒を一夜かけて回り、朝方にどこかへ消えてしまう。

まず、数十人の太鼓隊が家々の門を潜ると、縁側から向かって左右に分かれて庭の周辺に登場し、太鼓を叩きながら歌いアカマタとクロマタを呼ぶ。

その後、アカマタとクロマタは門を潜り左右に分れ庭の中央に登場する。
アカマタとクロマタは棒を両手に持ち、威勢のいい太鼓隊の歌にあわせ、棒を叩いてユーモラスに踊る。

アカマタとクロマタは「なみだ」と呼ばれる殺気(精霊が宿っている)だった者達に厳重に警護されながら移動する。


祭りの背景

この祭は7月頃に行なわれるが、通常は島民にも知らされず非公開となっており、謎と緊張感に満ちている。 写真撮影、スケッチ、模造などは禁止されている。 もしもそのような行為を村人に見つかった場合、生命の保障はされないとも云われている。 20年程前には隠れて撮影を試みた記者が村人に見つかり、撲殺されたとの噂もあるほど。
http://blog.goo.ne.jp/blue77341/e/1a3ed4df8d3c19236c438f3d3a20a2b1


“はだか世”から訪れる“人類の祖”・・ニライカナイは地底にある

吉成直樹著「琉球民俗の底流」の紹介を続けます。
実に興味深い考察が述べられています。

八重山の来訪神アカマタ、クロマタは、明け寅の刻に生まれるが、この生まれ方には「すでる」という言葉が用いられる。 ここで言う「すでる」とは、ヘビが皮を、蟹がからを脱ぐような生まれ方をさしている。

来訪神が“すでる”には、“すでる”ための水、“すで水”が用いられる。 具体的には、仮面に“すで水”がかけられたり、担い手たちが“すで水”を浴びたりする。

アカマタの仮面に水が注がれる時の神歌には、以下のようなものがある。

「ブンドゥレン井戸の水は
 セーロン井戸の水は
 大世持ち神をあびせて生まらせよう」


「すで水」は、人間が浴びると、一年の大きな折り目に、ヘビが脱皮する様に、人間をも若返らせるという力をもつ水である。 洞穴で、「すで水」によって再生する来訪神とは、地下のはるか彼方でよみがえることを儀礼的に表現しているとみなしてよい。 男子結社などの担い手は、仮面に「すで水」を注ぐことによって、また「すで水」を浴びることによって、秘儀的に来訪神を再生させる。

つまり、八重山の来訪神儀礼は、死と再生によって特徴付けられていると言える。

来訪神アカマタ、クロマタが新生あるいは再生する存在だとしたら、従来考えられてきたような「祖先」「祖霊」という概念ではとても理解できない。
http://blog.goo.ne.jp/blue77341/e/a3932d27cf0ad07b070f05ec8b1f3533


_____________

2) 神の島の豊年祭

豊年祭(上地島):旧6月。アカタマ神事・獅子舞。
秘祭として有名であるが、現在では島の出身者およびその関係者400人以上が参加見学する祭りとなっている。

豊年祭が開催される時期(前後の準備期間を含む)は、祭関係者以外の上地島への入島・桟橋への接近接岸・海岸への接近・接岸は、住民に拒否されている。 従って石垣島・黒島等から開催されているツアーでも上地島への上陸はできない。 また、島唯一の宿泊施設である新城島民宿も観光客に対しては休業する
(2009年7月実績および当時の上地島公民館長の話による)。

結願(上地島):旧8月。ミルク練行列、舞踊。

節(上地島) :旧7月〜8月。巻踊り。


上地島港には「祭事における注意事項 カメラ等の撮影禁止
祭詞・歌の録音禁止 スケッチ等の禁止夜間部落外への行動及び単独行動禁止
以上4項目を固く禁ずる」と書かれた看板が掲げられている(2004年7月)。


アカマタ クロマタ
http://www.google.co.jp/search?q=%E3%82%A2%E3%82%AB%E3%83%9E%E3%82%BF+%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%9E%E3%82%BF&hl=ja&sa=X&prmd=imvns&tbm=isch&tbo=u&source=univ&ei=mQxxUOOtEKjSmAWFtoCwBg&ved=0CCAQsAQ&biw=1047&bih=859
http://www.google.co.jp/search?q=%E3%82%A2%E3%82%AB%E3%83%9E%E3%82%BF%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%9E%E3%82%BF&hl=ja&prmd=imvns&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=PxtwUIfvJKiLmwWD24GQBw&ved=0CCAQsAQ&biw=1047&bih=892
http://max.masafumiendo.com/?eid=680714
http://homepage2.nifty.com/ameotoko/note004.htm


新城島 豊年祭
http://www.google.co.jp/search?q=%E6%96%B0%E5%9F%8E%E5%B3%B6+%E8%B1%8A%E5%B9%B4%E7%A5%AD&hl=ja&lr=lang_ja&tbs=lr:lang_1ja&prmd=imvns&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=0VpxUMv2IM-gmQXwj4CQAQ&ved=0CDcQsAQ&biw=1047&bih=892


(喜舎場永均『八重山民俗誌』沖縄タイムス社、一九七七)
http://www.amazon.co.jp/%E5%85%AB%E9%87%8D%E5%B1%B1%E6%B0%91%E4%BF%97%E8%AA%8C-1977%E5%B9%B4-%E5%96%9C%E8%88%8E%E5%A0%B4-%E6%B0%B8%E3%80%93-59C3/dp/B000J8XC7G
 
沖縄八重山の小浜島・新城島などに伝わる、同じく仮面擬装のアカマタ・クロマタ神事では、その神々 (あるいはその仮面)が、「南の島」や 「南蛮」 「安南」「唐」から渡って来たという意味の神うたが歌われている。

このうちの 「唐」 とは、中国一般を指している。おそらくは、アカマタ・クロマタ神事もアンガマ行事もいつの時代にか中国大陸か東南アジアのどこかから伝来したものであろう。
http://www.sysken.or.jp/Ushijima/voyage%2023.htm

石垣島宮良(みやら)の豊年祭には同類の精霊

「アカマタ・クロマタ(撮影・報道一切禁止。かつては上陸も禁止だった。だから画像を探しても無駄である。)」

が出現する祭りがある。

こちらはもっとものものしくススキをおったてた仮面をかぶる。そして体には重さ80キロ以上もある蔓草で編んだ着物を身に着ける。

男役が赤、女役が黒の仮面をかぶり、赤い棒を両手に持って100余戸ある家々を二手に分かれて巡る。

ちょうど東北のナマハゲや鹿児島のトシドンの「年神」に似ている。これは「厄落とし」の意味があるようである。一年の穢れをはらい、次の年の来訪をことほぐのである。この祭りも大晦日に行われる年越し行事である。つまり日本で言う「大歳の神祭り(『備後国風土記』逸文)の蘇民将来伝説」「来訪神」「大晦日おおつごもり」に相当する。仮面をつけて、体中を草木で覆う神という形態は、中国融水県のミャオ族に伝わる「マンガオ」にきわめて類似している。
http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/50647516.html

アカマタクロマタ@沖縄石垣島 2012-08-01 20:03:46

オレは世界中の秘祭に参加してきた。

アメリカインディアンのサンダンス、
タイのベジタリアンフェスティバル、
インドのクンパメーラ、
マレーシアの苦行祭り、
トリニダッドトバコのカルナバル、
ブラジルのリオのカーニバル、
アマゾンのサントダイミー教会のミレニアム、
ペルー・チチカカ湖の大地への返礼祭り、
沖縄やんばるの山人祭り、
波照間島のムシャーマ、
宮古島のパーントゥ、
石垣島のアンガマー

など、数えればきりがない。秘祭のなかで、もっとも神秘のベールに包まれている祭りが石垣島にある。「アカマタ クロマタ」だ。

石垣島のある地域に受け継がれる祭りで、地元の人々によってかたくなに秘密が守られている。この祭りを撮影したものはカメラを地面にたたきつけられ、シャメを撮ったものは携帯をふたつに折られ、少しでも祭りを乱すと鞭で打たれるという。町内の道角には「ビデオ、写真、携帯電話、撮影録音禁止」の看板が立っている。

不気味な夕闇が迫る中、町の広場へたくさんの人々が集まっている。人々は白い浴衣に鉢巻を巻き、重要人物は紺の浴衣を着ている。

その中央にいるのは2柱の来訪神、アカマタとクロマタである。全身草に覆われ、50センチほどの面をつけている。

数十人の男たちが太鼓をたたき、古謡を振り絞るように合唱する。

アカマタとクロマタが道へとでてゆく。ふたりの神は「なみだ」と呼ばれる若者たちに護衛されながら、路地を進んでいく。「なみだ」たちは人々を道から払い、ライトをつけている車を取り囲み、叱りつけ、明かりを消させる。

来訪神アカマタとクロマタは重要な家を訪問していく。家は開け放たれ、泡盛やご馳走が用意されている。家のものは白い浴衣に赤い鉢巻きをしめ、主人らしきものは白い鉢巻をしている。先に到着した太鼓隊が演奏し、アカマタとクロマタは棒で大地を突きながら踊る。

アカマタは漁で赤く日焼けした男性神、クロマタはかまどで炭をつかう女性神の象徴といわれる。家内安全、一族の繁栄、祝福してくれるのだ。このあと明け方まで来訪神アカマタとクロマタは家々をまわる。

観光客や部外者が見られるのは早い時間帯のみだ。遅い時間までうろうろしていると、ようしゃなく追い払われる。石垣島は沖縄の離島の中でもっとも観光化された島といわれている。しかし観光エリアはほんの限られたエリアで、そこをはなれると伝統がきちんと残っているのだ。
http://ameblo.jp/akiramania/entry-11317545959.html

広場には赤と白の鉢巻をした着物姿のシンカと呼ばれるアカマタクロマタのお供の若い男性が放送設備のセッティング中、何も聞かずにええいと広場を横切って端っこのパイプイスにどっかりと座る。

会場の向こうの森からはドンドンドンという3連の太鼓の音がずっと聞こえている。あの森が、アカマタクロマタが生まれるというナビンドゥなのだろうか。

夜の帳がおりてくると会場はいつしか500人くらいの人で埋まっていた。太鼓の音が聞こえる森からは女性や年配の男性達が列を作って会場へ集まり始め、赤い鉢巻、白い鉢巻の集団がそれぞれ100人くらいずつ、広場に分かれて座った。夜の7時からは来賓の挨拶が続き、7時半に宮良公民館長から

「聖地ナビンドゥより我々のニイル(ニイルピィトゥ=来訪神か?)の神様がやってこられます。その時は皆様、ご起立願います」

とのアナウンスが入る。すると森の方からのぼりが2本現れ、その後ろのシンカの隊列の向こうに巨大な影が2つ見えてきた。

アカマタクロマタに違いない!

この日は部落中の照明を落としているので、見えるのはほとんどシルエットだけ。これだけで凄い迫力だ。

すると太鼓の音が突然ドドドドドドドンと連打に変わった瞬間、アカマタクロマタが広場に飛び込んできた。

でかい!高さは2.5m、横は2mはあるだろう。体中が草で覆われ、それぞれ赤と黒の巨大な面をつけているが夜光貝の目だけが夜の帳の中でキラキラ光り、その迫力はとても言葉では表現できない。子供が一斉に泣き出したという事実だけでもその衝撃が伝わるだろう。

すると鉢巻姿の村民が一斉に歌い始めた。歌は掛け合いで歌われ、みな声を限りに大声で歌っている。歌詞は一切分からないが明らかな沖縄の音階で、そのキーは高く、全身全霊をかけて歌う。歌に合わせてアカマタクロマタは上下に体を揺すり、2本の幟を持つ旗手は旗を互いクロスさせながら飛び上がるように踊る。そして後半、歌い手は一斉にアカマタクロマタを取り囲み、手を叩き、踊りながら、出会えた喜びを爆発させた。歌はユニゾンになり、宮良の夜を歌で覆い尽くした。

演出の見事さ、歌の素晴らしさに私は感動して涙ぐんでしまった。祭りには出店のひとつもないが、この豊年祭をみな心から待っていたことが伝わってくる。畏敬の念にあふれ、これこそが祭りの本来の姿なのではないか。

ここでいったん、広場での儀式は終わる。この後、2つの神は、シンカと歌い手と共に部落を一晩中、朝までかけて一軒一軒めぐり、祝福を与えていくのだ。

国道に面した神社にアカマタクロマタが入ろうとしていた。迎える家は全ての戸を全開にしてお迎えしている。家の中には20人以上いただろうか、アカマタクロマタが敷地に入ってくると全員が満面の笑顔になり、いかに待ちわびたか伝わってきた。
http://www.webvanda.com/2011/09/post_18200314.html

           / 乃了   `ヽ  ヽ∨∧ヽ \`、
              //_/7 ′     ハ `、〈〈_ノ ノ   ヽヽ
       r,ニY/」 ′〃   , ' l| ト、 l l ̄l「`、   | ハ
       __〉イ〃 ,  /, l   / ,イ!} |リ 八 ヽ |ハ
       〈 rク// ,′ ,'/l‖ ,' /厶‐十ナ/}小、ヽ ∨/  、
    , -ァ7イ {  l   |l ハ ト、 { l /ィ乏f千ァ l |ヽ}_ノ   、、 `、
  // 〃l ハ  、 レイ下丶、j′'ヾ゙ジ  // rヘ川 U ヽ ヽ
//   {l { い、、\V,ィf赤       //  ,ィ|l |  ト、 \
{_/    ヾ \/ ヽ\ヾ`ー'′       { !  仆//  ,′ | ヽ  ヽ
         ノ{ {  八_〉、   ` , - ァ  ゝ, ' V ハl /   ハ }   \
      , -‐'´/ハ 、 { |lヽ、      ∠ニ-V リ / /  ∨
  ,.|ヽ .ヽヽ、ヽ| ,'  ,..-,, `ヽ''-''-'、 __ヾ  ,,. -‐ V"´ __ `ヽ、_ ,
r''".| ヽヽ _,.´,, ',´´        `ヽ、'   ,.. - ''"´   ``ヽ 、`ヽ、ィ
|  ,|  川ヽ、/ /ト-;:::、        u丶 '´         .....ヽ、 i
| ハ  |! j/ ./::`:::::、                        .:::r::、::.ヽ レ
   ヽヽヽ .、 i   : : : : : : : : : : : : u: :/   、: 。: : . . .  . : : : : : ': : : :|
    ヽヽヽヽ、ヽυ : : : : : : : : : : :, :'´: : : : : :ヽ : : : : : j : : : : : : : : : : :,'
     \\ヽ ヽ、: : : :υ: : , : : : : : : : : : : : : : : : : : ι: : : : : : : : ιl
      | l! ヽ、ヽ、--‐ '´: : :     : : : : : : : : :`: ヽ、、_:_:_:_:.: :j'´}
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  `ヽ 、   丿 ヽゝ,, ::' "´        . . . . . . . . . .: : : : : : : : : :/ ,'
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C. ナビン洞の中で行われている儀式を調べようとした人はみんな…


1) 古からの秘祭・土着信仰が残る島


1 :本当にあった怖い名無し:2008/04/08(火) 04:24:03 ID:keQmaNWf0

沖縄の八重山諸島の1つに新城島と言う島があります。その島には古くから人魚伝説があり、人魚神社や御獄(ウタキ)大御獄(オオウタキ)と言う場所には

「この道は『神の道』につき一般の人の通行を禁止する。」

と書かれた看板が数多くあります。

そして、謎の秘祭(豊年祭)には『アカマタ・クロマタ』と呼ばれる二体の奇妙な神が豊年を祈り踊ります。しかしこの祭りは撮影禁止で、以前、隠し撮りした人への暴行事件も起きました。

他にも、鹿児島の甑島には『クロ』と呼ばれる土俗信仰集団があり、人喰いや強力な呪術を使うなどの噂があります。


御獄
http://www.youtube.com/watch?v=-LFlqS1OIxQ
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=-LFlqS1OIxQ
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=zkS_jmB0-NY
http://www.ajkj.jp/ajkj/okinawa/chinen/kanko/sefautaki/sefautaki.html
http://gurukun.jugem.jp/?eid=1339

10 :本当にあった怖い名無し:2008/04/09(水) 12:37:02 ID:GBiBAvZIO

ガチで沖縄出身のボクですよ。大学で民族学を専攻していたんで卒論のテーマとして研究した事があります。あの辺の島は確かに独特の土着信仰があったり奇祭や妙な儀式が存在します。

ルーツを辿ると台湾からの流れを組んでいる儒教がベースなのですが、いつの頃からか仏教や密教などが混ざり合い唯一無二のスタイルが出来上がった訳です。

儀式には幻覚作用のある薬物を(ガンジャやある植物の根を絞り発酵させた酒など)用い人為的にトランス状態を作り出し神を体に宿し恍惚を感じると言うのが儀式のやり方です。

祭の様子を撮影して暴行を受けたと言う話がありますが、それも現在日本の法律で規制されている上記の幻覚剤の使用や閉鎖された島特有の近親結婚を繰り返した末のタブーなどが記録され広まる事を嫌ってだと思われます。

しかし、1番の原因は話題に上がっている島の多くは売春が島の収入源となっている様な事も多く、最近では、本土から借金を抱えて出稼ぎに来ている女性も少なくありません。そんな事から島の住民はカメラ、マスコミ等に過剰な反応を示すのです。僕も卒論の取材中に何度か危ない目に合いました。


後、これは確認できなかったので僕の憶測ですが、「神の〜」等が書かれた看板が立ち立入禁止になっている場所は埋葬場だと予測しています。鳥葬の風習が残っている地域も有る様ですし、他にも・・・血が濃すぎるためのタブー

タブーを神の使いとする地域も有り、神への捧げ物とされると言う話も有ったり。
集落でトラブルを起こし何だかの原因で始末された人間を隠したり

まぁ・・・ここら辺はあくまで憶測とか聞いた話ですので確認は出来ていません・・・。


興味が有る方も多く調べてみたいと思う方も居るかも知れません。でも正直、これ以上は掘り下げないのが良いかな?と思います。僕等から見て異様な光景でも彼等には受け継がれた文化ですから見ない振りして知らない振りしておくのが一番です。そうすれば島の住民は友達で居てくれます。純朴で優しい人達ですよ。


12 :本当にあった怖い名無し:2008/04/09(水) 22:36:33 ID:dghEXJ+6O
>>10
さらに詳しい話を聞きたいけどやっぱり島の人にしかわからないことがあるでしょうしね

13 :10:2008/04/10(木) 01:50:14 ID:R9PnKYsJ0
>>12
そうですね、やはり話の核心に迫るのは難しかったです。僕は運良く地元の人間と言う事もあり、かなり深い所まで行けたと思いますが・・・。

インターネットがこれだけ普及した世の中になっても表沙汰にならない所を考えると
地元の人間にとってどれだけ重要な神事なのかは想像できます。今、改めて当時のレポートを読み返していますが、以前からどうも解せない所があって又沸々と探究心が湧いてしまっています。

>>1に記載されているクロに関しては結局何も分からず仕舞いですし・・・

確かにクロと呼ばれる集落は存在していたのですが、近隣の住人もクロの話になると固く口を閉ざし怪訝な顔をします。しかし伝承通りにクロの集落中に高い壁が立てられ異様な雰囲気を醸し出していたのは事実です。

アカマタクロマタの秘祭についても石原慎太郎の小説のイメージが強烈で歪んだイメージが強すぎるのだと思います。実際は荘厳で美しい祭りでした。島が抱える悲しい事情による悪いイメージも強いのだと思います。


41 :本当にあった怖い名無し:2008/04/25(金) 17:38:56 ID:XViIM4BXO

昔、何処かの集落に初潮を迎えた女の子を人柱とし、村の男性一人を神の寄代に選んで民衆の前で儀式的にヤルと言うものがありました。儀式と言えど実際に入れます。そして事が終わったあとは女の子は川に流すと言う因習です。

島では無く本土の何処かにあった因習と聞きましたが、今では似たような擬似の儀式が残ってるだけです。
http://unkar.org/r/occult/1207596243


______________

2) パナリ島(新城島)ってどうYO


12 :名無しさん@天国に一番近い島:2006/11/13(月) 19:49:46 ID:J/odx5Mt

豊年祭以外だと、節祭・ハーリー等ある。あと、豊年祭も2回あって、小さい豊年最と呼ばれていてアカマタ・クロマタの子供が現れます。

むろん全て島の人の招待や知り合い等が居ないと見れません。


20 :名無しさん@天国に一番近い島:2006/11/18(土) 01:08:44 ID:l4K4Wqs7

行かれた詳しいかたがいるみたいなので質問です。
なんで島民以外はだめなんですか?

昔撮影しようとした人が見つかりボコボコにされたらしいが本当か?

石原慎太郎がモデルにして本かいたらしいが、そんな島のことを石原はどうやって
調べたのですか?タイトルも分かれば教えてください。


21 :名無しさん@天国に一番近い島:2006/11/18(土) 16:24:43 ID:KQVCdBlJ>>20
それは伝統文化を大事にしているから。
観光客に見せるために祭りをしているわけじゃない・
しかし、島民のゲストとして招かれれば、見る事は出来ます。
ただし、祭りの間島の中では島のルールを守るのが大原則。


石原のシンちゃんも多分島民のゲストとして招かれたのだと思う。

小説のタイトルは「秘祭」だったと思う。


43 :名無しさん@天国に一番近い島:2006/11/23(木) 12:08:25 ID:Mtq5BB6G

私の親友は五年前の祭の際、興味本位で島に向かい島民に拉致され翌日の朝まで監禁されました。その時、誓約書へのサインまで強要されました。
以上、紛れも無い事実です。
島の実行者は拉致、監禁、強要、脅迫の罪に問われると思います。一発懲役確定ですな。


70 :名無しさん@天国に一番近い島:2006/12/02(土) 05:56:18 ID:undefined???

さすがにブログや個人のHPに記載したらえらいことになるからおまえら気をつけろ


94 :名無しさん@天国に一番近い島:2006/12/14(木) 22:16:56 ID:5sbNWn9f

神聖、ルール、迷惑ってオマエが言うか。
馬鹿ナイチャー、破れナイチャーに執着されるのも大変よ。
ほっといて欲しいんだが。


97 :名無しさん@天国に一番近い島:2006/12/16(土) 09:26:03 ID:6MQtMZoI
>>94
だからといって人をあやめるのはどうかと… お金で解決すればいーのに。


103 :名無しさん@天国に一番近い島:2006/12/20(水) 12:13:02 ID:undefined???
>>97
人をあやめるって・・・殺人??
金で解決すればいい問題って??
何があったの?
kwsk!


105 :名無しさん@天国に一番近い島:2006/12/20(水) 16:09:00 ID:/Bs4+Hyf

島の秘密は語れませんよ


108 :名無しさん@天国に一番近い島:2006/12/20(水) 21:36:12 ID:2SeDmlDL

深追いすると大変な事になりますので要注意!


109 :名無しさん@天国に一番近い島:2006/12/20(水) 22:13:06 ID:BrY96PPK
>>108
大変なことって何?


111 :名無しさん@天国に一番近い島:2006/12/22(金) 12:39:26 ID:D7f9p9AJ

これ以上はマズイよ


112 :名無しさん@天国に一番近い島:2006/12/22(金) 13:07:38 ID:0seG912D


なにが?


114 :名無しさん@天国に一番近い島:2006/12/23(土) 01:52:16 ID:K4JZtjlL

島民の許可無く島内で行動してはいけません 神聖な場所には決して入ってはいけません


115 :名無しさん@天国に一番近い島:2006/12/26(火) 22:54:08 ID:5fcHnO30
114>
その通りですし、
もう我々島の神様の事には触れてくれるな!
興味があるなら、実際見に来い!
そして心の中にしまっておけ!!

〜島人より


124 :名無しさん@天国に一番近い島:2006/12/29(金) 10:58:40 ID:s2CqOKDB

末代先まで祟られますよ


130 :俺も離島:2007/01/12(金) 18:21:12 ID:fbF2RsN4

観光客は人の聖域に土足で入ってくんなよ

お前らの生活はそこにないわけなんだし

いちいち興味もたなくていいよ、くるな


135 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/01/27(土) 00:46:58 ID:undefined???

この平成の日本で祭の事を口外したら命の保証は無いとか…
気になって気になって仕方無い


136 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/01/27(土) 10:34:02 ID:Jpb0/lfx

小浜島のアカマタクロマタは簡単に見れますか?


138 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/01/27(土) 18:05:29 ID:1bvOYNZZ>>136
出来る。
お前が祭りの日に行く事が出来るならな。


139 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/01/29(月) 06:49:21 ID:undefined???

命の保証はないとはいわないが…。

沖縄には神の島と言われる場所がいくつかある。久高島、古宇利島、伊是名・伊平屋などだが、ほとんどの島では古くからの宗教儀式が形骸化しつつある。

だが、八重山の新城島だけは、未だ部外者禁制を守り、神人が儀式を行っている貴重な場所であり、重要な文化財だということをわきまえない部外者は、安易に近寄るべきでない。祟りがあるというのは実話らしいしな。


146 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/02/06(火) 00:48:22 ID:0pxb4t4u

とりあえず大原に行って、
住民に見たいと言えば誰かが連れてってくれる。


149 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/02/22(木) 17:50:37 ID:ESZccdzc

パナリ島よりも閉鎖的な島ってあります?

152 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/02/26(月) 02:54:46 ID:U0+gzaBF

ない。たぶん。あれ以上なら、恐らく外部に漏れない。
ある意味で久高島だが、今は観光化への道を歩んでいる。


161 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/03/05(月) 13:18:35 ID:PHi78gF5

やっぱり女性の神様はアカマタになるんですか?


165 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/03/10(土) 18:47:08 ID:obrgSm2W>>161
一応、そう言われています。


168 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/03/21(水) 18:52:45 ID:qEf0Kzhv

先日、神聖な場所に無断で侵入した者がいますね わかってますよ


185 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/04/25(水) 20:14:52 ID:2Ymgv05Y

不思議ナックルズにアカマタ、クロマタの秘密が載っていたよ!

その儀式の為に幽閉されてる女がいて、洞窟でSEXさせられてアカマタ、クロマタが生まれるらしい


186 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/04/25(水) 21:00:42 ID:PiJa6c9t
>>185
あの雑誌に真に受けてるどうすんの??

自分で調べたり、行って見たら・・・あの話は都市伝説。祭りはあるけどね!

187 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/04/25(水) 22:02:58 ID:2Ymgv05Y

でも調べていた学者は島の人に目を潰されて、行った人は殺されて帰ってこれないみたいだよ。
怖くて行けないよ


190 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/04/26(木) 19:07:55 ID:mYqg/PSD

観光客はどっかに閉じ込められてアカマタが出てきてから踊るだけ見れるんでしょ?

行っても洞窟で何が行われてるか調べたり見たり出来ないじゃん。
で、調べると目を潰す・・・。これじゃ調べられないよ。

もし犯罪的な事をやってないなら、全部見せて、ナックルズは間違いですってやればいいんだよ。それが出来ないなら、やっぱり・・・って思われても仕方ないよ


199 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/04/29(日) 01:09:16 ID:3dQwoYLs

190の言う通りだな 大小合わせてかなりの事件も起きてますよね
警察は何してるんですかね? せめて祭位立ち会えばいーのに


194 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/04/27(金) 03:05:55 ID:8X3eQYVy

アカマタとクロマタの子供たちはいつ見れるんですか?


197 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/04/27(金) 19:50:43 ID:kcc0pSMb
>194
大人のアカマタ・クロマタが出てくる前。


195 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/04/27(金) 04:32:05 ID:7bWNacmX

御宮の太陽と月の紋章の所でかけ合いみたいに双方で合唱?
してアカマタ、クロマタを迎える歌で招くとアカマタ、クロマタが出てくるんでしょ?
観光客はそこまでは見れるけどその誕生の所は見れないでしょ?


196 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/04/27(金) 13:11:30 ID:DaI1srFE

それは観光客じゃなくても見れないよ。
島の人でも男性で、しかも御宮の関係者のみですよ。


211 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/04/30(月) 21:52:45 ID:9sFL2N6i

要するに犯罪行為をしてるから開放できないんだろ
隠す事が伝統とかいって痛い言い訳だなW


214 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/01(火) 02:25:07 ID:+CDA/Rv5

学者や警察にすら見せられないって何をやってるんだよ?


216 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/01(火) 12:08:07 ID:tIfkfoog


筋の通った説明をしてください!
二年前と五年前にも島外者に対する事件を起こしてますよね?


225 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/04(金) 04:52:13 ID:qIXsgMfu

皇族の神事祭事は何やってるか公開してる。
新城島の豊年祭も何をやってるか公開せよ


226 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/04(金) 08:58:26 ID:lAGVWm/9

700年以上続けてきた伝統がパーになる。


227 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/04(金) 09:30:05 ID:c7siwgxc

何が伝統だよ! 犯罪を隠す行為のどこが伝統だよ!


228 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/04(金) 17:22:06 ID:Qc5JsOYo

犯罪っていってるけど警察が動いて無いじゃん。
お前が行って暴いてこいよ。


241 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/06(日) 19:04:09 ID:NL6yu7+X

危険ですよ


242 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/06(日) 23:53:12 ID:jyZzKgUi

はやく載せろよ。
間違っても古見や宮良はやめてくれよ。
最低でも小浜のだったら許す。


243 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/07(月) 02:05:12 ID:lbgEPUXa

新城>小浜>宮良=古見ってところですか?
新城のアカマタクロマタとその他の場所のアカマタクロマタの見分けはつくのですか?


244 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/07(月) 16:46:21 ID:XqLPPEWr

見た目は、新城≠小浜=宮良≠古見って感じだな。


245 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/07(月) 22:08:42 ID:MktU+gK0

下地のアカマタ・クロマタの写真だったらネ申だね。


246 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/07(月) 22:17:52 ID:lbgEPUXa

下地島もアカマタクロマタの祭をやってるんですか 因みに小浜と新城が同じとは… 勉強になりましたm(._.)m


248 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/07(月) 23:32:39 ID:U6cLhv6u

下地は廃村になる前はやっていた。

小浜=新城ではなく、小浜=宮良


260 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/11(金) 01:00:51 ID:uvp3MNRe

新城島のアカマタクロマタの写真あるよ。秘密とされているのであまりアップは気が乗らない。ただ、男だけで集まる所のことは知らないので知りたいので、そのあたりとか教えてくれたら見せてもいいけど。

嘘と言われるのもあれなので一応要旨を容姿を書いておくと、草ボーボーでミクロネシア系?

今年もパナリ行く。


270 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/12(土) 11:55:49 ID:6hALnKME

幽閉されてる女の写真は?


271 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/12(土) 12:40:38 ID:undefined???

女が幽閉なんて明らかな嘘。
そんなことしたら、祭りの後に警察駆け込まれてタイーホだろ。


272 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/12(土) 13:32:20 ID:undefined???

人口が数千人以下の離島の島民同士のトラブル解決に警察を頼ることはまずない。

もし幽閉とか性行為が儀式にあるならそれを嫌がって、人口、特に若い女性はどんどん島を出て行くでしょう。そうすると祭りそのものが存続できないのでは?


273 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/12(土) 16:53:34 ID:TKgeiNw0

アラグスクの人口は7人くらいだろ?!


274 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/13(日) 11:43:05 ID:79sjiTWh


5人です (島守り4人、幽閉女1人)


275 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/13(日) 12:49:38 ID:JM2r381N
〉274
幽閉されてる人がいるというのは、一体どこからの情報なんだ?


297 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/27(日) 16:46:18 ID:X3tbQazr

最近発行された文庫本に日本全国の島のあんなことこんなことが
いろいろ書いてある。もちろん新城島のあのことも・・・。


298 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/27(日) 18:16:31 ID:sab88blb

幽閉の事ですか?


301 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/27(日) 22:10:34 ID:X3tbQazr
>>297
宝島社文庫 潜入!ニッポン不思議島

303 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/28(月) 00:51:28 ID:RHohNU+r

お前がいってレポしろ!


304 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/28(月) 02:32:43 ID:A7pK9WwU

石で眼球潰されちゃうよ 過去に実際にあった事件だよね 残忍な島ですね


305 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/28(月) 20:55:01 ID:oDtWyKEU

だんじりの方がもっと死人出てるのになぁ


306 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/29(火) 19:23:42 ID:p/9zoNGc

だんじり=事故死

豊年祭=殺人


大きな違いです


320 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/08(金) 11:53:16 ID:33Cx0iEm

幽閉女の存在も非合法ですよね

324 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/08(金) 21:43:56 ID:33Cx0iEm

人を殺したり目を潰したりした行為は許されるのでしょうか?


325 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/08(金) 22:17:59 ID:tP3d5jmI
>324
事実ならなんで警察が動かない?


326 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/09(土) 10:26:09 ID:8fj6vyXR

新聞にも載りましたよ

327 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/09(土) 15:01:06 ID:Py2vxumQ

幽閉の事がか?


331 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/10(日) 03:45:16 ID:HeWIpB0A

なぜ石で眼球を潰したり人を殺したりするのですか?


332 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/10(日) 22:19:47 ID:CFrzGj3B

そこに眼と石があったから。
そこに人が存在したから。


333 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/10(日) 23:57:45 ID:undefined???

なぁもういい加減にその話は止めないか?
ここでいくら聞いたって答えが出なの分かってるんでしょ?

そんなに気になるなら所轄の警察に電話して聞きなよ
・こういう記事を読んだが事実か?
・もし事実なら犯人は捕まってるのか?
・その後同じ様な犯罪は起きてないか?
今度遊びに行きたいけど心配なんで教えて欲しいって言えばそんなに冷たい対応はされないと思うぞ

こんだけしつこく書き続けてるんだからこれくらいは出来るよな?
早く真実が分かるといいね


335 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/11(月) 00:10:32 ID:o5nSVEYG

sageで書いてる奴、一人で必死だなw
そんなに秘密の儀式してるのばれると困る?


337 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/11(月) 10:21:28 ID:ko7FbH0a

さっき石垣の所轄に問い合わせたよ かなり冷たい態度だったけど、過去の事件については全て事実だと言いにくそうに答えてくれました
またあまり深入りしないようにと意味深な注意も受けました


339 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/11(月) 20:00:18 ID:o5nSVEYG

なんで終わりなの?
監禁もリンチも事実だった事がはっきりしたのでなんでそこまでして隠す事があるのか?
何をやってるのか?を話し合おうよ


391 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/17(日) 19:47:15 ID:OLvEPzMZ

─────────────────────
 島民さん、いい加減全部吐いて楽になれ
__  __ ┌───────────────
    ∨     │は、はい・・・・・
         ‖|__  __.┌──────────
         ‖   ∨   │監禁女は事実なんだな?
     / ̄\        |
      ̄ ̄ ̄        └────v──────
  ___              ___
  ヽ =@=ノ        ∧ ∧    ヽ=@= ノ
  ( ´∀`)      (゚Д゚ )    (・∀・ )
  (  ∨ つ   宙 ⊂ ⊂    ⊂    )
  | | ┿┳━┳━丿 丿     | | |
  (__)_)┃  ┃ ∪∪Π    (_(_)


345 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/12(火) 10:04:18 ID:wTevcp7m

幽閉されてる女性を直ちに解放せよ!


347 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/12(火) 12:36:31 ID:fWzvljow

今年から、観光客には豊年祭は見せません!禁止です!
部外者には関係ありません。もう一度言います。
今年から観光客には豊年祭は見せません!!!


348 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/12(火) 12:51:30 ID:FvIqt2OU

お前は公民館長か?


354 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/13(水) 07:20:29 ID:qWPRHu3R


都合のいい所だけ見てください。
都合の悪い所は見るな、聞くなって都合良過ぎる


355 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/13(水) 08:40:38 ID:olwCqOee

見てください?なんてだれも言っていません。


357 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/13(水) 10:30:53 ID:RA9ZzPdI

とにかく殺人や目潰しやリンチはすぐに辞めなさい! 
最悪にタチの悪い犯罪集団だな!


358 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/13(水) 13:08:44 ID:olwCqOee


殺人?目潰し?リンチ?
人の島の神聖なる祭りを侮辱するのはやめなさい!!
そんな事するわけねーだろ!!頭大丈夫ですか????


360 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/13(水) 14:26:58 ID:zgKksERj

358、ではそれらの事件の新聞記事に対しては、どう反論するのですか?


364 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/14(木) 08:39:22 ID:vnV1+QaN

かつての岸和田だんじりなんか、家を破壊し怪我人続出だったし、
諏訪の御柱祭りも、切り出した木に乗ってひっくり返り、死者まで出たとかもあったけどな。

そういった行為が良いとは言わないが、祭りや宗教的行事って危険覚悟でやるとの側面があるから、それをいちいち「犯罪だ」だの「安全最優先」だのと、部外者が騒ぐ行為はおかしいと思う。


366 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/14(木) 10:10:26 ID:NnEuuNDT

事故と殺人は全然違いますよ


423 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/07/01(日) 04:50:00 ID:oFxR3LKi


殺人事件が新聞に載ったのは事実ですよ 過去の事件ではありますが…

424 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/07/01(日) 14:10:38 ID:D5JfXejp

障害致死だってばよ。


425 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/07/01(日) 20:56:01 ID:NnVDdpzE

まあでも死んでるんだね。

426 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/07/01(日) 21:47:06 ID:kLEwNfmE


祭の秘密を知って撲殺かぁ 怖いなぁ 

427 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/07/02(月) 19:48:45 ID:ctXQ+fht

秘密の記録をとってはいけない。と注意されてるのに何故やぶる?
島民だって、昔からルールに従ってたわけだろ?

部外者なら、尚更守るべきだろ。

死亡者を出すのは行き過ぎだと思うが、ルールを守っていれば問題ないはす。
見たぐらいで、写真撮ったぐらいで、という考え方は自己中心的な考え方だと思う。

隠さすにみせろという奴は、キリスト教徒の前で、「只の壁拝んでんじゃねーよ!」って言えるか?


380 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/16(土) 22:20:19 ID:904PIQAk

小さいアカマタ・クロマタの持ってるのは、
棍棒か杖のどっちだ?

俺は杖だと思う。


381 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/17(日) 09:43:51 ID:2g+t+hEX

フプー、あれは仕込み杖でして祭の写真を撮ろうとする部外者を攻撃するために使用しています!


382 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/17(日) 16:15:55 ID:OLvEPzMZ

アカマタもいいけど人魚神社の秘密も知りたい。
宝島では中に入った人は呪われて
ナックルズでは人間の子供を人魚と称して食っていたと書いてあった


393 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/17(日) 23:12:38 ID:7klBx1Ym>>382
じゃあ、琉球王国の王様は人肉を食べていたのか?


396 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/18(月) 02:56:06 ID:evLrVa7T
>>393
王は人肉なんかくっちゃいねーよ。
民衆レベルは人肉食いがあったけどな。


383 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/17(日) 16:22:07 ID:aE6ACLa4


全て事実ですよ 
しかし人魚神社の秘密は島最大のタブーの為、ここでは勘弁です


403 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/20(水) 10:12:24 ID:bXB+dYBT

土人の人食は文化だったんだから許してやれよ
日本人の常識が通じないんだからしょうがないよ。


435 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/07/05(木) 23:09:52 ID:GQTyFpSZ

パナリにいってみたい
海が見たい・・島に行くと監視されるんですか?

439 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/07/06(金) 18:25:13 ID:undefined???
>>435
マジレス
今はパナリ住民の人がやっているツアーがあるから、それに参加するのが一番無難だな。
他にもいくつかツアーはあるけど、海岸でシュノーケリングのみで
島民は
「海岸で泳ぐなら黙認するが、集落には来るなよ」
とかだから。

440 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/07/06(金) 19:39:54 ID:undefined???

去年、黒島に移住した知り合いを訪ねて黒島に滞在してきました。
地元の方の船でパナリにも連れて行ってもらったのですけど、一応観光はできましたよ。下地はほぼ無人島だし、上地にも観光客は割りといました。少し海岸沿いに歩いていると「島民以外立ち入り禁止」とか看板はありましたけど。

地元の方の話によると、昔取材しに来たNHKの記者のカメラは壊されたそうです。


466 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/07/25(水) 22:11:20 ID:I/BBGMuP

基本的には祭り期間に島には入れない(各ツアーとも客を取らない)し、チャーター船でこっそり入ったとしても、「お前何しに来た?」扱いだぞ。

マジレスすると何でここまで秘密にするかというと

女を監禁し輪姦が祭りの儀式で、人魚と称して子供の肉を食ってるのでばれるとまずいからです


469 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/07/26(木) 08:50:26 ID:undefined???


まあ、>>466が書いたように、「産まれる」の儀式で、擬似的なセックスをやるとか、
あまり公開したくない部分があるみたいだがね。


503 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/08/05(日) 10:53:35 ID:o33cCchX

アカマタ役やクロマタ役は毎年同じ人がやっているのですか?


504 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/08/06(月) 03:53:19 ID:ilPhWRUF
>>503
いやちがうです。

メスのおサルさんみたいに発情してあそこがまっかっかな若い女がアカマタを、

男性と交わりすぎてあそこが真っ黒な10代から40代くらいの淫乱な女がクロマタを
演じる、
というのが慣わしです!


516 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/08/09(木) 02:18:14 ID:m0sN5Qvz

しかし…こんなスレ、いい加減止めて欲しいです。
たぶん見ないから良い様なものの、島のジィさん達が読んだら嘆き悲しみます


521 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/08/10(金) 13:26:50 ID:a5BCMAGB

部外者が島に行っても見れるのは一部だけだろ?
全て見ようとすれば殺される。
だから全てをビデオに撮って公開すればこのスレも無くなるよ。


530 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/08/11(土) 13:13:26 ID:pEqYa0Wq

1970年以降、複数の部外者が豊年祭を見学後にパナリ内で行方不明となっているみたいですが、その点はどう説明されるのですか?


524 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/08/10(金) 20:08:52 ID:et8z9Mpd

見たいやつは見にいって、どうしても全貌を見たいやつは島の関係者と結婚でもしてザーシンカに入れ。


544 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/08/15(水) 10:37:53 ID:bobjfvxo

やはりザーシンカになるまえにフグの毒を食べたのですか?
今でも恒例の儀式なのですか?


550 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/08/25(土) 15:22:34 ID:ilvmaKnL

案の定、今年も暴力監禁事件が有ったらしいですね 聞いた話によると、監禁された部外者にもそれ相応の非があったみたいですけど… 

552 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/08/25(土) 21:31:52 ID:48jiWS93
>550
監禁??
ンダ

553 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/08/25(土) 22:55:18 ID:48jiWS93

ンダチェ、ピャァスメプールバ、ンダラヌムヌォ…
ノーリャ?監禁?、人殺し?


ンザバヌッ(怒)


555 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/08/26(日) 03:47:55 ID:yno3+Ym+

今年もまたトラブルがあったんですか?
そこまでして隠すものって何なのでしょうかね?


557 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/08/26(日) 08:53:56 ID:7dYyDn1n
555>>
幽閉女に対する集団レイプじゃないですか?
あーザーシンカが羨ましい!


558 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/08/26(日) 11:15:50 ID:zH+srjol

幽閉女が存在するのはデフォなの?


571 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/10/29(月) 02:37:23 ID:eSMzQH80

俺は、10年前によく八重山を旅行してたけどパナリには興味があって、どうにかして行く方法を探していた。もちろん、石原の秘祭は読んだ事あり。

当時、黒島のダイビングショップからの、シュノーケリングツアーに申し込み、上地には全然上がれるし、昼飯もそこで食べた。ウタキのようなものに、ショップの店長は頭さげてたなあ。まだ、はむるぶしがやっていたから、聞いてみたら

「小浜島のほうが満員になった時か、特別な時でないと、新城島のはいむるぶしは、あけないから無理」
と言われた。俺は、離島情報にのってた、小浜島から船をチャーターして上陸を考えたが、電話したとこが、元芸能人のじいちゃんがやってるとこ。(そのグループの一番年下のやつね)

でも、酒飲んで帰ってこない、とか、波がきついから行かないとかで、結局うやむやで失敗。竹富のいつもいく宿で常連の客に「パナリに行きたい。泊まりたい」っていったら「方法あるよ」って。

しかも、下地。こっちのほうが俺は行きたかった。理由は祭りとかじゃなくて、単純に綺麗な海と浜を見たい、という理由。

その常連がいうには、
「下地には牧場があるが、そこにある大学が研究生を派遣してる。島民は夫婦が一組。研究生じゃないやつが、行く場合、石垣にある、船の会社のある船頭に頼む。もちろん、いきなりでなく、ある程度人間関係つくって。で、連れて行ってもらうとき、その島の夫婦にお土産持参。なーんもない島だから、飲み物がいいかも。
そこでいい人間関係ができたら、その夫婦に、またおいで、って言われる。
そうなって下地の常連になったやつを知ってる」

これが、常連が教えてくれた内容。祭りの話もしってたけど大したことないらしい。島民がやはり大切にしてる文化だから、興味本位の部外者にはいい感情はない、とも。

竹富の祭や、小浜も昔は、他の島からきた奴が祭りみようとしたら、棒振り回して追っ払ったんだって。これは、竹富のある有名人が実際若い頃、小浜の祭にいって実際にあった話。ただ、それだけ。

秘祭の内容がそのままパナリの祭をさしてるかどうかは知らないが、現代に女監禁してなんてあるはずない。あっても、かなり昔だろ。そんなの似たような事日本中にあったはず。JTAの飛行機でよむ雑誌にも、八重山の祭りの話がのってたが、小浜の祭りとよく似てる。つまり、そんな特殊なわけじゃないと思うよ。あのあたりでは。
実話ナックルズなんてアホ雑誌の記事なんて、適当もいいとこ。

で、結論、島の人の文化を興味本位でのぞくな。見たいなら、純粋に見たい、って島の人にお願いしたほうが全然いい。もちろん、ちゃんとルールを守る。


574 :(^∀^*):2007/12/04(火) 15:31:55 ID:742UUSP+

まだぁったんだww
そろそろ進展なぃんかね??
誰か行方不明になった人-?
ココ黒島の人見たら殺されるゎなwww
パナリ良ぃ所なんに。

578 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/01/31(木) 23:24:49 ID:0CRWQ9IG

島人7人しかいないなら忍び込んでリンチされても勝てんじゃないか?
仲間とかでいけば

579 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/02/01(金) 00:48:41 ID:Ci2zIOxD

バックに石垣や黒島が付いてるからな


594 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/04/18(金) 14:09:31 ID:qEgLe01U

気持ちの悪い島だね。陰でなにやってるかわかりゃしないよ。
神事なのにリンチとか‥それこそ神様が嘆くよ。
手をだしたら神事が穢れるのは島民が一番わかってることなのでは?
神様はもっと寛大だよ。島民が意固地になっているだけ。


596 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/04/20(日) 15:33:06 ID:aXvII+ce

2004年だか2005年だかの夏に行方不明になっている客はどうなったんですか? 
確かカヌーかなんかに乗って行方不明ってことになってましたよね


597 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/04/20(日) 22:48:39 ID:FgVZ4Su5

サメのお腹の中だろ。


598 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/04/21(月) 09:38:25 ID:HI8VoOXJ

なんだよ、その話ちと怖いんだが…。
やっぱりあれか?
祭りってのは島民の乱交パーティーなのか?


625 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/06/23(月) 17:10:03 ID:undefined???

色々な噂が飛び交っていますね。

先週、実際に新城島に行ってきましたので、その報告を。

パナリ島ツアーに申し込みをして、石垣島から船で行きました。
所要時間片道40分弱。

本島や石垣島でも怖い噂を聞いていたのでドキドキでしたが、実際に行ってみたら素晴らしいところでした。きれいな海とサンゴ礁、昔ながらの民家、そして人も温かい。
宿泊施設も2箇所ありました。(民家風の所、旧小学校)

以前館長を務めていた方は怖かったらしいですが、去年(?)亡くなったそうです。
新しい館長さんはとても親切で温和な方でした。
船での送り迎え、案内ともに館長さんがしてくれました。

その中で祭りの話もありました。
祭りを一般開放していた時に色々と中傷を受けて、去年から非公開にしたと。
今年も住民と協議の結果、非公開だそうです。
おそらくココを見たんじゃないかと思います。

とても心を痛めている表情で話をされ、こちらも胸が痛みました。
ここでも何人かの方が仰っているように、「この島は観光の島ではなく、住民たちの島」との事でした。当然祭りも「自分たちのための伝統行事」。見世物ではないし、とやかく言われたくないと。


ということで今年も基本的には見学不可です。どうしてもという方は、

・事前にツアーに参加して館長さんの推薦(許可)をもらう。
・元島の住民の方と知り合いになる、または紹介・推薦してもらう。

こんなかんじでしょうか。

その際はくれぐれも島の方の指示に従ってマナーを守るようお願いします。
こんなに素晴らしいところが汚されていくのは非常に悲しいことです。

昔からの歴史が残る数少ない場所。みんなで守っていきたいですね。


626 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/06/30(月) 06:46:18 ID:undefined???

貴方は祭の時の住民の変わりようを知らないから、綺麗事が言えるのでは
実際に参加すればわかりますよ とにかく犯罪行為は伝統とは呼べないと思います


648 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/07/16(水) 17:40:07 ID:undefined???

祭までもう少しだな アカマタクロマタが生まれる所見たいな


651 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/07/17(木) 13:39:57 ID:undefined???

いよいよ明後日からですね


652 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/07/17(木) 18:29:23 ID:+1Wv4yZ3
>>651
明後日から?
じゃあ、赤また黒またが出るのは21日か?

663 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/07/19(土) 14:37:51 ID:ptoIj3fk
>>652
正解
21日の夕方に現れる。20日の晩は獅子舞


653 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/07/18(金) 02:49:13 ID:Z5G9HPW7

生まれるのは19日の夜中


654 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/07/18(金) 12:10:50 ID:pXziuk/j
>>653
19日が初日なら出るのは21日だろ?


655 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/07/18(金) 15:29:36 ID:undefined???

ナビン洞の中では何が行われているの?


656 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/07/18(金) 17:59:55 ID:ypKTg/k9
>>655
ザーシンカだけの秘事


657 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/07/18(金) 22:57:27 ID:undefined???

いよいよ明日だな 伝統を売ったザーシンカは誰だ!


661 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/07/19(土) 11:59:00 ID:undefined???

到着したけど、泊まる場所がありません。とりあえず日陰に避難。


662 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/07/19(土) 13:23:16 ID:+mzG/se3

学校跡が桟橋付近の浜が部外者の寝るところだ。


664 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/07/20(日) 01:30:15 ID:1TcpO9JK
>>661

宿が無いんだろ?

食事は?
月曜日まで何を食うんだ?


718 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/09/07(日) 23:39:38 ID:1Gw1GiL7

パナリ島宿泊所の裏というか隣にある鳥居は人魚神社?


719 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/09/08(月) 16:33:27 ID:hfJIUeWZ

違う。あそこはアカマタ クロマタが出るところ。


720 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/09/12(金) 05:51:52 ID:undefined???

美御獄?


721 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/09/13(土) 13:54:10 ID:undefined???

アールウガン=人魚神社 でいいのかな?

726 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/09/20(土) 12:29:28 ID:vBlSq87n

アールウガン=東御嶽

神社じゃない。

222 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/02(水) 10:23:58 ID:wQmgyeh8

祭の最中は麻薬もやっているって本当ですか?


745 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/10/30(木) 02:25:43 ID:undefined???

薬物使用は本当だがな


748 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/10/30(木) 17:28:19 ID:e/YcJETY

薬物?

あ〜!
シマーの事ね。
あれを飲み過ぎると翌日がキツいんだよな〜


759 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/11/21(金) 00:00:12 ID:5rFa/XIg

麻薬をやりながら、女を監禁して輪姦って・・・
隠す訳ですね・・・・

761 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/11/21(金) 18:27:36 ID:undefined???

ゴアやパンガン島に続き、今度はパナリ島が麻薬常習者の溜まり場になりそうだな
バッグパッカーの穴場の島だね!


773 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/12/03(水) 01:50:46 ID:R2bMXLAN

たしか島民は7人くらいで年寄りだけだったよな?


834 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/05/14(木) 08:19:02 ID:undefined???

ザーシンカって総勢何人位いるんですか?

835 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/05/14(木) 12:02:00 ID:R9ZZP4JG

当日参加出来ない人も合わせたら、軽く100人は越えるんじゃないかな。

838 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/05/20(水) 22:35:46 ID:undefined???

新城、小浜、宮良、古見の中で一番規模が大きい豊年祭は、やっぱり新城ですか?


839 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/05/22(金) 12:26:11 ID:ZKa5+fWV

人口の一番多い宮良。


840 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/05/22(金) 19:52:29 ID:LvmVqFSI
>>838
厳格さなら新城が一番。


841 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/05/25(月) 17:26:42 ID:undefined???

厳格さからいうと

新城>小浜>古見>宮良

で宜しいでしょうか?


842 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/05/27(水) 15:09:53 ID:QFQ7OBIY

そんな感じでいいんじゃない。


843 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/05/29(金) 02:26:52 ID:undefined???

白保と宮良の豊年祭は全然違うのですか?

844 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/05/29(金) 12:04:35 ID:+YaAaOSn

かすりもしない位違う。

宮良は小浜からの強制移民の集落。
だから、宮良=小浜のアカマタクロマタ。

867 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/07/03(金) 15:08:43 ID:undefined???

去年の豊年祭から部外者は入島禁止です 学校跡や砂浜も上陸禁止です


872 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/07/05(日) 15:03:39 ID:undefined???

泊まる場所がなければ部外者とみなされ、夜ヤラれるよ


878 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/07/12(日) 17:54:52 ID:undefined???

祭は雨天台風等、関係ありません
今年も去年同様、部外者は島民の招待以外参加出来ません
ちなみにキャンプや野宿は禁止です


882 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/07/18(土) 09:13:05 ID:undefined???

公民館長の言う事は守れよ


896 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/07/27(月) 12:14:15 ID:qAFTvh9a

今年は大原から警官が来ていたね。


903 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/07/30(木) 17:26:52 ID:H57A486p

またまた新しい本が出たよ
「怖い!怪奇村の話」って本で、

アカマタ・クロマタの儀式は乱交パーティーで
それで生まれた子供を人魚の肉として食ってるだって。


904 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/07/30(木) 19:06:27 ID:j+4ejAoy

せっかく部外者の見学が許されたのに、また禁止になるな〜


905 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/07/30(木) 19:40:24 ID:undefined???

島出身者で美人っているの?

906 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/07/30(木) 20:13:29 ID:j+4ejAoy

結構カワイイ子居たからいるんじゃない?


907 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/07/31(金) 21:11:42 ID:tt5s9E3m

仲間由紀恵の親父さんは新城のザーシンカ


910 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/08/02(日) 19:30:39 ID:N9u6JiMz

八重山女レベル度

1位 美咲町の立ちんぼ(石垣島)

2位 南大東島のフィリピーナ

3位 新城のアカマタ役


911 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/08/03(月) 12:27:59 ID:L7aBgCkQ

美崎町の立ちんぼはナイチャーばっかだろ〜


912 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/08/04(火) 18:49:19 ID:undefined???

シマンチュもいるよ〜
かわいかったさ〜


916 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/08/23(日) 14:14:38 ID:undefined???

なんか新城のアカマタも年々見せ物ぽくなってきたな


917 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/08/24(月) 14:15:11 ID:9/rbECkn
>>916
どんな所が?


923 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/08/27(木) 17:04:36 ID:Ec+Sv6yc
>>917

実際に参加すればわかるよ 5年前と比べたら全然だよ…


918 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/08/24(月) 20:26:12 ID:D9X7LmET

今年は、人垣の後ろの方で前が見えない人が石垣に登って見てたら、
「見えない人は見なくていい!」と恫喝されていたぞ。


928 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/08/31(月) 01:35:40 ID:cBui6CnJ

確かに館長が亡くなる前の方がよかったな


929 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/09/02(水) 10:13:12 ID:undefined???

結局パナリのアカマタも見世物祭りに変わってしまったみたいだな

940 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/09/11(金) 00:56:03 ID:7S/TOU5K

これ以上の観光化はもう止めようぜ


942 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/09/11(金) 18:37:23 ID:3HbRMsnr
>>940
どこをどう改善すると観光化しないか君の意見を聞かせてくれ。

943 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/09/11(金) 18:49:48 ID:7S/TOU5K

いろいろあるけど詳しくは書けないでしょ


968 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/10/09(金) 12:07:58 ID:0wM9SGD3

ここはザーシンカも見てるんだから内緒なんて無理。
トラブルがあったら、また問題になる。

969 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/10/11(日) 10:47:00 ID:undefined???

大抵の島民は、収入に繋がるのなら観光化はしょうがないと思ってるよ


970 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/10/12(月) 11:55:23 ID:5EL30ioC

島民の殆どは石垣か西表に住んでて、島の家は別荘みたいな扱いの優雅な生活してるんだよな〜


971 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/10/12(月) 11:56:51 ID:5EL30ioC

民宿をやってる人も大原の大地主みたいだしね。


972 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/10/13(火) 12:00:50 ID:g36ylDd5

島民って何人いるの?
それと何で生計立ててるの?


975 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/10/14(水) 17:03:40 ID:mVzlLSpI

島民は全部年金生活者じゃないの?

974 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/10/14(水) 11:52:02 ID:undefined???

ほとんどの島民は年収100万以下って聞きました
しかし正直、私も上地の観光化には反対です
http://unkar.org/r/tropical/1163308866


124 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/04/24(土) 21:11:04 ID:UHEU++n9

上地島の御嶽について教えて下さい。御嶽関係を少し研究しています。
クイヌバナ手前は西御嶽。集落からタカニク方面に向かう道の左手にあって鳥居のあるところが、ジュゴン神社=上地美御嶽 
集落から少し左手に行って右にずっと入っていったところが東御嶽で良いのですか。

西泊さんにも、 集落から少し左手に行って右にずっと入っていったところについては、絶対に行くなと何度も念を押されました。
それ以外は御嶽の名前は言いませんでした。

うんどうやのしょ○たさんも、左手の鳥居がジュゴン=ザンと言ってました。

資料を調べても東御嶽と上地美御嶽が混同していて わかりません。
当然ですが、島の人が第一ですので、入るとか写真撮るとか、そういう意図はありません。ひっかかる疑問を明らかにしたいだけです。


125 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/04/29(木) 22:29:31 ID:GojabcCn

http://panari88.ti-da.net/index_6.html 
2008年7月24日を見てください。豊年祭はこんな感じです。他の祭は写真も載せています。

私にお金を落としてくれる人はウェルカムです。なんでも好きなようにしてください。
油をまきちらしサンゴを破壊するジェットスキーもお客さんを増やすために導入しました。ただ、私に関係ない、石垣や黒島のツアーは徹底的に排除します。


137 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/06/20(日) 19:43:21 ID:i4o9K0k9

豊年祭って実際のところ何してんの?


138 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/06/21(月) 23:25:16 ID:QLBULg6C
>>137
初日は見たことが無いので分からないが、

2日目は獅子舞

3日目がメインイベントのアカマタ×2・クロマタ×2の登場、そしてお宮での舞いを終えた後、夜8時頃から各家々をアカマタ・クロマタが周って各家毎の舞を舞う。

現在は家が30軒ほどあるので駆け足で周っても、日の出ギリギリになってしまう。
そして各家々を周った後、アカマタ・クロマタとの最後の別れがお宮へ続く道の所で行われる。


119 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/04/09(金) 21:54:06 ID:Gx6naGfm

儀式の内容なんだけど男役と女役が性交の真似事をして神の子を産む
みたいな内容だって聞いたんだけど本当?

あとは麻薬に近い物を吸ってトリップ状態になったのを神がのりうつったとか言って神の言葉を聞くだとかも聞いたんだけど


146 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/08/20(金) 15:44:15 ID:bekC7HkD

ナックルズ監修の「怖い村」って雑誌の表紙がアカマタだったね。大丈夫なのかな?


36 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/11/07(土) 13:59:29 ID:X2hs/gc/

またまた新しいコンビニコミックに、アカマタが載ってた
例の女をさらって輪姦が載ってた


38 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/11/07(土) 18:30:55 ID:X2hs/gc/

ナックルズだね。
他に南大東島は人身売買して連れてきた女で売春島にしてた
ってのも載ってたな


78 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/12/06(日) 00:42:44 ID:undefined???

少し前、そーいう噂があったな。


113 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/04/01(木) 23:43:00 ID:undefined???


秘密の祭りは近親相姦で柱にくくりつけてうんたら
という話を聞いたがどうなのよ


115 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/04/02(金) 21:36:06 ID:HuMFIDL7

近親相姦の祭りなんかじゃないよ


116 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/04/02(金) 23:35:59 ID:ILvSRbJk

あながち間違いとも言いがたいが…
http://unkar.org/r/tropical/1255482935


__________

3)【危険】パナリ(新城)島【タブー】

1 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/12/15(水) 20:36:35 ID:cAy9Bdbg

初代スレ主は行方不明… 
禁断、そして神秘の島、パナリについて語りましょう!


2 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/12/17(金) 01:58:24 ID:Y1hhZ1O6

今年の豊年祭ツアーを企画した人、消えたね。


5 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/12/19(日) 18:13:22 ID:huXUamZ2

今は勝手に島内を歩き回ると軽トラで追いかけてきますよ 


9 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/12/21(火) 00:40:05 ID:nB4gq/VR

軽トラですか。 じゃ、あの夫婦かな・・・
うみんちゅの船で桟橋までくると、使われなくなった貯水池の横の坂道を物凄いスピードで下りてきます。

で、桟橋から少し上がった左にある空き地(奥に人魚神社)には近づくなと毎回言われた。

島の住居は住人が居ないのに、いつも全て戸が全開。

下地は牛しかいない。
周りの珊瑚礁でゴシキエビが沢山捕れる。 夜漁で潜るとイタチザメが沢山でた。
ほんと懐かしいなぁ


23 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/01/17(月) 23:33:33 ID:nOBKmyGA
>>9
>桟橋から少し上がった左にある空き地(奥に人魚神社)

そこは人魚神社ではないよ。 人魚神社があるのは井戸の側。


6 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/12/19(日) 21:12:10 ID:qYB2lhM9

上地と下地、どっちがヤバイの?


7 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/12/20(月) 00:44:11 ID:o0BrABjs

上地 ここは本当にヤバい


8 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/12/20(月) 07:50:16 ID:SoBDxVM4
>>7
なにがやばいの?


10 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/12/21(火) 22:06:16 ID:jPW4ybog
>>8 
命が惜しいから誰も書けないよ ウタキや祭り以外の話題で行こうぜ!


11 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/12/23(木) 00:39:25 ID:exVIVHbB

パナリってお墓はどこにあるの?


22 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/01/15(土) 23:17:15 ID:kZv4zxCo
>>11
パナリの住人は殆どが大原や石垣に墓を持ってる。


13 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/12/24(金) 10:18:08 ID:o9Xhly3W

人口5人しかいないし定住する人は2人しか居ないのに
話題なんてあるのか?


14 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/12/24(金) 21:54:38 ID:sYKMZOA6

あんな小さな島なのに、
アカマタクロマタのタブー 
人魚神社のタブー 
代々の司の血筋のタブー
ザーシンカのタブー 

そして公民館長の浮気問題のタブーなど秘密がありすぎるさ 


28 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/02/07(月) 15:47:37 ID:9aXi9N6e

映画「秘祭」の話やナックルズの話をパナリで聞くと、マジで不穏な空気が流れるぞ

私はうかつにもその話に触れてしまい、最悪な経験をしました 
島民の方、あの時は失礼いたしました!


31 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/02/17(木) 02:27:51 ID:9jyExjdc

おまえ本当に呪われるぞ


32 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/02/21(月) 03:24:29.71 ID:4SuPbN/1

ヤバいよ


35 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/02/26(土) 03:25:43.03 ID:db1Gb6De

誰かこっそり撮影してニコニコにでもうpしてくれよ
実際、見つかっても注意だけで殺されたり暴行されたりはしないだろ
されたら警察に言って裁判で訴えればいい


37 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/03/08(火) 03:23:32.02 ID:a0Ew9v0B

本当にやめといたほうがいいよ
殺されちゃうよ


38 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/03/08(火) 16:39:15.09 ID:rJpvs8xG

消される。


39 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/03/08(火) 16:49:02.39 ID:Nfat2oub

面白い、ならばやってやろうじゃん


40 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/03/08(火) 23:35:42.11 ID:a0Ew9v0B

バカだな 甘くみないほうがいいよ
事件になる前に行方不明になるよ
今までだって…


41 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/03/09(水) 01:07:22.07 ID:xfouzqFZ

ふん、たかが小さな島民に何が出来る!
定期便がなくとも、こっちには幸い船も船舶免許もあるんでね
入念に準備して徹底的に調査してやんよ


43 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/03/11(金) 17:08:42.40 ID:+XO8cZfg

絶対後悔するよ


45 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/03/12(土) 00:45:42.59 ID:uWm3gac3

今年は何日にやるんだろうね・・
祭り決行日すら秘密にして公表しないモンなあいつら


47 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/03/14(月) 01:30:29.39 ID:LrbJgW+F

どうせビビって祭り当日は絶対来れないんだろ ヘタレくん
もし当日島に来るなら、いつでも相手になるよ 
祭をナメンなよ 


58 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/03/30(水) 23:20:06.68 ID:uTkEYHiC

今年も観光客は参加出来ません


60 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/04/06(水) 03:30:11.67 ID:frZ3RXKP

あまり祭を甘くみないほうがいいですよ 
祭の最中、部外者は絶対島に入れません


82 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/05/07(土) 04:03:25.24 ID:p79JWfBz

人魚の墓って本当にあるの?


83 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/05/08(日) 19:51:27.22 ID:WbvhQlUL

墓じゃなくて、ジュゴンを奉った神社ね。


89 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/06/11(土) 13:15:05.36 ID:Gj/D83qH

今年の豊年祭は某TV局が虎視眈々と狙ってるね


90 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/06/12(日) 15:09:23.80 ID:2iMbY2sh

ナックルズか?


91 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/06/13(月) 15:50:25.83 ID:V6j/Xggw

ナックルズが来るのか?


121 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/07/01(金) 18:05:30.07 ID:+eiTBWSV

ナックルズは男五人女一人のクルーだよ
余裕だね


122 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/07/01(金) 22:28:15.46 ID:TL/3HMhK

誰が手引きしてるの?
島に知り合いや泊まるところ無いと入れないでしょ?


123 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/07/02(土) 11:47:56.51 ID:M8IrTp1A

手引き者見つけたら、ただじゃおかないぞ。


124 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/07/02(土) 12:50:29.94 ID:53oFGmea

ナックルズのクルーが来島=手引き者がいるって事だよね。


148 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/07/20(水) 22:57:00.29 ID:Xp+mrRsN

ナックルズを手引きした人ってまずいんじゃないの?
帰りの船で自慢気に話しをしていた、らしき男たちがいたよね
ヤケにうるさかったし


150 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/07/21(木) 04:28:49.71 ID:QMaTGmzh

本当なら確実に消されてるさ
そんな甘くない


151 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/07/21(木) 08:44:05.23 ID:q+7zdDwx

雑誌に掲載されればな。
出なかったら、その話も妄想で終わる。


153 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/08/08(月) 10:05:59.79 ID:YppfumrS

次回のナックルズに載るね 何度も忠告しているのに
これから色々やっかいな事があるな


157 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/08/23(火) 08:52:28.83 ID:+rmNphDq

盗撮→拉致→山に連れて行かれる→セマルハコガメが肉、骨、服、荷物まで完食する

これで何も残りません。


160 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/08/24(水) 18:57:46.94 ID:ozCl/Vex
>>157
セマルハコガメより、ヤシガニの方が現実的。


163 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/09/01(木) 11:12:36.32 ID:WYTacqs6

ナックルズ、何も載ってねえじゃねえか!
結局いつもガセなんだよな。


166 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/09/06(火) 20:57:56.30 ID:MoXsDaNo

自粛したみたいだね


168 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/09/12(月) 20:51:43.72 ID:Hk8PIIdC

獅子舞も撮影駄目?


170 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/09/21(水) 18:53:11.15 ID:91aSL/cA

勇気があるなら撮影してみな 120%ヤラレルヨ!
間違いなく殺される


171 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/09/22(木) 16:02:31.62 ID:3q0KWfHz

むかし、アカマタクロマタをスケッチしようとした観光客がいたが、ザーシンカの人に注意されて止めさせられてたね。
でも、ザーシンカの人がカメラで撮影していたのは、子供ながら変だと思った。


173 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/09/26(月) 06:27:39.98 ID:ptRYblHd

スケッチなんてしたら島から出れません
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/tropical/1292412995/  

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        {__,,ノ´ 、}
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D. 先島諸島で妊婦と幼児が殺される理由


宮古島、八重山など先島では、人頭税(ニントウゼイ)の重圧が住民を苦しめた。人頭税はどのように課せられたのだろうか。

人口を調査して、一五歳から五〇歳までの男女を年齢によって上、中、下、下下に区分して、税率に少し傾斜をつけて税をかけた。

男女を同列に扱い税をかけるというのも、人頭税ならではのひどいやり方である。八重山は米が基本で、宮古は粟を納めた。女性は布を納めさせられた。

納税には、琉球王府に納める正租だけでなく、薩摩藩に上納する重出米(オモデマイ)があり、米や粟など運搬するための経費や途中での口減り分も加えて貢租とされた。さらに、労役の代わりに米を出す夫賃米(ブチンマイ)、市町村税にあたる公費、村費、滞納予備の貯蓄費など人頭数で割り当てられた。後には、勧業費、衛生費、学校費なども負担させられた。

布を上納する女性も、正租、夫賃米は免除されたが、それ以外のものはみんな頭割りで負担させられた。貢租は、米や粟など現物で納めなければいけない。だから、サトウキビが換金作物として有利であっても、農民は自由に作れなかった。

農民の暮らしはどんな実態にあったのだろうか。宮古の実例を見てみたい。

農民は粟を作っても大半の人は粟の味も知らない。サツマイモを常食としていた。味噌を持つ者さえ島民の四人に一人ほどにすぎず、海水に水を加えて、サツマイモの葉やツル、海藻を煮て食べた。醤油さえ口に入らなかった。

家といえば丸木を組み、草で屋根をふき、四面を囲んだだけの粗末な掘立小屋のようなものである。屋内も大半の人は土間だった。

これは何百年も昔のことではない。明治の中期頃の姿である。一年の収穫より年貢の方が多いという例さえあった。農民はただ人頭税を納めるためにだけ、生き、働くような存在だった。

人頭税を逃れるために、あえて自分の手足を切って「匹人」(ヒキニン、障害者)になる人もいた。役人に頼んでドレイのような「名子(ナグ)」になる人も後を絶たなかった。
http://rekioakiaki.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-fc3f.html

もし、人頭税を滞納するとどうなるか。

村番所に呼び出されて、「かし木」に入れられる。

「かし木」とは、一種の拷問器である。両足を丸太で挟んで締め付けるようなものだという。いったんこの拷問を受けると、大抵が身体に障害を受け、「疋人」(ヒキニン、障害者)といわれて、一生を日陰者として暮らすことになったという。

十字架もあったそうで、未納の多い者や村の内法(村の内規)を侵した者は、多くはこの十字架にしばりつけられ、罪の度合いによって一日から五日も縛られた。また科鞭(トガブチ)といって、長さ一尋(ヒロ、両手を広げた長さ)、周り五寸の樫木で叩きつけられる。村番所から、滞納者の悲鳴が絶えなかったそうである。
http://rekioakiaki.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-e0c6.html

人頭税のもっとも痛ましい結果は、恐らく産んだ赤ちゃんの埋め殺しだろう。

「愛と哀しみの島唄」でも、人口調節のために、嬰児殺しが横行したと書いた。その時はまだ、リアルな実態を知らなかった。その後、その生々しい現実を知るにつけ、背筋が凍る思いがした。やはり前述の大浜氏が、体験者の証言をもとに伝えている。

 八重山の各村では、あの家でもこの家でも、赤ちゃんを産むとただちに始末したという。一六八一年ころから、赤ちゃんの埋め殺しが始まったという。人口が急増した時期と重なる。

その方法は、家の裏庭に穴を掘り、産みたての赤ちゃんを久葉(クバ、ビロウのこと)の葉に包み、穴に入れて、その上にアガザイ(シャコガイ、シャゴウをひっくるめて呼ぶ)で押さえて、生き埋めにする。

埋められた赤ちゃんは、すぐ死亡する場合もある。なかには二、三日たってもまだかすかな泣き声が聞こえる場合もあり、通りかかった人が、助け出して養育したという例がいくつもあるという。

 竹富島の豊見本次郎さん(トミモトジロウ、実名)は、長男でありながら、埋められた。封建時代のことではない。明治八年ごろのことだ。村の有力者が通りかかった。

「埋殺処置をして三日になるのに、まだ生きているというのは、この嬰児になにか徳がそなわっているということに違いない。この子は自分がもらいうけて養育しようと思うが、どうだろう」

と両親と話し合い育てた。その後、すくすく成長して村一番の働き手になったそうだ。同じように、有田加那さん(実名)も救い出されて、粟作りでは村一番といわれたそうだ。


 竹富島のK家では、これまで四人も埋め殺し、五人目も処置した。狂乱せんばかりの妻は、夫に向って

「あの泣き声は私ら夫婦を恨んでいる声のように聞こえる」

といった。夫は

「心配するな。これは皆、人頭税のせいだ。私が始末するから安心しろ」

といって、始末したという。大浜氏はもっとリアルに記述しているが、あまりにおぞましいので略する。その後、この家には怨霊のたたりか、生まれてくる子は、蛸のような骨なし子で、一所懸命に怨霊退散の祈願に手を尽くしたと伝えられているそうだ。
http://rekioakiaki.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-e0c6.html

「定額人頭税制度になってからの村全体の敵は、なんといっても脱村者、不具廃疾者、妊婦、産褥中の婦人および多子養育中の婦人等であった。

したがって、村にとっては人口を制限して、村全体の税額を減らすという手段をとったり、あるいは村一円のすべての人々が不具廃疾者、産褥中の婦女の少ない状態をつくりだし、村の全人口が定額人頭税完納にむかって、邁進できる少数精鋭主義の傾向にむかわざるをえなかった」。
http://rekioakiaki.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-bbdd.html

与那国の“よな”は、境界という意味です。すなわち与那国とは、古代琉球国の最西端に位置する絶海の孤島という意味をもっていました。ですから、人口もわずかで、海鳥のいる島といわれているくらいでしたが、島民はこの島を南海の楽園にしようと考えました。そのためには、人がいっぱいいなくてなはりません。こうして「産めよ!増やせよ!」の風潮が高まっていきました。

15世紀の初頭には、島の人口は三万人余にも膨れ上がったそうです。
特に女性が多く1対6の比率で男性をはるかに圧倒していました。

御獄参りで願掛けをした神人や女たちは、「島の繁栄だ」として喜び合いました。ところが、これが、やがて残虐な血祭りの時代を迎えるとは誰も予想しませんでした。

人口が増えると今度はだんだんと食料が不足していきました。 人口は増える。食料はない。島の食料危機は日増しにつのり、やがて血を呼ぶいざこざがあちらこちらで起き始めました。

ある日、島の按司(酋長)たちは、もうどうしようもないこの状況を切り抜けるために、会合を開きました。 会合の最後で一人の按司が

「この島には女が多すぎる。食料が不足するのは、おんながどんどん子どもを産むからだ。だから今後は女に子供を産ませないようにしよう。」

と言い出しました。みんなはこの意見に引きずられました。

「それは、どういう方法をとればいいのか?」

ということになると、みんな答えに窮します。


「そうだ、妊婦だ!

妊婦を集めてあの絶壁の久部良割(くぶらばり)を飛び越させよう。

あの裂け目を跳び越した強い女だけ、子供を産むことを許そうではないか。」


と、また一人の按司、一同たちまちにこの案に賛同しました。こうしてあの残虐非道な人減らしを目的とした久部良割越えが実施されることになったのです。
http://www.kentoushi.com/home/history/densetsu/yonaguni/y_densetsu3.htm


与那国島 クブラバリ
http://www.youtube.com/watch?v=fiLZC_tRJms
http://www.youtube.com/watch?v=Qpg1lgYxmcY
http://www.youtube.com/watch?v=VRhxcWYOJ8I


与那国島「クブラバリ」写真

小中学校を通り過ぎたところに史跡クブラバリはあった。一見すると普通の草原のように思えるこの丘も、琉球王朝時代には恐ろしい場所であった。

クブラバリは、「久部良割」とも書かれる通り、久部良地区にある大地の割れ目の事である。その大きさ、深さなどは、実際に現地へ行って立つと、本当に身の毛のよだつ思いがする程恐ろしい場所である。

これがそのクブラバリ。

悪政・人頭税によって、人間を間引きする必要があった与那国地方。

その方法とは、妊婦にこの裂け目を飛び越えさせて、飛べた者だけが助かったという。しかし落ちたら死、飛べても流産してしまう恐ろしいこの裂け目。実際には、幅3メートル、深さ7メートルもあったという。そんな人等税を考えたのが島津藩であった!


裂け目

幅3メートル、深さ7メートルもあり、妊婦には絶対に飛べるハズがない。そこには死があるのみ。飛べてもおそらくほとんどが流産をしたであろう!

のどかな風景の中にある地獄への裂け目。実際に立ってみると、脚がすくんでしまうほど恐ろしい。そしてこの裂け目の底は薄暗くて見えない。死者の悲しみの声が聞こえてくるようである。
http://homepage1.nifty.com/takeishi/okinawa/yaeyama/yonaguni/newpage4004.html


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E. 人魚神社の御獄に葬られているのは…


人魚神社
http://www.google.co.jp/search?q=%E4%BA%BA%E9%AD%9A%E7%A5%9E%E7%A4%BE&hl=ja&lr=lang_ja&tbs=lr:lang_1ja&prmd=imvns&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=WK5yUIjJJ5CemQXTmoDwBQ&ved=0CDEQsAQ&biw=1047&bih=892


琉球地方の風葬
http://www.google.co.jp/search?q=%E9%A2%A8%E8%91%AC&hl=ja&lr=lang_ja&tbs=lr:lang_1ja&prmd=imvns&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=-gd0UPSSIbGKmQX-mICIBg&ved=0CDcQsAQ&biw=1047&bih=892#hl=ja&lr=lang_ja&tbs=lr:lang_1ja&tbm=isch&sa=1&q=%E6%B2%96%E7%B8%84+%E9%A2%A8%E8%91%AC&oq=%E6%B2%96%E7%B8%84+%E9%A2%A8%E8%91%AC&gs_l=img.3..0.8377.10919.0.11148.9.9.0.0.0.0.97.772.9.9.0...0.0...1c.1j4.UNK-A_-D4Mw&bav=on.2,or.r_gc.r_pw.r_qf.&fp=8d86f3a4c8a3836b&biw=1047&bih=859


1) 御嶽の起源は葬所?


御嶽はもともと古代社会において集落があった場所と考える説が有力である。その証左として、御嶽の近くから遺骨が見つかる例が少なくない。
宮古や八重山地方では、過去に実在したノロの墓を御嶽とし、そのノロを地域の守護神として祭っていることが多く見られる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A1%E5%B6%BD_(%E6%B2%96%E7%B8%84)


「御嶽」と書けば、本土では「おたけ」・「みたけ」などと言いますが、
沖縄では一般に「うたき」と読みます。本土で「おたけ(御嶽・御岳)」と呼ばれる山の多くが聖地とみなされているのと同様に、沖縄における御嶽も、ほとんどが集落を守護する聖地となっています。

さて、私から見れば自然崇拝の塊である御嶽も、沖縄の民俗学研究では、まったく異なる御嶽観が強く支持されています。御嶽の起源は葬所であるというものです。
(仲松彌秀「『お嶽』の本体」『沖縄文化』第2号 沖縄文化協会 1961年)


この説を初めて唱えた仲松氏によれば、御嶽には必ず葬所が存在し、ほとんどの御嶽が祖先を祀っているそうです。それゆえ、村の草分けの祖先や英雄などの葬所のある場所が聖地化したのが御嶽の起源と考えられると・・・

御嶽に見られる自然崇拝の要素は、仲松氏の御嶽観の中でどう説明されるのでしょうか?

葬所が聖地の起源であるなら、岩ではなく、葬所そのものを祀っていれば良いと思うのですが。逆に、自然崇拝の聖地に葬所が設けられたとは考えられないのか?

こういった質問をある沖縄民俗学の大家に投げてみたところ、

「聖域に人が入って行くのはあり得ない」

と一蹴されました。沖縄人の信仰心が他県に比べて殊に篤いことは有名です。それゆえ、余計に、聖域に俗人が入り込む類の行為は想定しがたいのでしょう。
http://obotsu-sedi.jugem.jp/?eid=25


御嶽は、グスク同様、沖縄各地にみられる聖地ですが、その起源は、村草分けの祖先や英雄などの葬所であるというのが現在もっとも支持されている説です。

つまり、村人たちに尊敬される人物の葬所が村に隣接する丘陵に設けられ、丘陵そのものがその人物を祀る聖地となっていったと考えられているのです。

どこの御嶽に行ってもたいがい葬所が確認されること、祖霊を祀っている御嶽が多いことなどがその根拠となっているようです。

ちなみに、「葬所」というのは、遺体を骨化させる風葬所と、骨を納める墓、双方を含みます。(沖縄の葬法は、遺体を腐らせて骨だけにし、骨を納骨器に入れそれを墓に納めるという、いわゆる二重葬が一般的でした。)

御嶽の起源となる「葬所」とは風葬所なのか?墓なのか?という議論もあります。
http://obotsu-sedi.jugem.jp/?eid=65

戦前の久高島の風葬墓

琉球地方の風葬には大きく分けて二通りの方法があった。ひとつは特定の洞窟や山林(「後生グソー」と呼ばれる不浄の聖域)に遺体を安置してそのまま共同の墓所とする原始的な方法と、亀甲墓や破風墓の中に棺を一定期間安置し、風化して白骨化した後に親族が洗骨を行い、改めて厨子甕に納める方法である。

太陽が昇る方向にあることから「神の島」とも呼ばれる久高島では、1960年代まで前者の風葬が残っていた。 風葬の行われる場所を「ティラバンタ(葬所)」といい、「ティラ」は「ティダ」と同義で太陽の事、「バンタ」は断崖絶壁という意味である。

死生観を示すものとして葬儀の時に歌われた、葬送歌の一部を取り挙げる。

「トゥシアマイ、ナイビタン (年が余りました)/ティラバンタ、ウシュキティ (ティラバンタに来ました)/シッチ、ハタバルヤ (干潟は)/ナミヌシュル、タチュル (波が立つ)/ナミヤ、ハタバルヤ (波の干潟は)/ヒブイ、タチュサ (煙が立つ)/ニルヤリーチュ、ウシュキティ (ニルヤリーチュに来て)/ハナヤリーチュ、ウシュキティ (ハナヤリーチュに来て)」

このうち「年が余りました」は「寿命になった」、ニルヤリーチュ・ハナヤリーチュは対句でニルヤハナヤ、すなわちニライカナイのことである。

「干潟は/波が立つ/波の干潟は/煙が立つ」の箇所は、葬儀と関連する意味が掴めず難解だが、遺体が腐乱して溶けていく様をユタユタと立つ干潟の小波に喩え、「煙が立つ」のは溶解した肉体が煙(ヒブイ)となって飛んでいく描写だという。

沖縄周辺の信仰では、マブイ(魂)は煙のようなものと考えられていて、風葬は魂を海の彼方のニライカナイに還すものという観念がうかがえる。

宮古島における風葬

宮古島地方では、沖縄本島から伝わる以前から巨石墓(ミャーカ)というのがあり、風葬の代表的な例とされている。

屋根のない石囲いの中に遺体を葬るものであったが、後世風葬を嫌う考えが起こって屋根をかぶせるようになったという。仲宗根豊見親の墓のように、本島の横穴墓形式との折衷も見られる。

島尻、狩俣、大神島にも風葬があり、昭和時代には洞窟などから遺骨が多数発見されたことがある。また、島尻集落のほぼ中央部には巨大な崖下墓があり、以前から「長墓(ながぱか)」として知られている。研究報告によると、長墓は3つの廓に分かれ、6 - 70体分の遺骨が乱雑に置かれていた。

廓の前にはグスク様に囲いがあり、遺骨を以前収めていたと思われる容器も発見された。岩陰の内外で見つかった土器・陶磁器、キセルからこの墓域の年代は17世紀から18世紀頃と推定される。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8%E8%91%AC

岡本太郎の沖縄
http://www.amazon.co.jp/%E5%B2%A1%E6%9C%AC%E5%A4%AA%E9%83%8E%E3%81%AE%E6%B2%96%E7%B8%84-%E5%B2%A1%E6%9C%AC-%E6%95%8F%E5%AD%90/dp/4140805382


「岡本太郎の沖縄」は岡本太郎の死後、養女の岡本敏子によって編集された写真集である。写真の大部分は岡本太郎が1959年に沖縄を10日間ほど訪れた時に撮ったもので、この旅は「沖縄文化論」を生んでいる。写真集が「沖縄文化論」の副産物だというのが正しいだろう。

私にとってこれらの写真はまず、1959年という時代の記録として貴重である。それから、写真がどれも違和感なく受け入れられると感じられる。ということは、1959年において画家が現代の私たちが沖縄を見る目を先取りしていたということもできそうだ。これはある意味ですごいことだ。

ところで私はすでにこれらの写真を冷静に見ることができなくなっている。それは久高島のことがあるからだ。以前比嘉康雄著「日本人の魂の原郷 沖縄久高島」を読んだとき、1966年に「心ない外来者」が風葬地に入ってひつぎを開け、写真を撮って雑誌に発表したという記述があった。これが原因となって風葬の習慣が絶えたとは筆者は断定していないが、おそらくそうなのだろう。

その後、岡本太郎と沖縄のことについていくらか調べていると、この「心ない外来者」が岡本太郎そのひとであることがわかった。このことについて池澤夏樹は「この心ない『外来者』とは岡本太郎である」といい、さらに

「死者の身内の者が雑誌に発表された写真を見てしまい、やがてこの人は精神に異常をきたすことになった。」

と書いている。なんともむごい話だ。パリで民俗学を学んだという画家は村人の心をずたずたに裂いてしまった。はっきりいって、この行為ひとつで私はすでにこの画家の全体を認めることがむずかしくなっている。

「沖縄文化論」の1972年版にはおそらく雑誌に掲載されたと同じものと思われる死者の写真が掲載されている。画家がまったく呵責を感じていなかったことの証だろう。写真は1967年に雑誌に掲載されたが、どの雑誌なのかはまだ知ることができない。
http://stowaway.exblog.jp/4159925/

10 :本当にあった怖い名無し:2008/04/09(水) 12:37:02 ID:GBiBAvZIO

ガチで沖縄出身のボクですよ。大学で民族学を専攻していたんで卒論のテーマとして研究した事があります。

これは確認できなかったので僕の憶測ですが、「神の〜」等が書かれた看板が立ち立入禁止になっている場所は埋葬場だと予測しています。

鳥葬の風習が残っている地域も有る様ですし、

他にも・・・

集落でトラブルを起こし何だかの原因で始末された人間を隠したり

まぁ・・・ここら辺はあくまで憶測とか聞いた話ですので確認は出来ていません・・・。
http://unkar.org/r/occult/1207596243


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2) 島の人間は何故人魚を恐れているのか?


「人魚」とは「儒艮(ジュゴン)」とか、「マナティ」のことであるといわれているが、昔の島の人々は意外にも「人魚」は「人魚」でいたと信じて疑わない。実は、興味深い話で八重山の郷土詩人、伊波南哲の書いた本の中に、こんな一節がある。

「人魚というのは、ザン(ジュゴン)のことですか」

私は案内役の島(新城島/八重山)の総代にきいてみた。

「いや、本当の人魚は別にいます」

と、総代は平気な顔でこたえた。

「本当の人魚を、見たことがあるんですか」

「あります。西表島の南風見(はいみ)の海岸の岩穴には、今でも本当の人魚が棲んでいます。」

「で、どんな格好をしているんですか」

「黒い髪をたれて、乳房があって、そっくり人間の女と同じです」

「ほう、どうしてそれを捕獲しないのですか」

「とんでもございません。人魚を捕らえたものは七代まで祟られるというから、誰も怖くて手をつけるものはいません」

「それは、本当の話ですか」

「本当ですとも。嘘だと思ったら南風見の海岸に行ってごらんなさい。薄暗い珊瑚礁の岩穴に、子どもを抱いてお乳を飲ましていますよ。私達が近づくと、ぎょろっと睨みつけるので、怖くてよりつけません。」

この対話のように、人魚とは儒艮(ジュゴン)なりという学説を裏切って、人魚は別にいるという話は、一体どこまでがほんとうであろうか。

(伊波南哲著「沖縄風土記」/未来社)より
http://www.churashima.net/tsutaeru/history/10/10.html


人魚と津波    八重山竹富町

  波照間島(はてるまじま)では、

「釣りをしていて、釣られた魚の方から糸を手操(たぐ)って上がってくる手応えがあるときには、人魚かも知れないから、すぐに糸を切って舟を返さないと怖い。」

と言う言い伝えがあります。


  昔、三人の漁師が舟を出して島から遠く離れた沖で釣りをしていると、一人の釣糸に変な手応えがありました。普通の魚ならば逃げようと暴れるのですが、逃げようともしないで逆に相手の方から糸を手繰って上がって来た からでした。

  その時三人の漁師は、「これは大きい魚だ。」と喜んで糸を手繰っていると、海の上にふわっと黒い髪の毛のような物が浮かんできました。漁師達は、水死人を釣り上げたと思い糸を放したが、現れたのは長い髪の女で、良く見るとそれは人魚でした。


  人魚は、三人の漁師に、

「どうか舟にあげて下さい。お願いします。」

と片手を舟べりにかけて言い、漁師達が迷っていると人魚は泣きながら舟に乗せてくれと懇願しました。

  あまりに熱心に人魚が頼むので舟に乗せてやると、その人魚の姿は、上半身がまぶしいほど美しい女の姿でしたが、胴体は魚で尾はエビに似た形でした。

「決してご迷惑は掛けませんから、どうかあなたたちの島に連れていって下さい。」

と人魚は、漁師達に言いました。それまでは不気味に思っていた漁師達も人魚のきれいな顔を見ているうち  に、だんだん安心して、島に連れて行くことにしました。

  舟が島に着くと人魚は、珍しいそうに島のあちこちを見て廻り、そのうちに島の人達も人魚を見たさに集まってきたので島中が大騒ぎになりました。ちょうどその頃、丘の上にいた老人が沖の方を見ていると、沖の方から低い不気味な海鳴りの音が聞こえ、遠くに大きい山のような波が見えてきました。

  老人は、

「津波が来るぞ。おおい、津波が来るぞ。」

と大声で島の人達に知らせましたが、人魚に夢中になっている島の人達は津波が押し寄せて来るのに、なかなか気づきませんでした。ようやく老人の知らせに気がつくと人々は慌てて島の一番高い所に先を争って逃げました。


  人魚だけはうれしそうな顔で、おいでおいでと津波を手招きして、沖の方に向かって泳いでいき、やがてその姿は津波に飲まれて姿が消えました。不思議なことに津波が襲ったのは、人魚が歩き回った所ばかりだったそうです。
http://okinawan.jp/minwa/minwa026.htm

島の南へ行く道をたどる。原始の森を思わせる欝蒼とした木々の連なりの中を歩くと整備された建物があった。小浜島にあるリゾートの関連施設らしい。
その脇を通って浜へつづく道を行く。すぐに白い砂浜に着いた。

遠く西表島の島影、海の蒼と緑、点景加えるように浮かぶ小島。

来た道を戻り、今度は「クイヌパナ」へ向かう。
民謡にも歌われている景勝地なのだが、道は細く足場もよくない。

途中、「鳥居」があった。「鳥居」といっても内地の神社に見られるように赤く塗られているわけではない。細い電柱のような丸太棒を組み合わせて「鳥居」のように形づくっているだけの物。丸太棒の色は経年の為か周囲の草木と同色になってしまっており、気を緩めていると見落としてしまいそうだ。

持っていた「やえやま GUIDE BOOK」によると「イールウガン」(イール御嶽、西御嶽)とある。

荒く組まれた石段を上ると視界が開けた。
景勝地にふさわしい風景が広がっている。
再び、道を戻り埠頭を過ぎて集落へと向かう。

広場のような空間。
閉じたパラソルと白い椅子。ここもリゾートの関連施設になっているのだろう。
広場に脇に残る鉄棒が、過去ここに学校があった事を教えてくれた。

舗装されていない白い道を歩く。
きっと、昔の島の面影をそのまま残しているのだろう。

何か…島民が皆、“神隠し”にでもあってしまい、時間が止まったままの島に来てしまった…。そんなありもしない想像にかられてしまう。溢れんばかりの陽光の中にいるのに、寂しい。

集落を歩きながら私は次第にあせりはじめていた。やはり「アール御嶽」がどこにあるのかがかわからない。「やえやま GUIDE BOOK」の大まかな地図に従って集落のその方向へと歩いて見たが、わからない。

「鳥居」を目印にと思っていたが、さっきの「鳥居」のように目立たぬ物であれば見落としてしまう可能性もある。同行のSさん達を巻き込んで、それらしい細い道へ入っては御嶽を探す。

ふと、細い道の先に人影が見えた。この人に聞いてみるしかない。
Sさん達に待っていてもらい人影に近づいた。低い木に登り、鉈で枝を払っていたのは老人だった。私を認めると鉈を使う手を止めた。


「すいません、ちょっとお聞きしたいのですか」

怪訝そうな顔。

「あの…アール御嶽はどこにあるのでしょう」
「はぁ」

もう一度、アール御嶽はどこでしょうと聞いた。やはり、聞き返すばかり。

「あの…“ざん”を…“ジュゴン”を祭っているという御嶽です」

老人の表情は相変わらず硬い。「八重山の人頭税」に書かれていた「御嶽に案内してもらうまで苦労した」という逸話が頭をよぎる

「なんで」

と老人の問い。“なんで探している”と言う意味だろうか。素直に

「“ざん”の事を調べているのです」

と答えた。老人は低い木から降りてきた。

「公民館長には会ったか」

これも“公民館長に許可を取ったか”というような意味だろうか。私は

「いいえ、お会いしていません」

と答えた。老人はふいにある方向を軽く指差した。
老人が伐採したであろう雑木林の跡、その向こうある森。

「あそこだよ」
http://homepage2.nifty.com/ameotoko/zan05.htm


「あそこですか」

思わず声が高くなってしまった。

「アール御嶽」は目と鼻の先と言ってもよいほどの場所にあった。
Sさん達を招き寄せると老人と共に森に近づく。

「鳥居の前までならいい、その先はだめだ」

伐採された雑木林の跡を歩く。

「写真は鳥居の前なら、いい」

私は思わず、聞き返した

「写真を撮影してもいいのですか」
「写真は鳥居の前なら、いい」

老人は同じ言葉を繰り返す。

いいのだろうか。
Internetの幾つかのページでは撮影禁止と紹介されていたのだが…。

だが、ここを目的の場所にしていた私にはあいまいな記憶ではなく、どうしてもこの場所を旅の記録に残したいという強い希望があった。

森には木々に覆われた小道があり、その向こうに丸太棒を組み合わせた鳥居が見える。あせる気持ちと相反して歩速を落としてゆっくりとその「鳥居」へ近づく。


「アール御嶽」
「ざん」を含め豊漁等を祈願する御嶽。

捕らえられた「ざん」は解体され、その骨はこの「鳥居」の向こうに祭られたという。

歩みが止まる。「鳥居」からまだ、数メートル離れているがこれ以上、進めない。

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ここには東御嶽の鳥居前の写真を2002年11月3日〜2010年3月28日まで
掲載しておりましたが、指摘がありましたので削除措置を行いました。
(2010年3月28日 雨男)
http://homepage2.nifty.com/ameotoko/zan06.htm

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3) ジュゴンは人魚ではない


ジュゴンに関する御獄は上地島、下地島の各島に一つずつある。沖縄タイムスの記事で

『ジュゴンの霊を慰め、漁の安全を祈願するため、人々はジュゴンの骨を集めた「イル御獄」をつくり、今も大切に祀っている』

とあるが、上地、下地とも「イル御獄」はあるものの、島民の話しではどちらもジュゴンを祭っているという事実はないという。
https://docs.google.com/viewer?a=v&q=cache:eMAPZkLqRKEJ:oecc.open.ed.jp/cdrom/reppdf/rep27.pdf+%E6%98%94%E3%81%AF%E4%B8%8A%E5%9C%B0%E5%B3%B6%E3%81%A8%E4%B8%8B%E5%9C%B0%E5%B3%B6%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%AB%E3%81%8B%E3%81%A8%E5%AF%BE%E7%AB%8B%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%8A%E3%82%8A%E3%80%81%E3%81%8A%E4%BA%92%E3%81%84%E3%81%AB%E7%9B%B8%E6%89%8B%E3%81%AE%E5%B3%B6%E3%81%AE%E6%B0%B4%E3%82%92%E3%81%A8%E3%82%8A%E3%80%81%E4%B8%8D%E4%BD%9C%E3%81%AB%E3%81%95%E3%81%9B%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%9F%E3%83%BB%E3%83%BB%E3%83%BB%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E8%A9%B1%E3%82%82%E3%81%82%E3%82%8B%E3%80%82%E3%81%93%E3%81%AE%E4%BA%95%E6%88%B8%E3%81%AE%E6%B0%B4%E3%82%92%E5%AE%88%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%AF%E5%AD%90%E4%BE%9B%E3%81%AE%E4%BB%95%E4%BA%8B%E3%81%A7%E3%81%82%E3%82%8A%E3%80%81%E6%9C%80%E8%BF%91%E3%81%BE%E3%81%A7%E8%A1%8C%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%9F%E3%80%82%E5%A4%9C%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%82%8B%E3%81%A8%E6%81%90%E3%81%84%E3%81%AE%E3%81%A7%E3%80%81%E5%AD%90%E4%BE%9B%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%AF%E6%AD%8C%E3%82%92%E6%AD%8C%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%82%8A%E3%81%97%E3%81%AA%E3%81%8C%E3%82%89%E5%A4%9C%E3%82%92%E9%81%8E%E3%81%94%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%9F%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E3%80%82&hl=ja&gl=jp&pid=bl&srcid=ADGEESgr_G48PC4_H3rkyKXmInL2Gp6a6rj1CvuMf3huUpzMv8JmcVt7grNTz9Wf9iDlHlPCe87QLxQET14X3FoTKNtdU_N6PfZC-1uxWA9URccUSEsjDQkbRL8VO1bZQ86kLINTf0Lo&sig=AHIEtbT7EStCzAKV-SToIbs7MfVP7c0HxQ


Q: 昨日のアンビリバボーという番組で、沖縄の新城島についてやってました。

昔、新城島という島は琉球王朝にジュゴンの肉を貢ぎ物として送っていて、殺したジュゴンの魂を弔う為に人魚神社というところで儀式をしていたらしいのですが、
儀式をやめたら新城島には津波がきて、多くの死者がでたらしい というような話でした。

番組には沖縄出身の芸能人のゴリさんが出演していて、この話について軽く語っていたのを聞いて気になりました。 長くなりましたが、この話についてもっと詳しく教えてください。そして沖縄には何故オカルト系の噂が多いのでしょうか?

happybouyaさん

新城島は観光地ではないようです。

普段は4〜5人ぐらいしか島には住んでいないのですがお祭の時には島出身の人間が約300人ほどが戻ってくるそうです。

ただそのお祭というのも我々の考えるみんなで楽しくというお祭ではなく純粋に人魚の霊を崇めるための"祭り"なんだそうです。

見学したり等は出来るそうですが撮影や記録をとったりするのは一切禁止で儀式が行われている場所は立ち入り禁止なんだそうです。昔掟をやぶって立ち入り禁止の場所に進入した人がリンチ事件に合うという事が報告されています。沖縄ではいたるところで御獄が行われているところがありますが、新城島は各地で行われている御獄の感覚とは違うようです。

オカルト系の話が多いと感じるのは沖縄島民は

「霊的な物を信じる傾向がある」
「先祖を崇拝する」
「仏教の影響が弱い」

と、以上の三つの事が影響しているからだと思われます。本土等で一般的に浸透しているようないわゆる仏教系の話や逸話などは沖縄ではあまり語られる事が無く、かわりに沖縄独自のオカルト系の話が伝えられてきました。本土側からしたら沖縄の当たり前のように伝えられてきた逸話も、印象に残りやすく結果オカルト系の話が多いというように感じます。

tabinomushi7277comさん

その昔、八重山には「人頭税」という税金がかけられていましたが、新城だけは税の代わりとして雌雄一対のザン(ジュゴンのことを沖縄ではこう呼びます)を献上することを義務付けられていました。

ザンの神社は今でも実在していて、当時はザンの頭骨が御神体として奉られていた(盗難にあってしまったそうです)といいます。

また「パナリ焼」という焼き物の窯があって、当時、陶器を作る技術のなかった八重山の人々は「娘を(嫁に)出してでも」欲しがったそうですが、今はもう面影もありません。

話に出てきた「津波」というのは1778年(明和8年)に起こった「明和の大津波」のことです。マグニチュード7.4(関東大震災は7.9)の地震で発生した大波は標高30メートルにまで達し、石垣と宮古を合わせて約12000名が犠牲となりました。

実はこの地震には人魚にまつわる伝説があります。

その昔、石垣の野原村(のばるむら)に住むオジィが海で漁をしていると、網に人魚がかかった。人魚は助けてくれたら「秘密を教える」というので網からはずしてやると「明日の朝、津波が来る」と言う。

オジィは島中に知らせて回ったが、野原村以外の島民は気味悪がって誰も信じなかった。そして翌朝、人魚の言った通り大津波が押し寄せた。オジィの言うことを信じた野原村の人間は全員助かったが、避難しなかった島民は殆どが波にのまれて亡くなってしまった・・・。


沖縄にオカルト系の話が多い(と感じる)のは、沖縄県民自身がそういった神秘や霊的な物を信じているからだと思います。沖縄では神仏ではなく「先祖崇拝」をする土地柄で、祖先の霊をそれは大切にしており、体調不良や物事がうまくいかない時は「ウガンブスク」(御願不足)といって、先祖へのお祈りを怠ったからだといわれます。

ゴリさんも言ってましたが「医者半分ユタ半分」といって、これは科学的な話も聞くがユタ(占い師と霊媒師をたしたような存在の人)のお告げも信じているというたとえです。ユタは「セーダカウマリ」(生まれつき霊感が強いこと)な人が、ある日突然「お告げ」によってユタとして生きるよう言われるそうです。実際ユタのお告げで病が治ったり良縁に恵まれたりすることがよくあるそうです。

不思議な現象をオカルトや心霊といった恐いイメージではなく、身近な教訓としてとらえているのが沖縄の不思議でもありますね。

※新城は観光地ではありません。祭りの時か、島の方の紹介がないかぎり勝手に上陸することはできません。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1038912630


老人は小道の入り口にある石に座った。「バイオレット」(沖縄産の煙草)の紫色のパッケージを左手に、火のついていない煙草を右手に持っている。

「明治の前は何だったかな」

どういう問いだろう。

「明治の前というと江戸時代…慶応とか…」と私は答えた。

「あぁ、明治の前にはもう“ジュゴン”はいなくなった」

それから老人は問わず語りにさまざまな事を教えてくれた。


−この御嶽の開基は首里の高い地位を持つ人物によりなされた事−

−その後、「ジュゴン」…「ざん」を祭るようになった事−


私は胸の内にある疑問の幾つかを老人に問うて見た。

「首里にジュゴンの肉を納めたと…」

「違う、首里には“なめした皮”しか納めなかった。肉は(住民が)食べた」

この回答には少し驚いた。

いくつかの本には「塩漬けにした肉を収めた」とか「煮て乾かした肉を納めた」とあるのとはずいぶんと異なる。と同時に「住民も食べていた」という話は今までの私の仮想を裏付けてくれるのだが…。

「この御嶽に捕獲したジュゴンの骨が祭ってあると聞いているのですが…」

「今もある。昔はもっとあったが海洋博の頃(沖縄国際海洋博覧会 1975年 昭和50年)にずいぶん持ち出された。でも、今でも頭の骨が20個ほどある」

なぜ、ジュゴンの骨を持ち出す者がいたかについては聞かなかった。興味本位や学術研究の名のもとに、このアール御嶽からジュゴンの骨が持ち出された事は事前に知っていた。

ジュゴンの事を調べて行く上で「ジュゴン」…「ざん」は伝説の人魚と同一視され、その肉は長寿の源となり、その骨は薬とされたという内容の文を何度も目にしていた。首里王府も、その肉は安産の妙薬として扱っていたと言うし、「もの食う人々」の中にも

「肋骨を粉にすれば精がつき、産後の肥立ちの悪いのに効くし(−略−)」

とある。「ジュゴン」にとっての最大の不幸はこの伝説の人魚と同一視されてしまった事かもしれない。彼等は幻影になってからも安息の時間を得られなかった。

話の切りが良いところで、老人に礼を言って別れた。立ち去り際、老人はこの御嶽の前の雑木林を切り開いて「シークァーサーを植える」のだと言った。

「すいません、最後に質問してもいいですか」

再び、怪訝そうな顔。

「“ジュゴン”の…“ざん”の味について何か伝わっていませんか。あの…美味しかったとか」

あまりにも子供じみた質問のせいか表情は硬い…が、しばらく間をおいて老人はぼそりと言った。

「島(出身)の101歳の人も“ジュゴン”をこの海で見たことはないと言っていた」

そして同じ言葉を繰り返した

「明治の前には“ジュゴン”はいなくなった…」

つまり、“ジュゴン”を捕食した人も、その味を覚えている人も今はいない。
「ありがとうございました」と再度礼を言うと、ほんの少しだけ老人の顔に微笑が浮かんだように見えた。私の、八重山の「ざん」を追う旅は、終わった。

昔、この海を「ざん」が、その白い体をゆだね、のびやかに泳いでいた時代があった。もう、二度と還る事のないその時代の事を、ほんの少しだけ想ってみた。
http://homepage2.nifty.com/ameotoko/zan06.htm

新城島からの帰島後、私の中で幾つかの事柄が疑問符付きで残りました。


1.八重山の海にジュゴンはいつまでいたのか

2.ジュゴンの肉は首里王府に納められていたのか、またジュゴンを食べていたのはどのような人々だったのか


これを埋める為に、蔵書の一次資料(当時書かれた文献、公文書)をあたったところ、

「与世山親方八重山島規模帳」(西暦1768年 和暦 明和5年)
「富川親方八重山島諸締帳」 (西暦1875年 和暦 明治8年)

の二つの資料から「海馬」(ジュゴン)に関する記述が見つけました。

両資料とも首里王府から八重山・宮古の派遣された「検使」(行政監察官)である与世山親方、富川親方が八重山・宮古の行政状況をつぶさに調査し王府へ報告すると共にその問題点を指摘・指導するという内容です。「検使」である両名は「親方」(ウェーカタ)という上級官吏であり、その資料の性格から考えて、当時の八重山の状況を公正かつ正確に表しているといってよいでしょう。

資料中の原文は漢語候文で、現代語の対訳もついているのですがそれでも分かりずらいので私が一部口語体に直して記述します。


「与世山親方八重山島規模帳」の記述

『新城村は諸役人からジュゴンならびにカメなどをいつも所望され、村の悩みとなっているので、今後は御用(首里王府へ納める事)以外に所望する事を禁止する』

わずかこれだけですが、首里王府への納税としてジュゴンを捕獲する以外に、「諸役人」つまり八重山の地方役人達が勝手に新城島の人々にジュゴンを納める事を命じて捕獲させていたという事実が浮かびあがってきます。

首里王府、地方役人達、さまざまな人々がジュゴンを欲していた事がうかがえます。


「富川親方八重山島諸締帳」の記述は二つあります。

『御用物(首里王府への納税品)のジュゴンは新城村に限って捕獲指示書を出しており、その他の者から欲しいという要求があっても渡さないという事になっているのにもかかわらず守られていない。

御用物から余分が出てもその他の者の要求に応えて渡してしまっているので、年々、ジュゴンを捕らえるのに多人数で日数を要するようになり、困っているというのは問題である。今後は法に定めたように、その他の者の欲しいという要求には応えない事。

また、余分となったジュゴンは在番・頭が印をして保管させて後日の御用に使うように取り締まる事』

文中は御用以外の要求とあり、具体的に誰が「その他の者」なのかは書かれていませんが、前掲の「与世山親方八重山島規模帳」の内容から見れば、これもまた「諸役人」と見るのが妥当でしょう。

つまり、1768年から1875年までの約100年間、相変わらず地方役人達の職権濫用による私的な捕獲指示と御用物の不正取得が行われていたという事になります。

これも八重山の海からジュゴンが消えた原因の一端であろうと思われます。

事実、このおかげで捕獲に「多数の人数と日数」が必要になるほどに頭数が少なくなっている事。一時的に捕獲余剰となったジュゴンも「在番」(首里王府からの八重山派遣駐在官)「頭」(“間切”という行政区の長)という八重山行政機関の中でも最高位にあたる者が厳格に保管・管理しなくては納税に応えられないという事実が読み取れます。

このジュゴン捕獲に関する苦労はもうひとつの文からもうかがえます。


『首里王府に納めるジュゴンの調達は、新城村に受け持ちを命じてある。ところが年々、それを捕らえるのに多くの人足が必要となり困っている。

捕獲に必要な人足数を定めた法規を変えて人足の数を増やそうとしたが、この人足数はかつて定められているので、いまさら王府御用とはいえ規定を変えることは難しい。

一応、島で一斤につき四名ずつ増やし、地方役所の指示による労役の人足から差し引くようにするので、そのように心得る事』

(注.この「一斤につき四名」という記述が不明でした。重さを示す一斤(約600グラム)の事なのか、それとも他の意なのか、文脈を鑑みてつじつまの合う言葉が見つかりませんでした。)


この記述からは、最優先でジュゴンを捕獲しなくてはならない「御用」にすら多数の人数と時間が必要となっている事が読み取れます。

「富川親方八重山島諸締帳」(諸事全般の規定指示集)は明治8年に発行されています(首里王府の行政権停止と沖縄県知事の任命(一連の琉球処分措置)はこの後の明治12年・西暦1879年)。

本編の老人の口碑(言い伝え、伝説)では「明治の前にはいなくなった」との事ですが、「明治に始めにはまだジュゴンはいたが、姿見かけることはほとんどなく、その捕獲には大変な労力が必要だった」というのが正確なところでしょう。

ちなみに老人の口碑の「王府には肉は納めていなかった」ですが、首里王府への米や上布の納付要領などを事細かに定めた「富川親方八重山島諸村公事帳」(公務に特化した規定集)に「ジュゴン」に関する記述がなかった事(見落としているかも知れませんが)を書き添えておきます。
http://homepage2.nifty.com/ameotoko/zan07.htm


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鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱鬱蠧止.                  ベシ       旧疆鬱鬱鬱



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F. 新城島の豊年祭の時にナビン洞で行われていた儀式とは?

アカマタ・クロマタの儀式に関する噂を纏めておきます。

最初に断っておきますが、『島の人口が多かった昔は実際にこういう事をやっていた』 というのではなく、以下の内容を象徴化して、心理的には同じ効果を生じさせる儀式を考案したという事でしょう。
以下がすべて事実だとは思わないで下さい(僕も命が惜しいですから):


・新城島ではなんとも奇怪な祭りが行われている。 毎年、島で選ばれた若い男女が、この祭りの時に、島中の人々が集まる場でセックスを行うのである。 島では若い女性たちは半ば強制的にセックスさせられ、種付けをさせられるという。


・ザーシンカと呼ばれる男性による祭祀集団がナビン洞の前に並ぶと、30代後半の美しい女性が介添え役の女性に連れられてやって来る。この美しい女性は、ナビン洞の中に入るとアカマタ・クロマタを生むためにザーシンカの男衆たちと妖しい儀式をするという


・豊年祭も2回あって、小さい豊年祭と呼ばれていてアカマタ・クロマタの子供が現れます。


・新城島では1日目の夜にアカマタ・クロマタを生む際に秘儀が行われる。


・アカマタ、クロマタは、明け寅の刻にヘビが皮を、蟹がからを脱ぐように生まれる。 ザーシンカは仮面に「すで水」を注ぐことによって、秘儀的に来訪神を再生させる。つまり、八重山の来訪神儀礼は、死と再生によって特徴付けられている。


・その儀式の為に幽閉されてる女がいて、洞窟でアカマタ、クロマタを生む


・秘密の祭りは近親相姦で柱にくくりつけて…


・アカマタ系の豊年祭には、何か近親相姦に関する意味合いがあるとか…


・新城島では近親婚の為に、生まれる子供は女子ばかりだった


・近親相姦で生まれた畸形の子供や集落でトラブルを起こした女性が神への捧げ物とされた。


・儀式には幻覚作用のある薬物(ガンジャや植物など)用い人為的にトランス状態を作り出し神を体に宿し恍惚を感じると言うやり方です。


・ナビンドウと呼ばれる洞窟でアカマタ・クロマタが生まれるが、シンカ以外の島民はその場所も知らない。丸1日かけてこの中で2神が生まれる儀式が執り行われ、その間、島民は雨戸を閉め、家の中で1日中忌み籠もる


・アカマタ、クロマタは地下あるいは土中から出現すると考えられている。 そして儀礼的には、ナビンドゥ(鏡のような凹状の洞穴の意味)から出現する、という形式を取っている。


・アカマタ、クロマタが来る時に、家の中に入っていないと、めちゃくちゃ怒られます


・新城島の豊年祭でだけはアカマタ、クロマタが現れる前に子供のアカマタ・クロマタも現れる。子供のアカタマ・クロマタは鞭を持っていて、それに叩かれると1年以内に必ず死ぬと言われている。


・外部の人間はアカマタが出てきてから踊る所だけしか見られない。 洞窟で何が行われてるか調べようとした研究者は石で眼球を潰された。 石垣警察署に問い合わせると、あまり深入りしないようにと意味深な注意を受ける


・何人かの若者によるレイプが終わったあとにまんぐり返し状態で神輿に載せられてワッショイワッショイと神殿に連れてこられて鳥居にV字開脚状態の全裸で、精液を垂らしながら荒縄で縛って吊るされ、その下で島民が平然と芋煮会をする。

放心状態の娘が深夜の祭り終了時にようやく下ろされて、神社の中の開かずの間に入れられると、そこには赤ん坊の鳴き声やら女の笑い声、すすり泣く声がいくつも聞こえる。


・人魚神社の秘密は島最大のタブー


・アカマタ・クロマタの儀式は乱交パーティーで それで生まれた子供を人魚の肉として食べている。


・何でここまで秘密にするかというと、女を監禁し輪姦が祭りの儀式で、人魚と称して子供の肉を食べているのでばれるとまずいからだ


・昔、何処かの集落に初潮を迎えた女の子を人柱とし、村の男性一人を神の寄代に選んで民衆の前で儀式的にヤルと言うものがありました。儀式と言えど実際に入れます。そして事が終わったあとは女の子は川に流すと言う因習です。


・人魚は、漁師達にあなたたちの島に連れていって下さいと頼みました。人魚に夢中になっている島の人達は津波が押し寄せて来るのに、気づきませんでした。ようやく気がつくと人々は慌てて島の一番高い所に先を争って逃げました。人魚だけはうれしそうな顔で、おいでおいでと津波を手招きして、沖の方に向かって泳いでいき、やがてその姿は津波に飲まれて姿が消えました。津波が襲ったのは、人魚が歩き回った所ばかりだったそうです。


・人魚とはザンと呼ばれた〇〇のことである。〇〇の頭蓋骨をこの人魚神社に奉納していたため、今も神社には〇〇の頭蓋骨が残っているそうだが、立ち入り禁止である。島人も必要な時以外は入れないのだという。


・「神の〜」等が書かれた看板が立入禁止になっている場所は埋葬場


・祭の内容見ると、献上する赤ん坊を生む儀式&犠牲になってくれた赤ん坊への鎮魂の儀って感じだな

                                           ,. -―._====>ミ'ヽ、
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                                  レ'/ Y :/ /イ:/´。``':ミテメミト/ /   u  ,.ィ
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            ,,. '"      _,.          Y  ./ ,.ィ/.とノ     ヾヽ.ヽ    ::::::::::ヾヾミメ,_,.ノl!_
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        ,. '"  _,.っ,,.__o゚ノ            ヽ`゙'ー--‐'".:::::l         ノ'       ::::::::ノ'"}lメ! ,レ
    ,. ,. -‐''"´ -::r=:、:.、  ``丶、      u     ヽ.   / .:::::::l、   ι´´   _     ::::U '゙’-ィ-/
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神食いの儀式 _ 幻覚剤を飲み 人肉を食べ 乱交する狂宴


アステカの聖体拝領

神人合一のイメージを、信者をして強化せしめる方法として聖体拝領があるが、キリスト教のミサによるそれと、16世紀のアステカで行なわれていたそれが類似した儀式であったことを見ると、アステカの宗教は、観想を主力とするどちらかというとクンダリーニ・ヨーガ型の宗教であったように思う。ミサの聖体拝領は観想を補完するセレモニーと考えられる。


キリスト教のミサは、次のように執り行われる。


1.パン(ホスチア)の奉納
2.カリス(ワイン・聖杯)の準備
3.カリスを挙げる

4.奉納物の聖別(十字切り)と祭壇の献香
5.エピクレーシス(聖霊の降下を求める祈り)
6.聖別(パンとワインが主の肉体と血に転換する)

7.大奉挙(聖別されたパンとワインを会衆に向け高く掲げる。)
8.聖別後の祈り(聖別されたパンとワインを奉献する祈り)
9.奉献文の結び

10.挿入祈祷とフラクチオ(ホスチアがカリスの上で二つに割られる)
11.コンシグナチオ(ワインに対して、ホスチアのかけらで十字を切る)
12.混和(ホスチアとワインのカクテル)


最後は霊肉の一致のシンボル化ですね。

これに対してスペイン人修道士サアグンが1529年メキシコで目撃したアステカの儀式は、モクテズマ王や大祭司の前で行なわれた。


1.芥子粒の練粉でもって、ウイツィロポチトリ神の像を造る。

2.ケツァルコトアル役の祭司が、ウイツィロポチトリ神の像の心臓を火打石の槍で突き刺す。

3.死んだウイツィロポチトリ神の練り粉の肉体を細切れにする。心臓はモクテズマ王のものとなり、他の骨のようになっているバラバラの円筒状のパーツは列席する者に分配された。


この儀式は毎年行なわれ、神を食べることは「神食い」と呼ばれ、神を食べた者は「神の番人」と呼ばれる。
(参考:心理学と宗教/C.G.ユング/人文書院)


この儀式が隆盛なままキリスト教の布教を続けても、キリスト教のミサの方がアステカの儀式のパクリだと言われかねないので、サアグンは焦ったに相違ない。

どちらの儀式も、もともと個人と神が別である意識があることを大前提にスタートしているので、儀式の本質も神人一如を強調する形となっている。むしろアステカ民衆の意識が、西洋人に近い意識であったこと、つまり東洋的な意識(もともと神と人に隔たりはないという先入観)ではなかったことがひとつの驚きだと思う。

似た意識の大衆に対して、適切な宗教を移植すれば、非常によく似た儀式が出来上がる訳である。
http://blog.goo.ne.jp/naitoukonan/e/1a0c53a42e22a8266206417a54646457


ユングの観点から宗教改革の意味を考える場合、重要な焦点になるのがこのサクラメント、ミサ(聖餐)の問題です。

ミサの中心観念は、パンとぶどう酒の「聖変化」にあります。

これは、イエスが最後の晩餐の席で弟子たちにパンを裂いて与え、また杯を与えて、これを自分の身体と血であると語った伝承に由来します。パウロが語る次の言葉は、聖餐におけるこの「聖変化」を極めてリアルに伝えています。

「だから、ふさわしくないままでパンを食し主の杯を飲む者は、主のからだと血とを犯すのである」
(?コリント11:27)。

 ミサにおいては、祭司がイエスの聖別の言葉を唱えることによって、パンとぶどう酒はキリストの身体と血に変化するものとみなされるのです。これを聖変化とか化体(実体変化)transsubstantiatioといいます。パンとぶどう酒の実体substantiaつまり「本質」が、霊的なキリストの身体と血に変化するという意味です。

 中世キリスト教には、この解釈をめぐって、二つの考え方がありました。一つは9世紀のラドベルトウス以来の考え方で、化体説の源泉となった考え方です。

彼は、聖別されたパンとぶどう酒は、天上にあるキリストの霊的な身体および血と〈同一〉であると言ったのです。

これに対して11世紀のベレンガリウスに代表される考え方は、パンとぶどう酒はキリストの血肉の〈象徴〉figuraであるとしたのです。
http://akitanarayama.blog10.fc2.com/?mode=m&no=309

 キリスト教会に魔女たちが告発されたのはこの人肉嗜食の罪に問われたのが、いちばん多かった。しかし、キリスト教信仰のまさにその中核こそ聖餐なのである。救いも、罪のあがないも、永遠の生も、何もかもこの聖餐にすべてがかかっているのである。

聖餐というものは、「象徴的な」人肉嗜食ではなく、神学上の原理説明によると、まったく現実に嗜食することなのである。

 神を食するということは、文明が始まって以来、全世界的に見られる風習であった。しかし、文明の初期は、人肉を実際に嗜食する祝祭がつねに行われていたのである。

「生贄になる者は」神の化身として「殺されるばかりでなく、自分を祀る者たちにその肉を食べられ、血を飲まれる。そうすることによって彼の生命は、彼らの生命に乗り移り、両者は結ばれて共生するのである」。

 神の化身である生贄を食べる目的は、そうすることによって神の肉体の肉になって、神の聖なる肉体が再生するときに自分も同じく再生できるようにするためであった。初期キリスト教時代の秘教というものは、すべて、カニバリズムまがいの聖餐を行えば、祀る者は祀られる者(神)と一体となれるという信念をその中心に持っていたのである。

「宗教の初期の段階には、聖餐という形で神を食べることによって、自分も神の一部になれるという固い信念があった。これは疑いないことである。

例えばトラーキアのディオニューソスの秘儀においては、そうした食事にあずかった人々は神の聖なる生命を自分たちも分かち持つことができるとされ、そのためにその神の名で自分たちも呼ばれることになるのである」

 キリスト教の聖餐は、他の秘儀のと同じく、こうした考えを下敷きとしている。エルサレムのシリルは、

「キリストの肉と血を食するのは、そうすることによってキリストと一体となり、血のつながりを得られるようになるからである。キリストの肉と血がわれわれの手足に入って、われわれは『キリスト担体』になる」

と語った。聖メトディオスは、

「信者はすべて、キリストの血肉にあずかることによって、キリストのような人間に生まれ変わる……キリストが人間として姿を現したのは、われわれ人間が神になるようにするためであったのだ」

と教えた。しかし、同じ聖餐でも、他の宗教のものとなると、それは悪魔の儀式とされた。

「悪霊は供物を食べて力をつける、だからあなたがたが供物を捧げると、あなたがた自身の手で悪霊を体内に引きいれることになる。悪霊は長い間ひそんでいて、そしてあなたがたの霊魂と一体となる」。

 真のカニバリズムは、7世紀まではなお、明らかにチベットの供犠と関連があった。しかし、その後は、それに代わって聖なる秘儀が演じられるようになり、そのためにカニバリズムはシンボリックなものになった。

練り粉で生贄を作って、それを引きちぎり、「内臓」を皆に配って食べた。
ときには、死刑囚の死体の肉をその練り粉で作った像の中に入れた。

贖罪の祭典のときには、「宗教の聖なる王」と呼ばれる雄ウシの仮面をかぶった聖職者が、その生贄の像を突き刺して、手足をばらばらに切り離し、胸を切り開いて人工の肺や心臓や腸を引き出した。残った遺体は動物の仮面をかぶった踊り手たちによってばらまかれた。

それは、古代、ウシル〔オシーリス〕やその他の救世主-神たちの遺体が地上にばらまかれたのと同じであった。

 そうした踊り手たちというと、『エゼキエル』の第24章に出てくるサバの住民たちのことが思い出される。彼らは「血を流す女たち」と呼ばれ、死者の喪に服するために黄金の冠と腕輪をつけ、「人肉のパンを食べた」という。

同じような送葬の踊り手として、エジプトには、女神メウト〔ムート〕、あるいはネヘベト〔ネフベト〕(死者を食べる女神)を擬人化するために、ハゲワシvultureの羽根を身につけたムーmuu(=母親たち)という人々がいた。

 最近まで、フランスの一部で、最後に刈り入れた小麦の束から取った小麦粉で人形を作って、それで人間の生贄を表す習慣があった。その人形は村長marie(昔は一族の母親の添え名)によって引きちぎられ、人々に与えられて、食べられた。

メキシコでも同様に、人間の生贄が廃止されてから、練り粉の人形の胸に火打ち石の先がついた槍が射こまれた。

こうした行事は、「神の肉体を食べるために神を殺す」行事だと言われた。「神を食べる」torqualoという儀式では、神の像が粉々にされて、人々に配られたという。

 これは、明らかに、アステカ人の宗教思想の遺物であった。生贄になる人は神の擬人であって、崇拝され、病気を癒し、人々に祝福を与え、つねに、そのそばには彼の世話をする弟子たちがいた。それから彼は殺され、彼に与えられていた特別な家(calpulliと呼ばれていた)でばらばらに解体された。育児中の母親たちは、その血を子どもに含ませるために、乳首にその血を塗りつけた。

 ギリシア人の言う「生食」wjmofagivaというのは、本来、人肉を食べる狂宴orgiaであって、そのときは料理も何もしないで食べた。生贄となる者は、その狂宴に参加した人々の歯や手で引き裂かれ、生のまま食べられた。ギリシアの古典作家たちは、つとめて「生食」を忘れようとした。

彼らは、野蛮人は乱交をし、家族の者を食べると言って軽蔑した。

「バーベキュー」というのは、本来、人肉を食べる饗宴であった。barbecueの語源はbarbricotで、カリブ・インディアンが人肉を焼くために用いた葉のついた枝で作った焼き網のことである。古い本を見ると、古代の人々には人肉を食べる習慣があったことがわかる。

古北欧の神々、あるいは巨人たちのことをヨツンjotunnと言ったが、「食べる人」という意味のインド・ヨーロッパ語を語源とする。血を飲んで、その骨でパンを作ったという英国のジャックの巨人と同じように、彼らも人間を食べたと信じられていた。

 聖王や救世主を食べることと、家族の者を食べることとの間には、どういう関係があったのだろうか。この答えは、人食い人種自身がしてくれた。つまり、

人が死ぬと、女性がその肉を食べ、そして、新しい子どもとしてその死者を再生させるのである。

原始時代の人々は、再生するためには女性の肉体の中に入らなければならないと考えた。そうするためには、女性に食べてもらうことがいちばん手っ取り早い方法であった。これが再生輪廻という、文字どおり肉体を再び身にまとうという、世界中に見られる教義の根源であったのである。

 どうやって懐妊するのかがまだよくわからなかったころ、死に瀕している人は、同じ種族の母親たちの誰かから自分がまた生まれてくるものと思っていた。自分の肉や血をその母親が新しい赤ん坊に移し替えてくれると思っていたからである。マッサゲタイ人は部族の母親たちに食べられることが唯一名誉ある死だと考えた。母親の肉体の肉となって、再生できると信じていた。大地と同じように、何度も何度も子どもを生む女性こそ、神秘の呪術によって自分を再生させてくれるものと思っていた。

 オーストラリア原住民の女性は、乳児が死ぬとそれを食べ、骨は赤く塗って自分の身体にぶら下げたという。こうしたまぎれもない呪術というものは、死んだ子を子宮にもどして、そして子を生む母親の血をその子の骨にまたまぶしてやることを目的としたものであった。

ビビンガ族の女性は、自分たちは死者を食べて、それで彼らを再生させてやるんだと、淡々と語った。ニューギニアでは、子どもが生まれるとその子に、殺されて母親にその肉を食べられた人の霊魂-名前を与えたという。

 1852年、ハブシュ博士はニアム・ニアム族というアフリカの部族のことで、次のように報告した。

「部族の誰かが死ぬとすぐに、縁者たちは、その死者を埋めないで、死体を切り刻んで賞味するのである。そのため、この地には墓地というものはない」

バガンダ原住民の話によると、女性たちはときに非常に空腹を覚え、乳児の耳を食いちぎることがあったという。おそらくこれは、子どもを食い殺してもまたその子を産めると信じて、全部食べてしまったということを、婉曲に表現したものであろう。

 妊娠するのは人肉を食べたためであるという考えは、未開人の間に広くある考えである。食べ尽くすことを表す語と、みごもることを表す語とは、同じであることが多い。古代バビロニアの諺に、

「誰しもみごもって初めて腹がふくらむ。誰しも食べて初めて腹一杯になる」

というのがある。フロイトは性的ドラマこそ本当の原風景であると仮定したが、ホラティウスによると、

「残忍な魔女がその腹から胎児を引きずり出して再生させる」

場面こそ、原風景であった。聖書では生誕を表すのに「身(bowels=腸)から出る」としている(『創世記』第15章4)。それというのも、子どもたちと同じように、古代の人々は、生殖と消化の区別がまったくつかなかったからであった。

サンヒドリン〔71人からなるユダヤの最高議会。紀元前5世紀から西暦70年まであった〕は、死体を洗った水を飲んだり浴びたりすると、女性はみごもるとした。これは、明らかに、死者の霊魂が新たに母親の胎内に入るという原始時代の考えの遺物である。

 殷の時代の中国は、生誕と再生は同じであると考えた。「霊魂」と「再生」を意味する鬼の絵文字は胎児であった。

 ヤノマモ族の言うところによると、彼らは、昔、母神マモコリヨマが死んだ親や子どもを食べてもよいと言ったからと言って、人肉嗜食をしたという。しかし、その後、彼らはその母神を崇拝しなくなり、人肉嗜食は罪だとして、死者を火葬にすることにした。それでも、今なお、彼らは死者の灰を食べ物に混ぜて食べている。祖先の灰を皆でいっしょに食べることは、縁者のきずなを強めると思われる聖なる儀式なのである。

 アフリカの南東部では、もし女性が別の縁者のグループのところに嫁いでいくときには、死んだ祖先の頭蓋骨に穀粒を盛ってそれを食べなければならない。

彼女が子どもを産むと、長老たちは死者とその子の間によく似た点があるかどうか見る。穀粒はウシル〔オシーリス〕のミイラの上でも、またベツレヘムBthlehem(=パンの家)で生まれたアドーニスの身体の上でも、同じように、栽培された。そしてその穀粒はウシル〔オシーリス〕やアドーニスを崇拝する人々が、厳粛な霊的交感のうちに、食べた。

そうすることによって自分が神と同じような者になり、神同様、自分も再生できると思ったからであった。

ハワイの原住民もウシル〔オシーリス〕によく似た神を持っていた。その神は身体を切り刻まれて、方々の大地-子宮に埋められた。彼の身体のいろいろの部位から食べ物が実った。

 ほとんどすべての宗教にはカニバリズムが見え隠れしている。神を食べる聖餐はキリスト教にも異教にもあったが、それとは別に、初期キリスト教教会は、本当に人肉嗜食をしたと言われた。

ローマ人の言うところによると、キリスト教徒は子どもを殺して食べ、その血の中に供犠を司る人を漬けたという。正当派キリスト教会側の人々(パウロ使徒団)はこうした非難に対して否定はしなかった。しかしそうした非難に値することをしたのは、ただ、グノーシス派の人々だけであると主張した。

殉教者聖ユスティヌスは、マルキオン派の信徒たちは実際に近親相姦や人肉嗜食をしたと言った。カイサリアのエウセビオス(263?-340。神学者、歴史家)は、カルポクラテス派の人々もやったと言った。エピファニウスは、モンタノス主義者や拝蛇教徒たちもやったと言った。アレクサンドリアのクレメンス、イレナエウス、5世紀の初期キリスト教会の長老サルビアンといった人々はすべて、異端者が食人種の行うような儀式をやって教会の名誉を汚したと言って非難した。

 厳しいタブーであったにもかかわらず、ヨーロッパでは中世になっても人肉嗜食が行われていた。飢えに瀕し、疫病が流行すると、ヨーロッパの町々では、多くの者が行き倒れになったが、ときにはある人の姿が突然消えてしまうことがあった。1435年、ガロウェイのソウニィ・ビーン家の人々は、何代にもわたって人肉を嗜食してきたといって告訴された。彼らはエディンバラの法廷で拷問にかけられて死んだ。しかしその死に方を考えれば、彼らが自白したとしても、その内容は疑わしいものである。

1661年、スコットランドで4人の魔女が拷問にかけられて、フォーファーの教会墓地から、洗礼を受けなかった子どもの死体を掘り起こして、それを食べたと自白した。しかし、そんなことはありえないのである。洗礼を受けない子どもが教会墓地に埋められることなどなかったからであった。

魔女に次いで、人肉を嗜食したといって頻繁に告訴されたのはユダヤ人であった。
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/antiGM/cannibalism.html#1


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詳細は

沖縄パナリの秘祭
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/331.html



31. 2012年10月26日 21:21:25 : HNPlrBDYLM

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みんな隠しているけど部落では父娘相姦が基本


裏には裏の道があり  2011/2/25(金)


たまたま1月に新年のご挨拶ということで、工藤会系の事務所へ足を運んだ時、いろんな人と出会って話をさせてもらいました。その中にA氏はいました。


A氏は田川市の出身。部落差別の中で気が付いたら893のご職業をされているということだった。

残念ながら筑豊地方や北九州市内というのは無数の部落が存在している。15歳になって中学を卒業すると当たり前のように働きに出るのだが、もちろん仕事が無い。
部落出身ということを隠してうまく就職できても結局、後からバレてクビになる。

男性の場合はかなり働き口が狭いので、多くの人間が余ってしまう。それでしょうがないから裏社会へと入ることになる。

そちらのことはまた追々。今回は女の子の方の話。


とりあえず15歳になって中学を卒業したらお水商売の世界へ入るのが半ば、常識のようになってしまっている。在日の経営するパチンコ店などに働きに出るのもいいが、正直、稼ぎが段違いなのですぐに辞めてしまうという。


そのA氏は斡旋をする仕事をしてる。

中洲がもちろんメインではあるが、大阪の飛田新地、名古屋、札幌、東京などにも顔が広く通じていて、15歳になった女の子を広く斡旋しているということを話してくれた。


部落の地域だと常識なんて無い。 我々の考える常識とはかけ離れた世界がそこには存在している。暗く・・・絶望と悲観と・・・ 


A氏が、15歳になった少女と出会い、話を聞いてみると、

初体験は小学生の時で、部落の中でも何度も何度もレイプされたり、

時には父親にレイプされたり、祖父にレイプ、義父にレイプされたり、

さらにその全員に順番にレイプされたりして育つ。

ちょっとキレイめで可愛らしい子になると、15歳の時にすでに男性経験は500人というとんでもないのもいるのだそうな。

だから、中学を卒業したばかりの女の子に声をかけると、喜んでお水で働きたいと言うらしい。今までは襲われてもただ快楽を得るだけで、お金にはならなかったが、これからはセックスが金になると知って喜ぶのだそうだ。 私にはまったく信じられないが、それが部落の世界なのだそうだ。

15歳でいきなりソープデビュー。15歳という若さで本番ありということだから、料金は8万でも10万円にも設定しても客は殺到するという。ほとんど中学生のような少女と金を払えば合法的(?)にセックス出来ると聞いて金の使い道に困っている男達は群がる。1回10万円でも1週間に30回の予約を入れた強者もいたらしい。凄過ぎる。


本人の取り分は半額。それでも、中学を卒業したばかりの少女が1年でもの凄い金額を稼ぎ出す。


さすがにまだ本番までは抵抗があるという少女の場合はお触りだけのピンサロやキャバクラで働く。ソープにはかなわないが、やはり中学卒業したばかりの女の子がってことで固定客はいっぱい付くからなかなかの収入になるという。

入った金で整形をして綺麗にして、うまくいけばAVにでも出てまたそれなりのお金を稼いで部落出身の男と結婚してはすぐ離婚、また結婚してはすぐ離婚を繰り返す人生を送る。


娘が生まれると金になるってことで、金が欲しい父親は娘をレイプして子どもを産ませたりする。男の子だとガッカリし、女の子だと大喜びする。

私が出会ったことがある女性は、祖父との子どもを産み、義父との子どもを産んだことがあるって平気な顔で話してくれたから、驚いたことがありました。


精神病を患っている人も部落にはたくさんいて、産まれてくる子どももまた精神病に。


A氏が話してくれた悲惨な女の子の話。

産まれてすぐに精神病と分かり、父親が育児放棄。母親は自殺。

その後、祖父母が育てたが、小学校に行く頃からさらにおかしくなり、いつも下着姿でその辺を徘徊したりしてどうしようもなかったという。

で、部落の大人の男性たちが毎日レイプ。
集団で次から次へとレイプ。

中学生ぐらいの年齢の頃には2人の子どもがいたという。

そんな年齢でも服を着ないでその辺を徘徊しているものだから、男性が寄ってきては普通に道端でレイプされているとのこと。誰も止めないし、いつもの光景といった感じ。それで次から次へと精神病を患った子どもが出来たという話を聴いた。


A氏が言うには、その少女は部落の人間に毎日レイプされるためだけに生きている、とのこと。


なんだろうね・・・・悲惨を通り越して、言葉が出なかった。

A氏が言うには、そんな精神病患者でも植物を言われた通りに育てることぐらいは出来るのだそうだ。だから、大麻を育てさせては、少ない生活費を渡すということが行われているのも普通のことなんだそうな。たぶん、それが大麻だと知らずに育てるんだろう。育てるとお金がもらえるから一生懸命育てる。普通だったらおかしいと思うが、残念ながらそう思う回路を持っていない。


そんなことを繰り返しては、A氏は少女と大麻で組の中でものし上がっていったそうな。

やはり経済力を持った893は上からも当然重宝されるし、金を山ほど持ってる構成員は出世も早い。

「にいちゃん、金に困った時はいつでも電話ちょうだいな。金ならいくらでもあるからいつでも助けてやるわ」

って、にやっとしながら話してくれた。

「大丈夫、金には困ってないから」

そう伝えると、またにやっと笑いながら奥の部屋へ入っていった。
http://blogs.yahoo.co.jp/canon_beginner/64016850.html


俺の住む地域では近親相姦は珍しい事じゃない

少し昔では夜ばいもあったそうだ

しかし近親相姦といってもイトコ程度でキョウダイや親子での関係は珍しい

やはり子供が出来てしまい血が濃くなる事が心配だからだ

しかし俺は娘達と・・・

長女が中二の時から今、高校一年で次女が今年中二になり長女の目を盗み短い時間ながら次女とも交わる様になった

そして長女に目撃されてしまった 風呂に入っていると思っていたが突然 扉が開き次女の胸を舐めている姿を見られてしまった

長女はそのまま黙って自分の部屋に

俺は慌てて長女の部屋に行き言い訳をするが泣いている

しばらく長女を抱きしめていると次女も部屋に

その日から昔の様に三人で風呂に入り三人で寝る様になった

嫁が死んで5年なんとか子供達と仲良く出来ている

部落の中で新しく嫁を世話をしようとするが俺は今の生活が気に入っている
http://nan-net.com/kinshin/bbs/res/1/BV-5_Mm/  

1 : 名無しさん@お腹いっぱい。 : 04/01/06 20:23 ID:1jTpa9z0 [1/2]

昔の部落では近親相姦はあたりまえだったらしいが
どのあたりまでの近親と結婚(妊娠出産)してたのかな?

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/05(水) 06:00:37 ID:aSvyzTk9O

部落では今でも父娘相姦は多いらしい。父が娘を無理矢理…みたいな。
ソースは近所の部落民(37歳男性・公務員)からの酔った勢いでのカミングアウト。
http://mimizun.com/log/2ch/rights/1142686940/


159 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/15 00:18 ID:o2R4oq5j[1/1]

部落のものは親子が基本。

父親が娘を犯して子供が生まれ
その子を父親の私生児扱いにする例がけっこうあったそうだ。


110 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/22 16:38 ID:qgsZGHnG[1/1]

俺の父親の集落では近親相姦ともいえるような複雑な結婚が行われている(た?)。
叔父と姪が結婚したり、叔母と甥が結婚したり。
実際に障碍者も生まれているし。

本当に山奥の集落だから昔からそういうことが行われているのかもしれないけど(信号機が一つしかないw)
周りを見渡せばほぼ全戸が夫婦の親戚という恐ろしい所があります。

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/02/22 19:58 ID:aIeCyok0[1/1]

狭いバラックに大人数が暮らしていたため
嫁が妊娠しても誰の子供かわからなかったらしい
旦那が留守のときは平気で親父や兄弟、近所の男がまぐわっていた
http://logsoku.com/thread/tmp2.2ch.net/rights/1073388229/


32. 2012年10月26日 21:49:27 : HNPlrBDYLM


144 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/03/04 23:35 ID:dqB5C2Vc[1/2]

N県では死んだ娘を父親が犯して成仏させるという風習があったそうな。

もちろん部落での話だが。

部落では父親が娘を犯すという風習があった可能性がある。
http://logsoku.com/thread/tmp2.2ch.net/rights/1073388229/


奇祭、奇習、世の中には沢山ありまして、面白半分という部分はあるのですが、実際に知っていくとですね。口が段々重くなります。近親相姦、精神疾患、遺伝病の発症の理由、村の中での奇習を隠すための排他主義。私もちょっと見てみたんですが、何といいますかね。今まだ残る人に対して、困ることになるんじゃないかと。

私は特に、幼い頃から、「えたひにん」と呼ばれる人たちの生い立ちや生き様、「部落」と呼ばれるところの部落からどう脱していくか、そして、現在、口が裂けても言われないけれど、ある施設の近所の子供に対する「差別」を追っていった事がありました。それを専門に勉強したかったんですが、あまりに、悲しい事実があるので、私も知りうることに関して、口が重いことがあります。けれど、実地でそういう人たちの話を聞いて周った(はじめた当時の私はまだ、8歳くらいでしたかね)ので、口も重くなります。

どうしてここに、社が建つのか。どうしてここに、こんなものがあるのか。どうしてここにこんな施設があるのか。

紐解いていけば紐解けるのですが、だからと言って、残された人たちが、すっきりはっきり白状できない理由も、あるのです。

何度でも話に上がっては来ると思いますが、触ってはいけない問題もあるということで、やったやってないは関係ない世界があるんです。それを、個だけを尊重して尊んで美談にしようとすると、村全体が悪くなって、誰も嫁に来なくなってしまったり、後を取る人もいなくなったり、廃村に持ち込まれたりします。あなたは、掘り下げようと思うとき、全ての人の利益を考えて発言してください。

どさくさにまぎれて行ったことは、全て、美談にならない洒落にならないものばかりなんです。
http://blog.goo.ne.jp/nekotech/e/ff1deb2cfcd8c62ed0dced78d7521f04


33. 2012年10月27日 00:13:06 : HNPlrBDYLM


777 : (^-`)夢商 [Gotenyama] : 投稿日:2010/05/29 18:27:52ID:A+Ncr2F00

枹の部落では
性交前で亡くなった娘を慰めるために
父親が開通してから
棺桶に納めるところがあった

今はやってないと思うがのぅ


778 : 本当にあった怖い名無し [] : 投稿日:2010/05/29 19:12:34ID:aQQyEwJb0 [1/2]
>>777
幼女でもそれやるの?www

779 : 本当にあった怖い名無し [] : 投稿日:2010/05/29 19:40:03ID:xy1l7W/20 [1/1]

死姦を風習にしなくてもな、、、


780 : 本当にあった怖い名無し [sage] : 投稿日:2010/05/29 20:14:06ID:DAlIyxMu0 [1/2]
>>777
枹てなに?地名?
読みは「ばち」でいいの?


781 : (^-`)夢商 [Gotenyama] : 投稿日:2010/05/29 20:29:58ID:A+Ncr2F00 [2/3]
>>780
県名
詳しい場所は書けないよ

しかし目のつけどころの良いスレじゃのう

物の怪や猟奇的、変質者などの類いは部落にルーツあり
日本のオカルトの源流は部落と差別と穢れだと思う
http://logsoku.com/thread/anchorage.2ch.net/occult/1265477106/#804


34. 2012年10月27日 13:31:02 : HNPlrBDYLM

61 名前: 名無し募集中。。。 投稿日: 2012/05/03(木) 09:04:27.48 0

児童虐待の報告書みたいなの読んだんだが

地方(部落?)によっては祖父や父親が小中学の娘とやるのがあたりまえの所があるんだよね

子供もそれが普通と思わされてるし


54 名前: 名無し募集中。。。 投稿日: 2012/05/03(木) 08:45:56.29 0

近親相姦があると遺伝子的に病気に弱くなる
近親との性交を好む遺伝子を持った人は死滅したから近親との性交を好まない人が増えたんじゃないかな



56 名前: 名無し募集中。。。 投稿日: 2012/05/03(木) 08:57:20.54 0
>>55
田舎特に古い家柄だといとこ同士なんてあたりまえ
田畑財産流出させないためにな
おれの実家もそうだが確かに障害リスクはある


57 名前: 名無し募集中。。。 投稿日: 2012/05/03(木) 08:58:08.01 0

むしろ田舎の方がそういう近親相姦婚多いよ


63 名前: 名無し募集中。。。 投稿日: 2012/05/03(木) 09:05:53.96 0

村社会だと女の子が生まれた時点でまんこは村の共有財産って考えあるからね
http://blog.livedoor.jp/samplems-bakufu/archives/51344448.html


サンカ生活体験記 11

 行き帰りに色んな事を聞いてしまったので、姉娘に上にかぶさってこられ、自分のラッキョウを入れられてオシッコをジャッとやってしまった私は、もうすっかりおどおそしきっていた。 すると、五銭玉を一つとっている手前か、年下の私が脅えたみたいにすくんでいるのに、

「女ごはな、初潮(サソヒ)があるまでは、まんだ子供で、女ではないから、兄妹でもママゴトにはする」

 娘は慰めるつもりか、父親が名古屋へ下駄の歯入れ屋をしに行き、母は津島へ注文の箕を届けに小さな子を二人連れていって、誰もいなくなった日。私を山陰へ連れてゆくと、そこで、「マグモノリ」とよぶ、謝国権の「LOVE」みたいな事を、人形の画でなく実地に教えた。

「タチ・クラ・ネ」という言葉は今でも、はっきり覚えている。「オタチ」というのは、今はレズビアン用語だが、その時は娘が下になって片脚を私の左右の肩に担がせるみたいに置き、そして抱えて持ち上げるみたいなやり方。

とてもラッキョではそれでは挿入できず、あてがえるぐらいだったので、次はクラだった。これは私が下になって、娘が上からおおいかぶさる前と同じ型で、またオシッコをかけられてはと、娘はこれは恰好だけで次は「ネ」だった。

私は左を下に叢に寝かしつけられ、娘は右を下にして、今言う横行位で、これはそのままで一回転して背向位と変わるのだが、これを繰り返して十回ぐらいは、ずっと続けねばゆかぬというのである。

 「マスラ」と呼ぶのが正常位だが、これは男が疲れるから仕事に差し支えるゆえ、女からは求めてはならぬし、三十から五十歳までといった掟まであって、殆ど女上位体勢が一般的だったらしい。

 向こうはオシッコの洗礼で懲りていたろうし、私は、もし見つかったらという心配から、その時もあてがうきりで挿入まではしてなかった。というのは、その前日の事だった。娘のすぐ下の弟と、その下の妹が、玩具もなく遊ぶ事もなくなったせいでの真似だった。

「天道(アノ)さんは、天(アマ)から見てるぞ。両親(カドイロ)の真似をしたら、生命がないぞ!」

母親のガナリ声がした。 運悪く現場を見つかってしまって、二人は厭という程まで叱られ、木太刀で打たれていた。 したがって、子供は絶対に両親の真似などしない事になっている。また、それは一人立ちして暮らしている親の特権であって、セブリを持たない者は決して誰も真似などしてはならない事として、厳しく教えこまれているのである。だから、私はとても恐ろしかったのである。

 ゆえに、いつ母親が戻って来て見つかって、自分も箕作りの木太刀で叩かれるかと気が気でなかった。まだ五銭玉を私が持っているのを知っている娘は、あわよくばもう一枚せしめるつもりか、すっかり恐怖からその気を喪失して縮こまっているものを手に持ちそえて挿入しようとするのだが、私としては、その時はとてもそれどころではなかった。

 娘の話では、初潮がある以前なら差し支えないから、父親が実地に性教育するセブリもあるそうである。今、ヨーロッパで父娘相姦が流行しているそうだが、その点はこちらが先進国である。他人と違って、父なら無理のないように優しく性教育もできるというものである。

 なにしろ、週に一度は娘も伜も親達から徹底的に奥の奥まで調べられる。もし、発育不全で婚礼が駄目になってはクズシリ様にも申し訳がないし、核家族の先鞭をつけ、セブリは夫婦だけという暮らしでは、もしも「行かず後家」となってしまった娘を背負い込んではどうにもならない。

 だから、一度縁づけたら万事そつなくやってゆけるように、差し障りのない初潮前に、タチ、ニ、ネから始まって四十八手をみな教えこんでおくのが親の責任でもある。だが、子供どうしでは遊びで終わってしまって学習にはならぬから固く厳禁されているのであるらしい。

 他に娯楽はないから雨天や仕事のない日は、日に十回も繰り返す夫婦も多いが、別に恥ずかしい事ではないので、客が来ても子供に見られても、途中で止めるという事は、まぁ絶対にない。

 私も姉娘も並んで、ヨシ夫婦の実演を何十回も、組んでほぐれるところを見てしまったか判らないほどである。テレビもない時代だし、夫婦は他にする事が別になかったせいだろう。
http://www.rekishi.info/library/yagiri/scrn2.cgi?n=1012

俺は62才同居の兄貴は64才兄貴の嫁は48才、といっても俺と兄貴の共通の嫁で俺が34才の時に20才で兄貴に嫁いできた。

俺の部落は全部で17世帯で全部姓は同じ、皆親戚になってる。 熊本県と大分県の県堺の町で最近三つの町が合併した、山奥深い部落なので昔から親戚同士の結婚でよそ者はいない。 昔から女は少なく男は多くてあぶれた男のために夜這いは普通に行われてきた、村の全員が黙認してきたので生まれてくる子供も誰の子かよく分からない。 村全体の授かり子として大切に育てられた、当時兄貴が嫁をもらった時も俺の嫁でもあった。

嫁は少し頭が弱かったけど働き者で兄貴と俺の嫁として この年まで頑張ってる。 子供は直ぐに続けて3人産まれたがその頃の夜這いの男も数人いたから本当は誰の子供か分かっていない。 3番目に女の子が産まれたが3人共母親の血を引いて頭が弱かった。 頭が弱くても村では仕事はなんぼでもあって差別なく生きていけた。

3人の子供が成長して大人の仲間入りしたが、それほど広くない家で兄貴と俺と嫁の行為を自然に見てきた子供達にとって家族同士で行うセックスに問題など感じなかったのはしかたのないことだった。

夏の夜、上の二人の男の子が母親にのしかかっているのを見て兄貴も俺も黙って許した。 狂ったように大声上げて腰を使いながら射精を繰り返す子供達に嫁も又狂ってしまい狂乱の声を上げ続けた。

隣りの部屋をふと見ると、娘が全裸でトロンとした目で母親と兄たちの行為を見ながら 右指を膣に入れて出し入れしていた。

俺は兄貴の顔を見ると兄貴の形相が変わり娘をジッと見ている、あっ兄貴は犯るかなっと思った。 俺も変になりかかってた、兄貴と顔が合った 引きずった顔でニャっと笑った。 俺も下卑た顔でうなずいた、兄貴が俺の前を通って娘に近づいた。 目の前を兄貴の太く長いチンポが揺れながら過ぎると俺も頭が白くはじけた。

娘に兄貴が被い被さると娘は甲高い声を上げた、俺が近づくと兄貴のチンポが娘を貫いているのが見えた。 そのままギシギシと攻めて膣から流れる愛液で兄貴のチンポがテラテラと光った やがて娘がウーンと唸って失神した。

兄貴がチンポを抜いて俺と交代した、俺もたまらず娘の膣にぶち込んだ。 あったけー 気持ちえー 娘が再び声を上げだした、俺はあらんかぎりの力で腰をぶつけ続けた。

その頃になってやっと娘が処女でなかったことに気が付いた、そうか兄弟妹でオメコしてたんだ それで兄貴と俺が入れたら失神したんだ そう思うと納得した。
その晩 明け方まで父娘 母息子の乱痴気騒ぎは続いた。 その夜を堺に親子兄弟の縁はなくなった、雄と雌の関係になった もう止まらない。 初めて 俺と兄貴が娘を犯してからは毎晩親子 兄弟妹で破廉恥な淫虐プレーが続いた。

俺も兄貴も久し振りの若い女体に狂ってしまい年を忘れてチンポが疼いた。
今晩はもう無理だと自重しても目の前で兄妹 母と子供のセックスを見せられるとつい三便宝を仕込み俺も兄貴もチンポが勃起してきて、いつの間にか俺も兄貴も嫁や娘にのしかかっていた。

俺も兄貴も太く長いチンポしていたが息子達はもっと凄いチンポを持っている。
二人の息子は生まれつき頭が弱かったが嫁と兄貴と俺のセックスを子供の頃から見ていた所為か早熟でセンズリも早く覚えチンポはもの凄く大きかった。

その太く長いチンポで貫かれる嫁も娘も歓喜の声を上げ続けた。

朝起きて仕事に行く時は普通の家庭なんだが、夜になると皆 淫乱獣に変身した。 嫁も娘も俺 兄貴 二人の息子が代わる代わる射精する精液で種壺状態でトロトロ垂れ流し乾く間もなく次々にチンポを刺し貫かれた。

嫁と娘が上げるよがり声 呻き声 男達が上げる歓喜の声、接合部が発する淫乱音 部屋中に漂う精液の臭いで頭は痺れ口からは涎が垂れて このまま死んでもいいやと思えるほど気持ちが良かった。

数ケ月後 娘が妊娠した、誰の子が分からないが たぶん二人の息子のどちらかだろう。 その年 娘が男の子を出産した、訳ありの子なので近くの親戚が男の子を引き取ってくれた。 村の誰もが知っていたが 非難するものは一人もいなかった、むしろ貴重な子供の出生を喜んでくれた。

流石に嫁は妊娠しないが 俺達男は娘に二人目の子供を宿すため 今晩も喜々として種壺に仕込むだろう。
http://dokusin.art.coocan.jp/cgi-bin/coocan/dokusin/new-incest-dokusin-0202/new/yybbs.cgi?list=pickup&num=477#477
http://dokusin.art.coocan.jp/cgi-bin/coocan/dokusin/new-incest-dokusin-0202/new/yybbs.cgi?list=pickup&num=482#482

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2000/11/18(土) 10:59

近親婚を重ねた家族に生まれた人を知ってる。

彼も含めて、その家に子供は七人。
聴覚障害者が三人(!)。
能障害が一人。

まったく正常だったのは彼と弟さんの二人きり。
その上、三人が二十歳になる前に亡くなっている。

貧しい地域だから栄養失調で亡くなったのかも知れないが、それにしても・・・。

354 :藤村:2001/03/02(金) 23:38

近親相姦はかなり寿命が短いです。
50才まで生きることができればいい方。

http://mimizun.com/log/2ch/uwasa/971693212/

133 : 名無しさん@お腹いっぱい。 [] : 投稿日:2005/12/12 21:34:36ID:CJ3oj11hO [3/3]

屠殺行為をしてきた民の近親相姦による異常遺伝子の民、
それを同和運動により解放された訳だろ。

同和により野放しになり、現在異常犯罪が増えている。
血統が問題で差別になるのは必然なのでは???
http://logsoku.com/thread/tmp5.2ch.net/rights/1128839447/


35. 2012年10月27日 15:12:11 : HNPlrBDYLM


65 名前:ロキ 投稿日:2006/01/06(金) 18:36:53

今日は僕は都内に住む30代の会社員です。現在結婚し子供もいます。
カズさんのHP見てビックリしました。 実を言うと私の実家も先祖代々近親相姦をしている家系だからです。秋田県の場所は勘弁してほしいのですが某村大字何某には今でもそういった風習が残っています。

何故その集落に近親相姦が風習として存在してるのか?というのは昔平家の落人の兄妹が先祖で、追っ手から逃れる為に隠れ近親相姦によって子孫を増やしたからです。その兄妹は集落の祠に奉られています。それから私の実家の村は標高がかなり高くその為稲作が出来ない程寒い為、裸でお互いに暖めあって夜を過ごす事もあり、今でも麓まで冬の燃料を買いに行く事は大変で、その風習は続いているようです。

私自身姉と母との近親相姦を経験していますが、私自身は自分の家族と同じ様に近親相姦をする気はありません。ただこの様な近親相姦がその土地の文化として又生活として残っている事実を知って頂きたくて此処に書きました。

私の実家は現在姉が家を継いでいます。姉には現在男の子二人と女の子が居ますが、長男の父は実父です。姉の旦那は同じ集落の男でその事も知っています。その村は15軒ほどの小さな集落で血がとても濃く、姉の旦那も又従兄弟になります。

村の人間は結構地所を持っているので今でも結婚して他所の家が入るのを嫌う傾向にあるのです。ですが色んな人間が言うほど奇形児や遺伝子病はないです。甥っ子も親子の子ですが全く普通です。唯昔から子の出来ない夫婦は全く出来ず。私の居た頃は少なくとも半数がそういった夫婦でした。そういった場合は村の男が種付けをしに行くのです。又未婚の女性が腹を貸しに行くこともします。

近親相姦や乱交では常識のある人から見たらとんでもない事ですが、今思うとその社会の中には其れなりの情や雰囲気があったと思います。

今年の正月にですね。田舎に家族つれて遊びに行った時のことです。家の小2の娘がですね。

「おばさんとお兄ちゃんが裸で抱っこしてた。」

って言うんですよ。朝六時頃娘が遊んで欲しくて小6の甥っ子探しにいったんですね。さすがにその時は私も戸惑いましたが、姉に話したら少し反省していましたが。妻には私の事は話してますので少し困惑していたようです。

現在私の実家には小学生の子供が5人中学生が2人高校生が3人しかいないそうです。そういったなかでする相手も少ないというのが理由の一つだと思います。私も大学に進んだのが切欠で村を出たのですが、矢張り女性がいっぱいいれば其方に興味を持つのが普通だと思います。事実私も大学を出てからは、母や姉との行為はしていません。姉や母も不思議とそれを受け入れてくれてます。

近親者や村の人間との行為は、その村の持つ雰囲気や情が関係あるのでしょう。今田舎に帰っても私とその家族は部外者であるように思えます。昔の友達と酒を飲んだときも私の昔の事についてはあまり触れなかったし、又今の事も語ろうとはしませんでした。唯結婚の話は別で友達は現在39歳ですが新しい嫁さんを貰ったと紹介してくれました。17歳でした。世間体があるのでまだ籍には入れてないそうですが、彼にとっては二度目の結婚で最初は19歳で農協の職員をしている時に36歳の未婚の母と結婚しています。実父の子供だったと思います。

世間では淫行ですが私の村では人が少ない故に結構こういう事が普通にあり、むしろ近い世代で結ばれることの方がラッキーなのです。姉の長男は現在15歳ですが23歳の娘とお付き合いしているそうです。

田舎ってすることないから子どもたちがみな早熟で、初体験を済ませる年齢が低いっていいますよね。暇をもてあまして、身近にいる親兄弟とセックスをしだす、っていう現象もあるんですかね。ですが、さすがに全部の田舎という事は無いと思います。私自身聞いたことはありません。

唯この様な事は普通外部には話しませんのでもしかしたらとは思いますが。もし性的にオープンな村で世代を超えた性交流があり、人数の少ない隔離された集落があれば、可能性はありますね。なんとも言えませんが家の村もそうでしたから

私の村はどちらかと言うと「家族でザーメンを楽しもう」というより、「家族で暖まる」といった感じでした。実際私の村では性行為を「燃す」と言います。心の中の嫌な物を燃やし元気な気持ちを燃え上がらせると言った感じですか。

「えのぎだなぁ」

と言う言葉がうちの村ではよく使いますが、意味は家が暑いという意味で

夜中喘ぎ声が多く聞こえる家は多く燃える=暑い=景気が好い。

という意味から金銭的に豊かな事もさし、近親相姦がけっして世間で言う悪いイメージではなかったように思えます。

「おがはんおじげあねがっこおめさままだね」

と言う言葉がありますが、味噌汁、漬物に身内を例え好きな子を主食であるご飯に例え、近親者との肉交よりお前の方が良いと言うある意味恋人への最高のほめ言葉になっています。

「ひながのばっち」

これは悪い意味で使われることが多く例えばお酒が止めれない人が「酒はひながのばっちだ」と言うようにやめようと思っても中々止められない時に使う事です。婚期を逃してしまうほど両親と末っ子の情交は凄まじくそれを比喩しているのでしょう。

76 名前:ピス・メンス 投稿日:2006/02/12(日) 20:04:15

 ロキさんの話を読んでいて、最近の大雪のニュースで、孤立した村落が話題になりましたが、もしかすると、あの村落や周辺でも近親相姦をやっているのでは?と思いました。 実際には、どうなんでしょうね? あの辺りは

77 名前:ロキ 投稿日:2006/02/14(火) 19:52:31

うーんどうでしょうかね。あの辺の地理は確かにわが村に似ていますが・・・
例えば交通事情とかがですが。私の場合既に村を出ていますのでたとえ匿名でもカミングアウトできたのかもしれません。私の経験では実際に近親相姦をしている人は、独特の恥ずかしさがあり中々外部の人には話したがらないのです。

分かり易くいうと、身近に手ごろな異性がいない為自分の身内や年の離れた異性と性行為をしているのですから、交通事情が発達したとしてもバスで30分以上町から離れていれば友達も、ましてや恋人もでき難いものです。又高校進学時に村を離れ下宿する子も少なくありませんが。その頃には村の人情や性が身に付いてしまい、多少不便でも通えるのであれば村に帰ってくる子も多いです。

そんな中で普通に恋愛してセックスする子に引け目を感じたりするのでしょうか。大人もやはり犯罪行為になるような事や一般人から見れば倫理観からかけ離れた事をしている訳ですから自ずと口はかたくなるのでしょうか。

ピス・メンスさんももし娘さんと体験する様になれば分ると思います。


78 名前:ピス・メンス 投稿日:2006/02/17(金) 00:29:51

 もし、娘ができ、近親相姦を行うに当たって、色々心配なことがあります。
 まず、そもそも、娘が体を許してくれるかどうか。
 もし、許してくれても、その後、精神に影響を与えないのかどうか。
 中には、精神分裂症に陥ってしまうのではとかですね。

 ロキさんの村では、いかがだったでしょうか?


80 名前:ロキ 投稿日:2006/02/18(土) 20:37:04

そうですね。近親相姦というのはやはり雰囲気が大事かと思います。ピス・メンスさんのご家庭が何より性に対してオープンである事が必要かと。いきなり襲うのは娘さんも嫌がるでしょう。

私の場合は横で両親がセックスしていた事で興奮したのを覚えています。私の姉の場合もそうだったと思います。精神的な影響は私の村では無かったと思います。たとえ親子でも普通の異性と同じ感覚なのでしょう。外部に隠したり引け目を感じたりするのは世間の倫理観とのギャップの問題だけだと思います。


私も叔母との経験があります。34歳の叔父が亡くなった時当時42歳の叔母の所へ行き。父と一緒に叔母を抱きました。私の村では後家さんや奥さんをなくした旦那を親族が身体で慰める風習があるのです。叔母は私の身体の上で叔父の名前を呼んでいました。懐かしくも悲しい話です。

叔父はとても優しく幼い時は可愛がってもらいました。村の中では近親相姦といってもアッケラカンですよ。そんなに問題はないです。
http://jbbs.livedoor.jp/movie/108/storage/1013361373.html


36. 2012年10月27日 16:57:12 : HNPlrBDYLM


38 :本当にあった怖い名無し:2012/05/25(金) 22:29:31.57 ID:izmPJ9ba0

おれの出身は軒数20くらいの山間地。苗字全部一緒だった。本家とかあったし。 母さん(違う地区から嫁いできた)が

「ここらは近親相姦してたところだから、あんたらが障害を持ってたり奇形児じゃないか心配だった」

っておれが大人になって教えてくれた。 昔はうちの地区はみんな苗字一緒なんだぜって変な自慢してたけど、それ聞いて背筋が寒くなった。

そこかしこに無縁仏はあるし、葬式の時変な儀式してるし・・・
今思えば不気味だな。


93 :本当にあった怖い名無し:2012/08/17(金) 01:52:54.80 ID:KAZVh3tz0

東北の父の実家で、知り合いはみんな意味を知らない謎の風習があるんだけど…。
お盆の頃になると赤い布でぐるぐる巻きにされて布に風車をいっぱい刺したボロボロの小さめのお地蔵さん?を設置する文化がある。
お地蔵さんは本当年期入っててボロボロだけど、かろうじて表情はわかる。優しそうな感じで笑ってる。多分女性。 

お盆の頃になると道を挟んだ村の墓地の目の前にある、ため池みたいな場所にでかい慰霊碑があるんだけど、お地蔵さんはその前に設置される。 お地蔵さんは道を挟んだ向こうのお墓の方を向いている。

慰霊碑にはとある戦没者の名前が書いてある。石碑の前にはお地蔵さん以外にも小さな石碑?が5,6個ある。 小さな石碑は季節関係なくある。梵字みたいなのが読めるけど意味はわかんない。これはお地蔵さん位古くて字が読めない。

ため池前の戦没者石碑の前にある梵字石碑の中に布ぐるぐる巻きのお地蔵さんを置く。これがお盆の光景。
で、このお地蔵さんはお盆が終わると山奥の川に流すらしい。流したらどっかに保管するらしい。どこに、誰が保管してるかは知らない。
お地蔵さんは父の実家では”ミズコ”と呼ばれてる。他の家ではなんと呼ばれてるか知らない。

なんで布を巻いて風車を刺して慰霊碑と梵字の中に置いて、どうして川に流してどこに誰が保管するのか、この風習に何の意味があるのか、こういう風習は他の所でもやってるのか。誰か心当たりがあったら情報おねがいします。

97 :本当にあった怖い名無し:2012/08/17(金) 02:20:52.11 ID:BNdhvcKO0
>>93-96
一般に「水子」と言えば、死産・流産などでこの世に生れなかった子供のこと。
赤い布は産着、風車は子供の玩具だから(恐山の賽の河原でも見る光景)、
普通に考えると水子を供養する儀式なのかなと思うけど……。
「地蔵を川に流す」というのがちょっと引っかかる。
土地の由来を知らずにうっかりしたことは言えないけど、 明治ぐらいまで、貧しい地域にはいろんな風習があったからね。

98 :本当にあった怖い名無し:2012/08/17(金) 11:08:13.64 ID:Zn97AIuu0

石の地蔵様が川に流れるというのはよほど地蔵が小さいのか
川が急流なのか
ドボンと沈むイメージから離れられんな


99 :本当にあった怖い名無し:2012/08/17(金) 14:29:01.63 ID:TpDgFTby0

古事記でもなり損ないの子は(葦舟にのせてだけど)、流し去られたよね。


101 :本当にあった怖い名無し:2012/08/18(土) 13:59:59.32 ID:kel8ZOeO0

「日本書紀」に弟橘姫の入水という話があって、弟橘姫は日本武尊の后で海神の怒りにあって波が荒れ船が進めないときに海に身を投げてその怒りを鎮めた場所は走水の海で現在の浦賀水道

面白いことに三浦半島の大浦山洞窟遺跡で弥生時代中期の人骨が発見されたが
骨には刃物で肉をそいだ跡があり、人肉食の風習があったことが疑われている
もしかしたら荒波を鎮めるための儀式的なものである可能性もあるかも

「三浦洞窟人バラバラ死体のミステリー」
http://homepage2.nifty.com/raputar/kansama1-4.htm

102 :本当にあった怖い名無し:2012/08/18(土) 14:18:28.46 ID:Pzw4Mv+N0

ヒルコはイザナギとイザナミの国産みで最初に生まれた子で出来が悪いとして流された
これは女神であるイザナミが最初に声をかけて子をなしたためと「古事記」にはあるけど
この男尊女卑的な神話は後代の中国の影響を受けているという説もある

ヒルコが流れ着いた場合はエビス神に変質したりする
祝福された漂着物といった意味合いか またエビス神は漁業の大漁を象徴したりもする
ただエビス神の性格は複雑で素性をたどるのは難しい
殺生を嫌う仏教の影響は少ないのではないかな

103 :本当にあった怖い名無し:2012/08/18(土) 14:21:14.82 ID:XHLHC4nn0
>>98
お地蔵様は30cm、梵字は20cm位です。川は一部の人しか知らない川らしいです。

>>99
父が水難事故の子供の供養かもとも言ってました…。
本当に古い土地だから謎の場所とか言い伝えが多いので、分かる方がいて安心しました…


104 :本当にあった怖い名無し:2012/08/18(土) 15:27:39.14 ID:tLucQCE00

水子は民俗学のほうでだいぶ研究があるな
現在のような水子供養の概念というのは人工妊娠中絶が盛んになってからのものでかなり新しい 特定宗教が新手の金集めのために始めたという話もあるくらい

昔の間引きや、石を抱いたりしての子堕ろしと現代の妊娠中絶が最も異なる点は、間引きなどは集落において容認されていたという点かな

ある程度の年齢の子がある日を境にいなくなったとなれば、集落内でははあやったか、とすぐにわかる

それに対して現代の妊娠中絶は人に知られぬ個人的な行為だから、どうしても罪悪感を個人で引き受けるしかない 

「現代日本の水子供養」
http://www.ne.jp/asahi/time/saman/index.htm

http://toro.2ch.net/test/read.cgi/occult/1333464457/


37. 2012年10月28日 15:39:04 : HNPlrBDYLM

日本に実在した恐ろしい風習とかしきたり


36:本当にあった怖い名無し:2009/01/13(火) 23:07:13 ID:J0exCnF50

おれも昔証券会社で働いてた頃いろんな所に行ったわ。
血とか骨とかが付いた地名からして凄いとこ。
特に何も無かったけどね。

ただ一度だけ部落のはずれの道端で白痴っぽい若い女を見た。
白いスリップとパンツだけでケラケラ笑ってるのよ。
横で小さい子供がフリチンで遊んでたかな?

車止めて見てたら通りがかりの親父に睨まれたので、そそくさとその場を去った。

帰り道で思ったんだけどね、その若い女って部落の男の公衆便所なのかなって?
なんの確証も無いけどそんな気がした。かれこれ10年前。

15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水)

地元のしきたり

十二年に一度本家か分家から赤ん坊と食べ物を山の神社に奉納する
まだやってる
翌日行くと赤ん坊、食べ物は消えてる

21:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 00:05:50.71 ID:4cwhA+zH0
>>15
大まかでいいから地方おしえて

31:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 00:13:42.25 ID:Sw6vRLo30
>>21
東日本とだけ
奉納する前は山に入れば八つ裂きにされたとか

129 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 01:37:01.03 ID:Sw6vRLo30

で俺の体験

子どもの頃よく言われるのが大きくなるまではその神社にいくなと言われる
そう言われてもたまに友達と行ってしまってたが奉納のための赤ん坊は産まれても公表しない

その時の子供は本家の子供
地主で本家の子供なら村はけっこう大騒ぎするはずだが何もなかった

俺は赤ん坊をみてみたかったが婆ちゃんや父親に止められてた
一週間かそこらかな?奉納が行われる

村人が食べ物を持って来て、その整理や車に載せるのを手伝わされてたのもあって忙しかったのは覚えてる

食べ物を車に載せて神社の入るための山道にいく
子供は神社に入っちゃいけないから俺は車から食べ物を下ろすのを手伝わされた
軽トラに載せたりもしてたしすげー量で色んな匂いが混ざってた
全部下ろしたら車で帰った
その日の夕飯はすげー豪華だったけど静かだったと思う

翌日神社に友達といってみた
もちろん食べ物のためだ
魚や肉はダメでも果物はいけるだろと思ってた

神社に行って中をみると何もなかった
軽トラや車で運んだ食べ物がない
運んだのはここじゃないのかもと思ったが果物や魚の匂いが扉を開けた時少し残ってた

こんな話

85 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 01:11:33.47 ID:Sw6vRLo30

地元はすげー田舎なところ
赤ん坊を奉納する家は元々そこの地主

森にはいって生活するわけだが奥に入りすぎると上でも書いたように八つ裂きにされた
社も建てて毎年食べものを奉納するがそれでも被害はでる

それで地主が自分の家の赤ん坊と一緒に神社に入りひたすらもう襲わないようお願いをした

けど眠ってしまい夢の中で声を聞いた
赤ん坊はうまい。おまえの家の赤ん坊を捧げるなら襲わないでおくと

起きると扉は閉めていたのに赤ん坊はいなくなってた
それから山に入っても襲われなくなった

これが婆ちゃんから聞いた話


65 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 00:56:37.42 ID:RkYjO6AmO

子供の墓は基本的に大人とは一緒にされない。

床下や庭などにトロ箱やミカン箱に入れて埋められることも多かった。

古い家の庭にお稲荷さんとかじゃない塚があったりするが、あれは無縁仏と子供の墓だったりする。


4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/12(火) 23:54:26.53 ID:gV14b2+/0

奇形はごく潰しなのでキュッ

5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/12(火) 23:55:01.88 ID:/gEAURTL0

人工的神隠し

92 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 01:14:51.98 ID:FHX1fQw40

地蔵盆の時にその一年で死んだ人と同じ数の提灯を飾って最後に子供が提灯を破く


76 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 01:03:17.00 ID:C7WEk85Q0

赤ん坊を一度捨てる風習は結構あるのよ
なぜかというと拾った子供はよく育つという俗信があったから
自分の子供を一度捨てて近所の人に拾ってもらいそのあと返してもらうことで擬似的な拾い子とする風習


157. 名も無き哲学者 2012年10月23日 07:23

現代の常識では酷いとか人権がとか言って忌み嫌われる風習とか因習とかは大事だったんだよ…

姥捨ても、お産婆さんがキュッってするのも決して大きな声では言えないけど必要な事だったんだよ。老人ホームやら、優性保護法なんて言い訳作って誤魔化すのは良くないよな


6:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/12(火) 23:55:08.51 ID:LCHumACv0

ある地域の屋根裏には牢屋があった
近親婚が多く、近親相姦で生まれる障害者を閉じ込めておくために

【閲覧注意】あなたの家の開かずの間『開かずのトイレの痕跡』
http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4215369.html

27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 00:09:46.72 ID:f5zNDHWl0

明治のころまでは地下に牢屋などを作って精神的な疾患などを抱えた家族を監禁してた

147:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 01:54:08.57 ID:yF5K3ouQO

重い病気、ボケ老人を姥捨て。
障害持ちを幽閉や産まれた直後〆る
見合いや許嫁による半強制結婚

なんて風習は実は理に叶っていて村や地域社会が効率よく回る為に必要だったのかもしれないな
現代が抱える医療費の増大や未婚晩婚少子化もこういった風習がなくなってしまったが故かもしれない


156:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 02:01:30.22 ID:xeLUaf8l0
>>147
障害持ちを〆るのは普通にやってるだろ
高齢出産だと何も言わんでもチェックされるぞ
あと、安楽死は絶対早く合法化すべきだな
自殺の原因の半分は病気
かわいそう


419 名前:名無しさん@涙目です。 (空)[sage] 投稿日:2011/08/14(日) 14:45:37.10 ID:zV2yCDi70

畑の隅に必ず果樹が植わってて、人が死ぬとその木から少し離れた処に土葬される。 そうすると2,3年先に例年になくワッと果実 の成る年が来るから、その実を漬けて酒にする。 盆や命日がくる度に、故人の話しをしながら、それをチビチビと親戚一同で呑み交わす。

一度、止める様に指導があったけれど、うちの地域が今も土葬を認められているのは この習慣があるから。

82. あ 2012年10月22日 09:58

女とおし
村の有力者に初夜権と称して新婚初夜の嫁を掘られる
この処女膜をやぶる行為から女とおしと呼ぶ
気持ち悪いな〜


162. 名も無き哲学者 2012年10月23日 11:53

新婚の新妻は初夜に村の長老が味見をする、処女膜開通は長老の特権であった。




74. 名も無き哲学者 2012年10月22日 08:31

うちの実家岡山の山奥なんだが、昭和30年ごろまでは夜這いの習慣があったぞ。実際多くのお爺さんが若い頃経験したって話を経験者から聞いた。戦争で夫を失った後家さんに、若い衆が夜這して筆おろししてもらうんだそう。逆の場合もあって(やもめのおじさん×若い娘)そっちは子づくり目的な。

あと、昭和の中ごろくらいまでは田舎の山奥に歌垣の夜みたいな風習が残ってて、地区の祭りの後気に入った人と寝て、その結果できた子供は福の神と言われて大事に育てられたんだとか。でも解せないのが、夜這いや乱交祭りという風習に則った結果できた子供は大事にされるのに、強姦や不倫の子は母親ともども差別されて村八分にされるとか。

風習かな。うちの実家周辺では一般的にお盆に迎え火焚かない。でも最終日にお供えと故人の戒名の書いてある薄い木の板持って、鈴や鐘、家によっては小さい太鼓を絶え間なく鳴らしながら川まで行って、お供え流して板を燃やす。

その後帰宅するのだけど………帰宅途中決して後ろを振り返ってはならず、声を立ててもいけない。鳴り物すら懐にくるんで足跡も消して歩く。

そうしないと音にひかれて死人が返ってくるからって言われた。死人に気が付かれないように懐中電灯とかも消すから、途中田んぼに落ちたり側溝に落ちたりして怪我をする(笑)昔肥溜めに落ちた人もいたらしいが、誰も助けに行けなくって自力で這い出たらしい。



20. m9(^Д^) 2012年10月22日 01:12

神様同士が交じり合う儀式があって それを若い女性がチンコの形した棒もって見てるっていうのなかったっけ?

交じり合っている儀式はお面かぶった男同士だがそのまわりを若い女性が見ているってシュールだなぁって思った。 処女を守るって西洋から来た考えで日本ではむしろ嫁入り前に不吉な血の出る膜は破って嫁入りさせていたんだよなぁ。

地元ではもう残ってないけど 14前の女は稲荷の前で薪を3日焚き、その間、夜は稲荷の裏から鬼が出てきて 掛けていたらしい。

「掛ける」というのはもちろん「交わる」事。


鬼はどういう方法で選ばれてたかまでは 聞かなかったな。 無事、鬼に掛けられた女は、その次の日から夜ばいを受ける事を許され、兄弟以外の一番近い血縁から順番に紹介で次の男へと権利が渡っていく。 一巡し、もし身ごもっていたらいとこ婚だった。 身ごもっていなければ、他の男と結婚。

細かいルールまでは知らんが財産を守る知恵だったらしい。



43. 名無しさん 2012年10月22日 02:56

今と違って昔は処女性重要視されて無かったからな
それより今と違って性関係の情報無さ過ぎて
いきなり初夜迎えても出来ない事の方が深刻だった



52. あ 2012年10月22日 04:09

風習というか、嫁は家に嫁いできたものとして、兄が戦死したから弟が兄嫁と結婚とかならあるわな

あとは西武グループの初代の女癖みてると、息子の嫁と当たり前のようにやってるし、出身地ではそんな習慣があったんじゃないかとも思ってはしまうが
嫁と親父の子供を養育する息子とかなにが楽しかったのかね



216. 名も無き哲学者 2012年10月26日 00:21

シベリア抑留して帰って来た近所の爺さんは、 戻ってきたら後家扱いになってた新婚ほやほやの嫁が村の若衆の夜這いですっかり熟れてたのでショックで村を出たと言ってたよ。 それでも体面上、その後数年は法律上結婚し続けてたんだと。

後家は若衆のもの、という風習が残っていた地域の場合 同じように自分が苦労してる合間に嫁さんが公衆便所になっちゃって 涙飲んだ人は多々いただろうな。

どっちにせよ、人口の少ない村では若い人間はそれなりに貴重だし 一人に操を立てて生涯寡婦だと子供が生まれず村が栄えない。 だからこその風習なんだろう。

江戸から戦前戦後にかけて、それなりに人口が多く、移住者や旅客も多かった都市部はともかく、山間の村なんて自分の村と周囲の村くらいが世界の全て。
だからこその再婚・早婚システムといえなくもない。

無論、こうした風習や歌垣のシステムと、通常の不倫はまったく別。
寡婦を含む独身者は結婚が大きな仕事だし、歌垣は晴れの日の祭りだから許されたのであって、ケの日において秩序や和、信頼を乱す行為は御法度、ってことなんだろうな。



188. 名も無き哲学者 2012年10月24日 00:07

死後婚とはちょっと違うけど、アジアの一部やアフリカでは処女のまま死んだ娘は悪霊と結婚してしまうから、破瓜を済ましてから埋葬する習慣があったそうだ。
http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4318420.html
http://blog.livedoor.jp/isther_s/archives/8698294.html

参考 _ 座敷牢


昔は発病した子供を精神病院に受診させず、自宅に部屋をつくって閉じ込め、長期間、食事だけ与えるくらいの扱いしていた家族が実際にあった。病名はほとんどが統合失調症だったと思われる。そんな風な部屋は「座敷牢」と言われた。この座敷牢に入れられていた患者さんは、現在、うちの病院のように小さな病院でも2名いる。たぶん、現在のどこの精神病院でも、数名は生存されていると思うのである。

座敷牢で数年生活していた人は、必ずと言ってよいほど、かなり荒廃している。人によっては会話ができないくらいで、話しができたとしても、連合障害が酷くてまとまった会話にならないことの方が多い。ずっと保護室で暮らしていた人もいる。座敷牢と保護室は変わりがないじゃんと思うかもしれないが、僕に言わせると天と地の差がある。保護室では、普通に食事が食べられるし、入浴、洗面もできるからだ。精神症状によれば読書やパソコンもできる。

興奮が酷いケースでは、当然、過酷といっていいほどの大量の精神病薬が入っている。現在、もう70歳くらいになる女性患者がおられるのだが、14歳頃から30歳まで、床下に入れられていたらしい。食事もおにぎりが1つずつとか、そんな感じであったらしく、今でも背丈なども相当に小さい。よく言えば小柄なのだが、つまりは慢性的な栄養失調だったのであろう。

僕はこの人を約2年ほどしか受け持っていないのだが、当時、セレネースが40mgくらい入っていて、他のフェノチアジンも併用されていて、どのようにやっても寛解しないような感じだった。僕が持った後、ジプレキサやセロクエルをあわせて処方したり、いろいろ手を尽くしたが非常に難しいと思った。

これは2003年1月の処方である。
セレネース  30mg
セロクエル  600mg
トロペロン   3mg
アキネトン   3mg
ヒベルナ   100mg

2004年1月の処方は下のような感じだった。
クレミン     100mg
リントン      9mg
リスパダール  12mg
ヒベルナ     75mg
アキネトン    3mg

まぁこれがベストかどうかわからないのだけど、これでも悪いときはセレネース液経口やトロペロンの静注をしていたのである。不思議なことに、この処方でもEPSは全然なかった。この程度の処方が長かったこともあるかもしれない。あるいは、かなり多い量なのでEPSさえ押さえ込んでいたのだと思われる。

この患者さんの処遇し辛いところは、悪くなると、寝ている人の首を絞めたりすることであった。だからと言って、ずっと保護室住まいにするのはむごすぎるので、僕はこんな処方で大部屋で様子をみていたのである。

最初、床下から救出された?時は、垢にまみれており、顔の中央だけ赤いような感じで、まさに動物に育てられた子供のようであったらしい。当然、ずっと入浴もしていない。

最初入院した時は非常に精神状態が悪く保護室に入れていても、すぐに便いじりをして全身便だらけになってしまうとか、自分の肛門から出てきた回虫を拾って食べたりと、どうしようもない状態だった様子が詳しくカルテに記載されている。ちゃんと落ち着いて食事をするとか、洗面をするとか、生理の始末とか、そういうのが全然できなかったのである。

カルテの生活歴をみると、中学校時代はなんとバレーボールの選手だったらしい。これにはちょっと唖然としたというか、それを通り越した驚きだった。

なぜこんなことになったかというと、貧しくて治療費がなかったので仕方なく家族がそのようにしたのであった。昭和30年代後半から40年前半頃は、まだ日本は保険制度がまだ整備されていなかった。生活保護も制度も予算が少なく皆に行き渡らなかったのであろう。

これは今なら犯罪に等しいが、当時は社会の余裕もなく、そのような家族の処遇もとりわけ咎められなかったのである。こういう患者さんをみると、薬物治療に限らず、作業療法、生活指導、レクレーション、デイケアなどのリハビリテーションがいかに重要かがわかる。

日本の精神病院の老人患者さんにはそのような人がまだいるのである。
http://ameblo.jp/kyupin/entry-10025431136.html


参考 _ おじろく、おばさ Ojiroku, Obasa


 長野県の南部、飯田のあたりは、高山の多い信州の中でも特に山深いところである。平地といえるような土地はほとんどなく、ろくな道すらないのだけれど、そんなところにも古くから人は住んでいるもので、天竜川に沿ってぽつぽつと小さな集落がいくつか点在している。

 そうした集落をひとつひとつ数珠繋ぎするようにして、豊橋と辰野を結ぶ飯田線が全通したのが昭和12年。なにせ平らな土地のほとんどない深い山地のこと、さぞかし難工事だっただろうことは想像に難くない。さてその飯田線に、中井侍(なかいさむらい)という、ちょっと変わった名前の無人駅がある。長野、静岡、愛知の三県の県境あたりに位置する駅である。

 と、なんだか紀行文のように始まったのだけれど、別に私はこの中井侍に行ったことがあるわけではない。飯田線にも乗ったことはない。ただ、ある精神医学誌の論文にこの地域のことが載っていたので、ちょっと興味を惹かれただけである。

 「中井侍」をネットで検索してみると、写真入りのページがたくさん出てくる。どうやら、長野県の最南端の駅として、鉄道ファンにはちょっと知られた駅らしい。たとえばこのページやこのページ、このページなどの写真を見ると、本当に山の中の小さな駅で、鉄道がないころはまさに外界から隔絶された秘境だったのだろうなあ、と思うばかりである。

 さて、その中井侍の駅のある付近は、かつて神原村と呼ばれていた(今では天龍村になっている)。このあたりは高山の谷間で平地が極端に少ない。耕地面積が充分とれないから、産めよ増やせよというわけにはいかず、なんとかして人口を制限をしなければ共倒れになってしまう。そこで、この村の人々は奇妙な人口制限法を考えた。

 まず、一家のうち長男だけが家督を相続し、結婚して社会生活を営む。次男以下と女の子は、他家に養子になったり嫁いだりしないかぎり結婚を許されず、世間との交際を禁じられ、生涯戸主のために無報酬で働くのである。

 この村では、こうした制度が16〜17世紀ごろから何百年も続いていたという。こうした男は「おじろく」、女は「おばさ」と呼ばれ、家庭内の地位は戸主の妻子以下、戸籍簿には「厄介」と記され、村人と交際もせず、村祭りにも出られなかった。

 こうしたおじろく、おばさは結婚もせず、近所の人と交際することもなく、話しかけても返事もしないが、家族のためによく働いて不平も言わなかったという。怒ることも笑うこともなく、無愛想で趣味もない。おじろく、おばさ同士で交際することもなく、多くのものは童貞、処女で一生を終えたらしい。

 彼らは、物心つくまでは長男と同じに育てられるけれど、次第に弟や妹は兄に従うものだ、という教育を受け、将来は兄のために働くのだ、と教えこまれるようになるのだそうだ。たとえば、長男は休まずに学校へ行けたが、弟妹はことあるごとに学校を休んで家の仕事を手伝わされる。

 成長するに従ってだんだんと兄と違う取り扱いを受けるようになるのだけれど、それは割合素直に受け入れられ、ひどい仕打ちだと恨まれるようなこともなかったとか。親たちも、長男以外はおじろくとして育てるのが当然だと考えていたので、別にかわいそうに思うこともなかったらしい。

 掟に反抗して村を出る者がいなかったかというと、おじろくが村を出ることは非常に悪いことで家の掟にそむくことだ、という考えがあったため、村を出ようと思う者はほとんどなく、まれに出る者があっても人付き合いがうまくできず、すぐに戻ってきたのだそうだ。

 実際のおじろくへのインタビュー(普通に訊いても顔をそむけて答えてくれないので、睡眠薬を使ったアミタール面接を行ったのだそうだ)によれば、彼らは人と会うのも話しかけられるのも嫌い、楽しいことも辛いこともなく、世の中を嫌だと思ったこともなく、結婚したいとも思わず、希望もなく、不満もない。あるおじろくは、村を出たのは一生で一度だけ、徴兵検査で飯田まで出たとき(歩いて往復3日かかったという)だが、別に面白いことはなく、町へ行ってみようとも思わなかったという。

 こういう制度が何百年もの間続いていたというのだ。今じゃとても信じられない話ではあるけれど、周囲から隔絶した村だからこそありえた話だろう。

 おじろくを現代社会に連れてきて精神科で診てもらったとしたら、おそらく何かの人格障害と診断されるだろうけれど、逆にもしこの村でおじろくが反抗して自由を求めたとしたら、これまたおそらく人格障害とみなされることだろう(もちろん、そういう診断があったとしたら、の話だが)。このように、人格についての判断は、社会の価値観と無縁ではありえないのですね。このへんに、「人格障害」の判断の難しさがあります。

 おじろくの場合、「生まれつきの性格」とは関係なく、社会環境によって人格を作られてしまったわけだけど、現在の価値観からいえば、これは村社会全体による差別であり、洗脳であるのかもしれない。でも、私は別にその地域の文化が遅れていた、と言いたいわけじゃないのですね。文化なんてものは相対的なもの。社会全体が、弟妹は兄のために働くものだ、と思っているのであれば、それに反抗する考えすら浮かばないってのは当然のことだろう。社会常識の呪縛ってのは、それほどまでに強いものなのだ。もちろん、私たちだって、気づいていないだけで、現在の常識に縛られているはず。いくら常識から自由なつもりでいても、常識を完全に無視するのは不可能であり、そんな人がいたとしたらそれこそ「人格障害」と呼ばれることだろう。

 なお、明治5年には人口2000人の村に190人の「おじろく」「おばさ」がいたそうだが、鉄道の開通以来減少し、昭和35年には男2人、女1人になっていたとか。その絶滅間近の3人の「おじろく」「おばさ」に直接インタビューして書かれた論文(近藤廉治「未分化社会のアウトサイダー」)が、「精神医学」1964年6号に掲載されている。また、西丸四方「和風カスパール・ハウザー」(最新精神医学2000年5号)も「おじろく」「おばさ」を取り上げている。この文章は、その2つの論文によった。
http://psychodoc.eek.jp/abare/ojiroku.html


38. 中川隆 2013年3月28日 17:14:15 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

乱交制だった戦前の日本では何をすると不義密通とされたのか?

◆◇◆◇◆おかみさん文化◆◇◆◇◆◇

江戸期、日本の町屋社会(商家社会)には「おかみさん文化」と言うものが在った。

江戸期に入る前は、商工氏族は武士兼業だった。

日本列島に渡来した氏族は、夫々の得意分野で農業、工業(鋳造業)、商業、神主(宮司)、僧侶などを兼業していた。

代表的な例は平安末期の武門貴族・平清盛(たいらのきよもり)の宗貿易で、つまり清盛は大貿易商人でもあり、ついでに彼は僧侶にも成った。

その流れで渡来氏族の一部が武士に成ると、江戸期に商人が純粋に業種として独り立ちする前は、商人の大半は武士と兼業か武士が副業で商いをやっていた。

天皇の京都御所を守る「北面の武士」を出自とする松波峯丸(斉藤道三/さいとうどうさん)が山崎屋庄五郎として油屋を営んで居たのは有名な話である。

そして、もう少し時代が下がる室町時代〜戦国時代には武士兼業の豪商が力を持ち、財力を使って大名と協力関係を結んだり、一部の豪商は茶人として名声をはくす者も出た。


「おかみさん文化」は、武士兼業の商工氏族が多かった上方(関西地区)で始まったものだが、「商家特有の文化」として江戸期には日本全国に広まった。

昔の商家には一生を独身で済ませ、お店(たな)大事を貫く番頭の存在が落語や講談、読み本などで紹介されているがあれには裏がある。

実はその番頭は、おかみさんの肉体で満足していた。 けして不義密通ではない。
それが商家に嫁いだおかみさんの現実的な役目だった。


大店(おおだな)を内側から守るのがおかみさんの役目で、それには信用できる使用人の育成は欠かせない。

肉体的繋がりほど強いものは無いので、丁稚(でっち)はともかく、目端が利きそうな手代(てだい)辺りから、おかみさんが性欲の面倒を見て手懐ける習慣が、町屋社会(商家社会)では公然の秘密だった。

この関係、小使いは少なくても我慢させて忠誠を尽くすだけでなく、悪い遊びを覚えてお店(たな)の金に手を付けたり悪い病気を拾って来るのを防ぐ役割もあって、当然お店(たな)の旦那公認の「面倒見の行為」だった。

旦那公認で、使用人の性欲の面倒見の行為が、平然と行われていた。


すると不義密通話は何なのか?

あれは、情が通って駆け落ちなどをする場合いで、唯の性欲の面倒を見て使用人を手懐けるのとは訳が違うのである。
正に肉体的繋がりの信頼関係を、昔の町屋社会(商家社会)のおかみさんが勤めていた事になる。

「情が通わない肉体のみの性行為と言う点では昔の方が現実的な考え方で、今の上辺だけの考え方を「さも真実だ」とする主張の方が空虚なのである。

勿論、使用人に所帯を持たせて「のれんわけ}をする事も有るが、考えて見れば商売敵の同業者を増やす事になるのだから、理想はお店(たな)に縛り付けるに越した事は無いのである。

それにしても、大店(おおだな)の「おかみさん」も、「それを覚悟の嫁入り」と言う事になる。
当たり前ながら当時はそれが常識で、今の物差しで見るから読み間違う。何しろ、大店(おおだな)の旦那には妾の二〜三人は居て、その妾にもおかみさんの方が「旦那が世話になる」と盆暮れに付け届けの挨拶をする文化だった。

自分も手代(てだい)や番頭の性欲の面倒を見てから、それで互いのバランスを取って居た訳である。
つまり、繁盛している商家程使用人の数が多く、おかみさんの身体は、信用が置ける使用人の育成に忙しかった事になる。

そんなので旦那とおかみさんは、「上手く行っていたのか?」と言うのは当時の事情を知らず、現代の倫理観に当て嵌めようとするからである。

その辺はお店(たな)の旦那は商いの為と割り切っていたし、おかみさんもそう言うものだと割り切っていた。

商家の奥座敷は奥が深かったらしいが、それにしてもそう言う事であれば、内々において公然の秘密でなければ、おかみさんもとてもそんな事は秘密に出来ないであろうから皆それと承知していた事になる。

情が通わない性的な奉仕は、「単なる手段」と割り切った所が、現在の世の中の常識より余程現実的な事は私にも理解できる。

つまりは、わが国成立初期の昔から存在した「お家大事主義」の、肉体を使うお役目、閨閥構成社会(誓約・うけい)の正当性を、完全に認めるような話である。

この「おかみさん文化」の習慣は実に良く出来ている。

元々上方(当時の皇居所在地である京都近在の関西地区)で発生した商家の形態は、武家の感性を踏襲して「お店(たな)大事」が何よりも優先していた。
氏姓制度の名残を残す豪商の発想が、手本だったのである。

商売は商(あきない)と言うくらい永く続くのが信条で、後継ぎは絶やせない。
都合の良い事に、「使用人の性欲の面倒を見る」と言う、このおかみさん文化の習慣は、旦那が「種無し(子種が無く)」でも使用人が密かにカバーする。

嫁が「生まず女」なら妾がカバーする。

言わば商家存続の安全弁の役割も担っていて、「実は若旦那の実父は独身の大番頭だった。」などと言う人情話に、当時を伝えているのである。

まぁこの「若旦那の実父は独身の大番頭」を現代風の解釈で個人的な「おかみさんと番頭や手代の色恋沙汰」と解釈するか、その時代の「町屋商家の習俗」と捉えるかで随分当時のおかみさん文化の理解が違うものになる。

この物語ではもう毎度の事に成ってしまったが、この「おかみさん文化」を現代の倫理観や価値観の意識そのままに当て嵌(は)めては、到底信じられない事かも知れない。

現代風に考えれば、それこそ性に対する倫理観も女性個人の尊厳もあった物ではない。
良識派を自認する学者達には「無かった事にしたい過去」だろう。

しかしこの時代は、武家も豪商も、通常「お家の繁栄」が全てに優先する価値観であり、一般的に男も女もその「お家の為」にする犠牲行為は、不謹慎なものではなく「美徳」だった。

人間には「意識と行動を一致させよう」と言う要求(一貫性行動理論)がある。
つまり、現代の物差しとは違う価値観が昔存在した理由は、当時の女性は「お家大事を基本にした考え方が正しい」と考えていた意識の違いである。

従って、現在の意識を基にした「一貫性行動理論」の物差しを現代に当て嵌めて、「そんな事は有り得ない」と過去を判断するのは危険な判断方法である。


江戸期に於ける「おかみさん」のついでに、「商家の娘さん」についても少し書く。

「商家の娘さん」についても、修験道師絡みの、江戸期独特の風俗習慣が存在する。江戸時代から明治中期まで町屋(商家)を中心に流行した「狐つき祓い」が、まさしくこれである。

この時代、まだまだお店(たな)の娘としては自由恋愛とは行かず、親の都合の縁談が当たり前で、お店(たな)の示(しめ)しとしても、親に逆らってもらっては困るのだ。

この辺りの厳しさが商家の習慣にあるから、心中事件などと言う手段もあった訳である。

実はこの「狐つき」、商家の娘が、都合の悪い恋愛や恋わずらいをした時に、便宜上付ける厄病で、修験者を呼んで「狐(恋愛感情)」を落としてもらう為の方便だった。

修験者の「お祓い」と称するものの実体が集中的輪姦で、娘を犯し倒す性感の波状攻撃により、娘の人生観さえも変えてしまう。

簡単に言えば、既成事実を作って諦めさせるのが目的だが、修験者の「お祓い」ならば神事で、世間も納得する。

つまり、娘から「狐着き」が落ちて、親の薦める縁談がまとまり、経験を積んで性的に成熟しているから、嫁に行っても、婿を貰っても相手を飽きさせない。

これは、「性交による矯正」と言う事であり、昔からそう言う手段はあった訳である。

御祈祷の奇跡についてはこんな事例がある。

若い夫婦に中々子宝が授からなかった。

現代のように夫に子種が無いなどと言う科学的な思考の無い時代は、子宝が授からないのは何かの「呪い・因縁の類では無いか」と恐れを抱く。

それで評判高い陰陽修験の修行を修めた行者様に若妻を預け、加持祈祷をして頂く。

神前祭祀(しんぜんさいし)に於ける邪気払いの大麻(おおぬさ)は、修験道の「祈願・焚(た)き行」でも使われていた。

大麻草(マリファナ)は、真言密教の遠祖・チベット仏教(ラマ教)の地であるヒマラヤ高地一帯で自然に自生していた薬草である。

当然ながら密教・修験道師(山伏)は、大麻草(マリファナ)を焼(く)べればその煙を吸引した人が陶酔作用を引き起こす事をしばしば信者獲得に利用した。

大麻草(マリファナ)で陶酔すれば幻覚も見、それを素直で真面目な人物ほど「信仰の奇跡」と捉えるのは自明の理である。

つまり密室での「焚(た)き行」の陶酔の中で、願主と修験道師(山伏)が如何なる加持祈祷儀式を為して居たかは当事者しか知らない。

加持祈祷を済ませた若妻は家に帰り、そのご利益が薄くなる前に早速夫と同衾する。
陰陽修験の行者の祈祷は霊験あらたかで、「アァら不思議」と若妻に子宝が授かってメデタしメデタしとなる。

ただしこの御祈祷は秘伝中の秘伝であり、御祈祷中の行者様の気を乱してはいけないので、どんな御祈祷が為されるのかは行者様と若妻以外誰も知らない。

後はこれを読む方の御想像に任せるが、とにかく奇跡は起こるのである。

そんな馬鹿な事はない。

「真面目に祈祷をしている行者も居る筈だ。」

とお叱りを受けるかも知れないが、あなたは祈祷のご利益が本当に信じられるのか?

この現代科学で考えれば、突然子宝が授かるには合理的な理由がある筈である。

こう言う裏話をすると、直ぐに理想論者の反論が湧き起こるが、現実に密教的修験の「お祓い」の常套手段が立ち入り禁止の非公開(呪術が効かなくなると言う理由)であり、酷い話になると、「覗けば目が潰れる」などの予防線が張られていたりする。

現実に、十一代将軍・徳川家斉(とくがわいえなり)の側室・お美代の方(専行院)の父親、日啓が引き起こした大奥女中の醜聞、智泉院事件においては、「お祓い・祈祷」が名目だった。

そう言う部分は、現代の建前感覚より当時の現実感覚の方が、返って正直なのかも知れない。


これは余談に近いが、江戸期に入って盛んになった雛(ひな)祭り、子供は夢を託して無邪気な喜びの日である。

しかし、良く考えて見ると段飾り雛は、世界でも珍しい「身分制度を表したもの」で、上に上るほど高位の雛の居場所である。

これを平等の現代社会では「おかしい存在」とは誰も思わない所を見ると、およそ氏姓制度が「日本人の中に染み付いている」と言う事だろう。

一応「祭り」と言うからには信仰行事で、子供の健やかな成長を祈りながら、ついでに身分制度も学習させる寸法だったのではないか?

まぁ、目くじらを立てる程のものではないが、逆説的に言うと、存在するものは深く考えないで容認するのが日本人気質かも知れない。


誓約(うけい)の国・日本では、明治維新の文明開化まで日本人は性行為を「猥褻(わいせつ)」とする考え方は薄かった。

日本人は、人間としての性規範に対してはナチュラル(自然体)な考え方を持っていた。

性行為を「猥褻(わいせつ)」と強く感じる様に成ったのは、明治維新政府の急速な欧米化政策に伴う学校教育方針で、欧米キリスト教性規範を植え付けられたからである。

いずれにしても我輩は、「美しい国・日本」の答えが「地球を救う共生主義と言うイデオロギーに変換する事に在る」と考えている。


________

◆◇◆◇◆お召し上げ・お下げ渡し◆◇◆◇◆◇

こうして書くと庶民だけが性に開放的だったように受け取られかねないが、勿論の事、この事ばかりは氏族も庶民もさして違いはない。

この辺りが、見事に「武士道の精神」の建前の形骸化が証明されるのだが、氏族(武士)社会にはそれなりの別のいささか残酷で都合の良い制度が確立していた。

血筋がものを言う氏族(武士)社会では、血筋を残す事が最優先の了解事項だから言い分として妾は正当な存在で、正婦人は言うに及ばず妾に到るまで勢力維持・拡大の具として「閨閥(けいばつ)」の対象に成る。

領主同士の婚姻関係は軍事同盟を意味し、出世を望む部下は我娘を領主の妾に送り込み、領主は見込みのある部下に妹や娘を下し置いて頼りとする。

氏族(武士)社会の主従関係には特殊な家臣(部下)を試す制度が存在し、家臣(部下)に娘が居るなら「召し上げ」て妾にし、忠誠心を試す。

意味合いとしては「稚児小姓文化」と同じで、誓約(うけい)の概念に置いて、絶対服従の具体的な証明は大事な者の身を任す事である。

独身男性の場合は「お下げ渡し」と称してお上(殿)の手の付いたその女性を娶る事を求められ、その家臣(部下)の忠誠心が試される。

試すべき家臣(部下)が結婚していて妻がいるなら、「お召し上げ」と称してその妻を差し出させ、暫らく寝屋を伴にしてから「宿下がり」と称して夫に返し、夫が自分のお手付き後でもその女性を大事にするかどうか試される。

敵対危惧関係や敵対関係と目される相手との場合はまた別で、「人質」と言う事になる。

これらは全て古代に在った誓約(うけい)の進化系で、 家臣(部下)の忠誠度や敵対及び危惧関係相手との信頼関係を試す手っ取り早く具体的な手段だった。

「お召し上げ」の例は枚挙に暇が無いだろうが、代表的な「お下げ渡し」の例は、斉藤道三の妻・小見の方(織田信長の妻・帰蝶(濃姫)の母)である。

斉藤道三がまだ西村勘九朗を名乗っていた頃、主君・土岐頼芸から美濃一番の美女と謳われた側室・小見の方を弓の手慰めの賭けで勝拝領している。

もうひとつお下げ渡しの代表格にあげられるのは、あくまでも俗説だが、第五代将軍・徳川綱吉と大老格側用人・柳沢吉保(やなぎさわよしやす)と吉保側室・染子の関係である。

側室の染子は、かつて綱吉の愛妾であり綱吉から吉保にお下げ渡しされた「拝領妻である」とも、懐妊した側室・染子を護る為に、柳沢吉保が「母子の身柄を預かった」とも言われている。

事の真相は定かではないが、柳沢家が異例の松平の姓を綱吉から許され、柳沢家を「連枝(将軍家血筋)の待遇」とした為に、柳沢家の家督を譲った長男の柳沢吉里(やなぎさわよしさと)は「綱吉の隠し子である」とも言われ、染子が吉保の側室になってからも息子・柳沢吉里(やなぎさわよしさと)の顔を見に柳沢私邸を訪れる将軍・綱吉は、側室・染子を「綱吉の寝所に召される事が多かった」とされている。

綱吉の柳沢保明(やなぎさわやすあき)の寵愛振りから、綱吉と吉保(よしやす)が男色(衆道)関係であれば、一人の女性(にょしょう)を共有しても然したる抵抗は無いかも知れない。

そして戦乱期、こう言う女性の閨閥(けいばつ)的価値観の扱われ方や近習(稚児小姓)は、何の疑いもなく信じられた氏族(武士)の男女として、家名のお役に立つ為の当然の役目だったのである。

__________

◆◇◆◇◆閨房術(けいぼうじゅつ性行為の技)◆◇◆◇◆◇

日本民族には、欧米のキリスト教文化と違い昔から「閨房術(けいぼうじゅつ/性行為の技)」と言う姫方・女房方が積極的に殿方を喜ばせる性技があった。

殿方を喜ばせる性技「閨房術(けいぼうじゅつ)」は、姫方・女房方にとって大事な積極的に習得すべき心得だったほど、性に対しておおらかで積極的な考え方を日本民族は持っていた。

と言うのも、実は殿方が姫方・女房方の性技に喜ばされて操られる事は珍しくない為、「閨房術(けいぼうじゅつ)」に平和な武器としての価値が認められていた。

当然ながら勢力を競う氏族(貴族や武士)の子女は、誓約(うけい)の概念の元に所謂(いわゆる)「閨閥(けいばつ/婚姻による家同士の連携)」創りの役割を果たす為に世に生まれて来た様なものだった。

日本古来の「閨房術(けいぼうじゅつ/性行為の技)」の発祥は不明だが、考えられる推測としては他の武術同様にその発祥を諜報活動を担っていた陰陽修験に見られる可能性が強い。

以後、修験組織が関わって成立した「白拍子(しらびょうし)遊技制度」の「床技」などで発展、戦国時代の武家の間で戦略的に子女を持って利用されて「術」として確立された。

この「閨房術(けいぼうじゅつ)」、「術」と言う範疇(はんちゅう)に入るからには、修練を積んでその「術」を自在に操れる様になる事が要求される。
つまり大げさに言えば、「閨房術(けいぼうじゅつ)」と言う性技が、氏族の女性に課せられたひとつの習得すべき積極的な技(わざ)だった。

殿方が武勇を競って領地を広げるなら、女性(にょしよう)の戦場(いくさば)は寝所(寝屋)だった。

寝所(寝屋)での事に、正妻と妾妻の分け隔ては無く「如何に殿方を喜ばせるか」の性技勝負の場に成る。

大胆かつ濃厚な性技で殿方を極楽浄土に導き、子種を授かるのが女性(によしょう)の勤めで「手柄」である。

時代により女性の性に対する価値観も違って当り前で、血統を唯一の特権の証明として受け継いできた氏族の女性にとって、この理屈に疑いなどある訳がない。

まず、当時の社会では性技は花嫁の必須条件で、十五歳と言えば嫁入りの時に性技の心得は充分に教わる。

何人もの妾妻を持つ事が普通の世界だったから、「閨房術(けいぼうじゅつ/性行為の技)」を駆使して殿方を喜ばせ、殿方に気に入られる事から寝所(寝屋)での戦は始まる。

どちらかと言うと正妻は政略結婚で、妾妻は殿方に気に入られての事であるから、実は正妻ほど「閨房術(けいぼうじゅつ/性行為の技)」を駆使して殿方を喜ばせないと、この勝負は気に入られている妾妻に負けてしまうから切実なのである。

そして当時の氏族社会は極端な「血統主義社会」であるから、殿方の種を受け入れ世継ぎを懐妊・出産する事が女性(にょしよう)の勝利だった。

現在の解釈など通用しないのが、歴史である。

氏族の娘にとって「閨房術(けいぼうじゅつ/性行為の技)」は勝つか負けるかで、殿方の武芸武術に相当する手段だった。

当時の氏族社会は「妾妻」を持つのが当たり前で、実質一夫多妻だったから閨房術(けいぼうじゅつ/性行為の技)は現在のように「愛を確かめるもの」と言う拠りも殿方を愉しませ「愛を獲得する為のもの」だった。

原点がその通りだから女性はむしろ性交には積極的で、凡そ人間に考えられる閨房行為に女性には禁じ手など無く、口淫性交や陰間(肛門)を使う事など技の内である。

例えば氏族(武士や貴族)の間では男色習(衆道(しゅうどう/男色)が当たり前で、ほとんどが両刀使いだったから、女性相手でも陰間(肛門)も使っての行為は現在よりも一般的で、武家の娘はその位の事は心得ていた。

恋愛は精神的もので、当時の肉体的接触は、かならずしも恋愛とは一致しない手段である事が常識で、その事を現代の女性に「昔の女性の扱いは悪かった」と同情される謂われも無い。

現代では、女性の肉体を目的達成の手段にするなど、理解され難い事だろう。
しかし親子兄弟でも領主の座を争い、たとえ叔父甥の間柄でも、隙あらば領土拡張の的にする氏族の価値観である。

「殺し合いをしても領土を手に入れる」と言う究極の価値観に生きる者達には、女性の肉体は「領土拡張の道具」と考えられても不思議な事ではない。
つまり、殺し合いも女性の色香も目的達成の手段で、当時は異常な考え方ではなかったのである。

そこの価値観の違いを分けて懸からない事には当時の女性の心情は理解出来ないし、奇妙な現代風の恋愛時代劇が成立してしまう。

しかし良い加減なもので、恋愛時代劇が成立してその物語を楽しみ、女性の敵かのごとくに拘(こだわ)る筈の妾妻と主人公の殿方との恋愛を美しく描いて楽しむ矛盾もロマンチックに受け入れてしまう。

「閨房術(けいぼうじゅつ/性行為の技)」も含めて男女の仲は添ってから育むもので、精神愛まで達した仲が本当のゴールである。

本来一致させるのが難しい精神愛と性愛を、現代女性の願望を満足させる為に金儲けでロマンチックに歴史が歪められるのはいかがなものか?
http://www.geocities.jp/jiyoudan3_55/yobai.html

詳細は


大阪 飛田遊郭 _ やり手ばばぁ がまだ現役でおわします  江戸時代みたい
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/328.html

被差別部落出身の有名人は?http://www.asyura2.com/11/lunchbreak45/msg/860.html


39. 中川隆 2013年6月14日 08:58:11 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

相場に失敗すると奥さんとお嬢さんにはこういう運命が待っている(修正稿)
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/818.html

欧米のポルノは何故日本の AV に敵わないのか?
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/325.html

女縄−裸女を縄で縛る悦楽
http://w.livedoor.jp/onnanawa/d/%B2%D6%BB%D2%A4%CE%C9%F4%B2%B0
http://w.livedoor.jp/onnanawa/d/%cc%dc%bc%a1%20/%20MENU
http://w.livedoor.jp/onnanawa/d/%e6%ea%cc%e7%c5%db%ce%ec


40. 中川隆 2013年7月06日 00:47:26 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

ダルマ女を崇める村
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/839.html

19歳女性 歯を全て抜かれ3年間「性奴」生活を強いられる
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/823.html

言う事を聞かない女はアシッド・アタックで懲らしめてやろう
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/831.html



41. 中川隆 2013年7月16日 22:30:35 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

9 名前:名無しさん@HOME mailto:sage [2007/03/27(火) 13:55:42 ]

昔子供の頃住んでたのは農村部だったんだけど、

ある時私が10歳、姉が13歳14歳の時に本当に突然引っ越した

母と祖母の仲もあんまりよくなかったし、それでかなと思ってたんだけど、 最近実習詐欺の話がよく出るので、母に「信じられないでしょ」と言ってみたら衝撃の事実を聞かされた。

高校受験を控えた一番上の姉に次々と縁談が持ち込まれたと言う。

高校なんて行かなくていいから、と14歳の姉に30〜50の親父どもが群がり、
村は一時姉を巡って険悪な空気になったそうだ。

俺のだ、いや俺のだ、いいやワシのもんじゃ、ってな具合にね。

それで結局、長女は一番年上の40代後半のおっさんに、 次女は30代後半のおっさんに、私はまだ時間があるからそれまでに仲良く分配しようと勝手に青年団において話が纏まってしまったそうな。

長女の嫁ぎ先wは、要介護が居て大変だからと言う事で決まったらしい。
こういう事になったから、日取りを決めようとジジィが言ってきて愕然としたとか。

祖父母は

「娘はこういうもんだ! 女が学歴つけてどうする!
娘を出せば近所で大きい顔ができるが、出さなかったら村八分だ!」

と高校に行かせないと宣言。

夜這いもおっとりに近い習慣もある地域で、危険を感じた両親が夜逃げ同然に家を出たらしい。

車に泊まったり、旅館に泊まったりしてたけど家に電話したら

「おめえらのおかげで大迷惑だ!親不孝者!
さっさと戻って来い!娘を置いていけ!」

と言われ、父は家が決まっても住所を教えなかったそうだよ。

今私は38歳だから大体28年前の話。

父は膿家脳だったらしいんだけど、超子煩悩な人でかわいい娘が要介護の舅、気の強い姑、うだつの上がらん小舅付きのアジアツアーが大好きで粗野で下品で横暴な50になるエロジジィに…

って思ったらしく、驚くほどの勢いで洗脳が解けたんだって。
http://yomi.mobi/read.cgi/life8/life8_live_1174962512


42. 中川隆 2013年7月25日 22:15:22 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6


秋田の百姓陰湿すぎワロタwww

1:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/07/12(金) 18:13:25.35 ID:yue65u+A0

:新参の農家が自分より儲けるのは嫌なので
 作物の育て方を優しくアドバイスするふりをして嘘を教え、初年度作物を全滅させる

:新参の農家が自分より儲けると自分に回ってくる収入が減るので
 夜中に新参農家の田んぼの水路をせきとめ、全滅させる

:新参の農家が無農薬なんかに手出すのはなぜか腹が立つらしく
 イネミズゾウムシという虫を新参の田んぼに投げ入れ邪魔をする

なにこのきりたんぽマフィアwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
じゃあ新規参入者受け入れるなよwwwwwwwwwwwwwwwww 

55:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/07/12(金) 19:20:37.89 ID:0An0AEwOO
>>1
2つめは秋田以外でも良くある話。
だから田に水を入れる時は、みんな夜回りする。
1と3は嫌がらせなのかどうかはっきりしないな。
ただ、肥料をあまり使わない永田農法とか無農薬とかは、業者に結構嫌われる。
マジで嫌がらせされたなら業者の可能性の方が高い。


100:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/07/12(金)

いやがらせして医者追い出しまくった話にはドン引きしたわ


47.気になる名無しさん2013年07月13日 08:17

医者追い出したり子供いじめ殺したりいろいろ問題が多い土地
冬の日照時間とかが影響してる
のろわれた土地ってやつだ出るしかない

55.名無し2013年07月13日 10:16

秋田の上小阿仁村だっけ
いじめて医者追い出した村
秋田の友達いたが、自分が不機嫌だとすぐ態度に出す陰険なやつだったなー

100.2013年07月13日 17:58

実際にあるから笑えん
「これも仕事だろ?」みたいな感じで平気で嘘つくからな
あいつらと友人になれる気がしない

4:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/07/12(金) 18:14:24.63 ID:Amii2KVz0

>>1は百姓になにされたの?


6:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/07/12(金) 18:16:42.21 ID:yue65u+A0
>>4
秋田に出張行った時に脱サラして農業始めた人たちのサークルにお邪魔して
いろいろ聞いてきたwwwwwwwwwww
最初の数年間はみんな>>1みたいな嫌がらせがかなりあって
しかもすごく露骨にやってくるらしいwwwwwwwwwwwwwwwwww

46:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/07/12(金) 19:03:39.74 ID:bVgrn1ZgO

秋田出身ですが秋田人はガチで意地悪
でも昔からの農村はどこもそうじゃないの?
新参を受け入れておいて 先住民と同じ作物はNGとか後から色々な条件付けるというのはよくきく


8.気になる名無しさん2013年07月13日 04:07

俺は秋田で産まれたんだけど、母は父方の家族(秋田)にずっと虐められてた
普通は姑だけいじめてくると思うけど、父の姉まで虐めてたらしい
俺もなぜか父の姉に見下されてるし、秋田にはいい思い出がない

7.気になる名無しさん2013年07月13日 04:07

都道府県の自殺率(人口10万人当たり自殺者数)1位は秋田県

83.気になる名無しさん2013年07月13日 15:12

若者なら逃げる
逃げられない老人が自殺するんだよ
※数字はごまかせない

91.な2013年07月13日 16:20

どうも日本海側の雪国は陰湿だよね


93.気になる名無しさん2013年07月13日 16:24

京都もそんなふうだしな
もうだめだわ


94.気になる名無しさん2013年07月13日 16:37

九州でいうとこの福岡みたいなものか
秋田、青森、福岡はひどいな

29.気になる名無しさん2013年07月13日 06:22

関東の上のほうの田舎で農業やってる
この辺だとまだ区画に屋号みたいな昔の呼び名が生きていて、それをさして「部落」と呼ぶ
そして、狭い中にその部落がいくつもあり、昨今の後継者不足で別の部落から米作をしにくる人も多くなった
そこで嫌がらせがある
 
わかりやすいところでスレにある用水の塞き止め
田植え時に苗束を先に運んでおくとそれに除草剤ぶっかけ
排水パイプの盗難
ゴミをあつめて新参の田んぼに撒く etc

土着の60代以上がまだ現役でやってる田舎なんかどこでもこんなもんだ


53.気になる名無しさん2013年07月13日 09:22

千葉県南部の農家出身だけどだいたい似たような感じ。
今はネットもあるから色んな人と話したり出来るけど、昔の人にとってはその田舎のコミュニティが本当に世界の全てって感じだから排他的になってしまうんだと思う。
学校のクラスみたいな、全員がお互いのことをある程度知ってるような小さい集団の中で生涯暮らすわけだからね。いじめが起きても、基の集団の和を見出したくないから見て見ぬ振り。


15.kj2013年07月13日 04:36

田舎がハートフルでみんな優しいみたいな幻想はすてろ
すごい陰湿だし悪い噂好きで情報も全員にすぐ知れ渡る
しかも他の者をものすごいはじく


61.気になる名無しさん2013年07月13日 11:10

田舎の人間が純朴ってのは嘘なんだよな
ただ何も知らないだけ
世間も知らないし、恥も知らない

86.気になる名無しさん2013年07月13日 15:35

苛めが基本的な心の支えになってるんだよ
神様はそれをしっかり見てたんだね


111.気になる名無しさん2013年07月13日 23:21

教養がない人間というのはたいていそうだよ。
性格が悪いというよりは動物のような子供のような本能的な無邪気さで妨害するの。
最近は左翼教師が叩かれる傾向があるけど彼らに道徳とかキレイ事を叩きこまれ続けて
ようやく「優しい」人間になるんだよ。
http://blog.livedoor.jp/kinisoku/archives/3834713.html


43. 中川隆 2013年7月25日 22:38:07 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

無医地区問題と医療費についての歴史・・ある医師の, マスコミウオッチより・・・・

離島を除いて、無医地区の問題は、本質的には交通問題・・・

しかし無医地区の住民に、都会地並の、他人を傷つけないで生活するテクニックが有るか無いかの問題が解決されなければ駄目
 

マスコミには、時折、無医村、無医地区、僻地での医療の話が出ます。 大概、そこへの医師派遣や診療所の開設を促進せよとの論調です。 

はっきり言いますと、これは、現状では馬鹿げています。 離島を除いて、無医地区の問題は、本質的には交通問題なのです。 現在の無医地区に、医師が自発的に診療所を開設する可能性はほとんどありません。 もし私が他のロマンチストの医師から、一人で無医地区に行きたいとの相談を受けたら、即座に止める様勧めます。 例え、オンラインで情報交換や相談可能な大病院がバックについていてもの話です。

 無医地区の、無医地区たる理由は、診療所の個人経営が成り立たない地域だからでは無く、医師の子弟の教育が困難なわけでも有りません。 そこの地域住民が悪い、殊に、自分が有力者だと思い込んでいる首長、議員、町内会長、大地主、資産家等が、馬鹿な要求や他所者扱いや三流医師扱いをするから、医師が嫌がって地区を出て行くだけの事なのです。 本質的には、その地区出身の若者がいなくなるのと全く同じ理由なのです。

 馬鹿な要求の例が、診察時間中に、

有力者が自分や自分の縁者について、先に診察しろと言う事、
往診が必要な状態ではないのに、俺の顔を立てて往診しろと言う事、
不要なビタミン剤や点滴をしてくれと言う事、
時間内に来れるのに、特別扱いとしてわざと時間外診察を要求する事、
診察券や保険証を呈示せず口頭で受付に氏名を告げもせず、顔パスを要求する事

等々です。 直接に医師に言うとはねつけられるため、看護婦や事務員を介して要求することも有ります。

 もし、その診療所が、地区の自治体立だったりすると、さらに酷いことになります。 まず、そこに医師が赴任する事が、首長選挙の道具になることが多々あります。 医師が赴任した時点の首長は、医師を「連れてきた」事を次の選挙の時、功績の一つとして宣伝することがよくあります。 この時、住民の意識の中で、医師が首長より上の存在になっていれば問題は少ないのですが、大概は、首長の「子分」と見なされていますから、選挙で対立候補が勝ったりすると、新首長は、診療所の運営に嫌がらせをする事もあります。 また、政治絡みでなくとも、住民の中には、俺の税金で建てたのだから、俺の言うことを聞けと言って、前述の馬鹿な要求をする者が後を断ちません。

 他所者扱いの例は、誰でも見当がつくでしょう。 何か、地区の為になる事を話しても「ここでは通用しない」の一言です。 医師が地区の集会に招かれて意見を聞かれても、大概はその地区の有力者の意見に賛成を表明して欲しい、つまり、有力者のさらなる権威付けに役だって欲しいからで、医師個人の意見は言って欲しくないのです。 これに嫌気がさして集会に参加しないと、必ず、生意気だとの陰口をたたかれます。

 家族を連れて住み着いた場合は、当然、家族も他所者で特別扱いです。 表面上は大切にされますが、裏では、格好な悪い噂の標的にされます。 私の体験を記しましょう。 私は田舎の開業医の長男だったので、「医者様の跡取り息子」として特別扱いされ、その時に出来る壁のため、田舎では友達が出来ませんでした。 弟は「跡取り」ではないため、近所に友達が出来て、皆で遊んだり喧嘩をしたり、楽しく暮らす事が出来ました。 しかし、それも表面的な話です。

 家の近くに浅い井戸が有って、そこが砂混じりの土地だったため、自然に周囲が崩れて年々浅くなって行きました。 ところが、地区の大人達は、弟が井戸に砂を入れて遊んだから埋まったと噂したのです。 弟はそんな種類の悪さはしません。 もしやったとしても、小学校入学以前の幼児が、人が頻繁に行き来する道路のすぐ脇にあって、人の目を逃れて悪さするのが困難な、直径2m深さ5m水深2mの井戸が埋まる程に砂を運べますか。


 構図は次の通りです。 

井戸が埋まった

→誰かが悪さをしたに違いない

→犯人が見つからない

→誰かを犯人にしたてなければならない

→子供がやったことにすれば皆あまり目くじら立てず地区に波風が起きない

→それでも仕立てられた子供の親に文句を言う先っぱしりが出て、その親が怒っても困る

→誰も文句をいいにくい親の子のせいにすればよい

→医者の次男坊のせいにしよう、医者は他所ものだから、我々の地区住民内ではいさかいが起き無くて済む、...


というわけで、弟が悪者にされてしまいました。 

田舎なんてこんなものです。 医師の家族に限らず、その地区での飛び抜けた「有力者」の家族も時として、格好の陰口の対象、彼らの人間関係維持の為のスケープゴートにされてしまいます。


 さらに追い打ちをかけるのが、診療所の医師に対する「三流医師扱い」です。 

無医地区に開業するとすれば、医師は必然的に軽装備になります。 重装備では採算が取れません。 そうすると、確定診断出来る病気の数が減り、患者に確信を持って説明する事も出来なくなります。 確定診断できない患者をいかに遠方の大病院に紹介しても、患者から見れば、紹介に感謝するのでは無くて、

「あの開業医は病気が判らなかったから紹介した→あの開業医は薮医者だ」

となってしまいます。 従って、地区の住民は、交通手段が確保されれば、簡単に遠方の大病院に鞍替えをしてしまいます。

 また、住民には無関係の話ですが、大病院の医師の中には、

「田舎の開業医=藪医者」

と思う医師がいることです。 田舎の開業医でも、日本で2例目の褐色細胞種を見つけた医師がいます。 

1例目は、某大学病院で正体が判らない副腎腫瘍として手術していしまい、病理検査の結果、たまたま褐色細胞種と判ったというもので、手術以前に診断をつけて手術し助けたという意味では、かの「田舎の開業医」が見つけたものが、日本で第1例目だったのです。 私自身にしても、世界で初めて、全く自力で血中の遊離型ドパミンの測定法を開発したという経歴があります。 

こんな事は、大病院の医師たちには判らなくても仕方ない事ですが、時々、初対面から不勉強な藪医者扱いされて虚しく思う事があります。 私自身は田舎医者の息子なので、大病院にいるときも決して開業医を十把一からげにしたことは一度も無いのですが...。  

田舎にいるからと言って、全員が不勉強とは限らないのですが、住民のみならず、仲間の医師からも藪医者扱いされるのも、田舎が嫌になる理由の一つです。


 住民に話を戻すと、無医地区なんて、現実はこんなものです。 

素朴だの朴訥なんて物は、都会人の虚しいロマンに過ぎません。 

無医地区には、必ずその地区で生まれ育った若者ですら、耐えられなくて都会に脱出する原因となる因習が存在し、医師が行った当初は歓迎されても、半年経たないうちに、医師はその因習と戦わねばならなくなります。 

都会地でも似たような事をする馬鹿な住民はいます。 しかし都会の住民の多くは、他人を傷つけないで生活するテクニックを自然に身につけていますので、医師としても都会の方が精神的に暮らし易いのです。 これが、医師が増えても無医地区に開業しようとする医師が増えない本当の理由です。

 医師も人間です。 単に、交通の便が悪いため仕事が少なくて若者が流出しているだけの無医地区ならば、医師は必ず住みつきます。 不採算に対しては診療所を自治体立にすれば良いだけの事です。 子供の学習については、中学までは自分で教え、高校は都会地に出してやれば良いだけの事です。 

要は、無医地区の住民に、都会地並の、他人を傷つけないで生活するテクニックが有るか無いかの問題なのです。

 皆さんの殆どは御存知無いでしょうが、実は、日本には無医地区を無くす千載一遇の機会が有りました。 第2次大戦敗戦後、都市の荒廃に見切りをつけた医師達が、続々田舎に入り込んだのです。 

この時住民が、医師を人間として大切にすれば、彼らはそのままずっと居続け、また、田舎で大切にされる事が若い医師に伝われば、世代交代も順調に進み、無医地区は無くなるはずだったのです。

 ところが田舎に行った医師達がそこで受けた扱いは上記の通り、さらに当時の世相を反映して、高価な品物で少しの食料との交換を願う都会の住民に対する尊大な応対、自分の2、3男が戦死して悲しむどころか、厄介者がいなくなった上に遺族年金が貰えると大喜びする馬鹿親等々、....

医師で無くとも、脱出する機会が有れば、必ず脱出するのが人間として当然でしょう。 当時田舎に行った医師達は、田舎で資金を貯め、それが出来ると、次々都会地に戻りました。 私の父も、時代は違いますが祖父も、そうした医師の一人でした。

 勿論、戻らなかった医師もいます。 そうした医師達は、押したり引いたり、敵の敵は味方にする等の権謀術数を使って、自らをその地の絶対的有力者と化した者達です。 私の叔父の一人がそうした医師の一人でした。 田舎の診療所で長くやろうと思うなら、この権謀術数は今でも必須です。

 田舎は今も昔も変わりません。 伝統と称する因習を守り続けている人達が殆どです。 数年前、米が不作で都会地の人が田舎の農家に米を買いに来ました。 しかし農家の人達は、自家用以上の米を持っていても、分けてはやらず、「買いにきたけど売ってやらなかった」「高く売ってやった」との声が聞こえて来ました。 老人達は、敗戦直後の状況を思いだしたとはしゃいでいたそうです。

 この様な田舎の状況は、余程の変わり者で先輩も友人もいない医師を除いて、医師なら誰でも知っているし、若い時のアルバイト先の病院や診療所で、1度位は田舎の因習との接触を体験しているはずなのです。 ですから、どんな誘導策を取っても、無医地区を解消するだけの医師数の確保は出来ません。 こんな事は、現場の医師の世界では昔からの常識なのです。

 それにも拘らず、30数年前、政府やマスコミは医師の数を増やして「無医村を無くそう」とのキャンペーンを張り、医学部や医大の定員増や新設をやってしまいました。 新設医学部や医大に教員を供給する有力大学にとっても、自分の大学や医局の勢力拡張のチャンスであり、女々しく医局に残っていた古手の助教授や講師の追い出し先が出来たと、大歓迎されました。 しかし現場の開業医達は知っていました、医師の人数を増やそうと、そうそう田舎に行く者は出ず医師が都会に集中する事を。 

 そしてさらに現場の開業医達は、医師数の増加によって、医師一人当りの患者数が減り、それを埋め合わせる為には、患者一人当りの「水揚げ」を増やさねばならず、そうなれば医療費は簡単に高騰する事も知っていたのです。 しかし、この警告は政府やマスコミによって完全に無視されてしまいました。 世情一般の競争原理が、医師にも働き、医療費の総額がそれほど増えないと勘違いしたのです。 昔の日本医師会長の武見太郎氏も、始めは医師養成数の急激な増加には反対していましたが、子弟の医大入学の機会が増えるとの一部の医師会員の声に押し切られたと聞いています。

 かくして、医師数は増えましたが無医地区は残り、医療費が増加したという訳なのです。 結局、根本的な責任は、自分達の因習に固執し、千載一遇の医師常駐の機会を自ら壊し、自らの地域の若者を追い出し、他所者の移入を拒み、採算性の低下に寄与した無医地区の住民自身に有ります。 これを上滑りの「同情」だけで「無医地区を無くそう」キャンペーンに仕立てたマスコミ、医師養成数増加に荷担した政府、窓際族整理に利用した有力大学医学部、子弟の闇雲な医業継承を願った一部の医師達が共犯者なのです。

 さて、無医地区解消の話をしましょう。 医師は、都市部での生活がいくら苦しくなっても、無医地区には行きません。 一番冷たい見方としては、将来を考えれば、自動車の運転が出来ない老人が亡くなって減って行くわけですから、20年位で殆どの老人が車を運転出来る様になりますので、その時点で、現在の「半径何Km以内に医療機関が無い」という無医地区の定義自体が、離島以外では無意味になります。 離島以外の無医地区の独居老人には、連絡網を張るだけで大概の用が足ります。 とすると、時間の経過で自然解消を待つという手が有ります。

 次の手段としては、交通網の整備、つまり、道路の確保と家から医療機関迄の送迎や緊急搬送手段の確保です。 簡単に言えば、人の住む所には、車が楽にすれ違える程度の舗装路を通し、送迎バスと救急車の手配をすれば良いだけの事です。 これで、離島以外の無医地区はほぼ完全に消滅します。 これには金がかかりますが、従来型の公共事業として、少しは景気浮揚に役立つかもしれません、勿論、直接的採算は全く合いませんが。

 無医地区の住民の意識改革は不可能です。 彼らにとってみれば、彼ら自身はその地区に住み続ける事が出来た「勝者」であり、その地区の「正しい伝統」の継承者なのです。 「勝った」者が反省するなんて、有り得ない事なのです。

 以上、無医地区の無医地区たる由縁と、それが今日の医療費の高騰を招いた経緯を説明しました。 最後に、もし、これを読んでいるあなたが、無医地区の解消に情熱を持っている医師ならば、実行は慎重にして下さい。 単なる「気の毒」で飛び込むと、裏切られるだけです。 理不尽な要求を全て厳しくはねつける度胸と、その地区の因習の打破を実行してくれる賛同者を育てる能力と、時には先に書いた権謀術数を実行する覚悟が無ければ、行くのはおやめなさい。
http://www.izai2.net/muison.html


田舎では一事が万事この調子で、権力者は人を殺しても平気で罪を他の人になすりつけて、部落民も口裏を合わせて偽証するというのが普通なんですね。


44. 中川隆 2013年7月25日 23:00:33 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

秋田県上小阿仁(かみこあに)村の診療所で次々と医師がやめてゆく問題が発生


ネットで報じられる村民からの医師へのいやがらせの数々

昼食をとる時間がなく診療所内で食事をしようとパンを買ったときに

「患者を待たせておいて買い物か」

と住人に責められる。

年間休日18日。土日や祝日も村内回り、お盆期間も診療を続けた。しかし盆明けの8月17日を休診にすると

「平日なのに休むとは一体何を考えているんだ」

と批判した住人がいた。


診療所向かいの自宅に「急患にすぐに対応できるように」と、センサー式照明を設置費用・電力費用を自費で設置したが、「税金の無駄使いをしている」と苦情を言った住人がいた。


自宅に嫌がらせのビラがまかれた。


当時mixiに書かれていた村民の発言

「上小阿仁診療所のヤブ医者がついに解雇らしいです。
年収2000万超も貰ってたらしく、村長よりも高給取りだったらしいですよ(@_@;)」

「やぶ医者め 家も建ててもらったり…最低だぁ」


村の広報紙で出された注意。

「医師にも同様に休日が必要であることから、村民の皆さまには、緊急かつ必要な場合以外は、連絡を遠慮するよう配慮していただきたいと考えております」

などと書かれてあります。
http://matome.naver.jp/odai/2134921660679478601



45. 2013年7月25日 23:02:09 : W18zBTaIM6

0 :ハムスター2ちゃんねる 2012年11月26日 9:44 ID:hamusoku

「悪の村」「村民全員が意地悪い」。

診療所の医師が辞職するたびにネットでそんな風評を立てられて苦しんでいる村がある。秋田県中央部に位置する上小阿仁(かみこあに)村だ。なにが原因なのか、どのような被害が起きているのか。村長のインタビューを中心に、村の現状をリポートする。(取材・文=フリーライター・神田憲行)


 * * *

 上小阿仁村は人口約2700人、65歳以上の高齢者が人口に占める割合の高齢化率45%(秋田県の自治体で最高水準)。村民の年間平均所得は143万3000円、県下で下から2番目に低い。村の総面積の90%以上は山林原野だ。

 ことの発端は、この村で公募した村の診療所勤めの医師が、08年からの4年間で4人とも短期間で辞めていったことである。とくに2011年5月30日に2番目に辞めた女性医師に対して一部村民から言いがかりのようなクレームがあったことを、前村長が村の広報誌で紹介した。

《まったく「いじめ」と思われる電話もあるそうですが、このような不心得者は、見つけ出して、再教育の必要があるようです》

《このような不心得者は、わずか5〜6人に過ぎないことを確認しております》

 その後も医師が辞職するたびに、「いじめがあった」とネットに書き込まれるようになった。

「ネットの書き込みを見て、村に『悪の村』とかメールや電話が掛かってきています。これはもういじめですよ。あんな思い込みの書き込みを本気になするなんて、ちょっとおかしいんじゃないか」

 上小阿仁村の中田吉穂村長(61歳)はそういって顔をゆがめる。

−−しかし4年間で4人とも短期間で次々と辞めるというのは不自然ではないでしょうか。

中田:どうして? 体調不良であればしょうがないですよ。

−−2番目の女性医師に関しては、前村長が広報誌で村民の「いじめ」のようなものがあったことを指摘しています。

中田:うん、その文章は重い。でも当時町議だった私はこの女の先生が辞めて帰られる前に1時間ほど話をしたのよ。「上小阿仁のことは忘れない」と言ってくださったし、「(広報誌で)本意ではないことを書き残されて、私としては悔やみきれない」と話されていたんですよ。

──この文章では「不心得者が5〜6人」と具体的です。

中田:これは、これはよ……(首をかしげて)前の村長がどういう意味で書いているのか……。


──そのあと2011年6月1日に来た3人目の40代の男性医師も、今年12年10月12日に、「水が合わない」と言い残して辞められています。

中田:それはたぶん気候なんですよ。このへんは天然の秋田杉の名産地で、シーズンは空が真っ白になるくらい花粉が舞う。鼻水が出たり大きなマスクしてたから「先生、大丈夫ですか」と聞いたら、「気候が合わない」とおっしゃっていましたから。

──だとしたら「花粉症で」と言えば済むのではないでしょうか。なにも「水が合わない」という含みを残した言い方をしなくても……。

中田:まあ……それは体調が最悪の時期だったぺ。あとたぶん、若い先生にしたら、この村での地域医療はやり甲斐がないと思う。診療所には入院施設もないし、薬を出す以外はたいした治療もできずに秋田市内の大病院に紹介状を書くことが多い。ただの紹介屋さんみたいになってしまうんだな。若い村民は自分で車運転して最初から他の病院に行ってしまうケースもある。そうするとほとんどお年寄りしか病院に来ない。そういう先生の「想い」と現実の差がストレスになっているんかなあ……。この先生は「自分はまだ若いから、医師としての腕を磨きたい」と帰られる前におっしゃっていました。


──そのあと直近で今年10月に来られた71歳の医師はひと月で辞職されました。

中田:ご本人が「80歳まで頑張る」というので来ていただいたんだが、残念ながら自己管理ができてなかったす。たちまち体調を崩されて心臓が弱り、もう故郷に帰られました。

 診療所で診察をまっていた80歳の男性は、ネットの「風評」について「聞いたことがある」と頷いて、うなだれた。

「上小阿仁の者が、先生をいづめるってことはねぇべや……」


46. 中川隆 2013年7月25日 23:40:54 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

79:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/17(土) 03:26:04.26 ID:I39w8oR+0

俺が聞いた話では、
村に病院欲しいよ派と病院いらない派があるんだと

で、いる派が医者を呼んで
いらない派が追い出して
いる派が医者を呼んで
いらない派が追い出すらしいwwww

81:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/17(土) 03:28:08.38 ID:hviTewN/0

村長が国外にでて働いてた先進的な人で
村を乗っ取ろうとしてた宗教団体が追い出そうとしてたやつだっけ?
村長が連れて来た医者に嫌がらせしまくって「村長には求心力が無い」
って事にしてたって秋田の人に聞いたんだgあ

82:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/17(土) 03:29:27.15 ID:rOE89kf/0
>>81
どんな宗教団体?


84:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/17(土) 03:31:45.99 ID:hviTewN/0
>>82
よくわからん、たぶん創価とか有名なカルトじゃなくてマイナーなカルトじゃね?下手すりゃその村だけの宗教かも
村長は結構まともな人で、村に医者を呼んだんだけど村長の指導力が無いという風にしたいから、医者を必死に追い出してるのがその宗教団体だと聞いた。普通に考えたら医者は必要だろ。たぶん宗教団体は医者まがいの事してたんじゃなかろうか、キリスト教も布教のためにそういう事してたし。

92:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/17(土) 03:38:57.97 ID:hvRcBCDui

土曜も診察したり雨の日に家まで訪問したりしてた献身的なやつまで辞めさせた村なんだろ?
この医師の優しさに気づいてた人はかなり批判したらしいが

105:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/17(土)

mixiで医者を誹謗中傷していた上小阿仁村の仲間たち

■マタギ…(27歳) 元ダイドー社員
上小阿仁村コミュ主で中傷の中心人物
1/22結婚、息子は やまと(大和)君0歳

「上小阿仁診療所のヤブ医者がついに解雇らしいです。
年収2000万超も貰ってたらしく、村長よりも高給取りだったらしいですよ(@_@;)」
「なんか新村長が減給と住民票を上小阿仁に移すように言ったところ、医者が辞めます言ったらしいです(@_@;)
もともと現村長になったら辞めるって噂がチラホラあったって話もありましたし(´Д`)
さらに噂の噂では沖田面のお婆さん亡くなったときも釣りをしていたらしい・・・ヽ(  ̄д ̄;)ノ
ズル休みしてまで釣りにいくほど釣り好きだったみたいです(´д`)
次のお医者さんに期待ですねっъ(`ー゜)」

■きむ…金絵梨子(24歳)
上小阿仁村では介護士→現在 北海道で育児中

117:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/17(土) 04:11:30.93 ID:RiIWu2xJ0

・休日に趣味の釣りに行く
 →「サボってんじゃねぇ」とクレームの嵐

・メシ食う時間が無いから空いた時間でパン買って食う
 →「診療サボって優雅にお買い物とお食事ですか」と非難される

・急な患者に対応できるよう自動反応照明を自費で設置
 →「税金の無駄遣い」とビラ撒かれる

ワタミがホワイトに見えるレベルの労働環境

32:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/17(土) 02:11:15.27 ID:x+W6SOeq0

新村長が連れてきた医者だったから旧村長派閥の人たちがいじめて追い出そうとしてたうんぬん

33:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/17(土) 02:11:13.45 ID:7+ajLfc5O

嫌がらせをしていたのは医者にかかる必要がない若者ばかり
しかも首謀者の一人の女は医者がいなくなっても自分は結婚で北海道に引越すから関係無いと器物破損など犯罪に当たるようなかなりエグい嫌がらせをしていた

嫌がらせの理由はよそ者に金が行くのが嫌だから、の一点
年寄り連中は最初止めずに見ていたが、医者がおらず死人が出るようになってようやく止めに入り始めた
しかし後の祭り

43:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/11/17(土) 02:18:09.36 ID:HSSHiDyu0

秋田の田舎は怖い。仕来りとか面倒くさい
よそ者が台所に立つと殺されるレベル

​ ​

​​1772:名無し@まとめでぃあ:2012年11月18日 23:23:57

祖父母が住んでいるので上小阿仁村に何度も行ったことあるけど村自体は普通、元々林業で栄えた村で現在は衰退し、廃墟が多い。
隣町に湖東総合病院があるけれど財政難、建物の老朽化、医師不足で満足のいく医療は受けれないため、秋田市か能代市まで行かないといけない。

俺が小さい時は中国やフィリピンからの出稼ぎ女性が20人くらい居たと思う。
個人的には、認知症患者が多い、2つの部落による派閥争い、仕事が全くないのに年収2000万以上貰っていることに対しての村民の怒り、だと思う。

祖父母は診療所は利用してないので詳しいことはわからない。宗教については聞いたことがない。確か神道の人が多かったと思う。


1824:名無し@まとめでぃあ:2012年11月19日 09:28:54

公立の診療所があるってことは税金で運営されるってことで
人口3000人の村でんなもん維持するのはぶっちゃけ10割負担と大差ないわけだ
だから医者いらね。村長は何考えてるんだ、という一派と

医者がいなかったら緊急時どうするんだよおら死ぬのが怖いだよ、って人たちがいて
選挙なんかも絡んで反目。
この二つはどっちもジジババ世代ね

若い連中は職場も買い物も病院も村の外で済ませて
そもそも村には寝に帰ってるだけのようなもので関わり合いを避けてる
親が死んだら山を処分して引っ越すつもりなのでそれまでの辛抱

ってのがまあだいたいの図式
​ ​http://totalmatomedia.blog.fc2.com/blog-entry-372.html
​​


47. 中川隆 2013年7月27日 10:16:41 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6


山口県周南市連続放火殺人現場へ行ってみた _ ぬえのなく夜は怖い
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/862.html

沖縄パナリの秘祭 _ 沖縄の食人文化http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/446.html

部落と近親相姦話
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/773.html


48. 2013年7月28日 11:25:14 : W18zBTaIM6

690 :可愛い奥様:2013/07/28(日) 11:19:12.93 ID:W9kNzWLn0


田舎あるある 

・チャイム鳴らす前にドア開けようとする

・年寄りは鳴らそうともしない

・鍵かけてたら文句言われる

・言われないけど裏口も開けようとされる

・車があるからと縁側に回って「いる〜?」て来る

・縁側がしまっていると、ベランダに回って窓を開けて入ってくる

・夜中に村の男たちが順番に布団に入ってくる

・酒の席で刃物を持ち出すのはよくある

・愛犬に除草薬まかれる

・草刈機焼かれる


49. 2013年7月28日 12:08:18 : W18zBTaIM6

・普通に上り込んで勝手に茶を入れて飲んでたりする

・雨がふってくると隣のおばちゃんが勝手に洗濯物を取り入れて居間に置いてくれている

・パンツ一枚の謎の中年男性が自転車に乗って真昼間から徘徊してる

・夜中に村の男たちが順番に布団に入ってくる


50. 中川隆 2013年8月01日 19:56:28 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

1.名無し 2013年07月31日 14:47

この村に限らず村落なんて村八分で人を阻害して楽しむ集団だよ。
東京都でも桧原村とかはまだ普通だけど日原鍾乳洞があるあたりは悲惨なイジメの巣窟だよ。

いつ殺人が起きてもおかしくないし、実際に人殺しがあっても村中で隠ぺいして何もなかったかのように処理するので今まで警察沙汰になったことがないけどこのケースは違ったんだね。

出身者が言うんだから間違いない。

8.名無し 2013年07月31日 18:01

疎外されたと簡単に言うけど小さい村での疎外って恐ろしい孤独を意味するんだよ
俺たちのようにその気になれば一人で生きていけるというような都会の面影はない
悪い事に権力者が必ず変な思想をもっていて主観でとんでもない依怙贔屓をする

「しきたり」という言葉を聞いたことがあると思う。この「しきたり」というのは村では憲法よりも絶対的な力をもっていて、それに背くと拷問や虐待が待っている。
今回の犯人はその「しきたり」を破っただけなのだと思う。ただ逆ギレして相手を殺した。
村側が人殺しをした場合は口裏を合わせて死体を隠すが、今回は村側が被害者なので警察を介入させたってことだよ。

15.名無し 2013年08月01日 05:15

田舎は良い = 間違った幻想

イジメで結束をはかるのは、集団心理そのもの。
「イジメはいけません」と言っている大人がイジメてるんだからイジメが無くなる訳がない。村の隠蔽体質は未解決事件に深く関わっているんじゃないだろうか。


21.名無し 2013年08月01日 18:35

田舎のじみん支持者は本当に意地悪だし、きたない手を躊躇なく使うよ。
選挙でお金ばらまくとか、対立候補の悪い噂のビラとかは余裕。
山口なんて、どんだけ思い上がったじい様、婆様がいるか想像しただけで怖い。
http://amaebi.net/archives/2077600.html


51. 中川隆 2013年8月01日 21:55:49 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

5.名無し 2013年08月01日

2chで東京都の奥多摩にある鍾乳洞付近の村落の出身者で自分や自分の家族が遭わされてきた村八分の恐怖について詳細に語ってた。

まるで南北戦争前のアメリカの黒人のような扱いだわ。

畑は無残に荒らされ、娘はレイプされ、二男はたぶん殺されて行方不明。

村人全員が口裏を合わせて嘘の供述するから警察なんて何の役にもたたない。
韓国を小さくして村レベルにすると、そっくりそのまま同じイメージになる。
日本人としては絶対に許し難い行為だよな。


9.名無し 2013年08月01日

同和を甘く見ない方がいいよ。人殺しなんてなんとも思っちゃいない。


12.名無し 2013年08月01日

トリックの映画に出てきた村人を連想してしまった。
確かに人殺しなんてなんとも思っていない連中だった。
フィクションだとばかり思っていたが実際にあるんだな。


15.名無し 2013年08月01日

閉鎖的な田舎なら余所者は村八分にされるなんて珍しくないぞ
優しそうな婆さんが平気で若者に嫌がらせしてるなんて田舎じゃよく聞く話

今でも大昔の風俗に縛られてる村もあるらしいし
15年くらい前に山奥の村で大地主に若い女の子が監禁されてるって事件あったじゃん

女の子がむらの風習に従わなかったから母親も同意したとか言うやつ

山奥の田舎はマジで昭和どころか江戸時代の世界だよ
あんなことするのは全部韓国人とか思ってるお花畑野郎もいるみたいだけど
http://amaebi.net/archives/2078052.html


52. 中川隆 2013年8月10日 13:56:30 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

ど田舎の集落、部落民の人間関係は悪人のひとことに尽きる

一人の個人としてはいいのだろうが、部落、集団になると人が変わる

オレの友達の両親が役所を定年退職して田舎で農業をしたいという夢を実現し、実際に土地を買って移り住んだ

ところが部落民から「いじめ」を受けて2年で鬱病になり自殺した

母親は、バカ高い金額で購入した土地と家をただ同然の金額で売り渡した

それもその土地を最初に販売した部落民が買い戻した

購入価格の10分の1


静岡の田舎でもひどい話がある

市道なのにうちの私道も少し踏む、と道路使用料をとる町会役員もいる

そこを通る近所の住民から道路使用料を一人18.000円

唖然とするのは誰も反対しないで払うとこが凄い(住民20人)

こんなことが田舎では通るのが恐ろしい!!


集落の現状

・長による支配、ボスと子分の上下関係が厳然と存在する

・「村」の掟や価値観、しきたりがある

・出る杭は打たれる。長い物には巻かれるべしの精神構造

・排他主義に基づく仲間意識が存在する

・自分逹の理解できない『他所者』の存在を許さない

・同郷者に対しては「自分達と同じで当たり前」という意識を抱いている

・自分たちより劣る存在である、といった思い込みが激しい

・弱いと規定したものに対しては、陰湿且つ徹底的にいじめをする

・集落は陰口を好み二人集まると誰かの悪口を言う

・プライベートやプライバシーといった概念が無い

・無学、無知、無教養の集まり


村社会の規則
http://www.cns-fuso.co.jp/inpaku/02mita/mit-095.html


村八分訴訟

「2004年に沼集落で開催されたイワナのつかみ取り大会において、運営責任者である集落の区長など地元有力者3名に対し、11名の村民が

「準備や後片付けなどでお盆をゆっくり過ごせない」

と運営不参加を告げたところ、村八分行為(ゴミ共同収集箱に施錠を行う、山菜採りなどに対して入会権を認めない、等)を受けたとして村民11名が有力者3名を相手取り提訴」

部落で殺人事件が起こる原因は「村八分」「いじめ」

「悪口を言う、いじめをする、嫌がらせをする」


いじめは部落民の伝統

部落民の現実

SPA!4/28号の記事

「年収100万円ライフ充実術」でUターン転職の成功例として取材したときには、

「田舎は物価も安いし空気もうまい。週末にはカヌーを楽しんでます」

と満面の笑みだったからだ。

それから1年後

岩手・多田昌義さん(仮名・34歳)郵便局嘱託

田舎は怖いです。正直、1秒でも早く抜け出したいですね」

原因

「近隣住民とのいざこざがきっかけで、東京から一緒にやってきた妻がノイローゼ気味になってしまって…」

諸悪の根源は、地域住民たちによる婦人会の存在だという。表向きは「子供のために地域の治安を守ろう」

というものだが、その実態とは…。


「毎日、会合と称して集まっては、

『出会い系サイトで誰々と会ったとかエッチした』

なんて話をしているようで。そんなところに行くなって妻に言っても、

『参加しないとありもしない噂を立てられるから…』と」

治安を守るはずの婦人会が、ほとんど不貞妻たちのハッテン場。心配しつつも「ウチの嫁にかぎって…」 と妻を信頼していた多田さんであったが、昨年末に計画されたあるイベントがきっかけで、訣別を決意する。

「婦人会を仕切る会長の亭主が運送会社の社長なんですが、年末の社員旅行になぜか婦人会のメンバーも 強制参加させられるというんです。おかしいでしょ? 

“人の妻”ですよ? オレも行くって言ったら、

『婦人会の懇談も兼ねての伝統行事だからムリみたい。社長にも逆らえないし』

って。 さすがにそんな慰安婦みたいなマネはさせられませんから、断りましたよ」


無事、婦人会を抜け出したはいいが、目を合わせれば陰口を叩かれる毎日。
奥さんは外出するのが怖くなり、家にこもりがちになったという。
http://desktop2ch.tv/soc/1284207813/

http://uracigoto.blog.fc2.com/blog-entry-320.html


53. 2013年8月10日 17:14:33 : W18zBTaIM6

昔の風習で初体験パート  2010/09/11

両親が相次いで泣くなり、僕は叔母に引き取られた。
叔母には僕と同い年の高校生の娘と中学生の妹がいた。

亭主は浮気して女と一緒に暮らしている。

叔母に引き取られて驚いたのは、僕が入浴するときは必ず叔母も一緒だということだ。
叔母に言い含められているのか従姉妹達もなにも言わない。

毎日脱衣所で二人服を脱いで全裸になって浴室で身を清める。
叔母が僕の全身を洗ってくれる代わりに、僕も叔母の裸体全身を洗わなければならない。

僕は石鹸を付けたタオルで叔母の乳房を触りながら洗っていく、叔母の巨乳を合法的に触れるので、揉み捲くり石鹸の泡だらけの乳房の谷間に顔を埋め、大きい乳輪の真ん中にある乳首をすい続けた。叔母は拒否すらせず双方の乳房を揉ませ僕のエロ行為を受け入れていた。

僕が興奮して

「叔母さん、やらせて!」

と言うと、ローションを肉棒に塗りしごきだす、ヌルヌル感で僕は気持ちよくなり白いザーメンを叔母の肉体にかけてフィニッシュ。

風呂から上がると従姉妹たちから

「お母さんに抜いてもらったの?」

と聞いてくる。もう習慣になり普通の出来事なのだ。

叔母は僕の前でM字開脚しクリトリスを舐めるように促す。

おばの指示通りに舐めていくと、叔母が気持ちよくなっていった。

「弘司、女は此処を舐められると気持ちよくなるんだよ。
今度は穴の中に指を入れてごらん。」

膣の中に指を入れると叔母が一瞬痙攣した。

「それを前後に動かして・・」

膣の中で指をズコズコと動かすと叔母は激しく興奮し悶絶した。

「おばさん、やらせて。」

と僕が言うと叔母は勃起した肉棒を口に銜えフェラチオをして僕の精液を飲み干した。

僕は叔母に

「なぜこんなことをするの?」

と聞いたことがある。叔母は

「男になるための儀式よ。」

と言うのみ。高校生も3年になると叔母と一緒に寝るように言われ、数々の性的行為を二人でして、僕は叔母の愛人のようになって近親相姦寸前の関係を続けて、叔母からSEXについて教わっていた。

僕は高校生の従姉妹と海水浴に行った。
泳ぎ疲れて日陰で休んでいたとき、彼女から真相を聞きだした。

僕が生まれ育った町は、昔から男を大切にする。
だから初体験の相手にと頼まれたら女は嫌とは言えず童貞卒業の手伝いをすることが多い。
童貞を卒業した者は一人前の男として見られるからだ。

僕もその風習は知っていたので、僕はこの従姉妹と初体験を済ませ童貞を卒業させようと思っていたのだ。ところが僕の部落では少し違う、男が年頃になると近所の年増に頼み初体験の相手をしてもらう。

相手をする年増は大抵後家か亭主が出稼ぎに行った女房だ、男は童貞を捧げた年増に結婚するまで面倒見てもらう、詰まる話が性教育をしてもらうのだ。経験豊富な年増の女から色々と教わった男は結婚してから嫁との夫婦生活が円満になり家が栄えたケースが多かったという。

だから僕の部落では母親みたいなおばさんと初体験する例が多い、我が一族では当主の跡取りに適当な年増が近くにいなければ親戚の年増が相手をすることになっていたらしい。血が遠い程いいのだが大抵は叔母が努めた。

今よりも避妊に対しての意識も技術も低かったので、当然妊娠する場合がある、そのときは産むしかない。甥の子を叔母が産むのである。しかしその子は里子に出された。

だから僕は当主の跡取りになるので、当家の風習に則り叔母が初体験の相手になり結婚するまで僕と肉体関係を結ぶのだ。

僕は推薦入試で大学進学が決まった、年の暮れに叔母が僕を居間に呼び、初体験の儀式を行うと告げた。

冬休みの期間正月まで、両親が死んで不在となった僕の実家で二人だけで行うと言う、雪の積もった中を二人は実家へ、布団を敷き二人は全裸になりその中へ潜り込む。

二人はキスを交わす、舌を絡め禁断の情事の開始を告げる。

叔母に今まで教わったとおり豊満な乳房を揉みほぐし乳輪から乳首へ愛撫を施す。叔母も負けずに僕の裸体を嘗め尽くし、若い男の肉体をむしゃぶりつくす。

叔母が肉棒を銜えフェラチオをし甥の肉棒をしゃぶる。叔母は当時まだ40代の半ば、従姉妹たちにはない豊かな乳房を始めとして、美しい裸体に僕は酔いしれる。

「弘司、弘司、私と結婚したいでしょ、私の裸綺麗でしょ、弘司は私のことが好きでしょ。」

叔母はもう僕を甥ではなく男としてみてるらしい。

僕は叔母の美脚を広げさせM字開脚の状態で僕は顔を埋め、クリトリスを舐めクンニを始めた。叔母は余りの気持ち良さに喘ぎ声を漏らし、

「ひろーーーーしーーーーー好きーーーーーー」

と叫び僕を求めた。しばらく続けると潮を吹きシーツが濡れてしまった。

「弘司、弘司に対する気持ちが潮を吹かせたのよ、弘司は誰にも渡したくない、私の男にしたい。」

叔母は僕を抱きしめ僕に深い愛を示した。叔母は勃起している肉棒を膣の中に挿入し

「コンドームはいらないから、この中で出して。」

と妊娠覚悟で僕を迎え入れる。叔母の子宮目掛け僕は腰を振り肉棒をズボズボさせる。叔母に教わったようにFUCKモーションに強弱を付け時間を持たせる。

「叔母さん、そろそろ行くよ。叔母さんと一緒に居たい。叔母さんが好きだよ」

そう言いつつ激しく腰を振って肉棒を膨張させ頭が真っ白になると

「どぴゅ〜〜〜〜〜〜〜」と膣の中で多量の精液が注がれていった。

正月まで実家に篭り、叔母と性の儀式を行い初体験は無事終了し叔母と肉体関係を続けることになった。
http://www.erotown.com/toupara/bbs/b01_1/index.cgi?mode=thr&no=2076


54. 2013年8月10日 19:21:30 : W18zBTaIM6


珍しくもない東北地方の近親相姦(フィクション)


○○家の秘密 投稿者:近親相姦 投稿日:2009/03/21(Sat) 19:08

  私は東北地方の人里離れた部落に暮らす、30代後半の男です。
農協で働く妻恵美子と10年程前見合結婚し、婿養子に入りました。
隣に家を建ててもらい、金銭的には何不自由なく暮らしていますが、この地方地域部落の風土仕来たり、特に○○家の奇行には驚かされるばかりです。

  近親相姦など珍しくもありません。性欲の強い男は暇さえあれば女を見つけ、己の欲望をみたしています。義理の父は60になりましたが、未だに性欲絶倫で、義理の母幸代50代を毎日容赦なく犯しています。男尊女卑。ここは未だ戦前の日本の名残、この部落は今でも女は男の奴隷です。

妻も近寄らない開かずの間に全裸で緊縛された義母

  私はこの家に入り1週間でこの異常に出くわしました。義母は気立ての優しい働き者です。小柄ですが胸は大きくふくよかで、色気漂う熟女です。そんな義母は私にメイドのように振る舞い、初めはこんな山奥に婿に来てくことに恐縮しての態度だと思っていましたが、この家では女は男に尽くすことが何よりの喜びと教育され、家の仕来たりだったのです。

  私はこの家に来た時から義母を異性として気にしていました。妻もあり新婚です。義理の父もいます。初めは良い夫を決めていたのですが、この家に入り1週間も経たぬ間に理性は吹っ飛び、義母を犯してしまったのです。

当時私たち夫婦は広い2階を、義理の姉がいるのですが、引き籠りの彼女が南側の1部屋を、大広間に台所客間、日の当りの悪い北側奥2部屋を義母夫婦が寝室に使っていました。

  家は古いのですが田舎ですから部屋は広く、義母夫婦の寝室も2部屋を引き戸で仕切り、手前の和室だけでも20畳はあったと思います。この家に来て間もない私は分からなかったのです。

  その日私は義母に用があり、義母を捜すうちに妻も近寄らない開かずの間を開けてしまったのです。雨戸の閉まった薄暗い部屋には、裸電球が灯され中央には大きな三角木馬が置かれ、奥を見渡すと古木で作られた十字の磔台が、その横には鉄格子の牢が設けられ、中には全裸で緊縛された女が放り込まれていました。

  その一糸纏わぬ全裸の姿は、女の秘肉こそ見えない状態でしたが、大きく垂れた乳房は縄で縛られ熟女を強調していました。義母のあられもない姿です。よく義父は義母を弄び、そのまま部屋を閉めて山に入ってしまうのです。きっと帰ってきてからまた義母をいたぶるのでしょう。


女縄−裸女を縄で縛る悦楽
http://w.livedoor.jp/onnanawa/d/%B2%D6%BB%D2%A4%CE%C9%F4%B2%B0
http://w.livedoor.jp/onnanawa/d/%cc%dc%bc%a1%20/%20MENU
http://w.livedoor.jp/onnanawa/d/%e6%ea%cc%e7%c5%db%ce%ec


縄で片足を大きく開かされ、オマンコは丸見え

  数日後、私は義父が出掛けた隙に妻の目を盗み、義父の寝室に忍び込みました。薄暗い部屋の中で義母は全裸で後ろ手に縛られ、目隠しをされ、天井の梁から吊られていました。排尿を我慢し切れなかったのでしょうか、尿は垂れ流されていました。梁からさがった縄で片足を大きく開かされ、オマンコは丸見えでした。犯って下さいと言わんばかりに、熟れたオマンコが曝け出されているのです。

  その日を境に私の理性は吹っ飛び、義母を犯し続けています。数ヶ月が経ち義父も気づいたのでしょうか、普通なら殴られたり嗜(たしな)めたりたいへんなことになるはずなのですが、義父の奇行はエスカレートし、酒が入ると平気で私の前でも義母を罵り、その場で服を剥ぎ取り陵辱するようになりました。義母のおろおろする怯えた姿が、責める人間にはたまらない快楽なのでしょう。


引き籠りの義姉は、肉汁を垂れ流してイキ果てる

  妻恵美子には5歳年上の姉で洋子がいます。40になるのですが嫁にも行かず、小学校を卒業してから引き籠りだそうです。魂の抜けた人形のような女で、部屋の外に出ることはありません。こちらから何か話しかけると「ハイ」と頷く程度で、反応があまりない女です。

  キスしても抱きしめて、下着の中に手を入れオマンコをいじりまわしても、拒否することなく黙って従う従順ないい女です。私はそれをいいことに、洋子を性処理奴隷として使っています。洋子は仕事もせず家事もせず、いつも部屋にいるので犯したい時何時でもセックスできる都合のいいダッチワイフなのです。

  色白で細い腕に細い脚。痩せこけた胸を弄っても、女肉の楽しみはありませんが

「服を脱げ、股を開け」

と命令すると素直に従い、勃起した肉棒をオマンコに突っ込んでやると、普段無表情で反応しない女が、苦痛なのか感じてるのかうめき声をあげながらバタバタと暴れ、更に強引に押さえつけ膣奥の子宮にチンコをぶちあててやると、こんな人形のような女でも、肉汁を垂れ流してイキ果てるのです。

  洋子のオマンコは義父も使っています。義母のように私の目の前で陵辱こそしませんが、家から出ない女が妊娠し子供を堕したのです。


義父は義母を私に与えて、妻を性処理に使っている

  妻も私と結婚した時には処女ではありませんでした。もの心のつくころには母親と父親のセックスを目の当たりにし、母親からは、女は男に尽くすことを、何よりの喜びと教え込まれて育ったと聞いています。男根の咥え方に男の喜ばせ方、義母から教わったそうです。

  私と一緒になる前、妻は義父の玩具のひとつだったのでしょう。私も義母や義理の姉を奴隷にしてる以上、妻を義父の欲望から救うことは出来ません。義父は義母幸代を与えて私に提供し、未だ恵美子を性処理に使っているのです。私には娘がひとりいます。6歳になる愛らしい女の子です。私たち夫婦のセックスも見させています。
  妻を横に娘に肉棒を舐めさせ、上手くできた褒美に、娘の小さなオマンコを舐めてあげています。女にする日もそう遠くはないでしょう。
http://s.webry.info/sp/26624724.at.webry.info/201304/article_21.html


55. 中川隆 2013年8月10日 20:24:42 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6


2005/3/4 東北地方の方に質問です。

東北地方は近親相姦が多いって本当ですか?
近親相姦で産まれたって人います?

なるべく方言で答えて下さい。

ベストアンサーに選ばれた回答

ま、聞いた話だけど…

たげにちゅーふうふがいて、そこのわらはんどがたげやべーったかんじらしくて、

まわりのふとだばみな、あそこのふうふだっきゃきょうだいでねーんずなってへってらったってや〜


というのはありました。


ID非公開さん

私の地元は漁師町ですが近親相姦の話は結構聞きます。

実際、異性との出会いが少なくて ついつい船小屋でやっちゃったとかね。
殆ど、身内同士で船に乗って作業しているところが多いし、個人の漁師は。

近親相姦で生まれた子供は、色素が薄く白人のように、髪の毛も白に近い金髪です。

私の同級生にいました。

12535640さん、津軽人?もしくは平内あたり?

実は、わーも津軽だよ。


___


ID非公開さん

事実多いですね。

一昔前の話ですが、群馬 、新潟、山形、福島など山奥の集落が有名です。

アメリカほどではないですが。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q103245165


56. 2013年8月10日 20:51:30 : W18zBTaIM6


2011年05月16日21:00

私の生まれた地域に今でも残る風習です。

女子は初◯を迎えた段階で二つのうちから一つを選択しなければなりません。

・一つは、父親もしくは5歳以上年の離れた兄に処女を捧げる。
 これを選択した場合、処女喪失以降は自由恋愛が認めれれます。

・もう一つは、結婚するまで純潔を守ることができますが、結婚相手は親が決めます。
 簡単に言うと人身売買のような形になります。男性が娘の「家」から「処女の娘」を大金を以て買うということです。


 注意点として、男性の配偶者になれるとは必ずしも限りません。
 有力者の愛人になるというケースもありえます。
 「夫」との間に年齢差があって、「夫」が早くに亡くなった場合、実家に帰される場合があります。

 この場合、子供は「夫」の家に取られます。

私の場合、許嫁とか愛人とかは考えられなかったので一つ目を選択しました。

上に書いた文の通りの説明を受けるわけではありません。

「これからお父さんに女にしてもらうのですよ」

といった感じです。かといって、生理が終わった途端に父親に挿入されるというわけではありません。

渡しの場合は一人部屋で寝ていたので、風呂で母親から大人の女の嗜みとしての
体の洗い方を教えてもらい、自室で母と一緒に父親が訪れるのを待ちました。
ノックなどして父が部屋に入ってきました。トランクスだけの姿です。

父の登場を合図に母親が私を裸にし、立膝の角度まで仕込んでから退室。

退室時に母親が部屋を真っ暗にしました。

何をされるのかとドキドキしていたら、両膝を掴まれて、ほぼ同時にアソコに何かが触れる感覚がきました。クンニでした。

父の舌は正確にクリトリスと包皮の境目を愛撫してから私のワレメの始まりにまで舌を這わせ まだわずかにしか生えていない恥毛を確かめるるように撫で付けました。 あとは同じことの繰り返し。

クリトリスの快感に関しては、ふろに入った時に母から

「女はね、ここを触られると男の人を受け入れる準備ができるのよ」

といった感じに言われ、実際に触られもして、もう快感をしっていました。
けれども舌による快感は群を抜いていて、私は何度も腰をくねらせて抗いました。
その夜はそこまで。

私はその日のうちに処女を散らすものだとばかり思っていたので少し拍子抜けしました。

こんな日が毎日続くと思っていましたが、そうでもありませんでした。
父の「夜這い」はほぼ週一のペースで、事前に母親から伝えられます。

「今日はお父さんが来るからキレイにしておくのよ」

といった感じです。 父の愛撫はクリトリスから小陰唇に至り、やがては極度に慎重に膣の入口にまで来るようになりました。

何回目かからは灯りを暗くしなくなり、父が私のアソコを眺めている時間も長く
なりましたが、実際に父が何をしていたのか具体的には私にはわかりません。
母親が付き添いっぱなしのこともあって、私への父の愛撫が終わった途端に父が母に挿入して・・・ということもありました。

フェラチオの手ほどきもほぼ一から十まで父から受けました。

もう口に出してくれてもいいのにと私は思っていましたが、父はいつも寸前に口から抜いて、 主に自分の手の上に出していました。

父がいよいよ挿入してきたのは初めての日から半年ぐらいだったでしょうか。
コンドームを見せられて悟り、そして覚悟しました。

もう私の膣は父の指(一本?二本かも)を簡単に受け入れていたころもあり、恐怖は ありませんでした。

この日も母が横にいてくれて私の手を握ってくれていました。

痛みはありましたが、意外なほどにあっけなくて、それと父は正に処女膜を貫通させる仕事だけをしてペニスを抜き母の体で射精したのですが、それを見た私はちょっと悔しい気分でいました。

その日以降、父は夜這いこそすれ、私の下半身を裸にしてアソコを見つめるだけで
触れられることはなくなりました。(私は眠ったふりをしていました)
やがてはそれもなくなりました。

あれから10年以上が経って、私はまだ嫁にも行かずに両親に世話をかけているのですが年に数回は母親の目を盗んで父の入浴に突入してます。

母親の目を盗む必要はないとも思うのですが、女としての意地かな?

とにかく父が私をまぶしそうに目を細めて見て、アソコを元気にしてくれるのを見るのは幸せです。

口で抜いてあげようかと誘うのですが、それはいつも赤面して辞退されます。
父に処女を捧げてよかったなと今も思ってます。

・・・彼氏には絶対打ち明けられない秘密ですがw http://blog.livedoor.jp/erocopype/archives/4768834.html


57. 2013年8月10日 21:12:02 : W18zBTaIM6

1 :天之御名無主:2001/06/23(土) 23:05

祭りのときは乱交OK
処女膜破りの儀式
異性または同性の成人から性の手ほどきを受ける思春期の子供

などなど教えてください


14 :天之御名無主:2001/06/29(金) 08:44

高知のヨサコイ祭りは乱交しほうだいって聞きましたが本当ですか?

30 :Six ◆aTOy5bfc:2001/08/15(水) 14:12

東北・甲州・信州の夜這いの風習は有名ですし
瀬名秀明の「ブレイン・ヴァレー」に出てきた夜伽専門の村巫女(白拍子の類?)なんかもそうですね。

33 :天之御名無主:2001/08/16(木) 02:04
>>30
信州では諏訪地区(だったかな?)の「足入れ婚」も比較的近年まで残っていたと聞いてます。


46 :天之御名無主:01/08/28 09:49 ID:sLqx1aZ場所はいえませんが、私の田舎はいまだに祭夜の夜這いの風習があります。
私は18のときに、30代半ばのバツイチ女性のところに夜這いに行き、みごと筆おろしを済ませました。

52 :天之御名無主:02/02/08 06:17

15年ぐらい前にNHKで見たレポートで、瀬戸内海のとある島ではいまだにある風習が
続いていて、それはその島の子供が16歳になると、絶対にセックスをしなくては
ならないものでした。

ルールはこう。

その祭りは一定期間内に行われるもので、祭りになると男・女それぞれ3〜4人
同士でとある家に集まり、3日ぐらい共同生活を続けます。

そこで気の合う同士で事を行うのですが、選択権があるのは男子だけで、指名を
受けた女子には拒否権がありません。

可愛い1番人気の子には、当然、バッティングもあり得るのですが、そうなると
親同士の話し合いで、決着を付けなければなりません。

引き下がった男子は、他の女子を指名しなくてはなりません。
例え相手が凄いブサイクでもセックスしなくては一家の恥なのですから。
すなわち、何が何でもペアにならなくてはならないのです。

セックスする順番にもルールがあったはずなのですが、忘れてしまいました。
ペアになると両家の親同士があつまり、隣の部屋でセックスする自分たちの
子供の様子を伺うそうです。

親たちは伺いながら興奮するどころか、上手く仲良くなれるかが心配で仕方ない
とかなんとか言ってたことを覚えています。

勿論、TVではセックスの場面などは映すわけが無く、家に集まった子供たちが
ダベリあってる場面とか、親たちの顔を写してるだけでしたが、この放送を
見た当時はまじでショックでした。
どうしてこの島に生まれなかったのだろうかと。

だれかこの話に心当たりがある人、見てないかな?


56 :天之御名無主:02/04/13 21:16
>>52
十年くらい前に似た話し聞いたなぁ…
結論から言うとデマ

正確にはかなり昔の話。
たぶん、再現した映像を勘違いしたのでは?
もしくは風習と言うか、たんに集まってた風景とか…
あんま大きくない島だと何処かの家に集まる事って良く有るよ。


108 :天之御名無主:03/01/21 23:51

少し田舎に行くと、秋祭りの夜とかみんな異様にギラギラしてる。
日本人の中には乱交の文化は生き長らえているよ。

114 :天之御名無主:03/03/09 16:33

宮城の某村では、維新の頃まで、新婚初夜は花婿の父親が花嫁とセックスする因習
があったらしい。
封建時代の名残らしく、父権の威信を保つためだったとか。
惚れあった者どうしの若い二人なら、辛い一幕だったろう。

和歌山の有田は太平洋戦際、全国での徴兵検査の成績が最低だった地域だ。
理由はこの徴兵検査でヒューマンテイルの者が一村に3名もいたことが判明した
からだ。

紀伊半島の海浜地域は古くから近親婚の多い地域だ。それは地理上の理由がある
ためだが、当時の有田の「尻っ尾者」は、女も含めると実際は調査以上の潜伏数
がいたと推測できる。

147 :天之御名無主:03/12/09 21:08

茨城県の八○町の某部落で今でも18歳になると夜這いの風習が残っている
その為か結婚も早いが離婚も多い
そこの部落は、平家の落中人伝説のあるところで一族の家系を守る為に風習が残っています。
ただ、外との交流が少なく血縁関係で部落を編成している為、血が濃くなる為か障害者や天才が多い


172 :天之御名無主:04/02/20 04:54
>>59
愛知県某所出身ですが、そこでバイトしてた時にちょっと離れた所から車で通っている子が、

「今だに嫁貸しのしきたりとかあるんだよ〜早く出たい」

とか言ってたなぁ…。たしか客に嫁を貸すって聞いたような。


173 :天之御名無主:04/02/20 21:28
>>172
是非その村に遊びに行きたい、ってゆか
村の中だけで嫁の貸し借りをやってるんだろうか?

239 :天之御名無主:04/12/31 21:36:03

沖縄県の某島では代々近親相姦で筆おろしをすませる風習があるらしい。
男の子が思春期迎えたときの母親(或は姉)の仕事とか

少年→一人前の男になるための儀式は世界各地にあることからも信憑性はある。
具志堅が初体験は?との雑誌インタビューに「思い出したくない」とはぐらかしたのも証拠になろう


330 :天之御名無主:2005/04/02(土) 22:52:54

本島ではなく○○島(離島)での風習らしい。
男が16歳を迎えると、父親は黙って家を空け母親が筆おろしをするとか。
(稀に姉のケースもあり)


332 :天之御名無主:2005/04/02(土) 23:26:44

日本の関西に母親が筆をおろす近親相姦のの風習があるって聞いたことがあるよ

333 :天之御名無主:2005/04/02(土) 23:31:02

聞いたことある。
たしか、京都の近く、、、


382 :天之御名無主:2005/05/15(日) 14:12:51

雪国で寒くて家から出たら凍死するような、北の日本海側の場所で山間に囲まれた地方なら近親相姦みたいのがありそうだね。
情報きぼん

384 :天之御名無主:2005/05/24(火) 16:58:52

東北地方にはそういう風習多いな

390 :天之御名無主:2005/06/07(火) 22:36:51

東北の温泉入ったら、洞窟の中で巨根像に締め縄という荒ぶる神が鎮座されてました。
その地方では美少女たちがチンポ像を抱え顔を真っ赤にし練り歩く風習があると聞きます。


391 :天之御名無主:2005/06/08(水) 00:08:40
>>390
顔を真っ赤にてのはあんたの希望だろ。
俺が見たのは東北じゃないが、普通の顔してにこにこ歩いてたぞ。
実物を見た事がないと、木彫りの置物と同じであまり抵抗がないらしい。

397 :天之御名無主:2005/06/21(火) 20:50:34

もう昔のことだけど、全裸の女がお面をつけて盆踊りをしてたという地域なら聞いたことがある。
なんで裸なのかまでは教えてくれなかったけれど。

398 :天之御名無主:2005/06/23(木) 15:50:26
>>397
俺も聞いたことがある。
なんでもそのあと乱交に至ってたようだけど。
俺が聞いたのは盆踊りじゃなくて、それに似た神事だったけれどね。

406 :山形南部:2005/07/08(金) 17:34:48

平家の落人の隠れ里だったといわれる某所では近代になっても村の女性は
「みんなの物」でほぼ自由にセークス可能だったそうな。

そこは今はダムの底になったが、昔、そこを訪れた人の話では、

近親相姦が多いので出産の際に「奇形やダメポー」は即座に絞めるのだが
判別出来ずに生きた人間が成長したのが度々目についたと・・

事実、現存している。
可哀想でキーボードに涙が

408 :天之御名無主:2005/07/10(日) 03:31:58 ?

先々月までアフリカを旅行してました。モロッコでのことです。モロッコの南端は
サハラ砂漠と一部接しているのですが、周辺の砂漠への前線基地的なオアシスの街にしばらく滞在してました。遊牧や隊商的な生活をしている砂漠の民は少なくなったけれども今でもちゃんと存在していて彼らがオアシス近郊に立ち寄ると必ず市が立つので楽しかったです。

夜になると女奴隷が卑猥な見世物を見せたりするのですが、若い日本人の子が一人いましたね。

体中にヘンナと呼ばれる染料で模様を書き込んだ全裸の日本人の娘が男達の輪の中で腰を振ったり、触られたりしてました。

  彼女と日本語で話をしたので間違いないです。諦めの境地にあるようなことを
言っていましたが、どうやら彼女のショーを見るかぎり、男達の喝采を買って彼女自身すっかりはまっているような、恍惚とした様子でした。

彼女はその地域では結構有名で、もとは女子大生で砂漠まで来て輪姦されたあげく、ある金持ちの後宮にしばらく監禁されていた娘らしいです。

それで飽きられたうえで売られたと。まるでボウルズの小説の世界。
人間って案外簡単に壊れちゃうものなんですね。


455 :天之御名無主:2005/09/17(土) 20:29:48

日本人って近親相姦(関西)とかホモ(武田信玄)とか自殺(切腹)とかあんまり
タブーが無い民俗なんだね。

456 :天之御名無主:2005/09/17(土) 21:00:00

奈良時代以前の皇族・貴族は異母兄弟姉妹間の結婚を常としており、皇族女性でなければ皇后とはなり得なかった。

日本神話においてもイザナギとイザナミは兄妹であり、ウガヤフキアエズは叔母であり育ての母である玉依姫と結婚する。

日本と近親相姦で調べたら、いっぱい出るは出るは。
日本ってすごい国だよね。

458 :天之御名無主:2005/09/19(月) 16:13:06

北陸の漁村での話し(伝聞だからね)

戦前までは毎年旧暦の6月の新月の夜、奇祭が行われたと聞いた。

その年元服を迎える男女が秘密裏に村内から選ばれ、7日間神社に篭って禊を行う。

新月の夜、二人は神主や巫女、村の長や網元の前で海岸にふんどし一丁で立って海に飛び込み、100mくらい沖合いの小島まで泳ぐ。

神主たちは小船で二人を追う。小島には小さな祠があり、神の目の前でふんどしを外した二人は愛し合う。その後、少女の膣から流れ出る精液を曼荼羅模様の神紙で受け止め、その年の漁を占う、というもの。


461 : ◆arPoYs0ON. :2005/09/24(土) 20:24:39

京都伏見区のとある地域は異常に同姓の多い地域が有ります。
80代の方に伺ってみた。

「夜這いってあったんですかね、○○さん」

「さーねー。ははは」

とはぐらかされてしまいました。ますます興味が湧いてくる!


462 :天之御名無主:2005/09/24(土) 21:09:47

夜ばいはスレがあるけど、システム化されたものとしてかなり最近まで全国各地に「あった」のは事実みたいですね


466 : ◆arPoYs0ON. :2005/09/25(日) 09:39:50
>>463
けれどもその地域の人は本当に障害を持つ親族の家庭がおおく、座敷牢の存在を認める方もいらっしゃいます。なのでどうしても色々な想像をしてしまいます。


472 :天之御名無主:2005/10/21(金) 00:03:21

関東と東海地方の貞操観念が割合強く他の地方はおおらかな様な気がします。

青森ではだいたいが中三か高一で初体験を済ます様です。
チャンスが無い子は焦って誰かに相手を紹介してもらうそうです。

援助交際の相場は「いちご」で結構あっけらかんとおじさんとエッチを楽しむ。
東京だと嫌々お金の為にマグロ状態でセックスすると言う感じ。
関西方面の女と話をしていると「良くしてくれたお礼にしてあげた」とか「落ち込んでいたのでしてもらった」と言う話を聞く。実際どうなんでしょうか?

485 :天之御名無主:2006/05/01(月) 02:14:10

ネタ1 ある田舎の風習

18歳に達した少女達は祭りで神社の境内で神男に処女を捧げなければならない。
この行事を行って初めて大人の女性として認められるんだと。


486 :天之御名無主:2006/05/01(月) 02:35:10

ネタ2 ある田舎への婿入り

この地方へ婿入りする男は嫁の親類に挨拶しなければいけない。
夕方から嫁の親類たちと盛大な宴会が行われ、その後寝室に通される。
そして、その場に集まる嫁の親類(女性のみ)と一晩過ごし

婿入りの許しを得なければならない。
これは村の存続をかけ子孫を繁栄させるため、生殖能力の高い男であるかチェックする仕組みと思われる。

評価する女性は嫁の母、祖母、姉妹、すべての親戚で手技によって精液の濃さ、量も批評される。またその晩に限り婿と性交することも許される。

まぁ。逆輪姦みたいな感じになるようですね。

490 :天之御名無主:2006/06/08(木) 00:58:54

新潟の山間部にいまだに夜ばいやカガイっぽい盆踊りやってるところがあるって聞くけど、

508 :天之御名無主:2006/09/11(月) 02:49:54

某混浴温泉には裸合コンたる風習が残っている。
地方からくる若い男女客参加もOK
その日晩 男女入り乱れのセックスがある。
旅の恥は掻き捨て
彼彼女いる貴方もOK!


516 :天之御名無主:2006/10/19(木) 19:45:29

10年くらい前、母方の祖父の家にいったはずが、離婚したはずの祖母と同じ苗字の家に世話になっていた。よくわからず母に聞いたところ、代々2つの家系で婚姻しているとのこと。

本家には座敷牢があって精薄で生まれた子などはそこで暮らしていたらしい。
(その数年前の台風で流されて今はもうないです)

その時会った従姉妹?は高校生なのに親戚との婚姻が決まっていて、本人はおかしいともなんとも思っていない様子でびっくりしたけど何も言えなかった。
多分兄弟でとかはないと思うけど十分疑問。


526 :天之御名無主:2006/11/15(水) 18:58:11

 昔読んだ本のコラムかなんかに書いてあったけど

ある村では女ばかりの家(女系家族)だと跡取りがなくなってしまう。
そこで相談してくじ引きで半年に1回、その村の長男以外の男性が泊まりにいく。
で、その女系家族の娘たちと性行為して子供ができたら婿入りしてその家を継ぐのが決まりなんだと。

村存続のための掟なんだろう。


534 :天之御名無主:2006/12/28(木) 17:27:58

長野県の一部では、今でも祭りの後に童貞や処女を捨てる儀式があります。
というか、15年前ほど前には確実にありました。(私自身、それが初体験ですから)
このスレに書かれている事と違っているのは、実際にはコンドームを使う事くらいでしょうか


548 :天之御名無主:2007/01/12(金) 11:32:04

昔 親類の叔父が地域に伝わる言い伝えとして教えてくれた

元服を迎える男と同い年の女が村から一組選ばれて神主の前で性交したそうだ 
神事らしいけど何が目的かよくわからん


588 :天之御名無主:2007/09/29(土) 22:29:10

青森県は弘前市の南西に10kmほど入った山間部に「かこ村(かっこ村?)」
という小さな盆地状の村があり(地図には地名なし)今では廃村状態の所がある。
その村はかつて十二年に一度、凶作や飢饉に見舞われることの無いように悲惨な祭りが行われていた。

祭りの年には村の中で未婚の女性が選ばれ、人身御供として神社に奉納するという。
人身御供といっても命を奪うわけではなく、選ばれた女性(少女10〜16歳くらい)
(基準不明)が三日三晩すごす。同時に選ばれた8人の村人が「神のお面」をかぶり日没から日の出まで代わる代わる少女と性交することにより、神々に生贄をささげ、五穀豊穣をねがったそうです。

長時間の性交に絶えられず失神したり逃げだそうと試みる娘もいたそうですが、神罰を恐れる村人に厳しく監視されていたそうです。犠牲となった娘はその後村によって特別な待遇下におかれた。


601 :北海道民:2008/01/13(日) 23:36:52

本州は耽美の宝庫だね。
近親姦の風習とか、もう完全にファンタジーの世界だよ。

644 :天之御名無主:2009/01/15(木) 19:47:08 245 名前:本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:04/11/01 06:48:07 ID:h0Yp+Mkn
続き

村の合併前に、私の村の二十歳前の男性が、隣村の女性に夜這いをかけたことがあったらしい
もちろん、両者合意の上だったそうで、本人間の間では問題はなかった。

一度目の夜這いのあと、二度、三度繰り返しているうちに、相手の村の男衆にしられ夜這いの後、村境で捕まり、散々殴られて返されてきた。

当時の私の村の男衆は、怒り喧嘩直前までいったらしいが、両村の大人が中に入って、夜這いをかけた男性の母親が夜這いを受けた女性の夫の夜這いを受けるということで手打ちになった話があります。

村の合併後、新村になってから、新しい村域内でのその種のトラブルはなくなりましたが今合併後の新村の隣村との間には、掟は存在します。


>>230
そのような話ではありませんが、何年か前、その年18歳になった一組の双子を含む
男の子達の希望を聞きまわった時、当時27歳の新婚の地元出身の地元中学校の教師を務めている女性に希望が集中して、かなり村で話題になったことがあります。

毎晩一人ずつする掟なので、その女性が八月中のある週に毎晩、白装束で鎮守さんに夜出かけていきました。結局、彼女を相手に八月中に童貞を失った男子が双子をふくめいっぱい生れたことになります。

双子の場合、どちらを先に優先させるかでもめました。戸籍上の兄弟はあるのですが、その家の教育方針で一年おきに兄弟の序列を変化させていたので二人がどちらが先に、女性を抱くかでもめて、結局若衆の前で籤をひくことで解決しました。

恐ろしい連中
http://syarecowa.moo.jp/108/31.html

シリーズ・関連 呪い系
http://syarecowa.moo.jp/kanren/noroi.html

死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?
http://syarecowa.moo.jp/


651 :天之御名無主:2009/03/25(水) 04:38:20
>>644
それ、たぶん、親父の田舎だと思う。

俺も、18のときに、親父の実家に夏休みの間、帰郷して同じ体験をした。
今、首都圏の大学に通ってるけど、将来は祖父を継いで田舎に暮らすことになると思う。
相手の女性は、三十前後の美人のバツイチの女性だった。

最初、騎上位で挿入してもらって、おっぱいを揉んだり乳首を吸ったりしてる間に
しらないうちに射精してた。


654 :天之御名無主:2009/04/15(水) 18:16:53

小学生の女の子だけの祭りがあったな。
露出の高い服装にさせて(ブルマTシャツだった)集団で家を回る祭り。
女の子達は家ごとにお菓子を貰う。全員でなく、先頭のリーダーの女の子にお菓子がたくさん入った袋をあげる。
公民館から出発して村の家を全部回ると祭りが終わるんだが、大抵、公民館に戻るころは人が少なくなっていた。
昔は可愛い子がいなくなってたってよく噂になってた。

寂しい老人が女の子を引き止めて家で話し相手にさせられるらしい。
当時はそんな祭り興味なかったし、男だから参加しなくてよかったと思ってたが、普通に売春とかしてたらしい。


681 :天之御名無主:2009/07/01(水) 00:51:36

母親が言っていたんだけど、
母親がいた村では、15、6歳になると同じ年の女の子&母親達が集まって
一晩性について勉強したんだって。
それも、学校で習うような文献だけのやつではなく、母親達が裸になって
結構な所まで教えてくれたんだって。

ちなみに母親は山形の村出身
http://desktop2ch.tv/min/993305147/
http://hentai4u.blog12.fc2.com/blog-entry-86.html


58. 2013年8月10日 21:30:16 : W18zBTaIM6

『豪農の屋敷の開かずの間』


39 :1/7:2006/07/12(水) 22:45:33 ID:J0yDoNbP0

小二の頃のガチ体験。

俺の母親の実家ってのは、いわゆる田舎に古くからある豪農の家系ってやつで、
まあ地方だからってのもあるけど、敷地も広くて屋敷も大きかったし、蔵なんかもあった。
中学に上がるまでは毎年夏休みになると、十日くらい泊まりに行ったもんだった。

俺みたいな都会から来た青白いガキは、地元の子供達とは打ち解けられなかったんで、もっぱら同い年の従兄弟(母の兄の子)と、2人っきりで遊ぶ毎日だった。
こいつもまあ、金持ちのボンボン扱いwされてたんで、普通に友達いなかったし。
とりあえず家の敷地がめちゃくちゃ広かったんで、その中で遊んでても充分だった。


ある日の午後、俺達は昼間でもいくらか涼しい蔵の中で遊んでいた。

蔵は2階建てなのだが、1階の半分だけが座敷になっていて、1階奥と2階は物置状態。
何をして遊んでたのかも覚えてないが、いつしか床の間の脇にある押入れに入っていた。

そうこうしている内に俺達は、押入れの一番奥の床板が外れる事に気が付く。
外して下を見ると、大人ならちょっと入れなそうな狭い通路みたいになっていた。
まだ体が小さかった俺達は興味に突き動かされ、そこに入ってみる事にした。

通路は3mほどで行き止まりになった。(網が張られていてそこから通れない状態)
向こう側から風を感じたので、おそらく蔵の縁の下辺りに通じているのだろうと思った。

もう戻ろうか・・・と思った時、その通路の床がさらに外れる事に気が付いた。
すぐに床板を外して下を眺めると、今度は思いのほか広い空間がそこに横たわっていた。

持ってきた懐中電灯で照らしてみると、意外にもちゃんとした“部屋”のような感じ。
真っ暗というわけでなく、部屋の隅の方から弱い(外の)明かりが漏れているようだった。
都合が良く、俺達がいる場所のすぐ下に箪笥があったので、足場にして下へ降りてみた。


下に降りて部屋全体を眺め回してみると、そこは6畳くらいの殺風景な部屋だった。
箪笥(足場にした)が1つ、文机のような物が1つ、あとは何枚か座布団が積んであるだけ。
カビとほこりのニオイが結構きつかったが、そんなに汚い場所ではなかった。
意外な場所を発見した俺達は興奮して、部屋のそこかしこを調べて回った。

先ほど感じた“弱い光”は、一方の壁の上方に4つ並んだ小さな“通気孔”だった。
やはり網が貼られていたので奥は見えなかったが、これも縁の下に通じている感じがした。
反対側の壁には小さな襖みたいな戸があり、ここをくぐって部屋の外へ出れた。
(↑茶室?とかにあるような、ちゃんと立った状態では出入りができないような襖)

そこを出てみるといきなり細い階段があって、登ってみたが上で塞がれていた。
後で考えると、その階段の先は、蔵奥の物置になってる場所のどこかに通じてそうだった。
仕方ないので俺達は部屋に戻り、今度は箪笥の中とかを物色し始めた。
中身は衣類、食器類、紙で作ったおもちゃ?などがごちゃごちゃに詰め込まれていた。
特に目ぼしい物は発見できなかったので、次は文机の方を調べてみる事になった。


文机は横に2段の引き出しがついていた。上の引き出しには文房具などが入っていた。
下の引き出しは、立て付けが悪いのか最初開かなかったが、無理に引っ張ったら開いた。
中にはノート(というか紙を糸でしばってノート状にした物)が何冊か入っていた。
どうやら日記っぽかったが、小二の俺達には難しい漢字があり、ほとんど読み砕けなかった。
仕方なくペラペラとめくっていると、何枚かの写真がはさまっているページがあった。
サイズが一定していない古い白黒写真で、最初の1枚だけが大きいサイズだった。
大きい物は集合写真のようで、立派なヒゲを生やした紋付袴の男と数人の男女が写っていた。

ヒゲの男は見覚えがある。若いが、仏間に飾ってある写真の人だ。(俺の曽祖父に当たる)
隣は奥さん(曾祖母)らしき女性。前には2人の少女。他、小作人らしき者が周りを固める。

「この女の子ってさ、ばあちゃんじゃない?」

従兄弟がそう言う前に、俺もそう思っていた。
当時はまだ生きていた俺の祖母。写真は少女ではあるが、確かに面影はある感じだった。

が、不思議な事が1つ。写真には、その少女と瓜二つの少女がもう1人写っている。

「ばあちゃんて双子だっけ?」

だが俺達はそんな事より、残りの写真の方に興味が移っていた。


次の写真は、少女が女学生になった頃の物のようだ。だが、ここでは2人写っていない。
というか、これ以降の写真にもこの女性は写っているのだが、全部1人のみになっていた。
文金高島田の結婚写真、赤ちゃん(おそらく叔父=従兄弟の親父だろう)を抱えた写真。
写真をめくる度に老けて行き、その女性は俺達が知っている祖母の顔に近くなっていった。

特に見る物もなくなってしまった俺達は、その部屋で寝転がって話をしてしばらく過ごした。

“俺達しか知らない部屋”というシチュエーションに魅了されてしまい、全く怖くなかった。

「これからここを秘密基地にしよう」などと子供らしい発想でケリをつけ、部屋を後にした。

その夏、屋敷にいる間、ちょくちょくこの部屋に潜り込んで、遊んだりお菓子を食ったりした。
俺は帰る時まで、いや帰った後もずっと・・・誰にもこの部屋の事を口外しなかった。
子供の意識として、秘密基地というのは“そういうもんだ”と考えていたからだ。

そして1年後の夏、いつものように俺はまたその屋敷にお邪魔する事になる。


従兄弟は(もちろん他の家族もだが)去年と変わらず、喜んで俺の到着を迎えてくれた。
さてこの夏も2人でいろいろ遊びまくろうと、お互いわくわくしていたと思う。

「なぁ、明日はまず“秘密基地”へ行こう」

俺がそう耳打ちした瞬間、顔色が変わる従兄弟。

「そんなのいいよ、カブトムシ採りに行こう」

いきなり従兄弟にフラれ、俺はガッカリした。
が、わざわざ議論する事でもなく、その日は疲れていたのですぐに寝た。

翌日からは俺がいくら誘っても、従兄弟は何かにと理由をつけてはぐらかす状態が続いた。
頭に来た俺はとうとう詰問してしまった。すると従兄弟はバツが悪そうにこう言った。

「ばあちゃんに・・・あそこには行っちゃダメだって怒られたんだよぅ」

俺はその時、従兄弟が秘密基地の事を他人に口外した件についてのみ腹を立ててしまい、どうして祖母がそんな事を言ったのかについては何も訊ねなかったし、考えもしなかった。

その夏、結局あの部屋を訪れる事はなかった。(というかそれ以降も行った事はない)
1度だけこっそり忍び込もうと思ったが、押入れに大きな箱が入っていて中に入れなかった。
が、子供だったせいもあって・・・そんな事は俺の記憶から次第に薄れていってしまった。


中三の春、祖母が死んだ。その葬式の時、なぜか急にあの部屋での出来事を思い出した。
従兄弟はすごく落ち込んで聞き辛かったので、代わりに俺の母(祖母の実娘)に訊ねてみた。

「ばあちゃんってさ、双子だった?」

もちろん、あの部屋で見た写真について聞いたつもりだ。
母は全くそんな話聞いた事がないようで、何言ってんのアンタ的な表情しか見せなかった。
叔父にも他の親族達にも訊ねてみたが、反応はやはり似たような物だった。
誰に聞いても、祖母は“1人娘で婿取り”という存在で通っている。だが俺は信じられなかった。

成長してわかった事だが、あの部屋はおそらく“座敷牢”的な部屋だったのだろうと思う。
写真にあった、若かりし頃の祖母に瓜二つの少女。あの部屋にいたのは彼女ではないのか?
確かに、戦後にそんな三文小説のような、非人道的な事があったとは考えにくいのだが・・・。

大人になるにつれ、あの家にも足が遠のき、従兄弟ともいくらか疎遠になってしまっている。
もちろん座敷牢云々は俺の想像でしかない話だが、確かに“あの部屋”はあったはずだ。
たった1度だけ訪れたというわけではない。小二の夏、2人で何度あの部屋に入った事か。
それなのに、従兄弟は今ではこう言う。

「子供の時の事だし、全然覚えてないんだよな〜」

さらには、翌年の夏に俺が部屋について詰問した事すら覚えてないという。
彼の記憶は、“あの部屋に関する事”だけ綺麗に消えている(もしくはそう見せたい?)のだ。

いまだに俺は何かモヤモヤした物を感じているのだが、どうにもこれ以上聞き出せない。
そしてすでに蔵は取り壊され、あの部屋や写真の女性についての真相を探る術もなくなった。

[ 31731 ] NO TITLE

歴史のあるでかい家には、こういう部屋が付きものだと思う。

ゲームの零シリーズみたいにさ、あれほど脚色されてはいないと思うけど。
古今東西、お偉い立場上、見つかっちゃヤバイ子とか、宗教で生活を縛られてた時代には、ある種の病気は、前世で何か悪いことをした罰のためにかかる“業病”として認識されてて、その病にかかると周囲に穢れを撒くからと忌み嫌われた。

でも、だからと言って殺すなんて畜生みたいなこと、できるわけがない。
お偉い家名に傷が付く、だから生かしたまま閉じ込める。死ぬまでずっと。

流石に、もうこんな部屋いらん、取り壊せ埋めてしまえって、潰してある場合は多々あると思うけど、工事代もバカにならんからね…かん口令敷いて、入り口完全封印するのが一番簡単で手っ取り早いから、まだ残ってるとこもあるだろうな。
[ 2012/06/23 ] NO NAME ◆-

生きてりゃ80過ぎる母が昔、

「昔は双子が生まれると畜生腹と言われて忌み嫌われたもんだ」

って話してたのを思い出す
[ 2012/07/15 ] NO NAME ◆-
http://nazolog.com/blog-entry-3746.html

精神疾患という概念が出来るまで昔から精神病の患者さんは色々迫害されてきました。

特に中世ヨーロッパでは「魔女狩り」と称し300年で15万人の患者さんが虐殺されたんですよね。これはドミニク修道院のある修道僧が出した、「魔女の木槌」という魔女の見分け方マニュアルが原因で、例えば幻覚妄想がある女性、過呼吸発作や意識消失がある女性などを片っ端から宗教裁判にかけたんです。「宗教裁判」といっても「裁判」とは形だけで、要は神父さんが気に入らなければ皆有罪で処刑になったんです。(あのガリレオも地動説で宗教裁判にかけられ有罪になりました。有罪になった時の「それでも、地球は回っている」は彼の名言として残っています。)

 

 日本ではそのような虐殺の歴史は無いのですが、精神障害のある子供が生まれると、恥ずかしいからと座敷牢に隔離していた歴史があります。実際に

「精神病患者を外に出してはいけない」

という法律があり(精神病者監護法)、私宅監禁を国が推奨していた時代もあるんです。その後、ピレルの「鉄鎖からの解放」と呉秀三が「クレペリンの精神医学体系」を出すまでは全く病気という認識はされていなかったんです。


 今回はこの座敷牢に近い状態で、隔離されていた悲惨な患者さんのお話です。

 患者さんは20歳台後半の男性で、精神的におかしいからという理由で、子供の頃からずっと家の中で隔離され、病院にも行かず、ほとんど外に出たことはありませんでした。

今回は食事を取らず苦しそうで様子がおかしいと姉に連れられ来院しました。彼自身はほとんど会話出来なかったんです。

 初めて会った時には、かなり不潔で奇妙な風貌でした。

服装は粗雑で汗と排泄物の臭いがし、伸びきった髭と長髪に女性用のカーラーをたくさん巻いていました。ほとんど風呂にも入ったことがない様子でパッ見は本当に路上生活者のようでした。

男性なのに髪にカーラーを巻いているのが非常に奇妙であり、同時に彼の精神状態が普通でないことが一目でわかる風貌だったんです。

 呼吸困難を訴えており色々検査をしましたが特に嫌がる様子も無く、非常に苦しそうな表情だったのを憶えています。 入院後胸部レントゲンを見てびっくりしました。両肺に大量の水が、肺がほとんどレントゲンで写らないくらい溜まっていたんです。それで息が出来ず呼吸困難になっていたんですね。

 精神科的には統合失調症か知的障害で姉の話では、恐らく10歳くらいの発症です。引きこもりから始まり、ずっと訳のわからないことを言っていましたが、近所の目もあるからと病院には連れて行かず、姉の身を案じ家に彼用の隔離室を作り食事だけ与えていたそうです。他人とコミュニケーションが取れず、今回も自分で苦しいと言えなかったんでしょう。

 とにかく入院させ酸素を投与し、胸水の検査の結果を待ちました。たまたま入院した夜に僕は当直で、彼を見にいきましたが、苦しくて横になれず、全く眠ることも出来ないんですよ。会話できませんが、治療に抵抗することなく、何とか僕たちが助けようとしているのは解ってもらえたみたいでした。結局ベッドのテーブルに枕を置いて一晩を苦しそうに過ごしました。その夜は彼が不憫で心配で頻回に診に行ったのを覚えております。

 その時には、よくここまで放っておけたなと、家族に対し強い怒りを覚えるのと同時に非常に悲しくなりました。家族としては姉の身を案じてのことで、昔からの慣習だったのかもしれません。家族のせいだけではないのだと思います。逆に考えれば、よくぞ今回病院に連れてきてくれたのだと思いますよ。

 胸水の検査の結果、診断は癌性胸膜炎と悪性リンパ腫という血液の癌でした。胸水をカテーテルで少しずつ除去することで呼吸不全は改善したんです。

 統合失調症の方も、抗精神病薬を投与し、多少のコミュニケーションは取れるようになったんです。きちんとした会話は出来ませんでしたけど、身振り手振りで解りました。悪性リンパ腫については化学療法で完治する可能性もあるため血液専門の科のある大学病院に転院となったんです。

 あと2、3日病院に連れてくるのが遅かったら、隔離されたまま、息が出来ず一人死んでいたんでしょう。幼少時から隔離され、外にも出れずに、苦しくても苦しいと言えずに死んでいくなんて、彼は何のために生まれてきたんでしょう?

きちんと治療さえ出来れば良くなるのに・・・精神症状でコミュニケーションが取れないいうことは非常に恐ろしく悲しいことだと痛感いたしました。

 転院後患者さんはどうなったのかわかりませんが、おそらく、化学療法でリンパ腫は良くなったと思われます。精神症状についても薬物の反応は悪くなかったので、再び隔離されているということはないと思います。

 しかしながら、彼の未来を考えると、薬で統合失調症が良くなっても、この20年以上隔離されていたことで他人とのコミュニケーションや社会性というものは全く身についておりません。そのことで彼はこれからもずっと苦労することになるでしょう。再び引き篭もる選択をするのかもしれません。失った時間を取り戻すのは大変なんですね。でも、これから彼の人生は始まるのですから、今回このように病気になって外に出られたことは、良かったのかもしれません。

 私宅監禁、座敷牢、というのは地方の部落などでは、未だに認めることがあるそうです。

恐らく彼のような悲惨なケースが昔から日本には沢山あったんでしょうね。

逆に考えると、今回の彼は身体的な病気があったおかげで、家族が気づき外の世界に出られた訳ですが、もし身体的な病気がなかったら、一生隔離部屋から出ることはなかったのかも・・・老人になって、体を壊すまで・・・・

 日本では精神病というと、どうしても恥ずかしいという偏見が強いみたいですね。一族の恥だみたいな・・

昔海外の精神科医の講義を聞いたことがあるんですが、アメリカなどでは精神科に偏見が無く、逆に精神科にかかっていると言うと周囲の人が変に思うどころか「この人は大丈夫だ」と安心するそうですよ。日本と比べると全く逆ですよね。精神医学的に日本はアメリカより10年は遅れているんです。治療薬や精神科医の技量もですけどね。

 今回のような可哀相なケースを無くすためにも、日本人の精神病に対しての偏見が、無くなることを心から祈っています。
http://www.geocities.jp/niwaiin/C5_12.htm 


59. 2013年8月10日 21:37:20 : W18zBTaIM6

すごい。大正期のキチガイ座敷牢の実態調査を現代語で


呉秀三・樫田五郎 精神病者私宅監置の実況
http://www.amazon.co.jp/%E3%80%90%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E8%AA%9E%E8%A8%B3%E3%80%91%E5%91%89%E7%A7%80%E4%B8%89%E3%83%BB%E6%A8%AB%E7%94%B0%E4%BA%94%E9%83%8E-%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E7%97%85%E8%80%85%E7%A7%81%E5%AE%85%E7%9B%A3%E7%BD%AE%E3%81%AE%E5%AE%9F%E6%B3%81-%E9%87%91%E5%B7%9D-%E8%8B%B1%E9%9B%84/dp/4260016644


90年前の大正時代にはすでに精神病者に対応するための法制度もある程度はあったし、精神病院なんてものもあったわけだが、むろんみんながそこに入れたわけではなく、相当部分の精神病者――ボケ老人もかなりいるが、25-40歳くらいが大半――は家族が座敷牢を作ってそこにぶちこむしかなかった。

その実態を調査したもの。著者の呉秀三は東京帝国大学の医学部の先生。
精神病で呉というと、どうしてもドグラマグラを連想してしまうんだけれど、そういう関係はどうもないみたい。


あちこち農村に分け入ってはその実態を淡々と書いており、その収容されている座敷牢の平面図、患者の状況その他がひたすら記録されている。その家族や村の経済状況、症状、病歴その他きちんと描かれている。全部で300件弱、地域も全国津々浦々。

もちろん、どれも悲惨ではあるけれど、その悲惨にも差がある。ほとんど人間の状態をとどめない者もあれば、コミュニティの助け合いの中にいる人々もいる。

座敷牢の広さは、いちばん多いのが一坪半*1、つまり三畳ほどだけれど、もうピンキリ。読んでいて悲しいものは悲しい。はだかで床に転がされている患者の粗い写真とか、患者が板戸を叩いて近所迷惑なので、内向きに釘をたくさん打って叩けないようにするとか……


とはいえ、結構みんな最低限の面倒は見ていたようで、本当にひどいのはそんなになかった、とのこと(統計的な分析もある)。でもそれも実に様々。さらに私宅監置って、勝手に座敷牢をこしらえてぶちこむもんだと思っていたら、ちがう! 

私宅監置の届け出をして、図面その他を警察に出して許可をもらって監禁する。暴力的とか、それなりに監禁を正当化する理由は必要だ。社会としての精神病に対する対応として公的に認可されていたものなんだね。これを見て、国家権力が弱者の弾圧を社会的に促進し、と拳をふりあげたがる人もいるだろうけれど、当時の医療や経済水準から考えて、これが可能だった精一杯の水準だったんだろうとは思う。

そしてまた、精神病者を治療すると称するお寺や神社や行者なんかが跋扈していて、そういうのも調査している。これまたここに書き切れないくらいおもしろい。いろんなものの黒焼きが珍重されていたとか(実はうちから少し上野のほうにいくと、黒焼き屋がいまもあるんだよね)。


原著者はこれを受けて、いまの座敷牢は監禁だけしかしない、だから廃止して、病院で引き取って治療も受けられるようにすべきだ、と強く主張している。でも当時、実際に何をしてあげられたのか考えてしまう面はある。
http://d.hatena.ne.jp/wlj-Friday/20121017/1350481846


60. 2013年8月10日 21:49:16 : W18zBTaIM6


座敷牢の幽霊

もう十年くらい前だけど、従弟が事故で死んで俺が本家を継ぐことになったときに叔父(従弟の父)から聞いた話。

江戸も終わりの頃、N家(本家)に嫁が来た。

N家跡取りと仲むつまじく、やがて女の子が生まれて春と名付けられた。
その年は不作で、子どもを生んだばかりでも嫁も働かなければならない。
嫁は山菜を取りに山に入ったが、夕方近くになっても姿が見えない。
村の衆で探し回っていると嫁は乱れた姿で山から下りてきた。
天狗に孕まされて。

どうもこの天狗ってのは白人のことらしい。
まぁ「天狗=日本に漂着した外国人」ってのはよくある話、と叔父は言っていた。


堕ろそうにも、襲われたショックで寝込んだ嫁にそれは耐えられないと旦那が躊躇しているうちに、ついに男の子が生まれてしまう。
嫁は生んですぐに体調を崩して死んでしまった。

旦那は子供が憎くて殺そうしたが、嫁の忘れ形見だと思うと殺せない。
しかたないので座敷牢に幽閉し、そこで育てた。