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内田樹 事大主義 権力者を批判したければ、まず自分が権力者になれ
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/1024.html
投稿者 中川隆 日時 2020 年 10 月 09 日 14:18:31: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: 内田樹 生きづらさについて考える 投稿者 中川隆 日時 2020 年 2 月 26 日 18:02:06)

事大主義 権力者を批判したければ、まず自分が権力者になれ

内田樹 『日本習合論』ちょっと立ち読み
2020-10-09
http://blog.tatsuru.com/2020/10/09_1315.html


『日本習合論』の販促のために、第一章の一部、共感主義について書いたところを再録しました。ちょっと立ち読みしていってください。

 世を覆っている共感主義の基本にあるのは先ほど来僕が指摘している「多数派は正しい」という信憑です。多数派に属していないということは「変なこと」を考えたり、しているからであって、それは多数派に合わせて矯正しなければならない。そういうふうに考える人がたくさんいる。若い人にも多く見かけます。でもね、そういうのを「事大主義」と言うのです。

 あるインタビューで「じだいしゅぎ」と言ったら文字起こし原稿には「時代主義」と書かれていました。なるほど、「時代の趨勢(すうせい)に逆らわない」から「時代主義」なのか。インタビュアーは若い人でした。熟語は知らないけれど、造語能力はあるなあと思いました。

でも、「じだい主義」の「じだい」は時代じゃなくて事大です。「大(だい)に事(つか)える」。弱い者が強い者の言いなりになって身の安全を図ることです。「寄らば大樹の陰」「長いものには巻かれろ」と同じ意味です。

 マジョリティというのは「大」「大樹」「長いもの」のことです。多数派の言うことはその正否を問わずにただ従う。それが身の安全である。それが当今の作法ですけれど、もちろん今に始まったことじゃありません。「事大」の出典は『孟子』ですから、それくらい昔からそういう生き方は存在していた。

 そういう生き方もたしかに一種のリアリズムではありますけれども、それにしてもマジョリティであるかマイノリティであるかは、それぞれが主張していることの真偽正否とは関係ありません。

 たしかに、「和を乱さない」ということは集団を安定的に維持するためには必要なことです。でも、ものには程度というものがある。日本の場合は、その度が過ぎます。
 僕が「和」をあまり好まないのは、「和」を過剰に求める人は、集団の他のメンバーに向かって「そこを動くな」「変わるな」と命ずるようになるからです。自由に運動しようとするもの、昨日までとは違うふるまいをしようとする人間が出てくると、たしかに集団は管理しにくくなります。だから「和を尊ぶ」人たちは、基礎的なマナーとして「身の程を知れ」「おのれの分際をわきまえろ」「身の丈に合った生き方を知ろ」という定型句をうるさく口にするようになる。

 こういう言葉は僕の子どもの頃まではよく使われました(僕もよくそう言って叱られました)。でも、ある時期から言われなくなった。1960年代からあとはほとんど耳にすることがなかった。むしろ「身の程を知らず」「分をわきまえず」「身の丈を超える」生き方こそが奨励された。

 高度成長期というのはまさにそういう時代でした。人々は「身のほどを知らない欲望」に駆動されて、「おのれの分際をわきまえず」に枠を踏み外し、「身の丈に合わない」大きな仕事を引き受けた。国に勢いがある時というのはそういうものです。「早めに自分のキャラを設定して、自分のタコツボを見つけてそこに一度まり込んだら、そこから出るな」というようなことを僕は若い時には誰からも言われたことがありません。たまにそれに類することを言う人がいても、鼻先でせせら笑って済ませることができた。だって、こちらは現に「身の程を知らないふるまい」をしていて、それでちゃんと飯を食っていたわけですから。

 その定型句がなぜか二十一世紀に入ってから、また復活してきた。気がつけば、頻繁にそう言われるようになった。それは単純に日本人が貧乏になったからだと僕は思います。
 少し前に僕の友人の若手の研究者が同世代の学者たちと歓談した時に、談たまたま僕のことに及んだことがあったそうです。するとたいへん僕は評判が悪かった。どこがダメなのと僕の友人が興味にかられて訊いてみたら「専門以外のことについて口を出すから」だというお答えだったそうです。学者は自分がきちんとアカデミックな訓練を受けた守備範囲から出るべきではない。フランス文学者ならそれだけをやっていればいい。それ以外のことについては素人なんだから、口を噤んで専門家に任せるべきだ、と。

 なるほどと思いました。時代は変わったなあ、と。

 でも、そんなこと言われも困るんですよ。僕は「専門以外のことについて口を出す」ことで飯を食ってきたわけですから。フランスの哲学や文学についてはいくつか論文も書きましたけれど、興味はそこにはとどまらない。ついあちこちに食指が動く。武道論も、教育論も、映画論も、身体論も、マンガ論も、能楽論も、自分の興味の赴くままに、書きました。でも、どれも専門領域というわけではありません。

 武道は四十五年修業していて、自分の道場を持って、数百人の門人を育ててきましたけれど、武道の専門家と名乗るのは今でも恥ずかしい。教育は三十五年それを職業にしてきましたけれど、教育学や教育方法の専門家ではありません。「教壇に立ったことがある」というだけです。映画は若い頃から年間二〇〇本くらいのペースで見てますし、映画についての本も何冊か書きましたけれど、昔から映画の筋も俳優名も観たら忘れてしまう。能楽はそろそろ稽古を始めて二十五年になりますけれど、ただの旦那芸です。

 どの領域でも僕は「専門家」とは言えません。でも、半可通の半ちく野郎ですが、何も知らないわけじゃない。ちょっとは齧(かじ)ったことがあるので、その領域がどういうものか、「本物」がどれくらい凄いかは骨身に沁みて知っています。自分にはとてもできないということはわかる。

 僕の学問だって、こう言ってよければ「旦那芸」です。でも、どの分野についても、その道の「玄人」がどれくらい凄いのか、それを見て足が震えるくらいのことはできます。そこがまるっきりと素人とは違います。自分が齧ってみたことがあるだけに、それぞれの専門家がどれくらい立派な仕事をしているのか、それを達成するためにどれくらいの時間と手間をかけたのかがわかる。そういう半素人です。

 でも、そういう半素人にも存在理由はあると思うのですす。専門家と素人を「つなぐ」という役割です。僕の仕事は『私家版・ユダヤ文化論』も『寝ながら学べる構造主義』も『レヴィナスと愛の現象学』も『若者よマルクスを読もう』(これは石川康宏さんとの共著)も『能楽は楽しい』(これは観世流宗家との共著)も、どれも専門家と素人をつなぐための仕事です。

どの分野においても、僕は専門家ではないけれど、専門家の仕事を読者に噛み砕いてお伝えすることはできる。そうやって底辺を広げることはできる。底辺が広がらないと高度は得られないと思うからです。でも、そういう仕事は「専門家のもの」としては認知されない。そして、たまに「専門領域でもないことについて中途半端に口出しをするな」と叱られる。

 でも、それが僕には納得できないんです。僕のような半素人が一知半解の言説を述べたとしても、そこにいくばくかの掬(きく)すべき知見が含まれていることもある(かも知れない)。それがおもしろいと思う人は読めばいいし、読むに値しないと思う人は読まなければいい。それでいいじゃないですか。「掬すべき知見が含まれているかどうか」は先方が判断することであって、僕が決めることじゃない。ましてや、僕に向かって「決められた場所から出るな」と言われてもおいそれと肯(うべな)うわけには参りません。繰り返し言うように、僕は決められた場所から出て、好きなところをふらふら歩き回ることで食ってきたわけで、「やめろ」というのなら休業補償して欲しい。

 でも、この「おのれの分際をわきまえろ」「身の程を知れ」という恫喝は最近ほんとうによく聞くようになりました。

 小田嶋隆さんが前にツイッターで財務大臣について批判的に言及したら、「そういうことは自分が財務大臣になってから言え」という驚嘆すべきリプライがついていたことがありました。でも、こういう言い方は、たしかに近頃ほんとうによく目にします。
 僕が政治的なことについて発言した時にも「それならあなた自身が国会議員になればいいじゃないか」と絡まれたことがあります。僕の知り合いが、ある有名ユ―チューバーについて批判的なコメントをしたら、「そういうことは再生回数が同じになってから言え」と言われた。ある若手経営者について批判したら「そういうことは同じくらい稼いでから言え」と言われた。

 全部パターンが同じなんです。批判したければ、批判される対象と同じレベルにまで行け、と。だから、「権力者を批判したければ、まず自分が権力者になれ」ということになる。それはいくらなんでも没論理的ではないですか。
「現状に不満」というようなことは現状を変えることができるくらいの力がある人間にしか言う資格がない。無力な人間には、そもそも「現状に不満である」と言う権利がない。こんな言明にうっかり頷いてしまったら、もう「現状を変える」ことは永遠に不可能になります。だって、今あるシステムの内部で偉くなろうとしたら、まずシステムを受け入れ、そのルールに従い、他の人たちとの出世競争に参加して、そこで勝ち残らなければならないからです。勝ち残ることができなくて、途中で脱落すればもちろん現状は変えられない。勝ち残ってしまったら、「自分を出世させてくれたシステム」を変える必然性がなくなる。グルーチョ・マルクスのように「自分を入会させるようなクラブには入会したくない」ということが言えるのはごく例外的な人だけです。ふつうの人は「自分が偉くなれる仕組みはよい仕組みである」と考える。

「現状に不満があったら、まず現状を変えられるくらい偉くなれ」という言明は人を現状に釘付けにするためのものです。人を今いる場所に釘付けにして、身動きさせないための「必殺のウェポン」として論争で愛用されている。実に多く人たちが喜々としてその定型句を口にしている。

 こういうのは時代の「空気」を映し出しているんです。どういう「空気」かというと、「自分に割り振られたポジションにいて、そこから出るな」という圧力です。その圧力が大気圧のように日常化している。日常化しているので、圧力がかかっているということ自体が実感されない。

 共感主義者たちは「和」をうるさく言い立てます。異論を許さず、逸脱を許さない。みんな思いを一つにしないといけない、われわれは「絆」で結ばれている「ワンチーム」なんだ、と。でも、この時に彼らがめざしている「和」なるものは、多様なものがにぎやかに混在して、自由に動き回っているうちに自然に形成される動的な「和」ではありません。そうではなくて、均質的なものが、割り当てられた設計図通りに、決められたポジションから動かず、割り振られたルーティンをこなすだけの、生命力も繁殖力も失った、死んだような「和」です。

「調和すること」と「静止すること」はまったく別のことです。でも、共感主義者たちには、その違いを意図的に混同させています。今の日本社会では「動的な調和」ということは求められていません。求められているのは「割り当てられた場所から身動きしない」ことです。その「檻」を形成しているのが、粘ついた共感です。自他の粘ついた共感による癒着が、人が自由に動くことを妨げている。

 共感なんか、なくてもいいじゃないですか。そんなものばかり求めていると、身動きできなくなりますよ。きちんと条件を定めて、ルールを決めておけば、共感できない人、理解できない人とでも、共生し、協働することはできる。何らかの「よきもの」をこの世に送り出すことはできる。その方が粘ついた共感の檻に閉じ込められて、身動きできずいいることよりも、ずっと愉快だし、有意義だと僕は思います。でも、そのことをアナウンスする人が少ない。
 http://blog.tatsuru.com/2020/10/09_1315.html  

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コメント
1. 中川隆[-10954] koaQ7Jey 2020年10月09日 14:20:18 : yrjMIAA0P3 : NDRaMkxRWk5XM2c=[13] 報告
「素人がコロナを語ると専門家が怒る」という日本は明らかにおかしい
内田 樹,岩田 健太郎 2020/09/23

新型コロナウイルスをめぐって、SNSなどでは「専門家以外は発言すべきでない」という意見が目立つ。それに対して神戸女学院大学名誉教授の内田樹氏と神戸大学大学院医学研究科教授の岩田健太郎氏は「素人といわれている人たちがコロナについてあれやこれや言うのは当然だ」という——。


※本稿は、内田樹・岩田健太郎『コロナと生きる』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

イノベーションは評価主義になじまない

【内田】僕は評価主義とはできるだけ関わりたくないんです。だから、「お前を査定してやる」という人が出てきたら、そっとその場から離れる。そういう人とディベートして、「あなたの意見と僕の意見のどちらが正しいか決着をつけよう」というのが嫌なんです。それだと評価主義の再生産にしかならない。あなたと僕のどちらが賛同者が多いかとか、どちらがSNSのフォロワー数が多いかとか、どちらが社会的地位が高いかとか、それを比較することでそれぞれの意見の理非を決するというふるまいは、それ自体が査定なんです。僕はそれが嫌なんです。

僕は誰とも論争なんかしたくない。ただ、ちょっと言いたいことがあるので言っているだけなんです。みんな僕の意見に賛同しろとも言わないし、意見が違う人に向かって「黙れ」とも言わない。だから、僕のことは放っておいてほしい。隅っこで言いたいことをぼそぼそ言わせてくれよ、と。それだけなんです。

イノベーションというのはそもそも評価主義になじまないんです。その成果の価値を測る「ものさし」がまだ存在しないようなもののことをイノベーションと呼ぶわけですから。だから、学術的なイノベーションをほんとうに支援したいと思ったら、やりたいやつに好きなようにやらせて、「放っておく」のが一番なんですよ。

日本の1億2000万人が全員「コロナ評論家」
【岩田】まったく同感です。うちの娘たちにも事あるごとに、「他人の評価を気にするな」と伝えています。

【内田】人の評価は気にしちゃいけません。ほめられようが、けなされようが、右から左にスルーすればいいんです。ほめられて増長するのも、批判されて落ち込むのも、どちらも意味ないです。「行蔵は我に存す。毀誉は他人の主張」。勝海舟の言うとおりです。出処進退は自分で決めるから、評価はそちらで勝手にやってくれ、と。他人の評価なんかどうでもいいよということは、このコロナ禍でますます確信に至りましたね。

【岩田】今まさに、コロナの分析や予想をめぐって起きていることとも、それは重なります。ネットを見ていると、日本の1億2000万人、世界の70億人が全員コロナ評論家と言ってもいいぐらいじゃないですか。

【内田】そうですね。

素人がコロナを語ると、専門家が怒る
【岩田】みんなコロナについて、何か語らずにはいられない。それぞれコロナのせいで害を被っているんだから、当たり前です。パンデミックって、そういうふうに「全員」に影響を与えるものなので。

ところが素人がコロナについて語ることを、専門家は怒るんですね。「素人のくせに俺たちの専門領域について、デタラメなことを言って」「テレビにまで出やがって」みたいなセリフをよく目にします。テレビの件は、大体テレビに出られない人が言うんですけど(笑)。

フェイスブックを見ていると、僕の業界の人はすごく怒っているんですよ。みんなが評価主義の塊になって、「にわか専門家がテレビで知ったようなことを言うな」みたいなことを本気で書いている。「そんなに頭にくるなら、テレビを観るのやめればいいのに」と思うんですが。

【内田】ほんとに観なきゃいいのにね。それに素人があれこれ言ったっていいじゃないですか。言わせてあげたらいいのに。

日本では「半ちく野郎」とか「半可通」とか「一知半解」とか、「半」という字がつく罵倒の言葉が多いんですよね。中途半端な知識に基づいてものを言う人間を徹底的にバカにする。「よく知らないけど、俺はこんなふうに思うんだよね」と言うと、自称専門家が「黙ってろ、素人は!」と頭ごなしに叱りつける。叱られたら黙る。専門家だけが発言権を持ち、それ以外の者は知らないことについては黙る。自分の経験や知識に基づいて、個人的な意見を述べることは「許されない不作法」ないし「笑うべき愚鈍」と見なされてきた。

素人がアイデアを出すほうが、生産的ではないか
【内田】でも、それっておかしいと思う。半ちくな素人の思いつきがときに思いもかけない創見をもたらすことって実際にあるから。それに僕自身、自慢じゃないけどレヴィナス哲学と合気道以外は、全分野で半ちく野郎なんです(笑)。文学も、映画も、マンガも、能楽も、宗教も、政治も、さまざまな領域でたくさん本を書いていますし、インタビューされたら意見を述べますけれど、どの分野でも専門家というのにはほど遠い。

ただ、「このトピックについては、あんまりよく知らないんですけども、ちょっと意見言ってもいいですか?」って、つい手を挙げたくなるんです。ちょっと何か言いたくなるのは、僕が思っていることを専門家が誰も言わないからです。誰かが先に言ってることなら僕が繰り返す必要ないです。誰も思いつかないようだから、つい手を挙げて言ってみたくなる。別に定説を覆すとか、常識に冷水を浴びせるとか、そんな攻撃的な意図があるわけじゃないんです。ただ、「こういうふうに考えたら、ちょっと面白くないですか?(よう知らんけど)」というだけのことで。でも、そういう「いっちょかみ」に対して専門家たちって、ほんとうに不寛容なんですよね。「素人は隅にいて黙ってろ」って一喝される。

専門家だけが発言できるより、素人が面白がって次々にいろんなアイデアを出したほうが、結果的に学術的にも生産的じゃないかと思うんですけどね。

専門家も慌てて「にわか」で勉強している
【岩田】確かにそうなんです。コロナに関しても今、素人の方から面白いアイデアが出てきています。今朝のニュースで観たんですが、ある学校では熱中症対策とコロナウイルス対策を両立させるために、「子どもたちは傘を差して登校する」ことにしたそうです。日傘で日光が遮られますし、傘を差すことでお互いが近づけなくなるから、ソーシャルディスタンスを保てるんですね。とても面白いアイデアだと感心しましたし、専門家からは出てこない発想だと思いました。

感染症の専門家といっても普段何をやってるかというと、患者さんの検査と薬を出すことがメインの仕事です。だから例えば、「コロナ対策のために、飛行機の空調やエアコンの設定をどうすればいいでしょうか」なんて聞かれても、正確には答えられないんです。航空機内の空調システムまで知悉している専門家は、非常に少数派で、旅行医学という専門分野のさらに細かいエアロメディシンという領域を勉強した人だけです。感染症のプロでもそこまでやっていた人は本当に少数派でしょう。慌てて「にわか」で勉強した人はいると思いますが。

テレビに出ている専門家も、よく知らないことを聞かれたら、慌てて文献を読んでにわか勉強して「10年前から知ってますよ」みたいな顔して言ってる人がほとんどなんですよ(笑)。実際の話、マスクがどれぐらいウイルスを防ぐかといった重要な知識も、前々から勉強してる人はあまりいませんでした。みんな急いで勉強して、にわか専門家として意見を述べているだけなんです。専門家とそうでない人の差は、案外大きくはない。少なくとも、特定のトピックにおいては。

だから、素人といわれている人たちがコロナについてあれやこれや言うのは当然だと思うし、全員がコロナには利害関係があるわけですから、出てきたアイデアは真面目に検討すべきだと僕は思います。

---------- 内田 樹(うちだ・たつる) 神戸女学院大学名誉教授 1950年東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒業、東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。著書に『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)『日本辺境論』(新潮新書)、街場シリーズなど多数。 ----------

---------- 岩田 健太郎(いわた・けんたろう) 神戸大学大学院医学研究科教授 1971年島根県生まれ。島根医科大学(現・島根大学)卒業。ニューヨーク、北京で医療勤務後、2004年帰国。08年より神戸大学。著書に『新型コロナウイルスの真実』(ベスト新書)など多数。 ----------

https://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/%e7%b4%a0%e4%ba%ba%e3%81%8c%e3%82%b3%e3%83%ad%e3%83%8a%e3%82%92%e8%aa%9e%e3%82%8b%e3%81%a8%e5%b0%82%e9%96%80%e5%ae%b6%e3%81%8c%e6%80%92%e3%82%8b-%e3%81%a8%e3%81%84%e3%81%86%e6%97%a5%e6%9c%ac%e3%81%af%e6%98%8e%e3%82%89%e3%81%8b%e3%81%ab%e3%81%8a%e3%81%8b%e3%81%97%e3%81%84/ar-BB19k8SY?ocid=ientp

2. 中川隆[-15142] koaQ7Jey 2021年11月24日 13:28:32 : 34RYzVL0Ss : dk5pdEs0MHRvU0E=[25] 報告
内田樹の研究室
http://blog.tatsuru.com/

内田樹 嫌韓の構造
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/664.html

内田樹:全面的な対米従属、アメリカの企業に対する市場開放と、日本の公共財の切り売りさえしておけば政権は延命できる
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/398.html

比較敗戦論のために - 内田樹の研究室
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/301.html

民主主義をめざさない社会 - 内田樹の研究室
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/971.html

内田樹 生きづらさについて考える
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/647.html

内田樹 事大主義 権力者を批判したければ、まず自分が権力者になれ
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/1024.html 

内田樹 パンデミックをめぐるインタビュー
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/982.html

内田樹 聖者とは何も考えないアホの事
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/980.html

「恥の文化」の力
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/778.html

格差について - 内田樹の研究室
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/1133.html

国民国家 対 グローバル資本主義
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/1326.html  

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