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平和よりも、もっと大切なものがある
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/339.html
投稿者 中川隆 日時 2019 年 4 月 10 日 07:09:14: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

平和よりも、もっと大切なものがある

世界人口の人口の62.5%は、「平和が第一」とはまったく思っていない


最近、また気になったことがある。「平和」に関する日本人の認識だ。次の元号が「令和」に決まって、日本人は「平和への祈りが込められている」と世界に誇っているのが、とても無邪気で無防備に感じた。

平成の「平」は平和の「平」だ。令和の「和」は平和の「和」だ。いずれも日本人に平和思想が強く根付いているというのが分かる。平和であることは良いことだと日本人は思う。そして、平和を願うことは当たり前だと日本人は信じて疑わない。

もうひとつ日本人が疑いもしない言葉に「平等」というものがある。平和と平等は美しい概念であり、世界中の人たちがこの概念を一緒に追求していると日本人は信じているかも知れない。

しかし、現実はそうではない。平和と平等の限りない追求は日本独自のものであって、世界は必ずしも「平和と平等」を第一に追求しているとは限らない。受け入れられない可能性もある。

「受け入れられない」と言うと多くの日本人は仰天するはずだ。「平和であることや、経済を優先することや、平等であることがなぜ受け入れられないのか分からない」と思うはずだ。(鈴木傾城)

平和よりも、もっと大切なものがある?

なぜ受け入れられないのか。それは、世界は「そんなもの」よりも、もっと大切なものがあると考える国も多いからだ。平和や平等や経済よりも、大切なものなどあるのか。もちろん、ある。

平和よりも大切なもの。イスラム教徒に聞けば、それは「神であり宗教である」と答えるだろう。その点に関しては絶対に妥協はない。

イスラムを侵す者があれば平和より闘争が優先されるのだ。宗教が優先される。そして、コーランは人間が平等など一言も書いていない。平和よりも、平等よりも、イスラムが大事であり、重要であり、神聖なのだ。

イスラム教徒の人口は全世界で約15億人。すなわち、日本の12.5倍の人口が、平和を優先しないし、経済を優先しないし、平等であることも是としないということだ。すなわち、「価値観が違う」のである。

ところで、人口10億人を抱えるインドではヒンドゥー教が主流となっており、ここにシーク教やイスラム教やジャイナ教が絡んでインドが構成されている(仏教はインドでは少数)。

これらの宗教もまた「平和よりも大切なものは、神であり宗教である」と考えている。インドに根付くカースト制度を見ても分かる通り、人間が平等だとも考えていない。要するに、ここでも日本人の価値観とは違う価値観がある。

日本の人口の約8.3倍の人口が、日本人の持つ価値観とはまったく違う価値観を信じているということだ。

キリスト教はどうか。キリスト教は平和主義だろうか。

キリスト教が平和主義だったら、中南米は侵略されなかったし、アジア・アフリカは植民地にされなかったし、日本は核爆弾を2発も落とされたりしなかったはずだ。

彼らはキリスト教を信じない異教徒は虐殺しても奴隷化しても構わないという特異な特権意識を心の奥底に持ち続けて歴史を育んできた。それが過去の話であればいいが、今もまたそういった意識を心の中で持ち続けている可能性がある。

キリスト教徒の人口は世界で約20億人。すなわち日本の約16.7倍の人口が、平和を優先しないし平等であることも是としない。


62.5%は日本人の価値観を理解できない

キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教の3大宗教だけで、約45億人。世界人口が約72億人だとすると、それだけで人口の62.5%を占めている。この62.5%は日本人の平和への無邪気な盲信から一線を引いている人口であると言える。

残りの37.5%も、平和や平等が正しいと思っているかどうか分からない。

むしろ、我々の神を信じない異民族は滅びろとか、イデオロギーが正義だとか、戦争で他民族で打ち負かすことが正義であるとか、他から奪うのが正義だとか、自分の一族だけが栄えるのが正義だとか、そのように思っている可能性が高い。

神よりも平和を優先したいと思う民族は、世界ではまったくの「少数派」である。日本が異質だと言われるのは、そこから来ている。日本人が思っている世界と、現実が乖離しているのだ。

そして「平和や経済や平等」を世界に押しつけるのは、世界にとっては「冒涜」だと思われる可能性が高い。なぜか。「信仰や神よりも平和や経済を優先せよ」というのは、神が侮辱されても信仰が侵されても戦うなということだからだ。

また、「人類はみんな平等だと思え」というのは、自分の神を信じていない人間も自分と同じレベルであると認めることになる。神を熱烈に信じる自分と、神を信じない「未開人」が平等であるとは彼らは本音では認めないだろう。

ユダヤ教もキリスト・イスラムと同じ神を信じているが、このユダヤ人は神を信じない人間を「家畜」だと考える風潮もあった。「ゴイム」と彼らは異教徒を呼んでいたはずだ。日本以外の多くの国では、それほど神は重要な存在である。神以上に重要なものはない。

平和は決して第一優先ではない

「平和や平等」は、実に建前的なものだ。それが唱えられた時は、誰も意固地になって反対しない。

しかし本音の部分を言うと、平和や平等は信仰やイデオロギーが優先される社会にとって害悪であり社会を崩壊させるものである。

もちろん世界の多くの個人は、ほとんどが平和な社会が平等な社会を望んでいるのは間違いない。略奪と暴力が横行する社会では強者と強運者しか生きられない。ある程度の平和がなければ人生は過酷なものになる。

しかし、自分のアイデンティティを構築している宗教や共同体が侵されるとなると話は違ってくる。平和よりも前に、宗教や共同体が優先される。

これらが維持された中で、次に平和が来るのであって、平和が最優先ではない。

ちなみに、日本以外の国々で言われている「平等」というのは、日本人が言う平等とは程遠い。同じ言葉なのだが、概念が違っている。世界の人々が言う「平等」とは、「機会が平等であること」を意味している。

全員が同じ収入や、全員が同じ生活水準であることを世界の人々はまったく望んでいない。

「スタートは平等であるべきだが、結果は平等であるべきではない」というのが欧米先進国の考える平等なのである。だから、欧米では「一億総中流」のような考え方はない。ひとりひとり個人の能力も嗜好も目指す目的も生き方も時代も何もかもが違う。

だから、結果は違って当然で、結果を同じにする平等とはむしろ個人の自由を奪うものであると考える。「機会の平等」であって「結果の平等」はまったく違うものである。

現代の日本的倫理観は、あくまでも現代の日本人が考えるものだ。これが異質だと気がついていないのは、当の日本人だけかもしれない。

日本人はあまりにも無邪気に「平和や平等」を口にするが、それが日本人の「見識のなさ」であれば悲しいことだ。

自分の信じている宗教を侵されたら平和よりも闘争が優先される。自分たちの共同体が侵されたら平和よりも闘争が優先される。

この感覚が分からなければ、自分の国が侵される時のことを思い浮かべばいい。国というのは巨大な共同体である。この「共同体=国」が侵略されたら、平和主義者であっても侵略者と戦って当然だ。侵略されても戦わないというのは、おかしいと思わないだろうか?

平和は常に優先されるものではない。人々は宗教や共同体や国が侵略されたら、平和という建前をかなぐり捨てる。世界はそのようにできている。平和は決して第一優先ではない。

そういった意味で、すべての日本人が狂信的に「平和」という理想を疑わなくなっている時流を憂う。これが理解できないのであれば、日本という国は100年後は消えている。(written by 鈴木傾城)

平和は常に優先されるものではない。人々は宗教や共同体や国が侵略されたら、平和という建前をかなぐり捨てる。世界はそのようにできている。平和は決して第一優先ではない。
https://blackasia.net/?p=12503

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ドイツ人を変えたヒトラー奇跡の演説 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/results?search_query=%E3%83%92%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%BC+%E6%BC%94%E8%AA%AC
https://www.youtube.com/results?search_query=Adolf+Hitler

ヒトラーと6人の側近たち 第3回 「ルドルフ・ヘス」- YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=04MW0fwLMVE
https://www.youtube.com/watch?v=xk05qbC9brg
https://www.youtube.com/watch?v=zRuECyuTohM

ヒトラーと6人の側近たち 第6回 「アルベルト・シュペーア」- YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=MyNm8amqY5E
https://www.youtube.com/watch?v=af4QmPD_SlU
https://www.youtube.com/watch?v=udA_4PhqLaY

ヒトラーと6人の側近たち 第4回 「ハインリヒ・ヒムラー」 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=PDdJSgUOlZM
https://www.youtube.com/watch?v=b20mQhYvtrk
https://www.youtube.com/watch?v=8yPk1HiKGIc


ヒトラーと6人の側近たち 第2回 「ヘルマン・ゲーリング」- YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=s69UVGkUohM
https://www.youtube.com/watch?v=wraaO0iuzVo
https://www.youtube.com/watch?v=eWXLXasUA_g

ヒトラーと6人の側近たちU 第3回 「マルティン・ボルマン」- YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=dQxQaCQTL2M
https://www.youtube.com/watch?v=ZLAOmmrq3do
https://www.youtube.com/watch?v=EV_0tmN1F5E


ヒトラーと6人の側近たち 第1回 「ヨーゼフ・ゲッベルス」- YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=1zZ2RctGP2s
https://www.youtube.com/watch?v=PNZ_jaQxZ4w
https://www.youtube.com/watch?v=_R4QvU3y2zE


ヒトラーと6人の側近たちU 第1回 「アドルフ・アイヒマン」- YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=NywuaqlyTwM
https://www.youtube.com/watch?v=LDg3iTLeVJU
https://www.youtube.com/watch?v=_5OxGVOlWFk


ヒトラーと6人の側近たちU 第2回 「ヨーゼフ・メンゲレ」- YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=Cpvlu5x61zg
https://www.youtube.com/watch?v=sL0qQAgzlKQ
https://www.youtube.com/watch?v=VJ0MY-Zh7_Q


ヒトラーと6人の側近たち 第5回 「カール・デーニッツ」- YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=nPMYejrhLFQ
https://www.youtube.com/watch?v=Y8dt1Rbfw00
https://www.youtube.com/watch?v=zs_nRkjOoCQ

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紅い皇帝毛沢東と狂爛の文化大革命【东方红】 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=AtJy-yu2rHw


2019/01/24 に公開


東の空より紅い太陽が昇る如く
中華に毛沢東が現れた
彼は人民に勇気と幸福と希望を与える
彼こそが偉大なる救世主、大いなる明星也

東方紅,太陽昇,
中国出了個毛沢東。
他為人民謀幸福,
呼児咳呀
他是人民的大救星。


因みに、赤軍派もカンボジアのポル・ポト政権も毛沢東をそっくりそのまま真似しただけなんですね:

若松孝二 実録・連合赤軍 あさま山荘への道程 (2007年) 動画
https://www.youtube.com/watch?v=q_uMjzQAwnM
https://www.youtube.com/watch?v=cicGFPx-4GE

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<再現>日本赤軍事件 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=QNNokzO4u-Y
https://www.youtube.com/watch?v=3dN3r3H4mSU


重信房子独占インタビュー 1973 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=rXIUjCImv1M

映画『革命の子どもたち』予告編 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=93xiGKx5ASU


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連合赤軍あさま山荘事件 完全版 - YouTube動画
https://www.youtube.com/watch?v=_7538Mapqd8

https://www.youtube.com/watch?v=JbXHqyyCvRY
https://www.youtube.com/watch?v=UgCwy_WQP60
https://www.youtube.com/watch?v=6dy2fbMgILE

<再現>連合赤軍 山岳ベース事件  - YouTube 動画
https://www.youtube.com/results?search_query=%EF%BC%9C%E5%86%8D%E7%8F%BE%EF%BC%9E%E9%80%A3%E5%90%88%E8%B5%A4%E8%BB%8D+%E5%B1%B1%E5%B2%B3%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%B9%E4%BA%8B%E4%BB%B6&sp=mAEB

銃撃と粛清の神話 1972年連合赤軍あさま山荘事件 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/results?search_query=%E9%8A%83%E6%92%83%E3%81%A8%E7%B2%9B%E6%B8%85%E3%81%AE%E7%A5%9E%E8%A9%B1+1972%E5%B9%B4%E9%80%A3%E5%90%88%E8%B5%A4%E8%BB%8D%E3%81%82%E3%81%95%E3%81%BE%E5%B1%B1%E8%8D%98%E4%BA%8B%E4%BB%B6

【昭和】連合赤軍30年目の真実【大事件】 - YouTube動画
https://www.youtube.com/watch?v=VwrRJSLg7nU

連合赤軍兵士 41年目の証言 - YouTube動画
https://www.youtube.com/watch?v=fBusjiyrX78


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しかし、昔のドイツでも日本でも学生やインテリは随分 IQ が低かったみたいですね。

当時の日本は一億総中流で、マルクス主義の前提になる階級自体が存在しなかったので、いくら社会不安を起こしても階級闘争や革命なんか起きる筈がなかったのですけどね。


まあ、今の学生やインテリが賢くなったというのでなく

今だけ、金だけ、自分だけ

という価値観に変わっただけなのですが。


世界の国で中間層が部厚かったのは平成バブル崩壊までの日本だけです
そしてそれは、終戦直後に GHQ が農地改革、意図的なインフレと預金封鎖、極端な累進課税で人為的に所得再分配をやった結果なのです。

日本共産党や労働組合を創設させたのも GHQ なのですね。

平成バブル崩壊までの日本が世界で最も成功した社会主義国だと言われていたのは
すべて GHQ の共産化政策の結果なのです。

20年前まで大学関係者や学生が左翼とマルクス主義者ばかりだったのも GHQ の教育方針の結果でしょう。

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中島みゆき「世情」動画
https://pv755.com/sejo
https://www.nicovideo.jp/watch/sm27227751

1 世の中はいつも 変わっているから
  頑固者だけが 悲しい思いをする

  変わらないものを 何かにたとえて
  その度 崩れちゃ そいつのせいにする

  シュプレヒコールの波 通り過ぎてゆく
  変わらない夢を 流れに求めて
  時の流れを止めて 変わらない夢を
  見たがる者たちと 戦うため


2 世の中はとても 臆病な猫だから
  他愛のない嘘を いつも ついている

  包帯のような 嘘を 見破ることで
  学者は 世間を 見たような気になる

  シュプレヒコールの波 通り過ぎてゆく
  変わらない夢を 流れに求めて
  時の流れを止めて 変わらない夢を
  見たがる者たちと 戦うため

  シュプレヒコールの波 通り過ぎてゆく
  変わらない夢を 流れに求めて
  時の流れを止めて 変わらない夢を
  見たがる者たちと 戦うため

  シュプレヒコールの波 通り過ぎてゆく
  変わらない夢を 流れに求めて
  時の流れを止めて 変わらない夢を
  見たがる者たちと 戦うため


▲△▽▼


中島みゆき 誰のせいでもない雨が 動画
https://pv755.com/dare-no-seide-mo-nai-ame-ga

誰のせいでもない雨が降っている しかたのない雨が降っている
黒い枝の先 ぽつりぽつり血のように りんごが自分の重さで落ちてゆく
誰のせいでもない夜が濡れている 眠らぬ子供が 責められる
そっと通る黒い飛行機があることも すでに赤子が馴れている
もう誰一人気にしてないよね
早く 月日すべての悲しみを癒せ 月日すべての悲しみを癒せ

怒りもて石を握った指先は 眠れる赤子をあやし抱き
怒りもて罪を穿った唇は 時の褥に愛を呼ぶ
されど 寒さに痛み呼ぶ片耳は されど 私の裏切りは
誰のせいでもない雨が降っている 日々の暮らしが降っている
もう誰一人気にしてないよね
早く 月日すべての悲しみを癒せ 月日すべての悲しみを癒せ

船は港を出る前に沈んだと 早すぎる伝令が火を止めにくる
私たちの船は 永く火の海を 沈みきれずに燃えている
きのう滝川と後藤が帰らなかったってね 今ごろ遠かろうね寒かろうね
誰かあたしのあの人を救けてよと 跣の女が雨に泣く
もう誰一人気にしてないよね
早く 月日すべての悲しみを癒せ 月日すべての悲しみを癒せ
早く 月日すべての悲しみを癒せ 月日すべての悲しみを癒せ
 

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コメント
1. 中川隆[-10694] koaQ7Jey 2019年4月10日 07:16:50 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1347] 報告

亀井静香とチェ・ゲバラ 2005年10月25日


保守政治家の亀井静香は連合赤軍事件について、以下のように言及しています。

「連合赤軍メンバーの森恒夫や永田洋子なども取り調べましたが、結構いい若者なんですよ。

今の若い連中みたいに、シンナー吸ってフラフラしたりとか、ガリ勉して、いい学校、いい会社に入るとか、いい彼氏、いい彼女見つけたいとか、そんな浮ついた気持ちはなかった。

自分が幸せになるより、世の中をよくしたいという思いに駆られた連中でした」


総選挙前の8月10日に私が書いたエントリー記事「亀井派と社民党の合併は如何?」のコメント欄に下記のようなコメントをいただきました。

保守政治家の亀井静香氏がチェ・ゲバラを尊敬しているというのは、多くの人々にとって大変に興味深い事実のようです。ちょっと私的に分析してみたいと思います。反小泉左右共闘を考える上でも、警察出身の亀井静香と革命家のチェ・ゲバラの共通点を探るというのは興味深いと思われるからです。


 >>ちなみに亀井氏が尊敬する人物は、私も好きなチェ・ゲバラです。

 >これホントですか?警察官僚出身の亀井氏がそんな発言をするとは。
 >私はゲバラも亀井氏も好きなので(笑)、出典などを教えてくれればうれしいです。


 亀井さんが自民党総裁選に立候補したときは、マスコミの取材に答えて「私が尊敬するのは、貧困に苦しむ民衆のために死を選んだチェ・ゲバラと大塩平八郎だ」と公言していました。 

 私の手元にある亀井さんの著書は『ニッポン劇的大改造』(扶桑社)ですが、その中でも以下のように語っています。

「私はゲバラの写真を事務所に掲げてあります。アメリカのベーカー大使が、永田町の私の事務所にやってきて、そのゲバラの写真を見て驚かれていましたが、私はゲバラを尊敬しているのです。

 (中略。ゲバラのグァテマラでの活動、キューバ革命への参加などの事績を紹介する)

 そうして、(ゲバラは)自分の人生を、圧政と貧困のなかで苦しんでいる人たちの救済に捧げました。自分の人生を全部捨てて、人の痛みを少しでも和らげようとしたわけです」(亀井静香、前掲書、150〜151頁)
 
 自民党の機関紙の『自由民主』でも今年の3月8日号で、亀井さんは鉄人・衣笠祥雄さんと対談して、ゲバラに対する想いを語っています。亀井さんのHPに紹介されています。
 http://www.kamei-shizuka.net/media/2005/050308.html

 その衣笠さんとの対談の中で、亀井さんは連合赤軍事件について、以下のように言及しています。

「連合赤軍メンバーの森恒夫や永田洋子なども取り調べましたが、結構いい若者なんですよ。今の若い連中みたいに、シンナー吸ってフラフラしたりとか、ガリ勉して、いい学校、いい会社に入るとか、いい彼氏、いい彼女見つけたいとか、そんな浮ついた気持ちはなかった。自分が幸せになるより、世の中をよくしたいという思いに駆られた連中でした」

 私は、亀井さんが死刑制度廃止を叫び続けるのは、獄中で心の底から改心している永田氏のような人々を、死なせたくないからだと思います。

 警察の内部事情を知り尽くした亀井さんが、「冤罪は絶対に避けられない。無実の人間の命を国家が奪ってはならない。だから死刑には反対だ」と訴えているのです。冤罪が避けられないことは、他ならぬ警察の中にいる方々がもっとも良く知っていることでしょう。

 「共謀罪」などという治安維持法を思わせる法律が審議されている現在、亀井さんの訴えはますます重みを増しています。私も読者の皆さんも、全くの冤罪によって罪を着せられて死刑になってしまうというようなことすら、今後は発生するかも知れないのです。共謀罪が可決されれば、市民の誰もが冤罪の犠牲になってもおかしくないような状況が発生すると思います。警察官僚だった亀井さんの訴えに、私たちは耳を傾けるべきでしょう。
 
 それにしても興味深い事実は、暴力革命を目指した連合赤軍の摘発に敏腕を振るった警察官僚である亀井静香氏が、キューバで暴力革命を成功させたチェ・ゲバラや、大阪町奉行所の役人でありながら幕府の悪政に抗議して武装蜂起を行った大塩平八郎を「尊敬」しているという事実でしょう。

 亀井さんの頭の中では、この問題はどのように処理されているのだろう、と私も非常に不思議に思います。いまでもちゃんと回答は出せません。本人に直接聞いてみるのが一番ですね。

 私が思うに、民主主義国であった70年代初頭の日本において武力革命など全くのナンセンスであるが、米国傀儡のバティスタ独裁体制下で、言論の自由も集会結社の自由も制限されていたような状況下において、カストロやゲバラが行った選択は、亀井さんから見ても支持できるということでしょうか。しかし、そう考えると米国傀儡の小泉独裁体制も、当時のキューバのバティスタ体制に近づいているような・・・・・。

 大塩平八郎も町奉行所の与力という、いわば警察官の立場にありながら、反政府武装蜂起をしたわけです。大塩が抗議したのは、奉行と悪徳商人が結託してコメの値段を釣り上げ、庶民を苦しめながら、暴利を貪るという不正義でした。

 ちなみに大阪の商人が行っていたのは、今日でいうデリバティブ取引の原型でした。社会を混乱させながら暴利を貪るハゲタカファンドやヘッジファンドと結託して郵貯の資金を投機に流そうとする小泉の不正義に、公然と反逆した亀井さんの心境も、大塩と重なるものがあったと思います。残念ながら、大塩も亀井さんも敗北してしまいましたが・・・。

 亀井さんは東大時代は、駒場寮に住んでバイトしながら学費を払った苦学生でした。駒場寮にあった『マルクス・エンゲルス全集』は、「全部読んだ」そうです。

 亀井さん本人は学生運動をしていたわけではないみたいですが、全学連の活動家学生が退学処分を受けそうになったとき、抗議のハンガーストライキをしたそうです。ドクターストップがかかるまで、1週間もやったそうです。

 小泉のような、苦労知らずの親の7光ボンボン3世議員とは、心が根本的に違います。

 私も以前は、マスコミによる「ミスター公共事業」というレッテル貼りの宣伝に騙されて、亀井さんをただの「利権政治家」と誤解していました。亀井さんの書いたものなど読んでみて、全くの誤解であり、自分がマスコミに騙されていたのだと気付きました。

 亀井さんは政調会長のとき、中海干拓を中止し、吉野川可動堰を凍結するなど、総額2兆円以上もの公共事業費を斬りました。利権政治家にこんなことができるでしょうか?

 小泉を見てください。官僚のメンツを守り、ムダな公共事業など一つも止めていません。川辺川ダムや八ッ場ダムのような究極のムダすら止めることができないのです。それで予算総額だけ減らすので、生活関連の本当は必要な事業ばかり削られて庶民を苦しめているのです。
https://blog.goo.ne.jp/reforestation/e/739472309fb34190d4e7768d8e002ba6

2. 中川隆[-10693] koaQ7Jey 2019年4月10日 07:17:12 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1348] 報告


チェ・ゲバラ  世界を変えようとした男 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=ErkVFI_HTDE


チェ・ゲバラ - YouTube 動画
https://www.youtube.com/results?search_query=%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%BB%E3%82%B2%E3%83%90%E3%83%A9


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キューバ革命を勝利に導いた英雄たちの引き裂かれた友情――ゲバラ・カストロ 1/2
http://blogos.com/article/226557/

2人の革命家の圧倒的な存在感

 結末をあえて書えてしまおう。最後にこの作品ではチェ・ゲバラの遺体の映像が出てくる。キューバ革命をカストロと共に先導したが、ある事でキューバを半ば追われて、アフリカ・コンゴ動乱に加わり、39才で南米・ボリビアの大統領命令で銃殺された。横たわるゲバラの映像は世界に配信された。

 それは世界的革命家の栄光のかげもなく、目を見開いた髭面の哀れな反逆者の末路を物語っている様にも見える。共産主義革命を恐れるアメリカ・CIAの手によるものと言われているが、事の真相は闇の中だ。

『ザ・ライバル』カストロVSゲバラ 〜革命に引き裂かれた友情〜より


 しかし、この作品は一見ただキューバ革命の歴史を追っている作品の様に見えながら、何か胸を熱くするものがある。それはやはり個性の異なる二人の革命家ゲバラとカストロの圧倒的な存在感にある。

 たとえ、CIAによる策略やイメージ操作があったとしても大国アメリカ合衆国を相手に、その軍門に下らない為に闘う小国キューバの二人の姿は神々しくすら見えるのである。

 もしかしたら、この1時間弱と言うこの作品の長さは短か過ぎるとも言える。二人の革命闘争は2時間以上あっても良い程、様々な起伏に富んでいる。

『ザ・ライバル』カストロVSゲバラ 〜革命に引き裂かれた友情〜より


植民地の様相を呈していた革命前のキューバ

 この作品では冒頭のナレーションで「カストロは権力を、ゲバラは革命を欲した。」としている。まるで二人に終始確執があったかの様に。

 だが、最初にメキシコで二人が出会った時、キューバの弁護士だったカストロはアルゼンチンから来た革命について熱く語る青年医師ゲバラに一目ぼれするのである。

 革命前のキューバはあたかもアメリカの植民地の様相を呈していた。キューバは砂糖の原産地として重大な拠点だった。たかが「砂糖」と言うなかれ、「砂糖の歴史」を調べてみるとわかるが、欧米諸国は17世紀ころからカリブ海・南太平洋・南米・西インド諸島等に彼らの嗜好品である砂糖のプランテーションを作るために、アフリカから黒人奴隷などを労働力として入れるなどして、半ば植民地化していたのである。

 キューバは革命前、米国の傀儡(かいらい)だったバティスタ政権、アメリカ政府、アメリカ企業、アメリカマフィアにほとんどの利益が吸い取られる様な仕組みになっていた。

『ザ・ライバル』カストロVSゲバラ 〜革命に引き裂かれた友情〜より


 最初はほんの小さな武装蜂起に過ぎなかったカストロとゲバラによる動乱が、やがて革命へと転じて行くには、ゲバラのカリスマ性と武装能力、カストロの政治力と戦略性が必要だった。

 1959年バティスタ政権を転覆する。アメリカはこの新政権をただちに承認するが、キューバによるアメリカ企業の財産没収と国有化により、アメリカとの関係が即時に悪化する。カストロはソビエト連邦に接近しキューバの「砂糖」とソ連の「石油」を交換し両国の蜜月が続く。
http://blogos.com/article/226557/


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キューバ革命を勝利に導いた英雄たちの引き裂かれた友情――ゲバラ・カストロ 2/2
http://blogos.com/article/226557/?p=2


英雄は最後まで優遇されるとは限らない

 この作品では1960年の貴重なカストロによるニューヨーク・国連総会におけるカストロの4時間半に渡る演説の一部も出てくる。「我々は共産主義者ではない。」と言いながらアメリカのど真ん中でアメリカの横暴をカストロは非難したのだ。

 生涯、カストロは「資本主義最大の敵」として50年間で638回もの暗殺計画の対象となった。これは「世界で最も暗殺計画の対象になりながらも生き延びた人物」としてギネスブックにも登録された。

『ザ・ライバル』マンデラVSデクラーク 〜平和へのライバル〜より


 1962年。ソ連の最高指導者フルシチョフが休暇中にとんでもない事を思い付く。

 「そうだ、アメリカに対する抑止力の為にキューバに核ミサイルを置こう。」

 アメリカの鼻先のキューバにである。間もなくアメリカのU-2偵察機がこれを発見し、米ソ入り乱れての核戦争の可能性を含むいわゆる「キューバ危機」が訪れる。あわや世界戦争という直前、どうにかフルシチョフとケネディが交渉の場に立ち危機を回避したが、キューバとアメリカの関係は最悪になる。

 米国と敵対するキューバはソ連に様々な援助を頼るしかなかったが、あろうことか純粋革命家チェ・ゲバラは外遊中の北アフリカのアルジェリアでソ連を非難、「帝国主義的搾取の共犯者」と呼ぶ。ソ連が東欧諸国等に対して搾取的であると言い放ったのだ。

 ソ連首脳陣は激怒。キューバに「ゲバラを追放しなければ援助を削減する」と通告。ゲバラはその事を知り妻と子供を置いて自らキューバを離れる。

 「カストロは権力者」とこの作品では言っているが、これは日本でも海外でも、よくある事だろうと思う。「創業者」「英雄」は必ずしも最後まで優遇されるとは限らないし、この半ば追放に近い出来ごとはひとつの悲劇でもあるし、ゲバラの出国を止めることすらしなかったカストロによる国や組織を守る者の「苦渋の決断」とでも言うのだろうか。

 そしてゲバラはアフリカのコンゴ、南米のボリビアと渡り死去。彼は生前「第二第三のベトナムを作るべきである。」との言葉を発し、大国の支配から小国はいち早く離脱すべきだと説いていたので、当時のソ連の横暴をどこかで感じていたのかも知れない。

『ザ・ライバル』カストロVSゲバラ 〜革命に引き裂かれた友情〜より


 南米諸国はラテンアメリカで、まるで宗主国の様に振舞い続るアメリカ合衆国に対抗するカストロの姿に主義主張を問わず共感した。政治家・カストロは同じ共産圏である中華人民共和国にも接近し一時、友好関係を結ぶが、ソビエト連邦と中国の間で対立が起り、キューバ・中国間の関係は悪化する。

 しかし、毛沢東死去後、経済成長を遂げた中国はキューバにとって重要な援助国になっている。2008年5月「四川大地震」が発生したとき、即座に多くのキューバの医療チームがカストロの指示によって送られる。

 両国の絆はさらに深まる。カストロの政治的感覚は晩年になっても衰えていなかったのだ。そして2016年11月25日死去。

ゲバラが受けた「ヒロシマでの衝撃」

 一方、最後にこんな逸話も紹介しておこう。

 1959年7月15日、革命からわずか半年後、チェ・ゲバラは日本にキューバ使節団の団長として訪問している。戦後、奇跡の経済成長を成し遂げつつある日本にやって来た。自動車工場などを見学し、その時「ヒロシマ訪問」を望んだ。

 しかし、革命を成し遂げたゲバラの重要性をあまり認知していなかった日本政府はそれを望まなかった。そこでゲバラは秘密裏にヒロシマ入りし、広島平和記念公園内の原爆死没者慰霊碑に献花し、原爆資料館と原爆病院を訪問した。大きな衝撃を受けたゲバラはその時、中国新聞の記者・林立雄氏にこう語っている。

「なぜ日本人はアメリカに対し、原爆投下の責任を問わないのか。」

また、宿泊先で故国に即手紙を書き

「全ての人はここに来なくてはならない。」

と伝えた。

 ゲバラはキューバに帰国後「ヒロシマでの衝撃」を報告し、キューバではそれ以来、初等教育から広島・長崎への原爆投下の経緯とその結果がかなり丁寧に教育されていると言う。

 それは「キューバ政府とゲバラによる反米教育」だったのか? 「純粋革命家ゲバラの感じた無抵抗な市民への大国アメリカの攻撃に対する怒りの表現」であったのか?

 キューバで育ち、後に小児科医になったチェ・ゲバラの娘、1960年生まれのアレイダさんは2011年の東日本大震災後、福島と宮城を訪れ

「キューバなら国家が先頭にたって復興させる」

と語った。

 そして、現代。米国トランプ大統領はメキシコからの不法移民を一掃すると言った。

 しかし、メキシコを通過してアメリカに入って来るのはメキシコ人だけでなく、国情不安定で国を脱出せざる負えない南米諸国からの移民も多いと聞く。それは歴史的にアメリカや欧州諸国の半ば植民地化され搾取・蹂躙され、過去の清算ができないまま独立したとしても、なかなか安定出来ない貧しい国から脱出してきた人たちである。

『ザ・ライバル』カストロVSゲバラ 〜革命に引き裂かれた友情〜より


 今は亡きゲバラとカストロが生きていたら、このトランプ発言に対しどう反応したのであろうか? 我々はこのカリブ海の小国「キューバと革命家」についてもっと知るべきではないのだろうか。
http://blogos.com/article/226557/?p=2  




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2017年9月2日 ゲバラ日記を海外進出の反面教師とする
独裁の命運4 風樹茂 (作家、国際コンサルタント)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/10490


 この夏、東京で写真展「チェ・ゲバラが見た世界」(8月27日まで)が開催されたのを機に40数年振りに『ゲバラ日記新訳』(中央公論)を再読してみた。中学1年のときに幻滅したのと同様に、植民化のためにボリビアに土足で踏み入れ、住民にとてつもない迷惑をかけた山賊行為だったと再認識した。なぜ世間がゲバラを英雄視するのかさっぱり分からない。と、同時に、ボリビアの密林の臭い、知人のボリビア人たちの顔をまざまざと思い出した。

 筆者はゲバラが1年弱ゲリラ戦を展開したボリビアのサンタクルス州で2年半ほど鉄道敷設の援助プロジェクトに従事した。その後、数々の海外プロジェクトに関与したが、ボリビアでのゲバラの戦いほど杜撰なものは見たことがない。せっかく克明な日記(海外プロジェクトで求められる日報、週報、月報に相当する)を残してくれたのだから、それを海外進出事業の反面教師として活用しない手はない。


1. ボリビア前史

扱いにくい外様の古参幹部は海外へ

 ゲバラはキューバ革命成功後、工業大臣や国立銀行総裁になるが、はかばかしい業績は上げられなかった。反革命派を粛清する血生臭い粛清や、理想を声高く述べるのは得意だが、他にこれといって活躍できる部門はない。アルゼンチン人で外様である。その上、キューバが後ろ盾となってもらうソ連に対して歯に衣着せない批判までする。このような幹部は外に出てもらうに限る。本人も自分の立ち位置に気がついてそれを望んでいた。

最初の海外進出は大失敗

 ゲリラ戦の場所として選んだのはコンゴだった。1960年にベルギーの植民地支配から独立したが、地域・部族の利害対立からすぐに内乱が始まりベルギー軍の介入を招いていた。一見すると、ゲリラが活動するには絶好の国? けれども、エジプトのナセル大統領やアルジェリアのベンべラ初代大統領は大反対している。「白人のゲバラがブラックアフリカで成功するはずがない」

 案の定、言葉もわからないキューバ軍は国内情勢をまったく把握できないまま、6カ月ほどで撤退する。現地の軍隊は規律もなく、呪術師が支配する社会であった。

 「アフリカは、ほんとうにとんでもない所だ。人間はとっつきづらい、まったく異なるそれぞれの部族が独自の首長と領土と〈くに〉を持っていて、それでいてひとつの国の中にみんな住んでいる。ほんとうにむずかしいけど、彼らが革命を取り入れる可能性はある。キューバ人はその点が上手だから」(『コンゴ戦記 1965』現代企画室 末尾の解説 太田昌国)

2. 杜撰な事前調査
進出国をまた間違える 


ゲバラが最初に潜んでいたボリビア・ラバス。標高3600m

 ボリビアは1952年から64年まで社会主義革命政府が、資源国有化、農地解放などをすでに行っていた。が、副大統領だったレネ・バリエントスがクーデターを起こし、炭鉱労働者などから成る社会主義者への締め付けを強化していた。

 今度は言語も同じスペイン語で、アルゼンチンの隣国だ。コンゴよりは成功の可能性がありそうに見える。けれどもボリビアはアルゼンチンやキューバと比べると、民族、歴史、文化、社会が多様に折り重なる重層的な国で、よそ者が国民を解放できるような所ではない。たとえば、戦後の混乱期に多国籍軍が日本国内でゲリラ戦を展開したとして、成功するか?

進出地域選定の大失敗

 ゲバラが進出先に選んだのは、ボリビア南部、サンタクルス州とチュキサカ州の境である。低地と高地の境目で密林山岳地帯への入口である。降雨が多く蚊やダニも多い。普段は暑いが、6月24日のサンフアンの祝日前後から、時々スル(南)と呼ばれる南極からの冷たい風が吹く。すると朝夕は寒い。鉱山はなく零細農牧業が主体である。村が点在し、人は疎ら。民族的には、高地系の先住民のケチュア族、先住民とスペイン人の混血、低地のグアラニー族との混血、白人などが混在している。


サンタクルス州の小村、人は疎ら

 ゲバラは農民革命を目指していた。ところが、クーデター後選挙で大統領に選ばれたバリエントスはケチュア系先住民の多いコチャバンバ州タラタ出身。演説はケチュア語で行っている。農地解放も続いている。また、先住民にはインディオ基礎共同体あり、共産主義など必要としない。バリエントスは先住民の農民には人気が高かった。今もボリビア史上農民の心を最もわかってくれた大統領とされている。一方左翼系の鉱山労働者やその組合とは対立し、彼らを虐殺している。

 進出地域に相応しいのは、鉱山地域だった。たとえば標高4000mのポトシ(世界史にも登場する銀山があり、今は細々と錫をとっている)、あるいはやはり錫鉱山があった標高3800mのオルロの山中が適切だ。筆者が親しくなったオルロの美術館長は、ばりばりの反米共産主義者だった。


「黒鷲の死」前オルロ美術館長マクロビオ作 (筆者所蔵)

 けれども、高地は酸素が薄い。アルゼンチン人、ましてやキューバ人が活動できる環境ではない? 筆者はポトシで、試しに場末の酒場数軒でビールを何本も飲んだが、夜、心臓がばくばく音を立てて鼓動し、朝まで眠れなかった。

 その反対に、酸素の薄いアンデス高地から酸素の濃い低地に降りてきたコーヤ(後述)は、太腿が膨れ上がり、体調不良となることがある。ヘモグロビンの量が増えすぎるからである。


3. ゲリラ活動

地元組織との連携に失敗する

 海外進出事業は適切な地場の企業との協力が不可欠である。筆者の従事した鉄道事業では、ボリビアの日系企業と合弁することができ、おかげで随分と助かった。ゲリラ事業も同じである。地元をよく知るグラスルーツの革命組織との連携は欠かせない。ところが、ゲリラ開始早々に、ゲバラはラパスを拠点とする共産党の書記長マリオ・モンヘと決裂してしまう。

ゲバラ「ゲリラ部隊の副隊長のお出ましだな」

モンヘ「まさか、ボリビア国内で革命をするのだから、ナンバーワンはおれをおいてほかはない」

 ゲバラの内心はこうだったであろう。

 「ボリビアのサンタクルスに開設したのはキューバ支店だ。革命を成功させた経験のあるおれが支店長だ。ボリビアの地から南米全土に革命支店を広げる」

 謙虚さが欠如した海外プロジェクトは必ず失敗する。 

多国籍軍団を統率できない

 プラント建設の海外事業では、従事する社員の国籍は20〜30にわたる。ゲバラのゲリラ軍団は、キューバ人16名、ボリビア人23名、ペルー人3人、アルゼンチン人のたかだか4カ国程度から成る混成部隊である。だがゲバラはうまく統率できない。とりわけ、キューバ人とボリビア人の間の不信感は最後まで解消しない。

 「私は、先遣隊内にキューバ人を見下す傾向があるのに以前から気付いており、その傾向については昨日カンバが、リカルドとの諍いがあって以来自分のキューバ人に対する信頼感が日増しに希薄になっているとコメントしたことで、いっそう表面化したように思う」(ゲバラ日記)

 ゲバラの撮った写真の被写体の多くは遺跡か工場などの建物で、人は驚くほど少ない。人間が苦手だったのではないか。

 多国籍軍を束ねるには、リーダーか副官が人間関係の機微の中に入り込み、日々不満を解消する必要がある。さもないと、個々員の負の感情が内向し、グループは瓦解する。

地元のボリビア隊員を敵に回す

 「私はパコ、ぺぺ、チンゴロ、エウセビオにも、働かないものは食うべからずと申し渡し、解雇すると宣言した。私は彼らの煙草の配給を一時停止し、彼らの私有物についても彼らよりも困っている同志たちに再配分した」

 この4人は全員ボリビア人であり、「ゲバラ日記」では徴兵不合格組と訳されている。けれども、日常よく使うresacaというスペイン語の意味からすると、二日酔い組としたほうが相応しい。彼らは行軍では始終もたもたしていたようだ。実際どこかの村で地酒を手に入れて、仕事にならないことがあったのではないか。

 解雇と宣言したならば、すぐに出て行ってもらうか、排除する必要がある。まったく別の立場だが、筆者の従事した鉄道事業でも左翼系の活動家が労働者をオルグするために入ってきたので、早々解雇した。

 もし解雇しなければ、それは当時の中南米(80年代)や今の中近東、アフリカなどでは生死にかかわる問題となる。実際、少し前には、アフリカで筆者も勤務したことのある日本企業が企業内の内通者がいたせいもあって凄惨なテロの被害にあっている。

 逆にもし、今後もゲリラとして継続勤務してもらいたいならば、人前で叱責するような面子を潰す行為は避けねばならない。彼らの敵愾心に火をつけるだけである。結局、解雇宣言の3カ月後、彼らは脱走し、ボリビア軍への情報提供者となる。武器、医薬品、食糧、文書類の隠し場所が暴かれたのは致命傷だった。


ボリビアの特殊性を最後まで理解していない

 海外事業を成功させるためには、地域の特殊性を把握し、適正技術、適正規模、適正プロジェクト形態を作ることが欠かせない。だが……

 「カンバとチャパコは軟弱者たちである」

 2人ともボリビアの低地の出身者である。ゲバラ日記ではカンバ族と翻訳されているが、
誤解されやすい。人種や民族による区分ではない。ボリビア全土で低地の人間はカンバ、高地の人間はコーヤといい、文化・生活様式が大きく違う。

 高地はどちらかというと先住民の血が濃い人々が住む。日本人が思い描く、山高帽をかぶってケーナの笛やチャランゴでフォークロ―レを奏でる人々である。けれどもその地域の人間ならば白人であってもコーヤと呼ばれる。勤勉で政治的で忍耐強く倹約家で酒飲みである。労働運動や共産主義に親和的なのはコーヤのほうだ。

 一方カンバの住む低地は、先住民は少なく、混血か白人の血が濃い。人生の価値は享楽的で酒、女、カーニバル。音楽も陽気なクンビアである。ゲリラには向かないし、主義のために死ぬなどばかばかしいと本来考える人々である。

 結局、カンバはゲリラ戦数カ月で脱退を申し出、脱走する。チャパコは精神を患ったまま、脱走せずに最後までつきあい機銃掃射で殺される。なおチャパコとは、アルゼンチン国境のタリハ州の人間を指し、青い目の美人が多く、日本では知られていないが素晴らしいワインの産地である。

 ゲバラは社会的、地理的条件によってゲリラ戦の形態や手法も変わってくると理論上考えていたが、日記にはこのような文化の相違の記述はない。

兵站の杜撰さ

 『ゲバラ日記』には食べ物にかかわる記載が充満している。第二次世界大戦のときのインパール戦や南太平洋での日本陸軍を思わせるほど兵站は杜撰である。食糧や水は現地調達。だから隊員はいつも腹が減っている。子猿、野ブタ、鳥 椰子の芽(パルミータ)を狩猟し、荷物運搬用の馬を次々に殺して食べていく。

 さらに会計事務所のあったラパスやキューバ本社や前衛隊と後衛隊との通信手段さえない。ハンディトーキーも他の無線機器も持っていない。ゲバラがトランジスターラジオでニュースを聞くだけである。

盗み食いが頻発する

 空腹の前で革命は虚しい蜃気楼となる。

 「ミルク缶を取りに出向いたところ、不可解にも23缶が蒸発していることを発見した。モロが48缶置いてきたが、誰にも横領する暇はなかった筈だ」

 「私は、べニーニョを、缶詰を食したにもかかわらずそれを否認したことで、ウルバノを、チャルキ(干肉)を皆に隠れてこっそり食べたことで、そしてアニセトは食べ物に関係することならなんでも熱心に手伝うのに、それ以外はなにひとつ協力したがらないことで非難した」

 ゲリラの生き残りの1人キューバ人のアラルコン・ラミレス(キューバに幻滅し94年にフランス亡命 2016年没)は「8月になると40度の炎暑の中、6日間水がなかった」と述懐している。食糧も水もなければ当然、士気は堕ちる。それどころかボリビア人戦士でキューバ留学経験者のチャパコは精神が崩壊した。

住民を敵に回す

 ゲリラは基本的に金を支払って農民から食糧を調達していた。時には時価の3倍も支払って薬なども買っている。けれども、多雨密林地域ではすぐに道が途絶する。ある程度食糧の備蓄がいる。ジャングルの中での鉄道建設事業でも鉄道のストライキと豪雨のせいで一週間ほど交通が途絶して200人分の食糧が不足しそうになった。隣町の市場に出向いて野菜などを購入したが、市場にあるすべてを購入するわけにはいかない。日本企業が買い占めたと住民の反感が募る。 

 ゲバラにはそういう類の住民配慮が足りなかったか、その余裕がなかった。

 「上下両方からやってくる農夫たちを次々に拘留していったので、多種類の捕虜を捕まえることができた」

 「われわれは生活物資と大量のバナナを積載したトラックを、かなりの人数の農民もろとも強奪した」

 「一軒は家の者全員が逃げ去ってもぬけの殻だったので、そこにいたラバを徴発した。もう一軒の家のものは全然協力的でなかったので、脅しに訴えなければならなかった」

 道案内に農民の男たちを連れていく時には、家に残された女たちは泣きわめいていた。イラクで家々を誰何して回るアメリカ軍と変わるところはない。このような態度では農民を味方にすることなど到底無理。ゲバラは6月と9月の解析で以下のように記載している。

 「農民を補充兵として取り込めないままでいる。彼らは扱いにくい集団である」

 「軍隊が実戦においてより有効性を発揮しつつあり、農民がわれわれを支援するどころか情報提供者になりつつある」

引き際を間違える

「敗北を匂わす風が吹いていた」

「万事が完全なカオスの風を呈しており、なにをどうしたらよいのか誰も分からない」

 3月20日付けの記載である。ゲリラ事業が5カ月弱立った段階で、まだ状況を把握できていない。海外プロジェクトの現場は筆者の経験だと最初の3カ月は何をどうしたらよいのかさっぱりわからないという状況に置かれる。けれどもそのあとには徐々に周囲の環境を理解し、プロジェクトは進捗していくものだ。

 けれどもゲバラのゲリラ事業は違った。なるほど海外プロジェクトや投資の引き際の決断は、誰にとっても難しい。失敗したと分かっていても泥沼に嵌る事例があとを断たない。ゲバラは6月14日の誕生日には「39歳になりゲリラとしての将来についても考えなければならない」と記していたのだが。結局、多くの若い命を死地へと追いやることになる。

山賊としての死を自ら予言する

 ゲバラはボリビアで殺害される7年前に『ゲリラ戦争』を発刊している。その中でこう述べている。

 「ゲリラ戦士は地域住民の全面的な援助に頼っている。これは必須条件である。このことは地域に横行する、たとえば山賊の場合を考えてみれば明快に理解できる。彼らは統制、リーダーへの尊敬、勇敢さ、土地勘など、ゲリラ軍が持つ多くの特徴を備え、とるべき戦術を正しく理解している事さえしばしばである。ただ一つ、欠けているのは人民の支持であり、だから彼ら一味は必然的に軍や警察に捕らえられて掃滅される」)『ゲリラ戦争 新訳 チェ・ゲバラ 中公文庫』

 67年10月8日ゲバラは部下とともに ボリビア軍に捕らえられ、翌日銃殺された。

 「写真家 チェ・ゲバラが見た世界」は大盛況だった。ある中年女性は涙をながさんばかりに、「感動したわ」と言って出てきた。こうして世間はゲバラを英雄として崇めていく。

 一方、私は中学生のときから、世間を信じることができなくなった。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/10490


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2017.10.15
50年前の10月9日にボリビアでゲバラを殺したCIAはゲバラが66年までいたコンゴでもクーデター

今から50年前、1967年10月9日にエルネスト・チェ・ゲバラがボリビアで殺された。その当時のボリビアを支配していたレネ・バリエントス・イ・オルトゥニョは1964年11月の軍事クーデターで実権を握った独裁者で、アメリカ大使としてボリビアにいたダグラス・ヘンダーソンからゲバラを処刑するように命令されていたと言われている。その当時、まで存在が認められていなかった電子情報機関のNSAはゲバラの動きを正確に把握していた。

ボリビアでゲバラに撃ち込む銃弾の位置も指示していたCIAのフェリックス・ロドリゲスはジョージ・H・W・ブッシュ(エール大学の学生だったときにCIAからリクルートされた可能性が高い)と親しく、ベトナム戦争ではCIAの秘密工作に参加していた。

その工作とは麻薬取引や住民皆殺し作戦とも言えるフェニックス・プログラムで、テッド・シャックレー、リチャード・シコード、リチャード・アーミテージなど1980年代に浮上したイラン・コントラ事件(イランへの武器密輸とニカラグアの反革命ゲリラに対する違法支援)で中心的な役割を果たした人物も含まれている。後に統合参謀本部議長や国務長官になったコリン・パウエルはフェニックス・プログラムの内部告発をもみ消す仕事をしていた。シャックレーもブッシュと親しい。

ゲバラは1966年11月にボリビアの首都ラパスへ入っているが、その前、1965年の初めからコンゴで活動していた。コンゴは金やコバルトなどを含む鉱物資源に恵まれた国で、ソシエテ・ジェネラル・ド・ベルジック系のユニオン・ミリエール(ユミコアへ名称変更)がウラニウム鉱石を採掘している。

1940年にドイツはウラニウム鉱石1200トンをユニオン・ミリエールから入手している。フランクリン・ルーズベルト米大統領が急死した1945年4月12日、アメリカ軍はドイツの施設でウラニウム鉱石約1100トンを発見してソ連軍の手が届かない場所へ運び去ったが、それはその一部だ。ルーズベルトはソ連を同盟国と考えていたので、急死しなければマンハッタン計画を推進していたグループにとって面倒なことになっただろう。(Simon Dustan & Gerrard Williams, “Grey Wolf,” Sterling, 2011)

ユニオン・ミリエールで重役を務めたことのあるラウンデル・セシル・パーマーはチャールズ・ハンブロと同じように、イギリスの破壊工作機関SOEの中心的な人物。ハンブロは銀行一族のメンバーで、マンハッタン計画にも関係していた。アメリカの情報活動や破壊活動はSOEやイギリスの対外情報機関MI6を師としている。

資源の宝庫、コンゴは1960年2月に独立し、6月の選挙でパトリス・ルムンバが初代首相に選ばれる。それを受け、コンゴ駐在アメリカ大使のクレアー・ティムバーレークはクーデターでルムンバを排除するように進言するが、同大使の下には後に国防長官となるフランク・カールッチがいた。ドワイト・アイゼンハワー大統領は同年8月にルムンバ排除の許可を出している。(David Talbot, “The Devil’s Chessboard,” HarperCollins, 2015)

アメリカ支配層に選ばれたモブツ・セセ・セコが9月にクーデターを成功させ、12月にルムンバは拘束された。1961年1月17日、ジョン・F・ケネディが大統領に就任する3日前にルムンバは刑務所から引き出されてベルギーのチャーター機に乗せられ、ルムンバの敵が支配する地域へ運ばれて死刑を言い渡され、アメリカやベルギーの情報機関とつながっている集団によって殴り殺された。1月26日にアレン・ダレスCIA長官はコンゴ情勢について新大統領に説明しているが、ルムンバ殺害について触れていない。(前掲書)

そのケネディ大統領は1963年11月22日に暗殺され、その2年後にゲバラはモブツが支配するコンゴへ入って活動を始めたわけだ。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201710150000/

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「スリルに生き、スリルに死ぬ」ことを求める人はチェ・ゲバラになれる

アルゼンチンに生まれ、カストロと共にキューバ革命を成功させた筋金入りの革命家、チェ・ゲバラは幼児の頃から喘息に苦しむ少年だったが、異様なまで激しいスポーツを好む性格があった。じっとしていられない子供だった。

大学は医学部に入学したのだが、この頃にオートバイでラテンアメリカを放浪して回り、医学部を卒業してからも、再びラテンアメリカを放浪して回った。その後、メキシコでカストロ兄弟と出会うと、危険な革命に身を投じるようになり、死の危険の中でキューバ革命を成し遂げている。

ところで、こんなことを思わないだろうか。

戦場は非常に過酷な場所であり、飲み物、食べ物もゆっくりと取れず、深刻なケガをする確率も高く、神経が休まる暇もない。しかも場合によっては敵と向かい合って撃ち合い、殺したり殺されたりする。

だから、誰もこんな「仕事」に自分から就きたいと思わない。まして、ゲリラ部隊は正規軍と違って装備される武器も限界があり、死の危険はことさら大きい。もし、「ゲリラ」も職業であるとしたら、そんな仕事は誰も就きたいと思わないはずだ。

しかし、そんな「誰も就きたがらない仕事」なのに、チェ・ゲバラのように、少なからずの人間が過酷な現場に浸りきり、のめり込むのである。なぜ、そんなところに行きたいのだろうか?(鈴木傾城)

過酷で、危険で、悲惨で、極限的

チェ・ゲバラだけではない。一度、戦場に送り込まれた人間の中には、ある一定数の「戦争中毒者」が生まれるというのはよく知られている。彼らは過酷な戦場で戦うことを欲して、身体も、考え方も、常識も、すべてが「戦場」という場所に合うようにチューニングされていく。

だから、戦場から外されて平和な世界に戻っても、まったく馴染めなくて、またもや危険な戦場に戻り、それで満足する。チェ・ゲバラもそうだった。

根っからの「革命家」だったゲバラは安定した環境にはまったく関心がなく、次々と「戦場」を求めてさまよっていた。1966年にはアフリカのコンゴにいた。コンゴ動乱に参加していたのである。

1960年代は東南アジアのベトナムで共産主義者ホー・チミンが強大なアメリカを相手に戦争を続けていた。ゲバラは「二つ、三つ、さらに多くのベトナムを作れ!」と1967年4月16日、三大陸人民連帯機構から世界に向けて叫んだ。


『どこで死がやってこようと我々の戦いの雄叫びが誰かの耳に届き、我々の武器を取るために別の手が差し出され、他の人たちが立ち上がるなら、喜んで死を受け入れよう』

結局、革命を追い続けてきたチェ・ゲバラは、ボリビアで「反体制ゲリラ」として捉えられて銃殺された。39歳だった。

チェ・ゲバラは医者の免許を持っている。だから革命家にならなくても医者として平穏な人生を送ることもできた。しかし、そうしなかった。チェ・ゲバラはキューバ革命を成功させた。だからキューバでカストロと共に政権の座に座っても生きていけた。しかし、そうしなかった。

戦場は、誰が考えても、過酷で、危険で、悲惨で、極限的な場所である。そんなところに誰も行きたくないと思う。しかし、チェ・ゲバラはそうではなかった。まさにその極限(エクストリーム)を求めていたのだ。


自ら身を投じて突き進んでいく人間がいる

過酷であればあるほど、中毒のようになるケースはチェ・ゲバラのような戦場の兵士だけではない。たとえば、スポーツの世界でも、ボクシングや格闘技は誰が見ても危険なスポーツに見える。

ボクシングは、人間のもっとも重要な器官である「脳」を互いに殴り合うゲームである。顔面を殴り合い、脳にダメージを与え、相手が立てなくなるまで痛めつけるゲームだ。もちろん、自分が痛めつけるだけならばいいが、往々にして自分もまた痛めつけられる。

試合中はもちろんのこと、練習中も殴られ、叩かれ、しかもロードワークから減量まで、人間の身体をこれでもか、これでもかと痛めつける。トップに立って大金を儲けることができるプロはほんのわずかだ。

それで、こんな割の合わない野蛮なスポーツは廃れているだろうか。

いや、廃れるどころか、大勢の男たちがボクジング・ジムの門を叩いている。過酷で、危険で、悲惨で、極限的なスポーツに自ら身を投じて突き進んでいく人間がいるとは思えないが、それが「いる」のである。

彼らはまるで中毒になったかのように、過酷な世界から抜け出さない。ハマったら、抜けられない。カネのためだろうか。もちろん、カネも重要な要素であるのは間違いない。

しかし、彼らはそれだけではない「何か」を求めている。それは何か。極限的な環境だ。殺すか殺されるか。生き残れるか死ぬか。その極限(エクストリーム)こそが彼らの原動力になっている。

チェ・ゲバラと同じだ。


『戦いに行くために、快適な生活を捨てる覚悟のある者だけが、革命家の名に値する』


新奇性とスリルを求める人々

生き残れるかどうか分からないような極限(エクストリーム)の極地に立って、自分の生死をその瞬間に賭けたいという人間はいる。中東に突如として誕生した超暴力武装集団「ISIS」は、世界中からそうした志願者を集めていた。

このような人間がいることを、普通の人は理解できない。しかし、彼らは「地獄に行きたい」と叫ぶ。こうした人間を「戦争の犬」と言うのは、よく知られている。戦場で犬のように嬉々として走り回るのである。

アメリカのCIA(中央情報局)も、こうした戦争の犬を使って、途上国や戦乱国家でアメリカの正規軍が表立って動けない時に、ひとつの駒として使っているのは有名だ。途上国のクーデターや暴力デモの背景には、こうした戦争の犬が暗躍している。

極限(エクストリーム)に取り憑かれる人間は、いったい何に取り憑かれているのか。

言うまでもない。「スリル」である。

そのスリルは常に「死」と隣り合わせとなっている。テンプル大学のフランク・ファレイ教授は、危険なスポーツにのめりこみ、新奇性とスリルを求める人々をスリル(thrill)の頭文字を取って「T型人格」と定義した。

「T型人格」はスリルに大きな快楽を持つ。その快楽は危険であればあるほど強い。そのため、常に死を試すようなスリルを求める。つまり、こういうことになる。戦争中毒になった職業軍人は、戦場に「スリル=快楽」を感じている。

過酷であればあるほど、スリルが身体を痺れさせ、強烈な快楽を覚えてしまう。もうそこから離れたいとは思わないし、離れるどころか他人が止めても突き進んでいく。「危ないから行くな」と言われても、スリルの中毒になってしまっているので本人も止められない。

かくして、ボクサーはパンチドランカーになっても引退せず、ゲリラは撃たれて死ぬまで戦場を巡る。そして、最後はスリルによって散っていくのである。世の中は、一定数「T型人格」の人間が存在する。チェ・ゲバラもそうだった。ゲバラはこのようにも言っている。


『先のこと? 正直言って、自分の骨をどこに埋めることになるのかも分からない』

ゲバラの生き方を理解できるだろうか。そして、そこに心酔し、その生き方をなぞることができるだろうか。できる人とできない人がいる。できる人は間違いなく「T型人格」、すなわち「スリルに生き、スリルに死ぬ」人である。

逆の言い方をすれば、「スリルに生き、スリルに死ぬ」ことを求める人は、チェ・ゲバラになれる。(written by 鈴木傾城)


ゲバラの生き方を理解できるだろうか。そして、そこに心酔し、その生き方をなぞることができるだろうか。できる人とできない人がいる。できる人は間違いなく「T型人格」、すなわち「スリルに生き、スリルに死ぬ」人である。
https://blackasia.net/?p=11690

3. 中川隆[-10692] koaQ7Jey 2019年4月10日 07:19:12 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1349] 報告

1960年代から1970年代前半の学生が全員 反米左翼、毛沢東崇拝になった理由

17 dead in 'horrific' high school shooting - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=xgIJosk0pnA

暴力も自殺も、まるで伝染病のように人々の心に乗り移るという事実を知れ2019.04.08
https://blackasia.net/?p=12486
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私たちは「伝染病」と言えば、ウイルスが人から人へと伝染していくインフルエンザのようなものだけを想像する。

しかし、伝染するのは病原菌だけではない。

強い感情もまた人から人へと伝染していく。たとえば、憎悪だ。それはとても強い感情なので、共鳴するにしても反発するにしても、相手と同じ憎悪が当事者に発生して、どんどん広がっていく。

憎悪は理性ではなく感情である。感情は往々にして理性を超えるので、憎悪が蔓延すると理性は働かない。

個人的な憎悪もそうだし、集団的な憎悪もそうだ。それが国家的な規模の憎悪になることもある。そういった憎悪は、しばしば紛争や対立を生み出す元凶となる。そして言うまでもないが、暴力もまた伝染する。

秩序だったデモの一角で暴力が発生すると、それが見る見るエスカレートしていくのは、それが紛れもなく「伝染」するものだからだ。(鈴木傾城)


「強い感情」が拡散していく

フランスは2018年11月17日から「ジレ・ジョーヌ(黄色いベスト運動)」という政府に対する抗議運動が始まった。「燃料税を引き下げろ」「自動車税を引き下げろ」「貧困層の生活水準を改善しろ」という要求が、マクロン政権の退陣要求へと広がっていったものだ。

このデモはしばしば破壊と暴動につながっているのだが、いったん暴動が起きるとその暴動はすぐに全国規模で広がっていく現象が知られている。

過激な言動がテレビやインターネットで克明に映し出されると、それがより過激行動を生む。暴力は伝染していったのである。

ベネズエラでも首都カラカスで激しいニコラス・マドゥロ打倒のデモが起こると、それは瞬時に地方都市に伝播して広がっていくのが知られている。暴力が吹き荒れると、それは「伝染」していくのである。

これは別に今に始まったことではない。

殺人も同じく、伝染していく。世界のどこかで一度でも耳目を集めるような巨大テロが起きると、世界各国でテロが「伝染」して暴走していく。

2014年から2018年までシリア・イラク一帯で猛威を振るった超過激イスラム暴力集団「ISIS」の指導者は、インターネットで斬首や爆破によって損壊した遺体の動画を上げ、「世界中でテロを起こせ!」と扇動していた。

どうなったのか。インターネットでリアルな暴力を見せつけられた人々に「暴力感情」が乗り移り、まるで伝染病のようにテロが世界に広がっていったのだ。

暴力は人種や国をやすやすと超越して放射状に影響力を放っていく。

爆破が起きると爆破事件も伝染して続いていく。自爆が起きるとそれも伝染して自爆事件が続く。戦争が起きると戦争まで伝染して広がっていく。

暴力は人間の感情を激しく興奮させる伝染的効果がある。その「強い感情」が拡散していく。激しい感情は分かりやすく、一方的で、強力なので、その伝染力もまた強力なのだ。

自殺もまた伝染するという事実

2018年2月16日。フロリダ州にあるマージョリー・ストーンマン・ダグラス高校で、退学処分を受けたニコラス・クルーズという19歳の男が、武装して高校に乗り込み、火災報知器を作動させ、生徒が避難を始めたところでAR-15ライフルを乱射するという事件を引き起こした。

この事件では、17人の生徒や教職員が死亡した。

ところで、最近になってこの銃撃事件で生き残った生徒たちが相次いで自殺を図っていることが報告されている。

生き残った生徒は親友が目の前で死んでいく姿を見て大きなショックから抜けられず、自らも引き寄せられるように死を選んでいったのだった。憎悪や暴力と同じく「死」もまた人から人へと伝染していく。

自殺とは何か。自殺とは「自分自身に対する暴力」である。暴力が他者に向かうか自分に向かうかという違いだけで、自分に向かった暴力が自殺となるのだ。

カリスマ的な有名人が自殺や死亡すると、それは強い感情を放射状にまわりに引き起こして、感受性の強い人を巻き込んでいく。日本でも、香港でも、アメリカでも、芸能人が自殺した後に、ファンが後追い自殺をしていく現象はよく知られている。

マイケル・ジャクソンが突然死したのち、世界各国で後追い自殺するファンが続出したこともあった。

全世界でそのような現象が起きており、自殺もまた伝染することが何度も何度も確認されている。

サダム・フセインが絞首刑にされたあと、その映像が出まわってアラブ圏の人々にはとりわけそれにインパクトを受けた。そこでどうなったのかというと、それからアラブ圏で首吊り自殺が次々と拡散していったのだった。

西側諸国にとってサダム・フセインは悪人だったかもしれないが、アラブ諸国の一部の人々にとって、サダム・フセインは神にも等しいカリスマだったのである。カリスマの死は、伝染病のように死を伝播させていた。

人間は感情の伝染病に無防備である

他人が死んだから自分も死ぬというのは、もちろん理性的なことではない。しかし、それは「強い感情」によって突き動かされているものであり、理性を超えたところにあるものだ。

だから「憎悪や暴力や死」の伝染というのは、いったんそれに取り憑かれると、理性ではコントロールできない。激しい感情が人々の熱狂を生み出し、理性を消し去り、終点に向けて突き動かしていく。

憎悪が伝染し、暴力が伝染し、死が伝染する。それは、もう「経験則」ではない。科学的に証明された現象でもある。

人間の感情が伝染する理由のひとつとして、科学の世界では「ミラーニューロン」という脳神経細胞が作用していることが突き止められている。ミラーニューロンとは何か。直訳すると「鏡の脳神経細胞」となる。

ミラーニューロンは1996年に確認されたものだ。他人が行動しているのを見ると、見ているだけで自分もまた脳の同じ部位が活動していく。

相手があくびをすると自分もあくびが出る。相手が泣いていると自分もまた涙が出てしまう。相手が興奮していると自分もまた興奮する。それは、あたかも自分が同じ行動をしているかのように感じさせる。

相手が何らかの感情を発火させることによって、ミラーニューロンは反応して同じ感情を呼び起こす。

ところで、それは何の役に立つのか。それは「他者の行動を即時に理解する」ことに対して役に立っている。ミラーニューロンがあることによって人は相手の感情や気持ちを推し測ることができる。人間が社会性を確立するために、ミラーニューロンは必要不可欠なものだったのだ。

しかし、それは「負の側面」もある。それが「憎悪が伝染し、暴力が伝染し、死が伝染する」というものだった。だから、人々は他人の感情に影響されて、憎悪がそこにあったら憎悪を感じ、暴力がそこにあったら暴力の感情に巻き込まれる。

にも関わらず、感情が伝染病のように伝播していくという事実はあまり意識されていない。自分が「感情の伝染病」にかかるということも意識されていない。意識されていない以上、人間は感情の伝染病に無防備である。(written by 鈴木傾城)


「憎悪や暴力や死」の伝染というのは、いったんそれに取り憑かれると、理性ではコントロールできない。激しい感情が人々の熱狂を生み出し、理性を消し去り、終点に向けて突き動かしていく。
https://blackasia.net/?p=12486

4. 中川隆[-10691] koaQ7Jey 2019年4月10日 07:20:08 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1350] 報告

1960年代から1970年代前半の学生が全員 反米左翼・毛沢東崇拝になった理由 _ 2

パラノイア・統合失調症は伝染病として感染する
1960年代から1970年代前半の学生の反米左翼・毛沢東崇拝は憑依型の感応精神病


フォリ・ア・ドゥ folie à deux
http://psychodoc.eek.jp/abare/folie.html


1.精神病の感染

 果たして、精神病というのは伝染するものなのだろうか。

 人の心を操る寄生虫が出てくる小説(ネタバレになるのでタイトルは言えない)を読んだことがあるが、実際に見つかったという話は聞かないし、たとえ存在したとしてもそれはあくまで寄生虫病であって、「伝染性の精神病」とは言いがたいような気がする。

 実際には、たとえば梅毒のように伝染性の病気で精神症状を引き起こすものはあるけれど、純粋な精神病で細菌やウィルスによって感染する病気は存在しない。精神病者に接触しても、感染を心配する必要はないわけだ。

 しかし、だからといって精神病は伝染しない、とはいえないのである。

 精神病は確かに伝染するのである。細菌ではない。ウィルスでもない。それならなんなのか、というと「ミームによって」ということになるだろうか。

 妄想を持った精神病者Aと、親密な結びつきのある正常者Bが、あまり外界から影響を受けずに共同生活をしている場合、AからBへと妄想が感染することがあるのだ。

もちろんBはまず抵抗するが、徐々に妄想を受け入れ、2人で妄想を共有することになる。

これを感応精神病、またはフォリアドゥ(folie a deux)という。

Folie a deuxというのはフランス語で「ふたり狂い」という意味。

最初に言い出したのがフランス人なので、日本でもフランス語で「フォリアドゥ」ということが多い。もちろん妄想を共有するのは2人には限らないので、3人、4人となれば"folie a trois"、"folie a quatre"と呼ばれることになる。なんとなく気取った感じがしてイヤですね。

 AとBの間には親密な結びつきがなければならないわけで、当然ながらフォリアドゥは家族内で発生することが多いのだけど、オウム真理教などのカルト宗教の場合も、教祖を発端として多数の人に感染した感応精神病と考えることもできるし、以前書いたことのあるこっくりさんによる集団ヒステリーも広義の感応精神病に含めることもある。

 この感応精神病、それほどよくあるものでもないが、昔から精神科では知られた現象で、森田療法で知られる森田正馬も1904年に「精神病の感染」という講演をしている(この講演録が日本での最初の文献)し、その後も今に至るまでいくつもの論文が発表されている。


フォリアドゥの治療

 この例でもわかるように、実はフォリアドゥには、鉄則といってもいい非常に簡単な治療法がある。それは、2人を引き離すこと。もちろん最初に妄想を抱いた人物(発端者)は、多くの場合入院させて薬物などによって治療する必要があるが、影響を受けて妄想を抱くようになった人物(継発者)は、発端者から引き離されただけで治ってしまうことが多いのだ。

 ただし、引き離す、という治療法は多くの場合有効だが、そうすれば絶対に治るとはいえない。

 私がまだ研修医だったころのことだ。隣の家の朝鮮人が機械で電波を送ってくる、という妄想を抱いて入院しているおばあさんの治療を先輩医師から引き継いだことがある。「自分が治してやろう」という意気込みは精神科ではむしろ有害なことも多い、ということくらいは知っていたが、まだ駆け出しだった私には、どこかに気負いがあったのだと思う。

必死に薬剤を調整してみてもいっこうに妄想は改善しない。万策尽き果てた私が、永年同居生活を送っている兄を呼んで話をきいてみると、なんと、彼の方も「隣の家の朝鮮人からの電波」について語り出したではないか。

2人は同じ妄想を共有していたのだった。


 これはフォリアドゥだ! 私は、珍しい症例に出会ったことと、そして先輩医師が気づかなかった真実にたどりついたことに興奮し、さっそく「鉄則」の治療法を試みた。兄の面会を禁止したのである。

しかしこれは逆効果だった。面会を禁止してもおばあさんの妄想はまったく改善せず、それどころか2人とも私の治療方針に不信を抱くようになり、治療はまったくうまくいかなくなってしまったのだ。私は2人を一緒に住まわせるのはまずいと考え、兄のところ以外に退院させようと努力したのだが、2人とも態度を硬化させるばかりであった。

 今考えれば私の方針の間違いは明らかである。私は、妄想が残ったままであろうと、彼女を兄のところに退院させるべきであった。それが彼女の幸せであるのならば。私は「鉄則」にこだわるあまり、老人の住居侵入妄想はなかなか修正しにくいことを忘れてしまい、そして何よりも、永年2人だけで暮らしてきた兄に突然会えなくなった彼女のつらさに考えが及ばなかったのであった。


古いタイプの感応精神病

 続いて、古いタイプの感応精神病の例を紹介してみよう。最近の感応精神病は「宇宙語」の例のように、都会の中で孤立した家族で発生することも多いのだが、かつては圧倒的に迷信的な風土の村落で発生することが多かった。例えばこんな例がある。

 昭和29年、四国の迷信ぶかい土地の農家での話である。

あるとき、父親が幻覚妄想が出現し興奮状態になった。

そのさまを熱心にそばで見ていた長男は2日後、父親に盛んに話しかけていたかと思うと、次第に宗教的誇大的内容のまとまりのない興奮状態に発展し、互いに語り合い感応し合いながら原始的憑依状態を呈するに至った。

父親は妻、娘など一家のもの6人を裏山に登らせ裸にさせて祈らせ、大神の入来を待った。長男は家に残り夢幻様となって家に放火。一同は燃え崩れる我が家を見ながら一心に祈りつづけた。父親、長男以外も一種の精神病状態にあった。


 悲惨な話だが、どこかゴシック・ホラーの世界を思わせないでもない。

 これがさらに拡大すると、村落全体が感染するということもある。青木敬喜「感応現象に関する研究(第1報)」(1970)という論文に載っている例だが、これはフォリアドゥというよりむしろ、以前書いた


こっくりさん
http://homepage3.nifty.com/kazano/kokkuri.html


の例のようなヒステリー反応とみなすのが適当かもしれない。


 昭和11年、岩手県北部にある戸数40程度の集落での話である。

 発端となったのは35歳の農家の妻Aである。昭和11年5月、夫の出稼ぎ留守中、頭痛や喉頭部の違和感を感じるようになり、また身体の方々を廻り歩くものがあるような感じがするようになった。あちこちの医者を回ったがなんともないといわれるのみで一向によくならない。どうも変だと家人がいぶかしんでいる間に、患者はときどき

「鳥が来る。白いネズミのようなものが見える」

などといったり、泣いたり騒いだりするようになった。家人はこれは変だと患者の着物を見ると、動物のものらしい毛がついている。

これはイズナに違いない、と12キロほと離れた町の祈祷師K に祈祷してもらったところ、たちまち発作状態となり、さらに発作中に自分は集落の祈祷師Tのもとから来たイズナであると言い出したのである。その後もこの患者は発作を繰り返すようになり、多いときには一日のうちに数回起こすようになった。

 さてAの近所に住む農家の妻BとCも、昭和11年5月頃から喉の違和感を覚えるようになる。12月にはBの夫がBに毛が付着しているのを発見している。BとCは例の祈祷師Kのもとを訪れ祈祷してもらったところ、祈祷中に2人は急に騒ぎ出し、「Tから来たイズナだ。Tで育ったものだ」と言い出す。

 こうして昭和12年4月までの間に続々と同様の患者がこの集落に発生、ついにその数は10名にのぼった。事件は集落をあげての大騒ぎとなり、

「集落は悪魔の祟りを受けた。なんとかして悪魔を滅ぼさねば集落は滅んでしまう」

と不安と緊張が集落にみなぎるにいたる。

 こうしたなか、本当にTの祈祷のせいなのか確かめようじゃないか、という動きになり、昭和12年8月20日午後3時ごろ、集落の共同作業所に患者10名を集め、集落の各戸から1名ずつ、合計四十数名の男たちの立ち会いのもと、TとKのふたりの祈祷師の祈祷合戦が繰り広げられることになった。

まず疑いをかけられているTが祈祷をするが患者は何の変化も示さない。

次にKが祈祷すると、約10分くらいして患者たちはほぼ一斉に異常状態となり、

「Tから来たTから来た」と叫ぶもの、

「お前がよこした」と激昂してつかみかかるもの、

「命をとれといわれたが恨みのないものの命をとることができないからこうして苦しむのだ。苦しい苦しい」と泣き喚くもの、

ものもいえず苦しげにもがいているもの


など憑依状態となり、まったく収拾のつかない大騒ぎとなった。

このため、これは確かにTの仕業に違いないと集落のものは確信を抱き、Tに暴行を加え、T宅を襲って家屋を破壊した上、村八分を宣言したのである。

 さらにその約1ヶ月後のことである。集落の各戸から1人ずつ男たちが出揃ったところで副区長が

「イズナが出ないようにするにはイズナ使いの家に糞便をふりかければイズナは憑くことができないという話をきいた。どうであろう」

と提案した。すると、一同は一も二もなく賛成し、そのまま四十数名が暴徒と化し、大挙してT宅に押しかけ、雨戸を叩き壊して座敷になだれ込み、糞便をかけ、Tをはじめ家族の者を殴打、重傷をおわせてしまった。

 これまたものすごい事件である。ただ、「宇宙語」の家族は隣にいてもおかしくないように思えるが、こちらはわずか60年前の事件とは思えないくらい、私には縁遠く思える。集落全体が外部から遮断された緊密な共同体だった時代だからこそ起こった事件なのだろう。こうした共同体が減ってきた今では、このような憑依型の感応精神病はほとんど見られなくなっている。


家庭内幻魔大戦


 さて今度はまた篠原大典「二人での精神病について」(1959)から。家庭内の騒動が、宇宙的規模での善悪の戦いにまで発展していってしまうという、興味深い物語である。

 昭和31年5月、Kという呉服商が相談のため京大精神科を訪れた。

 彼の話によれば、昭和23年に妻と長女、三女が彼と口論をしたあと家出。しばらくして帰宅したが帰宅後はことごとく彼と対立、離婚訴訟を起こした上、妻と長女は前年から二階の一室にこもり、ときどき外出して彼の悪口を言い歩くが、一見正常に見えるから始末に困るという。なお、別居中の義母も妻とは別に彼を悪者扱いしているという。

 そこでこの論文の著者らはただちに母と娘を閉鎖病棟に収容した。現在の常識からすればこれくらいのことでなぜ、と思えるが、当時はそういう時代だったのだろう。入院後も2人が協力して反抗してくるのでただちに分離したという(「鉄則」の通りである)。

 さて母子の入院後、2人の部屋からは数十冊にも及ぶ膨大なノートが発見される。そのノートには、驚くべき母子共通の妄想体系が詳細に記されていたという。その記述によればこうだ。

 宇宙外にある「大いなるもの」から一分子が月に舞い降り、さらに地球に来て母の肉体に宿った。太陽を経て地球にきた分子は長女に、ある星を経て来た分子は三女に宿った。彼女らは肉体は人間の形をしているが、魂は大いなるものの一部であり、月や太陽の守護のもとに人類を救済する使命をもち、「宇宙外魔」の援助を受けて彼女らをおびやかす悪の根源である夫Kを撃滅せねばならない!

 家庭内幻魔大戦というか、家庭内セーラームーンというか、とにかくそういう状態なのである。ここで、仮に母を月子、長女を陽子、三女を星子と呼ぶことにし(実際、論文にそう書いてあるのだ)、2人が書いた手記をもとに、この妄想体系が完成されるまでの経過をたどってみる(以下斜体の部分は手記の記述による)。

 Kは苦労人で丁稚奉公のあと、月子と見合い結婚すると暖簾をわけてもらい東京で呉服店を開いた。一方月子は貿易商の長女で甘やかされて育ったせいもあり、派手でだらしなく浪費癖があり、夫とは常に対立していた。2人の間には4人の子どもが生まれる。長女陽子、長男、次女、三女星子の4人である。

 長女陽子は自然が好きな子どもだったが、人間は嫌いで、幼稚園の頃は太陽の絵ばかり描いていた。

「父は些細なことで怒り赤鬼のようになって母を叩き、耐えている母をみて母の尊いこと」を知った。

父と母の争いにまきこまれ、成績があがらず落胆し、学校も家庭も憎み、

「よく裏庭に出て月や星を仰いで」いた。5年生のときにH市に疎開、終戦までの1年間は父のいない楽しい生活を送ったが、終戦後父もH市で商売を始め、再び母との争いに巻き込まれることになった。

 しかも、中学から高校にかけては父の命令で、妹たちとは別に祖母のいる離れで寝なければならなかった。祖母は向かい合っていても何を考えているかわからない人で、

「父が悪事を企んでいる」と真剣な顔で陽子に告げるのであった。この祖母も分裂病だったと思われる。陽子の手記によれば

「父から物質的恩恵を受けながら父を愛せませんでした。そのことを深刻に苦しみましたが、誰も理解してくれませんでした。知らず知らず孤独を好み、しかし一方では自分が頼りなく誰かに頼らねば生きていられませんでした」。そして高校1年のときある事件が起き、それ以来彼女ははっきりと父を敵とみなすようになるのである。

 その事件については陽子の母月子の手記をもとに見ていこう。

 昭和25年、月子と陽子はKの弟の家で軽い食中毒を起こす。このとき月子の心に最初の疑惑が生じる。昭和27年、月子は夫の甥が陽子の部屋に無断ではいるのを発見し、夫に告げるが「夫は全然取り合わないのである。私は夫の仮面を見たような気がした」。

 昭和28年1月、陽子は腎臓疾患にかかり、月子は離れで陽子を看病するが、Kが離れに出入りしたあとは必ず容態が悪化することに気づいた。「ここに至っては夫が陽子に危害を加えていることは明らかである。私は夫と甥に警戒の目を向けた。家の中は自ら疑心暗鬼、一家をなさず私と陽子対夫と甥の目に見えない対立が生じ、間に入ったほかの子どもたちはおろおろするばかりである」。長男は中毒事件までは母についていたが以後父に従い、次女は最初から父の側、三女星子はほとんど母についていたが、終始母に批判的であったという。

 28年3月、月子は飼い犬のえさのことで夫とひどい口論をしたときに夫に「何か一種の妖気を感じた。私は今までの夫にないものを見たのだ。以後奇怪な事件は連続して起こっていった。私たちは身体に異常を感ずるが、くやしいことにその根源を科学的に実証できなかった。しかし害を加えられるところにとどまることはできない」

 彼女たち3人は家を出て警察などに訴えまわり、3ヶ月後に帰宅した。

「家に帰ると陽子は身体がしびれて動けぬという。奇怪だ。しかしある夜、私はその正体の一部を見た。私が陽子を看病していると、といっても病気ではない。

見守っていると、はなれとの境目の板塀の節穴からさっと私たちに向かって青白い閃光が走った。私も陽子もしびれるような異常を感じた。相手は見えざる敵である。あるときは右隣、あるときは左隣から来た」

 やがて29年になる。「私は陽子を連れて二階に引きこもることにした。疑いを持った人とともに生活することは無意味だからである。そしてこの不可解な事件をどう解決するかということに専念した」

 家出前後の事情は娘陽子の手記にも書かれている。

「腎臓炎になってから不思議なことが次々と起こり、布団が非常に重く感じられ、時計の音が大きく響きました」

「父が薬を飲ませたとき、味が妙だと思いましたが、あとで毒を入れられたのでそれで病気が治らなかったのだとわかりました」

「父に殺されるといったのは私で、家を出ようといったのは母です」

「隣の家から光線が出て2人とも気持ちが悪くなったこともあります」

「H先生(遠縁にあたる絵の先生で、彼女の片想いの対象)に何度も危険を訴え、殺されたら裁判所に訴えてくれと頼みました」。

 笑っちゃいけないのだが、月子の手記がなんだか妙にB級ホラーサスペンスタッチなのがおかしい。母子と父の戦いはいったいどうなるのか。

 昭和29年になると、母月子と長女陽子は2人で2階で暮らすようになる。陽子の手記によるとこうだ。「母と2階で生活し、父が来ると追い返し塩を撒きました」「私が買い物に出て家の周りのことを母に伝え、対策を考えてはノートで敵を攻撃しました」

 「ノートで敵を攻撃」というのがどういうことかというと、つまり呪文による攻撃なのである。母のノートには「神不可抗、我等と敵魔外魔との反発源を白光通像の中へ密着入せよ」などとあり、娘のノートには「さしもかたき暗黒の魔星、四方に砕けて、たちまち無くなれり。彼方より尊き神の御光、仰げ白光たえなる神を」とあった。

また、「敵撃滅敵撃滅敵撃滅……」という呪術的文句も延々と繰り返されていたという。ここにきて、事態は家庭内呪術戦争の様相を呈する。

 昭和30年、ついに2人は「大いなるもの」と接触する。

「『ご自身の世界に一度顔を出してください』と太陽から聞こえたり、大いなるものから『来たければおいで』と知らせてくれました。体がしびれたとき、目を閉じるとダイヤモンドのようにきらきら光るものが見え、母に話したら大いなるものだといいました」。

 きのう書いたとおり、困り果てた父親が精神科を訪れたのが昭和31年5月。そして2人は入院することになる。入院3日目より陽子は

「壁の後ろから父に命令されたものが電波をかける」

と訴え、母の名を叫びながらノートにも

「お母さんお月さんはありますね」

「お母さんを離れては私はありません」

「お母さんの心は私の心、一心同体とお母さんは言いましたね」


などと書いた。母と会わせると抱き合って

「月と太陽が……あいつと宇宙外魔が……」

と語り合っていた。


 入院第1週から月子は「私の伝記」を書き始める。これが今まで引用してきた手記である。

 第2週、娘は

「新しい素晴らしい世界ができる。その主となるのは私」

「地球も宇宙も月も捨ててしまう」

「月も太陽も出ない。宇宙を逆転させて、しめたといったのは誰だ」


と緊張病性興奮をきたし、父と面会させると

「あれは亡霊です人間ではありません」

と逃げ出した。主治医はつとめて妄想を肯定するように対応したが、すると彼女は主治医とH先生(きのうの記述にも出てきた、陽子が片想いしている絵の先生である)を人物誤認し、

「太陽は自由だった。太陽に飛んでいきたい。しかし地上にも幸福はある。それはH先生」

と書いている。この頃から興奮は鎮まり、第3週から手記を書き始めている。


 母の症状はなかなか改善しなかったが、第6週には娘は父の住む家に外泊、父は案外やさしい人だといい、逆に母を説得さえするようになった。

「入院はいやだったが、病気が治りかえって自由になった」

と書いている。第8週に母はなんら改善されずに退院。第10週に娘も母と別居し父と暮らす約束で退院した。

 しかし、話はここでは終わらない。陽子は1ヶ月ほど父と生活したが、H市の母のもとに手伝いに行ったのをきっかけに、ふたたび母と二階の一室で暮らすようになる。ときどき帰る父と母の緊張、H先生への恋を母に禁止されたことなどが誘引となり、10ヶ月後、再び陽子の症状は悪化してしまう。

 昭和32年4月、陽子は京都にH先生に似ているというある俳優の撮影を見に来ていたが、その俳優が殺されるシーンになると不安になり、ハンドバッグから持ち物を出し、次々と太陽にすかし池に投げ込んだ。かけつけた父を罵りますます興奮するので、主治医が呼ばれて行った。

「よい月が出ているから安心しなさい」

と主治医が言うと一応鎮まり、

「二次元と三次元の世界のどちらを選ぶべきですか」

と質問したという。

 かくして陽子は再入院。第1週には

「人間なんか信用できないから地球に未練はない。あの汚らわしいやつ。人間のできそこない、あいつは絶対に許されない。神でもないのに神のつもりでいるのだ。あいつは物質的恩恵を与えたつもりでいるけれど、太陽によって成り立った物質はあいつのものとはいわせぬ」

「私の元の世界は宇宙の外にある。お母さんが帰らなければ私だけH先生を連れて帰ってしまう」

などと話していたが、2週目以降はやや現実的になり、母親と離れることの不安やH先生への思いを語るようになっていった。


 入院2ヶ月後にLSDを服用させて妄想を発現させたところ(驚くべきことに、昔はそういう治療法があったのである)、1時間後強迫的に笑い出し、

「ケセラ・セラの歌は私がお母さんに頼っていたことに対する警告だと思います。お母さんを捨ててH先生と結婚します」

といい、2、3時間後には

「先生! オールマイティになってください」

と主治医に寄りかかる。一人で立たないといけないと突き放すと不安がつのり

「空に飛びたい。元の世界に帰る」と机の上に乗って飛ぼうとする。しかし飛べずに興奮し始め、「過去も現在もなくなってしまえ」

と叫びながら主治医にH先生になってくれと懇願する。主治医がうなずくと次第に静まっていったという。

 念のため言っておくが、これは今じゃとても考えられない荒っぽい治療法である。

 ともかく、入院4ヶ月目に陽子は退院。以来京都で父と暮らし洋裁学校に通うようになったという。

 論文の著者はこう結んでいる。

「母からH先生へ、そして主治医へ、退院の頃には主治医から父へと陽子の依存性は次々と移され、その程度も弱まり遂には精神的独立を決意するに至っている。かくて主治医を通じて父との新しい人間的結合を生じ、母から分離したのである」。

 つまり主治医は、陽子の分離不安をいったん自分で引き受けることによって治療を成功させたわけなのだけど、これも下手をすれば主治医が妄想に取りこまれないとも限らないわけで、けっこう危険を伴なう治療法だと思うんだけどなあ。ま、結果よければすべてよしですが。
http://psychodoc.eek.jp/abare/folie.html


という訳で、

大学は中世の人里離れて隔離された山奥の村落と同じで、すぐに憑依型の感応精神病が猛威をふるってしまうのです。

5. 中川隆[-10689] koaQ7Jey 2019年4月10日 08:21:41 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1352] 報告

回心者ブッシュの演説に聞き入る「十字軍」兵士達


アメリカには「ポーン・アゲン」を なのり、そう呼ばれる人びとがいる。 人生の道半ばで、神に、キリスト に、聖書に出会い、キリスト教徒とし て新しく生まれ変わった人びとであ る。改宗ではなくて、回心と再生を誓 う、プロテスタント教会のなかの行動的な一派である。

◆40歳にして「回心再生」

ブッシュニ世はボーン・アゲンのひ とりになった。飲酒にふけって、安易 な生活を送っていたのが、名高い伝道師の説教を聞いてからは、四十歳にし て酒を断ち、回心再生の人となった。

朝は祈りと聖書の読誦にはじまり、閣議も祈りではじまる。

演説には聖書 のことばがちりばめられている。

「ア メリカに昧方しないやつは敵だ」というブッシュニ世の人物を特色づける発 言も聖書からでている。

「わたしの側 に立たない者はわたしに逆らう者、わたしと共に集めない者は散らす者である」


神仏の信仰を問わず、ボーン・アゲ ンの宗教体験をもつ人びとのおおく は、個人の内面の間題として回心をうけとめている。

ところが、アメリカの 「生まれ変わり」は異様に猛烈である。かれらは公の場で回心の体験を声高 に語って、人間は罪を負って生まれた存在であるから回心しなさい、改俊しなさいと、説得と折伏の活動に訴えることを神に奉仕する使命と信じている。

その特徴は徹底した二元論である。人間は神に選ばれて救われる者と、救 われない者に分かれている。回心者に は永遠の平和、福音に耳ふさぐ者は悪魔の子で永遠の地獄が待っている。

善と悪、神と悪魔、味方と敵、白と黒、光と闇が現世を二分して戦ってい るという論理を用いて、迷える小羊に選択をせまるのである。

原理主義(ファンダメンタリズム) はイスラムの 「専売」のように思われて いるが、この 言葉と運動は はじめて一九 二〇年代アメ リカの白人プロテスタントの環境からうまれた。

ボーン・アゲンは原理主義の三つの 教条を継承している。

聖書に書かれてあることはすべて神の言葉であって、解釈や考証はゆるされない。

人間は神によってつくられた被造物で、サルから進化したなどという「妄説」はゆるされない。

やがてキ リストがこの世に再臨して至福の千年 が始まるから、神への奉仕にいそしまなければならない。


◆悪魔うけいれる土壌

最近のギャラップ世論調査による と、アメリカ人の48%は神が人間をつ くったと信じ、28%が進化論に傾いている。そして、悪魔の存在を68%が信 じている。

テロリズムも「九・一一」の悲劇も、バグダッドに巣食う悪魔の仕業だ という圧倒的な政治宣伝がたやすくう けいれられる精神的土壌がそろっている。 プロテスタント教会の少数派であっ たボーン・アゲン原理主義と、帝国を夢みる新保守覇権主義の二つの特殊な 潮流と人脈が、アメリカ政治の中枢を乗とってしまった。

神の下なる道義の国アメリカの指揮 官ブッシュニ世は、「万軍の王の王、主の主」(ヨハネ黙示録)として、神の御業を実践する十字軍に立つのであ る。

しかし、利得の追求を宗教的熱狂で紛飾した十字軍は、中東のみならず、 世界の現状にひそむ限りない複雑さ と、そして、人間の惨害を無視して強行されるのだから、前途には、とほうもない魔の陥弊が待っている。


現在の狂ったアメリカ人の精神構造を探るには、アメリカを覆っているキリスト教原理主義的教義が分からないと理解できない。

回心再生と言ったって何のことか分からない。

回心再生して神に仕え、そうでない福音に耳を塞ぐ者たちを、悪魔の子として永遠の地獄に突き落とすことが、彼らの使命なのだ。


このようなキリスト教原理主義の教義が分かっていれば、ラムズフェルドの冷酷さも理解できる。

彼はアフガニスタンの戦場における、タリバン兵の捕虜達をクンドゥスに集め、爆撃して皆殺しにした。悪魔の子として地獄に突き落としたわけだ。

彼らにとっては異教徒は人間とはみなさないのだ。
http://www.asyura2.com/0304/bd25/msg/114.html


キリスト教原理主義

キリスト教原理主義の本質は、主に米国が過去に行った過失を正当化できるからこそ普及しているのであり、キリスト教よりもユダヤ教の亜種に近い性質を帯びている。

プロテスタントといえば、多くの日本人はルター派とカルバン派しか思いつかないだろうが、英米のプロテスタントの多くは、英国国教会の亜種である。

英国国教会は、設立当初から血塗られている。
ローマ教会が離婚を許さないのを理由に、ローマ教会を離脱して英国王が首長となる教会を設立したのであるが、そのヘンリー8世は6人の妻を持ち、2番目の妻アン・ブーリンと5番目の妻キャサリン・ハワードを姦通罪で処刑している。6人のうち死別は3番目の妻ジェーン・シーモアのみである。
英国国教会の成立には、ローマ教会を通して仏の影響力を廃したかったのもあるだろう。アビニョン捕囚(1309〜77)の影響でフランスはローマ教会への影響力を強化していた。

また、ローマ教会自体が各国の王の上に己の存在を置く状態であり、英国内の反発があるからこそ、英国国教会は存続したのだろう。
つまり、設立自体が、エゴイズムとナショナリズムが動機である。
そのため、エリザベス一世時代に英国国教会から清教徒が反発して分離するのだが、彼らがローマ教会へ戻らずに新しい諸派を建てていった理由も、ナショナリズムによるローマ教会への反発があった。

もちろん、当時のローマ教会は相当腐敗していたのも事実だ。
つまり、英米のプロテスタントの場合、ルター派とカルバン派ほど純粋な動機とは言い難い部分が元来強かったのである。


ローマ教会を離れた時に、教皇に替わる宗教的権威は、何になるか。

自派内のヒエラルキーの頂点である。
古い宗派の中で頂点を極めることは難しいが、新派を建てれば己自身が頂点になりうる可能性がある。

「英国人は六十の宗派を抱えているが、料理のソースは一つだ」というイタリアの諺があるほど、英米のプロテスタントは多数の派がある。
己が宗教的権威になりたいという我欲こそが、多数の派が存在する理由の最大の要因ではないかと憶測している。

一番の問題は、聖書無謬性という偏向なのだが、これはルター派が聖書中心主義を唱えた影響から英米のキリスト教原理主義に多い。
キリスト教において本来一番大切なのは、イエス=キリストの言葉であった筈だが、イエス=キリストの言葉と矛盾する見解を米国人が頻繁に出すのは、聖書無謬性の影響ではないかと思う。

聖書無謬性、というよりも、旧約聖書無謬性こそが、キリスト教原理主義の中心に存在するのではないか。

旧約聖書は、無謬どころか矛盾だらけだが、キリスト教原理主義で重要視されているのは、旧約聖書の内容とヨハネの黙示録なのである。
ヨハネの黙示録の諸派にとって都合の良い解釈することと、旧約の内容が、キリスト教原理主義の根本のようだ。
これでは、キリスト教というよりも、選民思想が極端に強いユダヤ教の亜種である。


まず、北米インディアンの土地を奪ったことについては、「アメリカは約束の地である」と説明する。

鉄砲隊に向かって「特攻」を続けた北米インディアンを、虐殺し続けるのに当たって、「北米インディアンは聖書に書かれていない。だから、あれらは人間ではない」と説明する。

奴隷貿易の中心は実は英国だったが、「黒人は聖書に書かれていない。だから、あれらは人間ではない」と同様に説明している。

聖書の無謬性という信仰を利用することによって、自分達のエゴイズムや貪欲な物欲、選民思想を合理化できるのだ。

どんな人間だとて、異民族でも多数の人間を無差別虐殺すれば、潜在的に罪悪感を感じるものである。
もちろん、本物の「見せかけだけの善人」ならば、潜在的にも罪悪感を感じないだろうが。
米国人の心に在った潜在的罪悪感や不安感を薄れさせ、自らの虐殺・軍事的及び経済的侵略を正当化するために、聖書無謬性は、実に利用価値の高い説なのである。

聖書無謬性は、選民思想を強化し、エゴイズムの発現と経済侵略を正当化する。
だから、英国は「死の商人」として長年成功できたのだろう。日本で有名なグラバーも、英国の武器商人である。

第二次世界大戦後、英国の国土は荒廃していた。
戦争の被害のない米国が「世界の中心」となったのは必然であるが、その世界の中心とは、「世界の武器工場」なのである。この情けない地位は、この先当分揺るぎそうにない。

人殺しで儲ける「商売」は、私は世界中で最も卑しい職業だと思う。
殺傷兵器を多数生産することにも、自己正当化と合理化が必ず必要になる。
「我々は、民主主義を世界に普及するために武器を製造しているのである」とか工場で合理化の言葉を言わなければ、現場の労働意欲が必ず低下していく筈だからだ。


米国で武器を多数製造しなくても、たくさんある別の産業に大半を転換すればいいだけの筈だ。日本は、戦後ちゃんとできたのだから。
だが、恐らく、最早不可能だろう。

なぜなら、米国は「民主的な豊かな社会」から「憎悪と恐怖の対象」「言論を弾圧する強国」へと変質して行っているからである。
報復を恐れて先制攻撃し、無差別攻撃するために、他国民の憎悪と怒りが増し、死を賭しても抵抗を表したいという人々をどんどん増やしているという、ごく当たり前の論理が、米国人には理解できないようだ。

恐らく、欧米人以外の人々を、無意識下で「人間」と認めていないからである。

世界中から恨まれ憎まれていることを、米国人の大半が9.11まで気づかずに済めたのは、エバンジェリカルが米国民が潜在的に持つ罪悪感や不安感を合理化し、選民思想を強化してくれているためである。

戦争があるたびに、米国内のエバンジェリカルは信者数を増していく。
今や、聖書無謬性を信じる米国人が半数以上なのではないか。

例え、神が言ったことが正しかったとしても、転記を続けた古代ユダヤ人が自分達に都合の良い内容に書き換えなかったと何故信じられるのかは、理解に苦しむ。
古代ユダヤ人の知っている世界しか書かれていないからといって、それ以外の土地に住むのは人間ではない、あるいは被差別民族だと信じられるのは、何故なのか。
「木を見る西洋人 森を見る東洋人」に従えば、西洋人の世界観があまりに単純だからと説明できるだろう。
そんなに、世の中、単純なわけなかろうが。
あらゆる物事は、複雑に絡み合っている。
人体の一部が悪くなれば、全体に影響が及ぶようにだ。

潜在的罪悪感を引きずるからこそ、米国は犯罪大国になったのではないか。


エバンジェリカルは「核戦争を待望する人びと―聖書根本主義派潜入記 朝日選書」によると、ヨハネの黙示録の「ゴグとマゴク」、つまりイスラエルに進攻して戦う二つの大国とは、ロシアと中国だと教えているそうだ。

信者を増やすために、「核戦争はすぐ来る」とエバンジェリカルが米国民の恐怖を煽れば煽るほど、「どうせ先はないんだから」と自暴自棄の心境に陥り、犯罪に走る者は増えていったのだろう。

潜在的罪悪感や不安感は、潜在的犯罪者を増加させていき、米国民の人心を荒廃させて行ったのである。

「人のふり見て我がふり直せ」と言う。
経団連が武器輸出を求めた結果、内閣が勝手に、当座米国にのみミサイルを輸出することに決めてしまったが、これは米国の轍を踏むことになるだろう。
潜在的罪悪感を合理化する装置としての宗教は、日本において国家神道と靖国である。

次第に国粋主義者が再度増えて行っている現状を、よく考えてほしい。
米国の事実上支配下に入っている日本では、精神的には戦後の混乱が続いたままなのである。
恐らく、潜在的罪悪感や社会の矛盾を合理化するために、日本人の多数が、再び自発的に国家神道と靖国に縋り始めたのである。

それを否定する者に対して、「非国民」扱いが始まっている。
戦後の精神的混乱を「日教組の偏向が」等とする、安易な合理化を続けているようでは、昭和初期と同じ状況を自ら作り出してしまうだろう。

そして、潜在的罪悪感と社会の矛盾を合理化するのに、靖国では駄目だと考える人々が新・新興宗教に縋っていくのである。
この状況が長く続けば、オウムのような極端な教義を必要とする人々が増えていくはずだ。

武器輸出は、第二・第三のオウムを作り出し、アーレフを強化する。
エゴイズム、利己主義と物質主義、利益優先主義、選民思想などの、「アメリカナイゼーション」が「グローバリズム」の名で一層進行していけば、犯罪発生率が増加するのは当然である。


物事は連鎖していると考えるのは、東洋的発想らしいが、過去の清算が充分に済まないならば、潜在的罪悪感や不安感が、国を誤った方向へと導くのは避けがたいだろう。

良い商品を世界に供給するのを止めて、死の商人への道を進むのが、日本国の将来のために素晴らしいことと思いますか。
経済的論理のみを追求すれば、犯罪発生率は高まり、要人暗殺や報道機関への武力攻撃等の右翼テロが頻発する時代をもたらすだろう。
その先にあるのは、五‐一五事件(1932年犬養毅首相暗殺)、二‐二六事件(1936年陸軍クーデター)のような時代が来るだろう。

貴方は、奥田経団連会長や小泉首相が、そういうことまで考えて武器輸出を決めたと思いますか。

重要案件が国会の議決を経ないで決まる事態は、民主主義の形骸化の進行です。
「誰がなっても変らない」と賢しらに言う人々が多数日本にはいますが、本来、日本の未来を選ぶのは、国民の一票の筈です。
貴方は、どんな未来を選びたいと考えていますか?
何もせずに他人(政治家や官僚)のせいにするというのも、一つの選択であり、その選択に相応しい未来が待っているはずです。


【福音派】聖書の外典・偽書と「聖書の絶対不可謬性」

キリスト教史の中で、旧約聖書が正式に聖典の扱いを受けるようになった歴史は意外に浅く、トリエント公会議(1545)の時である。
2世紀には既に旧約聖書を認めない派が存在し、それに反対するためにも4世紀に聖書のラテン語訳が始まり、397年「正典」が一応決まった。

特に、ヨハネの黙示録を新約に残すかどうかで、随分揉めたらしい。
東方正教会は、長く認めていなかったという。

1世紀末に書かれたもので、「ヨハネによる福音書」「ヨハネの手紙」の著者とは別人が書いているが、今でも諸説あり、作者が福音書作者でないと文献学等で否定されていることを聞くと激怒する宗派もあるらしい。

どの文書が聖書として認められるべきか否かで、長く揉めて来た歴史というのは、大抵の宗教にあることだ。例えば、「北伝仏教の経典の多数は偽書である」という研究もある(「梅原猛の授業 仏教」をご参照下さい)

そんな歴史があるのに、特に、キリスト教原理主義者達を中心に「聖書の絶対不可謬性」を固く信じているキリスト教徒が結構いるのだそうだ。

聖書の中には、これを聖書に含めるかで揉めた文書があるという歴史等を、清教徒は全く知らなかったらしい。そのため、アメリカを中心に「聖書の絶対不可謬性」という、珍奇な教義をもつ教団が多いのだそうだ。

しかも、彼らが「間違いがない」と主張するのは、大抵、本来は聖典ではなかった旧約聖書のほうで、新約と違って間違いだらけの書物だ。
281投稿者:狂ったアメリカ人の精神構造  投稿日:2007年06月10日(日) 08時50分55秒


旧約聖書は盲信されると、世界の迷惑になる話が多すぎるのだ。

聖書と言っても旧約聖書は、基本的に泊付けのために導入されたものであり、どう考えても新約聖書の「神」と矛盾している。
旧約聖書の「神」は、所詮民族宗教の神なので、イエスと違い、人を幸福にすることのない神なのだ。

その「神」とイエスが三位一体であると言ったものだから、それから、キリスト教の神は相当残虐な「神」に変化し、教会の教えも残虐なものに変質してしまったのかもしれない。

ローマカトリックが新教の発生と共に今までの教会のあり方を見直して現在に至るのと対照的に、「自分達こそ、(旧教の輩と違って)汚れなき者である」と主張し続けて来た人々は、随分人殺しが好きな人々になっていき、全く自分達の行動を振り返ろうとはしない。

「神に選ばれた」とか「(自分達だけは)清浄なるものである」とか、「アメリカは『神の国』である」とか言うのは、明らかな(誇大)妄想である。
民族宗教の神ならともかく、キリスト教の神が、そんなに驕り高ぶり尊大で、「自分達は選ばれているから何をやっても許される」といった論理で他国民を無差別虐殺するような信者を、そんなに高く評価するだろうか。

「汝の敵のために祈れ」と言った神がだ。

聖書を書き記したのは所詮古代ユダヤ人であり、聖書の中にサハラ以南の黒人、インド以東のアジア人、北米南米・オーストラリア・ミクロネシアの現地人の存在が書かれていないのは、単に、当時の古代ユダヤ人の知識が足らなかっただけである。


ところが、「聖書の絶対不可謬性」を盲信する人々は、聖書に出て来ない人々を「人間として認めてはならない」という、見解になりがちだ。

清教徒が最初にこの考え方を米国に伝え、英国の清教徒が奴隷貿易を擁護した。自分達は清い名を名乗り、その行動は実に血なまぐさい。

聖書が誤っていることを認めぬ代わりに、世界や現実のほうを自分達の信念に合わせようとすると、随分多数の人々の人権を侵害し、戦争を次々起こし、多数の国を弱体化させ、...たくさんの異教徒をアジア・アフリカ・南北アメリカで殺さなければならない。
実際に、合わせようと今まで努力してきたのが、アメリカ合衆国という国の「裏の歴史」ではないのだろうか。

「キリスト教原理主義のアメリカ」(p.94)では、「聖書の絶対不可謬性」を信じる信者の割合を表示している。

 ユニタリアン・ユニバーサリスト        6%
 統一キリスト教会              12%
 アメリカン・福音ルーテル教会        21%
 エビスコーパル・チャーチ(聖公会)     22%
 統一長老派教会               25%
 統一メソディスト教会            34%
 エホヴァの証人               51%
 チャーチ・オブ・クライスト         55%
 サザン・バプティスト会議          58%
 チャーチ・オブ・ナザレン          58%
 アセンプリーズ・オブ・ゴッド        65%
 ユナイテッド・ペンテコスタイル・チャーチ  69%
 チャーチ・オブ・ゴッド           80%
http://hoffnungenlied.cocolog-nifty.com/kaizen/cat1966234/index.html


「敵を妥協せず徹底的に叩く」というアメリカの精神的背景について
http://www.kanekashi.com/blog/2017/10/5503.html
アメリカに移住したピューリタンは、「キリスト教原理主義」を貫いて、「エルサレムの建国」を「マニフェスト・デスティニー(明白なる使命)」として、西部開拓(実際は先住民殺戮)を推し進めた。


この「キリスト教原理主義」の精神性が連綿と続いているという。

「キリスト教原理主義」は聖書(:福音)絶対であるのと同時に、選民思想であるという。これが他部族みな殺しを正当化させているとのこと。


元々、ヨーロッパ自体が

「古代・地中海周辺における皆殺し戦争の結果としての共同体の徹底破壊」
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=330205

により、選民思想も登場してきているという背景があります。


ヨーロッパは、17世紀中頃に徹底殺戮の宗教戦争(:「神」と「悪魔」の戦い)をやめる条約を取り交わしました。しかし、アメリカ(に渡った移民)はその後も長きにわたって、みな殺しの殺戮を繰り広げてきたことが、今尚「敵を妥協せず徹底的に叩く」という精神性に繋がっているのだと思います。


以下、

『世界を操るグローバリズムの洗脳を解く(馬渕睦夫著)
https://www.amazon.co.jp/%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%82%92%E6%93%8D%E3%82%8B%E3%82%B0%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0%E3%81%AE%E6%B4%97%E8%84%B3%E3%82%92%E8%A7%A3%E3%81%8F-%E9%A6%AC%E6%B8%95%E7%9D%A6%E5%A4%AB/dp/4908117144


からの紹介です。

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■アメリカを新しいエルサレムの地にする

イギリスでピューリタン革命が起こる前、宗教的な迫害を受けたピューリタンの一部の人たちは、新天地を求めてイギリスからアメリカ大陸に向いました。1620年にピルグルム・ファーザーズがメイフラワー号でアメリカに渡ったのです。

ピューリタン(清教徒)というのは、purity(純水、清浄)という言葉から来たものですが、文字通り、宗教的な純粋、純化を求めていた人たちです。


彼らは、当時のカソリックの腐敗した状況を見て、ルターの宗教改革をさらに徹底してやらなければいけないと考えました。

ある意味で、キリスト教の原理主義であり、相当極端な過激な思想であったと思われます。それゆえに、イギリス国内での迫害も強かったのでしょう。ピューリタンたちはイギリスで食い詰めた最下層の人たちだったという説もあります。


いずれにせよ、彼らの一部はイギリスを逃れてアメリカに移住しました。

彼らピューリタンは、司祭の言葉ではなく、聖書の言葉こそ神の言葉と考えて、聖書の言葉を忠実に実践しようとしました。そして「この地に自分たちにとってのエルサレムを建国しよう」と考えたのです。


ピューリタンたちは旧約聖書を重視しましたが、旧約聖書に忠実に従ったという点ではユダヤ人たちと考え方は同じです。

ユダヤ人は自分達を選民と考えていましたが、ピューリタンも自分達を現代の選民と考えて、アメリカという地をエルサレムにして、神の福音を世界に伝えようと考えました。これが「マニフェスト・デスティニー(明白なる使命)」と呼ばれるものです。建国の精神に立ち戻って考えれば、アメリカと言うのは宗教国家であることが分かります。

彼らは、神の福音を伝えることを使命と考えていましたから、それを妨害する勢力は皆敵と見なしました。その観点に立てば、先住民の殺戮も正当化されました。


そして神の福音を妨害する勢力を西へ、西へとなぎ倒していったのがフロンティア・スピリットです。フロンティア・スピリットは、ピューリタニズムと表裏一体です。

西へ、西へと進んでいって最終的にたどり着いたのがカリフォルニア。そこから先は海に遮られています。しかし、太平洋を越えて福音を伝えようと考え、アメリカはハワイ、フィリピンに進出し、さらに日本、中国にも福音を伝えようと考えました。

このように、アメリカのたどってきた歴史は、マニフェスト・デスティニーの歴史と考えると筋が通ります。


■宗教国家のアメリカには「妥協」がない

現代のアメリカには、ピューリタニズムの精神はもうほとんど残っていません。アメリカの国体はすっかり変わってしまいました。国体は変質してしまいましたが、彼らのマニフェスト・デスティニーの考え方は変わっていません。アメリカ的な発想を世界に普及させる、あるいは押し付けるというやり方を続けています。つまり、「アメリカン・ウェイ・オブ・ライフ」を世界に広げることが、一貫したアメリカの世界戦略です。


彼らは、「自分達は植民地主義者ではない。帝国主義者ではない」とずっと主張し続けていますが、実際の現象を見れば、遅れてきた帝国主義者の様相を呈しています。彼らは「門戸開放」という言葉を使いましたが、言い方を変えれば、「オレたちにも分け前をよこせ」という意味です。


神の福音を伝えることが目的であったにせよ」、「アメリカン・ウェイ・オブ・ライフ」を広げることが目的であったにせよ、実質的には帝国主義と同じです。


建国の経緯を見れば、アメリカと言う国の本質は宗教国家であることが見えてきます。宗教を広げることを理念としている以上、彼らに妥協というものはありません。その点を理解しておくことが重要です。宗教国家の側面は、アメリカの戦争のやり方にも影響しています。


ヨーロッパにおける戦争というのは、妥協が成立することがよくあります。17世紀に宗教戦争によって疲弊しきったヨーロッパ諸国は、1648年にウェストファリア条約を結んで宗教戦争を止めることを決めました。


宗教戦争というのは、「神」と「悪魔」の戦いですから、悪魔は徹底的に叩くほかなく、どちらかが破滅するまで行われます。続けていけば際限が無くなり、ヨーロッパ全体が破壊されてしまうため、宗教を理由とした戦争を止めるウェストファリア条約が結ばれました。


ウェストファリア条約以降は、ヨーロッパでは戦わずして対立が終わることもありましたし、話し合いによって妥協が成立することもありました。

アメリカの場合は、選民思想によるマニフェスト・デスティニーが根本にあるため、アメリカにとっての戦争は、いずれも宗教戦争的意味合いが濃く、彼らには妥協というものがありません。


第二次世界大戦においては、アメリカは日本を徹底的に攻撃して壊滅状態に追い込みました。その後の占領政策では日本の国体を徹底的に潰そうとしました。一切の妥協はありませんでした。それが宗教国家のやり方です。

今は、ピューリタニズムのアメリカ的な精神を持った人たちは、ほとんどいなくなりました。アメリカの国体が変質して、宗教国家の要素はなくなっていますが、妥協しないやり方は変わっていません。
http://www.kanekashi.com/blog/2017/10/5503.html

6. 中川隆[-10754] koaQ7Jey 2019年4月12日 20:50:58 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1288] 報告

法律がイスラム教の棄教を認めてもムスリムコミュニティーが認めないし、怖いから誰も助けてくれない 2019年04月11日
https://ameblo.jp/evening--primrose/entry-12451616996.html

イスラム法上では棄教は死刑ですが、女性は終身刑としたり、棄教への刑罰に反対したりする改革派もいます。しかし、死刑を支持するムスリムが多数という事実があります。

一件穏健に見えますが、偽装棄教(タキーヤ)を認める学派の存在は気休めにもなりません。


もしかしたら、『イスラームをやめる自由』はないのでは?という質問がされるかもしれません。

確かに、イスラームの決まりでは、ムスリムがイスラームをやめることはできません。

しかし、心の自由はあります。

イスラームでは、ムスリム同士でも他人の内面の信仰をとやかく言うことを禁じています。

ですから、イスラームを信じなくなった人がいても、それが心の信条である限りは問題はありません。

ただ、そのことを広言することは、他の人にイスラームを捨てるよう求めることと同じですから、それは禁止しています。

それを、内部での争いを呼ぶ行為と考えているのです。
— 『イスラームという生き方-その50の魅力-』イスラーム文化センター、2007年4月20日、P.17「心の自由」

イスラム教における棄教

「心の自由がある」と言いながら棄教を広言できないのです。広言の程度も明確ではありません。そこがまた不安を煽ります。

棄教を、辺りを憚らずに言うことがどうして「他の人にイスラームを捨てるよう求めること」になるのか意味がよくわかりませんが、要は棄教を隠せということでしょう。

この説明をもっと簡単に言うとやっぱり、「棄教できない」 です。

イスラムは「心だけの宗教」ではないので、生活全般をムスリムのままで変えてはいけないならそれは棄教できないことと同じなのです。

今日本でも、宗教が政治社会体制と一体化しているイスラム教が勢力を拡大し続けています。書店でもイスラムをやさしく解説する本が目立ち始めました。

私が書店で見た優しい感じの入門書ではありませんが、内科医のfujipon様が、「イスラム教の論理」(著者:飯山陽)という本の紹介(感想)を書かれています。少し紹介します。

https://blogos.com/article/324974/?p=1


私たちはイスラム教の教義や論理について全く知らないにもかかわらず、私たちの価値観に反しない理解可能なイスラム教徒だけが「正しい」イスラム教だと決めつける傾向にあります。

テロなどの後、「良い」イスラム教徒と「悪い」イスラム教徒という風に私たちが区別しますが、これは非イスラム教徒側の価値観や尺度で見る勝手な憶測であるということです。


世界には様々な価値観を持つ人がいます。その中には私たちにとって好ましく、憧れの対象となるような人々もいれば、全く関わりたくないような人々もいます。私たちは一般に、それを「多様性」という言葉で肯定的に受け入れます。しかし世界にはこの「多様性」を否定的に捉え、世界はひとつの価値観に収斂されなければならないと考える人々もいます。

イスラム教という宗教は後者に属します。イスラム教徒ではない人にとってあまり嬉しいことではありませんが、それが事実です。イスラム教徒は従来の国家や地域の枠組みを越えた地球規模の拡大を目指すという意味では確かにグローバル化を志向しますが、それは私たちの考えるグローバル化とは全く異なるものなのです。

しかし、イスラム教徒が新しく侵入する場合には、私たちの社会が「多様性は善」としていることを利用して、その多様性の一部が自分たちムスリムだと言って入り込みます。


イスラム教徒にとっては国境も国民国家も民主主義もグローバル化も、所詮は「人間の産物」にすぎません。しかしイスラム教はそうではありません。イスラム教徒にとってのイスラム教は、神が人間に恩恵として与えたものです。神の恩恵であるイスラム教が、人間の産物である民主主義に優越するのは、彼らにとっては「当然のこと」です。

国境や国籍が意味をなさないと考えるところがグローバリストに好かれています。


私はイスラム教の研究者で、イスラム教について大学で教えたり、メディアで解説したり、ものを書いたりするのが仕事ですが、それらを続ける中ではっきりとわかったことがひとつあります。それは、日本人のイスラム教に対するアレルギーは非常に強い、ということです。

日本人の中にはイスラム教について単に知らないとか関心がないというよりは、それについては知りたくない、積極的に遠ざけたいという反応を示す人が少なくありません。

その理由のひとつは、イスラム教が日本人の考える宗教の枠組みの外にあるように感じるからかもしれません。日本人は概ね、宗教というのは個人の心の内面に関与し世界平和に貢献するものだと考える傾向にあります。

しかしもし、宗教というのは個人の心の内面「だけ」に関与し世界の平和「だけ」に貢献するものだと規定してしまうと、個人の行動に関与し世界を戦いへと駆り立てるような宗教は「宗教ではない」ことになります。

イスラム教はまさしく信者の行動を規定し、イスラム教による世界征服を目的とする宗教ですから、日本人的感覚で見ると「そんなものは宗教とはいえない」「そんな宗教は不要である」、といったリアクションが直ちにひきおこされます。

日本の中東イスラム研究者や日本人イスラム教徒らが「イスラム教は平和の宗教」と連呼する理由のひとつは、そう宣伝しないと日本人にはイスラム教が理解できないし、受け入れられないと考えているからです。しかしいくら日本人感覚にあわせてイスラム教をわかりやすいかたちに「改竄」しようとしても、イスラム教の真理は変わりません。

ダイヤグリーン

日本人が考える宗教は心の領域ですから、社会生活に影響を与えることはほぼありません。もともと八百万の神々が受け入れられているので、キリスト教やイスラム教もその中の一つくらいにしか考えていないのかもしれませんが、そうだとしたらあまりにも危険です。

その寛容さとイスラムへの無知を利用されて乗り込まれてしまったのです。

日本では信教の自由が憲法で保障されているから、イスラム教の棄教も大丈夫というあなた、彼らムスリムのコミュニティがそう思わなければ意味がないことに気付かないのでしょうか?次をご覧ください。

以前の記事を部分的に再掲します。

ソマリアからスウェーデンのイェーテボリに移民として来たQamar Cleasson(Qamar Osman)がFacebookに投稿したという動画上矢印についての記事です。

彼女は、クリスチャンに化けて、ソマリア人の改宗者を探す活動をしていました。

そして、コミュニティが怖くてイスラム教徒だと言い続けていた隠れクリスチャンを見つけると、それをFBに投稿してソマリコミュニティに広めているのです。

また、お金のない女性を買収してカナダへ行かせ、カトリック教会を舞台に難民たちの中に潜入させ騙して改宗させた自分たちの活動を自慢しています。そしてモスクから出てくる人々に褒められてメッカに送ろうと言われたと謙遜しています。

Muslima Fakes Christianity to Infiltrate, SPY on Somali Christian Church - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=aCaWZ7JeQ2M

動画前半を訳すとこんな感じです。


汚らわしい女のうちの一人はK○○・A○○です。(動画では本名で出ています)

ハルゲイザのイサック(ソマリランド※のイサック族のこと)です。今から写真を見せます。

(※ソマリアから事実上の分離再独立を遂げたソマリランド共和国の首都)

彼女はヒジャブを被り私は絶対にキリスト教徒ではない、と言います。

『何人かの女性たちが私を騙して、集まりに連れていきました。』

『彼女たちは私の写真を撮って、だからクリスチャンだと言うのです。』

私(Qamar Cleasson)はK○○と教会で会いました。

教会ではキリスト教の信仰が教えられていて、彼女の子供達は洗礼を受けました。

嘘は言えません。彼女は洗礼を受けていません。

彼女は恥ずかしがり屋で大勢の前で受けたくないと言いました。

彼女は私に言いました、

『牧師さんは非公開で洗礼してくれるかしら?みんなに髪の毛が濡れるのを見られたくない。』

彼女は見栄えを気にしていたのです。洗礼を拒否したのではありません。

彼女はイスラム教徒として育ちましたので、洗礼を内密にしてほしかったのです。

彼女はキリスト教徒でした。

イサックの人々、ソマリランドの人々、habar yoonisの部族よ、

K○○・A○○はクリスチャンです。私のFBに写真を貼っておきます。

この女は「私の名前はK○○・A○○です。私はイスラム教徒でクリスチャンでは決してありません。」こう言ったのです。

私とK○○は教会で初めて会いました。

私たちはこんな風に『ハレルヤ、ハレルヤ、神のお恵みがありますよう』にと言っていたのです。

彼女はクリスチャンでした。私はクリスチャンの彼女を3年間知っていました。

(〜後略〜)

西側は、イスラムフォビア取り締まりにしか興味がなく、名指しされた改宗者は恐怖から身を隠すことを余儀なくされ、警察はリソースが足りなくて何もできないと言っているそうです。

こういう社会って怖くないですか?

社会は一人一人が作っています。こういう集まりがあちらこちらにできてくると、恐怖に縛られ、公権力よりも地元実力者の支配下に自らの意思で入っていくことになるのです。


日本では外国人に慣れていないせいか彼らに及び腰で法の適用が甘いです。

国民主権と言いながら、実際には裁判官がさじ加減であり得ないような判決を出す国です。

イスラム関係の事件は、上記のソマリア人のように現地の警察が無視するのです。

日本だって同じです。ご記憶ありますか?

「悪魔の詩」訳者殺人事件は恐ろしい事件なのに警察はまともに動きませんでした。

原作者はイギリスの警察が保護していて大丈夫でも、それを翻訳した人たちが複数殺された事件です。日本では翻訳した筑波大学の教員が、見せしめに殺されました。外国人ムスリムの犯行が疑われるも外交関係というか、ムスリムが怖くて日本政府は何もしませんでした。

(日本政府が強く出る相手は従順な日本人に限定されています。)

なぜ?という問いに論理的な答えがあり、それを基に動くのが私たちの暮らす社会です。

なぜ?という問いに「神がそう言った」という社会を日本に作らせてはいけないと思います。

「今まで日本人は外国から様々なものを受け入れて取捨選択や融合によって独自の文化を築いてきた」、そのような自信はイスラム教を受けいれる経験としては全く役に立ちません。

イスラム教側にそのような文化や考えがないからです。

これは良し悪しではなく、事実として真面目に受け止め考えなくてはいけないことです。

私達と全く価値観が違うのです。話せばわかるという思い込みはむしろムスリムに失礼です。

そのままのイスラムを認めて受け入れれば、日本の統治が行き届かない場所が増えるでしょう。

前出の著者でイスラム研究者の飯山陽氏のこちらの記事もぜひご覧ください。

なぜイスラム教では「宗教に強制なし」なのに「棄教=死刑」なのか?(2019年2月1日金曜日)
http://www.iiyamaakari.com/2019/02/blog-post.html

また、日本人がハラルフードを金儲けだと考えていることに対するツイートもあります。左下矢印

中国共産党も金儲けが好きですが、私達より利口ですね。

彼女は、『「アジアのイスラム教徒は穏健だ」という思い込みはイスラム過激派には一切当てはまりません』と述べています。

日本は世界最大のムスリム人口を抱えるインドネシアからも嬉しそうに移民を奨励しています。インドネシアはFGM(女性器切除)が盛んですが、彼女たちの後遺症を日本の公的保険でカバーしますか?インドネシアでは国中にイスラム過激派のスリーパー(実行までは一般市民として生活する過激派)がいます。もう日本にもスリーパーはいるかもしれませんね。

今私たちは離島ではなく本土で領土を失いつつあることに気付きましょう。



https://ameblo.jp/evening--primrose/entry-12451616996.html

7. 中川隆[-10669] koaQ7Jey 2019年4月23日 07:45:57 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1395] 報告

ヒーローが暴力をふるうと人々は奇妙なことにそれを暴力として認識しない
https://blackasia.net/?p=12670 一般


「正義を強調すればするほど世の中は悪くなる」

このように言えば、驚く人もいるかもしれない。「正義が勝つと世の中は良くなる」という結論以外に何かがあると思っている人はほとんどいない。しかし、本当のことを言えば「正義を強調すればするほど世の中は悪くなる」のだ。

子供の頃から、繰り返し繰り返し「正義のために悪を滅ぼす」ことを強調するマンガやドラマや映画を見てこなかっただろうか。いや、今になっても、そんなものを見ている人もいるのではないだろうか。

これは、子供たちに「ヒーローが、正義のために悪を滅ぼすのは徹底的に正しい」という刷り込みのようにも見えるのだが、この刷り込みが好まれるのは、それが人類が太古の昔から培ってきた行動様式だからである。

悪が勝つような物語は子供向けに推奨されていない。いや、大人向けでも嫌われる。受け入れられない。一般的には、正義のヒーローが悪を完全に滅ぼして、物語はやっと終わるのである。

日本だけではない。世界中どこの国でも正義のヒーローが悪をなぎ倒す映画やドラマが崇拝されていている。勧善懲悪は永遠のテンプレートだ。(鈴木傾城)


敵はひとり残らず滅ぶことを望む

「子供に暴力を見せたいでしょうか?」と問うと100%の親が「そんなものは見せたくない」と言う。しかし「正義のヒーローが戦って悪を倒すものを見せたいでしょうか?」というと「見せたい」と言うはずだ。

「正義のために悪を滅ぼす」ストーリーは、正義のヒーローが悪に対して「暴力」で抹殺するのが王道だ。暴力反対を叫ぶ人も、なぜかマンガやドラマや映画で悪人が一片の容赦もなくぶち殺されるのを見て喜ぶ。

暴力は誰がふるっても暴力なのだが、ヒーローが暴力をふるうと人々は奇妙なことにそれを暴力として認識しない。そして、政府もまた「正義のために、ヒーローが暴力をふるって相手を抹殺する」という暴力ストーリーに国民が熱狂するのを止めない。

それを許容し、時には推奨もしている。

「ヒーローが暴力をふるって相手を抹殺する」というのは、客観的に考えると暴力礼賛をしているストーリーである。にもかかわらず、国も親もそれを子供に許容するということは、どういうことなのか。

それは、そもそも人類は本能的に「自分の敵はひとり残らず滅ぶことを望んでいる」からだと言うしかない。

個人でも自分に害を為す人間は物理的に消えて欲しいと願う。家族でも、組織でも、地域でも、国でも、「そこ」に所属している人は、「そこ」に危険を与える相手を一掃したいと思う。

自分を脅かす存在は、誰にとっても「悪」になる。悪を遠ざけるだけでは危険が去らないのであれば、悪は滅ぼす対象になる。相手を滅ぼすには大義名分がいる。

それが「自分たちは正義、相手は悪」という二元論である。

絶対的な正義を強調すると、必然的に二元論に行き着く。つまり「正義の側」と「正義ではない側」とに二分する。水と油のように、それはくっきりと別れ、違う世界になる。

二元論に陥ると、どうなるのか。相手を受け入れる余地が、完全になくなっていく。相手は悪なので「滅ぼす対象」となるのである。


対立する相手が「完全なる悪」になる

自分が正義の側に立っていると思うと、必然的に相手は「正義でない側=悪」というシンプルな構図に行き着く。自分が正義だと強調すればするほど、対立する相手が完全なる悪になる。

(1)私は正義だ。
(2)私と敵対する相手は悪だ。
(3)悪は倒さなければならない。
(4)相手を滅ぼすのは正当な行為だ。

自分が正義の側にあると思えば思い込むほど、正義のために相手を破壊しようという動機(モチベーション)が上がっていく。

暴力が正当化され、暴力が崇高なものになっていく。あるいは、相手(悪)を破壊することが、使命感溢れる行為へと祭り上げられる。

現場では残虐な殺戮行為が起きているのだが、それが思想的には正しいものへとなっていくのである。

このような二元論に行き着き、自らを正義だと狂信すると、自分たちに挑戦してくる国を「正義に挑戦してくる国」だと見なすようになる。正義に挑戦してくる国というのは、当然「正義ではない国」という二元論が働くので、「敵対国は絶対悪だ」という思想になる。

絶対悪なら、どうするというのか。子供向けのヒーローがやっているではないか。絶対悪は徹底的に懲らしめて滅ぼし雄叫びを上げて喜ぶのである。

問題は、こうした二元論による対立と衝突と戦争と虐殺は、テレビのアニメやドラマや映画だけの話ではないということだ。現実もまた「正義」という名の戦争が行われて、戦争に巻き込まれた国民は大虐殺されていく。

世界中で起きているあらゆる戦争は「正義」の名の下に相手を攻撃している。私たちがテロリストと呼んでいる人間たちですらも、彼らは自分たちのやっていることが正義だと思ってテロをやっている。


日本人は、ぼんやりしない方がいい

正義を強調する人、正義というものが頭にある人は、しばしば自分や自分の属している社会を正義と見なし、それ以外を悪と見なす二元論にとらわれる。

「どちらが正義か?」という問いは、どちらの立場に自分が立つかによって違ってくる。立場が違うと、それが正義にもなるし、悪にもなる。

すべては立場の問題だ。

私たちは冷静な目で歴史を振り返ると、正義を主張していた国や宗教や人たちには、ただ自分たちの存在や立場や主張を正当化しているだけだというのが見えるはずだ。

「正義」という言葉は悪用されやすく、人々は騙されやすい。あまりにも内容のない正義も多い。「正義」を否定する必要はまったくないのだが、「正義」は殺戮を生み出すこともあると理解する必要はある。

日本人は、この点に関してぼんやりしない方がいい。

日本には海を隔てていくつもの周辺国があるのだが、これらの周辺国の政府が「我々こそ正義。日本こそ悪」と決めつけて国民を洗脳した時にどうなるのか想像すべきだ。「日本は悪なのだから滅ぼさなければならない」という方向に傾斜していっても何ら不思議ではない。

正義によって、日本人は殺戮される可能性はゼロではないのだ。相手の一方的な正義の名のもとに激しい暴力が行使され、滅ぼされた国はどこにでもある。

「我々こそ正義。日本こそ悪」と思っている国が日本を滅ぼすことに成功したら、歴史の教科書はこのように書かれるはずだ。

「日本は極悪国家だったので滅ぼされた」

「正義が勝つと世の中は良くなる」と思い込んでいる人は、誰が正義を主張しているのかをよく考えるべきだ。敵対国が正義を主張していたら、私たち自身が滅ぼされる対象になっているということなのである。(written by 鈴木傾城)

世界中で起きているあらゆる戦争は「正義」の名の下に相手を攻撃している。私たちがテロリストと呼んでいる人間たちですらも、彼らは自分たちのやっていることが正義だと思ってテロをやっている。
https://blackasia.net/?p=12670

8. 中川隆[-9850] koaQ7Jey 2019年6月05日 18:22:08 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[2585] 報告


 米中貿易戦争の本質は宗教戦争 2019年06月05日
http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-766.html

 1970年代のはじめ、吉祥寺の物部長興邸で、岡村昭彦の私的な講演会が行われた。

 内容は、主に、岡村がベトナム戦争の現地取材で体験した、さまざまのエピソードが主体だったと思う。

 私は、講演の最後に、岡村に対して、「歴史と戦争の本質は何か?」
 と尋ねると、岡村は、即座に「宗教だ」と答えた。

 ベトナム戦争や中東の激戦地を、砲弾の降り注ぐなかで取材して歩いた岡村昭彦の総括的結論が「宗教」だった。
 これは重い言葉だった。半世紀近くを経て、私は、世界史における流動性の本質を考える上で、「何が世界を動かしているのか?」という問いに対し、やはり「宗教」それも「旧約聖書である」と答えることにしている。

 私が当時、信奉していたマルクス主義、唯物弁証法は「存在が意識を規定する」を絶対不動の社会原理として示していたから、この理論からすれば、世界を動かすのは「経済」、つまり物質的豊かさを求める人々の葛藤であると考えねばならなかったのだが、戦場を駆け巡った岡村の直観は、人間社会における宗教による意思を歴史の動力であると示したのだ。

 トランプがアメリカ大統領でいられる最大の理由=力は、アメリカにおける「福音派」と呼ばれるキリスト教勢力の存在である。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E9%9F%B3%E6%B4%BE

 2011年現在、全世界のキリスト教徒のうち13.1%が福音派とされ、2004年現在、アメリカ合衆国の全人口の26.3%が福音派であり、22%がカトリック、16%がプロテスタントであると上のリンクに記載されている。
 つまりアメリカ最大の宗派であり、共和党の支持母体であることが知られている。トランプの予想外の当選も、福音派の総力を挙げた応援が理由だった。

 昔から、ずいぶん保守的な思想で固められていて、「キリスト教原理主義」と評されることもある。  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E6%95%99%E6%A0%B9%E6%9C%AC%E4%B8%BB%E7%BE%A9

 ニクソン大統領を焚きつけてベトナム戦争で大規模な北爆を後押ししたことでも知られるし、現在、アメリカの一部州では強姦されて妊娠した胎児でも、堕胎をすれば医師と妊婦ともに重罪になる法案が福音派の運動によって通ったばかりで、まるでイスラム教原理主義に対抗するかのように、過激な人権否定主義に走っている。
  https://www.bbc.com/japanese/48277708

 https://toyokeizai.net/articles/-/282862

 これはアラバマ州だが、米最高裁の判事は、トランプ政権によって保守強硬派が多数を占めるようになっったので、この堕胎禁止令が米全土に拡大するのも時間の問題であろう。

 アメリカという国は、建国当初から、原理主義的なキリスト教徒が支配する国であった。
 メイフラワー号に乗って新天地に移住した欧州清教徒=ピューリタンたちの本当の正体は、実は、欧州で反ユダヤ運動による「ボグロム」=大殺戮の恐怖から逃れようとした「キリスト教徒のフリをしたユダヤ教徒」であったと指摘されている。
 https://inri.client.jp/hexagon/floorA4F_ha/a4fhc100.html

 http://www.kanekashi.com/blog/2017/10/5492.html
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%80%E3%83%A4%E7%B3%BB%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E4%BA%BA

 そういう視点でアメリカ史を見ると、建国から一貫してアメリカの支配権を確保してきた保守系アメリカ人の大半が、実はユダヤ教徒ではないかという疑いさえ芽生える。
 プロテスタントを名乗るモルモン教とかエホバ派でさえ、その教義は旧約聖書の原理主義に近く、よくよく調べてみればユダヤ教と言っても差し支えない内容である。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AB%E6%97%A5%E8%81%96%E5%BE%92%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E6%95%99%E4%BC%9A

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%9B%E3%83%90%E3%81%AE%E8%A8%BC%E4%BA%BA

 もちろん福音派の教義も、明らかに新約聖書より旧約聖書を重視していて、戒律重視主義であり、これもプロテスタントではなくユダヤ教・律法主義に近いものである。
 したがって、アメリカの思想的背景として君臨し続けてきた福音派キリスト教は、イエスキリストのように人間愛を説いて人を許す前に、旧約聖書におけるレビ記に描かれた懲罰殺人を推進する勢力になっていて、アメリカにおける戦争や死刑制度、あるいは原爆投下にいたるまで、実は旧約聖書の解釈による正当化が主流になっている。
 https://www.biblegateway.com/passage/?search=%E3%83%AC%E3%83%93%E8%A8%98+20&version=JLB

 トランプは大統領に就任してから、際だった親イスラエル政策を次々に実現している。
 https://www.asahi.com/articles/ASL585D55L58UHBI027.html

 米大使館のエルサレム移転まで実現し、とうとう、アメリカ大統領として「嘆きの壁」まで参拝することで、イスラエルに対し、永遠の連帯を表明した。
 次に行うのは、エルサレム第三神殿の建立支援ではないかと囁かれているが、これは、イスラム聖地の破壊を伴うことから、やれば必ず第三次世界大戦を引き起こすとも言われている。

 そこでトランプは、福音派どころか、本当は完全なるユダヤ教徒ではないかとの噂が強まってきた。
 https://toyokeizai.net/articles/-/173824

 実は、本当の「ユダヤ人=ユダヤ教徒」の定義は、「母方の血胤」であって、父系ではないため、表向きの相続関係では分からない。「母の血を継ぐ」というユダヤ人の定義を調べるのは困難であって、したがって「隠れユダヤ人」という一群の人々が登場することになる。
 例えば、オバマ前大統領もスエーデン人の母が、チェイニー元副大統領の親戚のユダヤ人なので、ユダヤ人ということになる。
 https://plaza.rakuten.co.jp/realityofusa/diary/200912260000/

 トランプも表向きの系図からユダヤ人であるかを知るのは困難だが、大統領就任後の行動は、文句のないユダヤ教徒である。娘婿のクシュナーも敬虔なユダヤ教として知られていて、イバンカもユダヤ教に改宗している。

 福音派の別名は、クリスチャンシオニストである。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%82%AA%E3%83%8B%E3%82%BA%E3%83%A0

 上のリンクに書かれているように、最大の教義は、アブラハムの行った神との契約を守るということであり、旧約聖書に描かれた「シオンの地に帰還」する契約を実現することである。
 だから理不尽な、パレスチナ先住民への弾圧、権利破壊をアメリカが率先して支援してきたのである。
 つまり、福音派はユダヤ教徒シオニストと100%同じと断言してもよい。なんで、福音派がユダヤ教を名乗らないのか不思議なほどだ。

 以上の背景から、中国との経済戦争を俯瞰してみると……。

 中国に対する、徹底的ともいえる憎悪に満ちた経済弾圧の本当の理由は何か? それは4400万人(一説によれば7000万人)といわれる中国キリスト教徒への残酷な弾圧の現実である。

 https://www.nhk.or.jp/kokusaihoudou/archive/2019/01/0116.html

 https://www.nicovideo.jp/watch/so27443332

 https://blog.goo.ne.jp/jiuhime007/e/d46d3eb9de3babf710c7911bc5f47285

 https://www.epochtimes.jp/2018/09/36159.html

 中国国内にも福音派系列の教会も多く、アメリカ人にとって実感の薄い法輪功への臓器強奪弾圧よりも、2018年に、キリスト教会の強制取り壊しが習近平政権によって大規模に行われたことへのショックの方が大きい。
 ここで、「習近平憎し」の感情的共有が大規模に成立したのである。

 現在の米中貿易戦争の焦点は、ファーウェイによる5G戦略の封じ込めが争点になっていると報道されているのだが、実は、本当の理由は、習近平がキリスト教弾圧を行ったことが原因である可能性が高いのだ。
 以下は、昨年末、中国内キリスト教信者が数百名も行方不明になっているとの報道だが、これも、法輪功同様、施設に収容されて臓器の摘出売買施設に送られて殺害され、中国共産党幹部の利権に寄与した可能性が高い。
 https://www.youtube.com/watch?v=qAgSzmJK1E0

 このニュースが、アメリカのキリスト教徒たちを決定的に立ち上がらせた可能性が大きいと私は思う。福音派だけでなく、すべての宗派を含んでだ。
 宗教的なアイデンティティは、イスラムにおける「ジハード=聖戦義務」がそうであるように、ときには戦争の直接の原動力になってしまう。

 https://www.youtube.com/watch?v=okn3vhkm4co

 正直、5G利権をファーウェイから剥奪するというトランプ政権の方針は、アメリカ国民にとって馴染みの薄い問題で、なぜなら、すでにアメリカの下層大衆は、中国の安価商品によって生活の大部分を依存するようになってしまっているからである。
 これに25%関税をかければ、それはアメリカ下層大衆の必需物資を極端に値上げさせ、生活に打撃を与えることになり、トランプ政権の方針は歓迎されない。

 しかし、習近平政権がキリスト教会を中国全土で破壊したというニュースは、もの凄いインパクトを持ってアメリカの下層大衆を刺激している。
 「こんなことをする習近平政権は地球から追放すべきだ」という具体的な世論が拡大しているのだ。

 つまり、世界の政治的現実は、実は宗教的問題によって大きく規定されている。
 トランプの活動は、トランプ個人の思いつきよりも、背後の福音派の政治的利害に規定されていて、またユダヤ教徒の利害に規定されている。
 中国が、キリスト経への弾圧をやめない限り、もはや米中戦争は避けられないかもしれない。

 当座は、表向きレアアースの資源戦争という形をとるが、これも中国の敗北は確実なので、最後には、南シナ海や東シナ海で軍事的衝突が始まるに違いない。
 中国が他国との争いで、戦争にまで進まなかったことは一度もない。

 そして、中国は、建国以来の経済破綻に堕とされる。こうなると、落としどころとしては、中国国家の分割(例えば8地区)と独立ということになるかもしれない。


http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-766.html

9. 中川隆[-9105] koaQ7Jey 2019年7月13日 14:22:37 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[3585] 報告

信じられないかもしれないが、私たちは憎悪が生み出した果実を楽しんでいる2019.07.13
https://blackasia.net/?p=13585

日本と韓国との対立・衝突が激しくなってきている。互いに価値観を共有しない上に、長い歴史が対立を深刻化させている。しかし、世界を見回して見れば民族対立はどこにでもあって珍しいものではないというのが分かる。

たとえば、アイルランド人とイギリス人の対立は非常に長く12世紀からすでに対立と衝突を起こして、以後は延々と領土問題・宗教問題・食糧問題で揉め続けて現在に至っている。

中東ではイスラエル人とパレスチナ人がどんな仲介も意味がないほど苛烈に憎み合い、殺し合っている。スリランカ国内では、紛争自体は終わったとは言え、タミル人とシンハラ人の対立と憎悪は深いままだ。

スーダンと南スーダンも、国が割れて互いに不干渉になって平和になると思ったらまったくそうではなく、いつまでも互いに相手を攻撃し合って死者が出ている。

中東も一枚岩ではなく、イラクとイランは犬猿の仲であり、クルド人はクルド人でイラク・イラン・トルコのすべての国と宗教的に折り合えずに居場所がない。

中国は周辺国ばかりかアメリカとも対立しており、ロシアもウクライナやアメリカと激しく衝突している。アメリカはメキシコと常に揉めているし、世界中のあちこちに軍事的介入を行って嫌われている。(鈴木傾城)


いずれは「狩られる」立場になっていく

ミャンマー国内では、ロヒンギャ族とミャンマー人の間で激しい衝突が起きたまま一向に収まらない。アウンサン・スーチーも、ロヒンギャ族の迫害には表立って動こうとせずに国際社会から激しく批判されて見捨てられた。

なぜ欧米が持ち上げていたアウンサン・スーチーは、ロヒンギャ族を擁護しなかったのか。彼女もまた「ロヒンギャ族はミャンマー人ではない」と思っており、「ミャンマーから出て行って欲しい」と思っているからではなかったか。

ミャンマーは仏教国だが、ロヒンギャ族はイスラム教だ。

少数派のイスラム教徒はどこの国でも迫害されやすい。今、最も激しく迫害されているイスラム民族と言えばウイグル人だが、中国のウイグル人に対する扱いは筆舌に尽くしがたいものがある。

街の至る所に監視カメラを設置してウイグル人を監視し、モスクを次々と破壊し、100万人を強制収容所に放り込んで宗教心を完全破壊し、若い女性を収容所内でレイプし、逆らうものは臓器売買の対象にしてしまう。

中国はチベット人にも同じことをしており、チベット仏教とチベット文化を完全破壊し、逆らうチベット人を次々と弾圧し、拷問してきた。

明らかな人権侵害がそこに行われていたのだが、助けを求めるチベット人を国際社会は無視してきた。世界はチベット人の人権よりも中国で儲けることが重要だったからである。

(ブラックアジア:助けを求めるチベット人の炎の叫びを私たちは拡散すべき)
https://blackasia.net/?p=2771


しかし、中国の傲慢不遜な政治はいずれは中国人に対して激しい憎悪となって返っていく。漢民族は周辺国の激しい憎悪を買っていずれは「狩られる」立場になっていくだろう。

一度、民族間で憎悪に火が付くと、もはや修復不可能と言ってもいいほどの民族対立となって継続していく。

インドの国内外で渦巻く憎悪も果てしがない

民族憎悪は、双方の力が膠着している間は決して消えることはない。収まっているように見えても、それは地下でくすぶっているマグマが見えないだけだ。何かのきっかけがあると、すぐに爆発して深刻な問題になる。

民族対立があるのは、実は政治家にも有利である。なぜなら、失政で国民の不満が高まったら、その不満の矛先を敵対する民族に向ければいいからだ。そのため民族対立は政治によっても焚き付けられる。

それによって、さらに憎悪が拡散していく。

もともと同じ民族でも状況は変わらない。たとえば、インド人とパキスタン人は、もともと同じ民族である。宗教が違うから国が割れただけだ。しかし、この両国の相互憎悪は、「次の核戦争はこの民族対立が引き起こす」と言われるほど容赦のないものでもある。

インド・パキスタンは、お互いに心の底から妥協がないほど憎み合っている。政治家が和解しようものなら、必ずテロ事件が起きて元の相互憎悪に戻っていく。こういったこともあって、インド国内のイスラム教徒は激しい差別の中にある。

ヒンドゥー教はいまだにカースト制度があって、低カーストやカースト外の不可触民(ダリット)と呼ばれる人が存在する。彼らはカーストを捨てないヒンドゥー教に嫌気がさして、イスラム教や仏教に改宗していく。

だから、ヒンドゥー教徒は、ますますイスラム教徒や仏教徒を憎む。

インドが深刻なのは、隣国に激しい憎悪を持ちながら、国内でも宗教対立がしばしば起きることである。インドは広大な大陸であり、同じインド人と言っても、民族も言語も文化も違う人たちの寄せ集めで国ができている。

すべてがカオスであり、だから、この国の成長は一筋縄ではいかないことを理解しなければならない。

映画『ホテル・ムンバイ』では、2008年にタージマハルホテルで起きたイスラム過激派の起こした事件を題材にした映画だ。こうした事件の積み重ねが対立と衝突を深刻なものにする。

憎悪が生み出した果実を楽しんでいる

世の中で起きている多くの戦争は民族対立である。愛と平和を叫んで世の中が動いているわけではなく、民族と民族が互いに憎しみあって世の中が動いている。それが現実だ。

だから、武器弾薬が売れ、兵器が次々と開発され、民族憎悪の中でそれが消費されて超巨大ビジネスになる。インターネットが軍事研究から生まれたものであることはよく知られている。しかし、それだけではない。

GPSからレーダー制御から原子力から無人機まで、すべて軍事技術の転用で生まれているものである。

現代資本主義の要となっている金融取引のトレーディング・システムですらも、ロケット工学という軍事に関わっていた技術者がトレーディングに応用させたものだった。デリバティブさえも、軍事技術の応用だったということだ。

憎悪は殺人兵器の開発を向上させるが、その副産物として現代文明は発達しているということでもある。

「憎しみは何も生み出さない」という言葉があるが、とんでもない誤解だ。

憎悪が戦争を生み出し、戦争が孔子やクラウゼビッツのような実践理論や、ハイテク文明を生み出した。それらがさらにビジネス戦略や、インターネットの各種サービスを生み出し、私たちの生活を豊かにしている。

信じられないかもしれないが、私たちは憎悪が生み出した果実を楽しんでいるのだ。

今も、世界中のありとあらゆるところで、民族が民族を憎み、国家が国家と対立している。血みどろで、残虐で、救いのない殺し合いが渦巻いている。

しかし、その人間の根本にある憎悪が、逆に人間の文明を向上させているとは、奇妙な世の中ではないか。私たちは、相手を憎めば憎むほど、文明が発達していくという皮肉な世界に生きている。(written by 鈴木傾城)

人間の根本にある憎悪が、逆に人間の文明を向上させているとは、奇妙な世の中ではないか。私たちは、相手を憎めば憎むほど、文明が発達していくという皮肉な世界に生きている。
https://blackasia.net/?p=13585

10. 中川隆[-8703] koaQ7Jey 2019年8月22日 17:09:04 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4043] 報告

2019年08月22日
愛国心に基づく外交は国を亡ぼす 習近平、大戦前のドイツと日本


第二次大戦前のアメリカの要求は「満州を半分よこせ」でした。

合理的に考えれば中国や満州をアメリカと分割するか共同統治すれば良かったのです。


画像引用:http://www.wayto1945.sakura.ne.jp/APW/DKK.png

愛国者は自分の支持者に縛られる

世界で外交対立が目立っていて、日韓日中日朝、米中米欧など主要国同士が挑発合戦をしている。

アメリカと独仏は貿易ルールを巡って紛糾し「制裁関税だ」「やるならやってみろ報復だ」と罵りあっています。

トランプ大統領はうまく中国を挑発し、挑発された習近平は報復や「毅然とした態度」を取らざるを得ない。



だがこれは恐らくトランプの罠で、冷静に考えれば中国は30年前の日本のように譲歩して、アメリカとの貿易を続けたいはずです。

だが習近平は愛国者として国民から支持されているので、トランプが挑発するほど「毅然たる態度」をせざるを得ません。

国内の支持が外交上の圧力になり、間違った決定をしてしまった例は歴史上枚挙にいとまがない。


ロシアのプーチンも欧米から経済制裁されているので、合理的に考えれば譲歩して手打ちして経済再生を図るしかない。

だがプーチンも国民の支持が高い愛国者であるため、絶対に譲歩できず空爆や侵略を続けざるを得ません。

日露交渉にしても北方領土のゴミ同然の2島をくれてやれば、安倍首相は喜んで日露平和条約を結び経済援助したでしょう。


2島返還してもロシアが奪った千島列島と樺太の9割はロシアのものなので、外交戦でロシア圧勝となる。

だがプーチンは愛国者としての自分の仮面を剥がされたくないので、何も譲歩できないのです。

トランプにも同じことが言え、本当は譲歩したほうが良い場合でも、愛国者であるため絶対に譲歩できない。


こんなバカな理由で世界を巻き込む大戦争が起きたのが、第二次世界大戦でした。

ヒトラーも愛国心に縛られて暴走

大東亜戦争あるいは第二次世界大戦は、ヒトラーという熱烈な愛国者がドイツを救ったところから始まりました。

第一次大戦でたまたま負けたドイツは、英仏によって「侵略者」や「犯罪者」に仕立て上げられ、絶対に支払えないほどの賠償金を背負わされた。

イギリスは乗り気ではなかったがフランスは二度とドイツが立ち上がれないように、差別的な戦後賠償を課しました。


ドイツ人は全員がホームレスのようになり、絶望的な気持ちになっていたところへヒトラーが登場した。

ヒトラーが首相から総統になるや打つ手すべてが成功し、昨日まで世界最貧国だったのがあっという間に欧州最強国家に返り咲いた。

ここでもしヒトラーがケネディのように倒れていたら、今もヒトラーはドイツの英雄だったのかもしれません。


不幸にしてヒトラーはドイツが再興してからも健在で、しかも熱烈な愛国者であり続ける必要がありました。

英仏に匹敵する大国に復活したのだから、もうやめておけばいいのにポーランド、フランス、イギリス、ロシア、アメリカにまで戦争を吹っかけた。

内心ヒトラーは誰かに止めて欲しかったのかも知れないが、愛国者としての自分を捨てることができなかった。

大東亜戦争は10年辛抱すれば良かった

さて日本ですが、日本は明治維新後に日清日露戦争と連勝し、日本は無敵であるとの妄想を抱くに至った。

これも自らの愛国心に縛られた結果と言え、日露戦争中に冷静に「日本は負けるのでロシア語を勉強します」などと言ったら袋叩きにされたでしょう。

日露戦争に勝った時点で日本は既に冷静ではなく、勝つことしか眼中になくなっていました。


日米戦争のそもそもの始まりは大正・昭和恐慌からNY大恐慌の不況を回復するため、満州を開拓するという経済政策と食糧増産でした。

だが満州には中華民国が局地戦を仕掛けてきたり、大量の中国人を潜入させたので日中戦争に至った。

中国と戦っているとアメリカが「俺に中国を半分よこせ」と言ってきたので断り、しつこいのでアメリカとも戦争になった。


つまり経済政策として満州を開拓したら中国と戦争になり、中国と戦争をするためにアメリカと戦争になったのです。

当初の目的だった経済対策と食糧増産は失敗し、日本から満州や中国戦線に物資を送る始末でした。

合理的に考えれば不況を軍事行動で解決できないのはあきらかで、経済政策で解決しなくてはならなかったのです。


日米戦争そのものも不要で、例えばもう5年我慢すれば原爆が実用化し、10年我慢すれば日本も核武装できた。

軍部は「原油が枯渇しないうちに戦争する必要があった」と言っていますが、アメリカに中国を渡し満州は共同統治にするなど方法はあったのです。


これも愛国心が外交を縛った類で、当時の政治家は愛国心が売りだったので、国益上必要な譲歩ができなかったのです。

当時日本の政治家が「アメリカに中国を渡して譲歩する」決定をしたら、売国奴呼ばわりされたでしょうが、政治家は国の為に売国奴の汚名も引き受けなくてはなりません。

愛国心で政治家を縛り、政治家がカッコいい事だけやっていると、重大な決定で間違える事があります。
http://www.thutmosev.com/archives/80753486.html

11. 中川隆[-8668] koaQ7Jey 2019年8月26日 14:04:38 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4081] 報告

2019年08月26日
各国の「自国優先主義」中身は合理性よりプライドやメンツ優先


自国優先と言いながら自国の国益を犠牲にし、自分の体面を優先している人が多い


画像引用:https://static.blogos.com/media/img/233287/free_l.jpg

合理性のない世界

2019年になって世界の主要国ほとんどの首相や大統領が「自国優先主義」を打ち出し敵対する国を排除する政策を取っている。

米中、日韓、英仏独、インドやフィリピンやブラジルやミャンマーですら排外的な政策を取っている。

この自国優先主義だが、果たして外国を排除して自分の都合を押し付けるのが自国の利益なのか、大いに疑問がある。

例えば韓国は「北朝鮮への密輸をやめろ」という日本に反発し、事実上の断交のような態度を取っている。

北朝鮮への密輸での利益と日韓貿易の利益を比べれば、北朝鮮への密輸など辞めて日本との貿易を拡大するのが国家利益になる。

だが韓国の大統領府は国益に反して日本と断交し、経済的にも軍事的にも不利になる北朝鮮への接近を選んだ。


米中対立ではアメリカが「不公正貿易をやめて貿易黒字を減らせ」というもっともな要求をしたが、習近平は拒否している。

これも中国の国益を考えれば、アメリカの要求に少しずつ譲歩して、なるべく制裁を回避したほうが良い。

だが習近平はカッコよくアメリカの要求を跳ね除け、「超大国中国」の威厳を保つのを選んだ。


トランプは中国を制裁しているが、世界の貿易額が減ることでアメリカ自身も打撃を受け、少なくとも制裁しない場合より経済が停滞する。

本当にアメリカ優先主義ならば、米経済に打撃を与えない範囲で、もっと穏やかに事を運んだ方が良かった。

このように各国が言っている自国優先主義は、実際には自国優先でもなんでもなく、大統領や首相の腹いせとかプライドを保つために過ぎない。


北朝鮮に至っては、やることなす事すべて国益を損なっていて、自国破壊主義でしかない。

米中対立で合理的判断ができない中国

中国は19年8月23日、9月1日に対米追加報復関税を発動すると発表しました。

米国からの輸入車に25%、米国産の大豆と原油に5%など、トランプが不公正貿易と批判していたものが含まれている。

これにトランプ米大統領は8月23日同日、中国への報復として対中制裁関税第4弾を実施すると発表した。


大統領はツイッターで、中国が報復するなら第4弾の制裁を科すと以前から警告していた。

追加関税は10月1日から今まで25%だった品目は30%に、さらに3000億ドル分の輸入製品に15%の関税を課す。

こうした第4弾対中制裁はブルームバーグのエコノミスト調査によると、中国のGDPを6%未満まで引き下げる。

制裁なしの場合と比較して中国のGDPを0.5%低下させることになるが、アメリカのGDPも低下せざるを得ない。


だが貿易依存度はアメリカが低く、GDPはアメリカが大きいので、制裁合戦で受けるダメージは中国よりも少なく済む。

こうした制裁合戦でアメリカ側に合理性があるとすれば、それは中国を潰すことで将来も超大国の座を守れる点でしょう。

今までのペースで中国が経済成長するといずれアメリカと並ぶが、実際の中国はGDPを偽装したり債務を増やして公共投資している。


中国の公的債務だけでGDPの3倍以上で、家計債務や金融債務、企業債務を含めると、資本主義国なら破産している高水準です。

トランプ政権は今が中国を潰しアメリカの超大国の座を守る、絶好の機会と捉えているのかもしれない、

中国はアメリカに頭を下げてでも貿易を続けた方が良いが、習近平のメンツを損なうのでそれができない。


このように「自国優先主義」は政治家個人のメンツやプライド、ライバル国を蹴落とす目的で行われている。
http://www.thutmosev.com/archives/80785535.html

12. 中川隆[-10516] koaQ7Jey 2019年10月28日 15:53:04 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[2357] 報告
【緊急特番!「おおきなわ」#93】
脱北青年が出演!韓国で反文在寅デモに立ち上がった理由を激白[桜R1-10-27] - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=2_yuyBAZQDE


司会:我那覇真子(「琉球新報、沖縄タイムスを正す県民・国民の会」代表運営委員・チャンネル桜沖縄支局キャスター)

ゲスト:
 篠原常一郎(ジャーナリスト)
 サイ・ランケン(脱北者)

13. 中川隆[-12178] koaQ7Jey 2023年11月16日 18:32:59 : y4lua1fIb6 : eWN6d0h4ckdmMzY=[2] 報告
<■306行くらい→右の▽クリックで次のコメントにジャンプ可>
内田樹の研究室
月刊日本インタビュー「ウクライナとパレスチナ」
2023-11-16
http://blog.tatsuru.com/2023/11/16_0920.html

― ウクライナ戦争に続いてイスラエル・ハマス戦争が起こりました。この事態をどう受け止めていますか。
内田 強い衝撃を受けました。これまでもイスラエルとパレスチナは衝突を繰り返してきましたが、今回は暴力性の次元が違うと感じます。イスラム組織ハマスがパレスチナ自治区ガザから攻撃を仕掛け、イスラエルは「戦争状態」を宣言して以来、徹底的な報復攻撃を行っています。欧米はイスラエルの自衛権を支持していますが、「これは自衛の範囲を超えている」と批判している国も多くあります。
 でも、今回の事態を何と表現すればいいのか、私にも実はよく分からないのです。これは近代的な国民国家間の戦争ではありません。かといって、ポストモダン的な非国家アクターによるテロではないし、単なる民族抗争、宗教戦争とも言い切れない。そのどれでもなく、そのどれでもあるような、複合的な戦いが起きている。このような事態を適切に表現する言葉を私たちは持っていないという気がします。私たちはまず「何が起きているのかうまく説明できず、解決方法もわからない」というおのれの無知と無能を認めるところから出発する必要があると思います。
 ただ、イスラエル側の認識には前近代的な宗教戦争や「聖戦」思想に近いものを感じます。今回、ハマスは非戦闘員を含むイスラエル国民を無差別に虐殺しました。これについてネタニヤフ首相はハマスを「新しいナチス」と呼び、演説では「私たちは光の民であり、彼らは闇の民だ」という善悪二元論的な理解を示しました。イスラエルの国防大臣は「私たちは人間のかたちをした獣(human animals)と戦っている」とまで言い切りましあ。イスラエルによれば、今回のハマスとの戦闘は、二つの国家がそれぞれの国益を守るために行う「ふつうの戦争」ではなく、人間が悪魔と闘っている「神話的な戦争」だということになります。それではイスラエルのガザ攻撃に歯止めが利かなくなって当然です。相手は人間じゃないんですから。
 戦時国際法では、攻撃してよいのは敵戦闘員か軍事基地などに限られます。降伏者、負傷者、病人などの非戦闘員は攻撃目標にしてはなりませんし、医療施設も教育施設も宗教施設なども軍事目標にしてはならない。もちろん、実際の戦闘においては、市民や非軍事的な施設が「巻き添えを食う」ことは避けられませんが、それでも交戦時には「巻き添え被害」を最小限にとどめることがすべての軍隊には求められています。
 しかし、今回のイスラエルのガザ空爆は敵国の構成員は原理的にはすべて潜在的な戦闘員だという理解に基づいています。たしかに戦闘員と非戦闘員の線引きは困難ですけれども、交戦に際しては、その線引きのために最大限の努力をすることが求められている。自分が殺そうとしている相手が戦闘員か非戦闘員かがわからないときには、引き金を引くことを「ためらう」ことを求めている。それは正義の実現とはほど遠いけれども、犯さなくてもよい罪は犯さない方がいいと命じている。ことは原理の問題ではなくて、程度の問題なんです。
 ところが、今回イスラエルは、敵国の構成員である以上、子どもも大きくなれば兵士になるかも知れないし、医療施設で治療を受けた人間は治癒すれば前線で戦うかも知れないという理屈で「子どもも殺すし、病院も爆撃する」ことを正当化している。「ジェノサイド」と呼ばれるようになったのは、そのためです。
 これは近代国家として守るべき最低限の節度を越えています。今起きている事態をどう呼べばいいのかは僕にはよく分かりません。でも、名前をどうつけるよりも、この瞬間も殺され続けているガザの人たちの命を守るために一刻も早く停戦することが最優先される。「これは言葉の問題ではなく、時間の問題なのだ」というのは感染の拡大を前にして、この病気がペストかどうかをいつまでも論じている専門家たちに向けて『ペスト』の医師リウーが告げる言葉です。今のガザについても、同じことが言えると思います。
―― ウクライナ戦争にも聖戦の側面があります。
内田 ロシアも前近代のパラダイムに退行しつつあるように見えます。プーチンはウクライナの「非ナチ化」を掲げて侵攻しました。ウクライナ政府がナチ化しているというのは、まったくナンセンスな妄想です。でも、妄想にも十分に現実変成力はあります。妄想に駆られた人によって現に都市が破壊され、多くの人が殺されている。
 一方のウクライナは、国土と国民を守る国民国家の自衛戦争をしています。こちらの方は戦うことに国際法的な合理性がある。ですから、国際社会はロシアを非とし、ウクライナの自衛には理があるとした。軍事支援はNATO諸国に限定されていますが、モラルサポートは世界から送られました。
 しかし、パレスチナ戦争の勃発直後に、ゼレンスキーがイスラエル全面支持を打ち出したことで、ウクライナへのモラルサポートは一気に萎んでしまった。ウクライナの最大の戦力はロシアに対する倫理的優位性だったのですが、ガザの市民を虐殺しているイスラエルを支持したことで、その倫理性が深く傷ついてしまった。かつてウクライナを支持した同じ市民たちが今はパレスチナを支持しています。当然、欧米諸国政府の対ウクライナ支援の機運もこれで萎んでしまうでしょう。すでに「ウクライナ疲れ」が広がっているこのタイミングでのゼレンスキーの「失言」はもしかすると彼の政治的求心力に致命傷を与えるかも知れません。
―― アメリカの覇権が衰退する中でヨーロッパと中東で戦争が勃発し、近代的な国際秩序が動揺する一方、前近代のパラダイムが復活してきている。
内田 そういうことだと思います。ただし、ウクライナとパレスチナは同列に論じることはできません。ロシア・ウクライナは独立した国民国家間の戦争ですが、イスラエルとパレスチナはそうではありません。パレスチナは長くイスラエルによって分断され、抑圧され、国家機能を奪われており、いまだほんとうの意味で国家としての政治的自立を達していませんから。
 それからもう一点、ロシアとウクライナは文化的にも多くの共通点を持っている同じスラブ民族の「兄弟国」ですが、イスラエルとパレスチナは、民族が違い、言語が違い、宗教が違うまったくの「異邦人同士」です。ですから、仮にこれから和平があり得たとしても、この二つの戦争ではずいぶん違うものになるだろうと思います。
― パレスチナでの戦争は「21世紀の中東は誰が管理するのか」という問いを突き付けるものだと思います。
内田 「中東の管理者」は歴史的に見ると、13世紀から1922年まではオスマン帝国、大戦間期は英国、そして第二次大戦後はアメリカというふうに遷移しています。
 第一次世界大戦中、英国はオスマン帝国を弱体化させるために、アラブにはフサイン=マクマホン書簡で独立を約束し、ユダヤにはバルフォア宣言でユダヤ人の「民族的郷土(National home)」を約束するという「二枚舌外交」を行いました。それが今日のパレスチナ問題の原因となりました。
 大戦間期には「中東の管理者」を任じていた英国は、第二次大戦後に国力が衰え、「世界帝国」から大西洋の一島国に「縮む」という戦略転換をしました。その時に「中東の管理者」のポストは英国からアメリカに移りました。
 しかし、アメリカも英国同様、中東の管理には結局失敗します。イラク、アフガニスタン、シリア、そのどこにもアメリカは「欧米的民主主義」を扶植することができなかった。そもそもアメリカが中東に強い関心を寄せたのは、石油資源が欲しかったからです。でも、中東全域をパックスアメリカーナの秩序下に収め、石油の安定供給を確保するために要する「統治コスト」より、アメリカ国内で資源を調達するための「技術開発コスト」の方が安いということがわかった時点で、アメリカには中東に固執する必然性がなくなった。
 それゆえ、オバマは2013年に「アメリカは世界の警察官ではない」と宣言し、アメリカは本格的な「リトリート(大退却)」を開始しました。それは「中東をコントロールするために要するコストは、中東からもたらされるベネフィットより大きい」という算盤を弾いた結果です。そうやって、2021年にはアフガンから撤退し、イラク駐留米軍の戦闘任務を終了しました。それに並行して、イスラエルとアラブ諸国の関係改善を主導して、2020年にはイスラエルとバーレーン、UAEの国交正常化を実現し、イスラエルとサウジとの国交正常化交渉を進めています。つまり、アメリカは「中東管理」という苦労の多い仕事をこれからはイスラエルに代行させて、自分たちはそっと逃げ出す算段をしていたんだと思います。でも、「リトリート」の代償として、アメリカはイスラエルに「中東におけるフリーハンド」を与えてしまった。それが裏目に出たのが今回のガザ侵攻だと言ってよいと思います。
 厄介払いをしたつもりが、逆にアメリカはウクライナ問題に加えてイスラエル問題という問題を抱え込むことになってしまった。いわば「二正面作戦」を強いられることになったわけです。そして、ウクライナ支援では共同歩調をとってくれたヨーロッパ諸国の国民世論は圧倒的に「パレスチナ支援」に傾いていて、イスラエルを後押しするアメリカには国際社会のモラルサポートがありません。
 アメリカはかなり手詰まりになっています。アメリカが中国との関係改善に意欲的なのは、そのためだと思います。ここで中国との関係が緊張してしまうと、いよいよ「三正面作戦」を展開しなければならなくなる。たぶん中国はここで窮地のアメリカに「貸し」を作ることで、対中国包囲網を緩和させるという譲歩を引き出すつもりでしょう。アメリカは譲るしかないと思います。
―― イスラエル戦争は米中接近につながった。
内田 そうです。でも、もちろん米中接近には限界がある。かつてイギリスがアメリカに覇権を委譲したのは、英米がアングロサクソンの「兄弟国」だったからです。でも、アメリカから中国への覇権委譲はそれほどスムーズには実現しないでしょう。かなり複雑で、ぎくしゃくした「米中協調」になる。でも、それしかアメリカにとっての選択肢はありません。今後、アメリカはウクライナでも、中東でも、アフリカでも、国際秩序を保つためには中国の外交力と経済力を借りなければならない。その点では中国に頼りたいのだが、中国の国際社会でのプレゼンスをこれ以上は大きくさせたくはない。どうしたらよいか。たぶん、米中以外に複数のキープレイヤーを関与させて、問題解決における中国のプレゼンスを減殺するという戦術を採択することになると思います。
 中東の場合でしたら、トルコがこのキープレイヤーになるでしょう。今回の戦争についてエルドアン大統領はイスラエルを「戦争犯罪国家」と断じ、イスラエルを支持する欧米を「十字架と三日月の戦争を引き起こしたいのか」と厳しく批判しています。イスラム世界のリーダーとしては当然の発言だと思います。
 でも、トルコは中国ともアメリカともロシアとも「等距離」にいます。何よりオスマン帝国には600年にわたって安定的に中東を統治してきたという実績がある。その歴史的経験を踏まえて、今新たに強国として登場してきたトルコが中東情勢安定に積極的に関与するというシナリオはアメリカにとっても中国にとっても決して「損になる話」ではない。アメリカからすれば、トルコはNATOの同盟国ですし、トルコ国内には米軍が駐留している。そして、トルコと中国はいずれ「帝国の辺境」において必ず衝突するはずだからです。
 中国が「一帯一路」構想でめざしているのは西域から中央アジアを経て黒海に到る現代のシルクロードですが、その地域はそのままトルコからアゼルバイジャン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、カザフスタンを経て新疆ウイグルの至る「スンナ派テュルク族ベルト」と重なります。どちらがこの地域の「主」となるか、その覇権をめぐって中国とトルコはいずれ必ず衝突します。この潜在的な緊張関係を利用すれば、アメリカはトルコと中国を「操作する」ことができるかも知れない。たぶん米国務省はそういう算盤を弾いているはずです。
―― イスラエル戦争の停戦や新しい中東秩序が実現したとしても、パレスチナ問題の解決は至難の業です。
内田 こればかりはうまい解決策が思いつきません。1948年にパレスチナにイスラエルが建国され、先住民であるアラブ人たちは土地を追われました。その非道を正すための「アラブの大義」を掲げて、1948年から73年までに4度の中東戦争が行われましたが、イスラエルが軍事的にはアラブ世界を圧倒した。この戦争の終結のために、1978年にジミー・カーター大統領の仲介で、エジプトのサダト大統領とイスラエルのベギン首相の間キャンプ=デーヴィッド合意が取り結ばれました。この二人は翌年ノーベル平和賞を受賞しました。しかし、ここには戦争の当事者であるパレスチナ人の代表は呼ばれておらず、ベギンはエジプトとの和平実現後、1982年にレバノンにあるPLOの拠点を攻撃するレバノン侵攻を実行し、サダトはイスラエルと合意したことで「アラブ人同胞の裏切り者」と批判され、のちに暗殺されまてしまいした。
 1993年にはイスラエルのラビン首相、ペレス外相とPLOのアラファト議長が「二国家共存」を目指すオスロ合意を交わし、これも彼らにノーベル平和賞をもたらしましたが、ラビン首相はやはり自国の過激派に暗殺され、アラファト議長没後にPLOは分裂し、パレスチナは、主流派ファタハがヨルダン川西岸地区を支配し、非主流派のハマスがガザ地区を支配するという現在のような分断国家になりました。
 二度にわたって和平合意がなされ、当事者五人がノーベル平和賞を受賞しながら、結局平和は達成できなかった。この歴史的経験からわかることは、どれほど合理的な和平合意も、それぞれ当事国の国民による「感情の批准」が得られなければ空文になるということです。
 問題は和平協定そのものの合理性よりむしろ国民感情です。最も強く人を衝き動かすのは怒り、憎しみ、屈辱感といった「負の感情」です。だから、ポピュリスト政治家は、そのような「負の感情」を政治資源として利用して、権力を獲ようとする。でも、一度火が点いた感情はそう簡単にはコントロールできません。ポピュリストは、国民の怒りや憎しみや屈辱感を手段に使って政治目標を達成しますが、しばしば暴走する感情を御し切れずに自分自身が政治生命を失うことになる。イスラエルはおそらくそうなると思います。ネタニヤフ政権は「史上最右翼」と言われる政権ですが、それはイスラエル国民の怒りと憎しみを政治資源として「活用」することで権力を維持してきたということだからです。
 10月7日のハマスのテロを事前に察知できなかったのは情報機関の失策だと言われていますが、そのせいで1200人の死者が出て、イスラエル国民の怒りに火が点きました。支持率低下に苦しんでいたネタニヤフにとってはこれが政治的浮力になった。怒りと憎しみをおのれの政治的求心力のために利用した以上、この後、仮にネタニヤフ政権が停戦に合意しようとしても国民感情がそれを許さないということが起きる可能性があります。過去二度の合意と同じように、和平に合意した者は味方から「裏切者」と罵倒されることになるかも知れない。
―― 最終的に国際問題を解決するためには、「負の国民感情」を鎮めなければならない。
内田 そうです。そのためには死者を鎮魂し、生き残ったけれど深く傷ついた人々を慰藉しなければならない。供養というのは、死者たちについては、彼らがどう生き、どう死んだのか、それをできるだけ精密に語り継ぐことです。それは「負の感情」に点火するための営みではありません。怒りと憎しみを鎮めるための営みです。そこから死者たちについての新しい「物語」が生まれてくれば、死者たちはもう「祟る」ことはなくなります。
 その点で注目に値するのが、韓国の取り組みです。韓国ではこの10年、李氏朝鮮末期から日本の植民地支配時代、軍事独裁時代を題材にしたドラマや映画を次々に発表してきました。自国のトラウマ的経験、歴史の暗部をあえてエンターテイメント化してきた。私はこれは国民的規模での「鎮魂」の儀礼だと思っています。
 日本でも朝鮮人虐殺を題材にした映画『福田村事件』が異例のヒット作になりました。これは森達也監督がこの「歴史の暗部」をあえてエンターテインメントとして再構成したことの成果だと思います。
 物語がエンターテインメントとして成立するためには、登場人物たちに「深み」がなくてはなりません。薄っぺらで記号的な「善人」や「悪人」がぞろぞろ出てきても、感動は得られないからです。シンプルな「勧善懲悪物語」には人を感動させる力はありません。私たちが映画やドラマを見て感動するのは、すべての人は、それぞれ固有の事情を抱えながら、運命にひきずられるようにして、ある時、ある場所で、思いがけずある役割を演じることになるという人間の宿命の抗いがたさの前に立ち尽くすからです。『福田村事件』はそういう映画でした。私たちは死者たちについて物語ることを通じて「供養する」。それは死者たちに「善人」「悪人」というラベルを貼って、それで済ませるのではなく、一言では片づけられない人間の「深み」を物語るということです。
 現在、日韓関係は改善に向かっていますが、その背後にはこういう文化的な努力の積み重ねがあるからだと思います。どれだけ長い時間がかかったとしても、私たちは死者の鎮魂と生者の慰藉を通じて負の国民感情を鎮静させ、民族間の憎しみの連鎖という「呪い」を解かなければなりません。
―― 「この世には命や平和より大切なものがある」という考え方があります。そういう超越的な価値に基づいて戦っている当事者に「命や平和を守りましょう」と呼びかけても説得できないではありませんか。
内田 十字軍やジハードや祖国防衛戦争など、いつの時代も現世の幸福を否定しても「聖戦」に身を投じるという人はいます。でも、来世の幸福を渇望するのは、現世が不幸だからです。テロリズムは今ここでの物質的・精神的な「飢餓」が生み出すものです。ですから、まずあらゆる人々の衣食住の欲求が満たされる必要がある。でも、それだけでは十分ではありません。自尊心や集団への帰属感が得られなけれれば「飢餓」は満たされない。
 ヨーロッパでは移民の衣食住はなんとか制度的に整えられていますが、それでも移民によるテロ事件が後を絶ちません。それは彼らが日常的に劣等感や屈辱感を味わっているからです。テロリストになることで自尊感情と集団への帰属感を回復しようとするのは、今いる社会ではそれが得られないからです。
 ですから、「テロリズムと戦う」というのは、「テロリストを根絶する」ということではなく、テロリズムを生み出す怒りと憎しみと屈辱感を誰にも与えない社会を創り出すということです。遠い目標ですけれども、テロリズムを根絶する方法はそれしかありません。
―― パレスチナ問題は「二国家共存」という政治的解決が示されていますが、真の解決はどうしたらできるか。
内田 パレスチナ問題の根源にあるのはヨーロッパの反ユダヤ主義です。近代反ユダヤ主義はエドゥアール・ドリュモンの『ユダヤ的フランス』(1886年)から始まります。ドリュモンはフランスの政治も経済もメディアも学問もすべてユダヤ人に支配されているという「陰謀論」を展開して、爆発的なブームを巻き起こしました。ドレフュス事件はその渦中で起きました。
 ユダヤ人ジャーナリストのテオドール・ヘルツルは『ユダヤ人国家』(1896年)を執筆して、近代シオニズム運動の主導者になりますが、彼が「ユダヤ人の国」が建設されなければならないと決意したのは、取材に訪れたパリで、ドレフュス大尉の官位剥奪式に詰めかけた群衆たちの反ユダヤ感情の激しさに触れたことによります。「ユダヤ人はヨーロッパから出て行け」というフランスの反ユダヤ主義者たちの主張を重く受け止めたヘルツルは「ユダヤ人の国」の建設というアイディアを得ますが、このアイディアを最初に言い出したのは「反ユダヤ主義の父」ドリュモンです。「ユダヤ人はヨーロッパから出て、自分たちだけの国を建国すればいい。そうすれば、そこでは誇りをもって生きられるだろう」と彼はユダヤ人に向けて「忠告」したのです。
 ヘルツルが「ユダヤ人の国」の建設予定地として検討した中には、ウガンダ、アルゼンチン、シベリアなどがありました。つまり、「どこでもよかった」のです。でも、やがて近代シオニズムはそれ以前から宗教的故地への入植活動として細々と営まれてきた宗教的シオニズムと合流するかたちで「シオンの地」であるパレスチナに「ユダヤ人の国」を建国することを目標として掲げることになります。
 今、イスラエルはパレスチナとの共存を拒んでいますが、イスラエルという近代国家ができたのは、そもそもヨーロッパがユダヤ人との共存を拒んだことが遠因です。問題の根源は「他者と共生すること」ができない人間の非寛容さです。それが近代反ユダヤ主義を生み、パレスチナ問題を生み、現在のガザでの虐殺を生み、さらには新たな反ユダヤ主義さえ生みだそうとしている。
 答えは簡単と言えば簡単なのです。反ユダヤ主義とパレスチナ問題は同根の問題だからです。これを生み出したのはどちらも「他者との共生を拒む心」です。そのような弱い心情に人が屈する限り、同じ種類の問題は無限に再生産されます。「理解も共感も絶した他者とも共生し得るような人間になること」、それ以外の解決法はありません。(11月4日 聞き手・構成 杉原悠人)

(2023-11-16 09:20)
http://blog.tatsuru.com/2023/11/16_0920.html

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