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《真理はシンプルなもの》人間はどこから来て、どこに向かうべきなのか?
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投稿者 お天道様はお見通し 日時 2018 年 9 月 12 日 13:32:38: I6W6mAZ85McLw gqiTVpO5l2yCzYKojKmSyoK1
 


《真理はシンプルなもの》人間はどこから来て、どこに向かうべきなのか?




人間はどこから来て、どこに向かうべきなのか?



 ’偶然’という、科学を否定した言葉を多用している科学的論理説明が最初からできていない進化論を、ようやく否定し始めた現代自然科学([特報]ダーウィンの進化論が崩壊 : かつてない大規模な生物種の遺伝子検査により「ヒトを含む地球の生物種の90%以上は、地上に現れたのがこの20万年以内」だと結論される。つまり、ほぼすべての生物は「進化してきていない」)… 。 誤った過去を修正した次になすべき重要事は、我々人類世界が本当に目指すべき方向への軌道修正なのではないか。



真理はシンプルなもの 『 真理は自然の中に在り 』(抜粋) 大摩邇(おおまに)
『 奇跡の実現 』

〜 欲望を捨てれば、不可能が可能になる 〜

政木和三


プロローグ
 
幸福になる道、
それは 『 自分が幸福になった 』 と思うことから
 
 
【 真理はシンプルなもの 】
 
 
 
 われわれの人類社会、あるいは宇宙の構成のすべては単純な形をとっている。


 そして質素ではあるが、大きなエネルギーの調和がとれている。


 真理は自然に存在するものであって、人間のつくれるものではない。


 人間社会に悩みが多いのは、真理を理解していない人間が多いためであろう。


 真理とは何か。


 人間が生きるための真理、それは幼児に見ることができる。


 幼児は自分に必要なもの以外を求めることはない。


 しかし、大人は自分の必要な物の一〇倍、一〇〇倍を求めようとする。


 そしてそれがかなわぬ時、自分は不幸だ、さびしいと嘆く。


 一人の赤ちゃんがこの世に生れ出る時、天はその人が一生に必要なものすべてを与える約束をしている。


 この世に生れ出た以上、その人の分相応に必要なものは、一生の間、自分についてまわることになっている。


 自分が必要以上に求める時、不満と不平がわいてくるのである。


 それは自分に必要のないものを欲しているからである。


 宇宙には不満も不平もない。


 星が不平を言ったことも聞かないし、風が不満を言うこともない。


 川も水も、ただ黙々と流れに従って遠い旅をしている。


 木の葉や草に棲む虫も、ただ、せっせと働いている。


 一向に不平らしい様子は見せない。


 なぜ人間だけが不平、不満を言うのであろうか。


 それは他の動物や自然現象にない問題(愛情問題、食糧問題、対人関係等々)を、人間だけにあるとする考え方から生じるのであろうが、それも所詮、個人が必要以上の欲望を持つからである。


 生まれた時、人はすべて同じように丸裸であった。


 今はそれに衣服をまとっている。


 そして食事ができて、生きている。


 それ以上の望みを欲してどうなるのだろうか。


 年をとれば必ず死んでいく。


 その時何を未来へ持っていけるのか。


 持っていくものは何一つとしてない。


 自分の肉体すら捨てていかねばならないのである。


 子供のために財を残したいと思う人もあろう。


 しかし、その子供はそれによって本当の幸福が得られるだろうか。


 子供にとって余分なものは迷惑となり、不幸となる。


 その子供にとっても、必要なものだけでよいのではないだろうか。


 今の世には、欲望が特に激しく、そのために他人を不幸にしてまで財を築いた人がいる。


 そのような人の子孫はどのようになったであろうか。


 自己の欲望のために、他人のものを横取りすることから、周辺に不平、不満が起きてくる。


 大会社の社長には、社員および大衆に幸福を分け与えなければならないという重責がある。


 地位を利用して、自己満足を得るための社長であってはならない。


 世の中は複雑だという人がいる。


 しかしそれは、その人自身の心が単純でないからそのように思うだけである。


 単純な世の中を、その人達がややこしくしているのである。


 会社においては、上司に対して心にもないオベンチャラを言う。


 年末、年始や中元のつけとどけ等を義理でしている人が多い。


 本当に世話になったお礼であれば、どれほどしてもよい。


 ただ、習慣的に、義理にでもしなければ上司に悪くされて困るからと、いやいやながら持ってゆく者もいるだろうし、中には恨みのこもった贈物もあるだろう。


 また人間社会には裏があるから、心を殺してそれをやっておかないと、自分が出世できないと思い込んでいる人もいる。


 このように、ひねくれた、裏街道ばかりに目標をおいて出世した人々が社会のリーダーとなった時、この世は複雑なものとなる。


 そしてまた次代にも伝わっていく。


 コンピューターは、0と1の数字しか理解できない。


 0と1という、ものが有るか無いかだけの最も単純な考え方によって、人間が一年もかかるような計算を数秒間でやってしまう。


 これはコンピューターの構造がシンプルになったためである。


 だから、コンピューターは迷うことなく計算を遂行していく。


 人間の世界も、有か無かの二種類だけしかない。


 明るいところと暗いところの差は、光があるかないかの違いであり、健康と病気、生と死、また会うも別れも、これらのすべてが有か無かだけで説明できるものである。


 人間には、有か無しかないと思えば、考え方がシンプルになる。


 その中間はあり得ないのだから考えなくてもよい。


 望んでも自分のものにすることのできないものは、自分には不必要なものと思えば欲望も消えていく。


 また、いくら努力しても思いが達せられないことがあれば、それは自分には無関係なことであると思い切ってしまうようにする。


 そして、自分の実行できることだけが自分のすべきことであると思い、それに全力を注入すればよい。


 この世は水の流れのように、なるようにしかなっていかないと思えば、悩みも迷いも消え去っていく。



真理とは実は単純で、私たち全ての魂は元々この宇宙から発生したものであり、その根源は一つなのに独立した個となった途端、我欲の達成に走り出してそれが利害相剋を生み出し、世の中を複雑怪奇なものに見せかけている。


根っこは一つであるのだから、その根っこ全体の利益をまず第一に考える、即ち利他であろうとする姿勢を保持することが、引用でも言っている’欲望《煩悩》を捨てようとする’事になる。 しかもそれ(利他)は、結局利己をも包含しているので、より大多数や環境、他種に至るまでの利害を叶えるのは最終的に自己の利害にも合致する。





利他であろうと心がける姿勢=良心に従って生きようとする事に逆らって煩悩の赴くままに生きているから、人は多くのストレスを抱え込む。 そのように”人間らしさ”を忘れた生命本能の基底部分に沿った自己中心的低次元思想によりかかって生きようとする事は、あらゆる弱者の毀損、つまり全ての終末に直結した破滅的短慮に他ならない。






真理への道


ベルクソンの言葉と、旧友へのメッセージ《改》


《金融クラッシュを待っている受動的姿勢をやめよ!!》貨幣資本主義社会の抱える致命的欠陥からの回避と真の人間らしさを求めて


《破産危機が迫るイリノイ州・コネチカットの金融中心ハートフォード市に破綻の危機》んで、人類全体が幸せになれる方法を考える


まだまだあるある歴史の嘘と、貧困、飢餓、殆どの犯罪、高齢化、少子化、等、社会問題の根源は貨幣制度の是認であるに違いない。


社会主義のデンマークVS自由主義のアメリカ、どちらが住みやすい?←右と左のいいとこどり、その間にある理想社会は、あります


あるべき持続可能な、循環型社会と、その、平和的な移行方法に関する考察。
(コメントの6番が2016年2月9日現在の最新バージョンです。)






引用部以外はオリジナル



 

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コメント
1. 中川隆[-13672] koaQ7Jey 2018年9月12日 18:17:11 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-18505] 報告

アホの考えを変えようとしたり、反論したり、話し合おうとしたりするのはすべて無意味で無駄
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/805.html


阿修羅掲示板はパラノイアや統合失調症患者の投稿が多いので、真に受けない様に気を付けて下さい
http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/899.html


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2. 2018年9月13日 02:48:45 : lJDNhqzGmg : oNZo8IPBvfg[1] 報告
政木氏の書籍は絶版とされているが圧力で消えているといえるのだろうな。気付いた時には手に入らないと思っていたのだが、私の親戚の書店の棚に新品のまま眠っていたのを私が見つけて二冊購入。
出会いはすべて必然といえるのだろう。いまから二十数年前の話。
当事Evarという雑誌が創刊され、その中の記事に目が止まったのがきっかけで知る事となった。
その頃既に政木氏の話を真実だと理解できたのは、ほかにもうすでに私の身の回りで不思議な連動が次々に現れ始めていたから。あらゆるものがリンクして、あらゆる不思議な体験に繋がれた。どれもこれもあたたかな経験だった。
自分の痛み、苦しさを捨てて、正しい事のみに向かおうとする人間、どんな責め苦にあっても、恨まず、責めず、正しきをゆくと決めて、それを守ろうとするものを存在は本当にあたたかな空間で包んで、守って導いてくださるよ。
私も忘れていたことがある。思い出させてくれてありがとう。
3. 中川隆[-13666] koaQ7Jey 2018年9月13日 09:01:20 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-18520] 報告
>>2
>その頃既に政木氏の話を真実だと理解できたのは、ほかにもうすでに私の身の回りで不思議な連動が次々に現れ始めていたから。あらゆるものがリンクして、あらゆる不思議な体験に繋がれた。どれもこれもあたたかな経験だった。

統合失調症に良く見られる症状としては同じ言葉を繰り返す、言葉のサラダ(意味のない単語の羅列)、宇宙人と交信しているという、霊と話をする、チャネリングが出来るというetc.
そして何より、自分が統合失調症であることを認めない患者が多いのがこの病気の最大の特徴であり、統合失調症が発病してから、5年放置した場合、脳の萎縮が前頭葉に達し二度と現実の世界に帰ってこれなくなってしまうのです。

つまり、統合失調症であることを否定し続け、5年間何も対処せずに放置した場合、もう手遅れであるということです。

私は霊能力がついた、ハイヤーセルフとつながっている、という人たちのブログも読みましたが、統合失調症の初期症状が出ているとして間違いないと思います。 ← >>2さんはコレ

あの時の私と完全に症状が一致している。

統合失調症は現在では治療可能な病気であり、予後も良い病気になってきています。

薬も副作用の少ないものがたくさん出てきています。しかし、早期治療が何よりも重要であることには間違いがありません。

どこか思い当たる節があるのなら、一度病院に行って検査されることをお勧めします。
何もないとしたら、それはそれでめでたいことです。しかし、手遅れになってしまえば
人生を台無しにしてしまうこともありえるのです。
http://plaza.rakuten.co.jp/kuukuumaromaro/diary/200806050000/



[18初期非表示理由]:担当:混乱したコメント多数により全部処理

4. 2018年9月14日 13:08:51 : yOtvkiLihg : By_q_x6lBF4[1] 報告
>3
神出鬼没を装って他人の投稿に張り付いて監視する「異常者診断ネットワーク」のボランティアさん。
今日もご精が出ますな。ごくろーさん。
5. 2018年9月14日 15:27:38 : yOtvkiLihg : By_q_x6lBF4[2] 報告
「言葉」は簡単に「履き違え」される。
誰かが「感覚で理解したもの」を言葉に変換するのは容易い。しかしその逆は困難である。
そうして誰かによって感覚的に悟られた真理は「言葉に置換された言葉」となって一人歩きする過程では洋々に間違いを起こしかねないものとなる。

政木氏の逸話に対する所感は別として、これは塩谷氏に関しても同じ記述を見る事が出来るが、その真理を悟りたいとするものに取ってすべきことは、理屈をただ頭に言葉にインプットするということではない。それで何かが済む、良い変化が期待できると云う話には至らない。これを信じる事で何かに依存できるという考えをまず捨てなければならない。
誰でも「ただの理屈」を「紛れも無い知識」へと昇華するには「同様の過程を経ることだけが確かなもの」だということとなる。

よってまず、言葉で語られる「真理性をとじこめた理屈」へは疑ってかかるのがよい。
疑っても良いが、それで済む事もまた無い。
またはそれを信じてみたいとする人間もまたそれだけで済む話では無い。
だから否定する側と、疑いを晴らして証明したいとする側双方の立場はなべておなじである。

良い変化を求めると云うなら、まず自己が持つ日常へ対しての違和感を明確にさせなければ、その後に良い変化は期待できない。苦痛や圧といったものとは、そこから抜け出すことを示唆し、促すために存在するのである。

だからまずは、こうした話はすべて、「意識の変革を自己に促し、その道程へと自ら足を踏み込ませるきっかけとなりえるもの」にすぎないと心得る事だ。

「欲望を捨てよ」という"ことば"を理解するには、まず、その「言葉がかかる本質部分が何か」を感覚的に掴まなくてはなら無い。「真理を別の理屈に閉じ込めてしまわぬよう」に。

「感覚的につかむために何をすべきか」は"感性の領域"で掴むべき問題だ。
それは「脳の働きに頼ってどうこうする」ということではない。
そこにある真理めいた理屈を「別の理屈に閉じ込める」ことなく、「どのように感覚的な理解に落とし込むか」にある。

謂わばこれはほぼ「思い出す」という作業に等しいと言えるのではないか。
そう考えれば、受け入れ態勢は自然と整ってくる。

つまり、何かに「依存して今この場から離れよう」とするのではなく、あらゆる抵抗を捨てて、すべてを「理屈を介さず」"受け容れる"ということだ。

そこで提案がある。
例えば、こう想像してみる。

「自分の額の奥、脳の前方に小さな石が埋め込まれていると想像する。
その石は結石のように石灰がこびりついていて、白く濁って塊となっている。
そこに上方から一筋の温かな水が流れ落ちてくる。
その水は額の中心から中に降り注いで、その額の中の白く濁った石へと注がれていく。
綺麗な水はそののち、そのまま首の後ろ側(頸椎)から出ていき、背中側後方に消えて行く。
日光が乱反射する輝きを写し取った綺麗な水は白い石にゆっくりとあたたかく注がれ続ける。
額の中の石はしずかにゆっくりと洗い流されていく。
そうして石の表皮が洗われていくと、ほどなくして外側にこびり付いていた歯石のような塊は剥がれ落ちていく。
そしてその中から綺麗な光を宿す透明なクリスタルが真実の姿を露にして行く。

そのようにただ、その想像による水の流れを受け入れるだけにして数分間リラックスして過ごしてみる。

こうしたことで頭脳の働きを制限し、感情に振り回されたり、神経を逆撫でしたりという無益な活動を止め、知覚の働きを鋭敏に保つことに専念するようにクセを付ける。
理屈や思念のフィルターを通さず、あらゆる現場の状況を直接的に感性にただ楽しむだけにする。

これは感性のバランスを保つだけにあらず、情報察知能力を鋭利なものにする技術的な練習として役立つ。その為の時間を毎日数分取るだけでいい。


「自我」とはよく西洋的な概念が優勢な場所では「モンキーマインド/モンキーブレイン」と別称でいわれることがある。
だが自我とは「脳」という記憶媒体内に作り込まれたプログラム=新しいパーソナリティー(生命)だ。
それ自体を悪く言うことはしないほうがいい。あくまでそれは「塗り替える事が可能なもの」であるからだ。だから社会性としてそこに一体である古びた常識や理屈を変える為にいま人間が動いているのである。

その頭脳(自我)の働きが確立する前段階での人体において優勢なのは「腸と心臓にある脳細胞」である。
人間もまた家畜同様、食事で分解した栄養素がどの機関へと送られるべきかと云った指令や作業は頭脳とは別の司令塔が担当している。ふたつ以上脳を持っているというのは随分古くからある学術的な認識だ。

そこでもっとも大事なのは心臓(ハート/ヘルツ)である。ここが優勢なままで人格らしきものが形成されていない生き物は当然なから純粋に美しくある。ここが人体のすべての細胞の訴えを把握している。
そこからの情報を理屈によってパンクさせられた頭脳では汲み上げる事が出来ず、簡単に遮断してしまう。つまり脳の働きだけを優勢としている人間は人体と脳の連繋が出来ていない。だから欲に塗れる。

私もそう言う段階に入ったから言えるのだが、人生とはただ若さに任せて動ける活発な時期と、ただ落ちぶれて行く時期とで構成されているわけではなく、若さだけで動けなくなった時期とは、肉体面においても正しい真理性を掴む養成期間として存在するものと理解する事だ。ここでこそ正しい身体の使い方と云うものが理解できるようになるのである。

頭脳とは理屈を記憶に閉じ込めるに適したものだが、優れていると自覚するもの程、そこにはいわばワンマン経理によるワンマン経営だけがあり、容易に人の言う事を聞く耳を持たなくなる。それでは他の臓器器官、または神経細胞の訴えを遮断して理屈のみを優先するだけとなる。
それは、頭脳である自分だけがこの人体の全ての運命を任されていると気しょくばんでもいるからだ。

欲を捨てると言うのは単純に言えば、そうした社会性との関連づけによって自己のバランスを考えるような理屈に執着することを辞めよ、ということである。

身近な例を挙げれば、
身体は感覚的に「これはもうこれはたくさんだ」と訴えているのにも関わらず、その声を無視し、
「食べ放題だから食べないと損だ」、「肉を食べないと健康が心配だ」とい頭での理解のみを優先し、
肉を食べ過ぎたり、砂糖と人工保存料のたっぷりかかった甘いだけの菓子をたらふく食う、とかだ。

当然そうして自業自得でお医者さまのご厄介になることになっても、さらにそこで同様に、
「これはやめたほうがいい」と身体か訴えているのにも関わらず、
「医者が言っている事だから=自分は何も解らないから=だから"天に任せて"飲むほかない」と
薬漬けにされて、最終的に医薬の所為で寿命を縮めているとかだ。
例外無くこうした事を政策によって進めて、医療天国などと騒がせて、
それによって莫大な利権を築き、そこで不正学部入試事件、医療ミスなどという流れに歯止めが聞かなくなっているのが現状だな。その陰で日本はガン死亡率ナンバーワンで二人に一人がガンで死ぬなどと煽って、医療番組などだけがもてはやされるようになっている。
医療介護や医療保険、年金問題、どれももっと寛大で簡単な解決方法などいくらでもあるだろうに。


だから、「感覚からの訴え」を遮断したり制限している自分に気付いたらそこで立ち止まって、自分を頭ごなしに否定したり、理屈で物事を取り繕ったり捉えたりというのを止め、
今自分が感じているものを「ありのままのもの」とだけしてみればいい。

そうして自己を日々更新して新たにすること、確かな感覚にのみ専念するという事が大事だ。

6. 2018年9月15日 12:30:41 : 3X86YnkTxk : 1ga0RPQX4x4[1] 報告
バイオマグネティズム、ヒューマンバイオフィールドに関した動画を観る事をオススメします。
セオリアアポファシスの動画をみたことは?

そういえば、メキシコのNational Solar Observatoryの閉鎖が海外で話題となっていますね。
オーストラリア、チリ、スペイン、ハワイ、ペンシルベニアでも同様の太陽観測所が突如閉鎖して話題となっています。TOCANAがある憶測に触れていますが、事実そうだとしたら快挙です。
FBIが査察に入ったと言うことです。職員全員が避難したというのではなく逮捕拘束という形でしょうか。

7. 2018年9月15日 15:54:29 : 3aPVVR5Hak : PN9Iibgfoxc[1] 報告
本質はシンプル。けれども、ただシンプルな作りというのでなく、そのシンプルさは超特殊な条件下のもとに存在している。だからこそ、ここに我々が生息できている、ということだろうと考えます。

「極限の世界(超高圧・超低温・超強磁場)」では物事の秩序がいともたやすく逆転します。適した動画があります。それを視て下さい。陰と陽の片側のみから我々は世界を視て何かを判断していることになります。そのバランスの大事さを理解すると云う事が大切ということです。左巻き、右巻きの力の渦は銀河と地球のバランスの関係性にも似ています。それは一本で繋がれてバランスを保っているということです。

8. 中川隆[-13645] koaQ7Jey 2018年9月15日 20:31:53 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-18571] 報告
>>7
>極限の世界(超高圧・超低温・超強磁場)」では物事の秩序がいともたやすく逆転します


ド素人の妄想はもういいよ
物理方程式の変数は任意に選べるから、超高圧・超低温・超強磁場でも何も変わらないよ

[18初期非表示理由]:担当:混乱したコメント多数により全部処理

9. 仁王像[2415] kG2JpJGc 2018年9月16日 08:02:43 : E59lRByDUk : HT8tG7Zn3yg[1] 報告
 >>5

 >「感覚的につかむために何をすべきか」は"感性の領域"で掴むべき問題だ。
それは「脳の働きに頼ってどうこうする」ということではない。
そこにある真理めいた理屈を「別の理屈に閉じ込める」ことなく、「どのように感覚的な理解に落とし込むか」にある。

 上の引用部分は、頭脳知ではなく身体知あるいは身体意識と同じ内容を語られているように思える。

(頭脳知に振り回されず、身体知を確立/西野皓三)
http://www.asyura2.com/13/dispute31/msg/631.html#c5

(高岡英夫は「身体意識」を「身体知」と同じ意味で…)
http://www.asyura2.com/13/dispute31/msg/631.html#c10

10. 2018年9月17日 18:11:04 : NoT48MMmmo : FgW41WctxSE[2] 報告
理屈も嘘もシンプルに作り込まれる。だけど人がこねる理屈は真理じゃないよね。
真理は言葉に語りつたえられるべきものじゃない。
だからすべて手取り足取りを使った"口伝"(不立文字)という形で伝えられた。
人間がすべきことは心に良いと思ったことを形にすることだ。
その逆ばかりしてるから心も頭も迷って「どこに行ったらいいか判らない」なんて嘆くばかりになんだね。
だからそうなる前に心に良いと思う事をしっかりと見つけること、
そしてそればかりに心を奪われる事を喜べるようになることだね。
心に良いと思わない事にいちいち反目してたら俯瞰できないでしょ。
真理が活きる視点とは大局観でしょ。自分というマニュピレーターを後ろから見てると云う事だよ。
何かに全てに反発と抵抗してるんじゃ、それは理屈に言いくるめられて身動きできてない人間と同じ。
何かに恐怖してる人間は脅されてやりたくないことをやるほかないと思いこんでると云うだけ。
その場所からいくら真理を見つけようったってうまくいかないよ。
11. はろー[1412] gs2C64Fb 2018年9月18日 03:18:27 : f5zOuGhFXY : YnlWEdSYFzw[13] 報告
「単純、明快、矛盾無し」(受け売りです)
これにつきると最近よく思います。
お天道様の道筋も、よき頂上へ到達する気がします。自分はこの頃やっと、そういう事を殊更に思い考えるようになりました。お天道様がこうして発表してくださるから励みにして、これからも継続します。今さらですが、ネットの良さは、個人個人が大きな視野を持つ機会を増やしたことだとしみじみ思います。記事は手紙形式ですが実際、何方かにお送りしてご自分のアイデア、案を、提示されたのだと思う。進展が興味深く、また続きをお願いします。

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