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阿修羅掲示板は「ルールを脱したひとを罰する」ことが大好きな「正義依存症」
http://www.asyura2.com/17/lunchbreak54/msg/129.html
投稿者 中川隆 日時 2018 年 3 月 07 日 20:44:54: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 


「ルールを脱したひとを罰する」ことが大好きな「正義依存症」


世の中の仕組みと人生のデザイン

 平和な日本を象徴するように「不倫」騒動の話題が相変わらずに賑やかです。

 単純な疑問として、女性タレントや女性政治家の不倫は「ぜったいに許されない」ことで、男性ミュージシャンの不倫は「報道してはいけない」のはなぜでしょう。「妻の介護で苦労していた」というかもしれませんが、だとすれば、夫の介護を美談にしていた女性タレントが不倫していたら同じように「かわいそう」と大合唱するのでしょうか。

 ここには明らかに男女の非対称性がありますが、「女性差別はけしからん」という話をしたいわけではありません。ワイドショーや女性週刊誌が有名人の不倫を大きく扱うのは、女性の視聴者・読者が求めているからでしょう。「女が(不倫をした)女をバッシングする」現象をフェミニズムは「女性差別が内面化されている」と解釈するかもしれませんが、これはもっとシンプルな説明が可能です。男であれ女であれ、ルールに違反した者を罰することは快感なのです。

 脳科学の実験では、裏切り者や嘘つきへの処罰が脳の快楽中枢を刺激し、ドーパミンなどの神経伝達物質が放出されることがわかっています。ドーパミンは「快楽ホルモン」と呼ばれていましたが、いまではその機能は「もっと欲しくなる」焦燥感を煽ることだとされています。アルコール依存症のひとは、ひと口の酒で大量のドーパミンが放出され、意識を失うまで泥酔してしまいます。ギャンブル依存症のひとは、「今日は1万円まで」と決めていても止められなくなり、消費者金融に多額の借金をつくってしまいます。「バッシング」でも同じことが起きているなら、これは「正義依存症」という病理です。

 正義になぜ“中毒性”があるかは、人類がその大半を生きてきた狩猟採集時代の濃密な共同体から説明できます。ひとは誰でもエゴイストで、放っておけば殺し合いになるほかありません。それでも共同生活を成り立たせようとすれば、ルールに従うことと、ルールに違反した者を罰することを(自然選択によって)脳に組み込んでおくのがもっとも効果的です。「現代の進化論」では、これが道徳の起源だとされています。

 不道徳な人間を罰すると、脳はドーパミンという報酬を与えます。ただし、相手を殴ったり直に文句をいったのでは逆恨みされるかもしれません。だとしたら、自分は安全な場所から噂によって相手の評判を落とし、共同体のなかでの序列を下げる(村八分にする)ことに習熟していくのは当然でしょう。匿名で不愉快な相手を叩くのは「道徳(正義)」の一部で、それがどれほどグロテスクでも、私たちの社会は市井の「道徳警察」によって支えられているのです。

 現代社会の大きな問題は、インターネットやSNSといったテクノロジーが匿名でのバッシングをきわめて容易に、かつ効率的にしたことです。その結果、洋の東西を問わず、ネット上には“正義という快楽”を求めて徘徊するひとが溢れ、あちこちで炎上を起こしています。そんな「中毒患者」たちにとって、バッシングの対象は芸能人でも政治家でも週刊誌でも、理由さえつけばなんでもかまわないのでしょう。

『週刊プレイボーイ』2018年2月26日発売号に掲載
http://diamond.jp/articles/-/162316  

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コメント
 
1. 中川隆[-5496] koaQ7Jey 2018年3月07日 20:54:07 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

02. 2012年4月08日 23:40:15 : Mnxczxr6Dw

このスレッドを立てた自称「中川隆」こそ、他人のコメントを
グーグル検索までして一覧に書き出すほどの、異常なストーカーだろ。(笑)

おまえの無駄に偏執的な、異常な「努力」には呆れるばかりだ。
よほどヒマを持てあました精神異常者だろ、おまえは。(笑)


私は十数年前から阿修羅を見続けてきて、かつては日常的に
有用な情報を投稿していた。 
この阿修羅掲示板も、マスコミよりもたいてい数日から数週間も
早い海外の軍事政治情報などを数多く出してきたことで、マスコミが
ネタ探しをするなど、さまざまな方面で評価が高まり、多くの人たちが
新たにここを見るようになった。すでに現在は投稿をやめた
少なからぬ人々とともに、私も数年前までは、阿修羅の質を高める
ような投稿をすべく、努力してきたし、その効果はあったと思う。
(ただし、ここの管理人が著作権の扱いについてあまりにもダラシない
ので、馬鹿馬鹿しいから情報提供は数年前にやめた。いまはコメント
しか書かないようにしている。)

だが、あらゆる企業がそうであるように、2001年の秋以来、
単にこの掲示板を自己宣伝や個人的な慰みを目的に乱用する者が
数多く新規参入してきた。
「中川隆」は明らかのその1人であったが、他にも掲示板を汚し、
阿修羅の趣旨を踏みにじる投稿をしてきた者は多い。 
中には、公然とこの掲示板の攻撃すべく、外部で組織的な
行動をしていた者もあり、そうしたあからさまな組織的破壊行為には
管理人も公然と、出入り禁止ということで対処してきたのを、私は
見てきた。(十年くらい前には、しつこく荒らしを続けるので出入り禁止
にされた宮ナンタラいう――正確な名前は忘れたが――奴がいて、
外部に、報復的なアングラ掲示板を立てて、阿修羅を呪い続けていた
醜悪なありさまも、観察させてもらった。最近の例で言えば、リチャード
コシミズの独立党カルトと副島隆彦の学問道場カルトと、
r▼yuu▼bu▼fanとかいう自己顕示欲の強い奴が、
阿修羅を自己宣伝の場にして乱用したせいで咎められ、それが
気にくわないと阿修羅にしつこく攻撃をしてきたせいで、一定の
ゾーニング処置を受けている。)

掲示板は、不特定多数の人々が利用する半公共的な場所であり、
それゆえ使用ルールをみんなで守って言論の場所を尊重していくのが
不可欠である。これが出来ない無法者は、掲示板を荒らすばかりで、
それを容認していると、掲示板はどんどん荒れていく。


中川隆の投稿内容は極私的な趣味に偏っており、しかもエロAAを
必ず添加するという奇妙な癖まである。 これは阿修羅の趣旨に
反しているし、喫茶店案内や温泉案内やステレオ機材の感想集などは
広告であって、客観的にはスパムにすぎない。ましてエロAAは、
阿修羅の社会的な評価を故意に汚すものであり、それだけで
プロバイダなどによるアクセスシャットダウン措置の標的にされかねない。

中川隆の投稿は、上記の意味において掲示板荒らしに他ならない。
ご本人は常人では理解しがたいほどの時間と労力を(無駄にw)投入
して、文字数にすれば膨大か分量の投稿をしているわけであるから、
キチガイや変質者の趣味として眺めるなら、無駄な努力とはいえ、
それ自体の存在を否定するつもりは、私にはないのであるが、
しかし、そうした中川隆の「労作」(笑)を、投稿する場所が間違っているのだ。
彼が実際にやっている行為は、掲示板荒らしであり、ここの管理人が
もっとビジネスライクで厳格な人物なら、おそらくとっくの昔に
威力業務妨害で刑事・民事事件にしていたであろう……。

中川隆は、阿修羅にいまのような内容で投稿するかぎり、荒らしとして
機能するしかない。 もちろん、そうした糞のような投稿でも、これを
喜ぶ者はいるかもしれない。 世の中には糞を嗜好するスカトロマニアも
いるからね。(笑) しかし、阿修羅はそうした糞マニアの趣味の掲示板
ではない。


HPに掲げてあるような設立意義を、利用者である我々は尊重せねばならない。
掲示板がその存在理由を公然と掲げている以上、参加者はそれを尊重し、
その目的をともに追求していく広場として掲示板を活用し、たがいに
認識を深めていく触媒として発展させていくべきである。 中川隆は
ルール違反を咎められるたびに、修羅掲示板を誹謗し、利用者たちを
そしり、自分の趣味的投稿を正当化する虚しい言い訳を並べ立てて
きたが、ルール違反を繰り返して、掲示板を荒らしている無法者は
この掲示板に投稿すべきではない。 そんなに自分の趣味を他人に
見せたいなら、自分でホームページなりブログを開けばいいだけの
話である。 中川隆は、この掲示板にとって「悪質な寄生虫」にすぎない。


私は阿修羅から有益な情報を得たいから、同報MLに参加しているが、
このMLが送ってくるメール、つまり殆どすべての投稿とコメントは、日々
2000通くらいになる。保存や活用に値するものは、そのうちの1%
ほどだが、これらに目を遠し、ゴミ投稿を捨てるだけで、膨大な手間に
なる。私はむろん管理人でないから、いくつかの板については同報
MLに登録していない。全部に登録したら、大部分がゴミのような投稿で
またたく間にメールボックスが破綻してしまう。 2ちゃんねるだって
数多くのスレ立て人係やら削除係やらが忙しく働いているから、
あれだけの掲示板が運営できている。阿修羅は、管理人のかきこみを
読むかぎり、管理人が事実上ひとりで管理しているらしいから、
日々2000通をこえる投稿やらコメントに対応するのは不可能に
近いだろう。 しかし荒らしやルール違反や、あるいはクレームが
つきそうな法律違反行為については、きびきびと対処していかないと、
どんどん掲示板が荒れるし、刑事弾圧や訴訟を起こされて消耗する
恐れもある。だから私はお知らせ板で頻繁に、そうした問題を指摘し、
必要な場合は(たとえば「あまがえる」による違法投稿への速やかな
対処を求めるなど)きびしく管理人に迅速行動を促してきた。 


中川隆は、どうしてお知らせ板があり、ルール違反者の通報を
管理人が求めているのか、ついに理解できずにきたことを、この
スレッド投稿によって告白したに等しい。 「中川隆」と名のる
偏執的な投稿者に告ぐ。 おまえは阿修羅に投稿する資格はない。
ここを去って、自分の投稿を他人に見て欲しければ、自分でブログでも
始めろ!
http://www.asyura2.com/11/kanri20/msg/605.html#c2


2. 中川隆[-5495] koaQ7Jey 2018年3月07日 20:57:54 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]


22. 2013年5月20日 07:55:44 : Kse53zYp5s
http://www.asyura2.com/11/kanri20/msg/720.html#c2
  
>>21さん、
常人には得体の知れない憎悪に取り憑かれ、ひとりで火病を起こして掲示板荒らしを続けている>>01の変態常習犯罪者については、下記をみれば簡単にプロフィールがわかります。ご参考までに。
  ↓
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/lifeline/1365829311/41

41 :地震雷火事名無し(家):2013/05/08(水) 14:52:16.46 ID:dsy2PwdC0

自称「中川隆」こと W18zBTaIM6 は、「富田誠」その他の複数のハンドルネームを使い回し(←投稿規定違反の累犯!)、しかも歴史板などに明らかに板違いの投稿を執拗に繰り返してきた(←投稿規定違反の累犯!)。

歴史板(http://www.asyura2.com/09/reki02/index.html)で「中川隆」「富田誠」で
検索すると、この変態犯罪者の山のような累犯の事例が一目瞭然となる。

「中川隆」が作ってきた板違いスレッドの事例(大量の犯行のほんの一部)
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あの伝説の名湯は今_ 幻の秘湯 戦慄の二股ラヂウム温泉
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/350.html
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ミラーマンの世界
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/299.html
------------------------------------------------------------
小沢一郎先生は政治家の鑑
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/293.html
------------------------------------------------------------
副島隆彦は本当にアホだね(嘲笑い)
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/343.html
------------------------------------------------------------
釈迦は何故日本に再誕したか 1__我は大川隆法であって、大川隆法ではない。 エル・カンターレであ-る!!!
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/341.html
------------------------------------------------------------
史上最強の投資銀行 ゴールドマン・サックス_その強さの秘密に迫る_1
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/360.html
------------------------------------------------------------

しかも「中川隆」「富田誠」W18zBTaIM6 は、小沢一郎と「朝鮮人呼ばわり」して
執拗に誹謗中傷を続けながら、なぜか在日朝鮮人の過去の犯罪を告発するスレッドに出没して、朝鮮人擁護と日本人攻撃の書き込みを執念深く続けている。

------------------------------------------------------------
民主党議員の 『小沢先生と行った中国ハニートラップの旅』 - 富山誠  
  http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/722.html
衝撃!! 小沢一郎民主党代表の美人秘書(韓国籍)の真実 - 富山誠
------------------------------------------------------------

それだけではない。
「中川隆」「富田誠」は猟奇性犯罪と児童ポルノを、アスキーアートを貼り付けて自慰を行ないながら執拗に阿修羅掲示板に貼り付けつづけ、この掲示板に対する
強姦行為を行なっている。

------------------------------------------------------------
温泉四方山話1 - 富山誠 2013/4/10 18:06:58  
  http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/734.html
部落と近親相姦話1 - 富山誠 2013/5/01 17:09:05
多重人格者だった恋人の話 - 富山誠 2013/4/11 19:39:30
秘湯〜夢蛾はここにいる〜 - 富山誠 2013/4/11 18:36:27
------------------------------------------------------------
沖縄パナリの秘祭 _ 臨月になった美女を引き出して洞の中で行う秘密の儀式とは - 中川隆 2012/10/08 00:07:10 (コメント数:4)
  http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/446.html

大阪 飛田遊郭 - 中川隆 2012/10/07 10:31:54
  http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/445.html
------------------------------------------------------------

ヒマを持てあました無職の変態朝鮮人が、阿修羅掲示板でルール違反をものともせず掲示板レイプを繰り返している。 
そんな連続強姦魔が「中川隆」「富田誠」 W18zBTaIM6 だってことだ!
http://uni.2ch.net/test/read.cgi/lifeline/1365829311/41



05. 2013年5月11日 16:37:29 : Kse53zYp5s

「従軍慰安婦」神話を擁護しながら天皇攻撃を執拗に行ない
その一方で投稿規定違反の複数ハンドルネーム使い回しと
板違い不当占拠(サイバー土地ドロボー)と
児童ポルノや猟奇ポルノによる掲示板荒らしを
延々と続けている変態犯罪者がまたこっそりと掲示板破壊工作をしています。
   ↓
------------------------------------------------------------

LB 投稿者: 中川隆: W18zBTaIM6 2013/5/11 11:12

ミラーマン 植草教授にお尻を撫でられた女子高生のパンティにもウンスジが付いていたのか? 中川隆
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/406.html#c8

シミパン・下着画像掲示板
http://www.wifes-h-pantie.com/bbs2/bbs2.cgi
                                    
妻のシミ付きパンティ
http://www.shitagi.org/simipanty/index.shtml


3. 中川隆[-5494] koaQ7Jey 2018年3月07日 20:59:36 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

196. 2012年9月02日 23:50:07 : Kse53zYp5s
>>192
>リバイバル板なので放置
  ↑
管理人さん、「リバイバル板」は本来、すでに投稿された過去記事を
あらためて拾い上げる目的で設置された板でしたよね。

「リバイバル板」とて、他の板(昼休み板を除く)と同じく、
投稿ルールを守って投稿すべき場所であり、
「リバイバル板だから無法地帯」とは決してならないはずですよ。

そもそも過去の投稿だって、ルール無視の荒らし的な投稿は
置されていたわけでないわけで、残っているのはやっぱりルールに沿ったもの
でしょう。 ですからそのリバイバルを目的にした板が無法地帯というのは
矛盾しています。 管理人さんはリバイバル板に寄生して傍若無人を続けている
悪質な投稿者とかかわるのが嫌で、それでしかたなく「されるがまま」に
なっているんじゃないですか?

ルールを無視してエロネタや阿修羅の目的とは無関係の趣味ネタ(温泉とか
スピーカーとか喫茶店とか)や趣味に関わる広告ネタや、児童ポルノとして
刑事弾圧を受ける可能性さえあるポルノAAなどを傍若無人に貼り続ける
あらし常習者は、完全に出入り禁止にするか、仮に投稿を許容するにしても
昼休み板だけに限定するという、ルールを尊重した公正な運営をすべきです。

特定の常習荒らしだけを許容して、見て見ぬふりをつづけているなんて、
まるで日本の領土を蹂躙している外国勢力に、見て見ぬふりしてきた気弱な
日本政府と同じじゃないですか。 そんな態度ではだれもルールを順守しなく
なりますよ。 ルールを定めた以上は、管理人さんもそれを守り、違反者には
毅然とした対応をしてください。 そうした勇気と努力が、投稿者全体の
コンプライアンスと士気を高め、維持していくのだということを考えてください。
http://www.asyura2.com/11/kanri20/msg/764.html


4. 中川隆[-5493] koaQ7Jey 2018年3月07日 21:06:02 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

Mnxczxr6Dw = Kse53zYp5s 先生は典型的な強迫性人格障害者


この人格の基本的な特徴は、

「秩序、ルール、完全主義などにとらわれすぎて、柔軟性や効率性がない」ことです。

強迫性格の特徴は几帳面、倹約家、わがままでした。

具体的にあげていきますと、人に仕事を任せられなかったりするのです。

その他、「硬さと頑固さ」という特徴もあります。

これは、ひとつだけの「正しいやり方」や「物事の原則」を主張し、他人の視点や考えに妥協することを拒むのです。

もしも、そういったように自分の思ったようにいかなかったり、完全にできなかったりしたら、抑うつ状態に陥りやすいのです。そして、頑固で柔軟性に欠けているので、ひとつのことにこだわってしまうのです。

では、実際の症例をみてみましょう。


(症例)

55歳男性、公務員。

仕事でも家庭でも自分の思い通りにならないとよく口論になり、ときには暴力沙汰になることもあった。

ふだんから生活のスケジュールが分単位で決められたような細かい生活をしている。

家族にはお箸の持ち方から、食べる順番、お風呂に入る順番など事細かに決め、それに従わないときは、烈火のごとくはらを立てる。

娘が予定した帰宅時間を過ぎようものなら、それは一大事であり、大騒ぎになる。

家計の管理が自分で行っており、1円でも帳尻が合わないとそれはそれは大変なことになる。

あまりにも几帳面すぎて耐えられないため、奥さんが相談にやってきた。
http://akatan.cool.ne.jp/jinkaku.htm#history

詳細は


阿修羅掲示板はパラノイアや統合失調症患者の投稿が多いので、真に受けない様に気を付けて下さい
http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/899.html

これが阿修羅に巣食う電通工作員
http://www.asyura2.com/11/kanri20/msg/603.html

阿修羅は何故 ネット工作員(or 唯の異常性格者?) Mnxczxr6Dw を何時までも放置しておくのか?
http://www.asyura2.com/11/kanri20/msg/605.html

嘘吐き ネット工作員 Mnxczxr6Dw
http://www.asyura2.com/11/kanri20/msg/720.html


5. 中川隆[-5492] koaQ7Jey 2018年3月07日 21:13:33 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

常人には得体の知れない憎悪に取り憑かれ、ひとりで火病を起こして掲示板荒らしを続けている変態常習犯罪者 中川隆の投稿集
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/817.html

6. 中川隆[-5491] koaQ7Jey 2018年3月07日 21:21:35 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

アホの考えを変えようとしたり、反論したり、話し合おうとしたりするのはすべて無意味で無駄
 


反対者をいちいち説得するより、賛同者を増やす方が効率的
https://www.bllackz.net/blackasia/content/20180213T0221090900.html


100%好意的な評価を受けることは絶対にない

人は誰でも意見を持ったり、何らかの意思表示をした瞬間に、期せずして批判の渦に巻き込まれる。

人は生きている限り、他人の批判から逃れることができない。自分が持った意見は、必ず正反対の意見を持つ人たちから激しく責められる。

自分自身が考えたことは、必ず妨害され、野次られ、敵視され、けなされる。何かすれば、敵対者からは必ず責任を追及され、いかに馬鹿げたことをしたのかと責められ、どうしようもないと軽蔑される。

私たちは、何かしたらそれで責められ、何もしなければ何もできないと責められる。真面目でいると面白味がないと嘲笑され、不良がかると社会不適合者だと吐き捨てられる。


結論から言うと、最も合理的かつ効率的なのは、反対者や批判者は、あっさりと「切り捨てる」ことなのである。

私たちは世の中を支配できない。そうであれば、私たちがしなければならない唯一のことは、「常に批判する人間はいる」と認め、その人たちを切り捨ててしまうことである。

相手を変えようとしたり、反論したり、話し合おうとしたりするのは無駄だ。切り捨てて関わらない。自分の人生に関与させない。説得しない。教えない。


なぜ、それがいいのか。理由は簡単だ。反対者や批判者の意見を変えさせるよりも、賛同者を増やした方が「効率が良く合理的」だからだ。

反対者の意見を変えさせるのは苦労する。結果的に無駄な努力になるかもしれない。無駄ではないかもしれないが、かなり面倒な仕事になる。

この忙しい現代社会で、なぜいちいち反対者や批判者のために、効率の悪いことに取り組まなければならないのか。ひとりの反対者を転向させるより、賛同してくれる人を見つける方が効率的なのだから、それを選択すべきだ。

「どうでもいい人間は切り捨てる」

「批判者を転向させるより賛同者を見つける」

日本人は今まで自分に反対する人たちの意見や、自分たちに対する批判には過剰に反応し過ぎてしまっている。無意味な配慮も横行している。

基本的に、優しすぎるのだ。

だから「どうでもいい人間は切り捨てる」という効率的な生き方ができない。しかし、そろそろこのあたりを変える必要が出てきている。

日本人はもっと我が道を往って幸せをつかんでもいいはずだ。


7. 中川隆[-5490] koaQ7Jey 2018年3月07日 21:46:47 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2015-01-25
平和が最も大切という価値観を、「違う」という世界がある


平和であることは良いことだと日本人は思う。そして、平和を願うことは当たり前だと日本人は信じて疑わない。

豊かになることは良いことだと日本人は思う。そして、経済を優先するのは当たり前だと日本人は信じて疑わない。

平和と平等は美しい概念であり、世界中の人たちがこの概念を一緒に追求していると日本人は信じているかも知れない。また経済優先も日本人にとって当たり前だ。

しかし、現実はそうではない。平和と平等、あるいは経済優先は、あくまでも日本独自のものであって、日本でしか通用しない。日本で受け入れられたとしても、世界では決して受け入れられないものだ。

このように言うと多くの日本人は仰天するはずだ。

「平和であることや、経済を優先することや、平等であることがなぜ受け入れられないのか分からない」

なぜ受け入れられないのか。それは、世界は「そんなもの」よりも、もっと大切なものがあると考える国も多いからだ。平和や平等や経済よりも、大切なものなどあるのか。実は、ある。


平和よりも、もっと大切なものが世界にはある

平和よりも、大切なもの。イスラム教徒に聞けば、それは「神であり、宗教である」と答えるだろう。その点に関しては、絶対に妥協はない。

イスラムを侵す者があれば平和より闘争が優先されるのだ。
経済よりも宗教的戒律が優先される。
そして、コーランは人間が平等など一言も書いていない。

平和よりも、経済よりも、平等よりも、イスラムが大事であり、重要であり、神聖なのだ。

イスラム教徒の人口は全世界で約15億人。

すなわち、日本の12倍の人口が、平和を優先しないし、経済を優先しないし、平等であることも是としないということだ。すなわち、「価値観が違う」のである。

ところで、人口約12億人を抱えるインドではヒンドゥー教が主流となっており、ここにシーク教やイスラム教やジャイナ教が絡んでインドが構成されている(仏教はインドでは少数)。

これらの宗教もまた「平和よりも大切なものは、神であり、宗教である」と考えている。人間が平等だとも考えていない。要するに、ここでも日本人の価値観とは違う価値観がある。

日本の人口の10倍の人口が、日本人の持つ価値観とはまったく違う価値観を信じているということだ。

キリスト教はどうか。キリスト教は平和主義だろうか。

キリスト教が平和主義だったら、中南米は侵略されなかったし、アジア・アフリカは植民地にされなかったし、日本は核爆弾を2発も落とされたりしなかったはずだ。

彼らの一部はキリスト教を信じない異教徒は虐殺しても構わないという特異な意識を持っている。イラクやアフガニスタンに対する扱いを見ると、今もまたそういった意識を心の中で持ち続けている可能性がある。

キリスト教徒の人口は世界で約20億人。

すなわち、日本の約16倍の人口が、平和を優先しないし、経済を優先しないし、平等であることも是としない。すなわち、価値観が違う。


平和も、経済も、平等も優先しない世界がある。価値感がまったく違う。


64%は日本人の価値観を理解できない人口

キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教の3大宗教だけで、人口の64%を占めている。

この64%は日本人の価値観を理解できない人口であると言える。また、理解できても容認できないと思う人口でもある。

残りの30%近くも、平和や経済や平等が正しいと思っているかどうか分からない。

むしろ、イデオロギーが正義だとか、戦争で他民族で打ち負かすことが正義であるとか、他から奪うのが正義だとか、自分の一族だけが栄えるのが正義だとか、そのように思っている可能性が高い。

日本の価値観は、世界ではまったく「少数派」である。日本が異質だと言われるのは、そこから来ているのである。日本人が思っている世界と、現実が乖離している。

日本人は驚くかもしれないが、「平和や経済や平等」を世界に押しつけるのは、世界にとっては「冒涜」だと思われる可能性が高い。

なぜか。

「信仰や神よりも平和や経済を優先せよ」というのは、神が侮辱されても信仰が侵されても戦うなということだからだ。

「神の戒律よりも経済的豊かさのほうが重要だ」に至っては、まさに堕落した人間が口走る台詞であり、考え方だと思われても仕方がない。

また、「人類はみんな平等だと思え」というのは、自分の神を信じていない人間も自分と同じレベルであると認めることだからだ。


世界には、平和よりも重要なものがあると考える人がたくさんいる。宗教国家は特にそうだ。


「平等」とは、「機会が平等であること」

「平和、経済、平等」は、信仰やイデオロギーが優先される社会にとって害悪であり、社会を崩壊させるものである。

もちろん、世界の多くは、ほとんどが平和と経済的な豊かさを望んでいるのは間違いない。しかし、その前に、宗教と戒律とイデオロギーが優先される。

これらが維持された中で、次に平和が来るのであって、平和が優先ではない。

ちなみに、日本以外の国々で言われている「平等」というのは、日本人が言う平等とは程遠い。同じ言葉なのだが、概念が違っている。

世界の人々が言う「平等」とは、「機会が平等であること」を意味している。

全員が同じ収入や、全員が同じ生活水準であることを世界の人々はまったく望んでいない。

「スタートは平等であるべきだが、結果は平等であるべきではない」というのが欧米先進国の考える平等なのである。だから、欧米では「一億総中流」のような考え方はない。

ひとりひとり個人の能力も嗜好も目指す目的も生き方も時代も何もかもが違う。

だから、結果は違って当然で、結果を同じにする平等とはむしろ個人の自由を奪うものであると考える。「機会の平等」であって「結果の平等」はまったく違うものであることを日本人は思い至っていない。

現代の日本的倫理観は、あくまでも現代日本の「正義」なのである。世界に通用しないどころか、世界の多くの民族を激怒させるものだ。

そして、これが異質だと気がついていない日本人は、非常に危険な民族であると思われても仕方がない。


日本人の価値感は、世界に通用しない。平和の盲信は危険なのだ。
http://www.bllackz.net/blackasia/content/20150125T0558010900.html


8. 中川隆[-5489] koaQ7Jey 2018年3月07日 21:48:15 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

共生という美しい言葉の裏側に隠された危険なワナとは何か


一見、美しい概念に見えるが、絶対に信用してはならない概念というものがある。

それは、「共生」というものだ。


共生=共に生きる。


これが実現不可能であることは、誰が考えても分かる。

とても美しい言葉なのだが、どう考えてもこれは机上の空論だ。

世の中には、過激派テロリストもいれば、反社会分子もいれば、悪意を持って世の中を混乱させようとするグループもいれば、その国を破壊するために国外から送り込まれた工作員やスパイもいる。

この世が優しくて素晴らしい人ばかりだったら法律はいらない。弁護士も刑務所もいらない。多くの人々が互いに助け合って生きていけるのであれば、社会福祉ですらも必要ないかもしれない。

しかし、現実には、犯罪者が大量にいて、利己主義者も、破壊主義者も、暴力を振るう人間も、騙す人も、殺す人も、国を売る人間も、山ほどいる。

よくよく考えれば、「共生」というのは狭い範囲でしか成り立たない概念なのである。


机上の空論を現実に持ち込んで世の中が大混乱する

政治家が「共生」を謳うということは、その政治家は現実が見えていないとしか言いようがない。

ヨーロッパも、「多文化共生」という一見美しく見える概念を持ち出して、まったく異質な移民を大量に移住させた結果、社会の文化基盤が破壊され、民族間の軋轢、宗教観の軋轢、貧富の差、差別、地域社会の分離が生まれた。

「共生」という言葉は現実的ではないという重要な事実に目をつぶって、机上の空論を現実に持ち込んだ結果、世の中が大混乱し、共生どころか深い反目を生み出している。

「共生」という美しい言葉に騙されて、現実を無視した結果、このような悲惨な状況を生み出していることに気付かなければならない。

そういった意味で、「共生」という言葉を弄ぶ政治家は、社会に混乱を招く元凶になるということを忘れてはならない。それは個人が心がけとして思うものであって、政治家が強制するものではない。

政治家は、きちんと現実を見据えて、国益のためには対立すら辞さない覚悟が必要だ。それができないのであれば、政治家としての資格はない。

どうしても「共生」を訴えたければ、政治家を辞めて宗教家にでもなればいい。

宗教家であれば、「人類みな兄弟」だとか「世界平和の実現」だとか「多文化共生」だとか、できもしないことを叫んでも誰も反対しない。それは理想論だからだ。

しかし、政治家は現実に対応してくれないと困る。グローバル社会では激しく国家の利害が対立し、場合によっては策略や暴力でもって侵略して来ることもある。

侵略者が存在する中で、「共生」などと訴えていたら、国がなくなってしまう。政治家が実現すべきものは「共生」ではない。「国益」だ。


共生できない存在は、世の中にはある

「共生」という言葉を使う政治家は、できもしない空論を掲げて社会を混乱させる思慮の浅い人間である。

あるいは、「共生」という概念を押しつけて、侵略者や犯罪者やテロリストとも共生させようとする「裏の意図」を隠し持つ危険な政治家でもある。

共生できない存在は、世の中にはある。しかし、「共生」を第一に掲げていると、その共生できない存在を否定も排除もできないので、世の中が不必要なまでに混乱する元になる。

テロリストや犯罪者やスパイを排除できない「共生の強制」社会となったら、どんなに危険な社会になるのか、少し想像したらすぐに分かるはずだ。

「いや、そんな人間は最初から排除する」というのであれば、それは「共生」と言う概念と矛盾しているのだから、そもそも最初から「共生」という言葉を使うこと自体が大間違いだ。

「共生社会」は、非常に悪質かつ危険なワナだ。

この概念は政治家が強制することで、社会の癌になる。共生という名の下に、国家を破壊する凶悪な存在を排除できなくするワナだ。

社会を混乱させる危険な存在、いわゆる「危険分子」は、早いうちから発見し、除去しなければならないものだ。しかし、「共生」という概念が押しつけられると、危険分子が排除できなくなり、「共生」に守られて育ってしまう。

言わば、「共生」の押しつけが、テロリスト・犯罪者・危険分子・スパイを野放しにしてしまうのである。社会の癌の増殖を加速させる。

「共生社会」の実現に動く政治家は、恐らくその結末を知っている。しかし、裏の意図を隠し、あたかも善を行っているフリをして社会を破壊する。


あなたは、ゴミと共生したいだろうか?

「共生」という言葉は美しい。個人でそれを否定できる人はいない。否定する必要もない。しかし、政治家が強制することには否定しなければならない。それは問題がありすぎるからだ。

「共生の強制」に問題があることは、恐らく一般社会は見抜けない。アンダーグラウンドにひしめく危険分子の存在を無視して考えるからだ。

だから、逆にテロリスト・犯罪者・危険分子・スパイたちは、自分たちを「排除させない」ために、好んで「共生社会」を訴えるようになるはずだ。

これは、凶悪犯罪者が人権を守れとしゃあしゃあとした顔で言うのと同じ原理だ。

凶悪犯罪者が「人権を守れ」と叫ぶには理由がある。自分が逮捕されたとき、自分の人権を守ってもらうためである。自分は法を破るが、自分の扱いには法を守らせる。

だから、悪質な犯罪者ほど「人権を守れ」と叫ぶ。自分を死刑にするのは人権侵害であると殺人鬼は言うのである。

「共生社会」の押しつけは、似たような社会を生み出す。危険で裏のある人間であればあるほど、喜んで「共生社会を創造しろ」と叫ぶだろう。

「共生社会」が強制されたら、どれだけ傍若無人に振る舞っても「共生」の名のもとに正当化されるからである。テロリスト・犯罪者・危険分子・スパイたちにとって、笑いが止まらないはずだ。

彼らはそれを分かっていて、政治家に「共生社会」を叫ばせている可能性がある。いや、「共生を強制」する政治家自身が危険分子なのかもしれない。

だから、「共生」を意味もなく叫ぶ政治家には気を付けなければならない。ゴミを排除できない家はゴミ屋敷になる。犯罪者を排除できない国は犯罪国家になる。

私たちは空想の世界ではなく、現実の世界で生きている。あなたは、ゴミと共生したいだろうか?
http://www.bllackz.com/2015/02/blog-post_5.html


9. 中川隆[-5488] koaQ7Jey 2018年3月07日 21:51:16 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

反日国家との関係はマネージなどできないので断交が正しい

「一見、良いことを言っているように見えて、実は裏には別の意図がある」というのは、中国・韓国・北朝鮮のような反日国家が常に使う手口である。

たとえば、「平和を守れ、平和は素晴らしい」というのは、とても美しい言葉だ。人は誰でも平和でいたいし、協調したいと思っている。誰も他人と衝突しながら生きたくない。

しかし、それを反日国家が日本に強要したとしたらどうだろうか。日本の防衛力をゼロにするために「平和を守れ」と諭しているのだから、言うがままに反日国家を信じていると、あっさりと侵略される。

「平和を守る」というのは美しい言葉であり、理想だ。しかし、現実には暴力国家・独裁国家・詐欺国家が日本のまわりに存在するのだから、きれい事など聞いている場合ではない。

反日国家が、あの手この手で日本を侵略しようとするのが現実社会のリアルな姿なのである。

日本の侵略にはいろいろあるのだが、その中のひとつの大きな手法が捏造ファンタジーの歴史プロパガンダを日本に押しつけて「謝罪しろ、賠償しろ、金を出せ」と恫喝したり、「平和を守れ」と叫んで武装解除させる方法だ。

日本はやりたい放題されている。


建前の美しい言葉は、警戒心を解くための手口

「信じ合うのは美しい」というのは間違いない。しかし、簡単に中国・韓国・北朝鮮のような国を信じてしまったら、日本は騙されて終わりだ。

韓国を見ればいい。国と国の約束すら守れない史上最悪の詐欺国家である。

だから、普通の常識を持った日本人であれば、他国を信じたいと思っても、それは「お花畑の理想論だ」と一定の警戒心を持って生きている。

この「警戒心」こそが反日国家にとって、最も邪魔なものだ。だから、反日国家はこのように言う。

「友好関係は美しいのに、日本人は他人を疑って生きている。間違っている。我々を信じなさい」

そうやって彼らは自分を信じさせて、守りもしない合意を結んで金を毟り取っていく。現に、日本は日韓合意で10億円を毟られて合意も反故にされている。

韓国の方は国内で好き放題しているのに、「友好関係は美しい。協力し合うべきだ」と都合の良い建前や理想を日本に押しつけているのは日本をカモにするための手法でしかない。

悪人ほど美辞麗句や理想を語りたがる。その理由は明らかだ。それは、要するに相手から「疑う心」を奪い取るためのテクニックなのである。

どこかのインチキ宗教の教祖も、美辞麗句を語って自分を信じさせている。もちろんそうやって自分を信じさせて、信者の財産を根こそぎ奪うためだ。

建前や美辞麗句を押しつける人間というのは、本当のところを言えば、非常に危険なタイプの人間であることも多い。

問題は、日本人はこの手の手法に弱いということだ。

日本政府も、中国・韓国・北朝鮮から「友好しろ」と押しつけられると友好し、「友好のためには謝罪しろ」と迫られると謝罪し、「謝罪するなら賠償しろ」と凄まれて賠償してきた。

日本政府がそうなら、日本人個人もまた「きれい事」に弱い。赤ん坊の手をひねるように簡単に騙される。日本人は友好を好み、弱者を守りたいという美しい気質があるので、そこを見透かされている。


自分が弱者になりすまして「弱者を守れ」と叫ぶ

生活保護にしてもそうだ。やむにやまれぬ事情で生活が困窮して生活保護を受けている人もいる反面、わざと働かないで生活保護を不正受給をするクズのような人間もいる。

本当に困った人にとって、生活保護は一縷の望みであるにも関わらず、それを不正受給する一部のクズのために生活保護というシステムは崩壊の危機に瀕している。

こうした生活保護に寄生する悪人どもは、自分が弱者になりすまして「弱者を守れ」と叫ぶ。

よくよく考えれば、本当の弱者というのは、自分が弱者であることを恥じてそれを隠そうとする。間違えても「自分は社会的弱者だが、世間は自分を守れ」と叫ばない。

そんなことを叫んで社会運動している暇があるのなら、一日でも早く仕事を見つけてまっとうに暮らせるように努力する。あるいは、心情的に、世間に迷惑をかけないように慎ましく目立たないようにする。

しかし、弱者を装ってタカリをする人間は逆だ。

「弱者を守れ」と声高に叫び、「弱者の人権を保護しろ」と役所の職員を恐喝し、もっと金をよこせと声を荒げて要求する。弱者という立場にあぐらをかいて、「保護しないのは差別だ」とわめいて、上から目線で高飛車に金を要求する。

「弱者を守る」というのは、当たり前のことであり、これは誰も否定することができない。だから、弱者を装っている悪人は、ことさらに建前や理想を他人に語って金を奪い取る。

「人を信じろ」「弱者を守れ」という正論は、悪人の手にかかるとそれ事態が相手から金を毟るための「ワナ」となる。それは、正論を無理やり相手に押しつけて、自分の都合の良いように相手を動かす手法に過ぎない。

宗教ビジネス、弱者ビジネス、人権ビジネスというのは、こうした「理想の押しつけ」「善意の押しつけ」によって成り立っている。

それを国単位でやっているのは韓国である。この国はありとあらゆる問題にケチをつけて自分が被害者だと言い張り、事あるごとに「謝罪しろ、賠償しろ」とわめき、合意を結んでも平気で破る。


悪人が善人に見え、善人が悪人に見える理由

「友好関係は美しい」という人と、「騙されるな。友好関係は破棄しろ」という人がいたら、どうしても「友好関係は美しい」というメッセージを発した人の方に好感が集まる。

「友好関係は美しい」と言っている人は、一見すると悪人に見えない。

悪人どころか善人のように見える。たとえ、友好関係を結んでから「友好を壊したくなければ謝罪しろ、賠償しろ」という邪悪な魂胆があったとしても人格者に見える。

逆に「騙されるな。友好関係は破棄しろ」と言っている人は、邪悪で心が狭い人のように見える。

たとえ反日国家の友好に裏があると分かっていて、日本を守りたいと思うがゆえの発言であっても、そのメッセージからはどうしても偏狭な悪人のような印象に見える。

悪人の方が善人に見えてしまうというのは、別に不思議なことではない。悪人は信用されなければ商売にならないから、必要以上に信用されるために外見を飾り、言葉を飾るからだ。

たとえそれが嘘でも、そのように振る舞っていれば人々が騙されることを悪人は知っている。

だから内面が真っ黒な人間ほど、外見を飾って飾って飾りまくる。美辞麗句を語り、善意を声高に要求する。そんな人間こそが危険なのである。

もう日本人は分かったはずだ。

「平和を守れ」も「友好関係は美しい」も、邪悪な人間や国家が言うと、そこには裏があるのだ。「騙した方と騙された方では、騙される方が悪い」とうそぶく国民や国家が美辞麗句を言うのはワナなのである。

美辞麗句に騙されてはならない。

中国・韓国・北朝鮮は反日国家であり、すでに日本の敵国と化している。歴史は捏造し、何の約束も守らない。ただ、日本を責め立て、日本を貶め、日本を崩壊させようとしている。

特に韓国は許せないほど卑劣だ。そうであれば、日本人はもう韓国と関わるべきではないというのは誰でも分かる。反日国家との関係はマネージなどできない。

相手にして騙されるくらいなら、完全に関係を断ち切ってしまうのが正しい。そして、それは政府だけに突きつけるのではなく、日本人ひとりひとりが肝に銘じるべきなのだ。個人も「非韓三原則」をすべきなのである。

相手にして騙されるくらいなら、完全に関係を断ち切ってしまうのが正しい。そして、それは政府だけに突きつけるのではなく、日本人ひとりひとりが肝に銘じるべきなのだ。個人も「非韓三原則」をすべきなのである。
http://darkness-tiga.blogspot.jp/2017/12/20171229T1755460900.html


10. 中川隆[-5480] koaQ7Jey 2018年3月09日 09:07:07 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

世の中では何をしても嫌われる、世の中の人間の 9割 はどうしようもないアホ

「誰にも嫌われないこと」を重視して生きるのは危険なこと


アメリカ人はイスラム教徒に嫌われる。イスラム教徒はキリスト教徒に嫌われる。キリスト教徒は共産主義者に嫌われる。共産主義者は資本主義者に嫌われる。富裕層は貧困層に嫌われる。貧困層は富裕層に嫌われる。

テロリストは全世界に嫌われる。しかし、助けに来たアメリカ軍は、他国に介入したとして嫌われる。

軍人は平和主義者に殺人鬼と罵られて嫌われる。平和主義者は夢想家だと言われて現実主義者に嫌われる。現実主義者は宗教心がないと宗教家から嫌われる。保守派は左翼に嫌われる。愛国者はグローバリストに嫌われる。

ありとあらゆる国で、国民は隣の国の人間を嫌う。国民は国民で、何重にも割れて互いに相手を嫌い合う。考えてみれば、なかなか悲惨な世界だが、これが人間社会の実態でもある。

つまり、私たちは何をどうしても、他人に嫌われる運命にある。ただ道ばたに立っているだけでも嫌われてしまう。どんな生き方をしても、何を言っても言わなくても、他人に嫌われない生き方はない。

私たちは存在してるだけで誰かに一方的に嫌われる。どんなに品行方正であっても、どんなに愛すべき存在であっても無駄だ。この世で嫌われない人間はどこにもいない。

この世の中は、何もしても嫌われるのが現実だ

嫌われないことを考えて生きるのは立派に見える。しかし、それは基本的に報われることはない。誰にも嫌われないで生きるのは不可能だからだ。

別に無理して嫌われる必要はないが、何をしても嫌われるのが現実なのだから、そんなものを重視して生きると100%失敗してしまう。

他人に媚びても、結果的には何も得られない。媚びることが嫌われるからだ。他人に同調しても、それが自分の本意でないのであれば自分で自分を壊してしまう。

嫌われたくないために他人に謝罪なんかしてしまうと、足元を見られて「もっと謝罪しろ、賠償しろ、誠意を見せろ」と恐喝されることもある。

誰でも人間関係を円滑にしたいと思う。しかし、嫌われたくないと思うが故に自分が折れると、自分の立場を悪くするだけである。自分で自分の首を絞めることになる。

何らかの意見を言えば必ず嫌われる。どんな意見でも、その意見と対立する意見が必ずあるからだ。逆に意見を持たなければ持たないで嫌われる。意見を持たない人間は愚かだと思われ、愚かな人間は本能的に嫌われるからだ。

立場を築くと必ず嫌われる。どんな立場でも、その立場を嫌っている人が必ずいるからだ。立場を築かない人も嫌われる。立場も築けないほど実力のない人間だと思われるからだ。

若いと若いがゆえに嫌われる。歳を取れば歳であるがゆえに嫌われる。男であれば男だから嫌われる。女であれば女だから嫌われる。

目立つと目立つというだけで嫌われる。嫌われないように目立たない生き方をしても、その生き方自体が姑息だと言われて嫌われる。

何をしても嫌われるのだ。そんな社会で私たちが生きるためには、誰もが最後に同じところへ落ち着いていく。

それは「嫌われることを恐れない」ということだ。


何をどう言っても、他人に理解されないのが現実

「嫌われることを恐れない」と言っても、誰かの悪口や罵詈雑言を恐れずに言い回ってもいいというわけではない。わざわざ他人に嫌われることを進んでする必要はない。

私たちは自分が心地良く生きるために、ある程度の常識や良識を持って生きなければならない。

しかし常識や良識を持って生きたとしても、嫌われることは最初から受け入れておく必要がある。どんなに常識や良識を持っても、それを持っているが故に嫌われるのだ。

分かってもらおうと思ってはいけない。徒労に終わる。相手は説得されることを望んでいないからだ。理解してくれる人もいるかもしれないが、理解してくれない人もいる。

理解してくれない人は、それがいかに理路整然とした正論であっても絶対に耳を傾けない。

なぜ分かってくれないのかと、隔靴掻痒の気持ちになることもあるかもしれない。しかし、世の中は何をどうやっても交われない人間が存在するのは誰も否定できない事実だ。

自分とはまったく逆の世界観を持つ人も多い。同じ人間であっても、同じ言葉を話していても、そこに横たわる溝は限りなく深い。

だから、自分を嫌い、何を言っても理解してくれない人がいるからと言って、落ち込む必要もなければ激怒する必要もない。

また、そういった人たちにひどく嫌われているからと言って、それを気に病む必要もない。媚びる必要もなければ、理解してもらう必要もない。

大人になればなるほど、意見を持てば持つほど、地位が上がれば上がるほど、有名になればなるほど、反対するために反対している人たちと山ほど遭遇することになる。

つまり、私たちは何をやっても批判され、何を言っても反対され、行いや生き方や主張が正しくても必ず反対者に嫌われるということだ。


嫌われるということ自体は、誰もが経験すること

「誰にも嫌われないこと」を重視して生きるのが危険なのは、それが確実に失敗するのが分かっているからだ。

嫌われる度合いは発言内容な信条や性格によって違う。しかし、どんな性格でも、どんな発言でも、誰かに嫌われることだけは間違いない。

だから、嫌われること自体は別に気にする必要はない。

職場でも、家庭でも、友人関係の中でも、世間の中でも、自分を嫌う人は必ず生まれ、自分の敵が必ず生まれる。私たちはそれに慣れなければならないのだ。

現代のような高度情報化時代になると、多くの人がインターネットで自分を嫌う人を発見することも多い。自分が「受け付けない」と思う人を発見すると同じく、相手もこちらを「受け付けない」と考える。

しかし、それほど気に病む必要はない。それは個人的な問題のように見えるが、本当のことを言えば誰もが経験する普遍的な問題であるからだ。

嫌われるということ自体は誰もが経験することであり、個人的な経験ではないのだ。

気持ちが収まらないかもしれない。潔癖な人であればあるほど、自分が誤解されたり、嫌われたりすることに苦悩する。人間関係の悩みで自殺する人もいれば鬱病になる人もいる。それほど苦しみ抜いたということなのだ。

しかし、マザー・テレサのような聖女さえも批判の対象になるのだから、聖人でも何でもない私たちが、誰かの怒りを買わない方がむしろどうかしている。

だから、誰かに嫌われて気に病むのは無駄だ。私たちが生きている世界は、誰かが誰かを嫌い、批判し、嫌悪し、恨み、排斥し、衝突する世界なのだ。それが現実だ。

そうであれば、逆にこうした世界に早く慣れておく必要がある。特に日本人であれば尚更だ。なぜなら、日本人は日本人であるというだけで、中国・韓国・北朝鮮のような反日国家の人間に嫌われるからである。

嫌われて何か問題でもあるのだろうか。何もない。相手を嫌うことに問題はあるのだろうか。何もない。相手と断絶することに問題はあるのだろうか。もちろん、何もない。


全般的に、蛇は嫌われる。中には蛇を愛する人がいて、この生き物がいかに愛すべき存在なのかを主張したとしても、やはり多くの人は蛇を嫌う。
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2018/01/20180115T1809470900.html  


許すと現実から抜け出せる

さて、先日は、今の伝統だとか常識だとか。
そんなものは時の権力者が適当に作っただけ。
伝統でもなんでもないですよ。

そんな話を載せますた。

世の中にあるこうすべき。
こう生きるべき。
こういう人が素晴らしい。これがまっとうな大人。

そんな常識は、時の権力者が広めた単なる物語。

例えば、家畜を見る

狭い牛舎に押し込められて
モーモー鳴いてる牛さん達。

はたから見ると可哀そうに。。そう思うのですが。
せまい満員電車に押し込められて通勤する人たち。

なぜか人間になると、それが常識的でまっとうな生き方になってます。

って、あんた!それは単なる奴隷でしょ!

多くの人は完全に洗脳されて
自分や他人を取り締まって生きてます。

日本に広がる不寛容社会。

今から100年後。

2017年当時は、どうも不倫だとか不謹慎発言だとか。
お互いにネットで叩き合うのが流行ってたらしい。
バカな社会だったんだなぁ。

そう笑う時が来るでしょう。


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こう生きるのが正しい生き方。
あなたが学校で習った道徳。
常識。

ワタスが最近、思うのは、

例えばワタスの知り合いに、いつも人に優しく
自分を犠牲にしてまで人に尽くさなきゃならない。
そういう観念に凝り固まった人がいますた。

ワタスも以前はそういう正義感で色々活動をしてたこともあるんですが

でも、そういう正義をかざして生きてると、なんだか生きづらいんですね。

正義とか声高に言う人を見ると、
むしろ、普通の人より社会の不平不満を口にして生きてる。

あいつは卑怯だ。
あいつには常識がない、モラルがない。
あいつは許せない。
この社会は最低だ。

いつも不平不満を言ってる。

で、むしろ、そういう観念=洗脳を手放すと、そんな毎日、愚痴ばかり言わないで生きられるのでは?
もっと楽になれるのでは?

そう思ったりするのですた。

宗教もそう。

宗教を信じるあまり、結局のところ人を攻撃するようになる。
幸せになるべくして宗教をやっているのに、なぜか元々の目的は忘れ去られ戦争をやるようになる。
宗教が殺し合いの道具になってる。

実は歴史的に見て一番殺し合いをやってるのは宗教で、
そして今の不寛容社会に日本を見ると

なにか日本全体が変な宗教に入ってるように思えるのです。

バシャールさんや他のスピ系の人たちが言う「許す」「手放す」。

許すと楽になれる。
現実が溶け始める。

それはワタスは本当だと思います。

他人を許す。それは大事なことです。

でも、人からイヤーなことを言われたら、
そういう嫌な人を許す必要があるでしょうか。

聖人君子じゃあるまいし。
人ばっかり許してると、自分が苦しくなっていきます。

まずは、そういうイヤーな気分になってる自分を許す。
そしてイヤーなことを言う人とは金輪際会わない。
良い人ぶらない。

そうやって自分の中にくすぶってる思いを開放する。
許す。

こうあらねばならない。正義であらねば。優しくあらねば。
そういう○○であらねば。
それをやめてみる。

自分の内側と外側は違うことのようで元々同じものです。

だから自分が自由に生きるようになると、むしろ他人に腹が立たなくなるし
やさしくなれる。

不寛容社会は自分を取り締まってる人が多いからです。

自分をまず許す。ユルユルして解放する。

この世界は許せない、認めない。
そっちをずーっとやってるとどんどん苦しくなる。

で逆に、許す方。
認める方に行くとどんどん楽になる。

肯定の言葉が増えて良い出来事が寄ってくる。
現実が変わり始める。
バシャールさんなどは現実が溶け始めると表現してますが。

ワタスはそれは本当だと思ってます
https://golden-tamatama.com/blog-entry-yurusu-nukedasu.html


価値感を共有しない国家、集団、人間と分かり合えると思ったら大間違いだ

2017年3月に入って、中国が事実上の制裁を韓国に課すようになっている。なぜか。韓国が高高度ミサイル防衛システム「THAAD(サード)」を配備しようとしているからだ。

これはミサイル攻撃に対する防衛システムなのだが、これが配備されると北朝鮮のミサイルどころか中国のミサイルまでもが防衛されることになる。

中国は以前より韓国にTHAADミサイルの配備は絶対に認めないと通告していたのだが、韓国はアメリカには早く配備しろと命令されていた。

結局、コウモリ外交のツケで板挟みになった韓国は、アメリカの命令の方に従うことに決めたのだが、それは中国を蹴ることでもあった。だから、中国は激怒して韓国を追い込んでいるのである。

中国のやり方は傲慢だが、日本は韓国に対する扱いはこの中国に学ぶ必要がある。韓国のような、すぐに裏切り、約束を守らず、価値感を共有しない国家は、中国のように有無を言わさない「制裁」や「報復」によって関係を断ち切らないといけないのである。

韓国は反日を繰り広げている。あちこちに「嫌がらせ像」を立てて日本を嘲笑している。このように価値感を共有しない韓国に対しては、日本こそが中国のように報復で返さなければならないのである。岸田文雄外相はすぐにそれをすべきだ。


「価値観を共有しない」とは、このようなことだ

価値感を共有しない国家、集団、人間と分かり合えると思ったら大間違いだ。絶対にそれはない。結果的には関係はうまくいかない。無理に一緒になっても、常に同床異夢であり、呉越同舟である。

この事実を認識するのは重要だ。

人間関係の軋轢や問題は、そのほとんどが「価値観を共有するかしないか」だ。相手が同じ価値観を持っていないと、どんなに長い時間一緒にいても必ず破綻が待っている。

自分の譲れない部分で価値観を共有していないと、一緒にいられない。個人でも、グループでも、民族でも、国家でも、重要な部分で価値観が共有されいないと必ず関係は壊れる。

「価値観を共有しない」とは、具体的にどのようなケースが考えられるのか。日本人の一般的な性格を元に考えれば、いくつもの例が挙げられる。

たとえば、日本人は自立心が高い。生活でも経済問題でも、その多くは他人に迷惑をかけず、自分で何とかしようと努力するし、困難にも耐える人が多い。

そうすると、依存心が強く、何でもかんでも他人を利用しようと考える民族とは「価値観を共有しない」と言える。

日本人は黙々と「すべきこと」をする。他人がどうであれ、自分のやることはしっかりとやる人が多い。ある意味、これも自立心の高さから生まれている。

そうすると、すべきことをせず他人に期待し、裏切られると恨んだり非難するような民族とは「価値観を共有しない」と言える。日本人には合わないのだ。

日本人は、それぞれ他人には他人の考え方があることを理解する。他人と意見が違ったり、思想が違ったりしても、できる限り相手を許容する人が多い。

そうすると、相手も自分と同じ考えだと思い「違う」と分かると裏切られたと思って頭ごなしに批判してくるような民族とは「価値観を共有しない」と言える。

日本人は、すぐに目の見えるような成果がでないことでも、長い目で取り組み、少しずつ効果を生み出せるように努力する。他人が見ていなくても責任を持って取り組む人が多い。

そうすると、すぐ目に見える成果をあげようと行動し、効果が出ないと分かると、さっさと見捨てて顧みないような民族とは「価値観を共有しない」と言える。

日本人は、見栄や虚栄心よりも身の丈に合った生活や考え方を好む。うわべを飾り、外観を取り繕い、他人に良く思われようと過剰な努力をしたところで、内面が伴っていないと意味がないと考える人が多い。

そうすると、整形手術でも嘘でも詐欺でも騙しでも何でもいいからうわべだけを飾ろうとするような民族とは「価値観を共有しない」と言える。


日本と「価値観を共有しない」民族が存在する

日本人は、個人的な約束から公的な約束まで、たとえ自分が損をかぶることになっても、責任を持とうとする人が多い。いったん約束したことはきちんと果たそうと考える。

そうすると、自分の都合によって約束を守らなかったり、前に言ったことを翻したり、約束などした覚えはないと言い張るような韓国人のような民族とは「価値観を共有しない」と言える。

日本人は、物事を徹底して取り組み、綿密さや正確さをできる限り保障しようとする人が多い。また、そうやって物事に取り組むことに誇りを感じている。

そうすると、物事には適当に取り組み、問題が出たら責任を他者に押しつけ、それでいて最初は「何でもできる」と根拠もなく言うような韓国人のような民族とは「価値観を共有しない」と言える。

日本人は、信頼されることや信用されることをモットーとして取り組み、そのために地道な努力をする人が多い。信頼を得るには長い時間がかかる。しかし、その時間は無駄だとは思わない。

そうすると、金のためなら、嘘でも裏切りでも詐欺でもゆすりたかりでも何でもするような韓国人のような民族とは「価値観を共有しない」と言える。

日本人は、事実関係が間違っていると謝罪し、同じ間違いが起きないように物事を改善しようと考える人が多い。自分の感情よりも、事実を優先する。

そうすると、都合が悪くなると泣き叫び、ごまかし、逆切れし、被害者を装ったりするような韓国人のような民族とは「価値観を共有しない」と言える。

日本人は、他人に対する思いやりや、恩義を忘れない。また、思いやりには思いやりを返し、恩義には報いようと努力しようとする人が多い。

そうすると、思いやりを見せる相手は弱い人間だと考えたり、恩を受けたことをなかったことにし、恩を仇で返すような韓国人のような民族とは「価値観を共有しない」と言える。


関係を断たなければ、問題はますます深刻になる

もちろん、個人間や民族間で、すべての価値観が完全に一致しているというのはあり得ない。

人間はひとりひとり違っており、民族もそれぞれ違っている。文化も違えば、人種も違えば、宗教も習慣も何もかも違う。だから、完全一致を目指すとすべてがうまくいかなくなる。

しかし、根本的な部分で、ある程度の価値観の共有が為されていないと、最初からうまくいかないというのも事実である。

あまりにも価値観が違っていると、どこかで妥協したとしても、他のほとんどの部分が対立してしまって、次から次へと問題が発生していく。

無理に一緒になっても、関係は必ず破綻してしまう。ただ破綻するだけではない。互いに最も不幸な形で関係が破綻するのである。常に同床異夢であり、呉越同舟というのは、そういう意味だ。

したがって、「価値観を共有していない」「今後も共有できる見込みがない」と分かれば、互いに深入りすべきではなく、関係は断絶するか、もしくは必要最小限の関わりにとどめておくしかない。

「価値観を共有していない」というのは、共に生きるのに適していないということだ。生きている世界が違っているのだ。その上、相手が憎悪を向けてくるのであれば、関係は断絶すべきであり、関わるべきではない。

「誰とでも仲良く」というのは幼稚園か小学生低学年の標語であり、それは現実的ではない。うまくいかない関係は、いずれ壊れる。悪化する可能性のあるものは、いずれ悪化する。

日本は八方美人になってあちこちに良い顔をしても仕方がない。「価値観を共有していない」と悟った国とは関係を断たなければ、問題はますます深刻になっていく。

価値観を共有していない相手とは戦略敵に関係を断つというのは、問題を複雑化させないために、とても大切なことだ。

今後、韓国のように価値観を共有していない相手と関係を断てるかどうかで日本の命運が決まる。

日本は、韓国の反日で凄まじく迷惑を受けている。民族の尊厳を貶されていると言っても過言ではない。それならば、なぜ政治家は躊躇しているのか。日本も中国を見習って、さっさと韓国に報復すべきなのだ。

そして、最終的には韓国と一切の関係を断つべきだ。国交断絶と非韓三原則こそが、正しい韓国との付き合い方である。


最終的には韓国と一切の関係を断つべきだ。価値感を共有しない国に遠慮は要らない。国交断絶と非韓三原則こそが、正しい韓国との付き合い方である。
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2015/05/20150527T1321560900.html

反日国家との関係はマネージなどできないので断交が正しい


「一見、良いことを言っているように見えて、実は裏には別の意図がある」というのは、中国・韓国・北朝鮮のような反日国家が常に使う手口である。

たとえば、「平和を守れ、平和は素晴らしい」というのは、とても美しい言葉だ。人は誰でも平和でいたいし、協調したいと思っている。誰も他人と衝突しながら生きたくない。

しかし、それを反日国家が日本に強要したとしたらどうだろうか。日本の防衛力をゼロにするために「平和を守れ」と諭しているのだから、言うがままに反日国家を信じていると、あっさりと侵略される。

「平和を守る」というのは美しい言葉であり、理想だ。しかし、現実には暴力国家・独裁国家・詐欺国家が日本のまわりに存在するのだから、きれい事など聞いている場合ではない。

反日国家が、あの手この手で日本を侵略しようとするのが現実社会のリアルな姿なのである。

日本の侵略にはいろいろあるのだが、その中のひとつの大きな手法が捏造ファンタジーの歴史プロパガンダを日本に押しつけて「謝罪しろ、賠償しろ、金を出せ」と恫喝したり、「平和を守れ」と叫んで武装解除させる方法だ。

日本はやりたい放題されている。


建前の美しい言葉は、警戒心を解くための手口

「信じ合うのは美しい」というのは間違いない。しかし、簡単に中国・韓国・北朝鮮のような国を信じてしまったら、日本は騙されて終わりだ。

韓国を見ればいい。国と国の約束すら守れない史上最悪の詐欺国家である。

だから、普通の常識を持った日本人であれば、他国を信じたいと思っても、それは「お花畑の理想論だ」と一定の警戒心を持って生きている。

この「警戒心」こそが反日国家にとって、最も邪魔なものだ。だから、反日国家はこのように言う。

「友好関係は美しいのに、日本人は他人を疑って生きている。間違っている。我々を信じなさい」

そうやって彼らは自分を信じさせて、守りもしない合意を結んで金を毟り取っていく。現に、日本は日韓合意で10億円を毟られて合意も反故にされている。

韓国の方は国内で好き放題しているのに、「友好関係は美しい。協力し合うべきだ」と都合の良い建前や理想を日本に押しつけているのは日本をカモにするための手法でしかない。

悪人ほど美辞麗句や理想を語りたがる。その理由は明らかだ。それは、要するに相手から「疑う心」を奪い取るためのテクニックなのである。

どこかのインチキ宗教の教祖も、美辞麗句を語って自分を信じさせている。もちろんそうやって自分を信じさせて、信者の財産を根こそぎ奪うためだ。

建前や美辞麗句を押しつける人間というのは、本当のところを言えば、非常に危険なタイプの人間であることも多い。

問題は、日本人はこの手の手法に弱いということだ。

日本政府も、中国・韓国・北朝鮮から「友好しろ」と押しつけられると友好し、「友好のためには謝罪しろ」と迫られると謝罪し、「謝罪するなら賠償しろ」と凄まれて賠償してきた。

日本政府がそうなら、日本人個人もまた「きれい事」に弱い。赤ん坊の手をひねるように簡単に騙される。日本人は友好を好み、弱者を守りたいという美しい気質があるので、そこを見透かされている。


自分が弱者になりすまして「弱者を守れ」と叫ぶ

生活保護にしてもそうだ。やむにやまれぬ事情で生活が困窮して生活保護を受けている人もいる反面、わざと働かないで生活保護を不正受給をするクズのような人間もいる。

本当に困った人にとって、生活保護は一縷の望みであるにも関わらず、それを不正受給する一部のクズのために生活保護というシステムは崩壊の危機に瀕している。

こうした生活保護に寄生する悪人どもは、自分が弱者になりすまして「弱者を守れ」と叫ぶ。

よくよく考えれば、本当の弱者というのは、自分が弱者であることを恥じてそれを隠そうとする。間違えても「自分は社会的弱者だが、世間は自分を守れ」と叫ばない。

そんなことを叫んで社会運動している暇があるのなら、一日でも早く仕事を見つけてまっとうに暮らせるように努力する。あるいは、心情的に、世間に迷惑をかけないように慎ましく目立たないようにする。

しかし、弱者を装ってタカリをする人間は逆だ。

「弱者を守れ」と声高に叫び、「弱者の人権を保護しろ」と役所の職員を恐喝し、もっと金をよこせと声を荒げて要求する。弱者という立場にあぐらをかいて、「保護しないのは差別だ」とわめいて、上から目線で高飛車に金を要求する。

「弱者を守る」というのは、当たり前のことであり、これは誰も否定することができない。だから、弱者を装っている悪人は、ことさらに建前や理想を他人に語って金を奪い取る。

「人を信じろ」「弱者を守れ」という正論は、悪人の手にかかるとそれ事態が相手から金を毟るための「ワナ」となる。それは、正論を無理やり相手に押しつけて、自分の都合の良いように相手を動かす手法に過ぎない。

宗教ビジネス、弱者ビジネス、人権ビジネスというのは、こうした「理想の押しつけ」「善意の押しつけ」によって成り立っている。

それを国単位でやっているのは韓国である。この国はありとあらゆる問題にケチをつけて自分が被害者だと言い張り、事あるごとに「謝罪しろ、賠償しろ」とわめき、合意を結んでも平気で破る。


悪人が善人に見え、善人が悪人に見える理由

「友好関係は美しい」という人と、「騙されるな。友好関係は破棄しろ」という人がいたら、どうしても「友好関係は美しい」というメッセージを発した人の方に好感が集まる。

「友好関係は美しい」と言っている人は、一見すると悪人に見えない。

悪人どころか善人のように見える。たとえ、友好関係を結んでから「友好を壊したくなければ謝罪しろ、賠償しろ」という邪悪な魂胆があったとしても人格者に見える。

逆に「騙されるな。友好関係は破棄しろ」と言っている人は、邪悪で心が狭い人のように見える。

たとえ反日国家の友好に裏があると分かっていて、日本を守りたいと思うがゆえの発言であっても、そのメッセージからはどうしても偏狭な悪人のような印象に見える。

悪人の方が善人に見えてしまうというのは、別に不思議なことではない。悪人は信用されなければ商売にならないから、必要以上に信用されるために外見を飾り、言葉を飾るからだ。

たとえそれが嘘でも、そのように振る舞っていれば人々が騙されることを悪人は知っている。

だから内面が真っ黒な人間ほど、外見を飾って飾って飾りまくる。美辞麗句を語り、善意を声高に要求する。そんな人間こそが危険なのである。

もう日本人は分かったはずだ。

「平和を守れ」も「友好関係は美しい」も、邪悪な人間や国家が言うと、そこには裏があるのだ。「騙した方と騙された方では、騙される方が悪い」とうそぶく国民や国家が美辞麗句を言うのはワナなのである。

美辞麗句に騙されてはならない。

中国・韓国・北朝鮮は反日国家であり、すでに日本の敵国と化している。歴史は捏造し、何の約束も守らない。ただ、日本を責め立て、日本を貶め、日本を崩壊させようとしている。

特に韓国は許せないほど卑劣だ。そうであれば、日本人はもう韓国と関わるべきではないというのは誰でも分かる。反日国家との関係はマネージなどできない。

相手にして騙されるくらいなら、完全に関係を断ち切ってしまうのが正しい。そして、それは政府だけに突きつけるのではなく、日本人ひとりひとりが肝に銘じるべきなのだ。個人も「非韓三原則」をすべきなのである。


相手にして騙されるくらいなら、完全に関係を断ち切ってしまうのが正しい。そして、それは政府だけに突きつけるのではなく、日本人ひとりひとりが肝に銘じるべきなのだ。個人も「非韓三原則」をすべきなのである。
http://darkness-tiga.blogspot.jp/2017/12/20171229T1755460900.html




11. 中川隆[-5479] koaQ7Jey 2018年3月09日 09:08:22 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2018.01.12 知ると脱力 日本の伝統の正体(笑)
https://golden-tamatama.com/blog-entry-what-is-traditonal-japan.html

さて、かなり昔、日本はシルバー民主主義だと書いたことがあります。

シルバー民主主義というのは、少子高齢化。
高齢者が増えて、選挙でちょっと若者が反対しても高齢者にはかなわない。
だから高齢者向けの政治になってしまうことを言います。

以下を見て笑ってしまいますた。

若者「夫婦別姓とかどっちでも良くない?」
老人「ダメです。」

結果:
日本全体が夫婦別姓に反対してます。反対多数により却下!

こんなのいつまでやってるんでしょうね。

実を言うと日本は夫婦別姓などどうでも良くなっててる。
最近は、結婚自体どうでも良くない?

に移行してきている。

シルバー栄えて国滅ぶ。

だいたい反対理由が夫婦同姓は日本の伝統とか。。。
毎度、読むとバカバカしい。

当たり前ですが、日本では江戸時代まで苗字帯刀が許されてたのは武士階級だけです。

人口の93%は農民で、苗字なんて日本人の大半が持てなかった。
タゴサクとかゴンベエ。ハナとかヨネさんとか。
国民の9割は下の名前で呼び合ってた。

だから明治維新で急に苗字を名乗らなきゃならなくなったものだから

例えば、御手洗(みたらい)さん

ぇーーー。
苗字?
どないしよ。

あ、近くにおトイレがあった。
せや。御手洗にしとこ!
そうやって適当につけといた。

多い苗字の鈴木さん。
田んぼの稲刈りの後に翌年の豊作を祈願する一本棒。
この「すすき」から来ている。

田中さんは当たり前ですが、田んぼの真ん中だから田中。
他も調べると適当な苗字が多い。

こんな適当につけた苗字に縛られて後生大事に夫婦同姓だとか。

同姓以前に新規に作ったらどうでしょう。
元々適当なのですから。

以下、最近出た本です。

つぁあああ。
日本の伝統がぁぁ!


「日本の伝統」の正体

posted with ヨメレバ

藤井 青銅 柏書房 2017-11-23

Amazon


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楽天ブックス

読むと脱力して笑ってしまいますた。

例えば、最近、元号変える等、天皇の交代で一大事です。

でも、昔の元号の変更理由が笑ってしまいます。

今日、めっちゃ珍しい白い亀が見つかったので変えますた。
今日、綺麗な雲が見えたので変えときますた。

おいおい。
そんなユルい理由で元号変えていいのか。。

昔は、適当な理由で年号をころころ変えていたのでした。
一大事でもなんでもなかったのです。

そもそも天皇の扱い自体が重要になったのは明治維新以降。
それまでは天皇は京都で貧乏に暮らしていたのでした。

明治維新で、自分たちを神格化したい薩長が天皇を利用した。
神道キャンペーンを張ったのが始まりの伝統がなんと多いことか。

読むと日本の伝統は、明治維新以降の発明が多い。

例えば神前結婚。

始まりは明治30年代。
それまで神社で結婚式するバカはどこにもいませんですた。
明治政府の神道キャンペーンが始まりだった。

お見合い結婚もそう。
昔の人は見合い結婚で大変だったろうなぁ。とか。
恋愛できなくて可哀そう。とか。

全部嘘っぱち。
これも明治中期以降に恋愛を邪なものとする神道キャンペーンで流行った。
それまでは、ずっと自由恋愛結婚が主流でした。

まぁ、これは普通に考えれば分かりそうなものです。

あとは、お正月の初もうで。
日本人は大昔から初詣をやってるようなイメージですが。
これも明治中期から。

明治中期に東海道線が開通した。

鉄道会社としては毎年人が来てくれた方が儲かる。
だから恵方詣りという古来の行事と,関係ない初詣を組み合わせてキャンペーンを張った。
川崎大師に行こう!

これが初詣のはじまりだった。
要するにバレンタインデーのようなものですね。

それまで初詣なんていう風習はどこにもなかった。

相撲が国技なのも1909年の国技館誕生から。
それまで法令で国技などというものは存在しなかった。

ついでに大安とか仏滅とか。

これは明治ですらなく戦後から。
カレンダー販売会社がカレンダーを売りたくてでたらめの暦を載せて売ったのが始まり。
本来なんの根拠もない暦だった。

ルーツを知ったらアホらしくなる話ばかりですた。

くほほほほ
くほほほ。

今から100年後。

この分だと、
ハロウィンは日本の伝統だから大事です。きっちりやりましょう。
日本の伝統バレンタインデーを守ろう。

そんな話になってそうです。

伝統や常識など時の権力が適当に作っただけ。

それを後生大事に守るシルバー世代に合わせてるとバカのまま国滅ぶ。
そう思いますた。
https://golden-tamatama.com/blog-entry-what-is-traditonal-japan.html  




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