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[番外地8] 南京大虐殺の証拠〜当時の記録映像と生存者の確実な証言 中川隆
6. 2020年10月09日 05:38:40 : yrjMIAA0P3 : NDRaMkxRWk5XM2c=[1]

>東京裁判で「南京大虐殺」は不問に付されました。
>あの、無罪でも有罪にするリンチ=「東京裁判」でさえ、有罪にできなかった。

嘘はもういいよ:
松井 石根は日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。ポツダム宣言受諾後、「南京事件」の責任を問われて極東国際軍事裁判(東京裁判)にて死刑判決(A級戦犯 )を受け、処刑された。

そもそも松井 石根は南京大虐殺が有ったのを認めているよ。
当時の陸軍資料で南京の人口は虐殺前後で80万人減っている。
http://www.asyura2.com/20/ban8/msg/445.html#c6

[近代史4] 有史以来 戦争に勝った事が一度も無い漢民族が巨大な領土を手に入れた手口 中川隆
2. 2020年10月09日 06:04:06 : yrjMIAA0P3 : NDRaMkxRWk5XM2c=[2]

2020年10月06日
習近平が死んでも構わない ! / 日本へと流れ込む支那人
黒木 頼景
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68827461.html

日本へ逃れる支那人
Trump 0921Xi Jinping 001

  去年あたりから「米国vs支那」の対立が激しさを増し、トランプ政権の圧力を受けた北京政府は窮地に立たされている。日本の保守言論界もこの国際情勢を鑑みて、「トランプ大統領は本気で習近平を潰そうとしているぞ !」と騒ぎ始めた。YouTubeでは、水島社長が率いるチャンネル桜とか、高橋洋一や加藤清隆らが出演する文化人放送、奥山真司の「アメリカ通信」などが、米支の激突を話題にして様々な論評を加えている。支那に詳しい福島香織や宮崎正弘の話を聴けば、一般人も益々疑念を深め、「習近平政権は強気だけど、そう長くはもたないんじゃないか?」と懸念するようになった。

  しかし、筆者は人気評論家と違い、「習近平が失脚し、北京政府が崩壊したからといって何だ?!」と言いたい。確かに、米国を敵に回した人民解放軍は焦っているし、まともに刃向かえば北京政府の敗北は目に見えている。もしかすると、経済的に追い詰められた共産党幹部は、掌(てのひら)を返してトランプに寄り添い、習近平を見放して米国に和議を求めてくるかも知れない。「裏切り」は支那人の十八番。「忠誠心」は自分の利益になる時のみ。日本人は何が何でも命懸けで天皇陛下を護るが、支那人が最後まで皇帝を守ることはない。新たな皇帝が台頭すれば、習近平なんて便所紙よりも軽い扱いとなる。

  ただし、和平工作といっても、再選されたトランプ大統領が赦してくれるかどうか、本当のところは分からない。もし、膨大な経済的損害が発生し、それでも習近平の“悪あがき”が長引けば、共産党の権威低下に繋がってしまうだろう。何しろ、まがりなりにも共産党が権力を維持できるのは、強い経済力と人民弾圧軍を持つからだ。仮に、赤い支那が再び貧乏国に転落すれば、共産党内部からも不満が続出し、各地の豪族達が北京の言うことを聞かなくなる。しかも、米国ドルを担保とする人民元が暴落すれば、銭ゲバの商人どもが黙っちゃいないだろう。そもそも、人民元などは支那人自身が信用していないので、充分な外貨準備高がなければ只の“紙切れ”だ。ゆえに、いつでも支那を脱出しようと心掛ける共産党幹部は、米ドルやユーロ、プラチナ、ゴールドなどで裏金を貯めているし、所有する不動産だってヨーロッパやアメリカにある物件である。さらに、彼らは二重に保険を掛けており、息子や娘をカナダやブリテン、アメリカ、オーストラリアなどに移住させ、現地の国籍を取らせているから抜かりが無い。「有事」となれば「親族」の名目で歐米諸国に逃亡だ。

  「チャイナ・ウッチャー」を“売り”にする保守言論人は、ここぞとばかりに『WiLL』や『Hanada』、『正論』に寄稿し、「トランプ政権の経済制裁や包囲網をまともに喰らった支那共産党はヤバいぞ !」と書いて小遣いを稼いでいる。しかし、一番心配すべきは、日本に潜り込んでくる「支那人の群れ」だ。習近平が失脚しようが、毛沢東のような独裁者になろうが、一般の支那人にとったら「どうでもいい事」である。彼らにとって最も大切なのは、親兄弟とか女房子供の安全だけ。近所の支那人が焼け死のうが水難事故で溺れ死のうが、一切お構いなし。職場の同僚なんか、何十年付き合っても“赤の他人”だから、破産して首を吊っても気にしないし、無差別テロで通行人が虐殺されても心は痛まない。支那を解説する藤井厳喜や近藤大介などは、6月や7月頃、「三峡ダムが決壊するかも」と騒いでいたが、支那の歴史を勉強した者なら「そうかい !」と応えて、後は風呂に入ったり、犬の散歩に出掛けたりする。明治か大正の支那学者なら、「まぁ、決壊するかも知れぬが、それがどうした?」と反対に質問するんじゃないか。昔から支那大陸では不幸が絶えず、大規模な災害や破滅的な秕政(ひせい)は珍しくない。日本で数万人ないし数百万人が死んだら蜂の巣を突いたように、みんなで大騒ぎとなるが、この暗黒大陸では通常営業。北京政府が倒れたって“いつも”のことだ。易姓革命だと思えばいい。

  米支対立で心配なのは、内乱や貧困により「チャイニーズ難民」が発生することだ。共産党の瓦解により、支那大陸で群雄割拠の戦乱となれば、不安に駆られた支那人はこぞって外国に逃れようとする。しかし、「静かなる侵掠」で警戒心が強くなったオーストラリアやカナダが、大量の難民を受け容れるとは考えにくい。となれば、狡猾な支那人が目指すのは日本である。難民条約(Convention Relating to the Status of Refugees)に加盟した日本は、国内に反日分子や人権派を抱えていることもあって、押し寄せる支那人を門前払いにいる事ができない。もちろん、全員を受け容れることはしないだろうが、5割ないし6、7割の難民を受け容れてしまう可能性は充分ある。例えば、100万人が「難民申請」をすれば、少なくても50万か60万の支那人が日本に住み着く計算になるだろう。もし、我々が真剣に日本の防衛と治安を考えるのであれば、どんなに国際的非難を浴びようとも、難民条約からの脱退を決断すべきである。先進諸国が人権問題を持ち出してくるなら、逆に、現地の保守派国民に呼びかけ、「一緒に難民条約を破棄しよう !」と提案すべきだ。(ここでは長くなるから省略するが、難民条約はユダヤ人が歐米諸国へ避難しやすくするための取決めで、ドイツから追い出された時、ユダヤ人の受け容れを拒否した英米への恨みが基礎となっている。)

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(左 : ゲームに夢中な大陸の支那人 / 右 : カナダへ移住した支那人 )

  普通の日本人には愛国心があるので、国土が内乱や侵掠で破壊されたり、公害とか人災で汚染されたりすれば、祖国を守ろうと必死になる。ところが、支那人は故郷や居住地が荒廃しても、自分に被害が及ばなければ無関心だし、遠く離れた地域なら「高みの見物」だ。もし、武漢三鎮(湖北省の武漢・漢口・漢陽)が洪水に見舞われても、広州省や福建省、山東省、河北省などの支那人はテレビ画面を眺めて「へぇぇ〜」と呟くのみ。日本人みたいに被害者を助けようと駆けつけたりせず、饅頭を喰いながら「俺じゃなくて良かった」と思うだけ。それよりも、自分のお金を賭けた博打とか、満漢全席の料理に夢中だ。支那人には郷土愛というものが微塵も無いので、河川が工業廃水で七色に輝いても、PM2.5(有害な超微粒子)で大気が汚染されても、政府を糾弾することはない。大地が重金属まみれになっても、「しょうがない」で諦めてしまう。ところが、商才に長けた支那人は北海道や東北の水源地を購入し、ミネラルウォーターの生産・販売に励む。支那人の地主は、日本の水源が枯れるまで地下水を汲み上げるだろう。

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(左 : 支那の裏路地で飯を食う支那人 / 右 : 「カナダ人」となった支那人の親子)

  とにかく、支那人には祖国の自然とか同胞を守ろうとする気持ちが全く無いのだ。災難が訪れれば、住み慣れた土地を離れ、別の場所に移住しようとする。北京で軍閥が暴れれば、景気の良い上海や南京へ逃れ、そこにも戦火が及べば、今度は越南(ベトナム)の東京(トンキン)へと避難する。でも、越南は貧乏だから、豊かな日本のトンキン(東京)を選ぶ。新天地で職を見つけ、腰を落ち着けたら、今度は日本人と結婚して国籍取得だ。支那人は「銭」となれば何でもする。日本人が避ける港湾人足にもなるし、土方(どかた)の募集があれば行列だ。3K職場の産廃業でも塗装業でも、日銭稼ぎとなれば労を厭わない。もっと銭が欲しければ、料理人を目指して腕を磨く。“これ”といった腕が無い奴は、支那語新聞に載っている犯罪者の募集に応じるし、先に定住した同郷の者とグルになって犯罪に手を染めることもある。支那人は努力家で多才だから、日本語が不自由なら「オレオレ詐欺」の「出し子」とか、万引きの「中継ぎ」を買って出たりする。(例えば、日本人の財布をスッた者から、財布を受け継ぎ、別の仲間に渡す役割。) 手先が器用ならピッキングの達人になるし、理系の知識があれば偽造カードの作成に携わる。力持ちなら、群馬や栃木の養豚業者から子豚を盗んで売りさばいてもいいし、小学生を拉致すれば大金を手にしたも同然だ。攫った子供を幼児ポルノ業者に販売してもいいし、臓器を摘出してバラ売りにしてもいい。所詮、日本人は赤の他人だし、昔から「東夷」と呼ばれる蛮族なので、何をしてもいいと思っている。(「そんなぁぁ!」と驚く方は、拙書『支那人の卑史 朝鮮人の痴史』で紹介した「野獣に変身させられた少年」とか「盲妹」の箇所を読んでね。)

  暢気な日本人は、TBSの「報道特集」とか日テレの「ミヤネ屋」くらいしか情報源を持たず、海外事情については全くの素人。自分の知識に自信が無いから、ワイドショーのゲスト解説者とか大学教授の「御意見」を拝聴して鵜呑みにする。大衆は歐米諸国で何が起こっているのか解らないし、「どうなっているんだろう?」といった疑問すら無い。消費税とか景気対策には“多少”の関心はあるが、移民問題には目に見える利益が無いので「どうでもいい」と思っている。ところが、西歐世界は移民や難民で大童(おおわらわ)。米国は異人種の坩堝(るつぼ)と化してしまい、先祖代々アメリカに住む西歐系白人は心の底で嘆き悲しみ、「どうして、あんな奴らを入れてしまうんだ?!」と怒っている。米国の主要メディアはヒスパニック系ばかりを取り上げるが、都市部にはアジア系移民も溢れている。アジアからの移民は、2000年から2015年の間に72%も増えているそうだ。(U.S. Census Bureau, "The Asian Population : 2010 " Census Brief, Table 6. American Community Survey 1 year estimates.) とりわけ多いのが支那人で、次にインド人、フィリピン人と続くらしい。2015年の統計を見ると、全アジア系移民(490万人)の中で支那人が24%を占めている。インド系移民は20%で、フィリピン人は19%であるそうだ。

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(左 : 米国に移住した苦力 / 右 : 苦力となった支那人達)

  米国での支那人口は着実に増えており、2000年だと約286万5千人で、2010年になると約401万人に上昇し、 2015年では約494万8千になったそうである。でも、以前に帰化した支那人が他民族と混血しているケースもあるので、実際にどれくらい支那系アメリカ人が居るのか判らない。大学へ進む支那人はユダヤ人とも結婚するし、白人との結婚は願ってもない幸運だ。したがって、西歐系アメリカ人に接近する支那人女性も結構いるらしい。混血を除く深刻な問題としては、支那人街の出現が挙げられる。米国へ移住する支那人は、やはり同胞が群れる地区に住みたがるので、どうしてもチャイナタウンが形成されやすい。英語が不得意な支那人は、北京語や広東語で生活できる「租界」に集まるし、都市部は“よそ者”がうろついても怪しまれない混成地区だ。そこで、支那人が定住する主な地域を挙げてみよう。(2015年におけるトップ10 / 資料 : Pew Research Center analysis of 2013-2015 American Community Survey.)

  ニュー・ヨーク 798,000 (人)
   ロス・アンジェルス 604,000
   サン・フランシスコ 519,000
   サン・ホゼ 194,000
   ボストン 153,000
   ワシントン D.C. 125,000
   シカゴ 124,000
   シアトル 119,000
   ホノルル 114,000
   ヒューストン 99,000

  一方、日本では年間どれくらいのアジア人が帰化しているのか? 昭和の頃だと、年平均約5千人から6千人前後の朝鮮人が帰化しており、支那人は1千人をやや超える程度だった。しかし、平成に入ると帰化人の数が増え出し、大量のアジア人が「日本国民」となっている。例えば、小渕内閣の頃であった平成11年(1999年)だと、帰化を許された外国人は17,067名。そのうち、(南北)朝鮮人が10,059人で、支那人は5,335人。翌年の帰化人総計は14,936名となっており、その中で朝鮮人は9,842人、支那人は5,245人であった。ところが、首相の小泉純一郎が北鮮に赴いた平成14年(2002年)以降、朝鮮人の帰化申請に変化が起きた。平成15年、帰化した朝鮮人は11,778人で、平成16年になると11,031人、平成17年だと少し減って9,689人となっている。これ以降、帰化申請者は少しづつ減ってきているが、それは帰化が進んで在日の残党が少なくなったからだ。日本の国勢調査で、もう一つ重要なのは、帰化鮮人の子孫や日鮮混血児、日支混血児、日比混血児などのエスニック別統計が無いことである。帰化鮮人は血筋を隠したがるので、国勢調査で「朝鮮系」かどうかを尋ねても、答えない人が多いはず。また、「本人が気づいてない」というケースもあるので、血統別の国民構成を知ることは、かなり難しい。

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( 左 : ニューヨークの支那人 / 右 : オーストラリアに住む支那人)

  普通の日本人は過去から学ばないというか、脳天気なせいもあって、支那人の流入を真剣に考えることがない。たまにテレビで技能実習生の逃亡や失踪、偽留学生の問題を耳にしても、どこか「他人事」の節がある。しかし、いくら家畜のような労働者であっても、彼らは日本人と同じく“感情を持つ人間”だ。良い事もすれば悪い事もする。古代ギリシア人なら、「人間は天使でもなければ悪魔でもない」と言いそうだが、一般的に支那人は悪魔に近く、犯罪予備軍でなくても、いつルシファー(堕落天使 / 悪魔)になるか分からない。表の顔が善人でも、裏の顔が伝統的な支那人という場合が多いので、油断すると大変だ。最初は単なる出稼ぎ人でも、金に困れば強盗や殺人鬼に変身するし、性欲が高まれば強姦魔にもなり得る。日本人は「よそ様」を「日本人」の前提で考えるから、エイリアンの支那人に騙されてしまうのだ。

支那人暴徒に虐殺された日本人

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( 写真 / 支那大陸で暮らす支那人の高齢者)

  支那人というのは何千年経とうが「支那人」のままで、本質的にやる事なす事いつも同じである。支那大陸に進出した日系企業は、支那民衆の排日攻撃を受けて大損害を蒙ったが、そんなのは昔からあることだ。戦前、広東省の北海に菊地洋行支店を兼業する丸一薬房(やくぼう / 薬局)があった。(現在は広西省。) この薬品店を経営していたのは中野順三(なかの・じゅんぞう)という日本人で、20年前から現地に住んでいたそうだ。彼は支那人女性を娶っており、ここで暮らす唯一の日本人である。中野氏は支那人と同じ生活を送り、地元の一般人から敬愛されていたという。現地へ赴く日本人旅行者は皆、彼の世話になったそうで、文字通り、日支親善の役割を果たしていたそうだ。

  ところが、満洲事変以来、排日の風潮が北海にも及び、西南派と南京側の武力抗争も起こったので、広東の排日も熾烈さを増したという。こうなると、中野氏は格好の標的だ。何しろ、現地で暮らす日本人は中野氏のみ。侮日の矛先が彼に集中してもおかしくはない。蔡廷楷(さい・ていかい)率いる旧十九路軍からは、排日の宣伝部隊が派遣され、学生や軍隊が反日デモを起こしたそうだ。悪意に満ちた排日ビラがバラ撒かれ、街の至る所に貼られたという。さらに、排日を掲げた大会が開かれたので、街は物々しい雰囲気に包まれていた。

  悲劇の幕が切り落とされると、暴徒の一団は中野氏宅を襲撃した。ゴロツキ供は中野氏の家族に拳銃を突きつけ、汚い言葉で罵倒する。そして、暴漢どもは捉えた家人を一カ所に集められた。彼らは捕まえた中野氏を家族の前に引きずり出す。兇暴な支那人供は中野氏を獲物にすると、殴る蹴るの暴行を加え、持っていた短刀や肉切包丁で滅多斬りにしたそうだ。(斎藤二郎 『支那怖るべし : 急迫化する日支関係 ! 成都・北海事件の真相 』 今日の問題社、昭和11年、 p.18.) 全身を切り刻まれた中野氏は、見るも無惨な姿に変わり果てたが、その暴漢どもは何ら良心の呵責を感じず、悠々と殺人現場を後にしたそうだ。家人の通報により、公安当局は武装警官を出動させたが、暴徒は誰も捕まらなかった。中野氏の長女、鶴子(つるこ)さんは目の前で父を惨殺され悲嘆に暮れるばかり。彼女は涙を堪えて香港の知人に宛てに手紙を認(したた)めたそうだ。

  この事件が日本に知れ渡ったのは広東の治安当局からではなく、海南島に住む日本人の勝間氏からであった。彼が香港にある日本総領事館に事件を伝えると、それを聞いた広東総領事代理の吉川氏が動き、支那側の外交特派員である刀作謙(ちょう・さくけん)に事の真偽をただしたそうだ。ところが、この支那人は矢鱈と反応が鈍い。というのも、刀作謙は既に蒋介石と会っていた。二人は秘密裏に協議を重ね、事件を揉み消すことにしたらしい。日本側は捜査の実行を迫ったが、広東当局は最初からやる気が無く、言い訳に終始した。曰わく、「これは地方の一小問題に過ぎないし、排日暴徒がいる北海は南京政府の管轄ではない。あそこは旧十九路軍が仕切る区域であるから、どうしようもない。もし、日本側が現地調査を断行した場合、どんな事か起こっても、我々はその責任を一切負わないぞ !」といった態度なんだから、日本人が激怒するのも当然だ。しかし、こうした言い草は、如何にも支那人らしい。(腰が重い支那人を動かすには、やはり“札束ビンタ”しかないのかなぁ〜。)

  それでも、日本側は諦めきれない。現地の領事館は独自の調査をすべく、砲艦「嵯峨」に戸根木書記生らを乗せて派遣し、北海に急行させたという。ところが、またもや問題が・・・。日支調査員が北海に到着した時、旧十九路軍は支那人の上陸だけを認め、日本人調査員の上陸を拒否したのだ。北海の占領軍が「もし一歩でも近づいたりすれば、直ちに砲撃するぞ !」と威嚇したので、日本側も躊躇ってしまい、強硬手段に出ることが出来なかったという。結局、排日軍の妨害がネックとなって、事件の解明は有耶無耶(うやむや)になった。現在でも教訓となるが、支那で商売しようと思えば、圧倒的な軍事力を背景にしなければならない。支那人というのは「力」にだけ従う人間で、法律に怯える連中じゃない。彼らは金銭で靡くこともあるが、賄賂だけ取って「しらばっくれる」こともあるので、やはり強靱な軍隊が必要だ。

  支那人というのは実に厄介な存在で、一旦「日本への移住」を決めたら梃子(てこ)でも動かない。踏まれても蹴飛ばされても、雑草みたいにジッと堪える。彼らは逆境に慣れているから、日本人の排斥なんかにへこたれない。支那では集団リンチのうえに、人肉を削いでバーベキュー大会なんだから。そもそも、日本の警官は銃の乱射をしないし、戦車で暴徒を踏みつけることもないから安心だ。こんな塩梅だから、受け容れる日本人のほうが参ってしまう。数人の支那人でも不愉快なのに、大量の支那人が流れ込んだら“どんな”事が起きることか ! 移民や難民の支那人だと、善人よりも悪人の方が多いぞ。あの支那人が日本に住めば、我が国は大変だ。彼らが日本に住んでも、我々に同化することはない。

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(写真 / 日本にやって来そうな支那人)

だいたい、支那人が日本人を見習って、「心の優しい友人」とか「思いやりのある隣人」、「マナーの正しい社会人」になるのか? 実際はその逆で、まっとうな日本人が支那人の「悪」に染まってしまうのだ。素直に育った日本人でも、支那人と一緒の学校に通えば、今まで知らなかった悪徳を身につけるし、支那流の狡猾さを習得して破廉恥な子供になるかも知れない。日本で支那人が増えれば、福建人の窃盗団とか麻薬を扱う上海暴力団、新宿を拠点とする華僑マフィア、帰化支那人の2世で構成される半グレ集団、などが出来てしまうだろう。そして、帰化支那人とグルになる日本人も出現するから、日支共同の犯罪組織が誕生する可能性も高い。支那人が“日本人化”するのではなく、日本人が“支那人化”するのだ。

  移民政策を推進するプロ左翼や大学教授は、「人手不足」の解消とか「少子化」への歯止めばかりを宣伝する。しかし、彼らが支那人や朝鮮人を受け容れた時のマイナス面を述べる事はない。もし、現実の害悪を具体的に述べれば、大半の日本人が反対するからだ。したがって、不都合な真実や予想される損害を述べないのは卑怯である。ところが、近藤敦(こんどう・あつし)とか内藤正典(ないとう・まさひろ)、駒井洋(こまい・ひろし)、宮島喬(みやじま・たかし)、小井土彰宏(こいど・あきひろ)などは、形式的に移民の問題点を述べるだけで、その根底にある害悪に口を閉ざす。彼らの頭には多民族共存という理想がある。彼らはいかがわしい投資を勧める悪徳業者と同じだ。「旨い話」ばかりを強調し、損をする「リスク」には触れようとしない。“まずい”契約事項は、分厚い契約書の奥に記載し、出来るだけ小さな文字で書く。一般人は甘い言葉だけに耳を傾けるので、ヤバい落とし穴には気づかない。常識で考えれば解るのに、「面倒くさいから考えない」というのが一般人の性質である。

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(左 : 逮捕された支那人の犯罪者 / 右 : 囚人となった支那人)

  これは大卒者でも同じで、高学歴の「インテリもどき」というのは専門用語で説明されると、「判ったような気」になってしまうのだ。詐欺師は相手の自尊心をくすぐって騙そうとする。“専門家”を気取る学者から、「これからは若年層が減ってしまうので、今のうちに移民を受け容れて労働人口を増やさなければなりません」と言われれば、「そうだよなぁ〜。社会保障の財源とか介護師の確保もあるしなぁ〜」と妙に納得してしまうのだ。しかし、日本人が減っている状態でアジア移民を輸入すれば、日本人が増えずに、非日本人だけが増える状況になってしまうじゃないか。日本人による日本を維持するために、非日本人の楽園に変えてしまうなんて本末転倒だ。移民に賛成する日本人は、アジア人との婚姻や混血児の誕生を望んでいるのか? 自分の息子が支那人と結婚すれば、生まれてくる孫は支那人になるんだぞ ! もし、自分の娘が朝鮮人と結婚すれば、「金」とか「朴」という姓になるかも知れないし、生まれてくる混血児は鮮人の祖先を持つことになる。日本人の祖父母は、支那人の精子や朝鮮人の卵子から生まれた孫を抱いて幸せなのか? 一般の日本人は人体実験を嫌うけど、社会実験も同様に危険である。後悔先に立たず。移民を容れる政治的実験を行えば、必ずや面倒な結果になるだろう。たとえ、嫌な社会が生成されても、それを取り消す方法は無いから、我々はずっと嫌な社会に行き続けることになる。この危険性に警鐘を鳴らす者は、世間から「右翼」とか「ネオナチ」と呼ばれてしまう。だが、こうした非難を投げかける日本人は、幼い子供の顔を見てから言うべきだ。

http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68827461.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/600.html#c2

[番外地8] 南京大虐殺の証拠〜当時の記録映像と生存者の確実な証言 中川隆
7. 2020年10月09日 06:11:46 : yrjMIAA0P3 : NDRaMkxRWk5XM2c=[3]
南京大虐殺は昭和天皇の命令でやったというのが定説だよ。
それで東京裁判でも松井石根を昭和天皇の身代わりに死刑にしただけで責任追及を終了させたんだ:

鬼頭久二(1916年8月生まれ)
第16師団歩兵第33連隊 第1大隊

南京戦の時、当時の宮さん〔朝香宮〕から命令があって、その命令は中隊長か小隊長から聞いたけど、

「犬も猫も含め生きている者は全部殺せ」

ちゅう命令やった。

天皇陛下の命令やと言ったな。

当時のことを書いた日記帳は終戦の時に全部焼いた。
http://kk-nanking.main.jp/mondai/gyakusatu.html
http://www.asyura2.com/20/ban8/msg/445.html#c7

[近代史4] 独裁者列伝 _ 習近平 中川隆
9. 2020年10月09日 07:06:18 : yrjMIAA0P3 : NDRaMkxRWk5XM2c=[4]
でたー!狡兎死して 走狗煮らる
2020/10/09





http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/806.html#c9
[近代史5] 日本列島は欧米の侵略の拠点で日本人は手先。イギリスもアメリカも日本がアジアの国々と友好的な関係を結ぶことを許さない 中川隆
8. 2020年10月09日 09:29:28 : yrjMIAA0P3 : NDRaMkxRWk5XM2c=[5]
日本は明治維新後、アングロ・サクソンの巨大金融資本に支配されてきた。彼らは日本列島を東アジア侵略の拠点とし、日本人を傭兵として使ってきたのである。ヨーロッパ人が日本人を東アジア侵略の手先に使うという構図は戦国時代にも見られた。(藤木久志著『新版 雑兵たちの戦場』朝日新聞出版、2005年)

 麻薬の取引で大儲けしていたイギリスの会社、ジャーディン・マセソンのほか、日露戦争で日本政府が戦費を頼ったロスチャイルド系金融機関のクーン・ローブ、関東大震災の復興資金を調達したロスチャイルドから派生したJPモルガンを抜きに日本の近代史を語ることはできない。


 日本への影響力を強めた頃、JPモルガンを率いていたのはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア。その結婚相手のいとこであるジョセフ・グルーは1932年から41年まで駐日大使を務めたが、この人物は第2次世界大戦後、ジャパンロビーの中枢として日本の進路を決めることになる。


 グルーは秩父宮をはじめ皇室に強力な人脈を持っていたが、最も親しくしていた日本人は松岡洋右だと言われている。松岡の妹が結婚した佐藤松介は岸信介や佐藤栄作の叔父にあたる。日本軍が1941年12月7日(現地時間)にハワイの真珠湾を奇襲攻撃、グルーは翌年の6月に日本を離れるが、その直前に彼がゴルフした相手は商工大臣だった岸信介だ。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007)


 いわゆる「戦後民主主義」とはウォール街の下に築かれた天皇制官僚システムという枠組みの中での「民主化」にすぎない。システムが民主化されなかった以上、「学問の自由」も「言論の自由」も砂上の楼閣だったと言えるだろう。


 アメリカでは1983年1月にNSDD11をロナルド・レーガン大統領が署名、プロジェクト・デモクラシーやプロジェクト・トゥルースを始めた。デモクラシーという看板を掲げながら民主主義を破壊し、トゥルースという看板を掲げながら偽情報を流し始めたのだ。その偽情報を信じ、あるいは信じた振りをし、アメリカは自由で民主的な国だという幻影を受け入れてきたのが日本の学者、記者、編集者といった人々だ。

アメリカの支配者の下に築かれた日本の天皇制官僚システムは政府を通じ、学問や言論の自由を侵害してきた。そうした傾向は1980年代から急速に強まったが、学者、記者、編集者といった人々は萎縮し、抵抗らしい抵抗をしてこなかった。ジャーナリストのむのたけじは1991年に開かれた「新聞・放送・出版・写真・広告の分野で働く800人の団体」主催の講演会で冒頭に「ジャーナリズムはとうにくたばった」と発言した(むのたけじ著『希望は絶望のど真ん中に』岩波新書、2011年)が、くたばっていたのは学者も同じである。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202010090000/  
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/136.html#c8

[番外地8] 日本は明治維新後、アングロ・サクソンの巨大金融資本に支配されてきた。彼らは日本列島を東アジア侵略の拠点とし、日本人を傭… 中川隆
1. 中川隆[-10960] koaQ7Jey 2020年10月09日 09:32:02 : yrjMIAA0P3 : NDRaMkxRWk5XM2c=[6]
日本が c housen を併合したのは英米の東アジア侵略の拠点とする為だった
日本は明治維新後、アングロ・サクソンの巨大金融資本に支配されてきた。彼らは日本列島を東アジア侵略の拠点とし、日本人を傭兵として使ってきたのである。ヨーロッパ人が日本人を東アジア侵略の手先に使うという構図は戦国時代にも見られた。(藤木久志著『新版 雑兵たちの戦場』朝日新聞出版、2005年)

 麻薬の取引で大儲けしていたイギリスの会社、ジャーディン・マセソンのほか、日露戦争で日本政府が戦費を頼ったロスチャイルド系金融機関のクーン・ローブ、関東大震災の復興資金を調達したロスチャイルドから派生したJPモルガンを抜きに日本の近代史を語ることはできない。


 日本への影響力を強めた頃、JPモルガンを率いていたのはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア。その結婚相手のいとこであるジョセフ・グルーは1932年から41年まで駐日大使を務めたが、この人物は第2次世界大戦後、ジャパンロビーの中枢として日本の進路を決めることになる。


 グルーは秩父宮をはじめ皇室に強力な人脈を持っていたが、最も親しくしていた日本人は松岡洋右だと言われている。松岡の妹が結婚した佐藤松介は岸信介や佐藤栄作の叔父にあたる。日本軍が1941年12月7日(現地時間)にハワイの真珠湾を奇襲攻撃、グルーは翌年の6月に日本を離れるが、その直前に彼がゴルフした相手は商工大臣だった岸信介だ。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007)


 いわゆる「戦後民主主義」とはウォール街の下に築かれた天皇制官僚システムという枠組みの中での「民主化」にすぎない。システムが民主化されなかった以上、「学問の自由」も「言論の自由」も砂上の楼閣だったと言えるだろう。


 アメリカでは1983年1月にNSDD11をロナルド・レーガン大統領が署名、プロジェクト・デモクラシーやプロジェクト・トゥルースを始めた。デモクラシーという看板を掲げながら民主主義を破壊し、トゥルースという看板を掲げながら偽情報を流し始めたのだ。その偽情報を信じ、あるいは信じた振りをし、アメリカは自由で民主的な国だという幻影を受け入れてきたのが日本の学者、記者、編集者といった人々だ。

アメリカの支配者の下に築かれた日本の天皇制官僚システムは政府を通じ、学問や言論の自由を侵害してきた。そうした傾向は1980年代から急速に強まったが、学者、記者、編集者といった人々は萎縮し、抵抗らしい抵抗をしてこなかった。ジャーナリストのむのたけじは1991年に開かれた「新聞・放送・出版・写真・広告の分野で働く800人の団体」主催の講演会で冒頭に「ジャーナリズムはとうにくたばった」と発言した(むのたけじ著『希望は絶望のど真ん中に』岩波新書、2011年)が、くたばっていたのは学者も同じである。
http://www.asyura2.com/20/ban8/msg/453.html#c1

[近代史4] 独裁者列伝 _ 昭和天皇 中川隆
8. 中川隆[-10959] koaQ7Jey 2020年10月09日 09:34:08 : yrjMIAA0P3 : NDRaMkxRWk5XM2c=[7]
日本は明治維新後、アングロ・サクソンの巨大金融資本に支配されてきた。彼らは日本列島を東アジア侵略の拠点とし、日本人を傭兵として使ってきたのである。ヨーロッパ人が日本人を東アジア侵略の手先に使うという構図は戦国時代にも見られた。(藤木久志著『新版 雑兵たちの戦場』朝日新聞出版、2005年)

 麻薬の取引で大儲けしていたイギリスの会社、ジャーディン・マセソンのほか、日露戦争で日本政府が戦費を頼ったロスチャイルド系金融機関のクーン・ローブ、関東大震災の復興資金を調達したロスチャイルドから派生したJPモルガンを抜きに日本の近代史を語ることはできない。


 日本への影響力を強めた頃、JPモルガンを率いていたのはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア。その結婚相手のいとこであるジョセフ・グルーは1932年から41年まで駐日大使を務めたが、この人物は第2次世界大戦後、ジャパンロビーの中枢として日本の進路を決めることになる。


 グルーは秩父宮をはじめ皇室に強力な人脈を持っていたが、最も親しくしていた日本人は松岡洋右だと言われている。松岡の妹が結婚した佐藤松介は岸信介や佐藤栄作の叔父にあたる。日本軍が1941年12月7日(現地時間)にハワイの真珠湾を奇襲攻撃、グルーは翌年の6月に日本を離れるが、その直前に彼がゴルフした相手は商工大臣だった岸信介だ。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007)


 いわゆる「戦後民主主義」とはウォール街の下に築かれた天皇制官僚システムという枠組みの中での「民主化」にすぎない。システムが民主化されなかった以上、「学問の自由」も「言論の自由」も砂上の楼閣だったと言えるだろう。


 アメリカでは1983年1月にNSDD11をロナルド・レーガン大統領が署名、プロジェクト・デモクラシーやプロジェクト・トゥルースを始めた。デモクラシーという看板を掲げながら民主主義を破壊し、トゥルースという看板を掲げながら偽情報を流し始めたのだ。その偽情報を信じ、あるいは信じた振りをし、アメリカは自由で民主的な国だという幻影を受け入れてきたのが日本の学者、記者、編集者といった人々だ。

アメリカの支配者の下に築かれた日本の天皇制官僚システムは政府を通じ、学問や言論の自由を侵害してきた。そうした傾向は1980年代から急速に強まったが、学者、記者、編集者といった人々は萎縮し、抵抗らしい抵抗をしてこなかった。ジャーナリストのむのたけじは1991年に開かれた「新聞・放送・出版・写真・広告の分野で働く800人の団体」主催の講演会で冒頭に「ジャーナリズムはとうにくたばった」と発言した(むのたけじ著『希望は絶望のど真ん中に』岩波新書、2011年)が、くたばっていたのは学者も同じである。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202010090000/  
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/799.html#c8

[近代史4] 天皇一族は反日売国奴 中川隆
6. 中川隆[-10958] koaQ7Jey 2020年10月09日 09:35:08 : yrjMIAA0P3 : NDRaMkxRWk5XM2c=[8]
日本は明治維新後、アングロ・サクソンの巨大金融資本に支配されてきた。彼らは日本列島を東アジア侵略の拠点とし、日本人を傭兵として使ってきたのである。ヨーロッパ人が日本人を東アジア侵略の手先に使うという構図は戦国時代にも見られた。(藤木久志著『新版 雑兵たちの戦場』朝日新聞出版、2005年)
 麻薬の取引で大儲けしていたイギリスの会社、ジャーディン・マセソンのほか、日露戦争で日本政府が戦費を頼ったロスチャイルド系金融機関のクーン・ローブ、関東大震災の復興資金を調達したロスチャイルドから派生したJPモルガンを抜きに日本の近代史を語ることはできない。


 日本への影響力を強めた頃、JPモルガンを率いていたのはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア。その結婚相手のいとこであるジョセフ・グルーは1932年から41年まで駐日大使を務めたが、この人物は第2次世界大戦後、ジャパンロビーの中枢として日本の進路を決めることになる。


 グルーは秩父宮をはじめ皇室に強力な人脈を持っていたが、最も親しくしていた日本人は松岡洋右だと言われている。松岡の妹が結婚した佐藤松介は岸信介や佐藤栄作の叔父にあたる。日本軍が1941年12月7日(現地時間)にハワイの真珠湾を奇襲攻撃、グルーは翌年の6月に日本を離れるが、その直前に彼がゴルフした相手は商工大臣だった岸信介だ。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007)


 いわゆる「戦後民主主義」とはウォール街の下に築かれた天皇制官僚システムという枠組みの中での「民主化」にすぎない。システムが民主化されなかった以上、「学問の自由」も「言論の自由」も砂上の楼閣だったと言えるだろう。


 アメリカでは1983年1月にNSDD11をロナルド・レーガン大統領が署名、プロジェクト・デモクラシーやプロジェクト・トゥルースを始めた。デモクラシーという看板を掲げながら民主主義を破壊し、トゥルースという看板を掲げながら偽情報を流し始めたのだ。その偽情報を信じ、あるいは信じた振りをし、アメリカは自由で民主的な国だという幻影を受け入れてきたのが日本の学者、記者、編集者といった人々だ。

アメリカの支配者の下に築かれた日本の天皇制官僚システムは政府を通じ、学問や言論の自由を侵害してきた。そうした傾向は1980年代から急速に強まったが、学者、記者、編集者といった人々は萎縮し、抵抗らしい抵抗をしてこなかった。ジャーナリストのむのたけじは1991年に開かれた「新聞・放送・出版・写真・広告の分野で働く800人の団体」主催の講演会で冒頭に「ジャーナリズムはとうにくたばった」と発言した(むのたけじ著『希望は絶望のど真ん中に』岩波新書、2011年)が、くたばっていたのは学者も同じである。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202010090000/  
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/782.html#c6

[近代史3] イギリスが薩摩や長州を支援して徳川体制を倒した理由は日本人を使って中国内陸部を支配するためだった 中川隆
11. 中川隆[-10957] koaQ7Jey 2020年10月09日 09:37:59 : yrjMIAA0P3 : NDRaMkxRWk5XM2c=[9]
日本は明治維新後、アングロ・サクソンの巨大金融資本に支配されてきた。彼らは日本列島を東アジア侵略の拠点とし、日本人を傭兵として使ってきたのである。ヨーロッパ人が日本人を東アジア侵略の手先に使うという構図は戦国時代にも見られた。(藤木久志著『新版 雑兵たちの戦場』朝日新聞出版、2005年)
 麻薬の取引で大儲けしていたイギリスの会社、ジャーディン・マセソンのほか、日露戦争で日本政府が戦費を頼ったロスチャイルド系金融機関のクーン・ローブ、関東大震災の復興資金を調達したロスチャイルドから派生したJPモルガンを抜きに日本の近代史を語ることはできない。


 日本への影響力を強めた頃、JPモルガンを率いていたのはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア。その結婚相手のいとこであるジョセフ・グルーは1932年から41年まで駐日大使を務めたが、この人物は第2次世界大戦後、ジャパンロビーの中枢として日本の進路を決めることになる。


 グルーは秩父宮をはじめ皇室に強力な人脈を持っていたが、最も親しくしていた日本人は松岡洋右だと言われている。松岡の妹が結婚した佐藤松介は岸信介や佐藤栄作の叔父にあたる。日本軍が1941年12月7日(現地時間)にハワイの真珠湾を奇襲攻撃、グルーは翌年の6月に日本を離れるが、その直前に彼がゴルフした相手は商工大臣だった岸信介だ。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007)


 いわゆる「戦後民主主義」とはウォール街の下に築かれた天皇制官僚システムという枠組みの中での「民主化」にすぎない。システムが民主化されなかった以上、「学問の自由」も「言論の自由」も砂上の楼閣だったと言えるだろう。


 アメリカでは1983年1月にNSDD11をロナルド・レーガン大統領が署名、プロジェクト・デモクラシーやプロジェクト・トゥルースを始めた。デモクラシーという看板を掲げながら民主主義を破壊し、トゥルースという看板を掲げながら偽情報を流し始めたのだ。その偽情報を信じ、あるいは信じた振りをし、アメリカは自由で民主的な国だという幻影を受け入れてきたのが日本の学者、記者、編集者といった人々だ。

アメリカの支配者の下に築かれた日本の天皇制官僚システムは政府を通じ、学問や言論の自由を侵害してきた。そうした傾向は1980年代から急速に強まったが、学者、記者、編集者といった人々は萎縮し、抵抗らしい抵抗をしてこなかった。ジャーナリストのむのたけじは1991年に開かれた「新聞・放送・出版・写真・広告の分野で働く800人の団体」主催の講演会で冒頭に「ジャーナリズムはとうにくたばった」と発言した(むのたけじ著『希望は絶望のど真ん中に』岩波新書、2011年)が、くたばっていたのは学者も同じである。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202010090000/  
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/743.html#c11

[近代史3] 表に出始めた明治維新の真実 中川隆
8. 中川隆[-10956] koaQ7Jey 2020年10月09日 09:38:27 : yrjMIAA0P3 : NDRaMkxRWk5XM2c=[10]
日本は明治維新後、アングロ・サクソンの巨大金融資本に支配されてきた。彼らは日本列島を東アジア侵略の拠点とし、日本人を傭兵として使ってきたのである。ヨーロッパ人が日本人を東アジア侵略の手先に使うという構図は戦国時代にも見られた。(藤木久志著『新版 雑兵たちの戦場』朝日新聞出版、2005年)
 麻薬の取引で大儲けしていたイギリスの会社、ジャーディン・マセソンのほか、日露戦争で日本政府が戦費を頼ったロスチャイルド系金融機関のクーン・ローブ、関東大震災の復興資金を調達したロスチャイルドから派生したJPモルガンを抜きに日本の近代史を語ることはできない。


 日本への影響力を強めた頃、JPモルガンを率いていたのはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア。その結婚相手のいとこであるジョセフ・グルーは1932年から41年まで駐日大使を務めたが、この人物は第2次世界大戦後、ジャパンロビーの中枢として日本の進路を決めることになる。


 グルーは秩父宮をはじめ皇室に強力な人脈を持っていたが、最も親しくしていた日本人は松岡洋右だと言われている。松岡の妹が結婚した佐藤松介は岸信介や佐藤栄作の叔父にあたる。日本軍が1941年12月7日(現地時間)にハワイの真珠湾を奇襲攻撃、グルーは翌年の6月に日本を離れるが、その直前に彼がゴルフした相手は商工大臣だった岸信介だ。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007)


 いわゆる「戦後民主主義」とはウォール街の下に築かれた天皇制官僚システムという枠組みの中での「民主化」にすぎない。システムが民主化されなかった以上、「学問の自由」も「言論の自由」も砂上の楼閣だったと言えるだろう。


 アメリカでは1983年1月にNSDD11をロナルド・レーガン大統領が署名、プロジェクト・デモクラシーやプロジェクト・トゥルースを始めた。デモクラシーという看板を掲げながら民主主義を破壊し、トゥルースという看板を掲げながら偽情報を流し始めたのだ。その偽情報を信じ、あるいは信じた振りをし、アメリカは自由で民主的な国だという幻影を受け入れてきたのが日本の学者、記者、編集者といった人々だ。

アメリカの支配者の下に築かれた日本の天皇制官僚システムは政府を通じ、学問や言論の自由を侵害してきた。そうした傾向は1980年代から急速に強まったが、学者、記者、編集者といった人々は萎縮し、抵抗らしい抵抗をしてこなかった。ジャーナリストのむのたけじは1991年に開かれた「新聞・放送・出版・写真・広告の分野で働く800人の団体」主催の講演会で冒頭に「ジャーナリズムはとうにくたばった」と発言した(むのたけじ著『希望は絶望のど真ん中に』岩波新書、2011年)が、くたばっていたのは学者も同じである。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202010090000/  
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/742.html#c8

[番外地8] 徳仁「もういやだ」「離婚したい」涙の疑惑事件 中川隆
2. 中川隆[-10955] koaQ7Jey 2020年10月09日 10:46:34 : yrjMIAA0P3 : NDRaMkxRWk5XM2c=[11]
今上天皇や自民党・官僚・マスコミ関係者が中国大好きになった理由 2
小和田家は三代前は遡れない家系。本当に日本人なのかも分からない。
徳仁と雅子の公式に認められている初めての出会いは昭和61年(1986年)10月18日のスペイン・エレナ王女歓迎レセプションパーティーであり、それより2年も早く、雅子さんというハニートラップを仕掛けられていた。
ドス子Wikiコルマール

その結婚後、「もういやだ」「離婚したい」と涙を流す出来事があったそうな。

ドス子wikiさんより
2004年4月佐賀県吉野ヶ里公務にて徳仁が泣き出す事件目撃情報(他スレからの転載)

Part44-535 名前: 可愛い奥様 04/04/25 11:43 ID:E3sMe2/9
昨日佐賀に皇太子が来たんだよ
吉野ヶ里ってとこがあるんだけど、そこで式典があって、その最中に鼻をすすりだし、突然涙をぬぐい出した。
理由はもちろんわかんね。鼻炎とかかもしれないけど、突然泣き出したから、まわりは驚いてた。

536 名前: 可愛い奥様 04/04/25 11:45 ID:E3sMe2/9
660 :名無しさん@4周年 :04/04/25 11:34 ID:GHTsS4cY
いまさら学生時代や外務省時代のデキなんてどうでもいいだろ。

そんなことよりよ、おまいら知らねえと思うけど、昨日の公務ですごいことがあったぞ。
なんと、皇太子が突然泣き出すハプニングがあったんだよww
泣き出したと言っても軽くだけどな。でもびっくりしたよ。
俺はそばで見てたんだけどさ。さすがにまわりがどよめいたよ。


2004年4月は、雅子が愛子を連れて軽井沢小和田家別荘に立て篭もっていた時期。その頃両陛下との夕食会後にも徳仁が母美智子さまの手をとり涙を流したという事件が発生したともマスコミ記事になっている。
参考:『週刊新潮』2005/5/4号<雅子さま深夜の帰宅事件と皇太子殿下が御所で泣いた夜>
参考:徳島新聞2009年2月27日<共同通信社社会部長・宮城孝治氏講演 平成皇室の光と陰『公あっての私』考え方の違い 両陛下ら苦悩>記事

徳仁「もういやだ」「離婚したい」涙の疑惑事件
Part373-374 名前:可愛い奥様 :2006/02/17(金) 23:38:34 ID:Ac69Mvpj
彼が「もういやだ」と泣いたのは本当

   「離婚したい」と言ったのも事実

その後の流れは全てここから始まっている
泥酔状態での発言だが


創価学会の信者  
雅子さんが元々信者だったことから改宗させられたのか、k ankoku に「歴史を学ぶ人として、過去を反省した上で良い関係が築かれることを願う」(2018年3月19日) 


k ankoku 首相、日本皇太子に会って「韓半島の変化」への支持求める
ⓒ 中央日報日本語版2018.03.20 09:31
https://japanese.joins.com/article/j_article.php?aid=239728&servcode=A00§code=A10&cloc=jp

などと、皇族でありながら、政治に口出し、日本を売る発言をしてしまう。赤い皇族である。

中共、創価の操り人形のようです。


(徳仁さん事件)
・泌尿器疾患で、プチエンジェル事件の小児性愛顧客名簿に名前があって、ヤフオク事件の犯人疑惑(ほぼ確定)で、創価信者の徳仁さんは、天皇をご辞退ください。菅総理応援しています。
https://nipponwomamoru.at.webry.info/201901/article_4.html
http://www.asyura2.com/20/ban8/msg/448.html#c2

[近代史4] 内田樹 生きづらさについて考える 中川隆
6. 2020年10月09日 14:19:25 : yrjMIAA0P3 : NDRaMkxRWk5XM2c=[12]
内田樹 事大主義 権力者を批判したければ、まず自分が権力者になれ
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/1024.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/647.html#c6
[近代史3] 内田樹 事大主義 権力者を批判したければ、まず自分が権力者になれ 中川隆
1. 中川隆[-10954] koaQ7Jey 2020年10月09日 14:20:18 : yrjMIAA0P3 : NDRaMkxRWk5XM2c=[13]
「素人がコロナを語ると専門家が怒る」という日本は明らかにおかしい
内田 樹,岩田 健太郎 2020/09/23

新型コロナウイルスをめぐって、SNSなどでは「専門家以外は発言すべきでない」という意見が目立つ。それに対して神戸女学院大学名誉教授の内田樹氏と神戸大学大学院医学研究科教授の岩田健太郎氏は「素人といわれている人たちがコロナについてあれやこれや言うのは当然だ」という——。


※本稿は、内田樹・岩田健太郎『コロナと生きる』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

イノベーションは評価主義になじまない

【内田】僕は評価主義とはできるだけ関わりたくないんです。だから、「お前を査定してやる」という人が出てきたら、そっとその場から離れる。そういう人とディベートして、「あなたの意見と僕の意見のどちらが正しいか決着をつけよう」というのが嫌なんです。それだと評価主義の再生産にしかならない。あなたと僕のどちらが賛同者が多いかとか、どちらがSNSのフォロワー数が多いかとか、どちらが社会的地位が高いかとか、それを比較することでそれぞれの意見の理非を決するというふるまいは、それ自体が査定なんです。僕はそれが嫌なんです。

僕は誰とも論争なんかしたくない。ただ、ちょっと言いたいことがあるので言っているだけなんです。みんな僕の意見に賛同しろとも言わないし、意見が違う人に向かって「黙れ」とも言わない。だから、僕のことは放っておいてほしい。隅っこで言いたいことをぼそぼそ言わせてくれよ、と。それだけなんです。

イノベーションというのはそもそも評価主義になじまないんです。その成果の価値を測る「ものさし」がまだ存在しないようなもののことをイノベーションと呼ぶわけですから。だから、学術的なイノベーションをほんとうに支援したいと思ったら、やりたいやつに好きなようにやらせて、「放っておく」のが一番なんですよ。

日本の1億2000万人が全員「コロナ評論家」
【岩田】まったく同感です。うちの娘たちにも事あるごとに、「他人の評価を気にするな」と伝えています。

【内田】人の評価は気にしちゃいけません。ほめられようが、けなされようが、右から左にスルーすればいいんです。ほめられて増長するのも、批判されて落ち込むのも、どちらも意味ないです。「行蔵は我に存す。毀誉は他人の主張」。勝海舟の言うとおりです。出処進退は自分で決めるから、評価はそちらで勝手にやってくれ、と。他人の評価なんかどうでもいいよということは、このコロナ禍でますます確信に至りましたね。

【岩田】今まさに、コロナの分析や予想をめぐって起きていることとも、それは重なります。ネットを見ていると、日本の1億2000万人、世界の70億人が全員コロナ評論家と言ってもいいぐらいじゃないですか。

【内田】そうですね。

素人がコロナを語ると、専門家が怒る
【岩田】みんなコロナについて、何か語らずにはいられない。それぞれコロナのせいで害を被っているんだから、当たり前です。パンデミックって、そういうふうに「全員」に影響を与えるものなので。

ところが素人がコロナについて語ることを、専門家は怒るんですね。「素人のくせに俺たちの専門領域について、デタラメなことを言って」「テレビにまで出やがって」みたいなセリフをよく目にします。テレビの件は、大体テレビに出られない人が言うんですけど(笑)。

フェイスブックを見ていると、僕の業界の人はすごく怒っているんですよ。みんなが評価主義の塊になって、「にわか専門家がテレビで知ったようなことを言うな」みたいなことを本気で書いている。「そんなに頭にくるなら、テレビを観るのやめればいいのに」と思うんですが。

【内田】ほんとに観なきゃいいのにね。それに素人があれこれ言ったっていいじゃないですか。言わせてあげたらいいのに。

日本では「半ちく野郎」とか「半可通」とか「一知半解」とか、「半」という字がつく罵倒の言葉が多いんですよね。中途半端な知識に基づいてものを言う人間を徹底的にバカにする。「よく知らないけど、俺はこんなふうに思うんだよね」と言うと、自称専門家が「黙ってろ、素人は!」と頭ごなしに叱りつける。叱られたら黙る。専門家だけが発言権を持ち、それ以外の者は知らないことについては黙る。自分の経験や知識に基づいて、個人的な意見を述べることは「許されない不作法」ないし「笑うべき愚鈍」と見なされてきた。

素人がアイデアを出すほうが、生産的ではないか
【内田】でも、それっておかしいと思う。半ちくな素人の思いつきがときに思いもかけない創見をもたらすことって実際にあるから。それに僕自身、自慢じゃないけどレヴィナス哲学と合気道以外は、全分野で半ちく野郎なんです(笑)。文学も、映画も、マンガも、能楽も、宗教も、政治も、さまざまな領域でたくさん本を書いていますし、インタビューされたら意見を述べますけれど、どの分野でも専門家というのにはほど遠い。

ただ、「このトピックについては、あんまりよく知らないんですけども、ちょっと意見言ってもいいですか?」って、つい手を挙げたくなるんです。ちょっと何か言いたくなるのは、僕が思っていることを専門家が誰も言わないからです。誰かが先に言ってることなら僕が繰り返す必要ないです。誰も思いつかないようだから、つい手を挙げて言ってみたくなる。別に定説を覆すとか、常識に冷水を浴びせるとか、そんな攻撃的な意図があるわけじゃないんです。ただ、「こういうふうに考えたら、ちょっと面白くないですか?(よう知らんけど)」というだけのことで。でも、そういう「いっちょかみ」に対して専門家たちって、ほんとうに不寛容なんですよね。「素人は隅にいて黙ってろ」って一喝される。

専門家だけが発言できるより、素人が面白がって次々にいろんなアイデアを出したほうが、結果的に学術的にも生産的じゃないかと思うんですけどね。

専門家も慌てて「にわか」で勉強している
【岩田】確かにそうなんです。コロナに関しても今、素人の方から面白いアイデアが出てきています。今朝のニュースで観たんですが、ある学校では熱中症対策とコロナウイルス対策を両立させるために、「子どもたちは傘を差して登校する」ことにしたそうです。日傘で日光が遮られますし、傘を差すことでお互いが近づけなくなるから、ソーシャルディスタンスを保てるんですね。とても面白いアイデアだと感心しましたし、専門家からは出てこない発想だと思いました。

感染症の専門家といっても普段何をやってるかというと、患者さんの検査と薬を出すことがメインの仕事です。だから例えば、「コロナ対策のために、飛行機の空調やエアコンの設定をどうすればいいでしょうか」なんて聞かれても、正確には答えられないんです。航空機内の空調システムまで知悉している専門家は、非常に少数派で、旅行医学という専門分野のさらに細かいエアロメディシンという領域を勉強した人だけです。感染症のプロでもそこまでやっていた人は本当に少数派でしょう。慌てて「にわか」で勉強した人はいると思いますが。

テレビに出ている専門家も、よく知らないことを聞かれたら、慌てて文献を読んでにわか勉強して「10年前から知ってますよ」みたいな顔して言ってる人がほとんどなんですよ(笑)。実際の話、マスクがどれぐらいウイルスを防ぐかといった重要な知識も、前々から勉強してる人はあまりいませんでした。みんな急いで勉強して、にわか専門家として意見を述べているだけなんです。専門家とそうでない人の差は、案外大きくはない。少なくとも、特定のトピックにおいては。

だから、素人といわれている人たちがコロナについてあれやこれや言うのは当然だと思うし、全員がコロナには利害関係があるわけですから、出てきたアイデアは真面目に検討すべきだと僕は思います。

---------- 内田 樹(うちだ・たつる) 神戸女学院大学名誉教授 1950年東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒業、東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。著書に『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)『日本辺境論』(新潮新書)、街場シリーズなど多数。 ----------

---------- 岩田 健太郎(いわた・けんたろう) 神戸大学大学院医学研究科教授 1971年島根県生まれ。島根医科大学(現・島根大学)卒業。ニューヨーク、北京で医療勤務後、2004年帰国。08年より神戸大学。著書に『新型コロナウイルスの真実』(ベスト新書)など多数。 ----------

https://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/%e7%b4%a0%e4%ba%ba%e3%81%8c%e3%82%b3%e3%83%ad%e3%83%8a%e3%82%92%e8%aa%9e%e3%82%8b%e3%81%a8%e5%b0%82%e9%96%80%e5%ae%b6%e3%81%8c%e6%80%92%e3%82%8b-%e3%81%a8%e3%81%84%e3%81%86%e6%97%a5%e6%9c%ac%e3%81%af%e6%98%8e%e3%82%89%e3%81%8b%e3%81%ab%e3%81%8a%e3%81%8b%e3%81%97%e3%81%84/ar-BB19k8SY?ocid=ientp
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/1024.html#c1

[近代史4] 内田樹 生きづらさについて考える 中川隆
7. 2020年10月09日 14:27:07 : yrjMIAA0P3 : NDRaMkxRWk5XM2c=[14]
内田樹 「なぜ人を殺してはいけないのか?」
20世紀の倫理−ニーチェ、オルテガ、カミュ - 内田樹の研究室
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/520.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/647.html#c7
[リバイバル3] ヒグマ注意 中川隆
30. 2020年10月09日 14:45:59 : yrjMIAA0P3 : NDRaMkxRWk5XM2c=[15]
これから「人食いグマ」が増える 「シカ」とのヤバイ関係にも問題あり
2020年10月9日掲載
https://www.dailyshincho.jp/article/2020/10090559/?all=1

警官のピストルでは、クマに太刀打ちできない(他の写真を見る)



 環境省によると、2019年度にクマに襲われた人は全国で157人。過去10年で最多を記録した。今年は4月から7月にかけて7748件の出没が確認されている。森林ジャーナリストの田中淳夫氏は、クマの生息数は年々増えていると警鐘を鳴らす。

 ***

 クマは、かつて九州にもいたが、近年は目撃情報がなく、現在は主に本州と北海道に生息している。本州にはツキノワグマ、北海道にはヒグマが生息している。ツキノワグマは体長が110〜130センチで体重はオス80キロ、メスが50キロ。ヒグマは体長200〜230センチで、体重は150〜250キロにも達する。どちらも走る速度は時速50キロと俊敏だ。

 富山県では、今年1月から8月末までにクマに襲われて怪我をした人は5人で、2004年から統計を始めて以来最多のペースという。北海道の新ひだか町では、クマの目撃情報が7、8月の2カ月間で34件と、例年の2倍を記録している。

 8月26日には、岩手県八幡平市田山地区の山林で、クマに襲われたと見られる72歳の男性の遺体が発見された。

 クマによる人身被害の多い秋田県では、7月8日から8月末まで発令していた「ツキノワグマ出没に関する注意報」を、9月末まで延長した。目撃件数が例年より多く、農作物の食害が相次いだためだ。とにかく、クマが増えていることは間違いなさそうだ。

実態は10万頭
「昨年のクマの捕獲数は5900頭で、過去最高でした」

 と解説するのは、田中氏。同氏は10月10日に『獣害列島 増えすぎた日本の野生動物たち』(イースト新書)を出版する。

「ツキノワグマの生息数は、50年前は6600頭でした。1992年には1万頭前後、2010年には2〜3万頭と推定されています。ヒグマは、90年代で2000〜3000頭。2014年には約1万頭と、この20年で2倍以上に増えています。もっとも、毎年5000頭も捕獲しているのに、これだけ増え続けているわけですから、実際は5万頭、いや10万頭いる可能性がありますね」

 なぜ、クマが増えているのか。

「日本の森林は50年前まではげ山が多かったのですが、植林が進んで木が増えました。1980年から90年にかけて林業が衰退したことで、木の伐採が大幅に減っています。つまり、木の実など、クマのエサが豊富になったため、クマも増えたわけですね」

 クマは木の実よりも、人間の作った野菜や果物を好んで食べるという。

「一般的にクマが人里に現れるのは、ドングリが不作だからと思われています。実はそうではありません。ドングリよりも野菜や果物の方が美味しいからです。畑には、農業廃棄物が沢山あります。出来の悪い野菜や、作り過ぎて廃棄した野菜をクマは喜んで食べます。また、りんごやみかん、桃なども好物です。それらがクマを人里に引き寄せるのです」

 秋田市の果樹園で8月10日、りんご約250個がクマに食い荒らされた。クマが民家に侵入するケースもある。8月18日、岩手県の大船渡市の民家にクマが玄関の引き戸を開けて侵入、冷蔵庫にあった果物を持ち去った。

駆除されたシカがクマのエサに
 さらに、クマが増えた原因として、田中氏は駆除されたシカの処理と大きな関係があると指摘する。                                   
「現在、日本にはシカが400万頭以上いると言われています。増えすぎたため、年に50〜60万頭駆除しています。本来、駆除したシカは土に埋めなければいけないのですが、山の中で深さ1メートル以上の穴を掘るのは至難の業です。ほとんどは埋めずに、落ち葉をかけて隠すとか、沢に捨てるというのが現状でしょう。そうした駆除されたシカがクマのエサになっているのです」

 シカの肉に味をしめたクマは、家畜や人間を襲うという。

「2016年の5月から6月にかけて、秋田県で起きた襲撃事件には驚きました。出会い頭ではなくて、クマが積極的に人間を襲ったのです。4人が死亡、4人が重軽傷を負いました。殺人グマと呼ばれていました」

 これは、「十和利山クマ襲撃事件」と呼ばれる、戦後最悪の獣害事件だ。十和利山の南麓に広がる酪農地帯で、タケノコ採りに入山した男女が次々にクマに襲われた。4人の遺体には、クマに食べられた痕があった。

 山間の集落や地方の田舎に出没していたクマは、今後、中小の地方都市にも出没するようになると予想する。

「10年後には、大都会でもクマは出没するようになります。2年前、北海道砂川市の市街地にヒグマが出没しました。猟友会が出動し、警官の許可をもらってクマを射殺しました。ところが、近くに人家があったため、『捕獲規制区域』となり、書類送検されてしまったのです。猟銃の所持許可も取り消されました」

 警官のピストルでは、クマに太刀打ちできない。

「警官が所持している38口径のピストルでは、クマは即死することはありません。ですから、獣害専門の警察官を設ける必要があります」

 山間の集落では、畑や家の周りを高さ2メートル程の柵で囲んでいるところが増えている。

「作物というより、身の安全のためです。田舎では獣害は日常となっています。都会の人ももっと獣害に対する危機感を持って欲しいですね」

週刊新潮WEB取材班


http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/573.html#c30

[近代史4] 北海道に移住してはいけない 中川隆
3. 2020年10月09日 14:59:47 : yrjMIAA0P3 : NDRaMkxRWk5XM2c=[16]
「冬だけ生活保護でサバイバル」を認める、北海道の柔軟な公助の仕組み
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/1088.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/447.html#c3
[番外地8] (三橋貴明総合スレッド) 中川隆
1. 中川隆[-10953] koaQ7Jey 2020年10月09日 15:51:49 : yrjMIAA0P3 : NDRaMkxRWk5XM2c=[17]

438金持ち名無しさん、貧乏名無しさん (ワッチョイ fb24-Dl/i [126.141.223.197])2020/10/09(金) 15:08:22.69ID:EIMwcXjo0
今は一日2,3時間も働けば食べ物も電化製品も手に入る時代だから、慢性的に供給力過剰なんだよ。
需要が供給より多くなる時は永遠に来ない
だからデフレとかいうのは意味ないんだ

439金持ち名無しさん、貧乏名無しさん (ワッチョイ fb24-Dl/i [126.141.223.197])2020/10/09(金) 15:18:43.13ID:EIMwcXjo0
アホの三橋貴明が騒いでる需要というのは高給ソープランドとか高級料亭とか温泉旅行の需要の事さ
そういう需要は有っても無くても大勢に影響しないんだな

440金持ち名無しさん、貧乏名無しさん (ワッチョイ fb24-Dl/i [126.141.223.197])2020/10/09(金) 15:31:36.06ID:EIMwcXjo0
中小企業を潰しても供給力は殆ど変わらない
高級ソープや高級料亭、高級旅館が無くなっても金持ち以外は困らないだろ

441金持ち名無しさん、貧乏名無しさん (ワッチョイ fb24-Dl/i [126.141.223.197])2020/10/09(金) 15:42:35.73ID:EIMwcXjo0
労働者の賃金は必要最小限の生活をするのに必要な金額になっているんだ。
中国から年収10万円の農民が使っているのと同じ安物粗悪品が大量に輸入されれば、必要最小限の生活をするのに必要な金額もどんどん下がっていくんだ。
それが30年前から労働者の賃金が上がっていない理由さ。
マネーストックは毎年増え続けているから、労働者の取り分の比率は毎年減り続けている。
それが消費が毎年減っている原因さ。
資本主義が既に破綻しているという事だ。

442金持ち名無しさん、貧乏名無しさん (ワッチョイ fb24-Dl/i [126.141.223.197])2020/10/09(金) 15:45:09.10ID:EIMwcXjo0
自分が食べる物や使う電気製品や住居を作るだけなら1日に2, 3時間程度の時間しか必要ないんだよ。
それ以上の労働分は資本家に搾取されている事になる。
そもそも原始人は1日に2, 3時間しか働いてないよ。現代人も搾取されなければその程度で十分なんだ:
【PartD】生産性を向上させる理由 資本主義経済ならではの搾取の仕組みをマルクスを基に解説! 白井聡の「武器としての「資本論」」動画
https://www.youtube.com/watch?v=V-hoVI_qfB4&feature=emb_title

そして今日のようにIT技術が明らかに進歩して
生産性が向上しているのにもかかわらず、
200年前の江戸時代と同様に1日に
8時間も労働をしなくてはいけないのかを
絶対的剰余価値と相対的剰余価値、特別剰余価値という
3つのマルクスが定義した
概念を用いて解説をしていきたいと思います!

この概念を理解することで、
・なぜ東京の最低賃金は1013円なのか
・なぜ労働者はなぜ長時間労働をしなくてはならいのか
・なぜイノベーションによる機械化は労働時間の削減にならないのか

といった理由を理解することができるので、
過労死ラインまで働くことがいかにばかげているかがわかります!

<動画の流れ>
@労働力の価値はどのようにして決まるのか
A絶対的剰余価値と相対的剰余価値
B生産性を向上させる理由


_______

そもそも日本の僻地では、自分で家庭菜園を作って、軽自動車に乗っている程度の生活なら月の生活費は4,5万円程度だよ。
日本が貿易黒字で、儲けたドルを円に換えると超円高になるから米国債を買ったり海外純資産として持って居る、というのは、日本の輸出企業はやるべきではない無駄な仕事をやって海外の競合メーカーを倒産させているという事なんだ。

443金持ち名無しさん、貧乏名無しさん (ワッチョイ fb24-Dl/i [126.141.223.197])2020/10/09(金) 15:49:20.25ID:EIMwcXjo0
つまり、日本の労働者は資本家が高級ソープや高級料亭、高級旅館に行く為にやる必要の無い長時間労働をさせられて搾取されているのさ。

http://www.asyura2.com/20/ban8/msg/452.html#c1

[番外地8] (三橋貴明総合スレッド) 中川隆
2. 2020年10月09日 16:05:04 : yrjMIAA0P3 : NDRaMkxRWk5XM2c=[18]
444金持ち名無しさん、貧乏名無しさん (ワッチョイ fb24-Dl/i [126.141.223.197])2020/10/09(金) 16:03:58.89ID:EIMwcXjo0

国債を大量発行したり公共事業をいくらやっても、資本家が労働者から搾取する体制は同じだから、労働者はこれからもどんどん貧しくなっていくんだ。
アホの三橋貴明のやり方では労働者は永遠に貧困から脱出できない。むしろ階級社会を完成させるだけさ。
http://www.asyura2.com/20/ban8/msg/452.html#c2

[番外地8] そもそも原始人は1日に2, 3時間しか働いてないよ。現代人も搾取されなければその程度で十分なんだ。 中川隆
3. 中川隆[-10952] koaQ7Jey 2020年10月09日 16:27:43 : yrjMIAA0P3 : NDRaMkxRWk5XM2c=[19]
​ @人に優しく自分に厳しく
だから自分が食べる物や使う電気製品や住居を作るだけならその程度の時間しか必要ないんだよ。
それ以上の労働分は資本家に搾取されている事になる。
そもそも原始人は1日に2, 3時間しか働いてないよ。現代人も搾取されなければその程度で十分なんだ:

【PartD】生産性を向上させる理由 資本主義経済ならではの搾取の仕組みをマルクスを基に解説! 白井聡の「武器としての「資本論」」動画

https://www.youtube.com/watch?v=V-hoVI_qfB4&feature=emb_title

そして今日のようにIT技術が明らかに進歩して
生産性が向上しているのにもかかわらず、
200年前の江戸時代と同様に1日に
8時間も労働をしなくてはいけないのかを
絶対的剰余価値と相対的剰余価値、特別剰余価値という
3つのマルクスが定義した
概念を用いて解説をしていきたいと思います!

この概念を理解することで、
・なぜ東京の最低賃金は1013円なのか
・なぜ労働者はなぜ長時間労働をしなくてはならいのか
・なぜイノベーションによる機械化は労働時間の削減にならないのか

といった理由を理解することができるので、
過労死ラインまで働くことがいかにばかげているかがわかります!

<動画の流れ>
@労働力の価値はどのようにして決まるのか
A絶対的剰余価値と相対的剰余価値
B生産性を向上させる理由


_______

そもそも日本の僻地では、自分で家庭菜園を作って、軽自動車に乗っている程度の生活なら月の生活費は4,5万円程度だよ。
日本が貿易黒字で、儲けたドルを円に換えると超円高になるから米国債を買ったり海外純資産として持って居る、というのは、日本の輸出企業はやるべきではない無駄な仕事をやって海外の競合メーカーを倒産させているという事なんだ。

国債を大量発行したり公共事業をいくらやっても、資本家が労働者から搾取する体制は同じだから、労働者はこれからもどんどん貧しくなっていく。
アホの三橋貴明のやり方では労働者は永遠に貧困から脱出できない。むしろ階級社会を完成させるだけさ。

労働者の賃金は必要最小限の生活をするのに必要な金額になっているんだ。
中国から年収10万円の農民が使っているのと同じ安物粗悪品が大量に輸入されれば、必要最小限の生活をするのに必要な金額もどんどん下がっていくんだ。
それが30年前から労働者の賃金が上がっていない理由さ。
マネーストックは毎年増え続けているから、労働者の取り分の比率は毎年減り続けている。
それが消費が毎年減っている原因さ。
資本主義が既に破綻しているという事だ。
http://www.asyura2.com/20/ban8/msg/450.html#c3

[近代史4] 輸出企業が日本を滅ぼす 中川隆
8. 2020年10月09日 17:41:29 : yrjMIAA0P3 : NDRaMkxRWk5XM2c=[20]

2020年10月09日
外国人消費という幻 外国に労働力が流出したのと同じ

外国人にサービスするのは、フィリピン人が香港で出稼ぎするのと同じ。
日本のGDPは1円たりとも増えません


日本人より外国人優遇という愚かさ

安倍政権は訪日外国人を重視し2019年は3,188万人(+2.2%)、外国人消費は4.8兆円(+6.5%)にも達しました。

政府はさらに訪日外国人6000万人の目標を掲げ、東京五輪と相まって達成は時間の問題かに思われました。

だがそこで2020年のコロナ流行が起こり全てはご破算、訪日外国人観光客はゼロになりました。

訪日外国人数は2003年には約500万人に過ぎず、安倍首相就任後の2013年から急増し始めました。

安倍首相在任中の6年間で約4倍、観光客誘致は大成功し日本は観光大国と呼ばれるようになりました。

ここからが問題なのですが外国人消費が2兆円、3兆円と増えても日本の成長率は年1%で上積みは見られませんでした。


民主党政権3年間の平均成長率は1.87%、安倍政権2019年までの平均成長率は1.04%でした。

あの「鳩山」「菅」「野田」トリオの6割程度の成績しか上げられなかったというのが、安倍時代の実態です。

これに訪日外国人消費が寄与したのかですが、何ら寄与しなかったばかりかマイナスに作用したと思います。


外国人が日本に来てお金を使うのは、トヨタが車を生産して輸出するのと同じ経常黒字になります。

「ありがたや、ありがたや」と観光業の人は言うのだが、日本の国は豊かになりません。

自動車を生産したり外国人観光客にサービスするのは、自国の労働力が外国に流出するのを意味します。

外国人観光客誘致は日本を貧困にした

フィリピンとかアフリカの貧しい国は、中国や欧州に出稼ぎしてメイドや道路工事などをしています。

いくら働いても先進国のための労働なので、フィリピンやアフリカは豊かになりません。

それを見て日本人は「貧しいなあ」と感じるが、訪日外国人にホテルでサービスするのも同じ事です。


もしフィリピンやアフリカの人が出稼ぎせず、その労働力を自国の為に使ったらもっと発展するでしょう。

訪日外国人のために働いている労働力も、それを日本のために使ったら2%でも3%でも成長したでしょう。

安倍政権は訪日外国人を800万人から3200万人に増やしたが、増やした分だけ日本の労働力が外国人のために使われました。


アメリカやイタリアやフランスは観光大国と呼ばれていますが、日本以外の観光大国は全て貿易赤字で経常赤字です。

赤字を補う必要があるから外国人消費で補填しているが、日本は膨大な経常黒字なので何の意味もない。

ホテルマンを100万人も養成するよりは、老朽化したインフラを再建したほうがGDPは増えます。


例えば首都高速道路は「全世界の高速道路でもっとも見すぼらしい」日本の恥ですが誰も直そうとしません。

外国人はじゃんじゃん増やして国内の事はほったらかし、これでは経済成長する筈がありません。

訪日外国人倍増とかばかな政策は辞めにして、政府が国内でお金を使ってGDPを倍増させるべきです。


GDPを倍増すると公的債務のGDP比は半分に下がるので、実は「日本の借金問題」とは成長率が低い問題です。
http://www.thutmosev.com/archives/84078654.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/749.html#c8

[近代史3] 外国人が増えると嬉しいか? _ 外人観光客誘致は日本を貧しくしている 中川隆
23. 中川隆[-10951] koaQ7Jey 2020年10月09日 17:42:04 : yrjMIAA0P3 : NDRaMkxRWk5XM2c=[21]

2020年10月09日
外国人消費という幻 外国に労働力が流出したのと同じ

外国人にサービスするのは、フィリピン人が香港で出稼ぎするのと同じ。
日本のGDPは1円たりとも増えません


日本人より外国人優遇という愚かさ

安倍政権は訪日外国人を重視し2019年は3,188万人(+2.2%)、外国人消費は4.8兆円(+6.5%)にも達しました。

政府はさらに訪日外国人6000万人の目標を掲げ、東京五輪と相まって達成は時間の問題かに思われました。

だがそこで2020年のコロナ流行が起こり全てはご破算、訪日外国人観光客はゼロになりました。

訪日外国人数は2003年には約500万人に過ぎず、安倍首相就任後の2013年から急増し始めました。

安倍首相在任中の6年間で約4倍、観光客誘致は大成功し日本は観光大国と呼ばれるようになりました。

ここからが問題なのですが外国人消費が2兆円、3兆円と増えても日本の成長率は年1%で上積みは見られませんでした。


民主党政権3年間の平均成長率は1.87%、安倍政権2019年までの平均成長率は1.04%でした。

あの「鳩山」「菅」「野田」トリオの6割程度の成績しか上げられなかったというのが、安倍時代の実態です。

これに訪日外国人消費が寄与したのかですが、何ら寄与しなかったばかりかマイナスに作用したと思います。


外国人が日本に来てお金を使うのは、トヨタが車を生産して輸出するのと同じ経常黒字になります。

「ありがたや、ありがたや」と観光業の人は言うのだが、日本の国は豊かになりません。

自動車を生産したり外国人観光客にサービスするのは、自国の労働力が外国に流出するのを意味します。

外国人観光客誘致は日本を貧困にした

フィリピンとかアフリカの貧しい国は、中国や欧州に出稼ぎしてメイドや道路工事などをしています。

いくら働いても先進国のための労働なので、フィリピンやアフリカは豊かになりません。

それを見て日本人は「貧しいなあ」と感じるが、訪日外国人にホテルでサービスするのも同じ事です。


もしフィリピンやアフリカの人が出稼ぎせず、その労働力を自国の為に使ったらもっと発展するでしょう。

訪日外国人のために働いている労働力も、それを日本のために使ったら2%でも3%でも成長したでしょう。

安倍政権は訪日外国人を800万人から3200万人に増やしたが、増やした分だけ日本の労働力が外国人のために使われました。


アメリカやイタリアやフランスは観光大国と呼ばれていますが、日本以外の観光大国は全て貿易赤字で経常赤字です。

赤字を補う必要があるから外国人消費で補填しているが、日本は膨大な経常黒字なので何の意味もない。

ホテルマンを100万人も養成するよりは、老朽化したインフラを再建したほうがGDPは増えます。


例えば首都高速道路は「全世界の高速道路でもっとも見すぼらしい」日本の恥ですが誰も直そうとしません。

外国人はじゃんじゃん増やして国内の事はほったらかし、これでは経済成長する筈がありません。

訪日外国人倍増とかばかな政策は辞めにして、政府が国内でお金を使ってGDPを倍増させるべきです。


GDPを倍増すると公的債務のGDP比は半分に下がるので、実は「日本の借金問題」とは成長率が低い問題です。
http://www.thutmosev.com/archives/84078654.html
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/185.html#c23

[リバイバル3] 廃墟と化した水上温泉 中川隆
148. 中川隆[-10950] koaQ7Jey 2020年10月09日 17:43:43 : yrjMIAA0P3 : NDRaMkxRWk5XM2c=[22]

2020年10月09日
外国人消費という幻 外国に労働力が流出したのと同じ

外国人にサービスするのは、フィリピン人が香港で出稼ぎするのと同じ。
日本のGDPは1円たりとも増えません


日本人より外国人優遇という愚かさ

安倍政権は訪日外国人を重視し2019年は3,188万人(+2.2%)、外国人消費は4.8兆円(+6.5%)にも達しました。

政府はさらに訪日外国人6000万人の目標を掲げ、東京五輪と相まって達成は時間の問題かに思われました。

だがそこで2020年のコロナ流行が起こり全てはご破算、訪日外国人観光客はゼロになりました。

訪日外国人数は2003年には約500万人に過ぎず、安倍首相就任後の2013年から急増し始めました。

安倍首相在任中の6年間で約4倍、観光客誘致は大成功し日本は観光大国と呼ばれるようになりました。

ここからが問題なのですが外国人消費が2兆円、3兆円と増えても日本の成長率は年1%で上積みは見られませんでした。


民主党政権3年間の平均成長率は1.87%、安倍政権2019年までの平均成長率は1.04%でした。

あの「鳩山」「菅」「野田」トリオの6割程度の成績しか上げられなかったというのが、安倍時代の実態です。

これに訪日外国人消費が寄与したのかですが、何ら寄与しなかったばかりかマイナスに作用したと思います。


外国人が日本に来てお金を使うのは、トヨタが車を生産して輸出するのと同じ経常黒字になります。

「ありがたや、ありがたや」と観光業の人は言うのだが、日本の国は豊かになりません。

自動車を生産したり外国人観光客にサービスするのは、自国の労働力が外国に流出するのを意味します。

外国人観光客誘致は日本を貧困にした

フィリピンとかアフリカの貧しい国は、中国や欧州に出稼ぎしてメイドや道路工事などをしています。

いくら働いても先進国のための労働なので、フィリピンやアフリカは豊かになりません。

それを見て日本人は「貧しいなあ」と感じるが、訪日外国人にホテルでサービスするのも同じ事です。


もしフィリピンやアフリカの人が出稼ぎせず、その労働力を自国の為に使ったらもっと発展するでしょう。

訪日外国人のために働いている労働力も、それを日本のために使ったら2%でも3%でも成長したでしょう。

安倍政権は訪日外国人を800万人から3200万人に増やしたが、増やした分だけ日本の労働力が外国人のために使われました。


アメリカやイタリアやフランスは観光大国と呼ばれていますが、日本以外の観光大国は全て貿易赤字で経常赤字です。

赤字を補う必要があるから外国人消費で補填しているが、日本は膨大な経常黒字なので何の意味もない。

ホテルマンを100万人も養成するよりは、老朽化したインフラを再建したほうがGDPは増えます。


例えば首都高速道路は「全世界の高速道路でもっとも見すぼらしい」日本の恥ですが誰も直そうとしません。

外国人はじゃんじゃん増やして国内の事はほったらかし、これでは経済成長する筈がありません。

訪日外国人倍増とかばかな政策は辞めにして、政府が国内でお金を使ってGDPを倍増させるべきです。


GDPを倍増すると公的債務のGDP比は半分に下がるので、実は「日本の借金問題」とは成長率が低い問題です。
http://www.thutmosev.com/archives/84078654.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/624.html#c148

[近代史3] 内田樹 パンデミックをめぐるインタビュー 中川隆
2. 2020年10月09日 17:48:46 : yrjMIAA0P3 : NDRaMkxRWk5XM2c=[23]
医療費削減の先にある恐怖…アメリカのパンデミックが収束しない理由を内田樹と岩田健太郎が指摘
2020.9.30
https://dot.asahi.com/dot/2020092800042.html?page=1


コロナと生きる (朝日新書)
内田 樹,岩田健太郎
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4022950897/asyuracom-22/


 コロナ・パンデミックは、「医療は商品である」という原理の無効性を可視化させた。そう語るのは、思想家の内田樹さんと医師の岩田健太郎さんだ。二人の対談が収められた『コロナと生きる』(朝日新書)から、なぜアメリカのパンデミックは収束しないのか、その背景について紹介する。

【対談相手の岩田健太郎医師の写真はこちら】

*  *  *
■コロナが晒した新自由主義の限界

内田:医療費の増加は、ここ20年ぐらい日本が抱える財政上の最大の問題とされてきました。国家財政を逼迫させているのは医療費である、だから医療費削減を達成することが焦眉の課題なんだと、政府も経済評論家も口を揃えて言い続けてきた。その結果、病床数を減らし、保健所を減らし、医薬品や医療器材の備蓄を減らすことになった。そうやって医療体制が十分に脆弱になったところに、今回のコロナのパンデミックが到来した。どう考えても医療費を削減させながら感染症に対応することはできません。

岩田:そうですね。

内田:国民の健康という点では何のプラスももたらさないはずの医療費削減政策がさしたる国民的な抵抗もなしにこれまですらすらと通って来たのは、新自由主義的な「医療とは商品である」という発想が国民の間に浸み込んでいたからなんじゃないかと僕は思います。医療は市場で金を出して買う商品である。だから、金があれば良質の医療を受けることができるけれど、金がなければ身の丈にあった医療しか受けることができない。不動産や自動車と同じで。そういうふうに考える人がいつの間にか多数派を占めるようになった。だから、「すべての国民が等しく良質の医療を受ける権利がある」と考える人は、今はむしろ少数派になったんじゃないでしょうか。

 金のある人、あるいは社会的有用性の高い人、生産性の高い人は医療を受ける権利があるが、そうでない人の治療のために公金を投じるべきではない。ちゃんとした治療を受けられないのは当人の自己責任だ、という冷たい考え方をする人がほんとうに増えた。一般の疾病でしたら、そういう理屈も通るかもしれませんけれど、感染症にはこれを適用することができない。医療を受けられない人たちが感染源となっていつまでも社会のなかにとどまる限り、感染症は永遠に制御不能だからです。


岩田:まさにアメリカはそのせいで無保険の人々が大量に生まれ、所得が低い人は医療サービスを受けられなくなりました。

内田:アメリカには今、無保険者が2750万人いるそうです。この人たちは病気になってもまともな医療を受けることができない。それで重症化しても、死んでも、「自己責任」でこれまでは済んだかもしれません。でも、感染症ではそうはゆかない。貧しくて治療を受けられない人たちがコロナウイルスに感染して、感染源を形成することになれば、感染症はいつまでも終息しないからです。

「自己責任で医療を受けろ」というルールを押し通せば、社会機能が止まったままになる。感染症は「すべての国民が等しく良質な医療を受ける権利がある」という原理を採用しないと制御不能です。でも、アメリカは「医療は商品である。金がないやつは医療を受けられなくても文句を言うな」という原理でこれまで押し通してきたので、急には方向転換できない。だから未だに感染症拡大を制御できないでいる。これまでの考え方を棄てないと、アメリカのパンデミックは収束しないと思います。

岩田:まさに同感です。

内田:日本の医療費削減のロジックも、アメリカと同じく新自由主義的な発想です。医療行為や医薬品をすべて「マーケットで売り買いされる商品」として扱うようになってきた。だから、「命の選別」という話になったときに、「社会的有用性の多寡」を比較しようというような発言が出てくる。「医療資源は強者に優先配分すべきである」というのは「医療は商品だ」ということの言い換えに過ぎません。でも、そうやって社会的弱者から医療機会を奪ってみても、それはただ公衆衛生的環境を悪化させることにしかならない。

「医療は商品である」という原理そのものの無効性を今回のコロナ・パンデミックははっきり可視化したと思うんです。医療に関しては新自由主義的な発想は適用できないということがよくわかった。それはたぶん他の領域についても同じだと思うんです。グローバル資本主義は「必要なものは、必要なときに、必要なだけ、市場で調達することができる」ということを不可疑の前提に組み上げられたシステムですけれど、今回の各国の医療資源の奪い合いで、いくら必要でも市場で調達できないものがあるという当たり前のことを人々は思い知らされた。ジャストインタイム生産方式とか、「在庫ゼロ」とかいうのがいかに机上の空論に過ぎないか、思い知らされた。医療資源の戦略的備蓄が十分であれば、感染症を早い段階で抑え込むことができる。一方、医療資源を「在庫ゼロ」にして「コストカットができた」と喜んでいると、簡単に医療崩壊が起きる。それで経済が停止したら、「コストカット」で浮いた分なんか一瞬で吹き飛んでしまう。それくらいの損得の算盤は誰でも弾けるはずなんです。


 新しいウイルスによる感染症はこれからも数年おきに必ず起こります。ウイルスから社会を守ろうと思ったら、「医療は商品ではない。すべての人は等しく良質の医療を受ける権利がある」という原理を「世界の常識」として採択するしかない。アメリカの現状を見れば、誰でもそう考えるはずです。

■強硬トランプ、切実ジョンソン

岩田:基本的に僕も内田先生と同じ考えですが、アメリカはトランプ大統領が「失敗してない」って言い張ってますからね(笑)。これで一気に変わるかどうかは、わからないのが正直なところです。

内田:僕はアメリカの医療現場のことは知らないんですけれど、3千万人近い無保険者の人たちというのは、病気になったときにどうしているんですか? まったく受けられないということはないですよね?

岩田:いやもうあの国は、保険がなければ救急車すら呼べないですからね。救急車呼ぶのに無保険だと、日本円に換算して数十万も請求されるんです。実際にコロナに罹った人が街で倒れたのに救急車が呼べず、放置されて感染を広げてしまったケースもありました。

 結局コロナに関しては議会で問題になって、無保険の人たちもちゃんと助けてあげようって話になりました。でも制度が決まったときにはもう時すでに遅しで、感染が蔓延してしまったんです。内田先生がおっしゃるように「貧乏人はほっとけばいい」という姿勢を国が続けると、感染症が起こったときに国民みんなが倒れちゃうんですね。

 アメリカ型の新自由主義に基づく医療と、感染症のパンデミックは、非常に相性が悪いことが今回世界中の人に思い知らされたのは確かです。イタリアもコロナでとても痛い目に遭ってますが、やはりその背景には近年の同国における医療の効率化がありました。おそらく今後、ヨーロッパでは多くの国が医療制度について再考を始めるはずです。

内田:実際にイギリスでは、コロナに感染して入院していたボリス・ジョンソン首相が退院した後に、国民健康保険であるNHS(National Health Service)の効用をほめたたえていましたね。

岩田:はい。あれにはかなり驚きました(笑)。


内田:サッチャーの時代から、イギリス保守党はNHSを目の敵にして、ずっと潰しにかかってきましたからね。ところがジョンソン首相は、自分がコロナに罹ってお世話になったら、急に手のひらを返したように、「NHSのおかげです」と言い始めた(笑)。

岩田:いや〜、あれを見て僕は、「日本の政治家も一回はコロナに罹ったほうがいいんじゃないか」とか一瞬考えかけて、慌てて否定しました(笑)。ボリス・ジョンソンを見ていて、やっぱり病気は身を以て体験すると、考えが変わるんだなとつくづくわかりましたね。

内田:僕はボリス・ジョンソンの「変節」は評価しますよ。「君子豹変す」ですから、いいんです。あれで医療政策についての流れが変わると思います。

岩田:国民皆保険が定着している日本の場合は、アメリカと逆の問題があるんですよね。お金を払わないと救急車が呼べないのがアメリカの病理だとすると、「ちょっとお腹が痛いから、救急車でも呼ぼうか」みたいなモラルハザードが起きているのが日本の難点です。国民皆保険による安くてアクセスしやすい医療が、一部の国民の食い物にされている状況があるんです。

 高級スーパーで買い物すると、会計を終えた商品を店員さんが過剰なまでに包装してくれますよね。患者さんのなかには医療も同じように考えている人がいて、「もっとちゃんと包んでくれ」みたいな過剰な要求を医療者にしてくるんです。これまで日本の医療サービスは、水道の蛇口をひねると水が出てくるように、「受けられて当たり前」と思っている人がほとんどでした。でも本当は、そんなに無尽蔵にリソースがあるわけじゃなく、使い倒せばなくなってしまうことを、国民みんなで認識してほしい。医療に関しては日米ともに極端な方向に行き過ぎてしまったので、将来的に変えていく必要があるでしょうね。

※「山中伸弥教授が『阿倍野の犬』と揶揄…日本の研究分野が世界に劣る理由を内田樹と岩田健太郎が斬る」へつづく

■内田樹(うちだ・たつる)
1950年東京都生まれ。神戸女学院大学名誉教授。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。著書に『私家版・ユダヤ文化論』、『日本辺境論』、『日本習合論』、街場シリーズなど多数。

■岩田健太郎(いわた・けんたろう)
1971年島根県生まれ。神戸大学大学院医学研究科教授。島根医科大学(現・島根大学)卒業。ニューヨーク、北京で医療勤務後、2004年帰国。08年より神戸大学。著書に『新型コロナウイルスの真実』『感染症は実在しない』など多数。
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/982.html#c2

[近代史3] 内田樹 パンデミックをめぐるインタビュー 中川隆
3. 2020年10月09日 17:50:00 : yrjMIAA0P3 : NDRaMkxRWk5XM2c=[24]
山中伸弥教授が「阿倍野の犬」と揶揄…日本の研究分野が世界に劣る理由を内田樹と岩田健太郎が斬る
https://dot.asahi.com/dot/2020100200057.html
2020.10.8 11:30 AERA dot.


 日本の研究分野が世界に遅れを取ることになったのは、「ワンチーム」や「絆」を好み、他人と「ずれる」ことを許さない日本人特有の性質に原因がある。コロナ時代の生き方は、むしろ「ずらす」ことが重要かつ有用だと、思想家の内田樹さんは岩田健太郎さんとの共著『コロナと生きる』(朝日新書)で指摘する。困難な時代だからこそ求められる「生きる」ことに対する価値観とは?

※第1回対談「医療費削減の先にある恐怖…アメリカのパンデミックが収束しない理由を内田樹と岩田健太郎が指摘」よりつづく

*  *  *

■他人とずれてよし

内田:前回の対談で、「誰かが得するなら、みんなで損をしたほうがマシだ」と考える人がいる、というお話をされましたが、そういうふうに「一蓮托生」に持ち込んで、最終的に誰も責任をとらずに終わるというのって、日本人の得意技のような気がしますね。「ワンチーム」とか「絆」とかいう言葉を東京五輪絡みでよく聞かされましたけれど、限られた環境でみんなが生き延びようと思うなら、他人と合わせるんじゃなくて他人と「ずれる」のが基本なんですよね。たぶん岩田先生もそうだと思うけど(笑)、僕もすぐ多数派からはずれる人なんです。生まれてからずっと「樹は変だ」と言われ続けてきた。親にもそう言われたし、先生にも言われたし、友だちにも言われた。とにかくすぐに「浮いちゃう」んです。それでずいぶん叱られたし、いじめられたりもした。

 でも、しかたがないんですよね。「みんなが平気にやれること」が僕にはできないんですから。身体が拒否するので。でも、僕一人が他人と変わったことをしていたからと言って、マジョリティの邪魔をしているわけじゃないんですよ。ただ隅っこにいて、自分がやりたいことをこそこそやっているだけなんだから、放っておいてほしいんですよ。でも、放っておいてくれないんです。必ずそばにやってきて「一人だけ変なことをするのを止めろ」と干渉してくる。どうして、主流派の方たちは「ずれた人」にこれほど不寛容なのだろうと久しく不思議に思ってきたんですけれど、あるときにわかりました。人と違うことをやってる人は査定になじまないからです。

 前にも書いたことですけれど、院生の頃に、フランス文学会でレヴィナスのことについて発表しようと思って指導教官に相談したら、「止めたほうがいい」と言われた。理由を尋ねたら「レヴィナスの研究をしてる人間が他にいないから」って。日本では知られていない哲学者ですから、ご紹介するつもりで学会発表しようと思ったわけですけれど、誰も知らない哲学者について研究発表しても査定対象にならないと言われた。先行研究がいくつもあれば、それと照合して出来不出来について査定ができるけれど、先行研究ゼロの分野だと、発表そのものが「査定不能」とされる。「業績が欲しければ、みんながやっていることをやれ」と諭されました。

 たしかに、そうなんです。ある時期から若手の仏文研究者が19世紀文学に集まるようになったんですけれど、それはその領域に世界的権威の日本人研究者がいたからなんです。その分野なら、研究業績については客観的で厳正な査定が下る。だから、精密な査定を望む秀才たちはその領域に集まってきた。でも、もともと仏文というのは、中世から現代まで、歴史や詩や小説や哲学など、多彩な領域に研究者が「ばらけて」いたんです。みんなが勝手なことをやっていた時代の仏文は面白かったけれど、特定領域に若い研究者が集中するようになってから仏文の空気が一変して、なんだか重苦しくなった。

 結果的に、仏文科に進学してくる学生がいなくなり、仏文科がなくなり、仏文学教員のポストがなくなり、学会そのものが見る影もなく地盤沈下してしまったんですけどね。

岩田:内田先生はその仏文学の衰退の話を、いろんな本でよく書かれていますけど、じつはそれって、日本の学術界全体で起きていることでもあります。ノーベル賞の山中伸弥先生が「阿倍野の犬」という喩え話をよくされるんですけど、「アメリカの犬は頭を叩くとワンと吠えたから、大阪の阿倍野でもアタマを叩くとワンと吠えるかどうか確かめてみよう」みたいな二番煎じの研究が、自然科学分野でもかなり増えているということです。なぜならやはり、査定が簡単だからですよね。論文も書きやすいし、手法も知られているので査読者の覚えもいいんですが、そんな研究には何のイノベーションもありませんよね。

内田:ほんとにね。

岩田:今、大学の運営交付金が毎年1%ずつ削られているなかで、研究者は科研費を獲得するよう、大学側からハッパをかけられています。科研費は「競争的資金」と呼ばれていて、国は「独創的でイノベーティブな研究に交付する」と建前上言うんですが、実際のところ本当にイノベーティブな研究にはほぼ下りないんです。なぜなら役人が査定できないから。

 例えば、iPS細胞で山中先生がノーベル賞をとると、「iPS細胞の研究なら科研費がもらえるぞ!」と、みんなで寄ってたかってiPSの研究を始めるんです。2011年に震災が起きたら、防災対策の研究ばかりに科研費が下りるようになりました。そんなふうに右へならえで、同じテーマの研究ばかりが増えていくんです。

 その間、世界を見渡してみると、iPS細胞って再生医療に使うには効率が悪いことがわかってきたので、最近はES細胞を使うのが主流になってます。ところが日本はiPSに掛け金をオールインしちゃったので、今さら方針転換できないんです。内田先生のお話を聞いて、理系分野もこれからどんどん衰退していって、仏文学の後追いをするのではないかと心配になってきました。

内田:元凶は評価主義なんです。客観的な査定を行い、格付けをして、それにしたがって限りある資源を傾斜配分するという仕組みそのものがすべての学問領域のレベルを引き下げている。

岩田:大学の医学部では、研修医や学生の成績もできる限り計量的に評価するようにしろ、と圧力がかかってます。しかし、医者としてあるべき振る舞いなんて数値化できないですよね。「客観的な評価ができないことは切り捨てていい」と彼らは言いますが、医学生なんてみんな頭がいいし、点取り虫なので、どうすれば高い評価が得られるか簡単に予測できるんです。でも、それで優秀な医者が育つかというと、非常に疑問ですよね。

内田:そのとおりです。

岩田:今、大学では「360度評価」といって、学生を含めたいろんな人に評価をさせる仕組みを導入していますが、これも「とにかく評価をしさえすれば、見えないことが見えてくる」という考えの表れです。しかしスポーツ選手とか、文学者とか、ミュージシャンとか、優れた人ほど評論家の言うことなんて一切無視してますよね。昔、僕は恩師の微生物学者に、「他人の基準で自分の生き方を決めるな。自分の生き方の基準は自分で決めろ」と言われて、実際にそうやって生きています。
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/982.html#c3

[近代史3] 内田樹 パンデミックをめぐるインタビュー 中川隆
4. 中川隆[-10949] koaQ7Jey 2020年10月09日 17:54:56 : yrjMIAA0P3 : NDRaMkxRWk5XM2c=[25]
「素人がコロナを語ると専門家が怒る」という日本は明らかにおかしい
内田 樹,岩田 健太郎 2020/09/23

新型コロナウイルスをめぐって、SNSなどでは「専門家以外は発言すべきでない」という意見が目立つ。それに対して神戸女学院大学名誉教授の内田樹氏と神戸大学大学院医学研究科教授の岩田健太郎氏は「素人といわれている人たちがコロナについてあれやこれや言うのは当然だ」という——。


※本稿は、内田樹・岩田健太郎『コロナと生きる』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

イノベーションは評価主義になじまない

【内田】僕は評価主義とはできるだけ関わりたくないんです。だから、「お前を査定してやる」という人が出てきたら、そっとその場から離れる。そういう人とディベートして、「あなたの意見と僕の意見のどちらが正しいか決着をつけよう」というのが嫌なんです。それだと評価主義の再生産にしかならない。あなたと僕のどちらが賛同者が多いかとか、どちらがSNSのフォロワー数が多いかとか、どちらが社会的地位が高いかとか、それを比較することでそれぞれの意見の理非を決するというふるまいは、それ自体が査定なんです。僕はそれが嫌なんです。

僕は誰とも論争なんかしたくない。ただ、ちょっと言いたいことがあるので言っているだけなんです。みんな僕の意見に賛同しろとも言わないし、意見が違う人に向かって「黙れ」とも言わない。だから、僕のことは放っておいてほしい。隅っこで言いたいことをぼそぼそ言わせてくれよ、と。それだけなんです。

イノベーションというのはそもそも評価主義になじまないんです。その成果の価値を測る「ものさし」がまだ存在しないようなもののことをイノベーションと呼ぶわけですから。だから、学術的なイノベーションをほんとうに支援したいと思ったら、やりたいやつに好きなようにやらせて、「放っておく」のが一番なんですよ。

日本の1億2000万人が全員「コロナ評論家」
【岩田】まったく同感です。うちの娘たちにも事あるごとに、「他人の評価を気にするな」と伝えています。

【内田】人の評価は気にしちゃいけません。ほめられようが、けなされようが、右から左にスルーすればいいんです。ほめられて増長するのも、批判されて落ち込むのも、どちらも意味ないです。「行蔵は我に存す。毀誉は他人の主張」。勝海舟の言うとおりです。出処進退は自分で決めるから、評価はそちらで勝手にやってくれ、と。他人の評価なんかどうでもいいよということは、このコロナ禍でますます確信に至りましたね。

【岩田】今まさに、コロナの分析や予想をめぐって起きていることとも、それは重なります。ネットを見ていると、日本の1億2000万人、世界の70億人が全員コロナ評論家と言ってもいいぐらいじゃないですか。

【内田】そうですね。

素人がコロナを語ると、専門家が怒る
【岩田】みんなコロナについて、何か語らずにはいられない。それぞれコロナのせいで害を被っているんだから、当たり前です。パンデミックって、そういうふうに「全員」に影響を与えるものなので。

ところが素人がコロナについて語ることを、専門家は怒るんですね。「素人のくせに俺たちの専門領域について、デタラメなことを言って」「テレビにまで出やがって」みたいなセリフをよく目にします。テレビの件は、大体テレビに出られない人が言うんですけど(笑)。

フェイスブックを見ていると、僕の業界の人はすごく怒っているんですよ。みんなが評価主義の塊になって、「にわか専門家がテレビで知ったようなことを言うな」みたいなことを本気で書いている。「そんなに頭にくるなら、テレビを観るのやめればいいのに」と思うんですが。

【内田】ほんとに観なきゃいいのにね。それに素人があれこれ言ったっていいじゃないですか。言わせてあげたらいいのに。

日本では「半ちく野郎」とか「半可通」とか「一知半解」とか、「半」という字がつく罵倒の言葉が多いんですよね。中途半端な知識に基づいてものを言う人間を徹底的にバカにする。「よく知らないけど、俺はこんなふうに思うんだよね」と言うと、自称専門家が「黙ってろ、素人は!」と頭ごなしに叱りつける。叱られたら黙る。専門家だけが発言権を持ち、それ以外の者は知らないことについては黙る。自分の経験や知識に基づいて、個人的な意見を述べることは「許されない不作法」ないし「笑うべき愚鈍」と見なされてきた。

素人がアイデアを出すほうが、生産的ではないか
【内田】でも、それっておかしいと思う。半ちくな素人の思いつきがときに思いもかけない創見をもたらすことって実際にあるから。それに僕自身、自慢じゃないけどレヴィナス哲学と合気道以外は、全分野で半ちく野郎なんです(笑)。文学も、映画も、マンガも、能楽も、宗教も、政治も、さまざまな領域でたくさん本を書いていますし、インタビューされたら意見を述べますけれど、どの分野でも専門家というのにはほど遠い。

ただ、「このトピックについては、あんまりよく知らないんですけども、ちょっと意見言ってもいいですか?」って、つい手を挙げたくなるんです。ちょっと何か言いたくなるのは、僕が思っていることを専門家が誰も言わないからです。誰かが先に言ってることなら僕が繰り返す必要ないです。誰も思いつかないようだから、つい手を挙げて言ってみたくなる。別に定説を覆すとか、常識に冷水を浴びせるとか、そんな攻撃的な意図があるわけじゃないんです。ただ、「こういうふうに考えたら、ちょっと面白くないですか?(よう知らんけど)」というだけのことで。でも、そういう「いっちょかみ」に対して専門家たちって、ほんとうに不寛容なんですよね。「素人は隅にいて黙ってろ」って一喝される。

専門家だけが発言できるより、素人が面白がって次々にいろんなアイデアを出したほうが、結果的に学術的にも生産的じゃないかと思うんですけどね。

専門家も慌てて「にわか」で勉強している
【岩田】確かにそうなんです。コロナに関しても今、素人の方から面白いアイデアが出てきています。今朝のニュースで観たんですが、ある学校では熱中症対策とコロナウイルス対策を両立させるために、「子どもたちは傘を差して登校する」ことにしたそうです。日傘で日光が遮られますし、傘を差すことでお互いが近づけなくなるから、ソーシャルディスタンスを保てるんですね。とても面白いアイデアだと感心しましたし、専門家からは出てこない発想だと思いました。

感染症の専門家といっても普段何をやってるかというと、患者さんの検査と薬を出すことがメインの仕事です。だから例えば、「コロナ対策のために、飛行機の空調やエアコンの設定をどうすればいいでしょうか」なんて聞かれても、正確には答えられないんです。航空機内の空調システムまで知悉している専門家は、非常に少数派で、旅行医学という専門分野のさらに細かいエアロメディシンという領域を勉強した人だけです。感染症のプロでもそこまでやっていた人は本当に少数派でしょう。慌てて「にわか」で勉強した人はいると思いますが。

テレビに出ている専門家も、よく知らないことを聞かれたら、慌てて文献を読んでにわか勉強して「10年前から知ってますよ」みたいな顔して言ってる人がほとんどなんですよ(笑)。実際の話、マスクがどれぐらいウイルスを防ぐかといった重要な知識も、前々から勉強してる人はあまりいませんでした。みんな急いで勉強して、にわか専門家として意見を述べているだけなんです。専門家とそうでない人の差は、案外大きくはない。少なくとも、特定のトピックにおいては。

だから、素人といわれている人たちがコロナについてあれやこれや言うのは当然だと思うし、全員がコロナには利害関係があるわけですから、出てきたアイデアは真面目に検討すべきだと僕は思います。

---------- 内田 樹(うちだ・たつる) 神戸女学院大学名誉教授 1950年東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒業、東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。著書に『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)『日本辺境論』(新潮新書)、街場シリーズなど多数。 ----------

---------- 岩田 健太郎(いわた・けんたろう) 神戸大学大学院医学研究科教授 1971年島根県生まれ。島根医科大学(現・島根大学)卒業。ニューヨーク、北京で医療勤務後、2004年帰国。08年より神戸大学。著書に『新型コロナウイルスの真実』(ベスト新書)など多数。 ----------

https://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/%e7%b4%a0%e4%ba%ba%e3%81%8c%e3%82%b3%e3%83%ad%e3%83%8a%e3%82%92%e8%aa%9e%e3%82%8b%e3%81%a8%e5%b0%82%e9%96%80%e5%ae%b6%e3%81%8c%e6%80%92%e3%82%8b-%e3%81%a8%e3%81%84%e3%81%86%e6%97%a5%e6%9c%ac%e3%81%af%e6%98%8e%e3%82%89%e3%81%8b%e3%81%ab%e3%81%8a%e3%81%8b%e3%81%97%e3%81%84/ar-BB19k8SY?ocid=ientp
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/982.html#c4

[文化2] ゆとり教育を推進した三浦朱門の妻 曽野綾子がした事 _ これがクリスチャン 中川隆
241. 中川隆[-10948] koaQ7Jey 2020年10月09日 19:41:51 : yrjMIAA0P3 : NDRaMkxRWk5XM2c=[26]
山中伸弥教授が「阿倍野の犬」と揶揄…日本の研究分野が世界に劣る理由を内田樹と岩田健太郎が斬る
https://dot.asahi.com/dot/2020100200057.html
2020.10.8 11:30 AERA dot.

 日本の研究分野が世界に遅れを取ることになったのは、「ワンチーム」や「絆」を好み、他人と「ずれる」ことを許さない日本人特有の性質に原因がある。コロナ時代の生き方は、むしろ「ずらす」ことが重要かつ有用だと、思想家の内田樹さんは岩田健太郎さんとの共著『コロナと生きる』(朝日新書)で指摘する。困難な時代だからこそ求められる「生きる」ことに対する価値観とは?

※第1回対談「医療費削減の先にある恐怖…アメリカのパンデミックが収束しない理由を内田樹と岩田健太郎が指摘」よりつづく

*  *  *

■他人とずれてよし

内田:前回の対談で、「誰かが得するなら、みんなで損をしたほうがマシだ」と考える人がいる、というお話をされましたが、そういうふうに「一蓮托生」に持ち込んで、最終的に誰も責任をとらずに終わるというのって、日本人の得意技のような気がしますね。「ワンチーム」とか「絆」とかいう言葉を東京五輪絡みでよく聞かされましたけれど、限られた環境でみんなが生き延びようと思うなら、他人と合わせるんじゃなくて他人と「ずれる」のが基本なんですよね。たぶん岩田先生もそうだと思うけど(笑)、僕もすぐ多数派からはずれる人なんです。生まれてからずっと「樹は変だ」と言われ続けてきた。親にもそう言われたし、先生にも言われたし、友だちにも言われた。とにかくすぐに「浮いちゃう」んです。それでずいぶん叱られたし、いじめられたりもした。

 でも、しかたがないんですよね。「みんなが平気にやれること」が僕にはできないんですから。身体が拒否するので。でも、僕一人が他人と変わったことをしていたからと言って、マジョリティの邪魔をしているわけじゃないんですよ。ただ隅っこにいて、自分がやりたいことをこそこそやっているだけなんだから、放っておいてほしいんですよ。でも、放っておいてくれないんです。必ずそばにやってきて「一人だけ変なことをするのを止めろ」と干渉してくる。どうして、主流派の方たちは「ずれた人」にこれほど不寛容なのだろうと久しく不思議に思ってきたんですけれど、あるときにわかりました。人と違うことをやってる人は査定になじまないからです。

 前にも書いたことですけれど、院生の頃に、フランス文学会でレヴィナスのことについて発表しようと思って指導教官に相談したら、「止めたほうがいい」と言われた。理由を尋ねたら「レヴィナスの研究をしてる人間が他にいないから」って。日本では知られていない哲学者ですから、ご紹介するつもりで学会発表しようと思ったわけですけれど、誰も知らない哲学者について研究発表しても査定対象にならないと言われた。先行研究がいくつもあれば、それと照合して出来不出来について査定ができるけれど、先行研究ゼロの分野だと、発表そのものが「査定不能」とされる。「業績が欲しければ、みんながやっていることをやれ」と諭されました。

 たしかに、そうなんです。ある時期から若手の仏文研究者が19世紀文学に集まるようになったんですけれど、それはその領域に世界的権威の日本人研究者がいたからなんです。その分野なら、研究業績については客観的で厳正な査定が下る。だから、精密な査定を望む秀才たちはその領域に集まってきた。でも、もともと仏文というのは、中世から現代まで、歴史や詩や小説や哲学など、多彩な領域に研究者が「ばらけて」いたんです。みんなが勝手なことをやっていた時代の仏文は面白かったけれど、特定領域に若い研究者が集中するようになってから仏文の空気が一変して、なんだか重苦しくなった。

 結果的に、仏文科に進学してくる学生がいなくなり、仏文科がなくなり、仏文学教員のポストがなくなり、学会そのものが見る影もなく地盤沈下してしまったんですけどね。

岩田:内田先生はその仏文学の衰退の話を、いろんな本でよく書かれていますけど、じつはそれって、日本の学術界全体で起きていることでもあります。ノーベル賞の山中伸弥先生が「阿倍野の犬」という喩え話をよくされるんですけど、「アメリカの犬は頭を叩くとワンと吠えたから、大阪の阿倍野でもアタマを叩くとワンと吠えるかどうか確かめてみよう」みたいな二番煎じの研究が、自然科学分野でもかなり増えているということです。なぜならやはり、査定が簡単だからですよね。論文も書きやすいし、手法も知られているので査読者の覚えもいいんですが、そんな研究には何のイノベーションもありませんよね。

内田:ほんとにね。

岩田:今、大学の運営交付金が毎年1%ずつ削られているなかで、研究者は科研費を獲得するよう、大学側からハッパをかけられています。科研費は「競争的資金」と呼ばれていて、国は「独創的でイノベーティブな研究に交付する」と建前上言うんですが、実際のところ本当にイノベーティブな研究にはほぼ下りないんです。なぜなら役人が査定できないから。

 例えば、iPS細胞で山中先生がノーベル賞をとると、「iPS細胞の研究なら科研費がもらえるぞ!」と、みんなで寄ってたかってiPSの研究を始めるんです。2011年に震災が起きたら、防災対策の研究ばかりに科研費が下りるようになりました。そんなふうに右へならえで、同じテーマの研究ばかりが増えていくんです。

 その間、世界を見渡してみると、iPS細胞って再生医療に使うには効率が悪いことがわかってきたので、最近はES細胞を使うのが主流になってます。ところが日本はiPSに掛け金をオールインしちゃったので、今さら方針転換できないんです。内田先生のお話を聞いて、理系分野もこれからどんどん衰退していって、仏文学の後追いをするのではないかと心配になってきました。

内田:元凶は評価主義なんです。客観的な査定を行い、格付けをして、それにしたがって限りある資源を傾斜配分するという仕組みそのものがすべての学問領域のレベルを引き下げている。

岩田:大学の医学部では、研修医や学生の成績もできる限り計量的に評価するようにしろ、と圧力がかかってます。しかし、医者としてあるべき振る舞いなんて数値化できないですよね。「客観的な評価ができないことは切り捨てていい」と彼らは言いますが、医学生なんてみんな頭がいいし、点取り虫なので、どうすれば高い評価が得られるか簡単に予測できるんです。でも、それで優秀な医者が育つかというと、非常に疑問ですよね。

内田:そのとおりです。

岩田:今、大学では「360度評価」といって、学生を含めたいろんな人に評価をさせる仕組みを導入していますが、これも「とにかく評価をしさえすれば、見えないことが見えてくる」という考えの表れです。しかしスポーツ選手とか、文学者とか、ミュージシャンとか、優れた人ほど評論家の言うことなんて一切無視してますよね。昔、僕は恩師の微生物学者に、「他人の基準で自分の生き方を決めるな。自分の生き方の基準は自分で決めろ」と言われて、実際にそうやって生きています。
http://www.asyura2.com/09/bun2/msg/492.html#c241

[番外地8] (三橋貴明総合スレッド) 中川隆
3. 中川隆[-10947] koaQ7Jey 2020年10月09日 20:06:04 : yrjMIAA0P3 : NDRaMkxRWk5XM2c=[27]
447金持ち名無しさん、貧乏名無しさん (ワッチョイ fb24-Dl/i [126.141.223.197])2020/10/09(金) 18:53:49.93ID:EIMwcXjo0>>448
三橋貴明が毎日毎日嘘八百のデマを流してるから、心有る人が間違いを指摘するのさ

三橋貴明の経済の話もデタラメだけど、歴史の話はもっと酷い

日本人が縄文人の子孫だとか
アイヌ人は先住民ではないとか
神武天皇の東征は紀元前だったとか
天皇家は万世一系だとか
南京大虐殺は無かったとか
従軍慰安婦は売春婦だとか

三橋貴明はどこからそういう与太話を仕込んでくるんだろうね

448金持ち名無しさん、貧乏名無しさん (ワッチョイ f328-rtic [220.157.203.184])2020/10/09(金) 19:27:20.29ID:XN7lZhcO0
>>447
全て三橋の方が正しいな

449金持ち名無しさん、貧乏名無しさん (ワッチョイ fb24-Dl/i [126.141.223.197])2020/10/09(金) 19:48:24.56ID:EIMwcXjo0
>日本人が縄文人の子孫だとかアイヌ人は先住民ではないとか

最新の核DNA解析で
・アイヌは縄文人の直系の子孫
・日本人は半島の無文土器人の直系の子孫
だというのが証明されています。
縄文語はアイヌ語
日本語は半島の無文土器人の言葉
皇室が平安時代まで使っていたのは百済語
というのがわかってきたんですね。

日本語は chousen 無文土器文化人の話していた言葉だった
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/geo/1596586891/l50

最新の縄文人ゲノム解析で、本州縄文人はアイヌのクラスターに含まれた。この結果は北海道縄文人の全ゲノム解析と一致し、アイヌ民族が日本列島の住人として最も古い系統であると同時に東ユーラシア人の創始集団の直接の子孫の1つであることを示している。

2020/08/25 縄文人ゲノム解析から見えてきた東ユーラシアの人類史
覚張 隆史(金沢大学人間社会研究域附属 国際文化資源学研究センター 助教)
太田 博樹(生物科学専攻 教授)
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/info/6987/

考古学「日本の先住民はアイヌ」
縄文人骨の特徴は、弥生時代に入り本州で失われていった。その一方で、北海道ではオホーツク文化の進入にもかかわらず近代まで維持された
https://www.sapmed.ac.jp/medm/7-30.html

言語学「日本の先住民はアイヌ」
東北北部にアイヌ語地名が多くのこっており、また北海道と同じ遺物が出る以上、東北地方にアイヌ語を話す人聞が居住していたことは否定出来ず、「蝦夷もある時代まではアイヌ語を使用していた」という考えを表明する
http://id.nii.ac.jp/1204/00000541/

450金持ち名無しさん、貧乏名無しさん (ワッチョイ fb24-Dl/i [126.141.223.197])2020/10/09(金) 19:48:50.49ID:EIMwcXjo0
・倭国大乱 → 畿内の縄文勢力を抹殺
・ヤマトタケルの東征 → 関東の縄文勢力を抹殺
・坂上田村麻呂の蝦夷征伐 → 東北の縄文勢力を抹殺
・北海道への和人大量入植 → 最後の縄文勢力を民族浄化

が、大まかな流れです。 今の日本で生き残っている縄文人はアイヌ人、琉球人、douwa buraku 民だけです。
douwa buraku 民は日本人との結婚を禁じられていたので純血のままです。

そもそも縄文人は日本全体で僅か10万人、西日本はほぼ無人、しかも山奥にしか住んでいなかったので日本人と混血なんかしないのですね。

遺伝学は日進月歩なので去年の知識でも現在ではもう通用しません。
林原チャンネルやチャンネル桜に出る自称アイヌ専門家の知識は10年は古いんですね。
そもそもチャンネル桜に出演している美術史家、土木技術者、経済評論家、元政治家や普通のお医者さんに遺伝学の専門知識が有る訳ないですね。

451金持ち名無しさん、貧乏名無しさん (ワッチョイ fb24-Dl/i [126.141.223.197])2020/10/09(金) 19:50:34.95ID:EIMwcXjo0
>南京大虐殺は無かったとか

南京大虐殺の証拠〜当時の記録映像と生存者の確実な証言
貴重資料『南京事件U』 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=yrLPTGCXPr0

南京事件資料集
http://kk-nanking.main.jp/

南京事件(南京大虐殺)の真実
「否定派の解釈の誤りと、捏造のすべてを明るみにだします」 by タラリ
http://www.nextftp.com/tarari/index.htm

▲△▽▼

1971年、朝日新聞に連載された本多勝一記者の長編ルポルタージュ『中国の旅』は、大変な反響を巻き起こしました。

このルポによって初めて、中国戦線で旧日本軍が行ってきた数々の凄まじい蛮行が、被害者である中国人自身の証言という生々しい形で徹底的に暴露されたからです。出征した兵士たちは、ごく少数の例外を除いて自分たちが行った残虐行為については一切口をつぐんでおり、教科書や一般の歴史書も抽象的に戦争の経過や背景を説明するだけだったため、戦後世代の日本人の多くは、かつて自国が行った侵略戦争の実態がどのようなものだったのか、具体的には何も知らないも同然でした。『中国の旅』は、いわば無知ゆえに安穏としていられた戦後世代を過酷な歴史的事実に目覚めさせる冷水のような役割を果たしたのです。

それだけに、このルポに対する右派勢力からの攻撃にもすさまじいものがありました。本多氏や朝日を黙らせようとする直接的脅迫はもちろん、氏の人格を中傷する捏造記事や、『中国の旅』に書かれている膨大な事例の一つでも否定しよう(そしてそれを宣伝することでルポ全体の信用性を貶めよう)とするあらゆる試みが行われました。

本多勝一 中国の旅 (朝日文庫) が朝日新聞に連載された時の読者の批判は

今更そんな昔の事を掘り起こさないで欲しい
戦争というのはああいうものなんだ
みんな覚醒剤を飲んで異常な精神状態でやった事で、仕方なかったんだ
古傷をタワシでゴシゴシ擦る様な事を書くのは止めて欲しい

というのが大半だった。

連載当時はまだ実際に南京で戦った日本兵が沢山生存していたのですね。
本多勝一 中国の旅 が嘘だと反論する元日本兵は一人も居ませんでした  

452金持ち名無しさん、貧乏名無しさん (ワッチョイ fb24-Dl/i [126.141.223.197])2020/10/09(金) 19:52:33.88ID:EIMwcXjo0
日本軍文書:南京大虐殺で南京の人口が80万人近く減少 2014年01月08日


吉林省公文書館で最近、南京大虐殺の記録を含む日本軍の中国侵略に関する文書が見つかった。

同文書によると南京大虐殺前後の2カ月半で南京地区の人口は113万人から34万5000人へと78万5000人減少していた。人民日報海外版が伝えた。

 同文書は1938年2月19日と同28日に日本軍華中派遣憲兵隊の大木繁司令官が関東軍司令部に報告した2件の「南京憲兵管轄区内の治安回復状況に関する報告」。報告の「事変前後の人口対比」によると、「事変前」に南京の人口(下関を含まず)は100万人で、2月28日までに33万5000人が帰還し(戻り)、下関の人口は13万人で、後に1万人が帰還した。

 1937年12月13日、中国侵略日本軍は南京を占領した。その後6週間、日本軍はこの世のものとは思えないほど残虐な手段で、中国の市民と軍の捕虜30万人以上を殺害した。だが日本には南京大虐殺の数字の矮小化、さらにはこの犯罪行為の否認を企てる者が常にいる。

 今回の日本関東軍の文書は吉林省公文書館に保管されており、関東軍が中国東北部を統治していた1931年から1945年までの様々な事項が記録されている。現時点で中国侵略に関する世界唯一の関東軍文書であり、非常に貴重で、日本国内にすらないものだ。

 1945年8月15日に日本が降伏を宣言すると、日本軍はこれらの文書を数日間かけて焼却したが、間に合わなかったものを地中に埋めた。これらの資料は1950年に吉林省の工事現場で発見された。(編集NA)


455金持ち名無しさん、貧乏名無しさん (ワッチョイ fb24-Dl/i [126.141.223.197])2020/10/09(金) 19:56:40.72ID:EIMwcXjo0
>従軍慰安婦は売春婦だとか

『朝日』元記者・植村隆裁判で西岡力氏が自らの「捏造」認める
http://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/2018/09/26/antena-332/
佐藤和雄|2018年9月26日10:23AM 週刊金曜日
 
 尋問を終えた西岡力氏。東京・霞ヶ関。(撮影/高波淳)


「慰安婦」問題否定派の旗手である麗澤大学客員教授の西岡力氏――。彼の論考や発言は、国家基本問題研究所理事長の櫻井よしこ氏をはじめ、右派言説の論理的支柱となり、影響を与え続けてきた。その西岡氏が9月5日に東京地裁で尋問に答えた内容は、彼らに失望と嘆息を与えるかもしれない。西岡氏が、いくつかの重要部分について「間違い」を認めたからだ。

東京地裁では、元「慰安婦」記事を「捏造」と記述され名誉を傷つけられたとして、元『朝日新聞』記者の植村隆・韓国カトリック大学客員教授が西岡氏らを相手取り、損害賠償などを求めた訴訟が2015年1月から続いている。

植村氏は1991年8月、韓国での「慰安婦」問題に取り組む市民団体への取材やその聞き取り調査に応じた女性(のちに記者会見で名乗り出た金学順さん)の録音テープを聞いてスクープし、同年12月にも証言を記事化した。

西岡氏は、植村氏の記事に対し、『週刊文春』2014年2月6日号で「名乗り出た女性は親に身売りされて慰安婦になったと訴状に書き、韓国紙の取材にもそう答えている。捏造記事と言っても過言ではありません」とコメントした。

しかし、尋問で「そう訴状に書いてあるのか」と問われると、「記憶違いだった」と間違いを認めた。金さんの記者会見を報じた韓国『ハンギョレ』新聞の記事を著作で引用した際、「私は40円で売られて、キーセンの修業を何年かして、その後、日本の軍隊のあるところに行きました」という、元の記事にない文章を書き加えていることを指摘されると、「間違いです」と小声で認めた。

西岡氏はまた、元「慰安婦」の証言集は読んでおりながら、「挺身隊」名目で「慰安婦」にさせられた韓国人女性の証言は「覚えていない」とし、自らの主張と異なる最新の調査・研究結果も読んでいないと答えた。

(佐藤和雄・ジャーナリスト、大学非常勤講師、2018年9月14日号)

456金持ち名無しさん、貧乏名無しさん (ワッチョイ fb24-Dl/i [126.141.223.197])2020/10/09(金) 19:57:57.60ID:EIMwcXjo0
従軍慰安婦は売春婦として認可されない 13才、14才から働き始めているので売春婦では有り得ない


従軍慰安婦は 13才、14才から慰安所で働き始めている。
18才以下の売春婦は法的に認可されていないから、例え本人や親が承諾していたとしても悪質な法律違反になる。
従って、従軍慰安婦は売春婦ではあり得ない。


いいかげん慰安婦募集の新聞広告を持ち出すことはやめるべき - 法華狼の日記

実際には、日本の歴史学者も以前から従軍慰安婦問題の重要な資料としてあつかっている。韓国政府固有の問題であるかのような主張は、勉強不足と告白しているようなもの。

そして問題は、事実上の拘束であった「前借」だけではない。

両方の広告によく目をこらしてほしい。一方は17歳以上から23歳まで、もう一方は18歳以上から30歳までの年齢を募集している。そう、売春が合法であった当時でも、未成年であれば違法だった。

どうして年齢についての記述を無視できる人がこれほどいるのか、私には理解できない。たとえ当時に未成年売春が合法であったとしても、対外的に誇らしげに見せられる内容でないことは、歴史にくわしくなくても明らかだろう。
http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20120823/1345735929

457金持ち名無しさん、貧乏名無しさん (ワッチョイ fb24-Dl/i [126.141.223.197])2020/10/09(金) 19:58:36.71ID:EIMwcXjo0
従軍慰安婦は売春婦か?

日本の戦争責任資料センターの声明では

「未成年の少女の場合、慰安所での使役は強制でなく本人の自由意志による、と主張することは、当時日本が加盟していた婦人・児童の売買禁止に関する国際諸条約に照らしても、困難である」

となっています。 又日本国内から慰安婦を徴募する場合は21歳以上の経験者にかぎるという法律があったと思います。

未成年を慰安婦として渡航されたことが確認できる公文書は、米三機密第353号「支那渡航婦女の取扱に関する件」と「渡支事由証明書等の取寄不能と認められるる対岸地域への渡航者の取扱に関する件」などでした。年齢がそれぞれに「15・16・17歳」と「14・15・16・18歳」になっています。

研究書に収録された元慰安婦の証言データ(1)朝鮮人慰安婦

458金持ち名無しさん、貧乏名無しさん (ワッチョイ fb24-Dl/i [126.141.223.197])2020/10/09(金) 19:59:04.78ID:EIMwcXjo0
出典:「日本の軍隊慰安所制度と朝鮮人軍隊慰安婦」表2−1,4−16,4−19,4−30より全42人43件(文玉珠は2回慰安婦になっている)

注:徴集年は19XX年、徴集形態は尹明淑の記述による(拉致:暴力による連行、就業詐欺:いい仕事があると騙して連れ去るもの、強制は命令された・逆らえなかったなど、徴集地で特記なきはすべて朝鮮。

名前 年齢 年 徴集形態 徴集人 徴集地 慰安所の場所

崔イルレ 15 1931 拉致 軍人 霊岩 満州

陳キョンベン 16 1939 拉致 軍人 狭川 基降(台湾)

鄭学珠 14  1938 拉致 軍人 釜山 ハルピン

文玉珠1 16 1940 拉致 軍人 大邸 東安省(中国)

姜ムジャ 13 1941 拉致 軍人 新馬山 パラオ諸島コロール

林グマ 16 1939 就業詐欺 民間業者 漢口(中国) 漢口(中国)

李相玉 14 1936 就業詐欺 民間業者 京城 パラオ

金春子 16 1939 就業詐欺 民間業者 清津 東安省(中国)

洪愛珍 14 1942 就業詐欺 民間業者 統営 上海

李玉粉 11 1937 誘拐・詐欺 民間業者 蘆山 台湾

金ブンソン 15 1937 就業詐欺 民間業者 漆谷 台湾

金ボットン 15 1941 詐欺・強制 民間業者 梁山 広東

459金持ち名無しさん、貧乏名無しさん (ワッチョイ fb24-Dl/i [126.141.223.197])2020/10/09(金) 20:00:22.13ID:EIMwcXjo0
という事で
三橋貴明の歴史の話

日本人が縄文人の子孫だとか
アイヌ人は先住民ではないとか
神武天皇の東征は紀元前だったとか
天皇家は万世一系だとか
南京大虐殺は無かったとか
従軍慰安婦は売春婦だとか

はすべて悪質な嘘でした。
http://www.asyura2.com/20/ban8/msg/452.html#c3

[文化2] ゆとり教育を推進した三浦朱門の妻 曽野綾子がした事 _ これがクリスチャン 中川隆
242. 中川隆[-10946] koaQ7Jey 2020年10月09日 20:29:43 : yrjMIAA0P3 : NDRaMkxRWk5XM2c=[28]
「素人がコロナを語ると専門家が怒る」という日本は明らかにおかしい
内田 樹,岩田 健太郎 2020/09/23

新型コロナウイルスをめぐって、SNSなどでは「専門家以外は発言すべきでない」という意見が目立つ。それに対して神戸女学院大学名誉教授の内田樹氏と神戸大学大学院医学研究科教授の岩田健太郎氏は「素人といわれている人たちがコロナについてあれやこれや言うのは当然だ」という——。


※本稿は、内田樹・岩田健太郎『コロナと生きる』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

イノベーションは評価主義になじまない

【内田】僕は評価主義とはできるだけ関わりたくないんです。だから、「お前を査定してやる」という人が出てきたら、そっとその場から離れる。そういう人とディベートして、「あなたの意見と僕の意見のどちらが正しいか決着をつけよう」というのが嫌なんです。それだと評価主義の再生産にしかならない。あなたと僕のどちらが賛同者が多いかとか、どちらがSNSのフォロワー数が多いかとか、どちらが社会的地位が高いかとか、それを比較することでそれぞれの意見の理非を決するというふるまいは、それ自体が査定なんです。僕はそれが嫌なんです。

僕は誰とも論争なんかしたくない。ただ、ちょっと言いたいことがあるので言っているだけなんです。みんな僕の意見に賛同しろとも言わないし、意見が違う人に向かって「黙れ」とも言わない。だから、僕のことは放っておいてほしい。隅っこで言いたいことをぼそぼそ言わせてくれよ、と。それだけなんです。

イノベーションというのはそもそも評価主義になじまないんです。その成果の価値を測る「ものさし」がまだ存在しないようなもののことをイノベーションと呼ぶわけですから。だから、学術的なイノベーションをほんとうに支援したいと思ったら、やりたいやつに好きなようにやらせて、「放っておく」のが一番なんですよ。

日本の1億2000万人が全員「コロナ評論家」
【岩田】まったく同感です。うちの娘たちにも事あるごとに、「他人の評価を気にするな」と伝えています。

【内田】人の評価は気にしちゃいけません。ほめられようが、けなされようが、右から左にスルーすればいいんです。ほめられて増長するのも、批判されて落ち込むのも、どちらも意味ないです。「行蔵は我に存す。毀誉は他人の主張」。勝海舟の言うとおりです。出処進退は自分で決めるから、評価はそちらで勝手にやってくれ、と。他人の評価なんかどうでもいいよということは、このコロナ禍でますます確信に至りましたね。

【岩田】今まさに、コロナの分析や予想をめぐって起きていることとも、それは重なります。ネットを見ていると、日本の1億2000万人、世界の70億人が全員コロナ評論家と言ってもいいぐらいじゃないですか。

【内田】そうですね。

素人がコロナを語ると、専門家が怒る
【岩田】みんなコロナについて、何か語らずにはいられない。それぞれコロナのせいで害を被っているんだから、当たり前です。パンデミックって、そういうふうに「全員」に影響を与えるものなので。

ところが素人がコロナについて語ることを、専門家は怒るんですね。「素人のくせに俺たちの専門領域について、デタラメなことを言って」「テレビにまで出やがって」みたいなセリフをよく目にします。テレビの件は、大体テレビに出られない人が言うんですけど(笑)。

フェイスブックを見ていると、僕の業界の人はすごく怒っているんですよ。みんなが評価主義の塊になって、「にわか専門家がテレビで知ったようなことを言うな」みたいなことを本気で書いている。「そんなに頭にくるなら、テレビを観るのやめればいいのに」と思うんですが。

【内田】ほんとに観なきゃいいのにね。それに素人があれこれ言ったっていいじゃないですか。言わせてあげたらいいのに。

日本では「半ちく野郎」とか「半可通」とか「一知半解」とか、「半」という字がつく罵倒の言葉が多いんですよね。中途半端な知識に基づいてものを言う人間を徹底的にバカにする。「よく知らないけど、俺はこんなふうに思うんだよね」と言うと、自称専門家が「黙ってろ、素人は!」と頭ごなしに叱りつける。叱られたら黙る。専門家だけが発言権を持ち、それ以外の者は知らないことについては黙る。自分の経験や知識に基づいて、個人的な意見を述べることは「許されない不作法」ないし「笑うべき愚鈍」と見なされてきた。

素人がアイデアを出すほうが、生産的ではないか
【内田】でも、それっておかしいと思う。半ちくな素人の思いつきがときに思いもかけない創見をもたらすことって実際にあるから。それに僕自身、自慢じゃないけどレヴィナス哲学と合気道以外は、全分野で半ちく野郎なんです(笑)。文学も、映画も、マンガも、能楽も、宗教も、政治も、さまざまな領域でたくさん本を書いていますし、インタビューされたら意見を述べますけれど、どの分野でも専門家というのにはほど遠い。

ただ、「このトピックについては、あんまりよく知らないんですけども、ちょっと意見言ってもいいですか?」って、つい手を挙げたくなるんです。ちょっと何か言いたくなるのは、僕が思っていることを専門家が誰も言わないからです。誰かが先に言ってることなら僕が繰り返す必要ないです。誰も思いつかないようだから、つい手を挙げて言ってみたくなる。別に定説を覆すとか、常識に冷水を浴びせるとか、そんな攻撃的な意図があるわけじゃないんです。ただ、「こういうふうに考えたら、ちょっと面白くないですか?(よう知らんけど)」というだけのことで。でも、そういう「いっちょかみ」に対して専門家たちって、ほんとうに不寛容なんですよね。「素人は隅にいて黙ってろ」って一喝される。

専門家だけが発言できるより、素人が面白がって次々にいろんなアイデアを出したほうが、結果的に学術的にも生産的じゃないかと思うんですけどね。

専門家も慌てて「にわか」で勉強している
【岩田】確かにそうなんです。コロナに関しても今、素人の方から面白いアイデアが出てきています。今朝のニュースで観たんですが、ある学校では熱中症対策とコロナウイルス対策を両立させるために、「子どもたちは傘を差して登校する」ことにしたそうです。日傘で日光が遮られますし、傘を差すことでお互いが近づけなくなるから、ソーシャルディスタンスを保てるんですね。とても面白いアイデアだと感心しましたし、専門家からは出てこない発想だと思いました。

感染症の専門家といっても普段何をやってるかというと、患者さんの検査と薬を出すことがメインの仕事です。だから例えば、「コロナ対策のために、飛行機の空調やエアコンの設定をどうすればいいでしょうか」なんて聞かれても、正確には答えられないんです。航空機内の空調システムまで知悉している専門家は、非常に少数派で、旅行医学という専門分野のさらに細かいエアロメディシンという領域を勉強した人だけです。感染症のプロでもそこまでやっていた人は本当に少数派でしょう。慌てて「にわか」で勉強した人はいると思いますが。

テレビに出ている専門家も、よく知らないことを聞かれたら、慌てて文献を読んでにわか勉強して「10年前から知ってますよ」みたいな顔して言ってる人がほとんどなんですよ(笑)。実際の話、マスクがどれぐらいウイルスを防ぐかといった重要な知識も、前々から勉強してる人はあまりいませんでした。みんな急いで勉強して、にわか専門家として意見を述べているだけなんです。専門家とそうでない人の差は、案外大きくはない。少なくとも、特定のトピックにおいては。

だから、素人といわれている人たちがコロナについてあれやこれや言うのは当然だと思うし、全員がコロナには利害関係があるわけですから、出てきたアイデアは真面目に検討すべきだと僕は思います。

---------- 内田 樹(うちだ・たつる) 神戸女学院大学名誉教授 1950年東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒業、東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。著書に『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)『日本辺境論』(新潮新書)、街場シリーズなど多数。 ----------

---------- 岩田 健太郎(いわた・けんたろう) 神戸大学大学院医学研究科教授 1971年島根県生まれ。島根医科大学(現・島根大学)卒業。ニューヨーク、北京で医療勤務後、2004年帰国。08年より神戸大学。著書に『新型コロナウイルスの真実』(ベスト新書)など多数。 ----------

https://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/%e7%b4%a0%e4%ba%ba%e3%81%8c%e3%82%b3%e3%83%ad%e3%83%8a%e3%82%92%e8%aa%9e%e3%82%8b%e3%81%a8%e5%b0%82%e9%96%80%e5%ae%b6%e3%81%8c%e6%80%92%e3%82%8b-%e3%81%a8%e3%81%84%e3%81%86%e6%97%a5%e6%9c%ac%e3%81%af%e6%98%8e%e3%82%89%e3%81%8b%e3%81%ab%e3%81%8a%e3%81%8b%e3%81%97%e3%81%84/ar-BB19k8SY?ocid=ientp
http://www.asyura2.com/09/bun2/msg/492.html#c242

[文化2] ゆとり教育を推進した三浦朱門の妻 曽野綾子がした事 _ これがクリスチャン 中川隆
243. 中川隆[-10945] koaQ7Jey 2020年10月09日 20:30:25 : yrjMIAA0P3 : NDRaMkxRWk5XM2c=[29]
事大主義 権力者を批判したければ、まず自分が権力者になれ

内田樹 『日本習合論』ちょっと立ち読み
2020-10-09
http://blog.tatsuru.com/2020/10/09_1315.html


『日本習合論』の販促のために、第一章の一部、共感主義について書いたところを再録しました。ちょっと立ち読みしていってください。

 世を覆っている共感主義の基本にあるのは先ほど来僕が指摘している「多数派は正しい」という信憑です。多数派に属していないということは「変なこと」を考えたり、しているからであって、それは多数派に合わせて矯正しなければならない。そういうふうに考える人がたくさんいる。若い人にも多く見かけます。でもね、そういうのを「事大主義」と言うのです。

 あるインタビューで「じだいしゅぎ」と言ったら文字起こし原稿には「時代主義」と書かれていました。なるほど、「時代の趨勢(すうせい)に逆らわない」から「時代主義」なのか。インタビュアーは若い人でした。熟語は知らないけれど、造語能力はあるなあと思いました。

でも、「じだい主義」の「じだい」は時代じゃなくて事大です。「大(だい)に事(つか)える」。弱い者が強い者の言いなりになって身の安全を図ることです。「寄らば大樹の陰」「長いものには巻かれろ」と同じ意味です。

 マジョリティというのは「大」「大樹」「長いもの」のことです。多数派の言うことはその正否を問わずにただ従う。それが身の安全である。それが当今の作法ですけれど、もちろん今に始まったことじゃありません。「事大」の出典は『孟子』ですから、それくらい昔からそういう生き方は存在していた。

 そういう生き方もたしかに一種のリアリズムではありますけれども、それにしてもマジョリティであるかマイノリティであるかは、それぞれが主張していることの真偽正否とは関係ありません。

 たしかに、「和を乱さない」ということは集団を安定的に維持するためには必要なことです。でも、ものには程度というものがある。日本の場合は、その度が過ぎます。
 僕が「和」をあまり好まないのは、「和」を過剰に求める人は、集団の他のメンバーに向かって「そこを動くな」「変わるな」と命ずるようになるからです。自由に運動しようとするもの、昨日までとは違うふるまいをしようとする人間が出てくると、たしかに集団は管理しにくくなります。だから「和を尊ぶ」人たちは、基礎的なマナーとして「身の程を知れ」「おのれの分際をわきまえろ」「身の丈に合った生き方を知ろ」という定型句をうるさく口にするようになる。

 こういう言葉は僕の子どもの頃まではよく使われました(僕もよくそう言って叱られました)。でも、ある時期から言われなくなった。1960年代からあとはほとんど耳にすることがなかった。むしろ「身の程を知らず」「分をわきまえず」「身の丈を超える」生き方こそが奨励された。

 高度成長期というのはまさにそういう時代でした。人々は「身のほどを知らない欲望」に駆動されて、「おのれの分際をわきまえず」に枠を踏み外し、「身の丈に合わない」大きな仕事を引き受けた。国に勢いがある時というのはそういうものです。「早めに自分のキャラを設定して、自分のタコツボを見つけてそこに一度まり込んだら、そこから出るな」というようなことを僕は若い時には誰からも言われたことがありません。たまにそれに類することを言う人がいても、鼻先でせせら笑って済ませることができた。だって、こちらは現に「身の程を知らないふるまい」をしていて、それでちゃんと飯を食っていたわけですから。

 その定型句がなぜか二十一世紀に入ってから、また復活してきた。気がつけば、頻繁にそう言われるようになった。それは単純に日本人が貧乏になったからだと僕は思います。
 少し前に僕の友人の若手の研究者が同世代の学者たちと歓談した時に、談たまたま僕のことに及んだことがあったそうです。するとたいへん僕は評判が悪かった。どこがダメなのと僕の友人が興味にかられて訊いてみたら「専門以外のことについて口を出すから」だというお答えだったそうです。学者は自分がきちんとアカデミックな訓練を受けた守備範囲から出るべきではない。フランス文学者ならそれだけをやっていればいい。それ以外のことについては素人なんだから、口を噤んで専門家に任せるべきだ、と。

 なるほどと思いました。時代は変わったなあ、と。

 でも、そんなこと言われも困るんですよ。僕は「専門以外のことについて口を出す」ことで飯を食ってきたわけですから。フランスの哲学や文学についてはいくつか論文も書きましたけれど、興味はそこにはとどまらない。ついあちこちに食指が動く。武道論も、教育論も、映画論も、身体論も、マンガ論も、能楽論も、自分の興味の赴くままに、書きました。でも、どれも専門領域というわけではありません。

 武道は四十五年修業していて、自分の道場を持って、数百人の門人を育ててきましたけれど、武道の専門家と名乗るのは今でも恥ずかしい。教育は三十五年それを職業にしてきましたけれど、教育学や教育方法の専門家ではありません。「教壇に立ったことがある」というだけです。映画は若い頃から年間二〇〇本くらいのペースで見てますし、映画についての本も何冊か書きましたけれど、昔から映画の筋も俳優名も観たら忘れてしまう。能楽はそろそろ稽古を始めて二十五年になりますけれど、ただの旦那芸です。

 どの領域でも僕は「専門家」とは言えません。でも、半可通の半ちく野郎ですが、何も知らないわけじゃない。ちょっとは齧(かじ)ったことがあるので、その領域がどういうものか、「本物」がどれくらい凄いかは骨身に沁みて知っています。自分にはとてもできないということはわかる。

 僕の学問だって、こう言ってよければ「旦那芸」です。でも、どの分野についても、その道の「玄人」がどれくらい凄いのか、それを見て足が震えるくらいのことはできます。そこがまるっきりと素人とは違います。自分が齧ってみたことがあるだけに、それぞれの専門家がどれくらい立派な仕事をしているのか、それを達成するためにどれくらいの時間と手間をかけたのかがわかる。そういう半素人です。

 でも、そういう半素人にも存在理由はあると思うのですす。専門家と素人を「つなぐ」という役割です。僕の仕事は『私家版・ユダヤ文化論』も『寝ながら学べる構造主義』も『レヴィナスと愛の現象学』も『若者よマルクスを読もう』(これは石川康宏さんとの共著)も『能楽は楽しい』(これは観世流宗家との共著)も、どれも専門家と素人をつなぐための仕事です。

どの分野においても、僕は専門家ではないけれど、専門家の仕事を読者に噛み砕いてお伝えすることはできる。そうやって底辺を広げることはできる。底辺が広がらないと高度は得られないと思うからです。でも、そういう仕事は「専門家のもの」としては認知されない。そして、たまに「専門領域でもないことについて中途半端に口出しをするな」と叱られる。

 でも、それが僕には納得できないんです。僕のような半素人が一知半解の言説を述べたとしても、そこにいくばくかの掬(きく)すべき知見が含まれていることもある(かも知れない)。それがおもしろいと思う人は読めばいいし、読むに値しないと思う人は読まなければいい。それでいいじゃないですか。「掬すべき知見が含まれているかどうか」は先方が判断することであって、僕が決めることじゃない。ましてや、僕に向かって「決められた場所から出るな」と言われてもおいそれと肯(うべな)うわけには参りません。繰り返し言うように、僕は決められた場所から出て、好きなところをふらふら歩き回ることで食ってきたわけで、「やめろ」というのなら休業補償して欲しい。

 でも、この「おのれの分際をわきまえろ」「身の程を知れ」という恫喝は最近ほんとうによく聞くようになりました。

 小田嶋隆さんが前にツイッターで財務大臣について批判的に言及したら、「そういうことは自分が財務大臣になってから言え」という驚嘆すべきリプライがついていたことがありました。でも、こういう言い方は、たしかに近頃ほんとうによく目にします。
 僕が政治的なことについて発言した時にも「それならあなた自身が国会議員になればいいじゃないか」と絡まれたことがあります。僕の知り合いが、ある有名ユ―チューバーについて批判的なコメントをしたら、「そういうことは再生回数が同じになってから言え」と言われた。ある若手経営者について批判したら「そういうことは同じくらい稼いでから言え」と言われた。

 全部パターンが同じなんです。批判したければ、批判される対象と同じレベルにまで行け、と。だから、「権力者を批判したければ、まず自分が権力者になれ」ということになる。それはいくらなんでも没論理的ではないですか。
「現状に不満」というようなことは現状を変えることができるくらいの力がある人間にしか言う資格がない。無力な人間には、そもそも「現状に不満である」と言う権利がない。こんな言明にうっかり頷いてしまったら、もう「現状を変える」ことは永遠に不可能になります。だって、今あるシステムの内部で偉くなろうとしたら、まずシステムを受け入れ、そのルールに従い、他の人たちとの出世競争に参加して、そこで勝ち残らなければならないからです。勝ち残ることができなくて、途中で脱落すればもちろん現状は変えられない。勝ち残ってしまったら、「自分を出世させてくれたシステム」を変える必然性がなくなる。グルーチョ・マルクスのように「自分を入会させるようなクラブには入会したくない」ということが言えるのはごく例外的な人だけです。ふつうの人は「自分が偉くなれる仕組みはよい仕組みである」と考える。

「現状に不満があったら、まず現状を変えられるくらい偉くなれ」という言明は人を現状に釘付けにするためのものです。人を今いる場所に釘付けにして、身動きさせないための「必殺のウェポン」として論争で愛用されている。実に多く人たちが喜々としてその定型句を口にしている。

 こういうのは時代の「空気」を映し出しているんです。どういう「空気」かというと、「自分に割り振られたポジションにいて、そこから出るな」という圧力です。その圧力が大気圧のように日常化している。日常化しているので、圧力がかかっているということ自体が実感されない。

 共感主義者たちは「和」をうるさく言い立てます。異論を許さず、逸脱を許さない。みんな思いを一つにしないといけない、われわれは「絆」で結ばれている「ワンチーム」なんだ、と。でも、この時に彼らがめざしている「和」なるものは、多様なものがにぎやかに混在して、自由に動き回っているうちに自然に形成される動的な「和」ではありません。そうではなくて、均質的なものが、割り当てられた設計図通りに、決められたポジションから動かず、割り振られたルーティンをこなすだけの、生命力も繁殖力も失った、死んだような「和」です。

「調和すること」と「静止すること」はまったく別のことです。でも、共感主義者たちには、その違いを意図的に混同させています。今の日本社会では「動的な調和」ということは求められていません。求められているのは「割り当てられた場所から身動きしない」ことです。その「檻」を形成しているのが、粘ついた共感です。自他の粘ついた共感による癒着が、人が自由に動くことを妨げている。

 共感なんか、なくてもいいじゃないですか。そんなものばかり求めていると、身動きできなくなりますよ。きちんと条件を定めて、ルールを決めておけば、共感できない人、理解できない人とでも、共生し、協働することはできる。何らかの「よきもの」をこの世に送り出すことはできる。その方が粘ついた共感の檻に閉じ込められて、身動きできずいいることよりも、ずっと愉快だし、有意義だと僕は思います。でも、そのことをアナウンスする人が少ない。
 http://blog.tatsuru.com/2020/10/09_1315.html  
http://www.asyura2.com/09/bun2/msg/492.html#c243

[近代史4] 勝海舟『行蔵は我に存す。毀誉は人の主張。我に与らず我に関せずと存じ候』 中川隆
1. 中川隆[-10950] koaQ7Jey 2020年10月09日 21:00:48 : yrjMIAA0P3 : NDRaMkxRWk5XM2c=[24]
【内田】僕は評価主義とはできるだけ関わりたくないんです。だから、「お前を査定してやる」という人が出てきたら、そっとその場から離れる。そういう人とディベートして、「あなたの意見と僕の意見のどちらが正しいか決着をつけよう」というのが嫌なんです。それだと評価主義の再生産にしかならない。あなたと僕のどちらが賛同者が多いかとか、どちらがSNSのフォロワー数が多いかとか、どちらが社会的地位が高いかとか、それを比較することでそれぞれの意見の理非を決するというふるまいは、それ自体が査定なんです。僕はそれが嫌なんです。

僕は誰とも論争なんかしたくない。ただ、ちょっと言いたいことがあるので言っているだけなんです。みんな僕の意見に賛同しろとも言わないし、意見が違う人に向かって「黙れ」とも言わない。だから、僕のことは放っておいてほしい。隅っこで言いたいことをぼそぼそ言わせてくれよ、と。それだけなんです。

イノベーションというのはそもそも評価主義になじまないんです。その成果の価値を測る「ものさし」がまだ存在しないようなもののことをイノベーションと呼ぶわけですから。だから、学術的なイノベーションをほんとうに支援したいと思ったら、やりたいやつに好きなようにやらせて、「放っておく」のが一番なんですよ。


【岩田】まったく同感です。うちの娘たちにも事あるごとに、「他人の評価を気にするな」と伝えています。

【内田】人の評価は気にしちゃいけません。ほめられようが、けなされようが、右から左にスルーすればいいんです。ほめられて増長するのも、批判されて落ち込むのも、どちらも意味ないです。

「行蔵は我に存す。毀誉は他人の主張」。

勝海舟の言うとおりです。出処進退は自分で決めるから、評価はそちらで勝手にやってくれ、と。

他人の評価なんかどうでもいいよということは、このコロナ禍でますます確信に至りましたね。

https://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/%e7%b4%a0%e4%ba%ba%e3%81%8c%e3%82%b3%e3%83%ad%e3%83%8a%e3%82%92%e8%aa%9e%e3%82%8b%e3%81%a8%e5%b0%82%e9%96%80%e5%ae%b6%e3%81%8c%e6%80%92%e3%82%8b-%e3%81%a8%e3%81%84%e3%81%86%e6%97%a5%e6%9c%ac%e3%81%af%e6%98%8e%e3%82%89%e3%81%8b%e3%81%ab%e3%81%8a%e3%81%8b%e3%81%97%e3%81%84/ar-BB19k8SY?ocid=ientp
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/1094.html#c1

[近代史4] 村上春樹の世界 中川隆
1. 中川隆[-10949] koaQ7Jey 2020年10月09日 21:10:23 : yrjMIAA0P3 : NDRaMkxRWk5XM2c=[25]
村上春樹は『ノルウェイの森』がベストセラーになる前は、比較的限られた読者とのインティメイトな関係の中でのびのびと小説やエッセイを書いていた。高校生の頃の写真や家族の写真さえも当時はメディアにふつうに公開されていた。

けれども、『ノルウェイの森』が記録的なベストセラーになったことで環境が一変した。それまで彼の本を手に取らなかった多くの読者を獲得したのと同時に、それまで彼の本を手にしたことのなかった批評家たちを呼び込むことになったからだ。

どうしてここまで憎まれなければいけないのかと呆然とするほど攻撃的な批評の言葉が矢のように放たれた。作家は日本にいることができないほど精神的に追い込まれて海外に去り、長く祖国の土を踏まなかった。

それからは自分について語ることに慎重になり、80年代に気楽に書き飛ばしていたタイプの軽いエッセイのようなものは書かなくなった。

その後、たしかに作品は重厚さを加えたけれど、彼の30代の書き物に横溢していたイノセンスは失われて、二度と回復することがなかった。私はそれを惜しむ。

私が「書評というもの」を遠ざけるようになった理由の一つは、間違いなく『ノルウェイの森』をめぐる書評にみなぎっていた「敵意」に怯えた体験にある。
http://blog.tatsuru.com/2020/10/09_1518.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/959.html#c1

[近代史4] 村上春樹の世界 中川隆
2. 2020年10月09日 21:19:11 : yrjMIAA0P3 : NDRaMkxRWk5XM2c=[26]
ジャズ喫茶のマスター

村上春樹が、ジャズ喫茶店主(たしか国分寺)であった時代に、今はもうない「JAZZLAND」という雑誌で、ユニークな文章を書いている。

当時から文章の芸は冴えている。

「ジャズ喫茶のマスターになるための18のQ&A」(「JAZZLAND」昭和50.8.1号)

Q1 ジャズ喫茶を始めたいと思うのですが、さしあたって一番要求される資質は何でしょうか?
A 恐れを知らぬ行動力です。


Q2 それでは一番不必要なものは?
A 知性です。


Q3 現在大学に在学中ですが、卒業はした方が良いでしょうか。
A 経験から言うと、卒業証書の表紙はメニューにぴったりです。


Q4 好きな女の子が居るのですが、ジャズ喫茶のマスターとしては結婚していた方が得でしょうか、それとも独身でいた方が得でしょうか?
A あなたが一体何を指して得とか損とか言ってるのか、よく理解できないけれど、この世の中で結婚して得をすることなど何ひとつないのです。


Q5 よくジャズ喫茶のマスターは女の子にもてるっていう話を開きます。そんな時、客の女の子には手を出していいのでしょうか?
A まったくの取り越し苦労です。


Q6 レコードは最低何故必要でしょうか?
A 度胸さえあれば15枚でOKです。


Q7 でも、「ファンキー」や「DIG」に行って、レコード棚やオーディオを見る度にガックリして、僕なんかにとても……という気分になるのですが?
A そんな所に行くのが間違っているのです。国分寺に来なさい。


Q8 僕は前衛ジャズに弱いので、それ以外のジャズを中心にやりたいのですか?
A お好きなように。


Q9 お客に文句は言われませんか?
A もちろん言う人は居ます。気にしなければいいのです。
あなたのお店なんだし、好きなようにやってみて、儲かるのもあなた一人だし、赤字を出して首を吊るのもあなた一人なのです。


Q10 お酒を出すつもりなのですが、酔って騒ぐような人が居たらどうしたらいいのでしょうか?
A 「戦艦バウンティ」という映画が昔ありました。その中で異端分子は全員船から突き落とされていました。


Q11 「スイング・ジャーナル」に広告を出すべきでしょうか?
A もちろんです。その上に「スクリーン」と「週刊平凡」に広告を出せば効果は抜群です。


Q12 僕はコルトレーンの『至上の愛』が嫌いなので店には置かないつもりなのですが、
友人は“『至上の愛』のないジャズ喫茶なんて…と言います。どうでしょうか?
A バカは相手にしないことです。


Q13 ジャズ評論家にコネがきくのですが、レコ−ド解説やコンサートをやった方が良いでしょうか?
A テスト盤をもらうだけくらいの方が賢明です。ロシア革命の時、一番最初に銃殺されたのはジャズ評論家だったそうです。


Q14 ジャズ喫茶という職業は一生続けていくに値いするものでしようか?
A 田中角栄にとって土建業が一生続けていくに値いする職業なのか?
川上宗薫にとってポルノ小説家が一生続けていくに値いする職業なのか?
猫にとってキヤツト・フードが一生食べていくのに値いする食物なのか?
非常に難しい問題です。


Q15 僕にとってジャズ喫茶はまるでなにか青春の里程標のような気がするのですが、 こういう考え方は間違っているのでしょうか?
A 間違ってはいませんが、明らかに誇張されています。


Q16 それではジャズ喫茶とは一体何なのでしょうか?
A ジャズを供給する場所です。ジャズとは何か?
僕はそれは、人生における一種の価値基準のようなものではないかと思うのです。
茫漠とした時の流れの中で、僕たちの人生がどんな風に輝き、どんな風に燃えつきていくのか?
ジャズの中に沈みこんでいる時、僕たちはそんな何かをみつけだせるような気がするのです。


Q17 そういう考え方は少し誇張されすぎてはいませんか?
A すみません。その通りです。ただ僕の言いたいのは、ジャズ喫茶のマスターがそういった使命感を忘れたらもうおしまいだっていうことなのです。


Q18 ところで話はガラッとかわりますが、今年のヤクルト・アトムズはどうなるのでしょうね?
A 当然優勝します。巨人は最下位になり、王はナボナのCMから下ろされます。
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/959.html#c2

   

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