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[近代史5] 戦慄...世界のヤバすぎる拷問・残酷な死刑方法 中川隆
11. 2021年8月08日 04:49:42 : nuwvXQTCPk : UGxwQzNyckhmQWc=[1]
【ゆっくり解説】恐怖!〇問の叡智な歴史・3選!



http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/634.html#c11
[近代史5] ギリシャ・イタリアの歴史と現代史 中川隆
19. 中川隆[-17358] koaQ7Jey 2021年8月08日 04:55:33 : nuwvXQTCPk : UGxwQzNyckhmQWc=[2]
【ゆっくり解説】恐怖!〇問の叡智な歴史・3選!



http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/469.html#c19
[近代史5] 髪の毛が禿げる原因はインスタント・ラーメンだった 中川隆
1. 2021年8月08日 05:00:04 : nuwvXQTCPk : UGxwQzNyckhmQWc=[3]
【ゆっくり解説】毎日カップラーメンを食べるとどうなるのか?中毒性の高い食品について
2021/08/06




目次
0:00 カップラーメンを食べ続けたら体に異変が・・・
1:23 毎日カップラーメンを食べたことによる健康への影響は?
・毎日カップラーメンによる身体のサイン
・意外なところにまで影響する食生活
・健康に影響しない食べ方って?
7:42 中毒性の高いカップラーメン
10:39 コスパの良いカップラーメン

http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/168.html#c1
[リバイバル3] 世界中の飢餓に苦しむ貧困者を救ったインスタントラーメンだけど… 中川隆
12. 中川隆[-17357] koaQ7Jey 2021年8月08日 05:01:35 : nuwvXQTCPk : UGxwQzNyckhmQWc=[4]
【ゆっくり解説】毎日カップラーメンを食べるとどうなるのか?中毒性の高い食品について
2021/08/06




目次
0:00 カップラーメンを食べ続けたら体に異変が・・・
1:23 毎日カップラーメンを食べたことによる健康への影響は?
・毎日カップラーメンによる身体のサイン
・意外なところにまで影響する食生活
・健康に影響しない食べ方って?
7:42 中毒性の高いカップラーメン
10:39 コスパの良いカップラーメン

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/999.html#c12
[近代史3] カップヌードルの人体への影響 中川隆
6. 中川隆[-17356] koaQ7Jey 2021年8月08日 05:02:01 : nuwvXQTCPk : UGxwQzNyckhmQWc=[5]
【ゆっくり解説】毎日カップラーメンを食べるとどうなるのか?中毒性の高い食品について
2021/08/06




目次
0:00 カップラーメンを食べ続けたら体に異変が・・・
1:23 毎日カップラーメンを食べたことによる健康への影響は?
・毎日カップラーメンによる身体のサイン
・意外なところにまで影響する食生活
・健康に影響しない食べ方って?
7:42 中毒性の高いカップラーメン
10:39 コスパの良いカップラーメン

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/557.html#c6
[近代史3] カップ麺や袋めんが年間6000億円 麺市場は1兆円に拡大 中川隆
14. 中川隆[-17355] koaQ7Jey 2021年8月08日 05:02:34 : nuwvXQTCPk : UGxwQzNyckhmQWc=[6]
【ゆっくり解説】毎日カップラーメンを食べるとどうなるのか?中毒性の高い食品について
2021/08/06




目次
0:00 カップラーメンを食べ続けたら体に異変が・・・
1:23 毎日カップラーメンを食べたことによる健康への影響は?
・毎日カップラーメンによる身体のサイン
・意外なところにまで影響する食生活
・健康に影響しない食べ方って?
7:42 中毒性の高いカップラーメン
10:39 コスパの良いカップラーメン

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/326.html#c14
[近代史5] それ…ヤバイです!海外の AVサイト! 中川隆
10. 2021年8月08日 05:05:31 : nuwvXQTCPk : UGxwQzNyckhmQWc=[7]
【ゆっくり解説】海外の叡智なサ〇ト・第二弾【再投稿版】
2021/08/07



http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/616.html#c10
[近代史5] ドイツ政府が海外へのセックス・ツアーを奨励する為に作ったインターネット・サイト Zanzu 中川隆
1. 2021年8月08日 05:28:29 : nuwvXQTCPk : UGxwQzNyckhmQWc=[8]
ドイツ バーデンバーデンで混浴体験 2011-09-08

フランクフルトから、特急電車でハイデルベルクまで行き、そこから普通電車を乗り継ぎ念願の温泉の町「バーデンバーデン」へ

で、混浴は絶対いや、という先輩のために、水着で入れる温泉施設へ

で、日曜日の10時過ぎに着いたのだけど・・・

100人くらい並んでる・・・

そして、水着がないので、売店にいくと、これ着るの、海外だけだよ、っていう色合いのワンピースタイプのものが1万円くらい・・・


外は雨。

「せ、せんぱい、条件、悪すぎません?待つのもしんどいし、

ち、ちょっと、横にある、混浴のとこ見てみましょうよぉ〜」


と、横の「フリートリッヒ浴場」へ


私が調べた資料によると、100年以上前にローマ浴場跡に建設されたらしい。

ドイツ観光局のホームページによると、


「華麗なドーム状の浴場では、芸術性の高いフレスコ画や大理石など、目を楽しませてくれるだけでなく、身体と心を包み込む芳香は肌で感じる装飾です。フリートリッヒ浴場の贅沢で華麗な魅力。」


とある。

「せんぱい、中がすごい、歴史的らしいですよぉ。どうせ混浴っていっても、タオルで前、隠せますよ〜私、まえ鹿児島で混浴入ったけど、タオルで隠したらぜんぜん恥ずかしくなかったですよ〜嫌だったら、すぐ出ましょうよぉ〜」


で、せっかく来たから、という事で先輩のOKをもらい、入場口へ。


そこの入場係のおばちゃんが「どっから来たの?ここ、裸だよ。ミックス入浴だよ。いいの?若い子ちゃん達」みたいな事を言ってくる。


不安を隠しつつ、「OKOKドキドキ」とおばちゃんをかわして中へ。


で、マッサージもできるよ、というので、1000円位多く払ってマッサージ付きに。

で、中へ。


「ひょえ〜〜〜〜〜」


女子も男子も全く隠してないよ。

ってか、タオル持ち込み禁止的な!


私 「先輩私が嫌になってきた〜あんなに嫌がる先輩連れてきてごめん〜」


先輩「もうはいってもたから、仕方ないやん。あけっぴろげにいこ。アジアパワー見せつけよ」


で、あけっぴろげにヨーロッパ人の裸を見ながら、入浴。

ここは、沢山浴場があって、数字がそれぞれ振ってあって、その順番に入り、入り方も何分間、とか決まってる。

その為、途中で脱落、とかしにくい。

でも、最後まで回らなければ損。と、前半を周り、美しいヨーロッパヌードを堪能し、丁度中間くらいで次はマッサージ。

「さすがに、マッサージは男女別なはずですよぉ〜マッサージの人は女子ですよぉ〜緊張感から解き放たれますね〜やっと」


   ↓


「・・・・・」


叫び全て不正解でした叫び

私のベッドの1メートルも離れないベッドの横で(超パーソナルスペース内!)、超ガタイのでかい男子が金丸出しでマッサージ中。

仕切りなし。

で、私をマッサージしてくれる人、超マッチョイケメン。

いや、さすがにその人の前はタオル巻いてたけど、この人、タオル巻いてなかったら、風俗やがな・・・


と勝手に、自意識過剰に考えながら、ブラシでゴシゴシ洗われて、マッサージを受ける。


人間不思議なもので、マッサージされてたら、恥ずかしいとか、なくなってきて、


「はぁ〜気持ちかった〜延長〜」となりそうだった。(もちろん延長とかないです・・・)


で、羞恥心が薄れた所で、子ども用プールみたいな浅瀬のお風呂へ。


周りにある彫刻とかがすごく素敵で、天井がフレスコ画で、見とれながら長々入ってたら、最初5人程しかいなくて広々だったのに、男子アジア人の団体が入ってきて、一気に20人程に。

1メートル以内に男子がいる、という、再度、全裸でパーソナルスペースを冒される状況に。

なんか、同じ人種の人に見られるのは、なぜか、すごくはずかしい。

で、アジア人男子たちが出るのを待つが、誰も出ない・・・


→のぼせる→はずかしい→どうしよう→待つ→よりのぼせる


という負のスパイラルへ。

で、「もうえーやん!こいつらに裸、見せつけてやろ!ヤマトパワーみせてやろ!そうしましょ!先輩!この人ら絶対うちらのアラレもない姿みたいんですよっ!先輩、ドMでしょっ!屈辱味わいましょ!」

もう、恥ずかしさにより、すでにおかしくなってますね・・・

で、堂々とサパーッと出てやりましたよ。


「屈辱ぅ〜」といいながら・・・(先輩はドMなので、楽しそうに「くつじょくぅ〜」と言ってた)


で、そのテンションMAXのまま、帰りのバスを乗り間違え、電車に遅れそうになりながら、無事にフランクフルトへ帰る車中へ。


私:「せんぱい、今となっては、良い思い出ですねぇ合格、みんなもうちらの裸見れて喜んでましたよ恋の矢きっと。いちゃつくゲイも初めて見たし目、人生初体験でしたねぇ」


先輩:「ほんまやな〜あんなに金見る事、ないなぁ。一生分の金みたなぁ〜。ヨーロッパ人の金初めて見たけど・・・すごいな・・・」


すみません。最後は下ネタみたいになっちゃいましたけど、

その日、何回、金、と言ったことか・・・あくまでも事実です。


13. 無題
はじめまして。10年前の2003年に、そこへ行ったことがありますが、変わっていないようですね。私は男性ですが、隠さず威風堂々としている白人の若い女性に気押されしました。
fmi 2013-03-15 19:40:15

14. Re:無題
fmiさんも行かれたんですね〜
たしかに白人女性、誰も恥ずかしそうにしてなかった覚えがあります〜中々出来ない体験ですよね〜
旅行大好きクローバー 2013-07-21 01:45:57
http://ameblo.jp/purinnori/entry-11008574927.html


世界の混浴をゆく ヴィースバーデン

Wiesbaden駅に着いたのは18:15。温泉は1.7キロ先にあり、ぶっ飛ばして歩いても18:40くらいにしか着けない。

まず驚いたことが、建物のファサード。

超立派。

建物の中に入るとうっすら湿っぽい。温泉の壁画もある。

喜び勇んでフロントへ。すると磁気ボタンつきリストバンドを渡される。入り口に入ってから1時間ごとに6ユーロという料金体系らしい。とりあえず温泉についての説明を少し受け、いざ出陣。(残念ながらここから先にぼく撮影の写真はありません。ぼくの興奮状態を想像していただければ幸いです。)

で、いきなりである。

ロッカールームからすでに「混」なのである。金髪のお姉さんが、すっぽんぽんでいらっしゃるのである。ここは天国か?

高まる期待。早まる鼓動。そして張り切る下半身。

落ち着け。落ち着け。落ち着け。

勝負はまだ始まったばかりだ。

すっぽんぽんになり、タオルを持ち、シャワーを浴びてから、浴場に向かう。とりあえず全体を見てみる。最初のホールにはバーラウンジがあり、ここで飲食ができるらしい。お金は磁気ボタンに記憶され、最後に清算されるとのこと。次のホールには右手に水風呂、左手にサウナが2部屋。右奥にはスチームサウナと別のサウナ。次のホールには温泉が温度別で2つ。最後にリラックスホールと続く。

ぼくが最初に向かったのはもちろん温泉。タオルをハンガーにかけ、いざ、と思ったところ、推定30台中盤の、チャビーなお姉さんが一糸まとわぬ姿でお風呂から出てくるところとすれ違った。当然目のやり場に困り、焦り、うろたえる。

覚えていることは、髪型がベリーショートだったことと、おっぱいがでかかったことと、アソコの毛がなかったことと、全体的にチャビーなこと。つまり、焦りうろたえながらも、圧倒的な動体視力と集中力を発揮し、全容をしっかり記憶したのである。


続いて隣の部屋の奥のサウナへ。推定40のお姉さんが一糸まとわぬ姿で寝てらっしゃる。はんぱない。

さらにスチームサウナへ。ここではなんと、推定20歳の美しき2人組がいらっしゃる。スチームばかりでほとんど視界がないとはいえ、まじで大迫以上にはんぱない。

早まる鼓動。張り切る下半身。

落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。

なんとか持ちこたえ、別のサウナへ。すると、お風呂ですれ違ったチャビーなお姉さんが一糸まとわぬ姿で寝転んでいる。相当気持ちよいとみえ、いびきまでかいておられる。で、ふとオマタ全開なことに気づく。

早まる鼓動。はじける祈りと激しいリズム。そしてさらに張り切る下半身。

落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。

ドイツの友人に「混浴ツアーに行くんだ」と事前連絡をした際、「下半身興奮させたら変態と思われるからね」とくぎを打たれていた。旅の恥はかき捨てとは言うが、ぼくの股間・・・ではなく沽券に関わる。混浴ごときで興奮するようでは、日本の古き良き入浴文化の復権に全力を尽くす(はずの)ぼくの正義に反する。


ウェブで拾ったWiesbaden。実際はタオルなどゲセワなものは巻いてません。

結局1時間弱の滞在時間、かなり多くの全裸の乙女たちに遭遇した。混浴をめぐる戦いでは、これまでにない圧勝である。

ただ、本当の勝負は自分との戦いであることに気づいたのは言うまでもない。己の集中力とプライドと股間・・・ならぬ沽券に関わる戦いである。こちらは、ひん死の重傷を負いながらなんとか逃げ切ったにすぎない。

温泉とサウナできれいさっぱりした後に、また1.7キロの道のりを歩き、電車に乗り込んだころにはしっかり汗をかいていた。

天女のいる温泉、Wiesbaden。まだまだ修行不足であることを痛感した。

☆☆☆☆☆

Wiesbaden Kaiser Friedrich Therme

訪問日:2013年9月18日(水)19時頃

結果:一糸まとわぬ麗らかな乙女たちに囲まれたぼくは、プライドをズタボロにされた。混浴としては圧倒的な「混」状態。しかし、下心などなくても興奮を抑えるのに必死にならざるをえなかった。混浴大国ドイツ。恐るべし。修行して出直します。
http://urbancatalist.wordpress.com/2013/10/06/%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E6%B7%B7%E6%B5%B4%E3%82%92%E3%82%86%E3%81%8F%EF%BC%92%E3%80%80%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%B3/

合法の極楽浄土〜全裸・混浴ドイツ・スパ初体験〜!! December 26, 2010


その施設の名はClaudius Therme(クラウディウス・テルメ)。ドイツはケルン中央駅からタクシーに乗ること約20分。広大なラインパーク公園の北の一角にその広大なスパ・サウナ施設はあります。ベルギッシュランド地方およびライン川中域の火山活動などその特異な地理的条件から、ここオーデコロン(ケルンの水の意)発祥の地でもあるケルンの街に豊かな源泉が湧き出ています。


とりわけ海外、特にヨーロッパでの温泉は初めてでした。右も左も分からないまま、楽しみ半分心配半分、とにかく入館です。

「2階にはサウナがあるよ」ということで、道中冷えた体を温めに、上の階に行ってみることに。

そこにはなんと、未だ人生で見たことのない、信じがたい光景が眼前に広がったのでした!


プールで戯れる全裸の男女。仲良く裸でジャグジーにつかるカップル。シャワーでクールダウンさせているサウナで発汗した裸体。


物語の世界でしか出会ったことのない、桃源郷の世界が、アダムとイブの世界が、現実の光景として私の眼前に広がっている、その事実。呆然と立ちすくむこと、(決して大げさでなく、感覚的に約)3分。ようやく意識が戻ってくるとともに、水着を着てそこに存在する自分に、逆に恥ずかしさすら感じ始めました。そこで、さっきの第2の更衣室に再び戻り、私も「郷に従う」ことに。水着を脱ぎ捨てるも、捨てきれない羞恥心がバスローブ一枚を纏わせたものの、再びいざ突入。


そこでは、人間を性により分け隔てることはなく、まるで、身にまとった外界の全てを取り除き、真にリラックスした姿で寛ぐ人々。ベンチに身体をあずけて寝そべる者。傍らの足湯で寛ぐ者。バブル・ジャグジーで暖をとる者。最初、あっけにとられてしまった自分を恥ずるくらい、そこには性的な雰囲気など微塵もありません。男女ではなく、人類に近いそんな感覚。次第に目も脳も慣れ、「遠路はるばる来たのだから寛がなくっちゃ」と気持ちも切り替わり、お目当てのサウナに入ってみることに。


扉の内側のこのエリアには、その周囲にいくつもの異なる個室サウナがあります。日本で最もポピュラーなタイプの、階段状の80-90℃のフィンランドサウナ。また、円形タイル張りの、湿度100%、40-50℃のスチームサウナ。変わりどころでは、一見日焼けマシーンのような、ベッド型の機械に横たわり、遠赤外線を浴びるタイプのサウナ(55℃、湿度60%)。別料金ですが、45分の垢すりのような、ボディー・ラビング。どれから入ろうか、迷ってしまうくらいのバラエティー。


とりあえず、広めで既に数人入室している低温サウナに入ってみることに。各サウナの扉の側には必ずフックがかかっていて、皆そこにタオルやバスローブを引っかけて行きます。私も、恥ずかしさとドキドキ感をバスローブと共にフックにかけ置き、いざ入室です。


そこには、既に気持ちよさそうに身体を保湿させた男女が数人、それぞれの体勢で寛いでいます。階段に腰掛けひたすら俯く者。タオルを一面に広げて、寝そべる者。そんな皆に共通しているのは、ドイツ人の気性でしょうか?それとも、真剣にサウナと対峙しているのか?中央の塔から流れ出る流水のせせらぎ以外は、皆、言葉一つ交わさず、静かに沈黙を保ちつつ汗を絞り出しています。


サウナに入室してきた二人は、見た目、自分よりもはるかに年下と思われる、初々しさあふれるカップルでした。

入室するや否や、彼の方は、「考える人」のように俯き加減で物静かに座るかと思えば、その彼女は、タオルを大きく広げ、近くの木枕を手繰り寄せ、仰向けに体を横たえました。もちろん、その体を覆い隠す、羞恥の心もタオルも何もありません。目のやり場に困ると思いつつ気付けば、私を除く周囲の皆はひたむきにリラクゼーションを追及して汗をかくことに集中しています。

その若いカップルも、言葉は一言も交わさず、それぞれ思い思いの体勢で、自らの新陳代謝促進に集中です。初めは視線が泳ぎ、どうして裸の男女が言葉も発することなくこのせまい箱に籠っているのか理解しようと考えを巡らせたのですが、答えなど浮かぶわけもありません。答えを待つより先に、次第に目が、脳が慣れてきたのか、だんだん目の前の光景を事実として受け入れられるようになってきました。恥ずかしさから誘発される汗から、純粋にサウナの熱により誘発される汗へと、次第に変わっていくのでした。

温泉好きを自称していることもあって、数々の温泉、スパ施設をこれまで経験してきました。しかし、ここまで異文化体験を感じることができた温泉に出会ったことはありませんでした。拙文のあまり、その新鮮な驚きがどの程度お伝えできたか分かりませんが、「百聞は一見に如かず!」ドイツ(ケルン以外にも、ドイツにはバーデンバーデンという有名な温泉街もありますよ!)に足を運ぶ機会があったら、ぜひ温泉の
http://loiseaubleutokyo.blogspot.jp/2010/12/blog-post_26.html
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/1009.html#c1

[近代史5] ドイツ政府が海外へのセックス・ツアーを奨励する為に作ったインターネット・サイト Zanzu 中川隆
1. 中川隆[-17354] koaQ7Jey 2021年8月08日 05:29:57 : nuwvXQTCPk : UGxwQzNyckhmQWc=[9]
ドイツ バーデンバーデンで混浴体験 2011-09-08

フランクフルトから、特急電車でハイデルベルクまで行き、そこから普通電車を乗り継ぎ念願の温泉の町「バーデンバーデン」へ

で、混浴は絶対いや、という先輩のために、水着で入れる温泉施設へ

で、日曜日の10時過ぎに着いたのだけど・・・

100人くらい並んでる・・・

そして、水着がないので、売店にいくと、これ着るの、海外だけだよ、っていう色合いのワンピースタイプのものが1万円くらい・・・


外は雨。

「せ、せんぱい、条件、悪すぎません?待つのもしんどいし、

ち、ちょっと、横にある、混浴のとこ見てみましょうよぉ〜」


と、横の「フリートリッヒ浴場」へ


私が調べた資料によると、100年以上前にローマ浴場跡に建設されたらしい。

ドイツ観光局のホームページによると、


「華麗なドーム状の浴場では、芸術性の高いフレスコ画や大理石など、目を楽しませてくれるだけでなく、身体と心を包み込む芳香は肌で感じる装飾です。フリートリッヒ浴場の贅沢で華麗な魅力。」


とある。

「せんぱい、中がすごい、歴史的らしいですよぉ。どうせ混浴っていっても、タオルで前、隠せますよ〜私、まえ鹿児島で混浴入ったけど、タオルで隠したらぜんぜん恥ずかしくなかったですよ〜嫌だったら、すぐ出ましょうよぉ〜」


で、せっかく来たから、という事で先輩のOKをもらい、入場口へ。


そこの入場係のおばちゃんが「どっから来たの?ここ、裸だよ。ミックス入浴だよ。いいの?若い子ちゃん達」みたいな事を言ってくる。


不安を隠しつつ、「OKOKドキドキ」とおばちゃんをかわして中へ。


で、マッサージもできるよ、というので、1000円位多く払ってマッサージ付きに。

で、中へ。


「ひょえ〜〜〜〜〜」


女子も男子も全く隠してないよ。

ってか、タオル持ち込み禁止的な!


私 「先輩私が嫌になってきた〜あんなに嫌がる先輩連れてきてごめん〜」


先輩「もうはいってもたから、仕方ないやん。あけっぴろげにいこ。アジアパワー見せつけよ」


で、あけっぴろげにヨーロッパ人の裸を見ながら、入浴。

ここは、沢山浴場があって、数字がそれぞれ振ってあって、その順番に入り、入り方も何分間、とか決まってる。

その為、途中で脱落、とかしにくい。

でも、最後まで回らなければ損。と、前半を周り、美しいヨーロッパヌードを堪能し、丁度中間くらいで次はマッサージ。

「さすがに、マッサージは男女別なはずですよぉ〜マッサージの人は女子ですよぉ〜緊張感から解き放たれますね〜やっと」


   ↓


「・・・・・」


叫び全て不正解でした叫び

私のベッドの1メートルも離れないベッドの横で(超パーソナルスペース内!)、超ガタイのでかい男子が金丸出しでマッサージ中。

仕切りなし。

で、私をマッサージしてくれる人、超マッチョイケメン。

いや、さすがにその人の前はタオル巻いてたけど、この人、タオル巻いてなかったら、風俗やがな・・・


と勝手に、自意識過剰に考えながら、ブラシでゴシゴシ洗われて、マッサージを受ける。


人間不思議なもので、マッサージされてたら、恥ずかしいとか、なくなってきて、


「はぁ〜気持ちかった〜延長〜」となりそうだった。(もちろん延長とかないです・・・)


で、羞恥心が薄れた所で、子ども用プールみたいな浅瀬のお風呂へ。


周りにある彫刻とかがすごく素敵で、天井がフレスコ画で、見とれながら長々入ってたら、最初5人程しかいなくて広々だったのに、男子アジア人の団体が入ってきて、一気に20人程に。

1メートル以内に男子がいる、という、再度、全裸でパーソナルスペースを冒される状況に。

なんか、同じ人種の人に見られるのは、なぜか、すごくはずかしい。

で、アジア人男子たちが出るのを待つが、誰も出ない・・・


→のぼせる→はずかしい→どうしよう→待つ→よりのぼせる


という負のスパイラルへ。

で、「もうえーやん!こいつらに裸、見せつけてやろ!ヤマトパワーみせてやろ!そうしましょ!先輩!この人ら絶対うちらのアラレもない姿みたいんですよっ!先輩、ドMでしょっ!屈辱味わいましょ!」

もう、恥ずかしさにより、すでにおかしくなってますね・・・

で、堂々とサパーッと出てやりましたよ。


「屈辱ぅ〜」といいながら・・・(先輩はドMなので、楽しそうに「くつじょくぅ〜」と言ってた)


で、そのテンションMAXのまま、帰りのバスを乗り間違え、電車に遅れそうになりながら、無事にフランクフルトへ帰る車中へ。


私:「せんぱい、今となっては、良い思い出ですねぇ合格、みんなもうちらの裸見れて喜んでましたよ恋の矢きっと。いちゃつくゲイも初めて見たし目、人生初体験でしたねぇ」


先輩:「ほんまやな〜あんなに金見る事、ないなぁ。一生分の金みたなぁ〜。ヨーロッパ人の金初めて見たけど・・・すごいな・・・」


すみません。最後は下ネタみたいになっちゃいましたけど、

その日、何回、金、と言ったことか・・・あくまでも事実です。


13. 無題
はじめまして。10年前の2003年に、そこへ行ったことがありますが、変わっていないようですね。私は男性ですが、隠さず威風堂々としている白人の若い女性に気押されしました。
fmi 2013-03-15 19:40:15

14. Re:無題
fmiさんも行かれたんですね〜
たしかに白人女性、誰も恥ずかしそうにしてなかった覚えがあります〜中々出来ない体験ですよね〜
旅行大好きクローバー 2013-07-21 01:45:57
http://ameblo.jp/purinnori/entry-11008574927.html


世界の混浴をゆく ヴィースバーデン

Wiesbaden駅に着いたのは18:15。温泉は1.7キロ先にあり、ぶっ飛ばして歩いても18:40くらいにしか着けない。

まず驚いたことが、建物のファサード。

超立派。

建物の中に入るとうっすら湿っぽい。温泉の壁画もある。

喜び勇んでフロントへ。すると磁気ボタンつきリストバンドを渡される。入り口に入ってから1時間ごとに6ユーロという料金体系らしい。とりあえず温泉についての説明を少し受け、いざ出陣。(残念ながらここから先にぼく撮影の写真はありません。ぼくの興奮状態を想像していただければ幸いです。)

で、いきなりである。

ロッカールームからすでに「混」なのである。金髪のお姉さんが、すっぽんぽんでいらっしゃるのである。ここは天国か?

高まる期待。早まる鼓動。そして張り切る下半身。

落ち着け。落ち着け。落ち着け。

勝負はまだ始まったばかりだ。

すっぽんぽんになり、タオルを持ち、シャワーを浴びてから、浴場に向かう。とりあえず全体を見てみる。最初のホールにはバーラウンジがあり、ここで飲食ができるらしい。お金は磁気ボタンに記憶され、最後に清算されるとのこと。次のホールには右手に水風呂、左手にサウナが2部屋。右奥にはスチームサウナと別のサウナ。次のホールには温泉が温度別で2つ。最後にリラックスホールと続く。

ぼくが最初に向かったのはもちろん温泉。タオルをハンガーにかけ、いざ、と思ったところ、推定30台中盤の、チャビーなお姉さんが一糸まとわぬ姿でお風呂から出てくるところとすれ違った。当然目のやり場に困り、焦り、うろたえる。

覚えていることは、髪型がベリーショートだったことと、おっぱいがでかかったことと、アソコの毛がなかったことと、全体的にチャビーなこと。つまり、焦りうろたえながらも、圧倒的な動体視力と集中力を発揮し、全容をしっかり記憶したのである。


続いて隣の部屋の奥のサウナへ。推定40のお姉さんが一糸まとわぬ姿で寝てらっしゃる。はんぱない。

さらにスチームサウナへ。ここではなんと、推定20歳の美しき2人組がいらっしゃる。スチームばかりでほとんど視界がないとはいえ、まじで大迫以上にはんぱない。

早まる鼓動。張り切る下半身。

落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。

なんとか持ちこたえ、別のサウナへ。すると、お風呂ですれ違ったチャビーなお姉さんが一糸まとわぬ姿で寝転んでいる。相当気持ちよいとみえ、いびきまでかいておられる。で、ふとオマタ全開なことに気づく。

早まる鼓動。はじける祈りと激しいリズム。そしてさらに張り切る下半身。

落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。

ドイツの友人に「混浴ツアーに行くんだ」と事前連絡をした際、「下半身興奮させたら変態と思われるからね」とくぎを打たれていた。旅の恥はかき捨てとは言うが、ぼくの股間・・・ではなく沽券に関わる。混浴ごときで興奮するようでは、日本の古き良き入浴文化の復権に全力を尽くす(はずの)ぼくの正義に反する。


ウェブで拾ったWiesbaden。実際はタオルなどゲセワなものは巻いてません。

結局1時間弱の滞在時間、かなり多くの全裸の乙女たちに遭遇した。混浴をめぐる戦いでは、これまでにない圧勝である。

ただ、本当の勝負は自分との戦いであることに気づいたのは言うまでもない。己の集中力とプライドと股間・・・ならぬ沽券に関わる戦いである。こちらは、ひん死の重傷を負いながらなんとか逃げ切ったにすぎない。

温泉とサウナできれいさっぱりした後に、また1.7キロの道のりを歩き、電車に乗り込んだころにはしっかり汗をかいていた。

天女のいる温泉、Wiesbaden。まだまだ修行不足であることを痛感した。

☆☆☆☆☆

Wiesbaden Kaiser Friedrich Therme

訪問日:2013年9月18日(水)19時頃

結果:一糸まとわぬ麗らかな乙女たちに囲まれたぼくは、プライドをズタボロにされた。混浴としては圧倒的な「混」状態。しかし、下心などなくても興奮を抑えるのに必死にならざるをえなかった。混浴大国ドイツ。恐るべし。修行して出直します。
http://urbancatalist.wordpress.com/2013/10/06/%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E6%B7%B7%E6%B5%B4%E3%82%92%E3%82%86%E3%81%8F%EF%BC%92%E3%80%80%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%B3/

合法の極楽浄土〜全裸・混浴ドイツ・スパ初体験〜!! December 26, 2010


その施設の名はClaudius Therme(クラウディウス・テルメ)。ドイツはケルン中央駅からタクシーに乗ること約20分。広大なラインパーク公園の北の一角にその広大なスパ・サウナ施設はあります。ベルギッシュランド地方およびライン川中域の火山活動などその特異な地理的条件から、ここオーデコロン(ケルンの水の意)発祥の地でもあるケルンの街に豊かな源泉が湧き出ています。


とりわけ海外、特にヨーロッパでの温泉は初めてでした。右も左も分からないまま、楽しみ半分心配半分、とにかく入館です。

「2階にはサウナがあるよ」ということで、道中冷えた体を温めに、上の階に行ってみることに。

そこにはなんと、未だ人生で見たことのない、信じがたい光景が眼前に広がったのでした!


プールで戯れる全裸の男女。仲良く裸でジャグジーにつかるカップル。シャワーでクールダウンさせているサウナで発汗した裸体。


物語の世界でしか出会ったことのない、桃源郷の世界が、アダムとイブの世界が、現実の光景として私の眼前に広がっている、その事実。呆然と立ちすくむこと、(決して大げさでなく、感覚的に約)3分。ようやく意識が戻ってくるとともに、水着を着てそこに存在する自分に、逆に恥ずかしさすら感じ始めました。そこで、さっきの第2の更衣室に再び戻り、私も「郷に従う」ことに。水着を脱ぎ捨てるも、捨てきれない羞恥心がバスローブ一枚を纏わせたものの、再びいざ突入。


そこでは、人間を性により分け隔てることはなく、まるで、身にまとった外界の全てを取り除き、真にリラックスした姿で寛ぐ人々。ベンチに身体をあずけて寝そべる者。傍らの足湯で寛ぐ者。バブル・ジャグジーで暖をとる者。最初、あっけにとられてしまった自分を恥ずるくらい、そこには性的な雰囲気など微塵もありません。男女ではなく、人類に近いそんな感覚。次第に目も脳も慣れ、「遠路はるばる来たのだから寛がなくっちゃ」と気持ちも切り替わり、お目当てのサウナに入ってみることに。


扉の内側のこのエリアには、その周囲にいくつもの異なる個室サウナがあります。日本で最もポピュラーなタイプの、階段状の80-90℃のフィンランドサウナ。また、円形タイル張りの、湿度100%、40-50℃のスチームサウナ。変わりどころでは、一見日焼けマシーンのような、ベッド型の機械に横たわり、遠赤外線を浴びるタイプのサウナ(55℃、湿度60%)。別料金ですが、45分の垢すりのような、ボディー・ラビング。どれから入ろうか、迷ってしまうくらいのバラエティー。


とりあえず、広めで既に数人入室している低温サウナに入ってみることに。各サウナの扉の側には必ずフックがかかっていて、皆そこにタオルやバスローブを引っかけて行きます。私も、恥ずかしさとドキドキ感をバスローブと共にフックにかけ置き、いざ入室です。


そこには、既に気持ちよさそうに身体を保湿させた男女が数人、それぞれの体勢で寛いでいます。階段に腰掛けひたすら俯く者。タオルを一面に広げて、寝そべる者。そんな皆に共通しているのは、ドイツ人の気性でしょうか?それとも、真剣にサウナと対峙しているのか?中央の塔から流れ出る流水のせせらぎ以外は、皆、言葉一つ交わさず、静かに沈黙を保ちつつ汗を絞り出しています。


サウナに入室してきた二人は、見た目、自分よりもはるかに年下と思われる、初々しさあふれるカップルでした。

入室するや否や、彼の方は、「考える人」のように俯き加減で物静かに座るかと思えば、その彼女は、タオルを大きく広げ、近くの木枕を手繰り寄せ、仰向けに体を横たえました。もちろん、その体を覆い隠す、羞恥の心もタオルも何もありません。目のやり場に困ると思いつつ気付けば、私を除く周囲の皆はひたむきにリラクゼーションを追及して汗をかくことに集中しています。

その若いカップルも、言葉は一言も交わさず、それぞれ思い思いの体勢で、自らの新陳代謝促進に集中です。初めは視線が泳ぎ、どうして裸の男女が言葉も発することなくこのせまい箱に籠っているのか理解しようと考えを巡らせたのですが、答えなど浮かぶわけもありません。答えを待つより先に、次第に目が、脳が慣れてきたのか、だんだん目の前の光景を事実として受け入れられるようになってきました。恥ずかしさから誘発される汗から、純粋にサウナの熱により誘発される汗へと、次第に変わっていくのでした。

温泉好きを自称していることもあって、数々の温泉、スパ施設をこれまで経験してきました。しかし、ここまで異文化体験を感じることができた温泉に出会ったことはありませんでした。拙文のあまり、その新鮮な驚きがどの程度お伝えできたか分かりませんが、「百聞は一見に如かず!」ドイツ(ケルン以外にも、ドイツにはバーデンバーデンという有名な温泉街もありますよ!)に足を運ぶ機会があったら、ぜひ温泉の
http://loiseaubleutokyo.blogspot.jp/2010/12/blog-post_26.html
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/1010.html#c1

[近代史6] ドイツ政府が海外へのセックス・ツアーを奨励する為に作ったインターネット・サイト Zanzu 中川隆
1. 中川隆[-17353] koaQ7Jey 2021年8月08日 05:30:30 : nuwvXQTCPk : UGxwQzNyckhmQWc=[10]
ドイツ バーデンバーデンで混浴体験 2011-09-08

フランクフルトから、特急電車でハイデルベルクまで行き、そこから普通電車を乗り継ぎ念願の温泉の町「バーデンバーデン」へ

で、混浴は絶対いや、という先輩のために、水着で入れる温泉施設へ

で、日曜日の10時過ぎに着いたのだけど・・・

100人くらい並んでる・・・

そして、水着がないので、売店にいくと、これ着るの、海外だけだよ、っていう色合いのワンピースタイプのものが1万円くらい・・・


外は雨。

「せ、せんぱい、条件、悪すぎません?待つのもしんどいし、

ち、ちょっと、横にある、混浴のとこ見てみましょうよぉ〜」


と、横の「フリートリッヒ浴場」へ


私が調べた資料によると、100年以上前にローマ浴場跡に建設されたらしい。

ドイツ観光局のホームページによると、


「華麗なドーム状の浴場では、芸術性の高いフレスコ画や大理石など、目を楽しませてくれるだけでなく、身体と心を包み込む芳香は肌で感じる装飾です。フリートリッヒ浴場の贅沢で華麗な魅力。」


とある。

「せんぱい、中がすごい、歴史的らしいですよぉ。どうせ混浴っていっても、タオルで前、隠せますよ〜私、まえ鹿児島で混浴入ったけど、タオルで隠したらぜんぜん恥ずかしくなかったですよ〜嫌だったら、すぐ出ましょうよぉ〜」


で、せっかく来たから、という事で先輩のOKをもらい、入場口へ。


そこの入場係のおばちゃんが「どっから来たの?ここ、裸だよ。ミックス入浴だよ。いいの?若い子ちゃん達」みたいな事を言ってくる。


不安を隠しつつ、「OKOKドキドキ」とおばちゃんをかわして中へ。


で、マッサージもできるよ、というので、1000円位多く払ってマッサージ付きに。

で、中へ。


「ひょえ〜〜〜〜〜」


女子も男子も全く隠してないよ。

ってか、タオル持ち込み禁止的な!


私 「先輩私が嫌になってきた〜あんなに嫌がる先輩連れてきてごめん〜」


先輩「もうはいってもたから、仕方ないやん。あけっぴろげにいこ。アジアパワー見せつけよ」


で、あけっぴろげにヨーロッパ人の裸を見ながら、入浴。

ここは、沢山浴場があって、数字がそれぞれ振ってあって、その順番に入り、入り方も何分間、とか決まってる。

その為、途中で脱落、とかしにくい。

でも、最後まで回らなければ損。と、前半を周り、美しいヨーロッパヌードを堪能し、丁度中間くらいで次はマッサージ。

「さすがに、マッサージは男女別なはずですよぉ〜マッサージの人は女子ですよぉ〜緊張感から解き放たれますね〜やっと」


   ↓


「・・・・・」


叫び全て不正解でした叫び

私のベッドの1メートルも離れないベッドの横で(超パーソナルスペース内!)、超ガタイのでかい男子が金丸出しでマッサージ中。

仕切りなし。

で、私をマッサージしてくれる人、超マッチョイケメン。

いや、さすがにその人の前はタオル巻いてたけど、この人、タオル巻いてなかったら、風俗やがな・・・


と勝手に、自意識過剰に考えながら、ブラシでゴシゴシ洗われて、マッサージを受ける。


人間不思議なもので、マッサージされてたら、恥ずかしいとか、なくなってきて、


「はぁ〜気持ちかった〜延長〜」となりそうだった。(もちろん延長とかないです・・・)


で、羞恥心が薄れた所で、子ども用プールみたいな浅瀬のお風呂へ。


周りにある彫刻とかがすごく素敵で、天井がフレスコ画で、見とれながら長々入ってたら、最初5人程しかいなくて広々だったのに、男子アジア人の団体が入ってきて、一気に20人程に。

1メートル以内に男子がいる、という、再度、全裸でパーソナルスペースを冒される状況に。

なんか、同じ人種の人に見られるのは、なぜか、すごくはずかしい。

で、アジア人男子たちが出るのを待つが、誰も出ない・・・


→のぼせる→はずかしい→どうしよう→待つ→よりのぼせる


という負のスパイラルへ。

で、「もうえーやん!こいつらに裸、見せつけてやろ!ヤマトパワーみせてやろ!そうしましょ!先輩!この人ら絶対うちらのアラレもない姿みたいんですよっ!先輩、ドMでしょっ!屈辱味わいましょ!」

もう、恥ずかしさにより、すでにおかしくなってますね・・・

で、堂々とサパーッと出てやりましたよ。


「屈辱ぅ〜」といいながら・・・(先輩はドMなので、楽しそうに「くつじょくぅ〜」と言ってた)


で、そのテンションMAXのまま、帰りのバスを乗り間違え、電車に遅れそうになりながら、無事にフランクフルトへ帰る車中へ。


私:「せんぱい、今となっては、良い思い出ですねぇ合格、みんなもうちらの裸見れて喜んでましたよ恋の矢きっと。いちゃつくゲイも初めて見たし目、人生初体験でしたねぇ」


先輩:「ほんまやな〜あんなに金見る事、ないなぁ。一生分の金みたなぁ〜。ヨーロッパ人の金初めて見たけど・・・すごいな・・・」


すみません。最後は下ネタみたいになっちゃいましたけど、

その日、何回、金、と言ったことか・・・あくまでも事実です。


13. 無題
はじめまして。10年前の2003年に、そこへ行ったことがありますが、変わっていないようですね。私は男性ですが、隠さず威風堂々としている白人の若い女性に気押されしました。
fmi 2013-03-15 19:40:15

14. Re:無題
fmiさんも行かれたんですね〜
たしかに白人女性、誰も恥ずかしそうにしてなかった覚えがあります〜中々出来ない体験ですよね〜
旅行大好きクローバー 2013-07-21 01:45:57
http://ameblo.jp/purinnori/entry-11008574927.html


世界の混浴をゆく ヴィースバーデン

Wiesbaden駅に着いたのは18:15。温泉は1.7キロ先にあり、ぶっ飛ばして歩いても18:40くらいにしか着けない。

まず驚いたことが、建物のファサード。

超立派。

建物の中に入るとうっすら湿っぽい。温泉の壁画もある。

喜び勇んでフロントへ。すると磁気ボタンつきリストバンドを渡される。入り口に入ってから1時間ごとに6ユーロという料金体系らしい。とりあえず温泉についての説明を少し受け、いざ出陣。(残念ながらここから先にぼく撮影の写真はありません。ぼくの興奮状態を想像していただければ幸いです。)

で、いきなりである。

ロッカールームからすでに「混」なのである。金髪のお姉さんが、すっぽんぽんでいらっしゃるのである。ここは天国か?

高まる期待。早まる鼓動。そして張り切る下半身。

落ち着け。落ち着け。落ち着け。

勝負はまだ始まったばかりだ。

すっぽんぽんになり、タオルを持ち、シャワーを浴びてから、浴場に向かう。とりあえず全体を見てみる。最初のホールにはバーラウンジがあり、ここで飲食ができるらしい。お金は磁気ボタンに記憶され、最後に清算されるとのこと。次のホールには右手に水風呂、左手にサウナが2部屋。右奥にはスチームサウナと別のサウナ。次のホールには温泉が温度別で2つ。最後にリラックスホールと続く。

ぼくが最初に向かったのはもちろん温泉。タオルをハンガーにかけ、いざ、と思ったところ、推定30台中盤の、チャビーなお姉さんが一糸まとわぬ姿でお風呂から出てくるところとすれ違った。当然目のやり場に困り、焦り、うろたえる。

覚えていることは、髪型がベリーショートだったことと、おっぱいがでかかったことと、アソコの毛がなかったことと、全体的にチャビーなこと。つまり、焦りうろたえながらも、圧倒的な動体視力と集中力を発揮し、全容をしっかり記憶したのである。


続いて隣の部屋の奥のサウナへ。推定40のお姉さんが一糸まとわぬ姿で寝てらっしゃる。はんぱない。

さらにスチームサウナへ。ここではなんと、推定20歳の美しき2人組がいらっしゃる。スチームばかりでほとんど視界がないとはいえ、まじで大迫以上にはんぱない。

早まる鼓動。張り切る下半身。

落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。

なんとか持ちこたえ、別のサウナへ。すると、お風呂ですれ違ったチャビーなお姉さんが一糸まとわぬ姿で寝転んでいる。相当気持ちよいとみえ、いびきまでかいておられる。で、ふとオマタ全開なことに気づく。

早まる鼓動。はじける祈りと激しいリズム。そしてさらに張り切る下半身。

落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。

ドイツの友人に「混浴ツアーに行くんだ」と事前連絡をした際、「下半身興奮させたら変態と思われるからね」とくぎを打たれていた。旅の恥はかき捨てとは言うが、ぼくの股間・・・ではなく沽券に関わる。混浴ごときで興奮するようでは、日本の古き良き入浴文化の復権に全力を尽くす(はずの)ぼくの正義に反する。


ウェブで拾ったWiesbaden。実際はタオルなどゲセワなものは巻いてません。

結局1時間弱の滞在時間、かなり多くの全裸の乙女たちに遭遇した。混浴をめぐる戦いでは、これまでにない圧勝である。

ただ、本当の勝負は自分との戦いであることに気づいたのは言うまでもない。己の集中力とプライドと股間・・・ならぬ沽券に関わる戦いである。こちらは、ひん死の重傷を負いながらなんとか逃げ切ったにすぎない。

温泉とサウナできれいさっぱりした後に、また1.7キロの道のりを歩き、電車に乗り込んだころにはしっかり汗をかいていた。

天女のいる温泉、Wiesbaden。まだまだ修行不足であることを痛感した。

☆☆☆☆☆

Wiesbaden Kaiser Friedrich Therme

訪問日:2013年9月18日(水)19時頃

結果:一糸まとわぬ麗らかな乙女たちに囲まれたぼくは、プライドをズタボロにされた。混浴としては圧倒的な「混」状態。しかし、下心などなくても興奮を抑えるのに必死にならざるをえなかった。混浴大国ドイツ。恐るべし。修行して出直します。
http://urbancatalist.wordpress.com/2013/10/06/%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E6%B7%B7%E6%B5%B4%E3%82%92%E3%82%86%E3%81%8F%EF%BC%92%E3%80%80%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%B3/

合法の極楽浄土〜全裸・混浴ドイツ・スパ初体験〜!! December 26, 2010

その施設の名はClaudius Therme(クラウディウス・テルメ)。ドイツはケルン中央駅からタクシーに乗ること約20分。広大なラインパーク公園の北の一角にその広大なスパ・サウナ施設はあります。ベルギッシュランド地方およびライン川中域の火山活動などその特異な地理的条件から、ここオーデコロン(ケルンの水の意)発祥の地でもあるケルンの街に豊かな源泉が湧き出ています。


とりわけ海外、特にヨーロッパでの温泉は初めてでした。右も左も分からないまま、楽しみ半分心配半分、とにかく入館です。

「2階にはサウナがあるよ」ということで、道中冷えた体を温めに、上の階に行ってみることに。

そこにはなんと、未だ人生で見たことのない、信じがたい光景が眼前に広がったのでした!


プールで戯れる全裸の男女。仲良く裸でジャグジーにつかるカップル。シャワーでクールダウンさせているサウナで発汗した裸体。


物語の世界でしか出会ったことのない、桃源郷の世界が、アダムとイブの世界が、現実の光景として私の眼前に広がっている、その事実。呆然と立ちすくむこと、(決して大げさでなく、感覚的に約)3分。ようやく意識が戻ってくるとともに、水着を着てそこに存在する自分に、逆に恥ずかしさすら感じ始めました。そこで、さっきの第2の更衣室に再び戻り、私も「郷に従う」ことに。水着を脱ぎ捨てるも、捨てきれない羞恥心がバスローブ一枚を纏わせたものの、再びいざ突入。


そこでは、人間を性により分け隔てることはなく、まるで、身にまとった外界の全てを取り除き、真にリラックスした姿で寛ぐ人々。ベンチに身体をあずけて寝そべる者。傍らの足湯で寛ぐ者。バブル・ジャグジーで暖をとる者。最初、あっけにとられてしまった自分を恥ずるくらい、そこには性的な雰囲気など微塵もありません。男女ではなく、人類に近いそんな感覚。次第に目も脳も慣れ、「遠路はるばる来たのだから寛がなくっちゃ」と気持ちも切り替わり、お目当てのサウナに入ってみることに。


扉の内側のこのエリアには、その周囲にいくつもの異なる個室サウナがあります。日本で最もポピュラーなタイプの、階段状の80-90℃のフィンランドサウナ。また、円形タイル張りの、湿度100%、40-50℃のスチームサウナ。変わりどころでは、一見日焼けマシーンのような、ベッド型の機械に横たわり、遠赤外線を浴びるタイプのサウナ(55℃、湿度60%)。別料金ですが、45分の垢すりのような、ボディー・ラビング。どれから入ろうか、迷ってしまうくらいのバラエティー。


とりあえず、広めで既に数人入室している低温サウナに入ってみることに。各サウナの扉の側には必ずフックがかかっていて、皆そこにタオルやバスローブを引っかけて行きます。私も、恥ずかしさとドキドキ感をバスローブと共にフックにかけ置き、いざ入室です。


そこには、既に気持ちよさそうに身体を保湿させた男女が数人、それぞれの体勢で寛いでいます。階段に腰掛けひたすら俯く者。タオルを一面に広げて、寝そべる者。そんな皆に共通しているのは、ドイツ人の気性でしょうか?それとも、真剣にサウナと対峙しているのか?中央の塔から流れ出る流水のせせらぎ以外は、皆、言葉一つ交わさず、静かに沈黙を保ちつつ汗を絞り出しています。


サウナに入室してきた二人は、見た目、自分よりもはるかに年下と思われる、初々しさあふれるカップルでした。

入室するや否や、彼の方は、「考える人」のように俯き加減で物静かに座るかと思えば、その彼女は、タオルを大きく広げ、近くの木枕を手繰り寄せ、仰向けに体を横たえました。もちろん、その体を覆い隠す、羞恥の心もタオルも何もありません。目のやり場に困ると思いつつ気付けば、私を除く周囲の皆はひたむきにリラクゼーションを追及して汗をかくことに集中しています。

その若いカップルも、言葉は一言も交わさず、それぞれ思い思いの体勢で、自らの新陳代謝促進に集中です。初めは視線が泳ぎ、どうして裸の男女が言葉も発することなくこのせまい箱に籠っているのか理解しようと考えを巡らせたのですが、答えなど浮かぶわけもありません。答えを待つより先に、次第に目が、脳が慣れてきたのか、だんだん目の前の光景を事実として受け入れられるようになってきました。恥ずかしさから誘発される汗から、純粋にサウナの熱により誘発される汗へと、次第に変わっていくのでした。

温泉好きを自称していることもあって、数々の温泉、スパ施設をこれまで経験してきました。しかし、ここまで異文化体験を感じることができた温泉に出会ったことはありませんでした。拙文のあまり、その新鮮な驚きがどの程度お伝えできたか分かりませんが、「百聞は一見に如かず!」ドイツ(ケルン以外にも、ドイツにはバーデンバーデンという有名な温泉街もありますよ!)に足を運ぶ機会があったら、ぜひ温泉の
http://loiseaubleutokyo.blogspot.jp/2010/12/blog-post_26.html
http://www.asyura2.com/21/reki6/msg/264.html#c1

[近代史4] 売国政治家列伝 _ 小泉進次郎 中川隆
3. 中川隆[-17352] koaQ7Jey 2021年8月08日 06:48:47 : nuwvXQTCPk : UGxwQzNyckhmQWc=[11]

2021年08月07日
進次郎は「人質」だった / 悪魔の巣窟コロンビア大学
肩書・学歴のみを重視する日本人
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68867197.html


Koizumi Shinjiro 001Koizumi Juniciro 002Koizumi Junya 1Koizumi Matajiro

(左 : 小泉進次郎 / 父親の小泉純一郎 / 祖父の小泉純也 / 右 : 曾祖父の小泉又次郎 )

  日本人は平等思想を好むが、その裏で学歴や家系を非常に尊ぶ。確かに、我が国は民族的同質性が極めて高く、西歐的な階級社会とは程遠い。だから、善悪は別にして、何らかの「差別」が必要になってくる。人間は平等を愛していても、時折、他者との違いを求め、どちらが優位なのかを知りたくなる。とりわけ、日本人は全国何処にいっても似たり寄ったりの顔つきで、貧富の格差も少ないから、より一層色々な「格付け」に興味を抱く。天皇陛下の目から見れば、百姓でも将軍でも「同じ日本国民、陛下の赤子」だから、日本は稀に見る平等社会なんだけど、ちょっとだけ「序列」をつけて「差別」わ楽しみたくなる。日本人が学校の試験とかスポーツの競技に夢中になるのは、ランキングの刺戟を求めているからだろう。

Arleigh Burke 221(左 / アーレイ・バーク )
  最近発売された『週刊新潮』の記事によれば、小泉進次郎は「親爺の人脈」や「特別待遇」とやらで、コロンビア大学の大学院や、世界的に知られるCSIS(戦略国際問題研究所)に入ったそうだ。ちなみに、この「CSIS(Center for Strategic and International Studies)」というのは、1962年、ジョージタウン大学に創設されたシンクタンクのことで、主導者は合衆国海軍の高名な提督たるアーレイ・バーク(Arleigh A. Burke)と、レーガン大統領の特別補佐官を務め、国務省勤務からNATO大使になったデイヴィッド・マンカー・アブシャー(David Manker Abshire)である。国家論や軍事・外政を勉強している者にとって、有力者が集まるCSISは馴染みが深く、「フーバー研究所」や「ケイトー研究所」、「ヘリテージ研究所」と肩を並べるシンクタンクだ。一般国民だとバーク提督を知らない人もいるだろうが、テレビやラジオの番組でミサイル駆逐艦(イージス艦)「USSアーレイ・バーク」の名を聞いたことはあるんじゃないか。

  気候変動サミットに参加した進次郎は、「セクシー発言」で注目を集め、「ポエム的発想」で話題となった環境大臣だけど、その英語力は留学経験で磨かれていた。2004進次郎は年に関東学院大学を卒業し、父親(純一郎)の「後押し」で難関のコロンビア大学院に入ったそうだ。しかし、その「入学」には関東学院大学の教授と国際関係学研究所の天川由記子(あまかわ・ゆきこ)所長が絡んでいたという。母校の教授は小泉家からの接触を受け、コロンビアに行きたい進次郎の希望をどうしたらよいのかと悩んだらしい。そこで、知り合いの天川に相談してアドバイスを求めたから、今回の暴露記事になったそうだ。進次郎はコロンビア大学で日本の政治を専門にするジェラルド・カーティス(Gerald Curtis)教授のもとで学びたかったそうで、父親の純ちゃんも息子の願いを叶えたかったらしい。まぁ、藝人の「なべおさみ(渡辺修三)」も息子の「やかん(渡辺心)」を明治大学に入れたく、お金を使って替え玉受験をさせたから、どこの業界にも子煩悩な親はいるものだ。

Gerald Curtis 1Gerald Curtis 443(左 : ジェラルド・カーティス / 右 : 小泉総理と一緒のカーティス教授)
  一方、カーティス教授は日本のメディアにも度々登場した学者なので、「ああ、昔、TBSやテレ朝に時々出ていたアメリカ人教授かぁ〜」と覚えている日本人も多いだろう。カーティス教授もYKK(小泉、加藤紘一、山崎拓)とは顔馴染みだから、純ちゃんの「お願い」を聞き入れた可能性は高い。ここでは直接関係ないけど、カーティス教授の素性は知られておらず、どんな民族性なのか興味がある。

  米国人で日本の事を勉強する人にはユダヤ人が多く、合衆国陸軍で対日情報を扱っていたハーバット・パッシン(Herbert Passin)はコロンビア大学のユダヤ人教授であったし、合衆国海軍に属していたエドワード・サイデンステッカー(Edward George Seidensticker)は、カトリック信徒になったドイツ系ユダヤ人のアメリカ人。戦後、上智大学の教授となり、源氏物語を英訳したことで有名だ。モルガン・スタンレーMUFGの日本担当アナリストであったロバート・フェルドマン(Robert Alan Feldman)は、テレビ東京の「ワールド・サテライト・ニュース」に出演したり、政府の諮問委員会に参加したことで有名なユダヤ系アメリカ人である。現在は、東京理科大学で客員教授を務めているそうだ。日本に活動の場を移したマーティー・フリードマン(Marty Friedman)は、人気ロックバンド「メガデス」の元ギターリストで、流暢な日本語を話すユダヤ系アメリカ人。おそらく、歌手の相川七瀬を支持するファンや「タモリ倶楽部」の視聴者なら、フリードマンを知っているだろう。カーティス教授は、一体どんなアメリカ人なのか?

Herbert Passin 111Edward Seidensticker 111Robert Feldman 111Marty Friedman 001

(左 : ハーバット・パッシン / エドワード・サイデンステッカー / ロバート・フェルドマン / 右 : マーティー・フリードマン )

  それはともかく、肝心な問題は、進次郎の学力と英語力の方だ。中堅の関東学院でも「優等生」なら米国への留学も可能だが、進次郎の成績は「平均的」だったというから、卒業時の進次郎ではコロンビア大学への留学は極めて困難。(『週刊新潮』 2021年8月12・19日夏期特大号、p.153.) そもそも、留学の前提となる語学力(TOEFLの点数)だって「凡庸」であったというから、進次郎の留学計画は最初から破綻していたのかも知れない。ちなみに、この「TOEFLE」とは外人留学生に課せられる英語試験で、今は形式が違うけど、昔は満点が677点で、有名校だと最低でも620点から630点くらいは要求されたものである。

  その他、高校から学部への入学だと英語と数学によるSATという試験が課せられ、大学院への進学ならGREという難しい試験を受けなければならない。SATの方は簡単な数学と、ちょっと難しい英語の読解程度だから、日本人でも頑張れば合格点を取れる。しかし、TOEFLで躓く進次郎となれば、GREで合格点を取るのは不可能に近い。進次郎よりも前の世代だと、留学を希望する日本人は過去の試験を参考にしたTOEFLの問題集やGREの解説書を購入して勉強したものだ。(一般的に受験勉強はつまらないけど、日本人にとって英語で質問される数学の試験は新鮮だ。日本の学校に通っていると、理科や数学を英語の参考書で勉強する人は滅多にいないから。)

Victor Cha 001(左 / ヴィクター・チャ )
  話を戻す。相談を受けた天川氏は、面識のあるマイケル・グリーン(Michael Green)氏に連絡を取ったそうだ。「ジャパン・ハンドラー」として有名なグリーン氏は、ブッシュ政権で国家安全保障会議(NSC)に属し、大統領特別補佐官に就いた人物である。それゆえ、日本の総理から内々に「お願い事」を打診されれば、「一肌脱いでやるか !」と気張っても不思議じゃない。グリーン氏は早速NSCのヴィクター・チャ(Victor Cha / ブッシュ政権で北鮮問題を担当した補佐官)を紹介し、チャ氏に対しては「父親の跡継ぎだから、小泉家の御曹司を面倒見てね !」と頼んだらしい。そこで、チャ氏は小論文や推薦状で進次郎が政治家になりたい旨を強調するよう、天川氏に伝えたそうである。(上掲記事 p.154.)

  このアドバイスが功を奏したのか、進次郎は条件付きで合格となった。ただし、TOEFLのスコアが600点に達するまで、大学内の英語講座を受けるよう指示されたそうだ。まぁ、勉強するために渡米したんだからいいんだけど、これって、何となく「胡散臭い入学」に思えてくる。それなら、堂々と寄付金を払って正門から入学すればいいじゃないか。

Michael Green 11(左 / マイケル・グリーン )
  新潮の記事によると、進次郎は睡眠時間を削って猛勉強し、コロンビア大で修士号を取れたという。しかし、驚くのは、その後の就職先である。何と、出来損ないの進次郎は、世界的に有名なCSISに就職できたのだ。モノマネ藝人の梅小鉢さんじゃないけど、「へぇぇぇ〜」と叫びたくなる。これは、いくら何でも八百長だろう。CSISの研究員とかスタッフといったら、英語を得意とするアメリカ人やカナダ人にとっても「狭き門」であるのに、そこへ凡庸な進次郎が就職できたなんて奇蹟だ。まるで、小室圭の留学みたいだぞ。マイケル・グリーンによれば、ジェラルド・カーティスの「口利き」で進次郎の「CSIS入り」が実現したそうだが、天川氏には不可解であったらしい。彼女がグリーン氏と会った時、よく進次郎は博士号も無いのにCSISに採用されましたね、と尋ねたら、グリーン氏はニヤッと笑って「人質だよ」と答えたそうだ。(上掲記事 p.155.)

  この会話を聞いた大抵の日本人は、背中に戦慄を感じるというよりも、恐怖と落胆、困惑、心配、不安が入り交じった感情を抱くはずだ。愛国者や神経質な人だと、無意識的に膝から崩れ落ちてしまうだろう。そして、「あぁぁ〜、こんな奴が未来の総理大臣かぁ〜。いったい日本の運命は、どうなるんだ?」と嘆くに違いない。アメリカのエスタブリッシュメントは、裏庭の衛星国や間抜けな後進国を間接的に支配するため、現地で権力を振るう酋長の息子や土豪の娘を米国の教育機関に招き、将来の買弁にしようと考える。日本は米国の属州だから、小泉家の跡継ぎは、何年か先の「支店長」と見なされてもおかしくはない。グリーン氏は茶目っ気たっぷりに「人質だよ !」と控えめに述べていたが、実質的には「操り人形の調教」に違いない。つまり、今のところは、この馬鹿息子をチヤホヤ持ち上げて「アメリカ通」にしてやり、何年後かには「飼い犬」に戻して、アメリカの無茶な要求を次々と承諾させるつもりなんだろう。しかし、「小泉劇場シーズン2」に夢中な日本人は、こうした裏事情には気づかず、地上波テレビの宣伝ばかりを鵜呑みにする。たぶん、巷のオバちゃん達は、永田町の歌舞伎役者に惚れ込み、進次郎がどんなヘマをしようが「進ちゃ〜ん、頑張ってぇぇ〜」と励ますんじゃないか。彼の横に滝川クリステルが居れば鬼に金棒で、石原裕次郎と浅丘ルリ子の再来に思えてくる。

フランクフルトの牙城はコロンビア大学に移った

  学歴重視の日本人は、大学のランキングや試験の難易度ばかりに目を奪われてしまい、教室の中でどんな授業が行われ、如何なる卒業生が輩出されるのかを無視する。元々、学問の質や人材育成に無関心な大衆は、自分の尻や子供の腕に名門大学の烙印(ブランド)が焼き付けられれば、それで万々歳。脳味噌が真っ赤になったり、ツムジが左巻きになってもお構いなし。卒業大学の「評判」が自分の「評価」に変換されればOKなんだから。大学は食堂と大違い。民間のレストランは、たとえミシュランの星を4つ貰っても、客に出す料理が不味ければ世間の評判はガタ落ちだ。しかも、近所にライバル店が現れ、客がそちらに流れてしまえば、やがて閉店となる。東京大学や京都大学の学食で、ウンコ入りのカレーを出したら大騒動になるけど、法学部や教育学部、経済学部では問題無し。学生のオツムは鈍感となり、健康なクルクルパーにされているから、味の違いなんか判らない。

  一般の日本人は「アイヴィーリーグの一つである名門のコロンビア大学」と耳にすれば、即在に「凄いなぁぁ〜、英語力が相当高い人じゃないと入れないんだぁ〜」と溜息をつく。しかし、ちょっと正常で保守的なアメリカ人だと、「なんだ、あんな大学 !」と呟いて、「俺なら真っ平御免だ !」と吐き捨てる。多少アメリカに詳しい日本人だと、「ズビグニュー・ブレジンスキーやヘンリー・キッシンジャーが教えていた大学だよなぁ〜」とか、「オバマが編入した大学だ」と述べるだろう。でも、「フランクフルト学派のユダヤ人が移り住んだ、赤い悪魔の巣窟」と評する日本人は極めて少ない。何しろ、「フランクフルト学派って何?」と訊いてくる日本人が大半なんだから。(フランクフルト学派については、別の機会で具体的に述べたい。)

  フランクフルト学派のユダヤ人がコロンビア大学に移ってきた理由は様々あるけど、コロンビア大学にも受け容れる“素地”があったのは確かだ。1920年代後半から1930年代にかけて、コロンビア大学の社会学部は凋落の危機に瀕していた。当時は不況の波もあったから、思ったように研究費は支給されなかったし、気前の良い旦那衆はそうそう現れるものではない。コロンビア大学はシカゴ大学を創ったロックフェラー財団のような庇護者を持っていなかったから、世間の関心を集める講座やプログラムを実行できなかった。しかし、社会学部には後に社会学の業界で大御所となるロバート・マッキヴァー(Robert Morrison MacIver)教授がいたし、有名な社会学者のロバート・リンド(Robert Staughton Lynd)も雇われていた。このリンド教授は女房のヘレン(Helen Lynd / 旧姓 : Mirrell)と一緒に『Middletown』を書いて出版し、一躍世間の脚光を浴びた人物。しかし、この夫婦は共産主義に親近感を抱く学者カップルであったから、1950年代のマッーカーシー時代になると「赤狩り」のターゲットになってしまった。もっとも、リンド教授自身は「コミュニスト」じゃく「リベラル派」を名乗り、容疑の火消しに躍起だった。でも、本当は“マルキストもどき”のクリムゾン・リベラルだったりして・・・。

Robert MacIver 1Robert Lynd 1Helen Mirrell Lynd 01


(左 : ロバート・マッキヴァー / 中央 : ロバート・リンド / 右 : ヘレン・ミレル・リンド )

  コロンビア大学とフランクフルト学派を結び附ける「仲人」は幾人かいて、その内の一人が、ルイス・ローウィン(Lewis Lorwin)という社会学を専攻する知識人であった。彼の本名はルイス・リヴァイン(Louis Levitski Levine)といい、キエフ生まれのユダヤ人。根無し草のユダヤ人らしく、彼の家族はヨーロッパ各地をうろつき、息子のルイスはロシア、スイス、フランスなどで教育を受けた。その後、大学へ進もうとしたルイスは、米国のコロンビア大学に入って博士号(社会学のPhD)を取得する。彼はほんの少しだけウェスリー・カレッジや母校で教鞭を執るが、後にモンタナ大学へと移った。しかし、根っからの左翼であるから、モンタナ州の労働問題に首を突っ込み、地元で絶大な影響力を持つアナコンダ鉱山会社(Anaconda Copper Mining Company)を批判したという。何しろ、ユダヤ人左翼は資本家や大企業が不倶戴天の敵だから、巨大企業による搾取や税金逃れを見逃すことはできない。ローウィンは会社の不正を指摘し、そこの経営陣や地元の政治家、さらには大学のお偉方と一悶着を起こしたらしい。その結果、エドワード・エリオット学長から停職処分を受け、三年間の教員生活に終止符を打つことになった。(詳しい経緯は、Arnon Gutfeld, 'A Russian Jew Named Levine', Michael : On the History of the Jews in the Diaspora, 1975.を参照。)

  この事件で刮目すべきは、当時の西歐系アメリカ人がユダヤ人を「厄介者」とか「脅威」と見なしていたことだ。アーノン・ガットフェルドによれば以下の通り。

  1919年の愛国者達は、「外国人の過激な行動(foreign radicalism)」に最大の脅威を見出していた。ユダヤ人というのが、この脅威に関して、最も目につく、現実的な具体例となった。この見解は移民反対論者を支援することになる。移民に反対する人々は、どのユダヤ人も過激な社会主義軍団にリクルートされる可能性を秘めている、と警告したのだ。そして、ユダヤ人の過激派どもは世界革命をもたらし、アメリカの政治・経済システムを破壊する要因である、とも述べていた。そして、「ボルシェビキはユダヤ人の運動である」という考えは、アメリカ中に広がっていく。多くの点で、こうした「赤の恐怖(red scare)」時代は、1920年代における反ユダヤ主義の道を舗装することになった。反ユダヤ主義は色々な形をとり、時には露骨で騒がしく、またある時には、潜在的で目に見えないものである。リヴァイン事件はこの両方の形をとっていた。(上掲記事、p.216.)

  「リヴァイン」から「ローウィン」に改名したユダヤ人学者は、被服業界の国際労働組織に雇われ、労働問題の専門家となった。さらに、ローウィンは有名な「ブルッキングス研究所(Brookings Institution)」の研究員となる。これは如何にもユダヤ人らしい転職だが、ブルッキングス研究所に雇われたローウィンは、やがて別のユダヤ人と接触し、フランクフルト学派の盟友となってしまう。

  「類は友を呼ぶ」というのはユダヤ人社会にも当て嵌まるようで、ローウィンが出版した本の書評には、ジュリアン・グンペルツ(Julian Gumperz)という社会学者が名を連ねていた。このグンペルツはローウィンを高く評価するマルキストで、後にマックス・ホルクハイマー(Max Horkheimer)の後輩となる。フランクフルト学派の仲間になたローウィンは、これまた上層中流階級の家庭に生まれたユダヤ人。彼はフランクフルト学派の連中とソックリだ。創設メンバーのフェリックス・ワイル(Felix Weil)は、裕福な家庭に育ち、彼の父親であるヘルマン・ワイル(Hermann Weil)は、アルゼンチンで成功した穀物商人であった。フランクフルトで育ったレオ・ローウェンタール(Leo Lowenthal)は、同化したユダヤ人医者の息子だし、藝術面で批判論を展開したテオドール・アドルノ(Theodor Wiersengrund Adorno)は、ワイン販売で儲けた父親を持つ。ヘルベルト・マルクーゼ(Herbert Marcuse)もドイツの上層中流階級に生まれ、父親のカール(Carl)は裕福なユダヤ人ビジネスマンだった。

Felix Weil 001Leo Lowenthal 1111Theodor Adorno 21Herbert Marcuse 001


(左 : フェリックス・ワイル / レオ・ローウェンタール / テオドール・アドルノ / 右 : ヘルベルト・マルクーゼ )

  脱線したので話を戻す。グンペルスはマルクス主義を学ぶためにドイツへ渡り、フェリクス・ワイルが主宰する「マルキスト学習週間」という講座に参加したという。(Thomas Wheatland , The Frankfurt School in Exile , Minneapolis : University of Minnesota Press, 2009, p.45.) ちなみに、フェリクスの父親であるヘルマン・ワイルがフランクフルト学派創設のスポンサーである。当初、フランクフルト大学の運営者は、スポンサーの恩恵に報いるため、「フェリクス・ワイル社会研究所」という名称にしようと提案したが、これはワイルの方が断ったらしい。そこで、西歐社会を破壊しようと目論むユダヤ人どもは、科学的学問としてマルクス主義を確立し、この偉大なる思想に貢献しようと考え、単に「社会研究所(Institut fürSozialforschung)」と呼ぶことにした。(マーティン・ジェイ 『弁証法的想像力』 荒川幾男 訳、みすず書房、1975年、 p.7.)

  ハイデルベルク大学で博士号を取ったグンペルツは、「研究所」のリサーチ・スタッフとなり、フランクフルト学派の創設メンバーであるフリードリッヒ・ポロックのアシスタントになったそうだ。しかし、研究所でホルクハイマーの助手という地位に不満を感じたグンペルツは転職を考え、ルイス・ローウィンに手紙を書いてブルッキングス研究所に勤めようと試みた。ところが、ホルクハイマーからの推薦状をもらっても、ブルッキングスには採用されず、悲嘆の日々を過ごすことになる。確かに、この不採用には落胆したが、グンペルツはめげずに別の道を模索し、アメリカでの人脈を広げつつ、社会学や心理学で著名な学者と顔見知りになった。

  ついでに言えば、グンペルツの私生活も酷かった。ユダヤ人の左翼学者だから仕方ないけど、彼が結婚したヘーデ・テューン(Hede Tune / Hedwig Tune)という女優であった。ただし、彼女は結婚を機に共産主義者となり、「レッドベッド(Redhead)」というコードネームを持つソ連のスパイになった。ヘーデはポーランド人の父親とオーストリア人の母親との間に生まれた非ユダヤ人。ウィーンでそだった少女は普通に成長したが、高校生の時にジャーナリストで作家のカール・クラウス(Karl Kraus)に魅了され、文学の世界に没頭した。ところが、ノーベル文学賞に何度もノミネートされたクラウスは、これまたヨーロッパに住み着くユダヤ人。彼は日本の左翼学者の間で人気が高く、あの赤い法政大学出版から著作集が出ている。ホント、日本の出版社は西洋の赤色分子が大好き。そして、「ヨーロッパの知識人」として紹介する学者が、実はヨーロッパ人のフリをするユダヤ人なんだからタチが悪い。翻訳者は原作者の素性を曖昧にせず、ちゃんと原作者の血筋や人脈を解説すべきだ。

Karl Kraus 001Hede Massing 11Gerhart Eisler 2234

(左 : カール・クラウス / 中央 : ヘーデ・テューン / 右 : ゲルハルト・アイズナー )

  ハリウッド女優のエリザベス・テイラーじゃないけど、ヘーデも離婚や再婚を繰り返し、その都度「ラスト・ネーム」を変えていた。最初の亭主はゲルハルト・アイズナー(Gerhart Eisner)で、ドイツ・オーストリアの共産党に属するユダヤ人であった。彼の母親は非ユダヤ人であったけど、父親のルドルフ・アイズナーがオーストリア出身のユダヤ人であったから、血統的にはドイツに住み着くユダヤ人。父親のルドルフは哲学を専攻する大学教授であったというから、典型的なユダヤ人の左翼家庭である。ゲルハルトの導きにより、ヘーデはベルリンにあるドイツ共産党に入ってしまう。その後二人は離婚し、ヘーデはジュリアン・グンペルツと再婚するが、この夫も共産党に共鳴する極左分子だった。二人は米国のNYへ移り住むが、やがてジュリアンはフランクフルトへ留学し、再婚カップルは破局を迎える。三番目の亭主となるのは、ドイツ人社会学者のポール・マッシング(Paul Wilhelm Massing)で、彼もドイツの共産党(KPD)に属する左翼活動家であった。この時期、ヘーデはあのリヒャルト・ゾルゲ(Richard Sorge)に勧誘され、イグナス・レース(Ignace Reiss)のもとで動くソ連のスパイになってしまった。

Paul Lazarsfeld 1Sophie Lazarsfeld 01Alfred Adler 1


(左 : ポール・ラザースフェルト / 中央 : ゾフィー・ラザースフェルト / 右 : アルフレート・アドラー )

  もう一人、フランクフルト学派の仲人になったと考えられるのは、有名な社会学者のポール・ラザースフェルト(Paul Lazarsfeld)である。彼はウィーンのユダヤ人家庭に生まれた移民で、元々は数学で博士号を取った研究者で、次第に社会科学に興味を示した転向組だ。彼が大衆心理の研究を始めたのは、母親の影響があるのかも知れない。母のゾフィー・ラザースフェルト(Sofie Munk / Sophie Lazarsfeld)はセラピストで、彼女は精神治療を専門とする心理学者のアルフレート・アドラー(Alfred Adler)の弟子であった。このアドラーもオーストリアに住み着くハンガリー・チェコ系のユダヤ人で、彼の「個人心理学(Individualpsychologie)」は日本でもよく知られている。

  ラザースフェルドの才能を見出したロックフェラー財団は、このユダヤ人学者をアメリカに招き、これから発展するコミュニケーション媒体の研究を任せることにした。米国での生活を決めたラザースフェルドは、当時普及し始めたラジオの影響や、その宣伝力に着目し、新たな媒体が大衆に及ぼす効果を研究した。日本人でも心理戦を勉強する人は、ラザースフェルドと協力関係にあったハドリー・カントリール(Albert Hadley Cantril, Jr.)や、ユダヤ人社会学者のエリュー・カッツ(Elihu Katz)の名を知っているはずだ。マスメディアの影響力を研究していたラザースフェルドが、社会学の教授達と顔見知りであっても不思議じゃないし、事実、彼はコロンビア大学で「応用社会科学研究所(Bureau of Applied Social Science)」を創設していたのである。

  ホルクハイマー率いるフランクフルト学派がコロンビア大学に移籍できたのは、ロバート・リンドやルイス・ローウィン、ロバート・マッキヴァー、ジュリアン・グンペルツ等が奔走してくれたこともあるが、コロンビア大のニコラス・マレー・バトラー(Nicholas Murray Butler)学長が理解を示してくれたことも大きかった。そして、この大学には日本でも有名なジョン・デューイ(John Dewey)が盤踞していたから、極左の社会主義者や隠れ共産主義者が繁殖したのも当然だ。デューイの弟子で、後に保守派へと転向したシドニー・フック(Sidney Hook)によれば、彼の師匠はマルクスに批判的だが、心の何処かで共産主義に共鳴しており、社会改革にとても熱心な社会主義者であったらしい。事実、デューイは有名な黒人団体であるNAACPの初期メンバーであったし、極左人権団体のACLUの創設者でもあった。一般の日本人は学校の先生から聞いていないけど、デューイは1928年にソ連を旅行し、共産党にもシンパシーを持っていたからFBIの監視対象になっていたのだ。(John A. Beineke, 'The Investigation of John Dewey by the FBI', Educational Theory, Vol. 37, 1987, p.43.)

Max Horkheimer 199921Nicholas Murray Butler 1111Sidney Hook 222John Dewey 22121


(左 : マックス・ホルクハイマー / ニコラス・マレー・バトラー / シドニー・フック / 右 : ジョン・デューイ )

  日本でもそうだけど、歐米諸国で社会学を専攻する学者には、密かなマルキストや心情的な共産主義者が結構多い。共産党とは距離を置く知識人でも油断はできず、別路線の共産主義を目指す者かも知れないし、「リベラル派」を看板にするピンク左翼という場合もある。国立大学や私立大学にも、共産党に入らずに共産主義革命を模索する赤色細胞がウジャウジャいるし、社会主義や共産主義の理論を用いて西歐社会を破壊したいと願うアナーキストも少なくない。日教組の教師は滅多に口にしないが、天才的物理学者のアルベルト・アインシュタインや国連で人権活動をしていたエレノア・ローズヴェルトは、NAACPの創設メンバーで、あからさまな共産主義者ではないが、心の底で西歐社会を憎む左翼分子であった。

Friedrich Pollock 1443Eleanor Roosevelt 333Albert Einstein 1Karl Mannheim 221


(左 : フリードリッヒ・ポロック / エレノア・ローズヴェルト / アルベルト・アインシュタイン / 右 : カール・マンハイム)

  日本でも昔は「進歩的知識人」が流行しており、今では残骸しか生きていないが、敗戦後30年くらいは、左翼の黄金時代であった。文系・理系を問わず、大学には反日分子や様々なタイプのマルキストが溢れていたのだ。例えば、東大教授から法政大学の学長にまでなった大内兵衛は、筋金入りのマルキスト学者で、その専攻分野は経済学であった。東大の総長を務めた経済学者の大河内一男は、『赤旗』に寄稿する反戦論者であったし、内村鑑三の赤い弟子であった大塚久雄は、これといった業績が無く、社会学の泰斗であるマックス・ウェバー(Max Weber)の『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を和訳した事だけが「唯一の業績」である。この東大教授は、西洋の市民社会とやらを称讃することで日本は“遅れた”後進国と暗に批判していた。

  同じ東大で名物教授になっていたのが、政治学者の丸山眞男で、彼はアントニオ・グラムシの共産主義思想に共鳴していたが、ユダヤ人社会学者のカール・マンハイム(Karl Manheim)にも憧れていた。一橋大学で社会学を教えていた佐藤毅(さとう・たけし)は本当に碌でなしで、犯罪者の責任を教育や環境のせいにして、政府や世間が社会悪と仄めかしていたのだ。一橋大学には左翼学者がゴロゴロいて、人権思想をバラ撒く田中宏やイスラム擁護で悪名高い内藤正典(ないとう・まさのり)が教えていたし、政府の諮問委員会で権力をふるう竹中平蔵も一橋大学の教授だった。学者としての才能が無いことに気づいたパソナの竹中平蔵は、ロバート・ルービンやラリー・サマーズといったユダヤ人支配者に貢ぐ日本側の買弁となり、参院議員を経て政商に成り下がっていた。こんな売国奴が一橋大学の名物教授になっていたんだから、出資者の渋沢栄一が知ったら「資金を返せ!」と叫ぶだろう。福沢諭吉だって竹中が慶應義塾の教授と判ったら、筆を棄てて刀を握るんじゃないか。何しろ、福沢先生は痩せても枯れても中津藩士だからねぇ〜。

  とにかく、日本人は学校で何を学んだかを問わず、「どこの大学に合格したのか? どいうった学歴なのか?」ばかりに注目する。筆者は小泉進次郎がどんな学歴でも構わない。日本の政治家は日本の国益を最優先にし、国家の独立と安寧を図るべきだ。もし、本業が日本人から選ばれた代議士なら、国家主義者になるのは当然だろう。ところが、進次郎には日本第一の思想が全く無い。テレビや雑誌で人気を博す小泉家のお坊ちゃんは、皇室伝統にさえ関心が無いのだ。しかし、もっと心配なのは、神奈川の有権者が進次郎の国家思想を尋ねないことだ。彼がどんな政治哲学を抱き、如何なる政策を以て国家を運営したいのか、ほとんどの国民には「謎」となっている。進次郎が思い描く未来の日本とは、一体どんな社会なんだ?

 なるほど、進次郎はテレビ映りが良く、選挙にも強い。同僚の応援演説に駆けつければ、見物客が寄ってくる。しかし、保守派国民の心には不安しか残らない。マスコミから期待される進次郎は、幾つかの大臣職を経て、やがては首相の座に上り詰めるだろう。でも、内閣総理大臣となった進次郎は、日本人の利益を最優先に考えるのか? もしかすると、合衆国政府やウォール街の命令に従う属州総督になるかも知れない。今だって、外国資本の要求に屈する売国奴になる可能性もあるのだ。マイケル・グリーンは進次郎を「人質」と呼んでいたが、心の底では10年先の日本で気軽に使え、何でも言うことを聞く「便利な馬鹿(useful idiot)」と思っているのかも知れないぞ。

Koizumi Shinjiro 0234  現在の進次郎は、支援者の企業に報いるため、国民にとって迷惑な太陽光発電を推進しているくらいだから、数年先の進次郎となれば危険極まりない。たぶん、父親に倣って厚労大臣とか総務大臣、あるいは財務大臣か外務大臣になるかも知れないが、肝心要の知識に乏しく、そのうえ実務にも疎いから、側近の官僚に従うだけだろう。それでも、マスコミ各社は短い言葉で「決め台詞」を口にする進次郎を持て囃し、小泉劇場の再来を期待するはずだ。おそらく、大衆の喝采を浴びる進次郎も自分の影響力に自信を抱き、自民党での基盤を固めることだろう。もし、何らかの要職について外遊ともなれば、進次郎の人気は鰻登りだ。何しろ、クリステル夫人を伴った映像は華やかだから、まるでカンヌかベルリンの国際映画祭に参加する藝能人みたいだ。さらに、クリステル夫人には“お得意”のフランス語という武器があるから、ヨーロッパの政治家と面会した際、英語を交えたフランス語の会話があるのかも。

  まぁ、現在の日本は衆愚政治を称讃する頽廃社会だから、世襲議員の進次郎に高度な知識や教養人の礼儀作法を求めても無駄であろう。それでも、CSISの関係者が述べていたエピソードは衝撃的だ。(『週刊新潮』上掲記事、p.155.) 進次郎がCSISに入って、まだ間もない頃、彼はあるシンポジウムに参加したそうだ。進次郎が「気さくな青年」であることは好ましいが、初対面のアメリカ人に対して、「Hey !」と声を掛けていたなんて、ビックリ仰天である。親しい友人になら、「おい! どうしてる?」でいいけど、面識の無い大人に向かって使う言葉じゃないだろう。でも驚く事に、進次郎は上司のマイケル・グリーンに対しても「Hey !」と呼びかけていたそうだ。これは深刻なレベルの「重症」である。アメリカで生活していた人なら判るが、英語でも敬語や丁寧な言い回しがあるから、時と場所、話しかける相手によって言葉を選ぶのは常識だ。それなのに、二十歳を過ぎた進次郎には解らなかったなんて、とても信じられない。日本の有権者は進次郎の学歴よりも、その根本的な思考形態を問題にすべきだ。

http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68867197.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/791.html#c3

[近代史5] ネオコンが留学生を洗脳してアメリカ金融資本のエージェントにする手口 中川隆
1. 2021年8月08日 07:29:46 : nuwvXQTCPk : UGxwQzNyckhmQWc=[12]
丸暗記しかできないアホの豊田真由子がハーバード大学大学院に留学できた理由

豊田真由子
1974年、千葉県に生まれる。
船橋市立法典東小学校、桜蔭中学校、桜蔭高等学校に進学。

1993年に東京大学文科一類に入学。
1997年、東京大学法学部を卒業し厚生省へ入省。

2000年に国費留学生として ハーバード大学大学院へ入学し、パブリック・ヘルスを学ぶ。2002年に理学の修士号を取得した

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丸暗記しかできないアホの豊田真由子がハーバード大学大学院に留学できた理由


2017年08月04日 米名門ハーバード大、黒人や中国人は特権入学
http://www.thutmosev.com/archives/72046142.html


合格できない成績なのに黒人特権で入学したオバマの娘
引用:https://www.thestar.com/content/dam/thestar/news/world/2016/05/01/malia-obama-to-attend-harvard-in-2017-after-she-takes-a-gap-year/malia-obama.jpg.size.custom.crop.1086x705.jpg


オバマ娘の合法な裏口入学

2016年5月、当時のオバマ大統領の長女マリアが、名門ハーバード大に入学するのが話題になりました。

大統領の子供だからきっと成績が良く、難関大学に合格したのだろうという気がするがそうではなかった。

長女マリアはざっくり言えばあまり学業は得意でなく、正規のハーバードの試験に合格していないと考えられている。


では裏口入学なのか、大統領の「忖度」なのか、その可能性もあるが人種優遇制度で入学したと考えられている。

アメリカでは人種問題に社会が非常に敏感で、様々な優遇制度が講じられています。

学校や進学でも「差別階級」である黒人や一部アジア人、アフリカ人は特別の配慮をされ、成績が悪くても入学できるのです。


例えば入学試験で白人が80点、黒人が60点だったら本来なら白人が合格するのに、黒人が合格し白人は不合格になります。

同じ制度がアジア人やアフリカ人にも適用され、はっき言えばバカでも金を払えば合格するようになっています。

因みに日本は先進国なので「白人待遇」であり、よほど頭が良いか巨額の寄付をしないと入学が許可されません。


オバマの長女マリアは大統領の子供という超特権階級に所属しているにも関わらず、黒人という差別階級の特典を行使して入学しました。

これはおかしいという非難の声が当然上がり、白人は怒って反オバマの声を上げ、ついにトランプ大統領が誕生する契機になりました。

白人以外が入学試験で優遇されているという事は、白人はよほど成績優秀で、満点を取るぐらいの秀才か金持ちでないと入学できないのです。


太子党を一躍有名にした薄瓜瓜、こんな風にハーバード生活をエンジョイした
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引用:http://livedoor.blogimg.jp/ascension_coaching/imgs/2/f/2fbb3c61.jpg


ハーバードは金で学歴を買える

クリントン大統領の娘のチェルシーはコロンビア大学という3流大学で、ブッシュの娘はイェール大学という白人優遇で知られる大学に入学した。

ブッシュの娘のもう一人の双子はテキサス大学という、ブッシュ家の地元で白人が多い大学に入学していた。

アジア系団体が起こした裁判によると、米アイビーリーグ(名門大学の総称)では明確な成績フィルターが存在している。


訴状によるとアジア人は白人より140点、ヒスパニックより270点、黒人より450点高いSATスコア(進学試験)を取らないと入学できない。

最も優遇されているのは黒人で、満点が何点なのか分からないが、オバマの娘は日本人より450点低くても合格できたわけだ。

こうした大学による入学差別は皮肉な事に「差別是正措置(アファーマティブ・アクション)」という名称で呼ばれている。


差別されている人種を救済するための制度だが、具体的にどうするかは各大学にまかされていて、要するに教授や大学側のさじ加減次第になっている。

経営状態が悪い大学はこうした制度を悪用し、成金のバカ娘バカ息子を集めていると言われている。

アジア人は差別されているとアジア系団体はいうが、中国人は明らかに優遇されている。


やはり2016年のニュースでは、中国共産党幹部の成金子弟が事実上無試験で大量に入学し、ほとんど勉強せずにハーバード大を卒業していた。

アメリカには留学生が100万人居て、その3割が中国人だが、中国では「留学斡旋屋」が必ず入学できると言って金持ちの学生を集めています。

大半は日本人が知らない大学だが、入学金と裏金を払い込めば無試験で入学でき、遊んでいても卒業できる約束になっている。


ハーバード大のような名門でも、人種や様々なフィルターが恣意的に適用されていて、アフリカ系人種の女性がもっとも合格しやすい。

白人や日本人は高校の成績トップ、入学試験でも合格基準を満たし、その他の項目で優秀でも次々に不合格になっている。


その一方で中国共産党子弟や富裕層の、どう見ても1年中遊んでいる連中が、高級車を乗り回しながらがら大学生活を楽しんでいる。

中国共産党子弟は太子党と呼ばれる特権階級で、親は権力者である上に数千億円や数兆円という資産を持っていると言われている。

その子供たちは勉強をせず学校にも行かずに4年間遊びまわっているのに、ちゃんと卒業して中国に帰り、自分も共産党幹部になる。


こうした制度を始めたのは中国の江沢民総書記で、息子をアメリカに留学させて、孫はハーバードを卒業している。

今ではハーバード大学は「中国共産党第二大学」と呼ばれるほど、中国共産党子弟を多く受け入れている。

共産党の子供はみんな全米一の難関に合格するほど優秀なのかというと、誰も入学試験なんか受けていないのです。


江沢民とか習近平とかは資産10兆円以上と推測され、共産党幹部は数兆円、要職でも数千億円の資産があるといわれている。

要するにハーバードは金の力に屈したのであり、オバマの娘も権力に近づくため、優遇措置で入学させたのでした。

これが全米一の名門大学の正体で、『このハゲー』で有名になった豊田真由子衆議院議員もハーバード卒です。


世界一の名門はいまや世界一「金で学歴を買える」大学です。
http://www.thutmosev.com/archives/72046142.html
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/1012.html#c1

[近代史5] ネオコンが留学生を洗脳してアメリカ金融資本のエージェントにする手口 中川隆
2. 中川隆[-17351] koaQ7Jey 2021年8月08日 07:32:15 : nuwvXQTCPk : UGxwQzNyckhmQWc=[13]
アメリカが宗像直子みたいなアホでも留学生として受け入れるのは、洗脳してアメリカの工作員にする為。


8 名無しさん@涙目です。(京都府) 2011/10/11(火) 09:42:00.89 ID:AFqwezST0

推進してる奴は売国奴だろ

18 名無しさん@涙目です。(東京都) 2011/10/11(火) 09:45:50.36 ID:57k/L9qm0

日本とアメリカでGDP9割だっけ。その他の国はオマケで利用させてやるよって感じか


47 名無しさん@涙目です。(アラバマ州) 2011/10/11(火) 09:59:06.12 ID:1N4S6NsY0

農業だけの問題じゃないんだよ

輸出大企業も日本市場における関税があるから日本に留まってるんだ
関税撤廃なら輸出企業は日本から出て行く
アメリカに工場作って生産してアメリカ及び世界や日本で販売したほうが企業にとって遥かに合理的なんだから


232 名無しさん@涙目です。(長屋) 2011/10/11(火) 11:43:17.17 ID:GCitNosH0

TPPはアメ公しか得しないじゃんマジで参加する意味が無い


234 名無しさん@涙目です。(京都府) 2011/10/11(火) 11:43:39.28 ID:bZSI/XEa0

TPPっていうのは日本がターゲット、日本市場をいかにしてとるかが狙いだから、TPP日本が不参加ならこのTPPは消えてなくなる

バスに乗り遅れるな。じゃなく、日本がのってくるまで、運転手であるアメリカがずっと待ってるこれが真相


233 名無しさん@涙目です。(北海道) 2011/10/11(火) 11:43:32.44 ID:fIUkfB6s0

俺が思うに今日本は戦後史上最大の瀬戸際に立たされてると思う

TPPで国ごと瀕死のアメリカに捧げるか?、
中韓連合軍の奴隷になるか?

俺はどっちがいいのかわからない、まあ誰かが勝手に決めるんだろうけど

23 名無しさん@涙目です。(福島県) 2011/10/11(火) 09:47:03.41 ID:a/XmoboU0

経産省の古賀もTPP推進派だ
中国人や欧米人がたくさんいる日本が、成長する明るい日本なんだそうだ

227 名無しさん@涙目です。(愛知県) 2011/10/11(火) 11:40:32.63 ID:prv3UGwa0

宗像 直子!! 売国奴は日本から出て行くべき!!

全日本人の敵!!宗像 直子!!


44 名無しさん@涙目です。(東京都) 2011/10/11(火) 09:56:27.67 ID:TGFk/4cH0

宗像直子

桜蔭中高卒
東大法学部卒
経済産業省84年入省(大臣官房参事官など歴任)
ハーバード・ビジネス・スクールMBA取得

ジョージ・ワシントン大学シグールアジア研客員教授
独立行政法人 経済産業研究所所属

51 名無しさん@涙目です。(WiMAX) 2011/10/11(火) 10:00:26.41 ID:WYbda58K0
>>44
外国かぶれか
そりゃ自由化とか国際化とかに傾倒するだろうよ

59 名無しさん@涙目です。(兵庫県) 2011/10/11(火) 10:02:58.48 ID:gRCJz4g70
>>51
留学してるくらいで外国かぶれ(笑)
官僚が国費留学なんか当然だろ

62 名無しさん@涙目です。(神奈川県) 2011/10/11(火) 10:04:21.09 ID:m7RftHik0
>>59
向こうの経済界に取り込まれてる気がするがな

70 名無しさん@涙目です。(東京都) 2011/10/11(火) 10:14:16.68 ID:9iDNezoh0
>>62
公立大の経済学部だけしか出ていない人と、
文一出て、ハーバードのMBA取った人とでは、どっちが国際的な視野を持てると思う?

そもそも、取り込まれる、取り込まれない以前に、METIのTPP派があたかもたった一人であるかのような考えが、まず、非現実的なんだ

三橋さんの奇妙な主張は、霞ヶ関で銃弾のように飛び交っている怪文書を鵜呑みした典型としか言いようがないよ・・・

101 名無しさん@涙目です。(長屋) 2011/10/11(火) 10:33:09.50 ID:J+0p5TLD0

基本的に経済学学ぶと新しい本のほとんどは自由貿易は正しいってとこから始まってるから先ず間違いなく賛成派に回る。

一部の大御所は教科書の間違いを指摘して、自由貿易が正しいと信じているわけではないが、それ以外の連中はお経を読むように盲信しているから経済学を学んだやつほどダメになる話なんだよねこれ。


84 名無しさん@涙目です。(関東地方) 2011/10/11(火) 10:25:50.06 ID:A+44Bhg60

肩書きと権威に騙されるようじゃまだまだだよ

東大法学部でハーバードMBA持ってるからって、正しいとはかぎらない

むしろこういうアメリカに留学したような奴は必ずアメリカ政府に裏で操られてるからな

209 名無しさん@涙目です。(愛知県) 2011/10/11(火) 11:29:22.40 ID:dtHqt6Bu0
>>44
やっぱりアメリカに洗脳されちゃったんだね

アメリカみたいな人種の坩堝が大好きなようだから
日本を多種多様な人種の多民族国家化させたいんだろうね


214 名無しさん@涙目です。(茨城県) 2011/10/11(火) 11:32:50.55 ID:VicIC/nB0

たぶん留学中にオルグされちゃったんだろうけど、

ムナカタ氏を背後で操っているのはアメリカの誰なんだい?


221 名無しさん@涙目です。(西日本) 2011/10/11(火) 11:35:41.63 ID:Eii4zrtV0

こういう売国官僚って3つのパターンがあるんだよ


1、アメリカ留学などで洗脳されたバカ
2、アメリカ筋とのつながりがあり確信犯
3、マジで工作員

この3つのパターンのどれか

222 名無しさん@涙目です。(西日本) 2011/10/11(火) 11:37:45.77 ID:Eii4zrtV0

4、スキャンダルネタをつかまれて脅されている


225 名無しさん@涙目です。(茨城県) 2011/10/11(火) 11:39:58.21 ID:VicIC/nB0
>>221
アメリカ逝った人は1.のパターンが圧倒的じゃないかなぁ


242 名無しさん@涙目です。(西日本) 2011/10/11(火) 11:46:36.12 ID:Eii4zrtV0
コイツまじの工作員じゃねえかな

72 名無しさん@涙目です。(兵庫県) 2011/10/11(火) 10:16:51.27 ID:N2aMDL/JP BE:4971154289-2BP(0)

>>70
国際的な視野も何も、破綻システムの破綻を早めるだけだから

君のその権威主義のおかげで、為政者たちは「国家」を私物化できるんだよ

算数もしなければ社会もやらない、社会システムについては偉い人に全て丸投げ
そんなのがドヤ顔で何かを意見できると思うなよ、同じ間違いを原発事故でやっただろうが

202 名無しさん@涙目です。(千葉県) 2011/10/11(火) 11:25:58.41 ID:HCzWIgm20

優秀な奴の利益と庶民の利益は反するんだよ
そんなこともわからんのかw

296 名無しさん@涙目です。(dion軍) 2011/10/11(火) 12:13:50.58 ID:6OZAtEge0

普通に考えて

「関税が撤廃されたら海外から安い商品が購入できるようになるんだよな?わーいw」

って喜ぶのが愚民。

日本の農業やその他の産業が打撃を受けるかもしれないとか、そういうことに思いが至らない。

264 名無しさん@涙目です。(庭) 2011/10/11(火) 12:00:42.96 ID:jOdTT7kD0

  デフレやTPPで潤うのは公務員や年金需給者や生活保護者の安定収入だけ

265 名無しさん@涙目です。(庭) 2011/10/11(火) 12:00:43.67 ID:cZ1Ud88l0

推進してる人間は悪いとこを隠すから。


93 名無しさん@涙目です。(長野県) 2011/10/11(火) 10:29:40.00 ID:odJFVnnh0

アメリカ対日本じゃなくて、

支配層対被支配層だって事に気付かないとな

アメリカ国民の大半だって日本国民と同じ被害者なんだから

212 名無しさん@涙目です。(鹿児島県) 2011/10/11(火) 11:31:34.22 ID:2G1c5URh0

TPPってのは100点取りたい病な官僚ちゃまの点数稼ぎみたいなもんだろ

法務省の死刑廃止や人権救済機関設立なんたらと一緒

258 名無しさん@涙目です。(大阪府) 2011/10/11(火) 11:56:09.97 ID:0uKoMm1u0

役人にとっては右だろうが左だろうが実績あげて出世することが何よりも大事なんだよ
キャリアのためにはそれが成功しようが失敗しようが自分主導の仕事を通さなければいけないんだな

そして基本右寄りな政策よりも左寄りな政策のほうが色々な理由でとてもとても通りやすい

150 名無しさん@涙目です。(東日本) 2011/10/11(火) 10:56:50.63 ID:v1qJqJj70

子宮で思考するメス豚が官僚かよ最悪じゃねぇか…

43 名無しさん@涙目です。(福岡県) 2011/10/11(火) 09:55:46.47 ID:WJAqeY0r0

女に力を持たせると国は滅ぶというのは本当みたいやな

53 名無しさん@涙目です。(兵庫県) 2011/10/11(火) 10:00:50.14 ID:N2aMDL/JP BE:5592548399-2BP(0)

女に国益という概念が理解できるかさえ怪しい
なんかのテクノロジーとバーターじゃねえと割りにあわねえよ

298 名無しさん@涙目です。(北海道) 2011/10/11(火) 12:16:29.95 ID:fIUkfB6s0

だから女の社会進出なんて許すべきじゃなかったんや

197 名無しさん@涙目です。(iPhone) 2011/10/11(火) 11:24:44.10 ID:6qDPTgmZ0

女か


198 名無しさん@涙目です。(西日本) 2011/10/11(火) 11:24:51.74 ID:Eii4zrtV0

宗像ってのが超スーパー売国奴ってことでOKですか?


114 名無しさん@涙目です。(dion軍) 2011/10/11(火) 10:38:16.06 ID:ubuv2lmx0

昭和40年代前半に官僚の留学制度ができたが、そのあたりまでが本当の語学などの実力者がenaとかハーバードとかに留学していた。

その後は、下駄履かせてただ留学しているだけ


118 名無しさん@涙目です。(長屋) 2011/10/11(火) 10:40:23.72 ID:J+0p5TLD0>>114

最近急激に欧米への官僚の留学者の質が落ちてるらしいね。
退学者まで出たとか。

146 名無しさん@涙目です。(dion軍) 2011/10/11(火) 10:55:17.82 ID:ubuv2lmx0
>>118
留学生の質もあるけど、私学の一貫校出身者をみてると なんだか偏ったオーラが漂っているんだよなぁ

古賀にしてもいいか悪いかは別として麻布だし、このオバサンだって
桜蔭だろ。

子供の頃、勉強以外の世界なんも体験してないじゃん
それとこのオバサンやオバサンの理屈云々いう積りはないけど、

女はどこまでも破滅してまでも突き進んでいく習性があるから、

女に責任あるポジション任せるのはあんま良くないと思うよ。


168 名無しさん@涙目です。(大阪府) 2011/10/11(火) 11:11:32.33 ID:QZvd9NyG0

まあ麻布なんかに行ってる連中は、万事につけ

・公式の意味を理解してなくても、テストで点が取れればいい

・女心を全く理解できなくても、ヤレればいい

みたいな調子だからな
表面的な事柄で他人と競争して、勝った負けたと騒ぐのが全て

206 名無しさん@涙目です。(dion軍) 2011/10/11(火) 11:27:41.51 ID:ubuv2lmx0

身近にいるから言ってるのよ。

まあ全てとは言わないけど、受験でオワッテル印象は強いね。
オレの親父も叔父もみんな

東大法→官僚、
東大医学部→医者

だったけどさ、そう言ってたよ。

医者の叔父は特に灘が受験で終わっていると言ってたな。


http://7ch.viewerd.com/m/news/1318293550/-86/
http://7ch.viewerd.com/m/news/1318293550/101/

544:名無しさん@十一周年:2010/12/26(日) 20:54:25 ID:nqPogllY0

ほとんど留学経験なしで、日本の教育受けて日本で研究してた研究者がノーベル賞取っちゃったりしてるから、元々外国語や外国文化が苦手だったり興味無かったりする傾向が強い理系の人たちは別に留学なんてしなくても日本で十分第一線の研究ができるじゃん、って思い始めてんだよね。

でもポスドクで2,3年、っていうのは今でも盛んなんじゃないの?


548:名無しさん@十一周年:2010/12/26(日) 20:56:27 ID:lYMi0rxZ0

小学校での英語教育はエリート教育とは真逆の愚民化政策だよ
本気で子供の事を考えるなら小学生の時期に国語と算数に力を入れる


552:名無しさん@十一周年:2010/12/26(日) 20:59:45 ID:DC0C5GoU0

算数国語の教育は別に問題ないと思うけどな。問題あるのは、数学と英語と部活。

中等教育時に部活なんて強要したら趣味を育てる時間がない。だいたいどの世界でも大きな業績を上げる人間は遅くても10代までに将来につながる趣味を本格的にはじめている。

554:名無しさん@十一周年:2010/12/26(日) 21:00:25 ID:LhuYbGH5O

MBAをとって帰ってきた人達の惨状を見たからでしょ。


563:名無しさん@十一周年:2010/12/26(日) 21:03:50 ID:lYMi0rxZ0

数学は必要だよ

日本ではどんな仕事につこうとも高校程度の数学力はあった方が有利
高等教育でどんなことを学ぼうとも(文系であっても)線形代数や微積や統計のスキルが必要になる


566:名無しさん@十一周年:2010/12/26(日) 21:05:19 ID:T/nNWzmX0

アメリカは大学経営がビジネスになっちゃって、留学生はべらぼうに学費が高いんだよな。

アメリカの景気が悪すぎるのも、急激なダウンの原因だろう。
とくに、カリフォルニアなんか州が財政破綻しそうだもん。


575:名無しさん@十一周年:2010/12/26(日) 21:07:01 ID:dsJE6uBY0 >>554

富士通の統括部長とかやってた親父がMBAの相談会行ったら

お前が行く価値ないよって言われたそうな


580:名無しさん@十一周年:2010/12/26(日) 21:09:22 ID:bYlQ0d9+0

流石だな。

通常、宗主国は属国からの留学を奨励・強制して、卒業後は、宗主国とパ
イプのある属国の支配者層として育成する。

日本も、フルブライト留学生とかで、アメリカの子分が育成されたものだ。

これは、明治日本も似た方策で、清や朝鮮から留学生等を受け入れ、自国
を改革させ、欧米列強に対抗する味方を増やそうとしていた。

尤も、支那人と朝鮮人じゃ、民度が低過ぎるし恩を仇で返す連中だったの
で役には立たなかったがw

現代日本も、アジア・アフリカ諸国の留学生を受け入れ、日本の親派を育
成するのは、それなりに効果のあるもの。

http://2chnull.info/r/newsplus/1293356220/501-600



http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/1012.html#c2

[近代史3] 田中英道のユダヤ陰謀論はどこまで本当なのか? 中川隆
4. 中川隆[-17350] koaQ7Jey 2021年8月08日 08:22:46 : nuwvXQTCPk : UGxwQzNyckhmQWc=[14]

  一般の日本人は「アイヴィーリーグの一つである名門のコロンビア大学」と耳にすれば、即在に「凄いなぁぁ〜、英語力が相当高い人じゃないと入れないんだぁ〜」と溜息をつく。しかし、ちょっと正常で保守的なアメリカ人だと、「なんだ、あんな大学 !」と呟いて、「俺なら真っ平御免だ !」と吐き捨てる。多少アメリカに詳しい日本人だと、「ズビグニュー・ブレジンスキーやヘンリー・キッシンジャーが教えていた大学だよなぁ〜」とか、「オバマが編入した大学だ」と述べるだろう。でも、「フランクフルト学派のユダヤ人が移り住んだ、赤い悪魔の巣窟」と評する日本人は極めて少ない。何しろ、「フランクフルト学派って何?」と訊いてくる日本人が大半なんだから。(フランクフルト学派については、別の機会で具体的に述べたい。)

  フランクフルト学派のユダヤ人がコロンビア大学に移ってきた理由は様々あるけど、コロンビア大学にも受け容れる“素地”があったのは確かだ。1920年代後半から1930年代にかけて、コロンビア大学の社会学部は凋落の危機に瀕していた。当時は不況の波もあったから、思ったように研究費は支給されなかったし、気前の良い旦那衆はそうそう現れるものではない。コロンビア大学はシカゴ大学を創ったロックフェラー財団のような庇護者を持っていなかったから、世間の関心を集める講座やプログラムを実行できなかった。しかし、社会学部には後に社会学の業界で大御所となるロバート・マッキヴァー(Robert Morrison MacIver)教授がいたし、有名な社会学者のロバート・リンド(Robert Staughton Lynd)も雇われていた。このリンド教授は女房のヘレン(Helen Lynd / 旧姓 : Mirrell)と一緒に『Middletown』を書いて出版し、一躍世間の脚光を浴びた人物。しかし、この夫婦は共産主義に親近感を抱く学者カップルであったから、1950年代のマッーカーシー時代になると「赤狩り」のターゲットになってしまった。もっとも、リンド教授自身は「コミュニスト」じゃく「リベラル派」を名乗り、容疑の火消しに躍起だった。でも、本当は“マルキストもどき”のクリムゾン・リベラルだったりして・・・。

Robert MacIver 1Robert Lynd 1Helen Mirrell Lynd 01


(左 : ロバート・マッキヴァー / 中央 : ロバート・リンド / 右 : ヘレン・ミレル・リンド )

  コロンビア大学とフランクフルト学派を結び附ける「仲人」は幾人かいて、その内の一人が、ルイス・ローウィン(Lewis Lorwin)という社会学を専攻する知識人であった。彼の本名はルイス・リヴァイン(Louis Levitski Levine)といい、キエフ生まれのユダヤ人。根無し草のユダヤ人らしく、彼の家族はヨーロッパ各地をうろつき、息子のルイスはロシア、スイス、フランスなどで教育を受けた。その後、大学へ進もうとしたルイスは、米国のコロンビア大学に入って博士号(社会学のPhD)を取得する。彼はほんの少しだけウェスリー・カレッジや母校で教鞭を執るが、後にモンタナ大学へと移った。しかし、根っからの左翼であるから、モンタナ州の労働問題に首を突っ込み、地元で絶大な影響力を持つアナコンダ鉱山会社(Anaconda Copper Mining Company)を批判したという。何しろ、ユダヤ人左翼は資本家や大企業が不倶戴天の敵だから、巨大企業による搾取や税金逃れを見逃すことはできない。ローウィンは会社の不正を指摘し、そこの経営陣や地元の政治家、さらには大学のお偉方と一悶着を起こしたらしい。その結果、エドワード・エリオット学長から停職処分を受け、三年間の教員生活に終止符を打つことになった。(詳しい経緯は、Arnon Gutfeld, 'A Russian Jew Named Levine', Michael : On the History of the Jews in the Diaspora, 1975.を参照。)

  この事件で刮目すべきは、当時の西歐系アメリカ人がユダヤ人を「厄介者」とか「脅威」と見なしていたことだ。アーノン・ガットフェルドによれば以下の通り。

  1919年の愛国者達は、「外国人の過激な行動(foreign radicalism)」に最大の脅威を見出していた。ユダヤ人というのが、この脅威に関して、最も目につく、現実的な具体例となった。この見解は移民反対論者を支援することになる。移民に反対する人々は、どのユダヤ人も過激な社会主義軍団にリクルートされる可能性を秘めている、と警告したのだ。そして、ユダヤ人の過激派どもは世界革命をもたらし、アメリカの政治・経済システムを破壊する要因である、とも述べていた。そして、「ボルシェビキはユダヤ人の運動である」という考えは、アメリカ中に広がっていく。多くの点で、こうした「赤の恐怖(red scare)」時代は、1920年代における反ユダヤ主義の道を舗装することになった。反ユダヤ主義は色々な形をとり、時には露骨で騒がしく、またある時には、潜在的で目に見えないものである。リヴァイン事件はこの両方の形をとっていた。(上掲記事、p.216.)

  「リヴァイン」から「ローウィン」に改名したユダヤ人学者は、被服業界の国際労働組織に雇われ、労働問題の専門家となった。さらに、ローウィンは有名な「ブルッキングス研究所(Brookings Institution)」の研究員となる。これは如何にもユダヤ人らしい転職だが、ブルッキングス研究所に雇われたローウィンは、やがて別のユダヤ人と接触し、フランクフルト学派の盟友となってしまう。

  「類は友を呼ぶ」というのはユダヤ人社会にも当て嵌まるようで、ローウィンが出版した本の書評には、ジュリアン・グンペルツ(Julian Gumperz)という社会学者が名を連ねていた。このグンペルツはローウィンを高く評価するマルキストで、後にマックス・ホルクハイマー(Max Horkheimer)の後輩となる。フランクフルト学派の仲間になたローウィンは、これまた上層中流階級の家庭に生まれたユダヤ人。彼はフランクフルト学派の連中とソックリだ。創設メンバーのフェリックス・ワイル(Felix Weil)は、裕福な家庭に育ち、彼の父親であるヘルマン・ワイル(Hermann Weil)は、アルゼンチンで成功した穀物商人であった。フランクフルトで育ったレオ・ローウェンタール(Leo Lowenthal)は、同化したユダヤ人医者の息子だし、藝術面で批判論を展開したテオドール・アドルノ(Theodor Wiersengrund Adorno)は、ワイン販売で儲けた父親を持つ。ヘルベルト・マルクーゼ(Herbert Marcuse)もドイツの上層中流階級に生まれ、父親のカール(Carl)は裕福なユダヤ人ビジネスマンだった。

Felix Weil 001Leo Lowenthal 1111Theodor Adorno 21Herbert Marcuse 001


(左 : フェリックス・ワイル / レオ・ローウェンタール / テオドール・アドルノ / 右 : ヘルベルト・マルクーゼ )

  脱線したので話を戻す。グンペルスはマルクス主義を学ぶためにドイツへ渡り、フェリクス・ワイルが主宰する「マルキスト学習週間」という講座に参加したという。(Thomas Wheatland , The Frankfurt School in Exile , Minneapolis : University of Minnesota Press, 2009, p.45.) ちなみに、フェリクスの父親であるヘルマン・ワイルがフランクフルト学派創設のスポンサーである。当初、フランクフルト大学の運営者は、スポンサーの恩恵に報いるため、「フェリクス・ワイル社会研究所」という名称にしようと提案したが、これはワイルの方が断ったらしい。そこで、西歐社会を破壊しようと目論むユダヤ人どもは、科学的学問としてマルクス主義を確立し、この偉大なる思想に貢献しようと考え、単に「社会研究所(Institut fürSozialforschung)」と呼ぶことにした。(マーティン・ジェイ 『弁証法的想像力』 荒川幾男 訳、みすず書房、1975年、 p.7.)

  ハイデルベルク大学で博士号を取ったグンペルツは、「研究所」のリサーチ・スタッフとなり、フランクフルト学派の創設メンバーであるフリードリッヒ・ポロックのアシスタントになったそうだ。しかし、研究所でホルクハイマーの助手という地位に不満を感じたグンペルツは転職を考え、ルイス・ローウィンに手紙を書いてブルッキングス研究所に勤めようと試みた。ところが、ホルクハイマーからの推薦状をもらっても、ブルッキングスには採用されず、悲嘆の日々を過ごすことになる。確かに、この不採用には落胆したが、グンペルツはめげずに別の道を模索し、アメリカでの人脈を広げつつ、社会学や心理学で著名な学者と顔見知りになった。

  ついでに言えば、グンペルツの私生活も酷かった。ユダヤ人の左翼学者だから仕方ないけど、彼が結婚したヘーデ・テューン(Hede Tune / Hedwig Tune)という女優であった。ただし、彼女は結婚を機に共産主義者となり、「レッドベッド(Redhead)」というコードネームを持つソ連のスパイになった。ヘーデはポーランド人の父親とオーストリア人の母親との間に生まれた非ユダヤ人。ウィーンでそだった少女は普通に成長したが、高校生の時にジャーナリストで作家のカール・クラウス(Karl Kraus)に魅了され、文学の世界に没頭した。ところが、ノーベル文学賞に何度もノミネートされたクラウスは、これまたヨーロッパに住み着くユダヤ人。彼は日本の左翼学者の間で人気が高く、あの赤い法政大学出版から著作集が出ている。ホント、日本の出版社は西洋の赤色分子が大好き。そして、「ヨーロッパの知識人」として紹介する学者が、実はヨーロッパ人のフリをするユダヤ人なんだからタチが悪い。翻訳者は原作者の素性を曖昧にせず、ちゃんと原作者の血筋や人脈を解説すべきだ。

Karl Kraus 001Hede Massing 11Gerhart Eisler 2234

(左 : カール・クラウス / 中央 : ヘーデ・テューン / 右 : ゲルハルト・アイズナー )

  ハリウッド女優のエリザベス・テイラーじゃないけど、ヘーデも離婚や再婚を繰り返し、その都度「ラスト・ネーム」を変えていた。最初の亭主はゲルハルト・アイズナー(Gerhart Eisner)で、ドイツ・オーストリアの共産党に属するユダヤ人であった。彼の母親は非ユダヤ人であったけど、父親のルドルフ・アイズナーがオーストリア出身のユダヤ人であったから、血統的にはドイツに住み着くユダヤ人。父親のルドルフは哲学を専攻する大学教授であったというから、典型的なユダヤ人の左翼家庭である。ゲルハルトの導きにより、ヘーデはベルリンにあるドイツ共産党に入ってしまう。その後二人は離婚し、ヘーデはジュリアン・グンペルツと再婚するが、この夫も共産党に共鳴する極左分子だった。二人は米国のNYへ移り住むが、やがてジュリアンはフランクフルトへ留学し、再婚カップルは破局を迎える。三番目の亭主となるのは、ドイツ人社会学者のポール・マッシング(Paul Wilhelm Massing)で、彼もドイツの共産党(KPD)に属する左翼活動家であった。この時期、ヘーデはあのリヒャルト・ゾルゲ(Richard Sorge)に勧誘され、イグナス・レース(Ignace Reiss)のもとで動くソ連のスパイになってしまった。

Paul Lazarsfeld 1Sophie Lazarsfeld 01Alfred Adler 1


(左 : ポール・ラザースフェルト / 中央 : ゾフィー・ラザースフェルト / 右 : アルフレート・アドラー )

  もう一人、フランクフルト学派の仲人になったと考えられるのは、有名な社会学者のポール・ラザースフェルト(Paul Lazarsfeld)である。彼はウィーンのユダヤ人家庭に生まれた移民で、元々は数学で博士号を取った研究者で、次第に社会科学に興味を示した転向組だ。彼が大衆心理の研究を始めたのは、母親の影響があるのかも知れない。母のゾフィー・ラザースフェルト(Sofie Munk / Sophie Lazarsfeld)はセラピストで、彼女は精神治療を専門とする心理学者のアルフレート・アドラー(Alfred Adler)の弟子であった。このアドラーもオーストリアに住み着くハンガリー・チェコ系のユダヤ人で、彼の「個人心理学(Individualpsychologie)」は日本でもよく知られている。

  ラザースフェルドの才能を見出したロックフェラー財団は、このユダヤ人学者をアメリカに招き、これから発展するコミュニケーション媒体の研究を任せることにした。米国での生活を決めたラザースフェルドは、当時普及し始めたラジオの影響や、その宣伝力に着目し、新たな媒体が大衆に及ぼす効果を研究した。日本人でも心理戦を勉強する人は、ラザースフェルドと協力関係にあったハドリー・カントリール(Albert Hadley Cantril, Jr.)や、ユダヤ人社会学者のエリュー・カッツ(Elihu Katz)の名を知っているはずだ。マスメディアの影響力を研究していたラザースフェルドが、社会学の教授達と顔見知りであっても不思議じゃないし、事実、彼はコロンビア大学で「応用社会科学研究所(Bureau of Applied Social Science)」を創設していたのである。

  ホルクハイマー率いるフランクフルト学派がコロンビア大学に移籍できたのは、ロバート・リンドやルイス・ローウィン、ロバート・マッキヴァー、ジュリアン・グンペルツ等が奔走してくれたこともあるが、コロンビア大のニコラス・マレー・バトラー(Nicholas Murray Butler)学長が理解を示してくれたことも大きかった。そして、この大学には日本でも有名なジョン・デューイ(John Dewey)が盤踞していたから、極左の社会主義者や隠れ共産主義者が繁殖したのも当然だ。デューイの弟子で、後に保守派へと転向したシドニー・フック(Sidney Hook)によれば、彼の師匠はマルクスに批判的だが、心の何処かで共産主義に共鳴しており、社会改革にとても熱心な社会主義者であったらしい。事実、デューイは有名な黒人団体であるNAACPの初期メンバーであったし、極左人権団体のACLUの創設者でもあった。一般の日本人は学校の先生から聞いていないけど、デューイは1928年にソ連を旅行し、共産党にもシンパシーを持っていたからFBIの監視対象になっていたのだ。(John A. Beineke, 'The Investigation of John Dewey by the FBI', Educational Theory, Vol. 37, 1987, p.43.)

Max Horkheimer 199921Nicholas Murray Butler 1111Sidney Hook 222John Dewey 22121


(左 : マックス・ホルクハイマー / ニコラス・マレー・バトラー / シドニー・フック / 右 : ジョン・デューイ )

  日本でもそうだけど、歐米諸国で社会学を専攻する学者には、密かなマルキストや心情的な共産主義者が結構多い。共産党とは距離を置く知識人でも油断はできず、別路線の共産主義を目指す者かも知れないし、「リベラル派」を看板にするピンク左翼という場合もある。国立大学や私立大学にも、共産党に入らずに共産主義革命を模索する赤色細胞がウジャウジャいるし、社会主義や共産主義の理論を用いて西歐社会を破壊したいと願うアナーキストも少なくない。日教組の教師は滅多に口にしないが、天才的物理学者のアルベルト・アインシュタインや国連で人権活動をしていたエレノア・ローズヴェルトは、NAACPの創設メンバーで、あからさまな共産主義者ではないが、心の底で西歐社会を憎む左翼分子であった。

Friedrich Pollock 1443Eleanor Roosevelt 333Albert Einstein 1Karl Mannheim 221


(左 : フリードリッヒ・ポロック / エレノア・ローズヴェルト / アルベルト・アインシュタイン / 右 : カール・マンハイム)

  日本でも昔は「進歩的知識人」が流行しており、今では残骸しか生きていないが、敗戦後30年くらいは、左翼の黄金時代であった。文系・理系を問わず、大学には反日分子や様々なタイプのマルキストが溢れていたのだ。例えば、東大教授から法政大学の学長にまでなった大内兵衛は、筋金入りのマルキスト学者で、その専攻分野は経済学であった。東大の総長を務めた経済学者の大河内一男は、『赤旗』に寄稿する反戦論者であったし、内村鑑三の赤い弟子であった大塚久雄は、これといった業績が無く、社会学の泰斗であるマックス・ウェバー(Max Weber)の『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を和訳した事だけが「唯一の業績」である。この東大教授は、西洋の市民社会とやらを称讃することで日本は“遅れた”後進国と暗に批判していた。

  同じ東大で名物教授になっていたのが、政治学者の丸山眞男で、彼はアントニオ・グラムシの共産主義思想に共鳴していたが、ユダヤ人社会学者のカール・マンハイム(Karl Manheim)にも憧れていた。一橋大学で社会学を教えていた佐藤毅(さとう・たけし)は本当に碌でなしで、犯罪者の責任を教育や環境のせいにして、政府や世間が社会悪と仄めかしていたのだ。一橋大学には左翼学者がゴロゴロいて、人権思想をバラ撒く田中宏やイスラム擁護で悪名高い内藤正典(ないとう・まさのり)が教えていたし、政府の諮問委員会で権力をふるう竹中平蔵も一橋大学の教授だった。学者としての才能が無いことに気づいたパソナの竹中平蔵は、ロバート・ルービンやラリー・サマーズといったユダヤ人支配者に貢ぐ日本側の買弁となり、参院議員を経て政商に成り下がっていた。こんな売国奴が一橋大学の名物教授になっていたんだから、出資者の渋沢栄一が知ったら「資金を返せ!」と叫ぶだろう。福沢諭吉だって竹中が慶應義塾の教授と判ったら、筆を棄てて刀を握るんじゃないか。何しろ、福沢先生は痩せても枯れても中津藩士だからねぇ〜。


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[近代史3] 西洋美術史の専門家だった(?)田中英道は何時から頭がおかしくなったのか? 中川隆
38. 中川隆[-17349] koaQ7Jey 2021年8月08日 08:23:04 : nuwvXQTCPk : UGxwQzNyckhmQWc=[15]

  一般の日本人は「アイヴィーリーグの一つである名門のコロンビア大学」と耳にすれば、即在に「凄いなぁぁ〜、英語力が相当高い人じゃないと入れないんだぁ〜」と溜息をつく。しかし、ちょっと正常で保守的なアメリカ人だと、「なんだ、あんな大学 !」と呟いて、「俺なら真っ平御免だ !」と吐き捨てる。多少アメリカに詳しい日本人だと、「ズビグニュー・ブレジンスキーやヘンリー・キッシンジャーが教えていた大学だよなぁ〜」とか、「オバマが編入した大学だ」と述べるだろう。でも、「フランクフルト学派のユダヤ人が移り住んだ、赤い悪魔の巣窟」と評する日本人は極めて少ない。何しろ、「フランクフルト学派って何?」と訊いてくる日本人が大半なんだから。(フランクフルト学派については、別の機会で具体的に述べたい。)

  フランクフルト学派のユダヤ人がコロンビア大学に移ってきた理由は様々あるけど、コロンビア大学にも受け容れる“素地”があったのは確かだ。1920年代後半から1930年代にかけて、コロンビア大学の社会学部は凋落の危機に瀕していた。当時は不況の波もあったから、思ったように研究費は支給されなかったし、気前の良い旦那衆はそうそう現れるものではない。コロンビア大学はシカゴ大学を創ったロックフェラー財団のような庇護者を持っていなかったから、世間の関心を集める講座やプログラムを実行できなかった。しかし、社会学部には後に社会学の業界で大御所となるロバート・マッキヴァー(Robert Morrison MacIver)教授がいたし、有名な社会学者のロバート・リンド(Robert Staughton Lynd)も雇われていた。このリンド教授は女房のヘレン(Helen Lynd / 旧姓 : Mirrell)と一緒に『Middletown』を書いて出版し、一躍世間の脚光を浴びた人物。しかし、この夫婦は共産主義に親近感を抱く学者カップルであったから、1950年代のマッーカーシー時代になると「赤狩り」のターゲットになってしまった。もっとも、リンド教授自身は「コミュニスト」じゃく「リベラル派」を名乗り、容疑の火消しに躍起だった。でも、本当は“マルキストもどき”のクリムゾン・リベラルだったりして・・・。

Robert MacIver 1Robert Lynd 1Helen Mirrell Lynd 01


(左 : ロバート・マッキヴァー / 中央 : ロバート・リンド / 右 : ヘレン・ミレル・リンド )

  コロンビア大学とフランクフルト学派を結び附ける「仲人」は幾人かいて、その内の一人が、ルイス・ローウィン(Lewis Lorwin)という社会学を専攻する知識人であった。彼の本名はルイス・リヴァイン(Louis Levitski Levine)といい、キエフ生まれのユダヤ人。根無し草のユダヤ人らしく、彼の家族はヨーロッパ各地をうろつき、息子のルイスはロシア、スイス、フランスなどで教育を受けた。その後、大学へ進もうとしたルイスは、米国のコロンビア大学に入って博士号(社会学のPhD)を取得する。彼はほんの少しだけウェスリー・カレッジや母校で教鞭を執るが、後にモンタナ大学へと移った。しかし、根っからの左翼であるから、モンタナ州の労働問題に首を突っ込み、地元で絶大な影響力を持つアナコンダ鉱山会社(Anaconda Copper Mining Company)を批判したという。何しろ、ユダヤ人左翼は資本家や大企業が不倶戴天の敵だから、巨大企業による搾取や税金逃れを見逃すことはできない。ローウィンは会社の不正を指摘し、そこの経営陣や地元の政治家、さらには大学のお偉方と一悶着を起こしたらしい。その結果、エドワード・エリオット学長から停職処分を受け、三年間の教員生活に終止符を打つことになった。(詳しい経緯は、Arnon Gutfeld, 'A Russian Jew Named Levine', Michael : On the History of the Jews in the Diaspora, 1975.を参照。)

  この事件で刮目すべきは、当時の西歐系アメリカ人がユダヤ人を「厄介者」とか「脅威」と見なしていたことだ。アーノン・ガットフェルドによれば以下の通り。

  1919年の愛国者達は、「外国人の過激な行動(foreign radicalism)」に最大の脅威を見出していた。ユダヤ人というのが、この脅威に関して、最も目につく、現実的な具体例となった。この見解は移民反対論者を支援することになる。移民に反対する人々は、どのユダヤ人も過激な社会主義軍団にリクルートされる可能性を秘めている、と警告したのだ。そして、ユダヤ人の過激派どもは世界革命をもたらし、アメリカの政治・経済システムを破壊する要因である、とも述べていた。そして、「ボルシェビキはユダヤ人の運動である」という考えは、アメリカ中に広がっていく。多くの点で、こうした「赤の恐怖(red scare)」時代は、1920年代における反ユダヤ主義の道を舗装することになった。反ユダヤ主義は色々な形をとり、時には露骨で騒がしく、またある時には、潜在的で目に見えないものである。リヴァイン事件はこの両方の形をとっていた。(上掲記事、p.216.)

  「リヴァイン」から「ローウィン」に改名したユダヤ人学者は、被服業界の国際労働組織に雇われ、労働問題の専門家となった。さらに、ローウィンは有名な「ブルッキングス研究所(Brookings Institution)」の研究員となる。これは如何にもユダヤ人らしい転職だが、ブルッキングス研究所に雇われたローウィンは、やがて別のユダヤ人と接触し、フランクフルト学派の盟友となってしまう。

  「類は友を呼ぶ」というのはユダヤ人社会にも当て嵌まるようで、ローウィンが出版した本の書評には、ジュリアン・グンペルツ(Julian Gumperz)という社会学者が名を連ねていた。このグンペルツはローウィンを高く評価するマルキストで、後にマックス・ホルクハイマー(Max Horkheimer)の後輩となる。フランクフルト学派の仲間になたローウィンは、これまた上層中流階級の家庭に生まれたユダヤ人。彼はフランクフルト学派の連中とソックリだ。創設メンバーのフェリックス・ワイル(Felix Weil)は、裕福な家庭に育ち、彼の父親であるヘルマン・ワイル(Hermann Weil)は、アルゼンチンで成功した穀物商人であった。フランクフルトで育ったレオ・ローウェンタール(Leo Lowenthal)は、同化したユダヤ人医者の息子だし、藝術面で批判論を展開したテオドール・アドルノ(Theodor Wiersengrund Adorno)は、ワイン販売で儲けた父親を持つ。ヘルベルト・マルクーゼ(Herbert Marcuse)もドイツの上層中流階級に生まれ、父親のカール(Carl)は裕福なユダヤ人ビジネスマンだった。

Felix Weil 001Leo Lowenthal 1111Theodor Adorno 21Herbert Marcuse 001


(左 : フェリックス・ワイル / レオ・ローウェンタール / テオドール・アドルノ / 右 : ヘルベルト・マルクーゼ )

  脱線したので話を戻す。グンペルスはマルクス主義を学ぶためにドイツへ渡り、フェリクス・ワイルが主宰する「マルキスト学習週間」という講座に参加したという。(Thomas Wheatland , The Frankfurt School in Exile , Minneapolis : University of Minnesota Press, 2009, p.45.) ちなみに、フェリクスの父親であるヘルマン・ワイルがフランクフルト学派創設のスポンサーである。当初、フランクフルト大学の運営者は、スポンサーの恩恵に報いるため、「フェリクス・ワイル社会研究所」という名称にしようと提案したが、これはワイルの方が断ったらしい。そこで、西歐社会を破壊しようと目論むユダヤ人どもは、科学的学問としてマルクス主義を確立し、この偉大なる思想に貢献しようと考え、単に「社会研究所(Institut fürSozialforschung)」と呼ぶことにした。(マーティン・ジェイ 『弁証法的想像力』 荒川幾男 訳、みすず書房、1975年、 p.7.)

  ハイデルベルク大学で博士号を取ったグンペルツは、「研究所」のリサーチ・スタッフとなり、フランクフルト学派の創設メンバーであるフリードリッヒ・ポロックのアシスタントになったそうだ。しかし、研究所でホルクハイマーの助手という地位に不満を感じたグンペルツは転職を考え、ルイス・ローウィンに手紙を書いてブルッキングス研究所に勤めようと試みた。ところが、ホルクハイマーからの推薦状をもらっても、ブルッキングスには採用されず、悲嘆の日々を過ごすことになる。確かに、この不採用には落胆したが、グンペルツはめげずに別の道を模索し、アメリカでの人脈を広げつつ、社会学や心理学で著名な学者と顔見知りになった。

  ついでに言えば、グンペルツの私生活も酷かった。ユダヤ人の左翼学者だから仕方ないけど、彼が結婚したヘーデ・テューン(Hede Tune / Hedwig Tune)という女優であった。ただし、彼女は結婚を機に共産主義者となり、「レッドベッド(Redhead)」というコードネームを持つソ連のスパイになった。ヘーデはポーランド人の父親とオーストリア人の母親との間に生まれた非ユダヤ人。ウィーンでそだった少女は普通に成長したが、高校生の時にジャーナリストで作家のカール・クラウス(Karl Kraus)に魅了され、文学の世界に没頭した。ところが、ノーベル文学賞に何度もノミネートされたクラウスは、これまたヨーロッパに住み着くユダヤ人。彼は日本の左翼学者の間で人気が高く、あの赤い法政大学出版から著作集が出ている。ホント、日本の出版社は西洋の赤色分子が大好き。そして、「ヨーロッパの知識人」として紹介する学者が、実はヨーロッパ人のフリをするユダヤ人なんだからタチが悪い。翻訳者は原作者の素性を曖昧にせず、ちゃんと原作者の血筋や人脈を解説すべきだ。

Karl Kraus 001Hede Massing 11Gerhart Eisler 2234

(左 : カール・クラウス / 中央 : ヘーデ・テューン / 右 : ゲルハルト・アイズナー )

  ハリウッド女優のエリザベス・テイラーじゃないけど、ヘーデも離婚や再婚を繰り返し、その都度「ラスト・ネーム」を変えていた。最初の亭主はゲルハルト・アイズナー(Gerhart Eisner)で、ドイツ・オーストリアの共産党に属するユダヤ人であった。彼の母親は非ユダヤ人であったけど、父親のルドルフ・アイズナーがオーストリア出身のユダヤ人であったから、血統的にはドイツに住み着くユダヤ人。父親のルドルフは哲学を専攻する大学教授であったというから、典型的なユダヤ人の左翼家庭である。ゲルハルトの導きにより、ヘーデはベルリンにあるドイツ共産党に入ってしまう。その後二人は離婚し、ヘーデはジュリアン・グンペルツと再婚するが、この夫も共産党に共鳴する極左分子だった。二人は米国のNYへ移り住むが、やがてジュリアンはフランクフルトへ留学し、再婚カップルは破局を迎える。三番目の亭主となるのは、ドイツ人社会学者のポール・マッシング(Paul Wilhelm Massing)で、彼もドイツの共産党(KPD)に属する左翼活動家であった。この時期、ヘーデはあのリヒャルト・ゾルゲ(Richard Sorge)に勧誘され、イグナス・レース(Ignace Reiss)のもとで動くソ連のスパイになってしまった。

Paul Lazarsfeld 1Sophie Lazarsfeld 01Alfred Adler 1


(左 : ポール・ラザースフェルト / 中央 : ゾフィー・ラザースフェルト / 右 : アルフレート・アドラー )

  もう一人、フランクフルト学派の仲人になったと考えられるのは、有名な社会学者のポール・ラザースフェルト(Paul Lazarsfeld)である。彼はウィーンのユダヤ人家庭に生まれた移民で、元々は数学で博士号を取った研究者で、次第に社会科学に興味を示した転向組だ。彼が大衆心理の研究を始めたのは、母親の影響があるのかも知れない。母のゾフィー・ラザースフェルト(Sofie Munk / Sophie Lazarsfeld)はセラピストで、彼女は精神治療を専門とする心理学者のアルフレート・アドラー(Alfred Adler)の弟子であった。このアドラーもオーストリアに住み着くハンガリー・チェコ系のユダヤ人で、彼の「個人心理学(Individualpsychologie)」は日本でもよく知られている。

  ラザースフェルドの才能を見出したロックフェラー財団は、このユダヤ人学者をアメリカに招き、これから発展するコミュニケーション媒体の研究を任せることにした。米国での生活を決めたラザースフェルドは、当時普及し始めたラジオの影響や、その宣伝力に着目し、新たな媒体が大衆に及ぼす効果を研究した。日本人でも心理戦を勉強する人は、ラザースフェルドと協力関係にあったハドリー・カントリール(Albert Hadley Cantril, Jr.)や、ユダヤ人社会学者のエリュー・カッツ(Elihu Katz)の名を知っているはずだ。マスメディアの影響力を研究していたラザースフェルドが、社会学の教授達と顔見知りであっても不思議じゃないし、事実、彼はコロンビア大学で「応用社会科学研究所(Bureau of Applied Social Science)」を創設していたのである。

  ホルクハイマー率いるフランクフルト学派がコロンビア大学に移籍できたのは、ロバート・リンドやルイス・ローウィン、ロバート・マッキヴァー、ジュリアン・グンペルツ等が奔走してくれたこともあるが、コロンビア大のニコラス・マレー・バトラー(Nicholas Murray Butler)学長が理解を示してくれたことも大きかった。そして、この大学には日本でも有名なジョン・デューイ(John Dewey)が盤踞していたから、極左の社会主義者や隠れ共産主義者が繁殖したのも当然だ。デューイの弟子で、後に保守派へと転向したシドニー・フック(Sidney Hook)によれば、彼の師匠はマルクスに批判的だが、心の何処かで共産主義に共鳴しており、社会改革にとても熱心な社会主義者であったらしい。事実、デューイは有名な黒人団体であるNAACPの初期メンバーであったし、極左人権団体のACLUの創設者でもあった。一般の日本人は学校の先生から聞いていないけど、デューイは1928年にソ連を旅行し、共産党にもシンパシーを持っていたからFBIの監視対象になっていたのだ。(John A. Beineke, 'The Investigation of John Dewey by the FBI', Educational Theory, Vol. 37, 1987, p.43.)

Max Horkheimer 199921Nicholas Murray Butler 1111Sidney Hook 222John Dewey 22121


(左 : マックス・ホルクハイマー / ニコラス・マレー・バトラー / シドニー・フック / 右 : ジョン・デューイ )

  日本でもそうだけど、歐米諸国で社会学を専攻する学者には、密かなマルキストや心情的な共産主義者が結構多い。共産党とは距離を置く知識人でも油断はできず、別路線の共産主義を目指す者かも知れないし、「リベラル派」を看板にするピンク左翼という場合もある。国立大学や私立大学にも、共産党に入らずに共産主義革命を模索する赤色細胞がウジャウジャいるし、社会主義や共産主義の理論を用いて西歐社会を破壊したいと願うアナーキストも少なくない。日教組の教師は滅多に口にしないが、天才的物理学者のアルベルト・アインシュタインや国連で人権活動をしていたエレノア・ローズヴェルトは、NAACPの創設メンバーで、あからさまな共産主義者ではないが、心の底で西歐社会を憎む左翼分子であった。

Friedrich Pollock 1443Eleanor Roosevelt 333Albert Einstein 1Karl Mannheim 221


(左 : フリードリッヒ・ポロック / エレノア・ローズヴェルト / アルベルト・アインシュタイン / 右 : カール・マンハイム)

  日本でも昔は「進歩的知識人」が流行しており、今では残骸しか生きていないが、敗戦後30年くらいは、左翼の黄金時代であった。文系・理系を問わず、大学には反日分子や様々なタイプのマルキストが溢れていたのだ。例えば、東大教授から法政大学の学長にまでなった大内兵衛は、筋金入りのマルキスト学者で、その専攻分野は経済学であった。東大の総長を務めた経済学者の大河内一男は、『赤旗』に寄稿する反戦論者であったし、内村鑑三の赤い弟子であった大塚久雄は、これといった業績が無く、社会学の泰斗であるマックス・ウェバー(Max Weber)の『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を和訳した事だけが「唯一の業績」である。この東大教授は、西洋の市民社会とやらを称讃することで日本は“遅れた”後進国と暗に批判していた。

  同じ東大で名物教授になっていたのが、政治学者の丸山眞男で、彼はアントニオ・グラムシの共産主義思想に共鳴していたが、ユダヤ人社会学者のカール・マンハイム(Karl Manheim)にも憧れていた。一橋大学で社会学を教えていた佐藤毅(さとう・たけし)は本当に碌でなしで、犯罪者の責任を教育や環境のせいにして、政府や世間が社会悪と仄めかしていたのだ。一橋大学には左翼学者がゴロゴロいて、人権思想をバラ撒く田中宏やイスラム擁護で悪名高い内藤正典(ないとう・まさのり)が教えていたし、政府の諮問委員会で権力をふるう竹中平蔵も一橋大学の教授だった。学者としての才能が無いことに気づいたパソナの竹中平蔵は、ロバート・ルービンやラリー・サマーズといったユダヤ人支配者に貢ぐ日本側の買弁となり、参院議員を経て政商に成り下がっていた。こんな売国奴が一橋大学の名物教授になっていたんだから、出資者の渋沢栄一が知ったら「資金を返せ!」と叫ぶだろう。福沢諭吉だって竹中が慶應義塾の教授と判ったら、筆を棄てて刀を握るんじゃないか。何しろ、福沢先生は痩せても枯れても中津藩士だからねぇ〜。


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http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/206.html#c38

[近代史5] ユダヤ人の歴史と現代史 中川隆
25. 中川隆[-17348] koaQ7Jey 2021年8月08日 08:25:34 : nuwvXQTCPk : UGxwQzNyckhmQWc=[16]
フランクフルト学派のユダヤ人はコロンビア大学に移った?
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/1691.html
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/486.html#c25
[近代史5] 陰謀論が流行るワケ 中川隆
2. 中川隆[-17347] koaQ7Jey 2021年8月08日 08:26:05 : nuwvXQTCPk : UGxwQzNyckhmQWc=[17]
フランクフルト学派のユダヤ人はコロンビア大学に移った?
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/1691.html
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/612.html#c2
[近代史6] 最美の音楽は何か? _ シューベルト『交響曲第8番ロ短調 D 759 未完成』 中川隆
2. 中川隆[-17346] koaQ7Jey 2021年8月08日 09:23:57 : nuwvXQTCPk : UGxwQzNyckhmQWc=[18]
シューベルト 『未完成交響曲』
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/856.html

シューベルト 『交響曲 ハ長調 D 944 』
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/857.html
http://www.asyura2.com/21/reki6/msg/262.html#c2

[近代史3] シューベルト 『未完成交響曲』 中川隆
19. 中川隆[-17345] koaQ7Jey 2021年8月08日 09:24:45 : nuwvXQTCPk : UGxwQzNyckhmQWc=[19]
最美の音楽は何か? _ シューベルト『交響曲第8番ロ短調 D 759 未完成』
http://www.asyura2.com/21/reki6/msg/262.html
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/856.html#c19
[番外地9] 俺が 777 だけど 中川隆
6. 2021年8月08日 09:55:36 : nuwvXQTCPk : UGxwQzNyckhmQWc=[20]
僕は阿修羅掲示板の近代史板とリバイバル板で悪名高い 中川隆だからね、これ以上評判落とせる訳ないよ。僕の投稿の為に阿修羅掲示板は Google 検索から除外されて、阿修羅掲示板自体、誰も読めなくなったんだ。

阿修羅♪ > 近代史6
阿修羅♪ > リバイバル3

を見れば僕が何故それほど嫌われているのかすぐにわかるよ。
http://www.asyura2.com/21/ban9/msg/489.html#c6

[番外地9] 俺が 777 だけど 中川隆
7. 中川隆[-17344] koaQ7Jey 2021年8月08日 09:59:29 : nuwvXQTCPk : UGxwQzNyckhmQWc=[21]
僕は阿修羅掲示板の近代史板とリバイバル板で悪名高い 中川隆だからね、これ以上評判落とせる訳ないよ。僕の投稿の為に阿修羅掲示板は Google 検索から除外されて、阿修羅掲示板自体、誰も読めなくなったんだ。真理の徒は石もて追われ、だな。

阿修羅♪ > 近代史6
阿修羅♪ > リバイバル3

を見れば僕が何故体制側からそれほど嫌われているのかすぐにわかるよ。
http://www.asyura2.com/21/ban9/msg/489.html#c7

[近代史6] 最美の音楽は何か? _ シューベルト『弦楽四重奏曲第14番ニ短調 D810 死と乙女』 中川隆
1. 中川隆[-17343] koaQ7Jey 2021年8月08日 10:29:59 : nuwvXQTCPk : UGxwQzNyckhmQWc=[22]
カペー四重奏団

Capet Quartet - Schubert : String Quartet No.14 "Death and the Maiden" (1928) 再復刻














transferred from Jpn Columbia 78s /J-7958-60(WLX472-4, 481-2)

Capet Quartet
 Lucien Capet(1st Violin)
 Maurice Hewitt(2st Violin)
 Henri Benoît(Viola)
 Camille Delobelle(Cello)
12 June 1928

http://www.asyura2.com/21/reki6/msg/271.html#c1
[近代史6] 最美の音楽は何か? _ シューベルト『弦楽四重奏曲第15番 ト長調 D887 Op.161』 中川隆
1. 2021年8月08日 10:55:55 : nuwvXQTCPk : UGxwQzNyckhmQWc=[23]
ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団

Schubert: String Quartet No. 15, Vienna Konzerthaus Quartet (1950)




Vienna Konzerthaus Quartet (Wiener Konzerthaus streicherquartett)
 Anton Kamper, 1st Violin
 Karl Maria Titze, 2nd Violin
 Erich Weiss, Viola
 Franz Kwarda, Cello

Rec. 1950

http://www.asyura2.com/21/reki6/msg/272.html#c1
[お知らせ・管理21] 2021年08月 困った時、意見、提案、相談などなんでも。管理人が24時間以内に必ず見るスレ 管理人さん
32. 2021年8月08日 11:18:23 : nuwvXQTCPk : UGxwQzNyckhmQWc=[24]
>>31
原発板と政治板も根拠のない投稿でも何でもOKなフリーゾーンです
基地外の魑魅魍魎男と中国工作員の赤かぶが殆どの投稿をする様になった結果です。

阿修羅掲示板自体がアホ陰謀論掲示板とされていて、まともな人は絶対に見に来ません。 Google 検索でも阿修羅掲示板は排除されています。


http://www.asyura2.com/13/kanri21/msg/625.html#c32

[近代史6] 最美の音楽は何か? _ ベートーヴェン『弦楽3重奏のためのセレナーデ ニ長調 Op.8』 中川隆
1. 2021年8月08日 12:07:13 : nuwvXQTCPk : UGxwQzNyckhmQWc=[25]
弦楽三重奏のための《セレナーデ》——13種類もの編曲版が出版された隠れた名曲の筆頭
https://ontomo-mag.com/article/playlist/oyasumi084-20200308/

1792年、22歳のベートーヴェンは故郷ボンを離れ、音楽の中心地ウィーンに進出します。【天才ピアニスト時代】では、ピアニストとして活躍したウィーン初期に作曲された作品を紹介します。


13種類もの編曲版が出版された隠れた名曲の筆頭 弦楽三重奏のための《セレナーデ》

1796年から97年にかけて作曲されたこの《セレナーデ》は、ベートーヴェン作品中でももっとも広く親しまれた音楽である。

7楽章編成だが、両端楽章(1、7楽章)は同じ行進曲による入退場の音楽だ。

喜びにあふれた、生彩に富んだ行進曲で始まる。ピチカート奏するチェロを伴いヴィオラの重音和音のうえにヴァイオリンが優美な主題を歌う。

第3楽章メヌエットに続く、ニ短調の第4楽章は2拍子のアダージョで、チェロの伴奏音形の上にヴァイオリンとヴィオラの二重奏による哀愁に満ちた音楽が静かに流れるが、これを打ち消すかのように2拍子、ニ長調のスケルツォがアレグロ・モルトで現れる。

第5楽章は明るいヘ長調、3拍子のポラッカ舞曲。

そして、第6楽章はアンダンテ・クワジ・アレグレット、2拍子のニ長調主題と4つの変奏、そして、8分の6拍子による変奏的コーダが続き、楽章終止として再び2拍子の変奏コーダが付加されている。

そして、退場行進曲だ。ベートーヴェン生存中に何度も再版され、とくにパリとロンドンでは大人気を博した、また、小編成の弦楽オーケストラや管楽四重奏、ピアノとヴィオラ、ピアノとフルート、ギターとフルート等々13種類ほどの編曲版も出版されていた。隠れた名曲の筆頭と言ってよい。

解説:平野昭

3人で演奏しているとは思えないくらい、厚みのある響きですね。さすが、「隠れた名曲の筆頭」です。

作品紹介
弦楽三重奏のための《セレナーデ》Op.8
作曲年代:1796〜97年?(ベートーヴェン26〜27歳?)
出版:1797年10月

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http://www.asyura2.com/21/reki6/msg/276.html#c1

[近代史6] 最美の音楽は何か? _ ヨハネス・ブラームス『クラリネット三重奏曲 イ短調 作品114』 中川隆
1. 中川隆[-17342] koaQ7Jey 2021年8月08日 15:08:44 : nuwvXQTCPk : UGxwQzNyckhmQWc=[26]
ドレーパー

Brahms Clarinet Trio (Draper, Squire, Harty, 1924)




Haydn Paul Draper, clarinet
William Henry Squire, cello
Hamilton Harty, piano

Recorded October 21, 1924, in Columbia's Petty France Studios, London, on 78-rpm matrices AX 692 through 697. Issued in Great Britain as Columbia L 1609 through L 1611 in February, 1925, and in the USA as 67101-D through 67103-D (Masterworks Set No. 19).

http://www.asyura2.com/21/reki6/msg/283.html#c1
[近代史6] 最美の音楽は何か? _ ヨハネス・ブラームス『クラリネット五重奏曲 ロ短調 作品115』 中川隆
1. 2021年8月08日 15:49:44 : nuwvXQTCPk : UGxwQzNyckhmQWc=[27]
ケル

Brahms - Clarinet quintet - Kell / Busch live



Reginald Kell
Busch String Quartet (Adolf Busch - Bruno Straumann - Hugo Gottesmann - Hermann Busch)
Live recording, New York, 19.XII.1948





Busch Quartet & Reginald Kell - Brahms : Clarinet Quintet Op.115 (1937) 再復刻










Reginald Kell, clarinet (England, 1906 - 1981)
Recorded in London, 10 October 1937
transferred from Jpn Victor 78s / JD-1534/7(2EA-5488/95)

Reginald Kell(Clarinet)
The Busch String Quartet
 Adolf Busch(1st Violin)
 Gösta Andreasson(2st Violin)
 Karl Doktor(Viola)
 Hermann Busch(Cello)

http://www.asyura2.com/21/reki6/msg/284.html#c1
[近代史6] 最美の音楽は何か? _ ヨハネス・ブラームス『クラリネット五重奏曲 ロ短調 作品115』 中川隆
2. 中川隆[-17341] koaQ7Jey 2021年8月08日 15:58:21 : nuwvXQTCPk : UGxwQzNyckhmQWc=[28]
ウラッハ

Brahms: Clarinet Quintet, Wlach & Vienna Konzerthaus Quartet














Leopold Wlach (1902-1956), Clarinet
Vienna Konzerthaus Quartet (Wiener Konzerthaus streicherquartett)
 Anton Kamper, 1st Violin
 Karl Maria Titze, 2nd Violin
 Erich Weiss, Viola
 Franz Kwarda, Cello

ca.1950 Vienna

http://www.asyura2.com/21/reki6/msg/284.html#c2
[近代史6] 最美の音楽は何か? _ ヨハネス・ブラームス『ハンガリー舞曲集』 中川隆
1. 2021年8月08日 19:05:17 : nuwvXQTCPk : UGxwQzNyckhmQWc=[29]
ムター

Brahms: 21 Hungarian Dances, WoO 1 - Transcription Joseph Joachim - No. 1 In G Minor
Anne-Sophie Mutter · Lambert Orkis



Anne-Sophie Mutter - Tango Song and Dance
℗ 2003 Deutsche Grammophon GmbH, Berlin





Brahms: Hungarian Dance No.1 In G Minor, WoO 1 (Live From Yellow Lounge)
Anne-Sophie Mutter · Lambert Orkis
℗ 2015 Deutsche Grammophon GmbH, Berlin







Brahms: Hungarian Dance No.2 In B Minor
Anne-Sophie Mutter · Lambert Orkis



Anne-Sophie Mutter - The Berlin Recital
Released on: 1996-01-01



Anne-Sophie Mutter "Hungarian Dance No2" (Brahms) @ Théâtre Marigny (Paris)




Anne Sophie Mutter playing "Hungarian Dance No2" (Johannes Brahms) at the Théâtre Marigny in Paris on January 25, 2010. With Lambert Orkis, piano. Benefit concert for "La Maison de Solenn".



Brahms: Hungarian Dance No.5 In G Minor
Anne-Sophie Mutter · Lambert Orkis



Anne-Sophie Mutter - The Berlin Recital
Released on: 1996-01-01



Brahms: 21 Hungarian Dances, WoO 1 - Transcription Joseph Joachim - No. 6 In D Flat



Brahms: 21 Hungarian Dances, WoO 1 - Transcription Joseph Joachim - No. 6 In D Flat · Anne-Sophie Mutter · Lambert Orkis



℗ 2003 Deutsche Grammophon GmbH, Berlin



Anne-Sophie Mutter: Brahms: Hungarian Dance No.6 in D flat - transc.
Piano by Joseph Joachim.



Released date: October 10, 2006, Original Release Date: November 30, 2005.




Brahms: 21 Hungarian Dances, WoO 1 - Transcription Joseph Joachim - No. 7 In A Major
Anne-Sophie Mutter · Lambert Orkis




Anne-Sophie Mutter - Tango Song and Dance
℗ 2003 Deutsche Grammophon GmbH, Berlin

http://www.asyura2.com/21/reki6/msg/296.html#c1
[近代史6] 最美の音楽は何か? _ ヨハネス・ブラームス『ヴァイオリンソナタ第2番 イ長調 作品100』 中川隆
1. 2021年8月08日 19:09:22 : nuwvXQTCPk : UGxwQzNyckhmQWc=[30]
ムター

Brahms: Sonata For Violin And Piano No.2 In A, Op.100
Anne-Sophie Mutter · Lambert Orkis
℗ 2010 Deutsche Grammophon GmbH, Berlin







http://www.asyura2.com/21/reki6/msg/288.html#c1
[近代史6] 最美の音楽は何か? _ ベートーヴェン『弦楽四重奏曲 第9番 ハ長調 作品59-3』 中川隆
1. 2021年8月08日 20:17:19 : nuwvXQTCPk : UGxwQzNyckhmQWc=[31]
バリリ四重奏団


Beethoven String Quartet No.9 in C major,Op.59"Rasoumovsky No.3"(Barylli Quartet1956)








Barylli Quartet
 Walter Barylli(1st Violin)
 Otto Strasser(2nd Violin)
 Rudolf Streng(Viola)
 Emanuel Brabec(Cello)

Rec. 1955, at Mozart Hall (Mozart-Saal), Konzerthaus, in Vienna

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