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猿人間のジャップには毒入り牛肉でも食わせておけ
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投稿者 中川隆 日時 2010 年 9 月 25 日 11:42:15: 3bF/xW6Ehzs4I
 


【ニューヨーク時事】前原誠司外相は23日、クリントン米国務長官との会談で、日本による米国産牛肉の輸入制限問題について、「月齢制限緩和を一つの可能性として検討し、できるだけ早く方向性を出したい」との意向を表明した。日本は米国でのBSE(牛海綿状脳症)発生に伴い、輸入を月齢20カ月以下の牛に限定しており、これを緩和する方向で検討する考えを示したとみられる。

日本側の説明によると、前原外相は会談で「双方の受け入れ可能な解決に向けて現実的な議論をしていきたい」と発言。クリントン長官は「そういう議論を楽しみにしている」と応じた。 


牛肉輸入制限「緩和の議論していない」 鹿野農水相
2010年9月24日19時42分

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アメリカ産牛の輸入再開と同時に2005年12月にアメリカ側でも日本産牛の輸入を再開したと言う

ところが日本に対するアメリカ側からの安全衛生基準は極めて厳格で厳しいものだった こと

牛肉の輸出入基準だけとってもこれほどの日米格差、いや日米差別があったとは!

ましてやこういう話は今までなぜ出てこなかったのか? 政府による報道管制か??? 許せん

食べる側の人が安心できないって言ってんだから、消費者のニーズってのは無視かい?

「全頭検査は科学的根拠がない」とめちゃめちゃな言い分で輸入解禁を迫ったアメリカ

農務省 生後21ヶ月を目視で判断って、それこそ「科学的に根拠がない」のはお笑い種

だ その辺よーく分かっているアメリカは、18歳に満たないような(これも目視のようだが-笑-)女性従業員が6秒に1体吊るされてラインを流れてくる枝肉を目視で20ヶ月以下を判定しているのだそうだ 「やるだけムダだ」って言うメッセージかい


特定危険部位の背骨が成田税関で見つかったときのアメリカの第一声

「申し訳ない。しかしこの背骨にしてもアメリカの基準では問題ない。悪いのは"日本の基準"の方だ」

と聞いて思わず頭からピーッと湯気が出てしまった

約束さえも守らずに、約束の中身が悪いと言い張る


バレーボールに勝てなければアメリカ有利にルールを改定

スキージャンプに日本が強くなると、大柄の選手に有利なようにルールを改定 自分たちが勝てないのはルールが悪いと言う論理思考

悪いルールは変えればいい お手盛りルールを作っては「フェアで」「自由な」「競争を」と鼻高々に胸を張る

旗色悪けりゃ席を蹴る 京都議定書見れば分かりやすい

滅茶苦茶な自分勝手がまかり通ると言うのがお国柄

これをフェアと言い得るのか???


信用するに足るかという点で否のアメリカの実情のため、プリオン専門調査会も現地調査するということを前提とした答申を出している

これを受けて輸入再開前に現地調査するということを前提にした閣議決定を出す形に形だけで中身のないのは誰しもが危惧したところさてコイズミ内閣が「目を瞑って信じた」と言うアメリカからはすっかりやられたわけだ

「悪いのはアメリカ」??? 馬鹿なこと言うな!コイズミおまえのせいだ

姉歯が悪いと言っているヒューザー小嶋以下の最低漢

しかも接待付け"念のため"確認団のスケジュールも輸入解禁決定と前後が違うと言うじゃない

ブッシュ様、アメリカ様のいいつけだけを守っていれば権力維持できると思った驕りかここに露呈する

税関とおらないアメリカ産牛は大量に保税倉庫に貯まっていく船の上も含めてざっと在庫2000t 損害は20億円を下らないと言う


反対側から見てみれば、日本からアメリカへの牛肉輸出もあるという

在米和食料理店向けに1990年ころから始まった「日本産牛」の対米輸出

ところが2000年、日本で「口蹄疫」発生 ついで2001年に日本国内でBSE発生 これ以降全面的輸入停止がアメリカより言い渡される

アメリカより長い間輸入禁止が言い渡されていた日本産牛であるが、2005年12月の日本側の輸入解禁とバーターのようにアメリカ側も輸入再開

しかしずさんなアメリカの検査体制とはまったく逆に、そのアメリカは日本に対してずっと厳しい査察をしていると言う

日本国内のアメリカ農務省認定食肉加工業者は4箇所のみ

これらすべてはアメリカが指定した

そのひとつ群馬県の食肉加工業者

年に1度アメリカ農務省検査官の立会いによる厳しい「査察」「監査」がある 書類も山のように作成を義務付けられていて、とても「検査」や「確認」レベルではないという 人的労力と費用が膨大にかかる


たとえば保冷庫の温度管理ひとつをとってもアメリカから押し付けられている基準は以下のように厳しい 1時間毎に温度計をチェックし適切な温度が保たれているかどうかを確認し、記録し、書類を作成する

さらにはこの温度計自体が壊れていないか、正確かを1日1回確認し、記録し、書類を作成する アメリカが日本側に義務付けるからにはアメリカが最低限必要だと思っているのがこの基準なのだろう


では、その範たる(笑)アメリカは?

再開当初40もあった米食肉処理施設の決定には、消費者である日本側の意向はまったく反映されず 「アメリカのやることに口を出すな」ということだろうか?

日本国内の食肉処理施設の決定には、アメリカ側の意向が「重視」されているのとは雲泥の差だ

さらに今回の特定危険部位混入をもってなされたアメリカ農務省による調査結果では、対日輸出を許可された加工工場のそのほとんどが「まともな管理はできません」とのレポートが出る始末

何なんだこの差は?

人として単純な疑問だ なぜ同じことができないのか?

グローバルスタンダードだろう? アメリカンスタンダードだろう?

しょせん日本産牛のコストを少しでも上げて、米国産牛のコスト競争力を"後方支援"したいなんて小賢しい考えだろう

何かにつけては非関税障壁だの、報復関税スーパー301条だの、金のことしか頭にないお国柄

食肉団体でのスピーチで「こんなにおいしい牛肉が食べられない日本はかわいそうだ」と言って笑ったブッシュ そのブッシュ自身が実は牛肉を食べるのを避けていると言うからお笑いだ もう脳みそはスポンジ化しているようだから安心して食べていいよ、キミの場合は
http://www.asyura2.com/0601/senkyo19/msg/596.html


アメリカ人の植民地総督の様な振舞いの日本政府 2006年1月26日付


 アメリカ産牛肉の輸入をめぐって、狂牛病の大騒ぎをしたあげくに輸入解禁となったが、さっそく禁止した脊髄つきの肉を送りつけていたことが判明。アメリカの輸出企業もさることながら、立ち会った国の検査官も、なにが禁止のとり決めであるかも知らなかったといっている。日本では大騒ぎをしたが、アメリカでは「日本人に毒を食わせてなにが悪いか」という調子であったわけである。一連の顛末は、小泉政府というものが、どれほど日本の国益を売り飛ばしたアメリカに卑屈な代理人であるかという現実をさらけだしている。

 日本では、輸入飼料による狂牛病が発生したり、輸入肉がらみのO157の病気がはやったり、輸入飼料を食ったニワトリが鳥インフルエンザになって大量処分されたり、輸入される野菜や穀物類も鮮度偽装の有害農薬まみれであったりしている。「健康は食から」というが、「病気は食から」という物騒な世の中になっている。市場原理・金もうけ万能が叫ばれて、国民生活の安全を保障するという政府のやるべき社会的機能がまるで信頼できなくなっているのである。

 アメリカの輸入農畜産物がいい加減になるのと対比して、肉や魚など食料品をあつかう日本の業者のところでは、規制がきわめてきびしくなっている。肉の屠畜作業は無菌室を条件にしたり、鮮魚は屋根のないところでさばいてはならないとか、魚の加工も保健所がうるさくいって来る。これが「アメリカ基準の採用」と称してやられている。国内の生産・加工を規制強化でしめ上げることが、いい加減な輸入物を無制限に規制緩和するためにやられているのだ。「グローバル・スタンダード」どころか、完全な二重基準である。

 この基本的な問題は、歴代政府が一貫してやってきた、国内では食糧自給ができないようにして、食糧はアメリカを中心とする外国から輸入し、日本の独立を放棄するという売国政治にある。

 現在小泉政府は、アメリカがつくった具体的な要求プランに従って、アメリカ基準の経済、社会への改革をすすめている。その結果、姉歯事件に象徴されるいつ倒れるかわからぬホテルやマンションの強度偽装という詐欺がはびこり、自民党が「改革の旗手」と持ち上げたホリエモンが詐欺商法で逮捕され、もうけ一点張りのJRは事故が連続するような社会になった。株などの投機をこととする不労所得者が「勝ち組」といって大きな顔をし、社会を支えて働くものは食っていけない状態に追いこまれ、アメリカの借金肩代わりのための働き蜂にしている。そして日本をアメリカの国益のための戦争に動員し、その戦場にまでしようとしている。

 アメリカはかつての戦争で、広島、長崎、沖縄をはじめ全国の都市で、罪のない無辜(こ)の非戦斗員数十万人を虫けらのように殺した。戦後日本を単独占領し、やったことは食糧をとり上げて、日本人を飢餓状態におき、そこにアメリカでは家畜に食わせていたような余剰農産物を与えてありがたがらせたことである。「イエロー」とか「ジャップ」などといって侮蔑してきたが、この状態が戦後61年たっても変わっていないどころか、ますます露骨になっているのである。

 そして小泉は、何事によらずアメリカに喜ばれさえすれば幸せという態度で、アメリカ人の植民地総督のようなふるまいをしている。アメリカ産牛肉の輸入騒ぎは、対米従属の象徴的な事件である。これは、社会の安全も、勤労者の生活の安定も、平和の問題も、国の独立という問題を避けては実現しないことを示している。
http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/amerikajinnosyokumintisoutokunoyouna.htm


食糧自給破壊が根本問題 アメリカ産牛肉問題
            卑屈な日本政府の売国政治  2006年1月26日付


 アメリカから輸入した牛肉に狂牛病(BSE)の危険部位である脊柱(背骨)がついていた問題は、アメリカが日本人を家畜ほどにしか見なさず、日本を植民地あつかいしている象徴的な事件として、日本人民のなかに激しい民族的な怒りを呼び起こしており、アメリカに追随する売国奴である小泉政府にたいする糾弾の声が高まっている。


  生産者も消費者も共通の怒り

 食品の安全や公衆衛生にかかわっている下関市保健所の関係者は「米国の検査官が脊柱を除去しなければならないことを知らなかったというのは、日本では考えられないことだ。これは国と国とで確認した基準だ。一企業の従業員が知らなかったという問題ではない。もしこれが、日本側が犯したまちがいであったら、国際的な大問題に発展していただろう。日本はアメリカからなめられている」と語っていた。

 また、下関市内唐戸市場の商店主は「鮮魚を売るにもいろいろ規制があって、保健所がうるさい。木の売台ではだめでステンレスにしろとか、魚を調理するのに屋根つきの小屋をつくれとかいってくる。スーパーに入った鮮魚店は“無菌室”をつくれといわれたと困っていた。国内の漁民や商売人にはそれほどきびしいのに、輸入ものは規制緩和・自由化でどんどん入れる。今度のアメリカ産の骨付き牛肉にしても、アメリカから日本がなめられているからだ」と話していた。

 とってきた魚を立ち売りで販売している海士郷の漁業婦人は「うちの漁協でやっている養殖のカキは保健所の検査を受けないと販売できない。国産のものほど安全なものはない。外国産のものは、牛肉も魚も野菜も安心して食べられるものがない。ほんとうに安全性を保障するというのであれば、政府はもっと国産の肉や魚や野菜を奨励すべきだ」と語っていた。

 下関市内の畜産家は「小泉政府がアメリカのいうことを“はい、はい”と聞くから、アメリカは“日本にならなにをしてもたいしたことはない”と今度のようなことをやる。これ以上アメリカになめられないように、日本側もきびしい態度で臨まないとだめだ」と語った。また、酪農家は「国は狂牛病対策で生産者を対象に牛の飼料検査を強化するといってきているが、牛の飼料はほとんどが輸入だ。自分のところでつくるエサはない。国内の生産者をしめつけるまえに、エサをつくっている外国の業者のとりしまりをしっかりしてほしい。狂牛病の原因はエサだということがはっきりしているのだから、輸入するエサをとりしまるのが一番なのに、国内の生産者ばかりしめつける」と怒る。

 日本の食糧自給率はわずか4割で、6割を外国からの輸入に頼っている。それと同時に近年O157、鳥インフルエンザ、口蹄(こうてい)疫、それに狂牛病など日本にはなかった伝染病が猛威を振るうようになった。また、残留農薬問題や、ポストハーベスト問題などがとりざたされ、「安心して子どもに食べさせられない」と母親たちの不安は募っている。

 今回の米国産牛肉問題も、日本の酪農・畜産が破壊され、アメリカをはじめ外国産牛肉の輸入増大のなかで起こった問題である。

 牛肉の自給率を見ると、1965年には95%とほぼ自給していたものが1991年にアメリカの圧力で輸入自由化され、2004年には34%にまで落ちこんだ。穀物自給率はわずか28%で、牛の飼料も大部分がアメリカなどからの輸入である。現在牛肉の70%近くが輸入で、狂牛病発生以前は30%以上をアメリカから輸入していた。


  米国に市場明け渡す 意図的な国産破壊

 戦後の農政をふり返って見ると、アメリカに農産物市場を明け渡すために、意識的に国内農業を破壊してきた歴史である。1961年の農業基本法は、「選択的規模拡大」と称して、日本の伝統的な稲作を主体にした複合的多角的経営から、稲作をつぶしてアメリカ型の農業である、ミカンや酪農・畜産など単作経営の規模拡大を奨励した。

 多額の借金をかかえさせて何千万、何億円単位の投資をさせ、ミカンや酪農・畜産に転換させたあげく、農産物を輸入自由化した。農産物価格は暴落し、借金地獄に落としこみ、夜逃げや自殺という数えきれない惨事をともなった離農、農地のとりあげが進行した。アメリカの牛肉が日本市場の三割をも奪うには、こうした農民の血が大量に流れている。

 日本の酪農・畜産を徹底的に破壊したアメリカは、2003年に狂牛病感染牛が発見されても、もはや日本が牛肉を自給することはできず、アメリカからの牛肉輸入を長期間ストップすることはないと見て、「日本のような全頭検査は世界の非常識」などといい、安全対策なしでの輸入再開を小泉政府に迫った。

 小泉政府は、2001年に日本で狂牛病感染牛が発見されて以来、国内の生産者には牛の全頭管理・検査体制をきびしく徹底してきた。牛が生まれてから死ぬまで、どんなエサをいつやったかなど、ことこまかに記録させて管理する体制をとっている。狂牛病の発生は国内の酪農・畜産に重大な打撃を与えたうえに、規制の強化がさらに農家の首をしめている。ところがアメリカで狂牛病が発生すると、米国産牛肉には全頭検査は要求せず、「20カ月以下」で「特定危険部位の除去」なら検査なしで輸入解禁という大幅な譲歩をおこなった。それもアメリカでは牛の個体管理はやっておらず、「20カ月以下」を判断する手段はないことも、特定危険部位除去の保証もないことも専門家が警鐘を鳴らしていたなかでの輸入再開であった。

 こうした小泉政府のアメリカべったりの姿勢が、今回の特定危険部位である脊柱付きの牛肉が堂堂と日本に入ってくる背景にある。アメリカ側は「日本人には毒入り牛肉でも食べさせておけ」という姿勢であり、小泉政府はそれをありがたく輸入するという売国奴ぶりである。


   規制強化で危険拡大 魚や野菜も同じ★ハ

 牛肉問題と同じように、農産物や魚介類の安全基準は、国産と輸入ものでは大違いのダブルスタンダードがまかりとおっている。下関市保健所の職員の話ではO157や狂牛病の発生を機に、ここ10年くらいまえから食品の安全や公衆衛生への規制がきびしくなっている。食品衛生法の基準にもとづいた山口県の条例では、鮮魚の路上での販売も、客の依頼以外は包丁でさばいてはいけない。とか、冷凍機付き冷蔵施設が必要等等。唐戸市場のなかでも魚を調理するためには、その他の空間とのしきりが必要など、ひじょうに細かい基準がある。また、ぬきうちの検査もある。また、野菜の残留農薬は250種類、動物医薬品は魚介類へのホルマリンなど33種類が検査対象にあがっている。ところが、輸入ものとなると、野菜の残留農薬にしても、魚のホルマリンにしても、あけてとおされている。「食中毒をなくす」「食品の安全のため」という保健所のとりしまりが強まれば強まるほど、国内の農漁業生産に打撃を加え、アメリカなどからの毒入り輸入農水産物の市場を拡大する効果になっている。

 下関市保健所の職員は「規制を強化し、とりしまりも強めているが、いっこうに食中毒はへらない」と語っている。それは当然のことで、六割も輸入食料に頼っており、輸入食料への規制を強めなければ、いつまでたっても食中毒はへらない。

 下関市内の中学生の子どもを持つ母親は「子どもは肉が大好きだが、アメリカ産牛肉は買わない。国産しか買わない。野菜も近くの農家からもらったり自分でつくったりしている。輸入ものは子どもには食べさせたくない。だが、ハンバーガーなどにはアメリカ産牛肉が入っているだろうし、わからないうちに食べさせられている。個人での抵抗は限界がある。国民が安心して食べられるように、国が食糧を自給するようにすべきだ」と切実に語る。

 アメリカの側は

「もはや日本人の胃袋の六〜七割は占領した。

アメリカ産なしに日本人は生きてはいけない。

黄色人種のジャップには毒入り肉でも食わせておけ」

といった具合である。こうしたアメリカの態度に「アメリカはいまだに占領軍意識だ。敗戦国の日本人にはなにをしてもいいという態度だ」「敗戦まぎわの日本全国の空襲や原爆で民間人を何十万と殺しても謝らない態度と同じだ」と戦後60年の経験をへて、あらためてアメリカの日本支配にたいする怒りをたぎらせている。

またアメリカに追随し、日本を売り飛ばす小泉政府にたいする糾弾の声が高まり、「今回の問題で、いいかげんな譲歩をするな。アメリカに厳重に対処すべきだ。日本人はアメリカにたいしてこれ以上黙っているべきではない」と行動を求める世論が渦巻いている。
http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/syokuryoujikyuhakaigakonponmondai.htm


2007年05月30日
農林水産大臣自殺の背景

日本に対し農産物輸入「完全自由化」を強く求める、欧米の多国籍食品企業。

その攻撃の前面に立たされる農林水産大臣。

一例として、狂牛病を巡り激しい攻防を日本の農林水産大臣と繰り広げてきた米国の牛肉業界の内情を探って見る。

世界の「食料倉庫」として牛肉輸出を強力に推進する米国の食肉業界は、アーマー社、スウィフト社、タイソン・フーズ社(鶏肉専門)等、わずか数社によって全米の食肉業界が支配されると言う極端な権力集中体制を取っている。

こうした食肉流通の独占企業は、その食肉加工工場の建設費用、輸送冷蔵トラック購入費用、そして巨大牧場の建設・運営費用を巡り、完全にブッシュ大統領一族の銀行シティバンクに経営を握られて来た。

さらに家畜に食べさせる配合飼料の販売元である穀物商社カーギル=モンサント社により、家畜の飼育段階から完全に支配下に置かれている。

ベトナム戦争で使用された化学兵器枯葉剤を製造し、遺伝子組み替え食品の独占企業でもあるモンサントは、ブッシュ一族とそのボス、ロックフェラーにより経営されている。

食肉業界は、こうしてブッシュ=ロックフェラー一族により完全に支配下に置かれている。それはロックフェラー一族が、元々クラーク・ロックフェラー商会という食肉業者として商売を始めた歴史からも来ている。

かつて、このアーマー社の社長J・W・マッキントッシュが、米国中央銀行FRBの理事を務め、また第二次世界大戦後、初めて日本に駐留したCIAの初代日本課長カールトン・スウィフトが、スウィフト社の社長として日本に牛肉消費を強力に売り込んだ(押し付けた)歴史を持つように、米国の食肉業者はそのまま米国の金融業界、そしてスパイ業界の中核を占めて来た。

日本人に牛肉を「食べるように」推進した事は、米国食肉業界のCIAエージェントの「国策・工作」であった。


このCIAが日本を含め世界各国の国会議員、政治家達の女性スキャンダル、裏金作り情報、松岡農林水産大臣の「なんとか還元水」問題等の情報を調査・把握し、米国に逆らえば日本の東京地検特捜部に匿名ファックスを送り付けて来る事は日常的に行われている、常識的な「慣例」である。

小泉元総理が学生時代に犯した日本女子大学の大学生に対する強姦事件と、神奈川県警に逮捕された小泉元総理の警察の取り調べ調書も米国側は当然握っていた。小泉はこれで完全に 「操り人形」と化していた。

現在では、極東最大のスパイ組織キャンプ座間にある米国陸軍第500軍事情報大隊が総力を上げ、日本の政治家、企業経営者達のスキャンダル情報の調査・ 蓄積を行っている。

相手は軍隊である。無防備な農林水産大臣1人を「潰す」事は簡単である。


このロックフェラー=ブッシュの食肉企業の子会社として日本で活動してきたのが、ハンナン=フジチクという食肉輸入の独占企業である。

カナダ、オーストラリア産の食肉も含め、このハンナン=フジチクは日本の食肉輸入の70%を単独で独占して来た。その社長浅田満は、暴力団山口組の5代目組長(先代)渡辺芳則の舎弟であり、暴力団山健組の組員である。

ロックフェラー=ブッシュ一族が、山口組と食肉輸入を巡り、過去一体化して来た歴史がここに見える。

米国産牛肉には、輸入価格に広域暴力団山口組の活動費用が「上乗せ」され、不当価格で「販売」され続けて来た。牛肉を買う事が、そのまま山口組の活動費用を「寄付」する構造になって来た。山口組は、その利益を自民党の橋本龍太郎、野中広務に「上納」し、政界へのパイプとして来た。

この山口組のボス橋本= 野中が、「郵政民営化」問題で小泉元総理によって潰された。親分を潰されたヤクザが「手段を選ばず」報復に出る事は眼に見えている。

しかも山口組と小泉、そして安倍政権の間には因縁の対立があった。

第二次大戦中、現在の北朝鮮、韓国で麻薬売買を行っていた山口組は、中国本土で麻薬売買を行っていた岸信介=安倍晋三総理の祖父と、その子分である右翼の児玉誉士夫と激しい縄張り争いを行った天敵の関係であった。

安倍総理の資金源である祖父岸信介の麻薬ビジネスは山口組と激しく対立し、それはそのまま戦後の日本国内における、安倍=岸=右翼児玉と山口組との麻薬売買の縄張り抗争となって現在まで続いている。

山口組が執拗に牛肉問題を巡り、安倍晋三の閣僚、農林水産大臣を脅迫、追い詰める理由はここにある。

また小泉元総理と山口組とも因縁の対立がある。

小泉元総理は、山口組=食肉業者ハンナンの社長浅田満を逮捕させた。

名目は、鶏の病原菌感染死を厚生労働省に報告しなかった、牛肉の輸入元、生産地を偽装したという問題で容疑の固めやすい後者での立件ではあったが、警察の立件理由は名目上の「別件逮捕」でしかない。(オウム真理教の幹部が住居侵入や偽証罪で次々逮捕された歴史からも分かるように、「表向き」の逮捕理由に余り意味は無く、そこに「真相」がある・・と考える事も無意味である。)

ハンナンを立件した真相は、広域暴力団稲川会の幹部を祖父に持つ稲川会直系の小泉元総理が、稲川会と激しく対立する山口組の資金源ハンナンを潰しにかかったものであった。安倍総理の資金基盤である祖父岸信介=児玉誉士夫の麻薬組織も、それを「良し」とした。

逆上した山口組は、米国の輸入牛肉を徹底的に調べ、狂牛病の原因になる骨髄が入っている事をマスコミに暴露し、小泉のボス=ブッシュ=ロックフェラーを日本の輸入牛肉市場から追放した。

危険な輸入牛肉が摘発されたのは、日本の食肉検査官が「たまたま正義感を回復」したからでは全く無かった。日本の輸入食品検査官が「正義感から危険な食品を摘発」した事など、過去にも現在にも一度も無い。

日本の山口組が総力を上げ、ハンナンの社長を逮捕した小泉の「顔にドロを塗った」のである。

小泉のように、ブッシュ=ロックフェラーに対し「郵便貯金を全て貢ぎ物として差し出す」ような「手土産」の無い安倍総理は、米国食肉マフィアから小泉時代以上に激しい圧力を加えられる。矢面に立ったのが農林水産大臣である。

また小泉のように稲川会という広域暴力団のバックアップの無い安倍政権に対しては、山口組の攻撃は激化する。しかも山口組にとって天敵=岸信介の後継者、
安倍晋三である。さらに山口組はボスの橋本=野中を潰され、ヤクザのメンツを潰されている。

米国マフィアと日本マフィアに挟まれた農林水産大臣は圧死した。
http://alternativereport1.seesaa.net/article/49609103.html

武器としての食糧戦略  


米国は、自国の余剰農産物を他国に「強制的に輸出し」、その事で他国の食糧自給を破壊し米国への依存を強制し、また米国に反対する政策を取った国へ食糧輸出を止め相手国を窮地に追い込む戦略、いわゆる「武器としての食糧」戦略を採用している。

 これは貿易政策ではなく軍事戦略である。

 日本の食糧自給、日本の農業は、この軍事戦略により破壊されて来た。

 この軍事戦略を法的に規定しているのが、1954年制定の農産物貿易促進援助法(公法480号、通称PL480)である。

 これは他国の食糧自給を破壊し米国の穀物商社の支配下に置く目的で、食糧を極度に安い価格で輸出するため米国政府が食糧輸出に補助金を出すという法律である。大規模農業の経営で競争力の強い米国の農業=穀物商社が、この補助金制度でさらに極度に安価な農産物輸出を行い、他国の農業を破壊する事になる。

 この法律は、米国の「農産物を集中豪雨のように輸出可能にした」と言われている。

 この公法480号の第三項には、戦略物資(兵器)と農産物のバーター取引の項目がある。この場合の農産物(換金性の高い農産物)とは麻薬の事であり、米軍とCIAが貧しい国に麻薬の生産を行わせ、その麻薬とバーター取引(物々交換)で米国製兵器を売ると言う事である。


ミャンマー等のような軍事独裁政権が麻薬を生産し、その麻薬とバーター取引で米国製兵器を購入し、独裁政権維持のためその兵器を使用するという世界中に見られる軍事独裁政権の「経営パターン」は、このPL480の第三項により米国政府が「合法化」しているのである。

 これは米国軍事産業の武器販売=利益目的の殺人援助が、農産物輸出とバーターになっている事、穀物商社の活動が兵器輸出活動=戦争創出活動になっている事を示している。

 穀物商社は軍事産業である。

 軍事独裁政権の「運営資金」は、軍事独裁政権と米軍、CIA共同による麻薬生産=武器販売により生み出され、その利益はそのまま米軍、CIAの活動資金になって来た。これが軍とスパイ組織の「自助努力」である。

 世界中に拡がる麻薬と兵器が、どのような「仕組み」で拡がって来たかをこれは示している。

 特にアフガニスタン、ウズベキスタン、カザフスタン等の「特産」である綿花は、その生育条件がケシの実=アヘン=ヘロインと極めて類似している。綿花畑は利益の高い麻薬畑に容易に転換される。穀物商社による綿花生産の拠点は、そのまま米軍、CIAによる麻薬生産拠点である。

 綿花の輸出船は、そのまま麻薬の輸出船となっている。

 穀物商社とはCIAの麻薬生産部隊の別名である。

 アフガニスタン、カザフスタン等の世界最大の麻薬地帯は、ロックフェラーのシェブロン石油の支配圏であり、米国共和党次期大統領候補コンドリーザ・ライスの企業がシェブロンである。


カザフスタンの石油利権を所有し、シェブロンとカザフスタンの原油売買を「仕切る」カザフスタンの石油マフィア=リチャード・グリフィンは、カザフスタンの麻薬アヘン・マフィアでもある。ライスとこのアヘン=ヘロインの売人グリフィンは「親密な仕事仲間」である。

 この地域の綿花=麻薬栽培をロックフェラーの穀物商社カーギル社が「仕切っている」意味が、公法480号により明確に浮かび上がってくる。
http://alternativereport1.seesaa.net/


このようなエタノールの欠陥はNHKの番組でも触れられていなかった。作られたエタノールを専用タンク貨車で運んでいた理由がそれで分かった。さらに遺伝子組み換え作物で作られるようになると食用へは転用できず、農地は強力な農薬とそれに耐えられるGMO種子の作物に限られてしまう。つまりモンサントの子会社の提供する種子でしか育たなくなったしまうのだ。

アメリカ政府はエタノール生成の為と言って様々な補助金を出していますが、そのような企業にはラムズフェルドなどの元政府高官が重役に成っている。日本はアメリカの保護国であるがためにグローバルスタンダードと称して様々な規制撤廃を命じてきていますが、狂牛病の恐れのある牛肉や遺伝子組み換え作物などを売りつけて日本人を人体実験の代わりにしているのだ。

以前の株式日記でアメリカでミツバチがいなくなったことを書きましたが、原因としては遺伝子組み換え作物の花の蜜が影響してミツバチが死滅してしまったようだ。人間が遺伝子組み換え作物を食べた場合にもどのような影響が出るのかまだ研究されていない。

気がついたときはGMO作物によって日本人が死滅する可能性すらあるのだ。中国からは農薬入り野菜を売りつけられ、アメリカからは遺伝子組み換え大豆やコーンが混入したものを日本人は食べている。アメリカの農家は金になりさえすればどんなことでもするだろう。
http://asyura2.com/07/bd51/msg/239.html

日本が米国に反旗を翻した場合、日本に対する食料輸出を止め日本を窮地に追い込み、どのような不合理な要求にも日本が屈伏し、欧米諸国の命令に「従う」。そのような属国に日本を追い込むためには、日本の食料自給を徹底的に破壊し、食料を外国からの輸入に依存する体制を「作らなくてはならない」。

 先進国が軒並み80%を超える食料自給率を達成している中で、既に日本の自給率だけが、40%以下になっている。日本にとっての最後の「堤防」はコメの自給であるが、貿易の自由化を推進するWTOは、日本に対し「コメの輸入自由化を行え」と強硬に迫っている。広大な土地で機械化されたコメ生産を行う米国等の農業に対し、貿易自由化を行えば価格差から日本のコメ生産は崩壊する。WTOの推進する「貿易自由化」は、文字通り日本の「亡国」への道である。

 このWTOの対日要求は、現在ドーハ・ラウンドと呼ばれる段階に達しており、特に「投資環境の整備」「競争原理の明確化」が強い対日要求となって来ている。

 「投資環境の整備」とは、外国の銀行等が日本の企業を「自由に乗っ取る」事が出来るように、日本企業同士の株式持ち合い比率を下げろ等と言った話であり、かねてからの「金融自由化」の一環である。
http://alternativereport1.seesaa.net/article/78201055.html


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関連投稿

日本人を馬鹿にしきったアメリカ人 _ 基地に入れば、日本とアメリカの関係がよくわかる
http://www.asyura2.com/10/senkyo91/msg/566.html

小沢一郎先生を襲った恐怖とは
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/296.html

白人はなぜ白人か _ 白人が人間性を失っていった過程
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/390.html

サルはなぜサルか 1 _ 白人崇拝がタイ人を猿にした
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/396.html

サルはなぜサルか 2 _ タイ人が微笑む理由
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/398.html

アメリカ・アングロサクソンの凶暴性・アメリカインディアンが絶滅寸前に追い込まれた仮説
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/367.html

原爆投下が日本を救った_ ユダヤ人とトルーマンと昭和天皇に感謝
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/327.html

極悪外資「ローンスター」 が今度は病院の診療報酬を差押え
http://www.asyura2.com/09/gaikokujin01/msg/477.html

ミラーマンの世界
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/299.html

裁判官がミラーマンを無罪にできなかった理由
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/300.html

竹中平蔵物語
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/301.html
 
 

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コメント
 
01. 2010年9月26日 02:32:31: Xr3bMgoSXs
これ板違い確実。

02. 2010年9月27日 19:09:04: EvcZ61Qf1G
骨のある非常にいい投稿だ。

読み応えがあるね。

小泉元総理のハンナン潰しは、明らかに政治的。

経世会つぶしやね。

野中氏が、負けた事件やね。野中氏のバックは、神戸です。

ほんと、なかなかイイ投稿ですね。

いい仕事している。

あんまり言うたら、うるさいから、このへんで。


03. 2010年10月03日 12:54:39: DmCC9k6hHM
 先の宮崎県の「口蹄疫感染症」は、米国の謀略である事は確かだ。なぜ、チーズを造るために、薄汚い韓国の水牛を輸入したのか?
 非常に優秀な種牛まで殺した上、日本国内の肉牛を少なくした後に今回の前原発言である。
前原は、完全に米国の工作員だ。人間じゃあねえ!

04. 2010年10月06日 16:27:40: MiKEdq2F3Q

米国の食糧輸出戦略

(1)、ガリオア、エロア、ララ援助

ちなみに敗戦後の小学校では、昭和二十一年(1946年)十二月から、米国産の脱脂粉乳を中心とする学校給食が始まりました。

それが米国産小麦粉から作るパンを主食とする完全給食になったのは、大都市では昭和二十五年(1950年)二月からで、全国の都市部では翌年二月からでした。

この給食はガリオア = GARIOA(Government Account for Relief In Occupied Areas)占領地救済資金、及びエロア = EROA(Economic Rehabilitation in Occupied Areas)占領地経済復興基金、からの援助プログラムによる米国産の小麦の払い下げを受けて発足したもので、ガリオア援助には食糧以外にも原綿、肥料、燃料、医薬品もふくまれていました。

日本に対する援助はこれ以外に国連が管理したララ=LARA(Licensed Agency for Relief of Asia)アジア救済機関による援助があり、これにより米国産の粉ミルクが日本全国の小学校児童に配給されました。

ガリオアによる援助は昭和二十三年(1948年)にエロア援助に吸収されましたが、基金の性格、その目的(米国における余剰農産物の処理)から、本来占領地域に対する無償援助の「はず」でした。


(2)、だまし、と脅し(Bluff)の手法

これは欧州に対する対共産主義政策の一環としての無償援助であるマーシャル・プラン(注:1)に対応したもので、日本に対しても当初は無償援助と言っておきながらサンフランシスコ講和条約締結を前に、昭和23年(1948年)1月に米国政府が突然総額二十億ドル(注:2、当時の為替レートで七千二百億円)の援助の立て替え代金(?)を請求したので、日本政府は「寝耳に水」と驚きました。


無償援助ではなく有償でもない、貸与したとする口実を米国は考えついたのです。

品質、鮮度が商品価値を左右する農産物について、大量の現物貸与などという話はこれまで聞いたことがありません。

しかも日本政府はそれまで援助は無償であると信じていて、占領中には国会で「米国の援助に対する感謝決議」までして来たのです。


もし仮に貸与であるとするならば、政府間の貸借契約書があるはずですが、そのような書類は存在しませんでした。

また小麦や脱脂粉乳の援助が有償、つまり売買契約に基づくものであるならば、その売買契約書が存在し、売買金額(トン当たりいくら、または総額いくら)が当然その契約書に記載されているはずです。


ところがガリオア、エロア援助に関する公文書には売買契約に関する文書やそれに関する条項がなく、金額の記載も全くありませんでした。

値段も決めずに何千億円もの品物を買う愚か者など、たとえ占領下でもいるはずがありません。

日本は米国から詐欺に遭ったのです。

最初に巨額な金額を要求して交渉相手をひるませるブラフ(Bluff、脅し)と呼ばれる交渉テクニックは、アメリカでは弁護士の常套手段です。

相手をひるませて交渉の主導権を握り、次に要求を少し減額して譲歩の姿勢を相手に示し、交渉解決に誠意のあるような振りをするのです。


それにより交渉を有利に進め、最後には目的とした金額を相手に支払わせる、とする戦術です。

交渉は難航しましたが、昭和三十七年(1962年)一月に、米国が援助の経緯を勘案した結果、当初請求した金額を定石通りに四億九千万ドル(千七百六十四億円)に減額して交渉成立に誠意を示した(?)ので、日本は十五年の年賦での返済に応じることとなり、後にはそれを完済し解決しました。


かなり減額したように思えますが、それまでに日本は占領に要する経費である終戦処理費として、五十億ドルもの大金を占領軍の為に支出したのです。

あたかも刑務所の看守の給料を、囚人が負担したようなものです。

その一方でマーシャル・プランによる経済援助を受けたヨーロッパの国々で、債務(?)返済に応じた国はありませんでしたが、アメリカ政府は赤子の手をひねるが如く簡単に、支払い義務の無い大金を日本から巻き上げました。


(3)、パン食導入計画、その影響

昭和二十九年(1954年)には学校給食法が国会を通過し、「小麦の粉食形態を基本とした学校給食の普及拡大をはかること」が明文化されて、米作地帯の農村までもコッペパンによる学校給食の普及が進められました。

当時米国の小麦栽培農家連盟の資金で作られた、パン食普及協議会が作成した小冊子「学校給食とパン」には、


コメを食べていると身体が弱く、頭が悪くなり、ガンや脳溢血になり易い
と書かれていました。

実は米国からの農産物援助には米を主食とする日本人を、子供の頃からパン食に慣れさせて、自国産小麦の輸出を図るアメリカ政府の遠大な戦略があったのです。

敗戦後の学校給食のパン食で育った子供が増加、成長し、親になるにつれて、日本人の食生活にも次第にパン食が普及して、その計画は見事に成功しました。


昭和三十九年(1964年)にマクガバン上院議員が米国上院に提出した報告書によると

米国がスポンサーとなった学校給食プログラムによって、日本の子供達が米国のミルクとパンを好むようになり、日本が米国農産物の最大の顧客となった

と書かれています。


具体的には米国産小麦の日本への輸入量は昭和二十八年度(1953年)の百六十八万トンから、昭和三十九年度(1964年)には三百五十九万トンと二倍以上に増加しました。

それ以来パン食が普及するのに伴い主食である米の需要が次第に減少して行き、米の生産過剰の状態が長年続いています。

その結果政府が保有する米の在庫や備蓄については、適正備蓄量百六十万トンのところ、平成十二年度では二倍近い二百八十万トンにも達していて、食糧倉庫には古米(生産後一年以上経過したもの)、古々米(二年前以上経過したもので、長期保存のために味が落ち、米飯には使用されず、せんべいなどの加工用や家畜のエサに振り向ける)が溢れています。

それにもかかわらず日本は米国をはじめ、オーストラリア、カナダから、毎年六百万トンを超える小麦を輸入していて世界最大の小麦輸入国となっていますが、その小麦の七割は米国産です。

つまり米国は自分のカネではなく、日本人の税金を使ってパン食普及の確固たる基盤を日本に作り上げて、大量の小麦の、しかも恒久的輸出先を確保したのです。

(4)、食糧自給率の低下

その後、昭和三十一年(1956年)には「米国余剰農産物に関する日米協定」を結ばせ、農産物輸入義務化により、大きな市場を米国農業に提供しました。

それ以来日本は米国にとって農産物の最大の輸出先となりましたが、その結果、主食の米離れが進み、日本の農業は衰退し、食糧自給率の試算を始めた昭和三十五年度(1960年)の七十九パーセントから、平成十四年度(2002年)ではカロリー換算で四十パーセントまで低下しています。

これほど低い自給率の国は フランスの百三十五パーセント、米国の百二十五パーセントなどに比べて先進国では日本だけですが、小麦をはじめ、牛肉、大豆など食糧に関する限り、日本は米国の「五十一番目の州」になり下がったと言えます。

http://homepage3.nifty.com/yoshihito/hp-1.htm


05. 2010年10月08日 19:48:36: ECvoBt9gtM
アメリカか、こういうことを投稿するとまた自宅ヘリが来る。困ったものだが最近あまり自分の命というものを考えなくなった。まるで自分も映像の一部というか。
ソ連崩壊時には周辺国が一斉に独立しソ連自身も分裂してロシアに変わったが、それにはメーソンの根回しがあった。ロシアのテレビであのマークが流れたそうだ。キリストを信じるものとしては許容はできないのだが歴史としては今回もそうなるだろう。つまりアメリカ基地がある地域とアメリカ占領国が一斉に半植民地からの自立もしくは独立ができる条件がととのう時期が近づいている。だからそういう政治が好きな人は今からアメリカ植民地で独立したがっている各国に根回ししておくとよいだろう。ITもあるし。オバマのイラク撤退。米軍の縮小はアメリカの費用が続かなくなったからだ。日本の国内勢力も米軍の縮小が思ったより早いとなると色々活動しやすくなるだろう。

06. 2010年10月11日 22:30:23: EuxaAd0Fno
白人とアジア人は出自の星が違いますから、向こうからみたら嫌いなのでしょうね。黒人やアジア人は爬虫類人の食料にはなりませんからね。彼らは白人の子供を食べるからアジア人は労働力でしかいらないのでしょうね。白人の支配そうはドラゴニアンとのハイブリットの混血だから人間にたいして慈悲は示しませんよ。

07. 中川隆 2014年10月19日 13:02:46 : 3bF/xW6Ehzs4I : b5JdkWvGxs

2014年10月16日
栄養学は欧米食を推し進めるためのものであり、日本人の健康を守るものでは無い

今回のテーマは『栄養学の誤った認識』です。

70歳、80歳の人が元気に働いている一方で、40歳、50歳の人たちの方が次々と病気で倒れているという、驚くような事実が日本で起こっています。これは、食の欧米化による健康への害悪が、一つの原因と考えられています。

しかし、根本的な原因は、戦後、アメリカから日本に積極的に取り入れられた『栄養学』にあるのです。この市場経済における利益を優先させた『栄養学』の誤った認識によって、日本人の食生活が崩れ始めてきました。

そこで今回は、食生活を見直すためにも、知っておく必要がある『栄養学』の本当の歴史とその背景をご紹介します。

日本人を対象化していない『栄養学』

日本における栄養学の発祥は、明治時代にドイツから学んだ時です。

「高たんぱく、高脂質、低糖質」を唱える寒冷地の学説に、

「低たんぱく、低脂質、高糖質」という食生活をしてきた日本人が学び、

それが現代の『栄養学』の機軸になっています。

つまり、初めから全く真逆の方向に進んでしまっているのです


『栄養学』は日本人の健康のため!ではなく、欧米人化する論理

『栄養学』はアメリカによって、日本国内に浸透させられました。日本人は体が小さい、栄養不足で体が弱い、病気になりやすいなど、これら原因を全て、食べ物による栄養不足に問題があると指摘してきました。そこで欧米食化を推進してきたのです。

食の欧米食化を正当化するために使われたのが『栄養学』です。

アメリカは世界中みんな同じ食生活することによって、自分達の生産している食物を外国に売るために、民族の体質、食文化、季節などを無視した『栄養学』を使ったのです。


例えば、「三大栄養素の摂取は不可欠」といわれていますが、これは肉・卵を広める為のものでしかありません。「栄養三色運動」や「一日三十品目」も同様で、とにかくおかずをたくさん食べさせる観念なのです。


栄養三色運動
http://web.kansya.jp.net/blog/wp-content/uploads/2014/10/9505f0b9501583f77cb10dc38364736b.png

このように、私たちが当たり前と思っている『栄養学』の常識が全て欧米食を広めるために出来た観念であることを認識する必要があります


アメリカは資金援助で統合階級を乗っ取り、日本の欧米食化を推し進めた

日本の欧米食化を拡大するため、総額4億2千万円(現在で約100億円)の資金がアメリカ農務省から日本の厚生省、文部省、農林省、(財)全国食生活改善協会、(財)日本食生活協会、(財)日本学校給食会等などに活動資金として配分され

日本人の主食を米から小麦へと方向転換させる大事業が実行されました。


戦後の改善運動ではパン、肉、卵、牛乳、乳製品等の摂取が勧められてきました。

厚生省、栄養学者はそれらをバランスよく摂取するという欧米型食生活が正しいと信じこませて栄養行政に反映させ、ウソの栄養教育をしてきました。

それは、栄養学的にみて望ましくないのを分かっていながら、厚生省の管轄下にある各地の栄養学校ではそれらの食品の優位性が強調された栄養学が教育されてきました。そして、アメリカから資金援助をもらった統合階級は、欧米食普及のために一般大衆へ「味を覚えさせる」ことが必要と考え、その活動を支援していきました。

キッチンカーによるアメリカ小麦料理の大キャンペーン

http://web.kansya.jp.net/blog/wp-content/uploads/2014/10/65fa378a99f14d2eb943ac6aa3f87be6.png

日本(厚生省)はアメリカの販売促進を担うべく、「経済復興資金」の一部で「キッチンカー〔=キッチン付き改造車〕」なるものが作られ、日本津々浦々まで栄養士さんなどが「麦製品」を「栄養指導」と称して広げて行いました。また、当時大学の先生や学者を使って


「米を食べるとバカになる」「糖尿病になる」「ガンになる」「太る」「ニキビが出来る」「足が短くなる」


などとまるでバカのような根拠のない珍説を唱えさせたのです

学校給食の欧米化推進

http://web.kansya.jp.net/blog/wp-content/uploads/2014/10/012925c5689d9057f96b9b7eb5195cd6.jpg

(財)日本学校給食会は、約5735万円の活動資金をアメリカ側から受け取り、学校給食の地方への普及活動費に当てたが、その活動の中で、


パン給食を導入してないで米を主食としている小学校の子供は「栄養不足で倒れたり」「栄養が偏って結核で倒れたり」


などの米よりパン給食の方が健康になるためには良いというウソのPR映画を作りました。全日本パン協同組合連合会(全パン連)が後援して作った『いたちっ子』という映画です。

このように、『栄養学』は日本人の健康のためでは無く、アメリカの政治戦略として欧米食化を正当化するための観念だったのです。
http://web.kansya.jp.net/blog/2014/10/3850.html


08. 中川隆 2015年2月15日 00:12:09 : 3bF/xW6Ehzs4I : b5JdkWvGxs

2015/2/14 晴耕雨読

「「いま、水代が払えない農家さえ出ています」日刊ベリタ編集長大野和興氏インタビュー:岩上安身氏」
http://sun.ap.teacup.com/souun/16641.html

https://twitter.com/iwakamiyasumi

これより19時から会員限定配信する岩上安身による農業ジャーナリスト・日刊ベリタ編集長大野和興氏インタビューの模様を、このアカウントにて報告ツイート。

@iwakamiyasumi ( #IWJ_LIMITED live at http://ustre.am/UjVj )

岩上「日本農業新聞記者を経て、農業、食糧問題を扱うフリージャーナリストである大野氏に、今日は、現在行き詰まっている日本の農政についてお聞きしたいと思います」

岩上「目の前にあるTPPという黒船を押し返して、国内の農業を守ってくれるはずの政府が、選挙前は農協を利用していたにも関わらず、2012年の衆院選後は農協を抵抗勢力として解体すると言っています」

岩上「それを農政改革と称して、これが日本の農業の終わりになってしまうという不安があります。自分で自分の土地を持ち、自ら耕すというのが農業の民主化だったはずなのに、そこに資本家が入ってきて潰してしまう」

岩上「農業、農政というのは軍事・安保政策の影響を受けてしまう、ということを大野氏の著作から知り、眼から鱗でした。現在、人質事件を奇貨とし、安倍政権がイスラム国を集団的自衛権の相手国に入れるということを猛スピードで進めています」

岩上「今日は、そうしたことと農業は無関係ではないんだ、ということについて、うかがっていきたいと思います」

大野「今、世界で厄介な問題が二つあって、第一には国家をどう扱うか、という問題です」

大野「国家そのものの概念、実体が崩壊している一方、軍事や警察、徴税権は強化されています。第二に、人と自然、環境の関係です。この二つを農業から見たら、何が見えるのだろうか、というのが私の問題意識の根底にあります」

大野「日米同盟という枠組みがあり、農政はそのなかでしかできていない。これは戦後だけの特徴ではなく、戦中、戦前においても、農業は常に国家という枠組みで規定されていました」

岩上「国家の権力が強化され、さまざまな規制が行われても、田舎の旧耕作地では好きなものを栽培できると考えている人がいますが、好きなものを栽培できない、保安院がやってきて、植えていた花を抜かれ、検挙までされた、という時代がありました」

大野「戦時体制の中で栽培する自由はまったくなかったのです。食料生産も農地も、国家総動員法に統制されました。芋、麦、米以外の食料品を栽培した場合、非国民と呼ばれ、桑さえ引っこ抜かれてしまったということがあります」

岩上「農作業の自由がない、ということですね。都会育ちでも、今の政治状況を見て、地方に行き、理想を持って農業を始めようという若い人ほど、軍事や戦争に向かう政権に目を向けてもらいたいと思います。今ストップをかけないと」

大野「自作農が崩れていくなか、高齢農家、兼業農家、女性農家が日本の農業を支えています。村が解体され資本が入ってきて、外国人研修生の労働者を使って、大型の機械を駆使してやる、ということもひとつの選択であるが、日本全国がそうなるとどうなるのでしょう」

大野「2013年秋には一俵60キロの玄米で約1万3000円だったのですが、昨年秋、2割から3割の米価暴落を経て、今年は1万円を切りました。これは過去にはないことです」

大野「消費者米価と生産者米価の差額を国がまかなうという食糧管理法があり、安定した稲作経営ができていたのですが、1995年、WTO(世界貿易機関)が発足してから、この法律がなくなり、2000年代に入ってから、米価の値下がりが始まりました」

岩上「安倍政権になってからの暴落はすごいですね」

大野「民主党政権化で戸別所得補償制度の導入があり、米価が下がったら、8割くらいを政府が補償する、ということでした。安倍政権下では、そうしたサポート体制はほとんどなくなったといっていいと思います」

岩上「農政に関して、民主党の菅政権、野田政権はどうだったのでしょうか」

大野「戸別所得補償制度があったため、米価が下がってもまだ還ってきましたので、良かったのです」

大野「政権交代を根っこから動かしたのは、農民票でした。農協が誘導したのではなく、自主的に農家がそうした投票行動に出たのです。しかし、全国農業協同組合中央会(全中)は権力に弱く、今回も(地域農協への)監査権はもういいです、と自民党と手を打ちました」

岩上「これまで農家、農民、農協はひどい圧政に苦しみながらも、『生かさず殺さず』に耐えてきました。しかし、ここへ来て、米価を半値にしてしまったり、米を納めるたびに逆ザヤとして、農家たちに持ち出しをさせる、農協を解体し、…(続く)」

岩上「(承前)…さらにTPPによって、巨大資本や外資を入れる、ということをして、どうやって農家はこの状況に立ち向かうのでしょう? なぜこの状況が農家の人達に伝わらないのでしょう?」

大野「また補助金を切ったりすることで、農協を脅かしたり、諦めさせたりすることをしています」

岩上「政府の説明ではTPP以後、40パーセントの食料自給率は13パーセントに下がっても、『失業はゼロ』と言っています」

岩上「膨大な離農者が出るため、雇用が発生し、スムーズにこれまでの農業従事者が介護などに移っていける、と説明しています。20代から40代ならいいが、高齢化が進むなか、70代の元農家がヘルパーに従事するとなると、老老介護です」

大野「まず雇ってもらえないでしょう」

大野「60年代、農業基本法が1961年にでき、いくつかの農業改革に手をつけます。機械化、水田の拡大や農薬、化学肥料の使用、大規模な畜産業者を作って、農業の近代化をはかりました」

大野「農業基本法のなかにアメリカが輸出する作物を、日本は作らない、と書いてあります。小麦やとうもろこし、大豆を日本は作らない、という選択をしたのです」

岩上「すごい属国ですね」

大野「米と麦の二毛作というものが、日本の伝統的な農法でした。これは世界一合理的な土地使用法です。しかし、アメリカが麦の価格をどんどん下げていって、日本の農家では誰も作らないようにしました。これが“麦の安楽死”です」

岩上「(TPP導入後の)今度は、“米の安楽死”ですか」

大野「農民への虐殺でしょうか」

岩上「農耕機などの導入で、農家で借金を背負っていない人はいないと思うんです」

大野「米価低落で一番困っているのは大型農家なんです。彼らは原価計算をして、償却、借金返済を見込んで作っているためです。兼業農家や高齢農家は自分が食べられさえすればいい、息子に送れさえすればいい、ということでむしろ強いのです」

岩上「商業的な事業性を持った農家ほど、政治的な米価低落で、倒産して、農家を辞めたとしても、借金が残ります。土地は何も耕作しなくても税金がかかりますね」

大野「農地価格も暴落しており、90年代半ば頃から下がり始めました」

岩上「95年は電子商取引が盛んになり、金融ビッグバンの始まりでもあります。電脳グローバリズムの始まり。新自由主義的世界構造を作りなおそうというあたりから、米価が下がったのですね」

岩上「農家はいま、ジェノサイドにあっているのですね。これが保守なのか。自国の農業を守らない保守など、意味があるのか、と思います」

大野「怒らないのか、と私も思います。保守というものは、本来もっと違うものでしょう」

大野「百姓とは、自分の宇宙を持っている、という意味の歌があります。農家は自分の土地を持って、自分で耕し、土を作り、作物を育てる。土地とは小さな宇宙のようなものであり、誰にも分け渡さない、というのが保守だと思います。これをどう守るのか、かが問題」

岩上「自分たちの財産から上がりをとり、自分たちの生活を安定させる、自立した農家、市民によって国家が支えられている、というのが一つの理想型ではないのかと思います。それを崩してしまっていいのでしょうか」

岩上「巨大資本に隷従してしまい、それに使われ、好きなときに切られてしまう、みんな無産階級になってしまうのでは」

大野「それは保守が一番嫌ってきたことのはずでした。私的所有をした農民はとても保守的になり、自民党を支えてきたはずなんです」

岩上「自民党はいま、自分をも刺していますよね。安倍政権は、自民党から胚胎してきた自民党ではない、なにかですよね」

大野「一種の極右革命というか、自民党の他の諸君はどう考えているのでしょうか」

大野「死ぬしかない、生命保険目当てに自殺した農家がいると聞いています。3・11の震災は農業改革にとって、千載一遇のチャンスだ、といった人がいます。ショック・ドクトリンそのものといえるでしょう」

大野「農地も海も、外資が入っていて、観光地にしてしまう、という話が充分に成り立ちますよね。日本の切り売り、が進むでしょう」

岩上「農家の人達をどう救済するのか。借金棒引き、ということはないのでしょうか。韓国では、FTAをして、退職金を出しました」

大野「日本では、いま、一つもそうした政策をしていません。GATのウルグアイ・ラウンドでは、1993年に合意し、米の一部自由化をし、肉の関税を広げたりしたとき、国は対策費として何兆円と出しました」

岩上「民主党から政権を奪うため、農協をさんざん利用したのに、一番の功労者の農家を絞首刑です。残酷しすぎやしませんか」

大野「自分たちのプログラムなりを作っていくしかないかな、と思っています」

大野「農民的土地所有が解体され、多国籍土地所有になります。土地も海も本来誰のものでもないのです。耕すものが土地を持つということもまた、私的所有ではあるが、土地の公共性を表現したものとして最適の私的所有と言えます」

岩上「耕す人が土地を持つということは、耕せなくなったら土地を手放すということですね。不在地主であるということは許されない」

大野「市民の運動としてそうした土地所有を少しずつからでも今から作っていくということをできないか、と考えています」

岩上「米価が下げられているのに、どう頑張っても生産費は下がらないのでしょう」

大野「生産費がかかるのは、大型機械と化学肥料代、農薬代と、土地改良の償還金、面積あたりの水代です。いま、水代が払えない農家さえ出ています」

大野「もともと、百姓は自分のことはなんでもやりました。家も自分で作り、炭も自分で焼く、川へ言って魚を釣る。いま、農家がやっているのは、作物を作るという一番リスクの高いところだけ。堆肥は肥料会社、農薬は農薬会社に、と外部資本にとられていきます」

大野「それをどう取り替えしていくか、を地域の中でやっていくしかないと思います。村、つまり共同体、“農家の海”が周りにあってこそ、農業は存立しているということです」

岩上「単一の品種を作り続けることで生産費を減らしてもうけを作るということではなく、色んな物を作る、自給に近いことをする、ということですね。問題はそのスキルと、体力ですね。手間がかかります」

大野「農家だけを考えると駄目で、昔の地域は、農家がいて、その作物を漬物屋が利用し、漁師は魚を缶詰工場に卸す、という地域全体で流れを作っていました。いま、町の漬物屋が潰れ、缶詰工場が潰れ、大日本水産に統合されたりしています」

大野「いま、政策で進められているのは、大きい農家に資本を出して、セブン・イレブンなんかに投資させて、という、六次産業化です」

岩上「流通による生産の支配ですね」

大野「地域の農産物を加工する加工業者などを復活させ、雇用を生み、ものとカネを循環させていくという仕組みが必要です。ここまで地域が崩壊し、若い人がいなくなって、という状況では、可能性が出てきていると思います」

大野「土地の利用権をリースして、自分の食料のうち、5割を自給する気のある人に貸すということもできます。日曜農業、郊外型農業として、稲作なら一週間に一度田んぼの世話をしに行けば大丈夫です」

大野「管理を地元のお年寄りに頼んで、なにがしかの管理費をお支払いするということもできます。災害時、農村部から食料が送られてくる代わりに、都市部の購買力を利用して作物を買い入れる、ということも商店街がやっています」

大野「町内で八百屋、豆腐屋が潰れているが、八百屋の大豆を豆腐屋に持って行って、農薬を使っていないおいしい豆腐を作ってもらう、というような地域全体の取り組みを足元から初めて行くということ」

岩上「かつては地縁、社縁しかなかったけれど、それが解体されることで、SNSでつながる趣味の、ゆるやかな絆というものが今始まっています」

大野「どの国も農民的農業がくずれており、これから日本でどういうものを作っていくか、を構想してやっていく。世界にモデルがないから、自分たちでモデルを作るしかない。民衆農業を国家の農業に対置して作っていく、ということしかないと思います」

大野「現代の農業問題の原点は大正時代の米騒動にあると思っています。はじめてその頃、日本で食糧問題が出てきました。1918年の米価高騰は、凶作と買い占めが原因で、帝国内自給といって、朝鮮半島、満州、台湾でジャポニカ米を作って、本土に持ってきました」

大野「朝鮮の農民に対する“コメの強制連行”とも言われ、技術と品種を持っていき、韓国に農地試験場を作り、食料の本格的な国家統制が始まったのです。『稲もまた、大和民族なり』と言う言葉がありました。コメが植民地支配の尖兵だったと言えます」

大野「朝鮮の在来品種を作っていたら、引っこ抜かれ、日本が奨める品種の栽培を強制されたと言われています。満州事変のあと、満蒙開拓として、日本の失業者を大陸の農村に押し込んで、土地も強奪し、入植した、ということです」

岩上「大英帝国をバックにイスラエル建国のため、入植を始める、ということと近いですね。東と西の端で同じようなことが起き、傀儡国家を作りました」

「国家の枠にはめられた農と食をいかに解放するか、が問題です」

大野「戦後について言うと対米関係が日本の農業を規定しました。日米安保条約が60年に改訂され、ここではじめて経済条項が入りました。『両国の間の一掃緊密な経済的協力を促進し』とありますが、イニシアチブはアメリカにあり、これですべて抑えこまれました」

大野「93年、オレンジ、牛肉の自由化など、部分自由化が始まりました。現在、TPPでも農業でだいぶ妥協しています。豚肉、牛肉だけでなく、米も」

岩上「アメリカの米を輸入することを決めてしまっています」

大野「国家という枠組みの中で、どうにもならない、選択の幅が狭くなった」

岩上「帝国主義的植民地支配よりソフトに見えるが、経済的収奪の果実は、アメリカがたしかに手をしています。真の経済的自立はできていない」

大野「農業の自由な、自立した発展は、こうした枠組みを外れたところに求めるしかありません」

岩上「日本は麦を入れ、パン食をし、給食では牛乳を飲ませ、畜産では飼料を輸入してきました。農業は犠牲になったけれど、アメリカの市場が解放され、工業は成功したではないか、という反論する人もいます」

岩上「農村は疲弊し、失業も生まれたけれど、余剰労働力は都市で受け入れられ、工場労働者になり、金の卵と呼ばれた、ということがありました。この点についても、ふれないといけませんね」

大野「都市の変化、産業構造の変化にともない、農業の変化が起こったことは否定するものではありません。しかし、その挙句が今の状況になっているというのは目も当てられません」

岩上「持続可能性とは、有機的な生産関係だけではなく、無機的な、資本による工業の再生産においても重要なことです。電気、ガスはどんな僻地にも広まり、フロンティアがなくなった。公共事業も行き詰まり、民間投資も利潤率ゼロ」

岩上「私がインタビューした水野和夫・日本大学教授によると、これは400年ぶりに起きたことで、資本主義の終焉と言っていました。成功の挙句、衰弱死ということでしょう。農政をどうしていれば、継続可能なものになりえていたのでしょう」

大野「農産物価格というものの歯止めがなくなっています。これは、経済政策よりも、治安政策、社会政策の問題です。暴動が起きないようにぎりぎり生存できる範囲でいいから価格保証をする、というものです」

大野「かつて、日本の価格保障政策はそれなりに手厚くて、各作物にありました。それがグローバリゼーションの結果、自由競争が展開し、WTOが価格支持はだめ、となった」

岩上「それを、アメリカもヨーロッパも守っていないのに、なぜ日本だけが守るのでしょう」

大野「安保条約のためですね。日本はとても優等生で、WTOが言うように、価格支持をなくしていったのです」

大野「『牛丼の法則』といって、吉野家が350円にしたら、すき家が320円だ、とし、牛丼屋で働いている低賃金労働者が牛丼を買えなくなるので、また価格を下げ、買えるようになったら、賃金をまた下げる、ということです」

大野「夕張のメロン、栃木のイチゴ、川上村のレタスなど、その作物を支えているのはすでに外国人研修生です。そんなふうに現場が支えられている日本の農業があまり知られていない」

岩上「農協はとかく評判が悪いですが、何がいけないんでしょう。最初の理念は結構なものですが、現実とは違います」

大野「農協系統、という言葉があります。農協の一番の基礎組織は市町村の単位農協、その上にあるのが県連で、全連、信連、その上に全農がある」

大野「これらは一つのセットとなって、農協の事業は組み立てられています。系統がやらないことはやらない、という官僚主義が蔓延しています」

岩上「上がやらないことはやらない、ということですね」

大野「昭和29年の農協法改正で監査制度も作った。系統主義が産んだ官僚主義が農協批判の原点ですね」

岩上「それがなければ、地域、地域にあわせて現場から工夫ができるのではないでしょうか」

大野「あの単協(単位農協)がんばっているな、というところもありますが、人材の問題があります」

岩上「ソ連のような状態。ペレストロイカが必要ですね」

大野「戦後は農業会が農協に衣替えをしました。日本の戦後には戦前から継続しているものと、断絶したものがありますが、農協は継続しているもので、戦前を背負っています」

大野「若い知り合いが、ジャワ島で現地の農民を雇って大規模な農業経営を考えている者がいます。かつて日本帝国がやってきたことを、またやろうとしているところがありますね」

大野「劇薬のホリドールのような農薬が入ってきて、農民がずいぶん死にました。生産性向上のための農薬を、レイチェル・カーソンは化学兵器の平和利用だ、と言っています。農薬を大量に使わせる生産体系、技術体系はその後に出てきました」

大野「もともと農薬とは、殺す技術。農業は育み、活かす技術です。農薬には、重労働からの解放として、普及していったという面はありますが、農業の中で異質なんです。それが農業のあり方そのものを規定していきました」

岩上「これが、軍事を考えずして農業を語れない、ということの理由なんですね。枯葉剤から転用した除草剤ラウンドアップと、それに耐えうる遺伝子組み換え作物をセットで売ろう、というモンサントの手法があります」

岩上「これは変えようのないものなのでしょうか。有機農業の現実とは、主流の農法と何が違い、負担が違うのでしょう」

大野「有機農業は発展を続け、生産力も向上し、農薬や除草剤を使わず、合鴨農法や土をきちんと作る、という技術体系ができあがってきました」

岩上「カルト的な、エコロジーの夢を売る、というものではなく、現実的な科学的な技術で、それが生産性をともなっているということですね。大量生産は海外で作られたら勝ち目はないので、日本農業全体が有機化してしまえばいいのではないでしょうか」

岩上「有機なら輸出できますね。台湾では、グリーンや有機という言葉を謳う料理店が桁違いに多いと気づきました。セブンイレブンも入っているが、有機だらけ。なんでこの意識が日本で持てないのでしょうか」

大野「私もそう思います。日本の農業のこれからの方向は、それが大事だと思います。私は『国際有機農業映画祭』の共同代表を務めています。もう去年で8回目。有機や自然保護や循環やサステナブルに関係のある映画を集めて、若い人たちを多く集めています」

大野「地方には土地が使い切れないほどたくさんあり、若い人のなかには、有機農業をやりたい人が都会にいる。それらを結びつければ、日本には有機農業を進めていける下地があります」

岩上「有機農業と都市住民を直接交流させ、直販して、中抜きを飛ばして、というはずみはつかないですか」

大野「運動として担う主体はあるかどうか。皆で作っていくしかないですね」

大野「消滅市町村というか消滅集落には、週末、盆暮れに人は帰ってきている。そういう人たちを含めた地域政計画を作れば、定年になったら帰ってきて定住するかもしれない」

岩上「限界集落のことですね」

大野「江戸時代以来の日本の灌漑用水路をあわせると、地球何回りもする、世界一と言われています。これは人民の財産です」

大野「今から20年、30年は団塊の世代が、高齢者の跡継ぎとしてたくさんいるから、農業はそれで持つと思います。それを使って、有機農業、日曜日百姓と組み合わせて、日本の農業は一つの新しい形を作ることができると思います」

報告ツイートを終わります。


9. 中川隆[1884] koaQ7Jey 2016年3月14日 11:02:37 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[1845]

「アメリカ小麦戦略」と日本人の食生活 – 2003/2 鈴木 猛夫 (著)
http://www.amazon.co.jp/%E3%80%8C%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%B0%8F%E9%BA%A6%E6%88%A6%E7%95%A5%E3%80%8D%E3%81%A8%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E3%81%AE%E9%A3%9F%E7%94%9F%E6%B4%BB-%E9%88%B4%E6%9C%A8-%E7%8C%9B%E5%A4%AB/dp/4894343231


より抜粋

■昭和20年代(1945年〜)---アメリカで農産物の過剰生産、過剰在庫

 戦後日本人の食生活が急速に欧米化した裏にはアメリカの存在があった。
アメリカは昭和20年代、小麦、大豆等の過剰生産、過剰在庫が深刻化し、その余剰農産物のはけ口として標的にされたのが日本である。


■昭和29年(1954年)---余剰農産物処理法(PL480)成立。

 昭和29年、アメリカは余剰農産物処理法 (PL480)を成立させ、日本に対する農産物輸出作戦に官民挙げて本格的に乗り出した。

当時の日本側栄養関係者も欧米流の栄養学、食生活の普及、定着が必要だとしてパン、畜産物、油脂類などの普及を意図した「栄養改善運動」に取り組み、日米共同の食生活改善運動が推進された。

■アメリカ小麦戦略

 活動資金の多くがアメリカ側から提供されたが、そのことは当時も今もタブーとして長く伏されてきた。 

これを一般に「アメリカ小麦戦略」という。

■昭和30〜40年代(1955〜1975年)---フライパン運動、学校給食など

 パンの原料である強力小麦は日本では産出できず、日本人がパン食を始めれば永久的に日本はアメリカのお得意になる。

戦前まで少なかった油料理を普及させるためにフライパン運動を展開し、油の必要性を強調する栄養指導が熱心に行なわれた。

トウモロコシ、大豆は家畜のエサであると同時に油の原料でもある。
余剰農産物処理の観点から欠かせない重要な戦略であった。

学校給食ではパンとミルクが無償援助され、子供のうちから洋食嗜好の下地を作ることにも成功した。

■昭和52年(1977年)マクガバンレポート(アメリカは気が付いた)

 アメリカ合衆国政府は1977年に

『ガン、心臓病、脳卒中などの現代病は食生活の間違いで起こる"食源病"である』(マクガバンレポート)

と解明して、欧米型の食生活の改善を促した。

欧米型とは、脂肪と動物性たん白質、砂糖の過剰摂取。ビタミン・ミネラルや食物繊維の減少のこと。


■食料自給率たった四割

 「アメリカ小麦戦略」の成功で、小麦、大豆、トウモロコシの九割以上がアメリカをはじめとする輸入品。
食糧自給率は四割以下で先進国中最低。

■問題は命にかかわる

 ここまでは、食生活が変わった〜。美味しい食べ物のバリエーションが拡がった〜。程度の認識でいいかもしれない。

しかし、問題は・・・別にある。

■子供が糖尿病にかかり、アレルギー疾患が蔓延している

 問題は、欧米型食生活にともなって病気もまた欧米型となり、日本人の健康状態が非常に懸念される状況になってきたことである。

戦前まで少なかったガン、糖尿病、動脈硬化、心臓病、痛風などのいわゆる欧米型疾患は子供にまで広がり、アトピー、花粉症、喘息などのアレルギー疾患も増加の一途である。

糖尿病は予備軍を含めて1620万人にのぼり糖尿病に子供が苦しむという前代未聞の事態になってしまった。痛風患者も予備軍を含めて560万人とも言われる。
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=124643&g=132107


10. 中川隆[6059] koaQ7Jey 2017年1月15日 08:48:36 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[6505]

真珠湾アリゾナ記念館での安倍総理の演説

総理は米国の寛容さを示すエピソードとして、終戦直後の食料援助に言及している。本文は

「日本が見渡す限りの焼け野原、貧しさのどん底の中で苦しんでいた時、食べるもの、着るものを惜しみなく送ってくれたのは、米国であり、アメリカ国民でありました」

である。

終戦直後の米国の援助物資はララ物資(LaRa・・Licensed Agencies for Relief in Asia(アジア救援公認団体))と呼ばれている。これによって命を助けられた日本人は多数いる。またこのララ物資が発端となり学校給食が始まったという話がある。


日本人は、長い間、ララ物資を100パーセント米国民の自主的な善意の援助と思っていた。しかしこの裏には浅野七之助氏という日系米国人の大きな働きがあった。浅野氏は岩手・盛岡出身のジャーナリスト(サンフランシスコ邦字紙「日米時報」を発刊)である。氏は終戦直後の日本の惨状にいたたまれず、「日本難民救済会」を設立し日系人に声を掛け祖国日本に救援物資を送ることに奔走した(ブラジルの日系人からも寄付を募った)。

浅野氏は、食料などの援助品を米軍に掛け合い日本に送ってもらったのである。戦後間もない頃の日本人は、これを米国の善意のプレゼントと勘違いしていた。たしかにその後、金額的に見てもララ物資は大きくなりとても日系人の寄付だけではとうてい賄えないものになっている。おそらく米国の援助部分が大きくなったと思われる。しかしララ物資の先鞭をつけたのはこの浅野七之助氏という事実を忘れてはいけない。

この話は決して米国民の寛容さを否定するものではない。米国民の対日感情が非常に悪かった時代に、米軍が日本に援助物資を届けてくれたことはむしろ画期的なことである。むろん日系ではない米国人の大きな協力もあった。ただララ物資の裏に浅野氏等の日系人の働きがあったことは戦後長い間伏せられていた。安倍総理の演説を聞き、この話を思い出したしだいである。
http://www.adpweb.com/eco/


11. 中川隆[-6591] koaQ7Jey 2017年8月28日 15:51:57 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
醜い戦後 終戦後とはどんな世界だった?

空襲でホームレスになり上野駅に避難した人達
引用:http://livedoor.blogimg.jp/abechan_matome/imgs/3/d/3df4faa4-s.jpg


アメリカはわざと日本人を飢えさせた

テレビや映画や小説では「戦後」は美しいものの同義語で語られていて、まるで理想郷のように描かれている。

そこでは貧しいながらも人々は協力して生き、戦後の復興をなしとげたとされている。

またGHQは困窮した日本人に食料を支給して助け、民主主義を与えたとも言われている。

          
こうした物語は映画やドラマの中だけで十分であり、事実とは程遠いか、正反対だった。

GHQは日本人に食料を与えるどころか奪い取ってわざと飢えさせて、日本人を従わせる手段に用いていた。

戦争前後は食糧難だったのはよく知られているが、戦時中に日本国内で(朝鮮台湾でも)飢えて亡くなった人や、その危険はなかった。


都会の人は空襲で疎開したが、農村には食べるものがあり、十分ではなかったが飢餓状態などではなかった。

それが戦争が終わって平和になり、アメリカ軍が占領したら食料が足りなくなり、「来年は1000万人が食糧不足で亡くなる」と総理大臣が警告する事態になった。

多くの要因があるが最大のものはアメリカ合衆国自体で、戦争の報復としてわざと日本人を飢えさせていました。


占領軍による妨害で日本は食糧の輸入ができなくさせられ、生産活動も制限され、経済破綻しました。

農業も経済の一部なので、国が経済破綻すると農業生産が停止して、食糧不足に陥ります。

終戦の昭和20年から昭和25年まで、日本はほとんどの工業生産を禁止され、前近代社会になりました。


経済破綻するように仕向けた

戦前から存在する設備を更新することは出来ず、農業生産に支障を来たし、外地に出兵した男達は中々帰ってきませんでした。

「戦争が終わって平和になった」と書いたが、そのこと自体が日本経済を破綻させる原因を作り出しました。

戦争中はあらゆる兵器をフル生産していたが、それが8月15日を境に全面停止になり、一切の生産活動が停止した。


困った日本政府は紙幣を印刷して「金融緩和」したが、激しいインフレを引き起こしました。

物を生産していないのにお金だけばらまいたからだが、当時の日本政府は他にどうする事もできなかった。

あらゆる工場が全て操業停止、鉄道は空襲で破壊しつくされ交通網が分断され、労働者たる男達は外地に居るか戦犯として逮捕されていた。


空襲によって東京など都市部の多くの人は家を失ってホームレスになっていて、路上や公園などで生活していました。

この頃アメリカ本国では、日本人のこうした窮状を伝えては「楽しんでいた」のが分かっています。

自分たちが倒した敵が飢えて苦しんでいるのを見て面白がっていたのが、本当の戦後の世界でした。


一例として占領軍は広島や長崎の被爆者を診療したが、治療をせずに「治療するふり」をして、どのように悪化するか観察しました。

生産活動が禁止され輸入も禁止されているので、復興が進まずホームレスが溢れているのも、無論そうなるように仕向けていました。

さらに占領軍は日本人同士が憎み会うように、心を破壊する政策を実行していました。


アメリカは日本人の食料を絞り上げた上で、自分の手で少し援助した。
援助を受け取った人達はアメリカに感謝し日本を憎むよう仕向けられた。
enjo
引用:http://blog.nihon-syakai.net/blog/wp-content/uploads/img2011/enjo.jpg


美しくない戦後

NHKというラジオ放送局(当時唯一のラジオ)で「真相はこうだ」という日本軍や戦前の日本の暴露番組を放送させました。

内容は日本軍がいかにアジア人や欧米人に酷い事をしたかという物だったが、内容は全て嘘だったのが分かっています。

だが当時の日本人はこうした「真相」を信じ、日本人同士で憎みあったり攻撃するようになりました。


愚かなことに「こんな酷い日本を倒してくれて有難う」「原爆を投下してくれて感謝します」とアメリカ軍に感謝する連中すら大勢居た。

人々は最初アメリカ軍を鬼畜だと思っていたが、食料を恵んでくれるので、感謝するようになっていった。

実は占領軍はわざと食料を絞り、日本人を飢えさせてから、犬を手なずけるように「餌」を与えていきました。


学校では子供たちに「日本は悪の国」「アメリカは正義の国」と教え込み、拒否する教師は戦犯として逮捕しました。

じゅうたん爆撃や原爆で数百万人が犠牲になり、本来なら犯人であるアメリカ人を憎むべき所なのだが、次第に日本のせいだと思い込むようになった。

終戦時に外地には日本軍数百万人が存在したが、ソ連や中華民国の捕虜になった日本兵は、洗脳した順番から帰国を許された。


集団学習や反省、謝罪(今日使われるような軽い意味ではない)などで日本は悪の国と教え込み、拒否したものは永遠に帰国できなかった。

アメリカ軍の捕虜になると多少ましだったが、戦犯として裁かれ、やはり徹底して「日本は悪の国」と教え込んだ。

こうして「日本に原爆を落としてくれて有難う」などと言う日本人が大量生産され、この人達が現在の左翼になっていきます。


この状況が1948年まで続き、1950年に朝鮮戦争が勃発して、急にアメリカは日本の工業力や日本軍の軍事力を必要とするようになります。

ここから日本側の発言力が強まって復興へと繋がっていくのだが、戦後数年間の占領が長く日本を蝕むことになります。
http://www.thutmosev.com/archives/72011631.html


12. 中川隆[-6342] koaQ7Jey 2017年9月25日 07:03:01 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

中国発・日本を壊す「猛毒食品」衝撃の実態
9/24(日) 10:00配信 現代ビジネス

 学校給食は安心・安全の食材のはず。そう信じて疑わなかったのに、健康とは程遠い「危険な食品」が使われていた――。

 汚染された鶏肉、大量の女性ホルモンが含まれている牛肉、遺伝子組み換え米……。中国・アメリカから入ってくる「猛毒食品」は日本人を壊そうとしている。

『怖い中国食品、不気味なアメリカ食品』
https://www.amazon.co.jp/%E6%80%96%E3%81%84%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E9%A3%9F%E5%93%81%E3%80%81%E4%B8%8D%E6%B0%97%E5%91%B3%E3%81%AA%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E9%A3%9F%E5%93%81-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%A5%A5%E9%87%8E-%E4%BF%AE%E5%8F%B8/dp/4062937530


の著者・奥野修司氏による衝撃のルポを公開。


中国発・日本を壊す「猛毒食品」衝撃の実態


相当危険なものを食べている

 前編では、中国からは、遺伝子組み換えのうるち米、重金属や有機塩素にまみれた野菜類、抗生物質漬けの鶏肉が。アメリカからは、女性ホルモン漬けの牛肉等々が日本に輸入されている実態について書いた。

 いずれもにわかには信じがたいものだが、現実にこれらは私たちの口に入っている。それも、多数の子供たちが給食を通してこれらの危険食品を食べているのである。

 子供たちが危険な食品にさらされるということは、子供たちの未来、ひいてはこの国の未来が奪われるということだ。国の行く末にも関わる大きな問題を、この国はどう向き合おうとしているのだろうか。

 まず学校給食でも使われる加工食品だ。

 鶏肉を例に挙げよう。近年、鳥インフルエンザの発生によって、鶏肉は中国から輸入されていないと思っている人が多い。たしかに鶏肉の輸入は禁止されたが、中国から猛烈な抗議を受け、加工すれば問題ないと「鶏肉調整品」の輸入を認めたのである(ちなみに福島県産農産物は、日本が抗議しても中国は輸入禁止にしている)。

 たとえば唐揚げ、焼き鳥、フライドチキン、チキンナゲット、ミートボール、竜田揚げなどがそうだ。ほとんどがスーパーなどで冷凍食品として購入されるか、または外食産業で消費されるものである。

 鶏肉調整品のようにパック詰めされた商品は、通常の検査は最初だけで、その後はまず検査されない。ノーチェックで流通するから、相当危険な食材が使われていたとしても、そのまま私たちの口に入ることになる。

 さらに、多くの鶏肉調整品は外食産業に流れるのに、彼らには表示義務が課されていない。飲食店で注文した鶏肉調整品のメニューに国産と謳われておらず、かなり安いと感じたら中国産を疑うべきかもしれない。

 中国産の古くなったアナゴが「活きアナゴ」として売られている場合もある。

 実際に日本へ輸出している中国の企業を取材するとこう言われた。「5〜7割は死んで古くなったアナゴを混ぜている」

 「活きアナゴ」というのは、獲ってまだ新鮮なうちに活き絞めにしたもので、すぐに冷凍すれば鮮度は保持できる。「死んで古くなった」というのは水揚げしてしばらく放置されたもので、もちろん味も値段も落ちる。これを混ぜているというのである。

 当然、中国の検査官も調べたらわかるはずだが、そこはいかにも中国らしい。

 「札束を掴ませれば望み通りの報告書を書いてくれます」

 だからといって日本の検疫は調べない。なぜなら、輸入食品をチェックする検疫官が全国で400人ほどしかいないからだ。輸入食品をすべてチェックするなど無理なのである。


下請けが不衛生…

 中国産食品を輸入している企業は、我々が調査した工場を知って「うちの工場ではあんな汚い食品を使っていない」と言う。

 そうかもしれないが、かつて日本マクドナルドは、安全な食品を確保するためにHACCP(ハサップ)を導入し、中国産鶏肉も日本からわざわざ社員が行って検査をしていたのに、死んだ鶏肉を売って問題になった河南大王食品グループの鶏肉を扱っていたことがわかった。

 なぜこんなことになったのかといえば、図を見ていただければ分かる。

 この図を作成した愛知大学の高橋五郎教授によればこうだ。

 「農畜産物加工には、たとえば鶏肉なら、養鶏農家→1次加工業者(解体など)→2次加工業者(練り加工など)→3次加工業者(味付け・包装・冷凍など)の流れがあり、視察するのはたいてい3次加工業者です。1次2次が不衛生だと意味がありません」

 また中国では、発注を受けて足りなくなれば、すぐに下請け企業へ不足分を要求する。その際、下請けが不衛生かどうかなんて問わない。混ぜてしまえばわからないからだ。また日本から検査にくれば、とりあえず工場内をきれいにして迎える、つまり3次加工業者だけを見てもわからないということである。

 これはマクドナルドだけではなく、1次加工から3次加工まで、自ら全行程を生産する企業でないかぎり、常にこうしたリスクにさらされているということである。
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日本のは検査するのになぜ

 では、加工品ではない農産物はどうか。農産物の汚染といえば、農薬を連想するように、農薬=猛毒のイメージがある。だから無農薬の食材は安全と思われているが、人為的に大量の農薬を飲めば別として、微量なら人間の代謝によって体外に排出される。

 ところが、地中にある重金属はどんどん体内に蓄積して排出されない。いったん発症したら回復の見込みがないのだ。重金属のような蓄積毒と、農薬のような一過性の毒とでは、怖さは一ケタ以上も違うのである。

 重金属に次いで怖いのがBHCやDDT、つまり有機塩素系化合物である。これも重金属と同じ蓄積毒で、ある日突然、肝障害などを発症する。

 中国では、日本の基準値と比較して水銀は244倍、鉛3524倍、ヒ素1495倍といった恐ろしいほどの重金属が土壌から検出される。有機塩素はBHCで日本の59倍という数値だ。

 この土地に農作物を植えれば、当然、根から吸収されて農作物に濃縮され、これを鶏などに食わせたらさらに濃縮される。生体濃縮である。こんな野菜や鶏肉が加工食品に混ぜられたら、私たちにはまったく見分けがつかない。

 農水省や厚労省は「適切に検査しております」というが、実際は農薬の検査をしても重金属は検査しない。「日本の土壌汚染地域で獲れた場合は検査しますが、外国産の場合は検査なしで売られます」(検疫官)というのが実態なのだ。

 農薬は食品中0.01ppm以上残留していたら販売禁止になるが、重金属に関しては、カドミウム以外は取り締まる法律がないからである。


中国は遺伝子組み換えに積極的

 EUにはRASFFという、安全でない輸入食品があればEU全土に警報を発するシステムがある。中国産米製品に未承認のGM米が混ざっていることがわかったのもRASFFからだった。

 初めて分かったのが2006年で、日本が重い腰を上げたのは翌年だった。

 RASFFでGM米が混入しているとわかったのは米粉やビーフンで、これらの原材料は、ほぼ100%中国産米である。

 問題はこのGM米が混入した米で加工した食品である。米を加工した食品には、おかき、あられ、から揚げ粉、餃子の皮などいろいろあるが、では、これらにGM米が使われているかどうか検査するかというと、まず検査しない。加工食品に使われた中国産GM米は、ノーチェックで入っていると思ったほうがいいだろう。

 前出の高橋五郎教授はこんなことを言っている。

 「中国は、食品から遺伝子組み換えを排除しているように見えますが、実は遺伝子組み換えをやめる気はなく、拡大していくつもりです。どう拡大していくかというと、工業製品に使うのです。工業製品というのは、せんべいのような加工食品です。拡大せざるをえないのは、遺伝子組み換えなしに中国の食料生産が成り立たないからです」
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中国発・日本を壊す「猛毒食品」衝撃の実態


Photo by GettyImages


牛肉戦争になってしまう

 さらにこの国が自ら危険な食品であることに目をつぶって、輸入しやすいようにしていることもある。一例をあげればアメリカ産牛肉だ。

 最新の機器を使って検査すれば、アメリカ産牛肉から国産牛の600倍もの女性ホルモンが検出される事は明らかなのに、いまだに一昔前の計測法で検査している。この方法だとピコグラム(1兆分の1)単位のホルモンは検出できない。

 あえてこの方法をとっているのは、アメリカと事を構えたくないから。アメリカ産牛肉には日本が禁止しているホルモンも使われていて、そんなものが検出されたら、輸入禁止にせざるを得ない。

 そうなると、アメリカが対EUにしたように、牛肉戦争になるだろう。国民を犠牲にしても、そんなトラブルだけは避けたいのである。

 それ以外にも、アメリカへのお追従は恥ずかしくなるほどだ。たとえばポストハーベスト農薬の残留値だ。アメリカの乳製品を輸入するために、猛毒のアフラトキシン濃度を国際基準により20倍も甘く、EUより400倍も甘くした。

 猛毒のマラチオンも、輸入小麦は国産米の80倍もゆるい。有機リン系殺虫剤のクロルピリホスメチルも、米に対して輸入小麦が100倍ゆるい。ネオニコチノイド系農薬を50〜2000倍まで緩和したのもそうだ。いずれもアメリカの農産物を輸入しやすくするための”配慮“といってもいい。

 これも言ってみれば、食料を自給できないゆえの悲しさかもしれない。

 鈴木宜弘東大教授のこんな言葉が忘れられない。

 「何かあれば命に関わる大問題とわかっていても、目先の儲けと自分の立場の保全に進んでしまう。みんな『今だけ、金だけ、自分だけ』という発想になってしまったんです。なんで人間はこんなにアホなんですかね」

 わが子の未来を閉ざしたくなければ、親が食品を選ぶ厳しい目を持つしかないだろう。

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調理員たちが明かした「給食異物混入、実はこんなにヤバイ」
安心、安全とはいえなかった
奥野 修司
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52937

学校給食は安心・安全の食材のはず。そう信じて疑わなかったのに、健康とは程遠い「危険な食品」が使われていた――。

汚染された鶏肉、大量の女性ホルモンが含まれている牛肉、遺伝子組み換え米……。中国・アメリカから入ってくる「猛毒食品」は日本人を壊そうとしている。『怖い中国食品、不気味なアメリカ食品』の著者・奥野修司氏による衝撃のルポを公開。


学校給食が「汚染」されている

2014年に東京・神奈川の68全市区にアンケート調査をしところ、約半数が学校給食に中国産食材を使用していた。それの何が問題なのか。

給食を作る調理員の声を聞いてみた。

「ひじきでは短い糸クズのようなものが多く、異物混入は当たり前。金属片やビニール紐、釣り糸などがよく絡まっています」

「水煮のマッシュルームは臭くて、缶を開けると鼻を突くような臭いがする」

「ゴマはホコリやゴミで汚れがひどく、ぬるま湯で洗わないと使えない」

ちなみにある海鮮料理のチェーン店では、中国産冷凍寿司ネタを解凍したところ、中からタバコの吸い殻や使用済みのコンドームが出てきたという。

調理員が「本当は給食に使いたくない」と思っている食材ベスト5は次の通り。

@アサリ A鶏肉・鶏レバー Bマッシュルーム Cゴマ Dヒジキ

驚いたのは鶏レバーである。中国の土壌に多い重金属や有機塩素は、穀物や野菜などに吸収され、それを鶏に食べさせると肝臓に濃縮される。中国産の鶏レバーを食べることは、高濃度の重金属で汚染されたものを口にすると同じなのだ。

それだけではない。中国の生産現場に潜入すると、強烈な腐臭が鼻を刺すアサリを茹でていたり、黒くなったマッシュルームを漂白していたり、従業員がトイレで用を足した後、手も洗わずにコハダを開いていたりと、衛生管理がむちゃくちゃなのだ。ひじきを採る海に、藻が発生して困ると除草剤を撒いていたところもある。


Photo by iStock

こんな中国産食品を、なぜわざわざ給食に使うのだろうか。

まず知って頂きたいのは、学校給食には、各学校の給食室で調理する「自校方式」と給食センターでまとめて調理する「センター方式」があることだ。

自校方式は、献立や食材の調達は現場の栄養士に任せられているので、「食」への意識の違いがあらわれる。東京の世田谷区では、中国産を一切使ってない学校がほとんどの中で、大量に中国産を使っている学校もあるのがそれをよくあらわしている。


センター方式は同じ食材を大量に一括購入・一括調理するため、多くの自治体は「国産食材だけでは安定的な調達が困難」と語っている。コストダウンを求めた結果、学校給食は外食産業と同じになったということだろう。

もう一つの理由は、「給食費の制限があるため」だ。給食費の全国平均は一食238円(小学校低学年)から278円(中学校)。刑務所の食事は3食で540円ほどだから1食で180円。刑務所の食事よりも多少はマシということだろうか。

月に払う給食費はおよそ4,000円〜5,000円。これを1,000円アップするだけで国産食材をずいぶん増やせるそうだが、1,000円でも値上げに反対する父母がいるから簡単ではない。だけど、中国産食材やアメリカ産食材を食べることは、我が子の医療費を未来へ先送りしているのと同じだということに気づくべきだろう

猛毒食品を食べている可能性

例えば、レストランでハンバーグやビーフステーキを食べたとき、ランチで1000円前後ならオーストラリア産かアメリカ産のはずである。このアメリカ産牛肉には、大量の女性ホルモンが含まれているとはほとんど知られていない。

その数値は国産牛の600倍(赤身肉)。なぜ牛肉の中に女性ホルモンがあるのかというと、成長促進と体重増加を促すため、アメリカでは6種類のホルモンが牛の成長促進剤として認められているからだ。

女性ホルモンが残留した牛肉を食べ続けるとどうなるか。一般的に、女性では乳がんや卵巣がん、男性では前立腺がんが増えるといわれる。とくに子供の頃から食べ続けると、危険度はかなり大きく、男性は精子の減少にも影響する。

こうした危険性があるため、EUでは90年代からアメリカ産牛肉を輸入禁止にしているが、日本では毎年20万トン弱が輸入されている。

危険な食品はアメリカ産だけにとどまらない。中国食品にも同じような危険性はつきまとっている。

中でも野菜と海産物だ。中国産野菜の何が問題かは、図を見ていただければよくわかる。長江沿岸など沿海州は中国の穀倉地帯だが、このデータは長江河口のある地点を採取したものだ。


http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52937?page=2


日本の土壌汚染の基準値と比べ、なんと水銀は244倍、鉛は3524倍、ヒ素は1495倍というとんでもない数字である。

中国全土が重金属に汚染されているわけではないだろうが、2010年に武漢大学の王樹義教授が「中国の耕作面積の2割、2,000万ヘクタールが汚染されている」と警告したように、中国の土壌汚染はかなり深刻な状態にある。

こうした土壌で作物を植えれば、作物はこれらの重金属を吸収する。しかし、私たちには重金属が含まれているかどうかはわからない。なぜなら、日本の検疫は重金属など検査しないからである。


すぐには死なないが…

食べ物というのは、食べたらエネルギーや栄養になるだけではない。タンパク質はアミノ酸に消化されて腸管から吸収され、体の中の細胞のアミノ酸と入れ替わる。それも恒常的に入れ替わっているから、出来損ないの食べものを食べたら体も出来損ないの体になるということだ。

では「食の安全」とはほど遠い出来損ないの食べ物を食べたら、必ずがんなどの疾病を引き起こすのかといえば、たぶん否である。

「なあ〜んだ、じゃあ、アメリカ産牛肉でも、中国産の野菜や海産物でも、何食べたっていいじゃないか」

そうお思いの方もいるかもしれない。ただしそこには「短期的に」という条件がつく。

なぜなら、大量の毒物を摂取すれば急性中毒で死亡するかもしれないが、農薬や重金属まみれの食べ物を口にしてもすぐに死ぬことはないからだ。

症状があらわれても20年後、30年後である。それも、たしかなエビデンスがあるわけではなく、食べ物に原因があるとは誰も証明はできない。倫理的に長期の比較試験などできないからである。

私たちにできることは、自ら危険と判断した食べ物を、家族はもちろん、とりわけ子供には食べさせないという自己防衛しかない。

輸入食品には毒性のある危険な食品が数多く入っている。その中で中国産とアメリカ産を取り上げたのには理由がある。私が親しくしていた農業指導員にこう言われたからだ。

「食の安全とは、生産者が消費する人を好意的に見ているか嫌悪しているかの違いだと思う。嫌悪していたら毒を入れても平気です。中国人は日本人を嫌いだし信用していない。アメリカ人は日本人を見下しています。だから、汚染された土壌で作られたものでも平気で売るのです」


米と鶏肉にご注意!

ほかにどんな食品が問題なのだろうか。中国食品では米と鶏肉だろう。

中国産米が大量に輸入されていると聞いても信じられないだろうが、年に数万トンが私たちの腹に収まっている。この中に遺伝子組み換え米(GM米)が混入しているのではないかと疑われているのだ。

GMトウモロコシはわかるが、GM米なんてホントにあるの、と思われるかもしれないが、中国の華南(淮河以南)で獲れた中国産米にはかなりの確率でGM米が混入していて、すでに中国政府もコントロールできないほど全土に広がっているのだ。

2009年頃、湖北省の大学が研究していたGM米(遺伝子組み換え米)の種もみが農民の手に渡ったのがきっかけだった。害虫がこの稲を食べれば死ぬということで、殺虫剤のいらない米としてまたたく間に広がったといわれる。

日本の食品工場があるのはたいてい華南である。ここで米を原料にした加工品を作る場合、わざわざ日本から米を輸入するはずがない。近場でとれた華南のGM米が使われるはずである。

では、GM米が混入しているかどうか、日本の検疫で検査するかといえば、ビーフンならたまに検査することはあっても、煎餅のように製品となってパッキングされたものはまず検査されることはない。


中国では鶏をより効率的に飼育するため、ウィンドレス鶏舎といって窓がない真っ暗な鶏舎で飼育する。それも坪あたり40羽の鶏舎に100羽以上の鶏を入れるから、鶏はほとんど動けない。そのうえ人間が飲めない水道水や汚染された河川の水を与えられるから、鶏は簡単に病気になる。中国で病原性大腸菌が深刻なのもこのせいなのだ。

病気で死なせないためには抗生物質を使うしかない。使えば出荷前に1週間以上の休薬期間を設けて体外に排出させるが、そんなことをしてたら鶏はどんどん死んでしまう。というわけで、中国では抗生物質が鶏の体内で残ったまま出荷されるのが普通なのである。

ここで紹介したのは危険食品のごく一部だ。後編では日本が危険であるとわかっていながらも、輸入を許可してしまう実態を明らかにする。


13. 中川隆[-13418] koaQ7Jey 2018年7月06日 10:29:49 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-16327]


奇妙な学校給食のルーツは勝戦国/米国の対日戦略に始まる、そして今、管理栄養士の資格試験に問題がある。
 

・学校給食法は昭和27年の制定だが、記憶を辿ると脱脂粉乳のミルクと塩味ののコッペパンは、和食からは程遠い苦痛な食事であった。脱脂粉乳を溶いた奇妙な味覚と臭気のミルクは、後味も悪く苦痛な飲み物であった。当時は父親を戦地で失った子ども達も多く、彼らの母親達が給食を賄っていたが、給食室で母親達が作る秋刀魚の丸のままの揚げ物や鯨の竜田揚げは、とても美味しく食した記憶がある。

・日米戦争に惨敗し主要都市が悉く焦土と化した日本は、国民児童の極度な食糧難から再起しなければならなかった。戦勝国の米国とユニセフから、家畜の餌とも云われた脱脂粉乳の無償供与を受た。昭和25年からは米国からの小麦粉を使ったコッペパンが供された。昭和27年には学校給食法が施行され、コッペパンに脱脂粉乳が取り合わされた反和食が、全ての小学校の完全給食として実施された。奇怪な食事は対米敗戦がもたらした。敗戦の窮乏に付け入った米国穀物メジャーの策に嵌められてしまった。

・日本民族は阪神大震災でも、地元の金融機関が記名だけで当座の資金を貸し出したり、神戸の山口組まで炊き出しを始めた。欧米のグローバル勢力は転んでもタダデは起きないし、救済策そのものがマッチポンプであって、転ばせてもタダでは起き上がらせない。

・無償の脱脂粉乳とコッペパンに始まった勝戦国食料メジャーの対日支配作戦は、学校給食法で全国の小学生に一斉導入したことで勝機を掴んだとも言える。それから50年余、日本人の食生活は乱れきってしまった。

・そして近年になって、学校給食の奇妙な献立が話題にされたが、献立を作る管理栄養士の見識の欠落のように思える。大学の栄養学科で教え込まれ、資格試験を通るために暗記脳を鍛えた大卒栄養士の知識や情報群がおかしい。腸内菌の機能など考えもしないカロリー計算など、観念で捉えた食材と献立では、トンでもない取り合わせになってしまう。

・近年、子育てを終えた有志のご婦人達が子ども食堂を作って、地域の子ども達に朝食を振舞い始めている。夕方には学童保育帰りの子ども達も立ち寄り、とても温かみのある食育と地域活動を展開して親睦を愉しんでおられるグループだ。テレビで放映されたが、とてもバランスよく心の通った摂理にかなう献立でした。日本人の食生活はこのような皆さんの働きから再興されていくのではなかろうか。
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&t=6&k=2&m=337005


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14. 中川隆[-13571] koaQ7Jey 2018年9月22日 12:14:42 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-18757] 報告

小麦が変えた世界とは
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-3879.html


英国のトマス・ロバート・マルサス(Thomas Robert Malthus)は、1798年に『人口論』という本を書きました。

その中で彼は、

「人口は、幾何級数的に増加する。
 一方、食料の生産能力には限界がある。
 だから人口の増加には一定の限界がある」

という論を発表しました。

あたりまえのことですが、人は食べなければ生きていくことができません。
彼は地球上の全耕地面積を調べ、当時の食糧の生産能力から可能な食糧生産高を計算し、そこから地球上で養える人口を割り出したのです。
その答えが「20億人」でした。
ですからそれ以上は食糧生産高が間に合わず、人口は増加しない、と計算したのです。

マルサスが『人口論』を書いたころの地球上の人口は10億人でした。
いまは70億人に達しているのですが、マルサスの予測どおりの20億人に達したとき、何が起こったでしょうか。
答えは第二次世界大戦です。
つまり世界の人口が食料供給量と等しくなったとき、世界で大規模な戦争が起き、人類に大規模な殺し合いが起きています。

では、どうしていまの地球上の人口は、戦後わずか70年で70億、つまり2.5倍に増えたのでしょうか。

その答えが「小麦」です。

人類の基本食糧は、世界三大穀物と呼ばれる、コメ、小麦、トウモロコシですが、小麦から作られる食品といえば、パンやうどんの他、ラーメンやパスタ、マカロニ、餃子の皮、シューマイ、カステラ、ケーキ、天ぷら、トンカツのコロモなどがあります。どれも基本的な食品ばかりです。


人口が多い国といえば、Chinaが思い浮かびますが、そのChinaの戦前の人口は5億でした。
いまや15億に達しています。
戦後、彼らは約3倍に増殖しました。
なぜ増えたのでしょうか。
答えは「小麦」です。
小麦の収量が爆発的に増えたのです。

世界の小麦生産量は、およそ6億トンですが、このうちの1億トンがChinaで生産され、Chinaはそのすべてを自国内で消費しています。輸出はほぼゼロです。
どうしてChinaの小麦の収量が3倍にもなったのかというと、実は日本が関係しています。

明治33年(1900)に起こった義和団事件のあと、日本を含む11カ国は北京議定書によって清国政府から賠償金を得ることになりました。
欧米諸国が、その賠償金を自国の利益のために費消したのに対し、日本はその賠償金をChinaのために使いました。
具体的にどうしたのかというと、北京に「華北産業科学研究所」を設置したのです。

どういう研究所かというと、Chinaの農業振興を目的としました。
まずはChineseたちが安心して食べていかれる環境を整備する。
それは民度を高める第一歩です。

このため「華北産業科学研究所」に、日本は東大、北大、九大などから、とびきり優秀な人材を326名もこの「華北産業科学研究所」に送り込み、Chinaの農業や土壌、羊毛、造林等についての詳しい調査を行いました。
そして昭和13(1938)年には、具体的な農業生産高の向上を図るため、我が国を代表する農学博士の稲塚権次郎博士を「華北産業科学研究所」に送り込んでいます。

飯塚権次郎博士は、明治30(1897)年の富山県城端町の貧しい農家の生まれですが、猛勉強して東京帝國大学農科農学実科を卒業し、秋田県の農事試験場に勤務しました。

 雨ニモマケズ
 風ニモマケズ
 雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
 丈夫ナカラダヲモチ
 慾ハナク
 決シテ瞋ラズ
 イツモシヅカニワラッテヰル
 (中略)
 サウイフモノニ
 ワタシハナリタイ
有名な宮沢賢治の『雨ニモマケズ』ですが、この詩は「冷害に強い品種」として稲塚権次郎博士が開発した稲の「陸羽132号」を宮沢賢治が大絶賛して詠んだ詩です。

「陸羽132号」は冷害に強くて収量が多い品種です。
これをもっと味を良くしようとして権次郎博士が開発したのが「水稲農林一号」です。
これが現在のコシヒカリやササニシキ、秋田小町の親にあたります。

ちなみにKoreanも米を食べますが、禿山ばかりだった朝鮮半島でも人口が増えたのは、日本統治時代にさかんに植林事業が行なわれ、同時に耕地の開拓が行われたことと、稲塚権次郎が開発した農林一号を、朝鮮総督府が半島で必死の普及をしたことによります。

当時の朝鮮総督府は、そのために指導官となり、また自ら農業に従事できる人材を広く日本から集めて、半島各地に入植させました。
そうすることで半島の人々の食糧事情の改善を図ったのです。
これによって朝鮮半島は、日本統治時代に耕作地が2倍になり、1反辺りの収穫量も3倍に増加、Koreanの平均寿命も30年以上伸びることになりました。
これが可能になったのも、稲塚権次郎博士の開発した米の新種が導入されたからです。

人は食べなければ生きていくことができませんから、どこの国においても、農業は国の基幹柱です。
「そんなことはない。金儲けして他国から買ってくれば良いではないか」と漠然と思っている人が最近では増えていますが、これは大きな間違いです。
いついかなるときでも国民が安全に安心して暮らしていくことができるようにしていくのが国家の使命です。
国は、そのための共同体です。
ですからどこの国でもまずは自国民が餓えて死ぬことがないように最善をつくすのです。
凶作や飢饉のとき、当然のことながら外国に回せる食料などありません。
何があっても、まずは自国民が餓えないようにするのがその国の政府の最大の使命です。

このことは食に関する安全対策の面からも重要です。
植物性の食物にせよ、魚を含む動物性の食物にせよ、その国の土壌や食べ物で育っています。
公害だらけで毒性の強い土壌や海で育った動植物には、当然、その毒物が体内にあるわけです。
それを食べれば、自国民がその毒物を摂取することになる。
そんなことで体内に異常が発生したり、あるいは精子に異常が生まれて大事な子孫ができない状況になったらたいへんです。
「いまさえ儲かれば良い」という発想をする人がいますが、我々の祖先が築いてくれた自国は、いまを生きている我々だけのものではなく、我々の子孫のためのものでもあるのです。

秋田から岩手の県農事試験場に移った権次郎は、ここで小麦の研究を始めました。
苦心の末、昭和10(1935)年に「小麦農林10号」を誕生させます。
このことは以前「小麦のお話」でも書かせていただきました。

もともと小麦は、収穫期に高さ1M20cmくらいの大きさに成長します。
これをたくさん収穫するために、15cm間隔くらいに詰めて植えるのですが、そうすると背丈が高い分、地面の養分を大量に吸い上げるため、地味が枯れてしまって、何年かに一度には土地を休耕地にしなければならなくなります。
さらに茎の背が高くて大量の実をつけるから、頭が重い。
このため収穫期に台風などの風害があると、小麦が倒れてしまって収穫できなくなってしまいます。

これらの諸問題を克服したのが「小麦農林10号」で、背が低くて稔りが多く、収量が多いのです。
「小麦農林10号」は背が低くて茎が高さ60cmくらいにしかなりません。
だから、植える時も50cm間隔くらいに植えることが可能で、背が低い分、小麦全体の体積が小さくて、地面を枯らさない。
しかも倒れない。寒さに強い。
そのくせなんと5倍という大量の実を付けます。

Chinaの「華北産業科学研究所」に赴任した稲塚権次郎博士は、この「小麦農林10号」の子供たちをChinaで普及させました。
農業は単に土地に種を蒔けばほっといても収穫できるというような単純なものではありません。
途中で雑草を排除しなくちゃなんないし、変な虫が食わないように、防虫もしなければならないし、水の与え方だって時期に応じたものがあります。
病気や虫の害もある。
土地の改良の問題もあります。

それら諸問題をひとつひとつ丁寧に改善しながら、権次郎博士は、農林10号の子供たちを華北の人々に丁寧に伝授していったのです。
それはChina事変の真っ只中のことでした。

Chinaは古くから、わかりやすくいうと3つの階層によって構成されている社会です。
1つ目は文人層で、もともとは科挙の試験に合格した支配層、もっとわかりやすくいうなら公務員層。
2つ目が商業および農民層で、常に収奪の対象であり、食糧事情の乏しさから常に貧困とともにある層。
3つ目が遊牧民層で、圧倒的な軍事力を持った層です。

1と2は、自分の利益のことしか考えません。
そうでなければ生き残ることができないからです。
3は、自力で食えますから、基本的には1と2の層が織りなす諸問題には無関心です。

そして1と2の対立が織りなす社会的ストレスがピークになったとき、3が1と2のどちらに味方するかで、大きな政変である易姓革命が起きます。
それがChinaの歴史です。

つまり問題の本質は、圧倒的多数の人口を擁する2の商業および農民層が「食えない」ことに、Chinaの抱える最大の問題があったわけです。
食えれば争いの必要は薄まるし、自分の利益だけでなく他人の利益・・つまり公益を考える心のゆとりも生まれます。
そのためには、Chinaで農業を振興し、彼らが「食える」状態に一日もはやくしてあげること。
そのために日本が設置した華北産業科学研究所の使命は大きかったし、またそのために稲塚権次郎博士も、真剣に取り組んでいたわけです。

やがて大東亜戦争が起こり、昭和20年8月、戦争が終わりました。
日本は海外にあったすべての権益を放棄し、駐屯していた日本人たちも次々に日本に帰国しました。
広大な研究用農地を持つ華北産業科学研究所も、まるごとChinaに引き渡されることになりました。
このとき金陵大学で小麦の育種をしていた沈宗瀚博士は、施設の接収に来た際に次のように言いました。

「非常にいいものを作ってもらった。
 私も方々歩いたけれども、
 こんな立派な試験場は見たことがない。
 ほんとうにいいものをつくってもらった。
 あなた方が許すことなら
 長くここに残って、
 この仕事を継続してもらいたい。」

結局、稲塚権次郎博士は、China当局に徴用されて、終戦後も2年間研究所に残って指導を続けました。
帰国したのは昭和22年です。

こうしてChinaの小麦の収量は、あっという間に3倍に成長しました。
Chineseの主食は、小麦です。
ラーメンも、餃子も、中華饅頭も、小麦が原料です。
おかげでChineseは、腹いっぱい飯が食えるようになり、食料がある分、人口も増えました。
当時、5億人だったChinaの人口が、いまの15億人に増えたのは、大局的にみれば、Chinaで生産される小麦の収量が増えたからです。

そしてその小麦は、日本の稲塚権次郎が開発した小麦の子供たちです。
このことは、現在Chinaで栽培されている小麦のDNAを調べれば明らかなことです。

さらにいま世界で栽培されている小麦も「農林10号」の子供たちです。
戦後、GHQが日本にやってきて、日本の農業試験場から根こそぎ小麦の種を持ち帰りました。
それが米国で栽培され、インドで大飢饉が起きたとき、この小麦で億の民の人命を救い、奇跡の小麦と呼ばれて、種子の交付の中心となった博士はノーベル賞をもらいました。

そしてインドはいま13億の人口を擁しています。
終戦時の頃の人口が4億人です。
やはり人口が3倍に増えています。
その原因は、Chinaと同じ「農林10号」です。

人間にとって、何が悲しいといって、我が子の死、家族の死ほどつらいものはありません。
ましてやそれが餓死とあっては、それこそ死んでも死にきれない。
生きるための食料の確保は、それだけ深刻かつ真剣な問題なのです。

ではその後の日本はどうなたのでしょうか。
昭和30〜40年代には、田んぼは冬には麦畑に変わりました。
年配の方なら、冬に麦踏みをされたご記憶の方も多いかと思います。
けれど現在、日本の田畑で麦畑を見ることは、なかなかありません。
冬場の田んぼも、いまではすっかり休耕地になっています。

その一方で日本は世界でも有数の小麦消費国です。
ところがその小麦は、収穫時の実の状態での販売はできないこととされています。
粉末にしたものしか国民には見せてはいけないのです。

そして国内で消費される小麦の、実に85%は輸入小麦です。
輸入先はおよそ、米国60%、カナダとオーストラリアが20%で、要するに先の大戦の戦勝国からです。
そしてすべての輸入小麦は日本国政府が外国から買い上げて、国内の製粉業者に売り渡すこととされています。

さらに近年では、国内で栽培する小麦(これは小麦に限らずすべての穀物や野菜も同じですが)の種子は、農家が自家栽培のものを使ってはならず、すべて外国産のものを米国から輸入する方向で政府間交渉が進められています。
そしてその小麦は、もとをたどせば、日本で開発された小麦です。
小麦のDNAを調べれば、それは明らかなことです。

食の安全は、国民の共同体の代表である国がしっかりと保持していかなければ、結果として、国民の健康が阻害され、ひとたび凶作にでもなれば、またたくまに国民に餓死者が続発することになってしまいます。
なんとなれば、国家という共同体は、そもそも国民みんなが飢えることがないように組織されたものといえるくらいです。

国民の食と健康は、国民が守らなくて、誰が守ってくれるのでしょう。
いま目の前に食べ物がたくさんあるから豊かなのではありません。
食の豊かさも安全も安心も、国民が自分たちでしっかりと管理していかなければ、結局は国民がつらい思いをすることになってしまうのです。

だから昔の武士は新米を食べれませんでした。
俸禄米も知行米も、新米は万一の飢饉のときの村人たちのためにとっておくのです。
そして古古米となったものから食べました。
民こそが「おほみたから」。
この概念は、日本社会にとって、まさに血肉となる基礎中の基礎だからです。

農業は国の柱です。
私達はこのことをいまいちど肝に命じて、あらためて国作りをしていかなければならないのではないでしょうか。
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-3879.html



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