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原子力発電は本当に危険なのか?
http://www.asyura2.com/17/lunchbreak54/msg/148.html
投稿者 中川隆 日時 2018 年 3 月 18 日 10:29:50: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: 発電をすべて原子力にしなければ地球温暖化で地球の気温は250℃になる 投稿者 中川隆 日時 2018 年 3 月 16 日 15:21:51)

考え続けている。原子力発電は本当に危険か?
非常事態を日常の視点で考えてはいけない 2018年3月14日

 2011年3月11日午後2時46分18秒――東日本大震災が発生してから7年が過ぎた。この大災害は国土にも社会にも私達の心も、大きく傷つけた。その影響は今なお新たであり、今後も長期間に渡って続くだろう。

 「あの瞬間」から、といえば格好をつけすぎだけれど、私はこの7年間、ある疑問について考え続けている。ひょっとするとそれは答えの出ない質問なのかも知れないが、それでも考えないわけにはいかず、調べ、考え、立ち止まり、また調べ、を繰り返している。

 疑問とは、私達は、見るべきものを全然見ていないのではないかということだ。

 巨大災害に直面すれば、誰しも何らかの意見を持ち、時に行動するであろう。が、その行動が正しいかどうかは、まず事態を正しく認識しているかにかかっている。なにかを見落としたり、見ていても解釈を誤ると、認識は狂い、行動は空回りする。

 「自分は、社会は、日本は、なにかを見落として、この7年間空回りしているのではないか」――と、私は考え続けている。

原発事故で露呈した、見ているようで見ていない私たち

 分かりやすい例から説明しよう。

 震災により東京電力福島第一原子力発電所の事故が発生し、放射性物質が原子炉から放出され、風に乗って拡散する事態となった。

 当時、ネットで頻繁に見られたのが「生き物がおかしくなっている」という投稿だった。

 椿の葉っぱの形がおかしい、苺の形がおかしい、蟻の群れがぐるぐる一カ所で渦を巻く不審な挙動をしている――みな、放射線の影響を疑い、不安になっていた。はなはだしい例では、「水たまりに黄色い粉が浮いている。原子炉から出たウラン(イエローケーキ)じゃないか」というのもあった。

 が、もちろん、それらはすべて以前から普通にあったものだ。

 椿の葉の奇形は、ありふれたもので、その形から金魚葉椿という名前までついていた。店頭に並ぶ形の揃った苺は、農家の高い栽培技術の賜物であって、形が不揃いなのが当たり前。主に加工用に使われるので、そのまま売られることはあまりないだけのことだった。

 蟻の行進が渦を巻くのは、通称「死の渦」などと呼ばれる現象だった。蟻は脚から分泌するホルモンで、次に続く蟻に道を教える。ホルモンの足跡が運悪く円を描いてしまうと、蟻はその場でくるくると渦を巻いて回り始め、結果ホルモンの足跡がますます強化されて渦から出られなくなってしまう。

 水たまりに浮く黄色い粉は、主に松などの植物の花粉だった。花粉の飛ぶ季節になれば、原発事故が起きるはるか以前から、当たり前にあった現象だった。

 つまり、「放射能の影響かも知れない」と騒いだ人達は、毎年、日常の中で見ているものを、意識していなかったのである。見ているものが見えていなかったのだ。それが、「放射能が」という疑念で周囲を見回したところで初めて気がついたので、騒いでしまったのだった。


これらの事実は、私達が、日頃当たり前に見ている風景を、実際にはいかに「見ていないか」を示している。意識して観察しないと、自然の実相は頭に入ってこない。

 これは「日常的な人間の感覚」は、事実を見据えるにあたって非常に当てにならないことを意味している。「だって普通に考えてこうでしょ」というのは、間違いに落ち込む近道だ。

 だから科学は、人間の感覚に惑わされないようにしつつ、自然のありようを理解する方法を発達させた。

「核廃棄物は無害になるまで10万年」の意味

 原発事故が起き、ご多分に漏れず私も原発というものについて調べ始めた。その一部は当時書き続けていた「人と技術と情報の界面を探る」という連載の中に、「原子力発電を考える」という名称で書いたのだが、執筆中から引っかかっていた疑問があった。

 それは「本当に原子力発電は危険なのか」ということだ。

 「なにをいうか、あれほどの事故を起こしたものが危険でないはずがない」というのが大方の反応だろう。

 だが、正確には「原子力発電は危険」なのではなく「原子力には原子力特有の危険性がある」ということだ。そして、原子力工学が決して危険に対して無策でいたわけではないということも見えてくる。

 例えば、「発電の結果発生する核廃棄物は10万年間、環境中に漏れ出さないように保管する必要がある」という事実がある。

 「10万年も! なんという危険性だ」と思う方がほとんどだろう。が、10万年という時間にどのような意味があるかをきちんと理解している人は少ないようだ。

 10万年というのは核廃棄物に含まれる放射性同位体の出す放射線が、稼働前の核燃料と同じレベルになるまでの時間だ。核分裂反応でエネルギーを取り出すと、後には様々な種類の放射性同位体を含む使用済み核燃料が残る。最初の核燃料1トンが出す放射線と、使用済み核燃料1トンの出す放射線が等しくなるのに10万年かかるということである。

 「元に戻るのにそれほどの時間がかかるとは!」と驚くところだ。が、具体的な減り方を見ていくと、想像していたのと様子が少し違うことがわかる。

「10万年かかる」というと、10万年の間、ずっと非常に危険な状態が続くように思うが、そうではない。

 このグラフはベクレル単位で測定する放射性同位体の量が、時間と共にどう減っていくかを示したものだ。様々な元素の放射性同位体にはそれぞれ固有の半減期がある。半減期の時間が過ぎると半分に減る。2回半減期が過ぎると1/4になるし、3回過ぎれば1/8だ。半減期の短い同位体は、大量の放射線を出して急速に消えていくし、長い同位体はだらだらと少量の放射線を出しつつ、ゆっくりと減っていく。

 グラフ(縦軸も横軸も対数であることに注意してほしい)を見ると、発電前の核燃料1トンは1000GBqの放射性同位体を含んでいる。それが、使用後は一気に100億GBqまで増える。実に1000万倍だ。比較を容易にするために指数表記で書くと、1000GBqは10^12Bqで、100億GBqは10^19Bqである。

もっとも危険な期間は最初の10年程度

 しかし一気に放射線を出す同位体は短寿命なので、急速に消えていく。このため、放射性同位体の量も急減する。最初の10年でだいたい1/500程度まで減る。そして50年程度で1/1000になり、100年で1/5000ぐらいにまで減る。1000年ともなると1/10万ぐらいになる。

 このあたりで強力な短寿命の同位体が消えてしまい、後には長寿命の弱い同位体が残るので減り方はゆっくりになる。それでも元の核燃料の2倍程度まで減るのは1万年後。使用直後に1000万倍もあったことを考えると、もとの核燃料の2倍というのは大した放射線を出すわけではない。10万年のうち9万年はそんな状態で、だらだら、ゆっくりと放射線が弱くなっていくのである。

 10万年保管が必要ということは、10万年ずっと同じように危険ということを意味しない。本当の本当に危険なのは最初の10年程度なのだ。

 このグラフを理解すると、地層処分の印象も変わってくる。「危険なものを埋めて知らんぷりするのか」「本当に漏れてこないのか」などと考えがちだが、100年もすれば埋めても問題ない程度に放射線が減衰している、ということなのである。(中略)

科学的に、定量的に、考え続けることの大事さ

 このように考えて、私は震災から7年後の今も、ぐるぐると思考を巡らし、迷っている。何かを見落としていないか。日常的な感覚を信用して、自然の有り様を間違って理解していないか。ちょっと目には分かりやすい言説にのって、かえって社会を退歩させ、破壊する思潮や運動に加担していないか。

 「そういうお前は、原子力をどう考えているのか」という問いならば、今のところ私は、今後100年程度は日本社会にとって原子力発電は必要ではないかと考えている。

 これには色々な理由がある。エネルギー安全保障的観点もあるし、今後の廃炉に必要な原子力技術者を定常的に育成するという観点もある。

 100年というのは、おそらくその間の技術開発で原子力発電以上に利便性が高く危険性の小さい発電手法が実用化する、と考えているからだ。太陽光発電は候補の一つだし、100年もあれば核融合発電も可能になるだろう。それまでは、原子力には他に代替できない利便性があり、「10万年の危険性」に注意しつつ使うしかなかろうと見ている。

 が、もちろん私が絶対正しいという保証なんかない。
 あなたが「原発の存続に反対だ」というならば、その考えを私は尊重する。(後略)
http://2013tora.jp/kabu405.html
 

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コメント
 
1. 中川隆[-7842] koaQ7Jey 2018年4月06日 15:39:01 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-10003]
2018年4月6日
【上島嘉郎】「非現実的な理想主義」がもたらす混乱

財務省の森友文書改竄問題を追及し続ける朝日新聞。その陰に隠れて目立ちませんが、長年の主張である「反原発」にも一層力を注いでいます。

「反原発」「脱原発」といった主張を展開すること、そうした願望や希望を表明するのは自由ですが、中身をみれば、政策論として提示するにはあまりに現実から乖離しています。

昨年12月、広島市の住民らが四国電力伊方原子力発電所三号機の運転差し止めを求めた仮処分の即時抗告審で、広島高裁の野々上友之裁判長は運転停止を命じる決定を下しました。

その理由として野々上裁判長は伊方原発から約130キロ離れた阿蘇山の巨大噴火の可能性を挙げ、約9万年前に起きた「破局的噴火」が発生したら「火砕流が伊方原発敷地内に到達する可能性は否定できず、原発立地には適さない」と述べました。

この決定について、朝日新聞は社説で《伊方差し止め 火山国への根源的問い》(同年12月15日付)と題し、〈原子力規制委員会や電力会社は決定を真摯に受け止めるべき〉で、〈再稼働を進める政府は教訓に立ち返り、火山国で原発が成り立つかも検討すべきだ〉と主張しました。

広島高裁の判断も、朝日の社説も、「非現実的な理想主義」を謳って国民の頭から「現実」思考を消し去るものではないかと思います。かりに阿蘇山で「破局的噴火」が起きたら九州全体が火砕流で灰燼に帰し、日本全体にも被害が及ぶでしょう。

野々上裁判長は「破局的噴火」の発生確率が「日本の火山全体で1万年に1回程度」であることを認め、そうしたリスクについても、無視し得るものとして容認するという社会通念が国内に定着している、と述べながら、運転差し止め理由に「1万年に1回程度の火山の破局的噴火」を挙げたのです。

これは冷静な法理や科学的知見に基づく判断というより、現実の世界にはあり得ない「ゼロリスク信仰」で、それへの帰依を求めたものと言わざるを得ません。それに従うのなら、九州新幹線や在来線も運行を停止し、九州自動車道も閉鎖すべきとなるでしょう。

原発の「安全性」を追求することは不可欠だとして、それでも「安心」という人間の心理を完全に満たすことはできません。「安全」は科学的な指標に基づいて評価可能ですが、「安心」は個々人によって違います。
安心が得られないものはすべて利用を止めるべきとするなら、言い古されたことですが、マッチは火事の元、刃物は殺人の道具、自動車は交通事故の元凶として人間社会から取り除くことになる。

昭和21年(1946)から平成27年(2015)までの日本全国の交通事故死者数(累計)を調べたことがあります。実に62万6000余に及びます。自動車という文明の利器によって「交通戦争」が引き起こされ、約70年の間に私たちはこれだけの人命を失ったのです。

にもかかわらず、私たちは「クルマとの共存」という道を放棄していません。様々な技術改良が施され、人間側の自動車の取り扱いルールも向上し、事故死者数はどんどん減ってきました。

プロメテウスから火をもたらされてから、人類はその炎によって繁栄し、また災禍を被ってきました。科学が発達し、人間がどれほど高度な技術を掌中にしようとも、人間は「運命」から逃れられないし、運命は人の世に完全なる「安心」を保証しない。

2015年に政府はエネルギー基本計画に基づくエネルギーミックス(電源構成)を策定し、2030年時点において原子力発電の比率を2010年時点の29%から20〜22%に低減し、再生可能エネルギー(水力発電を含む)を2010年時点の10%から22〜24%と原子力を上回る設定にしました。事実上原発への不安感に「配慮」したからですが、現時点では再生可能エネルギーだけで必要な電力を賄えないことは、はっきりしています。

(1)実用可能で安価な大容量蓄電池は実現していない。
(2)太陽光発電は、夜はまったく発電できない、曇りや雨の場合は発電容量が激減する。
(3)風力発電は、風が吹かなければ発電しない。風が強すぎても発電できない。台風襲来などの暴風時には羽根などが破損しかねないので発電を停止しなければならない――等々。

菅直人元首相のように「必要な電力はすべて再生可能エネルギーで賄える」とか、朝日新聞のように〈節電の定着で、原発がなくても深刻な電力不足が心配される状況にはない〉(3月16日付社説)とかいう主張にどれほどの根拠があるか。

この冬、首都圏は大停電の危険性がありました。東京電力が想定する「10年に1度の寒波」による電力需要4960万kwに対し、大雪の影響で太陽光発電が十分機能せず、5000万kwを超える日が度々あったのです。

電力需要に対し電力会社の供給力がどの程度の余力を持っているかを示すのが「供給予備率」です。安定供給を維持するには最低限3%必要とされ、これを切るといつ停電になってもおかしくない。

この冬の需要は供給力の99%と見込まれた日もあり、東京電力は火力発電所をフル稼働させ、また北海道、東北、中部、関西の各電力会社から融通を受け、大口ユーザーに節電を要請して凌ぎました。
夏場も3%近くになることが常態化していて、東京電力単体では綱渡りの供給を続けているのが実態です。

原発停止の代替である火力発電の焚き増しによる化石燃料の負担も増加し、東日本大震災が発生した2011年度からの3年間だけでも計9兆円超。これはざっと消費税3%分が燃料費のため海外に流出した計算になります。
「電気は足りている」というのは種々の負担増の上に成り立っているわけで、それは現在も続き、電力各社の経営を圧迫し、国民も電気料金の値上げ(ほかに再生可能エネルギーの固定価格買取制度による賦課金)という形で負っています。

すべての発電用原子炉の廃止を政府目標とする「原発ゼロ基本法案」を推し進めようとする立憲民主党と、それに賛同する朝日新聞などのマスメディアは、電力事業がいかに精緻に組み立てられ、その維持にどれほどの努力がなされているかを熟考したようには見えません。「非現実的な理想主義」がどれほどの混乱をもたらすか。

福島第一原発事故によって、原子力技術の利用に伴う危険性は国民の間に強烈に印象づけられましたが、それはどれほど正確な科学的知見に基づくものだったか。民主党政権下の政治的混乱とメディアの恣意によっていたずらに増幅された恐怖だったのではないか。

さらには、日本の反原発運動及びそれを主張するメディアが欺瞞的なのは、他国の原発には何も言わないことです。中国や韓国の原発に危険性はなく、日本の原発にだけ危険性があるのか。「反日運動の正体見たり」という気がします。

確かに原子力発電はバラ色ではない。廃炉や廃棄物処理など克服すべき課題も多い。将来の方向性を議論することは不可欠です。その場合、原子力を利用することに伴う危険性と、利用しないことで生じる危険性とを比較衡量することが大切で、そこに科学的知見や合理性を超えて、ある種の政治的偏向や過剰な情緒を持ち込んではならない。朝日新聞にも、立憲民主党の「原発ゼロ法案」にも、それが著しく欠けています。

どんなに想定し、どんなに準備をしようとも、人間は「運命」からは逃れられない。できることは運命や絶望について学び、「ゼロリスク」などという現世にけっしてない言葉と決別することではないでしょうか。人間としての成熟を促さない「議論もどき」がメディアと永田町で喧しいのは、なんとも悲しいことです。
https://38news.jp/politics/11797


2. 中川隆[-13339] koaQ7Jey 2018年6月20日 17:26:34 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-15811]

重要選挙でまたしても出てきた「福島に住んではいけない」というウソ
脱原発を訴える人こそ、正しい情報を 林 智裕 2018.06.20
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/56153


7年が過ぎても、また…

新潟県の米山隆一前県知事が辞任したことに伴い、6月10日に県知事選挙が行われました。新潟県は運転停止中の東京電力柏崎刈羽原発を擁していることもあり、選挙運動では原発の是非についての言及も数多く見られました。

2011年に起こった東電福島第一原発事故の被害は甚大でした。しかし、「被曝」についての科学的な問題だけならば、すでに何年も前から、福島県内の避難区域外の地域で普通に生活することにより、他の地域と比べて健康リスクが高くなるとは言えないことが明らかになっています。幸いなことに、放射線被曝そのものを原因とした健康被害も報告されていません。

ところが新潟県知事選挙の舌戦の中で、反原発を訴える人々の一部からは、未だに福島に対する「誤った認識」にもとづく発言が飛び出したのです。


6月2日に新潟市内で行われた野党推薦候補・池田ちかこ氏の応援演説では、福島県からの自主避難者で「市民の思いをつなぐ会」共同代表の磯貝潤子氏が演説中に、
「娘たちが鼻血を出して、それでもなんとか生きていこうという姿に、ここ(福島)にいちゃいけない、そう思って新潟に来ました」(https://www.youtube.com/watch?v=OiFLjJmmicM&feature=youtu.be)と発言しました。

磯貝氏の発言からは、「東電原発事故による放射能の被害が原因で、子どもたちが鼻血を出した。そのような土地である福島に住むことは間違っている」というメッセージを読み取ることが出来ます。詳しくは後述しますが、当然ながら福島第一原発事故と「鼻血」の関連性は、科学的裏付けがない「誤り」であることが判明しています。

この発言に対して周囲の支持者からの訂正や指摘は無く、その後「池田ちかこサポーターズ」のTwitterアカウント(@ikedasupporters)によって文字おこしが発信された他、立憲民主党公式アカウントによる拡散、YouTubeでの動画配信も行われましたが、この際にも当該発言の誤りについての言及はありませんでした。

その後、ツイッターでは文字おこしされた内容への批判が集まり「炎上」しました。当該ツイートは後に削除されましたが、削除理由の説明や誤った情報を拡散したことへの謝罪・訂正の動きなどは現在までありません。


そもそも「重い被曝」をしていないのに

「福島では、被曝によって鼻血が出る」との言説が大きな話題になったきっかけは、2014年春に発表された、反差別を訴える団体「のりこえねっと」共同代表であり漫画家の雁屋哲氏による漫画作品『美味しんぼ・福島の真実編』でした。

雁屋氏は作中で、登場人物に「私は一人の人間として、福島の人たちに、危ないところから逃げる勇気を持ってほしいと言いたいのだ」「(自分達にできることは)福島を出たいという人たちに対して全力を挙げて協力することだ」などと言い切らせています。これは雁屋氏自身が「福島は人が住むべきところではない」と考えている、と受け止められてもおかしくない表現です(https://www.huffingtonpost.jp/2014/05/18/oishinbo-fukushima_n_5349422.html)。

こうした描写への批判が集まると、雁屋氏はさらに自身のブログで「(今後はもっとはっきりしたことを言っていくので)鼻血ごときで騒いでいる人たちは、発狂するかも知れない」「私は真実しか書けない」とまで述べています。

しかしながら、もし本当に「被曝を原因として鼻血が出た」人がいたとすれば、臨床症状が現れるレベルの大量被曝をした場合しかあり得ません。この場合、鼻以外の身体中の粘膜から出血が起こり、止まらなくなっているはずで、命を落とすほどのリスクにさらされている状態です(参考:「PET検査ネット がん検査と放射線について」)。

東電原発事故では、事故直後に緊急対応をした作業員でさえ、250mSv超の被曝をした人は6人に留まっていますが、これだけ高い数値でも、直接被曝を原因とした鼻血などの症状が出るには遠く及ばない被曝線量です。

一般の廃炉作業員にいたっては、美味しんぼの鼻血問題が提起された2014年時点では、4月から10月まで7ヵ月間の累積被曝線量の作業員平均は3.42mSv (3,420μSv)でした。被曝による健康被害を起こすには程遠い、ケタ違いに低い線量しか受けていません(http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11201000-Roudoukijunkyoku-Soumuka/0000070370.pdf)。

では、福島に暮らす一般的な人々の被曝量はどの程度なのでしょうか。


「レベル7」とされる東電原発事故が発生したにもかかわらず、福島での実際の被曝量は幸いにも世界の一般的な地域と比べても高くないことが、民間も含めたさまざまな機関からの複数の実測データによる裏付けで、すでに判っています(http://iopscience.iop.org/article/10.1088/0952-4746/36/1/49;jsessionid=06670BFBA539A515A92414D644E2374C.c4.iopscience.cld.iop.org)。

つまり、「被曝による鼻血のリスク」を議論する以前に「福島に暮らす人達は、そもそもリスクを議論する前提となるような被曝さえしていない」のです。これは国内だけでなく、UNSCEAR(国連科学委員会)報告書などでも示されています(http://www.unscear.org/docs/publications/2017/UNSCEAR_WP2017_JAPANESE.pdf)。


美味しんぼ騒動前の2013年に行われたコープ福島での陰膳調査(一人分食事を多く作り、実際に食べたものの放射性物質を図る調査)のデータ。http://www.fukushima.coop/kagezen/2013.html この時点ですでにセシウムの影響は見られず、内部被曝が起こっていないことがわかる。

その一方、鼻血という症状自体は被曝とは無関係にありふれたもので、成長期の子供や花粉症の人に起こりやすく、また疲労やストレスによってもしばしば起こります。

つまり、「鼻血が出たこと」自体は事実であっても、それを被曝と結びつける客観的・科学的な根拠はないのです。

『美味しんぼ』騒動の際にも、一部の人のあいだではあれほど「鼻血」が騒動となったにもかかわらず、実際には当事者である福島の住民からは雁屋氏への抗議が相次いだ上に、医療機関においても鼻血を主訴とした受診数が有意に増えたというデータすらないのです。福島で本当に被曝によって鼻血が多発していたならば、このような状況になったでしょうか?(参考:「鼻血は被曝影響だったのか――原発事故のデマや誤解を考える 菊池誠×小峰公子」(SYNODOS))

「今日も作業員が死んでいる」?

今回の新潟県知事選挙では、作詞家・翻訳家の湯川れい子氏も、野党推薦候補を応援するツイートで「拡散希望」として「今日も福島では作業員が死んでいます」と述べ、波紋を広げました。このツイートは、同候補を応援する団体などによってもリツイートされ、拡散しました。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/56153?page=2


「作業員が大量に死亡した」という「怪談」は、震災直後にはしばしば飛び交っていました。東電福島第一原発で作業中に亡くなった作業員の方はもちろん、ゼロではありません。

ただし、それは被曝を原因としたものではなく、労災事故や熱中症、持病の悪化などによるものです。作業員の被曝線量は、先ほど述べた通り低いレベルにとどまっています。

生身の人間が毎日数千人も出入りする現場で、事故も死亡も恒久的にゼロにすることは不可能でしょう。それでも現在、東電福島第一原発での労災発生状況は、一般的な建設業の現場よりもむしろ低く抑えられています。

湯川氏のツイートは(本人の希望した方向とはおそらく違う形で)拡散・炎上し、その後湯川氏はツイートを削除、謝罪しました。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/56153?page=2


今も190万人近くが暮らす福島の日常、そして廃炉作業は、「被曝で鼻血が出る」「作業員大量死亡」などという「オカルト」をとっくの昔に置いてきぼりにして、先へ先へと進んでいます。

ところが2018年にもなって、全国が注目する県知事選の選挙活動中に、有力候補の応援において「鼻血」「福島にいてはいけない」「今日も福島では作業員が死んでいます」といった言説が再び出てきた上に、公党やその関係者がこうした誤りを否定するどころか拡散してしまうという「事件」が起こったーー私は今回の一件をそう捉えています。

もっとも、こうした「事件」は政治だけでなく、報道・メディアの言説の中でもこれまでしばしば起こってきました。福島のポジティブな情報は無視し、報道しない一方で、誤解や偏見を助長する番組を流すことが少なくなかったのです。

例えば昨年夏には、テレビ朝日が「放射能汚染への除染が済んだという政府の言葉を信じて帰島したビキニ環礁ロンゲラップ島の住民たちに、帰島後、被曝による健康被害が多発した」という内容のドキュメンタリー番組を放映しました。

その番組の予告時には当初「フクシマの未来予想図」というサブタイトルがつけられていましたが、これが「炎上」してテレビ朝日への問い合わせが相次ぐと、同局がその後、タイトルをつけた意図や理由などの明確な説明は拒否しつつ、放送直前にそのサブタイトルを突然削除するという「事件」が起こりました(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52558)。

なぜ、福島のポジティブなニュースはなかなか広がらず、何年経っても周回遅れの「怪談」がもてはやされ続けるのでしょうか。

その理由は、震災直後にたびたび見かけたカタカナ書きの「フクシマ」が象徴するように、福島が一部で記号化されて純粋な被害者性ばかりを求められ、「ホラーコンテンツ」「悲劇コンテンツ」として楽しまれたこと、そしてそうしたイメージを必要とする政治活動、あるいは社会不安に便乗したビジネスに利用・消費されてきたことと無関係ではないでしょう。

高度に政治問題化した原発事故は、さまざまなイデオロギー闘争や便乗ビジネスの舞台にもされてきました。

コンテンツとして記号化された「不幸な悲劇の地・フクシマ」にメリットがある人々にとっては、政府の復興政策が「失敗」を続けて「放射能」の恐怖が具現化したほうが、自らの言説や活動に説得力を持たせるためにはプラスに働くのかもしれません。

しかし、もしも自分達のエゴのために、福島の当事者に「被害者性」を求めているのだとすれば、それは彼らが本来果たそうとしている目的や理念から見ても、本末転倒なのではないでしょうか。

嘘や偏見を広めてまで「フクシマ」に依存を続けることは、もはや被災者に対する「寄り添い」ではなく、「搾取」であり、明確な加害行為と言えるでしょう。それは「弱者を利用したビジネス」になりかねず、決して「弱者の味方・支援者」ではなくなってしまうように私は感じます。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/56153?page=3

原発批判の論拠はいくらでもあるのに

私はここで、「反原発」や「政府批判」それ自体を否定するつもりは一切ありません。むしろそれらの言説や少なからぬその支持者が、いまだに福島への偏見と嘘を全体的に排除できないまま「オオカミ少年」になりつつある現状、そしてそれがかえって批判の説得力を大きく損なってしまうことを強く危惧しています。

最初にお話ししたように、原発事故の被害は甚大です。たとえ放射線被曝そのものでの健康被害が出なかったとしても、他の要因での健康被害は多発しています。脱原発を主張したり、政府を批判するための論拠は、「鼻血」などを持ち出さなくとも、他にいくらでもあるのです。

たとえば、福島県では避難生活の長期化や環境の変化、ストレスなどを原因とする震災関連死が、他県に比べて飛び抜けて多く発生しています。

センセーショナルな「被曝」ばかりに執着して「鼻血」や陰謀論などのコンテンツを消費することにリソースが奪われる一方で、せっかく震災を生き延びた命が、こんなにも多く奪われてしまっている現実があります。


震災関連死の状況 2017年9月30日現在(2017年12月26日公表) http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat2/sub-cat2-6/20171226_kanrenshi.pdf

このような現実の中で、福島への偏見を直接拡散させるのはもちろんのこと、7年間で明らかになった東電原発事故後の正しい放射線リスクや福島の現状を無視して、

「放射線の影響はまだ完全にはわからない」
「多様性を尊重し、慎重に議論を重ねる必要がある」
「不安な人もいるんですよ!素朴な不安に寄り添わなくては!」

などの一見「優しく」「理性的」に響く言葉を言い続けることさえも、思考停止や決断の先送りにつながり、福島の復興を遅らせることにもつながります。それらの代償は、立場が弱く被害が切実な当事者にほど、問題解決の遅れという形で重くのしかかっています

(参考:福島県における震災関連死防止のための検討報告/2013年)。


逆効果になってしまう

新潟県知事選挙は6月10日に即日開票され、与党の推薦を受けた花角英世氏が勝利しています。しかし池田氏との票差は小さく、いずれの候補も沢山の民意を託されたと言えるでしょう。

新潟県では今後も柏崎刈羽原発を巡っての議論がかわされることでしょうが、池田氏は選挙戦前のインタビューで、

「将来的には原発は減らしていくべきだ。検証委員会の検証テーマなどを見ると検証結果として『原発を動かすには厳しい』という結果が導き出される可能性は高いと思っている」

としつつも、

「しかし方向を決めて検証していくというのでは科学的に検証していくという意義から少し外れてしまう。丁寧な検証をして、結果をしっかりとみていくべきだ」

と発言していました(日本経済新聞5/9「新潟知事選、池田氏『原発再稼働、丁寧な検証を』」)

原発に反対する立場の候補者である池田氏が、「科学的な検証」の重要性を冷静に語っていたことは評価できると言えます。しかし、池田氏を応援する人々が非科学的な言説で「反原発」を呼びかけてしまったこと、そして周囲がそれを咎めなかったことは、大いに問題視されるべきだと私は考えます。

「脱原発」を主張するために、非科学的な嘘を使ってまで福島の不幸を願う必要はないのです。むしろ今後、そのような態度を続けることは、主張そのものの説得力を大きく損ない、逆効果になるでしょう。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/56153?page=4

もし「脱原発」を誠実に目指すのであれば、原発事故直後に福島県内であれ程までに盛り上がった脱原発の流れが何故沈黙してしまったのか、その意味を謙虚に受け止める必要があるのではないでしょうか。

特に今回の新潟県知事選挙では、池田氏の応援に野党各党の代表や有力議員が続々と応援演説に駆けつけた他、雁屋氏らと共に「のりこえねっと」共同代表を務める評論家の佐高信氏、現政権に対して批判的なことで知られる法政大学山口二郎教授、慶應義塾大学金子勝名誉教授なども駆けつけました。

これらの方々は、今回の選挙戦で福島に対する偏見が再び拡散した問題をきちんと把握し、その反省をされたのでしょうか。その後、この件について何のコメントもないことに、私は大きな不安を持っています。

震災から7年以上が経った今も、福島では数多くの課題が残っています。なかでも、誤解による偏見に伴う被害は深刻です。

昨年三菱総合研究所が行った東京都での調査によると、「福島では、次世代の子ども達に被曝による健康被害が出る」と誤解している人が半数近くにものぼっていました。


http://gendai.ismedia.jp/articles/-/56153?page=4


三菱綜合研究所サイトより

実際には、東電原発事故由来程度の被曝量では健康被害は起こりません。なによりも、被曝の影響が次世代へ遺伝・影響しないことは、70年以上昔の原爆の被害調査でもとっくに判っていたはずでした。

戦後、「唯一の被爆国」であることがアイデンティティの一つとなったわが国では、核兵器の恐ろしさを語り継ごうとしてきた一方で、放射線の影響については漫然とした不安を抱えるばかりで、一般の市民には基本的な知識すら充分には浸透していないのが現状です。

福島での東電原発事故から7年以上。すでに「正しい情報」は様々なところから発信されているにも関わらず、またしても福島に対する誤解が再生産されてしまいました。

手詰まり感が強い中で、未だに広く残り続ける誤解と偏見を無くしていくには、これからどうしていけば良いのでしょうか──。


3. 中川隆[-13595] koaQ7Jey 2018年9月07日 12:57:36 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-18253] 報告
2018年09月07日
北海道停電で露呈した「原発を稼働しないリスク」

中規模の発電所が一か所停止しただけで北海道はすべての電力を失った


画像引用:https://pbs.twimg.com/media/DmZ8C4bU8AAU1WZ.jpg

原発があれば停電しなかった

9月6日に発生した地震で北海道全域が停電し、翌日までに3分の1ほどが復旧したが、全土の回復には1週間程度かかる。

停電の原因は北海道の電力を半分を発電していた苫東厚真発電所が緊急停止したことで、需要に対して発電量が減ったのが原因でした。

交流電流は周波数を維持するため発電量と使用量が一致する必要があり、発電量が半分に減ると事故の原因になる。


北海道は全体を一つの地域として電力調整していたので、周波数を保てなくなりすべての発電所を停止しました。

もし需給バランスが崩れたまま送電を続けたら、送電線や送電設備、家庭や企業で火災などが発生した可能性があった。

北海道には本州から60万kwの送電を受けることができるが、北海道側の電力がないと供給を受けることができない。


停電の原因になった苫東厚真火力発電所は165万kwで、地震のとき北海道全体の電力の半分を供給していた。

発電所は地震で緊急停止し需給バランスが崩れ、続いて安全のため他の発電所もすべて停止した。

北海道全域の電力回復には苫東厚真火力発電所の稼働が必要だが、破損しているので修理しないと稼働できない。


原発を稼働しないリスク

ここで指摘されているのは2011年から停止している原発が稼働していれば、停電は起きなかったのではないかということです。

北海道には泊原発があり最大出力は207万kWで、1基稼働しただけで苫東厚真火力発電所の半分程度を発電できる。

泊原発のある場所は震度2程度の揺れで、稼働中なら緊急停止したでしょうが、その後運転を再開できた。


北海道のすべての発電所が停止したので外部電源喪失になり、自前のディーゼルエンジンで冷却している。

もし泊原発が稼働中だったら苫東厚真火力発電所が停止しても、停電しないか短時間で解消できた可能性がある。

泊原発が運転停止している理由は地元住民や反原発の反対からで、どこかが壊れているわけではない。


2011年まで日本の電力は大幅に余っていて、常に必要な量の2倍以上の発電能力を持っていました。

原発が停止しても火力で発電するプランだったので、全原発が停止しても停電しませんでした。

反原発や脱原発運動はこれを逆手にとって「電気は余っている」と主張し原発廃止を訴えている。


だが2倍以上の余裕を持たせていたのを「余裕ゼロ」にしていたので、何かあれば供給能力が不足するのは最初から指摘されていました。

北海道全域の停電は起きるべくして起きたので、その原因は原発を停止させた北海道の人たち自身にある。

しかも地震が発生したのは電力需要が少ない秋の9月で、一日で最も電力需要が少ない午前3時だった。


本来なら全域停電などするはずがない好条件だったのに、自らの意思で原発を止めた結果、このような事態に至ったのです。
http://www.thutmosev.com/archives/77471088.html

4. 中川隆[-13430] koaQ7Jey 2018年11月05日 17:45:45 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-20023] 報告

メルケルが首相を務めた2005年からの13年間ドイツはずっと好景気を謳歌したが、それがメルケルの功績だったのかは分からない。

度々称賛されているドイツの財政黒字だが、IMFによると「借金のつけかえ」にすぎず、政府の借金は少ないが「政府系債務」全体は日本より多いと指摘されている。

メルケルが強く打ち出した自然エネルギーや原発廃止は、電気料金高騰など弊害が目立ち修正されている。


自然エネルギーは当初エネルギーの100%が目標だったが60%になり、さらに目標を下げるでしょう。

原発廃止に至ってはそのような計画はなく、「新たな原発建設を一定期間行わない」のを日本のマスコミが勝手に「原発廃止」と報道した。
http://www.thutmosev.com/archives/78019587.html

5. 中川隆[-13594] koaQ7Jey 2018年11月11日 17:18:07 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-20521] 報告

2018年11月11日
凍土壁はどうなったのか? 成功したのに「失敗」と言うマスコミ

原子力規制員会が凍結を禁止していたのに「凍らない」「失敗」と書いた新聞

画像引用:【東京新聞朝刊】凍らぬ「凍土壁」責任は?/国費350億円 識者は「破綻」 (木村留美)https://pbs.twimg.com/media/Cq2HvxWUMAE76Mh.jpg

あいかわらず”マスゴミ”

安倍首相が東京オリンピック誘致で福島原発汚染水対策の決定打とした「凍土壁」はどうなったのでしょうか?

A新聞などマスコミ各社は「凍土壁は効果がない」というキャンペーンを数年間展開していました。

ところが不思議なことにある日を境に一切報道しなくなり、その「ある日」とは凍土壁が完成した日でした。




凍土壁は最初半分完成し、効果が出ていないとして全マスコミが袋叩きにしていました。

半分しか壁がないバケツと同じで効果が無いのは当たり前なのだが、理屈無視でとにかく叩いた。

凍土壁が完全凍結したのは2017年10月19日で、この日を境に全マスコミは「報道しない権利」によって報道拒否しています。


凍土壁は一か所を除いて2017年春には完全凍結していたが、原子力規制員会が凍結を禁止しました。

禁止の理由は完全凍結によって汚染水が外部に流れ出す可能性があると説明していました。

つまり原発建屋などに汚染水が詰まっているので、凍結で周囲の水位が下がったら「中身が出てくる」ということでした。


マスコミはこれを「凍結したのに効果が出ていない」とウソの報道をし、凍土壁は税金の無駄遣いと言って非難しました。

事実は原子力規制員会が凍結禁止したので凍結できず、だから効果が出ていなかったのです。

報道しない権利というフェイクニュース

凍結後はどうなったかというと、東電報告書では1日当たり汚染水約490トンだったのが110トンに減った。(最大時は一日800トン以上だった)

この数字をどう眺めても4分の1以下に減っているが、A新聞やS新聞などは「凍土壁はほとんど効果がなかった」と報道しました。

どういう理屈かと言うと汚染水減少は井戸による排水や地表の舗装など複数の原因なので「凍土壁」は効果がなかったのだと論評しています。


屁理屈もここまで行くとねつ造だと思いますが、A新聞やS新聞は凍土壁は350億円の無駄遣いだったと結論付けています。(他の新聞は確認していない)

凍土壁が完全凍結したのに110トンの汚染水が発生しているのは、毎日110トンがどこかから敷地内に流入していることになります。

雨水のほか凍土壁の隙間、地中深くの水脈からの地下水などが考えられる。


マスコミは「凍土壁は税金の無駄だからやめろ」と言うのだが、凍土壁をやめれば汚染水が再び増加するのは明らかです。

発生した汚染水を処理しているのは汚染水浄化装置「ALPS」だがこれもマスコミによる被害にあっている。

ALPSは2014年は試験期間で良く故障したが、同年末頃に完成し、今では汚染水以上の処理能力を持っている。


ALPSで処理しきれない放射性物質が残されている問題はあるが、ALPS自体は正常に動作している。

試験期間にALPSが故障していた時は毎日トップニュースで報道していたマスコミは、故障しなくなると一切報道しなくなりました。

今も不具合や測定ミスがあった時だけ報道されるので、ほとんどの国民はALPSと凍土壁は何の役にも立っていないと思っている。


何の役にも立っていないのはマスゴミの方ではないか?
http://www.thutmosev.com/archives/78104304.html

6. 中川隆[-13628] koaQ7Jey 2018年11月16日 17:07:09 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-20788] 報告

菅、枝野、北沢が妨害しなければ福島原発事故は起きなかった


「炉心溶融はない」「放射能は漏れていない」「健康被害はない」と大嘘を付いていた枝野幸男
img_0
引用:http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-b5-6d/level4level4/folder/172944/49/29051549/img_0


福島原発の事故で、菅首相の指示で「炉心溶融」を2ヶ月間隠していたのが分かりました。

菅内閣は当時他にも、放射能漏れや、健康被害の可能性も隠していました


あの日責任者達は何をしていたのか

6月16日、2011年の福島原発事故でメルトダウン、(炉心溶融)の公表が2ヶ月遅れた問題で、調査報告書が出されました。

東京電力の依頼で調べていた弁護士らの第三者委員会が、2016年3月から調査していました。

福島第一原発は2011年3月11日の津波で冷却水用発電機が海水を被り、全電源停止に至りました。

翌3月12日には建屋が次々に、充満した水素で爆発し、冷却水の水位が下がって燃料棒が剥き出しになりました。

燃料棒は冷却水が循環する事で冷やされているが、水から露出すると高温になり、やがて自らの熱で溶け出します。

燃料棒が溶けて下に落ちる状態がメルトダウン(炉心溶融)で、原発事故で最も深刻な事態とされています。


福島原発では隔壁で仕切られた原子炉の中に溶けた燃料棒が溜まっていると考えられるが、チェルノブイリでは外部に放出されました。

この炉心溶融が事故当時秘密にされ、事故から2ヵ月後にようやく明らかにされました。

事故直後は放射能漏れも否定していて、枝野官房長官が「人体には影響が無い」と何度も強調していたのが印象的でした。


後に枝野官房長官は人体に影響があるのを知っていたと認めたが「ただちに影響がないとはとは言っていない」という名言を残しました。

枝野は炉心溶融も知っていたし、放射能漏れも知っていたが、同じような論法で言い逃れていました。

「炉心溶融は起きていない」と記者会見で何回も断言していたが、それも嘘でした。


「炉心溶融」を禁止したのは菅直人

調査報告書では事故3日後の3月14日に、記者会見中だった武藤副社長に広報担当者からメモが渡されていました。

メモには「炉心溶融」という言葉を使わないように、清水正孝社長からの手書きの指示が書かれていました。

清水社長から副社長には、炉心溶融を使ってはならないという、官邸からの指示があったと説明していました。


東京電力は「明確な定義がなく誤解を与えるので炉心溶融を使わなかった」という嘘の説明をしていました。

事故後の一部報道によると、東電の清水社長は地震の30分後に自衛隊幹部に電話を掛け「メルトダウンは避けられない」と助けを求めたとされています。

自衛隊の動きは素早く、必要な機材を大型ヘリで運んだり人員を投入する準備を始めました。


3月11日に清水社長は名古屋に居たので、東京で指示を出す為、自衛隊機に乗せて羽田に向いました。

だが枝野官房長官と北沢防衛長官の2人が「無断で自衛隊が動いているのは軍事クーデターだ」と大騒ぎして、着陸数分前に名古屋に引き返させました。

清水社長は翌日未明に陸路で東京に戻ったが、この間に貴重な10時間ほどが失われました。


枝野、北沢、菅の3人は自衛隊が東京電力と電話する事を禁止し、今後一切自衛隊は関わるなと命令しました。

自衛隊の支援を絶たれた東京電力は大混乱に陥ったが、冷却の為に海水を入れることと、水素ガスの放出が必要と判断しました。

燃料棒は水から出ると水素を放出するので、建屋に水素が充満しているのは、燃料棒が露出していると考えられました。


菅、枝野、北沢は「現場から逃げ出そうとした東電を止めた」などと大嘘をついて、全てを吉田所長のせいにした
94c1b802
引用:http://livedoor.blogimg.jp/kimito39/imgs/9/4/94c1b802.jpg


「なんだ、馬鹿野郎」

ここで菅直人首相は歴史に残る名言「ボクは原発の事は良く分かっている」と口にし、水素放出と海水注入の許可を出しませんでした。

菅首相は翌3月12日朝、ヘリコプターで原発を視察する為に、水素放出を禁じたといわれています。

首相の視察が終わった後でようやく水素放出が許可されたが、この頃には圧力が上がりすぎて弁が動かず、放出が不可能になっていました。


結局建屋は次々に爆発し、福島原発の吉田所長と東電本社の珍問答が延々と続けられます。

所長は海水注入の許可を求めたが東電本社は禁止し、禁止した理由は菅首相が「海水を入れたら爆発する」と主張したからとされている。

しかも菅首相は「自分が海水注入や水素放出を指示した事にしろ」と言って東電に責任をなすりつけ、「東電が東電が」と騒いでいました。


自分が東電の清水社長を名古屋に追い返しておきながら「東電の社長は連絡もしない」などと言っていました。

自衛隊についても自分が活動を禁止したのに、「自衛隊の動きが遅い」などいかにも自分が自衛隊を急がせているように装っていた。

アメリカ軍についても、核処理部隊の協力申し出が初日に来ていたのに「米軍は地震を利用して日本占領を目論んでいる」などと言っていました。


吉田所長は東電社長や菅首相の命令を無視して、無断で海水注入し、本当の核爆発だけは防止しました。

海水注入の是非を検討する会議では所長が菅首相に「なんだ、馬鹿野郎」と言ったとされています。


嘘だらけの閣僚達

その後も菅首相は「東電の吉田所長は原発を放棄して逃げ出そうとしたが、私が止めました」などと嘘八百を繰り返しました。

菅、枝野、北沢、海江田らの閣僚は次から次に事故対策を妨害し、例えば消防には最初福島入りを禁止していました。

だが次の瞬間には直ぐに現場入りするよう指示し、現場に入ったら「指示があるまで何もするな」といって活動を禁止しました。


だがそう言った次の瞬間には「なぜ早く原子炉を冷やさないんだ、さっさとやれ」と罵倒したりもしました。

要するに「自分のお陰で危機から救われた」という演出をしたいがために、テレビの前で自分が指示したかったのでした。

こういった行動が現場を大混乱に落しいれ、例えば菅首相は「ヘリで原子炉に水を撒け」と指示しました。


空から少量の水を撒いても、水は空中に拡散するだけで、作業を妨害しただけでした。

だが次の瞬間には、「消防車で原子炉に水を入れろ」とまるで自分が思いついたように指示していた。

果たして菅、枝野、北沢そして海江田らが閣僚でなかったら、原発は爆破しなかったのか、推測はできるが仮定にすぎない。


だがもし森首相や小泉首相や安倍首相であったら、大型ヘリで発電機やポンプを原発に輸送し、自衛隊は原子炉を冷却しようとしたでしょう。

最初から水素は放出され海水注入が行われたら、おそらく単なる放射能漏れで済んだでしょう。

その上でやっぱり水素が充満して爆発した可能性もあるが、その可能性はかなり低い。

なにより緊急時に最善を尽くさず、作業の妨害ばかりしていた閣僚らが、未だに罪を裁かれていないのは納得出来ないのではないか。
http://thutmose.blog.jp/archives/62021694.html

7. 中川隆[-13625] koaQ7Jey 2018年11月16日 17:13:05 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-20788] 報告

ABWR

東京電力(株) 柏碕刈羽原子力発電所6,7号機
中部電力(株) 浜岡原子力発電所5号機
北陸電力(株) 志賀原子力発電所2号機


電源無しで緊急注水できる蓄圧系(コアフラッド系)が有るし
(PWRで実績が有る窒素ガスで加圧したタンク、こいつだけでも冷温停止に持っていけるし)
ミスで炉心損傷したTMIでもこの系統で損傷を食い止める事が出来たんだし
福島原発より重心(炉心の位置)を低くしてるし
炉心周り細かい再循環系配管は無しだから地震に強い構造だし

福島事故で注水できなかったって事はこの炉ではまずない設計だよ

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