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あやみ gqCC4oLd コメント履歴 No: 100000
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[雑談・Story41] ギュレン教団クーデターから一年 ― トルコをめぐる思惑
つれづればなhttp://turezurebana2009.blog62.fc2.com/blog-entry-145.htmlより転載


7月15日、あれから一年。
何事も無かったような日々をおくる中、時おり頭をよぎるのは、神と悪魔の間で揺れ動く弱き人のありさま、そしてこの世の行く末である。

チュニジアに端を発する「アラブの春」が中東を席巻したのが2011年、民主化を要望する民衆運動が蜂起へと発展、退陣を余儀なくされた指導者は亡命か投獄か、処刑という運命をたどった。この一連の動きが欧米の計画および主導による中東国家刷新事業であったことは今さらここに記す必要は無い。そして春が過ぎた中東には今、内戦に喘ぐイエメン、無政府状態となりテロの温床となったリビア、米国直属の軍事政権に独裁されるエジプト、そして屍と塵芥の山と化したシリアがある。
 
トルコにアラブの春が飛び火したのは2013年夏のことだった。
日本では「ゲジ公園プロテスト」と銘打たれ、あたかも民主化を求める市民運動と報道されていたが過度の歪曲があった。当初はイスタンブールの市役所による公園内の樹木伐採を糾弾す集会であった。しかし国内の反政府主義者と野党政党が国中に連動を呼びかけ、政府に反感を抱く若者が合流し各地で同日集会を催し、またそれに共感する一部国民の支持支援を得ての破壊活動――商店やバスに投石し放火、警察に火炎瓶を投げ、モスクに立てこもり飲酒――運動と呼ぶに及ばぬただの乱暴狼藉が行われた。政府にしてみれば相手は頭の悪い学生か幼稚な大人を大多数にもつ一般人であるため武装集団を一掃するようには行動できず、警察の失態も手伝ってその鎮圧に二ヶ月を要した。

これも欧米勢力の入れ知恵とお膳立てによる政府転覆計画であったのは言うまでもない。ゲジ公園で最初の集会が開かれる二日前からかなりの量の外国人記者がトルコに入国しゲジ公園の画像を捉えられるホテルに陣取り、また中継車や機材を借りあさっていた。彼らは未だ起きぬ春の風を周知しており、政権を退陣に追い込んだ後の担保となるよう事実を歪めて世界に知らしめるべく待ち構えていたのである。

この間に海外メディアのみならずニセの写真、ヤラセの動画、ありもしない窮状を訴える市民の声がソーシャルメディアを介して世界中に配信され、トルコが独裁者の弾圧に苛まれる非民主的国家であるという印象焼き付けた。こうして「ゲジ公園―」の目的の半分は達成されるのだが、残りの半分つまり政府を窮地に立たせて失脚させるには至らなかった。「政府への反感」そのものの底が浅いので持久力がないこと、夏休みが終わる頃には学生どもが集会場をさっさと引き上げたこと、なにより、この国には政府に反感を持つ市民も多いが政府を支持する国民がそれ以上に存在することが理由に挙げられる。

しかし去年のクーデターは生ぬるい抗議行動などでは無かった。7月15日深夜、決起した将校たちが軍本部と警察本部を占拠、軍最高指揮官を拘束、同時に国内各地の軍基地の機能が停止した。大都市では戦車隊が出動して市民を制圧、戦闘機が議会ビルを空爆、国営放送局に軍隊が押し入り、局員に銃を突きつけてクーデター成功の宣言を放送させた。、休暇で首都を離れていた大統領のもとにトルコ軍精鋭の特殊工作員が軍用ヘリで差し向けられた。もちろん大統領抹殺がその目的であった。

「ゲジ公園―」を支持した類の人々は両手を上げて喜んだ。事態の重大性が理解できないというか、とにかくお目出度い連中である。年端もいかない子供たちがクーデターを祝うメッセージを共有していたが、このあたりは親か学校教師からの影響であろう。 欧米勢力の思惑を、中東の惨状を知らないわけが無いこの人々はいったい何と何を秤にかけてクーデター支持という結論を導き出すのだろうか、つまりは思い描いたとおりに人生が運ばない人々がその落とし前を政府に求めているに過ぎないのである。この連中をよそに一部の民放は画面からクーデターの阻止を必死に訴え続けた。占拠された軍事警察拠点、市役所、放送局その他を反乱軍から奪取し、空港や病院、サテライト基地などを死守すべしと国民を鼓舞した。多くの国民がこれに呼応する如く国旗を手に市街に溢れ出た。

クーデターの詳細を知らされた大統領は数分後に滞在地をヘリで脱出、飛行機に乗り換えイスタンブールへと向かう。その後もぬけの殻になった部屋は一斉掃射と手榴弾を食らった。大統領が機内から生の画像でテレビに登場すると市街の国民は激しく勇気付けられた。その間、飛行機にF16が接近、しかし燃料が尽きて更なる追跡は断念された。無事に到着し空港で待ち構えていた民衆との邂逅が放送されると反乱軍は意気消沈、将校は部下の士気を高めるためにさらに激しい空爆を指揮し一般市民を襲った。


市民は走る戦車によじ登った。横たわって道を阻んだ。その排気口に靴下やシャツを詰め込んでエンジンを止めた。銃を構える兵士に立ち向かい、欧米に国を売るな、親を泣かすな、非国民として生きるな、後に背徳者として死ぬな、神を畏れろ、と説き続けた。殴られても撃たれても後に引かなかった。

実行犯は一部将校とその命令を遂行した兵士である。しかしその後ろには判事、検事、弁護士、官僚、警官、軍人、教師、大学職員と、思いつく限りの「公務員」、しかも高給取りと言える人種が共謀していた。何故このようなことになったのか。

クーデター加担者の共通項、それはある宗教団体―「ギュレン教団」の名で日本を含む世界各国で活動するイスラム系新興宗教に入信していたことだ。

端的に言えばこの教団は信仰という仮面を被ったテロ組織である。
世俗国家であるトルコといえどイスラームは未だに不可侵の領域といえる。宗教活動は神聖であり信頼の鍵でもある。40年ほど前から政財界や司法界を筆頭に国内外のトルコ人社会でギュレン教団の信者たちの地位が築かれ始めた。その便宜に預かった信者たちは国家公務員となって昇進を果たすか、或いは事業主として政府から多額の援助を受け成功を収めることになる。
そこで信者は教団に喜捨、つまり善意の寄付を行うことになる。たとえば普通の公務員であれば給与の三分の一を、警視や軍将校、判事などの高級職であれば三分の二を教団に寄付する。つまり公務員給与と民間への補助金として計上された国家予算がずるずると教団に吸い取られていたのである。いうなれば国庫の裏に穴を開けて教団の金庫として利用していた。
教団は私立校・大学、学生寮、進学塾をつくり教育支援を行うが、そこでは学生たちに教祖フェトフッラー・ギュレンを慕い敬うよう強制、いや洗脳が行われた。特に警察学校、軍隊付属校ではまだ考える力の無い子供を有事の即戦力となる人材として育成していた。大学入試、公務員試験、役人や軍人の昇進試験の問題を作成する公機関の中に存在した教団関係者は試験問題を盗み信者たちに配布した。彼らは国家のあらゆる部門に食い込み着々と昇進を果たした。

この構造の露呈がなぜこうも遅れたか、
まず盗撮、盗聴、脅迫という手段で信者たちが固く拘束されていたために暴露の可能性が小さかったことがあげられる。次には過去のトルコは政権の交代が激しく、そのたびに管理体制が解体されてしまうため実情があやふやであったこと、さらに教団の影響はマスコミにも及び、世論に上る教団批判が常に掻き消されてその賛美のみがされていたこと、イスラームを嫌う海外世論もこの教団の活動にはかなり好意的に対応していたこともある。

なにより出世ほど甘いものは無かった。特に軍隊と警察では教団に属さなければ出世の見込みは薄かった。場合によっては飲酒も賭博も不倫も許されるというイスラム教には断じて有り得ない宗旨も魅力だったのだろう、脅迫を受けるまでもなく教団に背を向ける者はいなかった。

教団の首領であるフェトフッラー・ギュレンは心臓手術を口実に1999年アメリカへ渡りペンシルバニアに拠点を移している。以降はアメリカの手厚い庇護の下に活動を展開する。

レジェップ・タアイプ・エルドアンが首相に就任したのが2003年、国内外、特に発展途上国へのイスラム教育支援を惜しまぬこの教団と政府との関係は良好だった。政府の保護下(学校その他法人の許認可、補助金の交付)でますます勢いを増した教団だったが、水面下で進められていた計画――国家簒奪計画が察知されるのは時間の問題だった。

エルドアン首相(当時)はその長い政権の中でギュレン教団への対応を転換し教団の一掃を目指した。しかしその頃までには政府内部が教団にとことん蝕まれていたためにそれは困難を極めた。教団関係者を国家反逆罪で逮捕しても警察が証拠不十分として釈放するか、法廷に引き出しても判事と検事がつるんで無罪放免にし、教団に厳しい態度をとる司法官は次々と罷免されてしまう。さらに教団御用メディアが贈収賄、横領、テロ支援、イスラム原理主義化政策などををうそぶいてエルドアン政権を批判し世論を混乱させ、虚偽報道をしたとして規制にのりだせば表現の自由の侵害などと言い出す。海外メディアは喜んでこれを利用し反エルドアン報道を繰り返した。日本で一番喜んだのは田中S氏あたりか。

2012年、全ての進学塾を閉鎖する決定を下した政権に対し、国内各地の地下活動拠点である進学塾に鎖をかけられた教団は過剰に反応、牙を剥いて攻撃を始めた。政権に対する不当な批判で世論が混乱する中で迎えたのが「ゲジ公園プロテスト」である。これを鎮圧する際に失態を重ねて混乱を招いた警察長官(当時)がギュレン教団に属していたことはそれからだいぶ後に発覚した。

一介の新興宗教団体が国家簒奪を企て、あわや成功などという話があり得るのだろうか。たとえばオウム真理教は世間に衝撃と被害を与えはしたが国家が揺らぐことはなかった。結局、ギュレン教団は当初からテロ活動を目的に計画された組織であった。それもただの武装集団ではなく、国家の末端から中枢のあらゆる箇所に浸入し、繁殖し、尋常に振舞いながら発病の機を待つ癌細胞の如く、姦計を以って活動する陰謀集団である。痛みを感じて病に気づいたときにはすでに臓器は壊死し切除するほか術が無い。それで救われるならまだしも、脳にあたる部分―すなわち国家の中枢が冒されたのであればそれは国の脳死であり、外からの援助で首を挿げ替えることはすなわち国家の簒奪を意味する。目的はここにあった。

筋書きはこうである。
大統領を抹殺したクーデター勢力が全権掌握し暫定府政を宣言する。これに抵抗を見せる市民を反政府分子として投獄、クーデターに関与しなかった軍人と警官を離反者として逮捕、さらに国境のすぐ外で活動するPKK,YPG,PYD,IS(DAIS)等テロ集団が一気に国内になだれ込み各地で破壊活動をおこない、どさくさに大統領寄りの政治家や著名人を殺害(抹殺リストが実際に存在した)、暫定政府はこのテロリストたちを制圧してほしいと海外に援助を要請する。そこで軍事同盟国であるアメリカが大手を振って介入、テロリストどもが飼い主の命令でおとなしく引き上げると同時にアメリカの足の裏でも舐める新政府が誕生する。筋書きは、こうだった。

フェトフッラー・ギュレン自身は過去にシゾフレニアで精神病院送りになったことのある男である。自らを「救世主(終末に再降臨するイエス・キリスト)」であると宣言し、「大天使ガブリエルが政党を立ち上げてもそこに投票しない」とほざき、預言者ムハマンドの生涯に難癖をつけるなど宗教家である以前にイスラム教徒には絶対に有り得ない、支離滅裂ともいえる発言を繰り替えすいわば病人で、彼を利用しトルコ政府転覆の大役を与えたのもくどいようだがアメリカである。アメリカは「カリフ」の座をギュレンに報酬として約束した。カリフとはイスラームの庇護者であり神の代理人である。これだけならばカトリックの「法王」に近いがその大きな違いは、カリフ制では政治こそイスラム教義に則るべしという解釈から教分離主義をとらず、カリフたるものは宗教指導者にして政治指導者であり、その影響は国境を越えて全イスラム界に及ぶ。歴史上最後のカリフはオスマン帝国最後の皇帝であり第一次大戦後に帝国が崩壊して退位を余儀なくされた後はカリフの座は空のままだった。カリフ制再興を求める声は世界のムスリムの間に今も強い。

政教分離を否定するカリフ制などをアメリカが援護することはじつに理解に苦しむところではある。しかしここで「腐ったカリフ」をイスラム界全体に押し付けるとどうなるか、考えてみると実に興味深い。

教団結成からクーデターに至るまでの調査・研究・準備はCIAによる。
気違いではあるが一応は導師であり、ある種のカリスマ性を備えたギュレンを起用し教団を結成、そしてCIAは組織拡大のためのすべての指導を行った。学生洗脳、茶話会を介した一般信者獲得、盗聴や脅迫という手段、国家機関への浸入、こうした技術すべてを習得する一方、ギュレンはバチカンと接触していた。

ヨハネ・パウロ二世の時代、ギュレンはバチカンを訪れある重要な会議(Pontifical Council for Interreleigious Dialogue−法王庁宗派間対話評議会1998)に名を連ねた。元来キリスト教の各宗派の代表が集まるこの会議にギュレンはあろうことか全イスラム教徒の代表として参加している。全イスラム教徒を代表する組織(たとえばオスマントルコ帝国)もその代表も存在しない今、新興宗教の一教祖でしかないこの男をまるでカリフのような肩書きでカトリックの総本山に招待していたのである。ギュレンの訪バチカンはイスラム諸国はおろかトルコの宗教省ですら報告を受けていなかった。つまりこれは甚だしい越権行為である。ギュレンが会議に携えた法王宛ての手紙には「伝道活動の一部を担いたい」とはっきり書かれている。その十数日後に法王は新しく20人の枢機卿を任命するがその中の二人の名前が公表されておらず、ここでギュレンはこの「秘密枢機卿−in pectore(=胸中)」の役を授かったとしてほぼ間違いない。つまりバチカンはイスラームのキリスト教傾倒を目論んでいた。イスラームの強靭さの根源である信仰そのものに矛盾を加えて内的崩壊に追いやることを意味する。十字軍がことごとく追い散らされた過去、コンスタンティノポリスを陥された過去、イスラム教徒に煮え湯を飲まされた過去への復讐である。

筋書きはこうである。
CIAとの密約でバチカンはギュレンを全イスラム社会の代表者に任命、さらに秘密枢機卿としてキリスト教伝道の任務を極秘に与えた。トルコ国家の全権がギュレン教団、いやアメリカの手に堕ちた時、隠れ枢機卿にまで成り下がったこの腐ったカリフをイスラム世界の頂点に据える。ギュレンはカリフの立場からこれまでのイスラム教儀解釈の揚げ足を取り珍妙な新解釈をひねりだし、十字軍遠征に正当性を与え、コンスタンティノポリス(現イスタンブール)をキリスト教徒に返還すると唱えだす。また飲酒や自由恋愛、利息利益を解禁、逆に断食・礼拝・巡礼といった義務からの解放など徹底的に世俗化を進めてイスラームの背骨を抜く。一方でトルコからカリフが選ばれることに不服なサウジアラビアやイランがおとなしくしている訳も無く、ロシアがこれに便乗して小競り合いがはじまり、ゆくゆくはアメリカに忠誠を誓ったアラブ諸国を巻き込んでの中東紛争に発展、武器商人たちは少なくとも百年は飯が食えることになる。荒唐無稽にすら思える酷い筋書きであるが、事実なので仕方が無い。

アメリカという国は利用価値の無い人間に餌を与えはしない。クーデターの失敗後、ギュレンの口を封じるだけなら注射一本で始末してロシアがやったと言えば済む話だのに、トルコ政府からのしつこいまでの返還要請に生返事をしながらギュレンをいまだペンシルバニアで飼い続けている。つまり、アメリカは今一度クーデターそを企てている。

古い話になる。
11世紀も終盤、急速に版図を広げコンスタンティノポリスの縁まで迫るトルコ人に眠りを侵されるビザンス皇帝は、窮してローマ教皇に助けを求める。カトリックたるローマ教皇は東方正教会に属するビザンス帝国を蔑み、本来ならば相手になどしない。しかし貧困と疫病に喘ぐカトリック諸国にとりイスラム教徒に抱く脅威たるや東方に引けをとらず、憂いの中で神に救済を求める教皇ウルバヌス2世はついにあることを思いついた。宗派の分かれたキリスト教徒を結束させて兵を集め、イスラム教徒を追い散らし、掠奪し、ビザンス帝国もエルサレムもすべてカトリック教会の手中に―彼らはこれを「天啓」と呼ぶ。

ユダヤ教、キリスト教、そしてイスラームの共通の「聖地」エルサレム。当時この地はファーティマ朝ムスリムの領土であったが、ユダヤ教徒、キリスト教徒、そしてムスリムが共存する安泰かつ豊かな都市として栄え、巡礼とシルクロード貿易がもたらすその富は欧州人の羨望の的であった。ウルバヌス2世は東方正教会とカトリック教会の司教たちを南仏クレルモンに一堂に集めて呼びかけた。

―ムスリムからの蹂躙に苦しむ聖地エルサレムを救わん。巡礼者たちは殺戮され、都市は掠奪を受けている。天国の王国、どこよりも豊かな、永遠の神の恵みたるかの地をトルコ人とアラブ人どもから取り戻さん。これは神の望みなり。さもなくば汝らを待つのは地獄のみなり。


この声に陶酔し、東の富に目の眩んだ欧州諸国の王侯貴族は民兵を募り、軍隊、騎士団を整えエルサレムに向かう。第一次十字軍遠征である。通りかかったキリスト教徒の村や都市すらなりふり構わず掠奪しながら進軍し、ビザンス帝国からの援軍も加わった十字軍はアナトリア半島を踏みにじりついにエルサレムに到着、エルサレム側は降伏し市民の命と引き換えに都市をあけ渡す。しかし、そこで行われたのは1万人のユダヤ教徒と7万人のムスリムからなる市民の大虐殺だった。1099年7月15日。

900年以昔の話だが、少しも色褪せることなく今に重なる。
経済危機のどん底でもがく欧州も、アメリカも、その打開策を常にイスラム圏からの搾取に見出す。他に思いつかないのである。アフリカ・アジアのイスラム国からは露骨な掠奪をする一方、トルコに対しては世俗・西欧化を吹き込み自らの歴史と信仰に背を向けさせてひたすら欧米に追従させた。その立地そして資源面からこの国を自立させるわけにはいかなかった。いつまでも不安と劣等感に縛られる弱小国でいさせねばならなかった。
しかしレジェップ・タアイプ・エルドアンを生かしておいたのでは決して思い通りにいかないことに気がづいた。彼の政権下で外交・経済・教育・福祉・医療その他どれをとってもまともに動き出し、欧米のテロ支援を叱咤し、2009年のダボス会議ではイスラエル大統領に一喝し謝罪までさせた。国民がかつての傀儡国家時代に踏みにじられた誇りを取り戻す一方で世界中のイスラム諸国にも並ならぬ希望を与えた。貧困と対峙する欧米を尻目にトルコの経済は順調に伸び続ける。出産奨励により人口も増加傾向にある。虚偽報道、経済封鎖、テロ工作など、欧米はさまざまな手でトルコを世界から孤立させる。しかしエルドアンは欧米によるイラクとシリアに対する大搾取に果敢に立ちはだかった。さらに兵器の国産化と無利子を標榜した金融政策が始まると武器商人のアメリカと金貸しのバチカンはもはや黙っていなかった。そしてエルサレム大虐殺のその日を選んだ。

―エルドアンからトルコを取り戻さん。これは神の望みなり。

2016年7月15日、トルコ国防軍の軍服を着た十字軍が900年ぶりに押しよせた。自国軍の戦車、戦闘機、機関銃、手榴弾で母国と同胞を襲った。神の声に耳をふさぎ悪魔に跪き、国旗のほかには手に何も握らない市民を襲った。しかし甘言を囁く悪魔に唾を吐いた兵士たち、そして市民は猛攻し、国中のモスクから神を称え加護を求めるアザーンの声は朝まで止むことなく響き、249人の死者、2000人を超える怪我人、彼らの血と引き換えにクーデターは阻止された。神は偉大なり。


思うに、ギュレン教団とはひとつの「現象」である。実体があるようで、ない。
教団の原動力は他でもない一般人である。苦労をしないで学歴を得たい、ばか息子を出世させたい、楽をして稼ぎたい、生活に満足がいかず、現状にあきたらず、虚飾を好み、肩書きと地位に憧れ、妬み、嫉み、隣人に脅威を与えようが、法を犯そうが、国を売ることになろうが―CIAやバチカンなどに縁もゆかりも無い普通の人々の、さほど罪深く無さそうな「欲」が肥大して具現化したものがギュレン教団であり、もとより人が浅はかな欲を掻かなけれは成立しようがないのである。逆にクーデターが不発に終わろうがギュレンを死刑にしようが欲に魂の鍵をあけ渡し、おのれを醜く歪める人々がある限りこれは幾度も姿を変えて生まれ変わるだろう。

よく「悪魔につけいれられた」などという。つまり悪魔は決して自ら武器をとらない。とらせるだけである。悪魔が何を言おうと選択権は当人にあり、その手を取れば地獄、振り払えば天国への道が開けるという、ただそれだけである。人はこうして悪魔と神の声の間で揺れ続けながら審判の日を迎える。

http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/522.html

[雑談・Story41] ギュレン教団クーデターから一年 ― トルコをめぐる思惑 あやみ
2. あやみ[321] gqCC4oLd 2017年7月15日 15:46:33 : SbiF6P6uF6 : 5AFwmCL0K9M[1]
1さま コメントありがとうございます。投稿者です。

第一次境大戦後のトルコ革命(世俗改革)と日本の明治維新の流れは酷似しています。
過去記事がありますのでよろしければ。

「学問のすすめかた」http://www.asyura2.com/10/idletalk39/msg/801.html

時間的には明治維新が先です。欧米人は日本で試してからトルコを骨抜きにしました。大津事件とサラエボ事件も同様です。本稿で扱った十字軍とトルコクーデターしかり、奴らは同じ手口を繰り返します。
http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/522.html#c2

[雑談・Story41] 明治維新を しなければよかった 蒲田の富士山
8. あやみ[322] gqCC4oLd 2017年7月16日 06:32:09 : SbiF6P6uF6 : 5AFwmCL0K9M[2]
蒲田さん お久しぶりです。 お元気でしょうか。

「明治維新」、これは「倒幕」と「近代化」の二段構えで国が売られる流れをさしていると考えます。欧米の甘言に乗って日本を売った日本人、こいつらが「売らなければよかった」んですよね。
あることを信じ込むことで気楽に国を売ることができた。彼らがかぶれた新興宗教こそが「近代主義」です。しかしこれを広く布教するには学校教育制度をととのえて親から子への刷り込みも含め少なくとも三世代(百年ぐらい)必要だと踏んだため、中継ぎとして考案したのが「国家神道」です。

もしかしたら日本を売らずに、売らせずに済んだかもしれない、今後のためにもそれについて考えてみたいと思います。
http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/520.html#c8

[雑談・Story41] ギュレン教団クーデターから一年 ― トルコをめぐる思惑 あやみ
5. あやみ[323] gqCC4oLd 2017年7月17日 16:15:46 : rPXmNtXcmM : DfqTAJIOlCI[1]
4さま コメントありがとうございます。

おっしゃるとおりです。
「欲」は人間が生まれ持つ特徴です。これと付き合わずには生きて行けません。「欲」の言いなりになることは破滅を意味し、動物以下の存在に成り下がります。逆に「欲」を飼いならすことができれば人としての一生を送ることができます。世界で「信仰」と呼ぶに値するものにはこの「欲」と対峙し押さえつける法が謳われています。

「近代主義」曰く、我欲に忠実にあれ、思うがままに生きよ。
日本は近代化と共に信仰から遠く離れてしまいました。

http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/522.html#c5

[雑談・Story41] ギュレン教団クーデターから一年 ― トルコをめぐる思惑 あやみ
9. あやみ[324] gqCC4oLd 2017年8月03日 04:24:34 : Nhfk1zNnOY : VXWE@kFvlDE[1]
6さま お返事が遅れまして申し訳ありません。

日本会議などの組織でも無い限り、日本の政党はビタ一票得られない、そんな状況なのではないでしょうか。もはや自民党に限らず誰も信頼されてないのです。
政治に無関心と言われる日本国民ですが好きでそうなった訳ではなく、明治維新以降そう企画生産されたのです。

日本では政治家が決して育たない仕組みになっています。政治家を監視する「目」が、そして政治家たちの声を聞き分ける「耳」が、悪事を嗅ぎ付ける「鼻」が国民に無い、皆無だからです。

「政治には無関心」、残念ながらそれは通用しないんです。私はもう日本に帰ることは無いと思うのですが、日本のみなさまに申し上げたいのはこれです。他人の意見を咀嚼しようとせず、まともに批判もできず茶化すのみ、ゲームだの、ダイエットだの、何チャラ投資だのに気を取られていたのでは気がついた時にはアメ公に目鼻を削がれているでしょう。

自らと自らの国を救済するには日本人が国民意識をもっと高めるしかないです。仮に民主政治を肯定するのであれば国民全員が政治家です。政治家の育つ土壌を築くことを義務のひとつと理解するべきです。その覚悟すらないのでは何をされても仕方なし。

頂いたコメントとはあまり関係ないお返事ですがお許しください。
http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/522.html#c9

[雑談・Story41] ギュレン教団クーデターから一年 ― トルコをめぐる思惑 あやみ
10. あやみ[325] gqCC4oLd 2017年8月03日 04:59:31 : Nhfk1zNnOY : VXWE@kFvlDE[2]
7さま コメントありがとうございます。

思うのですが、創価や統一教会に入れあげる信者(?)たちは、その教団が掲げる「カミ」などそれほど信じていないでしょう。まあ中には本当に神聖視してしまう気の毒な方々もいますが、多くは「カミ」よりも上に鎮座する「カネ」を崇拝しているに過ぎません。彼らが痛い目にあおうが自業自得なのですが、それだけで終わらないのが問題です。
ブラックマネー浄化設備として宗教法人は政府により保護されています。政治家は彼らから票も廻してもらえます。つまり日本政府は政治に関し常に宗教団体の干渉を受けることになります。この宗教団体が海外勢力の指人形であった場合その国は外から制御されていると言い換えることができ、制御がきかないと判断されればスイッチひとつでクーデターも可能になる。その例がトルコです。

http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/522.html#c10

[雑談・Story41] ギュレン教団クーデターから一年 ― トルコをめぐる思惑 あやみ
11. あやみ[326] gqCC4oLd 2017年8月03日 05:20:16 : Nhfk1zNnOY : VXWE@kFvlDE[3]
8さま コメントありがとうございます。

こういったコメントは安倍のガキが統一教会を粛清したその暁にでもお書きください。無いと思いますが。

国際情勢に無知な方が垂れ流しのネット三行文を鵜呑みにするとこんなことしか言えなくなるのでご注意ください。
http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/522.html#c11

[雑談・Story41] ギュレン教団クーデターから一年 ― トルコをめぐる思惑 あやみ
13. あやみ[327] gqCC4oLd 2017年8月04日 18:15:36 : qaLI2NC5mI : YjNJs2zyvDg[1]
12さま コメントありがとうございます。

上手く書けないかも知れませんがお付き合いください。
「陰謀論」なるものがあります。阿修羅の読者の皆さんの多くが気づかずに「染まって」いるいわば思想のようなものです。わたしは陰謀論を嘘だともデマだとも言いませんが、かなり危険な要因を孕んでいると指摘します。陰謀論をリサーチし理解するうちに多くの人はある種の絶望感に必ずといっていいほど陥ります。「日本はもう終わった」「ユダヤ人のゴイムにされた」「最終戦争だ」「放射能まみれだ」こういった絶望・あきらめ・虚脱にはまり、国、ひいては人生への愛着を失うのです。人はそうなった場合、残りわずかな時間を謳歌するために刹那な快楽に身を捧げるか自暴自棄となって自分と他人を傷つけ始めます。こうなればその後には国も文明も歴史も何も残らぬ、ぺんぺん草すら生えない荒野になります。これも奴らの目的のひとつですです。ひとりでも多くの人間を自棄と享楽におぼれさせて地獄送りにするのも奴らの目的です。

「奴ら」が誰かは書く必要も無いでしょう。
陰謀論の出どころは奴ら本人です。自らの手口を少しずつ、あたかもジャーナリストたちの努力で暴露されたかのように見せかけながら流布し、人々を潜在的に絶望させて破滅に誘うのです。

>天の時と人の和と地の利との三つ

仰るとおりです。私もそのように考えます。
三つのうちで、アダムの子ら(人間)の手中にあるのは「和」のみです。争いごとを嫌うといわれる日本人ですが実際は「和」という概念からはかなり遠いところにいます。今の日本人は目先の利益と近親憎悪に目を奪われ、物事の核の部分を決して見ようとしません。質の低い口論に追われて共同の目的をどうしても掲げられないため、結果として安倍のようなクソガキを政権に座らせる羽目になるのです。残念ながら間接的にでも彼は皆様が選んだのです。
人が自我を抑えて「和」を築けば、「地」つまり物質界は神の名において「利」をもたらします。それが「時」です。そこで人が自我に迷うことなく戦い続ければ慈悲の雨が降り、この世でもあの世でも救われるでしょう。
「奴ら」が一番恐れているのがこの考えです。だからこそイエスの教えをいいように書き変え、イスラームの破壊を試み、近代主義を煽って日本人の和の精神を踏みにじりました。

人が死ぬのと同様、滅びぬ国などないのです。人も国もどう生きてどう死ぬかが神に問われています。今は耐えて忍んで自らを躾ける時と解釈し、絶望と嫌悪から遠ざかることをお勧めします。

http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/522.html#c13

[雑談・Story41] ギュレン教団クーデターから一年 ― トルコをめぐる思惑 あやみ
16. あやみ[328] gqCC4oLd 2017年8月05日 06:05:31 : kXJz1dKOL2 : 0@c@3FzU5no[1]
軍隊うんぬんの話は過去記事に書いていますのでよろしければどうぞ。

http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/219.html

>外国の武力組織が日本に駐留している限りは植民地状態が続く

との重要なご指摘ですが、この背後には日本に自国軍が無いというあまりに愚かしい事実があります。これでは絶対に対等になれない。無理です。仮に「憲法九条はすばらしい」と海外で熱弁してみるといかに通用しないかがよく解ると思います。家に鏡のない人が自分の容貌をしらないのと同じです。

>個々人としては誠実で良心のある人でも組織の一員になると残忍で冷酷な人間になる

これは組織に在る無いに限らず、残忍さは誰もが持ち合わせています。唯一それに歯止めを掛け得るのが信仰です。しかし組織に属することですべての行動を正当化でき、良心の呵責すら組織に転嫁できてしまう。組織、とくに軍などが後ろについていれば刑務所に入ることはありませんからね。つまり組織で教育をうけると地獄行きよりも務所行きのほうが怖くなるのです。じつは学校教育もそれに寄与しているんです。誠実さや良心などの拠り所が神ではなくセキュラリズム的人道だったりすると、スイッチひとつでいくらでも非道を働くことができます。これも西欧が相当な時間を費やして育んだいわば陰謀です。

近代主義と非道の関係は以下の過去記事にあります。

http://www.asyura2.com/12/idletalk40/msg/715.html
http://www.asyura2.com/12/idletalk40/msg/740.html
http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/522.html#c16

[雑談・Story41] ギュレン教団クーデターから一年 ― トルコをめぐる思惑 あやみ
17. あやみ[329] gqCC4oLd 2017年8月05日 06:11:39 : kXJz1dKOL2 : 0@c@3FzU5no[2]
6さま お忙しい中、ありがとうございます。

資本主義国で「おカネさま」と唱えて中身を見てないのが一番解りやすいと思います。

ところで日本は何教の国なんですかね?
http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/522.html#c17

[雑談・Story41] ギュレン教団クーデターから一年 ― トルコをめぐる思惑 あやみ
21. あやみ[330] gqCC4oLd 2017年8月07日 00:48:57 : PKlGbJpgrY : 35nqDDBK1I8[1]
19さま、20さま コメントありがとうございます。

「諦める」の語源はやまとことば動詞の「飽く(あく)」です。たわわに実った果実をほおばり満足することです。それが実りの季節である「秋(あき)」の語源となりました。満足することができれば心の迷いが消えて「明らか」になります。諦めるという日本語は今は「失意」の意味で使われますがかつてはそうではなかったのです。どうしてそうなったか、それは人が時代と共に欲を肥大させたため満足することができなくなったからです。あれも、これもと欲を掻くうちにその殆どを失意のうちに断念せざるを得なくなりました。

江戸の文化文政の栄えは「諦めの美学」と言われます。元禄に咲き乱れた花に酔い、そして飽き、その諦めの中で意地と意気の花を再び咲かせました。それが我々の先祖です。日本人にもう一度それに挑む意気地があれば、憂うことは無いと思います。

欲とは本能です。欲をむき出しにすれば人は野獣に成り下がります。欲とは、手懐けて飼いならすために神から与えられたものです。

http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/522.html#c21

[雑談・Story41] ち のはなし   血液型と食の歴史
つれづればなhttp://turezurebana2009.blog62.fc2.com/blog-entry-146.htmlより転載

 血は体内を流れ、酸素と栄養素を体のすみずみまで運び、その帰り道に老廃物を拾って捨てる。生体が命を閉じるまで昼夜を問わずこれを繰りかえす。血流が鈍ると冷えや凝りがおこり、汚れが溜まって生体は力を失う。また、血の通り道たる血管が狭まるか詰まるかするとその先は補給を絶たれた戦場のようになる。血は流れているからこそ意味がある。

ただでさえ目に見えない血の働きであるが、さらに見えないところにまで旅をしよう。本稿では血にまつわる話を取り上げるものとする。


やまとことばの「ち」

やまとことばは大陸から漢字が伝来する以前、わが国の太古の祖先が意志の伝達そして祭祀にもちいた、また今日の日本語の礎石でもあることばである。表意文字の漢字とはもとより縁がなく語彙の音そのものが意味を持つ。「血―ち」の他に「ち」という音のあらわすやまとことばは幾つかある。

「乳―ち」「父―ち」「風―ち」「茅―ち」「千―ち」「個・箇―ち」「霊―ち」などがある。やまとことばでは、同音の語彙郡はその意味に必ずと言っていいほど共通点がある。では検証してみよう。
「乳―ち」つまり母乳、これは血液から造られる。今では常識だが古代人が乳と血をおなじ「ち」という音で呼んでいたことには驚かざるを得ない。しかし考えてみればわれらが先祖たちが血の濁りや淀みに驚くほど敏感であり、それに因んで乳の出が悪くなることなどは誰でも知っていたのかもしれない。乳とは命の源、そしてそれ以上の存在である。
古語における「父―ち」とは父親ではなく祖先、血筋といった意味で使われていた。血を媒体として受け継がれた系譜をさす。
現代日本語では「風」とかいて「ち」とは決して読ませない。しかし江戸時代までは暴風を「大山風―おほやまぢ」などと呼んで怖れていた。歌には道真により「東風(こち)吹かば 匂ひおこせよ梅の花―」と詠まれている。風とは気の流れである。酸素をはこぶ。また風は雲を集めて大地に滋養の雨をもたらす。時に冷たく、時に暖かく、人に季節の流れをほのめかす。なにやら血の振る舞いによく似ている。
「茅―ち」とは「ちがや」という雑草をさす。萱の一種で恐ろしいまでの繁殖力があり古代からこの植物の穂を乾燥させて強壮剤、つまり血行促進剤として用いていた。「ち」の音の背景に子孫繁栄への思いが伺われる。ちなみに精子も母乳同様に血液から造られる。
数の多いさまを表すことばが「千―ち」である。「個・箇」を意味する助数詞「ち」を伴うと「千箇―ちぢ」になり千個、沢山、様々、となる。「千々」とも書かれる。「月見れば ちぢにものこそ悲しけれ―」など古歌にうたわれる。

「ち」の根底にある意識、それは「霊―ち」をおいては語れまい。

古代、その名に「ち」の音が含まれる語彙には霊力が認められていたといえる。たとえば「蛇―をろち(折曲がった霊)」、「雷―いかづち(怒れる霊)」、これだけでも「ち」の持つ恐ろしげな霊威が感じられる。さらに古事記などをひもとけば「大穴牟遅―おおなむち(多くの名を持つ霊)=大国主命」「火之迦 具土―ひのかぐつち(火の耀く霊)」、「久久能智―くくのち(木々の霊)」と、神々の名の中にも「霊―ち」が伺える。

つまり「血」には霊力があると、あるいは霊と同位のものとされていたのである。ただの物質でしかない躯(むくろ)という入れ物の中を駆け巡りそれに生気を与える。のみならず、思い、喜び、悲しむ魂を繋ぎとめる。精は子を成し、乳は子を育み、子々孫々に至るまで血を介して霊が伝わるのである。やがて魂が離れ血の流れがとどまると人は冷たい骸(むくろ) となる。


血液の進化

最初の人類が地中海一帯に現れた当初、その血液型はすべてO型であった。じつはこのOは「オー」ではなく「ゼロ(原初の意)」である。彼らの生活形態は動物の後を追って移動する狩猟型、つまり肉食を旨とした。それも火の扱いを習得するまでは獣肉を生で食べるのみ、無論それに適した消化機能が彼らには備わっていた。長い氷河期の間、大型動物を集団で狩猟しつつ生きていた。しかし気温が上昇すると大型動物が減る一方で人口は増え、肉に頼らず植物を採取して食料とする必要に迫られた。そしておよそ9千年前に採取が栽培へと移行して農耕がおこり定住化の契機となった。ここで大問題が起こる。この時点の人類の消化器は獣肉しか知らなかったのである。灌漑などの技術革新がもたらした豊かなみのり、つまり豆類や穀類が突然胃に詰め込まれるようになると人体のほうは窮地に立たされた。穀類は肉を消化する強力な胃酸で物理的に溶かされてはいても科学的には全く分解されず未処理のまま血液に取り込まれ、人はかつてない様々な病に悩まされたのである。いよいよ人類の存続が危ぶまれると、追い詰められた血液細胞が突然変異をおこした―A型の誕生である。これは農耕民族の血液型でありA型の血液細胞は穀類澱粉の組織を分解する酵素を生成し栄養とすることができる。農耕が人口の増加をもたらしたのであればそれはA型人口の増加を直接意味している。
その農業がおこるずっと以前にO型狩猟民族の一部の集団は獲物を追って中央アジアの高地に移動しそこで氷河期の終わりを迎えた。ここで見られたのは動物の小型化、羊の原種の発生で、彼らは単なる狩猟ではなくこれらの小形動物を捕獲し繁殖させることに成功する。牧畜の始まりである。すると生活形態は牧草を求めての移動型になるため農耕には向かず、足りない食料は動物の乳を加工したもの、つまり乳製品で賄われた。ここでまた大問題が起こる。O型狩猟民族は乳製品も消化できなかったのである。糖尿病その他の病に悩まされながらここでも突然変異によりB型が生まれた。B型の成立は獣肉と乳製品という準肉食の生活に起因する。AB型は後の世にA型とB型が出会い混血することで誕生する。


日本人の祖

上の説を日本古代史と重ね、やまとことばを手灯りにつらつらと考えてみた。筆者の推測も含まれているため一つの読み物として楽しんでいただければ幸いである。

氷河期、凍てつく海の水位は低かった。大陸と列島は陸続き同然か、小舟を使い島伝いに自由に行き来ができた。この頃に大陸から牧畜を経験せずに東進し日本南西部に到達したのが血液型O型の狩猟集団である。その後に日本の北側からやってきた集団はB型である。この両者こそ倭人、つまり縄文人である。これを単に捕食動物を追っての極東への旅とは考えにくい。その目的の中には当時の狩りに利用された細石器の材料(黒曜石)を求めてのことが考えられる。日本列島全域が硬度と劈開性に富んだ良質の黒曜石の産地である。また穀類以外の食料の確保のためよい漁場を求めて太平洋岸伝いにやってきたとも言える。魚肉は獣肉を主食とする民族にとっても無害であり、O型、B型双方にとって格好の栄養源であった。やがて氷河期は終わり海面が上昇すると海の道は途絶える。彼らは日本列島に腰を据えてのちに縄文時代と呼ばれる独自の時空を築く。

地中海一帯においてA型農耕民族の増え続けた人口は国家と権力者を生む。当然起こる戦乱は民族を四方に分散させた。東へと移動した集団はアジアで稲と出会い、約四千年前、ついにA型農耕民族が稲作と共に日本列島に至る。渡来人たちである。先住の縄文人との出会いと共存はいかなるものなりき。

果たして記紀にあるように稲作は天つ神からの授かり物とするほど有難い文明であったか、たしかに食料は生きるために不可欠であり、米はいろいろな意味で素晴らしい。そして実際に稲作の開始以降は人口も寿命も数字の上では増長した。結論は一言には収められないが、少なくとも縄文人にとっては大惨事だった。

先述のとおりO型とB型にとって穀類はそもそも天敵なのである。食べれば確かに腹は膨れるが滋養が得られずに活力を失い、そして病に陥る。各自が貴重な働き手である上に全体意識が重んじられた当時の社会では一人の病は集団全体に降りかかる災厄であり個人の問題では済まされなかった。
そこへ「旨いから食え」と言われ、「耕作しろ」と迫られ、挙句の果てに「天つ神を祀れ」と強いられた日には武器を取るのみ、しかし大規模な農業を運営するまでの組織力があり、ましてや鉄製農具と共に鉄製武器をも手にする渡来人たちに適うわけもない縄文人には彼らに従うか迫害されるかの道しかなかった。それが弥生時代である。
近畿・中部地方を中心に渡来人は農耕の地盤を築く。その一帯に先住していた縄文人にも耕作を伝え受け入れさせる。しかしそれにはそれなりの時間が必要であった。愛知県の朝日遺跡は農耕を核とした巨大な弥生遺跡として知られており、発見された人骨には結核や貧血などの痕跡が見られると言う。急激な人口過密化による栄養不足がその原因とされているが筆者は肉食から穀類食への転換期に起こった弊害と考える。やがて縄文人にA型農耕民族の血が混ざることで穀物の消化の問題は徐々に解消した。ここでA型とB型の婚姻によりかつて無かったAB型が誕生する。


迫害民の血

あまたの小国家の興亡を経て、やがてヤマト地方を中央に据えた大和朝廷の成立へと時代は向かう。その勢力圏を築くに当たって先住民たちに強いたのはヤマトへの恭順と外来の神々(天つ神=渡来人たちの先祖を神格化したもの)の信仰、そして穀物での納税であった。それに頑として従わぬ者たちは北へ、南へ、または人も通わぬ山奥へと押しやられた。
陸奥、出羽、蝦夷地、北日本に生きた縄文人たちは蝦夷との蔑称で呼ばれた。採取生活を頑なに守り、皮革、鉄製品を製造しながら朝廷と交易を行うまでの独自の生活圏を築くことに成功した。彼らこそ氷河期に日本列島の北側からやってきたB型狩猟民族の子孫たちである。A型の血が混ざらぬ以上はこの集団の血液はB型、そしてB型に内在するO型因子の覚醒により出生するO型から成る。
奈良時代に坂上田村麻呂の東国征伐をうけて朝廷支配に組み入れられた以降は国司が派遣され本格的に開墾がはじまる。しかし岩手県中部がその北限であり、その以北の地には縄文時代の生活形態を踏襲しつつ交易、生活具、装飾品、食、いずれをとっても躍動に満ちた華々しい時代が興った。これの実現にはある程度の寿命の延びが不可欠である。技とその精神を次世代に伝えるにはその共同体のなかに熟練者たちがいなければならない。子供を生んで育てるだけで寿命を迎えていたのでは彼らの技術的円熟は決して見られないのである。また老人たちの経験譚を子供たちが聞いて育つことでそれは民族の記憶として共同体に還元される。およそ文化と名のつくものはそれが具現化したに過ぎないのである。蝦夷たちは比較的長生きだったはずである。これが正しければ農業収穫による食料の安定確保だけが長寿の秘訣ではないことの裏づけとなるが、研究者諸氏の更なる調査が待たれるところである。


また、山岳地帯に篭りひたすら朝廷との争いを繰り返した縄文人そしてその子孫たちは土蜘蛛と呼ばれ恐れられた。彼らの血液型は農耕を拒んだ以上はO型かB型であることは確かである。彼らは蝦夷たちとは違って朝廷からの卑劣な迫害に対する恨みゆえに完全に敵対、孤立した。文芸・能・神楽・歌舞伎等の古典芸能に描かれた「酒呑童子」や「茨木童子」、「国栖(くず)」そして「土蜘蛛」とは彼らのことである。桃太郎などの鬼退治譚で悪役に描かれる鬼たちも然り、朝廷側から見た脅威は絶対悪として歴史に焼き付けられる。


A型の現代人が渡来系である、ましてやO型の現代人がすべて土蜘蛛の子孫であるなどという話は論外である。今の我々の血液型は先祖の血を確かに反映してはいるが、その先祖とは単一系統ではありえないのである。例えば大陸からの渡来人はヤマトの地で権力者となると縄文系の豪族の娘たちを次々に妃に迎え、その子孫たちはみな朝廷貴族となった。これは何代にも渡って繰り返される。天皇の家系から源頼光や渡辺綱などの猛き武人たちが現れたのもいにしえの母たちから託された血が甦ったのであろう。さらに近世以降、人の行き来が激しくなると血の邂逅は止まることなく進み今に至った。我々の血液型はいつの時代のどの先祖の血が濃く現れたにより、母の胎内に宿るその時に決まる。


さむらいの血

国際語にもなった「さむらい」とは誰か。一般的な語源は「さぶらふ―侍ふ」とされ、貴人のそばに仕えるという誤った意味で定義されている。そうではない。やまとことば動詞「もる―守る」にはじまる。その未然形に上代の助動詞「ふ(反復・継続をあらわす)」が膠着し「むらふ―守らふ」、常に守り続けるという意味の語彙がつくられ、さらに語意をつよめる接頭語「さ」を冠して「さむらふ」になる。その名詞形が「さむらひ」である。貴族が雅語を使って発音すると「さぶらひ」になる。ではさむらいたちは誰を守り続けたのか。
平安時代中盤、朝廷の貴族や寺が私地を拡大して荘園領主となり、その警護に東国から猛者たちが集められたことを侍(にんべんに寺、大陸から渡る漢語漢字ではなく和製漢字)の始まりと教科書はほざいている。しかし上で述べたように、「さむらひ」という言葉が確立したのは上代以前、遅くとも奈良時代である。朝廷からの武力による干渉から同胞を守るために太刀を佩き、馬に跨り弓を構えた蝦夷たちである。彼らが守ろうとしたのは遠い祖から受け継いだ血、生き方であって貴族どもではない。
血族を核とした武装集団が日本の南に現れる。水先案内や海運を生業とし、または海賊でもあり、有事には朝廷の軍事力として機能していた集団は水軍と呼ばれた。彼らの先祖は南日本海域に点在した縄文人、熊襲である。後に熊襲の出の武士団として活躍する渡辺氏、村上氏などが有名で、また物部氏はかなり早い段階で朝廷に仕え軍事警察部門を受け持った熊襲である。「もののふ(=さむらい)」とは物部の和様の読み方から来ており「もの」とは武器を意味する。荘園領主たちはすでに存在していた武士たちに警護を依頼しただけであり、それを武士の始まりとするのは悪意さえ潜む誤りである。
そして北日本、蝦夷の中から現れた武装集団は地域を護衛しつつ弓と馬術の鍛錬にいそしみ勇猛な戦人として自らを育てた。鎌倉以降、武士の家柄を「弓馬の家」と言うがじつはそれは東国のさむらいたる蝦夷の血筋に由来する。中央から遣わされた役人が東国に土着し、地域の開拓を行いながら蝦夷と共に成長した武士団が奥州藤原氏を筆頭に数多く現れた。であるからして武家の棟梁たちの家系をたどれば大抵は源氏や藤原氏に行き着く。しかし東国に土着した以降は何代にも渡りその地の娘を妻に娶り子孫を残している。西国、南国でも同様の土着により武士団が形成された。父系の家名に拘らず冷静に俯瞰すれば武士たちはB型蝦夷とO型熊襲の血がより優勢であると言える。彼らは後に戦国武士として活躍、わが国の歴史の表舞台に立つことになる。
 

農耕民の血

日本人の血液型で一番多いのはA型である。なぜか。
一昔まえの日本人の食生活だが、一言でいえば米が中心であり、その脇には常に味噌や豆腐や納豆といった豆製品があった。そして野菜の煮物、酢の物、漬物と少量の魚介類、これはA型農耕民にとって最も快適な食生活である。A型の消化機能ははでんぷん質を分解することに長けているが、動物性のたんぱく質を活力に代謝できないだけでなく血液中に病因として残してしまう。奈良時代から江戸時代にかけて時の政権は幾度も獣肉の禁令を出した。それは無類な殺生を戒める仏教に因るとも、働き手たる牛馬を保護するためとも、民衆の血の気を削いで従順にさせるためとも言われるが、結果として国家財政の基礎つまり稲作を担う農民層の胃腸を不向きな肉食から守りその繁栄を助けた。中世まで農村が搾取の対象とされながらもA型農耕民の人口は徐々に増え、そして江戸期に入り幕府の保護政策で豊かになった農村からは余剰した人口が都市に流れて大都市となった。それゆえ大都市の構成員もA型が優勢となり、するとそこでは米を中心に据えた食生活が展開する。今では喜ばれる中トロなどは敬遠されて猫の餌か畑の肥やしにされていたのも脂の強い魚肉が肉と同様にA型の敵であることと無関係ではない筈である。江戸時代に花開いた和食と名のつくわが国の食文化がA型の血になぞらえて構築されていたことは歴史学者からも栄養学者からも気付かれていない。


逆に地方の武士、また山間部で生活する樵や猟師その他もろもろの職種の日本人は獣肉をかなり口にしていた。狩と称して野鳥や兎を公然と捕食しており、太鼓や鼓の皮の材料となる皮革を剥いだあとの牛と馬も当然の如く食用にされるなど獣肉の食文化も細々とではあるが継続されていたのである。そうでなければO型とB型の日本人たちは萎えきっていたはずである。いちばん気の毒だったのは粥ばかり啜っていた大都市に暮らす下級武士たちかもしれない。


血液型別の食を

上に書き連ねたことは昔話のようであるが現実に我々に流れる血もおなじ四種類、AとBとO、そしてABであり、各々の血液細胞のかたちと働きは縄文時代から変わっていない。これらの事をあわせ考えてみるといろいろなことに気付く。
例えばある現代人の血液型がO型だとすれば、それは彼が歴代の祖先たちから受け継いだ血の中のO型因子が色濃く現れたことによる。このO型因子は人類が狩猟民族であった頃からの名残である。すると彼の体の組織は胎児の時代からO型の血液細胞によって構築され、生涯その血に見合った栄養補給をつづければより快適に、より健やかに、またより長く生きて行ける。逆も真なり、血が苦手とする食生活は人体を疲弊させ、より早く老化させる。
蝦夷や土蜘蛛たちが頑なにまで農耕を受け入れなかったのは穀物を口にすまいとする血の為せる業でもあった。ならば現代もO型とB型の血は依然として同じ性格を持ち続けていることを思い出すべきである。A型以外にとって和食は体によいとの思い込みは危険極まりない。

A型であれば和食は理想の食生活である。現代の肉と乳製品に偏った食卓は見直すべきである。
B型は穀類以外なら安心して食べられる。乳製品も肉類も消化できるが両方を同時に口にすると負担になり得る。
AB型はAとBの両方の特性、強味も弱味も併せ持つ。何を食べても消化できるがそのぶん上限が低く設定されている。穀類、肉類、乳製品を同時に摂取しないほうがよい。
O型の場合、肉ばかり食べていてもそれで病気になることはない。逆に肉と魚しか食べられないとまでは言わずとも近いものがある。O型とB型が間違ってベジタリアンを目指すと内臓や血管が劣化し死に至りかねない。

これでは何も食べられないではないか、と嘆いてはいけない。まず日本人にとって米だけは別格である。米を食べ続けた我々の体内に米を分解する酵素がいつのころからか住み着いている。我々には麦よも米のほうが消化しやすい。そして葉物と根物の野菜の多くは誰にも害はなく、漬物はとくに優れた食品と言える。
また両親のうちのどちらかが自分と異なる血液型を持つのであればその特性を多少は引き継ぐことができる。たとえばO型の母親をもつA型の子が肉類を食べても血の中のO因子が消化を助けてくれる。血とはやはり争えないものである。

血液型が全てではない。人の生き死にはよろずのことの重なり合いである。しかし食べることなしには誰ひとりとして生きられず、血の助けなしには食べても体に生かせない。血がうけつけぬ物は決して体に還元されないのである。血のことをあまりに知らなさすぎたため我々はいらぬ病に冒されるようになったのである。乳製品は背が伸びる、肉は太らない、日本人なら日本食、どれも嘘ではないが相手構わず薦めたのではひどい間違いになる。少なくとも血というものを知る努力をせねばならない。せねば次の突然変異を待つ間に多くの命が苦しみ喘いで尽きていくであろう、それでもよいのだろうか。

血液型と食生活の話は筆者にもこの辺りまでが限界である。あとは専門家の方々に是非とも研究していただきたい。血にまつわるほかのはなしは次号にて。
http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/529.html

[雑談・Story41] ち のはなし   血液型と食の歴史 あやみ
2. あやみ[331] gqCC4oLd 2017年8月15日 03:18:34 : clvHQ2ZdwA : l13zDowaTxI[1]
1さま ありがとうございます。

味噌や納豆を作るときに「タネを仕込む」と言いますが、このタネとは酵素のことです。正確に言うとタネは酵母つまり菌類で、これが分泌するものが酵素です。酵素は西洋医学とは無関係で日本人が大昔からその存在を予感し付き合っていたものですのでご安心ください。

西洋の学問はすべてにおいてまず精神を切り離してから議論されます。その理由は近代思想の出発点がキリスト教会の権限からの離脱にあるからです。彼らは精神の存在を否定せずに別次元のものとして無視できる体質にあります。
本稿は西洋近代主義から離れ、「血」がただの生理的存在価値のある物質ではなく「霊」の住処であることを前提に書かれています。

次号は酵素について書く予定です。

http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/529.html#c2

[雑談・Story41] ち のはなし   血液型と食の歴史 あやみ
4. あやみ[332] gqCC4oLd 2017年8月15日 16:33:36 : clvHQ2ZdwA : l13zDowaTxI[2]
蒲田さん、こんにちは。コメントありがとうございます。

面白そうなのでネットで覗いてみたら、ゴリラ、ウシ、クジラはB型だそうで、私もB型…
蒲田さんは血液型を調べてないんでしょうか?でもそれは病気や事故に遭ってないおかげなのでよい事なのでしょうね。
http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/529.html#c4

[雑談・Story41] ち のはなし   血液型と食の歴史 あやみ
8. あやみ[333] gqCC4oLd 2017年8月16日 05:54:46 : clvHQ2ZdwA : l13zDowaTxI[3]
蒲田さん、鹿おじさんはどうしておられるでしょうかねえ。放射能測定で無茶なことをしていそうで心配だったのですが。

ちなみに私の母はいのしし年のさそり座のO型というモーレツな女性ですが、悪意が全く無い人で蛇っぽさはなかったです。父方の祖父が蛇年で、なんかにょろーっとしてました。

蛇に騙されたのはアダムではなく女性であるイヴのほうなので、私は蛇はどちらかというと男性という気がします。大物主も蛇神だし。


http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/529.html#c8

[雑談・Story41] ち のはなし   血液型と食の歴史 あやみ
9. あやみ[334] gqCC4oLd 2017年8月16日 06:38:59 : clvHQ2ZdwA : l13zDowaTxI[4]
6さま、コメントありがとうございます。

>酵素というか酵素を作る腸内細菌でしょうか。
はい、そうです。酵母と書くべきでした。ご指摘ありがとうございます。

修験道の根本は山に神性を見出した縄文人の信仰であるはずです。最終的に密教と融合したのは奈良時代の政治背景があってのことで、本来は肉食民の信仰であり精進料理は後から付加された教義ではないかと考えるのです。「穀断ち木食の修行」は私も知らなかったのですが、ひょっとすると精進の粥が体に何となく合わないから敬遠してみよう、という試行錯誤があったのかもしれません(?)。

古事記に登場する日本発の公式発酵食品はスサノオがヤマタノオロチに飲ませるために搾らせた「八鹽折酒」です。果実酒です。当時の造酒法の一つの「くちかみざけ」は唾液内の酵素で果汁を発酵させるというものでした。
また、子牛の口の周りに固まった乳のようなものがくっついているのを見つけて舐めてみたら旨かった、というのがヨーグルトということらしいです。

人間が今日まで生きてこられたのも酵素に支えられてきた部分が大きいはずです。
http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/529.html#c9

[雑談・Story41] ち のはなし   血液型と食の歴史 あやみ
16. あやみ[335] gqCC4oLd 2017年8月28日 04:11:40 : 0APZdFnbK2 : spbpd07iH4Q[1]
10〜15さま コメントありがとうございます。

>古代の日本人は、物凄い直感的なサイエンティスト

そうですね、でも日本人に限らず人間史の草創期は世界中がそうだったのだと思いますよ。気高い魂の持ち主であった人間が時間軸とともにダメになったとしか考えられないです。
日本古代語の力は文字を持たないことに尽きます。たとえばチの音にこめられた魂は姿を変えて何通りもの意味を伝達することができます。伝達とは力そのものです。「命ーいのち」とは「息の霊」、「生きの霊」であり、息を祝福することばです。

残念ながら「知」「値」「治」「智」「痴」その他は漢語であって倭語ではありません。チという読みも倭語訛りで中国大陸ではチーだったりツィだったりシーだったりします。しかし中にはやまとことばから漢語になったのではと思われる字もあります。過去記事に書いてますのでよろしければ。こういうこと研究してる人、いるのかなあ。
http://www.asyura2.com/10/idletalk39/msg/880.html

蛇信仰のはなしはいつか書いてみたいと思ってます。

「くちかみざけ」がアニメに登場しているんですか?! さすがはアニメファン。しかし最近ネットで調べ物をしようとしたときに困ってます。古代史の神々の名前で検索するとアニメやゲームのファンサイトがずらーーーーーーーっと出てきてそのあとで目ぼしい情報がありそうなサイトがちらっとだけ現れる…。ゲームおたくの皆様のたゆまぬ努力の結果だとは思うんですが、何だかなあ、です。中には聞きかじりの粗悪な情報を複写しているブログ等も多いので気をつけたほうがいいと思います。なんぜ相手は神様とか悪霊ですからねえ。
http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/529.html#c16

[雑談・Story41] ち のはなし ちち(乳)と つづ(唾)
つれづればなhttp://turezurebana2009.blog62.fc2.com/blog-entry-147.htmlより転載

前号からづづく

人の血液型が今の四種に分かれた経緯とそれが歴史に落とした影、そして食と血液型の間には生死にも関わる問題があることを前号で綴った。さて今号は血液型からは離れ、「血―ち」にひそむ力のあれやこれやを、やまとことばに問いかけながら書いてみたい。

競馬がお好きな方なら「馬は血で走る」という言葉をご存知であろう。瞬発力、持久力、闘争心、駿馬たる技量は親から譲り受けるもので躾よりも血が勝ることを説いている。また人の子が集中力や忍耐力、注意力を親から受け継ぎ生活に生かすことができればそれも「親譲り」である。逆に酒や博打に溺れやすいといった悪い癖までも譲られてしまう。しかし人は大脳の可能性が他の生き物より格段に大きいため生まれた後の経験次第で親から譲られなくても様々な技能と欠点を身に纏うことができ、これを「氏より育ち」などのことばでよく喩える。
しかし「血は争えぬ」ということばもある。この相反する二者はともにわれらが先祖の残したことばであり、その間をどう取り持つべきかはわれわれ子孫たちに残された謎かけなのかもしれない。


ちち(乳)のはなし

獣であれ人であれ乳とはそもそも母親が生まれた我が子に飲ませるためにある。生まれたばかりのかぼそい命をこの世に根付かせる奇しき水、「乳―ち」は血からつくられ正に「血―ち」の雫ともいえる。獣であれ人であれ何も知らないはずの赤子は母の乳に吸い付くことができ、また時が来ればみな乳離れをする。

かつての日本では子が生まれると乳が十分に出るようになるまでの間、家が裕福であれば乳母(うば、めのと)を頼んだ。そうでなければそれこそ必死で「もらい乳」をしたという。他人に頼み込んででもどうしても母乳を与えたのは知識ではなく経験からにちがいない。赤子は人の乳の他はうけつけられないようにできていたのである。しかし人工栄養の登場によりその経験は過去の習慣として葬られた。母乳がいかに優れた栄養であるかをここで書く必要はないのだが、人という種族の子らにとって唯一無二の栄養が人の乳であること、また人の乳が人の子の役にしか立たないことの理由を大まかに書いておく。

我々の口に入る食品は糖質、脂質、たんぱく質に大きく分けられ、それぞれ別の形で分解、消化される。赤子にとっての乳も然り。

乳の糖質を消化する酵素ラクターゼは哺乳類の生き物には生まれつきその小腸に備わるが成長と共に減少する。人の場合も同じくその酵素は乳離れをする二歳前後を以ってほぼ消滅すると言っていい。B型の人は牧畜民族の血が濃く現れているのでこの酵素には比較的恵まれている。が、やはり成長と共に見放される。母乳・獣乳にかかわらず乳の糖質は乳児のみが消化できる。

乳児の胃腸は通常のたんぱく質を消化するだけの酵素を分泌できない。乳児の腸壁は目の粗い網のようなもので、早くから離乳食を始めると消化処理されていない大きなたんぱく質分子が網目からすり抜け血液に取り込まれてしまう。それは目に見えぬ形でアレルギー体質の基礎を築き、数年後に疾患となって姿を現す。しかし母乳中のたんぱく質ラクトフェリンだけは全く違い、乳児の小腸でわずかに分泌される消化酵素によって容易に分解される。免疫力を高め他のミネラルと結びついてその吸収を助ける効果もある。子が乳離れをして胃腸の働きが成人に近づき胃酸が強力になると酸に弱いラクトフェリンは胃に到達した時点で破壊する。また熱にも弱く、牛乳などに少量(母乳の1/10程度)含まれはするが煮沸消毒をした時点で消えてなくなる。乳児がうけつけられるたんぱく質は母乳のみということになる。

乳の脂質はどう消化されるのだろうか。人の母乳の中には人の胆汁と出会ったときに始めて効力を発し母乳の脂質を分解する酵素(胆汁酸刺激リパーゼ)がある。まさに鍵と鍵穴である。

このからくりがあればこそ人の母は乳を我が子に与えることができるのである。もし人の乳を他の獣の子に与えてもその体とはかみあわない。そして逆に、牛乳という鍵が合うのはおそらくは仔牛であり、少なくとも人の子ではない。

これらは母乳と人の子の間の完全無欠な関係をしめすに十分であるが、これだけでは物質面での重要性に過ぎない。本稿の趣旨はただの母乳礼賛ではない。「乳」を「血」、ひいては「霊」と同属と見なした先祖がその中に見出した力とはもっと別のところにありはしないか、それを考えるものである。

乳母(うば、めのと)、それは一昔前まではごく当たり前の「職業」であった。いまは感染症などが問題視されるために皆無となったが、平安、鎌倉時代の貴人や武士の家に子が生まれると特に才長けた女房を乳母に選び、後に冠位や財産を与えていたことが記録に残る。また乳母たちには子が成人した後も家の運営や政治への発言権が認められたことはその地位の高さを物語る。平家物語には前号にも登場した武人・渡辺綱(わたなべのつな)と乳母の遣り取りが次のように描かれている。

都の人々を脅かした羅生門の鬼は渡辺綱に腕を切り落とされる。その噂を聞きつけた綱の乳母は遠く摂津は渡辺の里から都に上り綱の館を訪れた。どうしても腕を見せてほしい、と懇願する乳母だが、腕は七日の間しかと封印するようにと陰陽師・安倍晴明の固い言いつけがあるためにその願いは聞き入れられぬ旨を伝えれば、綱の恩知らずと地に臥して嘆く乳母に耐えかね、とうとう館に招き入れてしまう。そして唐櫃の注連縄を解き、蓋を開るや乳母の形相は変わり、腕を切られた鬼の本性を晒し腕をつかんで飛び去ったという。
       

これは実話とは言いがたいが、綱の実母を登場させるよりも乳母を選ぶと言う演出、さらに鬼の腕を切るほどの武人すら乳母には頭があがらなかった当時の様子が伝わるものである。

これも民族の経験に基づくものである。乳母を頼むことが習慣と化していたのならば、それは直に日本人はこの時代までに優れた乳母を選ぶことの値打ちを見出し共有していたことを示す。ならば資料に乏しいというだけで乳母の歴史はさらに古い時代に遡ることができてもおかしくない。
単に生まれた子の腹を満たすためであれば体の丈夫な若い母親を乳母に迎えさえすれば済む。しかしそうではなかった。

平安時代も終わり頃、朝廷から東国に遣わされた国司の娘が土地の豪族に攫われてそのまま妻にされたという。そして翌年に姫が生まれたとの知らせが届く。嘆けども後の祀りと、国司はせめて生まれた子のためにと優れた乳母を選び娘のもとへまいらせた。年月は流れ、国司の妻はとうとう堪らず東国を訪れて娘と孫娘を見舞うことにした。都の人々からすれば東国はあらくれ者の棲む偏狭であり、未だ見ぬ孫娘はさぞや粗暴に育ったことだろうと重い心持ちで東へと向かうのであった。そうして見るや、そこには雅なことこの上なき姫君があったという。

しきたり、ことばづかい、箸の上げ下ろしは無論のこと、人として集団の中で生きる心構えまでを教え込むのは産みの親ではなく乳母たちの勤めであった。乳母とは教育係でもある。ここで不思議なのは何故に乳母が躾役を兼ねていたのか、である。いや、乳を飲ませる事と子を躾けることがいったいどう絡むと考えられていたのだろうか。

歴史に名を残した人物の乳母にまつわる話をひも解けばまず家柄が問われ、教養と人柄、公家であれば歌に書に通じ、武家であれば兵法や武芸の心得までが求められた。子が成長した後も乳母とその家族は後見としてあらゆる支援を行った。源頼朝の乳母を勤めた比企尼(ひきのあま)はその顕著な例であり、伊豆に流された頼朝を二十年にわたって助けた比企家は鎌倉挙兵の際には一族を上げて加勢、その後も外戚関係を結びつつ有力御家人としての地位を築いた。
他にも乳母が後に政治に強く関わる例が数多く指摘されている。しかしそこで当然、生母の家族との確執や闘争という弊害を予期することができるがそれでもなお乳母を必要とし子の習慣を守り伝えた。その由は庶民の間に存在した「乳付け―ちつけ」なる風習に見ることができる。

おそらくは戦前まで生きていたこの風習、子が生まれると最初の授乳を乳の出る別の女性に頼むというものである。その乳付け親は幸せに暮らす心根の良い女性であることが求められたという。乳を媒体として乳付け親の人格、運気などの非物質的要素を子に受け継がせることを目的としていた。

民俗学者などにより乳付けは「呪術」的な意味を持つ儀式との解釈が付け加えられているがそれはあくまで科学で証明できないものはすべて呪術か迷信とする稚拙な近代主義的観点からでしかなく、歴史解釈たるものからは程遠い。庶民の次元でなら「縁起をかついだ」という言い方もあり得るかもしれないが、武士や貴族が政治の土台を揺るがす要因を作ってまで行うまじないなどは早々に廃れてしかるべきである。しかし先祖たちが生まれたわが子のため、家のためにと優れた女房を探し出して乳母としたのはやはり相応の成果が認められていたからこそである。乳母たちは乳を与えるだけに終わらずその後もその子の傍に仕え、教養を背景としたその振る舞いやことばの端にやどる見えざる力により子を教化したのでる。これを可能にしたのは乳に違いないであろう、かつて与えた乳という鍵をして才覚の扉を開けることができた。これは理屈ではなく経験である。いや、民族の記憶である。

「血―ち」が親の能力や人となりを子に伝えるのと似た別の構造を「乳―ち」は持ち合わせている、このことはそれを密かに物語る。


つづ(唾)のはなし

乳のはなしの項でも触れた「酵素」、酵素とは栄養素ではなく栄養を分解し代謝するための触媒である。生鮮食品や発酵食品から摂取するほか体内でも生成される。その原料はやはり血で、前号で書いた血液型と消化の話を裏付けるのはこれである。血液型により生成できる酵素の種類とその量に相違があるために起こった問題が、人間史に思いもよらぬ、そして多大な影響を与えたのである。
人の生命活動に関わる酵素は数千から数万種と言われまだ全ては判明していない。酵素は食物から摂取される他に人体のあらゆる体液中に潜在的に存在する。その中でも注目すべきなのは唾液、これはなくてはならない消化液である。

唾液の和語は「唾―つば」でありこれは古語動詞「唾吐く―つばく」の語尾が脱落し名詞化したものである。唾液自体をさしているのはやまとことばの「唾―つ」。「ちち」もそうだが二音重ねて「つづ」とも言った。
「つ」はタ行子音であり、同様にタ行子音の「ち」とは必ずどこかで繋がっている。さてその唾液は何から作られるのか。それはやはり血からである。

もし食事中に水を摂取すると噛まずに飲み下すことができてしまうため咀嚼回数が減り唾液の分泌が激減する。唾液中の消化酵素は胃での消化に大きく寄与するのだが唾液が出ないとなるとその助けを十分に得られない胃はただでさえ苦境に立たされる上、ろくに咀嚼されていない固形食物を水で希釈されてしまった胃液で無理やり消化せざるを得なくなる。消化不良のために便秘や下痢を起こす。咀嚼不足で顎と歯と歯茎が退化する。また脳は咀嚼回数と分泌された唾液の量により満腹を察知するため、唾液が出なければ満腹に気付かず腹の皮が突っ張るまで食べ続けてしまう。消化不良と過食に挟み撃ちにされて肥満する。あるいは胃腸や肝臓を患う。唾液が分泌されなければ口の中の微生物の均衡が崩れ虫歯や口腔疾患を引き起こし噛むことがさらに困難となる。また唾液の分泌に関連した各種ホルモンが覚醒しないため生命活動が滞りもはや体のどこでどのような故障が起こるかは予想もつかなくなる。どうやら食事中に水を飲むと大変な事になるらしい。

唾を吐くのはもちろん、食事中に水を飲むのは行儀が悪いと躾けられた方も少なくないかと思われる。わが国の行儀の躾は他の国々からすれば厳しいほうで、実はこれは体の維持と整備に影で蜜に関わるのであった。唾液を吐いて粗末にするのも水で唾液を堰き止めるのも体を壊すもとであるのを先祖たちはよく知っていた。唾は大事なものである。

ここで冒頭に記した「血は争えぬ」という話に絡め、「世襲」制度なるものに触れてみたい。

世襲などは今では軽視された習慣であり時には非合理とまで批判される。これは「氏より育ち」のほうが近代主義の理念にふさわしいとされるためである。しかしかつては商人が店を継がせる段、跡取りとして選ぶのは当然わが子であった。職人も武士も同様である。しかし男児に恵まれなかったか、あったとしても病弱か技能に欠けている、あるいはとんでもない放蕩者でとても暖簾を譲れないなどの場合は同業者や弟子から養子を迎えた。娘があったならば婿養子として迎えられるので血縁関係は一代先送りでも守られる。しかしそれも叶わぬときは養子縁組が取り持たれた。そこで必ず為されるのが「盃事―さかずきごと」である。 
盃を交わして契りを固めるのは今にも残る古い習慣である。赤の他人どうしを夫婦、親子、兄弟また師弟として結びつけるに不可欠な儀式であり、その目的は両者の関係を血縁に並ぶ強いものとするところにある。今では多少変わってしまったが古くは一つの盃を使い父から子、兄から弟、師から弟子となる者の順、つまり親方が先に口をつけ子方がそのあとを飲み干すのが本来で、また口をつけた箇所を紙で拭いて渡したりもしなかった。ここで焦点となるのはやはり唾液である。

盃の酒はたかだか三くちで飲み干せる量、その盃にたった一度だけつけた口から移る唾液こそほんの微量であるにも関わらず、それが他人を親兄弟の間柄にまで結びつける力があったのか、それともただの呪術まがいの通過儀礼だったのか、精神的な繋がりを持たせるための形式的習慣に過ぎないのか、なのに固めの盃は古くは古事記に著され今日も古典芸能や極道の世界で守られているという事実はまことに興味深い。
                            

近ごろ注目されている唾液遺伝子検査はこの唾液中の白血球細胞を利用して行われる。唾液には微生物や酵素のほかにも数多くの物質が含まれかなりの量の白血球も存在する。
もしやすると盃を介して白血球の遺伝子を「移植」し、人格や能力を遺伝させることができるのだろうか。
それはここでは検証のしようがないので先に続けるとする。

実は筆者の住むトルコにはこれに似ているとは言い難くも彷彿とさせる習慣がある。生まれたばかりの子を地域や親族の尊敬を集める人物のもとに連れて行きその唾を子の口の中に吐き掛けてもらうという、思わず後ずさりしたくなる習慣だが今もしかと残っている。先述の乳母の乳と同様に、信心や教養の深さと優れた人格の継承を期待しての行為である。

話を日本の世襲制度に戻す。我が子に自分の跡を継がせたいとの願い、また末代まで自分の血を残したいとの願いは自然なものであろう。そのために乳付けを試み、乳母を頼み、そして親として与えられる限りの資質を子に与えた筈である。しかし子にその技量が足らなければ家を継がせても傾いてしまう。江戸以降の武家や商家であれば周囲の助けでその運営が適うやもしれないが、職工や芸能の家にそういった余地は微塵もない。「血」は争えぬとは言えど「血」だけではどうにもならず、時として血族の外に後継者を求める必要に迫られた。血を別けた可愛い我が子をして跡を継がせたいという自我を封印し、盃を交わし義の血縁者として育てた弟子に職能を託したのであった。

職人、絵師、楽師、役者、医者その他これらは高等技能が求められる職である。六歳から元服の頃までに師について修行をはじめるのが常である。親方は実子をみずからに弟子入りさせ他の弟子たちと同等に扱う。また甘えを許さないために親子の縁を切ってから弟子にとる、あるいは初めから同業者のもとに弟子入りさせることも多かった。師弟とは親子同然、あるいはそれ以上のものであるとして差し支えない。この「弟子入り」に際して必ず盃を交わし師弟の契りを固める。
もちろん盃を交わしただけでは何も学んだことにはならないのであり、盃が済むと今度は長い長い修行が待っている。研ぐ、描く、打つ、舞う、ただの物理運動を魂に共鳴させるための修行である。いずれ弟子が技量を認められて師から名前を与えられるとき、その後さらに師の名を継ぐにあたり盃事が度々に取り持たれる。師が弟子に懸命に渡そうとしている何かがある。
ここに乳母や乳付け親の「乳―ち」と類似した鍵、「唾―つ」を見つけることができた。いずれも「血―ち」から作られる「霊―ち」の媒体である。

職人に限らず、親の親から受け継ぎ血に刻み込まれた経験と技能がおのれと共に滅びてしまうことが身を切られるよりも辛いことであることは、手に職をお持ちの方であればよくご理解いただけると思う。何としても次世代に、血の中の覚書きを伝えなければ死んでも死に切れぬ、それほど切実であった。唾には本当に遺伝子や記憶を伝達する能力などがあるのだろうか、結果だけ見ればわが国の職工技能の水準は世界一、いや世界に類がない。

今日まで血を介して伝わった技能と魂を遡れば土の器に縄の文様をほどこした先祖たちや日本の土に稲を根付かせた渡来人たちにまで行きつく。あるいは黒曜石を求めて地球を半周し日本に至った熊襲たち、そして弓馬を携え東国のさむらいとなる蝦夷たち、また能狂言に恐ろしくも悲しく謡い描かれた土蜘蛛たちに辿りつく。彼らが国を築いた記憶は我々の血の道に脈打ち今を生きる力となった。「力―ちから」が「血―ち」に、そしてその後ろに控える「霊―ち」に由来することはやまとことばの構造が雄弁に語る。

―「力―ちから」は名詞「血―ち」に原因・理由の所在をあらわす接続助詞「から」が膠着したものである。

「氏より育ち」のほうが近代主義の理念に適うと書いたが、それは一斉教育で均一に生産された若者の甲乙を試験で評価し資本主義社会の各部品として使用するにあたって滅法都合がいいという意味で、それを人権だの機会均等だの小奇麗な言葉でまことしやかに飾り立てわれらの目と耳を欺いているに過ぎないのである。そこで重要なのは生産効率だけで親の血を引く技量などあってもなくてもどうでもいい。つまり、近代とは物質のみに意義を認めるのである。
日本の先祖たちが氏の子であろうと、赤の他人の子であろうと懸命に育てたことはもらい乳や師弟制度という習慣がすでに証を立てている。これこそが「氏より育ち」の示す深い部分であり、世襲制の否定とは無関係である。こうして血は血族だけでなく国という共同体に還元された。され続けた。そして今。

乳母の制度は守られることはなかった。人工栄養の「効率」のほうを重視したためである。さらに近年の「感染症」という脅威は乳母や乳付けの可能性を完全に閉ざしたと言える。親子盃でさえ盃を紙で拭いたり水で濯いだりという馬鹿げたお作法でその意味が枯らされ、先祖たちが交わした盃の意を踏襲しているのは極道の皆さん方のそれのみかと思われる。そもそも乳と唾は感染症から身を守る盾である。さらに言えば感染症の治療法を開発しながら感染症の原因菌を研究室で生産している連中は、ある国に武器を売つつその敵国にも武器を売る者たちの、近代主義の名のもとに日本から全てを奪った者たちの郎党である。日本のこのまま力、「血から」を失い続けていくしかないのだろうか。

やまとことばの音霊に、ほんのひととき身を委ねるだけでよい。それだけで先祖の声を聞くことができる。それだけで、逸れた道をいますこし正すことができよう。
http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/530.html

[雑談・Story41] チェット・ベーカーの最初のワンフレーズで会場の複数の女性たちが感極まって悲鳴を上げた 藪素人
1. あやみ[336] gqCC4oLd 2017年9月02日 21:46:07 : FeimQZxP1o : MZJfxbq8djE[1]
学制の頃よく聴きました。なつかしいなあ。

https://www.youtube.com/watch?v=02-8boTzMyM
http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/531.html#c1

[国際20] スー・チー氏 軍の影響力強い政治制度に苦慮:米仏、伊蘭 国連に行動を要求 手紙
4. あやみ[337] gqCC4oLd 2017年9月23日 15:39:26 : 9LyLCQettE : cup2O1eWoi8[1]
手紙さん、こんにちは。
アラカン大虐殺の件を取り上げていただきありがとうございます。わたしはアラカンの唯一の支援国であるトルコにいるため地域の惨状は身近に感じています。一日も早く状況が好転することを毎日祈っています。

過去からつづくこの迫害と現状が示すのは以下のことと指摘します。

1.大国が世界地図をあらたに描くに際して宗教間、宗派間に対立が常に口実にされていること
2.ミャンマーをはじめ小国各国には未だ政府と呼べるものが存在せず、大国の指人形にしかなりえていないこと
3.国連は大国の汚れ仕事を浄化する機関に過ぎず、救援や保護に関しては全く無力であり無意味であること
4.絶えずムスリムを迫害することで世界のイスラム界を刺激し、流れを中東大戦争へと煽ること
5.第二次大戦によって作られた今の国際枠組みに戦争責任の一端を担う日本国民がまるで関心と理解を示さず、また戦争の根源である大国の支援で復興と経済成長を遂げた末にアジアの悲劇に背を向けることにもはやなにも感じなくなっていること

まずミャンマーやバングラディシュの指導者を批判しても仕方が無いことを理解するべきです。彼らに為す術は微塵もありません。ミャンマーに限らず世界の各国において、二度の大戦を通して英国が周到に埋設した民族問題という地雷がひとつひとつ炸裂しているのが現状です。右傾化などと呼ばれるものは地雷を踏ませるための屁のつっぱりです。

問題の当事国の歴史や事情を知ることはもちろん大切です。しかし事実と虚偽の情報が混在するなか、知ろうとすればするほど混乱するのが深刻な現実と言えるでしょう。たとえばダーイシュの問題ひとつとっても虚言まがいの論評ばかりで外からは誰も理解できません。アフガニスタンの政情不安、クルド問題、アラブの春、アフリカ諸国の内戦と貧困、書ききれませんがどれをとっても一つの原因に収束します。それは大国の利益です。ではどうするべきなのでしょう、このまま殺戮を見過ごすべきなのでしょうか。

大国批判をしても殺戮は止みません。具体策が必要です。一つだけあります。
大国は人間の弱味を刺激し我々を忠実な犬になるよう調教し続けました。一番の弱味は「欲」です。我々は荒唐無稽な夢を見せられていらぬ欲を掻かされ、欲したものの本質を見ることを怠り、手に入れようと大国の言いなりに動き、手にはいらなければ自分と周囲を傷つける愚民になり果てました。残念ながらその筆頭と呼べるのが日本人です。

もし我々が彼らのひけらかす「欲に忠実な生き方」と「自己中心的価値観」を否定して生きれば彼らが困窮し疲弊するのは時間の問題です。彼らがなぜイスラームを目の敵にしているかと言うと、イスラームがはなからこの二つを完全否定しているからです。

仮に世論がアラカン殺戮をとめることができたとしてもそれは一時的な、欺瞞的なものに過ぎず、別の地域で別の形で悲劇は繰り返されてしまいます。彼らが人を狂わす道具として使用するのもの(利息、権威、贅沢、姦淫、掠奪、嫌悪)から遠ざかることが我々の手中にある唯一の具体策です。難しいでしょうか。


http://www.asyura2.com/17/kokusai20/msg/662.html#c4

[国際20] ミャンマーのロヒンギャ弾圧の背景 福三
1. あやみ[338] gqCC4oLd 2017年9月24日 04:52:27 : 9LyLCQettE : cup2O1eWoi8[2]
ロヒンギャ問題を扱っていただきありがとうございます。

しかし、記事の内容の一部に深刻な誤認がありますことを指摘させていただきます。

ミャンマー政府の治安部隊とともにロヒンギャのムスリムを殺戮しているラカインの暴力集団は仏教徒、しかも坊主です。シーア派ムスリムという記述は「あまりにひどい間違い」です。おそらくご参考にされた元記事に誤記、あるいは悪意の虚偽があります。念のために幾つかの糞新聞を読んでみましたが投稿者様の書かれたように「Muslim militants on security facilities in Rakhine state」とありました。これは事実隠蔽と情報操作のための虚偽でしかありません。

https://asia.nikkei.com/Spotlight/Rohingya-crisis/Myths-and-realities-behind-the-Rakhine-crisis


もう一つ、スンニ派とシーア派はともにイスラームの枠内にあり、「根本教義から違う」という認識は事実から外れています。イスラームの根本とは「神は存在し、それは唯一であり、人の子ムハマンドはその使徒である」、これだけです。そこから派生したその他の教義もそれほど変わりは無く、時代とともに細則と解釈が加わる段階である程度の相違が生まれたと言うだけです。
http://www.asyura2.com/17/kokusai20/msg/677.html#c1

[国際20] ミャンマーのロヒンギャ弾圧の背景 福三
2. あやみ[339] gqCC4oLd 2017年9月24日 05:26:04 : 9LyLCQettE : cup2O1eWoi8[3]
追記です。ロヒンギャ殺戮の実行グループの頭目、この坊主です。

http://content.time.com/time/covers/asia/0,16641,20130701,00.html

2013年の「TIME」。当時はムスリム迫害の首謀者が仏教徒(というか仏教寺院勢力を笠に着たテロリスト)との事実は隠されていませんでした。
http://www.asyura2.com/17/kokusai20/msg/677.html#c2

[雑談・Story41] ロヒンギャ大虐殺 ミャンマー独立の爪痕
つれづればなhttp://turezurebana2009.blog62.fc2.com/blog-entry-149.htmlより転載


今世紀、人類はここまで堕ちた

いまミャンマーの西海岸地域でおこる大虐殺を、例の如く国際情勢の圏外に位置する日本列島では知る由も無いかもしれない。しかしどうか直視していただきたい。なぜならこの虐殺の一端を担ってしまった我が国の一員にはその義務がある。ミャンマーのアラカン州に古くから居住するイスラム教民族・ロヒンギャ族に対し民族浄化とも呼べる残虐行為が日々行われており、世界市民がその実態を知ることをメディアは必死に妨げている。掠奪、強姦、機関銃掃射、怪我人の横たわる家屋に火を放ち、墓地を陵辱し、今日までに3千人を超える罪無き人々が命を奪われ、40万人を超える罪なき人々が家と家族を焼かれ片目両腕を無くして難民となった。雨季にさしかかった今月末、彼らは隣接するバングラディシュとの国境であるネフ河を自力で渡る。増水した河は彼らの僅かな食糧を飲み込む。そして幼児の溺死、悪条件に耐え切れず息を引き取る妊婦や怪我人。神よ、どうか彼らを助け、安住の地を与え給え。
    

この虐殺の実行犯はミャンマー国防軍治安部隊、そしてアラカン仏教徒(Rakhine-Magh)の僧侶からなる武装集団である。

注:報道等で「ラカイン(RAKHINE)」と表現されるのは「アラカン(ARAKAN)」の現地の発音を英語で表記されたものであり、両者は同一の地名である。

近代以前

ミャンマー。かつてビルマと呼ばれていたこの国を、「ビルマの竪琴」の影響か純然たる仏教国とする思い込みも薄くは無いはずだ。しかしミャンマー北西部に位置し地図の上でラカイン=アラカンと書かれるこの地にはイスラム教徒がその以前から国を築き営んでいた。
アラブ人商人に連れられた最初のムスリム集団が10世紀までにこの地に定住した。彼らは自らを称した名称こそがロヒンギャであった。同じ頃に仏教徒のチベット系ビルマ人も東インドのMAGHADA地方からこの地に移住する。彼ら仏教徒はマグと自称し、先住民、またロヒンギャ族とともにこの地の構成員となる。アラカンは1407年ビルマ王の侵略を受ける。アラカン王は一族と共にムガール帝国の属州であったベンガルに逃れ20数年に亘りベンガル太守の庇護を受けるうちイスラームに帰依した。1430年、ベンガル太守の助けによりアラカンのビルマ勢力は駆逐されそこにアラカン-イスラム王国を建国、1784年にビルマ王国からふたたび侵略を受けるまでの350年にわたりこの地域を統治した。ビルマ占領下の1824年、英国とビルマが開戦しその結果アラカンは英国植民地の一部となる。イスラム圏、仏教圏を無視(或いは綿密に計算)した国境線が英国によって引かれビルマという国が成立したのは近代以降である。

パイプラインとアラカン

現在アラカンはミャンマーを区分する七つの州のひとつで、ここにはおよそ百万人のイスラム教徒が居住している。いや、していた。治安部隊とマグ族仏教徒によるムスリムへの迫害は2013年から激化が始まり、とくに今年2017年の8月以降は地獄と化した。
迫害政策の直接の原因はアラカンの戦略的立地条件である。

アラカンは東南アジアのベンガル湾に面する南北500kmに渡る海岸線を持つ。中東に端を発しインド洋を渡り中国の雲南省に至る天然ガスと石油の二本のパイプラインがこのアラカン州を横切る形で2010年にその建設が始まった。すると同州は国防軍の管理下に置かれ軍用地同然の警備体制が布かれた。これはアラカンの住民が国防軍によって全ての権利を剥奪されたことを意味する。


パイプライン建設の警備とはいえ異常なまでの厳戒体制が取れられた背景として、アラカンのムスリムたちの土地には豊かな資源が埋蔵されていることが以前から囁かれており、そして2004年の調査の結果160兆㎥超の天然ガスと32億バレル相当の石油、金額にして七百五十億ドル相当の地下資源が存在すると判明したことが挙げられる。警備区域の侵犯を口実に地域住民であるムスリムたちが見せしめの如く頻繁に射殺されていった。つまり地域占領の本当の目的は埋蔵された地下資源の利権である。目的はどうあれ国防軍治安部隊とマグ族仏教徒によるその手口は婦女暴行や放火、子の目の前で親を射殺するという目も当てられない残忍さであり、しかもこれはここ数年の事件ではなく1941年から繰り返されていたことを我々は知りえなかった。

ミャンマー アラカン州埋蔵地下資源調査結果および試算(PDF)http://www.ukabc.org.uk/wp-content/uploads/2017/05/Myanmar-Oil-Gas-Electric-Power-Renewable-Energy-September-2016.pdf

ビルマ対英独立運動の爪痕

仏教の僧侶が武器を手に狼藉を働くのは実に想像しにくい。しかし室町の頃の日本でも僧兵というテロ組織が活動していたこと思い出しつつ、暴力を教義の上で禁じられた仏教の僧とて一つ間違えれば暴徒と化すことを認めなければならない。
ロヒンギャ族とマグ族は互いに信仰が異なうがそれだけでは一方が他方の民族浄化を標榜した殺戮の理由にはならない。しかしそこに第三の力が介入すればその関係をどのようにでも操作できる。両者の関係が悪化したきっかけは1930年初頭にはじまったビルマ対英独立である。独立運動の旗手であったタキン党がアラカン地域のマグ族と接触し多くの党員を確保したあたりから様相は一変し、そして最初の虐殺は1941年日本軍のビルマ侵攻の直後に行われた。それ以前の虐殺はロヒンギャ側の記録にも記憶にも残っていない。


19世紀末、英国との戦争に敗北したビルマはイギリス領インドに編入されインド総督下の副総督による統治がはじまった。人を人と思わぬその専横ぶりに統治民たちの不満が募る中、20世紀前半にはじまる対英独立運動は次第にその勢力を拡大、1930年にアウンサン・スー・チーの父であるアウンサンが学生を中心とするタキン党に参加し更なる運動が広まる。そしてとうとう総督府の撤退が決定、1937年にアラカンはビルマと共に植民地から自治区へと移行する。しかし、ビルマのその後の統治について協議がなされたロンドン円卓会議にはマグ族仏教徒の代表とビルマ全土に分散したインド系ムスリムが招待されたのに対しアラカンのムスリムはひとりとて招かれなかった。そしてその際、ラカイン州の自治をマグ族仏教徒に託すという無体な採択が取られた。現地民の信仰の違いを撤退後も地域を背後から操作するための起爆剤として利用するというおなじみ英国流の政治手法である。タキン党はアラカン地域の勢力を掌握するためにかつてからマグ族仏教徒と手を結んでいたのである。もちろん英国の入れ知恵である。こうしてアラカン自治政府の構成員は反ムスリムのマグ族タキン党員で満たされる。日中戦争のさなか水平線に第二次世界大戦が白み始めた頃である。日本軍は英米による中国支援の道を阻むためにビルマ攻略を標榜、独立運動を支援して反英闘争への発展を画策、運動家たちを海外に脱出させ軍事訓練等の支援をおこなった。アウンサンもその運動家の一人であった。

1941年ヤンゴンが、翌年にアクヤブが日本軍の空爆を受けるとビルマに駐留していた英国軍は英国領インドに撤退した。その折にアラカン自治区の全権をタキン党マグ族に委託した英国駐留軍は武器弾薬をも置き去りにし、そのすべてがマグ族の手に渡ってしまう。そして1942年、英国製の兵器で武装した僧侶も含むマグ族自治団の手によりロヒンギャ族に対する大虐殺が行われた。10万人の死者、50万人の怪我人、294もの村が消滅、故郷を後にせざるを得ない8万人がバングラディシュに逃げ堕ちた。当時英国は統治国としての責任範囲の外にいた。また新たな占領国である日本も一切関知しなかった。しかしロヒンギャ族は激しい抵抗をみせて遂にアラカンを奪還、ふたたびこの地に生きる基盤を築いた。

1943年日本の後見でビルマ国が建国される。しかし翌年には日本の敗色がいよいよ濃厚になるとアウンサンを指揮官とする国民軍、タキン党を前身とする共産党などが連携して英国に寝返り、日本の指揮下にあるビルマ政府に対しクーデターを起こす。連合軍はそれに乗じて侵攻してビルマを日本から奪回し再度植民地とし、そのまま終戦を迎えた。英国は大戦で連合軍側についた植民地に独立を約束していたが、日本と協調したビルマに対しては様々な条件を出して独立を先送りにした。アウンサンはその間、やがては実現する独立の後に自らが率いるAFPFL(反ファシスト人民自由連盟)による一党支配の実現のための準備に奔走、ビルマ人以外の各地の少数民族に団結を説いて回った。姑息なアウンサンとの協調には何の希望も持てないロヒンギャはAFPFLへの加入を拒否する。大戦の折にロヒンギャ族は連合軍側に立ち英兵と行動を共にしていたのである。いうなれば戦後の独立を約束された立場にあった。それを英国側に主張しあくまで自治権を求めた。

そして1947年ビルマの将来を構想するための国民会議がアウンサン主催で開かれるが、ロヒンギャはまたしても意図的に招待されず、自治権はおろかビルマ人とは歴史を異にする民族としての認定すら得られなかった。
英国と日本の両方を利用し、また利用されたアウンサンらの処刑を経て1948年ビルマ全土の独立が実現、アラカンを内包する現在の国境線が引かれる。


血染めの衣を着る僧侶

英国の撤退を機にアラカンの警察権はふたたびマグ族仏教徒の手に渡り、当然の如くロヒンギャ・ムスリムへの殺戮が始まった。数で評価するべきことではないが1万人が命を奪われ、そして5万人がこの時点までに独立を果たしていたパキスタンへと亡命した。残ったロヒンギャたちは再び武装し仏教勢力と対峙、そして押し戻した。もとより大義名分の欠如したマグ族とそれを影で援助する政権にとってこれ以上の衝突は害があっても益が無いとの決断から、政権はロヒンギャに対してマグ族との和解と国政への加入を持ちかけた。ロヒンギャとしてもこれ以上の流血は回避せねばならない、しかしひとかけらも信頼をおけぬ連中との協力はそれこそ身を滅ぼしかねないと葛藤するうち共同体内の意見に一致が見られぬようになりそのまま弱体化していった。一方で政権はマグ族に対し民族間対立の「凍結」を指示、この不気味な静けさの中、次なる受難が近づいていた。


1962年、軍部によりクーデターが決行される。軍が国の全権を掌握するや否や、アラカンのムスリムを反政府分子とする虚言を盾に彼らの権利の縮小が決行される。また軍から派遣された治安部隊による謂れのない暴力や恐喝、投獄は日を追って増し、それに勇気付けられたマグ族仏教徒は昔を懐かしむが如くロヒンギャたちに危害を加えるようになった。

数年おきに大量のロヒンギャ難民がおしよせるバングラディシュも事態を苦慮していた。ビルマ軍事政権は国境付近に避難したロヒンギャ難民をバングラディッシュからの不法入国者と主張しビルマ国籍を否定、彼らを無国籍状態におとしめた。人としても同じムスリムとしても難民たちを見殺しにできないが彼らを抱えるだけの国力もないバングラディシュの指導者はビルマ軍事政権に対し、ロヒンギャ難民をアラカンに帰国させない限りはカダフィーがリビアから部隊を差し向けアラカンでゲリラ活動を開始すると脅し、青くなったビルマ政府は早急に難民を召還した。しかし帰国したおよそ二十万人の難民たちにビルマの国籍を認めることはなく国民外と認定、事実上の無国籍である。
今現在もしつこく継続されるロヒンギャへの虐待と虐殺が国際社会から追及されるたびビルマにはロヒンギャと呼ばれる民族など存在しないことを主張し、国境地帯で逃亡生活をする人々をあくまで不法入国者と言い切り、国連の調査団はと言えば「ああそうですか」とばかりにミャンマーの言うがままの調査報告書を作成し帰っていくのである。そこらの市役所以下の仕事ぶりである。

きりがない。つまりロヒンギャ・ムスリムたちは絶え間なく交代する国家権力者にそのつど政治的迫害を受け、千年前から同じ土地に住むマグ族仏教徒からは物理的迫害を受け続けているのである。しかしこれはあくまで表皮でしかない。その内側の構造を端的に言えばマグ族仏教徒とは胸中の憎悪を刺激されればいつでも噛み付くように洗脳された集団であり、英国総督府にはじまり今日のミャンマー政府に至るまでの歴代の政権はアラカンからロヒンギャを一掃することを自らに義務化した集団であり、もしこの歴代政権が全て大英帝国の傀儡であると仮定すれば(べつに断言してもかまわないのだが)長期にわたりアラカンのロヒンギャ・ムスリムを虐待したがっているのは大英帝国だということになる。

新たな資源戦争

実はビルマは1853年以来の世界の最も古い石油輸出国(英国植民地となった直後)である。そして2004年にアラカン州に石油が埋蔵されていることが判明すると中国はその購入を希望、マラッカ海峡を経由する従来の海路交通ではなく、アラカンからのパイプラインで直接輸入することを条件とした。2010年に開始されたパイプライン建設は2013年に完了、そして供給が始まった。アラカンの西海岸は資源運輸にとって少ない投資で高い利潤を得る上で絶好の条件を備えている。中東から海路で運ばれた資源をアジア全域に行き渡らせ、またミャンマーで採掘された資源を精製し輸出、海路・陸路、長い海岸線と穏やかな海、欧米の言いなりになる政府、これ以上の立地条件はそうはない。そうなると世界の石油業界はそこに群がる。これに投資する業者の面子はといえば、BP、BG、シェル、トータル、シェブロン、アラムコ(サウジ)・・・

またか、としか言いようがないのだが、アラカンの虐殺が世界のメディアから無視され続けていたのはこのためである。しかしそう括って諦めてはアラカンの人々の傷つく魂を癒すことはできない。それどころか更なる殺戮に対し目を背けることになる。人の子としてそれは許されないはずである。

一部の見解によればアラカンの無人化を率先しているのはサウジアラビアで、理由は資源輸出入の拠点にすることと同時に肥沃なこの地域を自国の食糧供給に寄与する形で再計画するためだという。なさそうな話でもないが、ウラン濃縮施設でもあるまいし農地計画に無人化の必要はないだろう、ましてや労働力が必要な農業にサウジ国民が出稼ぎに来るわけもなく、それでいて人払いとは何やら胡散臭い。今年(2017年)から急にロヒンギャ問題に世界の目が向けられるようになったのもアラブ人のアラカン進出が糞面白くない英国が無人化のための虐殺という罪の衣をサウジに着せるため虚偽混じりの情報公開を始めたとも考えられる。


意図的な誤報、またの名は虚偽

ロヒンギャ虐殺に関していま日本語で読める情報は非常に限られており、その元に間なる記事も海外の主だったニュースの英語版がせいぜいである。つまり日本列島に住む日本人はAPやロイターの書いた出任せのあらすじの日本語訳の書き損じのコピーを読まされている。ましてや○○大学の××教授による論評云々や某多極化説などは一体どうすればこんな嘘八百がかけるのだろうかと情けなくなるものが殆どである。こうして時を追うごとに情報は混乱し、事態は全く理解されないまま忘却されて行くのである。ロヒンギャ虐殺に関する幾つかの英語の報道に悪質な嘘が密かに記されていることをここに記しておきたい。 

NIKKEI ASIAN REVIW
http://www.ukabc.org.uk/wp-content/uploads/2017/05/Myanmar-Oil-Gas-Electric-Power-Renewable-Energy-September-2016.pdf

ここには本稿で繰り返し殺戮者として表記したマグ族仏教徒(RAKHINE MAGH)をシーア派イスラム教徒にすり替えて記載されている。つまりロヒンギャ虐殺問題をスンニー・シーア対立の結果として扱おうとしているのである。卑怯を超えて姑息といえる。
この虚偽の目的は実は歴然としている。現在イスラム諸国の軍事力と経済力を少しでも削ぐことに血道を上げている欧米は、それをもっとも効率よく実現させるための戦略としてスンニーとシーアを衝突させることを常に目論んでいる。事あるごとに領宗派を刺激し、憎悪の念を呼び覚まし、過ちを犯すのを待つ。

国と呼べないミャンマー

本稿を通してビルマあるいはミャンマーという国をかなり批判した。しかしアウンサンの寝返りといい、軍事政権の意識の低さといい、まともな政治家を輩出できない国民といい、それ以前に民族浄化とも言える虐殺を平気で行うような国に国という称号などふさわしくないことは明らかである。今ロヒンギャ虐殺問題に為す術を持たないアウンサン・スー・チーには批判と同情の両方が寄せられている。中国と欧米に挟まれ動きが取れないのは理解できる。しかし立場が苦しいのはアジアのどの国も五十歩百歩であり、ましてやミャンマーには資源という強味を生かす機会がまだ残っている。私腹を肥やして保身に勤しむことをやめなければ政治などありえない。しかしこの国は軍事政権時代から資源輸出の利益の着服が横行し、スーチー氏自身も2016年新政府発足当初、国家顧問と兼任する形でエネルギー相を勤め僅か三月で謎のポスト返上をしている。彼女に贈られたノーベル平和賞は欧米の対中エネルギー政策の飛車角的存在である彼女への報酬でしかなく、明らかな虐待に目をつぶり外に対してはそれを否定すると言う態度は人々が平和なる言葉に抱く幻想を捨てて我にかえるための格好の材料である。今後も元首として国の矢面に立つのであれば討ち死に覚悟で戦うべきであり、できないならばさっさと退陣し回顧録でも書けばよい。


日本のすべきことは何か

日本人の耳に「戦争責任」と囁けば頭に血がのぼり右か左に転んでしまう。ドイツ人に「ホロコースト」と言ってみても同じことが起こる。
日本軍のビルマ侵攻の際、英国勢力の排除のために独立運動に加勢したことは戦略の上では効果があったが、多民族国家の抱える複雑な事情を考慮に入れず、まして自治権の発生と共におこった民族浄化政策を見てみぬふりで通したなどは人として許されることではなく、すでに地に落ちて血にまみれた大戦の大儀を美談で覆ったところで覆い尽くせる訳がない。右翼の皆様の口癖でもある「日本はアジアの独立に貢献」とは所詮この程度のものであり、独立国としての資質のない地域を無理やり独立させていまだに父親顔をしているに過ぎない。父親であれば幼い我が子に刃物を預けはしないだろう。
    
今の日本政府がロヒンギャ問題に言及しないのは国民が知らないであろうこの疾しい過去を今さら知られたくないからである。さらに言えばロヒンギャと同じ運命を辿り戦後六十年を経た今も苦しみ続ける民族がほかにいくつも存在するはずである。それを報告書にまとめて政府の横っ面を叩き外交の舵を引っ張ることこそ左翼の皆様の仕事であるはずなのに護憲だの反戦だのとわめき散らすばかりで何の役にも立っていない。職務怠慢である。
日本人はまず事実を知ることからはじめなければならない。知れば良心が見ぬふりを許さないはずである。見れば何をすべきかはおのずと導き出されるはずである。このままでは原爆投下や東京大空襲を知らぬ存ぜぬで通されても返す言葉がない。

本稿は掲載を急いだため無感情に事実関係のみを記すに限った。シリア、パレスチナ、イラクなどの諸地域を含めての考察は次号に続けたい。
http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/536.html

[国際20] 雑談版リンク・ロヒンギャ大虐殺 ミャンマー独立の爪痕
回答先:http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/536.html

雑談版へのリンクです。よろしくお願いします。
http://www.asyura2.com/17/kokusai20/msg/699.html

[雑談・Story41] ロヒンギャ大虐殺 ミャンマー独立の爪痕 あやみ
2. あやみ[340] gqCC4oLd 2017年9月28日 18:59:33 : jQX91rWKe2 : 9TnthjZanaI[1]
1さま、コメントありがとうございます。

>結局人類とは…、感情が理性に勝る動物なのである。

感情は人間にもとより備わる特性ですが、人類はその獣よりも残忍な特性を押さえつけることで今日まで存続することができたと考えます。それは信仰のみによって可能にされてきました。

同時に信仰は常に権力者の「武器」として利用され、人類は「神の名において」過ちを犯し続けました。

近代以降、「信仰との別居」が定着し近代主義的思想のもとに培われた「正義」が「信仰」に取って代わります。

すると「非道を行えば神に裁かれる」と言う畏れは「非道を行えば法に裁かれる」という恐れに移行しました。これだけでは信仰心を捨てたことにはなりませんが、とりあえず神の管理から逃れられたような気になります。これが「神との別居」であり、世俗主義とか政教分離などという知ったような名前で呼ばれています。

法で裁かれることが意味するのは政治的・時間的・経済的・社会的に制裁と束縛を受けることです。神に裁かれることに比べれば別にたいした事はありません。

それどころか、法を管理するもの、つまり「強者」の胸一つで無罪放免も可能になります。さらに国家権力などが国内外の利益のためにあらゆる非道を容認することもできてしまいます。ミャンマーはいまそういった状況に置かれています。

いまバーガンディーに身を包みその顔を醜くゆがめた僧侶たちが神も仏もなく非道を働きます。彼らは周囲の刺激で肥大させられた憎悪を振り回す、理性を感情に喰いちぎられた獣以下の存在です。人の感情の弱点を熟知する者たちに利用されたのです。日本軍は世界から散々利用された上に近代史上最悪の狂気集団という札を貼られました。

「感情が理性に勝る動物」と一線を画すことで人間の称号を得られると考えます。そのためには頑として利用されないよう歯を食いしばることが求められます。


http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/536.html#c2

[国際20] バングラ外相、ロヒンギャ数十万人の帰還をミャンマーが提案と明かす:具体的なスケジュールは示さず 手紙
1. あやみ[341] gqCC4oLd 2017年10月03日 06:34:45 : LuXSCYnxV6 : DAwzyj2_VyU[1]
ミャンマーは以前にもバングラディシュに避難したロヒンギャたちの帰還を受け入れています。(72年頃)。その後に彼らの国籍を剥奪し、バングラディシュからの不法入国者として国連に報告、国連ではその件は今も棚上げのままです。その後何度かの同様の難民帰国劇があり、ロヒンギャはそのつど無国籍となっています。だからビルマ政府は「ロヒンギャなど存在しない」とまで公言していたのです。

現在のバングラディシュの首相(Şeyh Hasina Vecid)は英国(とイラン)の強力な後押しでその座に着いたいわゆる傀儡です。彼女が親イスラム系与党の代表を無実の罪で絞首刑に処したのが2016年、ついこのあいだです。

彼女の父親もビルマのアウンサン同様、独立戦争の旗手でありその後政権の座についています。つまりスー・チーとは同じ穴のムジナです。ロヒンギャのミャンマー帰還は七十年代の茶番の二番、三番煎じです。

バングラディシュの難民キャンプに身を寄せた女性は「ミャンマーには戻りたくない」と涙ながらに語っていました。

http://www.asyura2.com/17/kokusai20/msg/743.html#c1

[国際20] バングラ外相、ロヒンギャ数十万人の帰還をミャンマーが提案と明かす:具体的なスケジュールは示さず 手紙
4. あやみ[342] gqCC4oLd 2017年10月04日 03:35:01 : n6Gu0SODJG : GLt8Lb2jozQ[1]
>貧しい途上国では、攻撃的で邪魔な異教徒を排除したいのは自然なこと
仏教徒の国民は当然、多少、過激であっても、軍による排除の論理を支持しており、
スーチーが軍を統制できるとしても、ごく一部だろう
平和ボケした日本人には、理解しがたいらしいが、ロヒンギャに限らず
強者にとって有害な弱者が淘汰されるのは、これまでも自然に行われてきた当たり前の現象ということだ

最低最悪のご意見です。恥を知りなさい。
平和ボケした日本人が弱者の虐殺ぐらいで大騒ぎするな、そうおっしゃるんでしょうか。
これは西洋人的発想、国連的思考回路です。この手の浅はかな結論が世界の強者たちに虐殺の権利を与え正当化させていることに全く気付かない。それでもまだ自分が賢いとでも思うのか、「理解しがたいらしい」だの「当たり前の現象」だの聞いたような口を聞く。情けない。

これは仏教徒とムスリムの争いではなく、独立以前から継続する、宗教を利用した国外からの遠隔支配の結果の一つである。それを指差して「当たり前」などとほざくのは共犯者だとしか言えまい。

明日は我が身とならぬよう祈りなさい。

http://www.asyura2.com/17/kokusai20/msg/743.html#c4

[戦争b21] <速報>イスラム国(IS)が事実上の崩壊!首都・ラッカが陥落、イラクの重要拠点も壊滅!各地に分散か  赤かぶ
4. あやみ[343] gqCC4oLd 2017年10月18日 13:18:40 : PByI7FqePA : 55xV8L8k1_Q[1]
シリア民主軍SDF(Syrian Democratic Forces)<YPG<PKK、つまりただのテロ集団。

http://www.asyura2.com/17/warb21/msg/243.html#c4
[戦争b21] 一体なぜS-400を、相手側の同盟諸国に売るのか?(マスコミに載らない海外記事) 赤かぶ
6. あやみ[344] gqCC4oLd 2017年10月24日 06:52:00 : QvhHGvClFs : JGaxloIBphw[1]
米国はIS対策という名目でPKKやYPG、ペシュメルゲに武器の供与と訓練を行いシリア・北イラクのトルコ国境付近でのテロ活動を直接指揮、トルコと米の軍事同盟などは名ばかりで今は事実上の紛争状態です。ここでの同盟関係の維持はとくに効力を持ちません(同盟解消は宣戦布告を意味する)。
トルコとロシアは去年のクーデター以降は以前に増して親密になったと言えます。武器売買もその一環です。

http://www.asyura2.com/17/warb21/msg/257.html#c6
[雑談・Story41] 「独立遊戯」  戦争の序曲
「独立遊戯」  戦争の序曲
つれづればなhttp://turezurebana2009.blog62.fc2.com/blog-entry-150.htmlより転載

その前夜

地域が国家からの離反を求めれば国家は当然それを阻止すべく軍事力を行使する。地域が蜂起してそれに抵抗すれば内戦がはじまる。ゲリラまがいの蜂起軍が政府軍に適うわけなどない。普通ならば程なく制圧がなされ反政府行動の罪を問われた首謀者たちが検挙されて事は終結する。しかし反政府勢力に武器と資金を与える別の勢力が存在すれば話はがらりと変わる。残念なことに実はこちらのほうが普通である。

過去、欧米列強が少数民族に対し独立の二文字をちらつかせ民族意識に火の粉をかけることで二つの大戦がおこされた。無論それには地域ごとに周到なる準備を整えてこそ成立したのである。
第一次世界大戦が主に何を目的としておこされたか、それは十字軍の時代から欧州の脅威であったオスマントルコ帝国を殲滅することにあった。北アフリカ・バルカン・東欧・黒海沿岸・紅海沿岸・湾岸・中東・コーカサスにまたがる広大な帝国版図には石油が唸る。この地域をピザのように割譲し、独立傀儡国家を誕生させてその資源、その労働力、その利権を搾取することは欧米列強の産業発展には不可欠と考えられた。帝国内各地に定住する民族を刺激して帝国からの離脱・独立気運を高め、武器弾薬を供給して内戦をあおり帝国を内側から蝕んだ。外からは列強が絶え間なく干渉を繰り返し露土戦争以降のオスマン帝国は衰退の一途を辿る。こうした背景のもと第一次大戦に参戦しドイツと共に破れあわや国家喪失となる段、青年将校ケマル・アタテュルクが唐突にあらわれ英国軍を駆逐して独立国を新たに樹立した。オスマントルコ帝国に変わって誕生したトルコ共和国は欧米に奉仕する道を歩むこととなる。 

そして第二次大戦が意図したところは、植民地の直接支配から傀儡国家の間接支配への移行である。具体的には欧米の植民地であったアジア全土を日本に奪われたふりを装いその後に日本もろとも叩き潰し、各地域に名目上の独立を認めた後も植民地時代とさしてかわらぬ傀儡国家として維持させることに成功、環太平洋の経済圏は全て英米に奉仕するよう建設された。また「ドイツの狂人」の愚行を口実に国家イスラエルを誕生させるのもこの大戦の重要な意図であった。戦争の金庫番であるユダヤ金融組織にかねてからの約束を果たし、さらに中東の戦火が一日とて消えることのないようその担保としてイスラエルは建国された。

維新後着々と太らされて有頂天にあった日本が更なるアジア攻略の一環として、かつ連合軍の行動力を削ぐために米・英・蘭・仏領のアジア諸国の独立運動を支援、運動家たちに軍事訓練を施して宗主国に対し蜂起させるという戦略をとった。しかし所詮はアラビアのロレンスの猿真似かあるいは敵国情報部の入れ知恵でしかなく、日本の敗戦と共に反逆罪で検挙されたアジア諸国の独立運動家たちは結果として「あぶりだし」を受けたことになる。これはアジア各国の独立の際に宗主国側にさらに有利な傀儡政権が置かれる事に寄与するのみとなった。
前号の記事をぜひ参照していただきたい。

まず植民地の独立を煽って運動家たちを狩り、変わって自らの息のかかった新指導者を送り込み傀儡政権を打ち立てるというこの戦略は英国が得意とするものである。近年ではアラブの春と銘打った中東クーデター症候群が世界を騒がせたが、手法と経過は違えどそのどれも基本構造は変わらない。


英国流外交戦略

現在もシリアとイラクでは戦闘が絶えない。ここでは当初から純粋な蜂起軍と国防軍の衝突とは次元の異なる、複数のテロ組織と海外正規軍が混戦する国際戦争が繰り広げられる。これを内戦と呼ぶのは元より正しくない。

アラビア半島からこの地域にかけてはアラビアのロレンスがラクダに跨り駆けずり回った砂漠地帯である。彼は実在した英国情報部員であり、この広大な砂漠に分散した諸々の部族の共同体意識に火を放ち、オスマン帝国に反旗を翻させるのが彼の任務であった。                                       

現在のシリア、イラク、レバノン、ヨルダン、パレスチナそしてイスラエルは第一次大戦後にオスマン帝国からもぎ取った土地を英仏が自らの都合で勝手に分割して誕生させた国々である。ロレンスは師とも呼べる女性ゲートルード・ベルとともに地域の情報をほじくり返し、アラブ独立を口実にした戦略地図を作成し数年後にそれは現実の国境として発効する。しかしそれは英国の利益のみを追求したものであるため地域の歴史とも信仰とも民族とも、この国境線、いや境界線は全く噛み合わない。それが今に続く混乱と流血の原因になったことは多くの識者が指摘するもののそれを「英国流二枚舌外交」と賞賛するばかりで批判の声はあがらない。あげられない。この中東線引き活動の仕上げがイスラエル建国であるからして、英国戦略批判はイスラエルの否定に繋がるからである。ロレンスとベルは英国では今も英雄・女傑とされている。

「ほらふき」ロレンスは大英帝国の名の下にアラブの部族たちに独立国の建国を囁く。そしてオスマン帝国から任命されたメッカ宰相フセインに近寄り独立の援助とヒジャース王の座を約束する(情報部員でしかない彼にその権限はない)。フセインはアラブ人たちを束ねて反乱軍を組織しダマスカス(現シリア首都)を陥落、そこを首都とするヒジャース王国(アラビア半島紅海沿岸地帯)を打ち立て独立を宣言した。が、英仏は申し合わせた上で独立を拒否した。怒り心頭のフセインはアラビア半島をヒジャース王国として維持、子のファイサルが残りの地域を以って大シリア王国とし王位を宣言、またファイサルの弟アブドゥッラーが今のイラクとなる地域でイラク王国を宣言する。しかし仏軍のダマスカス攻撃によりファイサルはシリアを追われ、後にイギリスの取り成しでイラク王となる。イラクから押し出されたアブドゥッラーは今のヨルダンを与えられる。

独立遊戯はまだ終わらない。英国はオスマン帝国の終焉と共に主を失った「カリフ=神の代理人」の座を指差し、父フセインを誘惑した。イスラム世界のその頂点に立つことを打診されたフセインは両手をあげて承諾、王位を長男アリーに譲りカリフを宣言する。するとアラビア半島は蜂の巣をつついたかの如く反乱の嵐となった。そしてフセインはまもなく敗走、替わって王位についたのは現サウジアラビア初代国王、そして現国王の父であるサウード家のアブドゥルアジズである。サウジ王室の米へのいじらしいまでの献身は今も続いている。
       
19世紀半ばにはオスマン帝国から自治権を得ての半独立を果たしていたエジプトが完全なる独立を模索する中、アフリカ進出を目論む英仏の利益がそれに重なりエジプトと列強の関係が強まった。まず仏の援助でスエズ運河が建設される。そしてエジプトは資金難とかさむ外債から運河株の売却を決めると、英はロスチャイルド家から融資を得てその買収に成功、それによりエジプトは更なる経済難に陥り完全に英仏の管理下に置かれた。これは偶然でも必然でもない英仏の計画であった。

現在イスラエルと呼ばれる地は一神教の共通の聖地であるエルサレムを内包するため、昔からイスラム教徒とキリスト教徒とユダヤ教徒が着かず離れずに共存していた。その均衡を突き崩し戦火の火種として利用することはユダヤ武器商人たちの目論むところであり、母国を建国する足がかりとしてこの地を手に入れるのも「亡国の民」を称するシオニストたちの望むところであり、第一次世界大戦の運営に必要な資金をユダヤ資本家から搾り取るのも英国の得意とするところであった。英国はロスチャイルド家による莫大な資金援助の見返りとしてパレスチナの地にユダヤ人の国の建国を約束する。その後はパレスチナへのユダヤ人入植が相次ぎイスラム教徒との間の緊張が急激に高まって行く。

ファイサルが追われたシリアは仏が植民地として直接支配した。仏はこの地に古くから住むマロン派キリスト教徒たちを保護するという口実で地中海に面した地域をレバノンとして分離独立させた。しかしユダヤ人入植とともに土地を失ったパレスチナ人が難民として流入するとまたしてもここで異教徒間対立が生まれ、常に一触即発の状態が今も続き、複雑な民族構成と機能しない政府を背景にレバノンはテロリスト牧場の様相を呈している。

こうしてひとつづつ、手ずから地雷を埋めるが如き周到さを以って禍いの種を撒くのであった。


米国流テロ戦略

第二次大戦を待たずに社会共産主義が産声をあげた。それは破竹の勢いで成長しロシア帝国を飲み込むと共産の城砦としてソビエト連邦が築かれた。植民地支配に苦しむ中東および北アフリカのイスラム諸国は英仏そして伊に対抗するための解決策としてソ連との接近を試む。地中海、そして太平洋への回廊が欲しいソ連にとってもこれらの国に対し影響力を持つことにやぶさかでない。独立運動家たちがソ連に招かれ軍事訓練とイデオロギー教育を受けると、第二次大戦後には中東・北アフリカ地域では次々と革命が起きいずれも社会主義的思想を掲げる軍事政権が発足する。畢竟、宗教を麻薬とするマルクスの考えはイスラームと相容れず不協和音を呼んだ。ソ連に従順な各国の軍事政権がイスラームからの離脱を推進したため国家の高官や公務員は世俗主義層に斡旋されることになり、信仰に重きを置いた層はその流れに完全に取り残され貧困と弾圧に苦しめられた。この構造が将来にもたらしたの、それがいわゆる「イスラム過激派」である。こうした波にすかさず付け入ったのはかつての英国の舎弟、今は仇敵となりつつある米国であった。

社会主義化だけではない。欧米から支援を受けたキリスト教層が優遇されたレバノンでも、欧米依存型の王政が国家を占有したパーレヴィー王朝イランやイラク王国、イスラエルに蹂躙を受け続けるパレスチナでも同じ弾圧がおこった。要はイスラム教徒たちを窮地に立たせさえすればすぐさま欧米の利益になるという戦略方程式がこの頃までに成立した。

不公平な境遇に不満を募らせた若者に金と武器を与える。あらかじめ用意しておいた似非イスラム指導者が神の名の下にあらゆる破壊を聖戦と見なす「手製の教義」をふりかざし殉教を呼びかける。そうすれば一夜にしてテロ組織が成立する(ターリバーン、アルカイダ、ダーイシュ、ヒズボッラー他)。あるいは真に自衛のために立ち上がった組織をも内側から蝕み分裂、吸収のすえ過ちを犯させる(アルシャハブ、ヌスラ戦線他)。米国はこうした戦略研究に国家資金で取り組み、CIAやペンタゴンという国家組織をしてその実現を図る。この方策は自らの手を汚すことなく、正規軍を動かすよりもはるかに安価に、国際人道法に縛りを受けない残忍な手立てを用い、そしてイスラム教徒を血塗りの狂信者として発信しつつ他国を内側から破壊することができる。そして介入、さらに侵攻。アフガニスタン、ソマリア、シリア、レバノン、イラク、イエメンその他、無政府状態あるいは傀儡政権を維持しつつ次の戦略のための足がかりとして管理されている。

シリアのハフィーズ・アサド前大統領(現大統領の父親)は完全な「ソ連製」シリア軍人であった。冷戦時代は反欧米、反イスラエルの立場を明確に打ち出しソ連に貢献することでその保護を受けた。世俗化政策を急進し国内では絶対多数勢力であるスンニ派ムスリムを徹底的に迫害し化学兵器による大虐殺をも行った独裁者である(1982年ハマの大虐殺、死者4万人)。逆に自らの宗派であるシーア・アラウィー派ムスリムを国家のあらゆる場で優遇した(アラウィー派は一部を除けば信仰心の薄い集団である)。それを世襲した息子の>べシャル・アサドは英国帰国子女の妻を娶るなど親西欧的な印象を与えようとはしたものの父親同様のロシアの飼い犬で、自国民への弾圧と強権ぶりは父親以上であった。

もはや冷戦が虚構であったのは人々の知るところとなった。犬猿の仲と見せかけて裏では互いの権利を侵さぬよう取り決めが為されている。歴史的にみても米露は一度も戦っていない。今、米と露がシリアを取り合っているように見えるがそれもまやかしに過ぎず、最終的には「山分け」またはそれに相応する取引が為される。

現アサド政権はアラブの春では倒れなかった。アサド背後に立つ露とイランがアサドを倒そうとする民兵(自由シリア軍)を相手に援護射撃をおこない、それに米軍とNATO軍が応戦したため事態は泥沼化した。もちろんシリアを混迷させることで新しい機軸を構築するための米と露の茶番である。隣のイラクから泥沼を泳いでやってきたISIS(ダーイシュ)が突然シリアとイラクの真ん中に建国を宣言した。ISISはもとより米英によるイラク侵攻(2003〜2011)に抵抗するためにイラク・アルカイダとして成立したアルカイダ傘下の組織であった。主に欧米資本の油田の占拠や関連施設の破壊に携わり、その後周辺の小規模なスンニ派テロ組織群を吸収してシーア派ムスリムの生活圏や宗教施設を中心に破壊活動を続け2006年に「イラク・イスラム国=ISI」の建国を宣言、それがシリアに拡大して「イラク・シリア・イスラム国=ISIS」となった。

ただのゴロツキ集団が国際テロ集団にまで成長するのには武器と資金と訓練の援助が不可欠であり、それ以上前にテロ組織に加わるだけの貧しい、無学の、不幸な、そして怒りと恨みを募らせた若者たちがあふれるような土壌が用意さがれていなければならない。またその存在を世界に知らしめる必要がある。欧米がサウジの御用メディアであるアル・ジャジーラを用いてISISを世界に露出し、日本人を犠牲にしてまでその残虐さを宣伝した。全てのテロは大国の産物である。
ISIS或いはその前身に敢えてシーア派を攻撃「させた」ことでイラン(とロシア)の敵役を演じさせた。となればスンニ派を標的に活動するシーア派テロ組織ハシディ・シャービ(民衆の力)が「自然」に発生したのも、イラン最高指導者のハメネイ師が彼らに公然と軍事訓練を含む大支援を行なったのもまた「自然」であるが、彼らの手にあるのは何故か(やっぱり)米軍が支給した武器である。

ISISの存在は同時に「新たな役者」を登場させることが可能になった。その役者とはクルド人たちである。


クルド・テロ回廊

クルドの民族性なるものは我々日本人からするとかなり理解しにくい筈だ。物質よりも精神の結びつきを重んじる、痩せてはいるが強靭な体をもつ働き者で、冗談が好きな概して「いい人」たちである。しかし怒らせると手がつけられない。恨みあう同士が急に仲良くなることもその逆もある(忘れっぽい)。民主主義などには全く興味も期待も持たず「アー(首長、族長)」の一言が全てを左右するという古風な共同体意識を持つ。狡猾な欧米人たちから見れば彼らの利用価値は非常に高い。欧米は70年代からシリア・イラク・トルコ国境付近に点在するクルド民族の耳に「クルディスタン建国」を囁き、アーたちの統率する小集団を束ねた武装組織PKKを結成させ、トルコ国内のクルド民族をも扇動してトルコをテロの脅威にさらし続けた。

90年代の終盤、シリアのアサド(父)政権がトルコ戦略のために保護していたPKKは両国の緊張を和らげるために一時解散させられ、直後にクルド人政党PYDとその配下の武装勢力YPGとして再編する。つまりYPGとはPKKそのものである。地域から誘拐した少年少女を兵士に仕立て盾に使うPKK同様の卑劣な戦法を使う。思想的には社会共産主義を打ち立てておりイスラム色は希薄である(イスラム以前の宗教であるゾロアスター教の影響が強い)。2013年以降ISISが地域で台頭するとその排除を名目に米がYPGに武器を供給し破壊活動を拡大する。
米軍が蹴散らせないテロ組織を他のテロ組織に退治させる、そんなでたらめが通じるとでも思っているのだろうか、しかし米政府はYPGを対ISIS戦略に貢献する「よいテロリスト」と認定し援助しており各国政府もメディアも腑抜けのように同調している。
米軍からYPGに支給された武器弾薬(トラック3500台分、トラックあたりYPG三人)はPKKに行き渡りトルコ国内での破壊活動に使用される。YPGの持つ本当の意味はPKKと同様に、トルコの東部国境地帯にクルド系「テロ回廊」を築いてトルコ以東中国まで繋がる経済圏から絶縁することにある。鳴り物入りで登場し世界を恐怖させたISISとはYPGの存在意義を長期にわたり保証するために敢えて作られた組織であった。
  
そんなことをされては堪らないのがトルコである。アタテュルク改革以降80年、世俗化政策を徹底し欧米に貢いできたこの国はその舵を大きく変えていた。属国的な立場からの脱却を標榜し改革を続けるトルコに対し欧米はそれを阻まんとするテロ、経済封鎖、外交圧力、クーデター、虚偽報道などあらゆる攻撃を仕掛けており、それはこの先も続く。それに堪えるためには国内産業と資源供給の安定が必須であるため国境のすぐ外側がテロの温床という現状は何が何でも打開せねばならない。

イラク受難 「一人のサダムを殺したら100人のサダムがやってきた」

米によってサダム・フセインが血祭りにあげられたあとのイラクは無政府状態に近く、米英が打ち立てた形ばかりの傀儡政府は北イラクを制御できずクルド・イラク自治政府を認めざるを得なかった。またイラク中央部はシリア国境をはさんでISISが居座り続け首都バグダードに漸近し、イラク政府の勢力範囲は残りの南部のみとなる。北イラクはトルコと国境を接しておりトルコ国民と親戚関係にあるクルド人たちも多く住む。またオスマン帝国時代の臣民であったトルクメン人もこの地域で生活し続けているため地域の経済安定と治安維持を促す責任がトルコにあった。長期的なテロ土壌の解消に向けて北イラクに多額の援助を行いインフラを整備、民兵ペシュメルガにも協力をするなど、クルド人地帯を味方につけPKKから遠ざける努力を続けた。しかしクルド・イラク自治政府バルザーニ議長は米にクルディスタン建国を焚き付けられて舞い上がり、独立の是非を問う市民投票を決行する。

北イラク独立の選挙運動の風景、そこに意外な旗印があった。最近妙におとなしい、あたかもパレスチナに理不尽を働くほかは興味がないかのように振舞う狂犬。クルド独立を叫び、民族結集を喚くバルザーニの集会にはユーフラテス河、ナイル川、そしてダビデの六芒星を模したあの布切れがひるがえる。イスラエルである。


大イスラエル

産業基盤を持たない集団が民族という括りだけで独立する可能性はない。あったとしても吸血鬼のような大国に吸い尽くされるのが関の山、しかしクルド市民の答えは「独立」支持であった。絶頂のバルザーニをよそにイラク政府は国防軍に加えてシーア派テロ組織ハシディ・シャービ(イラン過激派でありながらイラク国防軍に編入)を北イラクに投入、クルド兵ペシュメルガは戦わずして逃走、独立遊戯に弄ばれたバルザーニは議長を退任した。北イラクのクルド人たちはリーダーを失った。しかし油をそそがれ燃え上がった独立の炎はもう鎮められない。クルド人の闘争への渇望に付け入ったYPG(PKK)がシリアから勢力を拡大し北イラクを掌握、現在トルコで投獄されているPKKの首領の大看板を担ぎ出しクルディスタン建国を鼓舞する。このペンタゴンによる戦略は現在までにほぼ完了した。

世に言う、いわゆる大イスラエル構想である。米の一言でISISがユーフラテス河流域のこの地域はをYPG(PKK)に明け渡せば事実上クルド人の土地となる。しかしクルディスタンとは名ばかりで米国に支援および管理される。欧米が謀ったクーデターに屈し完全に手足を縛られたエジプトはナイル河より東をイスラエルに委ねた。建国以来の無抵抗主義国ヨルダンはイスラエルに従属する。その他の条件がそろったその時、この地域に「大イスラエル」を宣言する、そういう事だろう。


同じ手に騙され続ける人類

本稿は大イスラエル構想をご紹介するためのものではない。近現代に横たわる大問題、世界が「独立」という同じ罠に100年以上も陥り続けていることを再考するためのものである。
第一次大戦後に引かれた中東地域の国境は地形も歴史も民族もすべて無視されたものであると前述したが、正しくは後に禍根を残すために敢えて「最悪」の形で分割した、と言い換えることができる。例えばクルド民族をトルコ・シリア・イラク・イランの四カ国に意図的に分断したのは、まず独立を餌に武器を取らせて地域に脅威を与え、そこへ「調停」と言いながら土足で踏み込み地下の資源ともども「管理」するためであった。コーカサスも、アフリカも、バルカンもかつて大東亜共栄圏と呼ばれたアジアの地域も第二次大戦後に同じように分割されたのである。ここで前号で綴ったロヒンギャ虐殺を思い出していただきたい。

第二次大戦前までは現在のパキスタン・インド・バングラディシュ・ミャンマーは英国領であった。ムスリムとヒンドゥー教徒と仏教徒が混在する地帯であったが英国はその独立を認める際、少数派が必ず多数派の中に残るよう工作を怠らなかった。イスラームが優勢なカシミール地方がイスラム国パキスタンではなく敢えてヒンドゥー国インドに帰属させられたことで印パは三度も戦争をおこしており現在もにらみ合いが続いている。
そしてミャンマー、かつてビルマと呼ばれた仏教国に取り残されたムスリムたち(ロヒンギャ族)は戦前から今日まで恐ろしい迫害を受け続ける。彼らの土地アラカン州をバングラディシュの国境内に敢えて含めなかったのは英国である。第二次大戦を連合軍側について戦った国には独立を認めると約束しておきながら、英国のために戦ったロヒンギャ族を独立はおろか異教徒のビルマの国境の中に封じ込め、仏僧たちに武器を与えて殺させた。畜生なり。

懸念ざれるのはロヒンギャのテロ化である。自衛組織ARSA(アラカン・ロヒンギャ解放軍)が今後、アルカイダなどのテロ屋の手に堕ちると事態は最悪となる。ミャンマー政府は仏教徒による虐殺を治安維持行為と偽り問題の所在をロヒンギャ側にすり替える声明を出し続けており、どうも中東問題と同じ匂いがしてならない。かねてから待機させていたロヒンギャ問題を今になって激化させ、そこへテロの菌をばら撒いてアジア戦略の材料とする可能性はあまりにも高い。ただしロヒンギャの民は欧米の目算よりはるかに強く、気高い。
すでにインドネシアとフィリピンにはアルカイダの手が伸びている。フィリピンのカトリック教徒の保護を口実に欧米が派兵するとすればスペインである。昨今のカタルーニャ独立騒ぎで投資家撤退の酷い目にあっているあのスペインである。カタルーニャ州首相のプッチダモンは国家攪乱という任務を果たしてベルギーに逃亡、それもそのはず、ブリュッセルはシオニストたちの溜り場である。今後スペインはこの手の攻撃を恐れるあまり米主導の対アジア戦略に噛ませ犬として担ぎ出されるかもしれない。

中国包囲網建設を目的としたこのアジア戦略に日本は当然巻き込まれている。日本が虐待をうけてテロに手を染めることはなさそうだが逆に虐待を与える側に堕ちぶれかねない。国民が現政権の続投を願うなら、それも仕方なかろう
http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/547.html

[戦争b21] 雑談版リンク・「独立遊戯」戦争の序曲
「独立遊戯」戦争の序曲    あやみ
http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/547.html

雑談版リンクです。よろしくお願いします。
http://www.asyura2.com/17/warb21/msg/338.html

[雑談・Story41] 「独立遊戯」  戦争の序曲 あやみ
2. あやみ[345] gqCC4oLd 2017年11月17日 04:35:49 : l8wYuoexTI : RcXdBndNl_0[1]
手紙さま、コメントありがとうございます。

「独立」なる概念は20世紀以降に成立した、いわば英国の発明品です。それ以前の世界は強大な帝国とその属州という構造をかなり長い間保ってきたはずです。日本にも幕藩体制という極小の帝政がありました。普通ならばこの制度は過去の遺物と片付けられますが、そうするべきではないと考えます。少なくともオスマン帝国のかつての版図にある地域の暮らしは今日よりも帝政時代の方が豊かであったことは確かです。秦もローマもビザンスも酷い帝国でしたがユダヤ資本家たちを頂点とする現在の帝国はそれに少しも引けを取らないと云えます。

わたしは「独立」という言葉に「自由」や「平和」と同種の欺瞞を感じます。この手の西欧近代主義の武器ともいえる言葉には敬意を払うことができません。近代、独立を勝ち得たのちに自立した国家が幾つあるでしょうか。

たとえばパレスチナ問題はパレスチナ人の独立問題ではなく、パレスチナ人の生きる土地に突然イスラエルという独立国が建てられたことから起こった闘争です。独立の是非が問われるべきはイスラエルでありパレスチナではない。こういった理不尽をまかり通すために作られたのが国連というシステムです。日本がパレスチナを独立国と認めない国々の中にあることも忌むべき事実です。


>民衆の願いが一致し、それに対して各方面が誠実に答えていくこと、そしてそれを天命として自覚

トルコとカタールはそれを目指しています。だからいろいろ痛い目に遭います。


>ARSAが持つ銃器の出所
窒素系化学肥料と鉄屑でつくる手製の爆発物、ミャンマー治安部隊施設を襲撃した際に押収した銃器などを手にしていると云われてますが誰にも確証はありません。しかしミャンマー政府があえて欧米製の武器をARSAの手の届くところに置き去りにする可能性はあります。彼らの手を血に染めるため、そして世界に殺人集団として発信するためです。この手は第二次大戦中に―――日本軍の空爆を受けた英国軍が武器弾薬を放置したままインドに退却したことでロヒンギャとビルマ人との闘争が激化―――食わされています。
ロヒンギャの民がテロ組織の手を握ることは決して無いと信じます。すべての亡国の民が神に庇護され安住の地を恵まれることを祈ります。



http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/547.html#c2

[戦争b21] 再燃したキルクーク支配をめぐる紛争 岡崎研究所(WEDGE) 赤かぶ
1. あやみ[346] gqCC4oLd 2017年11月17日 07:12:30 : l8wYuoexTI : RcXdBndNl_0[2]
岡崎研究所というのはアホの巣窟ですか?

バルザーニをおだて上げて住民投票を強行させたのはアメリカです。サダム時代の力を失ったイラク国防軍に助太刀したのはイランの支援する武装組織ハシディ・シャービです。そのハシディ・シャービに武器を供与しているのもアメリカです。イバーディ政権はアメリカの傀儡です。

撤退したペシュメルガの支配区域はそのままクルドテロ組織YPGに引き継がれます。ラッカに続いてほかのISIS支配区域も少しずつYPGに戦わずして明け渡されて行くでしょう。するとシリア・イラクの中央から北部にかけてクルディスタンが建国されます。しかし武力も外交も地下資源もアメリカに完全に私物化された属国としてです。
http://www.asyura2.com/17/warb21/msg/340.html#c1

[雑談・Story41] 「独立遊戯」  戦争の序曲 あやみ
4. あやみ[347] gqCC4oLd 2017年11月18日 14:33:58 : l8wYuoexTI : RcXdBndNl_0[3]
「一帯一路計画」は中国側の名称で、中央アジア・欧州側は「新シルクロード計画」と呼んでいます。ウルムチを経てカザフスタン、ウズベクスタン、キルギスタン、トルクメニスタン、イラン、そしてトルコと続き、そこからモスクワへと北上、オランダへと繋がります。普通に考えれば豊かな経済圏を構築することは明らかなのですが、下手をすると「やぶへび」になりかねない計画です。例えば本文で書いたように、トルコ周辺に周到に準備した「クルド人テロ回廊」が活性化されればこの経済圏はトルコ・イラン国境で窒息します。一帯一路地域には他にも遠隔操作で破壊工作を行なう組織で溢れており前途多難です。しかし一旦計画が操業をはじめれば中央アジア諸国はこの経済圏に強く依存せざるを得なくなり、テロを駆使した経済封鎖が関連諸国の政策を振り回すことが予想されます。中国は「肉を切らせて別の肉を切る」ぐらいにしか考えてない。中国は米に急接近しています。

ほんとうに、人の命や暮らしを何だと思っているのやら。先祖たちが鎖国に踏み切った心情がよく解ります。

>あやみさんは日本が影響を受ける事は無いと書いていましたが

いえ、そうではありません。中東やアラカンのようにテロに踏み散らかされることはないという意味です。逆に近い将来、他国に経済制裁を施し罪の無い人々を飢えさせるか米の指令でテロ制圧を名目に軍事介入を行い罪の無い人々の命を奪う立場に陥ることが現実になりそうです。日本が欧米の尻馬に乗って加害者としての道を歩むことは被害者になることよりも不幸だと考えます。


>このままでは50年後の日本もフィリピンと同じように貧しい国に落ちぶれてしまうのかも知れません。

これは戦後の苦境という実体験、そしてメディアや映画によるアジア・アフリカ・中東の貧困の疑似体験を通して日本人に植えつけられた「恐怖」です。トラウマです。豊かさを失い戦後の配給生活に戻ることが日本人の最も怖れることの一つになってしまった。この恐怖をうまく刺激すれば人を右にも左にも好きなように転ばせることができます。刷り込まれた恐怖に押しつぶされてしまうと首に縄をかけられてしまうことをどうかお忘れなく。

http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/547.html#c4

[雑談・Story41] 「独立遊戯」  戦争の序曲 あやみ
5. あやみ[348] gqCC4oLd 2017年11月18日 15:27:31 : l8wYuoexTI : RcXdBndNl_0[4]
4の補足です。

属国や属州は「独立」気運で、その母体である独立国は「経済破綻」気運で扇動されます。諸悪の根源である米国さえ国民は貧困に怯えています。欧州は総貧困恐怖症です。つまり世界の右傾化土壌は米の金融ショックにより建設されたものです。

3さま、コメントありがとうございます。
http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/547.html#c5

[雑談・Story41] 「独立遊戯」  戦争の序曲 あやみ
9. あやみ[349] gqCC4oLd 2017年11月19日 03:52:58 : l8wYuoexTI : RcXdBndNl_0[5]
6.7さま

>中国の一帯一路が…、東南アジアから中央アジア、極東ロシアまで含めた周辺国による地域経済ブロックだと考えればそれなりに成功の可能性は高いと思います。

中国は成長はしたものの健康障害状態だと云われています。広いとはいえもともと食用生産に不向きな土地が多い上に環境汚染が酷く、水資源は枯渇の一途を辿っています。また出生率の低下と人口の高齢化による労働力不足も目と鼻の先に迫っています。路線を変えなければ生き残れないでしょう。一帯一路は中国路線変換の足がかりです。新シルクロードの西の終着地はやはりロンドンです。シルクロードから取り残された米は新経済圏から英を村八分にするため中国に摺り寄っており、中国としても包囲網に安全弁があると便利なので今のところは「好的」と云って握手しています。

私の住む国も豊かになったとはいえ子供の学費や生活資金に事欠く家庭もまだまだあります。しかし政府からの支援や善意の寄付で何とかなっており、まあそれでも「金」は循環するんです。日本のように生活保護が打ち切られたのを苦に自殺するような事件は聞かないので貧困による危険度が低いと言えます。つまり社会構造の違いです。日本の場合、体感貧困度が高いだけだと思いますよ。バブル時代があまりに異常だったと考えるほうが真っ当だと思います。治安が悪化したのはテレビやゲームの心理操作の効果だと思います。

第三次世界大戦は起こる、と設定しておけば全ての国の長期的経済路線が戦争準備の軌道に乗っかってくる、そうなればボロ儲けです。こんなに旨い話はないでしょう。仮に戦争が起こるとすればスンニ・シーア戦争から始めさせる。すると欧米ユダの大嫌いなムスリムを激減させることができる。イランが米に叩かれることなく逆にどんどん力を蓄えているのはシーア派の大将として絶対多数のスンニ派と互角に戦えるようドーピングをさせられているのです。その後で世界大戦に発展するかどうかは別です。奴らは三度の飯より戦争が好きですからね。

http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/547.html#c9

[雑談・Story41] 「独立遊戯」  戦争の序曲 あやみ
10. あやみ[350] gqCC4oLd 2017年11月19日 05:40:07 : l8wYuoexTI : RcXdBndNl_0[6]
8さま、コメントありがとうございます。
メーソンもイルミナティも国籍をもたない結社なのでどこにでも出没します。とくに社会共産主義を掲げる国にはその発足当時から国政に関わっており政変や戦争の裏方を常に務めてきました。

>「共産主義」陣営が台湾海峡と38度線で止まったにもウォール街の意志でしょう

日本は反共の壁でしたからね。核の傘下での経済成長はその報酬、しかし全てを貢がされ今になって米軍の下請けをやれと指図される始末です。いっそ北朝鮮に単独講和を持ちかけたらアメ公はどんな顔をするでしょう?
日本人を拉致したという北朝鮮といがみ合いつつ日本に原爆を落とし祖父母を殺したアメリカにへつらう日本、矛盾です。
http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/547.html#c10

[戦争b21] シリア概況: 視野に入ったイドリブの戦い(マスコミに載らない海外記事) 赤かぶ
1. あやみ[351] gqCC4oLd 2017年11月21日 11:57:51 : l8wYuoexTI : RcXdBndNl_0[7]
ISISなき後はPKK=YPG=SDGが米イスラエルの傀儡国クルディスタンを建国することがかねてからの計画です。

シリアでおはらい箱となったISISはいまだに膨大な資金と武器を手にしています。かれらは解体され、一部は抹殺、残りは中央アジアとさらのその東へと移動して一帯一路計画を包囲をはじめると懸念されており、つまりアメリカの次なる「メシの種」です。

SDGスポークスマンのタラル・シロがトルコに亡命したというのは虚偽。彼は自由シリア軍に投降しトルコで尋問中です。トルコはテロリストの亡命は許可しません。


>シリアの主権に対する戦争で、シリアの広大な部分と都市は損傷したり、破壊されたりした。だが破壊された都市は再建可能であり、再建されるだろう。傷は癒えるものだ。

ふざけろ。市民を殺し、家を焼いておきながら。
http://www.asyura2.com/17/warb21/msg/357.html#c1

[戦争b21] エジプト北東部シナイ半島で武装集団がモスク襲撃235人死亡 負傷者多数(ロイター) 赤かぶ
2. あやみ[352] gqCC4oLd 2017年11月27日 02:50:31 : s5IsiAunGU : 5bONBgXqwUk[1]
米・NATOの手で起こされた先のクーデターによって擁立されたシシー政権はロスチャイルド家に全権を握られました。それに不服な米、正確には内紛状態の米政府の一翼であるペンタゴンがロスチャイルド家および英国に圧力をかけるために起こした行動がこの記事の事件。人の命が覇権争いの道具にされています。

>ロイター通信によると、今回襲撃されたモスクにはスーフィーと呼ばれるイスラム神秘主義の信奉者がいました。過激組織ISなどは彼らを偶像崇拝者として攻撃対象としています。

メディアはもっともらしいことを書いて論争を別のところに遠ざけようとしています。
http://www.asyura2.com/17/warb21/msg/370.html#c2

[戦争b21] エジプト北東部シナイ半島で武装集団がモスク襲撃235人死亡 負傷者多数(ロイター) 赤かぶ
4. あやみ[353] gqCC4oLd 2017年11月27日 19:26:04 : Xa3KnmgDV6 : pFEuoB5qduQ[1]
>3さま

ロシアも中国もカネさえ出せばテロリストにだって武器を売りますよ。エジプトがロシアから武器を買ったって親露だとは言えません。

それに、米と露は別に敵同士ではない。冷戦はただの虚構です。
http://www.asyura2.com/17/warb21/msg/370.html#c4

[雑談・Story41] 戦時中の政府と大本営による洗脳で思考力を失った日本人の悲劇 勿忘草
7. あやみ[354] gqCC4oLd 2018年3月17日 03:56:34 : MCLx4y7ANQ : 1CHShh2@waU[2]
ローマや中世欧州のように鎖で繋がれ鞭を喰らう時代は去り、今は「金融奴隷」の時代です。体制に逆らえば収入が途絶え困窮する、すると重負債者になるという恐怖から声を上げられない。国民は政府ではなく銀行に管理されており、その銀行はと言えば政府ではなく五本の指で数えられる「家族」の支配下にある。政府などはもはやペーパーカンパニー以下の存在です。政府批判をする意味がないことは実は国民がすでに肌で感じて知っておりそれが政治への無知と無関心の根源となっている。批判すべきは政府ではなく経済の仕組みです。誰も借金しなくなればユダ金もアメ武器商人も明日にはきれいさっぱり飢え死にします。

政府とは国民の「ありのまま」ですよ。国民が選んだのですから。もし民主主義を肯定するのならば現政権が国民の写し絵であることを否定できないはずです。
http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/582.html#c7

[雑談・Story41] 戦時中の政府と大本営による洗脳で思考力を失った日本人の悲劇 勿忘草
11. あやみ[355] gqCC4oLd 2018年3月19日 17:10:12 : MCLx4y7ANQ : 1CHShh2@waU[3]
>欧米、全世界が反省しなければならんことだろ。

こればっかりはどうしても有り得ない。悔い改めるのは信心に基づいた行為だけれど、その信心の行き先が「あの世」から切り離されてしまったのが現代です。人が地獄よりも刑務所や貧困を恐れている以上は悔恨の意味はないと言えます。これが最大の悲劇。

8さま、プロパガンダや世論に流された「愚民」が選挙で「愚公」を選び結果として「愚政」が布かれた、だから政府は国民ではなく海外勢力が選んだ、と仰るんでしょうか?私はそうは考えません。目先の利益で政権を選ぶのも、常に経済優先で行動するような社会を作ったのも、原因と結果の関係をを吟味できる子供たちを育てる努力を怠ったのもみな国民です。そこで展開する政治は国民の写し絵ですよ。戦後の日本人を「エコノミックアニマル」に育てたのは確かに戦勝国のアメリカですが思いとどまって軌道修正を行なわなかったのは誰でしょう。

中条あやみ 誰すか?
http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/582.html#c11

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13. あやみ[356] gqCC4oLd 2018年3月19日 19:09:26 : MCLx4y7ANQ : 1CHShh2@waU[4]
なんだかネトウヨが標的になってるけれど…

地球上にウヨクが誕生したのは十九世紀後半、オスマントルコ帝国を崩壊させ版図を割譲するためにバルカン・北アフリカ・湾岸地域の帝国属州の民族自決を煽って「民族主義」なるものを打ち立てたのが始まりです。この戦略に味を占めた英仏は矛先をアジアに向ける。あらかじめ瓦解させておいた江戸幕府の後に「民族主義国家」としてデザインした日本を築きます。単一民族・単一国家の大義名分の下に日本の民族主義は「国粋主義」に成長、これが日本のウヨク思想です。だからロクなもんじゃない。そして英仏は日本にあらゆる支援を与えて版図の上ではオスマン帝国に匹敵するほど肥大させた上で大戦に引きずり込み玉砕させました。大日本帝国旧領は欧米がきれいに山分けし言語と思想を剥奪されました。

本土は国としての体躯は保っているようでも、思想面ではもはや手の施しようがない状態です。日本の良さを語ればネトウヨ扱いされるし、構造的問題を指摘すれば世の中が見えてないとか言われるし。
http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/582.html#c13

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17. あやみ[357] gqCC4oLd 2018年3月20日 00:24:16 : IPD9RYsgRI : D3BPtfIE66E[1]
投稿者さまのご指摘はいまの日本の行き着いたところ、ある悲劇的な「結果」です。現状打開のためにはその「原因」を検証することが必要と考えますが、ネット上のどの政治議論をのぞいても「ネトウヨ」と「左翼崩れ」と「陰謀論者」がそれぞれの持論をひけらかすだけで無駄な時間が費やされているようにしか思えません。

日本を再建せねばと本気で考えてる方はどのくらいいるのでしょう。状況からみればかなり希少であるはずです。理由は私の7のコメントです。

民主主義は恐ろしいほど単純で乱暴な構造です。主権者が未熟であれば同程度に未熟な政権が選ばれます。主権者が成熟することが、いや成熟を妨げる要素を無力化できるだけの強さを得ることが先決です。
http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/582.html#c17

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20. あやみ[358] gqCC4oLd 2018年3月20日 20:43:46 : gojyJRnFzo : AsdotVzjpE8[1]
18さま、私は金融と経済の重要性を説いたのではありません。その構造の危険について書きました。

現代の一般人の生活は衣食住、医療、教育、趣味や歓楽まですべて貨幣を介してのみ手に入れることが可能です。収入かとだえればその日を期に普通の生活が破綻します。さらに銀行から借り入れをしている場合は返済が滞り数々の権利を差し押さえられる可能性も発生します。住む家がなくなる、腹が減る、寒い、そういった現実的な障害と直面する以前に精神的な重圧に現代人が堪えられるわけはありません。貧困などは知らぬはずの現代人は映画やドラマ、あるいは戦争被害地域から配信された映像などで知らぬ間に疑似体験を得ており貧困に対する恐怖と嫌悪が深層心理に移植されます。もちろんこの手の映像は恐怖を煽る目的で発信されています。

資本家や経営者の恐怖は一般人の数千倍、失うものの量に比例して大きくなります。彼らに支持される政権は彼らの財産を守るための政策、いえ外交を行なわざるを得ない。

貧困の恐怖に駆られた国民は既存の経済システムの歯車が狂うことに異常な反応を起こします(東北の震災後の経済パニックを思い出してください)。すると12さまのご指摘にもあるように掠奪と搾取を肯定できてしまう。なぜなら世界経済を指揮するのが恒久的略奪者である英国と米国だからです。敗戦国の日本は米国の後ろに隠れて掠奪を見てみぬ振りする傍らおこぼれを頂戴し成長を遂げました。このような環境化で物質的な豊かさを手に入れたのであれば歴史認識も政治改革も到底不可能、人心も病むはずです。日本は酷く病んでいるように見えますがいかがでしょうか。

中国はいまだ英国の手厚い保護を受けています。中国経済が強いのは人件費が安い(人権がない)以外は英国の便宜のお陰です。ベトナムはよくわかりません。
ちっぽけなウクライナやグルジアが露にタテをつくことができたのは米国が後押しをしたからであり、結局は大国の戦略の材料にされ疲弊しました。土地(国土)があったとしてもそれだけでは仕方がない。やはり国土を国家たらしめるのは国民です。


http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/582.html#c20

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25. あやみ[359] gqCC4oLd 2018年3月21日 08:14:39 : gojyJRnFzo : AsdotVzjpE8[2]
23さま

労働そのものと金を稼ぐこととは次元が違うと考えます。
労働は人間がこの世で生きるための条件です。それに貨幣が関われば金融経済の一端を担うことになります。この世の人間をみな金融経済にひきこみ金融奴隷とする準備の一環に産業革命があったと考えます。もちろん石油という資源革命、そして産油地帯侵略を標榜してのことです。

>個人の恐怖感などは、集団の力に比べれば些細なものです。そしてお金を稼ぐ力も

個人の恐怖感が顕著に現れるのが選挙で、それによって選ばれる政権が国政と外交の決定を下すのですから些細とは思えません。そしてこれも「集団の力」に入るのでは?
誰もが持つ内在的恐怖心を思いどおりに扇動しあさっての方角にまで誘導する知恵と技術を持つのが英国です。英国は多くの国を独立に、正しく言えば自らの属国に導き、新たな国家、例えば米国やイスラエルという狂犬国家を誕生させました。

北朝鮮の存在理由はいくつかあります。まずアジアに禍根を与えて結束を妨げるため、また開戦ムードが高まると政府の支持率が上がるという米国の国内戦略、そして北の核ミサイルのチラリズム効果で周辺諸国がいくらでも兵器に金を費やすという商法(最大のカモはどの国でしょう)、どれをとっても米国の丸儲けです。つまり北は米の道具です。こいつらは死んでも戦争なんかしませんよ。米国の目下の敵は中国、ひいてはその後ろにいる英国です。

>土地を占領して強い徒党さえ組んでいれば…

正当性があれば。しかしその正当性の審理は神のみが為すことと考えます。正当性抜きに占拠し徒党を組んでも腐った国家になるのみです。(例・米、イスラエル)
http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/582.html#c25

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32. あやみ[360] gqCC4oLd 2018年3月21日 17:10:51 : 7jqodxxXGI : J_Ytm6S_UZI[1]
>アメリカにも策謀と言うものは 有ったと考える、しかしそれは 日本による大陸への侵略行為と拡大路線をアメリカは 「上手く利用した」 という事に過ぎない事で あの戦争の根本的な原因は 90%以上は日本に有るというのが、私の いや 一般的な人間達の 普通の歴史認識である。

私はウヨクではありませんが、ちょっと待った。
米国にも策謀はあったというのは違います、米国には策謀しかないんです。いかに働かずに暮らすか、そのために周囲からいかに搾り取るかを主題に生きるダニ国家です。

第二次大戦当時の米国はまだ若く戦略の上でも未熟であったはずです。英国が描いた戦略計画を遂行するうちに太平洋の覇者となった米国はその後、民主主義(資本主義)の旗手として途方もない権力を手に入れました。これも英国が手綱を握っていたからこそですが。

今では米国は朋友を必要としません。一時的に協力関係を結んでも利益の山分けはせず7:3がいいところです。そうした地位を維持するためには「覇権国」であり続けることが必要であり、そこで米国はがむしゃらに他国を潰しにかかるのです。

北米大陸は水・食糧・地下資源にあふれる地です。よその国から石油やガスを巻き上げる必要などは実は米国にはありません。それでもなお牙を剥く理由は中東アフリカ東南アジアの資源を他国に使わせずライバルの成長を妨げることにあります。覇権国であり続けるためにです。米国はテロ組織とメディアを駆使して捏造した大儀のもとに軍事介入をし、草一本残さず破壊します。

それ以上に未熟であったのが日本です。国際観念が皆無であった孤島の時代からたったの半世紀後の日本が欧米に利用されたところでそれは自明、アジアの弱小国を利用したつもりでもその元締めに使い捨てにされたんです。分が悪すぎたとも言えるし日本の腹黒さが露呈したともいえます。

問題は未だに利用され続けることを望んでいることです。米国にぶら下がっていればとりあえず食いはぐれないとでも考えているのでしょうが、そんなものは国家と呼べません。経済破綻という犠牲を払ってでも国づくりを行なうべきです。それを語るべきです。ウヨク、売国奴、と罵り合っていても何も変わらんでしょうが、もうやめなさい。
http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/582.html#c32

[雑談・Story41] 戦時中の政府と大本営による洗脳で思考力を失った日本人の悲劇 勿忘草
34. あやみ[361] gqCC4oLd 2018年3月22日 03:41:58 : iFzN0FEQjg : 55sfQMDvrgo[1]
>今現在のアメリカに対しては、彼らは 完全に媚びていますよね?

というか、何をやっているのか自分らも理解してないんだと思います。


日本は何をとち狂って参戦したか、それは幕末以前まで遡って考えるべきです。天下泰平のもと完全に官僚化した武士たちは先例に従う以外のの政治判断ができなくなっていたのです。海千山千の西洋人に脅され謀られた末に最悪の形で開国、遅れを取り戻すために無我夢中で西欧化を図り名家の子弟たちを欧米に留学させました。

帰国した子弟たちは政府と学会と軍部で重要な地位を得ますが彼らは言うなればきれいに洗脳をうけた「西洋かぶれ」です。エージェントです。欧米の指示で国政と世論を動かし、軍機密を漏らしていました。同時代のオスマントルコ帝国の宰相の子弟たちも同じように洗脳をうけ国を欧州に売りました。

恐ろしいのはその彼らに国を売っているという意識が殆どなかったことです。彼らはその行為が最終的に国の利益となると信じきっていた。イデオロギー戦略の餌食になったのです(もちろん富と名声に溺れた輩も多いでしょうが)。こうしてお里の知れた連中に新政府は委ねられ日本は近代を迎えます。神たる天皇の名の下に練られた国策は欧米の息が掛かった政界人、知識人そして軍人によるものです。その後はすべてが異常でした。日清日露一次大戦の戦勝、対中国宣戦布告、アジア進駐、真珠湾、原爆投下、あまりに早い復興、思考力を失った日本人…

開国から敗戦までの経緯は欧米の戦略そのものであり、ウヨクによるその美化は滑稽に見えますがこれも欧米の戦略の一つです。戦後GHQが靖国神社を焼き払う決定を下しましたがローマ法王の助言で決定を取り下げています。これも日本に国粋主義の神殿を保存し右翼的癌細胞を増殖させるための配慮であり、その標榜するところは日本人の世論、国論を陳腐化し歴史認識を破壊することです。こうしてみれば欧米の戦略は的確に成功しているではありませんか、低次元の論争を繰り返す日本人は70年たっても自国憲法すら作れずにいます。

ネトウヨ批判と嫌悪はごもっともですが、そこに止まらずもっと視野を広げてください。そうでなければ奴らの思うつぼです。

http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/582.html#c34

[雑談・Story41] 戦時中の政府と大本営による洗脳で思考力を失った日本人の悲劇 勿忘草
39. あやみ[362] gqCC4oLd 2018年3月23日 19:05:37 : iFzN0FEQjg : 55sfQMDvrgo[2]
>貴方方の論理に 全面的に支持する事は私には出来ません

もちろんその必要はありませんよ。

>日本人が持つ矜持として挙げられる論理は「良い事は 周りのお陰 他人様のお陰  悪い事はすべて自らの不徳と致す事」

これはとても大切ですし、日本人の財産とも言えるものと私も考えます。ではこの精神が培われたのは何時でしょう。一言でいえば近代以前です。

日本人は狩猟と採取の生活をする頃から共同体の大事さをよく理解していました。一人では食べていけないのですから。男たちは武器を作って狩りに出て、女たちは土器を作って木の実を採り、年寄りは子供たちに仕事と事の善悪を教え…その後農耕(稲作)文化を受け入れた後は日本人(日本列島で暮らす人々)の大部分が朝廷の支配下に陥りますが、共同作業なしでは決して成立しないという稲作農業の特殊さから日本の農村は欧州の農奴のような「酷い搾取」を朝廷から受けることはなく、逆に国を生かすための共同体単位として温存されました(もちろん飢饉や戦の折はまた別です)。こうして狩猟・農耕時代を通して共同体という器の中で自らを育んだ日本人にとり他人と自分の間の区別は希少でした。

嘘や身勝手、ましてや盗みや殺生は共同体の中ではタブーです。神仏の怒りを買えば天変地異や戦がおこりみな飢え死にするという恐れから自らを戒めて生きていました。

こうした構造のもと日本人の精神性は生き続けましたが「近代」の到来と共に萎えていったと考えます。近代、それはすなわち合理性です。合理性の貢献先は欧米主導の金融経済システムです。それを具現化したものが産業革命と殖民支配です。しかもこれは過去の歴史ではなく今も現在進行形で、欧米による更なる支配拡大が続けられる中で「近代とは何か」をもっともっと吟味するべきです。日本人の戦争責任を再確認するためにもこの作業を怠ってはいけません。そうでなければ日本はまたしても焼け野原になるか、罪のない人々を焼き殺す欧米の片棒をまたしても担ぐ羽目になるかのどちらかです。私はそのために欧米人の前科と行動原理をしつこく書いているのです。何で解ってもらえないかなあ、もう。

そこでひとつ指摘させてください。
>今の日本の社会は かつての戦争による壮絶な苦しみと何百万もの尊い犠牲からくる反省の上に成り立っているとそう言っても過言は無いはず、今の社会の 基礎を作り上げたのは 明治維新 藩を廃して国家を統一してやっと近代化できた

とあります。おそらく明治維新と近代化を高評価されていますが、あなたの誇る「日本人の矜持」を育てた時代は明治維新で幕を閉じました。いま我々に残る「よき心」は前時代からの遺産で、下手をすればあと数年でみな食いつぶされるでしょう。神仏よりもカネを敬う近代(合理)社会では信仰が形骸化します、したがって自らを戒める必要が蒸発するのです。否定してくださっても結構ですが残念ながらこれは厳粛なる事実です。

近代化の賛美は戦前教育(福沢諭吉他)と戦後教育(GHQ)の両方で行なわれています。変だと思ってください。


http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/582.html#c39

[雑談・Story41] 戦時中の政府と大本営による洗脳で思考力を失った日本人の悲劇 勿忘草
40. あやみ[363] gqCC4oLd 2018年3月23日 20:30:48 : iFzN0FEQjg : 55sfQMDvrgo[3]
37さま

英国が中国経済を保護する理由は米の勢力拡大をけん制する事にあります。中国は英国の子飼いの虎として成長し米国に対峙しています。北京オリンピックの頃から「胎児を食う中国人」「ウイグル人迫害」などの中国バッシング画像がネット上に溢れかえってますがこれも市場から中国を排除するための米国のいつもの姑息な手段でした。

中国はしたたかです。広いだけで資源がなく農耕にも不向きな中国は工業化と貿易が唯一の活路です。軍の強化は資源獲得の担保です。反吐の出る英国でも感情はさておき共謀し協力します。英は一帯一路計画の西の端を担い、この経済圏から米を締め出し世界金融の米集中に待ったをかけています。

英と米は互いの腹に銃を突きつけ、帝王は俺だと言い争っている最中です。いまの世界のテロや戦争の元凶はここにあります。
http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/582.html#c40

[雑談・Story41] 戦時中の政府と大本営による洗脳で思考力を失った日本人の悲劇 勿忘草
47. あやみ[364] gqCC4oLd 2018年3月25日 04:39:36 : iFzN0FEQjg : 55sfQMDvrgo[4]
42さま

食糧生産には水資源が不可欠です。中国は全土を見れば乾燥地帯が勝り、さらに土は肥沃ではありません。中国の農産物について化学肥料と成長ホルモンの濫用、そして遺伝子組み換え種子の使用が取り沙汰されていますが、あの膨れ上がった人口と土壌の条件考えれば自明ではないでしょうか。残留肥料と農薬による農地の土壌汚染は深刻です。上でも少し書きましたが稲はかなり特殊な植物です。連作障害が起こらず同じ農地で繰り返し作付けできるため条件が満たされれば二期作三期作も可能です。中国人の主食はコメまたは麦ですが、特にジョン項の集中する都市部ではその比がコメに傾きつつあることも南東部以外の農業の事情を裏付けていると思います。
工業化により農村の労働力が減少に向かえばそれも今後の課題となります。

中国に必要なのは燃料としての石油と、輸出品目の筆頭にあるプラスチック製品の原料としての石油です。燃料に関しては原子炉が急増中ですがそのシェアが拡大しても数年から十数年は石油への依存が続くでしょう。その中で米国はテロ組織を駆使して中国の石油輸入経路であるマラッカ海峡の海路と中央アジアの陸路を不安定にしています。

英国は中国を対米経済戦略の即戦力として利用しつつ外交とテロで援護します。しないこともあります。米が画策しているのは世界金融の米国への一極集中ですが、そんなことをされてはたまらない英は一路一帯を中国主導で計画しその経済圏から米を締め出す方針をあらわにします。俺も仲間に入れろと米は中東・中央アジアにさらなる介入を強いました。2017年の英国内および米国内での連続テロをイスラム過激派の犯行だと本気でお考えの方などいないでしょう。実行犯は誰であれ大国の支援と管理なしにはテロはもう成立しません。去年の英米テロ合戦は一路一帯計画の縄張り争いをする両国のドスの突き付け合いでした。そんな状態でも共通の敵を見出せばすぐに笑顔で共謀します。そういう連中です。不気味なことにここ数日は仲がよさそう(反英的なマックマスターの解任)です。

46さま
私は人種差別を次のように考えます。

まず根底に搾取が存在します。搾取の標的にされた側の人種を信仰、肌の色、習慣、歴史、理由はどうあれとにかく「貶め」ることで搾取を美化・正当化する。人種差別とはその常套手段です。卑劣な手段です。



http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/582.html#c47

[雑談・Story41] 戦時中の政府と大本営による洗脳で思考力を失った日本人の悲劇 勿忘草
49. あやみ[365] gqCC4oLd 2018年3月25日 21:02:19 : iFzN0FEQjg : 55sfQMDvrgo[5]
日本と違い欧米諸国には情報組織と言うものがあり、小さなテロ行為すら摘発できる水準で機能しています。その裏をかいて行動を計画できるのは同規模の情報組織のみでありゲリラ崩れどもには不可能です。ただの実行犯として犯行声明を出しイスラムフォビックを煽ります。

http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/582.html#c49
[雑談・Story41] 戦時中の政府と大本営による洗脳で思考力を失った日本人の悲劇 勿忘草
53. あやみ[366] gqCC4oLd 2018年3月26日 16:14:16 : iFzN0FEQjg : 55sfQMDvrgo[6]
>基本的に中国は英国を嫌っているはずだよ。英国の影響下で動くということは考えられないと言っていいほど。

好きか嫌いかで政治ができりゃ楽しいですね。じゃあ米国に完全に牛耳られてる日本は米国が大好きなんでしょうか。戦争は「敗戦」では終わりません。事実上決して対等にはなれないのです。そして重くのしかかる戦後の国民の意識(戦勝国への反感、あるいは媚売り、自虐または開き直り)による国内の泥試合は続くのです。アジアやロシアとの協調がならず、米に頭を押さえつけられ、米軍が土足で闊歩するのは米国が好きだからでしょうか、そうでないのならなぜ中国やインドは別なのでしょう。
EUという沈みかかった船にしがみつくような英国ではありません。

>インターネットや電話を盗聴したくらいでは何も分からないでしょう。

インターネットや電話の盗聴でテロの摘発ができれば諜報機関なんぞ必要ないでしょうが。おめでとうございます。


>大戦の結果どうなった、アジアは全部う欧米の植民地だったのが、全部独立したんだ、インドもな。その結果がすべて。流れを作ったのが先の大戦、結果みればわかるだろ。欧米の植民地が全部なくなったんだよ

「殖民支配」の名の下に搾取ができる時代が終わっただけです。テロと金融経済による搾取はいまだ続いています。名前が変わっただけです。

勿忘草さんの投稿の問題提起は「日本人の思考力の喪失」です。ごもっとも、と言うばかり。外の世界、或いは過去を議論し評価する能力、それ以前に姿勢が足りなすぎです。国民がこれでは政治家などは育ちません。もちろんそうでない方々もおいででしょうが、残念ながらこればっかりは数の問題です。
http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/582.html#c53

[雑談・Story41] パイナップル軍団 蒲田の富士山
6. あやみ[367] gqCC4oLd 2019年4月29日 06:04:17 : dCOspCB7UM : Nkw1Zk5TZ3JQVEk=[1]
こんにちは。蒲田さん お元気でしょうか?

「パイナップル軍団とは、占領軍が治安維持のためにに、にわかに日本で雇い入れた傭兵のこと。銃も所持させた。」

→ISISとは、米軍が占領維持のために、にわかにシリアで雇い入れたテロリストのこと。銃もミサイルも油田運営権も所持させた。


人口食肉の開発はオランダ・スイス・ドイツの企業も参入しているようです。ベンチャー企業と大手製薬会社が提携してます。でも言いだしっぺは手塚治虫かも?(ジャングル大帝の人口肉レストラン)


http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/741.html#c6

   

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