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[近代史4] 創価学会 中川隆
5. 中川隆[-6586] koaQ7Jey 2021年3月14日 07:20:53 : FkYaVG3LgQ : LkJjWkNxOWJTRmc=[1]
フランス国営テレビによる創価学会批判特集 「フランスでは最も危険なカルト教団」
http://www.asyura2.com/09/news8/msg/1239.html
 

2000年6月8日に、フランスの国営テレビ局(チャンネル2)が、『創価学会―21世紀のセクト』と題するドキュメンタリー番組を、約1時間にわたって放映した。

フランスといえば、学会員が10,000人ほどいるとされ、ヨーロッパにおける創価学会の中心地。
その地の国営放送が創価学会批判の番組を流したのであるから、ただごとではない。
もっとも、フランスではすでに、国会が創価学会を「危険なカルト教団」と認定している。

そんなこととはご存知ない日本の学会員は、池田大作を称して「世界の指導者」「世界中が先生を求めている」などと言うが、海外における実態は、うさん臭いカルト教団の支配者としか見られていない、ということだ。
日本の取材も含め、関係者の証言を中心にして、学会の金集めや権力志向等の異常性に迫った当該番組……創価学会に神経質なまでに気を使う日本のマスコミでは、とても考えられないことだ。今回、読者からの要望に応え、以下に、その番組の大まかな内容を、順を追って紹介したい。

冒頭でナレーションが、創価学会を、
「政治権力 + 金融帝国 + 思考方法の画一化 + 秘密厳守 + 21世紀のカルト 」
と定義付けて、番組はスタートする。

映像は進み、担当記者が新入会員を装い、隠しカメラを持って、学会員宅で行なわれる座談会に出席する場面になる。
ここで語られた婦人部員の功徳の体験談が、じつに面白い。彼女は、昨年の暮れ頃に入会したばかりのようであるが、大晦日の夜、「真剣に信仰していこう」と決心し、真夜中に勤行したそうだ。「初めて心の底からした勤行だった」という。
そうしたところ、その早朝(つまり、今年の元日の朝)六時半に、娘さんが事故に遭ったのだとか。普通に考えれば、
「これのどこが功徳なのか。むしろ、ニセ本尊を拝んだ罰ではないのか」
と思ってしまう。ところが、彼女は、
「朝起きた時に、事故だ、何かが起こったと、すぐわかったわ。でも、全然、怖くなかったのよ」
と言うのだ。つまり、娘さんが事故に遭った時間に「虫の知らせ」があったことが、「すごい、功徳だ」ということらしいのだが、どう考えても変だ。
次に、1年前に学会を離れたという女性、カトリーヌ・ヌトシェイさんのインタビュー。
彼女は、「より良い人生になる」と言われて、それを信じ、5年間、一生懸命に信心したという。唱題表を塗りつぶしながら、1日2時間の唱題もした。
ところが、願いは一向に叶わず、5年間で何の成果も出なかったばかりか、ひどい歩行困難になって、ついに学会を離れたという。
逆算すれば、彼女の入会は6年前……彼女もまた、邪教となり果てた学会からニセ本尊をつかまされ、それを拝んでいた、ということだ。そして、その結果はやはり、良くなるどころか、手ひどい罰を受けることになったのだから、気の毒としか言いようがない。
彼女は、学会をさして、
「仏教からかけ離れた、精神性を盾(たて)にしたペテンよ。一種の軍隊のようなもので、信者は兵士のようなものよ」
と吐き捨てる。なるほど、会員は「功徳」という言葉をエサに金を運ばされ、権勢の背景としての頭数増やしをさせられる兵士、ということか。内部にいて、その実態を冷静に振り返った人の実感であろう。

■学会の【指導】で家庭崩壊 バカげた命令に盲従する会員

次に登場した男性、マジット氏は、8年前に奥さんが学会に入会したことで、家族がバラバラにされた、と沈痛な面持ちで語る。
彼は、離婚して、母方についた子供にも会えなくなったという、つらい心情を吐露して、
「これは、2人の正常な人間が別れたというようなものではない。彼ら(学会)と私の戦争だ。(学会は)間違いを助長している」
と言い、幼い子供が学会に毒されていく過程を見てきた上から、
「ある意味で、子供はカルトの心理に犯されている。本人が、父親に会わないことにしたのだが、むろん、その背後には堅固な働きかけがある」
と、学会への強い怒りを語る。
ナレーションは、
「最近、同様の事件に対し、2件の判決が下りた。その2件とも、創価学会をカルトだと認定した。裁判で信者(学会員)は負けた。裁判官は、子供に学会の呪文を唱えさせることは精神錯乱を引き起こすので危険だ、と認め、子供を学会の修行から遠ざける判決を下した」
と説明を加えた。
次に登場した元学会員のモニークさんは、前のマジッド氏の話が、決して被害妄想ではないことを裏付ける。
モニークさんは、精神状態が不安定な時に入会し、その精神不安定ゆえに御主人とうまくいっていないことを学会幹部に相談したという。幹部の指導は、「別れたほうがよいと思う。そのほうが、人間として成熟できる」というものだった。
彼女は、その言葉に従って、御主人と別れた(その後、復縁)。
ナレーションでは、こうした学会の【指導】を「バカげた命令」と言い、「それは【指導】と呼ばれている」
と、学会の指導なるものの短慮さ、お粗末さを揶揄(やゆ)し、当然のことながら、それらの【指導】に盲目的に服従していく学会員の心理を、異常と捉(とら)えている。
そういえば、日本でも、夫が学会を脱会して宗門についたところ、まだ躊躇(ちゅうちょ)していた妻に対して、学会幹部が日毎夜毎訪れ、「離婚しなさい」とか「子供には、『お父さんは悪い人だ』と教えなさい」等と【指導】した、という話がたくさんある。
要するに、それらの幹部のように、独善的で偏狭(へんきょう)な、およそ人格者からは程遠い考え方が形成されていくのが池田創価学会の信仰成果であり、それは、日本だけでなく、世界中の学会員に共通している、ということだ。
こんな恐ろしい洗脳教団は、早く、世の中から消えてもらいたいものである。世界の平和のために。

■学会の金儲け体質を抉る「どんな機会も無駄にせず金儲け」

「これは、儲かるゲームだ」というナレーションで始まる次のテーマは、学会の、組織を使った金儲け体質。画面は、フランスのプロヴァンス地方にある、広大な敷地を有する「SGIヨーロッパ研修所」……受付横で販売する仏具類を映し、研修費や土産物、ロウソク立て・香炉等の仏具の値段を挙げて、
「どんな機会も、無駄にしない(で金儲けしている)」と皮肉る。
そして、カメラは、東京・信濃町へ。次々と映し出される学会の建物群と、行き交う学会員達。ナレーションは、
「この地域の建物の約3分の2を創価学会が所有している。本部が買収して拡張した村である」
と説明し、池田大作の著作物が所狭しと並んだ学会系書店「博文堂」では 、
「学会は、張り巡らしたさまざまな部門を利用して、売上を上げる」
と、会員から金を搾り取ろうとする「商魂」を紹介する。
さて、学会の金儲けといえば、その中心は、言わずと知れた「財務」である。
それについては、「お金を出せば出すほど、福運がつく」といって、幹部が金集めに狂奔する学会財務の実態を、創価学会を脱会した後呂雅巳氏(『創価学会による被害者の会』代表)が証言している。

■池田の権威付け工作の裏側 取材陣も驚いた公明党議員の発言

さて、番組の後半は、池田大作その人にスポットをあてている。
まず、場面は、日蓮正宗総本山大石寺。
六壷(むつぼ)で夕の勤行をする御所化さんとお小僧さん達――カメラは、その清廉かつ真摯(しんし)な姿を追い、ナレーションで、
「宗門とは、日蓮大聖人の真の権威だ」
と紹介する。ちなみに、フランスの取材班を案内した宗門関係者によれば、
「彼らは、約30分の勤行の間、その場を離れようともしないで撮影を続け、『これが、本当の宗教だ』と感想を漏らしていた」
という。第三者ですら、御僧侶方の修行の姿を見ただけで、俗悪な学会との歴然たる違いを感じ取ったのである。
そしてナレーションは、学会が日蓮正宗から破門されたことを述べた後、
「学会は、この宗派(日蓮正宗)を、ただ一人の男の野心の権威として利用した」
と直言する。
ここで、「一人の男」……池田大作が画面に登場。
それは、かつて本紙でも紹介したが、数年前の「SGI総会」で見せた、机ドンドン叩きや、醜悪な形相で「ベェーン」と弓矢を射る真似をしてみせる、例の姿であった。やはり、フランス人の目にも、この池田の挙動はかなり異常なものとして映った、ということらしい。
勲章や要人との対話で自らの権威付けを図っていることも、見逃がさない。学会による「共産党・宮本委員長宅の盗聴事件」にも触れる。
また、取材班は、政権与党の一角に潜り込んだ公明党に刮目(かつもく)し、公明党議員の遠藤乙彦(6月の衆院選では落選)にインタビューしている。
まず、ナレーションが、
「我々が興味があるのは、ただ一つ……彼にとって、池田大作とは何か?ということだ。その答えには、驚いた」
と前置きする。フランスのジャーナリストも驚いた遠藤の回答とは、
「私にとって、人生に関するどんなことでも相談して、教えを受けられる先生です。今日、日本にも世界にも、たくさん問題がありますが、21世紀には、池田大作の思想・仏教に基づいた教えに耳を傾ければ、もっと問題が解決していくでしょう」
というものだったのである。
遠藤乙彦といえば、つい数年前まで、日本の外交官をしていた人物である。その男にして、この感覚……創価学会の洗脳による、思考の狭窄(きょうさく)を証明して余りある発言、といえよう。
番組は、創価思想の教育機関としての創価大学を紹介し、学会の世界戦略の危険性を示唆(しさ)する。そして、かつて池田の権威付け対話の一人として利用された、元フランス大統領・ミッテラン氏の夫人から、対話実現に至った裏話を引き出し、
「もう一生、池田氏とは会わない」
との言葉を紹介している。
最後の結びとして、
「創価学会は、フランスでは、カルトの中で最も危険なものの一つとされている」
「学会は、国際的な構造をもった、新たなるカルトの原型」
「現在、フランスの創価学会内部は分裂しはじめている。それは、池田大作の支配により、方向がおかしくなっていることに気づいたからだ」
として、21世紀への警鐘をならして、番組を終了している。
以上、順追って述べてきたが、これが日本のテレビ番組でないことが残念でならない。もし、日本のテレビ局が、学会への遠慮を破って、ここまでストレートに学会の実態を報道できるようになれば、その時、確実に日本の社会は好転していくであろう。その時が、一日も早からんことを祈るのみ。


異常な指導、金儲け体質、池田の権力志向等を直撃
カルト(池田創価学会)の実態に迫る特集番組
「学会は最も危険なカルトの一つ」
https://www.ryoulan.com/html/souka_hu2.html

フランス国営放送の『創価学会――21世紀のカルト』の概要
https://21cult.web.fc2.com/21cultov.htm

フランス国営放送の『創価学会―21世紀のカルト』の翻訳
https://21cult.web.fc2.com/culttrans.htm

創価学会が世界各国でセクト(反社会的カルト)認定されていた
https://21cult.web.fc2.com/cult.htm

 
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/228.html#c5

[近代史4] 創価学会 中川隆
6. 中川隆[-6585] koaQ7Jey 2021年3月14日 07:23:25 : FkYaVG3LgQ : LkJjWkNxOWJTRmc=[2]
フランスの国営テレビが放送した創価学会批判特集 『創価学会ー21世紀のカルト』の翻訳
http://www.asyura2.com/09/news8/msg/1240.html
 

フランスでは、日本のオウム真理教の事件をひとつのきっかけとして、仏下院(国民議会)がカルトに関して調査委員会を設置し、報告書をまとめた。
そこでは、カルトの本質を「新しい形の全体主義」である、と定義づけたのである。
カルト問題を放置しておくと、自由と民主主義を抑圧し、最終的には社会全体を「死」に至らせる、という危機感からである。

カルト問題の本質的かつ最も重要なところは、こうしたふんだんな資金量を誇り、それをバックに国家権力をも乗っ取りかねない「巨大カルト」=創価学会の存在なのである。

仏下院の調査委は'99年、アラン・ジュスト報告書よりさらに一歩、奥へ突っ込んだ『セクトと金』と題する報告書(ジャック・ギュイヤール報告書)をまとめている。
 ここでは、フランスの創価学会が、「エホバの証人、サイエントロ ジー教会に次いで、3番目にリッチなセクトである」と指摘。

2000年6月8日には、フランスの国営テレビ局(チャンネル2)が、『創価学会―21世紀のセクト』と題するドキュメンタリー番組を、約1時間にわたって放映した。翻訳を以下に記す。


く題目を上げている所>

「学会幹部の発言」

無限に繰り返される言葉。
法華経の節で、あらゆる悪いことを退治してくれると考えられる言葉だ。
それは即効的な効果がある。
この仏教は宗教的な偶像はない。
仏像もなくご本尊という古い紙切れだけである。
カルマを脱してより良い世界に行く。
何故、我々がここに存在するのか、何故こんな問題が起きるのか、何故こんな成功を収めたのか、我々が理解するためだ。
 そういう問題に直面したとしても、それを克服させしめる、より良くさせしめるのである。
マントラを唱えることが人生への答えである。
教師とか芸術家とか、会社の管理職の人たちがこの考えを受け入れている。
そういう風に他から尊重される。

ホワイトカラーのカルト、それが創価学会である。

くフランスでの信者の家庭>
 会合は月に二回、いつもメンバーの自宅で行われる。
我々は隠しカメラを持って、新しい信者だと言ってこの会合に参加した。
責任者によって迎えられて、いつもの酔わせるような音楽(題目)が台所の後ろから途切れなく流れる。
初めての人は普通、ショックを与えないためにお祈りには参加できない。
普通は友達の家でお茶でも飲む。
  これはある家の持ち主の幹部で、新しく入ってきた人を入信する気持ちにさせる役目の人。
入る前は、いろいろ馬鹿なことをやってきたが、人会したことで人生を前向きに生きられるようになった。
私はそういうことで、今はそういう力を与えられるようになった。
 

 創価学会の力は、仏教のイメージを餌にして誘い込むことである。
女性信者が
「今年の初め、まだ入ったぱっかりの時、私の娘が事故にあったけど、怪我しなかった。
私はその時、勤行をしていて、何も見えずショックを感じたが、何も恐くなかった。私は怪我をしないことを確信していた。私は夜、勤行をして夜明iけにも勤 行した。すると事故は朝6時半に起きた 。凄いでしょ!(天寿享受)ショックがあって何も見えなくなったけど、恐くなかった。(これはちようど、大晦日の夜の勤行があって、次の日の朝まで勤行を して、まさにその時 、私の娘に事故があった。全く恐くなかった。)」


< ナレーション>
これは実証といって信仰を続けさせる意欲を起こさせる、貫方にもこういう事が起こりう る。
つまり成功の保証であると。

5年間カトリーヌは良い道と信じていた。
ある時、創価学会を辞め、友達ともアパートか らも離れた。

<カトリーヌ談>
  私は仏教徒の仲間と一緒で気分が良かったと思っていた。
私も仏教だと思っていた。
仏教のことしか言わなかった。
私も仏教のことぱかり言ってて、熱心でない人から「貴方は仏教のことしか話さない」と、止めなさいよと言われた。母に「仏教はカルトなのか」と聞かれたと き.「そうじやないよ」と答えたくらいだった。
  他の人ば少し冷淡に、私と距離を置いた。
辞めてから一年経っても、オプジェ(仏壇)から離れることが出来ない。
彼女(カトリーヌ)は私たち(取材班)に非常に慣れた仕草を見せてくれた。
  この儀式はまずローソクに火を付けることから始まり、線香をつけ、ご本尊に見せて置く。
お供え物になります。お供え物と鐘とかご本尊は仏教に非常に似ている。
この家具のようなものは仏壇といって3000フラン(約4万円)。
信仰によって値段は変わります。


くカトリーヌ談>
仏壇はシンプルですが、本当はもっと飾りがついたものがあり、ご本尊と立派な仏壇に安
置していく。

これを止めると全てが悪くなる。
仏教と言っているが極めて仏教から離れている。
精神的 な詐欺だ。
鎧甲(よろいかぶと)のようなものに包んで、我々は鎧を着せられた兵隊だ。

  仏教と言っているけれども、フランス仏教協会からは全く公認されていない。
物質的な成巣(現世利益)については認められていない。
仕事を探していると.幹部の人は「とにかくお祈りしなさい」という。
二時間くらい集中してお祈りをする。
しかし5年間、カトリーヌはまじめな信者だったが、何の成果もなかった。
ただ、ページを黒くしていただけだった。

創価学会では塗り絵をしていた。

く彼女の説明>
1マス20分。
全部で一週間かかる。
これを全部塗り終えると、良いカルマが,幸運が訪れる。
(宿命転換)全部入れてl100万回唱えたら、幸運が訪れる。


くマジッド>(学会員の女性と結婚して後悔している男)
  また祈り。
とにかく祈り。
マジッドは創価学会に入った婦人と離婚したばかりではなく、子供も取られてしまった。
この人は看護士。このチャペルで子供が秘密を私に話した。
実はお母さんから言われて、創価学会のお祈りをやっているんだ。
自分では自然でないと思いながらも、お母さんに言われてやっていた、と告自した。


一そのお子さんの年齢は?

上が6才、下が4歳半。

一宗教の場で貴方に告白するのは奇妙ですね?

子供が近くの教会を全て訪問したいと言うから訪問してあげた。


くナレーション〉
子供が黙っている重みに耐えきれなくて告白した。
普通の離婚話だが、マジッドにとってはカルトの重みによって、悲劇に変わった。
  初めは朝お祈りをして、母も子もみんなが幸せになる、ということだった。
実際は毎朝、子供が勤行をして、学校が終わると勤行して、夜も勤行。
線香を炊いて、みんなで集まって勤行。
そういう生活。
そのプレッシャーで子供は耐えきれなくなった。
子供はサッカーやテニスをしたい。
勤行などしたくなかった。

一創価学会は貴方から何を奪いましたか?

  子供たち。
子供を間違った方向に向ける。
例えぱ、この4ケ月、上の子に会っていない。
これはカルトの心理的圧力をかけるやり方。
カルトは強制しないで自分だけ入って、子供が親には会いたくないと言っている、と仕向けている。
上の子はあっち。
下の子はこっちにいる。
上の子とは、人間どうしの関係がもてない。


<ナレーション>
マジツドは裁判所にこれを提出しようとは思わないが、最近二つの判決が家庭裁判所で下った。
家裁は創価学会をカルトとして認定した。
マントラを唱えることは,精神的錯乱、精神異常を引き起こすと認めた。
マントラとの接触は子供にとって危険、場合によっては精神異常を来すと認めた。
 

(元信者の女性)

その危険はさらにもっと先まで行く。
元信者のモニクは馬鹿な指令を受けた.

入った時は私は精神的に弱かった。
こういうグループに入る人はみんなそういう感じだが。

夫婦の関係もうまくいってなくて、メネというところで信心指導を受けなさいと。
 うまくいかないのなら、別れるのが良いですね。
貴方が別れた方が良いと思っているのなら,別れなさい。
その方がよりよい人生が迎えられると言われた。

別れたけど、年経って、夫とよりを戻すことが出来たのは良かった。

  指導というのは年長者が年少のものを指導する。

 4年前に私は病気になって腫瘍があって、勤行しなくても治った。
創価学会がなくてもうまく行くんだし、却って、ない方がうまく行く。
私は条件づけられていないから。
もし私が治ったら、治ったのは信心のおかげだと恩ったに違いない,
従属は何処まで行くのであろうか。


くアプグラル博士>(裁判所の鑑定医師、精神医)
 カルトに入るということは人生を賭けの材料として提供することである。
つまり、賭ける人はもの凄い賞金が当たりますと言って賭ける。
100フラン、200フランと賭ける人は、これが最後、私はこれだけ賭けたのだから、当たるだろうと考える。

カルトの場合、毎日犠牲を払う。
それを間違っていたと認めることはこれまで賭けた金を失うようなもの。
間違っていたと認めることは、本人にとって社会的な死。
私は罠にかかっていたとなると、希望がなくなってしまう。
それがカルトだ.

これは儲かるゲームだ。
 

<創価学会のヨーロッパ研修所>
プロバンス地方のトレッツ。
創価学会のヨーロッパ研修所。
この40ヘクタールの静かな公園にある施設でフランス信者にとってはご褒美。
1年間まじめにやるとこの静かな環境でみんなと出会える。
他の信者と交流できる。
今、1万人の信者がいるが、フランスでは慎ましやかに布教している。

 強制的な折伏ではなく、両親など周りの人を勧誘する。
まず勧誘のとき、警戒心にあう。
  ここはセミナーをする場所。
全ヨーロッパから、例えばドイツ、スエーデンなどからも人が来る。
しかし、すぐに創価学会の簡単な説明とうまみのある良さそうなオファーをする。

南妙法蓮華経と言うだけで良いんですよ。

すぐに変わりますよ。

感謝の気持ちになりますよ。


くナレーション>
それはすぐ、お金を払う窓口に行くという条件で素晴らしいことは起きる,
2000フラン〈約3万円程度)、仏品が置かれている‘
お寺の絵の描いた皿45フラン(約650円)、
小さな鐘30フラン(約400円)
だけど利益は薄くない。
87〜90年にかけて過大な利益を得たということで追徴謀税を創価学会は受けた。

この訪間の後、次のステップに向かった。
もし時間があれぱ、5分間、南無妙法蓮華経しませんか?と。


くナレーション>
何も求めなかったのに、団体に入りませんか?ということを言われた。
創価学会では勧誘すればするほど良い成績が認められ、場合によってはノルマもある。
また、誰にも分かる仏教の話が始まる。
誰でも一人一人自分のぺ一スで出来る。
自分の求めていることに応じて、自分のペースでやれぱいい。


<題目唱える信者>
お題目は5分くらい続いて、それは我々の内なるカルマを変えるには時間が短すぎた。
この人たちはパートナーで困難なことを解決してくれる。
電気のコンセントみたいなもので、宇宙の力に繋がるんですよ。

<東京の信濃町:創価学会の本部がある町>

日本では約600万人(公称)の信者。人口の約5パーセント(ある説によると)。
財政カは約5000億フラン(約7兆円)。内,150億フラン(約2000億円)はお布施である。

 その旗は街を見下ろし立っている。ピルディングが脾睨している。
東京の創価学会員はみんな笑顔だ。
創価学会は価値の創造の学会。幸福な村。
ここでば父から子に、幼椎園から大学まで創価の教育を受けられる。
ここはその本部でどちらかというと、非常に監視されている。
ここでは建物の3分の2を創価学会が持っていて、拡張、繁栄の村である。創価学会は
将来全てに用意しており、若い女性の会館、老人ホームなども街の中にあり、家族で遊園
地に行くようにここに来る。

 日本では宗教団体でありながら.商業活動は出来ない,しかし、この創価学会の色のある企業を見なさい。
この創価の色を付けた店。
(博文堂書店、散髪屋、信濃町商店振興会など)
しかし、彼らは創価学会の商売と言われることを嫌う。
彼らは別のグループを作って、学会にはお金を払ってないんだ、と言う。
創価学会のタブーすれすれの所を行っている。
ただ、ここは別だというが、創価学会の品物を沢山売った方が利益が上がる店だ。

博文堂書店店員
「年々学会員も増えている。そういった意味では人が沢山集まる。だから商売として成り立っている。うちは創価学会の出店とかじゃなく.株式会社。たまたま この辺で売れるものが創価学会のものだから、ここに置いている。」

 とにかく、年商がどんどん増加する。世界中の曖昧な曇った団体のために増やしていく。

その世界中を管理しているのは何処か?
それがSGIだ,
その帝国は信者の寄付、世界138カ国向けの出版物。
この何億冊という本は全て,一人の主人、池田大作が書いた本。
この仏教を理解するにはグルではなく名誉会長、プレジデント池田大作の本。
全く、やたら沢山言いたいことのある作家である,
 

く日本の信者たち>
この人たちは幸せを得るために沢山払わなければならない。
この人たちは犠牲者である。
沢山払ったけれども、約束された幸せが来なかった人たちである。
この元信者の人たちは30万フラン(600万円)払った。
「私は学会に40年間おりました。200のお寺を造った時、地区毎に財務が分かれていて、誰 がどれだけ寄付したか分かるようになっている。家庭訪問して、前の年より多く寄付を出させる。創 価学会では何も書かれていないし、義務でもない。好きなようにしなさいと言われる。ただ、全てのことを約束しつつ、トンネルの出口はすぐには来ない。だか ら払い続けなさいということ。お金を出せば出すほど、福運がつくというのが、学会が沢山お金を出させる根本 の理由です。」
このことをこの夫婦は良く知っている,なぜなら3800世帯の責任者だったから。


  この旗、この色で、お客は間違える心配はない。
この軍歌は店が流している。それは、お客、いや信者(店の人が言い換えた)の買う衝動を刺激するためにこの曲を流している,
  家に置く仏壇、小さいのから大きいのまで、あらゆる種類の木のものがあり、良く装飾されているものもある。
例えばこの仏壇は、94万3000円(6万5000フラン).
また、この宗教的なものがおもちやと並んでいても、仕方がない。いずれにしても誰も気にはならないようだ。ただ、例外はある。


<日大の北野教授>
「創価学会は営利団体として、税金〈法人税)を払うべきだ。寄付にしろ,不動産収入にしろ、創価学会は全ての法律を破っている。
  そして、この創価学会にとって悪い雲行き,富士山の下の墓地が(たまたまこの取材の日、天候が悪かったのと掛けている)、この創 価学会という宗教団体の地位を乱用した脱税の舞台だ。墓石販売の利益として、 約13億円(約9200万フラン)が未納で、プラス追徴税として約4億円(約3000万フラン)要求された。このカルトはこの事実を認めた。1991年、この事件は創価学会の歴史に決定的な 結果を招いた,この創価学会が所属していた宗派が、学会の除名を宣言した。


く画面はお寺>
  これが日蓮正宗という宗派の僧侶である,13世紀の日蓮大上人という僧侶が唱えた頑固な仏教の継承者の宗派である。
  ここでは12才から入って6年間、鉄の規律を守らなけれぱならない。休暇もなく.親にも会えない,2時間のお祈りの中にば、朝午前2時30分からのお祈り もある。
この宗教の僧侶の話によれば、「創価学会は1人の男が野望のために宗教を使った.仏の横に池 田を中心にして、お釈迦様の位置に池田を置いて、池田が王様であり、神であり、彼らは自分たちの王国を作ろうとした。彼らはただ 1つの道しか従ってはならなかった。」


く池田大作の布教場面>
  喝采を浴びて、誉められている。
組織の中で彼が呼ばれている名前は「先生」。
彼はこの日、非常に奇妙なやり方で布教をしている。
この映像は学会の内部には流布していない。
この池田の態度にがっかりして、被害者の会の側に移った人が映したものである。
その出版物の申で、会長がどのように表現されているか。王子であり、皇帝であり、教授であり、哲学者である。
現代のあらゆる間題について発言し、指示、指令は彼の元から発せられる。


<聖教新聞社>
これもまた、彼のイニシアテブによるものである。
日本第3位の日刊紙。(※読売1000万部、朝日800万部に次ぎ、毎日の400万部を上回る?)
発行部数は約500万部(公称。多部数購読者も含めた部数)。貴重な収入源であり、プロパガンダの手段である。毎日2ぺ一ジが組織の動静に割かれている。
 

聖教新聞社の人
「書いているコラムなどを、学校だとか、PTAだとかに読まれて、それが地域の自治会の機関誌に転載されている。」

  ジャーナリストは、読者の幸福のために、池田イデオロギーの成功のために働いている。
その写真(池田大作)の上にあまり大胆なものは使わない。それが編集方針でもある。
(画面、ラジオ体操)しかし、そこから少し、逃避する方法はある。
それで、体操を2つしている間にも(時々ということ)、ジヤーナリストは謝罪することもある。例えば、日本共産党の盗聴事件、1ケ月に渡って、共産党の指導者を盗聴していたことがあった。
それは1979年のことであった。
共産党は創価学会を脅かす存在ではあった。共産党も社会的に恵まれない層を対象としているから。

<東京の場面>
一体、創価学会は何処まで行くつもりなのか。


何故、日本のいろいろな社会に浸透しようとしているのか。
どういう意図を隠して、仏教からだんだん離れて、権力にどんどん近づいていくのだろうか。


<森首相の官邸入場場面>

  この日は特別な日だった.
首相の座、政府のトップに、自民党総裁の森善朗62才が座る 日だった。
なお、自民党とは保守派のことである。
戦後ずっと多数派を占めていた自民党 は、中道右派の2つの政党と提携をした。
自由党と結党40年の公明党である。
 この森内 閣は、戦後最も強い多数派を持った中道右派連立政権である。

<遠藤乙彦>
私はその国会議員の一人(遠藤乙彦)と会った。その政策を尋ねるよりも、彼にとって池
田大作とはどういう存在なのか、という一つの質間だけを聞いた。
その答えは驚くもので あった.
「グルとは思っていません,いろいろ相談したり、指導していただく先生だ。21世紀も 仏教に基づいた池田先生の教えにしっかり耳を傾けながらそれを指針にしようと思ってい る」
 

<画面は藤原弘達さん>
その池田先生の影響はさらにもっと遠い所まで行っている。
龍年光(りゅうとしみつ)さんにも会った。
龍年光さんは、池田大作よりも年前に創価学会に入会し、その責任者でもあった,
だから創価学会の拡大を目の当たりにしている.
彼は東京都における公明党のナンバー2であった。
そして90年に脱会し、池田の除名を求める2万8千人の署名を集めた。
結局無駄ではあったが。
龍年光さんによれぱ、池田が全ての逸脱の原因である。この問題について、龍 年光さんは2つのパンフレットを書いた。
<藤原弘達さんの話>
「池田大作は日本の支配者になろうとしている。警察とか、官僚とか東京都などいろんな所にガン細胞のように入り込み、自己増殖している。」

そういう浸透を分からないようにするためにする一番良い方法は、そういう人を養成することだ。


く創価大学キャンパス>

  これが創価大学である。
経済、法学、文学、30年来ここで教えられている教育は、文部省の決めたことに従ってはいるが、創価方式である。
だから、他の所以上に批判的精神を育てる所である。

しかしながら誰も先生(池田)や創価学会のことをあえて批判しようとはしない。

生徒の90パーセントは創価学会の熱心な信者だからだ。
また、先生の殆どが信者である。
では、創価学会式思考法、あるいは世界戦略といったものはあるのだろうか。
 

  最後に我々はフランスにまた戻る。
学会はフランスに沢山の土地、建物を持っている。
セーヌエマルヌ県のこの土地.建物は4000万フランで購入した‘修理代が2000万フランである。
 このカルトは不動産だけ、石だけに興味があるのてはなく、人道主義的運動にも興味がある,数ケ月間.フランスリペルテ財団に資金を出していた。
これは日本への公式の訪問の時に決まったことである。
 

その財団の理事長のダニエル・ミッテランが初めてこの問題について話す。

「私の日本訪間は公式のものと言っていいと思います。私は大続領夫人でしたし、大使とも会いましたし.大使館がそういったレペルで、いろいろな会合をアレンジしました。まさに私はフランスリベルテ財団の理事長という立場だったので、混乱しました。私は政府の特使として来ているのではない、とい うことを何度も説明、強調しました。」

 しかし、池田はその目的を達戒する事が出来た。
89年6月7日にミッテラン大統領と会うことが出来たのである。
プレスに対し、エリゼキュー(大統領府)は一切コメントをしていないし、写真は紛失したと言っている。何故 この会見が行われたかの理由は明らかになっていない。


くダニエルミッテラン>
「我々は同道した。6ケ月とか1年とか,彼らは一つの道を行き、我々はまた別の道を行った,それ以来、そのままだ。彼はみんなと会っている。彼は非常に権力のあるカの強い人なのだろう.池田さんは。彼は世界中の人に会っている。」

−しかし貴方のご主人と大統領府で会いましたよね?

「私はこれには全然関係ありませんよ.」

−ある意味では、資金源については何か注意(監視)が足りなかったと言えるのではないか?
「いやそうじやない。私は良く注意を払いました。彼はいろいろな人から栄誉を受け、多くの大使館からも受け入れられている人であり、その後ろに別のものが隠されているとは証明されていなかったし、今でも証明されていない。
どっちにしても私はもう、深くは詮索しないし、
私は一生、池田さんとは会わないだろう」


くフランスの建物を映しながら>
そのいくつもの土地、建物はさらにカルトの体面を補う役割をしていることの一つの例である。
非常に静かで尊重されているような表向きを持った邸宅。

創価学会はおそらく、国際的な構造を持ち、疑いもない権力を持った、新しいカルトの模範なのかもしれない。

だからこそ、ミッテランはカルト問題こそ21世紀の重大間題だと言ったのだろうか。


フランス国営放送の『創価学会―21世紀のカルト』の翻訳
https://21cult.web.fc2.com/culttrans.htm

フランス国営放送の『創価学会――21世紀のカルト』の概要
https://21cult.web.fc2.com/21cultov.htm

創価学会が世界各国でセクト(反社会的カルト)認定されていた
https://21cult.web.fc2.com/cult.htm

異常な指導、金儲け体質、池田の権力志向等を直撃
カルト(池田創価学会)の実態に迫る特集番組
「学会は最も危険なカルトの一つ」
https://www.ryoulan.com/html/souka_hu2.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/228.html#c6

[リバイバル3] カルトの世界 中川隆
35. 中川隆[-6584] koaQ7Jey 2021年3月14日 07:23:47 : FkYaVG3LgQ : LkJjWkNxOWJTRmc=[3]
フランスの国営テレビが放送した創価学会批判特集 『創価学会ー21世紀のカルト』の翻訳
http://www.asyura2.com/09/news8/msg/1240.html
 

フランスでは、日本のオウム真理教の事件をひとつのきっかけとして、仏下院(国民議会)がカルトに関して調査委員会を設置し、報告書をまとめた。
そこでは、カルトの本質を「新しい形の全体主義」である、と定義づけたのである。
カルト問題を放置しておくと、自由と民主主義を抑圧し、最終的には社会全体を「死」に至らせる、という危機感からである。

カルト問題の本質的かつ最も重要なところは、こうしたふんだんな資金量を誇り、それをバックに国家権力をも乗っ取りかねない「巨大カルト」=創価学会の存在なのである。

仏下院の調査委は'99年、アラン・ジュスト報告書よりさらに一歩、奥へ突っ込んだ『セクトと金』と題する報告書(ジャック・ギュイヤール報告書)をまとめている。
 ここでは、フランスの創価学会が、「エホバの証人、サイエントロ ジー教会に次いで、3番目にリッチなセクトである」と指摘。

2000年6月8日には、フランスの国営テレビ局(チャンネル2)が、『創価学会―21世紀のセクト』と題するドキュメンタリー番組を、約1時間にわたって放映した。翻訳を以下に記す。


く題目を上げている所>

「学会幹部の発言」

無限に繰り返される言葉。
法華経の節で、あらゆる悪いことを退治してくれると考えられる言葉だ。
それは即効的な効果がある。
この仏教は宗教的な偶像はない。
仏像もなくご本尊という古い紙切れだけである。
カルマを脱してより良い世界に行く。
何故、我々がここに存在するのか、何故こんな問題が起きるのか、何故こんな成功を収めたのか、我々が理解するためだ。
 そういう問題に直面したとしても、それを克服させしめる、より良くさせしめるのである。
マントラを唱えることが人生への答えである。
教師とか芸術家とか、会社の管理職の人たちがこの考えを受け入れている。
そういう風に他から尊重される。

ホワイトカラーのカルト、それが創価学会である。

くフランスでの信者の家庭>
 会合は月に二回、いつもメンバーの自宅で行われる。
我々は隠しカメラを持って、新しい信者だと言ってこの会合に参加した。
責任者によって迎えられて、いつもの酔わせるような音楽(題目)が台所の後ろから途切れなく流れる。
初めての人は普通、ショックを与えないためにお祈りには参加できない。
普通は友達の家でお茶でも飲む。
  これはある家の持ち主の幹部で、新しく入ってきた人を入信する気持ちにさせる役目の人。
入る前は、いろいろ馬鹿なことをやってきたが、人会したことで人生を前向きに生きられるようになった。
私はそういうことで、今はそういう力を与えられるようになった。
 

 創価学会の力は、仏教のイメージを餌にして誘い込むことである。
女性信者が
「今年の初め、まだ入ったぱっかりの時、私の娘が事故にあったけど、怪我しなかった。
私はその時、勤行をしていて、何も見えずショックを感じたが、何も恐くなかった。私は怪我をしないことを確信していた。私は夜、勤行をして夜明iけにも勤 行した。すると事故は朝6時半に起きた 。凄いでしょ!(天寿享受)ショックがあって何も見えなくなったけど、恐くなかった。(これはちようど、大晦日の夜の勤行があって、次の日の朝まで勤行を して、まさにその時 、私の娘に事故があった。全く恐くなかった。)」


< ナレーション>
これは実証といって信仰を続けさせる意欲を起こさせる、貫方にもこういう事が起こりう る。
つまり成功の保証であると。

5年間カトリーヌは良い道と信じていた。
ある時、創価学会を辞め、友達ともアパートか らも離れた。

<カトリーヌ談>
  私は仏教徒の仲間と一緒で気分が良かったと思っていた。
私も仏教だと思っていた。
仏教のことしか言わなかった。
私も仏教のことぱかり言ってて、熱心でない人から「貴方は仏教のことしか話さない」と、止めなさいよと言われた。母に「仏教はカルトなのか」と聞かれたと き.「そうじやないよ」と答えたくらいだった。
  他の人ば少し冷淡に、私と距離を置いた。
辞めてから一年経っても、オプジェ(仏壇)から離れることが出来ない。
彼女(カトリーヌ)は私たち(取材班)に非常に慣れた仕草を見せてくれた。
  この儀式はまずローソクに火を付けることから始まり、線香をつけ、ご本尊に見せて置く。
お供え物になります。お供え物と鐘とかご本尊は仏教に非常に似ている。
この家具のようなものは仏壇といって3000フラン(約4万円)。
信仰によって値段は変わります。


くカトリーヌ談>
仏壇はシンプルですが、本当はもっと飾りがついたものがあり、ご本尊と立派な仏壇に安
置していく。

これを止めると全てが悪くなる。
仏教と言っているが極めて仏教から離れている。
精神的 な詐欺だ。
鎧甲(よろいかぶと)のようなものに包んで、我々は鎧を着せられた兵隊だ。

  仏教と言っているけれども、フランス仏教協会からは全く公認されていない。
物質的な成巣(現世利益)については認められていない。
仕事を探していると.幹部の人は「とにかくお祈りしなさい」という。
二時間くらい集中してお祈りをする。
しかし5年間、カトリーヌはまじめな信者だったが、何の成果もなかった。
ただ、ページを黒くしていただけだった。

創価学会では塗り絵をしていた。

く彼女の説明>
1マス20分。
全部で一週間かかる。
これを全部塗り終えると、良いカルマが,幸運が訪れる。
(宿命転換)全部入れてl100万回唱えたら、幸運が訪れる。


くマジッド>(学会員の女性と結婚して後悔している男)
  また祈り。
とにかく祈り。
マジッドは創価学会に入った婦人と離婚したばかりではなく、子供も取られてしまった。
この人は看護士。このチャペルで子供が秘密を私に話した。
実はお母さんから言われて、創価学会のお祈りをやっているんだ。
自分では自然でないと思いながらも、お母さんに言われてやっていた、と告自した。


一そのお子さんの年齢は?

上が6才、下が4歳半。

一宗教の場で貴方に告白するのは奇妙ですね?

子供が近くの教会を全て訪問したいと言うから訪問してあげた。


くナレーション〉
子供が黙っている重みに耐えきれなくて告白した。
普通の離婚話だが、マジッドにとってはカルトの重みによって、悲劇に変わった。
  初めは朝お祈りをして、母も子もみんなが幸せになる、ということだった。
実際は毎朝、子供が勤行をして、学校が終わると勤行して、夜も勤行。
線香を炊いて、みんなで集まって勤行。
そういう生活。
そのプレッシャーで子供は耐えきれなくなった。
子供はサッカーやテニスをしたい。
勤行などしたくなかった。

一創価学会は貴方から何を奪いましたか?

  子供たち。
子供を間違った方向に向ける。
例えぱ、この4ケ月、上の子に会っていない。
これはカルトの心理的圧力をかけるやり方。
カルトは強制しないで自分だけ入って、子供が親には会いたくないと言っている、と仕向けている。
上の子はあっち。
下の子はこっちにいる。
上の子とは、人間どうしの関係がもてない。


<ナレーション>
マジツドは裁判所にこれを提出しようとは思わないが、最近二つの判決が家庭裁判所で下った。
家裁は創価学会をカルトとして認定した。
マントラを唱えることは,精神的錯乱、精神異常を引き起こすと認めた。
マントラとの接触は子供にとって危険、場合によっては精神異常を来すと認めた。
 

(元信者の女性)

その危険はさらにもっと先まで行く。
元信者のモニクは馬鹿な指令を受けた.

入った時は私は精神的に弱かった。
こういうグループに入る人はみんなそういう感じだが。

夫婦の関係もうまくいってなくて、メネというところで信心指導を受けなさいと。
 うまくいかないのなら、別れるのが良いですね。
貴方が別れた方が良いと思っているのなら,別れなさい。
その方がよりよい人生が迎えられると言われた。

別れたけど、年経って、夫とよりを戻すことが出来たのは良かった。

  指導というのは年長者が年少のものを指導する。

 4年前に私は病気になって腫瘍があって、勤行しなくても治った。
創価学会がなくてもうまく行くんだし、却って、ない方がうまく行く。
私は条件づけられていないから。
もし私が治ったら、治ったのは信心のおかげだと恩ったに違いない,
従属は何処まで行くのであろうか。


くアプグラル博士>(裁判所の鑑定医師、精神医)
 カルトに入るということは人生を賭けの材料として提供することである。
つまり、賭ける人はもの凄い賞金が当たりますと言って賭ける。
100フラン、200フランと賭ける人は、これが最後、私はこれだけ賭けたのだから、当たるだろうと考える。

カルトの場合、毎日犠牲を払う。
それを間違っていたと認めることはこれまで賭けた金を失うようなもの。
間違っていたと認めることは、本人にとって社会的な死。
私は罠にかかっていたとなると、希望がなくなってしまう。
それがカルトだ.

これは儲かるゲームだ。
 

<創価学会のヨーロッパ研修所>
プロバンス地方のトレッツ。
創価学会のヨーロッパ研修所。
この40ヘクタールの静かな公園にある施設でフランス信者にとってはご褒美。
1年間まじめにやるとこの静かな環境でみんなと出会える。
他の信者と交流できる。
今、1万人の信者がいるが、フランスでは慎ましやかに布教している。

 強制的な折伏ではなく、両親など周りの人を勧誘する。
まず勧誘のとき、警戒心にあう。
  ここはセミナーをする場所。
全ヨーロッパから、例えばドイツ、スエーデンなどからも人が来る。
しかし、すぐに創価学会の簡単な説明とうまみのある良さそうなオファーをする。

南妙法蓮華経と言うだけで良いんですよ。

すぐに変わりますよ。

感謝の気持ちになりますよ。


くナレーション>
それはすぐ、お金を払う窓口に行くという条件で素晴らしいことは起きる,
2000フラン〈約3万円程度)、仏品が置かれている‘
お寺の絵の描いた皿45フラン(約650円)、
小さな鐘30フラン(約400円)
だけど利益は薄くない。
87〜90年にかけて過大な利益を得たということで追徴謀税を創価学会は受けた。

この訪間の後、次のステップに向かった。
もし時間があれぱ、5分間、南無妙法蓮華経しませんか?と。


くナレーション>
何も求めなかったのに、団体に入りませんか?ということを言われた。
創価学会では勧誘すればするほど良い成績が認められ、場合によってはノルマもある。
また、誰にも分かる仏教の話が始まる。
誰でも一人一人自分のぺ一スで出来る。
自分の求めていることに応じて、自分のペースでやれぱいい。


<題目唱える信者>
お題目は5分くらい続いて、それは我々の内なるカルマを変えるには時間が短すぎた。
この人たちはパートナーで困難なことを解決してくれる。
電気のコンセントみたいなもので、宇宙の力に繋がるんですよ。

<東京の信濃町:創価学会の本部がある町>

日本では約600万人(公称)の信者。人口の約5パーセント(ある説によると)。
財政カは約5000億フラン(約7兆円)。内,150億フラン(約2000億円)はお布施である。

 その旗は街を見下ろし立っている。ピルディングが脾睨している。
東京の創価学会員はみんな笑顔だ。
創価学会は価値の創造の学会。幸福な村。
ここでば父から子に、幼椎園から大学まで創価の教育を受けられる。
ここはその本部でどちらかというと、非常に監視されている。
ここでは建物の3分の2を創価学会が持っていて、拡張、繁栄の村である。創価学会は
将来全てに用意しており、若い女性の会館、老人ホームなども街の中にあり、家族で遊園
地に行くようにここに来る。

 日本では宗教団体でありながら.商業活動は出来ない,しかし、この創価学会の色のある企業を見なさい。
この創価の色を付けた店。
(博文堂書店、散髪屋、信濃町商店振興会など)
しかし、彼らは創価学会の商売と言われることを嫌う。
彼らは別のグループを作って、学会にはお金を払ってないんだ、と言う。
創価学会のタブーすれすれの所を行っている。
ただ、ここは別だというが、創価学会の品物を沢山売った方が利益が上がる店だ。

博文堂書店店員
「年々学会員も増えている。そういった意味では人が沢山集まる。だから商売として成り立っている。うちは創価学会の出店とかじゃなく.株式会社。たまたま この辺で売れるものが創価学会のものだから、ここに置いている。」

 とにかく、年商がどんどん増加する。世界中の曖昧な曇った団体のために増やしていく。

その世界中を管理しているのは何処か?
それがSGIだ,
その帝国は信者の寄付、世界138カ国向けの出版物。
この何億冊という本は全て,一人の主人、池田大作が書いた本。
この仏教を理解するにはグルではなく名誉会長、プレジデント池田大作の本。
全く、やたら沢山言いたいことのある作家である,
 

く日本の信者たち>
この人たちは幸せを得るために沢山払わなければならない。
この人たちは犠牲者である。
沢山払ったけれども、約束された幸せが来なかった人たちである。
この元信者の人たちは30万フラン(600万円)払った。
「私は学会に40年間おりました。200のお寺を造った時、地区毎に財務が分かれていて、誰 がどれだけ寄付したか分かるようになっている。家庭訪問して、前の年より多く寄付を出させる。創 価学会では何も書かれていないし、義務でもない。好きなようにしなさいと言われる。ただ、全てのことを約束しつつ、トンネルの出口はすぐには来ない。だか ら払い続けなさいということ。お金を出せば出すほど、福運がつくというのが、学会が沢山お金を出させる根本 の理由です。」
このことをこの夫婦は良く知っている,なぜなら3800世帯の責任者だったから。


  この旗、この色で、お客は間違える心配はない。
この軍歌は店が流している。それは、お客、いや信者(店の人が言い換えた)の買う衝動を刺激するためにこの曲を流している,
  家に置く仏壇、小さいのから大きいのまで、あらゆる種類の木のものがあり、良く装飾されているものもある。
例えばこの仏壇は、94万3000円(6万5000フラン).
また、この宗教的なものがおもちやと並んでいても、仕方がない。いずれにしても誰も気にはならないようだ。ただ、例外はある。


<日大の北野教授>
「創価学会は営利団体として、税金〈法人税)を払うべきだ。寄付にしろ,不動産収入にしろ、創価学会は全ての法律を破っている。
  そして、この創価学会にとって悪い雲行き,富士山の下の墓地が(たまたまこの取材の日、天候が悪かったのと掛けている)、この創 価学会という宗教団体の地位を乱用した脱税の舞台だ。墓石販売の利益として、 約13億円(約9200万フラン)が未納で、プラス追徴税として約4億円(約3000万フラン)要求された。このカルトはこの事実を認めた。1991年、この事件は創価学会の歴史に決定的な 結果を招いた,この創価学会が所属していた宗派が、学会の除名を宣言した。


く画面はお寺>
  これが日蓮正宗という宗派の僧侶である,13世紀の日蓮大上人という僧侶が唱えた頑固な仏教の継承者の宗派である。
  ここでは12才から入って6年間、鉄の規律を守らなけれぱならない。休暇もなく.親にも会えない,2時間のお祈りの中にば、朝午前2時30分からのお祈り もある。
この宗教の僧侶の話によれば、「創価学会は1人の男が野望のために宗教を使った.仏の横に池 田を中心にして、お釈迦様の位置に池田を置いて、池田が王様であり、神であり、彼らは自分たちの王国を作ろうとした。彼らはただ 1つの道しか従ってはならなかった。」


く池田大作の布教場面>
  喝采を浴びて、誉められている。
組織の中で彼が呼ばれている名前は「先生」。
彼はこの日、非常に奇妙なやり方で布教をしている。
この映像は学会の内部には流布していない。
この池田の態度にがっかりして、被害者の会の側に移った人が映したものである。
その出版物の申で、会長がどのように表現されているか。王子であり、皇帝であり、教授であり、哲学者である。
現代のあらゆる間題について発言し、指示、指令は彼の元から発せられる。


<聖教新聞社>
これもまた、彼のイニシアテブによるものである。
日本第3位の日刊紙。(※読売1000万部、朝日800万部に次ぎ、毎日の400万部を上回る?)
発行部数は約500万部(公称。多部数購読者も含めた部数)。貴重な収入源であり、プロパガンダの手段である。毎日2ぺ一ジが組織の動静に割かれている。
 

聖教新聞社の人
「書いているコラムなどを、学校だとか、PTAだとかに読まれて、それが地域の自治会の機関誌に転載されている。」

  ジャーナリストは、読者の幸福のために、池田イデオロギーの成功のために働いている。
その写真(池田大作)の上にあまり大胆なものは使わない。それが編集方針でもある。
(画面、ラジオ体操)しかし、そこから少し、逃避する方法はある。
それで、体操を2つしている間にも(時々ということ)、ジヤーナリストは謝罪することもある。例えば、日本共産党の盗聴事件、1ケ月に渡って、共産党の指導者を盗聴していたことがあった。
それは1979年のことであった。
共産党は創価学会を脅かす存在ではあった。共産党も社会的に恵まれない層を対象としているから。

<東京の場面>
一体、創価学会は何処まで行くつもりなのか。


何故、日本のいろいろな社会に浸透しようとしているのか。
どういう意図を隠して、仏教からだんだん離れて、権力にどんどん近づいていくのだろうか。


<森首相の官邸入場場面>

  この日は特別な日だった.
首相の座、政府のトップに、自民党総裁の森善朗62才が座る 日だった。
なお、自民党とは保守派のことである。
戦後ずっと多数派を占めていた自民党 は、中道右派の2つの政党と提携をした。
自由党と結党40年の公明党である。
 この森内 閣は、戦後最も強い多数派を持った中道右派連立政権である。

<遠藤乙彦>
私はその国会議員の一人(遠藤乙彦)と会った。その政策を尋ねるよりも、彼にとって池
田大作とはどういう存在なのか、という一つの質間だけを聞いた。
その答えは驚くもので あった.
「グルとは思っていません,いろいろ相談したり、指導していただく先生だ。21世紀も 仏教に基づいた池田先生の教えにしっかり耳を傾けながらそれを指針にしようと思ってい る」
 

<画面は藤原弘達さん>
その池田先生の影響はさらにもっと遠い所まで行っている。
龍年光(りゅうとしみつ)さんにも会った。
龍年光さんは、池田大作よりも年前に創価学会に入会し、その責任者でもあった,
だから創価学会の拡大を目の当たりにしている.
彼は東京都における公明党のナンバー2であった。
そして90年に脱会し、池田の除名を求める2万8千人の署名を集めた。
結局無駄ではあったが。
龍年光さんによれぱ、池田が全ての逸脱の原因である。この問題について、龍 年光さんは2つのパンフレットを書いた。
<藤原弘達さんの話>
「池田大作は日本の支配者になろうとしている。警察とか、官僚とか東京都などいろんな所にガン細胞のように入り込み、自己増殖している。」

そういう浸透を分からないようにするためにする一番良い方法は、そういう人を養成することだ。


く創価大学キャンパス>

  これが創価大学である。
経済、法学、文学、30年来ここで教えられている教育は、文部省の決めたことに従ってはいるが、創価方式である。
だから、他の所以上に批判的精神を育てる所である。

しかしながら誰も先生(池田)や創価学会のことをあえて批判しようとはしない。

生徒の90パーセントは創価学会の熱心な信者だからだ。
また、先生の殆どが信者である。
では、創価学会式思考法、あるいは世界戦略といったものはあるのだろうか。
 

  最後に我々はフランスにまた戻る。
学会はフランスに沢山の土地、建物を持っている。
セーヌエマルヌ県のこの土地.建物は4000万フランで購入した‘修理代が2000万フランである。
 このカルトは不動産だけ、石だけに興味があるのてはなく、人道主義的運動にも興味がある,数ケ月間.フランスリペルテ財団に資金を出していた。
これは日本への公式の訪問の時に決まったことである。
 

その財団の理事長のダニエル・ミッテランが初めてこの問題について話す。

「私の日本訪間は公式のものと言っていいと思います。私は大続領夫人でしたし、大使とも会いましたし.大使館がそういったレペルで、いろいろな会合をアレンジしました。まさに私はフランスリベルテ財団の理事長という立場だったので、混乱しました。私は政府の特使として来ているのではない、とい うことを何度も説明、強調しました。」

 しかし、池田はその目的を達戒する事が出来た。
89年6月7日にミッテラン大統領と会うことが出来たのである。
プレスに対し、エリゼキュー(大統領府)は一切コメントをしていないし、写真は紛失したと言っている。何故 この会見が行われたかの理由は明らかになっていない。


くダニエルミッテラン>
「我々は同道した。6ケ月とか1年とか,彼らは一つの道を行き、我々はまた別の道を行った,それ以来、そのままだ。彼はみんなと会っている。彼は非常に権力のあるカの強い人なのだろう.池田さんは。彼は世界中の人に会っている。」

−しかし貴方のご主人と大統領府で会いましたよね?

「私はこれには全然関係ありませんよ.」

−ある意味では、資金源については何か注意(監視)が足りなかったと言えるのではないか?
「いやそうじやない。私は良く注意を払いました。彼はいろいろな人から栄誉を受け、多くの大使館からも受け入れられている人であり、その後ろに別のものが隠されているとは証明されていなかったし、今でも証明されていない。
どっちにしても私はもう、深くは詮索しないし、
私は一生、池田さんとは会わないだろう」


くフランスの建物を映しながら>
そのいくつもの土地、建物はさらにカルトの体面を補う役割をしていることの一つの例である。
非常に静かで尊重されているような表向きを持った邸宅。

創価学会はおそらく、国際的な構造を持ち、疑いもない権力を持った、新しいカルトの模範なのかもしれない。

だからこそ、ミッテランはカルト問題こそ21世紀の重大間題だと言ったのだろうか。


フランス国営放送の『創価学会―21世紀のカルト』の翻訳
https://21cult.web.fc2.com/culttrans.htm

フランス国営放送の『創価学会――21世紀のカルト』の概要
https://21cult.web.fc2.com/21cultov.htm

創価学会が世界各国でセクト(反社会的カルト)認定されていた
https://21cult.web.fc2.com/cult.htm

異常な指導、金儲け体質、池田の権力志向等を直撃
カルト(池田創価学会)の実態に迫る特集番組
「学会は最も危険なカルトの一つ」
https://www.ryoulan.com/html/souka_hu2.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/215.html#c35

[リバイバル3] 闇の組織とは? _ 創価学会は鳥人コンテストが好き? 中川隆
13. 中川隆[-6583] koaQ7Jey 2021年3月14日 07:24:10 : FkYaVG3LgQ : LkJjWkNxOWJTRmc=[4]
フランスの国営テレビが放送した創価学会批判特集 『創価学会ー21世紀のカルト』の翻訳
http://www.asyura2.com/09/news8/msg/1240.html
 

フランスでは、日本のオウム真理教の事件をひとつのきっかけとして、仏下院(国民議会)がカルトに関して調査委員会を設置し、報告書をまとめた。
そこでは、カルトの本質を「新しい形の全体主義」である、と定義づけたのである。
カルト問題を放置しておくと、自由と民主主義を抑圧し、最終的には社会全体を「死」に至らせる、という危機感からである。

カルト問題の本質的かつ最も重要なところは、こうしたふんだんな資金量を誇り、それをバックに国家権力をも乗っ取りかねない「巨大カルト」=創価学会の存在なのである。

仏下院の調査委は'99年、アラン・ジュスト報告書よりさらに一歩、奥へ突っ込んだ『セクトと金』と題する報告書(ジャック・ギュイヤール報告書)をまとめている。
 ここでは、フランスの創価学会が、「エホバの証人、サイエントロ ジー教会に次いで、3番目にリッチなセクトである」と指摘。

2000年6月8日には、フランスの国営テレビ局(チャンネル2)が、『創価学会―21世紀のセクト』と題するドキュメンタリー番組を、約1時間にわたって放映した。翻訳を以下に記す。


く題目を上げている所>

「学会幹部の発言」

無限に繰り返される言葉。
法華経の節で、あらゆる悪いことを退治してくれると考えられる言葉だ。
それは即効的な効果がある。
この仏教は宗教的な偶像はない。
仏像もなくご本尊という古い紙切れだけである。
カルマを脱してより良い世界に行く。
何故、我々がここに存在するのか、何故こんな問題が起きるのか、何故こんな成功を収めたのか、我々が理解するためだ。
 そういう問題に直面したとしても、それを克服させしめる、より良くさせしめるのである。
マントラを唱えることが人生への答えである。
教師とか芸術家とか、会社の管理職の人たちがこの考えを受け入れている。
そういう風に他から尊重される。

ホワイトカラーのカルト、それが創価学会である。

くフランスでの信者の家庭>
 会合は月に二回、いつもメンバーの自宅で行われる。
我々は隠しカメラを持って、新しい信者だと言ってこの会合に参加した。
責任者によって迎えられて、いつもの酔わせるような音楽(題目)が台所の後ろから途切れなく流れる。
初めての人は普通、ショックを与えないためにお祈りには参加できない。
普通は友達の家でお茶でも飲む。
  これはある家の持ち主の幹部で、新しく入ってきた人を入信する気持ちにさせる役目の人。
入る前は、いろいろ馬鹿なことをやってきたが、人会したことで人生を前向きに生きられるようになった。
私はそういうことで、今はそういう力を与えられるようになった。
 

 創価学会の力は、仏教のイメージを餌にして誘い込むことである。
女性信者が
「今年の初め、まだ入ったぱっかりの時、私の娘が事故にあったけど、怪我しなかった。
私はその時、勤行をしていて、何も見えずショックを感じたが、何も恐くなかった。私は怪我をしないことを確信していた。私は夜、勤行をして夜明iけにも勤 行した。すると事故は朝6時半に起きた 。凄いでしょ!(天寿享受)ショックがあって何も見えなくなったけど、恐くなかった。(これはちようど、大晦日の夜の勤行があって、次の日の朝まで勤行を して、まさにその時 、私の娘に事故があった。全く恐くなかった。)」


< ナレーション>
これは実証といって信仰を続けさせる意欲を起こさせる、貫方にもこういう事が起こりう る。
つまり成功の保証であると。

5年間カトリーヌは良い道と信じていた。
ある時、創価学会を辞め、友達ともアパートか らも離れた。

<カトリーヌ談>
  私は仏教徒の仲間と一緒で気分が良かったと思っていた。
私も仏教だと思っていた。
仏教のことしか言わなかった。
私も仏教のことぱかり言ってて、熱心でない人から「貴方は仏教のことしか話さない」と、止めなさいよと言われた。母に「仏教はカルトなのか」と聞かれたと き.「そうじやないよ」と答えたくらいだった。
  他の人ば少し冷淡に、私と距離を置いた。
辞めてから一年経っても、オプジェ(仏壇)から離れることが出来ない。
彼女(カトリーヌ)は私たち(取材班)に非常に慣れた仕草を見せてくれた。
  この儀式はまずローソクに火を付けることから始まり、線香をつけ、ご本尊に見せて置く。
お供え物になります。お供え物と鐘とかご本尊は仏教に非常に似ている。
この家具のようなものは仏壇といって3000フラン(約4万円)。
信仰によって値段は変わります。


くカトリーヌ談>
仏壇はシンプルですが、本当はもっと飾りがついたものがあり、ご本尊と立派な仏壇に安
置していく。

これを止めると全てが悪くなる。
仏教と言っているが極めて仏教から離れている。
精神的 な詐欺だ。
鎧甲(よろいかぶと)のようなものに包んで、我々は鎧を着せられた兵隊だ。

  仏教と言っているけれども、フランス仏教協会からは全く公認されていない。
物質的な成巣(現世利益)については認められていない。
仕事を探していると.幹部の人は「とにかくお祈りしなさい」という。
二時間くらい集中してお祈りをする。
しかし5年間、カトリーヌはまじめな信者だったが、何の成果もなかった。
ただ、ページを黒くしていただけだった。

創価学会では塗り絵をしていた。

く彼女の説明>
1マス20分。
全部で一週間かかる。
これを全部塗り終えると、良いカルマが,幸運が訪れる。
(宿命転換)全部入れてl100万回唱えたら、幸運が訪れる。


くマジッド>(学会員の女性と結婚して後悔している男)
  また祈り。
とにかく祈り。
マジッドは創価学会に入った婦人と離婚したばかりではなく、子供も取られてしまった。
この人は看護士。このチャペルで子供が秘密を私に話した。
実はお母さんから言われて、創価学会のお祈りをやっているんだ。
自分では自然でないと思いながらも、お母さんに言われてやっていた、と告自した。


一そのお子さんの年齢は?

上が6才、下が4歳半。

一宗教の場で貴方に告白するのは奇妙ですね?

子供が近くの教会を全て訪問したいと言うから訪問してあげた。


くナレーション〉
子供が黙っている重みに耐えきれなくて告白した。
普通の離婚話だが、マジッドにとってはカルトの重みによって、悲劇に変わった。
  初めは朝お祈りをして、母も子もみんなが幸せになる、ということだった。
実際は毎朝、子供が勤行をして、学校が終わると勤行して、夜も勤行。
線香を炊いて、みんなで集まって勤行。
そういう生活。
そのプレッシャーで子供は耐えきれなくなった。
子供はサッカーやテニスをしたい。
勤行などしたくなかった。

一創価学会は貴方から何を奪いましたか?

  子供たち。
子供を間違った方向に向ける。
例えぱ、この4ケ月、上の子に会っていない。
これはカルトの心理的圧力をかけるやり方。
カルトは強制しないで自分だけ入って、子供が親には会いたくないと言っている、と仕向けている。
上の子はあっち。
下の子はこっちにいる。
上の子とは、人間どうしの関係がもてない。


<ナレーション>
マジツドは裁判所にこれを提出しようとは思わないが、最近二つの判決が家庭裁判所で下った。
家裁は創価学会をカルトとして認定した。
マントラを唱えることは,精神的錯乱、精神異常を引き起こすと認めた。
マントラとの接触は子供にとって危険、場合によっては精神異常を来すと認めた。
 

(元信者の女性)

その危険はさらにもっと先まで行く。
元信者のモニクは馬鹿な指令を受けた.

入った時は私は精神的に弱かった。
こういうグループに入る人はみんなそういう感じだが。

夫婦の関係もうまくいってなくて、メネというところで信心指導を受けなさいと。
 うまくいかないのなら、別れるのが良いですね。
貴方が別れた方が良いと思っているのなら,別れなさい。
その方がよりよい人生が迎えられると言われた。

別れたけど、年経って、夫とよりを戻すことが出来たのは良かった。

  指導というのは年長者が年少のものを指導する。

 4年前に私は病気になって腫瘍があって、勤行しなくても治った。
創価学会がなくてもうまく行くんだし、却って、ない方がうまく行く。
私は条件づけられていないから。
もし私が治ったら、治ったのは信心のおかげだと恩ったに違いない,
従属は何処まで行くのであろうか。


くアプグラル博士>(裁判所の鑑定医師、精神医)
 カルトに入るということは人生を賭けの材料として提供することである。
つまり、賭ける人はもの凄い賞金が当たりますと言って賭ける。
100フラン、200フランと賭ける人は、これが最後、私はこれだけ賭けたのだから、当たるだろうと考える。

カルトの場合、毎日犠牲を払う。
それを間違っていたと認めることはこれまで賭けた金を失うようなもの。
間違っていたと認めることは、本人にとって社会的な死。
私は罠にかかっていたとなると、希望がなくなってしまう。
それがカルトだ.

これは儲かるゲームだ。
 

<創価学会のヨーロッパ研修所>
プロバンス地方のトレッツ。
創価学会のヨーロッパ研修所。
この40ヘクタールの静かな公園にある施設でフランス信者にとってはご褒美。
1年間まじめにやるとこの静かな環境でみんなと出会える。
他の信者と交流できる。
今、1万人の信者がいるが、フランスでは慎ましやかに布教している。

 強制的な折伏ではなく、両親など周りの人を勧誘する。
まず勧誘のとき、警戒心にあう。
  ここはセミナーをする場所。
全ヨーロッパから、例えばドイツ、スエーデンなどからも人が来る。
しかし、すぐに創価学会の簡単な説明とうまみのある良さそうなオファーをする。

南妙法蓮華経と言うだけで良いんですよ。

すぐに変わりますよ。

感謝の気持ちになりますよ。


くナレーション>
それはすぐ、お金を払う窓口に行くという条件で素晴らしいことは起きる,
2000フラン〈約3万円程度)、仏品が置かれている‘
お寺の絵の描いた皿45フラン(約650円)、
小さな鐘30フラン(約400円)
だけど利益は薄くない。
87〜90年にかけて過大な利益を得たということで追徴謀税を創価学会は受けた。

この訪間の後、次のステップに向かった。
もし時間があれぱ、5分間、南無妙法蓮華経しませんか?と。


くナレーション>
何も求めなかったのに、団体に入りませんか?ということを言われた。
創価学会では勧誘すればするほど良い成績が認められ、場合によってはノルマもある。
また、誰にも分かる仏教の話が始まる。
誰でも一人一人自分のぺ一スで出来る。
自分の求めていることに応じて、自分のペースでやれぱいい。


<題目唱える信者>
お題目は5分くらい続いて、それは我々の内なるカルマを変えるには時間が短すぎた。
この人たちはパートナーで困難なことを解決してくれる。
電気のコンセントみたいなもので、宇宙の力に繋がるんですよ。

<東京の信濃町:創価学会の本部がある町>

日本では約600万人(公称)の信者。人口の約5パーセント(ある説によると)。
財政カは約5000億フラン(約7兆円)。内,150億フラン(約2000億円)はお布施である。

 その旗は街を見下ろし立っている。ピルディングが脾睨している。
東京の創価学会員はみんな笑顔だ。
創価学会は価値の創造の学会。幸福な村。
ここでば父から子に、幼椎園から大学まで創価の教育を受けられる。
ここはその本部でどちらかというと、非常に監視されている。
ここでは建物の3分の2を創価学会が持っていて、拡張、繁栄の村である。創価学会は
将来全てに用意しており、若い女性の会館、老人ホームなども街の中にあり、家族で遊園
地に行くようにここに来る。

 日本では宗教団体でありながら.商業活動は出来ない,しかし、この創価学会の色のある企業を見なさい。
この創価の色を付けた店。
(博文堂書店、散髪屋、信濃町商店振興会など)
しかし、彼らは創価学会の商売と言われることを嫌う。
彼らは別のグループを作って、学会にはお金を払ってないんだ、と言う。
創価学会のタブーすれすれの所を行っている。
ただ、ここは別だというが、創価学会の品物を沢山売った方が利益が上がる店だ。

博文堂書店店員
「年々学会員も増えている。そういった意味では人が沢山集まる。だから商売として成り立っている。うちは創価学会の出店とかじゃなく.株式会社。たまたま この辺で売れるものが創価学会のものだから、ここに置いている。」

 とにかく、年商がどんどん増加する。世界中の曖昧な曇った団体のために増やしていく。

その世界中を管理しているのは何処か?
それがSGIだ,
その帝国は信者の寄付、世界138カ国向けの出版物。
この何億冊という本は全て,一人の主人、池田大作が書いた本。
この仏教を理解するにはグルではなく名誉会長、プレジデント池田大作の本。
全く、やたら沢山言いたいことのある作家である,
 

く日本の信者たち>
この人たちは幸せを得るために沢山払わなければならない。
この人たちは犠牲者である。
沢山払ったけれども、約束された幸せが来なかった人たちである。
この元信者の人たちは30万フラン(600万円)払った。
「私は学会に40年間おりました。200のお寺を造った時、地区毎に財務が分かれていて、誰 がどれだけ寄付したか分かるようになっている。家庭訪問して、前の年より多く寄付を出させる。創 価学会では何も書かれていないし、義務でもない。好きなようにしなさいと言われる。ただ、全てのことを約束しつつ、トンネルの出口はすぐには来ない。だか ら払い続けなさいということ。お金を出せば出すほど、福運がつくというのが、学会が沢山お金を出させる根本 の理由です。」
このことをこの夫婦は良く知っている,なぜなら3800世帯の責任者だったから。


  この旗、この色で、お客は間違える心配はない。
この軍歌は店が流している。それは、お客、いや信者(店の人が言い換えた)の買う衝動を刺激するためにこの曲を流している,
  家に置く仏壇、小さいのから大きいのまで、あらゆる種類の木のものがあり、良く装飾されているものもある。
例えばこの仏壇は、94万3000円(6万5000フラン).
また、この宗教的なものがおもちやと並んでいても、仕方がない。いずれにしても誰も気にはならないようだ。ただ、例外はある。


<日大の北野教授>
「創価学会は営利団体として、税金〈法人税)を払うべきだ。寄付にしろ,不動産収入にしろ、創価学会は全ての法律を破っている。
  そして、この創価学会にとって悪い雲行き,富士山の下の墓地が(たまたまこの取材の日、天候が悪かったのと掛けている)、この創 価学会という宗教団体の地位を乱用した脱税の舞台だ。墓石販売の利益として、 約13億円(約9200万フラン)が未納で、プラス追徴税として約4億円(約3000万フラン)要求された。このカルトはこの事実を認めた。1991年、この事件は創価学会の歴史に決定的な 結果を招いた,この創価学会が所属していた宗派が、学会の除名を宣言した。


く画面はお寺>
  これが日蓮正宗という宗派の僧侶である,13世紀の日蓮大上人という僧侶が唱えた頑固な仏教の継承者の宗派である。
  ここでは12才から入って6年間、鉄の規律を守らなけれぱならない。休暇もなく.親にも会えない,2時間のお祈りの中にば、朝午前2時30分からのお祈り もある。
この宗教の僧侶の話によれば、「創価学会は1人の男が野望のために宗教を使った.仏の横に池 田を中心にして、お釈迦様の位置に池田を置いて、池田が王様であり、神であり、彼らは自分たちの王国を作ろうとした。彼らはただ 1つの道しか従ってはならなかった。」


く池田大作の布教場面>
  喝采を浴びて、誉められている。
組織の中で彼が呼ばれている名前は「先生」。
彼はこの日、非常に奇妙なやり方で布教をしている。
この映像は学会の内部には流布していない。
この池田の態度にがっかりして、被害者の会の側に移った人が映したものである。
その出版物の申で、会長がどのように表現されているか。王子であり、皇帝であり、教授であり、哲学者である。
現代のあらゆる間題について発言し、指示、指令は彼の元から発せられる。


<聖教新聞社>
これもまた、彼のイニシアテブによるものである。
日本第3位の日刊紙。(※読売1000万部、朝日800万部に次ぎ、毎日の400万部を上回る?)
発行部数は約500万部(公称。多部数購読者も含めた部数)。貴重な収入源であり、プロパガンダの手段である。毎日2ぺ一ジが組織の動静に割かれている。
 

聖教新聞社の人
「書いているコラムなどを、学校だとか、PTAだとかに読まれて、それが地域の自治会の機関誌に転載されている。」

  ジャーナリストは、読者の幸福のために、池田イデオロギーの成功のために働いている。
その写真(池田大作)の上にあまり大胆なものは使わない。それが編集方針でもある。
(画面、ラジオ体操)しかし、そこから少し、逃避する方法はある。
それで、体操を2つしている間にも(時々ということ)、ジヤーナリストは謝罪することもある。例えば、日本共産党の盗聴事件、1ケ月に渡って、共産党の指導者を盗聴していたことがあった。
それは1979年のことであった。
共産党は創価学会を脅かす存在ではあった。共産党も社会的に恵まれない層を対象としているから。

<東京の場面>
一体、創価学会は何処まで行くつもりなのか。


何故、日本のいろいろな社会に浸透しようとしているのか。
どういう意図を隠して、仏教からだんだん離れて、権力にどんどん近づいていくのだろうか。


<森首相の官邸入場場面>

  この日は特別な日だった.
首相の座、政府のトップに、自民党総裁の森善朗62才が座る 日だった。
なお、自民党とは保守派のことである。
戦後ずっと多数派を占めていた自民党 は、中道右派の2つの政党と提携をした。
自由党と結党40年の公明党である。
 この森内 閣は、戦後最も強い多数派を持った中道右派連立政権である。

<遠藤乙彦>
私はその国会議員の一人(遠藤乙彦)と会った。その政策を尋ねるよりも、彼にとって池
田大作とはどういう存在なのか、という一つの質間だけを聞いた。
その答えは驚くもので あった.
「グルとは思っていません,いろいろ相談したり、指導していただく先生だ。21世紀も 仏教に基づいた池田先生の教えにしっかり耳を傾けながらそれを指針にしようと思ってい る」
 

<画面は藤原弘達さん>
その池田先生の影響はさらにもっと遠い所まで行っている。
龍年光(りゅうとしみつ)さんにも会った。
龍年光さんは、池田大作よりも年前に創価学会に入会し、その責任者でもあった,
だから創価学会の拡大を目の当たりにしている.
彼は東京都における公明党のナンバー2であった。
そして90年に脱会し、池田の除名を求める2万8千人の署名を集めた。
結局無駄ではあったが。
龍年光さんによれぱ、池田が全ての逸脱の原因である。この問題について、龍 年光さんは2つのパンフレットを書いた。
<藤原弘達さんの話>
「池田大作は日本の支配者になろうとしている。警察とか、官僚とか東京都などいろんな所にガン細胞のように入り込み、自己増殖している。」

そういう浸透を分からないようにするためにする一番良い方法は、そういう人を養成することだ。


く創価大学キャンパス>

  これが創価大学である。
経済、法学、文学、30年来ここで教えられている教育は、文部省の決めたことに従ってはいるが、創価方式である。
だから、他の所以上に批判的精神を育てる所である。

しかしながら誰も先生(池田)や創価学会のことをあえて批判しようとはしない。

生徒の90パーセントは創価学会の熱心な信者だからだ。
また、先生の殆どが信者である。
では、創価学会式思考法、あるいは世界戦略といったものはあるのだろうか。
 

  最後に我々はフランスにまた戻る。
学会はフランスに沢山の土地、建物を持っている。
セーヌエマルヌ県のこの土地.建物は4000万フランで購入した‘修理代が2000万フランである。
 このカルトは不動産だけ、石だけに興味があるのてはなく、人道主義的運動にも興味がある,数ケ月間.フランスリペルテ財団に資金を出していた。
これは日本への公式の訪問の時に決まったことである。
 

その財団の理事長のダニエル・ミッテランが初めてこの問題について話す。

「私の日本訪間は公式のものと言っていいと思います。私は大続領夫人でしたし、大使とも会いましたし.大使館がそういったレペルで、いろいろな会合をアレンジしました。まさに私はフランスリベルテ財団の理事長という立場だったので、混乱しました。私は政府の特使として来ているのではない、とい うことを何度も説明、強調しました。」

 しかし、池田はその目的を達戒する事が出来た。
89年6月7日にミッテラン大統領と会うことが出来たのである。
プレスに対し、エリゼキュー(大統領府)は一切コメントをしていないし、写真は紛失したと言っている。何故 この会見が行われたかの理由は明らかになっていない。


くダニエルミッテラン>
「我々は同道した。6ケ月とか1年とか,彼らは一つの道を行き、我々はまた別の道を行った,それ以来、そのままだ。彼はみんなと会っている。彼は非常に権力のあるカの強い人なのだろう.池田さんは。彼は世界中の人に会っている。」

−しかし貴方のご主人と大統領府で会いましたよね?

「私はこれには全然関係ありませんよ.」

−ある意味では、資金源については何か注意(監視)が足りなかったと言えるのではないか?
「いやそうじやない。私は良く注意を払いました。彼はいろいろな人から栄誉を受け、多くの大使館からも受け入れられている人であり、その後ろに別のものが隠されているとは証明されていなかったし、今でも証明されていない。
どっちにしても私はもう、深くは詮索しないし、
私は一生、池田さんとは会わないだろう」


くフランスの建物を映しながら>
そのいくつもの土地、建物はさらにカルトの体面を補う役割をしていることの一つの例である。
非常に静かで尊重されているような表向きを持った邸宅。

創価学会はおそらく、国際的な構造を持ち、疑いもない権力を持った、新しいカルトの模範なのかもしれない。

だからこそ、ミッテランはカルト問題こそ21世紀の重大間題だと言ったのだろうか。


フランス国営放送の『創価学会―21世紀のカルト』の翻訳
https://21cult.web.fc2.com/culttrans.htm

フランス国営放送の『創価学会――21世紀のカルト』の概要
https://21cult.web.fc2.com/21cultov.htm

創価学会が世界各国でセクト(反社会的カルト)認定されていた
https://21cult.web.fc2.com/cult.htm

異常な指導、金儲け体質、池田の権力志向等を直撃
カルト(池田創価学会)の実態に迫る特集番組
「学会は最も危険なカルトの一つ」
https://www.ryoulan.com/html/souka_hu2.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/270.html#c13

[番外地9] 右翼系の虐殺否定論は全員歴史や文献学の素人の書いたものばかりですね 中川隆
1. 中川隆[-6582] koaQ7Jey 2021年3月14日 09:00:59 : FkYaVG3LgQ : LkJjWkNxOWJTRmc=[5]

南京事件資料集や南京事件関係の資料は すべて日本の大学の歴史研究者が書いたものです。
右翼系の虐殺否定論は全員歴史や文献学の素人の書いたものばかりですね

南京事件(南京大虐殺)の真実
「徹 底した史料の読解によって、南京事件の真実を明らかにします」
「否定派の解釈の誤りと、捏造のすべてを明るみにだします」 by タラリ 
http://www.nextftp.com/tarari/index.htm


南京大虐殺 関連リンク集 
http://kk-nanking.main.jp/


南京事件FAQ
否定論に対する反論集。

南京事件 小さな資料集
ゆう氏のページ。論説・資料

南京事件の真実
タラリ氏のページ。論説・メイン

南京事件資料館
JOHN_VOID氏のページ。論説・資料

渡辺さんのページ
渡辺氏のページ。論説・資料(管理・運営はK−Kによる)

南京事件資料集
K−Kのページ。資料

南京大虐殺 論点と検証
K−Kのページ。論説

Apes! Not Monkeys! はてな別館
apeman氏のページ。戦争犯罪の話題に特化したページ。

「南京事件」143枚の写真&読める判決「百人斬り」
ピッポ氏のページ。写真研究、「百人斬り裁判」判決書掲載。

対抗言論のページ
高橋亨氏のページ。関連する資料・論説あり

我楽田箱
KOIL氏のページ。コンテンツ「南京文献」は関連資料を網羅的に掲載

半月城通信
半月城氏のページ。関連する論説あり

戦史研究所
+α氏のページ。関連する資料あり

はい 青木です!
青木康嘉氏のページ。第五師団第一建築輸卒隊の陣中日誌の紹介と研究

目からうろこの南京大虐殺論争
山本弘氏(と学会)のページ。南京大虐殺に関する論考。


事実.COM
「百人斬り」裁判の本多氏側の支援サイト

史実を守る映画祭
南京への道・史実を守る会主催の映画祭。『南京!南京!』(陸川監督)を上映

ノーモア南京の会・東京
市民運動。講演会、勉強会の告知、論説・解説

中国人戦争被害者の要求を支える会
日中戦争の被害者支援運動

神戸・南京をむすぶ会
市民運動。講演会、現地視察

現代中国映画上映会
映画「南京1937」を紹介するページ

南京大虐殺60ヵ年大阪
大阪における市民運動。映画「南京 引き裂かれた記憶」「南京の松村伍長」の上映活動。



侵華日軍南京大屠殺遇難同胞記念館
(中国語)

南京大屠殺遇難同胞紀念館
(中国語)

Hate Japan
(英語)

The Rape of Nanking
The official site of Iris Chang the movie(英語)

The Forgotten Holocaust : Nanking Massacre
By Chen, Deh Chien (英語)

The Rape of Nanking
(英語)
http://www.asyura2.com/21/ban9/msg/182.html#c1

[番外地9] 右翼系の虐殺否定論は全員歴史や文献学の素人の書いたものばかりですね 中川隆
2. 中川隆[-6581] koaQ7Jey 2021年3月14日 09:31:33 : FkYaVG3LgQ : LkJjWkNxOWJTRmc=[6]
中國では殺された人間の名簿もちゃんと作っているよ
そもそも東京裁判の時に南京大虐殺の資料が沢山提出されているよ。
一次資料は無数にあるから否定できる訳ないんだよ
http://www.asyura2.com/21/ban9/msg/182.html#c2
[リバイバル3] コンサートホールの音響ランキング 中川隆
3. 2021年3月14日 12:03:13 : FkYaVG3LgQ : LkJjWkNxOWJTRmc=[7]
ルームアコースティックは深い 2021-01-03
https://ameblo.jp/nightwish-daisuki/entry-12648007013.html


ちょっとばかり、音響について調べてみました。

結果、難し過ぎるので調べるのをやめました(自爆)。



建物の設計図、例えば AotoCADで作ったものとかを元に

建物の音響も設計するという・・・・。こりゃ片手間じゃ無理だぁぁ。

せっかくなので、こういうのもあるというご紹介記事です。ODEON。

ODEONのデモ版を動かしてみた






ユーザーはAUDYSSEYなどのお手軽操作な

ルーム補正技術をAVアンプなんかで享受するのが一番だと思いました。

↓は先日購入したAVアンプをAUDYSSEYのルーム補正(マイク測定して)した後の状態の部屋録音です。

marantz NR1711 HEOS Audyssey




参考:

https://audyssey.com/

Audyssey Laboratories
リンク
audyssey.com


https://www.autodesk.co.jp/products/autocad/

AutoCAD | 高精度 2D設計・3D モデリング 概要 | Autodesk
AutoCADが持つ革新的な設計ツールで精度の高い2D図面や3Dモデルを効率的に作成。建築や機械設計など業種特化のツールを利用できます。世界中で支持されるAutoCADの気になる最新情報はこちら。
リンク
www.autodesk.co.jp


https://odeon.dk/




コメント(6)


6
>ニャンコさん コメントありがとうございます。

裏方のエンジニアリング、大事ですよね。
普段はだいたい良く考えられているので特にきにも留めないのですが、ダメなのを見ると気付かされます。

鬼滅の刃のラッピング電車で少し注目を浴びた九州の痛特急「ソニック」は、社内アナウンスが聞き取りにくくて最悪です。下り線で乗り過ごし、上り線に乗り換えてまた乗り過ごし、独りで無意味なピストン乗車した事を思い出します(わたし、耳が悪いです)。
聞き取りやすいしっかりとした音響は、耳の悪い人から望まれています。

ウィーンフィルニューイヤーコンサート。毎年NHKで放送しているものですが、今年は初の無観客開催で、響きが例年になくリッチ。観客による吸音が無いと、まるでリハーサルを聴いている気分になるのは、そういう事なのかもしれません。(単に観客の雑音が無いからかもしれませんが)
nightwish_daisuki2021-01-04 01:24:33



5
見つからなくなってしまったのですが、江戸時代と現代の歌舞伎座の設計の比較で手掛けた永田音響の音響コンピューターシミュレーションを見たことがあります。

特に2F席への音の伝わり方が視覚化できて、声が明瞭の届く設計が出来たとか。

この方面はホールやプロ音響の方が会場の音響コントロールとして先んじています。
ただ永田音響のような数多くのホールなどの音響を設計してきたところで、我々素人が使いこなせるものではないと感じました。

素人の自分は部屋を歩き回って、最適な聴取位置を耳で割り出して定在波回避ポイントを探したり、スピーカー設置ポイントを探した方が間違いなかったです。
ニャンコ2021-01-03 23:45:53



4
>幸せの黒い猫さん コメントありがとうございます
昔は分からなかったのかもしれませんが・・・、コンピュータの性能が上がった現在において 『残響』 はかなりイイ線まで行くようです。最初の動画の26〜30秒が、ODEONのシミュレーションと実際のコンサートホールの比較。これ、一致はしませんがイイ線いってます。
こういった 『エンジニアリング』 と人の 『経験』 が折り重なって良いホールが出来上がるのかな?とか妄想しています。
音楽ホール、出来上がって後から手を入れるとかあるそうですね。そういうのを話を聞くと、やはり難しいのでしょう。
nightwish_daisuki2021-01-03 20:44:38



3
昔読んだ本で
コンサートホールでも
狙った音響効果が得られるかは
完成しないと分からないって
書かれていた気がします。
個人宅の一部屋位なら
もしかしたら計算で出るかもですが
それでも複雑極まりないものでしょうね。
幸せの黒い猫2021-01-03 20:32:41



2
otokiti1017さん コメントありがとうございます。
歯応えあり過ぎで、歯をぜんぶ根こそぎ持っていかれる感じです(泣)
技術には参りましたが、AUDYSSEYは素晴らしい。安価なスピーカーが生き生き鳴ります(^^
nightwish_daisuki2021-01-03 20:13:39



1
こりゃあ〜無理でっせ!
深いというより難解過ぎですぅ…
otokiti10172021-01-03 20:02:40
https://ameblo.jp/nightwish-daisuki/entry-12648007013.html

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/1089.html#c3
[リバイバル3] 音楽はこういう部屋で聴きたい 中川隆
103. 中川隆[-6580] koaQ7Jey 2021年3月14日 12:03:50 : FkYaVG3LgQ : LkJjWkNxOWJTRmc=[8]
ルームアコースティックは深い 2021-01-03
https://ameblo.jp/nightwish-daisuki/entry-12648007013.html


ちょっとばかり、音響について調べてみました。

結果、難し過ぎるので調べるのをやめました(自爆)。



建物の設計図、例えば AotoCADで作ったものとかを元に

建物の音響も設計するという・・・・。こりゃ片手間じゃ無理だぁぁ。

せっかくなので、こういうのもあるというご紹介記事です。ODEON。

ODEONのデモ版を動かしてみた






ユーザーはAUDYSSEYなどのお手軽操作な

ルーム補正技術をAVアンプなんかで享受するのが一番だと思いました。

↓は先日購入したAVアンプをAUDYSSEYのルーム補正(マイク測定して)した後の状態の部屋録音です。

marantz NR1711 HEOS Audyssey




参考:

https://audyssey.com/

Audyssey Laboratories
リンク
audyssey.com


https://www.autodesk.co.jp/products/autocad/

AutoCAD | 高精度 2D設計・3D モデリング 概要 | Autodesk
AutoCADが持つ革新的な設計ツールで精度の高い2D図面や3Dモデルを効率的に作成。建築や機械設計など業種特化のツールを利用できます。世界中で支持されるAutoCADの気になる最新情報はこちら。
リンク
www.autodesk.co.jp


https://odeon.dk/




コメント(6)


6
>ニャンコさん コメントありがとうございます。

裏方のエンジニアリング、大事ですよね。
普段はだいたい良く考えられているので特にきにも留めないのですが、ダメなのを見ると気付かされます。

鬼滅の刃のラッピング電車で少し注目を浴びた九州の痛特急「ソニック」は、社内アナウンスが聞き取りにくくて最悪です。下り線で乗り過ごし、上り線に乗り換えてまた乗り過ごし、独りで無意味なピストン乗車した事を思い出します(わたし、耳が悪いです)。
聞き取りやすいしっかりとした音響は、耳の悪い人から望まれています。

ウィーンフィルニューイヤーコンサート。毎年NHKで放送しているものですが、今年は初の無観客開催で、響きが例年になくリッチ。観客による吸音が無いと、まるでリハーサルを聴いている気分になるのは、そういう事なのかもしれません。(単に観客の雑音が無いからかもしれませんが)
nightwish_daisuki2021-01-04 01:24:33



5
見つからなくなってしまったのですが、江戸時代と現代の歌舞伎座の設計の比較で手掛けた永田音響の音響コンピューターシミュレーションを見たことがあります。

特に2F席への音の伝わり方が視覚化できて、声が明瞭の届く設計が出来たとか。

この方面はホールやプロ音響の方が会場の音響コントロールとして先んじています。
ただ永田音響のような数多くのホールなどの音響を設計してきたところで、我々素人が使いこなせるものではないと感じました。

素人の自分は部屋を歩き回って、最適な聴取位置を耳で割り出して定在波回避ポイントを探したり、スピーカー設置ポイントを探した方が間違いなかったです。
ニャンコ2021-01-03 23:45:53



4
>幸せの黒い猫さん コメントありがとうございます
昔は分からなかったのかもしれませんが・・・、コンピュータの性能が上がった現在において 『残響』 はかなりイイ線まで行くようです。最初の動画の26〜30秒が、ODEONのシミュレーションと実際のコンサートホールの比較。これ、一致はしませんがイイ線いってます。
こういった 『エンジニアリング』 と人の 『経験』 が折り重なって良いホールが出来上がるのかな?とか妄想しています。
音楽ホール、出来上がって後から手を入れるとかあるそうですね。そういうのを話を聞くと、やはり難しいのでしょう。
nightwish_daisuki2021-01-03 20:44:38



3
昔読んだ本で
コンサートホールでも
狙った音響効果が得られるかは
完成しないと分からないって
書かれていた気がします。
個人宅の一部屋位なら
もしかしたら計算で出るかもですが
それでも複雑極まりないものでしょうね。
幸せの黒い猫2021-01-03 20:32:41



2
otokiti1017さん コメントありがとうございます。
歯応えあり過ぎで、歯をぜんぶ根こそぎ持っていかれる感じです(泣)
技術には参りましたが、AUDYSSEYは素晴らしい。安価なスピーカーが生き生き鳴ります(^^
nightwish_daisuki2021-01-03 20:13:39



1
こりゃあ〜無理でっせ!
深いというより難解過ぎですぅ…
otokiti10172021-01-03 20:02:40
https://ameblo.jp/nightwish-daisuki/entry-12648007013.html

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/655.html#c103
[近代史5] 最高の音を一番安く手に入れる方法 中川隆
2. 中川隆[-6579] koaQ7Jey 2021年3月14日 12:06:50 : FkYaVG3LgQ : LkJjWkNxOWJTRmc=[9]
コンサートホールの音響ランキング
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/1089.html

原音とは何か?
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/890.html

ラジカセでクラシックを聴いている清貧の音楽ファンには音楽はわからない
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/435.html

音楽はこういう部屋で聴きたい
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/655.html  



http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/411.html#c2

[番外地9] 右翼系の虐殺否定論は全員歴史や文献学の素人の書いたものばかりですね 中川隆
3. 2021年3月14日 12:14:25 : FkYaVG3LgQ : LkJjWkNxOWJTRmc=[10]

日本の外務省にはリアルタイムで虐殺の詳細が伝えられて広田外相とかみんな大騒ぎしてたんだよ。

南京の陸軍本部から毎日連絡が有ったんだよ
当事者が詳細を知ってるのは当たり前だろ
虐殺は天皇命令だったから陸軍も外務省も止められなかったというだけさ
http://www.asyura2.com/21/ban9/msg/182.html#c3

[リバイバル3] 「ママ友」に心を支配され、息子を死なせてしまった5歳児餓死事件 中川隆
15. 2021年3月14日 15:30:53 : FkYaVG3LgQ : LkJjWkNxOWJTRmc=[11]
「池田大作名誉会長は…」5歳児餓死事件、“ママ友”の父が娘を擁護 過去に兄、姉も警察沙汰に
3/14(日)
https://news.yahoo.co.jp/articles/b045019e969739d54a98ff2d26ca079a463e2f50


「長男も長女も警察のお世話になっている」
母親の碇利恵容疑者と知人の赤堀恵美子容疑者

 福岡県で起こった5歳児餓死事件では、“ママ友”である赤堀恵美子容疑者が、碇翔士郎(いかりしょうじろう)ちゃんを餓死させた“母親”を洗脳していたとされる。そんな赤堀容疑者の実家周辺を尋ねると、借金トラブルなどが原因で家族ぐるみで近隣住民から疎まれていたことが判明した。

【写真3枚】赤堀恵美子容疑者の高校時代の卒業アルバム
https://www.dailyshincho.jp/article/2021/03141054/?photo=2

 ***

 赤堀容疑者の実家があった福岡県大川市。赤堀容疑者と創価学会とのつながりについて周辺で聞くと、ある男性が渋面で語り出した。

「恵美子の実家はもともと父親が学会員で、お宮さんの行事には一切顔を出しませんでしたね。一家は、かなり金銭面で苦しんだようです。恵美子は3人きょうだいの末っ子なのですが、実は、だいぶ昔、長男も長女も警察のお世話になっている。今回の事件で、全員そうなりました。長男は久留米の方で競輪場関係の職を得たものの、会社の金をつまんで逮捕された。その金を返済するため、母親が近所を回って金を借りていました」

 この男性のところにも赤堀容疑者の母は金の無心に来たが、

「自分は貸さなかった。でも、金を貸していまだに返ってこない者もいる。長女は、嫁に行く前に、死産した赤子を埋めて警察沙汰になった。夜中、両親とスコップを持って埋める作業をしていたら通報され、逮捕されたと思う。金の件やらなにやらで、ここにいられなくなり、20年ほど前、一家は他所へ越していきよった」

「彼らには数百万円単位で貸した」
 赤堀容疑者は大分のトラック運転手に嫁いだ。しかし1年ほど経ったある日、夫名義で数百万円の借金を作って逐電。その後、現在の福岡県篠栗(ささぐり)町で別の男性と再婚、結婚生活を送っていた。

 赤堀容疑者の実家に金を貸したという近隣住民に聞いた。

「今回の事件で、あの恵美子だとすぐ分かった。昔からあの体形だったし、正直、人を騙して餓死させて、本当に酷いと思う。彼らには数百万単位で貸した。20年ほど前のことだが、しばらくはわずかばかり振り込みで返済してきたけど、ここ10年は一切入金がありません。彼らはここを出て佐賀に行き、いまは大分県内のどこかにいると思うんですけど」


「池田大作名誉会長は…」
 大分に赤堀容疑者の父親を訪ねると、

「(娘が)罪を犯したなら、罪として認めて、罰ば受ける。刑を受けるならしょうがなかこと。たしかに息子は、二十数年前に逮捕された。800万円、盗ってしまい、1年半。刑務所に入った。でも、長女は死産して、病院では埋葬ばできんて言われたけんが、そんなら、私が家内の親の墓に埋めてやろうとした。そしたら警察に、火葬せんと違反になる言われて、火葬ばした。誰も逮捕なんかされとらん。恵美子がマインドコントロールにかけたったち言うばってん、我が子が餓死しそうなら、食わせんなら(食べさせないと)死ぬちゅうことは(その子の)親も分かっとるはず」

 赤堀容疑者の洗脳については、そんなことはあるはずがない、と異を唱えたいようだ。

「池田大作名誉会長は、絶対やっとらんことは死んでもやっとらんち言い通せち。それが信念や」

 と、赤堀容疑者への妙なエールも。ここで学会の教えを都合よく使われては、池田名誉会長も苦笑いするほかなかろう。

 母親から有り金をまき上げ、離婚させ、完全に支配下に置いていた赤堀容疑者は、ことあるたびに「学会」であることを便利づかいしていた。どことなく、父と娘は通じ合っている感がある。

「週刊新潮」2021年3月18日号 掲載
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/1132.html#c15

[近代史4] 100人に1人はサイコパス。私たちは人生のどこかで必ずサイコパスと出会う 中川隆
3. 2021年3月14日 15:34:39 : FkYaVG3LgQ : LkJjWkNxOWJTRmc=[12]
サイコパスは遺伝が8割? 遺伝にまつわる「言ってはいけない」タブー
2016年5月12日掲載
https://www.dailyshincho.jp/article/2016/05120520/?utm_source=yahoo&utm_medium=http&utm_campaign=link_back&ui_medium=http&ui_source=yahoo&ui_campaign=link_back&all=1


あくまでもイギリスでの一研究結果ではあるが、犯罪心理学でサイコパスに分類されるような子どもの場合、その遺伝率は81%――(他の写真を見る)


「犯罪者の子どもは所詮、犯罪者なんだよ」

 2時間モノのサスペンスドラマあたりでは聞きそうなセリフである(言われた側は逆上して相手を殺したりするのだ)。そして、実社会でこんなことを公言したら、糾弾されること必至のセリフでもある。

 しかし、実際のところはどうなのだろうか。

「犯罪は遺伝するのか」といったテーマは社会的にはタブー視されており、語られることはほとんどない。また、言うまでもなく冒頭のような物言いは差別に直結するから、厳に戒めるべきである。

 とはいえ、こうしたテーマについての調査がないわけではない。

 海外では「サイコパスと遺伝」についての驚くべき研究結果も発表されているのだ。


 社会的にタブーとされるテーマについて、様々な研究の成果を紹介しながら論じ、ベストセラーとなっている『言ってはいけない 残酷すぎる真実』(橘玲・著)では、「犯罪と遺伝」について、次のように述べている。

 ***


『言ってはいけない』
橘 玲 著
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4106106639/ref=as_li_qf_sp_asin_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4106106639&linkCode=as2&tag=asyuracom-22


 現代の精神医学では、犯罪を引き起こすような精神障害は「反社会性パーソナリティ障害」と呼ばれている。とはいえ、ずるがしこいひとや残酷な人間はどんな社会にも一定数いるし、これを安易に治療の必要な「病気」にしてしまうと、刑法における責任能力との関係でやっかいな問題が出てくるから、どこからを「障害」と見なすかはあいまいにならざるを得ない。

 だがそれでも、誰が見ても「異常」な人間はいる。

 イギリスで、1994年から3年間に生まれた5000組の双子の子どもたちを対象に、反社会的な傾向の遺伝率調査が行なわれた。それによると、「冷淡で無感情」といった性格を持つ子どもの遺伝率は30%で、残りの70%は環境の影響だとされた。この「環境」には当然、子育ても含まれるだろうから、これは常識的な結果だ。

 次いで研究者は、教師などから「矯正不可能」と評された、きわめて高い反社会性を持つ子どもだけを抽出してみた。

 その結果は、衝撃的なものだった。

 犯罪心理学でサイコパスに分類されるような子どもの場合、その遺伝率は81%で、環境の影響は2割弱しかなかった。しかもその環境は、子育てではなく友だち関係のような「非共有環境」の影響とされた。(※)


 ***

 もちろん、あくまでもイギリスでの一研究結果に過ぎず、また犯罪全般ではなく「サイコパス」に限っての話である点は忘れてはならない。安易に「犯罪と遺伝」を結びつけるのは許されないことだろう。しかし、昨今、何不自由なく育ったにもかかわらず、異常な殺人や誘拐などをおこなった「少年」「少女」のニュースがよく伝えられる。恵まれた環境で、教育熱心な親に育てられたのに、理解しがたい残酷な事件を起こす若者の「動機」については、多くの場合、納得のいく説明はなされないままだ。

 こうした事件について考える上では重要な視点なのではないだろうか。 

※参考文献:バーバラ・オークレイ『悪の遺伝子』(イースト・プレス)
https://www.amazon.co.jp/%E6%82%AA%E3%81%AE%E9%81%BA%E4%BC%9D%E5%AD%90%E2%80%95%E3%83%92%E3%83%88%E3%81%AF%E3%81%84%E3%81%A4%E5%A4%A9%E4%BD%BF%E3%81%8B%E3%82%89%E6%82%AA%E9%AD%94%E3%81%AB%E5%A4%89%E3%82%8F%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%8B-%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%82%A4/dp/4781601588

デイリー新潮編集部
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/1003.html#c3

[近代史3] 昔のテレビ・ドラマは面白かった _ 三上博史・ 広末涼子 リップスティック (フジテレビ 1999年) 中川隆
14. 中川隆[-6578] koaQ7Jey 2021年3月14日 15:36:54 : FkYaVG3LgQ : LkJjWkNxOWJTRmc=[13]
サイコパスは遺伝が8割? 遺伝にまつわる「言ってはいけない」タブー
2016年5月12日掲載
https://www.dailyshincho.jp/article/2016/05120520/?utm_source=yahoo&utm_medium=http&utm_campaign=link_back&ui_medium=http&ui_source=yahoo&ui_campaign=link_back&all=1

あくまでもイギリスでの一研究結果ではあるが、犯罪心理学でサイコパスに分類されるような子どもの場合、その遺伝率は81%――(他の写真を見る)


「犯罪者の子どもは所詮、犯罪者なんだよ」

 2時間モノのサスペンスドラマあたりでは聞きそうなセリフである(言われた側は逆上して相手を殺したりするのだ)。そして、実社会でこんなことを公言したら、糾弾されること必至のセリフでもある。

 しかし、実際のところはどうなのだろうか。

「犯罪は遺伝するのか」といったテーマは社会的にはタブー視されており、語られることはほとんどない。また、言うまでもなく冒頭のような物言いは差別に直結するから、厳に戒めるべきである。

 とはいえ、こうしたテーマについての調査がないわけではない。

 海外では「サイコパスと遺伝」についての驚くべき研究結果も発表されているのだ。


 社会的にタブーとされるテーマについて、様々な研究の成果を紹介しながら論じ、ベストセラーとなっている『言ってはいけない 残酷すぎる真実』(橘玲・著)では、「犯罪と遺伝」について、次のように述べている。

 ***


『言ってはいけない』
橘 玲 著
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4106106639/ref=as_li_qf_sp_asin_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4106106639&linkCode=as2&tag=asyuracom-22


 現代の精神医学では、犯罪を引き起こすような精神障害は「反社会性パーソナリティ障害」と呼ばれている。とはいえ、ずるがしこいひとや残酷な人間はどんな社会にも一定数いるし、これを安易に治療の必要な「病気」にしてしまうと、刑法における責任能力との関係でやっかいな問題が出てくるから、どこからを「障害」と見なすかはあいまいにならざるを得ない。

 だがそれでも、誰が見ても「異常」な人間はいる。

 イギリスで、1994年から3年間に生まれた5000組の双子の子どもたちを対象に、反社会的な傾向の遺伝率調査が行なわれた。それによると、「冷淡で無感情」といった性格を持つ子どもの遺伝率は30%で、残りの70%は環境の影響だとされた。この「環境」には当然、子育ても含まれるだろうから、これは常識的な結果だ。

 次いで研究者は、教師などから「矯正不可能」と評された、きわめて高い反社会性を持つ子どもだけを抽出してみた。

 その結果は、衝撃的なものだった。

 犯罪心理学でサイコパスに分類されるような子どもの場合、その遺伝率は81%で、環境の影響は2割弱しかなかった。しかもその環境は、子育てではなく友だち関係のような「非共有環境」の影響とされた。(※)


 ***

 もちろん、あくまでもイギリスでの一研究結果に過ぎず、また犯罪全般ではなく「サイコパス」に限っての話である点は忘れてはならない。安易に「犯罪と遺伝」を結びつけるのは許されないことだろう。しかし、昨今、何不自由なく育ったにもかかわらず、異常な殺人や誘拐などをおこなった「少年」「少女」のニュースがよく伝えられる。恵まれた環境で、教育熱心な親に育てられたのに、理解しがたい残酷な事件を起こす若者の「動機」については、多くの場合、納得のいく説明はなされないままだ。

 こうした事件について考える上では重要な視点なのではないだろうか。 

※参考文献:バーバラ・オークレイ『悪の遺伝子』(イースト・プレス)
https://www.amazon.co.jp/%E6%82%AA%E3%81%AE%E9%81%BA%E4%BC%9D%E5%AD%90%E2%80%95%E3%83%92%E3%83%88%E3%81%AF%E3%81%84%E3%81%A4%E5%A4%A9%E4%BD%BF%E3%81%8B%E3%82%89%E6%82%AA%E9%AD%94%E3%81%AB%E5%A4%89%E3%82%8F%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%8B-%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%82%A4/dp/4781601588

デイリー新潮編集部
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/1044.html#c14

[番外地9] 尖閣は台湾に付属する島なので、台湾が清国領なら尖閣も当然清国領になります。 中川隆
1. 2021年3月14日 17:24:39 : FkYaVG3LgQ : LkJjWkNxOWJTRmc=[14]
尖閣は台湾に付属する島なので、台湾が清国領なら尖閣も当然清国領になります。
中國が尖閣は中国領だと主張しているのは、一つの中国論では台湾は中国だから、台湾に付属する尖閣も中国だ、という論理です。
http://www.asyura2.com/21/ban9/msg/186.html#c1
[番外地9] 尖閣は台湾に付属する島なので、台湾が清国領なら尖閣も当然清国領になります。 中川隆
2. 2021年3月14日 18:11:59 : FkYaVG3LgQ : LkJjWkNxOWJTRmc=[15]
そもそも尖閣は台湾先住民の領土なので中国の意見なんか関係ないよ
それから沖縄は元々縄文人の国で、10世紀に日本人に乗っ取られたんだ。 その後、琉球人は日本人を憎み中國の属国にして貰ったんだから、尖閣が沖縄の一部と言うなら尖閣も中国領になる。
http://www.asyura2.com/21/ban9/msg/186.html#c2
[近代史5] テレビ・新聞による情報操作と Google・Appl・Facebook・Amazon による検閲・言論統制に歯止めがかからない 中川隆
10. 中川隆[-6577] koaQ7Jey 2021年3月14日 18:46:57 : FkYaVG3LgQ : LkJjWkNxOWJTRmc=[16]

2021.03.14
COVID-19騒動の前、イベント201の時に情報統制について話し合われていた
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202103140000/


 西側の自称「民主主義国」で情報統制が強まっている。有力メディアがCIAの影響下にあることは1970年代から詳しく伝えられてきたが、ここにきてインターネットの世界における検閲が強化されてきた。検閲の主体はツイッター、フェイスブック、ユーチューブ、グーグルといったシリコンバレーの巨大企業。その背後にはアメリカやイギリスを拠点にする強大な私的権力が存在している。

 そうした私的権力にとって都合の悪い情報を明らかにすると制裁される。例えば、NSAの内部告発者であるエドワード・スノーデンや内部告発を支援してきたウィキリークスの象徴であるジュリアン・アッサンジだ。スノーデンはロシアから出られなくなり、アッサンジはイギリスの刑務所に入れられている。

 現在、COVID-19(コロナウイルス感染症-2019)と名づけられた悪霊が世界を徘徊しているが、勿論、それは目に見えない。自分自身の頭の中で作られたイメージを恐れているのだ。そのイメージを少なからぬ人が恐怖し、安全と安心を求めて主権やプライバシーを放棄した。

 しかし、そうした幻影を恐れない人もいる。そうした人びとに対し、「危機感が足りない」と不満をぶつける「権威」もいたが、そうした事態をパンデミック宣言の前に相談していたグループが存在する。ジョン・F・ケネディ大統領の甥に当たるロバート・ケネディ・ジュニアは、そうしたグループによる​検閲計画がCOVID-19騒動の前から始まっている​とする記事を書いている。

 COVID-19騒動が始まる前、2019年10月18日にニューヨークでコロナウイルスが全世界で流行するというシミュレーションが行われた。​イベント201​だ。その主催者はジョンズ・ホプキンス健康安全保障センター、ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団、そしてWEF(世界経済フォーラム)である。


 バラク・オバマ政権でCIA副長官や国家安全保障副補佐官を務め、現在のジョー・バイデン政権で国家情報長官に選ばれたアブリル・ヘインズもイベント201に参加していたひとり。

 有力メディアは私的権力のプロパガンダ機関にすぎなくなっているものの、インターネットには自分たちにとって都合の悪い情報が存在していると指摘、その対策を語っている。その情報をコントロールするのではなく、自分たちに都合の良い情報をあふれさせ、圧倒するべきだとしている。そこで担ぎ出されるのがリーダー的な人や権威たち。

 ヘインズと同じように、イベント201へ参加したマシュー・ハリントン(広告会社エデルマンのCOO)は、国際的な情報の集中管理を提案している。1990年代からアメリカの国際戦略に広告会社が全面に出てきたが、ここでも登場している。

 イベント201には高福なる中国の研究者も参加していた。この人物はイギリスのオックスフォード大学に留学し、アメリカのハーバード大学で研究した経験の持ち主で、イベント当時は中国疾病預防控制中心の主任だった。


 高の専門はウイルス学と免疫学で、COVID-19騒動にも関わる。2020年1月22日に中国の国務院新聞弁公室で行われた記者会見で彼は武漢市内の海鮮市場で売られていた野生動物から人にウイルスが感染したとする見方を示した。これがイベント201主催者の描くシナリオだったのだろう。西側はこの説明を受け入れる。

 騒動の舞台、武漢には中国科学院武漢病毒研究所があり、​この研究所へはアメリカのNIH(国立衛生研究所)から研究費として370万ドルが提供されていた​と報道されている。NIHの下部機関、NIAID(国立アレルギー感染症研究所)の所長を1984年から務めている人物がCOVID-19対策を指揮しているアンソニー・ファウチ。このファウチと武漢病毒研究所の関係を疑う人もいる。

 また武漢病毒研究所はテキサス大学のガルベストン・ナショナル研究所やカナダのNML(ナショナル細菌研究所)と共同で細菌に関する研究を実施、タミフルやレムデシビルを開発したアメリカの製薬会社ギリアド・サイエンシズともつながる。中国の研究者はアメリカの私的権力と結びついていた。

 ところが、2月になるとCOVID-19対策は中国軍の医療部門の幹部で細菌戦の専門家と見なされている陳薇が指揮することになった。この人事を受け、西側の有力メディアは病気の原因が中国の細菌兵器だと伝えはじめる。陳薇の登場が想定外だったのかもしれない。騒動はすぐに鎮静化した。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202103140000/
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/513.html#c10

[番外地9] 尖閣は台湾に付属する島なので、台湾が清国領なら尖閣も当然清国領になります。 中川隆
3. 中川隆[-6576] koaQ7Jey 2021年3月14日 18:55:27 : FkYaVG3LgQ : LkJjWkNxOWJTRmc=[17]
元々台湾には台湾先住民しか住んでいなかったんだよ。 西表島や石垣島も10世紀までは台湾先住民が住んでいたんだ。台湾先住民はポリネシア人の先祖で海洋民族だからマダガスカルまで支配していたんだよ。
尖閣は石器時代から台湾先住民の漁場だった。 水が無いから島に住まなかっただけだ。

>縄文人とは、日本人のことです。沖縄人と本州人は共通祖先ということですね。

違うよ、DNA解析で日本人は 6000年前にはchousen に住んでいたのが証明されている。
http://www.asyura2.com/21/ban9/msg/186.html#c3

[番外地9] 貨幣の中立説 中川隆
2. 中川隆[-6575] koaQ7Jey 2021年3月14日 19:03:18 : FkYaVG3LgQ : LkJjWkNxOWJTRmc=[18]
​ @ブラザーヒロ
インフレになるかどうかは国内での購買に使われる資金量ですべて決まるんだよ。 いくらマネタリーベースやマネーストックを増やしても、金がすべて外国に投資されれば国内での購買には使われないからインフレにならないんだよ:

貨幣の中立説
貨幣量の増減は物価にだけ影響を与え、生産活動や雇用の増減などには影響を与えないとする説。古典派経済学の中心的な命題のひとつであり、中立説によれば、貨幣は社会的な分業や効率性をもたらす以上の役割はない。経済活動の本質は物々交換であり貨幣はその仲介を行っているにすぎず、貨幣量の増減は貨幣錯覚による混乱をもたらすが国富・国民経済の観点では中立的であり、国富の増大には貨幣量の拡大ではなく生産・供給能力の増強によるべきとした。


数量説は貨幣の中立性を前提にしており、物価の乱高下は流通貨幣量の管理によって押さえ込むことができるとする。管理通貨制度が定着する以前は、社会に存在する貨幣の総量は誰にも計測できず、金塊が採掘されるなり、難破などの事故により貴金属が喪失するといった確率現象や、貯蓄のために金塊を退蔵するといった個々人の経済行動は、物価に対して深刻な影響を与える要素であった。

貨幣中立説は、歴史的には大航海時代以後にスペインなどが重金主義を採用したことによる反動ともいえる。後の絶対王政以後のフランスでは重商主義が唱えられ、貿易黒字による差額があれば、金銀は自然と自国に蓄積されるという考え方であった。


長期的には貨幣の中立性は成立し、金融政策は実体経済に影響を与えず、ただ名目変数を動かすだけであるという点では、新古典派経済学、マネタリスト、ニュー・ケインジアンの見解は一致している。

国債を発行すると、その金利でマネーストックが増え、増えた金が海外投資されるだけで、労働者の実質賃金は下がり続ける。円は現在も着々と紙屑化している。


この30年間汗水たらして働いた人の給料は実質1円も増えず資産は減り、一切働かず国債の金利収入だけを得た人の資産は倍増しました。経済学者によると現代は中世暗黒時代以上に貧富の差が大きく、人類史上最大の格差が生まれようとしている。


国債を大量発行すると、こういうメカニズムで労働者の実質賃金が下がる:

▲△▽▼

貨幣数量説
フィッシャーの交換方程式 MV=PQ

ここで
M はある期間中の任意の時点tにおける流通貨幣(通貨)の総量 (価値保蔵手段としての貨幣は含めない)
V は貨幣の"流通速度"(特定期間内に人々のあいだで受け渡しされる回数:貨幣の回転率のようなもの)売買契約の約定回数
P はある期間中の任意の時点tにおける物価水準(通常は基準年度を1としたデフレータ)
Q は"取引量" (特定期間内に人々のあいだで行われる取引量(quantity)の合計)

である。

交換方程式は取引経済の実態そのものの数式化であり、かならず両辺が一致する。

フィッシャーの交換方程式 MV=PQ は
販売価格総額=購買価格総額
という恒等式だから誰も否定できない。
フィッシャーの交換方程式は取引経済の実態そのものの数式化であり、かならず両辺が一致する。
新古典派経済学の考え方によると、労働供給が飽和する水準で実質GDPは均衡するので(セイの法則)、実質GDPは貨幣量や物価とは関係なく決定される。そこで貨幣量Mが一意的に物価水準Pを決めることになる。
フィッシャーのMが増加すればPも増加するという説明は、昔からある貨幣の中立性を数学的に洗練して叙述したものである。

古典派経済学の貨幣の中立説は貨幣量の増減は物価にだけ影響を与え、生産活動や雇用の増減などには影響を与えないとする説。古典派経済学の中心的な命題のひとつであり、中立説によれば、貨幣は社会的な分業や効率性をもたらす以上の役割はない。経済活動の本質は物々交換であり貨幣はその仲介を行っているにすぎず、貨幣量の増減は貨幣錯覚による混乱をもたらすが国富・国民経済の観点では中立的であり、国富の増大には貨幣量の拡大ではなく生産・供給能力の増強によるべきとした。
貨幣数量説は貨幣の中立性を前提にしており、物価の乱高下は流通貨幣量の管理によって押さえ込むことができるとする。
フィッシャーは、貨幣の流通速度:Vと1期間における財・サービスの取引量:Qは慣習的に(大きな)変動はないとみなした(実際はVを観測するのは非常に難しく、観測はほぼ不可能である)。だとすると、MV=PQの左辺のV、右辺のQが大きく変動しないのであるから、自明なこととして、この方程式においてMとPは常に比例することになる。そうであるならば、M(貨幣量)を増やせば、P(物価)も上昇することになる。あるいは、M(貨幣量)を減らせば、P(物価)も低下するであろう。そうだとすれば、政策論的に言えば、例えばある経済の物価を上昇させたいのであれば、貨幣量を増やせば物価が上昇させることができるとこの方程式から言えるだろう。あるいは、もし物価が下がっているならば、それは貨幣量が足りないからだということができるだろう。これが古典派の貨幣数量説の基本的な考え方である。

ミルトン・フリードマンに代表されるマネタリストは、Q/Vの構造に長期的な安定傾向を見いだし、短期的には貨幣の中立性が満たされないことはあるが、長期的には満たされるとする。このため貨幣量が増加すると一時的に実質GDPまで拡大することはありうるが、長期的には実質GDPは完全雇用できまる水準に低下し、物価Pの上昇をもたらすだけだと考える。Q/Vは一回あたりの発注ロット数の平均値をあらわすが、フリードマンは経済の期待成長力や期待収益率の多寡によって、1回あたりの受発注量が増減することは短期的に観察できる事実であるが、長期の統計においては安定した関係にあると実証した(この功績でノーベル賞を受賞)。

長期的には貨幣の中立性は成立し、金融政策は実体経済に影響を与えず、ただ名目変数を動かすだけであるという点では、新古典派経済学、マネタリスト、ニュー・ケインジアンの見解は一致している。

フィッシャーの交換方程式の 貨幣量 M はマネーストック M2 (現金+銀行預金) ではないんですね。

フィッシャーの交換方程式 MV = PT

ここで
M : 貨幣量(購買に使う現金+銀行預金)
V : 貨幣の取引流通速度
P : 物価上昇率
T : 1期間における財・サービスの取引量

フィッシャーの交換方程式の問題は、購買に使われなかった銀行預金をどのように扱うのかという問題

銀行預金で株を買ったとして、その株の売り手はその売った金を次の機会に株を買う為に銀行預金としてキープしていて購買には使わないので、その金はフィッシャーの交換方程式の 貨幣量 M には入らないのです。

貨幣数量説とは簡単に言えば「貨幣を増やせば物価が上がる」という考え方だったが、MV=PTと言う等式において、貨幣量を増やしても購買に使用されない貨幣があると考えると、貨幣量を増やしても物価上昇につながらないということになってしまう。


そこで、使われなかった貨幣の扱い方は2通り考えられる。

第一に、貨幣数量説では、購買に使用されない貨幣は、フィッシャーの交換方程式にはそもそも含まれないというものである。

あるいは、2つ目の扱い方として、貨幣が増加したときに、使われなかった貨幣も含むとすると、その分だけ貨幣流通速度のVが低下するというものである。
この考え方を積極的に取り入れ、貨幣量を増やしても貨幣流通速度が下がる可能性を考慮してしまうと、MV=PTという方程式のMとPの比例関係が成り立たなくなり、貨幣数量説の考え方に問題が生ずる。
http://www.asyura2.com/21/ban9/msg/138.html#c2

[近代史3] 極貧のイギリス王室 _ イギリス王家の滅亡と「イギリス人」の消滅 中川隆
11. 2021年3月14日 19:35:03 : FkYaVG3LgQ : LkJjWkNxOWJTRmc=[19]

2021年03月14日
イギリス王家はなぜ外国人を妻にするのか
http://www.thutmosev.com/archives/85325601.html


日本の皇太子が韓流女優と結婚して次の天皇が韓国人2世になったら、日本人は認めますかね?
ヘンリーがやったのはこんな事です

画像引用:https://www.crank-in.net/news/87074/1 ヘンリー王子&メーガン妃、英王室内で“息子の肌の色”を懸念する声があったことを告白 /2021年3月8日 1ページ目 - セレブ&ゴシップ - ニュース - クランクイン!


ヘンリー、メーガン騒動はなぜ起きた

ヘンリー王子がイギリス王家に巻き起こしているトラブルには、日本では次のように置き換えることが出来る。

現天皇(徳仁天皇)が即位する前、弟の秋篠宮とは兄弟で皇位継承者だったので、現在の兄ウイリアムと弟ヘンリーの関係に似ている。

もっともイギリスはエリザベス女王が引退したがらない為、未だにチャールズは王になっていない。

兄が自国民の女性と結婚したのは両家とも同じだが、秋篠宮が紀子さまと結婚したのに対しヘンリーは外国人と結婚した。

ヘンリーの妻になったメーガンは米国人で母がアフリカ移民で父はオランダ・アイルランド系移民で家庭は裕福で芸能人だった。

これを例えると秋篠宮が韓国人女優と結婚し、相手は中国人とアフリカ人のハーフだったというのに似ている。


普通はこれで国民が激怒して結婚がご破算になると思うのだが、そうはならず表向き祝福され結婚した。

だが結婚後に問題が起き、王室や国民はメーガンに反感を持ち、様々な言動や待遇で嫌がらせをしたとされている。

ヘンリーとメーガンは王室から給与不払いを宣告されてイギリスから出ていき、今はカナダで生活している。


イギリス王家は日本のように政府が金を支給しておらず、企業のように営利活動を行って収入を得ている。

社長のエリザベス女王から「あなたには給料を払えない」と言われたヘンリー夫婦はイギリスから出て行った。

なぜこうなったかはイギリス王室の成り立ちと、日本の天皇家の成り立ちの違いが深く影響している。

イギリス王家はよそ者に過ぎない

イギリス王家の始まりは意外に新しくて1000年ほど前、ローマ帝国が衰退し分裂しイギリスへの影響力が及ばなくなりました。

1066年にノルマンディー公がブリテン島を統一したとされているが、この初代王はバイキングの末裔で、北欧あたりに起源をもつとされている。

イギリス王家は最初から「イギリス人」ではなかった訳で、これが後々までイギリス王家に影を落としている。


欧州のどの王家もその土地の人種や民族と関係が薄く、どこかから移住したり攻め込んで土地を奪った歴史を持っている。

フランス王家はやはり起源1000年頃成立したが、やはりどこかからやってきた”よそ者”なうえ何度も滅んで別な家系に替わった。

フランス王家は1793年に滅んだが、最初からその土地に住む住人とは無関係であり、どこかからやってきた征服者の子孫に過ぎなかった。


日本の天皇家の起源は前方後円墳の始まりが西暦200年頃、木の根っこから生まれたのでなければさらに数百年遡ると考えられる。

現在の天皇家は奈良で始まったが、その前は九州にあり(古事記と日本書紀)、弥生時代の九州の諸王が始まりと見られる。

日本の天皇家の起源は日本人という人種や民族の中から生まれ、婚姻者も例外を除いて同じ人種から選ばれる。


イギリス王家はどこかからイギリスにやってきた征服者なので、どこの誰とも知らない女性と結婚し伯爵夫人になったりする。

イギリス王家はイギリス土着の住民と無関係な征服者に過ぎないので、こうした問題が次々に起きるのです。

日本の天皇は土着日本人(=弥生人)の代表者であり、異人種と結婚して今日から王妃ですなどというのはあり得無し、もしあったら天皇家は滅亡するでしょう
http://www.thutmosev.com/archives/85325601.html
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/800.html#c11

[近代史5] 《メーガン&ハリー暴露本が早くもベストセラーに》英王室兄弟の仲を引き裂いた「ひと言」とは? 中川隆
13. 中川隆[-6574] koaQ7Jey 2021年3月14日 19:35:22 : FkYaVG3LgQ : LkJjWkNxOWJTRmc=[20]

2021年03月14日
イギリス王家はなぜ外国人を妻にするのか
http://www.thutmosev.com/archives/85325601.html


日本の皇太子が韓流女優と結婚して次の天皇が韓国人2世になったら、日本人は認めますかね?
ヘンリーがやったのはこんな事です

画像引用:https://www.crank-in.net/news/87074/1 ヘンリー王子&メーガン妃、英王室内で“息子の肌の色”を懸念する声があったことを告白 /2021年3月8日 1ページ目 - セレブ&ゴシップ - ニュース - クランクイン!


ヘンリー、メーガン騒動はなぜ起きた

ヘンリー王子がイギリス王家に巻き起こしているトラブルには、日本では次のように置き換えることが出来る。

現天皇(徳仁天皇)が即位する前、弟の秋篠宮とは兄弟で皇位継承者だったので、現在の兄ウイリアムと弟ヘンリーの関係に似ている。

もっともイギリスはエリザベス女王が引退したがらない為、未だにチャールズは王になっていない。

兄が自国民の女性と結婚したのは両家とも同じだが、秋篠宮が紀子さまと結婚したのに対しヘンリーは外国人と結婚した。

ヘンリーの妻になったメーガンは米国人で母がアフリカ移民で父はオランダ・アイルランド系移民で家庭は裕福で芸能人だった。

これを例えると秋篠宮が韓国人女優と結婚し、相手は中国人とアフリカ人のハーフだったというのに似ている。


普通はこれで国民が激怒して結婚がご破算になると思うのだが、そうはならず表向き祝福され結婚した。

だが結婚後に問題が起き、王室や国民はメーガンに反感を持ち、様々な言動や待遇で嫌がらせをしたとされている。

ヘンリーとメーガンは王室から給与不払いを宣告されてイギリスから出ていき、今はカナダで生活している。


イギリス王家は日本のように政府が金を支給しておらず、企業のように営利活動を行って収入を得ている。

社長のエリザベス女王から「あなたには給料を払えない」と言われたヘンリー夫婦はイギリスから出て行った。

なぜこうなったかはイギリス王室の成り立ちと、日本の天皇家の成り立ちの違いが深く影響している。

イギリス王家はよそ者に過ぎない

イギリス王家の始まりは意外に新しくて1000年ほど前、ローマ帝国が衰退し分裂しイギリスへの影響力が及ばなくなりました。

1066年にノルマンディー公がブリテン島を統一したとされているが、この初代王はバイキングの末裔で、北欧あたりに起源をもつとされている。

イギリス王家は最初から「イギリス人」ではなかった訳で、これが後々までイギリス王家に影を落としている。


欧州のどの王家もその土地の人種や民族と関係が薄く、どこかから移住したり攻め込んで土地を奪った歴史を持っている。

フランス王家はやはり起源1000年頃成立したが、やはりどこかからやってきた”よそ者”なうえ何度も滅んで別な家系に替わった。

フランス王家は1793年に滅んだが、最初からその土地に住む住人とは無関係であり、どこかからやってきた征服者の子孫に過ぎなかった。


日本の天皇家の起源は前方後円墳の始まりが西暦200年頃、木の根っこから生まれたのでなければさらに数百年遡ると考えられる。

現在の天皇家は奈良で始まったが、その前は九州にあり(古事記と日本書紀)、弥生時代の九州の諸王が始まりと見られる。

日本の天皇家の起源は日本人という人種や民族の中から生まれ、婚姻者も例外を除いて同じ人種から選ばれる。


イギリス王家はどこかからイギリスにやってきた征服者なので、どこの誰とも知らない女性と結婚し伯爵夫人になったりする。

イギリス王家はイギリス土着の住民と無関係な征服者に過ぎないので、こうした問題が次々に起きるのです。

日本の天皇は土着日本人(=弥生人)の代表者であり、異人種と結婚して今日から王妃ですなどというのはあり得無し、もしあったら天皇家は滅亡するでしょう
http://www.thutmosev.com/archives/85325601.html
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/263.html#c13

[番外地9] 日本は大昔から供給過剰な国で、食べ物、住居、自動車、家電等は作ろうと思えば必要量の何倍でも直ぐに作れるのです。 中川隆
1. 中川隆[-6573] koaQ7Jey 2021年3月14日 21:32:45 : FkYaVG3LgQ : LkJjWkNxOWJTRmc=[21]
​ @ブラザーヒロ
>需要が供給を上回った時に、インフレになります。

日本は大昔から供給過剰な国で、食べ物、住居、自動車、家電等は作ろうと思えば必要量の何倍でも直ぐに作れるのです。 しかし余計に作っても売れないので、日本人の過半数は食べる為にやってもやらなくても何も変わらない意味ない仕事をやっているのです。 従って、三橋さんが何時も言っている 需要・供給というのは やってもやらなくても何も変わらない意味ない仕事の 需要・供給なのです。 インフレ・デフレとは関係ありません。

>貨幣の量が増えてもそれが全部海外へ投資……されてませんよ?

アベノミクスは年金資金でアメリカ国債を買って超円安にするという政策なので、日銀が新規発行した350兆円はすべて円をドルに変えて海外で投資しています。 日本国内の購買には全く使わなかったので国内の金は全く増えず、それでインフレにならなかったのです。 円を買った外資はその金で日本株と不動産を買って購買には使っていません。その外人に株や不動産を売った国内投資家の金が銀行預金として預けられ最終的に日銀当座預金を350兆円増やしていますが、それは次の投資機会まで眠らせているので、日本国内での購買には使われません。

三橋さんの話はすべてデタラメだから信じたら偉い目に遭いますよ。
http://www.asyura2.com/21/ban9/msg/191.html#c1

[近代史3] アジア東部集団の形成過程 中川隆
10. 中川隆[-6572] koaQ7Jey 2021年3月14日 21:53:16 : FkYaVG3LgQ : LkJjWkNxOWJTRmc=[22]
雑記帳 2021年03月14日
古代ゲノムデータに基づくアジア東部各地域集団の形成史
https://sicambre.at.webry.info/202103/article_15.html


 古代ゲノムデータに基づくアジア東部各地域集団の形成史に関する研究(Wang et al., 2021)が公表されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。本論文はすでに昨年(2020年)3月、査読前に公開されていましたが(関連記事)、その後に公表された複数の重要な研究を取り入れ、データと図がかなり修正されているようなので、改めて取り上げます。本論文は、この研究がアジア東部の人口史の理解における重要な進歩を示しており、氷河期以前のアジア東部個体と中国南部の完新世個体の古代DNAデータがより多く分析されれば、さらなる洞察が得られるだろう、と指摘しています。本論文はアジア東部の包括的な古代DNA研究成果を提示しており、この問題を調べるならば、現時点でまず読むべき重要な文献と言えるでしょう。

 アジア東部は動物の家畜化と植物の栽培化の最初期の中心地の一つで(関連記事)、シナ・チベット語族、タイ・カダイ語族、オーストロネシア語族、オーストロアジア語族、ミャオ・ヤオ語族、インド・ヨーロッパ語族、モンゴル語族、テュルク語族、ツングース語族、朝鮮語族、日本語族、ユカギール語族、チュクチ・カムチャツカ語族など、ひじょうに多様な語族を有しています。しかし、チベット高原と中国南部の現代人の遺伝的多様性の標本抽出が最小限であるため(関連記事)、アジア東部における人口史の理解は不充分なままです。

 この研究は、人口史の広範な研究への使用に同意した中国(337人)とネパール(46人)の46人口集団から383人のDNAを収集し、約60万ヶ所の一塩基多型の遺伝子型が決定されました。古代DNA分析に関しても、現代の共同体とのつながりの可能性が高い時には、共同体からの許可が得られました。本論文は、新たに166個体のデータを報告します(図1)。その内訳は、紀元前5700〜紀元後1400年頃となるモンゴルの82個体、中国の黄河流域の紀元前3000年頃となる1ヶ所の遺跡の11個体、紀元前2500〜紀元前800年頃となる日本の縄文時代の狩猟採集民7個体、ロシア極東では紀元前5400〜紀元前3600年頃となるボイスマン2(Boisman-2)共同墓地の18個体および紀元後900年頃の1個体と紀元後1100年頃の1個体、紀元前1300〜紀元後800年頃となる台湾の2ヶ所の遺跡の46個体です。集団析では、汚染の証拠がある16個体、5000〜15000ヶ所の一塩基多型データしか得られなかった10個体、データセットで他のより高い網羅率の個体の密接な親族となる11個体を除外して、130個体に焦点が当てられました。これらのデータは、公開されている古代人1079個体、および16人口集団の現代人3265個体のデータと統合されました。地理と年代と考古学的文脈と遺伝的クラスタにより、これらの個体群はまとめられました。

 主成分分析が実行され、古代の個体群は現代人を用いて計算された軸に投影されました。人口構造は地理および言語と相関していますが、例外もあります。中国北西部とネパールとシベリアの集団はユーラシア西部人に向かってそれており、平均して5〜70世代前の混合を反映しています。初期完新世のアジア東部人では、現代(FST=0.013)と比較して遺伝的分化がずっと高く(FST=0.067)、深いアジア東部系統間の混合を反映しています。現在、最小限のユーラシア西部関連祖先系統を有するアジア東部人は、これらの極の間でじょじょに変化します。「アムール川流域クラスタ」は、アムール川流域の古代人および現代人と相関し、言語ではツングース語族話者およびニヴフ人と相関します。「チベット高原クラスタ」は古代ネパール人と在来チベット人で最も強く表されます。「アジア南東部クラスタ」は、古代台湾人および、タイ・カダイ語族とオーストロアジア語族とオーストロネシア語族を話すアジア東部人で最大化されます。自動クラスタ化でも類似の結果が得られます。

 本論文は、主題に沿って調査結果を整理します。第一に、深い時間を考慮します。アジア東部人に寄与する初期に分岐した系統は何か、という問題です。第二〜第四は、言語の拡大とその農耕拡大とのあり得るつながりについて、3通りの仮説を検証することにより、人口構造がどのようにして現在のものになったのか、明らかにします。第五に、ユーラシア西部人とユーラシア東部人とが地理的な接触地帯に沿ってどのように混合したのか、説明します。以下、本論文の図1です。
画像


●後期更新世の沿岸部拡大

 アジア東部で利用可能な氷河期前のゲノムは2個体だけです。一方は、北京の南西56kmにある 田园(田園)洞窟(Tianyuan Cave)で発見された4万年前頃の現生人類(Homo sapiens)1個体(関連記事)で、もう一方はモンゴル北東部のサルキート渓谷(Salkhit Valley)で発見された35000年前頃の現生人類1個体(関連記事)です。それにも関わらず、重要な洞察は氷河期後のゲノム分析から収集できます。一つの問題は、アジア東部の現生人類の移住が沿岸と内陸部のどちらの経路だったのか、ということです。チベット人が深く分岐したY染色体ハプログループ(YHg)D1(M174)を高頻度(50%)で有しているように、示唆的な遺伝的証拠はY染色体に由来します。YHg-D1は、現代日本人(および日本列島の縄文時代の狩猟採集民)およびベンガル湾のアンダマン諸島先住民と共有されています。

 qpGraphを用いて、データと一致する人口集団分岐および遺伝子流動が調べられ、本論文の主成分分析で祖先系統の両極端に寄与する主要系統の深い歴史に関して、節約的な作業モデルが特定されました。本論文の適合からは、アジア東部人祖先系統の大半は2つの古代人口集団の異なる割合の混合に由来する可能性がある、と示唆されます。一方は4万年前頃の田园個体と同じ系統、もう一方はアンダマン諸島先住民(オンゲ人)と同じ系統です。

 北方に分布する田园個体関連系統は、モンゴルの新石器時代の人々の祖先系統の98%、(現代チベット人を形成するチベット狩猟採集民から推測されるオンゲ関連系統と混合した)黄河上流域農耕民の90%に寄与した、と推測されます。より南方に分布する別の田园関連系統は、中国南東部沿岸の紀元前6300〜紀元前5600年頃の前期新石器時代となる福建省の粮道(Liangdao)遺跡の狩猟採集民の祖先系統の73%と、日本の縄文時代狩猟採集民の56%に寄与しました(関連記事)。日本列島には氷河期の前後に人類が居住するようになり、南北の「縄文人」は形態学的に異なっているので、本論文で検出された混合と関連しているかもしれません。北部の田园個体関連系統は、西遼河農耕民(67%)と台湾農耕民(25%)の両方にも寄与し、その祖先系統の残りは、粮道遺跡の南部狩猟採集民と関連しています。北部の田园個体関連系統は、黄河上流域農耕民に寄与した系統とは関連しているにも関わらず異なる、という事実から、黄河流域農耕民の拡大とは関係していない、台湾への北部農耕民の拡大の可能性が高い、と示唆されます。

 オンゲ関連系統の寄与は、沿岸部集団に集中しています。この系統は、アンダマン諸島人で100%、「縄文人」で44%、古代台湾農耕民で20%と推定され、アンダマン諸島人と日本人に見られるYHg-D1に基づいて仮定された沿岸経路拡大と一致します。当然チベットは沿岸部に位置していませんが、古代チベット人へのこの系統の比較的高い推定される寄与(24%)と、現代チベット人におけるYHg-D1の50%の割合は、YHg-D1とオンゲ関連系統との間のつながりを強固にします。チベットの狩猟採集民は、内陸部に拡大してチベット高原に居住したこの後期更新世沿岸拡大の早期に分岐した枝を表す、と本論文では仮定されます。


●トランスユーラシア仮説の精緻化

 農耕・言語拡散仮説では、栽培化・家畜化の中心およびその周辺における人口密度増加が、言語を拡大させる人々の移動の推進に重要だった、と提案されますが、アジア東部では、この仮説を検証する利用可能なデータが限られていました。まず、共有された農耕用語を含む再構築された特徴に基づいて、モンゴル語族とテュルク語族とツングース語族と朝鮮語族と日本語族などの大語族を提案している、「トランスユーラシア仮説」の遺伝的相関関係が調べられました。トランスユーラシア仮説では、これらの語族は、モンゴルへと西方に、シベリアへと北方に、朝鮮半島と日本列島へと東方に拡大した、中国北東部の西遼河周辺の初期雑穀農耕民の拡大と関連する祖型言語に由来する、と提案されます。

 この言語拡大のあり得る遺伝的相関への洞察を得るため、まずアムール川流域の年代区分調査が行われました(関連記事)。紀元前5500年頃の初期新石器時代個体群と紀元前5000年頃のボイスマン(Boisman)遺跡個体群から、紀元前900年頃となる鉄器時代のヤンコフスキー(Yankovsky)文化、および紀元後50〜250年頃となる鮮卑(Xianbei)文化まで、アムール川流域個体群は一貫して、qpWaveではクレード(単系統群)であることと一致します。この局所的に継続した人口集団も、後の人口集団に寄与しました。それは、ボイスマン遺跡個体群のYHg-C2a(F1396)とミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)D4・C5に反映されています。これらのハプログループは現代のツングース語族やモンゴル語族や一部のテュルク語族話者において優勢で、紀元後1100年頃の黒水靺鞨(Heishui Mohe)文化と関連する1個体でも確認されます。この黒水靺鞨文化関連1個体は、43±15%のアムール川流域新石器時代祖先系統を有する、と推定されています(歴史時代に南方からの移民があった場合に予想されるように、残りの祖先系統は漢人によりよくモデル化されます)。

 この古くに確立されたアムール川流域系統は、東方のより多くの縄文人関連性と、西方のほとんどのモンゴル新石器時代関連祖先系統との勾配の一部でした。バイカル湖狩猟採集民(関連記事)における77〜94%のモンゴル新石器時代関連祖先系統が推定され、残りは、氷河期にバイカル湖地域に居住していた、ユーラシア西部関連系統と深く分岐した、古代北ユーラシア人に由来します(関連記事)。ボイスマン遺跡のようなアムール川流域狩猟採集民では、モンゴル新石器時代関連祖先系統が87%(残りは縄文人関連祖先系統)と推定されます。アメリカ大陸先住民は、ボイスマン遺跡やモンゴルの新石器時代個体群の方と、他のアジア東部人よりも多くのアレル(対立遺伝子)を共有し、この系統の初期の分枝は図2の田园関連分枝の北部の分布を反映しており、アメリカ大陸先住民におけるアジア東部関連祖先系統の起源です。

 トランスユーラシア仮説は、モンゴル語族とテュルク語族とツングース語族と朝鮮語族と日本語族の祖型言語が西遼河地域の農耕民により広がった、というものです。西遼河地域の農耕民は、本論文の分析(図2)では、黄河上流域関連祖先系統(67%)と粮道関連祖先系統(33%)の混合を示します。祖先系統のこの特徴的な混合は、本論文の対象ではモンゴルとアムール川流域の時代区分で欠如している、と観察されます(図3)。これは、西遼河農耕民の拡大がモンゴル語族とツングース語族を広めた、とする仮説の予測でありません。対照的に、西遼河農耕民祖先系統は、おそらくさらに東方に影響を及ぼしました。たとえば、現代日本人は青銅器時代西遼河人口集団(92%)と縄文人(8%)の2方向混合としてモデル化でき、黄河流域農耕民集団が本論文のqpAdm分析での外群として含まれ、そのモデルが適合されるので確認されるように、黄河流域農耕民関連集団からの無視できる程度の寄与を伴います。この祖先系統は、朝鮮半島を経由して伝わったことと一致します。それは、日本人が朝鮮人(91%)と縄文人(9%)の混合としてモデル化できるからです。

 本論文で取り上げられた縄文人6個体は、毛髪の太さや直毛度、エクリン汗腺密度、耳たぶや下顎の形態にも影響を与えているエクトジスプラシンA受容体(EDAR)遺伝子の370V/A多様体の派生的アレル(関連記事)を有していません。EDAR遺伝子の370V/A多様体の派生的アレルは中国本土で3万年前頃に出現したと推定されており、アジア東部本土とアメリカ大陸の完新世の人口集団で高頻度に達しました。この派生的アレルが縄文人にはほぼ欠如しているという事実は、アジア東部本土集団と比較しての縄文時代の人口集団の遺伝的相違を強調します。以下、本論文の図2です。
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●シナ・チベット語族の北部起源

 チベット高原には現生人類が4万〜3万年前頃以来居住してきましたが(関連記事)、恒久的居住の証拠があるのは、農耕到来の紀元前1600年頃以降です(関連記事)。先住チベット人も、中国沿岸部平原の言語とつながるシナ・チベット語を話します。これらの密接に関連する言語の起源に関する「北部起源仮説」では、黄河上流および中流域でアワを栽培していた農耕民がチベット高原へと南西に拡大し、現在のチベット・ビルマ語族を広げ、中原および東岸へと東方と南方に拡大して、祖型的中国語を広めた、と提案されています(関連記事)。「南部起源仮説」では、祖型シナ・チベット語は高地を低地とつなぐチベットのイー(Yi)回廊で出現し、早期完新世に拡大した、と想定されます。

 チベット人の祖先系統と、中国語話者の祖先系統との関係を明らかにするため、現代の17の人口集団が3つの遺伝的クラスタにまとめられました。それは、「中核チベット人」、中核チベット人およびユーラシア西部人と関連する系統間の混合である「北部チベット人」、qpAdmでは30〜70%のアジア南東部人と関連する系統を有し、チベット語話者だけではなく、チアン人(Qiang)やロロ・ビルマ語話者も含む「チベット・イー回廊」人口集団です。古代黄河流域農耕民と現代漢人とチアン人は、中核チベット人と最も多くの遺伝的浮動を共有しており、チベット人と漢人とチアン人は全て、新石器時代黄河流域農耕民と関連する人口集団からの祖先系統を有する、との仮説と一致します。混合連鎖不平衡の崩壊を通じて、中核チベット人における大規模な混合(最小で22%ですが、おそらくはるかに高く、図2の推定値84%と一致します)が確認されました。これは、中核チベット人とその遺伝的にほぼ区別できない古代ネパールの近縁集団が、チベットの狩猟採集民の継続的な子孫を表している可能性は低い、という独立した証拠を提供します。単一混合モデルでは、混合は平均して紀元前290〜紀元後270年頃に起きた、と推定されますが、混合の始まりは、チベット高原への農耕拡大の紀元前1600年頃までさかのぼるかもしれません。

 現代漢人は南北の遺伝的勾配が特徴です。黄河上流および中流域の新石器時代農耕民とチベット人は、アジア南東部クラスタと比較して、現代漢人とより多くのアレルを共有していますが、アジア南東部クラスタ集団は、黄河流域農耕民と比較すると、ほとんどの漢人の方とより多くのアレルを共有しています。qpWaveを用いると、2つの起源集団がほとんどの漢人の全ての祖先系統への寄与と一致し、例外は本論文で2〜4%のユーラシア西部関連系統との混合が推定される北部漢人である、と決定されました。このユーラシア東西の混合は32〜45世代前に起きた、と推定されます。これは、紀元後618〜907年の唐王朝および紀元後960〜1279年の宋王朝の時期と重なります。唐代と宋代には、漢人(の主要な祖先集団)と西方民族集団との統合の歴史的記録があります。他の漢人全員に関しては、黄河上流および中流域の農耕民と関連する祖先系統が59〜84%、残りは古代粮道遺跡狩猟採集民と関連する人口集団に由来する、と推定されました。粮道遺跡狩猟採集民集団は、長江流域の稲作農耕民と遺伝的構成が一致すると推測されます。この推論は、粮道遺跡狩猟採集民祖先系統が、おもに多くのオーストロネシア語族話者、海南島(Hainan Island)のタイ・カダイ語族話者のリー(Li)人(66%以下)、青銅器時代アジア南東部人の主要な系統で、一部のオーストロアジア語族話者の祖先系統の2/3である、という事実(図3)により裏づけられます(関連記事1および関連記事2)。

 現在のシナ・チベット語族話者と黄河上流および中流域の新石器時代農耕民との間の特有のつながりが検出されたので、本論文の結果はシナ・チベット語族の「北部起源仮説」を裏づけます。考古学的に証明されているこの地域からの農耕の拡大と同じ時期であることは、紀元前3800年頃の単一の男性祖先に由来する、漢人とチベット人との間で共有されているYHg-O2a2b1a1(M117)の証拠でも裏づけられます。現在の南部漢人における増加する粮道遺跡狩猟採集民関連祖先系統の勾配はおそらく、漢人(の主要な祖先集団)が中国南部に拡大したと歴史的文献で記録されているように、拡大する漢人と南部集団との混合に起因します。しかし、これは最初の南方への移住ではありませんでした。それは、中国南部の漢人が遺伝的に、中期新石器時代の中国南部農耕民よりも、後期新石器時代黄河流域農耕民の方と遺伝的に近く(関連記事)、古代台湾農耕民では約25%の北方系統も観察されるからです(図2)。


●稲作農耕の拡大が言語を広めます

 アジア南東部の以前の古代DNA分析では、アジア南東部最初の農耕民は、おそらく中国南部農耕民に関連するアジア東部人からの2/3の祖先系統と、深く分岐した狩猟採集民系統から1/3の祖先系統を有していると示され、これはオーストロアジア語族話者において最も強く明らかで、言語の拡大との関連が示唆されるパターンです(関連記事1および関連記事2)。古代台湾農耕民からの約2000年にわたる時系列の利用により、これがより広範なパターンだと確証されました。古代台湾の個体群は、現代のオーストロアジア語族話者と強い遺伝的つながりを示します。これは、片親性遺伝標識(母系のミトコンドリアDNAと父系のY染色体)によりさらに裏づけられます。古代台湾の個体群では、YHgはO2a2b2(N6)が、mtHgはE1a・B4a1a・F3b1・F4bが優勢です。これらのハプログループは現代の台湾先住民に共有されており、おそらくは太平洋南西部に最初のオーストロネシア語族をもたらした(関連記事)、バヌアツのラピタ(Lapita)文化個体群(関連記事)にも存在しています。

 古代台湾集団とオーストロアジア語を話す現代台湾先住民は、中国南部本土のタイ・カダイ語族話者の方と、他のアジア東部人よりも有意に多くのアレルを共有しています。これは、現代のタイ・カダイ語族話者と関連し、長江流域農耕民(まだ古代DNAでは標本抽出されていません)からそれ以前に派生した古代の人口集団が、紀元前3000年頃に台湾へと農耕を広めた、との仮説と一致します。意外な発見は、古代中国北部個体群が、台湾海峡の本土側の初期完新世狩猟採集民よりも、本論文における台湾の時代区分の古代個体群の方とより密接に関連している、との観察です。これは、新石器時代中国北部から台湾への遺伝子流動を示唆し、黄河流域農耕民の2集団系統の一方に派生するとモデル化する場合、25%の遺伝的影響が推定されます。この祖先系統は、黄河流域農耕民自体から由来すると仮定するならば適合せず、南北の移住はこれらの農耕民の拡大とは関連しない、と示唆されます。推測できる可能性としては、この祖先系統が紀元前8000年頃までに中国北部で栽培化されたアワの耕作者により伝えられ、中国南部では紀元前3000〜紀元前2500年頃となる台湾新石器時代の大坌坑(Tapenkeng)文化で比較的早期に出現した、というものです。


●ユーラシア東西の混合

 モンゴルはユーラシア草原地帯の東端近くに位置し、考古学的証拠では、完新世を通じてユーラシア東西の文化的交換の水路だった、と示されています。たとえば、ヤムナヤ(Yamnaya)草原地帯牧畜民文化の東方への拡大である紀元前3100年頃のアファナシェヴォ(Afanasievo)文化は、モンゴルに最初の酪農をもたらし、紀元前2750〜紀元前1900年頃のチェムルチェク(Chemurchek)文化のようなその後の現象に文化的影響をもたらしました。

 本論文におけるモンゴルの時代区分では、紀元前6000〜紀元前600年頃の4起源集団に祖先系統が由来します。最初に確立し、おもにアジア東部人と関連する唯一の起源集団は、紀元前6000〜紀元前5000年頃となるモンゴル東部の新石器時代狩猟採集民2個体において基本的にほぼ100%で表され、本論文のデータセットでは最初期の個体群となります(図3)。第二の起源集団は、紀元前5700〜紀元前5400年頃のモンゴル北部の新石器時代狩猟採集民7個体で最初に現れ、以前に報告されたシベリア西部狩猟採集民(WSHG)と関連する祖先系統(関連記事)を5%程度有するとモデル化できます。第三の起源集団はアファナシェヴォ文化個体群で最初に現れ、遺伝的にはヤムナヤ草原地帯牧畜民とひじょうに類似しており、ロシアのアファナシェヴォ文化個体群のパターンと一致します。第四の起源集団は紀元前1400年頃までに現れ、シンタシュタ(Sintashta)文化の牧畜民のような祖先系統を有する人々に由来するとモデル化されます。シンタシュタ文化牧畜民は、ヤムナヤ関連祖先系統(約2/3)とヨーロッパ農耕民関連祖先系統(約1/3)の混合に由来します。

 モンゴルにおける混合史を定量化するため、qpAdmが用いられました。多くのモンゴル東部人は、新石器時代のモンゴル東部人(65〜100%)とシベリア西部狩猟採集民の単純な2方向混合としてモデル化できます。このモデルに適合する個体群は、新石器時代集団(0〜5%のWSHG)だけではなく、アファナシェヴォ・クルガク・ゴビ(Afanasievo Kurgak govi)遺跡の前期青銅器時代の子供(15%)、ウルギー(Ulgii)集団(21〜26%)、中期青銅器時代のムンクカイルカーン(Munkhkhairkhan)文化の主要な集団(31〜36%)、モンゴル中央部・西部地域の後期青銅器時代結合集団(24〜31%)、モングンタイガ(Mongun Taiga)の個体群(35%)です。クルガク・ゴビの子供はアファナシェヴォ文化との関連および年代にも関わらずヤムナヤ関連系統祖先系統を有しておらず、ヤムナヤ関連祖先系統を有さないアファナシェヴォ伝統で埋葬された個体の最初の事例となります。モンゴルに拡大したヤムナヤ期の遺産は、紀元前2750〜紀元前1900年頃のチェムルチェク(Chemurchek)文化の2個体で継続し、その祖先系統は、ヤムナヤ・アファナシェヴォを一方の起源集団として用いてのみモデル化できます(33〜51%)。これは、古代ヨーロッパ農耕民を外群で含める場合でも適合し、人々の長距離の移動はヨーロッパ西部の巨石文化伝統をチェムルチェク文化の人々に広めた、という仮説の証拠を提供しません。

 紀元前600年頃より前の4起源集団モデルが適合しない1事例は、チェムルチェク文化の1個体ですが、ずっと南方のトゥーラン(現在のイランとトルクメニスタンとウズベキスタンとアフガニスタン)地域と関連する人口集団からの15%の追加の祖先系統でモデル化できます。最近の研究では、トゥーラン集団とボタイ(Botai)遺跡の初期カザフスタン牧畜民の混合としてチェムルチェク文化関連個体群がモデル化され、本論文において全てのチェムルチェク文化関連個体で検出された他の3祖先系統はいずれも確認されませんでした(関連記事)。本論文の最適モデルは、ボタイ文化関連個体群が参照セットにある時に合格するので、本論文と他の研究の知見は、どちらも正しいならば、ボタイ文化集団関連祖先系統を有する一方の移住の波と、それを有さないもう一方の移住の波を伴うような、チェムルチェク文化関連個体群のひじょうに複雑な起源を示唆します。

 中期青銅器時代以降、モンゴルの時代区分データでは、アファナシェヴォ文化とともに拡大したヤムナヤ派生系統の持続に関する説得力のある証拠はありません。代わりに、ヤムナヤ関連祖先系統は、中期〜後期青銅器時代のシンタシュタ文化およびアンドロノヴォ(Andronovo)文化の人々と関連する後の拡大に由来するものとしてのみモデル化できます。シンタシュタ文化およびアンドロノヴォ文化の人々は、2/3のヤムナヤ関連祖先系統と1/3のヨーロッパ農耕民関連祖先系統の混合です。シンタシュタ文化関連祖先系統は、中期〜後期青銅器時代の集団で0〜57%の割合で検出され、モンゴル西部でのみかなりの割合となります。これら全集団に関して、qpAdm祖先系統モデルは、外群にアファナシェヴォ文化関連個体群を用いて合格しますが、起源集団としてのアファナシェヴォ文化関連個体群と外群にシンタシュタ文化関連個体群を用いるモデルは全て却下されます(図3)。

 新たな祖先系統は後期青銅器時代から大きな割合で到達し始め、qpAdmでは、新石器時代モンゴル東部個体群を、フブスグル(Khövsgöl)やウラーンズク(Ulaanzukh)やモンゴル中央部・西部地域の一部後期青銅器時代個体群、石板墓(Slab Grave)文化と関連した前期鉄器時代2個体、匈奴や鮮卑やモンゴル時代の個体群において、単一のアジア東部人起源集団としてモデル化すると失敗します。しかし、漢人を起源集団として含めると、これらの個体群の9〜80%の祖先系統の割合が推定されます。トゥーラン派生祖先系統は、紀元前6世紀〜紀元前4世紀までに、鉄器時代のサグリ(Sagly)文化の複数個体において再度モンゴルに拡大しました。明るい肌の色素沈着と関連する2ヶ所の遺伝子多型(rs1426654とrs16891982)、およびヨーロッパ人で青い目と関連する1ヶ所の多型(rs12913832)のアレルは、サグリ文化個体群で高頻度ですが、ラクターゼ(乳糖分解酵素)活性持続(LP)と関連する多型(rs4988235)のアレルは、本論文で分析されたアジア東部人全員でほぼ欠如しています。

 ヤムナヤ・アファナシェヴォ関連系統が中期〜後期青銅器時代までにモンゴルでほぼ消滅したことで一致している一方、ヤムナヤ・アファナシェヴォ関連系統拡大の遺産が中国西部で紀元前410〜紀元前190年頃となる鉄器時代の石人子溝(Shirenzigou)文化の時期に存続したことを示唆する、以前の古代DNA分析が確認・補強されました。石人子溝文化個体群の多くと5つの遺伝的に均質な下位クラスタのうち3クラスタを別々に考慮すると、唯一の節約的なモデルは、アファナシェヴォ文化個体群と関連する集団からのユーラシア西部関連祖先系統に全てが由来し、後にアジア中央部とモンゴルで出現した特徴的なヨーロッパ農耕民関連混合のないアファナシェヴォ文化個体群関連祖先系統は現在の新疆ウイグル自治区で持続した、と確認されます。

 たとえば、最もユーラシア西部関連祖先系統を有する2個体(石人子溝文化)にとって、3方向モデルに適合する全モデルは、ロシアのアファナシェヴォ文化個体群関連祖先系統を71〜77%含みます(図3)。さらに、そのようなモデルにおいて小さな割合で適合できる他のユーラシア西部関連2集団からの祖先系統の合計は、常に9%未満です。国家以前の社会では、言語はおもに人々の移動を通じて拡大すると考えられているので、これらの結果は、タリム盆地のトカラ語がヤムナヤ文化の子孫のアルタイ山脈およびモンゴルへの移住を通じて(アファナシェヴォ文化の外観で)拡大し、そこからさらに新疆ウイグル自治区へと拡大した、との仮説に重要な意味を追加します。これらの結果は、インド・ヨーロッパ語族の多様化の仮説にとって重要です。なぜならば、インド・ヨーロッパ語族系統樹における二番目に古い分枝の分岐は紀元前四千年紀末に起きた、という仮説を支持する証拠が増加しているからです。以下、本論文の図3です。
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 以上、本論文についてざっと見てきました。本論文で取り上げられていない最近の研究では、まだ査読前ですが、チベット人の形成過程と地域差を詳細に分析した論文(関連記事)や、上部旧石器時代後期から中世までのアジア北東部の複雑な人口史を分析した論文(関連記事)や、前期新石器時代〜漢代の山東省の人類の母系の遺伝的構造を分析した論文(関連記事)があります。本論文が指摘するように、アジア東部の更新世人類遺骸と、新石器時代長江流域個体群の古代DNAデータが得られれば、アジア東部、さらにはアジア南東部における現在の人口集団の形成史の理解は大きく進むと期待されます。

 上述のように、本論文は昨年3月に査読前に公開された時からかなり修正されており、それは昨年の公開時以降に公表された研究を取り入れているからでもあります。まず、査読前論文では、アジア東部における主要な祖先系統の大きな区分はユーラシア東部で、それが南北に分岐し、さらにユーラシア東部北方祖先系統から分岐したアジア東部祖先系統が南北に分岐した、とされていました。この大きな祖先系統間の関係は本論文でも変わっていませんが、ユーラシア東部系統の南北の分岐が、南方は沿岸部祖先系統、北方は内陸部祖先系統と名称が変わっています。4万年前頃の田园個体はユーラシア東部内陸部祖先系統に位置づけられるものの、アジア東部現代人の直接的な祖先集団とは早期に分岐し、現代人には殆どあるいは全く遺伝的影響を残していない、と推測されています。

 ユーラシア東部内陸部祖先系統(以下、内陸部祖先系統)は南北に分岐し、これが査読前論文のアジア東部南方祖先系統とアジア東部北方祖先系統に相当します。黄河流域新石器時代集団では内陸部北方祖先系統の割合が、前期新石器時代となる福建省の粮道遺跡2個体では内陸部南方祖先系統の割合がひじょうに高くなっていますが、それぞれユーラシア東部沿岸部祖先系統(以下、沿岸部祖先系統)の遺伝的影響も多少受けています。長江流域新石器時代集団は、粮道遺跡狩猟採集民と類似の遺伝的構成と予想されていますが、現時点ではまだゲノムデータが公表されていないと思います。上述のように、アジア東部の古代DNA研究における今後の注目点の一つが、長江流域新石器時代集団の遺伝的構成でしょう。

 黄河流域で新石器時代に成立した遺伝的構成をアジア東部北方祖先系統、中国南部新石器時代集団の遺伝的構成をアジア東部南方祖先系統とすると、現代中国における各人口集団の南北それぞれの割合は図3aで示されています。査読前論文と比較すると、漢人では全体的にアジア東部北方祖先系統の割合の方が高いものの、以前よりもアジア東部南方祖先系統の割合が高くなっています。これは、アジア東部北方祖先系統を表すのが、紀元前3000年頃となる後期新石器時代の陝西省楡林市靖辺県の五庄果墚(Wuzhuangguoliang)遺跡個体群から後期新石器時代黄河上流域個体群に、アジア東部南方祖先系統を表すのが、台湾の紀元後1〜4世紀の漢本(Hanben)遺跡個体群から前期新石器時代となる福建省の粮道遺跡2個体に変わったことが大きいようです。後期新石器時代黄河上流域個体群は、新石器時代から鉄器時代の中国北部の人口史に関する研究(関連記事)で取り上げられた、ともに青海省に位置する、紀元前2461〜紀元前2208年頃の金蝉口(Jinchankou)遺跡と紀元前2866〜紀元前2237年頃の喇家(Lajia)遺跡の個体群で表されます。

 モンゴルでは改めてユーラシア西部関連祖先系統の流入が確認されましたが、最初に到来した祖先系統が消滅し、後に別の祖先系統が流入するなど、ユーラシア草原地帯における完新世の複雑な人口史が示唆されます。ユーラシア西部関連祖先系統の流入は、上述のようにトカラ語との関連でも注目されます。現代チベット人は内陸部北方祖先系統の圧倒的な割合と、沿岸部祖先系統の比較的低い割合とで構成され、内陸部南方祖先系統の影響はほとんどないようですが、上述のチベット人形成史に関する詳細な研究では、現代チベット人内部では明確な遺伝的地域差があり、地域によってはユーラシア西部関連祖先系統や内陸部南方祖先系統が明確に示されています。

 日本人の私は、やはり自分が属する現代日本の「(本州・四国・九州を中心とする)本土」集団の形成過程に注目してしまいます(まあ、自分のゲノムを解析してもらったことはないので、じっさいに「本土」集団の遺伝的構成の範囲内に収まるのか、確定したわけではありませんが)。本論文では、縄文時代の7個体が分析されました。内訳は、紀元前2500〜紀元前800年頃の千葉市の六通貝塚の6個体と、紀元前1500〜紀元前1000年頃となる北海道の礼文島の船泊遺跡の1個体です。六通貝塚の6個体では1親等の関係にある2個体が確認されたので、そのうち網羅率のより低い1個体は集団遺伝分析から除外されています。

 縄文人は、内陸部南方祖先系統56%と沿岸部祖先系統44%の混合としてモデル化されます。この混合がいつどこで起きたのか、縄文人の年代・地域での遺伝的違いはどの程度だったのか、今後の研究の進展が期待されます。また、現代日本の「本土」集団の形成に関しては、縄文人とアジア東部大陸部から到来した集団との混合との見解が最近の研究でも改めて確認されており、アジア東部大陸部からの縄文時代以降のおそらくは2回(あるいはそれ以上)の移住が想定されています(関連記事)。本論文は、現代日本の「本土」集団は、縄文人(8%)と青銅器時代西遼河集団(92%)の混合としてモデル化でき、黄河流域新石器時代農耕民集団の直接的な遺伝的影響は無視できるほど低い、と指摘します。縄文時代以降に日本列島に到来し、圧倒的な遺伝的影響(90%程度)を現代「本土」集団に残した集団は、考古学で強く示唆されているように、朝鮮半島経由で到来した可能性が高そうで、今後この推測が大きく変わることはなさそうです。もちろん、本論文の祖先系統モデル化は、あくまでも現時点でのデータに基づいており、今後の古代DNA研究の進展により、さらに精緻化されると期待されます。

 本論文で分析された縄文人7個体のmtHgはいずれもN9bで、さらに詳細に区分できた4個体のうち3個体がN9b1、1個体がN9b2aです。礼文島の1個体と六通貝塚の6個体のうち3個体は男性です。YHgは、礼文島の1個体がD1(F1344)、六通貝塚の3個体がD1a2a1c1(Z1570)とD1a2a1c1(Z1575)とD1a2a1c1a(CTS11032)です。アジア南東部のホアビン文化(Hòabìnhian)層で見つかった、較正年代で4415〜4160年前頃の1個体(Ma911)のYHgもD1(M174)です(関連記事)。ホアビン文化狩猟採集民は遺伝的には本論文の沿岸部祖先系統の影響が圧倒的に強く、沿岸部祖先系統を有さないアジア東部の古代人ではまだYHg-D1は確認されていないと思いますので、アジア東部の個体群のYHg-D1は沿岸部祖先系統にのみ由来する可能性が高そうです。日本列島やチベットでは、内陸部祖先系統の遺伝的影響が圧倒的に強くなってもYHg-D1が残ったのに対して、農耕到来とともに内陸部祖先系統の遺伝的影響が強くなったアジア南東部では、YHg-D1がほとんど消えた理由に関しては、拡散の経緯や外来集団と在来集団との力関係や社会構造などの影響が大きいかもしれませんが、今後の研究の進展により解明されていくのではないか、と期待されます。


参考文献:
Wang CC. et al.(2021): Genomic insights into the formation of human populations in East Asia. Nature.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03336-2


https://sicambre.at.webry.info/202103/article_15.html
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/739.html#c10

[近代史5] 中国人の起源 中川隆
9. 中川隆[-6571] koaQ7Jey 2021年3月14日 21:54:17 : FkYaVG3LgQ : LkJjWkNxOWJTRmc=[23]
雑記帳 2021年03月14日
古代ゲノムデータに基づくアジア東部各地域集団の形成史
https://sicambre.at.webry.info/202103/article_15.html


 古代ゲノムデータに基づくアジア東部各地域集団の形成史に関する研究(Wang et al., 2021)が公表されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。本論文はすでに昨年(2020年)3月、査読前に公開されていましたが(関連記事)、その後に公表された複数の重要な研究を取り入れ、データと図がかなり修正されているようなので、改めて取り上げます。本論文は、この研究がアジア東部の人口史の理解における重要な進歩を示しており、氷河期以前のアジア東部個体と中国南部の完新世個体の古代DNAデータがより多く分析されれば、さらなる洞察が得られるだろう、と指摘しています。本論文はアジア東部の包括的な古代DNA研究成果を提示しており、この問題を調べるならば、現時点でまず読むべき重要な文献と言えるでしょう。

 アジア東部は動物の家畜化と植物の栽培化の最初期の中心地の一つで(関連記事)、シナ・チベット語族、タイ・カダイ語族、オーストロネシア語族、オーストロアジア語族、ミャオ・ヤオ語族、インド・ヨーロッパ語族、モンゴル語族、テュルク語族、ツングース語族、朝鮮語族、日本語族、ユカギール語族、チュクチ・カムチャツカ語族など、ひじょうに多様な語族を有しています。しかし、チベット高原と中国南部の現代人の遺伝的多様性の標本抽出が最小限であるため(関連記事)、アジア東部における人口史の理解は不充分なままです。

 この研究は、人口史の広範な研究への使用に同意した中国(337人)とネパール(46人)の46人口集団から383人のDNAを収集し、約60万ヶ所の一塩基多型の遺伝子型が決定されました。古代DNA分析に関しても、現代の共同体とのつながりの可能性が高い時には、共同体からの許可が得られました。本論文は、新たに166個体のデータを報告します(図1)。その内訳は、紀元前5700〜紀元後1400年頃となるモンゴルの82個体、中国の黄河流域の紀元前3000年頃となる1ヶ所の遺跡の11個体、紀元前2500〜紀元前800年頃となる日本の縄文時代の狩猟採集民7個体、ロシア極東では紀元前5400〜紀元前3600年頃となるボイスマン2(Boisman-2)共同墓地の18個体および紀元後900年頃の1個体と紀元後1100年頃の1個体、紀元前1300〜紀元後800年頃となる台湾の2ヶ所の遺跡の46個体です。集団析では、汚染の証拠がある16個体、5000〜15000ヶ所の一塩基多型データしか得られなかった10個体、データセットで他のより高い網羅率の個体の密接な親族となる11個体を除外して、130個体に焦点が当てられました。これらのデータは、公開されている古代人1079個体、および16人口集団の現代人3265個体のデータと統合されました。地理と年代と考古学的文脈と遺伝的クラスタにより、これらの個体群はまとめられました。

 主成分分析が実行され、古代の個体群は現代人を用いて計算された軸に投影されました。人口構造は地理および言語と相関していますが、例外もあります。中国北西部とネパールとシベリアの集団はユーラシア西部人に向かってそれており、平均して5〜70世代前の混合を反映しています。初期完新世のアジア東部人では、現代(FST=0.013)と比較して遺伝的分化がずっと高く(FST=0.067)、深いアジア東部系統間の混合を反映しています。現在、最小限のユーラシア西部関連祖先系統を有するアジア東部人は、これらの極の間でじょじょに変化します。「アムール川流域クラスタ」は、アムール川流域の古代人および現代人と相関し、言語ではツングース語族話者およびニヴフ人と相関します。「チベット高原クラスタ」は古代ネパール人と在来チベット人で最も強く表されます。「アジア南東部クラスタ」は、古代台湾人および、タイ・カダイ語族とオーストロアジア語族とオーストロネシア語族を話すアジア東部人で最大化されます。自動クラスタ化でも類似の結果が得られます。

 本論文は、主題に沿って調査結果を整理します。第一に、深い時間を考慮します。アジア東部人に寄与する初期に分岐した系統は何か、という問題です。第二〜第四は、言語の拡大とその農耕拡大とのあり得るつながりについて、3通りの仮説を検証することにより、人口構造がどのようにして現在のものになったのか、明らかにします。第五に、ユーラシア西部人とユーラシア東部人とが地理的な接触地帯に沿ってどのように混合したのか、説明します。以下、本論文の図1です。
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●後期更新世の沿岸部拡大

 アジア東部で利用可能な氷河期前のゲノムは2個体だけです。一方は、北京の南西56kmにある 田园(田園)洞窟(Tianyuan Cave)で発見された4万年前頃の現生人類(Homo sapiens)1個体(関連記事)で、もう一方はモンゴル北東部のサルキート渓谷(Salkhit Valley)で発見された35000年前頃の現生人類1個体(関連記事)です。それにも関わらず、重要な洞察は氷河期後のゲノム分析から収集できます。一つの問題は、アジア東部の現生人類の移住が沿岸と内陸部のどちらの経路だったのか、ということです。チベット人が深く分岐したY染色体ハプログループ(YHg)D1(M174)を高頻度(50%)で有しているように、示唆的な遺伝的証拠はY染色体に由来します。YHg-D1は、現代日本人(および日本列島の縄文時代の狩猟採集民)およびベンガル湾のアンダマン諸島先住民と共有されています。

 qpGraphを用いて、データと一致する人口集団分岐および遺伝子流動が調べられ、本論文の主成分分析で祖先系統の両極端に寄与する主要系統の深い歴史に関して、節約的な作業モデルが特定されました。本論文の適合からは、アジア東部人祖先系統の大半は2つの古代人口集団の異なる割合の混合に由来する可能性がある、と示唆されます。一方は4万年前頃の田园個体と同じ系統、もう一方はアンダマン諸島先住民(オンゲ人)と同じ系統です。

 北方に分布する田园個体関連系統は、モンゴルの新石器時代の人々の祖先系統の98%、(現代チベット人を形成するチベット狩猟採集民から推測されるオンゲ関連系統と混合した)黄河上流域農耕民の90%に寄与した、と推測されます。より南方に分布する別の田园関連系統は、中国南東部沿岸の紀元前6300〜紀元前5600年頃の前期新石器時代となる福建省の粮道(Liangdao)遺跡の狩猟採集民の祖先系統の73%と、日本の縄文時代狩猟採集民の56%に寄与しました(関連記事)。日本列島には氷河期の前後に人類が居住するようになり、南北の「縄文人」は形態学的に異なっているので、本論文で検出された混合と関連しているかもしれません。北部の田园個体関連系統は、西遼河農耕民(67%)と台湾農耕民(25%)の両方にも寄与し、その祖先系統の残りは、粮道遺跡の南部狩猟採集民と関連しています。北部の田园個体関連系統は、黄河上流域農耕民に寄与した系統とは関連しているにも関わらず異なる、という事実から、黄河流域農耕民の拡大とは関係していない、台湾への北部農耕民の拡大の可能性が高い、と示唆されます。

 オンゲ関連系統の寄与は、沿岸部集団に集中しています。この系統は、アンダマン諸島人で100%、「縄文人」で44%、古代台湾農耕民で20%と推定され、アンダマン諸島人と日本人に見られるYHg-D1に基づいて仮定された沿岸経路拡大と一致します。当然チベットは沿岸部に位置していませんが、古代チベット人へのこの系統の比較的高い推定される寄与(24%)と、現代チベット人におけるYHg-D1の50%の割合は、YHg-D1とオンゲ関連系統との間のつながりを強固にします。チベットの狩猟採集民は、内陸部に拡大してチベット高原に居住したこの後期更新世沿岸拡大の早期に分岐した枝を表す、と本論文では仮定されます。


●トランスユーラシア仮説の精緻化

 農耕・言語拡散仮説では、栽培化・家畜化の中心およびその周辺における人口密度増加が、言語を拡大させる人々の移動の推進に重要だった、と提案されますが、アジア東部では、この仮説を検証する利用可能なデータが限られていました。まず、共有された農耕用語を含む再構築された特徴に基づいて、モンゴル語族とテュルク語族とツングース語族と朝鮮語族と日本語族などの大語族を提案している、「トランスユーラシア仮説」の遺伝的相関関係が調べられました。トランスユーラシア仮説では、これらの語族は、モンゴルへと西方に、シベリアへと北方に、朝鮮半島と日本列島へと東方に拡大した、中国北東部の西遼河周辺の初期雑穀農耕民の拡大と関連する祖型言語に由来する、と提案されます。

 この言語拡大のあり得る遺伝的相関への洞察を得るため、まずアムール川流域の年代区分調査が行われました(関連記事)。紀元前5500年頃の初期新石器時代個体群と紀元前5000年頃のボイスマン(Boisman)遺跡個体群から、紀元前900年頃となる鉄器時代のヤンコフスキー(Yankovsky)文化、および紀元後50〜250年頃となる鮮卑(Xianbei)文化まで、アムール川流域個体群は一貫して、qpWaveではクレード(単系統群)であることと一致します。この局所的に継続した人口集団も、後の人口集団に寄与しました。それは、ボイスマン遺跡個体群のYHg-C2a(F1396)とミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)D4・C5に反映されています。これらのハプログループは現代のツングース語族やモンゴル語族や一部のテュルク語族話者において優勢で、紀元後1100年頃の黒水靺鞨(Heishui Mohe)文化と関連する1個体でも確認されます。この黒水靺鞨文化関連1個体は、43±15%のアムール川流域新石器時代祖先系統を有する、と推定されています(歴史時代に南方からの移民があった場合に予想されるように、残りの祖先系統は漢人によりよくモデル化されます)。

 この古くに確立されたアムール川流域系統は、東方のより多くの縄文人関連性と、西方のほとんどのモンゴル新石器時代関連祖先系統との勾配の一部でした。バイカル湖狩猟採集民(関連記事)における77〜94%のモンゴル新石器時代関連祖先系統が推定され、残りは、氷河期にバイカル湖地域に居住していた、ユーラシア西部関連系統と深く分岐した、古代北ユーラシア人に由来します(関連記事)。ボイスマン遺跡のようなアムール川流域狩猟採集民では、モンゴル新石器時代関連祖先系統が87%(残りは縄文人関連祖先系統)と推定されます。アメリカ大陸先住民は、ボイスマン遺跡やモンゴルの新石器時代個体群の方と、他のアジア東部人よりも多くのアレル(対立遺伝子)を共有し、この系統の初期の分枝は図2の田园関連分枝の北部の分布を反映しており、アメリカ大陸先住民におけるアジア東部関連祖先系統の起源です。

 トランスユーラシア仮説は、モンゴル語族とテュルク語族とツングース語族と朝鮮語族と日本語族の祖型言語が西遼河地域の農耕民により広がった、というものです。西遼河地域の農耕民は、本論文の分析(図2)では、黄河上流域関連祖先系統(67%)と粮道関連祖先系統(33%)の混合を示します。祖先系統のこの特徴的な混合は、本論文の対象ではモンゴルとアムール川流域の時代区分で欠如している、と観察されます(図3)。これは、西遼河農耕民の拡大がモンゴル語族とツングース語族を広めた、とする仮説の予測でありません。対照的に、西遼河農耕民祖先系統は、おそらくさらに東方に影響を及ぼしました。たとえば、現代日本人は青銅器時代西遼河人口集団(92%)と縄文人(8%)の2方向混合としてモデル化でき、黄河流域農耕民集団が本論文のqpAdm分析での外群として含まれ、そのモデルが適合されるので確認されるように、黄河流域農耕民関連集団からの無視できる程度の寄与を伴います。この祖先系統は、朝鮮半島を経由して伝わったことと一致します。それは、日本人が朝鮮人(91%)と縄文人(9%)の混合としてモデル化できるからです。

 本論文で取り上げられた縄文人6個体は、毛髪の太さや直毛度、エクリン汗腺密度、耳たぶや下顎の形態にも影響を与えているエクトジスプラシンA受容体(EDAR)遺伝子の370V/A多様体の派生的アレル(関連記事)を有していません。EDAR遺伝子の370V/A多様体の派生的アレルは中国本土で3万年前頃に出現したと推定されており、アジア東部本土とアメリカ大陸の完新世の人口集団で高頻度に達しました。この派生的アレルが縄文人にはほぼ欠如しているという事実は、アジア東部本土集団と比較しての縄文時代の人口集団の遺伝的相違を強調します。以下、本論文の図2です。
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●シナ・チベット語族の北部起源

 チベット高原には現生人類が4万〜3万年前頃以来居住してきましたが(関連記事)、恒久的居住の証拠があるのは、農耕到来の紀元前1600年頃以降です(関連記事)。先住チベット人も、中国沿岸部平原の言語とつながるシナ・チベット語を話します。これらの密接に関連する言語の起源に関する「北部起源仮説」では、黄河上流および中流域でアワを栽培していた農耕民がチベット高原へと南西に拡大し、現在のチベット・ビルマ語族を広げ、中原および東岸へと東方と南方に拡大して、祖型的中国語を広めた、と提案されています(関連記事)。「南部起源仮説」では、祖型シナ・チベット語は高地を低地とつなぐチベットのイー(Yi)回廊で出現し、早期完新世に拡大した、と想定されます。

 チベット人の祖先系統と、中国語話者の祖先系統との関係を明らかにするため、現代の17の人口集団が3つの遺伝的クラスタにまとめられました。それは、「中核チベット人」、中核チベット人およびユーラシア西部人と関連する系統間の混合である「北部チベット人」、qpAdmでは30〜70%のアジア南東部人と関連する系統を有し、チベット語話者だけではなく、チアン人(Qiang)やロロ・ビルマ語話者も含む「チベット・イー回廊」人口集団です。古代黄河流域農耕民と現代漢人とチアン人は、中核チベット人と最も多くの遺伝的浮動を共有しており、チベット人と漢人とチアン人は全て、新石器時代黄河流域農耕民と関連する人口集団からの祖先系統を有する、との仮説と一致します。混合連鎖不平衡の崩壊を通じて、中核チベット人における大規模な混合(最小で22%ですが、おそらくはるかに高く、図2の推定値84%と一致します)が確認されました。これは、中核チベット人とその遺伝的にほぼ区別できない古代ネパールの近縁集団が、チベットの狩猟採集民の継続的な子孫を表している可能性は低い、という独立した証拠を提供します。単一混合モデルでは、混合は平均して紀元前290〜紀元後270年頃に起きた、と推定されますが、混合の始まりは、チベット高原への農耕拡大の紀元前1600年頃までさかのぼるかもしれません。

 現代漢人は南北の遺伝的勾配が特徴です。黄河上流および中流域の新石器時代農耕民とチベット人は、アジア南東部クラスタと比較して、現代漢人とより多くのアレルを共有していますが、アジア南東部クラスタ集団は、黄河流域農耕民と比較すると、ほとんどの漢人の方とより多くのアレルを共有しています。qpWaveを用いると、2つの起源集団がほとんどの漢人の全ての祖先系統への寄与と一致し、例外は本論文で2〜4%のユーラシア西部関連系統との混合が推定される北部漢人である、と決定されました。このユーラシア東西の混合は32〜45世代前に起きた、と推定されます。これは、紀元後618〜907年の唐王朝および紀元後960〜1279年の宋王朝の時期と重なります。唐代と宋代には、漢人(の主要な祖先集団)と西方民族集団との統合の歴史的記録があります。他の漢人全員に関しては、黄河上流および中流域の農耕民と関連する祖先系統が59〜84%、残りは古代粮道遺跡狩猟採集民と関連する人口集団に由来する、と推定されました。粮道遺跡狩猟採集民集団は、長江流域の稲作農耕民と遺伝的構成が一致すると推測されます。この推論は、粮道遺跡狩猟採集民祖先系統が、おもに多くのオーストロネシア語族話者、海南島(Hainan Island)のタイ・カダイ語族話者のリー(Li)人(66%以下)、青銅器時代アジア南東部人の主要な系統で、一部のオーストロアジア語族話者の祖先系統の2/3である、という事実(図3)により裏づけられます(関連記事1および関連記事2)。

 現在のシナ・チベット語族話者と黄河上流および中流域の新石器時代農耕民との間の特有のつながりが検出されたので、本論文の結果はシナ・チベット語族の「北部起源仮説」を裏づけます。考古学的に証明されているこの地域からの農耕の拡大と同じ時期であることは、紀元前3800年頃の単一の男性祖先に由来する、漢人とチベット人との間で共有されているYHg-O2a2b1a1(M117)の証拠でも裏づけられます。現在の南部漢人における増加する粮道遺跡狩猟採集民関連祖先系統の勾配はおそらく、漢人(の主要な祖先集団)が中国南部に拡大したと歴史的文献で記録されているように、拡大する漢人と南部集団との混合に起因します。しかし、これは最初の南方への移住ではありませんでした。それは、中国南部の漢人が遺伝的に、中期新石器時代の中国南部農耕民よりも、後期新石器時代黄河流域農耕民の方と遺伝的に近く(関連記事)、古代台湾農耕民では約25%の北方系統も観察されるからです(図2)。


●稲作農耕の拡大が言語を広めます

 アジア南東部の以前の古代DNA分析では、アジア南東部最初の農耕民は、おそらく中国南部農耕民に関連するアジア東部人からの2/3の祖先系統と、深く分岐した狩猟採集民系統から1/3の祖先系統を有していると示され、これはオーストロアジア語族話者において最も強く明らかで、言語の拡大との関連が示唆されるパターンです(関連記事1および関連記事2)。古代台湾農耕民からの約2000年にわたる時系列の利用により、これがより広範なパターンだと確証されました。古代台湾の個体群は、現代のオーストロアジア語族話者と強い遺伝的つながりを示します。これは、片親性遺伝標識(母系のミトコンドリアDNAと父系のY染色体)によりさらに裏づけられます。古代台湾の個体群では、YHgはO2a2b2(N6)が、mtHgはE1a・B4a1a・F3b1・F4bが優勢です。これらのハプログループは現代の台湾先住民に共有されており、おそらくは太平洋南西部に最初のオーストロネシア語族をもたらした(関連記事)、バヌアツのラピタ(Lapita)文化個体群(関連記事)にも存在しています。

 古代台湾集団とオーストロアジア語を話す現代台湾先住民は、中国南部本土のタイ・カダイ語族話者の方と、他のアジア東部人よりも有意に多くのアレルを共有しています。これは、現代のタイ・カダイ語族話者と関連し、長江流域農耕民(まだ古代DNAでは標本抽出されていません)からそれ以前に派生した古代の人口集団が、紀元前3000年頃に台湾へと農耕を広めた、との仮説と一致します。意外な発見は、古代中国北部個体群が、台湾海峡の本土側の初期完新世狩猟採集民よりも、本論文における台湾の時代区分の古代個体群の方とより密接に関連している、との観察です。これは、新石器時代中国北部から台湾への遺伝子流動を示唆し、黄河流域農耕民の2集団系統の一方に派生するとモデル化する場合、25%の遺伝的影響が推定されます。この祖先系統は、黄河流域農耕民自体から由来すると仮定するならば適合せず、南北の移住はこれらの農耕民の拡大とは関連しない、と示唆されます。推測できる可能性としては、この祖先系統が紀元前8000年頃までに中国北部で栽培化されたアワの耕作者により伝えられ、中国南部では紀元前3000〜紀元前2500年頃となる台湾新石器時代の大坌坑(Tapenkeng)文化で比較的早期に出現した、というものです。


●ユーラシア東西の混合

 モンゴルはユーラシア草原地帯の東端近くに位置し、考古学的証拠では、完新世を通じてユーラシア東西の文化的交換の水路だった、と示されています。たとえば、ヤムナヤ(Yamnaya)草原地帯牧畜民文化の東方への拡大である紀元前3100年頃のアファナシェヴォ(Afanasievo)文化は、モンゴルに最初の酪農をもたらし、紀元前2750〜紀元前1900年頃のチェムルチェク(Chemurchek)文化のようなその後の現象に文化的影響をもたらしました。

 本論文におけるモンゴルの時代区分では、紀元前6000〜紀元前600年頃の4起源集団に祖先系統が由来します。最初に確立し、おもにアジア東部人と関連する唯一の起源集団は、紀元前6000〜紀元前5000年頃となるモンゴル東部の新石器時代狩猟採集民2個体において基本的にほぼ100%で表され、本論文のデータセットでは最初期の個体群となります(図3)。第二の起源集団は、紀元前5700〜紀元前5400年頃のモンゴル北部の新石器時代狩猟採集民7個体で最初に現れ、以前に報告されたシベリア西部狩猟採集民(WSHG)と関連する祖先系統(関連記事)を5%程度有するとモデル化できます。第三の起源集団はアファナシェヴォ文化個体群で最初に現れ、遺伝的にはヤムナヤ草原地帯牧畜民とひじょうに類似しており、ロシアのアファナシェヴォ文化個体群のパターンと一致します。第四の起源集団は紀元前1400年頃までに現れ、シンタシュタ(Sintashta)文化の牧畜民のような祖先系統を有する人々に由来するとモデル化されます。シンタシュタ文化牧畜民は、ヤムナヤ関連祖先系統(約2/3)とヨーロッパ農耕民関連祖先系統(約1/3)の混合に由来します。

 モンゴルにおける混合史を定量化するため、qpAdmが用いられました。多くのモンゴル東部人は、新石器時代のモンゴル東部人(65〜100%)とシベリア西部狩猟採集民の単純な2方向混合としてモデル化できます。このモデルに適合する個体群は、新石器時代集団(0〜5%のWSHG)だけではなく、アファナシェヴォ・クルガク・ゴビ(Afanasievo Kurgak govi)遺跡の前期青銅器時代の子供(15%)、ウルギー(Ulgii)集団(21〜26%)、中期青銅器時代のムンクカイルカーン(Munkhkhairkhan)文化の主要な集団(31〜36%)、モンゴル中央部・西部地域の後期青銅器時代結合集団(24〜31%)、モングンタイガ(Mongun Taiga)の個体群(35%)です。クルガク・ゴビの子供はアファナシェヴォ文化との関連および年代にも関わらずヤムナヤ関連系統祖先系統を有しておらず、ヤムナヤ関連祖先系統を有さないアファナシェヴォ伝統で埋葬された個体の最初の事例となります。モンゴルに拡大したヤムナヤ期の遺産は、紀元前2750〜紀元前1900年頃のチェムルチェク(Chemurchek)文化の2個体で継続し、その祖先系統は、ヤムナヤ・アファナシェヴォを一方の起源集団として用いてのみモデル化できます(33〜51%)。これは、古代ヨーロッパ農耕民を外群で含める場合でも適合し、人々の長距離の移動はヨーロッパ西部の巨石文化伝統をチェムルチェク文化の人々に広めた、という仮説の証拠を提供しません。

 紀元前600年頃より前の4起源集団モデルが適合しない1事例は、チェムルチェク文化の1個体ですが、ずっと南方のトゥーラン(現在のイランとトルクメニスタンとウズベキスタンとアフガニスタン)地域と関連する人口集団からの15%の追加の祖先系統でモデル化できます。最近の研究では、トゥーラン集団とボタイ(Botai)遺跡の初期カザフスタン牧畜民の混合としてチェムルチェク文化関連個体群がモデル化され、本論文において全てのチェムルチェク文化関連個体で検出された他の3祖先系統はいずれも確認されませんでした(関連記事)。本論文の最適モデルは、ボタイ文化関連個体群が参照セットにある時に合格するので、本論文と他の研究の知見は、どちらも正しいならば、ボタイ文化集団関連祖先系統を有する一方の移住の波と、それを有さないもう一方の移住の波を伴うような、チェムルチェク文化関連個体群のひじょうに複雑な起源を示唆します。

 中期青銅器時代以降、モンゴルの時代区分データでは、アファナシェヴォ文化とともに拡大したヤムナヤ派生系統の持続に関する説得力のある証拠はありません。代わりに、ヤムナヤ関連祖先系統は、中期〜後期青銅器時代のシンタシュタ文化およびアンドロノヴォ(Andronovo)文化の人々と関連する後の拡大に由来するものとしてのみモデル化できます。シンタシュタ文化およびアンドロノヴォ文化の人々は、2/3のヤムナヤ関連祖先系統と1/3のヨーロッパ農耕民関連祖先系統の混合です。シンタシュタ文化関連祖先系統は、中期〜後期青銅器時代の集団で0〜57%の割合で検出され、モンゴル西部でのみかなりの割合となります。これら全集団に関して、qpAdm祖先系統モデルは、外群にアファナシェヴォ文化関連個体群を用いて合格しますが、起源集団としてのアファナシェヴォ文化関連個体群と外群にシンタシュタ文化関連個体群を用いるモデルは全て却下されます(図3)。

 新たな祖先系統は後期青銅器時代から大きな割合で到達し始め、qpAdmでは、新石器時代モンゴル東部個体群を、フブスグル(Khövsgöl)やウラーンズク(Ulaanzukh)やモンゴル中央部・西部地域の一部後期青銅器時代個体群、石板墓(Slab Grave)文化と関連した前期鉄器時代2個体、匈奴や鮮卑やモンゴル時代の個体群において、単一のアジア東部人起源集団としてモデル化すると失敗します。しかし、漢人を起源集団として含めると、これらの個体群の9〜80%の祖先系統の割合が推定されます。トゥーラン派生祖先系統は、紀元前6世紀〜紀元前4世紀までに、鉄器時代のサグリ(Sagly)文化の複数個体において再度モンゴルに拡大しました。明るい肌の色素沈着と関連する2ヶ所の遺伝子多型(rs1426654とrs16891982)、およびヨーロッパ人で青い目と関連する1ヶ所の多型(rs12913832)のアレルは、サグリ文化個体群で高頻度ですが、ラクターゼ(乳糖分解酵素)活性持続(LP)と関連する多型(rs4988235)のアレルは、本論文で分析されたアジア東部人全員でほぼ欠如しています。

 ヤムナヤ・アファナシェヴォ関連系統が中期〜後期青銅器時代までにモンゴルでほぼ消滅したことで一致している一方、ヤムナヤ・アファナシェヴォ関連系統拡大の遺産が中国西部で紀元前410〜紀元前190年頃となる鉄器時代の石人子溝(Shirenzigou)文化の時期に存続したことを示唆する、以前の古代DNA分析が確認・補強されました。石人子溝文化個体群の多くと5つの遺伝的に均質な下位クラスタのうち3クラスタを別々に考慮すると、唯一の節約的なモデルは、アファナシェヴォ文化個体群と関連する集団からのユーラシア西部関連祖先系統に全てが由来し、後にアジア中央部とモンゴルで出現した特徴的なヨーロッパ農耕民関連混合のないアファナシェヴォ文化個体群関連祖先系統は現在の新疆ウイグル自治区で持続した、と確認されます。

 たとえば、最もユーラシア西部関連祖先系統を有する2個体(石人子溝文化)にとって、3方向モデルに適合する全モデルは、ロシアのアファナシェヴォ文化個体群関連祖先系統を71〜77%含みます(図3)。さらに、そのようなモデルにおいて小さな割合で適合できる他のユーラシア西部関連2集団からの祖先系統の合計は、常に9%未満です。国家以前の社会では、言語はおもに人々の移動を通じて拡大すると考えられているので、これらの結果は、タリム盆地のトカラ語がヤムナヤ文化の子孫のアルタイ山脈およびモンゴルへの移住を通じて(アファナシェヴォ文化の外観で)拡大し、そこからさらに新疆ウイグル自治区へと拡大した、との仮説に重要な意味を追加します。これらの結果は、インド・ヨーロッパ語族の多様化の仮説にとって重要です。なぜならば、インド・ヨーロッパ語族系統樹における二番目に古い分枝の分岐は紀元前四千年紀末に起きた、という仮説を支持する証拠が増加しているからです。以下、本論文の図3です。
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 以上、本論文についてざっと見てきました。本論文で取り上げられていない最近の研究では、まだ査読前ですが、チベット人の形成過程と地域差を詳細に分析した論文(関連記事)や、上部旧石器時代後期から中世までのアジア北東部の複雑な人口史を分析した論文(関連記事)や、前期新石器時代〜漢代の山東省の人類の母系の遺伝的構造を分析した論文(関連記事)があります。本論文が指摘するように、アジア東部の更新世人類遺骸と、新石器時代長江流域個体群の古代DNAデータが得られれば、アジア東部、さらにはアジア南東部における現在の人口集団の形成史の理解は大きく進むと期待されます。

 上述のように、本論文は昨年3月に査読前に公開された時からかなり修正されており、それは昨年の公開時以降に公表された研究を取り入れているからでもあります。まず、査読前論文では、アジア東部における主要な祖先系統の大きな区分はユーラシア東部で、それが南北に分岐し、さらにユーラシア東部北方祖先系統から分岐したアジア東部祖先系統が南北に分岐した、とされていました。この大きな祖先系統間の関係は本論文でも変わっていませんが、ユーラシア東部系統の南北の分岐が、南方は沿岸部祖先系統、北方は内陸部祖先系統と名称が変わっています。4万年前頃の田园個体はユーラシア東部内陸部祖先系統に位置づけられるものの、アジア東部現代人の直接的な祖先集団とは早期に分岐し、現代人には殆どあるいは全く遺伝的影響を残していない、と推測されています。

 ユーラシア東部内陸部祖先系統(以下、内陸部祖先系統)は南北に分岐し、これが査読前論文のアジア東部南方祖先系統とアジア東部北方祖先系統に相当します。黄河流域新石器時代集団では内陸部北方祖先系統の割合が、前期新石器時代となる福建省の粮道遺跡2個体では内陸部南方祖先系統の割合がひじょうに高くなっていますが、それぞれユーラシア東部沿岸部祖先系統(以下、沿岸部祖先系統)の遺伝的影響も多少受けています。長江流域新石器時代集団は、粮道遺跡狩猟採集民と類似の遺伝的構成と予想されていますが、現時点ではまだゲノムデータが公表されていないと思います。上述のように、アジア東部の古代DNA研究における今後の注目点の一つが、長江流域新石器時代集団の遺伝的構成でしょう。

 黄河流域で新石器時代に成立した遺伝的構成をアジア東部北方祖先系統、中国南部新石器時代集団の遺伝的構成をアジア東部南方祖先系統とすると、現代中国における各人口集団の南北それぞれの割合は図3aで示されています。査読前論文と比較すると、漢人では全体的にアジア東部北方祖先系統の割合の方が高いものの、以前よりもアジア東部南方祖先系統の割合が高くなっています。これは、アジア東部北方祖先系統を表すのが、紀元前3000年頃となる後期新石器時代の陝西省楡林市靖辺県の五庄果墚(Wuzhuangguoliang)遺跡個体群から後期新石器時代黄河上流域個体群に、アジア東部南方祖先系統を表すのが、台湾の紀元後1〜4世紀の漢本(Hanben)遺跡個体群から前期新石器時代となる福建省の粮道遺跡2個体に変わったことが大きいようです。後期新石器時代黄河上流域個体群は、新石器時代から鉄器時代の中国北部の人口史に関する研究(関連記事)で取り上げられた、ともに青海省に位置する、紀元前2461〜紀元前2208年頃の金蝉口(Jinchankou)遺跡と紀元前2866〜紀元前2237年頃の喇家(Lajia)遺跡の個体群で表されます。

 モンゴルでは改めてユーラシア西部関連祖先系統の流入が確認されましたが、最初に到来した祖先系統が消滅し、後に別の祖先系統が流入するなど、ユーラシア草原地帯における完新世の複雑な人口史が示唆されます。ユーラシア西部関連祖先系統の流入は、上述のようにトカラ語との関連でも注目されます。現代チベット人は内陸部北方祖先系統の圧倒的な割合と、沿岸部祖先系統の比較的低い割合とで構成され、内陸部南方祖先系統の影響はほとんどないようですが、上述のチベット人形成史に関する詳細な研究では、現代チベット人内部では明確な遺伝的地域差があり、地域によってはユーラシア西部関連祖先系統や内陸部南方祖先系統が明確に示されています。

 日本人の私は、やはり自分が属する現代日本の「(本州・四国・九州を中心とする)本土」集団の形成過程に注目してしまいます(まあ、自分のゲノムを解析してもらったことはないので、じっさいに「本土」集団の遺伝的構成の範囲内に収まるのか、確定したわけではありませんが)。本論文では、縄文時代の7個体が分析されました。内訳は、紀元前2500〜紀元前800年頃の千葉市の六通貝塚の6個体と、紀元前1500〜紀元前1000年頃となる北海道の礼文島の船泊遺跡の1個体です。六通貝塚の6個体では1親等の関係にある2個体が確認されたので、そのうち網羅率のより低い1個体は集団遺伝分析から除外されています。

 縄文人は、内陸部南方祖先系統56%と沿岸部祖先系統44%の混合としてモデル化されます。この混合がいつどこで起きたのか、縄文人の年代・地域での遺伝的違いはどの程度だったのか、今後の研究の進展が期待されます。また、現代日本の「本土」集団の形成に関しては、縄文人とアジア東部大陸部から到来した集団との混合との見解が最近の研究でも改めて確認されており、アジア東部大陸部からの縄文時代以降のおそらくは2回(あるいはそれ以上)の移住が想定されています(関連記事)。本論文は、現代日本の「本土」集団は、縄文人(8%)と青銅器時代西遼河集団(92%)の混合としてモデル化でき、黄河流域新石器時代農耕民集団の直接的な遺伝的影響は無視できるほど低い、と指摘します。縄文時代以降に日本列島に到来し、圧倒的な遺伝的影響(90%程度)を現代「本土」集団に残した集団は、考古学で強く示唆されているように、朝鮮半島経由で到来した可能性が高そうで、今後この推測が大きく変わることはなさそうです。もちろん、本論文の祖先系統モデル化は、あくまでも現時点でのデータに基づいており、今後の古代DNA研究の進展により、さらに精緻化されると期待されます。

 本論文で分析された縄文人7個体のmtHgはいずれもN9bで、さらに詳細に区分できた4個体のうち3個体がN9b1、1個体がN9b2aです。礼文島の1個体と六通貝塚の6個体のうち3個体は男性です。YHgは、礼文島の1個体がD1(F1344)、六通貝塚の3個体がD1a2a1c1(Z1570)とD1a2a1c1(Z1575)とD1a2a1c1a(CTS11032)です。アジア南東部のホアビン文化(Hòabìnhian)層で見つかった、較正年代で4415〜4160年前頃の1個体(Ma911)のYHgもD1(M174)です(関連記事)。ホアビン文化狩猟採集民は遺伝的には本論文の沿岸部祖先系統の影響が圧倒的に強く、沿岸部祖先系統を有さないアジア東部の古代人ではまだYHg-D1は確認されていないと思いますので、アジア東部の個体群のYHg-D1は沿岸部祖先系統にのみ由来する可能性が高そうです。日本列島やチベットでは、内陸部祖先系統の遺伝的影響が圧倒的に強くなってもYHg-D1が残ったのに対して、農耕到来とともに内陸部祖先系統の遺伝的影響が強くなったアジア南東部では、YHg-D1がほとんど消えた理由に関しては、拡散の経緯や外来集団と在来集団との力関係や社会構造などの影響が大きいかもしれませんが、今後の研究の進展により解明されていくのではないか、と期待されます。


参考文献:
Wang CC. et al.(2021): Genomic insights into the formation of human populations in East Asia. Nature.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03336-2


https://sicambre.at.webry.info/202103/article_15.html
http://www.asyura2.com/20/reki5/msg/272.html#c9

   

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