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[近代史4] 1ドル 30円から40円が適正価格 中川隆
3. 中川隆[-12766] koaQ7Jey 2020年5月04日 09:50:08 : owBDVMWD72 : SWV6ak1UeDZPWFE=[1]
2020年05月03日
安倍政策がGDP低下を招いた(2) 構造改革を止めろ

女性が輝いて国は滅ぶ

引用:http://img.chess443.net/S2010/upload/2014121000001_2.jpg


改革する首相にはうんざり

日本はもう30年も緊縮財政でお金を節約してきたのに、やればやるほど財政悪化しました。

安倍首相はさらに財政緊縮していますが、より一層日本経済は悪化し財政赤字も増えました。

安倍首相はかっこいい言葉やキャッチフレーズが大好きで、一番好きなのが「○○改革」です。

不思議な事に日本の景気が悪化し始めたのと、日本が改革路線に転換したタイミングは一致しています。

海部俊樹首相あたりから20年以上「○○改革」をやっていますが、やればやるほど日本経済は悪化しています。

1990年頃の日本では「公共事業や土木工事のせいで日本は莫大な借金を抱えている」という言い方がブームでした。


このままでは日本は破産するというので緊縮財政を始め、あらゆる支出を切り詰めたのが「構造改革」でした。

構造改革とは社会を効支出を切り詰めることと言い換えても良く、お金をばら撒く改革はありません。

ところが1990年ごろの日本政府の借金は、今考えると微々たる物で、放置しても良いレベルでしかなかった。


1980年の債務残高は124兆円、1990年の債務残高は300兆円でしたが、2000年には730兆円になり、2010年に1000兆円を超えました。

これが1972年に総理だった田中角栄のせいだとか、1987年まで総理だった中曽根康弘のせいだとか嘘も大概にして欲しい。

日本が公共事業にお金を使っていた1990年頃まで日本財政は健全で、構造改革をやり始めて悪化しました。


構造改革で支出を切り詰めた途端、雪だるま式に借金が膨れ上がって、今では1000兆円を超えたと財務省は言っています。

財務省は「財政赤字が増えたから構造改革している」と言うが、事実は構造改革すればするほど財政赤字が悪化しています。


構造改革が日本をダメにした

政府が支出を減らせば減らすほど税収が減って財政赤字が増えたのですが、経済的には不思議な現象ではありません。

GDPは個人消費が最大で、次に民間投資が占め、ついで公共投資が占めていて、公共投資とは政府が使うお金の事です。

民間投資は政府投資に連動するので、政府が支出を増やせば増え、減らせば連動して減ります。


民間消費も民間投資に連動して上下するので、結局政府が支出を減らすと民間消費も減少します。

何故そうなるかと言うと、政府が仕事を発注して初めて企業は、生産設備や人材確保に投資します。

企業の投資は労働者の給料になるので、政府が支出を増やせば給料が増え、減らせば給料も減るのです。


こうして日本政府が緊縮財政に転換したのが原因で、1990年ごろから日本はマイナス成長を続けてきました。

政府が支出を減らすとGDPがマイナスになるので税収も減るが、財政赤字の分は赤字国債などで補填しています。

赤字国債を発行したり景気悪化で補正予算を組むので、支出を減らしたのに支出が増えたという、喜劇のような政策を30年やっているのです。


もっともこの政策を安倍首相が始めた訳ではなく、小泉首相もやっていたし、中曽根首相の頃からやっていました。

問題は歴代の首相が何も検証せずに同じ政策を続けている事で、緊縮財政の結果財政赤字が増えている現実を見ようとしません。

安倍首相は財政支出を減らすために、医療費や福祉予算、公共事業費を減らしましたが、その結果GDPは低成長を続けています。


実質賃金低下は安倍首相が原因

「政府が支出を減らせばGDPはマイナスになる」のだから、緊縮政策が上手くいかないのは当然です。

安倍首相は緊縮財政以外にも、多くの間違った経済政策を続けていて、マイナス成長の原因を作っています。

例えば女性の社会参加と外国人労働者の導入ですが、これで日本が経済成長する事はありません。


日本は未だにデフレが続いていて、その大きな原因の一つが実質賃金が低下し続けている事です。

賃金が低下する原因は政府が支出を減らしたからですが、労働者の増加も影響しています。

日本は人口が減っているのに、女性の社会参加と外国人労働者のせいで、労働人口は戦後ずっと増え続けています。


消費者の人口が減ったのに労働者だけ増やし続けている訳で、実質賃金が減るのは当たり前の現象です。

安倍首相は女性の社会参加が本当に大好きで、公務員に女性登用ノルマを設けたりしています。

だが単純な話、今まで100人で働いていた職場に毎年一人の女性労働者が増えれば、一人当たりの賃金は減るのです。


欧米諸国はサミットやG7などで、事あるごとに日本に構造改革を要求してきました。

政府の支出を減らせとか、女性を働かせろとか、公務員を民営化しろとか、自由化で価格競争しろとかです。

ところがそう言っている欧米諸国自身は、これらを何一つ実行しては居ません。


「構造改革」を辞めれば経済は良くなる

例えば不祥事を起こしたドイツのVWは、政府が経営に参加している公的企業で、フランスのルノーも同じです。

労働者の解雇は事実上禁止されていて、労働時間や労働条件も国が規制して悪化しないようにしています。

それで居ながらドイツやフランスは日本に「労働市場を自由化して解雇しやすくしなさい」と要求しています。


アメリカも同様で、世界最大の役所である米軍を絶対に「構造改革」しようとはしません。

アメリカ軍自体が膨大な雇用と経済効果を生み出しているので、下手に縮小したらアメリカ経済が自滅するでしょう。

そしてアメリカも欧州も、農家の所得の50%から90%が政府補助金ですが、日本にだけ「自由競争しろ」と要求しています。


こうして見ると欧米諸国が日本に構造改革を要求してくる理由は単純明快で「日本経済を破壊するため」です。

国際社会は競争なので、日本経済などこのまま落ちぶれたほうが都合が良く、だからIMFや世界銀行の欧米人は「構造改革」を要求します。

そんなに改革したいならアメリカ軍を解体して「自衛隊」にしたり、農家補助金を廃止すれば良いのだが、自国では絶対にやりません。


欧州も日本にだけ構造改革を要求し、VWのような公営企業や農業補助金を改革しようとはしません。

構造改革とは支出を減らす事なので、GDPを下げる作用を及ぼします。

成長している時にやればバブルを冷やしますが、デフレの時にやったら経済が自滅して日本のようになります。


構造改革で合理化をすると、長期的には社会が効率化して新たな成長が起きますが、そんなのは数十年後の話です。

日本はデフレなのに経済を悪化させる政策ばかりしたから30年不況なので、改革を辞めれば自然に回復します。

日本がやるべき事は「改革をしない」と宣言して、社会にお金をばら撒く事だけです。
http://www.thutmosev.com/archives/48092832.html

http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/597.html#c3

[近代史4] 新型コロナウイルスはデザイナーズウィルス、免疫細胞を無効化することが判明 中川隆
48. 中川隆[-12765] koaQ7Jey 2020年5月04日 10:53:05 : owBDVMWD72 : SWV6ak1UeDZPWFE=[2]
中国の新型コロナ情報隠ぺい 医療物資確保の時間稼ぎが目的か
2020年05月04日
https://jp.sputniknews.com/covid-19/202005047421076/


米国政府の高官らは中国政府が新型コロナウイルスの感染拡大初期段階においてその規模と伝染性を隠ぺいしていた点について、感染対策に必要な医療物資の確保が目的だったとの見方を強めている。米国土安全保障省の報告書をもとにAP通信が報じた。

AP通信が入手した報告書によれば、中国政府は新型コロナウイルスの脅威を当初、意図的に低く見せつつ、医療物資の輸出量を削減し、逆に輸入量を大幅に増やしていたという。さらに中国政府は輸出規制の存在を否定したほか、商取引のデータを改ざん、また情報の提供そのものを拒んでいたという。

© REUTERS / Tingshu Wang
米英豪ら5カ国 コロナ情報抹殺で中国を非難

報告書によれば、2020年1月、中国政府は新型コロナウイルスの伝染性について世界保健機関(WHO)に情報提供を行わなかった。その間、中国政府はマスクや医療用エプロン、手袋の輸入量を大幅に拡大した事実を隠していたという。報告書の作成者らは、中国の商取引によるデータに基づいてこれらの結論を導き出したとしている。

先にトランプ大統領は新型コロナウイルスが武漢の研究所で発生した説を検討しているとしたうえで、発生源を突き止めると発言していた。また、中国政府がCOVID-19の感染拡大を故意に引き起こしていた場合、しかるべき対抗措置を取るとしていた。

一方、中国外務省は新型コロナウイルスの感染流行について当初から徹底して情報公開を行ってきたと主張している。

米、豪、ニュージーランド、カナダ、英の諜報協定(UKUSA協定)報告書では、中国当局が医師に対しウイルスの存在について沈黙を強要、研究室の生体資料を廃棄し、国外のワクチン開発専門家へのサンプル提供を拒んだとされている。
「フォックスニュース」テレビは「ゼロ番目の患者となったのは武漢ウイルス研究所職員だ」としているが、中国はこの情報を否定している。同研究所の研究者らによると、今日の時点でSARS-CoV-2に類似した人工ウイルスを作るには知識が不十分だという。
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/768.html#c48

[近代史4] 焼け太る中国!対策が打てない日本!コロナ恐慌に打ち勝つには! 中川隆
26. 中川隆[-12764] koaQ7Jey 2020年5月04日 10:53:36 : owBDVMWD72 : SWV6ak1UeDZPWFE=[3]
中国の新型コロナ情報隠ぺい 医療物資確保の時間稼ぎが目的か
2020年05月04日
https://jp.sputniknews.com/covid-19/202005047421076/


米国政府の高官らは中国政府が新型コロナウイルスの感染拡大初期段階においてその規模と伝染性を隠ぺいしていた点について、感染対策に必要な医療物資の確保が目的だったとの見方を強めている。米国土安全保障省の報告書をもとにAP通信が報じた。

AP通信が入手した報告書によれば、中国政府は新型コロナウイルスの脅威を当初、意図的に低く見せつつ、医療物資の輸出量を削減し、逆に輸入量を大幅に増やしていたという。さらに中国政府は輸出規制の存在を否定したほか、商取引のデータを改ざん、また情報の提供そのものを拒んでいたという。

© REUTERS / Tingshu Wang
米英豪ら5カ国 コロナ情報抹殺で中国を非難

報告書によれば、2020年1月、中国政府は新型コロナウイルスの伝染性について世界保健機関(WHO)に情報提供を行わなかった。その間、中国政府はマスクや医療用エプロン、手袋の輸入量を大幅に拡大した事実を隠していたという。報告書の作成者らは、中国の商取引によるデータに基づいてこれらの結論を導き出したとしている。

先にトランプ大統領は新型コロナウイルスが武漢の研究所で発生した説を検討しているとしたうえで、発生源を突き止めると発言していた。また、中国政府がCOVID-19の感染拡大を故意に引き起こしていた場合、しかるべき対抗措置を取るとしていた。

一方、中国外務省は新型コロナウイルスの感染流行について当初から徹底して情報公開を行ってきたと主張している。

米、豪、ニュージーランド、カナダ、英の諜報協定(UKUSA協定)報告書では、中国当局が医師に対しウイルスの存在について沈黙を強要、研究室の生体資料を廃棄し、国外のワクチン開発専門家へのサンプル提供を拒んだとされている。
「フォックスニュース」テレビは「ゼロ番目の患者となったのは武漢ウイルス研究所職員だ」としているが、中国はこの情報を否定している。同研究所の研究者らによると、今日の時点でSARS-CoV-2に類似した人工ウイルスを作るには知識が不十分だという。
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/762.html#c26

[近代史4] 河添恵子 : 習政権が必死に隠している武漢コロナ・ウイルスの発生源 中川隆
26. 中川隆[-12763] koaQ7Jey 2020年5月04日 10:54:21 : owBDVMWD72 : SWV6ak1UeDZPWFE=[4]
中国の新型コロナ情報隠ぺい 医療物資確保の時間稼ぎが目的か
2020年05月04日
https://jp.sputniknews.com/covid-19/202005047421076/


米国政府の高官らは中国政府が新型コロナウイルスの感染拡大初期段階においてその規模と伝染性を隠ぺいしていた点について、感染対策に必要な医療物資の確保が目的だったとの見方を強めている。米国土安全保障省の報告書をもとにAP通信が報じた。

AP通信が入手した報告書によれば、中国政府は新型コロナウイルスの脅威を当初、意図的に低く見せつつ、医療物資の輸出量を削減し、逆に輸入量を大幅に増やしていたという。さらに中国政府は輸出規制の存在を否定したほか、商取引のデータを改ざん、また情報の提供そのものを拒んでいたという。

© REUTERS / Tingshu Wang
米英豪ら5カ国 コロナ情報抹殺で中国を非難

報告書によれば、2020年1月、中国政府は新型コロナウイルスの伝染性について世界保健機関(WHO)に情報提供を行わなかった。その間、中国政府はマスクや医療用エプロン、手袋の輸入量を大幅に拡大した事実を隠していたという。報告書の作成者らは、中国の商取引によるデータに基づいてこれらの結論を導き出したとしている。

先にトランプ大統領は新型コロナウイルスが武漢の研究所で発生した説を検討しているとしたうえで、発生源を突き止めると発言していた。また、中国政府がCOVID-19の感染拡大を故意に引き起こしていた場合、しかるべき対抗措置を取るとしていた。

一方、中国外務省は新型コロナウイルスの感染流行について当初から徹底して情報公開を行ってきたと主張している。

米、豪、ニュージーランド、カナダ、英の諜報協定(UKUSA協定)報告書では、中国当局が医師に対しウイルスの存在について沈黙を強要、研究室の生体資料を廃棄し、国外のワクチン開発専門家へのサンプル提供を拒んだとされている。

「フォックスニュース」テレビは「ゼロ番目の患者となったのは武漢ウイルス研究所職員だ」としているが、中国はこの情報を否定している。同研究所の研究者らによると、今日の時点でSARS-CoV-2に類似した人工ウイルスを作るには知識が不十分だという。
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/602.html#c26

[番外地7] 出入国管理庁と法務省は、曖昧で恣意的な「理由」で支那人の上陸を許していた 中川隆
1. 中川隆[-12762] koaQ7Jey 2020年5月04日 12:08:55 : owBDVMWD72 : SWV6ak1UeDZPWFE=[5]
出入国管理庁と法務省は、曖昧で恣意的な「理由」で shina人の上陸を許していた

政府は4月3日からshina人の入国を厳しくし、滅多なことでは「上陸させない」はずなのに、実際は「抜け道」を用意して、“ある種”のshina人を入国させていたのだ。とりわけ、「特段の事情」という口実が怪しく、出入国管理庁と法務省は、曖昧で恣意的な「理由」でshina人の上陸を許していた。4月9日時点の報告書に目を通すと、脚注に「特段の事情」を説明する文章があるので、当然、一般国民はこの説明を読む。ところが、この註釈を読むと、「何それ!?」と言いたくなる。なぜなら、特別な入国者が湖北省や浙江省で発行された旅券を持つ者で、上陸申請日14日以内に上陸拒否地域に滞在歴が無い者となっていたからだ。  ところが、4月13日以降に発表された報告書になると、「特段の事情」という註釈が書き換えられており、その多くが国際線の乗務員である、という具合に“変更(改竄)”されていたのだ。なぜなら、巷の騒ぎを聞きつけた大塚耕平参院議員や長尾敬衆院議員といった国会議員が、法務省にに問い合わせたからだ。たぶん、議員からの尋問に青くなった法務省が、急いで「ダメージ・コントロール」を考えたからじゃないか。責任逃れをしたい法務官僚は、「shina人の入国者は大した人数じゃなく、1日平均、30人くらいですよ」と議員に“御説明”し、火の粉を振り払おうとした。そして、法務省の官僚は何事も無かったように、「実は・・・、入国させた外国人の内、7割くらいは航空会社のクルーなんです」と言い放ったのだ。

  正常な一般国民がこうした「言い訳」を耳にすれば、「なぜ最初から脚注の説明で、その7割を具体的に表記しなかったのか?!」と詰問したくなるじゃないか。国会議員からの質問を受けてから、「中国人(shina人)の入国はごく僅かです !」と答えるなんて卑怯だ。どうして多数派の説明を省略して、少数派の例を報告書に記載したのか? また、どうして「特段の事情」という項目の中に、航空機の乗務員を含めて上陸者の数を「水増し」たのか? 国際線のクルーがホテルでゆっくり熟睡したいから日本に上陸するのであれは、我々は反対しないし、「そうだよねぇ〜」と納得するはずだ。まさか、ウイルス騒動の中で「浅草見物や東京スカイツリーに行きたい」と言う乗務員なんかいないだろう。問題なのは、航空会社の関係者じゃなく、「特別な配慮」で入国した非乗務員の方だ。
  5月に入り、大塚議員が根気強く法務省に働きかけ、ようやく、その“固い殻”をこじ開けてくれたのは、とても有り難い。頑迷固陋の役所から貴重な情報を引き出した事は素晴らしいが、「新型コロナウイルス感染防止に係わる上陸審査の状況」という報告書の中にある「特段の事情が認められ上陸を許可した人」の内訳(4月1日から4月13日までの合計)は納得できない。この報告書をよく見てみると、幾つか「えっ !」と驚く事がある。刮目すべきは、「乗員以外」という項目にある国別の人数だ。米国の例だと、上陸を許可された人の内、乗員は1,342名で、乗員以外は57名となっていた。ところがshina人のケースは違う。乗員は41名なのに、乗員以外の者は254名もいたのだ。飛行機の乗務員というのは、普通、隔離処置をされて日本に上陸しても、何日かしたら帰国するはずだ。ゆえに、最初から問題は無い。例えば、カルフォルニアからやって来たアメリカン航空の乗務員が、何らかの必要に迫られて日本に上陸することはあるだろう。でも、お金欲しさに永住する訳じゃないから、用が済めばさっさと米国へ戻るはずだ。したがって、「特段の事情」の中に“わざわざ”パイロットやスチュワーデスを含めるのはおかしい。

  もしかしたら、法務省は「特別上陸者」の数を増やして、「目くらまし」を行い、どさくさ紛れに「特別な事情」を抱えるshina人を入れたかったんじゃないか? 報告書の「脚注3」によれば、乗員以外で上陸した外国人というのは、再入国許可書を持つ「永住者」や、「日本人の配偶者」、「永住者の配偶者等」、または「定住者」の在留資格を有する外国人(これらの在留資格を有さない日本人の配偶者または日本人の子を含む)であるという。なんだか、ややこしい説明だが、要するに、日本に住み着いたshina人で故郷から戻ってきた者、あるいは、日本人と結婚したshina人の女房とか混血児の子供、居候みたいなshina人永住者の亭主や女房、在留資格を有しないけど日本人と結婚または内縁で妻となったshina人、ということだろう。注意すべきは「永住者の配偶者“等”」という表現だ。こうした用語は“クセもの”である。もしかしたら、日本人と結婚したshina人が、「家族」という名目で弟や妹を連れて入国した可能性もあるのだ。日本人と違い、shina人の「家族」とは「一族郎党」だから、40人家族とか50人家族がいても不思議じゃない。shina人は嘘を「嘘」と思わないから、従兄弟や再従姉妹どころか、他人を「妹」や「叔父」と称して入国させるかも知れないぞ。

  法務省は小出しに情報を開示するが、役人というのは様々な理由をつけて言い逃れする癖を持っているから、正直に全部話すということは滅多に無い。たとえ、「特段の事情」を抱えるshina人が説明され、具体例を3つか4つ示されたくらいで納得するのは軽率だ。もし、乗員以外の入国者が254名いるとしたら、254名全部の素性や経歴、職業などを確かめるべきである。霞ヶ関の官僚供は本当に狡賢いから、「ヤバい事例」は後回しにするか、一番最後に持ってくる。本当にヤバい事例だと、「記録が見つからない」、「紛失したかも」、「よく探してみます」と述べて誤魔化す。(実際は、記録の「抹消」や「破棄」だってりしてね。) 役人は議員が安心するような具体例を先に教え、「そうだったのか! なんだ、取り越し苦労だったね !」という反応を引き出そうとする。国会議員は自分の利権や得票にならない仕事を厭がるから、二、三の具体例で満足してしがちだ。彼らは温厚な態度で接する高級官僚に対し、「いゃぁぁ〜、迷惑掛けちゃったねぇ〜。何せ、右翼みたいな連中がうるさいからさぁ〜。私も乗り気じゃなかったんだけどねぇ。これも一票乞食どもを宥めるためだから、辛抱してね !」と笑顔で謝罪する。対応した官僚の方も手慣れているから、「いぇぇぇ〜、いいんですよ! 先生もお忙しい中、こうやって御公務をなさっているんですから。私どもの方こそ、先生のご苦労をお察しします。また、何かあれば御遠慮なく申しつけて下さい !」と謙虚な態度を示す。議員なんてチョロいものだ。彼らはコロっと騙される。

  こうやってアホな政治家を丸め込んだ役人は、隣の同僚に向かって、「あ〜ぁぁ〜あ、ようやく鳩が餌もらって帰ったよぉ〜」と笑い飛ばし、「まったく、余計な手間を取らせやがって !」と吐き捨てる。仮に、有力議員の“口利き”で入国したshina人がいたら問題だ。また、大物幹事長の“圧力”を察知した官僚が、まだ命令されていないのに、自ら進んで上陸許可を出していたら、これまた厄介な問題となる。役人はヒラメと同じだから、「上」しか見ない。庶民は「下界に住む従僕」だから無視しても平気だ。

  「特段の事情」を全て“具体的”に説明しない官僚は“けしからん”と言えるが、shina人に配慮する思考も赦せない。4月24日、大塚耕平議員は出入国管理庁に対し、「特段の事情」で入国した外国人の国籍を開示せよ、と要求したが、法務省の官僚は大塚議員の要求を撥ねつけ、国籍が特定されると「外国人の人権を保護できなくなるから」という屁理屈を述べて却下。これはおかしい。どうして、入国した外国人の国籍が暴露されると、彼らの人権が危うくなるのか? 「特段の事情」が正当であれば問題ないだろう。どうして、その「事情」とやらを隠すんだ? 一体、「日本国民」に教える事ができない、「外国人」の「特殊な事情」とは何なのか?
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68811381.html
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/607.html#c1

[お知らせ・管理21] 2020年05月 困った時、意見、提案、相談などなんでも。管理人が24時間以内に必ず見るスレ 管理人さん
15. 中川隆[-12761] koaQ7Jey 2020年5月04日 12:15:56 : owBDVMWD72 : SWV6ak1UeDZPWFE=[6]
>>10
そもそも中国という国も言葉も戦後新しくできた言葉だから

支那(china) が正式名称です

今の中国政府は歴史上存在しなかった、チベット、内モンゴル、満州やウイグルまで含む巨大な占領地を中国と呼ばせているのですね。
http://www.asyura2.com/13/kanri21/msg/600.html#c15

[番外地7] 伏見宮の系統は間男の子孫 中川隆
2. 中川隆[-12763] koaQ7Jey 2020年5月04日 12:23:48 : owBDVMWD72 : SWV6ak1UeDZPWFE=[7]

伏見宮の系統は間男の子孫だと言われているんだよ
天皇一族は長年の近親相姦で子供ができなくなっているのに、伏見宮家は子沢山で明らかに血が繋がらないんだ。
それで臣籍降下させられた

http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/589.html#c2

[近代史4] 糖質制限はしてはいけない 中川隆
1. 中川隆[-12762] koaQ7Jey 2020年5月04日 13:25:25 : owBDVMWD72 : SWV6ak1UeDZPWFE=[8]
2020年05月04日
可能な限り炭水化物の摂取を控える「ケトンダイエット」を続けるとなぜインフルエンザのような症状が出るのか?

https://gigazine.net/news/20200504-why-fatigue-nausea-after-ket-diet/


「ケトンダイエット」は、炭水化物を摂取せずにカロリーのほとんどを脂質から得るという食事法です。ケトンダイエットは糖質制限ダイエットの1つとして人気がありますが、吐き気・頭痛・疲労感などのインフルエンザに似た諸症状を示すことが知られています。ケトンダイエット中になぜインフルエンザに似た症状が生じるのか、健康と運動の関係性を研究するポーツマス大学のアンドリュー・スコット氏が解説しています。

Keto diet: here's why some people experience fatigue, nausea, headaches after starting it
https://theconversation.com/keto-diet-heres-why-some-people-experience-fatigue-nausea-headaches-after-starting-it-135911

スコット氏によると、ケトンダイエットは「炭水化物の摂取を減らすと、脂肪などの炭水化物以外の物質をエネルギーに変換するようになる」という1920年頃の研究がもとで、「ケトンダイエット」という名称は脂肪を消化する際には肝臓でケトン体が生成されることに由来しています。ケトンダイエットは考案された当時は摂取する栄養素の比率を「脂肪分90%・タンパク質6%」にするというものでしたが、現在では1日の炭水化物の摂取量を20g未満にすればケトンダイエットとして見なされるとのこと。

近年では糖質制限ダイエットの1種として人気のあるケトンダイエットですが、スコット氏はタスマニア大学などのオーストラリアの研究チームが発表した論文を挙げて、「多くの人がケトンダイエットのさなかに吐き気、便秘、頭痛、疲労感などの諸症状を経験しています」と指摘。これらの諸症状はインフルエンザの症状に似ていることから、「ケトンインフルエンザ」と呼ばれていると解説しました。

ケトンインフルエンザの諸症状は、それぞれ異なる原因から生じているというのがスコット氏の見解です。スコット氏は頭痛については「炭水化物の離脱症状が原因」と説明。炭水化物から生成されるグルコースは脳などの中枢神経系の主要なエネルギー源であるため、炭水化物の供給量が減るとそれらの器官の機能低下が生じ、結果として頭痛が発生すると述べました。

一方、吐き気については、「脂肪の大量摂取が原因」とのこと。脂肪は消化と吸収に長い時間がかかるため、大量摂取すると気分が悪くなることが知られています。


疲労感については、「セロトニンが原因」とスコット氏は言及。ケトンダイエットは炭水化物を控えることによって、体内のインスリンの分泌量が低下します。体内のインスリンレベルが低下すると血中で遊離するトリプトファンと呼ばれるアミノ酸が増加して、脳内でセロトニンが合成されます。スコット氏によると、セロトニン濃度が高まるとセロトニン神経系が刺激されて、疲労感が生じるとのこと。

また、炭水化物は体が活用しやすいエネルギー源であるため、炭水化物の摂取を控えることは体にとってのストレスにつながるとスコット氏は指摘。ストレスがかかると副腎皮質からコルチゾールというホルモンが分泌され、その分泌量によっては免疫機能が低下して風邪などの感染症にかかりやすい体質になってしまう可能性があると語りました。


さらに、炭水化物が豊富な食品は、ビタミン・ミネラル・食物繊維を多く含むという傾向があります。日本の厚生労働省は食物繊維について、「成人男性は20g以上、成人女性は18g以上」という推奨摂取量を設けていますが、スコット氏は「ケトンダイエットでは炭水化物を控えるため、この推奨摂取量に届かない可能性があります」とコメント。食物繊維不足によって便秘が生じると語りました。

加えて、ビタミン・ミネラルの不足も問題です。糖質量ゆえにケトンダイエットでは避けることが推奨されているオレンジをスコット氏は挙げて、「オレンジなどのビタミンCを多く含む食品を摂取しなければ、感染症のリスクが高まります」と述べました。

以上のように、スコット氏はケトンダイエットのさまざまな問題点を指摘した上で、「魚や果物、野菜、鶏のささみなどの脂身の少ない肉をバランス良く摂取し、加工食品を食べないようにすることが体重管理や減量に効果的です」「運動は、心肺機能と筋力を向上させ体重管理に役立つというだけでなく、心血管の健康状態を改善して2型糖尿病のリスクを下げるという効果もあります」とコメントしています。

https://gigazine.net/news/20200504-why-fatigue-nausea-after-ket-diet/
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/331.html#c1

[リバイバル3] 糖質制限を何年も続けると廃人になる 中川隆
24. 中川隆[-12761] koaQ7Jey 2020年5月04日 13:25:58 : owBDVMWD72 : SWV6ak1UeDZPWFE=[9]
2020年05月04日
可能な限り炭水化物の摂取を控える「ケトンダイエット」を続けるとなぜインフルエンザのような症状が出るのか?

https://gigazine.net/news/20200504-why-fatigue-nausea-after-ket-diet/


「ケトンダイエット」は、炭水化物を摂取せずにカロリーのほとんどを脂質から得るという食事法です。ケトンダイエットは糖質制限ダイエットの1つとして人気がありますが、吐き気・頭痛・疲労感などのインフルエンザに似た諸症状を示すことが知られています。ケトンダイエット中になぜインフルエンザに似た症状が生じるのか、健康と運動の関係性を研究するポーツマス大学のアンドリュー・スコット氏が解説しています。

Keto diet: here's why some people experience fatigue, nausea, headaches after starting it
https://theconversation.com/keto-diet-heres-why-some-people-experience-fatigue-nausea-headaches-after-starting-it-135911

スコット氏によると、ケトンダイエットは「炭水化物の摂取を減らすと、脂肪などの炭水化物以外の物質をエネルギーに変換するようになる」という1920年頃の研究がもとで、「ケトンダイエット」という名称は脂肪を消化する際には肝臓でケトン体が生成されることに由来しています。ケトンダイエットは考案された当時は摂取する栄養素の比率を「脂肪分90%・タンパク質6%」にするというものでしたが、現在では1日の炭水化物の摂取量を20g未満にすればケトンダイエットとして見なされるとのこと。

近年では糖質制限ダイエットの1種として人気のあるケトンダイエットですが、スコット氏はタスマニア大学などのオーストラリアの研究チームが発表した論文を挙げて、「多くの人がケトンダイエットのさなかに吐き気、便秘、頭痛、疲労感などの諸症状を経験しています」と指摘。これらの諸症状はインフルエンザの症状に似ていることから、「ケトンインフルエンザ」と呼ばれていると解説しました。

ケトンインフルエンザの諸症状は、それぞれ異なる原因から生じているというのがスコット氏の見解です。スコット氏は頭痛については「炭水化物の離脱症状が原因」と説明。炭水化物から生成されるグルコースは脳などの中枢神経系の主要なエネルギー源であるため、炭水化物の供給量が減るとそれらの器官の機能低下が生じ、結果として頭痛が発生すると述べました。

一方、吐き気については、「脂肪の大量摂取が原因」とのこと。脂肪は消化と吸収に長い時間がかかるため、大量摂取すると気分が悪くなることが知られています。


疲労感については、「セロトニンが原因」とスコット氏は言及。ケトンダイエットは炭水化物を控えることによって、体内のインスリンの分泌量が低下します。体内のインスリンレベルが低下すると血中で遊離するトリプトファンと呼ばれるアミノ酸が増加して、脳内でセロトニンが合成されます。スコット氏によると、セロトニン濃度が高まるとセロトニン神経系が刺激されて、疲労感が生じるとのこと。

また、炭水化物は体が活用しやすいエネルギー源であるため、炭水化物の摂取を控えることは体にとってのストレスにつながるとスコット氏は指摘。ストレスがかかると副腎皮質からコルチゾールというホルモンが分泌され、その分泌量によっては免疫機能が低下して風邪などの感染症にかかりやすい体質になってしまう可能性があると語りました。


さらに、炭水化物が豊富な食品は、ビタミン・ミネラル・食物繊維を多く含むという傾向があります。日本の厚生労働省は食物繊維について、「成人男性は20g以上、成人女性は18g以上」という推奨摂取量を設けていますが、スコット氏は「ケトンダイエットでは炭水化物を控えるため、この推奨摂取量に届かない可能性があります」とコメント。食物繊維不足によって便秘が生じると語りました。

加えて、ビタミン・ミネラルの不足も問題です。糖質量ゆえにケトンダイエットでは避けることが推奨されているオレンジをスコット氏は挙げて、「オレンジなどのビタミンCを多く含む食品を摂取しなければ、感染症のリスクが高まります」と述べました。

以上のように、スコット氏はケトンダイエットのさまざまな問題点を指摘した上で、「魚や果物、野菜、鶏のささみなどの脂身の少ない肉をバランス良く摂取し、加工食品を食べないようにすることが体重管理や減量に効果的です」「運動は、心肺機能と筋力を向上させ体重管理に役立つというだけでなく、心血管の健康状態を改善して2型糖尿病のリスクを下げるという効果もあります」とコメントしています。

https://gigazine.net/news/20200504-why-fatigue-nausea-after-ket-diet/
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/734.html#c24

[リバイバル3] 糖質制限食がダメな理由・・・・・古代人のミイラが語る・・・・ 中川隆
53. 中川隆[-12760] koaQ7Jey 2020年5月04日 13:26:44 : owBDVMWD72 : SWV6ak1UeDZPWFE=[10]
2020年05月04日
可能な限り炭水化物の摂取を控える「ケトンダイエット」を続けるとなぜインフルエンザのような症状が出るのか?

https://gigazine.net/news/20200504-why-fatigue-nausea-after-ket-diet/


「ケトンダイエット」は、炭水化物を摂取せずにカロリーのほとんどを脂質から得るという食事法です。ケトンダイエットは糖質制限ダイエットの1つとして人気がありますが、吐き気・頭痛・疲労感などのインフルエンザに似た諸症状を示すことが知られています。ケトンダイエット中になぜインフルエンザに似た症状が生じるのか、健康と運動の関係性を研究するポーツマス大学のアンドリュー・スコット氏が解説しています。

Keto diet: here's why some people experience fatigue, nausea, headaches after starting it
https://theconversation.com/keto-diet-heres-why-some-people-experience-fatigue-nausea-headaches-after-starting-it-135911

スコット氏によると、ケトンダイエットは「炭水化物の摂取を減らすと、脂肪などの炭水化物以外の物質をエネルギーに変換するようになる」という1920年頃の研究がもとで、「ケトンダイエット」という名称は脂肪を消化する際には肝臓でケトン体が生成されることに由来しています。ケトンダイエットは考案された当時は摂取する栄養素の比率を「脂肪分90%・タンパク質6%」にするというものでしたが、現在では1日の炭水化物の摂取量を20g未満にすればケトンダイエットとして見なされるとのこと。

近年では糖質制限ダイエットの1種として人気のあるケトンダイエットですが、スコット氏はタスマニア大学などのオーストラリアの研究チームが発表した論文を挙げて、「多くの人がケトンダイエットのさなかに吐き気、便秘、頭痛、疲労感などの諸症状を経験しています」と指摘。これらの諸症状はインフルエンザの症状に似ていることから、「ケトンインフルエンザ」と呼ばれていると解説しました。

ケトンインフルエンザの諸症状は、それぞれ異なる原因から生じているというのがスコット氏の見解です。スコット氏は頭痛については「炭水化物の離脱症状が原因」と説明。炭水化物から生成されるグルコースは脳などの中枢神経系の主要なエネルギー源であるため、炭水化物の供給量が減るとそれらの器官の機能低下が生じ、結果として頭痛が発生すると述べました。

一方、吐き気については、「脂肪の大量摂取が原因」とのこと。脂肪は消化と吸収に長い時間がかかるため、大量摂取すると気分が悪くなることが知られています。


疲労感については、「セロトニンが原因」とスコット氏は言及。ケトンダイエットは炭水化物を控えることによって、体内のインスリンの分泌量が低下します。体内のインスリンレベルが低下すると血中で遊離するトリプトファンと呼ばれるアミノ酸が増加して、脳内でセロトニンが合成されます。スコット氏によると、セロトニン濃度が高まるとセロトニン神経系が刺激されて、疲労感が生じるとのこと。

また、炭水化物は体が活用しやすいエネルギー源であるため、炭水化物の摂取を控えることは体にとってのストレスにつながるとスコット氏は指摘。ストレスがかかると副腎皮質からコルチゾールというホルモンが分泌され、その分泌量によっては免疫機能が低下して風邪などの感染症にかかりやすい体質になってしまう可能性があると語りました。


さらに、炭水化物が豊富な食品は、ビタミン・ミネラル・食物繊維を多く含むという傾向があります。日本の厚生労働省は食物繊維について、「成人男性は20g以上、成人女性は18g以上」という推奨摂取量を設けていますが、スコット氏は「ケトンダイエットでは炭水化物を控えるため、この推奨摂取量に届かない可能性があります」とコメント。食物繊維不足によって便秘が生じると語りました。

加えて、ビタミン・ミネラルの不足も問題です。糖質量ゆえにケトンダイエットでは避けることが推奨されているオレンジをスコット氏は挙げて、「オレンジなどのビタミンCを多く含む食品を摂取しなければ、感染症のリスクが高まります」と述べました。

以上のように、スコット氏はケトンダイエットのさまざまな問題点を指摘した上で、「魚や果物、野菜、鶏のささみなどの脂身の少ない肉をバランス良く摂取し、加工食品を食べないようにすることが体重管理や減量に効果的です」「運動は、心肺機能と筋力を向上させ体重管理に役立つというだけでなく、心血管の健康状態を改善して2型糖尿病のリスクを下げるという効果もあります」とコメントしています。

https://gigazine.net/news/20200504-why-fatigue-nausea-after-ket-diet/
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/585.html#c53

[リバイバル3] スピーカーの歴史 _ 何故、過去に遡る程 スピーカーもアンプも音が良くなるのか? 中川隆
71. 中川隆[-12759] koaQ7Jey 2020年5月04日 13:52:29 : owBDVMWD72 : SWV6ak1UeDZPWFE=[11]

何故1970年頃のアンプに拘るか? - Mr.トレイルのオーディオ回り道 2020年05月04日
https://blog.goo.ne.jp/nishikido2840/e/e850f3abb185ffb72eda46bf8cc585fd


上の写真はSONY TA-3140Fの内部です。実にシンプルな作りです。シンプルな分「余計な回路」が入っていないので、「ストレートな音」が出て来ます。

こちらはTA-3120の内部。実にシンプルな作りです。ただ60年前のアンプですので「半田付け」部のクラックや劣化が有ると思います。

当時のオーディオ技術では、端子類の使い易さや電源ケーブルの「直出し配線」等の技術が不足していた様です。この部分を最新の機器に対応できる様にすれば十分今でも使えると思う。ここまで来たのです。あと一息と云う処かな?辛抱強くやり遂げたいと思う。
https://blog.goo.ne.jp/nishikido2840/e/e850f3abb185ffb72eda46bf8cc585fd
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/858.html#c71

[お知らせ・管理21] 2020年05月 困った時、意見、提案、相談などなんでも。管理人が24時間以内に必ず見るスレ 管理人さん
23. 2020年5月04日 15:56:01 : owBDVMWD72 : SWV6ak1UeDZPWFE=[12]
>>17
古来、日本人は中国を王朝名で呼んできた。不思議なことに王朝名はあっても国名はなかった。代表的なのは 「唐」である。日本への文化的影響が一番大きかったからであろうが、江戸時代になっても「唐(から)」「唐人」という呼称が残っていた。明治になってから は西洋諸国にならって中国と正式に国交を結び、もっぱら「清国」となった。「中国」という国名はまだない。

 日本にはもう一つ「支那」という呼称もあった。いつから始まったかは分からない。空海の詩文集「性霊集」に「支那」が用いられたとされるが、一般的だっ たとは思えない。たぶん明治になって王朝名とともにその国名を特定するために「支那」が多用されるようになったのだと思っている。

 日本に亡命した革命家や留学生たちも日本での著作にで「支那」と書いていることなどから、内外ともに「支那」という表現に差別の意識はなかったはずだ。

その「支那」が差別語になったのは、日清、日露戦争以降、日本と中国の国際的地位が逆転してからのことである。一九一一年の辛亥革命で清朝が倒れ、大きな 後ろ盾を失った。翌年、中華民国の成立を宣言したが、不幸なことに中国自身は分裂状態に陥った。日本としてもあの広大な大陸をなんと呼んでいいかとまどっ たに違いない。日本国政府は一九一三年六月の閣議で「条約や国書を除いて『支那』と呼称する」と決定したほどだった。

支那という表現が日本で定着する背景にはそんな事情もあった。中国全土が一つの政権下に治まるのは蔣介石による"統一"を待たなければならなかった。

 つまり「支那」という呼称が差別的だったのではなく、日本人の意識が差別的になったのである。そのころ日本人が「中国」と呼んでいたら、「中国」という表現も「ヘイ・チャイナ」と同様に差別語になっていたかもしれない。

 そんな問題意識が長いことあって、この一〇年、中国人に出会う度に「あなたたちは自分の国をいつから中国と呼ぶようになったのか」ということを聞いてきた。多くは「何をいまさら」というような表情をする。私はこう言って畳み掛けた。

「明治時代、日本は清国と呼んだ。清国大使館があり、多くの清国留学生が日本にやってきた。会社名にも日清という文字がよく使われ、今もいくつか残っている。明治の人たちは中国という表現すら知らなかったはずです」


 そう言うと「なるほど」という顔をするのだが、肝心の「いつから」という疑問に答えてくれた人はまだ現れてこない。中国人自身、「支那」を嫌がるわりに「中国」の出現についてはあまり関心がないらしい。
 さて「中国」である。一八四二年、阿片戦争後の南京条約で漢文の「中国」が使われた事例が最初であるとの説もあるが、一般的に使われたふしはない。筆者は、「中国」の使用は日本から多くの新語彙を導入したとされる梁啓超に始まるのではないかと勝手に想像している。

 梁啓超は康有為とともに清朝の変法運動を起こしたが、改革に失敗して日本に亡命した。その梁啓超が東亜同文会の機関誌「東亜時論」第一号(一八九八年一 二月)に寄せた「論支那政変後之関係」と題したエッセー(漢文)では自国を「支那」と呼んでいたのに、その第二号では「日中国十八省」など「中国」という 表現が使われている。第三号でも、第四号でも「中国」が登場する。

 しかし一九〇五年、東京で革命期成同盟を結成した孫文や黄興らは、その機関誌「民報」に中国のことを「支那」と書いたとされるぐらいだから、梁啓超の「中国」が多く人口に膾炙されていたとはいえなさそうだ。

 辛亥革命後に成立した中華民国以降は「民国」という略称が多用された。国民党には「中国」がついていなかったから、革命後に直ちに「中国」と呼ばれたのか不明である。

「中国」が公式に使われ始めたのは、孫文が一九一八年に再起を期して結成した「中国国民党」ではないかと想像している。初期の国民党とは違う組織であるこ とを意識して「中国」が頭につけられた。次は一九二一年の「中国共産党」である。日本では「日本共産党」が誕生したように、モスクワからの指令で各国に設 立されたそれぞれの共産党に「国名」が付記されたものである。


 この時期になると中国人で「支那」を使用する人はほとんどいなくなり、急速に「中国」という表現に置き換わっていく。新文化運動・白話文運動など知識人の中に起きた啓蒙運動を通じて民族としての「中国」が自覚されていったのではないかと考えざるを得ない。

 ちなみに日本政府が正式に「中華民国」の呼称を用いるようになったのは一九三〇年一〇月の閣議決定以降のこととなる。日本が関税協定の条文中に「支那」 を使用したことに対して同年五月、中華民国政府が「無礼ノ 字句ヲ使用」「国家ヲ辱シメ」などと批判したためである。それでも「支那」がなくなったわけではない。漢字という共通文化を持つがゆえの軋轢はまだ続いて いるのである。

(共同通信社 伴 武澄)
https://blog.goo.ne.jp/greendoor-t/e/026903856f2d631cd7ab5639af9d0360
http://www.asyura2.com/13/kanri21/msg/600.html#c23

[近代史02] 中国大好き 中川隆
89. 中川隆[-12794] koaQ7Jey 2020年5月04日 16:07:44 : owBDVMWD72 : SWV6ak1UeDZPWFE=[13]
2020年04月18日
渡辺信一郎『シリーズ中国の歴史1 中華の成立 唐代まで』第2刷
https://www.amazon.co.jp/中華の成立-唐代まで-岩波新書-渡辺-信一郎/dp/4004318041

https://sicambre.at.webry.info/202004/article_26.html


 岩波新書(赤版)の一冊として、岩波書店より2019年11月に刊行されました。第1刷の刊行は2019年11月です。『シリーズ中国の歴史』の特色は、単純な時代区分による通史になっていないことです。本書は新石器時代から安史の乱までを扱っていますが、主要な対象は中原で、江南への言及は少なくなっています。江南は第2巻で扱われるそうですが、こちらも新石器時代からが対象となっています。『シリーズ中国の歴史』は、中国を地理的に草原・中原・興南・海域に区分し、各巻で時代を重複させつつ、現代中国へと至る歴史を総合的に浮き彫りする、という意図で編纂されているようです。今後の中国通史の一つの在り様を示すことになるかもしれません。

 本書は、社会の基層構造の変容と、それに対応していった政治・国家制度の変遷、さらには両者の相互関係を叙述しており、通俗的な中国史本のような英雄物語はほぼ皆無です。新石器時代には、仰韶文化期の単独聚落構造が、龍山文化期には2層〜3層の階層構造へと変わります。この社会構造は長く続き、これを前提として、まず殷(商)王朝までの貢献制と、それよりも複合化した西周王朝期の封建制が成立します。春秋時代を経て戦国時代になると、郡県制へと移行していき、秦・漢の大帝国が出現します。長期にわたった漢帝国のもとで階層分化が進んでいき、華北では魏晋南北朝期に大農法が成立するに至ります。本書は、漢王朝、とくに後漢期に成立した国制が後世には模範とされたという意味で、これを古典国制と呼んでいますが、その成立にさいしては、単なる時代錯誤の短命政権と通俗的に言われてきた王莽の役割が大きかったことも指摘します。

 本書は情報量が多く、近いうちに再読しなければなりませんが、問題点もあります。すでにTwitterで以前から情報を得ていましたが、本書はミトコンドリアDNA(mtDNA)に基づく臨淄住民の遺伝的近縁性について、2500年前頃にはヨーロッパ集団に近く、2000年前頃にはアジア中央部集団に近い、という(本書刊行時点で)20年近く前(2000年)の研究を肯定的に引用しています。私も以前この情報を肯定的に引用してしまったのですが、その後の研究により、2500年前頃の臨淄住民が遺伝的にはヨーロッパ集団に近い、という研究は否定されています(関連記事)。古代臨淄住民は、mtDNAではヨーロッパ集団よりも現代中国南部集団に近い、と明らかになっています。

 また本書は、このすでに否定された研究に基づく、2500年前頃にユーラシア大陸全域に広がる人類集団(パン・ユーラシアン)が存在した、との見解を肯定的に引用していますが、もちろん間違いです。ユーラシアにおいて東西系統が分岐したのは43100年前頃で(関連記事)、その後もユーラシア東部やオセアニアとの遺伝的類似性を示す個体はヨーロッパに存在していましたが、最終氷期極大期(LGM)後の末期更新世には消滅していました(関連記事)。古代DNA研究の進展は目覚ましく、今後は歴史学においても古代DNA研究を活用することが多くなり、その成果は新書など一般向けの本でも引用されるでしょうが、その信憑性については、執筆者である研究者以上に、編集者がしっかり調べないとならないだろう、と思います。


参考文献:
渡辺信一郎(2019)『シリーズ中国の歴史1 中華の成立 唐代まで』(岩波書店)

https://sicambre.at.webry.info/202004/article_26.html




▲△▽▼

2008年04月17日
中国大陸における人類の遺伝的構成の変化(追記有)
追記(2010年9月12日)
https://sicambre.at.webry.info/200804/article_19.html

 この研究(Wang et al.,2000)を否定する研究があることは、確か昨年知ったのですが、それほど関心の高い問題ではなかったので、とくに調べずにきました。今日になって、ヤフー掲示板の“unadon_applepie”さんの投稿により、Wang et al.,2000を否定する研究(Yao et al.,2003)を具体的に知りました。古代臨淄の住民のミトコンドリアDNAは、ヨーロッパよりも現代の中国南部の住民のほうに近い、とのことです。以下の記事は、元ネタとなった研究に大いに問題があるので、基本的には間違ったものとしてお考えくださるよう、お読みになった方にお願い申し上げます。

ここは過疎ブログなのですが、この記事は、このブログにしては閲覧数の多い記事なので、念のために申し上げておきます。Wang et al.,2000のHTML版には、引用された論文としてYao et al.,2003が掲載されているのですが(どの論文に引用されたか容易に知ることができるという点では、紙媒体よりもオンライン版の論文のほうがずっと優れている、と言えるでしょう)、あまり関心が高くないということもあり、見過ごしてしまいました。なんとも恥ずかしい限りで、今後は注意を怠らないようにしなければいけない、と反省しております。

 ちくま新書の『DNAから見た日本人』を(斎藤.,2005)を読み直していて思い出したのが、中国の臨淄における人類の遺伝的構成の変化を調べた研究(Wang et al.,2000)です。この研究では、2500年前・2000年前・現代という三つの異なる時代の臨淄住民(現代については漢民族が分析対象とされました)のミトコンドリアDNAが検査され、東アジア・中央アジア・欧州の現代人のそれと比較されています。

 現代の東アジア・中央アジア・欧州集団の遺伝的関係は、東アジア集団と欧州集団がもっとも疎遠で、中央アジア集団はその中間に位置するという、おおむね地理的分布と一致するものになりました。しかし、2500年にわたる臨淄住民の遺伝的構成は、そうした地理的分布と矛盾するものになりました。

 現代の臨淄住民は東アジア集団との遺伝的類似性を示しており、これは予想通りでした。しかし、2000年前の臨淄住民は現代の中央アジア集団と、2500年前の臨淄住民にいたっては、現代の東アジア・中央アジア集団よりも現代の欧州集団に類似している、との結果が得られました。これには、研究者たちも率直に驚きを表明しています。もっとも、これはあくまでも集団の遺伝的構成であり、2500年前の臨淄住民のなかに、現代の臨淄住民と似たミトコンドリアDNAを有する人もいます。

 この研究では、こうした遺伝子構成の変化は移住によるものだろうと示唆されています。春秋戦国・魏晋南北朝・五代十国などといった中国大陸での争乱により、とくに華北に、外部からの移住が多くあっただろうと推測することは、妥当な判断と言ってよいと思います。

 現代の欧州集団と2500年前の臨淄住民との遺伝的類似性については、欧州の現生人類の故地の一つとして、中央アジアが想定されていることが参考になりそうです(Oppenheimer.,2007,3章)。現代欧州人の源流の一つ(もしくは幾つか)だった集団が中央アジアにいて、その一部が欧州方向とは逆にユーラシア大陸を東へ進み、中国大陸にまで到達したと考えることもできるでしょう。


参考文献:
Oppenheimer S.著(2007)、仲村明子訳『人類の足跡10万年全史』(草思社、原書の刊行は2003年)、関連記事

Yao YG. et al.(2003): Reconstructing the Evolutionary History of China: A Caveat About Inferences Drawn from Ancient DNA. Molecular Biology and Evolution, 20, 2, 214-219.
http://dx.doi.org/10.1093/molbev/msg026

Wang L. et al.(2000): Genetic Structure of a 2,500-Year-Old Human Population in China and Its Spatiotemporal Changes. Molecular Biology and Evolution, 17, 9, 1396-1400.
http://mbe.oxfordjournals.org/cgi/content/full/17/9/1396

斎藤成也(2005) 『DNAから見た日本人』(筑摩書房)

https://sicambre.at.webry.info/200804/article_19.html


http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/287.html#c89

[リバイバル3] BGM用にしか使えなかった高額なジョーダンワッツのスピーカー _ 天才 E.J.Jodan は結局何がやりたかったのか 中川隆
34. 中川隆[-12805] koaQ7Jey 2020年5月04日 17:39:09 : owBDVMWD72 : SWV6ak1UeDZPWFE=[14]

Eikona2の逆襲(1)mixiユーザー(id5343821)の日記
https://open.mixi.jp/user/5343821/diary/1975545345

FE103Aはエージング中だが、その前に、この一年のスピーカーユニット遍歴をまとめておきたい。

昨年の3月ごろから、大量のユニットと工具を購入して、いろいろやってみた。
これは大変よかった。いろんなことがわかった。
逆に言えば、最初の想定はどれも外れた。

最初の想定では、そもそも、

・スワンキャビ(バックロードホーン) 10センチユニット
・ネッシーキャビ(共鳴管) 13センチだが真鍮リングで10センチ装着可

このうち、スワンがゴールでネッシーはサラウンドと思っていた。
しかし、それ用にEMSのLB5を2ペア買ったものの、あっさり無駄になった。

スワンは確かに音場感などに優位性はあるが、私の環境は奥行きが取りにくいのでイマイチなのと、測定値だとネッシーが優秀なのに対し、スワンは800Hzの落ち込みと右チャンネル160Hzに盛り上がりが出て、1.25キロから3キロあたりが盛り上がる特性になりやすい。

広い部屋ならスワンが面白いだろうが、こちらでローカットしてサブウーファーと組合わす分には、ネッシーを後面開放箱のように使うのが無難だった。
あとは、スーパーツィーターT90A-EXはなかなかよいのだが、10センチフルレンジだと高音が喧嘩するのに対し、13センチぐらいだとナチュラルに最高域が落ち込むので、つながりが良い。

・AUDAX
・EMS LB5
・EMS LB6
・EJ/JORDAN Eikona2
・EAD E100HDmk2

このあたりの比較になる。LB5以外はフォスでいう13センチ。

AUDAXは、古典的な高能率ユニットで、高域も低域も出ない。中音がしっかりしていて、今回の用途にはとてもよい。サブウーファーとスーパーツィーターは前提だからだ。

1940〜60年代クラシックがそれらしく鳴るのでは随一。セールで買って近い値で処分できたが、これだけキャラがハッキリしているなら、LB6処分でAUDAXのみ残すほうが良かった。

EMSは、セルロース振動板で、もとは励磁型の超高額ユニットを扱っている。スペックは過激なQ0の小ささでフォスそっくりなのだが、キャラはフランス的というか優雅だ。

上品で、AUDAXほど古すぎる音でもなく、もうこれで結論でよいかと思えた。高能率だから真空管に向く。

EADは、有名なジョーダンのJX92のライセンスを買い取っている?スウェーデンのメーカー。

最初はメタルコーンのクセをどのソフトでも感じて、これが結論にはならないだろうと思って一時ヤフオクにも出していた。しかし、なんだかんだ飽きたりして、交換を繰り返すうちに、いつも最後に鳴っているのはこいつなのだった。

いまではメタルコーンのクセというのもあまり感じず、LB6の少しモワっと雰囲気を出してくる感じと比較してニュートラルとも思う。輸入代理店によると、PPとのサンドイッチコーンだという。

日本では知られていないが、これは素晴らしいユニットだ。ScanSpeakの製造でもあるし。現代ハイエンドの品位がある。後述のEikona2と、コーンの工夫以外は同じ造りか、銅メッキがマグネット部にある分上回っているが、買値は私は5万以内で買えた。

能率86デシベル程度とあるが、Eikona2の85.2表示より3デシベル以上高く、92.1表示のLB6よりそんなに低くない。真空管でも大丈夫だ。

この中で、もっとも高価、いまは9万近くで売っていて、そもそもこの遍歴のきっかけになったのがEikona2の限定輸入販売をみたことだ。

だから、13センチ組ではこいつが本命だった。(画像)

が、装着して鳴らして、翌日には外して転売に出していた。
その後何度か再試して、よさもあるかなというとこだったが、新品同様での処分にはこだわっていた。が、57500円まで下げても、1年近く売れない( ´∀` )
もう新品同様もくそもないなと思って、ある程度結論となっていたE100HDmk2を外し、5分ぐらいで交換。遊びであったが、まさかの逆襲が・・・(続く)
https://open.mixi.jp/user/5343821/diary/1975545345

Eikona2の逆襲(2)mixiユーザー(id5343821)の日記
https://open.mixi.jp/user/5343821/diary/1975545675?org_id=1975545345

Eikona2は、Jordan氏直系の会社の扱いだが、ここはこの一つのユニットのみで経営している。

フルレンジの口径の理想が何かという議論があって、BOSEは11.5センチ、フォスは一時(笑)13センチと言っていた(FE138ESR発売時)。
Eikona2は、フォスでいう10センチと13センチの中間よりは13センチよりの、12センチぐらいの振動板で、エッジが大きい。

聴く距離とか、低音重視とか高音重視とかで変わると思うが、フルレンジの基本はこのあたりだろう。

ツィーターを拒否するなら10センチがよく、ツィータープラス前提なら13センチのほうがスケールに余裕が出ると思う。

Eikona2だが、最初は音色は抜群で、ムターの四季など素晴らしかったが、近づいて聞くと音像とか音場が異様な感じ。
懲りに凝った構成のせいではないかと感じた。振動板もなぜか10.7gもある。何かの間違いではと思うほど。

ルックスは、普通の振動板のデザインであるEADのほうが、スッキリして、うちのキャビネットや部屋には合っている。

・・・と思ったのだが、Eikona2の能率が、思ったより低いことと、単体で鳴らすと思ったよりツィーターやウーファー、サラウンドが大きく鳴っていることに着目し、最後に、Eikona2以外の要素を下げてみた。

ツィーターのコンデンサーは0.33から0.1にする。イコライザーでも下げられるが、コンデンサーから小さくする。
サブウーファーはだいぶ下げたので10目盛りのうちついに1台に突入。リアは、トマンのパワーアンプでボリューム付きなので、目立たない程度に落とす。

これで、真空管でドライブしたEikona2は、日ごとによい感じで、やはりヴァイオリンの音色が素晴らしく、ムターの四季は合う。
オーケストラの音色表現が、全体に素晴らしい。

ルックスも、もともと細部がかなりおしゃれなデザインで、見慣れると悪くない。
EADのほうがルックスは好きだが、オーケストラの音色表現だとEikona2では。
EADのほうが能率が高いので、真空管のQUAD2で鳴らすには伸び伸びして有利だ。
ハイパワーアンプ所有者でルックスが気にならなければEikona2の勝ちではないか。

辰吉が薬師寺に敗れたコメントではないが、「強かったよ。いろいろ言って悪かった。詫びを入れたい」という感じだ。

なにせEADとかEikona2とかになると、日本で使っているのは1桁かもしれない( ´∀` )

私などのコメントが、ネット検索すると出てきたり、輸入代理店みたいなとこにも引用されたりしている。日本代表の見解だ。これは失礼だと思う。

オーディオでは、使いこなせず悪口を言うなんて日常茶飯事だ。すべてにおいてそういうことはあるものだが、反省しきりである。

Eikona2は、能率と振動板の重さ(たぶん、ダンプ材が駆使されてるのでその重さ)が問題なので、逆に、置いておいて夏用に中華デジアンを買ってドライブしてもおもしろそう。Toppingの2万のものは気に入った。

FE103Aは、この絶頂時に交代なので、たいへんに不利だ。

写真は、真鍮リングにつけたもの。

真鍮リングは、ペーパーで磨いたがかえってくすんでしまうなど。油で磨くと鏡面ぽくなると気づいたのが、装着後だ。プロは凄いなといつも思う。
振動板中央に黒い点があって、シールでも貼ってあるのかと思うが、角度によって内部のボイスコイルが透けて見えているようだ。こんなのは初めてだ。異形のスピーカーユニットである。

https://open.mixi.jp/user/5343821/diary/1975545675?org_id=1975545345
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/859.html#c34

[リバイバル3] 天才 E.J.JORDAN のメタルコーン ユニットを引き継いだスウェーデン EAD社のドライバー 中川隆
3. 中川隆[-12804] koaQ7Jey 2020年5月04日 17:39:45 : owBDVMWD72 : SWV6ak1UeDZPWFE=[15]

Eikona2の逆襲(1)mixiユーザー(id5343821)の日記
https://open.mixi.jp/user/5343821/diary/1975545345

FE103Aはエージング中だが、その前に、この一年のスピーカーユニット遍歴をまとめておきたい。

昨年の3月ごろから、大量のユニットと工具を購入して、いろいろやってみた。
これは大変よかった。いろんなことがわかった。
逆に言えば、最初の想定はどれも外れた。

最初の想定では、そもそも、

・スワンキャビ(バックロードホーン) 10センチユニット
・ネッシーキャビ(共鳴管) 13センチだが真鍮リングで10センチ装着可

このうち、スワンがゴールでネッシーはサラウンドと思っていた。
しかし、それ用にEMSのLB5を2ペア買ったものの、あっさり無駄になった。

スワンは確かに音場感などに優位性はあるが、私の環境は奥行きが取りにくいのでイマイチなのと、測定値だとネッシーが優秀なのに対し、スワンは800Hzの落ち込みと右チャンネル160Hzに盛り上がりが出て、1.25キロから3キロあたりが盛り上がる特性になりやすい。

広い部屋ならスワンが面白いだろうが、こちらでローカットしてサブウーファーと組合わす分には、ネッシーを後面開放箱のように使うのが無難だった。
あとは、スーパーツィーターT90A-EXはなかなかよいのだが、10センチフルレンジだと高音が喧嘩するのに対し、13センチぐらいだとナチュラルに最高域が落ち込むので、つながりが良い。

・AUDAX
・EMS LB5
・EMS LB6
・EJ/JORDAN Eikona2
・EAD E100HDmk2

このあたりの比較になる。LB5以外はフォスでいう13センチ。

AUDAXは、古典的な高能率ユニットで、高域も低域も出ない。中音がしっかりしていて、今回の用途にはとてもよい。サブウーファーとスーパーツィーターは前提だからだ。

1940〜60年代クラシックがそれらしく鳴るのでは随一。セールで買って近い値で処分できたが、これだけキャラがハッキリしているなら、LB6処分でAUDAXのみ残すほうが良かった。

EMSは、セルロース振動板で、もとは励磁型の超高額ユニットを扱っている。スペックは過激なQ0の小ささでフォスそっくりなのだが、キャラはフランス的というか優雅だ。

上品で、AUDAXほど古すぎる音でもなく、もうこれで結論でよいかと思えた。高能率だから真空管に向く。

EADは、有名なジョーダンのJX92のライセンスを買い取っている?スウェーデンのメーカー。

最初はメタルコーンのクセをどのソフトでも感じて、これが結論にはならないだろうと思って一時ヤフオクにも出していた。しかし、なんだかんだ飽きたりして、交換を繰り返すうちに、いつも最後に鳴っているのはこいつなのだった。

いまではメタルコーンのクセというのもあまり感じず、LB6の少しモワっと雰囲気を出してくる感じと比較してニュートラルとも思う。輸入代理店によると、PPとのサンドイッチコーンだという。

日本では知られていないが、これは素晴らしいユニットだ。ScanSpeakの製造でもあるし。現代ハイエンドの品位がある。後述のEikona2と、コーンの工夫以外は同じ造りか、銅メッキがマグネット部にある分上回っているが、買値は私は5万以内で買えた。

能率86デシベル程度とあるが、Eikona2の85.2表示より3デシベル以上高く、92.1表示のLB6よりそんなに低くない。真空管でも大丈夫だ。

この中で、もっとも高価、いまは9万近くで売っていて、そもそもこの遍歴のきっかけになったのがEikona2の限定輸入販売をみたことだ。

だから、13センチ組ではこいつが本命だった。(画像)

が、装着して鳴らして、翌日には外して転売に出していた。
その後何度か再試して、よさもあるかなというとこだったが、新品同様での処分にはこだわっていた。が、57500円まで下げても、1年近く売れない( ´∀` )
もう新品同様もくそもないなと思って、ある程度結論となっていたE100HDmk2を外し、5分ぐらいで交換。遊びであったが、まさかの逆襲が・・・(続く)
https://open.mixi.jp/user/5343821/diary/1975545345

Eikona2の逆襲(2)mixiユーザー(id5343821)の日記
https://open.mixi.jp/user/5343821/diary/1975545675?org_id=1975545345

Eikona2は、Jordan氏直系の会社の扱いだが、ここはこの一つのユニットのみで経営している。

フルレンジの口径の理想が何かという議論があって、BOSEは11.5センチ、フォスは一時(笑)13センチと言っていた(FE138ESR発売時)。
Eikona2は、フォスでいう10センチと13センチの中間よりは13センチよりの、12センチぐらいの振動板で、エッジが大きい。

聴く距離とか、低音重視とか高音重視とかで変わると思うが、フルレンジの基本はこのあたりだろう。

ツィーターを拒否するなら10センチがよく、ツィータープラス前提なら13センチのほうがスケールに余裕が出ると思う。

Eikona2だが、最初は音色は抜群で、ムターの四季など素晴らしかったが、近づいて聞くと音像とか音場が異様な感じ。
懲りに凝った構成のせいではないかと感じた。振動板もなぜか10.7gもある。何かの間違いではと思うほど。

ルックスは、普通の振動板のデザインであるEADのほうが、スッキリして、うちのキャビネットや部屋には合っている。

・・・と思ったのだが、Eikona2の能率が、思ったより低いことと、単体で鳴らすと思ったよりツィーターやウーファー、サラウンドが大きく鳴っていることに着目し、最後に、Eikona2以外の要素を下げてみた。

ツィーターのコンデンサーは0.33から0.1にする。イコライザーでも下げられるが、コンデンサーから小さくする。
サブウーファーはだいぶ下げたので10目盛りのうちついに1台に突入。リアは、トマンのパワーアンプでボリューム付きなので、目立たない程度に落とす。

これで、真空管でドライブしたEikona2は、日ごとによい感じで、やはりヴァイオリンの音色が素晴らしく、ムターの四季は合う。
オーケストラの音色表現が、全体に素晴らしい。

ルックスも、もともと細部がかなりおしゃれなデザインで、見慣れると悪くない。
EADのほうがルックスは好きだが、オーケストラの音色表現だとEikona2では。
EADのほうが能率が高いので、真空管のQUAD2で鳴らすには伸び伸びして有利だ。
ハイパワーアンプ所有者でルックスが気にならなければEikona2の勝ちではないか。

辰吉が薬師寺に敗れたコメントではないが、「強かったよ。いろいろ言って悪かった。詫びを入れたい」という感じだ。

なにせEADとかEikona2とかになると、日本で使っているのは1桁かもしれない( ´∀` )

私などのコメントが、ネット検索すると出てきたり、輸入代理店みたいなとこにも引用されたりしている。日本代表の見解だ。これは失礼だと思う。

オーディオでは、使いこなせず悪口を言うなんて日常茶飯事だ。すべてにおいてそういうことはあるものだが、反省しきりである。

Eikona2は、能率と振動板の重さ(たぶん、ダンプ材が駆使されてるのでその重さ)が問題なので、逆に、置いておいて夏用に中華デジアンを買ってドライブしてもおもしろそう。Toppingの2万のものは気に入った。

FE103Aは、この絶頂時に交代なので、たいへんに不利だ。

写真は、真鍮リングにつけたもの。

真鍮リングは、ペーパーで磨いたがかえってくすんでしまうなど。油で磨くと鏡面ぽくなると気づいたのが、装着後だ。プロは凄いなといつも思う。
振動板中央に黒い点があって、シールでも貼ってあるのかと思うが、角度によって内部のボイスコイルが透けて見えているようだ。こんなのは初めてだ。異形のスピーカーユニットである。

https://open.mixi.jp/user/5343821/diary/1975545675?org_id=1975545345
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/1000.html#c3

[リバイバル3] フランスの音を聴く 中川隆
17. 中川隆[-12803] koaQ7Jey 2020年5月04日 17:41:57 : owBDVMWD72 : SWV6ak1UeDZPWFE=[16]

Eikona2の逆襲(1)mixiユーザー(id5343821)の日記
https://open.mixi.jp/user/5343821/diary/1975545345

FE103Aはエージング中だが、その前に、この一年のスピーカーユニット遍歴をまとめておきたい。

昨年の3月ごろから、大量のユニットと工具を購入して、いろいろやってみた。
これは大変よかった。いろんなことがわかった。
逆に言えば、最初の想定はどれも外れた。

最初の想定では、そもそも、

・スワンキャビ(バックロードホーン) 10センチユニット
・ネッシーキャビ(共鳴管) 13センチだが真鍮リングで10センチ装着可

このうち、スワンがゴールでネッシーはサラウンドと思っていた。
しかし、それ用にEMSのLB5を2ペア買ったものの、あっさり無駄になった。

スワンは確かに音場感などに優位性はあるが、私の環境は奥行きが取りにくいのでイマイチなのと、測定値だとネッシーが優秀なのに対し、スワンは800Hzの落ち込みと右チャンネル160Hzに盛り上がりが出て、1.25キロから3キロあたりが盛り上がる特性になりやすい。

広い部屋ならスワンが面白いだろうが、こちらでローカットしてサブウーファーと組合わす分には、ネッシーを後面開放箱のように使うのが無難だった。
あとは、スーパーツィーターT90A-EXはなかなかよいのだが、10センチフルレンジだと高音が喧嘩するのに対し、13センチぐらいだとナチュラルに最高域が落ち込むので、つながりが良い。

・AUDAX
・EMS LB5
・EMS LB6
・EJ/JORDAN Eikona2
・EAD E100HDmk2

このあたりの比較になる。LB5以外はフォスでいう13センチ。

AUDAXは、古典的な高能率ユニットで、高域も低域も出ない。中音がしっかりしていて、今回の用途にはとてもよい。サブウーファーとスーパーツィーターは前提だからだ。

1940〜60年代クラシックがそれらしく鳴るのでは随一。セールで買って近い値で処分できたが、これだけキャラがハッキリしているなら、LB6処分でAUDAXのみ残すほうが良かった。

EMSは、セルロース振動板で、もとは励磁型の超高額ユニットを扱っている。スペックは過激なQ0の小ささでフォスそっくりなのだが、キャラはフランス的というか優雅だ。

上品で、AUDAXほど古すぎる音でもなく、もうこれで結論でよいかと思えた。高能率だから真空管に向く。

EADは、有名なジョーダンのJX92のライセンスを買い取っている?スウェーデンのメーカー。

最初はメタルコーンのクセをどのソフトでも感じて、これが結論にはならないだろうと思って一時ヤフオクにも出していた。しかし、なんだかんだ飽きたりして、交換を繰り返すうちに、いつも最後に鳴っているのはこいつなのだった。

いまではメタルコーンのクセというのもあまり感じず、LB6の少しモワっと雰囲気を出してくる感じと比較してニュートラルとも思う。輸入代理店によると、PPとのサンドイッチコーンだという。

日本では知られていないが、これは素晴らしいユニットだ。ScanSpeakの製造でもあるし。現代ハイエンドの品位がある。後述のEikona2と、コーンの工夫以外は同じ造りか、銅メッキがマグネット部にある分上回っているが、買値は私は5万以内で買えた。

能率86デシベル程度とあるが、Eikona2の85.2表示より3デシベル以上高く、92.1表示のLB6よりそんなに低くない。真空管でも大丈夫だ。

この中で、もっとも高価、いまは9万近くで売っていて、そもそもこの遍歴のきっかけになったのがEikona2の限定輸入販売をみたことだ。

だから、13センチ組ではこいつが本命だった。(画像)

が、装着して鳴らして、翌日には外して転売に出していた。
その後何度か再試して、よさもあるかなというとこだったが、新品同様での処分にはこだわっていた。が、57500円まで下げても、1年近く売れない( ´∀` )
もう新品同様もくそもないなと思って、ある程度結論となっていたE100HDmk2を外し、5分ぐらいで交換。遊びであったが、まさかの逆襲が・・・(続く)
https://open.mixi.jp/user/5343821/diary/1975545345

Eikona2の逆襲(2)mixiユーザー(id5343821)の日記
https://open.mixi.jp/user/5343821/diary/1975545675?org_id=1975545345

Eikona2は、Jordan氏直系の会社の扱いだが、ここはこの一つのユニットのみで経営している。

フルレンジの口径の理想が何かという議論があって、BOSEは11.5センチ、フォスは一時(笑)13センチと言っていた(FE138ESR発売時)。
Eikona2は、フォスでいう10センチと13センチの中間よりは13センチよりの、12センチぐらいの振動板で、エッジが大きい。

聴く距離とか、低音重視とか高音重視とかで変わると思うが、フルレンジの基本はこのあたりだろう。

ツィーターを拒否するなら10センチがよく、ツィータープラス前提なら13センチのほうがスケールに余裕が出ると思う。

Eikona2だが、最初は音色は抜群で、ムターの四季など素晴らしかったが、近づいて聞くと音像とか音場が異様な感じ。
懲りに凝った構成のせいではないかと感じた。振動板もなぜか10.7gもある。何かの間違いではと思うほど。

ルックスは、普通の振動板のデザインであるEADのほうが、スッキリして、うちのキャビネットや部屋には合っている。

・・・と思ったのだが、Eikona2の能率が、思ったより低いことと、単体で鳴らすと思ったよりツィーターやウーファー、サラウンドが大きく鳴っていることに着目し、最後に、Eikona2以外の要素を下げてみた。

ツィーターのコンデンサーは0.33から0.1にする。イコライザーでも下げられるが、コンデンサーから小さくする。
サブウーファーはだいぶ下げたので10目盛りのうちついに1台に突入。リアは、トマンのパワーアンプでボリューム付きなので、目立たない程度に落とす。

これで、真空管でドライブしたEikona2は、日ごとによい感じで、やはりヴァイオリンの音色が素晴らしく、ムターの四季は合う。
オーケストラの音色表現が、全体に素晴らしい。

ルックスも、もともと細部がかなりおしゃれなデザインで、見慣れると悪くない。
EADのほうがルックスは好きだが、オーケストラの音色表現だとEikona2では。
EADのほうが能率が高いので、真空管のQUAD2で鳴らすには伸び伸びして有利だ。
ハイパワーアンプ所有者でルックスが気にならなければEikona2の勝ちではないか。

辰吉が薬師寺に敗れたコメントではないが、「強かったよ。いろいろ言って悪かった。詫びを入れたい」という感じだ。

なにせEADとかEikona2とかになると、日本で使っているのは1桁かもしれない( ´∀` )

私などのコメントが、ネット検索すると出てきたり、輸入代理店みたいなとこにも引用されたりしている。日本代表の見解だ。これは失礼だと思う。

オーディオでは、使いこなせず悪口を言うなんて日常茶飯事だ。すべてにおいてそういうことはあるものだが、反省しきりである。

Eikona2は、能率と振動板の重さ(たぶん、ダンプ材が駆使されてるのでその重さ)が問題なので、逆に、置いておいて夏用に中華デジアンを買ってドライブしてもおもしろそう。Toppingの2万のものは気に入った。

FE103Aは、この絶頂時に交代なので、たいへんに不利だ。

写真は、真鍮リングにつけたもの。

真鍮リングは、ペーパーで磨いたがかえってくすんでしまうなど。油で磨くと鏡面ぽくなると気づいたのが、装着後だ。プロは凄いなといつも思う。
振動板中央に黒い点があって、シールでも貼ってあるのかと思うが、角度によって内部のボイスコイルが透けて見えているようだ。こんなのは初めてだ。異形のスピーカーユニットである。

https://open.mixi.jp/user/5343821/diary/1975545675?org_id=1975545345
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/863.html#c17

[リバイバル3] フランスの音を聴く 中川隆
18. 中川隆[-12805] koaQ7Jey 2020年5月04日 17:57:07 : owBDVMWD72 : SWV6ak1UeDZPWFE=[17]
FE103アニヴァーサリー(4) mixiユーザー(id5343821)の日記 2020年05月03日14:12
https://open.mixi.jp/user/5343821/diary/1975557409

写真は、サブウーファーをつけて、ツィーターのコンデンサーを0.15μにして、まあいいかなと思った時点でのもの。低音の特性は単体時より悪い。

これは、最近は欅坂の東京ドームBD大音量を基準にしているので、低音・超低音が多いと部屋が破綻してしまうのだ。綺麗な測定値を求めるあまりの無理をしないことにしている。

Eikona2に学んだのが、やはり中音とサラウンド以外の部分が大事だ。

スワンと108solは、音はよい感じだったが、特性はよくなかった。800Hzが落ち込んで、1キロから3キロあたりにピークがある。この展開はうるさくなりがち。
キャビもユニットも、ヘッドが独立しているよさはないけど、今回のほうが無難。

音はどうか。

おもしろいのは、ユニットごとに、おはこのソフトがあるようなこと。

AUDAXではカラヤンとフィルハーモニア管のモノラルベートーヴェン。古色蒼然だがフレッシュ。LP時代の佐野元春もよかった。

Eikona2はムターの四季。艶やかなヴァイオリンと濃い音色。あとデイヴィスのシベリウスのイギリス調。

E100HDmk2では、ヤンセンのブリテン・ヴァイオリンコンチェルト。現代ハイエンドの豊かさ。

LB6は、1970年代録音ぐらいのフィーリングがある。


103Aは、直感的にかけたのはショルティとシカゴ響のベートーヴェン交響曲1・2番。

これはデジタル再録のほうだが、隠れた名盤で、重々しいベートーヴェン像から、小編成オリジナル楽器・奏法で軽く速く演奏する時代への先駆けという感じ。
シカゴ響の明るい輝かしい響きで、スリリングに駆け抜けていく。

これは音色含め非常にキャラが合っていて、音の刻みの連続にワクワクする。
この流れで、似たアプローチのラトルとベルリンフィルの最近のベートーヴェンだが、やはり素晴らしい。エロイカの革命的な躍動が伝わる。

スケールは13センチに劣るが、音場感自体はむしろ広々とする印象もある。
中低音の実体感みたいなものは落ちる。重みと厚みのある振動板からの直接的な低音だろう。

音色は最初無機質というかのっぺらぼうのツルツルな明るさがあり、ポチの夢さん宅でも気になり、デジアンと相性悪い感じもした。コーティング剤とか何かのクセかもしれないが、エージングで落ちそうな部分ではある。

大音響では、ホワホワした芯のない感じもある。メタルコーンを聴き慣れたからもあるだろう。Eikona2の濃いヨーロピアンな音色は失われた。

このあたりは予想もしていたのだ。Eikona2の最近のバランスは絶妙だった。まだ飽きてもいないし、とても勝てるとは思えない。1か月我慢して使って退場の覚悟はできていた。

ただ、そこまで悪くもないのは、スーパーツィーターやサブウーファーに助けてもらったり、音色面はQUAD2の真空管のサポートがある。アルニコユニットの、私のイメージするビクタートーンみたいなのはあまりないけど、アルニコ以外よりは気品がある気もする。

FEの絶叫感がほぼ気にならないのは、上記の特性のおかげもあるし、超低音はほぼカットされてコーンが目に見えて振幅しないのもある。

コメント

mixiユーザー2020年05月04日 09:08

すでにサブウーファー・スーパートゥイーターを持っていると箱作りはそれ込みで考えますので、いわゆる「自作派」とはかみ合わないですね。巨大な共鳴管にサブウーファーを使っていたネッシーの例がありますが、サブウーファーがあるなら、できるだけ筐体はコンパクトにしたい。3組スピーカーを飼っていると当然そうなります(笑)


mixiユーザー2020年05月04日 12:21
> mixiユーザー
 
最近は「マルチ派」かもしれませんが、手元にあるものでそれなりに鳴らす自信は出てきました。いまは処分できない過去の情熱のデカい箱が二つあるので、それで考えています。あきらかに共鳴管の容積は不要で、パイプ外そうかとすら思いますが、どっちにせよ置くところはない(笑) しかし、長岡先生のいう「背圧のかからないよさ」というのは確実にあると思います。

mixiユーザー2020年05月04日 14:20
> mixiユーザー 

後面開放箱というのがあります。これは確かに音離れはいいのですが、背面の音が混ざって色がつくのとパワーが入らないので、メリット・デメリットを勘案すると結局、ダンプド・バスレフ(効果の低い小穴ダクトつき)が無難という結論に落ち着いています。箱も小さくて済みますしね。「背圧のかからないよさ」はあこがれますが、共鳴管を置いてしまう他のスピーカーを置く場所なくなりますし・・・

https://open.mixi.jp/user/5343821/diary/1975557409
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/863.html#c18

[リバイバル3] BGM用にしか使えなかった高額なジョーダンワッツのスピーカー _ 天才 E.J.Jodan は結局何がやりたかったのか 中川隆
35. 中川隆[-12804] koaQ7Jey 2020年5月04日 17:57:37 : owBDVMWD72 : SWV6ak1UeDZPWFE=[18]

FE103アニヴァーサリー(4) mixiユーザー(id5343821)の日記 2020年05月03日14:12
https://open.mixi.jp/user/5343821/diary/1975557409

写真は、サブウーファーをつけて、ツィーターのコンデンサーを0.15μにして、まあいいかなと思った時点でのもの。低音の特性は単体時より悪い。

これは、最近は欅坂の東京ドームBD大音量を基準にしているので、低音・超低音が多いと部屋が破綻してしまうのだ。綺麗な測定値を求めるあまりの無理をしないことにしている。

Eikona2に学んだのが、やはり中音とサラウンド以外の部分が大事だ。

スワンと108solは、音はよい感じだったが、特性はよくなかった。800Hzが落ち込んで、1キロから3キロあたりにピークがある。この展開はうるさくなりがち。
キャビもユニットも、ヘッドが独立しているよさはないけど、今回のほうが無難。

音はどうか。

おもしろいのは、ユニットごとに、おはこのソフトがあるようなこと。

AUDAXではカラヤンとフィルハーモニア管のモノラルベートーヴェン。古色蒼然だがフレッシュ。LP時代の佐野元春もよかった。

Eikona2はムターの四季。艶やかなヴァイオリンと濃い音色。あとデイヴィスのシベリウスのイギリス調。

E100HDmk2では、ヤンセンのブリテン・ヴァイオリンコンチェルト。現代ハイエンドの豊かさ。

LB6は、1970年代録音ぐらいのフィーリングがある。


103Aは、直感的にかけたのはショルティとシカゴ響のベートーヴェン交響曲1・2番。

これはデジタル再録のほうだが、隠れた名盤で、重々しいベートーヴェン像から、小編成オリジナル楽器・奏法で軽く速く演奏する時代への先駆けという感じ。
シカゴ響の明るい輝かしい響きで、スリリングに駆け抜けていく。

これは音色含め非常にキャラが合っていて、音の刻みの連続にワクワクする。
この流れで、似たアプローチのラトルとベルリンフィルの最近のベートーヴェンだが、やはり素晴らしい。エロイカの革命的な躍動が伝わる。

スケールは13センチに劣るが、音場感自体はむしろ広々とする印象もある。
中低音の実体感みたいなものは落ちる。重みと厚みのある振動板からの直接的な低音だろう。

音色は最初無機質というかのっぺらぼうのツルツルな明るさがあり、ポチの夢さん宅でも気になり、デジアンと相性悪い感じもした。コーティング剤とか何かのクセかもしれないが、エージングで落ちそうな部分ではある。

大音響では、ホワホワした芯のない感じもある。メタルコーンを聴き慣れたからもあるだろう。Eikona2の濃いヨーロピアンな音色は失われた。

このあたりは予想もしていたのだ。Eikona2の最近のバランスは絶妙だった。まだ飽きてもいないし、とても勝てるとは思えない。1か月我慢して使って退場の覚悟はできていた。

ただ、そこまで悪くもないのは、スーパーツィーターやサブウーファーに助けてもらったり、音色面はQUAD2の真空管のサポートがある。アルニコユニットの、私のイメージするビクタートーンみたいなのはあまりないけど、アルニコ以外よりは気品がある気もする。

FEの絶叫感がほぼ気にならないのは、上記の特性のおかげもあるし、超低音はほぼカットされてコーンが目に見えて振幅しないのもある。

コメント

mixiユーザー2020年05月04日 09:08

すでにサブウーファー・スーパートゥイーターを持っていると箱作りはそれ込みで考えますので、いわゆる「自作派」とはかみ合わないですね。巨大な共鳴管にサブウーファーを使っていたネッシーの例がありますが、サブウーファーがあるなら、できるだけ筐体はコンパクトにしたい。3組スピーカーを飼っていると当然そうなります(笑)


mixiユーザー2020年05月04日 12:21
> mixiユーザー
 
最近は「マルチ派」かもしれませんが、手元にあるものでそれなりに鳴らす自信は出てきました。いまは処分できない過去の情熱のデカい箱が二つあるので、それで考えています。あきらかに共鳴管の容積は不要で、パイプ外そうかとすら思いますが、どっちにせよ置くところはない(笑) しかし、長岡先生のいう「背圧のかからないよさ」というのは確実にあると思います。

mixiユーザー2020年05月04日 14:20
> mixiユーザー 

後面開放箱というのがあります。これは確かに音離れはいいのですが、背面の音が混ざって色がつくのとパワーが入らないので、メリット・デメリットを勘案すると結局、ダンプド・バスレフ(効果の低い小穴ダクトつき)が無難という結論に落ち着いています。箱も小さくて済みますしね。「背圧のかからないよさ」はあこがれますが、共鳴管を置いてしまう他のスピーカーを置く場所なくなりますし・・・

https://open.mixi.jp/user/5343821/diary/1975557409
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/859.html#c35

[リバイバル3] 天才 E.J.JORDAN のメタルコーン ユニットを引き継いだスウェーデン EAD社のドライバー 中川隆
4. 中川隆[-12803] koaQ7Jey 2020年5月04日 17:58:10 : owBDVMWD72 : SWV6ak1UeDZPWFE=[19]

FE103アニヴァーサリー(4) mixiユーザー(id5343821)の日記 2020年05月03日14:12
https://open.mixi.jp/user/5343821/diary/1975557409

写真は、サブウーファーをつけて、ツィーターのコンデンサーを0.15μにして、まあいいかなと思った時点でのもの。低音の特性は単体時より悪い。

これは、最近は欅坂の東京ドームBD大音量を基準にしているので、低音・超低音が多いと部屋が破綻してしまうのだ。綺麗な測定値を求めるあまりの無理をしないことにしている。

Eikona2に学んだのが、やはり中音とサラウンド以外の部分が大事だ。

スワンと108solは、音はよい感じだったが、特性はよくなかった。800Hzが落ち込んで、1キロから3キロあたりにピークがある。この展開はうるさくなりがち。
キャビもユニットも、ヘッドが独立しているよさはないけど、今回のほうが無難。

音はどうか。

おもしろいのは、ユニットごとに、おはこのソフトがあるようなこと。

AUDAXではカラヤンとフィルハーモニア管のモノラルベートーヴェン。古色蒼然だがフレッシュ。LP時代の佐野元春もよかった。

Eikona2はムターの四季。艶やかなヴァイオリンと濃い音色。あとデイヴィスのシベリウスのイギリス調。

E100HDmk2では、ヤンセンのブリテン・ヴァイオリンコンチェルト。現代ハイエンドの豊かさ。

LB6は、1970年代録音ぐらいのフィーリングがある。


103Aは、直感的にかけたのはショルティとシカゴ響のベートーヴェン交響曲1・2番。

これはデジタル再録のほうだが、隠れた名盤で、重々しいベートーヴェン像から、小編成オリジナル楽器・奏法で軽く速く演奏する時代への先駆けという感じ。
シカゴ響の明るい輝かしい響きで、スリリングに駆け抜けていく。

これは音色含め非常にキャラが合っていて、音の刻みの連続にワクワクする。
この流れで、似たアプローチのラトルとベルリンフィルの最近のベートーヴェンだが、やはり素晴らしい。エロイカの革命的な躍動が伝わる。

スケールは13センチに劣るが、音場感自体はむしろ広々とする印象もある。
中低音の実体感みたいなものは落ちる。重みと厚みのある振動板からの直接的な低音だろう。

音色は最初無機質というかのっぺらぼうのツルツルな明るさがあり、ポチの夢さん宅でも気になり、デジアンと相性悪い感じもした。コーティング剤とか何かのクセかもしれないが、エージングで落ちそうな部分ではある。

大音響では、ホワホワした芯のない感じもある。メタルコーンを聴き慣れたからもあるだろう。Eikona2の濃いヨーロピアンな音色は失われた。

このあたりは予想もしていたのだ。Eikona2の最近のバランスは絶妙だった。まだ飽きてもいないし、とても勝てるとは思えない。1か月我慢して使って退場の覚悟はできていた。

ただ、そこまで悪くもないのは、スーパーツィーターやサブウーファーに助けてもらったり、音色面はQUAD2の真空管のサポートがある。アルニコユニットの、私のイメージするビクタートーンみたいなのはあまりないけど、アルニコ以外よりは気品がある気もする。

FEの絶叫感がほぼ気にならないのは、上記の特性のおかげもあるし、超低音はほぼカットされてコーンが目に見えて振幅しないのもある。

コメント

mixiユーザー2020年05月04日 09:08

すでにサブウーファー・スーパートゥイーターを持っていると箱作りはそれ込みで考えますので、いわゆる「自作派」とはかみ合わないですね。巨大な共鳴管にサブウーファーを使っていたネッシーの例がありますが、サブウーファーがあるなら、できるだけ筐体はコンパクトにしたい。3組スピーカーを飼っていると当然そうなります(笑)


mixiユーザー2020年05月04日 12:21
> mixiユーザー
 
最近は「マルチ派」かもしれませんが、手元にあるものでそれなりに鳴らす自信は出てきました。いまは処分できない過去の情熱のデカい箱が二つあるので、それで考えています。あきらかに共鳴管の容積は不要で、パイプ外そうかとすら思いますが、どっちにせよ置くところはない(笑) しかし、長岡先生のいう「背圧のかからないよさ」というのは確実にあると思います。

mixiユーザー2020年05月04日 14:20
> mixiユーザー 

後面開放箱というのがあります。これは確かに音離れはいいのですが、背面の音が混ざって色がつくのとパワーが入らないので、メリット・デメリットを勘案すると結局、ダンプド・バスレフ(効果の低い小穴ダクトつき)が無難という結論に落ち着いています。箱も小さくて済みますしね。「背圧のかからないよさ」はあこがれますが、共鳴管を置いてしまう他のスピーカーを置く場所なくなりますし・・・

https://open.mixi.jp/user/5343821/diary/1975557409
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/1000.html#c4

[番外地7] 「本当に死ぬかと思った…」 中川隆
1. 中川隆[-12802] koaQ7Jey 2020年5月04日 18:04:32 : owBDVMWD72 : SWV6ak1UeDZPWFE=[20]
新型コロナ、回復者に免疫あるか不明 WHOが警告

【ジュネーブ=細川倫太郎】世界保健機関(WHO)は13日、新型コロナウイルスの感染者で回復後に再び陽性になる患者が出ていることについて、回復者に免疫がついているかは不明だとの見解を示した。

次に同じウイルスが侵入した際に、病原体を攻撃する抗体が体内で十分に作られていない可能性があるためだ。

免疫を持つ人が限られれば、外出制限などの解除が遅れる可能性もある。

WHOの感染症専門家、マリア・ファンケルクホーフェ氏は記者会見で、中国上海市で行われた最近の研究から、

「(回復後に)検出できるほどの抗体反応を示さなかった人もいれば、非常に高い反応を示した人もいたことが分かった」

と説明した。抗体の量が少なければ、再び陽性になる恐れがある。韓国でもいったん回復してから陽性と診断された人が111人に達した。


▲△▽▼


免疫なんてできねーよ
空気感染するエイズウィルスなんだから
体が弱った時にまた再発する。今後は風邪程度でも重症化だ


絶対、免疫ないわ
免疫細胞ごと殻すのが、この新型コロナの最大の特徴だからな
免疫細胞を殻すウイルスは、新型コロナとエイズウイルスだけ
エイズウイルスは発見されて27年たったいまもワクチンが完成してない


T細胞破壊して回るウイルスなんでしょ
年齢関係無しに深刻な後遺症残る可能性あるからかかったら負け組
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/610.html#c1

[近代史4] 新型コロナウイルスはデザイナーズウィルス、免疫細胞を無効化することが判明 中川隆
49. 中川隆[-12801] koaQ7Jey 2020年5月04日 19:14:58 : owBDVMWD72 : SWV6ak1UeDZPWFE=[21]

943 名前:名無しの笛の踊り[sage] 投稿日:2020/05/04(月) 13:05:30.84 ID:brnwP5dg
>>937

□武漢中心病院の医師など
李文亮:同僚の眼科医。SNSで訓戒。死亡
張継先:SNS医師。当局対応問題発言。死亡

□武漢ウイルス研究所関係者
黄燕玲:感染0号の研修生。死亡又は失踪?
武小華:動物実験の実態を内部告発。失踪
陳全姣:研究員。王を実名にて告発。失踪

□ジャーナリスト
陳秋實:現地入りし取材動画を発信。失踪
方 斌:遺体袋を撮影した武漢市民。失踪

□その他
伯曼児:学生。感染→党批判→反省→死亡
任志強:隠蔽批判した物言う企業家。失踪
肖波濤:華南工大教授。論文が削除。失踪
許章潤:体勢批判した清華大の教授。失踪
陳 玫:GitHubにアーカイブ構築。失踪 ←New!
はたしてどれだけが生存しているのだろうか


944 名前:名無しの笛の踊り[] 投稿日:2020/05/04(月) 13:47:54.09 ID:z8SC7N72
https://www.jprime.jp/articles/-/17815
2020/5/4
佐村河内守、自宅が差し押さえられ売却…行方知れずの「現在」


945 自分:名無しの笛の踊り[sage] 投稿日:2020/05/04(月) 16:02:49.71 ID:u9fcBzsL [2/2]
>>943
これは、国家ぐるみでの犯罪を示唆している。
オレは、賠償金2兆円でコロナ御殿でもたてようかな?
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/768.html#c49

[近代史4] 焼け太る中国!対策が打てない日本!コロナ恐慌に打ち勝つには! 中川隆
27. 中川隆[-12800] koaQ7Jey 2020年5月04日 19:15:34 : owBDVMWD72 : SWV6ak1UeDZPWFE=[22]

943 名前:名無しの笛の踊り[sage] 投稿日:2020/05/04(月) 13:05:30.84 ID:brnwP5dg
>>937

□武漢中心病院の医師など
李文亮:同僚の眼科医。SNSで訓戒。死亡
張継先:SNS医師。当局対応問題発言。死亡

□武漢ウイルス研究所関係者
黄燕玲:感染0号の研修生。死亡又は失踪?
武小華:動物実験の実態を内部告発。失踪
陳全姣:研究員。王を実名にて告発。失踪

□ジャーナリスト
陳秋實:現地入りし取材動画を発信。失踪
方 斌:遺体袋を撮影した武漢市民。失踪

□その他
伯曼児:学生。感染→党批判→反省→死亡
任志強:隠蔽批判した物言う企業家。失踪
肖波濤:華南工大教授。論文が削除。失踪
許章潤:体勢批判した清華大の教授。失踪
陳 玫:GitHubにアーカイブ構築。失踪 ←New!
はたしてどれだけが生存しているのだろうか


944 名前:名無しの笛の踊り[] 投稿日:2020/05/04(月) 13:47:54.09 ID:z8SC7N72
https://www.jprime.jp/articles/-/17815
2020/5/4
佐村河内守、自宅が差し押さえられ売却…行方知れずの「現在」


945 自分:名無しの笛の踊り[sage] 投稿日:2020/05/04(月) 16:02:49.71 ID:u9fcBzsL [2/2]
>>943
これは、国家ぐるみでの犯罪を示唆している。
オレは、賠償金2兆円でコロナ御殿でもたてようかな?
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/762.html#c27

[近代史4] 河添恵子 : 習政権が必死に隠している武漢コロナ・ウイルスの発生源 中川隆
27. 中川隆[-12799] koaQ7Jey 2020年5月04日 19:16:21 : owBDVMWD72 : SWV6ak1UeDZPWFE=[23]

943 名前:名無しの笛の踊り[sage] 投稿日:2020/05/04(月) 13:05:30.84 ID:brnwP5dg
>>937

□武漢中心病院の医師など
李文亮:同僚の眼科医。SNSで訓戒。死亡
張継先:SNS医師。当局対応問題発言。死亡

□武漢ウイルス研究所関係者
黄燕玲:感染0号の研修生。死亡又は失踪?
武小華:動物実験の実態を内部告発。失踪
陳全姣:研究員。王を実名にて告発。失踪

□ジャーナリスト
陳秋實:現地入りし取材動画を発信。失踪
方 斌:遺体袋を撮影した武漢市民。失踪

□その他
伯曼児:学生。感染→党批判→反省→死亡
任志強:隠蔽批判した物言う企業家。失踪
肖波濤:華南工大教授。論文が削除。失踪
許章潤:体勢批判した清華大の教授。失踪
陳 玫:GitHubにアーカイブ構築。失踪 ←New!
はたしてどれだけが生存しているのだろうか


944 名前:名無しの笛の踊り[] 投稿日:2020/05/04(月) 13:47:54.09 ID:z8SC7N72
https://www.jprime.jp/articles/-/17815
2020/5/4
佐村河内守、自宅が差し押さえられ売却…行方知れずの「現在」


945 自分:名無しの笛の踊り[sage] 投稿日:2020/05/04(月) 16:02:49.71 ID:u9fcBzsL [2/2]
>>943
これは、国家ぐるみでの犯罪を示唆している。
オレは、賠償金2兆円でコロナ御殿でもたてようかな?
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/602.html#c27

[リバイバル3] 3万円のドイツ製プロ用パワーアンプ thomann S-75mk2 と数百万円のハイエンドアンプとでは電源ケーブルを変えた位の差しか出ない 中川隆
35. 中川隆[-12798] koaQ7Jey 2020年5月04日 19:44:20 : owBDVMWD72 : SWV6ak1UeDZPWFE=[24]

プ○ケーブル推薦のThomannを振り返る 2020年04月28日
http://community.phileweb.com/mypage/entry/4813/20200428/64956/


皆さんも名前は聞いたことがあるかと思います。Thomann。
S-75mkU,S-100mkU,S-150mkUなどのアンプ群です。

実はこれ、
初期と今のは別モノになっているのでその情報をまとめてみました。

●2013年
Thomannが最強として紹介され購入レビューも出始めました。
同年9月からはAmazonでも取り扱いが始まっています。
100Vではまともに動かないとか色々と問題があったときです。
・音が無いとき働く省エネのERP機能が、小音量時にも動いてしまい
 音が出なくなる問題や・・・・
・無音再生時のノイズもCROWN D-45よりも大きかったらしい。
この事は最近活動の様子がみられない「ストーンテクノ」様が
有名です。

https://ameblo.jp/soundworks/entry-11876855054.html より
ストンテクノ邸の写真を2枚ほど拝借 m(_ _)m


このノイズに業を煮やして、
アンプを低ノイズ仕様に仕立ててヤフオク!に出品される方がいました。
過去のオークションの履歴から内容を引用します。
---------------------引用ここから-------------------------------
出品名:【低ノイズ特別仕様】Thomann S-75mk2 パワーアンプ
説明文:

S-75mk2はCrownD-45,D-75Aを超える性能を持つパワーアンプとして各方面で
紹介されています。

しかし、残留ノイズが大きいことから購入を躊躇されている方も多いと思います。
もう既に購入し、効率の高いスピーカーをドライブしている方からも低ノイズを望む
声が寄せられましたので、今回から低ノイズ特別仕様として出品することにしました。

これは日本に着荷後、低ノイズ仕様へグレードアップしてリリースしたものです。
オリジナルの回路を変更せず、不必要な回路の動作を止めてハム音、ビート音を
できる限り最小にしました。

そのため、リアパネルに追加されたERPスイッチは無効となり、
常にOFF(無音時でもStandbyにならない)になります。
また、フロントパネルのレベルメータは動作を止めています。
レベルメータはホームユースでは、ほとんど点灯することはありませんから、
問題ないと判断しています。

ぜひ、この機会に静寂の中で、Thomannの音にふれてみてください。

ご購入後、評価いただいたストーンテクノ様から推薦のコメントをいただきましたので、
ここに掲載させていただきます。
===================================================================================
私は、中低域と中高域にホーン型を用いたシステムをcrown D-75AやD-45でドライブしてきましたが、
これらが製造中止になりましたので、thomann S-75mk2とS-100mk2に換えてテストしてみました。
しかし、このシリーズはノイズレベルが高く、マルチアンプシステムに採り入れてホーン型のユニットを
直接駆動するには適さない事が判り、出品者に対策をお願いしました。
徹底したノイズ対策を施したスペシャルバージョンは、高感度のドライバーをドライブしても聴感上の
ノイズが殆ど気にならないレベルに変身しました。
この成果は大きく、crownよりノイズフロアが低く十分満足出来るレベルに達しています。
一般に売られているthomann製のアンプでは到底得られないS/N比を達成した、このスペシャルバー
ジョンをマルチアンプ歴40年の私が責任を持って推薦します。
===================================================================================

----------------------引用ここまで----------------------------

※↑のノイズスペクトルの画像はショッキングですが安心して下さい。
 2016〜2018年にはこんなノイズは消え去っていますので。
※低ノイズ仕様といってもケーブルを引っこ抜いただけみたいなのですが、
 当時は原因が分かっていなかったので画期的でした。
※ストーンテクノ様はこの後ほどなくしてThomann S-75mkUをヤフオク!で
 出品されていました。確か4台まとめてだったかな?何があったのかは
 分かりません。

●2016〜2018年
低ノイズ仕様でなくとも恐らく残留ノイズの問題は解消されたようです。
フロントの基板からノイズを拾っていたようです。
ERP機能をOFFできるスイッチが装備されました。これで音がいきなり切れることは無くなりました。
なんとなく100Vで使っても問題なさそうな感じです。
実はこの頃に私は先の「低ノイズ仕様」のThomann S-75mkUを購入しています。
また少し後にプ○ケーブルさんからもThomann S-75mkUを購入しています。
このとき分かったのです「残留ノイズの問題が解消されている」と。
私はそれを確認するためだけに能率108dB(1W/1m)の超高能率スピーカーを買いました(自爆)


で、違いが無い事が分かったのです。なので、高いお金を払ってヤフオクから「低ノイズ仕様」を買う必要はなくなりました。

●2020年
またまた買いました。Thomann S-75mkU。今度は本社直送です。
中をみてみると出力段のトランジスタにバイアス生成回路にパターンが増やされてコンデンサが増えていました。なんとなんと。
一般に日本ではマイナーチェンジ、モデルチェンジしていくと無駄を省くというかコストカットされていくような気がしますが、お金を使って熟成していっているような感じがしましたです。
先の「低ノイズ仕様」のようなノイズスペクトルは見られません。
というか・・・そもそもどうやって測定して得られた結果なのか全く分からないので参考にならんのですけどね・・・。
入力はショートしていたのか?ボリューム位置は最小か最大か?
入力感度スイッチの場所は?GNDリフトしてる?何処を計った?
スピーカーの代わりのダミー抵抗は何Ωだった?etc・・・
条件によって得られるスペクトルは変わります。
(それでも、改造前と改造後のノイズの量の相対的な差は分かります。真偽のほどは定かではありませんが同一条件で得られた結果であれば、ノイズは減ったように見受けられます)

まぁ測定グラフがどうであっても、
『能率108dB(1W/1m)のスピーカーに耳をくっつけてやっと聞こえる程度のノイズ』は問題になりません。これは断言できると思います。

いまだに
内部のケーブルを抜いて、
ケーブルをよじっただけのような作業で
「低ノイズ仕様」を出品されているのを見たので、
買ってみようかなぁなんて人は注意が必要と思いこの日記を書いてみました。

出品の謳い文句には
『私見ですが比べると一瞬で低ノイズと音色の変化があり別物に変わっています。』
こう書いてありますがどうでしょうねぇ・・・。
※こちらの出品者はストーンテクノさんと絡んだ以前(2016年)の出品者とは別の人のようです


おまけ(貴重な2013年当時のレビュー記事)
こまたくのブロマガ「正確無比なパワーアンプ thomann S-75mk2」
https://ch.nicovideo.jp/komataku/blomaga/ar143459
2m離れれば気にならないって・・・


レス一覧

私が思うには・・・

 やはりコスト次第なのでは?と。  そんな事(多少のノイズとか)は気にしないで 音が気に入れば CPは高いモデルなのでしょうから・・・

 そもそもが家庭用で使用をする発想じゃないアンプですよね。 まぁー 何が家庭用なのかも分かりませんが (笑)  重箱の隅を突っつく様な製造では無いでしょうからね。

 ウチの機器も古くなって来ていますので 経年劣化に伴うであろー その辺りの症状が出てくる時がありますね。  本体が悪いと思っていたら 配線を変えたら治まったり、電源の取り方を変えたら治まったりと・・・ 理屈じゃ説明出来ない事で治ったり 症状が出たりで・・・ まぁー 色んな機器があると 色んな事が起きますね(笑)

 それもAudio! 苦労も 後には役に立つ!!    かも?(笑)

byアコスの住人 at2020-04-29 08:54


アコスの住人さん

レスありがとうございます。

コスト次第。まさにその通りです。件のオークション出品。
音声信号ケーブル左右各1本をBELDENに交換。そして
電源ケーブルをツイスト風によじっただけみたいな変わり映えのしない作業に数万円は出せないなぁ・・・という事でした。
価格はプ〇ケーブル以上なのに「ジャンク扱い」です。
一年保証つけているプ〇ケーブルは良心的。

bynightwish_daisu at2020-04-29 12:12


初めまして nightwish_daisu さん

私も thomann S-75mk2 をプロケーブルで買いました。

高音、中音、低音とモニターアンプのような特徴の無さと蒸留水のような無味乾燥な音。

特に薄い中低音はいくら『音の焦点』調節を行なっても、中低音の量感(特にピアノ)が出ませんでした。

出力もそこそこに有りましたが、PA用に使う目的が無くなりましたので、ヤフオクで処分しました。

当時の比較アンプは LUXKIT A3500 KT-88 PP アンプでしたが、今の常用アンプ LUXKIT A3700 8045G PP は KT-88 PP と比べると低音、中音、高音の表現力は雲泥の差が有り、満足しています。

その後何台か当時の定価10〜20万円程度の半導体アンプをヤフオクで落札し、真空管アンプと聴き比べをしましたが、満足できず直ぐ処分してしまいました。

真空管アンプを超える半導体アンプに出会ってみたいものです。

byTada-Min at2020-05-01 09:04


Tada-Minさん こんにちは
レスありがとうございます。

真空管アンプと比べると音の厚さであるとか重量感は得られにくいですね。
基本的にパワーは無色透明で色は好みはプリや上流で行うと良いような気がしています。

と言っておきながら自分もメインのアンプは真空管なのですが(自爆)
思うに真空管アンプと半導体アンプは比べるものではありません。
車のエンジンに例えるなら真空管アンプはディーゼル、半導体アンプはガソリンです。
違いは負荷に対する動きです。ディーゼルは負荷がかかっても同じ回転数を維持しようとパワーを上げて頑張りますがガソリンは負荷がかかると回転が落ちて悪くすればストールします。粘りが全く違います。

真空管アンプの代役を務める半導体アンプとなれば、アウトプットトランスフォーマーを背中に抱いたMcIntoshしか選択肢が無いような気がします。私はマニアではないので構造をみて想像しているだけですが。
逆にみると、インピーダンス特性が全周波数帯域でフラットに近いスピーカーならばどのようなアンプでも安定した音質が得られます(DALIの請け売りです)。

bynightwish_daisu at2020-05-01 11:17


エンジンの例えの補足です。

ディーゼルは回転数をガバナ(調速機)で制御。これは負荷がかかって回転数が落ちると燃料を増して回転数を元に戻そうとします。
ガソリンエンジンはこの働きが凄く弱いです。

先のMcIntoshや真空管アンプ(OTLを除く)は、スピーカー側のインピーダンスが8Ωから16Ωに変化しても出力パワーは同じ。負荷が変わっても電圧を上げて元のパワーを発揮しようと頑張ります。一方、半導体アンプは電圧が一定なのでインピーダンスが8Ωから16Ωに変化すると、オームの法則により電流が半分になります。出力パワーは半減。

bynightwish_daisu at2020-05-01 11:54

http://community.phileweb.com/mypage/entry/4813/20200428/64956/
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/983.html#c35

[近代史4] ヒトラー対フランスの民主主義 _ ドイツ軍が侵攻した日、フランス政府は有給休暇などを巡る対立で機能していなかった 中川隆
1. 中川隆[-12797] koaQ7Jey 2020年5月04日 20:02:35 : owBDVMWD72 : SWV6ak1UeDZPWFE=[25]
比較敗戦論のために - 内田樹の研究室 2019-03-20
http://blog.tatsuru.com/2019/03/20_1437.html


敗戦国は日独だけではない

 今回の「比較敗戦論」というタイトルは、問題提起という意味でつけました。特に僕の方で用意した結論があるわけではありません。ただ、歴史を見るときに、こういう切り取り方もあるのだというアイディアをお示ししたいと思います。

「比較敗戦論」という言葉は『永続敗戦論』(太田出版 二〇一三年)の白井聡さんと対談をしまたときにふと思いついたのです(この対談はその後、『日本戦後史論』(徳間書店、二〇一五年)という本にまとまりました)。

『永続敗戦論』での白井さんの重要な主張は「日本人は敗戦を否認しており、それが戦後日本のシステムの不調の原因である」というものでした。「敗戦の否認」というキーワードを使って、戦後七〇年の日本政治をきわめて明晰に分析した労作です。

ただ、僕が思ったのは、白井さんと話をしていて、日本人が戦後七〇年間にわたって敗戦経験を否認してきたということは全くご指摘の通りなんだけれども、日本以外の敗戦国ではどうなのか、ということが気になりました。日本以外の他の敗戦国はそれぞれ適切なやり方で敗戦の「総括」を行ったのか。その中で日本だけが例外的に敗戦を否認したのだとすれば、それはなぜなのか。そういった一連の問いがありうるのではないかと思いました。

白井さんの言う通り「敗戦の否認」ゆえに戦後日本はさまざまな制度上のゆがみを抱え込み、日本人のものの考え方にも無意識的なバイアスがかかっていて、ある種の思考不能状態に陥っていること、これは紛れもない事実です。でも、それは日本人だけに起きていることなのか。他の敗戦国はどうなっているのか。多の敗戦国では、敗戦を適切に受け容れて、それによって制度上のゆがみや無意識的な思考停止を病むというようなことは起きていないのか。よく「ドイツは敗戦経験に適切に向き合ったけれど、日本はそれに失敗した」という言い方がされます。けれども、それはほんとうに歴史的事実を踏まえての発言なのか。

まず僕たちが誤解しやすいことですけれど、第二次世界大戦の敗戦国は日独伊だけではありません。フィンランド、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、タイ、これらは連合国が敵国として認定した国です。それ以外にも、連合国がそもそも国として認定していない交戦団体として、フィリピン第二共和国、ビルマ国、スロバキア共和国、クロアチア自由国、満州国、中華民国南京政府があります。これだけの「国」が敗戦を経験した。でも、僕たちはこれらの敗戦国で、人々が敗戦経験をどう受け容れたのか、どうやって敗戦後の七〇年間を過ごしてきたのかについて、ほとんど何も知りません。例えば、「フィンランド国民は敗戦をどう総括したか」というような研究は、フィンランド国内にはしている人がいるのでしょうけれど、僕はそれについての日本語文献のあることを知らない。でも、「敗戦の否認」という心理的な痼疾を手がかりにして現代日本社会を分析するためには、やはり他の敗戦国民は自国の敗戦をどう受け止めたのか、否認したのか、受容したのかが知りたい。敗戦の総括をうまく実行できた国はあるのか。あるとしたら、なぜ成功したのか。敗戦を否認した国は日本の他にもあるのか。あるとしたら、その国における敗戦の否認は、今その国でどのような現実を帰結したのか、それを知りたい。「敗戦の否認」が一種の病であるとするなら、治療のためには、まず症例研究をする必要がある。僕はそんなふうに考えました。

フランスは果たして戦勝国なのか

 このアイデアには実はいささか前段があります。枢軸国の敗戦国というと、ふつうは日独伊と言われます。けれども、フランスだって実は敗戦国ではないのか。僕は以前からその疑いを払拭することができずにいました。

ご承知の方もいると思いますが、僕の専門はフランス現代思想です。特にエマニュエル・レヴィナスというユダヤ人哲学者を研究してきました。その関連で、近代フランスにおけるユダヤ人社会と彼らが苦しんだ反ユダヤ主義のことをかなり長期にわたって集中的に研究してきました。そして、そのつながりで、19世紀から20世紀はじめにかけてのフランスの極右思想の文献もずいぶん読み漁りました。

 僕がフランスにおける反ユダヤ主義の研究を始めたのは1980年代のはじめ頃ですが、その頃フランスの対独協力政権、ペタン元帥の率いたヴィシー政府についての研究が続々と刊行され始めました。ですから、その頃出たヴィシーについての研究書も手に入る限り買い入れて読みました。そして、その中でも出色のものであったベルナール=アンリ・レヴィの『フランス・イデオロギー』(国文社、一九八九年)という本を翻訳することになりました。これはフランスが実はファシズムと反ユダヤ主義というふたつの思想の「母国」であったという非常に挑発的な内容で、発売当時はフランスでは大変な物議を醸したものでした。

 歴史的事実をおさらいすると、一九三九年九月にドイツのポーランド侵攻に対して、英仏両国はドイツに宣戦布告します。フランスはマジノ線を破られて半年後の六月にフランスは独仏休戦協定が結ばれます。フランスの北半分はドイツの直接統治領に、南半分がペタンを首班とするヴィシー政府の統治下に入ります。第三共和政の最後の国民議会が、ペタン元帥に憲法制定権を委任することを圧倒的多数で可決し、フランスは独裁制の国になりました。そして、フランス革命以来の「自由、平等、友愛」というスローガンが廃されて、「労働、家族、祖国」という新しいファシズム的スローガンが掲げた対独協力政府ができます。

フランスは連合国に対して宣戦布告こそしていませんけれども、大量の労働者をドイツ国内に送ってドイツの生産活動を支援し、兵站を担い、国内ではユダヤ人やレジスタンスを行いました。フランス国内で捕らえられたユダヤ人たちはフランス国内から鉄道でアウシュヴィッツへ送られました。

 対独レジスタンスが始まるのは1942年くらいからです。地下活動という性質上、レジスタンスの内実について詳細は知られていませんが、初期の活動家は全土で数千人規模だったと言われています。連合国軍がノルマンディーに上陸して、戦局がドイツ軍劣勢となってから、堰を切ったように、多くのフランス人がドイツ軍追撃に参加して、レジスタンスは数十万規模にまで膨れあがった。この時、ヴィシー政府の周辺にいた旧王党派の準軍事団体などもレジスタンスに流れ込んでいます。昨日まで対独協力政権の中枢近くに人たちが、一夜明けるとレジスタンスになっているというようなこともあった。そして、このドイツ潰走の時に、対独協力者の大量粛清が行われています。ヴィシー政権に協力したという名目で、裁判なしで殺された犠牲者は数千人と言われていますが、これについても信頼できる史料はありません。調書もないし、裁判記録もない。どういう容疑で、何をした人なのか判然としないまま、「対独協力者だ」と名指されて殺された。真実はわからない。

アルベール・カミュは最初期からのほんもののレジスタンス闘士でしたけれど、戦後その時代を回想して、「ほんとうに戦ったレジスタンスの活動家はみな死んだ」と書いて、今生き残って「レジスタンス顔」をしている人間に対する不信を隠そうとしませんでした。このあたりの消息は外国人にはなかなかわかりません。

シャルル・ド・ゴールもその回想録の中で、ヴィシー政府壊滅後のフランス各地の混乱に言及して、「無数の場所で民衆の怒りは暴力的な反動として溢れ出した。もちろん、政治的な目論見や、職業上の競争や、個人的な復讐がこの機会を見逃すはずもなかった」と証言しています。(Charles De Gaulle, Mémoire de guerre, Plon, 1959, p.18)

 国防次官だったシャルル・ド・ゴールはペタン元帥が休戦協定を結んだときにロンドンに亡命して亡命政府を名乗りますけれど、もちろん彼の「自由フランス」には国としての実体などありません。国際法上はあくまでヴィシー政府がフランスの正統な政府であって、自由フランスは任意団体に過ぎません。そもそもド・ゴール自身、フランスの法廷で欠席裁判のまま死刑宣告されているのです。

ド・ゴール以外にも、フランソワ・ダルラン将軍、アンリ・ジロー将軍といった軍の実力者がいて、フランスの正統な代表者の地位を争っていました。最終的にド・ゴールが競争相手を排除して、自由フランス軍のトップに立ちますけれど、それでも一交戦団体に過ぎません。44年にド・ゴールが「フランス共和国臨時政府」を名乗ったときも、アメリカもイギリスもこれを承認するのを渋りました。ド・ゴールが一交戦団体に過ぎなかった自由フランスを「戦勝国」にカテゴリー変更させたのは、彼の発揮した軍事的・外交的実力によってです。44年、ノルマンディー上陸後西部戦線でのドイツ軍との戦闘が膠着状態にあったとき、ド・ゴールはこの機会にフランスを連合国に「高く売る」ことに腐心しています。回想録にはそのことが率直に書いてあります。

「戦争がまだ長引くということは、われわれフランス人が耐え忍ばなければならない損失、被害、出費を考えれば、たしかに痛ましいことである。しかし、フランスの最優先の利害を勘案するならば、フランス人の当面の利益を犠牲にしても、戦争の継続は悪い話ではなかった。なぜなら、戦争がさらに長びくならば、アフリカやイタリアでそうだったように、われわれの協力がライン河・ドナウ河での戦闘にも不可欠のものとなるからである。われわれの世界内における地位、さらにはフランス人がこれから何世代にもわたって自分自身に対して抱く評価がそこにかかっている。」(Ibid., p.44、強調は内田)

 ド・ゴールは、パリ解放からドイツ降伏までのわずかの時間内に、フランス軍の軍事的有用を米英に誇示できるかどうかに戦後フランスの、国際社会における立場がかかっているということを理解していました。ほんとうにこのときのフランスは綱渡りだったのです。ノルマンディー上陸作戦の時点ではド・ゴールの自由フランスの支持基盤は国内のレジスタンスだけでした。それが戦局の推移に伴ってそれ以外のフランス人たちも自由フランスを自分たちの代表として承認する気分になり、最後に米英はじめ世界の政府がド・ゴールの権威を承認せざるを得なくなった。ですから、ド・ゴールが「国を救った」というのはほんとうなのです。対独協力国、事実上の枢軸国がいつのまにか連合国の一員になり、さらに国際社会の重鎮になりおおせていたわけですから、これはド・ゴールの力業という他ありません。

でも、このド・ゴールが力業でフランスの体面を救ったことによって、フランス人は戦争経験の適切な総括を行う機会を奪われてしまった。ほんとうを言えば、ドイツの犯したさまざまな戦争犯罪に加担してきたフランス人たちはもっと「疚しさ」を感じてよかったのです。でも、フランス人は戦勝国民として終戦を迎えてしまった。フランス人は「敗戦を総括する義務」を免除された代わりにもっと始末におえないトラウマを抱え込むことになりました。


イタリアは戦勝国ではないのか

 僕たち日本人はイタリアがどんなふうに終戦を迎えたかについてはほとんど知るところがありません。世界史の授業でもイタリアの敗戦については詳しく教えてもらった記憶がない。教科書で教えてもらえないことは、映画や小説を通じて学ぶわけですけれども、イタリアの終戦時の混乱については、それを主題にした映画や文学も日本ではあまり知られておりません。『無防備都市』(ロベルト・ロッセリーニ監督、一九四五年)にはイタリアのレジスタンスの様子がリアルに描かれていますが、僕が知っているのはそれくらいです。ですから、ナチスと命がけで戦ったイタリア人がいたことや、イタリア人同士で激しい内戦が行われていたという歴史的事実も日本人はあまり知らない。

一九四三年七月に、反ファシスト勢力が結集して、国王のヴィットーリオ・エマヌエーレ三世が主導して、ムッソリーニを20年にわたる独裁者の地位から引きずり下ろしました。そして、首相に指名されたピエトロ・バドリオ将軍は水面下で連合国と休戦交渉を進めます。その後、監禁されていたムッソリーニをドイツの武装親衛隊が救い出して、北イタリアに傀儡政権「イタリア社会共和国」を建て、内戦状態になります。最終的にドイツ軍はイタリア領土内から追い出され、ムッソリーニはパルチザンに捕らえられて、裁判抜きで処刑され、その死体はミラノの広場に逆さ吊りにされました。イタリア王国軍とパルチザンがムッソリーニのファシスト政権に引導を渡し、ドイツ軍を敗走させた。ですから、イタリアは法理的には戦勝国なんです。でも、たぶん「イタリアは戦勝国だ」と思っている日本人はほとんどいない。自分たちと同じ敗戦国だと思っている。

たしかに、戦後イタリアを描いた『自転車泥棒』(ヴィットリオ・デ・シーカ監督、1948年)のような映画を観ると、街は爆撃でひどいことになっているし、人々は食べるものも仕事もなくて、痩せこけている。「ああ、イタリアも日本と同じだ」と思っても不思議はない。でも、違います。イタリアは戦勝国なんです。だいたい、イタリアは一九四五年七月には日本に宣戦布告しているんです。

 フランスとイタリアを比べれば、フランスよりイタリアの方がずっと戦勝国条件が整っている。フランスは先ほど述べたように紙一重で戦勝国陣営に潜り込み、国連の常任理事国になり、核保有国になり、今も世界の大国としてふるまっています。それは一にシャルル・ド・ゴールという卓越した政治的能力を持つ人物が国家存亡のときに登場したからです。ド・ゴールがいて、ルーズベルトやチャーチルと一歩も引かずに交渉したから、フランスは戦勝国「のようなもの」として戦後世界に滑り込むことができた。でも、イタリアにはそんなカリスマ的な人物がいませんでした。戦争指導者であったヴィットリオ・エマヌエーレ三世とバドリオ将軍は、ドイツ軍がローマに侵攻してきたとき、市民を「無防備都市」に残したまま自分たちだけ逃亡してしまった。そのせいでイタリア軍の指揮系統は壊滅しました。戦後の国民投票で国民たちの判断で王政が廃止されたのは、このときの戦争指導部の国民に対する裏切りを国民が許さなかったからです。

フランスとイタリアのどちらも「勝ったんだか負けたんだかよくわからない仕方で戦争が終わった」わけですけれど、フランスにはド・ゴールがいて、イタリアにはいなかった。それが戦後の両国の立ち位置を決めてしまった。

でも、僕はこれを必ずしもフランスにとって幸運なことだったとも、イタリアにとって不幸なことだったとも思わないのです。イタリアは「敗戦国みたいにぼろぼろになった戦勝国」として終戦を迎えました。戦争の現実をありのままに、剥き出しに経験した。戦勝を誇ることもできなかったし、敗戦を否認する必要もなかった。だから、彼らの戦争経験の総括には変なバイアスがかかっていない。

先日、イタリアの合気道家が僕の道場に出稽古に来たことがありました。稽古のあとの歓談のとき、「そういえば君たち、昔、日本に宣戦布告したことがあるでしょう」と訊いてみました。たぶん、そんなこと知らないと思ったんです。意外なことに、彼はすぐに苦笑して、「どうもすみませんでした」と謝るんです。「イタリアって、どさくさまぎれにああいうことをやるんです。フランスが降伏したときにも仏伊国境の土地を併合したし。そういう国なんです。申し訳ない」と。僕は彼のこの対応にびっくりしました。自国の近代史のどちらかというと「汚点」を若いイタリア人が常識として知っているということにまず驚き、それについて下手な言い訳をしないで、さらっと「ごめんね」と謝るところにさらに驚きました。事実は事実としてまっすぐみつめる。非は非として受け容れ、歴史修正主義的な無駄な自己弁護をしない。そのとき僕は「敗戦の否認をしなかった国民」というものがあるとしたら、「こういうふう」になるのかなと思いました。

イタリアは「ほとんど敗戦」という他ないほどの被害を蒙った。内戦と爆撃で都市は傷ついた。行政も軍もがたがたになった。戦死者は30万人に及んだ。でも、その経験を美化もしなかったし、否認もしなかった。「まったくひどい目に遭った。でも、自業自得だ」と受け止めた。だから、戦争経験について否認も抑圧もない。

フランスの場合は、ヴィシーについてはひさしく歴史的研究そのものが抑圧されていました。先ほど名前が出ましたベルナール=アンリ・レヴィの『フランス・イデオロギー』はヴィシーに流れ込む十九世紀二○世紀の極右思想史研究ですが、この本が出るまで戦後四四年の歳月が必要でした。刊行されたときも、保守系メディアはこれに集中攻撃を加えました。「なぜせっかくふさがった『かさぶた』を剥がして、塩を塗り込むようなことをするのか」というのです。それからさらに30年近くが経ちますが、ヴィシー政府の時代にフランスが何をしたのかについての歴史的な研究は進んでいません。

ナチスが占領していた時代のフランス人は何を考え、何を求めて、どうふるまったのか。いろいろな人がおり、いろいろな生き方があったと思います。それについての平明な事実を知ることが現代のフランス人には必要だと僕は思います。ド・ゴールが言うように「自分自身に対して抱く評価」を基礎づけるために。でも、それが十分に出来ているように僕には思えません。フランスの場合は「敗戦の否認」ではなく、対独協力国だったという歴史的事実そのものが否認されている。その意味では、あるいは日本より病が深いかもしれない。

 現在の政治状況と敗戦の総括との関係

 本来なら、ヴィシー政府の政治家や官僚やイデオローグたちの事績を吟味して、「一体、ヴィシーとは何だったのか、なぜフランス人は民主的な手続きを経てこのような独裁制を選択したのか」という問いを徹底的に究明すべきだったと思います。でも、フランス人はこの仕事をネグレクトしました。ヴィシー政府の要人たちに対する裁判もごく短期間のうちに終えてしまった。東京裁判やニュルンベルク裁判のように、戦争犯罪の全貌を明らかにするということを抑制した。ペタン元帥や首相だったピエール・ラヴァルの裁判はわずか一ヶ月で結審して、死刑が宣告されました。裁判は陪審員席からも被告に罵声が飛ぶというヒステリックなもので、真相の解明というにはほど遠かった。この二人に全責任を押しつけることで、それ以外の政治家や官僚たちは事実上免責されました。そして、この「エリートたち」はほぼそのまま第四共和政の官僚層に移行する。

 レヴィによれば、フランスにおいて、ヴィシーについての歴史学的な検証が進まなかった最大の理由は、ヴィシー政府の官僚層が戦後の第四共和政の官僚層を形成しており、彼らの非を細かく咎めてゆくと、第四共和政の行政組織そのものが空洞化するリスクがあったからだということでした。事情を勘案すれば、フランス政府が、国家的選択として対独協力していたわけですから、それをサボタージュした官僚はうっかりするとゲシュタポに捕まって、収容所に送られるリスクがあったわけです。組織ぐるみの対独協力をせざるを得なかった。だから、一罰百戒的に、トップだけに象徴的に死刑宣告を下して、あとは免罪して、戦後の政府機構に取り込むことにした。それは当座の統治システムの維持のためには、しかたなかったのかも知れません。

ですから、ヴィシーについての歴史学的な実証研究が始まるのは、この官僚たちが現役を引退した後になります。一九八〇年代に入って、戦後四〇年が経って、ヴィシー政府の高級官僚たちが退職したり、死んだりして、社会的な影響がなくなった時点ではじめて、最初は海外の研究者たちが海外に流出していたヴィシー政府の行政文書を持ち出して、ヴィシー研究に手を着け始めた。フランス人自身によるヴィシー研究は『フランス・イデオロギー』が最初のものです。戦争が終わって四五年後です。「ヴィシーの否認」は政治的に、意識的に、主体的に遂行された。でも、そのトラウマは別の病態をとって繰り返し回帰してきます。僕はフランスにおける「イスラモフォビア」(イスラーム嫌悪症)はそのような病態の一つではないかと考えています。

 フランスは全人口の一〇%がムスリムです。先日のテロで露呈したように、フランス社会には排外主義的な傾向が歴然と存在します。大戦後も、フランスは一九五〇年代にアルジェリアとベトナムで旧植民地の民族解放運動に直面した時、暴力的な弾圧を以って応じました。結果的には植民地の独立を容認せざるを得なかったのですが、独立運動への弾圧の激しさは、「自由・平等・友愛」という人権と民主主義の「祖国」のふるまいとは思えぬものでした。そんなことを指摘する人はいませんが、これは「ヴィシーの否認」が引き起こしたものではないかと僕は考えています。「対独協力政治を選んだフランス」、「ゲシュタポと協働したフランス」についての十分な総括をしなかったことの帰結ではないか。

もしフランスで終戦時点で自国の近過去の「逸脱」についての痛切な反省がなされていたら、五〇年代におけるフランスのアルジェリアとベトナムでの暴力的な対応はある程度抑止されたのではないかと僕は想像します。フランスはナチス・ドイツの暴力に積極的に加担した国なのだ、少なくともそれに加担しながら反省もせず、処罰も免れた多数の国民を今も抱え込んでいる国なのだということを公式に認めていたら、アルジェリアやベトナムでの事態はもう少し違うかたちのものになっていたのではないか。あれほど多くの人が殺されたり、傷ついたりしないで済んだのではないか。僕はそう考えてしまいます。

 自分の手は「汚れている」という自覚があれば、暴力的な政策を選択するときに、幾分かの「ためらい」があるでしょう。けれども、自分の手は「白い」、自分たちがこれまでふるってきた暴力は全て「正義の暴力」であり、それについて反省や悔悟を全く感じる必要はない、ということが公式の歴史になった国の国民には、そのような「ためらい」が生まれない。フランスにおけるムスリム市民への迫害も、そのような「おのれの暴力性についての無自覚」のせいで抑制が効きにくくなっているのではないでしょうか。

 他の敗戦国はどうでしょう。ハンガリーは最近、急激に右傾化して、排外主義的な傾向が出てきています。タイも久しく穏やかな君主制でいましたけれども、近年はタクシン派と反タクシン派が戦い続けて、国内はしばしば内戦に近い状態を呈しています。スロバキアとかクロアチアとかにもやはり政治的にある種の不安定さを常に感じます。

戦争後は、どの国も「この話はなかったことに」という国民的合意に基づいて「臭いものに蓋」をした。当座はそれでよかったかも知れません。でも、蓋の下では、抑圧された国民的な「恥辱」や「怨嗟」がいつまでも血を流し、腐臭を発している。だから、ハンガリーの現在の政治状況や、タイの現在の政治状況が、それぞれの国の敗戦経験の総括と全く無関係かどうかということは、かなり精密な検証をしてみないとわからない。そこには何らかの「関連がある」という仮説を立てて検証をしてみてよいのではないか。してみるだけの甲斐はあると僕は思います。

 ドイツ統合は敗戦の否認か

 戦争の記憶を改竄することによって、敗戦国民は当座の心の安らぎは手に入れることができるかも知れません。でも、そこで手に入れた「不当利得」はどこかで返済しなければならない。いずれ必ず後でしっぺ返しが来る。世界の敗戦国を一瞥すると、どこも七〇年かけて、ゆっくりと、でも確実に「記憶の改竄」のツケを支払わされている。『永続敗戦論』が明らかにしたように、日本も敗戦の否認のツケを払わされている。そして、この返済はエンドレスなんです。「負債がある」という事実を認めない限り、その負債を割賦でいいから返して行かない限り、この「負債」は全く別の様態をとって、日本人を責め続ける。

 「ドイツは敗戦経験の総括に成功した」と多くの人が言います。でも、本当にそうなんでしょうか。僕は簡単には諾うことができません。東ドイツのことを勘定に入れ忘れているような気がするからです。

東ドイツは「戦勝国」なんです。東ドイツはナチスと戦い続けたコミュニストが戦争に勝利して建国した国だという話になっている。だから、東ドイツ国民はナチスの戦争犯罪に何の責任も感じていない。感じることを国策的に禁止されていた。責任なんか感じてるはずがない。自分たちこそナチスの被害者であり、敵対者だということになっているんですから。悪虐非道なるナチスと戦って、それを破り、ドイツ国民をナチスの軛から解放した人々が、何が悲しくて、ナチスの戦争犯罪について他国民に謝罪しなければならないのか。

 一九九〇年に合併した当時、西ドイツと東ドイツとは人口比でいうと四対一でした。ということは、その時点では、全ドイツ人口の二〇%、一六○○万人は「自分たちはナチスドイツの戦争犯罪に何の責任もない」と子供のころからずっと教えられてきた人たちだったということです。それが合併後のドイツの国民的自意識にどういう影響を与えたのか。僕は寡聞にして知りません。

 日本国内に「日本軍国主義者の戦争犯罪について、われわれには何の責任もない。われわれは彼らと戦って、日本を解放したのである」と教えられて来た人が二四○○万人いる状況を想定してください。そう信じている「同胞」を受け容れ、戦争経験について国民的規模での総括を行い、合意を形成するという作業がどれほど困難であるか、想像がつくと思います。さて、果たして、ドイツでは東西ドイツが合併した時に、戦争経験の総括について、国民的合意を形成し得たのか。僕は「ドイツはこんな風に合意形成を成し遂げました」と納得のゆく説明をしたものをこれまで読んだことがありません。いや、それは僕がただ知らないでだけで、そういう「全く相容れない戦争経験総括を一つにまとめあげたドイツの素晴らしい政治的達成」については既に色々な報告や研究が出ているのかも知れません。でも、そうだとしたら、それこそ「国民的和解」の最良のモデルケースであるわけですから、国内的な対立を抱える様々な国について、何かあるごとに、「ここでも『和解のためのドイツ・モデル』を適用すべきではないか」ということが言及されてよいはずです。でも、僕はそのような「和解モデル」について聞いたことがない。

 ドイツの戦争総括の適切さを語るときに、よくヴァイツゼッカー元大統領の演説が引かれます。この人はヨーロッパの諸国を訪れては、そのつどきちんとナチス・ドイツ時代の戦争犯罪について謝罪しています。その倫理性的な潔さは疑うべくもありません。けれども、やはり日本とは話の運びが微妙に違う。ヴァイツゼッカーは五月四日、ドイツが連合国に無条件降伏した日を「ドイツ国民解放の日」と言っているからです。われわれはナチスの暴虐からその日に解放されたのである、それをことほぐという立場を取る。悪いのはあくまでナチスとその軍事組織や官僚組織や秘密警察組織であって、ドイツ国民はその犠牲者であったという立場は譲らない。ドイツ国民の罪はナチスのような政党を支持し、全権を委ねてしまったことにある。そのような過ちを犯したことは認めるけれども、基本的にはドイツ国民もまたナチスの被害者であり、敗戦によってナチスの軛から解放されたという物語になっている。

 日本人にも敗戦が一種の解放感をもたらしたということは事実だったでしょう。けれども、八月一五日を「解放の日」だと言う人はほとんどいません。表だってそう発言するのは、かなり勇気が要る。けれども、実感としては、それに近いことを思っていた日本人は少なくなかったと思います。

 小津安二郎の遺作『秋刀魚の味』(松竹、一九六二年)の中で、笠智衆の演じる今はサラリーマンをしている駆逐艦の元艦長平山と、加東大介の演じるかつての駆逐艦の乗組員坂本が、町なかでばったり出会うという場面があります。坂本が平山を誘って、トリスバーのカウンターに座ってウィスキーを飲む。この時に坂本が「ねえ、艦長、もしあの戦争に勝っていたらどうなったんでしょうね」と問う。平山は静かに笑いながら、「負けてよかったじゃないか」と答える。そうすると、坂本は「え?」と一瞬怪訝な顔をするのですが、ふと得心したらしく、「そうかもしれねえな。ばかなやつが威張らなくなっただけでもね」と呟く。これは敗戦がもたらした解放感についての、あの世代の偽らざる実感だったんじゃないかなと思います。

 僕は一九五〇年生まれで、父はもちろん戦中派なのですが、僕が小さい頃に、父が会社の同僚を家に連れてきて飲んでいるときに誰かが「負けてよかったじゃないか」と呟くのを僕は二三度聞いたことがあります。特に力んで主張するというのではなく、何かの弾みにぽろりと口にされる。そして、その言葉が口にされると、男たちは皆黙り込む。それで怒り出す人もいないし、泣き出す人もいない。それは思想とは言えないものでした。敗戦の総括としてはあまりに言葉が足りない。けれども、おそらくこれが戦中派の実感だったと思います。それが世代的な実感として、言挙げしないでも共有されている限り、そのような敗戦の総括もそれなりのリアリティーを持ち得た。けれども、そういう片言隻句だけでは、彼らの思いが輪郭のしっかりした思想として次の世代に継承されることはありません。

 恥ずべき過去も含んだタフな物語

 白井さんの本を読んでいると、日本は異常な仕方で敗戦を否認してきたことがわかる。これは全くその通りなんですけれども、それだけでなく、多くの敗戦国はそれぞれ固有の仕方で自国の敗戦を否認している。僕にはそう思われます。

それぞれの国は自国について、長い時間をかけてそれまで積み上げてきた「国民の物語」を持っています。これは戦争に勝っても負けても手離すことができない。だから、自分たちの戦争経験を、世代を超えて語り継がれる「物語」になんとかして統合しようとした。

 日本人は歴史について都合の悪いことは書かないと指摘されます。それは全くその通りなんです。でも、それは程度の差はあれ、どこの国も同じなんです。戦争をどう総括するかということは、まっすぐに自分たち自身に対する、世代を超えて受け継がれる「評価」に繋がる。だから、大幅に自己評価を切り下げるような「評価」はやはり忌避される。もし敗北や、戦争犯罪についての経験を「国民の物語」に繰り込むことができた国があるとすれば、それは非常に「タフな物語」を作り上げたということです。

 自分たちの国には恥ずべき過去もある。口にできない蛮行も行った。でも、そういったことを含めて、今のこの国があるという、自国についての奥行きのある、厚みのある物語を共有できれば、揺るがない、土台のしっかりとした国ができる。逆に、口当たりの良い、都合のよい話だけを積み重ねて、薄っぺらな物語をつくってしまうと、多くの歴史的事実がその物語に回収できずに、脱落してしまう。でも、物語に回収されなかったからといって、忘却されてしまうわけではありません。抑圧されたものは必ず症状として回帰してくる。これはフロイトの卓見です。押し入れの奥にしまい込んだ死体は、どれほど厳重に梱包しても、そこにしまったことを忘れても、やがて耐えがたい腐臭を発するようになる。

 僕は歴史修正主義という姿勢に対しては非常に批判的なのですけれども、それは、学問的良心云々というより、僕が愛国者だからです。日本がこれからもしっかり存続してほしい。盤石の土台の上に、国の制度を基礎づけたい。僕はそう思っている。そのためには国民にとって都合の悪い話も、体面の悪い話も、どんどん織り込んで、清濁併せ呑める「タフな物語」を立ち上げることが必要だと思う。だから、「南京虐殺はなかった」とか「慰安婦制度に国は関与していない」とかぐずぐず言い訳がましいことを言っているようではだめなんです。過去において、国としてコミットした戦争犯罪がある。戦略上の判断ミスがある。人間として許しがたい非道な行為がある。略奪し、放火し、殺し、強姦した。その事実は事実として認めた上で、なぜそんなことが起きたのか、なぜ市民生活においては穏やかな人物だった人たちが「そんなこと」をするようになったのか、その文脈をきちんと捉えて、どういう信憑が、どういう制度が、どういうイデオロギーが、そのような行為をもたらしたのか、それを解明する必要がある。同じようなことを二度と繰り返さないためには、その作業が不可欠です。そうすることで初めて過去の歴史的事実が「国民の物語」のうちに回収される。「汚点」でも「恥ずべき過去」でも、日の当たるところ、風通しの良いところにさらされていればやがて腐臭を発することを止めて「毒」を失う。

 その逆に、本当にあった出来事を「不都合だから」「体面に関わるから」というような目先の損得で隠蔽し、否認すれば、その毒性はしだいに強まり、やがてその毒が全身に回って、共同体の「壊死」が始まる。

カウンターカルチャーがアメリカの強さ

 なぜアメリカという国は強いのか。それは「国民の物語」の強さに関係していると僕は思っています。戦勝国だって、もちろん戦争経験の総括を誤れば、毒が回る。勝とうが負けようが、戦争をした者たちは、口に出せないような邪悪なこと、非道なことを、さまざま犯してきている。もし戦勝国が「敵は『汚い戦争』を戦ったが、われわれは『きれいな戦争』だけを戦ってきた。だから、われわれの手は白い」というような、薄っぺらな物語を作って、それに安住していたら、戦勝国にも敗戦国と同じような毒が回ります。そして、それがいずれ亡国の一因になる。

 アメリカが「戦勝国としての戦争の総括」にみごとに成功したとは僕は思いません。でも、戦後70年にわたって、軍事力でも経済力でも文化的発信力でも、世界の頂点に君臨しているという事実を見れば、アメリカは戦争の総括において他国よりは手際がよかったとは言えるだろうと思います。

アメリカが超覇権国家たりえたのは、これは僕の全く独断と偏見ですけれども、彼らは「文化的復元力」に恵まれていたからだと思います。カウンターカルチャーの手柄です。

 七〇年代のはじめまで、ベトナム戦争中の日本社会における反米感情は今では想像できないほど激しいものでした。ところが、一九七五年にベトナム戦争が終わると同時に、潮が引くように、この反米・嫌米感情が鎮まった。つい先ほどまで「米帝打倒」と叫んでいた日本の青年たちが一気に親米的になる。この時期に堰を切ったようにアメリカのサブカルチャーが流れ込んできました。若者たちはレイバンのグラスをかけて、ジッポーで煙草の火を点け、リーバイスのジーンズを穿き、サーフィンをした。なぜ日本の若者たちが「政治的な反米」から「文化的な親米」に切り替わることができたのか。それは七〇年代の日本の若者が享受しようとしたのが、アメリカのカウンターカルチャーだったからです。

カウンターカルチャーはアメリカの文化でありながら、反体制・反権力的なものでした。日本の若者たちがベトナム反戦闘争を戦って、機動隊に殴られている時に、アメリカ国内でもベトナム反戦闘争を戦って、警官隊に殴られている若者たちがいた。アメリカ国内にもアメリカ政府の非道をなじり、激しい抵抗を試みた人たちがいた。海外にあってアメリカの世界戦略に反対している人間にとっては、彼らこそがアメリカにおける「取りつく島」であった訳です。つまり、アメリカという国は、国内にそのつどの政権に抗う「反米勢力」を抱えている。ホワイトハウスの権力的な政治に対する異議申し立て、ウォール街の強欲資本主義に対する怒りを、最も果敢にかつカラフルに表明しているのは、アメリカ人自身です。のこの人たちがアメリカにおけるカウンターカルチャーの担い手であり、僕たちは彼らになら共感することができた。僕たちがアメリカ政府に怒っている以上に激しくアメリカ政府に怒っているアメリカ人がいる。まさにそれゆえに僕たちはアメリカの知性と倫理性に最終的には信頼感を抱くことができた。反権力・反体制の分厚い文化を持っていること、これがアメリカの最大の強みだと僕は思います。

 ベトナム戦争が終わると、ベトナムからの帰還兵が精神を病み、暴力衝動を抑制できなくなり、無差別に人を殺すという映画がいくつも作られました。ロバート・デ・ニーロの『タクシードライバー』(一九七六年)がそうですし、『ローリング・サンダー』(一九七七年)もスタローンの『ランボー』(一九八二年)もそうです。アメリカ人はそういう物語を商業映画・娯楽映画として製作し、観客もこれを受け入れた。僕たちはそのことにあまり驚きを感じません。けれども、もし日本でイラク駐留から帰ってきた自衛隊員が精神を病んで、市民を殺しまくるなんていう映画を作ることが可能でしょうか。まず、企画段階で潰されるだろうし、官邸からも防衛省からも激しい抗議があるでしょうし、上映しようとしたら映画館に右翼の街宣車が来て、とても上映できないということになるでしょう。それを考えたら、アメリカのカウンターカルチャーの強さが理解できると思います。彼らはベトナム戦争の直後に、自分たちの政府が強行した政策がアメリカ人自身の精神をどう破壊したかを、娯楽映画として商品化して見せたのです。同じことができる国が世界にいくつあるか、数えてみて欲しいと思います。

 アメリカではこれができる。ハリウッド映画には、大統領が犯人の映画、CIA長官が犯人の映画というような映画も珍しくありません。クリント・イーストウッドの『目撃』(一九九七年)もケヴィン・コスナーの『追い詰められて』(一九八七年)もそうです。警察署長が麻薬のディーラーだった、保安官がゾンビだったというような映画なら掃いて捨てるほどあります。アメリカ映画は、「アメリカの権力者たちがいかに邪悪な存在でありうるか」を、物語を通じて、繰り返し、繰り返し国民に向けてアナウンスし続けている。世界広しといえども、こんなことができる国はアメリカだけです。

 歴史上の汚点を供養する

 米ソは冷戦時代には軍事力でも科学技術でも拮抗状態にありましたが、最終的には一気にソ連が崩れて、アメリカが生き残った。最後に国力の差を作り出したのは、カウンターカルチャーの有無だったと僕は思います。自国の統治システムの邪悪さや不条理を批判したり嘲弄したりする表現の自由は、アメリカにはあるけれどもソ連にはなかった。この違いが「復元力」の違いになって出てくる。

どんな国のどんな政府も必ず失策を犯します。「無謬の統治者」というようなものはこの世には存在しません。あらゆる統治者は必ずどこかで失策を犯す。その時に、自分の間違いや失敗を認めず、他罰的な言い訳をして、責任を回避する人間たちが指導する国と、統治者はしばしば失敗するということを織り込み済みで、そこから復元するシステムを持っている国では、どちらが長期的にはリスクを回避できるか。考えるまでもありません。

 もちろん、ソ連や中国にも優れた政治指導者がいました。個人的に見れば、アメリカの大統領よりはるかに知性的にも倫理的にも卓越していた指導者がいた。でも、まさにそうであるがゆえに、体制そのものが「指導者が無謬であることを前提にして」制度設計されてしまった。それがじわじわとこれらの国の国力を損ない、指導者たちを腐敗させていった。中国だって、今は勢いがありますけれど、指導部が「無謬」であるという物語を手離さない限り、早晩ソ連の轍を踏むことになるだろうと僕は思います。

 ヨーロッパでは、イギリスにはいくらか自国の統治者たちを冷笑する、皮肉な文化が残っています。カナダにも。だから、これはアングロサクソンの一つの特性かもしれません。アメリカの国力を支えているのは、自国について「タフな物語」を持っているという事実です。「タフな胃袋」と同じで、何でも取り込める。

アメリカ人は、自国の「恥ずべき過去」を掘り返すことができる。自分たちの祖先がネイティブ・アメリカンの土地を強奪したこと、奴隷たちを収奪することによって産業の基礎を築いたこと。それを口にすることができる。そのような恥ずべき過去を受け入れることができるという「器量の大きさ」において世界を圧倒している。

 カウンターカルチャーとメイン・カルチャーの関係は、警察の取り調べの時に出てくる「グッド・コップ」と「バッド・コップ」の二人組みたいなものです。一方が容疑者を怒鳴り散らす、他方がそれをとりなす。一方が襟首をつかんでこづき回すと、他方がまあまあとコーヒーなんか持ってくる。そうすると、気の弱った容疑者は「グッド・コップ」に取りすがって、この人の善意に応えようとして、自分の知っていることをぺらぺらとしゃべりだす。映画ではよく見る光景ですけれど、メインカルチャーとカウンターカルチャー権力と反権力の「分業」というのはそれに似ています。複数の語り口、複数の価値観を操作して、そのつどの現実にフレキシブルに対応してゆく。

 だから、アメリカには「国民の物語」にうまく統合できない、呑み込みにくい歴史的事実が他国と比べると比較的少ない。「押し入れの中の死体」の数がそれほど多くないということです。もちろん、うまく取り込めないものもあります。南北戦争の敗者南部十一州の死者たちへの供養は、僕の見るところ、まだ終わっていない。アメリカ=メキシコ戦争による領土の強奪の歴史もうまく呑み込めていない。アメリカにとって都合の良い話に作り替えられた『アラモ』(1960年)で当座の蓋をしてしまった。この蓋をはずして、もう一度デイビー・クロケットやジム・ボウイーの死体を掘り起こさないといずれ腐臭が耐えがたいものになっている。いや、現代アメリカにおける「メキシコ問題」というのは、遠因をたどれば「アラモ」の物語があまりに薄っぺらだったことに起因していると言ってもよいのではないかと僕は思います。アメリカ=スペイン戦争もそうです。ハワイの併合に関わる陰謀も、フィリピン独立運動の暴力的弾圧も、キューバの支配がもたらした腐敗もそうです。アメリカがうまく呑み込めずにいるせいで、娯楽作品として消費できない歴史的過去はまだいくらもあります。でも、これらもいずれ少しずつ「国民の物語」に回収されてゆくだろうと僕は予測しています。アメリカ人は、統治者が犯した失政や悪政の犠牲者たちを「供養する」ことが結果的には国力を高めることに資するということを経験的に知っているからです。そして、どの陣営であれ、供養されない死者たちは「祟る」ということを、無意識的にでしょうが、信じている。彼らの国のカウンターカルチャーは、「この世の価値」とは別の価値があるという信憑に支えられている。

 淡々と記述し物語ることこそが最大の供養

 僕の父は山形県鶴岡の生まれです。ご存じでしょうか、庄内人たちは西郷隆盛が大好きです。庄内藩は戊辰戦争で最後まで官軍に抵抗して、力戦しました。そして、西郷の率いる薩摩兵の前に降伏した。けれども、西郷は敗軍の人たちを非常に丁重に扱った。死者を弔い、経済的な支援をした。一方、長州藩に屈服した会津藩では全く事情が違います。長州の兵はところが、会津の敗軍の人々を供養しなかった。事実、死者の埋葬さえ許さず、長い間、さらしものにしていた。

 薩摩長州と庄内会津、どちらも同じ官軍・賊軍の関係だったのですが、庄内においては勝者が敗者に一掬の涙を注いだ。すると、恨みが消え、信頼と敬意が生まれた。庄内藩の若者たちの中には、のちに西南戦争の時に、西郷のために鹿児島で戦った者さえいますし、西郷隆盛の談話を録した『南洲遺訓』は庄内藩士が編纂したものです。一方、会津と長州の間には戊辰戦争から150年経った今もまだ深い溝が残ったままです。

 靖国参拝問題が、あれだけもめる一因は靖国神社が官軍の兵士しか弔っていないからです。時の政府に従った死者しか祀られない。東北諸藩の侍たちも国のために戦った。近代日本国家を作り出す苦しみの中で死んでいった。そうい人々については、敵味方の区別なく、等しく供養するというのが日本人としては当然のことだろうと僕は思います。

僕の曽祖父は会津から庄内の内田家に養子に行った人です。曽祖父の親兄弟たちは会津に残って死にました。なぜ、彼らは「近代日本の礎を作るために血を流した人たち」に算入されないのか。供養というのは党派的なものではありません。生きている人間の都合を基準にした論功行賞でなされるべきものではありません。だから、僕は靖国神社というコンセプトそのものに異議があるのです。明治政府の最大の失敗は、戊辰戦争での敗軍の死者たちの供養を怠ったことにあると僕は思っています。反体制・反権力的な人々を含めて、死者たちに対してはその冥福を祈り、呪鎮の儀礼を行う。そのような心性が「タフな物語」を生み出し、統治システムの復元力を担保する。その考えからすれば、「お上」に逆らった者は「非国民」であり、死んでも供養に値しないとした明治政府の狭量から近代日本の蹉跌は始まったと僕は思っています。

「祟る」というのは別に幽霊が出てきて何かするという意味ではありません。国民について物語が薄っぺらで、容量に乏しければ、「本当は何があったのか」という自国の歴史についての吟味ができなくなるということです。端的には、自分たちがかつてどれほど邪悪であり、愚鈍であり、軽率であったかについては「知らないふりをする」ということです。失敗事例をなかったことにすれば、失敗から学ぶことはできません。失敗から学ばない人間は同じ失敗を繰り返す。失敗を生み出した制度や心性は何の吟味もされずに、手つかずのまま残る。ならば、同じ失敗がまた繰り返されるに決まっている。その失敗によって国力が弱まり、国益が失われる、そのことを僕は「祟る」と言っているのです。

 「祟り」を回避するためには適切な供養を行うしかない。そして、最も本質的な供養の行為とは、死者たちがどのように死んだのか、それを仔細に物語ることです。細部にわたって、丁寧に物語ることです。それに尽くされる。

司馬遼太郎は「国民作家」と呼ばれますけれど、このような呼称を賦与された作家は多くありません。それは必ずしも名声ともセールスとも関係がない。司馬が「国民作家」と見なされるのは、近代日本が供養し損なった幕末以来の死者たちを、彼が独力で供養しようとしたからです。その壮図を僕たちは多とする。

司馬遼太郎は幕末動乱の中で死んだ若者たちの肖像をいくつも書きました。坂本龍馬や土方歳三については長編小説を書きました。もっとわずか短い数頁ほどの短編で横顔を描かれただけの死者たちもいます。それは別に何らかの司馬自身の政治的メッセージを伝えたり、歴史の解釈を説いたというより、端的に「肖像を描く」ことをめざしていたと思います。

司馬遼太郎の最終的な野心は、ノモンハン事件を書くことでした。でも、ついに書き上げることができなかった。一九三九年のノモンハン事件とは何だったのか、そこで人々はどのように死んだのか、それを仔細に書くことができれば、死者たちに対してはある程度の供養が果たせると思ったのでしょう。でも、この計画を司馬遼太郎は実現できませんでした。それはノモンハン事件にかかわった軍人たちの中に、一人として司馬が共感できるが人物がいなかったからです。日露戦争を描いた『坂の上の雲』には秋山好古や児玉源太郎や大山巌など魅力的な登場人物が出て来ます。けれども、昭和初年の大日本帝国戦争指導部には司馬をしてその肖像を仔細に書きたく思わせるような人士がもう残っていなかった。これはほんとうに残念なことだったと思います。

ノモンハンを書こうとした作家がもう一人います。村上春樹です。『ねじまき鳥クロニクル』(新潮社 一九九四〜九五年)で村上春樹はノモンハンについて書いています。でも、なぜノモンハンなのか。その問いに村上は答えていない。何だか分からないけれども、急に書きたくなったという感じです。でも、ノモンハンのことを書かないと日本人の作家の仕事は終わらないと直感したというところに、この人が世界作家になる理由があると僕は思います。日本人にとっての「タフな物語」の必要性を村上春樹も感じている。それが今の日本に緊急に必要なものであるということをよくわかっている。

「美しい日本」というような空疎な言葉を吐き散らして、自国の歴史を改竄して、厚化粧を施していると、「国民の物語」はどんどん薄っぺらで、ひ弱なものになる。それは個人の場合と同じです。「自分らしさ」についての薄っぺらなイメージを作り上げて、その自画像にうまく当てはまらないような過去の出来事はすべて「なかったこと」にしてしまった人は、現実対応能力を致命的に損なう。だって、会いたくない人が来たら目を合わせない、聴きたくない話には耳を塞ぐんですから。そんな視野狭窄的な人間が現実の変化に適切に対応できるはずがありません。集団の場合も同じです。

国力とは国民たちが「自国は無謬であり、その文明的卓越性ゆえに世界中から畏敬されている」というセルフイメージを持つことで増大するというようなものではありません。逆です。国力とは、よけいな装飾をすべて削り落として言えば、復元力のことです。失敗したときに、どこで自分が間違ったのかをすぐに理解し、正しい解との分岐点にまで立ち戻れる力のことです。国力というのは、軍事力とか経済力とかいう数値で表示されるものではありません。失敗したときに補正できる力のことです。それは数値的には示すことができません。でも、アメリカの「成功」例から僕たちが学ぶことができるのは、しっかりしたカウンターカルチャーを持つ集団は復元力が強いという歴史的教訓です。僕はこの点については「アメリカに学べ」と言いたいのです。日本の左翼知識人には、あまりアメリカに学ぶ人はいません。親米派の学者たちも、よく見ると、まったくアメリカに学ぶ気はない。アメリカに存在する実定的な制度を模倣することには熱心ですけれど、なぜアメリカは強国たりえたのかについて根源的に考えるということには全く興味を示さない。アメリカの諸制度の導入にあれほど熱心な政治家も官僚も、アメリカにあって日本に欠けているものとしてまずカウンターカルチャーを挙げる人はいません。連邦制を挙げる人もいない。でも、アメリカの歴史的成功の理由はまさに「一枚岩になれないように制度を作り込んだ」という点にあるのです。でも、日本のアメリカ模倣者たちは、それだけは決して真似しようとしない。

 ほかにもいろいろ言いたいことはありますけれど、すでに時間を大分超えてしまったので、この辺で終わります。ご静聴ありがとうございました。


【Q&A】


ナラティブの力

姜 今日のお話を聞いていて、どういう「物語」をつくるかということが最大のポリティクスになっている気がします。内田さんの比較敗戦論は、我々のパースペクティブを広げてくれました。韓国や中国では日本例外論、単純にドイツと日本を比較して日本はだめなんだ、だから我々は日本を半永久に批判していい、そういう理屈立てになりがちです。そのときに内田さんの比較敗戦論をもちいてみると、我々のブラインドスポットになっている部分がよく見えてくる。解放の物語の自己欺瞞みたいなところも見えてくる。ところが、安倍さんのような人が出てくると、逆に、かつて自分たちが植民地であった、侵略をされた国は、ますます解放の物語を検証することをやらなくて済んでしまいますね。

内田 イージーな物語に対してイージーな物語で対抗すれば、どちらもどんどんシンプルでイージーな話に落ち込んでしまう。実際の歴史的な事件は「善玉と悪玉が戦っている」というようなシンプルな話ではないんです。さまざまな人たちが複雑な利害関係の中でわかりにく行動を取っている。うっかりすると、本人たち自身、自分たちがどういう動機で行動しているのか、いかなる歴史的な役割を果しているのか、わかっていないということだってある。それが歴史の実相だろうと思います。ですから、それをありのままに淡々と記述していく。軽々には評価を下さない。わかりやすいストーリーラインに落とし込むという誘惑にできる限り抵抗する。そういう歴史に対する自制心が非常に大事になると思います。

 こういう仕事においては、歴史を叙述するときの語り口、ナラティブの力というのが大きいと思うんです。最近、読んだ本の中でフィリップ・ロスの小説『プロット・アゲンスト・アメリカ──もしもアメリカが...』(柴田元幸・訳、集英社、二〇一四年)がとても面白かった。これは一九四〇年の米大統領選挙でルーズベルトではなく、共和党から出馬した大西洋単独飛行の英雄チャールズ・リンドバーグ大佐がヨーロッパでの戦争への不干渉を掲げて勝利してしまうという近過去SFなんです。現実でも、リンドバーグは親独的立場で知られていて、ゲーリングから勲章を授与されてもいます。ロスの小説では、アメリカに親独派政権が誕生して、ドイツと米独不可侵条約を、日本とは日米不可侵条約を結ぶ。そして、アメリカ国内では激しいユダヤ人弾圧が起きる・・・という話です。

 僕はナラティブというのは、こういうSF的想像力の使い方も含むと思います。もし、あのときにこうなっていたらというのは、ほんとうに大事な想像力の使い方だと思う。

フィリップ・K・ディックの『高い城の男』(浅倉久志・新訳 早川書房、原著一九六二年)というSFがあります。これは枢軸国が連合国に勝った世界の話です。日独がアメリカを占領している。東海岸がドイツ占領地で、ロッキー山脈から西側が日本の占領地。そういう場合に、日本人はアメリカをどういうふうに植民地的に統治するのか、それを考えるのは実は非常に大事な思考訓練なんです。実際に日本がアメリカ西部を安定的に統治しようとしたら、日本の価値観とか美意識とか規範意識を「よいものだ」と思って、自発的に「対日協力」をしようと思うアメリカ人を集団的に創り出すしかない。ドイツがフランスでやったのはそういうことでした。でも、日本の戦争指導部にそのようなアイディアがあったと僕は思いません。

アメリカの方は、日本に勝った後にどうやって占領するかの計画を早々と立案していた。日本人のものの考え方とか組織の作り方とかを戦時中に民族学者に委託して研究しています。卓越した日本人論として今も読み継がれている『菊と刀』はルーズベルトが設置した戦争情報局の日本班のチーフだったルース・ベネディクトが出した調査報告書です。日本社会を科学的に研究して、どういう占領政策が適切かを戦争が終わる前にもう策定していた。

果たして日本の大本営にアメリカに勝った後、どうやってアメリカを統治するか、何らかのプランがあったでしょうか。どうやって対日協力者のネットワークを政治家や学者やジャーナリストやビジネスマンの中に組織するかというようなことをまじめに研究していた部門なんか日本の軍部のどこにも存在しなかったと思います。戦争に勝ったらどうするのかについて何の計画もないままに戦争を始めたんです。そんな戦争に勝てるはずがない。

 僕のSF的妄想は、一九四二年のミッドウェー海戦の敗北で、これはもう勝てないなと思い切って、停戦交渉を始めたらどうなったかというものです。史実でも、実際に、当時の木戸幸一内大臣と吉田茂たちは、すでに講和のための活動を始めています。近衛文麿をヨーロッパの中立国に送って、連合国との講和条件を話し合わせようという計画があった。もし、この工作が奏功して、四二年か四三年の段階で日本が連合国との休戦交渉に入っていれば、それからあとの日本の国のかたちはずいぶん違ったものになっただろうと思います。

ミッドウェー海戦で、帝国海軍は主力を失って、あとはもう組織的抵抗ができない状態でした。戦い続ければ、ただ死傷者を増やすだけしか選択肢がなかったのに、「攻むれば必ず取り、戦へば必ず勝ち」というような、まったく非科学的な軍事思想に駆動されていたせいで、停戦交渉という発想そのものが抑圧された。

この時点で戦争を止めていれば、本土空襲もなかったし、沖縄戦もなかったし、原爆投下もなかった。300万人の死者のうち、95%は死なずに済んだ。民間人の死傷者はほぼゼロで済んだはずです。ミッドウェーは日本軍の歴史的敗北でしたけれど、死者は3000人に過ぎません。ほとんどの戦死者(実際には戦病死者と餓死者でしたが)はその後の絶望的、自滅的な戦闘の中で死んだのです。

空襲が始まる前に停戦していれば、日本の古い街並みは、江戸時代からのものも、そのまま手つかずで今も残っていたでしょう。満州と朝鮮半島と台湾と南方諸島の植民地は失ったでしょうけれど、沖縄も北方四島も日本領土に残され、外国軍に占領されることもなかった。四二年時点で、日本国内に停戦を主導できる勢力が育っていれば、戦争には負けたでしょうけれど、日本人は自分の手で敗戦経験の総括を行うことができた。なぜこのような勝ち目のない戦争に突っ込んで行ったのか、どこに組織的瑕疵があったのか、どのような情報を入力し忘れていたのか、どのような状況判断ミスがあったのか、それを自力で検証することができた。戦争責任の徹底追及を占領軍によってではなく、日本人自身の手で行えた可能性はあった。日本人が自分たちの手で戦争責任を追及し、戦争責任の追及を行い、憲法を改定して、戦後の日本の統治システムを日本人が知恵を絞って作り上げることは可能だった。

「もしミッドウェーのあとに戦争が終わっていたら、その後の戦後日本はどんな国になったのか」というようなSF的想像はとてもたいせつなものだと僕は思います。これはフィクションの仕事です。小説や映画やマンガが担う仕事です。政治学者や歴史学者はそういう想像はしません。でも、「そうなったかもしれない日本」を想像することは、自分たちがどんな失敗を犯したのかを知るためには実はきわめて有用な手立てではないかと僕は思っています。「アメリカの属国になっていなかった日本」、それが僕たちがこれからあるべき日本の社会システムを構想するときに参照すべき最も有用なモデルだと思います。
http://blog.tatsuru.com/2019/03/20_1437.html  

http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/852.html#c1

[近代史4] 山菜を食べよう _ ふきのとう 中川隆
1. 中川隆[-12796] koaQ7Jey 2020年5月04日 20:24:15 : owBDVMWD72 : SWV6ak1UeDZPWFE=[26]

苗場産ふきのとうドレッシングを作ってみた。
http://golgo13zilch.jp/blog-entry-3013.html


昨シーズンから目覚めた山菜採りですが、
今年は積雪量が豊富でかなり収穫が遅れております。

スキー場の植物達は、ようやくみつまたでボチボチ芽吹きが始まりました…。
スキーヤー、スノーボーダーには嬉しい限りなのですが。

やっと融けてきた場所には春の訪れを告げる「蕗の薹」が顔を出しています。
その他の山菜はまだまだなので、今年はしばらく「ふきのとう料理」ばかり。

(この日記は、ゴールデンウィーク中のお話です。)

毎週天ぷら三昧では芸がないので、今週は「ふきのとうドレッシング」を作ってみます。

今週のふきのとうは苗場産。

冷蔵庫に玉ねぎと黒にんにくがありました。

ふきのとうを軽く塩茹でして、

冷水に晒します。

玉ねぎとにんにく、酢、味醂、塩、胡椒、オリーブオイルを加え、

フードプロセッサーで刻みます。
各材料の量は適当!
わたくしめ、料理をする時、計量はいたしません(笑)

出来上がり。
今回、黒にんにくを加えたからか茶色くなってしまいました。
普通のにんにくならふきのとうの鮮やかな緑が残ったはず…。

適当な瓶が無かったのでギネスの3/4パイントグラスに。
カスケードしているギネスみたいな色で呑んでも美味しそう(笑)

でもあくまでドレッシング、呑むには味が濃すぎる(笑)
野菜などとの相性は抜群!

パンに乗せて焼いても美味しいです。
ふきのとうのほろ苦さが春の訪れを感じさせてくれます。
美味!!

http://golgo13zilch.jp/blog-entry-3013.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/854.html#c1

[リバイバル3] 弟子屈町 湯治の宿 開紘 _ ここが川湯温泉で最高泉質? 中川隆
78. 中川隆[-12795] koaQ7Jey 2020年5月04日 20:50:15 : owBDVMWD72 : SWV6ak1UeDZPWFE=[27]
北海道温泉旅館「名湯の森ホテルきたふくろう」自然塾が倒産 2020.04.05
https://hotelbank.jp/fukukitarou-bankruptcy-hokkaido-ryokan/


温泉旅館「名湯の森ホテルきたふくろう」(北海道川上郡弟子屈町川湯温泉、91室)を運営する(株)自然塾(北海道川上郡弟子屈町川湯温泉1-9-15、設立1985年3月、資本金1,000万円)は3月31日までに事業を停止し、破産手続きを弁護士に一任した。

客室91室、大・中の宴会場、林を眺める掛け流し温泉


同社は、1985年3月に設立。弟子屈町屈斜路湖近隣の敷地に美術館とログハウスを有し、文化、自然、スポーツなどの体験観光サービスを手がけるほか、2003年4月に川湯温泉街のホテルを買収し、「名湯の森ホテルきたふくろう」の名称で観光ホテルの運営を行っていた。

ホテルは客室91室、大・中の宴会場、国有林のフォレストビューを眺めながら温泉を味わえることが特徴の源泉かけ流しで、旅行代理店を通した団体客や地元客を確保し、2006年12月期の年収入高は約5億1,300万円を計上した。

しかし、個人消費の低迷により観光客の入り込みが減少し、集客確保のため低価格プランが定着していたほか、エージェントへの依存も高く客単価が伸び悩み、2011年12月期の年収入高は東日本大震災発生以降の自粛ムードもあり約3億5,400万円に減少していた。また、温泉ホテルを買収した際の借り入れ負担が重く、赤字計上が続き、2012年には中小企業金融円滑化法を活用し元本返済猶予を受けていた。

2018年10月から現代表の新体制で営業。ホームページをリニューアルするなどして集客に努めていたが、新型コロナウイルスの流行により宿泊予約のキャンセルが続き、3月9日付けで全従業員を解雇し事業を停止。

同ホテルのHPには「この度の新型コロナウイルスの影響により3月9日から5月末日頃まで休業とさせていただきます。」との告知が3月4日になされていた。


出典:名湯の森ホテルきたふくろう

負債は約3億9,000万円。

東京商工リサーチ、帝国データバンクが報じた。


出典:名湯の森ホテルきたふくろう

北海道川上郡弟子屈町ホテル展開状況

北海道川上郡弟子屈町にはメトロエンジンリサーチによると、宿泊施設が63、部屋数にして1,044室が提供されている。

旅館が18施設と数多く展開しているほか、ペンションも11施設展開しているエリア。

同ホテルは91室で同町内では屈斜路プリンスホテル(208室)に次ぐ2番目の規模の宿泊施設。

https://hotelbank.jp/fukukitarou-bankruptcy-hokkaido-ryokan/
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/563.html#c78

[近代史4] 山菜を食べよう _ ふきのとう 中川隆
2. 中川隆[-12794] koaQ7Jey 2020年5月04日 20:57:01 : owBDVMWD72 : SWV6ak1UeDZPWFE=[28]

越後湯沢の休日、山菜採り編。
http://golgo13zilch.jp/blog-entry-3822.html


春の恵、山菜、
始まりはいつも“ふきのとう”でした。
山菜の中でも間違いようのない見た目、どこでも採り切れないほど生えている、
簡単で雑草並の扱いと言っても過言ではありませんが、
今シーズンはふきのとうが芽吹く前にシーズンアウト。

雪融けすると最初に出てくる山菜、
それならば雪融けした山に行けばいい。

しかし、
近所の裏山はもうすでにふきのとうの旬は終了していました。

それならば、
自宅から車で5分ほどの某スキー場へ。
標高を上げれば旬に出会えるかな!?

クローズからもうずいぶんと経ったゲレンデ。
越後湯沢、里のゲレンデは少雪で苦しんだシーズンでもありました。
少雪暖冬は標高の高いスキー場と低いスキー場の差がより鮮明になってしまいます。

かぐらは全面滑走可能、
神立も上部エリアは滑走できそうですね。
スキー場が営業していればの話ですが…(涙)

標高を上げればと思いましたが、
こちらもふきのとうの旬は少し過ぎてしまいました。

雪融けと共に現れるのだから、
残雪がある周辺なら…!?

正解。

育ち過ぎばかりでしたが、一部の遅れてきた旬を堪能させていただきました。

昨シーズンまで、かぐらの融雪と共に山菜採りを楽しんでいましたが、
リフトの営業が無い今シーズン、
自ら歩き、知らないエリアを探索しなくてはなりません。

スキー場内だと、リフトから育成の状況が日々観察できるし、
融雪状況も把握できるから、どこに何がってのもある程度予想ができました。
それが無くなると、素人には難しいなぁ。

歩き回るしかないな。

融雪した某スキー場を初めて探索してみましたが、
山菜以外にも面白いモノがいっぱい。

テニスコート?みたいなのがコースの中にあったり、
ハーフパイプになりそうな人工的な地形があったり、
一番の驚きは、
ゲレンデ内に音楽ステージの残骸?がありました。
よーく見れば足元は階段状の客席だ。

昔はここで野外フェスなどが行われていたのだろうか…??
復活してもいいのにな。
オフシーズンのスキー場、何かいい有効活用をして欲しいなと常に感じております。

田舎暮らし最高です。

http://golgo13zilch.jp/blog-entry-3822.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/854.html#c2

[近代史4] 正しいコーヒーの入れ方 中川隆
1. 中川隆[-12793] koaQ7Jey 2020年5月04日 21:10:13 : owBDVMWD72 : SWV6ak1UeDZPWFE=[29]

練るとおいしい インスタントコーヒーひと手間の裏技 2020/05/03
https://www.msn.com/ja-jp/lifestyle/food/練るとおいしい-インスタントコーヒーひと手間の裏技/ar-BB13wmJy?ocid=ientp

忙しいときなどに重宝するのがさっといれられるインスタントコーヒー。在宅勤務が広がるなか、手軽な気分転換になる。アレンジすれば飲み方も広がりそうだ。
インスタントコーヒーの原材料は、焙煎してひいた状態のコーヒー豆100%。カフェ経営をサポートする日本カフェプランナー協会(東京・目黒)代表の富田佐奈栄さんは、「レギュラーでおいしくいれるのは難しい。インスタントなら誰でも簡単においしく作れ、管理も楽」と話す。

湯を注ぐだけの手軽さだが、「まずは目分量ではなくラベルに表示してある通りにいれてほしい」。日本インスタントコーヒー協会(東京・渋谷)の熊谷和広さんはこう話す。基本は小さじ1杯(約2g)に湯140〜170ml。沸騰して1分ほどおいてから注ぐといい。


■90℃前後が適温 軟水や水道水を

「90℃前後がバランスよく抽出できる適温。カルシウムやマグネシウムの濃度が低い軟水のミネラルウオーターや水道水が適している」(熊谷さん)。最後にムラが出ないようよくかき混ぜれば、口当たりよく仕上がる。

コーヒーに含まれるカフェインには朝の目覚めを助けたり、勉強や仕事の能率を上げたりする効果がある。コーヒーの豆知識を紹介するブログを立ち上げ、著書もある岩田リョウコさんは自宅にエスプレッソマシンもあるが、毎朝愛用しているのはインスタント。「温度が高いほど苦味成分であるカフェインが抽出される。苦味を抑えたい日は、80℃程度でいれている」と話す。

裏技もある。富田さんがインスタントを飲むときは、「スプーン1杯の水で、軽く粉を練ってから湯を注ぐ」。水と混ぜることで熱湯で溶けにくい成分がほどけ、香りが立ち、味がまろやかになる。

より簡単に、おいしく仕上げる方法は「電子レンジで、2分温める作り方」(富田さん)。インスタントに適量の水を加え、かき混ぜずに500wの電子レンジで2分ほど加熱する。取り出したときには、熱々のコーヒーが出来上がっている。湯を注ぐよりも風味を強く感じられるという。「表面に浮いた粉が熱でゆっくり溶かされることでダマにならず、香ばしさやコクが増すからでは」


■カップを変えて 楽しみ方増やす

富田さんは、コーヒーカップにも気を配る。形状や素材を変えるだけで、楽しみ方が増えるからだ。

ふちが広がった薄いカップは、香りが広がりキレを感じやすい。口当たりが軽やかになるため、焙煎が浅いすっきりしたコーヒーに合う。厚みがあるカップは、ゆっくりと舌を流れ、苦味を感じやすい。苦さに特徴があるタイプやコクを楽しみたい場合に向く。耐熱性ガラスのカップは、さわやかな気分を高める。透明性を生かし、アレンジコーヒーに使うのもおすすめだ。
コーヒーに牛乳や砂糖を加えて飲む人もいるだろう。「牛乳を入れるなら、深煎りタイプで濃く作るとバランスよく仕上がる。チョコレートを入れても合う」(富田さん)


SNS(交流サイト)を中心に近ごろ話題を呼んでいる韓国発のダルゴナコーヒーも、自宅で作れる。冷たい牛乳の上に、泡立てたコーヒーを合わせた飲み物だ。難しそうにも見えるが、特別な道具は必要ない。富田さんは「蓋付きで筒状の食品保存容器などに入れて振れば、10分ほどで仕上がる」。暑くなる時期は、オレンジジュースに混ぜて飲むのが富田さんのお気に入り。「コーヒーとかんきつ系は相性がいい」

保管方法にもポイントがある。インスタントを最後までおいしく飲むには、直射日光の当たらない場所におき、「1カ月程度で飲み切るのがベスト」(熊谷さん)。虫がついたり腐ったりすることは少ないが、風味が落ちる。冷蔵庫に入れている人もいるだろう。熊谷さんは、「温度差で容器に水滴がつくリスクがある。常温で十分」。

© NIKKEI STYLE
コーヒーも空気に触れたり湿気を含んだりすると酸化が進む。瓶で保管するなら「内蓋シールはふちを残して、切り取る」といい。ふちを残すことで瓶とキャップに隙間ができず、蓋がぴったり閉まる。シールははがした方が使いやすい。袋タイプは使った分を丸めて空気を抜けば、空気と触れる面をできるだけ少なくできる。ぬれたスプーンですくうと粉が固まり、鮮度が落ちてしまうので注意したい。
(ライター 児玉 奈保美)
[NIKKEIプラス1 2020年4月25日付]

https://www.msn.com/ja-jp/lifestyle/food/練るとおいしい-インスタントコーヒーひと手間の裏技/ar-BB13wmJy?ocid=ientp

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