★阿修羅♪ > アーカイブ > 2012年2月 > 17日00時01分 〜
 ★阿修羅♪  
2012年2月17日00時01分 〜
コメント [経世済民75] 恐ろしい事態が進行している 米属国の政治経済がすべて破綻 (日刊ゲンダイ)  赤かぶ
68. 2012年2月17日 00:01:23 : UrbnWInEwc
日本がダメになっても、スパーパワーと言われる企業はしっかりと生きてゆきます。会社はアセアンに有り、経営者が日本人で、社員は日、米、中混在なんてザラでしょう。

貿易赤字と言われているが、円高が何年も続けば、企業は輸出拠点を海外に移すのは当たり前。

SCMと言う言葉をご存じの方は、タイ洪水でホンダやトヨタが・・を理解されると思います。

技術力の中で日本人の強みがキーテクノロジー(金型、溶接、旋盤など)なのですが、日本3位の金型メーカがタイの会社に買収されたと言う話が震災前に有ったのですがそんなこと気にもされない雰囲気が日本にあるかぎりダメかもしれません。

一方、ハゲタカは職人の技術がキーテクノロジーと言うのを良く理解しており、キーマンである定年まじかの職人がグローバル企業の製造拠点である中国やアセアンに引き抜かれるのです。

では、日本人が職人かというと、とんでもない。中国人ができない金型製造をタイ人は実施しております(長年の日本企業の教育)。洪水の時に潜って回収。

こうなると、日本、韓国、タイ、米・・では無く、企業が求めるのは安くて良い人材。世界のどこでも良いのです。

このままでは、日本人には職人の遺伝子は有るけど、グローバリゼーションの勢いに、母親や教育者がついて行けないので、保持し続ける力がどこかに追いやられる可能性が有ります。

これは、政府の・・首相の・・方針や覚悟の問題です。そして、国民の認識の問題です。

私は、06>さんの言う

「日本は真のグローバリゼーション時代の幕開きを前えに、ベーシックインカム制度を導入すべきだ。要はセーフィティネットの意味合いと金融意識改革さね。」

には理解を示します。

例えば、お金の無い言語の壁問題もある、技術は有るが年配のお百姓のは、前向きに、世界に飛び出ることはできないでしょう。 年金で暮らせる保証はないのに・・。
http://www.asyura2.com/12/hasan75/msg/152.html#c68

コメント [原発・フッ素21] 神戸大学の山内教授に測定してもらった結果が百万ベクレル超 しかもキログラム当たり。(南相馬市 大山こういち) 乃依
02. 2012年2月17日 00:05:15 : Gh8PnDYLPI
確かに野田の目は死んでイル。一体何処を見ているのやら。
もうこの原発事故は手に負えないと分かっているのだ。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/165.html#c2
コメント [原発・フッ素19] 放射能汚染まとめ(12)2012.1.6より 原発事故、放射能汚染を親しい人と語れない てんさい(い)
43. 2012年2月17日 00:05:18 : 09zwW3vLss
ビニールハウス洗浄土からセシウム=最大5万8000ベクレル−千葉 (日々雑感) 
http://www.asyura2.com/12/genpatu20/msg/919.html
http://www.asyura2.com/11/genpatu19/msg/843.html#c43
記事 [原発・フッ素21] ボケの斑目が原子力委員長のままでいいのか (日刊ゲンダイ) 
ボケの斑目が原子力委員長のままでいいのか
http://asumaken.blog41.fc2.com/blog-entry-5013.html
2012/2/16 日刊ゲンダイ :「日々担々」資料ブログ


 「生の記憶がない」と発言

まだ居座り続けていたのか――。国会の原発事故調査委員会がきのう(15日)開かれ、参考人として出席した原子力安全委員会の班目春樹委員長が、ユルユルの原発安全基準を示してきた国の指針について「瑕疵(かし)があった。お詫びする」と謝罪した。

5年前、班目委員長は浜岡原発運転差し止め訴訟の証人尋問で、「全て(の危険性)を考慮すると設計できなくなる」と答えていた。危険性を唱える声を無視しながら、今さら「瑕疵」とは笑わせる。
さらに驚いたのは、当時の事故状況について「ほとんど生の記憶が残っていない」とトボケていたことだ。震災翌日に菅前首相とそろってヘリに乗り込み、原発を上空から視察したパフォーマンスも忘れたというのか。

「一番の大罪は、放射性物質の拡散予測システム『SPEEDI』のデータの公表が遅れたことでしょう。あれで福島県の浪江町や南相馬市など多くの地元住民が被曝(ひばく)の危険にさらされた。班目委員長に反省の色は全くなく、きのうの調査委でも『迅速に公開されていたら、うまく避難できたというのは全くの誤解』と言い訳していたが、実際に米軍はそのデータを基に避難したのです。公表データを“うまく”使うか、使わないかを判断するのは住民です。今なお、こんな言い逃ればかりしている姿は理解に苦しみます」(事故調傍聴者)

反省もなく言い訳に終始している男が今も年間1500万円もの報酬を得ている委員長を続投なんて許されるわけがない。即刻、クビにして福島原発の事故現場のガレキ処理に送り込んで罪の償いをさせた方がいい。


http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/166.html

コメント [原発・フッ素19] 放射能汚染まとめ(12)2012.1.6より 原発事故、放射能汚染を親しい人と語れない てんさい(い)
44. 2012年2月17日 00:12:39 : 09zwW3vLss
ウクライナとベラルーシの人口変動、激増する死亡と激減する出生(哲野イサク) 水は2ベクレル出ないと人口は増えない
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/127.html
http://www.asyura2.com/11/genpatu19/msg/843.html#c44
記事 [原発・フッ素21] セシウム入り花粉はホントに大丈夫!? (週刊実話) 
セシウム入り花粉はホントに大丈夫!?
http://news.livedoor.com/article/detail/6285992/
2012年02月16日17時57分 提供:週刊実話


 「花粉症じゃないから大丈夫」−−。そんなことを言っていられないのが、間もなく飛散が始まる“セシウム入りスギ花粉”だ。
 「林野庁が、福島県など15都県のスギ林182カ所で、スギの雄花などに含まれる放射性セシウムの濃度調査を行った中間報告が公表されました。そのデータによると、セシウム濃度は最も高いスギ林で1キログラム(乾燥重量)あたり約25万ベクレル。過去の飛散最高値を当てはめ、成人が花粉を吸入することで被曝する放射線量を計算すると、1時間あたり0.000192マイクロシーベルト、飛散期間4カ月の累計値は、0.000553ミリシーベルトになると試算されています。実際に大量飛散する期間は数週間程度ですから、現実には林野庁の試算結果よりも随分と少なくなるはずです」(化学系専門誌記者)

 要するにこの程度のセシウム量なら体内被曝を過度に心配する必要はないということらしい。しかし政府のデータは、“信号機が青だから大丈夫”と言われても信じられないのが昨今の国民のサガ。果たして花粉吸入による内部被曝を、花粉用マスクで防ぐことができるのだろうか。

 この疑問に対しては、日本放射線安全管理学会学術大会の回答として「マスクにより内部被曝量を減らせる」とある。しかし、ある耳鼻科専門医が指摘する。
 「これでは『マスクをすれば問題ない』と勘違いしてしまいます。市販の中には性能が不十分なものも多い。スギ花粉を完全に防ぐには『N95』規格以上の防塵マスクでないと意味がありません」

 N95マスクとは、米国労働安全衛生研究所の規格をクリアし認可されたもののことで、1個2000円前後。東電には、電気料金値上の前にマスク分の値下げをしてもらいたいものだ。



http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/167.html

記事 [経世済民75] 年配者は若者に「職」を譲るな 働かない市民への支出は繁栄をもたらさない
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20120214/227180/?ST=print
日経ビジネス オンライントップ>アジア・国際>The Economist
年配者は若者に「職」を譲るな 働かない市民への支出は繁栄をもたらさない
• 2012年2月17日 金曜日
• The Economist

 「倒れるまで働け」――これは定年延長を求める議論を揶揄してよく使われるフレーズだ。かくいう小誌(Economist誌)も、定年延長を支持する立 場を取っている。人々の平均寿命は着々と伸びているのに、働く年数を増やしたいと思う人は少ない。事実、フランスの野党・社会党は、政府の改革――定年を 60歳から62歳まで引き上げた――を覆そうと狙っている。
 就業年数の延長に人々が反対する背景には、「35〜40年も働けば、いい加減もう休んでいいだろう」という考えがある。だが「若者が職に就けるように年 配者は身を引かなければならない」と考える人が多いのも理由の1つだ。そんな気持ちを代弁するかのように、英フィナンシャル・タイムズ紙のコラムニスト、 ルーシー・ケラウェイ氏は最近の記事で次のように書いている。「のん気な我々の世代がそこここに居座っているから、若者が先に進めない」。
 経済学者であれば、この理論における欠陥を見抜くだろう。ケラウェイ氏の記事は「世の中には一定量の仕事しか存在しない」という考え方に基づいている。 この概念は、経済学で「労働塊の誤謬」と呼ばれているものだ。かつては女性の社会進出を阻む口実として持ち出された。今日でも、反移民の立場を取る政治家 が、移民は国内の仕事を奪う脅威だとしてこの理論を利用している。
高齢層の雇用率が高い国は、若年層の雇用率も高い

 やっかいなことに、この「労働塊の誤謬」は撲滅するのが実に難しい。一見したところ、正しい理論のようにも思えるからだ。確かに、エネルギッシュな若者に職を奪われまいとする年配上司の姿は、誰にとっても馴染みがある。
 こんな時は、何につけてもまず統計を見ることが重要だ――自分で感じたことや人から聞いた話も役に立つだろうが。冒頭の図は、OECD(経済協力開発機 構)に加盟する富裕国の雇用水準を示している。労働人口における最高年齢層(55〜64歳)と最若年齢層(15〜24歳)の雇用率を見ることができる。対 象国を4つのグループに分け、最高年齢層の雇用率が高い順に並べた。
 もしも「労働塊」の理論が正しいのであれば、高齢層の雇用率が高ければ、その分、若年層の雇用率が低くなるはずだ(もしくはその逆)。しかしそんな傾向は微塵も見られない。高齢層の雇用率が高いグループは、若年層の雇用率も高くなっている。
 この結果に、「この相関関係は、各国の経済が景気循環の異なるステージにあることを示しているだけだ」と反論することもできよう。つまり、経済が力強く 成長している国では高齢層、若年層にかかわらず雇用率は高くなるものだ、と。だが、この数年間は世界中が景気後退期にあり、回復のスピードも遅々としたも のである。そのため、高水準の雇用を維持することは難しい。中国など、急成長を遂げている国のほとんどはOECDに属していない。
早期退職プログラムを導入した企業は年金負担に苦しんでいる
 では高齢層の就業が若年層の就職を妨げないのはなぜか。それは女性が社会に出ても男性が職にあぶれないのと同じ理由である。生計のために働く時、人は収 入を得る。そしてそのお金で、他者が生み出した商品やサービスを購入する。この場合の「他者」を構成しているのは老若男女のすべてである。
 就業パターンもまた変化する。かつては大半が農業に従事していた。だがトラクターやコンバインが登場しても、失業状態が永遠に続いたわけではない。人々 は、まず製造業で、次にサービス業で、就職先を見つけた。しかも60代の人間は30代の時にしていた仕事には就かないかもしれない。
 とはいえ、上述の理論やデータをいくら見せられたところで納得できない人もいるだろう。ではここで1つ、思考実験をしてみよう。高齢者が早期に退職した 場合、彼らは若い世代に依存することになる。国から困窮者向けの給付金を受けている層と同じことが、実は、個人年金の給付を受けている層についても言え る。年金の資金を生み出す株式配当や債券利息の支払いに必要な収益を、労働者に依存しているからだ。
 実際、企業年金基金が赤字に陥っている理由の1つは、度重なる早期退職プログラムにある。これは“見せかけの節約“の典型的な例だ。短期的に給与の支払 額は減少したが、長期にわたる年金コストは増加してしまった。同プログラムを導入した企業は、80年代、90年代のような高収益の年金運用を期待して、長 期の年金コストを賄えると考えていた。
 企業レベルで起きていることは、社会一般にも当てはまる。人々はこう考える――経済成長は続くから、定年後の生活が長くても何とかなるだろうと。だが経 済が成長するためには、就労人口を増やすか生産性を上げるかしかない。働かない市民への支出を膨らませる社会が、真の意味で繁栄を続けることなどあり得な いのだ。
 もし早期退職が本当に生活水準の向上につながるのなら、何も60歳まで待つことはない。55歳にすればいい。仮に政府が退職年齢を40歳に引き下げれ ば、すべての若者が職を得て、みながぜいたくに暮らせることになる。だが悲しいかな、ギリシャ神話に出てくるロトパゴス族(ハスの実を食べ、無欲で平和に 暮らしている人々)の世界はあくまでも夢物語なのだ。
 さあ、職場に戻ろう。

The Economist
Economistは約400万人の読者が購読する週刊誌です。
世界中で起こる出来事に対する洞察力ある分析と論説に定評があります。
記事は、「地域」ごとのニュースのほか、「科学・技術」「本・芸術」などで構成されています。
このコラムではEconomistから厳選した記事を選び日本語でお届けします。
⇒ 記事一覧

英国エコノミスト

1843年創刊の英国ロンドンから発行されている週刊誌。主に国際政治と経済を中心に扱い、科学、技術、本、芸術を毎号取り上げている。また隔週ごとに、経済のある分野に関して詳細な調査分析を載せている。


http://www.asyura2.com/12/hasan75/msg/180.html

コメント [カルト9] あるヤクザの親分! 宇宙一いい加減な博士
01. 宇宙一いい加減な博士 2012年2月17日 00:17:28 : n4Wa2D7ip3fpM : EwcOR3z7TY
1,問題です!


2,神が、あなたの、


   何を、

    何を、殺すのか?


3,簡単だ(爆笑)。

4,解答は、複数あるぞ!


5,これは、簡単だから、免許皆伝、


     は、


   無い!!!(爆笑)。
http://www.asyura2.com/12/cult9/msg/139.html#c1

コメント [カルト9] あるヤクザの親分! 宇宙一いい加減な博士
02. 宇宙一いい加減な博士 2012年2月17日 00:18:55 : n4Wa2D7ip3fpM : EwcOR3z7TY
オンナは、解答しなくてよい。邪魔!
http://www.asyura2.com/12/cult9/msg/139.html#c2
記事 [原発・フッ素21] 「絆」の文字 福島県民にとっては断ち切られてしまった (週刊朝日) 
「絆」の文字 福島県民にとっては断ち切られてしまった
http://www.wa-dan.com/article/i/2012/02/post-314.php
週刊朝日 2012年2月24日号


 2011年を表す漢字として日本漢字能力検定協会が選んだのは、「絆」だった。しかし、原発の即時全廃を訴える作家・広瀬隆氏は、被災地の福島県民にとっての意味は違ってくると怒りを代弁する。

*  *  *

 昨年の一字は「絆」であると、誰もがこの文字をほめちぎっているが、福島県民にとっては違うぞ。「東京電力・福島原発事故」が福島県民の絆を断ち切り、家族の絆を断ち切り、友人・知人との絆を断ち切り、職場との絆を断ち切り、自宅との絆を断ち切り、郷里との絆を断ち切った、まさしく昨年の一字であると怒っているのだ。

 わが国最初の宇宙飛行士・秋山豊寛氏は、福島県田村市滝根で有機農業に打ち込み、椎茸を栽培するアキヤマフォームを営んでいたが、原発事故のため群馬県へ逃れ、ついに今年から京都へと移住しなければならなかった。そして著書『原発難民日記〜怒りの大地から』(岩波ブックレット)の最後にこう記している。

「内部被曝している可能性のある多くの福島県民は、ゴジラになる可能性を秘めているかもしれない」と。つまり、ビキニなどの核実験で、海底深く生き延びていた古代恐竜が、怪獣となって大都市に反撃するため東京にやって来たのがゴジラだ。農民が大都会に復讐するのだ、という怒りがこの短い一文にこめられている。



http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/168.html

コメント [原発・フッ素21] 福一2号炉の温度 metola
11. 2012年2月17日 00:19:52 : 7PXjrOJ632
東電のやり口としては4号炉のサージの水位がおかしいとか2号炉の温度がおかしいとか言い出すときは必ず前後して福島のセシウム降下量が増えてる。不思議だね。スパイクの入った温度データーは一般的にはグラウンドがうまくない。原因はセンサーの故障か本体側のおそらく電源部(キャパシタあたり)の不具合だろう。センサーは素子としては非常に丈夫だがセンサーが故障してる場合では温度がずれるのがほとんどだろう。本体の場合は抵抗器をセンサー入力部に咬ませると正常ならある一定のフラットのグラフを書くが故障なら相変わらずスパイクが入る。センサー部であるなら通常の環境ではキャリブすれば使えるがまた変動する可能性があるので交換。納入した温度計のエンジニア部門であればこんな先入観でおそらく2時間以内で処理する。あと温度データーの過去の信頼性ではスパイクが間隔と振幅がほとんど同じ等間隔で出始めたところ(のように見える)がおかしいが本体不良の場合はベースデーター(ノイズを無視した)が使えるかもしれないとアドバイス。ただし実際は知らないのであくまでも先入観として。
本体をいじって200度になったといってるがその後のデーターでスパイクがなければ本体が不良であったというわけですね。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/135.html#c11
コメント [自然災害17] 予測される規模はM9以上、(発生時期は)最も長く想定しても2月15日前後  北海道に大地震か?地殻変動分析で  赤かぶ
68. 2012年2月17日 00:22:39 : gklQEsddUk
日本人の皆様。m(_ _)m

【世紀末の危機】

過去人間は、三度滅ぼされた。
(古神道では、六度と云われているそうです。)
今度は、ラスト・チャンスだと云われている。
人間は、この試練を乗り越えられるか?


と云うものでした。
ウオッチャーさんの話では、
> ノストラダムスなどは それを知る方法を隠すために 占星術だと言ったそうです。
> 当時、自分は宇宙人の転生者で宇宙人とコンタクトして知る事ができたなどと
> いえば100%殺されたでしょうから・・・。
http://www.asyura2.com/10/nametoroku6/msg/2393.html

だそうですので、ノストラダムの予言とは、実は正確なものだと解ります。

私の学生時代のノストラダムの予言解釈は

 世紀末の暗黒時代の鍵を握るのは、アジアの東の弓の形をした国。
 その中から、一人の救世主が現れて、世界を救う!

と、云うものでした。

86年5月初め、派閥争いに巻き込まれるのから逃げようと考え 手を打とうとしたが上手く行きそうにない。
そこで、行者の大伯母に尋ねた。

 『観音(龍神)さんは、裏目に出るとじゃ、ないかねぇ。と言うがねぇ。
  他にやる事、あるとじゃろう? いずれ この問題は上の方から片付いて来る!』

と言う指示だけだった。

この時点で、3つのタイムラインが存在していた。

 @Black Monday介入失敗
   世界恐慌・湾岸戦争を火種とした最終戦争
   インターネットは、部分展開

 ABlack Monday介入成功
  在日のバブル化ネタにされなかった場合、日米共に好景気維持。
  日本のバブル崩壊を 米国に救わせる。
   日本に 米国のGIVE&TAKE文化(持ちつ持たれつ)を輸入出来た。
   米国に 雛形日本を救って米国が救われると言う釈迦の大乗利他を教える事が出来た。


 BBlack Monday介入成功
  在日のバブル化ネタにされ、東シナ海のレプ基地の連中に見つかった。
  インターネットは普及したが、在日に乗っ取られてしまった。


@Aのタイムラインでは、私は >>66の様に 在日からイチャモンを受けてない。


〜たら 〜ればは、不思議です。
 

 
http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/836.html#c68

記事 [自然災害17] 海底観測網の整備加速 正確な津波警報実現へ   
海底観測網の整備加速 正確な津波警報実現へ
2012/02/16
IZA http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/disaster/546027/

東日本大震災では実際の津波の高さより大幅に低い津波警報が発表され、住民避難が遅れて被害が拡大した。正確な予測に必要な観測網が海域になかったためだ。この反省から国は、海溝型巨大地震が起きる太平洋側の海底で地震・津波観測網の整備を急ぎ、高精度で迅速な「緊急津波速報」(仮称)を平成27年度に実現したい考えだ。

「現在の津波警報は、海溝型巨大地震に対し大きな課題を抱えている」。東京大地震研究所の篠原雅尚教授は、こう指摘する。
気象庁の津波警報は、全国約1400地点の地震計のデータで地震の規模と震源を解析し、これを基に津波の高さや到達地域を予想している。だが地震計の大半は陸上にあり、海域の地震は地震波の到達に時間がかかる上、データも誤差が生じやすい。

地震の規模を示すマグニチュード(M)も、気象庁の解析方法は迅速な半面、M8以上の場合は精度が落ち、過小評価してしまう問題がある。M9・0の大震災では当初、M7・9と解析され、地震発生約3分後の津波警報・第1報の津波高は宮城県で6メートル、岩手・福島両県で3メートルと、実際より大幅に低かった。

■海底を直接観測
このため文部科学省は24年度から、日本海溝周辺で地震・津波観測網の整備に着手する。北海道から千葉県の沖合に総延長約5100キロの海底ケーブルを敷設。地震計と津波を検知する水圧計を備えた観測点を数珠つなぎに154カ所に設け、30〜60キロの格子状に観測網を構築する。

大震災の震源域の端に位置し、誘発地震の懸念が大きい千葉県沖と青森・岩手県沖から整備を開始。27年度に全域で本格運用をスタートさせ、気象庁の緊急津波速報に活用する計画だ。
海底での直接観測で地震の早期検知や規模、震源の詳細な解析が可能になる。また、水圧計は津波を直接かつ連続的に観測できるため、発生を即座にキャッチし、到達する地域や時間、高さも正確に予測できる。

整備事業を受託した防災科学技術研究所の試算によると、沖合200キロで海溝型地震が発生した場合、地震の検知は最大約30秒、津波の検知は検潮所での観測より同十数分、それぞれ早まるという。
防災科研の海底地震・津波観測準備室長、金沢敏彦氏は「従来と比べはるかに高精度なデータが得られ、津波警報の正確さも飛躍的に向上するだろう」と話す。

また、本格運用開始までの“つなぎ役”として気象庁は今秋、三陸沖300〜400キロの日本海溝東側にブイ式の海底水圧計を3基設置する。大きな津波を伴うアウターライズ(海溝外縁部)型地震の発生に備えるためだ。
水圧計の観測データを音波で海面に浮かぶブイに送信、通信衛星経由で地上に伝送する。気象庁は「精度はそれほど高くないが、津波を直ちに知ることが可能で、警報に役立つ」と話す。

海溝型の巨大地震は、静岡県以西の太平洋沖に伸びる南海トラフでも東海・東南海・南海地震が想定されている。対策を急ぐ文科省は、震源域で整備してきた海底観測網「DONET」(ドゥーネット)の本格運用の開始時期を、5年繰り上げて27年度とすることを決めた。

■太平洋岸全域に展開
昨年8月に東南海の震源域で部分運用を開始したが、残る南海の震源域を中心に整備を加速。総延長約600キロの海底ケーブルを敷設し、計51カ所に地震計と水圧計を設置する。
整備を進める海洋研究開発機構の金田義行地震津波・防災研究プロジェクトリーダーは「津波予測だけでなく、地殻変動を観測することで地震の発生予測にもつながるため、早期完成の必要があった」と背景を説明する。

日本海溝と南海トラフの海底観測網が完成すれば、太平洋岸の海溝型地震の想定域をほぼすべてカバーすることになる。列島を襲う巨大津波の監視と防災に大きな威力を発揮しそうだ。(以上転載)


(以下関連映像)
●地下で異変?福島原発で直下型地震の危険
20120216モーニングバードより。
福島大地原発が強い直下型地震に襲われる可能性が高まっていると、東北大学の教授がきのう発表した。4号機の使用済み燃料プールが崩壊する可能性もあると言われている。



http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/854.html

コメント [自然災害17] 大地震 みなさん、準備は出来ていますか 「この1年の間に来る」と話す地震学者たち (週刊現代)  赤かぶ
11. 2012年2月17日 00:24:11 : pZlqlVKsIU
震災後、不安を煽るという言葉を良く聞くようになったが、
別に煽っているわけではなく、可能性の話をするとそうなるというだけの話だ。
「不安を煽るな」という輩は、
幽霊の話は怖いからするなというのに似ているような気がしてならない。

不安になって当たり前の状況なのだから仕方ないだろう。
http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/851.html#c11

コメント [雑談専用39] 腐っても鯛ならぬ、腐っても白人 白人は常に頂点に立っている 高橋是清会
05. 2012年2月17日 00:26:57 : kgbIIyPmTg
>>04

『家畜人ヤプー』って知ってる?
もし、知らないならお薦めする。あなたの好みだろう。
http://www.asyura2.com/10/idletalk39/msg/777.html#c5

コメント [戦争b8] イランは日本をモデルに核開発! [春名幹男「国際情報を読む」] (日刊ゲンダイ)  赤かぶ
01. 2012年2月17日 00:27:18 : SQj18FeYYM
イランもIAEAの核査察を継続的に受け入れている。
http://www.asahi.com/international/reuters/RTR201202010029.html
しかもイランは核拡散条約のNPTにも加盟している。
核保有国でありながらIAEAの核査察も受け入れずNPTにも加盟していないイスラエルとは天と地の差がある。
スキあらばイラン攻撃を仕掛けようとしている核保有国のイスラエルが存在している限りイランが核技術を高めようとする事は、理解できる。
すべての元凶は、イスラエルの核保有が許されていることだ。
http://www.asyura2.com/11/warb8/msg/775.html#c1
コメント [音楽4] ビートルズ(ポール)で「ラブリー・リタ」「ゲッティング・ベター」 BRIAN ENO
02. 2012年2月17日 00:29:48 : bQwKJlscJc
これは見逃していました。
ジャケットを見て「おっ、これはもしや?」
と右の方を見ると例の問題作が・・
ルーシーなんとかです。LSDを暗示させる頭文字とか。
この頃は、ちょっとヤバそ〜な雰囲気が・・・あり〜ので・・

これらの歌詞も調べてみます。

K子
http://www.asyura2.com/11/music4/msg/841.html#c2

コメント [経世済民75] 年配者は若者に「職」を譲るな 働かない市民への支出は繁栄をもたらさない ts
01. 2012年2月17日 00:29:48 : 8UzFzDXlxw
年金はセイフティーネット社会保障だから、高額退職金もらえたり、60過ぎても雇用されるような強者には要らないと考えよう。
http://www.asyura2.com/12/hasan75/msg/180.html#c1
記事 [原発・フッ素21] 「黒い物質」についての考察@−1 (南相馬市 大山こういちのブログ) 
「黒い物質」についての考察@−1
http://mak55.exblog.jp/15442728/
2012-02-16 22:27  南相馬市 大山こういちのブログ


まず皆さんこれを見てください。
http://www.youtube.com/watch?v=_tf4xunvA5E&feature=related

「1号機と3号機の煙の色が似ている。」と言っていますね。
これらの煙はどこへ行ったのでしょうか?
___________________

「黒い物質」について 素人の私の想像をお伝えします。
今のところ
@噴煙粒子そのもの
A生物濃縮による副産物
Bその他
____________

「黒い物質」が「噴煙」そのものか?
______________________

私は 奇しくも陶芸家です。40年近く炎にかかわってきました。
 1,300℃の窯たきを電気、ガス、灯油、薪と
恐らくこれまで数千回行ってきています。

原子炉に比べて はなはだローテク、原始的ではありますが
燃料を燃やし 燃焼効率や 排ガス、灰、煙など、
熱電対を使い温度管理をし運転するところは同じ原理です。

排気や煤、灰などいても体で
 感覚で覚えています。
その感覚から想像してみます。

「死の灰」や「爆発噴煙や煤」を見たことはありませんが

薪=赤松が主流の煤の特徴から 一定程度の考察をいたします。
吉岡英介氏「プルトニウムは空を飛ぶ」を昨年中 皆さんにご案内してきました。

 氏には 電話での質問にも快くお答えしていただきました。
http://www.minusionwater.com/plutonium.htm

すす=カーボン=風船    ⇒核種を乗せた気球

○すすは体積が大きく 軽い。つまり気球や風船のようだ。

○比重が世界一高いウランやプルトニウム 
 アメシリウムとてこの風船に比べれば比較にならないほど粒子は小さい。

○黒煙は放射性核種の超微粒子=エアゾルとすすの混合体。

○ あの黒煙の黒さは そもそもカーボン粒子が大きいので光の屈折で黒く見えるだけで
  カーボンそのものの色ではない。(煤の粒子が細かいほど青色になるし
   もっと細かな核種には色はない=目に見えないエアーゾル。)

○実際は 机上で思い描いた 透明なエアーゾルではなく 
 色のついた煤と核種の複合体が
  線量の出所=「放射線源」=「線元」=『放射線原因物質』であった?
 
○ バルーン機能が付加されて より遠くへ運ばれ 浮遊時間も長く
 いったん舞い上がると 降下にも時間がかかる。



http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/169.html

コメント [マスコミ・電通批評12] 国会中継をいつの間にか止めてしまったNHK (天木直人のブログ) 天命に遊ぶ
06. 2012年2月17日 00:31:08 : 89BBChY6tQ
NHKの解説委員もホントのこと言っていない。だいたい1009人で世論調査でございます。へ〜。親米のキャスターを特別扱い。有働とか島津あたりは受信料で
NYC勤務だ(だった)今やバラエテイー番組中心で視るべきものがない。OBたちもオカシイなと思わないだろうか?3月末で受信解約を予定。
http://www.asyura2.com/11/hihyo12/msg/679.html#c6
記事 [原発・フッ素21] 汚染石材問題 浪江の採石場で最大21万4000ベクレル   
汚染石材問題 浪江の採石場で最大21万4000ベクレル
2012/02/16
KAHOKU http://www.kahoku.co.jp/news/2012/02/20120216t63010.htm

福島県は15日、福島第1原発事故に伴い警戒区域などに指定された地域にある採石場と砂利採取場計26カ所の調査結果をまとめた。放射線量が最も高かったのは「双葉砕石工業」(同県富岡町)の浪江町の採石場で、最大で石1キロ当たり21万4000ベクレルの放射性セシウムが検出された。

県原子力安全対策課は「双葉砕石工業の採石場の放射線の数値が突出している」と話し、流通経路の確認を続ける考えを示した。

採石場などの現地調査は先月、二本松市のマンションで比較的高い放射線が検出された問題を受けて、県と環境省などが行った。二本松市のマンションに石が使用された双葉砕石工業の採石場では、道路工事用の石を保管する屋根がない場所で放射性セシウムがいずれも10万ベクレルを超えたが、屋根付きの場所は比較的低かったという。

警戒区域内の別の採石場では最大で12万2000ベクレルが検出されたが、原発事故後は出荷されていない。
県と経済産業省はまた、双葉砕石工業の石が使われ、周囲の空間線量より高い値を示した住宅や駐車場が県内で4市1町の27件になったと発表した。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/170.html

コメント [音楽3] Swing Out Sister - Breakout!! ( Carnival Mix ) 地には平和を
01. 2012年2月17日 00:34:45 : 60DkZKtVNk
◎Twilight World - Swing Out Sister (Live)

http://www.youtube.com/watch?v=IElrdCGddus

●Swing Out Sister - You On My Mind

http://www.youtube.com/watch?v=rvAZmmMgFVw&feature=related


http://www.asyura2.com/10/music3/msg/801.html#c1

コメント [原発・フッ素21] 福一2号炉の温度 metola
12. 2012年2月17日 00:36:42 : 7PXjrOJ632
11の追加
本体をいじって修理してない場合は一緒。
東電はあり得ないことがあり得るので。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/135.html#c12
コメント [原発・フッ素21] 放射能汚染を追う 給食編 [東京新聞] 牛乳 検査厳格化へ 「神経質では」戸惑う業界  赤かぶ
23. 2012年2月17日 00:37:45 : 6aAFks6Yd6
ベラルーシのように、街中に無料で食品のベクレル数が測れる装置があるように、
ならなくては安心できない。子供には、ドイツの基準4ベクレル/kg未満にし
たい。

あとは、尿量またはホールボディカウンタで、放射性セシウムの体内の蓄積量
を測る。そして、子供で体重1kgあたり20ベクレルを超えないように
(これよりずっと下を目指すべきだが)、注意する。

放射性セシウム以外の核種については、またの機会に。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/114.html#c23

コメント [原発・フッ素21] 福島2号機と4号機、それにセシウム(速報)  武田邦彦  赤かぶ
10. 2012年2月17日 00:38:00 : Gn31RfY7SE
全て推定とゴマカシ。事実が土台になければ、誰も何も語る事ができない。現場を支配しているのが、大嘘つきの犯罪者・・・出鱈目の極致・・・それがすべて。現地からの情報は、情況を分かって出鱈目を流しているか、本当に分からないで事実をながしているか、何も確かなことは分からない。事実は、現場から離れた世界に放射性物質が拡散されたこと。人の避難、若しくは含めて隔離、遮断。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/157.html#c10
記事 [ペンネーム登録待ち板6] 投稿可能になりました。本番投稿をお願いします
お手数をおかけしております。

投稿可能になりましたので、

本番投稿をお願いします。

これから★阿修羅♪掲示板にどんどん投稿をお願いします。

管理人
http://www.asyura2.com/10/nametoroku6/msg/2408.html

記事 [ペンネーム登録待ち板6] 投稿可能になりました。本番投稿をお願いします
お手数をおかけしております。

投稿可能になりましたので、

本番投稿をお願いします。

これから★阿修羅♪掲示板にどんどん投稿をお願いします。

管理人
http://www.asyura2.com/10/nametoroku6/msg/2409.html

コメント [原発・フッ素21] 「黒い物質」についての考察@−1 (南相馬市 大山こういちのブログ)  赤かぶ
01. 2012年2月17日 00:45:01 : 7F5vMgriPI
陶芸の窯と原子炉が同じ原理なら誰も怖がってませんってば。
カーボン=炭化は熱反応 原子炉は核反応。全然違うんですよ。
この人も、そのブログの紹介者も勉強してから出直した方が良いと思うね。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/169.html#c1
記事 [原発・フッ素21] 日本政府と東電が繰り広げる風俗喜劇(ウォール・ストリートジャーナル)   
日本政府と東電が繰り広げる風俗喜劇(ウォール・ストリートジャーナル)
2012年 2月 16日
JST http://jp.wsj.com/Japan/Companies/node_394038?mod=WSJFeatures

地震と津波が東日本に壊滅的な被害をもたらしてから1年近くになるが、東京電力はいまだに揺れ動いている。津波によって引き起こされた福島第1原子力発電所の放射能漏れ事故に関連する莫大な除染・賠償費用を背負った同社と日本政府は救済の条件を巡ってせめぎ合いを演じている。政府は納税者が過半数の議決権を握ること――事実上の国有化――を主張し、この垂直統合型公益事業会社の将来的な分社化を示唆する高官さえいる。一方の東電は既存株主が希薄化の影響を受けることを拒否すると同時に、企業向け電気料金を値上げしようとしている。

感情の機微への配慮や遠回しな言い方が標準となっている日本で、政府と東電がこの攻防を本気に見せようとしているところがどうも怪しい。こうした激しい対立にもかかわらず、最終章が閉じられるころには、ここでのジェーンとビングリー氏(小説『高慢と偏見』の主人公)にもハッピーエンドが訪れるであろうと予測できる理由がいくつかある。

東電の打算は単純だ。キャッシュを必要としている東電に対し、政府には1兆円の公的支援を行う用意がある。その資金があれば東電は、原発事故関連の賠償や廃炉費用、そして前の世代の頼みの綱だった原発に代わって稼働している火力発電所用の燃料費を賄うことができる。東電は13日、2011年4-12月期の決算が623 0億円の赤字だったことを発表した。

東電は経営に関するさまざまな口出しや制約を受けずに救済される権利があるということを説得力をもって主張することもできる。結局のところ、公的資金の注入は保険金の支払いを受けるようなものである。この11カ月間、東日本大震災以前の東電には経営の失敗や安全管理の落ち度があったということが指摘されてきた。しかし、忘れられているのは、1000年に1度の自然災害に備えたり、対処したりする能力がなかったとしても、通常の環境下であれば、同社の業務は半永久的に機能し続けていたという事実である。

2003年に国が72%の議決権を握る形で救済に至ったりそな銀行のケースと東電の違いはそこにある。この件で政府側の交渉の窓口となっている枝野幸男経済産業相は、政府がりそな銀行のケースを今回の経営介入の手本としていることを明かした。しかし、政府がりそな銀行の経営に介入したのは、貸出基準の甘さなど、経営陣の失敗が長く続いたからだった。東電の場合、政府は自らが選んだより優秀な経営陣を送り込むことの必要性や根拠を主張できるのだろうか。次の地震が起きるのを防ぐことができるとでもいうのだろうか。

枝野経済産業相の厳しい言動に反して、政府と東電の利害は見事に一致するということに留意してほしい。あからさまに社会主義的解決策――政府が直接賠償するという案――は提案されていないようなので、政府の第一の目的は、今日の賠償に使われる公的資金を、長期にわたって返済できる継続企業として東電を維持していくことである。東電を公的資金の注入なしに救うことなどできないのと同じように、枝野氏が主張する政府の経営権取得をもってしても救済はできないのである。

たとえば電気料金だ。この10年間の電力使用量の増加率はかなり低く(減少した年もあった)、日本経済の停滞が続く限りは、この状態が続く可能性が高い。そうなると、東電が公的資金返済に必要な追加的収入を得るための唯一の現実的な手立ては料金値上げしかない。

名目上はまだ民間企業である今でさえ、東電がそうした値上げを実施するのは容易ではない。同社は先月、企業向け電力料金を平均で17%引き上げるという方針を示した(上限が定められている家庭向け電気料金についても値上げを望んでいる)。これを受けて政治的反発が高まったが、同社はこの方針を譲らない構えだ。というのも、この値上げのおかげで東電の赤字問題が軽減されることを喜ぶ政治家がいるからである。政治家にとって、自分たちの代理人が在籍する取締役会が承認した料金値上げを痛烈に非難するのは難しいだろう。

同じように、東電が分社化され切り売りされたら、政府が得をするということもないだろう。理論上はそれによって賠償に必要な資金が賄えるとされているが、そうならなかった場合にはどうするのか。分社化された一部門とはいえ、原発損害賠償を負った企業の買収先など見つかるのだろうか。切り離された他の部門からの利益なしに、そうした賠償を賄うことなどできるのだろうか。東電は全体でこそ存続可能であり、キャッシュフローを生み出せるのである。政府は結局、直接賠償金を支払うという社会主義的な解決策を取らざるを得なくなるだろう。

こうして、互いへの恋心をうまく隠しきれていない2人の主人公は、最終的に愛を認め合うことになるのである。この物語は政府が形ばかりの取締役会の議席を得て、東電が必要な資金をすべて受け取るという形で決着しそうだ。これはビジネスなので、ロマンスが足りないのは仕方がない。そういえば、ジェーン・オースティンの時代の結婚にも、金目当てという側面があったではないか。

http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/171.html

コメント [原発・フッ素21] あっ!どんどん雲が消えていく。ふくいちライブカメラ画像の謎 魑魅魍魎男
42. 2012年2月17日 00:47:13 : RehiOpjXUw
>それにしても、素人にもわかる下手な画像処理だね。

マスコミが問題にしない限り、東電はカエルの面にしょんべんなんですよ。
目の前で指摘しても、平気でしらばっくれるごろつきがいますが、おなじこと
なんです。おそろしいことです。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/113.html#c42

コメント [原発・フッ素21] あっ!どんどん雲が消えていく。ふくいちライブカメラ画像の謎 魑魅魍魎男
43. 2012年2月17日 00:48:11 : pPJ5gJb78A
>>38
>つーか、そんな面倒なことしなくても、映像の下側(原発&地上)を切り取って、
>原発の映らない近くの空を合成するだけで簡単に出来るのでは?

そのほうが難しいよ。雑草も風に揺れるしクレーンも動いているからね。

よく映画でやるのは、背景を青いシートで覆って別の画像を嵌め込む方法だが、
福一ではそんなことはできない。

>そのうちも何も同じ日の12〜13時は左端まで雲が流れているのだけれど。

自動検出で煙が出ていないときは何も加工をしない。雲はそのまま流れる。

デジタル画像はタイル画なわけだけれど、煙を自動的に消去するには、
タイル1つ1つが、青空、雲、原発からの煙、あるいはそれらのミックスの
どれであるか判断する必要がある。

判断の基準は色と動き。黒煙なら判別は容易。
白煙だと雲との区別が難しいが、前後のコマと比較して動きを検出することで、
かなり正確に判別はできる。
雲は画面上部を水平に動き、煙は地上から斜め上に上がるからね。

繰り返すけれど、時間をかけて手作業でやれば完璧な画像ができる。
最近、肌の荒れた顔がこんなにきれいに修正できますという広告が目立つが、
あんな風にどうとでも修正できる。

難しいのはリアルタイムで自動的に行なわなければならないという点。

興味があったら、画像処理あるいは特撮関係の本でも読んでみてほしい。

東電に限らず、マスコミに発表される写真、映像は何らかの改変がなされていると
考えるべきだ。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/113.html#c43

コメント [原発・フッ素21] <原発技術者>東電人材流出やまず 韓国が引き抜き攻勢 〜安全性は? ts
11. 森羅万象 2012年2月17日 00:54:25 : GlKbpqVjZUBgc : LHH7RnBmIA
今回の事故に対する責任が東電の全ての原発技術者にあるとは言わない。
むしろ、無い人が多いであろう。
でも、その人達がいてこそ、東電の原発事業があったわけだ。

放射能汚染により郷土に帰れない人、次の方向が決まらない人、不安に
思っている人、そんな人々がたくさんいる。
原子力発電が将来、廃止されても、廃炉や、汚染された廃棄物の処理は
延々と続く。

イタリア客船の船長は論外だが、全ての乗組員も乗客をまず優先する
のが、人道だと思う。
逃げた、逃げようと考えている関係者よ、恥を知れ。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/159.html#c11

コメント [マスコミ・電通批評12] 新メディア立ち上げのお知らせ  上杉隆  赤かぶ
38. 2012年2月17日 00:56:18 : 89BBChY6tQ
NHK,全国ネットの民放、大手新聞は増税・原発・TPPに賛成。既得権益を死守したいだけ。改装・テレ朝(新朝日ニュースター)が視聴者の声を聞かない場合は
テレビ・新聞は要らん!
パックイン視るため9時にはテレビの前にいたのに。あ〜退屈だ。つまらない土曜日になるのか。五木寛之の甘美な世界に浸るか(下山の思想・大河の一滴など)
東山画伯の<馬車よ ゆっくり走れ>も何回読んでも郷愁に浸れる。

18日愛川さんが何と言うか?悲しくなる。残り7回か!無念・残念。
上杉さんにエール  頑張って!
http://www.asyura2.com/11/hihyo12/msg/675.html#c38

コメント [マスコミ・電通批評12] 渡辺恒雄氏〜「私はTBS『運命の人』に怒っている!」サンデー毎日2012/02/19号 夢太郎
07. 2012年2月17日 00:58:13 : 3c1S9Q6XLM
>>06. 2012年2月11日 12:55:41 : rjpmaLs936

ばかじゃねえの?
テレビドラマや映画が原作と異なるのはあたりまえだろばか!
原作とそのまま同じのテレビドラマ、映画を5本あげて見ろ!
http://www.asyura2.com/11/hihyo12/msg/653.html#c7

記事 [IT11] アップル、OS X Mountain Lion デベロッパプレビューをリリース
アップル、OS X Mountain Lion デベロッパプレビューをリリース
http://www.rbbtoday.com/article/2012/02/16/86386.html

アップルは16日、『Mac OS X』9番目のメジャーリリースとなる「OS X Mountain Lion」(マウンテンライオン:ピューマ)のデベロッパプレビューをリリースした。同OSではiOSとの連携が図られ、『iPad』の人気アプリケーションや機能をMacにもたらすという。

コメント:

今回は山猫「OS X Mountain Lion」、

次は「OS X Hello Kitty」で決まりか。

Jobs亡き後、「Hello」Appleは、もう好き勝手かな。



http://www.asyura2.com/09/it11/msg/708.html

コメント [経世済民75] 恐ろしい事態が進行している 米属国の政治経済がすべて破綻 (日刊ゲンダイ)  赤かぶ
69. そ〜かな 2012年2月17日 00:59:52 : ug4GbvQKp8o5. : aMXN1kCtSg
>例えば、お金の無い言語の壁問題もある、技術は有るが年配のお百姓のは、前向きに、世界に飛び出ることはできないでしょう。 年金で暮らせる保証はないのに・・。


中国で有機農業やってる日本の会社があったはず。技術指導で行けるんじゃないの?通訳だってつくでしょう。

言葉は確かに壁ですがちょっとやそっとでは越えられない壁ですよ。むしろ右利きなのに左手で箸を持つ練習してるくらいなら手づかみで食っちまったほうがいい。どこの国でもチャイナタウンの言葉は中国語、それも出身地の中国語です。

日本の農業技術は確かに高い。世界に通用するものだと私は思います。


http://www.asyura2.com/12/hasan75/msg/152.html#c69

記事 [原発・フッ素21] 都内の子どもから0.5ベクレル。その原因は…… (読売新聞) 
都内の子どもから0.5ベクレル。その原因は……
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=54594
2012年2月16日 読売新聞


 子どもの尿を採取し、内部被曝をしていないかどうか調べる親たちは少なくない。中には、放射性物質が検出されたケースもある。

 東京都世田谷区の女性A子さん(46)は2011年8月、小学5年生の長男と小学2年生の長女の尿を2リットル採取して調べた。長男は不検出だったが、長女から放射性物質セシウム−137が1キロあたり0.5ベクレル検出された。

http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/image.jsp?id=54593 

 A子さんは「毎日食べる肉や野菜は、放射性物質を含んでいないと思われる九州産や外国産のものを選ぶなど、子どもたちには内部被曝をさせないように気をつけていたので、とてもショックでした」と振り返る。

 家で食べている物が安全だとしても、給食が原因だということも考えられる。だが、2人は同じ小学校に通っている。A子さんは「同じ食生活をしているのだから、お姉ちゃんだけ検出されたことが不思議です」と首をかしげた。

 同じ生活をしているきょうだいで、異なる結果が出たのはなぜなのか。NPO法人市民科学研究室代表で、低線量被曝の研究をしている上田昌文さんは「尿検査で内部被曝を調べる場合、尿の採取にどのくらい日数をかけたかということが結果に影響してくるのではないか」と推測している。

 例えば、1回の食事による被曝量を1キログラムあたり1ベクレルと仮定しよう。1日3回食事をしたら、単純計算で、内部被曝は3ベクレルになる。10日後は30ベクレル、20日後は60ベクレルという具合に、取り込む量はだんだん増えていく。

 体内に取り込まれた放射性物質は少しずつ尿や便とともに排出される。上田さんは「尿の採取に時間をかけるほど、その間に取る食事の回数が増えるので、検出される放射性物質の数値が高まる可能性は否定できない」と考えている。

 A子さんに、2リットルの尿を集めるのにどれだけ時間をかけたか尋ねてみた。すると、正確には覚えていないものの、小学5年生の長男は7〜10日ぐらい、小学2年生の長女はさらに3日ぐらいかかったという。

 この3日間の違いが「0.5ベクレル」と「不検出」の差になって表れたのであろうか。それを確かめる方法はなく、この点は定かではない。ただ、女児からセシウムが検出されたという事実は、東京電力福島第1原発から約200キロ離れた東京でも、放射能と向き合いながら暮らしていかなければならないという現実を突きつけたとは言っていいだろう。

                     ◇

 ところで0.5ベクレルという検査値は、どう評価したらいいのだろう。医師で元放射線医学総合研究所主任研究官の崎山比早子さんは「0.5ベクレルはかなり微量であり、時間をおいて測り直したら検出されない可能性もある」と説明する。

 前回のコラムでも書いたが、そもそも尿検査では内部被曝を正確に測ることはできない。尿検査で微量の放射性物質が検出されたとしても、それほど気に病む必要はなさそうだ。

 ただ、崎山さんは「内部被曝を減らす努力は続ける必要がある」と強調する。一定量の放射性物質を摂取し続けた場合、摂取量と排出量の差が体内に溜まっていくことになり、ある時期になると、摂取量に応じて常に同じ量が体内にある「平衡」状態になるというのだ。

 崎山さんは「半減期が長く、現在、いちばん気にする必要がある放射性セシウムは、水に溶けやすい性質がある。野菜はよく洗ってゆでる、魚は煮て、煮汁は捨てるなど、調理の際の一工夫も必要だ」と説明する。

 放射性物質による汚染が少ない食材を選ぶことはもちろんだが、市場に出回っているものは、汚染されていないのか、また、汚染されているとしたら、どの程度なのかははっきりわからない。調べるためには、実際に食材を測定してみるしかない。

 原発事故以降、食材などの放射能を市民が測る「市民測定所」がいくつも開設された。今後、このコラムでも市民測定所について紹介しようと思っている。



http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/172.html

コメント [戦争b8] 暗殺チーム…バンコク爆発事件のイラン人拘束  読売新聞 ダイナモ
03. 2012年2月17日 01:05:42 : njJ31SmRQ2
爆弾テロの裏にはモサドがいる。 世界中の常識。

http://www.asyura2.com/11/warb8/msg/773.html#c3
コメント [自然災害17] しらせが昭和基地接岸断念 18年ぶり、南極海で厚い氷(共同通信) 温暖化は何処へ?(温暖化はやっぱり眉唾物だった!?) スカイキャット
40. 2012年2月17日 01:05:57 : a5daOcHTGY
温暖化で適度に暖かくなってくれる方がうれしいですけど。
灯油代が去年の倍です。
暖かいところに住んでいる人がうらやましいです。


http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/727.html#c40

コメント [原発・フッ素21] 福島第一原発幹部が語る驚愕の”真実”「2号機は崩壊する」週刊朝日2012/02/24号  赤かぶ
41. 2012年2月17日 01:10:44 : 2ApNaT62bQ
圧力容器に取り付けられた熱電対から、測定器のある集中管理センターまで、からりの距離があるので、その間で断線すると(抵抗が上がると)、ノイズが乗って、温度が上がったように見えるのではないか.
ノイズが正規分布で、平均化処理をすればゼロになるように思えるけど、ノイズに低い周期のうねりがあると、そうはならない可能性がある.
オシロで見てみれば、簡単に分かるはずだけど.
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/106.html#c41
記事 [原発・フッ素21] フクシマ原発事故の本質は、今の状態が数十万年続くことだ
2号機の温度上昇で再臨界の危険性が指摘され始めているが、じつは本当の危険はすでに始まっている。それは、福島原発の今の状態はけっして収束することなく今後数十万年にわたり続くからだ。その理由を説明してみる。

まず2号機は圧力容器が損傷して、溶融した核燃料が格納容器の側に落下するメルトスルーを起こしていることがわかっている。東電もこの可能性を認めている。核燃料のうち落下した割合は定かではないが、90トンある核燃料のほとんどが格納容器の底に置かれたコンクリートを侵食している状態が予想される。

底に溜まった核燃料は表面こそ上から注がれる水で固まっているが、内部は2000度以上に加熱されて、溶けた状態が維持されている。崩壊熱はメルトスルーから1年ほど経つ現在でも約5MW(3〜6の間で予想の差がある)あると予想されている。崩壊熱は核燃料全体から出ているので、熱による対流は起きていないはず。しかし、重力が作用しているため、わずかな比重差で沈殿作用が起きていると考えられる。

採掘されたウランは遠心分離機で精製されるが、これは比重差を利用してウラン238と235を分離する。内部がどろどろの核燃料の塊の中では、遠心分離機と同じ現象が重力によって起きている。プルトニウム239,240,ウラン235は、次第に沈殿していきながら、比重の違いにより濃度の高い層が形成されていく。

核燃料内部に存在する放射性元素は、自発的核分裂を行う。中性子を発生させて、その中性子は確率的にほかの元素の核に衝突を起こし連鎖的に核分裂反応が起きる。

さて、ここで殆どの人は減速材である水が無いので臨界には達しないと思うだろう。臨界が生じるには水で減速された熱中性子が不可欠だと思い込んでいるからだ。ところが高速中性子でも核分裂反応は起きる。もんじゅがそうである。もんじゅはプルトニウム239とウラン238を主体にして高速中性子による核分裂を利用した高速増殖炉だ。

そこでまた原子炉に詳しい人は、ウラン、プルトニウムの密度が低いので臨界しないというだろう。ところで臨界という用語は原子炉工学の専門用語で、ほかに未臨界、超臨界という用語がある。超臨界とは核分裂連鎖反応がものすごい速度で起きることを意味する、核爆発のことだ。臨界状態というのは制御棒などでコントロールしない限り維持できない、非常に不安定な状態だ。未臨界とは核分裂反応が持続しないで次第に減少していく状態を意味する。崩壊熱が出続けている核燃料の塊も未臨界状態にある。

じつは未臨界状態での核分裂反応が数十万年続いた例が発見されている。ガボンのオクロ鉱山では20億年前に自然に原子炉となったウラン鉱脈が発見されている。

オクロの天然原子炉
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%84%B6%E5%8E%9F%E5%AD%90%E7%82%89

天然原子炉のメカニズムは、「ウランに富んだ鉱床に地下水が染み込んで、水が中性子減速材として機能することで核分裂反応が起こる。核分裂反応による熱で地下水が沸騰して無くなると反応が減速して停止する。鉱床の温度が冷えて、短命の核分裂生成物が崩壊したあと、地下水が染み込むと、また同じサイクルを繰り返す。」と考えられている。ここで重要なことは、臨界反応が持続しなくても未臨界のまま核分裂反応は起き続けるということだ。

じっさい、加速器駆動未臨界炉というアイデアもある。加速器で発生させた中性子をウランやプルトニウムに打ち込んで核分裂反応を起こさせるというもの。

福島原発事故は、核燃料が崩壊熱を出しきって冷えてしまえば収束できると多くの人は考えているだろう。崩壊熱が殆どなくなるには約10年かかると予測されている。しかしこの予測は、核燃料が燃料集合体の中に維持された状態でのことだ。上記で説明したように内部で再濃縮が起き、さらに自発的核分裂での中性子密度が上昇した場合は、未臨界状態での熱放出も高いレベルで維持され続ける。

オクロの天然原子炉は数十万年にわたって稼動した。その間に5トンのウランが反応したと言われている。2号機には約90トンの核燃料がある。そのほとんどが反応を終えない限り、現在のように一時的に高温を発しては下がり、再び高温になる、という状態を繰り返す。それは数十万年以上続く。未来永劫にわたり放射能は絶え間なく放出され続けるのだ。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/173.html

コメント [原発・フッ素21] 2号機の 「 温度上昇 」 は、本当だった − 「ぬまゆのブログ」より転載   (八国山だより) 純一
22. 2012年2月17日 01:11:48 : Ety6DmjzpU
>>17
>熱電対式は断線すると最大値を振り切るそうだけど、その断線した温度計が下がるって事は有り得る?
>誰か詳しい人教えて。

詳しくはないけれど、あなたの示した記事を読んでみると、「ほぼ断線」と
書いてあります。東電も馬鹿ではないから、うそだとしても、巧妙にやるでしょう。
「断線」では、その温度計の挙動を説明は出来ないでしょうから、「ほぼ断線」と
したのでしょう。

ところで、ヤフーの記事によると、

> 保安院が同報告を評価すれば、東電は現在通常の約2倍に増やしている2号機の
>注水量を減らす方針。

ということで、いまだ注水量は減らしていないようです。いつ減らすのか、注意
してみて、それでトラブルが発生するかどうかで、温度計故障説の真偽がわかる
でしょう。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/138.html#c22

コメント [音楽5] Re: Lowkey: Long Live Paletain part 2 陣中見舞い
04. 2012年2月17日 01:25:56 : bQwKJlscJc
こんなマトモなユダヤ教徒がたくさんいるんですね。
正直驚きました。ばりばりのナリではありませんか。
一緒くたにされて、ほんと迷惑しているのが解りました。
ただ、「・・で一緒に住みましょう」は、ン??と思ったけど。

ニューヨークを取材する番組などよく見ますが
たぶんユダヤ系(民族的な)と思われる顔立ちの人がたくさん
登場して、とっても知的でステキな人が多い気がするんですよ。
私が好きなミュージシャンも俳優も、ユダヤ系圧倒的に多いし。

ENO師匠のおかげで、レナード・コーエン翁や
ボブ・ディランその他の偉大なアーティスト
を知ることができて、「どうも、ユダヤ人=悪党ども
のステロタイプな構図はおかしいな。匂うぞ」と
思い始めました。
「カタリゴトセーフノカイタイ」て、まあ世界中そーですね。

他も見てみます。とにかく知らにゃ〜いかん。

K子
http://www.asyura2.com/11/music5/msg/907.html#c4

コメント [原発・フッ素21] ボケの斑目が原子力委員長のままでいいのか (日刊ゲンダイ)  赤かぶ
01. 2012年2月17日 01:26:18 : 0KOmNWzZDE
家の中は、現在でも0.12μシーベルト程あります。3月当時は知らずに戸外で多量の放射能を浴びました。被曝者の一人として私も、彼らがあらゆる方法で罪を償うよう求めます。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/166.html#c1
コメント [原発・フッ素21] "被災地に何度も足を運んでるが、がれきがあるから復興が進まないという話は聞かない"(環境総合研究所池田副所長) 乃依
06. 2012年2月17日 01:27:16 : Gn31RfY7SE
05が事実を土台とした現実的(社会科学的)、緊急的安全(健全)思考。放射能環境(現犯罪社会システム)を守護、主体にすれば、逆(独裁、後退、宗教社会)になる。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/150.html#c6
コメント [原発・フッ素21] 「黒い物質」についての考察@−1 (南相馬市 大山こういちのブログ)  赤かぶ
02. 和空5912 2012年2月17日 01:29:24 : 7eiFiA0ZVBfQM : LD1oXP6wIs
NNSA(国家核安全保障局)の部分的に発表された、α、β腺種のデータは、やはり真実だった様ですね。

https://nnsa.energy.gov/mediaroom/pressreleases/japandata

データの出ている御殿場辺りまで、斑に飛散しているのか?
それ以上広がっているのか?
uSvでの測定ではなく、少なくともα,β,γ種別でのcpm/Bq測定でないと、これからは生活出来ない様に思います。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/169.html#c2

コメント [原発・フッ素21] セシウム入り花粉はホントに大丈夫!? (週刊実話)  赤かぶ
01. 2012年2月17日 01:30:55 : 36kRSYXB3c
まあ普通なら花粉が100万ベクレル/kgでもなーんてことない。
花粉を鼻穴から0.0001kg吸い込むなんて奴は北島三郎どころか鼻穴直径10cmくらいあるばけもんしかいないだろう。

まあなんだ、俺としては阿修羅で毎日毎日小沢を拝んでるボケ老には、鼻穴に花粉10億ベクレル糞詰まりさせて狂い死にして欲しいけどなw
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/167.html#c1

コメント [音楽3] Swing Out Sister - Breakout!! ( Carnival Mix ) 地には平和を
02. 2012年2月17日 01:32:15 : 60DkZKtVNk
●Swing Out Sister - Waiting Game (1989) ►STEREO◄

http://www.youtube.com/watch?v=nDcRCJGV3Lk

◎Swing Out Sister - Forever Blue (1989)

http://www.youtube.com/watch?v=Qgy7C0sbBNg&feature=related

◎Swing Out Sister - La La (Means I Love You)

http://www.youtube.com/watch?v=NsjNE6WD9Ug
http://www.asyura2.com/10/music3/msg/801.html#c2

コメント [原発・フッ素21] カナダのCMAジャーナル、「日本政府は国民にウソをつき続け」「チェルノブイリ原発事故時のソ連以下」だと、。 SOBA
10. 2012年2月17日 01:34:24 : PAPmpm5TAY
組織的DQNと組織的プロパガンダを最高価値という思想、行動は、継続中らしい。
まだ、胡散臭い執拗な小細工の需要はあるようで。
 刹那的、嘲笑的国家中央集権主義などともいえそうである。 
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/164.html#c10
コメント [原発・フッ素21] 被災地の瓦礫、静岡・島田市に到着 反対市民が猛抗議、警察も出動 (日々雑感)  赤かぶ
28. 2012年2月17日 01:36:39 : ED5JGTQkCe
瓦礫も危険なの? でも「食べて応援」キャンペーンの方が何倍も危険だよね・・・
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/147.html#c28
コメント [原発・フッ素21] 福島2号機と4号機、それにセシウム(速報)  武田邦彦  赤かぶ
11. 2012年2月17日 01:36:50 : Ety6DmjzpU
>>07
>プールに使われているコンクリートの量は膨大であり、支える柱がすべてこっぱみ
>じんに砕ければすべて地下に落ちるかもしれないが、予期せぬ壊れ方をする可能性
>もある。

たしかに、それはありうる。プールの一方は、格納容器の周囲の鉄筋コンクリー
トに支えられているので、強度的に強いと思われる。応急修理のつっかえ棒は、
これは弱そうだ。建屋崩壊があれば、一方のつっかえ棒(壁)が壊れて、そちら
側へ内容物が中途半端に四散することも考えられる。

ビルの解体のように、きれいに壊れてはくれないだろうし、仮にそうなっても
がれきの上に燃料棒が残ることは考えられる。

しかし、すべての想定を考慮しなくてもいいのではないだろうか。国民の健康
安全に関わることだと言っても、莫大な報酬をもらっている東電役員や、保安院、
原子力安全委員会の面々の無責任を考えれば、無報酬で国民の注意を喚起されて
いる武田教授をとやかくは言えないと思います。

>>05
>「私の家族が… 」の箇所

よくぞ、読み取った。早読みしていると、気づかないところですね。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/157.html#c11

コメント [自然災害17] 予測される規模はM9以上、(発生時期は)最も長く想定しても2月15日前後  北海道に大地震か?地殻変動分析で  赤かぶ
69. 2012年2月17日 01:42:42 : EspvxFSDJg
http://blogclub.livedoor.biz/archives/51419961.html#

お暇なら一読してみて^^
http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/836.html#c69

コメント [近代史02] 『朝鮮進駐軍』の嘘 _ こんなのに騙されるアホが居るんだ 中川隆
04. 2012年2月17日 01:44:35 : Q3prve19I2
はっ(笑)
朝鮮進駐軍はともかく、朝鮮人が暴れ回ってた事は事実。
ソースは?・・って言うだろうな。
GHQの資料を調べなさい。
おっと、面倒だから貼らないよ。
自分で手に入れろ。
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/535.html#c4
コメント [原発・フッ素21] フクシマ原発事故の本質は、今の状態が数十万年続くことだ がらくた箱
01. 2012年2月17日 01:45:16 : 36kRSYXB3c
>今の状態が数十万年続くことだ

続かねーよ。糞ボケが。
現在、あの「飯舘村役場の放射線量は」すでに1μS/hを切ってるんだぜ。
http://www.r-monitor.jp/
事故当時の飯舘はどうだったか調べてみろや。

>未来永劫にわたり放射能は絶え間なく放出され続けるのだ。

すでに今、福一から放射性物質は実質上放出されていない。
てめぇの破滅願望をだらだら放出するんじゃねーよ。氏ねよクソボケ老が。

http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/173.html#c1

コメント [音楽6] ヴァンヘイレン、デヴィッド・リー・ロスチャイルドがバンドにサラリーマンの風貌で復活 ジャンプとの比較を・・ BRIAN ENO
07. 2012年2月17日 01:45:26 : bQwKJlscJc
申し訳なっす(ぺこぺこ)
Goo音楽には、たしかに仰る通り「兄アレックスがギター
を始め弟エディがドラムを購入して練習を始める。しかし・・」
とありました。以後気を付けます。
「いい加減なことー言うちゃーいかん」。

ヴァン・ヘイレンのヴァンは、ヴァン・ゴッホ
と同じだし、オランダ系の苗字なんでしょうね。

K子

http://www.asyura2.com/12/music6/msg/274.html#c7

コメント [原発・フッ素21] 神戸大学の山内教授に測定してもらった結果が百万ベクレル超 しかもキログラム当たり。(南相馬市 大山こういち) 乃依
03. 2012年2月17日 01:45:28 : Ety6DmjzpU
>>02
>もうこの原発事故は手に負えないと分かっているのだ。

わかっているなら、いいのですが。どうも消費税のアップしか頭にないようで、
国民の支持率ダウンで目が死んでいるだけでしょう。

原発再稼動をもくろんでいるのも、わかっていない証拠といえるでしょう。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/165.html#c3

コメント [原発・フッ素21] 神戸大学の山内教授に測定してもらった結果が百万ベクレル超 しかもキログラム当たり。(南相馬市 大山こういち) 乃依
04. 和空5912 2012年2月17日 01:49:41 : 7eiFiA0ZVBfQM : LD1oXP6wIs
すみません。間違えて記載してしまいました。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/169.html
02>削除願えますか?

NNSA(国家核安全保障局)の部分的に発表された、α、β腺種のデータは、やはり真実だった様ですね。
https://nnsa.energy.gov/mediaroom/pressreleases/japandata

データの出ている御殿場辺りまで、斑に飛散しているのか?
それ以上広がっているのか?
uSvでの測定ではなく、少なくともα,β,γ種別でのcpm/Bq測定でないと、これからは生活出来ない様に思います。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/165.html#c4

コメント [音楽5] グラハム・ナッシュで隠れた名曲「グレイブ・コンサーン」ぜひともお聞きください! BRIAN ENO
07. 2012年2月17日 01:50:40 : bQwKJlscJc
それがコピペ不能なんです。
でも、いろいろやってみます。
ありがとうございます。
ほんとうにいつもご親切に
教えてくださってうれしいです(^^)

http://www.asyura2.com/11/music5/msg/790.html#c7
記事 [原発・フッ素21] ザ・特集:福島第1原発事故11カ月 「死の灰」の教訓、どこへ 大石又七さんに聞く (毎日新聞) 
ザ・特集:福島第1原発事故11カ月 「死の灰」の教訓、どこへ 大石又七さんに聞く
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20120216ddm013040033000c.html
毎日新聞 2012年2月16日 東京朝刊


 ◇ビキニ環礁水爆実験で被ばく、第五福竜丸乗組員

 東日本大震災に伴う東京電力福島第1原発事故から、11カ月が過ぎた。広くまき散らされた放射性物質の影響が懸念される中、58年前の被ばく経験を語り続ける人に会いたくなった。米国が太平洋のマーシャル諸島ビキニ環礁で実施した水爆実験で、放射能を含む「死の灰」を浴びた第五福竜丸の乗組員の一人、大石又七さん(78)。今、何を思い、何を訴えるのか。【宍戸護】

 ◇国の対応や差別、偏見…何も変わっていない

 「広島、長崎の原爆では多くの人が爆風や熱線を浴びましたが、私たちは空から落ちてきた白い粉に放射線が含まれていて、内部被ばくしたのです」。11日、西東京市であった市民団体と市共催の学習会で、大石さんは約60人の聴衆に自らの経験を語った。東京都内で長年営んでいたクリーニング店は10年末に閉じた。がっちりとした体格に海の男の面影が残る。

 「これまで自分の体験を言葉や文章にしてきたが、元漁師の洗濯屋が言うことには振り向いてもらえなかった。しかし、福島の事故が起こってからは『他人の哀れな話』ではなくなったのです……」。「他人の哀れな話」。日本の反核運動のきっかけともなった壮絶な体験をそう表現するところに、歩んできた道のりの険しさがにじむ。

 第五福竜丸の母港がある静岡県焼津市の隣、吉田町に6人きょうだいの長男として生まれ、14歳でカツオ船に乗った。二十歳になったばかりの1954年1月、マグロはえ縄漁船の第五福竜丸で出港。3月1日の夜明け前、爆心地から約160キロの太平洋上で水爆実験に遭遇した。直後の模様を、自著「死の灰を背負って」に書いている。<閃光(せんこう)が見えてから2時間くらい、ふと気がつくと雨の中に白い粉のようなものがまじっている。(略)唇のまわりについた粉を、口に含んでかんでみるとジャリジャリして固い>

 この粉は後に、水爆で焼けたサンゴ礁が灰になって上空に飛び散ったものと分かる。「船のデッキの上に、足跡が残るくらい積もった。ただ、体に触れても熱くなく、臭いもないので怖さは感じなかったね」。コードネーム「ブラボー(万歳)」と呼ばれた水爆の威力は広島型原爆の1000倍と言われた。

 帰港するまでの2週間、食事や呼吸を通して内部被ばくを受けた。乗組員の正確な被ばく量は分かっていない。都立第五福竜丸展示館(東京都江東区)を運営する公益財団法人第五福竜丸平和協会によると、白血球減少などさまざまな状況から2000〜3000ミリシーベルトと推測される。一度に4000ミリシーベルトを浴びると半数が死に至ると言われている。乗組員23人のうち、最高齢の久保山愛吉さん(当時40歳)は急性放射能症で半年後に死亡。大石さんは頭髪が抜け、白血球も減少したが、1年2カ月の入院生活を経て退院できた。

 日米政府は55年、法律的な責任を伴わない「見舞金」7億2000万円を米国が日本に支払うことで合意。ビキニ事件は政治的には「完全決着」した。だが、帰郷した大石さんを待っていたのは、被ばく者への差別や偏見、受け取った見舞金190万円へのねたみのような感情だった。返済のあてのない借金の肩代わりを求められたりした。耐えきれず、その年に東京へ移住。クリーニング店で働き始めた。「被ばくの過去を知られていないところで、人混みに紛れて暮らしたいと思ったのです」

 やがて結婚。最初の子は死産だったが、子ども2人を授かった大石さんは、差別や偏見が家族に及ぶことを恐れ事件について沈黙を貫いた。だが−−「娘の結婚は2回破談になりました。世の中に女性はたくさんいるのに、何も……と。被ばく者やその家族というだけで、世間は『人間から外れたもの』と見た」。今も無念そうな表情を浮かべる。

 この間、仲間の乗組員らはがんなどで相次いで亡くなった。「このまま黙っていていいのか」。心が揺れ始めた大石さんは事故から29年後の83年、都内の中学生にビキニ事件について話したのをきっかけに、自らの体験を伝える覚悟を決めた。

 「悔しいじゃないですか。差別や偏見でこれだけつらい思いをしながら、多くの仲間は40代、50代で病死し、残された家族は苦労している。当事者である私がしゃべらなければ事件は闇の中に消えていく。声を上げるしかない。そう思ったのです」

 以後、全国各地で講演し、放射線や内部被ばくの恐ろしさを訴え続けてきた。

 「他人の哀れな話」は震災後、放射能の影響を受ける全ての人たちにとって「自らの深刻な話」となった。

 「ビキニ事件と今回の原発事故は、内部被ばくを引き起こすという意味で本質的には全く同じです。ただ、私が吸ったり浴びたりしたのは約2週間だが、福島の人たちはまだその中で生活している。とんでもない話だ。目には見えないし、古里を離れたくもない。でも、測定器を当てれば反応が出る……本当に戸惑っていると思います」

 そして、語気を強めてこう語った。「放射線、原発をどうするか。国際競争で負けたくない指導者たちには、被ばくの健康影響を重く見ることに抵抗するから任せられない。一般の人たちがもっとレベルを上げて考えないと、この問題はいつまでたっても解決しませんよ」

 「狭心症や心筋梗塞(こうそく)などの症状を改善」「ぜんそく発作を予防」「感染症を治療」……。都内にある大石さんの自宅。たくさんの薬が入った袋を見せてくれた。1日に約30種類の薬を飲む。「正直、薬で体が持っているところがある。これがなければもうダメです」

 92年には肝臓がんが見つかり摘出手術をした。今は肺に腫瘍を抱え、ぜんそくのようなせきは薬がないと止まらない。不整脈、白内障もある。いずれも被ばくとの因果関係は明らかではないが、自著「矛盾」で<これらは持病ではない。アメリカの核実験によって加えられた病気>と書いている。

 被ばくの後遺症を気にした大石さんは、ビキニ事件をきっかけに57年に設立された放射線医学総合研究所(千葉市稲毛区、放医研)で年1回、健康診断を受け続けた。しかし、それも92年を最後にやめた。結果を問い合わせても、詳細なデータを示してくれないからだという。「肝臓がんも他の病院で見つけた。放医研にとって私たちは研究材料に過ぎないのではないかと感じたのです。福島の人たちに対する国の対応の鈍さを見聞きすると、変わっていないという印象を受ける。過去の被ばく者から得た教訓を生かそうとしない限り、私たちが歩んできた苦難の道が繰り返されるのではないか」

 乗組員23人のうち既に14人が亡くなった。だが国は、久保山さんを除き、被ばくと病気の因果関係についての判断を示していない。被爆者健康手帳も交付されず、大石さんは今も通常の健康保険で治療を受けている。



http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/174.html

記事 [戦争b8] 米国の軍用機の40%がロボットという現実と未来(ウォール・ストリートジャーナル)   
米国の軍用機の40%がロボットという現実と未来(ウォール・ストリートジャーナル)
WSJ http://jp.wsj.com/IT/node_389550?mod=MostPopular

●Predator B UAV 2

●グラマン社無人軍用機「X-47B」

このところ、毎日のようにニュースで「drone(ドローン)」という言葉を耳にする。無人航空機の意味で、「Unmanned Aerial Vehicle(UAV)」、または「Unmanned Aerial System(UAS)」とも呼ばれる。人間が搭乗しない航空機で、離れた地上から遠隔操縦でき、中には全く自律で離着陸と任務遂行ができる種類もある。軍事用途では主に監視と偵察、諜報活動に利用されるが、最近は武器を搭載して攻撃にも使われる頻度が増えた。

■米国防省は無人航空機の利用拡大を計画している
先週1週間のニュースを振り返るだけでも、米国のUAVの攻撃によってテロリストだけでなく一般市民の犠牲者が増えていることに対する世間の批判に答える形で、オバマ大統領が無人機の利用を初めて公に弁護した。その後、パネッタ国防長官が、総軍事予算は削減しながらも、無人航空機の調達は増やすと言明。そして週末には北大西洋条約機構(NATO)が偵察用に初めて無人航空機の一群を購入することで合意した発表した。

■戦闘パイロットという職業はなくなる?
今年初めに議会向けに公開された無人航空機の現状報告書によると、米国防省が保有する無人機の数は7494機。一方、人間のパイロットが乗る従来型の航空機は1万767機。今や全体の41%が無人機であるという計算だ。2005年にはこの比率が5%だったといい、ここ数年で急増した現状を明らかにしている。

UAVは手のひらサイズから、東日本大震災後に福島第1原発の上空撮影に使われた「グローバル・ホーク」のように主翼幅が35メートルを超える大型のものまで、形や大きさが様々だ。報告書によると、そのプラットホームの種類は2003年に5種類だったのが、現在は約340種類。それが2021年には650種類に増えると予測されている。

米国における初の女性戦闘パイロットの1人で、現在はマサチューセッツ工科大学(MIT)航空宇宙工学部の准教授であるメアリー・カミングズ氏によると、「コックピットに座る戦闘パイロットの時代は終焉を迎えつつある」。今後も「米国内でワシントン上空を飛ぶ際など(特殊任務に)数人は必要だが」(カミングズ氏)、その数は多くない。UAVは米国の生身の兵士を危険にさらすことなくミッションを遂行できるので、その利用と用途が拡大するのは当然のことだと見る。

この分野の有識者で、著書「Wired for War(邦訳:ロボット兵士の戦争)」で有名な、ブルッキングズ研究所のP・W・シンガー氏によると、同著が出版された2009年以降も無人機導入の流れは加速している。「無人機は今や日常的に使うのがあたりまえで、前線からの需要はとどまるところを知らない。このため、オペレーターの数も急増している」と言う。

技術の進歩もすさまじい。例えばシンガー氏によると、現在の無人機はカメラ・センサーを使って1人の人間、あるいは車などを追跡できるが、次世代機は12人(あるいは12車両)を追跡可能だ。さらにその次には92もの人・物を同時追跡できる技術の開発が進行中だという。

また現在、MITのカミングズ准教授らは米海軍と共同で、UAVを緊急時の医療・避難活動や、戦地への物資供給に使えるようにするための研究開発に取り組んでいる。「UAVに『前頭葉』をつけ」(同氏)、知能をどんどん高めようとしているのだ。

■攻撃の20分後には自宅で夕食
UAVの実戦利用と技術開発が急ピッチで進む一方で、様々な問題が浮き彫りになってきた。1つは当然のことながら、無人機に武器を持たせることに対する倫理的な問題だ。一国の兵士が自らの生命をかけることなく、遠くから他を殺すことに対して、社会の反応は複雑だ。また、現在は人間がミサイル発射など重要な判断を下しているが、技術的にはロボットが自律的に攻撃の必要性やタイミングを判断することが可能になってきている。こうしたことがそもそも許されるのか。安全性と信頼性はどこまで確立されているのか。

シンガー氏は1月に大手米紙に「ドローンは民主主義をむしばむか?」というタイトルで文章を投稿した。戦争と平和は国家と人民にとっては重大な関心事であるはずだが、UAVによって戦争による自国兵士の死傷者が減少し、政治家もメディアも戦争にまつわる判断や行動をかつてのようには重要視しなくなる傾向が現れ始めていると警告を発した。同氏は次のように書く。「私は(UAVを使った)攻撃を非難しているのではない。そのほとんどを支持している。しかし私が問題視するのは、新しい技術が、かつては民主主義国家にとって最重要な選択だった意思決定過程を短絡化しているということだ。従来は戦争だと見られてきた事象が、戦争のように扱われなくなってきたのだ」

一方、兵士側もストレスを感じている。米国防省の調査によると、UAVのパイロットの30%が「燃え尽き症候群(バーンアウト)」を経験している。ニーズの急増で無人機パイロットは長時間労働を強いられてきたのが大きな理由だが、「戦争のさなかで無人機を操縦し、その20分後には子供たちと夕食の席についているといった奇妙なギャップ」がストレスを生んでいるとシンガー氏は説明する。

「パイロットの退屈も大きな要因だ」(MITのカミングズ准教授)。厳しい訓練を経て最前線で活躍してきた戦闘パイロットにとって、画面の前にじっと座って無人機を操縦するのは退屈でならない。このため、空軍は新たな無人機オペレーターのリクルートと教育に積極的に取り組んでいると同准教授は言う。しかしそれはそれで、戦地の経験が全くない人間にUAVによる攻撃を任せていいのかと疑問に思うのは私だけだろうか。


http://www.asyura2.com/11/warb8/msg/776.html

記事 [戦争b8] 米国の軍用機の40%がロボットという現実と未来(ウォール・ストリートジャーナル)   
米国の軍用機の40%がロボットという現実と未来(ウォール・ストリートジャーナル)
WSJ http://jp.wsj.com/IT/node_389550?mod=MostPopular

●Predator B UAV 2

●グラマン社無人軍用機「X-47B」


このところ、毎日のようにニュースで「drone(ドローン)」という言葉を耳にする。無人航空機の意味で、「Unmanned Aerial Vehicle(UAV)」、または「Unmanned Aerial System(UAS)」とも呼ばれる。人間が搭乗しない航空機で、離れた地上から遠隔操縦でき、中には全く自律で離着陸と任務遂行ができる種類もある。軍事用途では主に監視と偵察、諜報活動に利用されるが、最近は武器を搭載して攻撃にも使われる頻度が増えた。

■米国防省は無人航空機の利用拡大を計画している
先週1週間のニュースを振り返るだけでも、米国のUAVの攻撃によってテロリストだけでなく一般市民の犠牲者が増えていることに対する世間の批判に答える形で、オバマ大統領が無人機の利用を初めて公に弁護した。その後、パネッタ国防長官が、総軍事予算は削減しながらも、無人航空機の調達は増やすと言明。そして週末には北大西洋条約機構(NATO)が偵察用に初めて無人航空機の一群を購入することで合意した発表した。

■戦闘パイロットという職業はなくなる?
今年初めに議会向けに公開された無人航空機の現状報告書によると、米国防省が保有する無人機の数は7494機。一方、人間のパイロットが乗る従来型の航空機は1万767機。今や全体の41%が無人機であるという計算だ。2005年にはこの比率が5%だったといい、ここ数年で急増した現状を明らかにしている。

UAVは手のひらサイズから、東日本大震災後に福島第1原発の上空撮影に使われた「グローバル・ホーク」のように主翼幅が35メートルを超える大型のものまで、形や大きさが様々だ。報告書によると、そのプラットホームの種類は2003年に5種類だったのが、現在は約340種類。それが2021年には650種類に増えると予測されている。

米国における初の女性戦闘パイロットの1人で、現在はマサチューセッツ工科大学(MIT)航空宇宙工学部の准教授であるメアリー・カミングズ氏によると、「コックピットに座る戦闘パイロットの時代は終焉を迎えつつある」。今後も「米国内でワシントン上空を飛ぶ際など(特殊任務に)数人は必要だが」(カミングズ氏)、その数は多くない。UAVは米国の生身の兵士を危険にさらすことなくミッションを遂行できるので、その利用と用途が拡大するのは当然のことだと見る。

この分野の有識者で、著書「Wired for War(邦訳:ロボット兵士の戦争)」で有名な、ブルッキングズ研究所のP・W・シンガー氏によると、同著が出版された2009年以降も無人機導入の流れは加速している。「無人機は今や日常的に使うのがあたりまえで、前線からの需要はとどまるところを知らない。このため、オペレーターの数も急増している」と言う。

技術の進歩もすさまじい。例えばシンガー氏によると、現在の無人機はカメラ・センサーを使って1人の人間、あるいは車などを追跡できるが、次世代機は12人(あるいは12車両)を追跡可能だ。さらにその次には92もの人・物を同時追跡できる技術の開発が進行中だという。

また現在、MITのカミングズ准教授らは米海軍と共同で、UAVを緊急時の医療・避難活動や、戦地への物資供給に使えるようにするための研究開発に取り組んでいる。「UAVに『前頭葉』をつけ」(同氏)、知能をどんどん高めようとしているのだ。

■攻撃の20分後には自宅で夕食
UAVの実戦利用と技術開発が急ピッチで進む一方で、様々な問題が浮き彫りになってきた。1つは当然のことながら、無人機に武器を持たせることに対する倫理的な問題だ。一国の兵士が自らの生命をかけることなく、遠くから他を殺すことに対して、社会の反応は複雑だ。また、現在は人間がミサイル発射など重要な判断を下しているが、技術的にはロボットが自律的に攻撃の必要性やタイミングを判断することが可能になってきている。こうしたことがそもそも許されるのか。安全性と信頼性はどこまで確立されているのか。

シンガー氏は1月に大手米紙に「ドローンは民主主義をむしばむか?」というタイトルで文章を投稿した。戦争と平和は国家と人民にとっては重大な関心事であるはずだが、UAVによって戦争による自国兵士の死傷者が減少し、政治家もメディアも戦争にまつわる判断や行動をかつてのようには重要視しなくなる傾向が現れ始めていると警告を発した。同氏は次のように書く。「私は(UAVを使った)攻撃を非難しているのではない。そのほとんどを支持している。しかし私が問題視するのは、新しい技術が、かつては民主主義国家にとって最重要な選択だった意思決定過程を短絡化しているということだ。従来は戦争だと見られてきた事象が、戦争のように扱われなくなってきたのだ」

一方、兵士側もストレスを感じている。米国防省の調査によると、UAVのパイロットの30%が「燃え尽き症候群(バーンアウト)」を経験している。ニーズの急増で無人機パイロットは長時間労働を強いられてきたのが大きな理由だが、「戦争のさなかで無人機を操縦し、その20分後には子供たちと夕食の席についているといった奇妙なギャップ」がストレスを生んでいるとシンガー氏は説明する。

「パイロットの退屈も大きな要因だ」(MITのカミングズ准教授)。厳しい訓練を経て最前線で活躍してきた戦闘パイロットにとって、画面の前にじっと座って無人機を操縦するのは退屈でならない。このため、空軍は新たな無人機オペレーターのリクルートと教育に積極的に取り組んでいると同准教授は言う。しかしそれはそれで、戦地の経験が全くない人間にUAVによる攻撃を任せていいのかと疑問に思うのは私だけだろうか。


http://www.asyura2.com/11/warb8/msg/777.html

コメント [音楽6] 投稿者(BRIAN ENO)のオリジナル曲「ヴォイス」 BRIAN ENO
01. 2012年2月17日 01:58:30 : bQwKJlscJc
いいなあ〜〜。
人間性ば〜ればれ(^^)
いや、お人柄がしのばれます。

K子

http://www.asyura2.com/12/music6/msg/282.html#c1

コメント [原発・フッ素19] 「放射性核種 体外排泄 サプリ (重金属デトックス剤)」---- 皆さんどうお考えですか? 爺さん
339. SaveChild厨 2012年2月17日 02:10:41 : hfhZnjAARar8w : njmAUS8HcU
>>335 海苔の保存方法
ttp://www.noridouraku.com/omoi_hozon.html
ttp://www.seimo.co.jp/hozon.htm
ttp://www.rakuten.ne.jp/gold/hayashi-ya/nori/kiso.html
http://www.asyura2.com/11/genpatu19/msg/503.html#c339
コメント [音楽3] Swing Out Sister - Breakout!! ( Carnival Mix ) 地には平和を
03. 2012年2月17日 02:16:19 : bQwKJlscJc
削除のとこを、おやさしく・・60様ありがとうございます!
とってもステキな曲でした。
三つ聴いたので、続きはまた明日。

「スイングしまくり姉さん」??

K子

http://www.asyura2.com/10/music3/msg/801.html#c3

コメント [音楽3] Répons et verset - Chants Bénéventains スットン教
01. 2012年2月17日 02:28:15 : bQwKJlscJc
教祖さま、よろしゅうございました。
あーめん?じゃなさげだし・・

K子
http://www.asyura2.com/10/music3/msg/241.html#c1

コメント [原発・フッ素21] ザ・特集:福島第1原発事故11カ月 「死の灰」の教訓、どこへ 大石又七さんに聞く (毎日新聞)  赤かぶ
01. 2012年2月17日 02:32:29 : 0KOmNWzZDE
なんというお粗末な国だったんだろう…。
やっとの思いで子供を育て上げ、改めて見回し、愕然とした。
赤ん坊が大好きな私も、孫に恵まれないことがむしろ幸せかもしれないと思うこの頃だ。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/174.html#c1
コメント [原発・フッ素21] 放射性物質「健康に影響なし」 県有識者会議が報告書 宮城 (河北新報)  赤かぶ
20. 2012年2月17日 02:33:47 : VcgISDSX6U
19>

「宮城県は安心かもしれないけど
 安全では無いぞ! 」

座布団5枚!!!



http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/132.html#c20

コメント [原発・フッ素21] フクシマ原発事故の本質は、今の状態が数十万年続くことだ がらくた箱
02. 2012年2月17日 02:38:13 : 0KOmNWzZDE
ボケ”はあんただよ!
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/173.html#c2
コメント [原発・フッ素21] セシウム入り花粉はホントに大丈夫!? (週刊実話)  赤かぶ
02. 2012年2月17日 02:43:28 : 0KOmNWzZDE
花粉症ではない私も、既にN95を購入しました。
昨年からの体調不良に悩まされているので…。
1枚当たり200円でした。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/167.html#c2
コメント [原発・フッ素21] 小出裕章氏:温度計(熱電対)とキセノンと再臨界、4号機の使用済燃料プールの状態について「まだ水があって少しホッとした」  赤かぶ
16. 2012年2月17日 02:43:39 : RTjs7lFwmQ
 これの画像を見てると、普通に100℃を超えて上昇していっているように思う。
東電の検査後に針が、おもくそ伸びているけど、完全に相関していた温度計はなだらかに上昇を続けている。

 現状、東電から検査の映像がないのが、気にかかる。以下の2つのどちからであると思う。

(1)一つの温度計が損傷。もう一つの温度計は生きている。
(2)どちらも正常。片方の温度計付近で何かが発生した。

資料では、2号機の壊れた温度計とほぼ同じ動きの温度計が、118.8℃まで上昇していた。
http://portirland.blogspot.com/2012/02/21188.html
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/122.html#c16

コメント [音楽1] 美しい人よ / 大貫妙子 (再々リンク) ピノキ
01. 2012年2月17日 02:55:44 : bQwKJlscJc

・・・・・・・涙
ありがとうございます。
ま〜じ泣けた・・・

K子
http://www.asyura2.com/10/music1/msg/978.html#c1

コメント [原発・フッ素21] カナダのCMAジャーナル、「日本政府は国民にウソをつき続け」「チェルノブイリ原発事故時のソ連以下」だと、。 SOBA
11. 2012年2月17日 02:59:28 : sVJVLKOwAM
>>08
>フクシマは、人類史上最悪の大惨事である。

チェルノブイリの事故では、あやうくヨーロッパが消滅するところを、現場管理
者の責任感が高く、また徴兵の兵隊に5分の作業で、徴兵を免除するなどの
特典を示して、何とか収束した。

ひるがえって、福島第一は、去年の3月末の時点で、あるサイトが東電公表
の数値による計算をすると、汚染水に含まれる放射性物質は、12.6京ベクレル
だそうです。

原発事故の放射能放出量は、セシウムなどは10倍して考えるので、政府公表の
福一事故の放出量80京ベクレルと比較するときには、この12.6京ベクレルは、
10倍して考えなくてはならないのです。

2号機の汚染水は、表面の線量は、2000ミリシーベルト以上ということです。
これは、測定器の測定限度を超えているので測れないのです。仮に5000ミリ
とすると、近接したところで作業すると、1年50ミリの制限なので、3.6
秒しか作業できません。それで、1年分の許容被曝量になってしまいます。

この汚染水が増え続けています。東北中から集めた千数百基のタンクに充満
しています。循環冷却システムの廃棄物は1年で、200リットルドラム缶2万
本もあります。これらが、敷地内、地下水を通じて敷地外、太平洋へと汚染を
拡大しつづけています。低レベルの廃棄物もドラム缶数万本ではきかないでしょう。

しかも、これはこれから先、何十年もつづくでしょう。ごく一部の放射性物質は
減衰するでしょうが、累積する総量は、チェルノブイリの数百倍のレベルに
達するでしょう。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/164.html#c11

コメント [原発・フッ素21] 乳幼児食品基準「不要」と意見=セシウム100ベクレルで「配慮十分」−放射線審 (時事通信)  赤かぶ
10. 2012年2月17日 03:07:47 : 4MWD20CGDA
>>09
>政府機関の発表は全て信用せず自ら民間の力で放射能汚染ゼロの食品や飲料を選択
>すればよいだけのこと。

勉強している人はそうしているでしょう。でも、東日本に居て西日本とか、外国の安全な
食品を手にいれるには金がかかる。貧乏人はつらい。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/158.html#c10

コメント [原発・フッ素21] 自治体で東電離れ、電力の入札加速…読売調査(読売新聞) gataro
01. 2012年2月17日 03:21:21 : OfHPsFKf1I
>新規参入を促す電力自由化を求める声が高まりそうだ。

これをやらないと、日本経済が死にますよ。

福一の事故処理費用を電気料金でとろうとするのは、あきらかに不法です。
それに、やすく供給できる方法があるのに、それを封じ込めたら、経済の
メカニズムが狂います。これは、日本をつぶすかどうかの境目のことになる
でしょう。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/155.html#c1

コメント [原発・フッ素21] ボケの斑目が原子力委員長のままでいいのか (日刊ゲンダイ)  赤かぶ
02. 2012年2月17日 03:26:18 : HFxMBJfXhc
いつの間にか海外にトンズラとか、雲隠れよりは良いが、給与全額返上とかしないのかね?
司法がましもなら、重い刑事罰だよこの人。

http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/166.html#c2
コメント [経世済民75] 「追加金融緩和策」の目的と「消費税増税」の意図そして「国債発行増加」は誰のため?:[その1]「追加金融緩和策」の目的 あっしら
04. 2012年2月17日 03:30:14 : GNRzuzbGOU
こんなのインタゲじゃない。
4%くらいじゃないとダメだ。
政府通貨を発行して、国民ひとりあたり最低年間50万円くらい給付しないとダメだ。

■4%のインフレ目標でデフレ脱却の姿勢示せ――岩田規久男・学習院大学経済学部教授
■要点
・日銀がデフレを容認しているからデフレが定着している
・マネタリーベースを増やせば、予想インフレ率は上昇する
・4%のインフレ目標の導入でまず、デフレ脱却を急げ
http://www.toyokeizai.net/business/interview/detail/AC/396d5a486965f76dffd92e2c8e5208ec/

■デフレ脱却が難しいという人に、政府紙幣12兆円刷って、
それを財源として国民の年金保険料(基礎年金部分)を1年間ただ【1】にしたら、どうですか。
それでもデフレ脱却できないなら、さらに政府紙幣12兆円にします。
それでもダメならさらに12兆円。
http://twitter.com/YoichiTakahashi/status/23052236145
■【1】とほぼ同じもので、政府が国債12兆円発行して日銀が12兆円引き受ける【2】。
これは財政法ただし書きでできる。
さらに、政府が国債12兆円発行して日銀が12兆円市中から買い切りする。
これはすぐ今でもできる。
http://twitter.com/YoichiTakahashi/status/23052247089
■これと長い見で見て似たもので、日銀が単に市中から12兆円買い切る【3】。
そうするとその分の利払費は浮くので、財政支出に回すことが可能。
40年債を買い取れば2%で40年分だからかなりの財源になる。
理論上、1,2、3は同じ
http://twitter.com/YoichiTakahashi/status/23052279237
■大蔵省時代に、榊原さんが10万円金貨で派手にやって6000億円の国庫収入。
そこまで派手にやらなくても、毎年記念通貨で小遣いかせぎ。
http://twitter.com/YoichiTakahashi/status/23052215208

■財政難で景気対策ができないなら量的緩和だが、それをどうしてもいやというなら政府紙幣でいい。
量的緩和でベースマネーを増やすことと政府紙幣は理論的には同じだから。
政府紙幣20兆円を日銀に持ち込めば2年くらい年金保険料をタダにできる。
これでデフレが直らなければさらに政府紙幣20兆円
http://twitter.com/YoichiTakahashi/status/18838647138689024

■政府紙幣でデフレ脱却・円安・失業率低下になるが何が、問題なのか。
やり過ぎると酷いインフレになるが20兆円くらいなら大丈夫。
インフレ目標で縛っておけばいい。
http://twitter.com/YoichiTakahashi/status/18920525086588928

■政府紙幣はまず20兆円。その次から5兆円ずつ。
beiその他の予測資料をみながらだけど、たとえばbeiが2%を超えたらストップとかね。
効果にタイムラグがあるからあのあたりをよくみながら。
こういうことをやるのが本当のテクノクラート
http://twitter.com/YoichiTakahashi/status/18968321940525056

■政府紙幣50兆円で国民50万円=社会保障保険料2年間タダをやってもまったく問題ないはず。
この程度なら今の日銀の通貨発行怠慢から今でもインフレにならない。
政府紙幣500兆円で国民一人あたり500万円にしよう
http://twitter.com/YoichiTakahashi/status/28820476591611904
(高橋洋一=嘉悦大教授・元財務官)
http://www.asyura2.com/12/hasan75/msg/179.html#c4

コメント [経世済民75] 「FRB廃止、金本位制復活、国連脱退」を支持する若者たち(日経ビジネス・デジタル) BRIAN ENO
09. 2012年2月17日 03:34:02 : GNRzuzbGOU
クルーグマンのFRB批判:


ノーベル経済学賞受賞学者のクルーグマンは、4%〜5%のインフレターゲット政策を提唱し、
2%では不十分とFRBを批判。

■「2%じゃ不十分」 by PAUL KRUGMAN
この度のFOMCの決定についてどう思うかコメントを求められているので所感を述べさせてもらおう。
この度のFOMCでは2014年終盤まで政策金利を現在の低い水準に据え置くことが決定されたわけだが、
この決定は正しい方向への第一歩だと言える。
この決定を受けてマーケットは目に見える形で反応し、長期金利は低下することになった。
実にいいことじゃないか。
しかし疑問もある。
目標とするインフレ率が2%に設定されたのは一体どうしてなのだろう?
その理由は、FOMC内のタカ派が依然として力を持っており、彼らに譲歩しなければならなかった、という事情にあるのだろう。
しかしながら、最近の経験は以下のことを強力に支持しているように思える。
つまりは、大停滞大不況(Great Recession)に先立つ期間において
Fedは暗黙のインフレーションターゲットとして約2%のインフレ率を目標に金融政策を運営していたが、
2%というインフレ率はあまりにも低すぎ、4%かあるいは5%のインフレ率の方がずっと望ましいだろう、ということである。
IMFのチーフエコノミストでさえこの私の見解と同意見だ
(IMFのチーフエコノミスト”でさえ”とは言っても、
そのチーフエコノミストというのはあのオリヴィエ・ブランシャール(Olivier Blanchard)
−非常に頭が切れる人物であり、柔軟な思考のできるマクロ経済学者でもある−なんだから当然ではある。
今のこの時期に彼がIMFのチーフエコノミストを務めてるってことは実にありがたい話だ[1] )。
重要なポイントは、明示的なインフレーションターゲットを正式に導入するつもりであれば、
正しい方向に修正を施す(get it right)[2] べきタイミングは今だ、ということだ。
危機の記憶が薄れ、誰もが皆再び自己満足に浸るようになるまで先延ばしするのではなく、
今こそ(正しい方向に修正を施すべき)そのタイミングなのである。

というわけで、この度のFOMCの決定はこれまで我々が待ち望んできたような政策転換を示すものではない。
確かに、何もしないよりはまし、とは言えるが。
http://econdays.net/?p=5871
http://www.asyura2.com/12/hasan75/msg/177.html#c9

コメント [原発・フッ素21] 原発再稼働、民主が容認へ 夏の電力不足を懸念 (朝日新聞)  赤かぶ
17. 2012年2月17日 03:36:00 : lO4jk7OXAc
>>05
>しかしペルシャ湾の危機しだいでタンカーが動けなくなると原発稼動だね。

石油が来なくなれば、日本経済は大打撃を受けて、電力使用量も減る。
原発再稼動などなんの意味もない。石炭火力の復活を考えるのもよい。

福一が汚染を拡大しているので、今夏ごろには太平洋側の魚は食えなくなる
だろう。また、福島市などの健康被害が目に見えるものとなって、小パニックが
起きる。それでは、再稼動など不可能だ。

また、政府にその気があれば、とっくにガスコンバインド発電の発電所を
設置できた。これは、ペルシャ湾とは関係ない。なんともはやだ。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/153.html#c17

コメント [マスコミ・電通批評12] 新メディア立ち上げのお知らせ  上杉隆  赤かぶ
39. 2012年2月17日 03:51:41 : GVjf7d3DF2
上杉はまだましな男だと思うけど胡散臭くイマイチ信用できない。
引退は撤回か?小泉を持ち上げていたこともあるし、隠れ新自由主義者。裏にユダ金はいないだろうね。
http://www.asyura2.com/11/hihyo12/msg/675.html#c39
コメント [原発・フッ素21] ザ・特集:福島第1原発事故11カ月 「死の灰」の教訓、どこへ 大石又七さんに聞く (毎日新聞)  赤かぶ
02. 2012年2月17日 03:56:04 : HFxMBJfXhc
アメリカは、いまだに水爆被ばとの因果関係認めてないよね。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/174.html#c2
記事 [テスト25] テスト25を起動しました
テスト25を起動しました

旧板はこちら
http://www.asyura2.com/11/test24/index.html

よろしくお願いします。


http://www.asyura2.com/12/test25/msg/101.html
記事 [テスト24] テスト25を起動しました
テスト25を起動しました

新板はこちら
http://www.asyura2.com/12/test25/index.html

よろしくお願いします。


http://www.asyura2.com/11/test24/msg/907.html
コメント [マスコミ・電通批評12] 渡辺恒雄氏〜「私はTBS『運命の人』に怒っている!」サンデー毎日2012/02/19号 夢太郎
08. 2012年2月17日 04:14:23 : LHH7RnBmIA
事実と異なる調書を是とする検察のお仲間が何を言うw
http://www.asyura2.com/11/hihyo12/msg/653.html#c8
コメント [原発・フッ素21] カナダのCMAジャーナル、「日本政府は国民にウソをつき続け」「チェルノブイリ原発事故時のソ連以下」だと、。 SOBA
12. 2012年2月17日 04:16:05 : heUPeQ1g3A
記事全訳

http://ex-skf-jp.blogspot.com/2011/12/blog-post_24.html
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/164.html#c12

コメント [マスコミ・電通批評12] 国会中継をいつの間にか止めてしまったNHK (天木直人のブログ) 天命に遊ぶ
07. 2012年2月17日 04:20:16 : q9xGsaZzlM
>3月末で受信解約を予定。

???、そんなこと、TV受像機を持っていてできるの?

できるのなら、俺もそうしたいが。。とてもできそうもない。
もしできるのなら、皆そうしてるし、そうしたいだろう。

http://www.asyura2.com/11/hihyo12/msg/679.html#c7

コメント [原発・フッ素21] 2号機の 「 温度上昇 」 は、本当だった − 「ぬまゆのブログ」より転載   (八国山だより) 純一
23. 2012年2月17日 04:27:12 : JrPYjVYQO2
亡くなった作業員200人。3人ではないだろうとは思ってましたが
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/138.html#c23
記事 [議論30] 2012年’日本消滅を止める時は今しかない!米との主従関係は打ち切りましょう。〜〜◎滅亡5つの真理 (政治板)

!!!!!!!!

米に戦いを仕掛けて負けた軍国極右 = 負けたので米奴隷としていつまでも追従している。
強きものに自ら喜んでシッポを振って、どこまでも付いていく。
                   .彼らが現在の日本の支配層である。
イヤなことは喜んで日本が引き受け、国民に押し付けながら!、誇り顔の属国権威者ら!!!!
核の墓場’ゴミ置き場を喜んで引き受け、場を提供しているのも、この属国支配者達である。
日本を回復させ、国民の命を守り存続していくには、不完全で超危険な原発は要らない。

2012年’日本消滅を止める時は今しかない!米との主従関係は打ち切りましょう。
〜〜◎滅亡5つの真理。
http://www.asyura2.com/12/senkyo126/msg/303.html
投稿者 天のあゆみ 日時 2012 年 2 月 15 日 15:03:53: ule849OXhf152
.
http://www.asyura2.com/09/dispute30/msg/553.html

コメント [自然災害17] ついに「311が核爆弾の人工地震であった証拠」が見つかった!?:高周波と音波の存在! 888(スリーエイト)
111. 2012年2月17日 04:29:50 : vK2j9F3hvo
汚染水へのクレームはありましたね。それは事実。
でも、問題なのは、アメリカの指示という点です。
これが全てを物語っているでしょう。この点を不思議に思わないと。

今回の震災には不可解な事が多過ぎるんです。怪しいと見た方が自然でしょう。
肯定派は、おかしいと思える事をおかしいといっている訳ですね。
この状況で、あの地震が普通に自然現象だとマスコミが報じていて、
多くの人がそれを疑わない訳ですから。

http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/822.html#c111

コメント [原発・フッ素21] フクシマ原発事故の本質は、今の状態が数十万年続くことだ がらくた箱
03. 2012年2月17日 04:30:34 : bb4bHvEHo2

>01の精神異常者へ

http://fukushima-radioactivity.jp/  

飯館村は5.32μsv/hだよ。


http://www.bousai.ne.jp/vis/index.php

双葉町山田は25μsv/hだ。

ボケを起こしているのは、てめえのほうだ01、クソボケ老。

36kRSYXB3cをクソボケ老の痴ほう症と認定。


http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/173.html#c3

コメント [原発・フッ素21] 福島原発事故で本当に怖いのは魚介汚染 (Nuclear F.C : 原発のウソ)  赤かぶ
04. 2012年2月17日 04:33:44 : ydjojCBbq6
>>01
>海の回復が陸より早いのは明白。

なぜ明白なの?

適当なことをいうのは、工作員だから?

セラフィールド再処理工場の汚染をしらべてみれば、回復が早いなどとは絶対に
いえないと思います。しかも、福一の場合、現在も汚染水が増大しており、その
放射性物質の総量は、去年4月始めの時点で、あるサイトの東電公表数値による
計算で、12.6京ベクレルということで、国民ひとりあたり10億ベクレル。

それが、どんどん増えている。数千ベクレル体内にはいるだけで、放射性セシウム
は、心臓病などの病変を起こす。それが、去年4月はじめで10億ベクレル分
ある。

タンクにいれてあるものについては、建屋の地下にあるものよりいくらか
安心だろう。しかし、タンクはさびていく。線量が高くて塗装もできない。
しかも、地面に埋めているようだが、もう先のことは考えないのだろうか。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/148.html#c4

コメント [原発・フッ素21] 福島2号機と4号機、それにセシウム(速報)  武田邦彦  赤かぶ
12. 2012年2月17日 04:53:24 : zlGCNGMJks
07さん、知的な解釈を分かり易く伝えてくださりありがとうございまた。
スッキリしました。

武田さんの文章だと、安心はすれど今一合点がいかず
なにかしらの意図があるように、どうしても感じてしまう。


http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/157.html#c12

コメント [お知らせ・管理20] 元引籠りさん、2重投稿が多すぎです。2重投稿を防ぐために何をしているのか教えてください。 管理人さん
14. 元引籠り 2012年2月17日 05:13:45 : dkOnWN./sADdA : cagzeTsHYY
>>13
上記のものですが、blogタイトルの引用だとどうしても記事の中身に既に投稿されている記事が含まれていても気がつかない場合がありました。
少し精彩を欠いてたこともあり、不手際になってしまいました。


管理人さんがご指摘して下さった
http://www.asyura2.com/11/kanri20/msg/511.html#c1

の手法を利用すれば、今後二重投稿はまずほぼ完全に防げるかと思います。
http://www.asyura2.com/11/kanri20/msg/448.html#c14

コメント [お知らせ・管理20] 二重投稿削除のお願い。 元引籠り
05. 元引籠り 2012年2月17日 05:18:52 : dkOnWN./sADdA : cagzeTsHYY
>>4
今回のケースは今まで自身が行った二重投稿とは少し違います。
タイトルで検索をかけてみた結果、引っかからなかったケースですので

管理人さんが>>1でご指摘されている手法を利用すれば、まず今後に二重投稿は起こりえません。
http://www.asyura2.com/11/kanri20/msg/511.html#c5

コメント [お知らせ・管理20] 2012年2月 削除依頼・削除報告スレ 管理人さん
33. 元引籠り 2012年2月17日 05:22:34 : dkOnWN./sADdA : cagzeTsHYY
>>31
http://www.asyura2.com/11/kanri20/msg/448.html#c14
http://www.asyura2.com/11/kanri20/msg/511.html#c5

にコメント及び宣言を行っておりますので、対処の方よろしくお願いします。
http://www.asyura2.com/11/kanri20/msg/509.html#c33

コメント [原発・フッ素21] 「黒い物質」についての考察@−1 (南相馬市 大山こういちのブログ)  赤かぶ
03. 2012年2月17日 05:23:47 : 2pfEiToxJo
ドイツZDFドキュメント。(ドイツ語ですが)ハンブルグ近郊のエルブマーシュ(Elbmarsch)で90年代初めに続発した子供の白血病が1986年9月に起きた(・・・が当局によってもみ消された)事故に起因するという告発ドキュメント。13分目から15分目にかけて周辺地域で採取された黒いミクロ球状物質についてのレポートがある。このミクロ球状物質は非常に危険なプルトニウム、アメリシウム、キュリウムを含むという。ミクロスコープの画像があるので、日本で採取された黒い物質と比べてみてください。
http://www.youtube.com/watch?v=H53C2yA9z4Q


http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/169.html#c3

コメント [経世済民75] これから日本人の相当数が処分されることになる・・日本ネガキャンペーンの裏にある「300人委員会」の意思 稲垣勘尚
18. バンカメ 2012年2月17日 05:28:10 : tZLjVPorZ51fE : QCiFawVViY
>13
半分以上ドル建て資産。過去10年で40%もの円高が進行して、どれだけ為替損
が出ているか計算してみろ。

他人を批判するのはよいが、そういうあなたは計算を一度もしていないだろう(笑)

10年前に米国債10年もの(5%)を購入していた場合、単利計算でさえ1.5倍になっているんだよ。
10年の複利計算なら為替差損分ぐらいカバーできているので何の問題もない。

更に30年ものを購入していたら金利はさらに高いので、キャリーはもちろん、キャピタル・ゲインで笑いが止まらん状態だと思うが、いかが?


http://www.asyura2.com/12/hasan75/msg/156.html#c18

コメント [Ψ空耳の丘Ψ59] 鳩山兄弟の蹉跌 taked4700
02. 2012年2月17日 05:28:10 : iAy02UuNHg
そうなっていますね。旧公団住宅はカルトの巣窟になってしまっています。
一般住人は4,5人に一人は高齢者です。その人々が様々な嫌がらせによって
寿命を縮められているのですよ。ナンミョーを中心した巧妙に作られた殺人機械
の中で暮らしているようなものです。具体的な例、エアコンを二十四時間回し
っぱなしです。電気代も一万何千円と聞きました。ソーカの一人暮らしのおば
あさんですよ。どこからカネが出ているのでしょう。福祉施設も、市も、警察
も絡んでいるのでしょう。

近頃のパチンコ屋の立派なこと、それだけ儲かっているのでしょう。
パチンコ屋を潰すには税金、罰金を重くして規制するか、行かないように教育
するかですが中毒者に教育しても無駄でしょうね。

この国はここまで酷いことになっているのです。いろんな人が書いたり、言った
りしているのですが一向に改まりません。
http://www.asyura2.com/10/bd59/msg/896.html#c2

コメント [原発・フッ素21] 福島2号機と4号機、それにセシウム(速報)  武田邦彦  赤かぶ
13. 2012年2月17日 05:49:23 : maxkpWHZCo
>>09
とっくにやってます

http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/157.html#c13
記事 [ペンネーム登録待ち板6] 前阿久根市長・竹原信一が語る「ひどすぎる国家のしくみ(10)」〜東京大学を廃校に
ヨコミネ式教育で有名な横峯吉文氏は「人間は10歳までに脳と体の基本がほぼ固まる。この時期が最も重要だ」と語る。ヨコミネ式保育園では、園児が3年間で本を2,000冊も読む。決してスパルタなどではなく、子ども達が自然に育ってしまう。正しい成長の過程でストレスが消え、免疫力が向上する。アトピーも喘息も治る。

 横峯氏が運営する保育園は、子ども同士が影響し合う効果で毎年、学力が上がり続けている。昨年は小学校一年生で珠算一級が出た。園児全員が逆立ち歩きが出来るようになり、駆け足でも小学2年生レベル。絶対音感もつく。最近では、子どもたちの間で漢字ブームがおこり、保育園児が漢字交じりの日記も書いている。
人間は初期の段階で適切に誘導すれば、人は計り知れない能力を発揮する。横峯氏は言う。「子どもたちは全員が天才だ」。ヨコミネ式で成功しているように、教え込むのではなく、自分で学べるように誘導する。それが、人が人を育てるという事なのだ。

ヨコミネ式 子供が天才になる「4つのスイッチ」 Demo - YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=ASnohOJ0A70

ところが、日本の教育は権威への反応を習慣づけるところである。「教える」という作業を管理されているので、生徒の現実は放置したまま、分からないまま次に進む。できる子は退屈する。子どもたちは教師の仕事のアリバイ作りの加勢をさせられているようなもの。教師が教育という業務を管理されている。この国は子供に学力がつくことを望んではいない。そのような義務教育の後、学歴と社会への恐怖心から、高校などの牢獄に引き続きつながれる。この事が無気力人間を作る原因にもなっている。

 そもそも国家は人間性を押し潰すモノなのだが、特に、日本の教育目的は権威に逆らわないロボット人間を作ることである。国家にしつけられた自称エリートの権威人間は、時に正直な発言をする。
 作家、第7代文化庁長官教育課程審議会会長である三浦朱門氏は語った。

 『(前略)学力低下は予測しうる不安と言うか、覚悟しながら教課審をやっとりました。いや、逆に平均学力が下がらないようでは、これからの日本はどうにもならんということです。つまり、できんものはできんままで結構。戦後50年、落ちこぼれの底辺を上げることばかりに注いできた労力を、できるものを限りなく伸ばすことに振り向ける。百人に一人でいい、やがて彼等が国を引っ張っていきます。限りなくできない非才、無才には、せめて実直な精神だけを養っておいてもらえばいいんです。......(中略)......今まで中以上の生徒を放置しすぎた。中以下なら"どうせ俺なんか"で済むところが、なまじ中以上は考える分だけキレてしまう。昨今の十七歳問題は、そういうことも原因なんです。(後略)』

 文部科学省がやっている教育は人類に対する重大犯罪である。ひたすら人間の可能性を押し潰す日本。内弁慶の国家システムは人類の未来に対する責任を果たし得ない。日本の学歴主義は人を不幸にしている。
 東京大学が秋入学をするらしいが、これを機に、国民を不幸にしてきた学歴エリートのシンボルでもある東京大学を廃校にするのが良いだろう。

(つづく)
【竹原 信一】

http://www.data-max.co.jp/2012/02/16/10_59248_ts_1.html
http://www.asyura2.com/10/nametoroku6/msg/2410.html

コメント [原発・フッ素19] 「放射性核種 体外排泄 サプリ (重金属デトックス剤)」---- 皆さんどうお考えですか? 爺さん
340. 2012年2月17日 05:54:09 : TUPxsc98ho
厨さんありがとうございます。
http://www.asyura2.com/11/genpatu19/msg/503.html#c340
記事 [原発・フッ素21] 原発が止まった町 おおい町
原発が止まった町 おおい町
http://www.youtube.com/watch?v=UR0jwMvIiWI

原発が止まった町
http://www.mbs.jp/voice/special/201202/14_post-1.shtml
http://megalodon.jp/2012-0216-1519-20/www.mbs.jp/voice/special/201202/14_post-1.shtml
今月、滋賀県では大飯原発の再稼動に反対する大規模なデモ行進が行われました。
「福井県が隣にあるということで、
もし万が一、何かあったら大変なことになるなあ、という思いがあって」
「福島の現実を見て私らも子ども育ててるので、
こんな怖いモノの中で暮らしたくないので、できる意思表示をしようと思って」

<息子が原発で働いている 住民の女性>
「家族のものも原子力で働いてるというのもあるし、
孫が近くに住んでるというのもあって、ほんとにどっちとも言えない、
もう仕事なくなるのも困るし、
かといって孫たちの世代に万が一のことがあったときに、ねえ」

原発の立地自治体として、おおい町には毎年、
国から20億円以上の交付金が支払われていて、
福祉施設などの建設やコミュニティーバスの運行などに使われています。
関電からの固定資産税なども加えると原発関連の収入は
町の全収入の半分を占めるだけに、議会も原発からの恩恵は否定しません。

<おおい町議会 新谷欣也議長>
「原発がなければ、おおい町の人口は今の何分の1かになっていると思う。
だから町自体が成り立っていないと思う」

「原発に依存しない町に変えていくべきだ」と訴える松下さん。
<美浜町元町議 松下照幸さん>
「廃炉のための雇用、解体していくための雇用はあると思うが、
それに加えて自然エネルギーをこの地域で活用していくと…
そこへ原発の人たちの雇用をできるだけシフトしていこうと」
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/175.html

記事 [原発・フッ素21] 誘惑の原発マネー〜佐賀・玄海町 崩れたシナリオ〜
誘惑の原発マネー〜佐賀・玄海町 崩れたシナリオ〜
http://www.youtube.com/playlist?list=PL37A8EA964096A48C

誘惑の原発マネー〜佐賀・玄海町 崩れたシナリオ〜
http://www.tv-asahi.co.jp/telementary/contents/backnumber/0442
http://megalodon.jp/2012-0217-0559-54/www.tv-asahi.co.jp/telementary/contents/backnumber/0442
玄海原子力発電所を抱える佐賀県玄海町。
かつて過疎と貧困に苦しんだ町は、「国策」として進められた原発誘致に飛びついた。
狙いは、国と九州電力からもたらされる多額の「原発マネー」。
人口6000人あまりの町に豪華な「ハコモノ」が立ち並び、住民の生活も潤った。
しかしいま、原発の再稼働は見通しが立っておらず、
思い描いたシナリオは崩れたままだ。
「原発もある町に」と新たな道を模索するが、
町はもはや原発なしでは立ち行かなくなっている。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/176.html

記事 [文化2] 保守論壇改造論 ── 大衆は愚かではない。知識人・文化人こそ愚かである。 (文藝評論家・山崎行太郎の『毒蛇山荘日記』)
http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20120217/1329407355
2012-02-17 00:49


 保守論壇改造論ー大衆は愚かではない。知識人・文化人こそ愚かである。大衆は愚かだという大衆衆愚論などを一部の転向保守やその子分どもが、声高に叫びはじめた時、日本の保守論壇の堕落と崩壊は始まった。
「国民は黙って事変に処した」と元祖・保守思想家とも言うべき小林秀雄は言ったし、戦後も江藤淳のような保守思想家は、戦後派知識人の観念論的大衆衆愚論を批判しつつ、生活者、治者としての大衆の現実主義を擁護した。
 オルテガの「大衆への反逆」は、大衆の登場への恐怖感と不安感の「表白」にすぎない。
 大衆を畏れよ。今こそ、あるがままの大衆を直視すべきである。
 凡庸な知識人や文化人と言うものは、えてして大衆批判というものが異常に好きである。しかし、大衆を衆愚といって批判する知識人や文化人に限って二流、三流の愚鈍な知識人や文化人ということに相場は決まっている。


ニーチェやキルケゴールを持ち出すまでもなく、大衆批判というものは、ポストモダン的とも言うべき現代に会って流行思想そのものである。とてもニーチェやキルケゴールとは縁もゆかりもなさそうな連中に限って、ニーチェやキルケゴールが狂気じみた才能の持ち主であることを忘れたかのように、やれニーチェだ、やれキルケゴールだと語りたがる。むろん、彼らはニーチェでもキルケゴールでもない。彼等こそ、ニーチェやキルケゴールのいう大衆そのものというしかない。小林秀雄も吉本隆明も三島由紀夫も、そして江藤淳も、それが分かっていた。彼らは大衆を軽蔑したり、嫌悪したことはない。彼らが嫌悪し、軽蔑したのは、大衆を軽蔑している知識人であり文化人だった。


 文藝評論家・山崎行太郎の『毒蛇山荘日記』



http://www.asyura2.com/09/bun2/msg/574.html

コメント [原発・フッ素21] 神戸大学の山内教授に測定してもらった結果が百万ベクレル超 しかもキログラム当たり。(南相馬市 大山こういち) 乃依
05. 2012年2月17日 06:11:26 : ynSQvzTlvk

黒い粉塵がセシウムまみれなのは分かったが、粉塵のコアの正体は判明しているのだろうか?

コアは非常にセシウムを吸着しやすい物質のようだから、これも警戒しなければならないだろう。


http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/165.html#c5

コメント [音楽6] 投稿者(BRIAN ENO)のオリジナル曲「ヴォイス」 BRIAN ENO
02. BRIAN ENO 2012年2月17日 06:28:45 : tZW9Ar4r/Y2EU : 2aMGYmhAyE
K子様

御静聴ありがとうございます。

>人間性ば〜ればれ(^^)
いや、お人柄がしのばれます。

でも、音楽との相関関係は
ないと思うんですが・・
http://www.asyura2.com/12/music6/msg/282.html#c2

コメント [原発・フッ素21] 被災地の瓦礫、静岡・島田市に到着 反対市民が猛抗議、警察も出動 (日々雑感)  赤かぶ
29. 2012年2月17日 06:38:34 : ZbEkMfgIXY
汚染の証拠出せ出せ厨は馬鹿だ。
待ってる間に被曝してしまう。
判断根拠なんか不十分なまま飛び出さなくちゃ。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/147.html#c29
コメント [マスコミ・電通批評12] 報道関係者にお願い、5歳と3歳の女児2人焼死の報道に関して heiwatarou
04. 2012年2月17日 06:54:53 : Cbta3u5d9o
阿修羅を報道人が見てるようであれば
無意味に根拠にかける地震の周期性とか語らんたをろうさ。

http://www.asyura2.com/11/hihyo12/msg/678.html#c4
記事 [テスト24] Re: test
村木厚子さん、賠償金の3000万円を寄付…東京新聞“障害者の取調べ権利を守り、社会復帰を進める活動支援に”

http://takeyama-y.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-5247.html
武山祐三の日記
2012年2月17日 (金)

村木厚子さん、賠償金の3000万円を寄付…東京新聞より


http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2012021601001895.html 


 これは最近にない良いニュースです。冤罪に巻き込まれながら、無罪が確定してその賠償金全額を寄付するなどなかなかできない事です。


 ───────────────────

(転載開始)

村木厚子さん、賠償金3千万寄付 長崎、障害者支援に活用 東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2012021601001895.html 
2012年2月16日 23時05分

村木厚子さん、賠償金3千万寄付 長崎、障害者支援に活用 東京新聞


 村木厚子さん


 厚生労働省の文書偽造事件で無罪が確定した元局長村木厚子さん(56)=内閣府政策統括官=が、国から受け取った損害賠償金を長崎県雲仙市の社会福祉法人「南高愛隣会」(田島良昭理事長)に寄付することが16日、分かった。寄付額は約3千万円で、同会は犯罪を起こした障害者らの支援に使う。

 同会などによると、不当逮捕や起訴を理由とした賠償金約3770万円のうち、弁護士費用を除く全額を寄付。同会は3月にも「共生社会を創る愛の基金」を創設し、障害者が取り調べを受ける際の権利を守り、社会復帰を進める活動の支援に充てる。

(共同)


(転載終了)

 「武山祐三の日記」



http://www.asyura2.com/11/test24/msg/908.html

コメント [環境・エネルギー・天文板4] 愛称は「かぐら」に 岐阜・神岡の大型重力波望遠鏡 怪傑
03. 2012年2月17日 07:07:49 : 70oIiPFHiY
>重力波は重さがある物体が動くと時空がゆがみ光速で放出される。

時空がゆがむとは、確か時間と空間ですね、その時間と空間がどのようにゆがむのか、時間は無限の空間に永遠に流れているものであり、空間は宇宙空間さえも小さな点として考えることのできる無限性を持っています。その一部の空間のゆがみは全体の空間にどのような影響をもっのか。また時間のゆがみも全体的な時間(無限の空間の中)にどのように影響を持つのか。

 つまり私が言いたいのは時間も空間もゆがまないということであり、もしその周りに何らかの変化があるということは、まだ発見されていない光を曲げてしまうものがあるのではないかということにつきます。
http://www.asyura2.com/09/nature4/msg/693.html#c3

コメント [経世済民75] 藻油が日本を救う(ロシア政治経済ジャーナル ) 愛国日本
03. 2012年2月17日 07:15:12 : BES7qUPmxk
日本の人口が多過ぎるから、エネルギーも、食糧も不足する。

少子化は、日本列島のバランスを考えるといいこと(過渡期の現代人は、大変だけど。)。

少なければ、有機性のゴミや家畜の糞などからも、メタンガスが作れる。

メタンハイドレートとプレートテクトニクスは、関係ありそうですね。


http://www.asyura2.com/12/hasan75/msg/178.html#c3

コメント [原発・フッ素21] フクシマ原発事故の本質は、今の状態が数十万年続くことだ がらくた箱
04. 2012年2月17日 07:15:20 : FS2Dvw8z4Q
01=工作員ですね。この投稿は、崩壊熱がなくなる予定が10年後、そして10年経っても熱を持っている可能性を指摘していてよかった。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/173.html#c4
コメント [原発・フッ素21] 「黒い物質」についての考察@−1 (南相馬市 大山こういちのブログ)  赤かぶ
04. 2012年2月17日 07:19:30 : FS2Dvw8z4Q
02さん

もちろん真実です。問題は、ウラン232です。これだけとてつもない量です。これが検出されている背景を調べる必要があります。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/169.html#c4

コメント [原発・フッ素21] セシウム入り花粉はホントに大丈夫!? (週刊実話)  赤かぶ
03. 2012年2月17日 07:20:21 : FS2Dvw8z4Q
ベータ線を発する花粉なんて、SFの世界だな。
殺人花粉。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/167.html#c3
コメント [カルト9] この国の終わりというブログ記事を読んだがシオニストの幼稚さと日本人の脳みその研究不足を感じた。 ポスト米英時代
01. 2012年2月17日 07:25:02 : Dl2ka4ofmE
同感です。
人の幸せとは何かが全く理解できてない人たちです。
この人たちは、死んだらどこにいくのでしょうね。
http://www.asyura2.com/12/cult9/msg/138.html#c1
コメント [原発・フッ素21] カナダのCMAジャーナル、「日本政府は国民にウソをつき続け」「チェルノブイリ原発事故時のソ連以下」だと、。 SOBA
13. 2012年2月17日 07:25:13 : FS2Dvw8z4Q
01さん、貴重な情報をありがとうございます。

春菊・カキナ・ほうれん草から、数千ベクレルというとんでもない値のヨウ素131が検出されていますね。これらの野菜が普通に都内で流通していたわけですから、子供は甲状腺がんに将来なってもおかしくないでしょう。もちろん、大人も。さすがに、宗主国であるアメリカ様には本当のことを報告していたわけですか(笑)。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/164.html#c13

コメント [原発・フッ素21] 神戸大学の山内教授に測定してもらった結果が百万ベクレル超 しかもキログラム当たり。(南相馬市 大山こういち) 乃依
06. 2012年2月17日 07:28:01 : FS2Dvw8z4Q
こういうものが散乱しているとことで、市民生活が成立するわけがない。
福島県は、廃県しかない。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/165.html#c6
コメント [原発・フッ素21] ザ・特集:福島第1原発事故11カ月 「死の灰」の教訓、どこへ 大石又七さんに聞く (毎日新聞)  赤かぶ
03. 2012年2月17日 07:29:12 : ynSQvzTlvk

食べて応援学生大使の窓口になってる編集社のTVガイドなど雑誌一覧と、国民の健康をキャリアの踏み台にしているメンバーについて
( http://portirland.blogspot.com/2012/02/blog-post_303.html )

いまだにこんなアホな事やってる。

このメンバー達、内部被曝はこれからのハズなのに、既に脳神経をやられているらしい。


http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/174.html#c3

コメント [原発・フッ素21] 福島原発事故で本当に怖いのは魚介汚染 (Nuclear F.C : 原発のウソ)  赤かぶ
05. 2012年2月17日 07:30:09 : FS2Dvw8z4Q
01は工作員です。基本的に東日本の漁業は終了しました。
放射性廃棄物を食べれるわけがありません。
政府は、漁民に対して未来永劫、補償をしてゆきましょう。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/148.html#c5
コメント [原発・フッ素21] 「黒い物質」についての考察@−1 (南相馬市 大山こういちのブログ)  赤かぶ
05. 2012年2月17日 07:30:40 : N4ysGmxBeU
01さん

放出と同時に火災が起きていますので、
その際に煤の粒子とくっつくと思われます。
可能性は否定できませんよ。

君は勉強してから出直した方が良いと思うね。
それとも火災が起きていたことすら知らないのかな?

安心弁当
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/169.html#c5

コメント [経世済民75] 「追加金融緩和策」の目的と「消費税増税」の意図そして「国債発行増加」は誰のため?:[その1]「追加金融緩和策」の目的 あっしら
05. 2012年2月17日 07:31:15 : 8uwuPwSA1g
>>04

>政府紙幣50兆円で国民50万円=社会保障保険料2年間タダをやってもまったく問題ないはず。

こういうのを血の通わない官僚的発想と言う。
政府紙幣を発行する思想が無い。現在の景気対策のためだけだ。
格差を改善しないから公債を1000兆円積み上げてもデフレから脱却しなかったということを理解していない。

年金をただにしたら、高い年金保険料を納めている者ほど得をする。企業負担もただにすれば企業への減税と同じことだ。
極貧の無年金者は、さらに損をすることになる。

富裕者や大企業に金が行けばコモディテイーインフレや金融危機を増幅させるだけのこと。
政府紙幣を発行するなら国民一人あたり100万円配布するのが正しいやり方だ。

もっと根本的には減価する経済というものを考えなければいけない。
http://www.asyura2.com/12/hasan75/msg/179.html#c5

コメント [カルト9] この国の終わりというブログ記事を読んだがシオニストの幼稚さと日本人の脳みその研究不足を感じた。 ポスト米英時代
02. 2012年2月17日 07:33:03 : md3lgmxky2
その時がきたら万歳万歳といって死んでいこうではありませんか。

どうせ奴らは彼岸には到達できない。

極楽は普段の目の前にありますよ。
http://www.asyura2.com/12/cult9/msg/138.html#c2

コメント [原発・フッ素21] 放射能汚染を追う 給食編 [東京新聞] 牛乳 検査厳格化へ 「神経質では」戸惑う業界  赤かぶ
24. 2012年2月17日 07:37:40 : FS2Dvw8z4Q
20=工作員

>なーんだ、避難しなくてよかったんじゃん。

避難した方が安全である。汚染野菜はあまり流通していない。
それに尿中のセシウムレベルが、1ベクレル未満なら気にしなくていい。
問題は、東日本に住んでいれば、3〜6ベクレルというとんでもない数値になってしまうことだ。また、西日本の大気中にホットパーティクルは舞っていない。
かくして、西日本の部屋の中の掃除機のほこりにセシウムは検出されない。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/114.html#c24

コメント [原発・フッ素21] フクシマ原発事故の本質は、今の状態が数十万年続くことだ がらくた箱
05. 2012年2月17日 07:38:00 : N4ysGmxBeU
01
毎日出ていると言うのは隠ぺい政府ですら認めているのですよ。

すでに今、福一から放射性物質は実質上放出されていない。
という安全願望をだらだら放出するんじゃねーよ。氏ねよクソボケ老が。

安心弁当
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/173.html#c5

コメント [原発・フッ素21] 被災地の瓦礫、静岡・島田市に到着 反対市民が猛抗議、警察も出動 (日々雑感)  赤かぶ
30. 2012年2月17日 07:40:47 : bb4bHvEHo2

汚染されているものを受け入れる必要などサラサラない。

しかし、汚染されてもいないのに、さも汚染されているもののように受け入れ拒否する輩は

日本人であろうはずもなく半島人かなにかなんだろう。

東北はこの手の日本人でないような低能な輩の住む地区に瓦礫を持ち出すのをやめたほうがいい。

民主党も自民党も東北の復興などひとつも考えていないようだから、自力でがんばるしかないみたいだ。

日本人の脳味噌、人情の劣化が激しくなっているみたいだな。

汚染マップをよく見てみな


http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/147.html#c30

コメント [原発・フッ素21] セシウム入り花粉はホントに大丈夫!? (週刊実話)  赤かぶ
04. 2012年2月17日 07:42:41 : N4ysGmxBeU
01

いっぱい吸ってね。
はい深呼吸!
原発のそばの山林で走っておいで!
で、10年たったらどうなったか教えてね。
20年たったら、30年たったらと定期報告をよろしく。
何年かかっても多分花粉は1キロ吸えないよね。
私のボケを証明するための実験をして見せてね。

花粉は吸わないほうがいいと思っている

安心弁当


http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/167.html#c4

コメント [原発・フッ素21] ザ・特集:福島第1原発事故11カ月 「死の灰」の教訓、どこへ 大石又七さんに聞く (毎日新聞)  赤かぶ
04. 2012年2月17日 07:43:39 : FS2Dvw8z4Q
03さん、見ました。

これから子供を産むかもしれないのに、内部被爆しまくりですな。
福島・茨城・宮城の毒野菜を食べて応援とは、農水省による狂気の手を貸してはいけません(嗤)。農家を移住させる費用、野菜を買い上げる費用を節約するために、国民を総被爆させる方針ですから。

国民を皆殺しにする政府って、初めてです。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/174.html#c4

コメント [経世済民75] これから日本人の相当数が処分されることになる・・日本ネガキャンペーンの裏にある「300人委員会」の意思 稲垣勘尚
19. 2012年2月17日 07:46:52 : twZ9Sf48zo
難しくてわかんねえけど、参考にする。
http://www.asyura2.com/12/hasan75/msg/156.html#c19
コメント [カルト9] 世界のネット人口が20億人を超えたそうだがシオニストの真実を見通す目玉は20億個の真実を語る口には勝てないだろう。 ポスト米英時代
01. 2012年2月17日 07:50:36 : md3lgmxky2
なんか大災害と大殺戮の後に、マイトレーやという救世主が新しいアセッション系の宗教で人類を統制の牢獄に入れて縛ろうと前から予定されてるそうです。新ローマ法王と共にキリスト教の代わりにアセッション系をするそうです。このために破戒だけでなく救済の両建で進めてるらしいです。反イルミナテイ、反世界政府運動、反ウオールストリートお灸パイなどがそうらしいです。多分ベンジャミンとか巣レイブもそうかもしれない。
http://www.asyura2.com/12/cult9/msg/136.html#c1
記事 [音楽6] アニー・レノックスの珍しいピアノ弾き語りで「マスト・ビー・エンジェル」



http://www.asyura2.com/12/music6/msg/290.html

コメント [カルト9] 世界のネット人口が20億人を超えたそうだがシオニストの真実を見通す目玉は20億個の真実を語る口には勝てないだろう。 ポスト米英時代
02. 2012年2月17日 07:52:50 : md3lgmxky2
反対運動があっても予定どうり311は実行されたわけだし大戦もされそうですよね。イルミナテイカードのアジェンダは実行されているのがおかしい。
http://www.asyura2.com/12/cult9/msg/136.html#c2
コメント [原発・フッ素21] 神戸大学の山内教授に測定してもらった結果が百万ベクレル超 しかもキログラム当たり。(南相馬市 大山こういち) 乃依
07. 2012年2月17日 07:54:11 : FpVPO6YryM
投稿 有難うございました。
今 驚きで 倒れてしまいそうです。
黒い物体…何なのでしょう。

http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/165.html#c7
コメント [原発・フッ素21] 被災地の瓦礫、静岡・島田市に到着 反対市民が猛抗議、警察も出動 (日々雑感)  赤かぶ
31. 2012年2月17日 07:54:27 : ZbEkMfgIXY
汚染がない、言ってるバカども。
岩手県山田町は、早川作成汚染マップで0.125マイクロ毎時の範囲にある。
3.11以前の5倍程度の線量率にある。私の実家のある群馬県桐生市と同様の数値だ。
群馬県桐生市では、駐車場のたまり土壌で容易に0.5--1.2マイクロ毎時のものが
見つかるんだ。それぞれ、数千ベクレルから数万ベクレル/kgだ。
空間線量率では、土壌やがれきに付着したガンマ線核種、アルファ・ベータ核種
の実態量がわかりにくい。実態は、多いところには多く、ないところにはない。
ちょうど、南相馬市の黒い粉事例のようにな。
放射能汚染レベル調査結果報告書 「極めて高いレベルの汚染土壌について」 2012年2月16日 山内知也・神戸大学大学院海事科学研究科

 → http://mak55.exblog.jp/15441131/

◇ 概要:南相馬市にある商業施設から2011年12月21日に採取された土壌から、キログラム当り100万ベクレルを超える放射性セシウムが検出された。
通常、キログラム当り1万ベクレルを超える放射能密度の放射性セシウムが1万ベクレル以上あれば(1 kg以上あれば)、それは放射性同位元素として扱われる。
キログラム当り100万ベクレルというレベルは、ゴミ焼却炉や下水のスラッジプラントの焼却灰出会ったとすれば、コンクリートに固めても埋設が認められないような高いレベルである。
近隣には同様の汚染土壌があたり前のように存在しているが、何ら対策も注意喚起も行われていないとされている。早急な調査と除染が求められる。

◇ 計測機器:高純度ゲルマニウム半導体検出器/Canberra GC3019

◇ 測定結果:詳細は添付のとおり(M120120117092715)。

Cs-134485,252 ± 965 Bq/kg
Cs-137604,360 ± 574 Bq/kg
TOTAL1,089,612 ± 1,123 Bq/kg

◇ 採取時の試料(U8容器に入っている)

 試料は黒っぽい褐色を呈しており、植物起源と思われる断片も混入している。コケ類等か枯れることで濃縮が進んだとも考えられる。
100 ml足らずの容器表面でも表面線量は3 µSv/hを超えている。人が居住する地域に決して存在してはならない高いレベルの汚染物質である。このような土地に無防備な住民を住まわせてよいとはとうてい考えられない。

 山内知也**

*この放射能汚染調査は、「フクシマの命と未来を放射能から守る会」の要請をうけて実施した。計測には神戸大学大学院海事科学研究科「加速器・粒子線実験施設」の放射線計測機器を使用した。
**658-0022神戸市東灘区深江南町5-1-1 神戸大学大学院海事科学研究科 教
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/147.html#c31

コメント [自然災害17] ついに「311が核爆弾の人工地震であった証拠」が見つかった!?:高周波と音波の存在! 888(スリーエイト)
112. 2012年2月17日 07:55:25 : Cbta3u5d9o
アメリカの指事であるというソース?

http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/822.html#c112
コメント [原発・フッ素21] 被災地の瓦礫、静岡・島田市に到着 反対市民が猛抗議、警察も出動 (日々雑感)  赤かぶ
32. 2012年2月17日 07:56:36 : ZbEkMfgIXY
今回、静岡県島田市市長は復興援助の美名のもと、
やっちまったんだ。
これをな。焼却して拡散したんだ。

832 :地震雷火事名無し(西日本):2012/02/17(金) 07:37:59.81 ID:F7aetBZJ0
あの黒い粉はまじでうれそうだな
いやな奴の食事に毎回ちょっとずつまぜれば・・ゴニョゴニョ
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/147.html#c32

記事 [原発・フッ素21] 佐賀県玄海町>町長実弟の会社 原発マネー財源の工事受注
<佐賀県玄海町>町長実弟の会社 原発マネー財源の工事受注
毎日新聞 2月16日(木)19時41分配信

 九州電力玄海原発がある佐賀県玄海町の岸本英雄町長の実弟が経営する建設会社「岸本組」(同県唐津市)が、10年度から現在までの電源立地地域対策交付金など「原発マネー」を財源とする町発注工事約10億6000万円分を受注していたことが分かった。町発注工事全体では11億4000万円分を請け負っていた。同社を巡っては05〜09年度、原発マネーによる町発注工事を少なくとも15億円分受注していることが明らかになっている。

 町の資料によると、町工事の受注額は、10年度が13件4億7000万円▽11年度は現在までに7件6億7000万円。うち、電源立地地域対策交付金や佐賀県核燃料サイクル補助金など原発関連交付金を財源とするものは、次世代エネルギーパーク(仮称)敷地造成工事3700万円▽同建設工事5億8340万円▽薬用植物栽培研究所舗装工事1900万円▽温室棟などの建設工事1億6250万円−−などだった。

 町によると、町の指名競争入札に参加できる登録業者は12社で、同社だけが土木工事で6000万円以上を受注できる特Aランク。町との契約額は岸本町長が就任した06年度以降、増加傾向にあるが、同町長は「公平な入札。町内には特A業者が他にないから受注額が多くなったのではないか」と強調した  


http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/177.html

コメント [原発・フッ素21] 福島第一原発幹部が語る驚愕の”真実”「2号機は崩壊する」週刊朝日2012/02/24号  赤かぶ
42. 2012年2月17日 08:02:08 : Fi2jKAzQZ6
壊したといわれて、壊していないと言っても誰も信じない。
何が問題か少しまとめてみました。

http://3djv.com/music/toryanse/2012-02-14/#matome

http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/106.html#c42

記事 [音楽6] ウィッシュボーン・アッシュで「キング・ウィル・カム」



http://www.asyura2.com/12/music6/msg/291.html

記事 [昼休み27] 日航ジャンボ123便 墜落直後に自衛隊が誤報を何発も流し、警察と連携して、地元民による捜索の足を食い止めた。
和順庭の四季おりおり
私たちの庭:和順庭の四季おりおりを写真と随筆でつづります。
日航機墜落:慰霊祭に参列して2011/08/11(木) 16:00:47
 「急な話ですが、日航機が墜落事故を起こした、8月12日(金)、また御巣鷹山の慰霊登山を行い、追悼慰霊祭にも主婦のジャーナリストとして参加してみようと思っています。またそれまでの過程も含めてUSTREAMで中継したいと思います。

 ただ御巣鷹山や上野村の電波環境はまだわかりませんので、中継がどうなるか実際に行ってみるしかありません。
 なおガイガーカウンタをお持ちの方はあるブロガーの方がおっしゃるような中性子爆弾を搭載されたミサイルなどの影響が残っているか検証してくださればありがたいかと思います。日航機墜落事故では無関係かと思われますが、もし検知された場合はこのブログのコメントでご紹介していただければありがたいかと思います。
 
 ただ一般の原発事故以上の放射線量が検出されるかどうかがポイントかと思いますが。なお検知された現場の写真などもございましたら、このブログの秘密のコメント欄にメールアドレスをお知らせいただければ、私のメールアドレスなどをお知らせしますので、添付してお送りください。匿名でご紹介いたします。」

と書きましたが、御巣鷹山に行ってきました。


 2011年(平成23年)8月12日(金)御巣鷹山慰霊登山・慰霊祭


 御巣鷹山を目指して


山道に入る。この山を日航機に乗っていた乗客もあの日眺めていたと思うと、厳粛な気持ちになる。


上野村慰霊の園で

御巣鷹山頂で


昇魂の碑

焦げた木の幹に若木が生えていて、私が初めてこの山に登ったとき、山が「このまま事故のことをうやむやにしないで!」とすすり泣いていて、何かを訴えていると思えたのだが、この若木を見たとき、しだいに真実が明らかになり始めて、しだいに安らかな山になっているように思えました。

慰霊祭ろうそく供養

 

 なお「日航機墜落の真実を求めて」の服部順治さんがはじめた、

http://nvc.halsnet.com/jhattori/nikkou123/
リアルタイム推理Wiki小説「9.11ネクスト 〜次なる危機の回避にむけて〜」 で書かれた、

http://www16.atwiki.jp/911next/
「中曽根康弘元首相のつぶやき」

http://www16.atwiki.jp/911next/pages/15.html
を下記に紹介いたします。

 著作権フリーなので、ご自由にご利用ください、とのことです。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「中曽根康弘元首相のつぶやき」  日航機墜落事故などについて


「ふぅー」
迎え火の煙の行き先をぼんやりながめながら、中曽根は大きなためいきをついた。


またあの8月12日が訪れようとしている。


 「あの時代は、あー、するしかなかったんだよ」と何度も自分に言い聞かせるように心の中でつぶやくのだった。


 共産主義国家のソ連や中国の脅威から日本を守るには、日米安保の強化しかなかった。「日本を浮沈空母とする」と私がさもアメリカ側に約束したかのごとく揶揄して言われたが、実際、その道しか残されていなかったのだ。現に今の日本でさへアメリカの支配を間接的に受けていて、鳩山君があんな沖縄の小さな普天間基地さへ移転できなかったぐらいだから。


 アメリカの力は強大だ。こんな強い国を相手に、なぜ我々、日本民族は戦いを挑んでしまったのか。当時の海軍はかなり客観的にアメリカや自国の軍隊の力を把握していたが、陸軍は感覚的に動き、統率力に欠ける部分が多かった。
 まあ、こんな過去の話をしても仕方ないが、とにかくアメリカの力だけは見くびらないほうがいい。橋本君も周囲の知人にもらしていたが、アメリカほど怖い国はない、と言うのは本当だ。
 
 いまだに日航機墜落のときの原因となった誘導ミサイルの衝突は我々のコントロールミスによる事故だったのだろうか、疑問が残ったままだ。
今となっては真実を解明することすらできない。
証拠はもう御巣鷹山のダムの下に眠ってしまっているのだから。
相模湾から引き上げた尾翼もいっしょに。


 あの日航機のパイロットも非常に優秀だった。自衛隊機の誘導どおりに私の選挙区の群馬県上野村で墜落してくれた。そのおかげで近くの秘密基地にいた自衛隊の特殊部隊がすぐに出動できて、夜明けごろまでには証拠隠滅をはかることができた。
 
 中国の鉄道事故での証拠隠滅をあきれている日本人がいるが、日本ではそれらを影でやってて、ただ一般の人たちに見えないようにやってるだけだ。
 まあ、中国のようにあからさまにやらず、巧妙に裏にまわってやっている、というわけだ。


 事故当時はアイソトープ積載などいくつか理由をつけ、わざと間違った場所を教えて、救助隊の到着を遅らせたりしたからな。
 ただこれも長野県警のヘリコプターが正確な位置を知らせてしまって焦ったこともあったが。
 
 また救助に向かおうとした自衛官を射殺してすまないことをしたと思うが国の体制を保つことを優先させるのが首相の仕事だ。


 また日本のマスコミはよほどアメリカの気分を害した政治家以外には、後から真相を追及しないのが暗黙の了解だ。日本のマスコミには政府が言ったことをなるべく正確に伝える通信者はいるが真実を探るジャーナリストはいない。いや、そんなことをする記者が出ては困るのだ。あくまでも政府や警察の言うとおりのことを伝え、時々、順番に記者クラブを通じてちょっとしたリーク記事のネタをあげるようにしているだけだ。
そうしないと彼らマスコミも商売にならないからな。
 
 最近はネットの普及で、そのへんのからくりもさらけだされるようになってしまったが、それもごく一部の目覚めた人たちでしかないようだ。
 日本のサラリーマンはいわゆる社畜の状態だから、上の機嫌や周りの空気を読んで合わせる人間が圧倒的に多い。そうしないと社会や会社で生き続けるのは大変だろうからな。
 
 出る杭は打たれる。政治家では小沢君がいい例だ。世界では3番目に優秀な政治家ともてはやされている彼でさへ、マスコミは「政治と金」と言うキーワードだけで、こぞって彼を叩いている。朝日新聞の最高の編集主幹であった船橋洋一君がCIA協力リストに挙げられていたことからもわかるように、進歩的だと思わされていた朝日さへアメリカのコントロール下にはいっていた。
 
 まあ小沢君の政治的な現在の状況は、本当は、日本にとって非常に不幸で残念なことだ。
 元々、アメリカ側が小沢君を無視して、菅君や岡田君に直接、接触するようになった時点で、すでに相当、小沢君はアメリカを怒らせてしまったことがわかった。
 
 アメリカの軍隊はもう第7艦隊だけでいい、とか、民主党の若い連中を何百人も率いて中国に訪問なんてやっていたからな。
 小沢君ももっと柔軟にうまくやればいいのに、あの頑として譲らない強気の性格がつい出てしまうのだろう。政権交代を果たし、さあ、これからは思い通りの政治ができる、と舞い上がってしまった所もあるのだろう。角さん譲りだなー、あの性格は。
 
 ただ鳩山君ほどのんきな人ではない。
あの鳩山君ほど政治家としての苦労をあまり知らない人もめずらしいだろう。
だからアメリカの本当の怖さを知らないんだ。お坊ちゃんで育ってしまった結果だろう。

小泉君もその傾向が強く、あまりにもアメリカを過信しすぎていた。
あまり根拠のない信念に自分で酔っていたようだ。
まあ2世議員の弱点だろう。
その点、菅君ほど総理大臣に執着心をもった人間も見たことがない。
それほど若いときから憧れ、野心を燃やし続けてきた結果だろう。
その執着心だけは2世議員は見習わないといけないかも知れん。

 ただ彼は左翼ぶった改革者のつもりかもしれないが、本質的には体制側の人間だったことは確かだ。東工大でも大学改革でもりあがっていたストライキを自分の就職事情もあってか「ストライキをやめさせた、いわゆるスト破りの人間だ」と聞いたとき、なんだ、改革を途中でやめさせるリーダだったのか、と合点したぐらいだから。

 時代の潮目を見る目をもってるだけで、いわゆる波乗りが上手な政治のサーファーだ。そこには何ら信念や責任感は見えてこない。
その場、その場をなんとか乗り切ってやり過ごすことしか頭にないからだ。
橋本君がその彼の性格をうまく利用して、厚生省の改革をやっていた。
ビジネスでもそこをうまく利用すれば、彼ならすぐに乗ってしまう。
孫君はそのへんうまく使っている。

 ただアメリカ側も原発対応でここまでひどい首相だとは想定していなかったようで、対日戦略上の見直しをやっているようだ。
 この想定外が何なのか、私にはよくわからない。ただ本来なら原発事故が起こった当初、すぐアメリカ側の言うとおりに処置するるはずが、逆に専門家の言うことを聞き入れず、国民にとって悪い方向にどんどん進めてしまった、と言うことらしい。

 その想定外のことが、今後の彼らの計画上、どう影響を与えるのかわからない。
わかっていることは、今までどおり、わが国や中国など、BRICsを巻き込んで、壮大な量のお金をアメリカに舞い戻らせように仕組んでいることだ。
 
 あの国のドルはもう数年で限界点に達するのは誰の目にも明らかで、その結果を予想することはアメリカのみならず世界の経済を誰も予想もしたくない未知の混乱に陥れることになってしまうから、マスコミでも徹底して議論されることはない。
 ただその混乱に乗じてか、その混乱を故意に起こしてか、第2の9.11やCO2犯人の温暖化詐欺が一斉にはじまるような予感がするのだ。

 どちらにしても二大政党制で内輪で争っている場合でないことだけは確かだ。 渡辺君もそのへんを察知してか、大連立などをぶちあげたけど、ぽしゃってしまった。

世の中の裏の動きを解析できるジャーナリストを育てず、世の中の上っ面の情報を伝達するだけの通信社機能しかもたないマスコミを維持・経営してきた渡辺君の因果応報でもある。

 「福島の放射能汚染はいますぐ健康被害はない」と書いている東大出身の一流記者に、本気でこんなこと思っているのか、聞いたことがあったが、「えぇ、そこにも小さくのっているように枝野官房長官の記者会見で、そう言ってました。私はその事実を書いているだけです。」と、胸をはっていた。そうか、マスコミとは通信社のことだったのか、と合点した。
 
逆に、これでないと我々、統治している政治家にとって都合が悪いのだ。
マスコミに考える人間、疑いをもつ人間がいてはまずいのだ。


 まあ、それにしても、今後のアメリカの動きが気になるこのごろだ。

日航機墜落の真相| trackback(0)| comment(0)山全体からの水蒸気は何を意味するのか?2010/12/01(水) 10:25:02
日航機の救助にあたった第一空挺団は、墜落場所が特定されず、かなり時間が経過してから救助にあたったが、この時、山全体から水蒸気が上り続け、地面が熱せられて歩いていても足の裏が熱くなっていたと証言している。

遭難場所がわかっていながら誤報を流し続けたり、米兵が救助寸前で命令により引き返したり、待機命令が出され救助隊がすぐに救助にあたれなかったりということから、放射性物質による汚染などということも取りざたされているが、水蒸気と歩くのも熱いほどの地面から、中性子爆弾とか水爆とかといった説もでてくるのであろう。真偽のほどはわからない。にわかに中性子爆弾とか水爆とかといった説を認められるほどの確証もない。しかし、このことが何を意味するのだろうかという疑問は残る。

 墜落の速報と同時に、NHKニュースで「待機命令に違反した自衛隊員を射殺!」という字幕が流れたのも、ひっかかる。なぜ、待機命令なのか?このことが日航機が放射性物質を積んでいたとか、撃墜するのにこの種の爆弾がつかわれたというような説につながるのだろう。

また、御巣鷹の「神流川地下発電所」は、地下500m(標高1380mの山なので実質的に880m程度のところ)につくってあり、 御巣鷹発電所の地下空洞を拡張すると、高レベル放射性廃棄物の投棄場になるということもわかっている。

今わかっているのはこれだけで、これ以上は推測の域を出ない。しかし、これらのこともやがてわかってくるのかもしれない。

日航ジャンボ123便 第一空挺団「足の裏があつくなる」 (山体全体から立ち登り続けていた水蒸気と密接な関連か?


浜岡原発パンフによれば、高レベル放射性廃棄物地層処分は地下500mと書いてあります。  御巣鷹の発電所は地下500mです。
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak43/msg/868.html
以前、なんだかどうしても浜岡原発にいかなければならないような気がしまして、掛川の友人の案内で浜岡原発を見学しました。

その頃は気がつかなかったのですが、2010年11月10日の日航ジャンボ123便静岡県内航路めぐり取材で見た浜岡原発PRパンフの『F原子燃料サイクル』のところに「高レベル放射性廃棄物 地下500m」と書いてあります。

そういえば、御巣鷹の「神流川地下発電所」は、地下500m(標高1380mの山なので実質的に880m程度のところ)につくってあります。

御巣鷹発電所の地下空洞を拡張すると、高レベル放射性廃棄物の投棄場になるということです。
分水嶺地帯の水源地に高レベル放射性廃棄物処分場が建設されれば、東京、埼玉、千葉、茨城、長野、新潟、の各県の飲料水は軒並みダメージを受け、日本人弱体化に拍車がかかりかねません。


日航機墜落の真相| trackback(0)| comment(2)日航ジャンボ123便 生存者4名に貢献「長野県警レスキュー隊」と事故機残骸は調布宇宙関連施設へ2010/11/19(金) 20:11:29
 「阿修羅」に、中曽根全員死亡命令で動けなかった群馬県警に対して、他県への越境救助を無理やり敢行して、生存者4人を救助したのは長野県レスキュー隊だったという事実が出ていた。
また、「未納入自衛艦「まつゆき」は、JAL123便の破片を拾っている。そして、この破片をマスコミの目の行き届かない館山港に陸揚げした。見つかっていないと思われていた尾翼の部分は実は陸揚げされ、その引き上げられたばかりの尾翼の写真(週刊文春の元ネタ写真参考)を自殺した自衛官は友達に託していた。」という情報があるがhttp://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-887.html、事故機の残骸の多くは、調布の宇宙関連施設へ運ばれたということで、運輸省航空事故調査委員会123便報告書のJA8119号機報告書205ページ残骸写真57に 「調布行き」のマジックの文字が見られることが、下記の「阿修羅」の引用写真からも明らかである。


阿修羅 
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak43/msg/364.html
日航ジャンボ123便 生存者4名に貢献したのは「長野県警レスキュー隊」であった。群馬側の人間を大変に威圧し全員死亡を回避
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak43/msg/364.html
投稿者 愉快通快 日時 2010 年 10 月 22 日 02:21:19: aijn0aOFbw4jc

1985年8月13日当時、朝10:00頃に御巣鷹スゲの沢に入った写真記者から話を聞けたのだが、「長野県警レスキュー隊は大変高圧的威圧的な態度であった」
ということなのである。

全員死亡目前に、人道的な見地から、他県への越境救助を無理やり敢行した長野県警レスキュー隊の動きにより、生存者が出たのが実態である。

警察が越境するということがどれほど大変な事態かおわかりいただけるだろうと思う。中曽根大勲位からの全員死亡命令で動けなかった群馬県警だが、中曽根大勲位を恐れず人命優先で動いた長野県警レスキュー隊はもっと評価賞賛されるべきである。


群馬県上野村のJAL123便における生存者4名に貢献したのは「長野県警レスキュー隊」であった。群馬側の人間を大変に威圧し全員死亡を回避した。


<参考>必死に生存者 落合由美氏 を背負って尾根に向かう長野県警レスキュー隊
http://img.asyura2.com/us/bigdata/up1/source/2412.jpg  
コメント
01. 17 2010年10月23日 10:56:51: vQDUeEHob2Pro : iE8f4U9IqM
人命第一の長野県警レスキュー隊、賞賛すべき決断と行動力です!

★阿修羅♪ > 昼休み44 > 176.html  
次へ 前へ
日航ジャンボ123便 航空機事故の残骸が『宇宙関連施設』に運ばれていたというのは意味深です。 205ページに「調布行き」。
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak44/msg/176.html
投稿者 愉快通快 日時 2010 年 11 月 17 日 14:03:45: aijn0aOFbw4jc

(回答先: 日航ジャンボ123便 日航ジャンボ123便 米軍横田基地「サムライサージ」(牡丹→ウンモマーク 向上訓練→シンポジウム) 投稿者 愉快通快 日時 2010 年 11 月 13 日 09:07:33)

運輸省調査報告書写真の「調布行き」は調布航空宇宙センター行きだった。


運輸省航空事故調査委員会123便報告書のJA8119号機報告書205ページ残骸写真57に
「調布行き」のマジックの文字が見られます。
http://jtsb.mlit.go.jp/jtsb/aircraft/download/pdf/62-2-JA8119-07.pdf
これは近隣の「調布宇宙航空センター」行きだったのです。1985年末の123便についてのNHK特集に、調布航空宇宙センターが出てきます。昨日、調布航空宇宙センターに行ってきました。
http://www.youtube.com/user/123ja8119osutaka#p/u/6/7Mq4MmD9f48
「航空機事故」の残骸が、宇宙関連施設に運ばれていたというのは意味深です。
1985年末に放映された123便に関するNHK特集に調布の宇宙施設が出てきます。
http://img.asyura2.com/us/bigdata/up1/source/2712.jpg
また「疑惑JAL123便」の書籍の「角田氏」という名前ですが、「角田航空宇宙センター」と同じ字を書きます。

昨日、角田宇宙センターまで行ってきました。
すると、「角田宇宙センター」は海軍の弾薬庫跡につくられていました。
 http://www.youtube.com/user/123ja8119osutaka#p/u/10/S676foiuZ18

日航機墜落の真相| trackback(0)| comment(0)19  日航機墜落の真相は?  *事故機乗客 小川 哲氏撮影の写真 と ニュース速報 は何を意味するのか?2010/08/19(木) 10:55:42

 事故発生時のニュース速報の中で、「右側ドアが故障したので緊急降下」という事故機からの第一報が伝えられている。

 また、事故機に乗っていた小川哲氏の撮影した写真は、R5(右側最後部)ドア近くの窓の外を連続撮影したうちの1枚で、。窓の外に異変を感じ取り、それを確かめるように何度もシャッターを押しているようにも見える。

画像処理の専門家にこの写真の検証を依頼したところ、「円錐もしくは円筒のようなものを正面右斜めから見たようなイメージで、この物体はオレンジ帯の方向から飛行機の進行方向に向かっているように見えます。」ということだった。

 このオレンジの物体ミサイル(標的機)だとすると、迫り来るその物体を撮影し、真相の究明を我々に残して亡くなったともいえる。

 ニュース速報では、すでに7時頃には墜落機を住民が目撃し、また、アメリカ軍も墜落現場を把握していたことがわかる。それなのに、なぜ翌朝まで墜落現場が特定されず、救助されなかったのか?隠ぺい工作が行われたと疑念をもたれるのも当然だと思われる。

 もし、この事故が今言われているようなミサイルの誤射だとすると、加害者の立場に立たされた日航職員もまた被害者ということになる。遺族との交渉中に亡くなられた日航職員をはじめとして、多くの方々の人生がこの事故によって失われたも同然のものとなったということになる。

「墓場までもっていく」ことでは、この事故で亡くなられた乗客の命やご遺族の願いは何ら報いられない。真実を知る者は、語るべきである。いや、その時が来たのだと思う。

 また、「ーJAL123便墜落事故25年目の記録ー」というよくまとめられているブログがありました。これから事故原因についてどのようにまとめられるのか楽しみです。
http://jal123.blog99.fc2.com/blog-category-6.html


日航事故機乗客 小川 哲氏の残した写真は何を語るのか? 

「日航機墜落の真実を求めて 」 ブログ
http://nvc.halsnet.com/jhattori/nikkou123/
「一部引用:『週刊現代』8月14日号は、この点に関する本書の問題提起を4頁にわたって大きく取り上げている。タイトルは「JAL機墜落25年後の真実」。本書のグラビアにも掲載されている写真で、父母と妹の3人を失ったA氏から提供されたものである。そこに「何か」が写りこんでいる。

これはA氏の父親がR5(右側最後部)ドア近くの窓の外を連続撮影したうちの1枚である。最初の方は、窓の外の普通の風景で、これを撮影したのはA氏の妹で、旅の思い出として撮ったものとされる。だが、その次(10枚のうちの5枚目)から不思議な写真が続く。窓の外に異変を感じ取り、それを確かめるように何度もシャッターを押しているようにも見える(『週刊現代』の著者インタビューより)。

青山さんはパソコン上でこの写真を拡大していったところ、オレンジ色に変色していったという。画像処理の専門家にこの写真の検証を依頼したところ、「円錐もしくは円筒のようなものを正面右斜めから見たようなイメージで、この物体はオレンジ帯の方向から飛行機の進行方向に向かっているように見えます」という。

ネガを直接鑑定すれば、この「オレンジ」の正体も分かるだろう。123便は「横」からのG(圧力)によって機体が揺れている。「後部圧力隔壁損壊」では横揺れは起きないという。この「オレンジ」が右方向から123便に接近しているとすれば、この「オレンジ」と123便墜落との間に重要な関連があるとは言えまいか。」

小川哲氏撮影の写真 
http://file.ascensionnote.blog.shinobi.jp/uhguihiu.jpg

日航機墜落の真相| trackback(0)| comment(4)18 日航機墜落の真相は? *事故当時の管制官が思いを語る2010/08/18(水) 19:32:01
 日航機墜落当時、東京航空交通管制部(埼玉県所沢市)の管制官として上空の航空機と交信していた管制官が沈黙を破り、事故墜落時の悲鳴が忘れられないと書いている記事を紹介したい。事故を風化させないとの思いで、ここへ来て多くの人々が、知っていることを語ったり、事故当時の事が書かれているのをブログに抜粋したりして、自分のできることをしはじめた。この気持ちが何かを動かすことになるのかもしれないと思いながら。

asahi・com http://www.asahi.com/national/update/0810/TKY201008100270.html
墜落前の悲鳴「今も耳に」 日航機の管制官、沈黙破る(1/3ページ)
2010年8月10日16時48分

「夏になると当時に引き戻されるんですよ。(日本航空のジャンボ機の)墜落直前にヘッドホンを通じて耳に届いた、パイロットの『ああっ』という悲鳴のような声が忘れられない」

 西日本のある空港で、男性(54)は言葉を選び、語り出した。

 25年前の夏。東京航空交通管制部(埼玉県所沢市)の管制官として、上空の航空機と交信していた。8月12日も普段と変わらない一日だった。

 当時29歳。管制官になって8年目だった。先輩管制官らと「関東南セクター」という空域を担当する勤務に夕方からつき、管制卓に着席した。羽田への到着便が増える時間帯。「そろそろ忙しくなるぞ」と思った矢先だった。

■午後6時24分47秒

 「ブーッ」。管制室内にブザー音が鳴り響く。レーダー画面の日航123便の機影に、緊急事態(エマージェンシー)を示す「EMG」の文字が点滅し始めた。乗客と乗員計524人。午後6時12分に羽田空港を離陸し、大阪(伊丹)空港に向かっているボーイング747型機だった。部屋の隅から、上司が近づいてきた。

■同25分21秒

 「日航123便、トラブル発生。羽田への帰還を求める。2万2千フィート(高度約6700メートル)に降下したい」。機長の声が英語でヘッドホンから流れてきた。

 「了解」。そう答えながら「おかしいな」と感じた。エンジン出力が低下した、客室内の気圧が下がったなどと、普段ならトラブルの中身を伝えてくるはずだが、機長は何も言わない。

 心が騒いだ――。

     ◇

 東京航空交通管制部に「羽田へ戻りたい」と告げた日本航空123便は、旋回することなく、ふらふらと伊豆半島上空を西に向かっていた。

■午後6時27分2秒

 「123便、確認しますが緊急事態を宣言しますね」

 「その通り」

 「どういった緊急事態ですか」

 やはり応答はない。「とんでもないことが起きているのでは」


■同28分31秒(地図上の1)

 「レーダー誘導のため90度(東)へ飛んでください」

 「しかし、現在アンコントロール(操縦不能)」

 衝撃的な言葉だった。普段はオフのスピーカーがオンになり、123便とのやり取りが管制室中に響いた。

■同31分2秒(同2)

 「降下できますか」

 「今、降下しています」

 「名古屋に降りますか」

 「いや、羽田に戻りたい」

 「何とかしたい」。そう思うと、とっさの呼びかけが口をついた。「これから日本語で話していただいて結構ですから」

 パイロットと管制官とのやり取りは、近くを飛ぶ航空機でも聞き取れるよう、通常は英語を使う。でも今は、パイロットの負担を少しでも減らし、事細かにやりとりしたかった。

 123便は北に向かう。すでに隣の空域に移っており、無線の周波数を切り替え、別の管制官に移管するところだが、そういう指示はしなかった。「切り替えたはずみで無線がつながらなくなるかもしれない。そうしたら日航機は命綱がなくなってしまう」

 じりじりとしながら画面をにらんだ。他機が近づかないよう、航路から退ける指示を続けた。

 富士山をかすめた123便は、羽田のある北東に向かい始めた。「戻れるかもしれない」。かすかに期待も芽生えたが、周囲は山。機体の高度は5分間で一気に3500メートルも下がっていた。

■同47分17秒(同3)

 「現在コントロールできますか」

 「アンコントローラブルです」。もはや管制官はまったく役に立っていなかった。ヘッドホンから「ああっ」という声も聞こえてきたが、機内で何が起きているのかは、わからなかった。

 「おれはどうしたらいいんだ」。絶望が襲う。その頃、機長らが必死に山を避けて操縦を試みていたことは、後で知った。


■同53分28秒(同4)

 「えーアンコントロール。ジャパンエア123、アンコントロール」

 「了解しました」

 これが最後の交信になった。

 3分後、糸の切れたたこのように画面上を点滅しながら漂っていた機影が止まった。その場で十数秒間点滅した機影は突然、消えた。

 体に電気のようなしびれが走った。薄暗い管制室は静まりかえった。背中越しに指示を送っていた上司も、先輩も黙っていた。30秒ほどして、上司に促されて呼びかけてみた。「ジャパンエア123、ジャパンエア123」。応答はなかった。

 ヘッドホンを外し、席を立った。別室で報告書を書いた。妻には「いつ帰れるか分からない」と電話で告げた。頭の中で何度も、交信した「最後の30分」を繰り返していた。

 朝方に帰宅して、墜落した機体をテレビで見た。ショックを気遣った上司に数日、休みを与えられた。事故原因を調べる国の航空事故調査委員会や警察から、事情を聴かれることはなかった。

   ◆  ◆

 管制官の仕事を続け、最近までいた部署では事故防止の対策づくりに取り組んできた。今は管理職として空港事務所で管制関連業務に携わっている。だが、123便と交信していたことは、家族や一部の同僚しか知らない。

 事故から数年後に御巣鷹の尾根に立った。その後も、遺族や報道陣が多い8月を避けて、仲間や家族とたびたび登ってきた。

だが、尾根へと向かう険しい道のりや、事故で傷ついた山肌を見るたび、あの時のつらい思いが呼び起こされた。無理だったと分かっていても「自分が何とかできなかったか」という思いはぬぐえず、表に出て話す気持ちになれずにいた。

 最近になって、 「事故を風化させないため、今ならできることもあるのでは」との考えが頭をよぎるようにもなった。世界各地で飛行機事故が起きるたび、原因は分かっているのか、管制官はどう対応したのかと気になる。

管制の現場には、御巣鷹の後に生まれた管制官も出てきた。航空会社の経営はどこも厳しく、安全よりもコスト削減ばかりが取りざたされるのが気がかりだ。

 25年前の「あの夏」のことを伝える時期なのかもしれない、と思いはじめている。

     ◇

 日航123便墜落事故 1985年8月12日午後6時12分に羽田空港を離陸した大阪(伊丹)行きの日本航空のボーイング747型(ジャンボ)機が、12分後に相模湾上空で操縦不能になり、同56分に群馬県上野村の山中(御巣鷹の尾根)に墜落した。乗客509人と乗員15人のうち乗客4人を除く520人が死亡した。

スペイン・カナリア諸島の空港で77年にジャンボ機同士が衝突し、583人が死亡した事故に次ぐ惨事で、単独機の事故としては現在も世界最悪。

 国の航空事故調査委員会は87年、機体後部の圧力隔壁の亀裂が広がって破壊され、一気に噴き出した客室内の空気が尾翼などを吹き飛ばしたとする調査報告書を公表。

この機体は事故の7年前に伊丹でしりもち事故を起こして隔壁を損傷しており、この際にボーイング社が行った修理が不適切だったことが破壊につながったと結論づけた。

 御巣鷹以降、日本の航空会社は乗客を死亡させる事故を起こしていない。


日航機墜落の真相| trackback(0)| comment(0)HOME | »プロフィール

Author:熊木和枝:東京都練馬区
 和順庭という庭のガーデニングを趣味としてやっています。高校教師をやめて、ガーデニングのブログを書いていたのですが、小沢問題から真実を調べているうちに、マスコミや検察自体がおかしくなってきていることに気づき、ブロガーたちと検察の捏造や冤罪を追究し、ついに村木局長事件では無罪判決を得ることができました。最近は、市民の立場で真実を追究する政治的内容が多くなってきています。


※寄付のお願い
■郵便局からの振込みの場合
口座 ゆうちょ銀行
記号 10000 番号 88352491

■銀行からの振込みの場合
口座 ゆうちょ銀行
店番 008 普通預金
口座番号 8835249
口座名 熊木 和枝

最近のエントリー
ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (12/20)
小沢一郎vsフツーの市民 第三回座談会 (02/08)
病院殺人事件? 私の夫は臓器欲しさの病院に殺された (01/31)
大高裁判:傍聴人の権利を無視した裁判官 (01/24)
政治家小沢氏を市民感覚という言葉で錯乱・断罪するマスコミ・赤旗 (01/12)
金融マフィアの正体 (01/07)
小沢裁判:政治資金規正法違反ではない (12/20)
 鈴木宗男氏の国政復帰待望・小沢支援デモ (12/19)
検察犯罪を隠蔽する原発事故収束宣言 (12/17)
小沢裁判:田代検事の捏造発覚を新聞は伝えてるか (12/16)
小沢裁判:法廷で田代・民野検事の犯罪明らかに (12/15)
小沢裁判:弁護士と池田元秘書で検察、裁判所に反撃開始 (12/08)
小沢裁判から見えてきた金融マフィアや創価学会の策略 (12/07)
鈴木 宗男氏吼える!:仮釈放モニター中継 (12/06)
裁判所が犯罪:大高さん事件は冤罪!裁判所職員による暴行捏造 (12/03)
前田検事、二日酔いでの取り調べも:大久保隆規証言小沢裁判第6回公判 (12/01)
スゴウデ前田検事登場!:大久保隆規証言小沢氏裁判第5回公判 (11/30)
大高さん、監視カメラ映像から明らかに無罪だが (11/28)
放射線を中和する食品 (11/22)
ワインに薬を入れた故中川昭一金融大臣抹殺の実行犯 (11/14)
TPPや原発を推進し冤罪をつくりだす闇の勢力を告発しよう! (11/13)
裁判所が作り出す冤罪 (11/12)
すぐわかる不正裁判:あなたは弁護士にダマされていませんか? (11/10)
超党派議員参加のTPP反対デモ (11/06)
検察捏造調書発覚!石川証言の小沢氏裁判:第四回公判 (11/01)
カテゴリー
小沢 対 検察・マスコミ (219)
政治 (117)
9 .11の真実・ウィキリークス (31)
日航機墜落の真相 (22)
レストランガイド (61)
日記 (49)
おでかけグルメとガーデニング (73)
旅行 (29)
ガーデニング (56)
政治  オバマ大統領 (11)
地球環境 (3)
インフルエンザ (2)
八ッ場ダム (5)
金融資本家 (14)
高齢者問題 (20)
地震兵器 HAARP(統合型地球物理学兵器) (2)
あしゅらニュース (1)
TPP (2)
ネット市民 (4)
東日本大震災(原発) (74)
地方選に立候補して (8)
世界ふれあい街歩き:アメリカ・カナダ旅行 (39)
東京ファッション (2)
裁判:冤罪事件:大高正二氏・小川達郎氏・東電OL殺人事件ゴビンダ氏  (17)
行政 (1)
ツイートテレビ (1)
リンク
和順庭のツイッター つぶやき
日航機墜落事故 トラックバックピープル
9.11の真実のトラックバックピープル
国民の生活が第一
鳩山政権 トラックバックピープル
和順庭のUSTREAMチャンネル
和順庭のYouTube動画サイト
和順庭からのレストランガイド
「和順庭の四季おりおり」の動画サイト
「小沢一郎を支持します!」トラックバックピープル
応援ブロガー:カナダde日本語
応援ブロガー:反戦な家づくり
応援ブロガー:ふじふじのフィルター
応援ブロガー:かっちの言い分
応援ブロガー:市民メディアネットワーク
応援ブロガー:めざまし政治ブログ
ネット市民ブログ
管理者ページ
最近のコメント
熊木 和枝:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (02/12)
123:小沢一郎vsフツーの市民 第三回座談会 (02/12)
熊木 和枝:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (02/12)
:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (02/10)
123:病院殺人事件? 私の夫は臓器欲しさの病院に殺された (02/06)
動天:病院殺人事件? 私の夫は臓器欲しさの病院に殺された (02/05)
123:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (02/01)
123:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (01/28)
123:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (01/23)
123:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (01/20)
最近のトラバ
投資一族のブログ:東電OL殺人事件 2/2 〜容疑者と現場 (02/10)
★ようこそ「イサオプロダクトワールド」へ★isao-pw★:★誰も書かない自爆用原爆1000発以上の衝撃! (11/22)
★ようこそ「イサオプロダクトワールド」へ★isao-pw★:★誰も書かない原発列島、恐怖の実態! (10/23)
★ようこそ「イサオプロダクトワールド」へ★isao-pw★:★原発災害100km圏内は直接の当事者だ! (10/13)
★ようこそ「イサオプロダクトワールド」へ★isao-pw★:★原発災害から半年、福島に未来を取り戻そう! (09/20)
ミクロネシアの小さな島・ヤップより:放射能は現地調達です (09/09)
カリフォルニア・加州ラジオ草紙 :こんなに石川議員が面白い人だとは思わなかった。代表選最中のNHKの誤報とそれに対するおわびの小沢氏よいしょ番組(NHK) (09/05)
カリフォルニア・加州ラジオ草紙 :[原発]驚愕「福島児童に20ミリシーベルトを許容」と国に迫った佐藤福島県知事。世界のメディアは気がついた!!=佐藤雄平は「フクシマのヒトラー」、山下俊一は「日本のメンゲレ博士」と!! (09/05)
樹木医!目指して!:ウメの剪定 (08/27)
★ようこそ「イサオプロダクトワールド」へ★isao-pw★:★誰も書かない福島原発災害の真実! (08/05)
月別アーカイブ
2012年12月 (1)
2012年02月 (1)
2012年01月 (4)
2011年12月 (10)
2011年11月 (9)
2011年10月 (14)
2011年09月 (23)
2011年08月 (45)
2011年07月 (9)
2011年06月 (23)
2011年05月 (34)
2011年04月 (19)
2011年03月 (32)
2011年02月 (37)
2011年01月 (39)
2010年12月 (32)
2010年11月 (44)
2010年10月 (39)
2010年09月 (39)
2010年08月 (27)
2010年07月 (19)
2010年06月 (16)
2010年05月 (23)
2010年04月 (20)
2010年03月 (37)
2010年02月 (41)
2010年01月 (66)
2009年12月 (24)
2009年11月 (25)
2009年10月 (21)
2009年09月 (18)
2009年08月 (16)
2009年07月 (14)
2009年06月 (11)
2009年05月 (14)
2009年04月 (9)
2009年03月 (4)
2008年12月 (1)
2008年11月 (1)
2008年09月 (1)
1970年01月 (1)
カレンダー
01 | 2012/02 | 03 日 月 火 水 木 金 土
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 - - -

検索フォーム


ブログでアフィリエイト

このブログを通報
Report Abuse

人気ブログランキング
利用規約

Template by ブログテンプレート.netPowered by DTIブログ四季折々 123便に一致する箇所
しかし、これらのこともやがてわかってくるのかもしれない。 日航ジャンボ123便 第一空挺団「足の裏があつくなる」 (山体全体から立ち登り続けていた水蒸気と密接な関連か?... テキストに移動 »
その他の一致する結果 »« 一致する結果を隠す


和順庭の四季おりおり
私たちの庭:和順庭の四季おりおりを写真と随筆でつづります。
17 日航機墜落の真相は? *「スコーク77〜日 航 機 墜落事故 に捧ぐ〜」から見る日航機事故2010/08/17(火) 11:37:03
「スコーク77〜日 航 機 墜落事故 に捧ぐ〜」として書かれている「ロブノール」ブログには、当日の事故からその後の様子が描かれている。

この事故の流れがよくわかるので、紹介していきたい。(パイロット名などが間違っている : 高濱機長→進路の巡視、クルーへの指示など・佐々木副操縦士→操縦桿操作、エンジン出力調整など・福田航空機関士→エンジン出力調整、クルーのサポートなど)

ロプノール
http://lopnur01.dtiblog.com/blog-entry-1.html

スコーク77〜日 航 機 墜落事故 に捧ぐ〜
2008/02/17(日) 01:11:52


 秋晴れのお台場は家族連れや若いカップルたちでにぎわっていた。学生だった頃10数年前は確かここには何もなかった。時の流れはこの場所を放送局やイベント施設の立ち並ぶ一大観光スポットへと変えていた。ふと空を見上げると数分ごとに大小さまざまな旅客機がお台場上空をかすめ羽田へと着陸してゆく。それはまるで華麗に現れては舞台のそでに返ってゆくファッションショーのようだった。

 その中でひと際目をひくのはジャンボと呼ばれるボーイング747の機影であった。その巨大な機体は大海をゆうゆうと往くくじらのようでもあった。息子は「ジャンボ!ジャンボ!」とおおはしゃぎだった。妻は「よくあんな大きいものが宙に浮くわね。何人くらいのれるのかしら?」「うーん確か500人くらい乗れるんじゃなかったっけ」ふと自分のなかにある数字が蘇ってきた。「500、、、500・・・524だ!」

20数年前に起こったある事故の紙面である。
『羽田発大坂行きJAL123便、乗客乗員524人を乗せてレーダーから消える。長野・群馬県境の山岳地帯に墜落・・・』

1985年8月12日、羽田発大坂行きJAL123便は、乗客509人、乗員15人、合計524人を乗せて、午後6時12分に羽田を離陸したが、午後6時56分30秒、群馬県側の山岳地帯である高天原山に墜落―乗客のうち重傷4名は8月13日に救出されたものの、520人は還らぬ人となった。

**********************************
事故から20数年経っていた。高天原山のあの尾根に来ていた。時折雨が降りしきり地上とは異なる別の世界を感じていた。

 上野村には子供のころ家族旅行で訪れていた。鍾乳洞があってイノブタの郷土料理を食べた記憶がある。神流川に沿う国道299は当時来た頃も今もほとんど変わらない気がした。

ただし上野村に入った頃からは見違えるような新しい道路と整備されたトンネルが現れた。そして浜平地区から御巣鷹の尾根へと続く道も途中のダムまではまるで有料道路のように整備されていた。しかしダムから先は落石注意の看板が現れ、一転して狭い山道になった。結局国道299より車止め(新)まで車で40分くらいかかった。

少し前までは旧車止めからの登山ルート(2k)があり見返り峠を経て約2時間かかっていた。今はもう少し上に車止め(新)ができたおかげでそこから徒歩で700m沢を上ると尾根に付く(約20分)。それでもかなりの急騰で、決してハイキングコースのようなものではない。

尾根に近づくと1D,2Eとか場所を区切る標識がでてきてそこには遭難者の墓標が散在した。尾根への道も急騰で平均傾斜30度の斜面だ。息せき切ってやっとのことで上りきった先がぱっと開けた。わずかな平らなスペースに昇魂の碑が現れた。花を手向け鐘の音とともに祈りをささげた。と同時に思わず涙が溢れた。不時着などでなくこの急峻な尾根に激突したのだ!そうあの時ここは地獄だった。−−−−−

<自衛隊/警察/消防団>
そこはまさに地獄だった。おびただしい残骸のなかに手や足や肉片が飛び散っていた。一瞬のうちに人間が物体と化す。屈強な男性も美しい女性も子供も老人も一瞬で肉片に変わる。理由など何もなく。こげたにおいは鼻をつきやがて強烈な腐臭に変わる。かつて感じたことのない臭いの恐怖であった。佐久間ニ槽は樹木にひっかかった人間に皮や黒く焦げた遺体をまのあたりにした。ホバリングするヘリは生い茂る樹木と燃料の匂いと肉片のスエタ臭いを一気にかき混ぜた。

人間の恐怖とは、得たいの知れない恐怖、不安、絶望感、理解しがたいものに恐れを感じる。明確なもの簡潔なものには恐怖を感じない。人は事実(死)を受け入れるまで恐怖と不安に苦しむ。昨日まで元気だったあの人がなぜ…という理解できない絶望感に、残された人々は突き落とされる。衝突時のスピードは263.7ノット(およそ480km/h)数百Gという衝撃に人間は死というより一瞬に原型を失う。事実機体前方部の遺体は地中深くまで埋まっていた。−−−−−

尾根を少し上に行くとトタンばりの小さな小屋があってその中に色あせた故人の写真や思いでの品が置いてあった。巨大な岩(X岩)があってそこから先にすすめない。道を迂回しまた少し登っていくと今度はおびただしい数の墓標の前に出た。上にも下にも前にも後ろにも細い道におおいかぶさるように墓標で埋め尽くされていた。520の墓標が立つこの山全体が墓なのだ。

<奇跡の生還者>
オチアイユミ、ヨシザキヒロコ、ヨシザキミキコ、カワカミケイコ。
当時非番でJAL123に乗り合わせたアシスタントパーサーだった落合さんの証言は極限状況、および事故原因を探る上で貴重な文章だ。ぜひ全文を読んでいただきたい。吉岡忍「墜落の夏」より
リンク http://www.goennet.ne.jp/~hohri/n-index.htm


<ディパーチャー>
その日の羽田ロビーはお盆前ということもあり帰省客やビジネス客でごった返していた。18時4分、123便は18番スポットを離れゆっくりと15番滑走路へ向かった。機内は帰省客やビジネス客でほぼ満席状態だった。

<パイロットたち:高原機長、佐々本副操縦士、福沢航空機関士>
クルーはその日は最後のフライトだった。(注1)
機長昇格を控えた佐々本(副操縦士)は左側(通常機長の座る位置)に座っていた。

JA8119機は離陸後羽田沖180度方向(南)に順調に高度を上げ館山沖で200度方向(南南西)に進路を変えていた。天候は快晴。いつになく夕日がまぶしかった。18時24分(離陸から12分後)、大島上空を過ぎ徐々に水平飛行へと入りつつあった。高度24000フィート(7200m)(注2)。

(注1:実際は航空機関士は前2回JA8119に、副操縦士は別の機に乗務し、機長は当日最初のフライトだった)
(注2:巡航高度の24000ft(7200m)へ向け上昇中、23900ft(7170m))

突然スチュワーデスからの内線が入った。
「・・・たいという方がいらっしゃるのですが、よろしいでしょうか?」
「気をつけて、じゃ気をつけてお願いします、手早く、気をつけてください」
〜ドーンという衝撃音〜(伊豆下田上空)

「なにか×××たぞ!」「ギアみてギア」高原はとっさに“スコーク77”を発信した。パイロットとしての直感だった。航空上での最高度のエマージェンシーコールである。果敢にACC(東京航空管制)との交信をおこなう。

高原は飛行時間3900時間を越えるの優秀なパイロットだった。”多少のことでは動じない肝っ玉の据わったパイロット”と慕われ、同僚や後輩たちと飲んでいるときでもパイロットにとって一番大切なのは技術や知識よりも経験感だと説いていた。

ジャンボはハイテク機であるがゆえ必ずそのフライト時の総重量を入力する。飛行距離による燃料や乗客数によりそのつど重心位置が変わり操縦に影響を与えるからだ。ある時チェックリストをみてこの乗客数と燃料にしては軽いなあと不審に感じた。気になって整備部に問い合わせたところキロとポンドを間違えて報告していたのだ。もし軽い重量をもとにフライトしていたら人為的な事故になっていたかもしれなかった。

そして今また悪い予感は当たっていた。「ハイドロ全部ダメ!?」

<リターンバックトゥーハネダ>
JAL123「アー、東京管制部、こちらJAL123便、緊急・・トラブル発生、羽田に戻りたい、22000フィートまで降下する、どうぞ」
管制部「22000フィートまで降下ですね。了解、要求通り承認します」
JAL123「大島へのレーダー誘導をお願いします」
管制部「右旋回しますか、それとも左旋回?」
JAL123「右旋回に移っています。どうぞ」
管制部「右旋回して、磁方位90度(真東)、大島レーダー誘導します」
――山崎豊子著『沈まぬ太陽/御巣鷹山篇』(新潮社刊)より――

<アンコントローラブル>
その時すでに垂直尾翼の2/3が脱落していた。ハイドロプレッシャー(油圧操縦)システムの4系統全てに損傷が及んで、エレベータ(昇降舵)やエルロン(補助翼)は殆ど操作不能となってしまった。

もはや飛行機の艇をなしていなかった。垂直尾翼のないJA8119機は出来損ないの紙飛行機のように飛行し激しいダッチロールやフゴイドを繰り返した。舵は全くきかない。エンジンスロットルのみで機体を操縦していた。「これはだめかもわからんね」すでに手は尽くしたとわかったとき。しかし奇跡はおこるかもしれない・・・。−−−−−
−−−−−
パワーマックス!フラップアップ、フラップアップ、あたま上げろ、パワーー。ああだめだ。ー衝撃音ー。
ACC(東京航空管制)は必死に呼びかけていたが、18時56分02秒レーダー上にEMG点滅するJAL123の輝点がスッーと消えた。


<遺書/河口博次さん>
河口さんは異様な機体の飛び方に恐怖を感じた。「マリコ、津慶、千加子どうか仲良く。もう飛行機には乗りたくない。こんなことになるとは残念だ。さようなら。子供たちのことをよろしく頼む。今六時半だ。飛行機はまわりながら急速に降下中だ本当に今迄は幸せな人生だったと感謝している」

<坂本九さん>
この事件に巻き込まれた一番の有名人とえば坂本九さんこと大島九氏である。彼は東京大阪間は通常全日空を利用していた。お盆前の混雑から全日空が取れなくJAL123に乗ってしまった。遺体には結婚式を挙げた笠間稲荷神社のペンダントが胸に突き刺さっていたことで身元が判明する。

<乗客/Kさん>
吉岡忍氏の「墜落の夏」にKさんのことが語られていた。落合さんを手伝い一緒にライフベストの装着の仕方を乗客の方に指導した会社員の方だ。吉岡氏の文章にもあるとおり極限状況の中で他人のために行動できるなんてできるもんじゃない。もし自分っだたらそんな勇敢に振舞えるだろうか。毛布かぶってブルブル震えるのがオチなんじゃないか。そんなことをふと考えた。

<生還>
落合由美、吉崎博子、吉崎美紀子、川上慶子
他に比べ比較的元気だった川上さんでもCPKという筋肉ダメージの数値は4万を超えていた(通常は数10cpk)。彼女らは数十Gという衝撃の中を奇跡的に生き抜いた。

生存した彼女らは遺書を書いていなかった。なぜ書かなかったのか?自分はふと疑問に思った。吉崎さんにしても「どこかに不時着するのだろうか」ぐらいにしか思っていなかったらしい。落合さんの見た機内でも泣きそうになってるのは男性ばかりだったとある。そこに女性の精神的・生物学的な強さを垣間見ないだろうか。

この事故後飛行機は後方部の方が安全だという話を聞いた。でもこれには全く根拠がない。なぜならこの事故の場合衝撃で機体が分断し機体後方部はちぎれて尾根を飛び越えている。そのとき植林樹の上をまるで歯ブラシの上を沿うように沢まで落ちた。

これが衝撃を吸収できた要因らしいが自然樹なら堅いため衝撃吸収にならなかったかもしれないし、500Km/h以上で飛んできた鉄の塊の衝撃を吸収する角度やタイミングとはまさに奇跡でしか起こりえない。この奇跡と女性の精神的・生物学的な強さが生還につながったのではないだろうか。


<日航お客さま世話役(井上美代子さん)>
緊急に召集された乗客名簿520の一人の名前があてがわれた。
「こちらのお客様のご家族及びご親類の対応を頼む」井上さんはシュチュワーデスの教官だった「最悪の事態を想定して対応にあたってくれ」井上さんは××さんのご家族に藤岡市の対策本部前で始めて会った。

「今後対応に当たります井上です。何かありましたら遠慮なく申しつけてください」困惑した家族は事の詳細を必死に聞き出そうとした。遺族は時にはかなり厳しい要求をぶつけることもあった。「不謹慎だ、スリッパを脱げ・・・」
井上さんは困惑していた。家族と鰻料理を食べにいったとき突然倒れ、そのまま意識不明になり亡くなった。

<検死医>
事故現場から少し離れた藤岡市民体育館の中でもうひとつの戦いが始まっていた。前代未門500人を越す遺体の検死作業である。盛夏である8月の体育館の中は摂氏30度を越す。恐るべき劣悪な環境の中検死医たちはもくもくと作業を続けた。「先生、チョットきてください」ある一角から声があがった。三つ目も頭部だった!あまりの衝撃のため別人の頭部がめりこんでいたのだ。体育館の裏の側溝には体長2.5センチにも達した蛆虫の死骸で埋まっていた。それにオーバーラップし当分の間白米の飯が食べられなかったという。


<上野村/仲沢勝美さん> 、
通称ナラカツ。そのあたりでは知る人ぞ知る人物であった。豪放磊落。若い頃は人を殺めてしまったこともある。トレードマークの鉢巻にとにかく声がでかい。でも日航の事故をきっかけに彼の人生も変わる。

月命日の12日には必ず御巣鷹の尾根に上っていた。登山道を整備したり、高齢で山に登れない遺族のためにかわりに尾根の写真をとって送ってあげたり、遺族のために尽くされた。そんな彼も2006年1月脳梗塞のため倒れかえらぬ人となった。

<ラーメン風の子>
街道沿いにはコスモスが咲きほこる。もう少しすると群馬は厳しい冬を迎える。藤岡の古い町並みをすこしいくとラーメン風の子があった。当時と変わらない内装のようで自分はテーブル席に座っておもむろに中華そばを注文した。少しして家族ずれ4〜5人が来て奥の座敷を占有した。

母親らしき人が携帯で「今風の子にいるんだけどさぁ、来る?」と上州なまりでしゃべっていた。店は古いがなじみの客がつく味自慢の店のようだ。無愛想に出て来たラーメンは手打ちでおいしい。20数年前飯塚さん等検死医スタッフは道をはさんだ体育館で戦っていた。

ふと新聞のテレビ欄に目をやると思わず食べていた箸が止まった。その夜偶然にもクライマーズ・ハイの再放送の予定があったのだ。新しく立て替えられた市民ホールは時のながれを感じさせたが、日航機事故の碑とラーメン風の子はあの頃のままだった。

**あとがき**
世界最大の航空機事故は周知のようにボーイング社の圧力隔壁の補修ミスが原因で機体後部の圧力隔壁の破壊による機内与圧空気の急激な噴流により、垂直尾翼を噴き飛ばし、JAL123便は操縦不能となり、高天原山に墜落したということです(運輸省航空事故調査委員会の報告書より)

しかしそれでも今なお解明できない部分が多く残り、特に生存者の証言などからはこの圧力隔壁破壊説が正しいとは決していいきれません。それゆえ無人標的機ファイア・ビーなどによる外部破損説、フラッター現象説などさまざまな要因が信憑性を生み、20数年経ったむしろ現在の方がこの事故に関する関心の強さを感じます。

先日羽田空港の周りを歩いてきました。巨大航空産業が林立するあの一体には我々庶民には入り込めない独特の雰囲気があります。“ボーイングは国家なり”とあるように一機200億とも300億とも言われる航空機のハイテク技術及び政治的な駆け引きは永遠にこの事故を覆い隠すのでしょうか。この度のブログは事故原因についての究明ではありません。

事故をきっかけにさまざまな人々が巻き込まれてしまったという事実をもう一度考えていただきたかったのです。あの日一晩中ラジオから流れる乗客名簿の読み出しを忘れることができません。ショックで一睡もできませんでした。もうこのような事故を繰り返してはなりません。

JAL123便乗客乗員の方々、その御遺族の方達に心から哀悼の意を表します。そして自衛隊、消防、警察、検死医、日航職員、上野村、藤岡市の方々、その他この事故に人生を巻き込まれていった方々、その御尽力に敬意を表します。

2008年2月 横田タカン

<参考文献>
日航機墜落123便、捜索の真相 河村一男 イーストプレス
日航ジャンボ機墜落  朝日新聞の24時 朝日新聞社会部編 朝日新聞社
墜落の夏  日航123便事故全記録 吉岡 忍 新潮社
疑惑  JAL123便墜落事故 角田四郎 早稲田出版
墜落遺体  御巣鷹山の日航機123便 飯塚訓 講談社
墜落現場 遺された人たち―御巣鷹山、日航機123便の真実 飯塚 訓
JAL123便墜落「事故」真相解明 (御巣鷹山ファイル) 池田 昌昭
JAL123便は自衛隊が撃墜した (御巣鷹山ファイル) 池田 昌昭
沈まぬ太陽(三) 御巣鷹山篇 山崎豊子 新潮社
なにか云って 8・12日航機墜落事故26遺族の記録 池田知加恵
雪解けの尾根 日航機事故から11年 池田知加恵 ほおずき書房
クライマーズ・ハイ 横山秀夫 文藝春秋
御巣鷹の謎を追う 日航123便事故20年 米田憲司 宝島社
隠された証言 日航123便墜落事故 藤田日出男 新潮社
パイロットが空から学んだ危機管理術 坂井優基 インデックスコミュニケーションズ 2008/02/17(日) 01:11:52| 未分類| トラックバック:0| コメント:7


日航機墜落の真相| trackback(0)| comment(0)16 日航機墜落の真相は? * 匿名掲示板が語る2010/08/15(日) 20:29:53

今年で日航機事故から25年。23年経った時から書かれている日航機墜落事故についての匿名掲示板がある。匿名ゆえに信憑性については何ともいえないが、守秘義務により縛られている者が匿名だから投稿するということもある。例えば、


「これはマジな話なんだが、友達の兄貴が当時自衛官で
●●隊情報●隊と言う部隊に所属していて
救助活動というか事故処理に参加したそうだ。

その兄貴と何年か前に酒を飲んだ時に聞いた話だが
以前から事故処理に従事したと言う事は弟から聞いていたので
興味本位でその時の事を聞いてみたら顔色が変わったので
その話はそこまでにして馬鹿話に切り替えた。

暫く飲み続けるうちに、その兄貴がポツリポツリと話だした。
誤射、国家機密、緘口令、事後処理の為の特殊部隊の編成
情報撹乱、ガス、火炎放射器...。
まさに地獄以下の有様だったそうだ。  」

隊員の中には精神状態がおかしくなる者や、生存者をかくまったために
拘束されて送り返された者も少なくなかったそうだ。
その兄貴もすぐに退官したが、その際に口外すれば家族にまで危害が
及ぶと言う事を暗にほのめかされ、自殺を考えた事も有ると
 (【あれから】JAL123便 墜落の真相【23年】3の550)


このような投稿をどのように判断するかは、読者に任せることとしたい。


  【あれから】JAL123便 墜落の真相【23年】 

http://www.unkar.org/read/love6.2ch.net/space/1210995456


NO.1
5 :NASAしさん:2009/08/21(金) 05:42:12
783 NASAしさん sage 2009/08/12(水) 01:54:23
44 名前:@ [2007/02/04(日) 18:11:34 ID:SOgG0y1e]
いやいや、自衛隊機が日航機を撃墜した以外は事実です。
ボイスレコーダ、フライトレコーダーに撃墜を受けたデータは記録されてないでしょう。
絶対に隠さなければならないのは尾翼に無人誘導機が当たったこと。
墜落後、自衛隊の情報操作により、墜落場所をかく乱させ、その間に
無人誘導機の塗料片がついた、尾翼を御巣鷹山で極秘裏に回収しています。
今なら、GPSで墜落場所の確定も容易ですが、あの当時は電波レーダーしかなく、
無人誘導機接触は米軍との申し合わせもあり、絶対機密のため二重遭難覚悟で隊員を、 尾翼回収のため現場に下ろしています。
関係者は上層部からのかん口令に従っています。(間接的に俺も含めて)
関係者は事実を隠している罪悪感を持っています。
自衛隊厚木にいましたが、11年前に退職いたしました。


6 :NASAしさん:2009/08/21(金) 05:43:49
784 NASAしさん sage 2009/08/12(水) 02:02:32
50 名前:@ [2007/02/04(日) 18:43:34 ID:SOgG0y1e]
(6) 日航元社員からの情報で、既にこれは知る人ぞ知る国家機密とも
「あの日最初の衝撃音がした海域では、米軍の極秘訓練が行われ、日航
機には撃墜訓練用のターゲット飛行物が尾翼に接触。米軍は民間機に危
害を与えたことをオンタイムで掌握しており、墜落現場にもいち早く到
着し、救出活動に入ろうとしたが、日本政府から『拒否』の連絡をした
」という。

確かに、米軍のC130輸送機も海軍ヘリも、墜落直後に現場で救援体勢
に入りながら、横田からの指令によって基地に引き返した。「その時、
上空には自衛隊機がいた」と、米軍の元大佐が事故から10年後に証言。
  
件の日航元社員は、「世論が米軍を日本から退去させるには充分な事
故、米軍撤退は当時の日本政府にとっては絶対に避けたい世界情勢のた
め、500人以上の命は見殺しにされた。当時、ボイスレコーダーの音
声が公表されなかったのは、あの最初の衝撃音が隔壁の破裂音ではない
と明らかになるのを恐れたからだ」という。

7 :NASAしさん:2009/08/21(金) 05:44:48
785 NASAしさん sage 2009/08/12(水) 02:07:33
82 名前:@ [2007/02/05(月) 17:03:52 ID:pXV7Eaqc]
伊豆の陸地の方から何か飛んでいって123便に当たったという目撃証言(テレビ)と、プロペラの痕跡の物証。(報告書)
オレンジ色のものが相模湾から引き上げられている様子(テレビ)

目撃者様の聞かれた「バシッという直近の落雷のような音」

墜落現場にあったロケットのような部品(テレビ)

「そんなことあるはずがない」ではなく「これらがなぜ発生したのか」を検討することが重要ではないでしょうか。


83 名前:@ [2007/02/05(月) 17:05:58 ID:pXV7Eaqc]
**山の上で・・記者「今、自衛隊が、整備団に何かを話しかけていま
す。ちょつと聞いてみましょう」「なにやら妙な事を話しています。
整備団が、墜落現場から、何かを運び出そうとしていますが、飛行機の
残骸ではなくて、ロケットの残骸見たいの様です」自衛隊指揮官「これ
は、飛行機ではなさそうだ。どうもロケットのみたいだな」自分も見て
いたが、当初は、何の疑念もなかった。

8 :NASAしさん:2009/08/21(金) 05:46:04
786 NASAしさん sage 2009/08/12(水) 02:16:57
77 名前:@ [2007/02/05(月) 16:54:32 ID:pXV7Eaqc]
本当は、海上自衛隊の艦対空ミサイルの誤射なんだよねー
標的曳航機接触話は「接触」しなかっただけで
誤射するくらい近くに飛んでいたから…

要は標的がニアミスして、ミサイルのロックオンがJAL123になっちゃったのに
誰も気づかなかった。
寸前で観測機(E-2だったかな)が自爆を促したが間に合わなかったらしい。
それもこれもJAL123がデパーチャーデレィで-12分出しちゃったからなんだ。
その報告が演習空域の管制に連絡されなかったからなんだよね…
定刻どおりだったらなー。
返す返すも残念です。

9 :NASAしさん:2009/08/21(金) 05:47:06
787 NASAしさん sage 2009/08/12(水) 02:20:25
105 名前:@ [2007/02/05(月) 17:59:16 ID:pXV7Eaqc]
18:40前後の空白の時間なのですが以下の未確認情報とつじつまがあうんですよね。

海自です。
標的曳航機がニアミスしたと言うデマがはびこっていますが、
もっとひどいです、誤射です。
追尾失策で逸れたのに気がついたのですが
自爆が遅く破片が123便の垂直安定板を直撃しました。

E-2Cのクルーです
うちらそれ、たまたま傍飛んでて
確認にやらされた…。
緘口令しかれ、暫くみんな地方の勤務地に
バラバラにされた。
監視もされてた。
今、殆どやめてるよ。
「誘導をやめろ」って命令されてその通りにしただけだよ。
http://neko-usa.s22.xrea.com/jal123/wav/jal123_5602.wav


14 :NASAしさん[sage]:2009/08/21(金) 07:38:53
103 名前:@ [2007/02/05(月) 17:53:38 ID:pXV7Eaqc]
最近読んだ本で、「黒いファントム」森村誠一著を思い出した。核兵器
を積んだ自衛隊機の墜落を隠すために自衛隊が、村民を皆殺しにする話
である

もう一つ中曽根元総理の別荘における盗聴されたとされる発言がありま
す。それが真実であるか否かは闇の中。その中の言葉に官邸からの矢の
催促の撃墜命令要請に対して。「私はこんな事のために総理大臣になっ
たわけじゃない」......総理がみぞうの都市部墜落の大惨事を恐
れて許可する条件として言い出した。「国民に撃墜を知られないように
できるなら許可しよう」、目撃者が出たらどうしますかに対して「何と
かしろ」「殺せという意味ですか」に対して「私をこれ以上人殺しにす
るつもりか」と怒鳴り「何とかしろは何とかしろという意味だと」怒鳴
っていた。


15 :NASAしさん[sage]:2009/08/21(金) 07:40:00
815 :通りすがりですが・・・:2009/08/12(水) 14:32:04
 ふぅ〜。今日も暑いですねぇ〜。
久しぶりにココに来た。
 
一応、もう結論は出ているんだよね。
事故原因の真相は、正直わからない。
(真相は当事者のみぞ知る事、また彼らも墓場まで持って行く ことでしょう)
 ただ、救出に時間がかかった原因は、数年前にハッキリしてるよ。
公共の電波(笑福亭鶴瓶の番組)で流れたからね。
 
番組は、笑福亭鶴瓶が中曽根元首相のお宅を訪問し、首相時代のことを
奥様を交え、懐古するというもの。
放送時間も深夜であったし、事故から20年以上経過して、もう話しても問題ないと 判断したんじゃないのかな。

それとも、中曽根元首相自身が、死ぬ前に話しておきたかったのか・・・
はたまた、ここで注目を集めて、政界で何かアクションを起こすつもりだったのか・・・


16 :NASAしさん[sage]:2009/08/21(金) 07:41:32
816 :通りすがりですが・・・:2009/08/12(水) 14:32:50
続き。

 結論は、だい〜ぶ前にも書き込んでいた方がいましたが、中曽根元首相に非があった。
当時、早い段階で米軍機が墜落機を発見し、現場まで急行、救助スタンバイはOKだった。 けど、中曽根元首相は断った。
 理由は、当時の日米関係、自衛隊の防衛費問題など複雑な要素が色々と絡み合っていた とのこと。

生存者の方のインタビューにもある通り、墜落直後は多くの生存者がいたことは知られていますよね。 中曽根元首相は、苦渋の決定ではあったが、罪悪感はず〜っと持っていた(今でも)。

(番組内で罪悪感という言葉は使わなかったが、それに近いニュアンスのことを言ってた) で、自分の事務所に、123便の犠牲者のためだけに、立派な神棚を設けた。
 自分は事故当時、中学生で、当時の日米関係はハッキリと把握してないけど、ニュースでは 頻繁に防衛費やGNPがどうこうと、放送していたのを覚えている。
 
笑福亭鶴瓶の番組も、事故直後なら大問題になっていたことでしょう。
このスレの書き込みが数年前から激減したのは、笑福亭鶴瓶の番組を見た人が、ある程度、納得 ・理解したからなんじゃないかな。

長文スマンかった。私ももう二度と、ココに書き込みすることはないでしょう。では。


17 :NASAしさん[sage]:2009/08/21(金) 07:44:29
829 :NASAしさん:2009/08/12(水) 17:53:01
日本が米軍救助を断ったことを認めたっていうのは大きいよね
断ったってだけなら、自衛隊は朝まで場所が分からず右往左往したってことにしないと話が成り立たないが
米軍が現場に到着してたことを認めた以上これは崩壊した。

  よって
自衛隊も最初から現場を知ってたことがこれで確定
報道に嘘の場所を教えてたことも確定
わざと翌朝まで時間を稼いだことも確定
時間を稼ぐ必要があったことをしちゃってたってことも確定
全部確定じゃんw


185 :NASAしさん[sage]:2008/07/08(火) 00:34:37
事故直後ニュースで、
「自衛隊の模擬弾が誤って接触し、、、」
と言っていたのを記憶している。
後に模擬弾の「も」の字もニュースで報じないことに
違和感を感じたよ。

「模擬弾があたって油圧が切れ、操縦不能で墜落した」
が真相だと俺は信じている。

旅客機も緊急脱出で落下傘という選択があればいいのにね


213 :NASAしさん:2008/07/08(火) 20:46:12
事故調査委員会の日最終事故調査報告書(1987年6月19)より

「本事故は、事故機の後部圧力隔壁が破損、引き続いて尾部胴体、垂直尾翼、操縦系統の 破損が生じ、飛行性の定価と主操縦昨日の喪失をきたしたために生じたものと推定される。

飛行中に後部圧力隔壁が破損したのは、同隔壁ウエブ接続部で進展していた疲労亀裂に ろって同隔壁の強度が低下し、非子s中の客室与圧に耐えられなくなったことによるものと 推定される。

疲労亀裂の発生、進展は、昭和53年に行われた同隔壁の不適切な修理に起因しており、 それが同隔壁の破損に至るまでに進展したことは同亀裂が点検整備で発見されなかった ことも関与しているものと推定される。」


「推定される」の繰り返しだ。そして、この報告書の内容を裏付けるものは何もない。 相模湾に落ちた垂直尾翼や 尾部胴体 、その他多数の部品についても解析と調査を まったく行っていない。報告書としては非常に不完全なものだ。

もう一度言うが、 圧力隔壁の破損による急減圧が墜落の原因になったという証拠はどこにもない。


220 :NASAしさん[sage]:2008/07/08(火) 21:40:45
>>217
123便の事故の1年後に、タイ航空の飛行機が高度33000 フィートで
土佐湾上空を飛行中、123便と 「 同 じ よ う に 」 後部圧力隔壁が 損壊して急減圧が発生し、大阪空港に緊急着陸した。

着陸直後の乗客や乗員のインタビューの内容をまとめると、 操縦室では「乗員がビッグ・ラウド・ノイズと「インジケーターズにより 急減圧の発生を確認し、13000 フィートまで緊急降下を実施し、 空港への緊急着陸を要請した」

客室では「最後部のトイレの化粧台が倒壊し、圧力隔壁の後方に吹き飛ばされ、 与圧された客室内の空気が強い風となって機内を前から後ろに吹き抜け、 人が宙にまい上がり、物が飛び散った。客室内は一時パニック状態に陥った。
この急減圧によりほとんどの人が一時的に聴力を失い、多くの人が航空性中耳炎になった」

123便の減圧率はタイ航空機の場合の約3倍だったらしいが、3倍もの急減圧を
受けながら上記のような現象が起きていないのは何故だろう。


245 :NASAしさん:2008/07/09(水) 19:17:12
遺族側が再調査を望んだ直後に資料を廃棄した のはなんでだろうね?


270 :NASAしさん[sage]:2008/07/11(金) 02:04:36
議論になってる急減圧は、「尾翼破壊に至るほどの急減圧か」だがな。で、事故調 が調査したら「尾翼破壊にはかなりの急減圧が必要」と解ったが、そこで「尾翼が 破壊されたんだから、かなりの急減圧があった『はず』だ」と結論づけた。

一方、生存者の話、残った写真からすると、「そこまでの急減圧が起こったか疑問」 と言うことだろう。 なんか「尾翼破壊の原因は(隔壁破壊による)急減圧」という結論が先にあってねそ れに沿うように事故調の報告書が作られている印象がぬぐえない。これが未だに議 論がくすぶってる原因だろう。


368 :NASAしさん:2008/07/16(水) 21:47:05

「中曽根 康弘氏」が「死ぬまで言えない事がある。墓場までもっていく」
と言った事があり(これは事実らしい)

それが「日航ジャンボ機墜落に関する事」である!
というウワサを訊いた事があるんだけど、一体、何を中曽根氏は知っているんだろう?


374 :NASAしさん:2008/07/17(木) 19:52:53

中曽根氏の経歴をみても、何か知ってるよね。
国会で証人喚問できなのかな?
賛同してくれる国会議員、遺族らや一般人の署名運動なんかも必要かな?

川上慶子さんの証言で「ザック、ザックと足音がした」とか
近くの沢にきていた、ある大学の助教授や大学生が、自衛隊を見たと
いう証言があるんだよね。
375 :NASAしさん[sage]:2008/07/17(木) 21:39:44
戦後最大の国家関与の犯罪だから、証人喚問は不可能だと思う。
我々が語り続け、風化を止めるしかない。


384 :NASAしさん[sage]:2008/07/18(金) 13:52:59
648 :専守防衛さん:2008/07/09(水) 01:28:59
遺族は、調査再開要求を出しました(1999年)。
この要求を受けて、事故調査委員会は,1999年11月6日〜19日に、情報公開法施行を前にして、事故調査関係の資料を廃棄しました。

その重量は1160キログラムでした。


387 :NASAしさん[sage]:2008/07/18(金) 18:00:20
過疎ってるから夏休みのお勉強会でも開くかな。
最初のお題はいきなり「デコンプレッション」
まずは報告書否定派の言い分を整理しておこう。

・急減圧が起こったとすると機内の温度は氷点下数十度まで急激に降下するはずだが、 生存者の証言ではそんなことは起こらなかった。

・急減圧が起こったとすると乗員乗客は酸素欠乏により急速に行動力を喪失するはずであるが、 生存者の証言やボイスレコーダーの記録ではそんなことは起こらなかった。

・パイロットは急減圧時には反射的にマスクを装着するよう厳しく訓練されている。 しかしコクピットでマスクが使用されなかったことにより急減圧が起こらなかったのは明らかである。

・報告書では爆発音直後に「高度警報音」が鳴ったがすぐ停止したとするが、
 警報を止めるボタンはフライトエンジニアの席にしかなく、キャプテンの許可なしに操作することはありえない。

 これは事故調が急減圧があったと強弁するために別な警報を高度警報と決め付けているのに違いない。


392 :NASAしさん:2008/07/19(土) 04:03:38
>>374
>ある大学の助教授や大学生が、自衛隊を見た

そうそう。藤田日出男氏の本に書いてあった。たしか自衛隊と直接明言はしてなかったけども。

墜落直後に自衛隊が誤報を何発も流し、警察と連携して、地元民による捜索の足を食い止めた。
この罪は末代まで消えない。


405 :NASAしさん:2008/07/19(土) 15:20:32
無人の自衛隊機が誤って、123便にぶつかったという話を読んだ。
墜落後、そのオレンジ色の無人機を回収に、自衛隊員が現場に来ていたらしい。
でも全て回収しきれず、後になってオレンジ色の破片が見つかったという。

個人的に思うんだけど、慶子さんがマスコミに一切出ない理由の一つに、
「自衛隊が関わっていたとか、真実を何か感じ取っていて、
国家やを守る自衛隊への不信、両親が共産党員であったこと・・・」等、
も挙げられるのではないか?と思う。
国の嘘や陰謀、策略、マスコミに踊らされるとか、もろもろのものを
含めて、信じられるものがなかったんだろうと思う。


420 :415[sage]:2008/07/19(土) 20:21:04
弾道ミサイルが追いかけてきたから
ひたすら高度を上昇させていた(乗客シートベルト再装着)
よって18時25分時点の位置は
伊豆大島の北東(報告書より手前)
18時30分時点の位置は稲取あたり(タクシー運転手がドカーン音で目撃、遺書にも見られる18時30分時の変化)
音の原因は、小川哲氏が撮られた写真に写るものが、攻撃したから


448 :NASAしさん:2008/07/22(火) 20:39:34
>>446
隔壁は小さく壊れた程度だと思う。機長は急減圧が起こったとは考えてないとおもう。

なぜなら急減圧警報と自動操縦解除音は非常に似ているそうだ。事故調もあいまいに急減圧警報或いは自動操縦解除音としている。

だが圧力隔壁が壊れたことによる垂直尾翼の破壊論ならば、急減圧が起こったことにしないと理論が矛盾してしまう。
通常、急減圧警報が鳴った瞬間クルーは酸素マスクを着け、 安全高度まで機体を降下することが自然に出来るよう、体に教え込まれている。

しかし、誰もマスクをつけていない。
そして2万2000フィートで飛ぶことを希望した。 これなぜか。機長は急減圧は起きていないと判断したからだ。

また、機長は4系統ハイドロオールフェイルを信じなかったようだ。
なぜなら、乗務訓練では油圧1系統死んでも大丈夫、

油圧2系統死んだら緊急事態、空港に戻れという指導。
油圧3系統死んだ場合の訓練・・これは項目すらない。
乗務員たちには<起こらない・ありえない>と教えられているからだ。
油圧4系統が死んだという表示(つまり油圧全死)が出た場合、 乗務員は間違いなく計器板を疑うそうだ。だから高浜機長は操縦しようとした。
油圧2系統損失ならば少しは操縦機能が動くことを知っていたからだ。

しかし、未曾有の事態だった・・・計器盤は真実教えていたのだ。油圧は4系統、つまり全て死んでいた。


503 :NASAしさん[sage]:2008/07/24(木) 23:08:10
緊急信号スコーク77を発信して
自衛隊機2機が123便を捉えられていたんですよ

この2機が、爆破される123便を捉えているのだが
このことを隠滅や捏造している日本政府。


510 :自衛隊は墜落地点を隠蔽した:2008/07/25(金) 14:21:58
>>471
米軍は確実に捉えていました。
自衛隊もおそらく本当は正確に捉えていました。
にもかかわらず、防衛庁自衛隊はわざと誤報を連発し、墜落地点を明朝まで隠蔽しました。

詳細↓
http://www.alpajapan.org/kannkoubutu/jikobousi/JIKO1-1.HTM

墜落後、25分で米軍機Cー130が墜落地点と見られる火災を発見、それ から1時間近くも経過してから、 墜落地点から8 も離れたぶどう峠の長野県側が現場だとの怪情報が流されました。(資料1)

更に墜落から2時間15分後には、米軍情報に基づいて、朝日新聞社のヘリによって墜落現場が再確認され、写真撮影に 成功しています。その3時間後に自衛隊が運輸省や警察に通報した地点が約4 も北にずれた場所で、群馬県なのに、
なぜかその地点が、長野県側であるとの誤った情報までつけ加わっていました(自衛隊が発表したといわれる地点は、 緯度経度では群馬県側;(資料1)防衛庁情報1)。

 防衛庁からは13日の午前2時になっても、まだ墜落地点は「ぶどう峠から210°/3マイル」とか、「御座山(おぐらやま)の 南斜面、頂上から1 」(資料1 防衛庁情報3)などの情報が新聞社に流されていました。

13日の朝、明るくなって、 墜落地点が視認されてからも、まだ防衛庁は長野県とか、群馬でも5km北西の地点を通報していました(資料1  防衛庁情報4・5)。これらは理解しがたい誤りです。これについては、「単なる誤りとは考えにくい。現地に人を 近づけないようにしたのではないか?」との疑問の声が当時から出されていました。
 
そこへ、95年8月27日付の米軍の準機関紙である「スターズ アンド ストライプス」紙に発表された、MICHAEL ANTONUCCI氏の証言(資料2)が加わり、「米軍がなぜ現地に降下しかけていた厚木基地の救助ヘリや、最初に 現場上空に到着していたCー130輸送機に引き返しを命じたのか」「そのことをなぜ口止めしたのか」など、謎は一層 深まってきています。


11 :NASAしさん:2008/07/25(金) 14:31:59

「単なる誤りとは考えにくい。現地に人を近づけないようにしたのではないか?」

防衛庁・自衛隊の奇怪な行動を見て、現地の人々やマスコミからも、当然このような疑問が出るわけです。


防衛庁・自衛隊は、墜落現場から救助隊を遠ざけて、一体何をしようとしていたのか。

元日航パイロットの藤田日出男氏は、誰よりも真っ先に防衛庁幹部自身が、自衛隊による撃墜の可能性を念頭に置いて 先回りして調査したのではないか、としています。

防衛庁・自衛隊の許されざるエゴによって、墜落地点にかんする情報が執拗に隠蔽され、救助されていたはずの人命が失われた。
これは推論でもなんでもない、現実なわけです。

防衛庁自衛隊に対して、怒りを禁じえません。


802 :NASAしさん[sage]:2008/08/13(水) 11:47:26
別冊宝島1324  昭和・平成 日本「怪死」事件史  2006年08月01日発行 に
日航ジャンボ機墜落事故(1985年)━━特別インタビュー 安部譲二( 作家/元日航の客室乗務員で、単発エンジン小型機の操縦免許保有 )
「 陰謀でもなんでもなく、日航機は撃墜されたとしか思えない 」
というインタビュー記事を改めて読んでみた。

上記 インタビュー内で安部氏が指摘した疑問点及び記事内で指摘された疑問点を、ここに改めて掲出する。

@ 当時1985年であっても、あれほど大きな旅客機が米軍−自衛隊のレーダー監視網から消えた状態( それも機体発見の翌日 9時まで )になるとは、考えられない。

A ヴォイスレコーダーがプライバシー保護を基に一部は公開されていないのは、事故の甚大さからいって不自然であり、 またオリジナルテープが既に廃棄処分されている点もこれまた不自然。

B 事故調が「 急減圧があった 」としているのに、パイロットが酸素マスクを装着していなかった理由を「 不明 」としているのは一貫性が無い。

C生存者の一人( 客室乗務員の落合由実さん )の証言によれば、どう解釈しても急減圧はなかったことを証明しており、 事故調でも証言しているのに、それを採用しなかった点には矛盾がある。 ( 客室乗務員は急減圧の訓練を受けているので、勘違いは有り得ない・・・安部氏 )

D 「ボーイング社がずいぶん早くに修理ミスから圧力壁の破壊を認めた」のは、どう考えても不自然。

E 御巣鷹山近くの複数の住人が日航 123便が炎をあげて墜ちてきた、光るものが飛んできたと証言しており、排気を炎と見間違えることはあるのだろうか?

F 当時の群馬県上野村村長黒沢丈夫氏( 海軍兵学校出身で、零戦でミッドウェイ海戦出撃歴有り )は、自己の経験と村民の証言からいちはやく墜落地点を御巣鷹山と推理していたが、
後にある座談会で事故対策室や日航・自衛隊が墜落地点をなかなか特定できなかったことに疑問を呈していた。

G 安部氏の推理・・・NHKが墜落地点を故意に誤報した( 当初は長野県北相木村辺りと報じる )。

インタビューでの安部氏の最後の言葉
「 ( 日本のマスコミは本当のことを言わないし書かない、調べようともしない )
だから、本当のことを言い続ける僕の仕事がなくなることはない。日航機の事故は必ず書く。これはライフワークだと公言しているんです 」
安部氏に期待したい。


803 :NASAしさん[sage]:2008/08/13(水) 11:48:23
>>802  を受けての
私なりに感ずる、事故以後の不自然さ

事故調査委員会は、事故の主要因として、ボーイング社による「 圧力隔壁の修理ミス 」としている。 ならば、ボーイング社は、メーカーとして致命的なミスを犯した━━と断罪されて良いはず。

日航は、当然 こんなメーカーの航空機には信頼おけない━━として、以後は他社製の航空機にリプレイスするでしょう。

しかし、日航は未だにボーイング社の航空機を使用し、今でも幹線を中心に旧ダグラス社製も含めて主力で使われている。
( 運送会社が、ミスの有ったAメーカーのトラックを使い続けるだろうか? )
モチロン 旅客機業界は寡占が進んでおり、トラックと同様のリプレイスは容易でないコトは百も承知だ。

だとしても、日航が積極的にボーイング社の航空機を採用し続ける理由は他に有るのでは?  と感じざるを得ない。


834 :NASAしさん[sage]:2008/08/14(木) 21:13:53
ところで「自衛隊・救助に向かった自衛隊員を射殺・NHK第一報」は、
勇気ある報道で、せめてもの慰めだ。この後全てのマスコミは、
「軍事中曽根」の前に沈黙を決め込む。まあ腰抜けといえば腰抜けだわな。

次に「奇跡的四人の生存」の件だが、これは現場自衛隊員による、
上官命令に逆らった「名誉ある反乱」の結果だろう。
軍事隠蔽からすれば「全員死亡」がシナリオだった筈だ。
御巣鷹山墜落現場に辿り着いた消防・救命救急及びアメリカ軍・
救命救急まで「軍事拒否」している訳だし。


835 :NASAしさん[sage]:2008/08/14(木) 21:16:40
53 名前:@ [2007/02/04(日) 18:51:10 ID:SOgG0y1e]
JAL123便墜落時には、「待機命令に反して御巣鷹山へ怪我人救助を急いだ自衛隊員1名が射殺された」旨、当日のNHKニュースの初報では発表してましたからね。

知らなかったです。酷い。
この命令を下した人物は逮捕されたのでしょうか?

自衛隊員とは、国家から見れば、やはり使い捨ての駒という存在であり、命令に従わない場合、粛清が待っているということなのでしょうね

勿論、逮捕されません。そのまた上の上官の命令に従っただけということでしょう。
彼らは、重症を負いながらも墜落時にはまだ生きていた乗客達に、真実を語られたくなかったので、墜落現場へ到着するまでの時間を引き延ばしたのでしょう(この手口は、ダイアナさんのパリでの自動車事故の時にも使われました)。
後日、ネット上にアップされた資料でも「自衛隊員1名射殺」に言及したものは幾つも見かけましたが、マスコミはそれっきり沈黙して、日本の未来を暗示しました。
あれから18年余の月日が経ちました。

840 :NASAしさん[sage]:2008/08/14(木) 22:35:17
61 名前:@ [2007/02/04(日) 19:07:00 ID:SOgG0y1e]
それは、この船が海上に落下した123便の尾翼の一部を回収しているのですが、 その時間が事故発生からおよそ24時間後です。
そして、その回収した地点というのは、きちんと測ったわけではないのですが
、相模湾のど真ん中、だいたい事故発生地点から40kmくらい離れているよう
です。

どうでしょうか?海流の流れなど、ある程度は事前に考慮して探索できるとは
言え、回収まで1日というこの時間が私にはちょっと早く感じるのです。

公務中で123便事故について情報をウォッチしていたのなら分かりますが(現
に「R5ドアブロークン」通報を受けて、機外に乗客が投げ出された可能性も
…と海上でも一旦は救助体制がしかれたそうです)、まだ未納入の船、引き渡
すまでは傷もつけたくないでしょうし、本来の業務でない破片の探索なんてや
っていたのでしょうか?乗員皆で海を眺めて…それも事故現場から40kmも離
れたところで。

であるとすれば、事故発生地点から40kmも離れたところで24時間後に数メー
トルの破片を見つける…ちょっと出来過ぎな気もします。
まるで、その事故の時の様子、そして破片の落ちてくるのを見ていたのではな
いか?なんて思わせるような…そんな素早い回収に思えたのです。

841 :NASAしさん[sage]:2008/08/14(木) 22:42:22
43 名前:朝まで名無しさん [2007/02/04(日) 17:47:48 ID:R/eTFamV]
http://gray.ap.teacup.com/applet/123ja8119/archive?b=75
JAL123便墜落時には、「待機命令に反して御巣鷹山へ怪我人救助を急いだ自衛隊員1名が射殺された」旨、 当日のNHKニュースの初報では発表してましたからね。

ところで、テレビ取材の 農家主婦が「無人標的機」目撃証言をしたのですが、かかる農家の家人が注意して取り消させ、家の中に入ってしまいました。
また、日航整備員の先着部隊が無人標的機の一部と思われる赤色機材を回収して」持ち帰る途中に、 自衛隊曹官に「証拠隠滅の現行犯」として逮捕連行されるのが、テレビ画面に出ました。


842 :NASAしさん[sage]:2008/08/14(木) 22:44:37
46 名前:@ [2007/02/04(日) 18:26:33 ID:SOgG0y1e]
私は某事故調関係者の親族の一人です。
私の実家にはボイスレコーダー全編が録音されたオープンリールテープ
があります。

深くは語れません。また機密事項のためコピー等一切できませんが存在
するということだけお伝えします。真実がいつか明るみに出ることを
個人的に願っております。

事例の性質上一切を明記する事はできませんが一つだけ言える事はこれ
は事故ではなく「事件」だと言う事です


843 :NASAしさん[sage]:2008/08/14(木) 22:51:37
92 名前:@ [2007/02/05(月) 17:30:50 ID:pXV7Eaqc]
墜落場所を特定した後も防衛庁が(前代未聞の)わざわざマスコミに自ら電話して御座山に墜落したと誤報を流した事実がある。

事故後早い段階で地元の消防団や猟友会を事故現場であるスゲノ沢へ入らせないようにした自衛隊の存在。
数多くある不可解な自衛隊や県警機動隊の行動に隠された意味は何なのであろうか。


844 :NASAしさん[sage]:2008/08/14(木) 22:54:36
98 名前:@ [2007/02/05(月) 17:43:24 ID:pXV7Eaqc]
ある問題はアリの空けた一穴をきっかけとして発覚する。
問題が発覚して困る人はそのアリを殺そうとする。

日航ジャンボ機が墜落して16時間という殺人的時間を確保したのはそのアリを殺す為だったのではないかと疑われている。
事故調査委員会からしたら生存者は邪魔で仕方なかったであろう。

何しろ生存者の証言と事故調査報告書の大半は食い違うからである。
そして16時間の空白の時間の正当性を文芸春秋にて声高に主張した自衛隊幹部の主張も10年後在日米軍C130ハーキュリーズ輸送機に乗ったアントヌッチ中尉証言によって完全に否定されてしまった。

はっきり言おう。この事故の本当の真実を知る者がいるとしたら、彼らは4名の生存者もアントヌッチ中尉も「死んで欲しい」存在だ。
彼らが居なければこの事故の疑惑を語られる事は激減していたのは間違いない。
権力者にとって自分の名声や地位、利権に比べれば人の命など虫けら同然だ。

850 :NASAしさん[sage]:2008/08/15(金) 00:45:19
178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/14(木) 23:56:32 ID:WRpDhpG6
そう言えば思い出したのが、当時俺の親父の友人の178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/14(木) 23:56:32 ID:WRpDhpG6

そう言えば思い出したのが、当時俺の親父の友人の自衛隊小松基地の司令官だった人が、 家に来た時に言った言葉。

あの速報を聞いて部下に、当時小松基地には有った照明付きのヘリとタンカで救出できるヘリに 出動待機命令を出したそうだ。

しかし、当時の防衛庁からの命令が来なくてどうしても出動出来なかったと。
出動命令が下りてれば、うちの基地のヘリで何人かは助けられたかも知れないと悲しんでいた。


852 :NASAしさん[sage]:2008/08/15(金) 10:04:37
?差出人: まぐまぐ「タクシー運転手からの内緒話」 mag2 0000167798 (mailmag@mag2.com)
送信日時: 2008年8月14日 2:01:48
返信先: takachan1940@tbn.t-com.ne.jp
宛先: *************

*******************
  噂の情報
******************* 2008.8.13更新 No.212

この時期になりますと23年前の日航ジャンボ機墜落事故関連のニュースが毎年報道され航空機事故の恐ろしさを思い起こします。
 
この事故の原因はジャンボ機後部にある圧力隔壁の破損して操縦不能に陥り30分も迷走して山間部に激突したものと公表されております。
 
ところがです、私が数年前、ある国防関係に携わる筋の人からとんでもない話を聞いたのです。
あまりの衝撃で今日まで口をふさいでおりました。
 
その内容とは、JAL123便は事故当日、大阪に向けて羽田を離陸し高度を上げながら順調に飛行し相模湾上空にに来た時でした。
      「ボーン」
という大きな音がしました。国籍は申し上げられませんが飛行訓練中のジェット戦闘機がJAL機の垂直尾翼に激突して上部が破損したのです。
 
このJAL機とジェット戦闘機の状況を「横田ラブコン」と云う米軍横田基地の空域レータ゛ーが監視していたのです。衝突したジェット戦闘機のパイロットはパラシュートで緊急脱出し米軍の救難艇が救出したのです。
 
一方のJAL機は操縦不能の中、懸命に機体を立て直そうとふらふらと迷走しているのを「横田ラブコン」のレーダーは追い続け関東北部でJAL機の機影が消えたので米軍厚木基地から海軍の夜間偵察ヘリが現場へ向かい山間部で炎が確認されたというのです。
 
なぜ、この米軍救援ヘリが救出しなかったのかは今だに謎につつまれているそうです。
 事故で犠牲になられた方のお御霊に心から冥福をお祈り申し上げます。                             
                               合掌


854 :NASAしさん[sage]:2008/08/15(金) 12:42:12
53 名前:@ [2007/02/04(日) 18:51:10 ID:SOgG0y1e]
JAL123便墜落時には、「待機命令に反して御巣鷹山へ怪我人救助を急いだ自衛隊員1名が射殺された」旨、当日のNHKニュースの初報では発表してましたからね。

これが全てを語ってるな。
事実は最初から公表されてたってかw


855 :NASAしさん[sage]:2008/08/15(金) 15:05:36
>>854
つまり、マスコミは事故当初から裏を取らない電波報道を繰り返していたと。


902 :NASAしさん[sage]:2008/08/21(木) 02:10:32
@謎の緊急信号受信・12日
 今日の毎日新聞によりますと、12日の正午頃、 国土交通省の東京航空交通管制部のレーダーに 航空機からの緊急信号が突然表示されたとのことです。

信号は数分で消えましたが、遭難の可能性があることから 第3管区海上保安本部などが緊急信号が発信された 伊豆大島の北約37Kmの相模湾を巡視船やヘリコプターで捜索しましたが、機体の破片や油などの痕跡は全く発見されませんでした。

各空港事務所や自衛隊や米軍にも問い合わせましたが
該当する航空機はなく、誤信号と判断して捜索を打ち切ったそうです。


924 :NASAしさん[sage]:2008/08/24(日) 15:33:55
>>920

> 昔の週刊ポストにオレンジ色の物体の写真
その写真確かにあったのを覚えてる、
蛍光色に近いオレンジ色の物体が写ってた。
それと、救助とは明らかに違う、山肌を歩く3〜5名の写真もあった気がする。

あの頃は、救命胴衣か救命ボートの切れ端位にしか思わ無かったが…。

944 :NASAしさん:2008/08/25(月) 22:46:03
>>941
証言というのは生存者の落合さんのだと思うけど、彼女の証言には”白い霧”が出たとあって それは急減圧があったときの典型的な現象だから急減圧があった証明の一つになってる。

あと、エンジンが生きていて空気は供給されてたから減圧といってもいきなり事故があった 高度7000m近くの薄い空気になったわけじゃない。”急減圧が無かった”と主張してる人は その辺を混同してるだけ。 逆に教えてほしいんだけど、「急減圧が無かった」証言ってどこにあるのかな?

あと状況についてだけど、まず減圧警報音が記録されているし、隔壁には金属疲労による 破壊があった証拠も残ってるわけで、急減圧を示す証拠はある。
急減圧が無かった証拠、ってどういうのがあるのかな?
誤信号の原因は特定出来ていない、とのことです。

958 :NASAしさん:2008/08/26(火) 23:27:47
JA8119 は米空軍の戦闘機によって誤射された

1985年8月12日午後7時、羽田から大阪に向かっていた日本航空123便は、群馬県御巣鷹山の南斜面に墜落し、520名が死亡した。
事故調査委員会は大阪国際空港でしりもち事故を起こし、その修理した圧力隔壁が急減圧によって破損し、垂直尾翼と油圧系統を破壊し 操縦不能になった事が事故原因であると結論づけたが、いくつかの謎が残った !

米軍は墜落地点をいち早く知って、救助態勢を取りながらも突然引き上げた。 米空軍のアントヌッチ中尉が J A L 123便の緊急通信を キャッチして墜落現場を特定し、横田管制へ「ラージファイア(大火)フロムヨコタ305度34マイル」と報告した。 横田管制から厚木基地より 米海兵隊が救難に向かう準備をしていると聞いている。

防衛庁が5回も誤った墜落現場を発表して、現地対策本部を混乱させた。 人命に関わる事故なのに、J 隊の捜索はその日に行われなかった。 
現場発見に10時間、生存者発見に16時間もの時間がかかっている。 アントヌッチ中尉の報告の無線により、方角と距離が分かっているのに
こんなことは有り得ない。  減圧で圧力隔壁を破壊する力が加わったのなら、人間の鼓膜が無事では矛盾する。 また乗客が乗務員の指示によって酸素マスクを付けている写真が残っている。 そもそも、減圧が起きる理由が見当たらない。 

隔壁は胴体のギロチン試験に耐え得る強度を有している。 相模湾での垂直尾翼の捜索が徹底して行われなかった。  

横田空域管制(米軍が東京都の西部に、横田空軍基地を開設した時に設定された空域の独占権) これらのことを総合して推理すると 相模湾は横田空域の境界線を含んだ地形になっていて、その空域を侵した旅客機を米軍の戦闘機が攻撃した。 

日本政府はこの報告を受けて、この事実を抹殺するために、J 隊を使って証拠隠滅(着弾の痕跡を消す)を図った。防衛庁が5回も偽の墜落現場 を発表し、J 隊の救助活動が遅れたのはその証拠隠滅の為の時間稼ぎであり、米軍が救助態勢を取りながら引き上げたのは、真相を隠す為の 軍部の命令であり、アントヌッチ中佐にも口止めしていた。 

と以上の事からも JA 8119 ボーイング 747 SR - 100型 の J A L 123 便は米軍機に よって誤射された事は間違いない。 真実は闇に葬られてしまった。 


NO.2
http://www.unkar.org/read/love6.2ch.net/space/1220083247
185 :NASAしさん:2008/11/08(土) 23:11:21
語調や文脈だけで、不埒な連中が我が物顔でこのスレを、闊歩している事に
我慢がならないのです。
些細な事で構いませんから、ご意見を書き込んで下さい。

それ以外の皆さんへ、参考までに…

日本乗員組合連絡会議:英文名 Air Line Pilots'Association of Japan
http://www.alpajapan.org/

「日航123便に急減圧はなかった」日本乗員組合連絡会議パンフレット
http://www.alpajapan.org/kannkoubutu/genatsu/MOKUJI~1.HTM


371 :NASAしさん[sage]:2009/04/19(日) 01:17:48
当時首相官邸には在日米軍から123便を撃ったと報告が入っていた
しかし、米国命の自民党にとってそれは公にはできない
墜落地点の報告も入ったが、自民党としてはなんとしてでも米軍による撃墜を隠したかった
それにはまず生存者を出さないことだ
全員死なせて証拠隠滅しようとしたわけである

だからすぐに救助活を行わなかったのである

自民党にとって、日本国民の命などどうでもいい
英米の傀儡政権としての保障された地位と利権だけがすべてだ
だからそのまま放置したのが真相


446 :NASAしさん[sage]:2009/06/04(木) 07:23:28
この事故から10年経った1995年8月、当時の真相等が多く 発表される様になった。
そのひとつマイケル・アントヌッチ・ジュニア元米軍大尉の証言である。
(「週間文春」1995年9月28日号)

彼はその日、たまたま沖縄・那覇から横田基地米軍輸送機C130で飛んでいた。
日本側より14時間も前に墜落現場を発見した事実を公表した。 「あの飛行機事故のことは 10年経った今も脳裏に焼き付いて離れない。

JAL123便が管制塔に『緊急』を告げた時、 たまたま近くを飛んでいた。現場はすぐに発見出来た。墜落の2時間後にはアメリカ海軍の 救助ヘリが現場に着いた。あの時、救助にストップがかからなければ、もっとたくさんの人が 助かっていたに違いない。 日本の救助隊が現場に着いたのは、その14時間もたってからというではないか。」

「現場を確認後、グリフィン隊長は残骸の上空600メートルでそのまま旋回飛行を続けた。 私は横田基地 からの位置を測り、20分後には正確な位置を割り出して横田基地に知らせた。 やがて横 田基地から連絡 が入り、60キロ離れた厚木基地から海軍の救助隊が来ると知らされた。あと1時間で着くという。」

「彼ら(海軍ヘリ)は少し離れたところで、ラペル(ロープを使って懸垂降下すること)で二人 の乗員を地上に降ろし、検索しようとしている。ゲイリーがヘリと話している間に、私は司令部へ連絡を入 れた。 その時、司令部の命令はこうだった。 『日本の救助隊が向かっている。すぐ基地に戻るように。』
しかし私は次のように伝えた。 『海軍は救助に入りたいと言っています。』

447 :NASAしさん[sage]:2009/06/04(木) 07:24:16
すると司令部は次のように言った。 『繰り返す。すぐ基地に戻るように。海軍も同じだ。』 もはや私は『わかりました。帰還します』と答えるしかなかった。

降りかけていたヘリの乗員たちは、 再びロープを登っていった。 その時、我々の900メートル上空に、日本の 飛行機が旋回しているのを認めた。午後9時20分だった。これが現場に来た最初の日本の飛行機である。」
「横田基地で待っていたのは、第316戦術航空団の副司令官ジョエル・シルズである。

グリフィン隊長が報告を終えると、シルズは 『よくやった。でもこのことは一切マスコミに話してはいけない』と言った。 理由はまったく説明されなかった。

しかし翌日のニュースは、もっと衝撃的だった。 日本の救助隊は現場を発見できず、やっと着いたのは墜落の14時間後だと言っているではないか。 私は焦って自分の地図を取り出し、墜落現場を正確に伝えたかどうか調べた。私には自信があった。 伝えた位置は正確だった。海軍のヘリは私の情報に従って現場に来たのだから、間違いない。

我々はあの時、現場の上空を飛んでいた日本の救援隊にを任せた。
それにしても、どうして墜落現場がわからなかったのか?一体、朝まで何をしていたのか?不思議でならなかった。

事故から2週間たって、私は『タイム』と『ニューズウィーク』で 生存者が4人いたことを初めて知った。 しかし残りの記事は、間違いだらけだった。生存者の一人の証言が私をぞっとさせた。

彼女は墜落後、数人の子供達の声を聞いたと言っていた。ヘリを見て手を振ったが、気づいてくれなかった
と語っていたのだ」・・・・・・と以上である。


448 :NASAしさん:2009/06/04(木) 09:10:28
元米軍は別に嘘をつく必要がないと考えると・・・

米軍の救助を拒否して、墜落後生存していた子供の命を見捨てる命令を
出したのは一体誰だ?という話に・・・

もっと子供がたくさん助かって欲しい事故だった 証言では子供の描写もあったから


456 :NASAしさん:2009/06/04(木) 22:51:15
あのね。米軍の援助を日本側が断ったってのは、当夜の内のNHKニュースで一度出たよ。 座間のヒューイ級のヘリが現場に接近していたってのは、それこそ10年以上経ってから聞いた。
ただし、ロープ降下中の要員が途中で止めてロープを上って行ったって記述は???だが。


770 :NASAしさん[sage]:2009/08/11(火) 17:31:59
原因なんて何だって良いじゃん。壊れちゃったものは仕方ないし、
山に激突させたのも、まぁ、ある程度仕方ない。

だが、現場に急行するのに14時間もかかったのは仕方ないじゃ済まないだろ。
明らかに、誰かのミスだ。
何で米軍は助けてくれなかったのだろうか。


771 :NASAしさん[sage]:2009/08/11(火) 17:52:24
米軍はすぐ現場に到着して助けようとしたが 日本政府が断ったため中止して引き返した
自衛隊も夜間に現場付近に到着済みだったが 朝まで待機していた
待機命令に逆らって救助に行こうとした隊員1名が射殺された とNHKで放送された
墜落後すぐにヘリが現場に着いていたことは生存者証言で証明されている


789 :NASAしさん[sage]:2009/08/12(水) 02:30:06
『疑惑/JAL123便墜落事故』(早稲
田出版刊)の著者、角田四郎氏は、御巣鷹山の現場登山に行ったさい、ある金属片(添 付ファイル)をひろって持ち帰り、事前説明なしで、友人の航空機の整備士(米国人)に 鑑定を依頼しています。結果はどうだったのでしょうか。結果について書かれた部分を ご紹介します。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      彼の答えは、私のド肝を抜いた。「たぶん」と疑問視を付けて
      慎重に、しかし、はっきりとこう言った。
      「ミサイル」(This is missile.)
      「まさか!」(Not Really !)
      「たぶん、ミサイル」(Maybe missile.)
         ――角田四郎著、『疑惑/JAL123便墜落事故』より
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 もうひとつ角田氏はJAL123便が行方不明になったことがわかったとき、家族の 受付けカウンターのあった羽田東急ホテルに行ったそうです。そのとき、乗客・乗員の 家族から質問責めにあっていた日本航空の役員らしい紳士がいたというのです。
 
家族の質問は執拗で、かなり激しかったので、その紳士は相当感情的になって、次の ようなとんでもないことをいったというのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      うちの機は、北朝鮮のミサイルに撃ち落とされたんだ。今はそ
      れしかわからん!!
         ――角田四郎著、『疑惑/JAL123便墜落事故』より
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


791 :NASAしさん[sage]:2009/08/12(水) 02:37:32
60 名前:@ [2007/02/04(日) 19:02:11 ID:SOgG0y1e]
祖父漁師だったが回収作業に協力させられたらしい。
さんざん船と人を拘束しておいて無報酬だったのが気に入らなかったんだと。

漁協に国の連中が来て舟と人員を半ば強制的に借りて 1週間タダ働きさせられてしかも協力者はその期間、外部との接触を禁じられた


NO.3

http://www.unkar.org/read/love6.2ch.net/space/1250788492

60 :NASAしさん[sage]:2009/08/25(火) 13:38:16
>>57
>誰もが風化を認識
以下の不謹慎スレの2009/08/12あたりを見れ。

【JAL】日航ジャンボ機墜落事故 8【123便】
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/archives/1249897775/
【御巣鷹山】日航機墜落事故【JAL123便】
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/cafe30/1215342573/
【日航機】 御巣鷹山登山 【墜落】 Part.3
http://love6.2ch.net/test/read.cgi/out/1242655131/
【もう】日航機事故part34【だめだ】
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/occult/1247241520/
日航機墜落事故から24年
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/news2/1250113503/
【御巣鷹】日航機墜落事故から22年【123便】
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/tomorrow/1184970977/
日航機事故から20年
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/cafe50/1118255848/
【佐藤浩市】クライマーズ・ハイ 【横山秀夫】
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/natsudora/1200217323/
クライマーズ・ハイが俺には一番
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/cinema/1235742311


65 :NASAしさん:2009/08/25(火) 21:25:15
じゃ63の通りだな。

結局、駿河湾上空で標的機絡みで垂直尾翼に損傷を受けたあと、
口封じ&都市部での墜落を避けるために墜落現場付近で撃墜されたんですね? 


66 :NASAしさん[sage]:2009/08/25(火) 21:28:44
標的機衝突ではなくて標的機を狙うはずだった艦対空ミサイルが命中・・
ですね


179 :NASAしさん[sage]:2009/08/29(土) 09:08:53
NHKアナ「ただいま長野県警から入った情報です。現地に救助に向かった自衛隊員数名が、何者かに銃撃され死者負傷者数名が出ている模様です。 続報が入り次第お伝えします」

181 :NASAしさん[sage]:2009/08/29(土) 09:42:26
NHKアナ「先ほど自衛隊員が何者かに襲撃され 死者が数名出たとお伝えしましたが、誤報だった模様です。」
 (ただし謝罪の言葉は一切なし)

333 :NASAしさん[sage]:2009/08/31(月) 04:30:38
一晩中偽の墜落現場情報を流し続けたのは何故ですか?
何故救助に向かおうとした隊員を射殺したのですか?
独自判断で救助隊を出動させた空挺団司令は何故謀反の疑い在りと言われて左遷させられたのですか?


491 :NASAしさん[sage]:2009/09/01(火) 03:03:02
<墜落現場隠蔽事件>

事故当夜、自衛隊が墜落現場が長野県側であるという情報をマスコミに流した
翌朝まで現場を特定できなかった理由を、 当時の航空機での測定精度では無理だった と言っていた
頑張ったけどどうしても到達できなかった、と言っていた。

10年くらい後、アントヌッチ元米軍大佐が
米軍は墜落直後現場に到着し救助活動を始めようとしていたが
日本政府からの要請で中止して引き返した
そのとき現場には自衛隊機も到着していたと証言
→ 隠蔽派には「大嘘」だと言われていた

が、>>15>>16
のように その後中曽根氏がTV放送でアントヌッチ証言を認めてしまった

これにより
自衛隊も本当は墜落直後から正しい墜落現場を知っていたのに
一晩中偽の現場情報を流して時間稼ぎした
ということが暴露されてしまったんじゃね?
というもの


550 :NASAしさん[sage]:2009/09/01(火) 14:11:37
495 名前:名無しさん@5周年:04/08/12 21:18 ID:jB9y0pGY
これはマジな話なんだが、友達の兄貴が当時自衛官で ●●隊情報●隊と言う部隊に所属していて 救助活動というか事故処理に参加したそうだ。

その兄貴と何年か前に酒を飲んだ時に聞いた話だが
以前から事故処理に従事したと言う事は弟から聞いていたので
興味本位でその時の事を聞いてみたら顔色が変わったので
その話はそこまでにして馬鹿話に切り替えた。

暫く飲み続けるうちに、その兄貴がポツリポツリと話だした。
誤射、国家機密、緘口令、事後処理の為の特殊部隊の編成
情報撹乱、ガス、火炎放射器...。
まさに地獄以下の有様だったそうだ。

隊員の中には精神状態がおかしくなる者や、生存者をかくまったために
拘束されて送り返された者も少なくなかったそうだ。
その兄貴もすぐに退官したが、その際に口外すれば家族にまで危害が
及ぶと言う事を暗にほのめかされ、自殺を考えた事も有ると


631 :NASAしさん[sage]:2009/09/02(水) 00:07:35
乗客がカメラでニアミス飛翔体を撮影
ttp://pds.exblog.jp/pds/1/200809/30/59/c0173159_13565941.jpg
建造中護衛艦が当日相模湾で公試中
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%BE%E3%81%A4%E3%82%86%E3%81%8D_%28%E8%AD%B7%E8%A1%9B%E8%89%A6%29
標的機でレーダー性能試験?
or
処女捨島水域(処女捨島ミサイル試射場)or 訓練水域G(大島東方)にて武器発射試験?
ttp://www1.kaiho.mlit.go.jp/KAN3/tuho/index.html
墜落間際の機体からの出火目撃・CVRの火災警報音
ttp://tablet.my.coocan.jp/sound/FVR123.mp3
左翼がーっ!(犯人だっ・・・ ?)(CVRのCPの叫び)
ttp://neko-usa.s22.xrea.com/jal123/wav/jal123_5602.wav
不可解な墜落場所の隠蔽
ttp://blogimg.goo.ne.jp/user_image/70/db/0b3cc991be00b01d43c494a219cabba4.jpg
真っ先に回収されたオレンジ色の謎の物体
ttp://rightwing.sakura.ne.jp/equipment/jasdf/other/mtts/mtts_02.jpg
現場で見つかったミサイルの破片
ttp://intec-j.up.seesaa.net/image/1A8FABB61A1A1A1A1A1A1A1A1A1A1A1A1A1A8FAAA51A1A1A1A1A1A1A1A1A-thumbnail2.jpg
アントヌッチ
中曽根(墓まで持っていく。神棚設置 → でもTVでちょっとしゃべっちゃた


652 :NASAしさん[sage]:2009/09/02(水) 00:33:06
144 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2001/02/03(土) 12:58
  産経新聞昭和60(1985)年8月13日朝刊に依れば、12日夜
 8時4分、日航の予約センターに男の声で過激派を名乗る団体名で電話 が掛かり、「我々は日航機を爆破した」と言って切った。直前の午後7 時48分にも東京・千代田区の国防会議事務局にも「中曽根」と名指し で、「日航機を爆破した」と電話をしていた。

 報道関係も政府も、昨年(昭和60年当時の話!忍)のグリコ・森永事件以来、ステージ犯罪として、種々の宣言や 声明を無視する傾向があり、今年の夏に大きな事を遣る、と言った同犯人の挑戦状を、過激派との関連が明らかであ
るのに軽視し、今回の事件との結び付きも頭に浮かばないらしいが、一連の犯行の延長。仲間との連係と見れば、謎 は直ぐ解ける筈です。

日航機墜落の真相| trackback(0)| comment(0)15 日航機墜落の真相は? * 日航機墜落事故の悲劇を繰り返さぬためには(今までのまとめ)2010/08/13(金) 08:04:23
 

 下田沖に落ちたとみられる垂直尾翼(http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-555.html )を探して倉庫に保管したのは(http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-887.html)、オレンジ色の物体とその塗料がくっついていて、それはミサイル攻撃によることの証拠となるためで、それらの事実を目撃した自衛隊員は、守秘義務違反という名のもとに、自殺させられたりしたということが、今までの推測をまとめてみるといえる。

 乗客の救助を優先しようとしたり、隠蔽工作から真実を知らせようとした者が、殺されていった可能性もある。

真実を知らせようとする自衛官・警察官・日航職員が、隠蔽工作による守秘命令に縛られているとしたら、政権交代によりこれから解放することが、何よりも真実を究明することにつながるだろう。

 墜落時、まだ多くの乗客が生存していた(http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-537.html)ことは墜落直後、現場を通りかかった民間人の証言からも明らかである。(http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-540.html  )この吉野さんという民間人については、http://planz.blog62.fc2.com/blog-category-12.htmlに書かれており、貴重な目撃証言となっている。

多くの生存者の呻き声と指一本なくしただけで命に別状もなさそうな男の人。落合さんも墜落当時男の子の声が聞こえたと言っている。この男性や少年をはじめとして生存者はどうなったのだろうか?

この目撃証言が事実だとすると、特殊部隊(http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-536.html)が救助を遅らせ、隠蔽工作するために、証拠となる機体の回収をし、焼き払ったということがわかる。あの呻き声が、朝の5時にはピタリとやんだという。声がやんでから発見したと速報が流れ、自衛隊が救助に向かったということになる。早くから墜落現場は特定されていたのに。(http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-533.html

 つまり、乗客はダッチロールの恐怖と、墜落による死傷と、さらに生存者は生きながらえながらも放置されて息絶えるまで見殺しにされたり、さらには事実を知っていると思われる者は何らかの理由で葬られた可能性すら考えられるのである。

 生存していた女性4人、スチューワーデスの落合由美さん(http://www.goennet.ne.jp/~hohri/n-ochiai.htm)
川上慶子さん(http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-537.html)・吉崎博子、美紀子さん親子は、いずれも後部座席に座っていて沢に投げ出されあまり気づかれない場所で気を失っていて助かり、最前部にあった機長室は激しく焼かれ(通常の火災ではこのようにならない)、特に高浜機長に至っては、歯しか残っていなかったという。

 墜落現場が特定されていながら救助に向かわせずに混乱させるような情報が流され(http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-533.html)、救助しようとして命令により引き返したことは米軍機アントヌッチの証言(http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-541.html)からもわかります。

 また、日航機墜落の当日の目撃者の証言(http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-546.html)からも、これがミサイルによるものではないかと考えられていたが、現地で採取された破片の結果からも(http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-545.html)そのように判定できる。

 当時の政府首脳の対応についても疑問はかなりあります。(http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-547.html

 「考えてみれば、中曽根内閣のときに際立って前進したのが防衛問題でした。次期防衛計画、シーレーン防衛論、防衛費の対国民総生産(GNP)比1%枠の撤廃論――こういう動きの中で、日米共同でミサイルの開発が行われたのでしょうが、それがとんでもない事故を起こしてしまったというわけです。
 
何か問題が発覚しそうになると、組織として隠ぺい工作に走る――それが官僚の真骨頂ですが、中曽根内閣もそれと何も変わるものではなかったのではないか 」とも述べられています。

 横田基地に誘導されていたのに、なぜか御巣鷹山へ向い墜落した。その墜落現場は、中曽根首相の地元であり、権力を行使できるところだったということもあってあれこれ憶測を呼ぶことになったのでしょう。

 日航機を操縦していた高浜機長について(http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-550.html)は、元自衛官パイロットとして最高の判断と技量を示し、懸命の撃墜回避行動をとったことが、今に至っての真相究明が可能になったと言われていますが、あるブログには、

「おそらく機長の魂は今もそこに留まり、多くの犠牲を出したことに苦しみつつ、私たちに真実の究明を訴えかけているに違いありません。

高濱機長の任務は事故から24年を経過した今も続いているのです。この辛い任務から一刻も早く解放して差しあげるためにも、1人でも多くの日本国民に真相を伝えていかなくてはならない、1人でも多くの祈りを届けなければならない、そう思いつつ、私の真上を飛び去る3つの大きな機影を目で追っていました。」
とも書かれている。

 また、スチュワーデス・乗務員の最後まで希望を捨てずに、不時着のさいの注意事項を落ち着いて切々と訴えている様子についても胸を打つものがあります。(http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-533.html


 「ボ―イング社の修理ミスによる圧力隔壁の亀裂、急激な空気の流入による尾翼破損、操縦不能で墜落。これが最も知られている520人の命を奪った大事故の原因である。」という事故調査委員会の報告書には、25年経った今も
疑問視されています。

日航の従業員組合の組織、日航乗員組合連絡協議会は「急減圧はなかった」と結論したレポ―トを発表し、また当時事故機に乗務していて助かった落合由美さんの証言からも明らかです。


いずれにしても救出が遅れたことは、アイソトープ搭載による放射能汚染があって待機させられた(http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-553.html)という説も出たり、救助に向かおうとした自衛隊員が射殺されたというNHKニュース速報が流れたりした(http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-539.html)ことが、ただの航空機事故ではないと何か意図的に隠蔽工作されていると思われることになるのですが、

「それは、無人標的機の残骸と、最後に123便にとどめを刺したミサイルの残骸とそれに傷つけられた機体を回収するためです。 シコルスキ―(自衛隊の大型ヘリコプタ―)を持っていってすぐ、生存者よりもなによりも早くそれを回収するため行ったんです。

なにかオレンジ色の大きなものを釣り上げている写真を新聞社か週刊誌は持っていたはずですよ」 オレンジ色の部品は123便にはない。無人標的機の塗装色である。

当時、日航の大株主は日本政府である。35%の株を持っていた。 」(http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-550.html)ともうこの時点で持論を展開しているブログもあり、

今回の引き上げた標的機のオレンジの塗料のついた証拠となる垂直尾翼を倉庫に隠し、それを目撃した自衛官が自殺せられたりという事実を、いつかは自分も殺されるのではと、写真にとって真実を知らせた(http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-887.html)ことが裏づけともなるのです。


 度重なる恐怖の末に亡くなられた日航機の乗客と、自衛官という職務と人間としての良心とのせめぎあいの中で真実を残そうとして亡くなった方々(真実を伝えようとしてなくなったのは自衛官だけではないように思われる)、今私は思うのです。

 まだ、事故の究明は終わっていないのだと。日航機とミサイル衝突の事故だけでなく、それを隠蔽しようとして第二・第三の悲劇が続いているのだと。

それには、日本における自衛隊の存在そのものに関わる何かがあるのだと。

 政権交代を果たしても、マスコミをはじめとして権力を行使しているものが代わらない限り、日航機の悲劇は繰り返されるのだと。小沢・鳩山攻撃も同じように思うのです。
 

 最後にやはりミサイル説を唱えていた抜粋を挙げておきたいと思う。(http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-536.html

「それは、自衛隊機のミサイル発射によってエンジン部分が破壊されたことによる墜落という仮説です。

あまりにも恐ろしい、考えられない推測であり、にわかには信じられない思いがあります。
 
しかし、仮にそうであったとするとツジツマが合ってくるのです。自衛隊――いや、自衛隊は一応軍隊組織であり、上の命令によって動く存在であるので、「自衛隊を動かしている存在」−つまり、政府としては、どうしても隠さなければならないものがあったのです。
 
それは、日米でひそかに開発を進めていた巡航ミサイル―――それ自体が極秘であるのに、こともあろうにその演習用ミサイルが、民間機であるJAL123便の垂直尾翼にぶつかってそれを破壊してしまったことです。
 
しかも、その痕跡がはっきりと破壊された尾翼の跡に残っているということが緊急発進した自衛隊機によって確認されているのです。

もし、JAL123便が横田基地や羽田空港などに着陸を試みたとして、大勢の人が亡くなるようなことになったら、その原因が白日の下に晒されることになる――そんなことになったら政府や自衛隊は持たないと考えて不思議はないのです。
 
この場合、「自衛隊を動かしている存在」によって一番都合が良いのは、JAL123便が、人が容易には近づけない険しい山岳地帯に激突して、機体がこなごなに破壊され、垂直尾翼の痕跡もろとも、すべてが隠蔽されることだと思います。
 
そのため、JAL123便を方向転換させ、自衛隊の特殊部隊の演習場である御巣鷹山付近の山岳地帯に誘導したのです。

しかし、JAL123便の機長は、それでも必死の不時着を試みようとしているので、ミサイルを発射して墜落させたのではないかというのです。
 
「自衛隊を動かしている存在」にとってさらに都合が良いことは、全員が死亡することでしょう。

生存者――とくにすべての事情を知る機長をはじめとする操縦クルーに生存者がいることは、「自衛隊を動かしている存在」にとって、致命的になります。
 
生存者はいない方が良い――これが米軍の救出の申し出をあえて断り、墜落場所が特定されているにもかかわらず、直ちに救出しようとしなかった理由であったとしたら、これほど人の道に外れる行為はないといえます。
 
仮にそうであったとしたら、墜落現場での自衛隊特殊部隊の任務は、機体の墜落状況の調査、ミサイルで粉砕されたあらゆる痕跡の回収――とくにミサイル痕が残っている遺体の回収、垂直尾翼の痕跡の除去などになります。
 
とくにコックピット内は焼き尽くされ、何もなかったし、操縦クルーの遺体はなく、ただ歯が残されているのみという状況であったといわれます。

いかに激しく地面にぶつかったとはいえ、遺体の一部は残るはずであるし、コックピット部分には燃料タンクはないのに焼け爛れていたといわれます。それは、まるで火炎放射器で焼いた跡のようであったといいます。

機首前部付近では「遺体がない」という声が相次いだといいます。
                   ・・・[御巣鷹山事故の謎/13」


 

 年月の経過と政権交代によって徐々に出始めた真実。マスコミが事実を語るようになり、あの御巣鷹の山に眠る多くの御霊が安らかに眠り、私があの山で感じたすすりなきが聞こえなくなるのは、いつの日だろうか?

日航機墜落の真相| trackback(1)| comment(1)14 日航機墜落の真相は? * 日航機墜落はミサイル攻撃によるもの 目撃自衛官は殺されることを恐れて証拠写真を残していた2010/08/10(火) 23:52:43

 また、あの日航機墜落の夏がやってくる。最近、日航機墜落の真実を追及するブログにより、新たな情報が書かれるようになった。

その中でも、「日航機墜落の真実を求めて」のブログが、「自衛隊員の自殺率の嘘」と題して書かれたブログを挙げ、

事故が起きた1985年の翌年1986年7月頃から日航機の真相を仲間や身内にばらした自衛官らは殺されているようで、自分も殺されると察したある自衛官は友達に2枚の自殺した同僚の航空自衛官(1986年7月)の現場写真と決定的な証拠写真を託して、その自衛官自身も2ヵ月後の9月12日に自殺させられたようだというのです。

 その写真は、自殺させられたと思われる写真と、倉庫にあった落ちた尾翼部分(資料AB)で、明らかにオレンジ色の物体とその塗料がくっついたままの状態の写真です。これは明らかにミサイルもしくはその標的機がぶつかったことを示す決定的な証拠です。

これらの出典となった「週刊文春」の記事を探しているところです。とりあえず、それを引用したブログを挙げてみました。

 これから推測すると、ミサイル攻撃を受けて垂直尾翼をなくした日航機は墜落。それを隠蔽するために目撃・処理した自衛官だけでなく、乗客などの命も奪われた可能性もあります。

 つまり、ミサイルが日航機に衝突して墜落しただけでなく、ミサイルが追突したとなれば、自衛隊の存在もアメリカとの関係にも支障をきたすという何らかの理由で、この事故を隔壁の亀裂による修理ミスとして処理するために、ま生きていた乗客も放置され、現場処理にあたった自衛隊員も自殺させられたというショッキングな出来事となります。


 真実を明らかにすることが、亡くなられた方々の霊に報いることになるのだと思います。

日航機墜落の真実を求めて

http://nvc.halsnet.com/jhattori/nikkou123/

最近の話題

「自衛隊員の自殺率の嘘」
http://plaza.rakuten.co.jp/topsecretx/diary/200802250000/「みつからなかった70% 」
http://plaza.rakuten.co.jp/topsecretx/diary/200802260000/
下記の写真a,bなどは「週刊文春」の記事から

(実際は事故が起きた1985年の翌年1986年7月頃から日航機の真相を仲間や身内にばらした自衛官らは殺されているようで、それをあたかも1981年から自殺率の調査をしたかのように1986年に急に「自殺する自衛官が年々、増加」と防衛庁は発表:防衛庁、自身が自衛官を自殺にみせかけて殺しておいて?)

この事故(事件?)の1年後から何人もの航空自衛官が自殺に見せかけられて殺されているようです。

自分も殺されると察したある自衛官は友達に2枚の自殺した同僚の航空自衛官(1986年7月)の現場写真と決定的な証拠写真を託して、

その自衛官自身も2ヵ月後の9月12日に自殺させられたようです。

殺された(?)自衛官はこの現場写真や証拠写真などから何を訴えたかったのか?

みつからなかった70%からもわかることは
1枚目の二人ならんだ首吊り自殺の現場写真aでは足場の土台もなく、自殺の状況でないことを示し、 2枚目のbの写真(右側では資料@)は倉庫にあった落ちた尾翼部分(資料AB)で、明らかにオレンジ色の物体とその塗料がくっついたままの状態の写真です。これは明らかにミサイルもしくはその標的機がぶつかったことを示す決定的な証拠です。

a 自殺した(?)2人の航空自衛官の現場の写真(足元に何もない不自然な自殺)b ぶつかったと見られるミサイル(標的機)の一部が付着したままの尾翼部(資料Bの赤部分)

ぶつかったと見られるミサイル(標的機)の一部が付着したままの尾翼部(資料Bの赤部分)


なお映画「クライマーズ・ハイ」は、謙虚に、静かに、本質を隠しつつ、日航ジャンボ機・JAL123便の墜落原因を訴えていました。


Watch The Climbers High 2008 part 1 in ��� | View More Free Videos Online at Veoh.com

http://nikkeiheikinsakimono.cocolog-nifty.com/nikkoujmbonosinnjitu/2009/01/post-5bb1.html
なお10分以上見る場合は1度だけ、WebPlayerをインストールする必要があります。


★★墜落日航機遺体は「二度焼き」されていたかのようだった
(『週刊現代』8月14日号JAL機墜落25年後の真実)

http://www.koubunken.co.jp/mizusima/main.html

 

著者がこだわったのは、「123便はなぜ墜落したのか」である。 著者は、驚くほど丁寧に、粘り強く調べた当時の新聞や、関係者への取材などをもとに、このテーマを執拗に追っている。客室乗務員としての青山さんの体験や亡くなった先輩・同僚についての叙述があまりにインパクトが強いため、「なぜ」の方が見えにくくなってしまう面があることは否定できないものの、「なぜ」にこだわる著者の執念と意志は十分に伝わってくる。ここでは、本書の問題提起のなかから、5つの「なぜ」について触れておこう。

 第1の「なぜ」は、墜落の原因とされた「後部圧力隔壁損壊」説をめぐってである。私自身が見聞きした範囲でも、「123便」墜落をめぐって、本当に多くの人がこの説に疑問を表明している。運輸省事故調査委員会報告書は、「後部圧力隔壁が損壊し、引き続いて尾部胴体・垂直尾翼・操縦系統の損壊が生じ、飛行性の低下と主操縦機能の喪失をきたしたために生じたものと推定される」という結論だったが、これは説得力がまったくなく、私が地方講演で出会った方によれば、航空整備関係では、「後部圧力隔壁損壊」説をまともに信じる人はいないという。

加えて、1986年10月26日のタイ航空機事故が、「なぜ」の一つの側面を明確にしている。タイ航空機は高知上空で機体後部の圧力隔壁が損壊し、大阪空港に緊急着陸した。その時、機内で何が起きたか。ドーンという爆発音とともに、機内与圧が急激に低下。白い水蒸気のような気体が充満し、乗員、乗客が一瞬で航空性中耳炎になった。だが、123便の場合は急減圧が起きず、白い水蒸気のような気体が生ずることもなかった。つまり、事故調査委員会の「後部圧力隔壁損壊」説は、タイ航空機事故により事実上破綻したと言えるだろう。詳しくは本書を参照されたい。

 第2に、「墜落現場の特定がなぜ遅れたか」である。本書によれば、墜落の20分後には、現場は特定されていたことになる。なのに、NHKニュースは墜落現場について二転三転する報道を行った。埼玉県三国山、長野県御座山、群馬県上野村小倉山、同ぶどう峠。これらは御巣鷹山から8〜10キロの円のなかに入る。当時の上野村村長、黒沢丈夫氏(元海軍少佐、零戦パイロット)は、青山さんの取材に対して、墜落地点の計測ミスに怒りを隠さなかった。零戦時代の知識でも特定可能なのに、現在の技術で墜落地点が特定できないはずはない、と。なぜ墜落現場の特定が遅れたのか。それは「遅らされていた」のではないか。救助隊を分散させ、数時間にわたって、御巣鷹山に誰も近づけないようにする何らかの「作為」が働いたのではないか。本書によれば、黒沢元村長をはじめ、救援にあたった地元の方々のなかには、この点についていまも疑問を抱いている人がいる。

第3の「なぜ」は、上記と関連するが、救助の遅れである。自衛隊が到着するのは12時間後である。これについて本書は、『星条旗新聞』1985年8月27日付に注目する。米空軍第345戦術空輸団所属の中尉が、C130輸送機で横田基地に向かう途中、123便の緊急無線を傍受。御巣鷹の尾根に煙があがるのを目撃している。すぐに米軍の救難チームのヘリが厚木基地から現場に向かい、午後9時5分に現場に到着。隊員が現場に降りようとしたのだが、在日米軍司令部から「日本側が現在現場に向かっているので帰還せよ」という命令を受け、救助活動を中止して帰還する。生存者の落合由美さんは、「救助ヘリコプターが上空で回っているのがわかった。手を振ったが気付いてくれなかった。自分の周りでは数人の子どもたちの声が聞こえたがそのうち聞こえなくなった」と述べている。なぜ、救難ヘリに帰投が命じられたのか。自衛隊は本当に夜間に到着していなかったのか。最も早く現場に到着したはずの地元消防団員たちは、彼らが朝9時頃現場に到着したところ、「自衛隊員がすでに山の上から降りてきた」という。彼らは一体、いつ現場に到着したのか。

 第4に、なぜ遺体は黒こげだったのか、である。ジェット燃料はJET-A/40という灯油の部類でケロシンというが、マイナス50度の上空でも凍結しないように、灯油よりも純度が高く、水分が少ない。燃料は主翼内の区切られたタンクに入っているが、大気中に出たケロシンはガス化しやすく、煤(すす)も出にくい。にもかかわらず、主翼の燃料タンクから遠いところに投げ出された遺体が炭化している。遺体が集まっていた所で黒こげ状態が激しかったという。

 当時、遺体の歯形で本人確認を行った大國勉氏(歯科医師、群馬県警察医会副会長)に、青山さんは何度もインタビューを試みている。「私は群馬県警察医として千体ほど焼死体を見てきたが、それでも歯は『すす』で黒くても、裏側や一部は白いままだし、骨もそこまで燃えていない。なのに、あの事故の時は骨の奥まで炭化するほど燃えていた。…二度焼きしたような状況だ」。周囲の木々が幹の中までは燃えていないのに、遺体だけが骨の芯まで焼かれているのはなぜか。群馬県の検視報告書において担当医が「二度焼き」という言葉を使ったことは、ただごとではない。詳細は本書に譲るが、遺体の惨状はジェット燃料の火力のせいだと思い込んでいた私は、この箇所を読んだとき鳥肌がたった。


第5に、123便墜落の決定的な「なぜ」である。『週刊現代』8月14日号は、この点に関する本書の問題提起を4頁にわたって大きく取り上げている。タイトルは「JAL機墜落25年後の真実」。本書のグラビアにも掲載されている写真で、父母と妹の3人を失ったA氏から提供されたものである。そこに「何か」が写りこんでいる。これはA氏の父親がR5(右側最後部)ドア近くの窓の外を連続撮影したうちの1枚である。最初の方は、窓の外の普通の風景で、これを撮影したのはA氏の妹で、旅の思い出として撮ったものとされる。だが、その次(10枚のうちの5枚目)から不思議な写真が続く。窓の外に異変を感じ取り、それを確かめるように何度もシャッターを押しているようにも見える(『週刊現代』の著者インタビューより)。

青山さんはパソコン上でこの写真を拡大していったところ、オレンジ色に変色していったという。画像処理の専門家にこの写真の検証を依頼したところ、「円錐もしくは円筒のようなものを正面右斜めから見たようなイメージで、この物体はオレンジ帯の方向から飛行機の進行方向に向かっているように見えます」という。ネガを直接鑑定すれば、この「オレンジ」の正体も分かるだろう。123便は「横」からのG(圧力)によって機体が揺れている。「後部圧力隔壁損壊」では横揺れは起きないという。この「オレンジ」が右方向から123便に接近しているとすれば、この「オレンジ」と123便墜落との間に重要な関連があるとは言えまいか。

これらが解明されるまでは、25年たってもなお、日航123便の520人に対して、「安らかに眠ってください」とは到底言えないのではないか。123便の右側から接近する「オレンジ」の正体をはじめ、いくつもの「なぜ」に対してきちんとした解明が求められている。メディアの真摯で本格的な取材が求められる所以である。


日航機墜落の真相| trackback(0)| comment(1)13 日航機墜落の真相は?爆発は相模湾上空。尾翼落下は下田沖2009/11/25(水) 13:14:31

 相模湾で垂直尾翼が発見されたということは、羽田を飛び立った123便が相模湾上空で何らかの衝撃を受け垂直尾翼を失い、制御不能のまま飛行していたということになる。
その後の捜索でこの垂直尾翼は相模湾で見つかり、尾翼落下は下田沖とみられている。 

 『日航機墜落事故 東京-大阪123便 「新聞見出しに見る20年間の記録」』 http://www.goennet.ne.jp/~hohri/n-index.htm

の事故直後の8月17日の新聞の見出しには、「 墜落日航機 垂直尾翼、空中で分解後 中央部だけで迷走 垂直尾翼落下 伊豆半島と大島間 発見漂流物は20ヵ所、30片 日米合同調査団が現地入り (毎日)」「 漂着した破片客室天井の一部 第四エンジンも発見(毎日) 」「尾翼落下は下田沖 海流で推定 (山陰)」とある。

また、この 「20年の記録」には、「在りし日のJA8119と、垂直尾翼を失って飛行する事故機 」として垂直尾翼を失った日航機 が秩父大滝上空を飛行しているのが写真に撮影されている。


埼玉県秩父市大滝は群馬県御巣鷹山とは直線距離にして両神山を挿み、すぐのところにある。

これは、8月16 日の新聞見出しの「写真に垂直尾翼なし 会社員撮影「動かぬ証拠」と断定 航空関係者 (読売)」とあるものと思われる。

相模湾上空で何らかの異状が発生した場合、機体のコントロールが利くようであれば当然羽田へひき返すか、最も近い横田へ緊急着陸するだろう。それがなぜ御巣鷹山の方へ向かったのか?

爆発後横田基地へ緊急着陸する手はずが整っていたのに直前に拒否されて御巣鷹山方面へ向かったとか、自衛隊機2機に誘導されて御巣鷹山へ向かったとか言われているが、なぜ相模湾から御巣鷹山へ行ったのかについてはいまだ不明である。

操縦不能になり機体を安定させるため車輪を下ろし、流れにまかせるように漂いながら着陸できる場所を探していたのだろうか?


爆発後から墜落まで 
 
 「123便は相模湾上空で垂直尾翼の大半を失い、同時に油圧4系統全ても切断されて徐々に操縦ができなくなっていった。もちろん、乗員は原因について知るよしもない。

焼津市上空を通過したあたりから次第にダッチロール(機首の横揺れと左右の傾き)が激しくなり、右に60度、ついで左に50度も傾いた機長は「バンクそんなにとるな」と注意するが、このときはすでにパイロットの思い通りの操縦ができなかったと推察される。

 ダッチロールによる機体の揺れで、風切り音が笛の音のように不気味に聞こえてくる。フゴイド運動(機首の上下運動)も加わり、15度から20度も機首が上向き、今度は10度から15度も機首下げの状態を繰り返した。

運行乗務員の思うように上昇、降下、旋回もできず、当初、東京航空交通管制部に要求した大島経由で羽田空港に引き返すこともできない状態になっていた。123便は右に大きく旋回し、北の富士山の方向へと飛行を続けていく。」


「操縦室では機体の操縦に次第に慣れ、左右のエンジンの操作がスムースになり、機体も安定し始めていく。このころ、乗員同士の会話では酸素マスクをつけるかどうかのやりとりがあるが、酸素マスクをつけないまま最後まで操縦を行う。乗員が酸素マスクをつけていなかったと考えられる理由は、酸素マスクをつければくぐもった声になるが、そうなっていないからである。

航空機関士と客室乗務員のやりとりでは、壊れた場所の確認と酸素マスクの話に移っていく。航空機関士は日航との会社無線(カンパニー)で「アールファイブ(R5=右側5番目)のドア、ブロークン」と報告している。これが当初、事故原因だとして発表された。

 機体の調整は左右のエンジンを噴かしたり、絞ったりしながら失速しないように飛行を続けるが、機体のダッチロール、フゴイド運動に対しては、車輪を下ろすことで安定させようと試みている。

一度、車輪を下ろせば油圧がないため、二度と上げることはできない。車輪が下ろされると空気抵抗が強くなり、速度が下がり、失速につながる可能性がある。それでも機体を安定させることが大事であったのだろう。

失速を防ぐためにはエンジンの推力を増加させる必要がある。大きな推力を出すと、左右のエンジンのバランスが難しくなり、山梨・大月市付近では大きな旋回をすることになる。

 7000フィート(2100m)あたりまで降下すると、今度は周辺の山に気をつけねばならない。周辺には雲取山(2017m)、甲武信ヶ岳(2475m)、八ヶ岳(2899m)がそびえている。゜山にぶつかるぞ」「ライトターン」と指示を出し、「マックスパワー」と最大限に推力を上げて危機を乗り越えていく。

 操縦室からは東京航空交通管制部に何度も「操縦不能」を伝えている。羽田空港の管制も加わって123便に周波数の変更を指示するが、123便は操縦操作に追われて自分自身の位置が分らなくなっていた。

羽田管制は「熊谷(埼玉県)の西、25マイルだ」と伝える。秩父山系の埼玉県大滝村あたりを飛行していた。

 123便には最期が刻一刻と近づいていた。長野県の川上村、南相木村に少し入ったところで右に旋回し、御座山をかすめて御巣鷹山方面へと向かっていく。川上村の梓山地区では農作業中の人たちが、頭上をゆっくり旋回していく123便を目撃していた。

目撃者は「何か変な感じだった」と123便の飛行状況について証言している。ただ、垂直尾翼を半分以上失い、車輪を出して飛んでいるところまでは、目撃者の多くは確認していない。

 機体は速度が変動し、エンジン推力も大きく変動している。もはや、乗員による操縦操作は不可能となっていた。墜落時には速度265ノット(時速490km)で、後に「U字溝」と名付けられた尾根の木々に翼端やエンジンが接触し、水平尾翼は脱落した。

この時点でボイスレコーダーの録音は終わっている。時間は「18時56分28秒」であった。

 残された機体は、北西に570m離れた谷向こうの蟻ヶ峰(神立山)の北北東にあたる無名の尾根に裏返しの状態で激突する。胴体後部が折れ、スゲノ沢に滑り落ちて行く。」

というのが、「日航機墜落事故 東京-大阪123便」に書かれている垂直尾翼を失ってから墜落までの様子を追った記述である。

日航事故機は、
◎機体記号 JA8119  ◎型式 ボーイング747SR-100 ◎製造年月日1974年1月30日  ◎製造番号 20783 耐空証明 第48-028 ◎総飛行時間 25,030時間18分 ◎総着陸回数 18,835回  ◎新規登録年月日 1974年2月19日

 事故当日の出発から爆発までは
 
 「1985年(昭和60年)8月12日、ボーイング747SR−100型機のJA8119号機は、日航の定期便として羽田〜千歳503便、504便、羽田〜福岡363便を経て、366便として福岡から17時12分に東京・羽田空港に到着している。18番スポットでその後の123便として大阪への飛行準備をしていた。

 乗客は夏休みを利用した家族連れやビジネスマンが目立ち、509人が搭乗していた。この中には元マネージャーの選挙応援で大阪に向かう歌手の坂本九さんや、21年ぶりのリーグ優勝を目前に控えた阪神タイガース球団社長・中埜肇さん、ハウス食品社長・浦上郁夫さん、元宝塚歌劇団の娘役で女優の北原遥子さんなどの著名人も乗り合わせていた。

 操縦席では左側の機長席には機長になるために訓練中の佐々木祐副操縦士が座り、教官の高濱雅己機長が右席に着いた。福田博航空機関士は、副操縦士席後方の定位置に着席していた。客室では12人の客室乗務員が職務についていた。

日航123便は18時4分にスポット18から移動を開始し、滑走路15に入った。 524人の乗客・乗員を乗せた123便は、燃料3時間15分ぶんを搭載して18時12分に羽田空港を離陸した。

123便は離陸後、機首を180度(真南)に向け、1万3000フィート(3960m)まで上昇をが許可された。このあと、2万4000フィート(7315m)への上昇が承認された。管制は羽田空港進入管制部から所沢にある東京航空交通管制部に移管され、大島の北を伊豆半島の下田市方面をめざして上昇していった。

 18時24分35秒。123便は伊豆稲取港の東約4Km沖の上空にあった。事故調は「ドーンというような音」としているが、ボイスレコーダーを聞いてみると「ドドーンドンドン」と聞こえる。

近くにいた生存者(落合由美さん)は「パーン」という乾いた高めの音だったと証言している。破壊音はジャンボ機の60mの胴体内を伝わっていく過程で、高音が減衰し、エコーも混じってコックピットのボイスレコーダー用のマイクに収録されていた。

衝撃音に続いて「ビー、ビー、ビー」と3回ブザーが1秒間鳴っている。この警報音は客室内の気圧が1万フィート(3000m)の高さの気圧以下になったか、離陸警報が作動したかのいずれかだと考えられている。

 操縦室では機長が「ギアみてギア」といい、続いて「スコーク77(セブンセブン)」と緊急事態を意味する信号の発信を指示している。通常の訓練なら異常事態を把握して、そのときの状況で必要なら「スコーク77」を発信することになっている。

それがいきなり「スコーク77」の発信指示したことは、よほど危険を感じるような振動であった可能性が高い。 」


この「よほどの危険」が何であったのか?出発から墜落までの軌跡をたどるとき、相模湾上空での爆発音が何なのか?なぜすぐに政府は救助に向かわせなかったのかなどいまだに謎とされていることは多い。

御巣鷹山に墜落して520人の身元確認作業の困難さについては、「沈まぬ太陽 御巣鷹山編」にあるとおりだが、真夏の猛暑の中遺体の確認は困難を窮めた。多くの医師・医学者や法歯学者の協力によるところが大きい。確認までには4ヶ月もの月日がかかったというが、それでも二人(うちアメリカ人一人)の身元は確認されなかったという。


この記録におけるその後の記述

「4人の生存者(落合由美さん、川上慶子さん、吉崎博子さん、吉崎美紀子さん母娘)はこの胴体後部の座席だった。事故調の認定した墜落時間は「18時56分ごろ」としている。

位置は北緯35度59分54秒、東経138度41分49秒で、群馬県多野郡上野村大字楢原字本谷3577番地国有林76林班内であった。
 墜落現場は黒沢丈夫上野村村長によって「御巣鷹の尾根」と命名される。御巣鷹山の南東2Kmの地点に当たる。

 墜落時の猛烈な衝撃と火災によって、520人の犠牲者の遺体の大半は激しく損傷していた上に、猛暑という季節的な悪条件も加わって腐敗の進行も早いので、身元の特定は困難の連続だった。

また、この当時はDNA鑑定技術もまだ十分には確立されていなく、地元・群馬県の医師のほか、法医学者や法歯学者などが全国から駆けつけ、冷房施設のない体育館での猛暑と腐敗臭や遺体保存用のホルマリン臭など、劣悪な環境の中、多数の人々が協力しあって人海戦術で判別作業を進めた。

最終的な身元確認作業の終了にはおよそ4ヶ月間という時間と、膨大な人手を必要とした。しかし2名の乗客(うち1人はアメリカ人)の身元は遂に判明しなかった。

 事故調は、2年後の6月19日、事故報告書を当時の橋本運輸大臣に提出。事故原因について、1978年(昭和53年)6月、伊丹空港での「しりもち事故」で損傷した後部圧力隔壁のボーイング社修理チームによる修理がずさんだったため、圧力隔壁が金属疲労を起こして破壊され、急激な減圧とその時発生した衝撃波が垂直尾翼に流れ込み、JA8119号機は垂直尾翼の2/3とテールコーン(補助動力装置などが入っている)を失ってしまったとしている。

 しかし、この「圧力隔壁破壊説」には多くの矛盾が指摘され、事故から20年経っても本が出版され、航空機専門家、パイロットなど乗務員関係者、マスコミ関係者、そして遺族の方々らが真の事故原因解明を求めている。」
           

本文は主に『日航機墜落事故 東京-大阪123便 』(サイト管理人 祝部幸正) http://www.goennet.ne.jp/~hohri/n-index.htm
からの引用であるが、これは米田憲司著「御巣鷹の謎を追う」(宝島社刊)から祝部幸正が引用・加筆したものである。


日航機墜落の真相« | HOME | »プロフィール

Author:熊木和枝:東京都練馬区
 和順庭という庭のガーデニングを趣味としてやっています。高校教師をやめて、ガーデニングのブログを書いていたのですが、小沢問題から真実を調べているうちに、マスコミや検察自体がおかしくなってきていることに気づき、ブロガーたちと検察の捏造や冤罪を追究し、ついに村木局長事件では無罪判決を得ることができました。最近は、市民の立場で真実を追究する政治的内容が多くなってきています。


※寄付のお願い
■郵便局からの振込みの場合
口座 ゆうちょ銀行
記号 10000 番号 88352491

■銀行からの振込みの場合
口座 ゆうちょ銀行
店番 008 普通預金
口座番号 8835249
口座名 熊木 和枝

最近のエントリー
ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (12/20)
小沢一郎vsフツーの市民 第三回座談会 (02/08)
病院殺人事件? 私の夫は臓器欲しさの病院に殺された (01/31)
大高裁判:傍聴人の権利を無視した裁判官 (01/24)
政治家小沢氏を市民感覚という言葉で錯乱・断罪するマスコミ・赤旗 (01/12)
金融マフィアの正体 (01/07)
小沢裁判:政治資金規正法違反ではない (12/20)
 鈴木宗男氏の国政復帰待望・小沢支援デモ (12/19)
検察犯罪を隠蔽する原発事故収束宣言 (12/17)
小沢裁判:田代検事の捏造発覚を新聞は伝えてるか (12/16)
小沢裁判:法廷で田代・民野検事の犯罪明らかに (12/15)
小沢裁判:弁護士と池田元秘書で検察、裁判所に反撃開始 (12/08)
小沢裁判から見えてきた金融マフィアや創価学会の策略 (12/07)
鈴木 宗男氏吼える!:仮釈放モニター中継 (12/06)
裁判所が犯罪:大高さん事件は冤罪!裁判所職員による暴行捏造 (12/03)
前田検事、二日酔いでの取り調べも:大久保隆規証言小沢裁判第6回公判 (12/01)
スゴウデ前田検事登場!:大久保隆規証言小沢氏裁判第5回公判 (11/30)
大高さん、監視カメラ映像から明らかに無罪だが (11/28)
放射線を中和する食品 (11/22)
ワインに薬を入れた故中川昭一金融大臣抹殺の実行犯 (11/14)
TPPや原発を推進し冤罪をつくりだす闇の勢力を告発しよう! (11/13)
裁判所が作り出す冤罪 (11/12)
すぐわかる不正裁判:あなたは弁護士にダマされていませんか? (11/10)
超党派議員参加のTPP反対デモ (11/06)
検察捏造調書発覚!石川証言の小沢氏裁判:第四回公判 (11/01)
カテゴリー
小沢 対 検察・マスコミ (219)
政治 (117)
9 .11の真実・ウィキリークス (31)
日航機墜落の真相 (22)
レストランガイド (61)
日記 (49)
おでかけグルメとガーデニング (73)
旅行 (29)
ガーデニング (56)
政治  オバマ大統領 (11)
地球環境 (3)
インフルエンザ (2)
八ッ場ダム (5)
金融資本家 (14)
高齢者問題 (20)
地震兵器 HAARP(統合型地球物理学兵器) (2)
あしゅらニュース (1)
TPP (2)
ネット市民 (4)
東日本大震災(原発) (74)
地方選に立候補して (8)
世界ふれあい街歩き:アメリカ・カナダ旅行 (39)
東京ファッション (2)
裁判:冤罪事件:大高正二氏・小川達郎氏・東電OL殺人事件ゴビンダ氏  (17)
行政 (1)
ツイートテレビ (1)
リンク
和順庭のツイッター つぶやき
日航機墜落事故 トラックバックピープル
9.11の真実のトラックバックピープル
国民の生活が第一
鳩山政権 トラックバックピープル
和順庭のUSTREAMチャンネル
和順庭のYouTube動画サイト
和順庭からのレストランガイド
「和順庭の四季おりおり」の動画サイト
「小沢一郎を支持します!」トラックバックピープル
応援ブロガー:カナダde日本語
応援ブロガー:反戦な家づくり
応援ブロガー:ふじふじのフィルター
応援ブロガー:かっちの言い分
応援ブロガー:市民メディアネットワーク
応援ブロガー:めざまし政治ブログ
ネット市民ブログ
管理者ページ
最近のコメント
熊木 和枝:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (02/12)
123:小沢一郎vsフツーの市民 第三回座談会 (02/12)
熊木 和枝:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (02/12)
:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (02/10)
123:病院殺人事件? 私の夫は臓器欲しさの病院に殺された (02/06)
動天:病院殺人事件? 私の夫は臓器欲しさの病院に殺された (02/05)
123:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (02/01)
123:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (01/28)
123:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (01/23)
123:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (01/20)
最近のトラバ
投資一族のブログ:東電OL殺人事件 2/2 〜容疑者と現場 (02/10)
★ようこそ「イサオプロダクトワールド」へ★isao-pw★:★誰も書かない自爆用原爆1000発以上の衝撃! (11/22)
★ようこそ「イサオプロダクトワールド」へ★isao-pw★:★誰も書かない原発列島、恐怖の実態! (10/23)
★ようこそ「イサオプロダクトワールド」へ★isao-pw★:★原発災害100km圏内は直接の当事者だ! (10/13)
★ようこそ「イサオプロダクトワールド」へ★isao-pw★:★原発災害から半年、福島に未来を取り戻そう! (09/20)
ミクロネシアの小さな島・ヤップより:放射能は現地調達です (09/09)
カリフォルニア・加州ラジオ草紙 :こんなに石川議員が面白い人だとは思わなかった。代表選最中のNHKの誤報とそれに対するおわびの小沢氏よいしょ番組(NHK) (09/05)
カリフォルニア・加州ラジオ草紙 :[原発]驚愕「福島児童に20ミリシーベルトを許容」と国に迫った佐藤福島県知事。世界のメディアは気がついた!!=佐藤雄平は「フクシマのヒトラー」、山下俊一は「日本のメンゲレ博士」と!! (09/05)
樹木医!目指して!:ウメの剪定 (08/27)
★ようこそ「イサオプロダクトワールド」へ★isao-pw★:★誰も書かない福島原発災害の真実! (08/05)
月別アーカイブ
2012年12月 (1)
2012年02月 (1)
2012年01月 (4)
2011年12月 (10)
2011年11月 (9)
2011年10月 (14)
2011年09月 (23)
2011年08月 (45)
2011年07月 (9)
2011年06月 (23)
2011年05月 (34)
2011年04月 (19)
2011年03月 (32)
2011年02月 (37)
2011年01月 (39)
2010年12月 (32)
2010年11月 (44)
2010年10月 (39)
2010年09月 (39)
2010年08月 (27)
2010年07月 (19)
2010年06月 (16)
2010年05月 (23)
2010年04月 (20)
2010年03月 (37)
2010年02月 (41)
2010年01月 (66)
2009年12月 (24)
2009年11月 (25)
2009年10月 (21)
2009年09月 (18)
2009年08月 (16)
2009年07月 (14)
2009年06月 (11)
2009年05月 (14)
2009年04月 (9)
2009年03月 (4)
2008年12月 (1)
2008年11月 (1)
2008年09月 (1)
1970年01月 (1)
カレンダー
01 | 2012/02 | 03 日 月 火 水 木 金 土
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 - - -

検索フォーム


ブログでアフィリエイト

このブログを通報
Report Abuse

人気ブログランキング
利用規約

Template by ブログテンプレート.netPowered by DTIブログ

和順庭の四季おりおり
私たちの庭:和順庭の四季おりおりを写真と随筆でつづります。
12 日航機墜落の真相は? *アイソトープ(放射性物質)搭載情報は何を意味するのか2009/11/23(月) 11:54:49

 日航機墜落から24年という歳月が経ち、墜落原因としてかつて浮上したいくつかの説もかなり淘汰され、またこれだけ月日が経ったから言える証言や事実もでてきたのかもしれない。

自公政権のときに都合の悪いことは権力で抑えられていても、政権交代により明るみに出される事実もあるだろうと思われる。


 「2 日航機墜落の真相は? *私がなぜ御巣鷹山へ言ったのか?」の「8月12日事故発生から救助まで」のところへ書いたが、 その後のボイスレコーダーからわかるように日航機123便は「18時24分 ドーンという音が発生」している。そして、この時からバランスを失い、ダッチロールといわれている飛行に入る。

この音が何なのかである。機内での爆発か?それとも何かが衝突した音なのか?原因として現在まで残っているのが、ミサイル説ということになる。

 日航機が 18時56分「御巣鷹山の尾根」に衝突したが、地上でも行方不明の日航機の捜索を横田基地C−130に依頼し、19時19分C−130H墜落現場を発見、19時21分空自百里基地のF−4EJ2機も墜落現場を確認。19時26分NHK事故の速報を流している。

19時35分 長野県警警備二課に日航機墜落事故総合対策室設置。事故に関する情報の収集を各警察署に指示。19時50分 長野県警警備2課内に日航機墜落事故対策連絡本部、臼田署に日航機墜落事故対策本部、北相木村役場内に日航機墜落事故現地指揮本部が設置される。20時00分 群馬県警警備2課に日本航空機行方不明事故対策室が設置され、20時16分 政府対策本部の設置決定されている。

 ところが、墜落を知った日本アイソトープ協会から「事故機に医療用ラジオアイソトープ(放射性物質)が92個積載されていた」と警察庁に届け出がでる。

このことと墜落現場が特定されながら救助されないことから、この放射性物質が搭載されていたのが原因で、墜落現場が放射能汚染されているので救助待機命令が出されたのだという情報も出回った。

たしかに、「9 日航機墜落の真相は?やはりミサイルか?当日の目撃」の「2007年09月19日 ●情報統制の4原則というものがある(EJ第1075号) 」にも新聞に載ったことが書かれている。
 
 『事故の翌日のことです。8月13日付朝日新聞に、「積荷に放射性物質」という記事が出ていたのです。事故翌日の朝刊のメーン記事は、事故現場特定の確認記事です。

読者の一番知りたいのは日の暮れかかった山間部にJAL123便がなぜ行ったのかという解明なのに、どの新聞もふれていないのです。
 
なぜ「積荷に放射性物質」なのでしょうか。記事の結論は、「人体への影響はない」と締められているのですが、あたかも、事故現場への早期立ち入りができなかったことへの言い訳を代弁しているようにも読み取れるのです。
・・・ [御巣鷹山事故の謎/22]』

 「放射性物質のために自衛隊員を現場に立ち入らせなかった。」という説と、ミサイルの誤爆を隠し証拠となる残骸を回収する時間稼ぎをするため人体に影響のない医療用のものを放射能を浴びるおそれがあるからと言って待機させこのような情報を発表したとする説がある。

いずれにしても救助に向かう隊員を待機させ、「5 日航機墜落の真相は?救助自衛官射殺というNHKニュース速報」で書いたように「待機命令に反して怪我人救助を急いだ自衛隊員1人射殺NHKニュース」の待機命令に反し救助に向かおうとした自衛官射殺が事実 かどうかは別としても、救助に向かおうとした自衛官との間で何らかの摩擦があったことは事実のように思われる。

 爆発物がしかけられたのではという説が出たのは、「爆発させた」という声明がだされたため、過激派や当時世間を騒がせた「グリコ・森永事件」の犯人が爆発物をしかけたのではとも推測された。(グリコ・森永事件で脅迫されていたハウス食品社長が123便に乗り合わせていたことからこのようなことも言われた。)

 24年経った現在もっとも墜落原因として有力なのがやはりミサイル説であり、墜落し現場が特定されていながら救助自衛隊を待機させ、墜落現場をわざと御巣鷹山から遠ざけるように誤情報を流したと思われている。

 権力を持つ者は、自分の権力の及ぶ範囲で権力を行使して処理しようと思うだろう。

 いずれにしても当時の中曽根総理が首相として地元でありながら墜落現場を訪れていないのも何かあるように思われる。

 もし、事実として原因究明するために隠されている何かがあるなら、「墓場まで持って行く」のではなく、520もの霊の眠るあの世に行く前にこの世ではっきりさせておかなければとても成仏などできないであろうと思ってしまう。

日航機墜落の真相11 日航機墜落の真相は? * 高浜機長の技量と安倍説2009/11/19(木) 23:37:20


「(新)日本の黒い霧(セミナー開催報告10月15日)」には、墜落日航機の高浜機長についての記述があります。

http://blog.goo.ne.jp/adoi/d/20091015

 
『セミナー翌日の10月11日(日曜日)、正午前に千葉県内を自動車で移動していたところ、海上自衛隊の対潜哨戒機 P3C が、サーチライトを点灯しながら美しい3機編隊を組み、低空飛行で上空を通過して行くのを目撃しました。ちなみに、この編隊飛行は非常に高い技量を要求するものです。

思い返せば、123便の高濱機長は元海上自衛隊の対潜哨戒機 P2J のパイロットであり、その腕前も5本の指に入るほど優秀なお方だったと聞き及んでいます。

本ブログでは、高濱機長のとった懸命の撃墜回避行動についてまだ触れていませんが、機長が元自衛官パイロットとして最高の判断と技量を示したことを先に皆様にお伝えしておきます。機長のこの奮闘があったからこそ、今に至っての真相究明が可能になったと言えるでしょう。

ただ残念なのは、結果的に悲劇は避けられなかったことです。おそらく機長の魂は今もそこに留まり、多くの犠牲を出したことに苦しみつつ、私たちに真実の究明を訴えかけているに違いありません。

高濱機長の任務は事故から24年を経過した今も続いているのです。この辛い任務から一刻も早く解放して差しあげるためにも、1人でも多くの日本国民に真相を伝えていかなくてはならない、1人でも多くの祈りを届けなければならない、そう思いつつ、私の真上を飛び去る3つの大きな機影を目で追っていました。』

また、作家 安倍譲二氏は別冊「宝島」の中でこのように述べています。

「陰謀でもなく、日航機は撃墜されたとしか思えない」 日航ジャンボ機墜落事故(1985年)特別インタビュ―◎安部譲二 

http://www.asyura2.com/0601/bd45/msg/454.html
投稿者 黄昏時のパルチザン兵士 日時 2006 年 8 月 14 日 14:16:23: WCbjO5fYf.pMQ

ボ―イング社の修理ミスによる圧力隔壁の亀裂、急激な空気の流入による尾翼破損、操縦不能で墜落。これが最も知られている520人の命を奪った大事故の原因である。

全てが公開されなかったボイスレコ―ダ―、二転三転した事故調査委員会の文言・・・・・・・。事故から21年、まだ謎は解けていない。


作家・安部譲二氏は日航機の客室乗務員だったという時代がある。単発エンジン小型機の操縦免許も持っている。

その安部氏は1985年、日航ジャンボ機が群馬県の御巣鷹山に墜落した事故を、事故ではなく、事件だと確信している。

著書、『日本怪死人列伝』(02年、扶桑社文庫)で安部氏は、<無残に撃墜されたのだ>と断言している。

85年8月12日、羽田発大阪伊丹行きの日航機123便、ボ―イング747型機が墜落して520名という航空機単独の事故としては史上最大の被害者を出した。飛行機事故の歴史に残る大事故である。

この事故には、当時から数多くの疑問が投げ掛けられていた。
「墜落した日の夜中に日航のスチュワ―デスをしていたおばさんから電話があってね。日航のイチニイサン(123)便が行方不明≠ナ大騒ぎになっている、って言うんだ」

事故発生の時点で安部氏は首を傾げている。
「だってね、あんな大きい飛行機がいなくなっちゃったって言う。85年でしょ。その頃は日本全国、軽飛行機ですら行方不明になるなんてことはあり得なかった」

安部氏によると、この時代には米軍のレ―ダ―サイトが張り巡らされ、自衛隊のレ―ダ―監視網も日本の全ての空域をカバ―していた。さらに空港の管制塔はエリアごとにすべてをフォロ―していたという。

JAL123便を示す影が管制塔のレ―ダ―から消え、機体の消息を絶った、とされているのは18時56分。18時18分に羽田を離陸した約40分後である。18時24分に123便は緊急事態を告げるスコ―ク・セブンセブン≠ニいうサインを送っている。

このサインを送る直前、123便は操縦能力をほぼ完全に失い、関東上空を迷走したうえでのレ―ダ―からの消滅だった。

「行方がつかめなくなった末にどこに墜ちたかわからない、(自衛隊、米軍の防空能力が)そんなことだったら戦争なんかできないでしょ」

機体の発見まで長い時間がかかったことは事実である。国民はやきもきして臨時ニュ―スを夜通し流すテレビを観続けた。埼玉県と群馬県の県境にある御巣鷹山の山腹で123便の残骸が発見されたのは翌日の9時である。消息を絶ってから13時間が過ぎていた。

たしかにこれでは、例えば国籍不明機が侵入してきても、いったん機影を失えば半日間は発見できない可能性がある、というのに等しい。


★すべて公開しない謎

事故そのものが不測の事態だから、思いもつかぬことが重なって混乱したということは考えられるが、航空機事故という大事に、いったいこんなことがあり得るのか。

ともあれ、安部さんは事故発生のその日から深い疑問を抱く。

「その頃は、もう知っている人間は乗っていなかったけど、飛行機乗りってのは、(事故には)敏感なんですよ。まだプロペラの時代だけど、昔『木星号』という旅客機が墜ちた。大島の三原山に墜ちたんだけど、マスコミには相模湾に墜ちたとミスリ―ドして引きつけておいて、そのあいだに何かを回収した。ああ、またやってるなと」(略)

航空機事故で、事故原因の解明にきわめて重要な役割をもつのが操縦席の会話を録音したボイスレコ―ダ―だ。後年、テレビで123便のボイスレコ―ダ―が公開された。

「聴きました。それでプライバシ―に関わることなので一部は公開しないという。あれは犯罪じゃないですか」

安部さんが言う通り、ボイスレコ―ダ―の全ては公開されていない。
「520名が亡くなった事故だよね。コクピットで何を叫んでいようと、たとえ『お前のかあちゃんと寝た』と叫んでいようとも、公開しない理由にはならないでしょ」

テレビで公開されたのはダビングしたものだが、オリジナルは他の資料といっしょにすでに廃棄処分されている。

航空事故調査委員会はこの事故をボ―イング社の修理ミスに起因するものと結論ずけたが、当時からこの結論に疑問を呈する声、真っ向から否定するものは多かった。

事故調―――航空事故調査委員会が報告した事故原因を簡略化してまとめてみよう。

1、 該当の機体は事故の7年前に伊丹空港でしりもち事故を起こして客席と機体外壁を隔てる「圧力隔壁」が破損した。

2、「隔壁」の破損を米ボ―イング社で修理したが、修理ミスがあった。

3、以後の飛行による劣化で、事故当日、修理ミス部分から「隔壁」に亀裂が入った。

4、気圧差でその亀裂から客席の空気が吹き出し、圧力で尾翼を破損させた。

5、尾翼の破損で油圧系統がすべてダウンし、操縦の機能も失われた。

6、迷走の果てに墜落。

ということである。いったいそんなことで尾翼が吹き飛ぶのだろうかという疑問はあったが、事故調支持の学者は材料工学などを駆使して、「あり得る」とした。


★急減圧はなかった

であるとしても、そこには強烈な空気の移動があったことが前提になる。繰り返し議論になっている客席の「急減圧有無論争」である。

急減圧とは、どういう事態なのか、急減圧が起きたら、機内はどうなるのか。

「僕は、急減圧を経験したことはありません。だけど急減圧に対する訓練ってのはね、乗務員が不時着水よりも時間をかけてやることなんです。だからパイロットは急減圧があったら、それこそ急減圧のキュを聞いたら(酸素マスクが)落ちてこなくても落ちても反射的に手を伸ばすものなんです。

客室には客席分の酸素マスクのほかにバゲッジに10メ―トルごとに携帯用の酸素ボンベがあって、乗務員はとりあえず酸素を確保できるようになっているんです」

事故調は急減圧があったとしたうえで、パイロットが酸素マスクを装着しなかった理由については「不明」としている。

だが安部さんによると、あの高度、メ―トルで推定6000から8000くらいで急減圧があった場合であれば酸素マスクをつけなくても操縦は可能だという。

「エベレストの高さで酸素マスクをつけずに登ったって言う、それと同じでそれほどの高々度ではない」

しかし高度にかかわらず、エンジンの出力だけを操作して困難な飛行を数十分も続けることは超人的な技能なのだ。

生存者のひとり、客室乗務員の落合由美さんの証言は、どう解釈しても急減圧はなかったことを証明している。落合さんは急減圧を感じなかったと事故後の調査で証言している。繰り返し急減圧の訓練を受けている乗務員の彼女が、実際にはあった急減圧をなかったと勘違いすることはあるのだろうか。

それはあり得ない」(安部氏)

酸素マスクを装着していた遺体はひとつもない。

これらのことから、日航の従業員組合の組織、日航乗員組合連絡協議会は「急減圧はなかった」と結論したレポ―トを発表している。

だが事故調は急減圧があったと報告をまとめ、運輸省に提出し了承されている。

「事故調は急減圧はあったと言っているけど、どっちが正しいかと言うと100対0でこっち(日航乗員組合側)が正しい」


★修理ミスを認めた理由

事故調を支持する側の学者は、すると急減圧はなかったが、ゆるやかな減圧はあったのだとした。

しかし急減圧がなかったのなら、事故調が報告した隔壁の亀裂そのものが疑わしくなり、尾翼が急激な気圧で吹き飛んだという説が成り立たなくなるのである。つまり事故調の報告はまったくの虚妄ということになる。

「ボ―イングが、ずいぶん早くにまず修理ミスから圧力壁の破壊と言いだしたんだよね」

どうしてボ―イング社が、修理ミスを早々に言い始めたのか。ボ―イング社がそうする必要がどこにあったのだろうか。

「今、日本ではダグラスとかほかの社の飛行機はほとんど飛んでいないじゃないですか」

幹線を主にして、確かにボ―イング機がほとんどである。

「当時の日本の航空会社のトップはボ―イングっていう名前にアレルギ―があったんですよ。ボ―イングのB29からB17にさんざん爆撃されたからね。聞くのもイヤな名前で、だからダグラスばかりだったんです。

その隙をついて、ロッキ―ドとか売り込みにきて、ボ―イングは大苦戦だったんですよ」

戦後、日本の民間航空を再建したのは、旧陸海軍で航空に携わった者たちだった。

こうして日航、日本政府に貸しをつくったボ―イング社が、のちに日航をはじめとして日本の民間航空機の市場を制したという。

日航乗員組合連絡協議会の元日本航空のベテラン機長、藤田日出夫さんは、尾翼が壊れた原因として『新潮45』(00年8月号)で「フラッタ―説」を書いている。

フラッタ―とは、分りやすく言えば細かい震動である。航空機の場合、旗がはためくように震える現象を指し、機体の破壊につながる。

「藤田さんは、僕みたいな小説家と違って、専門家として冒険ができなかったんです。思うことはあったとしても、パイロットの立場としてはいえないことがあるんでしょう」

藤田氏は、ボ―イング機の構造的な欠陥によってフラッタ―が起こり、尾翼が破壊されたと、わずかな行数で遠慮がちに指摘している。

「航空機の尾翼は、戦闘と、(衝突の)事故以外で壊れたことは、プロペラ時代も含めて、ライト兄弟以来、一回もないんですよ。それくらい尾翼というのは堅牢な中でも堅牢なものなんです」

では安部氏が主張する事故原因、尾翼破壊の原因とはなんなのか。

それは、自衛隊の無人標的機が123便の尾翼に衝突して破壊したのだというのだ。

事故当時、新造された護衛艦「まつゆき」が相模湾で試運転中だった。その「まつゆき」艦上からテストで無人標的機が発射され、123便の尾翼に衝突した、というのである。

「ぶつけたんじゃなくて、ぶつかってしまったんでしょ。標的機はジェットエンジンで高速で飛ぶものだから、当てようとしてもなかなか当たらないものだそうです」


★民間機相手の訓練

この説を主張しているのは安部氏だけではない。
「雫石のあとでしょ。あの時は自衛隊機が全日空機を相手に戦闘訓練を勝手にやってて、それで後ろから突込んじゃった」

雫石事故とは71年、全日空機のジェット機727型機に航空自衛隊のF86F戦闘機が衝突した事件である。この時、自衛隊は全日空にも管制にも訓練を報せていなかった。

この時、ある疑いがもたれた。自衛隊機が民間機の全日空機を敵機に見立てて戦闘訓練をしていて誤って衝突したのではないかという疑惑である。

乗客乗員162名が死亡。この時は航空幕僚長の辞任で収まっている。運輸省管轄の航空事故調査委員会はこの事故をきっかけに誕生している。

日航機事故の当時は第二次中曽根内閣。中曽根康弘が内閣総理大臣、航空を含めた運輸行政を司る運輸大臣は山下徳夫、防衛庁長官は加藤紘一、内閣官房長官は藤波孝生だった。

もし安部説が正しいとしたら、この日航機事故の情報はどこまで上がっていて、誰が処理に関する全ての決定権を持っていたかということだ。
「それは中曽根でしょう」

安部氏は言う。

自衛隊機が民間航空機を仮想の敵機として訓練することは今もあると安部氏は睨んでいる。

「僕がいたときはしょっちゅうだった。米軍機だけだよ。やんないのは。ほかの国は日本を含めて予算がないから、民間機を相手に訓練するんだよ」

無人標的機が衝突したという話を最初に聞いたのは、いつ、どういう機会だったのか。

「いつだったかな。日航の仲間からだったと思うけどね。彼らが自費で船を調達して、発見されなかった尾翼の部分を探しているって聞いた時かな。見つからなかったけどね。もうとっくに海上自衛隊が回収したんでしょう」


★撃墜された日航機

安部さんは123便が山に向かって北上したことにも、疑惑を抱いている。
「機長は大阪行きなら、もし伊丹空港での着陸がなんかの事情で不能になったら、すぐ代わりにどこに着陸するか考えるものです。

123便は相模湾上空でなんだかわからないけどアネ―ブル・コントロ―ル(操縦不能)になった。あの場合、海に不時着することを考えるのが普通なんですよ」

操縦席では尾翼が壊れていることはまったく分かっていない。

「分かっていてもいなくても、操縦不能なんだから」

123便が海に向かわないで陸地に向かった理由は何だったのか。

「僕はね、最終的には撃墜するためだと思いますよ。本ではそこまで書けませんでしたけど。123便の操縦士は横田か福生に降りようとしていたと思うんですよ」

123便は海ではなく、山の方に故意に誘導されたと安部さんは主張する。では123便はいつ、どこで撃墜されたのか。

御巣鷹山近くの複数の住人が、123便が炎をあげて墜ちてきた、光るものが飛んできたと証言している。

例えば123便が機体を安定させようとエンジンを操作し、最大のパワ―でジェットエンジンを噴出したとして、その排気を炎と見間違えることはあるのだろうか。

エンジンからの排気、または金属の機体が折りからの夕日を反映したということも考えられはする。検証をせずに123便に炎があったと断じることは危険である。が、そういう目撃談があることは事実である。

「自衛隊の浜松基地から2機の戦闘機(F14)が発進してるんですよ。どの時点で撃墜するためのミサイルをぶっ放したか、僕は分かりません」


★NHKが故意に誤報した

自衛隊が、ダッチロ―ルで飛行している123便をなぜ撃墜する必要があったのか。

「あの機体が横田でも福生でも羽田でも、もしあのまま着陸してしまったら、内閣、吹っ飛びますよ」

安部さんはNHKが墜落地点を故意に誤報したとしている。NHKは翌日の朝まで墜落地点を長野県北相木村と報じた。これは報道陣をはじめとした人間たちを故意に違った地点に導くためだったとしている。

御巣鷹山は群馬県上野村にある。上野村の当時の村長は黒沢丈夫氏だった。のちに御巣鷹山に慰霊施設をつくり、登山道を整備した名物村長である。海軍兵学校を出た黒沢村長は戦争中は零戦のパイロットでミッドウェイ海戦にも出撃した勇士である。

その黒沢村長が飛行機乗りの経験者として村民の証言などから墜落地点を御巣鷹山だといちはやく推理している。

のちにある座談会で、事故対策室や日航、自衛隊が墜落地点をなかなか特定できなかったことに疑問を呈している。

安部氏は言う。
「(NHKを使って)積極的にミスリ―ドしたことは間違いありません。

それは、無人標的機の残骸と、最後に123便にとどめを刺したミサイルの残骸とそれに傷つけられた機体を回収するためです。

シコルスキ―(自衛隊の大型ヘリコプタ―)を持っていってすぐ、生存者よりもなによりも早くそれを回収するため行ったんです。

なにかオレンジ色の大きなものを釣り上げている写真を新聞社か週刊誌は持っていたはずですよ」

オレンジ色の部品は123便にはない。無人標的機の塗装色である。

当時、日航の大株主は日本政府である。35%の株を持っていた。

「日航ってお役所でしょう。僕の経験では、日航は政府にまるで頭があがらんでしょ。だって運輸省の下部組織みたいなものだったんだから」

安部氏は日航機事故をもう一度書きたいと言う。

「全日空にも日航にもエライさんに知っているのがいるんだけど、みな日航機事故のことをいうと黙るんだよね」

日本のマスコミは本当のことを言わないし書かない、調べようともしない。
「だから、本当のことを言い続ける僕の仕事がなくなることはない。日航機の事故は必ず書く。これはライフワ―クだと公言しているんです」


別冊宝島1324  
昭和・平成日本「怪死」事件史 疑惑の死≠ゥら見える日本の「闇」と「タブ―」』


日航機墜落の真相10 日航機墜落の真相は? 1* 墜落時の政府首脳の対応2009/11/18(水) 00:37:10

 

「INTEC JAPAN BLOG 」によると、この事故当時の行動についてはこのようにまとめられている。

 『それでは、そのとき政府首脳はどういう行動をとっていたのでしょうか。JAL123便には、500人を超える人が乗っているのです。

その飛行機が行方不明というのですから、これは政府にとって、一大事です。当然のことながら、中曽根首相に報告が上がり、政府として緊急対策がとられることになります。
 
JAL123便の事故の直前に、英国のマンチェスター空港で航空機事故が起こったときのことです。

当時の英国のサッチャー首相はオーストリアにいたのですが、急遽帰国し、事故現場に直行して指揮にあたっています。
 
それに対して中曽根首相は何をしたでしょうか。
 事故現場が地元の群馬県でありながら、本人は現場には行かず山下運輸大臣にまかせてしまっています。

山下運輸大臣は、事故の翌日、ヘリコプターで上野村を訪れています。
 
JAL123便墜落事故が発生した8月12日、中曽根首相は官邸にはおらず、事故の第一報は、今や有名人となっている平沢勝栄官房長官秘書官が受けています。

平沢秘書官は、直ちに藤波官房長官に連絡を入れています。
 
このあとの政府の対応については、明日のEJで詳細にお知らせしますが、その対応は疑惑に満ちたものであったのです。      ・・・[御巣鷹山事故の謎/24]           


●事件はどの時点で首相に伝えられたか(EJ第1078号)
 
JAL123便墜落事故が起こった8月12日、中曽根首相は身内と一緒に軽井沢で休暇を過ごしていたのです。

そして、軽井沢駅を17時11分に発車する特急「あさま22号」に乗り、東京に向っています。

大宮着18時52分、上野着は19時15分でした。この時点では首相はまだ事故を知りません。
 
18時52分といえば、JAL123便がレーダーから消える2分前です。

18時24分40秒には緊急信号を発信しているのですから、大宮駅で「日航機が迷走中」という情報を首相に知らせることはできたはずですが、首相の耳には届いていなかったのです。

上野に到着した19時15分には事故発生は確実で、「行方不明」になっているのに、ここでも中曽根首相には報告されていないのです。
 
上野駅から公邸まで、首相は自動車電話の付いている首相専用車に乗り、19時47分に公邸に到着しているのですが、車中の時間が約30分もあるのに、首相への報告はなかったとされています。

依田秘書官によると、「行方不明」という情報だけではどうしようもないので、報告しなかったというのですが、不思議な話だと思います。
 
そして、首相は公邸前で待ち受けている新聞記者からJAL123便事故のことをはじめて聞き、「ほぉー、どこで?」と驚いたというのです。

一国の首相が、これほどの大事件の情報を新聞記者からはじめて聞かされるというのは、この国の危機管理体制の欠如を物語っています。しかし、これにはかなりウラの事情がありそうです。
 
昨日のEJでも述べたように、官邸にいた平沢官房長官秘書官には19時頃――つまり、墜落直後に運輸省航空局、防衛庁、警察庁から相次いで報告が入っていたのです。

平沢秘書官は直ちに、藤波官房長官に連絡をとって第一報を入れています。このときは官房長官と連絡がとれたのです。

しかし、それから30分近く連絡がとれず、やっと連絡が取れて、平沢秘書官は藤波官房長官に2度目の報告を次のようにしているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      JAL123便の大坂着予定時間を過ぎました。事故発生は、
      ほぼ間違いないと思われます。大至急お戻りください。
                    ―――平沢勝栄官房長官秘書官
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 そして、藤波官房長官は19時45分に官邸に戻り、すぐその2分後に中曽根首相は公邸に戻るのです。

首相が戻ると、依田秘書官は、はじめて事故の状況を立ち話で首相に伝えます。その間わずかに1分間。

その後首相は19時48分から予定に組まれてあった河本敏夫国務大臣との会談に入っています。
 
実はこの頃、三光汽船問題というのがあって、三光汽船の元社長である河本氏は苦境に立たされていたのです。首相との話はこれがテーマで辞任うんぬんがやりとりされたといわれています。そして、その会議が終ったのは、20時1分のことです。
 
そして20時16分――藤波官房長官と副長官が公邸に駆けつけて、16分間首相とJAL123便事故について報告が行われています。終了したのは20時32分です。
 
その後、官邸の大広間で事故対策本部の初会合が、23時から行われています。しかし中曽根首相がそこに顔を出したという記録はないのです。

そして、翌13日、午前5時30分に就寝中の首相に対して、墜落現場が中曽根首相の出身地の群馬県であることが伝えられていますが、とくに反応がなかったといいます。
 
しかし、以上はオモテの話です。中曽根首相は公邸に着く前にJAL123便墜落事故のことは知っていたと思うのです。それでは、その話はどの時点で首相に伝えられたのでしょうか。
 
事件が起こったとき、首相は東京に向かう特急「あさま」の車中にいたのです。ここで伝えられたとは考えにくいのです。

当時は、自動車電話はありましたが、今のように常時携帯電話を使える状況ではなかったからです。それに、首相のようなVIPは、セキュリティの関係から携帯電話は使用しないはずです。
 
そうなると上野から公邸に向かう車の中しかありません。すなわち、19時20分頃(上野着は19時15分)から、19時47分の間です。

相手は、藤波官房長官であると思います。この時間帯に平沢秘書官は官房長官と連絡がとれていないのです。
 
それでは藤波官房長官は、事故の連絡を何時頃受けたのでしょうか。平沢秘書官からの連絡は午後7時頃ですが、それよりも前に官房長官はJAL123便が墜落するいきさつについて、報告を受けていたと思うのです。

推測ですが、その時間はJAL123便が2機の自衛隊機とやりとりをして、横田基地を前にして御巣鷹山方向に旋回した頃――18時50分前後ではないかと考えられます。

その頃中曽根首相の乗る特急「あさま22号」は、大宮に到着する直前だったのです。
 
それでは報告者は誰でしょうか。それは加藤紘一防衛庁長官しかいないと思います。

2機の自衛隊機からの報告で、JAL123便の尾翼に実験用ミサイルの衝突の跡があることがわかって自衛隊幹部は、横田基地への着陸を阻止したのですがそのことについて、加藤防衛庁長官が首相に報告しないはずはないと思うからです。

そこで、加藤長官は官房長官に連絡したのです。
 
そこで、藤波官房長官は、上野から公邸に向かう車中で首相に報告し、指示を仰いでいるはずです。

その結果、首相はあくまで知らなかったということにし、できるだけ早く幕引きを図ることが話されたと思います。内閣存続の一大事であるからです。

上野から公邸まで異常に時間がかかっているのは、そういう話があったからではないでしょうか。
 
その後の中曽根首相のこの問題への対応は、口では「事故原因はできる限り迅速に徹底的にやらせる」といいながら、事故調からの調査のための特別予算の請求を一蹴するなど整合性がなく事件の隠蔽に全力を尽くしたとしかいえないのです。

そして、首相は最後まで墜落現場には行っていないのです。   ・・・[御巣鷹山事故の謎/25]

2007年09月26日

●賞賛されるべきスチュワーデスの沈着冷静さ(EJ第1079号)
 当時中曽根首相は、記者会見や国会答弁において、次のようにいっていたのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
           1.事故原因は徹底的に究明する
           2.人命最優先でことに当ること
           3.遺体の捜索は最後の一体まで
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 しかし、中曽根首相は、これと正反対の姿勢でコトに当っているのです。


第1の事故原因の究明ですが、事故調査委員会は早期の海底調査を行う必要があるとして特別予算を計上したのですが首相は何のサポートもせず、却下されているのです。徹底的に調査されては困ることがあるからです。
 

 第2の「人命優先」ですが、事故が起きた当日の午後7時過ぎには、どこに墜落したか政府としては分かっているはずなのに、「行方不明」として朝まで発見を引き伸ばしています。

墜落直後には、相当の生存者がいたことが生存者の証言によって明らかになっているのですから、結局は彼らを見殺しにしたことになります。何が「人命優先」でしょうか。「政権維持優先」です。
 

 第3の「遺体の捜索」ですが、事件後9日にして、古屋国家公安委員長は、「全遺体の収容は困難、捜査の打ち切り」を首相に進言し、少しでも早く合同慰霊祭をして、事件の幕引きを図ろうとしているのです。

これに対して、首相は何らリーダーシップを発揮することなく、事故原因は隠蔽されたまま、事件は幕が引かれてしまったのです。日頃リーダーシップを売り物にしていた中曽根氏とは別人のようなやる気のなさです。
 
考えてみれば、中曽根内閣のときに際立って前進したのが防衛問題でした。次期防衛計画、シーレーン防衛論、防衛費の対国民総生産(GNP)比1%枠の撤廃論――こういう動きの中で、日米共同でミサイルの開発が行われたのでしょうが、それがとんでもない事故を起こしてしまったというわけです。
 
何か問題が発覚しそうになると、組織として隠ぺい工作に走る――それが官僚の真骨頂ですが、中曽根内閣もそれと何も変わるものではなかったのです。

もし、真相がEJのレポートの通りであるとすると、国家犯罪そのものです。』

日航機墜落の真相9 日航機墜落の真相は? *やはりミサイルか?当日の目撃2009/11/18(水) 00:19:22

「INTEC JAPAN BLOG」(2007年09月20日)もまたミサイル攻撃があったとしています。

『●JAL123便ミサイル撃墜の証拠と証言(EJ第1076号)
 それでは、JAL123便に対して、どのようにしてミサイルが撃ち込まれたのでしょうか。

そのあたりの状況について説明しましょう。
 JAL123便が墜落する前に、次の3機の自衛隊機が周辺を飛行していたのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
          F−4EJ戦闘機 ・・・・・ 2機
          F−15J戦闘機 ・・・・・ 1機
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
 JAL123便を御巣鷹山方面に強引に誘導したのは、2機のF−4EJ戦闘機です。

しかし、JAL123便に対してミサイルを撃ち込んだのは、あらかじめ、在空していたとみられるF−15J戦闘機なのです。

F−4EJとF−15Jは、ともに米国が開発した要撃戦闘機ですが、F−15JはF−4EJの後継機です。添付ファイルに写真を付けてあります。
 
そのときJAL123便は、何とか山中に不時着しようとしていたと考えられるのです。

山への不時着ですから、ほとんどは絶望的ですが、かなり多くの生存者が出ることも考えての機長の判断であると思われます。

機長をはじめとする操縦クルーは、何が起こっているのかが一番よくわかっていたと思われます。

そのため、1人でも多くの生存者を出したいと考えたのでしょう。
 
 しかし、それを隠蔽しようと考える側からすると、少なくとも操縦クルーは生かしてはおけないと考えるはずです。

そこで、F−15J戦闘機は、JAL123便が稜線を越えて、人目につきにくい山かげに入るのを見極めて、2発のミサイルを発射したのです。

このとき要撃戦闘機とミサイルの航跡を地上から目撃されないように稜線を縫うように実に巧妙にJAL123便の後部にまわり、ミサイルを発射しています。
 ミサイルは、赤外線追尾方式であり、1発目はJAL123便のエンジン部分に命中したとみられます。

ミサイルの爆破エネルギーは機体の前部と中部を貫通し、その付近の乗客・乗員を機内で粉砕したのです。JAL123便は右旋回しながら、火に包まれながら、真っ逆様に急降下したのです。

これを確認して要撃戦闘機は、2発目のミサイルを発射し、とどめをさしています。
 
しかし、JAL123便の最後の様子は、地上からかなり多くの目撃情報があるのです。

墜落事故の翌日、8月13日の埼玉新聞の見出しは、「夕やみに“火の玉”」とあります。

埼玉県浦和市に住む住民と長野県の川上村住民は次のようにいっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      マンションのベランダから西空を眺めていたところ、突然雲の
      透き間から太陽が射すようなオレンジ色の閃光を見た。双眼鏡
      で覗くと両側から青、真ん中から赤い光を発した大型機が北の
      方に消えた。       ――浦和市に住む住民の目撃証言

      
      埼玉方面から飛んできた飛行機が赤い炎をあげ、やがて黒い煙
      を残して南相木村の群馬県境に消えた。――長野県川上村住民

      
      ゴーンという音をさせながら、航空機が低く飛んでいた。長野
      山梨、埼玉県境の甲武信岳方面から飛んできて上空を右に旋回
      して北東の方に行った。まもなくして、雷が落ちるようなバリ
      バリという大音響がし、二度ほどパッパッと光った。そのうち
      ネズミ色のキノコ雲が上がった。墜落したなと思った。
                        ――長野県川上村住民
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 垂直尾翼を破壊されても、エンジンには支障のない飛行機が火を吹くはずはないのです。

しかし、「オレンジ色の閃光」「赤い炎」という証言があり、「パッパッと光る」という証言まであるのです。

ちょうど事故の日に、上野村の民宿に泊まっていた東京の会社員も「神流川上流の山あいがピカピカと二度光った」と証言しています。
 
「パッパッと光る」と「ピカピカと二度光った」については、ミサイル弾がJAL123便に命中したときの閃光と考えることができます。

ミサイルが空中で爆発するときは、ミサイルに装填されている火薬が一挙に爆発するために、空気中の分子と猛烈に衝突を起こすのです。

そのさいに空気と摩擦を起こし、ちょうど稲妻に似た放電現象が起きるのです。それが、ピカッと目撃された閃光と考えられます。

けっして、墜落したときの閃光ではないのです。
 
長野県南相木村中島地区の住人3人の証言に次のようなものがあります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      
      飛行機が飛んで行った後から、流れ星のようなものが近くを飛
      んでいるのが見えた。――長野県南相木村中島地区の住人3人
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
 ここで「流れ星のようなもの」とは明らかにミサイルの航跡であると考えられます。
 

 機体がミサイルで爆破されたのではないかと思われるもうひとつの証拠と考えられるのは、乗客・乗員の遺体の損傷があまりにもひどかったということです。

 520人のうち、本当にきれいな遺体は10体程度といわれています。
 とくに機体の前部については、飛行機らしい形をとどめておらず、アルミホイルを千切ってばらまいたようになっているのですから、遺体もただの肉片になってしまっているのです。

山に激突したとはいえ、あれほどにはならない――と専門家もいっているの
です。

それでいて、機体後部の乗客・乗員のそれは粉砕されていないのです。生存者も機体後部から見つかっています。
 

 それに機体前部では、歯や肉片といえども遺体が発見されていないケースも多々あったといわれています。

おそらくミサイルの痕跡を示す遺体はすべて自衛隊の特殊部隊によって持ち去られたのではないかと考えられます。・・・[御巣鷹山事故の謎/23]

                      

2007年09月19日
●情報統制の4原則というものがある(EJ第1075号)
 
EJ1063号において、池田昌昭氏の説として自衛隊機によって御巣鷹山方向に誘導されたJAL123便は、自衛隊機の発射したミサイルによって撃墜されたと書きました。恐ろしい仮説です。
 
その痕跡を隠すため自衛隊−−−というより日本という国家がとっくに墜落場所が判明しているのにもかかわらず、「捜索中」ということにして、一晩時間を稼ぎ、その間に現場に特殊部隊を投入して都合の悪いものをすべて持ち去ったのです。

墜落後数時間は、多くの生存者がいたとされているのに・・・です。
 
このようにいったら「そんな馬鹿な!いくら何でもそんなことはあり得ない!」と多くの人はいうでしょう。

当然のことです。私も当初はそう考えました。

しかし、いろいろな資料を調べてみると、「そういうことがあってもおかしくない」と考えざるを得ないことが判明してきたのです。
 

JAL123便の場合、日本の自衛隊と米軍は、巡航ミサイルの共同開発を進め、こともあろうに、日本の上空でその飛行テストをしていたところ、その飛行物体(火薬の入っていないミサイル)が垂直尾翼に衝突してしまったと考えられるのです。
 
それが原因でJAL123便の機体は大きなダッチロールをしながらも、機長は何とか機体を立て直し、横田基地へ着陸態勢を整えたのです。

もし、このまま横田基地に着陸して垂直尾翼の破損の原因がわかってしまったら、自衛隊は大ダメージを受け、内閣は確実に吹き飛んでしまったでしょう。
 
そういうとき国家が何をやるかについては、JAL123便墜落事故以降の17年間にわたる日本国としてのさまざまな対応を見れば、われわれはよくわかっているはずです。

北朝鮮に拉致された日本人が大勢いるのに、長い間に何もしなかった外務省、責任をとることを恐れるあまり、たとえ国益を損なっても、ひたすら省益を守るために汲々としている官僚たち――そういう国家の対応を見ていれば、民間機JAL123便に対して行ってしまった大きなミスを何が何でも隠蔽しようとすることは、残念ながら、火を見るよりも明らかです。
 
国家の情報統制には、次の4原則があります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
        第1原則:けっして分からないように巧妙に行うこと
        第2原則:核心を衝く情報については即座に否定する
        第3原則:本当に近い情報に対しては徹底無視をする
        第4原則:マスメディアを違った方向に誘導すること
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 第1原則は、当然のことですが、けっして証拠を残さないということです状況証拠でいくらいっても決め手にはならないからです。

そして、人から人へと「意図的」情報を、「意図的」であるとわからないかたちでひそかに流し、状況証拠を否定するよう務めることです。
 
第2原則は、核心を衝く情報が出てきたときには即座に否定しま「そんなバカな!」とか「イイエ、ソンナことは絶対にあり得ない」と即座に一蹴することです。そして、情報源に対して手が打てる場合はひそかに手を打つ努力をするのです。
 
第3原則は、第2原則を実施しながらも真相に近い情報が出てきたときは、徹底的に無視して、そのウワサが収まるのを待つということです。「人の噂は75日」を決め込むのです。けっしてまともに取り上げないのです。

第4原則は、事前に練りに練って作り上げておいたシナリオにしたがって、虚偽情報が節目、節目で登場するように情報操作を行うことです。そして、何種類かのダミー文書を流し、マス・メディアが「違った」ことをするように仕向け、ことを真相から遠ざけるようにするのです。
 

 JAL123便墜落事故に関する情報を分析すると、これらの4原則にぴったりと当てはまるのです。

まず、矛盾が多くある事故調査委員会の圧力隔壁破損説の押し付けがあります。
そして、一部報道機関の事故原因に関する報道の圧縮があり、また池田昌昭
氏をはじめとする、自衛隊関与説に関する主張への徹底的な無視の姿勢も第3原則に沿っています。事件が風化されることをひたすら待っているという姿勢が読み取れます。
 
また、生存者の事故当時の機内状況についての情報の少なさです。大勢の人が亡くなっているのですから、当時の機内の状況を知る生存者の声がもっと伝えられていいはずなのに、最小必要限の情報しか伝わってきていないのです。

これなども生存者に対してその筋から何らかの情報抑制が加わっている――というのは考え過ぎでしょうか。
 
事故の翌日のことです。8月13日付朝日新聞に、「積荷に放射性物質」という記事が出ていたのです。事故翌日の朝刊のメーン記事は、事故現場特定の確認記事です。

読者の一番知りたいのは日の暮れかかった山間部にJAL123便がなぜ行ったのかという解明なのに、どの新聞もふれていないのです。
 
なぜ「積荷に放射性物質」なのでしょうか。記事の結論は、「人体への影響はない」と締められているのですが、あたかも、事故現場への早期立ち入りができなかったことへの言い訳を代弁しているようにも読み取れるのです。
・・・ [御巣鷹山事故の謎/22]
  


2007年09月21日
●火を吹きながら飛んでいたことは事実か(EJ第1077号)
 
 JAL123便が火の玉となって墜落したという証言に対して事故調関係者は、それは山に激突したときの火の玉であるといっているようです。

ことの真相の判断に重要なので、墜落直前のJAL123便の様子を伝える証言を昨日と一部重複しますが、出典をより正確に記述して掲載しておきます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      「飛行機が飛んでいった後から、流れ星のようなものが近くを
      飛んでいくのが見えた」 ――南相木村中島地区住人3人――
      8月13日付、読売新聞朝刊

      「7時(19時)頃、真っ黒い煙をあげながら、群馬県境の山
      中へ墜落した」 ――川上村鶴田汪さん――13日東京新聞朝刊

      「飛行機が赤い炎を上げ、やがて黒い煙を残して南相木村の群
      馬県境に消えた」 ――川上村中島初代さん――13日朝日新聞

      「扇平山と神立山の交差する稜線の向こう側(南相木村側)に
      消えた。その直後、ピカッと閃光が上がり、続いて炎が燃え上
      がるのが見えた」 ――川上村井上薫さん――『週刊プレイボー
      イ』11月26日号

      「だれかが光るものが飛んでくる、と叫んだ(中略)山の向こ
      う側に真っ赤なキノコ雲が立ち上がった。それは数秒で消えて
      2つ目のキノコ雲が現れた」 ――川上村加藤隆志君――9月7
      日付、毎日新聞朝刊

      「西空をながめていたところ、突然、雲のすき間から太陽が射
      すようなオレンジ色のせん光を見た。双眼鏡でのぞくと、(中
      略)大型機が北の方へ消えた」――埼玉県浦和市吉岡功治さん
      ――8月13日朝日新聞朝刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これらの証言を見る限り、「火を吹きながら」飛んでいたことは間違いないと思われます。

少なくとも山に激突したときの閃光ではあり得ないのです。』
 


日航機墜落の真相8 日航機墜落の真相  *「沈まぬ太陽」御巣鷹山編を読んで2009/11/17(火) 20:43:59
 


「沈まぬ太陽(山崎豊子)」の御巣鷹編は、日航機墜落後の遺族とその人生の有り様を航空会社の遺族係という立場から描いているものです。

凄絶な遺体の検視、事故原因の究明、非常な補償交渉など、読み進むにつれ、航空史上最大のジャンボ機墜落事故が乗っていた520人の人生だけでなく、残された者の人生を変えていくことがよくわかります。

悲しみと絶望にさいなまれながらも、遺族たちは事故原因を究明することにより亡くなった者の命を無駄にせず昇華させていこうと立ち上がろうとしていきます。

戦争と同じように、今まであった当たり前の日常や家庭の幸せが一瞬にして奪われていくことに何ともやりきれない思いを覚えます。

この520の命を無駄にしないためにも、徹底して事故原因を追究することが私達に与えられた唯一できることだと思えるのです。

 私は、御巣鷹山へ行くまでは原因としてでてきている諸説はデマであると思っていました。

行って見て、書いたように言葉では説明できないあの「山のすすりなき」を感じたのです。

今までこんなことはありませんでした。

「何かある」というのは直感です。調べてみるだけ調べてみようと思いました。 

 今なぜこれだけ日航機墜落のことが問題になっているかといえば、それは墜落現場である御巣鷹山の尾根からジャンボ機の残骸だけでなく、ミサイルや米軍機のかなりの残骸が出てくることによるのだと思います。

この尾根やあたりの山は、この事故があるまではトンネルや道路も今のようにはないような所でした。

この事故後遺族が尾根に行くために道路などが整備されたのです。

そんな尾根から日航機の残骸が出てくるのは当然としても、ミサイルや米軍機の残骸まで出てくることが多くの憶測を呼ぶことにつながったのだといえるでしょう。

 「(新)日本の黒い霧」の「そしてミサイルは発射された(3)」では、

 角田四郎氏によるドキュメント「疑惑−JAL123便墜落事故−」は、本事故を語る上で欠かすことのできない資料ですが、その中でも、411ページから414ページに記された「金属片」の一節は、物証に基く証言として注目に値します。私の下手な説明よりご本人の文章を読まれた方が正確だと思いますので、下記に引用を掲載します。

-----------------------------(ここから)--------------------------------
私は8月18日の現場登山の帰り道、偶然一片のアルミ合金製と思える金属片を拾ってしまったことを前にも述べた。

その金属片を米軍の友人に何の説明もせず(日航機事故の件も伝えず)見せた。

彼は航空機の整備を担当している。

彼の答えは、私のど肝を抜いた。「たぶん」と疑問視をつけて慎重に、しかしはっきりとこう言った。
「ミサイル」(This is missile.)
「まさか!」(Not really !)
「たぶん、ミサイル」(Maybe, missile.)

思えば私にとってこの事故に接してから、この言葉は初めて耳にする言葉ではなかった。

最初は山に行く日(18日早朝)車の中で聞いた友人の羽田での体験記である。日航役員が乗客家族につめ寄られて、はきすてた言葉「うちのジャンボは、北朝鮮のミサイルに撃ち落された。

今はそれしかわからない」であった。気にもとめていなかったし苦しまぎれの讒言と思っていたが、日航社内上部には、なにかそんな情報でもあったのだろうか。

二度目にこの言葉を耳にしたのは・・・

(中略:「自衛隊撃墜説を斬る(1)」で否定した「たかちほミサイル説」についての記述)

そして、米軍人の口から三度目の「ミサイル」を聞かされたのである。やや不気味になった私は、その金属片を手元に置かないことにした。

未だその金属片についての科学的検証は行っていないが、すくなくとも吉原告一郎氏の言う「オレンジ色の破片」とは明確に別のものである。

しかし、私は一方でこれは米軍友人の見立て違いだと思ってもいる。何故なら、たとえ事故が国にとって重大な損失を生むからといっても、現実に空を飛ぶ一自衛隊員は我々の近くにいる普通の若者と変わるところはない。

いかに上官の命令であっても一般人が乗っている、民間航空機に向けてミサイルを発射撃墜するなどという行為をできるわけも、するわけもないからである。私はそう信じたいのだ。

他方、では一体あの墜落前の光や後をついていった流れ星のようなものや私の拾得した金属片、そして最後の異常な急降下どう説明すればよいのか、と思い悩んでしまう。

日航123便事故で亡くなった白井まり子さんは、元日航のスチュワーデスであった。その白井さんは遺書の中でこう訴えている。

「恐い・恐い・恐い。助けて。死にたくない、気持ちも悪い。」

恐い、恐い、恐い・・・・。この言葉を彼女はあと幾つ重ねたかったのであろう。

そしてこのものスチュワーデスの味わった恐怖の幾倍か幾十倍の恐怖を、一般乗客は味わったであろうか。

ミサイル説を考えるとき、期せずして白井さんと同じ言葉が胸中をうめつくす。

恐い、恐い、恐い・・・・と。
-----------------------------(ここまで)--------------------------------
引用文の中にはありませんが、角田氏はこの金属片を、岩の後ろに目立たないように置かれた数個のリュックサックの下、それも隠すように置かれているのを見つけて持ち帰ったと証言しています。

またそのリュックの中には着替えが詰まっており、そこから、事故現場で制服を着用している自衛隊・警察・日航技術者等が、実は偽者ではないかと疑念を抱いたことも正直に述べています。

上記の引用部分で、角田氏は「自衛隊説」を前提としているため、「自衛隊が同国の民間機を撃つはずがない」とその複雑な思いを吐露しておりますが、当ブログは「米軍説」、より正確には「米空軍説」に立っておりますので、この点については同様の疑念を抱く必要はないでしょう。

さて、ここで引用文中に挿入された、角田氏が拾い、米軍の友人に渡したとされる件の金属片の写真を以下に掲載します。


写真1:角田氏の拾った金属片

私もこの写真を国際軍事評論家のB氏にお見せして所感を尋ねたところ、B氏は一見して即座にこう答えました。
「あ、ミサイルですね」

また、そう判断した理由については以下のような回答を得ました

・まず金属(ジュラルミン=アルミ合金)の厚さが薄く、強度をそれほど必要としないミサイルの側面に使用されるものと同タイプである

・断片の大きさ、変形状態、燃焼した跡はまさに爆破後のミサイル側面の形状そのものである

ちなみにB氏は公的な軍事情報収集任務経験(これ以上は本人が特定されてしまうので書けません)の中で、ミサイル製造現場や実弾使用現場、整備マニュアル等を実際に目にしており、軍事知識に関しては市販のデータブックには絶対に載らないものまで広範囲にカバーされています。

そのB氏をして、この写真の金属片はミサイルのものに間違いないとのお墨付きを得ました。

実は、前回「そしてミサイルは発射された(2)」で掲載したミサイル弾頭と思われる写真、そしてこの金属片の写真、たったこれだけの材料からミサイルの製品系列までB氏は特定してしまったのですが、その情報については次回以降に説明したいと思います。


■オレンジ色の破片

上記引用部で「オレンジ色の破片」の記述が見られますが、それについては個人で現場調査(※)を行っているS氏から提供された次の写真が参考になるでしょう。今年10月になって現場付近で入手したものです。なお、B氏によると「ミサイル片と断定するには不十分」ということなので、あくまでも参考としてご覧ください。


写真2:S氏の拾ったオレンジ色金属片。オレンジというより赤に近い

※一見しただけでは気がつきませんが、事故現場周辺は厳重な監視下に置かれており、むやみに入山するとたいへん危険です。

S氏によると時々軍用機が谷間を飛行することがあり、それも曇天の日に限られるとのことなので、おそらく軍事偵察衛星で定点観測されている可能性も疑われます。

また、S氏自身が何度も危険な目に会ってます。絶対に軽い気持ちで登らないでください。


■そして、新たなミサイル部品

また、次に掲載する写真は、S氏から提供された現場(第3エンジンの近く)に落ちていた小さな金属片です。円形と四角形の薄片、何の変哲もない部品のようですが、実は、ミサイルが使用されたことを裏付ける決定的なものです。

ミサイルの製造・整備・運用に関っている方なら、どこで何の目的に使われているものか、もうお分かりになったでしょう。

また、10月10日の私のセミナーに参加された方も鮮明に覚えておいででしょう。


写真3:明らかなミサイル部品

もったいぶるつもりはありませんが、その時期が来るまでこの金属片についての当ブログでの解説は割愛したいと思います。

私の思いは過去の記事でも触れたように、何が何でも暴露することではありません。だからといって真実を隠したい訳でもありません。

私は悲劇を導いた当事者にこそ真実を告白し、懺悔していただきたいのです。そして、勇気を持って名乗り出たあなたを許したいと思っています。

日航の経営問題を巡って何やら騒々しいですが、日航職員の心ある皆さん、お願いですから日航機事故の秘密を政治的駆け引きに使うのは止めてください。

この事故はすでに秘密でなくなりつつあります。上の写真以外にも多くの証拠品が見つかり、命を掛けて真実を求める人々の元に届いています。

隠すことにもはや何の意味もありません。しかし、何より先に、人として、事故犠牲者の白井さんの書き残した遺書、そこに残された恐怖と苦しみを理解し、次に何を為すべきかを考えて欲しいのです。

そのための時間をもう少しだけ残しておきたいと思います。


 また、「オバマ大統領訪日に寄せて」にはこのようなことも書かれています。

それにしても、「そしてミサイルは発射された(5)」のRC-130の一件だけでも信じられないと思われる方がほとんどでしょうが、今回の報告はそれ以上に強烈です。しかし、これらは全て物証を元に掘り起こした事実なのです。

少なくとも事故調査報告書に比べてはるかに正確に、当時、御巣鷹の尾根周辺で何が起こっていたかを物語っています。


■何機落ちてるかわからない、米軍ヘリ

以下の写真1は全て、軍用ヘリコプターの部品と思われるものです。あまりにバラバラなので所属等までは判別できませんが、一部についてはベルUH-1H(米空軍)、ボーイングCH-46(米海兵隊)で用いられている部材であることが分かっています。それぞれの部品の説明についてはここでは割愛します。


写真1:軍用ヘリコプターの残骸


写真2:ボーイングCH-46(左)、ベルUH-1H(右)(Wikipediaより引用)


これらの残骸が夥しい数、事故現場周辺に散らばっています。写真を見ればお分かりのように、機体はバラバラです。

もっとも、一部にはレーザーカッターなどできれいに切断した跡のような切り口も見られるので、大きな部品で回収が難しい、時間的に間に合わないものは、現場で切断し、素人には判別が難しい他の小部品に混ぜ放置していったのだと考えられます。

機体の残骸の数、散乱範囲、また、粉々になったロケット弾やミサイルの破片から、米海兵隊、空軍を巻き込んだ凄まじい局地戦がこの地で勃発したことが予想されます。

そういえば、現場に朝4時に乗り込んだM氏も、尾根の上に出た時に聴こえて来るヘリ音を頼りに現地に向かったと証言していました。言い換えれば、現地の谷は深く、山を下ればわずか1,2キロ先の音も尾根に遮られて聴こえない状況であったと考えられます。これでは、麓の村落ではこの出来事に気が付かないでしょう。

しかし・・・ここで記載することではありませんが、アントヌッチ証言っていったい何だったのでしょうか?また、事故調査報告書も何だったのでしょうか?

例え手抜きの調査をしても、これだけの物が見つからない、目に付かないはずがありません。もはや、両者が全くの創作であり、証拠的価値など皆無であることが証明されたようなものです。

日本国民も世界の人々も、この24年間騙され続けてきたと言っても、まだ言い足りないぐらいです。


■本格的な偵察機も落ちていた

先を進めます。この他にも色々な物が落ちていました。


写真3:高品質の部品、測定器の一部他

(1)は'超'が付くくらいの高品質素材で製造加工された、油圧管の継ぎ手部分と思われるものです。

管は2重配管で24年間経過しても全く劣化したようなような痕跡がありません。民間機ではとても採算が合わない高級品です。

(2)はシールド材で、現場に大量に落ちており、おそらく機体内部全面を覆っていたと思われます。電子機材を満載した偵察機の仕様です。

(3)は高度な加工と被服が施されたケーブル。観測ドーム内で位相検波計のセンサーに使用されたと思われます。

(4)は機体破片で、米海兵隊の塗装と所属名の記載の一部が認められます。

これらは人が分け入るのが困難な薮の脇に在り、エンジンや機体破片などはおそらく薮の中にまだ回収されず残っていると思われます。

しかし、これら特殊部品の数々が、偵察機RC-135の装備品であることを示しており、同時に、同機がここで墜落、または撃墜されたことをも物語っています。

所属については写真(4)および状況からB氏は米海兵隊の可能性が高いと言っておられますが、(4)と他の部材との関連は不明ですので、とりあえず所属は不明であるとします(米空軍のものが一般では認知されていますが、同機材は米国4軍で広く運用されているので断定もできません)。


写真4:米空軍のRC-135


■謎の黒い戦闘機

まだまだ出ます。


写真5:戦闘機の機体表面(黒塗装)

写真5は、戦闘機の機体表面と思われる厚めのジュラルミンに直接黒い塗装を施した金属片です。黒色の塗装を施すこと自体がかなり特殊なことであり、その色同様、何か特殊任務を帯びて行動していた戦闘機ではないかと類推されます。

私はこの機体こそ、JAL123便を撃墜した米空軍戦闘機ではないかと見ています(なぜここに落ちているかは後日に)。

なお、特別なステルス加工等は見られないので、よくネットなどで噂されているF19などのステルス戦闘機ではなく、従来型機であったと判断されます。


■その他の航空機

実は、他にも上記に該当しない機材の破片が数多く発見されているのですが、まだ、それらを特定する段階に至っていません。あと2〜3種類はほぼ確実に存在していると予想しています。

そして、その中には謎の黒い戦闘機とはまた別の、おそらく電波吸収材であろうと思われる黒い破片も含まれています。

確実に言えるのは、想像を超えた戦闘がこの地で行われ、多くの米軍用機が墜落・撃墜されたこと。

また多くの死傷者が出たことも想像に難くありません。しかも、驚くことに、その争いが翌日の午前4時ころ(M氏が到着した時間)以前にはおおよそ決着しており、既に回収作業や土砂がけ、隠蔽作業などが始まっていたのです。

なぜ、こんなにも米軍機が落ちているのか?これは異常事態です。

また、首都東京から数十キロ圏内で発生したこれだけの異常を、全く報じない報道機関、事故調査委員会、日本国政府、こちらの方も輪をかけて異常としか言い様がありません。

この事実は私だけでなく、過去に各国軍の偵察機に乗り、戦場を何度も見てきたB氏をも、たいへん混乱させました。

B氏は御巣鷹の尾根一帯を「飛行機の墓場だ」と表現されましたが、見事に状況を言い得ていると思います。

これら証拠物の検証と平行して、B氏とは時間をかけてこの事実について協議検討し、私たちは全体を説明する一つのシナリオに辿り着きました。

次回以降はこのシナリオをブログで提示することになりますが、仮説部分が多くなり、間違いや考え違いも混じってくることは避けられないでしょう。

筋の通った読者からのご指摘は私たちも採用し、シナリオに変更を加えて行きたいと思っておりますが、まずは私たちのシナリオ全体をご確認いただいてから、細部についての修正のご指摘をいただきたいと考えております。

あまりに複雑な要素が絡んでおり、最初から細かいところに留まると、事故(もはや'事変'ですね)の全体像が見えなくなってしまう恐れがあるからです。

 また、「緊急報告」のところには、次のようにあります。

 なぜ、24年たった今頃、こんなに証拠物が出てくるのか?S氏は現地の地質について「周囲は岩の多い山なのに、なぜか事故現場近くは工事現場にあるような土砂ばかり」と言ってました。

これはどういうことか、つまり「事故当時拾い切れなかった不都合な破片は、上から土砂をかけて隠した」ということです。

急斜面と岩の多い山肌、そんな環境の中で、土砂は堆積せず流れ落ち、今頃になって当時の残骸を我々の目の前に晒すことになったのでしょう。

しかし、どんなに回収を進めようと、証拠物はこれからも際限なく出続けるでしょう、また、そのために大人数の公務関係者が御巣鷹の山に入れば、当然何をしているのかを世間に問われます。

もはや、悲劇の計画者たちは最後の悪あがきを始めたとすら言えそうです。


日航機墜落の真相« | HOME | »プロフィール

Author:熊木和枝:東京都練馬区
 和順庭という庭のガーデニングを趣味としてやっています。高校教師をやめて、ガーデニングのブログを書いていたのですが、小沢問題から真実を調べているうちに、マスコミや検察自体がおかしくなってきていることに気づき、ブロガーたちと検察の捏造や冤罪を追究し、ついに村木局長事件では無罪判決を得ることができました。最近は、市民の立場で真実を追究する政治的内容が多くなってきています。


※寄付のお願い
■郵便局からの振込みの場合
口座 ゆうちょ銀行
記号 10000 番号 88352491

■銀行からの振込みの場合
口座 ゆうちょ銀行
店番 008 普通預金
口座番号 8835249
口座名 熊木 和枝

最近のエントリー
ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (12/20)
小沢一郎vsフツーの市民 第三回座談会 (02/08)
病院殺人事件? 私の夫は臓器欲しさの病院に殺された (01/31)
大高裁判:傍聴人の権利を無視した裁判官 (01/24)
政治家小沢氏を市民感覚という言葉で錯乱・断罪するマスコミ・赤旗 (01/12)
金融マフィアの正体 (01/07)
小沢裁判:政治資金規正法違反ではない (12/20)
 鈴木宗男氏の国政復帰待望・小沢支援デモ (12/19)
検察犯罪を隠蔽する原発事故収束宣言 (12/17)
小沢裁判:田代検事の捏造発覚を新聞は伝えてるか (12/16)
小沢裁判:法廷で田代・民野検事の犯罪明らかに (12/15)
小沢裁判:弁護士と池田元秘書で検察、裁判所に反撃開始 (12/08)
小沢裁判から見えてきた金融マフィアや創価学会の策略 (12/07)
鈴木 宗男氏吼える!:仮釈放モニター中継 (12/06)
裁判所が犯罪:大高さん事件は冤罪!裁判所職員による暴行捏造 (12/03)
前田検事、二日酔いでの取り調べも:大久保隆規証言小沢裁判第6回公判 (12/01)
スゴウデ前田検事登場!:大久保隆規証言小沢氏裁判第5回公判 (11/30)
大高さん、監視カメラ映像から明らかに無罪だが (11/28)
放射線を中和する食品 (11/22)
ワインに薬を入れた故中川昭一金融大臣抹殺の実行犯 (11/14)
TPPや原発を推進し冤罪をつくりだす闇の勢力を告発しよう! (11/13)
裁判所が作り出す冤罪 (11/12)
すぐわかる不正裁判:あなたは弁護士にダマされていませんか? (11/10)
超党派議員参加のTPP反対デモ (11/06)
検察捏造調書発覚!石川証言の小沢氏裁判:第四回公判 (11/01)
カテゴリー
小沢 対 検察・マスコミ (219)
政治 (117)
9 .11の真実・ウィキリークス (31)
日航機墜落の真相 (22)
レストランガイド (61)
日記 (49)
おでかけグルメとガーデニング (73)
旅行 (29)
ガーデニング (56)
政治  オバマ大統領 (11)
地球環境 (3)
インフルエンザ (2)
八ッ場ダム (5)
金融資本家 (14)
高齢者問題 (20)
地震兵器 HAARP(統合型地球物理学兵器) (2)
あしゅらニュース (1)
TPP (2)
ネット市民 (4)
東日本大震災(原発) (74)
地方選に立候補して (8)
世界ふれあい街歩き:アメリカ・カナダ旅行 (39)
東京ファッション (2)
裁判:冤罪事件:大高正二氏・小川達郎氏・東電OL殺人事件ゴビンダ氏  (17)
行政 (1)
ツイートテレビ (1)
リンク
和順庭のツイッター つぶやき
日航機墜落事故 トラックバックピープル
9.11の真実のトラックバックピープル
国民の生活が第一
鳩山政権 トラックバックピープル
和順庭のUSTREAMチャンネル
和順庭のYouTube動画サイト
和順庭からのレストランガイド
「和順庭の四季おりおり」の動画サイト
「小沢一郎を支持します!」トラックバックピープル
応援ブロガー:カナダde日本語
応援ブロガー:反戦な家づくり
応援ブロガー:ふじふじのフィルター
応援ブロガー:かっちの言い分
応援ブロガー:市民メディアネットワーク
応援ブロガー:めざまし政治ブログ
ネット市民ブログ
管理者ページ
最近のコメント
熊木 和枝:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (02/12)
123:小沢一郎vsフツーの市民 第三回座談会 (02/12)
熊木 和枝:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (02/12)
:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (02/10)
123:病院殺人事件? 私の夫は臓器欲しさの病院に殺された (02/06)
動天:病院殺人事件? 私の夫は臓器欲しさの病院に殺された (02/05)
123:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (02/01)
123:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (01/28)
123:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (01/23)
123:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (01/20)
最近のトラバ
投資一族のブログ:東電OL殺人事件 2/2 〜容疑者と現場 (02/10)
★ようこそ「イサオプロダクトワールド」へ★isao-pw★:★誰も書かない自爆用原爆1000発以上の衝撃! (11/22)
★ようこそ「イサオプロダクトワールド」へ★isao-pw★:★誰も書かない原発列島、恐怖の実態! (10/23)
★ようこそ「イサオプロダクトワールド」へ★isao-pw★:★原発災害100km圏内は直接の当事者だ! (10/13)
★ようこそ「イサオプロダクトワールド」へ★isao-pw★:★原発災害から半年、福島に未来を取り戻そう! (09/20)
ミクロネシアの小さな島・ヤップより:放射能は現地調達です (09/09)
カリフォルニア・加州ラジオ草紙 :こんなに石川議員が面白い人だとは思わなかった。代表選最中のNHKの誤報とそれに対するおわびの小沢氏よいしょ番組(NHK) (09/05)
カリフォルニア・加州ラジオ草紙 :[原発]驚愕「福島児童に20ミリシーベルトを許容」と国に迫った佐藤福島県知事。世界のメディアは気がついた!!=佐藤雄平は「フクシマのヒトラー」、山下俊一は「日本のメンゲレ博士」と!! (09/05)
樹木医!目指して!:ウメの剪定 (08/27)
★ようこそ「イサオプロダクトワールド」へ★isao-pw★:★誰も書かない福島原発災害の真実! (08/05)
月別アーカイブ
2012年12月 (1)
2012年02月 (1)
2012年01月 (4)
2011年12月 (10)
2011年11月 (9)
2011年10月 (14)
2011年09月 (23)
2011年08月 (45)
2011年07月 (9)
2011年06月 (23)
2011年05月 (34)
2011年04月 (19)
2011年03月 (32)
2011年02月 (37)
2011年01月 (39)
2010年12月 (32)
2010年11月 (44)
2010年10月 (39)
2010年09月 (39)
2010年08月 (27)
2010年07月 (19)
2010年06月 (16)
2010年05月 (23)
2010年04月 (20)
2010年03月 (37)
2010年02月 (41)
2010年01月 (66)
2009年12月 (24)
2009年11月 (25)
2009年10月 (21)
2009年09月 (18)
2009年08月 (16)
2009年07月 (14)
2009年06月 (11)
2009年05月 (14)
2009年04月 (9)
2009年03月 (4)
2008年12月 (1)
2008年11月 (1)
2008年09月 (1)
1970年01月 (1)
カレンダー
01 | 2012/02 | 03 日 月 火 水 木 金 土
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 - - -

検索フォーム


ブログでアフィリエイト

このブログを通報
Report Abuse

人気ブログランキング
利用規約

Template by ブログテンプレート.netPowered by DTIブログ

和順庭の四季おりおり
私たちの庭:和順庭の四季おりおりを写真と随筆でつづります。
7 日航機墜落の真相は? *アントヌッチ証言2009/11/13(金) 23:42:26


 また、「JAL123便墜落事故−真相を追う− 闇夜に蠢くもの(2)」には、救助しようとして命令により引き返した米軍機アントヌッチの証言について書かれています。

2009-09-06 03:14:34 | 日記■アントヌッチ証言全文

日航機事故から10年、米軍人コミュニティ向けの新聞「スターズ・アンド・ストライプス」の一面に突然表れたアントヌッチ証言とは何か?

この証言の全訳文を米田氏の著書「御巣鷹の謎を追う」から引用します。少し長いですが、ぜひ読んでみてください。

本証言の検証は次回以降に行います。


・一部を除き漢数字はアラビア数字に置き換えてます
・カギ括弧([])内の数字は、私が付け加えた段落番号です

------------------------------(ここから)------------------------------
「スターズ・アンド・ストライプス」の証言報道 1995年8月27日
(前文)
撤退命令が出ていなければ東京近郊の山中に墜落した日航123便事故の2時間後に、米海兵隊は生存者を救出できただろう。

(経歴)
1982年から90年まで米空軍に在籍したマイケル・アントヌッチ氏。

現在はカリフォルニア州サクラメント市でインサイド・カリフォルニア誌の編集を行っているサクラメント・ビー紙とマイケル・アントヌッチ氏の許可を得て再録した。

[1]
10年前の1985年8月12日に、日航123便は本州中部の山間に墜落し、520人が死亡した。単独の航空機事故としては航空史上、最悪の犠牲者を出す結果となった。

日本の救助隊の現場への到達が遅れたのではないかとの論議が起こった。

最初の救助隊が日航機にたどり着いたのは墜落後12時間後だった。

実際、もし日本当局を困惑させまいとすることがなかったならば、最初の救助隊(米海兵隊チーム)は墜落後、2時間以内に墜落機の捜索ができていただろう。

生存者は4人だった。(しかし)それ以上の多くの人が助かったかもしれない。

[2]
123便墜落事故の余波(被害拡大)について、私は独自の見方をしている。

事故当時、私はそのことについて「他言無用」の命令を受けていた。

しかし、大事故から10年経過した今、私があの晩 、東京から西に35マイル離れた横田基地に向かう米空軍C130のナビゲーターとして見たこと、聞いたことを、話さずにはいられない。

(図:米軍のC130輸送機)

[3]
当時、私は横田基地の空軍中尉だった。

当日8月12日の午後6時30分ころ、我々は沖縄から横田に向け飛行中、大島上空にさしかかった。

われわれは最初、日航123便の機長が管制塔に緊急事態を宣言したときには、さして気にもしていなかった。

(なぜなら)軍では、緊急事態を宣言し、エンジンを止めて平穏無事に着陸することはよくあることだから。

しかし、6時40分ころ、再度、日航機長の声を聞いた。

その声は非常に動揺しており、管制とのやりとりは、航空の標準語である英語ではなく日本語だった。

こんなことは、几帳面な東京管制官の通常の離陸管制では考えられないほど異常なことだった。

[4]
ずっと後日になって知ったのだが、123便は(垂直)尾翼と下部方向舵の一部をなくしており、操縦不能であって、高濱雅巳機長はスロットルレバーの調整のみで操縦し、高度を変えようとしていた。

また123便は緊急降下が必要な緊急事態である急減圧が起きていた。同機は絶望的な状態だったのだ。

[5]
われわれは、周波数を横田基地に切り替え、オオクラでホールディングするよう指示された。

旋回中に、横田管制が123便に横田基地への着陸を許可するのを聞いた。

このときから、われわれは事態を真剣に注視するようになった。

123便の緊急事態は相当に深刻で、目的地に到着できそうになかった。

だから、めったにないことだが、当該乗員は米軍基地への着陸を希望したのだった。

[6]
横田管制は123便と交信しようとしていたが駄目だった。

われわれにも(横田基地への)進入許可を出したが、ちょうど7時過ぎに123便がレーダーから消えた、と伝えてきた。

そして123便を捜索できないかと聞いてきた。

われわれは、あと2時間は飛べる燃料を持っていたので機首を北に向け、捜索に向かった。

[7]
管制では123便がレーダーから消えた場所をよく分かっていなかった。

当機は、陽が長くなった夏の夕日が沈みかけていたころ、機首を北北西に進路を取った。

午後7時15分、航空機関士が1万フィート付近で雲の下に煙のようなものが見えるのを発見したので、ゆっくり左に旋回し、そちらへ方向を向けた。御巣鷹山の周辺はとても起伏が多かった。

地表からおよそ2000フィートまで降下する許可を得た。

墜落機残骸を発見したのは、あたりはだんだんと暗くなり始めていた時だった。

山の斜面は大規模な森林火災となり、黒煙が上がり、空を覆っていた。時刻は7時20分だった。

[8]
当機の指揮官、ジョン・グリフィンは、墜落機残骸の上空2000フィートで旋回していた。

私は地上との高度をモニターし、横田までの位置関係を確認した。事故現場から横田までの緯度、経度、方向と距離を連絡した。

墜落後、およそ20分で当局は墜落機残骸の位置をつかんでいたのだ。

横田管制から、我々の現在地から約40マイルの厚木基地から、米海兵隊が救難に向かう準備をしてることを聞いた。

1時間で到着できただろう。

[9]
副操縦士のゲーリー・ブレイは管制に「海兵隊に急ぐように伝えてくれ。

もっとも生存者がいるかどうかは疑問だがね]といった。管制官からは「生存者はいない様子。

了解」との返答があった。

「ここからでは生存者がいるかどうか分からないのに、あんなこというんじゃなかった」とゲーリーは無線を外して私にそういった。

当機は8時30分まで先回を続けた。そのとき、海兵隊のヘリコプターが救助に向かっているので方向を知りたがっている、といわれたので、墜落現場までの方位を教え、当機のレーダーで地上から空中までを探してみた。

8時50分までに救援ヘリのライトを視認できた。ヘリは偵察のため降下中だった。

[10]
午後9時5分に、煙と炎がひどくてとても着陸できないと海兵隊が連絡してきた。位置を少し移動して二人の乗員をホイスト(ウインチで吊り下げ)で地上に降ろすつもりでいた。

われわれに、司令部に連絡してくれと頼んできた。私が司令部に連絡を取った。

[11]
将校は「直ちに基地へ帰還せよ」「日本側が向かっている」といったので「司令部、海兵隊は救助続行をきぼうしている」といったが、「繰り返す。即刻、基地に帰還せよ。海兵隊も同様」と命令された。

私は「了解。基地に帰還する」と応答した。

[12]
ブレイは渋々そのことを海兵隊に知らせた。海兵隊も了解しており、引き上げ始めていた。

われわれの到着から2時間経過した午後9時20分に、最初の日本の飛行機が現れた。

管制から日本の救難機だとの知らせを受けた。

日本側が現場に到着したことで、安心してその場を引き上げた。もっとも、我々の燃料もほとんど使い果たしていた。

[13]
横田基地に引き返し、着陸後直ちに司令部に報告するように指令を受けた。

我々を待っていたのは、第861戦術飛行隊副司令官、ジョエル・シルズ大佐であった。

グリフィン機長が経過を簡単に報告した後、大佐は「ご苦労だった。今回のことについてマスコミには一切他言無用」といった。

[14]
われわれは、緊張を強いられた17時間にも及ぶ飛行を終え、休息をとるために飛行中退のビルに向かった。

そのとき、日航123便が満席に近い500人以上もの乗客を乗せていたことを日本のテレビを見て知った。起こった事故の大きさに驚き、声も出なかった。

スケジューラーが翌日の午後、一週間の任務で沖縄へ出発するようにとの指令をわれわれに伝えたので、その静寂が終わった。乗務員はそのまま放置されたが、そんなことは通常ないことであった。

[15]
翌日のニュースや新聞を見て、われわれは愕然とした。

ニュースは、日本の捜索隊が墜落地点を発見するのが、いかに困難をきわめたかを伝える報道で溢れていた。事実、まだ事故機残骸に到着していなかった。

私はすぐに地図のところへ行って昨日の航跡を確認した。私には正確な位置を示した、という自信があった。

私は海兵隊のヘリコプターに墜落地点までの飛行を無線で誘導したのだし、日本の救難機が墜落現場上空に到着して旋回しているのを確認した後に、帰還したのだから。

あの事故機発見がそれほど困難をきわめるような問題が日本側にあったのだろうか?

[16]
墜落から2週間たって、タイの首都、バンコクにいたとき、私は墜落の写真が表紙になった『タイム』と『ニューズウィーク』を買った。これで4人の生存者がいたことを初めて知った。

4人のうちの落合由美さんの記事を読んでゾッとさせられた。彼女は墜落後、意識があったときのことを語っている。

残骸の下で動けなかったが、彼女はヘリコプターを発見し、手を振って合図したが、すぐには返答がなかった。「次第に私は眠くなった」「気がつくと男の人の話し声が聞こえ、もう朝だった」と彼女はいっている。

[17]
落合さんはまた、看護師に、数人の子どもたちの声を聞いたが闇の中でその声は次第に途絶えていった、と話している。

私は打ちのめされたような気がした。海兵隊が吊り上げによる救助を許可されていたならば、さらに数人の生存者を救出できたのにと考えざるを得なかった。

海兵隊のヘリコプターは、落合由美さんが見つけられるところまで接近していたのだ。

[18]
『ニューズウィーク』誌によると、日本の当局は、捜索開始命令が午後9時30分まで出されなかった、と述べている。

(しかし)その時刻はわれわれが墜落地点を確認した2時間後だった。最初の日本のヘリコプターが現場にやっと到着したのは、翌日の午前4時40分だった。

午前7時15分になって日本の捜索隊は、警察(自衛隊のこと)のレンジャー部隊をヘリコプターで吊り下ろすことを決断した。

海兵隊のヘリコプターが同じことをやろうとして許可されなかったときから、11時間もたってのことだった。

[19]
こういう大惨事での米国の役割については、『タイム』や『ニューズウィーク』誌でも、われわれのC130や海兵隊の行動を報道することはなく、記者たちは日本の当局が公表したことを鵜呑みにしている。

『ニューズウィーク』は、日本のF4戦闘機が午後7時21分に山の中の炎上地点を確認したと伝えていた。当時の日本はF4を持っていなかったし、在日米軍基地にもF4は配備されていなかったという事実を除けば、これはよくできた話である。

[20]
また『タイム』は、日本の航空自衛隊が派遣した2機の航空機が、炎上地点を確認したと伝えている。このことは、午後9時30分まで捜索命令が出されなかった、という軍(自衛隊)の前述の言明と矛盾している。

夜から朝にかけて、いったい何が起こっていたのだろうか。日本の救助隊は、墜落現場から42マイル離れた上野村に対策本部を設置しつつあった。

後になって、日本の緊急事態対策問題に精通しているある人から、彼らが1機ではなく2機の米軍機が自分たちよりも2時間も早く現場に到着していたことに、びっくりしていた、と聞かされた。

この人物は「日本の乗員は、あなた方が行ったようにとっさに捜索を実行するなんてことは絶対できないだろう」「彼らの救助活動のやり方といえば、マニュアルなど文字になっているものでしかできないのだ。

しかし、あなたたち(空軍と海兵隊)はそれを見事にやってのけた」と私に語った。
(管理者註:42マイル(約65km)は4.2マイルの誤りか?)

[21]
私が日本に戻ってきたころには、この話は立ち消えになっていた。われわれ乗員たちは、ある連絡(承諾)を受け取ったが、われわれの期待とはずいぶん、かけ離れていた。

われわれは、日本の新聞に残骸の写真を売るための空軍特別調査活動の任務にあった、ということにされた。

しかし、この調査は、当然のことながらあっという間に終わった。なぜならフィルムを持っているものなどだれ一人いなかったし、写真を取れるような明かりも十分なかったのだから。

そのうえ、マスコミは、われわれがそこを飛んでいたことなど、誰も知らないのだから、報道されるはずもなかった。

[22]
1987年3月、私は横田基地を離れ、サクラメントのマザー空軍基地で航法教育に携わる大尉として着任したが、そのとき、空軍表彰メダルを授与された。そこにはこう書いてある

「アントヌッチ大尉とその乗務員は、日航機の捜索を決定し、直ちに捜索計画をたて、墜落現場を発見し、救助隊を現地に誘導した」

私は空軍が私たちの行動を認めてくれたことは嬉しかったが、表彰を喜ぶ気になれない。私は「まだ、生存していた人たちを救出できなかった」と付け加えたかった。

「23」
日航123便事故は、実際二つの惨事がある。第一は墜落事故の衝撃で人々が死亡したことである。第二には、遺体収容を援助した医師たちの証言に表れている。

つまり、もっと早く救助隊が到着していれば、負傷者、または致命的でなかった乗客を発見できただろうということだ。

ある医師の証言は私の体の心まで震え上がらせた。彼は「もし、発見がもう10時間早ければ、われわれはもっと多くの生存者を発見できたであろう」といっている 』

日航機墜落の真相6 日航機墜落の真相は? *事故現場を最初に訪れた民間人の証言 2009/11/13(金) 11:21:52
 


この日航機墜落について調べれば調べるほど疑問が沸き、また多くのブログの信憑性についての判断が難しくなる。

 そんな時、「(新)日本の黒い霧」と題するブログの中の9月10日付の「事故現場を訪れた最初の民間人、M氏の証言」に、事故現場の様子が詳しく書かれていた。

『「(新) 日本の黒い霧」(日本航空123便ジャンボジェット機墜落事故の真相、その他の未解決事件、改竄された歴史について考える。)


JAL123便墜落事故−真相を追う− 闇夜に蠢くもの(4)
2009-09-10 17:29:00 | 日記■事故現場を訪れた最初の民間人、M氏の証言

 このM氏については、8月4日付「情報源について」のところに

「ご実家に帰省中、たまたま事故のニュースを聞き事故現場を訪れた知人です。その方から、これまでマスコミに登場したことのない貴重な証言を得ました。本人の身の安全のため匿名といたします」とある。


それでは、お約束とおり、1985年の8月12日から翌日の8月13日にかけて、JAL123便の事故現場となった御巣鷹の尾根に向かった、M氏の証言をご紹介します。

なお、この証言は、本年6月、当ブログ管理者が講師を務めた小グループのセミナーにM氏をお招きし、その席上で証言いただいたものを筆録・編集したものです。発言主旨に誤りはないと思いますが、予めお断りしておきます。

-----------------------------(ここから)-------------------------------
司会:それでは、Mさんよろしくお願いします。Mさんは事故当夜、現場に向かわれたそうですが、まず、そのいきさつを教えてください。


M氏[1]:私の実家は、事故現場から見て西側、長野県の方にあります。当時は大学を卒業して社会人になったばかりで、事故当日はお盆ということもあり、たまたま実家に帰省していました。

事故の速報を知ったのが、12日夕方の7時過ぎ頃だったと思います。その時は墜落現場は(長野県の)北相木村付近という報道でした。

そこで、北相木村やもっと南に位置する川上村に住む知り合いに電話を掛けて様子を尋ねたところ、どちらも墜落は確認できてないとのことなので、残るは南相木村の山間部しかないと思い、そちらに向かいました。

たまたま高校時代の友人2名と一緒だったので、事故現場に行ってみようということになりました。まだ、若かったですから、その時はただ、何としても現場に1番乗りしてやるぞ、インタビューされてテレビに映ってやるぞ、ぐらいの本当に軽い気持ちしかありませんでした。

オフロードバイクにまたがり、友人2人(それぞれオフロードとオンロードバイクを使用)と共に南相木村に向けて出発し、おそらく21時頃までには南相木村からの林道に入っていたと思います。

ただし、オンロードバイクの友人は途中でこの行程から抜け、林道から先を進んだのは、オフロードにのったボクたち2人だけです。

司会:その時刻はまだ、墜落地点は判明してませんでしたよね(公式発表は翌朝5時以降)。そこからどこに進めばよいか、どう判断したのですか?


M氏[2]:そんなの訳ないですよ。上空で戦闘機が、それもおそらく2機がぐるぐる旋回している音がしてましたから、墜落現場はその(旋回)音の中心付近だなとすぐに分かりました。

そこで、バイクで可能な限り近くの林道を進んで、そこから先は徒歩で山に入ることにしました。

司会:ええっ?じゃぁもうその時点で墜落地点はわかっていたと・・・

M氏[3]:はい。当然、警察も分かっていたはずですよ

。だってボクたちが南相木村へ向かってるその後ろから、警察の白バイもついてきましたから。

でも、普通のバイクなので切返しの多い山道に難渋していて、オフロードに乗ったボクたちは簡単に振り切っちゃいましたけど(笑)。

林道の終点から山に入ってからは、途中、山の頂きへ登る度に、ヘリの音がする方向を探して、墜落地点を確認しました。

ヘリは同じところを一晩中飛んでいたので、墜落地点は当然分かっているものと思いました。

司会:すると、林道から先は、徒歩で夜の山に分け入ったのですか。危険だと思わなかったのですか?

M氏[4]:あの辺の山の持ち主(の息子)とか知ってますし、一緒に山に入って遊んでましたから、どんなところかは大体わかっていました。

松の木と岩が多い所なんですよ。もちろん、急峻で険しい所だとも知ってますから、この先へ進むのは中々たいへんだなと思いましたよ。

とにかく、墜落現場に向かってまっすぐ進むことしか考えていませんから、きつい傾斜や時にはオーバーハングを超えて、山道なんか関係なく、強引にいくつも尾根を跨いで行きました。

ですから、直線距離でわずか7,8キロの行程なのに、山に入ってから現場に着くまで6〜7時間くらいかかりました。

着いたのは、午前4時前後だったはずです。

司会:午前4時という時刻はどうやって確認したのですか?

M氏[5]:当時は、時計を身に付ける習慣はなかったのですか、着いた時に山の尾根付近が白み始めていたので、おそらくそれぐらいの時間だと思いました。
(管理者註:夏の山頂付近は明るくなるのが早い)

司会:そこで何を見ましたか?

M氏[6]:既に自衛隊員が7〜80人、いや100人位は来ていました。それを見て、自分たちは一番乗りできなかったと思いましたね。

同時に、事故犠牲者の呻き声が谷にこだまし、響き渡っているのがはっきりと聴こえました。

司会:ええっ?その時に生きて声を出している人が居たのですか!!どれくらいの人が生きていたのでしょう?

M氏[7]:全部を数えた訳ではありませんが、声の響き方からすると少なくても4〜50人は居たと思います。

実際に、苦しそうに声をあげている人を私も間近で何人か見ています。

自衛隊の人たちがいる以上、自分たちができることは、負傷者のいる場所を教え、早く救助してもらうことだと思い、呻き声のするあたりを探しては、その場所を隊員さんに伝え、早い手当を頼んでいました。

ただ、隊員さんの対応には不信感を覚えましたね。「へたに動かすと危険なので、後から来る部隊が手当することになっている」と言うだけで、何もしようとしない。

手にした4〜50cm 位の丸いバッグに、地面から拾った物を黙々と入れ続けている。

司会:自衛隊員は何を拾っていたのでしょう?

M氏[8]:まだ暗くてよく見えなかったので、それが何かまではわかりませんでした。ボイスレコーダーとか、何か貴重な物なんだろうと思っていました。

私が覚えている隊員さんの装備は、バッグの他に、片手に抜き身の大型アーミーナイフ、目には暗視ゴーグル、また、靴はつま先の短い短靴を履いており、傾斜のきついこの山のことをよく調べて入っているなと思いました。

ちょっとひどいなと思ったのは、斜面を登り、尾根の反対側に出たら、向こうの谷ではヘリコプターがホバリングしているじゃないですか、ヘリが来ているならさっさと救助しろよと思いましたね。

しかも、ヘリの下では、さっき隊員さんたちが何かを入れていたバックを10数個まとめ、ネットに入れて吊り上げていました。何度も吊り上げていたので、全部で70個くらいのバッグが回収されたと思います。

司会:現場にはどれくらい滞在したのですか?

M氏[9]:到着してから1時間後くらいに、自衛隊の次の部隊が続々と到着してきました。

また、暗視スコープを装着していた最初の部隊も引き上げる体制に移っていたので、もうこれで大丈夫と思い、この時に下山を始めました。

なお、次の部隊は、山で歩きにくいブーツ姿だったので、これでちゃんと歩けるのかな?と思いました。

セミナー参加者からの質問

Q1:4〜50人居たという、呻き声の人たちはどうなってしまったのでしょう?

M氏[10]:それはボクもずっと不思議に思っていたのですが、下山を開始する朝の5時過ぎ頃には、谷の呻き声がピタリと止んでいました。


Q2:この事故の生存者は4人の女性でしたが、その他にも助かりそうな人はいませんでしたか?

M氏[11]:ボクが見た負傷者の中に、指先が1本ちぎれただけの男の人がいました。「この程度なら死ぬことはないな」と思い、救助活動(隊員への声かけ)を後回しにしたのをはっきりと覚えています。

あの人がどうなったのか、ボクにも分かりません。

Q3:事故調査委員会が、当夜、墜落場所発見が困難だったと報告しています。しかし、Mさんは夜を徹して現場に到達している。

この報告をどう思いますか。

M氏[12]:日頃から遭難者の多い現地周辺にはCB無線による救助網が敷かれています。

無線機を持った人員を担当箇所に登らせて無線を交わせば、夜間に炎上しているような目立つものなら訳なく見つけ出せるはず。

どうしてこんなに時間がかかったのか分かりません。
(管理者註:というか、本当はとっくに見つけ出していますが・・)


Q4:大型アーミーナイフは何に使われていたのでしょう?

M氏[13]:それは見ていないので分かりません。

Q5:現場で身の危険を感じたり、二人を排除するような動きはありませんでしたか?

M氏[14]:そういうことは特に感じませんでした。

Q6:機体が激しく衝突し炎上した墜落現場に木立が残っているのは不自然だとよく指摘されるのですが、実際に見てどうでしたか?

M氏[15]:言われてみたら、確かに変ですよね。

林立している木の間に機体の破片や、遺体(の一部が)飛散していましたから。それに、あの辺りは針葉樹が多い山ですから、機体から火が出たらあっという間に周囲に燃え広がるはず。

それにしちゃ、あまり燃えてなかったなぁ、変だなぁ。

Q7:事故調査委員会が、生存者4人の発見を奇跡的だと報告しています。

しかし、Mさんは生きてきる何10人もの声を聞いている。この報告について改めて感想を聞かせてください。

M氏[16]:報告は嘘だと思います。

明らかにもっと多くの方の命を救うことができたはずです。

Q8:その他、現場で見て、何か変だと思ったことを教えてください。

M氏[17]:山で遭難して遺体になると、狐や狸など、山の動物にひどく食い荒らされるのですが、現場で見た遺体には、奴らが手をつけた痕跡がまるでない、それは山を知る者としてはたいへん不思議な事です。

司会:ありがとうございました。

-----------------------------(ここまで)-------------------------------


以上、M氏の証言でした。この証言からわかることを、以下箇条書きにします。

・13日午前4時、公式発表ではまだ発見されていないはずの墜落現場に
 自衛隊員が既に100名程度来ていた

・自衛隊員は人命救助よりも何かの回収を優先していた

・4〜50名の生存者の声が聴こえた

・1時間後には生存者の声が全く聴こえなくなった


JAL123便墜落事故−真相を追う− 闇夜に蠢くもの(5)

2009-09-13 21:26:21 | 日記今回は、前回の「闇夜に蠢くもの(4)」で紹介したM氏の証言について、検証を加えたいと思います。

読者の皆様においては、証言の内容が内容だけに、恐ろしい想像は避けられないとは思いますが、ここは何とか冷静になって、事実を見つめていただきたくお願い申し上げます。

なお、事故から24年経ってなぜ今頃こんな証言が飛び出してきたのかについては、事故後にM氏が長期に渡って海外赴任していたこと、最近まで大病を患っていたことなど、公の場で証言を行える状況になかったことを、本人に代わりお伝えしておきます。

■墜落現場は早期に特定されていた

M氏の証言からはっきりわかること、その一つは墜落現場がかなり早い段階で特定されていたことでしょう。

墜落地点の同定については、M氏からCB無線網が利用可能であったとの指摘がありましたが、それ以前に、本人がそうしたように電話で周辺町村に確認するという、最もシンプルな方法で墜落地点をかなり小範囲に絞ることができたのです。まさか、互いに連絡を取り合っている現地の警察や役所がそんなことに気がつかなかったとは言い訳できないでしょう。

もっと直接的な証拠として、12日の21時頃の上空の航空機(戦闘機およびヘリコプター)の動きから、自衛隊も墜落地点を正確に把握していたのは明らかです。

その音を頼りに現地に乗り込んだM氏の行動そのものが、その事実を正確に物語っています。また、白バイ隊の動きからは、警察へ墜落地点の情報が既に伝わっていた疑いが極めて濃厚と判断されます。

そして、「自衛隊に救助活動の主導権を渡した」とされるアントヌッチ証言も、この点では見事に裏付けられたように見えます。

■それは本当に自衛隊だったのか?

M氏の証言、および上記までの説明で、これまで私は、無条件に闇夜に飛行する航空機や現場で活動する人々を「自衛隊」と決めつけて話を進めてきました。

しかし、何を以ってそれが「自衛隊」だと特定できるのでしょうか?それを説明する一つの要素が、アントヌッチ証言です。

アントヌッチ氏が上官の命令で自衛隊に道を譲ったという言説以外には、彼らが自衛隊だと決め付ける理由はありません。

「M氏も自衛隊と認めたのだから、『自衛隊』なんじゃないのか?」と反論が聞こえてきそうですが、それについては、よく考えてみてください。

例えば自衛隊の制服を着ている人物をあなたは無条件に自衛隊員と認めるでしょうか?確かに普通はそう思うでしょう、しかしその人物の所属を聞き出して部隊に確認しない限り、当人が自衛隊員だと断定する理由は何一つありません。

角田四郎氏の著書「疑惑−JAL123便墜落事故」の中にも、公式記録上は事故処理に参加していない「神奈川県警」の詰所が存在したり、しかもその詰所の中の備品に「○○師団」等々、警察の所属名とは縁もゆかりもない記名の物品があったなど、公務関係者の偽装を疑う記述がありました。

ですから、M氏が見たという「自衛隊」という人々についても疑いを持って検証する必要があります。

■自衛隊の装備品ではない「アーミーナイフ」

M氏の証言について、国際軍事評論家のB氏に特に「自衛隊」員の装備について伺ったところ、次のような回答を頂きました。

・大型アーミーナイフは当時の自衛隊の装備品ではない。単純な武器のようでいて
 非常に高価なものなので、当時はまだ正式採用されていなかったはずだ。


・暗視スコープについても、当時の自衛隊レンジャー部隊に少量あったかないか
 だったはずなので、100人分も用意できたとは考えにくい。


・どちらも在日米軍の装備としてなら可能性は高い

つまり、装備品をみる限り、「自衛隊」である可能性は少なく在日米軍の疑いがあるとの見解です。

しかし、証言の中で、M氏が日本語で違和感なく活動中の人物と会話している場面もあるので、おそらく相手も日本人の外見をして、流暢に(普通に)日本語を話していたと考えられます。

その点をB氏にさらに尋ねたところ

・公にはされていないが、在日米軍には在日朝鮮人を集めた部隊が存在する

・通常は基地のガードなどを担当するが、優秀な人物を集めて急遽200人位の部隊を編成するなど造作もないことだ

・日本語もできるし、外見は日本人と区別がつかない。逆にそれが狙い目である

・ガード任務において白人が日本人を撃てば国際問題だし、日本人によるガードでは相手が日本人の時に発砲できない可能性がある。

そこで、在日の彼らが上手く利用される。このような処置は駐留する国の事情に合わせ当然のように行われている

・在韓米軍内にも韓国籍だけでなく在日朝鮮人籍の人員が採用されており、彼らは朝鮮半島の緊張の中で実戦を経験している戦闘プロ集団だ

と、外見からは日本人と全く区別のつかない、米軍所属の朝鮮人部隊が投入された可能性について強く指摘を受けました(*1)。

つまり自衛隊の偽装をした米軍兵士が事故現場に投入された可能性があるということです。

*1 本論では在日韓国・朝鮮人社会に属する人々を非難・中傷する意図は一切ありません。

彼らの中には私の良き友人もいます。しかし、世の中には痛々しいまでの現実があることも事実です。

この点をどうか冷静にご理解ください。いずれは、このような人の区別を口にしなくてよい世界が訪れることを私自身が強く望んでいます。

■呻き声はなぜ消えたのか?

証言に「アーミーナイフ」についての言及があったせいか、ネット上では早速、生存者がアーミーナイフで刺殺されたのだと断定している書き込みが見られます。

何を隠そう、証言を最初に聞いたとき、私も同じ想像をしました。

しかし、ナイフで致命傷を与えたとしたら、その傷跡は鮮明に残るはずで、飯塚訓氏の「墜落遺体」を読めばわかるように、群馬県藤岡市でとられた厳重かつ多数の医療関係者が関る検死体制の下では、医師の目に留まらないはずがありません。

切り口を焼き付けたりするなど、傷跡を目立たないように処置する方法もあったでしょうが、M氏が滞在していた1時間程度の短い時間で、4〜50人もの生存者に対してそこまでやれたとは到底考えられません。

M氏が目撃したのはプロの軍人です。

ナイフを用いなくとも、人を殺害する方法はいくらでもあったはずです。こんなことを考えるのは本当に不愉快なのですが、1990年代、長野県の松本市、東京の都心で発生したあのテロ事件を思い出してください。

小さな布に沁み込ませ、生存者の口元に当てるだけで絶命を誘う薬液など、この人たちとっては当たり前の道具であったはずです。

藤岡市での検死体制も、一人一人に化学的分析を施している余裕はなかったようですし、そのような事態を想定すらしていなかったでしょう。

M氏は指先を失った男性について印象深く語っておられましたが、後から聞かされたとはいえ、絶対に助かると思っていた人がその時この世から失われてしまったことに大きなショックを受けていたようでした。

M氏ならずとも、この証言を聞かされる我々の全てが、おそらく大きな衝撃を覚えたに違いありません。その手法は定かではありませんが、生存者が絶命に至った何かがそこでは起きていた、そのこと自体は間違いのない事実であります。

なお、仮に何らかの殺害行為がこの時行われたとしたならば、その実行者が多くの搭乗者と同じ日本国籍を持つ自衛隊員であったとは認めにくい話です。

それは自衛隊員の良心に期待しての推測ではなく、作戦を指示する立場として、同民族人に対して殺害行為を命令するリスクは、隊員の心変わりによる叛乱など、あまりに高いからです(*2)。

その意味でも外国人部隊の登用は可能性の高い推測と思われます。

*2 これは自衛隊機が日航機を撃墜したとする「自衛隊撃墜説」にも当てはまるロジックです


■自衛隊も無関係ではない

M氏が現場に到着して約1時間後、次の部隊が現れます。

M氏は彼らの履物に注目しています。最初に目撃した「隊員」が急峻な山岳地を見据えた短靴であったのに、その時から、山で不便なブーツの着用になっています。

また、この時刻近辺からは自衛隊が公式に救助に入ったことになっており、自衛隊が自分たちを「自衛隊」と名乗っても全く問題のないタイミングです。

これだけでは、必ずしも断定できませんが、大きな装備の違い、公式発表のできるタイミングであることを考え合わせれば、2次部隊が本物の「自衛隊」であった可能性は高いでしょう。

そこからさらに類推すると、M氏が最初に見た1次部隊と2次部隊の間で現場の引継ぎが行われたのは間違いありません。

だとすれば、両者の間で緊密な連携が取れていなければならないことになります。

「疑惑−JAL123便墜落事故」の中には、この後に入った公務関係者の偽装を疑う記述もあるのですが、仮に2次部隊、あるいはそれ以降の投入部隊が偽装集団であったとしても、それを防衛庁が「自衛隊」であると認めていたのであれば、やはり「最初の集団」と「自衛隊(防衛庁)」の間に何かの「示し合わせ」があったことを否定するものではありません。

簡潔に述べましょう。この救出劇は、米軍在日朝鮮人部隊と自衛隊による共同行為であった可能性が高いと考えられるのです

■再びアントヌッチ証言を問う

「自衛隊に救助の道を譲った」とするアントヌッチ証言。

そして「自衛隊に偽装」した米軍外国人部隊(ただし推定)。

この両者に共通するものは、仮に疑惑の目が救助の初動体制に向けられたり、M氏のような目撃者が現れたとしても、その矛先が自衛隊(当時の防衛庁)もしくは日本国政府に向くよう、つまり何か問題が起きても国内問題の範疇として処理されるよう巧妙に計算された仕掛けと読み解くことが可能です。

また、「自衛隊撃墜説を斬る(1)」で取り上げた、自衛隊の対空ミサイルが原因とするマスコミへの匿名電話と考え合わせると(この情報の間違いは既に指摘済み)、やはり、疑惑の拡大範囲を最悪でも国内問題に留め、在日米軍への波及を抑え込もうする、関係者の意図が見え隠れします。

以上、断定するのはまだ早いかもしれませんが、少なくとも在日米軍が関与し、情報工作を行っている可能性を頭の片隅に置きつつ、事実を検証していく必要がありそうです。


■今なお残る軍夫制度

偽装自衛隊員に関連して、「軍夫(ぐんぷ)」が関与した可能性についても触れておきます。

軍夫とは、辞書によると「軍隊に所属して雑役に従う人夫」とありますが、この軍夫の存在は先の世界大戦の敗戦とともに、日本では死語になったと思われるかもしれません。

しかし、B氏によると、戦後から今に至るまで、軍夫と同じ役割を担う組織が存在し続けているとのことです。彼らは、多くの死体が出る事故現場、放射能など有害物質の汚染が危惧される現場での危険作業など、いわゆる重度の汚れ仕事を公務員に代わって行う組織なのです。

公式の軍夫制度がない以上、それに取って代わる組織は、部落・在日・土建関係者(現場職)など、どちらかというと日本社会で被差別的な扱いをうける人々で、なおかつ、国の重要機密に関る可能性があることから、秘密を守れる組織、別の言い方をすれば統率者の下、組織として統制することが可能な一団であることが求められます(*3)。

要するに、角田氏が接触した謎の神奈川県警機動隊員、謎の日航技術者、ひいては、現場で救助活動を行っていた自衛隊員と思わしき人々の中に、このような軍夫が紛れ込んでいた可能性があるということです。

この説で問題になるのは、彼らがいったい何の目的で、そして誰の指揮下で、出動を要請されたのかという点でしょう。これについては、追って論証していく予定です。

*3 改めてお断りしますが、差別的な意味で彼らを名指しする意図は全くありません。

このような差別的関係を生むのは、彼らの問題ではなく、それを作り出す日本社会そのもの、私たち一般の日本人が責を負うべき問題であると私は考えます。

■回収物は何だったのか?

M氏の証言で次に重要なのは、謎の部隊が回収していた物、それも人命よりも優先される物とは何か?という点になります。

それは、マスコミ、日本国民、そして壮絶な機体の破壊から無事生き延びることができた生存者にすら絶対見られてはいけない物であるはずです。

ここでは、この証言部分が、次回からスタートする「そしてミサイルは発射された」での論証を裏付ける重要な資料であるとだけ、お伝えしておきましょう。』

日航機墜落の真相5 日航機墜落の真相は?  救助自衛官射殺というNHKニュース速報2009/11/11(水) 12:59:12
 


 昨日は、この季節とは思えない暖かな日で、母と和順庭へ行きました。

寒くなると母を連れて行くのは無理なのですが、厳しい冬が訪れる前に残された暖かな日だったのか、明日から雨の日が続くという天気予報に来年まで母を連れていくのは無理かもしれないという思いもあって、いつものようにおにぎりにお茶を持って行ってきました。

午後からは曇るということでしたが、帰りまでいいお天気で、まだきれいに咲いているコスモスの花を母は喜んで摘み、これが今年最後の野菜の収穫になるかもしれないなすと、木にたわわになっているみかんも摘んでもらいました。

戦争のおそろしさを経験し、お国のためにと闘って戦火の中を逃げ、肉親を亡くし生きてきた母は今八十歳をすぎました。

母だけでなく、苦しい思いをしたお年寄りがこの国を支えてきたのは事実で、そのあと残された人生がどれぐらいだろうかと自分の人生を思う歳になって、払った年金が未納扱いになるとか後期高齢者と区別してわずかな年金の中から徴収しようという国の政策はあまりに冷たかったと思えます。

政権が変われば、少子化対策として未来を担うこどもへの手当ての優遇とともに、高齢者への血の通ったあたたかな政策も期待できるでしょうか?

 この和順庭の自然を眺めていると、あの御巣鷹の尾根から見た樹々の紅葉を思い出します。日本が平和であることのありがたみを感じ、また自由にもの言えることの幸せを思います。日航機事故の悲しみを抱えるあの山の尾根で感じた悲しみはなんだったのでしょうか?

そんな時、日航機墜落事故について調べていて、日航機事故のNHKニュース速報に

「20:00上野村三岐待機自衛隊一群到着。待機命令に反して怪我人救助を急いだ自衛隊員1人射殺NHKニュース初報」

というテロップが流れたということがいくつかのブログに書かれていました。
http://ja8119.iza.ne.jp/blog/5/
http://gray.ap.teacup.com/applet/123ja8119/archive?b=75
http://yomi.mobi/read.cgi/news21/news21_news2_1168001922  の NO.53
http://unkar.jp/read/love6.2ch.net/space/1210995456 のNO.834 NO.835 NO.841


これは事実なのでしょうか?それとも誤報だったのでしょうか?
その後このニュースについてはいっさいふれられていないということですが、これが事実とすれば大変なことです。

ブログの中には、「この時代は当たり前のことだった」と書かれているものもありますが、そんなことはないはずです。

例え、自衛隊であろうと救助しようとする自衛官を射殺したとすると、それはたんに命令に従わなかったというだけでなく、すぐに救助に向かわせては困る事情があったということになります。

日航機墜落の真相の2の「自衛隊はなぜ米軍の救助を断ったか?」のところに書いたように、米自衛隊機は墜落場所を墜落25分後には特定し墜落2時間半後にはロープを投下し救助するところだったのに突然中止命令が出され、

しかもその間墜落現場を別の場所と報道する情報が多数流され、この御巣鷹山からわざわざ遠ざけるようにされ、すぐ救助できるはずなのに救助まで16時間もかかっているのです。


『同機のマイケル・アントヌッチ航法士(ナビゲーター)は、横田基地からJAL123便の探索命令を受けたので、一帯を捜索した結果、午後7時19分発見(墜落6時56分)、21分JAL123便の墜落現場を確認しています。


番組では、マイケル・アントヌッチ航法士が次のようにいっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       あたりはちょうど夕暮れだったが、地面はまだ見える明るさ
      でした。燻る機体も炎も見えた。  ――アントヌッチ航法士
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 米軍C−130のジョン・グリフィン機長は、JAL123便の残骸の上空600メートルで旋回飛行をし、横田基地からの位置を測定し、20分後には正確な墜落場所の位置を横田基地に知らせているのです。
 
 午後8時30分になって、横田基地からC−130に再び連絡が入り、「60キロ離れた米陸軍キャンプ座間から救難ヘリUH−1が、そちらに向かっている」と知らせてきたのです。
 
やがて救難ヘリUH−1は飛来し、乗員2人を下ろそうとして木の梢から15メートルのところまで降下したのです。

そのときC−130に横田基地からいきなり「直ちに基地に帰還せよ」という命令が入ったのです。
 
しかし、ヘリは「救助に入りたい」――と連絡。これに対して、横田基地の司令官は「日本側の救助隊が向かっている。

繰り返す直ちに基地に帰還せよ」と短兵急に帰還を命じたのです。

時刻は午後9時20分――地上に降りかけていたヘリの乗員も再びロープを登ってヘリに戻り、救難ヘリも去っていったのです。』


また、9時10分(墜落は6時56分)には、 朝日ヘリ「ちよどり」が現場撮影をしていたといいます。

墜落時には多くの生存者がいたことは、「日航機墜落の真相4」の所でも書いたように、落合・川上証言であきらかです。

なぜ、このように場所が特定されながらも、自衛隊を待機させ、墜落現場の誤情報が流されたのでしょうか?

この「待機命令に反して怪我人救助を急いだ自衛隊員1人射殺」というニュース速報が流れたのか?射殺というのが事実かどうかは別としても、

この救助にはどうしても時間かせぎしなければならない何かがあったとしか思えないのです。

日航機墜落の真相4 日航機墜落の真相は?  * 墜落時にはかなりの生存者がいた2009/11/07(土) 03:08:02

 墜落時にはかなりの生存者がいたという事実は、生き残られた川上慶子さんやスチュワーデスの落合由美さんの語っていることからもわかる。
 ところが事故調査委員会の報告書には4名以外はほぼ即死の状態と書かれていて、機長などが作る公式の乗員組合連絡会議でも疑問が上がり、事故に関する再調査が求められている。
 事故調査委員会の報告書の疑問点
http://www.alpajapan.org/kannkoubutu/genatsu/PART21.HTM

ーJAL 123便墜落事故25年目の記録   
御巣鷹の尾根に捧ぐ
http://jal123.blog99.fc2.com/blog-category-6.html

川上慶子さんの証言


生存者の証言 −川上慶子さんの証言−
−高崎国立病院での証言−

大社町(島根県)のおばあちゃんや大勢の人が、慶子ちゃんの元気になった声を聞きたがっているの。知っていることを話してね。飛行機の音とかあったでしょ?

あのね、北海道の帰りに、千歳から東京まで飛行機で行ってね。東京から大阪まで飛行機で、大阪にいるおばちゃんのとこに回って寄るっていって、それで乗ったの。

飛行機の中で大きな音がした時何が起こったの?

左後ろの壁、上の天井の方がバリッといって、それで穴が開いたの。それと一緒に白い煙みたいなのが、前から入ってきたの。

慶子ちゃんが一番最初気がついた時、周りは暗かった?

暗かった。

真っ暗だった?

うん。

その時何も見えなかった?

見えなかった。

お父さんやお母さんや咲子ちゃんはその時どうだったか覚えている?

うん。咲子とお父ちゃんは大丈夫だったみたい。お母ちゃんは最初から声が聞こえなかった。

その時に何か思った?

うん。お父ちゃんたち生きているかなとかね、思った。

明るくなった時何か見たものある?

木とかね、太陽が差し込んできた。(私は)寝転がってたみたいになってたから、目の前に何かネジみたいな大きいものがあったの。隣に何かタオルみたいなものが見えて、触ってみたらお父ちゃんが冷たくなっていた。左の手が届いたから、触ったの。

左手が届いたところにいたわけね?

うん。

ヘリコプターでつり上げられた時何を考えていた?

出される時にね、咲子の何かベルトで縛られたところが見えたから、咲子たち大丈夫かなって思った。

助けられてから、一番うれしかったことは?

知らない人やクラスの友達とかにね、いろいろ励ましの手紙をもらったり、いろんな物を宅配便とかで送ってくれたの。

ほかに何かみんなに言いたいことは?

いろいろ励ましてくれたので、くじけずに頑張りたいと思います。

上記のインタビューは事故から一週間後の8月19日、高崎国立病院の病室で小川清子看護婦長が報道陣のメモを基に質問したのに答えたもので、約5分間のテープが公開された。質問は慶子さんの病状を考慮して、ショックを与えそうな質問は避けられたが、慶子さんははっきりした声で積極的に事故の様子を話した。落合由美さん・吉崎博子さんも同様にインタビューのテープが公開されたが、川上慶子さんのみ病室にテレビカメラが入った。下の映像はその時公開されたテープのダイジェストと思われる。

------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
−付き添い関係者への証言1−

・事故が起きたのは羽田離陸後、スチュワーデスがミッキーマウスのおもちゃを子供の乗客に配
 り始めたころ。

・機内後方上部でドーンという大きな音とメリメリという音がし、一・五メートル四方ぐらいの穴が
 開いて、プロペラの羽か扇風機の羽のようなものが舞い、機内は真っ白になった。

・墜落後、隣にいた父と妹も生存しており長い間(正確な時間は不明)話し合い励まし合った。

・最初「大丈夫」と言っていた妹が「痛い、痛い」と泣き、やがて声がしなくなった。

・母和子さん(39)は即死状態だった。

上記の証言は、肉親や関係者に対しての証言。8月18日までに解ったものである。

------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
−付き添い関係者への証言2−

気がつくと真っ暗で油臭いにおいがした。子供の泣き声などがザワザワ聞こえていた。手や足を動かしてみると足の下には空間があってブラブラ動かせた。自分の体中を触ってみても、みんな付いており、「生きている」と思った。

みんなはどうなったのかと思い、叫ぶと父と咲子が返事した。母は答えなかった。「手や足を動かしてみ」と言われて足をバタバタさせると、靴が脱げそうになり左手を左足の方に伸ばした。足首がヌルヌルしていて「血だな」と思った。

父は私の右わきから下半身に乗っていた。手足は動いても体は動かない。「助けて」と父に言うと、「お父ちゃんも挟まれて身動きできない。助けてやりたいけど、どうしようもないわなあ」と言われた。父が動くと、おなかが死ぬほど苦しかった。「お父ちゃん、お父ちゃん、苦しい、苦しい。すごく痛い」と言っているうち、父はそのまま動かなくなった。

咲子に聞くと「お母ちゃんは冷たい。死んでるわ。お父ちゃんも死んでいる。」と答えた。左手をのばして触ってみるとやはり冷たかった。その後、咲子と二人でしゃべった。咲子は「苦しい、苦しい」と言った。「足で踏んでみたら楽になるかもしらんからやってみ」と言うと妹の足の音がした。妹はそれでも「苦しい、苦しい。みんな助けに来てくれるのかなあ」と言うので「大丈夫、大丈夫。お父ちゃんもお母ちゃんも死んでしまったみたいだけど、島根に帰ったら、おばあちゃんとお兄ちゃんと四人で頑張って暮らそう」と答えた。

突然、咲子がゲボゲボと吐くような声を出し、しゃべらなくなった。一人になってしまったと思い。その後、朝まで意識が消えたり戻ったりした。

ヘリコプターのパタパタという音で目が覚めた。目の前を覆う部品の間から二本の木が見え太陽の光が差し込んできた。「生きているんやな」と思った。何とか外に出て見つけてもらおうと思い努力した。父のシャツのタオル地が見え、腹の上に乗っている父を左手で押し下げた。そのとき、父のだと思って触った手を、上の方にたどると自分の右手だと分かった。

顔の上の部品の一部をつかんで横からはい出そうとしたが、二度三度するうち部品がずり落ち、顔とのすき間が狭くなった。そこで今度は両足を当てがい押し上げようと踏んばった。「中学になってから慶子は根気がなくなった」と、日ごろから言われていた言葉を思い出し、頑張った。人の気配がして「生きている人は手や足を動かして」と声がした。足をバタバタさせると人が近寄って来た。ボサボサの頭、ショートパンツで勘違いされたらしく、「男の子だ!」と言われた。

8月23日までに解ったもの。墜落直後から救出されるまでの約十六時間の状況を、付き添い関係者にさらに詳細に証言している。よくネットや書籍上で引用されているので、一番有名な証言ではないだろうか。

------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
−群馬県警・関係者への証言−

最後列左端の60D座席にいた慶子さんの左側上方、最後部担当のスチュワーデスが離着陸の際に座るジャンプシート(乗員用座席)の斜め上にある天井パネルが外れ、一・五メートル四方ぐらいの穴が開いた、との証言。

上記の証言は、群馬県警の事情聴取や関係者との会話の中での証言である。機内の写真を見ながら「ドーンという大きな衝撃音の直後に壊れたのは、ここだった」と、天井に開いた穴の位置を特定した。


また以下の「幸せを掴んだ川上慶子さん 」
のブログからもわかる。

http://blog.goo.ne.jp/giants-55/e/3af1244c227aa673412f99309b8879fa
 
「幸せを掴んだ川上慶子さん 」

レスキュー隊が現場に到着出来たのは、墜落から一夜明けてからの事だった。現場の余りの惨状に、当初は全員死亡を誰もが疑わなかったと思う。

それ程酷い状況で在った。しかし、4人の命が救い出される事となる。その中の一人が川上慶子ちゃん、当時12歳だった。救出された時の姿は今でもハッキリと脳裏に刻まれている。あれから、もうすぐ20年を迎える事にる・・。

「週刊朝日(7月15日号)」に「育ての母が語った 川上慶子さん その後の人生」という記事が載っていた。

慶子さんの父親の姉、つまり伯母に当たる小田悦子さんが記者のインタビューに応じられての内容だ。”あの日”、慶子さんは父親(当時41歳)と母親(同39歳)、そして妹(同7歳)と共に123便に乗り合わせていた。当時大阪に在住していた小田さんの家を訪ねる予定だった。

待てど暮らせど来ない弟一家に気を揉んでいる中、日航機が行方不明になっている事を知ったという。

翌日になって現地に駆け付ける途中のTV画面で、姪っ子の慶子さんが救出されるシーンを目にする事となった小田さん。

慶子さんの逆立つ髪の毛にその恐怖心の凄まじさを感じ、又、近くに居た人から小声で「良かったですね。」と囁かれたものの、他の家族の安否を思うと手放しでは喜べなかったのだとか。

その後、生存者達の証言から明らかになっていったのが、墜落直後にはかなりの人が生存していたという事実。”その時”の話を小田さんも慶子さんから聞いたという。

****************************
「墜落した時は、大分多くの人が生きてはって、御父さんも咲子ちゃん(妹)も未だ生きてて、御話しててね。あっちでもこっちでも、がやがやと話し声が聞こえて来て・・・。」

「(残骸から)抜け出そうとして動くと足が痛くなる。そう言うたら御父さんは動かん様になった。段々動かなく、物を言わない様になった。咲子ちゃんも吐いた物が喉に詰まる様な感じになる。

『御婆ちゃんと、又皆で元気に仲良く暮らそうな。』と言って上げたけど、げえげえと言い出したと思ったら静かになって、咲子ちゃんも死んだみたいや・・・。廻りで皆が話してはった声も、段々聞こえなくなって・・・。」
****************************

事故から10年後に元米国軍人が証言した話に拠ると、なかなか現場を特定出来なかった自衛隊や警察を尻目に、在日米軍のヘリは逸早く現場を特定していたという。

日本のレスキュー隊が現場に到着する約12時間前には、在日米軍のヘリが既に現場に到着していたものの、「日本側が現場に向っているので帰還せよ。」という上官の指示で現場には降りなかったのだとか。(在日米軍による誤爆で、123便は撃墜されたという説も在る。)確かに、慶子さんもその事を語っている。

****************************
「(暗闇の中)ヘリコプターの音が聞こえて来て、赤い明かりも見えて、真上迄来て止まってホバリングみたいにして・・・。

『ああーこれで助かるわ。』って皆で言ってたら、ヘリは引き返した。『これで場所が判ったから、又皆で沢山来て助けてくれる。』と話したけど、それきりで来ん様になった。その内、皆話さなくなった・・・。」
****************************

「あの時早く助け出していてくれれば、もっと多くの人命が救われたのに・・・。」と、慶子さんは何度も語っていたというが、本当にその通りだ。

日米間のセクショナリズムか、はたまた何等かの”意図”が在ったのか不明だが、人命第一で動くべきであったろう。

事故後の慶子さんは、島根県で病気がちな祖母と(飛行機には乗り合わせていなかった)兄の3人で生活し、小田さんも大阪から足繁く通って彼女等の面倒をみた。美少女と言っても良い慶子さんには、励ましの声と同時に好奇の目も集中したという。

ストーカーまがいの行為に長く悩まされたり、自宅に嫌がらせの電話が頻繁にかかる様にもなった。そんな状況が10年近くも続いたのだとか。

小田さんは、「今は色々な事故が在っても、被害者は精神的なケアをして貰えるけれど、当時は全部個人でせなあかんかった。」と語っているが、当時の慶子さんは「こんな事されるんなら、あの時御母さん等と一緒に自分も死んでたら良かった。」と漏らした事も在ったのだそうだ。

被害者が、マスメディアの”煽り”で更なる心の傷を負わされる典型だろう。この構図は今になっても全く変わっていないのだから許せない話だ。

慶子さんが保健士だった母親の遺志を継いで、看護士となったニュースは聞き及んでいた。兵庫県の病院で働き始めた彼女は、1995年の阪神淡路大震災では、怪我人の手当てに奔走したという。

嘗て自らが大惨事の中に居た彼女が、同じ様な大惨事に直面し、その中でどの様な気持ちで職務を全うしたのかと思うと辛さが募る。

やがて、趣味のスキューバダイビングの為に訪れたアメリカの地で、夫となる男性と知り合った慶子さん。

中学生の頃から間寛平さんの大ファンで、常々「一緒に居て楽しくて面白くて、顔はジャガイモの様な人が良い。」と言い続けていた彼女が、その男性と結婚式を挙げたのは2002年の秋だった。

今は、会社員の夫と息子の3人で、西日本の地方都市で幸せな生活を送っている。

事故後3年程は飛行機に乗れなかった彼女も、今では飛行機に乗る事は出来る様になったというが、事故の話をするとPTSDの様な症状が出るという。

当然の事ながら、今でも心の傷は癒えていないのだろう。

事故の取材は一切受けたくないとしている慶子さん。廻り近所に”あの川上慶子さん”と知られる事も無く、愛する家族と共に送る”普通の生活”に幸せを感じている様だと小田さんは語っている。

最愛の父母と妹を一瞬の内に失ってしまった慶子さん。

そして、その後に彼女が歩んで来た苦難の道程。やっと幸せな生活を掴んだ事を知り、思わず頬が緩んだ。

これからも、亡くなった3人の分も幸せな日々を享受して貰いたいと切に願う。


日航機墜落の真相3 日航機墜落の真相は?  * 御巣鷹の山がすすり泣く2009/11/07(土) 01:57:23

 私が御巣鷹の山へ行ったとき、亡くなったところに墓標が立てられ山全体が墓のようになっているだけでなく、24年経った今でもその山がすすりないているように感じられたのです。

 行くまでこの事故原因について諸説があっても「まさかそんな」と信じられなかったのです。

 それでも実際に行ってみて、これは何か隠された事実があると思えるようになりました。

 墓標のひとつひとつが「無念であると訴えて泣いている」ようで、うまく言葉で説明はできないのですが、山全体からすすり泣きが聞こえるように思えたのでした。

JAL123便 パイロットの苦闘(総集編)オリジナルDVD60分

 そんなとき、このような記事を読みました。

http://intec-j.seesaa.net/article/53856463.html

2007年09月05日

●特殊部隊は墜落現場で何をしたか(EJ第1063号)
 

JAL123便が墜落したのは、午後6時56分です。それから約1時間後に、上野村三つ岐というところに自衛隊の一団が集結しはじめたのです。その数50人〜100人――彼らは何かの合図を待っているように静かに待機していたのです。

1985年8月12日のことです。
 
ちなみに、墜落現場から一番近い自衛隊の基地といえば、長野県松本市の陸上自衛隊第13普通科連隊、陸上自衛隊第12師団司令部のある群馬県相馬原の部隊です。

しかし、ここに集まってきていたのは、そのいずれでもないのです。
 
この上野村三つ岐は群馬県にあり、神流川主流に沿って浜平鉱泉・諏訪山方面から御巣鷹山付近へも、または長野県境のぶとう峠方面へもいける交通の要衝に当たります。

とくに群馬県側から御巣鷹山付近に行くには最適の待機地点といえます。
 
午後9時30分過ぎになって、JAL123便の墜落現場――御巣鷹山方向から信号弾が上がったのです。その信号弾に呼応して、上野村三つ岐に待機していたその自衛隊とおぼしき一団は整然と移動を開始したのです。

そして、御巣鷹山の墜落現場に入っていったというのです。
 
この時刻は、米軍のC−130と救難ヘリが横田基地からの連絡により、乗員・乗客の救出を断念して引き上げた時刻と一致するのです。

つまり、米軍が去るのを待っていて、信号弾を打ち上げたと思われます。彼らはそこで何をしたのでしょうか。

はっきりしていることは、救助ではないことです。
 
その一団の行動は整然として無駄がなく、特殊訓練を受けた部隊のように見えたといいます。

おそらくその一団は自衛隊の秘密部隊であると考えられます。

どこの国にもそういう部隊は存在し特殊任務を遂行するのです。
 
もうひとつ重要なことは、JAL123便が墜落した御巣鷹山一帯が、自衛隊特殊部隊の秘密訓練地帯になっていることです。

したがって、墜落場所からそう遠くないところにその秘密部隊の基地があったとしても不思議はないのです。
 
それにしても、2機の自衛隊機がJAL123便を強引に御巣鷹山付近へ誘導したことといい、墜落場所へ行く絶好の地点に少なくとも50人を超える人数を午後8時(墜落の1時間後)に集めていることといい、そこに何か意図的というか計画的なものを感じるのです。
 
池田昌昭氏によると、その秘密部隊は、墜落現場で、機体の前部・中部の様子を入念に調べ、何やら作業をしていたそうです。そして、スゲノ沢の機体後部付近で、無線交信妨害電波を出しながら、何かをやっていたといわれます。その時点ではかなりの生存者がいたと考えられますが、そういう生存者の救出は一切行ってはいないのです。

まさに見殺しです。
 
いったいこの特殊部隊は何をしていたのでしょうか。
 
JAL123便が御巣鷹山に墜落した直接の原因について、池田昌昭氏は恐ろしい仮説を立てています。

それは、自衛隊機のミサイル発射によってエンジン部分が破壊されたことによる墜落という仮説です。

あまりにも恐ろしい、考えられない推測であり、にわかには信じられない思いがあります。
 
しかし、仮にそうであったとするとツジツマが合ってくるのです。自衛隊――いや、自衛隊は一応軍隊組織であり、上の命令によって動く存在であるので、「自衛隊を動かしている存在」−つまり、政府としては、どうしても隠さなければならないものがあったのです。
 
それは、日米でひそかに開発を進めていた巡航ミサイル―――それ自体が極秘であるのに、こともあろうにその演習用ミサイルが、民間機であるJAL123便の垂直尾翼にぶつかってそれを破壊してしまったことです。
 
しかも、その痕跡がはっきりと破壊された尾翼の跡に残っているということが緊急発進した自衛隊機によって確認されているのです。

もし、JAL123便が横田基地や羽田空港などに着陸を試みたとして、大勢の人が亡くなるようなことになったら、その原因が白日の下に晒されることになる――そんなことになったら政府や自衛隊は持たないと考えて不思議はないのです。
 
この場合、「自衛隊を動かしている存在」によって一番都合が良いのは、JAL123便が、人が容易には近づけない険しい山岳地帯に激突して、機体がこなごなに破壊され、垂直尾翼の痕跡もろとも、すべてが隠蔽されることだと思います。
 
そのため、JAL123便を方向転換させ、自衛隊の特殊部隊の演習場である御巣鷹山付近の山岳地帯に誘導したのです。

しかし、JAL123便の機長は、それでも必死の不時着を試みようとしているので、ミサイルを発射して墜落させたのではないかというのです。
 
「自衛隊を動かしている存在」にとってさらに都合が良いことは、全員が死亡することでしょう。

生存者――とくにすべての事情を知る機長をはじめとする操縦クルーに生存者がいることは、「自衛隊を動かしている存在」にとって、致命的になります。
 
生存者はいない方が良い――これが米軍の救出の申し出をあえて断り、墜落場所が特定されているにもかかわらず、直ちに救出しようとしなかった理由であったとしたら、これほど人の道に外れる行為はないといえます。
 
仮にそうであったとしたら、墜落現場での自衛隊特殊部隊の任務は、機体の墜落状況の調査、ミサイルで粉砕されたあらゆる痕跡の回収――とくにミサイル痕が残っている遺体の回収、垂直尾翼の痕跡の除去などになります。
 
とくにコックピット内は焼き尽くされ、何もなかったし、操縦クルーの遺体はなく、ただ歯が残されているのみという状況であったといわれます。

いかに激しく地面にぶつかったとはいえ、遺体の一部は残るはずであるし、コックピット部分には燃料タンクはないのに焼け爛れていたといわれます。それは、まるで火炎放射器で焼いた跡のようであったといいます。

機首前部付近では「遺体がない」という声が相次いだといいます。
                       ・・・[御巣鷹山事故の謎/13]

日航機墜落の真相« | HOME | »プロフィール

Author:熊木和枝:東京都練馬区
 和順庭という庭のガーデニングを趣味としてやっています。高校教師をやめて、ガーデニングのブログを書いていたのですが、小沢問題から真実を調べているうちに、マスコミや検察自体がおかしくなってきていることに気づき、ブロガーたちと検察の捏造や冤罪を追究し、ついに村木局長事件では無罪判決を得ることができました。最近は、市民の立場で真実を追究する政治的内容が多くなってきています。


※寄付のお願い
■郵便局からの振込みの場合
口座 ゆうちょ銀行
記号 10000 番号 88352491

■銀行からの振込みの場合
口座 ゆうちょ銀行
店番 008 普通預金
口座番号 8835249
口座名 熊木 和枝

最近のエントリー
ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (12/20)
小沢一郎vsフツーの市民 第三回座談会 (02/08)
病院殺人事件? 私の夫は臓器欲しさの病院に殺された (01/31)
大高裁判:傍聴人の権利を無視した裁判官 (01/24)
政治家小沢氏を市民感覚という言葉で錯乱・断罪するマスコミ・赤旗 (01/12)
金融マフィアの正体 (01/07)
小沢裁判:政治資金規正法違反ではない (12/20)
 鈴木宗男氏の国政復帰待望・小沢支援デモ (12/19)
検察犯罪を隠蔽する原発事故収束宣言 (12/17)
小沢裁判:田代検事の捏造発覚を新聞は伝えてるか (12/16)
小沢裁判:法廷で田代・民野検事の犯罪明らかに (12/15)
小沢裁判:弁護士と池田元秘書で検察、裁判所に反撃開始 (12/08)
小沢裁判から見えてきた金融マフィアや創価学会の策略 (12/07)
鈴木 宗男氏吼える!:仮釈放モニター中継 (12/06)
裁判所が犯罪:大高さん事件は冤罪!裁判所職員による暴行捏造 (12/03)
前田検事、二日酔いでの取り調べも:大久保隆規証言小沢裁判第6回公判 (12/01)
スゴウデ前田検事登場!:大久保隆規証言小沢氏裁判第5回公判 (11/30)
大高さん、監視カメラ映像から明らかに無罪だが (11/28)
放射線を中和する食品 (11/22)
ワインに薬を入れた故中川昭一金融大臣抹殺の実行犯 (11/14)
TPPや原発を推進し冤罪をつくりだす闇の勢力を告発しよう! (11/13)
裁判所が作り出す冤罪 (11/12)
すぐわかる不正裁判:あなたは弁護士にダマされていませんか? (11/10)
超党派議員参加のTPP反対デモ (11/06)
検察捏造調書発覚!石川証言の小沢氏裁判:第四回公判 (11/01)
カテゴリー
小沢 対 検察・マスコミ (219)
政治 (117)
9 .11の真実・ウィキリークス (31)
日航機墜落の真相 (22)
レストランガイド (61)
日記 (49)
おでかけグルメとガーデニング (73)
旅行 (29)
ガーデニング (56)
政治  オバマ大統領 (11)
地球環境 (3)
インフルエンザ (2)
八ッ場ダム (5)
金融資本家 (14)
高齢者問題 (20)
地震兵器 HAARP(統合型地球物理学兵器) (2)
あしゅらニュース (1)
TPP (2)
ネット市民 (4)
東日本大震災(原発) (74)
地方選に立候補して (8)
世界ふれあい街歩き:アメリカ・カナダ旅行 (39)
東京ファッション (2)
裁判:冤罪事件:大高正二氏・小川達郎氏・東電OL殺人事件ゴビンダ氏  (17)
行政 (1)
ツイートテレビ (1)
リンク
和順庭のツイッター つぶやき
日航機墜落事故 トラックバックピープル
9.11の真実のトラックバックピープル
国民の生活が第一
鳩山政権 トラックバックピープル
和順庭のUSTREAMチャンネル
和順庭のYouTube動画サイト
和順庭からのレストランガイド
「和順庭の四季おりおり」の動画サイト
「小沢一郎を支持します!」トラックバックピープル
応援ブロガー:カナダde日本語
応援ブロガー:反戦な家づくり
応援ブロガー:ふじふじのフィルター
応援ブロガー:かっちの言い分
応援ブロガー:市民メディアネットワーク
応援ブロガー:めざまし政治ブログ
ネット市民ブログ
管理者ページ
最近のコメント
熊木 和枝:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (02/12)
123:小沢一郎vsフツーの市民 第三回座談会 (02/12)
熊木 和枝:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (02/12)
:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (02/10)
123:病院殺人事件? 私の夫は臓器欲しさの病院に殺された (02/06)
動天:病院殺人事件? 私の夫は臓器欲しさの病院に殺された (02/05)
123:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (02/01)
123:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (01/28)
123:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (01/23)
123:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (01/20)
最近のトラバ
投資一族のブログ:東電OL殺人事件 2/2 〜容疑者と現場 (02/10)
★ようこそ「イサオプロダクトワールド」へ★isao-pw★:★誰も書かない自爆用原爆1000発以上の衝撃! (11/22)
★ようこそ「イサオプロダクトワールド」へ★isao-pw★:★誰も書かない原発列島、恐怖の実態! (10/23)
★ようこそ「イサオプロダクトワールド」へ★isao-pw★:★原発災害100km圏内は直接の当事者だ! (10/13)
★ようこそ「イサオプロダクトワールド」へ★isao-pw★:★原発災害から半年、福島に未来を取り戻そう! (09/20)
ミクロネシアの小さな島・ヤップより:放射能は現地調達です (09/09)
カリフォルニア・加州ラジオ草紙 :こんなに石川議員が面白い人だとは思わなかった。代表選最中のNHKの誤報とそれに対するおわびの小沢氏よいしょ番組(NHK) (09/05)
カリフォルニア・加州ラジオ草紙 :[原発]驚愕「福島児童に20ミリシーベルトを許容」と国に迫った佐藤福島県知事。世界のメディアは気がついた!!=佐藤雄平は「フクシマのヒトラー」、山下俊一は「日本のメンゲレ博士」と!! (09/05)
樹木医!目指して!:ウメの剪定 (08/27)
★ようこそ「イサオプロダクトワールド」へ★isao-pw★:★誰も書かない福島原発災害の真実! (08/05)
月別アーカイブ
2012年12月 (1)
2012年02月 (1)
2012年01月 (4)
2011年12月 (10)
2011年11月 (9)
2011年10月 (14)
2011年09月 (23)
2011年08月 (45)
2011年07月 (9)
2011年06月 (23)
2011年05月 (34)
2011年04月 (19)
2011年03月 (32)
2011年02月 (37)
2011年01月 (39)
2010年12月 (32)
2010年11月 (44)
2010年10月 (39)
2010年09月 (39)
2010年08月 (27)
2010年07月 (19)
2010年06月 (16)
2010年05月 (23)
2010年04月 (20)
2010年03月 (37)
2010年02月 (41)
2010年01月 (66)
2009年12月 (24)
2009年11月 (25)
2009年10月 (21)
2009年09月 (18)
2009年08月 (16)
2009年07月 (14)
2009年06月 (11)
2009年05月 (14)
2009年04月 (9)
2009年03月 (4)
2008年12月 (1)
2008年11月 (1)
2008年09月 (1)
1970年01月 (1)
カレンダー
01 | 2012/02 | 03 日 月 火 水 木 金 土
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 - - -

検索フォーム


ブログでアフィリエイト

このブログを通報
Report Abuse

人気ブログランキング
利用規約

Template by ブログテンプレート.netPowered by DTIブログ

和順庭の四季おりおり
私たちの庭:和順庭の四季おりおりを写真と随筆でつづります。
2 日航機墜落の真相は? * なぜ御巣鷹山へ行ったのか?2009/11/05(木) 01:10:45

なぜ私が御巣鷹山へ行ったのかというと、最近この日航機墜落の原因について疑問視するブログが多くなっているからだ。

 そして、行ってみて発表されている事故原因と違うとすると  亡くなられた方々のためにも真相を究明せねばと思った。

 アメリカボーイング社の修理ミスということになっているが、実は日本の自衛隊のミサイル誤射によるものであり、自衛隊のミスを隠蔽するために救助隊を他の山に落ちたとの情報を流し、時間かせぎをしてすぐに救助に向かわせず、その間にミサイルなどの証拠をわからなくさせたというものである。

 実際に御巣鷹山へ行ってみてわかるのは、墜落現場となっていた尾根は、見晴らしがよく、ここに日航機が墜落したのなら、上空から飛行機やヘリコプターから見れば、すぐに発見できるということである。

 なおこの日航機の事故に関して、かなり詳しく書かれたサイトを見つけたので、ご紹介します。随時、そのサイトから引用させていただきます。
 そのサイトの先頭は下記で、この1051号

再現/御巣鷹山飛行機事故の真相(EJ第1051号)

から

賞賛されるべきスチュワーデスの沈着冷静さ(EJ第1079号)

まであります。

----------------------
 世間に出回っているこの事故の謎・疑惑

*公式的な事故原因である圧力隔壁破壊説に明らかにおかしい点がある
*日本側の救出部隊の動きがあまりにも遅かった
*救出隊を足止めした
*事故後すぐに現地に急行した在日米軍に日本政府が救出活動の許可を与えなかった
*ボーイング社の見解が事故直後と1ヶ月後とで大きく異なっていること
*ボイスレコーダーが非公開になっていること
*エンジンがバラバラになりすぎている
*乗客の遺体の損傷が激しすぎる
*事故直後に日航の技術者が現地入りしている
*何者かが偽装した捜索隊があった(?)
*生存者救出よりも先に自衛隊が事故現場から謎の物体をヘリで搬出していた
*墜落直後、4人の生存者の他にも生存者がいたのに死者は全員”即死”扱いになっていること
*ジャンボ機の部品にあるはずのないものが事故現場から発見されている(?)
*相模湾から見つかった垂直尾翼に衝突痕(オレンジ色付着)があった
*自衛隊が民間の救助隊を追い払った
*事故現場一帯を警察ではなく、自衛隊が支配していた
* 自衛隊所有の無人標的機の写真
http://cat.zero.ad.jp/~zak46939/_osutaka/osutaka5.html


 
墜落するまで

http://akiba.geocities.jp/hitumabusi6979/a-nittkouki.html
 
 1985年(昭和60年)8月12日午後6時24分、羽田発大阪行き日航123便(ボーイング747SR)機が、離陸してまもなく大島西方上空付近で機体の異常を訴え始めた。

以降、32分の飛行の後、午後6時56分すぎ、群馬県上野村の山中に墜落し大破炎上した。単独機の墜落事故では世界最大とされる。

当初は乗客・乗員524名全員が死亡したと思われていたが、女性4人が生存していた。
 
生存者の証言から、最後部では墜落直後かなりの人が生存していたと考えられている。

そのため、とりわけ正確な場所への到着に時間がかかり、地元猟友会・消防団の案内を無視した群馬県警、夜間降下命令のない自衛隊、在日米軍の援助拒否などの「現場到着・救出までの時間の空費」に批判が集中した(放射能汚染を警戒したことや命令系統の縦割りの問題もあったと見られる)。
 
事故原因を調査して1ヶ月、ボ社は1978年にしりもち着陸事故を起こした際の修理が不適切だったことを認めた。

運輸省航空事故調査委員会(事故調)は「ボ社の不適切な修理によって圧力隔壁が金属疲労で弱体化し機外に噴出、油圧装置や垂直尾翼が破壊されて操縦不能になった」と結論付けた。

その際、機内に急減圧が発生したとされるが、CVR記録や生存者の証言から急減圧が発生したのかについて当初から疑問を持つ声が多く、この結論に疑問を持つ専門家や遺族らは再調査を求めている。検察は業務上過失致死で捜査をしたが、「刑事責任を問うのは困難」として不起訴処分とした。

8月12日事故発生から救助まで

18時24分 ドーンという音が発生

18時25分 123便、東京ACC(東京航空交通管制部)にEMG(緊急遭難信号)を報告。東京ACC、123便の羽田帰還要求を承認

18時25分 空自峯岡基地第44警戒郡123便をレーダーで確認

18時27分 東京ACC、123便に緊急事態宣言を再確認。東京ACCの「どのような緊急事態か」の問いに対し123便は沈黙

18時28分 123便から「操縦不可能」と伝えられる→羽田空港航務課に航空機救難調整本部(RCC)が置かれ、緊急着陸の準備が始まる

18時30分 米空軍C―130H輸送機、123便のEMGを傍受

18時31分 日航オペレーションセンターに緊急連絡

18時40分頃 東京ACC、横田基地へ緊急着陸準備を連絡する。嘉手納基地から横田基地へ向かう途中の在日米軍所属C−130輸送機が123便緊急事態発生の無線を傍受

18時56分 123便、「御巣鷹山の尾根」に衝突する

18時56分2秒123便のレーダー機影消失。横田基地、C−130に捜索を依頼

18時57分 峰岡山基地の吉田勝一尉123便消滅を中部航空方面隊司令部防衛部長の大中康夫一佐を通じて松永貞昭司令官に伝達「北緯36度02分東経138度41分」

18時59分 羽田の航空機救難調整本部(RCC)123便消滅情報入手。その報は救難調整本部、自衛隊、警察庁外勤課、海上保安庁警備救難課、運輸省航空局管制保安部運用課に流される

19時1分 大中一佐、松永空将の了解を得てスクランブル発信命令。空自、自衛隊レーダーサイトの提案を受けて茨城県百里基地から捜索任務のため2機のF−4EJ戦闘機(第305飛行隊=式地豊司尉ら)が緊急発

19時13分 時事ファックス「東京発大阪行きの日航123便がレーダーから消えた」の至急報

19時15分 米空軍C―130H輸送機、雲の下に煙を発見

19時19分 C−130H、墜落現場を発見「1919 Large fire from Yokota, 305, 34.」(午後7時19分、横田から方位角305度方向、34マイルの地点で大きな火災を発見)

19時21分 空自百里基地のF−4EJ2機も墜落現場を確認「炎を確認。横田タカンから300度、32マイル」

19時26分NHK、事故の速報を流す

19時30分 中村守雄陸上幕僚長、東部方面総監部(増岡県総監)に災害派遣要請

19時35分 長野県警警備二課に日航機墜落事故総合対策室設置。事故に関する情報の収集を各警察署に指示。 臼田署が南佐久郡北相木村を中心に捜索を開始

19時45分 運輸省航空局長室に「JAL123便対策本部」が設置。藤波官房長官が首相官邸に戻る

19時47分 中曽根首相が軽井沢から公邸に戻る

19時50分 長野県警警備2課内に日航機墜落事故対策連絡本部、臼田署に日航機墜落事故対策本部、北相木村役場内に日航機墜落事故現地指揮本部が設置される

19時54分 空自百里救難隊のV−107ヘリ、正確な位置のため発進。災害派遣出動要請なし ※20時33分に災害派遣要請が出る

19時58分 空自百里MU2S発進

20時00分 群馬県警警備2課に日本航空機行方不明事故対策室が設置される

20時16分 政府対策本部の設置決定。日本アイソトープ協会から「事故機に医療用ラジオアイソトープ(放射性物質)が92個積載されていた」と警察庁に届け出がでる

20時21分 長野県と群馬県の県境にあるぶどう(武道)峠より200メートル群馬県側に入った長野県警臼田署のパトカーから「埼玉県と群馬県境あたりに黒煙が見える」との通報が長野県警本部に入る(地上からの最初の公的目撃報告)。長野県警、ぶどう峠・三国峠(ぶどう峠の南東方向・埼玉県、長野県の県境)付近で捜索・聞き込みを始める

20時30分 米空軍C―130H上空旋回、同空軍UH1救難ヘリを誘導。朝日新聞社のヘリ「ちよどり」羽田発進

20時30分すぎ日航対策本部に高木社長ら役員がそろう

20時33分 羽田の航空機救難調整本部(是枝孝空港長)から航空自衛隊中部航空方面隊司令部(入間)に災害派遣が要請される ↓
20時40分 中空司令松永空将、入間基地を非常召集、30人を先遣隊として出発

20時40分ごろ防衛庁内に対策本部が設置

20時42分 航空自衛隊百里救難隊のV−107ヘリが墜落現場上空に到達。「150〜200メートルにわたって山腹炎上、位置は横田タカンから299度、35.5マイル」と報告

20時50分 厚木米海軍航空隊基地からの海兵隊救難チームがUH−1ヘリで墜落現場上空に到着。墜落現場付近に海 兵隊員2人をラペリング(ロープを使った垂直降下)で降ろそうとするが横田基地司令部からの帰還命令(理由は「日本の救助隊が現地に向かっているから」)を受け中止。それまで上空で旋回していたC−130と共に基地へ帰投

21時0分 長野県警、群馬側と確信。群馬県警。上野村の藤村輔二郎猟友会会長に道案内を依頼

21時6分 朝日ヘリ「ちよどり」が墜落現場上空に到達 

21時10分 朝日ヘリ 「ちよどり」、現場撮影

21時20分日航、搭乗者名簿を発表。この間羽田東急ホテルに乗客の家族が集まる

21時25分 「日航救援隊」(日航現地派遣団)がバスで羽田を出発。しかしお盆の帰省ラッシュに巻き込まれる
↓ 
21時25分 「ちよどり」現場計測「羽田から304度方向60マイル群馬側」 

21時30分 群馬県警警備2課の日本航空機行方不明事故対策室、日本航空機行方不明事故対策本部に切り替え。陸上自衛隊に災害派遣出動要請が出る。12偵察隊、13連隊情報小隊が出動。航空自衛隊熊谷基地から地上部隊の先遣隊10人が出発 

21時30分 是枝空港長、東部方面総監部に災害派遣要請。陸自第12偵察隊(相馬原)と第13普通科連隊情報小隊(松本・小川二尉)計14名出発。読売ヘリ127号機、現場撮影

21時39分 長野・埼玉遼県警パトカー、三国峠西北西で赤い煙発見。NHK―TV「御座山中腹で煙を見た」とぶどう峠からの目撃談を報道→日航・警察に通達され、御座山へ移動開始 

21時50分 NHKが目撃証言として北相木村の御座山(長野県)に落ちたと報道。その一方で長野、埼玉両県警のパトカーが目撃情報から墜落地点は群馬側と判断する 

21時50分 空自百里MU2S現場写真撮影 

21時56分 自衛隊空幕が運輸省に運用課に峯岡山のレーダーから消滅した「北緯36度02分東経138度41分」の位置→御座山北斜面」と連絡

21時59分 自衛隊空幕が運輸省運用課へ「千葉県嶺岡山のレーダーから消えた位置は北緯36度2分、東経138度41分」と連絡する。「墜落現場の位置は長野県北相木村の御座山北斜面に確定した」という情報が自衛隊、日航、警察庁、長野県警に流され、現地付近で捜索していた警察は御座山へ移動

22時03分 NHK―TV「御座山北斜面で炎上中」と報道。日航も「御座山北斜面」と正式に発表 

22時05分 朝日「ちよどり」羽田格納庫で墜落地点の計測「三国山の北方5km群馬側」

22時15分日航職員の現地派遣団第3陣が羽田を出発 

22時30分 政府対策本部が設置される 

22時50分 日航、札幌・大阪地区にも対策本部を設置。朝日「ちよどり」羽田発進再度現場へ 

23時00分 首相官邸で政府対策本部の第1回会合現場未特定。群馬県警、上野村山間部の小倉山付近の民家に対して聞き込みを開始。群馬県警、上野村に1000人投入通知 

23時30分 長野県警「現場は群馬と特定している@御座山で残骸見つからずA上野村のほうへ飛んでいったby菊原孝雄氏」と報告。群馬県警「北偉36度02分東経138度41分by自衛隊」を頼りに船坂山東側の「マムシ岳」付近の捜索開始→群馬県警機動隊、御巣鷹山方面に向かって捜索を始める 

23時35分 朝日「ちよどり」現場到着 

23時45分 防衛庁に「御座山ではなく群馬県側の可能性」の情報が入る 

8月13日

0時00分 警視庁機動隊員200人と埼玉県警機動隊員222人が群馬県警に到着する

0時5分 防衛庁で山下徳夫運輸大臣主宰の第一回日航機事故対策会議が始まる。航空自衛隊のMU−2救難機及びV−107ヘリが再度出動する

0時36分 群馬県警、上野村役場に現地対策本部を設置。出動人員は他県からの応援を含んで1086人になる。空自入間V−107ヘリ(金子正博一尉)発進

1時00分 空自V−107墜落現場上空に到着し、位置を計測。「入間から291度、36.3マイ ル」と報告→長野県警のパトカー誘導をするも現場確認できず失敗。空自静浜から115人が基地出発

1時5分 羽田東急ホテルから乗客の家族300人を乗せた第1陣のバスが長野県小海町の日航現地連絡本部に向けて出発

1時15分 空自入間本隊548人が基地から出発

1時30分 陸上自衛隊第13普通科連隊情報小隊・第12偵察隊が北相木村に到着、御座山北斜面の捜索開始。中空司令部、空幕運用課に未確認情報として「ぶどう峠から210度3マイル御座山南斜部から1キロ」と連絡

1時35分 日航派遣団第1陣が長野県南牧村到着、北相木村に入る 

2時00分 市ヶ谷の東部方面総監部から陸上自衛隊大宮駐屯地の科学学校に災害派遣準備命令が下る

2時00分空自熊谷本隊91人が基地から出発

2時15分 朝日新聞最終確定版「群馬・長野県境で炎上」、読売新聞「御巣鷹山(群馬・長野県境)付近に墜落」の見出し

2時20分 防衛庁、在京社会部に電話で御座山南斜面頂上から1キロ」と連絡←ホントかよ・・・

2時30分 羽田の捜索救難調整部(RCC)から海上保安庁運用司令室に「ドアがはずれた場合乗客が機外に吸い出される可能性がある」と通報。その情報 は第3管区海上保安部に伝えられ、駿河湾で行動中だった巡視船「おきつ」・下田港にいた「まつうら」・清水港の「しずかぜ」が捜索を
開始

2時37分 陸自立川HU1、映像伝達装置付で相馬原へ向かう 

3時4分 群馬県警機動隊、船坂山南・中ノ沢林道行き止まり地点から長野県境へ向けて捜索を開始

3時25分 北相木村役場に日航現地派遣団の藤野団長が到着、長野県警と対策を協議する。陸自第13連隊の本隊第12戦車大隊、第12施設大隊到着、第12師団長・合原陸将「夜明けを待って行動開始」決定・陸幕了承する

3時30分  空自先遣隊10人北相木村到着 

3時40分 日航現地派遣団、北相木村役場内に現地対策本部を設置

3時45分 NHK―TV「御座山南斜面」と報道する 

3時49分 陸自立川HU1、映像伝達装置付で相馬原へ向かう 

3時50分 空自入間先遣隊北相木村小学校到着 

3時56分 空自V−107ヘリが入間基地を離陸する

3時59分 陸自OH6が駐屯地発進 

4時30分 北相木村役場付近に集結していた自衛隊約700人がぶどう峠から東へ移動する。朝日「ちよどり」三度羽田発進。地元消防団の一部が墜落現場に向かう 

4時39分 防衛庁発表「V―107三国山西約3キロ、扇平山北約1キロ」、V−107ヘリ、墜落現場上空に到着し123便の残骸を発見 

4時50分 科学技術庁「アイソトープは人体に支障なし」と発表
4時50分 空自入間本隊548人が基地から出発

4時55分 陸自立川HU1「三国山北西約2キロで機体視認」

5時5分 群馬県警藤岡署から藤岡市総務部長の自宅に遺体収容所や家族待機所の提供要請が入る 

5時10分 防衛庁発表「御座山東方約5q」。陸上自衛隊のOH−6ヘリが墜落現場を確認

5時33分 V−107ヘリの「三国峠の340度3〜4キロ3qで機体確認」と報告 

5時37分 長野県警のヘリ「やまびこ」が墜落現場を確認する。「御巣鷹山南南東約2q、県境から東方に700m。現場は群馬県側」と報告 

5時40分 空自熊谷本隊91人北相木村役場到着

5時45分 陸上自衛隊第12師団の発表「御座山東7q、南4qの地点に白い尾翼発見。さらに500メートル離れたところに黒こげ物体発見。12師団は1000名出動。長野県警の発表「御巣鷹山南南東2q、県境の東700mのところに墜落物体発見」。上野村消防団員に出動命令が流れる
↓ 
5時50分 空自百里RF4E偵察機2機、写真撮影で発進 

6時15分 陸自立川HU―1東部方面総監部に映像伝達

6時30分 陸自東部方面総監部に現場の画像が届く→ラペリング=垂直降下(地面に垂直なロープによって人員を降ろすこと)で降ろすことに決定、習志野駐屯地第1空挺団の編成開始
↓ 
6時40分 空自静浜115人北相木村小学校到着 

6時50分 日航対策本部に「遺体は群馬県側に下ろした方が得策」と現地派遣団から連絡が入る

7時00分 群馬県警機動隊40人が上野村猟友会会長の案内で本谷林道から現場へ向かう。上野村消防団の全8分団も中ノ沢と本谷の2つの林道に分かれて現場に向かう。松本連隊情報小隊14人が長野県側から入山する

7時10分 海上保安庁、航空機で海上捜索 

7時30分 日航対策本部に「遺体は群馬県側に下ろす。検死は上野村小学校で行い、遺体の安置は藤岡市民体育館、遺族休憩所は安置所付近」と警察庁の指示 ※結局全て藤岡市民体育館になった

7時54分 習志野第1空挺団(重高昭教一佐)73人ヘリで発進 

7時55分 長野県警ヘリ「やまびこ」に乗り込んだ長野県警レスキュー隊の隊員2人が現場から2,3q下流の沢にロープを使って降下

8時35分 警視庁ヘリ「おおとり」上野村からレンジャー8人乗せ現場へ

8時49分 第1空挺団、墜落現場に直接ラペリング降下を開始

9時00分 山下運輸大臣による第2回対策会議 

9時25分 長野県警レスキュー隊の2人が水平尾翼の落下現場に到着する 

9時30分 第1空挺団、陸幕に「降下地点、目下生存者なし」と報告。上野村消防団第5分団が墜落現場に到着。松本連隊情報小隊14人が墜落現場直前に到着

9時48分 藤岡公民館に日航対策本部が設置される

9時54分 第1空挺団73人の降下が完了 

10時00分 政府第二回対策本部会議 

10時15分 群馬県警機動隊が墜落現場に到着 

10時15分 立命館大学の深井教授一行4人が墜落現場に到着

10時20分 警視庁ヘリ「おおとり」のレンジャー部隊8人、遺体捜索 

10時40分 長野県警レスキュー隊の2人が墜落現場に到着する。スゲノ沢に降りる途中に上野村消防団5・6人と合流

10時40分 空自YS―11、現場上空で管制活動 

10時45分 第12師団第3次偵察部隊(関根貞夫二尉、小林幹夫一曹)の2人と第1次隊の2人が墜落現場に到着 ※報道陣らも「参入」

10時54分 長野県警レスキュー隊員が生存者を1人発見 

11時00分 第12師団偵察部隊、上野村消防団と合流し上方の空挺団に生存者発見を連絡 

11時3分 長野県警レスキュー隊員が生存者を2人発見 

11時5分 長野県警レスキュー隊、猟友会・上野村消防団が生存者を1人発見

11時30分 現場からのテレビ生中継が始まる。日航現地本部、北相木村から上野村へ移動 

11時45分 政府対策本部から日航に「運輸大臣、航空局管制保安部長、官房副長官らが現地に向かう予定」と連絡が入る

12時30分 日赤の医師1人、看護婦3人がヘリコプターで墜落現場の尾根に到着、生存者の応急処置を開始 

12時45分 運輸省から日航に「事故調査委員会12人をヘリで現地に派遣する」と連絡が入る 

13時29分 生存者4人の自衛隊ヘリつり上げ収容開始 

13時40分 高木日航社長が藤岡市公民館現地対策本部に到着する 

14時8分 生存者2人(吉崎博子さん、落合由美さん)を乗せた自衛隊のヘリがが藤岡市立第1小学校のグラウンドに着陸 

14時12分 生存者2人(川上慶子さん、吉崎美紀子さん)を乗せた東京消防庁のヘリがが藤岡市立第1小学校のグラウンドに着陸 

14時13分 先の生存者2人が多野総合病院に着く。後の2人も同じ病院に搬送され応急手当が始まる 

15時21分 川上さんが国立高崎病院に移送される

16時15分 遺体安置所が第1小学校体育館と藤岡市市民体育館に変更 

17時00分 山下運輸相、藤岡北中学校で遺族に対し陳謝。運輸省航空事故調査委員会、13日の調査を実施しないことに決定
 

 
 この救助が遅れたことについて、このように書かれているブログがあります。

自衛隊はなぜ米軍の救助を断ったか(EJ第1062号)


http://intec-j.seesaa.net/article/53856463.html


2007年09月04日
●自衛隊はなぜ米軍の救助を断ったか(EJ第1062号)
 1994年9月25日のことです。テレビ朝日「ニュース・ステーション」では「米軍幻の救出劇」と題して、御巣鷹山日航機墜落事故関連の番組を放映しています。
 
1985年8月12日当日、沖縄嘉手納基地から横田基地に帰投中の米軍C−130輸送機は関東南A空域にさしかかっていたのです。

そのとき、同機のマイケル・アントヌッチ航法士(ナビゲーター)は、横田基地からJAL123便の探索命令を受けたので、一帯を捜索した結果、午後7時30分前にJAL123便の墜落現場を確認しています。


番組では、マイケル・アントヌッチ航法士が次のようにいっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       あたりはちょうど夕暮れだったが、地面はまだ見える明るさ
      でした。燻る機体も炎も見えた。  ――アントヌッチ航法士
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 米軍C−130のジョン・グリフィン機長は、JAL123便の残骸の上空600メートルで旋回飛行をし、横田基地からの位置を測定し、20分後には正確な墜落場所の位置を横田基地に知らせているのです。
 
 午後8時30分になって、横田基地からC−130に再び連絡が入り、「60キロ離れた米陸軍キャンプ座間から救難ヘリUH−1が、そちらに向かっている」と知らせてきたのです。
 
やがて救難ヘリUH−1は飛来し、乗員2人を下ろそうとして木の梢から15メートルのところまで降下したのです。

そのときC−130に横田基地からいきなり「直ちに基地に帰還せよ」という命令が入ったのです。
 
しかし、ヘリは「救助に入りたい」――と連絡。これに対して、横田基地の司令官は「日本側の救助隊が向かっている。

繰り返す直ちに基地に帰還せよ」と短兵急に帰還を命じたのです。

時刻は午後9時20分――地上に降りかけていたヘリの乗員も再びロープを登ってヘリに戻り、救難ヘリも去っていったのです。

そしてC−130は横田基地に帰還するのです。
 
横田基地で待っていたのは、第316戦術航空団のジョエル・シルズ副司令官――グリフィン機長が報告を終えると、シルズ副司令官は「良くやった。

しかし、このことは一切マスコミには話してはいけない」といったといいます。
 
 このヘリの音を生存者の落合由美さんは聞いており、次のようにいっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       やがて真っ暗闇のなかに、ヘリコプターの音が聞こえたので
      す。あかりは見えないのですが、音ははっきり聞こえていまし
      た。それもすぐ近くです。これで、助かる、と私は夢中で 右
      手を伸ばし、振りました。けれど、ヘリコプターはだんだん、
      遠くに行ってしまうんです。このときもまだ何人もの荒い息遣
      いが聞こえていたのです。 ――――――― 落合由美さんの証言
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 このように、1994年9月25日の「ニュース・ステーション」は、日本側の都合による米軍救援活動中止要請が事実であることを報道しています。何ということでしょう。

米C−130は午後7時30分に墜落場所を特定し、20分後には横田基地に正確な墜落場所を知らせているのです。もちろん日本側にもその時点で伝えられています。
 
 それなのにテレビでは、次の日の朝まで墜落場所を特定できていないと報道しているのです。これは明らかに意図的です。

加藤紘一防衛庁長官(当時)にいたっては、12日の夜に墜落場所の上空までヘリで飛来しながら救援を指示せず、次の日の朝まで放置したのです。
 
 C−130の航法士、マイケル・アントヌッチ氏は『週刊文春』1995年9月28日号でも次のようにいっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       あの飛行機事故のことは、10年経った今も脳裏に焼き付い
      て離れない。JAL123便が管制塔に『緊急』を告げたとき
      たまたま近くを飛んでいた。

       現場はすぐに確認できた。墜落2時間後には、アメリカ海軍      (陸軍?)の救助ヘリが着いた。

      あの時、ストップがかからなければ、もっとたくさんの人が助か      っていたに違いない。日本の救援隊が現場に着いたは、その14      時間も経ってからというではないか。 ――『週文春』1995年      9月28日号より。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これに対して防衛庁は、米軍ヘリが墜落現場上空に到着し、救助寸前であったことについて次のように否定の見解を示しているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       「米軍ヘリが現場上空に飛来した事実は認められない」
                        ―――― 防衛庁
       「当時の記録がないので、ノーコメント」
                      ―――― 米国防総省
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 そのうえ、自衛隊の松永貞昭中部航空方面司令官(当時)は次のようにコメントしているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       「夜間でしかも急斜面への降下は自殺行為である」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 これに対して、米陸軍救難ヘリのスタッフは次のように反論しています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       「陸軍のヘリにはサーチライトはもちろん、1980年代
       から、夜間暗視装置を標準装備しており、夜間でも急斜面
       でも、救急隊員であれば、だれでも降下できる」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 その頃、墜落場所付近では奇怪なことが起きていたのです。
                  ・・・[御巣鷹山事故の謎/12]

 
007年09月03日

●墜落場所は早くからわかっていた(EJ第1061号)
 
 JAL123便を御巣鷹山に誘導した2機の自衛隊機の存在はこの件に関するマスコミ報道では完全に伏せられています。

しかし、この2機の自衛隊機を目撃した人物がいます。その人物とは、角田四郎氏といい、事故当日大月付近でキャンプをしていて目撃したというのです。

後になって、角田氏は、JAL123便事件解明のため『疑惑/JAL123便墜落事故』という本を出しています。この本から、角田氏自身の目撃状況をご紹介します。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       このとき私は日航123便を目撃していた。[山梨県大月市
      と神奈川県相模湖の中間地点の]東から南へ、南から西へ旋回
      しようとする地点である。18時42分頃になる。
       
       そして、44分か45分頃、ループ飛行を終えて東へ向かっ
      たであろう頃の日航機を追うように、東へ向かう2機の自衛隊
      機を私は見た。
       
       その時また飛行機が見える。木の間に見え隠れしていたが、
      私は「エッ」と驚きの思いで立ち止まって見つめた。しかし、
      今度はごく小さな機影で、北西に向かって夕焼けの中をどんど
      ん小さくなってゆく。

       「あれはさっきの飛行機[JAL12便]じゃないな」と思       い、ふたたびバンガローへの坂道を登ていった。この間5〜6分      の出来事である。――角田四郎著、
         『疑惑/JAL123便墜落事故』より。早稲田出版刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 2機の自衛隊機の目撃情報は角田氏だけですが、防衛庁側はこれに対して何もコメントしていません。

自衛隊機がこの付近の空を飛んでいても別に不思議ではないからです。

角田氏自身もあとでJAL123便の墜落を知って、自衛隊機とJAL123便とをはじめて結びつけたのです。

ところで自衛隊機はどのようにして、JAL123便の進路を変更させたのでしょうか。
 
 自衛隊機は無線で直接JAL123便と交信して旋回するよう指示したか、あるいは、航空基地を経由しての交信により横田基地に着陸しないよう伝えたはずです。
 
 おそらくJAL123便の機長は、あくまで横田基地着陸を訴えたはずです。機長が当初「羽田に戻りたい」といったのは、羽田空港の方が、救急医療体制が整っているからです。

 いずれにしても、まともな着陸はできないと考えていたのでしょう。
 
 しかし、機を完全にコントロールできないこともあり、この時点では横田基地しか選択肢はなかったはずです。とにかくボイスレコーダには、自衛隊機とのやりとりは記録されていないので、推測するしかないのですが、もしかしたら自衛隊機の指示を拒否したことも考えられます。
 
 このことを裏付けるようにJAL123便は横田基地に向けて高度を下げつつあったのです。そこで、自衛隊機はJAL123便の前方に出て、飛行進路を遮断するなど妨害し、埼玉・長野・群馬の県境の山岳地帯に向かうよう強引に左旋回飛行指示を出しているのです。
 
 これに対して、JAL123便の機長は、あくまで「ターンライト」を主張して抵抗しています。しかし、結局、横田基地から北方向に向かわされ、御巣鷹山に入っていくことになります。この2機の自衛隊機の存在を肯定すると、JAL123便はエンジンの出力調整によって何とか左旋回できたことになります。
 ここで奇妙なことは、JAL123便は何者かにミサイルなどで攻撃され、垂直尾翼を破壊された「被要撃機」になっているという事実です。
 
 この場合、既に述べたように、自衛隊による日本の防空上の規定では、スクランブルをかけられた領空侵犯機と同じ扱いになることです。もし、領空侵犯機がスクランブルをかけた軍用機の指示に従わないときは、攻撃してもよいことになっているのです。
 
 このようにして、JAL123便は、2機の自衛隊機によって御巣鷹山のある山岳地帯に入っていくのですが、どのようにして墜落したのかについては、あとで明らかにするとして、墜落直後の状況について述べることにします。
 
 墜落事故のあった1985年8月12日――私は今でも鮮明に覚えていますが、テレビでは夕方から大騒ぎになり、安否を気遣う乗客の家族や知人が続々と羽田の日航の事務所に押しかけて、ごった返していたのです。
 
 しかし、JAL123便の行方はわからず、つねに日航側の発表は「捜索中」の繰り返しだったのです。私は13日の午前2時頃まで起きていて、テレビを見ていましたが、とうとう朝になるまでわからなかったのです。
 
 しかし、今となって考えると、これは実に奇妙な話なのです。というのは、JAL123便は墜落直後からその場所は特定されており、自衛隊機をはじめ、米軍機もその墜落地点の上空までは行っているからです。
 
 当時の防衛庁長官であった加藤絋一氏は、当日夜、救難ヘリコプター・バートル107で現場上空に飛んでいるのです。

 これを受けて防衛庁では13日の午前0時5分から、緊急会議を開いています。出席者は、加藤長官以下、内局幹部、陸幕長、空幕長です。ですから、加藤長官はそれ以前の時間に――午後9時頃ではないかと考えられますが、墜落現場の上空までヘリで視察しているのです。しかし、少なくともそのとき、乗客・乗員の救助は行われていないのです。
 
 もちろんその間テレビでは相変わらず「捜索中」が繰り返されていたのです。なぜ、発表しないのでしょうか。

 なぜ、墜落場所が特定できていたのに、なぜ、いち早く救助に向かわなかったのでしょうか。
 
 こういう問いかけに防衛庁、政府関係者は完黙の構えです。だからこそJAL123便の墜落事故に自衛隊が深くコミットしていたと考えざるを得ないのです。


日航機墜落の真相1 日航機墜落の真相は?  御巣鷹山へ行って2009/11/03(火) 09:48:07
御巣鷹山昇魂の碑


 世界最大の航空機事故。あのジャンボ日航機が墜落した御巣鷹山へ行くことにしました。
途中、高坂サービスエリアでモーニング。雪をかぶった富士山がきれいに見えたので、記念撮影したのですが、あいにく写真にはうつっていませんでした。


風が冷たくて、寒い日です。


さらに車を走らせます。

空も山も秋から冬へ。
関越自動車道から上信越自動車道へ。「下仁田」で下りると景色のよいところがあったので、記念撮影。

下仁田ねぎが植えられています。

             

下仁田」といえば、ねぎとこんにゃく。南牧村で、下仁田ねぎを買いました。

川でひとやすみ。きれいな石が沢山ありました。

山も紅葉しています。

   

急に寒くなったので、いっきに紅葉したのかもしれません。
     

紅葉がきれいです。

山道を行くしたがって、山に雪が見えるようになりました。


上野村へ。慰霊の園と御巣鷹の尾根の場所を聞きました。

慰霊の園。520人もの乗客が亡くなられた慰霊碑にろうそくとお線香を。

誰もいないかと思ったのですが、私達の他にもお参りに訪れている人がいました。

      

 


 御巣鷹山の登り口。昨日雪が降ったとのことで、雪道を尾根まで行きました。

途中、アメリカ事故調査委員会のジム・バーネット氏の言葉が刻まれた碑がありました。

「御巣鷹の尾根登山で、私は霊感を受けました。途中、私達はいつも沢沿いに登りましたが、私には、何か水の流れが私達に語りかけ、登山をはげましてくれているような気がしました。そして私の願いは、あの御巣鷹の尾根で、又、他の、7つの大陸の全ての墜落現場で、亡くなられた方々への想いが、こんなことを二度と起こさせまいとする私達の努力に、いつまでも力を与えて下さることです。ジム・バーネット」
http://kobacho-niwaijiri.at.webry.info/200910/article_1.html

休みながら雪道を尾根へ。尾根へ近づくにつれ、山のいたるところに亡くなられた方の名と享年を刻む墓標が見受けられるようになり、しだいにこの山全体が520人の眠る悲しみの山であるということがわかると、胸にこみあげてくるものがあります。

尾根へでると、昇魂の碑が。


飛行機が突っ込んだところに、昇魂の碑と観音さまが。


遭難者遺品埋葬の碑


ヘリコプターの着陸のために平らになっているところがあり、休憩用のベンチが置かれています。その場所からの眺め


山を管理をされている地元の人と話し、さらに教えられたとおり沢のへ行くと、亡くなられたところに立てられた無数の墓標が。焼け焦げた木の幹もそのままあります。

この山は、祈りの山です。なんだか重苦しい気持ちになり、また昇魂の碑のところへ戻り、山を下りることにしました。

帰り道


来たときにはこの山がこれほど何かをものがたるような山だとは思わなかったのですが、幼い子供や若者、お年寄り、新婚旅行や家族旅行などなど520人もの亡くなった方々の人生や残されて慰霊登山されている者の気持ちを思うと、帰り道の雪道は何かやりきれない思いでいっぱいでした。


日航機事故のことについては、またあらためて書こうと思っています。

帰りにいくつものトンネルを抜けたのですが、そのトンネルとトンネルの間にダム湖がありました。

上野ダムです。

ウィキペディア(Wikipedia)によると
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E9%87%8E%E3%83%80%E3%83%A0

「上野ダム(うえのダム)は群馬県多野郡上野村、一級河川・利根川水系神流川の最上流部に建設されたダムである。

東京電力が管理する発電専用ダムで、高さ120.0メートルの重力式コンクリートダムである。全面稼動すれば日本最大の発電能力を持つ水力発電所・神流川発電所(かんながわはつでんしょ)の下部調整池として、上部調整池である南相木ダムと共に揚水発電を行うことで最大280万キロワットの電力を生み出す。ダムによって形成された人造湖は奥神流湖(おくかんなこ)と命名された。」

「ダムは神流川の最上流部、日本航空123便墜落事故の事故地点となった御巣鷹の尾根の直下流に建設された。ダムの名称は所在地である上野村より命名されている。」


あたりの山は紅葉していて、その山に囲まれるようにダム湖はひっそりしずまりかえっています。


上野ダム  御巣鷹山の地下500mにつくられたダム。
http://apu.blog.so-net.ne.jp/2009-10-17


このあたりは手つかずの自然が残っていたところでした。湖底に村は沈んでいないということです。


事故後道路整備やトンネルができただけでなく、ダムなどかなり上野村は開発されたようです。

日暮れた山道を車を走らせ、花園インター近くの「徳樹庵」で味噌ほうとうを食べて帰りました。

冷えた体があったまって、何かひと息ついた気になりました。

日航機墜落の真相« | HOME | プロフィール

Author:熊木和枝:東京都練馬区
 和順庭という庭のガーデニングを趣味としてやっています。高校教師をやめて、ガーデニングのブログを書いていたのですが、小沢問題から真実を調べているうちに、マスコミや検察自体がおかしくなってきていることに気づき、ブロガーたちと検察の捏造や冤罪を追究し、ついに村木局長事件では無罪判決を得ることができました。最近は、市民の立場で真実を追究する政治的内容が多くなってきています。


※寄付のお願い
■郵便局からの振込みの場合
口座 ゆうちょ銀行
記号 10000 番号 88352491

■銀行からの振込みの場合
口座 ゆうちょ銀行
店番 008 普通預金
口座番号 8835249
口座名 熊木 和枝

最近のエントリー
ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (12/20)
小沢一郎vsフツーの市民 第三回座談会 (02/08)
病院殺人事件? 私の夫は臓器欲しさの病院に殺された (01/31)
大高裁判:傍聴人の権利を無視した裁判官 (01/24)
政治家小沢氏を市民感覚という言葉で錯乱・断罪するマスコミ・赤旗 (01/12)
金融マフィアの正体 (01/07)
小沢裁判:政治資金規正法違反ではない (12/20)
 鈴木宗男氏の国政復帰待望・小沢支援デモ (12/19)
検察犯罪を隠蔽する原発事故収束宣言 (12/17)
小沢裁判:田代検事の捏造発覚を新聞は伝えてるか (12/16)
小沢裁判:法廷で田代・民野検事の犯罪明らかに (12/15)
小沢裁判:弁護士と池田元秘書で検察、裁判所に反撃開始 (12/08)
小沢裁判から見えてきた金融マフィアや創価学会の策略 (12/07)
鈴木 宗男氏吼える!:仮釈放モニター中継 (12/06)
裁判所が犯罪:大高さん事件は冤罪!裁判所職員による暴行捏造 (12/03)
前田検事、二日酔いでの取り調べも:大久保隆規証言小沢裁判第6回公判 (12/01)
スゴウデ前田検事登場!:大久保隆規証言小沢氏裁判第5回公判 (11/30)
大高さん、監視カメラ映像から明らかに無罪だが (11/28)
放射線を中和する食品 (11/22)
ワインに薬を入れた故中川昭一金融大臣抹殺の実行犯 (11/14)
TPPや原発を推進し冤罪をつくりだす闇の勢力を告発しよう! (11/13)
裁判所が作り出す冤罪 (11/12)
すぐわかる不正裁判:あなたは弁護士にダマされていませんか? (11/10)
超党派議員参加のTPP反対デモ (11/06)
検察捏造調書発覚!石川証言の小沢氏裁判:第四回公判 (11/01)
カテゴリー
小沢 対 検察・マスコミ (219)
政治 (117)
9 .11の真実・ウィキリークス (31)
日航機墜落の真相 (22)
レストランガイド (61)
日記 (49)
おでかけグルメとガーデニング (73)
旅行 (29)
ガーデニング (56)
政治  オバマ大統領 (11)
地球環境 (3)
インフルエンザ (2)
八ッ場ダム (5)
金融資本家 (14)
高齢者問題 (20)
地震兵器 HAARP(統合型地球物理学兵器) (2)
あしゅらニュース (1)
TPP (2)
ネット市民 (4)
東日本大震災(原発) (74)
地方選に立候補して (8)
世界ふれあい街歩き:アメリカ・カナダ旅行 (39)
東京ファッション (2)
裁判:冤罪事件:大高正二氏・小川達郎氏・東電OL殺人事件ゴビンダ氏  (17)
行政 (1)
ツイートテレビ (1)
リンク
和順庭のツイッター つぶやき
日航機墜落事故 トラックバックピープル
9.11の真実のトラックバックピープル
国民の生活が第一
鳩山政権 トラックバックピープル
和順庭のUSTREAMチャンネル
和順庭のYouTube動画サイト
和順庭からのレストランガイド
「和順庭の四季おりおり」の動画サイト
「小沢一郎を支持します!」トラックバックピープル
応援ブロガー:カナダde日本語
応援ブロガー:反戦な家づくり
応援ブロガー:ふじふじのフィルター
応援ブロガー:かっちの言い分
応援ブロガー:市民メディアネットワーク
応援ブロガー:めざまし政治ブログ
ネット市民ブログ
管理者ページ
最近のコメント
熊木 和枝:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (02/12)
123:小沢一郎vsフツーの市民 第三回座談会 (02/12)
熊木 和枝:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (02/12)
:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (02/10)
123:病院殺人事件? 私の夫は臓器欲しさの病院に殺された (02/06)
動天:病院殺人事件? 私の夫は臓器欲しさの病院に殺された (02/05)
123:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (02/01)
123:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (01/28)
123:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (01/23)
123:ツイートテレビ  放射能、原発関連情報 (01/20)
最近のトラバ
投資一族のブログ:東電OL殺人事件 2/2 〜容疑者と現場 (02/10)
★ようこそ「イサオプロダクトワールド」へ★isao-pw★:★誰も書かない自爆用原爆1000発以上の衝撃! (11/22)
★ようこそ「イサオプロダクトワールド」へ★isao-pw★:★誰も書かない原発列島、恐怖の実態! (10/23)
★ようこそ「イサオプロダクトワールド」へ★isao-pw★:★原発災害100km圏内は直接の当事者だ! (10/13)
★ようこそ「イサオプロダクトワールド」へ★isao-pw★:★原発災害から半年、福島に未来を取り戻そう! (09/20)
ミクロネシアの小さな島・ヤップより:放射能は現地調達です (09/09)
カリフォルニア・加州ラジオ草紙 :こんなに石川議員が面白い人だとは思わなかった。代表選最中のNHKの誤報とそれに対するおわびの小沢氏よいしょ番組(NHK) (09/05)
カリフォルニア・加州ラジオ草紙 :[原発]驚愕「福島児童に20ミリシーベルトを許容」と国に迫った佐藤福島県知事。世界のメディアは気がついた!!=佐藤雄平は「フクシマのヒトラー」、山下俊一は「日本のメンゲレ博士」と!! (09/05)
樹木医!目指して!:ウメの剪定 (08/27)
★ようこそ「イサオプロダクトワールド」へ★isao-pw★:★誰も書かない福島原発災害の真実! (08/05)
月別アーカイブ
2012年12月 (1)
2012年02月 (1)
2012年01月 (4)
2011年12月 (10)
2011年11月 (9)
2011年10月 (14)
2011年09月 (23)
2011年08月 (45)
2011年07月 (9)
2011年06月 (23)
2011年05月 (34)
2011年04月 (19)
2011年03月 (32)
2011年02月 (37)
2011年01月 (39)
2010年12月 (32)
2010年11月 (44)
2010年10月 (39)
2010年09月 (39)
2010年08月 (27)
2010年07月 (19)
2010年06月 (16)
2010年05月 (23)
2010年04月 (20)
2010年03月 (37)
2010年02月 (41)
2010年01月 (66)
2009年12月 (24)
2009年11月 (25)
2009年10月 (21)
2009年09月 (18)
2009年08月 (16)
2009年07月 (14)
2009年06月 (11)
2009年05月 (14)
2009年04月 (9)
2009年03月 (4)
2008年12月 (1)
2008年11月 (1)
2008年09月 (1)
1970年01月 (1)
カレンダー
01 | 2012/02 | 03 日 月 火 水 木 金 土
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 - - -

検索フォーム


ブログでアフィリエイト

このブログを通報
Report Abuse

人気ブログランキング
利用規約

Template by ブログテンプレート.netPowered by DTIブログ

http://wajuntei.dtiblog.com/blog-category-6.html
http://www.asyura2.com/09/lunchbreak27/msg/1222.html

コメント [原発・フッ素21] フクシマ原発事故の本質は、今の状態が数十万年続くことだ がらくた箱
06. 2012年2月17日 08:06:52 : kaASOsrRhA
>>01

本当に無知な人ですね。少しは恥を知りなさい。みっともないコメントはやめなさい。日本人なら恥を知りなさい。

http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/173.html#c6

コメント [経世済民75] これから日本人の相当数が処分されることになる・・日本ネガキャンペーンの裏にある「300人委員会」の意思 稲垣勘尚
20. 2012年2月17日 08:07:48 : kVRjv6w4OQ
経済学がどうのとか?単純に考えても結局、金が金を生む、可笑しいだろ

中世の錬金術か、イヤ大量資金を持ってるものが必ず儲ける仕組みの
八百長ギャンブルだろう、実った作物を片っ端から食い荒らすイナゴファンド

それこそが今の先進国の経済を混乱させてる最大原因じゃねえのか。
http://www.asyura2.com/12/hasan75/msg/156.html#c20

記事 [音楽6] スティーブ・ガッドで「クレイジー・アーミー」渋いプレイです・・



http://www.asyura2.com/12/music6/msg/292.html

記事 [音楽6] ジェフ・ポーカロ、唯一の教則ビデオから いくつか・・

http://www.asyura2.com/12/music6/msg/293.html
コメント [国際6] イラン改革派、無言デモ 首都中心部 当局は取材禁じる ダイナモ
02. 2012年2月17日 08:18:50 : a5JRWJuq3c
★[ダイナモ] or [ts] この投稿者はユダヤ・インテリジェンスである。
★親米マスコミ・米系メディアの情報プロバガンダを任務とする者です。
★ユダヤ・インテリジェンスに対して批判的な投稿を監視し、瑣末な投稿ミスを  管理人にリークする手法は「CIA」そのまんまです

http://www.asyura2.com/11/kokusai6/msg/444.html#c2
コメント [戦争b8] 暗殺チーム…バンコク爆発事件のイラン人拘束  読売新聞 ダイナモ
04. ダイナモ 2012年2月17日 08:19:13 : mY9T/8MdR98ug : FGFmbvHw4I
イランではここ1年余りの間に核技術研究者4人が暗殺されている。
この暗殺はイスラエルが行なったとイラン政府は主張している。
今回の一連のイスラエル関係者へのテロは、イラン政府によるイスラエルへの報復である可能性が高い。

http://www.asyura2.com/11/warb8/msg/773.html#c4
コメント [原発・フッ素21] 都内の子どもから0.5ベクレル。その原因は…… (読売新聞)  赤かぶ
01. 2012年2月17日 08:19:51 : 7evOwmi8fQ
身体に入ったセシウムは数十日で排出されます。小さい子ほど早く排出されます。
30年も留まって被曝を続けると思ってる無知は多いです。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/172.html#c1
コメント [経世済民75] 恐ろしい事態が進行している 米属国の政治経済がすべて破綻 (日刊ゲンダイ)  赤かぶ
70. 2012年2月17日 08:20:19 : kVRjv6w4OQ
>>日本の農業技術は確かに高い。世界に通用するものだと私は思います。

だから海外に技術を流出させたらダメ、もしTPPが現実になっても
日本の生鮮野菜は成長の可能性が高い、日本人って愛情を持って真面目に
コツコツとおいしい安全な野菜を育てるからね。

パクリ大国にだけは技術を絶対渡しちゃダメ、製造業の二の舞
まして食料は国民の存続に関わってくる。ダメダメ!

そんな事したら日本の国土、農地は完全に荒廃するよ、沈没!

http://www.asyura2.com/12/hasan75/msg/152.html#c70

コメント [原発・フッ素21] セシウム入り花粉はホントに大丈夫!? (週刊実話)  赤かぶ
05. 2012年2月17日 08:21:22 : mm3liCSnSQ
どう計算しても無問題です。
まあ、直ぐに分かりますよ。
http://www.asyura2.com/12/genpatu21/msg/167.html#c5
記事 [音楽6] ニール・ヤングで「ハーベスト・ムーン」癒しの一曲をどうぞ・・


http://www.asyura2.com/12/music6/msg/294.html

コメント [経世済民75] ギリシャ第2次支援は選挙後へ延期も、デフォルト回避  ECB当局者、ギリシャ国債利益放棄の用意  ts
03. 2012年2月17日 08:24:16 : a5JRWJuq3c
★[ダイナモ] or [ts][あっしら]この投稿者はユダヤ・インテリジェンスでる。
★親米マスコミ・米系メディアの情報プロバガンダを任務とする者です。
★ユダヤ・インテリジェンスに対して批判的な投稿を監視し、瑣末な投稿ミスを管 理人にリークする手法は「CIA」そのまんまです

http://www.asyura2.com/12/hasan75/msg/175.html#c3
コメント [音楽6] ニール・ヤングで「ハーベスト・ムーン」癒しの一曲をどうぞ・・ BRIAN ENO
01. BRIAN ENO 2012年2月17日 08:25:18 : tZW9Ar4r/Y2EU : 2aMGYmhAyE
プロモーションビデオ
http://www.youtube.com/watch?v=qVi0UvFu8Yo

http://www.asyura2.com/12/music6/msg/294.html#c1

   前へ

▲このページのTOPへ      ★阿修羅♪ > アーカイブ > 今月

★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/ since 1995
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。
     ▲このページのTOPへ      ★阿修羅♪

 
▲上へ       
★阿修羅♪  
この板投稿一覧