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イスラムの「論理」、キリスト教の「病理」〜キリストの「愛」とアッラーの「慈悲」を比較する/小室直樹
http://www.asyura2.com/13/dispute31/msg/340.html
投稿者 仁王像 日時 2016 年 1 月 15 日 20:06:51: jdZgmZ21Prm8E kG2JpJGc
 

(回答先: これからの時代は宗教の理解なくして、世界は理解できない。カギは宗教にある。イスラムを理解すれば、世界が分かる/小室直樹 投稿者 仁王像 日時 2016 年 1 月 13 日 20:03:20)

第一章 第二節 「日本教」に規範なし
≪仏教は誰の教えか≫
 答え。誰の教えでもない。
 仏教は思想ではない。それはむしろ、科学に近い。

≪イスラム教と仏教の決定的な違い≫
 仏教においては、まず「法(ダルマ)」があり、それを釈迦が発見した。一言でいえば「法前仏後」ということになる。
 イスラム教やキリスト教などの啓典宗教は「神前法後」という構造を持つ。啓典宗教では、神が先で、法が後なのである。
 「法前仏後」と「神前法後」―この差はとてつもなく大きい。釈迦が発見した「法」の根底をなしているのは、「因果律」である。仏教ではこの因果律がまことに徹底していて、一つの例外もない。
奇妙奇天烈、摩訶不思議なキリスト教の教義と比べれば、仏教の論理はきわめて明晰。その思想は、近代科学に相通じる合理性を有している。


第二章 イスラムの「論理」、キリスト教の「病理」
第一節 「一神教」の系譜―キリストの「愛」とアッラーの「慈悲」を比較する
≪日本人が気付かなかったキリスト教の異常性≫
≪「愛の宗教」の暴虐と冷血≫
 …スペイン人は、インカ帝国を滅ぼし、財宝を略奪、先住民を無慈悲に殺戮した。女たちをレイプし、純粋な血が残らないようにした。
 北米に移住したキリスト教徒たちも、先住民を殺しまくった。当初100万人はいたと推定されている先住民は、19世紀末にはわずか1万人足らずに減った。カリブ海に浮かぶ島々の先住民は、島によっては、一人残らず殺戮されている。さらにアメリカの黒人奴隷を見るがよい。

≪「異教徒は人間ではない」−“皆殺しの思想が”が生まれる理由≫
 皆殺しの思想もまた、キリスト教から生まれたものであった。…
≪「異教徒皆殺し」と「博愛の精神」は両立する≫
≪アッラーになって神の性格は一変した≫
 ユダヤ教やキリスト教における「神」とは、人類に対して容赦なき力を振るう神である。
 神にとって異教徒は「隣人」ではない。彼らは皆殺しにしても、奴隷にしてもかまわない。財産はすべて没収するがよい。
 マホメットに啓示を与えたアッラーは、その人格ときたら、かつての恐ろしさの面影はどこにもない。これが同じ神であろうかと思うくらいである。
 イスラム教はこの点について次のように述べている。
 すなわち、ユダヤ教やキリスト教の信者たちは「神は恐ろしい存在」と考えているが、それがそもそもの誤解である。(中略)つまり、お前たちは知らないだけで、神はずっと昔から慈悲深くおられたのに…。なるほど、こう説明されれば納得がいく。

≪異教徒にも慈悲深いアッラー≫
 イスラム教においては、人間を「異教徒である」という理由だけで殺したりはしない。また、異教徒に対して、イスラム教への改宗を強制したりもしない。
 なぜか。
 「宗教に強制なし」、とコーランに謳っているからである。
 ことにユダヤ教やキリスト教の信者に対しては、同じ「啓典の民」であるという理由から、特に寛大であった。これは歴史的事実である(オスマン帝国に征服されたコンスタンチノーブルの例等)。
≪隠れムスリムを“徹底駆除”したスペイン≫
 このイスラムの寛容さに対して、キリスト教はまさに恩を仇で返したようなものである。その最たる例は、かの十字軍である。(スペインの隠れムスリムたちは、発覚すると焼き殺された)
≪「コーランか、剣か」は、とんでもない大ウソ、大誤解≫
 現在のイスラム教は、キリスト教やユダヤ教といった啓典宗教以外に対しても、非常に寛容である。

≪「戦争の家」を「イスラムの家」に変える義務≫
 イスラム教では、イスラム教の主権が確立された地域を「イスラムの家」と呼び、」それが確立されていない地域を「戦争の家」と呼ぶ。イスラム教は「戦争の家」と「イスラムの家」に変える努力をしなければならない。それが聖戦(ジハード)の義務である。
 こう聞くと、恐ろしげにも聞こえる。しかし、これを聞いて恐怖を感じるのは。我々の頭に欧米流の、すなわちキリスト教流の「侵略」イメージが作られているからに他ならない。
 すでに見てきたように、歴史上、イスラム教が他宗教を弾圧したり、あるいは改宗を迫ったことはない。あくまでもジハードは宗教公布のための運動であり、ヨーロッパの侵略とは意味を異にする。イスラム教というのはキリスト教などと比べものにならないほど、平和的宗教なのである。
 と書くと、読者のほとんどは即座に反論するであろう。「なぜ自爆テロを行うのか」と。その反論はもっともなことと言えるが、イスラムの教えにおいて、「宗教の寛容」と「自爆テロ」とはちっとも矛盾しない。アッラーは慈悲深きがゆえに、他宗教への寛容と同時に、ジハードにおける殉教をも勧めるのである(第二節)。
 

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コメント
 
1. 中川隆[1166] koaQ7Jey 2016年1月15日 21:46:07 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[886]
>。釈迦が発見した「法」の根底をなしているのは、「因果律」である。仏教ではこの因果律がまことに徹底していて、一つの例外もない。


この人は仏教の事を何も知らないんだよ:


縁起の考え方は、古来より

これがあれば、かれがある。これが生ずれば、かれが生ずる。これがなければ、かれがない。これが滅すれば、かれが滅する。

という有名な定型句や、12支縁起などに典型的に示されていますが、それらは一見、因果関係とも見られるので、縁起関係と因果関係とはときにして混同されることがあります。

しかし、縁起関係には、因果関係に見られないいくつかの特徴があり、因果関係と同一と考えることはできません。


因果関係というと、一般には、時間を異にして存在する二つのものの間にある生成関係を意味する。

ところが、縁起はそのような因果関係に限らないで、われわれのことばでいう、同時的な相互作用や共存の関係、さらには同一性や相対性などの論理的な関係を含む。

したがって、縁起とは因果関係というよりも、それは関係一般のことだというほうが比較的には正しいと言ってもよい。

(梶山雄一、「瞑想と哲学」『仏教の思想3:空の論理 中観』、角川書店、68〜70頁)

縁起を因果関係と誤解する人々はしばしば、順観と逆観を無造作に「だから」で結びます。

これがあるとき、かれがある。だから、これがなければ、かれがない。
PならばQである。だから、PでなければQでない。     (P->Q) => (‾P->‾Q)
しかし、仏典に見られる縁起説法を見ればわかるように、順観と逆観は、「だから」という言葉で結びつけられてはいません。

順観と逆観の関係を、「だから」という言葉で結んで(前提と結論の関係であると)解釈をすると、実は、仏教の縁起思想は間違っていることになります。

なぜなら、

前提(X)が真(true)であるにもかかわらず、結論(Y)が誤り(false)となる可能性がある場合には、

「XだからY」「XならばY」「XゆえにY」

という形式の主張(推論)は誤謬(unsound, invalid)となるからです。

(つまり、Xという前提からYという結論が論理的に導出できるという主張ができなくなる。)そして、

「PならばQ、だから、PでなければQでない」という形式の主張(推論)は、まさにそのような誤った主張(推論)です。

たとえば、つぎの反例を見ればその主張(推論)の誤謬はあきらかです。


前提:松坂が投げれば(原因)西武が勝つ(結果)。

結論:だから、松坂が投げなければ(原因)西武は勝たない(結果)。

たとえ、「松坂が投げれば(原因)、西武が必ず勝つ(結果)」という前提が永遠の真理だとしても、「だから」といって、そこから、「松坂が投げなければ(原因)、西武は負ける(結果)」という結論はかならずしも導出できません。

このように、順観と逆観の関係を、「だから」という言葉で結ぶ(つまり、順観を理由に逆観を主張する)ように解釈された縁起は、非真理となってしまいます。

つまり、「PならばQ」という前提から、「PでなければQでない」という結論は導出できないので、「PならばQ、だから、PでなければQでない」とは言えなくなるのです。

仏典における縁起は、もちろん、順観と逆観の関係を「だから」というような言葉で結んではいません。

そこではいつも順観と逆観は並列して述べられています。

「これがあれば、かれがある。これが生ずれば、かれが生ずる。これがなければ、かれがない。これが滅すれば、かれが滅する」というふうに。

したがって、順観と逆観は、そのまま仏典の記述どおりに、「そして又」「かつ」というような連言語で結ばれた関係と解釈すべきでしょう。

そして、もし縁起が真理であるとするならば、順観と逆観の関係は、どうしても、「そして又」「かつ」という連言語で結ばれたものと解釈せねばなりません。つまり、縁起とは、もしそれが正しいとすれば、


これがあるとき、かれがある。かつ、これがなければ、かれがない。

PならばQ、かつ、PでなければQでない。             
 (P->Q) & (‾P->‾Q)

という形式をもった主張であると考えなければなりません。

また、次に述べるように、縁起は、ナーガールジュナなどによって、相依関係と解釈されますが、そのためにも、順観と逆観は、「ならば」で結びつけられたものではなく、「かつ」という連言語で結びつけられたもの、と考えねばなりません。


縁起を「相互依存関係」とわたしたちが解釈することができるようになったのは近代仏教学の大きな成果の一つです。それはとくに、大乗仏教の祖といわれるナーガールジュナの研究に触発された結果です。

すなわち、ナーガールジュナ自身が、縁起を、時間的生起の関係(因果関係)としてではなく、論理的相互関係として理解していたという歴史的事実によります。
http://www.j-world.com/usr/sakura/buddhism/ku03.html

十二因縁とはなんでしょうか。

木村泰賢氏によれば、十二因縁の解釈には、三つの解釈の仕方があるというのであります。

第一は論理的な解釈、つまり十二因縁、無明から老死までの十二因縁を、論理的範疇として考える考え方であります。

第二は、それを心理的あるいは倫理的、現代の哲学用語を使えば、実存的に解釈する道であります。つまり、老や死を、苦と思うことの原因を、渇愛と無明に求める、これが十二因縁の意味であるという解釈であります。

それから第三に、十二因縁を実在的に、宇宙的生の発展のあり方を述べたものであるという説があります。つまり、無明から存在するものは発生し、行識を通り、最後に人間が出て老死が生じたという解釈であります。

 このうち、のちの仏教において、とくに部派仏教において有力になったのは、第三の実在的な因果の考え方であったようです。因果はまさに生命の理法を示したものというわけです。しかもその因果が、道徳の問題と結合するとき、善因善果、悪因悪果、三世の因果という考え方が生まれます。


われわれが長い間、因果の概念で知っていたのは、このような因果概念でありました。私は子どものころ、縁日に見世物を見に行きましたが、そこにはロクロ首の女や熊女などがいました。このロクロ女や熊女は親の因果が子に報いて、このような片輪者になったといわれました。明治以前までわれわれ日本人はよいことがあると、先祖のおかげでといって喜び、悪いことがあると、親の因果と思ってあきらめたものでした。

 因果の概念には宿命論的ひびきがあります。そこには、おのれの運命への諦めがあります。そして同時に、このような現世の運不運を、人間の理解できない前世の因縁と結びつけることによって、仏教は、はなはだしく、理性の正しい行使を傷つけます。因果の概念は、まさに、日本人を諦観にしばりつけるとともに、日本人の理性をマヒさせた最大の元凶のようでした。


 長い間、仏教は因果の概念をつかって、民衆に道徳を教えましたが、その概念の拡張解釈は、人問に諦観を与えるとともに、人間理性の正しい行使を妨げることに役立ったようです。近代の精神は、このような因果因縁の概念を否定することから生じるのであります。近代的理性にとって、このような因果因縁の概念こそ、まさに仏教のインチキ性を証明するものと映ったにちがいありません。

 このような因果因縁の概念は、まさに仏教の恥部であったわけです。明治以後、日本の仏教学者が、仏教の束縛を離れて、ヨーロッパから、直接に釈迦仏教を研究する方法を学びとったとき、彼らは、彼らが従来釈迦の教説と思っている仏教が、実は釈迦の仏教でもなんでもなく、はるか後代において、釈迦の名にかこつけて作られた経典編集者の思想にすぎないことを知ってビックリしたものでありました。

そればかりか、釈迦以来、二千何百年という年月は、同じことばの意味をも、まったく変えてしまったようでありました。

釈迦の十二因縁の思想は、どうやら、因縁・因果の名でもって、われわれの現実に知られていた思想とまったく別な思想のようでありました。

因縁の思想を釈迦それ自身において考える必要があります。明治以来の根本仏教と解する原始仏教の研究は、結局この因縁の概念、因果の概念を明らかにすることにあったといってよいかもしれません。

因縁をあの伝統的な汚名から解放すること、それほあたかも、文明開化の時代の文化人に不評となった仏教を、その迷信の汚名から解放するかのような意味をもっていました。

 因縁の論理的解釈

 このうち、論理的解釈はもっとも近代的解釈のようであります。このような解釈の代表が、宇井伯寿氏の『十二因縁の解釈−縁起説の意義−』と和辻哲郎氏の『原始仏教の実践哲学』であるといわれます。じつは、この解釈には、すでに先例があり、新カント派の哲学者マックス.ワレーザーが、『原始仏教の哲学的基礎』という本を書き論理的解釈の先鞭をつけたといいます。

ワレーザーの本を私は読んでいませんので、はっきりしたことは申しかねますが、日本においてこのような理解がはなばなしく、出てきたときは、まさに新カント学派の全盛時代であったことに注意する必要があります。

新カント学派は、ヴィンデルバントやリッケルトに代表されるカント復興運動でありますが、それは、当時ドイツに広がったカント以後の非合理主義的な思想に反対して、カントの合理主義に帰れという運動でありました。いわば、それは小市民の合理主義を代表するものでありましょうが、なんでもドイツ哲学を最高の真理として学ぶ日本の哲学者のサル真似主義が大正デモクラシー運動と結びつき、日本の哲学者はほとんど新カント派の哲学者になりました。このとき秀才の文献学的仏教学者宇井伯寿氏と、秀才哲学者和辻氏のみごとな理性主義的仏教解釈が生まれたのです。

 新カント派は非合理主義、人間の本質を非合理な意志や感情におく非合理主義に深いにくしみをもっていました。そして彼らが、もっともきらったのはショウペンハウエルでした。なぜなら、ショウペンハウエルは、彼らの尊敬する師カントを非合理主義のほうにねじまげたからです。

 ところがまさに仏教は、とくに原始仏教は、従来ショウペンハウエルの見地で見られていたわけです。

ショウペンハウエルは、世界を動かしているものを、近代哲学の伝統に反して、理性として考えず、盲目の意志として考えます。われわれの生命を支配する盲目の意志、この盲目の意志は、必然的に人間を苦悩におとしいれます。意志の世界は必然的に苦の世界であります。この苦の世界から、人間を救い出す必要かあります。そのためには、この意志を否定すること、我の意志を否定することが必要であるとショウぺンハウエルは考えます。

ショウぺンハウエルは、釈迦の思想中に、このような意志否定の哲学を見て驚くわけです。ショウぺンハウエルは、釈迦の涅槃をこのような意志否定の境地として解釈します。

 ショウぺンハウエルの弟子、ドイッセンは、この師の思想に啓発されて、仏教の研究を志します。

つまりヨーロッパは、ショウぺンハウエル思想によって、仏教を発見するわけです。そして、西洋の仏教学をそのまま学んだ明治以前の日本の仏教学も、またショウぺンハウエルから仏教を見ていたわけです。

仏教学者姉崎正治氏は、ショウぺンハウエルの『意志と現識としての世界』の訳者でありますし、木村泰賢氏もショウぺンハウエルに大きな影響を受けています。

 ヨーロッパの哲学、ドイツの哲学がショウぺンハウエルから抜け出そうとしていたのです。ドイツの哲学、とくに現在流行しているドイツの流行哲学を最高の哲学と無邪気に思っている日本の哲学者が、このような風潮により、仏教解釈においても、ショウぺンハウエルを抜け出て、カントに帰ろうとしたのは当然であります。

そこから和辻氏の解釈が出てまいります。和辻氏の解釈は、死の解釈において、その本質をむき出しています。死は彼によれはVergehenすることです。つまり過ぎてゆくことであります。死ははたして単なる過ぎてゆくことでありましょうか。


ここで、釈迦の人間の苦悩を語ったかの偉大なる教説が、論理的範疇(はんちゅう)論に化するのです。ハイデッガーはExistenzialistat実存範疇ということばを作っています。

それは実存的人間存在を表わす範疇であり、それはKategorie論理的範疇とまったく違うというのです。退屈や不安はエキジステンチアリテートに属しますが、カテゴリーには属しません。和辻氏はまさに、ここで一つの誤謬を犯したのです。それは実存範噂に属することを、論理的範疇の意味に解釈したという誤謬です。宗教的不安なしに仏教を見たすぐれた文献学者宇井氏が、そのような誤謬を犯したのは当然かもしれません。和辻氏は、この宇井氏の解釈を哲学的に根拠づけたわけです。まことに才気あるさっそうたる誤謬であります。

 従来から私は和辻氏に対して、きびしすぎる批判をくだしてきましたが、別に和辻氏に恨みがあるわけではありません。私は和辻氏を、むしろ私どもの仕事の先輩として、尊敬すらしています。

しかし私は、和辻氏の青年時代はまだヨーロッパの最先端の哲学に真理そのものが住んでいるという幻想を脱却することができなかったのではないかと思うのです。


 十二因縁を論理的に解釈すること、それはまさに仏教の合理化であり、近代化であるようでありました、この因縁という仏教の汚点のように見える思想を、長い間の不名誉から救うすばらしい行為のようでありました。

しかし、因果・因縁を論理的カテゴリーとして解釈して、いったいどういう利益があるというのでしょう。われわれはそこに、ただ、不明確に語られたカント哲学を見るだけであります。釈迦の思想を不明瞭に語られたカント哲学としてみることは、はたして釈迦にとって名誉でありましょうか。当時のインテリの目からみれば、それは名誉なことであったのでしょう

が、いかんながら、釈迦の十二因縁を、論理的カテゴリーとして解釈することは、まったくの誤解のようであります。

 因縁の実存的解釈

 このような解釈より、さきに述べた木村氏の第二の解釈のほうが、ほるかに正しい解釈であると思います。つまり釈迦は、やはり生病老死の原因を求めるのです。どうして人間の世界に苦があるか、世界の苦の原因は何か。そしてその原因をわれわれの心の中にある渇愛と無明に求めます。

渇愛は欲望を欲望の側から、無明はむしろ知の側からそれがわれわれの知をくらませるものとしてとらえるわけです。つまりこの老死の苦の原因が、渇愛または無明、すなわち盲目の意志というわけです。

このような解釈はショウペンハウエル的ですが、同時に、明治時代の日本の原始仏教研究家の多くの意見です。私はこの見方は一応正しいのではないかと思います。

 人間には苦がある。苦の原因は何か。渇愛あるいは無明。この渇愛、無明を滅ぼせ。このような苦の原因の追求と、同時に苦の滅びに関する追求、それはけっして論理的追求ではなく実存的追求といわれるべきものと思います。釈迦の思想は実存的なものであります。したがって、このような実存的な釈迦は論理的な解釈よりはるかに正しさをもちます。

 人間における渇愛と無明の深さ、のちの仏教はそれを煩悩といいます。そして仏教はじっとおのれの心の姿を見ているところがあります。暗い闇の心の凝視、それが仏教に、キリスト教以上の深みを与える思想的特質なのです。

ヨーロッパの哲学では、人間を理性的自我としてとらえます。しかし、人間は理性的自我に尽きません。人間の中には深い煩悩の相がありノます。無明は無知と違います。無知は知らない心ですが、無明は知っていても止められない心であります。

このような心、深い煩悩の心の考察は、ヨーロッパにおいて、ショウペンハウエル以後においてはじめて自覚に上されました。近代的な無意識の発見者フロイドは、ショウペンハウエルとニーチェから思想的示唆を得たというわけです。

このように煩悩の世界、無明の世界は西洋において、ショウペンハウエル以来の哲学の一潮流にすぎないのですが、仏教ではこの間題が思想の中心問題となります。闇の煩悩の凝視、そこに仏教思想の深さがあります。


 このように解された十二因縁の説は、はなはだ倫理的にして、しかも実存的な説であります。死の苦の原因は、無明渇愛にある、その渇愛無明を捨てたまえ。

 このような十二因縁の見方は、はなはだ倫理的、実存的であります。たしかにこの理解は仏教理解の解釈として実存的であります。まさにこれこそすぐれた十二因縁の解釈であるといえます。

 しかし、はたして十二因縁はこのような意味に尽きるでしょうか。木村泰賢氏は、十二因縁はこのような意味には尽きない、そこには実在する生命の発展過程を、時間的に説明するという面もあると言うのです。たとえば、無明行識の識といわれるものは、受胎の状態に比せられます。つまり十二因縁はすべての存在するものが発生し、老死を生み出すまでの時間的契機を明らかにしたものだと言うのです。

 このような実在的生命観は、因果理解に、道徳的要求が加わった場合、あの善因善果、悪因悪果の説すなわち、よい行為にはよい結果が伴い、悪い行為には悪い結果が伴うという考え方が生じます。

しかしこのような縁起の概念をとる仏教学者は現代では少ないようです。むしろ、それは宗派を代表する古い仏教学者の意見に多いようです。木村泰賢氏は、第二の実存的な思想が因果概念にあることを認めながら、同時に、実在的な因果概念も仏教においては無視できない思想であると言われます。


人類の業

 私はこの第二のいわば、倫理的、あるいは心理的、あるいは実存的な因果理解は、たしかに近代的な正しい因縁概念の理解と思いますが、それはいささか不十分なのではないかと思うようになりました。なぜなら、そこではあくまで個人の存在が問題の中心でありました。実存は、むしろ個人に尽きています。

したがって、十二因縁の否定は、個人の内面のみでよいわけです。けれど、はたして、原始仏教は現代哲学のように個人中心主義的でしょうか。あるいほ、はたして因果関係に、個人を越えて拡大されることはないでしょうか。個人は個人を越えた因果関係によってしばられない、それはむしろ、近代的個人主義の立場の前提です。しかしはたしてそうでしょうか、親の因果ははたして、子に報いないでしょうか。祖先のしわざがわれわれの滅びの原因になることがまったくないのでしょうか。われわれが何万年の間になってきた運命によって、われわれが左右されることははたしてよいのでしょうか。われわれが本能という名で呼んでいる能力、これはやはりわれわれが祖先から伝えた一つの潜在能力ではないでしょうか。われわれの祖先がわれわれに投げかけた運命に、われわれが支配を受けることはないのでしょうか。

 私はやはり、因縁の問題を単なる倫理的、心理的、あるいは実存的問題に限定するのは正しい解釈ではないのではないかと思います。やはり、人間が、自己を越えた因果、いってみれば、普遍なる宇宙の生命発生以来の運命の支配を受けているという考えが、十二因縁の思想の中にあるように思うのです。

こういう宇宙発生以来の生命の無意識の支配力を「業」というのでありましょう。仏教ではこのような業を認めますが、仏教では自己を業のままに流させるのではなく、業からの脱出をはかるのであります。業にまとわれるかぎり、人間は永遠に苦の世界に坤吟します。この菅の世界、永遠の輪廻(りんね)の世界をまぬがれるには、因果のくさびを切る必要があります。人類が発生以来、になっている重い煩悩の鎖の環を切り取ること、ここに仏教の教説があるわけです。



2. 中川隆[1167] koaQ7Jey 2016年1月15日 21:55:37 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[887]
>ユダヤ教やキリスト教における「神」とは、人類に対して容赦なき力を振るう神である。


この人はキリスト教の「神」とユダヤ教の「神」が同じだと思い込んでるんだね。

一度も聖書を読んだ事が無いんだろうね。

イエスがユダヤに居たある日の事・・・

12人の使徒たちは信心深く食事をしていた。
イエスは祈りを捧げている使徒たちに近付き笑い出した。

彼は使徒たちの間違った信仰を笑っていた。

使徒たちは世界の創造主を崇拝していた。
だが、ユダだけは違っていた

イエスは言う・・・

イエス「なぜ怒るのだ?あなたたちの中で強い心をを持つ者が立って私に示すがよい・・・・
己の内にある真の魂を」

ユダを除く使徒たち「私たちは強い心を持っています!」

しかし、言葉には出しても本当に立ち上がる者はいなかった。
・・・イスカリオテの『ユダ』を除いて・・・。

ユダはたった一人立ち上がってイエスに向かってこう言った。

ユダ「私は、あなたが何者か存じています・・・
あなたを送られた方の名は畏れ多くて申し上げられません。」

イエスはユダに近付きいて彼にこう言う・・・

イエス「他の者たちから離れよ・・・私はあなたに王国の秘密を教えよう。
     そこは果てしなく広がる国。天使させ見たことがない土地。人の
     心には想像さえ及ばぬ世界。その国に名前はない。」


■『キリスト』が『ユダ』に自分を『ローマ』に売るように諭す場面。

キリスト「You will ge greater than all athers. Judas, you will sacrifice the man that clothes me. 」

 (あなたは誰よりも素晴らしい。ユダよ。犠牲にするのだ。私の魂の衣ある者を。)


■『キリスト』が『天国の秘密』を『ユダ』に明かす場面。

キリスト「Step away from the others, and I shall tell you the mysteries of kingdam. It is a great and boundless realm which no eye of an angel has ever seen, no thought of the heart has ever comprehended.」

(他の者から離れよ。あなたに教えよう。王国の秘密を。そこは果てしなく広がる国。天使させ見たことがない土地。人の心には想像さえ及ばぬ世界。)

http://wildoldboy.cocolog-nifty.com/wild_old_boy/2006/04/the_gospel_of_j_eab8.html


イエスはユダに語ります。

「お前は、真の私を包むこの肉体を犠牲とし、すべての弟子たちを超える存在になるだろう」

「他の者たちから離れなさい。そうすれば、お前に[神の]王国の神秘を語って聞かせよう。その王国に至ることは可能だが、お前は大いに悲しむことになるだろう」

「聞きなさい、お前には[真理の]すべてを話し終えた。目を上げ、雲とその中の光、それを囲む星々を見なさい。皆を導くあの星が、お前の星だ」
 
「お前はこの世代の他の者たちの非難の的となるだろう
   ――そして彼らの上に君臨するだろう」


ユダは他の弟子たちから猛反発を受ける幻視を見たと語ります。

「幻視の中で、私は12人の弟子から石を投げつけられ、[ひどい]迫害を受けていました」

「ユダは目を上げ、光輝く雲を見て、その中に入っていった」

地上の人間たちは雲から聞こえる声を耳にします。


福音書の記述は、次のような場面で唐突に終わっています。

「彼ら[イエスを捕らえにきた人々]はユダに近づき、
『ここで何をしているのだ。イエスの弟子よ』と声をかけた。

_____


つまり、

ユダヤ教の「神」= イエスは使徒たちの間違った信仰を笑っていた。 使徒たちは世界の創造主を崇拝していた。


キリスト教の「神」= あなたに教えよう。王国の秘密を。そこは果てしなく広がる国。天使させ見たことがない土地。人の心には想像さえ及ばぬ世界


3. 2016年1月15日 21:57:08 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[888]

詳細は


イエスが殺された本当の理由
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/371.html

釈迦の本当の教え
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/735.html

釈迦の悟りとは何であったのか?
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/739.html

釈迦の言葉
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/741.html


4. 中川隆[1168] koaQ7Jey 2016年1月15日 22:45:30 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[890]

>イスラム教においては、人間を「異教徒である」という理由だけで殺したりはしない。また、異教徒に対して、イスラム教への改宗を強制したりもしない。

これは悪質な嘘

実際は


コーランより抜粋

2_191.
かれらに会えば、何処でもこれを殺しなさい。
あなたがたを追放したところから、かれらを追放しなさい。

本当に迫害は殺害より、もっと悪い。

だが聖なるマスジドの近くでは、かれらが戦わない限り戦ってはならない。
もし戦うならばこれを殺しなさい。これは不信心者ヘの応報である。

9_5.
聖月が過ぎたならば、多神教徒を見付け次第殺し、またはこれを捕虜にし、
拘禁し、また凡ての計略(を準備して)これを待ち伏せよ。

47_4.
あなたがたが不信心な者と(戦場で)見える時は、(かれらの)首を打ち切れ。

かれらの多くを殺すまで(戦い)、(捕虜には)縄をしっかりかけなさい。

その後は戦いが終るまで情けを施して放すか、または身代金を取るなりせよ。

もしアッラーが御望みなら、きっと(御自分で)かれらに報復されよう。

だがかれは、あなたがたを互いに試みるために(戦いを命じられる)。

凡そアッラーの道のために戦死した者には、決してその行いを虚しいものになされない

___


ローマ法王ベネディクト16世は母国ドイツを訪問中の12日、南部のレーゲンスブルク大学で30分余りの講義を行い、

14〜15世紀のビザンチン帝国マヌエル2世パレオロゴス皇帝の

「ムハンマドが新しくしたことを見せてみなさい。邪悪と冷酷しか見つからないだろう」

という言葉を引用。

「暴力による布教は論理的ではない。暴力は神の本質と両立しない」

などと話し、聖戦を批判した。


5. 中川隆[1169] koaQ7Jey 2016年1月15日 22:58:38 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[891]

4 : 名無しさん@お腹いっぱい。2016/01/01(金) 18:45:05.43 ID:???


クリスチャンやムスリムではない日本人にとってイスラム教が極めて危険である理由


神道信者の日本人

神道は多神教に当たるので、神道信者はイスラム教に強制改宗させられるか皆殺しにさせられる。

日本にある神社も全て破壊される。

仏教信者の日本人

イスラム教から見ると仏教は宗教ではないらしい。

仏教信者はイスラム教に強制改宗させられるか皆殺しにさせられる。

バーミヤンみたいに日本にある大仏も全て破壊される。

日本にある寺も全て破壊される。

そもそもインド仏教が衰退したのはイスラムがインドを侵略したのが原因。
これは全ての仏教徒にとっては到底許しがたいことである。

無神論者の日本人

無神論者であればイスラム教を含めた全ての宗教と上手くやっていけると考えるのは誤りである。

イスラム教から見ると、無神論者が一番許しがたい。

無神論者を多神教徒よりも許しがたいと考えている。

無神論者を人間というより動物に近いと考えている。

無神論者は皆殺しにするべき対象と考えている。

5 : 名無しさん@お腹いっぱい。2016/01/01(金) 18:52:23.95 ID:???

全員ではなくても、虎視眈々と日本人への強制改宗 or 皆殺し、破壊を狙っているイスラム教徒はいるだろうな。

それも日本だけではなく非イスラム世界全体が対象だよ。

日本だけでなく非イスラム世界はイスラム教徒にとって全て戦争の家であってジハードの対象だよ。

シャリーアによって統治される政体に変えなければならないと考えている。

多神教徒を攻撃しろってコーランにちゃんと書いてある。


少数派のうちは大人しくして、人数が数が増えてくるにしたがって、徐々に要求水準を上げてくるのがイスラム教徒の手口だからな。

たとえば日本の人口の51%がイスラム教徒になったら日本の法律をシャリーアにしろとかあいつらは言い出すぞ。

タレントや歌手や女優だったらまともな思想の持ち主だって根拠はどこにもない。

イスラム教徒のタレントや歌手や女優だって日本でイスラム教徒が多数派になれば、非イスラム教徒に対して牙をむく可能性は十分にあるぞ。
http://hanabi.2ch.net/test/read.cgi/news5/1451625319/l50


6. 2016年1月15日 23:00:23 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[892]

狂った宗教 イスラム教 _ 頭がおかしいのは中国人と朝鮮人だけではない
http://www.asyura2.com/13/dispute31/msg/332.html


イスラム教に一番近い宗教はこれ:

新興宗教「神の子どもたち」
http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/181.html




7. 中川隆[1181] koaQ7Jey 2016年1月16日 19:35:55 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[908]

過去の歴史を振り返ると、 宗教関係のゴタゴタは、確かに色々な宗教で存在した。

だが、現存している宗教の聖典や教本なんぞを読み比べると、イスラム教は、根本的な部分で他とは全く違う。

それは、これまでの歴史で起こしてきた問題や今起きている問題が、

「後世の信者が、自分勝手に暴走した結果に起きたこと、起こったこと。」

すなわち、教祖の教えや聖典を無視したり、あるいは勝手な解釈をして暴走しているのではなくて、

「教祖の教えや、聖典に書かれている協議通りの忠実。」な行動すればするほど、
今のような野蛮で残虐性を帯びた状態になっていくということと、

そして何よりも、教祖本人が、非常に血生臭くてゲスの極みみたいな人物であったということ。

そこが全然違う。


釈迦やキリストは、殺人を説いたりせず、 フェミニストで、暴力を否定する人達だったが、(まあ、後世の信者は滅茶苦茶だった時期もあるが…少なくとも本人達や、本人達が教えていることは、非暴力だった。)

だがムハンマドは全く違う。

自らが略奪・侵略・殺人・男尊女卑・DV・奴隷売買なんかに明け暮れていたような人だったようだし、自分達の弟子達にもそれらの行為を推奨しているし、そして、教団の要の聖典などにもそれがはっきりとした形で残っており、

聖典に書かれている内容を、より忠実にトレースして徹底的に完全再現すると、
それこそ、今のイスラム国のような感じになる。

時々、お花畑系の方々が、

イスラム教は優しい宗教(キリッ)

コーランには「一人の人間の命は(以下略)」って書かれているんです!

なんて言ってるけど、あれって肝心な事を一つ忘れているよね。

「ただしそれは、“イスラム教徒に限る。”」ということ。

そして俺達は、そのイスラム教徒から見たら、「多神教徒・異教徒。」

つまり攻撃・駆除の対象として「狩られる側。」であることを完全に忘れている。
http://hanabi.2ch.net/test/read.cgi/news5/1447794707/75-n


8. 2016年1月16日 19:43:11 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[909]

コーラン
http://manga.world.coocan.jp/quran-mokuji.html

コーランを自分で実際に読めば、イスラム教の教義の異常さに驚くぞ。コーランの章に戦利品って項目があるんだぞ。

親イスラムのマスコミや学者は本当のことが言えずに

「イスラム教は平和の宗教」
「イスラム教は寛容な宗教」
「ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は同じ神を信仰している」

って言うけどな。それらは全部嘘だから。

実際には

「窃盗は手を切断」
「不倫は石打による死刑」
「一夫多妻制の容認」「DVの容認」
「多神教徒の殺害」

なんてことが書かれている。

イスラム教の開祖ムハンマドからしてキャラバンを襲撃したり、自ら軍隊を率いて征服戦争を行っているからな。

キリストや仏陀が自ら軍隊を率いて征服戦争を行うなんて考えられないだろ。

妻が10人以上いて、9歳の少女アーイシャと性行為を行っているし。

イスラム教(預言者ムハンマド)とイスラム国(カリフ、バグダディ)の比較(適宜追加希望)


マッカからやってきた余所者のムハンマド教団がマディーナを手に入れる。 
イスラム国がモースルやラッカを手に入れる。


ムハンマド教団がマッカのキャラバン(隊商)を襲撃する。   
イスラム国が油田を奪って原油を売ったり、銀行を襲撃して預金を奪う。

ムハンマド教団が見せしめのためにクライザ族を皆殺しにする。  
イスラム国がヤジディ教徒やティクリートで大量処刑を行う。


ムハンマド教団がユダヤ教徒や多神教徒に対して奴隷化と人身売買を行う。  
イスラム国がヤジディ教徒に対して奴隷化と人身売買を行う。


9. 晴れ間[953] kLCC6orU 2016年1月17日 00:28:27 : xni5yVaf3k : Fxfse0RTtHo[75]

ことイスラムに関する限り、小室直樹という人が述べていることは、真っ赤な嘘。
「イスラムは平和の宗教」「イスラムは女性や弱者を大事にする」という俗論も、真っ赤な嘘。
私たちは、高校の社会科(世界史や倫理社会?) の授業以来、イスラムについての嘘を習ってきた。三大宗教の共通点は「愛」だとかいうのも、嘘。イスラムは異教徒にも寛容だとか、「喜捨」の実践を奨励することで社会福祉や弱者の救援にも熱心だとかいうのも、嘘。
日本でこういう嘘情報を流してきたイスラム「専門家」の罪は、二重の意味で重い。二重の意味とは、一般の日本国民に「誤解」を与えただけでなく、イスラムに支配された人々が受けている「抑圧」にも加担することになるからである。(彼らが本当のことを黙して語らないのは、自分がジハードの対象にされ、暗殺されるのが怖いからであろう。)

嘘の極めつけは「ジハード」を「聖戦」と訳(誤訳というよりも嘘訳) したこと。これではまるで、ジハードが「正義の戦争」のようではないか。
ジハードとは、先イスラム社会でも行われていた「略奪戦争」を踏襲したものに過ぎない。アラビア半島の遊牧民部族は、互いに土地や家畜の奪い合いを繰り返していた。自分たちが他部族を襲わねば、自分たちが他部族から襲われるという社会だった。襲われる前に襲う。それが砂漠の民の掟だった。その背景としては、人間にとって非常に生存が厳しい自然条件がある。飢えよりも、渇水(水がないこと) の方が、直ちに死に直結するものなので、非常に恐れられていたという。(我々瑞穂の国の住民には想像もできないほど過酷な自然条件であることは疑いない。)

女や子供も、家畜同然の「戦利品」だった。勝った部族は、負けた部族の男たち(成人)を殺し、女を「戦利品」として自分たちの間で分配した。(今日、ISが忠実に実践している通りである。サウジアラビアやカタールのような国々がISやその他のジハード主義者を支援していると言われるのも、イスラムの原理に忠実だからであろう。)

当然、女(未亡人や遺子) の数は多くなる。一夫多妻制は、その数の論理の結果でもある。(なお、戦闘で負ける際に、生き残った一部の男たちは逃散したという。友好部族か縁続きの部族の元に逃げたのだろうか。)

「名誉犯罪」ないし「名誉殺人」も、この戦争文化の延長にある。「名誉」とは (処女性を失った、ないし強姦された) 女の名誉ではない。「家族を守れない(/なかった) 男」自身の名誉のことなのだ。男は自分の名誉を、女の身体、特に生殖器(その保全) に置く。自分の名誉の所在が女の身体にあるからこそ、それをヴェールで隠して外部に見えないようにする。女のためではなく、男自身の(名誉の) ためなのだ。
現在問題になっている、難民がシリア等から逃げ出した際の動機の一つは、家族の女たちがISやジハード主義者に犯されるのを防ぐためでもある。(媒体名は忘れたが、そう難民が語っているのを、私は昨年、ネット上のニュースで見た。) 親族の女が「敵」に捕まれば、性奴隷にされ、あらゆる「辱め」を受けるからだ。
クルド人の女性兵士たちも、武装するだけでなく、自決用の銃弾を常時身につけている。敵に捕まれば、あらゆる暴力と辱めを受けることが分かっているから、その場合には即座に自決するためだ。
ドイツ等で最近起きた、難民が西洋女に性的暴行をかけた事件も、ヴェールを被らない女は「売春婦」扱いされるという中東や北アフリカ社会の実情を反映したものでしかないだろう。なお、中東現地では、たとえ女が強姦されても、男を性的に挑発したのだから、強姦された女が悪い、という判決になる。(この手のニュースは、ヤフーなど日本のサイトでもよくお目にかかれる。移民と接することの少ない欧米の女がよく犠牲者になる。)

中川隆さんがハリコで伝えている預言者ムハンマドの不品行は、誇張ではない。(それどころか、当時のアラブ社会では、全く「普通のこと」だったのだ。) そしてそれがコーランやハディース(預言者ムハンマドの言行録) で絶対化され、ムスリムにとっての規範や「手本」となったことで、イスラムの異常な退嬰性を補強することにもなった。
ムハンマドの妻の一人アイシャは、6歳で法律上ムハンマドの妻となり、9歳で肉体的にも妻となった。(15歳という説もあるが、嘘だろう。なぜなら、北アフリカの庶民の女は19世紀に、普通12-13歳で結婚していたからだ。) これが今日どういう意味を持つかというと、「幼児婚」を正当化するための根拠として使われている点に留意すべきだ。(幼児婚は、アフリカから中東、中央アジアまで一般的だ。)

コーランが、妻に対する夫の暴力を積極的に認めていることは、別スレで述べた通りである。
http://www.asyura2.com/13/dispute31/msg/319.html#c4
言うことを聞かない妻は叩け、というのがコーランの教えであるが、実際には理由がなくても叩いてよいことになっている。夫が責められることはない。


中川隆さんのハリコが指摘していないことが一つある。預言者ムハンマドは、自分の養子(息子) ザイドから、その妻ザイナブを奪った(譲渡された) のであるが、実は先イスラム社会の法では、息子(養子であったも) の妻(元妻) と結婚することは禁じられていた。女は、夫と離婚して、夫の父親(養父も) と再婚することはできなかった。そこで預言者ムハンマドは、(それまで合法であった)養子縁組そのものを、イスラムでは不法にしたのだ。以後、イスラム社会では養子縁組は非合法となり、親を失った子供は、別の大人の養子になることができず、打ち捨てられることになったという。
(※現行のイスラム法における養子縁組については、以下を参照。養子となっても、実子と同じ権利はない。姓は出生時のままで、養父の姓を名乗ることはできない。実子と同じ財産権もない。https://fr.wikipedia.org/wiki/Kafala ; https://en.wikipedia.org/wiki/Kafala_system )



10. 晴れ間[954] kLCC6orU 2016年1月17日 00:40:08 : xni5yVaf3k : Fxfse0RTtHo[76]

今日、人類が到達している近代精神と人権及び戦争/平和に関して、イスラムの問題は主として三つある。

@女性に対する抑圧。(女性憎悪と女性差別。)
Aジハード。(異教徒や不信心者に対する殺戮を命令。イスラム改宗しない限り、戦争を仕掛ける。)
Bシャリア支配の普遍化目標。(近代国家の近代法支配を否定。世俗主義の否定。イスラム勢力は、シャリア支配を全世界に広げることを至高の目標として掲げる。世俗主義の国家ではなく、イスラム法に基づいた神権政治の国家建設を目指す。)

※なお、イスラムでは、信仰のために嘘をつくことは善。「穏健派」イスラムは真意を黙って言わないだけで、シャリア支配国家を作るという「過激派」と全く同じ目標を持っている。

=====================================

「ジハード」について。
「イスラムが平和の宗教である」というのは、真っ赤な嘘。イスラムには、二つの世界しか存在しない。「平和の家」と「戦争の家」である。
「平和の家」dar al islam とは、すでにイスラムに改宗した地域とその住民のことで、もはやジハードの対象ではない。
「戦争の家」dar al harb とは、未だイスラムに完全に改宗していない (ないし改宗途上にある =戦争状態にある) 地域とその住民を差し、ジハードの対象となる。
https://wikiislam.net/wiki/Dar_al-Harb


ジハードをイスラム教徒の義務とする、また異教徒を敵視するコーランの章句は多数存在する。
なお、イスラムは「改革不可能な宗教」である。コーランは「神の命令」であり、コーランに書かれたことを否定できるイスラム教徒は存在を許されない。イスラムは、異論や異端を許さない「全体主義の宗教」である。
http://www.asyura2.com/15/kokusai12/msg/153.html#c2 (コメント末尾部分)
http://www.asyura2.com/15/kokusai12/msg/153.html#c3


=================================

以下、異教徒や不信心者との戦いを称揚するコーランの章句の例。(数字は、章 : 句。) 
(中川隆さんが挙げていたサイトから、日本語訳を添付する。
http://www2.dokidoki.ne.jp/islam/quran/quran000.htm 。) 


25 : 52
だから不信者に従ってはならない。かれらに対しこの(クルアーン)をもって大いに奮闘努力しなさい。

2 : 120
ユダヤ教徒もキリスト教徒も、あなたを納得しないであろう。あなたがかれらの宗旨に従わない限りは。 [...]

9 : 111
本当にアッラーは、信者たちからその生命と財産を贖われた。かれらのため(の代償)は、楽園である。かれらはアッラーの道のために戦い、殺し、また殺される。それは律法と福音とクルアーンとを通じて、かれが結ばれる真実な約束である。誰がアッラー以上に、約束に忠実であろうか。だからあなたがたが結んだ契約を喜べ。それこそは至上の幸福の成就である。

8 : 65
使徒よ、戦いの時は信者を激励しなさい。あなたがたの中20人の信仰の堅い者がいれば、よく2百人を征服するであろう。あなたがたの中もし百人いるならば、よく千人の不信者を征服するであろう。というのはかれらが、事理を解しない人びとであるため。

2 : 193
迫害がなくなって、この教義がアッラーのため(最も有力なもの)になるまでかれらに対して戦え。 [...]

3 : 85
イスラーム以外の教えを追求する者は、決して受け入れられない。 [...]

8 : 17
あなたがたがかれらを殺したのではない。アッラーが殺したのである。あなたが射った時、あなたが当てたのではなく、アッラーが当てたのである。(これは)かれからの良い試練をもって、信者を試みになられたためである。本当にアッラーは全聴にして、全知であられる。

9 : 5
聖月が過ぎたならば、多神教徒を見付け次第殺し、またはこれを捕虜にし、拘禁し、また凡ての計略(を準備して)これを待ち伏せよ。だがかれらが悔悟して、礼拝の務めを守り、定めの喜捨をするならば、かれらのために道を開け。本当にアッラーは寛容にして慈悲深い方であられる。



11. 晴れ間[955] kLCC6orU 2016年1月17日 00:55:06 : xni5yVaf3k : Fxfse0RTtHo[77]

あらゆる宗教は、カルトである。「天国」と呼ぼうが「来世」と呼ぼうが、死語の世界や「転生輪廻」を信じる者は、カルト信者である。
それが個人の私生活や精神生活に留まる限り、思想信条の自由、信教の自由は尊重されるべきである。

しかし、自分の信仰を他者に押しつける権利は誰にもない。世俗国家を宗教国家や神権政治国家に変えようとする企図には十分気をつけねばならない。そういう国家が出現すれば、必然的に、思想信条の自由、表現の自由を許さない「全体主義国家」となるからである。

イスラムに関しては、イスラム教徒の家族に生まれ育った後に、イスラムというカルトを自ら捨てた、知識や教養の面でも優れた資質をもつ「元イスラム教徒」が述べていることが、最も信頼できる。
批判精神を欠いた信者や、新規に信徒となった者の話は、「客観性を欠いた話」として遇するのが適切である。

生半可な知識でイスラムを称揚すれば、イスラムという宗教によって多くの人が受ける苦しみに加担することになる。



12. けろりん[136] gq@C64LogvE 2016年1月18日 23:36:20 : WT71dMTeHc : uy6XKbBC6EU[204]

>1. 中川隆どの・・・

仏教倫理展開(市井仏教勘違い)ではその通りだとおもわれるが・・、
無自覚・無意識的な、詭弁論理展開に陥っている・・・

●前提:松坂が投げれば( 原因 )西武が勝つ( 結果 )。
○結論:だから、松坂が投げなければ( 原因 )西武は勝たない( 結果 )。


線形的因果論を展開した釈迦の諸説を・・・
部派・大乗が精緻化した、< 原因 >と< 縁 >と< 結果 >の
明確な差異性を土台に展開すれば・・・・
「 西部 」という球団が< 結果(前提)>になる場合は、
松阪はあくまでも< 縁 >になる。
ここでのハナシは、西部のハナシの問題であり
松阪のハナシではない・・というコトだ。
ゆえに・・・、
●前提:松坂が投げれば( 縁 )西武が勝つ( 結果 )こともある。
○結論:だから、松坂が投げなければ( 縁 )西武は勝たない( 結果 )こともある。
もっと例題に沿わせれば・・・、
●前提:西武( 原因 )は、松坂が投げること( 縁 )で、西武は強い( 結果 )。
だから、
○結論:西武( 原因 )は、松坂が投げなければ( 縁 )西武は強くない( 結果 )こともある。


< 因果関係というよりも、それは関係一般のことだ >
球団事象など、関係一般も、一般も良いところのハナシで、
精緻論理学で言えば・・・

●前提:松坂が投げれば( 原因 )西武が勝つ( 結果 )。
・・・松阪が投げれば100%勝つならば・・・
・・・尚且つ、松阪以外が投げれば100%負けるならば・・・
○結論:だから、松坂が投げなければ( 原因 )西武は勝たない( 結果 )。
・・・は、100%、正しい。・・・となる。

____________

●十二支縁起の要素・・には
大前提に< 無明(むみょう)は苦の原因である >がある。

( 輪廻< 苦 >の根本原因 )
1.無明(むみょう) - 過去世の無始の煩悩。=苦。

( 有中の感受構造説明 )
2.行(ぎょう) - 志向作用=業。
3.識(しき) - 識別作用=好き嫌い。
4.名色(みょうしき) - 物質現象(肉体)と精神現象(心)。
5.六処(ろくしょ) - 六つの感覚器官。眼耳鼻舌身意。
6.触(そく) - 外界との接触作用。
7.受(じゅ) - 感受作用。触による感受。
8.愛(あい) - 渇愛。
9.取(しゅ) - 執着。
10.有(う) - 存在。生存。

( 転生部分 )
11.生(しょう) - 誕生。
12.老死(ろうし) - 老いと死。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・
※1.明鏡(めいきょう) - 解脱。=楽。

因果律のその先に在るのは、因果具時。
単なる原因・縁・結果論の単純運動ではなく、
< 相依性具時 >=中観論。
要するに、原因と結果は、どちらが原因か結果かは、
『 特定できない 』がくる。
量子論的因果律__原因と結果は特定できない。

わかりやすく、条件条件未設定な一般的関係性を例に挙げれば

誰かを殺したい( 原因 )と思えば、
同時同一性次元で( 瞬間に )
誰かに殺されたいと思う人間が立ち上がる。
時間経過の後に、事件が発生する( 結果 )。
その選択をするのは、それぞれの実存次第だ・・・。

乱暴に言えば、それが中観論の因果具時になっている。
同時に原因と結果が立ち上がるので、特定できない
・・・となる。


13. けろりん[137] gq@C64LogvE 2016年1月19日 00:23:43 : WT71dMTeHc : uy6XKbBC6EU[205]

< 原因 >・< 縁 >・< 結果 >の因果律

●前提:種( 原因 )は、太陽と水( 縁 )で、芽( 結果 )になる。
○結論:芽( 結果 )は、種に< 原因 >がある。

●前提:石( 原因 )は、太陽と水( 縁 )でも、石( 結果 )のまま。
○結論:石( 結果 )は、石に芽を出す< 原因 >が無い。


・・・・・・・・・・・・・・・・
人の種( 原因 )は、十界ある。
地獄から仏性まで、おおまかに十種持っている。
その中から何を選ぶかは、本人の自由自在である。
これを、「 実存的・選択 」という。

無明とは法則性の無理解・迷走。
明鏡とは法則性の獲得・適用。

六織。( 顕在意識 )
末那識。( 潜在意識 )
阿ョ耶識。( 深層無意識 )
九識心王真如の都。( 人類集合意識 )


個々の< 魂 >は、海中に沈む氷山( 集合意識=空 )の
一片割れとして、海面( 物理次元 )に誕生して来る。



14. けろりん[138] gq@C64LogvE 2016年1月19日 11:10:59 : WT71dMTeHc : uy6XKbBC6EU[206]


条件未設定な一般的関係性( 人間生活 )のなかで、
あまりにも多くの、単なる< 縁 >を< 原因 >と捉える愚、
・・・これを 1.無明(むみょう) と説いている。

○結論:芽( 結果 )は、太陽・水に< 原因 >がある。__無明。
○結論:芽( 結果 )は、種に< 原因 >がある。_____明鏡。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
”無明を捨てよ” というのは、明鏡に至れ、という意味で、
これを自身の人生航路に当てはめれば、
○結論:不幸( 結果 )は、社会( 外=社会や人 )に< 原因 >がある。__無明。
○結論:不幸( 結果 )は、わたし( 内 )に< 原因 >がある。_______明鏡。


論理的追求__詭弁論理( 無明 )からの解放
実存的追求__苦も楽も、本人( 選択 )の自由

ニーチェ的表現を借りれば、
『 ルサンチオマン 』から脱せよ・・になる。


15. けろりん[139] gq@C64LogvE 2016年1月19日 11:24:09 : WT71dMTeHc : uy6XKbBC6EU[207]

・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
” 無明を捨てよ” というのは、明鏡に至れ、という意味で、
これを自国の成長航路に当てはめれば、
○結論:自国の不幸( 結果 )は、外国( 外 )に< 原因 >がある。____無明。
○結論:自国の不幸( 結果 )は、自国( 内 )に< 原因 >がある。___明鏡。


論理的追求__詭弁論理( 無明 )からの解放
実存的追求__苦も楽も、本人( 選択 )の自由

ニーチェ的表現を借りれば、
中華や半島や在日は、ただの< 縁 >で、真の< 原因 >を見よ・・になる。
『 ルサンチオマン 』ではなく・・・
『 ルサンチマン 』から脱せよ・・になる。


16. 中川隆[1218] koaQ7Jey 2016年1月19日 16:40:37 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[958]
>量子論的因果律__原因と結果は特定できない。


仏教の事は良く知りませんが、上の量子論の話は ? ですね。


初期条件と境界条件を与えればシュレジンガー方程式を解いて未来は完全に予測できます。


原因は初期条件と境界条件によって表現され

結果はシュレジンガー方程式の解で与えられます。


17. けろりん[145] gq@C64LogvE 2016年1月19日 18:56:24 : WT71dMTeHc : uy6XKbBC6EU[213]


本筋は、
『 原因と結果は特定できない。』と
『 未来は予測できない 』は別のハナシになるね。

>結果はシュレジンガー方程式の解で与えられます。
>未来は完全に予測
まぁ、そうなんだが・・・
「 完全に 」という部分が、ちょいと違って、
量子論以前では、
「完全に」は、例えば「1」か「5」か「10」かのどれかの結果・・・になるが、
量子論以降では、例えば「 1〜10 」までの蓋然性の幅=要するに量子的・・・
決定的<数>ではなく、<数量的=量子>結果しか導かれない。


__________
因果具時__※因と果には同時性が備わっている
・・・いわゆる因果の共時性( シンクロ )のハナシと
蓋然性( 量子予測 )は、テーマの違うハナシになるね・・。


18. けろりん[146] gq@C64LogvE 2016年1月19日 19:11:22 : WT71dMTeHc : uy6XKbBC6EU[214]

双子の素粒子は、条件を越えて
お互いが逆回転スピンを常に取り続ける
・・・は、この共時性を顕わしているだろうね。

科学人間観察の現場では、本来はひとつのものが
双子の素粒子として、顕われる、目に見えているダケだ
・・・という推論も在る。

『 重力 』__『 電磁気力・弱い力・強い力 』
重力だけはマイナスの力動=斥力が無い、は
重力と電磁気力の双対性__いわゆる
おなじものの観察レベルの違いから発生している
・・・という推論も在る。

物理次元の< 双対性 >と< 観察 >
というのは、秘密が解き明かされれば
意外にも単純なものかもしれないね。
素粒子の対消滅も対生成も、
伝達条件や物理条件を必死で探してはいるが、
一つのものが二つに観察されているダケ
・・・というようなね・・・。


天体の回転運動はプラズマだとするならば、
重力は、そもそも電磁気力の表現違いとして観察されている・・
などのように、
まるで、手品の種証しのようなものかもね。


19. 中川隆[1219] koaQ7Jey 2016年1月19日 19:12:17 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[959]
違うよ

系をかき乱さなければ系の状態は波動方程式の解として時間の関数として一意的に決まっている

観測で系をかき乱して系の状態を変えるから「1」か「5」か「10」かのどれかの結果だけが選び出される

しかしそれは時間的な変化ではない


20. 2016年1月19日 19:14:23 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[960]
>>18
嘘八百書くなよ
物理の専門家も見ているんだよ

21. けろりん[147] gq@C64LogvE 2016年1月19日 23:01:10 : WT71dMTeHc : uy6XKbBC6EU[215]

波動関数の時間的変化が因果的である・・・という説明ならそうなる。

こちらは、光量子仮設の量子論の原理的なハナシをしている。
事象が確率的にのみ記述される。量子力学は、すべての物理量の値を同時に定まった値を持っているという素朴な実在論としては記述できず、非実在論的である。これを、こちらの乱暴な説明で勘違い解釈しているんだろう・・・宗教論と同じように


>>18
>嘘八百書くなよ
>物理の専門家も見ているんだよ


見ていたら、いったいどうなんだ?
なにを怒ってるんだ?
物理学者や宗教学者と交替したほうがいいんじゃないか?


22. けろりん[148] gq@C64LogvE 2016年1月19日 23:13:24 : WT71dMTeHc : uy6XKbBC6EU[216]

_________________
19. 中川隆[1219] koaQ7Jey 2016年1月19日 19:12:17 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[959]
20. 2016年1月19日 19:14:23 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[960]
_________________

上記は同じ中川さんか?
二つ目は何故、ハンネを外しているんだ?
議論嫌いなのか?


23. 中川隆[1221] koaQ7Jey 2016年1月20日 09:02:40 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[962]

物理の事何も知らないのに妄想書くなと言ってるだけだよ

DIRAC方程式書けるの?

QCDのラグランジアン書けるの?

Weinberg Salam eq.書けるの?


24. 義の使者[1] i2CCzI5njtI 2016年1月20日 22:20:10 : DyKuOLQ2BQ : MJzuh2l7Lx8[1]
日本の無神論者は世界中にある宗教で、大きく別けてイスラム教が一番の穏健タイプであると理解してます。
テレビをいつまでも信じて、テレビを見て楽しい一日を過ごし生涯何一つ行動を起こさなかった、村八分だけを避けていた気骨の無い団塊世代。
人生マルチの創価に貢ぎ、ホストに貢げば貢ぐだけ後戻りが出来なくなった人生。

ベッキー然り中居然り、以前とは確実に変わっている。
私は佐竹彰 名乗り出る 
弱者を集団で監視、嫌がらせをせず、私に人員を増やしたらどうだ?
集団ストーカー救済団体はほぼ偽物、自殺防止ネットワークも偽
フォーラム21も偽、乙骨共の書物は恐怖を植え付けてる実際は創価側。
反創価(入信してる人以外は全てだけど)私が一番信頼のおける人は
黒田大輔さん。
路線が逸れるが田母神さん。

創価に嫌がらせを受けていて疲れて果ててる方、最後に私を信じてみませんか。
消されるだろうが、ハガキ、封書のみの詩や愚痴を募集しています。
短歌、川柳、他
〒001−0045
北海道札幌市北区麻生町3−2−4−206
獄蟻壇

-------
上記の文書は拡散歓迎。


25. けろりん[152] gq@C64LogvE 2016年1月20日 23:17:36 : WT71dMTeHc : uy6XKbBC6EU[220]
>嘘八百書くなよ
>妄想書くなと言ってるだけだよ

・・・・・・・・・・・・・・・
・・???
議論の場で、結構、品性が無いような、そうでないような・・・
こっちはただただ、キミの論理説明の破綻部分を
説明・指摘しているダケじゃないか?
キミの役割りは、こっちの「嘘八百」や「妄想」部分を
論理的に暴くことだ・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

< 現状の物理数学界が抱える問題点__文脈・背景としてある >

クォークやグルーオン(カラー)の閉じ込めは、格子 QCD による数値シミュレーションによって ほぼ確実であると考えられているが、その理論的な理解は必ずしも十分ではない。QCD の基本要素 であるクォークやグルーオンが単独粒子として現れないことの解析的な意味やその証明は完全には 行われていない。これは数理物理学の問題「Yang-Mills 理論におけるカラー閉じ込め(質量ギャッ プの存在)の証明」の問題として、ポアンカレ予想やリーマン予想などと共に、クレイ数学研究所 が懸賞(100 万ドル)を付けた 21 世紀に残された数学の重要問題の 1 つとして未解決のままとなっ ている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
教科書的『ディラック』方程式・・・・
iℏ×∂t分の∂×ϕ ={-iℏc (αx×∂x分の∂+αy×∂y分の∂ +αz×∂z分の∂+βmc2)}ϕ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・


では、これが何を意味するのか?
・・・の描像はできない。
そこを力づくでするならば・・・
________________________

●「 ディラックの海 ( Dirac sea ) 」
我々は真空には何もないと思っているが、実は無限の数の電子がすでに「 存在 」していると考えるのである。


●反粒子と「 空孔理論 」
元々負電荷が占めていたところに穴が空くのだから、我々はこれを正の電荷を持つ粒子が出現したかのように観測するに違いない。 ディラックはそういう「 反粒子 」と呼ばれる存在があるに違いない、と予言した ( 1928 年)。1932 年、そのような「 反粒子 」が実際に発見されたのである。 宇宙から降り注ぐ放射線の中に、正確に電子と同じ質量を持つ、電子と正反対の電荷の粒子があることが分かり、「 陽電子 ( positron ) 」と名付けられた。


●粒子の生成、消滅
陽電子は今では加速器を使って人工的に大量に作り出すことができる。 十分に高いエネルギーを得て粒子と反粒子がペアで生まれることを「 対生成 」と呼び、粒子と反粒子が一緒になって光を放って消えることを「 対消滅 」と呼ぶ。 これらの現象が事実であることはすでに十分に確認されている。

永遠に不滅だと考えられてきた物質が、真空から新たに生み出されたり、対消滅して光だけを残して消えてしまうことが分かり、物理学は粒子の増減をも理論に取り入れた新しい領域に踏み込む必要が出て来た。

それまで「 真空 」とは何も無い状態を指すのだと漠然と考えられてきたが、そこには粒子を生み出したり消滅させたりする複雑な仕組みが隠されているらしい。 研究の対象が粒子の存在の舞台である時空そのものに向けられるようになってきたのである。


●対称性の自発的破れ__とは、空の探索とも言える。世界中の国家予算を集めながらCELNなどで、宇宙対称性の整合性を求めてヒッグスなどを探しているのは、「 順観 」「 逆観 」の整合性・根拠の証明作業・・・とも言える。
________________________

そこで、まだまだ仮説ではあるが、
般若『 空即是色・色即是空 』
( =クライン・ゴルドン方程式 )の力を借りて、

<空>即是・<我(観察者)>・即是<色>
「 逆観 」も対称性のカラミから可能とするならば、
<色>即是・<我(観察者)>・即是<空>

われわれは、カラーに閉じ込められている
SU(3) 対称性に元付いた基づいたクォークである。
・・・とも言える。

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26. 2016年1月20日 23:25:27 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[972]
>>25
それは場の量子論が出る前の最初期の理論だろ

そのレベルの知識で発言しようというのが逝かれてるんだよ


27. 2016年1月20日 23:30:02 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[973]
「 真空 」というのはエネルギーが一番低い量子状態の事だよ

それ以上の意味は無いよ

ド素人が物理の話に口を挟んでも恥かくだけさ


28. けろりん[153] gq@C64LogvE 2016年1月20日 23:52:42 : WT71dMTeHc : uy6XKbBC6EU[221]


>「 真空 」というのはエネルギーが一番低い量子状態の事だよ
>それ以上の意味は無いよ
>ド素人が物理の話に口を挟んでも恥かくだけさ

”「  真空  」とは何も無い状態を指すのだと漠然と考えられてきた ”
・・・人類史総体の中でのハナシで、 キミ( >27. )のような
あらゆるコトを知り尽くした『 天才( 衒学者? ) 』のことを
指しているワケでは無いので、そうそうカッカ・カッカするんじゃない。
どこかしら・・2ちゃねら〜風味の中川さん。

ココは議論の場じゃ・・ないのか?
ド素人は引っ込むので・・・
これからは、キミが物理学_講座をしてくれ。


宗教問題に詳しそうだから、
肉体が死ぬのは経験上解る・・では、何故
『 魂が死ぬのか?( 内在神問題 ) 』・・・などという
世界宗教問題の、根源的テーマでも良い。

後学のためにワシが二度と恥をかかないためにも、
教えて展開してくれ・・・中川さん。



29. 2016年1月21日 00:21:14 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[974]
魂というのは無意識の総体の事だからね

深層心理学で出て来る心の中のイメージの事だよ

心の深層まで行くと、見えるものは誰でもあまり変わらないから
生きている時も死ぬ時も心の深層のイメージは変化しない

つまり魂は不死だよ


30. 中川隆[1232] koaQ7Jey 2016年1月21日 12:36:30 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[980]

アッラーの女性に対する「慈悲」とは

女性は家の外で仕事をしてはいけない。

女性は男性の店主からモノを買ってはいけない。

女性は勉強してはいけない。

女性は男性の医師から治療を受けてはいけない。

女性は爪を染めたらその指は切断。

女性は大声で笑ってはいけない。

女性はスポーツをしてはいけない。

女性は不倫はもちろん公開処刑だ。不倫を疑われただけでも処刑される。

2016-01-21
アフガンで女性の鼻を削ぎ取る事件とビビ・アイシャのその後
http://www.bllackz.net/blackasia/content/20160120T2218320900.html

またもやアフガニスタンで、女性が夫に鼻を削ぎ落とされるという事件が起きている。被害に遭ったのはレザ・グルという20歳の女性だ。

アフガニスタンではこうした女性への苛烈な暴力が蔓延する国であり、今もまだそうした事件がずっと続いているという現実がある。

タリバン政権は確かに崩壊したが、アフガニスタンの社会風土は何ひとつ変わっていない……。

アフガニスタンという国の中で起きていた狂気

2010年、アメリカの商業誌「TIME」がアフガニスタンの女性暴力を示すひとつの例として、ひとりの女性を表紙に登場させて賛否両論を巻き起こしたことがあった。

とても痛々しい写真で、こうした暴力を見慣れていない人たちに大きなショックを与えた写真だった。

(鼻を削がれたアフガン女性ビビ・アイシャと賛否両論の写真)
http://www.bllackz.net/blackasia/content/20150308T0546450900.html


そのアフガニスタンの女性はビビ・アイシャと言った。彼女もまた今回被害に遭った女性と同じく、暴力を振るう夫に鼻と耳を削がれていたのだった。

世界中の多くの人々は、アフガニスタンのタリバン政権が、極端なまで女性の人権を侵害しているというのは「話には聞いていた」のだが、それがどんな状況だったのかはよく分かっていなかった。

アフガニスタンの女性は頭からベールをかぶって肌を見せてはならないという一般的なことだけは聞かされていたが、せいぜいその程度だと思っていた人も多い。

しかし、タリバン政権が女性に課したのは、そんなレベルではなかった。

女性は家の外で仕事をしてはいけない。男性の店主からモノを買ってはいけない。勉強してはいけない。男性の医師から治療を受けてはいけない。爪を染めたらその指は切断。大声で笑ってはいけない。スポーツをしてはいけない。

不倫はもちろん公開処刑だ。不倫を疑われただけでも処刑される。そうやって殺された女性の映像も残っている。(暴力の地に取り残された。公開処刑されるアフガニスタン女性)

もはやそれは、人々の想像を超えたものだったのだ。そして、アフガニスタンの女性は10代前半で嫁がされ、時にはそこで激しい虐待を受けることも珍しくない。(アフガンの15歳の花嫁。売春を強制されるが拒否して拷問に)

これがアフガニスタンの現状だったが、世界は誰も関心を持たなかった。しかし、2010年8月、鼻を削がれた顔で、じっとこちらを見つめるビビ・アイシャの一枚の写真で、アフガニスタンの女性への暴力がどれほどのものかを人々は悟った。


ビビ・アイシャ。鼻を削がれた顔で、じっとこちらを見つめるビビ・アイシャの一枚の写真で、アフガニスタンの女性への暴力がどれほどのものかを人々は悟った。


いつ暴力が自分に向かってくるのか分からない


タリバン政権が崩壊してアメリカ傀儡の政権が樹立したとは言っても、アフガニスタンの広大な大地には今もタリバンが依然として勢力を保っている

そんな中で、今もアフガニスタンの女性たちはいつ暴力が自分に向かってくるのか分からないような中で生きている。

アフガニスタンではレザ・グルをはじめ、多くの女性が今も凄まじい暴力の被害に遭っている。
http://www.bllackz.net/blackasia/content/20160120T2218320900.html


31. 中川隆[1233] koaQ7Jey 2016年1月21日 12:42:56 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[981]

暴力の地に取り残された。公開処刑されるアフガニスタン女性
http://www.bllackz.net/blackasia/content/20160120T2218320900.html

アフガンの15歳の花嫁。売春を強制されるが拒否して拷問に
http://www.bllackz.com/?m=c&c=20120103T0800000900

イスラムの女性蔑視と女性憎悪の思想は、コーランにも明記されている。

つまり、男が女を支配し、従わない女に懲罰を加えることは、神の命令なのだ。

「アッラーはもともと男と(女)との間には優劣をおつけになったのだし、また(生活に必要な)金は男が出すのだから、この点で男の方が女の上に立つべきもの。

だから貞淑な女は(男にたいして)ひたすら従順に、またアッラーが大切に守って下さる(夫婦間の)秘めごとを他人に知られぬようそっと守ることが肝要。

反抗的になりそうな心配のある女はよく諭し、(それでも駄目なら)寝床に追いやって(こらしめ、それも効かない場合は)打擲を加えるもよい。

だが、それで言うことをきくようなら、それ以上のことをしようとしてはならぬ。アッラーはいと高く、いとも偉大におわします。」(コーラン、4-34)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A9%A6%E4%BA%BA_(%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%B3)#.5B.E3.82.AF.E3.83.AB.E3.82.A2.E3.83.BC.E3.83.B3.C2.A04:34.5D


この教えのどこに「慈しむような慈悲と憐み」があるのだろうか。

アラブ・イスラム世界における「名誉犯罪」は、昔から知る人ぞ知るものであったが、最近はインターネットによって一層広範に知られるようになった。

女もひどい目に遭っているが、こういう「畜生のような」男たちも、ある意味、犠牲者なのかもしれない。

もう一点、重要なことは、イスラムは「全体主義の宗教」だということだ。

異教徒や不信心者、逆らう者は容赦なく殺す。
殺戮の恐怖で従わせるやり方は、まさに「全体主義」。

この「服従状態」を、イスラムは「平和」と称している。
イスラムが「平和の宗教」であるというのは、こういう意味なのだ。

幸いな傾向は、最近、アルジェリア等、北アフリカでは「イスラム離れ」が起きていること。
http://www.asyura2.com/15/kokusai12/msg/153.html#c2
http://www.asyura2.com/13/dispute31/msg/319.html#c4


32. けろりん[155] gq@C64LogvE 2016年1月21日 13:18:50 : WT71dMTeHc : uy6XKbBC6EU[223]

>29.
>つまり魂は不死だよ


「 つまり 」の部分を証明する必要がある。
・・・つまり・・・、
__________

『 魂 』論は、

●心理学ステージからは、
フロイト、その弟子_ユング(文化探求)、マドラー(社会探究)、ライヒ(科学エナジー探求)等々。

●心霊学ステージからは、
スェーデンボルグ、ケーシー、平田篤胤、宮地水位、グルジェフ、ヨガナンダ等インド系列、最近のスピ系諸々等々。

●宗教ステージからは、
『 法華経 』『 無量義経 』『 観普賢菩薩行法経 』いわゆる三部経。
旧約&新約『 聖書 』。
古事記&日本書紀の大元『 先代旧事本記大成経 』。
※古神道は、五元を越えた十種の神宝_いわゆる
「九九の理」をも越えた「十理の宇宙法則」が展開されている。

●哲学ステージ( 精神現象学 )からは、
ヘーゲル以降の一般言語学講義・ソシュール_その継承者_フーコー、デリダ、バルト、ドゥルーズ、丸山圭三郎(解説者)

●経済哲学ステージからは(唯物&唯心を統合させる必要はあるが)、
マルクス・エンゲルス_48巻
※いよいよ資本主義のドン突き崩壊過程がはじまり出し、
次期「 共生ステージ( 疎外労働からの解放 )」へと進む
モードで、本当は、マルエンはこれからが必要になる叡智だな。
下部構造の読み解きだ( 反転させる必要はあるが手法は強力だ )。


上記は、理屈上のハナシで・・・、
探索不可能な魂の本質は、
実際に自分が「 死ぬ体験 」を通してしか掴めない。
それ以外は推論・妄想から出られない
ドコまで行っても単なる ”シッタカ” で終る。


・・・・・・・・・・
最近、興味深いのは、『 臨死 』ではなく、
医学的にも『 死亡中 』の体験をした
木内鶴彦氏のハナシがおもしろいね・・・。
彼は臨死ではなく、死亡体験だ。


●あの世飛行士 未来への心躍るデスサーフィン
– 2014/7/8
●これがあの世飛行士の真骨頂!
臨死体験3回で見た《 2つの未来 》
この世ゲームの楽しみ方と乗り超え方!
– 2015/8/20 木内鶴彦 (著)


・・・・・・・・・・・・・・・
哲学的素養や物理の素養が無ければ
なかなか読み解けないが・・・
●光の箱舟―2013:超時空への旅
ヌース理論とゲージ理論のコラボレーションによって、
「素粒子」と「意識」が重なり合う5次元世界の開示。

●2013:シリウス革命
半田 広宣
ここで興味深い情報は、
釈迦やイエスは覚醒していたワケではない・・・
覚醒は個人に起こるのではなく、人類種として起こる・・
・・・だな。


33. けろりん[156] gq@C64LogvE 2016年1月21日 14:28:21 : WT71dMTeHc : uy6XKbBC6EU[224]

< 宗教問題の根幹 >

数多存在する「 宗の教 」。
そこからの本質的解放が、人類種の進化になっている。
宗の教えではない、カムナガラの道でさえ、
奈良の仏魔が、宗教に改変してしまう・・・。

現状の、伊勢神道や神社本庁のその中身も、
仏教徒のカーストが土台になっている。
カンバン神道・中身階級奴隷制度・・・・・。


__________
宗教妄想や、シンジャ勘違いから、
どれだけ解放されるかが
問われている・・・。


34. 2016年1月21日 14:58:05 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[983]
もう妄想はいいよ

35. けろりん[157] gq@C64LogvE 2016年1月21日 15:21:09 : WT71dMTeHc : uy6XKbBC6EU[225]

人も文化も、< 言語 >が統制している、
下部構造・精神現象問題。


梵語の『 仏教 』が、日本語に翻訳された途端、日本言語経になる。
梵語の『 仏教 』が、中華漢語に翻訳された途端、中華言語経になる。
英語の『 キリスト教 』が、日本語に翻訳された途端、日本言語経になる。
アラブ語の『 回教 』が、日本語に翻訳された途端、日本言語経になる。
日本語の『 神道 』が、英語に翻訳された途端、英言語経になる。

言語によって同じ文面でも解釈も行動規範も変化して来る。
それを、言語的統制という。
同じ文面でも、言語によって似ても似つかないものに変化する。


文化や人は、言語で成立している・・・。
ポストモダン精神現象学の、それが氣付きだ。
言語の数だけ、文化や人種が発生する。


< はじめにコトバ( ロゴス )は神とともにありき >


・・・とは、そういう意味である。
< ひと >の最下部構造は、言語である。
< ひと >とは血肉や肉体特徴のまえにコトバでできている。
< ひと >とは言語でできている。


日本人とはなにか?
「 それは天皇である/三島由起夫 」

それは、違う・・となる。
< 日本人 >とは、日本語である。

__________


36. けろりん[158] gq@C64LogvE 2016年1月21日 15:46:14 : WT71dMTeHc : uy6XKbBC6EU[226]

>神道信者や仏教信者はイスラム教に強制改宗させられるか皆殺しにさせられる。

「 妄想 」から離れて、漏電状態を止めることだ。
でなければ、いつまでも青筋立てて投稿を頑張らなければならなくなる。
もし、回教が日本に入ってくれば、回教風味の「 日本教 」になるので、
皆殺しの無駄なシンパイは無用だ・・・。
「仏教」も「キリスト教」も、日本語圏以外のそれらとは
似ても似つかないものに、変化しているのと同じことだ。


本当の知識、叡智を身に付けなければ
いつまでも、シンドイぞ、という老婆心からの
” おせっかい ”・・だがな・・。



37. けろりん[159] gq@C64LogvE 2016年1月21日 16:05:26 : WT71dMTeHc : uy6XKbBC6EU[227]


最後になるが・・・、
・・・・・・・・・・

『 多神教、一神教、とはなにか? 』問題

そのクニがもし、多言語でまとまっているならば
若干乱暴に言うならば、「 多神教のクニ 」となる。
そのクニがもし、単一言語でまとまっているならば
若干乱暴に言うならば、「 一神教のクニ 」となる。


現象的に種々の事象が噴出していても・・あるいは、
表面的にどう観えていようが、本質的にはそうなる。

「多神教・神道」が敷衍している領土・土地では、
お互いが通じにくい言語環境があった、
・・・というコトになる。
「一神教・神道」が成立した明治時期は、
明治の文豪の役割りで、日本語環境が
整備されていった、土台部分があった・・。

善い悪いは別にしての
これが、文化的・宗教的な
言語解剖学になっている。

_______________
論議にならないので、これまでだ。



38. 2016年1月21日 17:05:25 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[984]
>>37
多神教と一神教について完全に誤解してるよ

ユングの言葉で言えば

多神教はシャドウ、アニマ、アニムス、老賢者のレベルの無意識のイメージ(原型)に出てくる神々

一神教はもう一段深い普遍的無意識のレベルのイメージ(セルフ原型)



39. 中川隆[1236] koaQ7Jey 2016年1月21日 19:28:55 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[988]
>「一神教・神道」が成立した明治時期は、明治の文豪の役割りで、日本語環境が
整備されていった、土台部分があった・・。


これも完全な間違い

日本人がキリスト教の真似をしただけ

日本人が夢に見る神の姿を調べると

明治時代以前はアマテラスオオミカミ
昭和以降はイエス・キリスト

つまり日本人の無意識自体がキリスト教に影響を受けて変わってしまったんだよ

神は無意識のイメージだからね


40. 2016年1月21日 20:30:52 : gqALBXHZ2k : W4lR2kq37r4[50]
ここの

 晴れ間  とか  中川隆

のような、自己の主観だけで他文化を切って捨てる
言い方は不愉快この上ない。

知識をこれだけひけらかしながら
「知性」のカケラも感じられない。


41. 中川隆[1237] koaQ7Jey 2016年1月21日 21:32:33 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[989]
僕はコピペしてるだけだからね

42. 晴れ間[957] kLCC6orU 2016年1月21日 22:59:35 : xni5yVaf3k : Fxfse0RTtHo[79]
>>40

私は信頼できる論者の文献を、しっかりと読み込んでいる。
反論を唱えたいなら、最低でもそのくらいの資料には目を通すべきだ。
無責任なことを唱えている人は、100年とは言わないが、10年はそのくらいの勉強をしたらどう?

阿修羅で無責任で脳天気なことを言ってる人は、結局何も知らないだけ。無知の権化。日本がテロの巣窟になってからでは遅いのよ。ムスリムは「郷に入っては郷に従え」が通用しない人たち。(フランスでは、学校給食でハラル食を出すのは当たり前。最近では、学校の体育の水泳の授業まで、男女別々に行うことを信者の圧力で強いられる自治体も出てきている。そういう教育をやると、男がヴェールを被っていない女に対して、強姦や痴漢行為をするようになる。男女関係がいびつに歪んでしまう。)

なお、私は間接的に、イスラム原理主義勢力に死刑の宣告をされた人や、亡命を余儀なくされた人、親族を殺された人を知っている。先方は著名なインテリや作家やその親族であるが、手紙を書けばきちんと返事をくれる。

阿修羅で、玉石混淆だけど一番正確な情報を集めているのは、中川隆さん。全く「危ない理解」をしているのは、仁王像さん。(仁王像さんは自覚していないけれど、本当に危ない。) 日本人ふうにナイーヴ(ナイフ)なのは、ダイナモ。
それ以外は「知的弱者」。(黙っている人の中には、「専門的な理解」をしている人もいるだろうが、自分殺されるのを恐れて、本当のことを言わないだけ。(イスラムは、思想信条の自由も、表現の自由もない世界。)


最低でも次の本を読んでから、反論すればいい。読みもしないで、いい加減なことを言うな! 少しは他人の親切心を理解しろ!

http://www.amazon.com/God-Who-Hates-Courageous-Inflamed/dp/0312538367/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1453382924&sr=8-1&keywords=wafa+sultan

http://www.amazon.com/Because-They-Hate-Survivor-Islamic/dp/0312358385/ref=sr_1_2?ie=UTF8&qid=1453382924&sr=8-2&keywords=wafa+sultan

http://www.amazon.com/Infidel-Ayaan-Hirsi-Ali/dp/0743289692/ref=pd_sim_14_3?ie=UTF8&dpID=51b6YKbnkjL&dpSrc=sims&preST=_AC_UL160_SR105%2C160_&refRID=0399YVDBX6Q1Q0QRAJTR

http://www.amazon.fr/gp/product/2846211647?keywords=zanaz&qid=1453383813&ref_=sr_1_1&sr=8-1

イスラムは死と殺戮の宗教。ジハードで異教徒や不信心者を殺せば、天国へ行ける。あんたもそうしたいわけ?
宗教というからには、最低でも生命と愛は尊んでほしい。死と憎しみの宗教なんて危険そのもの。イスラムはそういう宗教。

読むのが面倒な人は、YouTube にも講演や討論がアップされているから、まずそれから聞いてみたら?


43. 2016年1月21日 23:33:25 : gqALBXHZ2k : W4lR2kq37r4[52]
>>42

この書き込みそのものが
(その感情的な反応も含めて)
>>40の発言が的を射ていることをありありと表している。

馬脚を現しましたね。
外国語のチープな書籍をいくら読んでも
「知性」は得られない。

「晴れ間」の程度が透けて見えました。
欧米かぶれの「在特会」というところか。


44. 2016年1月22日 00:05:01 : gqALBXHZ2k : W4lR2kq37r4[53]
晴れ間の
>>42のヒステリックなコメントを読むと
欧州でのイスラモフォビアの深刻さがよくわかる。
(おそらく晴れ間は欧州によく渡航するか、そちらにコネクションの
ある人物であろうことは、ここだけでなく他記事のコメントを読んで
よくわかる)
無理もない。
パリの同時多発テロ、一年前のシャルリ・エブド襲撃事件、英国でのテロなどなど…
を考えれば、それが当然の反応だろうと思う。
恐怖にかられた人間はあやつられやすい。

しかし。
日本人まで、一緒になってヒステリックに騒ぎ立てることが
どれほど危険か考えてほしい。
私はIS自体は、バケモノだと思っているし
先日犠牲になった後藤さん、湯川さん、その他の日本人に加えられた
イスラーム過激派の非道を断固糾弾する。

だが。
一部過激な信者が、非道だからといって
世界中の16億人のイスラーム教徒が
晴れ間のいうような死と殺戮の宗教の信奉者と思うほど愚かではない。

忘れてはならないこと。
WWU以前、ユダヤ人たちは差別と迫害の渦中にいた。
(あまり知られていないけれど)彼らもそれにたえかねて
あちこちでテロを起こした。
そして。。。ナチスドイツのホロコーストが幾多のユダヤ人を抹殺した。
ナチスの蛮行がクローズアップされて、かすんでしまっているが
ヨーロッパでユダヤ人を迫害したのはナチスだけではない。
晴れ間よ、それだけ知っているのであれば
ヴィシー政権がユダヤ人にやったことも知っていよう。
ヴィシー政権はほんの一例。
欧州でユダヤ人迫害に手を染めた国は多数ある。

今、欧州の人々は
かつてユダヤ人にやったのと同じことを
イスラーム教徒にやろうとしている。

晴れ間よ。
あなたに最近ネオナチが言ったということばを教えよう。
「ユダヤ人とイスラーム教徒の違いは何か。
 ユダヤ人は経験済みってことさ。
ゾッとするコトバではないか。
あなたはこの連中と歩調を合わせようとしている。


45. 晴れ間[958] kLCC6orU 2016年1月22日 05:11:20 : xni5yVaf3k : Fxfse0RTtHo[80]
>>44
> 一部過激な信者が、非道だからといって
> 世界中の16億人のイスラーム教徒が
> 晴れ間のいうような死と殺戮の宗教の信奉者と思うほど愚かではない。


「愚か」でないというのなら、なぜコーランの文言を否定しない? コーランそのものを否定しない? 異教徒を殺せと命じているのは、コーランだよ。
イスラム教徒は、なぜ宗教改革をしない? (私はその理由を書いてるけれど、読んだ?)

仁王像さんが紹介している小室とかいう怪しげな学者は、アラブ語なんかよく知らなくても適当に祝詞を上げるだけでよい、それほど難しいことではないと、驚くほどミーハーなことを言っている。コーランのアラブ語を知らない大半のイスラム教徒は、意味もわからずに、お祈りのときにコーランの文言を繰り返しているらしい。ところが、コーランのその冒頭部分は、ユダヤ教徒とキリスト教徒への呪いの言葉の繰り返しだという。イスラム教徒は毎日5回の礼拝で、ユダヤ教徒とキリスト教徒を呪っているのだよ。これを何十年も続ければ、どういう人間が生まれる? 異教徒や不信心者なら殺してもいい、という人間になる。言葉の力というのは大きい。「言霊」だよ。


反ユダヤ主義について、私ほど阿修羅でそれを批判してきた者はいまい。陰謀論者というのは、反ユダヤ主義者なんだよ。私が「陰謀論」の怪しさと悪質さに気付いたのは、まず、そこにある反ユダヤ主義イデオロギーだった。

>>44 gqALBXHZ2k : W4lR2kq37r4[53] よ、あんた、一度でも阿修羅で体系的に「陰謀論」を批判したことがあるか? 一貫して陰謀論を批判しているか?
阿修羅で陰謀論を明確に批判しているのは、仁王像さんと私とダイナモだけだよ。
さあ、陰謀論という「現代の反ユダヤ主義」をきっちりと批判してもらおうではないか! やるべきことをやってから、偉そうなことは言えばよい。
あんたのオツムでは、陰謀論が現代の反ユダヤ主義だということすら、分からないんだろう。


イスラム教徒の最終目標は、地上に遍くシャリア支配を実施することだ。イスラム教徒が多く住む国では、いまでも近代法とシャリアが併用されている。あんた、それに対して、どういう態度を採る? あんたも、日本国憲法に代えて、シャリアが支配する国を作りたいのか? 女にヴェールを被せて、ヴェールを被っていない女は強姦してよい、と考えているのか。

あんたからホロコーストだのヴィシーだの教えてもらわなくていい。ナチのために殺されたユダヤ人とその親族には、私は直接出会って、話を聞いたことがある。(そんな人、フランスにはゴロゴロいるよ。) 当事者たちは精神的な後遺症で、長く苦しんでいた。
阿修羅の陰謀論者たちの反ユダヤ主義に、あんたが反論してくれることを期待しているよ。そんな根性、ないだろうが。やってみたら?

元イスラム教徒でさえイスラムを棄教する者がジワジワと増えているこのご時世に、イスラムを擁護する日本人がいるとは、何という皮肉だろうか。あんたももうムスリムになったの? 入信を考えている? 一度ムスリムになったら、棄教や背教は「死罪」だよ! 改宗は慎重に! すでにムスリムになった人は、ポジショントークを一生続けてゆく。ポジショントークを真に受けないこと!

私が挙げている本の著者たちの多くは、イスラム教徒の家庭育ちで、その後棄教した人たちだ。例によって「殺す!」と脅迫されている。命をかけた闘いなんだよ。
あんたみたいな「日和見その他大勢」には理解できないだろうが。

あんた、「抑圧された元被植民地の人々」に「連帯」してるつもりなの? 連帯の方法や形には色々ある。抑圧の構造を永続化させる方向での連帯と、抑圧そのものを覆すような連帯だ。あんたは前者だね。それ、何かポジティヴな意味あるの? 私から見れば、有害無益だよ。



46. けろりん[161] gq@C64LogvE 2016年1月22日 15:07:46 : WT71dMTeHc : uy6XKbBC6EU[229]
>多神教と一神教について完全に誤解してるよ
>ユングの言葉で言えば
>多神教はシャドウ、アニマ、アニムス、老賢者のレベルの無意識のイメージ(原型)に出てくる神々
>一神教はもう一段深い普遍的無意識のレベルのイメージ(セルフ原型)
>これも完全な間違い
>日本人がキリスト教の真似をしただけ
>日本人が夢に見る神の姿を調べると
>明治時代以前はアマテラスオオミカミ
>昭和以降はイエス・キリスト
>つまり日本人の無意識自体がキリスト教に影響を受けて変わってしまったんだよ
>神は無意識のイメージだからね

>日本人がキリスト教の真似をしただけ

なにゆえ、真似が出来たのか・・・???
その精神現象の根底にあるのが< 言語統制=いわゆる言霊 >
だという意味が読み解けんのだろうな?
衒学評論家・妄想種族の連中には・・・?
ユング大センセだけが、たよりの机上空想評論家『 我こそは 』種族。
想念世界の夢にしたところで・・・


>明治時代以前はアマテラスオオミカミ
>昭和以降はイエス・キリスト

機械論的にそうなっているワケではない。
ネット・スピリっちゃる世界では
アマテラスと西洋天使&イエスが混在しているのが実情だ。


子供っぽい中途半端な思い込みは、笑われるダケだぞ・・・中川さん。
それこそ、「 精神世界の専門家も見ているんだ 」になる。

__________
宗教妄想や、シンジャ勘違いから、
どれだけ解放されるかが
問われている・・・。

大筋で言えば、『 人類種の宗教からの解放 』が
いま、問われているんだ。


●イスラム教を解剖するなら
●ユダヤ教
●キリスト教
●仏教
●ヒンドゥー教
●儒教
●神道

これら全部を同時並列的に批判解剖して行かなければ意味が無いんだ。
同時多発テロならぬ__同時多発解剖だ。

___________________

それよりも、机上空論問題から離れて
「 抑圧された元被植民地の人々 」に寄り添うとは、
『 自分自身に寄り添う 』・・・になる。

遠い、赤い靴を履いて連れて行かれた他国・他所さまのクニのことより
足元の自分自身と自国の問題で、いま何が起こっているんだ・・・?


『 被植民地の人々 』とは、
『 自分自身のコトだった 』・・・・
・・の自覚がないのか?
資産10億以上もあって、
うふぁうふぁ生活できていれば
また、別だがな・・・。


「 連帯 」してるつもりなの?・・・などと言っても
公安とやり取りした、経験すら・・無いだろ???
ネット妄想住民は・・・。


47. けろりん[162] gq@C64LogvE 2016年1月22日 15:48:38 : WT71dMTeHc : uy6XKbBC6EU[230]

< 僕はコピペしているだけ >


_______________
いま、一番問題になっているのが、”まるコメ味噌” 問題。
権威ある対象に寄っかかりながら< 自説 >が薄弱。
「 権威ある対象 」だけが、その拠り所・居住区。
それを、宗教的・権威主義精神構造__となる。

リアル現実世界と、読み解きの、接合点が余りにも乖離しているが故に
妄想・信仰_状態になっているコトすら、自覚できない。
ゆえに、あたかも、宗教・原理主義者とソックリな行動思考様式に陥る。

よって、
・・・基本的な「 読解力 」や「 行間を読む 」などという
最も重要な能力が、どこかしら欠落したままで、子供っぽい反応を繰り返す。


自覚が無いんだよ、自覚が・・・・
それは、リアル現実世界で
その者の「 社会的・生業 」に顕われているハズだ・・・。
マルクスの「下部構造が上部構造を支配している」という構造だ。

「 抑圧された元被植民地の人々 」に寄り添う???
結構、聞こえのいいことを開陳してはいるが・・・
●普段、どんなシゴトをしているんだ?
●過去に、どんな実績があるんだ?
●現状、どこで何をしているんだ?

・・・こそが最も重要になる。



48. 2016年1月22日 16:01:47 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[998]
>>47
ド素人の妄想はキチガイ病院の担当医に聞いてもらえよ

49. けろりん[163] gq@C64LogvE 2016年1月22日 17:07:26 : WT71dMTeHc : uy6XKbBC6EU[231]

『 ド素人の妄想はキチガイ病院の担当医に聞いてもらえよ 』

どこかしら、低脳2ちゃねらーそのまんま・・だな?
声を出して読んで見れば、それがよく解るハズだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『 ド素人の妄想はキチガイ病院の担当医に聞いてもらえよ/ >48. 』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


品性のカケラすら無い。



50. 2016年1月22日 17:15:47 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[999]
阿修羅はアホばかりだけど、2ちゃんはインテリが多いからな

51. 2016年2月02日 15:37:07 : q931E3NW4E : Xao0gDyXwoc[2]
宗教はどれかひとつでは完成しないと思われる。
それぞれが欠けたものを補う関係が望ましいと思える。

ひとつだけでいいというのは信者にとって信仰心にかかわるところなのだろうが、
それならば他方を論ずることなく、また、他方を批判することせず、
熱心に各々成すべきところを成せばいい。
そうすれば互いに円満だろう。

宗教論争は財産相続を争う兄弟げんかのようなものだといつも思っている。
よって宗教論争はそれぞれの名声を地に落とすものだ。


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