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秋篠宮文仁  僕の父親は一体誰なんでしょう? 皆さんも一緒に探してください
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/109.html
投稿者 中川隆 日時 2018 年 12 月 22 日 10:15:55: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: 日本人と日本古来の文化を滅ぼそうとしているクリスチャンでグローバリストの天皇一族 _ 天皇は何人で何処から来たのか? 投稿者 中川隆 日時 2018 年 12 月 18 日 15:33:49)


世間の噂

秋篠宮文仁  

みなさんこんにちは 

もう皆さんお気づきでしょうが、僕は今上天皇の息子ではありません
(顔立ちを見てもらえば一目瞭然だと思います)

その事で、父や兄や妹から随分ひどい虐めを受けました。
僕の父親は一体誰なんでしょう?(母は頑として口を割りません)
皆さんも一緒に探してください


_____


世間の噂

「万世一系」  秋篠宮様の種は誰ですか?  美智子妃殿下様
https://www.youtube.com/watch?v=E4g5y1qq4Tw

[不倫]の美智子 「日本の皇室はイイカゲン」
https://www.youtube.com/watch?v=B1EbVre0prI

美智子の不倫  33333    美智子妃殿下
https://www.youtube.com/watch?v=0UikfbuWxg8

美智子妃殿下の「不倫と出産」
https://www.youtube.com/watch?v=pR7JHtPkKfk

美智子のおもてな し「趣味と実益」
https://www.youtube.com/watch?v=nYs_iBmyL6s

美智子皇后様の「不倫・出産・悪事・電動こけし事件」
https://www.youtube.com/watch?v=k_bXPvuWGzQ

80歳まで14年間侍従長を務めた「入江侍従長」
https://www.youtube.com/watch?v=MUqRHN9KV6k

「侍従長と美智子妃殿下」と どっちから誘ったの?
https://www.youtube.com/watch?v=jfLWtOZEj7w


秋篠宮 (文仁) 殿下が、天皇実子でないという噂は、関係各位に根強く伝承されている。

噂の出所は、天皇一族の警護、護衛を主務とする皇宮警察。 皇宮警察と言えば、警察官の中でも選りすぐりの良血者で構成されている機関だが、良血と言っても所詮は田吾作集団。

酒が入れば、口も軽くなり、同期生が集まれば、ここだけの話が、あっちこっちで交わされるのである。

「ここだけの話だが、秋篠宮が、天皇の本当の子供でないってこと、お前知ってるか?」 ここだけの話の一つが、それである。

それが酒席の冗談で終わらなかったのは、それなりのバックボーンがあるからだ。

遡ること四十数年、昭和天皇の后や、后の取り巻き女官たちから陰湿なイジメを受けた美智子妃殿下 (当時) は、精神に深いダメージを受け、那須の御用邸で一人寂しい静養生活を送っていた。


生まれついての貴種である前の皇后にとって、平民出身の美智子妃殿下の一挙一動作がしゃくの種。 子供 (浩宮) の育て方に始まって、手袋の持ち方一つにもアヤをつけたのである。

悩み多き貴婦人の警護を担当していたのが、若き偉丈夫の皇宮警察官。 深い同情が恋情に変わり、いつしか二人は恋に落ちたというのが、まことしやかな警察物語である。

そして、皇太子 (当時) と没交渉の筈の妃殿下に、懐妊のニュースが流れることになる。 

道ならぬ恋の噂は、宮内庁首脳にも届いている。 だからと言って、出産を止める手だてなどあろう筈もない。 そこで代々の宮内庁長官に、一つの言葉が引き継がれることになった。 

「皇位継承者は浩宮の血脈から ・・・」 と、である。

秋篠宮 (文仁) 殿下は成長するにつれ、天皇一族とは明らかに異なる特徴を見せつける。 体型、思想、行動の全てである。 皇太子や、黒田清子さんが、一目で陛下のお子さんだと分かるのに比べ、秋篠宮の体型は似ても似つかぬものがある。


それよりも何よりも、ナマズの研究にかこつけて、タイ女性にうつつを抜かしたり、祖父である昭和天皇の喪が明けぬ内に結婚を決行するといった傍若無人の精神性を露出する。 挙げ句の果てには、兄である皇位継承一位の皇太子を、公然と批判したりするのである。

「文仁殿下は、血の秘密を知っているに違いない」 の呟きが宮内庁首脳から洩れる。

そうとしか理解できぬ異常行動が多すぎるのである。

菊のカーテンの奥に潜む機密事項が、小泉総理にもたらされたのは、今から一年以上も前になる。

雅子妃殿下の病状が思わしくないこと。 おそらく、お子さんは愛子内親王お一人でありましょう。

「だからこそ、皇室典範を改訂し女性天皇、女系天皇への道筋をつけて戴きたいのです」 さもないと、神武天皇以来続いた万系一世の貴種は、今世をもって終焉するかも知れません。万が一にも秋篠宮家に第三子が誕生し、それが男子であったなら ・・・・・・・

流石の小泉も、菊の秘事を耳にして腰を抜かさんばかりに驚いたという。


当時は、郵政政局真っ盛りの頃、政局に破れ退陣するようなことにでもなれば、郵政もさることながら、皇室が大変なことになるのである。

結果、総選挙に大勝し、郵政を片づけた小泉内閣は、早速大事案である皇室典範の改訂に取りかかる。 平沼赳夫のように、小泉憎しで反対音頭を歌うのはどうでも良い。 何としてでも片を付けてみせると決意を固めた矢先である。

秋篠宮紀子妃殿下が十一年ぶりに懐妊したとのニュースが日本全土に配信される。 長兄に男子が出来ぬなら、作って見せようの気構えかどうかは別にして、皇室典範事案の帰趨が大問題になっている矢先の懐妊である。

このことが万々歳でないことは、美智子皇后が突然体調を崩されたことからも察することが出来る。

馬鹿なマスコミは、目出度さ一色の報道を繰り返すが、目刺しの頭も信心からと言う事態になるやも知れないのである。

日本には、触れれば血が出る、死人が出ると言われる世界が三つあった。 同和、総連、それに菊の紋所である。 特に菊は、タブー中のタブー、同和・総連が小泉改革で崩壊しても、菊に関しては批判めいたことが何一つ言えないという風潮がまかり通っている。

だから今回は、署名投稿で秘中の秘、禁断のエリアに踏み込んでみた。 その場を与えてくれた、論談編集者に礼を言いたい。
http://www.rondan.co.jp/html/mail/0602/060208-3.html




▲△▽▼


DNA鑑定すれば血縁関係はすぐにわかるのですが、何故か天皇家とその親戚縁者の DNA は公開が厳禁されていて、天皇家の系譜の真偽を検証できない体制になっています。

●日本人Y-DNAハプログループ比率 (2013 徳島大 佐藤等 サンプル数2390)

D1b--32% : 縄文人、漢民族と混血していなければ二重瞼

O1b2-32%(旧表記O2b): 弥生人、漢民族と混血していなければ二重瞼

O2---20%(旧表記O3) : 漢民族、縄文人・弥生人と混血していなければ一重瞼

C2----6% : 縄文人、漢民族と混血していなければ二重瞼

C1----5% : 縄文人、漢民族と混血していなければ二重瞼

O1b1--1%(旧表記O2a): 弥生人、漢民族と混血していなければ二重瞼

O1a---1% : 弥生人、漢民族と混血していなければ二重瞼

N1----1%

D1a,Q1--1%未満

▲△▽▼


自分のハプロタイプが調べられる機関
https://genographic.nationalgeographic.com/
https://www.familytreedna.com/
https://www.23andme.com/

最新ツリー -ISOGG、YFull
https://isogg.org/tree/
https://www.yfull.com/tree/

▲△▽▼


西暦200年代に朝鮮半島から日本に移動したグループと判定されました
日本人に多くいそうだね☆

2018年02月25日 Home DNA
http://blog.livedoor.jp/mukamikami000/


Home DNAという祖先解析サービスを見つけたので
早速使ってみました。
https://homedna.com/

他の業者で得られたraw dataをアップロードすると
有料(39US$)で解析してくれるプランもあったため
まずは昨年得られたFamilyTreeDNAでのデータを
ダウンロード、拡張子[.csv.gz]のファイルを保存してから
Home DNAのサイトにアップロード、同時に料金を支払います。
数時間後に、以下の結果が報告されました。

map01

遺伝子多型を解析し、割合の多い3種の人種を提示してくれます。

私の場合

1.オーストロネシア・オセアニア
2.オーストロネシア・東南アジア
3.中央アメリカ

の順でした。この分類はHomeDNA独特のもののようですが
他社データを使って即時に結果がわかるのは便利です。
ほかにも23andme、AncestryDNAやNationalGeographicのデータも受け付けています。
(今後、気が向いたらこれらのデータも解析依頼してみます)
map02
また、上図のように地域上で移動した経路も推測してくれます。
私の場合、西暦200年代に朝鮮半島から日本に移動したグループ
と判定されました。
このバリエーションがどれだけ用意されているかはわかりません。


当然、Home DNAに直接DNAサンプルを送付して解析してもらった場合は
異なる結果が得られる可能性もあるため、通常のサンプル回収キットも
注文しました。
Asian editionなるアジア人集団に特化したと思われるサービスもあったので
ついでに申し込みました。
キットが届き次第再度報告します。

Asian editionは他社にはないユニークなサービスです。
遺伝子解析をするアジア人も多くなった結果でしょうか。
African editionもあるのでアフリカ系のひとたちもこれまでのような
ざっくりとした解析結果にがっかりすることはなくなるかもしれません。

Home DNAではスキンケアなどの健康情報にかかわる遺伝子解析も
提供しているそうなので興味がある方は試してみても
よいかもしれません。
http://blog.livedoor.jp/mukamikami000/


アジア人に特化したサービス
https://homedna.com/product/gps-origins-ancestry-test-asian-edition
 

  拍手はせず、拍手一覧を見る

コメント
1. 中川隆[-13558] koaQ7Jey 2018年12月22日 20:16:15 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22207] 報告

プレゼントとして人気のDNA検査 母親の思わぬ秘密が - BBCニュース 動画
https://www.bbc.com/japanese/video-46643498

2018年12月21日

自宅でできる遺伝子検査がこのところ、プレゼントとして人気だ。
自分のDNAから家系図をたどることができるが、時には意外な結果が明らかになる。

米ニューヨーク州に住むロビン・クライストさんは、検査によって、自分の両親について思いもよらなかったことを知らされた。

(ビデオ製作:アンジェリカ・M・カサス プロデューサー:コリーン・ハガティー、カシェ・マクレイ)

2. 中川隆[-13555] koaQ7Jey 2018年12月22日 22:10:50 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22207] 報告

◆遺伝子検査サービスを購入しようか迷っている人のためのチェックリスト10か条(東京大学医科学研究所研究員作成)
http://www.pubpoli-imsut.jp/pdfs/00018.pdf?9c69aac5ba823e5ac39e1efd4540f039

◆遺伝子検査を受ける前に見て欲しいスレ(上記リンクの解説)
https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read_archive.cgi/study/13158/1545387519/l50


遺伝子検査を受ける前に読んで欲しい注意点の紹介と多少の私見を書いておきました。

掲示板トップページにもリンクを貼っておいたので遺伝子検査興味あるけどまだ受けていないという方はぜひお読みください。

トップページリンク https://jbbs.shitaraba.net/study/13158/

3. 中川隆[-13503] koaQ7Jey 2018年12月24日 09:08:52 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22207] 報告

関連投稿


語られ始めた皇太子「退位論」は説得力があるか・・天皇家の障害児をあげるのよ。おほほほほほ
http://www.asyura2.com/12/social9/msg/352.html

現代顔面考 美男美女は天然? _ 極端なブスや美人は近親相姦で生まれる
http://www.asyura2.com/09/dispute30/msg/833.html

被差別部落出身の有名人は?_ 氏姓制度は日本のカースト制
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak45/msg/860.html

日本を支配する漢民族は収奪と悪徳の限りを尽くした
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/850.html

皇室に伝わる秘儀
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/851.html

4. 中川隆[-13492] koaQ7Jey 2018年12月24日 15:05:54 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22207] 報告

【馬渕睦夫】天皇陛下御退位 国民が知らない本当の理由!! - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=Ka9dGRk-gpA&app=desktop

2018/08/12 に公開

5. 中川隆[-13434] koaQ7Jey 2018年12月26日 17:05:00 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22207] 報告

1名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/15(土) 09:20:10.46ID:e0IiCTsh

自分のハプロタイプが調べられる機関
https://genographic.nationalgeographic.com/
https://www.familytreedna.com/
https://www.23andme.com/

最新ツリー -ISOGG、YFull
https://isogg.org/tree/
https://www.yfull.com/tree/

82名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/26(水) 15:44:00.63ID:UkthMLb2>>83

父方の祖先をたどりたいのだが、
ハプロタイプを調べるのが一番どこがおすすめなのだろうか?
>>1だと自分のはプロタイプが調べられる機関があるがどれも英語なのでためらってる

83名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/26(水) 15:49:20.42ID:MmIPiLIX
>>82
みんな英語だよ
誰かのブログを参考にするか
機械翻訳でなんとかするか

ハプログループを語るスレ
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/study/13158/1544861532/

で管理人さんに頼むか

だな

84名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/26(水) 15:58:33.80ID:UkthMLb2
>>83
日本語の遺伝子検査キットとかあるじゃん?あれでYハプログループわかるやつ。
あれってどうなの?


85名無しさん@お腹いっぱい。2018/12/26(水) 16:01:45.77ID:MmIPiLIX
>>84
DとかOとか大雑把なグループで納得するなら日本のGenesis2.0
現状知られている末端まで詳しく知りたいなら米国のFTDNA
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/geo/1544833210/l50

6. 中川隆[-13397] koaQ7Jey 2018年12月27日 21:36:01 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22210] 報告

皇室関係の噂は皇位継承に絡んでいるので嘘やデマが多いですね。
もし事実だったとしても、宮内庁が必死に揉み消し工作をするので、真偽の判定が難しいのです。


▲△▽▼


皇室に関する嘘やデマの有名な例


メディアが触れない「天皇家」の闇。
「皇太子徳仁親王」と「秋篠宮文仁親王」は「平成天皇」の子供ではありません。
Posted on 2018年6月23日

今回はいろいろとうわさの絶えない天皇家について書こうと思います。

ネット上で調べ物をしていますと、天皇家についての情報があふれています。

「天皇」は「悪魔崇拝者」である。

この衝撃的な事実が「RAPT BLOG」によって暴露されて以降、「天皇」は悪人だという認識がますます高まっていきました。

そしてついには「生前退位」まですることとなりました。


○RAPT BLOG-天皇がどこからどう見ても悪魔崇拝者であるという証拠。


○RAPT BLOG-天皇が行う「大嘗祭」はまさに悪魔崇拝そのものです。


○RAPT BLOG-天皇家が悪魔崇拝に関わっているとしか思えない幾つかの理由。

生前退位に伴い、今後の「天皇家」では跡継ぎなどの問題が山積しています。

その中でタイトルに書いたような「皇族」たちのいろいろなうわさがネット上に流れています。

一般庶民からすると、とてもおどろくようなことです。

実子としておおやけに登場している「皇族」がまさかの「他人」だなんて。

調べを進めていくうちに、かれらにとってはそのような一般的な感覚が欠如するしかない世界で生きていることがわかりました。

昔から日本の「貴族社会」では「一夫多妻制」があたりまえでした。

「天皇家」の「一夫多妻制度(女官制度)」は、なんと「昭和天皇」が廃止するまでつづきました。

そのため、「天皇」は正妻とは別の女性、「女官」たちと性的な関係を持つのがあたりまえだったのです。

世の中では性の乱れが激しくなっていますが、「天皇家」先祖代々乱れているのがあたりまえだったようです。

——————————————————-(以下転載)

明治天皇も大正天皇も正妻の子ではない
http://www.asyura2.com/0403/bd35/msg/773.html


明治・大正天皇には正妻のほかに側室がいた

◆ミカドと女官 菊のカーテンの向こう側 小田部雄次

http://www.netpro.ne.jp/~takumi-m/book/258-mikado_jokan.htm(リンク切れ)

皇室典範の第1条に、「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」と、うたわれているので、天皇の血族の男性しか天皇になれない。天皇制は前近代のものだから、現代社会にはなじまない。

近代社会に天皇家を生き延びさせるために、1夫1婦制を取り入れて、側室制度を廃止した。しかし、そのツケは大きく残っている。昭和天皇だった裕仁が側室制度を廃止したことは、もっと注目されて良い。

裕仁の戦争責任が、あるとかないとか云々される。

もちろん彼に責任があったのは当然で、軍部に踊らされたというのは、天皇家を存続させるための責任逃れである。

彼は日本国の裕仁ではなく、天皇家の裕仁だったから、太平洋戦争に負けたときの最大の関心事は、わが国の存立ではなく、天皇家の存続だったろう。

何もできない天皇を装っているが、裕仁は皇室制度をさかんにいじっている。

女官についても、周囲の反対を押し切って、制度改革を行っている。

女官とは、天皇家の女中さんではない。天皇のセックスの相手のことである。

 明治天皇や大正天皇には、多くのセックス相手がいた。

建前上は、ある位以上の女官しか、セックスに誘ってはいけなかったが、女性の色香に迷うには男の常である。

しかも、子供を産ませることが奨励されていれば、天皇たちは気軽に女性に手をだした。

明治天皇も大正天皇も、正妻の子供ではない。

明治天皇と一条美子の結婚には法的規定はなく、美子が入内して「女御宣下」(天皇の寝所に侍する高位の女官であるという内輪の命令)があったのみであった。

今日「古式ゆかしい」と伝えられる賢所大前での神前結婚の定式は嘉仁親王(=大正天皇)と節子の結婚以後に定まったものである。

皇室婚嫁令のみならず、近代天皇制を支えた法令の多くは明治以後に制定されたものである。P69

明治以降、天皇制を確立するために、さまざまな手段が講じられた。

とりわけ皇位の継承には、細心の注意がはらわれた。

それが側室制度で、天皇たちは多くの女性とセックスをし、多くの子供を出産させた。しかし、その多くは小さいときに死んでしまい、なかなか育たなかった。

ちなみに、昭和天皇の裕仁は、正妻・節子の子供であるが、節子は16歳で裕仁を出産している。

つまり、大正天皇は15歳の節子とセックスをした。

15歳とは、今日の中学3年生である。中学生のセックスを、世の親たちは奨励するだろうか。天皇にとってはセックスが可能なら、相手の年齢など、どうでもよかった。

天皇と肉体関係をもったことにより、女官の発言力が高まり、隠然とした権力を手にすることもあった。

また、天皇の生母であれば、発言力もました。大正天皇の母親である柳原愛子は、大きな影響力を持ったらしいし、「魔女」といわれた今城誼子は、裕仁の妻=良子をつうじて、さまざまに影響力を行使したという。
女官は、おおくが華族の娘から選ばれたが、例外もいた。

華族出身ではない女官で異色なのは、岸田俊子と下田歌子であろう。

俊子と歌子は近代の女官のなかでも特異な存在であったが、俊子と歌子の女官辞任後の生き方はまったく対照的であった。P78

大正天皇の正妻だった節子は、裕仁、雍仁(秩父宮)、宣仁(高松宮)、祟仁(三笠宮)をつぎつぎと出産した。

多くは成人まで育たないのであるが、4人とも無事に成人した。

大正天皇は、病弱だったことも手伝って、節子以外の女性とのあいだには、子供を残さなかった。

そうした事実を受けて、昭和天皇である裕仁は、側室制度を廃止した。

女官がセックスの相手をしなければ、彼女たちは住み込みの必要がない。

裕仁は1夫1婦制をとると同時に、宮内大臣だった牧野伸顕の反対にもかかわらず、女官を住み込みから通勤制に変えた。つぎつぎと宮中の改革を進めた裕仁が、国政にだけ無関心だったとは思えない。

おそらく軍部の動向も、きちんと掌握していたに違いない。

それは2.26事件の時の、彼の発言を見てもわかる。

天皇のセックス相手以外にも、女官は必要だった。

それは乳人とよばれる女性、つまり人工栄養のなかった時代、授乳をする女性である。

当時(=昭和初期)、軍部や右翼が政治的に台頭し、牧野や一木ら天皇機関説派とよばれる宮中側近を攻撃する動きが強まっていた。

なかでも、平沼騏一郎枢密院副議長は宮中側近の地位を狙っていたが、その右翼的な傾向が元老西園寺らに忌避されており、平沼は現職の宮中側近を攻撃することでその野望を遂げようとしていた。

こうした政治的策謀の渦に乳人選定が巻き込まれたといえる。P184

選挙以外で選ばれた者を、政治権力の座につけることは、決して良いことはない。

どんなに名君であろうとも、身分制の害悪からは逃れられない。

血統にもとづく天皇制は、悪い制度である。またそこに使える女官たちにも、彼女たちの人生に悪い影響しか残さない。

天皇制は、近代的な制度にはなりえない。たとえ男の子が産まれても、時代遅れの天皇制は呻吟を続けるであろう。(2002.12.13)
http://www.asyura2.com/0403/bd35/msg/773.html

——————————————————-(転載ここまで)

なんと「明治天皇」も「大正天皇」も正妻の子ではないのです。

そして「大正天皇」は中学生と同年代の「正妻」と性的関係を持っています。

現代では考えられませんし、立派な犯罪です。

このような「天皇家」のタブーをテーマに映画を作っている映画監督もいるようです。


○渡辺文樹-Wikipedia

——————————————————-(以下こちらから転載)


今朝発売の日本一汚れた週刊新潮に渡辺監督へのインタビューが掲載されてた。

新潮に取り上げられたということは、いよいよ大騒動に発展なのか?

『天皇伝説』は天皇家の血を巡る物語です。

オレは10年以上前から、万世一系とは言うものの、実は天皇家は血がつながっていないのではないかと思っていました。

それを確かめるべく旧皇族などに話を聞いてみたところ、やはり天皇家の血筋は続いてきたわけではない、という確信を得たのです。

映画の組み立てとしてはあくまでもフィクションという形を取り、アクションシーンなどの娯楽要素も盛り込んでいます。

映画のあらすじ

主人公の渡辺は米軍で働いた経験のある男。内縁の妻を殺したとの濡れ衣を着せられて逮捕される。

渡辺は脱獄し、無実を証明すべく、事件の真相を追究。

そしてM資金と呼ばれる秘密資金の存在を突き止めた渡辺はそのルーツを探るため、天皇家の血脈の謎に迫る……

天皇家の問題は、映画の中で渡辺が明らかにした事実という形で挿入されています。

その事実とはまず、明治天皇が16歳の時に別人にすり替えられていること。出来が悪かったため、騎兵隊の幼年兵として活躍していた大室寅之祐という青年と取り替えられてしまったのです。

オレは寅之祐の生家周辺で聞き込みを行った。そして、子孫にあたるおばあさんから、寅之祐が幼少期に明治天皇になったと聞いたのです。おばあさんから唾液をもらってDNA鑑定したんですが、今の皇族のDNA配列に非常に似ていることが明らかになりました。

大正天皇の4人の子は皆、貞明皇后の不倫の末に生まれた子です。

まず、昭和天皇は貞明皇后と、西園寺公望の養子である毛利八郎との間に生まれた子。

秩父宮、高松宮の父親が誰なのかは分かりませんが、大正天皇でないことは間違いない。

三笠宮の父親はDNAで調べると、中川宮の第5皇子である多嘉王です。

昭和天皇もまた子種がありませんでした。

平成天皇の父親は、三笠宮です。また、秋篠宮も平成天皇の子供ではありません。

美智子皇后と入江相政・元侍従長の間の子なのです。

つまり、秋篠宮には皇室の血は一切入っていないのです。

渡辺監督が饒舌に話すトンデモ内容であるが、もしホントウなら一部のトンデモ保守の間で騒がれている「悠仁」さまを天皇にすることで男系天皇の伝統を守る、というのは跡形もなく崩れ去る。

なんせ秋篠宮家には皇室の血が一滴も入っていないのだから……。

また毛利八郎については、こんなの見つけた↓

鬼塚英昭は、昭和天皇の実父は西園寺八郎であるとする(母はもちろん貞明皇后)。

ゾルゲ事件の尾崎秀実に情報を流していた西園寺公一は八郎の息子である。西園寺八郎は、もと毛利八郎で、西園寺公望の娘・新と結婚し婿入りした。大正天皇と同級。

もし、西園寺八郎が昭和天皇の実父だとすれば(わたしは確信しているが)、ゾルゲ事件で政府の秘密書類を盗み出し、尾崎秀実に渡していた公一と昭和天皇の父親は同じである。

すなわち、秩父宮、高松宮、三笠宮よりは皇統に近い兄弟となる。(同前p423)

——————————————————-(転載ここまで)

この人物は「一水会」の「鈴木邦男」ともかかわりがあるため、あやしげな人物ではありますが、このような映画の題材にまでなってしまうほど「皇室」の闇はスキャンダラスで深いです。

上記の「インタビュー」内で語られていますが、「秋篠宮文仁親王」には一滴も「皇族」の血が入っていないといううわさが流れています。

このような情報が流れるのは、「皇太子」と「秋篠宮」の争いゆえだと考えられます。

以下のような報道もよく目にするようになりました。


○眞子さま「婚約延期」で「皇太子vs秋篠宮」代理戦争(1)「母親だけの問題じゃない」


○眞子さま「婚約延期」で「皇太子vs秋篠宮」代理戦争(2)「得体が知れない」との声も


○眞子さま「婚約延期」で「皇太子vs秋篠宮」代理戦争(3)お相手の醜聞を広める理由

たがいに「工作員」を利用して悪口やスキャンダルを垂れ流している状態です。

読むだけで心がすさみそうなひどい悪口もたくさん書かれています。

以下のような系図も掲載されていました。

この系図によると「皇太子」さえも「平成天皇」と「美智子皇后」の実子ではないということがわかります。

——————————————————-(以下こちらから転載)

島原出身と云う女性店主が【和田迪子ミチコを検索してご覧?】と云う、徳川に殲滅された島原の乱、明治維新で徳川が殲滅されたと思っていたが、天皇家に根強く張り巡らされて健在な江戸時代のネットワーク、その強さに驚愕した、と言う。

明治維新後の天皇家が、徳川家、前田家、冷泉家などの系譜だとわかった。

浩宮➡︎徳川恒孝(嫡流)と和田迪子(前田家の血筋)

秋篠宮➡︎入江侍従長(冷泉家)と美智子妃

正田家は江戸時代徳川家の墓守(満徳寺)、美智子妃の母親は多久聖廟の娘

浩宮の娘【愛子】➡︎浩宮の種を清朝の康熙帝の血筋を引く女性に(雅子妃無関係)

万世一系では無さそうだ

——————————————————-(転載ここまで)

じっさいにいくつもの画像を見くらべてみたのですが、「皇族」それぞれに「影武者」が存在するようですので、もはやだれが本物なのかわからない状態です。


○皇太子の影武者@@徳仁親王の影武者疑惑、皇太子は少なくとも4人いる

それぞれが権力者の血筋の子供たちで、養子というかたちで「天皇家」に入り込み、その家の権力を保持しているのです。

皇太子の父親とうわさされている「徳川恒孝」は「徳川家」の当主です。


◯徳川恒孝ーWikipedia

「養子」や「影武者」という話まででてくるなら、「天皇家」は「家族」ではなく、うそで塗りかためられたただの「権力の集合体」です。

国民の税金をむさぼっている「日本の象徴」が「嘘で塗り固められた集団」というのは何ともゆるしがたいことです。

「RAPT BLOG」をとおして、日本の「イルミナティ」たちは「養子縁組」を繰り返し、戸籍上は家族だとしても、じつは血のつながりがない、というひとたちがたくさん存在することを知りました。

幼少期に養子に出されて、さらに結婚時に婿養子となり、2回も苗字が変わっているひともよく発見します。

そのため「○○は○○の子供ではない!」ということが一般庶民にとってはおどろくようなことでも、かれら「イルミナティ」にとってはごくふつうのことなのです。

実子ではなく、妾の子、という情報がふつうに出てきます。

しかし世の中にその事実が出まわれば、その風習が一変して「スキャンダル」となるのです。

そのような情報をたがいに暴露しては蹴落としあっているのです。

そんな争いのさなかにいる「秋篠宮文仁親王」の本当の父親は皇室の「侍従長」をつとめた「入江相政」という人物です。


<入江相政>

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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A5%E6%B1%9F%E7%9B%B8%E6%94%BF

入江 相政(いりえ すけまさ、1905年(明治38年)6月29日 – 1985年(昭和60年)9月29日)は、日本の官僚、歌人・随筆家である。

昭和天皇の侍従・侍従長を長く務めた。

従二位勲一等旭日大綬章、勲一等瑞宝章、紺綬褒章・賞杯。

堂上華族の入江家出身。歌人・柳原白蓮の甥であり、元岩崎勝商事社長・岩崎勝太郎は相政の義弟にあたる。

柳原前光の孫である。

1985年(昭和60年)9月26日、同年10月1日付の侍従長退任を控え宮内記者会とお別れの会見。

同年9月29日午後、自宅で意識を失っているところを家人に発見される。

同日午後1時31分、搬送された慶應義塾大学病院(東京都新宿区信濃町)で、虚血性心不全により死去。享年81。勲一等旭日大綬章を受章、従二位を追贈される。

—–

吹上御所で入江の訃報を聞いた昭和天皇は「……えらく突然だったね」と言った。夕方、侍従があらためて報告した時は、窓に面した椅子に掛けて、振り向かずに「そうか」とだけ述べ、雨に濡れる吹上の庭を見つめていた。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A5%E6%B1%9F%E7%9B%B8%E6%94%BF

——————————————————-(転載ここまで)


写真を見くらべるといかがでしょうか。

顔のパーツ、特に特徴的な「鼻」は似ていますね。

とくに若いころのひげをはやした姿は似ています。

かれと「美智子皇后」について以下のように書いているひともいました。

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正田美智子さん=現在の美智子皇后は聖心女子学院を卒業されている。

聖心女子学院はお嬢様が通うミッション系(キリスト教系)の学校である。

聖心女子大学文学部外国語外国文学科(英文学)を首席で卒業とある。

家柄や家系図を10代以上遡り、犯罪者・精神異常者・障害者・学歴・成績等を調べて問題が無いとされた家なのだから当然なのかもしれない…

現在の宮内庁に勤める女子の多くは首にロザリオか十字架かは知らないが架けてるらしい…
私如きが入れる訳ではないし、見たのでもないので何とも言えないが、ある人のブログにはそのように書いてあった。

如何に天皇や周りが美智子皇后に気を使っているかが解るような話しに、何となく納得してしまう私です。
庶民からの入皇室に皇族からの反発
やイジメが有ったのは想像に難くない。

(香淳皇后や柳原白蓮等)

そりゃ〜利権をよそ者に取られたくないわな(笑)

しかし、活発で勝ち気な性格だったとされる美智子様は、泣いて堪える人ではない。

巻き返しを計ったのである。そのパートナーに選ばれたのが、後に侍従長となった入江相政(すけまさ)である。

公務員の定年は60歳であるが、彼が80歳まで侍従長を勤めれたわけは、美智子様の浮気相手であり、秋篠宮文仁(紀子さんの旦那)の父親だからだと言う噂はかなり良く知られているようである。

現在の皇太子までは血筋が保てるかもしれないが、その次が問題なわけですよね?
だって、事実なら完全に血筋が違うんだから…

秋篠宮文仁が皇太子になり、現在9歳くらいの子供悠仁が次期天皇になるなら…

だから女系天皇論なんかが出てくるわけよ…

この問題は他の所でまた書くとして、イマサラ何を言ってるんだ!なんだけどね(笑)

美智子さんは3人の子供を産んだ事になっている…

徳仁・文仁・清子である。

しかし実際に産んだのは、浮気相手の子供秋篠宮文仁だけだとこの人は言っている。

参考ブログ

根拠として、性格・体格・鼻の形をあげている。

簡単に言えば、皇室の血筋を絶やさない為なら何でもアリなのだろう。

借り腹・浮気公認・子供の入れ替え・強姦・乱交…

だから表向きは近親相姦で血が濃くなっても異常者が出ないのだね。納得(笑)


——————————————————-(転載ここまで)

「入江相政」と「美智子皇后」には大きな共通点があります。

「美智子皇后」は「正田家」出身です。

「正田家」はクリスチャンの家系として知られています。

その「正田家」をクリスチャンに改宗させたのが「フロジャック牧師」という人物です。

「フロジャック牧師」は「入江相政」と深いかかわりがあり、さらには「皇室」から庇護を受けた重要人物です。

——————————————————-(以下こちらから転載)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%82%BC%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%83%E3%82%AF


ヨゼフ・マリウス・シャルル・フロジャック(Joseph Marius Charles Flaujac、1886年3月31日 – 1959年12月12日)はパリ外国宣教会所属のフランス人宣教師である。

1909年(明治42年)に来日し、結核患者及びその家族のための総合的な福祉施設を目指して活動し、東京における社会福祉活動に大きな足跡を残した。


<行幸啓の様子>

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%82%BC%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%83%E3%82%AF
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「正田家」を伝道した宣教師が「皇室」にも深くかかわるようになったのです。


<<正田家 家族写真>

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■弁慶のような荒法師ことフロジャック神父

木下道雄は侍従次長を辞めた後、敬虔なカトリック信徒になっていた。

洗礼を与えたのはヨゼフ・フロジャック神父である。

財団法人慈生会の設立者として知られるフランス人神父のフロジャック神父は、一九〇九(明治四二)年に来日、戦前から乳児院、結核療養施設、診療所などを建てて社会事業に貢献していた。日本語巧みで胸まで伸びた真っ白いヒゲが特徴だった。

木下は、幼友達の妹がフロジャック神父の下で働いていた関係で、噂だけは聞いていた。

村から村へと布教の旅を続ける神父が、足に大きな裂傷を負った際、近くの農家から針と糸を借りて、自分で縫い合わせたという話を聞いて、「フランス人にも、こんな弁慶のような荒法師がいるのかと、一種の親しみを感じた」と語っている。

この親しみとともに、フロジャック神父の名前が木下の記憶に刻まれた。

宮内省総務課長時代、陛下からの推奨金推薦先として財団法人慈生会の前身にあたる「ベタニアの家」の名前があがり、木下の記憶によれば、三二(昭和七)年の暮れに弁慶の元を訪ねる。

ここで二人は初めて出会い、事業も評価され、フロジャック神父には推奨金五千円が与えられることになる。

本格的に二人がかかわり出すのは、侍従次長時代の四五(昭和二十)年十一月二五日、この日の夜にフロジャック神父は木下宅を訪れ、戦災の傷跡残る上野駅周辺の浮浪者救済のための診療施設開設と関東に酪農を主体とするトラピスト施設の必要性を説いた。

木下の日記にも「共に予の共鳴する所なり。考慮を約す」とある。

木下は早速その翌日の宮内省事務調査会でフロジャック提案を披露して、宮内省の協力を取り付けた。

 しかも、那須の名前は早くも十一月二九日に登場し、木下退官直後の四六(昭和二一)年七月には木下の斡旋で那須御料地約三百町歩が貸し下げられることが決まる。

フロジャック神父は貸し下げられた川西御料地六〇町歩を「聖ヨゼフの山」、奥まった道上下の御料地を「聖マリアの山」と名づけて、早速開墾が開始され、引揚者、復員兵の受け入れを始める。

この地には那須診療所、林間学校宿舎、精神薄弱児のための光星学園(現マ・メゾン光星)などが次々とつくられていく。

この御料地貸し下げの背景を見ておこう。

木下によれば、フロジャック提案を昭和天皇に話したところ、昭和天皇より「助けてあげなさい」と言われ、それがきっかけで林野庁との話し合いもつき、貸し下げることになり、成績によってはこれを払い下げることまで決まったとしている。

興味深いのは一九三四(昭和九)年に侍従となり、侍従次長、侍従長として半世紀余にわたって側近を務め、宮中生活最後の休日に急死した入江相政もフロジャック神父と交流していた。

この入江もクリスチャンだったとする説もあるが、現時点では事実かどうか確認できていない。

『入江相政日記』(朝日文庫)にヨゼフ神父として登場するのは、四六(昭和二一)年三月十九日この時入江はフロジャック神父と会食している。

 木下と入江の口利きもあっただろうが、昭和天皇も積極的に支援したことは間違いない。これを順に追っていこう。

フロジャック神父は四六(昭和二一)年十二月十九日に天皇皇后両陛下に進講する。カトリック宣教師が単独で拝謁したのはこの時初めてと言われている。

この時、入江日記にはフロジャック神父が「大変色々申上げて面白かつた」とある。

四七(昭和二二)年九月二日に木下道雄が拝謁しているが、おそらくこの直後に行われる両陛下の那須巡行の件でお願いでもしたのだろう。

 五日後の九月七日、入江日記には「夕狩の慈生会に行く。フロージヤアク老が大変な元気で何かと案内してくれる。例によつて愉快といつたらない。」と書かれている。

 翌九月八日にも両陛下は慈生会を訪れている。

フロジャック神父は、進駐軍やフランス大使館員や大工を一人ずつ引き合わせた後、「私は日本人以上の愛国心を持つて居ります。

一生懸命に致しまして必ず立派な国に再建致します、云々」と語る。

入江はこの時の様子を「フランス人らしい上品なユーモアの連続で非常にお楽しませした」と書き記した。

四八(昭和二三)年もフロジャック神父は二度にわたって両陛下に拝謁し、この年には高松宮、三笠宮も慈生会施設の視察を行っている。つまり、皇室あげてフロジャックの事業を後押ししていたのである。

■弁慶神父「会心の傑作」とは

皇太子の結婚の儀が行われたのは五九(昭和三四)年四月十日、その年の十二月十二日、フロジャック神父は帰天。

「わたしは貧しいひとびとの友であった。

わたしの葬式は貧しい人にふさわしいものにして欲しい。花は一切ご遠慮したい。

思召しがあったら貧しいひとびとに与えていただきたい」との遺言を残した。フロジャック神父には勲四等瑞宝章が贈られ、昭和天皇より祭資料を賜る。

この年、衰弱激しいフロジャック神父の身を気遣う見舞客はあとを断たなかった。

その中には、軽井沢のテニスコートで天皇皇后両陛下の「初めての出会い」の瞬間を写真におさめたカトリック信徒の田中耕太郎最高裁長官もいた。

そして、三〇年来にわたってフロジャック神父の事業を援助し続けてきた正田きぬの姿も当然あった。

フロジャック神父は、この年皇太子妃になったばかりの正田きぬの孫への心やりと永年の援助に対する感謝の気持ちから、こう語りかけた。

美智子さんも大変だろうね、わたしも天国で祈っているよ、美智子さんによろしくね

 これが何を意味するのかは、木下が一番よく知っている。その翌年一九六〇(昭和三五)年七月二日、朝日新聞社講堂では「フロジャック神父を偲ぶ集い」が行われた。

この時壇上には、すでに敬虔なカトリック信徒になっていた木下道雄の姿があった。

この時の木下の「フロジャック神父を思う」と題する記念講話は、『フロジャック神父の生涯』(五十嵐茂雄、緑地社)におさめられている。その四二五ページから引いておきたい。

神父には、この時代のことが、余程なつかしいらしく、晩年になって、いろいろな思い出話をうかがいましたが、そのうちで上州館林に於ける活動は、神父の布教生活中の会心の傑作と自分でも思っておられたようです。

皇太子殿下御婚約のよきしらせを耳にされたときの神父の心中は、定めしけいけんな祈りと感謝と期待との熱きものがあったのではないかと思います。

 「神父」とは当然フロジャック神父、「この時代」とあるのはフロジャック神父が水戸を拠点に日本伝道を始めた頃を意味する。そして、「会心の傑作」が「皇太子殿下御婚約のよきしらせ」につながっていく。

フロジャック神父は関東の山野を歩きまわって布教していた。

文中にあるように上州館林へ行ったのもこの頃である。

上州館林と言えば、美智子皇后の実家があったところ。つまり、上州館林の正田家にカトリックの信仰の種をまいたのもフロジャック神父だった。

 一九二七(昭和二)年、東京関口教会で美智子皇后の祖母である正田きぬはフロジャック神父の手から洗礼を受けて敬虔なカトリック信徒になっていた。

このきぬと美智子皇后の祖父・正田貞一郎(日清製粉創業者)、それに叔母・正田郁子の告別式はいずれも 千代田区 麹町の聖イグナチオ教会で営まれた。

また、母・登美子も聖路加国際病院で臨終洗礼を受け、妹の安西恵美子も洗礼を受けている(『美智子皇后と雅子妃』福田和也、文藝春秋他参照)。

 弁慶が皇室とカトリックの縁結びを務めていた。

明治維新以後、神道界や仏教界にフロジャック神父のような弁慶が存在していたなら、やはり歴史は大きく変わっていただろう。

『フロジャック神父の生涯』のとびら裏にはこんな言葉が飾られている。

最後の握手皆様によろしくとみ声細く

    仰せありしも悲しき思ひ出

                正田きぬ


——————————————————-(転載ここまで)

じつは「皇室」は「カトリック教徒」で固められている、と語るひともいます。

——————————————————-(以下こちらから転載)

そもそも皇室はキリスト教なのですよ

まず、意外なところから説明しますと、皇室神事に携わっている式部職(雅楽奏者など)は渡来豪族の「秦氏(秦河勝)」の末裔(東儀家など)が代々務めていますが、彼らは皆クリスチャンです。

つまり皇室神事はクリスチャンたちが仕切っているのです。

彼らの先祖秦河勝はユダヤ系の血を引く景教徒(古代東方キリスト教徒)だったようです。

そのこと(ルーツが原始キリスト教であること)は一族で代々伝わってきたようです。

現在、皇室神事の式部職クリスチャンたちは都内の名門教会数か所に分散して属しています。

また、上記の式部職だけでなく、皇室職員・皇室メンバーの大部分がクリスチャンであることは公然の秘密なのです。

歴代の宮内大臣(宮内庁長官)、侍従長、書稜部長など各種部門の長などがクリスチャンであることは公開情報としても有名です。

次に、中世(戦国時代)にキリシタン大名として歴史に名を残した領主たちの末裔が現在はクリスチャンとして皇室の要職に就いています(例:前田利家の末裔で前田家当主の人など)。

さらに、近世では幕末の大名の「最後の藩主」たちには禁教令が解ける以前に熱心なキリスト教信仰を始めていた大名が多く、廃藩置県の後は皇室に入って要職に就いています(三田藩の九鬼氏など)。

昭和天皇の即位後初代の侍従長珍田伯爵は元外務次官でかつメソジスト派の牧師でもありました。

その他の歴代侍従長もクリスチャンが多いです。

女官長に至ってはこの40年以上クリスチャン・リレー状態です。田島宮内庁長官、宇佐美宮内庁長官などもクリスチャンでした。

そして現在は、たとえば、現職の川島侍従長はカトリックで、国際機関で活躍のカトリック重鎮の緒方貞子氏といとこ同士、渡邊前侍従長は聖公会クリスチャンで明治元勲の大山巌元帥の末裔。

で、皇室へ嫁ぐお嫁さんはキリスト教系の名家からというのが不文律になっているようです。

(美智子皇后:カトリック名門の正田家、雅子妃殿下:妹たちはいづれもカトリックの洗礼を受けている、三笠宮信子妃殿下:カトリック名門の麻生家で麻生前総理の妹・・などなど)

で、再度古代に目を向けると、秦河勝は伊勢神宮をはじめ皇室ゆかりの神社の多くの創建にも関わっていますので、皇室神道は古代東方キリスト教がオリジナルであると推定できます、古代東方キリスト教とキリスト教発祥の地の連絡は中世に途絶えているので、皇室メンバーは西方キリスト教(カトリックなど)の人を次々に迎え入れているというのが明治以降の状況であると思います。

よって、結論は皇室は「日本で最も濃くて長い歴史を持つキリスト教信仰の家」であり、秋篠宮眞子さまが国際基督教大学にご入学なさることは「あまりにも自然なこと」だと推定できるということです。

——————————————————-(転載ここまで)


ちなみに上記に書かれている「キリスト教」というのは、本来のただしい「キリスト教」ではなく、悪魔崇拝者によって乗っとられてしまった、にせものの「キリスト教」です。

「RAPT BLOG」では「キリスト教」が悪魔崇拝者によって乗っとられた経緯について詳細に書かれています。

○キリスト教は悪魔崇拝者によって内部から破壊された。その歴史の詳細について。


○キリスト教プロテスタントも悪魔崇拝者に乗っ取られている可能性大です。「日本基督教団」は在日・反日勢力と同一体でした。

「天皇」は年間たくさんの「神道儀式」をおこないますが、じつはクリスチャン(カトリック教徒)で固められているというのです。

表向きは「クリスチャン」だとしても裏の顔は「悪魔崇拝者」です。

かれらは「権力」「名声」さえ自分の手元に入るなら、悪魔をも拝み、他人の子も利用する。

「フロジャック」という人物が「皇室」に入り込んだのも、権力獲得の手段の一環だったのではないでしょうか。

「正田美智子」が「皇后」としてのし上がることができたのも、このような宗教的な背景もかかわっているのです。

今回「皇太子」や「秋篠宮」が実子ではないといううわさの裏には「悪魔崇拝」と権力争いが渦巻いていることがわかりました。

「皇太子」に権力を保持させたい勢力と、「秋篠宮」に権力を握らせたい勢力が存在するのです。

いずれにせよ、このようなひとたちがいつまでも「国の象徴」であってはなりません。

今後さらに調べを進めて書いていきたいと思います。

7. 中川隆[-13396] koaQ7Jey 2018年12月27日 21:36:42 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22210] 報告
上のリンクは

http://kawata2018.com/2018-06-23/

8. 中川隆[-12950] koaQ7Jey 2019年1月17日 06:23:04 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22225] 報告

皇室に関する酷い噂が世間に広く流布しています。
以下、真偽不明ですが一応転記しておきます:


【知恵遅れ】 明仁天皇糾弾スレ 【貧乏神】 [無断転載禁止]©2ch.net
https://egg.5ch.net/test/read.cgi/sisou/1451289479?v=pc


2幸ちゃん ◆m9SwOOeiO5OB 2015/12/28(月) 16:59:56.39ID:uOKkYfq4

歴史のおさらい

・水戸藩の遺訓によると、徳川が危なくなったら皇統を取り替えて満洲を攻略しろとある。

・幕末に伊藤博文が孝明天皇を暗殺、岩倉具視は睦仁皇太子を暗殺。

・満洲人を父祖に持つ大室寅之祐が明治天皇になりすまして即位。

・明治天皇は無類の女好きで、妾の一人の柳原愛子が田中光顕の子を産んで、それが大正天皇になる。

・ちなみに照憲皇太后は睦仁皇太子の婚約者だったので、明治天皇とは夫婦関係はないので「皇后」とはされなかった。

・幕末維新のどさくさに紛れて朝鮮人キーセンの朱貞明が公家にはいり込んで大正天皇の后になる。

・大正天皇は病弱だったが、とても賢くて元老たちが疎ましく思う。恐らく幼少期に毒を盛られた。

・大正天皇は嘉仁皇太子時代に率直な人柄と気さくな性格で国民に大人気になる。

・大正天皇と貞明皇太后は偽装結婚で、裕仁天皇の実の父は樺山愛輔。他の兄妹も全員父親が違うという。

・近親婚を重ねた島津の血が皇室に入るのを嫌った連中が「宮中某重大事件」を起こす。実際に香淳皇后は知能が低かった。

・明仁誕生の際には「このままでは日本は滅亡だ」と病院で大騒ぎになったという。

・三笠宮には双子の妹がおり、これを巡る裕仁天皇と秩父宮の骨肉の争いで2.26事件勃発。

・2.26事件の首謀者の一人であり、ナチスのスパイだったゾルゲは処刑される。

・昭和20年の正月の皇族会議の際に裕仁天皇は「このままでは負けるので、早く白旗を上げよう」と提案するも、
貞明皇太后が「私が祈祷すれば日本は決して負けない。神国不滅だ」として家族全員が呆れる。

・今の皇統に正統性がないとした自称天皇が多数出現。その一人の三浦芳聖は、戦前に不敬罪覚悟で
田中光顕に直訴すると、頭山満に面通しされた。

・アメリカは戦犯として昭和26年のサンフランシスコ講和会議前に貞明皇太后を暗殺する。

・明仁と美智子の結婚もアメリカの差し金で決定。柳原白蓮などが強行に反対。

・第一子の浩宮皇太子は無事誕生するも、入江侍従長が美智子皇太子妃を強姦して秋篠宮が生まれる。


3幸ちゃん ◆m9SwOOeiO5OB 2015/12/28(月) 17:00:32.42ID:uOKkYfq4

光格天皇以来、幕府に頭をおさえつけられて京都で貧乏な生活をしていた朝廷は
幕府の権威の低下に乗じて復権を企て、それに長州や水戸藩なども一枚噛んでいた
わけなのだが、黒船来航とコレラ大流行でもはや孝明天皇の権威も地に落ちてしまった。

だから創価学会、天理教、金光教などの新興宗教が雨後の竹の子の如く出現した。
天皇の権威低下は、長州のテロリストには好都合だった。彼らは「尊皇」でなければ、 「攘夷」でもない。単に「天皇の権威」を利用して日本国を徳川から簒奪したゴロツキに過ぎなかった。

伊藤博文は孝明天皇を刺殺、岩倉具視は睦仁皇太子を毒殺し、長州の片田舎に居た満州人を「明治天皇」に偽装させたわけだ。だから睦仁の婚約者だった美子とは夫婦関係はない偽装結婚で、だから生前から「皇后」と呼ばれることもなかった。

大正天皇の生母は柳原愛子だが、明治十年の西南戦争の二年後に出産している。

この西南戦争では西郷隆盛がいわゆる「西郷札」を乱発し、戦後はその回収に政府は大わらわ、 緊縮財政で松方デフレになってしまった。

没落した旗本たちは娘を身売りせざるえず、 宮城=皇居では毎晩乱交パーティがくり広げられていたという。その際に明治天皇のお手付きだった柳原愛子は、土佐の田中光顕の子を身籠った。これが後の大正天皇である嘉仁だった。

しかるに、孝明天皇と明治天皇と大正天皇と昭和天皇はまったくの赤の他人であり、テロリスト伊藤博文が自分の悪行を隠すために「万世一系」などという笑止千万な嘘を捏造したのだ。


4幸ちゃん ◆m9SwOOeiO5OB 2015/12/28(月) 17:00:45.51ID:uOKkYfq4

幸ちゃんは明仁は単なる知恵おくれかと思っていたが、直接やりとりして救いようのない人間の屑であると認識した。

明仁は「長引く不況や少子高齢化で国民生活が疲弊しているのに、何か国民に言うことはないか」と問われて「いや、それよりも戦争の記憶の伝承を」とかほざいたんだろ。

だったら貞明皇太后はどうなんだ? 既に昭和20年1月の御前会議で裕仁天皇、三笠宮、秩父宮などが食卓を囲んで

「このままでは日本は必ず負ける。早く白旗を上げたほうがいい」

という意見で一致していたのに、貞明皇太后は

「それはだめだ。神国不滅だ。自分がお祈りすれば必ずアメリカに勝てる」


などと豪語したという。東京大空襲で皇居も延焼し、さらに米軍機から機銃掃射を受けて貞明皇太后は「死ぬかと思った。やっと国民と一体になれた」と言ったそうじゃないか。

裕仁天皇は母親に逆らえなかったので戦争が長引き、多くの人命と財産が失われた。

貞明皇太后は昭和26年の主権回復前に急死しているが、アメリカが暗殺したのだろうね。キーセンの最期としては適当なのかも知れないけど、戦地で死んだり満州で悲惨な目に遭った国民はたまったもんじゃないよ。

明仁はバカだから、長年の念願だったパラオへ行ってみて、歓迎されるどころか憎まれていることにやっと気づいたようだね。早く死ねばいいよ。


5幸ちゃん ◆m9SwOOeiO5OB 2015/12/28(月) 17:01:15.11ID:uOKkYfq4>>378>>392

キーセンの貞明皇太后は勝手に宮中祭祀を変えたから関東大震災が起こったのだ。
当時の大正天皇は重篤な病気だったので、これも貞明皇后の所業だ。降伏を長引かせて被害を拡大させたのも貞明皇太后だ。おまけに裕仁の父親は樺山愛輔だし。

樺山愛輔
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/0/0d/Aisuke_Kabayama.jpg

裕仁天皇
http://ameblo.jp/hirai-h/image-11656042516-12726176349.html

明仁
http://media.liveauctiongroup.net/i/8165/9616691_1.jpg?v=8CCE2C66D0651D0


6幸ちゃん ◆m9SwOOeiO5OB 2015/12/28(月) 17:01:39.56ID:uOKkYfq4

血を引いているので顔がそっくり

田中光顕
http://sakawa-kankou.jp/images/tanaka_main.jpg


http://www.ndl.go.jp/portrait/JPEG_L/349-434/s0095l.jpg

大正天皇
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/33/Emperor_Taish%C5%8D.jpg

92右や左の名無し様2016/02/18(木) 02:15:14.46ID:kuZDvTaD
>>2
大正天皇の皇后であった朱貞明は朝鮮人キーセンではない

* 「朱貞明」は→中国の明王朝をおこした「朱家の末裔」だよ
* 中国の明を興した朱元章(日本では光武帝)の子孫が
→大正天皇の皇后で昭和天皇の生母である朱貞明(家系ロンダリングして九条節子)だよ

もともと天皇家は渡来人だから
中国の明王朝の血が日本の皇室に入ったわけだ

因みに明王明の朱家は中国人ではなく客家人だ
朱家→朱貞明は中国人ではなく客家人

客家人は中国人のユダヤと云われる民族で
客家の出自はシルクロードの民と云われるペリシテ人
https://egg.5ch.net/test/read.cgi/sisou/1451289479?v=pc

9. 中川隆[-12932] koaQ7Jey 2019年1月17日 09:05:11 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22225] 報告

4. 2016年7月14日 14:43:18 : e215b3DsOs : oHsKCPiwWF0[272]

秋篠宮は美智子の弟の正田修に似ているから、(宝塚などでなく)美智子の子供だとは思われるが
https://www.google.com/search?q=%E6%97%A5%E6%B8%85%E8%A3%BD%E7%B2%89+%E6%AD%A3%E7%94%B0%E4%BF%AE&num=100&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwi1r4XonvLNAhWIOJQKHWZqBVsQ_AUICCgB&biw=1005&bih=594#imgrc=ep66gwM2-gI4KM%3A

父が誰かを見かけで判断するのは難しいね(父系に似てなくて運がいいのかもしれないが)
http://www.asyura2.com/16/senkyo209/msg/497.html#c4


美智子妃殿下   秋篠宮様の父は誰でしょう?
「侍従長と美智子妃殿下」と どっちから誘ったの?
http://d.hatena.ne.jp/kouhou999/20150830

_____

美智子様の実子は1人だけ??? 2013年3月4日月曜日

ベルギー大使館のパーティーに行った時に、
イスラエルから来ていたモサドのエージェントの日本人の奥さんが

「美智子様のお子様はお一人だけなのよ」

と自慢げに話していた。

その時に常陸宮夫妻も来ていたが

「彼、精神薄弱なの」

とも言っていた。よく観察してみたが、やはり彼女が言うように精神薄弱のようだ。


ふうーん、そういえば美智子様に似ているのは確かに秋篠宮の1人だけ。

なんたって、世界の秘密を握るモサドのエージェントだから、情報は本物の確立は高い。

ちょっと「美智子様の子供は一人だけ」とネットをサーフィンしてみたが、逆に出てきたのは、

「秋篠宮の父親が違う」

という驚きの情報だった。と言う事は、秋篠宮だけが美智子様の子供で、しかも、父親は天皇陛下ではないと言う話になる。


そして、究極的に私が見つけた2チャンネル的なサイトには、なんと、秋篠宮自身が

「だれか、私の父を知りませんか?」

というページだった。そこには


「何回も母に聞きましたが、母は頑として口を開こうとしません。
私は、父親が違うという事で、養父や兄弟にも、散々、いじめられて育ちました。だれか、私の父を知っている人がいましたならご連絡ください。」


というものだった。


その秋篠宮の実父は、もしかして殺されてしまった可能性もあるのではないのだろうか。

ウワサによると、秋篠宮の実父は宮内庁の警備員だったらしい。

美智子様に赤ちゃんができてしまってから堕胎しろとは宮内庁もいえず、次男として育てられたという話だ。


この話は、英国のハリー王子とだぶる。彼もダイアナ妃とポロ教師のボーイフレンドとの間にできた子供で、チャールズ皇太子の子供ではない。

皇室という所は「現実は小説よりも奇なり」という所なのだろう。
http://reptilianisreal.blogspot.jp/2013/03/blog-post_6330.html


秋篠宮は美智子皇后の実子?

私が聞いた天皇家にまつわる都市伝説。


秋篠宮は美智子様の実子ではないらしい。

今の天皇が、皇太子時代に好きになって関係を持った宝塚の女優に産ませた子供。皇太子や紀宮と顔が違うのはそのせい。

出産後、退院の際、病院の前で写真を撮るのに秋篠宮のだけないし、秋篠宮を身ごもっている美智子様の写真も見たことがない。

また、今回美智子様が体調を崩したのは、秋篠宮に男の子が産まれて、皇位継承者が自分の血を継いだ孫ではなくなることが1番の理由。それがショックで、事前に男の子だとわかっていたから、紀子様が出産の際に公務を理由に遠く(北海道)へ行っていた。

あくまでも噂ですので、秋篠宮の母親とされる宝塚女優が誰なのかなどの真相は定かではありませんが…ι

(みやさん提供)

【真相】
http://yoshizokitan.blog.shinobi.jp/Entry/483/

http://yoshizokitan.blog.shinobi.jp/Entry/482/


2010/11/5 12:08:52

美智子皇后が、秋篠宮や紀宮を妊娠して、臨月近いお腹の映像をテレビ映像で見ましたね。

最近では先月に、皇太子の学習院幼稚園時代の運動会に、臨月近いお腹の美智子皇后の立ち姿の映像がテレビで放映されてましたがね。

皇太子は1960年2月生まれで、秋篠宮は1965年11月生まれで、運動会映像は、1965年10月のでしょう。

紀宮を妊娠時の美智子皇后の映像は、紀宮婚礼前後にテレビで見た記憶がありますがね。

美智子皇后が、二人を妊娠中でお腹が大きいテレビ映像も見ないで、頭の中で妄想を何の根拠もなく膨らましたのかな?(笑)
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1049831815


要するに、

1. 秋篠宮が美智子皇后の実子だというのは間違い無く正しい

2. 秋篠宮が平成天皇の実子ではないという噂を消す為に、秋篠宮が宝塚女優 加茂さくら の子供だというデマが広められた

という事でしょうか?


皇室関係の話では、宮内庁や外務省創価グループがネットで24時間目を光らせていて、真実が明らかにされているレスを発見すると直ちに情報撹乱の為にデマが流すのは周知の事実ですね。

この種のデマの特徴は、一番重要な箇所以外は真実に近いという事ですね。


秋篠宮が美智子様の実子でないとか、

「ここだけの話だが、秋篠宮が、天皇の本当の子供でないってこと、お前知ってるか?」

悩み多き貴婦人の警護を担当していたのが、若き偉丈夫の皇宮警察官。 深い同情が恋情に変わり、いつしか二人は恋に落ちたというのが、まことしやかな警察物語である。


とかいう話も秋篠宮が入江相政侍従長と美智子様の子供だという説を撹乱する為に意図的に流されたデマでしょう。

もちろん何が真実かはわかりませんが。

___

宮内庁が『秋篠宮は平成天皇の実子ではない』という噂を消す為に、流したデマ(?)がこれでしょうか:


ベルギー大使館のパーティーに行った時に、イスラエルから来ていたモサドのエージェントの日本人の奥さんが

「美智子様のお子様はお一人だけなのよ」(中川註: 皇太子だけが実子という意味)

と自慢げに話していた。http://reptilianisreal.blogspot.jp/2013/03/blog-post_6330.html


Question : 秋篠宮 (文仁) 殿下の母親は女官(元公家)?

 美智子さんが子宮筋腫の手術をされたことは有名ですが、その後、子供が産むのが難しい体になったのでは、という噂もありました:

harmin163さん
皇太子、秋篠宮、黒田さやかさんは、皆母親が違うのですか?


ベストアンサーに選ばれた回答 ikasu_suika_ikasuさん

あくまでも噂でしょうが、聞いたことがあります。
根拠は、美智子様が皇太子を出産された次の妊娠で、 胞状奇態(ぶどうっこ)妊娠だったこと。
まれに肺がんに推移してしまうので、将来の皇后になられる方にもしものことがあってはいけないから、その時に子宮を取ってしまった可能性がある、と聞きました。
 元天皇陛下は、側室に生ませることを非常に抵抗されたが、皇太子お一人では、天皇家の存続が厳しいと諭され、皇室の為に、美智子様以外の女性に生ませた・・という内容の噂でした。

皇室って血の継続の為に、何でもありなんだなぁ〜と思いましたね。今回にしても同じでしょう。

 そして、その後、秋篠宮 (文仁) 殿下が誕生するのですが、美智子皇后は一度もお腹が大きいころの姿が、一切、 マスメディアどころか周囲の人に見られていませんでした。よって、当然、秋篠宮 (文仁) 殿下は母親が違うようだという推論が出てきます。

実際、女性週刊誌で騒がれ、その女官の写真も掲載され、顔もよく似ていて、当時は主婦の間で話題になったようです。

でもその後、マスコミからそんな話さへ出てこなくなりましたが...。(^_^;)
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q109281810


15 :名無し草:2011/12/20(火) 19:04:40.98

いや誰が礼宮や清宮の母親かなんて、わからないけど(目ぼしい女官あたりとDNA検査すればすぐわかるとは思うけど)

どっちにしたって「(胞状奇胎を患った)美智子様が超特大の“奇跡”でも起こさない限り第二子、第三子妊娠なんて、“ありえない”。」

ソースも何も、別腹説が当時からささやかれていたのは、ただ単に
「産めない体なのに第二子、第三子がいるってことは…」
ってところから来てるだけ。


16 :名無し草:2011/12/20(火) 19:10:52.15
>>15
ソースとやらを特定させた上で、そこから崩す工作を始めるのがチーム紀子の常套手段だよ
加茂さくら説が撒かれた後に永六輔ソースなんてものをこしらえたりしてねw
相手しちゃダメ


17 :名無し草:2011/12/21(水) 06:59:14.88
>>15
美智子皇后陛下が浩宮様産んだ後「胞状奇胎」になったのは、事実以外の何物でもないからねぇ。
当時の医学では不可能な「その後の妊娠」。
母親がカモとか妹とかはデマかも知れないけど

「美智子様以外」なのはまあ99.9%動かしがたい事実。(残りの0.1%は“美智子様の奇跡”)


18 :名無し草:2011/12/21(水) 07:01:12.49

で、秋篠宮が安西恵美子の子だっていうのはどこソースなの?
早く提示しておいてくださいな


24 :名無し草:2011/12/21(水) 07:16:13.12

母親が誰であろうと「美智子様以外である」ってところがマズイんじゃないの?

加茂さくら説→否定、実妹説→否定   できたとしても、

「だからアーヤは美智子様の実子だ!」…とはならないんだよ。


26 :名無し草:2011/12/21(水) 07:25:40.18

当時胞状奇胎になったら妊娠は無理だね、それこそ奇跡。
いくら「カモ説」否定、「安西えみこさん説」否定、「美智子様浮気説」否定
できても、秋篠宮や紀宮が「妊娠不可能な美智子様から産まれてきた」証明にはならないしね。


27 :名無し草:2011/12/21(水) 07:29:04.41

安西恵美子が母親だという記事でも週刊誌に載ったとかないんでしょ?
どっからのソースなのよ


30 :名無し草:2011/12/21(水) 07:37:57.94

まあ、秋篠宮家側にしてみれば秋篠宮様も息子の悠仁様も天皇にしたいんだから、日本に根強くある「庶子疑惑」は相当マズイよね。
ソースなんてない「恵美子さんの子」説を自分達で言い出して、自分達で否定すれば庶子疑惑も否定されるとでも思ってるんじゃないの?


34 :名無し草:2011/12/21(水) 07:42:03.32

秋篠宮様が美智子様の実子じゃないなんて噂、
日本国民で言ってる奴どこにもいないよバーカ。
秋篠宮の噂住民だけの噂。ソースも無いしありえないっつーの。


276 名前:可愛い奥様[sage] 投稿日:2011/12/18(日) 22:58:10.45 ID:HqGAvrF30 [2/4]

>アーヤ産む前に一人流産してるんだよ
>そのとき子宮摘出してるはず

げ、子宮摘出はアーヤ出産前?(言語矛盾)
なら、腹違いで間違いないじゃんね。

子宮摘出はアーヤが生まれた後じゃなかった?
そうでないと、いくらなんでも実子のふりはできないでしょ。

美智子さんは、胞状奇胎でも悪性のほうだったんじゃないかな。
「侵入性(破壊性)奇胎」というやつ。
一般的な胞状奇胎は、2年経過すれば懐妊可能になるようだけど、
「侵入性(破壊性)奇胎」だと、無理で、子宮全摘か抗ガン剤治療か
どちらかしかない。

美智子さんの子宮全摘はカムフラージュの必要から サーヤ出産後になっているはずだけど、おそらくもっと前だったんでは?


278 名前:可愛い奥様[sage] 投稿日:2011/12/18(日) 23:03:15.70 ID:HqGAvrF30 [3/4]
>>276
あら、読み返したら矛盾した文章になってるw
275さんが言うとおり、美智子さんは、アーヤが生まれる前に、
子宮全摘しているのかも。
もちろん内密で。

だから、側室つかってアーヤとサーヤをもうけたんでしょう。
皇室は一人っ子ではいけないというような理由で。
秘密を拡散しないために、正田家は美智子妹を差出したのかな。
サーヤは女官の子でしょうね。
同じ別腹でも、女であることを差し引いても、待遇にアーヤと差がありすぎ。

外戚(正田家、安西家)が強いために、アーヤはやりたい放題だったんだろうな。


292 名前:可愛い奥様[sage] 投稿日:2011/12/19(月) 03:24:52.57 ID:Qtir03Pm0 [2/6]

たしかにカコブーは恵美子さんにそっくり。
ナマズの背の高さも恵美子さんの血なんだろう。
すごく背の高い女性だということなんで。

しかし、解せないのは、ナマズのIQの低さ。
恵美子さんは美智子より優秀だったというからね。
今上のIQの低さが、がっつり出てしまったのかねえ。
おそるべし、皇室Y遺伝子の粗悪っぷり。
http://toro.2ch.net/test/read.cgi/nanmin/1324350962/


柏原芳江のバイブのデマをマスコミに拡散した時もそうでしたが、宮内庁も頑張ってますね(感心)


因みに、美智子様が子宮摘出したのは1986年ですから、上記の宮内庁が流した(?)デマはレベルが低過ぎましたね:

1960年(昭和35年)2月23日に第一男子浩宮徳仁親王が誕生

1963年3月4日に第二子懐妊が報じられたが、3月22日に宮内庁病院に緊急入院、翌23日の午後に流産の処置手術が行われた。

1965年(昭和40年)11月30日、第二男子礼宮文仁親王誕生。

1969年(昭和44年)4月18日、第一女子紀宮清子内親王誕生。

1986年(昭和61年)3月、子宮筋腫の手術を受ける。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9A%87%E5%90%8E%E7%BE%8E%E6%99%BA%E5%AD%90


世間ではこんな事まで言われているんですね

美智子様の実子は1人だけ???

美智子様の実子は1人だけというのは嘘の情報です。、  
隠したいことがあり  権力側から流したブラフです。
本当の皇室のタブーは  次男坊が  入江侍従長の「種」であること。
http://d.hatena.ne.jp/kouhou999/20121109


2008年09月10日
渡辺監督が語る最新作『天皇伝説』の過激な内容とは!?

今朝発売の日本一汚れた週刊新潮に渡辺監督へのインタビューが掲載されてた。

新潮に取り上げられたということは、いよいよ大騒動に発展なのか?


『天皇伝説』は天皇家の血を巡る物語です。オレは10年以上前から、万世一系とは言うものの、実は天皇家は血がつながっていないのではないかと思っていました。それを確かめるべく旧皇族などに話を聞いてみたところ、やはり天皇家の血筋は続いてきたわけではない、という確信を得たのです。

映画の組み立てとしてはあくまでもフィクションという形を取り、アクションシーンなどの娯楽要素も盛り込んでいます。


映画のあらすじ

主人公の渡辺は米軍で働いた経験のある男。内縁の妻を殺したとの濡れ衣を着せられて逮捕される。渡辺は脱獄し、無実を証明すべく、事件の真相を追究。

そしてM資金と呼ばれる秘密資金の存在を突き止めた渡辺はそのルーツを探るため、天皇家の血脈の謎に迫る……


大正天皇の4人の子は皆、貞明皇后の不倫の末に生まれた子です。

まず、昭和天皇は貞明皇后と、西園寺公望の養子である毛利八郎との間に生まれた子。

秩父宮、高松宮の父親が誰なのかは分かりませんが、大正天皇でないことは間違いない。

三笠宮の父親はDNAで調べると、中川宮の第5皇子である多嘉王です。

昭和天皇もまた子種がありませんでした。

平成天皇の父親は、三笠宮です。

また、秋篠宮も平成天皇の子供ではありません。

美智子皇后と入江相政・元侍従長の間の子なのです。

つまり、秋篠宮には皇室の血は一切入っていないのです。


渡辺監督が饒舌に話すトンデモ内容であるが、もしホントウなら一部のトンデモ保守の間で騒がれている「悠仁」さまを天皇にすることで男系天皇の伝統を守る、というのは跡形もなく崩れ去る。なんせ秋篠宮家には皇室の血が一滴も入っていないのだから……。
http://anarchist.seesaa.net/article/106331658.html


菊タブー

大正天皇は子種がなかった 昭和天皇の父がテイメイとチョメチョメ   

昭和天皇の父は侍従長「西園寺八郎」   
http://www.youtube.com/watch?v=_YfXIhybq5U


昭和天皇ヒロヒト・・・話が五分の一としても 日本の皇室はかなりため込んでいます。つまり 現在の天皇は 「自分の国を守り 民を安全に食べさせる」気持ちは 「さらさらない」と言うことですね。  誰かに「地位を奪われたくない」という感覚しか持ち合わせていないので   

「創価学会」と癒着し創価学会の犯罪を警察に「なかったことにしろ」という命令を恥ずかしくもなく出しているわけです。 

「私利私欲の皇室」ですね。    
http://www.youtube.com/watch?v=dzr-0siF5HU


日本の真相3  昭和天皇のための戦争   
http://www.youtube.com/watch?v=eugXzHoKnes

日本の真相4  戦争責任         
http://www.youtube.com/watch?v=34HEcM9qvqc

侵略戦争で財産を増やした皇室 日本銀行株券はじめ             
http://zenkyoto68.tripod.com/zaibatu01.htm

湖畔の「月明かり」・ラブロマンス           
http://d.hatena.ne.jp/kouhou999/20110412

入江侍従長と美智子さんの権力と愛
http://d.hatena.ne.jp/kouhou999/20121018


これが本物の情報です。  すごいことを書く人物もいたものです。  
映画になっていますね。
http://anarchist.seesaa.net/article/106331658.html


「女帝美智子サイドが」が流したウワサです。  

「入江侍従長とした」ので 「姑を追いやれた?」 

入江侍従長の容姿は 秋篠宮さまに 似すぎています。


美智子さんは 次男坊が大きくなるにつけ  焦っていたはずです。  

「入江スケマサ侍従長を知る人であれば・・・・・
次男坊の種は誰なのか?  わかるはずです。


ゆえに次の情報は美智子様サイドでネットに書いたものと考えたら正解だと考えます。(攪乱)
http://www.rondan.co.jp/html/mail/0602/060208-3.html

http://wiki.livedoor.jp/niwaka368/d/%BD%A9%BC%C4%B5%DC%C5%C2%B2%BC%A4%AC%A1%A2%C5%B7%B9%C4%BC%C2%BB%D2%A4%C7%A4%CA%A4%A4%A4%C8%A4%A4%A4%A6%B1%BD


入江侍従長の写真を一枚だけ そうですね。68歳ぐらいの写真です。

99.999999パーセント 間違いないでしょう。   
しかしですね。  不思議です。  
長男が1960年に生まれて 平成天皇に子種がないわけでもないのに

なぜに 入江侍従長との「愛」を育む必要があったのでしょうか?・・・・・
「趣味と実益」と言ったところでしょうか?


「一事が万事」ですね。  
年間4億以上のお金を国民の税金からもらい税金はないわけで年間8億もらうことと同じなんです。

国民の模範となるべき「キサキ」が不倫をするということは創価学会と癒着し創価学会の犯罪を警察にもみ消させているということと似ています。


「入江侍従+美智子」VS 「昭和天皇の奥さん+今城 誼子(いまき よしこ)」

との権力争いにより  入江と親しくなったわけである。


入江の兄は 侍従長であったので・・・・
「入江」が侍従長になった時点で 大変な権力者であった。   
兄の死後 「侍従長」になっている。

昭和天皇は平成天皇が自分の本当の息子でないため跡継ぎにしたくなかった。  またその「人間性」は  昭和天皇も嫌うほど 「公」の資質を欠いていた。   

権力をもたない平成天皇(当時皇太子)は  美智子が権力闘争に入るのを黙認した。   

美智子はもともと「権力闘争・裏切り・追放」は大好きであり入江の「敵を追い落とす闘争のすがたに身も心も傾倒していった。

まだ若い美智子さんは「もう一つの愛」を育むようになった。

河原は、入江が以前にも自分とは肌が合わない「杉村侍医」を、陰湿な手段を使って追放しようと画策した例があるとし、

「今城よしこの追放劇は、この杉村の一件同様、自分の気に入らないものはとことん排除しようという入江の私心から発した、まさしく魔女狩りであった。」

と主張している。

「斎藤吉久のブログ2008・宮中祭祀「破壊」の背景に憲法問題あり」

に、入江流の祭祀簡略化への反論が記載されている。


入江為年監修・朝日新聞社編『入江相政日記 第八巻』(朝日文庫)
http://d.hatena.ne.jp/kouhou999/20130219

「平成4年  ベニバナ国体」「仕込みのエピソード」自作自演である。  

美智子の「悪知恵」は嘘くさいが本人はいたって真面目に演技をしている。

「発煙筒をたいた 暴漢が現れたら・・・とっさに右手で陛下をかばった。」

という エピソード。

主人を大事に思う夫人は・・・侍従長との「セックス」を楽しまないでしょう。  
待女や皇宮警察に秘密を守らせ侍従長と寝るわけである。


これでは部下の宮内庁も警察庁も腐るのも当然である。  

帝の嫁が「不倫して子供を産んでいる」のである。   

このようなあさましいことをしておきながら・・・
皇太子が好きになった歌手「柏原芳江」氏に「電動こけし娘」のレッテルをすべての行政の若い人たちにデマを流させた。   

まさしく「美智子様のお人柄」を表しているのである。

かなり・・・お好きな人のようですね。  
プロファイリングですが しつこい○○。
http://www.youtube.com/watch?v=BDCz2jaeY1Y


常に「次の権力」を見据える・・・・・「みちこさん」  

「次男坊の種付けは・・・入江侍従長が「59歳」のときである」


入江も・・・・・職務とすれば 適切な人物ではなかった。 
 
1964年の種付けである。   

入江は1985年に殺されている。  おそらく殺されたと思う。

皇后美智子様との 肉体関係は  いつまで続いていたのだろう。  

時々ほしくなる「美智子皇后様であったろうと 誰でも思うであろう」

はたして・・・どのような「体位」がお好みであろうか?   

入江は「入江日記」と称してたくさんの日記を残している。  

記録を残していないだろうか?


皇太子浩宮が女帝に近づかなくなった理由。

次男坊の父親が誰なのか?  おそらく17歳ぐらいでわかったと思います。

入江侍従長と美智子様が 時々「乳繰り合うのは」皇太子には聞こえてきていた。

2001年 兄貴分と慕っていた高円宮様の「死」の謎を聞いた。  

国民と皇室の関係を考えていた珍しくも善意ある人であり国民の人気も高かった。

生放送のテレビに出たのも自分の言葉で語ったのも 韓国訪問も 皇室として 初めての人であり不倫の女帝ににらまれていた。

この場合・・・自分たちよりも「目立つ皇族」をどうするかは・・・・・

不倫をして子供を産む事実で「一事が万事」ということは聡明な若者たちにはわかることでしょう。  

高円宮さまのエピソードは実に温かく久子さまも人間的な素敵な女性である。

ちなみに「Jリーグ」発足に尽力したのがこの方であった。


女帝のさまざまな「デス命令」が 聞こえてきた。

雅子へのバッシングの内幕がわかった。

以上の理由で皇太子と女帝は決定的な関係になったと考えられる。
http://d.hatena.ne.jp/kouhou999/


美智子さんですが1960年に皇太子を生んでいるわけで平成天皇に子種はあるし  男子も生んだ。

それなのに  なぜに「入江侍従長」の子種の次男坊を生んだのでしょうか?

おそらくですが・・・・・侍従長は見た目はなかなかの美男子で背が高い。   美智子妃殿下の「好み」ということになるでしょうね。

「秋男君は違うお母さんが産んだ子供」というウソ情報を流したのも「みちこ・入江グループ」です。

美智子さんが長男出産のあと「子宮」の病気にかかり子宮を排除したので子供は産めないという情報を国民に流したのも「入江とみちこ」派閥。

子宮を手術で取れば・・・・・記者会見するでしょうし とっていないならば通常流したくない情報です。

何かを隠したいので・・・・・流したいデマでした。   

このような手法の「デマ」を 「ブラフ」というらしいのですが   
私は頭がよくないので正確な使い方なのか?  わかりません。
http://d.hatena.ne.jp/kouhou999/


 
「入江は退職日2日前に死んだ、」

「秋男君」があまりに似てきたためです。


入江相政(いりえ すけまさ、1905年(明治38年)6月29日 - 1985年(昭和60年)9月29日)

入江相政は日本の歌人・随筆家である。
藤原定家の子孫で、昭和天皇の侍従長を務めたことでも知られている。
堂上華族入江家出身で、冷泉家の一族。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A5%E6%B1%9F%E7%9B%B8%E6%94%BF


入江相政 画像
http://www.google.co.jp/search?q=%E5%85%A5%E6%B1%9F%E7%9B%B8%E6%94%BF&lr=lang_ja&hl=ja&tbs=lr:lang_1ja&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=ae0JUvDhM4XokgW3pIGoCQ&sqi=2&ved=0CEcQsAQ&biw=1018&bih=889


■「風のごとく」入江侍従長が急死

昭和60年10月1日に51年間勤めた侍従を勇退する予定だった入江相政侍従長(80)が9月29日午前12時40分、

千代田区紀尾井町3−34の侍従長 公邸で倒れて午後1時31分、新宿区の慶応大病院で虚血性心不全で死去した。

入江は明治38年6月、冷泉家分家として東京に生まれて、昭和4年に東大を卒 業、学習院教授を経て昭和9年10月に侍従となり、昭和44年に侍従長となった。退任を前にした昭和60年9月26日には記者会見を行っていた。

入江は春に昭和天皇に侍従長退任を打診、4つ年上の昭和天皇は「うーん、入江も80になるか」と漏らして入江の退任を承諾したという。

9月29日は午前9時に起き て食事、午前10時30分に「もう少し休もう」と1階の部屋へ引っ込んだきりだった。

昭和天皇は入江の訃報を午後2時35分に聞き、

「ちょっと具合が悪い と聞いていたが」

と漏らし、死因を知ると

「そうか、えらく急だね」

と気落ちした様子を見せて椅子に腰掛けたまま表をぼんやり眺めていたという。


■解説

昭和60年には次男坊の秋篠宮は20歳になっていた。

誰が見てもあまりにも「侍従長」に似ていたと考えられる。

このころは平成天皇と美智子さんは「権力」を手にしていた。

美智子さんは次の権力をもう育てていた。

昭和天皇も「侍従と次男坊」のことは知っていた。

昭和60年 10月1日に退職する予定で 9月26日に記者会見をしていた。

亡くなったのは・・・・・9月29日である。

    
入江日記が世に出てさまざまなことがばれるのを恐れたのかもしれない。

あまりに似すぎるのは・・・・・殺される原因になる。

侍従長も秋男君もあまりに背が高かった。   
鼻も大きかった。   目も大きかった。 

侍従長に似ていることを「気にしていたのは」・・・・・美智子さんであろう。

「入江」は権力をもぎ取るのに一生懸命だっただけなのに。

終わってみれば残酷な仕打ちが待っていた。

「入江」は今城よしこを「魔女」として魔女狩りで皇室を追いやった。   
この時美智子との愛を育んだ。   

権力闘争のときと戦のとき「男と女」は・・・・・興奮し「子孫ができるモード」になる。

「入江も美智子」も「イキイキ」とした時代を送った。

暴力団の親分が殺された「後家姉御」ほどの「器量と悪知恵」を持っていた美智子は次男の「秋男」があまりに似すぎたので新しい権力で「やってしまったと考えられなくもないだろうか?」

入江は・・・・・魔女狩りで「昭和天皇の奥さんから権力を奪った」

美智子は・・・・「間男狩り」で入江を葬ったのかもしれません。


※やらせたのは・・・・・新生「みちこ」一派だろうか?  
それとも昭和天皇一派だろうか?
http://d.hatena.ne.jp/kouhou999/

_____


世間の噂 _ 2


【美智子皇后ってこんな人】

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皇后陛下特別御出展の薔薇(2008年 国際バラとガーデニングショウ)
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皇太子妃殿下特別御出展の薔薇
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どのような批判も、自らを省みるよすがとして真摯に受け止めたいと思います。
皆様、今スレもよろしくね p(^-^)q (手話ポーズ)  美智子
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宮内庁が「誰かいい人いませんか?」と都内の有名女子大に問い合わせたら聖心が推薦したのが美智子さんだったに過ぎない。

そして、その時代の聖心は「縁談の問い合わせがあれば、正田美智子を推薦した」ので、美智子さんを、お見合い相手にとお勧めされたのは今上以外にもいて、その中の一人が、あの三島由紀夫(ソースは猪瀬直樹「ペルソナ」)。

良く言って中流の三島にお勧めされてお断りされた女性が、軽井沢の恋、で皇太子妃になった。
「ちゃんとした皇太子妃候補」なら常磐会は大反対しなかったでしょうね。、


(入内後)
・民間から嫁いだという理由だけで、良子皇后をはじめ各宮妃から苛められるとマスゴミを通してアピール
・古き良き慣例をいくつもぶっ壊しながら「開かれた皇室」をアピール
・衣装代を惜しまず、美しくお洒落な皇太子妃をアピール
 他方、娘には一貫して質素な装いをさせる


(立后直後)
・良子皇太后がお倒れになると、骨折も痴呆も含めて吹上に放置
・たまに今上と共にお見舞いして、かいがいしく世話するアピール
・自分へ非難の矛先が向くのを察知するや否や、謎の失語症でバッシングを封殺させる反射神経の良さ


(現在)
・病気療養中の長男の嫁へのバッシングは「アーアーキコエナイ」で、ひたすら祈りをアピール
・自分へ降りかかる火の粉だけは華麗な反射神経で巧みに避ける

・「人格否定発言」の後に「公務の見直しも必要」と言った今上と共に、全く見直しもせずコルセット巻いたりして全国行脚
 長男の嫁に「サボリ」のイメージを植えつけさせ、次男一家と一緒になって更にプレッシャーをかけている

・病気に関する発表をさせた翌日には、なぜか元気に公務にお出まし
・病気の夫を放置して、お出かけ三昧


『 宵っぱりの両陛下は午前1時、2時になってからも、インスタントラーメンを つくってください、りんごをむいて、と下命する』

『 皇后陛下にはご気性に激しい側面がおありで、御所の中では時折、甲高いお声を上げられたり、お気に召さないことをすると延々とお小言を賜る 』

『 昭和天皇の愛した吹上御所の自然林を丸坊主にし、新御所を建設したのは 美智子さまの意によるものだった 』

『 天皇・皇后の(平成5年)9月の訪欧時、ご服装の新調代に3500万円かかった 』


■ 美智子皇后のご希望で、昭和天皇が愛した自然林が丸坊主 ? 

「 新御所の建設が決まったのは、昭和天皇がお亡くなりになって半年も経たないうちのこと。
 あまりにも亡きお上をないがしろにした決定です。

 最近の皇室をみていると昭和天皇の威風が次々に壊されていく、そんな気がしますが、その始まりがあの新御所でした」 (皇室に近い関係者)

『 応接 』 部分には映写室やステージ、音響設備を備えた約八十畳の大広間があり
ここは晩餐会や映画会、コンサートも開ける多目的ホールになっている。

また、『 迎賓 』 部分には来客用の寝室、浴室などの宿泊施設も作られている。
この新御所については、元侍従の浜尾実氏はこう語る。

「 国賓に泊ってもらう施設としては立派な迎賓館がある。おもてなしの場所だって皇居内に宮殿があるわけですから、新御所に宮殿や迎賓館の機能まで持たせる必要はない。
 質素が皇室の伝統的な美徳という事から考えると、少し贅沢にすぎると思いますね」

実際、前出の皇室に近い関係者などは
「吹上の自然林を丸坊主にしたのは美智子皇后!」 とまで厳しい指摘をする。


「 大体、皇后は吹上御所にお移りになりたくなかった。
 皇太后さまの匂いのする御所は嫌だということからあの新御所の建設が決まったんですよ。

 たしかに、皇太后が美智子皇后に冷たかったのは事実。だからと言って昭和天皇がご愛好だった自然林まで伐採しそこに贅沢な御所を建設するというのはあまりのことです。

 そもそも皇太子妃時代の皇后に皇室内でもっとも理解があったのは昭和天皇。
 それを考えればあの自然林伐採はとんでもないことです」

「 最近の美智子皇后への苦言は以前の美智子妃いじめとはまったく違うもの。
 最近の特徴は、むしろ皇太子妃時代の皇后に好意的だった人からの批判や苦言の声が多い。

 皇后や宮内庁はその点に留意されるべきではないでしょうか。
 率直に言って、今、皇室は『危機』の時代です。」(同宮内庁記者)


超豪華な吹上御所の建設、そのために壊された皇居の自然林。
『 まるでフルムーン旅行』 といった陰口まで飛び出す外国訪問の旅…。

質素を旨とされた亡き昭和天皇は、そんな、平成皇室をどうご覧になっておられるのか?
http://shimasoku.com/kakolog/read2/ms/1362668038/


やっぱり!! 正田家とGHQの癒着。美智子さま入内を仕組んだGHQ 2016年3月11日
http://blog.goo.ne.jp/inoribito_001/e/b176c669206cae06cadf0d41f5530ed5

今回の記事は、何かあった時のために先の稿と共に、それぞれできる形で永久保存扱いにしておいたほうがよいかもしれません。

皇后陛下とGHQとの癒着の根っこが明らかになりました。

現代の日本における、あらゆる国家弱体化・破壊要素は全て、在日さえ含めてGHQ発です。皇后陛下はGHQ施策の極めて具体的な体現者です。


◆元正田美智子さん、あなた一体何者? 成婚国会承知せず、アメリカで発表された不可解

http://blog.goo.ne.jp/inoribito_001/e/3d31f7ba1c00eea5fe7e0163cfec3a76

↑ 国会で美智子さんの出自と、成婚の陰謀、そして皇太子(今上)の不出来ぶりが、厳しく追求された極めつけの史料です。

◆なんと、社会党が支援していた美智子さま

http://blog.goo.ne.jp/inoribito_001/e/113f75c1f2919bd0cc381ceee34452c1

◆皇后陛下は「アカ」でした

http://blog.goo.ne.jp/inoribito_001/e/c1d3f5e7a9593118391c92ad90752bac


かねてより、拙ブログでは正田美智子さんの入内がGHQによる、日本/皇室弱体化施策の一環であることを、推論として検証してきました。

また、余剰小麦粉を敗戦国日本に売りつけたい希望がGHQにあり、そのために日清製粉と結びついたことも。

GHQが日本弱体化のためにプロテスタントとカトリック問わず、キリスト教をそのツールに使ったことは事実です。

そういう意味で、カトリック背景でまた実家が粉を扱い、また一説には「ある出自」の美智子様は、満点以上のお后候補ではありました。これ以上望めぬ日本と皇室弱体化・破壊の尖兵候補ではありました。

彼らの狙いは実に正しく、美智子さまは皇室内の伝統を次から次に破壊、現在は天皇陛下を率いた女帝として、 愛子さまを皇太子の次の、皇位継承権者として女性天皇の擁立を強く主張、天皇陛下もそれに従っていらっしゃいます。

他に、朝鮮式挨拶コンスふうの宮中導入、お手振りを天皇より高い位置で、肩並べて歩かれ時には天皇より先に立って歩かれ、天皇陛下が語っていらっしゃる間の低頭廃止を、徐々に巧妙に。また控えめながら自らの思想の披瀝。

日の丸と君が代忌避。自衛隊の制服嫌悪、ということは自衛隊の否定。GHQ憲法ともいうべき現憲法の擁護者であり、GHQメンバーや、一条の会という憲法護持の左翼者との親交他。


20150203.館林の日清製粉ミュージアムと正田記念館内外部CX-535
https://www.youtube.com/watch?v=CA9Nht0Bo30

こちらに正田家と、GHQ派遣のアップルトン女史との密着ぶりが残っています。
女史は館林の正田家をわざわざ訪れています。


当時の敗戦国の国民である日本人が、GHQ関係者を「自宅招待」というのは凄いことでしょう。

正田家は、商売人なので関係はないとはいえ、当時愛国者は軒並みGHQから追放されていた時代です。

外務省内でも、愛国者は追われるか隅に押しやられ、GHQの意向通りに反日を貫く者が出世していた時です。雅子妃の実父小和田恒氏がその筆頭格ですね。

雅子妃の背景を知るにつけ、なぜこのような頭も性格も悪い皮膚病持ちの出自も清らかではないお方が入内を?(おまけに身内に精神病者がいるのに)と不可解だったのですが、結局GHQという大きな潮流の中の、美智子さまから雅子様への系譜と捉えると、クリアに視えて来るものがあります。因縁めくことには、お二方とも日本人の健康破壊に関与した第一第二水俣病に、つながっていらっしゃいます。現代では日清製粉の遺伝子組み換え小麦粉が、日本人の健康破壊。皇后は敗戦時から今まで、日本人の健康破壊者とご縁があります。


野田醤油の工場を訪れたアップルトン女史。右端は日本醤油協会会長・正田文右衛門氏(1948年8月)

正田文右衛門は、正田醤油の創業者です。文右衛門も日本人としては相当に高身長。正田一族、それと母の冨美さんも当時としては図抜けた背の高さ、兄妹共に。ただ一人美智子さんだけが小柄。(当時の日本人としては、 平均ですが正田の中では、一人だけ極端に小さい)

日本本来のものである醤油から、小麦粉への新たな進出。
敗戦国から戦勝国アメリカへの擦り寄りが日清製粉です。

美智子様の入内直前に、国会でその入内ぶりの不可解な動きを追求されています。その一つが新平民、つまり部落出身ということの ほのめかしです。拙ブログではその点は断定していず、保留状態です。

ただ、正田家が新平民ではなくても、母方はどうでしょうね。
正田家が、部落と密着した存在であったことは事実。

美術館には正田家の、家系図まで麗々しく掲げられています。

1873 明治6年12月
・正田文右衛門(三代)醤油醸造創業 ※1

1891 明治24年7月
・帳簿組織を改め複式簿記を採用

1900 明治33年1月
・合名会社正田文右衛門商店設立

1908 明治41年10月
・正田式麦煎機特許取得

1910 明治43年2月
・正田稲荷神社を目車町より譲り受け敷地内に遷社


この年譜で目を引くのは、「正田稲荷神社を目車町より譲り受け敷地内に遷社」

「正田稲荷神社」とは?

これは稲荷神社ではなく、白山神社ではなかったかと思うのですが?

なぜ稲荷と書くのでしょう? 白山神社は、部落の人々の信仰対象でした。
(信仰者即穢多非人というわけではありません。)

「目車町」は、皇后を部落の出として書いた被差別部落出身作家の上原善広氏によれば非差別地区だということです。


⇒ 調べました

http://www.shoda.co.jp/knowledg/bunkazai.htm

正田醤油は明治6年(1873年)今から140年前に創業いたしました。
また、正田家が群馬県館林市のこの地に移住してきたのはそれ以前のことで、300年程ここにいることになります。

そのためか、この敷地の中には醤油業をはじめる前のもの、例えば文政11年(1828年)に建てたという『正田稲荷神社』、現在は『正田記念館』として現在にいたるまでの資料が陳列されております嘉永6年(1853年)に建てられた店舗、そして江戸末期にたてられた文書蔵などがあります。これらは全て登録有形文化財に指定されていますが、古いものはなるたけ壊さずに残しておこうという気持ちは以前よりございました。


【正田稲荷神社】
もともと目車町(現・栄町)の鎮守であったが、明治43年(1910年)に正田家が目車町より譲り受けた。

以後、正田稲荷神社として栄町および当社の守護神として祀られている。例祭は2月の初午である。御社と本殿からなり、御社の創建は館林城築城天文元年(1532年)以前といわれるが定かでない。文政11年(1828年)、安政6年(1859年)の2度の再建を経て今日に至る。

・・・・・・・・・・・・ここまで

画像二枚目の神社さんがネットでは「白山神社」として、認識されている祠だと思われますが、いったいなぜ稲荷が白山神社に変貌?

仮説が一つあるとすれば、目車という被差別部落にあった神社さんの移転なので、穢多非人という人たちに多く信仰されていた白山神社さんと勘違いされた?

念のため、白山神社さんの ご神体を調べましたがお狐さんではありません。

更に白山神社は全国に散らばっていますが、そこが全部被差別部落だということではありません。穢多非人の人たちだけの信仰対象でもありません、念のため。

由緒正しいお家柄なら、なぜわざわざ穢多非人村に越していらしたのか?
醤油製造に穢多非人を使った?

しかし「正田神社」と呼ばれるほどの厚き稲荷信仰のお家が、一族根こそぎカトリックに改宗?

何か不穏な気がするのは考えすぎでしょうか。

・・・・・・と書いて、ふと思い出したのですが・・・・


先入観を与えるといけないので、この画像を見て見える人だけどうぞ。
更にオカルト的な話が嫌な人や認めない人は、スルーして下さい。


皇后陛下に現れた数少ない・・・・・皇太子夫妻に比べると少ない・・・・
霊画像に、霊眼が多少ある人が見えるのは、



九尾の狐です。

誰でも視える形ではなく、視える人だけに限定で、むしろよかったです。
わかりやすいと、合成とか気のせいとか言われてうざったらしいので。
なぜ皇后に狐? と霊写真に気づいた時には不思議だったのですが、
お狐信仰のお家でしたか・・・・。
皇后に憑いた霊体の、九尾の狐は瞋恚(怒り)の形相ですが・・・・・。

http://blog.goo.ne.jp/inoribito_001/e/41d4caf989f1ec33423082307330b824

とはいえ、BBの霊眼もさしてあてになるレベルではないので、視える知人に再チェックしていただいたら・・・


こんな感じで、美智子さまの背後にいるそう。BBはこんなに判然と視えるわけではありません。
帽子のデザインも、狐っぽいのは偶然でもないのかもしれません。

霊眼のある知人が更に示してくれたのは、皇后陛下の内面がこういうふうである、と。

一説に半島出自だとも言われる小和田家のように下賤なことはしない・・・・のが正田家だと長いこと言われてきましたが・・・・

もっと下品でした。

美智子さまのご両親様の胸像でございます・・・・


日清製粉会社の歴史を展示している「製粉ミユージアム」内に展示。何の事はない、皇后陛下を間接的にCMガールとして、日清製粉の宣伝ですね。

普通、妻の銅像まで置きませんが。日清製粉にとっては夫妻の娘が皇后陛下だってことで、莫大なメリットです。

こういうところからも商売人の娘は本来、忌避されたのでしょう。
小和田は小和田で、娘の入内を最大限に活用、外務省機密費流用疑惑は不問にされるし、とうとうハーグの判事にまで上り詰めました。

◆元正田美智子さん、あなた一体何者? 成婚国会承知せず、アメリカで発表された不可解 《転載ご自由に》

http://blog.goo.ne.jp/inoribito_001/e/3d31f7ba1c00eea5fe7e0163cfec3a76

こちらの記事で、国会で正田美智子さんの素性に関して今では考えられないほどの肉薄ぶりで追求、またカトリック(キリスト教徒)たちがよってたかって美智子さんを入内させた「陰謀」について、また皇太子(今上陛下)の不出来ぶりを、仮借ないまでに述べた平井義一議員。

以前も調べたのですが、不可解なほどのその後の動きが解らないのです。

http://www.wikiwand.com/zh-yue/%E7%AC%AC25%E5%B1%86%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%9C%BE%E8%AD%B0%E9%99%A2%E8%AD%B0%E5%93%A1%E7%B8%BD%E9%81%B8%E8%88%89

若くして(34歳)福岡4区でトップ当選の実力と人望と人気。その後も当選すること、5期。第28回(1958年5月)でもトップ。これほどの政治家の、写真すら残っていない、気味の悪さ。美智子さん入内1959年の翌年に落選しています。
5期連続当選のベテラン議員が。


中央が平井義一氏。


1958年 皇室会議で満場一致で正田美智子皇太子妃に決定。これも実は奇妙な話。

国会にすら知られずまずアメリカで発表され、名だたる皇族は全て正田美智子入内に反対していたのが、いきなり賛成派に。昭和天皇の賛成の一言により、とされていますが その昭和天皇はいまだGHQの呪縛の中にあられました。


1959年2月 国会で平井義一議員が正田美智子入内の胡乱さと出自を問い詰める。

その2ヶ月後の1959年、正田美智子入内。

その翌年の総選挙で、今まで5期落選したことのなかった平井義一落選。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E4%BA%95%E7%BE%A9%E4%B8%80_(%E6%94%BF%E6%B2%BB%E5%AE%B6)


平井 義一(ひらい ぎいち、1913年3月 – 没年不明)は、日本の政治家。元衆議院議員(5期)Wikiより

国会議員を5期務め、第4次吉田内閣で郵政政務次官に就任、横綱審議委員、日本プロレス協会長などの、華やかなポジションにいた人物の没年が不明?・・・・。

没年不明は行方不明とほぼ同義ではないのですか?

気色の悪い・・・・。⇒ コメント欄に・・・・ご存命だそうです。Wikiの「没年不明」記述はなぜに?

⇒更にコメ欄に。衆議院の広報課に訊いたら、平成19年9月6日にご逝去。

平井議員とは違う意味で、履歴の一部がすっぽり消されているのは、美智子さん入内に直接動いたカトリック神父、ジョセフ・フロジャックです。

足跡はかなり詳しくWiki他にまとめがあるのに、部落布教のために群馬は館林に向かい、そこで布教していた事実だけ全部、過去から抜き取られ、なかったことになっています。

ご本人が著した書物まで焚書されたら、ジョセフ・フロジャック神父が美智子さんの父方祖母、正田きぬさんを一番目の布教者として、それから次々に正田一家をカトリックに改宗させたことも、 「なかったこと」にさせられるのかもしれません。

正田家とGHQの癒着、それにからんだ美智子さんの入内について発信し始めたのは、ひょっとして拙ブログが始発だったかもしれませんが(始発信は誰でもいいのですが)これまで推論の域を出なかったことが更に今回の記事で一歩進めたかもしれません。


朝鮮髪飾り ペッシテンギ


国連女子差別撤廃委が女性天皇を認めよ、そのために皇室典範改正をと、言ってきましたが、もともと現行の皇室典範も戦前のそれから様変わりしたのはGHQ関与だと思います。憲法をいじった彼らが皇室典範放置はないですね。

それまでは皇太子が不出来であったり人望が無かったり、ふさわしからぬ行為がった時は、長男であろうと排除、ふさわしい人物が天皇になっていました。

皇后も目論む女系天皇は論外ですが、どんなアホでも長男なら即位というのも、考えてみればGHQのやりそうなことです。当時の皇太子(今上)はさんざん、GHQによる恫喝と洗脳教育で自虐史観左翼に仕立てていたので、そのまま即位させないと、計画が成就しないわけです。

いまだ日本を敵国としてみなす「敵国条項」のある反日国連とその事務総長、潘基文と癒着している皇太子。そのさぼり妻は国連大学通学には熱心で、 個室が与えられたほど。またその父はGHQの意向に忠実で、要するに反日姿勢で出世階段を駆け上がっています。妹も国連関係。

池田 (小和田)礼子国際連合職員、国連ユニセフ駐日事務所(東京事務所)副代表などを歴任。

そして、売国の宮高円宮の長女と同じく、あの中抜き日本ユニセフに母親と妹が関与。小和田は真っ黒。反日一家です。出自はほぼ間違いなく半島。

そして国連といえば美智子皇后の盟友、ブサヨフェミの緒方貞子。

皇后の、女性宮家の創設で皇后の助っ人をし、一方ですでに在日という難民に苦しめられている日本に、更に難民受け入れを迫る左翼女がいます。

皇后陛下が主張なさり、天皇陛下がそれに追随なさっている「皇太子の系譜の女性天皇」を立てたら、皇統に朝鮮人の血が入り込みます。
http://blog.goo.ne.jp/inoribito_001/e/b176c669206cae06cadf0d41f5530ed5


▲△▽▼


私が学生の時だが、友人は、

[美智子妃殿下は皇太子(今上天皇)が知的障害があるので、それに絶望して自殺未遂を二回した]

と言い張っていたよ。


[皇太子(今上天皇)は知的障害なのは公然の秘密]と言っていたな。

理由は[近親婚]を繰り返したから。


__________

皇太子(今上天皇)さまは、学校での授業についていくのに大きな努力をされていたので、お友達との交友を深める時間や余裕がなかったという記事を目にしたことがあります。

学業にかなりの努力がいったことにより、社会的コミュニケーションが極めて偏狭な殻に閉じこもった状態のまま、周囲がなんでも手配してくれる環境におられたことで、奥さんのご実家文化や気性とぴったり合って、固まってしまったのかもしれません。今、医師も誰も寄せ付けない状況で、ご行楽に励むのが嬉しいのであれば、国民にとっては「手立てなし」を、クールにみるしかないと思います。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1493213639


美智子妃を選ぶにあたり、後に新宿の歓楽街で亡くなった黒木侍従と小泉信三の二人のみが隠密裏に動いた。その他、お妃選びの相談役を自ら任じ、常盤会会長も務めていた松平信子は蚊帳の外に置かれ、地団駄踏んで悔しがることになった。ご成婚後も容易に怒りは解けず、昭和天皇みずからが頭を下げて了解を願ったという


 しかし、天皇に頭を下げさせるとは。常盤会はそんなに偉いのか。そんな旧い体質を壊そうと思ったのだろう。涙ぐましい努力だ。小泉信三も信念を持った立派な人だった。今の宮内庁にはこうした人はいない。又、「新宿の歓楽街で亡くなった黒木侍従」も立派な人だった。

島田は、ボカした書き方をしているが、実は、新宿のソープで亡くなったのだ。それも、従業員のお姉さんたちは少々、年増で、それ故に、入浴料も安いソープだ。当時、週刊誌にはデカデカと出てたから覚えている人もいるだろう。

戦前だったら、そんな記事が出ることは絶対になかった。でも、今は隠しておけない。「なんだ、宮内庁の侍従が」と怒った人もいただろうが、でも、型破りで、人間的な侍従だったのだ。

 まさか、民間人をお妃にしたのを恨んだ闇の勢力が、ソープ嬢を買収して殺したわけでもないだろう。あるいは、ソープ嬢が「くノ一」で、交わっている時にショック死させたとか。これじゃ、まるで山田風太郎の世界だ。

長男浩宮が生まれると、明仁皇太子は学友たちに「浩宮の代で最後になるのだろうか」といったという
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Gaien/2207/2005/shuchou0822.html

▲△▽▼


天皇家でまともな子供が育たない理由


私がとあるクラシック音楽のコンサートに行った際のことです。座席に座っていると、皇后さん(美智子さん)が入って来ました。どうやらそのコンサートに招待されたんでしょう。皇室ファンが喜んで拍手したりしている。

私がビックリしたのは、皇后の付き人の女官です。
配布されたA4版のプログラムを団扇のようにパタパタさせて自分をあおったりしている。オマケに演奏中にコックリコックリ。
「イヤぁ〜お行儀が悪いなぁ・・・」
それが平民ならいざ知らず、よりにもよって皇室関係者とは!

・・・そう、なんですが、まあ、皇后さんだって、好き好んでその女官に付いて来てもらったわけではないでしょう。自分の意向が働く女官だったら、
「アナタ・・・プログラムを団扇のようにパタパタさせてはダメですよ!」
って、注意できますからね。
だって、誰が見ても判るくらいの、お行儀の悪さなんですから。

その女官は、敢えてそのような「振る舞い」をした・・・と考えるのが自然でしょう。敢えてそんな振る舞いをしたのでなくても、そんなお行儀の悪い女官を選択した時点で「意図」があるわけです。

知性が欠落しているケースだったらスグに判るものではありません。それこそ「会話の話題は、お天気と健康だけに限定!」と、事前に言い含めればスグにはバレることはない。しかし、お行儀の欠落はスグに判るものでしょ?よりにもよって皇室なんだから。

こんな満天下に恥をかかされている生活を続けては、あんな「生気のない」「人生に疲れた顔」になっちゃうのも当然ですし、長男の「嫁」が、病気になるのも当然ですよね?
まあ、いとやんごとなき世界の人たちは、勝手にいがみあっていれば済む話ですよ。私たちには関係ありませんものネ。

ちなみに、ジジババが威張っている封建的家庭に「嫁」に行って、その女性が重症のストレスを抱え、結局は、子供が問題を起こし、登校拒否になったりする例は現実に多くあるでしょ?
そんな封建的な家庭は、避けるのが利口ですよ。何も一般の平民が火中の栗を拾う必要なんてありませんよ。そんなところに飛び込んだりすると、それこそ「生気のない」顔になっちゃいますよ。封建家庭の「嫁」って、そんな「生気のない」顔の人が多いでしょ?
一般の平民はさすがに付き人がいるわけではありません。しかし、ちょっとした身につけるものを観察することによって、親なり、周囲の人間の配慮も見えてくるわけです。

一般人は付き人などとは縁がありませんが、頻繁にやり取りをしている人のキャラクターから見えてくるものも多いでしょ?
当人はなんとかごまかしていても、周囲にいる人の振る舞いから、その当人のキャラクターが見えてくることも多い。
それこそ、親子なり、あるいは、祖父母と孫の組み合わせでも、子供の側が異常に気を使っている雰囲気を漂わせている場合もあるでしょ?
傍にいるその子供の表情から、当人の資質もみえてくるわけです。

あるいは、グチに付き合うことしかできないようなボランティアがいつも近くにいるということは、当人自身はいつもグチばかりということ。
あるいは、「おべんちゃら」を言うしか能がない人間を侍らせているということは、当人自身が自分に厳しい人間ではなく、「いい加減」で「てきとう」な人間であるということ。
どんなに服装はキチっとしていても、周囲の人間がダメダメだったら、当人自身がマトモのわけがないじゃないの?

それこそ以前に日本の芸能人の方がお亡くなりになって、離婚した妻と娘がお葬式に来ないということがありました。そのことに対し、その芸能人の弟が、「いくら呼んでも来てくれない。」と、報道陣にグチっていました。
しかし、そんな感じでグチばかり言っている人間を傍に置いている時点で、その芸能人も焼きが回っているということ。

もちろん、「呼んでも来てくれない。」というグチは、それこそ、いとやんごとないご家族でも、出て来ました。
まずは、そのようなグチに共鳴し、周囲に被害者アピールするしか能がない人間を切り捨てることも必要でしょ?
ヨーロッパの王室において、道化と、相談役は、その役割として別ものですよ。
自分のグチに付き合ってもらうのは道化の役割であって、それはそれでいいのですが、自分たち自身の問題点を指摘してくれる人も置いておかないとね。

逆に言うと、周囲の人の言動から、当人の資質も見えてくるわけです。
友人だろうが、付き人だろうが、あるいは、被害話に共鳴するようなボランティアだろうが、お側の人からその人が見えてくるわけです。
どんなに立派な服装をしていても、周囲にいる人がダメダメだったら、その人自身もダメダメなんですね。

ダメダメ家庭というものは、目立つところにブランド物をしていても、実際的な面で、抜け落ちがあったりするもの。結局は、子供の気持ちを考えていないというわけです。そんなダメダメ人間が考えるのは自分の被害だけなんですね。
「コイツのせいで、ワタシは不快な目に!!」
言葉で言わなくても、身につけるものや、付き人や、お弁当のレヴェルが雄弁に語っているものなんですね。

皇后さんは、昨日(10月20日)が誕生日だったそう。
長女ももうすぐご結婚で、これも何はともあれ、おめでとうございます・・・と言ったところですね。

その長女は、皇后が困っているときに「ドンマイ!」って慰めてくれたそう。
それは結構なことですが、困っている親を子供の方が慰める状態がデフォルトになってしまった例が、まさに長崎県の「新しい」方の事件の家庭。
なんて言ったらいいのかなぁ?
http://space.geocities.jp/kinoufuzennkazoku/05-10/05-10-21.htm


ダメダメ家庭の顔 生気のない顔

生気のない顔というと、日本で一番身分の高い女性が、その典型と言えるでしょう。まあ、あの方も随分と大変なんでしょうね。

あの女性は、好き好んで、あの家庭に嫁に行ったわけですから、それは本人の選択の結果と言えるでしょう。しかし、そんな状態を放置するから、次なる新参者が病気になっちゃうんでしょ?

まあ、いとやんごとない家庭は、一般人には関係ない話といえます。しかし、そこに見えるダメダメ家庭の特質は一般人にも結構参考になるわけです。ダメダメ家庭というものは、内科的な方法では改善できません。だって、問題が起こっても、その問題の原因を、自分たちとは「もっとも薄い」関係にある新参者に原因を押し付けてしまうので、本質的なものは何も変わらないんですね。

その家庭に生気のない顔の人がいたら、その人が、その家庭の問題の原因を一手に背負わされていると見ることができます。そんな家庭に新たに入ったりすると、次に生気のない顔になるのは、新しく入ってしまった当人なんですね。

ちなみに、なんでも、とあるオーストラリア人のジャーナリストが「プリンセス・マサコ」という本を出版したそうです。宮内庁が皇太子妃の雅子さんをいじめているという話らしい。

このメールマガジンでは、以前に皇后の美智子さんが宮内庁からイジメられているシーンを書いています。この私がコンサートホールで目撃しました。目の前で肉眼で見たんだから、議論の余地なしですよ。

皇后さんもあんなにイジメられているんだから、皇太子妃も当然のこととしてイジメられていますよ。というか、あんなに生気のない顔だったり、鬱病になって「ワタシは幸せよ!」も何もないでしょ?

しかし、宮内庁も、オーストラリアのジャーナリストから問題を指摘されると、「そんなことはないっ!」と逆上するって・・・イジメ自殺が起こった学校の関係者と全く同じ対応というか、私のメールマガジンに対し逆上メールを送ってくるダメダメ人間と同じというか・・・まあ、ダメダメのお約束なんでしょうね。

つまりダメダメと言うものは、どんなところでも起こっているわけですし、ある意味において、共通性も多いわけです。

まあ、皇室に関係のある購読者さんは、たぶん、いないでしょうが、あの手の封建的な家庭が近くにある方はいらっしゃるでしょ?そのような封建的な家庭の、お嫁さんなり、女の子って、あんな生気のない顔のケースが多いですよね?

往々にして、そんな封建的な家庭のジジババは、ボランティア活動などをやっていたりするもの。だから、そんな家庭は、いわゆる「立派な家庭」と評価されたりする。
しかし、ボランティア活動をやっても、自分のもっとも身近な人間の生気はない・・・封建的なダメダメ家庭って、身分の差はあれど、そんなところがあるでしょ?

そうして

「ワタシたちはこんなに立派なのに、あの人が来たせいで・・・」

と周囲にグチることになる。ダメダメ家庭の周囲には、同じような被害者意識が強いダメダメ家庭の連中が多いので、そんな被害話に大いに盛り上がってしまう。そして

『まったく・・・アナタも大変ねぇ・・・あの人には困ったものだわ!』

とグチの共鳴。周囲がこれでは、ますます生気がなくなりますよ。

ちなみに、私は、制度としての皇室問題を議論するつもりはありませんヨ。
一人の人間としての、あるいは一人の女性としての幸福について考えているだけです。
幸福な人は、幸福な顔をしていますよ。そのオーストラリア人ジャーナリストの著作がトンチンカンだというのなら、宮内庁の反論よりも、幸福そうな表情が何よりも雄弁な反論になるものでしょ?

「プリンセス・マサコ」という本に関わる問題は、ダメダメ家庭を考えるに際し典型的な事例と言えますね。

ダメダメ家庭なり、ダメダメな集団と言うものは、自分自身の問題と真剣に向き合ったりしない。何か不都合なことがあると、新参者にその問題の原因を押し付けて、「自分たちはアイツが来たことによる被害者だ!」と被害者意識に浸ってしまう・・・

この新参者は、何も人間とは限らず、たとえば、インターネットとか、その前は音楽のロックだったりと、とりあえず目立つものが選定されることになる。
そもそも、現実としっかり向き合うことから逃避したり、問題点について考察することからの逃避としての犯人認定行為なんだから、とにもかくにもスケープゴートがほしいだけなんですね。

犯人探しに明け暮れるようなダメダメ家庭において、問題の原因としての役割を押し付けられてしまう新参者は、それが人間となってしまう場合には、往々にして「嫁」だったり、「子供」だったりするもの。この手のダメダメ家庭は封建的な面を強く持っているので、男尊女卑の雰囲気があったりして、女性が犯人として認定されやすい。だから、同じ子供でも女の子が狙われてしまう。

それに、犯人認定行為をする人は、「どうしてその人が犯人と言えるのか?」という点について説明するのができないので、「自分に対して反論してこない存在」を犯人認定しようとする。まあ、男性よりも、女性の方が反論してこないことが多い。

あるいは、よく虐待事件で出てきたりするシチュエーションである、同居している「相手」の連れ子なんて、この理屈からすると、ドンピシャでしょ?

いったん、犯人認定されてしまうと、普段から、「この家庭が上手く行かない犯人」とされてしまい、まさに諸悪の根源扱いとなってしまう。ちょっとのことで、
「また、オマエのせいで、迷惑を受けた!」
と怒られることになる。だから、犯人とされてしまっている人間は、日頃から周囲に対して気をつける必要がある。
それこそ、楽しそうな表情をしていたら、家族からどう言われちゃうの?

「ヘラヘラと笑っていて・・・全く・・・アンタは気楽でいいねぇ・・・コッチはアンタのために苦労ばかり!」
「いったい、誰のためにこんな苦労をしているのか、分かっているのかしら?」

そう言われちゃうでしょ?
とてもじゃないけど、朗らかな表情をしているわけにはいきませんよ。
かと言って、困った表情をしていると、どう言われちゃうのでしょうか?

「全く・・・辛気臭い顔して!コッチまで気が滅入って来るじゃないの!」
「ちょっとは、周りのことも考えてほしいものだわ!」
「いったい、誰のためにワタシたちがこんな苦労をしているのか、分かっているの?!」

と、やっぱりイヤミを言われるだけ。

結局のところ、どうすればいいの?
朗らかな表情でも、文句を言われ、苦虫を噛み潰した表情でも、文句を言われるわけでしょ?

もうこうなると、表情が判らない・・・生気そのものが抜けたような顔になるしかないでしょ?
逆に言うと、「あの人・・・どうも生気がない顔をしているなぁ・・・」と思われる人は、その家庭において、自己表現が閉ざされていることが推測できるわけです。
ちょっとでも自己表現をすると、叩かれる。
ちょっとでも感情を見せると、文句を言われる。
いわば「出る杭は、打たれる」状態となっているんですね。

子供の表情を見るだけで、どんな役割を子供に対して「要求している」家庭なのか分かったりするもの。生気のない顔をしているということは、感情を抑圧することを求めている家庭ということなんですね。

ダメダメ家庭の、特に女の子において、このような生気のない顔になってしまう例があったりします。それだけ、子供の頃から周囲に気を配っているわけです。自分の周囲に波風が立たないように配慮する。そして自分の感情を読まれないように配慮する。そして自分の感情そのものを抑圧する。そんな習慣だったわけです。
そんなことをしていると、精神的に疲れちゃうでしょ?
だから、ますます顔から生気が抜けてしまうことになる。

このような生気のない顔の周囲には、以前に書いた「不満いっぱいの顔」がいるもの。
日頃から不平不満を語っていて、「アイツのせいでうまくいかない!」と誰かを恨んでいる。
そんな人の身近にいる子供は、その不満を一身に浴びて生気が抜けてしまったわけです。
逆に言うと、生気のない顔の子供と、不満いっぱいの顔の親の組み合わせだったら、もはやダメダメ家庭のレヴェルを超えて、フィジカルな虐待の可能性も見えてくるわけです。

それこそ、以前に、秋田県で、自分の息子や、近所の子供を殺害した女性がいましたが、あの女性の顔は不満いっぱいの顔だったでしょ?
そして、たぶん、殺された息子さんは、生気のない顔だったのでは?
個人の顔だけでなく、顔の組み合わせからも、その家庭について見えてくるものなんですね。

あるいは、前に書いている封建的なジジババがいる家庭だと、まさにそのジジババが不満いっぱいの顔だったりするでしょ?
そして、その不満いっぱいの顔のジジババの周囲には、そんなジジババに媚びを売るようなボランティア顔の人がいたりするもの。
つまり、「おべっか」や「おべんちゃら」を求め、真実と向き合っていない状況も見えてくるわけです。

そんな顔の組み合わせだと、まさに威張っている人間が、不満を語り、周囲のおべんちゃら人間がそれに同調し、結局は、新参者への締め付けがますます強くなってしまい、カタストロフに至ることになってしまう。
http://space.geocities.jp/kinoufuzennkazoku/07-02/07-02-20.htm


▲△▽▼

皇室の行方〜徳仁の行く先歩く先


もうね、日本人として恥ずかし過ぎる
どんだけみっともないんだ

これが
これが
これが
次代の『世界最高位』である日本の天皇になるなんて

悪夢だ

「結婚式への参列」たったこれだけのことでも


世界中から集まったあれだけ多くのカメラマンの前で一組一組が王族貴族としてのそのお姿をご披露する為に歩いておられるのにそれがわからない

50年以上、世界最古で世界最高位の日本の天皇家の跡継ぎとして教育されてきたのにたったこれだけの事もまともに出来ない

お付きの人が何から何まで仕切ってあげないとまともな立ち振る舞いも出来ない

本当にただ「生まれ落ちた時に与えられた地位」だけの人

かつての恩師に「その地位が無ければ記憶に残らない生徒」だったと言われた
凡庸極まりない人間徳仁

この人の根本にある「自身に与えられた地位」の認識とは偏に周囲に「してもらえる」ためだけの地位なのだ


・何時でも何処でも身の回りの世話を「してもらえる」のが皇太子の特権

・勉強をしなくても進級進学を「してもらえる」のが皇太子の特権

・英語も日本語もまともに出来なくても会話の相手を「してもらえる」のが皇太子の特権

・地酒でもアイドルでも欲しい物はねだれば用意「してもらえる」のが皇太子の特権

・世継が生まれなくても自分は何も困らないように「してもらえる」のが皇太子の特権

・面倒な事難しい事は周囲に全部後始末まで「してもらえる」のが皇太子の特権


自分はその世界最高位の「してもらえる」為に君臨する世界でただ一人の偉い人

そういう認識なのだ

だから、恥を知らない

50年以上教育されてきた帝王教育が何たるかもわからないまま

ただ

ただ

親に
家族に
親戚に
政府に
国民に

「してもらえた」だけの人

だから、これからもずっと「してもらえる為」だけに生きている人


何故、「してもらえる」のか
生まれ落ちた地位の為に周囲がどれだけ努力し教育し護ってくれたのかを理解出来ない
その事に対する自身の責務の重大さも理解出来ない

眞子内親王は、自分が皇族だと理解出来るようになったのは小学生の頃と語られた

徳仁は50を過ぎても「世界最高位の責務を負う」事を理解出来ず
「世界最高のしてもらえる」人になれるのだと思いこんでいる

食卓に並ぶ料理は、

「自然とわいて出た」と何の疑念も無く思っていたという徳仁の脳みそは

自分だけが、天皇の地位に就く者なのだから、
今上陛下に向けられている称賛と崇拝を自分にも「してもらえる」と何の疑いも無く思っている

脳みそレベルがそれだから意識改革とか説得で理解とか有り得ないのだ

猿を幾ら調教しても決して人間にはならないのと同じ

徳仁を幾ら教育しても決してまともな大人にならない

成長しない永遠の小学生脳のままの大の大人

だからこそ、この人に「何かをさせてはいけない」のだ

地酒をねだる為の国内公務も海外レジャーとの区別がつかない皇室外交も人の辛さや悲しみが分からない慰問も百害あって一利無し

特に外交は、日本の国益の損失に繋がる

雅子と愛子だけでは無い
徳仁も海外に出してはいけない

徳仁の即位の礼は このぽっち外交ぽっち参列の様にみっともないだけのぽっち即位になるだろう

とにかく

とにかく

徳仁を外国に出すな←くりっく
http://www.yuko2ch.net/mako/makok/src/1350749694017.jpg

徳仁を外国に出すなA←くりっく
http://www.yuko2ch.net/mako/makok/src/1350770310156.jpg


行動がまるで小学生

脳の発達が小学生のままで50越えた姿

間違いなく、軽度の知的障害を含む発達障害なんだろうね

知的障害の愛子と同じ表情をしている


ストーカーされた妃殿下が「何この人、キモ」と思っているのが手に取る様にわかる・・・情けなっ!

もう絶対に出すな

これからは全て秋篠宮両殿下にお願いすべし

一方、その頃の嫁と娘

お辞儀はせずに、必ずお手振り、しかも絶対に左手

それも、手を振る先に顔も体も視線すらも向けない

手は振ってやるけど、関心はねぇよと言うポーズだけの態度

皇族は、お手振りさえしてやりゃ国民は旗振って喜ぶと勘違いしている

それを、知的障害児の娘に訓練する時は

「バイバイねバイバイバイバイ」

で教える

娘は、周囲に居るギャラリーの顔や姿をどこまで認識で来ているか不明

ただの人だかりか うごめく集合体程度の認識かもしれない

その中に顔見知りをサクラとして置くと認識できる顔としてニヤ〜と(喜怒哀楽とは別の)した表情になる


それは、知ってる物を見つけた時の反応

陳列棚に、普段飲んでいるペットボトルがあれば、それをとっさに掴む衝動と同じ

乗馬コーナーがあれば、そこに突進し、いつでも自宅で乗れるのに馬にまたがってニヤ〜としているのと同じ

自分の知る物がある時の顔でしかない

人の顔を覚えるというのはなかなか難しい
顔と名前が一致しないとか人の顔をなかなか覚えられないとかよく聞くのはそれなのだ

識別能力の中でもかなり難易度が高いのがこの「顔を覚える」と言う事

愛子が、一体何人の顔を識別できるのか

そこには、愛子自身が「気に入った」という条件が大きく作用しているだろう

快不快だけで生きている愛子にとって気に入る気に入らないと言うのは重要な条件

恐らく

南組全員の顔
東宮御所の職員全員の顔

覚えていないと思う


その代わり気に入った物や人への執着は尋常ではない

一年に何度もそして過去から何年もアレだけのギャラリーに囲まれるお手振りロケを経験していても

ぼー

と得体のしれない者を焦点合わない目で眺めているのはそれなのだろうと


殆ど接触が無い皇族の御親戚の方々もどれだけ認識で来ているかと言えば

年に一度か二度程度でも佳子様は快不快の「快」として「認識」
悠ちゃん殿下は「小さく弱いから愛子の方が優位」として「認識」

そんな程度かもしれない

雅子「バイバイねバイバイバイバイ」

愛子「(頷いて)バイバイバイバイ」

雅子も愛子も左手でバイバイバイバイ


そんな嫁と娘を残し1人外交に出向いた皇太子は

カメラマンの前に来ると、他人の前に立ちはだかってニヤニヤバイバイバイバイ

プリンスどけろという声が聞こえてもニヤニヤバイバイバイバイ

他国の王族夫妻が気持悪がって足早に逃げようとしてもニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤと駆け寄る


あああ おぞまし過ぎる
http://maruga935.blog8.fc2.com/blog-entry-1610.html


▲△▽▼


秋篠宮 (文仁) 殿下が、天皇実子でないという噂は、関係各位に根強く伝承されている。

噂の出所は、天皇一族の警護、護衛を主務とする皇宮警察。 皇宮警察と言えば、警察官の中でも選りすぐりの良血者で構成されている機関だが、良血と言っても所詮は田吾作集団。

酒が入れば、口も軽くなり、同期生が集まれば、ここだけの話が、あっちこっちで交わされるのである。

「ここだけの話だが、秋篠宮が、天皇の本当の子供でないってこと、お前知ってるか?」 ここだけの話の一つが、それである。

それが酒席の冗談で終わらなかったのは、それなりのバックボーンがあるからだ。

遡ること四十数年、昭和天皇の后や、后の取り巻き女官たちから陰湿なイジメを受けた美智子妃殿下 (当時) は、精神に深いダメージを受け、那須の御用邸で一人寂しい静養生活を送っていた。


生まれついての貴種である前の皇后にとって、平民出身の美智子妃殿下の一挙一動作がしゃくの種。 子供 (浩宮) の育て方に始まって、手袋の持ち方一つにもアヤをつけたのである。

悩み多き貴婦人の警護を担当していたのが、若き偉丈夫の皇宮警察官。 深い同情が恋情に変わり、いつしか二人は恋に落ちたというのが、まことしやかな警察物語である。

そして、皇太子 (当時) と没交渉の筈の妃殿下に、懐妊のニュースが流れることになる。 

道ならぬ恋の噂は、宮内庁首脳にも届いている。 だからと言って、出産を止める手だてなどあろう筈もない。 そこで代々の宮内庁長官に、一つの言葉が引き継がれることになった。 

「皇位継承者は浩宮の血脈から ・・・」 と、である。

秋篠宮 (文仁) 殿下は成長するにつれ、天皇一族とは明らかに異なる特徴を見せつける。 体型、思想、行動の全てである。 皇太子や、黒田清子さんが、一目で陛下のお子さんだと分かるのに比べ、秋篠宮の体型は似ても似つかぬものがある。


それよりも何よりも、ナマズの研究にかこつけて、タイ女性にうつつを抜かしたり、祖父である昭和天皇の喪が明けぬ内に結婚を決行するといった傍若無人の精神性を露出する。 挙げ句の果てには、兄である皇位継承一位の皇太子を、公然と批判したりするのである。

「文仁殿下は、血の秘密を知っているに違いない」 の呟きが宮内庁首脳から洩れる。

そうとしか理解できぬ異常行動が多すぎるのである。

菊のカーテンの奥に潜む機密事項が、小泉総理にもたらされたのは、今から一年以上も前になる。

雅子妃殿下の病状が思わしくないこと。 おそらく、お子さんは愛子内親王お一人でありましょう。

「だからこそ、皇室典範を改訂し女性天皇、女系天皇への道筋をつけて戴きたいのです」 さもないと、神武天皇以来続いた万系一世の貴種は、今世をもって終焉するかも知れません。万が一にも秋篠宮家に第三子が誕生し、それが男子であったなら ・・・・・・・

流石の小泉も、菊の秘事を耳にして腰を抜かさんばかりに驚いたという。


当時は、郵政政局真っ盛りの頃、政局に破れ退陣するようなことにでもなれば、郵政もさることながら、皇室が大変なことになるのである。

結果、総選挙に大勝し、郵政を片づけた小泉内閣は、早速大事案である皇室典範の改訂に取りかかる。 平沼赳夫のように、小泉憎しで反対音頭を歌うのはどうでも良い。 何としてでも片を付けてみせると決意を固めた矢先である。

秋篠宮紀子妃殿下が十一年ぶりに懐妊したとのニュースが日本全土に配信される。 長兄に男子が出来ぬなら、作って見せようの気構えかどうかは別にして、皇室典範事案の帰趨が大問題になっている矢先の懐妊である。

このことが万々歳でないことは、美智子皇后が突然体調を崩されたことからも察することが出来る。

馬鹿なマスコミは、目出度さ一色の報道を繰り返すが、目刺しの頭も信心からと言う事態になるやも知れないのである。

日本には、触れれば血が出る、死人が出ると言われる世界が三つあった。 同和、総連、それに菊の紋所である。 特に菊は、タブー中のタブー、同和・総連が小泉改革で崩壊しても、菊に関しては批判めいたことが何一つ言えないという風潮がまかり通っている。

だから今回は、署名投稿で秘中の秘、禁断のエリアに踏み込んでみた。 その場を与えてくれた、論談編集者に礼を言いたい。
http://www.rondan.co.jp/html/mail/0602/060208-3.html


皇室の行方〜浩宮だからこそこの嫁の法則


さて、代行を請け負う皇太子が御学友に送ったメールの内容が自身が多忙だという内容だったという
あんだけ休んでていて多忙?
雅子のパシリが多忙だったとでも??

なら、激務な公務の代行なんかやったら耐えらんないっしょ?

国民から何に対してどんな非難の目を向けられているのか
自分の置かれている状況がまるでわかっていない

「多忙で」

陛下の公務量と自身の在宅率が比例しているのがわからない

自分と他者の違いや距離感がわからない


そんなエピは、子供の頃から山とある皇太子

有名なエピの中に

『御所では自分ひとりに対してだけ皆が話し掛けるので、学校の先生が「明日ここの問題やってきなさい」 とクラス全員に向かって宿題を言っても、自分もその中に含まれていると思わず宿題を毎日やってこない日が続いた。』

というのがある
まともなら有り得ない事だが、皇太子ならあり得たのである
国民の非難の声が、目が、自分に向けられている事も分からないというのが分かるエピだ


御所での食卓に並ぶ食事の数々は、自然に沸いてくるものだと思っていたと言う皇太子
美智子妃が驚いて、厨房に連れて行き職員達が作っている姿を見せたと言うエピも

どんな幼少時期でもまともな子にはあり得ないが、皇太子ならあり得た驚愕話である

長男二男や末娘の違いがあっても秋篠宮殿下や紀宮様にはこんな驚愕エピはない


頭が悪いにもほどがある

今の年齢になっても皇室への献上品で、自身の好きな酒があれば それがその年に作れた滅多に作る事が無い特別品であるからこその献上品なのにもっとよこせと催促してくると言う

数に限りがありその中からの献上品である事を説明しても理解出来ず催促してくると言う献上元からの話も頷ける

この世に生れて50年以上こうなのだから この先、立派な人格者になるはずなど到底あり得ない

スピリチュアルさんの話で

『皇太子妃になるべく人でなければ皇太子妃にはなれない』

というのがあり最初は、雅子が??はぁ??だったがよく考えれば、この凡庸で無能な皇太子の妃になるべくしてなったのが、更に凡庸で無能な小和田雅子だったのかと!

なるほどと!
皇后にはなれず他の宮家の妃にもなれず一般人の嫁にもなれない


欲深で外戚を企む小和田と創価のゴリ押しがあったから

部落解放同盟の家系図暴露反対抗議があったから

週刊誌を金で買って捏造記事を書かせる実家の非常識があったから

皇太子が常軌を逸したボンクラだからこそ

ボンクラ雅子が皇太子妃になることが出来た!

という事なのか

なるほどと!

子供頃からまともでは無かった皇太子の周囲を大勢のお付きの人々が素の出来の悪さを隠してきた

天皇皇后両陛下は、小さいときから厳しく育てた
しかしそれでも漏れ伝わる出来の悪さ

担任からは『身分が無ければ、印象にも残らない生徒』とまで言われ

企業関係者からは

「かれは健康ではあろうが、ハンサムには程遠く、頭がよいという話は聞いたことがない。オックスフォードに留学していたのに英語は下手で、ヴィオラは弾くがうまくはない。退屈で凡庸な人間で、洗練されたところはまるでない」

とまで言われる男に、当初は元華族の利発で繊細な女性が皇太子妃として内定しかけたが小和田が割って入ってゴリ押ししてきた為、家柄も人柄も申し分のない女性との縁談は消え雅子が入内した

なるほど このどうしようもない男の嫁は、どうしようもない女の雅子がなるべくしてなったのかと

そういう事だったのかと

これは偶然ではない必然な事
この世は全て必然だと言うのはこの東宮夫婦も同じ

雅子が皇太子妃になる事で今まで隠されぼかされてきた皇位継承権第一位の皇太子の素顔をさらけ出した

国民の殆どが、このボンクラ皇太子の素の出来の悪さを知らないまま
いや、うすうす感づいてはいても、タブーな領域として

また、有能な側近と利発で常識的な妃殿下がいれば、
この哀れなまでボンクラな皇太子に男児が生まれ、徳仁の空っぽな系統が二代三代と弱々しくも続く事になり、
皇太子の素顔は覆い隠されたまま、その血統が日本の皇族の皇位継承者となり

・・・日本の皇室そのものが途絶えていたかもしれない

だが、あり得ない素行の悪さの雅子が皇太子妃になったお陰で、あらゆる能力が皆無である事が明白になった皇太子の地位の譲位論まで国民から出てくるまでになった

「浩宮の生涯のお友達に」と美智子妃から頼まれたからこそ居た御学友達は婚姻前から、雅子の態度の悪さ人望の無さに苦言を呈し、学習院の子供を吊るしあげる様な記者会見でも苦言を呈してくれたが、雅子が悉く関わりを拒絶したため今はもう、苦言を呈すどころか、皇太子に誰も寄り付かなくなった


東宮の職員は、かつて皇太子の全てをフォローしてくれた有能な人は誰も居ない

スーツのアイロンもなくしわしわのまま

雅子の勝手な都合ばかりに動くだけで、皇太子のフォローは皆無

だから、雅子が皇太子をワゴン車の荷台に押し込んでも、誰も何も言わない


自分は天皇に即位するというプライドが唯一の自分の価値であるが故
皇太子の立場を譲位はしないだろう

これこそ正しく、裸の王様なのだが本人はその事にすら気付かない


陛下が検査入院をしても愛子のスケートだのデパートでの買い物だと
私的外出をする意識の無さ馬鹿さ加減は筋金入り

そんな皇太子に「もっと自覚を」と非難の声が上がっても自分に言われているのかどうかも理解出来ない
周りが何とかしてくれると無責任なまま


愛子の最新映像で


丁寧なお辞儀
http://www.yuko2ch.net/mako/makok/src/1329269826177.jpg


というのが出てきた

障害児専門の養育係がついてからというもの愛子が宿泊学習でスプーンでカレーを食べるはにかんだ後ろ手で皇太子にお辞儀という二大訓練成果を披露した

そして、今度は「丁寧なお辞儀」だというのだが

これが?なレベルでもお辞儀の形をとる事が目的だからこそ、何の為にお辞儀をするのかを理解出来ないままの愛子

2歳半の眞子様が出来ることが、10歳にしてようやくこの程度
これが、どれだけ尋常でないかというのを気付かないのは東宮夫妻と小和田家だけ


愛子ほどの知的障害ではないが
軽度〜中度の発達障害が見受けられる父親の皇太子

何時でも何処でもただただお手振り薄笑いの皇太子

葬式でも薄笑い
海外王族の婚礼の場でも「邪魔」と言われていても立ち止まって薄笑いでお手振り

ここまでくると何の為に笑顔をつくり手を振るのか
その意を理解していない事が丸分かり
訓練でずっとそうやってきた事をタダやってるだけ

愛子のお辞儀と同じ

英国王子で、13歳で夭折した自閉症プリンスも丸暗記の訓練なを繰り返しやらせていけばなんとかやるが場所とかタイミングは選べない
また
考えてその都度応えると言う事がまるっきり出来なかった

愛子のお辞儀も皇太子の薄笑いお手振りもそれと同じであり
名代だの即位だのこの二人にとって例え直系でも有り得ないことこの上ないレベルだと言う事なのだ

皇室が皇族が系統がどの様に破壊されていくかを国民に如実に見せてくれた小和田雅子

そのお陰で、国民が皇室に強く関心を向けるようになり、世界最古の家系であり世界最高位である天皇制度を守ると言う意識がハッキリ表れるようになった

天皇を処刑せずして戦後70年近くかけ皇族を自然消滅させるGHQの日本民族浄化作戦はちゃくちゃくと成果をあげてきた
あともう少しの所でまさかの悠仁親王殿下の誕生と、小和田家と創価と雅子による皇室破壊が暴露されたこと

この事で、日本人の皇室に対する意識が、敗戦から今日までGHQにより薄められたのを引き戻された!と言うべきだろうか

そう考えるとなるほど雅子は皇太子妃になるべくしてなった碌でもない愚かな女なのだ


そしてよりによって、来月、日本の国難の1周忌の3月11日に創価学会の広告塔となって私的旅行で渡仏する


昨年は、国難の一ヶ月後の4月11日に東宮御所でお楽しみ会を開いた

慎むと言う事を理解も出来なければ行動に移す事も出来ない

決して難しい事ではないのにそれすらも出来ない頭の悪さ

天皇皇后の責務だけでなく名代中も私的外出で遊んでいる等というのは皇族としても今後何もすることなど何一つない

公務も無い
祭祀も出来ない
神々が拒む

だからもういなくなっていい


何だって?
小和田がこそこそ帰ってきてるって?

何の為に?
国際司法裁判所長再任されなかったから?
でも居座るんでしょ?

・・・・・おい

怖ぇーよ

陛下に万が一の事をやらかす気か
はたまた
陛下に万が一の事があったら超ゴリ押しで雅子を立后させる気か

多分後者
その為の準備で帰国と見ていいか?


雅子を野に下らせる前に無理やり立后させる気かね
まさか
野に下る雅子を迎えに来るような男じゃなかろう


388 名無しさん@自治スレにてローカルルール議論中 sage 2008/12/18(木) 18:19:53 ID:nRubsLcq0

逮捕だってw

そんなのあるわけないでしょ?
何の為に皇室に入ったと思ってんのよ
ばっかじゃないのwww

有名な書込みは、雅子本人によるものとさえ言われている

この一家の図々しさはまともな日本国民の良識常識をはるかに逸脱している

コメント

[C1032]
廃太子って今の皇室典範から消えているみたいですね。皇室典範の改正を望みます。

軽い知的障害って何か納得。
単に頭が悪い方・・・・と思ってましたが・・・
愛子さんの様子を見るにつけ・・・
そうなのかもね。

公務も神事もこなされ夫妻とも元気で見栄えもよく、お世継ぎまでなされた
秋篠宮家に移譲させるべく国民が声を上げないとこのとんでもない夫婦が
天皇皇后となって世界に恥をさらします。
2012-11-10 03:18 あやめ
http://maruga935.blog8.fc2.com/blog-entry-1254.html


▲△▽▼


とりあえず説明させていただきますと、今の今上陛下の正体は島津家の子孫であり、カドの末裔です。

薩摩藩12代藩主島津忠義の娘邦彦王妃俔子(くによしおうひ ちかこ)は今上天皇継宮明仁陛下の祖母。
http://sky.geocities.jp/jkenterprise777/profile.html


そして今の秋篠宮様は、今上陛下の子供ではない可能があります。

加茂さくらさんの子供だったというのです。この加茂さくらさんの親が誰だったのかを調べる必要があります。
皇太子も黒田清子さんの母親も違う可能性があります。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1149893471
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q146831814


加茂さくらさんの正体は雅子妃の縁戚とされていました。もしかしたら今の皇室全体が、本物の北朝と南朝によって天地をひっくり返される可能性があります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A0%E8%8C%82%E3%81%95%E3%81%8F%E3%82%89
Posted by カノング at 2013年04月07日 12:47

一番疑わしいのは現東宮。母親違いならどうってことないけど、父親が違う。
つまり全く皇室とは縁もゆかりもない人間が東宮に納まってしまっていることが問題。
雅子層化はそういうことを知っているから皇太子を荷物席へ押し込めたりできるんだと思うよ。
Posted by p at 2013年04月07日 13:30
http://kokuseki.blog.jp/archives/1065753351.html

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冷泉文恵とは何者か?


目刺しの頭 (平成18年02月08日)
投稿者: 冷泉文恵

 秋篠宮 (文仁) 殿下が、天皇実子でないという噂は、関係各位に根強く伝承されている。

噂の出所は、天皇一族の警護、護衛を主務とする皇宮警察。 皇宮警察と言えば、警察官の中でも選りすぐりの良血者で構成されている機関だが、良血と言っても所詮は田吾作集団。 酒が入れば、口も軽くなり、同期生が集まれば、ここだけの話が、あっちこっちで交わされるのである。

「ここだけの話だが、秋篠宮が、天皇の本当の子供でないってこと、お前知ってるか?」 ここだけの話の一つが、それである。 それが酒席の冗談で終わらなかったのは、それなりのバックボーンがあるからだ。

遡ること四十数年、昭和天皇の后や、后の取り巻き女官たちから陰湿なイジメを受けた美智子妃殿下 (当時) は、精神に深いダメージを受け、那須の御用邸で一人寂しい静養生活を送っていた。

生まれついての貴種である前の皇后にとって、平民出身の美智子妃殿下の一挙一動作がしゃくの種。 子供 (浩宮) の育て方に始まって、手袋の持ち方一つにもアヤをつけたのである。

悩み多き貴婦人の警護を担当していたのが、若き偉丈夫の皇宮警察官。 深い同情が恋情に変わり、いつしか二人は恋に落ちたというのが、まことしやかな警察物語である。

そして、皇太子 (当時) と没交渉の筈の妃殿下に、懐妊のニュースが流れることになる。 道ならぬ恋の噂は、宮内庁首脳にも届いている。 だからと言って、出産を止める手だてなどあろう筈もない。 そこで代々の宮内庁長官に、一つの言葉が引き継がれることになった。 「皇位継承者は浩宮の血脈から ・・・」 と、である。

秋篠宮 (文仁) 殿下は成長するにつれ、天皇一族とは明らかに異なる特徴を見せつける。 体型、思想、行動の全てである。 皇太子や、黒田清子さんが、一目で陛下のお子さんだと分かるのに比べ、秋篠宮の体型は似ても似つかぬものがある。

それよりも何よりも、ナマズの研究にかこつけて、タイ女性にうつつを抜かしたり、祖父である昭和天皇の喪が明けぬ内に結婚を決行するといった傍若無人の精神性を露出する。 挙げ句の果てには、兄である皇位継承一位の皇太子を、公然と批判したりするのである。

「文仁殿下は、血の秘密を知っているに違いない」 の呟きが宮内庁首脳から洩れる。

そうとしか理解できぬ異常行動が多すぎるのである。

菊のカーテンの奥に潜む機密事項が、小泉総理にもたらされたのは、今から一年以上も前になる。 雅子妃殿下の病状が思わしくないこと。 おそらく、お子さんは愛子内親王お一人でありましょう。

「だからこそ、皇室典範を改訂し女性天皇、女系天皇への道筋をつけて戴きたいのです」 さもないと、神武天皇以来続いた万系一世の貴種は、今世をもって終焉するかも知れません。 万が一にも秋篠宮家に第三子が誕生し、それが男子であったなら ・・・・・・・

流石の小泉も、菊の秘事を耳にして腰を抜かさんばかりに驚いたという。 当時は、郵政政局真っ盛りの頃、政局に破れ退陣するようなことにでもなれば、郵政もさることながら、皇室が大変なことになるのである。

結果、総選挙に大勝し、郵政を片づけた小泉内閣は、早速大事案である皇室典範の改訂に取りかかる。 平沼赳夫のように、小泉憎しで反対音頭を歌うのはどうでも良い。 何としてでも片を付けてみせると決意を固めた矢先である。

秋篠宮紀子妃殿下が十一年ぶりに懐妊したとのニュースが日本全土に配信される。 長兄に男子が出来ぬなら、作って見せようの気構えかどうかは別にして、皇室典範事案の帰趨が大問題になっている矢先の懐妊である。

このことが万々歳でないことは、美智子皇后が突然体調を崩されたことからも察することが出来る。 馬鹿なマスコミは、目出度さ一色の報道を繰り返すが、目刺しの頭も信心からと言う事態になるやも知れないのである。

日本には、触れれば血が出る、死人が出ると言われる世界が三つあった。 同和、総連、それに菊の紋所である。 特に菊は、タブー中のタブー、同和・総連が小泉改革で崩壊しても、菊に関しては批判めいたことが何一つ言えないという風潮がまかり通っている。

だから今回は、署名投稿で秘中の秘、禁断のエリアに踏み込んでみた。 その場を与えてくれた、論談編集者に礼を言いたい。
http://www.rondan.co.jp/html/mail/0602/060208-3.html


丁半博打 (平成18年02月09日)
投稿者: 冷泉文恵

 世が世であれば、外務省の高級官僚として、日本外交の中枢にいたであろう小和田雅子さん。 その雅子さんが、皇太子妃殿下になったばかりに、失意のどん底に陥り、精神に病を発症する。

皇室というのは、この世のものとは思えないほど異常なワールドである。 どんなに理知で聡明でも、子供が産めなければ役立たずの烙印を押される。

反面、馬鹿でもチョンでも間抜けでも、繁殖力が旺盛なら、祝福の言葉と尊敬の念が寄せられるのである。 まるでサラブレッドの、繁殖牧場の様ではないか。 こういう世界に閉じ込められれば、雅子さんでなくても変調を来すというものである。

その点、秋篠宮殿下の繁殖力は折り紙付きだ。 ご自身が主催するナマズ研究所のタイ女性研究員を、妊娠もさせれば中絶もさせるといった経験もある。

結果、外交問題に発展しそうになり、宮内庁はてんやわんやの大騒動の末、莫大な慰謝料を払う羽目になった。 下半身も緩やかなら、繁殖力も旺盛、源氏物語の平安貴族を彷彿とさせる御仁なのである。

祖父の喪が明けぬ内に、婚約を発表することなど、長屋住まいの熊さん、源さんでも思いがつかぬ不逞の行いである。 結納を急ぐ子供が居たなら、「死んだ爺さんに申し訳ねえだろ」 と、たしなめるのが人の道、親の道というものだ。 その人の道に外れたこと、節操のないことを、国民の象徴たる天皇一家がやりのけた。

当然ながら、そこには深い仔細がある。 どうしても、やらねばならぬ理由があったのである。 長身にして端正なマスクの秋篠宮殿下は、学生時代から大層女性におもてになった。

何とか殿下の友達になりたいと、多くの女子大生が寄ってくる。 その中の一人に、川島学習院大教授の娘さんである紀子さんがいた。 二人は大層に気が合われ、その関係は恋人レベルへと上昇する。 学習院大キャンパスを背景に、プリンスと大学教授のお嬢さんといった、絵に描いたような恋人関係が誕生したのである。

皇位継承一位の皇太子と異なり、次位者の秋篠宮の警護は、さほど厳しくない。 ご学友たちと連れだって、日本各地を泊まりがけの旅行に出かけられることは日常化していた。

そして、その旅行に必ず同行されていたのが、紀子さんだったのである。 就寝タイムともなれば、気を利かせたご学友たちは、二人のために閨室を用意する。 そういうことが重なれば、妊娠するのが当たり前である。 それでなくとも、繁殖力が旺盛な殿下のお胤なのである。

世が世であれば、側室となり出産するという手だてもあったろうが、今の世の中では水子供養が常套手段となる。 一度であれば我慢もできるが、二度三度と重なれば、堪忍袋の緒も切れる。 父親である川島教授が、「申し上げます、代官様」 と、宮内庁に訴状持参で出かけたのも当然至極の行動である。

殿下と言っても、教授から見れば出来損ないの教え子に過ぎないのである。 その出来損ないに玩具にされた上、捨てられるようなことになれば娘が余りに不憫ではないか。 かくして、異例中の大異例、昭和天皇喪中の婚約発表と相成ったのである。

長子である皇太子が、慎み深く思慮深いのに対し、ナマズ殿下は強引であり残酷でもある。 皇太子夫妻の心中を思えば、三子を作るなど憚ってしかるべきが一般人の通念だ。 それを平然とやってのけるところに、この殿下の不気味さを感じる。 そして三子が男性であったなら、いつの日か天皇に即位するやも知れぬのである。

小泉にとって、まさしく想定外のことが噴出した。 強引に皇室典範改訂法案を閣議決定すれば、国論は二分され蜂の巣をつついたような騒動に発展する。 錦の旗を偽造した平沼一派が、倒閣運動を本格化させぬ共限らない。

だからと言って、解散も出来なければ刺客を立てることも出来ない。 ただひたすらに、三子が女性であることを願うしかないのである。 まさに丁半博打、小泉政権末期の命運が、ナマズ殿下のお胤で決せられる。

溜息の一つも、出ようというものである。
http://www.rondan.co.jp/html/mail/0602/060209-2.html


冷泉文恵氏の皇室投稿は貴重です (平成18年02月10日)
投稿者: 熱泉文子

2月8日付 『目刺の頭』
2月9日付 『丁半博打』
小生、冷泉文恵氏の投稿記事は、菊のカーテンの向こう側についての庶民には知りえぬ真に貴重な情報が詰まっており、大変参考になる記事だと認識しております。

一部の方には、 「不愉快」 と感じられておるようですが、冷泉氏指摘の事柄の数々は、それぞれのエピソード発生当時から裏ネタとして報じられていたことでもあり、そうたいして目くじらを立てる必要もありますまい。

小生察するに、冷泉氏の一番の目的は、 「菊のカーテンの向こう側は、皇族達本人、それに群がる利権屋・政治家および宮内庁を含めて、ドロドロした世界であり、決してキレイごとでは済まされない世界であることを世の中に広く公知させること」 にあるかと存じます。

冷泉氏に求めるとするならば、公人について論じるのですからいちいち皇族名に敬称をつける必要はないかと存じますが、全体の文章表現をもう少しばかり、上品にされたら如何かということです。

それから、指摘された事実誤認の部分については、再度調査の上、必要に応じ訂正記事を再投稿されればよろしい。

ちなみに、 「昭和天皇の死亡は平成1月7日、秋篠宮夫妻の結婚は平成2年6月29日であり、喪は明けている。 喪中に結婚したとの記事は誤りである」 と趣旨の指摘が匿名氏よりなされております。なるほど、確かに、冷泉氏、 『丁半博打』 では、 「喪が明けぬ内に結婚」 と記述されています。 しかし、 『目刺の頭』 においては、 「喪が明けぬ内に婚約を発表」 と記述されています。

小生調べてみまするに、婚約の発表は平成1年8月25日であり、ご立派にも喪中に婚約を発表されていた事実が判明しております。したがって、 『目刺の頭』 の記述は真に事実であり、恐らく 『丁半博打』 においては、 「婚約」 と 「結婚」 を単純に間違われただけのことかと存じます。 たいしたことではござりませぬ。

少し前までは、 【噂の真相】 なる月刊誌が、折に触れて菊のカーテンの向こう側に関する報道をしてくれておりましたが、当誌が休刊となってしまってからは、タブーを度外視した報道記事を目にすることがなくなってしまい、小生、意気消沈していたところでございます。それゆえに、冷泉氏のこのたびの投稿は、 「真に貴重」 と感じられるのでございます。冷泉氏の引き続いての投稿を希望いたします。
http://www.rondan.co.jp/html/mail/0602/060210-13.html


61 :
冷泉文恵についてはググるとすぐ出てくるので特に検証しなくてもいいと思うけど、では元の怪文書全て嘘かというとそうでも無い所が心憎い。
絶妙なバランスゆえ全て知ってのことかと勘繰ってしまう。
確かに、冷泉氏、 『丁半博打』 では、「喪が明けぬ内に結婚」 と記述されています。 しかし、 『目刺の頭』 においては、
「喪が明けぬ内に婚約を発表」 と記述されています。
冷泉文恵氏の皇室投稿は貴重です
http://www.rondan.co.jp/html/mail/0602/060210-13.html


紀子さんとの結婚までのいきさつが書かれたものは学生時代に聞いた話そのもので、事実誤認の結婚と婚約の間違い方も当時聞いたのと全く同じ。
つまりこれは元になるネタ帳が有って それを時系列も調べず丸写しにしたんだと思う。

あの頃、次男の噂は学生の間で関西まで轟いていたけど、やはり平成になって打倒天皇制の勢力が息巻いてたかあぁ?
噂流してたのは、聞いたことを何でもそのまま信じやすいタイプの人間だった気が。
次男といえば生年月日が違うよ。
小学校入った時周りより一回り大きいとかな無かった?


63 :
>>61
20年以上前、茶飲み話のレベルで、呆れて失笑ってオチだった


111 :
2006年2月8日 冷泉文恵 怪文書と時を同じくして
皇室典範改正問題の本質は皇太子派対秋篠宮派の対立?
http://yomi.mobi/read.cgi/news21/news21_news2_1139339503/

8 名前:朝まで名無しさん [2006/02/08(水) 18:34:41 ID:NAsWP8Zd]

秋篠宮に関する国家的な秘密があるので小泉は何とか皇太子系に継がせたいと考えている ある程度の年齢層の人やマスコミの一部は分かっていることで本来男系にこだわりたいのはヤマヤマだが仕方のないことなんだ

これは単に

49 名前:朝まで名無しさん [2006/02/09(木) 12:04:22 ID:MU5kY2DO]
>秋篠宮に関する国家的な秘密があるので
ああ、母親が鴨桜って話?(爆
それならウチの母親(学習院大卒)もいってたよ。
しかし、どっからその名前が出てきたのか興味はあるね。


55 名前:朝まで名無しさん [2006/02/10(金) 00:06:20 ID:f8Pk0aro]
>>49 そう、知ってる人はけっこういるよね
情報源は当時の看護婦


56 名前:朝まで名無しさん [2006/02/10(金) 00:39:32 ID:2APPWt+l]
宝図化?


57 名前:朝まで名無しさん [2006/02/10(金) 00:42:31 ID:EhANdpSa]
調子に乗りすぎると2chが訴えられるぞ。
加茂さくらはその捏造ガセを掲載した週刊誌を訴えると言ったから
覚えておくように。な。
て感じで終わってる。
http://w1.log9.info/~2ch/20123/anago_2ch_net_emperor/1304223715.html

: 名無し草 [sage] 2011/11/23(水) 14:56:08.48

ではこれも事実で良いね。

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丁半博打
(平成18年02月09日)
投稿者:  冷泉 文恵
ttp://www.rondan.co.jp/html/mail/0602/060209-2.html

皇位継承一位の皇太子と異なり、次位者の秋篠宮の警護は、さほど厳しくない。
ご学友たちと連れだって、日本各地を泊まりがけの旅行に出かけられることは日常化していた。

そして、その旅行に必ず同行されていたのが、紀子さんだったのである。 
就寝タイムともなれば、気を利かせたご学友たちは、二人のために閨室を用意する。 
そういうことが重なれば、妊娠するのが当たり前である。
それでなくとも、繁殖力が旺盛な殿下のお胤なのである。

世が世であれば、側室となり出産するという手だてもあったろうが、今の世の中では水子供養が常套手段となる。
一度であれば我慢もできるが、二度三度と重なれば、堪忍袋の緒も切れる。 
父親である川島教授が、「申し上げます、代官様」 と、宮内庁に訴状持参で出かけたのも当然至極の行動である。


200 : 名無し草 [sage] 2011/11/23(水) 15:01:18.71
>>197
冷泉文恵については、他の投稿者からケチョンケチョンに叩かれてる。

・美智子妃が静養に向かったのは葉山ではなくて那須。
・秋篠宮夫妻は喪中に結婚していない。
・秋篠宮はナマズ研究所を主宰、と書いてるが、そんな研究所は存在しない。

皇室に関する基本的な知識もない者が書き込んだ、ただのヨタ話。
http://archive.2ch-ranking.net/nanmin/1321968753.html


>>61
>つまりこれは元になるネタ帳が有って それを時系列も調べず丸写しにしたんだと思う。

元になるネタ帳というのはおそらく高円宮憲仁親王、外務省(創価学会)、小和田家が作成したものでしょうが、冷泉文恵というのはまた別人の様です:


クライン孝子の日記より(2005/08/03)
冷泉文恵氏からのメールの一部をご紹介いたします。

>松野頼三はこう言った。
小泉という北極星がぶれないから、自民党の航海に支障が生じないのだと。
たしかに小泉はぶれない。
その頑なさが変人奇人と呼ばれる所以でもある。

小泉というのは実に不思議な政治家だ。
YKK遊びをやっていた頃は、単なるキワモノ政治家に過ぎなかった。
マスコミの扱いも加藤紘一の腰巾着程度であったのである。
橋龍に負け、小渕に負けた総裁戦でもピエロ扱いに変わりはない。
郵政大臣、厚生大臣時代も、役人とは齟齬を反発の繰り返しで、奇人大臣の異名ばかりが高まったのである。
おそらく、衆院議員480人の中で、閣僚職をやらせたら小泉以上の手腕保持者は過半数を超すだろう。

しかし、宰相の座がこれほど似合う政治家は古今無双と言っていい。
宰相職しか出来ない政治家と言っても過言ではないのである。
これほどの人物だったのかの思いは全政治家共通だ。
小泉の前に小泉無く、小泉の後に小泉なしが現在の政界模様。
他の政治家とは、納まり具合に天と地ほどの差があるのである。

その小泉に喧嘩を売ったのが、綿貫・亀井連合隊。
郵政法案否決で小泉内閣を一挙に転覆しようの腹づもりであったのである。
が、この程度の連合隊に転覆される器量の内閣ならとっくの昔に消えている。
綿貫・亀井の連合隊構想は余りに陳腐なものであったと言えよう。
結局、返す刀の切っ先を喉仏に突きつけられたのが亀井静香である。
公認なしの選挙では万に一つの勝ち目のないことが理解できたのだろう。
助けてくれのSOSが森喜郎後見役に届けられたのである。

小泉の後見ではあっても、亀井と共に甘水をたっぷり吸った過去を
持つのが、森喜郎の不徳の至り。
亀井の救助信号を受け、早速と反応を見せた。
『解散になったら派閥会長を辞任する』と、言ってみたのである。
もとより、こんな脅し文句が屁の突っ張りにもならないことくらい森喜郎でも分かっている。
分かってはいるが、言わなければならいほどに、亀井事情の逼迫を感じとったのであろう。

いずれにせよ、小泉の一人勝ち状態は当分続く。
http://blogs.yahoo.co.jp/blogger2005jp/8491792.html


クライン孝子の日記(2005/08/06)
冷泉文恵さんからのメールです。

>自殺した永岡洋治の葬儀では、葬儀委員長の席に座ったのが亀井静香。
そこで、嘘泣きと、芝居気たっぷりの、意気消沈ぶりを披露したのである。
その亀井が、葬儀から二日後の5日に、郵政解散に絡むTBSの報道番組に出演した。

その時のセリフがこれである。
『自殺する、自殺すると言ってるうちに、本当に自殺しなければならなくなるようなものだ』
小泉が解散を匂わせていることへの、例え話なのだが、品性の醜悪さと感性の鈍感さを、たっぷりと世間に晒してくれたのである。

その亀井が、新党を立ち上げて、国家と国民のために一命を捧げると言っている。
捧げられる側としては、冗談は顔だけにしてくれと言いたくなる。

が、世間で言う、愚の骨頂人を、大勲位の中曽根康弘は買っている。
前回の総裁選では、お揃いの赤いちゃんちゃんこを着て、必勝祈願をしていた大勲位と闇金亀の姿を映像が捉えている。
刑務所の塀を渡り歩くのが両人の得意芸。

二人特有の同士意識を共有していると察せられる。
どれだけの金銭が、支払われたかは、闇の中だが、旧中曽根派が亀井派に衣替えして随分と経つ。

かなりの額の、闇金とパチンコ屋からの裏マージンが、大勲位に渡ったことは言うまでもない。

中曽根康弘大勲位の倅を称して電脳界住人は小勲位と呼ぶ。
親の仇を郵政でとの小勲位の心意気は、大勲位にとって良い倅を持ったの満足感に通じるであろう。

小勲位が、小泉に開帳する、三つの仇討ち事由。
一は大勲位が奪われた永遠比例第一位の特権、
二番目が小勲位本人が扇千景に奪われた参院議長の席。
そして三つ目が、大勲位を越そうとする小泉の総裁任期である。

が、この様な、親孝行がワンダフルな結果をもたらすことは絶対にない。

1)解散を待ちわびる小泉に絶好の口実を与える。
2)保守地盤の地元群馬から非難集中。
3)大勲位に続く、総理総裁の道が完全に消える。
4)亀井派、衆院造反議員の総選挙に於ける公認権消失。
5)亀井派消滅。
6)野党への政権転換。

小勲位の仇討ちは、一日限りでマスコミの話題から消える。
あの程度の人物だったのかが、全議員の思いとして残るだけだろう。

いわゆるバン勝負は、小泉vs綿貫神党(ママ)小泉vs小沢一郎率いる民主党ということになる。
小勲位のチンケな親孝行と違って、こっちは生きるか死ぬかの真剣勝負である。
新宿マフィアもビックリ仰天の、表芸、裏芸のオンパレードになるだろう。

我慢さえすれば、残り一年の総理生活を全うできる。
やり方次第で継続審議という民営化案延命の策もあった。
が、小泉が第一に掲げた、郵政民営化のマニュフェストが、延長国会での成立が不可能。
ならば、国民に詫びを入れようが、小泉の一貫した姿勢なのである。

ここで屁垂れれば、来年のサミットでG8の首脳から、嘲笑を浴びせられるのがおちである。
死中に活を求めるサムライ日本、総長の舞。

その舞姿がいかなるものかを、親友のブッシュも、固唾を飲んで見守っていることだろう。
http://blogs.yahoo.co.jp/blogger2005jp/8694036.html


キ●●●部●奇談 − 其の壱 (平成18年05月10日)
投稿者: 冷泉文恵

 ずいぶん以前に、黄泉の国に旅立ってしまったが、山口瞳という作家がいた。

部類の将棋好きで、将棋にまつわる読み物を数多く書いた人物でもある。 その山口が残した言葉の一つに、 『将棋指しというのは、キ●●●部●の住人だ』 というものがある。 この場合の将棋指しとは、プロ棋士のことを言うのだが、プロ棋士との交友が深い山口にして、始めて言い得た言葉なのでろう。

後年、ヌードを晒したり、中原誠永世十段との不倫騒動で、世間を賑わすことになるのが、女流棋士として一世を風靡した林葉直子である。 その直子が中学生の頃、米長邦雄の家に内弟子として住んでいたことがある。

米長と言えば、自他共に認める、24時間フル稼働の発情男。 美少女の内弟子に、食指が動かぬはずがない。 速攻の攻めが、見事に決まり、アッという間に男女の関係を構築したのである。

現在なら、16歳以下の少女との交接は御法度で、東京都条例違反になるのだが、やがて東京都の教育委員になる米長にとって、そういうことは問題外以前の問題。 ただひたすら、林葉直子に対して性戯伝承に励んだのである。

性感に目覚めた美少女と、24時間フル稼働の発情男が一つ屋根の下に暮らしていれば、お祭り騒ぎは茶飯事となる。 物音も立てれば、大声も張り上げる。 当然ながら、米長夫人の知るところになったのである。

「週刊・野中広務」 と別称される週刊文春に、泥沼流人生相談というコーナーを持っていた米長が、愛人との浮気がばれたらどうするかの質問に答えている。 素っ裸で愛人と同衾中の所を見られても、シラを切るのが肝心だと。

さて ・・・・、自分が同様の立場になったらどうしたかであるが、嘘をつくのは永世名人級なのが米長である。 『実は、直子に誘われたんだ ・・・』 それが、米長邦雄のファイナルアンサーであった。

「中学生の女の子に、無理矢理誘われて一線を越えました」 が、二十年後、東京都教育委員にして将棋連盟会長の重職に就くことになる人物の弁明である。 米長邦雄の女房になるくらいだから、この女性も脳味噌が相当にキテレツなのであろう。

「そういうことだったのか」 と、簡単に信じたのである。 その上で、林葉直子の実家に、文句の一報を入れたから、話は相当に妙ちきりんな展開を見せることになる。

『あんたの娘に誘惑され、主人は大変に困っている』 の電話を受けて、ビックリしたのが林葉直子の父親である。 警察官が職業の父親にしてみれば、自分の娘が師匠を誑かしたと聞いてビックリ仰天。 福岡から、一目散に上京してきたのである。

玄界灘の風音を、子守歌代わりに聞いてに育った人間は、揃いも揃って気が荒い。 上京するや否や、千駄ヶ谷の日本将棋連盟に突進したのである。 そこで、対局中であった娘の直子を、対局場から引きずり出した。 将棋界で、今なお語り継がれる、 【林葉直子の父親乱入事件】 の舞台背景がそれである。

引っぱり出した父親が、直子に話を聞いてみると、米長夫人の言い分とは随分と違う。 『先生に、無理矢理 ・・・・・・』 父親の怒りの矛先が、米長邦雄に変化するのに、さほどの時間は要しない。 押っ取り刀で、米長邦雄宅に乗り込んだのである。

『それで、私にどうしろと言うのかね』 米長の答えがそれである。 警察官のアンタが、私をゆすると言うならそれも良いだろう。 私には多くのマスコミがバックに付いているし、アンタを社会的に抹殺することなど訳もない。

『それより、こういうことが公になれば、恥をかくのはアンタたち父娘ではないのか』 ならば、一切を不問にしようじゃないか。

九州育ちの男など、米長にかかれば赤子同然。 林葉直子の父親は、憮然、暗然、失意を胸に、関門海峡を渡ることになったのである。

その数日後、突然に米長邦雄は、林葉直子の破門を宣言する。 そして、陰に陽に、林葉直子と父親は、近親相姦関係にあると吹聴するのである。 『その様な、異常な親子関係を知ったから破門にした』 支那、朝鮮人民でさえ、思いもつかない様な、中傷発言を連発したものである。

米長邦雄という、異常極まりない人物に、女にされた林葉直子は、その後順調に淫乱街道を驀進することになる。 キ●●●部●が産んだ、奇談の一小話である。

そして、そのキ●●●部●が、名人戦の帰趨を巡って、大騒動を引き起こしている。

当然ながら主人公は、キ●●●中のキ●●●にして、将棋連盟会長の米長邦雄。

いつになっても、奇談には事欠かない、キ●●●部●なのである。
http://www.rondan.co.jp/html/mail/0605/060510-13.html


★ クライン孝子について語るスレ

9 :文責・名無しさん :2006/02/09(木) 22:52:49 ID:QksW9R3X

冷泉の怪文書だけどさ、色んなブログで取り上げられてるな。
極一部のサヨ系は大喜びで陰謀論を巡らしてるけど、一般の中道〜保守のまとも系は当然ながらケチョンケチョン
しかも「クライン孝子の日記によく出てくる」とかの前置き付きで。

クライン先生、終わったな。


10 :文責・名無しさん :2006/02/09(木) 23:16:21 ID:zqD3lJUe

公家の冷泉とは縁もゆかりもないくせに、ペンネームとして冷泉姓を名乗りつつ、天皇家のメンバーをバッシングするとは、すごい婆さんだ。しかも、言葉使いの汚さ、下品さがドイツに住むあの人にそっくり!(ただ、誤字と文法については、冷泉は案外ふつう。)
どうりで、クラクラ婆さんと気が合うはずだ。


14 :文責・名無しさん :2006/02/10(金) 00:30:58 ID:7BqCoejU

思うんだけども、いくらなんでも今の「冷泉踏絵」は釣りっぽくないかい。
ここまで変な感じの文書いていたっけ?


15 :文責・名無しさん :2006/02/10(金) 02:23:57 ID:Z09wz3xk
>>14
もとからああいう論調だった。
とにかく小泉に歯向かう(邪魔する)者は徹底的に糾弾してたじゃん。


17 :文責・名無しさん :2006/02/10(金) 02:39:20 ID:TV4b53Gz

「冷泉踏絵」というペンネームで書いている男性だという説があるけど、自分の直観では「冷泉踏絵」は女性ではないかと思う。
クラインに近しい人物で、すでに有名人となっているから、バッシングを避けるために偽名を使って言いたい放題。知的プライドが高く、小泉やその他森派の政治家と親交を持ち、宮内庁内部にまで通じる広い人脈を持つ人物と言えば、「冷泉踏絵」というペンネームから推理すると、クラインが最も尊敬するというあの(ニセ)カソリック信者の大物女性作家しか思い浮かばないが...

今までは、クラインの影幕としてクラインにいろいろと情報を流して書かせていたが、クラインがあまりに頭が悪くてとても歯がゆいので、自分が偽名を使って登場する決心をした。
...という推理はいかがでしょうか?


19 :文責・名無しさん :2006/02/10(金) 02:44:46 ID:g2bRvyYa

山崎行太郎のブログにクライン先生から、日本語の不自由な抗議メールがキター!!!!
http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20060210/1139505289

それにしても、あれだけ何度も掲載して持ち上げていたのに、自サイトでは一言もなくさくっと削除ですか。証拠隠滅と言われてもしょうがないのでは?
山崎氏に抗議メールを出す前に、まず自分の日記に一言書くべきじゃないの?


20 :文責・名無しさん :2006/02/10(金) 03:00:32 ID:dt8aGuG4
>>17
S野氏はあそこまで下品な文章は書けないと思う。
それと、たぶんクライン冷泉の正体は知らないと思うよ。
バカだけど、そこまで悪辣じゃないというか。
愛しの純ちゃんをカッコよく書いてくれるから重用していただけだと思う。
冷泉の正体だが、笑われると思うが自分は飯島氏だと思っていた。

 「漢・小泉」に心酔し、異常なほど美化しているところ。
 永田町のみならずマスコミネタにも強いところ。
 E島氏は過去に政界暴露本を出版するなど、文才があること。
 (気のせいかもしらんが、文章がそこはかとなく似ている気がする)
 どう読んでもあれはカタギの文章じゃない。ヤの匂いがする。
 そういうところもE島氏に通じるところがある。
ただサマワ電撃訪問ネタを外したので、やはり違うかな。直前になって
変更になったのかもしれないが。

有り得ないかなwww 
しかし小泉人脈にに非常に近い人物であるのは間違いないと思う。


34 :文責・名無しさん :2006/02/10(金) 14:55:01 ID:QcvM+pdF

この人「紀子さまご懐妊」で気が狂ったようになってるね
怨念さえ感じるがちとヤバスギなのでは、個人的な敵意なのか洗脳的なものなのか
どっちにしても皇宮警察や公安とかはこういうの見ても、ただスルーなのか?


56 :文責・名無しさん :2006/02/12(日) 11:10:59 ID:6ybn2jKe

冷泉ていう投稿はクライン自作自演みえみえで、ひたすら気持ちが悪い、ストーカー婆って印象。


57 :文責・名無しさん :2006/02/12(日) 11:33:34 ID:lnydIkKn

ただ冷泉は日本語が堪能。
もし冷泉がクラウン婆さんのジサクジエンだと仮定すると
クラウンはわざとたどたどしい日本語を書いていることになる。
ボビー・オロゴンみたいに。


58 :文責・名無しさん :2006/02/12(日) 11:50:08 ID:PAWocGrL

クラウン=冷泉文恵説は正しくないだろうと思う。
クラウンはレベルの高い読書や文章修行をして来なかった人でしょう。
(それでも、本人は言論人のハシクレのつもり。)
句読点すらまともに打つことが出来ない。頭の悪い小学生みたいな文章を書いて政治を論じている。それに対して冷泉文恵に文才があるかどうかは別として、(文は人をあらわすもの。この点では、クラインと同じくらい下品な品性が、冷泉の書く文にも完全に表れている。)句読点の打ち方はパーフェクトで模範的と言っていい。
新著の文章は徹底的に校正されているだろうけど、AMAZONで見たけど、予約注文ゼロというのは悲しい。これはもう売れないことがはっきりしたということ。
(こんなことを書くと、ドイツから突然注文が入っちゃったりして…)


82 :文責・名無しさん :2006/02/13(月) 22:57:01 ID:1fa4/mxn

http://pride.arrow.jp/klingon/log/eid216.html
クライン孝子への疑惑

チャンネル桜掲示板で私が度々指摘してた事ですが、クライン孝子と言う人は「信じられない位の小泉マンセー」な人なのです。
贔屓の引き倒し、彼女のやり口はそのままです。
そのクライン孝子女史が度々取り上げている人物「冷泉文恵」、クライン孝子女史の日記はブログではなく、さるさる日記です。
つまり、冷泉文恵をクライン孝子は非常に重用していると言う証拠なのですね。
両者が共謀しているか、独り芝居なのかは別にして。
クライン女史に取って、とても都合の良い記事だから採用していたのは間違いないです。
以前にもチャンネル桜で不思議に思われていたのですが、この冷泉文恵と言う人が「何故クライン孝子女史を狙って連絡を取ってくるのか、誰もその脈絡を説明できなかった」と言う事です。
非常に怪しい人物なのです。<クライン女史

ぶっちゃけ、クライン=冷泉と言う噂は根強いものがあります。
ちなみに、クライン孝子女史をずっと追いかけ、糾弾してきたブログがあります。(現在休止中ですが)
佐藤健の溶解する日本/ウェブリブログ
クライン孝子は信用できません。彼女は威勢の良い事を言っていても、内実は嘘で固められています。
EUプレスクラブに所属していると言う肩書きも、そのEUプレスクラブ自体がパチモンらしいですし。

ともあれ、冷泉文恵の投稿は秋篠宮紀子さまご懐妊と皇室典範改訂問題について ーーー 小泉首相どん詰まり・内閣瓦解間違い無しへの姑息な反撃だと見て間違いないでしょう。

クライン一派のやり口そのままですから・・・。
こう言う輩に対してヘラヘラしていたら、いつかチャンネル桜も足をすくわれるのではないかな?


742 :文責・名無しさん :2006/04/17(月) 11:43:56 ID:6ZKnVp3A

http://www.rondan.co.jp/html/mail/0604/060417-14.html
冷泉文恵復活!


743 :文責・名無しさん :2006/04/17(月) 12:00:08 ID:OenDgB2i
>>742
>冷泉文恵復活!

読んでみたが、これって、
誰の目にも世耕ゲッペルス自民党広報本部長の手のものによる、
選挙運動、2ch向けの燃料供給、ミエミエだね。

しかしこれは、きっと逆効果だよ。
太田かずみタンの人気が増すばかりだろう。
http://liveanddie.client.jp/html/dumme_deutsche_frau_5.html


2006-02-09
冷泉文恵が怪文書を投稿…。
クライン孝子のメルマガでお馴染みの、怪しすぎる怪人投稿マニアの妄想爆発。

■政局の節目節目に必ず「ネット」世界に登場して、官邸筋の情報を発信し、「小泉マンセー」と、「反小泉グループ」への罵詈雑言を繰り返す謎の人物…。

特に、「クライン孝子の日記」(メルマガ)に「読者投稿」と称して頻繁に登場して、「反小泉グループ」攻撃をすることでお馴染みの「冷泉文恵」なる人物が、またまた、「皇室典範改正法案」をめぐる小泉政権の危機にあたって、某掲示板に、小泉援護の怪文書を投稿してきたようだ。

なんと、今度は「秋篠宮」の出生の秘密にかかわるスキャンダルの暴露と罵倒である。警察も、こういういかがわしい人物を特定し、早く逮捕拘留するべきではないのか…。

と言っても、「捕まえてみたら、我が子かな…」だったりして。恐れ多くて、警察権力も手が出せないと言うことになるかも。

いずれにしろ、政界や官邸の内部情報に精通した「冷泉文恵」なる謎の人物…。これはちょっとやりすぎじゃないのかなあ。ねえ、世耕弘成クン。しかし、これも「チーム世耕」的に言えば、「広報戦略」の一環だったりして…なあ(笑)。山本一汰君もそう思うだろう。ワタシは知りませんが…(笑)。
http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20060209/1139421186


山本恵子という官邸筋(?)の工作員の狙いは? 2006-08-27

山本恵子と名乗る人物が、「論談」http://www.rondan.co.jp/html/mail/0608/060821-6.html
という掲示板に不可解な投稿・書込みを行っている。内部情報に詳しすぎることから想像して、官邸筋の工作員であることは間違いないようだ。

この「山本恵子」なる人物の正体は?
一部では、一時、官邸筋しか知りえないような内部の秘密情報を、「冷泉文恵」と名乗って掲示板やブログ等に投稿していたい謎の人物と同一人物ではないかという疑惑も。

さらに、「冷泉文恵」「山本恵子」は、官邸の秘書官「飯島某」ではないかとの説も囁かれているようだが…。
いずれにしろ、「山本恵子」なる人物の投稿が、情報撹乱を狙っていることは明らかだろう。何のために?誰のために? 言わなくても、分かる人には分かるだろう(笑)。恐ろしい世の中になったものだ。
http://ime.nu/ime.nu/d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20060827/1156654087


2005-08-04
「山本一太」ってあやしいね。小泉内閣崩壊後は、一番に粛清すべき人物だな。

夕刊フジ(8・3)の記事によると、小泉総理秘書官・飯島勲と、「口から出まかせ男…」山本一太http://www.ichita.com/ が、政局をめぐって密かに情報交換していた…だとさ。おもしろいねえー。この記事。

「幾つかのベクトルがやや良くない方向に変化してきた。」

飯島勲首相秘書官と連日、民営化反対派の動向を分析している森派の山本一太参院議員(47)は3日午後、官邸で記者団にこう語った。山本氏にしては、珍しい悲観論だった。

これでなんとなくわかったよ。「飯島勲…山本一太」ルートのメディア・ネット工作、つまり情報統制・情報弾圧の裏工作の陰謀が見えて来たな。

たぶんこのルートが、小泉政権延命工作の中心軸だったのだろうね。あの「ゴリ」ブログhttp://www.wafu.ne.jp/~gori/mt/とか、クライン孝子メルマガに頻繁に登場(投稿)する「冷泉文恵」という怪しい人物(工作員?)の動きも、すべてこのルートと無縁ではないだろうね(???)。証拠はないけど…(笑)。

山本・ゲッペルス・一太君、やはりキミはあぶないよ。小泉政権崩壊の暁には、一番先に、○×されるよ。気をつけたほうがいいよ。もう遅いけれども。僕も気をつけているんだよ。ははは。

山本一太ってどういう人? この人の政治生命は終わったね(冷笑)。
http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20050804/1123163824


なるほど今回の事件に関するものを読めば読むほど、、「冷泉文恵」、「山本恵子」は飯島某氏の成りすましかもなと思ってしまいます。

水面下で安倍と小泉の戦いもあるようですね。小泉たちも安倍がこんなにお粗末だとは思っていなかったのでしょう。このままだと自民は負けそうだしな。当然でしょう。カルトと手を組んで売国ばっかの自民なんかに誰が投票するかよ特に小泉・安倍の腐れ清和会が牛耳っている限り、国民は地獄行き。

この自称オバサンの山本なる人物は安倍をけなしまくり、小泉の時代はよかった!再登板だ!とわめいてますよ。ますます怪しいですな。

小泉の時代こそ恐怖政治の始まりじゃないか自分の意に沿わない反対派を抹殺して言論を封殺していたのはどこのどいつだよ工作員め(怒)

飯島氏、松岡大臣が亡くなった時、なぜか慌てて病院に駆けつけてたみたいだし、何しに行ったんですかね?

それにしても「きっこ」さんといい、「山本恵子」さんといい、男性が女性に成りすますという話は多いですね。顔が見えないから自由自在ってわけか(笑)でもどうしてみんな女性になりたがるんでしょうかね?
http://ameblo.jp/shionos/day-20070530.html


要するに

冷泉文恵 = 山本恵子 = 小泉秘書官 飯島 勲

という事らしいですね. 飯島勲さんは植草さんの痴漢でっちあげでも大活躍でした.


▲△▽▼

明治天皇が、種なし寸前だったため、また交配相手の側室も天皇家の女性だったため、ほとんど障害児しか産まれませんでした。正室にいたっては、まったく出産できてません。

大正天皇も、知恵が遅れてましたが、なんとか育ったため天皇即位までもっていけました。

大正天皇の奥さんは、健康で皇室と血縁のない、かなり若い人が選ばれました。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1353053733


昭和天皇は明治天皇を深く尊敬していたといわれる。日本の近現代史のなかでは特別の理由も示されないまま,この裕仁に限らず天皇家関係者すべてが,そして歴史家たちもごく当たりまえに「大正天皇を軽視し,ときには無視していた」かのような位置づけで,とりあつかってきている。

大正天皇は4人の男子を生んだが本当は「種なし」であったために,前段のように,東久邇宮稔彦のような〔皇族の立場にある女性になぞらえていえば「〈天皇の配偶者:皇后〉を出せる資格がある」とされた皇族の立場にあった〕男性が主に,万世一系の維持のために性的に協力したという話になる。

 明治以降の天皇家の種が断絶していてはまずい。それゆえ,皇室の藩屏たるそれも「皇族のなからその種」を提供し,万世一系の系譜を創作しつづけてきたわけである。

明治天皇自身が何人もの側室(典侍および権典侍といったが,要するに正妻以外の2号以下の妾)をもち,5人の側室に女10人:男5人を産ませた。だが,男子のうち成人したのは大正天皇だけであった。

この大正天皇が〈種なし〉であったために,明治天皇があえて裕仁天皇の種つけをした話もある。


 大正天皇は実際には正妻:貞明〔皇后〕とのあいだで子どもができていなかった。そこで,貞明に子どもを産ませて天皇「後継者:男子」をえようと,東久邇宮稔彦などが代わりにその「人間再生産」の製作作業 [大正天皇も嫌々ながら認めていた自分の配偶者の他者との性交渉] に参与したという筋書なのである。

貞明は,最初に押しつけられた男〔明治天皇(舅!)か?〕を嫌がっていた。それで,裕仁に拒否反応をもっていた(この段落,鬼塚,前掲書,408頁, [ ] 内のみ 422頁)。


 それにしても,裕仁と秩父宮・高松宮・三笠宮の全員が顔つきが違う。

秩父宮の父〔東久邇宮稔彦?〕が貞明の心を射止めていたので,貞明は秩父宮を溺愛した。貞明はそのせいで,裕仁を皇位継承から外し,秩父宮を天皇の座に送りたかった。これを画策したのが山県有朋であった。これはさらにまた,昭和天皇の妃が薩摩藩の血を引く良子に決定されたさい〈色盲〉問題が提起されたひとつの背景である。
http://pub.ne.jp/bbgmgt/?entry_id=2709626

東久邇(ひがしくに)というのが、戦後、首相になりますけど、この男のことを少し喋ろうと思います。

もうスキャンダルだらけの日本ですけど、大正天皇は子種がありませんでした。

歴史的にまちがいはありませんが、現代史家は認めません。でも子種はありませんでした。

というのは、2・26事件で弟を亡くした河野司というのがおりまして、この人が2・26事件というのはどうして起きたんだろうと調べて回る時に、東久邇にぐうぜん遭って話を聞いた時に、東久邇がこういうように言いました。

「お前の弟が死んだのは、遠因は昭和天皇と秩父宮の争いにある」。


で、それはどういうことかというと、大正天皇に子種が無かった。

じゃ、昭和天皇はなぜ生まれたかということを、東久邇が河野司という男に喋ります。これは映画脚本家・笠原和夫という、東映全盛時代に脚本を書くんですけど、この人ものすごい勉強家でして、2・26やら色んな事件を映画につくるべく脚本を書きます。この男が河野司と対談をしてます。その中で河野司が笠原に言います。

「私はあの時、『軍艦』というキャバレーでたまたま東久邇と遭った。それで東久邇が私に

『河野、お前に今日は本当のことを話してやろうか』

と言って話してくれた。」と。


◎河野司と三島由紀夫は親交がある。三島由紀夫がごく親しい人しか招きいれない自室の部屋に入れて語り合うほどの仲である。三島由紀夫はやはり2・26事件の処罰に連座した末松太平とも付き合いがある。


「じゃあ昭和天皇はなぜ生まれたんか」

と言ったら

「そこまでは言われない。だけど貞明(貞明皇后)はえらく昭和天皇の父親を嫌ってた」

ということです。それで私はハッとしました。私は小学生のころだったと思うんですけど、戦後、カストリ雑誌のようなものを読んだことがあるんです。その中で西郷八郎という名が出て、これは西園寺八郎のことを書いたらマズイと思って西郷八郎になったと思うんですが、

その西郷八郎という男が登場して、大正天皇の傍にいた妃を手に取って、大正天皇が嘆くのにもかかわらず山に連れて行ってチョメチョメした、

という三文小説がカストリ雑誌に載ったことがあります。もうずい分前の戦後のカストリ雑誌です。ひょっとしてあれは本当の話じゃないのか。西郷八郎というのは西園寺八郎のことではないのか。それで西園寺八郎をいっぱい調べて見ました。


『木戸日記』というのがあります。木戸幸一が戦後、東京裁判資料として提出した資料です。都留重人(つるしげと)というのが、木戸の娘を貰ってまして、その関係で都留重人が木戸を説得して、

「あんたの日記をもう出せ」

というので世に出たものです。その中で年月不詳というのがあって、島津治子の話があって、この島津治子というのは貞明皇后の女官を長く務めたんですけど、主治医が亡くなった後に、貞明から女官を去るように言われまして、去った後に民間宗教に凝り固まって妙な言動をする女なんです。そのことを木戸幸一が書いていて、年月不詳という中にこう書いてます。

『大正天皇の侍従の指令−貞明皇后のお相手八郎のこと』。

『貞明皇后のお相手八郎のこと』とは西園寺八郎のことです。その西園寺八郎は隠れた重要な人物で、ちょっと余分なことを喋ります。


長州藩に徳山藩というのがあるんですけど、長州は萩が本家で(徳山藩はその)分家なんです。そこに毛利元徳(もうりもとのり)という分家なんだけれども一応城を構えた殿さまがおりまして、その殿さまの八番目に生まれたから毛利八郎といいます。その毛利八郎が本家の毛利頼近の養子になります。ま、形でしょう。で、頼近の息子として、形式なんでしょうけど、西園寺公望の養子として西園寺八郎となる。西園寺公望は女房がいませんでしたけれど、子どもを儲けていたんです。新子といいます。

その新子と西園寺八郎が結ばれるんです。ちょうどその頃に、西園寺八郎は子どもの時から大正天皇と同じ学習院の同期で幼友達なんですが、大正天皇は子種がないので結局ある筋から西園寺八郎に

「お前が強引にやってこい」と、

で、西園寺八郎は命令されるがまま貞明とチョメチョメしまして、まチョメチョメという言葉はどうでしょうか、チョメチョメしまして子どもが生まれます。それが昭和天皇です。


◎私見では昭和天皇の母親は貞明皇后ではない。

昭和の闇の本質は昭和天皇と秩父宮の確執ではなく、長州を後ろ盾にする昭和天皇VS極端な長州嫌いの貞明皇后の確執だと思う。

これが昭和最大の分水嶺2・26事件を引き起こす。

貞明皇后は田布施村政権を佐幕派に大政奉還しようと図り、樺山愛輔を二度も駐米大使・松平恒雄が駐在するワシントンへ往復させて、松平容保候の四男である彼の娘を秩父宮の妃に貰い受けた。

貞明皇后が秩父宮を皇位につけようとした動機は盲愛ではないと私は思う。

彼女の言動からは意思がはっきりしていて正義感が強い人となりが伝わってくる。

笠原和夫は2・26は第二の壬申の乱と言ったが、私は2・26は第二の戊辰戦争であると考えている。そして田布施村王朝を転覆させようとした貞明皇后は、戦後心臓麻痺で急死している。私は吉田茂と昭和天皇が暗殺したと考える。白洲次郎は戦後は暗殺工作から身を引いている。


◎重松楊江はまた次のように述べている。

『貞明皇后の本当の名前は朱』

田布施村から輩出された人脈によって樹立された明治王朝・大正王朝・昭和王朝・平成王朝とは即ち朝鮮王朝のことである。

明治維新で職を失った旗本の娘の中から、美女を選び城内に入れて「千代田遊郭」なるものを伊藤博文らがつくりました。

そこは、天皇や重臣たちの遊び場でした。

そこに朱貞明がやってきました。才色兼備ゆえ、天皇や伊藤博文に見初められて、やがて大正天皇の妃になったのです。』


◎つまり明治王朝・大正王朝・昭和王朝・平成王朝とはすなわち朝鮮王朝のことである。

よって貞明皇后の出自が朝鮮であることは理にかなっている。

貞明皇后が大正天皇と結婚したのは15歳である。

白羽の矢を立てられた彼女が九条家に引き取られ、学習院に通わされ鍋島信子・牧野雪子と交友している在学中、大正天皇の妃候補として千代田城にお目見えしたのだろう。おそらく貞明皇后は朝鮮王朝を引き継ぐ嫡子を産む女性としてふさわしい出自なのだろう。


◎また私見では昭和天皇と貞明皇后は血縁がないと考える。

貞明皇后は極端な長州嫌いで有名、かつ個性的な性格で意思が強い。

西郷八郎が彼女の隙を狙って襲えたのは一回きり、貞明はガードを堅くして(例えば女官を常時周囲におく)防御しただろう。

貞明皇后が西園寺八郎を拒絶したので、田布施村の大室家の血筋に連なる子どもが連れてこられたのが昭和天皇である考える。

貞明皇后はDNAも強烈なのか、昭和天皇以外の三人の息子は彼女に酷似している。

猛禽類のような鼻をしている。その中で昭和天皇一人だけ面立ちがソフトである。見目良い賢そうな子を選んできたのだろう。

実際昭和天皇は恐るべき頭脳の持ち主である。鷹揚な生物学者然とした風貌で「あ、そう」を連発するほほえましいキャラを演じた千両役者でもある。

幼少の時「昭和天皇と秩父宮は双子である」という風聞が根強くあったという。

この兄弟は母胎に宿っている時期が一部重なっていたのだろう。双子ではなく母胎が二つあったのだ。

昭和天皇には長州出身の西園寺八郎が後ろ盾になった。昭和天皇を銃撃しようとした難波大助は田布施川の辺に住んでいたから、そのことを知っていたのかもしれない。


で、彼(八郎)は西園寺家に新子という女がいながら、まったく寄り付きもしないで天皇家に入りこんでピッタリと自分の息子の昭和天皇の傍にいます。ずーっと侍従をします。

一時、大正天皇の侍従武官長の奈良武次という男とけんかして、けんか両成敗で数年間、昭和天皇の傍を離れますが、死ぬまで傍にいます。

ということは昭和天皇の行動も全部、西園寺八郎が牛耳ったであろうと言われるほど、傍にいます。その西園寺八郎の子どもが公一(きんかず)といいます。

一番大事なのは、次女が春子といいまして、この春子が住友家の御曹子の住友吉左衛門(第十五代当主・住友友純)の嫁さんになります。

ということは、住友と天皇家は血縁もいいとこなんです。
そうでしょう?そこから考えると昭和の闇もまた見えてきます。


◎八郎の岳父・西園寺公望は1919年パリ平和会議全権大使。、シナリオについては知悉していただろう。日米開戦前夜に死んでいるのは、シナリオに反対して消されたと私は思う。公望の私設秘書・原田熊雄は住友に丸抱えされてヤラセの連絡係りとして活躍する。住友は確かに怪しい。


じゃあ秩父宮は二番目に生まれますが、秩父宮はどうなんでしょうか。

秩父宮は東久邇が自分から言えないけど、東久邇の子どもなんです。

「こいつは何を言ってるんだ」と思うでしょうけど、『西園寺候と政局』という原田熊雄という男が書いた本があります、その本を私が言ったようなことを頭に置いて読まれると、東久邇と秩父宮が親子であるということが良く分ります。

いつも行動を共にして、西園寺が東久邇が妙な行動を取ると秩父宮を呼びつけて

「東久邇に言え、妙な行動を取るな、と」。

そして又、秩父宮が変な行動を取ると西園寺候が東久邇を呼びつけて

「あの子どもをもう少しセーブしろ」

と言います。東久邇は自分を自慢したくて、河野司を呼んで喋ったのかもしれません。

(大正天皇に)子種がないことは事実です。

で、貞明皇后はいろんな男とデキてます。

で、樺山愛輔というのともデキているのはまちがいありません。
そういうのから昭和の闇も見えてきます。
http://www.asyura2.com/12/social9/msg/352.html

日本のいちばん醜い日 鬼塚 英昭 (著)
http://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E3%81%84%E3%81%A1%E3%81%B0%E3%82%93%E9%86%9C%E3%81%84%E6%97%A5-%E9%AC%BC%E5%A1%9A-%E8%8B%B1%E6%98%AD/dp/4880862169


昭和の劇―映画脚本家・笠原和夫
笠原 和夫 (著), スガ 秀実 (著), 荒井 晴彦 (著)
http://www.amazon.co.jp/%E6%98%AD%E5%92%8C%E3%81%AE%E5%8A%87%E2%80%95%E6%98%A0%E7%94%BB%E8%84%9A%E6%9C%AC%E5%AE%B6%E3%83%BB%E7%AC%A0%E5%8E%9F%E5%92%8C%E5%A4%AB-%E7%AC%A0%E5%8E%9F-%E5%92%8C%E5%A4%AB/dp/487233695X


昭和天皇の出生の疑惑


1 : 日本@名無史さん[] : 投稿日:2007/10/19 19:28:40ID:QjGviBga0 [1/1回(PC)]

大正天皇の第1皇子の昭和天皇の出生に関する疑惑がいろいろ出てきている。
私個人としては昭和天皇(弟3人含めて)の父親は、大正天皇だと思っている。
とりあえず、今まで出てきた疑惑を整理してみると。


まず、笠原和夫の本「昭和の劇」。

この中で、昭和天皇の皇女・照宮成子内親王の舅で、香淳皇后の叔父に当たる東久邇稔彦が、

「大正天皇は子種がなく、代わりに貞明皇后に何人かの男を当てて産ませていった。だから、昭和天皇の兄弟は皆、顔が違う」

と語っていたことを河野司から聞いたと笠原は語っている。
笠原がこの説にかなり確信を持っていたとうかがわせる発言がある。


次に、鬼塚英昭の本「昭和のいちばん醜い日」。

この本には、「昭和の劇」の東久邇稔彦の発言が引用しつつ、「木戸幸一日記」の島津治子の調書から昭和天皇の父親は西園寺八郎だとしている。

また別の歴史家の本には、明治天皇が昭和天皇の父親だとする説もある。


ここで疑問に思うのは、以下の3点である。


1.東久邇稔彦の発言の信憑性

東久邇稔彦は皇室と縁戚関係にあるものの、自分の妻・聡子内親王の兄である義兄の大正天皇とは折り合いが悪く、大正天皇の崩御の際にも留学先から帰国しなかった。
その大正天皇を貶めるため、あえて混乱を招くような嘘をついたのか、戦後の臣籍降下をあれほど熱望していたものの、辛酸を舐めて皇室に怨恨でも持ったゆえの発言なのか。


2.三笠宮誕生の必要

明治時代に貞明皇后は3人の親王を産んで皇統を守ったのだから、大正時代に三笠宮を産む必要はなかったと思われる。なぜ、明治天皇も昭憲皇太后も亡くなった後に子供を産む必要があったのか。
東久邇稔彦の発言から感じる矛盾である。


3.大正天皇の子種なしについての決定的証拠がないこと

大正天皇に子種がないとする証拠は、東久邇稔彦の発言しか見当たらない。
あとは、噂や風説などであり、医学的見地から見た証拠はどこにもないのである。
確かに大正天皇は病弱だったものの、貞明皇后と結婚した当初は健康体であった。
皇族の中にも病弱だった賀陽宮邦憲王のように健康を回復して、子供をもうけたり、伏見宮貞愛親王の嫡子・邦芳王は病気により宮家の存続が危ぶまれ、宮家を継承できず、代わりに兄の博恭王が継いだ場合もある。

原武史は、大正天皇に万が一のことがあった場合、有栖川宮威仁親王が次の皇位継承者であったと語っている。

10 : 名無しさん@お腹いっぱい。[sage] : 投稿日:2007/10/20 16:22:03ID:vGuCDJA40 [1/1回(PC)]

問題なのは三笠宮出生だろ。
なぜほかの兄弟と10年以上も違うのか。

紀子様の場合は様々な事情があって12年間ブランクがあったということはみなわかってるけど。


17 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] : 投稿日:2007/10/22 19:17:23ID:7W//g5Re0 [1/1回(PC)]

知的障害者の大正天皇が父親だからこそ、あんな出来そこない(裕仁)ができたんじゃないの
http://www.logsoku.com/r/history2/1192789720/

10. 中川隆[-12918] koaQ7Jey 2019年1月17日 22:13:19 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22225] 報告

ID非公開さん 2018/9/17 00:09:43

秋篠宮って、学習院大学で、ビリの成績で本当は落第だったって本当ですか?

親父は学習院大学中退ですし、佳子さんが、どうやら高校時代から成績不振で親が呼ばれたり、ICUに行ったのは、学習院では、手に負えない ばかで、キリスト教の本部に頼んでICUに入れてもらったとか。

chi********さん 2018/9/17 18:29:14

友達のママがこの大学で、秋篠宮さまと同学年って言ってたので、間違いないと思います。

大学が、皇室に合わせて、皇室の人も単位を取れるようレベルを落としたそうです。

学食のカレーが大好きで、「カレーの宮」って呼ばれていたとか、「うちの婆さんまだ死なないんだよな」と話していたのは有名な話なんだそうですよ。

あと、秋篠宮さまの妹?が付属高校にいたらしいんですけど、赤点より下を取るので、赤点のレベルを彼女のために落としたそうです。

ここまでは、友達ママに聞いた話で、あとは友人に聞いた話ですが、佳子様の大学の英語クラスがレベル別に四段階あるらしいんですけど、

佳子様の英語力がトンデモらしく、でも一番下に入れるのは恐れ多いので、下から二番目のクラスで、成績かなりヤバイ噂だそうです。

まさかー!と思ってたら、こないだ佳子様の英語スピーチがテレビ放映されてて、大炎上してましたね。

あ、いや、お上手すぎて…。

彼女の高校時代の知り合いはいないので、何とも言えません。

弟さまも、成績がビリと聞きますよね、ネットだと。でも東大に推薦入学が決まっているって書いてありましたよ。

でも、愛子さまって頭がいいって聞きますよね。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12196261492

kat********さん 2018/9/17 17:14:03

皇室ご一家はおつむは弱いかたが多いです。
一応大学を出してもらって、留学したり「○○の研究」とかなさってるけど、あれは全ておバカなのをかくすためです。

11. 中川隆[-12916] koaQ7Jey 2019年1月17日 22:24:35 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22225] 報告


kok********さん 2016/6/15 00:00:27

皇太子さまの弟は夜遊びがすごくて悪だったと聞いたのですが本当ですか?

gim********さん 2016/6/18 17:06:10

本当です。

あまりにも夜遊びが酷く帰って来ず、警護看の言う事も聞かないもんで、美智子さま自ら、スナックやらバーやらに電話して帰宅させること度々でした。

スナックのママが取材できちんと話してますので事実です。

タイの愛人問題もそうですが、隠し子がいるのではないかとまことしやかに囁かれていた時期もありました。

一時期は紀子さまと離婚するのは時間の問題とも言われてましたね…
宮邸の外にまで夫婦喧嘩の声が響いてたそうです。

それが、悠仁親王誕生によってガラッと変わりましたね。
将来の天皇がいるという事は、皇室内でもマスコミの世界でも強い力を行使出来るようです…。

今、秋篠宮家の真実を報道出来るマスコミなんて皆無ですよ。

その悠仁さまも、性別選別しての誕生は周知の事実です。

これはカトリックの世界からは非常に嫌われる所業です。これからヨーロッパ王室とどうつきあって行くのか、考えなかったんですかね??
愛子さまで良かったのに…

天皇陛下も美智子さまも、男系にこだわった為に招いてしまった事態です

雅子さまがいるのに
『私は将来、皇后になる人です!』って言える紀子さまが居るこれからの皇室が、スッゴい不安です

imp********さん 2016/6/16 11:35:37

過去の雑誌記事にこういうのがあったよ。↓

「噂の真相 1996年7月号 」

秋篠宮タイ不倫報道の“真相”と保守化強める宮内庁
都内にある秋篠宮の“隠れマンション”とタイ女性の接点とは・・・

コトの起こりはこの4月、来日したクリントン大統領を迎えての宮中晩
餐会に秋篠宮が欠席、単身でのタイ旅行を強行したことだった。
しかもこのタイ訪問、秋篠宮のかねてよりの趣味であるナマズ研究を目的とした
完全なプライベート旅行。

つまり、天皇、皇太子に次ぐナンバー3の皇族がナマズ見物を理由に、国賓の
もてなしというきわめて重要な公務をほっぽりだした形の旅行だったため、これには普段、 皇室に弱腰のマスコミからも批判の声が一気に高まったのである。
宮内庁担当記者が語る。

「秋篠宮殿下がクリントンの歓迎宮中晩餐会を欠席してタイに出掛けることは、
閣議報告の前日の4月4日に発表されたんですが、途端に記者の間から疑問の声があがりましたね。

大谷茂宮務課長は(タイ訪問が)あらかじめ決まっていたため日程は動かせなかった等、 理由にならない理由を強弁していましたが、報道陣は納得せず、一時、会見が紛糾したほど。

実際は宮内庁も秋篠宮の行動に困惑している様子がありありでしたよ」

もっとも、これだけなら単に「ナマズ好きが高じたわがまま」という批判だけで片付け られたかもしれない。ところが、秋篠宮がタイに出発する1週間前に発売された 『週刊新潮』(4/18号)が「秋篠宮殿下 度重なる『タイ訪問』に流言蜚語」と題した特集記事を掲載。

こんな噂を紹介したのである。「殿下には結婚前から親しくしているタイ人の女性がいて、 その女性に会うためにタイに行くのではないか」 そして同誌は「相手は身分の高い女性で、 エキゾチックなタイ美人」 「殿下の女好きは何とかならないかとずっと思っていた」

「今回の旅行だってタイ女性とプライベートビーチに行くんだと聞きましたよ」等の周辺 コメントを紹介したうえで、「タイに親しい女性がいることは間違いない」と断じたのだ。

実をいうと今回、タイ愛人報道が出た際の宮内庁周辺の反応は「まさか」「信じられない」と いったものではなく、「やっぱり」「殿下なら十分ありえる」といった声が大勢を占めていたのである。

▼根強く囁かれる秋篠宮の女性関係の噂


実際、秋篠宮の「女性好き」「プレイボーイぶり」を物語るエピソードはそれこそ枚挙に暇がない。

「居酒屋で隣り合わせた女性客をナンパした」「独身時代、学友に『恋人は7人いる』と豪語した」などなど、だ。

中でも象徴的なのが、学習院大学時代のエピソードだろう。当時、秋篠宮は
「パレスヒルズテニスクラブ」というサークルを主宰しており、キャンパスで気に入った 女子学生を見付けたら、必ず学友に命じてこのサークルに勧誘させていたのだ。

そして、その勧誘された女性の一人が紀子妃だった。 当時の同級生がこう話す。

「この『パレスヒルズテニスクラブ』というのは、殿下の恋人選びのために作られた クラブだったんですよ。

紀子様以前にも、複数の女性を勧誘してアプローチしていましたし、紀子様が入ってからも、同時進行していた女性がいたんじゃないかな。

お二人が婚約した際、 宮内庁は『自然文化研究会』というサークルで顔を合わせているうちに親しくなったと発表して いましたけど、おそらく体裁が悪いので嘘をついたんでしょう。『自然文化研究会』なんて お二人が付き合いはじめた後に作ったサークルですからね」

秋篠宮のこうした女性関係の噂は紀子妃と結婚した後も、なくなることはなかった。

「もうひとりの学習院出身の女性がいて密かに付き合っていた」
「一時期タカラジェンヌに夢中になり、深夜まで戻ってこず、警護官が大慌てした」などだ。

実は3年前、ある週刊誌が秋篠宮のこうした浮気問題を記事化しようと動いたことがある。
その週刊誌とは他でもない、当時、美智子皇后バッシングの中心的役割を果たしていた『週刊文春』だ。

「編集部は、当時、美智子皇后批判キャンペーンをやっていたんですが、
それが一段落したら次は秋篠宮の浮気の噂を追い掛けるつもりだったんですよ。

ところが、 宮内庁からの抗議、さらには社長宅に銃弾が撃ち込まれるという事件があって、 皇室批判そのものができなくなって頓挫してしまったんです。
(元『週刊文春』 関係者)


………つい数年前までも今度は「ニワトリの研究」と称してよくタイに行ってたね、あの殿下は。タイのソープランド見学と言うのもあった。
いまは皇位後継者とされる悠仁サマがあの宮家にできたから秋篠宮家の批判が殆どできない状態になってるけど人間の性根ってそう簡単に変わるもんじゃないと思うね。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12160496062

12. 中川隆[-12893] koaQ7Jey 2019年1月18日 14:55:43 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22225] 報告

秋篠宮様とタイの怪しい関係 その1 2017-05-07
http://princeakishino.blog.fc2.com/blog-entry-3.html


秋篠宮様の過去を振り返る上でまず欠かせないのが、タイとの関係でしょう。

週刊新潮1996年4月18日号では、下記のような記事が掲載されています。
★今後、記事等を引用する場合は文字色を変えて引用箇所が分かるようにします。

『秋篠宮殿下 度重なる「タイ訪問」に流言蜚語』

>秋篠宮殿下(30)が今月十七日から単身でタイを訪れる。
>目的はお馴染みのナマズの研究ということだが、折りしも来日するクリントン大統領夫妻の宮中晩餐会は欠席することになった。
>なぜ公務よりも私的な旅行を優先されたのか。
>しかも、昨年九月、今年三月と度重なるタイ訪問。殿下の決断を訝る声も出ているのだ。
>そして、あろうことか「タイに親しい女性がいるから」なんて流言蜚語まで飛び交って・・・

という文章で始まる記事。
この冒頭文だけで衝撃的な言葉がいくつも登場します。

以下、記事の続きを引用します。

>「クリントン大統領の公的な行事を欠席してタイに行く、という報道を見たとき、
>また秋篠宮さまの性格が出たなと思いました。
>秋篠宮さまは幼いときから良くも悪くもわがままでしたから」 と、話すのはあるベテラン皇室記者である。
>「お世継ぎとして厳しく育てられた皇太子殿下に対して、
>秋篠宮さまは自由奔放に育てられました。だから秋篠宮さまは車も運転すれば、
>カラオケにもでかけるような親しみやすさを持っているわけです。
>ただし、奔放過ぎて問題を起こすこともあった。皇太子との待遇の違いから“皇籍離脱” を口にしたこともありましたし、
>昭和天皇の喪が明けぬうちにご結婚を決められたことにも、宮中では批判の声が強かった」

これまた衝撃的な言葉のオンパレードです。

しかし当時から秋篠宮が「こういうご性格」であるということは、大半の国民にとって「織り込み済み」事項と言えたかもしれません。
当時の国民はこの記事を読んで「そんなはずはない」という感想よりも、
「まあ天皇陛下の次男だし、皇位を継がないから昔からお気楽だったでしょう」
という感想の方が多かっただろうと想像します。

★「皇籍離脱を口にした」とか「昭和天皇の喪が明けぬうちにご結婚を決められた」という点については、また後ほど別の雑誌記事で検証する予定でおります。

更に記事は続きます。

>皇籍離脱騒動のときは「ご両親への反抗」などと言われたが、
>平成二年に紀子さまと結婚されて、ここのところ持前の奔放さも鳴りを潜めていた。
>が、突然、公務を欠席してナマズの研究に出掛けると言いだしたのである。
>本来なら天皇ご一家でクリントン夫妻をお迎えするところなのに、
>秋篠宮さまが不在では両陛下も心配されていることだろう。 
>宮内庁は“苦渋の選択”を強調するのだが、タイ訪問はあくまで私的な旅行なのである。
>両陛下主催の宮中晩餐会が開かれるのは十七日の夜。
>この日の午前中に秋篠宮さまは関西空港からバンコクに出発する予定になっている。
>訪問を一日か二日遅らせれば済むことなのに、なぜ秋篠宮さまはそれほど急がれるのか。

>公務を蹴って私的用事を優先することに対して、皇室ジャーナリストの岸田英夫氏も異論を差し挟む。
>「今回は公務である晩餐会と趣味であるナマズの研究ですよ。公務を欠席していいわけはありません。
>本当に変更の余地がなかったのか疑問です」

>外交評論家の加瀬英明氏はこう話す。
>「“一視同仁”というように、分け隔てなく、どこの国も平等に見るべきであって、
>同じ国ばかりに頻繁にお出かけになるのはどうでしょうか。決して好ましいことではありません」

>立て続けの訪問に、ある大新聞のバンコク特派員は驚きを隠さない。
>「半月くらい前から秋篠宮が来るという噂はありました。
>でも、宮様という立場にある方がそんなに頻繁にくるわけはない、と話していたんです。
>四月五日の閣議で訪問が決まり、正直なところ驚きました。
>今回はバンコクには一泊するだけで、北部を中心に一週間見て回られるということですが、
>全体的に“お忍び”というか、かなりプライベートな旅になると聞いています」

おやおや〜。公的行為(しかも一国の大統領の晩餐会という重要公務)を放り出して
純粋な私的旅行の方を優先してきたのは秋篠宮の方じゃありませんか!!

東宮家アンチ連中は、雅子皇太子妃殿下のことを「公務をしない」と必死に叩き続けてきましたが
秋篠宮のこういう過去はスルーするんでしょうか??それはおかしくありませんか?
また雅子様は、公務を欠席してまで私的なお遊びをなさったことなど一度もないと思います。雅子様はご病気で公務を欠席されたときは、養生やリハビリに専念しており(体調回復に専念することも皇族として大事な務めです)、“遊びに”出かけられたということはただの一度もないはずです。

記事は更に核心というべきことに言及していきます。

>公務を振り切ってまで出掛ける一人旅ということで憶測を呼んでいるのか、
>殿下と関係が浅からぬ周辺からあらぬ噂が聞こえてくるのである。曰く、

>「殿下には結婚前から親しくしているタイ人女性がいて、その女性に会うためにタイに行くのではないか」

>いくら自由奔放な殿下でも海を越えた“ロマンス”など信じがたい話だが・・・。
>紀子様と婚約する以前、「恋人は七人います」と宣言したり、
>居酒屋で席が隣だった若い女性に声を掛けて一緒に飲んだといったエピソードは伝わっている。

>現地在住の邦人ジャーナリストも、
>「よほどこちらの水が合うのか、日本にいるときよりも自由に行動されていますね。
>タイ警察にも“あまり警備を厳しくしないで、自由にやらせてくれ”と頼んでいるようです。
>四、五年前でしたか、殿下が研究のためバンコクの大学に滞在されたとき、
>甲斐甲斐しくアシスタントを務めていた若い女性がいた、と地元の女性記者から聞きましたよ」

「秋篠宮がタイにだけ頻繁に行かれるのは、現地に親しくしている女性がいるせいだ」

この件は当時の方が根強く噂になっていたと記憶しています。
そしてこのタイの女性以外にも、秋篠宮が女性に気軽に接したがるというご性格を元々お持ちでいらっしゃるということも
国民は何となく「ああそんな感じがするね」と感じているようでした。

さて記事の続きです。

>皇室ジャーナリストの河原敏明氏が話す。
> 結婚されて二、三年たったころ殿下と紀子さまの間で家庭内騒動があったのですよ。
>何でもタイの女性が殿下を追いかけて日本に来たのが原因だという噂が流れました。
>結局、真偽のほどは分かりませんでしたが、そのころお二人がほとんど口をきかなかったことは事実のようです。
>いまは紀子さまもお強くなられ、家庭内では紀子さまの方がリードしているそうです」
>赤坂御用地にある屋敷から聞こえてくるお二人のやり取りを耳にした
>宮内庁の職員も少なくないそうだから、激しく一戦を交えることもあるようだ。
>お二人そろって記者会見されたときに「夫婦喧嘩はしょっちゅうします」と笑いながら話されていた。

>にもかかわらず、いわゆる取巻き連中からタイ女性に関する噂がまことしやかに流されているのだ。
>ことに、クリントン大統領の晩餐会を欠席してタイに出掛けることが発表されると、いっそう高まっている。

そして秋篠宮ご夫妻の仲が冷えていったということも書かれています。
夫婦ですから当然喧嘩も発生するでしょうが、その原因にタイ人女性が関わっていることが一番大きいと思われます。

そして周囲からも秋篠宮に対して辛辣な意見が次々と…。

>学習院の同窓で、陛下と親しい会社役員は歎きとも怒りともつかぬ調子でこう話す。

>「困った問題ですね。このことでは両陛下もお心を痛めていることでしょう。
>タイに親しい女性がいることは間違いないみたいですよ。
>結婚する前からの付合いで、ナマズの研究所のスタッフかアシスタントと聞いています。
>身分の高い女性で、エキゾチックな美人だそうです。
>日米関係が微妙なときだけに、両陛下を安心させるためにもタイ旅行は中止していただきたい。
>“やんちゃ”を反省してもらうチャンスだと思っています」

>女子学習院の卒業生を中心とした常盤会の幹部も、
>「皇太子さまと比べると秋篠宮さまはわがままで自分勝手なところが目立ちます。
>紀子さまひとりで宮中晩餐会に出るのは可哀相じゃありませんか。
>学生のころからいろいろありましたけど、お諌めするときは思い切ってやらないと駄目でしょう。
>どうしてもタイに行くなら皇籍離脱してから行っていただきたい」

>別の常盤会関係者の矛先は紀子さまにまで向けられる。
>「こういうことは奥様が気を配るべきなんです。奥様がしっかりアドバイスしてあげないといけないのに、
>やはり夫婦仲がうまくいってないのかしら」

>さらに、攻撃はエスカレートして、
>「殿下の女好きは何とかならないかとずっと思っていたんです。
>今回の旅行だってタイ女性とプライベート・ビーチに行くんだと聞きましたよ」

>取巻きの間ではこういう流言蜚語が、寄ると触ると飛び交っているのだ。
>そして、宮内庁の中からもこんな声が洩れてくる始末なのである。

>「タイに親しい女性がいらっしゃいます。今度の訪問は私的な旅行になっていますが、
>実は殿下からもっとプライベートな日を二、三日作ってくれないか、という申し入れがあったくらいですから」

>宮内庁の職員や殿下に直接話しができる取巻きならば、なぜ殿下に進言、直言しないのか。
>批判の声は結局、天皇皇后両陛下に向かうことを、殿下も宮内庁も取巻きも忘れているのではないか。

(記事終わり)

この当時から「口の軽いご学友(取り巻き)」とか「口の軽い宮内庁職員」というのがいたようですね(笑)。
それは置いておくとして、この記事一本だけでも既にお腹いっぱいです。
このひとつの記事だけでも、以下のことが分かってしまうからですね。


●秋篠宮様は皇太子殿下に比べて相当自由にわがままに生きてこられたこと。

●秋篠宮様は女性がお好きであり結婚後も直っていないこと。

●秋篠宮様が公務を放り出してまで私的にタイに行くことを優先したこと。

●広く交友を持たねばならない皇族なのにタイという特定国にばかり行っていたこと。

●タイの現地女性と親しくしているという噂が根強かったこと。

●紀子妃との夫婦仲もしっくりいっていなかったこと。

●このような秋篠宮様のお振る舞いを苦々しく感じていた人が少なくなかったこと。

今では圧力がかかって到底世に出すことができないと予想できる秋篠宮記事でした。
http://princeakishino.blog.fc2.com/blog-entry-3.html


秋篠宮様とタイの怪しい関係 その2〜愛人問題詳細と銃弾事件 2017-05-07
http://princeakishino.blog.fc2.com/blog-entry-4.html


1996年当時、秋篠宮様とタイの関係性を批判した記事は、一つだけではありませんでした。
以下、「噂の真相 1996年7月号」も同様の記事を書いています。
更に一歩踏み込んだ、驚くべきことにも触れています。
(前ブログ内容の新潮記事と重複する箇所は省きます)

『秋篠宮タイ不倫報道の“真相”と保守化強める宮内庁』

(前略)
>宮内庁担当記者が語る。
>「秋篠宮殿下がクリントンの歓迎宮中晩餐会を欠席してタイに出掛けることは、
>閣議報告の前日の4月4日に発表されたんですが、途端に記者の間から疑問の声があがりましたね。 
>大谷茂宮務課長は(タイ訪問が)あらかじめ決まっていたため日程は動かせなかった等、
>理由にならない理由を強弁していましたが、報道陣は納得せず、
>一時、会見が紛糾したほど。実際は、宮内庁も秋篠宮の行動に困惑している様子がありありでしたよ」

当時の秋篠宮様の行動は、マスコミからも相当の怒りと顰蹙を買ったことが見てとれます。
このマスコミの怒りや疑問は「雅子様に処方されている薬の詳細を明かせ!」と理不尽なことを迫るような記者とは違い、
マスコミ以外の国民とも共有しうる正当なものだったと言えるでしょう。

以下、「噂の真相」独自の内容を順次引用していきます。

>実をいうと今回、タイ愛人報道が出た際の宮内庁周辺の反応は「まさか」「信じられない」といったものではなく、
>「やっぱり」「殿下なら十分ありえる」といった声が大勢を占めていたのである。

(中略)

>中でも象徴的なのが、学習院大学時代のエピソードだろう。当時、秋篠宮は「パレスヒルズテニスクラブ」 という
>サークルを主宰しており、キャンパスで気に入った女子学生を見付けたら、
>必ず学友に命じてこのサークルに勧誘させていたのだ。
>そして、その勧誘された女性の一人が紀子妃だった。

>当時の同級生がこう話す。
「この 『 パレスヒルズテニスクラブ 』 というのは、殿下の恋人選びのために作られたクラブだったんですよ。
>紀子様以前にも、複数の女性を勧誘してアプローチしていましたし、
>紀子様が入ってからも、同時進行していた女性がいたんじゃないかな。
>お二人が婚約した際、宮内庁は『自然文化研究会』というサークルで顔を合わせているうちに
>親しくなったと発表していましたけど、おそらく体裁が悪いので嘘をついたんでしょう。
>『自然文化研究会』 なんてお二人が付き合いはじめた後に作ったサークルですからね」

>秋篠宮のこうした女性関係の噂は紀子妃と結婚した後も、なくなることはなかった。
>「もうひとりの学習院出身の女性がいて密かに付き合っていた」
>「一時期タカラジェンヌに夢中になり、深夜まで戻ってこず、警護官が大慌てした」などだ。

紀子妃との馴れ初めについては諸説ありますが、
「紀子妃が学習院の売店でアルバイトをしている姿を、礼宮(秋篠宮)様が見染めて交際が始まった」
ということが一番流布されている“説”だと思います。
しかしこの「噂の真相」記事には、全く違う馴れ初め理由が書かれてありました。
「自然文化研究会」以外にもこのような出会い系組織を作っていただなんて衝撃です。
現代では大学の「ヤ○サー」による女子学生への深刻な暴行事件が後を絶たず事件化してるケースもありますが
秋篠宮様はそこまで下劣でなくても、「ヤ○サー」のハシリを行っていたと言えるのではないでしょうか。

そして秋篠宮様の女性関係の記事を巡り、事態は深刻な方向へ行くことになりました。
以下その部分を引用します。

>実は3年前、ある週刊誌が秋篠宮のこうした浮気問題を記事化しようと動いたことがある。
>その週刊誌とは他でもない、当時、美智子皇后バッシングの中心的役割を果たしていた『 週刊文春 』 だ。
>「編集部は、当時、美智子皇后批判キャンペーンをやっていたんですが、それが一段落したら
>次は秋篠宮の浮気の噂を追い掛けるつもりだったんですよ。
>ところが、宮内庁からの抗議、さらには社長宅に銃弾が撃ち込まれるという事件があって、
>皇室批判そのものができなくなって頓挫してしまったんです」 (元 『週刊文春』 関係者)

「銃弾撃ち込まれ事件」は、何となく聞いたことがある国民も多いのではないでしょうか。
この引用箇所からも分かるように、秋篠宮様に対する批判記事はこの銃弾事件によって筆を折ることを余儀なくされ、
現代でも秋篠宮様(と美智子様)に関してはその脅迫状態が続いている、というのが実情だと思われます。

しかしここで一つの疑問が湧きあがります。
この銃弾事件を契機に「皇室批判そのものができなくなって頓挫してしまった」と上記記事は書いていますが、
東宮ご一家に対するバッシング記事は10年以上も放置され、この件で出版社や記者が脅されたという話は
まったく聞いたことがないという点です。
東宮ご一家に対する悪意に満ちた記事はもう数えきれないほど出ているのに、なぜどこからも抗議がこないのか?
東宮ご一家バッシング記事についてはなぜどこからも銃弾が飛んでこないのか?
この銃弾による言論統制事件を起こした連中は一体誰なのか?
皇室や皇族を敬愛する純粋右翼や保守だったら、東宮ご一家へのバッシング記事についても何らかの抗議運動を起こしていてもおかしくないはずです。しかし実際に右翼や保守が動いたという話は聞いたことがありません。

この銃弾事件を起こした連中は、ただの保守や右翼ではないと考えられます。

「噂の真相」記事はその後もタイの愛人の件で話が続いていき、具体的な身元まで取り沙汰されています。

★一人目の噂:タイ外務省の東アジア課につとめる女性

>「彼女は日本の皇室関係者が来ると、必ずといっていいほど通訳をつとめている外務省きっての日本通。
>逆に王族が日本に出かける際に同行したこともありますし、日本の大学に留学した経験もある。
>もちろん、秋篠宮とは以前から面識はありますよ。
>今回、マスコミの前では親しげな素振りはなかったということですが、
>マスコミは24時間、すべての行動を把握しているわけではありません。
>一行はバンコク入りした後、北部のチェンライという都市に移動。
>ズシタニホテルという一流ホテルに滞在していたんですが、ホテルの中での行動まではまったくわかりませんから」

★二人目の噂:タイの前国王・プミポンの末娘であるチュラポン王女

>もしこれが事実なら、外交問題に発展しかねないような大スキャンダルである。
>しかも、チュラポン王女といえば、秋篠宮が結婚した際、宮内庁が結婚の儀に
>海外からの来賓は呼ばないという方針で臨んでいたにもかかわらず、強引に出席を要求。
>とうとうごり押しして来日してしまうという一件もあった。
>もしかすると、これも秋篠宮との特別の関係が原因なのだろうか。

★三人目の噂:カセサート大学付属水産研究所の20代後半(当時)の女性研究員。
「王族ではないが、名字にタイ特有の王族を示す称号が入っており、王室とは縁戚関係にある」とのこと。


>バンコク・ドンムアン国際空港近くにある国立カセサート大学。
>秋篠宮が本格的にナマズ研究に夢中になり始めたのは、学習院時代、ここを訪れたのがキッカケだった。
>以来、秋篠宮はタイ訪問の際、必ずといっていいほど、ここに立ち寄り、昨年は同大学から名誉博士号を貰っている。
(中略)
>同大学関係者が話す。
>「彼女は数年前、プリンス・アキシノがナマズ研究のためにバンコクに1ヵ月滞在した時、
>ずっとアシスタントをつとめていた女性です。 以来、二人は親しくなり、
>彼女はプリンス・アキシノが来るたびにアシスタントに指名され、世話をつとめてきたようです。
>出会った当時は学生だった彼女は現在、研究所の正式研究員になっていますが、
>学内でもプリンス・アキシノのガールフレンドということで、かなり有名です」

>今回のタイ訪問でも、マスコミレベルでは二人が会ったことは確認されていないが、
>秋篠宮は同大学付属水産研究所に立ち寄っており、密かに会っていた可能性は十分ある。

>いや、二人が会っているのは、何もタイでだけではないようだ。
>実をいうと、彼女は頻繁に日本にきて、秋篠宮と会っているという噂も流れている。
>「彼女が日本にくると、秋篠宮は知人の持っているマンションに宿泊させ、そこに通うという形をとるらしい。
>最近はあまり聞かないが、一時、そういう噂でもちきりになった時期がありました」(宮内庁関係者)

3人も違う女性が出てくることに驚きですが、どの女性も知性があり身分も高い、という共通点が面白いと感じました。
しかし愛人の一人と言われている女性が来日まで果たしているというのはかなり大胆ですね。
秋篠宮様は「自由に行動できなくなるから重い警備はいらない」とつい最近も言っていたようですが、
こういう自由な私的行動に支障が出るから警備など不要と考えているのでしょうか。
逆に紀子妃は「東宮家並みの警備を付けてほしい」と望まれてるようですが…

記事は更に「愛人との愛の巣」について言及していきます。

>実は、本誌はまさにその2年前、ある奇妙な情報をキャッチしていた。
>東横線沿いにあるバブル絶頂期に建てられた超高級マンション。
>その最上階にある一室に出入りする秋篠宮の姿がかなり頻繁に目撃されているという話だ。

>「秋篠宮様がくると、SPの人が廊下に立っているのですぐわかります。
>ええ、住人の間では、宮さまの借りている部屋として有名ですよ」 (マンションの住人)

>しかも取材を進めていくと、このマンションを借りているのは、思わぬ人物だった。
>その人物とは、秋篠宮のナマズ研究の師で、
>今回も含めたタイ旅行には必ずといっていいほど同行している某国立大学教授。
>だが、この教授は自宅は別に持っており、普段、この部屋にはまったく人気がない。
>それより何より、この部屋はワンルームとはいえ、専有面積が50平米近くもある超豪華マンション。
>家賃は30万円は下らないといわれ、どう考えても一介の国立大学教授が
>セカンドハウスとして借りられるような部屋ではないのだ。

>もしかしたら、このマンションは秋篠宮とタイ人女性との密会のために、その教授がダミーとなって借りているのではないか。
>そして、カセサート大学にいるという女性との密会の手引きもこの教授がやっているのではないのか・・・
>そんな疑惑さえ浮かんでくるのである。


かなり攻めますね、噂の真相。
今ではこのマンションはどうなっているのか定かでありません。
しかし、この高級マンションの家賃、もしかしたら国民の血税から出ている可能性もあるんですよね。
もしこれと同様のことが今でも続いているのだとしたら、秋篠宮が皇嗣と呼ばれるようになったあかつきに
今の3倍にまで増加される皇族費も、こういうふざけた案件に使われる可能性があるんですよ。
あまりにも国民を馬鹿にした酷い話です。
こういうことが過去にあったから、秋篠宮に支給される予算の使途を明らかにしてほしいと国民は思うわけです。

マンションを借りる際の名義で使われた「某国立大学教授」、思い当たる名前はいくつかあるのですがここでは触れないことにします。

「噂の真相」記事はまだ続くのですが、ページを変えてそこで改めて検証することにします。
http://princeakishino.blog.fc2.com/blog-entry-4.html

13. 中川隆[-12890] koaQ7Jey 2019年1月18日 18:35:16 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22225] 報告
噂の真相記事続き〜秋篠宮様はやはりこういう方 2017-05-07
http://princeakishino.blog.fc2.com/blog-entry-5.html

秋篠宮様のタイ愛人問題にかなり迫っていた「噂の真相 1996年7月号」ですが、記事の最後は秋篠宮様の人となり全体についてまとめています。

>たしかに秋篠宮は皇族としてはけっして優等生とはいえないだろう。
>大学時代にはまったく勉強せず、成績はほとんど最下位。

>そのため、大学側は秋篠宮と同じ学年に落第生を一人も出せなかったという逸話もあるほどだ。

>服装や生活も皇室らしからぬ派手なもの。若いときから髭をたくわえ、ブランドものを身につけ、外車を乗り回す。
>皇太子家でさえ私有車は雅子妃が嫁入りの際に持ってきたカローラだけなのに、
>秋篠宮はワーゲンにベンツまで所有している。

>天皇制の根幹をなす宮中儀式などもおざなりで、なんとブレスレットをつけて儀式に出席し、顰蹙を買ったこともある。

>また、紀子妃との結婚も「若すぎる」という周囲の反対の声を強引に押し切って強行したものだった。
>この時、秋篠宮が周囲に「結婚を認めてくれないなら、皇族をやめる」とダダをこねたのは有名な話だ。

>しかもこの時は、昭和天皇の喪があけないうちに婚約の儀をすませるという、前代未聞の荒ワザもやってのけている。
>そして、今回の宮中晩餐会を欠席してのタイ行き強行、前述した女性問題・・・。

>秋篠宮の派手な消費生活に我々の血税が使われているということは納得しがたいし、
>その行動が自らの公的立場をまったく自覚していないものであることもたしかだろう。

(記事終わり)

今の時代では考えられないような「秋篠宮の実像」を追及した記事といえます。
敬宮愛子様はグッチのキッズラインの4万円程度のバッグをお持ちになっただけでバッシングされました。
しかしまず秋篠宮様の方が「ブランド品」や「外車(ワーゲンやベンツ)」を先にお持ちでいらしたのです。しかも数万円程度では済まない、随分高い買い物をしていたようですね。
敬宮愛子様のバッグの報道が出た時、果たして秋篠宮様の過去の「ブランド品・外車好き」の一件は蒸し返されたりしたでしょうか?

それに秋篠宮はこの頃私的行動を優先して公務を欠席したり、宮中儀式でもTPOに反した格好をするなどという事実があったのですから、東宮家アンチ・秋篠宮家シンパが言うような
「公務をきちんとしているからこういう贅沢も許される!」という言い訳や擁護も全く通用しません。

秋篠宮様の成績が良くなかった件も割と有名ですが、これも後ほど上げる予定であるブログ記事と関連してきます。

「皇族やめる」という発言、紀子妃との婚約の件も、後ほどブログに順次掲載する予定です。

秋篠宮様のこのようなお振る舞いに血税が使われることへの怒りで記事は締めくくられていますが、
今でもこの話が通用してしまうのが恐ろしい所です。しかも金額は更に増やされる予定なのですから。


なお、「噂の真相」は2004年4月号を最後に休刊となっています。
http://princeakishino.blog.fc2.com/blog-entry-5.html

14. 中川隆[-12889] koaQ7Jey 2019年1月18日 18:43:12 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22225] 報告
秋篠宮様とタイの怪しい関係 その3〜関係はまだ終わっていない? 2017-05-08
http://princeakishino.blog.fc2.com/blog-entry-7.html


平成以降の秋篠宮様のタイ渡航歴は下記のようになっています。

秋篠宮様Wikipediaより。なぜか平成19年までの情報しか掲載されていませんでした。

1989年(平成元年)7月16日 - 8月18日(イギリス・オックスフォード大学留学中)
魚類の調査研究のため。

1992年(平成4年)9月13日 - 9月28日
魚類の調査研究のため。

1992年(平成4年)11月5日 - 11月24日(同妃紀子同行)
タイからの同国シリキット王妃の還暦祝賀式典への招待による。

1995年(平成7年)9月16日 - 9月22日(同妃紀子同行)
カセートサート大学名誉学位授与式、ブーラパー大学名誉学位授与式出席のため。

1996年(平成8年)3月9日 - 3月11日(同妃紀子同行)
前年7月18日に死去したタイ国王ラーマ9世生母シーナカリンの葬儀参列のため。

1996年(平成8年)4月17日 - 4月23日
魚類の調査研究のため。

1999年(平成11年)6月27日 - 7月8日(同妃紀子同行)
秋篠宮および同妃への招待による。

2001年(平成13年)8月2日 - 8月5日(同妃紀子同行)
シーナカリンウイロート大学名誉学位授与式、チュラーロンコーン大学名誉学位授与式出席のため。

2003年(平成15年)8月7日 - 8月21日(同妃紀子同行)
眞子内親王、佳子内親王同行。同国シリキット王妃が72歳を迎えるに際しての祝意表明、並びにウボンラーチャタニー大学名誉学位授与式出席、家禽類に関する共同研究のため。

2005年(平成17年)8月17日 - 8月24日
家禽類に関する日タイ共同調査研究のため。

2007年(平成19年)3月14日 - 3月23日
私的訪問。タイ同国と共同で進めている鶏の研究に関する会議に出席、野生の鶏について現地調査・並びに同国のスラユット首相が理事長を務めるキングモンクット工科大学名誉学位授与式出席のため。

2007年(平成19年)8月13日 - 8月25日: マダガスカル(タイ立ち寄り)
私的訪問。眞子内親王同行。家畜や絶滅鳥の研究のほか、大統領や首相への表敬訪問、宮殿視察。眞子内親王の同行は国際的視野を広めるため。
(Wikipediaはここまで)

宮内庁HPには、秋篠宮家のご活動についてはなぜか平成16年7月以降のものしか掲載されていません。

平成17年8月17日(水) 〜 平成17年8月24日(水)
タイご旅行(家禽類に関する日タイ共同調査研究)

平成19年3月14日(水) 〜 平成19年3月23日(金)
タイご旅行

平成19年8月13日(月) 〜 平成19年8月25日(土)
マダガスカルご旅行(眞子内親王殿下ご同伴)
>東京御発(バンコク経由)
>アンタナナリボ御発(バンコク経由)

平成23年3月8日(火) 〜 平成23年3月11日(金)
タイご旅行

平成24年11月27日(火) 〜 平成24年11月29日(木)
タイご旅行
(宮内庁HPはここまで)

補足1:2003年(平成15年)の旅行は未成年だった眞子様と佳子様もお連れしています。ほとんど私的旅行と判断してよいものでしょう。

補足2:2007年(平成19年)は秋篠宮様と眞子様がマダガスカルに私的旅行に行く際に、行きと帰りにそれぞれタイを経由しています。

補足3:秋篠宮様は平成28年8月18日からもタイに私的旅行する予定だったようですが、テロの脅威があるということで渡航を中止にしています。

こうして見ると、やはり他国に比べて秋篠宮様のタイ行きは多いと言えるでしょう。ほぼ2〜3年に一回、同じ年に二回も行かれているケースもあります。
紀子妃同伴のものもありますが、「研究」や「調査」という名目で秋篠宮様単独で行かれているパターンが特に怪しいと思います。
平成19年、23年、24年にも秋篠宮様はお一人でタイに行かれていますが、普段は文字数をなるべく多くして秋篠宮家が公務をたくさんしているように見せかけている宮内庁HPが、このタイ行きだけ「ご旅行」と文字数少なく投げやり(?)に書かれているのが不自然だと思いました。公務でなく私的旅行なので大っぴらに宣伝できないという雰囲気が漂っています。

こうして見ると、昔に比べて頻度は減ったもののつい最近まで秋篠宮様はタイへ私的に行かれていたことが分かります。タイとの関係性は終わっていないと思われます。
(平成28年もテロがなければ行かれていたと思うので)
前述したように平成19・23・24年のタイ行きに至っては「○○のため」という名目すら書かれておらず「詳細を明かせない」という感じで怪しさ倍増となっています。

ここにひとつの逸話があります。

2008年(平成20年)9月11日(紀子妃のお誕生日ですね)、映画監督のW氏が、自作映画である『天皇伝説』の宣伝ポスターを無許可で掲示したとして、警視庁公安部に軽犯罪法違反で逮捕されています。W氏は「反天皇制を掲げる活動を続けている」という理由で公安の尾行対象となっていたそうです。ポスター掲示の件では不起訴になったようですが。

この事件のニュースのテレビ映像があるのですが、そこには「7月30日(木)豊島公会堂」(映画上映のお知らせか)という文字のほかに

「秋篠宮のタイの女性問題に皇室が三億支払う」

という文字の貼り紙が見えるのです。

天皇伝説
(2008年9月11日 TBS系ニュースより)

まあこの貼り紙の内容の真偽はわかりませんが、「ありそう…」と思えてしまうのが何とも。

『天皇伝説』のポスターはこれ以外にも色々あるようですが、内容的に「これはちょっと…」というような過激な貼り紙や、信憑性の薄い都市伝説的内容の貼り紙も見受けられるので「あくまでも一つのネタ」として捉えた方がいいかもしれません。
http://princeakishino.blog.fc2.com/blog-entry-7.html

15. 中川隆[-12888] koaQ7Jey 2019年1月18日 19:11:24 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22225] 報告
いつの間に生物「博士」に??−秋篠宮様のハリボテ学歴 その1 2017-05-14
http://princeakishino.blog.fc2.com/blog-entry-13.html


秋篠宮様が「ナマズ」に関心があり研究(?)をしていたことは有名ですね。「ナマズ殿下」と呼ばれていたこともありました(今も一定世代以上の国民にはその愛称で十分通じます)。

しかし、秋篠宮様は元々「学習院大学法学部政治学科」ご卒業なのです。それがいつの間にかナマズなどの生物研究者扱いとなり、いつの間にか「理系学者」のような感じで報道されるようになりました。

宮内庁HPの秋篠宮様ご略歴・ご学歴のページには下記のように掲載されています。

昭和63年 学習院大学法学部政治学科ご卒業
昭和63年〜平成2年 英国オックスフォード大学大学院動物学科にてご修学
平成8年 理学博士(国立総合研究大学院大学)

政治学科卒業から動物学科、そして理学博士という飛躍は訳がわからないことになっています。

ちなみに今上陛下の弟君である常陸宮様のご学歴は下記のように掲載されています。

昭和33年 学習院大学理学部化学科ご卒業
昭和44年〜平成13年1月 (財)癌研究会癌研究所客員研究員

こちらは違和感がありません。

しかし、美智子様は昭和62年10月15日の会見で、秋篠宮様の研究についてこう述べられています。

>礼宮は、大学の政治学科で勉強しておりますが、これと並行して御所で生物学や動物学、博物館学など自然科学10科目ほどをそれぞれ専門の教授の下でこの3年間学び続けてきました。
(『新天皇家の自画像 記者会見全記録』薗部英一編より)

また秋篠宮様は政治学科所属の頃から財団法人進化生物学研究所(旧東京農業大学育種学研究所)で家禽類研究に従事し、昭和61年から財団法人山階鳥類研究所総裁に就任しているとのこと。秋篠宮様が昭和60年に「自然文化研究会」というサークルを作っていたことは有名ですが、このサークルが純粋な研究サークルでなく「恋人を見つけるための合コン的サークル」であったこともバレています(川嶋紀子さんもここに所属していた)。このサークル活動が高じて生物研究に従事するようになったというには少し無理があると思います。

それに「そんなに生物に関心があるなら最初から生物学を学べる大学や学部に行くか、転部すればいいのに」と国民は思うわけですが、秋篠宮様は学力が足りなくて(噂の真相過去記事でも「大学時代はまったく勉強せず成績はほとんど最下位、同じ学年からは落第生を一人も出せなかった」と書かれてしまっていたほど)希望の学部に行けず「それなら外部から複数の専門家を呼び付けて学んだり、皇族の地位を利用して研究所に従事すればよい」と判断したということでしょうか?随分手間と費用をかけた「家庭教師」だな、と思います。
まあ何事にも興味を持って「学びたい」と思うこと自体は悪くありません。皇族の多くはそれぞれ興味ある分野をお持ちになって研究を続けている方が多くいらっしゃいますから。

しかしそれを「博士号」だの何だのと学歴に結び付けようとするのは何かが違うと思ってしまいます。

秋篠宮様の「学歴」や「博士号」については過去の雑誌も疑問を呈するような記事を書いていました。ページを改めて記事を紹介したいと思います。
http://princeakishino.blog.fc2.com/blog-entry-13.html

いつの間に生物「博士」に??−秋篠宮様のハリボテ学歴 その2
http://princeakishino.blog.fc2.com/blog-entry-14.html


まずは週刊新潮1996年10月17日号の記事をご紹介します。

『秋篠宮に博士号をおくった変な大学』

>秋篠宮殿下といえばナマズ研究で有名だが、先月三十日、ニワトリの起源に関する研究で理学博士号を授与された。

>なぜナマズがニワトリに変わってしまったのか。しかも学位をおくった「国立総合研究大学院大学」は名前もほとんど知られていない存在。なんとも唐突な印象。

>殿下は一昨年、タイのカセサート大学から魚類生物学の名誉博士号をおくられているのだが、自ら学位の取得には積極的だったようだ。

>母校の学習院大学や東大に提出せずに、神奈川県葉山町にある国立総合研究大学院大学という耳慣れない大学に学位の申請をしたのは不可解である。

>研究を手伝った国立遺伝学研究所の五條堀教授が、総研大の教授を併任していたこともあるのだろうが、そもそも総研大とはどういう大学なのか。

>同大の高畑尚之・教育研究交流センター長が説明する。

>「文部省はもちろん政財界から高度教育の必要性が叫ばれ、日本で初めて設立された大学院大学が総研大です。葉山の本部キャンパスは入学式や学位授与式を行う事務中枢があるだけで、学生はいません」

>「昭和天皇の考え方として、天皇や皇族は一般の学者と競合しない分野で研究するというものがあったんです。つまり、自分の学説を発表すれば他の人の学説と論争になる可能性がある。ですから、昭和天皇は海洋生物のヒドロゾアを敢えて選んだのです。生物学者は何度か学位をと申し入れましたが、名誉博士号をもらうことはあっても、博士号はお受けにならなかった。天皇陛下も皇太子時代に学位の話がありましたが、“いやあ、いいよ”と、ご遠慮なさいました」と、あるベテラン皇室記者は話す。

>昭和天皇も、ハゼの研究をされている天皇陛下も、またオリエント古代史に詳しい三笠宮殿下も博士論文に値する業績を残されているが、学位論文は提出されていない。

>「殿下の場合は研究環境があまりにも恵まれています。協力者や相談相手がまわりにたくさんいますし、標本にしても材料にしても欲しいと言えばどんどん持ってくるでしょう。しかし、皇族はあくまで公務優先で学問は趣味ですからね」(先のベテラン記者)

>そして、実際に家禽の専門家からこんな声もあがっているのである。
「家禽学会のなかに殿下とまったく同じ研究をしていたライバルの学者がいたのです。もちろんこの世界は先手必勝ですし、早く発表して印刷物にした方が勝ちなのは分かっています。もたもたして自説を発表しなかったその学者にも非があるんです。でも、ひとりで研究している一介の学者と殿下では相手になりません」

>あらぬ誤解を受けることになれば、皇室全体に与える影響は少なくない。

(記事終わり)

国立総合研究大学院大学は今でこそ下記のような立派なHPまで設けている施設ですが、1988年に設置された新しい施設であり当時は「歴史も実績もない無名の教育機関」という目で見られていても不思議ではなかったかもしれません。日本で初めての博士課程専門の国立大学院大学であり次世代の研究者を養成することを目的としているようです。

国立総合研究大学院大学公式HP
ttps://www.soken.ac.jp/

国立総合研究大学院大学は当初は東京工業大学長津田キャンパス内に設置されていました。
しかし平成6年(1994年)、神奈川県の斡旋により葉山町に本部を設置することが決まったとのことです。本部用地は三井不動産からの寄附により取得したようです。
葉山町といえば天皇家の御用邸があることで有名です。
平成7年(1996年)に本部が移転し、秋篠宮様は同年9月30日にこの本部で博士号を授与されています。

上記新潮記事には「本部には事務中枢があるだけであり学生はいない」と書かれていますが、その後葉山町キャンパスにはどんどん大学の施設が増えていき大規模な機関となっていきました(上記公式HPの「沿革」を見るとよく分かります)。

秋篠宮様に博士号を授与した当時は「変な大学」「無名」と言われていた国立総合研究大学院大学、現在ではそこまで馬鹿にできる機関ではなくなっている感じがします。

しかし「秋篠宮様への博士号付与」と「大学本部の移転と規模の拡大」のタイミングが合致するのは何か都合が良すぎると感じるのは気のせいでしょうか?

なお、文春も全く同時期に同じような内容の記事を出しています。それは次のページで引用させていただきます。
http://princeakishino.blog.fc2.com/blog-entry-14.html


いつの間に生物「博士」に??−秋篠宮様のハリボテ学歴 その3
http://princeakishino.blog.fc2.com/blog-entry-15.html


週刊文春1996年10月17日号にも、秋篠宮様の博士号取得に疑問を呈するような記事が書かれていました。以下引用いたします。

『秋篠宮ニワトリ研究博士論文の「水準」』

>ナマズではなく、家鶏の起源に関する研究で博士号授与に驚かれたむきも多いに違いない。クリントン大統領歓迎晩餐会欠席など、このところ何かと風当たりの強かった秋篠宮だが、これで一挙に汚名返上となるか。

>九月三十日。激しい雨の中、マスコミをシャットアウトして神奈川県葉山町にある国立総合研究大学院大学(総研大)の講義室で博士号の授与式が行われた。
集まった“新博士”は19名。その中に、秋篠宮(30)の姿があった。
お付きは警備の側衛だけで、完全なお忍び。
後ろに儲けられた一般関係者席では、学生の父母らに混じって、紀子さまが満足そうにその様子を眺めていた。

>「授与式の後に行われた茶話会にも殿下は出席され、若い女子学生との記念撮影にもきさくに応じていらっしゃいました」(総研大総務課長・馬場剛氏)

>ナマズ見物のためにクリントン大統領の歓迎晩餐会を欠席して批判されたり、女性問題が取り沙汰されたりと、このところ“御難”続きの秋篠宮だが、総研大の理学博士号取得に、この日ばかりは晴々とした気持ちだったにちがいない。

>まずはめでたい限りだが、一方で秋篠宮の順風満帆すぎる研究者としての門出に、手厳しい意見があるのも事実。遺伝学の研究者が指摘する。

>「秋篠宮さまを指導してきた五條堀教授といえば進化遺伝学のボス的存在。さらに、秋篠宮さまの過去三本の論文には、アメリカのシティ・オブ・ホープ研究所の大野乾先生が共同研究者として加わっている。大野先生は米国科学アカデミーの会員でノーベル賞候補とも言われる世界的権威。
無名の学者ではそんな先生と共同研究なんてなかなかできません。実際、秋篠宮さまがどこまでご自分で研究されたのか疑問です」

>実際、ある宮内庁関係者は胸の内を語る。

>「昭和天皇にも学位の話はありましたが、『私の研究は趣味ですから』と常におっしゃり、 学問に対して謙虚な姿勢を持っていらっしゃった。しかも公務に差し支えないようにと いうことで、ご研究の範囲も相模湾とか、那須の御用邸に限られていたほどです。 それが皇族の伝統なのに、どうして突然、博士号なんだ、という感じはやっぱりしますね」

(記事終わり)

新潮と文春がほぼ同時期に同じような記事を書いていることは興味深いです。
そして双方とも、

●秋篠宮様がご自分の力だけで博士号が取得できたわけではないと推測できること
●研究成果は著名な共同研究者の力が大半を占めていたと思われること
●皇族なのになぜそこまで学位にこだわるのかということへの疑問

などが述べられています。
当時、マスコミをシャットアウトして完全お忍び状態で博士号の授与式に出席したのは「堂々と公開できるような話ではない」ということの表れだったのか、それとも「学位取得は完全にプライベートなことなので報道する必要がないと思った」からなのか…。

しかし、進化遺伝学のボス的存在と言われていた国立遺伝学研究所の五條堀孝教授が国立総合研究大学院大学の教授を併任していたからという理由だけでなぜ彼に白羽の矢が立ったのかまでは新潮も文春も追及していません。秋篠宮様が研究の対象をそれまでの「ナマズ」から「ニワトリなどの家禽類」に変更したのもこの辺りに理由がありそうに思うのですが。

(秋篠宮様は昭和61年から財団法人山階鳥類研究所総裁に就任されています。「鳥」関連でこの研究所も秋篠宮様に手を貸していた可能性は高そうです。)

五條堀孝教授はその後今上陛下とも「ハゼ」の遺伝子研究を共同して行うなど、皇室とのコネクションを強めているようです。
http://princeakishino.blog.fc2.com/blog-entry-15.html

いつの間に生物「博士」に??−秋篠宮様のハリボテ学歴 その4
http://princeakishino.blog.fc2.com/blog-entry-16.html


国立総合研究大学院大学から謎の博士号を取得した後、秋篠宮様は今度はタイの複数の大学から名誉博士号を授与されています。

秋篠宮様のWikipediaより。

●1995年(平成7年)9月、タイ・カセートサート大学から名誉博士号(水産生物学)、ブーラパー大学から名誉博士号(理学)授与。

●1999年(平成11年)、タイ・コンケン大学から名誉博士号(水産学)授与。

●2001年(平成13年)8月、タイ・シーナカリンウィロート大学から名誉博士号(理学)、チュラーロンコーン大学から名誉博士号(理学)授与。

●2003年(平成15年)8月、タイ・ウボンラーチャタニー大学から名誉博士号授与。

●2007年(平成19年)3月、タイ・キングモンクット工科大学から名誉博士号(水産学)授与。

●2011年(平成23年)3月、タイ・カセートサート大学から名誉博士号、チェンマイ大学から名誉博士号授与。

●2012年(平成24年)11月、タイ・タンマサート大学ランシット校から名誉博士号(農業技術)授与。


見事にタイの大学ばかりですね(笑)。こちらでは家禽類ではなくて水産学での名誉博士号が多いです。「国内では家禽類(ニワトリ)、タイでは水産学(ナマズ含む?)」という区別をしているようにも見えます。

これらの情報は宮内庁HPには掲載されていません。
「秋篠宮様がタイに足繁く通っていた理由」は愛人がいたからか、研究と博士号のためなのかあるいは両方なのか…いずれにしても秋篠宮様は皇族なのですから、一つの特定国にここまでこだわるのはやはりおかしいと思います。

秋篠宮様がここまで異様に博士号取得にこだわられたこと、文系学部卒なのになぜかニワトリだのナマズだの生物を対象にしたことは傍から見ていて滑稽でもあります。

おそらく秋篠宮様は単純に「動物・生き物」を見るのがお好きなのでしょう。しかし、生物を自然科学的観点から専門的に研究するような頭脳は持ち合わせていない。だけどこのままでは「秋篠宮様はお勉強ができない、頭が良くない、女性にだらしない」という悪いイメージが付いて回ってしまう。

そこで周囲が苦肉の策で編み出したのが「大好きな生き物関連でハクを付けてイメージアップさせるためにその道の権威の協力を得た上での“ハリボテ”博士号の取得」という結論だったのではないかと思うのです。元々動物を見ることがお好きなら、それ関連で「研究したフリ」を続けることはあまり苦にはならなかったのではないでしょうか。
そして秋篠宮様を博士にして恩を売れば、自分たちも「おいしい思い」ができるようになる、という思惑もあっただろうと推測します。
イメージを回復したい秋篠宮様と、見返りを期待したい人々の思惑が合致した結果がこれだと思います。

秋篠宮様のこのハリボテ博士号や学歴は、現在まで秋篠宮様の公務にも影響しています。公務の件についてはまた別途検証したいと考えています。
秋篠宮様のハリボテ学歴と公務で色々な利権関係が形成されていることが分かります。


余談ですが、秋篠宮様は以前はナマズ研究が有名でしたが、実はナマズを「食べる」こともお好きだったとか。2008年に閉店してしまったようですが新大久保にあった「なまず家」というナマズ料理専門店がお好きでよく通っていらしたという噂も。

胃袋でもナマズを研究するなんて、よほどお好きだったんですねえ。でもそちらでは国内で博士号を取れなかったようで…
http://princeakishino.blog.fc2.com/blog-entry-16.html

16. 中川隆[-12886] koaQ7Jey 2019年1月18日 19:36:14 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22225] 報告

いつの間に生物「博士」に??−秋篠宮様のハリボテ学歴 その5〜利権関係はこうして生まれる?
http://princeakishino.blog.fc2.com/blog-entry-18.html


先日、「旅先でも気まぐれ、自由気ままに (05/14)」という当ブログの記事で「秋篠宮様は湧永製薬と遺伝子研究で関わりを持っている」ということに少し触れましたが、秋篠宮様がニワトリなどの家禽類で疑惑の博士号を取得する前後から湧永製薬が絡んでいたことが判明しました。
そして秋篠宮様が総裁を務める山階鳥類研究所も予想通り名前を連ねていました。

下記はその博士号論文の概要です。

(6) ニワトリの起源の分子系統学的解析:秋篠宮文仁1,三宅哲雄2,高田 勝3,新宮良介4,遠藤俊徳,五條堀 孝,近藤典生3,大野 乾5(1山階鳥類研究所,2湧永製薬,3進化生物学研究所,4大阪大学第二内科,5Beckman Research Institute of the City of Hope, USA)

ミトコンドリアDNAを用いた分子系統学的解析により,ニワトリの起源を調べた.とくに,キジ科に属する30種以上の個体から血液サンプルを抽出し,ミトコンドリアDNAのD-loop領域のDNA配列を決定した.また,現在家禽として飼育されているニワトリの多数の品種からもミトコンドリアDNAも抽出してDNA配列を決定した.決定されたDNA配列は,multiple alignmentを行って,各種間における塩基置換数を推定した.推定された塩基置換数に基づいて,分子系統樹を作成した.その結果,調査されたすべてのニワトリは,インドシナ半島に住んでいた赤色ヤケイを単一の起源としており,ニワトリ起源の単系統説を裏付けるものであった.この成果は Proc. Natl. Acad. Sci., 93, 6792-6795に発表した.

内容的にどう見ても、元政治学科という文系人間で勉強をほとんどしてこなかった秋篠宮様がメインで書けるような論文ではないことがわかります。

湧永製薬と博士論文のつながりの概要を説明すると下記のような感じです。

●湧永は世界にはバイオの湧永として有名である。

●昭和55年にはレベル3(万一遺伝子組み換え微生物が漏れても外部には室内の空気が漏れないようになる)の研究棟を建て、最先端のバイオ研究で有名なアメリカのシティオブホープ研究所(秋篠宮様の共同研究者(?)の一人である大野乾氏が所属している機関)に研究員を派遣してきた (日本から他ではサントリーだけ)。

●湧永の遺伝子工学技術が評価され、秋篠宮様のご研究「鶏の家禽化」における遺伝子解析統計的分類法に大きく貢献した。

●1992年から1999年まで、計10回、秋篠宮様が湧永バイオ研究所にご来所され、研究を進められてきた。
(なお拡大する需要に対応するため広島県に新工場を建設したのが、秋篠宮様と研究を始めた1992年とのこと)

●その成果は、権威あるアメリカの科学アカデミーの紀要(PNAS:Proceedings of National Academy of Science)の1994年12月号に発表され、ニューヨークタイム紙などにも大きく取り上げられた。

●秋篠宮様様は1996年9月に国立総合研究大学院大学で理学博士の学位を取得された。

ちなみに湧永製薬はHPで下記のような紹介分を掲げています。

http://www.wakunaga.co.jp/study/bio/index.html

>ワクナガのバイオは、1970年代末にバイオテクノロジー研究に着手したことから始まりました。
>日本初の遺伝子工学によるセクレチン産生、世界初であった EGF(上皮細胞成長因子)の微生物による大量生産の成功を経て、1990年代からは、遺伝子解析技術とモノクローナル抗体技術をコアテクノロジーとして、種々の研究用試薬および診断薬(体外診断用医薬品)を開発しています。
>また、遺伝子のわずかな違いを検出するために開発したPCR-PHFA法は、1996年からガン遺伝子K-rasの変異検出試薬などに用いられています。
>さらに2003年に、多検体処理に適した検査技術であるxMAPR Technology(蛍光ビーズ法)を米国Luminex社から導入しました。
>当社はこの技術を遺伝子解析に応用し、『WAKFlowR HLAタイピング試薬』シリーズを完成させ、2005年から従来の試薬に代わり骨髄バンクのドナー登録検査用の試薬として供給しております。

はい、このような内容に関しての研究を秋篠宮様がメインで行えるとはどうしても思えません(笑)。しかも秋篠宮様が湧永製薬に訪れたのは7年間でたったの10回!

しかしこの博士論文をきっかけに、様々な利権関係が生まれたのは確実だと思われます。


●国立総合研究大学院大学→秋篠宮様への博士号授与の後キャンパスの施設をどんどん拡大していった

●五條堀孝氏、大野乾氏→ともに今上陛下とのハゼの共同研究も許されている

●湧永製薬→「バイオのワクナガ」という世界的地位を更に強固なものにした

●山階鳥類研究所→秋篠宮様と更に強固な関係になり現在でも秋篠宮様の「公務」に多大な影響を与えている
http://princeakishino.blog.fc2.com/blog-entry-18.html

17. 中川隆[-12884] koaQ7Jey 2019年1月18日 19:52:13 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22225] 報告
番外編〜紀子妃もハリボテ博士号 2017-06-01
http://princeakishino.blog.fc2.com/blog-entry-27.html

本日、下記のニュースが報じられました。

紀子さま お茶の水女子大研究員に
6/1(木) 7:11配信

https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20170601-00000037-jnn-soci

宮内庁は、秋篠宮妃・紀子さまがお茶の水女子大学の研究所の特別招聘研究員に就任されたと発表しました。

紀子さまは今月1日付けでお茶の水女子大学人間発達教育科学研究所の特別招聘研究員に就任されました。今後は、研究所における人間発達科学や健康科学に関する研究プロジェクトに、共同研究者として参加される予定だということです。

紀子さまは2009年から日本学術振興会の名誉特別研究員として健康心理学の観点から結核予防の研究を続けていて、2013年にはお茶の水女子大学で人文科学の博士号を取得されていました。(01日05:02)
(記事ここまで)

このニュースにつき上のサイトで1000人越えの人々のコメントが読めるのですが、見事に批判意見ばかり!それも言いがかりのようなものは一切なく、大半がまともな感覚によるまっとうな批判であることに、一種の感動すら覚えました…ああ、秋篠宮家の実態が徐々に若い世代にも浸透しつつある、もう国民はこの一家には騙されないだろう、そういうことが分かったことが何よりも有り難いと感じました。
※最初の方は紀子妃アゲの明らかに工作と思われる不自然なコメントが多いのですが、工作活動が一段落したらドッと普通のまともな感覚の人々のコメントが押し寄せ、最初の方の工作コメントが埋もれてしまっている状況のようですね(笑)。しかもその「紀子妃アゲ、雅子様(東宮ご一家)サゲ」のコメントも「自分はそうは思わない」というチェックの方が圧倒的に多くなっており、秋篠宮家アゲの工作活動の実態がバレていよいよ終焉を迎えつつあるように見受けられます。

さて、上記ニュースが報じられたことですし、せっかくの機会なので紀子妃の謎の博士号についても改めて記録に残しておきましょう。
4年ほど前、秋篠宮様の奥方である紀子妃も「博士号」を取得しています。
下記のHP「お茶の水女子大学博士論文リスト」に掲載されています。
ttp://www.lib.ocha.ac.jp/gakui.html

乙第325号
授与年月日:平成25年3月22日
種類:博士(人文科学)
氏名:秋篠宮 紀子
論文名:結核予防の意図と行動について
―結核予防婦人会講習会参加者・女子大学生の調査より―

また「CiNii」のサイトにも紀子妃の論文情報が掲載されています。
「結核予防の意図と行動に関連する心理学的要因についての探索的研究 : 結核予防婦人会講習会参加者と女子大学生との調査より」
http://ci.nii.ac.jp/naid/10031183702#ref

論文自体はページ数も数頁程度で非常に少なくお粗末なものだったようです。
国立国会図書館のデータでは「525〜533ページ」と割り振られていますのでわずか9ページ…?博士号論文ってこんなにボリューム少なくても取得できるものなのでしょうか?

また、宮内庁HPの紀子妃のご学歴は下記のようになっています。

平成元年 学習院大学文学部心理学科ご卒業
平成7年 学習院大学大学院人文科学研究科心理学専攻博士前期課程ご修了
平成25年 博士(人文科学)(お茶の水女子大学)

一見、秋篠宮様に比べればそこまで不自然な学歴ではないように見えます。上記お茶の水の博士号も一応心理学についてのものであり、秋篠宮様よりはまだ一貫性があると思われます。

しかし紀子妃は、平成元年に大学卒業後すぐに大学院に進み、同年礼宮様(秋篠宮様)との例の喪中婚約会見を開き、平成2年の秋篠宮様との結婚、平成3年の眞子様出産、平成6年の佳子様出産を通じて、平成7年まで博士前期課程だけで実に7年間も大学院に籍を置いていたようです。
もちろん、社会人として働き、また育児をしながら大学院に通っている人々も大勢いるでしょうが、彼(女)らは自分の稼ぎで学費を支払っているケースがほとんどだと思うのです。
しかし紀子妃のこの学費は大半が国民の血税から出ていると思われます。

秋篠宮ご夫妻の喪中婚約の経緯を見ている国民からすれば「きちんと大学院修了してから結婚すればよかったじゃないか!」という怒りが湧くのは致し方ないことです。
紀子妃はあの喪中婚約会見で「勉強は可能な限り一生続けていきたいと思います〜」と能天気で呑気な発言をしていましたが、学費を自分で出すつもりなどないという心づもりでいるからこそそういうことが言えるのだと思えてなりません。

秋篠宮様もハリボテ博士号、その妃もハリボテ博士号、そして妃の方は研究員とやらに就いて更なるキャリアを積むように見せかけている。
見掛け倒しの学歴にすぎないのに、このご夫妻は一体何が目的でハリボテ学位を得たのでしょうか。
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18. 中川隆[-12881] koaQ7Jey 2019年1月18日 20:36:09 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22225] 報告

秋篠宮様の“逆襲”、宮内庁と週刊誌の攻防戦 その12〜噂の真相によるより詳細な記事B
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本日は「噂の真相」 1998年9月号『秋篠宮告白本でわかった皇室と宮内庁“暗闘の構図” 』の最終部分を引用させていただきます。

(記事続き)
今回の単行本の中で秋篠宮はタイ愛人問題を<捏造>と完全否定しているが、実をいうとこれもけっして無根拠な噂ではない。

前出の宮内庁OBがこう話す。

「本の中で、夜は研究仲間とホテルで懇談しているだけでそんな時間はないとあったが、この『研究仲間』というのが問題なんです。秋篠宮殿下はタイに行く際、ナマズ研究の師である多紀保彦・東京水産大学教授、タイ政治の専門家である赤木攻・大阪外大教授、それから今回の本の著者である江森氏ら個人的な取り巻きを必ずといっていいほど連れて行くんだが、朝から晩まで彼らが殿下を囲い込んで、大使館や宮内庁関係者から遠ざけてしまうんです。彼らが協力すれば、ホテルに女性を連れ込むことなど いとも簡単ですよ」

しかも、秋篠宮はもうひとり、宮内庁にとって招かれざる人物をタイ旅行に必ず同行させている。

その人物とは、ソムチャイ・コシタポンというタイ人男性。

「コシタポン氏は殿下がはじめてタイを訪れて以来、ずっと現地ガイドとしてすべてのタイ旅行に同行しています。もちろん宮内庁やタイ政府が雇っているわけではなく、むしろ宮内庁は彼の存在に困っているんですが、殿下が勝手に呼んでしまうんです。殿下のプライベートでのスケジュールはすべて彼が仕切っていて、お忍びで色々な所に連れていったり、色々な人間に会わせているらしい。彼はタイの警察にも顔が利く地元ではかなりのヤリ手ですから・・・」(前出・宮内庁OB)

実際、89年の訪問で秋篠宮が一時的に行方不明になるという騒ぎがあったが、これもコシタポンが地元の警察に警備を依頼して、いわゆる「売春窟」に案内していたという事実が判明している。

▼引き払われていた隠しマンション

実は秋篠宮が紀子妃と結婚してから2、3年後、タイの女性が日本にやってきて、隠しマンションで密会しているという噂が流れたことがあった。しかも取材してみると、秋篠宮の姿が頻繁に目撃されているマンションがあったのだ。

この部屋は、渋谷区東1丁目にあるバブル絶頂期に建てられた「P」というマンションの1511号室。部屋の前には「アジア魚類研究会」という小さな表札がかかっていたが、いついっても人気はない。

だが、住民に 聞いてみるとこんな答えが帰ってきた。

「秋篠宮様の姿はたまにお見かけしますよ。それに秋篠宮様が来ると、SPの人が廊下に立っているのですぐわかります」

そしてこの部屋の借り主を調べてみると、なんと秋篠宮の側近であり、パノム博士の恩師でもある多紀教授だったのである。

しかも不可解なことに、本誌がこの事実を96年7月号で報じた少し後、この部屋は跡形もなく引き払われてしまっていた。
(記事終わり)

上記記事では詳細な実名や肩書まで出ていて、秋篠宮様がいつもだいたい同じ「お取り巻き」や「お仲間」を引き連れて好き勝手に行動している様子が改めてよく分かるというものです。例のソムチャイ氏も再登場ですが、この人物は宮内庁などからは良く思われていなかったとも書かれていますね。まあ、彼が一人で勝手に秋篠宮様のスケジュールを管理してしまうので当然ですが。

しかし、秋篠宮様は色々とフリーダムな方なのでそれにつけ入れられ「秋篠宮様は腐っても皇族だし、仲間に入れば色々とおこぼれに預かれそうだ」と民間人に利用されているだけにしか見えませんね。秋篠宮様ご本人は「自分は頼れるアニキ分」を気取っているつもりでも、取り巻き連中はそうは思っていないでしょう。
仮に秋篠宮様が皇族をやめた(皇籍離脱した)場合、ただの一般人となった“文仁さん”にどれくらいのお取り巻き連中が付いてくるでしょうか。

そして驚いたのが「噂の真相1996年号」で取り沙汰されていた「例のマンション」が、あの記事が出た後に引き払われていたこと。そして今回の記事ではそのマンションの名義が「多紀保彦教授」であることが暴露されています(前回の記事では名前は伏せられていた)。

「ここは秋篠宮様が愛人と密会しているマンションではないか?」という疑惑が出た途端に引き払うとは、分かりやすすぎではありませんか。本当に「アジア魚類研究会」のための部屋なら引き払う必要などないはずですし、堂々と「魚類研究」を続ければ良かったではありませんか。

この部屋で秋篠宮様と会っていた女性は、果たして誰だったのでしょうね。
タイの研究員か、それとも例の王女か、それともまだ表に出ていない別の第三者か…

秋篠宮様とタイの関係性ですが、平成28年8月にもテロが無ければタイに私的旅行(目的は明らかにされていません)に行く予定であったことを考えると、秋篠宮様とタイの関係はまだ続いているようです。表向きは「研究」となっていますが、それなら堂々と渡航目的を「研究」と言えばいいはず。なぜ目的を伏せる必要があるのでしょうか。

自分に都合の良いことを語りたい時は饒舌になるくせに、不都合なことには沈黙を決めたりごまかしたり、そこに触れるなといわんばかりの態度になる。秋篠宮ご一家にはそういう印象しかありません。

なお、1996年当時に生じた「秋篠宮様愛人疑惑」を2年後に蒸し返した形になるこの「噂の真相」記事ですが、この記事について宮内庁が抗議したという形跡はないような気がします。

新潮にはあれだけ執拗に謝罪と訂正を求めた宮内庁だったのに。
「川嶋教授の件に触れていなければ別に抗議しないよ」というのが、やはり宮内庁の本音だったということでしょうか?
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19. 中川隆[-12880] koaQ7Jey 2019年1月18日 20:55:31 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22225] 報告
当主不在の“ブラック宮家” その1〜秋篠宮家担当の皇宮警察の相次ぐ自死 2017-06-27
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秋篠宮家のパワハラ問題について、まずは週刊新潮2005月8月11・18日合併号の記事からご紹介したいと思います。

いきなり重いタイトルのもので恐縮ですが、なるべく時系列に沿って記事をご紹介した方が、秋篠宮家に潜む問題がずっと以前から続いているということがお分かりになるかと思いました。

「皇宮警察」また出た自殺者は「秋篠宮」担当

皇室の守護を目的とする皇宮警察。その本部に所属していた警視(58)が7月15日、自ら命を絶った。実はこの人、秋篠宮家の護衛を担当する侍衛官だったという。

昨年夏にも自殺者か出たというが、一体、皇宮警察で何か起きているのか。

亡くなったのは、護衛部の侍衛官、加藤達夫氏(仮名)だ。侍衛官とは、護衛部長の直轄で皇室警護の現地指揮をとるのが主な仕事。皇宮警察本部にはたった3人しかいない。天皇皇后両陛下、皇太子ご一家、秋篠宮家の下に各一人ずつ配置され、加藤氏は秋篠宮家を担当していた。お出かけの際には必ず身辺の警護にあたっていたというから、秋篠宮ご夫妻もさぞやお心を痛めていらっしゃるに違いない。
むろん、スキャンダルを極度に嫌う皇宮警察だけに、内部でも厳しい箝口令が敷かれているという。

皇宮警察の広報も、「自宅近くに車を止め、その中で縊死していました。原因については、全くわかりません」と言うだけだ。だが、

「昨年8月にも加藤の後輩が、首を吊って自殺しているんです」

と明かすのは、皇宮警察関係者のA氏だ。

「加藤氏と一緒に秋篠宮家の護衛にあたるのが、護衛部の護衛3課。自殺したのは、3課の高山弘(当時47)=仮名=という側衛官です。高山は、眞子さまや佳子さまをよく学習院に送り迎えしており、紀子さまの大のお気に入りだった。加藤は高山を直接の部下のように面倒を見ていました」

もっとも、高山氏は私生活ではかなりいい加減だったという。

「大の女好きで、生活がハデでね。一千万単位の借金を作り、それか原因で白殺したんです。高山は私に“加藤さんに借金の保証人になってもらっている”と言っていた。もしかすると加藤は、高山の残した借金の返済を迫られていたのかもしれません」(同)

秋篠宮家担当の護衛官がたて続けに自殺するとは、尋常ではない。

皇宮警察関係者のB氏はこんな話をする。

「加藤さんを含め、護衛3課の3〜4人が監察から調べられていました。少なくとも、加藤さんは7月11日に監察に呼ぱれています。

その直後、加藤さんは樵悴しきっていたといいますからね、金に関することで何らかの不正があったのではないでしようか」

やはり、監察に呼ばれたことと自殺には、何らかの因果関係がありそうだ。
そこで、皇宮警察の広報(前出)に間くと、

「11日に加藤氏は監察に呼ばれていません。監察としては、随時、様々な案件について調査を行っております。調査の過程で何らかのコメントをするのは、適当でないと考えます」と、微妙な言い方をする。

しかし、B氏はさらにこう話した。

「加藤さんが亡くなった前後に、護衛3課で監察に調べられていた警視が辞意を伝えています。表に出せないようなヤバイ話があるのは確実ですよ。これじゃ、秋篠宮家担当の護衛体制はガタガタじゃないですか。関いたロが塞がらない」

最後に、残された加藤氏の妻は涙ながらに語った。

「何故、こんなことになってしまったのか。理由もさっぱりわからず、それだけに残念でなりません。主人が監察に呼ぱれたことは聞いていましたが、内容については知りません。でも、そんなに弱い人ではないと思っていたのですが……」

皇宮警察がこんな体たらくでは、皇室も心もとない限りだろう。
(記事終わり)

上記記事は、あくまでも二人の皇宮警察は借金問題が原因で自殺をした、という方向で書かれてはいます。しかしその一方で、「表に出せないようなヤバイ話もある」という感じで、記事に書けないような恐ろしい噂もあるということも匂わせています。

遺族は「自殺の理由はさっぱり分からない」と答えており、遺族にも知らされていないような闇があるのではないかと思われます。

遺書はなかったのか、遺書は見つかったがその内容が明らかにされていないだけなのか、分からないこともあります。

ここまでくると「死人に口なし」で、本当は借金以外の理由があったのではないかと?という見方もできます。

そもそも警察の先輩後輩同士で、借金の保証人になるということがありうるのでしょうか?

仮にそういうことがあったとしても、なぜ二人とも死を選ぶしかなかったのか?

秋篠宮家担当になっていた皇宮警察が立て続けに二人も自殺を選ぶということ自体、非常に怖いものを感じます。

秋篠宮家という存在自体、何か関係しているのか、それともただの偶然か…
もちろん、上記記事だけでは「パワハラが関係している」と決め付けることはできませんが、言葉にできない不気味さを感じます。
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当主不在の“ブラック宮家” その2〜女官に続いて料理人まで…
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今日は「パワハラ・ブラック宮家」編として、週刊現代2007年10月20日号の記事を抜粋してご紹介いたします。

当該記事は、雅楽で有名な東儀家の13代目雅季氏の夫人、真由美氏が2007年9月に詐欺容疑で逮捕されたことに関する記事です。罪の詳細は省きますが、東儀夫人は“現代のお公家さま”という感じで金銭感覚が極めてルーズであり、あちこちから借金しては踏み倒しているということを繰り返していたようです。詐欺罪もそのルーズな金銭感覚の一環として行われたもののようです。

この東儀真由美氏の口から語られたエピソードの中に秋篠宮家に関する興味深い内容が含まれていたので、該当部分のみ抜粋いたします。

「詐欺で逮捕」宮内庁楽部・名家13代目夫人が漏らしていた「天皇家の秘密」

(引用開始)
カネにだらしない夫人は口元の締まりも悪いようで、“最高機密”のはずの天皇家の内情を、惜しげもなく話しまくるという。夫人が周囲に漏らしていたエピソードを集約すると、

「天皇陛下が亡くなる瞬間って、楽部はつきっきりで演奏しなければいけなかったの。大喪の礼の前(昭和天皇の崩御までの数カ月間)、ウチの旦那は何日もつきっきりで大変だったんだから。そもそも、ウチの旦那のお父さんは、昭和天皇に楽器を教えたくらいの人だしね。

秋篠宮殿下ってホント、お酒が好き。天皇ご一家はみなさん召し上がるけど、あの人は特別ね。それと、紀子さま。あの人、自分が好きな料理を作らなかったっていう程度の理由で料理人をクビにしたの。あの人の子どもに近所の犬が寄っていったことがあったけど、そのとき子どもが 『 イヤだ 』 って言ったら、その犬、いつのまにか“消えた”のよ。本当にワガママな人だけど、男の子も産んで公務もちゃんとこなすから、美智子さまも邪険に出来ないだけよ。雅子さまの子どもじゃなく、紀子さまの男の子が(皇位を)継ぐなんて“ガセ”よ。だって宮内庁は女帝を推してるんだから」
(引用ここまで)

「宮内庁が女帝推し」ということの真偽はともかく(もしこれが事実なら敬宮愛子内親王殿下はもっと大事にされているはずなのにそうではないので、真由美氏の言うことは信じがたいですが)、秋篠宮家に関する発言は「さもありなん」という感じです。

紀子妃が皇室に入ったばかりの頃、紀子妃を気遣ってサーヤ(黒田清子さん)の気心が知れた女官をわざわざ紀子妃付きの女官にしたのに、紀子妃がその女官とウマが合わず結局女官が辞めることになり、サーヤがショックを受けたというエピソードも過去に残されているくらいですから(詳細は当ブログの下記記事をご参照ください)、「料理人クビ」ということもありうると思ってしまいます。

参考までに:
http://princeakishino.blog.fc2.com/blog-entry-30.html

礼宮様と川嶋紀子さんの婚約 その9〜よくこんな女性が皇室に入れたものですね

この数年後、2011年くらいからしばらくの間、秋篠宮家から次々に職員が離れていくという深刻な事態についての雑誌記事が大量に出てくることになりました。詐欺罪をはたらいた東儀真由美氏の言うことに信憑性はないというご意見も当然あるかと思いますがこうも立て続けに職員が離れていくことが続くと、やはり秋篠宮家には「職員が居づらくなる要因」が何かしらあるという疑惑が出てくるのです。

そして秋篠宮家の子どもたちが嫌がった犬が「消えた」というのも、怖い話ですね。問答無用で処分されてしまったということであれば酷い話だと思います。秋篠宮家は「一家揃って動物好き」をアピールすることが多いですが、本当に動物を可愛がっているとは思えない話も多いのです。

次回からは、怒涛のようなブラック宮家の実態記事が続きます。

主に紀子妃中心の内容になると思いますが、「当主の秋篠宮様はどこ行った?」と思いながらお読みください。

1996年頃は色々な意味で話題になっていたのに、現在は当主のくせに存在感皆無になってしまった秋篠宮様です。
http://princeakishino.blog.fc2.com/blog-entry-46.html


当主不在の“ブラック宮家” その3〜次々に去る職員らと、なぜか頼りにされる3人の側近
http://princeakishino.blog.fc2.com/blog-entry-48.html


今回は、週刊文春2011年9月22日号の記事をご紹介いたします。

深層レポート 紀子さま45歳 秋篠宮家をウラで牛耳る「3人の側近」

10人以上の職員が交代!
なぜ職員が体調を崩し次々に去るのか。書かれざる“人間関係”を明らかにする

「我々に人事権はありません。命じられた場所で働くだけ。だから堪えられない人は夜逃げ同然で去る人もいる」。ある関係者はこう話した。普段は退嬰的な宮内庁がなぜこれほど頻繁に人事を行ったのか。知られざる秋篠宮家職員たちの真実を初めてつまびらかにする。

国道246号線。通称・青山通りを東に走り、豊川稲荷の手前を左に折れると、すぐ左側に見えるのが「巽門」。門番である赤坂護衛署第四警備待機所を通過し、緑豊かな敷地を道なりに150メートルほど進むと、秋篠宮邸の重厚な鉄門に行き着く。
今の季節はツクツクボウシの蝉しぐれが響く赤坂御用地のなかで、宮邸は背の高い木立に囲まれ、周囲からは中の様子を窺い知ることはできない。

秋篠宮邸は平屋建ての公室棟と、二階建の私室棟に分かれており、この公室棟の玄関で、今年も紀子さまの誕生日にあたり、祝賀の記帳が受け付けられた。
参列者の一人が話す。

「玄関を入って左手にある記帳台には、和紙でできた帳簿と硯、筆が備え付けられています。参列者は一人ひとり墨を擦り、氏名を揮筆する。帳簿には政府関係者からメーカーやホテルなどの大手企業の名前まで、ずらりと並んでいました」

近頃にわかに注目を浴びている秋篠宮ご一家―。9月11日、紀子さま45歳のお誕生日当日、小誌ではある宮内庁関係者を取材した。この人物いわく、かつて宮家職員が打ち明けた一件が「忘れられない」のだという。

「その人は紀子さまに叱責されたことが強烈な記憶として残っているようでした。『ただ正直、何のことで咎められたのか、憶えていない』という。普段のイメージとは違う迫力に、慄然として、頭の中が真っ白になってしまったと語っていました」

秋篠宮家に仕える職員の人事はこの数年、不安定な状況が続いている。
まず事務方トップである宮務官と、オクと呼ばれるプライベートを一手に取り仕切る侍女長が、この一年以内に二人とも交代している。この二つのポストだけでも、この4年で6人が辞め、他のポストも含めれば10年の間に10人以上が交代している。
だが前出の職員は、「お辞めになる方の気持ちはわかる」とも洩らしたという。
「半ば神経症のようになって宮家から下がる職員もいるようですが、『あそこで働いていれば、日々積もりに積もるものがあるのは当然です』というのです」(前出・宮内庁関係者)

悠仁さまがお生まれになる前と比較すると職員数は増えている。現在は侍女長を支える侍女長補と、料理を担当する技官が一人ずつ増えたほか、運転技官も2名増え、4名になった。

だが、今でも本質的な人手不足は解消されていない。本庁や東宮職の経験者が、秋篠宮家に移るとその仕事量の差に驚くという。

◆気配を消して働く職員たち

「16名しかいない秋篠宮家では、職員は何でも出来るオールラウンダーにならなければなりません。不得意な分野を任され、万が一ミスをすれば目立ってしまう。常に仕事を見られているような雰囲気はあります。さらにこれまで女官などの経験がない者がいきなりオクの仕事を任されるのでは、やはり厳しいものです」(別の宮内庁関係者)

張り詰めた空気の中、職員は物音ひとつたてないように働いている。秋篠宮邸は絨毯敷きで、みな靴を履いたまま仕事をするが、

「底の固いパンプスなどでは靴音が響いてしまう。女性はみな絨毯の上でも音がでないようなローヒールの靴を履いています」(同前)

そして地味な色のスーツを着て、気配を消すようにして働くのだという。
「かつては飯島蘭子さんという侍女長が目を光らせていた。08年頃まで宮家の切り盛りを長いこと任されていました」(同前)

飯島氏は現職時代から、職員に相当厳しかったようだ。元宮家職員が話す。

「たいへんな貫禄の女性でした。アメリカ初の女性国務長官だったマデレーン・オルブライトと雰囲気がそっくり。予算管理が厳しく、職員たちは、しょっちゅう『あるもので済ませてください』とお説教されていた。なんでも頭ごなしにおっしゃるので、話しかけるのも憚れるようなオーラがありました」

だが、彼女さえも去り際には心身のバランスを崩してしまったようだ。

「最後はほとんど出勤できなくなっていたらしいですね。忙しさと人手不足、そして何が理由か存じませんが、殿下との関係にも縺れがあったと聞きました。それでも10年間頑張ってこられたのは、お子さんのことがあったからでしょう。女手ひとつで子供を医学部に入れるまで育てたそうですから」(別の宮内庁関係者)
秋篠宮家のスタッフが安定しなくなったのは、たしかに飯島氏がいなくなった頃からだ。

「“重し”が無くなってしまったのでしょう。もちろん、職員の悩みはケースバイケースですが、飯島氏がいなくなった現在の宮家を陰で牛耳っているのは、宮務官でも侍女長でもなく、常勤職員ですらない。“3人の両殿下の側近”なのです。この3人が職場環境に与えている影響は大きい」(前出・宮内庁関係者)

この“3人の側近”とは、一体どんな人物なのか。

「一人は元宮務官・富士亮氏の妻、富士幸子氏。二人目は御用掛で、外務省のフィリピン大使を務めた松田慶文氏。三人目は、飯島氏の前に侍女長を務めていた犬伏紗知子氏。彼女は悠仁さまがお生まれになったこともあって、非常勤扱いで宮家に戻ってきたのです。急場を手伝うために再び呼ばれたのでしょう」(同前)
3人が秋篠宮家と深くかかわるようになった背景はそれぞれだ。

「富士氏の夫・亮氏は、陛下が皇太子の時代から東宮侍従を務めた人物。農学博士で音楽にも造詣が深く、皇太子と同じくビオラが趣味の朗らかな“名物侍従”でした。秋篠宮家が創設されたときには初代宮務官に起用され、朝日新聞にもインタビューが掲載された“明るい秋篠宮家”の象徴のような人でした。ただ数年の勤務の後、食欲がなくなり、物忘れも多くなったそうです。94年には陛下の侍従を最後に退官。06年にはひっそりと亡くなりました。

奥さまは小柄でテキパキと仕事をこなす方。紀子さまと同じように手話がお出来になります」(富士氏知人)

非常勤だった富士氏は今年3月で退職しているが、いまでも両殿下からのご信頼は篤いという。

富士氏と犬伏氏には同窓という接点がある。

「お二人はキリスト教に基づいた一貫教育を行う自由学園女子部のご出身です。学年は違いますが、犬伏氏が侍女長になったのも、お二人の繋がりからだと聞いています。人当たりの良い方ですよ」(同校関係者)

松田氏は、秋篠宮家の外国交際などを任されていた。外務省関係者が話す。

「彼は自治省入省組には珍しく、外務省に出向したんです。外務報道官を務めていた時に、宮内庁との関わりができ、秋篠宮両殿下がフィリピンを訪問された際、主席随員を務めています。両殿下、特に殿下と波長があったようですね」

現在のように人事が落ち着かない秋篠宮家においては、両殿下のご相談相手が多いことに越したことはないようにも思えるが、小誌でも報じたとおり、最近では「秋篠宮家では働きたくない」と洩らす、宮内庁職員が多いのも事実だ。

◆職員評をお聞きになる両殿下

「船頭多くして、ということがあります。いま両殿下がご信頼を寄せているのはその3人。でも、最終的な責任は宮務官や侍女長が取らなければならない。また、両殿下が3人から『あの方はどうですか』と、職員についての意見を内々に聞くこともあるのだとか。それが伝わりプレッシャーに思う職員もいるのです」(前出・宮内庁関係者)

これらの指摘を本人たちはどう聞くのだろうか。
松田氏本人が語る。

「私の場合は、現在も秋篠宮付の御用掛で、3月までは月に一度、宮邸に上がり国際情勢のご進講をしておりました。国体などの行事には随行し、その際には職員とのやり取りもありましたが、私はほとんど職員の方とは関わりはありません。犬伏さんが職員に指図することもないはずです」

ほかの2人にも話を聞こうとしたが、犬伏氏は拒否。富士氏の自宅を訪れたが不在だった。

この現状を皇室ジャーナリストが解説する。

「そもそも宮内庁の人事が行き届いていないのです。将来、天皇になる可能性が大きい悠仁さまをお育てになる宮家なのですから、様々なご苦労があるのは当然です。人事異動をする前に、どういった人材が必要か、まずは両殿下によくよくご相談するべきなのです」

職員の不和が、秋篠宮ご一家の負担になるようなことがあってはならない。適正な人事体制を整えるのが宮内庁の急務ではないか。
(記事終わり)

「ここ数年における怒涛の秋篠宮家ブラック記事」の第一弾として上記の記事を挙げましたが、「何でこんなに仕事量が多いのか?そしてなぜ職員が次々に秋篠宮家を去っていくのか?単純に仕事量が多くてきつい、というだけではないのではないか?」という疑問がまず頭に浮かびます。

上記記事でも触れている通り、悠仁様がお生まれになったことでちゃんと職員数も増やしてもらえているのです。

「夜逃げ同然で去る職員もいる」
「あそこで働いていれば日々積もりに積もるものがあるのは当然」
「気配を消して仕事している」
「やり手のベテラン職員すら心身のバランスを崩して辞めてしまった」

これらの文章からも分かる通り、物理的な仕事量の多さだけでここまでの事態になるのはかなり異常でしょう。

そういう物理的な忙しさだけでなく、人間関係的な問題、パワハラ的問題が潜んでいることは間違いないと思います。

「叱られた相手が頭の中が真っ白になるくらいの紀子妃の怒りっぷり」
「常に仕事を見張られているような感覚になる」
「ベテラン侍女長は殿下(どっち?)との間に軋轢があった」
「3人のお気に入りの側近から両殿下が他の職員についての意見を聞くこともある」

どうやら、この辺りに職員が居付かない要因があるような気がします。これがパワハラでなくて一体何なのでしょうか。

しかし、上記記事で名前が出ている3人の側近のように、秋篠宮家とウマが合いうまくやっていける人たちも一定数いるのかと少し驚いています。彼らは「常勤職員ですらない」と書かれているため秋篠宮家に常駐しているわけではなく、必要な時にたまに呼ばれてちょっと話を聞くだけのことしかやっていなかったのかもしれませんね。そうだとしたら彼らの心身の負担は少なくて済みますし、常に秋篠宮家に詰めていなければならない職員に比べたら気楽だと思います。だからそこそこうまくやっていけただけではないでしょうか?

このように「たまにしか秋篠宮家と関わらない」ような側近が秋篠宮ご夫妻と結託して、立場の弱い職員たちを見張っているような状況では、辞めたい・逃げたいという気持ちになるのは当然でしょう。

ちなみに上記記事が出た2011年は、東日本大震災があった年でもあります。
紀子妃は、宮内庁HPのスケジュールにわざわざこのようなことを書かせて「自粛アピール」をしていました。↓

http://www.kunaicho.go.jp/page/gonittei/show/3?quarter=201103

平成23年9月11日(日)
文仁親王妃殿下 東日本大震災発生から半年に当たるため,お誕生日のお祝い行事はお控えになりました。

それなのに、お祝いの記帳は止めてなかったんですね。そういうものなのでしょうか?

しかし平民上がりの一宮妃のために、政府関係者や大企業らがこぞってお誕生日お祝いの記帳に駆け付ける様、何とも皮肉めいています。
http://princeakishino.blog.fc2.com/blog-entry-48.html


当主不在の“ブラック宮家” その4〜いつもイライラ、氷の妃殿下
http://princeakishino.blog.fc2.com/blog-entry-50.html


今回は週刊新潮2011年11月18日号をご紹介したいと思います。普段雑誌を買わない私が当時思わず購入してしまったほど、インパクトのある記事でした。一連の「秋篠宮家のブラックな実態記事」連発のきっかけともなった記事でもあるでしょう。

秋篠宮家「紀子妃殿下」氷のごときミーティング
侍女長がノイローゼで出勤不能

東宮職の侍従や女官の去就については、これまでも度々メディアで報じられてきた。が、お身内に2人の皇位継承者を抱える秋篠宮家でも、「侍女長」の重職にある女性が人知れず去っていた。その背後には、筆頭宮家ゆえ懊悩される紀子妃殿下のお姿が見てとれるのだ。

侍女長とは、宮内庁に設けられた特別職公務員ポストの1つである。

「御所における女官長、あるいは東宮での東宮女官長に相当する役職といえます。お妃のおる各宮家に置かれ、おもに身の回りのお世話を担当します。これとは別に、宮家は私費でで『侍女』を雇うこともできます」(宮内庁担当記者)

秋篠宮家が創設されたのは1990年。以来21年を経て、紀子さまにお仕えする侍女長は6人を数える。が、その職に関して昨年発令された「ある人事異動」を巡り、宮内庁内部では現在、ひそかに波紋が広がっているというのだ。

菊地明子さん(仮名)という60代の女性が、その当事者である。

「09年7月に5人目の秋篠宮付侍女長に任命された彼女は、昨年11月末をもって退任したのですが…」

そう切り出すのは、さる宮内庁関係者である。後任には、予算を取り扱う主計課で管理職を務めるベテラン職員が抜擢されたという。

「不思議なことに、本来は『官報』に掲載されて然るべき人事であるにもかかわらず、今に至るまでこの件の記載が全くなされていないのです」(同)

国の機関紙である官報には、原則として各省庁の課長相当以上の人事異動が掲載される慣わしになっている。特別職の場合もこれに準じ、秋篠宮家をはじめ、侍女長の人事は従来より公表されてきた。

官報を印刷・編さんする独立行政法人国立印刷局に聞くと、

「私どもは各省庁から出稿されたものを正確に刷り上げるだけで、校閲などは行わず、内容までは関知しておりません」(広報室)

続いて宮内庁によれば、

「侍女長は内閣総理大臣による任命であり、官報掲載も内閣府で行っているため、掲載されなかった理由はこちらでは分かりかねます」(総務課報道室)
埒が明かないまま、今度は内閣府に尋ねてみた。すると、

「官報は政府の広報紙という位置づけであり、情報を載せなかったことに対する罰則はありません」(人事課)

そう前置きしながら、意表を突く回答が―。

「今回の人事は、原稿としての情報はあったのですが、おそらく私どもの掲載漏れ、内閣府のミスになるかと思われます」
お役所らしからぬ潔さ。

かくもあっさり非を認めるあたり、却って勘繰りたくもなるのだが、案の定というべきか、「単純ミス」で片付けたがるその裏には、尋常ならざる“事態”が横たわっていたのだ。

内閣府関係者が言う。

「菊地さんは、旧総理府時代からの職員。70年に採用され、内閣官房への出向が長く、総理官邸事務所で歴代内閣の裏方を務めてきた、いわば事務のエキスパートです」

その活躍ぶりは、5人の総理のもとで8年7カ月の長きにわたって内閣官房副長官を務めた古川貞二郎氏の回顧録にも記されているほどである。

「09年3月に定年退職し、40年にわたる役所勤めを終えた菊地さんは、『これまでのキャリアが勿体ない』といった周囲の勧めもあって、秋篠宮付侍女長のポストに推され、同年7月に就任したのです」(同)

が、実務のスぺシャリストである彼女を待ち受けていたのは、想像を絶する世界であった、

「自身が過ごしてきた役所とはまるで異なるしきたりに戸惑い、またイメージと実際の仕事が余りに乖離していたことで神経をすり減らした彼女は、体調を崩してしまいました。結果、ノイローゼのような状態に陥り、着任してわずか1週間余りで出勤できなくなってしまったのです」(同)
一体、宮邸で何があったというのか。

◆朝礼が「反省会」に

秋篠宮家には現在、15人の職員がおり、その内訳は宮務官と侍女長のほか、事務官が7名、運転技官4名に調理師が2名。いずれも国家公務員である。このほか、冒頭で述べたように民間人扱いとなる侍女が数名、お仕えしている。

秋篠宮家の事情に詳しい宮内庁の古参職員が言う。

「通い勤めの職員らが出勤し、3人のお子様方がそれぞれ幼稚園や学校に出かけられたのち、宮邸では仕事についての打ち合わせが行われます」

主だったスタッフを一堂に集め、あるいは職種ごとに個別ミーティングを開くなど、その形式は議題の内容やメンバーによってフレキシブルに変わるという。
それでも大枠では、

「両殿下が同席され、その日の予定について職員との間で確認がなされるとともに、一日の仕事のご指示が出されます。いわば『朝礼』のようなものでしょうか。公務については、おもに殿下と宮務官がやり取りされ、私的な生活に関する事項は、妃殿下からご指示が出されるのです」(同)

後者の中心となるのは、やはり侍女長である。

「宮邸は大別して平屋造りの公室棟と2階建ての私室棟に分かれていますが、公室のなかでもご一家が暮らされる私室に近い場所に『女子詰め所』と呼ばれる侍女らのスペースがあります。その統括者たる侍女長は連日、妃殿下にお時間を賜り、その日の仕事のご説明を受けます。ひと口に身の周りのお世話といっても、ご家族は5人ですから、あらゆる作業が生じます。『今日はお庭の掃除をいたしましょう』、あるいは『この部屋のお片づけを』といった風に、妃殿下が公室棟で指示を出されることもあれば、侍女長が私室に呼ばれることもあります」(同)

そうした折、前日までの仕事ぶりについても紀子さまは細やかに、そして時には厳しいご意見を述べられ、いわば“反省会の様相”を呈することもしばしばだという。さきの宮内庁関係者が言うには、

「この流れをみても、秋篠宮家のミーティングが単なる一日のスケジュール確認以上の性格を帯びていることは明白です」

つまりは『ダメ出し』を賜りつつ、新たに細密で高水準のリクエストが出されるという日々なのである。

◆診断書を出した侍女長も

先述した通り、秋篠宮家のスタッフはわずか15名。これに比して東宮には50人が詰めているという。絶対的な人手不足の中で3人のお子さまを育て、さらにご家族内に皇位継承者が2人もおられるとあっては、紀子さまの背負われる重圧は計り知れない。

そんな状況で、筆頭宮家を支えていくという強固な責任感が、スタッフに対するご指示の「ハードル」を自ずと上げていく形になっているのではないか―。
皇室ジャーナリストの松崎敏弥氏も言う。

「侍女の仕事は微に入り細を穿つ内容です。赤坂御用地内にある宿舎から通うため、24時間勤務のようなもの。基本的には紀子さまの身の回りのお世話が中心ですが、被災地にも随行するなど、両殿下の生活に関わる全てがその対象となります。両陛下とのご関係や他の宮家とのお付き合いもある上、お子さまの教育については前例がほとんどない。両陛下のご意向を伺いながら進めるわけですから、むろん過酷だと思います」

その上で、こう指摘する。

「紀子さまはご自分のお考えをはっきりと仰るようですし、何よりお子様も多いですから、宮邸での仕事がきつくなるのは道理です。『こうしてください』というご指示も、細かくならざるを得ないのでしょう」

酷暑の熱気にむせ返った途端、体感温度が一気に零下へ。あたかも氷のごとき峻厳で鋭利なお言葉が、連日発せられるわけである。

菊地さんについて、あらためて宮内庁に問うと、

「体調を崩し就任直後から勤務が出来ませんでしたが、明確な理由については本人から聞いておりません」

ちなみに彼女の前任者もまた、わずか1年と数カ月でその任を退いているのだが、これについては、

「家庭の介護のこともあり、退職を願い出たもの」(同)

という。が、“異変”を訴えた侍女長は、実は菊地さんだけに留まらない。さきの古参職員が明かす。

「かつて11年にわたって秋篠宮付侍女長を務めた方がいたのですが、やはり最後は体をこわし、『仕事は年度末までとするように』と書かれた診断書を提出するまでに至りました。彼女は、傍から見ていても“今にも逃げ出してしまうのではないか”と思えるほどに憔悴しきっていました」

この女性は直後、侍従職へと配置換えされ、ほどなく職を辞していった。

◆警視庁にも「ご懸念」を

紀子さまのお人柄について、宮内庁幹部に聞くと、

「かつては、妃殿下から漢字の読み間違いを指摘された側近もおりました。沖縄の染料にご興味をお持ちの妃殿下の前で、この職員は『紅殻』という字をうっかり誤読してしまった。すると即座に『それはベンガラと読むのですよ』と仰ったのです。言うなれば、男性のネクタイの結び目が曲がっていると気になってしまう、といった類のお話でしょうか。また、現在の宮邸は旧秩父宮邸を増改築されたわけですが、工事が始まった98年頃、備品のことで妃殿下はたびたび用度課の職員をお呼びになり、応接セットの配置やカーテンの色をどうするか、といった内容のご指示を適宜、出されていました」

それらもまた、お立場を全うしたいとの使命感からもたらされる行動であることは疑う余地もない。そして、有形無形に発露されるそのご心情は、時に“外部”へと向けられることも。

08年1月26日、ご夫妻がインドネシア外遊を終えて帰国された翌日、悠仁さまが宮邸のお庭で遊ばれている際に転倒、唇を4針縫うというケガを負われたことがあった。この時、

「悠仁さまは愛育病院まで救急搬送されたのですが、およそ2週間後にこの件がTBSのニュースで報じられてしまいました。その直後、妃殿下は警備を担当する、警視庁警備部警衛課の警察官らに対し、『あなた方から情報が漏れてしまったのではありませんか』と、直接に強いご懸念を表されたのです」(前出・古参職員)

言うまでもなく、お子さま方のお世話もまた、侍女長らの大切な職務である。それにしても、菊地さんの体調不良を受け、宮家における重要ポストが実質1年半近く「空位」だったわけである。その後を継いだベテラン職員とて、

「彼女は昭和天皇の侍従職、その後は皇太后職などを歴任してきたプロパー職員。その経験を買われて抜擢されたのですが、異動ポストが比類なき激務であるのは重々承知しており、当初は固辞していました。そこで上司が『2年で戻すから』と必死に説得し、宮邸に入ったのです」(前出・宮内庁関係者)


皇室ジャーナリストの神田秀一氏が指摘する。

「さきの大震災に際して、皇族として最初に動かれたのは秋篠宮家でした。3月末には紀子さま、眞子さまと佳子さまが被災者のために約3400枚のタオルを袋に詰める作業をされ、5月に入ると紀子さまは三沢市や八戸市へ、6月中旬にはいわき市に入られている。それもただの視察ではなく、避難所でお見舞いをされているわけで、男子のお子さまを育てながら次々と公務をこなす紀子さまは、相当なストレスをお感じになっていることと思います」

秋篠宮家にあっては、仕える者もまた「心構え」が必要とされるというのだ。
「侍女というのは宮家の生活に合わせて動く仕事。規則はあっても細則は殆どなく、日々の判断が重要になります。公務員といえども役所の仕事とは180度異なり、『書類に判子がないから動けない』ではつとまらない。どんなに優秀でも、能力を発揮できない方もいるかもしれません」(同)

現在は体調も快復し、新たな仕事に就いている菊地さんを訪ねると、

「こんな季節にわざわざお越し頂いて申し訳ありませんが、今は一市井人ですので、官報のことなど、何も存じ上げないのです」

そう口にすると、足早に立ち去って行った。

(記事終わり)

上記記事は神田氏だの松崎氏だのが出てきて必死に「紀子妃が職員に厳しい態度にならざるをえない理由」を述べて彼女を庇っていますが、私の目からは「職員数の少なさに不満を持ち、常にイライライしていて理不尽な形で職員に八つ当たりをして憂さを晴らしている」ようにしか見えません。記事の受け取り方は人ぞれぞれだと思いますが、私個人はそういう印象です。

被災地訪問や公務云々の件も、国民が「そうしてほしい」とお願いしているわけではないのに一人で張り切っているようにしか見えないのです。それに対してストレスを感じるくらいなら、むしろやっていただかなくて結構ですと言いたい気持ちです。

紀子妃のイラつきが職員にまで悪影響を及ぼしているのは問題があるでしょう。
悠仁様のお怪我の件がすぐに外部に知られてしまった件についても、何の根拠もなく警察官を疑うことなどもってのほかですし、そういう態度を繰り返していたら職員からの信頼を受けられなくて当然ではないでしょうか。

我が子が怪我をした、ということで「親としての責任」を追及されることがそんなに嫌だったのか?としか思えません。

「お子様の人数が多いから」という言い訳も、ほかのお子様の多かった宮家の方々を拝見する限り紀子妃を庇う根拠としては弱すぎますし、ご自分たちが好んで3人もお子様を持たれたのに、そういうことを理由にするのは卑怯だと思います。

神田氏も松崎氏も紀子妃に同情的な姿勢でコメントを寄せていますが、紀子妃の方に非はないとは言い切れないと思います。紀子妃は一般の平民家庭出身なので(この点は婚約会見でも触れられていたし紀子妃ご自身も認めていること)、お手伝いさんがいる世界とは無縁だったとお見受けしますし「人の使い方がわからない方」なんだろうという印象を受けます。「人を褒める・評価する」ということができない方なのかもしれません。

それに「何でもかんでもオールラウンダーとしてできなければならない」ことを職員に要求するのも正しいやり方とは思えません。ある分野でのエキスパートな人を別の分野までできるようにしろ、ということが果たして正しいやり方なのか。

「職員数が少ないんだから仕方ないでしょう!」という紀子妃の言い分もあるかと思いますが、それなら秋篠宮家よりももっと職員数が少なかった宮家(三笠宮家や高円宮家など)では、どうして記事のような問題が起きていないのか?という疑問が湧くのです。

紀子妃をはじめ秋篠宮家“だけ”が一身に公務を背負わされてそれに対する不満を抱いているというならまだ分かりますが、紀子妃は逆に公務が自分たちの所に回ってくることを待っているような発言もしているのです。

高円宮家の次女の典子元女王(現・千家典子さん)がご結婚で降嫁されることが決まった際、紀子妃は典子元女王が受け持っていた公務が秋篠宮家に回ってくると思い込んでいたらしく「これから忙しくなるわ」という発言をなさっていたという記事もありました(その記事も可能であればここでご紹介したいと思います)。
つまり、紀子妃は公務が回ってくることに不満を抱いているどころか、むしろ喜んでいるように見えるのです。

それなのに「公務などでストレスを抱えている、だから職員に厳しくなるのは仕方ない」という論調に違和感を覚えるのです。

秋篠宮家の職員数の少なさについても、これでも以前よりかなり改善されている(増員されている)のです。

東宮家というずっと格上の内廷皇族を基準にするから「少ない!足りない!」となりますが、そもそも東宮家と秋篠宮家は格が全く違うのです。
自分たちを東宮家と同格のように考えるその姿勢こそ「立場をわきまえていない」のではないでしょうか?

しかし、紀子妃が1998年頃(秋篠宮邸の備品等についてのエピソード)からすでに「こういう態度」だったことから、東宮家との比較云々の前から「職員に厳しく口出しの多い方」であったようですね。

それにしても、いくら秋篠宮様が公的な面でしか宮務官とやり取りしないとは言え、あまりにも当主の存在感が無さ過ぎではないでしょうか。もし紀子妃が私的なことで指示を出すことにイラついてストレスをためているようなら、当主がもっと妃をフォローしてもよいのではないかと思ってしまいます。

こういうパワハラ・ブラック記事を挙げる際、どうしても当主の存在感の無さ、フォローの無さが気になってしまいます。
http://princeakishino.blog.fc2.com/blog-entry-50.html

20. 中川隆[-12056] koaQ7Jey 2019年2月20日 14:44:32 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22249] 報告

2019.02.20
秋篠宮殿下、10億円「仮住まい」、33億円「大豪邸」に批判の声——「大嘗祭を質素に」とのダブスタ
https://rondan.net/16228

Contents

1 新秋篠宮邸
2 大豪邸に批判の声
3 大嘗祭を質素にの真意は?
4 旧御仮寓所と新御仮寓所
5 【アンケート】総額43億円の“新”秋篠宮邸に納得できますか?


新秋篠宮邸

秋篠宮殿下の役割が、御代替わりとともに大きくなります。そのため、秋篠宮殿下の邸宅が大増築されることになりました。

『週刊女性』(2019.3.5号)が伝えるところによれば、“新”秋篠宮邸に約33億円、改築が終わるまでの仮住まいとして新築される御仮寓所が約10億円と、合計43億円にも上る大豪邸です。

質素だった旧御仮寓所から着々と巨大化しているのが解りますね…。

2022年には延べ面積にして55倍+13倍=68倍にも!。



大豪邸に批判の声

従来の施設を転用することもなく、あらたに43億円も使い大増築することに疑問の声が上がっています。


「秋篠宮邸が3年間の改修工事となるため、その『仮住まい』となるのがこの御仮寓所。なんと建設費等で10億円もの『要塞』だそうです。あくまでも『仮住まい』にもかかわらず新築、しかも10億円というのが衝撃的で、世間的にはあり得ないということで、戸惑いの声も多く聞こえてきます。さらに宮邸改築に33億円ですからね……。

ここまで小室さんの騒動を大きくした一端が秋篠宮家にもあるのでは、という声もあるだけに、今回の御仮寓所に関しては批判的な見方も強くなっています。無論、建築概要書まで開示した『女性自身』にはやりすぎの声もありますが……」(記者)
Business Journal



「今回の御仮寓所はわかりやすい話だけに、小室さんに集中した批判の矛先が移ってもおかしくはないでしょう。世間として50億円近い『家絡み』の予算に共感できるわけもなく……。

国民の税金が絡むだけに、やはりデリケートな問題。小室さんの件を解決するどころではなくなるかも……」(同)
Business Journal

小室圭さんの金銭トラブルについては「まだ、婚約前ですので、人の家のことについて、私が何か言うのは、はばかられますけれども」などといって自分の責任を放棄して、責任を小室さんだけに丸投げしてにしてしまっていました。この秋篠宮殿下の言動には「逃げているだけで、不適切に問題を混迷させているだけ」と、保守論客・八幡和郎氏から批判されています。

大嘗祭を質素にの真意は?

この様に自宅に43億円投資される秋篠宮殿下なのですが、一方で新天皇が執り行う大嘗祭については規模を縮小すべしと主張されていました。


秋篠宮殿下 ……例えば即位の礼は、これは国事行為で行われるわけです、その一連のものは。ただ大嘗祭については、これは皇室の行事として行われるものですし、ある意味の宗教色が強いものになります。

その宗教色が強いものについて、それを国費で賄うことが適当かどうか。これは平成の時の大嘗祭の時にも、そうするべきではないという立場だったわけですが、その頃はうんと若かったですし、多少意見を言ったぐらいですが。今回も結局その時を踏襲してすることになったわけです。……

ただ、宗教行事と憲法との関係はどうなのかというときに、私は、やはり内廷会計で行うべきだと思っています。ただそれをするためには相当な費用がかかりますが、大嘗祭自体は私は絶対にすべきものだと思います。

ただそのできる範囲で、言ってみれば身の丈に合った儀式にすれば、少なくとも皇室の行事と言っていますし、そういう形で行うのが、本来の姿ではないかと思いますし、宮内庁長官などにはかなり私も言っているんです。ただ残念ながらそこを考えること、言ってみれば、話を聞く耳を持たなかった。そのことは、私は非常に残念なことだったと思っています。


秋篠宮殿下2018年お誕生日会見

確かに大嘗祭は明治になって国威発揚で大規模になったという歴史背景があるそうです。柳田國男も「大嘗祭ニ関スル所感」のなかで、大規模になった大嘗祭は本来の姿ではないと批判的に記しています。確かにこれには一理あるでしょう。

しかしそれならば、秋篠宮殿下も、旧御仮寓所の頃の質素な精神を思い起こされて、国民の理解を得られにくい“新”秋篠宮邸の大豪邸化を控えられるべきではなかったのでしょうか? 婚約内定者の400万円の金銭トラブルすら見捨てるというのに……。

小室圭さんの問題と併せて、秋篠宮殿下の資質に疑義が生じるのも致し方のないことでしょう。

旧御仮寓所と新御仮寓所

↑旧御仮寓所


↑新御仮寓所


https://rondan.net/16228

21. 中川隆[-11967] koaQ7Jey 2019年2月22日 07:15:33 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[7] 報告

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22. 中川隆[-11435] koaQ7Jey 2019年3月16日 08:25:23 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[562] 報告

2019.03.16
悠仁さまに「性格異常」の兆し、小室母子の影響 紀子さまの「教育方針」に批判も
https://rondan.net/17944


Contents

1 次期「天皇」の悠仁さま
2 悠仁さまの懸念
3 異常行動の報告も
4 紀子さまの教育方針に疑問が
5 槍ヶ岳登山への批判
6 帝王学を学べないという問題
7 悠仁さまを皇太子ご夫妻の元に預ける案
8 まとめ

次期「天皇」の悠仁さま

昨日、お茶の水女子大学附属小学校を卒業された悠仁さま。

そのお元気な姿に、次世代の「天皇」を見出した方も多かったのではないでしょうか? 一国民として大変心強い限りです。

特に悠仁さまは芸術的な才能をお持ちのようで、毎年開かれる「宮内庁職員組合文化祭美術展」では大変素晴らしい作品が展示され、ニュースに取り上げられています。

昨年は大変精巧なトンボの模型を展示されました。



悠仁さまの懸念

この様に立派に成長されている一方で、近頃、異常行動が見られるようになったとの懸念も報告されています。というのも、小室圭さんの問題を切っ掛けに、秋篠宮家は家庭崩壊の危機に瀕していることが報じらていますが、それが悠仁さまにも悪影響を与えているというのです。

たとえば、『女性セブン』は、小室圭問題の余波を次のように報じています。


父からも母からも理解してもらえず、眞子さまはご家族の中で孤立を深めている。

「佳子さまも、その問題にかかわりたくないのでしょう、すぐに自室にこもり、かつてのように食後に家族で語らう時聞がほとんどなくなってしまったと聞いています。

また、近頃は悠仁さまが眞子さまに対して、よろしくない態度を取られることも増えているそうです」(前出・別の宮内庁関係者)
『女性セブン』(2019.2.21号)
具体的にどのような「よろしくない態度」を悠仁さまは眞子さまに向けられているのか書いてありませんが、事実だとすれば憂慮されるべき事態でしょう。

異常行動の報告も

同様の報告は別の媒体にも載っています。


「眞子さまの妹である佳子さまは、この問題には触れたくないようです。ご家族で笑い合う機会も激減しているのは明らかですね。

また、さらに心配なのは弟の悠仁さまです。現在12歳の悠仁さまは、将来の天皇。多感な時期であり『ご学友と一緒にいる姿を見ない』『職員がゲームの相手をするが、負けると不機嫌になり感情を露にされる』など、いろいろと心配される情報も出ています。学習院ではなくお茶の水女子大附属小学校に通われていますが、その点を天皇陛下も心配されている、という話まであるのです。

悠仁さまに相応しい教育を施す必要がある中、小室さん問題でご家族がバラバラというのは、やはり憂慮すべきこと。小室さんの引き起こした出来事の重さは計り知れません」(記者)
Business Journal 
この情報源は、サイゾー系列ニュースサイトであるため、信憑に欠けるのですが、一資料としてここに挙げておきます。

紀子さまの教育方針に疑問が

このような悠仁さまの憂慮すべき行動に関する報道と並行して、紀子さまの教育方針に疑問も湧き出ています。

かつて、紀子さまは女性皇族にも男性皇族にも差はなく、同じ教育方針を取ると会見で仰っていました。


「私は女性皇族、男性皇族という違いは全くないと思っております。ですから、女性皇族だから何かという役割というのは、私は少なくとも公的な活動においては思い当たりません」
「教育方針に関する紀子さま会見」Cf. 江森敬治「秋篠宮さま、紀子さまの「教育方針」」 『文藝春秋』(2013.5号) 
この当時は、愛子さまの不登校が報じられていたこともあり、秋篠宮家の教育方針は好意的に評価されていました。

しかし眞子さまが小室圭さんを選んでしまったこと、そして噴出したトラブルに秋篠宮家がしっかりとした対応を取れていない事実を受けて、この評価は一転してしまったように思えます。また、佳子さまの皇室らしからぬアバンギャルドのファッションなども、これに拍車をかけているでしょう。

端的に言えば、「悠仁さまの選ぶ女性も、眞子さまの場合と同じく…」と国民は懸念しているのです。

槍ヶ岳登山への批判

教育方針の評価が一転しまった例を挙げます。

たとえば、先に悠仁さまは危険な槍ヶ岳に、警護員随伴で登頂されましたが、それについて次のような批判があがりました。


「ただ、充分に周囲がサポートしたとしても、大切なお体である悠仁さまが挑戦しなければならないことなのか」

「しかし、皇太子さまはかつて周囲に“槍ヶ岳は細い道か多く、自分が登ると警備の都合上、他の登山客を待たせたり、危険な目に遣わせるかもしれないので、私は登りません。とおっしゃっていたそうです」

「紀子さまとしては、悠仁さまの挑戦する心を育み、さらには“皇太子さまもなされていないことが、悠仁さまにはできる”とアピールしたかったのかもしれません。それは紀子さまの教育成果のアピールでもあります。しかし、周囲の迷惑を顧みない行動は、悠仁さまの帝王学にふさわしいものなのか」(前出・皇室ジャーナリスト)
『女性セブン』(2018.9.20号) 
さすがに紀子さまが「皇太子さまもなされていないことが、悠仁さまにはできる」とアピールしたかったというのは邪推でしょうが、次世代の「天皇」になられる悠仁さまの「教育」について多くの人が敏感になっている事実がうかがえます。

帝王学を学べないという問題

また悠仁さまの教育をめぐっては、秋篠宮家では「天皇になるための帝王学」が学べないという問題が常々報じられています。

評論家の八幡和郎氏は次のように述べ、秋篠宮ご夫妻の元では帝王学が学べないことを懸念しています。


「秋篠宮さまは皇位継承順位2位です。しかし、殿下自身も懸念されているようですが、天皇になるための教育を受けてきていません。当然のことながら、紀子さまもそうです。

ですから、ご夫妻だけで将来の天皇を育てようとするのには、そもそも難しい点がありました。ご夫妻にとっても重荷だったでしょう。特に紀子さまは孤軍奮闘の状態です。悠仁さまには母親としてだけではなく、“教育係”の責任も果たされようとしている。皇太子さまと、しかるべき指導者とともに、悠仁さまを教育するのが自然ではないでしょうか」
『女性セブン』(2018.9.20号)
八幡氏の発言は、伝統的な「皇太子」教育が念頭に置かれているに思えます。というのも、昭和天皇以前の天皇は、幼少期から両親の元を離れ、教育係に育てられるのが当たり前でした。

肉親の元で育った初の天皇となるのは、なんと現・皇太子殿下になります。

悠仁さまを皇太子ご夫妻の元に預ける案

この様な状況を受けて、近く悠仁さまが皇太子ご夫妻のもとへ預けられるという関係者の話まで…。


「その計画とは、悠仁さまを、皇太子さまご夫妻のところへ預けるというものです。皇室典範で認められていない『養子』にするわけではなく、天皇皇后両陛下と生活を共にし、直々に、将来の天皇としての教育を受けてもらおうと考えてのことです。

悠仁さまは来年4月に中学生になられます。思春期を迎え、人格形成が急速に進む時期であり、その時期の教育がその後の人生を大きく左右します。

もし帝王学を学んでいただくならば、このタイミングしかないと考える有力な皇室関係者もいます。政治的な話にもなりかねないので、事前に政治家にも相談がいっているようで、一部の国会関係者の聞でもそのような計画が租上に上がっているようです」(前出・宮内庁関係者)
『女性セブン』(2018.9.20号)
流石にこのご時世、悠仁さまはご両親のもとで育てられた方が良いように思えますが、このような案が出てくるほど秋篠宮家の信頼性は失われているということになります。

まとめ

以上の悠仁さまの教育問題にかんする週刊誌記事をまとめれば次のようになるでしょう。
近頃の悠仁さまは問題行動をとられることが多くなり、周囲から懸念の声があがっている。
この背景には、小室母子問題で明らかになったように、秋篠宮家や紀子さまの教育方針に問題がある。
加えて秋篠宮家では「天皇になるための教育」を受けられないという問題がある。
これらの問題を受けて、悠仁さまは近く皇太子ご夫妻の元に預けられる可能性がある。

いずれにせよ健やかに悠仁さまのが成長されることを多くの国民が願っていることは間違いないでしょう。
https://rondan.net/17944

秋篠宮夫妻が職員たちに偉そうに叱責している姿を見て、
眞子さんも何でも出来ると勘違いしてしまったのでしょう。

小室を皇太子さま専用の門を通したのも眞子さんだという話です。

小室のフォーダム大学特別待遇留学も一般人に皇室利用で犯罪です。
眞子さんも秋篠宮も犯罪幇助です。

眞子さんは秋篠宮夫妻を見て皇室特権で何でも出来ると思い込んでいるのでしょう。
小室の警備も税金いくらかかっても平気。

未だに仮設住宅で暮らしている方も沢山おられるのに、
自分たちは10億円の仮住まい、秋篠宮邸の増改築に33億円。
眞子さんと佳子さんのティアラにそれぞれ3000万。

金銭感覚ゼロです。

秋篠宮夫妻は学生時代の恋愛結婚で普通に働いた経験もなく、
満員電車に揺られて通勤したこともなく、
上司に叱られた経験も一度もなく、

いきなり皇族という誰もが言うことを聞く立場になり、
男児を生んだことでそれが増長してしまい、
職員全員が自分たちの言うことを聞いて当たり前になってしまったと思います。

___

小室圭のおかしさに一番最初に気付いたのは雅子さまだったらしいですから。
あの方は大丈夫ですか?とおっしゃられたらしいです。
やはり世界を股にかけてお仕事されていた方は違いますよね。

秋篠宮夫妻は両親揃って小室を見抜けず、
全く調べもせず何年も娘と付き合わせて
眞子は小室を自分の部屋に招き入れてしょっちゅう2人っきりだったとか。
もう絶対セッ○スしていますよ。

秋篠宮夫妻はふつうに働いた経験もないし
上司に叱られたこともない。
いつもみんなが頭下げてくれて当たり前。
学生時代の恋愛で結婚して単なる色ボケの
恋愛至上主義のバカ夫婦ですよ。

だから小室も見抜けない。

____


小室圭与の母親は暴力団を手下にして旦那の実家の遺産相続の遣いに出す恐ろしい女。

最近の眞子さんも小室圭与に似てきて心臓に毛が生えてますよ。

眞子さんのこの状況で平気で公務する神経に驚きます。

国民に喜ばれるとでも思ってるの?

眞子は上品ぶって手話したり工芸品の総裁とか日本中の一流の物見て回って中身はこのざま。

これを許している秋篠宮家にはもはや呆れて言葉もない。

本当にバカを通り越している!
https://rondan.net/18006

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