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アングロサクソンは悪い
http://www.asyura2.com/17/lunchbreak54/msg/109.html
投稿者 中川隆 日時 2017 年 12 月 29 日 07:01:24: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: ユダヤ人は悪い 投稿者 中川隆 日時 2017 年 12 月 22 日 16:55:20)


プーチン大統領は神の申し子
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/297.html

命を賭して悪の帝国と闘ったサダム・フセイン
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/298.html

ヒラリー・クリントンの正体
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/719.html

アメリカ・アングロサクソンの凶暴性・アメリカインディアンが絶滅寸前に追い込まれた仮説
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/367.html

日本人は金髪美女に弱い _ 小布施からセーラ・カミングスの姿が消えた
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/444.html

原爆投下が日本を救った_ ユダヤ人とトルーマンと昭和天皇に感謝
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/327.html

日本人を馬鹿にしきったアメリカ人 _ 基地に入れば、日本とアメリカの関係がよくわかる
http://www.asyura2.com/10/senkyo91/msg/566.html

猿人間のジャップには毒入り牛肉でも食わせておけ
http://www.asyura2.com/09/gaikokujin01/msg/516.html

トヨタの為に毒塗オレンジを食べさせられている日本人 _ 日本を農業の無い国にして良いのか?
http://www.asyura2.com/09/gaikokujin01/msg/518.html

白人はなぜ白人か _ 白人が人間性を失っていった過程
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/390.html

 

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コメント
 
1. 中川隆[-5781] koaQ7Jey 2017年12月29日 07:06:23 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

平成バブル崩壊と ソロモン・ブラザース証券 相場師列伝3
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/258.html

ジョン・メリウェザーだけが同じ大失敗を何度繰り返しても再起できる理由
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/433.html

ゴールドマン・サックス一人勝ちの秘密教えます _ 勝ち組になりたかったらこれ位の努力はしようね
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/364.html
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/365.html

史上最強の投資銀行 ゴールドマン・サックス_その強さの秘密に迫る
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/360.html
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/361.html


[32初期非表示理由]:担当:混乱したコメント多数、規定違反多数により全部処理

2. 中川隆[-5780] koaQ7Jey 2017年12月29日 07:20:54 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

意図的な世論誘導報道で悪魔呼ばわりされているシリア アサド大統領
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/816.html

米ネオコンとは?
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/751.html

[32初期非表示理由]:担当:混乱したコメント多数、規定違反多数により全部処理

3. 中川隆[-5779] koaQ7Jey 2017年12月29日 07:36:09 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

アメリカ株で儲けるほど簡単な事は無い
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/895.html

[32初期非表示理由]:担当:混乱したコメント多数、規定違反多数により全部処理
4. 中川隆[-5778] koaQ7Jey 2017年12月29日 07:49:40 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

日本はアメリカの仮想敵国 _ 米軍は日本が独立するのを阻止する為に日本に駐留している
http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/528.html

日本は現在でも米国の軍事占領下にある _ 日本の政治を決定している日米合同委員会とは
http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/532.html

アホが書いた日本国憲法 _ 護憲運動はCIA・中国・朝鮮工作員が扇動していた
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/703.html

[32初期非表示理由]:担当:混乱したコメント多数、規定違反多数により全部処理

5. 中川隆[-5904] koaQ7Jey 2018年1月15日 17:15:02 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2018.01.15
戦争で金儲けしようと考える企業は多そうだが、それを可能にする仕組みを守ることも戦争の目的


兵器産業や傭兵会社にとって戦争はビジネスチャンスにほかならず、そうした企業に融資したり投資している金融機関にとっても同じことが言えるだろう。国の機関では軍、情報機関、治安機関の権益が拡大する。アメリカが戦争を続ける理由をここに求める人がいても不思議ではない。

しかし、戦場になった国では破壊と殺戮が繰り広げられて悲惨なことになる。軍需産業が「死の商人」と呼ばれるのはそのためだ。それに対し、そうした企業を儲けさせる、つまり戦費を負担する庶民は困窮、国は疲弊して衰退する。

アメリカが戦争を続けられるのは、世界が不換紙幣であるドルを基軸通貨として受け入れてきたからだ。アメリカ支配層は必要なだけドルを発行できる。が、勿論、発行されたドルを放置しておけばハイパーインフレになってしまう。

本ブログでは何度も書いてきたが、アメリカ経済は1970年頃までに破綻している。そこで1971年にリチャード・ニクソン大統領はドルと金の交換を停止すると発表した。ドルを兌換紙幣から不換紙幣に切り替えたわけだ。1973年から世界の主要国は変動相場制へ移行する。

そうした状況でドルの貨幣価値を維持するための仕組みが考えられている。そのひとつがペトロダラー。つまり産油国に対して石油取引の決済をドルで行うように求め、世界がドルを集める環境を作った。集まったドルはアメリカの財務省証券を買ったり、1970年代にロンドンのシティを中心に整備されたオフショア市場へ沈めたり、金融規制の大幅な緩和で準備された投機市場へ流れ込んでいく。投機市場はバブルになり、相場は暴騰、評価益で巨大資本や富豪たちの資産は飛躍的に膨らむ。その資産力は支配力につながった。

日本にもペトロダラーと同じ仕組みが存在しているように見える。企業がアメリカで売った商品の代価として受け取ったドルを日本はアメリカへ還流させなければならないが、企業は利益を確保したい。そこで日本政府は庶民のカネでドルを買い、アメリカへ還流させてきた。もし日本政府が保有するアメリカの財務省証券を売却したなら、その責任者は社会的な地位、資産、収入を失うことになるだろう。いや、そうなる前に処分されるに違いない。

この仕組みは世界がドルを基軸通貨として認め、投機市場へ資金が流入し続けることが前提になっている。ドルが基軸通貨の地位から陥落、相場が天井を打つと加速度的にアメリカの支配体制は崩壊していく。

アメリカの傀儡である安倍晋三首相は黒田東彦日銀総裁と組んで「量的・質的金融緩和」を実施してきたが、それによって流れ出た資金も投機市場へ向かう。そうした道筋ができあがっているわけで、安倍や黒田もその程度のことは認識しているだろう。投機市場の縮小を防ぐため、ETF(上場投資信託)やGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)も利用されている。こうした政策で彼らが日本経済を回復させようとしているわけではない。アメリカの支配システムを支えようとしているのだ。

資金の流れ以上に深刻な問題がドルの立場。すでにロシアや中国を中心としてドル決済を放棄する動きが広がっているのだ。つまり、ドルが基軸通貨の地位から陥落しそうになっている。中国が創設したAIIB(アジアインフラ投資銀行)やNDB(新開発銀行)、あるいは推進中のプロジェクト「一帯一路(シルク・ロード経済ベルトと21世紀海のシルク・ロード)」は不気味だろう。

アメリカやイギリスは遅くとも20世紀の初頭から世界制覇、つまり世界帝国の建設を目指すプロジェクトが存在する。ユーラシア大陸の沿岸を支配し、その三日月帯でロシアを締め上げ、最終的には制圧しようとしている。その三日月帯の東端部に中国、朝鮮半島、そして日本がある。ジョージ・ケナンにしろ、ズビグネフ・ブレジンスキーにしろ、そのベースにはこの戦略があった。

アメリカが戦争をカネ儲けのために使っていることは事実だろうが、それは短期的な目的にすぎない。米英支配層には中期的、そして長期的なプランがある。その中長期的なプランを支えている仕組みが今、揺らいでいるのだ。その原因である中国やロシアを制圧、あるいは破壊しない限り、米英中心の支配システムは崩壊するだろう。世界規模で軍事的な緊張が高まり、ロシアとの関係改善を訴えたドナルド・トランプが有力メディアから激しく攻撃された理由はそこにある。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201801150001/


6. 中川隆[-5877] koaQ7Jey 2018年1月17日 10:17:04 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2018.01.17
差別反対は許されても戦争反対は許されないアメリカという国(前)


ドナルド・トランプ大統領が批判されているひとつの理由に彼の差別的な言動がある。そのトランプは2016年の大統領選挙、あるいはその選挙で当選した直後はロシアとの関係を修復しようとしていた。その政策は彼を当選させた一因だが、有力メディアはそれが許せずに「ロシアゲート」なる話を作り上げ、特別検察官を任命させることに成功した。大統領選挙でライバルだった民主党のヒラリー・クリントンは戦争ビジネスや巨大金融資本を後ろ盾にする人物だ。

1929年1月15日に生まれたマーチン・ルーサー・キング牧師は人種差別と戦い、ベトナム戦争に反対、そして50年間の1968年4月4日に暗殺された。キングと親しくしていたロバート・ケネディは同じ年の6月6日に殺されている。ロバートの兄で大統領だったジョン・F・ケネディと同じように公式見解は単独の個人的な犯行だが、「政府機関」が暗殺に関与したと疑う人は少なくない。

1968年2月、アメリカがベトナム戦争で負けていると印象づける出来事があった。解放戦線が南ベトナムのサイゴン(現在のホーチミン)や古都のユエなどで攻勢、北爆の停止とパリ和平会談の開催へとつながったのだ。アメリカ支配層は大きく揺れていた。

アメリカはドワイト・アイゼンハワー政権の時代にベトナムへ軍事介入を始めていたが、ケネディ政権で国防長官を務めたロバート・マクナマラの回顧録によると、大統領は1963年10月にアメリカ軍をベトナムから撤退させる決断をしていた。(Robert McNamara, “In Restrospect”, Random House, 2005)そのために出されたのがNSAM(国家安全保障行動覚書)263だが、これは副大統領から昇格したリンドン・ジョンソン大統領が取り消し、本格的な軍事介入へと進んだ。

軍事介入を正当化するために使われたのが1964年8月の「トンキン湾事件」。アメリカの駆逐艦マドックスが8月2日に、また4日にマドックスと僚艦のC・ターナー・ジョイが北ベトナムの魚雷艇に砲撃されたとジョンソン大統領は宣伝、7日にアメリカ議会は「東南アジアにおける行動に関する議会決議(トンキン湾決議)」を可決したのだ。(Douglas Valentine, "The Phoenix Program," William Morrow, 1990)そして1965年2月には報復と称し、北ベトナムに対する本格的な空爆「ローリング・サンダー作戦」を始めた。

このトンキン湾事件はOPLAN34Aと名づけられた計画が関係していた。この計画をジョンソン大統領は1964年1月に承認、統合参謀本部直属の秘密工作部隊SOG(特別作戦グループ、後に研究監視グループに名称変更)が編成された。そのメンバーは陸軍のグリーン・ベレー、海軍のSEALs、そして空軍特殊部隊から集められ、司令官は陸軍大佐が務めている。(John L. Plaster, "SOG," Simon & Schuster, 1997)

この作戦の一環として1964年7月30日に南ベトナムの哨戒魚雷艇が北ベトナムの島、ホンメとホンニュを攻撃、北ベトナムは高速艇を派遣して対抗した。攻撃した哨戒艇は姿を消してしまうが、そこではアメリカの駆逐艦、マドックスが情報収集活動をしていたのだ。31日にはSEALsのふたりが20名の南ベトナム兵を率いてハイフォン近くのレーダー施設を襲撃している。この襲撃に対する報復として北ベトナムは8月2日にマドックスを攻撃したと言われている。なお、マドックスを攻撃した北ベトナムの艦船はアメリカ軍機などの攻撃で撃沈された。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201801160000/


7. 中川隆[-5866] koaQ7Jey 2018年1月17日 19:10:41 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
2018.01.17
差別反対は許されても戦争反対は許されないアメリカという国(中)


こうして始められたベトナム戦争は泥沼化、1965年10月にはアメリカ国内で組織的な反戦運動が始まり、67年にはマクナマラ国防長官の指示で「ベトナムにおける政策決定の歴史、1945年-1968年」が作成されている。この報告書の要旨、つまり好戦派にとって都合の悪い部分を削除したものをニューヨーク・タイムズ紙は1971年6月に公表する。これがいわゆる「ペンタゴン・ペーパーズ」だ。

この報告書を有力メディアへ渡したダニエル・エルズバーグはその後、宣誓供述書の中でキング牧師を暗殺したのは非番、あるいは引退したFBI捜査官で編成されたJ・エドガー・フーバー長官直属のグループだと聞いたことを明らかにしている。

エルズバーグは1964年からマクナマラ国防長官の下で特別次官補を務め、2年間を南ベトナムで過ごしている。その時の上司はCIAの破壊工作部門に所属し、旧日本軍の略奪物資を回収するプロジェクトに参加していたエドワード・ランズデール少佐(後に少将)。その後、ランズデールはCIAのキューバに対する秘密工作を指揮、ジョン・F・ケネディ大統領暗殺でも名前が出てくる。

ベトナム戦争でCIAは軍の特殊部隊と手を組み、反米色が強いと見られる地域の住民を皆殺しにする秘密作戦、フェニックス・プログラムが1967年から始められた。「解放戦線と関わりを持つと殺される」という恐怖心をベトナム人に植えつけるための一種の心理戦だったと見る人もいる。似た戦略をCIAはその後も繰り返す。例えばラテン・アメリカにおける「死の部隊」、そして中東におけるアル・カイダ系武装勢力やダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)だ。

フェニックス・プログラムを提案したNSC(国家安全保障会議)のロバート・コマーは1967年5月にDEPCORDS(民間工作と革命的開発支援担当のMACV副官)としてサイゴン入りし、MACVとCIAは共同でICEXを6月に始動させている。本ブログで何度か言及しているジェドバラにその人脈はつながる。ICEXはすぐ、フェニックス・プログラムと呼ばれるようになるが、それを現地で指揮したひとりが後のCIA長官、ウイリアム・コルビーだ。このコルビーがエルズバーグにペンタゴン・ペーパーズを明らかにするよう命令したとも言われている。CIA長官時代、コルビーは議会で情報機関の秘密工作の一端を明らかにし、支配層の逆鱗に触れることになった。

1968年3月16日にソンミ村のミ・ライ地区とミ・ケ地区で住民がウィリアム・カリー大尉の率いる部隊に虐殺されている。犠牲者の数はアメリカ軍によるとミ・ライ地区だけで347人、ベトナム側の主張ではミ・ライ地区とミ・ケ地区を合わせて504人だという。この虐殺もフェニックス・プログラムの一環だった。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201801170001/


8. 中川隆[-5858] koaQ7Jey 2018年1月18日 10:15:04 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
2018.01.18
差別反対は許されても戦争反対は許されないアメリカという国(後)

ソンミ村での虐殺が広く知られるようになったのは1969年11月のこと。この事件に関するシーモア・ハーシュの記事が報道されたのだが、虐殺の直後に従軍していた記者やカメラマンはその事実を知っていたにもかかわらず報道していない。後の国務長官、コリン・パウエルは少佐としてベトナムへ派遣されているが、彼もこの事件について知ったいたことを明らかにしている。(長くなるのでこの話はこれ以上深入りしない。)

ところで、エルズバーグにキング牧師を暗殺したのはFBIのチームだと話したのはブラディ・タイソンなる人物。アンドリュー・ヤング国連大使の側近で、エルズバーグは1978年に開かれた国連の軍縮特別総会で親しくなったという。タイソンは下院暗殺特別委員会に所属していたウォルター・ファウントロイ下院議員から説明を受けたとしているが、ファウントロイ議員はその話を否定している。(William F. Pepper, “The Plot to Kill King,” Skyhorse, 2016)

キング牧師が人種差別と戦う切っ掛けになる出来事が引き起こされたのは1955年12月。アラバマ州モンゴメリーで公営バスで白人に席を譲ることを拒み、ジム・クロウ法(人種分離法)違反の容疑でローザ・パークスが逮捕された事件を切っ掛けだ。その後、キング牧師は公民権運動の指導者として知られるようになり、FBIの監視対象になる。

しかし、この段階では要注意人物にすぎない。危険人物と見なされるようになるのは1967年4月4日だと考える人もいる。この日、キング牧師はニューヨークのリバーサイド教会でベトナム戦争に反対すると宣言したのだ。

ロン・ポール元下院議員によると、当時、​キング牧師の顧問たちは牧師に対してベトナム戦争に焦点を当てないよう懇願していた​という。そうした発言はジョンソン大統領との関係を悪化させると判断したからだが、牧師はそうしたアドバイスを無視した。その結果、支配層の中でリベラル派とされる人々と対立することになる。差別反対は許されても戦争反対は許されないとポール元議員は考えている。

FBIは1950年代に国民監視プロジェクトのCOINTELPROを開始、CIAは1967年8月にMHケイアスという監視するプログラムを始めている。当初、COINTELPROはコミュニストをターゲットにしていたが、途中でその矛先を平和運動に向ける。CIAも監視対象は戦争に反対する人々だ。デタント(緊張緩和)に政策を切り替えようとしたリチャード・ニクソンがスキャンダルで排除され、ロシアとの関係修復を訴えたトランプが激しく攻撃されたことも偶然とは言えないだろう。

キング牧師暗殺から2カ月後、次の大統領選挙で最有力候補だったロバート・ケネディ上院議員はカリフォルニア州ロサンゼルスのホテルで殺された。上院議員を暗殺したのは60センチ以上前を歩いていたサーハン・サーハンだとされているが、検死をしたトーマス・ノグチによると、議員の右耳後方2.5センチ以内の距離から発射された3発の銃弾で殺されたのだという。この結果は現場にいた目撃者の証言とも合致する。サーハン・サーハンが犯人だとするならば、議員の前にいた人物の発射した銃弾が議員の後ろから命中したことになる。

(了)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201801180000/


9. 中川隆[-5786] koaQ7Jey 2018年1月28日 08:58:01 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

John Anderson - Freedom Isn't Free (Houston 02.08.14) HD - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=ZMTD9IVcYMc

「自由はただではない」という言葉の裏には何があるのか?
https://www.bllackz.net/blackasia/content/20180128T0257490900.html


ドナルド・トランプが大統領になって、アメリカの言動は荒々しさと暴力傾向を増している。しかし、アメリカはもともと「暴力的な国家」でもある。ドナルド・トランプが大統領になって、アメリカの言動は荒々しさと暴力傾向を増している。しかし、アメリカはもともと「暴力的な国家」でもある。

アメリカ大陸に白人が上陸した時、この大陸はもちろん無人の大地ではなかった。そこにはネイティブ・インディアンたちが営々と長い文化と伝統を紡いで生きてきたのだ。アメリカ大陸に白人が上陸した時、この大陸はもちろん無人の大地ではなかった。そこにはネイティブ・インディアンたちが営々と長い文化と伝統を紡いで生きてきたのだ。

それを白人たちは苛烈な暴力で奪ってアメリカを「建国」した。暴力こそがアメリカの建国史なのだ。だから、アメリカは暴力で世界に君臨する傾向が今もある。それを白人たちは苛烈な暴力で奪ってアメリカを「建国」した。暴力こそがアメリカの建国史なのだ。だから、アメリカは暴力で世界に君臨する傾向が今もある。

暴力と成功体験がリンクしている。暴力と成功体験がリンクしている。

そのため、根本的なところで暴力的であることが悪いとは思っていない。アメリカは特に建国史から暴力にまみれており、暴力的な色彩が際立っている。そのため、根本的なところで暴力的であることが悪いとは思っていない。アメリカは特に建国史から暴力にまみれており、暴力的な色彩が際立っている。

もちろん、暴力的であることが世界に支持されるとは今のアメリカは誰も思っていない。もちろん、暴力的であることが世界に支持されるとは今のアメリカは誰も思っていない。

そこで、アメリカが振る錦の御旗が「自由と正義」である。どこかの国を「悪」に仕立て上げて「悪を倒す」という名目で暴力を振るう。そして何を得るのか。「自由」である。そこで、アメリカが振る錦の御旗が「自由と正義」である。どこかの国を「悪」に仕立て上げて「悪を倒す」という名目で暴力を振るう。そして何を得るのか。「自由」である。

歴史を見ていくと、アメリカの正体が浮かび上がる

アメリカが関与した歴史の一覧がある。

(アメリカ合衆国が関与した戦争一覧)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%90%88%E8%A1%86%E5%9B%BD%E3%81%8C%E9%96%A2%E4%B8%8E%E3%81%97%E3%81%9F%E6%88%A6%E4%BA%89%E4%B8%80%E8%A6%A7


アメリカ独立戦争から始まって、チカマウガ戦争、北西インディアン戦争、シェイズの反乱、ウィスキー税反乱、擬似戦争、第一次バーバリ戦争、テカムセの戦争、テカムセの戦争、米英戦争、クリーク戦争、第二次バーバリ戦争……。アメリカ独立戦争から始まって、チカマウガ戦争、北西インディアン戦争、シェイズの反乱、ウィスキー税反乱、擬似戦争、第一次バーバリ戦争、テカムセの戦争、テカムセの戦争、米英戦争、クリーク戦争、第二次バーバリ戦争……。

そして、第1次セミノール戦争、テキサスのインディアン戦争、アリカラ戦争、エーゲ海の海賊掃討作戦、ウィネベーゴ戦争、第一次スマトラ遠征、ブラック・ホーク戦争、第2次セミノール戦争、第二次スマトラ遠征、米墨戦争、カイユース戦争、アパッチ戦争……と挙げても挙げても挙げきれない戦争が続く。そして、第1次セミノール戦争、テキサスのインディアン戦争、アリカラ戦争、エーゲ海の海賊掃討作戦、ウィネベーゴ戦争、第一次スマトラ遠征、ブラック・ホーク戦争、第2次セミノール戦争、第二次スマトラ遠征、米墨戦争、カイユース戦争、アパッチ戦争……と挙げても挙げても挙げきれない戦争が続く。

さらに第一次世界大戦以後も、ロシア内戦、Posey戦争、第二次世界大戦、朝鮮戦争、レバノン危機、ピッグス湾事件、シンバの反乱、ドミニカ内戦、ベトナム戦争、第二次シャバ紛争、レバノン多国籍軍、グレナダ侵攻、リビア爆撃、パナマ侵攻、湾岸戦争、ソマリア内戦、ハイチ介入、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争、コソボ紛争、アフガニスタン紛争、イラク戦争、リビア内戦……と続いていく。さらに第一次世界大戦以後も、ロシア内戦、Posey戦争、第二次世界大戦、朝鮮戦争、レバノン危機、ピッグス湾事件、シンバの反乱、ドミニカ内戦、ベトナム戦争、第二次シャバ紛争、レバノン多国籍軍、グレナダ侵攻、リビア爆撃、パナマ侵攻、湾岸戦争、ソマリア内戦、ハイチ介入、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争、コソボ紛争、アフガニスタン紛争、イラク戦争、リビア内戦……と続いていく。

ここで挙げた戦争・紛争・内乱の介入は、一瞬で勝負がついたものもあれば、何年もかかって泥沼の戦争を繰り広げたものもある。ここで挙げた戦争・紛争・内乱の介入は、一瞬で勝負がついたものもあれば、何年もかかって泥沼の戦争を繰り広げたものもある。

アメリカが建国されたのは1776年だが、それから今日までの242年で、アメリカは90%以上もの年月を戦争しながら過ごしてきたのである。アメリカが建国されたのは1776年だが、それから今日までの242年で、アメリカは90%以上もの年月を戦争しながら過ごしてきたのである。

このように歴史を見ていくと、アメリカという国の「正体」が鮮明に浮かび上がってくるはずだ。アメリカがもともと「暴力的な国家」であるというのは、そういう意味だ。このように歴史を見ていくと、アメリカという国の「正体」が鮮明に浮かび上がってくるはずだ。アメリカがもともと「暴力的な国家」であるというのは、そういう意味だ。

しかし、この暴力性をアメリカ人は正当化できている。これらの戦争はすべて「正義と自由のために必要だった」というものである。しかし、この暴力性をアメリカ人は正当化できている。これらの戦争はすべて「正義と自由のために必要だった」というものである。

「悪い指導者が強圧的に国民を弾圧している。だからアメリカは悪い指導者を倒して民衆に自由を与える。それは正義だ。だから、暴力で悪い指導者を倒すアメリカは正義の味方なのだ」「悪い指導者が強圧的に国民を弾圧している。だからアメリカは悪い指導者を倒して民衆に自由を与える。それは正義だ。だから、暴力で悪い指導者を倒すアメリカは正義の味方なのだ」

これが戦争に邁進するアメリカ人の論理だ。これが戦争に邁進するアメリカ人の論理だ。


リビアに君臨していたカダフィ大佐。「悪い指導者が強圧的に国民を弾圧している。だからアメリカは悪い指導者を倒して民衆に自由を与える。それは正義だ」という論理で、葬り去られた。


「自由はただではない。これまでも、これからも」

「自由は尊い。しかし、自由はただではない。それは血と暴力で勝ち取らなければならない」とアメリカ人は考える。尊い自由は、暴力で勝ち取らなければならないのだ。「自由は尊い。しかし、自由はただではない。それは血と暴力で勝ち取らなければならない」とアメリカ人は考える。尊い自由は、暴力で勝ち取らなければならないのだ。

アメリカは国家戦略の中に暴力を埋め込んでいる。アメリカは国家戦略の中に暴力を埋め込んでいる。

米軍も、CIAも、アメリカ政府も、みんな暴力を否定しない。「言うことを聞かない国は叩きつぶせ」と米軍が言うと、「相手が悪ならば、自分はそれ以上の悪になれ」とCIAは説く。米軍も、CIAも、アメリカ政府も、みんな暴力を否定しない。「言うことを聞かない国は叩きつぶせ」と米軍が言うと、「相手が悪ならば、自分はそれ以上の悪になれ」とCIAは説く。

アメリカの暴力哲学は歴史上、ほぼ一貫して行われていることは誰でも知っている。そもそも世界最大の軍需産業はすべてアメリカに集中している。アメリカの暴力哲学は歴史上、ほぼ一貫して行われていることは誰でも知っている。そもそも世界最大の軍需産業はすべてアメリカに集中している。

ロッキード・マーチン、ボーイング、レイセオンを筆頭として、そこにぶら下がる無数の企業がアメリカを支えている。ロッキード・マーチン、ボーイング、レイセオンを筆頭として、そこにぶら下がる無数の企業がアメリカを支えている。

ノースロップ・グラマン、ユナイテッド・テクノロジー、ゼネラル・ダイナミックス、ハネウェル、アライアント、ロックウェル・コリンズ、L3コミュニケーションズ。ノースロップ・グラマン、ユナイテッド・テクノロジー、ゼネラル・ダイナミックス、ハネウェル、アライアント、ロックウェル・コリンズ、L3コミュニケーションズ。

これらの企業はアメリカの雇用を支えると同時に、多くの政治家を輩出して、アメリカの国防を支えている。だから、アメリカの政治が暴力と縁が切れないのは当然のことである。これらの企業はアメリカの雇用を支えると同時に、多くの政治家を輩出して、アメリカの国防を支えている。だから、アメリカの政治が暴力と縁が切れないのは当然のことである。

雇用を支える必要があるから、そういった意味でも暴力は正当化される。暴力の正当化の歴史が長かったので、それがアメリカのDNAになっている。雇用を支える必要があるから、そういった意味でも暴力は正当化される。暴力の正当化の歴史が長かったので、それがアメリカのDNAになっている。

フロリダ州出身のアメリカのカントリー歌手ジョン・D・アンダーソンは、このように歌う。フロリダ州出身のアメリカのカントリー歌手ジョン・D・アンダーソンは、このように歌う。


俺は祖国アメリカに誇りを持っている。自由の大地と勇者の家だ。それは完璧じゃないさ。だけど俺はいつもそれを取る。しかし、いつまでホーク(軍用ヘリ)は飛ぶんだ。それに、どれだけの母が泣くのか。たくさんの息子や娘が死んでしまった。それが、俺たちの辿ってきた道だった。自由はただではない。これまでも、そしてこれからも。しかし、それは払い続ける価値がある。自由はただではない。そのようにあんたや俺に伝えられてきた。ずっとそうなんだ。自由はただではない。自由はただではない。俺は祖国アメリカに誇りを持っている。自由の大地と勇者の家だ。それは完璧じゃないさ。だけど俺はいつもそれを取る。しかし、いつまでホーク(軍用ヘリ)は飛ぶんだ。それに、どれだけの母が泣くのか。たくさんの息子や娘が死んでしまった。それが、俺たちの辿ってきた道だった。自由はただではない。これまでも、そしてこれからも。しかし、それは払い続ける価値がある。自由はただではない。そのようにあんたや俺に伝えられてきた。ずっとそうなんだ。自由はただではない。自由はただではない。


「暴力の時代」は、まだまだこれからも続いていく

アメリカは自分たちの暴力を「正義と自由のためである」と正当化する。そして、国民に「相手を倒すのが正義と自由のためである」というコンセンサスが立った時、容赦ない軍事作戦に踏み出していく。アメリカは自分たちの暴力を「正義と自由のためである」と正当化する。そして、国民に「相手を倒すのが正義と自由のためである」というコンセンサスが立った時、容赦ない軍事作戦に踏み出していく。

ベトナムではナパーム弾、絨毯爆撃、枯葉剤と、おおよそ考えられる非人道的な皆殺し作戦を実行していたが、これもアメリカ国内では正当化されている。ベトナムではナパーム弾、絨毯爆撃、枯葉剤と、おおよそ考えられる非人道的な皆殺し作戦を実行していたが、これもアメリカ国内では正当化されている。

湾岸戦争では劣化ウラン弾を使用して現地を放射能まみれにした。アフガニスタンでの激しい空爆、パキスタンでの無人機攻撃もすべて「正当化」された。湾岸戦争では劣化ウラン弾を使用して現地を放射能まみれにした。アフガニスタンでの激しい空爆、パキスタンでの無人機攻撃もすべて「正当化」された。

カダフィ大佐の死も、アメリカの正義戦略の中で行われて目的が達成され、正当化された。カダフィが死んだ時、時の国務長官だったヒラリー・クリントンは、満面の笑顔を浮かべて喜んでこのように言った。カダフィ大佐の死も、アメリカの正義戦略の中で行われて目的が達成され、正当化された。カダフィが死んだ時、時の国務長官だったヒラリー・クリントンは、満面の笑顔を浮かべて喜んでこのように言った。

「アメリカは来た、見た、カダフィは死んだ」「アメリカは来た、見た、カダフィは死んだ」

このヒラリー・クリントンの満面の笑みは、実はアメリカ人の多くが共有したものであった。このヒラリー・クリントンの満面の笑みは、実はアメリカ人の多くが共有したものであった。

どういうことか。それは「カダフィ大佐という国民に暴政を振るう独裁者が殺されることによって、リビア国民は自由になった」という暗黙知がアメリカ人にあったのである。どういうことか。それは「カダフィ大佐という国民に暴政を振るう独裁者が殺されることによって、リビア国民は自由になった」という暗黙知がアメリカ人にあったのである。

カダフィ大佐の死は、アメリカ式の「正義と自由が達成された」ことの象徴であり、だからカダフィ大佐の死にヒラリー・クリントンは満面の笑みを浮かべたのである。カダフィ大佐の死は、アメリカ式の「正義と自由が達成された」ことの象徴であり、だからカダフィ大佐の死にヒラリー・クリントンは満面の笑みを浮かべたのである。

自由はただではない。自由を手に入れるには戦って勝ち取らなければならず、そのためには多くの血が流れる。しかし、その血と暴力は「払う価値がある」とアメリカ人は考えている。自由はただではない。自由を手に入れるには戦って勝ち取らなければならず、そのためには多くの血が流れる。しかし、その血と暴力は「払う価値がある」とアメリカ人は考えている。

「自由はただではない。これまでも、そしてこれからも」とジョン・D・アンダーソンはメッセージを歌っている。「自由はこれからもただではない」と言っているのだ。「自由はただではない。これまでも、そしてこれからも」とジョン・D・アンダーソンはメッセージを歌っている。「自由はこれからもただではない」と言っているのだ。

つまり、アメリカはいつでも自分たちが考える「正義と自由」のために戦って血を流す覚悟をしているということだ。つまり、アメリカはいつでも自分たちが考える「正義と自由」のために戦って血を流す覚悟をしているということだ。

こういった状況を見ると、「暴力の時代」はまだまだこれからも続いていくというのが分かる。アメリカの歴史が暴力の歴史であることは、昔も今もこれからも変わることがない。どういうことなのか。端的に言えばこうだ。こういった状況を見ると、「暴力の時代」はまだまだこれからも続いていくというのが分かる。アメリカの歴史が暴力の歴史であることは、昔も今もこれからも変わることがない。どういうことなのか。端的に言えばこうだ。

「アメリカは、再び戦争をする」「アメリカは、再び戦争をする」


アメリカはいつでも自分たちが考える「正義と自由」のために戦って血を流す覚悟をしている。こういった状況を見ると、「暴力の時代」はまだまだこれからも続いていくというのが分かる。
https://www.bllackz.net/blackasia/content/20180128T0257490900.html


10. 中川隆[-5649] koaQ7Jey 2018年2月14日 15:45:35 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2018年02月14日
アメリカは中国と対立姿勢 中国の分岐点

ソ連はアメリカと世界を二分し、アメリカを倒すかに見えた
引用:http://livedoor.blogimg.jp/takaki526/imgs/f/5/f5bf8f51.jpg

アメリカの対中姿勢に変化

今まで30年間アメリカは軍事と経済両面で中国に譲歩し続け、その分中国は前に出る事ができた。

南シナ海を中国が占領したのは「米軍が撤退した後」で決して中国軍が米軍を追い出したわけではない。

経済でもアメリカは日本には貿易為替戦争で制裁を貸す一方で、中国には貿易ルールを破っても容認していた。


クリントンからオバマまでの大統領は「発展する中国と関係を深める必要がある」と繰り返し演説していました。

これをぶっちゃけて言えば「日本やフィリピンより中国の方が儲かるので、あいつらは見捨てよう」という事でした。

アメリカという国は儲からないと見れば簡単に同盟国を捨てるし、儲かると見れば戦争犯罪人と平気で付き合う事ができる。


もっとも割を食ったのが日本で、フィリピンやタイ、台湾など中国と対峙していたアメリカの友好国は捨てられた。

アメリカはチベット、ネパール、ブータンが植民地化されても、南シナ海が中国に占領されても、気にも掛けませんでした。

「その方が儲かるから」であり、金儲けのためならチベット人や日本人が滅んでも構わないという態度を取った。


第二次大戦のドイツ(と日本)もあと一歩までアメリカを追い詰めた。
だが社会制度が劣っていたために、ありえないミスを次々と重ねた。
6b9de5411d3ab92591ee7e1b6fb6f88c--vintage-videos-world-war-two
引用:https://i.pinimg.com/564x/6b/9d/e5/6b9de5411d3ab92591ee7e1b6fb6f88c--vintage-videos-world-war-two.jpg

ゴミ国家に永続的な発展はできない

中国がもっと力をもち、アメリカの国力を超えて世界の支配者になる、という所まで来てようやくアメリカ人は自分の馬鹿さ加減に気づき始めた。

かつてソ連も「もう少しでアメリカを超える」所まで近づき、ナチスドイツやバブル期の日本も「もう少し」まで行った。

今度は中国だというわけで、トランプ大統領は中国と軍事的に対立する準備を進めている。


ドイツ、ソ連、日本はGDPでアメリカの7割前後まで行き、中国も今後その程度までは接近する可能性がある。

だがいつも挑戦者がその水準どまりだったのは、旧態依然の政治制度で経済だけ発展しようとする無理があった。

ソ連は共産主義のゴミ国家、ナチスドイツは独裁国家、日本はバブル帝国主義でどれも先進的な社会制度ではなかった。


ゴミ国家でも国家総動員体制で強制的に経済成長させることは可能だが、せいぜい30年程度しか続きません。

ゴミ国家はしょせんゴミでしかないので、社会の効率が悪く、永続的な経済成長はできないのです。

アメリカも完全な合理的社会ではないが、ナチスやソ連やバブル日本よりは合理的で効率的な社会制度でした。

米中対立で中国の成長は終わる

中国の成長が鈍化すると、中国から得られるアメリカの取り分は少なくなり、中国に譲歩するメリットもなくなりました。

アメリカ人らしいのは、「金の切れ目が縁の切れ目」とばかりに、利用価値がなくなったら手の平を返しました。

トランプ大統領は経済でも軍事でも中国との対決姿勢を打ち出していて、これに関してはあまり反対意見は出ていません。


まずトランプ大統領は、敵対勢力が通常兵器で攻撃してきた場合でも、アメリカは核兵器で反撃すると(ツイッターで)書き込みました。

重要なのは「自国や同盟国」と書かれている点で、日本が中国やロシアから通常兵器による攻撃を受けても、アメリカは核兵器を使用し得る事になります。

実は何十年か前にケネディ大統領も同じ事を言ったのだが、なぜかケネディは賞賛されトランプは好戦的だと批判されている。


日本が中国の弾道ミサイルに攻撃されたらアメリカは核兵器による反撃を行い得るというのは、日本にとっては非常に好都合な事です。

こういう事をアメリカの大統領が年に1回ぐらい発言してくれたら、新型戦闘機300機分くらいの抑止力があるでしょう。

アメリカは今まで南シナ海や尖閣諸島問題に中立姿勢を取っていたが、米国防総省は東アジアに重装備の海兵遠征部隊(MEU)を派遣する方針を示しました。


日本、韓国、フィリピン、タイ、ベトナムさらに台湾などに強力な地上軍を配備し、海上には核戦力を配備したら中国と対決する事が可能になります。

今までアメリカへの挑戦者は全て軍事的対決に体力を消耗して破れていて、バブル期の日本は最初から米軍の占領下にありました。

軍事力で主導権を握った国が経済のルールを決め、軍事的弱者は強者が作ったルールに従うしかありません。


中国が軍事力の競争で米軍に破れたなら、経済成長もアメリカへの挑戦も終わるでしょう。
http://www.thutmosev.com/archives/74890876.html


11. 中川隆[-5447] koaQ7Jey 2018年3月19日 12:12:08 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2018.03.19
ベトナム戦争で米軍はソンミ村の住民を虐殺、それから50年になるが、同じことを繰り返している



ベトナム戦争の最中、1968年3月16日に南ベトナムのカンガイ省ソンミ村のミライ集落とミケ集落において住民がアメリカ軍の部隊によって虐殺されるという出来事があった。アメリカ軍によると、犠牲になった村民の数はミライだけで347人、ベトナム側の主張ではミライとミケを合わせて504人だされている。それから50年が経つが、同じことをアメリカは今でも繰り返している。


ソンミ村での虐殺を実行したのは、アメリカ陸軍第23歩兵師団の第11軽歩兵旅団バーカー機動部隊第20歩兵連隊第1大隊チャーリー中隊の第1小隊。その小隊を率いていた人物がウィリアム・カリー中尉だ。


このケースが発覚した一因は、作戦に無関係なアメリカ兵に目撃されたことにある。虐殺の最中、現場近くを通りかかった偵察ヘリコプターのパイロット、ヒュー・トンプソン准尉が村民の殺害を止めたのである。トンプソンは同僚に対し、カリーの部隊が住民を傷つけるようなことがあったら、銃撃するように命令していたと言われている。第11軽歩兵旅団のロナルド・ライデンアワーのように告発した兵士もいたが、議員の反応は鈍い。虐殺を目にしたはずの従軍記者、従軍カメラマンは報道していない。


しかし、兵士による告発もあって虐殺の話はアメリカ本国で流れ、1969年3月には記事になるが、これは話題にならなかった。人々が注目したのはその年の11月にシーモア・ハーシュの記事をAPが配信してからだ。


ソンミ村での虐殺はCIAが特殊部隊と組んで展開していた秘密作戦、フェニックス・プログラムの一環だった。このプログラムはリンドン・ジョンソン大統領の特別補佐官だったロバート・コマーが1967年に発案したCIAとMACV(ベトナム軍事支援司令部)の統合プログラムICEXとして始まる。すぐ名称はフェニックスへ変更された。


この作戦を現場で指揮した経験のあるウィリアム・コルビーはCIA長官時代に議会でこれについて証言、自身が指揮していた「1968年8月から1971年5月までの間にフェニックス・プログラムで2万0587名のベトナム人が殺され、そのほかに2万8978名が投獄された」と明らかにしている。それに対し、解放戦線の支持者と見なされて殺された住民は約6万人だとする推測もある。


ソンミ村での虐殺から10日後、ウィリアム・ウエストモーランド陸軍参謀総長は事件の調査をウィリアム・ピアーズ将軍に命令した。ピアーズに白羽の矢が立ったのは彼が陸軍士官学校出身ではなかったからだとする話が流されているが、真の理由は彼がCIAと緊密な関係にあったからだと推測する人も少なくない。


ピアーズは第2次世界大戦中、CIAの前身であるOSSに所属、1950年代の初頭にはCIAの台湾支局長を務めていた。要するにピアーズは軍事というよりCIAの人間。彼の調査で事件とCIAとの関係が浮上するはずはなかった。


それでも報告書には事件の容疑者として30人の名前があがっていたのだが、告発されたのは16人、裁判を受けたのは4人、そして有罪判決を受けたのはカリー大尉だけだった。そのカリーもすぐに減刑されている。


ジョージ・W・ブッシュ政権の国務大臣、コリン・パウエルは1968年に第23歩兵師団の将校として南ベトナムへ入っている。2004年5月4日にCNNのラリー・キング・ライブに出演した際、自分が所属した第23歩兵師団がソンミ村での虐殺、その後で現場へ自分も入ったことを明らかにし、戦争でそうしたことは珍しくないと弁明している。確かに、フェニックス・プログラムでは珍しくないだろうが、虐殺を止めたり告発した兵士はそう考えなかった。ジャーナリストのロバート・パリーらによると、パウエルはこうした兵士の告発を握りつぶし、上官が聞きくない話は削除する仕事をしていたという。その仕事ぶりが評価され、「異例の出世」をしたのだろう。


フェニックス・プログラムに参加していた人々は1980年代にイラン・コントラ事件で名前が浮上する。そのひとりがリチャード・アーミテージ。パウエルの友人だという。


ところで、第2次世界大戦中、アメリカ政府はホー・チミンが率いるベトミン(ベトナム独立同盟会)と手を組んでいた。当時のアメリカ大統領、フランクリン・ルーズベルトが植民地に反対するという政策を抱えていたからだ。


アメリカから支援を受けていたベトミンは日本降伏後に独立を宣言するが、イギリス軍は日本軍を再編成してサイゴン(現在のホー・チミン市)を制圧する。ルーズベルトは1945年4月に急死していた。


その後、インドシナを再植民地化する目的でフランスは戦争をはじめるものの、1954年5月にフランス軍はディエンビエンフーの戦いで敗北、7月に休戦が成立してフランスは撤退する。


フランス軍がディエンビエンフーで包囲されて2カ月後の1954年1月にアメリカのジョン・フォスター・ダレス国務長官はNSC(国家安全保障会議)でベトナムにおけるゲリラ戦の準備を提案、それを受けてCIAはSMM(サイゴン軍事派遣団)を編成した。


1950年6月から朝鮮半島でアメリカは戦争していたが、半島全域を制圧できないまま53年7月に休戦している。その間、1951年4月にCIAは約2000名の国民党軍を率いて中国領内に侵入、一時は片馬を占領したが、人民解放軍に追い出された。翌年の8月にもCIAと国民党軍は中国へ軍事侵攻したが、この時も失敗に終わる。アメリカにとっても中国にとっても朝鮮戦争は自分たちの戦い。朝鮮半島を舞台にした米中戦争にほかならない。朝鮮半島の後、アメリカ支配層の選んだ戦場はベトナムだった。1953年2月からCIA長官はジョン・フォスターの弟、アレン・ダレスが務めている。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201803190000/


12. 中川隆[-5475] koaQ7Jey 2018年3月20日 15:51:23 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2018.03.20
自国を破壊しようとしている敵が存在すると認識した上で自重してきた露政府が反撃の意思を明確に



 言うまでもなく、ロシア政府は自国を破壊しようとしている敵が存在していることを認識している。ウラジミル・プーチン露大統領の側近として知られるセルゲイ・グラジエフはそうした状況を繰り返し語ってきた。それでもプーチン政権はアメリカをはじめとする西側の挑発に乗らず、ルールに従って行動してきたのである。


 それに対し、アメリカは何をしでかすかわからない国だと思わせれば自分たちが望む方向へ世界を導けるとリチャード・ニクソンは考え、イスラエルは狂犬のようにならなければならないと同国のモシェ・ダヤン将軍は語ったという。脅せば屈すると信じているのだろう。


 1991年1月にアメリカ主導軍がイラクを攻撃しているが、ジョージ・H・W・ブッシュ米大統領はイラクのサダム・フセイン大統領を排除しないまま2月に停戦してしまった。1980年代からフセインを排除してイラクに親イスラエル体制を築こうとしていたネオコンは怒る。


 そうしたネオコンのひとり、ポール・ウォルフォウィッツ国防次官(当時)も怒り、イラク、シリア、イランを殲滅すると口にするわけだが、そのときにソ連軍が出てこなかったことから、アメリカはソ連(後にロシア)を気にすることなく軍事侵略できると確信したと言われている。


 1991年12月にはアメリカの傀儡だったロシアのボリス・エリツィン大統領が独断でソ連を消滅させ、その直言にネオコンは国防総省のDPG草案という形で世界制圧プランを作成した。これがウォルフォウィッツ・ドクトリン。これが作成された当時、アメリカ支配層はライバルが消滅、唯一の超大国になったアメリカに手向かう国は存在しないという認識から単独行動を打ち出している。


 エリツィンが大統領だった1990年代にロシアでは軍事力も低下、そうした状態は21世紀なっても続いていると西側では考えられていた。例えばフォーリン・アフェアーズ誌の2006年3/4月号に掲載されたキール・リーバーとダリル・プレスの論文では、​アメリカ軍の先制第1撃でロシアと中国の長距離核兵器を破壊できるようになる日は近い​と主張している。


 この推測をロシア軍は行動で否定する。2008年、北京オリンピックに合わせてアメリカとイスラエルの支援を受けたジョージア軍が南オセチアを奇襲攻撃したのだが、その侵攻軍をロシア軍が粉砕してしまったのだ。


 シリア政府の要請を受けてロシア軍は2015年9月30日から軍事介入、アメリカ、イスラエル、サウジアラビアの三国同盟を中心とする侵略勢力の傭兵、つまりアル・カイダ系武装勢力やダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国とも表記)というタグをつけた武装勢力を本当に攻撃、その支配地を急速に縮小させた。その際、ロシアが保有する兵器の性能がアメリカを上回ることを示している。軍事介入の直前、アメリカでは国防長官と統合参謀本部議長を好戦派に交代、戦争の準備を整えていた。


 そして今年3月1日、プーチン大統領はロシアやロシアの友好国が国の存続を揺るがすような攻撃を受けた場合、ロシア軍は攻撃してきた拠点を含めて反撃すると宣言した。地中海に配備されたアメリカの艦船からミサイルが発射されたなら、その艦船を撃沈するということだと理解されている。ロシアにはそうした攻撃を可能にする高性能ミサイルが存在している。


 そうしたプーチンの演説をはったりだとアメリカのジェームズ・マティス国防長官は3月10日に語ったが、同じ日にロシアはミグ31が2000キロメートルの距離をマッハ10で飛行するキンザルと名づけられたミサイルを発射する映像を公表した。


 こうした高性能兵器の発射実験をロシアは昨年の終盤に実施、成功させている。兵器の完成をロシア政府は待っていた可能性もあるだろう。それらの実戦配備が進む前に攻撃しようというグループもアメリカには存在するだろうが、すでに配備が進んでいる兵器もある。


 アメリカでは1950年代からソ連に対する先制核攻撃の準備を進めていた。1954年にSAC(戦略空軍総司令部)は600発から700発の核爆弾をソ連に投下、118都市に住む住民の80%、つまり約6000万人を殺すという作戦を作成、さらに300発の核爆弾をソ連の100都市で使うというドロップショット作戦も計画している。(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012)


 また、テキサス大学のジェームズ・ガルブレイス教授によると、統合参謀本部のライマン・レムニッツァー議長やSACの司令官だったカーティス・ルメイなど好戦派は​1963年の後半にソ連を奇襲攻撃る予定だった​という。その頃になればアメリカはICBMを配備でき、しかもソ連は配備が間に合わないと見ていた。この攻撃を成功させるためにもアメリカ軍はキューバを制圧する必要があった。ソ連の反撃を封じるため、キューバから中距離ミサイルを排除する必要があったのである。


 こうした計画を阻止したジョン・F・ケネディ大統領は1963年11月22日に暗殺され、その責任をキューバやソ連になすりつけて戦争を始めようとする動きもCIA内にあったが、これはFBIからリンドン・ジョンソン新大統領へ伝えられた情報で実行されなかった。


 アメリカの好戦派は圧勝できると考えたとき、核戦争を始めようとする。彼らにとって核兵器は「槍」であり、「傘」ではない。エリツィンがロシア大統領だった時期にアメリカの好戦派はそうした心理になった。ユーゴスラビアを手始めに、アフガニスタン、イラク、リビア、シリア、ウクライナなどを侵略、ロシアを核戦争で脅しはじめたわけだ。


 すでに西側でもアメリカの軍事力がロシアや中国を圧倒しているわけでないことは認識されているが、核戦争でロシアや中国を脅すという行為は続いている。ここで立ち止まると自分たちの支配システムが崩壊すると考えているのだろう。米英の支配層はブラフで勝負に出ている。



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最終更新日 2018.03.20 15:42:24






2018.03.19

ベトナム戦争で米軍はソンミ村の住民を虐殺、それから50年になるが、同じことを繰り返している


カテゴリ:カテゴリ未分類


ベトナム戦争の最中、1968年3月16日に南ベトナムのカンガイ省ソンミ村のミライ集落とミケ集落において住民がアメリカ軍の部隊によって虐殺されるという出来事があった。アメリカ軍によると、犠牲になった村民の数はミライだけで347人、ベトナム側の主張ではミライとミケを合わせて504人だされている。それから50年が経つが、同じことをアメリカは今でも繰り返している。


ソンミ村での虐殺を実行したのは、アメリカ陸軍第23歩兵師団の第11軽歩兵旅団バーカー機動部隊第20歩兵連隊第1大隊チャーリー中隊の第1小隊。その小隊を率いていた人物がウィリアム・カリー中尉だ。


このケースが発覚した一因は、作戦に無関係なアメリカ兵に目撃されたことにある。虐殺の最中、現場近くを通りかかった偵察ヘリコプターのパイロット、ヒュー・トンプソン准尉が村民の殺害を止めたのである。トンプソンは同僚に対し、カリーの部隊が住民を傷つけるようなことがあったら、銃撃するように命令していたと言われている。第11軽歩兵旅団のロナルド・ライデンアワーのように告発した兵士もいたが、議員の反応は鈍い。虐殺を目にしたはずの従軍記者、従軍カメラマンは報道していない。


しかし、兵士による告発もあって虐殺の話はアメリカ本国で流れ、1969年3月には記事になるが、これは話題にならなかった。人々が注目したのはその年の11月にシーモア・ハーシュの記事をAPが配信してからだ。


ソンミ村での虐殺はCIAが特殊部隊と組んで展開していた秘密作戦、フェニックス・プログラムの一環だった。このプログラムはリンドン・ジョンソン大統領の特別補佐官だったロバート・コマーが1967年に発案したCIAとMACV(ベトナム軍事支援司令部)の統合プログラムICEXとして始まる。すぐ名称はフェニックスへ変更された。


この作戦を現場で指揮した経験のあるウィリアム・コルビーはCIA長官時代に議会でこれについて証言、自身が指揮していた「1968年8月から1971年5月までの間にフェニックス・プログラムで2万0587名のベトナム人が殺され、そのほかに2万8978名が投獄された」と明らかにしている。それに対し、解放戦線の支持者と見なされて殺された住民は約6万人だとする推測もある。


ソンミ村での虐殺から10日後、ウィリアム・ウエストモーランド陸軍参謀総長は事件の調査をウィリアム・ピアーズ将軍に命令した。ピアーズに白羽の矢が立ったのは彼が陸軍士官学校出身ではなかったからだとする話が流されているが、真の理由は彼がCIAと緊密な関係にあったからだと推測する人も少なくない。


ピアーズは第2次世界大戦中、CIAの前身であるOSSに所属、1950年代の初頭にはCIAの台湾支局長を務めていた。要するにピアーズは軍事というよりCIAの人間。彼の調査で事件とCIAとの関係が浮上するはずはなかった。


それでも報告書には事件の容疑者として30人の名前があがっていたのだが、告発されたのは16人、裁判を受けたのは4人、そして有罪判決を受けたのはカリー大尉だけだった。そのカリーもすぐに減刑されている。


ジョージ・W・ブッシュ政権の国務大臣、コリン・パウエルは1968年に第23歩兵師団の将校として南ベトナムへ入っている。2004年5月4日にCNNのラリー・キング・ライブに出演した際、自分が所属した第23歩兵師団がソンミ村での虐殺、その後で現場へ自分も入ったことを明らかにし、戦争でそうしたことは珍しくないと弁明している。確かに、フェニックス・プログラムでは珍しくないだろうが、虐殺を止めたり告発した兵士はそう考えなかった。ジャーナリストのロバート・パリーらによると、パウエルはこうした兵士の告発を握りつぶし、上官が聞きくない話は削除する仕事をしていたという。その仕事ぶりが評価され、「異例の出世」をしたのだろう。


フェニックス・プログラムに参加していた人々は1980年代にイラン・コントラ事件で名前が浮上する。そのひとりがリチャード・アーミテージ。パウエルの友人だという。


ところで、第2次世界大戦中、アメリカ政府はホー・チミンが率いるベトミン(ベトナム独立同盟会)と手を組んでいた。当時のアメリカ大統領、フランクリン・ルーズベルトが植民地に反対するという政策を抱えていたからだ。


アメリカから支援を受けていたベトミンは日本降伏後に独立を宣言するが、イギリス軍は日本軍を再編成してサイゴン(現在のホー・チミン市)を制圧する。ルーズベルトは1945年4月に急死していた。


その後、インドシナを再植民地化する目的でフランスは戦争をはじめるものの、1954年5月にフランス軍はディエンビエンフーの戦いで敗北、7月に休戦が成立してフランスは撤退する。


フランス軍がディエンビエンフーで包囲されて2カ月後の1954年1月にアメリカのジョン・フォスター・ダレス国務長官はNSC(国家安全保障会議)でベトナムにおけるゲリラ戦の準備を提案、それを受けてCIAはSMM(サイゴン軍事派遣団)を編成した。


1950年6月から朝鮮半島でアメリカは戦争していたが、半島全域を制圧できないまま53年7月に休戦している。その間、1951年4月にCIAは約2000名の国民党軍を率いて中国領内に侵入、一時は片馬を占領したが、人民解放軍に追い出された。翌年の8月にもCIAと国民党軍は中国へ軍事侵攻したが、この時も失敗に終わる。アメリカにとっても中国にとっても朝鮮戦争は自分たちの戦い。朝鮮半島を舞台にした米中戦争にほかならない。朝鮮半島の後、アメリカ支配層の選んだ戦場はベトナムだった。1953年2月からCIA長官はジョン・フォスターの弟、アレン・ダレスが務めている。


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最終更新日 2018.03.19 11:12:21


2018.03.18

英政府が御伽話で露国を挑発する一方、米政府は化学兵器を使った偽旗作戦でシリアを攻撃する可能性


カテゴリ:カテゴリ未分類


 ロシア外務省は3月17日にイギリス大使を呼び出し、同国の外交官23名を国外へ追放すると伝えた。該当者は1週間以内に出国するように求められている。また英国文化振興会の閉鎖、サンクト-ペテルブルグのイギリス領事館を再開させる合意を取り消すとも通告されたようだ。


 勿論、これはイギリス政府が行ったロシア外交官23名の国外追放とロシア人の資産凍結に対する報復。ボリス・ジョンソン英外相は、ロシアのエージェントが神経ガスで元GRU(ロシア軍の情報機関)大佐のセルゲイ・スクリパリとその娘のユリアを3月4日に攻撃したと主張しているが、その証拠、根拠は示されていない。自分たちを神だとでも思っているのか、例によって「我々を信じろ」という態度だ。


 スクリパリ親子の事件が起こる3日前、​ロシアのウラジミル・プーチン大統領はロシアやその友好国が存亡の機を招くような攻撃を受けた場合、ロシア軍は反撃するとロシア連邦議会で演説​している。中国、シリア、イランなどが攻撃されたならロシアが報復するということだ。

 その報復手段として、原子力推進の低空で飛行するステルス・ミサイル、海底1万メートルを時速185キロメートルで航行して射程距離は1万キロに達する遠隔操作が可能な水中ドローン、2000キロメートルの距離をマッハ10で飛行、軌道を操作できて正確に目標を捉えられるミサイルであるキンザル、マッハ20で飛行する大陸間ミサイルRS-26ルビエシュを含む兵器を示した。レーザー兵器の存在も明らかにしている。


 アメリカ軍の先制第1撃でロシアと中国の長距離核兵器を破壊できるようになる日は近いとする​キール・リーバーとダリル・プレスの論文​が掲載されたのはフォーリン・アフェアーズ誌の2006年3/4月号。アメリカはロシアと中国との核戦争で一方的に勝てると見通しているのだが、これが間違いだというはアメリカとイスラエルの支援を受けたジョージア軍が2008年、北京オリンピックに合わせて行った南オセチアへの奇襲攻撃で明確になっている。


 ロシア軍は2015年にシリア政府の以来で軍事介入、そこでも戦闘能力の高さを示した。アメリカの高額兵器はロシアの高性能兵器に太刀打ちできない。ロシアやその友好国がアメリカやその同盟国に攻撃された場合、その高性能兵器を報復のために使うとプーチンは宣言したのだ。


 その直前、​アメリカ政府内でシリア攻撃について話し合われた​と伝えられている。アメリカをはじめとする侵略勢力の傭兵がダマスカスを攻撃する拠点にしてきた東グータに対する政府軍の制圧作戦が進む中、それを止めようとする動きがあり、その話し合いはその延長線上にあると言えるだろう。


 攻撃の口実は例によって化学兵器の使用。何度も同じようなストーリーが語られ、その後の調査で否定されてきたが、アメリカはそれを繰り返す。すでに庶民を騙そうという熱意を失い、意味を失った呪文として口にしている。


 アメリカ国務省のヘザー・ナウアート報道官は2月上旬にシリア政府軍が化学兵器を使用したと主張、それを口実にしてアメリカ、イギリス、フランスはダマスカスを空爆する姿勢を見せていたが、アメリカ国防省のダナ・ホワイト報道官はそうしたことを示す証拠を見たことがないと発言、ジェームズ・マティス国防長官は化学兵器を政府軍が使ったとするNGOや武装勢力の主張を裏付ける証拠は確認していないとしている。ドナルド・トランプ政権内で戦争を望んでいるのは国務省とCIAだ。国防長官も納得していないような「おとぎ話」で世界を核戦争で破壊しようとしている。


 マティス国防長官は3月10日、プーチン大統領が3月1日の演説で示した兵器の実戦配備は何年も先だと語った。ショックを和らげようとしたのかもしれないが、その日にロシアはミグ31がキンザルを発射する映像を公表した。このミサイルは昨年12月に発射実験を成功させていると言われ、これが事実ならアメリカを含む西側の軍や情報機関はその時点である程度の性能を把握していただろう。3月10日のテストは無視しようとする西側支配層への警告だとも理解できる。


 ロシア外務省がイギリス大使に外交官追放などを伝えた3月17日、ロシア国防省はアメリカ人教官がタクフィール主義者に化学兵器の使い方を教え、偽旗作戦を実行しようとしていると主張している。シリア政府軍が化学兵器を使ったとしてアメリカ主導軍が直接、シリアを攻撃しようと目論んでいるという警告だ。現代のタクフィール主義者はサラフィー主義から派生、サウジアラビアの支配体制と深く結びついている。


 また、セルゲイ・ラブロフ露外相はシリア国内へアメリカ、イギリス、フランスを含む国々の特殊部隊が侵入、すでに「代理戦争」ではなくなっていると3月17日に語った。こうした国々は2011年3月にシリアへの侵略戦争を始めた当時から特殊部隊を入れているのだが、ロシアはそうした事実を口にしなかった。ロシア政府は西側との話し合いは無駄だと悟った可能性がある。


 特殊部隊をシリアへ侵入させ、空爆を勝手に始めたバラク・オバマ大統領は地上部隊を派遣しないとしていた。が、これが嘘だったことは本ブログでも指摘してきた。手先のダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国とも表記)やアル・カイダ系武装集団の敗北が見通されるとアメリカ軍は自らがシリアへ侵入、基地を建設してきた。トルコ政府によると、アメリカ軍が建設した基地の数は13だが、その後、ロシアの安全保障会議はアメリカ軍は20カ所に基地を作ったとしている。


 こうした基地をアメリカ軍、イギリス軍、フランス軍だけでなく手先の武装勢力の拠点として利用、周辺のクルド勢力とも連携する計画だったのだが、トルコ軍がシリア北西部のアフリンを攻撃、その計画が揺らいでいる。NATOの一員であり、戦略的に重要な位置にあるトルコとアメリカは戦争するわけにいかず、アフリンのクルドは見捨てられた状況。助けに入ったのはシリア政府側だ。イラクのクルドは指導者たちが1960年代からイスラエルの影響下にあり、イスラエルがイラクを揺さぶる道具として機能していた。シリアのクルドはシリア政府と友好的な関係にあったが、ロシア軍が介入した後、その指導層がアメリカ側の影響下に入ったことで厳しい状況に陥った。


 そうした状況をクルドが理解したなら、アメリカは扱いにくくなる。自分たちが出て行くしかないということだ。イラクに続いてシリアとイランを潰すというプランは1991年にポール・ウォルフォウィッツが口にしていたことを本ブログでもしつこく書いてきた。それがウォルフォウィッツ・ドクトリンにつながり、ジョージ・W・ブッシュ政権の政策になり、9/11によって軍事侵略が始まった。このドクトリンを実現しようとすれば、全面核戦争の可能性は高まる。


 1950年代に具体化したソ連に対する先制核攻撃の計画はジョン・F・ケネディ大統領が反対したこともあって実行されず、「冷戦」という形になった。今回も冷戦に持って行こうとする動きもあるようだが、当時と違ったアメリカに生産能力はない。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201803200000/


13. 中川隆[-5463] koaQ7Jey 2018年3月21日 10:58:58 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
2018.03.21
化学兵器の使用を口実にして熱戦に突入するのか、神経薬物による攻撃を口実にして冷戦に入るのか?


 生物化学兵器の使用がアメリカ軍の直接的な軍事介入のレッドラインだとバラク・オバマが大統領として発言したのは2012年8月のことだった。​シリア政府軍と戦っている戦闘集団の中心はサラフィ主義者、ムスリム同胞団、そしてアル・カイダ系武装集団のAQI(アル・ヌスラ)だとDIAがホワイトハウスへ報告​したのと同じ月だ。


 2001年9月11日以来、アメリカ政府は「アル・カイダ」をテロリストの象徴として描き、そのテロリストを殲滅するという口実で他国を侵略している。ところがシリアでは、そのテロリストを守るためにアメリカはシリアへ軍事介入するというわけだ。


 シリアより1カ月早い2011年2月に侵略戦争が始まったリビアでは、その年の10月にNATOとアル・カイダ系武装集団のLIFGの連合軍がムアンマル・アル・カダフィの体制を破壊、カダフィ自身を惨殺している。その直後から戦闘員と武器/兵器を侵略勢力はシリアへ集中させ、リビアと同じようにバシャール・アル・アサド政権をオバマ政権は倒そうとしたわけだ。その口実が生物化学兵器。


 2012年5月にホムスで住民が虐殺されると西側はシリア政府に責任があると宣伝するが、すぐに嘘だと発覚する。例えば、現地を調査した東方カトリックの修道院長は反政府軍のサラフ主義者や外国人傭兵が実行したと報告、「​もし、全ての人が真実を語るならば、シリアに平和をもたらすことができる。1年にわたる戦闘の後、西側メディアの押しつける偽情報が描く情景は地上の真実と全く違っている。​」と語っている。


 政府軍による住民虐殺という筋書きで軍事介入を正当化しようとしてアメリカは失敗、化学兵器の話に切り替えたわけだ。イラクを先制攻撃する前の大量破壊兵器話と同じだ。


 2012年12月になるとヒラリー・クリントン国務長官はアサド大統領が化学兵器を使う可能性があると発言、13年1月29日付けのデイリー・メール紙は、シリアで化学兵器を使ってアサド政権に責任をなすりつけて軍事行動へ向かうという作戦をオバマ大統領は許可したと伝えている。(すぐに記事はサイトから削除された。)


 実際、2013年3月19日にアレッポの近くで化学兵器が使われるが、その5日後にイスラエルのハーレツ紙は化学兵器を使ったのは政府軍ではなく反政府軍だった可能性が高いと報道、5月になると攻撃を調べていた国連の独立調査委員会のメンバー、カーラ・デル・ポンテも政府軍でなく反政府軍が使用した可能性が高いと発言する。


 8月21日にはダマスカスに近いグータで再び化学兵器が使用され、アメリカをはじめとする西側の政府や有力メディアはシリア政府に責任をなすりつける宣伝を展開、23日にアメリカのネットワーク局CBSのチャーリー・ケイは、アメリカ海軍の司令官はシリアを巡航ミサイルで攻撃するため、艦船に対してシリアへ近づくように命じたとツイッターに書き込んだ。


 8月29日にはサウジアラビアが化学兵器を反政府軍に提供したと報道されているのだが、9月3日に地中海からシリアへ向かって2発のミサイルが発射されるが、途中、海中へ墜落してしまった。その直後にイスラエル国防省はアメリカと合同でミサイル発射実験を実施したと発表したが、事前に周辺国(少なくともロシア)へ通告はなく、シリアに向かって発射された可能性が高い。何らかの電子戦用兵器が使われたと推測する人もいる。


 早い段階からロシアは侵略軍が化学兵器を使ったと主張していたが、​調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュの記事​、あるいは​国連の元兵器査察官のリチャード・ロイドとマサチューセッツ工科大学のセオドール・ポストル教授の分析​でもシリア政府軍が化学兵器を使ったという主張は否定されている。そのほかにも同じ趣旨の報告が相次いだ。こうした展開をアメリカ側は予想、そうした反論が出てくる前に攻撃したのだろうが、失敗したということだろう。


 アメリカは別のストーリーを考える余裕がないのか、その後も同じシナリオで直接的な軍事介入を目論んできた。そして今年3月1日、ウラジミル・プーチン大統領はロシアやロシアの友好国が国の存続を揺るがすような攻撃を受けた場合、ロシア軍は攻撃してきた拠点を含めて反撃すると宣言する。地中海に配備されたアメリカの艦船からミサイルが発射されたなら、その艦船を撃沈するということだと理解されている。


 イスラエルやサウジアラビアとの関係もあり、アメリカが侵略を中止する可能性は小さい。ロシアとの直接的な軍事衝突を覚悟の上でシリアやイランを攻撃するのか、冷戦の再現を目指すのだろう。ウクライナでドンバスに対する本格的な軍事攻撃を開始する可能性もあるが、そのケースでもロシアとの直接的な軍事衝突だ。


 かつての冷戦はソ連に対する先制核攻撃が困難になったことから生じた現象だった。今回もロシアに圧勝できないことを理解すれば、冷戦に持ち込もうとする勢力が出てくるかもしれない。


 プーチン演説の3日後、イギリスで神経薬物の騒動が引き起こされた。元GRU(ロシア軍の情報機関)大佐のセルゲイ・スクリパリとその娘のユリアがイギリスのソールズベリーで倒れているところを発見され、神経薬物(サリン、またはVXだとされている)が原因だとされている。テレサ・メイ英首相はロシア政府が実行したかのように発言しているが、証拠は示されていない。

 イギリス政府がロシアとの関係を悪化させようとしていることは明白であり、EUを巻き込もうともしている。イギリスの化学戦部隊はロシアがそうした薬物を使った証拠を見つけていない。​イギリス政府は担当者に圧力​をかけて証拠を捏造させるか、何も示さずに「我々を信じろ」と言い続けるしかない。ロシア側は証拠を示すか、謝罪しろと要求している。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201803200000/


14. 中川隆[-5503] koaQ7Jey 2018年3月23日 07:42:55 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8592]

2018.03.23
東京の下町が米軍の空爆で10万人前後の市民が焼き殺されて73年経つが、変わらない米支配層の体質


 今から73年前の3月9日から10日にかけて東京の下町、深川、城東、浅草などがアメリカ軍の投下した焼夷弾で火の海になり、7万5000人から20万人の非戦闘員が殺された。焼夷弾とは一種のクラスター爆弾で、中には38個の小爆弾が収納されていた。上空約610メートルで子爆弾はバラバラに飛び散り、建造物や地面に到達すると数秒後、焼夷剤のゲル化ガソリンが燃え上がる仕組み。


 日本の軍や警察による政策が被害を拡大させた要因のひとつではあるだろうが、アメリカ側の作戦や戦略を徹底的に検証することも重要だ。たとえ、それが不都合な真実であったとしても。


 この時の爆撃は典型的だが、ターゲットは軍事工場でなく一般市民。先住民を殲滅したように、日本の市民を皆殺しにしようとした作戦であり、都市部の爆撃は「無差別」でなく「計画的」だったとする人もいる。


 この作戦を指揮したアメリカ空軍のカーチス・ルメイは広島と長崎に対する原爆投下、あるいは朝鮮戦争における空爆の責任者でもある。1950年6月に勃発した朝鮮戦争でルメイは朝鮮半島北部の78都市と数千の村を破壊、多くの市民を殺している。ルメイ自身の話では、3年間に人口の20%にあたる人を殺したという。勿論、カーチス・ルメイが独断で行った大量殺戮ではないだろう。彼の周辺には仲間がいる。


 ルメイは1948年からSAC(戦略空軍総司令部)の司令官に就任、朝鮮戦争が休戦になった翌年の54年にはソ連を核攻撃する作戦を立てている。それによると、600から750発の核爆弾をソ連へ投下、118都市に住む住民の80%、つまり約6000万人を殺すことになっていた。


 ​SACが1956年に作成した核攻撃計画に関する報告書​によると、ソ連、中国、東ヨーロッパの最重要目標には水爆が使われ、ソ連圏の大都市、つまり人口密集地帯に原爆を投下するとされている。軍事目標を核兵器で攻撃しても周辺に住む多くの人びとが犠牲になるわけだが、市民の大量虐殺自体も目的だ。この当時もSAC官はルメイ。


 この計画で攻撃目標とされた都市はモスクワ、レニングラード(現在のサンクトペテルブルク)、タリン(現在はエストニア)、キエフ(現在のウクライナ)といったソ連の都市だけでなく、ポーランドのワルシャワ、東ドイツの東ベルリン、チェコスロバキアのプラハ、ルーマニアのブカレスト、ブルガリアのソフィア、中国の北京が含まれていた。


 日本列島が中国に対する攻撃の拠点として想定されていたことは確かだろう。1953年4月に沖縄では布令109号「土地収用令」が公布/施行され、基地化が強引に進められた。土地の強制接収は暴力的なもので、「銃剣とブルドーザー」で行われたと表現されている。


 沖縄の基地化が進められていた1955年から57年にかけて琉球民政長官を務めたライマン・レムニッツァーは後に統合参謀本部議長に就任、ルメイを同じようにキューバへの軍事侵攻、ソ連への核攻撃を目論んでいる。つまりルメイとレムニッツァーは仲間。第2次世界大戦の終盤、アレン・ダレスはフランクリン・ルーズベルト大統領の意向を無視してナチスの高官を保護する「サンライズ作戦」を実行したが、レムニッツァーもその作戦に参加していた。


 レムニッツァーとダレスを引き合わせたのはイギリスの軍人。連合軍大本営最高司令官だったイギリス人のハロルド・アレグザンダー伯爵だ。レムニッツァーはイギリスの貴族に憧れを持っていた人物で、シチリア島上陸作戦の際に知り合い、アレグザンダーから目をかけられることになった。


 この人脈が影響したのか、1960年10月にレムニッツァーは統合参謀本部議長へ就任、CIA長官になっていたアレン・ダレスとキューバへの軍事侵攻を目論む。その背後にはソ連や中国に対する先制核攻撃計画があった。この攻撃計画にはダレス、レムニッツァー、ルメイも参加している。


 レムニッツァーとルメイはジョン・F・ケネディ大統領と激しく対立した。ケネディ大統領がソ連に対する先制核攻撃に反対、戦争の準備だったキューバ侵攻作戦ではアメリカ軍の直接的な介入を阻止する。


 キューバ軍を装って「テロ」を繰り返し、キューバに軍事侵攻するという「ノースウッズ作戦」をレムニッツァーは1962年3月に国防長官のオフィスで説明するが、ロバート・マクナマラ長官は拒否する。(Thierry Meyssan, “9/11 The big lie”, Carnot Publishing, 2002)ケネディ大統領はその年の10月、レムニッツァー議長の再任を拒否した。そのレムニッツァーへ欧州連合軍最高司令官にならないかと声をかけてきたのがハロルド・アレグザンダーだ。


 再任拒否の直前、1962年8月にアメリカの偵察機U2がキューバで対空ミサイルの発射施設を発見、10月にはアメリカ軍がキューバを海上封鎖する自体になっていた。いわゆるキューバ危機だが、これを外交的に解決したケネディ大統領に好戦派は反発、ダニエル・エルズバーグによると、その後、国防総省の内部ではクーデター的な雰囲気が広がっていたという。(Peter Dale Scott, “The American Deep State,” Rowman & Littlefield, 2015)


 本ブログでは何度も書いてきたが、レムニッツァーやルメイのような好戦派は1963年の後半がソ連を核攻撃するチャンスだと考えていた。先制攻撃に必要なICBMが準備できる見通しで、ソ連が追いつく前に戦争を始められると考えていたのだ。


 ところが、1963年6月にケネディ大統領はアメリカン大学の学位授与式(卒業式)でソ連との平和共存を訴える。ケネディ大統領がテキサス州ダラスで暗殺されたのはその年の11月のことだ。その翌年、日本政府はルメイに対し、「勲一等旭日大綬章」を授与した。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201803230000/


15. 中川隆[-5799] koaQ7Jey 2018年3月26日 20:48:00 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-9010]
2018.03.26
米国の政策に対抗して中国は廃棄物の受け入れ拒否、対立が深まるが、経済戦争は前から始まっている



 ​廃棄されたプラスチックや紙をこれ以上受け入れないと中国政府はWTO(世界貿易機関)に通告​した。ドナルド・トランプ米大統領が3月8日に鉄鋼とアルミニウムへ輸入関税を課すことを命じる文書に署名、22日に中国からの輸入に関税を課す大統領令に署名したことに対する報復だとみられている。これは想定外だったのか、アメリカ政府は再考を求めている。

 貿易戦争の勃発を懸念する人もいるが、すでに経済戦争は始まっている。その核心は基軸通貨の問題。中国やロシアを中心に世界ではドル離れが進んでいるのだ。

 現在の通貨システムは1971年8月に始まっている。ドルと金の交換を停止するとリチャード・ニクソン米大統領は発表、ブレトン・ウッズ体制は崩壊したのである。金という裏付けをなくしたドルの価値を維持するため、発行したドルを実社会から吸い上げる仕組みが考えられ、その中心的なったのが投機市場とペトロダラー。金融規制の規制を大幅に緩和してカジノ化を進め、石油取引をドル決済に限定したのだ。

 1962年から86年までサウジアラビアの石油鉱物資源大臣を務めていたシェイク・アーメド・ザキ・ヤマニはイギリスのオブザーバー紙の2001年1月14日付け紙面に掲載された記事の中で、​1973年5月にスウェーデンで開かれた「ある秘密会議」でアメリカとイギリスの代表は400%の原油値上げを要求、認められた​と語っている。その秘密会議とはビルダーバーグ・グループが開催したもので、この仕組みはペトロダラーと呼ばれるようになった。この値上げを実現させたのは1973年10月に勃発した第4次中東戦争。その直後にOPECは価格を4倍に引き上げている。


 その後、アメリカは自らが発行したドルで外国から商品を購入、支払ったドルでアメリカの財務省証券や高額兵器を買わせたり、投機市場やオフショア市場へ資金を誘導したりする。実際に人々が生活している社会からドルを吸い上げ、新たなドル発行を可能にするわけだ。経済活動ではなく、コロガシだと言えるだろう。

 勿論、日本もこの仕組みに組み込まれた。巨大企業がアメリカへの輸出で儲け、庶民の資金を利用してドルをアメリカへ循環させている。必然的に巨大企業は大儲け、日本国内は不景気になり、庶民は貧困化。巨大企業や富裕層は課税を逃れるため、儲けをオフショア市場へ隠している。

 安倍晋三首相は黒田東彦日銀総裁と組んで「量的・質的金融緩和」を実施してきたが、それによって流れ出た資金も投機市場へ向かう。投機市場が収縮し始めると資金を吸い上げないだけでなく、放出しはじめるため、どうしても投機市場は拡大させなければならないことから、そうした政策を強引に進めたと言えるだろう。そのため、ETF(上場投資信託)やGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)も利用されている。こうした政策で日本の景気が回復しないことは安倍首相も黒田総裁も認識しているだろう。

 しかし、ドルの循環システムは機能しなくなってきた。アメリカの支配層が夢見てきたパックス・アメリカーナは実現が難しくなっている。そうした状況を作り上げた大きな原因である中国やロシアを屈服させるか破壊して当初の日程に合わせようともがき、全面核戦争の可能性を高めているのがアメリカの支配層だ。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201803260000/


16. 中川隆[-9642] koaQ7Jey 2018年4月14日 11:22:31 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-10288]
2018.04.14
TPPへの復帰はファシズム体制の樹立を目指す米支配層のプランに沿う政策



 TPP(環太平洋経済連携協定)へ復帰するために再交渉するべきかどうかを検討するようにドナルド・トランプ米大統領は通商代表や国家経済会議議長に指示したという。この協定のほか、TTIP(環大西洋貿易投資協定)やTiSA(新サービス貿易協定)はアメリカを拠点とする巨大資本が世界を直接統治するための仕組みで、その核心はISDS(投資家対国家紛争解決)条項にある。

 この条項によって巨大企業のカネ儲けを阻むような法律や規制は賠償の対象になり、健康、労働、環境など人びとの健康や生活を国が守ることは難しくなるのだが、それだけでなく、日本の法体系が破壊させられると警鐘を鳴らす法律家もいる。

 TPPにアメリカが復帰すれば、その主導権を握るのはアメリカ。環太平洋ではアメリカのほかオーストラリア、カナダ、ニュージーランドはアングロ・サクソン系で、判例法を基本とする英米法の国。これらの国々の母国語は英語だ。この4カ国とイギリスは深く結びついている。

 それに対し、日本は国会で制定された法律が基本の大陸法を採用しているので、TPP内で統一した法体系を作りあげることは不可能。トラブルの仲裁を担当する法律家は英米法の人間だと考えなければならず、日本の法律は意味をなさなくなる。

 アメリカの支配層は自分たちにとって都合の悪いルールを採用している国が存在すると、その国の「エリート」を買収したり、恫喝したり、場合によってはクーデターや軍事侵略で体制を転覆させてきた。そうしたことを行わなければならないのは、主権国家が存在するからだ。その主権国家を消滅させ、巨大企業という私的権力によって支配される国際秩序を築くのがTPP、TTIP、TiSAの目的だ。

 フランクリン・ルーズベルトは大統領時代の1938年4月29日、ファシズムについて次のように語っているが、これは3協定の定義でもある。

「もし、私的権力が自分たちの民主的国家そのものより強くなることを人びとが許すならば、民主主義の自由は危うくなる。本質的に、個人、グループ、あるいは私的権力をコントロールする何らかの存在による政府の所有こそがファシズムだ。」

 現在、アメリカ政府が中国やロシアに対して仕掛けている経済戦争の目的もここにある。この2カ国が持つ主権を破壊し、全世界の人々を巨大資本の臣民にしようとしているのだ。

 中国は1980年代から新自由主義を導入しているが、国家主権は維持しようとしてきた。中国が世界銀行と共同で2013年に作成した「中国2030」は中国に根本的な、つまり西側巨大資本が望む条件で市場改革を実行することを迫るもの。ちなみに、2007年7月から12年7月まで世界銀行総裁を務めたのはロバート・ゼーリック元米通商代表だ。

 しかし、2014年に状況は一変する。この年の2月にネオコンはウクライナでネオ・ナチを使ったクーデターを成功させ、合法的に選ばれたビクトル・ヤヌコビッチ大統領を暴力的に排除したことが主な原因だ。ウクライナをロシア制圧のカギを握る国だとアメリカの支配層は以前から考えていたが、ヤヌコビッチは西側の傀儡ではなかった。それが排除された理由のひとつだが、ロシアとEUを分断するという意図も無視できない。両者を結びつける大きな要因はロシアの天然ガスで、輸送のためのパイプラインがウクライナを通過している。ウクライナに傀儡体制を樹立させてつながりを断ち切ろうとしたのだ。

 ところが、事態はネオコンが想定していなかった方向へ向かう。ロシアが中国に目を向け、ロシアと中国が急接近したのだ。アメリカのやる口を目の当たりにした中国もアメリカを警戒するようになり、ロシアと中国は戦略的パートナーになる。その後、両国の関係は深まり、今ではドルを基軸通貨とする金融システムを揺るがす存在になった。

 そして中国は一帯一路構想を打ち出し、「中国製造2025年」というプロジェクトを公表する。習近平体制になったこともあるが、2014年のウクライナにおけるクーデターも中国の戦略変更に影響しただろう。トランプ政権はその変更を元に戻させようとしていると指摘する人もいる。アメリカの巨大資本の前に跪かせようとしているとも言えるが、そうしたことを実現するのは難しいだろうとも言われている。同じことはロシアについても言える。

 アメリカによる軍事的な恫喝も経済戦争もTPPへの復帰も目的は同じで、ファシズム体制への移行。日本の政治家や官僚は忠実にアメリカ支配層の命令に従い、庶民は教育を受ける権利や労働者としての権利を奪われているのだが、そうした動きの前には中国とロシアが立ちはだかっている。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201804140000/


17. 中川隆[-11019] koaQ7Jey 2018年4月23日 05:56:19 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-11881]
2018.04.23
西側の政府や有力メディアの嘘が暴かれているが、その一方で強まる言論統制


 アメリカをはじめとする西側で報道統制が強化されている。有力新聞やネットワーク局、いわゆる主流メディアに対するCIAの影響力は1970年代に明かされたが、その力はその後強まった。情報をコントロールするためにモッキンバードというプログラムが実行され、1980年代からはプロジェクト・デモクラシーと呼ばれる思想戦も始められた。勿論、本当に民主化しようというわけではない。破壊と殺戮に民主化というタグをつけようということだ。1990年代からアメリカは民主化や人道といったタグを盛んに使い始めている。プロジェクト・デモクラシーと並行する形でアメリカとイギリスはBAP(英米後継世代プロジェクト)も開始するが、そのメンバーには編集者や記者も参加、有力メディアは支配システムへの関与を深めた。自らが関わる工作は語らないため、この報道統制に関する話は広まらなかった。


 そうした中、数少ない「まとも」なメディアと見なされていたのがニューヨーカー誌なのだが、今年(2018年)4月14日の記事では​ジョシュア・ヤッファ​がアメリカなどのシリア侵略が正当化されている。本ブログでは再三再四書いているように、全く説得力のないアメリカの政府や有力メディアの主張、バシャール・アル・アサド政権が化学兵器を使ったという話を垂れ流しているのだ。


 このシリア侵略に関係する​シーモア・ハーシュ​の記事を同誌は2007年3月5日号に載せている。それによると、アメリカ、イスラエル、サウジアラビアの三国同盟はシリア、イラン、そしてレバノンのヒズボラをターゲットにした秘密工作を開始したとしているのだ。これは事実だった。


 2011年3月にアメリカ、イスラエル、サウジアラビアの三国同盟、イギリスとフランスのサイクス-ピコ協定コンビ、そしてトルコやカタールがジハード傭兵を使ってシリア侵略を開始、それを正当化するために「現地からの報告」を演出したが、これは嘘が発覚してしまう。西側の有力メディアが盛んに引用していた​ダニー・デイエム​なる人物をはじめとするグループが「シリア政府軍の攻撃」を演出する様子を移した部分を含む映像が2012年3月1日にインターネット上に流出、嘘が発覚したのだ。


 次に化学兵器の使用を西側は主張したが、これも嘘がすぐに発覚する。その主張が事実に反していることを示す報告や分析が次々に現れたのだ。そうしたひとつが2013年12月に発表されたハーシュの記事なのだが、それは彼が拠点にしていたニューヨーカー誌でなく​LRB(ロンドン・レビュー・オブ・ブックス)​だった。


 2017年4月6日夜にアメリカ軍は駆逐艦のポーターとロスから巡航ミサイルのトマホーク59機をシリアのシャイラット空軍基地に向けて発射、ロシア政府によると23機が目標に到達したという。この時の経験からロシア政府は短距離防空システムのパーンツィリ-S1を配備したと言われている。


 ジャーナリストの​ロバート・パリー​によると、4月6日早朝、ドナルド・トランプ大統領はマイク・ポンペオCIA長官から私的に化学兵器の使用を否定する説明を受けていたという。これはCIA内部の情報源からの情報。同じ内容の話をシーモア・ハーシュは6月25日にドイツの​ディ・ベルト​で伝えている。

 ハーシュによると、4月4日に聖戦主義者の幹部が会議を開くという情報をつかんだロシアとシリアは攻撃を計画、その内容を事前にアメリカ側へ通告したとしている。CIAにも直接、ロシアから攻撃に関する情報が伝えられていた。攻撃の前からアメリカ側はロシアから情報を知らされていたのだ。


 ハーシュの記事が掲載されたメディアは執筆の拠点だったニューヨーカー(アメリカ)からLRB(イギリス)、そしてディ・ベルト(ドイツ)へと変わっている。これは情報統制が強化されていった道筋を示しているとも言える。


 なお、アメリカ、イギリス、フランスはドゥーマで政府軍が化学兵器を使ったと主張してシリアをミサイル攻撃したが、インディペンデント紙のロバート・フィスク特派員やOAN(アメリカのケーブル・テレビ局)の記者が現地を取材、化学兵器が使用された痕跡がないと報告しているが、ドイツのテレビ局ZDFの記者も同じように伝えている。


 ZDFも住民の圧倒的多数は化学兵器による攻撃はなかったとしているとしているが、イスラム武装勢力(おそらく西側が情報源として信頼しているアル・カイダ系武装集団のジャイシュ・アル・イスラム)は塩素で住民を殺し、その様子を撮影してシリア政府軍が化学兵器を使った証拠だとしていたと複数の証人が話しているとも報告している。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201804220000/


18. 中川隆[-12462] koaQ7Jey 2018年5月13日 18:40:55 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-13960]
2018.05.13
ロシアや中国を後ろ盾にして韓国が朝鮮との話し合いを進める中、米政府は朝鮮に毒饅頭を提示


 文在寅韓国大統領と金正恩朝鮮労働党委員長は今年(2018年)4月27日、板門店で会談した。これを実現する上で最も重要な役割を果たしたのは韓国政府だろう。その韓国政府はロシアや中国と緊密な関係を維持してきた。それに対して東アジアにおける軍事的な緊張を高めてきたのは朝鮮。核兵器の爆発実験や弾道ミサイル(ロケット)の発射実験を繰り返し、アメリカの軍事的な緊張を高める口実を提供してきたのだ。その朝鮮が韓国との話し合いに応じた。アメリカ支配層にとって不都合な展開である。


 文大統領と金委員長が会談する前日、アメリカ政府はCIA長官だったマイク・ポンペオが朝鮮で金委員長と握手する様子を撮影した写真を公表した。4月1日頃に撮影されたようだ。ポンピオが朝鮮を訪れる直前、3月26日に金正恩委員長は特別列車で北京へ入り、釣魚台国賓館で中国の習近平国家主席と会談、27日に帰国している。朝鮮半島の問題で主導的や役割を果たしているのはアメリカ政府だとポンペオはアピールしたかったのかもしれない。


 韓国と中国は朝鮮に対し、核兵器開発の放棄と引き替えに経済援助を申し入れたと伝えられている。すでにロシアは高速鉄道やエネルギー資源を運ぶパイプラインでロシア、中国、そして朝鮮半島をつなぎ、東アジアを安定化させて一大経済圏にしようという計画を持っている。


 ロシアのドミトリ・メドベージェフ首相は2011年夏にシベリアで金正日と会談、朝鮮がロシアに負っている債務の90%(約100億ドル)を帳消しにし、10億ドルの投資をすることで合意、14年にロシア議会はこの合意を承認した。2011年の会談で15年の行われる対ドイツ戦勝利70周年記念式典へ金正日が出席することも決まったが、2011年12月に死亡してしまう。その後、朝鮮はロシアの構想にとって好ましくないこと、つまりアメリカにとって好都合なことを繰り返した。その流れが変化したことを文大統領と金委員長の会談が示している。


 そうした中、国務長官になったポンペオは朝鮮に対し、経済支援を持ちかけたという。中国やロシアに対抗してのことだろうが、過去を振り返ると、アメリカの「経済支援」は一種の「毒饅頭」であることがわかる。


 例えばポーランドの場合、国民の不満を緩和する目的で、1970年代に西側の銀行から240億ドルという国家規模から見て不相応な額の融資を受けた。1980年代の半ばには外国からの債務は500億ドル、GDPの3分の2近い。アメリカの罠に陥ったということだ。1989年のインフレ率は年間250%に達した。こうした経済浸食と並行してアメリカは配下のNGOや労働組合を使ってターゲット国を破壊していく。


 ドナルド・トランプ政権の国家安全保障補佐官に就任したジョン・ボルトンは朝鮮半島の非核化について、リビア・モデルを主張した。核兵器開発を放棄させた上で軍事侵略するということだ。リビアのケースと同じと言うことは傭兵を送り込み、アメリカ配下の軍隊が空爆するということになるのかもしれない。これまでアメリカは東アジアを不安定化させるために朝鮮を利用してきたが、朝鮮半島を属国化することに成功すれば、中国を制圧して略奪する拠点になる。アメリカが旧ソ連圏で行ってきたことだ。

 しかし、金正恩やその側近たちがよほどの「お人好し」でないかぎり、アメリカの提案へ簡単には乗らないだろう。トランプ米首相は5月8日にJCPOA(包括的共同作業計画)からの一方的な離脱を宣言したが、これもアメリカが信用できない国だというメッセージとして捉えるだろう。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201805130000/


19. 中川隆[-12461] koaQ7Jey 2018年5月13日 18:41:51 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-13960]
2018.05.12
トランプ米大統領がCIA長官に選んだハスペルの歩いてきた道は血まみれ

 ドナルド・トランプ米大統領はマイク・ポンペオの後任CIA長官として「血まみれのジーナ」ことジーナ・ハスペルを選んだが、この人選を批判する人は少なくない。CIAは世界各地に「ブラック・サイト」という秘密刑務所を設置していた(いる)が、2002年の終わりからタイの刑務所で所長を務め、拷問を指揮していたのがハスペルだからだ。勿論、そうしたことは行っていないことにされていたが、嘘だったわけだ。


 ジョージ・W・ブッシュ政権は2003年3月にイラクを先制攻撃、サダム・フセイン体制を倒したあとに掃討作戦をはじめた。フセイン体制はアル・カイダ系武装集団を人権無視で弾圧していたので、作戦の対象にアル・カイダ系勢力の戦闘員はほとんど含まれていなかったはずだ。


 この作戦で採用されたのはベトナム戦争におけるフェニックス・プログラムやラテン・アメリカで行われた死の部隊を使った手法。支配と略奪の邪魔になる人々を殺害、そうした人々のネットワークを潰すために共同体を破壊していった。


 イラクでの作戦を指揮したジェームズ・スティール退役大佐は1984年から86年にかけてエル・サルバドルへ軍事顧問団の一員として入り、死の部隊を編成した人物。その当時、エル・サルバドルでスティールと会い、その手法に心酔したのがデイビッド・ペトレイアス。後に中央軍司令官やCIA長官を務めることになる。


 ペトレイアスはヒラリー・クリントン、リチャード・チェイニー、ドナルド・ラムズフェルドらに近く、このラインがスティールをイラクへ連れてきた。イラクでエル・サルバドルを再現しようとしたのだ。イラクではジョン・ネグロポンテ駐イラク大使(同)の下で特殊警察コマンドの訓練をしたのだが、ネグロポンテは1981年から85年までホンジュラス駐在のアメリカ大使を務めている。


 ホンジュラスは中央アメリカでアメリカが行った秘密工作の拠点で、ネグロポンテが大使を務めていた頃にアメリカからホンジュラスへの軍事援助は急増、反体制派と見なされた少なからぬ人たちが殺されている。


 アメリカの秘密工作はCIAの破壊工作部門が実行してきた。その始まりは第2次世界大戦終盤にレジスタンス対策で編成されたジェドバラ。大戦後にその人脈が作った秘密工作のための秘密機関がOPCで、それが1951年にCIAへ入り込んで作戦局の中核になり、73年に工作局、今はNCS(国家秘密局)になっている。ハスペルはこの分野を歩き、2013年2月から5月にNCS局長代理を務め、2017年2月にはCIA副長官に就任した。現在はCIA長官代理でもある。


 戦争中のジェドバラはともかく、OPCからNCSに至まで世界中で行った秘密工作とはさまざまな形の内政干渉だ。アメリカ巨大資本のカネ儲けにとって邪魔な存在を排除することが役割。要人暗殺や軍事クーデターを試み、実行してきたほか、戦争に反対する人々の監視、報道操作、プロパガンダ、洗脳の研究などを行ってきた。そうした流れの中で拷問も行われた。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201805120000/


20. 中川隆[-12567] koaQ7Jey 2018年5月26日 17:36:59 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14362]

3S 政策より:
https://ja.wikipedia.org/wiki/3S%E6%94%BF%E7%AD%96

「・・・戦略家のガブリエル・コルコはアメリカがベトナム戦争での失敗を契機に、大規模な戦闘という事態を避ける為に低強度紛争としてソフト・パワーを用いた情報戦を軍事戦略の中枢に置くようになる課程を紹介。この戦略が最も成功した例が日本であり、各種の工作は日本支配のための「軍事戦略であり戦争であった」と述べた。


1. アメリカを無条件に支持し、アメリカに服従する政党と政権を他国に成立させ、そのための資金をアメリカが提供する。

2. この買収資金は、アメリカの税金ではなく、他国でアメリカが麻薬を密売した利益を提供し、アメリカが経済的負担を負わない方策を取る。

3. マスコミ操作を通じアメリカが常に「善」であると他国の市民を洗脳し、アメリカを批判する言論をマスコミに「登場」させない。アメリカ映画、音楽を大量に流し、アメリカが「すばらしい」国だと連日宣伝する。

4. 学校教育においては、丸暗記中心の学校教育で思考能力を奪い、アメリカへの批判能力を奪う。

5. 教師への絶対服従を学校教育で叩き込み、「強い者=アメリカへの絶対服従」を「子供の頃から身に付けさせる」。

6. 逆らう言論人、ジャーナリストは、そのジャーナリストのセックス・スキャンダル等をマスコミに流し失脚させ、必要であれば軍の諜報組織を用い、事故に見せかけ殺害する。

7. 他国の食料、エネルギー自給を破壊し、米国に依存しなければ食料、エネルギーが入手出来ないようにシステム化し「米国に逆らえないシステム」を作る・・・」

関連情報:

一億総白痴化
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E5%84%84%E7%B7%8F%E7%99%BD%E7%97%B4%E5%8C%96

愚民政策
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9A%E6%B0%91%E6%94%BF%E7%AD%96

反知性主義
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%8D%E7%9F%A5%E6%80%A7%E4%B8%BB%E7%BE%A9

パンとサーカス
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%B3%E3%81%A8%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%82%B9

ディストピア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%94%E3%82%A2

etc.


21. 中川隆[-12659] koaQ7Jey 2018年5月31日 20:19:12 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14590]
2018.05.31
米国の支配層が平和を望んでいるとは思わない方が安全



 リチャード・ニクソンは1972年2月にアメリカ大統領として中国を訪問した。ニクソン政権で外交や安全保障といった分野を任されていたヘンリー・キッシンジャーは1969年から中国側の首脳と接触しようと試みていた。そうした中、1970年12月にエドガー・スノーが毛沢東中国共産党主席と会うが、そこで中国側はアメリカ大統領の中国訪問を歓迎すると述べている。それを受け、1971年2月にニクソン大統領は外交教書で「中華人民共和国」という正式名称を使い、北京との対話を確立したいと述べた。そしてニクソンの訪中につながったわけだ。

 大統領になった最初の年からニクソンは中国との関係改善を模索、デタント(緊張緩和)を打ち出している。これだけ聞くと平和的な人物のようだが、そう単純ではない。大統領選挙では民主党にとって優位になるベトナム戦争の終結交渉を妨害し、チリでは民主的に選ばれたサルバドール・アジェンデ大統領を倒すために軍事クーデターを実行している。その黒幕もキッシンジャーだった。

 軍事クーデターは1973年9月11日、オーグルト・ピノチェトによって実行される。その際にアジェンデは死亡した。クーデターの目的はアメリカを拠点とする巨大企業の利権を守り、チリを食い物にし続けることにあった。そうした政策にとって邪魔な人々を殺害したり拘束したりしたうえで、シカゴ大学のミルトン・フリードマン教授が展開していた「経済理論」が実践される。新自由主義の導入だ。

 その政策によって富豪や巨大企業の経営者たちは「自由の尊厳」が認められて大儲けできたが、庶民は貧困化する。この政策を指揮したのはシカゴ・ボーイズと呼ばれるフリードマンの弟子たち。ピノチェト体制は輸入を促進するため、ペソを過大に評価させて輸入品の価格を下げている。

 その結果、贅沢な舶来品の消費ブームが起こるのだが、その一方で国産製品は売れなくなり、チリ国内の経済活動は破綻していく。1980年代の後半になると、チリでは人口の45%が貧困ラインの下に転落していたとされている。

 こうしたチリでの実験を肯定的にとらえた学者がフリードリッヒ・フォン・ハイエクで、親しくしていたマーガレット・サッチャー英首相にフリードマン理論を売り込む。このハイエクがフリードマンの「師」だった。サッチャーは1982年のフォークランド戦争で高揚した雰囲気を利用してイギリスに新自由主義を導入、イギリスの庶民も無残なことになる。

 新自由主義とは巨大資本に国を上回る権力を与えるもので、その延長線上にISDS条項を軸とするTPP(環太平洋連携協定)、TTIP(環大西洋貿易投資協定)、TiSA(新サービス貿易協定)はある。世界のファシズム化がその目的だとも言える。

 エリートの利益になるこの政策は中国やソ連にも広がっていく。中国では1976年10月に江青など「四人組」が粛清され、77年に復活したケ小平がそうした流れを促進していく。1980年にはフリードマンが中国を訪問、レッセフェール流の資本主義路線へと導いていった。フリードマン1988年に妻のローザとともに再び中国を訪れ、趙紫陽や江沢民と会談している。

 アメリカでは1989年にジョージ・H・W・ブッシュが大統領に就任しているが、この人物は本ブログで再三書いているようにCIAの非公然オフィサーである可能性が高く、74年から75年にかけて中国駐在特命全権公使を務めている。

 そのブッシュとエール大学時代から親しいと言われているCIAオフィサーのジェームズ・リリーが1989年に中国駐在大使に就任、中国乗取りの総仕上げを目論んだ。その手先と考えられていたのがジョージ・ソロスから資金が流れていたとされている趙紫陽だ。そのほか、NEDなどを通じてCIAの資金が「活動家」へ渡っていた。この目論見はケ小平が同調しなかったことなどから成功していない。

 ソ連でも似たことが行われ、こちらは成功してボリス・エリツィン時代の惨劇につながる。アメリカが示す「和平」に気を許すと最後には裏切られる。ジョン・F・ケネディ大統領は本当に平和な世界を目指したようだが、1963年11月22日に暗殺された。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201805310000/


22. 中川隆[-13272] koaQ7Jey 2018年6月17日 08:17:50 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-15673]

アメリカは中国を育てていたが、その意図はどこにあったのか?2018.06.17



アメリカは戦争を続けてきた国である。アメリカが建国された1776年から今日まで、その90%が戦争の年月だった。アメリカは常に戦争を欲している。

(「自由はただではない」という言葉の裏には何があるのか?)
https://blackasia.net/?p=745


そして、そのためにアメリカには世界最強の軍隊を養っており、さらにその軍隊と民間がつながり、「軍産複合体」を作り上げて国が回っている。

最近までのアメリカの敵は「イスラム過激派」だった。アメリカは1990年代に「共産主義」という巨大な敵を喪失していたが、やっと2001年に新しい敵を「見つけた」のだ。

しかし、最近はタリバンもアルカイダもISISも完全に極小勢力になってしまってアメリカの敵ではなくなってしまった。そうなると、どうなるのか。軍産複合体は勝ち誇るのか。

いや、まったくの逆だ。敵がいなくなると、巨大化した軍産複合体は存在価値を喪失し、予算が減らされ、リストラがはびこり、企業が縮小し、金食い虫として議員や国民の目の敵にされて解体されてしまう。

何のことはない。戦う相手がいなくなってしまうと、無用の産物として存在そのものが否定される。必要なのは何か。それは「新しい敵」だ。何としてでも長期に渡って戦える相手が必要なのだ。

目次 閉じる 1. 国の成り立ちからして武力を重視した戦争国家?
2. ソ連の核兵器はアメリカの核技術が流出したもの
3. 急いで次の「敵」を見つける必要があった?
4. 戦争は、軍産複合体の晴れやかなステージである

国の成り立ちからして武力を重視した戦争国家?

そう考えると、2001年から始まった「イスラム過激派」という敵が消えてしまった今、軍産複合体は焦燥感に駆られていることが分かるはずだ。

一刻も早く、次の戦う相手が必要なのだ。さもなくば、自分たちが解体されてしまうのだから……。

アメリカは国の成り立ちからして武力を重視した国であり、西部開拓から南北戦争まで武力がなければ前に進めなかった。

まず東部に拠点を作り、西へ西へとネイティブ・アメリカンを大虐殺しながら突き進み、それから太平洋戦争で日本を、朝鮮戦争で北朝鮮を、そして冷戦ではロシアを、代理戦争ではベトナムを相手にして常に戦い続けてきた。

どの歴史を見ても、アメリカには「軍」がそこにあって、軍そのものがアメリカを支えてきた。

アメリカが世界をコントロールできたのは、アメリカ文化が優れていたからではなく、アメリカの軍が世界最強だったからである。

アメリカは建国から現代までずっと「世界最強」の軍隊を目指し、それで国を成り立たせてきた。

アメリカが世界に君臨できているのは政治力が優れているからではない。文化や思想が優れているからでもない。「軍事力」である。

アメリカ自身がそれを疑わず、そして軍事力を手放さない。

そのため、アメリカは「平和になったから軍を解体しよう」という考え方はしない。むしろ、その逆のことを考える。

「平和になったら軍が解体されてしまうので、そうならないために敵を見つけよう」という発想になる。では、もし軍隊が維持できるほどの敵が見つからなかったらどうするのか?

ソ連の核兵器はアメリカの核技術が流出したもの

アメリカが全世界の覇権を握ったのは、第二次世界大戦が集結した1945年からである。

戦争の舞台となって傷ついた欧州に変わってアメリカは強大な国家として君臨するようになり、そこで軍産複合体も大きく育っていった。

そのアメリカの前に立ちふさがったのは、ソビエト連邦という「共産主義国家」だった。

アメリカとソ連は共に相手を圧倒するために核を大量保有するようになり、世界のあちこちで「資本主義vs共産主義」の戦争をするようになった。

局地戦争・代理戦争を行いながらも、アメリカは核ミサイルを保有するソ連には攻撃できなかったので、ソ連とはずっと睨み合ったまま推移した。

世界はこれを「冷戦」と呼んだ。

実は、ソ連の核兵器はアメリカの核技術が流出したものである。技術の流出は意図的だったのだ。なぜこのような最重要軍事機密がやすやすと流出したのか。

それはアメリカの軍産複合体が自らの存在が不必要だと思われないように「敵を作る必要があったから」と考えるとすべての疑問は氷解する。

軍産複合体は「敵」が必要だ。そして敵が存在する限り、自分たちは必要だと思われ軍事費の削減もない。

かくして共産主義国家は、アメリカの軍産複合体が生き延びるための「便利な存在」になっていった。共産主義国家はアメリカの敵だったが、もっとも必要とされていたのも共産主義国家だったとも言える。

冷戦、ドミノ理論、スパイ合戦、核による脅威は、すべてアメリカの軍産複合体が生き延びるためのアイデアだったとも言える。そしてそれは45年も機能してきた。

共産主義という敵を作り出し、その脅威を誇張したことが、アメリカの軍産複合体の成長へとつながった。

急いで次の「敵」を見つける必要があった?

ところが、1990年に入ると経済的に疲弊したソビエト連邦が自壊してしまい、アメリカ軍は突如として巨大な敵を失った。軍産複合体は削減の対象となり、不景気に陥り、業界の再編にまで追い込まれていった。

巨大な敵を失ったことによって、アメリカの軍産複合体は自らも危機的な状況に陥ってしまった。敵がいないのだからミサイルを作る必要もなければ、在庫が減ることもない。軍産複合体に流れる金は急激に減少した。

この時代の統合・再編で、軍産複合体を支えていた企業のほとんどが名前が変わったが、これほど激しい業界再編の動きは類を見ない出来事だったほどだ。

しかし、業界再編をしても生き延びられない。生き延びるためには決定的に必要なものがあった。それは「新しい敵」である。ソ連という強大な敵対国家が消失した後、とにかく次の「敵」を見つける必要があった。

2000年になってやっとアメリカはそれを見つけた。

それが、影も形もないのに脅威だけは巨大な「イスラム過激テロリスト集団」である。そして、テロリストを匿う「ならずもの国家」である。

ウサマ・ビンラディンは新しい米国の敵の象徴になり、アフガンやイラクは攻めるべき対象となり、それを通してイスラム全体がアメリカの敵のような雰囲気が醸し出されるようになった。

「イスラムが敵なのではない」と言いながら、アメリカのやっていることはイスラム敵視であり、そうすることによってテロリストがイスラム国家のあちこちに生まれた。

なぜアメリカが稚拙な作戦を取ってイスラム原理主義者やイスラムの敵対国家をあちこちに作り出したのかというと、軍産複合体が自分たちの存在意義を高めるためだったとしか言いようがない。

軍産複合体は自分たちが生き延びるために、反米を焚き付けているのである。

戦争は、軍産複合体の晴れやかなステージである

軍産複合体は敵がいないと自らが不必要だと思われるので、何としてでも強大な敵が育って欲しいと考えている。敵がいないと成り立たないのが軍産複合体の皮肉なところである。

だから、わざと反米国家が生まれるような作戦を取るし、わざとテロを見逃すし、イランも過大に悪者扱いされる。

イスラム過激派が極小勢力になってアメリカの軍産複合体が相手をするような存在でなくなってしまったので、アメリカはイランをけしかけて、「アメリカvsイラン」の構図に持っていこうとしているのが現状だ。

しかし、それはうまくいかないかもしれない。そこで、軍産複合体はアジアにも「新たな敵」を作り出して、アメリカと敵対するように「育てて」いる最中だ。

アメリカの軍産複合体に対抗するのに相応しい規模を持った「新たな敵」とは誰か。

それは、中国である。

アメリカは、ソ連が1990年代に崩壊した以後、中国に技術移転をし、アメリカの市場を分け与え、中国が発展するように動いてきた。中国は空前の高度成長期を迎えて、軍事的にも強大な国家になっていった。

軍産複合体は「新たな敵」が東アジアで育っているのを見過ごしていたわけはない。中国が強大な敵になり、さらに軍事的にもアメリカに対抗できるように育てていたのである。

一見すると不可解に思えるかもしれない。アメリカは覇権を中国に譲ろうとしているようにも見えるし、中国の横暴を見守っているようにも見える。

アメリカはもう世界に君臨したくなくなったのか。あるいは覇権がいらなくなったのか?

いや、軍産複合体には「新たな敵」が必要で、それがいないのであれば、「育てる」という発想があるとしたら、何が起きているのか分かるはずだ。

アメリカの軍産複合体は、自分たちが生き延びるために「新たな敵」としての中国を育てて、時期が来れば中国という敵と戦争して自分たちの生存を図ろうとしているのだ。

組織は自らの存在意義を確認するために「活動」する。

軍が活動するというのは、すなわち戦争するということだ。かくして、アメリカは軍産複合体が肥大化して、いつの時代でも戦争を求め続けることになる。

次はイランと戦うのか、それとも中国と戦うのかは、状況次第であると言える。いずれにしても、戦いが始まれば軍産複合体はフル操業になる。

戦争は、軍産複合体の晴れやかなステージである。
https://blackasia.net/?p=7751


23. 中川隆[-13584] koaQ7Jey 2018年6月28日 15:17:38 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-16261]
2018.06.27
シリア侵略Gから離脱してから西側有力メディアに批判されているエルドアン



 トルコで6月24日に行われた大統領選挙でレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領が再選された。エルドアン大統領は現在、アメリカ政府と対立関係にあり、西側有力メディアの評判は悪い。民主的と呼ぶことのできない人物で、言論を弾圧してきた。

 2011年3月にアメリカ、イスラエル、サウジアラビア、イギリス、フランス、カタールなどとシリアに対する侵略戦争を始めた当時はこのグループの一員で、サラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団を中心とするジハード傭兵への兵站線はトルコからシリア国内へ伸び、そのルートはトルコの情報機関が管理していた。またトルコにある米空軍インシルリク基地は侵略の重要な拠点で、アメリカ、イギリス、フランスなどの情報機関員や特殊部隊員が戦闘員を訓練する場でもあった。

 シリアより1カ月ほど前にリビアでも侵略戦争が始まっている。リビアの場合はサヌーシ教団(王党派)、元内務大臣のアブデルファター・ユニス将軍をはじめとする軍からの離反組、NCLO(リビア反体制国民会議)/NFSL(リビア救済国民戦線)、そしてアル・カイダ軽武装集団のLIFG(リビア・イスラム戦闘団)など反政府の武装勢力が存在、侵略しやすい環境だった。このうち、地上軍の主力になるのはLIFGだ。

 LIFGはイギリスの情報機関と関係が深く、1996年にはMI6(イギリスの対外情報機関)の命令でムハンマド・アル・カダフィの車列を爆破しようとして失敗している。カダフィ政権はこの事件に絡んでオサマ・ビン・ラディンに逮捕令状を出している。MI5(イギリスの治安機関)に元オフィサー、デイビッド・シャイラーによると、この時、MI6がLIFGへ工作資金を提供したという。

 イギリスとフランスがカダフィの排除を狙っていたのは、カダフィがアフリカを自立させようとしていたからだ。その一環としてドルやフランといった欧米の通貨に依存せず、自前の金貨ディナールをアフリカの基軸通貨にしようとしていた。アフリカの利権を失ったなら、イギリスやフランスの経済は立ち行かなくなる可能性が高い。帝国主義を捨てるわけにはいかないのだ。

 アメリカの置かれた状況も基本的にイギリスやフランスと同じで、バラク・オバマ大統領は2010年8月にPSD11を出し、ムスリム同胞団で編成された武装集団をターゲット国へ送り込んで体制転覆を目論んだ。そして始まったのが「アラブの春」である。

 この時期、ペルシャ湾岸の産油国で民主化を求める運動が盛り上がったが、これを西側の有力メディアは大きく取り上げていない。軍事力で弾圧しても批判らしい批判はなかった。それに対し、金貨ディナールに賛成していたチュニジアやエジプトは体制転覆が実現している。

 2011年10月にカダフィ政権が倒されると、戦闘員や武器/兵器がトルコ経由でシリアへ運ばれている。調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュによると、​輸送の拠点はベンガジにあるCIAの拠点​で、アメリカ国務省はそうした活動を黙認していた。その際、​マークを消したNATOの輸送機が武器​をリビアからトルコの基地まで運んだとも伝えられている。アメリカ領事館もそうした活動の舞台だったが、2012年9月11日に襲撃され、クリストファー・スティーブンス大使も殺される。ムスリム同胞団のライバルが実行したとも言われている。


 ハーシュによると、領事館が襲撃される前日、​大使は武器輸送の責任者だったCIAの人間と会談​、襲撃の当日には武器を輸送する海運会社の人間と会っていたという。CIA長官だったデイビッド・ペトレイアスは勿論、スティーブンスの上司にあたるクリントン国務長官も承知していた可能性が高い。


 この当時のトルコ政府は侵略、破壊、殺戮、略奪の当事者だったが、西側は「寛大」だった。状況が変わるのは、シリアでの戦闘が長引き、トルコ経済が苦境に陥ってからだ。シリアはリビアと違い、国内に有力な反政府勢力は存在せず、戦闘員の大多数は国外から送り込まれた傭兵で、シリア国民からみると侵略戦争にほかならなかった。

 業を煮やしたアメリカ政府は戦闘態勢に入る。2015年2月に国防長官が戦争に消極的だったチャック・ヘイゲルから好戦的なアシュトン・カーターへ、また統合参謀本部議長は9月にジハード勢力を危険だと考えていたマーチン・デンプシーから好戦的なジョセフ・ダンフォードへ交代した。デンプシー退任の直後、9月30日にロシアはシリア政府の要請で軍事介入する。ロシア軍はアメリカ軍と違い、アル・カイダ系武装集団やダーイッシュ(イスラム国、IS、ISIS、ISISとも表記)を本当に攻撃、アメリカをはじめとする侵略の黒幕国は手先を失うことになる。

 そうした中、11月24日にトルコ軍のF16戦闘機がロシア軍のSu24爆撃機を撃墜した。ウィキリークスによると、​エルドアン大統領がロシア軍機の撃墜を決めたのは10月10日​だが、トルコ政府が独断でロシア軍機の撃墜を決めたということは考えにくい。11月24日から25日にかけてトルコのアンカラでトルコ軍幹部とポール・セルバ米統合参謀本部副議長が会談している。


 撃墜後、ロシア軍はミサイル巡洋艦のモスクワをシリアの海岸線近くへ移動させて防空体制を強化、さらに最新の防空システムS400を配備し、約30機の戦闘機を派遣してシリア北部の制空権を握ってしまい、アメリカが供給している対戦車ミサイルTOWに対抗できるT90戦車も配備した。その後、ウラジミル・プーチン露大統領は相当数のロシア軍を撤退させ、その間隙を縫ってアメリカ、イギリス、フランスはクルドを抱き込み、地上部隊をシリアへ侵入させて基地を建設している。

 その一方、経済環境が厳しくなったトルコ政府はロシア政府へ接近、2016年6月下旬にロシアのウラジミル・プーチン大統領に対してロシア軍機の撃墜を謝罪し、7月13日にはトルコの首相がシリアとの関係正常化を望んでいることを示唆している。武装蜂起があったのは、その直後だ。エルドアン政権は武装蜂起の黒幕をフェトフッラー・ギュレンだとしている。このギュレンは1999年、ビル・クリントン政権の時にアメリカへ渡り、CIAの保護下にあるとされている。その後、トルコとアメリカとの関係は悪化、西側有力メディアのエルドアン批判も激しくなった。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201806270000/


24. 中川隆[-13567] koaQ7Jey 2018年6月29日 19:20:36 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-16276]

移民: 欧米による戦争と帝国主義的搾取による何百万人もの追い出し
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2018/06/post-939a.html
2018年6月29日 マスコミに載らない海外記事


James Petras 2018年6月26日

 “移民”は、ヨーロッパとアメリカを分裂させる主要争点になっているが、何百万人も移民に駆り立てている最も重要なことは見過ごされている。戦争だ。

 本論文では、いくつかの問題、つまり(1)帝国主義戦争(2)多国籍企業の拡大(3)アメリカや西ヨーロッパにおける反戦運動の衰退(4)労働組合と連帯運動の弱さ、に焦点を当て、移民拡大の背景にある原因を検討する。

 まず大量移民をもたらしたアメリカとEUの戦争によって影響を受けた主要な国々を明らかにし、更に、難民に利益の流れに‘従うよう’強いている欧米列強を検討する。

 帝国主義戦争と大量移民

 アフガニスタンとイラクでのアメリカ侵略と戦争が、彼らの命、家族、生活、住宅やコミュニティーを破壊し、安全を損なって、数百万人の人々を追い立てた。

 結果的に、大半の犠牲者は抵抗するか逃れるかの選択に直面した。NATO諸国は、アメリカやヨーロッパの自分たちの住まいを爆撃しようとはしないので、何百万人もの人々が欧米に逃れることを選んだ。

 中東や中南米の近隣諸国に逃れた人々は迫害されるか、貧しすぎて、彼らに雇用や生計をたてる機会を与えることができない国々で暮らしている。

 アフガニスタン人の一部は、パキスタンや中東に逃れたが、これらの地域も、欧米による武力攻撃にさらされることに気がついた。

 欧米による経済制裁や侵略や占領で、荒廃させられたイラク人は、ヨーロッパや、より少数の人々が、アメリカや湾岸諸国やイランに逃れた。

 アメリカ-EU侵略以前のリビアは、市民権と、それなりの暮らしを提供して、何百万人ものアフリカ人を受け入れ、雇用していた‘受け入れ’国だった。アメリカ-EUによる空爆と海上攻撃と、テロリスト暴力団に武器を供与し、資金を提供した後、何十万人ものサハラ以南からの移民は、ヨーロッパに逃れることを強いられた。大半が地中海を渡って to 欧米 via イタリア、スペイン、リビアでの彼らの生活を激しく攻撃した豊かなヨーロッパ諸国へと向かった。

 アメリカ-EUが資金を提供し、武器を与えた傀儡テロリスト軍団が、シリア政府を攻撃し、何百万人ものシリア人に、国境を越え、レバノンやトルコや、更にはヨーロッパへと逃れることを強いて、いわゆる‘移民危機’と右翼反移民政党の勃興を引き起こした。労働者階級部分が、反移民に転じて、既存社会民主党と保守党内部の分裂を引き起こした。

 アメリカが何百万人もの人々を追い出し、EUが欧米の戦争から逃れてくる移民の経費を負担するために何十億ユーロも費やし、ヨーロッパは軍国化したアメリカ帝国主義と同盟した報いをうけている。

 移民に対する大半の生活保護支給は、彼らの母国にもたらした損失より遥かに少ない。EUやアメリカの彼らの雇用や住宅や学校や市民団体は、彼ら本来のコミュニティーにあったものほど役立ったり、寛容だったりしない。

 経済帝国主義と移民: 中南米

 アメリカの戦争や軍事介入や経済的搾取が、何百万人もの中南米人に、アメリカへの移民を強いた。ニカラグアやエルサルバドルやグアテマラやホンジュラスでは、1960年-2000年の時期、社会-経済的公正と政治的民主主義を求める民衆運動があった。土地持ち少数独裁集団に対し今にも勝利しようという所で、多国籍企業とワシントンが何十億ドルも費やし、軍隊や民兵部隊に武器供与し、訓練し、助言し、民衆の武装反抗勢力を阻止した。土地改革は頓挫した。労働組合活動家は亡命を強いられ、何千人もの農民が獰猛なテロ作戦から逃れた。

 アメリカが支援する少数独裁者政権が、住むところを失い、追い立てられ、失業し土地を持たない何百万人もの労働者に、アメリカに逃れることを強いたのだ。

 アメリカが支持したクーデターと独裁者は、ニカラグアで、50,000人、エルサルバドルで、80,000人、グアテマラで、200,000人の犠牲者を出した。オバマ大統領とヒラリー・クリントンは、リベラルなセラヤ大統領を打倒したホンジュラス軍事クーデターを支持したが、それは、何千人もの農民活動家や人権活動家の殺害と負傷と、暗殺部隊の復活をもたらし、アメリカへの新たな移民の波を引き起こした。

 アメリカが推進した自由貿易協定(NAFTA)は、何十万人ものメキシコ農民を破産に追いやり、低賃金マキラドーラ労働者にした。麻薬カルテルにスカウトされた人々もいる。だが、最大の集団はリオ・グランデ川を越えての移民を強いられた。

 クリントン大統領が開始した、アメリカの‘プラン・コロンビア’で、コロンビアに、7つのアメリカ軍事基地を建設し、2001年-2010年の間に軍事援助で10億ドル供与した。プラン・コロンビアで、軍の規模は倍増した。

 アメリカが支援したアルヴァロ・ウリベ大統領は、ウリベが指揮する麻薬-暗殺部隊による、200,000人以上の農民、労働組合活動家や人権活動家の暗殺をもたらした。200万人以上の農民が地方から逃れ、都市や国境外に移民した。

 アメリカ企業は、ほぼ全員が医療保険や福利は無しで、税は払う、何十万人もの中南米の低賃金の農業や工業労働者を確保した。

 移民は利益を倍増させ、団体交渉を弱体化し、アメリカの賃金を押し下げた。あこぎなアメリカ‘起業家連中’が移民を麻薬、売春、兵器取り引きや資金洗浄に引き込んでいる。

政治家は政治的利益のために、移民問題を利用し、労働者階級の生活水準の低下を移民のせいにし本当の根源から注意を逸らしている。戦争、侵略、暗殺部隊や経済的略奪だ。

 結論

 海外の労働者の生活を破壊し、リビア指導者カダフィやホンジュラスのセラヤ大統領のような進歩的指導者を打倒して、何百万人も移民になるよう強いたのだ。

 イラク、アフガニスタン、シリア、コロンビアやメキシコは、何百万人もの移民の避難に見舞われている - 全員がアメリカとEUの戦争犠牲者だ。ワシントンとブリュッセルは、犠牲者たちを非難し、移民を、違法性や犯罪行為で責めている。

 欧米は人類に対する犯罪と国際法違反に対する賠償どころか追放や逮捕や投獄を議論している。

 移民を抑制するための最初の措置は、帝国主義戦争を終わらせ、軍隊を撤退させ、民兵組織や傀儡テロリストへの資金提供を止めることだ。

 次に、欧米は、連中が爆撃した経済や市場やインフラ再建と復旧のため、長期の数十億ドルの基金を設立すべきだ。

 平和運動の崩壊が、アメリカとEUが一連の戦争を開始し、引き延ばすことを可能にし、大量移民 - いわゆる難民危機と、ヨーロッパへの逃避をもたらした。リベラルな社会民主党から戦争政党への転換と、EUへの移民の強制避難との間には直接的なつながりがある。

 労働組合の衰退と、更に悪いのは、組合が戦闘性を失ったことが、帝国主義戦争のさなかで暮らしている人々との団結の喪失を招いた。帝国主義諸国の多くの労働者たちは、その怒りを、戦争を指揮し、移民問題を生み出した帝国主義者に対してでなく、自分達より‘下’の人々、移民に向けた。

 移民や戦争や、平和運動や労働運動や左翼政党の崩壊が、軍国主義者と新自由主義者を勃興させ、彼らが欧米中で権力を握った。ところが彼らの反移民政治は、EUとアメリカ政権内部、企業エリート間と大衆運動の中での新たな矛盾を引き起こしている。エリート支配層と、民衆との闘争は少なくとも二つの方向に向かい得る - ファシズム、あるいは徹底的な社会民主主義だ。


25. 中川隆[-13423] koaQ7Jey 2018年7月09日 18:17:41 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-16399]
2018.07.09
米国務長官は朝鮮に対し、リビアやドイツに続いてベトナム的属国化を提示



 朝鮮での交渉を終えてベトナムへ移動したアメリカのマイク・ポンペオ国務長官は朝鮮も​ハノイが歩んだ道​を進むべきだと語ったという。「リビア・モデル」、「ドイツ・モデル」に続く「ベトナム・モデル」だ。


 リビアの場合、アメリカがイラクを先制攻撃した2003年にムアンマル・アル・カダフィ政権が核兵器や化学兵器の廃棄を決定したところから始まる。アメリカは「制裁」を解除するはずだったが、勿論、アメリカは約束を守らない。「制裁」は続いた。2010年にはバラク・オバマ大統領がムスリム同胞団を使った侵略計画(PSD11)を作成、「アラブの春」という形で実行に移され、リビアは侵略される。破壊、殺戮、略奪で現在は暴力が支配する破綻国家だ。

 ドイツの場合、アメリカ政府とソ連政府が東西ドイツの統一で合意したところから始まる。交渉でアメリカの国務長官だったジェームズ・ベイカーはソ連のエドゥアルド・シェワルナゼ外務大臣に対し、統一後もドイツはNATOにとどまるものの、東へNATOを拡大することはないと約束したことが記録に残っている。それをミハイル・ゴルバチョフは無邪気にも信じて統一を認めた。勿論、アメリカは約束を守らない。アメリカの世界制覇を願う人にとってドイツ・モデルは成功例なのかもしれないが、自国の主権を守りたいと考える人にとっては反省すべきケースだ。すでにNATO軍はロシアの玄関先まで到達、軍隊を配備し、ミサイルを設置してロシアを恫喝、軍事的な緊張は高まっている。

 ベトナム戦争でアメリカ軍は負けた。アメリカは疲弊したが、それ以上にベトナムの国土は惨憺たる状態。アメリカ軍による「秘密爆撃」ではカンボジアやラオスでも国土が破壊され、多くの人々が殺された。戦闘では通常兵器だけでなく、化学兵器の一種である枯れ葉剤(エージェント・オレンジ)やナパーム弾が使われ、CIAのフェニックス・プログラムでは人々を殺すだけでなく、共同体を破壊した。

 ソ連が消滅してから3年後の1994年にアメリカはベトナムに対する「制裁」を解除するが、その代償として新自由主義を受け入れ、IMFなどの「毒饅頭」を食べることになる。しかもベトナム戦争中にアメリカ側が行った犯罪的な行為は不問に付され、ベトナムの庶民は低賃金労働者として西側巨大資本の金儲けに奉仕させられている。アメリカの対中国戦争の手駒でもある。

 朝鮮もソ連消滅後、核兵器やミサイル発射の実験など、アメリカの支配層にとって都合の良い言動を続けてきたが、それが今年に入って変化した。朝鮮半島を含む東アジアにおける軍事的緊張の緩和はアメリカにとって好ましいことではない。ありえるのはリビア、ドイツ、ベトナムのような展開だ。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201807080000/


26. 中川隆[-13459] koaQ7Jey 2018年7月16日 07:18:40 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-16594]

2018年07月16日
中国株と人民元のゆくえ アメリカの中国叩きは止まらない

中国がGDP1位になると、超大国でなくなったアメリカは様々な特権をはく奪される。

王様が平民になるようなもので、アメリカは中国を防止しなくてはならない。


画像引用:https://finance-gfp.com/wp-content/uploads/2018/07/us_china_gdp.png

米中対立で中国株が下落

世界経済は米中貿易摩擦の懸念から荒い動きになっているが、中でも中国株と人民元が乱高下している。

中国株式市場は過去半年で約20%下落し、人民元は対ドルレートで約10%下落している。

米国は今まで500憶ドルの対中関税を発表しているが、トランプ米大統領は最大5500憶ドルに拡大を示唆している。




米国の制裁関税に中国が報復関税をかけた場合、米国は対象品目を5500憶ドルまで拡大するという意味で、中国が報復しなければ発動されない。

5500憶ドルは中国からアメリカへの全輸入額に相当し、実行すると全品目に10%以上の追加関税が課される。

中国側は報復といってもアメリカからあまり輸入していないので、貿易上できることはあまり無い。


中国は報復制裁を行わないと考えられるので、一連の米中貿易摩擦はおそらく、中国側の譲歩で終わるでしょう。

米中対立はこれ以上悪化しないだろうとの予測から7月12日の上海株式市場は2%上昇し、連動して日本株も大幅高になった。

NYダウは2万5000ドル、日経平均は2万2500円を回復し、このまま市場は回復するという楽観論も聞かれる。


確かに米中の関税制裁合戦は、中国が報復しなければ終わり、その点では収束するかもしれない。

だが米側の狙いはそんな表面的なことではなく、中国を米国に替わる超大国にしないという事です。

この10年にあらゆる評論家が試算して見せたように、「このまま中国が成長を続けると」GDPでアメリカを上回る。

アメリカの狙いは中国の成長を止めること

GDPで上回れば軍事力でも上回り、外交力や政治力でもアメリカを上回るでしょう。

超大国ではなくなったアメリカは100年間甘受してきた特権をはく奪され、ブラジル程度の国になるでしょう。

例えば日本はあらゆる資源や食料の多くをアメリカを通じて購入しています。


日本がアフリカからコーヒー豆を買っても、中東から石油を買っても、仲介料のような金がアメリカに入っています。

アメリカが超大国だからこういう商売ができたので、世界2位の国になったらこうは行きません。

アメリカ人は寝ていても金が入ってくるシステムに慣れきっていて、「日本人のように」働きアリのように働くのは、まっぴらだと思っています。


それには唯一の超大国の地位を明け渡すわけにはいかず、何が何でもここで中国の成長を止める必要があります。

まずは貿易黒字をネタに中国の「不公正貿易」を叩き、人民元の為替操作なども糾弾する筈です。

少しずつ中国の儲けの種を奪っていき、アメリカを超える可能性の無い国に貶めていきます。
http://www.thutmosev.com/archives/76893360.html


27. 中川隆[-13850] koaQ7Jey 2018年7月28日 08:16:32 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-17344]
2018.07.28
米国の圧力でエクアドル政府は内部告発情報を伝えていたメディアの代表を米英へ


 エクアドルのレニン・モレノ大統領は7月27日、同国のロンドンにある大使館に避難しているWikiLeaksのジュリアン・アサンジに対し、大使館から出るべきだと語った。昨年(2017年)5月にエクアドルの大統領はラファエル・コレアからモレノへ交代、そのモレノがアメリカの意向を受けて追い出しにかかっている。IMFからの圧力に屈したとも言われている。


 モレノはアッサンジをハッカー扱いしているようだが、WikiLeaksはハッカーでも内部告発者でもない。本ブログで繰り返し書いているように、内部告発を支援しているだけだ。情報は外部から持ち込まれ、それを取捨選択し、編集して公表しているのである。つまり、やっていることはメディア。


 現在は支配層のプロパガンダに徹している西側の有力メディアだが、かつては支配層にとって都合の悪い内部情報を伝えることがあった。それでも記者や編集者が刑務所へ入れられ、拷問を受けていない。脅すにしても搦め手からだ。暴漢を使ったり事故を装ったりして危害を加えることもあるようだが、メディアの収入源である広告主からの圧力は支配層にとってリスクは小さく効果的。


 支配層にとって痛くない「スクープ情報」を提供する代償として支配層にとって不都合な情報は伝えないという取り引きもある。それをシステム化したのが記者クラブだと言えるだろう。


 アメリカの情報機関は第2次世界大戦後、モッキンバードと呼ばれる報道操作プロジェクトを実行してきた。情報を提供するという飴と鞭でコントロースするだけでなく、メディアの内部へCIAのエージェントを潜り込ませたり、記者や編集者をエージェント化することもあるようだ。


 しかし、内部告発者を処罰しても、それを伝えたメディアを処罰することを支配層は避けていた。民主主義の看板を掲げている以上、言論の自由を否定するようなことはしたくなかったのだろう。が、その一線をアメリカは越えようとしている。メディアや内部告発者への攻撃はバラク・オバマ政権が強化したが、その流れが続いている。アメリカの支配層は民主主義という衣を脱ぎ捨てようとしている。脱ぎ捨てればファシズムという正体が現れる。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201807280000/


28. 中川隆[-13768] koaQ7Jey 2018年8月01日 20:36:42 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-17440]

アメリカ合州国は、唯一残っている宗主国
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2018年8月 1日 マスコミに載らない海外記事


2018年7月30日 Paul Craig Roberts

 アメリカ合州国政府は中南米で自立した政府を許したことがない。国民がアメリ経済権益ではなく、自分たちの権益を代表する政権を選ぶたびに、ワシントンは選挙で選ばれた政府を打倒する。スメドリー・バトラー海兵隊退役少将が他の多くの人々同様、これを語ってくれている。これは疑う余地はない。

 現在ワシントンは、ベネズエラとニカラグアの政府を打倒しようとしており、石油購入と、いつもの個人的賄賂でエクアドル政府を買収した。ボリビアのエボ・モラレス政府もワシントンによって標的にされている。オバマ政権は、ホンジュラスとアルゼンチンとブラジルで、改革派政権を排除するのに成功した。

 カストロのキューバを除き、中南米の改革派政府は、常に自ら打倒されるよう仕組んだままにしている。彼らは愚かにも、あるいは無能なことに、ワシントンの支配を維持し、支配から逃れるあらゆる政府の打倒が狙いで、ワシントンに従順な政府を再度据えつけるため、ワシントンと手を携えて協力し、反政府集団やメディアを組織し、資金提供する全米民主主義基金やアメリカ国際開発庁や、様々ないわゆるNGOなど、ワシントンの工作員連中をそのままにしている。

 マルクスや、レーニンや、毛やポル・ポトが理解していた通り、連中を放置しておいては、圧政者階級を打倒することはできない。弱さからか、愚かさからか、中南米の改革派政府は、選挙で打倒した圧制者階級と、連中の経済力と、マスコミの力を常に放置している。ワシントンが、圧制者階級を再度権力に据えた際には、改革者たちを打倒するのに同じ寛容は決して示されず、通常彼らは命をもって償っている。

 ニカラグアのオルテガ大統領政権を含め、中南米のあらゆる改革の取り組みは、おろかな間違いをして、圧制者階級と、連中の新聞や、連中のワシントンとの反逆罪的なつながりをそのまま放置している。オルテガなら、もっと分別があるはずだろうと思いたくなる。レーガン政権以来、ワシントンは、オルテガとサンディニスタを追い出そうとしてきたのだ。彼の政権は、ワシントンが率いた最新のクーデターの企みを切り抜けたが、ワシントンは、その取り組みに更に金を注ぎ込んでいる。Kevin Zeeseの記事をここでお読み願いたい。
http://www.informationclearinghouse.info/49933.htm

 ウゴ・チャベスは、ベネズエラで同じ間違いをし、彼の後継者も間違いを繰り返した。カストロ後のキューバ政府は、今、フルヘンシオ・バティスタの下でそうだったように、アメリカ属国となる罠にはまりかけている。

 モンロー・ドクトリンは、ヨーロッパ植民地主義者に警告を与えて、中南米から追い出したとして、アメリカの教科書の中で、常に称賛されている。アメリカは、それを自分のものにするつもりだったが、中南米を植民地として保持するのに成功した。米州機構は、常にワシントンの言いなりで、今もそのままだ。中南米は、その植民地化された存在を受け入れていて、ワシントンによる打倒の標的になっている民主的政府に支援の手を差し伸べることはない。指導者連中が、ワシントンに買収され、ゆすられ、あるいは脅迫されているがゆえに、中南米は無力なのだ。

 ワシントンは偉大な友人で民主主義の擁護者のふりをしているが、中南米に自立した政府が出来るたびに、ワシントンは打倒している。

 2015年、アメリカ最初の黒人大統領で“虐げられた人々の偉大な友人”バラク・オバマ大統領は、“ ベネズエラがもたらす、アメリカ合州国の国家安全保障と外交政策に対する異例の途方もない脅威”にかこつけて、大統領命令に署名し、経済制裁を課した。オバマの口実は、ワシントンが煽った暴力行為で、暴力行為を働いた連中の一部が逮捕されたことだった。ワシントンはワシントンが煽り立てた犯罪人連中を素早く“政治犯”と呼び、“批判する人々を逮捕して沈黙させる”かわりに“対話”するよう要求した。ワシントンは暴力行為を犯した連中の逮捕を“ベネズエラ政府による人権侵害”だと主張した。
http://www.msnbc.com/msnbc/obama-declares-venezuela-national-security-threat-imposes-sanctions

 言い換えれば、ベネズエラ政府は、ベネズエラ政府を打倒しようとするワシントンの人権を侵害したのだ。

 売女マスコミは、これを真顔で報じた。

 民主的に選ばれた政府を積極的に打倒しようとしながら、実に見え透いたウソをつくことに全く何の羞恥心もない政府は、世界中からの非難に値する政府だ。ところが世界は、余りにたんまりもらったのか、おびえきっているかしていて、口を開こうとしない。

 Paul Craig Robertsは元経済政策担当の財務次官補で、ウオール・ストリート・ジャーナルの元共同編集者。ビジネス・ウィーク、スクリプス・ハワード・ニュー ズ・サービスと、クリエーターズ・シンジケートの元コラムニスト。彼は多数の大学で教えた。彼のインターネット・コラムは世界中の支持者が読んでいる。彼 の新刊、The Failure of Laissez Faire Capitalism and Economic Dissolution of the West、HOW AMERICA WAS LOST、The Neoconservative Threat to World Orderが購入可能。

記事原文のurl:https://www.paulcraigroberts.org/2018/07/30/the-united-states-is-the-only-remaining-colonial-power/


29. 中川隆[-13792] koaQ7Jey 2018年8月03日 14:51:13 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-17524]
“アメリカ・ゲート”?他国政権打倒:アメリカによる“政権転覆”リスト
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/post-f0d3.html
2018年8月 3日 マスコミに載らない海外記事


William Blum
Global Research、2018年7月31日
William Blum 2013年2月1日

 Grobal Reserach編集者注記

 この国々の痛烈なリストは、最初、2013年、ウィリアム・ブルムにより公開され、2014年、Global Researchに掲載された。
 中南米や中東での最近の進展を考えると、アメリカが支援する軍事クーデターや“ソフト・クーデター”別名政権転覆の歴史は、思い出す価値がある。

 いわゆる“ロシア捜査”の下で、モスクワがアメリカ内政に干渉したと、アメリカが非難しているのは辛辣な皮肉だ。

 本記事は、軍事クーデターや戦争やテロ組織支援や政権転覆を支援する秘密作戦によって主権政権を打倒するプロセスを概観する。言うまでもなく“アメリカ・ゲート”など論外だが、それでもこのリストは示唆に富んでいる。

 最近の進展では、トランプ政権は、ベネズエラとキューバにおけるアメリカが支援する政権転覆を支持している。

Michel Chossudovsky、2018年7月31日

* * *

 第二次世界大戦以降、アメリカ合州国が外国政権を打倒したか、打倒しようとした事例。(* は、政権打倒に成功したことを示す)

中国 1949年から、1960年代初期
アルバニア 1949年-53
東ドイツ 1950年
イラン 1953年 *
グアテマラ 1954年 *
コスタリカ 1950年代中期
シリア 1956年-7
エジプト 1957年
インドネシア 1957年-8
イギリス Guiana 1953年-64 *
イラク 1963年 *
北ベトナム 1945年-73
カンボジア 1955年-70 *
ラオス 1958年 *、1959年 *、1960年 *
エクアドル 1960年-63 *
コンゴ 1960年 *
フランス 1965年
ブラジル 1962年-64年 *
ドミニカ共和国 1963年 *
キューバ 1959年から、現在まで
ボリビア 1964年 *
インドネシア 1965年 *
ガーナ 1966年 *
チリ 1964年-73 *
ギリシャ 1967年 *
コスタリカ 1970年-71
ボリビア 1971年 *
オーストラリア 1973年-75 *
アンゴラ 1975年、1980年
ザイール 1975年
ポルトガル 1974年-76 *
ジャマイカ 1976年-80 *
セーシェル 1979年-81
チャド 1981年-82 *
グレナダ 1983年 *
南イエメン 1982年-84
スリナム 1982年-84
フィジー 1987年 *
リビア 1980年
ニカラグア 1981年-90 *
パナマ 1989年 *
ブルガリア 1990年 *
アルバニア 1991年 *
イラク 1991年
アフガニスタン 1980年 *
ソマリア 1993年
ユーゴスラビア 1999年-2000年 *
エクアドル 2000年 *
アフガニスタン 2001年 *
ベネズエラ 2002年 *
イラク 2003年 *
ハイチ 2004年 *
ソマリア 2007年から現在まで
リビア 2011年*
シリア 2012年

 質問: ワシントンでは、一体なぜクーデターが決して起きないのですか?

 回答: そこにはアメリカ大使館がないからです。

 Global Research編集者注記: 2013年2月に公表されたこのリストには、2014年2月、ヴィクトル・ヤヌコーヴィチが、まんまと打倒されたウクライナを追加する必要がある。

 記事原文のurl:https://www.globalresearch.ca/overthrowing-other-peoples-governments-the-master-list-of-u-s-regime-changes/5400829


30. 中川隆[-13872] koaQ7Jey 2018年8月06日 07:30:50 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-17665]
2018.08.06
ベネズエラで大統領暗殺を狙ったと見られる無人機による攻撃、背後に石油


 ベネズエラの首都カラカスで国家警備隊の創設81周年記念軍事パレードの最中、暗殺未遂事件が引き起こされた。爆弾を搭載した数機のUAV(無人機)による攻撃で、いずれも撃墜されたようだ。ニコラス・マドゥロ大統領が狙われたと見られている。

 アメリカの支配層が自分たちの「裏庭」だと規定するラテン・アメリカのひとつだというだけでなく、世界有数の石油産出国だということからアメリカは自立したベネズエラの政権を倒そうとしてきた。そうした流れの中での暗殺未遂だ。

 ベネズエラを自立させたのは1999年に大統領となったウーゴ・チャベス。​2002年にジョージ・W・ブッシュ政権はクーデター計画を始動させる​が、その中心人物はイラン・コントラ事件に登場するエリオット・エイブラムズ、キューバ系アメリカ人で1986年から89年にかけてベネズエラ駐在大使を務めたオットー・ライヒ、そしてジョン・ネグロポンテ国連大使だ。


 ネグロポンテは1981年から85年にかけてホンジュラス駐在大使を務めていたが、そのときにニカラグアの革命政権に対するCIAの秘密工作に協力、死の部隊にも関係している。2001年から04年までは国連大使、そして04年から05年にかけてはイラク大使を務めた。

 イラクではネグロポンテの元で特殊警察コマンドの訓練が実施され、アメリカ軍は秘密の拘束/拷問施設を設けている。その施設にドナルド・ラムズフェルド国防長官が責任者として送り込んできた人物がジェームズ・スティール大佐。2003年から05年にかけて活動していた。この軍人は中米のエル・サルバドルへ特殊軍事顧問として派遣されていたことがある。つまり死の部隊を操り、汚い戦争を繰り広げていた。

 スティールをイラクへ連れてきたのはデイビッド・ペトレイアスだと言われている。ペトレイアスは1985年から87年にかけてウエスト・ポイント(陸軍士官学校)の教官を務めているが、その際にエル・サルバドルでスティールと知り合い、そこで展開されていた汚い戦争に感銘を受けたという。

 ペトレイアスは2002年から04年にかけて第101空挺師団の司令官としてイラクで戦闘に参加、08年から10年までは中央軍司令官、11年から12年までの間はCIA長官を務める。ペトレイアスはリチャード・チェイニー副大統領(ブッシュ・ジュニア政権)やドナルド・ラムズフェルド国防長官(同)に近い。つまりネオコンで、ヒラリー・クリントンとも近かった。

 ところで、ベネズエラで2002年に試みられたクーデター計画は、事前にOPECの事務局長を務めていたベネズエラ人のアリ・ロドリゲスからウーゴ・チャベス大統領へ知らされたため、失敗するのだが、それで終わらなかった。例えば、​WikiLeaksが公表したアメリカの外交文書​によると、2006年にもクーデターが計画されている。「民主的機関」、つまりアメリカの支配システムに操られている機関を強化し、チャベスの政治的な拠点に潜入、チャベス派を分裂させ、それによってアメリカの重要なビジネスを保護し、チャベスを国際的に孤立させるとしている。チャベスは2013年3月、癌のため、58歳の若さで死亡した。


 チャベスの後継者として大統領になったのがマドゥロ。アメリカの経済攻撃に対抗するため、ドル離れを決断、石油取引の決済に人民元を主とする通貨バスケット制を採用する方向へ動き出した。アメリカへ預けていた金塊も引き揚げている。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201808040001/


31. 中川隆[-13833] koaQ7Jey 2018年8月09日 08:08:29 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-17752]
2018.08.09
情報を操作しきれない米支配層は言論封殺へ切り替えてきた



 アメリカの支配層は言論操作から言論封殺へ切り替えつつある。WikiLeaksのジュリアン・アッサンジをロンドンの大使館に匿ってきたエクアドル政府に圧力を加え、同政府はアッサンジを数週間以内にイギリス当局へ引き渡すと言われている。それに加え、2016年のアメリカ大統領選挙でヒラリー・クリントンを支援していた勢力を批判していた​アレックス・ジョーンズや彼が発信しているInfoWarsがアップロードしていた映像が削除された​。インターネット上での言論封殺に協力している企業として、アップル、フェイスブック、グーグル、スポティファイ(スウェーデンの企業が運営する音楽配信サービス)、ユーチューブの名前が挙がっている。


 ジョーンズはイスラエルに関する情報を避けているといった批判もあるが、ビルダーバーグ・グループの動きを取り上げるなど欧米支配層の感情を逆なでするような情報を発信してきたことも事実。映像が削除される直前、NSAの不正を内部告発したウィリアム・ビニーの話を取り上げていた。

 ビニーは1970年から2001年にかけてNSAに所属、技術部門の幹部として通信傍受システムの開発を主導、NSA史上最高の数学者にひとりと言われている人物。退職後、NSAが使っている憲法に違反した監視プログラムを告発、2007年にはFBIから家宅捜索を受けている。

 アメリカの民主党、司法省、FBIは2016年の大統領選挙でロシアがハッキングしてWikiLeaksへ情報を流したと主張しているが、それを嘘だとビリーは断言してきた。明らかになっているデータからでも情報は民主党のサーバーから直接、メモリーにダウンロードされていると指摘しているのだ。同じ意見を表明している専門家は少なくない。つまり、ロシアゲートは砂上の楼閣にすぎないのだ。

 アメリカの支配層が情報操作を目的としたプロジェクトを始めたのは第2次世界大戦が終わって間もない1948年頃。そのプロジェクトの中心にはアレン・ダレス、フランク・ウィズナー、リチャード・ヘルムズ、そしてフィリップ・グラハムがいた。ダレスとウィズナーはウォール街の弁護士。このふたりとヘルムズはOSSやCIAで破壊工作を指揮していた。グラハムはワシントン・ポスト紙の社主で、キャサリン・グラハムの夫だ。(Deborah Davis, “Katharine The Great”, Sheridan Square Press, 1979)

 フィリップは1963年8月、ジョン・F・ケネディ大統領が暗殺される3カ月前に自殺、会社は妻のキャサリン・グラハムが新聞社を引き継いだ。キャサリンと親しかったポリーという女性はフランク・ウィズナーの妻であり、キャサリンから目をかけられたのがワシントン・ポスト紙の記者だったベンジャミン・ブラッドリー。後にニューズウィークの編集幹部に昇格する。

 ブラッドリーと結婚したアントワネット(通称トニー)・ピンチョットの姉、マリー・ピンチョット・メイヤーはケネディ大統領の愛人だったと言われているが、そのマリーは1964年10月、ケネディ大統領が暗殺された11カ月後、ウォーレン委員会の報告書が公表された直後、散歩中に射殺された。

 キャサリンが社主だった時、ワシントン・ポスト紙はリチャード・ニクソン大統領のスキャンダルを暴き、辞任に追い込んでいる。ウォーターゲート事件だ。その事件の取材を担当したのはボブ・ウッドワードとカール・バーンスタイン。このうちウッドワードは直前まで海軍の情報将校で、取材能力はない。情報源の「ディープ・スロート」を連れてきただけだった。

 つまり、ウォーターゲート事件の取材は事実上、バーンスタインが行ったのだが、このバーンスタインはニクソン大統領が辞任した3年後の1977年にワシントン・ポスト紙を辞め、その直後に「CIAとメディア」という記事をローリング・ストーン誌に書いている。有力メディアがCIAの影響下にある実態を明らかにしたのだ。(Carl Bernstein, “CIA and the Media”, Rolling Stone, October 20, 1977)

 1977年の後半からアメリカではメディアへの締め付けが厳しくなり、気骨ある記者や編集者は排除されていった。日本でも同じことが行われている。支配層は有力メディアを完全に制圧し、プロパガンダ機関化を進めたのだ。2011年9月11日からそうした傾向は強まり、バラク・オバマ政権はさらに加速させた。そして今、アメリカの支配層はインターネット上での情報統制を強化している。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201808090000/​


32. 中川隆[-13831] koaQ7Jey 2018年8月12日 18:55:00 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-17854] 報告

2018年08月12日
トルコの通貨リラが急落 アメリカとの対立が原因


トルコリラが急落している

画像引用:バフェット太郎 http://livedoor.blogimg.jp/buffett_taro/imgs/e/6/e6df0403.png

アメリカとトルコが対立する理由

トルコの通貨リラが8月10日に急落し、前日から20%、年初から40%も値を下げています。

直接の引き金は米トランプ政権による経済制裁で、米国人牧師の帰国問題が発端でした。

トルコのエルドアン政権は2016年7月の政変にブランソン牧師が関わったとして自宅軟禁している。



2016年7月に独裁化したエルドアン大統領へのクーデターが発生したが、大統領は拘束される直前にホテルから脱出した。

当時すでにアメリカはエルドアン政権と対立していて、オバマ大統領の指示でCIAが政権転覆を図ったと噂されていた。

オバマ政権ではアラブ諸国で「アラブの春」と呼ぶ民主化が起きアフリカにも広まったが、これも米国が主導したとされている。


アメリカが対立する国に政変を起させるのはイギリスからの伝統で、明治維新にはイギリスが深くかかわっている。

徳川幕府はイギリスが求めていた通商活動に応じなかったので、薩長を支援して幕府を倒させた。

アメリカも対立するエルドアン大統領を失脚させるため、クーデーターをそそのかした。


このような理由でトルコとアメリカは対立していて、どちらも譲歩できない理由がある。

エルドアン大統領は2014年トルコ初の大統領選挙で国民から選ばれ、それまでは国民議会が選んでいた。

トルコの国民議会は投票率10%以下の政党は議席を得られず、大統領選出では議会の10%以下の政党には投票権がない。

トランプ政権とエルドアン大統領

したがって大統領は自動的に最大政党から選ばれ、長期政権の結果腐敗するのを繰り返している。

1922年には帝政廃止、1960年と1980年にクーデターで政権転覆、そして2016年にクーデター未遂が起きた。

直接選挙で選ばれた初めての大統領だったエルドアンだったが、政策が失敗するたびに強権政治に偏っていった。


自分を批判する報道は禁止し、政敵は逮捕し経済界と癒着するお決まりの腐敗が起き、間接選挙時代と同じになった。

EUやアメリカは強く反発してNATOから除名するべきだとか、EU参加は認めないなどの動きがでている。

こうした経緯があって2016年7月にCIAとトルコ軍が協力してエルドアンを拘束しようとしたが、失敗に終わっている。


トランプ政権は18年7月26日にトルコへの経済制裁を予告し、8月1日からトルコ政府の一部閣僚の米国資産を凍結した。

さらに8月10日にはトルコからの鉄鋼・アルミニウムにかける関税を引き上げると明らかにした。

これを受けてトルコの通貨・リラが暴落して一日で20%下落し、一時史上最安値をつけた。


トルコの対外債務はGDP比の5割、インフレ率は15%、長期金利は18%で国際社会の支援なしでは破綻する可能性があります。

アメリカは支援の条件に当然エルドアン大統領の退陣を求めるが、トルコ側は拒否するでしょう。

トルコは人権にうるさくないロシアや中国、イスラム諸国に接近していてNATOからは遠ざかっている。


早期の解決はむずかしいでしょう。
http://www.thutmosev.com/archives/77203229.html

33. 中川隆[-13814] koaQ7Jey 2018年8月13日 10:08:34 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-17857] 報告
2018.08.13
欧米資本に望まれていた現イラン大統領の力が弱まって親米体制にはならない


 イランのマフモウド・アフマディネジャド前大統領はハッサン・ロウハニ大統領に対して辞任を呼びかけたという。ロウハニはハシェミ・ラフサンジャニ元大統領の側近と言われ、2013年の大統領選挙で当選、17年に再選された人物。

 ラフサンジャニ政権は「経済改革」、つまり新自由主義に基づき、日米欧の巨大資本がカネ儲けしやすく国のシステムを作り替え、新たな経済エリート、いわばオリガルヒを生み出して庶民を貧困化させた。1990年代の初め、在外イラン人事業家へ「帰国」を呼び掛けとこともそうした流れを促進した。

 その時代にできあがった利権集団は欧米の巨大資本と結びつき、現在に至るまで大きな力を持ち続けている。新自由主義を導入した国で共通してみられる現象だ。

 そうした政策を実行すると期待されたロウハニは2013年の選挙前、欧米で「改革派」、あるいは「穏健派」と呼ばれ、好ましい人物だと呼ばれていた。バラク・オバマ政権がイランと話し合いをするポーズを見せたのは、自分たちでコントロールできると考えたからだろう。

 そうした中、中東最大規模の自動車会社、イラン・ホドロウ社が登場、パールシヤーンという自前の金融機関を設立した。不正な手段で富を手に入れたグループが自分たちがコントロールできる金融機関やメディアを持とうとするのは各国共通。

 その利権集団と戦ったのが2005年から13年にかけて大統領を務めたマフムード・アフマディネジャド。まず欧米の金融資本と結びついたパールシヤーン銀行にメスを入れようとしたのだが、成功しなかった。つまり、イランの経済部門は欧米の巨大資本と手を組んだ「第5列」に支配されている。こうした勢力は投機を始め傾向があり、イランでは不動産投機が始まる。そして発生したバブルは2008年に破裂した。

 国民はこうした利権集団に反発している。ラフサンジャニの側近だったロウハニもラフサンジャニのような政策を実行することはできなかった。アメリカ政府は経済戦争でイランを不安定化させ、欧米資本と結びついた利権集団にクーデターを実行させようとしているのかもしれないが、今は中国やロシアが背後についている。ロウハニ政権が弱体化してアメリカやイスラエルの側へ近づく可能性は小さい。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201808130000/

34. 中川隆[-13811] koaQ7Jey 2018年8月13日 10:49:36 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-17857] 報告


知らなかった沖縄の衝撃<本澤二郎の「日本の風景」(3063)<沖縄米兵の大半がケダモノ><見て見ぬふりの日本政府の衝撃>
http://blog.livedoor.jp/jlj001/archives/52221311.html
2018年08月13日 「ジャーナリスト同盟」通信

<沖縄米兵の大半がケダモノ>

 40年前の8月12日、日中平和友好条約が締結された。33年前には、520人が亡くなった日航機事故が起きていた。前者は福田赳夫内閣、後者は中曽根康弘内閣。世の中は変わる、事件事故も起きる。しかし、代わらないのは戦後の沖縄だけ。強姦魔の米兵が駐留する沖縄だった。ケダモノを沖縄の女性にあてがっていた日本政府だった。その真実が、翁長知事の憤死を機会に表面化した。国民の全く知らなかった沖縄である。


<見て見ぬふりの日本政府の衝撃>
 米海兵隊員の質の悪さは、10数年前に自衛隊員から聞いていたが、まさか彼らの多くが、性犯罪歴を持った強姦魔であるという真実を知らなかった。
 しかし、ワシントンは知っていた。日本政府も知っていた。しかし、日本国民は知らなかった。
 日本政府は見て見ぬふりをしていたのだ。このことについて、50ー60の鼻たれ小僧の時代は、納得しなかったろうが、世の中が見えるようになった、70代の日本人は即座に頷くことが出来るだろう。
 日本政府は知っていて、黙認してきたのだ。沖縄が日本に返還されたのは、72年のことである。そのころから外務省の担当官は、うすうす感じ始めたはずである。沖縄の治安を担当する法務検察・警察は無論であろうが、それを政府の中枢に報告していたのかどうか。

<議会で真相を明らかにして性犯罪兵を追放せよ>
 議会はどうか、野党はどうか。知らなかったわけだから、直ちに関係する委員会で真相を明らかにする義務があろう。国政調査権を行使する場面である。 
 性犯罪歴の米兵を、即座に追放しなければならない。
https://85280384.at.webry.info/201808/article_81.html
http://www.asyura2.com/18/senkyo249/msg/118.html

<沖縄女性は性奴隷扱いだった!>
 できれば、嘘であってほしいと願う。しかし、嘘ではない。今も、である。
 この事実を、沖縄の関係者も知っていたようだ。売国民はどこにでもいるのであろうが、これはひどい。許せない。
 強姦魔の米兵の餌にされていた沖縄の女性ということになろう。中国や北朝鮮の人権問題をわめきちらしているワシントンに、その資格はない。

 言及するまでもない。21世紀の今日、これほどの悲劇はどこを探してもないだろう。
 性犯罪が起きるたびに「夜間外出禁止」や「飲酒禁止」を打ち出しても、全く守れなかった沖縄の米兵を見せつけられてきた日本人。彼らがもともとの性犯罪者だとわかれば、大いに納得が出来る。日本は、特に沖縄は米国の奴隷だったのだ。米国の黒人奴隷解放から随分と時間が経つが、沖縄では何も変わらなかった。 この真実を翁長知事は知っていた、だからこその辺野古移設に徹底抗戦していたのだ。

 沖縄の女性は、性奴隷扱いを強いられてきた。命を懸けて抵抗する義務が、沖縄県と日本政府にある。

<地元マスコミ・学者も沈黙>
 安倍内閣で特定秘密保護法が自公両党で強行されて4年が経過したが、以来、言論の自由は大幅に制約、NHKは言うに及ばず、朝日新聞までが元気を失っている。
 そうした中で、沖縄の地方新聞は元気だった。そう思ってきたのだが、実は違った。沖縄のマスコミも、沖縄の学者・研究者・捜査関係者も、いまだに沈黙している。
 これはどういうことか。
 海兵隊の実態、その中での沖縄の真相を明らかにする義務を、マスコミも学者ら文化人も果たしていなかったのか。翁長側近は堂々と公表、公開すべきだろう。

<強姦米兵を極刑にせよ> 
 結婚式のおり、米ラスベガスのホテル入力滞在した時のことだ。サウナで海兵隊員3人と出くわした。 
 彼らは、口々に「沖縄はすばらしい」と言った。その意味を、沖縄の美しい自然と理解したのだが、いまははっきりと理解できる。その言葉の背後に、沖縄女性の性凶悪被害者の存在を見てとれる。
 この機会に強姦米兵に極刑で対応することを、真剣に考える必要があろう。当局の怠慢を許すことは出来ない。
 以下に沖縄の真実を打ち明けた衝撃証言を一部引用する。

「東京で勤務していた時、元米国大使の方から、沖縄の人達はあまりにも可哀想だ。沖縄に駐留する海兵隊の大半が犯罪(性犯罪者が大半)暦を持つ軍人を沖縄に配置させている。

 それを日本政府は見てみぬふりをずーとしてきた。韓国やその他の国ではけっして『入国』させない連中なのに。と聞かされた!

 そんな『質の悪い』米軍兵を70年も米軍占領化に置き、沖縄の女性や子供を性犯罪の危険にさらし続けたにも関わらず!

 日本政府や日本人の大半は、『日米安保条約』で日本や日本人を守るために、“沖縄は我慢してくれ! “日本が攻撃されない様に沖縄に米軍基地がなければならない!” 

 まるで『沖縄県人の女性達や子供達』は日本や日本人のために『犠牲』になってくれと言っている様なものだ。

それでも沖縄県は…沖縄県民は…同じ『日本』ですか?同じ『日本人』なんでしょうか?

あまりにも『酷すぎ』ませんか! あまりにも『差別』していませんか! 」

2018年8月13日記(東京タイムズ元政治部長・政治評論家・日本記者クラブ会員)

35. 中川隆[-13755] koaQ7Jey 2018年8月16日 17:52:50 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-17887] 報告

2018.08.16
サウジアラビアでダーイッシュの考え方を持つ人物と当局の部隊が銃撃戦



 リヤドの北西にある​アル・ブカイリャで銃撃戦​があり、爆弾を仕込んだと思われるベストを着た人物を「無力化」、病院へ運んだとサウジアラビア内務省は8月15日に発表した。その襲撃者は「イスラム国(ダーイッシュ、IS、ISIS、ISILとも表記)」の考え方を信じているという。


 ダーイッシュはサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団を主力とするジハード傭兵で、アル・カイダ系武装集団と本質的な違いはなく、その歴史は1970年代終盤、ジミー・カーター政権の国家安全保障補佐官だったズビグネフ・ブレジンスキーが始めたアフガニスタンでの秘密工作から始まる。その工作をカーター大統領は1979年7月に追認している。

 この秘密工作で使われた戦闘員の主な供給源がサウジアラビア。この国で国教とされているのがイスラム系カルトのワッハーフ派だ。このカルトを権力基盤に据えた体制を作り上げたのはイギリスにほかならない。ムスリム同胞団には様々な考え方の人が参加しているようだが、少なくとも一部はイギリスの手先として活動してきた。

 ムスリム同胞団は1954年10月にガマール・アブデル・ナセルの暗殺を試みて失敗し、エジプトでは非合法化される。この暗殺未遂事件にからんで約4000名のメンバーが逮捕され、6名に死刑の判決が言い渡されている。また数千名がシリア、サウジアラビア、ヨルダン、レバノンなどへ逃げたという。サウジアラビアへ逃れたメンバーはワッハーブ派の影響を強く受けることになった。

 1979年にイランでイスラム教シーア派が革命を成功させると、サウジアラビアでもシーア派の蜂起があったが、それ以上に衝撃を与えたのがサラフィ主義者を中心とするグループのアル・ハラム・モスクの占拠。アフガニスタンにおけるアメリカの秘密工作はこうした狂信的グループを国外へ追い出すためにも利用された。

 サウジアラビアなどからアフガニスタンへ戦闘員を送り込む仕事をしていたひとりがサウジアラビアの富豪の息子、オサマ・ビン・ラディン。このビン・ラディンをジハード(聖戦)の世界へ引き込んだのはムスリム同胞団のアブドゥラ・アッザムだと言われている。

 ビン・ラディンは1984年にアッザムと一緒にMAK(マクタブ・アル・ヒダマト/礼拝事務局)のオフィスをパキスタンのペシャワルで開設、このMAKがアル・カイダの源流だと言われている。

 このアル・カイダは武装集団でなく、ロビン・クック元英外相も指摘しているように、​CIAの訓練を受けたムジャヒディンの登録リストである。アラビア語でアル・カイダは「ベース」を意味する​が、「データベース」の訳語としても使われる。ちなみにこの指摘をした翌月、クックは保養先のスコットランドで心臓発作に襲われ、59歳で死亡した。


 ブレジンスキーの教え子と言われるバラク・オバマは大統領時代、このアル・カイダの仕組みをシリアやリビアへの侵略に使った。2010年8月にオバマはPSD11という指令を出し、ムスリム同胞団を傭兵とする侵略を始めている。そこにサラフィ主義者が合流したわけだ。

 2011年10月にリビアの破壊を終えたアメリカなど侵略勢力はアル・カイダ系武装グループのメンバーと武器/兵器をシリアへ輸送してバシャール・アル・アサド体制の打倒を目指すが、2015年9月30日にシリア政府の要請でロシア軍が介入すると戦況は一変、サラフィ主義者やムスリム同胞団を中心とするジハード傭兵は敗北してしまう。

 こうした戦闘員はアフガニスタンを中心に、イエメンやリビアなどへ移動している。アメリカ軍はその幹部(相当数はアメリカ、イスラエル、イギリス、フランスが送り込んだ軍人や情報機関員だと見られている)を救出、内情を詳しく知っているSCD(シリア市民防衛)、通称「白いヘルメット」のメンバーも素早く逃がしている。SCDはアル・カイダ系武装勢力やダーイッシュに所属しているので、SCDのメンバーを受け入れた国はそうしたジハード傭兵を抱え込むことになる。サウジアラビアへ戻った戦闘員もいるはずだ。

 今年4月21日、サウジアラビアのリヤドにある王宮周辺で激しい銃声が聞こえたとする情報が流れた。おもちゃのUAV(無人機)を警備兵が銃撃したとされているが、銃撃戦の可能性も否定できない。

 この銃声の真相は不明だが、昨年(2017年)10月7日にも似た出来事があった。ジッダにある宮殿近くで宮殿への侵入を図った人物と治安部隊との間で銃撃戦があったという未確認情報が流れたのだ。その前、6月に皇太子が国王の甥にあたるムハンマド・ビン・ナーイフから息子のビン・サルマンへ交代、ナーイフは自宅軟禁になったと言われている。8月にはビン・スルタン皇太子の暗殺未遂が伝えられた。

 オバマ政権が仕掛けた侵略戦争が失敗、ジハード傭兵の一部はアメリカなどのコントロール外へ出ている可能性がある。その矛先が欧米やサウジアラビアへ向けられても不思議ではない。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201808160000/​

36. 中川隆[-13718] koaQ7Jey 2018年8月20日 12:15:45 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-17950] 報告
ベネズエラ経済を破壊するアメリカ合州国
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/post-4c96.html
2018年8月20日 マスコミに載らない海外記事


Margaret Kimberley 2018年8月15日Black Agenda Report

 “経済制裁は、他の手段による、大半の目には見えない戦争だ。”

 アメリカの商業マスコミは、反ベネズエラ・プロパガンダの揺るぎない猛攻を続けている。ワシントン・ポストは、ベネズエラ“海賊”について、いきまき、ニューヨーク・タイムズは、エクアドルは必死のベネズエラ移民に圧倒されていると報じている。不幸なことに、プロパガンダはかなりの程度成功している。“社会主義は機能しない、ベネズエラを見れば良い”というのは良くあるセリフだ。公の場で話す機会がある人物が、真実を暴露するのは極めてまれだ。ベネズエラの問題は、まずはオバマ政権時代、そして今トランプ政権下で続いている、アメリカ合州国政府によって作り出されたものだ。

 ベネズエラ政府と国民に対する経済制裁が、ハイパーインフレと飢餓と、かつて、あの地域の羨望の的だった壊滅的な医療制度を生み出した。経済制裁は、他の手段による、大半の目には見えない戦争だ。軍隊も銃弾も爆弾も無人機も兵器もない。だが経済制裁は、トランプならそれまでやりかねないあらゆる軍事侵略と同様に破壊的だ。

 “ベネズエラの問題はアメリカ合州国政府によって作り出された。”

 2015年、バラク・オバマが、ベネズエラは“アメリカ合州国の国家安全保障と外交政策にとって並はずれた途方もない脅威”だと宣言する大統領命令を出した。この命令が経済制裁を課するには必要だ。だが経済制裁は、アメリカ大企業や個人が標的にされた国と事業ができないだけではない。ベネズエラと経済取り引きをするあらゆる国も経済制裁の対象になる。アメリカ合州国は衰退しつつある状態でさえ、無視できない360キロの金融ゴリラだ。

 ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、CNN、MSNBCや他のマスコミは、ベネズエラの荒廃を報じるが、危機的状況をもたらしたのがアメリカ合州国だということは決して暴露しない。経済制裁ゆえに ベネズエラは売れない石油を持っている。個人でさえ、ベネズエラへの送金のような単純なことをするのを禁じられている。

 最近、連邦裁判所判事が、債権者がアメリカを本拠とするベネズエラの石油子会社CITGOを没収できると裁定した。債権者はカナダの採掘会社クリスタレックスとコノコ・フィリップスだ。経済制裁のおかげで、ベネズエラは債務の再交渉が不可能なので、両社がゴミあさりをする好機を得る可能性がある。これは国際資本がもたらす犯罪の典型だ。ベネズエラは意図的に貧窮化させられ、そこで僅かに残ったものも略奪される。

“アメリカ合州国は衰退しつつある状態でさえ、無視できない360キロの金融ゴリラだ。”

 ベネズエラは、金融的に孤立し、現在ブラジル、コロンビアとエクアドルの右翼政府に包囲されている。アメリカ合州国は兵士を一人たりとも派兵せずにマドゥロを打倒できるのだ。代理勢力に資金提供するという確かな犯罪は、リビアでと同様、ベネズエラでも有効なはずだ。

 これほどの厳罰を受けるような、一体どういういことをベネズエラはしたのだろう? 最初は故ウゴ・チャベス大統領の下で、そして再びニコラス・マドゥロが受け継いで社会主義政権にあえて投票したのだ。商業マスコミは、マドゥロのことを“(チャベスに)選ばれた後継者”と嘲笑的に呼んでいる。彼は副大統領だったので、アメリカ同様、在職中に死亡した大統領を継いだことを意味している。彼の正統性を損なう取り組みは出版・報道の自由があると主張する国において、国家とマスコミがいかに協力して活動しているかというもう一つの例だ。

 今、巨大ソーシャル・メディア企業は政府と共謀し、誰であれベネズエラの見解に関心がある人をしっかり孤立化させるようにしている。Facebookはサービスの条件に違反していると主張してVenezuelaAnalysisのページを一時的に削除した。FacebookがVenezuelaAnalysisを削除したのは、これが初めてではなく、最後でもないだろう。

 “巨大ソーシャル・メディア企業は政府と共謀し、誰であれベネズエラの見解に関心がある人をしっかり孤立化させるようにしている。”

 Black Agenda Reportは、ロシアゲートは左翼を検閲する口実に違いないと予言していた。ソーシャル・メディアはネットワークや主要新聞としての商業マスコミの一環だ。ベネズエラの存在がソーシャル・メディアからすっかり消える日が来るかも知れない。

 2015年と2016年にバラク・オバマは経済制裁を課する大統領命令を出した。2017年1月初め、ドナルド・トランプへの“円滑な移行”を可能にすべく、命令は更新された。

 “これで、新政権が、国家安全保障チームを整える作業をし、それぞれの被任命者への上院による指名承認を得る間、わが国の国家安全保障を守るため新政権が即座に必要な更改を行う必要が無くなる”。安全な国家とて、首尾一貫していなければ無意味だ。

 だが反戦運動は首尾一貫しているだろうか? 左翼だと自称する人々は首尾一貫しているだろうか? もしトランプが威嚇を実行し、軍事行動することになったら、一体どれだけの人々がアメリカによる侵略に反対して街頭で抗議行動をするだろう? アメリカの指図で困窮化させられているベネズエラ国民には、彼らのために物を言ってくれるロビーはいない。議員の誰一人、彼らのため発言に立ち上がり、憤激を表明しない。社会主義者とされるバーニー・サンダースさえ、チャベスを“死んだ共産主義独裁者”とかたづけた。不幸なことに、こういう評価をするのは彼だけではない。

 反戦だと主張する人も皆ベネズエラ国民を見舞っている進行中の惨事に反対すべきなのだ。超党派戦争政党による決定のおかげで、彼らは苦しみ死につつある。もし左翼が、分析と行動の上で首尾一貫していれば、大統領はベネズエラや他の国を、こういうやり方で攻撃しようとしていなかったはず。実に多くの人々に打撃を与える攻撃を続けているかどで、アメリカ合州国を全世界で経済制裁しようではないか。

 マーガレット・キンバリーのフリーダム・ライダー・コラムは、BARに毎週掲載され、広く転載されている。彼女は http://freedomrider.blogspot.com で、まめに更新しているブログも維持している。キンバリー女史はニューヨーク在住で、Margaret.Kimberley(at)https://blackagendareport.com/ で電子メールで連絡できる。

記事原文のurl:https://blackagendareport.com/freedom-rider-united-states-destroys-venezuelas-economy

37. 中川隆[-13731] koaQ7Jey 2018年8月21日 10:17:12 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-17998] 報告

2018.08.20
イラン体制はアメリカ政府を見限った(その1)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201808190000/



 アクバル・ハシェミ・ラフサンジャニ元イラン大統領の弟、モハマド・ラフサンジャニは今年(2018年)8月8日にドナルド・トランプ米大統領との交渉は間違いだと発言、ジャバド・ザリフ外相はトランプ大統領は信頼できないとしたうえで、交渉再開の可能性を否定した。ハサン・ロウハーニ大統領はトランプ大統領の「制裁」について、「心理戦だ」としている。


 ラフサンジャニはイラン・イラク戦争後の1989年から97年まで大統領を務めたが、その間に新自由主義的な「経済改革」を実施、新たな経済エリートを生み出す一方、庶民を貧困化させた。1979年のイスラム革命後、イランはアメリカやイスラエルから武器を秘密裏に購入、これはイラン・コントラ事件として発覚した。

 ザリフはロウハーニ政権の閣僚であり、そのロウハーニはハシェミ・ラフサンジャニの側近だった人物。このハシェミは1989年8月から97年8月までイランの大統領を務めたが、その間に西側巨大資本の意向に沿う政策を推進、欧米では「改革派」、あるいは「穏健派」とされている。

 ロウハーニは2013年6月の大統領選挙で勝利したのだが、その当時、バラク・オバマ米大統領はシリアへ軍事侵攻する準備を進めていた。

 アメリカ、イスラエル、サウジアラビアの三国同盟に加え、イギリス、フランス、トルコ、カタールといった国々が2010年の終わりから体制転覆工作を始めている。その作戦は2010年8月にオバマ大統領が出したPSD(大統領研究指示)11に基づいていると言われている。この指示はムスリム同胞団を使い、ターゲット国の体制を転覆させるというものだった。この工作は一般に「アラブの春」と呼ばれている。

 2011年2月にはアフリカの自立を目論んでいたリビアのムアンマル・アル・カダフィ体制、翌3月にはイランと緊密な関係にあるシリアのバシャール・アル・アサド体制を倒すために侵略戦争を始めた。送り込まれた傭兵の中心はムスリム同胞団とサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)。つまりアル・カイダ系武装集団だ。

 国内に反体制勢力を抱えるリビアのカダフィ体制は2011年10月に崩壊、カダフィ自身は惨殺された。この戦争では地上軍のアル・カイダ系武装集団と空軍のNATO軍が連携、体制崩壊後に戦闘員と武器/兵器はシリアへ運ばれた。シリアへ集められた侵略軍は2012年から攻撃を激化させる。

 その攻撃を正当化するため、「独裁体制に立ち向かう民主勢力」という宣伝が大々的に繰り広げられたが、その「情報源」としての役割を果たしていたのシリア系イギリス人のダニー・デイエムなる人物。

 ところが、2012年3月にデイエムが撮影スタッフと演出の打ち合わせをしている場面がインターネット上へ流出、中継はフィクションだということが明らかになり、この仕組みが揺らぎだす。

 こうした実態が知られるようになたこともあり、オバマ政権は「穏健派」なるタグを使い始めた。「良いアル・カイダ」と「悪いアル・カイダ」がいて、オバマ政権は「良いアル・カイダ」を支援しているという主張だ。

 それに対し、​アメリカ軍の情報機関DIAは2012年8月、シリアで政府軍と戦っているのはサラフィ主義者、ムスリム同胞団、アル・カイダ系のアル・ヌスラであり、そうした政策を続けると東部シリア(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配国が作られる可能性があると警告​していた。オバマ政権が言う「穏健派」は存在しないとホワイトハウスへ報告していたのだ。この時のDIA局長がマイケル・フリン中将。


 東部シリアにサラフィ主義者の支配国が出現する可能性があるという警告は2014年にダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)という形で現実になる。そこでホワイトハウス内で衝突が起こり、フリンはこの年の8月に退役を強いられる。

 その後、2015年8月にフリン元DIA局長はアル・ジャジーラの番組へ出演、その際に自分たちの任務は提出される情報の正確さをできるだけ高めることにあり、その情報に基づいて政策を決定するのはバラク・オバマ大統領の役目だと指摘している。つまり、オバマ政権の「穏健派支援」がダーイッシュの勢力を拡大させたというわけだ。
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2018.08.21
イラン体制はアメリカ政府を見限った(その2)
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 DIAからシリアに穏健派の反政府軍は存在しないという報告を受けていた2012年8月、オバマはNATO軍/アメリカ軍による直接的な軍事介入の「レッド・ライン」は生物化学兵器の使用だと宣言した。2012年12月になると、ヒラリー・クリントン国務長官は、自暴自棄になったシリアのバシャール・アル・アサド大統領が化学兵器を使う可能性があると主張する。翌年の1月になると、アメリカ政府はシリアでの化学兵器の使用を許可、その責任をシリア政府へ押しつけてアサド体制を転覆させるというプランが存在するとイギリスのデイリー・メール紙が報道した。


 2013年3月、シリアのアレッポで化学兵器が使われ、西側はシリア政府を非難する。ところがこの化学兵器話に対する疑問はすぐに噴出し、5月には国連の調査官だったカーラ・デル・ポンテが化学兵器を使用したのは反政府軍だと語っている。

 この年には8月にも化学兵器が使用され、これを口実にしてアメリカ/NATO軍は9月上旬にシリアを攻撃すると見られていた。シリア沖にはアメリカ軍の艦隊が集結、それに対してロシア軍も艦船を配置、実際に地中海からミサイルが発射される。

 ところが、そのミサイルは海中に墜落してしまった。イスラエルはミサイルの発射実験だと後で主張するが、事前の警告はない。攻撃を始めたものの、何らかの手段、例えばECM(電子対抗手段)で落とされたとされたと見られている。

 8月のケースではロシア政府が国連で証拠を示しながらアメリカ側の主張が正しくないことを説明、8月29日にミントプレスはサウジアラビアが化学兵器使用の黒幕だとする記事を掲載した。10月に入ると「ロシア外交筋」からの情報として、ゴータで化学兵器を使ったのはサウジアラビアがヨルダン経由で送り込んだ秘密工作チームだという話が流れた。

 12月には調査ジャーナリストの​シーモア・ハーシュ​もこの問題に関する記事を発表、反政府軍はサリンの製造能力を持ち、実際に使った可能性があるとしている。​国連の元兵器査察官のリチャード・ロイドとマサチューセッツ工科大学のセオドール・ポストル教授​も化学兵器をシリア政府軍が発射したとするアメリカ政府の主張を否定する報告書を公表している。ミサイルの性能を考えると、科学的に成り立たないという。


 後にシリア政府が化学兵器を使ったとする話を発信することになるSCD(シリア市民防衛)、通称「白いヘルメット」をジェームズ・ル・ムズリエが編成、訓練を開始したのは2013年3月のこと。ル・ムズリエはイギリスの元軍人で、コソボでは情報活動に従事していたと言われている。

 SCDの設立資金30万ドルはイギリス、アメリカ、そして日本から得ているが、その後、アメリカ政府とイギリス政府から西側のNGOやカタールを経由して1億2300万ドルが渡った。またアメリカ国務省の副スポークスパーソンのマーク・トナーは2016年4月27日、SCDがUSAIDから2300万ドル受け取っていることを認めている。言うまでもなく、USAIDはCIAの資金を流すパイプ役。そのほか投機家で旧ソ連圏の制圧を目指しているジョージ・ソロス、さらにオランダやイギリスの外務省も資金を提供している。シリアでアル・カイダ系武装集団やダーイッシュといったタグをつけた武装集団が敗走する過程でSCDとそうしたジハード傭兵が一心同体の関係にあることが明確になった。

 イランとP5+1(国連安保理常任理事国5カ国とドイツ)がジュネーブ暫定合意に達したのは、地中海から発射されたミサイルが海中へ落下した2カ月後の2013年11月。その年の6月にイランで行われた大統領選挙で勝ったロウハーニはハシェミ・ラフサンジャニの側近だった人物で、西側の巨大資本にとって都合の良い人物だと見られていた。こうした状況もオバマ政権が話し合いに切り替えた一因だろう。2015年7月にはJCPOA(包括的共同作業計画)が発表された。

 それから3年を経た現在、​最高実力者のアリー・ハーメネイー​はアメリカ政府と交渉しないと宣言している。ハーメネイーによると、アメリカの交渉とはカネと力(飴と鞭)で行うもので、最初に決めた目的を追求し続ける。アメリカは相手からすぐに利益を引きだそうとし、それを拒否されると騒ぎ立て、屈服させる。それに対してアメリカは約束するだけで、実際には何も相手へ利益を渡さない。目的を達成すると、アメリカは自分の約束を破棄してしまう。JCPOAもそうだとしている。この分析は正しい。


 また、イラン経済の悪化については国内の要因によるものだとしているが、これも正しい。ハーメネイーはロウハーニ大統領の政策を修正しようとしている。今後、イランはアメリカとの交渉を止め、ロシアや中国との連携を強めていくことになるだろう。

 イギリスとアメリカは1953年にイランでクーデターを成功させ、ムハマド・モサデク政権を倒している。この再現を狙っているようだが、1953年のクーデターが成功したのは偶然だった。モサデク側の詰めが甘かったとも言える。今回はしかもロシアと中国という後ろ盾が存在する。(了)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201808200000/

38. 中川隆[-13713] koaQ7Jey 2018年8月22日 05:54:55 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-18010] 報告

マスコミもインターネットもアメリカを拠点とする巨大企業に支配されて情報操作されている

ジャーナリストのむのたけじが「新聞・放送・出版・写真・広告の分野で働く800人の団体」の主催する講演会で「ジャーナリズムはとうにくたばった」と語ったのは1991年のことです。(むのたけじ著『希望は絶望のど真ん中に』岩波新書、2011年)


 1970年代の後半から日本やアメリカで言論の自由は急速に失われ、1990年代に入る頃は確かにそうした状況でした。勿論、今の状況はさらに悪化しています。

 アメリカの支配層は言論統制に熱心で、第2次世界大戦後、アメリカの情報機関は報道を統制するためにモッキンバードと呼ばれるプロジェクトを開始、経営者や編集幹部だけでなく、記者も取り込んでいきます。


 リチャード・ニクソン大統領をウォーターゲート事件で辞任に追い込んだワシントン・ポスト紙を言論の自由の象徴として崇めている人もいるようですが、モッキンバードの中核メンバー4名のひとりは同紙の社主だったフィリップ・グラハム。ウォーターゲート事件当時の社主はフィリップの妻、キャサリンでした。


 この事件に関する取材はふたりの若手記者が行いましたが、ひとりは直前まで情報将校だった人物で、事実上、カール・バーンスタインがひとりで取材したといわれています。そのバーンスタインは1977年にワシントン・ポスト紙を辞め、それから間もなくして「CIAとメディア」というタイトルの記事をローリング・ストーン誌に書きます。CIAがメディアを支配している実態が詳しく書かれていました。(Carl Bernstein, “CIA and the Media”, Rolling Stone, October 20, 1977)


 その後、規制緩和の推進によって巨大資本によるメディア支配が進み、アメリカの場合、1983年には50社90%を所有していたのに対し、2011年には90%を支配しているのは6社にすぎません。日本のマスコミはそのアメリカのメディアに大きな影響を受けています。


 新聞、雑誌、放送など既存のメディアは支配層の意向に反する報道はしなくなりました。ジャーナリズムはくたばったのです。今のところインターネットでは細々とですが、まだ事実が伝えられています。


 しかし、そのインターネットもアメリカを拠点とする巨大企業に支配されています。バラク・オバマ政権は内部告発者を厳しく罰し、その協力者に対する攻撃を強めました。そうした協力者のひとつ、WikiLeaksのジュリアン・アッサンジを拘束するためにドナルド・トランプ政権はエクアドル政府に圧力を加えています。


 また、2016年のアメリカ大統領選挙でヒラリー・クリントンを支援していた勢力を批判していたアレックス・ジョーンズや彼が発信しているInfoWars、あるいはラテン・アメリカのメディアteleSURのアップロードしていた映像が削除されるということも引き起こされています。


 インターネット上での言論封殺に協力している企業として、アップル、フェイスブック、グーグル、スポティファイ(スウェーデンの企業が運営する音楽配信サービス)、ユーチューブの名前が挙がっていますが、今後、増えていく可能性があります。


 ネオコンをはじめとするアメリカの好戦派が世界制覇戦争を始めた1992年以降、メディアは広告会社と連携、偽情報の発信比率を高めてきました。彼らがキーワードとして使うのは「人権」、「民主」、「自由」、「テロ」、「大量破壊兵器」などですが、これらは人びとを操るためのタグにすぎません。タグを追いかけるのでではなく、事実を知る必要があるのです。


 イラクを先制攻撃した際、アメリカやイギリスは「大量破壊兵器」を口実に使いましたが、それが嘘だったことは本人たちも認めています。その嘘を嘘と知りつつ流していたのが西側の有力メディアであり、そのメディアはその後も人びとを騙すため、嘘をつき続けています。


 映画監督の伊丹万作はこんなことを書いています。


 戦争が本格化すると「日本人全体が夢中になって互に騙したり騙されたりしていた」。


 「『騙されていた』と言う一語の持つ便利な効果に搦れて、一切の責任から解放された気でいる多くの人々の安易きわまる態度を見る時、私は日本国民の将来に対して暗澹たる不安を感ぜざるを得ない。」


 「『騙されていた』と言って平気でいられる国民なら、恐らく今後も何度でも騙されるだろう。いや、現在でも既に別の嘘によって騙され始めているに違いないのである。」(伊丹万作『戦争責任者の問題』映画春秋、1946年8月)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201808220000/

39. 中川隆[-13695] koaQ7Jey 2018年8月26日 12:25:43 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-18097] 報告

2018.08.26
米国務長官の朝鮮訪問を大統領が止めたが、朝鮮問題は米中問題であり、必然



 アメリカのマイク・ポンペオ国務長官は8月25日の週に朝鮮を訪問する意向を示していたが、ドナルド・トランプ大統領は訪問するなと指示したという。朝鮮半島の問題と米中関係を一緒にしていると指摘する人がいるのだが、本ブログでは何度も書いてきたように、朝鮮半島の問題の本質はアメリカの対中国戦略にあるわけで、当然のことだ。同じことが沖縄の問題でも言える。

 アメリカの対中国戦略とは、中国の属国化にほかならない。1991年にソ連を消滅させることに成功したアメリカ支配層の好戦派、ネオコンは翌年の2月に世界制覇のビジョン、ウォルフォウィッツ・ドクトリンを作成した。アメリカが唯一の超大国になったことを前提にして単独行動主義を打ち出し、残された国の中で最も警戒すべき国として中国を考えてアジア重視を決めた。単独行動主義を決めた直後、日本では国連中心主義に基づく樋口レポートが作成され、ネオコンは激怒してナイ・レポートにつながったわけだ。

 そのドクロリン作成の中心になったポール・ウォルフォウィツ国防次官(当時)はその前年、イラク、シリア、イランを殲滅すると語り、アフガニスタン、イラク、シリアへの軍事侵略、イランへの経済戦争へつながる。

 しかし、21世紀に入ってロシアが再独立したことでネオコンの戦略は破綻したのだが、ネオコンは「予定」を力尽くで実現しようとする。2014年2月のウクライナにおけるネオ・ナチを使ったクーデターもそうした試みだが、その結果、ロシアと中国を戦略的同盟国にしてしまった。

 アメリカ支配層はロシアを脅す目的でミサイルをロシアとの国境周辺に配備しているが、同じように東アジアでは韓国や日本にミサイルを配備しつつある。アメリカは真の意味で朝鮮半島、そして東アジアに平和をもたらそうとは考えていない。

 つまり、アメリカ支配層にとって朝鮮半島の「平和」とは、リビアのように軍事侵略で破壊して金正恩を殺すか、ドイツのように朝鮮半島全域を制圧して中国やロシアとの国境地帯にミサイルを配備、軍隊も入れるということだ。勿論、それを中国やロシアは認めない。逆に、それが実現しないならアメリカは平和に反対する。今回のトランプ大統領の発言はこうしたアメリカ支配層の意向を受けてのものだろう。

 こうしたアメリカの戦略は、当然、日本にも影響する。中国とロシアが戦略的な同盟関係に入った以上、中国との戦争はロシアとの戦争につながる可能性が高い。自衛隊とアメリカ軍が北海道で軍事演習を行うのは必然だ。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201808260000/

40. 中川隆[-13663] koaQ7Jey 2018年8月29日 09:30:38 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-18121] 報告
2018.08.28
見え見えの嘘を口実にして侵略を続ける米英仏政府(その3)


 アメリカをはじめとする侵略勢力は2013年8月にも化学兵器を使った偽旗作戦を実行した。ダマスカスの近く、ゴータで実際に使われたのだが、攻撃の直後にロシアのビタリー・チュルキン国連大使は反シリア政府軍が支配しているドーマから2発のミサイルが発射され、ゴータに着弾したと国連で説明、その際に関連する文書や衛星写真が示されたと​ジャーナリストがフェースブックに書き込んでいる​。


 それだけでなく、​メディアも化学兵器とサウジアラビアを結びつける記事を掲載​、すぐに現地を調査したキリスト教の聖職者​マザー・アグネス・マリアム​はいくつかの疑問を明らかにしている。

 例えば、攻撃のあった午前1時15分から3時頃(現地時間)には寝ている人が多かったはずだが、犠牲者がパジャマを着ていないのはなぜか、家で寝ていたなら誰かを特定することは容易なはずであるにもかかわらず明確になっていないのはなぜか、家族で寝ていたなら子どもだけが並べられているのは不自然ではないのか、親、特に母親はどこにいるのか、子どもたちの並べ方が不自然ではないか、同じ「遺体」が使い回されているのはなぜか、遺体をどこに埋葬したのかといった疑問を発している。

 この犠牲者たちは直前に誘拐された子どもではないかとも言われている。ゴータへの攻撃が行われる10日ほど前、反政府軍がラタキアを襲撃し、200名とも500名とも言われる住人が殺され、150名以上が拉致されたと言われているのだ。最近、シリアの北西地域で40名以上の子どもが拉致されたと言われている。2013年の時と同じことが行われるのではないかと懸念されている。

 2013年12月には調査ジャーナリストの​シーモア・ハーシュ​も8月の攻撃に関する記事を発表、反政府軍はサリンの製造能力を持ち、実際に使った可能性があるとしている。また、​国連の元兵器査察官のリチャード・ロイドとマサチューセッツ工科大学のセオドール・ポストル教授​も化学兵器をシリア政府軍が発射したとするアメリカ政府の主張を否定する報告書を公表している。ミサイルの性能を考えると、科学的に成り立たないという。


 また、トルコの国会議員エレン・エルデムらは捜査記録などに基づき、トルコ政府の責任を追及している。化学兵器の材料になる物質はトルコからシリアへ運び込まれ、そこでダーイッシュが調合して使ったというのだ。この事実を公表した後、エルデム議員らは起訴の脅しをかけられている。

 これも繰り返し書いてきたが、2012年5月にシリア北部のホムスで住民が虐殺された際、現地を調査したローマ教皇庁のフランス人司教は反政府軍のサラフィ主義者や外国人傭兵が住民を虐殺したと報告、それは教皇庁の通信社がその報告を伝えた。その司教は「​もし、全ての人が真実を語るならば、シリアに平和をもたらすことができる。1年にわたる戦闘の後、西側メディアの押しつける偽情報が描く情景は地上の真実と全く違っている。​」と書いている。


 中東における破壊と殺戮を引き起こしたのはアメリカ、イスラエル、サウジアラビア、イギリス、フランス、トルコ、カタールといった国々の政府だが、真実を語ってこなかった西側有力メディアの責任は重い。その見え見えの嘘に騙されてきた、あるいは騙されたふりをしてきた人びとも同罪だ。(了)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201808280001/

41. 中川隆[-13661] koaQ7Jey 2018年8月29日 09:33:34 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-18121] 報告

2018.08.28
見え見えの嘘を口実にして侵略を続ける米英仏政府(その1)

 アメリカはアル・カイダ系ジハード傭兵のタハリール・アル・シャーム(アル・ヌスラ)を使ってシリア西部のイドリブを占領してきた。そのイドリブをシリア政府軍とロシア軍が奪還しようとしている。現在の状況で戦闘が始まれば、短時間でジハード傭兵が敗北することは明白。それを阻止するため、アメリカ、イギリス、フランスは直接的な軍事介入を行うと恫喝、その軍事介入を正当化するために化学兵器の使用を口実にすると、事実上、宣言している。

 この地域にはトルコ系の武装集団も存在しているのだが、トルコ政府はアメリカ政府との対立が激化、ロシア側へ軸を移動させている。それでもアメリカとの関係を断絶したわけではなく、NATOからも離脱していない。イドリブで戦闘が始まると、トルコはアメリカとの関係を完全に断ち切るのか、ロシア側へ着くのか、決断を迫られる。


 本ブログでは繰り返し書いてきたが、シリア政府軍が化学兵器を使ったとする話はいずれも嘘だと言うことが明らかにされている。そもそも、政府軍が化学兵器を使う状況にはない。


 嘘であるために証拠を提示することができず、ただ西側の有力メディアを使って宣伝するだけである。化学兵器にかぎらず、ユーゴスラビア、アフガニスタン、イラク、リビア、シリアへの軍事侵攻、ウクライナでのクーデター、いずれも偽情報がそうした有力メディアによって流されていた。イラクの大量破壊兵器話はアメリカ政府やイギリス政府の責任者たちも嘘を認めている。これだけ嘘をつき続けている勢力の宣伝を信じるということ自体、犯罪的だ。


 第2次世界大戦で日本が降伏してから1年近くを経た1946年8月、映画監督の伊丹万作は映画春秋でこんなことを書いている。


 戦争が本格化すると「日本人全体が夢中になって互に騙したり騙されたりしていた」。


 「『騙されていた』と言う一語の持つ便利な効果に搦れて、一切の責任から解放された気でいる多くの人々の安易きわまる態度を見る時、私は日本国民の将来に対して暗澹たる不安を感ぜざるを得ない。」


 「『騙されていた』と言って平気でいられる国民なら、恐らく今後も何度でも騙されるだろう。いや、現在でも既に別の嘘によって騙され始めているに違いないのである。」(伊丹万作『戦争責任者の問題』映画春秋、1946年8月)


 日本を含む西側の有力メディアの愚劣さは大戦中の新聞と大差はなく、今も「騙されていた」と言って平気でいられる人が少なくない。(続く)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201808270000/



2018.08.28
見え見えの嘘を口実にして侵略を続ける米英仏政府(その2)


 本ブログでは繰り返し書いてきたが、アメリカ政府が軍事侵攻を正当化する口実として化学兵器を言い始めたのは2012年8月。シリアに対する直接的な直接的な軍事介入のレッド・ラインは生物化学兵器の使用だと宣言したのだ。


 その月には​アメリカ軍の情報機関DIAが反シリア政府軍の主力はサラフィ主義者、ムスリム同胞団、そしてアル・カイダ系武装集団のAQI(アル・ヌスラと実態は同じだと指摘されていた)であり、バラク・オバマ大統領が主張する穏健派は存在しないとホワイトハウスへ報告​している。


 2012年12月になると、ヒラリー・クリントン国務長官がシリアのバシャール・アル・アサド大統領は化学兵器を使う可能性があると語る。そして2013年1月29日付けのデイリー・メール紙には、イギリスの軍事関連企業ブリタム防衛の社内電子メールに、オバマ政権がシリアで化学兵器を使ってその責任をアサド政権に押しつける作戦をオバマ大統領が許可したという記述があるとする記事が載った。(同紙のサイトからこの記事はすぐに削除された)


 そして2013年3月にアレッポで爆発があり、26名が死亡したのだが、そのときに化学兵器が使われたという話が流れる。シリア政府は侵略軍であるジハード傭兵が使用したとして国際的な調査を要請するが、イギリス、フランス、イスラエル、そしてアメリカは政府軍が使ったという宣伝を展開する。


 しかし、​攻撃されたのがシリア政府軍の検問所であり、死亡したのはシリア軍の兵士だということをイスラエルのハーレツ紙が指摘​、​国連独立調査委員会メンバーのカーラ・デル・ポンテも反政府軍が化学兵器を使用した疑いは濃厚だと発言​している。


 その間、アメリカのチャック・ヘーゲル国防長官やマーチン・デンプシー統合参謀本部議長は上院軍事委員会で直接的な軍事介入に慎重な姿勢を示した。議会の好戦的な要求をこのふたりが抑えていたのだが、ヘーゲルは2015年2月に解任、デンプシーは同年9月に再任拒否されている。オバマ大統領が主張する穏健派は存在しないとする報告を2012年8月に出したDIAの局長、マイケル・フリンは2014年8月に退役を強いられていた。


 2015年9月にオバマ政権はシリアに対する本格的な軍事侵攻の態勢を整えたわけだが、その直後にロシア軍がシリア政府の要請で介入、ジハード傭兵の支配地域は急速に縮小していった。そして今、シリア政府軍とロシア軍はイドリブを奪還しようとしている。ここが終わればユーフラテス川の北側。ロシアとの軍事衝突を避けたいならアメリカは占領部隊を引き揚げるべきなのだが、イスラエルやサウジアラビアはそうしたことを望んでいない。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201808280000/


2018.08.28
見え見えの嘘を口実にして侵略を続ける米英仏政府(その3)

 アメリカをはじめとする侵略勢力は2013年8月にも化学兵器を使った偽旗作戦を実行した。ダマスカスの近く、ゴータで実際に使われたのだが、攻撃の直後にロシアのビタリー・チュルキン国連大使は反シリア政府軍が支配しているドーマから2発のミサイルが発射され、ゴータに着弾したと国連で説明、その際に関連する文書や衛星写真が示されたと​ジャーナリストがフェースブックに書き込んでいる​。

 それだけでなく、​メディアも化学兵器とサウジアラビアを結びつける記事を掲載​、すぐに現地を調査したキリスト教の聖職者​マザー・アグネス・マリアム​はいくつかの疑問を明らかにしている。


 例えば、攻撃のあった午前1時15分から3時頃(現地時間)には寝ている人が多かったはずだが、犠牲者がパジャマを着ていないのはなぜか、家で寝ていたなら誰かを特定することは容易なはずであるにもかかわらず明確になっていないのはなぜか、家族で寝ていたなら子どもだけが並べられているのは不自然ではないのか、親、特に母親はどこにいるのか、子どもたちの並べ方が不自然ではないか、同じ「遺体」が使い回されているのはなぜか、遺体をどこに埋葬したのかといった疑問を発している。


 この犠牲者たちは直前に誘拐された子どもではないかとも言われている。ゴータへの攻撃が行われる10日ほど前、反政府軍がラタキアを襲撃し、200名とも500名とも言われる住人が殺され、150名以上が拉致されたと言われているのだ。最近、シリアの北西地域で40名以上の子どもが拉致されたと言われている。2013年の時と同じことが行われるのではないかと懸念されている。


 2013年12月には調査ジャーナリストの​シーモア・ハーシュ​も8月の攻撃に関する記事を発表、反政府軍はサリンの製造能力を持ち、実際に使った可能性があるとしている。また、​国連の元兵器査察官のリチャード・ロイドとマサチューセッツ工科大学のセオドール・ポストル教授​も化学兵器をシリア政府軍が発射したとするアメリカ政府の主張を否定する報告書を公表している。ミサイルの性能を考えると、科学的に成り立たないという。


 また、トルコの国会議員エレン・エルデムらは捜査記録などに基づき、トルコ政府の責任を追及している。化学兵器の材料になる物質はトルコからシリアへ運び込まれ、そこでダーイッシュが調合して使ったというのだ。この事実を公表した後、エルデム議員らは起訴の脅しをかけられている。


 これも繰り返し書いてきたが、2012年5月にシリア北部のホムスで住民が虐殺された際、現地を調査したローマ教皇庁のフランス人司教は反政府軍のサラフィ主義者や外国人傭兵が住民を虐殺したと報告、それは教皇庁の通信社がその報告を伝えた。その司教は「​もし、全ての人が真実を語るならば、シリアに平和をもたらすことができる。1年にわたる戦闘の後、西側メディアの押しつける偽情報が描く情景は地上の真実と全く違っている。​」と書いている。


 中東における破壊と殺戮を引き起こしたのはアメリカ、イスラエル、サウジアラビア、イギリス、フランス、トルコ、カタールといった国々の政府だが、真実を語ってこなかった西側有力メディアの責任は重い。その見え見えの嘘に騙されてきた、あるいは騙されたふりをしてきた人びとも同罪だ。(了)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201808280001/

42. 中川隆[-13655] koaQ7Jey 2018年8月30日 08:56:58 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-18133] 報告
2018.08.30
ドル体制が揺らぐ中、米大統領が安倍首相に対して真珠湾を持ち出したと報道


 ​ドナルド・トランプ米大統領は6月に安倍晋三首相とホワイトハウスで会った際、「私は真珠湾を覚えている」と口にし、日本の経済政策を厳しく批判したとワシントン・ポスト紙が伝えている​。日米間の貿易、特に牛肉や自動車の取り引きがアメリカ側に有利な物になるように求めたという。この報道を日本政府は否定しているようだ。嘘つきと嘘つきの言い争いで、どちらが本当かはわからないが、日本とアメリカとの間に亀裂は入ったのかもしれない。


 日本に限らず、アメリカ政府は貿易赤字の責任を他国に押しつけている。日本は1980年代にもアメリカから激しくバッシングされ、「ケイレツ」が問題にされていた。日本経済の強さは官僚主導の経済計画と中小企業で働く有能な職人たちの力で支えられていた。この構造をアメリカの支配層は第2次世界大戦の際の分析で把握していたという人もいる。無能な上層部の尻拭いを有能な下層部が行うのは日本の伝統と言えるかもしれない。

 1980年当時も指摘されていたが、アメリカの貿易赤字は自らの経済政策に起因している。第2次世界大戦でドイツがヨーロッパで略奪した「ナチ・ゴールド」、日本が東アジアで略奪した財宝をアメリカは大戦後に押さえる。

 こうしたこともあり、大戦直後のアメリカは世界の金の過半数を握ったようだ。それを世界戦略に使うのだが、1971年8月にリチャード・ニクソン大統領はドルと金との交換停止を発表する。いわゆるニクソン・ショックだ。そして1973年から変動相場制へ移行する。

 ニクソン・ショックの前年から金の産出状況が大きく変化している。それまで圧倒的な比率を占めていた南アフリカの産出量が急速に減少しはじめたのだ。2007年には中国がトップに躍り出る。

 南アフリカの金は米英金融資本にとって重要な利権。1899年から1902年にかけての南アフリカ戦争でイギリスはトランスバールとオレンジを併合、これにケープ植民地とナタールを加えて南アフリカは作り出された。その後、オランダ系のボーア人とイギリス系の白人は手を組んでアパルトヘイト(人種隔離政策)を推進、有色人種を支配するシステムを作り上げていくのである。金を支配することになった米英の支配層が金本位制を世界に押しつけたのは必然だった。

 ところが、その構図が1970年から崩れ始める。このシステム変更により、アメリカはドルを金に束縛されることなく発行できるようになるが、金という裏付けをなくしたことから何も対策を講じずに発行を続ければ、ドルは基軸通貨としての地位から陥落してしまう。そこで、アメリカの支配層は流通するドルを吸い上げる仕組みを作った。

 その仕組みのひとつとして、アメリカはサウジアラビアを始め主要産油国に対し、石油取引の決済をドルに限定させた。どの国もエネルギー資源は必要であり、その需要が膨らんでいくことは明白で、各国は石油を買うためにドルを買い集めた。

 そうしたドルは産油国に集まり、産油国はアメリカの財務省証券や高額兵器を買うという形でドルをアメリカへ還流された。還流したドルをアメリカ支配層は地下へ沈め、固定化させる。いわゆるペトロダラーだ。

 投機の規制緩和も通貨を実社会から吸い上げるために機能している。つまり、安倍晋三政権の「量的・質的金融緩和」、いわゆる「異次元金融緩和」は相場を引き上げたり下支えすることが目的。

 1970年代からアメリカは製造業を放棄し、金融マジックを導入した。そのマニュアルが新自由主義だ。アメリカへ還流してきた資金が実社会へ流れ出ては意味がない。金融マジックを機能させるためには賃金の引き上げや社会福祉の充実を避ける必要がある。

 1991年にソ連が消滅するとアメリカの支配層は自国が唯一の超大国になったと認識、自分たちは何をしても許されると考えるようになり、国連を無視して単独行動を始める。世界を手中に収めたと考えたのか、アメリカ支配層は自国の製造業を中国などへ移転させていき、貿易赤字が膨らむことになるのだが、それは国を想定しての話。資本の移動を自由化、関税をゼロへ近づけることに成功した彼らにとって国境は消えている。

 ところが、21世紀に入ってロシアが再独立に成功すると、アメリカ支配層は自分たちがまずい状況に陥っていることに気づいただろう。そこでバラク・オバマ政権はムスリム同胞団やサラフィ主義者などを使ってシリアやリビアを侵略、ネオ・ナチを使ってウクライナでクーデターを実施した。

 支配の基盤を強化し、ロシアを潰そうとしたのだろうが、裏目に出る。ロシアと中国を接近させることになり、両国は現在、戦略的な同盟関係にある。強力な軍事力を持ち、エネルギー資源を持つロシアと金融と製造の分野で急成長している中国が手を組んだ意味は大きい。今の中国は日米欧の企業が生産する場所だが、自国企業の育成を進めている。

 アメリカはこうした窮地から脱出するために世界を恫喝しているが、ジョージ・W・ブッシュ政権、オバマ政権、そしてトランプ政権が行った政策は全て裏目に出ている。こうした恫喝は配下のEUや日本をもアメリカから離反させかねない。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201808290000/

43. 中川隆[-13631] koaQ7Jey 2018年9月04日 10:47:34 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-18223] 報告

テレビとオーディオの時間の密度 GRFのある部屋 2018年 09月 03日

アメリカのテレビ番組ではバイオレンスがよく出てきます。とくに死体解剖がテーマのBONESでは、毎回、凝りにこった腐乱死体からシーンは始まります。匂いを想像したら見てられません。どろどろに溶けた腐乱死体や眼球にウジ虫がはっている場面は日常茶飯事です。これらのシーンがそのままテレビから流れてくるアメリカの病んだ世界が、インターネットをつうじてそのまま日本にも配信されてくるのが、今の時代です。


戦争や殺人をゲーム化して、それに熱中した若者を毎日作っています。先日もそのゲームの大会で、実際に負けた参加者が、銃を乱射して周りの仲間を殺しているのです。殺人、拷問、レープ、が蔓延しているテレビ番組とは何なのでしょう。大いなる疑問が深まります。


番組の主人公達は、仲間意識で繋がっていますが、ファミリー、夫婦、恋人の関係が日本の社会とはやはり違った構造しているのが解ります。それに保守的な宗教がからみます。殺人事件数は、日本では、終戦後の昭和二十年代は、年間2000人もいましたが、バブル時以降は、数百人程度になり、最近は300名ぐらいで、人口10万人あたりの換算では、0.3人ぐらいです。それがアメリカでは、6人ぐらいですから、日本の20倍の発生率なのです。ちなみにヨーロッパの国々は、日本よりは高いですが、それでも一人をきっています。勿論、中南米の国々などでは、遙かに高い数字の国もありますが。


しかし、実際にアメリカでは、異常な事件が多いのも事実です。殺人は銃の乱射だけではありませんが、銃規制がないのも高い数字の原因でしょう。アジアでは、銃規制が緩い、フィリピンがやはり20人以上のアジアとしては、異常に高い数字を示しています。


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配信会社も沢山あり、プライム会員になると、映画も見れるというサービスも普及しています。最近のテレビや、レコーダーでは、配信サービスは当たり前に付いてきます。気楽に見ていると、やはりアメリカの都合だけで作られている番組が多く、気をつけてみていないと、アメリカのプロパガンダを見ているだけになります。第二次世界大戦の映画など、殺されるのはドイツ軍と日本軍だけです。


戦争、麻薬、異常者、性犯罪、有名人を追いかけるマスコミの姿は、世界中同じです。突然理由もなく殺された被害者の人権は無視されて、過去に遡って暴露されます。逆に犯人の顔は隠され、加害者の人権を声高に守る警察や人権弁護士の矛盾を矛盾と思わないのは不思議です。法律を盾にした政治や行政の特権意識がいまだにそれを助長しているからです。アメリカの裁判の仕組みを見ていると、司法取引、陪審員制度、それが当たり前の自立権を持った国と、刀狩り以来、丸腰の国民の自立心の差さえ考えさせられます。
https://tannoy.exblog.jp/30027888/

44. 中川隆[-13656] koaQ7Jey 2018年9月14日 07:56:58 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-18535] 報告

2018.09.13
米巨大資本に従属する日本人エリートが破壊する日本(その1)

 ロシアのウラジオストックで2015年から毎年開催されているEEF(東方経済フォーラム)はウラジミル・プーチンの外交戦略において重要な意味を持っている。アメリカは東アジアの軍事的な緊張を高めようとしているが、それに対抗してロシアは緊張を緩和、地域の経済発展につなげようとしているのだ。プーチンの戦略に中国や韓国は賛成、連携している。この3カ国に朝鮮も加わった。

 今年のEEFは9月11日から13日に開かれているが、そこで朝鮮は自国の鉄道と韓国に鉄道を結びつけることに前向きな姿勢を見せた。ロシアには以前からシベリア横断鉄道を延長して朝鮮半島を南下させようという計画がある。その計画とリンクしていることは間違いないだろう。


 この鉄道計画はロシアから天然ガスや石油を輸送するパイプラインの建設計画、そして中国の一帯一路とも関係している。大英帝国の時代からアングロ・サクソンの基本戦略はユーラシア大陸の周辺部分から内陸部を締め上げていくというもの。物資の輸送が海運中心だった時代は効果的な戦略だったが、そうした戦略を高速鉄道やパイプラインは揺るがせている。


 現在、東アジアでアメリカの戦略に従っている数少ない国のひとつが日本。その日本に対し、プーチンは前提条件なしで平和条約を結ぼうと日本側へ提案したという。ソ連/ロシアと中国の制圧を長期戦略の中心に据えているアメリカは日本がソ連/ロシアや中国と友好関係を結ぶことを許さない。プーチンも当然、そうしたことを熟知している。アメリカの政策で疲弊している日本へのちょっとしたメッセージだ。(つづく)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201809120000/

米巨大資本に従属する日本人エリートが破壊する日本(その2)


 アメリカは東アジアでも軍事的な緊張を高めようとしてきた。2009年に総理大臣となった鳩山由紀夫は東シナ海を「友愛の海」にしようと提案したが、これはアメリカ支配層を激怒させたことだろう。その後、日本ではマスコミが鳩山を攻撃、鳩山は2010年に首相の座から引きずり下ろされた。


 そして登場した菅直人内閣は中国との関係を破壊する。2010年に「日中漁業協定」を無視して石垣海上保安部は中国の漁船を尖閣諸島の付近で取り締まったのだ。それ以降、日本は中国に敵対する国になった。


 こうした政策は日本の企業に打撃を与える。中国は日本企業にとって重要なマーケットだったからだ。アメリカの中東政策は石油価格を暴騰させる可能性があるのだが、これも日本にとっては大問題。ロシアという中東より低コストで安定的なエネルギー資源の供給源が日本の近くに存在するが、ロシアとの関係を深めることをアメリカ支配層は許さないだろう。


 こうしたアメリカの政策は一貫したもの。1955年6月に鳩山一郎内閣はソ連と国交正常化の交渉を始めた。その一方、重光葵外務大臣(副総理)は同年8月に訪米してジョン・フォスター・ダレス国務長官と会談、「相互防衛条約」の試案を提示した。


 その試案の中で「日本国内に配備されたアメリカ合衆国の軍隊は、この条約の効力発生とともに、撤退を開始」、「アメリカ合衆国の陸軍及び海軍の一切の地上部隊は、日本国の防衛6箇年計画の完遂年度の終了後おそくとも90日以内に、日本国よりの撤退を完了するものとする」としている。


 日本とソ連は「歯舞、色丹返還」で領土問題を解決させる方向で動き始めたのだが、ダレス米国務長官は激怒、2島返還でソ連と合意したらアメリカは沖縄を自国領にすると恫喝したという。沖縄は歴史的に独立国であり、その意味でもアメリカの姿勢は傲慢だ。


 こうした恫喝はあったが、鳩山首相は1956年10月、河野一郎農相をともなってモスクワを訪問、鳩山首相とニコライ・ブルガーニン首相(ソ連閣僚会議議長)は日ソ共同宣言に署名して12月に発効した。それにタイミングを合わせるように鳩山は引退する。


 鳩山一郎の辞任を受けて行われた自民党総裁選でアメリカは岸信介を後押しするが、中国やソ連との交流を促進しようとしていた石橋湛山が勝つ。その石橋は2カ月後に病気で倒れ、首相臨時代理を務めることになったのが岸。翌年の2月に岸は首相に選ばれた。(つづく)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201809130000/


米巨大資本に従属する日本人エリートが破壊する日本(その3)

 明治維新から後の日本を支配している人びとはアングロ・サクソン、つまりイギリスやアメリカの支配層と密接な関係にある。19世紀後半からアングロ・サクソンは日本を中国侵略の拠点と見なしてきたのだ。

 その頃、イギリスは中国(清)との貿易赤字に苦しんでいた。そこでイギリスは麻薬のアヘンを清に売りつけ、それを清が取り締まると戦争を仕掛けた。1840年から42年までのアヘン戦争や56年から60年にかけてのアロー戦争(第2次アヘン戦争)である。この戦争でイギリスは勝利、広州、厦門、福州、寧波、上海の開港とイギリス人の居住、香港の割譲、賠償金やイギリス軍の遠征費用などの支払いなどを中国に認めさせた。


 しかし、これらの戦争は基本的に海で行われ、イギリス軍は内陸部を占領できなかった。それだけの戦力がなかったのだ。海上封鎖はできても中国を占領することは不可能。そこで日本に目をつけ、日本はイギリスの思惑通りに大陸を侵略していく。勿論、イギリスやその後継者であるアメリカの支配層(巨大資本)の利益に反することを日本が行えば「制裁」されることになる。


 イギリスは他国を侵略するため、傭兵を使ったり第3国に攻撃させたりする。例えば、インドを支配するためにセポイ(シパーヒー)と呼ばれる傭兵を使い、アラビア半島ではカルトのひとつであるワッハーブ派を支配が支配するサウジアラビアなる国を樹立させ、パレスチナにイスラエルを建国させている。


 このイギリスを日本へ行き入れたのが長州と薩摩。イギリスを後ろ盾とする両国は徳川体制の打倒に成功、明治体制(カルト的天皇制官僚国家)へ移行していく。


 このイギリスの主体は金融界、いわゆるシティ。1923年の関東大震災で日本政府は復興資金の調達をアメリカのJPモルガンに頼るが、この銀行の歴史をたどるとシティ、より具体的に言うとロスチャイルドへ行き着く。アメリカの金融界はウォール街とも呼ばれるが、そのウォール街でJPモルガンは中心的な立場にあった。


 このウォール街を震撼させる出来事が1932年に起こる。この年に行われた大統領選挙でニューディール派のフランクリン・ルーズベルトが当選したのだ。ニューディール派は巨大企業の活動を規制し、労働者の権利を認め、ファシズムに反対するという看板を掲げていた。巨大企業の金儲けを優先させ、労働者から権利を奪い、ファシズムを支援するウォール街とは考え方が正反対だった。圧倒的な資金力を持つウォール街の候補、現職のハーバート・フーバーが敗北したのは、言うまでもなく、それだけ庶民のウォール街への反発が強かったからだ。


 1933年から34年にかけてウォール街はニューディール政権を倒すためにクーデターを計画、この計画はスメドリー・バトラー海兵隊少将によって阻止された。こうしたことは本ブログで繰り返し書いてきたとおり。庶民の反発はニューディール派より巨大資本に批判的だったヒューイ・ロング上院議員への人気につながるのだが、このロングは1935年に暗殺された。


 ロングは当初、ルーズベルト政権を支持していたのだが、ニューディール政策は貧困対策として不十分だと考え、1933年6月に袂を分かつ。ロングは純資産税を考えていたという。ロングが大統領になったなら、ウォール街を含む支配層は大きなダメージを受けることになり、内戦を覚悟でクーデターを実行することになっただろう。


 そうしたウォール街の強い影響を受けていたのが関東大震災以降の日本。JPモルガンと最も親しかった日本人は井上準之助だった。アメリカのマサチューセッツ工科大学で学んだ三井財閥の最高指導者、団琢磨もアメリカ支配層と強く結びついていた。このふたりは1932年、血盟団によって暗殺された。


 この年、駐日大使として日本へ来たジョセフ・グルーはJPモルガンと関係が深い。つまり、彼のいとこ、ジェーン・グルーはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニアの妻で、グルー自身の妻であるアリス・グルーは大正(嘉仁)天皇の妻、貞明皇后と少女時代からの友だち。大戦前からグルーは日本の皇室に太いパイプを持っていた。


 グルーの人脈には松平恒雄宮内大臣、徳川家達公爵、秩父宮雍仁親王、近衛文麿公爵、樺山愛輔伯爵、吉田茂、牧野伸顕伯爵、幣原喜重郎男爵らが含まれていたが、グルーが個人的に最も親しかったひとりは松岡洋右だと言われている。松岡の妹が結婚した佐藤松介は岸信介や佐藤栄作の叔父にあたる。


 1941年12月7日(現地時間)に日本軍はハワイの真珠湾を奇襲攻撃、日本とアメリカは戦争に突入するが、翌年の6月までグルーは日本に滞在、離日の直前には商工大臣だった岸信介からゴルフを誘われてプレーしたという。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007)


 第2次世界大戦後、グルーはジャパン・ロビーの中心人物として活動して日本をコントロールすることになる。グルーと親しかった岸信介。その孫にあたる安倍晋三が戦前レジームへの回帰を目指すのは、日本をウォール街の属国にしたいからだろう。


 それに対し、ロシアと中国は関係を強めている。ドナルド・トランプ政権は軍事的にロシアを脅しているが、それに対し、プーチン政権は9月11日から15日にかけてウラル山脈の東で30万人が参加する大規模な演習ボストーク18を実施。​その演習に中国軍は3200名を参加させている​。経済面で手を差し伸べる一方、軍事的な準備も怠らない。


 明治維新から日本の支配層はシティやウォール街、つまりアングロ・サクソンの支配層に従属することで自らの権力と富を得てきた。そうした従属関係が日本経済を窮地に追い込んでいる。この矛盾に日本の支配システムがいつまで耐えられるだろうか?(了)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201809130001/

45. 中川隆[-13642] koaQ7Jey 2018年9月15日 08:50:11 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-18547] 報告
2018.09.15
米政権はイランの石油輸出を止めようとしたが、中国とインドが買い続けて失敗



 アメリカのドナルド・トランプ政権はイランの現体制を破壊しようとしている。ロスチャイルド資本と関係の深いネオコンにしろ、ウラジミール・ジャボチンスキーを祖とし、ベンヤミン・ネタニヤフにつながるリクードの人脈にしろ、この点は同じだ。

 イランでは1979年にイスラム革命で王制が倒され、その年の11月に「ホメイニ師の路線に従うモスレム学生団」を名乗るグループがアメリカ大使館を占拠、機密文書を手に入れる一方、大使館員など52名を人質にとる。

 その翌年はアメリカで大統領選挙が行われた。現職だったジミー・カーターはパレスチナ人に近すぎるとして親イスラエル派に嫌われ、反カーター・キャンペーンが展開されていたのだが、52名の人質が選挙前に解放された場合、カーターにとって追い風になって再選の可能性があった。

 そこでロナルド・レーガンやジョージ・H・W・ブッシュを支援していた共和党のグループはイスラエルのリクード政権と手を組み、人質の解放を遅らせようとする。この工作は成功し、人質が解放されたのはレーガンの大統領就任式の当日、つまり1981年1月20日のことだった。

 この工作でイランの革命政権ともパイプができ、アメリカからイランへ武器が密輸される。この密輸の儲けがニカラグアの反革命ゲリラ支援に使われ、この工作が発覚してから「イラン・コントラ事件」と呼ばれるようになる。

 この工作の背後にはズビグネフ・ブレジンスキーが始めたアフガニスタンでの秘密工作があった。ソ連軍をアフガニスタンへ誘い込み、サウジアラビアが雇い、送り込んできたサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団を中心に編成した傭兵部隊と戦わせるという内容で、これは成功した。

 アフガニスタンでの工作資金を捻出するためにCIAはヘロインを売る。そのため非合法のケシを栽培する中心地は東南アジア(黄金の三角地帯)からアフガニスタンとパキスタンの山岳地帯へ移動した。中米における工作ではコカインが使われている。

 イスラム革命の翌年、1980年の9月にイラク軍がイランの南部を攻撃してイラン・イラク戦争が始まった。イラクのサダム・フセインはCIAの手先として権力を握った人物で、アメリカ支配層の要請を受けての行動だったのだろう。この戦争でイランはアメリカから武器を調達する必要に迫られ、イランとアメリカとの関係が接近する。

 イラン・イラク戦争は1988年8月に終了、その翌年にイラン大統領となったのはハシェミ・ラフサンジャニ。この政権は新自由主義化を進め、私有化や貿易の自由化を推進した。その結果、少数の大金持ちと多くの貧困層を生み出すことになる。

 当然、イランの庶民は激怒、マフムード・アフマディネジャドが2005年の大統領選で勝利した。新大統領はこうした状況を変えようと試み、まず欧米の金融資本と結びついたパールシヤーン銀行にメスを入れようとしたのだが、成功しなかった。この勢力に西側は期待しているのだろう。

 ハサン・ロウハーニ大統領は西側から「穏健派」、つまりラフサンジャニに近い人物だと見られていたが、西側の思惑通りには動かなかった。そこでトランプ政権による「制裁」につながる。

 イランでは1951年にムハマド・モサデク首相がイギリス系のAIOC(アングロ・イラニアン石油)の国有化を決める。この会社を通じてイギリス支配層はイランの富を盗んでいた。1950だけでAIOCが計上した利益は1億7000万ポンド、そのうち1億ポンドをイギリスへ持ち帰っている。AIOCの筆頭株主はイギリス政府で、発行済み株式の約半分を保有していた、つまりAIOCの利益がイギリスの財政を支えていたのである。イラン国民はほとんど利益を受け取っていない。

 そこでイラン政府はAIOCの国有化を決めたのだが、それに対してイギリス政府はアメリカ支配層の力を借りてクーデターを実行、モサデク政権を倒しているが、その際に米英側はイラン政府が石油をオープン・マーケットで売却することを阻止、イランは経済的に追い詰められた。そこでソ連に接近するのだが、この商談はクーデターで成功しなかった。

 トランプ大統領はこの「成功体験」を再現しようとしたのだろうが、イランの石油の約6割を買っているという中国とインドがアメリカの命令に従わない。イランの石油輸出による収入は今年3月に比べて7月は6割増になっているという。アメリカが仕掛けた経済戦争は裏目に出たようだ。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201809150000/

46. 中川隆[-13603] koaQ7Jey 2018年9月17日 09:41:46 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-18604] 報告
2018.09.16
米国は朝鮮半島の制圧を望み、平和を望まない(その1)

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 ​韓国政府と朝鮮政府はアメリカ政府の反対を押し切り、朝鮮南西部の開城に共同連絡事務所を9月14日に開設​した。文在寅韓国大統領と金正恩朝鮮労働党委員長は今年(2018年)4月27日に板門店で会談、その際の合意に基づくという。

 それに対し、アメリカ政府は朝鮮へ燃料を運ぶ船を追跡するために連合軍を編成するとウォール・ストリート・ジャーナル紙が伝えている。アメリカの有力紙ということで情報の信頼度は高くないが、その報道が事実だとするならば、連合軍にはアメリカのほかイギリス、オーストラリア、ニュージーランド、カナダのアングロ・サクソン5カ国に加え、フランス、韓国、そして日本が含まれる。司令船は横須賀を母港とするブルー・リッジ。言うまでもなく、イギリスとフランスは支配グループが重複する。

 ロシアは9月11日から15日にかけて大規模な演習ボストーク18を実施、日本海でも演習を行った。そのロシア軍とアメリカをはじめとするアングロ・サクソン系5カ国、イギリスと後ろ盾が同じフランス、そして韓国と日本で編成される連合軍は向き合うことになる。東アジアで戦争が始まると、日本は中国だけでなくロシアを相手にしなければならない。その意味を日本人は考える必要がある。

 ドナルド・トランプ米大統領は6月12日にシンガポールで朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と会談、その翌日に朝鮮からのアメリカに対する核の脅威はなくなったとツイートしていたが、遅くとも20世紀の初頭からイギリスとアメリカは海上封鎖で内陸国を締め上げるという戦略に基づいて動いている。

 その戦略をまとめたものが、1904年にハルフォード・マッキンダーが発表したハートランド理論。彼は世界支配の要をロシアだと考え、その地域をハートランドと呼んだ。そのハートランドを締め上げるため、西ヨーロッパ、パレスチナ、アラビア半島、インド、東南アジア諸国、朝鮮半島をつなぐ内部三日月帯を、その外側に日本を含む外部三日月地帯をマッキンダーは想定した。その後、内部三日月帯の上にイギリスはイスラエルとサウジアラビアを作り上げている。

 その前にイギリスは中国に戦争を仕掛けている。アヘン戦争だ。この戦争は中国を略奪する目的で実施されたが、イギリスに中国を占領するだけの戦力はなく、薩摩と長州が実権を握った日本が侵略軍としての役割を果たしている。

 徳川時代の終盤からイギリスは薩長と連携、琉球併合、台湾への派兵、江華島での軍事的な挑発、日清戦争、日露戦争という流れのなかでイギリスの支配層、特に金融資本は重要な役割を果たしている。関東大震災の後、アメリカの巨大金融機関JPモルガンが日本に大きな影響を持つようになったことは本ブログでも繰り返し書いてきた。

 JPモルガンを中心とするウォール街を慌てさせる出来事が1932年に起こったことも書いてきた。ニューディール派のフランクリン・ルーズベルトが次期大統領に選ばれてしまったのだ。このニューディール派政権を倒してファシズム体制を樹立するため、1933年から34年にかけてウォール街がクーデターを計画したことは海兵隊の伝説的な軍人、スメドリー・バトラー少将によって暴露された。この構図は1945年4月にルーズベルトが急死するまで続く。(つづく)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201809150000/

2018.09.17
米国は朝鮮半島の制圧を望み、平和を望まない(その2)


 現在、アメリカの支配層はロシア以上に力を入れて中国の現体制を潰そうとしている。朝鮮半島の問題は米中問題の一部にすぎない。


 ロシアにとっても朝鮮は重要な意味を持っている。高速鉄道やエネルギー資源を運ぶパイプラインでロシア、中国、そして朝鮮半島をつなごうと考えているのだ。ロシアのドミトリ・メドベージェフ首相は2011年夏にシベリアで金正日と会談、朝鮮がロシアに負っている債務の90%(約100億ドル)を帳消しにし、10億ドルの投資をすることで合意、14年にロシア議会はこの合意を承認した。

 朝鮮側もこの申し出に前向きの姿勢を見せ、2015年の行われる対ドイツ戦勝利70周年記念式典へ金正日が出席することも決まったが、11年12月に金は死亡してしまう。その後、朝鮮はロシアの構想にとって好ましくないこと、つまりアメリカにとって好都合なことを繰り返しすことになる。

 アメリカ支配層はヨーロッパでロシアとの国境近くにミサイルを配備し、中東や北アフリカでは自国軍で侵略したり、傭兵軍を送り込んで破壊と殺戮を繰り返してきた。

 1989年にベルリンの壁が壊され、90年には東西ドイツが統一された。その際、アメリカの国務長官だったジェームズ・ベイカーはソ連のエドゥアルド・シェワルナゼ外務大臣に対し、統一後もドイツはNATOにとどまるものの、東へNATOを拡大することはないと約束したことが記録に残っている。それをミハイル・ゴルバチョフも信じて統一を認めたわけだが、アメリカは約束を守らなかった。

 すでにNATO軍はロシアの玄関先まで到達、軍隊を配備し、ミサイルを設置してロシアを恫喝している。その結果として軍事的な緊張は高まり、全面核戦争の危険性は冷戦時代よりはるかに高まってしまった。これがドイツ・モデル。

 また、ジョージ・W・ブッシュ政権の要求に従い、リビア政府は2003年に核兵器や化学兵器の廃棄を決定したが、アメリカは約束を守らずに「制裁」を続ける。2010年にはバラク・オバマ大統領がムスリム同胞団を使った侵略計画(PSD11)を作成、「アラブの春」という形でリビアは侵略され、破壊、殺戮、略奪で現在は暴力が支配する破綻国家だ。これがリビア・モデル。

 ベトナム戦争でアメリカ軍は負けたが、その戦争でベトナムの国土は惨憺たる状態。アメリカ軍による「秘密爆撃」ではカンボジアやラオスでも国土が破壊され、多くの人々が殺された。戦闘では通常兵器だけでなく、化学兵器の一種である枯れ葉剤(エージェント・オレンジ)やナパーム弾が使われている。CIAのフェニックス・プログラムでは人々を殺すだけでなく、共同体を破壊した。

 ソ連が消滅してから3年後の1994年にアメリカはベトナムに対する「制裁」を解除するが、その代償としてベトナムは新自由主義を受け入れる。IMFなどの「毒饅頭」を食べることになったのだ。しかもベトナム戦争中にアメリカ側が行った犯罪的な行為は不問に付され、ベトナムの庶民は低賃金労働者として西側巨大資本の金儲けに奉仕させられている。これがベトナム・モデル。

 アメリカの支配層が朝鮮半島で目論んでいるのはこの3モデルのひとつだろう。真の意味の平和など望んでいない。その先には中国やロシアを侵略するというプランがあるはずだ。それが19世紀から続くアングロ・サクソンの長期戦略。

 韓国、朝鮮、中国、ロシアが東アジアの平和、そして経済発展を望んでいるのに対し、アメリカやイギリスは侵略による略奪を目論んでいる。共同連絡事務所の開設と連合軍の編成は象徴的だ。(了)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201809170000/

47. 中川隆[-13601] koaQ7Jey 2018年9月17日 21:36:08 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-18610] 報告

2018.09.17
米支配層が体制転覆を目論むベネズエラの大統領が中国を訪問した意味
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201809170000/


ベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領が9月13日に中国を訪問、翌日には習近平国家主席と会談した。ベネズエラはドナルド・トランプ政権から経済戦争を仕掛けられて苦境にあり、対抗して中国やロシアとの関係を深めようとしてきた。中国はベネズエラに多額の融資をする一方、石油を輸入している。

 ​ニューヨーク・タイムズ紙​は9月8日付けの紙面でトランプ政権が昨年(2017年)からベネズエラの反体制派の将校と秘密裏に会い、マドゥロ政権の転覆について話し合っていると伝えている。

 5月22日にベネズエラ政府はトッド・ロビンソン米大使と上級外交官のブライアン・ナランジョに対し、「軍事的な陰謀」を理由に、48時間以内に国外へ出るように命じていた。アメリカ国務省はベネズエラ政府の主張を否定していた。

 トランプ政権はベネズエラ政権を転覆させようとしていることを隠していなかった。例えば、2017年7月にCIA長官だったマイク・ポンペオはベネズエラの「移行」が期待できるとアスペン治安フォーラムで語っている。8月にトランプ大統領はベネズエラへの軍事侵攻を口にし、​ニッキー・ヘイリー国連大使​はベネズエラに対して「独裁制」を許さないと語った。

 勿論、ベネズエラは民主的な体制であり、ヘイリーの主張は嘘だ。民主的な体制を破壊して独裁体制を築いてきたのがアメリカであり、ラテン・アメリカを舞台にした第2次世界大戦後の有名なケースには1954年のグアテマラや1973年のチリがあるが、それ以外にもアルゼンチン、ボリビア、ホンジュラスを含む国々でも軍事クーデターが実行されている。

 現在まで続くベネズエラに対するアメリカ政府のクーデター計画は1999年から始まる。この年に大統領となったウーゴ・チャベスがアメリカから自立した体制を築こうと考えたからだ。2001年に始まるジョージ・W・ブッシュ政権は02年にクーデター計画を始動させた。

 ​このクーデター計画で中心になったのはイラン・コントラ事件に登場するエリオット・エイブラムズ、キューバ系アメリカ人で1986年から89年にかけてベネズエラ駐在大使を務めたオットー・ライヒ、そしてジョン・ネグロポンテ国連大使​だ。

 ネグロポンテは1981年から85年にかけてホンジュラス駐在大使を務めていたが、そのときにニカラグアの革命政権に対するCIAの秘密工作に協力、死の部隊にも関係している。2001年から04年までは国連大使、そして04年から05年にかけてはイラク大使を務めた。

 2002年のクーデター計画は失敗に終わる。事前にOPECの事務局長を務めていたベネズエラ人のアリ・ロドリゲスからウーゴ・チャベス大統領へ知らされたためだが、それでアメリカ支配層があきらめることはなかった。

 例えば、​ウィキリークスが公表したアメリカの外交文書​によると、2006年にもベネズエラではクーデターが計画されている。「民主的機関」、つまりアメリカの支配システムに操られている機関を強化し、チャベスの政治的な拠点に潜入、チャベス派を分裂させ、それによってアメリカの重要なビジネスを保護し、チャベスを国際的に孤立させるとしている。

 この計画も成功しなかったが、チャベスは2013年3月、癌のため、58歳の若さで死亡した。アメリカは発癌性のウィルスを開発、実際に使っていると言われているが、チャベスのケースがそれに該当するかどうかは不明だ。

 チャベスの後継者として大統領になったのがマドゥロ。アメリカの経済攻撃に対抗するため、ドル離れを決断、石油取引の決済に人民元を主とする通貨バスケット制を採用する方向へ動き出した。アメリカへ預けていた金塊も引き揚げている。

 今年、ベネズエラの国家警備隊は創設81周年にあたる。そこで首都カラカスでは軍事パレードが催されたが、その最中、暗殺未遂事件が引き起こされた。爆弾を搭載した数機のUAV(無人機)による攻撃で、いずれも撃墜されたようだ。マドゥロ大統領が狙われたと見られている。

 ベネズエラやイランなどアメリカが体制転覆を目論んでいる国と中国はロシアと同様、手を組んできた。その中国は一帯一路(陸のシルクロードと海のシルクロード)という交易を促進するプログラムを打ち出しているが、それをラテン・アメリカへも伸ばすようにマドゥロは求めているようだ。


 海のシルクロードの東端は南シナ海から東シナ海にかけてだが、一帯一路に脅威を感じているアメリカ支配層はその海域における軍事的な支配を強めようとしている。日本政府は属国としてアメリカの戦略に従っている。この戦略が日本の利益に反していることは本ブログで書いてきた通り。

48. 中川隆[-13584] koaQ7Jey 2018年9月18日 12:19:01 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-18619] 報告

アメリカの偽りの歴史
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2018/09/post-60bc.html
2018年9月18日 マスコミに載らない海外記事


2018年9月14日 Paul Craig Roberts

 デヴィッド・レイ・グリフィンは、私が読めるより早く本を書く。そこで私は、悪魔的偽旗帝国という書名にした方が良かったと示唆している、グリフィンによるアメリカ合州国の歴史: 『The American Trajectory: Divine or Demonic?』のエドワード・カーティン書評を借用する。
https://www.amazon.com/American-Trajectory-Divine-Demonic/dp/0998694797/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1536407631&sr=1-1&keywords=David+Ray+Griffin

 グリフィンの著書は非常に素晴らしいもので、洗脳されたアメリカ超愛国者を激怒させるのは確実だが、他の国々に対するワシントンの侵略が、政治家やマスコミやと御用歴史家の高潔な言い回しによって、いかに隠蔽されているかを徹底的に立証している。“アメリカ例外論”の尊大さと傲慢と無知が、核のハルマゲドンによる絶滅の軌道に向けて、世界を固定していると私は考えている。

 カーティンは、グリフィンが、ジョン・F・ケネディ大統領の評価で、グリフィンほど注意深い学者にしては稀な途方もない間違いをしていると指摘している。ケネディ大統領は、アメリカの軌道を、悪魔的な道から変えようと試み、その企てゆえに、自身の政府によって殺害された大統領だった。だが、私が前に言った通り、全てのことを知っている人はいない。我々は他の人に頼らねばならないことが多く、他の人々も間違いをするのだ。

 ワシントンの侵略戦争のグリフィンによる説明、あるいは、おそらく、カーティンの書評で単に触れられなかっただけの一つの省略は、南部連合国に対するワシントンの侵略と戦争犯罪だ。北部諸州の侵略には、一般市民に対する戦争遂行や、彼らの生活手段の意図的な破壊も含まれる。アメリカとイギリスによるドイツの都市への焼夷弾爆撃と、ワシントンによる原子爆弾での長崎と広島の破壊と、当時は変わらないものだ。

 ワシントンは、道徳がその帝国を邪魔するのを決して許したことがない。

 ワシントンは、条約や国内法が邪魔するのを決して許したこともない。例えば

-チェイニー/ブッシュ政権は、1971年に議会で成立し、ニクソン大統領が署名した非拘禁法に違反した。

-チェイニー/ブッシュ政権は、上院が1994年に批准し、世界のどこにおいても、アメリカ政府職員が誰かを拷問することを禁じるアメリカ法に裏打ちされた拷問等禁止条約に違反した。

-チェイニー/ブッシュ政権は、一方的に弾道弾迎撃ミサイル制限条約から脱退した。

-トランプ政権は、一方的にイラン核合意から脱退した。

-オバマ政権はアメリカ憲法による適正手続きの保護を拒絶し、起訴、裁判、有罪判決無しに、アメリカ国民を恣意的に暗殺した。

 上記の例は単に表面を引っ掻いたものに過ぎない。ワシントンが無効にした様々なアメリカ・インディアン部族とのあらゆる条約をお考え願いたい。

 ワシントンの約束は無意味なのだから、イランとロシアがワシントンと無価値な協定を結ぶのは謎だ。答えは、希望が経験より優先するということに違いない。

 Paul Craig Robertsは元経済政策担当の財務次官補で、ウオール・ストリート・ジャーナルの元共同編集者。ビジネス・ウィーク、スクリプス・ハワード・ニューズ・サービスとクリエーターズ・シンジケートの元コラムニスト。彼は多数の大学で教えた。彼のインターネット・コラムは世界中の支持者が読んでいる。彼 の新刊、The Failure of Laissez Faire Capitalism and Economic Dissolution of the West、HOW AMERICA WAS LOST、The Neoconservative Threat to World Orderが購入可能。


悪魔のような偽旗帝国
エドワード・カーティン
https://www.lewrockwell.com/2018/09/edward-curtin/a-diabolic-false-flag-empire-a-review-of-david-ray-griffins-the-american-trajectory-divine-or-demonic/

 過去は死んではいない。眠っているのは人々だ。我々がうなされている現在の悪夢、忌まわしい白日夢は、現在にまで続く、我々の過去の奥深く焼きついている殺人に起因するのだ。いくら記憶喪失を装っても、アメリカ史の血まみれの真実、我々が自身に与えた安物の恩寵を消し去ることはできない。ハロルド・ピンターがノーベル賞講演で語ったように、我々は“ウソの巨大な織物”我々を取り巻く、虚無的な指導者や、連中の代弁人マスコミが極めて長い間が語ってきたウソを食べ物にしている。真実の抑圧と、国内と外国での、何百万人もの人々の残虐な殺害の積極的、あるいは沈黙の共犯者であることを認めないことで、我々は良心の呵責を感じているか、感じるはずなのだ。

 だが、ピンターが言った通り“途方もない困難が存在していますが、我々の生活と社会の本当の真実を明らかにするという、市民として、ひるまず、動じない強い知的決意は、我々全員に託された極めて重要な義務であると私は思います。それは実際、必須の義務です。”

 この高貴な取り組みで、2001年9月11日の攻撃以来、次から次の著書で、丹念にアメリカ帝国の裏面と、その悪の主人たちを暴露するデヴィッド・レイ・グリフィン以上に象徴的な人物はいない。人々に手を差し伸べ、彼らに攻撃の結果の恐怖を警告しようとする彼の粘り強さは類まれだ。彼の哲学と神学の著書を除いて、これは2004年以来、こうした生と死や世界の未来という重要な問題に関する彼の15冊目の著書だ。

 この素晴らしい本で、最初のヨーロッパ人入植者到着の初めから、この国、アメリカは神の力によって設立され、導かれたというあらゆる言説にもかかわらず、“良性というよりは悪性で、神のようにと言うより悪魔的だ”という説得力ある歴史的主張を彼はしている。主張を証明する詳細な文献で裏付け、彼は年代順に、この歴史を提示している。彼の以前の著書『Bush and Cheney: How They Ruined America and the World』で、グリフィンは、9月11日の内部犯行/偽旗攻撃に続く、悪の行為を羅列したが、その前日談の本書では、彼は、何世紀もさかのぼるアメリカ史の教訓を示し、アメリカ合州国を“偽旗帝国と呼んだ方が正しいことを示している。

 2001年9月11日の攻撃は、彼の二冊の本がそれを軸にしている偽旗作戦だ。何千人もの無辜のアメリカ人の死を招いた行為本来の残虐さゆえのみならず、それが世界中の何百万人もの人々に死をもたらした“対テロ戦争”と呼ばれるアメリカ合州国による進行中の残忍な軍事作戦の正当化になっているので、あの攻撃の重要性は強調しすぎることはない。international array of expendable people。Terrifying as they were、and were meant to be、この歴史の多くは闇に隠されているとは言え、彼らには多数の前例があるのだ。

 グリフィンは、そこに光を当てており、彼の分析の大半は、1850年-2018年の期間に集中している。

 神学と哲学の学者として、社会として、国民をテロと、生活の無数の恐怖から守る方法、保護の神話によって アメリカ合州国が他の国々を脅すのに、巧みに利用してきた、非宗教的な支配者にとっての、宗教的正当化の必要性の重要性を彼は十分承知している。アメリカが神に“選ばれた国”として、アメリカ人が神に“選ばれた人々”として正当化に使われる用語が、宗教からの分離と、多元的共存が根付くにつれ、時代とともにいかに変わったかを彼は示している。名前こそ変わったが意味は変わっていない。神は我々の側にあり、そうであれば、相手側は呪われており、常に悪魔(el diabalo)と戦っている神が選んだ人々に殺されてしかるべきなのだ。

 国を導く“見えざる手”と“神意の代理人”について語ったジョージ・ワシントンの最初の就任演説から始め、“私は全身全霊で、アメリカ例外論を信じている”というオバマの言葉を引用して、これを実証し、この二つの間に、アンドルー・ジャクソンの言う“天祐がこの祝福された土地に、無数の天の恵みをどっさり与えてくださった”や、1900年、アメリカが神から与えられた任務を“自明の宿命説”と特徴付けたヘンリー・カボット・ロッジがある。現在のアメリカの宗教はアメリカ例外論、古めかしい“神の新イスラエル”やら“世界の救い主”の更新版の遠回しな言い方。

 このことば遣いの中核には、ヒラリー・クリントンが、“我々は善なので、我々は偉大だ”と言って、2016年大統領選挙運動中に宣言したように、また2004年、ジョージ・W・ブッシュが“我々以前の世代と同様、我々には自由のために戦うよう、空から与えられた天命がある”と言ったように、祝福された良き国として、“民主主義”と“自由”を世界中に広める神から与えられた任務があるというアメリカ合州国の妄想がある。グリフィンが実証している通り、そのような決まり文句は、時折、アメリカの暴力的指導者によって“自由”にされた無数の犠牲者による嘲笑いを受けるだけでしかない。

 神に与えられた立場というアメリカの主張の事実を明らかにした後、アメリカ合州国が善良か悪性かという問題で、一方の側についた様々な思想家を彼は検証する。これは全て、この本の核心、アメリカの軌道の中核にある悪性度を立証する歴史の教訓への準備だ。

 “アメリカ帝国主義は、キューバとフィリピンが主な獲物だった1898年に始まったと言われることが多い”と彼は始めている。“とは言え、その時点で新しかったのは、アメリカが北アメリカ大陸外の国々を支配したということだけだ”。他者の土地を強奪し、彼らを殺害する“神の権利”は、通常の帝国主義の解釈である海こそ渡っていないものの、ずっと前から始まっており、アメリカ先住民の大量虐殺は、1898年よりずっと前のことだった。メキシコとの戦争と、メキシコの土地占領と、太平洋へと西への拡張を推進した“自明の宿命説”もそうだった。この帝国形成期は、“人類に対する他の大罪”つまり奴隷制度自身の吐き気がする残虐性に加え、1000万人のアフリカ人が亡くなったと推計されている奴隷貿易に大きく依存していた。“手口がいくら残虐であろうとも、アメリカ人は神の目的の道具なのだ”とグリフィンは書いている。更に、彼は、1850年に、ペリー提督がアメリカの商業のため、砲艦外交によって“傲慢な日本”に開港を強いており、海外でのアメリカの帝国主義的冒険が、1898年に始まったということさえ真実でないと正しく付け加えている。

 1898年、キューバとフィリピンの占領と、ハワイ州併合で終わった“米西戦争”で、海外での帝国拡張のペースが劇的に速くなった。これらの戦争は“スペイン植民地奪取戦争”と呼んだ方がより正確だとグリフィンは言う。これらの行為の残虐さと傲慢さの彼による分析は、ソンミ村虐殺事件や、他のより最近の虐殺事件には、国家構造の一部として、長い伝統があることを読者に認識させ、フィリピン人やキューバ人や非常に多くの他の人々が虐殺される中、グリフィンは書いている。“‘我々は帝国主義をしない’というドナルド・ラムズフェルド国防長官の宣言を予想して、マッキンリー[大統領]は言った。帝国主義は‘この自由で寛大な国民の気質や才能になじまない。’”

 おそらくそうした全くのたわごとに対する唯一の反応は、当時、今と同様、狂った笑いで、グリフィンが、フィリピン国旗を作るのは簡単だというマーク・トウェインを引用している。

 我々のいつもの国旗を使い、白い線を黒く塗り、星を頭蓋骨と交差した骨に置き換えさえすれば良い。

 これは、モンロー・ドクトリン・イデオロギーのもとで従属させられたコロンビアやパナマ、プエルトリコ、ドミニカ共和国、ハイチ、ニカラグアや他の国々にも当てはまるはずだ。どこであれ、自由と国家独立が、その醜い頭を上げると、アメリカ合州国が、すぐさま強力な反革命軍隊と財政的いじめで介入する。極東では、中国、日本や他の国々を略奪するのに“門戸開放”政策が利用された。

 だが、こうしたこと全て、始まりに過ぎなかった。アメリカを第一次世界大戦の局外に保ちたがったと主張する、典型的なずる賢い不誠実なリベラル民主党政治家ウッドロー・ウィルソンが、彼の資本家のご主人たちが要求したアメリカによる外国市場支配を確実にするため、いかに正反対のことをしていたかをグリフィンは示している。ウィルソンが、ルシタニア号沈没を、開戦の理由として利用するのに、いかにウィンストン・チャーチルと共謀したか、また、ヴェルサイユ条約によるドイツの厳しい扱いが第二次世界大戦のお膳立てをしたかをグリフィンは探っている。

 二つの世界大戦間の時代に、ロシアと新ソ連の悪魔化がいかに始まったかを彼は説明してくれる。現在、全力でがなり立てているこのロシア非難は、アメリカの軌道で、繰り返される主題だ。その重要性はいくら強調しても、しすぎることはない。ウィルソンは、ボリシェヴィキ政府を“テロによる政府”と呼び、1918年には“数千人の兵士を北部と東部ロシアに派兵し、1920年までそこに駐留させた。”

 アメリカがロシアを侵略したという事実は触れられることが稀で、アメリカ人にはほとんど知られていない。おそらく、一世紀にわたるソビエト社会主義共和国連邦/ロシアの悪魔化の認識は、“ロシアゲート”と呼ばれる現在の反ロシア・プロパガンダを信じている人々を啓発するはずだ。

 海外での帝国主義的干渉という“神の”行為に対応させて、ウィルソンは、国内で、赤の恐怖を醸成したが、グリフィンが言う通り、それが今日に至るまで存在しているアメリカ人の急進思想や革命への恐怖を作り出し、世界中の残虐な独裁者支持と、国内での自由弾圧(現在起きているような)の正当化として機能するので、それには持続的な、計り知れない重要性があるのだ。

 彼はアメリカが支持した何人かの独裁者について簡単に要約し、もう一人のリベラルな民主党政治家フランクリン・ルーズベルトの残虐なニカラグア独裁者アナスタシオ・ソモサにまつわる有名な発言“彼はろくでなしかもしれないが、彼は我々のろくでなしだ”を挙げている。かくして、ソモサが、43年間もニカラグア国民を脅すことになったのだ。同じことが、キューバ、チリ、イラン、グアテマラ、ドミニカ共和国、ハイチなどで起きた。アメリカはムッソリーニも支持し、フランコのファシストがスペイン共和国を打倒するのを防ぐために何もせず、蒋介石右翼政権による中国支配の取り組みを支持していた。

 世界中でのアメリカ行動の悪魔的本性を裏付ける実に暗く醜い歴史だ。

 更に、グリフィンは、いわゆる“良い戦争”の第二次世界大戦にまつわる多くの神話を論破する。彼は日本の真珠湾“奇襲”について語られているウソを説明している。ルーズベルトが、太平洋とヨーロッパの両方で、どれほどアメリカを参戦させたがっていたか。どれだけのアメリカの経済的私利がその背後にあったか。残虐なファシスト政権との戦いで、自由を愛する人々をアメリカは献身的に守ろうと望んでいたという神話を彼は批判する。彼によれば、それは歴史の一部に過ぎない。

 ところが、これは第二次世界大戦中のアメリカ政策の正確な姿ではない。多くの人々が、確かに、連合軍の勝利によって、恐ろしい独裁から解放された。だがこれらの人々が恩恵を受けた事実は偶然の結果で、アメリカ政策の動機ではない。これらの政策は[アンドリュー]ベースヴィッチが発見した通り‘倦むことを知らない私利’に基づいていた。

 更に、広島と長崎に対する原子爆弾攻撃だ。グリフィンが示している通り、これ以上悪魔的なものはあり得ない。もしも、こうした一般市民の血も涙もない大量虐殺と、それを正当化するためにつかれたウソが、don’t convince読者を、アメリカ史の核心には、長期にわたり、何かradically evil、nothing will。ドワイト・アイゼンハワーや、トルーマンの首席補佐官、Admiralウィリアム・D・リーヒーを含むトルーマンと彼の顧問たちや軍幹部連中が、原子爆弾投下は戦争を終わらせるのには不要だと知っていたが、連中はそれでも投下したことを、グリフィンは示している。

 クリントンによる壊滅的打撃を与える経済制裁の結果としての、500、000人以上のイラク人児童の死は、それだけの価値があったと考えるのかという質問へのクリントンの国務長官、マデレーヌ・オルブライトの答えを彼は想起させている。“でも、思うに代償は、その値打ちはあるのです。” (彼女が話した時も、これら戦争犯罪は継続中なので、“です”と言ったことに注目) だが、この人物は“我々は必要欠くべからざる国民です。我々は堂々としています”と言った同じ人物だ。

 グリフィンは、他の何章かを、様々な話題の中でも、冷戦の創造、冷戦中のアメリカ帝国主義、冷戦後の介入、ベトナム戦争、世界支配への衝動、偽旗作戦に割いている。偽旗作戦については、“実際、アメリカ帝国の軌道は、この種の攻撃に大いに依存しているので、偽旗帝国と表現できるほどだ”と彼は述べている。偽旗作戦の章では、本の中で、スイス人歴史学者ダニエル・ガンサーが広範囲に実証した、共産主義者と社会主義者の信用を傷つけることを狙って、ヨーロッパ中で行ったアメリカ/NATOテロ作戦、グラディオ作戦を含む、アメリカが関与した多くの偽旗作戦を論じている。そのような作戦は、OSSや、CIAや、その長官アレン・ダレスや、彼の腹心の部下、ジェームズ・ジーザス・アングルトンや、連中のラインハルト・ゲーレン少将のようなナチス共犯者と直接つながっていた。そうした攻撃のひとつで、1980年、イタリア鉄道のボローニャ駅で、こうしたアメリカ・テロリストが、85人を殺害し、20人を負傷させた。サウジアラビアが今日イエメン人生徒に投下した爆弾は、アメリカ軍用に製造されたものだ。これら実証されたアメリカの残虐行為に関して、グリフィンはこう言っている。

 “こうした暴露は、アメリカ国民が広く信じている前提の虚偽を示している。アメリカ軍が敵に対しては、時にとんでもないことをすることは認めていても、大半のアメリカ人は、アメリカ軍指導者は、政治目的のために、同盟諸国の無辜の一般市民を殺害するよう命じないはずだと思い込んでいる。グラディオ作戦が、この前提がいつわりであることを示している。”

 彼は正しいが、この黒幕指導者連中は、軍同等、あるいは軍以上に、文民であることを補足したい。

 “ノースウッズ作戦”の場合、ケネディ大統領に、アメリカによるキューバ侵略の正当化になるこの偽旗作戦提案をしたのは統合参謀本部だった。アメリカ国内でのアメリカ国民殺害や爆撃や旅客機乗っ取りなどが起きていたはずだった。ケネディ大統領は、そういう連中や、そういう計画を非常識と考え、そういうものを拒絶した。他の多くの大統領連中だったら、承認していたはずのことに対する彼の行動が多くを物語っている。そして、またしても、一体どれだけ多くのアメリカ人が、記録として残され、容易に入手可能なこの邪悪な提案のことを知っているだろう? 一体何人がこのことを熟考したいと望んでいるだろう? 歴史の事実から目を逸らし、アメリカ支配者の本質的な善を信じ続けるのを打ち砕くのは大変な難題だ。グリフィンは、まさにそれをしようとして、2001年9月11日に関し、かなり多数の本を書いている。

 だが、歴史的事実を進んで受け入れる気があるなら、この素晴らしい本は、アメリカ支配者連中による行動の長年にわたる悪魔的本性に開眼させてくれる。読者は、自ら課した空想の世界中で暮らしているのでない限り、明快に提示されている歴史に影響されずに、本書を読み終えることはできない。連中の実績は明白で、グリフィンは、その全てのあからさまな恐怖を詳細に描いている。アメリカは“良いこと、悪いこと、両方をしているので、純粋に神々しいとか、純粋に悪魔的だとか呼ぶのは分別あることではない”と言っているのではない。そういう純度の疑問は、基本的な真実をあいまいにするのが狙いだ。そして、彼が副題で問うている疑問 - 神のようか、悪魔のようか? - 実際は答えを必要としない修辞疑問で、アメリカ史の“軌道”ということになれば、悪魔が楽勝だ。

 グリフィンが読者を失望させている一カ所を指摘しなければ、私は怠慢ということになろう。素晴らしい事実と分析に満ちた長いベトナムの章で、彼らしくない致命的間違いをしている。この間違いは、ケネディ大統領のベトナム政策に関する4ページ部分にある。そのページで、グリフィンは、ベトナムに関して、ケネディが顧問連中やCIAや軍と一致していたと描いている、証拠や事実に全く敬意を払っていないノーム・チョムスキーの酷い著書『Rethinking Camelot: JFK、Vietnum War, and US Political Culture』(1993年)に依拠している。これは事実の上で間違いだ。グリフィンは、より慎重にし、これを理解すべきだった。彼を孤立化させるのが狙いで、彼の指示を無視し、ベトナムでの連中の目標を実現するために彼を殺害した悪魔のような連中に、ケネディは包囲され、取り囲まれていたのが真実だ。彼の最後の年、JFKは、ベトナムにおいてのみならず、ソ連やキューバや世界中について、和平に向けた根本的転換をしていた。そのような転換は、戦争愛好者連中にとって受け入れ難いものだった。そこで、彼は死ななければならなかった。彼のケネディ憎悪が動機で、おそらくは、何かより悪意からのチョムスキーのごまかしとは逆に(彼はウォーレン委員会も支持し、JFK暗殺はたいしたことではないとし、2001年9月11日攻撃の明らかに偽りの公式説明を受け入れている)、グリフィンは、ケネディが1963年10月11日に、ベトナムからのアメリカ軍撤退を要求する命令NSAM 263を出しており、彼が暗殺されて一カ月後、リンドン・ジョンソンが、この撤退命令を、NSAM 273でひっくり返したことを強く主張すべきだった。チョムスキーがそう言っても、あらゆる最高の研究や文書証拠が、これを証明している。素晴らしい学者のグリフィンが、ケネディからジョンソンへの交代を“この大統領交代は政策の基本的変化をもたらしていない”と書いているのは衝撃的な間違いだが、真実に熱心な人物のグリフィンは単にうっかりして、おろそかになったのだと思う。これほど真実から隔たっていることは他にない。

 悪魔的進路をゆくアメリカ歴史の軌道を変えるための取り組みで、自分の生命を犠牲にした、一人の極めて重要な人物、ジョン・ケネディ大統領を忘れて、グリフィンは、実に論理的に彼の主張の正しさを説明しているのは皮肉なことだ。

 これは、アメリカ外交政策の悪の本質を疑うあらゆる人々にとって必読書たるべき極めて重要で素晴らしい本の中の一つの間違いだ。もしこのまま続けば、世界を核による忘却へと運んでいる軌道を変える助けになる必要な歴史的情報源と刺激を得られるのだから、既に確信している人々も読むべきだ。

 夢のような願望だが、もし『American Trajectory: Divine or Demonic?』が、アメリカの学校や大学の必読書になれば、おそらく、アメリカの悪魔を天使に変えるための新世代が立ち上がり、将来のアメリカ道徳世界の弧を公正へと向け、実に長期間そうあり続けている、現代世界最大の暴力の流布者であることを止めるだろう。

記事原文のurl:https://www.paulcraigroberts.org/2018/09/14/americas-false-history/

49. 中川隆[-13336] koaQ7Jey 2018年10月17日 13:36:41 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-19279] 報告

欧米的「理性」からの脱却
http://opera-ghost.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/post-92a8.html


〈我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか〉
Paul_gauguin


ポール・ゴーギャンがタヒチ島で描いた絵のタイトルである。

明治維新以降、日本政府はヨーロッパ諸国やアメリカ合衆国を目標として、富国強兵に務めた。幕末期にペリーの黒船や、英仏軍の大砲の威力を目の当たりにし、「このままでは日本は植民地になってしまう!」という危機感がそこにはあった。西洋をお手本とした近代化は急務であった。

第二次世界大戦で焼夷弾による(東京・大阪などへの)大空襲や原爆投下で日本は焦土と化し、惨憺たる敗戦後に我が国が最大の指標=目指すべきGoalと見做したのはアメリカ合衆国である。それはGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)占領政策の成果でもあった。ハリウッド映画や、1950年代から開始されたテレビ放送の中で見る、アメリカ中流家庭の豊かさは日本人の憧れとなった。テレビ・洗濯機・冷蔵庫という電化製品は「三種の神器」と呼ばれ、我々の親世代はがむしゃらに働いた。その結果、昭和40年代(1965年以降)の日本人は"economic animal"と揶揄された。

そして21世紀となり、いつの間にか日本人はヨーロッパ諸国やアメリカ合衆国を追い抜かし、豊かな国に暮らしていた。最早規範とすべき国はなく、欧米が築いた近代合理主義・科学技術文明を盲目的に賛美し、追従する時代はとうの昔に終わった。我々は今後、独自の道を模索していかなければならない。

欧米諸国の人々の多くはキリスト教徒である。アメリカ合衆国では国民の78.4%がクリスチャンであり、うち51.3%をプロテスタント、23.9%をカトリック教徒が占めている(2008年ピュー・フォーラムによる調査)。


実際、アメリカ人は教会によく行く。総人口の四割、一億人以上が毎週あるいは定期的に、おのおのの教会に礼拝に行くという国は、先進工業国ではほかにはない。
      (ハロラン芙美子 著「アメリカ精神の源」より)

アメリカでは2009年に正教会、カトリック教会、そしてプロテスタントの福音派指導者が合同で「マンハッタン宣言」を発表し、人工妊娠中絶や同性愛という「罪」を容認する法制度に対して、異議を唱えた。1920年代にはテネシー、オクラホマ、フロリダ、ミシシッピー、アーカンソーの各州において、公立学校でダーウィンの進化論を教えてはならないという州法が存在した(進化論は旧約聖書の記述に合致しないので)。なおケネディはカトリック教徒であり、ジョージ・W・ブッシュを支持したのは反中絶・反同性愛を叫ぶキリスト教原理主義(Christian fundamentalism)の人々であった。つまりアメリカ合衆国は宗教国家であることを見逃してはならない。

ユダヤ教やキリスト教にはアントロポモルフィズム(人間形態主義/人神同形論)つまり、神を人間と同じような姿で想像するという基本理念がある。それは旧約聖書の「創世記」にはっきりと書かれている。神は最初の男アダムを神に似せて創造した。そして最初の女イヴはアダムの肋骨から創られた。つまり人は神の似姿なのである。だからすべての動・植物の中で人間は一番偉く、自然を自由にコントロールしたり、生殺与奪の権利を持っていると彼らは考える。地球上に於いて人は神に最も近い存在であり、万物のリーダーとしての重責を担っているというわけだ。

欧米人と日本人との思考の違いは「庭」のあり方に典型的に現れている。野趣あふれる日本庭園は野山(自然)の中に在り、自然と一体化しようと欲する。一方、初期イギリス式庭園やフランス式庭園、イタリア式庭園は幾何学模様や生け垣による迷路など人工的産物であり、自然を型にはめ、人の意思で徹底的に管理しようとする。アメリカ合衆国郊外の建売住宅地に見られる広い芝生の庭も然り(その起源は英国貴族の庭園にある)。

旧ソビエト連邦の社会主義リアリズムとは人類の進歩と発展を信じると同時に、人間の理性の普遍性を信じる芸術(美術・音楽・文学)だった。人類は進歩の結果、やがて理想の共産主義を建設するのであり、共産主義が最高の発展段階である以上、それを設計した人間の理性もまた最高のものでなければならない、というわけである。共産主義は唯物論だ。唯物論とは宇宙の根本は物質であり、「神はいない」という思想である。だから社会主義リアリズムの最終目標は人類(共産党員)=神になればいい、ということになる。ここにキリスト教思想の残滓がある。余談だが唯物論の根本的誤りはエネルギーを無視していること。世界は確固たる物質で構成されているのではなく、突き詰めれば全てはエネルギーであるというのが量子力学の考え方だ。

欧米の白人は有色人種に対して差別意識を持っている。これは衆目の一致するところだろう。しかし彼らの

@アフリカ大陸の黒人や南北アメリカ先住民、オーストリア先住民(アボリジニ)に対する扱いと、

Aインド人やアジア人に対する扱い

に明らかな違いがあることにお気づきだろうか?

@アフリカの黒人たちは奴隷としてアメリカ大陸に売り飛ばされた。南北アメリカの先住民やアボリジニたちは無慈悲に大量虐殺され、「居住区」という名の不毛の地に強制的に移住させられた。そして豊穣で住心地の良い場所は白人が独占した。一方、

Aインド人が奴隷売買の対象になることはなかったし、居住地に関してアジア人が南北アメリカ先住民のような扱いを受けることもなかった。一体全体この差異は何なのか?

アフリカの民族、南北アメリカ先住民、アボリジニに共通する特徴は無文字社会であるということだ。だから欧米人は彼らのことを「未開 primitive」と見做した。未開人は知能が獣レベルであり、家畜同様に扱ってもいいという発想が根本にある。文字による記録=歴史がないが故に、アフリカは「暗黒大陸」と嘲笑された。だからアラビア語を使用するアラビア半島や北アフリカの人々は、中〜南部アフリカの無文字社会の人々よりは遥かにマシな扱いを受けた。彼らの肌が白いということとも無関係ではないだろう。つまり欧米人は肌の色と、文字を持つかどうかという2つの観点から他文明を差別(階層)化していたのである。彼らがいくら屠殺しても構わないと考える牛や豚と、「知性があるから捕鯨を絶対認めない」と主張するクジラやイルカの扱いに差を設けるのも、同じ理屈である。

19世紀末のオーストラリアではスポーツハンティングという名の虐殺が日常のように行われていた。詩人メアリー・ギルモアは幼少期の思い出を「シドニー・モーニング・ヘラルド」紙(1938年3月4日)に次のように書いている。


水飲み場の周辺に何百人ものアボリジニが死んでいた。大人たちが集まり、アボリジニの狩りに出かけるところを何度も見た。欧州から獰猛な狩猟犬が輸入された。アボリジニたちを狩りだし、食い殺させるためだった。ある時は小さな子供たちが、野犬のように撃ち殺された両親の遺体のかたわらで死んでいるのも見た。

そもそもオーストラリア政府はアボリジニを国民とみなしていなかったので、人口動態国勢調査対象からも外し続け、アボリジニを人口統計に入れたのは1973年の憲法改正以降であった。現在、アボリジニの人口はイギリス人の入植前と比較し、10分の1以下に減少した。またタスマニア島にいた3万7千人の原住民は根絶やしにされた(Black War)。これが白豪主義の実態である。

しかし1962年人類学者レヴィ=ストロースにより、無文字社会も高度に知的で豊かな文化を育んでいたことが立証された。

•レヴィ=ストロース「野生の思考」と神話の構造分析 2018.03.24
http://opera-ghost.cocolog-nifty.com/blog/2018/03/post-af4b.html


欧米人は何よりも理性を重要視する。古代ギリシャのプラトン哲学が典型的だが、イデアこそ最高のものだと彼らは考える。我々の肉眼で見えるものではなく、「心の目」「魂の目」によって洞察される純粋な形、「ものごとの真の姿」や「ものごとの原型」に至ることが人類の最終目標なのだ。つまりイデア=真理であり、キリスト教がヨーロッパに広まるにつれ、それは神の国(天国)と言い換えられるようになった。

17世紀の数学者デカルトは、心と体は明確に分離したものだと主張した。西洋科学は20世紀半ばまで、この心身分離モデルを疑うことなく用いてきた。彼らは肉体を軽視し、意識 consciousnessや自我 egoの自制心 self controlを重んじた。ここから派生してきたのが徹底的な個人主義 individualismである。

肉体・欲望の軽視はキリスト教の禁欲主義に如実に現れている。聖職者が神に近づくためには性欲は禁忌とされ、信徒が夫婦生活の営みとして性交する場合も、快感を求めてはいけないとされた。19世紀ヴィクトリア朝時代の英国紳士はマスターベーション(自慰)がタブーであり、自慰によってオルガスムが得られることを覚えた女子は医学的に問題のある子と見做され、陰核(クリトリス)を切り取られたり焼灼されたりといった「治療」が施された。そして1976年にカトリック教会は自慰行為を「重大な道徳的退廃」とした。つまり彼らが目指しているのは肉体を否定し、精神世界=理性でのみ生きることなのだ(極端な例が鞭身派・去勢派)。その背景に、アダムがエデンの園に生えた知恵の木から実=リンゴをもぎ取って、食べてしまった(欲望に抗えなかった)という原罪がある。

こうしたキリスト教の迷妄に対して、最初に異を唱えたのはドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェだろう(19世紀末)。彼は「神は死んだ」と宣言し、「からだが大事」と説いた。これは精神至上主義から離脱し、身体性・皮膚感覚をもっと大切にしようという姿勢であり、欲望の肯定であった。

ニーチェの思想を継承したのがジークムント・フロイトとカール・グスタフ・ユングである(20世紀初頭)。フロイトが提唱したエディプス・コンプレックスの真の目的はキリスト教(禁欲)の否定と性欲の肯定にあった。ユングの〈意識 consciousness+無意識 unconsciousness=自己 self 〉という考え方も、理性だけに目を向けるのではなく、身体性を取り戻すという意図がある。深層心理学の誕生である。そして20世紀中頃に、この身体性・皮膚感覚はレヴィ=ストロースにより「野生の思考」と名付けられた。

従来より八百万の神を信じるアニミズムが浸透し、「野生の思考」を持つ日本人はブリコラージュが得意である。日本語では「日曜大工」「器用仕事」「寄せ集め細工」などと訳される。手元にある材料を掻き集めて新しい配列でものを作ることを言う。クリスマスや聖バレンタイン(←ローマ帝国の迫害で殉教した聖職者)デーを祝い、七五三や正月にはお宮参りをし、葬式は仏式といった宗教的出鱈目さや、中国伝来の漢字と日本特有の平仮名を組み合わせた複雑な言語体系など、ブリコラージュの典型例であろう。

父性原理で何でもかんでも切断・分離し、精製する(純度を高める:その度を越した姿がナチス・ドイツのアーリア人種純血主義)ことを得意とした欧米の手法が行き詰まり、音を立てて瓦解している今こそ、理性と身体(からだ)や、意識と無意識の統合、すべてを包み込む母性原理=野生の思考が求められている。そう、僕は確信する。


アドルフ・ヒトラー「わが闘争」
http://opera-ghost.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/post-2a68.html

http://opera-ghost.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/post-92a8.html

50. 中川隆[-13339] koaQ7Jey 2018年10月19日 05:18:14 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-19336] 報告

銃の乱射事件があったクリミアはキエフのクーデター体制を拒否した地域
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201810180001/
2018.10.19 櫻井ジャーナル


 クリミア半島で10月17日に銃の乱射事件があった。コロラド州のコロンバイン高校で1999年に引き起こされた事件との類似性を指摘する人もいる。

 この半島について「ロシアが一方的に併合した」と表現するマスコミが存在するのだが、実際はバラク・オバマ政権のネオコン人脈がネオ・ナチを使い、ウクライナでクーデターを実行した結果だ。

 ウクライナはヨーロッパ志向の強い西部とロシアに近い東部や南部に分かれている。宗教的にはカトリックの信者が多く、ナチスのシンパが多い西側対策ということもあり、異質の地域を合体させたとも言われている。

 東部や南部の人びとに支持されていたビクトル・ヤヌコビッチは2004年の大統領選挙で勝利するが、この結果を受け入れられない西側の支配層はクーデターを仕掛ける。いわゆるオレンジ革命だ。

 この「革命」で誕生したビクトル・ユシチェンコ政権は新自由主義を導入、西側の巨大資本の手先になった一部の人びとによって国の富は略奪され、国民の大多数は貧困化する。そこで2010年の大統領選挙でもヤヌコビッチが当選した。この段階では国民もユシチェンコ的な人物を拒否している。

 そこで、西側支配層が使ったのはNGO(非政府組織)。CIAからも工作資金を受け取っていたNGOは2013年11月にキエフのユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)で集会を開き、約2000名の反ヤヌコビッチ派を集めた。

 こうして抗議活動が始まるが、当初はEUへの憧れ(つまり幻想)を刺激する「カーニバル」的なもので、12月に入ると50万人が集まったとも言われている。こうした抗議活動をEUは話し合いで解決しようとするが、そうした方針に怒ったのがオバマ政権。

 抗議活動の黒幕的な存在だったビクトリア・ヌランド国務次官補とジェオフリー・パイアット米国大使の電話での会話が2014年2月上旬にインターネット上へアップロードされたのだが、その中でふたりは「次期政権」の閣僚人事について話し合っている。ヌランドは暴力的に政権を転覆させたかったようで、話し合いでの解決を目指すEUに不満を抱いていた。そして口にしたのが「EUなんかくそくらえ」だ。

 年明け後に広場ではネオ・ナチのメンバーが前面に出てきて暴力行為がエスカレートしていく。こうしたネオ・ナチは2月18日頃から棍棒、ナイフ、チェーンなどを手にしながら石や火炎瓶を投げ、ピストルやライフルで銃撃を始める。

 話し合いで解決する道が開けたときに広場で狙撃が始まった。西側の政府や有力メディアは政府側が仕掛けたと宣伝していたが、ネオ・ナチのアンドレイ・パルビーが狙撃を指揮していた可能性が高い。これは治安機関SBUの長官だったアレクサンドル・ヤキメンコだけでなく、抗議活動の支援者でキエフの第6病院から広場へ来ていたオレクサンドル・リソウォイ医師も反政府派が狙撃していると語っている。

 2月22日にヤヌコビッチは排除されるが、その3日後に現地入りしたエストニアのウルマス・パエト外相も調査の結果、同じように考える。26日に同外相はEUのキャサリン・アシュトン外務安全保障政策上級代表(外交部門の責任者)へ電話、「全ての証拠が示していることは、スナイパーに殺された人びと、つまり警官や街に出ていた人たち双方、そうした人びとを同じスナイパーが殺している。同じ筆跡、同じ銃弾。実際に何が起こったかを新連合(暫定政権)が調査したがらないほど、本当に当惑させるものだ。スナイパーの背後にいるのはヤヌコビッチでなく、新連合の誰かだというきわめて強い理解がある。」と報告している。こうした事情をEUは知った上で、クーデターを容認した。それをオバマ政権が望んでいたからだ。

 2017年11月にはパエトの報告を裏付けるドキュメントがイタリアで放送されている。その中で自分たちが狙撃したする3人のジョージア人が登場、警官隊と抗議活動参加者、双方を手当たり次第に撃つよう命じられたという。狙撃の指揮者はアンドレイ・パルビーだとも語っている。

 クーデターの最中、ヤヌコビッチを支持するクリミアの住民がバスでキエフに入っているが、状況が悪化する中、クリミアへ戻ろうとする。そのときにクリミアの住民を乗せたバスが銃撃され、バスが止まると乗客は引きずり出され、棍棒やシャベルで殴られ、ガソリンをかけられて火をつけると脅されている。こうした話が伝えられたクリミアがクーデターに反対し、ロシアに助けを求めるのは必然だった。

 クリミアは黒海に突き出た半島で、セバストポリは黒海艦隊の拠点。ロシアはこの拠点を確保するため、1997年にウクライナと条約を結び、基地の使用と2万5000名までのロシア兵駐留が認められていた。クーデター当時、この条約に基づいて1万6000名のロシア軍が実際に駐留していたのだが、西側の政府やメディアはこの部隊をロシア軍が侵略した証拠だと宣伝していた。「ファクト・チェック」をすれば、こうした間違いはしなかっただろう。

 3月16日にはクリミアで住民投票が実施され、95%以上が加盟に賛成した。そのときの投票率は80%を超えている。クリミアより動きが遅れたドンバスでは今も戦乱で破壊と殺戮が続いている。勿論、クーデター勢力の主力はネオ・ナチだ。南部のオデッサでは住民がネオ・ナチに虐殺されている。

 ネオ・ナチのメンバーが信奉しているステファン・バンデラは第2次世界大戦中、ナチスと手を組んでいた人物で、その側近だったヤロスラフ・ステツコは大戦後、イギリスの情報機関MI6のエージェントになり、ABN(反ボルシェビキ国家連合)の議長に就任した。この団体は1966年にAPACL(アジア人民反共連盟,後にアジア太平洋反共連盟へ改名)と合体してWACL(世界反共連盟)になった。WACL創設の中心はCIA。1991年にWACLはWLFD(世界自由民主連盟)へ名称が変更されている。

 この年の12月にソ連は消滅、西側へ逃げていたネオ・ナチのグループは旧ソ連圏へ戻り、活動を始めた。ウクライナへも戻っている。ウクライナにおけるクーデターの目的のひとつはセバストポリの制圧だったはずだが、これに失敗した西側支配層がクリミアについて「ロシアが一方的に併合した」という理由は想像できる。

51. 中川隆[-13388] koaQ7Jey 2018年10月31日 11:46:18 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-19741] 報告
2018.10.31
米国の軍事力行使には反撃するという姿勢を露国と中国は鮮明にし、米戦略は崩壊



 ロシアと中国の政府はアメリカ支配層に対し、軍事的な攻撃には軍事的に反撃する意思を鮮明にしている。これはアメリカ支配層の中でも好戦的なネオコンが1991年に作成した世界戦略の基盤を崩すものだ。

 ジョージ・H・W・ブッシュ政権は1991年1月にイラクへ軍事侵攻した。「砂漠の嵐作戦」だ。ネオコンはその作戦でサダム・フセインを排除し、親イスラエル政権を樹立するともりだったのだが、ブッシュ大統領はフセイン政権を倒さずに攻撃を終了。

 ポール・ウォルフォウィッツ国防次官などネオコンは怒ったが、その一方でソ連軍が出てこなかったことを収穫だと考えた。アメリカ軍が何をしても妨害する者はいないと思い込んだのである。

 1991年夏までの段階でブッシュ大統領をはじめとするCIA人脈はイスラエルの情報機関を介してソ連の情報機関KGBの中枢と話をつけ、ソ連を乗っ取ることで合意していた。ハンマー作戦だ。これは本ブログでも書いたことがある。

 この乗っ取り作戦には関与していなかったようだが、ミハイル・ゴルバチョフはアメリカや西ヨーロッパを民主的な体制だと考える「牧歌的親欧米派」で、当時のソ連政府は軍事的に欧米と向き合うよう状況になかった。

 1991年の後半にはゴルバチョフを排除することに成功、欧米支配層の傀儡でこの年の7月にロシア大統領となったボリス・エリツィンが実権を握る。このエリツィンは同年12月にウクライナやベラルーシの首脳をベラルーシにあるベロベーシの森に集め、秘密裏に、国民に諮ることなくソ連からの離脱を決めてソ連を消滅させる。

 その後のロシアがアメリカやイギリスをはじめとする西側巨大資本の属国になり、国民の資産は彼らに略奪されることになった。この時期に巨万の富を築いたオリガルヒは西側巨大資本やKGB幹部の手先になった人びとだ。

 ソ連の消滅によってアメリカ支配層は自分たちに逆らえる国はなくなったと判断する。つまり、アメリカが唯一の超大国になったと信じたのである。1992年2月に作成されたウォルフォウィッツ・ドクトリンをネオコンは「詰め」だと考えたのだろう。

 ネオコンの基本戦術は「脅せば屈する」。1991年の経験はこの考え方を強化することになった。この戦術をネオコンたちはロシアや中国にも適用しているのだが、機能していない。ゴルバチョフ時代のソ連とは違って現在のロシアは慎重ながら、対抗する意思を鮮明にしている。アメリカ支配層は中国について、カネ儲けさせておけば自分たちの戦略に楯突かないと信じていたようだが、2014年以降、雰囲気は大きく変化した。ウクライナにおけるネオ・ナチを使ったクーデターを見てアメリカ支配層の危険性を悟ったようだ。

 アメリカ支配層の危険性を悟っているという点では韓国も同じ。本ブログでは繰り返し書いてきたが、韓国のエリートはロシアや中国とのつながりを強めていた。朝鮮半島の動きはこうした状況が影響している。アメリカ支配層に従属している日本に対する韓国の姿勢が変化するのも必然だ。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201810310000/

52. 中川隆[-13382] koaQ7Jey 2018年11月01日 13:25:13 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-19756] 報告
中南米軍事独裁者の再来
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2018/11/post-2edb.html
2018年11月 1日 マスコミに載らない海外記事


Wayne MADSEN 2018年10月29日

 中南米の“社会主義の春”は終わりだ。十年以上、縁故主義より、国民を優先する進歩派社会主義大統領が続いた後、中南米オリガルヒは、裁判所や議会や選挙制度を悪用することにより、地域中軍事独裁者を権力の座につけている。民主的に選ばれた大統領を打倒するため、現地の中央情報局(CIA)支局長による黙認を得て、現地の将軍たちが戦車と軍隊を出動させた、過去とは違い、ソーシャル・メディアを発見した現代のファシスト指導者は、腐敗した裁判官や議員たちとともに、本質的に、実質ソフトな“合法的クーデター”をしかけるのだ。

 中南米の社会主義の春で、多くの国々が、ワシントンからの命令から自由に、独自の外交政策を行った。アメリカ合州国がアフガニスタンとイラクでの軍事的泥沼にはまり込む中、中南米がワシントンとつながれていた政治、金融、軍事の鎖から自由になったのだ。中南米が新たに見出した自由は、アメリカ合州国のネオコンと軍幹部、特にジョージ・W・ブッシュの上院で承認されなかった国連大使ジョン・ボルトンと、マイアミのアメリカ南方軍司令官ジョン・F・ケリーを苛立たせた。ドナルド・トランプ国家安全保障補佐官のボルトンも、トランプ首席補佐官のケリーも、今や進歩派指導者やその政党に復讐して、中南米での軍事独裁者の勃興を支援し、ほう助するする立場にある。

 新植民地主義で、アメリカが支配する米州機構(OAS)に対する代替案として機能する中南米とカリブ海諸国のブロックを、ベネズエラ大統領ウゴ・チャベスが率い、それが地域の他の進歩派指導者たちに刺激を与えた頃が、中南米の進歩派社会主義者による春の絶頂だったは。そうした人々には、アルゼンチンのネストル・キルチネル大統領や、後に大統領に選ばれた彼の未亡人、クリスティーナ・エリザベット・フェルナンデス・デ・キルチネル、ニカラグアのダニエル・オルテガ大統領、ブラジルのルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ(“ルーラ”)とジルマ・ルセフ大統領、チリのミシェル・バチェレ大統領、エクアドルのラファエル・コレア大統領、ボリビアのエボ・モラレス大統領、パラグアイのフェルナンド・ルゴ大統領、ハイチのジャン=ベルトラン・アリスティド大統領、ホンジュラスのマヌエル・セラヤ大統領、ウルグアイのホセ(ペペ)ムヒカや、タバレ・バスケス大統領、アルヴァロ・コロンや、ドミニカ共和国、エルサルバドル、ペルー、セントビンセント・グレナディーン、ドミニカやセントルシアの中道左派指導者たち。中南米の春を批判する右翼たちは、この傾向を、軽蔑的に“赤潮”と呼んだ。

 チャベスはアメリカに支配されない米州ボリバル同盟(ALBA)とラテンアメリカ・カリブ諸国共同体 (CELAC)創設の陰の発案者だった。

 アメリカ合州国が - 主に中央情報局(CIA)と南方軍によって、典型的な軍事クーデターを、ハイチとホンジュラスで、エクアドルで軍事クーデター未遂、パラグアイ、そして最終的に、ブラジルでの“合法クーデター”を画策した後、中南米における社会主義の春の解体が始まった。チャベスが侵攻性のガンと診断された後、彼のボリバル主義ブロックは、ワシントンによって包囲された。現在、ベネズエラ、ニカラグア、ボリビアとウルグアイだけが進歩派ブロックの痕跡として残っており、この全ての国々が、ワシントンと、コロンビア、ブラジル、アルゼンチン、チリとペルーのそれに従順な“縁故資本主義”政権によって、様々な度合いで包囲されている。

 不適切な名称の自由社会党(PSL)極右政治家ジャイール・ボウソナロのブラジル大統領当選は、ワシントン“砲艦外交”時代の、軍が支援する軍事独裁者と、西半球における“バナナ共和国”の押しつけの日々への回帰を示している。

 アドルフ・ヒトラーやベニート・ムッソリーニや過去のブラジル軍事独裁政権の自称崇拝者ボウソナロは、既に大統領に当選する前から、過去の中南米軍事独裁者の極右版としての地位を確立し始めた。ボウソナロは、トランプ政権の国家主義で人種差別主義の政策にこびへつらう中南米諸国の右翼ブロックを率いる意欲を公言している。ボウソナロは - 父親が親ナチス独裁者アルフレド・ストロエスネル大統領の個人秘書をつとめたパラグアイの右翼大統領マリオ・アブドベニテスに - ブラジリアとアスンシオンとの間で、より親密なつながりを築くことを約束して接触した。

 コロンビアの右翼大統領イヴァン・ドゥケも、トランプ大統領も参加する可能性の高い将来の「アメリカ保守派サミット」で成立するであろう中南米諸国の極右ブロックへの参加を念頭に置いて、ボウソナロと話し合った。“ムーブメント”という名のブリュッセル事務局下での「極右ヨーロッパ政党サミット」計画で多忙な元ホワイト・ハウス首席戦略官スティーブン・バノンは、ウソナロと彼の野心的な息子、ブラジル議員エドゥアルド・ボウソナロに助言をしている。

 ボウソナロは、中南米で新右翼同盟を形成することを予想して、かつてトランプのビジネス・パートナーだったアルゼンチン右翼大統領マウリシオ・マクリとも会談した。ボウソナロは、チリ大統領セバスティアン・ピニェラの独立民主連合(UDI)の過去のアウグスト・ピノチェト将軍による残虐な独裁制をいとおしく思っている右翼チリ上院議員ジャクリーン・バン・レイッセルベルゲとホセ・ドゥラナの二人と面談した。

 ボウソナロと、ブリュッセルを本拠とするバノンの "ムーブメント"メンバーは、エボ・モラレスを大統領の座から追放することを狙っているラス・カジェス反政府連合指導者のマリア・アネリン・スアレスが率いるボリビア極右勢力にも助言を与えている。ボウソナロは、スアレス、ラス・カジェスやバノンのお仲間と共に、2018年10月10日反モラレス "全国行進" を組織すべく同党議員の一人カルラ・ザンベリをボリビアに派遣した。ボウソナロは、ボリビアでモラレス反対を醸成する上で、彼の反モラレスの取り組みは、アルゼンチンのマクリとチリのピニェラによる支援を得ていると言った。

 ボウソナロは、ブラジル大統領としての自分と、アルゼンチンのマクリとチリのピニェラでボリビアとベネズエラの"社会主義"を打倒すると語った。ボウソナロは“熱帯のトランプ”と呼ばれている。ボウソナロは、ブラジル先住部族の土地を取り上げ、民間実業家に、搾取するよう引き渡すと約束した。彼はアフリカ系ブラジル人を "太りすぎで怠惰"、ハイチやアフリカやアラブ中東からの人々を "人間のクズ”と呼んだ。ボウソナロはブラジル野党指導部に二つの選択肢を提示している。亡命か処刑か。

 ボウソナロ、マクリ、ピニェラ、アブドベニテスとドゥケが、1968年から1989年まで存在していた、中南米軍事独裁政権の秘密警察と諜報機関のCIAが奨励した連合「コンドル作戦」の復活を狙っている可能性が非常に高い。アメリカ国務長官で、国家安全保障担当大統領補佐官であるヘンリー・キッシンジャーのお墨付きを得たCONDORは、アルゼンチン、ボリビア、ブラジル、チリ、エクアドル、パラグアイ、ペルー、アメリカ合州国やウルグアイに逃れた左翼指導者たちを追跡し暗殺するのが仕事だった。

 ブラジル、アルゼンチン、パラグアイ、チリの右翼政府と、ワシントンに従順なペルーに包囲されたボリビアは、2019年、モラレス大統領四期目を潰すために高まる政治的、経済的、軍事的圧力に直面することになる。トランプ政権が課した経済制裁で既に麻痺しているベネズエラは、ブラジルとコロンビアが、その国境地域を、チャベスが選んだ後継者ニコラス・マドゥロ大統領政権に対するCIAが支援する準軍事作戦のために使うのを目にすることになろう。

 ニカラグアのオルテガ政府も、ブラジルのボウソナロ政権が支援し、CIAがしかける不安定化の取り組みにさらされ続けることになるだろう。

 これから就任するメキシコのアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(AMLO)進歩派左翼政権とキューバしか、西半球にわずかに残った左翼ポピュリズム地域の存続を支援できない。間もなく、中南米の労働者、農民、先住民、学生、福音派ではない聖職者の権利は、軍事独裁者と軍事政権とCONDORの時代以来、目にしたことの無いような形の攻撃を受けることになる。ブラジルで最も人気のある政治指導者であり続けている“ルーラ”は右翼裁判官と司法機関によって捏造された容疑で、12年間、監獄に投獄されている。

 ファシストによる差し迫った猛攻撃から、ボリビアとベネズエラとニカラグア指導者たちを救うため、西半球は今やAMLOや、キューバのカストロ後のミゲル・ディアス=カネル大統領や、ウルグアイ元大統領ムヒカや、他のカリブ海諸国の英語を話す進歩派首相たちに頼らなければならない。ボウソナロ当選は、ドイツでヒトラーが選ばれた際の、良く似た精神構造を示していると、ムヒカは警告した。ムヒカはブラジル選挙直前“人間の記憶力は足りない。変化を強く求めて、悪い方にかわりかねない”と語った。中南米とアメリカ合州国のトランプ反対派は、ボウソナロ、トランプ、マクリ、ドゥケが率い、グアテマラの喜劇俳優出身ファシスト大統領 - ジミー・モラレス - やホンジュラス・バナナ共和国独裁者フアン・オルランド・エルナンデスなどが支持する新ファシスト枢軸風協定に対する警戒を怠ってはならない。

写真:Brazil Magazine

記事原文url:https://www.strategic-culture.org/news/2018/10/29/return-of-latin-american-caudillos.html

53. 中川隆[-13435] koaQ7Jey 2018年11月03日 20:16:22 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-19957] 報告

アメリカの支配力低下によってアメリカやサウジアラビアで権力抗争が激化
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201811020000/
2018.11.03 櫻井ジャーナル

 サウジアラビアが揺れている。ドナルド・トランプ米大統領がサウジアラビア王制の脆弱さを口にしたのは今年(2018年)10月2日。アメリカ軍の支えがなければ2週間しか体制は維持できないと指摘したのだ。この段階でアメリカとサウジアラビアとの間に隙間風が吹きはじめている。

 その10月2日、サルマン皇太子の人脈と対立関係にあるジャマル・カショーギがトルコのイスタンブールにあるサウジアラビア領事館へ入ったまま行方不明になった。その日に殺された可能性が高いと見られている。この事件を明らかにしたのはトルコ政府だ。

 モハマド・ビン・サルマン皇太子はトランプやイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と近いのだが、アメリカとの関係がギクシャクし始めていたことも確か。2017年10月にサウジアラビアのサルマン国王がロシアを訪問、防空システムのS-400購入で合意するなど関係を強めようとしている。その一方でアメリカの防空システムTHAAD(終末高高度地域防衛)システムの導入に関しては動きが鈍かった。

 サウジアラビアはアメリカの支配システムを支える重要な柱のひとつである。リチャード・ニクソン大統領は1971年8月にドルと金との交換停止を発表、ブレトン・ウッズ体制は崩壊し、世界の主要国は1973年から変動相場制へ移行していく。この新しいシステムの中でドルを支える仕組みのひとつがペトロダラー。石油取引の決済をドルに限定し、産油国へ集ったドルをアメリカへ還流させるという仕組みだ。その中心にはサウジアラビアが存在している。

 集まったドルを産油国は財務省証券や高額兵器の購入といった形でアメリカへ還流させる。日本の場合はドルと工業製品を交換、ドルは同じようにアメリカへ還流させている。日本の巨大企業は受け取ったドルを資産として手元に置き、政府は還流させるドルを集めるために庶民の富を使う。つまり、アメリカとの貿易で日本の大企業が儲かるほど日本の庶民は貧困化していく。その一方、アメリカ支配層を助ける仕組みを維持する代償として、産油国や日本のエリートたちは地位と収入を保証される。

 権力基盤の弱い独裁者をアメリカ支配層は望んでいる。サウジアラビアも日本も支配層の権力基盤は弱く、アメリカ支配層なしに地位を維持できない。「2週間しか体制は維持できない」というトランプの発言はこうした状況を指摘している。日本でもアメリカ支配層の権益、戦略に逆らった「実力者」は排除されてきた。

 21世紀にはいってウラジミル・プーチンはロシアを再独立させたが、当初は容易に再属国化できるとアメリカ支配層は考えていた。例えば、アメリカ支配層の機関誌的な存在である​フォーリン・アフェアーズ誌の2006年3/4月号に掲載されたキール・リーバーとダリル・プレスの論文では、アメリカ軍の先制第1撃でロシアと中国の長距離核兵器を破壊できるようになる日は近いと主張されている。つまり、アメリカはロシアと中国との核戦争で一方的に勝てると見通している。ボリス・エリツィン時代に破壊されたロシアの経済や軍事力はプーチン政権になっても回復していないと見ていたのだ。

 そして2008年8月7日、ジョージアのミヘイル・サーカシビリ大統領は分離独立派に対して対話を訴えてから8時間後に南オセチアを奇襲攻撃した。ジョージアは2001年以降、イスラエルの軍事会社(つまりイスラエル政府)から無人飛行機、暗視装置、対航空機装置、砲弾、ロケット、電子システムなどを含む武器/兵器を提供され、将兵は軍事訓練を受けていた。

 このサーカシビリ政権の閣僚には流暢なヘブライ語を話せるふたりの人物が含まれている。ひとりは国防大臣のダビト・ケゼラシビリであり、もうひとりは南オセチア問題で交渉を担当しているテムル・ヤコバシビリだ。ケゼラシビリはイスラエルの市民権を持っていたことがあるという。それだけでなく、2008年1月から4月にかけて、アメリカの傭兵会社MPRIとアメリカン・システムズが元特殊部隊員を派遣、同年7月10日にはコンドリーサ・ライス国務長官がジョージアを訪問している。

 つまり、2008年の奇襲攻撃はイスラエルとアメリカの支配層が準備万端整えて実行されたのだ。この奇襲攻撃はロシア軍の反撃でジョージア軍が惨敗しているが、イスラエル軍とアメリカ軍がロシア軍て通常兵器で衝突した場合の結果を暗示している。

 その奇襲攻撃の翌月、アメリカの大手投資会社リーマン・ブラザーズ・ホールディングズが連邦倒産法の適用を申請した。当時、アメリカの金融システムは破綻状態だったが、この投資会社の倒産を利用して超法規的な救済を実行した。その尻拭いを強いられたのは西側の庶民だ。大きすぎて潰せない、大きすぎて罪に問えないということで、資本主義国は無法時代に入った。

 おそらく、こうした危機を軍事侵略で切り抜けようとしたのだろうが、その目論見はロシアによって潰される。そのロシアに対する攻撃の一環としてバラク・オバマ政権はウクライナのネオ・ナチを利用して2014年2月にキエフでクーデターを成功させるが、クリミアやドンバスの制圧には失敗する。こうした様子を見ていた中国はこの年からアメリカから離反、ロシアと戦略的な同盟関係に入る。

 アメリカ支配層が中東でダーイッシュ(イスラム国、IS、ISIS、ISILとも表記)を売り出したのは2014年の前半。この年の夏から石油相場が暴落しているが、これはアメリカ政府がサウジアラビアの協力を受けて実行したと言われている。WTIの場合、2014年6月には1バーレルあたり100ドルを超していたが、2009年1月には30ドル台まで下がっている。

 この相場下落でロシア経済を揺さぶろうとしたのだろうが、ロシアよりもサウジアラビア、アメリカ、イギリスの方が大きなダメージを受けた。2014年に390億ドルの財政赤字が生じ、15年には980億ドルへ膨らんだと言われている。伝えられるところによると、サウジアラビア政府から巨大建設企業へ支払われるべきものが支払われず、兵士や労働者の中には賃金を受け取れない人も出たという。兵士はインド、パキスタン、スリランカの出身者が多く、労働者の大半も出稼ぎだ。サウジアラビアはイエメンに対する直接的な軍事介入を始めたのは2015年3月のことだった。イエメンへの軍事侵略はイエメンに破壊と殺戮をもたらしたが、戦争の泥沼化でサウジアラビアも苦しむことになる。

 アメリカ支配層に従属することでサウジアラビアの支配層は地位と富を保証されてきたのだが、アメリカの戦略によって、サウジアラビアの支配システムを揺るがす事態になっている。しかもアメリカ支配層の内部で対立が激化、それはサウジアラビアやイスラエルにおける権力抗争とも連動している。アメリカを中心とする支配システムが不安定化、通常では外に漏れてこない支配システムの暗部の一端が明るみに出始めた。

 おそらく、韓国はアメリカを中心とする支配システムに見切りをつけたが、日本はあくまでもアメリカに従うつもりのようだ。

54. 中川隆[-13495] koaQ7Jey 2018年11月08日 06:03:52 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-20254] 報告
​2018.11.07
中間選挙には関係なく、米国支配層の基本戦略は侵略とファシズム化(その1)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201811070000/


 アメリカの中間選挙でもドナルド・トランプを悪役として描く人が少なくない。これまでニューヨーク・タイムズ紙やワシントン・ポストアメリカ紙といった有力メディアは国外での侵略を正当化し、国内ではファシズム化を推進するために嘘をつき続けてきた。その有力メディアが必死に攻撃しているということは、トランプにはまだ希望があるということを意味しているのだろう。

 トランプを排除すればアメリカは民主的な国になるかのような主張もある。「左」とか「リベラル」と見なされている有名人の中にもこうした妄想を口にする人がいる。これは非常に危険なことだ。国外での侵略と国内でのファシズム化は少なくとも1970年代以降、政権に関係なく続いてきたアメリカ支配層の基本戦略なのである。

 言うまでもなく、アメリカはヨーロッパからの移民が「異教徒」、つまりインディアンと呼ばれる先住民を虐殺、土地を占領して生まれた国だ。ヨーロッパのキリスト教徒はこうした殺戮をしてもかわないと考えていたのだろうが、こうした考えを持っていたヨーロッパ人はメイフラワーでアメリカへ渡ったピルグリム・ファーザーズやその後継者たちに限らない。11世紀終盤から13世紀にかけて中東を侵略した十字軍も同じ思想に基づいている。この時点で一部のキリスト教徒はカルト化している。

 しかし、侵略とファシズム化がシステム化されるのは比較的最近。アメリカの憲法を麻痺させる上で重要な役割を果たしたのは2001年10月25日に成立した「愛国者法(USA PATRIOT Act / Uniting and Strengthening America by Providing Appropriate Tools Required to Intercept and Obstruct Terrorism Act / テロリズムの阻止と回避のために必要で適切な手段を提供することによりアメリカを統合し強化するための法律)」である。

 ニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されたことを受け、1カ月あまりで書き上げられた340ページを超す法律で、議会はこれを1週間で承認している。これだけの分量の法律をこの程度の期間で書きたことには驚く。承認前にこの法律を呼んだ上が議員が多いとも思えない。

 憲法の機能を停止させるこの法律がこれほど短期間に書き上げられた理由は、すでに準備が整っていたからにほかならない。1982年にロナルド・レーガン大統領が承認したCOG(政府の継続)プロジェクトによって地下政府を構築する作業が始まったのだ。

 伝えられているところによると、ジョージ・H・W・ブッシュ、ドナルド・ラムズフェルド、リチャード・チェイニー、ジェームズ・ウールジーたちで構成される上部組織と、官僚、将軍、CIAの幹部、「引退」した軍人や情報機関員など数百人で編成される下部組織に分けられていた。この計画では、仕組みを作るだけでなく演習も実施している。この地下政府を始動させる当初の条件は核戦争の勃発だったのだが、1988年に出された大統領令12656によって国家安全保障上の緊急事態に変更された。そして2001年9月11日に国家安全保障上の緊急事態が発生したとされたわけだ。(​つづく​)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201811070000/


2018.11.07
中間選挙には関係なく、米国支配層の基本戦略は侵略とファシズム化(その2)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201811070001/

 COGプロジェクトと並行して思想戦が始められている。「民主主義」といった標語、タグを使い、人びとの心理を操ろうということ。国内向けは「プロジェクト・トゥルース」、国外向けは「プロジェクト・デモクラシー」と名付けられた。

 このプロジェクトで中心的な役割を果たしていたウォルター・レイモンドはCIAのプロパガンダ担当オフィサーで、1982年からNSC(国家安全保障会議)のスタッフになっている。(Robert Parry, “Secrecy & Privilege”, The Media Consortium, 2004)

 COGの源流は1958年にドワイト・アイゼンハワー政権が設置した地下政府。本ブログでも繰り返し書いてきたが、当時、アメリカでは軍や情報機関の好戦派がソ連に対する先制核攻撃を計画、その準備を始めていた。沖縄の軍事基地化が強引に進められた理由もここにある。その当時、琉球民政長官だったのが好戦派のひとりでアレン・ダレスと親しく、後に統合参謀本部議長になるライマン・レムニッツァーだ。

 こうした好戦派はドイツとの戦争で疲弊したソ連の状況を熟知、核兵器やその運搬手段の開発状況からアメリカは核戦争で圧勝できると信じていた。その実行期日として設定されたのが1963年。この計画の前に立ちはだかったジョン・F・ケネディ大統領は1963年11月22日に暗殺された。

 このときに設置された地下政府は9つの局で構成され、それぞれの長も決められた。その後、ひとりが交代になったことから、この局長候補たちは「アイゼンハワー・テン」と呼ばれている。この計画はFEMA、そしてCOGにつながった。

 世界制覇が計画され、国外での侵略の準備が始まるのはソ連が消滅した直後の1992年2月。国防総省では次官だったポール・ウォルフォウィッツを中心に​DPG草案​が作成されたのだが、これは世界制覇を目的としていた。いわゆるウォルフォウィッツ・ドクトリン。ウォルフォウィッツを含むネオコンは、ソ連の消滅によってアメリカが唯一の超大国になり、国連を無視して単独で行動できるようになったと考えたのだ。

 ウェズリー・クラーク元欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)最高司令官によると、ウォルフォウィッツは1991年の段階でイラク、シリア、イランを殲滅すると口にし、9/11の10ほど後にはドナルド・ラムズフェルド国防長官たちは侵略予定国のリストを作成していた。イラクからはじまり、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そして最後にイランだ。ジョージ・W・ブッシュ政権がイラクを先制攻撃したのは2003年3月、11年にはバラク・オバマ政権がシリアやリビアをジハード傭兵で侵略しはじめる。

 ブッシュ政権はアメリカ軍を主力とする正規軍で攻め込んだが、当初の予定とは違って親イスラエル政権を樹立することに失敗、イランに近い体制になった。そこでアメリカのネオコンはイスラエルやサウジアラビアと手を組み、アル・カイダ系のジハード傭兵を使うことになる。その方針に基づき、オバマ大統領は2010年8月にPSD-11を出し、ムスリム同胞団を主力とする傭兵で体制転覆を目論んだのである。

 ところで、国内のファシズム化や国外での侵略で中心的な役割を果たしてきたのはネオコン。基本的にはシオニストで、元トロツキストが多いと言われている。この勢力が台頭してくるのは1972年の大統領選挙だった。

 当時のアメリカはベトナム戦争で疲弊、反戦的な機運が高まっていた。そこで支配層を動揺させる事態が生じる。戦争に反対していたジョージ・マクガバン上院議員が民主党の大統領候補に選ばれてしまったのである。

 民主党の幹部は慌てる。そこでヘンリー・ジャクソン上院議員を中心に反マクガバン派が形成され、マクガバンを落選させるための工作が始まった。マクガバンの周辺にいたのはポール・ウォルフォウィッツ、リチャード・パール、ダグラス・フェイス、エイブラム・シュルスキー、エリオット・エイブラムスなど、後にネオコンの中枢になる若者たちだ。

 反マクガバンのキャンペーンではジョージア州知事だったジミー・カーターも率先して参加、そのカーターに目をつけたのがデイビッド・ロックフェラーとズビグネフ・ブレジンスキーだ。カーターは1976年の大統領選挙で勝利するが、イスラエルへの忠誠度が足りなかったこともあり、再選されなかった。

 選挙では共和党のリチャード・ニクソンが勝利するが、デタントへ舵を切ったことから好戦派は反発する。そうした中、ウォーターゲート事件が起こり、1974年8月に辞任し、副大統領だったジェラルド・フォードが昇格した。フォードはJ・エドガー・フーバーFBI長官と親しく、ジョン・F・ケネディ大統領暗殺に関する委員会で委員を務めている。

 このフォード政権でデタント派は粛清される。特に重要だとされているのは、CIA長官と国防長官の交代。CIA長官は議会でCIAの秘密工作の一端を明らかにしたウィリアム・コルビーからジョージ・H・W・ブッシュへ、また国防長官はジェームズ・シュレシンジャーからドナルド・ラムズフェルドへ替わっている。

 1970年代の半ばから巨大資本によるメディア支配が強化され、気骨あるジャーナリストは排除される。その一方で情報機関では内部告発が難しくなるようにシステムを変更、議会の監視から逃れるために「民営化」を進めた。この民営化は他国の情報機関とのネットワーク化を推進、各国政府の情報機関コントロールは難しくなっていく。そしてCOGがはじまり、ソ連消滅をはさんでウォルフォウィッツ・ドクトリンへとつながるわけだ。(了)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201811070001/

55. 中川隆[-13563] koaQ7Jey 2018年11月10日 11:05:05 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-20428] 報告

​2018.11.09
中間選挙後に激しくなりそうな米国の権力抗争で事実は重視されない(その1)


 アメリカでは民主党や有力メディアがドナルド・トランプを失脚させようと必死で、今回の中間選挙でも争点はトランプだった。反トランプ勢力が目的達成のために叫び続けているのは「ロシアゲート」。2016年のアメリカ大統領選挙にロシア政府が介入したという主張だが、そうした疑惑の存在を裏付ける事実は示されてこなかった。「我々を信じろ」というばかりだ。

 本ブログでは繰り返し書いてきたが、2016年2月まで、この大統領選挙でヒラリー・クリントンが当選することは確実視されていた。2015年6月にオーストリアで開かれた​ビルダーバーグ・グループの会合​にジム・メッシナというヒラリー・クリントンの旧友が出席していたからだ。

 欧米エリート層の利害調整機関と見られているビルダーバーグ・グループの生みの親と言われているユセフ・レッティンゲルはヨーロッパをイエズス会の指導の下で統一しようと考え、第2次世界大戦の前から活動していた人物。イギリスの対外情報機関MI6のエージェントでもあり、大戦中はロンドンへ亡命していたポーランドのブワディスラフ・シコルスキー将軍の側近を務めた。

 シコルスキーはコミュニストを敵視、イギリス政府の支援を受けて亡命政府を名乗っていた。レッティンゲルは1952年、オランダ王室のベルンハルトへ接近する。このベルンハルトが所有、オランダのアルンヘム近くにあるビルダーバーグ・ホテルで、ある集団が1954年5月に第1回目の会議を開き、コミュニズムやソ連に関する問題などを討議した。その開催場所の名称からこの集まりはビルダーバーグ・グループと呼ばれるようになる。グループの初代会長はこのホテルのオーナーであるベルンハルト王子で、1976年にロッキード事件で辞任するまでその座にあった。

 レッティンゲルはヨーロッパ統一運動を指導していたひとり。その運動へはACUE(ヨーロッパ連合に関するアメリカ委員会)から資金が流れていた。ACUEはアレン・ダレスをはじめとするアメリカのエリートがイギリスのウィンストン・チャーチルからの協力を受け、1948年に設立された組織。ウォール街の弁護士でOSSの長官を務めたウィリアム・ドノバンが会長に就任している。副委員長は戦中から戦後にかけて、OSSとCIAで破壊工作を指揮したアレン・ダレスだ。このACUEへはアメリカの富豪たちから資金が提供されていた。

 ビルダーバーグ・グループ、あるいはその背後に存在する富豪層は現在でも支配的な立場にあり、そのグループに親友が招かれたヒラリー・クリントンは次期アメリカ大統領に内定したと考えられたのだ。しかも、彼女はズビグネフ・ブレジンスキーの教え子であるマデリーン・オルブライトやネオコンのビクトリア・ヌランドと親しいと言われている。ヒラリーとビルの政治的な立場を同じだと考えるべきではないだろう。

 ところが、2016年2月10日にヘンリー・キッシンジャーがロシアを訪問してウラジミル・プーチン大統領と会談、22日にシリアで停戦の合意が成立する。キッシンジャーはアメリカの破壊工作機関OPC(後にCIAの秘密工作部門の中枢になる)に所属したことがあり、ビルダーバーグ・グループで中心的な役割をはたしてきたひとり。ネルソン・ロックフェラーと親しかったことでも知られている。ビルダーバーグ・グループのアメリカ側の中心メンバーはロックフェラー色の濃いCFR(外交問題評議会)と結びついている。

 支配層の内部でヒラリー・クリントン離れが起こった一因は、おそらく、2014年のウクライナにおけるクーデターだろう。ネオコン人脈がネオ・ナチを使い、合法政権を倒したのだが、戦略的に重要なクリミアの制圧に失敗してロシアへ追いやることになり、ウクライナ東部のドンバスでは戦闘が続いている。それ以上に大きかったのは、こうしたアメリカ側の手口を見たことで中国がロシアへ急接近、この2カ国が戦略的な同盟関係に入ってしまったことだ。キッシンジャーは米中の関係回復を演出した当時も中国とソ連/ロシアを対立させようとしてきた。

 ウクライナのクーデターはロスチャイルド資本の存在を浮かび上がらせることになった。イスラエルの介入も指摘されている。この勢力とキッシンジャーの後ろ盾と対立が始まった可能性もある。そうした利害の衝突を調整する役割を担ってきたのがビルダーバーグ・グループだとも言われているが、その調整はまだうまくいっていないようだ。(つづく)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201811080000/

2018.11.09
中間選挙後に激しくなりそうな米国の権力抗争で事実は重視されない(その2)


 本ブログでは繰り返し説明してきたように、「ロシアゲート」に根拠はない。アメリカの電子情報機関NSAで最高の分析官のひとりと言われ、NSAの不正を内部告発したことでも知られているウィリアム・ビニーも指摘しているが、「ロシアゲート」が事実ならNSAから通信の傍受記録を取り寄せるだけで決着が付く。特別検察官を任命する必要はないということだ。特別検察官を任命したということはロシアゲートがインチキであることを示しているとも言える。この作り話はトランプを攻撃するだけでなく、2016年に発覚したヒラリー・クリントン陣営のスキャンダルを隠蔽するためにも使われている。

 バラク・オバマ政権はジハード傭兵を使ってシリアやリビアを侵略、政権を転覆させて傀儡体制を築こうとした。リビアの政権転覆は成功したが、シリアはロシア政府が阻止する。アメリカ支配層はロシアの再属国化を目論んでいることもあり、ロシアとの関係を悪化させていった。

 ネオコンをはじめとするアメリカ支配層の基本戦術は「脅して屈服させる」だが、ロシアも中国も屈しない。そこで脅しをエスカレートさせるのだが、その先には全面核戦争が待ち受けている。そうした道をヒラリー・クリントンも歩もうとしていた。それに反対、ロシアとの関係修復を訴えたのがトランプだ。

 現在、アメリカでロバート・マラー特別検察官がロシアゲート疑惑を調べている。このマラーは2001年9月4日から13年9月4日かけてFBI長官を務めた。ニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンにある国防総省の本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されたのはFBI長官就任の1週間後。この攻撃では詳しい調査が行われていないが、この事件の真相を隠蔽したとマラーは批判されている。

 特別検察官の任命への道を切り開く動きは2017年3月から始まる。アメリカ下院情報委員会でアダム・シッフ議員がロシア政府による選挙介入を主張する声明を出したのが始まりだ。その根拠になったのは「元MI6」のクリストファー・スティールが作成した報告書なのだが、根拠薄弱だということはスティール自身も認めている。

 スティールに調査を依頼したのはフュージョンなる会社で、そのフュージョンを雇ったマーク・エリアス弁護士はヒラリー・クリントン陣営や民主党全国委員会の法律顧問を務めていた。

 ​フュージョンを創設したひとりであるグレン・シンプソンによると​、同社は2016年秋にネリー・オーなる人物にドナルド・トランプの調査と分析を依頼している。その夫であるブルース・オーは司法省の幹部で、このオーとシンプソンは2016年11月に会っている。その直後にブルースは司法省のポストを失い、フュージョンはスティールに調査を依頼することになる。

 こうした根拠のない話でターゲットを有罪にする手段がアメリカでは整備されている。司法取引だ。誰かを無関係の事件、場合によってはでっち上げで逮捕し、目的を達成するために偽証を強いるのだ。つまり、無実でも有罪にすることは難しくない。それがアメリカにおける「法の支配」だ。(つづく)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201811090000/

2018.11.10
中間選挙後に激しくなりそうな米国の権力抗争で事実は重視されない(その3)


 支配層のうち反トランプ派は有力メディアを支配しているが、そのひとつがCNN。このテレビ局のジム・アコスタは11月8日開かれた記者会見でトランプ大統領と言い合いになった。その際、記者からスタッフの女性がマイクを取ろうとしたのだが、記者はその手を払いのけようとした。​映像​を見る限り反射的だが、それを巡って新たな対立が始まったようだ。


 世界貿易センターとペンタゴンが攻撃される直前、CNNの支配層への従属度は格段に高まる。1999年にアメリカ陸軍の第4心理作戦群の隊員が2週間ほどCNNの本部で活動していているのだ。アメリカ軍の広報官トーマス・コリンズ少佐によると、派遣された軍人はCNNの社員と同じように働き、ニュースにも携わったという。(Trouw, 21 February 2000)

 その前年、1998年にも重要な出来事があった。アメリカ軍のMACV・SOG(ベトナム軍事援助司令部・調査偵察グループ)が1970年にインドシナで逃亡兵をサリンで殺害したとCNNは報じたのだ。その作戦名はテイルウィンド(追い風)。

 ベトナム戦争では指揮系統が違うふたつの戦闘集団が存在していた。正規軍とCIA/特殊部隊だ。後者はアメリカの侵略に抵抗する動きを潰すため、住民皆殺し作戦のフェニックス・プログラムを実行している。共同体を破壊しようとしたとも考えられている。

 この作戦を指揮したひとり、ウィリアム・コルビーはCIA長官時代にフランク・チャーチ上院議員が委員長を務める「情報活動に関する政府による作戦を調査する特別委員会」の公聴会で「1968年8月から1971年5月までの間にフェニックス・プログラムで2万0587名のベトナム人が殺され、そのほかに2万8978名が投獄された」と証言した。ウィリアム・カリー中尉に率いられた部隊が1968年3月にソンミ村(ミ・ライ)の住民を虐殺した事件もその作戦の一環だったとみられている。

 この虐殺が広く知られるようになったのは1969年11月になってから。事件に関するシーモア・ハーシュの記事が報道されたのだが、アメリカ軍に従軍していた記者やカメラマンは虐殺の直後からその事実を知っていたにもかかわらず報道されていない。「正規のルート」では情報が流れなかった。

 1970年7月から74年7月まで統合参謀本部の議長を務めたトーマス・ムーラー提督もこうした秘密工作を知りうる立場にあったひとり。CNNのサリン報道で最も重要な証人はこのムーラー提督だ。同提督の部下がサリンが使用される事実を確認したという。

 この報道をしたCNNは軍人組織だけでなくライバルの有力メディアからも激しく攻撃された。CNNの経営陣は、報道内容のチェックを弁護士のフロイド・エイブラムズに依頼し、1カ月にも満たない短期間で報告書を作成させている。報告書の結論は報道内容を否定するものだったのだが、引用に不正確な部分があり、慎重に調べたとは到底言えない代物だ。

 例えば、エイブラムズは報告書の中でムーラー提督を認知症の老人であるかのように表現しているのだが、報告書が作成された当時でもゴルフ場で普通にブレーし、別の事件で記者会見に登場するほどの健康体だった。番組を担当したプロデューサーのエイプリル・オリバーによると、放送では示されなかった重要な情報をCNNは隠しているという。(筆者に対するApril Oliverの回答)。

 結局、番組を担当したふたりのプロデューサー、ジャック・スミスとエイプリル・オリバーは報道を事実だ主張し続けたため、解雇されてしまう。担当プロデューサーが事実だと強い姿勢で臨んでいた以上、徹底した調査をするべきだったのだが、CNNは不自然な形で幕引きを図った。

 ジョージ・W・ブッシュ政権は2003年3月、統合参謀本部内の反対意見を押し切るかたちでイラクを先制攻撃したが、その際に使われた口実が大量破壊兵器。この話は嘘だったのだが、その嘘の中でイギリスのトニー・ブレア政権はイラクが45分で大量破壊兵器を使用できると主張している。

 開戦の2カ月後、BBCのアンドリュー・ギリガンはラジオ番組で「45分話」を主張する「9月文書」は粉飾されていると語り、さらにサンデー・オン・メール紙でアラステアー・キャンベル首席補佐官が情報機関の反対を押し切ってこの話を挿入したとも主張している。ギリガンの情報源だったイギリス国防省の生物兵器担当者、デイビッド・ケリーは7月15日に外務特別委員会へ呼び出された2日後に変死する。ケリーは政府の嘘に憤っていた。その後、2004年10月に「45分話」が嘘だということを外務大臣のジャック・ストローは認めた。

 ギリガンの報道にブレア政権は怒り、BBCの執行役員会会長と会長が辞任に追い込まれた。ギリガンもBBCを追い出される。この後、この放送局はプロパガンダ色が強まり、リビアやシリアへの軍事侵略を始めてからは偽情報を流し続けている。

 第2次世界大戦の直後に始まったモッキンバードは報道を統制することが目的だったが、それでも間隙を縫って事実を報道することは可能だった。1970年代の後半から報道統制は強化され、巨大資本によるメディア支配も進んだ。そして9/11の前後から米英の報道統制は質的に変化、今では有力メディアの伝える話から事実を見つけ出すことが難しいほどだ。その有力メディアを無批判に信じることも犯罪的だと言えるだろう。(了)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201811090001/

56. 中川隆[-13569] koaQ7Jey 2018年11月11日 07:18:49 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-20470] 報告

2018.11.11
米国で起訴された白人至上主義者を生み出したのはオバマ政権のウクライナ政策
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201811110000/

 アメリカのカリフォルニア州ロサンゼルスで4名の白人至上主義者、つまりロバート・ルンド、ロバート・ボマン、タイラー・ローブ、アーロン・イーソンが起訴された。容疑は暴動の謀議と暴動。いずれもRAMという団体のメンバーだ。有力メディアなら、この起訴をドナルド・トランプ大統領に結びつけるかもしれないが、その背景を調べるとバラク・オバマ政権との関係が浮かび上がってくるのだ。RAMは2016年から17年にかけての冬、ルンドとベン・デイリーによって創設された。

 ​FBI特別捜査官の宣誓供述書​を読むと、ルンド、デイリー、マイケル・マイセリスを含む数人のメンバーは2018年春にドイツ、ウクライナ、イタリアを訪問、その際にウクライナでナショナル兵団の幹部オレナ・セメニャカと会っている。この団体は2016年にウクライナの武装組織アゾフ大隊から分離して作られた。こうしたウクライナのネオ・ナチからRAMのメンバーは訓練を受けたと言われている。

 アゾフは2014年5月に創設されたとされているが、メンバーはネオ・ナチ、つまり同年2月に合法政権を倒したクーデターの実行者だ。創設資金を出したイゴール・コロモイスキーはウクライナ、キプロス、イスラエルの三重国籍を持つシオニストである。アゾフのメンバーのうち約半数には犯罪歴があると言われ、東部ドンバス(ドネツクやルガンスク)での民族浄化作戦にも参加している。

 キエフのクーデター体制だけでなくアメリカからアゾフは資金を提供されていると言われ、昨年(2017年)11月にはアメリカの視察団がアゾフの元を訪れた。兵站や関係強化について話し合ったと伝えられている。イスラエルからは武器を供給されているとも言われている。

 ウクライナのクーデターにポーランが果たした役割は小さくない。ポーランド大統領の治安担当顧問だったイエルジ・ドボルスキがネオ・ナチによるウクライナ制圧作戦に参加しているほか、2013年9月にウクライナのクーデター派86人を大学の交換留学生としてポーランド外務省が招待、ワルシャワ郊外にある警察の訓練センターで4週間にわたって暴動の訓練をしたと伝えられている。さらに、ポーランドの軍事会社ASBSオタゴの戦闘員も東部の制圧作戦に参加しているという。

 アゾフが創設される前の月にはアメリカの副大統領だったはジョー・バイデンとCIA長官だったジョン・ブレナンがキエフを相次いで訪れ、それから間もない5月2日にオデッサでネオ・ナチのグループは反クーデター派の住民を惨殺している。ネオ・ナチは労働組合会館へ逃げ込んだ人びとを虐殺、建物に火を放ち、一部の人びとは焼き殺されている。この事件を西側の有力メディアは反クーデター派を悪玉にして描いていた。

 2014年6月2日にはアメリカのデレク・チョレット国防次官補がキエフ入りしたが、そのタイミングでルガンスクへの空爆が始まる。キエフ政権へ送り込まれた部隊は住宅地を攻撃、住居を破壊して住民を死傷させた。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)によると、100万人を超す住民が避難、そのうち81万人がロシアへ入国したとしている。つまり、ルガンスクは反ロシア勢力に攻撃されたのだ。住む人のいなくなった住宅へ西部から人が移り住んだとも報告されている。イスラエル建国のときと似た情景だ。

 ウクライナのネオ・ナチはステファン・バンデラの信奉者でもある。このバンデラは1930年代後半から活動していた反ロシア派の組織OUNの幹部。バンデラの一派はイギリスの対外情報機関MI6のフィンランド支局長だったハリー・カーに雇われていた。

 ウクライナがドイツに占領されていた時代、彼らは「汚い仕事」を引き受け、ユダヤ人90万名が行方不明になった出来事に関与していると言われている。1941年以降、バンデラ派はドイツから資金を受け取り、その幹部だったミコラ・レベジはクラクフにあったゲシュタポ(国家秘密警察)の訓練学校へ入った。

 その後、ウクライナの民族主義者が独立を宣言するとナチスの親衛隊は弾圧に乗り出し、バンデラたちも逮捕されるが、ザクセンハウゼンの強制収容所では特別待遇を受けている。その間、レベジは拘束されていない。

 1943年になるとバンデラ派はUPA(ウクライナ反乱軍)を編成、反ボルシェビキ戦線を設立した。この組織は大戦後の1946年にABN(反ボルシェビキ国家連合)となり、APACL(アジア人民反共連盟、後にアジア太平洋反共連盟に改名)と合体してWACL(世界反共連盟)の母体になった。WACLは1991年にWLFD(世界自由民主主義連盟)へ名称が変更変更になるが、この年の12月にはソ連が消滅している。ソ連消滅後、こうした組織のメンバーは旧ソ連圏へ戻って活動を始めた。

 そして現在、東ヨーロッパへ戻ったネオ・ナチがアメリカの白人至上主義者を訓練している。今後、暴力的な事件を起こす可能性があるが、それを利用してアメリカ支配層はファシズム化を進めるかもしれない。1960年代から80年代にかけてアメリカやイギリスの情報機関はイタリアで極左を装って破壊活動を繰り返し、コミュニストに打撃を与えて治安体制を強化した。事実上、コミュニストの存在しないアメリカでは極右が使われる可能性がある。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201811100000/

57. 中川隆[-13584] koaQ7Jey 2018年11月12日 06:43:28 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-20536] 報告

2018.11.11
日本でも広がる軍事と経済の矛盾(その1)

 安倍晋三首相は11月中旬、シンガポールで開催される東アジアサミットに合わせてロシアのウラジミル・プーチン大統領と会談すると伝えられている。

 今年(2018年)10月26日に安倍は中国で李克強首相や習近平主席と会談したが、その際に約1000人の財界代表団が帯同、180億ドルの商談がまとまり、通貨交換(スワップ)協定の再開でも合意したという。その直後に安倍首相は東京でインドのナレンドラ・モディ首相と会い、今年9月にはプーチン大統領と会っている。

 プーチン政権は2015年からウラジオストックで毎年9月、EEF(東方経済フォーラム)を開催している。今年は9月11日から13日にかけて開かれた。韓国の文在寅政権はロシアとの連携を強めてきたが、このフォーラムでも実績を残している。韓国が自分たちの承認なしに何かすることはないとドナルド・トランプ米大統領は議会で語ったようだが、そうした状況にはない。

 しかし、日本はそうした状況にある。EEFで安倍首相(日本の官僚)が示したのはほかの参加国と違い、陳腐で安上がりな代物。経済力や技術力が低下している現実を理解できていないようだ。しかも安倍首相はロシアとの平和条約を締結しようというプーチン大統領の提案に対応できなかった。この問題に回答するためにはアメリカの支配層に「お伺い」を立てる必要があるからだ。

 アメリカの支配層に従属、その手先になることで地位と収入を約束されている政治家や官僚、その周辺にいる学者やマスコミ関係者はアメリカ信仰という妄想の中で生きているようだが、大企業の経営者たちは違うのだろう。現実を見ている。(つづく)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201811110000/

2018.11.11
日本でも広がる軍事と経済の矛盾(その2)

 1972年9月に内閣総理大臣だった田中角栄が中国を訪問して日中共同声明に調印、78年8月に日中平和友好条約が結ばれてから日本と中国との関係は基本的に悪くなかった。この関係が日本企業を支えてきたのだが、これは日本経済を完全に乗っ取ろうと考えていたアメリカの支配層にとって腹立たしいことだったはずだ。

 その関係を崩す突破口に使われたのが尖閣諸島の領土問題。田中首相はこの問題を「棚上げ」にしていたのだが、2010年9月に海上保安庁が壊しにかかる。尖閣諸島付近で操業していた中国の漁船を日中漁業協定無視で取り締まり、漁船の船長を逮捕したのだ。

 しかし、2011年3月11日に東北の太平洋側で巨大地震が起こってから雰囲気が変わる。東京電力の福島第1原子力発電所が破壊され、炉心が溶融して環境は広範囲にわたって放射性物質で汚染されたのだが、この大事故は逆に日本と中国との対立を緩和しそうになる。

 そうした雰囲気を消し去り、関係悪化の方向へ戻したのが石原親子だ。まず、石原伸晃が2011年12月にハドソン研究所で講演、尖閣諸島を公的な管理下に置いて自衛隊を常駐させ、軍事予算を大きく増やすと発言する。この背後にはネオコンの大物でポール・ウォルフォウィッツの弟子にあたるI・ルイス・リビーがいたと言われている。当時、リビーはハドソン研究所の上級副所長だった。

 2012年4月には石原伸晃の父親、​石原慎太郎知事(当時)がヘリテージ財団主催のシンポジウムで尖閣諸島の魚釣島、北小島、南児島を東京都が買い取る意向​を示し、中国との関係は決定的に悪くする。安倍晋三もハドソン研究所と関係が深いが、そのつながりを築いたのもリビーだ。

 この間、2011年9月に総理大臣は菅直人から野田佳彦へ交代、「自爆解散」で2012年12月に政権の座を安倍晋三に譲る。中国との関係を悪化させるという点で3首相に大差はない。(つづく)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201811110001/

2018.11.12
日本でも広がる軍事と経済の矛盾(その3)


 イギリスやアメリカ、つまりアングロ・サクソン系国の基本戦略は遅くとも20世紀の初頭から変化していない。1904年にイギリスの地理学者で地政学の父とも呼ばれているハルフォード・マッキンダーが発表した戦略で、ユーラシア大陸の周辺を支配し、内陸部を締め上げていくというもの。最終的にはロシア/ソ連を制圧することが目標だった。

 マッキンダーは内陸部を締め上げるために「三日月地帯」を想定する。西ヨーロッパ、パレスチナ、サウジアラビア、インド、東南アジア諸国、朝鮮半島をつなぐ「内部三日月帯」とその外側の「外部三日月地帯」だ。内部三日月帯の上にイギリスはサウジアラビアとイスラエルを作り上げた。この内部三日月帯の西端にイギリスがあり、東端には日本。イギリスが長州と薩摩を支援して徳川体制を倒し、中国(清)やロシアへの軍事侵攻を支援したのは、それが自分たちの戦略だからだ。勿論、日本が好きだったわけではない。

 ジョージ・ケナンの封じ込めもズビグネフ・ブレジンスキーのグランド・チェスボードもマッキンダーの戦略がベースになっている。現在、その戦略に基づいて動いているのはネオコンをはじめとするアメリカの好戦派だが、そのネオコンを育て、送り出したのはヘンリー・ジャクソン上院議員(1953年〜83年)の事務所。

 ヘンリー・ジャクソンの師と言われているバーナード・ルイスはイギリスの生まれで、第2次世界大戦ではイギリス軍の情報機関で活動していた。戦後、ロンドン大学とプリンストン大学で教えている。サミュエル・ハンチントンと同じようにルイスは「文明の衝突」を主張、シオニストを支持し、反イスラムということでも有名だ。(Robert Dreyfuss, “Devil’s Game”, Henry Holt, 2005)ブレジンスキーは「危機の弧」という概念を使い、ソ連の脅威を煽っていたが、この概念を考え出したのはルイスである。

 冷戦時代にはソ連脅威論、ソ連消滅後は中国脅威論を宣伝していたのはアンドリュー・マーシャルONA(国防総省内部のシンクタンク)室長だが、この人物もルイスから世界観を学んでいた。ドナルド・ラムズフェルドはこのマーシャルを信奉している。

 アメリカ支配層はバーナード・ルイスから大きな影響を受けているのだが、この人物には大きな問題があったと言われている。軍事力を重視、経済を軽視していたのだ。ネオコンは暴力的な手段を前面に出し、ターゲットを脅して屈服させようとしている。

 圧倒的な力の差があれば機能するやり方だが、相手がロシアや中国では無理。そこで脅しはエスカレートし、全面核戦争の段階まで来てしまった。ヒラリー・クリントンはその戦術を実行するために選ばれた人物だ。

 しかし、経済を軽視したネオコンの戦術はアメリカ支配層に従うメリットと経済破綻のデメリットの矛盾を拡大、支配システムを揺るがしている。日本も数年前からその矛盾に耐えられなくなりつつある。

 アメリカとの取り引きで儲けてもドルをアメリカへ還流させなけらばならず、手元には高額兵器と財務省証券がたまるばかり。高額兵器を使う事態になれば日本は破滅であり、財務省証券は単なる紙切れだ。日本の大企業がロシアや中国との取り引きをしたがるのは当然である。そうした流れの中、日本で大企業のスキャンダルが頻発している事実は興味深い。

 軍事面や情報面でアメリカに支配されている韓国だが、ロシアや中国との関係を着実に強化している。そうした器用な外交を安倍晋三政権ができるとは考えにくいが、状況がそうした行動を強いている。アメリカ支配層に従属することを優先すればロシアや中国を侵略し、略奪する道を進むしかない。当然、両国からは反撃があり、日本は滅びる。ロシアや中国とのビジネスを優先したなら、アメリカ支配層は日本をイラク、シリア、リビア、あるいはインドネシアのように破壊しようとするだろう。

 日本では政治家や官僚だけでなく、自衛隊、警察、検察もアメリカのコントロール下にある。そうした人びとの周辺にいる学者やマスコミ関係者も似たようなもの。目先の利益を考えれば、こうした集団の「お告げ」を信じる、あるいは信じた振りをするべきなのだろうが、その先に未来はない。

 近い将来、アメリカ本体がドル体制の崩壊で潰れる可能性がある。そうした展開になれば日本が独立する展開もありえるが、その準備をする動きは一部を除いて見られない。その一部とは沖縄だ。(了)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201811120000/

58. 中川隆[-13632] koaQ7Jey 2018年11月16日 07:27:59 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-20773] 報告
2018.11.15
日本とロシアが真に接近することをアメリカ支配層は許さない(1/4)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201811140000/


 シンガポールで11月14日から15日にかけてロシア-ASEAN首脳会議が開かれ、ASEAN各国の首脳はウラジミル・プーチン露大統領と相次いで会談している。そのひとりが日本の安倍晋三首相だ。その際、安倍は「1956年(日ソ)共同宣言を基礎として平和条約交渉を加速させることでプーチン大統領と合意した」のだという。

 安倍政権は今後、ロシアと平和条約の交渉をするだろうが、条約の調印に到達する可能性は小さい。日本とロシアが真の意味で友好的な関係築くことをアメリカ支配層は許さないだろう。そうしたことを安倍自身だけでなく、アメリカもロシアもわかっているはず。この交渉自体、アメリカの命令かもしれない。ロシアや中国と日本が真に友好的な関係を築けるのはアメリカを支えるドル体制が崩れてからだろう。

 この共同宣言は1956年10月、内閣総理大臣だった鳩山一郎がソ連を訪れ、ソ連閣僚会議議長のニコライ・ブルガーニン首相と日ソ共同宣言に署名したもので、同年12月に発効している。この宣言は当時のアメリカ支配層を激怒させたが、発効した事実は消せない。プーチン大統領もこの宣言からスタートせざるをえない。

 鳩山一郎を首班とする内閣がスタートしたのは1954年12月。鳩山首相だけでなく、重光葵外務大臣、河野一郎農林大臣、石橋湛山通産大臣たちもソ連や中国と友好関係を結ぼうと考えていた。1955年6月にはロンドンのソ連大使館で米ソ両国は国交正常化の交渉を始めている。

 重光は8月末にアメリカのジョン・フォスター・ダレス国務長官と会談、その際に重要な提案をしている。「相互防衛条約」の試案を提示、その第5条で「日本国内に配備されたアメリカ合衆国の軍隊は、この条約の効力発生とともに、撤退を開始」、「アメリカ合衆国の陸軍及び海軍の一切の地上部隊は、日本国の防衛六箇年計画の完遂年度の終了後おそくとも九十日以内に、日本国よりの撤退を完了するものとする」としている。

 1945年4月にフランクリン・ルーズベルト大統領が急死した後、ホワイトハウスではニューディール派の影響力が急速に低下、ウォール街が実権を握る。新しく大統領になったハリー・トルーマンのスポンサーだった富豪のアブラハム・フェインバーグは裏でシオニスト団体へ法律に違反して武器を提供、イスラエルの核兵器開発を資金面から支えた人物だ。

 トルーマン政権は国民党に中国を支配させようとしたが、1948年の後半になると人民解放軍が国民党軍を圧倒、49年1月に解放軍は北京に無血入城した。5月にはアメリカの破壊工作組織OPCが拠点にしていた上海がコミュニストに制圧される。中華人民共和国が成立するのはその年の10月のことだ。そうした流れの中、OPCは拠点を日本へ移動させている。(Stephen Endicott & Edward Hagerman, “The United States and Biological Warfare”, Indiana University Press, 1998)

 1949年には国鉄を舞台とした「怪事件」が相次ぎ、それを口実として労働組合など左翼と見なされる人びとが弾圧された。その事件とは7月5日から6日にかけての下山事件、7月15日の三鷹事件、そして8月17日の松川事件だ。

 1950年10月にOPCはCIAに吸収されたが、その4カ月前、6月25日に朝鮮半島で戦争が勃発している。その直前にジョン・フォスター・ダレスは東アジアを歴訪、日本では6月22日にニューズウィーク誌の東京支局長だったコンプトン・パケナムの自宅で開かれた夕食会に参加した。日本側からは大蔵省の渡辺武、宮内省の松平康正、国家地方警察企画課長の海原治、外務省の沢田廉三が出席している。そのダレスに対し、天皇から軍国主義的な経歴を持つ「多くの見識ある日本人」に会い、「そのような日本人による何らかの形態の諮問会議が設置されるべき」だとする口頭のメッセージが伝えられたという。メッセンジャーはパケナムだ。(豊下楢彦著『安保条約の成立』岩波新書、1996年)(つづく)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201811140000/

2018.11.15
日本とロシアが真に接近することをアメリカ支配層は許さない(2/4)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201811130000/


 1951年1月にジョン・フォスター・ダレスが率いる講和使節団が来日、占領後の日本をめぐる交渉が始まる。ダレスは日本に対し、自分たちが「望むだけの軍隊を望む場所に望む期間だけ駐留させる権利」を求めようとしていた。(豊下楢彦著『安保条約の成立』岩波新書、1996年)

 少なくともウォール街にとって朝鮮戦争が対中国戦争の一環だと言うことを示唆する出来事が1951年4月に引き起こされている。ウォール街が作り出したCIAの軍事顧問団が約2000名の国民党軍を率いて中国領内に侵入、一時は片馬を占領したのだ。翌年の8月にも国民党軍は中国侵攻を試みたが、この時も人民解放軍の反撃で失敗に終わる。

 この当時、CIAやアメリカ軍の好戦派はソ連に対する先制核攻撃を計画していた。例えば、1949年に出されたJCS(統合参謀本部)の研究報告では、ソ連の70都市へ133発の原爆を落とすという内容が盛り込まれ、この戦争を戦うために特殊部隊のグリーン・ベレーが創設されている。(クリストファー・シンプソン著、松尾弌訳『冷戦に憑かれた亡者たち』時事通信社、1994年)

 好戦派の中心メンバーのひとり、カーティス・ルメイは日本や朝鮮半島で非武装の住民を大量虐殺した作戦の責任者で、1948年から57年にかけてSAC(戦略空軍総司令部)、空軍副参謀長を経て61年から65年にかけて空軍参謀総長を務めている。

 SACは1954年、ソ連に600から750発の核爆弾を投下し、118都市に住む約6000万人を殺すという計画を作成した。この年の終わりにはヨーロッパへ核兵器を配備している。(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012)SACが1956年に作成した核攻撃計画に関する報告書によると、ソ連、中国、そして東ヨーロッパの最重要目標に対しては水爆が使われ、ソ連圏の大都市、つまり人口密集地帯に原爆を投下することになっていた。

 攻撃目標とされた大都市にはソ連の都市だけでなく、中国の北京も含まれている。沖縄では1950年代に「銃剣とブルドーザー」で土地が強制接収され、軍事基地化が推し進められ、55年の段階で沖縄本島の面積の約13%が軍用地になっている。1955年から57年にかけて琉球民政長官を務めたライマン・レムニッツァーはルメイと同じ好戦派で、1960年から62年にかけてのJCS議長。キューバへアメリカ軍を侵攻させる口実として偽旗作戦が計画されたが、その中心メンバーでもあった。レムニッツァーの議長再任はジョン・F・ケネディ大統領が拒否した。

 ルメイやレムニッツァーを含む好戦派は1957年初頭、ソ連への核攻撃を想定したドロップショット作戦を作成した。それによると300発の核爆弾をソ連の100都市で使い、工業生産能力の85%を破壊する予定になっていたという。(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012)

 鳩山政権はこうした中、ソ連との友好関係樹立を目指していた。重光外相は1956年8月上旬の頃に歯舞島と色丹島の返還というソ連案を受け入れ、平和条約を締結しようと言い始めたが、同月下旬に態度を一変させ、国後と択捉も要求するようにという訓令を出す。2島返還でソ連と合意したらアメリカは沖縄を自国領にすると恫喝されたとアメリカの国務長官だったジョン・フォスター・ダレスからその間に言われたのだという。そうした脅しにもかかわらず、鳩山首相は共同宣言に署名したわけだ。

 共同声明が発効した1956年12月に鳩山は辞任、CIAとの関係が指摘されている岸信介、つまり安倍晋三の祖父が後継総理になると見られていたが、鳩山と政策が近かった石橋湛山が勝ってしまう。

 ところが、アメリカにとって好都合なことに石橋が自宅の風呂場で倒れた。軽い脳梗塞だったと言われているが、石橋は退陣せざるをえなくなり、岸が総理臨時代理として政府を動かすことになる。正式に岸が首相となるのは1957年2月のことだ。

 アメリカの支配層は日本が中国やソ連/ロシアに接近することを嫌ってきた。彼らの長期目標は中国やソ連/ロシアの制圧であり、日本は侵略の拠点だからだ。日本のそうした立場は明治維新の当時から変化していない。安倍は岸と同じように、アメリカ支配層の手先だ。

 その安倍は今年(2018)年9月、ウラジオストックで開催されたEEF(東方経済フォーラム)でロシアに対して平和条約の締結を呼びかけたのだが、プーチンから「いま思いついた。平和条約を前提条件なしで結ぼう。今ここでとはいわない。今年末までに結ぼうではないか」と逆に提案され、安倍は返答できなかったという。安倍の発言はアメリカ支配層が書いたシナリオに沿うものだったはずだが、プーチンの逆提案はそこに書かれていなかったのだろう。(つづく)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201811130000/

2018.11.16
日本とロシアが真に接近することをアメリカ支配層は許さない(3/4)​
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201811150001/


 現在、東アジアではロシアと中国を中心に状況が大きく変化しつつある。その中心にはロシアの鉄道とパイプラインの建設、中国の一帯一路プロジェクトがある。そうした状況の変化を象徴する出来事が朝鮮半島で展開されている。

 本ブログでは繰り返し書いてきたが、イギリスやアメリカはユーラシア大陸の沿岸部を支配し、海運を押さえて内陸の中国やロシア/ソ連を締め上げようとしてきた。それに対抗してロシアは鉄道を建設したのである。

 帝政時代、ロシアはモスクワとウラジオストクを結ぶシベリア横断鉄道の建設を計画、1891年に着工して1916年に完成させた。その鉄道を朝鮮半島へ延ばそうという計画もある。それと並行して天然ガスや石油のパイプライも建設、東アジアをビジネスで結びつけ、経済的な発展を目指そうというわけだ。

 その計画のネックになっていたのが朝鮮。1991年12月にソ連が消滅、後ろ盾を失った朝鮮はイスラルや統一教会との関係を強めたとも言われている。その朝鮮に対し、​ロシアのドミトリ・メドベージェフ首相は2011年夏、110億ドル近くあったソ連時代の負債の90%を棒引きにし、鉱物資源の開発などに10億ドルを投資すると金正日に提案している​。2011年12月に金正日が急死するが、翌年の4月にはロシア議会がこれを承認している。(金正日の急死に暗殺説があることは本ブログでも紹介したが、今回はこの話を割愛する。)

 今年のEEFで朝鮮は自国の鉄道と韓国に鉄道を結びつけることに前向きな姿勢を見せた。こうしたプロジェクトの実現はアメリカの世界制覇プロジェクトを揺るがす。そこで使われているのが「制裁」。この「制裁」はロシア、中国、韓国で進めているプロジェクトの阻止が目的だろう。

 韓国の動きを牽制するため、バラク・オバマ大統領は自分たちの忠実な下僕である日本を使おうとした。韓国を自分の支配下から離れないように日本との関係を強化させようとしたのだ。

 日本と韓国が対立している原因のひとつが慰安婦の問題。オバマ大統領は日韓両国の首脳との会う際、数年にわたり、毎回のように慰安婦の問題を採りあげて両国の対立を解消させようとしていたという。これは同政権でNSC(国家安全保障会議)の安保副補佐官だったベン・ローズの話だ。

 朴槿恵が韓国の大統領だった2015年12月に日本と韓国の外務大臣は「日韓間の慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する」と発表したが、文在寅政権になって状況が変わる。外務大臣直属の検証チームは2017年12月、その合意は朴槿恵と安倍晋三の側近ふたりによる秘密交渉で進められた結果であり、慰安婦だった女性の意見が十分反映されなかったと指摘したのだ。

 そして今年、つまり2018年の3月26日に金正恩朝鮮労働党委員長は特別列車で北京へ入って釣魚台国賓館で中国の習近平国家主席と会談、4月27日に朝鮮の金正恩労働党委員長と文在寅大統領が板門店で会談、緊張緩和の方向へ動き始める。

 文大統領と金委員長が会談する前日、アメリカ政府はCIA長官だったマイク・ポンペオが朝鮮で金委員長と握手する様子を撮影した写真を公表した。4月1日頃、つまり中朝首脳会談の直後に撮影されたようだ。アメリカの存在をアピールしたかったのだろう。

 紆余曲折はあったが、今年6月12日のシンガポールでドナルド・トランプ大統領は朝鮮の金委員長と会談、朝鮮半島の完全な非核化が確認された。その日、トランプは2017年4月6日のシリアに対するミサイル攻撃は中国への威嚇だったと語っている。

 おそらくトランプの発言は事実だが、この攻撃によって判明したのはロシアの防空システムが優秀だということ。この出来事に限らないが、2015年9月30日に始まったシリア政府の要請に基づくロシア軍の軍事介入はロシア軍の強さを証明することになった。アメリカ軍を恐れる必要はないと朝鮮も判断しただろう。

 2017年4月6日の攻撃では59機のトマホーク(巡航ミサイル)が発射され、そのうち目標へ到達したんは23発。6割強が撃墜されたことになる。アメリカにとっては嫌な結果。その1年後にもアメリカ軍はシリアをミサイルで攻撃するが、ロシア側は前年の反省から短距離用の防空システム、パーンツィリ-S1を配備していた。それが友好で、約7割のミサイルが撃墜されたと言われている。アメリカ軍の攻撃は威嚇になっていないだろう。

 シンガポールでの米朝会談から間もない6月22日、トランプ大統領は朝鮮を「尋常でない脅威」だとし、制裁を続ける方針を示した。その日、韓国の文大統領はロシアでウラジミル・プーチン大統領と会談、平和的な朝鮮半島の非核化を目指すことで一致、国境を越えたエネルギー・プロジェクトを推進し、FTA(自由貿易協定)に関する話し合いを始めることで合意したという。ロシア、中国、韓国、そして朝鮮は手を組み、アメリカは孤立した形だ。(つづく)
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2018.11.16
日本とロシアが真に接近することをアメリカ支配層は許さない(4/4)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201811160000/


 アメリカのバラク・オバマ政権が仕掛けたウクライナのクーデターは中国とロシアを戦略的な同盟国にした。この関係は崩れそうもない。アメリカの影響下にあるものの、韓国はロシアや中国に接近、ビジネス上の関係は深まっている。日本の大企業もロシアや中国との取り引きなしに生き残ることは困難で、中ロとの接触は強まっていた。

 しかし、ロシアと中国が主導する形で和平が進み、経済が発展することをアメリカ支配層は認められない。ドルを使った金融マジックで世界を支配しているアメリカに生産能力はなく、ドルが基軸通貨の地位から陥落すればアメリカの支配システムは崩壊する。各国がドル決済をやめたなら、アメリカの金融マジックは破綻する。そうした流れを止めるため、アメリカはロシアと中国を軍事的に脅しているが、効果はない。

 朝鮮半島の問題でアメリカが受け入れそうな条件は、核兵器開発を放棄させた上で軍事侵略するリビア・モデル、体制の違う国を統一させて全体をアメリカが制圧して支配地域を拡大させるドイツ・モデル、疲弊した状況を利用して庶民を低賃金労働者として西側巨大資本のカネ儲けに奉仕させるというベトナム・モデル。アメリカの支配地域を拡大させるものでなければ、アメリカは受け入れない。

 日本とロシアとの関係でも同じことが言える。日本がロシアや中国と友好的な関係を結ぶことをアメリカ支配層は望まない。アメリカ支配層に従属することで自分の地位と収入を約束されている政治家や官僚、その周辺の学者やマスコミ関係者なども同じだ。

 日本の検察やマスコミは東シナ海を「友愛の海」にしようと提案していた鳩山由紀夫を2010年に首相の座から引きずり下ろした。次に菅直人が首相に就任するが、この内閣ができて間もなく、石垣海上保安部は「日中漁業協定」を無視して中国の漁船を尖閣諸島の付近で取り締まり、日本と中国との関係を壊しにかかる。当時の国土交通大臣は前原誠司だ。2011年9月に首相は菅直人から野田佳彦へ交代、野田は「自爆解散」して2012年12月からは安倍晋三が首相に就任した。

 経済的にはロシアや中国との関係を強める方が日本にとって有利。業種にもよるが、日本の大企業が中国との取り引きなしに維持できなくなって久しい。前にも本ブログで書いたように、日本の大企業もアメリカ支配層の戦略に耐えられなくなり、日本の経済界は水面下でアメリカ離れを画策している。政治家や官僚のようなアメリカ支配層の代理人と違い、大企業の忍耐が限界に達することも否定できない。そうした中、日本では大企業のスキャンダルが相次いで発覚したのは興味深い「偶然」だ。

 日本で推進されてきたTPP(環太平洋連携協定)は巨大資本のような私的権力が国を支配する体制を築くことが目的で、トランプのFTAはアメリカがターゲット国を支配する仕組みだ。こうした仕組みができてしまえば、日本は主権を完全になくし、ロシアや中国とまともな取り引きができなくなる。別個の戦略が交錯しているが、日本を支配し、食い物にしようとしている点で大差はない。

 アメリカの支配層は単にカネ儲けしよとしているだけでなく、世界制覇を目指している。これは1992年2月に国防総省のDPG草案という形で作成された。草案作成の最高責任者は国防長官だったリチャード・チェイニーで、作業の中心はポール・ウォルフォウィッツ国防次官だった。そこで、ウォルフォウィッツ・ドクトリンとも呼ばれている。

 その翌年の12月にソ連が消滅したことでアメリカは唯一の超大国になったと彼らは認識、他国に配慮することなく、つまり国連を無視して単独で世界制覇に乗り出すという宣言だ。そのドクトリンに日本を組み込むという宣言が1995年2月に発表された「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」だ。そのレポートに基づいて安倍首相も日本をアメリカの戦争マシーンに組み込みつつある。

 ちなみにその前年、1994年6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれ(松本サリン事件)、95年3月20日には帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布され(地下鉄サリン事件)、同じく3月30日に警察庁長官だった國松孝次が狙撃されて重傷を負う。そして8月27日付けのスターズ・アンド・ストライプ紙は日本航空123便に関する記事を掲載した。(了)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201811160000/

59. 中川隆[-13654] koaQ7Jey 2018年11月22日 11:50:43 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-21010] 報告
2018.11.22
ゴーン逮捕の背後では独仏とアメリカが権力抗争を繰り広げている


 日産自動車の会長だったカルロス・ゴーンと代表取締役のグレッグ・ケリーが東京地検特捜部に逮捕されたのは11月19日のことだった。実際の報酬額よりも減額した金額を有価証券報告書に記載したことが理由だという。

 この人物が強欲であることを否定しないが、程度の差こそあれ、新自由主義が蔓延した世界では珍しくない。かつて、日本企業の経営者は会社を公然と私物化していた。そうした行為は会社全体に広がり、「社用族」という用語も生み出された。会社のカネで高級住宅地に自宅を建てた経営者もいた。今の経営者が清廉潔白ということはないだろう。

 伝えられるところによると、今回の逮捕には会社の日本人重役とゴーンやケリーとの対立があり、「司法取引」で日本人重役から検察へ情報が提供されたようだ。情報を提供した側は自分たちの違法行為は許される。

 ゴーンなどは日本人重役と対立していたと言われている。ルノー側は日産との経営統合、あるいは合併を目論み、それに対して日本人重役が反発していると今年(2018年)の春先には報道されていた。ゴーンは今年1月、フランスの下院における公聴会で日産の統合強化に前向きととれるような発言もしていたようだ。

 また、ゴーンにはアメリカから睨まえる要素もあった。彼は2014年4月、ロシアでの自動車販売を推進する姿勢を見せていたのだ。

 その2カ月前、ロシアの隣国であるウクライナでネオ・ナチによるクーデターでビクトル・ヤヌコビッチ大統領が排除されていたが、ロシアへの関心は失っていない。ネオ・ナチを動かしていたのはバラク・オバマ政権だ。

 ゴーンだけでなく、EUの自動車会社はロシアとの関係を強めようとしていた。​2015年9月4日からフォルクスワーゲンはアメリカからの圧力をはねのけ、ロシアでエンジンの生産を始めている​。

 アメリカのEPA(環境保護局)がフォルクスワーゲンが販売している自動車の一部が排ガス規制を不正に回避するためのソフトウエアを搭載していたと発表したのは、その2週間後のことだ。

 ルノーと日産の経営一体化を進めるようにゴーンへ求めていたのはルノーの筆頭株主であるフランス政府だという。政府を率いているエマニュエル・マクロン大統領は今年に入り、EU独自の軍事組織を創設するべきだと発言、ドイツのアンゲラ・メルケル首相はその案を支持している。

 1991年にもフランスのフランソワ・ミッテラン大統領とドイツのヘルムート・コール首相は米英からの自立を目指して「ユーロ軍」の実現を訴えたが、この時はアメリカ政府に潰されている。NATOはアメリカとイギリスの支配層がヨーロッパを支配するために創設した組織であり、その内部にはテロ活動を行う秘密部隊も設置されている。EU独自の軍隊を持つと言うことはアメリカ離れを意味するわけで、アメリカやイギリスの支配層は潰しにかかるはずだ。

 アメリカのジョージ・W・ブッシュ政権が2003年にイラクを先制攻撃した際、フランスやドイツはアメリカ政府の命令に従わず、戦争に反対した。そのときにフランス大統領だったジャック・シラクはド・ゴール派。

 シャルル・ド・ゴールは大統領だった1962年に殺されかかる。その4年後にフランスはNATOの軍事機構から離脱、その翌年にはSHAPE(欧州連合軍最高司令部)をパリを追い出してしまった。

 ニコラ・サルコジが大統領だった2009年にフランスはNATOへ完全復帰するが、ここにきてフランス人やドイツ人はNATOの危険性を再び感じているのかもしれない。

 ゴーン逮捕の背後には世界で展開されている権力抗争が見える。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201811220000/

60. 中川隆[-13627] koaQ7Jey 2018年11月26日 21:00:20 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-21157] 報告
石油支配を巡るイエメン人大虐殺
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2018/11/post-4c5b.html
2018年11月26日 マスコミに載らない海外記事


2018年11月20日
F・ウィリアム・イングドール

 2015年に始まったイエメン共和国で継続中の戦争、事実上の大虐殺の最も激しい段階は、ごく最近まで欧米主流のメディアに、ほとんど無視されてきた。スンニ派のワッハーブ主義サウジアラビアにより、表向き、シーア派信徒フーシ派に対する、アメリカに後援されたサウジアラビアの戦争の基本的な戦争原因も同様に無視されてきた。一世紀以上前に、ペルシャ湾でイギリスが最初に豊富な石油発見して以来、ほとんどあらゆる戦争と不安定化と同様、イエメン戦争は、まさに石油、実にたくさんの石油の支配が狙いだ。

 イエメンは、スエズ運河とインド洋を経由し、地中海につながる紅海のきわめて重要な連結点で、戦略上重要な地政学地域だ。そこにあるアフリカの角のジブチから、わずか29キロの距離にある世界で最も戦略的な石油輸送難所の一つ、バブ・エル・マンデブ海峡という狭い航路が、アメリカ・エネルギー省の石油輸送難所の一つになっている。アメリカ・エネルギー省によれば、中国向け石油を含め、両方向に毎日推計470万バレルの石油が、バブ・エル・マンデブ海峡を通過している。

 2015年3月、一般的にフセイン・バドルッディーン・フーシにちなむ名で知られているイスラム教ザイード派集団フーシ派との間で、新しい内戦がイエメンで始まった。ザイード派は、サウジアラビアのワッハーブ主義にとって受け入れがたい、女性の平等を好む伝統的に穏健なグループだ。ザイード派は1962年まで、1,000年以上イエメンを支配していた。

 フーシ派運動は、2011年末、大いに腐敗したアリ・アブドラ・サレハ・イエメン大統領追放を強いた。サレハの副大統領アブド・ラッボ・マンスール・ハーディーが彼の後任となった。当時サレハ、ハーディ両人ともサウジアラビアの影響力を受けた代理大統領だった。

 彼の代表権限権の期限が切れた後、ハーディーが退任を拒否して、事態は変わり始めた。燃料価格への助成金を削減するという彼の決定と、合意した改革の拒否で、2015年早くにフーシ派の動きにより、彼は逮捕されるに至った。2015年3月25日、彼はサウジアラビアへの亡命に成功し、同日、ムハンマド・ビン・サルマーン防衛大臣がイエメンとフーシ派に対して現在も継続中の爆撃戦争の開始を命令した。

 2015年の終わりまでに、ビン・サルマン王子と、彼の連合は、奇妙な名前の決定的な嵐作戦(デザート・ストームを思い出す)で、イエメン一般市民に残虐行為を与えていた。サウジアラビアが率いる6カ月の容赦ない爆撃で、国連はイエメンを最もレベルが高い「レベル3」の緊急事態だと宣言した。爆撃が重要な民生インフラを破壊し、医療施設とサウジアラビアは国際法に違反し、推定2000万人のイエメン人が緊急に必要とした食物や水や医療の支援物資を封鎖した。約2,500,000人のイエメン人が家を追われた。飢饉とコレラは蔓延している。 要するに、大量虐殺だ。

チェイニーの石油戦争

 サウジアラビア率いる湾岸諸国連合により進行中のイエメン戦争の根源は、2001年9月11日の余波とブッシュ-チェイニー政権の、いわゆる対テロ戦争公表でまでさかのぼる。

 2003年のイラク侵略は石油が狙いだった。ポール・ウォルフォウィッツを含め、当時数人のアメリカ当局者がこう認めていた。1998年「石油があるところに行かねばならない。私はあまりそれ[政治的不安定さ]については考えない」とチェイニーは、まだ世界最大の石油サービス企業ハリバートンCEOだった頃、テキサス石油関係業者の会合で述べた。良く知られているようにウェスリー・クラーク大将が数年後にそれを報告した通り、「5年で7つの国を破壊する」ドナルド・ラムズフェルド国防長官のアメリカ軍事行動を、ブッシュ・ジュニアの副大統領として、チェイニーが設計したあらゆる形跡がある。それらの7カ国全てが、中国、EU、そして世界経済にとって、中東石油の巨大な流れの支配に戦略的なものだ。

 2004年、チェイニー-ブッシュが当時のサレハ大統領を支援するためイエメンにまで「対テロ戦争」を広げた当時、サウジアラビアによるイエメン支配は疑う余地がなかった。サレハが、ザイド派宗教指導者フセイン・バドルッディーン・フーシを逮捕しようとした後に始まったフーシ派少数派による蜂起に反対して、アメリカとイギリスの軍隊はサレハを支持した。

 2015年までに、アメリカ代理戦争は変化し、国防総省とオバマ政権はイエメンに対するサウジアラビアの全面的な壊滅的軍事攻撃を密かに支持した。

 イエメンに対するアメリカあるいはサウジアラビアの興味は何だろう? 石油支配は短期的な答えだが、多分いつもの意味でではあるまい。

 2005年11月、イエメン共和国はアメリカのハント石油会社とエクソンモービルから、その石油堆積盆地マリブ-ジャウフ・ブロックを没収した。それは決定的大変革をもたらすものではなく、いらだちの種だった。戦争が新しい形態をとったのは、2014年、サウジアラビアに支援されるハーディ大統領に反対するフーシ派反乱が勝利した時だ。2015年3月までに、サヌアとイエメン政府を占領し、アデンへ進軍した際、フーシ派に率いられた最高革命委員会は、ハディを打ち倒すための総動員を宣言した。

未発見資源の可能性

 イエメン、特に特に、今フーシ派の支配下にある地域を、誰が掌握しているかについて、二つの戦略上の側面がある。一つは、上述のアフリカの角、バブ・エル・マンデブ海峡を通過する石油の流れの地政学的支配だ。もう一つは、イエメン自身の主に未開発石油資源の支配だ。

 2002年、米国地質調査局(USGS)による公開報告が「周知の埋蔵量に、未発見の可能性を加えると、マドビ・アムラン / キシン広域石油システム全体の石油埋蔵量は、石油資源の可能性として、イエメンは、アメリカを除くと51番目となる9.8(10億バーレル原油換算BBOEに増える」と結論した。

 100億バレルの原油は、2660億バレルの石油埋蔵量があるサウジアラビアと比較して莫大には思われないかもしれない。だがここで、1988年CIA報告が興味深い。大幅に編集されて、機密指定から外された報告書「南イエメンの石油資源:富のキメラ」には、イエメンとサウジアラビア間の帰属問題で係争中の広い境界における石油埋蔵の可能性について、謎のようなメモがある。冷戦時代、CIAは北イエメンと南イエメンとの間で帰属問題で係争中の境界中立地帯だったところに沿った石油とガス埋蔵を指摘している。

 テキサスのハント石油会社は1982年からアリフ油田におり、1984年そこで石油を発見した。アリフ油田はサウジアラビアとイエメンの間の不確定境界近く、フーシ派により管轄されるイエメン北部にある。ほぼ20年前、筆者はピーク・オイルと石油地政学の考えについて話し合うため、アメリカ政府と関係する人物とインタビューする機会があった。当時、話し合っていた人物は、サウジアラビアとイエメンの間の不確定な不毛の地には、公開されないアメリカ空撮影像と地球物理調査によれば、サウジアラビアを超える石油埋蔵の可能性があること自発的に語ってくれた。

 その陳述が正確だったかどうか独自に確認するのは不可能だ。明確なのは、イエメンとソマリアを含め、ペルシャ湾と紅海に囲まれた地域が、我々の惑星で、炭化水素発見の必要条件である、最も構造学的に活動的な地域の一つであることだ。イエメンにおける莫大な石油とガス埋蔵の存在は、フーシ派からイエメン支配を奪還するサウジアラビアの残忍な取り組みを国防総省がなぜ積極的に支持したかについて多くを説明するだろう。

 それは、いかなる、ワッハーブ主義スンニ派とシーア派信徒の対立にも、ほとんど関係がない。むしろ、それは世界エネルギーの戦略的支配に関係があるのだ。サレハかハーディかにかかわらず、サナアがサウジアラビアの代理人に支配されている限り、それはワシントンにとって、第二の優先事項だった。たとえイエメン政府がアメリカ会社石油不動産を没収していたとしても、石油は「安全だった」。 決然と独立したフーシ派ザイド派勢力が、イエメン、あるいは主要部分を支配した途端、熱心なサウジアラビアの新皇太子ムハンマド・ビン・サルマン防衛大臣に戦争を開始する正式許可を与えるのに十分なほど脅迫が重大になった。フーシ派が支配するイエメンが、ロシアあるいは中国石油会社の子分になり、本格的な潜在埋蔵探査が始まる可能性があったのだ。これにフーシ派がイランとも友好関係にあるという事実と相まって、オバマ政権内で赤信号が点灯したのは明らかだ。

 サウジアラビア率いる「自由を愛する」スンニ派軍隊に対するイラン率いる「帝国主義者」の戦争だとサルマンが主張したのは驚くべきことではない。今、中国がイエメン真向かいのジブチで、アフリカ最大のアメリカ恒久軍事基地ルモニエの隣に最初の海外軍事基地を保有している。前の植民地宗主国フランスも同様にそこにいる。イエメンには、我々が聞かされているより遥かに多くの問題があるのだ。

 F. William Engdahlは戦略リスク・コンサルタント、講師で、プリンストン大学の学位を持っており、石油と地政学に関するベストセラー本の著書。オンライン誌“New Eastern Outlook”への独占寄稿。

61. 中川隆[-13709] koaQ7Jey 2018年11月30日 19:03:41 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-21466] 報告

驚くべきCIAの世論操作 (インターナショナル新書) – 2018/8/7
ニコラス・スカウ (著), 伊藤 真 (著)
https://www.amazon.co.jp/%E9%A9%9A%E3%81%8F%E3%81%B9%E3%81%8DCIA%E3%81%AE%E4%B8%96%E8%AB%96%E6%93%8D%E4%BD%9C-%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%8A%E3%83%AB%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%82%A6/dp/479768027X

米CIAの世論操作:ニューヨークタイムズでも、実際に起きていることを把握せず報道
https://biz-journal.jp/2018/11/post_25711.html
2018.11.29 構成・インタビュアー=大野和基/ジャーナリスト Business Journal

 今年8月、米中央情報局(CIA)の情報操作の実態を暴露する書籍“Spooked: How the CIA Manipulates the Media and Hoodwinks Hollywood”の邦訳『驚くべきCIAの世論操作』(集英社インターナショナル)が上梓され、世間に大きな衝撃を与えた。その著者でOCウィークリー紙編集長のニコラス・スカウ氏に、CIAのメディア操作の手口と、CIAにすりよる大手メディアの関係などについて、話を聞いた。

― 本書は、ニューヨークタイムズやワシントンポストのような主流メディアが、いわゆるthe fourth estate(言論界)として完全には独立していないことを読者に伝えているので、非常に興味深い本です。そういうメディアとCIAの関係を示す具体例を挙げてください。

ニコラス・スカウ氏(以下、スカウ) それはCIAの誕生にまでさかのぼります。その時点からウォーターゲート事件が起きた1970年代初期に至るまで、すべての主要新聞、主要ラジオ局にCIAから人を送っていました。テレビが出てきてからは、すべてのテレビ局やハリウッドのスタジオにCIAから人を送っていました。CIAはアメリカ国民に提供されるストーリーや世界中に拡散されていたストーリーをコントロールしていました。

 72年に起きたウォーターゲート事件で、CIAが民主党本部への盗聴侵入にかかわっていたことがわかったあと、議会はCIAがアメリカのメディアに人を送ることは許されないとして、突如アメリカのメディアはCIAから独立しました。

 しかし、国家安全についてしっかりと報道する能力を維持するために、ニューヨークタイムズやワシントンポストなど主流メディア(特にワシントンポスト)は、情報を得るべくCIAと協力して仕事をし続けなければなりませんでした。そこでCIAはメディアをコントロールしないが、メディアがCIAから受け取る情報をコントロールできるという取り決めがなされました。アメリカの国家安全を守って、国民に何が起きているかを伝えるべく、メディアとCIAはなんらかのバランスを確立するために連携しなければなりません。

 残念なことに、この関係がCIAによって濫用されていることが頻繁にあるとわかりました。それにより、主流メディア・ネットワークや新聞が、最終的に真実ではないことがわかったうえで情報を広めてきたのです。たとえば、思いつくかぎりでもっとも具体的かつ有名な例がイラク戦争ですが、ほかにも、同じような問題が昔からずっとありました。真実を伝えたいと思っている記者たちが、自分の仕事をする能力を維持することができるように、CIAとの関係に依存する状態です。そういう状態が真実を伝えることを非常に難しくします。

■インターネットの発達によってCIAとメディアの関係に変化

― ワシントンポスト紙編集主幹のボブ・ウッドワード氏は最近、ドナルド・トランプ大統領がいるホワイトハウスの内部を暴露した“Fear”(邦訳『FEAR 恐怖の男 トランプ政権の真実』<日本経済新聞出版社/12月発売予定>)という本を上梓しましたが、ウッドワード氏と同じような、政府のインサイダーにアクセスできる記者はいますか?

スカウ ワシントンDCで仕事をしている主流メディアの記者たちは、それぞれ独自のネットワークを持っています。本書(『驚くべきCIAの世論操作』)を書いたとき、こういう記者たちの多くにインタビューして、実際に何が起きているのかということについて、どれだけ理解しているのかを自由に語ってもらいました。すると、国家安全を重点的に取材している、ニューヨークタイムズやワシントンポストの名物記者でさえも、実際に世界中で何が起きているかを把握していないことがわかりました。我々が世界で何が起きているかを知るには、政府のインサイダーを説得して取材している記者に頼るしかありません。

 しかし、彼らに話を聞くと、特定のストーリーを書くときに実際に起きている現実の20%程度しかおそらくわかっていない、と私に言うのです。対テロ戦争にしても、北朝鮮に何が起きているかについても、自分が読んでいることが真実であることを信じたいけれども、実際は何が本当に起きているかは誰もわからないということです。

― 機密情報公開サイト「ウィキリークス」の登場と、CIA元局員のエドワード・スノーデン氏による告発は、メディアのあり方に影響したであろう、いわば2つの歴史上の出来事ですが、CIAの視点からみると、この2つの出来事はCIAと主流メディアとの関係をどれくらい難しくしたのでしょうか。

スカウ 本書のリサーチをしているとき、CIAに行って記者と協同で仕事をしているCIAの人に会って、インターネットやウィキリークスのような機関や、絶えず情報を漏洩しているスノーデン氏のような人がいる状況で、どれくらい仕事が難しくなったか聞きました。すると、ウィキリークスやスノーデン氏のせいで情報をコントロールすることは、彼らにとってはるかに難しい取り組みになると言っていました。リリースされる情報について、コントロールできないからです。ウィキリークスがどんな情報を公開するかCIAはわからないので、恐れおののいています。CIAはスノーデン氏がどんな情報を国民と共有するかわからないので、今までとはまったく異なった環境になっています。ですから今日、CIAは情報をコントロールすることが非常に難しいのです。

― 実際に現役のCIA要員でさえも、偽名でブログを使って情報を漏洩することができますね。もしそれが怖ければ、ウィキリークスを使えばいい。

スカウ その通りです。

― CIAにとっては、インターネットはメディアとの癒着関係を難しくしたということでしょうか。

スカウ それは間違いありません。メディアにとっても同様で、双方にとって難しくなったということです。一方でインターネットはアナーキーなので、誰もコントロールできません。インターネットはすべての人の生活を変えました。テクノロジーは我々が情報を受け取る方法をすっかり変えました。メディアも変えました。情報を流すメディアにとって、大きなアドバンテージを与えましたが、同時に情報が無料で手に入り、誰も情報に対してお金を払いたくないのに、いかにして情報を出し続けることができるかという点からみると、メディアにとってはチャレンジです。CIAにとってはこのプロセスをどうやってもコントロールできません。

 しかし、CIAは回避することにも非常に長けています。CIAはこのようにアメリカのメディアをコントロールできないけれども、他国では人を雇い続けています。日本にもCIAに報告を続けている人がいる可能性は非常に高い。自分たちが何をしているか、何が起きているかを報告している人です。それは違法ではありません。アメリカではジャーナリストはCIAのために仕事ができませんが、CIAは他国の記者にはストーリーを書かせてお金を払うことができます。そういうストーリーが出ると、アメリカの記者はその記事について書くことができます。つまり、CIAは海外のメディアをコントロールすることで、アメリカのメディアをコントロールすることに対する制限を回避できるのです。そしてインターネットは、これを何回も拡散する一助になります。

(構成・インタビュアー=大野和基/ジャーナリスト)

※後編に続く



▲△▽▼


米CIAの手先であるニューヨークタイムズとワシントンポストを米国民は信用していない
https://biz-journal.jp/2018/11/post_25713.html
2018.11.30 構成・インタビュアー=大野和基/ジャーナリスト Business Journal


 当サイト記事『米CIAの世論操作:ニューヨークタイムズでも、実際に起きていることを把握せず報道』において、米中央情報局(CIA)が大手メディアと癒着して、世論を操作しているという驚愕の実態を紹介した。後編では、引き続き『驚くべきCIAの世論操作』(集英社インターナショナル)の著者でOCウィークリー紙編集長のニコラス・スカウ氏に、話を聞いた。

■CIAが新聞社を脅迫

― CIAが記事を没にさせた具体例を教えてください。

ニコラス・スカウ氏(以下、スカウ) もっとも有名な例は、スノーデン事件につながった例です。アメリカ政府は電話や電子メールやデータを、民間企業から入手したり、盗聴したりしていましたが、ニューヨークタイムズは、この事実を嗅ぎつけました。

 ジェームズ・ライゼン氏はピュリッツァー賞受賞記者でとても有名な記者ですが、彼こそがまさにこの情報をつかんだのです。彼は記事にして報道しようと思いましたが、ニューヨークタイムズは掲載を拒否しました。最終的には記事になりましたが、それは彼が自分の本でそのことを書こうとしたからです。でも数年間、この事実を報道できないままでした。2回も掲載を拒否されています。

 こういう主流新聞の編集者たちがCIAから脅迫されることは日常茶飯事です。それで掲載を見送ることになります。もし掲載を見送らなければ、CIAへのアクセスをリスクにさらすことになるからです。

― 本書には、CIAがハリウッドもコントロールしている話が出てきます。

スカウ ハリウッドでつくられる映画は、すべて最初からアメリカ文化を促進しています。1947年にCIAが創設されると、特に冷戦時代のソ連がしているのと同じように、アメリカの文化や価値観などを促進するべく、ハリウッドにある才能や知的資本をいかに利用するかということに、とても関心を持っていました。

 具体的な例を挙げると、CIAはスタジオに人を送り、共産主義に反対するように台本を変えていました。まさにそれが始まりで、ずっと続きました。ベトナム戦争中は、CIAがアメリカの軍事力をヒーロー的なイメージとして促進しようと必死でした。このやり方が1970年代に崩れて、ハリウッドはCIAから独立してベトナム戦争やCIAに批判的な映画をつくり始めました。例えば、CIAが行う拷問に批判的な映画です。そこでCIAはハリウッドとの関係を修復しなければならないと思ったのです。

 80年代以降、特に90年代になってからCIAは直接ハリウッドとかかわり、CIAのより良いイメージを促進するようなプロジェクトに取り掛かりました。それまでかなりネガティブなイメージがあったからです。“Hunt for Red October”(『レッド・オクトーバーを追え!』90年)や“Red Dawn”(『若き勇者たち』84年)などは、アメリカのタフでポジティブなイメージを促進する映画です。

 それは9.11(2011年9月11日の同時多発テロ事件)まで続きました。そして9.11以降、この傾向はさらに強くなり、ハリウッドとCIAはさらに密接に映画をつくるようになりました。対テロ戦争の映画がそうです。“Argo”(『アルゴ』12年)や“Zero Dark Thirty”(『ゼロ・ダーク・サーティ』12年)のような映画です。その映画では事実は無視されて、対テロ戦争を正当化するようなイメージをアメリカ国民に売ることが目的でした。

― 私は『アルゴ』を書いた、元CIA要員にインタビューしたことがあります。

スカウ 彼はCIAでアーティストをしていました。偽造パスポートをつくったりしていました。この『アルゴ』は、ハリウッドとCIAの完璧な共同制作プロジェクトです。ハリウッドもCIAもこの映画ではヒーローになるからです。でも実際はそうではありません。事実とは異なります。実際は、カナダがアメリカ人の捕虜を助けたのです。事実はハリウッド映画よりも、はるかに複雑です。

■オバマ政権時代の言論弾圧

― バラク・オバマ前大統領は、情報漏洩者やそれを基にして記事を書いた記者をスパイ法を使って訴追しましたが、その数はそれまでの大統領が訴追した数を合計したよりも多かったのです。オバマ氏の異常な言論弾圧は、トランプ氏が同じような行動に出る道を切り開いたと指摘する声も多いです。

スカウ まったく同感です。非常に複雑な問題ですが、アメリカの政治で重要な要素はexecutive power(大統領令など執行権)が強くなったことです。これは私の見解なので、物議を醸すかもしれませんが、大統領の権力が強くなりすぎたと思います。多くの人はオバマ氏を良い大統領だったと振り返るでしょうが、オバマ氏は大統領の権限をますます強化して、秘密を維持する力をさらに強化しようとした、ほかの大統領と変わらない大統領だったということです。精査すると、オバマ氏のほうが、ほかの大統領よりもその度が過ぎていたことはあまり知られていませんが、重要な点です。トランプ氏を非難する前に、オバマ氏をもっと非難するべきだと思います。

 トランプ氏の性格は不安定なので、情報漏洩者を訴追しようとする気持ちはわかりますが、一方で一見トランプ政権下よりもはるかにノーマルに見えたオバマ政権下でさえも、情報を共有する余地はほとんどなく、なんでも秘密にしようとしていたことを忘れてはなりません。

 権力の濫用について何が起きていたかをよく見ると、オバマ政権はひどい弾圧をしていて、漏洩者や記者を逮捕していました。先ほど言及したジェームズ・ライゼン記者を脅して「情報源を言わなかったら、刑務所にぶちこむ」とオバマ氏は脅していました。トランプ氏は「フェイクニュース」と叫んでいますが、そんな単純なものではなく、トランプ氏が政権につく前から長い間、メディアが仕事をする能力は危機に瀕していたのです。このことを世界中の人は知るべきです。

― 私の友人には「オバマ氏は偽善者である」という人が多いです。アメリカ人の記者たちです。

スカウ 彼が偽善者そのものであるかはわかりませんが。人はあまりにも気軽にオバマ氏をヒーローにしすぎです。正式に許可されていないドローン攻撃で無辜の人民を多く殺害したのもオバマ政権です。このことを人はあまりにも簡単に忘れてしまっています。少なくともオバマ氏には、イラク侵攻の責任はありません。それはジョージ・ブッシュ元大統領にあります。それはひどいもので、イラク侵攻は起きるべきではありませんでした。

 しかしオバマ氏は、イラク戦争を引き継ぎました。アフガニスタンでこの戦争を引き継ぎました。オバマ氏は兵隊をそこから出して帰還させたでしょうか。それどころか彼は戦争をエスカレートさせました。どうやってそれを成し遂げたのでしょうか。秘密のドローン攻撃です。誰もドローン攻撃をコントロールできません。爆弾を無辜の民に落としていて、誰も責任を取らない状態です。こんなひどいことはありません。それがオバマ政権時代です。

― CIAは、CIAの失態や不祥事を記事にしようとする記者を、どのように脅迫するのでしょうか。

スカウ 不文律があります。もしあなたが国家安全担当の記者でCIAと仕事をしている場合は、記事にする24時間前に内容をCIAに知らせないといけない不文律があります。そのときに、不都合な内容であればCIAは記事を出さないように説得しようとします。もしそれに従わない場合は、CIAとの関係を切られます。切られたくなければ、記事にすることはできません。主流の新聞ではなく、ネットメディア「インターセプト」のような、もっと独立したメディアは、CIAに報告しないで報道します。それに関しては、CIAはコントロールできません。

― さきほど言及したライゼン記者は、ニューヨークタイムズを辞めてインターセプトに移りましたね。

スカウ そうです。彼がニューヨークタイムズで働くのは難しいです。ニューヨークタイムズが彼をコントロールするのが難しいからです。それで移ったのです。CIAはインターセプトを非常に怖がっています。どういうストーリーが出てくるか事前にわからないからです。ニューヨークタイムズやワシントンポストであれば、事前に教えてくれるので安心できます。

― つまり、ニューヨークタイムズやワシントンポストの記者はCIAに記事を事前に送って、承諾を取るということですか?

スカウ そうです。とてもいかがわしい関係です。

― トランプ氏の支持者は、今でもトランプ氏を支持しています。彼らは主流のメディアを信用していません。ある意味では、トランプ支持者は正しいということでしょうか。

スカウ ある意味ではそうですね。残念なことですが、そうです。トランプ氏と真実は、お互いになんの関係もありません。トランプ氏は自分の気に入らないニュースを「フェイクニュース」と呼びます。

 実際は、アメリカ国民はアメリカの主流メディアに対して、非常に低い評価をしています。それはトランプ氏が大統領になる前からです。CIAはメディアを使ってイラク侵攻を正当化しました。メディアがCIAにだまされて報道し、それを利用してイラク侵攻したのです。アメリカ国民はそのストーリーを信じて、自分の息子たちを戦地に送ったのです。ですから、多くのアメリカ国民は主流のメディアは信用できないと考えています。これはトランプ氏のせいではありません。

(構成・インタビュアー=大野和基/ジャーナリスト)

62. 中川隆[-13726] koaQ7Jey 2018年12月02日 08:56:50 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-21547] 報告
2018.12.01
闇の世界に生きたジョージ・H・W・ブッシュが死亡(1/2)


 ジョージ・H・W・ブッシュが11月30日に死亡したという。1989年1月から93年1月までアメリカ大統領を務めたが、CIAの人間でもある。1976年1月から77年1月までCIA長官を務めたというだけではなく、大学でCIAにリクルートされたと言われているのだ。

 彼は1924年6月にマサチューセッツ州で誕生、第2次世界大戦では海軍の所属し、45年9月に除隊してエール大学へ入学した。その大学でCIAの採用担当者だったボート部コーチのアレン・ワルツは海軍情報部の将校だった人物で、ブッシュと親しかったことで知られている。

 ジョージ・H・W・ブッシュの父親であるプレスコット・ブッシュは1953年から63年にかけて上院議員を務めたが、その前は金融界の人間。こうした関係からプレスコットはウォール街の弁護士だったアレン・ダレスと親しかった。言うまでもなく、ダレスは第2次世界大戦で戦時情報機関のOSSで破壊工作を指揮、ホワイトハウスとは関係なく実行されたナチス幹部の救出を目的とするサンライズ作戦で中心的な役割を果たした。大戦後はCIAのドン的な存在だ。

 プレスコットの義理の父親にあたるジョージ・ハーバート・ウォーカーはウォール街の大物で、アメリカの金融機関からナチスへ資金を流す重要なパイプ役を務めていたと言われている。なお、ジョージ・H・W・ブッシュの「H・W」はハーバート・ウォーカーのイニシャルだ。

 ジョージ・H・W・ブッシュがCIAの幹部だったことを示す文書が明らかになっている。アメリカの週刊誌、ネイションの1988年7月16/23日号でジョセフ・マクブライドが明らかにしたのである。J・エドガー・ブーバーFBI長官から国務省に出された1963年11月29日付けのジョン・F・ケネディ大統領暗殺に関係した文書に、「中央情報局のジョージ・ブッシュ氏」という記述があることを彼は見つけたのだ。ケネディ大統領が殺されたのはその1週間前だ。

 この報道に対し、CIAは「別のジョージ・ブッシュだ」と主張、信憑性を持たせようとしたのか、CIAのスポークスマンはAPの記者に対して「その人物は1963年当時、本部にいたジョージ・ウイリアム・ブッシュに間違いない」と話したのだ。ところが、そのジョージ・ウイリアム・ブッシュはマクブライドに対し、文書に出てくるブッシュは自分でないと語っている。

 フーバーが出した文書はブッシュがCIAの幹部だということだけでなく、ケネディ暗殺に関する詳しい情報を持っていることを示唆しているだ。この暗殺にCIAの破壊工作部門が関係している疑いは濃厚で、ブッシュが暗殺に関係していた可能性があるということだ。(つづく)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201812010000/

2018.12.02
闇の世界に生きたジョージ・H・W・ブッシュが死亡(2/2)

 ジョージ・H・W・ブッシュがCIA長官に就任する約1年半前、リチャード・ニクソンがウォーターゲート事件で失脚し、副大統領のジェラルド・フォードが昇格している。この政権ではデタント派が粛清され、ネオコンが台頭している。

 議会で情報機関の秘密工作の一端を証言したウィリアム・コルビーCIA長官も排除されたひとり。国防長官のジェームズ・シュレシンジャーを辞めさせられたが、その後任はネオコンのドナルド・ラムズフェルドだ。

 ニクソン時代、ヘンリー・キッシンジャーはチリで民主的な政権を軍事クーデターで破壊した。そのクーデターを指揮したオーグスト・ピノチェトはアメリカの傀儡として軍事独裁体制を築き、ラテン・アメリカにあったほかの軍事政権と協力して反体制派を暗殺する国境を越えたコンドル作戦を展開した。

 その作戦の犠牲になったひとりがオルランド・レテリエル元チリ外務大臣。1976年9月、アメリカの首都であるワシントンDCで乗った自動車が爆破されたのだ。コンドルを実行していた軍事政権の情報機関はCIAの指揮下にあった。暗殺当時のCIA長官はブッシュにほかならない。

 ブッシュは1981年1月から89年1月にかけて、つまりロナルド・レーガン政権で副大統領を務めているが、その間、イランへの武器密輸やニカラグアの反革命ゲリラ支援工作を指揮している。この政権で始まったCOGプロジェクト(戒厳令計画)でも中心的な役割を果たした。

 エール大学時代からブッシュと親しかったひとりにジェームズ・リリーという人物がいる。リリーは1928年1月に中国の青島で誕生、46年にエール大学へ入学、51年にはCIA入りしたと言われている。ブッシュはCIA長官になる前に中国駐在特命全権公使(連絡事務所長)を務めていたので、ふたりとも中国との関係が深いと言える。

 1989年1月に大統領となったブッシュは同年4月20日にリリーを中国駐在大使に据える。その前任者であるウィンストン・ロードもエール大学の出身で、3人とも学生の秘密結社スカル・アンド・ボーンズのメンバーだったと言われている。なお、ロードは大使を辞めた数カ月後、CIAの資金を流す役割を負っているNEDの会長に就任している。

 リリーが大使に就任する5日前に胡耀邦が死亡、それを切っ掛けにして天安門広場で大規模な抗議活動が始まる。胡耀邦は趙紫陽と組んで新自由主義を中国で推進していた人物。ケ小平を後ろ盾にしていた。そうした活動が展開された背景では新自由主義的な政策による社会の不安定化があった。5月には戒厳令が敷かれ、6月を迎える。

 抗議活動には投機家のジョージ・ソロスから中国改革開放基金などを通して資金が流れ込み、リリーをはじめとするCIA人脈が関係していた。そうした活動の指導グループには方励之、柴玲、吾爾開希などが含まれていた。なお、天安門事件についてはすでに書いてきたので今回は割愛する。

 指導グループは抗議活動が沈静化した後にイエローバード作戦(黄雀行動)と呼ばれる逃走ルートを使い、香港とフランスを経由してアメリカへ逃れた。このルートを運営していたのはアメリカのCIAとイギリスのSIS(通称MI6)だ。吾爾開希はハーバード大学で学び、それから台湾へ渡っている。

 この当時、ブッシュたちがイスラエルのモサドを介してソ連でKGBの中枢に巣くう腐敗集団と手を組み、1991年にはクーデターを成功させることになる。ハンマー作戦だ。これについても本ブログで書いてきたので、今回は割愛する。

 ブッシュは中東にもネットワークを持っていたが、その代表的な人物がサウジアラビアのバンダル・ビン・スルタン、通称バンダル・ブッシュ。1983年10月から2005年9月まで駐米大使、2005年10月から2015年1月まで国家安全保障会議の事務局長、2012年7月から2014年4月まで総合情報庁長官を務めた。(了)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201812010001/

63. 中川隆[-13740] koaQ7Jey 2018年12月06日 09:53:17 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-21760] 報告

軍産複合体を抱えるアメリカ。中国は今のアメリカにとっては「動く標的」2018.12.06
https://blackasia.net/?p=10493

ドナルド・トランプ大統領は、大統領になる前から公然と中国を批判し続けていた。中国政府がありとあらゆる方法で知的財産権を侵害し、非合法な手段で大国になり、アメリカに公然と挑戦していることに対して激しく抗議していた。

その姿勢は今でもまったく変わっていない。

これに対して中国は、議員やメディアへの賄賂攻撃や買収のような「孫子の兵法」で対抗しようとしているのだが、インターネット時代において中国の裏工作は次々と明るみに出るようになって逆に中国への反感は世界的に深まるような事態になっている。

最終的にアメリカと中国は戦争するのだろうか。今のところはまだ「新冷戦」の状態だが、かつてのベトナム戦争のように世界中のあちこちで米中の代理戦争が起きたとしても不思議ではない。

アメリカは戦争を恐れない国だ。必要があれば、アメリカはいつでも戦争に向かう。(ブラックアジア:「自由はただではない」という言葉の裏には何があるのか?)


巨大な軍産複合体を養う敵はどこにいるのか?

アメリカは戦争ができる国であるというのは、国内で軍産複合体と呼ばれる巨大なシステムが自国内に定着しているからでもある。数十万人が軍産複合体の中で働き、数百万の家族が軍産複合体の中で生活を育んでいる。

逆に言えば、戦争が起きなければアメリカの軍産複合体は疲弊し、多くの人がリストラや生活苦に落ちることになる。

アメリカが戦争を必要としているのは、1990年代の軍産複合体の苦境を振り返れば分かる。

アメリカは1945年以降はソ連(現ロシア)との冷戦を戦ってきたが、この冷戦は1989年の東欧共産主義諸国の体制崩壊とそれに伴う転換によって「アメリカのひとり勝ち」という結末に終わった。

その結果、端的に言うと、アメリカで肥大化した軍需産業が要らなくなった。敵が消失したのだから、軍需産業が存続する意味もなく、必要もなくなったのだ。

そこでアメリカ政府は軍拡から一転して軍縮に走り、1990年代は軍需産業は未曾有の不景気となっていった。この時期、軍需産業は単独での生き残りが不可能になり、多くが合併やリストラを余儀なくされていったのだ。

この時期の大統領が、2018年11月30日に亡くなったパパ・ブッシュである。パパ・ブッシュは一期4年の大統領だったが、二期で勝てなかったのは、実のところ軍需産業の苦境を救済できなかったのも要因の一つであったことが指摘されている。

巨大軍産複合体は、いくら合併し、リストラを繰り返したとしても、次の戦争がなければ生き残ることは難しい。なぜなら、戦争こそが巨大軍需産業の「存続価値」を証明するものだからである。

この暗い1990年代を経て、巨大軍産複合体を思い切り飛躍させたのは誰だったのか。それは、ブッシュ・ジュニアである。

「軍産複合体を活性化させなければアメリカは立ち直れない」とブッシュ・ジュニアは心の底から考えていた。しかし、ソ連が崩壊した時代、巨大な軍産複合体を養う敵はどこにいるのか?

2001年9月11日、ブッシュ・ジュニアは軍産複合体を飛躍させる「次の敵」を発見することになった。

それが「イスラム過激派テロリスト」というものだった。

アメリカは9月11日の同時多発テロ以降、アフガニスタン・イラクへと歩を進めて軍事に傾倒していった。「もう、軍需産業は必要ない」と言われていたのが一転して、軍需産業がアメリカの最重要産業となっていった。

パパ・ブッシュとブッシュ・ジュニア。両大統領とも軍産複合体と密接な関係のあった大統領だった。2018年11月30日。パパ・ブッシュは死去している。94歳だった。

弾道計算をしていた人間が金融工学を始めた

ブッシュ・ジュニアは2001年11月にはすでにアフガニスタンを攻撃し、2003年にはイラク侵攻をも成し遂げた。軍産複合体は湧き上がった。

しかし、アメリカはイラクで多発するテロを収束させることができずに泥沼に落ちていき、莫大な戦費を消耗して徐々に国内経済を悪化させることになった。

アメリカの経済を吹き飛ばしたのは2008年のリーマンショックなのだが、皮肉なことがある。

リーマンショックは金融工学によって培われたデリバティブが吹き飛んだことによって起きている。この金融工学というのは、元はと言えば軍産複合体が生み出していたことだ。

1990年代、アメリカの軍需産業はリストラの過程で多くの人材を放出したが、その一部は金融市場に流れていった。今までコンピュータで弾道計算をしていた人間は、同じコンピュータを使って、今度は金融工学を始めたのだ。

軍産複合体の中で弾道ミサイルのシミュレーションを計算していた工学が、今度は金融をシミュレーションするようになった。その金融工学がデリバディブを生み出し、そしてそれがグローバル経済に乗って世界中に拡散していった。

コンピュータでリスクを計算し、ギリギリまでリスクを取る姿勢が投資銀行の新しいスタイルとなっていったのである。それが開花したのが2000年代だった。

やがて金融市場は、ゴールドマン・サックスのような投資至上主義の企業によって、まさに「金のためなら何でもする」ような状況になった。

しかし2007年になると、サブプライムローンの破綻が次々と伝えられるようになり、やがてそれが大きなうねりとなって巨大な信用収縮(クレジット・クランチ)を引き起こしていく。

2008年にはベア・スターンズを崩壊させ、リーマン・ブラザーズを破綻させ、AIGもフレディマックもファニーメイもすべて吹き飛ばす金融津波となっていった。

軍産複合体が生み出した徒花である金融工学が市場を撹乱し、吹き飛ばした。リーマンショック以後、アメリカはもはや中東での戦争をし続けることができなくなり、軍産複合体は再び萎んでいくことになる。


アメリカにとって戦争は重要な「事業」である

2009年にバラック・オバマが共和党に競り勝って大統領になれたのは、もうアメリカはブッシュが始めた戦争を戦い続けたくなかったからだ。

アメリカはアフガニスタンでもイラクでも泥沼に引きずり込まれ、さらに2008年には金融をも吹き飛ばして惨憺たる様相になっていた。

したがって、オバマ大統領の仕事は「戦争をしない」ということに尽きた。オバマ時代のアメリカは指導力を喪失していたと評されているのだが、その理由はオバマ大統領が意図的に戦争を避けていたからでもある。

オバマ大統領の二期によって、アメリカは何とか金融面を立て直した。

金融・経済が立ち直ると、次はいよいよ軍産複合体を富ませるための政策が必要になってくる。戦争をしなくなると窮地に陥ってしまうのが軍需産業なのだから、アメリカにとって戦争は重要な「事業」である。

アメリカの軍需産業は血に飢えた狼のように、戦争を欲している。

依然としてアメリカには巨大な軍需産業がひしめいている。ロッキード、ノースロップ・グラマン、レイセオン、ハネウェル、ボーイング、ゼネラル・ダイナミックス、ロックウェル・コリンズ、LLL……。

それぞれが数十万の社員を抱え、多くの関連会社を抱え、それぞれの軍需産業の社員が家族を抱え、彼らが巨大な政治の票田となっている。戦争がなければ、彼らは失業する。だから彼らは、高らかにアメリカの正義を訴えて戦争にひた走ってくれそうな政治家を選んで、政治の中枢に送り込む。

そこに誕生したのがドナルド・トランプという稀に見る好戦的な大統領である。ドナルド・トランプ大統領は「偉大なアメリカを再び」をモットーに政治をしている。折しも現在、そんなアメリカの目の前に、新しい巨大な敵が出現しているのだ。

それが、中国という国である。

アメリカは戦争を恐れない国だ。必要があれば、アメリカはいつでも戦争に向かう。中国は今のアメリカにとっては「動く標的」になりつつある。(written by 鈴木傾城)
https://blackasia.net/?p=10493

64. 中川隆[-13748] koaQ7Jey 2018年12月08日 06:58:40 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-21829] 報告
ギリシャの首相がモスクワでロシアの首相を経済について話し合う意味
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201812060002/
2018.12.07 櫻井ジャーナル

 ギリシャのアレクシス・チプラス首相がモスクワでドミートリー・メドヴェージェフ首相と会談した。テーマは経済問題だったようだが、その中にはパイプラインの建設も含まれていた可能性がある。

 2015年1月の総選挙でチプラスが率いる「シリザ(急進左派連合)」は「緊縮財政」反対を訴えて勝利、チプラスは首相に就任した。

 ターゲット国を経済的に破綻させて「緊縮財政」を推進するという手法で西側の支配層は世界の富を奪ってきた。ギリシャの場合、経済破綻の引き金は通貨の変更だった。2001年にギリシャは通貨をドラクマからユーロへ切り替えている。

 ギリシャの財政危機を招いた大きな原因は第2次世界世界大戦や軍事クーデターによる国の破壊であり、年金制度や公務員の問題などが急に悪化したわけではない。

 財政状況が悪いギリシャが通貨を変更することは本来できないことだ。できないことをするため、不正行為があった。

 財政状況の悪さを隠す作業の中心になったのは巨大金融機関のゴールドマン・サックス。財政状況の悪さを隠す手法をギリシャ政府に教え、債務を膨らませたのだ。CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)などを使い、国民に事態を隠しながら借金を急増させ、投機集団からカネを受け取る代償として公共部門の収入を差し出すということが行われていたという。

 借金漬けにした後、「格付け会社」がギリシャ国債の格付けを引き下げて混乱は始まった。こうした会社の「格付け」が信頼できないことを金融のプロは熟知している。そうした評価を有り難がるのは有力メディアや素人だろう。

 ギリシャを破綻させる作業が続いていたであろう2002年から05年にかけてゴールドマン・サックスの副会長を務めていたマリオ・ドラギは06年にイタリア銀行総裁、そして11年にはECB(欧州中央銀行)総裁に就任する。ECBが欧州委員会やIMFと組織する「トロイカ」がギリシャへの「支援」内容を決めた。

 トロイカの基本スタンスは危機の尻拭いを庶民に押しつけ、債権者、つまり欧米の巨大金融資本を助けるというもの。それが緊縮財政だ。

 そうした理不尽な要求をギリシャ人は拒否する姿勢を示す。2015年1月に行われた総選挙でシリザを勝たせ、7月の国民投票では61%以上がトロイカの要求を拒否した。

 トロイカの要求に従うと年金や賃金がさらに減額され、社会保障の水準も低下し続け、失業者を増やして問題を深刻化させると考えたからだ。選挙で勝ったシリザはアレクシス・チプラス政権を成立させる。

 それに対し、アメリカのバラク・オバマ政権は2015年3月にネオコンのビクトリア・ヌランド国務次官補をギリシャへ派遣する。その前年の2月にアメリカ政府はウクライナでネオ・ナチを使ったクーデターを成功させたが、その際に現場で指揮していたのはヌランドだった。

 この次官補はチプラス首相に対し、NATOの結束を乱したり、ドイツやトロイカに対して債務不履行を宣言するなと警告、さらにクーデターや暗殺を示唆したとも言われている。イギリスのサンデー・タイムズ紙は7月5日、軍も加わったネメシス(復讐の女神)という暗号名の秘密作戦が用意されていると伝えていた。

 ギリシャ政府にはもうひとつの選択肢があった。ロシアのサンクトペテルブルクで開かれた国際経済フォーラムでチプラス首相はロシアのウラジミル・プーチン大統領と会談、天然ガス輸送用のパイプライン、トルコ・ストリームの建設に絡んで50億ドルを前払いすると提案されているのだ。

 このロシアからの提案をチプラス政権は拒否、アメリカに従う。ロードス島とクレタ島の中間にあるカルパトス島にギリシャ軍はアメリカ軍と共同で基地を建設、アメリカ軍のF22戦闘機の拠点にしようと計画していると言われている。

 今年(2018年)春からギリシャのラリサ空軍基地はアメリカ軍のUAV(無人機)、MQ-9リーパー(死に神。プレデターBとも呼ばれる)の拠点として運用されている。

 ロシアが提案したパイプラインの建設を拒否したチプラス政権だが、ギリシャの東北部、トルコとの国境に近いアレクサンドルポリをイスラエルから天然ガスを運ぶためのパイプラインのハブ基地にしようとしている。地中海の東部海域に膨大な天然ガスが眠っていることは本ブログでも紹介してきた。

 それに対し、ロシアはトルコと手を組み、タークストリームが今年11月に完成させた。このパイプラインはアゾフ海の入り口に近くから黒海を横断、トラキアのトルコ領へつながり、そこからブルガリアを通り、セルビア、ハンガリー、オーストリアを結ぶルートが考えられる。パイプラインのルート案のひとつはマケドニアを通過するものだったが、マケドニアは国内の混乱で難しくなった。アメリカが仕掛けたと言われている。

 アメリカに従属する道を選んだチプラスの判断はギリシャ再建から考えると間違っていた。そのチプラスがモスクワでメドヴェージェフと経済について話し合ったというわけだ。

65. 中川隆[-13753] koaQ7Jey 2018年12月08日 15:24:24 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-21850] 報告

2018.12.08
戦争でライバルを破壊し、富を蓄積した米英(1/3)

 ウクライナ軍のガンボート(砲艦)2隻とタグボート1隻が手続きを無視、無断でロシアが領海と定めているケルチ海峡へ入ったのは11月25日のことだった。その前日にウクライナ軍はウクライナ東部、ドネツクにある中立地帯の一部を占領している。事実関係をチェックすると、ウクライナ政府のロシアに対する挑発だったことは間違いない。


 ウクライナでは来年(2019年)3月に大統領選挙が予定されているが、現職のペトロ・ポロシェンコは人気がなく、このままでは再選が難しい。そこでケルチ海峡の事件を利用して大統領選挙を延期させるつもりだと推測する人もいた。


 こうした挑発行為はアメリカ政府の許可がなければ不可能だという考えから、ドナルド・トランプ政権がロシアに対して軍事的な揺さぶりをかけていると見る人もいる。2016年の大統領選挙の際、トランプはロシアとの関係修復を訴えていたのだが、大統領に就任した直後にマイケル・フリン国家安全保障補佐官が解任に追い込まれて以来、政権は好戦派に引きずられている。


 そのトランプはINF(中距離核戦力全廃条約)からの離脱を口にしているが、この流れは2002年から始まっている。ジョージ・W・ブッシュ政権が一方的にABM(弾道弾迎撃ミサイル)から離脱したのだ。この頃、ロシアが再独立への道を歩み始めたことと無縁ではないだろう。


 アメリカ/NATO軍がソ連との国境に向かって進軍を開始したのは1990年の東西ドイツの統一が切っ掛け。その際、ジェームズ・ベイカー米国務長官はソ連の外務大臣だったエドゥアルド・シェワルナゼに対し、統一後もドイツはNATOにとどまるものの、東へNATOを拡大することはないと約束したとされている。


 ベイカー自身はこの約束を否定していたが、ドイツのシュピーゲル誌によると、アメリカはロシアに対し、そのように約束したとロシア駐在アメリカ大使だったジャック・マトロックは語っている。(“NATO’s Eastward Expansion,” Spiegel, November 26, 2009)


 また、ドイツの外務大臣だったハンス-ディートリヒ・ゲンシャーによると、1990年2月にシェワルナゼと会った際、彼は「NATOを東へ拡大させない」と約束、シェワルナゼはゲンシャーの話を全て信じると応じたという。(“NATO’s Eastward Expansion,” Spiegel, November 26, 2009)(つづく)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201812080000/

戦争でライバルを破壊し、富を蓄積した米英(2/3)


 アメリカ支配層は軍事力でソ連/ロシアを恫喝、服従させて世界の覇者になろうとしている。その戦略が遅くとも1904年までさかのぼれることは本ブログでも繰り返し書いてきた。


 その当時、ポーランドをロシアから独立させようという運動が存在した。プロメテウス計画と呼ばれているが、その指導者はユゼフ・ピウスツキ。


 その後継者ともいうべき人物がブワディスラフ・シコルスキーである。第2次世界大戦中はロンドンへ逃れ、イギリス政府の庇護下、亡命政府を名乗っていた。1945年4月にアメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領が執務室で休止、その翌月にドイツが降伏すると、ウィンストン・チャーチルの命令でJPS(合同作戦本部)は米英数十師団とドイツの10師団がソ連を奇襲攻撃するという内容のアンシンカブ作戦を作成した。


 シコルスキーの側近だったユセフ・レッティンゲルはヨーロッパをイエズス会の指導の下で統一しようと考えていた人物で、ビルダーバーグ・グループの生みの親としても知られている。


 ドイツ軍の主力がソ連へ攻め込んだ時、イギリス政府は手薄になったドイツの西部戦線を攻撃せず、傍観している。チャーチルは父親の代からロスチャイルド資本に従属していたが、そうしたイギリスの支配層はソ連を制圧、あるいは破壊するためにナチスを使ったとも言える。この戦争でソ連は疲弊、アメリカの支配力は増した。


 ピウスツキが活動を始めたころに第1次世界大戦があり、ドイツが破壊される。ドイツはフランスとロシアに挟まれ、不利な状況にあった。イギリスもドイツに宣戦布告していたが、そのイギリスはロシア制圧を長期戦略にし、反ロシアのポーランド人を助ける。(つづく)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201812080000/


戦争でライバルを破壊し、富を蓄積した米英(3/3)


 当時、ロシアは農業を収入源にする大土地所有者と戦争をビジネス・チャンスと考える新興の産業資本家が2本柱だった。皇帝は軍人の意見もあり、戦争に傾いていくが、農民の意見を聞くということで皇帝がそばに置いていたグリゴリー・ラスプーチンは戦争に反対。皇后もやはり戦争を嫌っていた。


 軍事的な緊張が高まる中、1914年6月28日にオーストリア皇太子夫妻がセルビア人に暗殺され、開戦の危機が高まる。そこで7月13日に皇后はラスプーチンに電報を打っているが、その日に彼は腹を刺されて重傷を負う。8月中旬にラスプーチンは退院するが、7月28日に大戦は始まっていた。


 その後も皇后やラスプーチンは国が滅びるとして戦争に反対するが、1916年12月30日に拉致のうえ、射殺された。ロシア皇太子らが暗殺したと言われているが、黒幕はイギリスの情報機関SIS(通称MI6)だとする説がある。


 1916年にイギリス外務省はサミュエル・ホーアー中佐を始めとする情報機関のチームをペトログラードへ派遣したが、その中に含まれていたオズワルド・レイナーはオックスフォード大学で皇太子の「友人」。このチームが暗殺の実行部隊だと推測する人がいるのだ。


 当時の状況を考えると、ラスプーチンが重傷を負わず、暗殺もされなかったなら、皇后と手を組んで参戦に反対していたはず。大土地所有者や農民も戦争に反対だ。参戦しても早い段階でロシアが戦争から離脱したならドイツは兵力を西部戦線に集中、アメリカが参戦する前に勝利していた可能性がある。


 ラスプーチンが暗殺された直後、産業資本家を中心とする勢力が3月に革命で王政を倒す。いわゆる「二月革命」だ。そこにはメンシェビキやエス・エルが参加していた。この当時、レフ・トロツキーはメンシェビキのメンバーで、ニューヨークにいた。


 二月革命の際、ウラジミール・レーニンをはじめとするするボルシェビキの指導者は国外に亡命しているか、刑務所に入れられていて、革命に参加していない。そうした亡命中のボルシェビキの幹部をドイツは「封印列車」でロシアへ運んだ。ボルシェビキが即時停戦を主張していたからである。


 結果としてボルシェビキ政権が誕生、ロシアは戦争から離脱するのだが、アメリカの参戦で帳消しになる。イギリス、フランス、アメリカ、そして日本などはそのボルシェビキ体制を倒すため、1918年に軍隊を派遣して干渉戦争を始める。


 ロシア革命とはふたつの全く違う革命の総称であり、ボルシェビキは最初の革命には事実上、参加していない。第2次世界大戦でドイツ軍を倒したのはソ連軍で、アメリカ軍やイギリス軍は勝負がついた後、ウォール街とナチス幹部が話し合いを進めるのと並行してヨーロッパで戦っただけだ。しかも、ドイツが降伏するとイギリスはロシアを奇襲攻撃しようとした。


 結局、ふたつの大戦でソ連/ロシアやヨーロッパは破壊され、その一方で戦場にならず、軍需で大儲け、ドイツや日本が略奪した財宝を手に入れたアメリカは世界で大きな力を持つことになった。


 しかし、アメリカはその地位から陥落しそうだ。アメリカは中東やアフリカなど資源の豊かな地域だけでなく、東アジアやヨーロッパで軍事的な緊張を高めている。これは1992年に作成されたウォルフォウィッツ・ドクトリンに沿うもの。東アジアやヨーロッパを戦争で破壊するつもりかもしれない。(了)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201812080002/

66. 中川隆[-13760] koaQ7Jey 2018年12月11日 01:43:47 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-21919] 報告
2018.12.10 
 10月、“欧州の智の巨人”と呼ばれるフランソワ=アスリノ財務上級監査官・人民共和国連合代表が来日し、早稲田大学や京都大学で講演した。筆者のアテンドで、小沢一郎・自由党共同代表、山本太郎・自由党共同代表、海江田万里・立憲民主党顧問、菅直人・元首相、大塚耕平・国民民主党代表らと精力的に懇談した。
 アスリノさんが日本に初めて来たのは学生だった1979年の夏。2か月ほどかけて日本を旅行した。それで日本が大好きになり、翌年の1980年から、東京の駐日フランス大使館の経済担当官として1年半滞在した。

 その後エリート官僚コースを歩み、1994年にエルヴェ=ドシャレット外務相に同行して来日、1996年にはジャック=シラク大統領に付き添って来日した。来日回数は6回で、今回は22年ぶりだった。ちなみに、エマニュエル=マクロン仏大統領は元財務中級監査官であった。官僚のキャリアとしては、アスリノさんのほうが上にあたる。

 アスリノさんは2007年、人民共和連合(UPR)を結成する。人民共和連合は欧州連合、ユーロ圏、北大西洋条約機構からのフランスの脱退と人民主権の奪回を目的に結成された。いわゆるフレグジット(Frexit=フランスの離脱)が目標だ。

 そのアスリノさんの日本滞在中に、インタビューを行った。


22年ぶりの日本はかつての活気を失っている

――久しぶりの来日ですが、感想をお聞かせください。

アスリノ:22年ぶりの日本ですが、やはり私の大好きな美しい文化と礼節を大切にする心をお持ちの方々の変わらぬ姿に愛着を覚えます。また同時に1980年代から見て、大きく変化した日本の姿にも気がつきました。当時は、東京でも多くの子どもたちの姿を目にするたいへん活気あふれる日本でした。

 しかし今回目にする日本は、かつての活気が感じられなくなっています。まさに想像以上の少子高齢化に少し驚いています。また、1995年当時の日本は、世界のGDP(国内総生産)の約17%を占める経済力を誇る国でしたが、今日ではその比率が5%台に減少しています。対して隣国の中国は、2%台から約15%に拡大しています。これは、緊縮財政と消費増税によって堅持されてきたデフレ化政策の当然の結果と言えるでしょう。

――日本は1997年の橋本政権以降、一部の例外はありましたが、緊縮財政・増税路線を踏襲してきて、20年以上デフレに苦しんでいます。なぜ日本は、そうならざるをえないユーロ圏でもないのに、緊縮財政・増税路線から逃れられないのでしょうか?

アスリノ:それは他でもない、OECD(経済協力開発機構)のウルトラ・リベラリズムの影響があるのです。日本は、OECDの中でももっとも成長率の低い国となっていますが、これは逆に言えば、日本がOECDの方針に最も従順に従う“優等生”として振る舞っているのです。

 日本の背後にはOEDCがあります。この機関は、いわゆる新自由主義の経済政策を実行するよう加盟国に圧力をかける役割を担っています。そしてOECDの背後には、アメリカの意向によって作り出されたグローバル戦略が働いているのです。
https://hbol.jp/180703

67. 中川隆[-13819] koaQ7Jey 2018年12月13日 08:05:15 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22099] 報告

2018.12.13
ベネズエラとの経済関係を強めるロシアが同国へ超音速爆撃機などを派遣

 ロシア軍が派遣した2機のTu-160戦略爆撃機、An-124輸送機、そしてIl-62が12月10日にベネズエラへ着いた。共同軍事訓練に参加するためだとされている。Tu-160は最高速度がマッハ2.3という超音速機で、An-124の最大積載量は150トンだ。

 12月4日にベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領はロシアを訪問、ロシアが石油開発に50億ドル、金の採掘などに100万ドルの投資をすることで合意している。アメリカの経済的な攻撃で苦境に陥っているベネズエラだが、ウラジミル・プーチン露大統領は支援を約束した。

 一般的に、アメリカ支配層の侵略はエリートを買収から始まる。これに失敗すると経済的な攻撃、反対勢力への支援、プロパガンダや手先のグループ(労働組合やNGOなど)を使った抗議活動で国内を不安定化、そして軍事クーデターやアメリカ軍の侵攻へと続く。要人暗殺も行われてきた。

 すでにドナルド・トランプ政権は経済戦争だけでなく、体制転覆の準備を進めている可能性は高い。例えば、ニューヨーク・タイムズ紙は9月8日付けの紙面で​トランプ政権が2017年からベネズエラの反体制派の将校と秘密裏に会い、マドゥロ政権の転覆について話し合っている​と伝えている。今年(2018年)5月22日にベネズエラ政府はトッド・ロビンソン米大使と上級外交官のブライアン・ナランジョに対し、「軍事的な陰謀」を理由に、48時間以内に国外へ出るように命じているので、そうした動きがすでに進んでいたのかもしれない。

 アメリカ政府のベネズエラに対するクーデター計画はビル・クリントンが大統領だった1999年から始まる。この年にベネズエラの大統領となったウーゴ・チャベスがアメリカから自立した体制を築こうと考えたからだ。その計画は2002年にジョージ・W・ブッシュ政権が始動させた。

 ​このクーデター計画で中心になったのはイラン・コントラ事件に登場するエリオット・エイブラムズ、キューバ系アメリカ人で1986年から89年にかけてベネズエラ駐在大使を務めたオットー・ライヒ、そしてジョン・ネグロポンテ国連大使​だ。

 ネグロポンテは1981年から85年にかけてホンジュラス駐在大使を務めていたが、そのときにニカラグアの革命政権に対するCIAの秘密工作に協力、死の部隊にも関係している。ベネズエラでのクーデターに参加していた時は国連大使を務めていた。その後、2004年から05年にかけてはイラク駐在大使だ。

 2002年のクーデター計画の場合、事前にOPECの事務局長を務めていたベネズエラ人、アリ・ロドリゲスからウーゴ・チャベス大統領へ知らされたからだが、それでアメリカ支配層があきらめることはなかった。

 例えば、​ウィキリークスが公表したアメリカの外交文書​によると、2006年にもベネズエラではクーデターが計画されている。「民主的機関」、つまりアメリカの支配システムに操られている機関を強化し、チャベスの政治的な拠点に潜入、チャベス派を分裂させ、それによってアメリカの重要なビジネスを保護し、チャベスを国際的に孤立させるとしている。

 この計画も成功しなかったが、チャベスは2013年3月、癌のため、58歳の若さで死亡した。アメリカは発癌性のウィルスを開発、実際に使っていると言われているが、チャベスのケースがそれに該当するかどうかは不明だ。

 ネオコンは1991年1月にイラクへ軍事侵攻して以来、自分たちの武力行使を誰も妨害しないと思い込んでいる。そのとき、ソ連が軍事介入しなかったからだが、当時のソ連は混乱の最中にあった。

 その思い込みは南オセチアへの奇襲攻撃におけるロシア軍の反撃、シリアでのロシア軍の介入で否定されているのだが、攻撃をエスカレートさせれば機能すると考えているようだ。

 一方、ロシアはアメリカに見切りをつけたように見える。アメリカがロシアや中国の周辺にミサイルを配備、部隊を送り込んでいるが、ロシア政府はアメリカ支配層の頭に冷水を浴びせるため、ベネズエラで軍事的なデモンストレーションをするかもしれない。ベネズエラにアメリカの傀儡体制が誕生した場合、同国の石油をアメリカが支配することになり、中東などで戦争を始めるハードルが下がる。そうした事態をロシアは望んでいないだろう。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201812130000/

68. 中川隆[-13736] koaQ7Jey 2018年12月19日 07:07:29 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22207] 報告
日本が「専守防衛」を放棄したのは四半世紀前の話
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201812180000/
2018.12.19 櫻井ジャーナル

 日本人が「専守防衛の空洞化」を懸念すべき時は過ぎ去って久しい。今さら懸念しても仕方がない。日本政府は遙か昔に専守防衛を放棄したのだ。そうした視点から日本の軍事政策を見る必要がある。

 2015年に就航した海上自衛隊の「いずも」を国外では当初から「空母」に分類することが珍しくなかった。艦首から艦尾まで平らな「全通甲板」を有し、垂直離着陸が可能なMV22オスプレイやステルス戦闘機F-35Bの離発着が想定されていると見られていたからだが、その外観は2014年にアメリカ海軍が就航させた強襲揚陸艦「アメリカ」を連想させる。沖縄の基地問題にしろ、イージス・アショアの配備にしろ、「専守防衛」を前提にした議論はおとぎ話にすぎない。

 アメリカ支配層は日本を自分たちの戦争マシーンに組み込む準備を長い年月にわたって進めてきたが、大きな節目は1995年2月。国防次官補だったジョセイフ・ナイが「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表、国連中心主義の立場を放棄してアメリカの単独行動を容認するように求めたのだ。

 その前年、1994年の6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれた事件(松本サリン事件)が引き起こされ、1995年3月20日に帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布され(地下鉄サリン事件)、同月30日には警察庁長官だった國松孝次が狙撃されて重傷を負っている。

 1995年8月27日付けのスターズ・アンド・ストライプ紙には、1985年8月12日に墜落した日本航空123便に関する記事が掲載された。その当時、大島上空を飛行していたアメリカ軍の輸送機C-130の乗組員だったマイケル・アントヌッチの証言に基づいている。記事の内容は割愛するが、自衛隊の責任を示唆するものだった。

 この報告書の作成を主導したのは好戦派のネオコンだが、この報告書の基盤になる戦略は国防総省のDPG(国防計画指針)草案という形で1992年2月に作成されている。当時の国防長官はリチャード・チェイニー。作成の中心は国防次官だったポール・ウォルフォウィッツだった。そこでこの指針案はウォルフォウィッツ・ドクトリンとも呼ばれている。

 このドクトリンの前提はアメリカが「唯一の超大国」になったということ。他国に気兼ねすることなく、つまり国連を無視して自分勝手に行動できると考えたのだ。そこで、日本に対して国連を無視してアメリカのみに従うことを強要したわけだ。「冷戦の終結」とはそういうことであり、アメリカの世界制覇戦争の幕開けだった。

 ソ連というライバルが消滅した後、アメリカの支配層は潜在的なライバルを潰しにかかる。西ヨーロッパ、東アジア、旧ソ連圏、南西アジアなどだ。特に力を入れたのが東アジア。力の源泉でアルエネルギー資源を支配するため、中東やアフリカなどの国々もターゲットになった。

 また、アメリカ支配層は民主主義者を装う必要がなくなったと判断、ファシストとしての体質を隠さなくなる。富の集中が急速に進み、貧富の差は拡大していく。

 ところが、その過程でロシアは再独立に成功、中国と戦略的な同盟関係に入った。南オセチアを奇襲攻撃したジョージア軍を粉砕、シリアでアメリカなどが送り込んだジハード傭兵を壊滅させたロシア軍は世界的に信頼を高め、アメリカの立場は弱くなっている。

 そうした流れをネオコンたちは軍事的な恫喝(核戦争の脅し)で止めようとしたが、失敗した。アメリカ軍は艦隊を派遣しての威嚇、ミサイルの配備や軍事演習などで恫喝を続けているが、ここにきてロシア政府はアメリカやイギリスの支配層に見切りをつけ、軍事力を前面に出し始めている。

 例えば、シリアではイスラエル軍に対する反撃を容認、ベネズエラ​​へは2機のTu-160戦略爆撃機を派遣、ベネズエラ軍のSu-30戦闘機とF-16戦闘機を伴ってカリブ海上空を約10時間にわたって飛行している。爆撃機の派遣は、ドナルド・トランプ政権に対し、INF(中距離核戦力全廃条約)から離脱した場合に何が起こるかを示したのだとも言われている。アメリカ支配層の命令に従って軍備を増強し、侵略戦争の準備を進めた場合に何が日本の周辺で起こるのかも暗示している。

69. 中川隆[-12514] koaQ7Jey 2019年2月02日 14:58:46 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231] 報告
ベネズエラ転覆に乗り出す米政府 暫定大統領でっち上げる内政干渉 2019年2月2日

https://www.chosyu-journal.jp/kokusai/10759

 米トランプ政府がベネズエラのマドゥロ政府転覆策動に乗り出している。アメリカは昨年5月におこなわれたベネズエラ大統領選で、チャベス前大統領の反米・反新自由主義路線を踏襲するマドゥロ大統領が再選したことに反発。「不当に当選した」「不正なマフィア国家だ」と主張して承認せず、アメリカに忠実なグアイド国会議長を暫定大統領としてでっち上げた。そしてベネズエラの収入源である石油取引を停止する経済制裁を加えて、国内経済を崩壊状態に追い込み、米軍派遣までちらつかせて現マドゥロ政府退陣を迫っている。一主権国家であるベネズエラの大統領を、アメリカが力ずくで勝手に変えようとする異常きわまる「内政干渉」が顕在化している。

 米政府は1月28日、ベネズエラの国営石油会社に対し、アメリカへの石油輸出を禁止し、米国内の資産を凍結する経済制裁を科したと発表した。アメリカが二期目の大統領として認めていないマドゥロ政府最大の収入源を絶ち、退陣圧力をかけることが狙いだ。原油の確認埋蔵量世界一を誇るベネズエラは石油輸出が唯一の外貨獲得源で、アメリカは最大の輸出先である。これを遮断することで、ベネズエラの年間約110億j(約1兆2000億円)もの輸出収入を失わせ、さらに70億j(約7700億円)の資産も凍結し、大打撃を与えようとしている。

 ベネズエラではチャベス前大統領の死によって2013年4月にマドゥロ政府が発足したが、それ以後、欧米諸国から陰に陽に加わる退陣圧力がエスカレートした。そのなかで原油価格が低迷し、経済は破綻状態になり、昨年のインフレ率は約170万%に達した。物価高や物不足のなかで国民は配給に長蛇の列を作り、捨ててあるゴミ袋から食料を調達するほど貧困化が進んでいる。このベネズエラ国民の困難を助けるのではなく利用し、更なる「兵糧攻め」で巻き起こる批判の矛先をマドゥロ政府に集中させ、親米政府樹立を狙っているのがアメリカだ。

 今回の制裁についてアメリカ側は「制裁を解除して欲しければ、腐敗根絶にとりくむと明言しているグアイド暫定大統領の管轄下に入ることだ」(ムニューシン米財務長官)と明言した。ボルトン大統領補佐官(安全保障担当)は「ベネズエラの安定と民主主義はアメリカの国益に通じる」「すべての選択肢はテーブルにある」とのべ、軍事介入も辞さない姿勢を示した。米メディアは同補佐官が「コロンビア(ベネズエラの隣接国)へ米兵5000人」と走り書きしたノートを持っていたとも報じている。

 ポンペオ米国務長官は国連安保理の緊急会合で「すべての国はどちらにつくのか決めるときだ。自由の部隊を支えるか、それとも暴力集団と結託するかだ」とのべ敵意をむき出しにした。イギリスやオーストラリア、イスラエルなど親米諸国もアメリカの主張に同調している。

 他方、ベネズエラ側は「大統領選を望む帝国主義者たちには2025年を待ってもらおう」(マドゥロ大統領)、「子どもじみている」(アレサ外相)と猛反発している。中国やロシアが「外国への介入だ」と非難したほか、北大西洋条約機構(NATO)加盟国のトルコも「われわれは世界のどこであれ、クーデターを企てる側の味方はしない」と表明。南アフリカが「他国の影響下で解決されるべきではない」と指摘し、EU加盟国のギリシャも「正当な大統領はマドゥロ」との立場をとっている。

 ベネズエラでは大統領選で再選されたマドゥロ大統領が1月10日に二期目をスタートさせた。しかし野党が多数を占める国会は「選挙の正当性がない」と大統領再任を認めなかった。「有力な野党政治家が排除されたまま実施された」「大統領は空位だ」と主張している。


制憲議会選挙の投票後、勝利を喜ぶベネズエラの人々(2017年7月)

 そして「大統領不在時は国会議長が職務を代行する」という憲法規定に則って、反マドゥロ派のグアイド国会議長が暫定大統領への就任を宣言(1月26日)した。するとアメリカやカナダなどの親米国がすぐさまグアイド国会議長を大統領として承認。その2日後にアメリカが経済制裁で援護射撃に動いている。米メディアはグアイド国会議長が昨年末、秘密裏にワシントンを訪れ、アメリカの支持をとりつけていたことも報じている。グアイド国会議長は、アメリカと連携した外圧の強化、反政府デモなどの世論扇動、軍隊の切り崩しに動いている。

 他方、ベネズエラ最高裁判所は「他国による内政干渉にかかわった疑いがある」として1月29日にグアイド国会議長の予備的捜査を検察に許可した。するとボルトン米大統領補佐官がツイッターに「グアイド氏を傷つけたり民主主義の転覆を試みたりすれば深刻な結果を招く」と書き込んでいる。こうした一連の事実はマドゥロ政府転覆を狙う黒幕がアメリカであることを示している。

チャベスの社会化踏襲するマドゥロ政府

 ベネズエラでは1958年に軍事政府から民主化して以後、1990年代初めまで民主行動党(AD)とキリスト教社会党(COPEI)による二大政党制が継続した。しかしこの二大政党は発足当初から政治的密約であるプント・フィホ協定を結び、選挙や重要施策をめぐって、必要なときはいつでも結託することをとり決めていた。そのため政治家や軍高官の汚職事件が頻発した。

 また1970年代までは石油開発や工業化政策で、右肩上がりの経済成長が続いたが、1980年代には一転して失速した。一人当りの国内総生産(GDP)は1983年をピークに急落し、90年代末には30年前の水準に落ち込んだ。中間層の所得が低下して貧困層が拡大し所得格差が拡大した。失業者が増え、道ばたで物を売ったり、家政婦など日雇いのような職業で生計を立てる人が増えた。

 このなかで1989年に登場したペレス政府が押し進めたのが国際通貨基金(IMF)の指図に基づく新自由主義経済政策だった。「インフレ抑制」を掲げて価格規制を廃止し、公共料金の引き上げ、国内ガソリン価格の引き上げ、各種補助金の縮小・廃止、付加価値税の導入を問答無用で実施した。バスなど公共運賃の引き上げが引き金となって国民の怒りが爆発し、1000人をこす犠牲者を出したカラカソ大暴動も発生した。


チャベス前大統領

 そのなかで1992年には新自由主義政策を批判したチャベスを中心とする若手軍人が主導しペレス政府打倒のクーデターを起こし、数カ月後には別の軍人が2回目のクーデターを起こした。この行動はどちらも失敗に終わったが、全国で新自由主義政策反対の抗議行動が拡大した。翌93年にはペレス大統領を辞任に追い込み、94年にはプント・フィホ協定を結んだ二大政党以外の候補が大統領選に勝利し、新自由主義政策反対を掲げるカルデラ政府が発足した。

 そして1998年に発足したチャベス政府は新自由主義政策と真反対の政策を推進した。「経済開発より社会開発の重視」を掲げ、豊富な石油収入を原資に、道路・鉄道などの都市インフラの整備、住宅建設などの公共投資に力を注いだ。1990年代に進んだ民営化の流れを逆行させ、食品流通、農業、製造業、観光業、航空業、公的金融機関など国営企業を多数新設した。失業対策では企業に解雇禁止措置を設けた。低所得者向けの住宅建設を進め、食品など基礎生活物資を低価格で提供するためにメルカルと呼ばれる国営流通・小売企業を設立した。

 こうした国内施策を基盤にしてベネズエラは、アメリカによる反新自由主義施策をはね返す中南米の拠点になっていった。現在のマドゥロ大統領はこのチャベスが進めた施策を基本的に踏襲してきた。そのためアメリカはマドゥロ政府を目の敵にして退陣に追い込もうとしている。

 この問題はアメリカにつくか、それ以外の国につくかというような問題ではない。米トランプ政府の介入は「アメリカのいうことを聞かないから、アメリカのいうことを聞く大統領にかえよ」というものであり、「一主権国家の内政や政治体制はその国の国民が決める」という民主主義の原則を否定する行為である。「一国の内政問題はそれぞれの国家の意思によって決められるべきで、他国が干渉してはならない」というのは国際法上の原則であり、国連憲章でも「内政不干渉の原則」を明記している。
https://www.chosyu-journal.jp/kokusai/10759

70. 中川隆[-12503] koaQ7Jey 2019年2月02日 18:37:34 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231] 報告
2019.02.02
ベネズエラと米英の金塊を巡る駆け引き

 ベネズエラ政府はイングランド銀行に金塊31トンを預けていると言われている。その金塊を引き揚げようとしたところ、銀行に拒否されたという。

 アメリカ支配層は1999年にウゴ・チャベスが大統領に就任して以来、政権転覆を目論んできた。その間のアメリカ大統領はビル・クリントン、ジョージ・H・W・ブッシュ、バラク・オバマ、そして今はドナルド・トランプ。

 各国は保有する金塊の多くをアメリカのニューヨーク連銀やケンタッキー州フォート・ノックスにある財務省管理の保管所に預けている。ドルの信頼感が低下する中、いくつかの国がそうした金塊を引き揚げようとしたが、スムーズには進んでいない。そこで、アメリカに預けた金塊は何者かによって持ち去られたのではないかという疑惑もあるが、ベネズエラの場合、アメリカからは引き揚げられたようだ。

 貿易の決済に広く使われてきたドルは紙製の印刷物にすぎず、いつ無価値になっても不思議ではない。ドルに依存した場合、アメリカからの金融攻撃に対して脆弱だということもある。ロシアや中国をはじめとする国々は現物の金を買っている理由はそのためだ。

 アメリカから自立するためにはドル体制から離脱する必要があると考える人は少なくない。そのひとりがリビアに君臨していたムアンマル・アル・カダフィだった。アフリカを自立させるため、金貨をアフリカの基軸通貨にしようとしたのだ。

 そのリビアをアメリカが主導する勢力が2011年2月に先制攻撃したが、フィナンシャル・タイムズ紙によると、その当時、​リビアの中央銀行が保有する金の量は少なくとも143.8トン​。リビア国内に保管していたという。

 ウィキリークスが公表した​シドニー・ブルメンソールからヒラリー・クリントンへ宛てた電子メール​によると、アメリカがリビアを攻撃した理由はその金と石油利権だったことを暗示している。

 2011年10月、カダフィが惨殺されたことをテレビのインタビュー中に知らされたヒラリーは「​来た、見た、死んだ​」と口にし、喜んでいる。バラク・オバマ大統領にリビア攻撃を強く迫ったのはこのヒラリー、そしてサマンサ・パワーとスーザン・ライスだったとされている。

 リビア侵略ではフランスが積極的だったが、その理由も通貨にあったと言われている。西アフリカや中央アフリカにはフランを使っている国があり、金貨ディナールが流通するとフランスのアフリカにおける利権が消失する可能性があった。

 2014年2月にオバマ政権はウクライナをクーデターで乗っ取ることに成功した。クーデターを実行した中心グループはネオコンであり、その手先はネオ・ナチ。

 クーデター直後の3月、​何者かがウクライナ政府の保有していた金のインゴットをアメリカへ秘密裏に運び去った疑い​が持たれている。

 その日、ポリスポリ空港に4輌のトラックと2輌の貨物用のミニバスが現れ、そこから40個以上の箱をマークのない航空機へ運び込まれたと報道されている。箱の中身は金だというのだ。車両はいずれもナンバー・プレートが外され、黒い制服を着て武装した15名が警戒する中での作業だった。

 2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターやバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎が攻撃された際、攻撃されていない7号館も爆破破壊のように崩壊しているが、そこに保管されていた金塊も消えたと言われている。

 ソ連が消滅する直前、ゴスバンク(旧ソ連の国立中央銀行)に保管されている金塊2000トンから3000トンが400トン程度を残して消えたとも言われている。本ブログでは繰り返し書いてきたが、ソ連消滅はアメリカ大統領だったジョージ・H・W・ブッシュを中心とするCIA人脈とソ連の情報機関KGBの中枢を占めていた腐敗勢力によって実行されたクーデター(ハンマー作戦)によると言われている。そうした背景があったので、30歳前後の若者がクレムリンの腐敗勢力、つまりボリス・エリツィンの周辺と手を組んで国の資産を盗んで巨万の富を手にすることができたわけだ。

 アメリカ支配層はベネズエラが保有する金塊も盗み出そうと狙っているはずである。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201902020000/

71. 中川隆[-12445] koaQ7Jey 2019年2月04日 18:50:56 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231] 報告
2019.02.04
アメリカ支配層に破壊された多くの民主的政権

 アメリカの支配層は少なからぬ民主的に選ばれた政権を破壊してきた。そして今、彼らはそのリストにベネズエラを書き込もうとしている。アメリカは民主主義を押しつけているのでなく、民主主義を破壊してきたのだ。

 第2次世界大戦後にアメリカが行った最初の内政干渉はイタリアに対して行われた。戦争中、ヨーロッパで国としてドイツ軍と戦ったのはソ連だけ。西側でドイツ軍と戦ったのは市民で編成されたレジスタンスだった。

 その中心メンバーがコミュニストだったこともあり、大戦後のフランスやイタリアではコミュニストが強く、その勢力をアメリカやイギリスを支配する人びとは潰そうとしたのだ。そうした戦略に基づいてNATOは作られ、破壊工作(テロ)部隊がNATOの内部で活動することになる。

 イタリアで1960年代から80年代にかけ、極左を装って「爆弾テロ」を繰り返したグラディオはそのひとつだが、1962年8月にシャルル・ド・ゴールを暗殺しようとしたジャン-マリー・バスチャン-チリー大佐の背景も同じだった。

 この人物が所属したOAS(秘密軍事機構)という秘密組織は1961年、ド・ゴールに反発する軍人らによって構成されたが、その黒幕はCIAの破壊工作部門だったのである。

 OASは1961年4月にクーデターを計画するが、これをアメリカの新大統領、ジョン・F・ケネディが阻止した。クーデター軍がパリへ侵攻したならアメリカ軍を投入するという意思を明らかにしたのだ。CIAは驚愕した。1962年にOASの一派はド・ゴール大統領の暗殺を試みたものの失敗、ド・ゴールを救ったケネディ大統領は1963年11月に暗殺された。

 アメリカは1953年にイランで合法政権をクーデターで倒している。大戦後、イラン政府はイランを食い物してきたAIOCの国有化を決める。クーデター後、1954年にAIOCは社名をBPへ変更した。

 AIOCが生み出す収入で支配システムを維持していたイギリス支配層は激怒、アメリカ支配層を巻き込んでクーデターを実行しようとしたのだ。このクーデターはアメリカ側が主導権を握ることになった。

 まずアメリカは反政府デモを開始、その際にコミュニストを装ったグループに暴れさせる。反政府デモの一部はモサデク支持の新聞社や政党、政府施設などを襲撃、CIAのエージェントがテヘラン・ラジオを制圧、首相だったモハマド・「モサデク解任の命令が国王から出され、ファジオラー・ザヘディが新首相に就任した」とする情報を流してクーデターは終わる。モサデクの支持派と反対派の衝突で約300名が死亡たと言われている。

 イランの民主的な体制をクーデターで倒したアメリカ支配層は中央アメリカのグアテマラの政権を倒しにかかる。1950年に行われた総選挙で勝利、翌年に大統領となったヤコボ・アルベンス・グスマンが農地改革法を公布して国有地を分配、大地主の土地買い上げを実施、アメリカの巨大資本、ユナイテッド・フルーツの利権を脅かした。

 そして1953年にアメリカ政府はクーデターを計画、CIAの破壊工作部門が指揮することになる。CIA配下の軍人が軍事蜂起するが、一般国民はクーデター軍と戦う意思を示した。それをアルベンス大統領は押しとどめ、1954年にに大統領官邸を離れる。流血の事態を避けたかったという。

 クーデター政権は労働組合の結成を禁止、ユナイテッド・フルーツでは組合活動の中心にいた7名の従業員が変死、コミュニストの疑いをかけられた数千名が逮捕され、その多くが拷問を受けたうえで殺害されたとされている。その後40年の間に軍事政権が殺した人の数は25万人に達するという。クーデターを間近で見ていたひとりがエルネスト・チェ・ゲバラだった。

 1973年9月11日にはチリでアメリカ政府を後ろ盾とするオーグスト・ピノチェトが、軍事クーデターで民主的に選ばれたサルバドール・アジェンデ政権を倒した。アメリカ政府でクーデターを指揮していたのは大統領補佐官だったヘンリー・キッシンジャー。その命令でCIAの破壊工作部門が動いている。

 まずCIAは選挙に介入した。メディアや映画だけでなく、パンフレット、リーフレット、ポスター、郵便物、壁へのペインティングなどを総動員したのだが、アジェンデが勝利する。

 一方、アメリカ資本と結びついていたチリの支配層は生産活動を妨害、アメリカの巨大金融機関はチリへの融資をストップ、世界銀行も同国への新たな融資を止めた。1972年になるとトラックの運転手がストライキを実施、商店主、工場経営者、銀行なども同調して全国的なロックアウトに発展する。アメリカ自身を含めてCIAは労働組合の幹部をコントロール、自分たちの手先として使ってきた。

 クーデターの結果、アメリカの巨大資本に盾突く勢力は潰滅、新自由主義が導入される。シカゴ大学のミルトン・フリードマン教授のマネタリズムに基づき、大企業/富裕層を優遇する政策を実施したのだ。その政策を実際に実行したのがいわゆるシカゴ・ボーイズ。フリードマン教授やアーノルド・ハーバーガー教授といった経済学者の弟子たちだ。

 現在、ベネズエラの大統領は2018年5月の選挙で選ばれたニコラス・マドゥロだが、アメリカやEUは勝手に大統領を名乗っているフアン・グアイドを支持している。その直前、2月にアメリカの国務長官だったレックス・ティラーソンはベネズエラでのクーデターを示唆、ラテン・アメリカ諸国を歴訪してベネズエラへの経済戦争に協力するように要請している。それでもマドゥロは勝利した。

 ドナルド・トランプ政権はベネズエラに経済戦争を仕掛け、石油の輸出を止めようとしている。イランの石油も買うなと各国を恫喝、猶予期間は過ぎ去ろうとしている。アメリカの命令に従う人びとはどのようにエネルギー資源を確保するつもりなのだろうか?
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201902040000/

72. 中川隆[-12318] koaQ7Jey 2019年2月09日 06:08:29 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22234] 報告
2019.02.09
米支配層は傭兵を使ってベネズエラの体制転覆を狙っているとの説が流れている


 アメリカの支配層はベネズエラに対して経済戦争を仕掛けているが、これまでの手口を振り返ると、同時にメディアなどを使ったプロパガンダを展開、配下の労働組合、最近ではNGOを使った抗議活動で社会を不安定化させ、さらに暴力的な手段へ移行することが多い。

 軍事クーデターも多用されてきたが、ターゲット国の内部に対立する勢力が存在すればそれを利用する。そうした対立がなければ外部から傭兵を投入する。リビアやシリアではサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団を中心とするジハード傭兵が投入された。

 ラテン・アメリカでは軍事クーデターが繰り返されてきた。その黒幕はアメリカの巨大資本だが、今回、ベネズエラではクーデターの主体となる軍人を確保することに失敗したようだ。特殊部隊は侵略軍に対するレジスタンスの準備をしているともいう。

 そこでアメリカの支配層はベネズエラ政府の資産を押さえ、傭兵を雇うという話が流れている。その傭兵でニコラス・マドゥロ政権を倒し、フアン・グアイドを中心とする傀儡政権を作るつもりではないかというわけだ。

 アメリカ支配層はラテン・アメリカを支配する仕組みの一部として配下の軍人を訓練する施設を作った。1946年にパナマで設立したSOAだ。ここでは対反乱技術、狙撃訓練、ゲリラ戦、心理戦、軍事情報活動、尋問手法などを教え込んだ。

 しかし、この施設は1984年にパナマから追い出され、アメリカのジョージア州フォート・ベニングへ移動、名称は2001年からWHISC(またはWHINSEC)へ変更されている。訓練内容は基本的に変化していないようだ。そのネットワークを使えば容易に傭兵は集まるだろう。

 戦争が始まることを想定してなのか、マドゥロ政権は保有する金を売却しているが、その仲介をしたのが2018年に設立されたトルコの業者だという。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201902090000/

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