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[リバイバル3] EAR の真空管アンプ 中川隆
7. 中川隆[-10411] koaQ7Jey 2019年5月17日 15:10:56 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1892]

EAR 861(販売終了、出力管の在庫無し)
標準販売価格:¥978,000(税込\1,026,900)
https://www.yoshinotrading.jp/product-details/ear-861/

EAR V12
標準販売価格:¥898,000(税込\942,900)
https://www.yoshinotrading.jp/product-details/v12/

ヤフオク! - アンプ - 「EAR」の検索結果
https://auctions.yahoo.co.jp/search/search;_ylt=A7dPDi01WVxa1w8AAiR8WDd8?p=EAR&aq=-1&oq=&fixed=0&ei=UTF-8&slider=0&tab_ex=commerce&auccat=23792&x=0&y=0


____


独特の美音を放つ EAR のアンプは熱狂的なファンが多く、僕もその一人かもしれない。数年前になるが新宿のダイナミック・オーディオで数台のEARを聞く機会がありEAR861のその美音には驚いた。視聴スピーカーのヨーロッパ小型スピーカーとの相性もあったのだろうが、とにかく美しいの一言。

それ以来レビンソン LNP2 と合わせたらどうなるのだろう?と思っていたが過去に真空管パワーを使い失敗しているのですんなりと手が出なかった。数ヶ月前、会社近くのオーディオショップに EAR861 があったので、相場よりも安いので失敗してもともと、と購入してしまった。サブとして置いてある

ガラード → ML6 → LNP2 → NO.29 →ロジャース LS5/9

に早速、NO.29をEAR861に換え視聴。

ロジャース LS5/9
http://audio-heritage.jp/ROGERS/speaker/ls5-9.html

いやぁ〜マイッタ。今までこのような絶品のLS5/9を聞いたことがない。何とも繊細で甘く美しい音なのだろう。
一つ一つの音の密度感はこのパワー独特のものでありEARのパワーの中では一番「濃い」音で、とてもトランジスタのアンプでは表現出来ないかもしれない。

EAR のプリアンプの組み合わせで過去何度か聞いた美音とは別物の美音で LNP と EAR の良いところが両方いい感じで出ている。EAR は比較的聞く機会が多かったがスピーカーとの相性で時には独特の美音が消えてしまう組み合わせもあった。チョイ聞きでは判断できないアンプである
http://more.main.jp/zakkichou01.html  


ティム・デ・パラヴィッチーニといえば、いわずと知れたヨーロッパ・アンプ界の重鎮で、鬼才という形容詞が冠される。その理由は、独創的な回路デザインにある。たとえば、これまで出力管としては使われなかったミニチュア管(ECC82、83)を30本も使ったEAR−V20など、ユニークこのうえないアンプを考案し、しかもその音が極めて音楽的であることなど、凡人の域をはるかに越えた活躍をしている。

そのフィールドは、自らの会社EARにとどまらない。英国各社のアンプづくりにそのアイディアを提供しているのである。

私のメイン機になっている、アルケミストAPD20ASSもそうしたアンプの1つである。そして、魅せられながら入手を果たせずにいるミュージカルフェディリティのA2もまた、彼の作品である。

名前からも偲ばれるように、彼のルーツはイタリアにある。何でも、中世、税金徴収のためローマ法王からイギリスに派遣されたのが彼の祖先であったという。

彼はまた、日本とも格別縁が深い。70年代の初め、かのラックスで設計者として数年を過ごしている。C1000、M6000、MB3045等が彼の関与したアンプだとのこと。彼はスチュワーデスをしていた日本女性を妻にして76年英国に帰り、EARを設立した。

彼のつくるアンプは決して力では押さない。あくまでも情感豊かに、音楽の楽しさを伝えようとするかのようである。

日本のある評論家が、彼の目指す音について質問したことがある。答えは「Hifidelity」すなわち高忠実度だった。評論家氏が案外当たり前の答えに拍子抜けしていると、「ただし」と彼は続けた。「誰もが Hifi を目指しているが、結局は開発者の音、Myfi になってしまうのさ」

音作りなどと言われるが、そんなことをしようとする技術者はいない。誰もが色付けのない高忠実度の再生装置を目指している。それでも、出てくる音はその人の音になってしまうのだと彼は笑ったそうである。

再生される音もまた然り。オーディオが趣味として成り立つ所以がここにある。


コメント

V20ですかぁ…凄いアンプですよ、熱も凄い。私はEAR859を使っていましたがいいアンプでした。この人のアンプは目で愛でることができるのも素晴らしい、ただ奇抜でなく操作系や機能も十分設計した人ですね。

イタリア系てのもうなずける、EARを設立してデザイン面が開花したんですね、音は、MFの頃から開花していたと思います。

日本にもたくさん優秀な設計者はいますが、欧米の方の設計するAUDIOはどこか違うオーラを感じます。余裕があると言うか優雅であると言うか、日本人も「わびさび」的な設計すればいいと思うのですが。
2009/7/24(金) 午前 10:43 [ Nally ]

>欧米の方の設計するAUDIOはどこか違うオーラを感じます。
私も同様です。音楽との距離の取り方が日本の技術者とは違うのではないでしょうか。

アキュ、ラックスがかろうじて残っているというのも、故あることだと思います。オーディオ製品は単に音が出れば良いというものではなかったということでしょう。
2009/7/24(金) 午後 1:34
http://blogs.yahoo.co.jp/tatupulin/42163876.html

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/947.html#c7

[リバイバル3] EAR の真空管アンプ 中川隆
8. 中川隆[-10410] koaQ7Jey 2019年5月17日 15:11:53 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1893]
EAR EAR859 \380,000(1996年頃)
http://audio-heritage.jp/EAR/amp/ear859.html


Tim de Paravicini(ティム デ パラビッチーニ)氏が設計したインテグレーテッドアンプ。純三極管の音質と信頼性を確保した新開発EL519エンハンストライオードモードを採用しています。新開発の前段DCカップリングにより、音質を損なうコンデンサーを段間から排除しています。


出力トランスには、Tim de Paravicini氏自身が数10年に渡り開発してきたスペシャルトランスを彼自ら巻き上げて使用しています。


入力は5系統設けられており、インテグレーテッドアンプとしてもパワーアンプとしても使用が可能です。
 

  
定格

型式 プリメインアンプ

フルパワー時の歪率 2%未満(1kHz)2%未満(20Hz〜20kHz)

出力 13W+13W(8Ω)

出力管 EL519(プロ用)エンハンスシングルエンドクラスA

外形寸法 幅400×高さ150×奥行400mm

重量 19kg
http://audio-heritage.jp/EAR/amp/ear859.html


2009/5/30 ティム デ パラビッチーニ  


 CEC TL-3・・・ベルトドライブ駆動という独自の方式を採用するCDトランスポート。そのデザインも異次元的。

 MUSICAL FIDELITY TUBAROG・・・真空管式のDAコンバーター。ティム デ パラビッチーニの設計である。

 EAR 859・・・鬼才ティム デ パラビッチーニの設計で、EARを代表するプリメインアンプ。クロームと金メッキを使い独自の質感表現がなされている。
出力 13W+13W


 QUAD ESL57・・・コンデンサー式のスピーカー。ピーター・ウォーカーの設計による孤高の存在である。

許容入力:定格15W

出力音圧レベル:100dB−70〜7,000Hz
         93dB−50〜10,000Hz


 これらはK氏のお宅のオーディオ・ラインナップ。その顔ぶれを一瞥しただけで何かしら一筋縄ではいかない「こだわり」を感じさせてくれる。構成メンバーの全てが一癖あるのである。


 K氏のお宅に着いたのは夕方の5時を少しばかりまわっていた。まずはESLが目に入る。なんとパネルの色はブラック。一般的なブロンズとは違い、この色はかなりめずらしいのでは・・・受ける印象も結構違う。

 そして駆動系は上記のような独自のラインナップ。この駆動系でESLがどのように鳴るのか、興味深々である。

 さて、その音の印象は・・・自然な質感の音像であるが、我が家のESLと比べるとより鮮明でその実体感が高い。

 真空管アンプらしい音の表面の滑らかさや艶やかさはあるが、音の土台が実にしっかりしている。「やわ」な感じはない。その土台の堅牢さは「ソリッドステート」をも感じさせる。何かしら両者の良いとこ取りをしたような音の質感である。EARは当然ティム デ パラビッチーニの設計。ティム デ パラビッチーニの指向する音がこのEAR859には端的に表れているような気がした。

 ティム デ パラビッチーニは自宅ではQUAD ESL57 を使っているという。そして、雑誌のインタビューでもEARの製品と組み合わせる推奨スピーカーとしてQUAD ESL57をあげている。EARとQUADはなかなか良い組合せのようである。

 この組合せによると、中高域の鮮度感は損なわれることなくクリアで透明度も充分。それでいて音像に不自然な隈取がない。

 EAR & QUADのコンビ・・・真空管アンプとコンデンサー型スピーカーとの組合せからイメージする幽玄な雰囲気よりもより地に足の着いた正確さが印象的な組合せであった。
http://moon.ap.teacup.com/tao7637/1182.html


▲△▽▼


お客様サポート - ヨシノトレーディング
https://www.yoshinotrading.jp/customer-support/


EARの製造中止及び休止モデルの修理に関して - ヨシノトレーディング
Copyright 2015 Yoshinotrading Ltd.


重要:EARの製造中止及び休止モデルの修理に関して

EAR859 / EAR869 / EAR861

使用出力管 EL509(519) /6KG6、PL509(519)/40KG6 、またはEL309

※同じ真空管名でも形状が異なる場合がありますのでご注意ください。

EAR890 / EAR899

使用真空管 KT90

上記の使用出力管に関しまして、現在入手が既に非常に困難になっている状況です。このため、弊社にて上記使用真空管の交換を伴う修理は終了とさせていただきます。

ただし、市場に流通している該当真空管を直接お客様側でご用意頂き、お送りいただければ弊社サービスにて交換作業を行うことも可能です。但し、真空管については保証の対象外となりますので予めご了承ください。

※ご注意:EAR 861 の場合は必ず形式の同じタイプを2本セット(例. PL509 x2/EL519 x2)でお送り下さい。(1つのチャンネルに特性の異なるPL509とEL519を取付けることは出来ません。)

尚、現行のEAR509に関しましては、引き続き修理対応をさせていただきます。
https://www.yoshinotrading.jp/customer-support/ear859-869-861-890-899-repair/

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/947.html#c8

[リバイバル3] EAR の真空管アンプ 中川隆
9. 中川隆[-10409] koaQ7Jey 2019年5月17日 15:13:04 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1894]

EAR 859 は QUAD ESL57 専用アンプ
他のスピーカーに使うと:

2006/11/25

今回は過去に使っていたアンプの紹介です。

今のアンプセット(Citaion XXP+Threshold STASIS-2)の1つ前に使っていたのが、このプリメインアンプ。

ホントはZIA FUSION+EAR 859+Acustik-Lab STELLA Melodyの組み合わせで使う予定の機器だったのですが、ひょんなことから、CelestionのSL700に手を出してしまい、それがこのアンプとのお別れのきっかけでした・・・。

オーヲタ世界の住人にはあまりにも有名な、ご存知、ティム・デ・パラヴィッチーニ氏作のプリメインアンプ。

薄型筐体ですが、重量は約19kgもある、割と重量級♪

・・・人によっては、軽量級だ!!って人もいるでしょうが、一人で運ぶときに腰が”ギックリ”いいそうなアンプは押しなべて重量級です。(さもえど理論)

クロームメッキの仕上げは、だいぶ個人の好みに左右されそうな気もしますが、さもえど的にはお気に入りで、音も”奏でる”感じの独特の雰囲気を持ってました。
ボーカル系も不思議と”奏でる”雰囲気があり、女性ボーカル大好き人間の私としては、正直、手放すのが惜しかったものです。

13W+13Wという、(トランジスタアンプに較べれば)小出力でしたが、それを感じさせない駆動力と、現代的な(トランジスタアンプ並みに)クリアな音を合わせ持っているアンプという印象です。

オマケに、この小出力でCelestionのSL700を(さもえど的に)ソコソコ鳴らしてくれていたので、満足度はとても高かったですね。♪

このアンプを手に入れた時には、”当分手放さねぇ!!”って思ったもんですが、駆動力のあるアンプでSL700を鳴らした時の魅力に負けちゃいました。^^;

それがなければ、今でもずっと使ってたと思う、所謂”良いアンプ”だと思います。


コメント:


杉ちゃんさんのコメント...

EAR859を使ってらっしゃったのですか?、私もルーツさんから試聴に借りたとき、本気でそのまま買い取ろうかと思いました。・・・・

じゃ、何故諦めたかと言いますと、出力管EL519の補充がきかないのとエンハンスドトライオード回路が出力管に相当無理を強いていることが分かったからです。(あの300Bでもシングルでは8Wです。)

それと,こじつけ的になりますがB&W802のダブルWには、非力・・・ということにしてルーツさんに後ろ髪引かれる思いで、返却!
9/10/2008 1:35 午後
http://audiosamoedo.blogspot.jp/2006/11/ear-859.html


左のアンプはEAR-859、特別に開発された真空管を使い、話題になったアンプである。トランスも職人が一つずつコイルを巻いて作っていると聞いた。

このEAR-859はオークションで売ってしまった。すぐに売れたところをみると、フアンは多いのだろうと思った。パラピッチーニの設計とか、先ほどの新開発真空管とか、トランスとかの雑音(?)に惑わされた感もなくはない。実際に手にしてみると、物量を投入しているところから、価格競争で優位に立とうとした製品ではないこともわかる。

13W×2という出力は、率直に言って小さいと感じる。

だが、真空管アンプの話となると、真空管アンプは小出力でもドライブ能力が高いという話が必ずというぐらい出てくる。もちろん、ドライブ能力さえあれば数字はどうでもよい。やたらに馬力の数値だけは高いが、運転してみると実感がないという車もよくないのと似ている。

結論、売ってしまったのはドライブ能力に不満があったからである。

ドライブ能力だけでなく、音質も試してみた。先入観として、これで高音を再生したらきっときれいだろうなと思っていた。それで、私のスピーカーはトライワイヤー接続ができるので、高音にこのアンプを持っていった。

中音、低音にはそれぞれ150W×2のトランジスタアンプを使った。つまり、アンプ3台でドライブしたわけである。これは、当初、EAR-859だけで試みたが、とてもスピーカーを鳴らしきっているとは感じられなかったからである。さすが、アンプ3台でのドライブは余裕があった。ところが、高音がどうしてもきつくなる。それで、このスピーカーの個性と思ってあきらめていた。

ある日、実験のつもりで、中音域の150W×2のトランジスタアンプと高音域のEAR-859(13W×2)と入れ替えてみたところ、驚いたことに高音がすごくきれいになった。その上、スピード感が出るようになった。

何台ものアンプを使ってドライブするとき、高音域にはパワーは必要ない、それより高音のきれいなアンプを使うべきとある。具体的には、高音域は数ワットもあればよいとされている。

しかし、実際に試してみると、アンプの持つパワーは数値だけではわからないドライブ能力を持っていると感じた。非力なアンプでは高音が汚くなる(音が暴れた感じになる)し、スピード感がない。不思議なのは、周波数特性を見ると、20KHzを遙かに超えているのに、高音はストレスを感じ窮屈に聞こえる。

結果的に最新のアンプを売り払って、いにしえの名器VICTORのM-L10を2台手に入れて中高音用と低音用に分けてバイアンプでドライブすることになった。パワーは160W×2で、フラグシップのアンプとしては驚く数値でもない。
http://bestmusic.seesaa.net/article/112344376.html


55 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2007/03/19(月) 07:44:59 ID:/QjZ7nym [1/2回発言]

ESLはアンプ次第っていう話ですが、玉系はどうなんでしょうか?
純正は玉ですが、話題のトライオードとかユニゾンRとかの相性が気になります


56 : 名無しさん@お腹いっぱい。: 2007/03/19(月) 14:34:35 ID:TSlv/83K [1/1回発言]
>>55
 EARのパラビッチーニはアンプ設計で想定しているスピーカーとして、
 ESLの初期型をあげていたのを見たとおもう。
http://logsoku.com/thread/toki.2ch.net/pav/1171701565/

投稿者:K 2009/5/11 23:58

 うちにもQUAD ESL57がありますが、EAR859,EAR864L+QUAD405-2を使用しています。

 ご存知かもしれませんが、EARのパラビッチーニは、以前QUAD ESL57を良く鳴るスピーカーと管球王国のインタビューに答えていました。 859は10年以上に渡り、トラブルフリーですので、試聴されてみてはどうでしょうか?

http://moon.ap.teacup.com/tao7637/1162.html


Q: papageno1121さん 2009/8/11 18:29:11

英国のティム・デ・パラヴィチーニの設計したEAR 8L6というプリメインでQUADの静電型 スピーカーESL57を鳴らしてます。これにEARのプリ、834Lを繋いだら音質向上しますか?

EARアンプの濃厚、芳醇、メロウでクリーミーな方向が大変気に入っていますが、EAR8L6は切換えスイッチでプリメインにもパワーアンプにもなるので、今はプリメインとして使っています。

ただ一般的に、別のプリを噛ませると表現に繊細さ、緻密さが加わるのは他で経験済みなので、これがEARのケースにも当てはまるのかどうか? 経験豊富なオーディオ愛好家諸氏の見解をお聞かせください。


ベストアンサーに選ばれた回答
kazumyclassさん

間違いなくワンランクあがりますね。音像が一回り大きくクッキリなり低〜高域迄の伸びが変わります。個人的にはEARのプリはシンプル過ぎて他メーカーの方が真空管らしさが出るような気がしますがEARの音が気に入ってるなら満足すると思いますよ。
回答日時:2009/8/11 21:56:48
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1029316630


真空管交換に向けて 2008年10月13日

あれから色々調べてEAR859の真空管交換をやってみることにしました。 EARの球交換はとにかく音が化けるとの評判にも後押しされました。まずは第一弾として出力管を交換してみようと思います。

オリジナルのEAR859は出力管はEL519という球が使用されております。 このアンプはシングルなので左右で2本。

写真でいうとちょうど丸い形状をした黒いカバーの中にあり、灯を入れるとヒーターが入ってほんのり橙色になります。EL519を抜くのにはこのカバーを先に外さなければなりません。 カバーは内側からビスで固定されているため、底蓋を外してからの作業となります。さらにカバーのビスを抜いてもシール材で管とカバーがくっついているためこれを外す必要があります。(絶縁と固定の意味があるのでしょうか?)

少しカバーをねじるようにしてやればシールがはがれ、カバーと管が分かれます。次は管頂部にハンダ付けされている線をハンダこてを使って外してやります。ここまでやってEL519がソケットから抜けます。

オリジナルのEL519は英国はCVC製でした。 外観的には異常は見られませんでしたが、14年間お疲れさまでした。

今回管交換にあたり、あと準備したのはプレートキャップです。 いちいちハンダ付けしていたら面倒なのでワンタッチで抜きさしができるキャップを取り付けました。あとは新しい(といっても古い!?)管がくるの待つだけです。

http://community.phileweb.com/mypage/entry/943/20081013/


ムラード球に替えました 2008年10月14日

EAR859の出力管を交換しました。オリジナルであるCVCのEL519からムラードの6KG6Aです。早速音だしして1時間ほどなのですが、一聴して音の変化に驚いております。まず、音の雰囲気がゴロッ変わりました。

倍音がしっかり出ており、実在感がかなりアップしました。 簡単にいえば今までのCVC球をモノクロとするとムラード球はカラーです。とにかく音の彩りが出て2ランクも3ランクも上のアンプに変えたみたいです。高域は若干刺々しさを感じますが、これは使っていくにつれて落ち着くでしょう。

これが音の第一印象です。 はじめてヴィンテージ管を経験しましたが、正直いってこれほどのものとは思っておりませんでした。これでまたしばらくは楽しめそうです♪

http://community.phileweb.com/mypage/entry/943/20081014/7699/


次の真空管は!? 2008年10月19日

電力管をムラードに替えてから少し経ちました。 替えた直後に気になった高域の硬さはなくなりました。実在感の高さ、豊かな音というのはやはり素晴らしいです。 音量を上げめにしてやると何ともいえない芳醇な音で小生の好きな女性ボーカルは絶品です。 こうなれば残りも球も変えてみようということでアンプ内部をのぞいてみました。

これはEAR859筐体内部の電圧管です。「TRIGON」 PCC88が使われておりますね。トライゴンと言えばドイツのオーディオメーカーが一番頭に浮かびますが・・・
この「TRIGON」は英国製みたい。

http://community.phileweb.com/mypage/entry/943/20081019/7847/


王者!?テレフンケン  2008年10月25日

EAR859の真空管交換もいよいよ大詰め。 電圧管を手に入れました。
テレフンケンのPCC88 ダイヤマーク入&軍用管です。EARは英国製アンプですので使用されている真空管も 英国製でした。

今回交換した球のうち、出力管はムラードで英国製なのですが この電圧管はテレフンケンなので独逸製。

はたして英国―独逸の融合はどのような音になるのか!?
明日にでも交換してみようと思います。

http://community.phileweb.com/mypage/entry/943/20081025/7957/


EAR859(改!?)完成 2008年10月27日

EAR859の真空管(PCC88)をテレフンケンに交換しました。まずは底蓋を外し、古い管を外します。 TRIGONの真空管でした。よくみると3本中1本だけ表示の大きさが違〜う

これがどういう影響を及ぼしていたかは考えないことにします(^^ゞ
次に交換するテレフンケンの真空管です。ソケットにしっかり差し込んで完成〜
この作業はカンタン、カンタン
早速音だし〜 聴いてまず一言

「音が濃い〜〜!」

「上から下まで音の芯がしっかり通り、非常に気持ちいい」

音の実在感はさらに磨きがかかり、ボーカルものはノーマルの妖艶の上を いく妖艶さ
木目もさらに整ってこのクラスのアンプとしては申し分ない表現力・・・・だと思う。。。
ただ、音が真ん中に集まりすぎる傾向があるので、スピーカーセッティングで 微調整したいと思っております。

これでアンプ内の真空管は全部交換したことになります。

長年使ってきて古くなってきているとはいえ、今までのEARは何だったのか!?
という驚きを隠せません。

カンタンに書くなら曖昧でモヤモヤしていた音でした。これがEAR859のよく言われる短所だったりしたわけです。

一般のオーディオ製品と比べればEARは生産数が少ないほうでしょうが やはり工業製品としてのアンプとしては球の選択に限度があるのは事実でしょう。ヴィンテージ管を手を出すにあたりはじめは躊躇しましたが、結果的にはEARの 真価を発揮できるようになったようになり満足しております。
設計者のティムはそれを望んだかどうか分かりませんが(^^ゞ


レス一覧


ボーカルの妖艶さに磨きがかかりましたか〜〜。

あの独特の魅力に更に磨きがかかったんですね〜〜。

もはや想像もつかんほど良さそうデス。(^^♪

byさもえど at2008-10-28 00:07


 そうですか?そんなに変わるんですね〜?私はスペア持っていないし、10年くらい真空管を換えずに使っているので、そろそ考えなくてはと思っていました。貴重な情報をありがとうございます。

 一本だけ寿命を迎えた時があり、販売店でサービスで頂いた管を着けた事がありましたが、音にとても違和感があったことがあります。管の表示が2本ずつ違い(4本のうち)、並べ替えてみたところ音がそろったことがありました。とくそう屋さんのEARの一本表示が違うのは何しら影響していんじゃないかな?なんて想像します。

byzyan at2008-10-28 08:42


古くなった球アンプは球の交換はもとよりコンデンサも物凄く効くんですよ。ケミコンは元々他の種類のコンデンサより諸特性も著しく劣る上寿命が短いのに加えて高電圧だと余計に駄目なんです。ここは奮発してフィルムコンを使うべきなんです。寿命の点でも安心出来る上に一番肝心の音が素晴らしく良くなるんですよ。と経験者は語る。

bykobaman at2008-10-28 12:44
http://community.phileweb.com/mypage/entry/943/20081027/

37 :ヤフオクの詐欺師、denden95でございます。:2008/06/07(土) 16:44:45 ID:w+QT+D9P

EAR はイギリス人のティム・デ・パラビチーニが日本人スチュワーデス吉野をなんぱして、手篭めにしああげく女房にして立ち上げた管球オーディオブランドなのです。

造るやつがエロいので、音のほうもエロいんですが内部の真空管がロシア製なので、エロいアンプが台無しです。


45 : 仙人短 ◆TANPanX3xc : 2008/06/07(土) 17:12:21 ID:UbVbvxUd
>>37
エロいので〜

オーディオにエロさが無くなれば、それはよもや、オーディオではない。
僕等がそれに注目出来る訳は、そこに、理(タナトス)ではなく。感情(エロス)と見ているからです。

魔王「あんたの話も、ようワカランが。つまり?」

閻魔「エロい方が、むしろ正解。オーディオ的には、だけど・・・」

短「閻魔は最近、凄い事言うよね・・・」

58 : 自称ヤフオクのアタナトス帝王、denden95でございます。 : 2008/06/08(日)

EAR MC-4 は買わないほうが良い。あれはティム自身がトランス巻いてないぞ。

どうやら部下にやらせているのだ。

狙い目は初期のMC-3だ。

834P−5 もダメ。5Ωからで2〜3Ωには対応できていないし、下っ端の技術者にトランス巻かせてる。

初期の834P を中古で手に入れて真空管を全て交換するのがベストじゃ。

現行品には手を出さないほうが良い。


859/861/834L/834P/V20 まではティムの本物の手巻きのトランスだ。

それ以降はやめておくことじゃ。

EAR の製品の価値はティムの手巻きのトランスにあるのだからな。
http://mimizun.com/log/2ch/pav/1212015207/

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/947.html#c9

[リバイバル3] EAR の真空管アンプ 中川隆
10. 中川隆[-10408] koaQ7Jey 2019年5月17日 15:14:08 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1895]

17 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/24 08:35 ID:???
パラヴィチーニ自身が、妖しい雰囲気の人物だよな。

日本の真面目で実直な技術者とは全くタイプが違う・・・。

彼は、ラックスに在籍してたし、夫人(旧姓:吉野)は日本人だし、親しみが持てるけど、彼の出自は先祖は錬金術師という感じ。

惚れ込む人には絶対的な魔力を秘めてるね。

>>13がどんなSPを鳴らしたいのか不明だが、EAR内でのモデル比較はあり得るが、他メーカーとの比較はあまり意味がない。

アルファロメオ好きな人は殺されたってマークUやクラウンには乗らないし、比較しようなんて考えもしないでしょう。

試聴してこれ!と思えばそれで決まり、迷うことなどないでしょう。
http://hifi.denpark.net/1053590239.html

EAR859を振り返って… 2009年 04月 11日


今日は、もう手放してしまった"EAR859"についてです。

独特のデザインですよね (CANON IXY)


EAR859は、言わずとしれた鬼才Tim de Paravicini℃≠ェデザインしたプリメインアンプです。

私が真空管アンプを気にしだしたのは、ユニゾンリサーチ社のSimply TWOでした。
あの見事なデザイン…しかし、手を出せずじまいでした。

 そして最初に手に入れた真空管アンプがEAR859…やはり私はデザインから入る奴でした(笑)

でもこのアンプがなかったら、真空管アンプには目覚めなかった貴重で罪深い一台でした。


 音質は勿論、

「外観」=見た目、格好よさ、所有欲を湧かせるか、満足度を満たせるか

「操作性」=操作する時の感触などです。

「作り易さ」=キットの場合、私的に作り易いのか、難しいのか

「チューン度」=チューニングする余地はどの程度あるのか、手に入れ易い部品か

「音質」=私独自の偏見と独断の感想

「価格」=コストパフォーマンスを含めています。

「ブランド力」=私の独自のブランドイメージです。


各項目を☆の数3個までで表現させて頂きます。

「外観」
どうです、このデザインと格好よさ。

私は惚れ惚れとしてしまいます、このEL519(後日PL519)を囲う真空管ボンネットもやけどを防ぐための機能とデザインを合せもっています。

それにこのトランスの配置の見た目のよさ、持った時に「ずしり」感も得も言えません、非常に密度が高く感じるのです、EL519以外の真空管はボンネット内部にしまい込み見えないようにしています。それ故にすっきりとしたデザインです。

見て下さいこのフロントパネルの厚み…高級感に満ち満ちています。

それに、このEARのロゴも格好いいです。パイロット表示もLEDでなく「ランプ」と言うのが泣かせます。ランプは断線する可能性があるのにあえて使うこの思い切りの良さ。真空管の灯りとよくマッチングしています。

個人的には、外観は満点です。
☆☆☆


「操作性」
各ノブが重量のあるムクで出来ているようでクリック感も「クッ、クッ」と動きいい感じです。

この操作性も相当意識して作り込まれているのではないしょうか。
☆☆☆


「作り易さ」  完成品なのでなしです。


「チューン度」
EL519は入手が難しく、互換性のあるEL509も入手が難しい。

そこでPL519に変わったのですが、もともとTV用の真空管です、なかなか色々な会社の製品がなく色々なメーカーの真空管に交換して楽しむことは、できなくもないですが次に交換するためにボディをそこそこ分解する必要があり、「気軽に交換」と言う訳にはいきません。

むしろ、Paravicini氏は音質保証のため交換を嫌ったのではないでしょうか。


「音質」
フォログラフィと言われる方もいらっしゃるようですが、まさに綺麗に「漂う」この感覚に酔いしれたい人には向いています。

濃厚ではありませんが、ミネラルを含んだ綺麗な水みたいなイメージです。
JAZZと言うより弦ものやクラッシックが好きな人に向いているのではないでしょうか。

ドライブ力もありJBLなんかも平気で鳴らします、EARとJBLなんて違和感ありそうでうすが面白いです。
☆☆


「価格」
後継機種EAR869は新品で819,000円ととても手が出ない値段です。
でもこの値段でも欲しい方にはたまらないアンプでしょうね。


「ブランド力」
私の住む地域近辺では凄い人気です。
私の行きつけの中古屋さんは、EARの仕入れが多いのですがあっと言うまに売れます。

確かにEARのブランドは感じますし、うんちくを語る時「俺のEAR×××は…」なんてaudio談義には一目おかれること間違いなしだと思うのです。

またその異様な設計手法も個性が強いです。EAR V20なんて12AX7を片側10本も使うなんて真空管の知識の浅い私ですが

「プリ管を10本×2セットなんて何考えてるんだろう?」

と狂気の沙汰にしか思えないのですが、あのデザインの憎さミッキーマウスみたいな面構え、まさに鬼才プラビチー二!

これはもう脱帽です。
☆☆☆


 こんな個性の強い見た目のうっとりするアンプに付き合えたのは、幸せなことでした。

しかし、このあまりに綺麗なアンプはだんだん私のFUSION、JAZZ系好きから離れていく気がし、日本のJPOPやニューミュージックみたいなどこか「ぬか臭い」音には合わない気がしてきました。

 でも本当にこのアンプが、20万円以下で販売されていたらヒットしたと思うのですが。

あまりに高価過ぎることが残念な限りです(でもその高嶺の華さ加減がブランド力を維持できるんですかね)

ありがとうEAR859、ひと時の素敵な時間を。

Commented by たっちん at 2009-04-13 06:23

EAR859、素敵ですよね。パラビッチーニ氏は、英国アンプ界に君臨している感があり、私の手元にある、ミュージカルフェディリティE11、アルケミストAPD20ASSは、いずれも彼が基本設計したものです。

このうち、APD20ASS(パワーアンプ)は、トランジスタですが、まさにnallyさんが「音質」のところで指摘されたのと同じ音がします。


イタリア風の名前ですが、先祖がローマ帝国から派遣された収税監。
奥様が元スッチーの日本人。LUXMANに技術者として勤務など、経歴も面白い人物です。


Commented by rhr_nally at 2009-04-13 07:58

 私も気が付けばA1→EARと同じ巨匠のアンプを使用しておりました。

この人の大胆さと繊細さにはあきれるばかりですが「楽器」的な色が濃い設計をする人だなぁと思います。

そこに日本での修行と日本人の奥さんなんですよね…。
いいとこどりかもしれません(笑)


 「合理性の中に美あり」=機能美ですが、情緒的には「無駄の中に美あり」と考えている私なのですが、どちらもそのたたずまいが好きで…。

やはり見た目第一のNally工場長と私なのです(笑)
http://rhrsp.exblog.jp/10028468/

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/947.html#c10

[リバイバル3] EAR の真空管アンプ 中川隆
11. 中川隆[-10407] koaQ7Jey 2019年5月17日 15:15:03 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1896]

2012年01月26日
自宅試聴でお借りしたのがEAR V12です。

鬼才ティム デ パラビッチーニ氏の最新作です。

コレ、今結構売れてるらしく、あちこちで絶賛の声があがっています。

デザインが独特ですが、とても高級感溢れる緻密な仕上がりで、所有する喜びを味わえると思います。デザインは好みが分かれるところだと思いますが、個人的にはアリでした。2歳になる息子がこのアンプを初めて見た瞬間に「ぱんだちゃん!」とか言ってましたw

で、音ですが低域が先のMystereより駆動力が高いようで、さらに出ます。C1はまだ駆動しきれてなかったのかと驚かされました。明るめの音調で、音場の広がりもMystereより奥行き方向で広がります。SNが良く静寂の表現とか、背景が静かなので微細な音まで掘り起こして聴かせてくれます。

ただ、残念な点がいくつかありました。。。

曲によってですが、低音が中域に干渉してボーカルが埋もれてしまう「かぶり」が発生していました。(普段良く聞く曲じゃないけど、残念!)
それと、Mystere比ですが、明るめの音調で少しドライ。好み的には陰影感のある暗めの音調が好みなので、その点も残念でした。


____


EAR V12は試聴したことがあります。EARは仰られる通り奥行き方向といった前後感の広がりが秀逸かと思います(リファインされる前のEAR869はフワッとした横の広がりがあって、そっちも好きです)。

V20の後継機とのことですが、EARでも特異なV20独特な妖艶さは薄れましたが、低域の制動力はかなり向上し、もったり感が解消されたと思います。

願わくば、V20の独特な艶のある中高域と890のような歯切れのいい低域、861のような濃厚さをを兼ね揃えたパワーアンプを出してほしいです。C1と真空管は結構合ってるのかなと思います。

EAR Acute+834+C1 Signatureの組み合わせはEARの中では比較的ストレートな音の鳴り方でした。

また、JEFF ROWLAND CONCERTO INTEGRATEDとFocus110で使用してますが、シンバルンといった金属楽器やピアノの表現はJeff特有の煌びやかさが、また適度な濃さと軽さの中低域の表現力は気に入ってます。

by我が心の軍曹 at2012-01-26 22:27
http://community.phileweb.com/mypage/entry/3260/20120126/28305/

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/947.html#c11

[リバイバル3] EAR の真空管アンプ 中川隆
12. 中川隆[-10406] koaQ7Jey 2019年5月17日 15:16:27 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1897]
因みに、EARのプリアンプは EAR912 と Acute Classic 以外は不出来だそうです。

一言で言って、EAR834L は音が"粗い"。


真空管プリアンプ EAR 834L 、868L 音質比較の内容を説明します。
http://www.youtube.com/watch?v=qv5gUIOBnL8

EAR 868L , 912 真空管プリアンプ音質比較試聴
http://www.youtube.com/watch?v=fcSTzf1f_n4


EAR 真空管アンプ 逸品館
https://www.ippinkan.com/ear/ear_page1.htm


EAR 834L 標準販売価格:Deluxe仕様 ¥488,000(税別)
https://www.yoshinotrading.jp/product-details/834l/


EAR 868PL/868L

標準販売価格:868PL:¥980,000(税別){フォノセクション付}
https://www.yoshinotrading.jp/product-details/868/

868L: ¥738,000(税別)
http://www.yoshinotrading.jp/product-detail/868/

EAR 912 【 Professional Tube Control Centre 】 標準販売価格:\1,980,000(税別)
https://www.yoshinotrading.jp/product-details/912/

Paravicini 312 Control Centre 標準販売価格:\2,980,000(税別)
https://www.yoshinotrading.jp/product-details/312/


E.A.R|禁断のKRELL
https://ameblo.jp/507576/theme-10097864431.html


▲△▽▼


写真は EAR834Lラインアンプ

 私が学生の頃やたらと「ダイレクト」が流行った。

「余分な接続は害である、ピュア・ダイレクト!」と絶賛したもので、雑誌も「ダイレクト」一色。

アンプも「ダイレクトポジション」なるものが大流行。

バランス、トーンコントロールも悪、そんなものプリメインの中に入れるな、可能ならパワーにボリュームを付けるだけでよい!

そんな雰囲気でした。

そして、煽動された我々は冷静さを失い「ダイレクト」教に入信し盲目的に信じたものです。
確かに一理ある面もあると感じる、これは感じているだけだ。

  真空管アンプはどうやら様子が違う。

話は変わりますが「真空管」と言うだけで「ナロー(狭い)」と考える人には一聴願いたいものです、イメージと出てくる音にはギャップがあり「生々しい」音がします。
ボーカルものには最高ではないかと考えます。

これを「歪み成分が多く、これが”味”を出している」と説明される方もいます。
確かに写真では「粒状感」が意外と生々しさを出したり、レンズで言われるところの「味」が収差や歪み成分であることは事実です。

収差や歪みが完全になくなると物理的には100点でしょうが、人間の目にはどう映るのでしょうか?しかし未だ歪み”0”、収差”0”の映像は見たことがないので分りません。

別の事例でミュージシャンの方の「ギーターアンプは真空管方式の方が音が飛ぶ」との意見。

若いミュージシャンに感性で選ばれている「いいものはいいんだ」偏見がないのは嬉しいですね。

 真空管アンプは、プリメインの場合でもボリュームが問題になっている、プリメインでもプリを付けると良いと聞く(これはサンバレーさん意外のショップのオーナーも同意見だった)。

じゃぁ実際はどうなのだろう?

 試験をしたのは、EAR859単機とEAR859+EAR834L。

一聴して違うのは、859オンリーだと箱庭的音が聴こえる、これはこれで美声だ。
ところが、これに834Lを接続し859のボリュームを解放(正確にはハムノイズの関係で15時の位置に絞っている)すると、859が美声だけでなく高域で意外と鋭い一面を見せることに気づく。

これは、859単機では気づかない音だ。

一般的にEARは「フォログラフィ」的美声が強調されているが、実際は能力一杯で意外な鋭さを見せるし、似つかわしくないJBLでもグイグイドライブする、それも古いアルニコの機種でも負けていない。

しかしくどいが、859単機ではこの隠れた性格を見抜けない。

 真空管アンプには、プリメインでもチューンナップの選択肢としてプリアンプがありそうだ。

 プリアンプとしてのEAR834Lの私のインプレッションは「音を広げる」だ。

ここに「EARのフォログラフィ」的要素があるのだろう、ただし昔聴いたアポジーのような霞がかった音ではない。
http://rhrsp.exblog.jp/8799463/

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/947.html#c12

[リバイバル3] EAR の真空管アンプ 中川隆
13. 中川隆[-10405] koaQ7Jey 2019年5月17日 15:18:51 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1898]
EARは元々安物部品を使った廉価アンプのメーカーだったのですね

EARのアンプは素晴らしかった(過去形)


130 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/02/24 21:35
EARの音楽性にほれてます。真空管じゃあNO1でしょう。


131 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/02/24 22:01
んだ。よってあまり語るべきものもない。
ヲタの業を忘れて音楽を聴くだけだ。
あんまり内輪で褒めまくるのもほめ殺しみたいで気持ち悪い。


45 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/09 22:01
世界的に有名なミュージシャンがEARの機材を使ってレコーディングしているとか店員が言ってたが本当?誰?


47 : 名無しさん@お腹いっぱい[] 投稿日:02/01/09 22:34
>>45
ミュージシャンの特注で、マイクアンプその他機材を作ったり、手巻きでシコシコとトランスを巻いているらしい。
そんな記事を読んだ事がある。


48 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/09 23:10
>>45
レニー クラビッツ様
ポール マッカートニー様
エアロスミス御一行様
です。


50 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/10 07:33
ピンクフロイドも使ってるようです


26 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/05 23:38
関係無いけど
パラビッチーニの奥さんって日本人だって噂を聞いた。


27 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/05 23:52
>>26
yoshino(よしの)といいます。
実は『EAR』はアンプの名前で会社名は『yoshino Ltd.』という名称です。
パラビッチーニは日本人である『よしの』さんを溺愛していて
会社名に奥さんの名前をつけた様です。


28 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/06 00:05
アウトプットトランス/パワートランスに YOSHINOの名前がついてるよ。


29 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/06 00:07
奥さんはスチュワーデスだったらしいよ。
機内でナンパだ。


30 : 名無しさん@お腹いっぱい[] 投稿日:02/01/06 00:11
彼は大昔、日本に滞在して某メーカーのアンプの設計をしたことがあるらしい。


33 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/06 12:35
>>30
ラックスでしょう。EARのサイトの自己紹介に書いてあったよ。
C1000/M6000 pre/power amplifier ってわし知らんけど。
銘機なの?


LUXMAN C-1000 \200,000(1975年1月発売)
http://audio-heritage.jp/LUXMAN/amp/c-1000.html

LUXMAN M-6000 \650,000(1975年2月発売)
http://audio-heritage.jp/LUXMAN/amp/m-6000.html


1 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/02 15:12
EARのプリメインがほしいんだけど、それぞれの特徴を教えてたもれ。


7 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/04 12:54
869がいいんじゃない?人気モデルの859の後継機。
パワーも少し上がってるし。
多少癖の強いV20よりも万人向けな印象。
女性ボーカルもので試聴したが、低音はあまりでなかったが、中高音の程よい濃さ、透明感、音の浸透力?はかなりいけてた。
安く手に入れるなら859の中古買ったほうがいいかもね。
869が出たおかげで、859の中古価格は下落するのでは?
859と869の比較したひといないかな?


35 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/06 20:25
859と869の音の違いわかる人っているのかな?


36 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/06 21:18
>>35
聞いたけどわからんかった。パワーが少しあがってるみたいだけど、体感できん。


EAR 869
http://www.yoshinotrading.jp/product-detail/ear-869/

EAR859
http://audio-heritage.jp/EAR/amp/ear859.html

EAR V20 
http://www.heinz-company.jp/earv20.html
http://k-d.jpn.com/audio/EAR/V20.html


13 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/05 00:19
今は手放したけど、859を使っていた。
いい音だったよ。869の登場で859の価格が下がったら、もう一度入手しても良いな。
10年くらい前かな、859はキットだったんだよ。ボディもメッキなしのそっけないものだったが、価格は10万円台半ばくらいで、めちゃくちゃCPが良かった。

俺は859が日本に登場したタイミングで買ったから、値段も32万円くらいで、CPも、そんなに悪くなかったが、今の価格設定はちょっと高い感じはします。

それでも、マッキン(クラリオン)→すがーの やら、上杉にお布施をするよりははるかに良いと思います。


75 : EAR信者[] 投稿日:02/01/22 22:29
EARのアンプって出力値でイメージするよりドライブ能力高いよね。

最初にパラビッチーニサウンドにハマッたのはアルケミストのAPD15AIISSだったなぁ。
お店で何気に流れてる音の透明感と響きに釘付けなったもんなぁ。

アルケミスト社製のパワーアンプ
http://blogs.yahoo.co.jp/tatupulin/32501181.html


41 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/07 20:55
EARの869 と Musical Fidelity のA3CRどっち買おっかな〜♪

Musical Fidelity A3CR A3.2CR
http://www.tukipie.net/bbs/test/read.cgi/audio/1048296382/


43 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/07 23:51
>>41
真空管を意識した音造りのA3CRを買うなら、素直に真空管アンプの869買えば?


44 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/08 11:48
>>43 
激しく同意。
A3CRって、決して悪くないどころかCP考えたら素晴らしいアンプだと思うけど、EAR869 が比較対照ということは41さんは真空管の音に魅力を感じているということですよね?
だとすると「素直に真空管アンプの...」という指摘は正しいと思う。
最終的には好みの問題になるけど。


122 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/02/17 00:46
EAR、V20の音が欲しいけど金のない漏れに、なんかいいアンプない?
20万以下で。


123 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/02/17 16:06
>>122
パラビッチーニ設計で、やっぱり熱対策に窮するミュージカルフィデリティA1なんてどうだ?

Musical Fidelity A1 1984年発売 \128,000(1990年頃)
http://audio-heritage.jp/MUSICALFIDELITY/amp/a1.html


124 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/02/17 16:12
あの目玉焼きが焼けることで有名なA1ってパラビッチーニ設計なの?
知らなかったYO!


125 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/02/17 16:16
アントニー・マイケルソンとちゃうん?>A1


127 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/02/19 08:11
>>125
Throughout the past twenty years,
Tim has worked with many different manufacturers.
For London based Musical Fidelity,
Tim designed the amazing A1,
taking the concept of a cut down ‘High End’ audiophile amplifier,
the only compromise being the 10 watts output,
albeit pure class ‘A’. Other products designed for ‘M.F.’
include the A470/370, P270, Digilog, CD-T, etc.

http://www.ear-yoshino.com/tim_bio.php?n=2


274 : 名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:02/10/04 23:34 ID:???

ミュージカルフィデリティの社長のフルネームはアンソニー・マイケルソンで、彼が学生だった頃、会計士のオースチンと共に興した会社がマイケルソン&オースチン。
ここでTVA-1の改良とTVA-10、M200の設計を行ったのがパラヴィチーニ。
オースチンが本業に戻った後、アンソニー・マイケルソンが興した会社がミュージカル・フィデリティで、A1を初めとする数々の機種の設計を、 再びパラヴィチーニは行った。


181 : 177[] 投稿日:02/04/15 23:45 ID:BFWk6XKE [3/3回]
ミュージカルフィデリティ−のA1を昔聴いたことがあって、とても個性的で好きな音作りをしていたので、パラビッチーニ氏の作品に興味がありました。ありがとうございました。


51 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/10 22:09
EAR869欲しいと思ってるんですけど、消費電力とか心配する必要はないでしょうか?
親兄弟と同居している身のわかぞーですので、 電気代はねあがったら肩身がせまくなってしまうので、、、


52 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/11 07:43
全然へいきですよ。


53 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/11 19:43
せいぜい小さなヘアドライヤーの半分くらいでしょう。


54 : 51[] 投稿日:02/01/11 23:28
>>52,53
つけっぱなしにしないかぎり心配なさそうですね。
869に決めてしまいます。
そういえば、上部のカバー(?)部分が金のバージョンは終わってしまったようですね。
僕は金よりクロムの方が好みだからいいですけど。

15 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/05 04:08
私は869を購入しました。
SPは H&K のみ扱いの小型トールボーイ(リボンツィータ&15cmウーハー1個で、8Ω能率89dbのやつ)を使用していますが、パワー不足は感じていません。
数字以上のSP駆動力を感じるのは私の気のせいでしょうか?
聴く音楽は女性ボーカルものメインの私にはベストの選択だと確信してます。
柔らかく体に染み込むような音は、トランジスタでは得られなかったものですね。
プリを足してパワーとして使用⇒パワーを足してバイアンプ
というステップアップの道が残されているのも楽しみです。

プリメインを選ぶなら、まず859 or 869を試聴し、もっと艶が欲しければV20、パワー不足を感じたら8L6でどうでしょう?
まあ、全部聴いてみるのが一番ですが。

EAR 8L6
http://www.yoshinotrading.jp/product-detail/ear-8l6/


21 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/05 12:54
V20は音楽を少し演出する感じ。低音は多めです。
クラシック中心ならいいと思います。
ただ真空管の本数が多いんで熱くなります。アフターも少し心配。
H&Kでは確保してあると言ってますが。

859(今は869)はもっと素直な音、ピュアな音。V20に比べて明瞭な音。
能率の高い小型スピーカーで鳴らすといいと思います。

861(セパレート)は基本的には859と同じ音の傾向です。
859より少し膨らむ感じです。トールボーイとかの中型でも結構鳴らせます。

EAR 861
http://www.yoshinotrading.jp/product-detail/ear-861/

8L6はほかのものよりいわゆる真空管アンプ的な音です。聞いた感じでは861よりもパワーは高いけど、パワー感が感じられませんでした。スピーカーの問題かもしれません。

僕が聞いた感じではこんなところです。実際に聞かれたほうがよいと思われます。
どれもコストパフォーマンス的に言えば文句は無いと思います。


46 : EAR信者[] 投稿日:02/01/09 22:33
EAR534のモノドライブ最高ぉ〜。
100Wもあると低域の再現性もかなりいいっす。
でもEAR890の躍動感の良さにも惹かれるのぉ〜。
今度、EAR890のモノドライブで試聴してみたいなぁ。


EAR 534
http://www.yoshinotrading.jp/product-detail/ear-534/

EAR 890
http://www.yoshinotrading.jp/product-detail/ear-890/

247 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/09/14 00:09 ID:zqqjo7ba [1/1回]
899とV20のキャラクターの違いはどんな感じなのでしょうか?
教えてください。

EAR 899
http://www.yoshinotrading.jp/product-details/ear-899/


248 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/09/14 23:28 ID:H02y/roY [1/1回]
聴けば判ると思うよ。
V20はマターリとしたイメージがある。


249 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/09/14 23:41 ID:k0U65/NE [1/1回]
やはりV20はマターリ系なんですかね。
899は少しはしゃっきりしているのかな?


251 : EAR859[...] 投稿日:02/09/23 18:30 ID:???
 久しぶりに、ジュリアフォーダムを聴いたら、うっとりした。


252 : しけーむ[] 投稿日:02/09/27 21:36 ID:OXmFKDR1 [1/1回]
V20はボサノバ聴くのにいい!


254 : 名無しさん@お腹いっぱい。[age] 投稿日:02/09/28 00:00 ID:???
V20って新品はもう手に入らないの?
生産完了??


255 : 名無しさん@お腹いっぱい。[age] 投稿日:02/09/30 15:37 ID:???
保守させていただきます。
>>254
V20は年間生産台数が限定されているそうです。

8 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/04 13:20
EARのプリメインアンプはそれそれ特徴があって面白いですね。
8L6は真空管の濃い音なのに音がしっかり前に出てきます。
低音にこだわる人、鳴らしにくいSPを使用している人ならこれでしょうね。


146 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/03/03 09:50
8L6ユーザーがいないですね〜。さみし。
859, 869ではスキーリしすぎで物足りない人はみんなV20に流れてくのかな?
非常に個性的な(マニアックな??)V20よりも、癖の少ないマターリ系として8L6のほうが万人向けのような気がしてます。
ストレートだけど味のあるいい音します。
V20買う前に是非8L6も聴いてみて欲しいです。

余談ですが、私の彼女はV20みて「耳がミッキーみたいでかわいい」といってました。


148 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/03/05 00:01
うちの妹が旦那を連れてきたときは
「なんと言ったら良いのかわからないけど、それ何?」ときかれた。
たしかに圧倒的にへんてこりんな存在感だよV20.


4 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/03 21:40
V-20使っていますがとても満足していますよ。
低域に関してはそんなに出る方ではないですが、高域、中域に関してはあくまでも私見ですがジェフ・ロ-ランドのコンセントラより上ではないかと思っています。
小編成の弦楽、ピアノトリオ、ソナタ、女性ボーカルなどはV-20でなければ出ない世界があると思っています。


12 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/04 23:04
うちもV20を使っています。
使っている部品の点数を考えると正直いって故障は恐怖そのものです。特に正バイアスで球を使っているV20の場合、真空管の動作が保証されている領域外での利用をしていることになりますから、事実上メーカーに球の交換をお願いするより方法がありません。
日本での値段は知りませんがUS$300ぐらいという話しは聞いたことがあります。
しかしそういう話はおいといて満足度は高いです。
869もいいと思いますが個人的には8L6のほうが良いと思います。
音質という観点からの話しではありませんが、869は出力がとれないのでスピーカーで悩むのではないでしょうか。
V20 に Concerto の組み合わせでもときどき物足りなくて12時で私は聴いています。これで869はちょっと不足かなと私は思いました。


417 : 名無しさん@お腹いっぱい。[age] 投稿日:03/04/02 02:08 ID:???
EAR869欲しいです。
一つ心配なのはいままで真空管アンプを使った事がないのです。
スレを読んでるとかなり発熱があるようですね。
取り扱いが難しそうですね


418 : V20信者[] 投稿日:03/04/03 01:01 ID:dxgVkxu0 [1/1回]
>>417
そんなに心配する事はないと思います。
発熱に関しては、通気の悪いラックを避ける事さえ気をつけていればまず大丈夫だと思います。
あと、電源スイッチのON/OFFを頻繁に行わない事。一旦電源を落としたら、次にONにするまで5分ぐらい間隔をあけた方がよい事と、何時間も音楽を聞かないのであれば一旦電源をOFFにする事。
一般的に真空管にとって良くない事を避けていれば、普通の真空管アンプよりEARはロングライフですから意外と取扱いはいいと思いますので、あまり神経質にならなくてもいいと思います。
それより、EARの音の世界を楽しむ方がずっとすばらしいオーディオライフを満喫できると思います。


5 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/03 23:36
V-20って真空管を20本使ってるそうですがメンテナスにお金かかりませんか?
真空管の寿命がきた時かなりの金額になりそうなのですけど。


257 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/10/01 23:26 ID:U3vzsnr8 [1/1回]
真空管って保守は大丈夫なの?
何年目でいくらかかるとか? その時期には部品が無いとか・・


9 : 1[] 投稿日:02/01/04 14:06
5さんが言ってるように、真空管アンプが欲しいんだけどちょっと・・・、
と考えてる人のほとんどが、真空管が壊れた時のことを考えてるんだと思うけど、寿命とかはどうなんですか?


258 : EAR859[。。] 投稿日:02/10/02 15:59 ID:???
 真空管の寿命は1万時間以上と書いてあったと思うが、詳細不明。
とりあえず、6年以上使用しているが、問題なし。
ただ累積で何時間使ったかはわからない。


259 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/10/03 01:20 ID:ezBSKQkK [1/1回]
1日2時間で13年程度って事?


6 : 4[] 投稿日:02/01/04 10:58
v-20に使用している真空管ですが、EARの創始者ティム・デ・パラビッチーニが真空管メーカーと共同開発して高音質、ロングライフなものになっているようです。


11 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/04 21:38
869のカタログには真空管の2万時間の耐久テストをクリアしたと書いてあった記憶があります。
取扱店なら交換可能だし、1度に全部切れるわけでもないし、EARの音が好きなら、気にするほどのものではないと思います。
気にするべきなのは発熱がスゴイのと、リモコンが無いことぐらいでは?


99 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/02/04 18:54
V−20の電源入れたときに真空管が「ピカッ!!」て光るのが気になるんですけど・・。


100 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/02/05 13:27
>>99
あれはオレもコワイ


22 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/05 14:32
V20でクラシックもいいけど、ブルーズとかボサノバのギターもいいよ。
熱くなることについては半端でないです。ボリュームも熱くて触れない(少々大袈裟ですが)くらいです。冬になったらオイルヒーターの代わりにもなります。


58 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/14 14:41
V20 と 8L6 ではどっちのほうが熱くなりますか?


63 : EAR信者[] 投稿日:02/01/16 22:59
>58
店でアンプに手をかざして感じる熱さではそんな差はないと思われるにょ。
(端から見るとあやしい行為だよなぁ〜)


64 : 58[] 投稿日:02/01/16 23:38
>>63 EAR信者様
V20 かっこいいのでほしいんだけど、使ってるSPが6オーム 84dBなので、やっぱ 8L6 の方が適当かなと、でも20wよりは50wの方が熱いかなと、思案してたら、中古でV20があったので注文しちゃいました♪
届くのが楽しみ♪♪
そこで素朴な質問です。インピーダンス6オーム標記のSPはアンプ出力8オームにつなぐべきでしょうか、それとも4オーム??
教えてください。


67 : EAR信者[] 投稿日:02/01/17 22:45
>64
うちのSPも6オームだがお店にきいたら8オームにつないだほうが音いいっていわれた。
でもってうちは8オーム端子につないでるね。
534モノ使いなんでつなぎ返るの面倒で4オーム端子との音質差は試してないなりよん。


68 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/17 23:17
>>64
EARではないですが4オームのスピーカーに真空管アンプ組み合わせています。アンプには8、4、2の端子が付いていますが、8オームが圧倒的に音は良いです。4オームの端子につなぐと、驚くほど平板で広がりのない、かつ周波数レンジ的に上も下も伸びがないつまったような音になります。技術的にあまり詳しくないので理由はよくわかりません。どなたか解説していただけるとうれしいのですが...


72 : EAR信者[] 投稿日:02/01/21 22:12
V20使っておしゃれなセカンドシステム組みたいなぁ。
534の取説みたらステレオ使用の場合、スピーカーのインピーダンスが8オームと16オームになってる^^;。
モノブロック仕様にすると4オームと8オームってことは最初からモノブロック仕様を意識してるなぁ。
もしかして同じパワー段の8L6もそうなのかな。


73 : 58[] 投稿日:02/01/21 22:20
めでたくV20設置♪
心配だったパワーハンドリングの点もおっかなびっくり鳴らしてますが、とりあえずOKみたいです。
出てきた音は、もう、笑いが止まらない♪♪
EAR信者II名乗りたい気分っす。


74 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/21 22:28
わたしも最初に音だししたときの感動は忘れません。
裏蓋開けるときはネジまわしたときに塗装がパリッとゆくので御注意を。
どうでもいいことだがEARのアンプって奥行きが深くて置きにくいです。


76 : V20信者[] 投稿日:02/01/22 22:51
>>73=58
わたしもV20にはまって、はや二年。
この崇高な音を一度聞いたらもう一生手放さないでしょう。


84 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/30 13:31
V20報告
冬の低い室温のせいか、心配されたほど熱くなりません。
フロント・パネル、ボリューム・ノブともに暖かいていど。
メイン・トランス・カバー、真空管のカバーはさわれなくはないていどに熱くなってます。
熱くなります。


85 : V20信者[] 投稿日:02/01/30 22:41
私が使いはじめた頃は夏だったこともあって、その熱さにビビッてしょっちゅうウチワで扇いでました(自爆)
今ではクワドラスパイアに替えたこともあって、気にせず使っています。
ただし御存じだと思いますが電源入れたままで音楽も聞かずほっておくのはチューブアンプでは禁物ですが、特にV20においてはとてもよくないと販売店、輸入元からいわれていますので、しばらくの間でも音楽を聞かないのであれば電源のスイッチを切ってやって下さい。


108 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/02/12 00:37
V−20使ってます。
>>85
いつも、使用後に真空管を冷却するつもりで1時間程度アイドリングしてから電源を切っているのですが、全く温度が下がっていない気がします。
真空管の寿命を考えると、さっさと電源を落としたほうがいいのでしょうか?


119 : V20信者[] 投稿日:02/02/14 03:37
>>108
音楽を聞き終わったらあんまり間を置かずに電源OFFにしたほうがいいですね。
いくらロングライフに特別設計していても真空管ですから寿命があります。
ですから少しでも長く現状の状態で聞きたいのであれば電源は早めにOFFです。


120 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/02/14 16:46
>>108
V20はA級アンプだそうなんで、無音時もどんどん電気流します。
http://www.ear-yoshino.com/productdetails.asp?page=1&id=1


121 : 108[] 投稿日:02/02/16 02:01
>>119
>>120
マニュアルに「スピーカーケーブルを繋ぐ前に電源を入れるな」という記載があり、もしや電流が流れっぱなしなのかなぁ、と考えてはおりました。
なるほど。


126 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/02/17 17:36
>>121
スピーカーケーブルの話はA級でなくともダメでしょ。実際にはやってまうけど。
真空管に流す電気とは別の話だと思います。


87 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/31 01:28
>>85
私も夏に使い始めました。
フロントパネルは凄い熱さ。
半円のウッドがぽろりと落ちたときは泣けました。
あれって軽く接着してあるだけなんですね。
電源に関しては、子どもがスイッチ連打しないように気を遣いましたよ。


89 : V20信者[] 投稿日:02/02/01 00:01
>>87
あの熱さはEAR特有ですね。一度販売店にその熱さについて問い合わせたことがありましたが、気にせずに使って下さいといわれました。
電源についてもおっしゃる通りで、スイッチのON,OFFは頻繁にしない、一度OFFにしたら最低5分、できれば10分以上おいてからスイッチONする事。
これはV20を扱う時の注意事項として守った方がいいですね。
真空管はパラビッチーニスペックでロングライフと音楽性を追求しているようですが電源の頻繁なON,OFFでかなり痛むようです。


91 : 名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:02/02/02 20:44
他のスレ言って大声で言いふらしたいけど、でも、コワイからここだけの話、
V20あったら、他のアンプいらない!
10倍近い値段のいわゆるハイ・スピード・アンプ使ったこともあったけど、ぜんぜん比べものにならない。
EARって思いっきりスゴクないか!!


93 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/02/03 04:42
V−20使ってるよ。
もうこれがあればアンプ買い替えようだなんて
全然思わないし、もし壊れたらもう1台同じの買う。

ただ、特別仕様の真空管がいつまであるかが心配だけど。


94 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/02/03 10:32
同感じゃ。おれのは859なんで真空管のもちがいいらしいけど。
H&Kの話では真空管のストックは十分にあるらしいよ。


223 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/07/22 01:43 ID:BNlcoOa. [1/1回]
V20を買ってはじめての夏です。
本当に熱くなりますね。


224 : 名無しさん@お腹いっぱい。[age] 投稿日:02/07/22 13:43 ID:???
たしかに、うちでも熱いです。
フロント・パネルもボリューム・ノブも低温やけどくらいしそうな熱です。
この熱で壊れたという話はないのでしょうか?


227 : EAR859[。。] 投稿日:02/08/17 17:13 ID:???
 859を6年使っているが、特に熱による問題は無い。
勿論、真夏の昼に使用した事は殆ど無いが。


228 : 名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:02/08/17 17:23 ID:???
なぜ「勿論」なのだ?

229 : 名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:02/08/17 17:27 ID:???
>>228
暑くてかなわん(笑


230 : 名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:02/08/17 21:51 ID:???
エアコンくらいつかわんのか?
それともエアコンが効かないくらい熱を出すのか?


231 : 名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:02/08/17 23:02 ID:???
後者だろう。


232 : EAR859[...、、] 投稿日:02/08/20 10:18 ID:???
 夏の暑い昼間にエアコンをつけながら、放熱量の多いアンプを使うのは貧乏性のせいかできないので、石のアンプを使っている。(苦藁)


233 : 名無しさん@お腹いっぱい。[age] 投稿日:02/08/21 02:41 ID:???
V20は製造中止ですか?


239 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/08/29 19:03 ID:vTn96NB0 [1/1回]
V20ってかっちょエエけど
球んちょ切れた時全部とっかえるのメンド臭


95 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/02/03 11:34
V20ユーザーが多いけど
V20 と 859(869) と 8L6 じゃ値段通りV20が一番良いの?


96 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/02/03 13:00
良い悪いというより音の傾向がそれぞれ違う。
音の傾向としては
V20はマターリ。859はスキーリ。(8L6は未聴)
好みによって選べばいい。
もちろん同じEARだから似たところのほうが多いのだが


97 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/02/03 14:01
V20ですが、私なりの稚拙な文章表現ですが、
透明度高く、ワイド・レンジ、、何より三次元的空間表現力が素晴らしい・・・
とべた褒め状態です。
残念ながら859も8L6も聴いたことがありません。
使用中のSPが84dBと低能率のため、8L6に興味津々なのですが。
今はV20にベタ惚れの大満足状態なのですが、もしや8L6聴いたら、パワーの限界に気づくのかなとチョト心配。。。


102 : 名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:02/02/07 19:45
>>97
逆に言うと、真空管って言ったらイメージされるようなマターリ感求めたら
裏切られるってこと?


103 : 名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:02/02/08 01:18
>>102
マターリ感って言われるとチョトわかんないけど、歪み感とか、帯域内に妙に固まったり引っかかったりするとこは無いから、音そのものはシルキーでメロウ、でも立ち上がり速いから、必要な場面では鋭い音も楽々と出してくると、まあ結局べた褒め。
真空管とは本質的にハイスピード素子であるということを実感しました。
こんなんで参考なりますか?


106 : 105[] 投稿日:02/02/09 22:22
EARのアンプは真空管アンプのキャラとしては高域が出ていて、コモリが少ない気がするので、マターリ感と表現したくない気持ちがわかるような気がする。
でも、高域の艶とか中低域の弾力とか真空管アンプの味わいを強く持っていないですか?
特に V20 は音が濃密な傾向にある気がしているので、 人によってはマターリ感と表現したくなる気持ちもわかる気がする。


107 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/02/09 23:04
>>106
禿同
マターリしてるがモターリしてない。


98 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/02/03 14:48
V20使っているひとが多いのでびっくりしました。
この機種については多くを語る必要はないと思います。
わたしの場合は「欲望」がすっきりおさまりました。
その分、音楽を聴く時間とCDに使うお金が増えました。
一見奇抜なデザインですが、それもわたしの家の場合はかえってしっくりと馴染んでつくづく良いものを買ったと思います。毎週、金曜の夜から日曜の夜までは電源いれっぱなし というのがV20が来てからのわたしの習慣です。

このまま行くと景気が上向いたころにV20の修理が必要になって、 修理待ちの間になんか買っちゃうんだろうなあ。8L6とか。
なんだ、ぜんぜん病気治ってないじゃん!とおもたよー。


111 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/02/12 12:43
859はたまに中古みるけど、V20はみたことないなあ。


112 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/02/12 13:58
V20、たまにオークションで見ますよ。
知ってるだけで3回。落札は20万ちょっと。
先月、パワーダイレクトに改造したV20が出ていたけど、だれか落札したのかな?もう無くなってる。

132 : 名無しさん@お腹いっぱい[] 投稿日:02/02/25 19:27
2chにしては珍しく高評価ばかりのスレですね!
このたび友人に感化され初めて高額アンプを買おうと思ってるのですが、V20
凄く独特のデザインが気に入り買う予定ですが、Bestで合うスピーカのお勧めありますか?(8畳ほどの狭い?部屋っす)ジャズ・ロックメインですが..


133 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/02/26 22:49
>>132
8畳で狭いと言われると漏れの出る幕無いんだけど。。。
本質的に優れたアンプはSPを選ばない。V20 はそういう種類のアンプだから低い次元での相性問題など気にせず、気に入ったSPと組み合わせてよろし。長所も短所も含めて、そのSPの限界まで能力をさらけ出すでしょう。
ただ、極端な大音量再生を好む場合のみ、SPの能率が88dB以上あるものを勧めます。


138 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/03/01 19:58
V20 ロックもいけるの?どんな感じですか?
EAR ほんとほれぼれするよね。


140 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/03/01 22:16
>138
たまにAJICOを聞いているけどいいよ。
あほだから細かく表現できんけど、ボーカルはもちろん、ギター、ベース、ドラムもいい。
これ買ってから高音がどうとか低音がどうとか解像度がどうとかの理屈から解放された。ぱらびっちーに感謝。
ほんとに音楽を楽しむためのアンプだと思うよ。

でも個人的には8L6のほうがロック向だと思ってる。
スキーリ系なら859, 869だし。
ほんとにEARのアンプはそれぞれいい個性をもってるので是非聴き比べてみてくださいな。


195 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/04/28 12:00 ID:tdUWBbXM [1/1回]
すっきりの859です


177 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/04/15 18:06 ID:BFWk6XKE [1/3回]
プリアンプに興味あるのですが、音はどうですか?


178 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/04/15 18:26 ID:MHCqki26 [1/1回]
音が少しまるくなるよ。カリカリのパワーアンプ使っている人は音がしなやかになります。


179 : 177[] 投稿日:02/04/15 18:53 ID:BFWk6XKE [2/3回]
私は周波数のバランスについてはあまり気にしないのですが、音の前後、左右、上下への広がりかたには神経質になってしまいます。なるたけ広大なサウンドステージが展開されるタイプのプリアンプが欲しいのですが、EARのプリはそれについてはどうですか?


180 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/04/15 20:58 ID:Lg0Z0gl2 [1/1回]
サウンドステージはどちらかといえばこじんまりする印象があります。
でも立体感などはしっかり出て不満は無いと思いますよ。


212 : 名無しさん@お腹いっぱい。[.] 投稿日:02/06/09 21:18 ID:???
EARの834L使ってます。中はスッカラカンのアンプですが良い音ですね。最高!
でもなんであんなに部品点数が少ないのか分かりません。音がいいからいいけどね。

EAR 834L
http://www.yoshinotrading.jp/product-details/834l/


214 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/06/10 16:42 ID:.OVrhECo [1/1回]
回路がわからないひとは、中身がつまってるとかスカスカだとか
言わないほうが良いでしょう。


139 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/03/01 20:00
EARの石アンプってどんな音する?
Paravicini 312持ってる人いる?

Paravicini 312 Control Centre
http://www.yoshinotrading.jp/product-detail/312/


141 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/03/01 22:38
>>139
持ってマース!
球よりは若干温度感低めです。でも、それほど大差ないです。
綺麗に伸びる余韻、広がり、パワー感、奥行き、良いです。音も濃いし・・・
自分のセッティングの悪さだと思うのですが、ヌケが今一つです。
でも音を聞くんじゃなくて、ホントに音楽を聴いてる感じがします。
視聴しないで買ったのですが、本当に良かったです。
ちなみにロットナンバー4です。
すいません。少し自慢させてください。


142 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/03/01 22:51
い〜な〜>141
いくらだった?
パワーはParavicini M100Aだったりするの?

Paravicini M100
http://www.yoshinotrading.jp/products/ear/others/


149 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/03/06 16:26
>>141
312ですか、うらやましいですね。
EARの真空管アンプのような濃さにくわえて、高域の繊細さや開放感も出るのですか?
また、入出力両方にトランス搭載ということで、コモリとモタリが気になりますが、いかがでしょう?


150 : 141[] 投稿日:02/03/06 22:01
>>149
コモリ、モタリは特にありませんです。
EARの真空管アンプのような濃さはありますが、球までは無いです。
高域の繊細さ、開放感はあります。
なんだか生々しい、美しい音楽を奏でてます。でも、音に慣れてきてしまって他に比べてどうだとかこうだとかの印象は薄れてます。


151 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/03/07 02:03
>>150
「ヌケが今一つ」という話が気になったのですが、コモリ、モタリというほどではないのですね。
濃さと繊細さの両立という求める方向に近いようなので、ぜひチェックしてみたいです。


18 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/05 12:13
フォノイコおよび昇圧トランスを使われている方、インプレお願いします。


57 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/01/14 13:40
>>18
834Pを使っているが、EARの音がする。EARのアンプの音色が好きならば問題無いぞ。
EAR最大の欠点は、アップグレードパスが無いことか(笑)
859で満足して、はや何年だ。


244 : 名無しさん@お腹いっぱい。[age] 投稿日:02/09/13 01:04 ID:???
念願の834Pを購入した。
V20の隣に設置した。。。。。かっこ悪い。
834Pは熱くならなかったのでラックの中に置き直した。
めでたしめでたし。。。

834P MM/MC Black、834P MM/MC De-Luxe
http://www.yoshinotrading.jp/product-details/834p/


439 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:03/04/25 21:44 ID:GeE2/vlY [1/1回]
864のイコライザ部はどうですか? MC対応のプリアンプってあんまり見ないのでちょっと興味あるのですが・・・


440 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:03/04/26 09:32 ID:2cDzmpZH [1/1回]
>>439
H&Kの話によると834Pとほぼ同じみたいだよ。
834Lと834Pを一緒にしたような製品じゃないかな?


134 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/02/26 23:01
EAR使いのみなさんはCDPは何使ってるの?


143 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/03/01 23:05
>>134
859にZIAのFUSIONの組み合わせで使ってます。組み合わせるスピーカーですっきりくっきりの音も出るよ。バイワイヤリングで高域の方に太いケーブルさしてる。

ZIA FUSION
http://long-for-audio.blog.ocn.ne.jp/long/2010/10/zia-fusion.html
http://audiosamoedo.blogspot.jp/2006/10/zia-fusion.html


145 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/03/02 09:45
>143
ZIAのFUSIONいいね。
わしも狙ってます。


154 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/03/10 06:20
ここに来てるEARユーザーの人、
スピーカーは何使ってるの?
私はV−20にタンノイのスターリング。
定番的な組み合わせだけどやはりクラシックはいいよ。


155 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/03/10 10:35
うちは 8L6 にsonusのコンチェルトなんだけど、もうちっと解像度みたいなのがほしくて、 スピーカー買い換えたい気分
音色はすごく気に入っているんで、この方向性でいきたいと思うけど、どの辺のスピーカーまでならちゃんと鳴らせるのか気になる。
今のシステムではボリュームあげてもあんまり量感があがっていかないんで、駆動力面でちと心配。


156 : V20信者[] 投稿日:02/03/10 17:02
私はウイルソンベネッシュのACTORを使っています。
この組み合わせで出てくる音、特に高域・中域の艶や響き、音の消え際、なんともいえない官能的な音色にはまっています。89dBあるしドライブ能力十分有ると思うし我ながらすばらしい組み合わせだと思っています。(自爆)


158 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/03/10 19:44
うちではV20でプラティナムのREFERENCE1、84dB/6Ωを鳴らしてます。
アナログ聞くときは、だいたいボリューム位置3時、レコードによって最大まで廻します。CD聞くときはボリューム12〜1時です。ちょっと恐いけど、耳で聞く限りクリッピングは感じられませんので良しとしています。


168 : 名無しさん@お腹いっぱい。[///] 投稿日:02/03/30 22:06 ID:???
この前、859をダリのブックシェルフ(能率は86〜7ぐらい?)で鳴らしたら、ボリュームが12時を越えたあたりから、音が歪み始めたんだよね。
やっぱりパワーが足りないのかな。8L6なら楽々鳴らすのかな。


342 : 名無しさん@お腹いっぱい。[age] 投稿日:02/11/08 16:39 ID:???
E.A.R.で4Ω、88dBのSPってムリですか?
ソナス Grand Piano Home です。


343 : 名無しさん@お腹いっぱい。[age] 投稿日:02/11/12 12:02 ID:???
>>342
859,869,V20,8L6 or 899 ?


344 : 342[age] 投稿日:02/11/12 13:15 ID:???
>>343
スキーリ系の859か869で。
部屋は10畳の洋室です。
そんなに大音量では聴きませんが、テンション上がってくると割と大きな音で聴きたくなります。
音の面ではOKなのですが、4Ωってのが気がかりです。


347 : 名無しさん@お腹いっぱい。[age] 投稿日:02/11/12 19:08 ID:???
88dBあれば859 or 869 の15W程度でも問題なしと思われ。
4Ωはさらに問題なし。
トランス抱いてる真空管アンプはインピーダンス面ではトランジスタより有利。


348 : 342[sage] 投稿日:02/11/13 13:20 ID:???
そうですか。安心しますた。
冬ボーナスで逝っちゃいます♪


206 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/05/24 22:01 ID:H.JD6iag [2/2回]
EARの真空管アンプがあって違和感のない部屋ってどんな部屋だろね?


207 : 名無しさん@お腹いっぱい。[0] 投稿日:02/05/26 21:16 ID:???
英国アンティーク調のお部屋はどですか?


241 : わたしも859[sage] 投稿日:02/09/10 20:50 ID:???
ところで、859に合う電源ケーブルって何だろ?


242 : 859[...、、] 投稿日:02/09/12 13:15 ID:???
>>241
値段が安かったので、アクロテックの6Nを使っている。で、タップはデジタル系のものとは分けて使っている。どの程度の差があるのかは、私の耳ではよくわからない。


243 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/09/12 22:01 ID:fB5VSYyx [1/1回]
>>241
同じく値段が安かったのでハイエンドホースヲ。
球の低音が幾分かシェイプアップされるね。


382 : ponta[] 投稿日:02/12/14 11:15 ID:z3EHS87m [1/1回]
今度、中古で859を買うのですが、YラグのSPケーブルはどのように、つないでますか?

383 : 名無しさん@お腹いっぱい。[age] 投稿日:02/12/14 11:23 ID:???
中古買うならバイアス調整の済んだもの買うべし。めちゃ狂うんだよ。
ボケボケの音になる。

384 : V20信者[] 投稿日:02/12/15 16:48 ID:DOjvso1C [1/1回]
>>382
基本的には無理だと思います。バナナプラグを買って
それにYラグを差し込んで使うべきでしょう。
以前、V20のSPターミナルの半透明のガードをはずしてやろうと試みましたが
結局無理で、ペンチでグリグリ廻したりしたのでターミナルが心無しか
ぐらついているような気がします 藁)

________


90 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/02/02 18:49
ヘッドホンアンプのあの値段は何?
手がだせん。EARの音がするヘッドホンアンプのもっと安いのを出してくれ。

EAR HP4
http://www.yoshinotrading.jp/products/ear/headphone-amps/


92 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/02/03 03:30
EAR HP4いいすよ。
Sennheiser のHD-580でも解像度高いし、柔らさは出てるし。
気持ちよくて段々ボリューム大きくしてしまいがちなので、耳が悪くなってしまいそうなのが難点。長時間聴いてしまうし。


102 : 名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:02/02/07 19:45
>>92
HP-4ってプリとしては使えないの?スルーだけ?スルーしたら音劣化する?


105 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/02/09 19:09
>>102
フォノイコ+ラインプリ機種以外に、ラインプリ+ヘッドフォンパワーを出して欲しいねえ。

メーカーはHP4にプリ機能があるとは謳っていないよ。
細かいこというと、インにはプリアンプからの出力をつなげとマニュアルに書いてあって、プリアンプ「やCO」とは書いてない。

パワーアンプへのアウトをオン/オフできるとは書いてるけど、 スルーうんぬんは書いてないけど常識的に考えてスルーだろね。
アウトは使ってないから劣化するか知らない。


_________


276 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/10/07 00:25 ID:LEVgmyl3 [1/5回]
ハインツさんはメンテはいいかげんです.理由は次を早く売りたい。
ブイ20はヒトツキたてば特性バラバラ。月 一回はテスターかけてね。
でないと寝ぼけた イイ音だ。


277 : EAR859[。。] 投稿日:02/10/07 01:13 ID:???
>>276
実際、どんな感じの音になるのですか?


279 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/10/07 21:33 ID:LEVgmyl3 [2/5回]
スピーカーの間にピシット小さく浮かんでいたオンゾウがだらしなく大きくなり
輪郭もあいまいになる。あと音が前に出てくる。


287 : 名無しさん@お腹いっぱい。[age] 投稿日:02/10/08 12:02 ID:???
僕もオーディオを舐めた商売をしている店や製品を作っている会社は嫌いです。
ハインツ&カンパニー、クラ○マン&●ン、H&○は消費者を舐めているとしか考えられない。
ガチャガチャの音で試聴させていて「音楽性があるでしょ」なんて音楽性って何?
念力で音楽を聴けって事?
「音が悪い」と指摘するとまだエージング中との事!
エージングのせいにするな!!!!

知らずに買った人が本当にかわいそうです。
こんな店で買ってオーディオをやめてしまわないか心配です。


288 : 名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:02/10/08 16:46 ID:???
で、EARはどうなのよ?


262 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/10/03 23:36 ID:PexHzhf5 [1/2回]
アホ−.ハインツの作戦にのるなよ。日本で日本人が企画してイギリスで製造した機械をステサンでバンバン宣伝してあたかも海外の名品のように売るんだぜ。
その証拠に限定台数だろ?これは部品の発注ロット単位でおしまいってこと。。
中の部品も 日本で指示して日本製の安いヤツ使うんだぜ。

265 : 名無しさん@お腹いっぱい。[age] 投稿日:02/10/03 23:56 ID:???
>>262
そうかなぁ?・・・
http://www.ear-usa.com/v20reviews.htm
などを見ると、stereophileやabsolutesoundなどのアメリカでの評価も高そうだし、Hi-Fi News & Record ReviewのKen Kesslerはイギリスを代表する評論家だし、ティムのCheskyとのコラボレーションなどを見ると、日本より欧米での評価が高そうだぞ・・・。
ついでに言うと日本製のパーツはスペクトラルでもマドリガルでもゴールドムンドでも至る所に見られる。


289 : 名無しさん@お腹いっぱい。[age] 投稿日:02/10/08 17:32 ID:???
>で、EARはどうなのよ?

外観の部品、ひとつひとつ見ても精度は悪いし、メッキで隠しているだけ
内部も高い部品は使っていません。
ウソだと思うなら、真空管を自作する方に見てもらいましょう!
あれだけの真空管をパラで使っていたら、特性を維持できるのは一ヶ月ぐらいでしょう。
V20をお持ちの方はL RチェックのできるCD(テクニカなどのCDピックアップ クリーナーに録音されています。)再生してみてください。
V20の形が好きだという方には何も言いませんが、音で買う方にはお勧めできません。


290 : 名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:02/10/08 18:31 ID:???
>>289
>あれだけの真空管をパラで使っていたら、特性を維持できるのは
>一ヶ月ぐらいでしょう。
買ってチェックしたのか?


291 : 名無しさん@お腹いっぱい。[age] 投稿日:02/10/08 19:57 ID:???
>買ってチェックしたのか?

実際にそうだったんです。出てきた音はモノラルでした。


292 : 名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:02/10/08 22:21 ID:???
ハァ??
出てきた音はモノラル??
漏れのV20は購入以来2年以上たってるが、 漏れの腐った耳には劣化がよくわからん。
check diskなら腐るほど持ってるので、チェックの方法を教えてくれ


293 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/10/09 02:16 ID:MjFpiHK4 [1/1回]
>>289
漏れの知り合いは真空管アンプを自分で設計できるぐらいの人だが、その人がいうには、

EARのアンプは使っているパーツは、ハッキリいって安物だがその回路(特にV20)が独特でそのパーツも多分ヒアリングで追い込んだのかパーツのグレードから考えられない音をだしていると。
EARに関しては音のグレードを上げようと高いパーツに変えても良くなるとは限らない。
むしろバランスを崩してとんでもない事になりそうだ、私なら絶対にさわらないともいっていた
あなたの場合はたまたまハズレだったのでは?
漏れのV20は4年近くなるが絶好調だが。


295 : 元859使い[sage] 投稿日:02/10/09 03:29 ID:???
>>293
859の中のパーツは確かに安物だったけど出てくる音はたしたものだった。
859について言えば英国では20万円以下のキット(パネルのめっきはない)で売られていたものらしいけどね。

安物のパーツなんだけど、コンデンサでも全部別のブランドのものを組み合わせて使ってるんだ。あれはあきらかに音をきいてバランス込みでチューニングしている。実際、そういう音を出していたよ。

アンプ買い替えの資金にするため売り払ったけど、手放してちょっと後悔してるよ。 → EAR-859


294 : 名無しさん@お腹いっぱい。[age] 投稿日:02/10/09 02:44 ID:???
たまたまハズレってのが多い気が・・・
>>292
チェック方法教えてくれって・・・
オーディオ歴短い方?(失礼な物言いでスマソ)
取り敢えず、チェックCDで左チャンネル再生時に、左SPケーブルを外す(ショートしない様注意して+か−一方だけ)
右SPから出る音が「クロストーク」ってヤツ。
当然、逆もやってミソ。
で、クロストークが多いほど音場再生出来なくなるヨ。


296 : 元859使い[sage] 投稿日:02/10/09 03:32 ID:???
おいおい、球の特性がずれてきたって、クロストークとは全然関係ないだろう。


297 : 292[sage] 投稿日:02/10/09 12:57 ID:???
> オーディオ歴短い方?(失礼な物言いでスマソ)

マイッタなぁ。。。

CD使ってクロストーク計りたいなら、SPはずさなくていいから、アンプの CD INPUTの片側をショート・ピンさして計ってくれ。
この意味がわからないなら、スピーカー壊すかも知れないから、やめれ。


298 : 292[sage] 投稿日:02/10/09 13:01 ID:???
あ、296も言ってるけど、クロストークは球の特性劣化/バラツキとは関係ないからね。

多並列管の動作のバラツキを見るには、やっぱりオシロで歪率計るしかないんじゃないかなぁ?
ただ、ここで測定された歪率が、そのまま管のバラツキを表してると言い切れないところがムツカシイ


268 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/10/04 00:03 ID:x5BF5LDC [1/2回]
EARは MJ誌に掲載されないメーカー。
価格のわりに中身があまりにもひどいと載せてもらえないんです.読者からの苦情が多くて。。。。
ハインツのモノはソーユウのが多いです。


349 : 名無しさん@お腹いっぱい。[age] 投稿日:02/11/13 16:30 ID:???
え〜EAR 買っちゃうの?
「知る人ぞ知る」って本国イギリスじゃ誰も知らないよ
輸入商社のでっち上げだって!
あまりの粗悪さに「無線と実験(MJ)」にも取り上げられません
すでに信者になった人はしょうがないけど、これからの人はね〜
やめたほうがいいよ


350 : 名無しさん@お腹いっぱい。[age] 投稿日:02/11/13 16:34 ID:???
MJ誌ワイロ効かないみたいだね。プライド高いから。技術誌だからかな?


351 : 342[age] 投稿日:02/11/13 17:05 ID:???
む〜ぅ そうなのか?粗悪なのか?
実際どうなんだ〜?
ちらっと聴いたけど良いかんじだったのに。


353 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/11/13 18:05 ID:KLtZC0Ru [1/1回]
869の購入を考えているものです。
粗悪品なんですか?
部品とか設計の問題なのでしょうか?
故障しやすいとか、すぐ所期の性能が出なくなるとか?
チラッと聴いた感じでは、小型ブックシェルフをすばらしく芳醇な感じでドライブしているように思えましたが・・・。


354 : 349。[age] 投稿日:02/11/13 18:15 ID:???
EARを輸入しているのはH&Kという愛知県の岡崎市にあるオーディオショップで
もちろん、クラブマン&サンやハインツ&カンパニーもいっしょです
どんなお店かは「。oO○名古屋地区のショップを語るスレ○Oo。」
http://hifi.denpark.net/1018155097.html

特に753や774を見てね
H&K周辺のハードオフはH&Kの売った商品がたくさんあります
みんなマインドコントロールから醒めたんだね

________
753名無しさん@お腹いっぱい。age02/11/10 11:53 ID:???

HKセールストーク集
その1.ささやき戦術
「お客さん、このアンプ、日本に1台だけですよ」・・・試作品も売るんかい!
「お客さんは運がいい!あと1台だけあります。今決めていただければ
 この値段になります」・・・お前、この前も同じ事言ったじゃないか!

\\\\\\\\\\\\\\\なんの店かわからなくなってきたぞ!\\\\\\\\\\\\\\\

その2 ホスト戦術
「お客さん、この真空管アンプ、男の宝石って感じでしょう!」・・・笑うしかない

その3 HKも音で勝負
「お客さん、この音、音楽性があるでしょう」・・・このガチャガチャの音がかい?

音、悪いねと言うと「すいません、まだエージング中です」・・・またまた笑うしかない

\\\\\\\\\\\\\\\ホントにオーディオショップか!\\\\\\\\\\\\\\\

他にもこんなセールストークを聞いたという方、募集しています。


774名無しさん@お腹いっぱい。02/11/12 20:19 ID:advJLpsb

H&Kのフォロー無いね。
ぼくも初心者で、あの店にいったら最初に伝えた予算よりも高いもの薦められたな〜。
煽られて欲しくなったが手持ちがなかったので金がたまったらまた来ると言って帰ろうとしたら、
更なる煽り文句のオンパレードだったな。
「今決めればボーナス一括払いで金利手数料無しでよい。
みんなローンで買っている。私もローンで買っている。」
「スピーカーは壊れないからずっと使える。」
「入荷が少ないから次にいつ入るかわからない。」
「作っている人が死んじゃったら二度と手に入らない。」
「輸入だから戦争が起こったら入荷されない。」
「あなたの為に言っている。」
と凄い勢いで即決を求められた。遠まわしに待ってくれと言っても無駄だった。
気の弱い人、意思の弱い人は気を付けて下さい。

うーん。今でもあそこのneatのSPとかEARのアンプとか欲しいと思ってるんだが、 初心者が手を出すものじゃないのかな〜。。。
でも良い音だったような。。。洗脳がとけてないのかな〜。。。
もーすぐボーナスだけどどーしよ。。。
_______


355 : 349。[age] 投稿日:02/11/13 18:20 ID:???
カタログに「天才」だとか「奇才」だとかミュージシャンの「誰々」が愛用なんて製品はやめたほうがいいよ。50万円もする製品なんだから、よく聴いて買わなくちゃ
342さんが聴いて判断したならこれ以上は言いませんが・・・


357 : EAR859[。。] 投稿日:02/11/13 18:41 ID:???
EAR859を使い始めて6年余り。特に問題は無い。
勿論、自分の耳がどれほどのものであるかは、判断できない。
しかし、代理店の事はわからないが、EARは良いものであると思う。
勿論、WHAS`S HIFI等のイギリスのオーディオ雑誌にも、EARは載っていた。
商品と代理店は直接は関係ないと思うがどうだろうか?
 最終的には自己責任だが。


360 : 349。[age] 投稿日:02/11/13 21:18 ID:???
EAR859さん、日本にしても英国にしても雑誌の評価は当てにならないよ。
そんなものは何とでもなってしまう。
事実、H&Kの常套手段だからね。
それから商品と代理店ですが、EARと日本の代理店は密接な関係があります。
あなたが色んなアンプを聞き比べて本当にEARの音にほれ込んでいるのならかまわないが、それを初心者に勧める事はどうかと思うよ。


361 : 名無しさん@お腹いっぱい。[age] 投稿日:02/11/14 01:17 ID:???
EARも初期の価格ならまだ許す。


362 : 名無しさん@お腹いっぱい。[age] 投稿日:02/11/14 12:48 ID:???
>>349
MJだけは別だけど?(藁

漏れの知ってるイギリス人に訊いてみた。
「一番有名なオーディオメーカーは?」
「PANASONIC」
「一番高級なオーディオメーカーは?」
「BANG & OLUFSEN」
「QUADって知ってる?」
「No」
「LINNって知ってる?」
「No」
ま、トーキョーの街頭で同じこと100人に訊いても
「BANG & OLUFSEN」という答え以外は同じだろう。


364 : 名無しさん@お腹いっぱい。[age] 投稿日:02/11/14 14:08 ID:???
MJ誌のほうがプライドはあるよ。ステサンなどは金積めば何でも書く。
編集長丸め込めば安くて早い。ゼーンブかーット。修正ー。


366 : 名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:02/11/15 05:52 ID:???
>>362
東京で日本人に「一番高級なオーディオメーカーは?」って聞いたら
「BOSE」って答えそう。


367 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/11/15 10:48 ID:3c4SZRZQ [1/1回]
High Figh News/Records Review ? というイギリスのオウヂオ雑誌があります。 
859アンプが回路図とともに8年ほど前に紹介されました。
大変ユニ−クな回路でした。
キットとトランスキットの発売の案内がありました。
勉強のため両方を買いました。キットの方は8000時間以上つかいました。
トランスキットの方はモデファイし完成しました。両方とも善いアンプでした。
両方とも売ってしまいました。理由は自作アンプ道楽が始まり値の付く物は整理しています。今キットは発売されていません。組み立て、新品として売る業者がよその国であったからです。

トランスキットは今も発売されています。麻乃さんとパラビッチニイさんから直接聞きました。自作できる人でしたら、859アンプが欲しい人でしたら、麻乃さんに日本語で手紙またはファックスし、購入したらいかがですか。真空管も一緒に購入できます。びっくりするような安い値段で。自作者も大事にしてくれます。


369 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/11/20 00:38 ID:lM+B8tQe [1/1回]
>>367 さん。
すいませんよく分からないんですけど、キットとトランスキットはどう違うんですか。
キットは発売されていないとありますが、その後の文脈では、今でも 859 の組み立てキットは売っているという解釈でよいのでしょうか?


370 : 名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:02/11/20 11:28 ID:???
>>367
確か、パラビッチーニ氏の奥さんは「よしのさん」だと思いましたが、
「麻乃」と書いて「よしの」と読むのか・・・
本国では組み立てキットも販売されているようですね。
日本の価格を考えたら、輸入したほうが良さそうです。
空輸するか、50万円出そうと思ったら、英国旅行+859購入でもお釣りが来たりして・・・


372 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/11/22 14:43 ID:8y6bjeXR [1/1回]
すみません間違えてしまいました。吉乃さんだとおもいます。これもあやふやかな。

859の組み立てキットは売っていません。
トランスキットは、電源トランス(1)、 シュツリョクトランス(2)、チョ−クトランス(2)、だけです。その他の物は自分で調達します。
YOSHINO PARAVICINI. YOSHINO LTD. FAX 01480 432006 
United Kingdomの国内版番号です 日本からですと 00144
1480 432006となります。日本語で連絡できます。


379 : 名無しさん@お腹いっぱい。[  ] 投稿日:02/12/12 01:16 ID:???
EARは日本向けで海外ではまるで評価されていないようなカキコが見られるけど、
ちゃんとStereophileでも高い評価を受けてますね。

October 2002 Recommended Componentsにも出ています。それも、評価Aです。
評価Aを受けているのは、V20で、こう書かれてます。(拙訳失礼)

「V20は12AX7をチャンネル当たり10個使用し、『エンハンスト・トライオード』モードのプッシュプル動作で4、8、16Ωにおいて24Wpcを叩きだしている。CSは、みずみずしくリッチでテクスチャーに富み、若々しく、陰鬱なところは微塵もないという。彼はロウレベル時の情報のコントロールも軽々とディテールを持っていることを見出した。CSは最良のセパレート型管球アンプよりも優れているとすら言えるという。

『強いアタック音とかコンサートレベルの大音量とかは、表情の純粋さより重要とは言えない。
この点に同意するリスナーにとってV20のゆったりと落ち着いていつつも堅固なボトムエンドとスムーズでナチュラルな表情のトップエンドには十分に満足するだろう』と。」

ちなみに、この2002/10月のインテグレーテッドアンプ部門で評価Aは、

Cary Audio Design CAD300-SEI
Chord CPM 3300
Creek 5350SE
EAR V20
Magnum Dynalab MD208
Mark Levinson No.383
McIntosh MA6900
Musical Fidelity M3 Nu-Vista
Sharp SM-SX100
YBA Ingegre DT Delta

の10機種です。


380 : 名無しさん@お腹いっぱい。[age] 投稿日:02/12/12 09:02 ID:???
>>379
Stereophileも当てにならない!
自分で聴いて評価せよ


381 : 名無しさん@お腹いっぱい。[age] 投稿日:02/12/12 20:45 ID:???
結局何でもいいってことかー。


404 : 名無しさん@お腹いっぱい。[0] 投稿日:03/01/30 12:42 ID:???
859を使い始めて約7年、いまだノントラブル。
壊れてっていう人いる?


427 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:03/04/20 20:55 ID:DwBoSiU/ [1/1回]
E.A.R.にすごい興味があるんですが、まだ実際に音を聴いたことはありません。
このスレでずいぶんひどいけなされ方をしていて、気になります。
ただけなしている人は実際に持っている人ではないようにも思えます。
このスレでも所有者からはかなり高い評価が出てきていると思うし。

日本の輸入元が日本向けに企画しているんだ、といったレスはちょっとおかしいと思います。
海外のオーディオ掲示板(AudioAsylum等)でもE.A.Rのことはちょくちょく出てきますよ。

内部がチープだ、というのは、ディスクリート構成でないと認めないということでしょうか?
ディスクリートであろうがなかろうが、CR等にブランド品を使おうが使うまいが、 最終的には音が良ければそれでいいと思うんですが。


428 : 名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:03/04/20 21:39 ID:???
ものの価値を、部品の値段でしか計れないのがニポーン人なのです。


429 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:03/04/21 20:05 ID:I7YgBrOZ [1/1回]
素人には「原価」しかわかるものがないからね。
うちはV20を使っています。デバイスの安全動作領域外で使ったり、へんな設計だと思うが、ものは悪くないと思うよ。
気に入ったら買えばいいじゃない。高い買い物でもないし。


430 : 名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:03/04/21 23:47 ID:???
叩く奴は要するにカンパのマグネシウムホイールでモモのステアリングでレカロのシートでない車はダメっていう理屈だよな。ドキュソそのものだわな。
昔のプジョー505とかルノー25みたいな「高級」もありうるんだってことが理解できない奴がE.A.R. みたいな製品を叩くんだろ。


431 : 427[] 投稿日:03/04/22 01:22 ID:2B0ggvTM [1/1回]
昔から無線と実験を購読していたわけではないので判らないのですが、けなしている人は無線と実験誌に相手にされないのはコンストラクションがあまりにチープだから、といったことも言っていますよね。その辺、どうなんでしょう。
もしかすると輸入元の側がMJ誌を無視しているだけなのかもしれませんが。
逆に、ステレオサウンド誌はいつもDYNAUDIOのスピーカに不当に低い評価を与えているように見えますし、STEREO誌は最近まで国産偏重が露骨でした。
評論家でEARを高く評価してるのは、フウさんとか、結構いるみたいですが。

>>428
私も日本人なのでああいう批判には正直ちょっと動揺しちゃうのも確かです。

>>429
ぜひ音を聴いて気に入ったら買いたいと思います。
雑誌でのインプレでは音が「濃い」「こってり」「脂っこい」「暗い」「翳りがある」といった表現が目立ちますが、やはりAirTightとかと比べると音に独特のトーンがあるんでしょうか。
その辺が気に入るかどうかのポイントになりそうです。


434 : EAR859[] 投稿日:03/04/23 22:36 ID:c3cjmwVD [1/1回]
EAR859は脂っこいとか、こってりではないと思うよ。
どちらかというとすっきり系といわれているよ。
ミッションサイラス2と比べても、滑らかさはあるが、こってりという感じはしない。834Pも使い始めたけど、とても良いよ。


435 : 名無しさん@お腹いっぱい。[0] 投稿日:03/04/23 23:24 ID:???
859使ってるけど、結構すっきりしてるような気がする。
小型スピーカーを鳴らしていた時は結構良かったけど、中型スピーカーに変えたら少し制御できてない感じになった。でも音は悪くないよ。


436 : 427[    ] 投稿日:03/04/24 03:27 ID:???
>>434
すっきり系でしたか。
管球王国で独特の癖があるようなことをさんざん読んでいたものですから。
とにかく一度聴いてみなくちゃ。

>>435
やっぱりすっきりしてるみたいですね。

みなさん859とかで音量の方は十分ですか?


437 : EAR859[] 投稿日:03/04/24 08:54 ID:DueSIW4X [1/1回]
>>436
うーん、音量は個人差があると思われ...ただ、自分の部屋で(大体10畳くらい)はAE-1を鳴らすのに特に不自由は感じません。


438 : 名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:03/04/24 12:39 ID:???
859使ってるけどもう少し分析的な音になってくれたらいいんだけど。
早いパッセージだとあいまいな表現になるような気がする。


441 : 名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:03/04/30 23:29 ID:???
S805をEAR834で鳴らしています。
中高域がバシーンとややきつめだけど、バイオリンとか金管楽器は生々しくて
良いです。もっとも主に聴くのは女性ヴォーカルですが。


444 : 名無しさん@お腹いっぱい。[0] 投稿日:03/05/07 12:20 ID:???
859使ってるけどスピーカーによっては確かに高域がきつくなる。
電源入れたては特にそうだね。


_______


322 :  [] 投稿日:02/10/28 19:35 ID:Qd7rPLQj [1/1回]
864のヴォリュームのつまみがバカになってしまいました。(意味わかる?)
鬱だ。


323 : 名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:02/10/29 19:50 ID:???
>>322
六角レンチの小さい奴でしめる事が出来たと思うけど、どう?


324 : 322[ ] 投稿日:02/10/30 05:57 ID:???
>>323
コメントありがとうございます。経験がおありですか?
先の書き込みはちょっと正確でなくて、緩んだのは、つまみ自体ではなく、つまみに連動するシャフトとヴォリューム本体との間です。
シャフトとヴォリュームをつないでるゴムのカヴァーを外してみても、どうも締め付ける箇所を発見できないのですが。


325 : 323[sage] 投稿日:02/10/30 09:33 ID:???
859のボリュームノブには、シャフトと締め付けるための六角のネジが仕込まれていたのです。

322は、シャフトとボリュームノブはしっかり固定されていると言うこと?
シャフトとボリューム本体(アッティネータの部品と言う事だよね?)の間が緩んでいると言うのが、あまりうまくイメージできません。

ボリュームの部品がアンプ本体のシャーシに固定されているはずだけど、そこが緩んでいるのかなぁ???


326 : 859あげ[age] 投稿日:02/10/30 11:23 ID:???
>>324
マジですか?ミニコンやラジカセじゃあるまい。
部品が安物って書き込みは本当だったんですね。
買おうと思ってたのに〜


328 : 名無しさん@お腹いっぱい。[???????] 投稿日:02/10/30 20:43 ID:???
>>326 おーマジだよ。こんなところでウソついてもしょーがない。
中古で激安なら別だが。。。それもお店の保証6か月付きなら許す。


329 : 名無しさん@お腹いっぱい。[???????] 投稿日:02/10/30 20:46 ID:???
中古で保証付きでキレイデ 10万以上出す価値ないぞー。
MJ誌で組み立て済みのキットのがマダマシだ。


330 : 322[] 投稿日:02/10/30 20:50 ID:HLHb/NW1 [1/2回]
皆さま今晩は、哀れな322でございます。

延長シャフトとヴォリュームノブはしっかり固定されてます。
で、延長シャフトとアッテネータの接続部が緩んでるのです。
(緩窮王国Vol.22の55ページに内部の写真が出てます。)

通常の使用時にはあんまり影響ないのですが、左へ回して音を絞っていくと、左下の零点で止まるはずが、そのまま先へ回ってしまうのです。そうすると、零点が不明なので次回使うときには音量がどれくらい出るか見当がつかず、パワーアンプのヴォリュームを絞って起動しないといけない、まったく惨めな状態です。

自分で蓋を開けてしまったので、販売元にも相談しにくく、こんなところに愚痴を書いてる次第です。

出てくる音自体にはほとんど不満がないのですが・・・。


331 : 名無しさん@お腹いっぱい。[???????] 投稿日:02/10/30 20:57 ID:???
所有しちまってるならしょうがないから ナントか修理すべきでアール。
販売元の修理はいいかげんだぞ。他に出すべきである。


332 : 322[] 投稿日:02/10/30 20:59 ID:HLHb/NW1 [2/2回]
いっそ瞬間接着剤で・・・ という誘惑にも駆られるのですが、将来、本格的な修理が必要になったとき、はずしにくくなると困るかなと勇気が出ないのです。


335 : 名無しさん@お腹いっぱい。[???????] 投稿日:02/10/30 22:26 ID:???
>>332 どこか知り合いのショップないんですか?測定機持っているような。


336 : 名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:02/10/30 22:30 ID:nL9WBS5v [2/2回]
単なる機械的なトラブルだから、測定器より手先の器用さの方が役立つかもね。


337 : 名無しさん@お腹いっぱい。[???????] 投稿日:02/10/30 22:36 ID:???
日本からの依頼でイギリスの町工場で作っているからしかたないよー


338 : 名無しさん@お腹いっぱい。[ ] 投稿日:02/10/31 09:10 ID:???
さんざんやねえ・・・
http://www.logsoku.com/r/pav/1009951953/


18. 中川隆 2014年6月14日 22:38:50 : 3bF/xW6Ehzs4I : 3cdYZYbVIc
>>11, >>12 が何故か削除されてしまいました。
『削除コメント表示切り替え』を押して表示して下さい。


19. 中川隆 2014年6月15日 11:32:17 : 3bF/xW6Ehzs4I : 3cdYZYbVIc

EARのアンプは素晴らしかった(過去形) _2

1 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/22 16:57 ID:GjkcxWjP

英国の最高級管球アンプメーカー、EAR。
ティム・デ・パラヴィッチーニ氏の独創的回路。
艶やかで透明感のあるサウンド。
そして意外にリーズナブルな価格。

既に所有している幸福なユーザーも、 今購入を検討中の未来のユーザーも、ともに語り合いましょう。


71 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/26 16:22 ID:???
EARの中古は愛知にたくさんあります
http://www1.ocn.ne.jp/~playbach/amp.htm
http://www.hm2.aitai.ne.jp/~trade-up/used%20amp.htm
http://www.berrys-napix.co.jp/new/audio_goods/goods.cgi?mode=one&id=2545&key=


76 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/26 18:20 ID:???
何故愛知かというと。。。輸入元社長直営店が有る。
10年前のステサンでは名古屋が輸入元電話でした。
056 411なんてね。
名古屋は052   0564は名古屋市外だ。


78 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/26 19:34 ID:???
>>76
そのへんは周知の事実だと思うが。
ハインツとクラブマンが同一会社で、東京に電話しても実は愛知につながってるとかね。
最新号の管球王国では同じ広告にクラブマンとハインツの両方の名前と電話番号が出てるし。
で、だからEARが悪いという話になるのかというと、全然関係ないじゃん。


6 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/22 23:20 ID:???
EARはデザイン料と輸入元が儲けすぎ。


7 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/22 23:31 ID:???
EAR859のキットが復活してくれないかな。


8 名前:EAR859 :03/05/23 00:31 ID:???
 パラビッチーニにメールでCDプレーヤーを作らないのかと聞いてみたら
その予定はないと返事が来た。
 一般のユーザーにも、気軽に返事をくれるみたいだ。


10 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/23 04:25 ID:???
ある意味究極のアンプでは?


12 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/23 18:08 ID:???
どうゆう意味で究極のアンプなの?


13 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/23 21:57 ID:???
漏れは#859使い。もう5年くらい使っていますか。
#859の一番の魅力は音質の美しさ。
シングルアンプなので力感溢れるというわけではないが、音色の魔術的チャームはEARならではでしょう。こういうのって、国産には絶対ない。「いい音」に対して「美しい音」。こりゃあスペックでは計れない罠。


14 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/23 23:54 ID:???
>>13
不具合などはありませんでしたか?
また、購入時に比較された機種は何でしょうか。

わたしは現在真剣にEARのアンプの購入を検討中なのですが、まずEARの製品の中で、859にするか、8L6にするか、V20にするか、899にするか、という選択肢があり、さらに、真空管アンプとしてはAir Tightの製品も魅力的に思えますし、Musical Fidelityの製品も比較対象に入っています。

ぼちぼちと試聴をしながらじっくり決めようと思っているので、是非ご経験をお聞かせ下さい。


15 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/24 07:52 ID:???
>>14
13です。今のところ、不具合・故障は皆無。比較対象機種はありません。
SPは一目惚れというのが多いけど、アンプでも稀にビビッと来ることもある。
つまりアンプは好きなSPを上手く鳴らす為に選ぶことが多いが、アンプ自体に惚れ込んであとからSPをあてがうという風な。
EARの放つオーラは一言でそういう感じ。誰かがこれをデンパと呼ぶならば、デンパは受信機を持たない人には無縁だと答えよう。


16 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/24 08:29 ID:???
>>13
SPは何をお使いなのですか?


18 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/24 08:57 ID:???
>>16
13です。ビクターのHMVシリーズのSX−V1です。
精密な音場と弦とヴォーカルの妖艶さは格別です。単独ではスケール感不足なのでスーパーウーファー足して3D再生してますがこれは極く僅かな味付け用です。とにかく、組み合わせの妙というか、独自の世界ですね。


17 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/24 08:35 ID:???
パラヴィチーニ自身が、妖しい雰囲気の人物だよな。
日本の真面目で実直な技術者とは全くタイプが違う・・・。
彼は、ラックスに在籍してたし、夫人(旧姓:吉野)は日本人だし、親しみが持てるけど、彼の出自は先祖は錬金術師という感じ。惚れ込む人には絶対的な魔力を秘めてるね。

>>13がどんなSPを鳴らしたいのか不明だが、EAR内でのモデル比較はあり得るが、他メーカーとの比較はあまり意味がない。

アルファロメオ好きな人は殺されたってマークUやクラウンには乗らないし、比較しようなんて考えもしないでしょう。試聴してこれ!と思えばそれで決まり、迷うことなどないでしょう。


22 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/24 10:24 ID:???
やはり859には大型より小型2wayのスピーカーの方が合いますかね。


24 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/24 13:54 ID:???
私は、パッシブバイアンプの高域用として、EAR859使ってます。
低域はマランツ#8Bで、スピ−カーはタンノイ・スターリングTWW。
EAR単独ではやや線が細く、#8B単独ではやや繊細さに欠けるのを、見事にカヴァーできます。


25 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/24 16:14 ID:???
愛知県のオーディオショップにはEARの中古がたくさんあります。
愛知県のハードオフにはミュージカルフィデリティーの中古がたくさんあります。
みんな、H&Kのキャッチセール商法にやられて購入。
下取り価格のあまりの安さにH&Kのマインドコントロールから覚醒。
EARの日本価格はボッタクリすぎ。つくりから見れば20万円以内の商品。


26 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/24 17:01 ID:???
機械ヲタは中身にこだわるよね。
音が良ければそんなことどうでも良いのにさ。
音楽よりもオーディオ機器が好きなんだろうな


27 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/24 20:59 ID:???
いや、オーディオ機器より部品が好きなんだよ。


28 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/24 21:52 ID:???
安くていい音が得られれば言うことはない。
もう少し安くEARのクオリティが求められるアンプはないものか?


31 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/25 04:42 ID:???
>>28
EARがすでに、より安価に、超高級真空管アンプの音質を楽しめる製品であることを忘れてはいけないよ


32 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/25 07:28 ID:???
EAR 高くないと思うよ。日本価格もかなり良心的。


37 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/25 20:42 ID:???
EARに興味を持って、899と869をダイナ新宿で聞かせてもらいました。
つないだスピーカーが全方位スピーカーで聞き慣れない上に素性の分からない奴だったのでなんとも言えないのですが、とりあえず899の印象はすごく暖かい音で、低域の量感がある。
869に繋いで欲しいと言うと「こっちはパワーないよ、聞くまでもないよ」と言われましたが、自分の駄耳ではそのパワーの無さがあまり分かりませんでした。少し細くなったと感じるくらい。

ともあれ、あの店では今いち「これはすごい!!」とは思えなかった・・・
しかしここの書き込みを見ていると、インプレの内容が激しく自分好みで、ひょっとして聞いた環境が悪かったのか?と思ってしまう。店での印象は、本当に暖かくて膨らみがあって低音ボワボワくらいにしか感じなかったんだよなあ・・・


38 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/25 21:50 ID:???
>>37 
冷静に価格を考慮して比較すればそのとおり。
あなたが感じたままなんですが ココの住人アバタモエクボ てやつでさー。
そのとおりの


42 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/26 01:26 ID:b2qAF97N
>>37
全方位スピーカーがそんな音でしょ、反射音で音像のぼけた締まりのない音
EARのせいではないのでは?


39 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/25 22:01 ID:???
37です。
うーむ、やっぱりEARって甘くて緩めで、地味な音なのかしら。
しかし今のマイシステム、若干音が明るすぎるきらいがあるので、心持ち抑えるにはちょうどいいかな?なんと言っても所有満足度は高そうだし。
暗くなっても音の輝きが失わなければ全然OKなんですが、ユーザーの皆さんその辺りはいかがでしょうか?
まあ買うとしても869か859の中古までが限界なんだけどナー(´・ω・`)。。


94 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/27 10:10 ID:XMm+18AG
>>37 あたりで869と899の感想を書いた者ですが、昨日859を聞かせてもらいました。
今度は、素性をよく知っているN805をつないでもらいました。

これって独特の艶が乗りますよね。
乾いた音で悪く言えば素っ気ないイメージがあったN805が、表情を帯びた感じがします。
ただ音色に独特なものがあって、JAZZボーカルや小編成のクラシックでは気になりませんでしたがスティービー・ワンダーをかけた時に音色の癖が若干わざとらしく思えました。
レンジは適度にある感じで、ナローと言うほどでもありませんが特に広くもなし、ノーチラス特有の高域の分離感や尖鋭感も、EARのアンプにかかっては影をひそめて、柔らかささえ感じました。
音場も広々とした印象はなく、濃密さを描くと言った感じでしょうか。
スケールや迫力を出すタイプではなく、音色の妙で酔わせるアンプだと思います。
低音は結構出ますね?N805にしては量感がありました。
適度にまるくて、音質全体的に見ても特に緩んでる印象は無し。
印象的だったのは室内楽のヴァイオリンとピアノの美しさです。
これは得意分野だなと思いました。うっとり、思わずニンマリするような心地よさがありました。
好きな人が「魔術的チャーム」と言われるのも分かるような気がします。
ただ、本当に個性的な、悪く言えば癖のある音だと思いますので、購入に踏み切るにはもう少し色んなアンプを聞いてみたいですね。
個人的には心地よい音を聞かせてくれて好印象でした。

以上、できるだけ客観的にと思い感想を書いてみました。
できればもう一回違う場所で、今度は自分の良く聴くソースを持参して聞いてみたい。


97 名前:EAR859 :03/05/27 13:53 ID:???
 弦の艶についてはまさにその通りだと思います。しつこく言わせてもらえば、クレーメルが出す激しい弦の音はそれなりに再現していると思うので、 唯、滑らかなだけではないのかと感じますし、弦の張りつめた感じもでると思います。
 ミックジャガーのジャストアナザナイトのハイファット?の音は少し
角が取れたように聞こえます。
 女性ボーカル(ベスニールセンチャップマン、宇多田)は声が消えていく
その最後のかすかな震え?に湿気を感じさせるところがあります。
 何れにせよ、人それぞれに好みにあったオーディオが見つかると良いと思います。 


101 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/27 15:37 ID:???
典型的な真空管の音だが
何か?


99 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/27 15:22 ID:???
>>94.97
真空管アンプの音を書いてるだけ


104 名前:94 :03/05/27 16:51 ID:???
>>99
ふふふ、語彙が少なくて申し訳ありませんね。
あの音色の感じは、僕にはちょっと言葉で表すのは難しいです。
ただ、聞けばすぐにEARの音色だとわかるかなり強烈なカラーを持っています。
その辺りが、信者(失礼)とアンチの出てくる所以みたいですね。

>>97
所有者さんを前に差し出がましく拙いインプレを書いてしまいましたが、 一番気に入ったところは、耳に心地よく自然に聞けそうなところでしょうか。
だいたい店頭で聞いて「いい音だ!」と思って買うと、自宅では耳に障る音だったりして失敗した経験が過去にありますので、今はとにかく耳に馴染みそうな物を探しています。
自分はどうも店頭では高域にキレがある物をいい音だと感じる癖があるみたいで、それで過去に1bitなどを買ったものの高域のきつさに辟易してしまいました。
だからEARの音には感動や衝撃が走ることはないのですが、うっとり聞き入ってしまうような良さがあると思いました。長く聞くにはこういう物がいいのかな・・・。


105 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/27 16:58 ID:???
>104
ナニ聴いても同じだから飽きる。
腕無し置くだけユーザーだったらEARでも良いだろうが


122 名前:EAR859 :03/05/28 17:06 ID:???
 私が以前書いた音の感じは球のアンプ特有のものだと思いますか?
 良かったら教えてください。


123 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/28 17:30 ID:???
>>122
思いません。


125 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/28 19:18 ID:???
>>123
スピーカーから音が離れにくく、音の前後感が出せない
完全カマボコ型真空管アンプですが、何か?


126 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/28 19:47 ID:???
まさに前後感ゼロ。情報おおいに欠落。がお昼寝にはもってこい。


133 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/28 21:18 ID:???
>スピーカーから音が離れにくく、音の前後感が出せない
>完全カマボコ型真空管アンプですが、何か?

そのとおり!!!正解です。
でも、音色が気に入っていますが、何か?


134 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/28 21:32 ID:???
音の前後感が出るアンプを教えて欲すぃ(´・ω・`)


135 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/28 21:39 ID:???
球ならVAC クイックシルバ。


137 名前:94 :03/05/28 22:13 ID:???
859ユーザーさん、音の前後感出ませんか?
僕が聞いた時は特に立体感があるという印象はありませんでしたが、スピーカーから音が離れにくいということはなかったような。
音場に関しては何というかスピーカー間にぼっと滲むように浮かび上がるような印象を受けました。前後感ゼロはちょっと言い過ぎかな。


138 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/28 22:24 ID:???
普通、プッシュプルよりシングルの方が音離れのよいような気がしますが・・・


139 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/28 23:01 ID:???
どんなスピーカー使ってますか?


141 名前:EAR859 :03/05/29 00:18 ID:???
 音の前後感。
うーん、ロバの耳だが(藁)ヴォーカルが始まると多少なりとも声が楽器の音よりも前になると思う。
坂本龍一のピアノトリオ(ヴァイオリン、チェロ、ピアノ)ではピアノソロで始まる戦メリではその後に加わるチェロ、ヴァイオリンが両側から前に出てくるように感じる、更に音がする高さも違うように感じる。
 流石に大編成のものに関してはロバの耳なのではっきりしない。

 あと、こんな事を言うのは何ですが、スピーカーのセッテイングの影響もかなりあるのでは?


180 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 02/04/15 20:58 ID:Lg0Z0gl2
サウンドステージはどちらかといえばこじんまりする印象があります。
でも立体感などはしっかり出て不満は無いと思いますよ。


205 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [0] 投稿日: 02/05/24 21:33 ID:???
音は最高なんだが、デザインと仕上げはもうちょっと何とかならんのか?


168 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [///] 投稿日: 02/03/30 22:06 ID:???
この前、859をダリのブックシェルフ(能率は86〜7ぐらい?)で鳴らしたら、ボリュームが12時を越えたあたりから、音が歪み始めたんだよね。
やっぱりパワーが足りないのかな。8L6なら楽々鳴らすのかな。


169 名前:EAR859 :03/05/29 21:01 ID:???
使いこなしの件ですが、まあ、大した事では無いかもしれませんが。

入力切り替えを頻繁に使用していないと接触が悪くなる所が出る。
スイッチオフの時にぐりぐりと切り替えると戻るので時々やっている。

スイッチを入れてから60秒で使用可となっているが、数分はアイドリングの気分で待つ。

スピーカーは小型2ウェイだけの使用なので、何とも言えないが、ロジャースLS3/5Aでも音量が不足するとは思わない(個人によって最適な音量が異なるので、絶対的なものではない)
 88−89dBの小型2ウェイではストーンズのStrippedの再生はかなりの迫力だった。
 聴いている部屋は約10畳の洋間でスピーカーからの距離は2m弱
ほぼ3角形の頂点上で聴いている。


170 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/29 21:52 ID:???
>>169
うちは90dBの小型2wayで更に狭い部屋ですので、充分そうですね。


178 名前:muimui :03/05/29 23:36 ID:???
>>170さん
前後感と美音に当っては同意です。私の所ではケーブルの反応は良く出ます。
録音スタジオの件はちょっとという感じですが…音楽性を楽しむには本当に良い製品だと思います。
ただもう一歩踏み込んだ時が重要になってくるかも知れません。


171 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/29 22:14 ID:???
使いこなしは特にありません。
インシュレーター、ケーブル類の反応は余りありません。

但し、パラヴィッチーニ氏の録音スタジオでの名声はホンモノでしょう。
美音を作り出す事とピュアオーディオとは別ですから

スピーカーから音が離れにくく、音の前後感が出せない
完全カマボコ型真空管アンプです。

日本の悪徳商人と組まずに録音スタジオで名声を得ていればよかったのでつ


179 名前:V20信者 :03/05/29 23:46 ID:IDj43u11
V20の場合ですが、電源ケーブルを変えた時の差はトラポやDACのACケーブルを変えた時に比べて変化は少なかったですね。
(NBS monitor-0,Custom power cord Topgun)
ただ、インタコは音質変化がよく出ました。
現在はインタコにトランスぺアレントのリファレンスを使っていますが音離れもいいですし、音像も空間にしっかり定位しますしケーブルの選択を間違わなければ、>>171のような事はあまりないと思うのですが。

また、音の伸びもプリ部・パワー部共にミニチュア管を使っているせいか高域はけっこう立ち上がりの早いヌケのいい音ですし、低域もそこそこ量感ありますし、不満は少ないです。

現状はトラポにNBS電源ケーブル、デジタルケーブルにトラぺRDL、
V20の電源ケーブルにCustom power cord TOPGUN HCFI、インタコ トラぺ リファレンス
V20の良さ(特に高・中域)を殺さず伸ばし、少し不満のあった低域をいい方向に持っていけたかな?と思っています。


183 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/30 13:42 ID:???
>>179
そんなことには反応しません。お昼寝用です。
そこがEARです。オーディオ誌を読む人は買わないことです。


184 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/30 18:18 ID:???
ATCのSCM10という小型スピーカーを譲り受けました。
EARのアンプでしたら、どの機種が合いますか?

◼️UK製
◼️形式 2way密閉型
◼️クロスオーバー周波数 2.8khz
◼️インピーダンス 8Ω
◼️出力音圧レベル 80dB/W/m
◼️w180. h380 d225
◼️質量 10kg×2台

atc scm10
https://www.google.co.jp/search?q=atc+scm10&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=kPicU9uaAY_-8QWUkYLIAQ&sqi=2&ved=0CBsQsAQ&biw=1045&bih=924


185 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/30 20:53 ID:???
ATCには全て無理。お金の浪費です。専門店でよく相談してね。


186 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/30 21:00 ID:???
>>184
確かにEARでならすタイプのSPじゃないね。
駆動力がないとボケボケになるよ。
トランジスタの方が合うはず。


190 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/30 23:52 ID:???
>>184
パワー食いのスピーカーなので、最低でも100Wくらいあるトランジスタアンプが良いでしょう。おそらく、国産の普通のアンプじゃ歯が立たない。
基本的に真空管アンプ向きじゃないです。


187 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/30 21:03 ID:???
>>185、186
ありがとうございます&残念です
雑誌で見たEARがおしゃれで気に入ったのですが・・・


193 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/31 10:24 ID:3Yl03a1q
真空管ド初心者なんですけど、861(中古)に一目惚れ。
音も好みでした。
ただ今使用してるSP(セプター1001)との相性が心配です。
視聴したSPが全然違うタイプの物だったので・・・


195 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/31 11:32 ID:???
>>193
出力的には、193が相当広い音で大音量で使っているのでなければ特に問題ないと思います。100Wのアンプが必要なシチュエーションって、そんなにあるもんじゃありませんからね。(ただし、トーンコントロールを多用している場合は除く。)
音色的な相性であれば、つないで見ないと分らない部分はあります けどね。


198 名前:193 :03/05/31 11:57 ID:???
>>195
トーンコントロールはほとんど使用していません。
大編成のオケが好きなんですが、どちらかと言えば不向きなんでしょうか?


200 名前:195 :03/05/31 12:10 ID:???
EARの特徴の一つに、美音と共に、一般的な真空管アンプのレベルを超えた解像度の高さがあると思う。大編成オケでも音を混濁させずに楽しませてくれるだろう。
193はどういう点を最も大切にするのかな?
「コントラバスの低音がズドーンとこなくちゃだめ!」ならば、真空管アンプ
なんて試聴していないとは思うけどね^^;

193は店頭試聴でどういったタイプのスピーカーを使ったの?
いまからでも、比較的大きなウーファーを使って試聴しなおすことは出来ないかな?


210 名前:193 :03/05/31 13:49 ID:???
>>200
もちろん「コントラバスの低音がズドーン・・・」は求めてません。
もっと自然な耳に優しい、それでいて雰囲気のある音?
上手く表現できませんが・・・
ちなみに現在はラックスL509S使用中です。
高音かきつい、硬い、そんな感じです。
ちなみに視聴はN804でした。


211 名前:195 :03/05/31 14:15 ID:???
ラックス使いの人でしたか。私はラックスは使ったことは無いですが、L570はかなり気に入っていました。発熱がもうちょっとすくなければ、10年前に買っていたかも。最近は当時のトーンとは変わってきているようですが…
210で仰っている事を志向してEARを気に入ったというのも納得できる話だと思います。

N804で大丈夫だったのならば、駆動力とかそういう問題はクリア出来ていると考えてよいでしょう。なんとなく、小型2Wayで試聴されているのではないかと思っていたのですが、その点は心配無用でしたね。

中古だから自宅試聴というのは難しいだろうけど、惚れてるのならば悪くないと思うよ。あまり無責任に煽るわけにもいかんがね。

真空管初心者ということなので、余計な一言を。
中古だから球の使用状況は確認しておいたほうが良いな。
球の内側が酷くすすけている様なら、価格交渉とか、保障の延長くらいを要求しても良いかも(笑

EARはメンテナンスフリーで使えるようになっているけど、蛍光灯だって長持ちするものや、すぐに切れちゃうものがあるでしょ。
寿命を考えて作っているとはいえ、そういう運不運のようなものはあります。あと、真空管が切れたときのメンテナンスは、自分でやるのと代理店にお願いする、どっかのショップ。とかがあるけど、自分でやるには知識と技術が必要。業者に頼むにはお金が必要ってこと。
5000円で売ってる球なのに、メーカーに頼んだら2万円かかった。
とか言わないでね。


225 名前:EAR859 :03/06/02 14:08 ID:???
ピンケーブルや電源ケーブルはこれに換えたらよかったというのがありますか?
具体的にジャズでピアノが好きでこのケーブルにしたら良かったとか、ヴァイオリンの音がこのケーブルにしたらこう変わったとかの情報キボン


228 名前:EAR834 :03/06/02 20:41 ID:???
電源ケーブルをECOSSE(エコッセ)のBig Red PowerChords HCにしてます。
効果があったかどうかは自信無いけど、刺激的な音が無くなり落ち着いた音になった。音がふっと佇む感じ。
恐らく低音の量感が出たのかな。
スタンウェイのピアノでは高音の角が丸くなった分、左手のガガーンは腹と脳を直撃。ベーゼンドルファーはもう漏れそう。
アマティのヴァイオリン(五嶋みどり)はずっと聴きやすくなった分、ムターのは(ストラディバリ?)ガリガリッとした実在感が薄れたかなぁ。
ちょっとオーバーに書きました。


230 名前:EAR859 :03/06/03 00:11 ID:???
>229 
 なるほど、やはりケーブルで変化するみたいですね。
 ミドリも好きですが、ヴィクトリアのほうが更に好きなので 良く検討しないと(藁)  
 他の方でケーブル情報をお持ちの方インプレキボン


233 名前:EAR834 :03/06/11 22:09 ID:???
電源ケーブルは色々試した結果、DENONのAVアンプ用に付いていた安物ケーブルにしました。ECOSSEの方ははCDP用に回して今は落ち着いてる。
ECOSSEは低音が出る代わりに、なんとなくボヤっとしててキレが無いような気がする。DENONのケーブルはやっぱDENONの音?。
これはあくまで個人の好みだと思うけど、おれは量感よりも透明感や響きのある低音が好みなので。
試聴ソフト:ヘル・フリーゼス・オーヴァーからホテルカルフォルニア他、
ブルックナー8番から第3楽章、ラフマニノフ・ピアノ協奏曲3番(アルゲリッチ)。


235 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/06/17 15:26 ID:???
834P持ってます。MCもMMも両方対応できて便利だし、音も魅力的。
CD時代に出て来たフォノイコって、やはりそれなりに個性的だ。


236 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/06/18 08:17 ID:???
某サイトでの評価
オルトフォン EQA-1000Tα(艶色気完璧+知性あり、女優の黒木瞳)
EAR 834P(色気ありすぎ、叶姉妹??)
シェルター Model 916(真面目なキャリアウーマン、松たか子)
ラックス(穏和なアルバイト女性、岡江久美子)

だそうです。ハアハア


238 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/06/19 01:44 ID:???
>>236
その評価だと俺はオルトフォンが好みだなw
叶姉妹は妹のほうならOKでつ。


_______

40 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/25 23:13 ID:???
寿命が短い。内部。機械的に、


41 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/25 23:15 ID:???
>>40
>>13さんは5年仕様でノントラブルらしいですが。
内部とか、機械的とか言ってる時点で煽り臭いけど


43 名前:37 :03/05/26 05:42 ID:???
>>40
球の長寿がEARの売りではないのですか?


44 名前:EAR859 :03/05/26 14:49 ID:???
 うーん、一応マジレス。
EAR859を7年程使用。現時点ではトラブルなし。他の機種は聴いたことがないのでわからないが、持っている石のアンプ(ミッションサイラス2)と比較して極端にしまりが無いという感じはない。
サイラスの音に滑らかさが加わるという感じがする。
スピーカーはロジャースLS3/5Aなどのイギリス系の小型2way。
 まあ、かなり主観的な評価だが(藁)


45 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/26 15:04 ID:???
滑らかというのはナローレンジで情報欠落の間違いです。注意。
何をどのようにつないでも同じ音で滑らか。
ケーブル変えてもどんなソフトも近似した音になります。


47 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/26 15:07 ID:???
SACD CD DVD FM カセット MD どれつないでも同じにキコエル。
でも滑らかならいいのですか?


48 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/26 15:09 ID:???
まだ マッキンのプリメインがマシ。あれほどナローではない。


50 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/26 15:13 ID:???
>>47
それは大変ですね。

対策をお教えしましょう。
1.SACDPやチューナ、MDP等を交換する。
2.スピーカーを交換する。
3.部屋の音響特性を改善する。
4.耳鼻科に行く。

場合によっては全部必要かもしれませんね。あなたの場合。


117 名前:EAR859 :03/05/28 09:03 ID:???
これからの季節、ただでさえ暑くなるのでA級のアンプや球のアンプにはキビシイ。859も以前に使っていたPASSのアンプも真夏でも問題なく使えたが、部屋の温度があがってエアコンの効きが悪くなる。
そろそろサイラスか(藁)


119 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/28 11:36 ID:???
夏は管球アンプユーザーにはツラい季節ですね。
EARの場合は他と比べたら発熱はどうなんでしょうか。


120 名前:859ユーザー :03/05/28 16:01 ID:???
>>119
シングルアンプなので、発熱少なめです。長期安定性に寄与しているかも。 
300Bプッシュのステレオアンプも持ってるけど、凄い熱さ。
真冬はとてもいいんですが・・。


121 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/28 16:44 ID:???
>>120
859を開発したとき、パラヴィッチーニ氏は、それまでのSETアンプよりも長寿命にすること、安定した性能を発揮すること、この二つを重視したようなことがHPに書いてありました。


122 名前:EAR859 :03/05/28 17:06 ID:???
>120
なるほど、私は859が初めてで唯一の球のアンプなので これでもかなりの熱だと思っていました。


132 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/28 20:45 ID:4dWqzaek
V20使っています。
たしかに夏場は発熱は気になります。
ボリュームノブなんかはじっともっていたらつらいかもしれません。
しかしもともとV20なんでこんなものかもしれません。
ボリュームいじることはあんまりありませんし。
発熱で壊れるようなことはないと思いますよ。
しかし隣にCDは置かないほうがいいかもね。


133 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/28 21:18 ID:???
>>132
一度、チェックディスクを再生したほうが良いですよ。
友人のV20は左右のバランスに異常がありました。


49 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/26 15:13 ID:???
日本からの注文でイギリスで製作した。
ピカピカアンプの大金払わなくてもいいのでは?  
トライオードなら新品で20マンで同性能だ。
お金持ちはいいね。


53 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/26 15:15 ID:???
まあどちらにせよかなり個性の強い音であることは間違いないようで。
今使っている石のアンプは1BITだけど、音の硬さと薄さに不満がある。
濃密で滑らか美音というEARの音はかなり気になる。


55 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/26 15:20 ID:???
美音は確かだがね。他にもたくさんありますよ。美音。
日本人が日本人の欲しがる仕様にして高値で販売。許せない。


56 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/26 15:22 ID:???
本国で認知されてない。買ってくれると大もうけ。


63 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/26 15:37 ID:???
>>55
そうかな。
まず国産は全滅だよ。美音という観点で言うと。
外国製でも、EARなんかより一桁高い製品なら美音もいろいろ選べるが、この値段でこれだけのクォリティの音は滅多にないと思う。
正直、安い。


59 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/26 15:31 ID:???
>>55-56
本国でも、アメリカでも、高い評価を受けており、定評があるよ。EARは。
売ってる店も結構あるし、ブランドそのものの認知度も高い。
雑誌でレビューされてすごい高評価もされてる。
日本向けに開発された日本専用モデルで高値、みたいなネタ、いったいどこから仕入れたんだ?


57 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/26 15:25 ID:???
限定何台は最小ロット部品発注単位の数字です。
ボケがダマサレールね。色々扱ってる販売店に中身のこと聞いてみるがいい。


58 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/26 15:27 ID:???
やっぱ高いよね?EAR。
最近は中国製でもカインとかいい音の球アンプが出てきてるし、
叩かれるの覚悟で言うけどサンバレーやサンオーディオもいい線行ってると思う。
EARがほんと魅力なのは、ブランド性、デザイン、パラビッチーニのカリスマ性。
漏れの主観ですが。


60 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/26 15:33 ID:???
>>58
独創的な回路、超長寿命設計も魅力。


62 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/26 15:37 ID:???
>>60
独創的ってのは魅力的なキーワードだね。
漏れみたいな素人はそれだけでコロッと逝ってしまいそうだよ(w
まあそれもパラビッチーニのカリスマ性に含まれてるわけだが。
しかし実際音を聞いて、「おお!独創的な音だ〜!」と打ち震えるわけでもないんだろうがな。つかそんなオーディオやだなw


61 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/26 15:33 ID:???
>>58
高いか?
ソニックフロンティアやCARYより全然安いと思うが。


64 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/26 15:39 ID:???
>>61
58の比べてる物を見れ。
カインやサンバレーやサンオーディオよりは遥かに高い。


65 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/26 15:43 ID:???
>>64
それは比較対象が間違ってるよ。
もっともサンバレーはともかくカインやサンオーディオにはEARより高いものもいろいろあるけどね。
出てくる音のクォリティで比較すると、
クレルやレビンソンが比較対象になるから、やっぱり安いね。


67 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/26 16:04 ID:???
>>65
>クレルやレビンソンが比較対象になるから、やっぱり安いね。

ぷっ!マジで言っているのか?
ステサンの受け売りを信じているのか?
岡崎のH&K、クラブマン&●○ズ、ハインツ&カンパニーの社長はみな同じ
ステサン編集部にずいぶんつぎ込んだそうな。
小林○君は犬ライター。
あまりの粗悪さに無線と実験誌には取り上げてもらえない。
管球アンプでありながら、MJに載らないのは、致命的欠陥アンプの証拠


66 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/26 15:52 ID:???
うーん・・・欲すくなってきまつた、E.A.R。
パラヴィッチーニ氏の独創的な幻想世界に浸りたい。
高いとか安いとか言われてるけど、EARって割と製品群の値段集中してるよね。
だいたい30万後半〜60万後半くらいですか。
極端に安いやつとか高いやつとかない。フラッグシップでいきなり高くなってるけど。
それだけに選ぶ方も悩みがいがあるわけだが。


69 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/26 16:18 ID:???
あるショップでV20の中古を視聴したよ
そしたら、全員おかしい事をハケーン
チェックディスクをかけたら、モノラルだった
その後、修理もできる人が承知して購入
最初から誤配線だったようだ
その人が言うには「良い部品は使ってない」との事
クロムメッキの外観にだまされてはいけません。


72 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/26 16:23 ID:???
>>69
部品が良きゃええんか。
おりゃ音が良ければ良い。


73 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/26 17:04 ID:???
>>69
部品とか中身とか言う香具師はだいたい煽りだから気をつけるべし。


74 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/26 17:58 ID:???
音もワリーのだが・・・
良いのはその商法だけ


78 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/26 19:34 ID:???
日本の輸入元の要望に基づいて日本向けに作っているブランドなんて話は真っ赤な嘘。
Audio Asylumにも欧米のEARユーザーがどっさり投稿してるし、欧米のオーディオ雑誌にも販売店の広告がいくつも出ている。
内外価格差についても日本だけバカ高いということは全然ない。
内部のコンストラクションは、あのサイズを考えるとプリント基板なのはしょうがないというか、
別に空中配線の方がプリント基板より音がいい訳じゃないんだし、空中配線だとあのシャーシには納まりきらない規模の回路であることは確かでしょ。
すくなくともムンドあたりよりずっと価格相応の中身と言えるのでは?

部品が高級品ではない、という話もまあその通りだろうけど、高価な部品を使ったからといって音がいいわけじゃない。
自作派だってちゃんと判ってる人間はむやみに高価な部品を使ったりしないものだよ。


79 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/26 19:38 ID:???
EAR とか Musical Fidelity みたいに比較的安いのに出てくる音が「音楽的」でワンランク以上上とかいって評価されているメーカーは、どうも目の敵にしてるヤシが多いな。
そいつらはきっと音の善し悪しを自分の耳で判断できなくて「定価」が高いほど、「物理特性がいい」ほど、「有名ブランドの部品を使ってる」ほど、いいと思いこんでるんだろう。 かわいそうにね。


80 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/26 20:54 ID:???
>>78、79
綺麗にまとめてくれたね。多分、粘着にはまともな返事は出来ないと
思うけど

EARトランスはかなり凝った特注品。中のコンデンサ類、たしかにあまり高額なパーツではないけど、あちこち異なるブランドの物を使ってるんだよ。

馬鹿には分らないと思うけど、ちゃんとパーツの音を吟味してチューニングしている証拠なんだ。

そういう細かい部分に手間隙をかけているから、当然販売価格には関わってくるけど、結果としてクラスを圧倒的に超えた素晴らしい音が出てくるんだよ。

権威に寄りかかりたい人も居るだろうが、パラビチーニはまちがいなく、超一級。ソウル・マランツ氏なみに歴史に残るだろう。
相当な変わり者なのは事実らしいがね。


81 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/26 22:32 ID:???
V20を例に取れば、イギリスでは2798.95ポンドなので約53万8000円。日本での定価は55万8000円。

869に至ってはイギリスで2528.85ポンドなので約48万6000円。
日本の定価が39万8000円。
イギリス価格にはVATが含まれ、日本の定価には消費税が含まれないのでその分を考慮しても、「日本仕様を高値で売っている」とは到底言えないと思うが。
球アンプの価格のことになるとどんなメーカーでも必ず粘着が現れるのが不思議だ。


82 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/26 22:44 ID:sIx/C9f8
V20のユーザーやけど、たしかにあのひとは変わりもんやと思うで。
だいたい正バイアスで使うか?
(というのは知り合いのデバイス師匠の受け売りですが)

割高とかなんとか言うけど、50万円のアンプで高いも安いもないじゃないの。
ラジカセ買うんじゃないんだし。


83 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/26 23:42 ID:???
>>81
そうなんだよ。
ハインツの値付けはバカ高とはとても言えないと思うよ。
アメリカ価格(消費税抜)と比べても、
869は3995ドル(46.5万程度)
V20は4595ドル(53.5万程度)
だからね。しかもアメリカだと値引きが超渋い。

日本だけ特に高くしてる、と思うのは勝手なんだけど、
どこかで聞きかじったデマを裏も取らずに信じ込むのは痛すぎだよね。


84 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/27 00:15 ID:???
>>83
デマを聞きかじってるのではなく、デマを作ってるんじゃないかね。
EARが売れなかった分、ほかのくずアンプが売れるわけじゃないのにね。


85 名前:EAR859 :03/05/27 00:36 ID:???
いやー、かなりはでな反響が(苦藁)
個人的にはこの音が好きな人が買えば良いというだけだと思うのだけど。
音については本当に個人差が大きいと思うのだけど。
アンプの価格はイギリスやアメリカのサイトを観てもあまり差はないかと。
どこかできちんとした試聴ができると良いのだろうけど。
最終的には自分の耳がどう判断して、それを良いと思えるだけの自信(単なる自己満足かも?)があるかどうかだと。
自信の無い人間は何かにすがらないではいられないし、弱い人間の中には他人を貶めることによって自己の弱さを紛らそうとする者も居る。

他人のシステムをけなすのではなく、お互いに気に入ったシステムについて前向きな話題が展開すると良いと思ったりする。


89 名前:V20信者 :03/05/27 02:20 ID:Ljp7jN/R
以前のスレでも一時誹謗・中傷・煽りがありましたが、EARを使っている方は多分長いオーディオ歴を経てその魅惑的な音質、パラビッチーニ氏の人間性や逸話に惚れ込んで使用されていると思いますので、ぼったくっているだの、パーツが安物だの 意に介していないはずです。
ちなみに、ぼったくりは全くのデマですし、パーツに関しては安物ながらかなり選別して、パラビッチーニ氏が充分なヒアリングで組み合わせているようです。
実際あるメーカーの技術者や、真空管アンプの自作マニアの方が音質アップを狙ってブランドメーカーのパーツに変更してあれこれ試してみたがダメだったと聞いています。

私の場合、セパレートアンプからの買い換えで価格的にはかなりのダウンですが、 音楽性はかなりアップしたと思っています。

特性は下がっているでしょう、SN比や低域のドライブ能力云々。
でもEARは、特性や、価格や、パーツのブランド性を超越して素晴らしい音楽を聞かせてくれます。
かなりマンセ−はいっていますが、オーディオを永年やっていると新しいオーディオ機器の音でマンセ−することが無くなってきますし、はまる価値は充分あります。


92 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/27 03:43 ID:???
ようするに、
「人が好きで使ってる物にケチつけんなやヴォケ」ってことだな。
無理やり他人に「EAR買え!」って勧めてるわけじゃないんだしさ。
褒めちぎってる香具師がいるのはホントにEARの音がツボにはまっただけの話。
決して宣伝目的ではないと思う。
っていうか宣伝しても売れるような製品じゃないと思う(w


93 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/27 06:45 ID:???
音はいいです。ホントです。全然不満ありません。
でも、金ぴかのつまみが錆びてきたりするとちょと悲しいです。


95 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/27 10:11 ID:???
音は良い。ただアフターが日本で一番悪いディーラーが扱っているというだけだ。
数年後は悲惨。MFが良い例だ。バブル時代のものは悲惨。
http://hifi.denpark.net/1053590239.html


20. 中川隆 2014年6月15日 20:48:27 : 3bF/xW6Ehzs4I : 3cdYZYbVIc

【入信勧誘】パラヴィッチーニ研究所【信者救済】


1 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/27 16:52 ID:???

>パラビチーニはまちがいなく、超一級。
>ソウル・マランツ氏なみに歴史に残るだろう。

信者キモ


8 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/28 17:10 ID:???
パラヴィッチーニ研究所とパナウェーブ研究所は同じなんですか?


9 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/28 19:20 ID:???
信者のキモさはいっしょでつ


10 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/28 22:50 ID:???
パラヴィッチーニは、ただの拝み屋


11 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/28 22:53 ID:???
自称、秘教的だもんな・・・


22 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/29 09:54 ID:???
元々、EARは録音用のアンプやマイクで人気の高いメーカだった。
私もEARのアンプとマイクを使ったレコードを一枚(Water Lily)持っているが、音は良い。


160 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/01/13 00:20 ID:Aa2kgvjp
パラビッチーニはポール・マッカートニーのスタジオの何をチューンしてたの?

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/01/16 19:26 ID:jl+Kjx8+>>160
コンセントだと誰か言っていたような?


151 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/02 21:46 ID:dLwllAcG>>147
夏ごろ銀座松屋の食堂街でパラヴィッチーニを見かけたよ。
あ、あれ、だれだっけ、ほら、ひげの、真空管、アンプ、イギリス、変人・・・・
と見る間に、軽食堂に入っていった。
日本人女性と一緒だったから、あれが噂の吉野さん?


12 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/29 00:07 ID:???
氏は天才。
氏の作り出すアンプは、誰も真似できない音を奏でる。
もっとも、生に近い音である。


13 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/29 00:15 ID:???
>>12
もっとも生に近い音であるかどうかはともかく、誰も真似できない音なのは確かだね。
パラヴィッチーニの後にパラヴィッチーニ無し。
氏が逝ってしまったらEARはどうなるんだろう。


14 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/29 00:48 ID:???
>>13
MJで回路が分析されるようになり、自作ヲタの間に差動アンプが普及し、
○○○○ーがイミテーションを作りはじめます。

21. 2014年6月15日 20:50:14 : 3cdYZYbVIc

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/27 23:39 ID:???
不運の天才。日本の悪徳商人と手を組んだのが間違い。


15 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/29 01:52 ID:???
氏は天才、氏の日本に持ちこむ機器は誰も真似できないほど儲かる。
カンドーリークン。


6 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/27 23:40 ID:???
H&K元社員
社員の皆さん
月間の販売目標は今でも1000万円ですか?(もちろんひとりあたり)
ノルマが到達できないあなた!せっせとダイレクトメールを書きましょう!

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/29 09:19 ID:???
天才錬金術師?
カンド−リークンって日本人?

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/29 09:40 ID:???
カンドーリークンはH&K、クラ●マン&●○ズ、ハインツ&カンパニーの社長でアール


34 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/29 23:15 ID:???>>33
EARの製品はカンドーリークンの指示による値付け
したがって、日本発世界発信のボッタークリー商品
カンドーリークンは錬金術師でアール


16 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/29 01:55 ID:???
>>15
儲かるという点では、EARはマークレビンソンには勝てないな。
なにしろMLは本国価格の2.5倍の値付けだ。
本国価格と殆ど変わらないEARの値付けではまるで歯が立たない。


18 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/29 09:14 ID:???
>>16
EARの製品はカンドーリークンの指示による値付け
したがって、日本発世界発信のボッタークリー商品
カンドーリークンは錬金術師でアール


21 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/29 09:52 ID:???
>>16
今、No.383の本国価格($5995)を調べて、日本での価格(\1,080,000)と較べると、約1.5倍の値付けにしかなっていない事が分かるよ。
最も値付けが高いNo.31.5でも本国価格($100000)に対し、日本での価格(\2,000,000)
で、2倍だ。

2.5倍なんて何処から出てきたんだろう。


24 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/29 10:12 ID:???>>21
自己フォロー。
何を計算しているんだろ(笑)
今の為替レートは1$=118円だから、No.383は大体正しいが、No.31.5は1.69倍。
本当に2.5倍なんて何処から出てきた値段なんだ?
レヴィンソンへ八つ当たりは止めてくれ(笑)


25 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/29 12:23 ID:???>>24
社員はボッタークルーことしか考えていません
2.5倍は1HKという単位でアール


26 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/29 12:46 ID:???>>25
しかし、ある一定在庫を持たなければならないとか、ショップにもデモ機を貸し出さないと売れないとか、評論家対策(笑)とかを考えれば1.5〜1.6倍位の値付けは良心的だろう。
アキュなんて海外では3倍近いという話も聞くし、オーディオノートに至っては10倍(核爆


27 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/29 12:54 ID:???
アキュは1.5〜2倍だよ。


22. 2014年6月15日 20:51:46 : 3cdYZYbVIc
28 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/29 19:09 ID:???>>24
EARの場合は何倍なの?

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/29 22:43 ID:???
EARの価格は内外価格差が非常に少ない。
マーク・レヴィンソンの日本価格がぼったくりかどうかはともかく、EARの日本価格より内外価格差が大きいことは事実だ。
その差が、アフターサービスなどに起因するのであればそれはそれで好ましいことではあるのだが・・・

23. 2014年6月15日 20:52:30 : 3cdYZYbVIc
35 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/29 23:19 ID:???
ステサン、AA、ステレオ誌の関係者も読むスレ
http://hobby3.2ch.net/test/read.cgi/pav/1054181186/l50

より

60 :名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/29 21:26 ID:???
>>59
でもMFやEARって内外価格差が少ない方だよね。

66 :名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/29 21:31 ID:???
>>59
内外も何も日本からコントロールだよ。デザインも価格も。


68 :名無しさん@お腹いっぱい。 :03/05/29 21:37 ID:???
>>66
なんだ、まともな話してるのかと思ったらデムパか。

>日本からコントロールだよ。デザインも価格も。

それは全くの妄想だ。ちゃんちゃらおかしい。

MFもEARもアメリカでは滅茶苦茶評価高いよ。
Stereophile誌、読んだことある?

24. 2014年6月15日 20:54:12 : 3cdYZYbVIc

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/29 23:22 ID:???
というわけで、

結論

MFやEARは世界的に高い評価を得ており、
日本発世界発信のボッタクリ商品ではない。


25. 2014年6月15日 20:54:47 : 3cdYZYbVIc
37 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/29 23:23 ID:???>>35
EARの製品はカンドーリークンの指示による値付け
したがって、日本発世界発信のボッタークリー商品
カンドーリークンは錬金術師でアール
38 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/29 23:26 ID:???
>>37は、今に至るも何の根拠もソースも示せないわけだな。

26. 2014年6月15日 21:31:02 : 3cdYZYbVIc

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/29 23:29 ID:???
EAR V20: $4595
The V20 knocks out 24Wpc into 4, 8, or 16 ohms using ten
12AX7s per channel in push-pull configuration in “enhanced triode”
mode. Lush, rich, textured, and bloomy, per CS, and not a
bit lugubrious about it either. He found its control of low-level
information effortless and detailed. Best used with coherent,
high-sensitivity two-ways. CS said it compared favorably with
some of the finest tube separates. “Slam factor and concert-level
volume are less important issues than purity of expression, and
such listeners will be more than satisfied with the V20’s laid-back
yet solid bottom end and smooth, natural portrayal of the top
end.” (Vol.22 No.10)


41 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/29 23:31 ID:???
>>39
は、StereophileのRecommended Componentsから。
ちなみにランキングはA。


43 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/29 23:35 ID:???

StereophileのRecommended Componentsから

Musical Fidelity M3 Nu-Vista: $4500
MF thinks this hybrid, 275Wpc integrated amp has style, but
“Appearance aside, there’s no mistaking its build quality: beefy
and substantial inside, with circuit boards stacked like floors in a
high-rise.” Impressively neat and orderly, MF pronounced. Dualmono
output stage, miniature nuvistor tubes in the preamp
stage, and choke power-supply regulation. “Tended toward the
smooth,” MF wrote about the M3 in comparison with the Nu-
Vista power amp, “but it had the power, dynamic presentation,
and finesse to rock hard and reproduce lush massed strings and
female vocals with equal aplomb.” He was less sanguine about
the phono section, however, which he regarded as “serviceable.”
Still, “I don’t know how a relatively small company like Musical
Fidelity can offer this level of power, performance, flexibility,
superb build quality, and aesthetic refinement at such a reasonable
price.” (Vol.24 No.2)

ちなみにランキングはA。


44 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/29 23:36 ID:???
>>39
を見ても、ピュアオーディオの再生を語っていないのだが・・・
EARは所詮、管球のプリメインの域を脱していない、音色重視のアンプである。


47 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/29 23:45 ID:???あ、わかった。

EARが日本発世界発信で、世界的に高い評価を得ている、ってことは、
Accuphase や AirTight みたいな製品(ただしイギリス製)ってことを言いたいわけ?
で、ぼったくってるのは、海外ユーザーから、と。


73 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/30 00:25 ID:ajIgU2wF
おまえら馬鹿!
EARの弁護もミョウチキリン粘着だが相手もたんなる馬鹿粘着

EARのアンプは好きなやつが買う。
たかが50万くらいでがたがた高いの安いの言うやつは他をあたればよろし。
嫌いなやつは放置すればいいだろう。
EARなんてクソアンプだと言ってるわけだから。

俺はV20使ってるが、だから何ということもない。
飽きたらレビンソンでも買う。
今のところは自分の好みにあっているので使っている。
それだけだ。


79 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/30 01:21 ID:???
50マンならアメリカからCary買ってくるわ。

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/30 02:08 ID:???
50マソならアメリカからオーディオリサーチ買ってくるわ。

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/30 02:08 ID:???
50マソならアメリカからクラウン買ってくるわ。

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/30 03:17 ID:???
たしかにEARにはアメリカで買って来るメリットないね。内外価格差ゼロだからな。

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/30 03:25 ID:???
まったくだ。


84 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/30 06:19 ID:???
>>79-81
良いんじゃないの?好みの問題だし。
まあ、俺はV20買うけどね。


85 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/30 12:50 ID:???
EARの製品けなしてる人ってどんなアンプ使ってるの?

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/30 13:39 ID:???
トランジスタアンプ。


87 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/05/30 21:13 ID:???
カンド−リークンが携わってなけりゃどれでもいいよ。
理由は金もらったらアトシランポイ。
http://hobby3.2ch.net/test/read.cgi/pav/1054021978/


27. 2014年6月15日 21:56:24 : 3cdYZYbVIc

292 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/27 10:53 ID:FNodhcsw
今何才なのか知らないけど、このメーカーはやはり パラヴィッチーニ氏が逝ってしまったら終わりなのかな。。

290 : :03/10/25 18:28 ID:JdxqgKRC
859持ってます。
音質的には満足してますが、ボディの塗装や防食処理が雑だと思います。
私は雪国に住んでますので、冬季にはいつも湿気に気を使っています。
結露ですぐパネルが曇ってしまいます。
中古品を買われる方は、なるべく雪国で使われたモノは遠慮した方がイイ
かなと。


291 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/10/25 20:33 ID:TyxUARHi
そうそう、つまみなんかが錆びてくるんだよね。。。


293 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/03 20:23 ID:rn4w2EIc
859を7年使用。不具合一度も無しです。POWERランプがつかないときがあるけど、しばらくするとつきます。それくらいかな。

音はまあまあ気に入ってますよ。以前は小型スピーカー使ってたんだけど、今は大きいのに変えました。小型スピーカーのときは満足してたんだけど、今は少し不満あり。もう少し音の分離がいいといいんだけどね。パワーももう少し欲しいかな。
834Pももう少し解像度を上げて欲しい感じかな。古い録音のジャズはかなり いけますけどね。打ち込み系などの最新録音には向かないかもね。


264 :859&834使い:03/07/23 17:07 ID:???
私の859は、パッシブバイアンプ駆動の高域用です。
プリはマランツ#7で、同#8Bに低域を受け持たせ、859のボリュームでレベル調整しています。この使い方で、低域の力感と高域の繊細な高解像度とを両立させています。
パラヴィチーニはやはり凄いと思います。


297 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/12 23:21 ID:RlI3f+yJ
V20を使っていますが、真空管カバーの中にホコリがかなり溜まってきたんですが
皆さんどのようにして掃除していますか?
あのカバー、簡単に取れないように思うのですが。


304 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/11/23 23:50 ID:Xp91zqqh
>>297 
裏面のカバー外してプリント基板を裏から外せば心置きなくそうじができる。
しかしわたしは放置している。
どうにも気になるのであれば細いパイプ掃除用ぶらしを使うがよい


305 :861:03/12/01 23:58 ID:iIC75YGx
861を使用しています。いいかげんTubeの交換時期なのですが(6年経過)
861のEL519を自分で交換された方います?
Tube保護カバーのネジって、普通のドライバーで外せるものなのですか?
(なめそうなので...)
また代理店に聞くと「マッチングをとった、EL519を使います」といいますが、 素人がTubeのマッチングをとるにはどうしたらよいのでしょうか?
質問ばかりで申し訳ありませんが、先達の方がいらっしゃいましたらお教え下さい。資金がふんだんにあればよいのですが、そうではない事と、 可能な限り自分でできる事はしたいとおもいまして。・・・


306 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/12/07 15:56 ID:8CTXaT6b
私も自分で交換しようとしたのですが、交換時にソケットにストレスがかかるなどしてそれ以来、ちゃんと固定できなくなりました。
また、マッチング調整も簡単ではないようです。
結局、修理に出しましたが、機器を壊さないためにも、代理店に頼んだほうが
よさそうです。


307 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/12/07 21:25 ID:Lgw4YsVx
>>305
わるいが、この程度の事を自分で判断できないのならば、自分で交換などするべきではない。
メーカーにお願いしなさい。
306の話もあるが、305にとっては、そちらのほうが最終的に安上がりだろう。


308 :861:03/12/08 18:01 ID:46Y6JmLn306 & 307 さん
アドバイスありがとうございました
やめたほうがよさそうですね
代理店に依頼する方向で資金を用意します


317 :EAR859:04/03/07 01:20 ID:tDQ83WRy
もう、8年使っているけど真空管の寿命はどの位なのでしょうか?
 この2,3年は週3,4時間ほどしか使ってないけど。


320 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/04/18 20:21 ID:0hs3Yf9h
>>317
測定してみろ 
できない素人さんなら球を交換して音を聴け 
はっきり違ったらもう劣化していたということだ
http://hobby3.2ch.net/test/read.cgi/pav/1053590239/


28. 2014年6月15日 23:28:11 : 3cdYZYbVIc


17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/13(土) 21:08:00 ID:kPsqVJG+

やっぱEARの管球アンプだなぁ
パラビッチーニ、マンセー!
タンノイやモニターオーディオと組み合わせてみたい


228 :混血英国人:2007/11/11(日) 09:18:24 ID:2VAS6GIG

乱暴な云い方になってしまうが、エゲレスのオデオ製品は立派ですが何かマターリ してる、良くも悪くも・・
かく云う漏れはEARとノッテンガムアナログでスイスのアクラボのSPを鳴らす混血英国人。


229 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/11(日) 10:40:25 ID:hcsjo31I
アクラボが、趣味よろし。


231 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/11(日) 17:47:27 ID:G8HeCAH+
>>228
まったりつーかガツンとはこないよな。
ぱっと聴きはそういうのもいいんだけど長時間聴いてるとのんびり英国サウンドでいいのです。
しかも地味だけど質が高い。


232 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/11(日) 23:19:23 ID:Nc18RyVC

EAR, GOLDRING, AE, MUSICAL FIDELITY, QUADとTHORENS
うちも一つ英国以外、EARのディスクマスターがあれば、すべて英国になるが、金額的に無理orz
 どういう訳か英国ものには好きなものが多い。


259 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/07(金) 22:51:36 ID:/85Av+LE 
久しぶりにインプレを。
EAR834LにQUAD405-2を組み合わせてみた。

EAR859と比べると、やはり低音の力強さが出る。ただ、透き通るような響きはEAR859のほうが良い。


260 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/09(日) 09:11:26 ID:Rv1FEMPl
405-IIよりも303の方が透明度高い。


436 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/07/15(木) 13:25:26 ID:3HOm0kKU
迷った末、EARのV20を手に入れた。
869や8L6より癖があるけど、これはこれで良いものだ。
さすがに今の定価1239000はどうかと思うがw

真空管30本使用のせいで、今から修理費が不安ではあるけど(・∀・)キニシナイ


442 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/20(水) 23:48:46 ID:w5tZbvl+

EAR 834Lイヤッッホォォォオオォオウ!

            ∧∧ ∩
           ( ゜∀゜)/ フロントパネルは立派だけど筐体はペラペラだよ
          ⊂   ノ   パネルとノブは安っぽくなるけど、BLACK Ver.でもいいかもね
           (つ ノ
            (ノ


464 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/21(日) 15:18:12 ID:nSJxxPzH
EARアンプのパネルとツマミに曇りが出て悲しい。
ブラックモデルの方が経年後は良いよなあ(´・ω・`)


549 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/04/22(金) 20:02:59.95 ID:amm98Sg6
モデル名忘れたけどマクラーレンのプリアンプ、知人が使ってる。
すっきりしててバランスの良い音でうらやましい。

うちにあるメリディアンはプリメインの551なんだけど。中域の濃さを殺さずにもう少し見通し良くスッキリ鳴らしたいって感じ。


550 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/04/22(金) 23:39:04.70 ID:bYCPLuv+
手持ちの英国物だと、MUSICALFIDELITYのA1.20slがそれっぽいかな。
すっきりが良いならEARの869(859)が好きだけど、濃さは控えめな方かも。

551を活かすなら、店に持ち込んでプリアウトからパワーアンプに繋いで試聴させてもらうとか。

まあ、アンプよりスピーカーを変えたほうが望みの方向に行く可能性高いかもなあ。


785 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/19(日) 01:43:14.99 ID:3swtXMKd
EARのDACUTEを買ったので、ちょっとインプレ。
ケンブリッジオーディオのDACMAGICとは、価格も違う訳だけど、なんか、音が濃い感じがします。真空管ありのアナログ回路の影響でしょうか。
やったと思って聴いていたら、数日で慣れてしまって、以前とあまり変わらないような感じが。でも、EAR好きだから良いかって、インプレ成ってない、orz

D/A コンバーター DACute(ダキュート)
http://www.yoshinotrading.jp/product-details/dacute/

786 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/19(日) 23:45:51.37 ID:wiuh2Zy0
>785
acuteのDAC部分を商品化したのかと思いきや、価格が……。
acuteもいつのまにかIIIまでVer.UPしてるんだねえ。


576 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/06/18(土) 21:33:03.86 ID:U/fq+EjU
EARの代理店が変更になったらしい。
サービスはどうなるのか?


577 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/06/19(日) 02:50:46.94 ID:dqjb5J+S

EARとノッティンガムアナログスタジオ社の代理店がヨシノトレーディングに変更
http://www.phileweb.com/news/audio/201106/08/10958.html

修理業務も引き継ぐから大丈夫なんじゃないか。
ClearaudioやMF、audiovectorはどうなることやら。
こりゃあ、代理店関係は解体で目当ての車部門を残す腹積もりかな(´・ω・`)
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/pav/1168511244/


29. 2014年6月15日 23:42:47 : 3cdYZYbVIc

((_)) ソナス・ファベール Sonus faber 20 ((_))

Sonus faber ELECTA AMATOR \265,000(1台、1988年頃)
http://audio-heritage.jp/SONUSFABER/speaker/electaamator.html

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/06/27(水) 20:02:44.75 ID:Ft8kG6Bh
かつて、九州のソナス遣いのお宅にお邪魔した時、エレクタ・アマトールに EAR V20を組み合わせ聴かせていただいたが、色気ムンムンで、弦の艶っぽい響きにたまげたことがあった。

今はEAR V12となっているようだが、これなんかはいかが?


97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/07(火) 14:20:17.30 ID:adkZEbK4
ストラド遣いの楠氏は、かつてファーストワットJ2で鳴らしていたが、
今はファーストワットSIT-1で鳴らしている
http://k-d.jpn.com/audio/audiohistory/AudioSystem2010/audiohistory201010.html

個人的にはEAR V12の美音が好み。


100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/09(木) 20:06:49.87 ID:NU4o7KP0
EAR V12はクレモナで確かめた限りにおいては、確かにソナスには合っていると思う。


22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/06/28(木) 07:54:55.80 ID:ifrAneP/
どこかでV20との組み合わせ見たなあ。
ウチもV20あるから繋いでみるか……。


23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/06/28(木) 14:26:46.75 ID:WAzqpW2T
>>21
V20初めて聞いたので、ググってみたら凄いアンプですね(汗)
これに繋げたら良い音出るでしょうね
欲しくなりました


24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/06/28(木) 14:44:44.89 ID:ifrAneP/
>>23
オクに出てるよ。
管の数と寿命のこともあるから補償なしはリスキーだけどね。
高寿命の選別管使用を謳ってはいる。

音質は癖がある。
同じEARなら859(869)のほうが扱いやすいかも。


122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/12(日) 01:45:19.60 ID:fkcq2HWc
プリメインだけど、一度、EAR V12を聴いてみる、よろし。
そして、垂涎モノの色気とやらを味わってみる、よろし。


126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/12(日) 12:32:54.41 ID:ztCqBqxc
>>122
V12は聴いた事がないけど890での組み合わせは聴いた事がある。

求める方向は少し違ったものの、トロンとした色気の音は凄く良かった。
あれが欲しい人は一発でハマるだろうね。


128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/12(日) 23:56:12.92 ID:ztCqBqxc
俺のお勧めは古いけどLuxmanのMB-300。 上に出てるEARも良いね。
出力が少なくても上質なアンプだと音楽に浸れるよ。

そうした意味で球アンプ>A級アンプ>AB級アンプ>デジアンって印象。

但し球アンプの中でも人気のある Octave はアンプとしての性能は高いものの球の音色が弱めなので注意が必要かな。


129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/13(月) 10:56:12.66 ID:FtYtFdKj
>>128
同感です
ただ Octave のパワーアンプについては標準のKT88を6550に変えると一気に真空管の音色らしくなりますよ
もし機会があれば聴いてみて下さい


130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/13(月) 11:25:40.38 ID:7s7sLMqr
>>129
OCTAVEのEL34版はちょっと線が細くて押しが足りないと感じる方がいるかもしれませんが、ソナスの密度としなやかさを損なわない、良いアンプだと思います。

EAR890とV12の比較では、V12の方が線が細くならずに色気もあって、きちんと音に芯があるのが見事だと思います。

さらに、吐息が耳元で漏れるようなゾクッとさせる音作り。

あれはいったいどうやったら出来るのやら。
きっと設計者は、よっぽどの好き者なのかと。
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/pav/1339161872/


30. 中川隆 2014年6月17日 21:38:46 : 3bF/xW6Ehzs4I : 3cdYZYbVIc

EARのアンプは素晴らしかった(過去形) _ 3

36 :短アラレ ◆TANPanX3xc :2008/06/07(土) 16:28:45 ID:UbVbvxUd
・・・ところで、EARってなんだお?


37 :ヤフオクの詐欺師、denden95でございます。:2008/06/07(土) 16:44:45 ID:w+QT+D9P
EAR はイギリス人のティムが日本人スチュワーデス吉野をなんぱして、手篭めにしああげく女房にして立ち上げた管球オーディオブランドなのです。
造るやつがエロいので、音のほうもエロいんですが内部の真空管がロシア製なので、エロいアンプが台無しです。それで試行錯誤した挙句、このスレにたどり着きました。
ワシも若い頃にはイチモツが暴れて仕方なかったが、いまではしおれてしもうた。


45 :仙人短 ◆TANPanX3xc :2008/06/07(土) 17:12:21 ID:UbVbvxUd
>>37
エロいので〜

オーディオにエロさが無くなれば、それはよもや、オーディオではない。
僕等がそれに注目出来る訳は、そこに、理(タナトス)ではなく。感情(エロス)と見ているからです。

魔王「あんたの話も、ようワカランが。つまり?」
閻魔「エロい方が、むしろ正解。オーディオ的には、だけど・・・」
短「閻魔は最近、凄い事言うよね・・・」


46 :ヤフオクの詐欺師、denden95でございます。:2008/06/07(土) 17:32:05 ID:w+QT+D9P
先日、富士山見ながら独り孤独にセンズリこいていたら孫娘に「おじいちゃん何してるの?」と見つかってしもうた。
あわてて「セ、センズリじゃ!」と答えると、「なんだか分からないからお母さんに聞いてくる」と走って行ってしまった。
後日娘に手篭めにされてしもうた。今後はこれにしよう。


58 :自称ヤフオクのアタナトス帝王、denden95でございます。:2008/06/08(日) 23:19:01 ID:Ll60Lz4p
EAR MC-4 は買わないほうが良い。あれはティム自身がトランス巻いてないぞ。
どうやら部下にやらせているのだ。狙い目は初期のMC-3だ。

834P−5 もダメ。5Ωからで2〜3Ωには対応できていないし、下っ端の技術者にトランス巻かせてる。

初期の834P を中古で手に入れて真空管を全て交換するのがベストじゃ。
現行品には手を出さないほうが良い。

859/861/834L/834P/V20 まではティムの本物の手巻きのトランスだ。それ以降はやめておくことじゃ。
EAR の製品の価値はティムの手巻きのトランスにあるのだからな。


MC 昇圧トランス EAR MC4
http://www.yoshinotrading.jp/products/ear/mc-step-up-transformer/


77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/26(木) 11:53:21 ID:OKsa97Ys
EARの仕様やデザインはね、日本からの提案なんです。
御安心下さい


78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/26(木) 11:56:57 ID:OKsa97Ys
限定、という言葉に勘違いされていますが、部品の手配においての最小ロット単位、と考えて下さい。

 次に発注してロスを出すよりも、モデルを変更した方が安い。
それに売上も伸びる。  客も納得し購買意欲をそそる。
 このように商売に徹しています。 

デザインも日本の皆様がウットリする様に日本人が考え提案しています。
 安心してお買い上げ下さい


100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/08(火) 18:02:48 ID:gC57os6R
regaの輸入元は東京のハインツ&カンパニー. だが、rega社のサイトでは岡崎のH&K。
EARも同じなので、詳しい事は、岡崎のオーディオショップH&K、に尋ねた方がはやいよ。
社長も同じだから安心。


114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/11(金) 10:03:14 ID:Z47b9Fya

EARはね。輸入元の社長さんの指示で、デザインや仕様を決めてるからカッコいいんだよ。 新製品の企画も同じだよ。

 指示のもと、サンプルが日本に届いたら、再度輸入元の社長さんのチェックを受けて、日本のみんなが嫌いそうな箇所を、修正指示受けるんだよ。

 で、その後、部品部材の発注最小ロット単位で生産されるわけさ。

限定生産というやつだ。 こうすれば売れ残りも少ないし確実にさばけるし。
物価や為替の関係も、次のモデルで値上げすればよいことだ。
とにかく、安心な商品だから迷わず買うことが肝心だ。


115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/11(金) 15:55:49 ID:9JlKg/2/
だからかっこいいんだな。日本人好みのデザインなんだね。
よーし買おう。


116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/11(金) 16:08:42 ID:EJ6kECXw
かっこいいっつーか ケバイよね。
それにしても非オーナーの書き込みが多い。


81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/28(土) 02:35:18 ID:m1jsNE1T
最近のEAR製品なんであんなに値上げしたんだ?あまりにも高杉ww


82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 13:28:14 ID:Zde5Y+tN
でも3流の球アンプを何台もかうのなら、一発ビシッと本物を買って長く愛用するほうが最終的には得だと思う。
EAR の価格は全世界共通だから、高すぎることはないと思う。


17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/04(水) 06:53:48 ID:MaGJug+z
V20以外いらないよね


18 :ヤフオクの帝王、denden95様だ!:2008/06/04(水) 08:46:22 ID:1JVn1lPS
確かにV20は宵アンプだが、ギャングエラーなどが気になる。
ECC83が5〜6本切れても音が出てしまう。常に綿密に面倒を診てやれば、確かに最高のアンプになると思う。


19 :ヤフオクの帝王、denden95様だ!:2008/06/05(木) 17:02:16 ID:x5i+FN5r
ワシはシングルエンドの、第1号機の859が最高傑作だと思う。
パワーでは負けるが、861よりも音が澄み切っている。


68 :はむはむ・・@:2008/06/23(月) 00:36:07 ID:tmsTzAYW
13WのEAR859の持ち味を生かすスピーカーは何がいいのかなぁ?
ちなみにオラは8Ωで90dB前後の物を買ったんだけど・・・
4Ωや6Ωでは出力管が早く消耗してしまうのでチョイスに結構悩んだ。
f特がフラットでワイドレンジかつ(これが難しい)能率が高い物って意外に少ないんだよね・・・
大抵、能率の高いスピーカーってナローなヴィンテージ物ばかりで、現代的な録音にそぐわない。
アンプを決めてスピーカーを選ぶなんてオデオのジョーシキには合わないのかもしれないけどアンプに惚れてしまったのだからしょうがないもんね、はは・・・。


69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/23(月) 01:35:48 ID:BL3xc3N9
>>68
うちではAEのAE-1を使っている。
 


70 :私の息子はEL34:2008/06/23(月) 06:11:13 ID:O3UIooqo
>>68
うちの859には、アルテックとKLIPSCH を使っています。
感度は平均96デシ位が良いと思います。ただ低音域がどうしても不足する感じがします。やはり861 を1度は聴いてみなければなりませんね。


120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/12(土) 17:42:26 ID:u11dkF9E
861が欲しい。でも金がない。859で我慢しとくか。
859にPHILIPS PL519 使ったらまるで別の次元の音になった。
EARも所詮真空管にこだわらないとダメだね。


121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/12(土) 20:48:04 ID:irp8fzh4
861使ってるけど859のが音がクリアでいいよ。


122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 13:55:59 ID:/vH+AFRK
>>121
859をもう少し追い込んでみます。
PL519のシングルエンドのほうがピュアな音がでるのでしょうか?


123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/14(月) 21:30:06 ID:v+NERuem
パワーや音の厚みは861のが有るかなぁ。
音楽がゆっくり聞こえる気がするんですよね。
音色は859のすっきりしてて僕は好みです。

参考までに


真空管アンプとトランジスタアンプの音質と性能比較リポート
C.R.Developments    Woodham 300B Classic
EAR              V20
EAR              859
LUXMAN           C7i/M7i
AURA             VA80SE TUNED BY IPPINKAN/Ver.2
http://www.mmjp.or.jp/ippinkan/newpage120.htm


真空管アンプ聴き比べ
EAR              859
EAR              V20
EAR              834L + 861
ROGERS           E20a TUNED BY IPPINKAN
http://www.mmjp.or.jp/ippinkan/newpage124.htm


124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/20(日) 00:09:01 ID:8Y37U7fm
859は所謂、球アンプのイメージと異なり、温か味のある音ではない音だが石アンプでは絶対出ない鮮度感と安定感が有って他に代わりがない感じです。

後もう少し出力が有れば今のスピーカーを鳴らし切るのになぁ〜と思っていますが、もう10年以上使っています。13Wと云うだけでサブシステム扱いにされてるのは勘違い だと思う。


125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/27(水) 01:00:22 ID:woVdywAt
861をモノブロックにすると、別世界でした。
それと、200Vで鳴らしはじめました。
調子いいのでオトマール・スイトナーのベートーベンをアマゾンで注文いたしました。


79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/27(金) 01:40:54 ID:PoLlqdre
EARはNF型何だが、その共通の特徴として音が真中に集まる傾向ってない?


80 :EAR 万歳!:2008/06/28(土) 01:57:18 ID:tZzp3F5C
>>79
それは純正のロシアのソヴテック球使ってる場合だけ。
EAR は買ったら即球全部交換すること。
ヴィンテージ球にすれば、至福の世界が待っている。
スタジオ録音が、ホールで生演奏してる感じで再生されるぞ!試しにやってみろ!


20 :ヤフオクの帝王、denden95様だ!:2008/06/05(木) 18:38:36 ID:x5i+FN5r
834PはエアータイトのATC-1 のほうが良かった。低音域の出方がかなり違う。
ただ問題はエアータイトはMC対応になっていないが、EAR 834P はMCにも対応できる。
これぐらいだった。


22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/06(金) 02:01:12 ID:2p3UT47l

20のカキコ取り消します。
EAR 834Pの蓋を開けて挿してある真空管を見た。ECC 83 3本ともなんとロシア製のソヴテックだった。はっきり言って、あきれ果てた。ハインツはこんなところでケチって、音をクソにしている。
早速1960年製のTELEFUNKEN ECC83 NOS に替えた、すると驚いたことに重心が下がり低域の音が前に出て中音域もガッツが出た。その上に高音域が乗ってくるので、バランスが完全に整った。
S/Nもかなり改善されて、最高の音になった。

エアータイトのECC 83 もTele に替えてあった事を思い出してEAR 834P にも実験してみた。最高の激変音になり大満足である。
日本全国のEAR 834P の所有者達、ハインツの純正のソヴィテックECC 83で聴くのは絶対に辞めましょう。
絶対にだめです。834Pを売り払う前に、必ず真空管をヴィンテージ管に替えてからにして下さい。
あなたの眼からウロコが落ちるでしょう。


162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/10(火) 04:56:13 ID:VmtQJ9+5
>>22
ハインツと関係ないだろ。海外仕様も同じ真空管だ。


23 :ヤフオクの詐欺師、denden95でございます。:2008/06/06(金) 03:15:27 ID:2p3UT47l
フォノイコのEAR 834P の初段のECC 83をTele から、SIEMENS E83CC 3 mica 軍用管に替えました。
するとスピーカーの中心に、高倉健が立っていました。

スタジオ録音がまるでホールで録音されたライヴのような音で響き渡り。かなり大満足しています。

なにが「ティムデパラビッチーニ氏の選別真空管」だ!
ただのロシア製のソヴテックECC 83じゃねえか!
ふざけんなー!ハインツのばかやろー!
ハインツよ!ワシを怒らせると怖いんだぞ!もう相当な年の頑固爺だからな。
ワシの熱いイチモツは、ハインツの社長の尻に穴と石川にぶち込むことにしました。

全国のEAR ファンの方々、アンプを買ったら必ず中の真空管を全部替えましょう。
もう悩むことはありません。安心してください。


57 :自称ヤフオクの帝王、denden95でございます。:2008/06/08(日) 06:09:59 ID:Ll60Lz4p
これ面白いよ。

QUAD QC24P
PHASETECH EA-3
フォノイコライザーアンプ 音質比較テスト
http://www.ippinkan.com/QUAD_QC24P.htm


83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/03(木) 19:13:22 ID:JDEGzz0A
QUADの球プリはパラビッチーニの設計らしいけど、843Lと比較するとどうなんだろう?
 同じ傾向なら、お買い得か?


71 :私の息子はEL34:2008/06/24(火) 17:29:12 ID:hh+/FZma

ちなみに今はEAR 834P-5 など買わないほうが良いよ。
イギリスではもうこんなのが発売されているから、これが日本で発売されるまで待つほうが良い。

EAR 88PB
パラヴィチーニの傑作管球式プリアンプ「EAR 912」のフォノステージ。
標準販売価格 \689,000(税別)
http://www.yoshinotrading.jp/product-details/88pb/


72 :私の息子はEL34:2008/06/24(火) 17:42:19 ID:hh+/FZma
このEAR 88PB が発売になると現在の834P-5 / 834L / 864 / 864Bなどが値崩れするよ。
買うのなら値崩れした過去のEAR か、最新の EAR 88PB に絞られる。


73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/24(火) 18:01:44 ID:+z+GARH5
>>72
EAR 88PB はどこがどういいの?


74 :私の息子はEL34:2008/06/24(火) 18:20:48 ID:hh+/FZma
>>73
EAR 88PB は所謂EAR 834L+EAR 834P-5 の合体したものだと思います。
つまりPHONO ケーブルをターンテーブルから直接持ってきて、パワーアンプに送れるわけです。ケーブルで繋げばそれだけ接点が増えて音質が劣化しますが、このEAR 88PBはそれを可能にできるモデルです。
まだ定かではありませんが、MC受けが出来ればMC 3/ MC 4 はもちろんいりませんし、834P-5 / 834L / 864 / 864B も全ていらなくなります。現在アナログレコードが約20年ぶりにひそかなブームになっていますのでそれの火付け役にも成り得る優れものです。これは手に入れておいても決して損はないと思います。
MC 3/ MC 4 /834P-5 / 834L / 864 / 864Bなどの所有者は未だ値崩れする前に売り払って88PB購入の資金にするほうが得策です。


________


7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/05/30(金) 00:55:37 ID:iFG4CMa7
 ところで、EARの球は純正のものと、他のもので交換して、比較した方がいたら、インプレ求む。お願いします。


8 :denden95のTESLA ECC802S は中古管:2008/05/30(金) 05:29:10 ID:tfDaM8Eb
859のEL519はMullard ブランドのTESLA 6KG6A に替えて、PCC88は全て軍用TELEFUNKEN . 834L ECC83/ECC82 は全てTELEFUNKEN にした。
ぼやけた音が鮮明になって、フォーカスがさだまった。実在感がまるで違う。
やはりEiの球ではダメだね。
ちなみにフォノイコの834P の ECC83 3本は Amperex Bugle Boy 12AX7 にする予定。


12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/01(日) 16:14:28 ID:+beW3DHh
>>8
859のEL519は交換するのって自分でできますか?
 なんか、あのケージに直接真空管の上の部分が着いてるように見えるんです
が。
 御教示ください。


13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/01(日) 20:55:42 ID:bk8TUgk6
>>12
EL519 の頭のキャップはそのまま外れます。(但し金属部分がサビついている場合は、メーカーに頼むほうが良いでしょう)くれぐれも線を切断しないように。
EL519=6KG6A=PL519 でもOKです。
まだ試してはいませんが、オランダPHILIPS PL519 が4本あるのでいずれはそれに替えるつもりです。
出力管がEiではアンプと釣り合いが取れません。
またPCC88 もTELEFUNKEN に替えるほうが良いと思います。
ボケた音に芯がでて、フォーカスが定まります。
お試し下さい。

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/02(月) 23:32:21 ID:IoUgsqK9
861が電源ONで立ち上がるとき、SPから「バチ」「バチ」と大きい音がするのですが、どこが悪いんでしょうか。


16 :ヤフオクの帝王、denden95様だ!:2008/06/04(水) 03:27:51 ID:1JVn1lPS
>>15
とりあえず真空管を全部交換してみる。それでも症状が出るのならば、出力トランスが疑わしいです。球をかえてもだめなら、メーカーでメンテでしょう。
メーカーで球替えると、ゴミみたいな真空管で5万円以上取られるから出来れば自分で球くらい交換しましょう。
EARはもともとセルフバイアスだからだれでも球替えられますよ。


25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/06(金) 12:39:01 ID:28DTcPBk
>>16 ありがとうございます。
真空管の交換にチャレンジしてみます。
861の管で、お奨めなどありましたら、ご教示ください。
出力管 : EL519x8
他   : EL519X4
: PCC88x6


26 :ヤフオクの詐欺師、denden95でございます。:2008/06/07(土) 05:59:49 ID:w+QT+D9P
とりあえずまずはPCC 88からだ。
まずはヤフオクでTELEFUNKEN PCC88 と検索してご覧。


27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/07(土) 10:32:53 ID:gQdKrclD
>>26
>TELEFUNKEN PCC88 よいものですね。
861をモノアンプとして2台運用しています。
PCC88だけでも10万オーバーですね。
あこがれます。


28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/07(土) 10:54:40 ID:gQdKrclD
>>16 >>26 真空管の記載が誤っておりました。
861の管で、お奨めなどありましたら、ご教示ください。
:EL519X4
:PCC88x6
:ECC83x2
手もとにあるパンフレットに861の出力管が「出力管 : EL519x8 」と記載してありますが、4本の間違いであるような気がします。


29 :ヤフオクの詐欺師、denden95でございます。:2008/06/07(土) 15:27:15 ID:w+QT+D9P
>>28
EL519=6KG6A=PL519 ちなみにPL519 を使用したほうが断然良い音になります。
お勧めはPHILIPS PL519 made in Holland 僣eerlen plantです。値段は高めですが20000時間以上使えると考えると最終的にはお得だと思います。
PHILIPS PL519 はEARなら最高のマッチングです。
同様にMullard 6KG6A も素晴らしい音に激変します。

PCC88はオークションでTELEFUNKEN ダイヤマークが手ごろな値段で出ていますのでそれを購入するといいでしょう。もう少し背伸びが出来るのであれば PHILIPS E88CC SQ 管をお勧めいたします。とても芸術的な再生のできる優れた選別品です。
ECC83に関しましては基準はやはりTELEFUNKEN ダイヤマークですが、オークションの中古だけはダメです。ヘタすると3ヶ月で球が切れます。ダイヤマークなしはゴミです。
購入するのであればちゃんとgm相互コンダクタンスを記載しているものにしておくことです。1600/1600 mhos程度あれば十分でしょう。
コストパフォーマンスで考えると、PHILIPS ECC83 あるいは、MINIWATT ECC83 などが良いでしょう。
いずれにしても1960年代のドイツ/オランダのヴィンテージはとても質が良いので今後は入手がとても難しくなると思います。


56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/07(土) 22:25:31 ID:gQdKrclD
>>29
ご親切にありがとうございます。
PHILIPS PL519 made in Hollandですね。
第一候補にしておきます。
急ぎのものではありませんので、長期でねらっていこうと思います。


64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/16(月) 01:38:21 ID:N/z1Oxdw
エロ元気のいいdenden95さん
EAR 834Pのソビエト球の代わりにムラードはダメですかい?


65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/06/16(月) 09:05:59 ID:sAoPMenh
通りすがりですが、Mullard も良い球だと思いますが、使用するのであればQUAD 22
などが良いのではないでしょうか?

元々EAR 自身が英国製ですので、他の国の質の良い球をブレンドしたほうが面白い と思います。


130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/05(日) 00:14:15 ID:JtLs5YUo
859の球を交換しようとしたら、EL519のトッププレートに配線が半田で直づけだった。
今後のメンテを考えてプレートキャップでもつけようかな。
交換済みの皆さんはどうしましたか?


131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/05(日) 00:39:56 ID:u8m8q3Xi
>>130
うちの859もそうなんですよ。で、買ってから10年以上経つので、どうしようかと思っているんですが、このスレの上の方で、キャップになっているらしいのが出ているんで、後期?の859 はキャップかもしれません。
 

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/05(日) 15:14:58 ID:JtLs5YUo
>>131
市販のプレートキャップってあんまりスマートなのがなくって、
自作派でよくヒューズホルダーの金具を代用している人がいるけど、感電怖いし・・・。
ところでデフォの球って何が入ってました?
イギリスのChelmer Valve EL519?


133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/05(日) 21:57:41 ID:g9w0+BFE
131氏でなないですが うちの859(94年製)はCVCのEL519です。
そろそろ変えようかと思って色々探っているのですが
キャップなのかカバーなのか分かりませんが黒い丸いものがついています。
バルブ交換について情報あれば宜しくです。


134 :133:2008/10/05(日) 22:38:47 ID:g9w0+BFE

気になったのでばらしてみました
電圧管はTrigon PCC88×3
EL519の上部とケージがシール剤のようなものでくっついている模様で無理に外すと何だかやばそうです。


135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/05(日) 23:54:57 ID:JtLs5YUo
>>133
裏側からグリルのビスを外して、シール剤とグリルの間に指をしのばせて
グリルを引っ張るとうまくいきますよ。
それから球と配線の被膜に付いたシール剤を丁寧に剥がせばオッケーです。
くれぐれも配線を強引に引っ張らないように、くれぐれも感電しないように。


136 :131:2008/10/08(水) 18:25:32 ID:9V7kQSmF
>>132
うちの859はEdicronというのが使われています。


137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/13(月) 00:30:56 ID:WK9ldbz8
>>135
ありがとうございます。
うまくとれました。
プレートはやはりハンダ付けだったのでキャップ化しました。
これで好きな球に替えられます。


138 :136:2008/10/16(木) 18:27:00 ID:PGsyPZr7
>>137
キャップ化するのって、初心者には難しいですか?
 レベルとしてはRCAプラグのハンダ付けができる程度なんですが。


139 :137:2008/10/18(土) 23:25:57 ID:fiWYUbC/
>>136
ケーブルが作れるのなら全然問題ありません。
球から配線外して、その外した配線をキャップにハンダ付するだけなので簡単です。
ちなみにプレートキャップは6.35mm用です。


140 :136:2008/10/19(日) 12:57:54 ID:gQh+pJ6M
>>137
ありがとうございます。
 今度、プレートキャップ化してみようとおもいます。
 さらに、質問で申し訳ないのですが、入力セレクターの接触不良はでていませんか?
うちのはPhonoやAuxで右のスピーカーが鳴らないことがあり、ぐりぐりすると治ります。


141 :137:2008/10/22(水) 23:07:57 ID:9AT7A/7D
>>136
うちも接触不良ありますが、入力は1系統でしか使っておりませんので特別問題にしておりません。
ハインツでボリューム、セレクタ交換してもいいかもしれませんね。
それよりノブを新品交換したいですかねwww
あとはコンデンサ交換でしょうか。
そんなところです。


142 :136:2008/10/25(土) 20:11:22 ID:KLURy4Ex
>>137
 アノードキャップの取り付けができました。  
 セレクターは結局ぐりぐりまわしでなんとかしています。
ところで、ECC88は見ますが、PCC88というのは少ないみたいですね。

 

143 :137:2008/11/09(日) 09:28:14 ID:lUddTFng
>>136
実際やってみると案外簡単だったと思います。
PCC88(7DJ8)はテスラやテレフンケンなら手に入ると思いますよ。
オリジナルは何が刺さっているかわかりませんが、交換されるのなら極上ヴィンテージ管にすれば859は今までの音は何だったのかというくらい全くの別物になります。


144 :136:2008/11/09(日) 21:24:35 ID:KTA8O1TR
>>137
簡単というほどではなかったですが、できました。どちらかというと、あの黒いゴムみたいなのをはがすのがたいへんでした。  
 確か、CVCというPCC88だったと思います。テスラ、テレフンケンですか。
 探してみます。
 それと、真空管アンプは熱量が違うから、他の部分の耐用年数はどうなのかが気になってきました。
  うーん、こうやって、アンプいじりにはまる人は入っていくんだな。


145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/12(水) 22:36:40 ID:WNf02ohy
テレフンケンやテスラのPCC88に変えると具体的にどんな風に変わるのか教えて欲しいです。859に惚れ込んでいるので・・・プリ部のクォリティアップ と言う考え方ですよね。場合によっては即断即決で実行したい。


146 :136:2008/11/12(水) 23:06:07 ID:1r8qn7eO
>>145  
 テレフンケンのPCC88に3本とも交換してみました。音数が増えるというか、情報量が増えたような感じがします。
 音場も以前に比べて拡大しような感じです。


148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/14(金) 01:08:22 ID:uJnGjups
859の使用真空管はEL519×2、ECC83×3、ですよね。
869の場合EL519×2、PCC88×2、ECC85×2と、少し違いますがこれでいいのかな?


149 :137:2008/11/14(金) 23:35:32 ID:m31+FINd
>>148
859はEL519×2、PCC88×3ですよ。

>>136
ワタシの場合はプリ管(テレフンケン)を替えた時の音の変化量より
パワー管(ムラード)を替えた時の変化のほうが大きかったですね。


151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/18(火) 08:43:42 ID:O3S/tmy8
>149、ありがとうございます。
そうです859はEL519×2、PCC88×3ですね、中覗いたら、パラビッチーニのマークがプリントされていましたので球のメーカーはわかりません
テレフンケンのPCC88って入手困難なものなんですかね?初心者なので・・・


152 :137:2008/11/26(水) 21:43:29 ID:y56sgoCq
>>151
EARマークの入った球はどこ製なんでしょうかね。
テレフンケンPCC88は国内オクをチェックするとか、海外オークションでしょうか。
現在では通常のショップなどでマッチドトリオはまず手に入らないと思います。


153 :136:2008/11/27(木) 12:40:51 ID:Y1PHB5UH
>>137
EARの球は確か、ユーゴスラビアのものだと、管球王国で見たような気が。
>>151
 私はPCC88でググって買いました。


154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/18(木) 22:08:33 ID:CZGNr+UZ
EAR509が気になりますが、使っている人いますか?


155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/24(水) 09:09:17 ID:tncL7+Nt
>153
テレフンケンの◇マーク、ファルコンロゴのPCC88入手しました。
エコーの消え入り方が伸びやかで美しくなり、ディテールの表現が細やかで豊かになりましたね。
空間表現も広くなりました。
音でなく、より音楽的に充実した感じになったよ。


156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/12/27(土) 15:41:22 ID:8HfxOtRW
859の真空管は、EL519/509だったが供給できない(JJもあるけどトッププレートがない
859はトッププレートが必要)から、EARはPL519へスイッチしている。
実際、修理に出して純正EARマークをプリントされたPL519がついて戻ってきた。
音質はEARてだけで浮かれる人にはEARの純正マークがプリントされていれば、どうでもPLだろうがELだろうがいいんじゃぁない?
PL519自体はテクソルさんのHPみるとごまんと在庫があるので問題はなさそう。
但し、純正プリントじゃぁないからEARブランド至高主義の人には受けないか?
 俺は別ルートでフィリップスのPL519の新品を2本1万数千円で手に入れた。
PL519自身はそんなに入手が困難じゃぁなさそう。
マックトンさんなんか、EL519のOTLでたくさんEL519を使っているからストックしてるとこにはあるんだろう。
だけど俺は、859に興味がなくなり更に良い球アンプを見つけたから別れた。


97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/07/08(火) 07:13:42 ID:+KdZFTs8
昨日uchiy1961さんから、NOS のTELEFUNKEN ECC83 for marantz #7 original 6本が届いた。
もちろんオクを通さない直接取引きです。(直だとuchiy1961さんは送料を無料にしてくれます)

早速届いた箱を開封して超驚いた!
発注してあったTELEFUNKEN ECC83 はもちろん最高の品だったが、頼んでもいないのに未使用新品元箱入りの旧TESLA ECC803Sが1本入っていました。
手紙が同封されていて、「比較試聴にお使い下さい。uchiy1961」と書いてあった。

真空管買うのならuchiy1961さんから買うほうが良いよ。1年間保証付けてくれるし。とても安心して買えます。
uchiy1961さんは、本当に親切な人だと思います。
http://mimizun.com/log/2ch/pav/1212015207/







21. 中川隆[-12109] koaQ7Jey 2018年5月07日 07:56:46: b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-13435]

▲△▽▼

パラビッチーニの真空管アンプの原点 Michaelson & Austin TVA-1

Michaelson & Austin TVA-1 \590,000(1979年発売)
https://www.google.co.jp/search?q=Michaelson+%26+Austin+TVA-1&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=MkqgU5yyGoP98QXPgIGoBw&ved=0CBsQsAQ&biw=1045&bih=924

TVA1 - KT88 Michaelson & Austin
http://www.youtube.com/watch?v=Bn2U7qfUC_w

出力管には選りぬかれたGEC製KT-88を採用しています。このKT-88の良さを最大限生かしつつ欠点を補うため、特別注文の巨大な出力トランスを搭載しています。回路構成はAB1クラスとしNFBは14dB以下に抑えられています。

管球式ステレオパワーアンプ
実効出力 70W+70W
外形寸法 幅457×高さ190×奥行280mm 、重量 32kg
http://audio-heritage.jp/MICHAELSONandAUSTIN/amp/tva-1.html


マイケルソン&オースチン TVA-1 1981年6月25日 菅野沖彦
 同社の代表機種として、すでに多くの機会に紹介され好評のアンプだ。私もステレオサウンド誌上で何度も、そのよさについては書いてきた。70W+70Wのパワーは、このパワー管としてはマキシマム・パワーに近く、この点で耐久性が気にならないではないが、俗にいう管球アンプらしさを超えたパフォーマンスが魅力の製品。創りはしっかりしているが、仕上げは高いとはいい難いく、欲をいうと、もう一つ緻密な味わいがほしい。
音質の絶対評価:9
http://audiosharing.com/review/?p=792


マイケルソン・オースチン TVA-1は、初段がECC83(12AX7)差動プッシュプルです。共通カソード側は定電流回路ではありませんが、マイナスに引き込んだ電源を使い、高抵抗で定電流回路に近い動作を実現しています。ドライバ段はECC81(12AT7)を使った半直結差動プッシュプルで、共通カソード側はここも定電流回路ではありませんが、それなりの高抵抗が入れられていますので、立派に差動回路として動作します。
流石に出力段だけは差動ではありませんが、それでもこのアンプは他のプッシュプル・アンプとは一味違う音がします。大いに触発され、参考になったアンプのひとつです。
http://www.op316.com/tubes/specialx.htm


マイケルソン&オースチン TVA-1 真空管パワーアンプです。奇才パラヴィッティの設計です。
回路は普通のKT88のPPですが、75W+75W出せるのは巨大な電源トランス+出力トランスによるものです。
音は非常に派手で、ドスが利きます。 ALTECのA5が吠えます!凄い!
ところが1時間も過ぎると音が変わります!!!!
しっとり聞かせるTVA-1と言える音です。
http://www.auduo-1.com/newgoods/M-N/MichaelsonAustin/TVA-1/TVA-1.html


たかはしたかはし 2006/01/12 16:50
現在メインアンプは自作者から落札した6550三結ppで25Wぐらいのものなんですけど、今度は定格どおりの70W、マイケルソン&オースチンのTVA−1にしました。
じゃじゃ馬でしょうね。かつての憧れのアンプです。
球も消耗しますけど、何かあるとスピーカーからとんでもない轟音が発っせられるとか。ちょっと怖いですが、それでも一度は使ってみたくて・・。オークションでいろいろ売りまくって、なんとか資金ができそうなので買っちゃいました。


WaldstimmeWaldstimme 2006/01/12 17:15
TVA-1ですか、いいですね。たしか設計はパラヴィッチーニ? 
届いたら、感想をぜひ聞かせてください(^^


たかはしたかはし 2006/01/14 12:47
TVA−1届きました。現在サブスピーカーで様子みてます。一応ハイパワーアンプらしい厚みが感じられます。しかし、修理に出した明細も一緒に付いてきたのですが、それを読むと電源トランスの100V入力を120Vタップに変更してあるとのこと、出力データも付いてましたが、それによるとクリップポイントで40Wあまり。Epが高いのでそうした方が良いとの説明がありました。

25年ぐらい前のアンプでしょうから、当初の性能が維持できないということなんでしょうが、それだったら最初にそれを説明してくれよ、という気分です。専門ショップを通して客の委託品を買ったのですが、これは売買契約としては重大な瑕疵ですよね。70W出力に惚れて買っているのですから・・。
修理済みですなんて言われたら当然それを期待しますよね。後で修理したところから連絡が入ることになってますが・・・。ものすごく重くて、もはや再梱包する元気もなく・・。これからメインスピーカーに繋ぎますが、いい音がしたとしても、今ひとつ心情的に乗り切れない気がします。オーディオにはそういうメンタルな部分も大きいですよね。なんだかなあ〜って感じですよ。「管球王国」の比較試聴で使っている新氏のアンプのコピーを自作者に作ってもらおうか、なんて考えも頭をよぎりますが、それだとこのアンプの購入価格の倍以上は軽くかかるでしょうし・・・。うまくいかないですね。


platycerusplatycerus 2006/01/14 13:47
たかはしさん、TVA-1は設計にかなり無理があるようで経年劣化が激しいみたいですね。。。初期性能を期待するのはちょっと無理かと(^^;;
http://topseller.jp/store/member/amp8/vv-amp/michaell/michaell.htm
にかなりの修理記録があります。


たかはしたかはし 2006/01/14 15:01
platycerusさん、ありがとうございます。メインのスピーカーに繋いでみました。エネルギッシュな音です。ただこれはいわゆるUL接続の音なんだろうな・・という感じです。修理した方とも連絡が取れて一応納得しました。

最大出力ってクリップ時の出力ということではないのですね。オリジナルに近づけたいのであれば117Vに電源を昇圧するトランスを使えばよいとのことです。まあ、安ければやってみようか、ぐらいな感じです。教えて頂いたサイトの方に修理を依頼するば、初期性能が復活するような感じですが、でも10万円かかるようですし・・、それに私には三結や2A3ppの音の方が合っているようで・・。付いていた真空管が新品なのでエージングしてみて、やっぱり合わないようならオークションに出品して、300Bppを買うときの原資にしようか、なんて考えてます。アホですね。


Waldstimme(WS)Waldstimme(WS) 2006/01/14 23:22
>たかはしさん。たしかに釈然としませんね。わたしのSA-5.1もじつは独立電源のアース回路がトランスメーカーによって変更されていてはじめのうちは戸惑いました。これは、近々自分でトランスを交換するのでもとにもどりそうですけど。platycerusさんのリンク先はなかなか評判が良くて、わたしもメンテをお願いしようと思ったことがありました。
でもせっかく憧れの機器を入手されたわけですから、しばらく音を聴くという原点を充分堪能したほうが精神衛生上いいですよ(^^


たかはしたかはし 2006/01/15 04:58
WSさん、どうもです。6時間ぐらい経過したら音が良くなってきました。当分はこれでいけそうだな、という感じです。音の透明感は2A3ppに譲るとしても、力強い低域に支えられた独特の味があって、ちょっと癖になりそうな気もします。原音とはちょっと違った方向でしょうが、情熱的な、官能的なとでも言いましょうか、オーディオならではの愉悦という感じです。
そのサイトの人に修理について相談したら、春ごろに、ということでしたので、それまでゆっくり考えようと思います。このアンプを修理した所の話では1年やそこらでは絶対に壊れないとのことですので、まあ春までだったら安心できそうです。サブシステムを売り払って修理代を捻出しようか、なんて今は考えてます。でもすぐに飽きたりして・・。
http://d.hatena.ne.jp/Waldstimme/comment?date=20060112


今使っているのはプリはマッキンのC-29ですが、パワーは ミカエルソン&オースチンのTVA-1というイギリスの真空管アンプです。

これがまた熱い音を出してくる。KT-88なんでMC-275系の音なんだろうけど力感と程良いレンジ感と鳴りっぷりの良さと余韻感、繊細感もしっかりありと、相当バランスが良いのです。

80年前後のオーディオ誌では、瀬川先生をはじめほとんどの評論家の方々も

「久々の熱い、惚れ惚れする音」

と絶賛していたのを思い出す。ちなみに、アキュのC-280とこのTVA-1が620Bを鳴らすベストな組合せとしていた。
http://www.fsinet.or.jp/~ash-k/ALTEC%20Site/altec010.htm


音を聞くと、初めTR(トランジスター)AMPと思わせる、これ真空管AMPと疑う!
この巨大(強力)なトランスがその原動力でしょう
マッキンのMC60/275の「サンドイッチ巻き+カソード帰還」による、高域の歪みの軽減の音とは対照的な、力強いく荒々しい低音の音が光ります。真空管AMPの中では、一度は聞きたい機種です
http://amp8.com/vv-amp/michaell/tva-1-7.htm


Michaelson & Austin TVA−1です。

80年代に一世を風靡した管球アンプ。これもひとつの憧れでした。で、買っちゃいました。

しかし、修理済みということで期待したところ、付けられてきた修理明細をみると、安全のため電源トランスの入力を100Vから120Vのタップに変更したとのこと。つまりこれを100Vのコンセントに繋げば設計よりも低電圧駆動ということ。

このアンプは真空管を定格どおりに働かせているところが売りだった。真空管は消耗品、ある程度早く切れても構わない、それと引き換えに、なんともエネルギッシュで「熱い」音を聴かせる、それがコンセプトだったはず。

かなりがっかり。最初に言ってくれよ、そんな大事なこと。それを事前に知らされたとしても結局は買ったとは思うが、それにしてもね、知っていたのと後から気づかされたのでは偉い違い。

修理した所に問い合わせたところ、部品の経年変化で設計どおりの電圧を掛けるのが危険だということ、それから真空管の長寿命化、そして、それぐらいの減圧は聴感上では違いがない、という長年の経験による、ということらしいが、私がこのアンプに求めているのは、そんなことではない。

目一杯働かせているという、そういう危険な香りと、その代償としての高音質、なのである。

頭に来て返品しようかと思ったが、なにせ38Kgの重量。もはや再梱包する元気もなく・・。

とりあえずサブスピーカーで音出しして様子をみた後で、メインスピーカーに繋ぐ。

たしかに「熱い」音は体感できたが、やはりいまひとつ、の感。これはUL接続の音なんだろうな、ぐらいな感想。

とあるサイトで、オーバーホールで初期性能を復活させてくれるという人のサイトを教えてもらって、見てみたら10万円かかるらしい。

ますますムカムカしてたら、そのうち音が良くなりだした。

これは・・・、いいんじゃないか。原音とはちょっと違った方向の音だが、思わず引き込まれる。力強い低域に支えられた、まぎれもなく「熱い」音である。大げさにいうと麻薬的、癖になりそうな音質。
http://blogs.yahoo.co.jp/magagiok/22580135.html


MICHAELSON & AUSTIN TVA-1

かなりのハイパワーアンプですので、チョイ寿命が短めです。もう使っている人いないかな?

何台か修理(改造)しましたので、僕なりの経験です。整流直後に入っている800μのコンデンサー二個。ブルーの奇麗なコンデンサーですが、兎に角パンクしやすいです。単にパンクだけで済めば良いのですが、其のコンデンサーの下側に電源基板があって、電解液が掛かり全てオジャン。

良質な国産に替える事をお勧めします。此れの設計者は半導体に慣れてしまっている様で、800μは大き過ぎ。精々100μ。でも此れではリップルが取れ切れない。

そこでチョークです。2〜3Hで十分です。チャントしたπ型フィルターを作って上げましょう。残留ノイズも減り、音質もはるかに上質に。更に故障も減る一石三鳥の改造です。

プッシュブルですから理論上はリップルが有ってもハムの発生は無い。との設計でしょうが、経験不足を露呈しています。

バイアス回路の22μのコンデンサーの質で、音色は面白い程変わります。好みのコンデンサーを見つける楽しみが有ります。

KT88のカソードに入っている47Ωは電流チェック用ですが、完全に狂っているのを何個か見受けました。それに気付かずに電流調整をしますと、プッシュブル動作が出来ません。シッカリとした抵抗に交換です。

トランス類は丈夫ですので、若干手を入れるだけで使えるアンプです。
http://hayashilab.syuriken.jp/autva101.htm





22. 中川隆[-12108] koaQ7Jey 2018年5月07日 08:06:12: b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-13435]

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ソナス・ファーベル特別試聴会 PHILE WEBコミュニティ 2008年8月28日
http://community.phileweb.com/mypage/entry/1519/20080828/6853/

ソナス・ファベールの特別試聴会とやらへ行ってきました。


試聴した機種は次の3つ。

Guarneri Palladio
Cremona M
Minima Vintage


試聴会は、Guarneri Palladio から。

アンプは、プリが EAR 868 でパワーが EAR 509mk2 という組み合わせ。


EAR 868は、一般的にはあまり知られていないと思うので、簡単に紹介します。

EARには912というチューブプリアンプの傑作がありますが、その基本的な内容をEAR 864の筐体に移植したものです。この製品、かなりお買い得だと思います。

個人的なことを言えば、EARの912 は、私のお気に入りのプリアンプの一つです。

私は、ソナス同様に EAR も大好きなのですが、残念なことに、この組み合わせは、好みに合いませんでした。おそらくこの組み合わせを好む人もいるかと思いますが、私の好みからすると、少し音が膨らみすぎで、もっとシャープさが欲しいと思いました。

EAR の押し出しの強さが、重苦しくなってしまったような感じをうけます。

大好きなスピーカーと大好きなアンプを組み合わせて、うまくいけばいいのですが、そうはならないのがオーディオの厄介なところです。

実は、今回だけでなく、以前にも何度か EAR とソナスの組み合わせを聴かせてもらった事があるのですが、個人的には、相性は良くないと思っています。

EAR の音は、行きつけだった店のリファレンスなので、良く知っているのですが、タンノイやオーディオベクターとの組み合わせで聴くEARの素晴らしさがソナスとの組み合わせでは感じられないのです。

しかし、面白いことに、プリもパワーも別のメーカーにして、フォノイコだけをEARにすると、EAR とソナスとの相性は良いのです。

ワン・クッション(プリとパワーで2クッションか)あるからでしょうか。
それにしても、こうなるとオーディオの相性なるものは、さっぱりわかりません。

最後に、Minima Vintage を試聴。

CDプレーヤーは、ミュージカル・フィデリティのA1 CD PRO2

アンプは、同社のA1。あの名機A1の復刻です。

言うまでもなく、ミニマも復刻です。

試聴会の開始前には、私一人でじっくり聴かせてもらっていたのですが、この組み合わせは、実に素晴らしい。まさしくベスト・マッチでした。

たしかにクレモナMに比べればスケールの面で劣りますが、そんなことはどうでもよくなります。

音楽がここにある、これで充分と思わせます。

特に、ベースと女性ボーカルのシンプルな組み合わせの浜田真理子の『ラストダンスは私に』の浸透力のあるサウンドには、まいりました。

私の当てにならない記憶では、オリジナルのミニマとミュージカル・フィデリティA1の組み合わせは、もう少し中域が濃かったような気もしますが、 私の好きなオールド・ソナスのあのえもいわれぬ甘美な音が、かなりの割合で再現されています。

この組み合わせは、プレーヤー、アンプ、スピーカーのトータルで100万円ほどで、今回の3つの組み合わせのなかでは、もっとも安価ですが、 一番欲しいと思ったのがこの音でした。

この組み合わせでは一つの世界が見事に出来上がっています。
別の見方をすれば、完結しているといえるかもしれません。
可能性とか発展性ということでは、他の二つのほうがあるでしょう。


当たり前のことですが、スピーカーを生かすのも殺すのもアンプ次第ですね。

ミュージカル・フィデリティのA1とミニマの組み合わせは、シンプルに音楽を楽しむには最高の組み合わせだと思います。昔、実際にこの組み合わせ(両方ともオリジナル機)で使っていた知り合いがいたのですが、実にセンスがいいと感心したものでした。

ほんとうに、組み合わせの妙というのは、オーディオの面白さですよね。

相性がよさそうと思ったものがうまく行かなかったり、逆に意外なもの同士の相性がよかったり、まったく不思議です。


ミニマ・ヴィンテージ、これはすごいです。

どのようにすごいかといいますと、今回、家で音楽を聴いているならともかく「オーディオ試聴会」に来ているのですからオーディオ機器の再生音の微妙な差異のほうに聴覚を集中させていました。

それにもかかわらず、ミニマ・ヴィンテージとA1の組み合わせでは、いつのまにかオーディオとしてどうのこうのということは考えなくなっているのです。

音楽に浸りきっていたのです。すごい浸透力です。

そして、聴き終わったときには、Guarneri Palladio やCremona M を差し置いて、「ミニマで十分」という結論になってしまうというすごさ。

今回の試聴会のメインは、ミニマ・ヴィンテージだったのか?と思ったぐらいです。
http://community.phileweb.com/mypage/entry/1519/20080828/6853/


EAR は基本的には QUAD の静電型スピーカーと ハーベス、スペンドール、ロジャース等の BBC Monitor スピーカーにしか合わないのですね。


http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/947.html#c13

[リバイバル3] EAR の真空管アンプ 中川隆
14. 中川隆[-10404] koaQ7Jey 2019年5月17日 15:20:07 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1899]
EAR V12とHARBETH HLCompact 7ES-3の相性
by 楠 薫 2014年2月08日(土) 04:06


V20とHARBETH Compact 7の時もそうでしたが、EAR V12って、HARBETH HLCompact 7ES-3と相性、良いですね。

低域の伸びやかさも、一歩間違えると、モッコリ寸詰まり音になるところを、ギリギリのところで止めて、いかにもローエンドが鳴っているような響きの良さを聴かせてくれます。

たぶん、実際の周波数帯域は、そこまで出ていないのでしょうが、らしく聴かせてくれます。

中高域は十分伸びているのにうるさくなく、みずみずしさに透明感もあって、V20の時のような、ややこぢんまりした感じでは無く、等身大の色気を感じさせます。


Re: EAR V12 by 楠 薫 2014年2月09日(日) 10:31

EAR V12で鳴らすHARBETH HLCompact 7ES-3とSonus Faber Stradivari Homage。

意外にも、その差はEAR V12色に染まってしまって、値段ほどには感じません。
First Watt SIT-1で鳴らすHARBETH HLCompact 7ES-3とSonus Faber Stradivari Homageでは、その解像度と空間描写能の圧倒的な差を感じさせて、Sonus Faber Stradivari Homageにすぐ軍配が上がったのですが・・・・・・。

Sonus Faber Stradivari HomageとFirst Watt SIT-1の組み合わせは、超高解像度のせいもあって、まるで指揮者の立ち位置で細かな音の一つ一つをチェックしているような感じ。

一方、HARBETH HLCompact 7ES-3とEAR V12の組み合わせは、細かな音の一つ一つよりも、響きの良さを楽しむと言うか、やや残響の多い極上のホールで音に包まれて聴いている感じです。

HARBETH HLCompact 7ES-3の箱を程よく鳴らして低域の量感を出し、いかにも低域が出ているような、そう、タンノイのスターリングの時にも感じた、音像型のスピーカーの良さをうまく引き出しているように思います。

中高域の色気については、さすがのFirst Watt SIT-1もEAR V12には敵いません。

ステレオサウンドなどでは、HARBETH HLCompact 7ES-3とFirst Watt J2の組み合わせが絶賛されていましたし、私も以前はその組み合わせがHARBETH HLCompact 7ES-3を一番よく鳴らす組み合わせと思っていましたが、頑張ってもうちょっとお金を出して、EAR V12を入手する方が、ゆくゆくは余計な出費を控えて、音楽を心から楽しめる組み合わせかと思った次第。

p.s.
 EAR V12とSonus Faber Stradivari Homageの組み合わせは、某中二病患者に言わせると「エロい音」だそうです。(^^;

 中学生でも、音の違いがわかるくらいですから、EAR V12って、本当に凄いものです。

 「それはいいけど、ちゃんと受験勉強、しろよな」と言ったら、
 「うち、中高一貫だから、今の成績なら余裕」だと。まるで凸守みたいなヤツだな。

 姉は大学受験で大変な時期に、自分はそれを横目に遊んでいるとは・・・・・・。


EAR V12 & HARBETH HLCompact 7ES-3 by 楠 薫 2014年2月12日(水) 00:32

今、EAR V12 & HARBETH HLCompact 7ES-3の組み合わせで、シノーポリのブルックナーを聴きながらこれを書いています。

ブルックナーの交響曲は音の饗宴みたいな部分があって、インバルのようにそれを豪華絢爛に鳴り響かせてくれるのも良いのですが、チェリビダッケのように思索的に聴かせてくれたりするのも、一つの手法だとは思いますが、シノーポリはカラヤン顔負けの美しさと色彩感、細部の練り上げ方も見事で、EAR V12 & HARBETH HLCompact 7ES-3の色気のある美しいサウンドは、ドレスデン・シュターツカペレの響きの良さをうまく引き出してくれるようです。

それにしても、2001年に急逝したシノーポリ。まだ若かっただけに、残念でなりません。

シノーポリは1987年1月、フィルハーモニア管弦楽団と共に来日した際、桐朋学園の卒業生も含めた選り抜きの奏者でベルディ「運命の力」序曲の非公開授業を行ったそうで、
http://www.korngold.jp/sinopoli.html


その時の演奏を聴くことが出来ます。

桐朋学園は弦楽器の音の厚みで有名ですが、なんのなんの、管楽器も好演しています。

個人的には1977年の吹奏楽コンクール全国大会で聴いた、西宮市立今津中学校吹奏楽部の演奏が今まで聴いた中では、プロのオケも含め、ピカイチだったのですが、さすが、桐朋学園。

特に管楽器の音の伸びやかさやアーティキュレーションが格段に優れています。
シノーポリの細部の磨き方は本当に素晴らしいですね。
それにしても、これ、勝手にDLして聴いても良いんでしょうか? (^^;


Re: EAR V12 by Grand Chariot 2014年3月02日(日) 12:43

いやぁ、同じハーベスES-3ユーザーにしてみれば心穏やかならず!
イヤなアンプ買いましたね(^_^;)。

あんなふうにどんなふうになるか、おおよそ想像がつくところが実にイヤらしい(笑)

僕が進行性膵癌にでもなったら、こんな麻薬パッチ貼って頂戴!

Re: EAR V12 by 楠 薫 2014年3月03日(月) 19:04

ども、です、Grand Chariot さん。

>いやぁ、同じハーベスES-3ユーザーにしてみれば心穏やかならず!
でしょ、でしょ。

>イヤなアンプ買いましたね(^_^;)。
イヤなことはないですよ。ちょっとエッチっぽい音ですが。(^^;

>こんな麻薬パッチ貼って頂戴!
エロ・パッチですね。了解しました。(^^)/

それにしても驚いたのが、ソナスで聴く音と、HARBETH HLCompact 7ES-3で聴く音の差があまりないこと。
よっぽど、EAR V12の支配力が強いのでしょうね。


Re: EAR V12 by 楠 薫 2014年3月14日(金) 19:10

なんだか最近、EAR V12とHARBETH HLCompact 7ES-3でしか聴いていないような気が・・・・・・(^^;

エージングが効いてきて、実に伸びやかに色っぽく、男心をくすぐるツボを心得た鳴り方、してくれます。

特に女性ボーカルの、ブレスの瞬間の息づかいのバリエーション、ここまで違うとは驚きでした。

改めて、坂本真綾さまの発生時の舌の使い方に、脱帽でございます。
http://f-av.info/bbs/viewtopic.php?f=3&t=103&sid=fcb3e203464562f9233a90bad4e05b6e

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/947.html#c14

[リバイバル3] EAR の真空管アンプ 中川隆
15. 中川隆[-10403] koaQ7Jey 2019年5月17日 15:21:22 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1900]
最近は、
EAR / V20 / ¥498,000
http://www.mmjp.or.jp/ippinkan/newpage124.htm

のヤフオク落札価格が 30万円前後まで上がってきましたね:


ヤフオク! - 「EAR」の検索結果
https://auctions.yahoo.co.jp/search/search;_ylt=A7dPDi01WVxa1w8AAiR8WDd8?p=EAR&aq=-1&oq=&fixed=0&ei=UTF-8&slider=0&tab_ex=commerce&auccat=23792&x=0&y=0


EAR V20 はスペック上の実行出力は20wだが、所有していた友人の話では草が生えるほど非力で「本当に20wあるのかこれ?」という製品仕様だったそうです。

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/947.html#c15

[リバイバル3] EAR の真空管アンプ 中川隆
16. 中川隆[-10402] koaQ7Jey 2019年5月17日 15:24:46 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1901]
オーディオ逸品館 製品テストリポート
http://www.ippinkan.com/test_menu.htm

オーディオ逸品館 真空管アンプ聴き比べ アンケート結果 1998年
http://www.mmjp.or.jp/ippinkan/newpage124.htm


真空管アンプ比較テスト。

EAR              859
EAR              V20
EAR              834L + 861
ROGERS           E20a TUNED BY IPPINKAN


雨後の竹の子のように、次々と真空管アンプが発売されています。何故、今更一度切り捨てられた技術である「真空管アンプ」が生産されたり、挙げ句の果ては「復刻」されたりするのでしょう。それは「音質的に魅力的である」ことに他なりません。

しかし、「音質的に魅力的」であることは、「音楽を楽しむためにはかえって有害」であったり、「特定のジャンルのソフトしか上手く鳴らせない」などの弊害を生むことが多々あります。そこで、4種類の真空管アンプを「公平」に試聴いただいてアンケートにご協力いただきました結果を報告させていただこうと思います。


比較のポイント


1.価格と音質は比例するか?


2.方式(シングル・プッシュ)と音質に関連はあるか?


3.使用真空管と音質に関連はあるか?

使用機材 種別 メーカー 型式番号 標準価格

スピーカー :タンノイ キングダム15 \2,400,000

CDトランスポート : エソテリック P−0 \1,200,000

DAコンバータ : エアボウ DAC−1A \290,000


※今回、イオンツィーターなどの補助スピーカーは使用していません。

比較しようとするアンプ


@ EAR / 859 / ¥448,000

5極管EL519をクラスAエンハンスド・トライオード接続にて使用した「シングル」アンプ。

出力        13W × 2
周波数特性    20Hz−20KHz (±0.5dB)


A EAR / V20 / ¥498,000

出力段に、傍熱3極管ECC83(12AX7)をChあたり10本使用して、出力20Wを得ている前衛的真空管アンプ。


出力        20W × 2
周波数特性    10Hz−100KHz (±0.5dB)


⓷ ROGERS.E20a TUNED BY IPPINKAN
               / ¥290,000

ROGERS/E20aをベースに、電解コンデンサー・カップリングコンデンサー・真空管を「全数交換」してチューンナップされた逸品館オリジナルアンプ。出力管は6L6GのプッシュプルA級増幅。

出力        18W × 2
周波数特性    20Hz−20KHz (±0.5dB)


C EAR / 861 / ¥588,000     
EAR / 834L / ¥198,000

861はパワーアンプ、出力管はEL519のプッシュプル。
834LはECC83とECC82を使用したラインレベル・プリアンプ。

出力        32W × 2 (64Wモノラル)
周波数特性    20Hz−20KHz (±0.5dB)

比較試聴に用いたソフトとアンケート結果

試聴に先立って、各アンプの出力を同一に設定(CD最大音量時に6W)。
すべてのアンプは前日より通電し、十分ヒートアップされた状態で試聴開始しました。


1) J.S.BACH:BWV1001-1006
NATHAN MILSTEIN

バイオリンのソロ。演奏と録音が素晴らしく、バイオリンから直接耳に届く音とホールの残響音の区別がハッキリとできるかを聞き取るのが狙い。
アンプの立ち上がりが悪いと、バイオリンに冴えがなくなり、楽器の音が混濁してしまう。


結果:キングダム15との組み合わせでは、[834L+861が平均的に点数が高く」、音質的に優位だと認められたようです。
他の3機種の製品については好みの差程度の差であると判断できそうです。
http://www.mmjp.or.jp/ippinkan/newpage124.htm

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2) ANTON BRUCKNER:No.7
MUSSORGSKY:展覧会の絵
 SERGIU CELIBIDACHE

「海賊版/オーディ・オール/AUD-7009-10」・2枚組の内、「展覧会の絵/第一楽章」を試聴しました。
低音から高音、ピアニッシモからフォルテまで非常にレンジが広く、アンプの基本的性能を聞き分けることができます。


結果:交響曲でも、[834L+861の平均点が高く]バイオリン・ソナタのテスト結果とほぼ同じ傾向となりました。
http://www.mmjp.or.jp/ippinkan/newpage124.htm


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3)xrcd/SAMPLER

CDのフォーマットには一切の変更なしに、「マスターテープ再生機器やケーブル、CDプレス機器」の品質にこだわって高音質化をはかったCDソフト。
楽器にマイクを近接させて「明瞭度」を高め、「ミキサーで音場を作り」マルチマイク録音されています。今回は、一曲目を試聴しました。
各アンプの音の癖が、楽器の音にそのまま反映されるため、アンプの音作りを聞き分けることができるはずです。


結果:このテストでは[859]の点数が低くなりましたが、他のアンプと比べて中・低域の厚み(シングルアンプでは限界)が不足した結果だと思われます。サックスの厚みが他の3機種より寂しかったように感じました。
http://www.mmjp.or.jp/ippinkan/newpage124.htm


____


4)A Song for You
   Chie Ayado

自主制作盤に近いJAZZヴォーカル。録音機材もプアで音質も褒められたものではありませんが、「奏者のハート」が熱く聞こえてきます。
「録音の善し悪し」による「音の善し悪し」ではなく、アンプの持つ「JAZZ的な音楽表現力」を聞き分けるのが目的です。


結果:今まで最も高得点をマークしている[834L+861]と[E20a]が、ほぼ同等の評価を得ています。もちろん、他の2機種もそれに劣らない得点をマークしています。E20aが高音質なパーツを使用していること、「音楽の躍動感」を重視して音造りをを行った結果ではないでしょうか。


_____


5) TITANIC
ORIGINAL SOUND TRACK

アンプの「歪み」が大きければ「音が変わって聞こえる」ため、「アンプの物理特性」が、「音楽性」に反映され易いソフト。
一曲目を試聴に用いました。

結果:ここでも、[834L+861]と「E20a]が高得点をマークしています。個人的な音の好みが反映しにくいテストで高得点をマークした「この2機種のアンプ」が基本に優れていると考えられそうです。V20の得点がそれらに比べて低いのは「個性的な音のアンプ」であるためでしょう。
http://www.mmjp.or.jp/ippinkan/newpage124.htm


____


各アンプの音質評価のアンケート (文章による)

A)
859:音がきれい
V20:859に比べて明るい音
E20a:デザインがいまいち、音は軽い
861:パワー的な余裕を感じる


B)
E20a:個人的にはこれが一番好きだ

機種が多く比較が疲れる、オーディオはデザインも重要だと思うがやはり音質(E20a)の方が重要だと感じた


C)
859:少しざわついたような印象、曇った感じ、低音が弱い
V20:アルトサックスの低音の響きがよい、極低音の響きがわざとらしい
E20a:量感があって良い、歯切れがもう少し欲しい、中域が少しうるさい
861:すっきり感があって良い

評価には、個人的な好みがかなり入っていると思います


D)
859:透明感があり、あっさりしている
V20:他のアンプと表現がまったく異なり、逆相成分を拡大しているように聞こえる
E20a:ノーブルではあるが、キレが良くない、厚みがない
861:厚みがある

E)
859:今回の組み合わせでは一番好き、リラックスできる
V20:アピール度は一番、華やかで低音の押し出しもすごい、癖が強そう
E20a:上手く表現できないが他の3機種とは何か違う、音のきめが粗く感じた
861:859を濃厚にした感じ、傾向としては好きだがこってりしすぎ

大型のフロアスピーカーは低域が分厚くてうらやましい。全身を音で包まれているみたいでとても気持ちがいい。859が良いと感じたのは自分の聞き慣れた音に近いからでしょう。


F)
859:こじんまりとバランスが取れていて良い
V20:音の情報量の多さを感じたが、長く聴いていると疲れるような気がした
E20a:音作りが優しい感じがする
861:高音がすごくきれいで奥行きがある、長時間聴いていても疲れないと感じた

G)
859:滑らかで艶もあるが、レンジ感が狭く平面的に聞こえる場合もある
V20:張りがある、透明感も高く音楽的、タイタニックは音離れが悪かった
E20a:音場が大きい、透明度もある、少し粗い感じがある。
861:エネルギッシュでゆとりがある、音場も広く深い、解像度も高い

今回300Bが聴けなかったのが少し寂しかった。

H)
859:しっとりしていて優しく感じるが、ソースによっては力強さに欠ける場合がある
V20:音に幅がありしっかりしている、メリハリがあるが長時間聴くと疲れるかも
E20a:ソースを選ばずそれなりに聴けるが、これといった特徴がない気もする
861:セパレートなのでもっと力強いかと思ったが、以外と優しい音に感じた

I)
859:真空管アンプらしい暖かく聞き易い音で音楽が楽しめる
V20:真空管アンプらしくない音の立ち上がりの速さ、反応の良さが魅力的
E20a:全帯域を豊潤かつキレの良い感じで音が出て来る感じがする
861:859より空間の透明度が高く、スケールの大きな音が聴けるように感じる

ウッドハム300Bが入ったら聴いてみたい。

J)
859:高音部の声は4台中ベスト、他に比較してやや奥行きがない、低域がやや薄い
V20:サウンドステージが広い、低域がやや出過ぎている、音のバランスがやや悪い
E20a:中域の濃密さが心地よい、バランスがよい、低域の重心がやや高い
861:E20aと近いイメージ、ただし濃密感な帯域が低域よりな感じ、声がやや薄い

アンプの違いもさることながら、ベースの音の良さに驚いた。楽しかったので次回も是非参加したい。

K)
859:音のスケールがやや小さい、硬さがある
V20:丸みがあるが、全体にややぼける
E20a:高音が切れる、やや硬さがある、透明な音質
861:バランスがよい、柔軟な音質

ソフトとの相性でアンプの評価が変わることを初めて知りました。クラシックにおける金管と弦の響きの違いがあることがわかった。このような聴き比べは自分と機器の相性を探る上で適していると感じた。

L)
859:バランスがよく明瞭だが厚みがやや足りない
V20:ゆったりとして厚みがありレンジも広いが、明瞭度が低い
E20a:中域の響きがよい、素直
861:音楽性が大きい

いつも参加でき感謝している


M)
今回のように性格の似ているアンプの比較も面白いが、個性的なアンプの比較も是非行って欲しい。いずれにしても今後も様々な製品の試聴会を行って欲しい。


N)
859:4機種の中では一番標準的
V20:独特の響きの柔らかさが魅力的、ヴォーカルでは力が足りない
E20a:細かな表情が少し欠けるがそれが艶になっている気がする、ヴォーカルはよい
861:音色、響きともに最高


O)
859:全般に質感がある
V20:質感がある
E20a:ヴォーカルは気持ちいい、雰囲気がある
861:情報量は多いと感じる

初めての経験であり評価は難しい。機器の長所と短所の説明は、機器購入に際して参考になると感じた。


P)
大変有意義な会と思っています。毎回参加したいと思います。特に、真空管やアナログ関係の試聴会を希望します。


Q)
859:分離がよく、透明感解像度に優れる。
V20:音の角が丸い、全体にダレた印象
E20a:楷書的、細かな変化に乏しい気がする、オーソドックス
861:開放感があり、力強い、解像度も十分

点数については相対的な評価をしています。[834L+861]の開放感は魅力ですが[859]透明感は捨てがたいものがあります。


___

総評

アンケート結果から見て、キングダム15には「834L+861]が最も良い選択であろうと考えられます。実際に私が聴いていても「癖が少なく、音楽をきちんと表現」していることに好感を持てました。

859は、高域の透明感には非常に優れたものがあり、大型スピーカーよりむしろ切れ味の良い小型2WaYスピーカーとの相性がよいのでしょう。小型−中型のスピーカーで小編成の音楽や、バラード系のヴォーカルを聴くには、真空管アンプ中で現時点でもベストアンプであると思います。

V20は、「良くも悪くも個性的なアンプ」であるといえるでしょう。各人のアンケートの点数もばらつきがやや大きいようです。特定の装置や特定のCDソフトを心地よく聴きたい場合や、V20の音質に惚れ込むなら、ベストなアンプだと思います。

[E20a/TUNED BY IPPINKAN]は、他のアンプに比べて半分以下の価格であるにも関わらず、「同等の評価」を得ることができました。キングダムとの組み合わせでは、獲得得点は「第二位」だったのですからりっぱだといえるでしょう。

自画自賛などしたくはありませんが、「逸品館チューン」の有効性が認められたことは嬉しい限りです。外観には癖がありますが、音質は癖が少なく透明感も高く、現在発売されている真空管アンプの中でもベストサウンドな一台であることは間違いないと思います。


追記

98年12月5日に、C.R.D / Woodham 300Bをモノラル接続して試聴する機会を得ました。

結論だけ述べれば、このアンプは「モノラル」で使用すべきです。音質の癖がとれ、帯域は広がり、解像度は上がり、にわかには信じられないほど音質は向上します。また、ステレオで使用する場合でも、プリアンプを併用することで音質はかなり向上するでしょう。

おすすめのプリアンプは、EAR-834L・C.R.D-カルメンタです。
http://www.mmjp.or.jp/ippinkan/newpage124.htm





30. 中川隆[-12107] koaQ7Jey 2018年5月08日 06:26:58: b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-13456]

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オーディオ逸品館 真空管アンプとトランジスタアンプの音質と性能比較リポート アンケート結果 1998年
http://www.mmjp.or.jp/ippinkan/newpage120.htm


真空管アンプ vs トランジスターアンプ 比較テスト。

C.R.Developments    Woodham 300B Classic
EAR              V20
EAR              859
LUXMAN           C7i/M7i
AURA             VA80SE TUNED BY IPPINKAN/Ver.2


アンプはコンポーネントの心臓部。当然、その選択はとても難しく、また楽しいことでしょう。
しかし、アンプはスピーカーと組み合わせたときに、初めてその本当の姿を現すのです。
なぜなら、テストベンチで使われる「負荷」は変動しない抵抗ですが、「スピーカーという負荷」は、音に合わせて常に変動するからなのです。

今回は、実際に使用される状態に近い負荷をかけてテストしました。

使用機材をご紹介いたしましょう。


スピーカー          B&W     MATRIX 802シリーズ3
CDトランスポート      CEC      TL−5100.Super
DAC             AIRBOW   DAC−1A

比較したアンプ

@ C.R.Developments  Woodham 300B

精密に復刻された、「ウエスタン300B/レプリカ球」(正規輸入品・完実電気保証付き)を使用した、300Bシングルアンプ。

ドライブ段は、6SN7.A級2段増幅+3段目はカソードフォロアー。
出力トランスに300Bアンプとしては、世界で初めてトロイダルトランスを採用。

直流点火方式により、残留ノイズを低減。(0.3mV以下)
革新的な回路設計で、10KHz−50KHz/0−3dBの広帯域を実現。
完全無帰還回路。
出力は、7W+7W。
価格は¥398,000(40台まで) ¥450,000(41〜80台)

特徴
リンク端子と、リンクケーブル(付属)を使い、スピーカー端子の接続を変えれば、出力12Wのモノラルアンプとして作動。
従来のパラシングル(出力トランスを並列接続)ではなく、完全なパラシングル(出力トランスを直列接続)アンプとして作動。

リンクケーブル
  付属のリンクケーブル

A EAR  V20

小型双3極管・ECC83を、出力段片チャンネルあたり10本使用した、世界で初めての「大出力ミニチュア管」アンプ。

出力 20W+20W ・ 周波数特性 10Hz−100KHz/0−3dB
価格 ¥498,000(9月現在)

特徴
完全無帰還回路にも関わらず、出力トランス式・真空管アンプとしては異例の周波数特性を実現。
トランジスターアンプ並の「物理特性」を持つ真空管アンプ。

⓷ EAR  859

EL519(5極管)をエンハンスド・トライオード接続により、3極管と同等の動作を実現。
全段DCカップリング接続により、音質劣化の原因となるカップリングコンデンサーを排除。

出力 13W+13W ・ 周波数特性 20Hz−20KHz/0−0.5dB
価格 ¥448,000(9月現在)

特徴
逸品館で一番人気のある真空管アンプ。ベストセラー(50台以上)を記録。
真空管アンプとは信じがたいほどの「濁りのない透明感」と「音の立ち上がりの速さ・明瞭度」


C LUXMAN  C7i / M7i

98年にマイナーチェンジを受けた、C7/M7の後継モデル。
プリアンプでさえ、18Kgに及ぶ「高剛性・物量投入」アンプ。

出力 150W+150W(8Ω) ・ 周波数特性 10Hz−100KHz/0−1dB

価格 C7i/¥350,000  M7i/¥350,000

特徴
多機能・価格以上の立派な外観・ロングライフ製品による信頼性・安全性
国産アンプに要求される、品質を低価格で実現。
BTL接続により、460W(8Ω)のモノラルアンプとして使用可能。(M7i)

DAURA    VA80SE TUNED BY IPPINKAN Ver2.0

97年に生産を完了した、AURA VA80SE の逸品館オリジナルチューンナップ最終モデル。
10台限りの限定生産。(残り5台・9月8日現在)

MOS−FET・シングルエンドプッシュプル回路による高純度サウンド。
出力 45W+45W ・ 周波数特性 未発表


特徴
AIRBOWの開発で培った「高音質化テクニック」を惜しみなくVA80SEに投入。
通常オーディオ機器には使用されないような高価なコンデンサーを始め高音質パーツを多数投入。
各部コンデンサーの次定数を最適化。S/Nの大幅アップ、低域の充実、透明感の飛躍的向上を実現。
輸入代理店「ユキム」の公認を獲得。無改造品と同等のアフターサービスを実現(メーカーにても修理可能)。


______


低域再現能力テスト

真空管アンプとトランジスターアンプの最も大きな違いは、「アウトプット・トランスの有無」です。

「アウトプット・トランス」とは「磁気結合により信号を伝える」ことを示しますが、この方式では「周波数が低くなればそれに比例して、出力の低下・歪みの増加」が避けられません。

従って、「能率の低い小型スピーカー=アンプの駆動力を必要とするスピーカー」を駆動することが理論的には難しくなります。

しかし、逆に「フィードバックが少ない・あるいは無帰還」回路や、トランス結合による長所として「スピーカーの逆起電力の影響を受けにくい」という長所も合わせ持っています。


低域再現能力は、

真空管シングル(300B/859)<真空管プッシュ(V20)<トランジスタ−(C7i+M7i/VA80)

となるはずです。


まずアンプの出力を一定にするため、CDからホワイトノイズ/−20dBを入力してスピーカーを駆動して(音を出しながら)
交流出力を0.3Vに設定しました。
これで、理論的にはCDのOdB(最大出力)時には交流出力3V=約1.1Wとなりますから、どのアンプの最大出力も越えません。

ずいぶん、小さな音のように感じられるかも知れませんが、CDの録音レベルによっては「静かなリスニングルーム」で時としてボリュームを下げなければ周りが気になる位の音量は出ます。この設定は、通常家庭で使用される程度の音量です。

 

この表
http://www.mmjp.or.jp/ippinkan/newpage120.htm


は実際に0dBの各周波数の正弦波を入力し、測定したスピーカー端子の交流電圧(単位はV)をテスターで測定した簡易な実験ですが、アンプのスピーカー駆動能力のある程度の傾向はつかめるはずです。また、この程度の実験なら誰でもできる(追試も可能)と思います。

「音源」は、テスト信号が録音されたCDソフトを使用しています。この装置で発生させる「20−20KHz」は、DACの開発時に、きちんしたデーターがとられており、簡易ではあっても「信頼できるテスト音源」になり得ます。

一番上の行にある、「−20dB」は、ホワイトノイズ−20dB入力時の出力電圧です。LUXMANのみ電圧が異なるのは、ボリュームがアッテネーター方式であったため、同一にできなかったものです。

出力電圧は、ほぼ出力音圧(音の大きさ)に比例しているとお考えいただいて差し支えありません。実際の聴感もこの表とほぼ同じでした。

電圧が低いと言うことは出力が小さいと同時に、「歪みも大きい」ことを示しています。

10KHzを越える、高い周波数ではどのアンプも出力電圧が低下していますが、これは「スピーカーのインピーダンスの上昇」によることも大きいと思います。この辺りは「テストベンチ」では、決して再現しない現象です。

ウッドハムの公称・出力周波数特性 10Hz−50KHz(+3dB−3dB)という数字は、ぎりぎりの線だと思われます。ただし、フィードバックをかけない(無帰還)のシングルアンプであることを考えれば納得できます。

低域の再現を他の4台は、だいたいクリアーしています。トランジスターアンプ2台の特性がよいのは当たり前ですが、V20の低域の出力低下の少なさが目を引きます。


_____


実際の低音や音質はどうでしょうか?

テストに際して、すべてのアンプは「5時間以上」ヒートアップされています。ただし「300B」だけが「十分にエージングを完了している」とは言えない状況であったことを前もってお断りしておく必要があると思います。
テスト時点での「300B」の当社における総運転時間は、「約70時間」程度です。メーカーで出荷前にある程度の時間は鳴らされていると思いますが「十分」ではないでしょう。


______________


1) チェンバロのソロ(エディット・ピヒト・アクセンフェルト/バッハ:パルティータ全集/カメラータ:20CM−464−5)
を再生してみました。

http://www.mmjp.or.jp/ippinkan/newpage120.htm


このテストではアンプの基本的な物理的再現能力が判ります。

 
各弦の分離/解像度感
直接音とエコーの分離
直接音とエコーバランス
右手と左手の分離
全体のバランス
音の立ち上がり
音の立ち下がり
レンジ感
S/N感

コメント

300B
楽器と空間が一体となって鳴る感じ。
楽器から離れて聞くイメージ


V20
強調感がなく全体のバランスがよい。
独特の艶が乗る。


859
バッハらしく端正な表現。
辛口の音質


C7i/M7i
ややメリハリが強い感じ


VA80
一度でもお聴きいただければ御納得いただけると思います。

____

最初の項目、「各弦の分離」でアンプの解像力が判ります。この項目の評価が高ければ、細かな音が聞こえることになります。

次の項目、「直接音とエコーの分離」で微少信号の分解能が判ります。この項目の評価が高ければ、「交響曲のフォルテ」で十分に音像が広がり、空間が広く取れると判断できます。しかし、組み合わせるスピーカーやCDプレーヤーでこの結果は変わりますのでご注意下さい。

「直接音とエコーのバランス」で「音楽全体への色づけの度合い」を判断できます。
この項目で「◎」がなければ、「個性の強いアンプ」であるといえるでしょう。


「右手と左手の分離」で「低域と高域のバランス」が判ります。この項目の評価が高ければ「全体のバランスがよい」と判断できます。しかし、分離が悪いということは、「ある種独特の一体感」を生むのでポイントにはまれば、非常に魅力的な音作りができるでしょう。


「全体のバランス」。これは個人的なイメージです。評価が高ければ「正しく音楽を聴ける」と判断して下さい。
逆に、「◎」が付いていないと言うことは、「個性的な魅力がある」と判断できるでしょう。


また、このテストは「優劣」の判断基準ではありませんし、テスト結果は「あくまでも感覚的な印象」に基づいています。
雑誌のテストなどでもいえることですが、「この表でアンプの音質の優劣」を判断でませんのでご留意下さい。


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2) 教会での女性の歌声(アカペラ・ソロ)(カンターテドミノ/PRCD7762の10曲目です)

http://www.mmjp.or.jp/ippinkan/newpage120.htm

コメント

300B
独特の艶があり、リラックスさせてくれる。


V20
EAR独特の艶が濃い。好き嫌いが分かれる。


859
品位が高く、クリアーなサウンド。


C7i/M7i
正確だがやや硬さがある。


VA80
正確で深い。


____

真空管アンプは、それぞれ「独特の艶」がのります。この「艶」が好みの分かれるところです。

しかし、この「独特の艶」こそ真空管アンプの持てるすべてであるといっても過言ではないはずです。時として「刺激過ぎる音」を真空管が和らげ「あたかも包み込むような一体感を音楽に与え」て心地よい世界に誘ってくれるでしょう。緊張感を殺ぎ、一体感をかもし出し、あなたをリラックスさせてくれるでしょう。

コンサートの座席に例えるなら、真空管アンプは「一階席中央から後ろより」ないし「2階席の中央」辺りに例えられるでしょう。音はやや濁るかも知れませんが「ホールとの一体感」が心地よい座席です。

比較してトランジスターアンプは「一階席前より」ないし「二階席・ベランダ席最前列」辺りの音です。楽器のきしみ、いわゆる「松ヤニの飛び散るような音」を出すことができますが、「CDの録音や演奏がまずい」と、その「傷」をカバーしてくれる優しさは持ち合わせていません。

ただし、その「厳しさや正確さ」の中にこそ「音楽の神髄」が隠されているのです。音楽から何かを「強く学び取ろう」とされるなら、良くできたトランジスターアンプが有利です。


リスニングルームを「コンサートホールのどの座席にするか?」
適度に「リラックス」するサウンドを選択するか?
それとも「迫真の気迫」を感じ取るか?

そういう感じでアンプをお選びいただければ、イメージが浮かぶかも知れません。


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3) タイタニック・サウンドトラックより15曲目

http://www.mmjp.or.jp/ippinkan/newpage120.htm

 
コメント


300B
ナローレンジの中に独特の味わい。一体感がある古典的300Bサウンド。


V20
レンジは思ったほど広くない。独特の艶と混濁感が心地良い。


859
V20よりもストイックな表現。クリアーさが出色。


C7i/M7i
全体的にがっしりしてソリッドな感じ。現代的ラックストーン。


VA80
コンパクトな回路なので、音の純度が高い。


____


最後の締めくくりに、最新版「タイタニック」のサウンドトラックより15曲目を聴いてみました。このサウンドトラックは「PMCのモニター」を使って本当にお金をかけて作ってある音です。また、電子音と人間の肉声、アコースティックな楽器の音がミックスされていますが、それぞれ良く考慮されお互いの良さを引き出すよう作製されています。

このソフトを「心地よく」再現することはさほど難しくありませんが、このソフトを「正確」に再現するには「音の精度=物理特性」も高くないと駄目なのです。

出だしの「低音部」は50Hz以下の「低音再現性」のテストに最適です。B&W802S3ではぎりぎりの線です。

この低音を量感豊かに再現できれば「低音の量」は確保できているといえるのですが「音階・音程」が明瞭に聞き分けられなければ「量があっても歪みが大きい」といえるのです。


V20はその代表例です。
「量は確保」できていますが「低域のダンピングが不十分」で「音階が不明瞭」です。


もっとも再現性が高いのは「ラックス」ですが、このアンプは中高域が「やや粉っぽくなる」という、ハイパワー・トランジスターアンプに共通する欠点をかかえています。

しかし、この結果は「あくまでも、「B&W/802との組み合わせにおけるテスト結果」です。スピーカーを変えれば、結果は変わることもあります。


次に「女性の声が長いエコーを伴って」聞こえてきます。このエコーの長さで「アンプの聴感上のS/N感」が判断できます。

ここで300Bは「独特のエコー感」をかもし出しました。この「品位あるエコー感」こそ「300Bサウンド」といえるのではないでしょうか?

エコーが長いということは「短音のS/N」の良さを示しますが、V20の結果が「カンターテドミノ」の場合と異なっています。これは「生のホールトーン」と「電子エコー」の差であるとお考え下さい。

「生の音」と「電子サウンド」はその再現性が根本的に異なるのです。「生のエコー」はアンプで何らかのエコーがかかれば「時として混濁し短く」なりますが「電子エコー」はアンプでエコーが付加されれば「長く」なります。


つまり、300BとV20はアンプ内で「何らかのエコー」が付加されたとご理解下さい。
しかし、その「エコー」こそ「味わい」だとも言えるのです。


「声の表現」は、そのまま「アンプの色気・艶っぽさ」に通じます。
この項目の評価は、そのアンプの「音楽に対する表現力」であるとお考えいただいて差し支えありません。


もう少し曲が進むと「リード楽器」と「笛の音」が入ってきますが、この二つの音をどれだけ分離できるかで、そのアンプの「異なった音の楽器の分解能」の高さが判ります。なぜなら「どちらの楽器も管で音が共鳴します」がその音波の発声が「根本的に違う」からです。

「リードは鋭い音の成分」が強く「笛は柔らかい成分が多い」のです。

リードと笛の分離が悪いと、アンプの音の立ち上がりが遅く「多くの楽器が重なったとき、音が混濁する可能性が高い」ことを示しています。


このテストで300BとV20の評価が低いのですが、逆に「きつすぎる音を和らげてくれる=音が柔らかい」と評価することもできます。

「バックと笛の分離」の項目は、「似通った楽器の音の分離」を示しています。

この項目での評価が低いと、「楽器の数が増えたとき分解できなくなる可能性」が高くなりがちです。

やはりこの項目での評価が低い300BとV20は、どちらのアンプも「ある種の混濁感」が存在することを示めしています。

しかし、「混濁感が強い」ことは「楽器の響きに一体感がある」と評価することもできるのです。善し悪しの問題ではなく、ステージから「300Bの座席が一番遠く」ついで「V20の座席が遠い」ことを示しているとお考え下さい。


その他の項目はご覧いただいたとおりです。

「全体の抑揚」が大きいと「音楽の躍動感」は大きくなるでしょう。
レンジ感が狭いと「一体感」が生まれるでしょう。

___


総括コメント

今までのすべてのテストは「できるだけ好き嫌いを交えず」公平に行ったつもりです。そして、すべての項目での評価は「アンプの性能や音質を決定付ける」ものではないことをご理解下さい。

評価が高ければ「音や音楽への色づけが少ない」ことは間違いありませんが、評価が低いことは「音が悪い」のではなく「個性的な音作りがなされている」とお考え下さい。

完璧な「再生装置」などあり得ません。また「人によってその完璧=求める音」もまったく違うのです。お皿で料理の味が変わって感じられるように「オーディオ機器も外観の好き嫌いで音が違って聞こえる」かも知れません。

いずれにしても「組み合わせるスピーカー」によっても音は変わるでしょうし、これだけのテストで「ある程度の指標」は示せると思いますが、「実際にアンプをお選びになるときには必ず試聴の上ご確認」を御願いしたいと思います。

「あなたが聴く」ものは、「あなたが選ぶ」それが「趣味」のすべてなのですから。


追記

98年12月5日に、Woodham 300Bを2台使って、「モノラル」での試聴を行うことが出来ました。
結果は、にわかには信じがたいほどの音質向上が実現したのです。

帯域が広がり、繊細さが増し、立ち上がりが早くなり、力感が増し、癖がとれてバランスが良くなり・・・
絶対に同じアンプとは思えないほど、音質は向上しました。

このアンプは、本来「モノラルで使用」することを念頭に設計されているに違いありません。

また、モノラル・ステレオにかかわらず、「プリアンプ」を必要とするようです。

EAR-834LやC.R.D-カルメンタなどのプリアンプと組み合わせることで、音質は明確に向上しました。

2台の販売価格を考えると、手放しではおすすめできませんが、「Woodham-300Bをモノラル」使用すれば、「300Bファン」のあなたの期待を、決して裏切らない、「透明で品位の高いウエスタン300Bの音」を聴かせてくれる「本物の300Bアンプ」であると断言できます。
http://www.mmjp.or.jp/ippinkan/newpage120.htm


http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/947.html#c16

[リバイバル3] EAR の真空管アンプ 中川隆
17. 中川隆[-10401] koaQ7Jey 2019年5月17日 15:27:10 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1902]

最近は、300B や PX25 の様な大昔の伝説の出力管を使った真空管アンプが持て囃されていますが、ティム・デ・パラヴィチーニとは設計思想が根本的に違うのですね:

ヨシノトレーディングの Kさんとの対談のなかで、EAR というブランドはオーディオ用途以外の真空管をファイナルに使ったり、Enhanced Triode Mode というある種エキセントリックな動作回路を発明したりされていますが、コンベンショナルな回路や真空管はなぜ使わないんでしょうね、300B や 2A3 というタマは決して EAR からは出てきませんね…

という風に水を向けたところ、Kさんが仰るには

既にあるものを焼き直したり改善して何かを良くするという発想ではなく、パラヴィッチーニさんば常に他にないもの、新しいものを指向しているんです…

と仰っていました。ナルホドそれは素晴らしい!
http://tubeaudio.exblog.jp/25439473/


EARのパラヴィチーニが発言していたことですが、実は真空管はなんでもよく重要なのはトランスだそうです。トランスは市販品では満足できず元々手巻きで自作していたというお話があります。トランスの特性が音を決めるということですね。

トランスの特性で重要なのはアイソレートとLPFを兼ねていることだと思っています。特に現代のDACの場合はどちらの特性も重要です。現代のDAC基板は音声を作り出す源流でもありますが音声帯域外ノイズ源にもなっています。現在ではほとんどのDACが帯域外ノイズを吐き出すデルタシグマ式です。このDACも例外ではなくWM8741を使っています。DAC素子が直接置かれている基板はDACの動作とクロック信号によって汚れています。なので直接この基板にアナログ回路を接続することは帯域外ノイズの音質的影響が無視できません。この帯域外ノイズは配線を接続しただけでGNDにも伝わりますしアナログ信号路にも伝わります。マルチビットDACだと無対策でもこの帯域外ノイズが圧倒的に少ないことが最大の優位性だと考えています。

そこでトランスの出番です。GNDを物理的に分割できる上に周波数特性も制限されるトランスはこの帯域外ノイズをGNDからも音声信号ラインからも除外する役割を果たします。EARの設計は信号伝達の全段にトランスを挟み込むのが特徴ですが、このトランス段を通過する度に帯域外ノイズを遮断し基板間のノイズ伝達を防ぎます。それが結果として広帯域で見ればSNを向上させることになります(帯域内SNは変わらない)。これがEARの音の良さの秘密その1であると考えます。

次に真空管です。よく真空管は特性が悪いが音は良いと言われますが、真空管の最大の音質的優位性はその動作電圧だと考えています。動作電圧と信号電圧が高いということは外来ノイズや抵抗から発生するノイズを見た目上小さくすることが可能です。真空管では電源が300Vで信号が50Vとかが普通にあります。特に抵抗ノイズは音質的影響がかなり大きいですのでこれは重要です。抵抗は値が2倍になってもノイズ発生量は2倍になりません。真空管をつかうと信号レベルを大幅に上げることができるので半導体アンプと比べて伝達中の信号SNの観点で優位性がある、これが音の良い理由だと思います。

以上のようにEARの優位性は多段トランスと真空管の組み合わせによって広帯域SNの向上と信号帯域SNの確保、この2つの要因によって達成されていると思っています。このような設計なら緻密なノイズ対策や部品選定など一切やらなくてもよくなると思います。だからEARの内部は音が良さそうに見えません。

補足ですが、SNという概念で重要なのが音質では実測ノイズフロアだけが支配的ではないところです。オーディオではノイズ成分にも音の善し悪しがあって脳がノイズNを分離処理できるときは同じノイズフロアでも音質は悪化しません。そういうNは音質劣化の小さいNです。なので一見SN性能が同じように見えてもN成分の由来によってそこには音の善し悪しが発生します。人間の脳はNに埋もれた情報を取り出す能力があります。それは下記記事にまとめています。


人間の聴覚と音質について
http://innocent-key.com/wordpress/?page_id=5214

帯域外ノイズの半導体への影響についてはこちらの記事に記載しました。

オーディオ小ネタあれこれ
http://innocent-key.com/wordpress/?page_id=8087


要はいかに質の悪いNを排除するか、それが高音質のDAC設計には重要だということです。質の悪いNには帯域外ノイズ成分が含まれることもありますし、帯域外ノイズが半導体によって帯域内に変換されて入り込んでくることもあります。これも重要です。

EAR の設計はこの人間的な要求事項に最適化した設計であるからこそ、測定値が悪くても人間が聞いて高音質に感じるのだと思っています。測定至上主義の無意味さは人間が測定器ではないこと=測定器と原理も方式も違うことが理由です。測定データはメーカーの技術力指標として、まともなものを作っているかどうかの最低限の評価にしかならず、それだけで音はわかりません。
http://innocent-key.com/wordpress/?page_id=9015

トランスを使用すると低域において時定数を1段、高域においては2段、つまり低域に於いては位相が90度、高域に於いては位相が180度偏移します。R・C結合では、低域の時定数が1段、位相が 90度ズレてしまいます。

そう言う意味では、トランスよりもR・C結合の方が、出来ればカップリング・デヴァイスなど無い方が良いわけなのですが、ところがどっこい、実際に音を聴いてみると、帯域の狭い筈のウエスタンのトランスの奏でる音の、何と伸びやかで聴きやすく落ち着いていることか。

電話の中継トランスとして作られた111Cに至っては、これをライントランスとして使った方が高域も素直に伸びやかで、低域には芯があり、かえって帯域が広く感じられるほどです。本来ならノイズをカットし電話の会話を聴きやすくするために帯域を制限しているトランスの筈なのですが……。

「真空管アンプってのはね、トランスに一番お金をかけなきゃ駄目だよ。マッキントッシュやマランツの音が良いのは、あれはトランスに金がかかっているからだよ」

とおっしゃった大先達の言葉が、今更のように思い出されます。

現代でも音が良いアンプ、EAR861やC.R.ディベロップメンツ、そして国産のウエスギ・アンプにおいても、トランスが十分吟味され、その性能を発揮されているからこそ、あれだけの音が出てくるのだと思います。
http://k-d.jpn.com/audio/audionote.html

現在販売されている真空管アンプの中で EAR の製品だけがノイズが出ない


こんなノイズの酷いアンプは現代では使い物にならない


今 WE91B や マランツ7C の中古品を買うと下記の様なノイズに悩まされる事になります。 オリジナルの回路をそのまま再現したレプリカ・アンプも同様です。

一方、EAR の様な欧米の現代真空管アンプではそういうノイズの対策を完璧に行っています。

やはり ティム・デ・パラヴィチーニの様な天才が作った真空管アンプと日本のオーディオ・オタクが作ったイミテーション・アンプとでは、完成度が天と地 程違うのですね。

半導体アンプに慣れていると、無音時のノイズが気になるかもしれません、特に高能率のスピーカーをお使いなら目立ちます。

サンバレーさんに無音時のノイズを相談しても

「こんなものです」

と断られますのでご注意願います。
http://bbs.kakaku.com/bbs/-/SortID=14678057/


これがノイズ満載の大昔の有名アンプのレプリカを売っている SUNVALLEY AUDIO

SUNVALLEY AUDIO(旧キット屋)[真空管アンプ,オーディオ,スピーカー販売]
https://www.kit-ya.jp/


WE91B型を 10畳以下の部屋で楽しむには?

オリジナルのWE91Bはそのまま一般の家庭の部屋に設置して聴くというのには結構問題が多く 静かに音楽を楽しむためには知識とあきらめ(妥協)が必要になってきます 

まぁ簡単に入力低いし
全体ゲインは高いし 
は取れないし・・・・

などなど

時にはSPからブーンブーンうるさいくらいになっているのに大きな音を聞かせて

どう 91Bはいい音するでしょう?

みたいなWEフリーク?さんもおられます(-.-)
http://www.audio-collections.com/cgibin/nik/nik.cgi?log=201105&id=1305034755

WE91Bタイプの残留ノイズ対策

WE91Bタイプの残留ノイズが気になっていたが、下手に手を加えて音質が変わってもいけないので、そのままにしていた。しかし、スピーカーが高能率な分、やはり深夜などはどうしても気になる。

手持ちの関係で100Ωのハムバランサーを使用しているが、以前、MJ誌で300Bは100Ωのハムバランサーで問題ないが、2A3は100Ωではハムが取れにくいにで50Ωのハムバランサーを使用すべきだ、というような記事をみたような気がする。

参考に他の300Bsの回路図を見ると100Ωを使用しているのが多いようだが、50Ωを使用しているのもある。案外、50Ωのハムバランサーの方がハムが取れるのではないかと思い込むようになった。

ということで、50Ω2WのVRを手に入れたので、早速取り替えることに。

また、入力VRが中古だったため少しガリがでていたのでこれを新品に交換、

更に入力のシールド線をMIL規格の高級品に変更、

更に更に、310Aのグリッドキャップを中国製からUSA製に変更

となかなかの設備投資をすることになってしまった。


結果、2A3だけでなく300Bでも100Ωよりも50Ωのハムバランサーの方が少しだがハムを低減できることが確認できた。

ハムで悩まれている方、一度ハムバランサーを50Ωに変更されてみてはいかがでしょうか。
http://yuzurin.blog.bbiq.jp/blog/2010/03/we91b-da03.html

Club SUNVALLEY-私のオーディオ人生-第26回 300Bの交流点火
https://www.kit-ya.jp/etc/club/audio/y-026


外装をステンレスパネルに合うように黒色塗装を施したSV−91Bアンプ


300Bの本当の音

 名出力管の王様と云えば皆さんもご存じの鳴く子も黙るWE−300Bになります。刻印タイプのWE−300B、オールド管のプリントタイプ、最近まで生産されていたWE−300Bその他に中国製やロシア製、日本製の300Bが沢山あります。

 巷で云われている300Bアンプはフィラメントへの供給は直流点火がほとんどで交流点火の300Bは一部を除いてありません。また再生産のWE−300B、中国製、ロシア製の300Bは音が悪いとケチを付ける真空管マニアの方が沢山いますがその様なマニアは直流点火でしか聴いた事の無い音を判断して評価しているのではないだろうか、

 オールウェスタンを愛用しているスーパーマニアで小松市にお住まいの中氏に言わせると本来の300Bは交流点火で動作するのが本物の音と力説していますが、この件に関しては私も同感ですが残念ながら交流点火の音を一度も聴いた事がありませんから正直わかりません。

 大橋氏の店主日記にヒーターの交流音と直流音の違いの日記が載っていた記憶がある。直流点火は音痩せするが交流点火の場合はゾリゾリ感のある音になるらしい、またハムノイズを嫌ってバッテリー電源でフィラメントを供給すると確かに残留雑音は低下しますが痩せ細った音になるらしい、またすべての300Bアンプを交流点火に変更すれば良いとは云えない、

 雑誌の記事で発表している先生方、俺こそは自作アンプの師匠とか達人と豪語しているマニアでも残留雑音の多さに悩まされるのを避けて直流点火の300Bアンプで製作されるのがほとんどだ、

 その昔、故浅野勇氏が設計された75−76−300B−274B、伊藤喜多雄先生が発表された6SH7−6SH7−300B−274Bはすべてオール交流点火のアンプです。

 かの有名なウェスタンの91Bアンプも交流点火である。確かに300Bアンプを安易に交流点火にすれば膨大なハムに悩まされるのは間違いないと思うが製作の基本を守ってきちんとセオリー通りに組み立てればそれなりに上手くいくのではないだろうか、

 私の聴いた300Bはすべて直流点火になりますから交流点火の300Bは聴いたことがありません。一度自分で組立ながら交流点火の音と直流点火の音の比較をこの耳で確かめてみたい好奇心がある。
 


交流点火の残留雑音

 300Bをプッシュプルにして交流点火で行うとハムの打ち消しで残留雑音は少なくなりますがシングルの場合は打ち消しがありませんから一つ間違えるととんでもないハム音に悩まされます。

 また直流点火方式は上手く作れば残留雑音は0.5mmV以下に抑えることは可能だが交流点火の場合は下手をすると10mmV以上の膨大なハムに悩まされ音楽を聴くどころの騒ぎではなくなるから自作アンプマニアはハムに悩まされるのを嫌がって簡単な直流点火で逃げてしまう、またこのWE−300Bに限ってと思うがこの球はフィラメントノイズの多い球であるのがわかったのとフィラメント電圧が5Vであるがため難しさが先に来る。回路図も読めない、修理や回路変更、改造も出来ないマニアには絶対無理であるから簡単に交流点火方式に改造することは望ましくない、

 今回は自分のノウハウを注ぎ込んでこのWE−300Bを交流点火にして実験を兼ねて挑戦することにした、もし上手く行かなければダイオード、3端子レギュレターを残して何時でも直流点火に戻せば失敗しても気にはならないはずだ、目標としている残留雑音は3mmV以内に抑えれば成功と思う。また比較対象にしているPP5−400シングルアンプは全段交流点火に係わらず残留雑音は1.3mmVに抑えてあるアンプですからこの91Bアンプも全段交流点火方式にすれば完成後に交流点火同士の音の違いを十分比較することができる。
 


テスター1本と永年のノウハウと耳だけで作る91Bアンプ

 本来は周波数発振器、ミリバル、オシロ、歪率計等の測定器を駆使して調整しながら1台のアンプを仕上げるが91Bの回路は決まっていますから今回は測定器にご厄介にならずテスター1本と永年のノウハウと耳だけで作ることにした、

 お医者様なら聴診器と永年の感だけで病気を当てて治すようなものと良く似ている。また折角今迄使用してきた91Bアンプだが皆さんは自分で完成されたアンプを再度オーバーホールして作り直す阿呆な方はまずいない、完全にオーバーホールするのには勇気がいるがY下は異端者ですからAC点火のためならオーバーホールも苦にならない、
 


91B回路の変更点

 今回は自分の納得のいくパーツを使うことにした、例えば抵抗器はアーレンブラッドレーに統一、カップリングコンデンサーはスプラグのバンブルビー、カソードパスコンは銀タンタルコンデンサー等である。また配線色は多色を使えば誤配線は少なくなるのをあえて同一の線色にして製作したが誤配線の元になる恐れがあるから真似をしないでほしい、

 問題となるフィラメントの供給電圧はSV−91Bの場合は300Bのトランスのタップは7Vですからダイオードブリッジを使って直流に変換後3端子レギュレターで5Vにして供給していますが交流点火にする場合は7Vタップからドロッパー抵抗を入れて5Vに下げないと使えない、また310Aのフィラメント供給電圧は10Vですからこの部分もドロッパー抵抗が必要になってくる。91Bのヒーターのタップはセンタータップが出ていませんからハムバランサーを使わなくてはならないのが少し不利な条件になってくるのと91Bのシャーシースペースが直流点火用の設計であるがため製作は大変困難を要するからパーツ配置、引き回し配線等を十分考慮しないと改造することは難しい、
 


7回も作り直した91Bアンプ

 SV−91Bアンプの回路を変更してフィラメントを交流点火にするのはシャーシースペースが不足しているので無理のような気がする。本来は交流点火にする場合はモノラル2台で作るのが正しいと思う、特に電源部からのノイズの影響もあるので対策を施さずに製作すると失敗してしまう、今回は直流点火に戻したり再度交流点火に変更したり試行錯誤を繰り返して7回も作り直したため人には見せたくない汚い中身になってしまったのだが交流点火には限界があるような気がしてきたがこれが最後と思い電源回路を手配線からプリント基板に作り直すと今迄悩んだハム音が少なくなってきた、

 もう少し抑えれば完璧である。最後は皆さんには教えられないマル秘テクニックを使ってテストをしてみたら自分でも納得のいく雑音レベルまで下げる事に成功した、

 直流点火方式に戻しても91Bアンプはこの状態で聴いているのには何ら不満はない、スピーカーのそばに耳を近づけても微かなノイズしか聞えない、直流点火の場合は残留雑音の少ない優秀なアンプに仕上がるが交流点火方式にすると確かにスピーカーの近くで微かにブーンとハム音が聞こえてくるが2〜3mぐらい離れたポジションで音楽を聴くにはほとんど気にならないぐらい小さいが今回ほど悪戦苦闘するアンプには苦労を通り越して嫌気が刺したのは偽らざる事実だ、

 最後の確認でミリバルを使って雑音レベルの測定をしましたらLチャンネル側は20mmVでRチャンネル側は2.4mmVであった、Rチャンネル側の雑音レベルが高いのは多分電源トランスの磁気の誘導の影響と思われるがこのレベルなら合格である。
 
 電源回路はパターン設計を行い基板で実装、ダイオードが4本実装されているが失敗を考慮して直流点火でも動作させる予定であった、


全体の内部配線と部品実装、7回も改造をしたSV−91B

今回は作り直しが多かったため引き回し配線等は納得いかない


使用機器と音源

 同じ300Bでも交流点火にしたプッシュプルとシングルとは根本的に出音の表現力が違いますから一概に絶対この音とは云えないのをご理解して頂きたい、

早速スピーカーに接続して音出しを確認した、使用機器と音源は以下の通りです。


アナログ系は

カートリッジ ELAC EMC−1 MCカートリッジ

デジタル系

CDプレーヤー CEC TL51X

D/Aコンバーター Model2

ライントランス UTC A−21

プリアンプ マランツ#7(改)

スピーカー GOODMANS 3Wayのホーンタイプ、ネットワークは自作、ボックスは米松合板を使った特注品


使用音源は

アナログ盤 
ナタリーコール Still Unforgettabie

デジタルCD
マイスキー バッハ無伴奏ソナタ 


以上のシステムと音源を使って試聴


≪試聴ソース≫

ナタリーコールの名盤Still UnforgettabieのLPレコードで録音は大変良く一番のお気に入りだ、CDとは違う温かみのあるアナログらしい音、
 
いつものリファレンス用マイスキーのバッハのチェロ
 


交流点火と直流点火の音の違い

 まずはテスト的に交流点火と直流点火のフィラメントの切り換えは配線を少し変えるだけで分かるように全段交流点火と全段直流点火にした、全段直流点火の音ですが、まったく問題なくいつも聴くWE−300Bらしい音色で中域の厚みと抜けと味わい深い音で油の乗りきった素晴らしいサウンドだ、ナタリーコールの歌声は色気満点で心地よいサウンドでさすがアナログレコードらしく心に響く、

 デジタルCDはマイスキーのチェロの胴鳴りが大変心地よく聴かせてくれる。もうこれ以上は望まないと云えるぐらい良い、自分で納得しながら電源を落としてすぐに配線を変更して再度投入、投入後はブーンとハムが聞こえ始めたが時間の経過と共に無くなっていく、15分後に早速マイスキーの無伴奏チェロをトレーに入れて音出し開始である。不安と期待でこの時ほど緊張した事はなかった、

 チェロが鳴り始めると先程の音とは別な音質と音色を持っているのがわかる。今迄聴いてきたチェロの響きや音色が違うのが一目瞭然で何とも云えない心地よくゾリゾリ感にふくよかさと奥行き感を伴ってしかも不思議と先程の直流点火と違って暖かい響きが特徴だ、

 ナタリーコールは濡れ色的な甘い囁きのある声で男心を燻ぶるのには参った、これがWE−300Bの音なのか今迄聴いてきた音とは違う、直流点火のWE−300Bを交流点火にすると別の300Bに聞こえて来る。WE−300Bの音は交流音と直流音の2種類の系統を持ち合わせている新しい発見でもあった、

 直流点火でも不満はないがマニアの間で評価されているWE−300Bや他の300Bの音は直流点火の音を聴いて良い悪いと評価しているが交流点火の音は言葉では言い表せないもっと奥が深い音に変わるがこれこそ本当の300Bの音なのかも知れない、
 


PP5/400 vs. WE300B

 PP5/400はイギリスのEdiswan Mazdaが1920年〜30年代ごろに製造されたオーディオ用の直熱三極管になります。同等管は有名なPX−25があります。このPP5/400も全段交流点火を採用したアンプですからWE−300Bなら相手にとって不足はありません。早速鳴き比べを行いました。使用音源はナタリーコールとマイスキーのバッハのチェロソナタです。

 先にPP5/400を聴いてからWE−300Bに切り換えて聴き比べしました。

 PP5/400は高域の抜け具合、中域の瑞々しい爽やかな透明感のある素直な音質は大変好感が持てて特にマイスキーのチェロの響きは直熱三極管らしくさすが英国の名出力管の面目躍如で音の押し出し感は見事です。次に300Bと比較しますと300Bは高域の抜けも然ることながら音に粘りがあり低域の安定感のある土台のしっかりした音作りと味のあるサウンドになっている。此処まで来ると正直好みの世界になる。

 最近のWE−300Bはオールド管でも新しいタイプでもあまりにも高価になってしまったのでどうしても中国球に頼らざるを得ないが上手く作れば中国球でも十分使えるはずだ、今回はWE−300Bで行ったが中国球で交流点火すれば今迄とは違う顔の表情が出ると思うから一度テストしてみたいものである。PP5/400はウェスタンに負けないヨーロッパの名球の一つでもあるが音質音色これは好みと云えば好みですがこの球も大変希少価値があるのと非常に高価になってしまった、


WE−300Bと比較に使用した自作のPP5/400アンプ

左側がヨーロッパの名出力管PP5/400ナス管、右側はウェスタンのWE−300Bになります。


あとがき

 今回のコラムはWE−300B交流点火の音を題材にしましたがWE−310Aを含むすべて交流点火方式を採用した為一概にこれが300B交流点火の音とは断言できないのと前段とドライバー管の310Aのみ直流点火にすれば残留雑音は少なくなるような気がします。

 今回は交流点火を試みたが決して直流点火は悪いとは思っていない、300Bは直流点火のSN比の良さで比較すると点交流点火は惨敗だが暖かみのある特徴もあるからこのコラムを鵜呑みにして無闇に改造しないで頂きたい、一つ間違えるとトランスや大切な球を壊す恐れもあります。  
https://www.kit-ya.jp/etc/club/audio/y-026


こんなノイズの酷いアンプは現代では使い物にならない


今 WE91B や マランツ7C の中古品を買うと下記の様なノイズに悩まされる事になります。 オリジナルの回路をそのまま再現したレプリカ・アンプも同様です。

一方、EAR の様な欧米の現代真空管アンプではそういうノイズの対策を完璧に行っています。

やはり ティム・デ・パラヴィチーニの様な天才が作った真空管アンプと日本のオーディオ・オタクが作ったイミテーション・アンプとでは、完成度が天と地 程違うのですね。


吟醸電源 _ 電源にまとわりつくノイズを退治する話

  現代に適したアンプ回路  

古い時代に設計されたアンプの回路を見ると、そのシンプルさに驚く。現代では、このような回路では、電源の影響で、音質の劣化が著しいだろう。私は、昔の回路設計が悪いとは思わない、むしろ現代の設計が見習うべきところも多いのではと思っている。私が申し上げているのは、おそらくは、20年前、さらにもっと以前は、オーディオ装置は、同じ装置であっても、もっといい音で鳴っていたに違いないということだ。

これは、AC電源の品質による。現代の家庭用の100Vの電源は、あまりにノイズで汚染されているのだ。特にディジタル装置から発せられるノイズの凄まじさには、おそろしいものがある。ACに乗った高周波のノイズは、電源トランスを貫通し、信号経路に混入し、混変調を発生させ、ひずみの元凶となる。電源雑音による音の違いは、システムのグレードが上がると顕著になる。時間帯により、音質に大きな違いがあるというのは、AC電源品質が時間により変わることが、音に反映しているということであり、システムのグレードがかなり高いという証拠でもある。
 
  真空管アンプがブームであるが、多くは古い時代の回路が基本になっている。これらの回路は、昔、AC電源が”清流”だったころに考案されたもので、当時は、問題なく優れたものだったが、現代の電源事情では、十分な性能を発揮できない。反面、現代に設計された、アンプでは現代の電源事情下で設計されてあり、電源の影響を考慮した回路化が成されている。そのため、昔の名器が、ソリッド・ステートのアンプの音に及ばないこともあり得るのだ。

 
  AC電源の影響を受けにくいアンプ

  私の製作した大星夜級のアンプでは、電源に重点を置いている。2A3PPアンプのB電源は、6段のパイ型フィルターで、高圧から、チョーク・インプット経由で所望のB電圧まで落としており、AC電源の影響を受けにくくなっているので、時間による音の違いは少ない。当初パイ型フィルターの段数と次第に増やしていったが、増やせば増やすほど、音質の向上がみられた。まるで、吟醸酒を造るために、精米歩合を上げて、米の外側を削って、糠としてどんどん捨てていくようなものである。

4段までやった段階で、かなり良くなったが、夜9時近辺の時間帯では、やはり音質が劣化する。2003年12月の段階では、総段数6段、最終の3段は、左右独立になっている。当然電解コンデンサーは使用していない。このアンプの詳細は、別のところで述べることにする。(2003年12月に7段に変更、音質の向上より、バランスの取り直しの目的での変更)
 
  アンプの内側で、このような電源対策をしたが、これ以上段数を増やすよりは、AC電源側に、ノイズ・カット・トランスを入れて、アンプに入る前の対策を加えてはどうかと考えた。アンプの回路的には、真空管からは定電流に近いかたちに電源が見えているはずなので、ノイズ・カット・トランスを入れても飛躍的に良くはならないだろうと考えていた。下の写真は、ユニオン電機さんの 100V : 100V 500VAのノイズ・トランス。一次と二次が上下に別々に巻いてある。2000VAのものも購入したが、やはり容量には、重たいが、余裕があったほうが良い。
   
  ところが、予想以上に大星夜性が向上したのである。回路理論の予測以上の音質の向上があったのだ、そこで徹底的にやるタイプの私は、ノイズ・トランスをもう一個作って、2段の構成にしてみた。結果は、驚くことにさらに大星夜性が向上したのである。ただし、私のメインアンプのほうは、それなりに追い込んであるので、バランスが若干崩れ、繊細な音にはなっていったが、音が弱くなるきらいが出てきた。ノイズ・トランスを使用する場合は、それを入れることを前提にした、システム・バランスを取る必要があるだろう。


 
  古典回路とノイズ・トランス
 
  昔のウエスタン・エレクトリックのアンプや、その回路を元に設計されたアンプを使用している方も多いと思うが、これらの回路は、電源にノイズが少なかった時代の設計なので、現代の環境では、その実力を発揮していないだろうと思われる。現代の電源事情を考慮した、回路の設計が必要である。まずは、ノイズ・カット・トランスを(一段でよい)入れてみよう。電源は、清流でなければならない。  

  2006年現在では、電鍵精機社、ユニオン電機社、サウンド社、ライン・ノイズ・フィルターなど、その他自作のものまで含めて十種類ものノイズ・フィルタリング機器を使用している。但し、あまり多段にフィルタリングをすると音が弱くなることもあるし、雑音も音としての役割があるので、本HPの音の謎のコラムも参照して戴きたい。
http://homepage3.nifty.com/western/audio/noise1/noise1.htm

ノイズ除去装置を作る。導入する。

ノイズ・カット・トランスを作ったり、システムに導入する話


  ノイズを減らす装置
 
  トランスというのは、一次側と二次側の巻線の太さと数の比で、電流と電圧を変換するものだ。出力トランスというのは、とても難しい。理由は、広い伝送周波数特性を実現しなければならないからだ。一次側と二次側をただ単純に二層に巻いただけでは、5KHzくらいまでしか周波数特性を得られない。20KHz迄伸ばそうと思うと、複数のサンドイッチ構造で、重ねて巻いていかなければならない。ここでひらめくと、逆に”特性を落とす”のは容易だということである。一次側の雑音成分を二次側に伝えないようにするには、高周波成分の雑音を二次側につたえないように巻くわけだから、どうしたら、周波数特性が落ちるかを考えればよい。
簡単な話では、一次コイルと二次コイルは、離して、別々に巻けばよい。このような巻き方で電源トランスを作ってくれれば、音質のよいトランスができるのに残念である。メーカーは、みんな重ねて巻いている。


 
  簡易ノイズ・トランスの試作
 
  ノイズ・カット・トランスは、結構いい値段がするので、余って、ころがっているトランジスタのメインアンプ用のトランスなどを工夫してノイズ・トランスの実験をしてみることができる。方法は、二次側のタップをシリーズにつないで、合計で一次と同じ電圧になればよい。

注意すべきことは、巻き線の方向を同じに接続しないと電圧が加算されない点だ。シリーズにつないで電圧が下がるようであれば、線の巻き方向が逆になっているので、反対側とつなぎかえればいい。どのくらい電流がとれるかは、二次巻線の容量に依存するから、プリアンプでは1A、2A3PPのメインでは、5Aは欲しいところである。巻き線をシリーズに接続して電圧を稼ぐ場合でも、途中の巻き線に容量が少ないところがあると、その最低容量が全体の性能になり、容量が不足すると発熱したりして危険である。
 
  下の写真は、ジャンクで1000円でころがっていたトランスで作ったノイズ・カット・トランス。二次側のタップをシリーズに接続して100Vの電圧が出るようにしてある。これがまた効果があり、暫く貸し出し先から戻ってこなかったくらいである。1000円程度で試せるならば、とても面白い。効果があれば、なおさら嬉しくなる。ノイズに関しては、非常の広い帯域に渡ってスペクトルが分散しているので、特定のフィルターで雑音をとりきることはできない。雑音吸収スペクトルの異なるものを何段か重ねて使用せざるを得ないのが実態である。ノイズの問題と理論はとても奥が深いので、専門のホームページを熟読することをお勧めする。  
   


  外部ノイズと内部ノイズ
 
  ノイズというとACラインから混入する外部ノイズは、すぐに気がつくが、使用しているオーディオ装置自身が発生しているノイズには、気づかないことが多い。実は、CDプレーヤーなどのディジタル機器は、盛大に雑音を発生しており、この雑音が共通のコンセントに差し込まれている他の機器に伝播する。ためしにアナログ・レコードをかけたりして、CDプレーヤーだけの電源を深夜にON/OFFしてみればよろしい。

音がまったくかわらない場合は、とても高性能なCDプレーヤーか、システムがおっとりとしていて、その変化に反応しないか、お聴きなる方の人格が十分に陶冶されているかのいづれかであろう。LINN LP-12のプレーヤーのバルハラ電源でさえ起動時に若干ではあるがノイズを発生する。機器間にノイズ除去装置を入れて、内部で発生した雑音の他の装置への伝播を最小限に抑える必要がある。  
http://homepage3.nifty.com/western/audio/noise2/noise2.htm


JBLの#075でヴァイオリンが艶やかに鳴らない場合、まず使っているケーブルに粗悪な物が使われています。アンプやCDPの高価な装置を使っていてもそれらを接続するケーブルが粗悪な物ではその機器の実力の1/10も出していないでしょう。

ケーブルには電源ケーブル、ラインケーブル、SPケーブルが一般的に考えられますがそれだけでしょうか?。私の場合、電源とは壁コンからタップまでとタップから機器までを定格消費電力数の合計で使い分けています。

デジタルだアナログだでは区別はしていません。システムの場合「小信号」を扱う部類とパワーアンプ群の様に比較的大きな電力を食う物と分けてタップとりします。

電源ケーブルは機器の「性能」を決定するばかりか「質感」をも左右します。良い電源ケーブルが必要です。メーカーオリジナル配線の電源ケーブルはほとんど使い物にならないと考えて差し支え有りません。それらのほとんどのケーブルが「ノイズ」を拾っています。古い機器はオリジナル配線も極端に粗悪な物が多いです。

(この頃は電源ケーブルの重要性が理解されていなかったから)・・・マランツの#7、#2、#8b、#9、マッキンのC-22、MX-110やMC30,MC275等も当時は良かったかもしれないけれど今となっては「粗悪」なものの分類のケーブルに入ります。

次にラインケーブルやSPケーブルですがこれも電源ケーブルと同じで「ノイズ」をシャットアウトできるケーブルでないと使えません。いづれの箇所でもノイズ(ハムノイズ)を拾うようでは音が粗くて使い物になりません。

そして皆さんが「盲目的」に何の疑問を示さないのがSP箱内配線です。このユニットへの配線やネットワークへの配線が「とんでもなく粗悪」だと言う事です。

他にもアンプやCDP、チャンデバ内に使ってあるプリント基板や半田材、半田材の材質も粗悪な物が多いです。半田に鉛が入っているだけで電気が流れにくいです。

私の場合アンプの内部配線も手配線ができる管球式を使いたくなります。そしてその配線材も良いものを使い、半田材も鉛なしの銀入り半田、管球も中国製ではなく1940年から1960年代くらいまでの「本物」にこだわっています。

SPユニットにも半田付け部分が有ります。オールドユニットは歴史的に見てまず間違いなく「鉛半田」が使われています。これを交換してやるだけで情報量が「?倍」になりリアクション(応答性・反応)が飛躍的に良くなります。

オーディオ評論家達が「ヒアリングテスト」と称して雑誌の為に色々書いて有りますが、私から言わしめれば「4〜5時間聴いて何が判るのか?」と思います。良いケーブルは「大容量」になります。それらのケーブルは100時間以上のエージング(馴染ませ)が必要で、(ケーブルのバーンイン+機器の馴染み)とてもとっかえひっかえの駆け足評価で判るような代物ではないということです。

「あわてモノの間違い」、「うっかりの間違い」のケアレスミスの塊だと思います。雑誌の評論に振り回されていたのでは真の「良い音」は追求できません。

機器がどんなに優れていてもそれらを繋ぐ「ケーブル」が粗悪な物では使い物にならないサウンドしか出ません。

機器とケーブルの総合力+セッティング術の技術力の差が「出てくるサウンド」の差になります。

ケーブルに求めるのは「瞬時伝送能力」です。そのため「大容量」でないといけません。これにノイズが入れば大容量とはいえなくなります。

伝送容量は水道の配管です。これは大きいほど沢山流せるでしょう。ノイズがこの配管に付くスケールに相当します。このスケールが微量でも有ると水が濁ってしまいます。この濁った音がヴァイオリンが綺麗になってくれない原因です。
http://soundtrail.blogzine.jp/blog/2008/04/jbljazz_8012.html


電源について考えてみる 2008年 12月 22日

 商用電源は汚れていると言います。極性も気にする必要があると…

しかしながら、昨日から悩みを告白した


SV-722(マッキントッシュ C22 のイミテーション・アンプ)
SV-722(マランツ7C のイミテーション・アンプ)
https://www.kit-ya.jp/products/list?category_id=10&bland_id=14


のノイズについても実は商用電源の汚れが問題ではないかと考えています。

対策として200V電源を引きステップダウントランスで100Vにすることです。

バランス電源なのでコンセントの極性も気にしなくてよいとか…。

 そこで今夜は「電源」について考えてみようかなと。

 真空管アンプにしてから電源に非常に敏感な気がする。

メインの方は電源を専用にとっているが、プリ側はデジタル機器と同一コンセントであり「悪い」と知りながら使用している。すると電源のループだろうか、リスニングルームのリビングと接する台所の電源を落とすと軽くノイズが飛び込む。

同じ環境下でトランジスタアンプは問題なかった…。

さらにサンバレーさんのアンプは電源に敏感か気がする。
恐らく回路も相当シンプルで音の鮮度を優先していて、電源などにもろ影響を受ける気がする。

ここに根拠はないので本当なら電源を切り分けるためにまずはタップを購入しデジタル機器と同居するプリの電源を分けるテストをしようとしたが、近所のホームセンターには三極のタップはなかった…テストはおあずけだ。

 しかしながら、200Vをステップダウンして100Vにすることが良いことは何度も耳にしており実際にこの目でも見た(変な表現だが)。

SV-722にのるノイズもSV-722自身がもっていると言うより拾っている可能性が高い。

無論、ピンケーブルも購入品と自作での比較もしてみたがピンケーブルの差によるノイズの載りはなさそうだ。

「うーん、やはり…」

手をつけるべくは、電源かな…。
アースも確実にとる必要があるし…。

あまり深入りしたくない内容だが粗悪ガソリンで良いエンジンが回る訳はないし、良いガソリンでエンジンは見違える程伸びるし、改質軽油でないとエミッションをパスするディーゼルは成り立たないし…。
それほどベースのエネルギーは大切なのだ…。


Commented by 103 岡山 at 2009-01-17 02:30
電源のデジ・アナ分離、その後進められましたか? デジタル系は2Pプラグでアースループが出来ないようにされた方が聴感上好結果が得られるようです。 またSV-722の球のグリッド線をシールド線がしっかりした(例えばRCAケーブルを切ったもの)とかに換装されるとグンっとノイズが減る可能性がありますよ。(私はSV-91Bのグリッド線を交換してノイズが皆無になりました)


Commented by rhr_nally at 2009-01-17 07:38
「SV-722の球のグリッド線」がどれになるのか、回路がさっぱり分からない私です。回路図をよーく見ながら挑戦しますね。


Commented by 103 岡山 at 2009-01-17 07:48
12AU7のピン配置は2番、7番になります。
 http://www.mizunaga.jp/tubepin.html


まず1本線を作って気になるチャンネル(LorR)側で一箇所取り替えてみる度に試聴されれば対策が早いと思います。
 http://homepage.mac.com/elanmiki/SV722/Sites-Pages/Image18.html


透明被覆の配線材かもしれません。
http://rhrsp.exblog.jp/9262286/

シンプルが故の難しさ… 2009年 07月 12日

久しぶりにRHRの音を聴いてみると…

「重い音だなぁ…歯切れが悪いなぁ…梅雨だしなぁ…
おや?なんだこのノイズ…」

曲の音量が下がってくるとリズミカルな「ポッ、ポッ、ポッ…」とノイズが出ているのです。そのノイズは、プリアンプの音量に関係なく一定な音量で出ています。

「…またトラブルかぁ…」

なんとなく

「プリアンプSV-722」が影響しているのではないか?

と予測してプリの電源を切りますと、コンデンサーに残された電荷を吐き出しながら、リズミカルなノイズは消えて行きます。

「やっぱり…」

夜聴くときはこんなことはないのですが(今夜も夜はノイズがのりません)。
いままでこんなことはなく折角の日曜の昼間なのですが…。

シンプルな構造故、外乱に敏感な気がします  


 前に中途半端なネットワークだったRHRの頃、半導体アンプONKYO P-308をつないだ時、発振して困りました。この時、SV-722(C22)はボンネットを軽く叩くと「ボンボン」とボンネットを叩く音がSPから聴こえるのです。

まるで、レコードプレーヤーのターンテーブルのハウリングの様でした。

この問題を解決するのに、地中アースを取り全ての機器を接続したところ、P-308は激しい発振を起こさず普通に聴ける状態になりました。

 しかし、アースは曲者かもしれません。

今回の正体は突き詰めていませんが、722に乗ったノイズはアースを通じて入ったのではないかと推測しています(原因追及前にそのノイズは消えました)。

 我が家の商用電源は測定すると100Vをやや下回り97V程度です。

会社のオシロを利用して波形を見てみればいいのですが、おそらく相当なノイズが乗っていると思います。

当然、AUDIOについては極性とデジタル系とアナログ系の音源を分けています。
しかし、どんなにコンセントを分けてもリスニングルームであるリビングの配電盤を見るとブレーカーはひとくくりでした。

これでは、どこからとっても同じ電源だと思います。

 200V化を考えているのですが、いい機会なので投入しようかなぁと考えています。

200Vは極性を考えなくてもよいので煩わしさから開放されますし。
我が家は、200V化には有利な環境にあり安い工賃で200V化は可能です、後はどんなステップダウントランスを選択するかなのですが…。

 しかし我が家のSV-722を含む真空管機器は構造が単純なせいか「外乱」に非常に弱い気がします、シンプルが故に外乱をそのまま音に反映する、商用電源の汚れやノイズの影響をもろに受けるのではないかと。

トランジスタ機器ではこんなことで悩むことはありませんでした。音の鮮度優先でこの辺のフェイルセイフ(こう言っていいのかなぁ?)が甘いのが良くも悪くもなのでしょうね…

ここらへんは、同じ真空管アンプでもEARはしっかりしていました。

すると真空管アンプや真空管機器を良い音で聴くには電源造りが大切なのではないかと…。
当たり前な結論かもしれませんが、ここを改造するには結構お金がかかりますし…うーむ…。


 シンプルが故のハンドリングの難しさ。

真空管アンプを使用している人たちは、皆さん同じような経験がおありなのでしょうか?
(今回の問題が再発した場合、プリのアースを外してみようと考えています)


Commented by きゃーる at 2009-07-12 23:03
実は私もこの間604のユニットにTU-879を繋いだ時、左側から、ポッ、ポッ、ポッと音がしました。
ケーブルを左右入れ替えたらノイズも入れ替わったのでアンプのノイズだと思います。
アート・ペッパーのミーツ・ザ・リズム・セクション(XRCD版)も曲内の音が出てないところでサーノイズがでます。

これは今まで私が持っている最も能率の高いSP(ダイアトーンDS-37B 能率90db)では気づかなかったことでした。
TU-873やSV-722はまだつないでませんがイヤな予感が・・・

高能率SPってシビアなんですね。

私の場合は片CHなのでキットの工作精度っぽいですが、rhr_nallyさんは電源周りですか・・・

「電源の最終回答」なんてうたっているメーカーがありますが、
どうなんでしょうね。怪しすぎますが(汗)


Commented by rhr_nally at 2009-07-12 23:29
もし電源をいじりステップダウントランスを購入するならオヤイデのトランスがいいみたいです。


Commented by 欄太郎 at 2009-07-13 05:12
>どんなにコンセントを分けてもリスニングルームであるリビングの配電盤を見るとブレーカーはひとくくりでした(

私は、2階から1階に移動して、家電周りのノイズをほとんど拾わなく成りました、 rhr_nallyさんのノイズが空中ノイズだとすると電源を分けても効果がありませんよね、私の場合大きいブレーカは1個、小さいブレーカーで8カ所に分かれていて、下の部屋は小分けに分けたブレーカーのせいか、家電から一番遠い、下の部屋のせいか分かりませんが、ノイズは気にならなく成りました。

スピーカーの湿気の影響ですが、ウッドコーンが動きが鈍く、高域の抜けが非常に悪いです、2時間ほど聴いてとそれでも良く成ります、コーンが振動しながら乾燥するのでしょうか(笑)、今使っているスピーカーは3台はマグネシューム系の合金、1台はパークの17pパルプコーン(表面に樹脂製のコーティング有り)全て元気に鳴ります、特にマーク、オーディオのフルレンジは高域の抜けは最高です。


Commented by altum at 2009-07-13 09:25
>高能率SPってシビアなんですね。

高能率のスピーカーで聴いて、異常が認められなければどんなスピーカーに繫いでもOK!・・・最終的な試験機としても使えますよ
特に直熱管シングルのハム音!(笑)
家でも、A7で近くでは若干ハム音は感じますがM8DMT以下他のスピーカーでは傍に居てもウン・・・とも、聴こえて来ません(笑)


Commented by きゃーる at 2009-07-13 11:49
直熱管はもっとやばいのですね(汗)
とりあえず異音がなくなるように処置してみます。


Commented by koba at 2009-07-13 13:53
家のスピーカーも38とホーンで能率が107あるので直熱管が使いづらくなってしまいまして300Bとか使わなくなってしまい遊んでます。EL34でやっと我慢できるかも?

前段のお遊びによる音の変化がよーく出てくることよ  
他人の家で僅かな変化しかしなくても家ではびんびんに変化するんですわ。


Commented by 元新潟のU at 2009-07-13 21:58
100Vじゃだめですか?nallyさん。
入力・出力共に100Vの絶縁トランスを使用して、2次側の中点タップをアースすれば同じだと思うのですが・・・
余り見かけないトランスなので2次側50Vのトランスを2台使用する手もあります。
あと、電源プラグを逆に挿すと音が変わりますが如何でしょうか。


Commented by rhr_nally at 2009-07-13 23:03
「直熱感シングルのハム音」…。「グさっ!」と来ました(笑)
今の我が家の一番悩ましいのがこの内容なんです。
2007のハム音がなんだかなぁです。
どこをどうすればいいのか分からないし、何を点検すれば良いのか…ハムバランサーをいじっても…。


Commented by rhr_nally at 2009-07-13 23:06
EAR859は本当にハムノイズのないアンプだったんですよ。
直熱管じゃぁないからですかね…うーむ面白い。


Commented by koba at 2009-07-13 23:08
能率が高いと小出力のアンプでOKなんですが同時に交流点火が×になってしまうんですよ。ハムがしっかり聞こえてしまうんです。泣


Commented by rhr_nally at 2009-07-13 23:14
いや、100Vがだめな訳じゃぁないんですよ。
実は私もきゃーるさんにお知らせした、オヤイデのトランスを知ったのが実はサンバレーさんの試聴室でした。

それ以前は、例の「究極の回答」で有名な(実際はたいしたことないですよ(笑))ショップで盛んに叫んでいる電源を注視していました。
サンバレーさんの評価云々でなく、200Vとこのトランスに注視している方が結構います。

私は、たまたま環境が整っていて(今の家の電源事情はそんなこと意識していませんでした、本当にたまたまです)200Vを2万円以下で工事できそうなんです。
極性を考えなくてよい。200V化で他の電源から切り離される、SV-18Dを調整しても不安定な電源みたいな我が家…なんかを考えると200V化をどこかで必ずしようと考えていたのでまぁいい機会かなぁと。


Commented by altum at 2009-07-14 09:21
>2007のハム音がなんだかなぁです。

これは211と同じ電圧(10V)&電流(3.25A)と思いますので・・・
フィラメントの整流回路にチョーク・コイル&トランスは入っていますか?
コンデンサーの容量は?・・・市販の小さなフィラメント用のチョークを売っています

0.5H/3.5A・・・それにコンデンサーの容量と耐電流10000μF&4A位は必要かと思います・・・私はここに当時販売していたタンゴの専用チョークと業務用コンピュータの電源に使われている大きな姿のブロック形のコンデンサーを使っています

今の2007(845)のケースには入らなくなるかも・・・です
ここまで、書いてかわら版を見ましたチョーク!は無いですね
抵抗0.2Ω/10Wがここにチョークを入れるとかなり改善が期待できますよ

フィラメントの電源にスイッチング電源の12V5A位を使って10Vに調整すれば一番良いとは思いますが・・・電源ユニットケースの後ろ辺りにを背負わなくては・・・

接続箇所は抵抗0.2Ωを出た所のコンデンサーの所・・・

この電解コンデンサーは要らないと思いますよ・・・ユニットは完成品!ですからこれが一番の安上がり!の方法かもチョーク・トランスも結構高いですから(笑)
私も、カレコレ組上げて30年近くになってきてますので、それこそ電解コンデンサーが不安なので、今度はスイッチング電源を使おうかなと思っています・・・省スペースにもなる
http://rhrsp.exblog.jp/10601189/

2009年 04月 04日
722と言うアンプはなかなか面白いアンプです。

失敗の連続でなかなか灯を入れることが出来なかった苦い思い出のアンプなのですが、出てくる音はご機嫌なものです。

 SV-722(C22)の嫌いなところは、以前所有していたEARと比較してハムノイズが大きいことです。

これは、最初に722を聴いていれば別に気にしなかったと思いますが、EARを先に聴くとその差が耳につきます。能率の高いSPだと更に耳につくらしいです。

 しかしそのハムノイズに目をつぶっても音の鮮度は、EARと比較して目を見張るものがあり私は722を入手しました。722はマッチングバランス(妥協点)で音の鮮度を優先して、このハムノイズをやや犠牲にしたのでしょう。

私の722は、標準の真空管12AX7 SOVTECからμの低い(増幅能率が低い意味らしいです)5751に差替えました。

SV-2(2007)の6SN7GTBのバリエーションでRCA 5672を手にした時「高信頼性管」と言うものの頼もしい作りに惚れ、高信頼性管系統の5751を選びました。

レコードイコライザー部は、東芝の5751でフラットアンプ部は、自衛隊の流出品だと言うGEらしい5751に入れ替えています。

5751にしてμが低くなり(100→70)「大人しい音になる」との話もありましたが、フラットアンプ部にはGEらしい快活な音を出し、フォノイコライザー部はRIAA特性の「精確」な再現を考えて、生真面目な国産らしい東芝の端正な音としてみました。
余談ですが、東芝の5751をフラットアンプ部に入れると真面目過ぎて私の好みではありませんでした。

 こんなふうに真空管チューンした722は高域まで伸びた音だと思うのですが、「キーン」とした鋭い伸びでなく私には「マッシブ(塊)」的音に感じます。
但し、「マッシブ」と言っても低分解能な塊ではありません。

その反面マランツタイプは、「キーン」としたタイトな高域のようで非常に興味深く感じています。

 ただ、722は音の鮮度を優先するあまり非常に構造がシンプルなのでしょう。

冬場の静電気が帯電した体で触ると「パチッ!」と音を立て、同じ部屋の電気機器のスイッチON/OFFに非常に敏感に反応します。

これだけ電源に敏感に反応すると言うことは、家庭の電源を200V化してステップダウントランスで改善した電気を流すとその鮮度は更に上がるのではないかと期待もしています。

 このように、SV-722と言うアンプはチューニングしがいがあり、そのチューニング結果を素直に出すアンプだと感じています。

 SV-722を賞讃する反面、

「プリアンプは極力カラー(色)をつけず、ドライブ(CDPやレコード)の信号を正確に再現するのが良いのではないか…」

とも感じています。すなわち、半導体プリ+真空管メインと言う組合せもありではないかと考え込んでいます。


Commented by へうたむ at 2009-04-05 04:12
ハムノイズについては、サンバレーさんのマニュアルに、シャーシ・アース・ポイントなどの説明はあるでしょうから、そのとおりにはされていますよねえ‥‥
管球プリは、アースの引き回し、シャーシのアース・ポイントでずいぶんハムが違ってくるように思います。


Commented by Rocky at 2009-04-05 06:39
私もSV-722(C22)を持っています。Jensen化もしましたが、何とか取り付けました。(手違いで左にある0.22uFも買ってしまい、一緒に交換しています。こちらはあまり効果はないと思いますが、、)

ハムノイズは私もあります。電源コンセントを逆に差し替えたらハムノイズが少しは減ったので、まあいいかと思っています。真空管アンプのボリュームを絞るとノイズは減りますが、音が曇ってしまうので全開で聴いています。


Commented by 103 岡山 at 2009-04-05 11:07
半導体プリ+真空管メインはC-200X改+SV-91Bをちょくちょくやっています。

C-200X改+SV-91Bは 過不足ない というかSX-710との組み合わせに比較すると音のエッジがしっかりしてSV-91Bからズーンと腰の入った低音が聴けます。
これが半導体プリのおかげと言えるのか、C-200X改の個性(良さ)なのかはWE310Aラインアンプとの組み合わせで改めて比較してみます。


Commented by rhr_nally at 2009-04-05 11:08
電源コンセント、すなわち電源極性ですよね。
一時、気合いを入れて合わせていたのですが、色々試聴で機器を出したり入れたりしているとついつい面倒になり…。
アドバイスありがとうございます、検電ドライバーを手に頑張ってみます。


Commented by 103 岡山 at 2009-04-05 13:26 x

半導体プリ+真空管メイン、真空管プリ+真空管メインと比較してどうか?
 難しい! です。
WE310Aラインアンプは残留ノイズが少々高目だったのでP-300に比較して91Bはゲインが低目なのでノイズが耳に付き難くなりました。
球(WE310A)同士の接続なので相性は文句なし。音が弾みます。
C-200X改に比べて前後方向が少し向上と言えるかもしれませんが、大きな変化なし。

単純に 球プリ、 半導体プリ と論じられないです。
それぞれの機器の個性で デバイスの差を語れない というのが感想です。
ご期待に添えなくて申し訳ないです。
http://rhrsp.exblog.jp/9980527/


AIR TIGHT ATC-1 〜真空管プリアンプ 世評の罪〜 2010年 08月 19日

 サンバレーさんの真空管プリアンプ"SV-722"を手放した後でも真空管プリアンプの音質には強く心惹かれるものがありました。
真空管と言えばノスタルジックな「暖かさ」などが世評ですが、最近の真空管プリアンプは半導体にはない鮮烈さを実感できます。

 私の真空管アンプ・キャリアは、プリメインのEAR859に始まりプリアンプではEAR834Lと2台のEARを経験してきました。

EARシリーズは、真空管アンプとは思えない無音時の静粛感、音質は英国アンプらしく華麗で柔和、但し鮮烈さと言う面ではやや弱いです。

そしてサンバレーSVー722は、真空管フォノイコSVー6、真空管パワーアンプSVー2(2007)と言った極めて組立が簡単な(基板1枚をハンダ付けすれば出来上がり)キットを2台組立てただけに過ぎない私のスキルには、あまりに難易度の高いアンプでした。
音が出せるまで何度もハンダや配線をやり直し最終的にギタギタになってしまい「大丈夫か?」と思いましたが、出て来る音の鮮烈さのとりこになってしまいました。

しかし悲しいかな、無音時のノイズは盛大でEARとは比較になりません。

「EARの無音時の静粛性」と「SVー722の鮮烈な音」を組合わせたような真空管プリアンプを探していました。

そこで目にしたのが「AIR TIGHT」ブランドの「ATC-1」と言うプリアンプでした。
AIR TIGHT ATC-1は、EAR834L+SV-722となるのでしょうか?
さて肝心の出て来る音なのですが…

 世評では、AIR TIGHT社の社員の方はLUXMANから独立し設立したこと「真空管の良さを残したアンプ」「いや、そんな古いノスタルジィに捕われない音」と色々な世評があります。

私も後者の「ノスタルジィに捕われない音」とSVー722の持つ無音時の不快なノイズが消えていることを期待しました。

ところが様相は少々違ったようです…

電源ONし出て来るノイズは「質」は違いますが「量」はSV-722同等…これには正直がっかりしました。

「熟練工の組立てる完成品」と「素人が失敗しながらなんとか組立てたキット」に大きな差がない…。

また「真空管プリアンプのノイズはこんなものなのか?」と考えてしまいました。

実は12AX7と互換球で低ノイズの5751、しかも東芝の5751に換装したのですが変化は見られませんでした…

ノイズの「質」の違い、
SVー722のノイズは高域の目立つ「シャー」と言う高めのノイズ、
ATC-1のノイズは中低域の目立つ「ズー」と聴こえるノイズ。

 そして、このノイズの傾向が不思議なことに音質にも出ています。

ATC-1の音は、中低域を中心とした太い線で描写した押し出しの強い音。
私が期待したのは、やや線の細いシャープな音でしたので、これは全く目論み違いでした。

この「太い線で描く音」が「暖かい音」と支持する人がいるのでしょう。
ヤマハC-2X同等のシャープさで、半導体では得られない真空管の「ガラス」をイメージするような透明度をもったハイスピードな音を期待していました…。
ATC-1は私の期待した

「EAR834Lのノイズレス+SVー722のハイスピード」

とはなりませんでした。

 SVー722のシャープでキレの良い音が懐かしいですねぇ…。

私のSV-722は、マッキントッシュC22タイプだったのですが次はマランツ7タイプにトライしてキレの良い音に浸りたいですね。

手放して分かるSVー722の良さ(笑)

SV-192Sにはなんの未練もないのですがSVー722には悔しさが残ります。
自分のスキルが未熟な時に出会ってしまった音楽性の高いアンプ…
もし今2台目を作るとするなら、カウンターポイントやYAMAHA、そしてMFと言った優秀な半導体アンプを手にしていますので焦ることなくじっくり構えて組立できるでしょう…。

今ならアンプマイスターのくまさんがSV-722に新しい「対策・改良」の施し方をブログで記事にされていますので、進化したSV-722に出会えるかもしれません。


Commented by きゃーる at 2010-08-19 01:25
AIR TIGHTといえば、かなり高級な球アンプブランドですよね^^
いい質感ですね。電源部も遮蔽されてますね^^
しかし好みの音質ではなかったですかorz

SV-722手放したんでしたっけ・・・
クマさんチューニングすごそうですよね^^
SV-722はアンチキット屋さんでも一目置くプリのようです。
操作性は・・・ですが音は申し分ないです^^
私のSV-722(マランツ)もいつかSBD化するかなあ・・・

プリといえば、マッキンC22オリジナルの結構程度のいいもの(らしい)が30万台で売られてましたが、買いなんでしょうか?^^;


Commented by へうたむ at 2010-08-19 05:24
アンプのノイズはシステム全体として計算づくで処理すべきものだと思います。かなりの高利得を持たせたプリ(マッキンやマランツなど、過去の名機に倣った回路構成では、どうしてもこうなります)に、ヴォリューム全開のパワーをつなげば、どんな高級品でもホワイトノイズは出ます。

EARは、システム全体でゲインを調整したり、何らかの回路デザインを施していたのでは?


Commented by 元新潟のU at 2010-08-19 05:42
無音時の静寂性を追求するなら半導体では?という気がします。
音楽性で言うなら別ですが…
SV-722 クマさんスペシャルには興味がありますね〜。


Commented by rhr_nally at 2010-08-19 08:25
EARは、システムトータルと言うより、単品のノイズの少なさは極まっていると思います。

私が使用していた時は、当然メインは全開ですよ(メイン全開でないと気がすまないたちです(笑))。パラヴィチーニ氏は、動的な特性もさることながら、静的な良さ「デザイン」「ガジェット」「ノイズ」を上手にコントロールされていたのではないかと考えてます。


Commented by rhr_nally at 2010-08-19 08:31
>無音時の静寂性を追求するなら半導体では?という気がします。

はい、しかしながら世の中には半導体並の無音時の静粛性の高いアンプも存在するんですよ。でも今回の経験で、真空管プリのノイズについて整理出来てきた気がします。

確かaltunmさんはプリの前にトランスを入れて電源の持つノイズを減らすことをされていたのでそれも奥の手と考えていまして、無音時のノイズ対策は色々ありそうですね。

我が家の主力プリは全て半導体なので、無音時のノイズは悩みませんが、SV-722には「音楽の鮮度」と言う面で心惹かれますね(個人的には「アドバンスさん凄い」と感じています(笑))

くまさんスペシャル"SV-722"は、大変参考になるのでもっと色々知りたいところです。


Commented by へうたむ at 2010-08-19 22:16
2ch板ですが、A&Mはノイズの件で送っても何もしてくれない、云々の書き込みを見ました。

ATC-1は、高利得の12AX7を5本使っているということなので、ラインアンプも全部12AX7なのですね。これではやはりノイズ多くなりそう‥‥
ラインアンプは、低利得・低インピーダンスの12AU7や6DJ8を使うのが、近来のプリでは主流ではないか、と…。

お値段的に比べるべくもない感じはしても、TU-875と比べられたでしょうか? たぶん TU-875のほうがローノイズですよ。

ノイズが増えても12AX7を多用して彫りの深い音色を出そう、というのが、むしろマランツやマッキンなど古典プリに学ぶ日本のマニア、技術者の多数かもしれません。もちろん、これはこれでポリシーです。
が、近代的な低雑音を狙うと、また別の回路構成が必要でしょうし、その辺の独創性は、あのパラヴィッチーニのオヤジなんかの独擅場なんでしょうね。


Commented by なめ仙人 at 2010-08-20 16:20
プリアンプは難しいですねぇ〜! 微小信号を取り扱うプリアンプは、ノイズ問題、SN比は大きなウェイトを占めますから。。。 如何に音色感が素晴らしくても、ノイズで微小レベルの信号が消失してしまうのでは意味が有りません。

そのような意味で、タマのプリ選びは非常に難しいでしょうね。カウンターポイントのハイブリッドプリでさえ、石の圧倒的な高SN感(例えばマクレビNo.38SL等)を経験した後だとノイジーに感じましたからね。

しかし、AIR TIGHT ATC-1、見た目は魅かれます。ロゴプレートといい、全体のつくりといい、ラックに置いておきたい雰囲気がありますね。ホント、ノイズの問題さえクリアになれば・・・・ですねぇ〜σ(^_^;


Commented by rhr_nally at 2010-08-22 10:20
利得とμの関係を知らないのですが、12AX7に対してμが70%程度しかない5751でもこの傾向は変わりませんでした。
12AU7や6DJ8のことは、へうたむさんに説明されると頷いてしまいますね(説得力があります)。

TU-875はご指摘の通りです。
電源も別体ですからね、ただTU-875のポテンシャルはもう少し欲しいところです(欲かいてます)
パラヴィヴィチー二氏の回路理論は理解出来ていませんが、独創性は目を見張りますよね。
マランツ7やマッキントッシュC22の回路のオマージュ(嫌いな表現です(笑))的なものではなく「現代真空管回路」的なところで攻めて欲しいものです…勝手な言い分ですけど、そこをAIR TIGHT に私は求めたのだと思います。


Commented by rhr_nally at 2010-08-22 10:33
レビンソンとマッキンなら私はレビンソンの方が雰囲気が好きかなぁ…。
はい「球のプリ」は難しそうですが、なかなか鮮烈ですよ。

AIR TIGHTは「次世代の真空管アンプ」を期待したのですが、パラヴィチー二氏
ほど前衛的ではなかったようです、
AIR TIGHTの人が読まれたら激昂されるかもしれませんが、過去の範疇だった気がします。過去の範疇で良いなら、私はAIR TIGHTは選ばないかな…。
ガジェット的には最高ですけどね(笑)


Commented by merlion at 2010-08-25 07:36
実はATC-1のノイズは先日AvantgardeのDuo Mezzoとの組み合わせで聞いたときに妙に気になったことを思い出しました。私もチューブを使っていますが、「古いノスタルジィに捕われない音」を志向してAudio Research (VT200MK2+LS26)の組み合わせです。ノイズで悩まされたことはなく、ローインピのPL300でもうまくドライブしてくれています。


Commented by rhr_nally at 2010-08-27 08:57
ATC-1は同じ感想を頂け「やはり」と感じています。
また同時に今までの経験ではEARを除いたところの「真空管プリのノイズってこんなものかな」って解釈してます。
http://rhrsp.exblog.jp/13108804/

SUNVALLEY試聴記 〜前編 プリ試聴…2年ぶりです〜 2011年 07月 08日

サンバレーさんで試聴するのも久しぶりですね…2年ぶりかなぁ…。
サンバレーさんの試聴室に出入りしなくなった理由は簡単で「聴きたい機種がなかった」からです。

しかし反面、SV-722(TYPE:C22)を手放した後にあの鋭く伸びる高域と透明感のある音色が忘れられず「チャンスがあったらまた手に入れたいなぁ…」と思っていました。

「真空管プリが欲しい…」と言う思いは強くあるイメージを持ちながら途中、AIR TIGHT ATC-1を手に入れたりしましたが私のイメージと少し違っていました。
あと個人的にEAR 834Lも一時所有していたのでEARも気になるのですが834Lの上のクラスになるとなかなか手が出ません。

 そんな時、耳にしたのが「サンバレーさんのSV-310がV型になって復活した」との情報。あのプリアンプは、個性的なプリなのでこれには非常に興味があります、そしてネット上で試聴コメントをなかなか見かけない「SV-192A/D」も興味があります。 そんなこんなで試聴室に出向いたのです…

SV-722(TYPE:M7)

以前私は、C22タイプと呼ばれるものを所有していました。
このプリは、非常に澄んだ音色を聴かせるアンプでした。
この「澄んだ音色」を聴かせる プリアンプは非常に貴重だと思うのです。
音色は真空管のもつイメージの「暖かさ」と言うより「切れ味の鋭いソリッド感」が非常に心地良く私の好きなMALTAのサックスなんか抜群の切れ味。
手放した後に分かる良さですね(笑)

 今回は、C22ではなくより高域が冴え渡ると評判のM7タイプを試聴させて頂きました。予想通りの伸びの良さですね…真空管のガラス管の澄んだイメージそのものだと思います。このソリッドな感じがツボに入ると心地良い…私的にはこのプリの出すサックスやトランペットの音色はいいですねぇ…。
タイプとしては「音場型」
広く澄んだステージが広がる感じがなんともいいですね。

このプリの難儀なところは「キット作製」でしょう。
もちろん、完成品もあるので完成品を選ぶ選択肢もあります。

SV-310V
どうです、この個性的なデザイン…ガジェット感にこだわる私の心をグラグラさせます(笑)
他でも出会わない「異様な形状なプリアンプ」ですよね…。
今回私が一番注目しているアンプです。ただ

「音質についてはトランスの支配力が強いのではないか」

と先入観を持ってしまいます。レコードプレイで言うところのMCカートリッジの「フォノイコの音色」と「昇圧トランスを通した音色」的なイメージでしょうか…。

先入観はさておき、実際の音を聴いてみましょう…
これが良い意味で期待を裏切ってくれます。

SV-722対比極端なトランス色がついている訳ではなく、サンバレーさんのプリらしく「透明感のある澄んだ音色」を基礎に「やや温度感のある」トランスの音色を足した感じです。

カートリッジの昇圧トランスの様な音色でなく、このトランスは上品に上手くまとめられていると思います。

ひょっとすると以前のトランスの方が「濃い」音色だったかもしれませんが、V型の橋本電気製トランスは「適度な濃さ」に感じます。

タイプとしては「音像型」ですが、SV-722をやや「音像型」にした程度で「音場」は広いと思います。
これは、見た目も音色もなかなか楽しいプリですね…いや、予想外(笑)

SV-192A/D

このプリの多機能さは、ここでは説明のしようがありません(笑)
さて出てくる音なのですが…
思わず腕組をしてうなってしまいました(笑)
どうして「うなってしまった」のか…このプリは、SV-722との差が見つけにくい…SV-722系の音色です。

透き通り伸びる高域と広がる音場…ただ、よーく聴きこんでみると個人的にどこかSV-722の方が音が「シンプル」に聴こえます…
まぁ、これだけ機能てんこ盛りになりますと回路も複雑ですからね…。
ここは、機能差で選べばいいかと思います。

と久しぶりに3機種ものプリを試聴させて頂きました。
非常に興味深い試聴でしたが一貫して言えるのは、どのプリも「澄んだ音色」がすることでしょうか。
http://rhrsp.exblog.jp/15084601/


22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/06/02(土) 22:30:32.57 ID:xINzPju6

マッキントッシュMC275に回路がそっくりのアンプあるけど・・・

本物のMC275  :歪率0.5%以下/75W時(保証値)
275のそっくりさん:歪率10.0%/55W時(社内試作時の結果)

いや分ってる。そう・・・、特性なんて関係ない。値段だって全然違うんだ。
そんなこと疑問に思うことが間違いなんだ・・・!


23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/06/03(日) 12:38:33.51 ID:q3KTU1uR

こういうのってマッキントッシュに許可取ってんの?


24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/06/03(日) 15:22:25.01 ID:HHyZwMUQ
>>23
取ってない。
この他にもそっくりさん商品多数有り。技術情報等も他所から無断引用多数。
コンプライアンス、モラル無視のデタラメ業者。


25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/06/03(日) 15:38:34.57 ID:q3KTU1uR
マジで?w


26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/06/03(日) 16:56:30.56 ID:MZAF2vma

バイファイラー巻きはマッキンに許可取らなくてもよかったと思うよ。
たしか特許の有効期限はとっくに過ぎてる。
模倣するのはいい。取り入れる事は悪いことではない。
本物のスポーツカーを買えない人が、模型を買って愛でるということはある。
おもちゃ相手に熱くなっても仕方ないさ。それはそれで趣味の世界。


27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/06/03(日) 19:00:52.62 ID:BH7cVKl/

技術が全く無くて中華に丸投げなのに、本家に勝るかのような誇大表現なセールス手法。

中身は当然本家と同じ訳もない粗悪品。

外観と型番をそっくりにし、本家を連想させ期待をさせる詐欺的誇大表現で、
また煽るような売り方を数々行ってきた悪質な業者。


28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/06/04(月) 05:03:36.65 ID:pHCC/xcK

英国本家QUADUの本物     :歪率0.3%/12W(保証値)
産婆霊のQUADUのソックリさん :歪率 10%/15W
ラジオ技術QUADUレプリカ(非買):歪率0.3%/20W(実測値)

言論の自由は結構ですからね。でもね、特性と音は関係ありませんよ。
批判するなら聞いてからにしてくださいよ。
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/pav/1334442103/


RE787さん
私は、サンバレーのSV-722(C22)を所有していました。

まず、価格を優先してキットタイプを購入すると制作難易度が結構高いです。特に、6本の真空管と基板から出ている素子の足をハンダ付けするのは、かなり難しいです。

オリジナルマッキンC22もチャンスがあり試聴しましたが、SV-722(C22)とは全く別物です。

オリジナルの様な「熱い」「ネットリとした」音色を求めると外れます。
SV-722はマランツ7タイプとマッキンC22タイプの双方ともにどちらかと言うと澄んだ」「透明度」の高い音色です。

サンバレーブランドですが、中身はアドバンスと言うメーカーの製品です。

ADVANCE AUDIO
http://www.advance-audio.com/


アドバンスカラーの強いプリアンプと理解して下さい。

トーンコントロールは、内部にディプスイッチが付いていて、ON/OFFの2段階で調整できますが、連続可変でないため期待する程のトーン調整が出来るか不明です。
またいちいちボンネットを開けなくてはならず、実用的かと言われれば疑問です。

もし、興味をお持ちなら同じアドバンスさんの08-TEQをお勧めします。
こちらは制作難易度も低い(ブロック枚の基板ハンダ付けする程度)価格もSV-722に近似しておりお求めのトーンコントロールも充実しています。
2012/06/19 22:18 [14701193]


サンバレーは色々なメーカーの寄せ集めですね。
やはりオリジナルのC22を買うしかないなのでしょうかね?
フェイクは近い音にすら届かないのでしょうね?
独自で負けないようなプリアンプはないものでしょうか?
とても参考になりました。ありがとうございました。
2012/06/23 22:33 [14717251]
http://bbs.kakaku.com/bbs/-/SortID=14678057/


 エレキットさんのキットアンプは有名でその音質も高い評価を受けている。
アドバンスさんのキットアンプも有名でその音質の評価も高い。
ソフトンさんのDAC MODEL2もその音質の高さとコストパフォーマンスの良さから有名。

 そんないずれの商品もサンバレーさんは取り扱っている。
サンバレーさん自身は製造出来る訳でなく、商社機能が中心。ただ、単なる商社でなく一般的な知名度はなくて優秀なアンプメーカーなんかをプロディユースしてサンバレーさんの販路で販売しているのだと思う。

このプロディユースの際、音作りの意向を明確に伝えるのだろう。そこでは、セールスエンジニア的にある程度の技術力がないと話もできない。そして有名ではないが優秀な技術と製造ラインをもつメーカーとタッグを組むもんだからコストパフォーマンスの優れたaudio機器が生産出来るのだろう。

そしてこれは邪推だが、「キット」と言う手法を使うことで商社にとって一番リスクの高い「品質保証」を自己責任にしてクレーム費用を回避するのだと思う。小さな会社(豊田自動織機グループだから決して小さくはないけど)がクレームのリスクを背負うのは非常に厳しい。「作ることの喜び」と「クレーム費用の回避」を上手くミックスした商売だと思う。
http://rhrsp.exblog.jp/9236569/


おかえりなさい… 〜Sunvalley SV-722修理完了&Modefai〜 2010年5月15日

春の武者修行を前に私の真空管キットプリ、サンバレーさんのSV-722が沈黙したことは、レポートさせて頂きました…。

いや、本当に機器の故障とは悲しいものです。

「どないすんねん…こいつ」と呆然とSV-722を眺めていて、ふと…「そうだ!Altumさんに相談しよう」と思いついたのを通り越してAltumさん宅に持ち込んでしまった次第(笑)

Altumさんは、私のド厚かましいお願いに嫌な顔一つもせずSV-722を修理してくれました。
今日、我が家に戻ってきたSV-722に灯を入れてみました。

「おかえり、SV-722…」

でもAltumさんは、ただ修理しただけではなかったのです…。


 SV-722について、少しおさらいしておきますと。

この製品は、サンバレーさんのキットアンプですが基本設計・製造は「アドバンス」さんの様です。

マッキントッシュのC22を範としたものと、マランツ7タイプを範としたものの2種類があります。

双方共に共通なのは「澄んだ音」がすることでしょうか。
半導体のプリとは、趣を変えた「鋭い」音がします。

これは、真空管にノスタルジーを求める人には向きません…ね(笑)。

個人的な感想では、

マッキンタイプは、どちらかと言うことコントラストに主眼をおいたタイプ、
マランツ型は「その鋭さ」を伸ばしたタイプでしょうか。

私は、マッキンタイプを選んでいます。


 このアンプはハンドリングとノイズに難があります。

そもそも、プリのような繊細な信号を扱うアンプを「キット」として組立てていいのかなぁ…と言う疑問はありました、アクロバティックな配線に焦げそうなリード類。

悪戦苦闘の末、完成し恐る恐る灯を入れてみて、ぐったりとした体に飛び込む鮮度の高い澄んだ音…

「やった!」とほくそえまずにはいられないのです(笑)

しかし…その「音の鮮度」とトレード・オフしてしまった無音時のスピーカーから聴こえる「シャー音」の大きさ、

確実に電源を落とさずにピンケーブルの交換なんぞしようものなら「ボンボン」と共振と言いますか振動音と言いますかSPから出てきて「ぎょっ!」とします、半導体アンプとは大違いです(いや、半導体アンプも電源落とさないといけないんでしょうが、横着効かないですねぇ…)。

もちろん「ガジェット」感を求めてはいけません(笑)
このアンプの一番寂しいのがこの部分です…ね。

 プリアンプは、ユーザーにとって操作頻度が一番高く、システムを支配する一番偉い人(笑)。
そんなアイテムには「ガジェット」感は欠かせないと思うのですが…確かに「キット」ですよ…でも二桁万円払う訳ですから…

いえね、マッキンやマークレビンソンに追いつけだの、EARやアルケミストを追い越せなんて絶対言いませんけどメーカーさん…
でもまぁこんなものかも知れませんね(笑)

最近同社から出たプリは、私には業務用機器にしか見えませんから数倍プリらしいか…(やばいやばい(笑))

 機能・音質最優先で得たハイスピードで鮮度の高い澄んだ音。

CounterPoint Solid-M8の熟れたオレンジの柑橘系的甘さを含んだ音と対照的な音が聴けるものです。
(これも組合せ次第だと思います、我が家では真空管メインとM8の相性がいいみたいです)

SV-722は、まるで辛口の口に含むと痛いウイルキンソンのジンジャエールみたいな味です。
これがクロックチューンしたTL51X改とサンバレーさんの細身に傾くDAC SV-192Sと合わせると真空管のノスタルジーなんて微塵も感じさせない鋭い突き抜けたモニター調の音が聴ける…なかなかいない個性の持ち主なのです。


でも…「もう少し、無音時のノイズが少ないならなぁ…」

これは、SV-722ユーザーの皆さんの悩み(私だけでしょうか?(笑))のようです。
特に高能率な、TANNOYのユニットとは相性が悪いようです(笑)

そんな手放し難いSV-722がAltum工房にて修理完了し戻ってきました。

測定結果メモ…さすがです…


 久しぶりにワクワクして音だしです。

まず一聴して驚いたのが、いつも聴く音量での無音時のノイズの減少です。

「シャー音」が確実に減ってます。

もちろん、ボリュームMaxの状態ではノイズ「シャー」「ブーン」はしますよ、でもいつもの音量ではステップダウントランスの唸りの方が耳につきます(これも最近なんですよ…嫌だなぁ…)。

 いやぁ驚きました。Altumさんからは「少し減りましたかね」とのコメントでしたが私には十分過ぎます。

こうなってくるとですよ…
少しでもノイズを減らそうとして装着していた12AX7の互換球5751を元のSOVTEC12AX7-LPSに戻してみようかな?と言う気にさせます。

露球は、個人的にチャイナ球なんかとは違い「鋭さ」や「硬さ」が出せる球だと思うのです。

私が、このSV-722に求めている「澄んだ鋭さ」にまさにジャストミートするのではないかと…。

さて12AX7-LPSに交換してみます。

ここで大活躍するのが、以前ご紹介したテクソルさんで販売しているエレハモ印の「チューブグローブ」です。

SV-722ユーザーになら分かってもらえるのですが、6本の12AX7を交換するのに5分とかからないのですよ!(このグローブを手に入れる前は、ひどい時、1時間は必要としたかもしれません、特にSOVTECは他の12AX7より太いのです)。
これは、もう奇跡としか言いようがないのです(笑)

出てくる音は…

 あれぇ…以外ですねぇ…このキットのマッキンらしさが出てしまいました(笑)
中域が厚く、線が太くなるんです…いや当然十分分解していますよ音を…でも5751の時の方が細身な音がしていたと思います。

でもこれが開発者が意図した音でしょうから「元に戻っただけ」なのですが…悪くはないですが、また5751に戻そうかなぁ…(笑)


Altumさんに頂いた東芝製12AX7です。日本の真空管の出来映えはさすがですねぇ…


コメント

Commented by rhr_nally at 2010-05-18 08:42
この記事の後、SV-722の数名のユーザー様よりノイズ低減の打診を受けました。
このプリが抱える共通の悩みですが、店主さまに相談しても極めて丁寧に断られるでしょうから(笑)

みんな悶々としているんでしょうね…。

本当なら、我がSV-722を実験台に提供して徹底的にAltumさんにメスを入れて頂いてもいいのですが…なにせAltumさんの300Bアンプなんて、アルテックの高能率SPを通して、ましてや三極管でシングルとノイズ的に不利にも係わらず、静寂そのものでしたから…。

SV-722も手術次第では生まれ変わるんだと思いますけど…。
でも元の音を維持できるか…ここが何事も難しい「塩梅」ですよね…。


Commented by rhr_nally at 2010-05-18 08:46
初めてメール致します。自分はSV-3を作ったのですが、全く同様にホワイトノイズが至近距離のスピーカーから耳について困っていました。

SV-3をサンバレーに送って店主様にチェックして貰っても、ノイズはおかしくないとの反応。TESLAにしても変らず。

しかし、e-bayで購入したSIEMENSのNOSのE88CC/6922(RCAブランド)に差し替えた途端、急にノイズがほとんど聴こえない状態になりました。

しかも透明感、定位、響きも素晴らしい。球による違いの大きさを実感した次第です。特に小音で聴く夜に違いを感じますね。同じ悩みの方々がいて納得しました。今後ともよろしくお願い致します。


Commented by rhr_nally at 2010-05-24 09:05
このノイズの件ですが私も低ノイズの真空管(5751)に交換してやや薄れました。

そうなんですよね、低音量でクラッシックなんかPPの時に「サーっ」では興ざめします。

サンバレーさんも「現代の真空管アンプ」と言うことで、昔は避けて通れなかったノイズ問題を「PPでもノイズは皆無」みたいなものを売り文句にしてくれれば、「最近の真空管アンプは凄い!」になってインパクトはあるのですが

「問題ないノイズレベルです」

と言われると困りますよね(笑)

そしてそれは「キットだから仕方ないか…自分の自作の腕も低いしね」と言った暗い気分にさせます。トランジスタ世代の私にしてみれば、音質に影響させず、ここはなんとか解消して欲しいところです。「昔の常識」を覆して欲しいものです。
http://rhrsp.exblog.jp/12644806/


http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/947.html#c17

[リバイバル3] EAR の真空管アンプ 中川隆
18. 中川隆[-10400] koaQ7Jey 2019年5月17日 15:29:57 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1903]

元来、イギリス人はケチ(倹約家)なので高価なオーディオ機器を買わない。TANNOYや B&W の大型スピーカは日本向けに特別に作っているものなんですね。

イギリスの音楽ファンに人気があるアンプや CD は ARCAM みたいな上品だけど廉価なものだけです:

オーディオの足跡 ARCAM アンプ機器一覧
http://audio-heritage.jp/ARCAM/amp/index.html


March 10, 2005
"ARCAM"アーカム ブリティッシュサウンドのスタンダード
http://www.audiostyle.net/archives/cat_arcam.html

ARCAM(アーカム)は1972年に英国ケンブリッジに誕生したイギリスで最もメジャーなオーディオ・ビジュアル機器専業メーカーです。エントリークラスからミドルクラスにかけてアンプとCDプレーヤーを中心に多くの機種を抱え、英国内で売れるCDプレーヤーの2台に1台はARCAMと呼ばれる程、本国ではコンシューマ向けオーディオ市場に於いて確固たる地位を築いています。

アーカム_ピュアオーディオアーカム製品の魅力は何と言ってもオーディオ機器としての機械的な自己主張が少ない点です。家具としてスムーズに部屋に溶け込みやすいシンプルでモダンなスタイリングと誰にでも使いやすい快適な操作感、国産機とも肩を並べる手ごろな価格でありながら、ミニコンポでは無く、あくまでピュアオーディオとしての十分なクオリティを感じさせる音質と、優れた感性に裏付けられた音楽性の高さが高い次元でバランスしているのが ARCAM の魅力です。

ホワイトシルバーを基調にした現行デザインのアーカムは、オーディオ的な作為を感じさせないプレーンで素直な音質が持ち味。個々のCDに録音されている情報を、多くのピュアオーディオ機器にありがちな機器の作り手側の思い入れという色付けや個性的なバイアスをかける事無く、ありのままの姿を素直に引き出してくれる点が特徴と云えるでしょう。それ故に表面的な音質面でどうかとなると、格別ワイドレンジ・高情報量といったハイファイ性を強調するタイプではなく、分解能・実体感・パワーハンドリング・レンジ感など全てが程々にまとまっていて、虫眼鏡でえぐり出すかの如くオーディオマニア的な聴き方をした場合はやや食い足りない印象が残るかも知れません。

筐体の薄さや軽さも、全体に薄味で穏やかさを伴うやや軽い傾向の音質に拍車をかけているきらいがあり(低価格機種になる程この傾向が目立ってきます)、この点は代理店であるDENON製品の日本的でワイドレンジで重い音調とは180度異なるのが興味深いところです。しかし、押しつけがましさのない穏やかで豊かな音場の広がり方や、長時間聴き続けても違和感を感じない耳当たりの優しさ、CDに刻まれた情報を過不足無く引き出す自然なバランス感覚は、オーディオマニアとしてではなく音楽ファンの再生装置として捉えた場合、これ以上他に何か必要でしょうか?と思わせてしまう懐の深さがあるのも事実です。

こういった書き方をすると、アーカムの音質は悪いと誤解されるかも知れません。しかしそれは大きな間違いです。高音質を強調しない=低音質ではありません。多くの人々が高音質を楽しめるようローエンドにもラインナップを広げている分、音質面で他社上位クラスと比較されて低い評価を受ける傾向があるようですが、ARCAM本来のリファレンスモデルであるFMJシリーズに目を向けてみると、実はミドルクラスの英国系箱庭システムの中でもトップクラスの音質を備えています。FMJの広い音場感を伴う現代的な再現性は、管理人が使っているTAG McLaren F3とも互角以上の音質で良いライバル関係にあると感じます。

特に、現行CDプレーヤー FMJ CD33Tの先代機種にあたるFMJ CD23Tは、ハイエンド製品で名高い dCS と共同開発した24bit Ring DACを搭載し、その音楽性豊かで暖かみのある音色は、イギリス製品の質を理解する音楽愛好家の間で根強いファンを獲得しています。(2008/1追記:最新の後継モデルは FMJ-CD36T になります。)

アーカムは音楽の持つ楽しさ、表現をスポイルしません。音質を誇張してリスナーの耳を機器の"音質"に向けさせるのではなく、聞き手がいつのまにか音楽に聴き入ってしまう誠実な質感です。その意味で、オーディオ機器は"音楽再生"の黒衣に徹すべきという、本来再生装置がそうあってしかるべき姿に忠実なのです。ARCAMは音楽性をスポイルしないより上質で血の通った再生機を、オーディオマニアに限らず音楽ファン一般に向けて、広く普及させることをポリシーとしているように感じます。ですから音質がどうとかオーディオ的にどう?やれケーブルだアクセサリだといったマニアックな視点ではなく、ライフスタイルの中に真のポリシーや美学を求める上質で洗練された価値観を持つ人々に向けてお薦めしたいブランド、それがARCAMなのです。
http://www.audiostyle.net/archives/cat_arcam.html


EAR の現在の値付けは超円安なのを考慮しても、日本のガレージメーカーの同等品と比べて高過ぎます。

EARは元々は安物部品だけを使った廉価アンプのメーカーだったのですね。

従って、EAR は基本的には値段が安いハーベス、スペンドール、ロジャース等の BBC Monitor 系小型スピーカーと QUAD の昔の静電型スピーカー(イギリスでは安く売っていた)にしか合わないのですね。

EAR が使用を想定しているスピーカー

QUAD ESL-57, QUAD ESL-63
ROGERS LS3/5A, SPENDOR BC-II, HARBETH HLCompact
TANNOY IIILZ, TANNOY Super Red Monitor


▲△▽▼


1) QUAD ESL-57 1953年発売

3つのエレメントを使い、うち2つを低域、1つを中高域と高域の 2Wayとして使用して、 全体としては 3Wayスピーカーとしていました。

許容入力:定格15W

出力音圧レベル:100dB(0.0002dyens/cm2、70〜7,000Hz)
         93dB(0.0002dyens/cm2、50〜10,000Hz 、2m軸上)

周波数特性:45Hz〜18,000Hz(両端は18dB/8Ve)

インピーダンス 
100Hz:28Ω
1kHz:12Ω
6.3kHz:10Ω

外形寸法:W×880 D×265 H×790mm
重量:18Kg
http://audio-heritage.jp/QUAD/speaker/esl.html
http://vintage-audio.jp/?p=499


ティム デ パラビッチーニは自宅では QUAD ESL57 を使っているという。
そして、雑誌のインタビューでも EAR の製品と組み合わせる推奨スピーカーとしてQUAD ESL57をあげている。
EAR と QUAD はなかなか良い組合せのようである。
http://moon.ap.teacup.com/tao7637/1182.html

投稿者:K 2009/5/11 23:58
 うちにも QUAD ESL57 がありますが、EAR859, EAR864L+QUAD405-2 を使用しています。
 ご存知かもしれませんが、EAR のパラビッチーニは、以前 QUAD ESL57 を良く鳴るスピーカーと管球王国のインタビューに答えていました。 
859は10年以上に渡り、トラブルフリーですので、試聴されてみてはどうでしょうか?
http://moon.ap.teacup.com/tao7637/1162.html


▲△▽▼


2) QUAD ESL-63 1981年発売 ¥430,000(1台、1986年頃)

片チャンネル4枚のエレメントで出来ています。
エレメントは4枚ですが、同軸ユニットの様に動作するように、同心円上に、 電気的に8分割されていて、球面波が出るようになっています。 (リングの外周になるにしたがって、高域成分を落とす工夫をしているので、 ESL-57 は 3WAYだが ESL-63はフルレンジという表現は、必ずしも正しくないように思います。)

2つの保護回路を内蔵しており、不慮のアクシデントにも対応しています。
過大入力により壊れやすかった ESL-57 と比べて、保護回路を徹底することにより、相対的に壊れにくいスピーカーとして仕上がっています。

搭載しているのは入力電圧を制限するリミッターと、異常な入力信号や瞬間的なショートを検出してスピーカーに流さない回路となっています。
ESL-63 は ESL57 と違いSWオンですぐに最大音圧が得られます。

通電時 5000V掛かっていますので、空気清浄機の如く部屋の埃を吸い寄せます。試聴中以外の通電は百害有って一理無しとご理解下さい。

型式 コンデンサー方式・フロア型
出力音圧レベル 86dB/W/m
最大入力 100W(8Ω、ピーク)
最大許容入力:55V
公称インピーダンス 8Ω
再生周波数帯域 35Hz〜20kHz
(35Hzで-6dB、20kHzで-6dB)
外形寸法 幅660x高さ925x奥行270mm(150mmの底板を含む)
重量 18.7kg
http://audio-heritage.jp/QUAD/speaker/esl-63.html
http://www013.upp.so-net.ne.jp/rasenkan/audio/esl63.htm


▲△▽▼


3) ROGERS LS3/5A ¥89,000(1台、1980年頃)

BBC仕様のポータブルモニタースピーカーシステム。

低域には10cmベクストレンコーン型ウーファーであるKEF B110を搭載し、高域には2.0cmドーム型ツィーターであるKEF T27 SP1032を搭載しています。
これらのユニットはBBCの厳密な規格に応えるため、入念に選ばれたものをペアマッチで仕様しています。

ネットワーク部にも厳選されたパーツを使用しています。
エンクロージャーにはピアノ材としても有名な英国北部産の樺材を使用しています。

型式 2ウェイ・2スピーカー・バスレフ方式・ブックシェルフ型

出力音圧レベル 82.5dB/W/m
最大許容入力 25W

使用ユニット
低域用:10cmコーン型(KEF B110)
高域用:2.0cmドーム型(KEF T27 SP1032)

再生周波数帯域 70Hz〜20kHz ±3dB
入力インピーダンス 15Ω(BBC規格)
クロスオーバー周波数 3kHz(BBC規格、FL6/23)
外形寸法 幅185x高さ305x奥行160mm
重量 5.3kg
http://audio-heritage.jp/ROGERS/speaker/ls3-5a.html


▲△▽▼


4) SPENDOR BC-II 価格不明(1台、1973年発売) ¥138,000(1台、1980年代後半頃)

スペンドールの代表的なスピーカーシステム。
低域には20cmコーン型ウーファーを搭載しています。
このユニットには世界的特許の真空成形工法によって作られたベクストレンコーンを採用しています。

高域には3.8cmドーム型トゥイーターであるHF-1300を搭載しており、超高域にはドーム型スーパートゥイーター4001Gを搭載しています。
エンクロージャーはバスレフ方式を採用しています。
また、外観の仕上げにはチークやウォルナットなどの複数の仕上げがありました。
別売で専用に設計されたキャスター付きスタンドがありました。


方式 3ウェイ・3スピーカー・バスレフ方式・ブックシェルフ型
最大入力 50W
使用ユニット
低域用:20cmコーン型
高域用:3.8cmドーム型(HF-1300)
超高域用:ドーム型(4001G)
周波数特性 40Hz〜20kHz
インピーダンス 8Ω
クロスオーバー 3kHz、13kHz
外形寸法 幅305x高さ635x奥行298mm
重量 14kg
http://audio-heritage.jp/SPENDOR/speaker/bc-ii.html


▲△▽▼


5) HARBETH HLCompact ¥118,000(1台、1987年発売)

アラン・ショーが、ダドリー・ハーウッドからハーベス社を受け継ぎ最初に開発したスピーカーシステム。
低域には、コーンに新素材TPXを採用した20cmコーン型ウーファーを採用しています。

HL TypeIVにも採用されたこの素材は、セルフダンピングに優れた軽量の熱可塑性物質で、加工が困難なのが難点でしたが、これを克服し、コーン紙に採用しています。
ユニット中央には、長い突起状の音響レンズが取り付けられています。

高域にはアルミドームを採用した2.5cmドーム型ユニットを採用しています。
右ユニットと左ユニット、ウーファーとトゥイーターなど、HLコンパクトを組みあげるプロセスで、一つ一つの特性をチェックし、ベスト・マッチングするものとペアを組ませています。

エンクロージャーには、コンピューター解析を駆使したバスレフ・ポートを設計・採用しています。
また外装は、ナチュラル・チーク材による仕上げとなっています。

スピーカー端子はバイ・ワイヤリングに対応しています。
別売りで専用スタンドがありました。

方式 2ウェイ・2スピーカー・バスレフ方式・ブックシェルフ型
出力音圧レベル 87dB/W/m
使用ユニット
低域用:20cmコーン型
高域用:2.5cmドーム型
再生周波数帯域 60Hz〜20kHz±3dB
インピーダンス 8Ω
外形寸法 幅273x高さ525x奥行287mm
重量 13kg
http://audio-heritage.jp/HARBETH/speaker/hlcompact.html


▲△▽▼


6) TANNOY IIILZ in Cabinet mkII ¥87,500(1台、1967年発売)

IIILZ Monitor Goldを組み込んだブックシェルフ型スピーカーシステム。
エンクロージャーはバスレフ型となっています。

型式 2ウェイ・1スピーカー・バスレフ方式・ブックシェルフ型
最大入力 15W
使用ユニット 10inch同軸2ウェイ(IIILZ Monitor Gold)
周波数特性 30Hz〜20kHz
クロスオーバー周波数 1.3kHz(メカニカル)
インピーダンス 8Ω
外形寸法 幅380x高さ583x奥行240mm
重量 13kg
http://audio-heritage.jp/TANNOY/speaker/iiilzmkii.html


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7) TANNOY Super Red Monitor SRM10B ¥150,000(1台、1980年発売)

Super Red Monitorシリーズの小型ブックシェルフ型スピーカーシステム。
ユニットには10inch(25cm)の同軸型2ウェイスピーカーユニットを採用しています。
クロスオーバーネットワークを内蔵しており、前面から調整が可能です。

方式 2ウェイ・1スピーカー・バスレフ方式・ブックシェルフ型
使用ユニット 全帯域用:10inch(25cm)同軸型(2558)

許容入力
70Hz〜1kHz: 80W(連続), 300W(ピーク)
1kHz〜20kHz: 50W(連続), 100W(ピーク)

出力音圧レベル
90dB/W/m(55Hz〜20kHz)
110dB/100W/m(70Hz〜20kHz)
115dB/300W/m(ピーク)

公称インピーダンス 8Ω(5.5Ω最小)
クロスオーバー周波数 1.2kHz(12dB/oct)
内容積 35L
外形寸法 幅350x高さ524x奥行270mm
重量 18kg
http://audio-heritage.jp/TANNOY/speaker/srm10b.html

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/947.html#c18

[リバイバル3] EAR の真空管アンプ 中川隆
19. 中川隆[-10399] koaQ7Jey 2019年5月17日 15:32:30 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1904]

EAR が一番輝いていた時代のアンプはアメリカの有名なアンプと比べると信じられない位安かったですね:


Michaelson & Austin TVA-1 ¥590,000(1979年発売, パラヴィチーニの設計)

Michaelson & Austinが最初に発表した管球式ステレオパワーアンプ。

出力管には選りぬかれたGEC製KT-88を採用しています。このKT-88の良さを最大限生かしつつ欠点を補うため、特別注文の巨大な出力トランスを搭載しています。
回路構成はAB1クラスとしNFBは14dB以下に抑えられています。

型式 管球式ステレオパワーアンプ

実効出力 70W+70W

外形寸法 幅457x高さ190x奥行280mm
重量 32kg
http://audio-heritage.jp/MICHAELSONandAUSTIN/amp/tva-1.html


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Musical Fidelity A1 1984年発売 ¥128,000(1990年頃, パラヴィチーニの設計)


小出力ながら多くのユーザーに好評を得てロングランとなったらプリメインアンプ。

全段純Aクラス動作となっています。
電源部には大型トロイダルトランスと40,000μFの電解コンデンサーを搭載しています。
MCヘッドアンプを搭載しています。

型式 プリメインアンプ

定格出力 20W+20W(8Ω)

入力感度/インピーダンス Phono MC:200μV/120Ω
Phono MM:2mV/47kΩ
CD、Tuner、Aux、Tape:200mV/47kΩ
外形寸法 幅408x高さ60x奥行249mm
重量 5.5kg
http://audio-heritage.jp/MUSICALFIDELITY/amp/a1.html


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EAR859 ¥380,000(1996年頃)

Tim de Paravicini(ティム デ パラビッチーニ)氏が設計したインテグレーテッドアンプ。

純三極管の音質と信頼性を確保した新開発 EL519エンハンストライオードモードを採用しています。

新開発の前段DCカップリングにより、音質を損なうコンデンサーを段間から排除しています。

出力トランスには、Tim de Paravicini氏自身が数10年に渡り開発してきたスペシャルトランスを彼自ら巻き上げて使用しています。
入力は5系統設けられており、インテグレーテッドアンプとしてもパワーアンプとしても使用が可能です。

型式 プリメインアンプ

出力 13W+13W(8Ω)

出力管 EL519(プロ用)エンハンスシングルエンドクラスA
外形寸法 幅400x高さ150x奥行400mm
重量 19kg
http://audio-heritage.jp/EAR/amp/ear859.html


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EAR834L  1996年 ¥198,000

ティム・デ・パラヴィッチーニ氏の設計・開発による真空管式コントロールアンプ。

3極管クラスA3段増幅回路を採用。プリアウト2系統装備し、パワーアンプを2台使用してのバイアンプ駆動も可能。
同社パワーアンプEAR859とのマッチングが図られたデザインで同アンプとの組み合わせにも最適です。

●使用真空管:         ECC83×1/ECC82×2
●最大出力:          20V
●ライン入力:         RCAx5系統
                テープ/モニター切換え、PhonoEQは別売。
●ライン出力:         2系統
●サイズ:            W245 × D335 × H108mm
●重量:             5.6kg
https://www.yoshinotrading.jp/product-details/834l/


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EAR 861 発売 1996年12月 ¥588,000  
   
出力管にEL519(プロ)を使用。クラスAエンハンスシングルプッシュプル構成。高精度なゲインコントロールを装備。

■パワーアンプ クラスA級 パラレルプッシュプル 

●出力:        32W/ch(8Ω)、64W(8Ω)モノ

●入力端子:       RCAアンバランス1系統、XLRバランス1系統
●使用真空管:     ECC83x2、PCC88x6、EL309x4
●サイズ:      W400×D420×H150(mm)
●重量:         29kg
https://www.yoshinotrading.jp/product-details/ear-861/


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EAR V20 発売時期 1997年10月 ¥498,000

同社20周年記念モデルとして登場した、双3極管ECC83/12AX7を20本使用した管球式プリメインアンプ。

片チャンネル10本のプッシュプルにより20Wの出力を得ている。
本機に採用のECC83は、同氏とユーゴの真空管メーカーとの共同開発によるスペシャル版。

管球式プリメインアンプ

■実効出力:20W+20W(4Ω、8Ω/A級動作時)

■使用真空管:ECC82×4、ECC83×26
■入力端子:RCA×5
■TAPE出力端子:RCA×1
サイズ W(幅) : 427 mmH(高さ) : 139 mmD(奥行) : 426 mm
重量 21 kg
http://www.audiounion.jp/ct/detail/used/49643/

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/947.html#c19

[リバイバル3] EAR の真空管アンプ 中川隆
20. 中川隆[-10398] koaQ7Jey 2019年5月17日 15:35:43 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1905]

EAR のハイエンド機は超お買い得です:


EAR 912 2012年発売 \1,980,000(税別)
Professional Tube Control Centre

真空管ートランスカップリングの技巧が全ての音楽に艶と潤いを与える。パラヴィチーニの集大成とも呼ぶべき最高級プロ仕様プリアンプ。

「EAR 912 / Professional Tube Control Centre」は、半世紀近くに及ぶティム・デ・パラヴィチーニのプロスタジオワークの経験に基づいたノウハウが結晶した、音楽再生装置の集大成とも言える最高級管球式プリアンプ(コントロールアンプ)としてデザインされています。

アナログレコードファン、また最新のマルチソースラインシステムにおいても、最高音質が楽しめるように、パラヴィチーニサウンドの奥義とも言える「真空管ートランスカップリング」の技巧がサーキット全編に渡って散りばめられています。

この「真空管ートランスカップリング」の可能性を全て引き出すために、トランスフォーマーのドライブ側とフィードバック側にそれぞれ独立したワインディングが施され、ハイクオリティー、ハイパフォーマンスなサーキットがここに完成しました。

特に高いヘッドルームとローノイズを実現させるために、最大限の配慮がなされ、最高級管球式プリアンプ(コントロールセンター)として考えうる音質と豊富な機能を有します。

内部回路を可能な限り短くして音質劣化を防ぐ配慮がなされ、ヴォリュームコントロールも最高品質のパーツが使用されています。

使用される真空管は、豊富な供給量を誇る双三極管:PCC88(7DJ8)が、フォノステージに3本、ラインステージに2本使用され「真空管ートランスカップリング」サーキットの一翼を担います。

アウトプットステージにおいても、「真空管ートランスカップリング」のスペシャル技法が採用されています。

「EAR 912」にはそれぞれフォノとXLRステージの出力段に、特性に合わせて個別にワインディングされた出力トランスを持ちます。出力トランスの1次側は最終段の双三極管:PCC88のアノードサーキットへ、そして2次側はそれぞれ2系統づつ設けられたバランス(XLR)とアンバランス(RCA)のアウトプットへ接続され、ハムのループをも排除しています。

パラヴィチーニがリファインを重ね、進化を続けてきた「真空管ートランスカップリング」というオリジナルのスペシャル回路がふんだんに使われた「EAR 912」。

驚異的な静寂性は、かすかな音の瞬きをも逃さず捉え、楽器の持つ固有のアタックを瞬間的に豊かな音圧で発音し、倍音を艶やかに、豊かに響かせながらナチュラルに減衰してゆくサスティーンを追い続け、さらには減衰しながら耳に届く残響や反射音、自然なリバーブ感やエコー感が、その音楽が録音された時の部屋の様子までをも目の前に描き出します。

サウンドステージは、あくまでもナチュラルに横方向と縦方向へのパノラマ感を映し出しながらも、圧倒的な奥行きを感じさせるパラヴィチーニ/EARならではの立体的な3Dサウンドが、いつもの愛聴盤から新たな喜びを感じさせてくれることでしょう。

世界最高峰の耳を持つ音のプロフェッショナル達が探し求め、そして録音された超一流の音楽を、ナチュラルに、艶やかに、そしてドラマチックに再生する「EAR 912」。

美しい音楽を、さらに美しく、感動的な音色を、さらに感動的に。

新たな音楽からの衝撃を体感したいミュージックエンスージアストの方々へ贈るパラヴィチーニ渾身の作品です。

スペック:

使用真空管:  PCC88 (7DJ8) x 5またはECC88(6DJ8)x 5


フォノ入力:RCAx2系統
ライン入力:RCAx3系統、XLRx2系統

テープアウト:テープモニターx1 系統
出力:RCAx2系統、XLRx2系統 フォノセクション: 入力2系統(MM / MC)

重量: 13.5kg
サイズ: W485 x H145 x D300mm
https://www.yoshinotrading.jp/product-details/912/
http://www.dynamicaudio.jp/5555/5/osusume_hard_29.html
https://www.ippinkan.com/ear_912.htm
http://kodo-alma.blogspot.jp/2014/02/ear-912-4.html

EAR 509 II 1978年発売 ¥1,890,000(モノラル・ペア・税別)


鬼才パラビッチーニ氏がEAR社創立当時に開発したパワーアンプ「EAR509」は、当時どのアンプにも使用されていないハイグレードなキャパシティバルブを使用しており、その正確でシンプルなセルフバイアスの素晴らしさは実証されていました。

その後、様々な管球式アンプを発表しましたが、彼を満足させるには「EAR509」でしかなく、中古市場でこのアンプを探し続ける人々のためにも、今ここに「EAR509U」を発表しました。


パラヴィチーニ/EARの名を世に知らしめたプロスタジオ仕様パワーアンプの歴史的傑作。プロ録音現場が生んだウルトラナチュラルな音世界。

1978年、ティム・デ・パラヴィチーニは自らが主宰するEAR社を英国に設立しました。 そのEARブランドの顔となるべく、満を持して発表されたプロフェッショナル仕様 100Wモノブロック パワーアンプが「EAR 509」です。

この業務用パワーアンプは、世界中のプロ録音スタジオやプロエンジニア、更にはオーディオファイル達の間でもビッグヒットとなり、瞬く間にEAR/パラヴィチーニの名前を世に広めることとなりました。

パラヴィチーニ自身が「最も愛しい作品」と語るほどに、彼の情熱と天才的な感性と技巧が結晶した製品で、発表以来、Mk.I、Mk.II とリファインされながら、実に30年以上に渡ってEARエンスージアスト達から羨望の眼差しで見続けられるロングセラーモデルです。

パラヴィチーニ/EARサウンドの源泉となる出力トランスと真空管をカップリングしたパラヴィチーニオリジナルの特別回路「バランス・ブリッジ・モード」をここに採用しました。

これはアノードとカソードをそれぞれ2重巻きの出力トランスの捲線へ50/50の比率でキャパシターと併せてクロスカップリングし、常にスイッチオン側のデバイスが、反対側のスイッチオフデバイスに作用するようにして、アノードとカソードが同一のインピーダンスで反応しあうという斬新なデザインになっています。

また、パラヴィチーニのトレードマークでもあるネガティブフィードバックを掛けないという大胆な回路設計により、パワーバンドは 9Hz - 85KHz (-3dB)までに及び、同時に真空管の音は決して「レトロ」ではなく、現代的な素晴らしい音楽を再生する能力に長けている事を実証する事にもなりました。


伝統的な真空管アンプの回路デザインでは、トランスの能力が適切でない限り、ハイフリークエンシー時におけるプッシュプル動作が追従しきれなくなり、また同時にハイフリークエンシー時には出力トランスからインプットへ掛けられたネガティブフィードバックが、出力トランスのディレイ(遅れ)により、ややポジティブ側へ振れてしまう事が多々あります。

これによりアウトプットダンピングファクターや歪率が悪化し、クリアーな高域を再生することが困難になってしまうのです。

「EAR 509 II」はパラヴィチーニがデザインした”機械独自の音を持たない” 、まさにプロフェッショナル仕様のパワーアンプです。

多くの真空管アンプが先に述べた構造的な理由から高域が伸びないために「温かい/ウォームな」という言葉で表現されますが、「EAR 509 II」はその言葉の範疇に収まらない、特筆すべきクリアーさと高い透明度、そしてリアルなベースとナチュラルなトップを持ち、音楽のディテールと生命感を力強く伝えてくれることでしょう。

プロスタジオの現場で培われたパラヴィチーニの最先端の技術と感性が結晶した「EAR 509 II」。全てのパラヴィチーニ/EAR製品の起源は、まさにここにあるのです。

パラヴィチーニのデビュー作でもある EAR509 パワーアンプに1978年当時、テレビ管のみに使用されていた PL519 をオーディオ出力管として世界で初めて採用したことで、オーディオ界に衝撃を与えました。


Specifications:

■パワーアンプ クラスAB級  プッシュプル

●入力端子:         バランス1系統         

●出力:           100W(モノ)

●出力ダンピングファクター: 20(0.4Ω+ 4uH)

●使用真空管: 
PL509/PL519(40KG6)または EL509/EL519(40KG6 )x2 、ECC83 x 2, ECC85 x 1

●重量:           14.8kg (ペア29.6kg)

●サイズ:          W320 x D255 x H167mm
https://www.yoshinotrading.jp/product-details/ear-509/


EARのファーストモデルにして今でもリファレンスとして君臨するEAR 509。スタジオユースのために設計されたPL519のモノラルPP(100W/ch)です。PL519は元々TV用の水平出力管。私もこのアンプを聴くの初めてだったので興味津々でしたが、この509は他のEARアンプとは全く違った表情を見せました。

暖炉の前で人々が集うようなリラックスを感じさせるEARのイメージとは一線を画すシャープでハイディフィニッションな音。

低域の締まり具合も他のモデルとは全く異なります。

スタジオでのモニター用途というだけあって他のモデルよりかなり客観性のある表現で、V12や890からは聴こえてこなかった音のエッジも現代スピーカーとのマッチング上、有利といえます。

初めて Marantz9を聴いた時のことを思い出しました。そんなリリシズムを感じさせる表現です。
https://tubeaudio.exblog.jp/25439473/

EAR の中で最高潮であり、唯一のモノラルパワーアンプ EAR 509U
 
何と小さいと思います。かなり小型ですね

となりの通常の大きさのEAR 861と比べると以下に小型かわかると思います

モノラル構造を上手く使った最高級パワーアンプです。
サイズも小型でありながら設置もしやすく非常に好感度が増すアンプですね


そしてこの509Uですが、何とパラヴィッチーニが EAR設立年からの設計という事ですから何と30年以上のロングランなのです!!
そしてその間にMK1→MK2などに変更されていますが、これはパラヴィッチーニのやりたいことを具現化した唯一のモデルなのです


ですからモデルチェンジの必要性がないのです。こういった方向性においてがこれが完成だ、と言わしめるのです。非常に潔く安心できるものです。


パラヴィッチーニいわく一番好きなアンプと言わしめるアンプです


実際に鳴らしてみるとこれが良く鳴るのです!
鳴りっぷりがよく、気持ちよいのです


AB級で100Wですから、MAGICO Q3 でも十分ですし今までの EAR の音色はそのままに更にパワー感を兼ね備えた特徴です。

EAR でここまでパワー感を持ったのも初めて体験するものです。

やはりその過程を聞くと、世の中にはかなり低能率なSPも多くありますので、それらを十分に駆動するためにでもあるのです。(もちろんこれまでの 861や 890でもフロアのSPは十分鳴りますが)


ですからあえて純Aクラスに拘らず、ABクラスとしてこれまでの真空管の良さに加えてパワーを持たせたのです。パラヴィッチーニが表現する 100Wのパワーは凄いですね


そしてこのサイズですからね。やはり只者ではないパラヴィッチーニです!


しかしこの音楽の説得力や奥深さはEARの独壇場ですね!!!

ハィファイさやレンジ云々ではなく音楽を音楽として空気のように浸透する魅力ですね!

ここがEARの最大の特徴であり魅力です!!
https://ameblo.jp/5555-5f/entry-11436147358.html

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EAR フラッグシップモデル試聴会予告編 - YouTube動画
EAR 912、509MK2、V12、Acute3 試聴会予告編
https://www.youtube.com/watch?v=J78c0bhv83E
EAR 912と864、509Mark2 の説明 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=oHC3gVZO_PA

EAR 868L , 912 真空管プリアンプ音質比較試聴 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=fcSTzf1f_n4

2016年12月 marantz SA10 と EAR Acute Classic 音質比較 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=CvEMKdasY34


EAR912 と EAR509 II は Kubala・Sosna ケーブルを介して Sonus Faber Stradivari Homage を鳴らすと、実にエロティック、 デカダンスの極みのサウンドを聴かせてくれます。

バッハ(Johann Sebastian Bach)のヴァイオリン・ソナタや教会音楽、中でも女性2声による Couperin 'Motets' には 高貴さを通り越して、禁断の香りが漂います。
http://www.kusunoki.jp.net/audio/audiohistory/AudioSystem2017/audiohistory20171230.html


EAR912 はフォノイコライザー付きプリアンプ

EAR Acute Classic は CD も掛けられる USB-DAC付プリアンプ

という位置付けです。

EAR Acute Classic のプリアンプ部は EAR912 と同じです。

デジタルソースを聴く場合は EAR912 を通さず、EAR Acute Classic を直接パワーアンプに繋ぐだけで OK です。


Acute Classic 2016年発売
890,000円(クロム仕上げ・税別)・798,000円(ブラック仕上げ・税別)
https://www.yoshinotrading.jp/product-details/acute-classic/


EAR 912 2012年発売
\1,980,000(税別)
https://www.yoshinotrading.jp/product-details/912/



http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/947.html#c20

[リバイバル3] EAR の真空管アンプ 中川隆
21. 中川隆[-10397] koaQ7Jey 2019年5月17日 15:36:44 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1906]
Sonus Faber を EAR で鳴らす場合は

大型のストラディヴァリ・オマージュには EAR912 + EAR509 II

小型のミニマ、エレクタ・アマトール、ガルネリには EAR V20


の組み合わせが一番いい音になります:


21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/06/27(水) 20:02:44.75 ID:Ft8kG6Bh

かつて、九州のソナス遣いのお宅にお邪魔した時、エレクタ・アマトールに
EAR V20を組み合わせ聴かせていただいたが、色気ムンムンで、弦の艶っぽい
響きにたまげたことがあった。
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/pav/1339161872/


因みに、ソナス・ファベールでは ガルネリ・オマージュが最高傑作です。


詳細は

ソナス・ファベール「オマージュ・シリーズ」
http://www.noahcorporation.com/sonusfaber/HOMAGE.html

Sonus faber アンプ-スピーカーシステム一覧
http://audio-heritage.jp/SONUSFABER/speaker/index.html

伝説の ソナス ファベール ガルネリ・オマージュ
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/684.html

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/947.html#c21

[リバイバル3] EAR の真空管アンプ 中川隆
22. 中川隆[-10396] koaQ7Jey 2019年5月17日 15:41:47 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1907]

EAR V20 はスペック上の実行出力は 20wだが、所有していた友人の話では草が生えるほど非力で「本当に 20wあるのかこれ?」という製品仕様だったそうです。


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「躁=ハイ」の時期にはJBLの出番だよ〜 - 「音楽&オーディオ」の小部屋


JBLのコーン型ユニットは能率が100db以上と高いのに駆動するアンプにはかなりのハイパワーを必要とする。いったい何故なんだろうかとずっと疑問だったが、ふと「ユニットのコーン紙が重たいのではなかろうかと」に思い至った。

イギリス系のユニットはコーン紙が薄くて軽いので能率95db前後にもかかわらずアンプのパワーはあまり必要としないのがその推論の理由。
https://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/c281c22ec78aad0cc106a7e4c887747c


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EAR アンプのドライブ力

EAR は元々、安物部品だけを使った廉価品アンプのメーカーで、ハーベス、スペンドール、ロジャース等の BBC Monitor 系小型スピーカーを鳴らす事を想定しています。

従って、タンノイ や JBL の38cm ウーハーを使った大型スピーカーを駆動できる程のドライブ力は有りません。

EAR で大型スピーカーに使えるのは プロ用アンプの EAR912 + EAR509 II だけでしょう:


EAR-859 は音が良いか? 2009年01月08日
http://bestmusic.seesaa.net/article/112344376.html

左のアンプは EAR-859、特別に開発された真空管を使い、話題になったアンプである。
トランスも職人が一つずつコイルを巻いて作っていると聞いた。
気になる値段は ¥448,000。

この値段が高いか安いかは、個人の関心によって違うだろうが、一般の家電品の値段と比べるとかなり高いだろう。

興味を持った一家の主が買おうとしても、奥さんの理解が得られないかも知れない。
一般サラリーマンの年収が500万ぐらいとすると、その1割近い金額は家計を考えると非常識かも知れない。

筆者はかねがね思っていることに、洗濯から乾燥まで一気にやってくれるドラム式洗濯機があったらどんなに便利だろうと思い、いつか欲しいと思っている。

家電店の展示を見て歩くと、25万ぐらい用意すれば買えると思うのだが、これが高いと感じてしまう。
ところが、EAR-859 の ¥448,000 はそんなことを考えずすぐに買ってしまった。
生活のバランス感覚が狂っていると言われても仕方がないかも知れない。

本題から大分はずれたが、このEAR-859 はオークションで売ってしまった。
すぐに売れたところをみると、フアンは多いのだろうと思った。

パラピッチーニの設計とか、先ほどの新開発真空管とか、トランスとかの雑音(?)に惑わされた感もなくはない。

実際に手にしてみると、物量を投入しているところから、価格競争で優位に立とうとした製品ではないこともわかる。
13W×2という出力は、率直に言って小さいと感じる。

だが、真空管アンプの話となると、真空管アンプは小出力でもドライブ能力が高いという話が必ずというぐらい出てくる。

もちろん、ドライブ能力さえあれば数字はどうでもよい。
やたらに馬力の数値だけは高いが、運転してみると実感がないという車もよくないのと似ている。

結論、売ってしまったのはドライブ能力に不満があったからである。
ドライブ能力だけでなく、音質も試してみた。
先入観として、これで高音を再生したらきっときれいだろうなと思っていた。
それで、私のスピーカーはトライワイヤー接続ができるので、高音にこのアンプを持っていった。

中音、低音にはそれぞれ150W×2のトランジスタアンプを使った。

つまり、アンプ3台でドライブしたわけである。
これは、当初、EAR-859だけで試みたが、とてもスピーカーを鳴らしきっているとは感じられなかったからである。

さすが、アンプ3台でのドライブは余裕があった。
ところが、高音がどうしてもきつくなる。
それで、このスピーカーの個性と思ってあきらめていた。

ある日、実験のつもりで、中音域の150W×2のトランジスタアンプと高音域のEAR-859(13W×2)と入れ替えてみたところ、驚いたことに高音がすごくきれいになった。
その上、スピード感が出るようになった。

何台ものアンプを使ってドライブするとき、高音域にはパワーは必要ない、それより高音のきれいなアンプを使うべきとある。
具体的には、高音域は数ワットもあればよいとされている。

しかし、実際に試してみると、アンプの持つパワーは数値だけではわからないドライブ能力を持っていると感じた。

非力なアンプでは高音が汚くなる(音が暴れた感じになる)し、スピード感がない。
不思議なのは、周波数特性を見ると、20KHzを遙かに超えているのに、高音はストレスを感じ窮屈に聞こえる。

結果的に今の装置で浮気は起こらず落ち着いているのだが、最新のアンプを売り払って、いにしえの名器VICTORのM-L10victor_ml10_2.jpgを2台手に入れて中高音用と低音用に分けてバイアンプでドライブすることになった。

PL-10はVICTORのオーディオが一番元気な時に作られた最後の製品で、中をあけてパーツを見ると、VICTORが力を入れた様子がわかる。

VICTORに限らず、この頃のいわゆるオーディオのバブル期には各社の力作があり、その力を発揮させれば現在でも十分ハイクオリティな音を楽しむことができる。
現在でもというより、この頃オーディオは頂点に達したと言ってよいと思う。

だから、あえて、このころの重量級のアンプの中古を買い使っている人もいる。
決して、安くあげたいからではない。
問題は修理体制である。

メーカーに依頼しても、部品がないと言って断られることがほとんどである。
AMP修理センターとかAMP修理工房では、メーカーに修理不能と言われたものでも、オーバーホールや修理を引き受けてくれる。
部品がない場合は代替部品などを使ったり加工したりして、元の性能に復帰させてくれる。
10万円以上かけてここへ依頼している人もいる。

私の使っているM-L10は3台入手して相互に部品を融通して2台にしたものである。
パワーは160W×2で、フラグシップのアンプとしては驚く数値でもない。
だが、アンプのドライブ能力はパワーの数値だけではないということは、現在お休みしているプリメインで、やはりパワーは同等ぐらい出るものと換えてみると、みすぼらしい音になることからはっきりわかる。

違いは何か?

両者を比較して一目瞭然は電源部である。
空けてみると、M-L10は大半がトランスである。
そのトランスを囲むようにして大容量のブロックコンデンサーが囲んでいる。
トランスだけで15Kgありアンプの総重量は30Kgぐらい。

電源が70%ぐらいアンプの性能を支配するというのが、この頃のVICTORの開発部の文献にある。

VICTORに限らず、このころ競った製品としてはDENON、ONKYO、EXCLUSIVE、LO-D、YAMAHA、ACCUPHASE、SONY、SANSUI、Technics、KENWOOD、LUX、Aurex、などなどの製品に修理代を投入してもそれだけの価値があるものも多い。

これらはオーディオ懐古録というサイトが参考になる。

オーディオ懐古録掲示板
https://jbbs.shitaraba.net/music/11602/

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すみません、45万ですか? いまなら半値でもっと優秀なアンプが購入できますよ
そうですVintageです真空管アンプは新品を買ってはダメです!

アンプを買うと思っちゃダメです、巨大なトランスを買おうと思うのです、

50年前の真空管全盛時代50年代〜60年代のアメリカ製管球アンプがお勧めです。

e-bayにたくさん出ていますよ。あ、アンプの自作修理の出来ない人は手を出してはダメです、先生になれとは言いませんが、生徒なら誰でもなれるはず、がんばってください。
Posted by 管球マニア at 2011年02月27日 15:41


管球マニア 様
>すみません、45万ですか? いまなら半値でもっと優秀なアンプが購入できますよ

具体的にはどんなアンプですか?
真空管がおすすめなのですか?

ドライブ能力で難点があると思っていますが、いかがでしょう?
現代のスピーカーでは、ドライブしきれないと思っていますが。
Posted by dolce at 2011年02月28日 15:45
http://bestmusic.seesaa.net/article/112344376.html


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大型スピーカーはいくら能率が高くても 50W 以下の真空管アンプではドライブできない 1


たこ焼きとオーディオ 2012年03月06日
http://bestmusic.seesaa.net/article/256045958.html

下の写真は、パワーアンプの電源部である。

http://bestmusic.seesaa.net/article/256045958.html

前面に見える円柱状のものが、ブロックコンデンサーで、その奥の四角な箱のようなものが電源トランスである。
この電源トランスだけで15Kgある。
コンデンサーは15000μFの容量のものが4本。

http://bestmusic.seesaa.net/article/256045958.html

この強力な電源がアンプの良し悪しの大半を左右する。
ところで、このようなアンプの電源スイッチを入れると、この大きなコンデンサーにためるための大電流が流れる。この電流を突入電流と言い、このままでは何百Aという電流で端子が溶けてしまうほどになったりする。

そこで、徐々にコンデンサーへ電気をためるようにしなければならない。
つまり、いきなり大電流が流れないようにするわけである。
そして、ゆっくり電気をためた後に回路が動作するようにするわけである。
この説明は、以前に回路図を用いて説明した。

http://bestmusic.seesaa.net/article/256045958.html

アンプのスイッチを入れても、すぐに起動しないのは、電気がたまるのを待っているからである。

徐々に電気をためるためには、回路図にあるように直列に抵抗を入れる。
言い方を変えれば、抵抗が直列に入ることにより電流は小さくなり、動作は遅くなるということだ。

これは、電気回路としては「たこ焼き器」も同じだ。

たこ焼き器にはコンデンサーは使ってないが、消費電力はおよそ1000Wぐらいである。
これは、電源が100Vであるから10Aの電流が流れることになる。

たこ焼き器を電源につなぐと、たこ焼き器は10A要求するわけである。

だから、10Aを瞬時に供給できれば、たこ焼き器はすぐに加熱されるわけであるが、10Aも流せない細いコード(ケーブル)を使うと、ケーブルの抵抗が大きいので、電流は小さくなりあたたまり方は遅くなる。

結局、これはケーブルが細いと、スピーカーからの音の出だしが遅くなるのと同じである。
http://bestmusic.seesaa.net/article/256045958.html


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大型スピーカーはいくら能率が高くても 50W 以下の真空管アンプではドライブできない 2

オーディオ訪問記〜2017・6・8〜 - 「音楽&オーディオ」の小部屋
http://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/e16281b44609e98769590adb619fce87

オーディオを長くやっていると誰しも一つや二つぐらいは「想い出の音」というのがあるはず。

自分の場合は以前のブログにも記載したことがあるが、たしか30代の頃だったと思うが、フラリと入ったオーディオショップで聴いた「CN191コーナーホーン」の音がそれだった。まるで宝石をちりばめたようなキラキラ光る音が音響空間のすべてを埋め尽くしているみたいで、思わず茫然として立ちすくんだ。

「なんていい音なんだろう!」

駆動しているアンプは忘れもしないパイオニアのA級アンプ「M5」(モノ×2台)だった。

もちろん当時は安サラリーマンの身なので、「CN191」は当然のごとく「高嶺の花」だったが、とうとう現在に至るまで縁がなく手に入らず仕舞いだった。しかし、今でも「想い出の音」として脳裡に深〜く刻み込まれている。

そして、このほどようやくその「初恋の人」に巡り会った。

         

奥に鎮座しているのが、その「CN191コーナーホーン」(ヴァイタボックス:オリジナル)である。

しかも、組み合わせられている機器が凄かった。

まずプレイヤーが「927ST」(EMT)。「930ST」ならよく見かけるが1ランク上の「927ST」となると極めて珍しい。中古の相場をググってみると450万円なり(笑)。

          

そして駆動しているアンプはプリアンプがマッキントッシュの「MC22」で、パワーアンプが「MC275」。もちろん、いずれもオリジナル。

           

カーティス・フラーの「ブルースェット」を聴かせていただいたがサックスのふてぶてしい音にぶったまげた!

           

日頃から「フルレンジ」スピーカーのミニチュア的で端正な音の世界に慣れ親しんでいる人間にとっては出てくる音のすべてがカルチャーショック以外の何物でもなかった。

低音から高音までレンジが広くて密度がメチャ濃い感じ。この音ならスーパーウーファーもツィーターもまったく必要ない。

ウ〜ン、参った!

一般的に「いい音」の判断材料とされる「音像定位」とか「奥行き感」とか、「音の艶」などがやたらにチマチマしたものに思えてきて、まるでそういうものを吹き飛ばすかのような「野太さと力感」の勢いにまったく言葉を失ってしまった。

「低音なんか二の次、三の次でいい」と、豪語していたのはいったい誰だ!(笑)

それにしても「MC22」と「MC275」のコンビのオリジナルの純正品を聴くのは初めてだったが、有名なアンプなのでこれまでいろんな噂を耳にしてきている。

どちらかといえば否定的な評価が多かったが、実際に聴いてみるとこの弩迫力はこのコンビしか出せない音だと感心した。その昔、このコンビを称して「ネス湖の怪物だ」(「ステレオ サウンド」誌)と記載されていたが、成る程とようやく合点がいった。

持ち主さんによると、八方手を尽くしてこのアンプを手に入れたものの、音質に不満があったので開けてみたら内部のコンデンサーに国産のものが使ってあってガッカリ。以後、海外も含めてオリジナルのコンデンサーを時間をかけて手に入れすべて入れ替えられたそうでようやく現在の音に辿りつかれた由。

出力管「KT88」についても今や稀少管となった「ゴールド モナーク」ブランドを4ペア完備されているとのこと。
http://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/e16281b44609e98769590adb619fce87

可愛い子供を旅に出してはみたものの・・・ - 「音楽&オーディオ」の小部屋 2017年06月30日
http://blog.goo.ne.jp/jbltakashi

昔から憧れのスピーカーだった「CN191コーナーホーン」(ヴァイタボックス)を使っておられるUさん。

       

大のレコード愛好家で使用されているプレイヤーが「927ST」(EMT)、プリアンプがマッキントッシュの「MC22」、パワーアンプが同じくマッキンの「MC275」という豪華メンバーだ。

そのUさんが先日我が家にお見えになったときに、「AXIOM80」の繊細なヴァイオリンの音がいたく気に入られたご様子なので、「よろしかったら71系のアンプが遊んでますので1台お貸ししてもいいですよ。マッキンのアンプにはない音が期待できるかもしれませんね。」と、持ちかけたところ「それはありがたいですね。ぜひお願いします。」というわけで、めでたく話が成立。

この5月に「WE300Bシングル」が1年2か月ぶりに戻ってきたので、随分と71系アンプの出番が減ってしまったのも水を向けた理由の一つ(笑)。

さあ、どのアンプをお貸ししようか。71系アンプは3台あって「171シングル」をはじめ「71Aシングル」、そして「71Aプッシュプル」(ナス管4本使用)といろいろある。

「いずれアヤメかカキツバタ」といったところだが、相手が大物の「CN191コーナーホーン」となると選抜も厳しくなる。

散々迷った挙句、結局「171シングル」を持って帰っていただくことになった。とてもいい音色だし、使ってある真空管は1940年代前後の製造の滅多に手に入らない古典管ばかり使ってあって、何だか最愛の子供を旅に出すような気分だ(笑)。

          

初段管がMH4(マルコーニ:メッシュプレート仕様)、出力管が171(トリタン仕様)、整流管が480(SPARTON)、インター・ステージ・トランス入り(UTC:アメリカ)というシンプルな構成。


さて、2週間ほど経過してから「お返しします。」とUさんがアンプを我が家に持参されたのは去る25日(日)のことだった。

興味津々で「どうでしたか?」

すると、「ヴァイオリンは良かったのですが、どうしても(音を)押し出す力が弱くてイマイチでした。」との率直なご返事。

「そうですか・・・」とうれしさ半分、悲しさ半分といったところかな(笑)〜。

実を言うと、Uさんの使っておられる出力が70ワット近くあるアンプと比べると、力感上ではたかだか出力1ワット前後のアンプが太刀打ちできるはずはないのだが、繊細さと音色の美しさで勝負できるかもしれないと淡い期待を抱いていた。

あのタンノイあたりの焦点のぼやけた低音ならうまくいきそうな気もするが、CN191の引き締まった音とは相性が悪かったようだ。
http://blog.goo.ne.jp/jbltakashi


S. Mcintosh MC275 の仕様(マニアル・カタログより)

型式 管球式ステレオパワーアンプ MC275
定格出力 Stereo=75W+75W(4Ω、8Ω、16Ω)
Mono= 150W(2Ω、4Ω、8Ω)
周波数特性 16Hz〜60kHz/−0,5dB

使用真空管
電圧増幅・ドライバー管=12AZ7、12BH7、12AU7、12AX7
出力管 =KT88×4

スピーカー出力端子 1系統×3=4Ω/8Ω/16Ω
入力端子 RCA=3系統

最大外形寸法 幅311mm×高さ203mm×奥行438mm
重量 30.5kg
http://amp8.com/vv-amp/mcintosh/mc275-5.htm


音機館ジャズ|オーディオ史に残る名器、マッキントッシュMC275 (文 葛西唯史) 2016/07/11
http://onkikan.com/mcintosh/

今回はオーディオ史に残る名器として、マッキントッシュのMC275を取り上げたいと思います。
MC275以外にも少々触れますが、これらのビンテージ真空管アンプ時代のマッキントッシュを考察すれば、
トランジスター・アンプになってからのマッキントッシュの総体も見えて参ります。

1・マッキントッシュMC275登場の背景

McIntosh275_01
http://onkikan.com/mcintosh/

マッキントッシュは大出力を誇る真空管アンプとして、マランツの#2、#9共々に、1950年代後半から
アメリカ国内を中心に注目をされていました。

1950年代の後半にマッキントッシュ社は、出力管に6L6GCを用いたMC30、6550を用いたMC60を開発、販売していましたが、
その2機種は、群を抜くスピーカーのドライブ能力を有していました。
当時のスピーカーは、オール・ホーン型のものが多く、高能率のスピーカーも多かったのですが、
例えばイギリスのタンノイ・オートグラフ、アメリカにおけるエレクトロ・ボイスのパトリシアン600の様な大きなスピーカーもあり、
そうした巨大なスピーカーを十分に鳴らしきる為には、スピーカーを「箱鳴り」させる必要がありました。
それを踏まえますと、小出力のパワー・アンプでは、「箱鳴り」をさせることができず、スピーカーから
出てきた音楽に生命力を宿すことが不可能でした。
そうしたことから、マッキントッシュ社は巨大なオール・ホーン型のスピーカーを十分に鳴らすことを目的として、
MC30やMC60の様な、高いドライブ能力をもったパワー・アンプを開発し、販売していました。
されど、1960年代に入ってから、スピーカー・メーカーにもアンプ・メーカーにも「コスト」という概念が定着しました。
コストを度外視して製品を作っていたのでは、会社の存在自体が危うくなります。
そうしたことから、製造コストが高いオール・ホーン型のスピーカーは徐々に消え去っていきました。
アンプ・メーカーであるマッキントッシュ社も例外ではなく、コストを度外視して作ったMC30とMC60に代わる
パワー・アンプを開発せざるを得なかったのです。
そこで、マッキントッシュ社はステレオ型のパワー・アンプの開発、販売に踏み切りました。
そして、MC275やMC240と言ったステレオ型のパワー・アンプが登場しました(MC75、MC40という
モノラル機もありましたが、その生産台数は少なかったのです)。
マッキントッシュのライバルであるマランツは、#8(B)を除けばモノラル型を堅持していましたが、
コスト高の為に、会社が行き詰まってしまいました。


2・マッキントッシュ真空管アンプの大いなる遺産

McIntosh275_02
http://onkikan.com/mcintosh/

筆者はMC275を愛器とし、MC30もMC60も使用していたから解るのですが、MC275の方が、スピーカーのドライブ能力は
MC30とMC60より低いのです。

また、整流管を用いたMC30とMC60の方が、音が瑞々しくて良いと思います。
ですが、マッキントッシュ社は、スピーカーのドライブ能力が落ちようとも、音質が落ちようとも、
なかば強引にステレオ・パワー・アンプに切り替えました。

ただ、マッキントッシュ社には、それでも十分なドライブ能力と音質の良さを併せ持った技術があったのです。

それが、ユニティ・カップルド・サーキットという回路なのです。
このユニティ・カップルド・サーキットは未だにその全てが解明されてはおらず、筆者自身もユニティ・カップルド・サーキットに
関するウンチクを語る術がありません。
オーディオ評論家の弁も当てにはならず、多分、ユニティ・カップルド・サーキットを一番解明している人は、
極めて優秀な一握りのビンテージ・マッキントッシュの修理屋さんでしょう。
しかし、これだけは断言できます。ユニティ・カップルド・サーキットとは、極めて効率よく(短時間で)音楽信号を流せる回路である、と。

このユニティ・カップルド・サーキットが、MC275、MC240、MC225と言ったステレオ機にも搭載可能であったことにより、
後のマッキントッシュのアンプづくりにおける大きな遺産となったのです。


3・トランジスター・アンプにおけるマッキントッシュ

McIntosh275_03
http://onkikan.com/mcintosh/

時代は変わり、大方が真空管アンプからトランジスター・アンプへと変更されていきました。

ですが、真空管アンプからトランジスター・アンプへ巧く切り替えられたのは、クォードもありますが、
何と言ってもマッキントッシュになるでしょう。

マッキントッシュ社はMC2300の開発に当たって、ユニティ・カップルド・サーキットにアレンジを施した回路を搭載しました。
すなわち、大出力を保証し、極めて効率よく(短時間で)音楽信号を流せる回路です。

現に、マッキントッシュのトランジスター・パワー・アンプは、他社のパワー・アンプに比べるとNFBを余りかけられていないのです。
また、マッキントッシュがトランジスター・アンプになってもアウトプット・トランスを搭載している理由を簡単に述べます。

マッキントッシュ社のゴードン・J・ガウ氏が言ったように、「音が良いから」、ということがあるのかも知れません。

ただ、某オーディオ評論家の弁による、「アウトプット・トランスを搭載しているから、如何なるインピーダンスにおいても
同一の出力を保証する」、というものは真空管アンプならOTLのものを除けば当然のことであって、的を射ていません。

最大の理由は、NFBを余りかけることなく、大出力と共に極めて効率よく(短時間で)音楽信号を流せる回路を搭載している以上、
アウトプット・トランスにより動作を安定させることを目的としていることにあります。

これが現在までのマッキントッシュのトランジスター・パワー・アンプに受け継がれています。

筆者は、音楽を聴く際に、MC275をよく見ますが、MC275を見る度に、マッキントッシュ社への尊敬の念を覚えずにはいられません。
http://onkikan.com/mcintosh/

VITAVOX CN-191 Corner Horn エンクロージャー:¥483,000(1台、1970年代前半頃)

通称”クリプッシュホーン・リプロデューサー”で知られる最高級コーナー型スピーカーシステム。

クリプッシュ氏の原設計になる音響的にきわめて優れたコーナー型ホールデッド(折り曲げ)・ホーン・エンクロージャーにAK-157、S-2を組み合わせた2ウェイ構成となっています。

低域には38cmコーン型ウーファーAK-157を搭載しています。
大型の強力な磁気回路とキャストフレームに良質繊維をハードプレスしたコーン・アッセンブリーを組合せ、過渡特性の良い低音再生を実現しています。

高域にはドライバーユニットS-2とホーンを組み合わせたトゥイーターユニットを搭載しています。

音質と優美なデザインのエンクロージャーは、熟練した木工技術者による丹念な手仕上げによるものでで、最高級品にふさわしい美しさを誇っています。


方式 2ウェイ・2スピーカー・オールホーン方式・コーナー型
キャビネット コーナー型・ホールデット・ホーンエンクロージャー

使用ユニット 初期 後期
低域用: 38cmコーン型(AK-155) 38cmコーン型(AK-157)
高域用: ホーン型(S-2+CN-157) ホーン型(S-2+CN-481)
その他: ネットワーク(NW-500)

出力音圧レベル(未公表) 100dB/1m 程度

定格インピーダンス 15Ω
再生周波数帯域 20Hz〜20kHz
クロスオーバー周波数 500Hz

最大入力
80W(初期)
100W(後期)

外形寸法 幅760x高さ1,300x奥行684x684mm
重量 115kg
http://audio-heritage.jp/VITAVOX/speaker/cn-191.html
http://audiosharing.com/review/?cat=88


CN-191 CLASSIC “Corner Horn” 復刻版
英国製オリジナル・キャビネット 現行復刻版 販売価格 ¥8,000,000
http://www.imaico.co.jp/
https://audiodripper.jp/vitavox-cn191-used


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大型スピーカーはいくら能率が高くても 50W 以下の真空管アンプではドライブできない 3


B&W Signature 800 \3,600,000(2台1組、2001年11月発売)

B&W創立35周年記念モデルとして開発されたNautilus800のスペシャルバージョンであるフロア型スピーカーシステム。  

方式 3ウェイ・4スピーカー・バスレフ方式・フロア型

ユニット
低域用:25cmコーン型×2
中域用:16cmコーン型
高域用:2.5cmドーム型

出力音圧レベル 91dB/2.83V/m

公称インピーダンス 8Ω(最低3.0Ω)

クロスオーバー周波数 350Hz、4kHz
推奨パワーアンプ出力 50W〜1,000W
外形寸法 幅450×高さ1,197×奥行645mm
重量 125kg
http://audio-heritage.jp/BandW/speaker/signature800.html


49.オーディオ/音楽・ネタ / 蔵 2011/10/25(Tue) 09:05

しかし昔のアルテックやJBL、エレボイの技術力は高かったですよね。
局長曰く

「JBLとアルテックはWEの直系、子どもだから」

だそうです。それに比べると ウィルソンやB&W、アヴァロンなどはゴミに等しいとも言われましたが、同感ですね。

と、嘗て一時期JBLを離れ、B&Wの800シグネイチュアーに走った私は語ります。いえ、それを使ったが為、逆にJBLやアルテックの素晴らしさを再認識した次第です。


1: テツオ 2011/10/25(Tue) 09:16
>蔵さん
ダメですよ、800シグネイチュアーに走っては。(笑)
きんどーさんが

「アンプ依存症のスピーカーなんて欠陥商品だ」

と明言しましたが、その通りだと思います。
http://ppp.atbbs.jp/jbl4344jp1623/mode/all/49/0


6: 蔵 2011/11/15(Tue) 08:45

友人宅へ。何でも94年に690万円で発売されていたクレルのKASを導入した為です。その友人は私が譲ったB&W800シグネイチュアーを使っていますが、そのKASで真価を発揮。

しかしA級動作、8Ωで350Wのモンスター・アンプでやっと真価を発揮するスピーカーって何か解せません。


7: テツオ 2011/11/15(Tue) 09:23

B&Wの800シグネイチュアーですか。
記憶違いでなければ、ノーチラス801が出た頃、アビーロード・スタジオでノーチラス801を鳴らすアンプとして、クラッセのオミクロンが大量にあったのを覚えています。

ああいう超弩級のアンプでしか鳴らないものなのか、とびっくりしたものです。
こういうスピーカーは果たして本当に正しいスピーカーなのか疑問ですね。ウィルソンもですが。
http://ppp.atbbs.jp/jbl4344jp1623/page/35


54.音楽&オーディオ・ネタ / きんどーちゃん 2011/11/15(Tue) 21:33

>蔵さん
蔵さんはいつも800シグネイチュアーの話になると話題を変えようとしますよね(笑)。
何かトラウマでも?
蔵さんは800にパスのX600やクラッセのオミクロンMKUを使用なさったそうですが、それでもご不満だったようですね。
クレルのKASで鳴ったのですか。これは、そういうスピーカーは欠陥商品としか言いようがないですね。


2: 蔵 2011/11/16(Wed) 09:18

いえ、何と言ったら良いのか。やはりトラウマでしょうか。
800シグネイチュアー。(苦笑)

800シグネイチュアーを鳴らしきる為に、クラッセのオミクロンMK2まで導入しました。

それでなる鳴るようになったのですが、クラッセ、私の嫌いな音でした。(笑)
それで完全に鳴らなくともいいや、と思いレビンソンの336Lに換え、数年後、こちらに来た次第です。

それまではアルテックの自作スピーカー、JBLの4435のマルチと来て、何故、B&Wに走ったのか、自分でもよく解りません。
多分、新鮮な音に聞こえたんでしょうね。

でも紆余曲折を経て、今のJBLとオートグラフに出会え、嬉しく思っています。


3: マロン 2011/11/17(Thu) 07:57

>蔵さん
クラッセのオミクロンMK2って、評論家の三浦某が使っていた重量100キロ以上のアンプですよね。
すごいですね。


5: 蔵 2011/11/18(Fri) 09:42

>マロンさん
そうです。ただ三浦某氏がウィルソンを鳴らしていたのはMK2化される前のモデルですが。

800シグネイチュアーか・・・・・。私のオーディオ・ライフにおける最大の汚点だな。
http://ppp.atbbs.jp/jbl4344jp1623/page/30

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/947.html#c22

[リバイバル3] EAR の真空管アンプ 中川隆
23. 中川隆[-10395] koaQ7Jey 2019年5月17日 15:55:05 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1908]

EAR vs. 300Bシングルアンプ

Commonsense Audio Audio Nirvana 300B トランス結合、真空管整流 シングルアンプ (アメリカ)


Common Sense Audio HP
http://www.commonsenseaudio.com/

Common Sense Audio - ホーム Facebook
https://ja-jp.facebook.com/anspeakers/

Commonsense Audio Audio Nirvana - YouTube 動画
https://www.youtube.com/results?search_query=Audio+Nirvana+

amazon.co.jp Audio Nirvana
https://www.amazon.co.jp/Audio-Nirvana/b/ref=bl_dp_s_web_4278037051?ie=UTF8&node=4278037051&field-lbr_brands_browse-bin=Audio+Nirvana

Commonsense Audio Audio Nirvana 300B シングルアンプ|横浜ベイサイドネット
価格 257,472円(税込)
http://www.baysidenet.jp/c-item-detail?ic=AN-AMP-001


Audio Nirvanaから 300B真空管アンプ新登場! 2015年12月18日

フルレンジスピーカーで有名なアメリカの「Commonsense Audio」社から、同社のフルレンジスピーカー『Audio Nirvana』用に設計された300Bシングルアンプが発売されました。

 「Commonsense Audio」社のオーナーであるデビッド ディックス氏の、このアンプに対する思い入れたっぷりのコメントをご紹介します。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

 私たちは、唯一の最高級品質の「ニュートラル・サウンド」アンプを販売します。私たちは、特異なサウンドの「ブティック」アンプは販売していません。

 ほとんどのアンプメーカーは、こうしたアンプを販売しているので、彼らは、あなたに、数ヶ月ごとに別の新しいアンプを販売することが出来ます。

 私たちは、ただ一つのアンプ、あなたが生涯に渡って使い続けることの出来るアンプを販売したいと思っています。

 私たちは、これまで、本当に良い音のアンプを聴いたことが有りません、どんな場所でも、どんな価格帯のものでも。

 私たちの真空管アンプは、『Audio Nirvana』フルレンジスピーカーや高効率スピーカーのためにデザインされた、そして、そのために最適化された唯一無二のアンプです。

『Audio Nirvana』のスピーカーを、通常のリスニング・レベルで聴くのに必要な出力は、1/10ワット程度です。

それゆえ、私たちの 8W 300B シングルアンプは、必要なアンプ出力の 80倍ほどのパワーを持っていると言えます。

参考

『Audio Nirvana』のフルレンジスピーカー|横浜ベイサイドネット
http://www.baysidenet.jp/c-item-list?keyword=&sort=1&scnt=8&category_id=73&chk_name=false&chk_stock=false&chk_type=false&price_st=&price_ed=

オーディオ・ニルバーナのネオジム10インチ(25cmフルレンジ)による高能率ハイスピードのメインスピーカー
https://plaza.rakuten.co.jp/mikhama202/diary/201708200000/

AudioNirbana Classic シリーズとハセヒロ工業新シリーズ
http://audioelex.blog.fc2.com/blog-category-16.html


 ついに、ディープで、パワフルで、力強いベース、そして、人間の聴覚の限界まで拡張された高域を持つ、シングルエンド三極管アンプが完成しました。

 伝統的な滑らかさと、詳細表現力を兼ね備えた中級グレードのシングルエンド三極管アンプの中で、今までに聴いたことの無い最高のサウンドアンプです。

 『Audio Nirvana』300B シングルアンプは、強固なカバーで保護された、飛び切り強力なトロイダル電源を使用しています。(多くのメーカーが使用しているような、ダミーのカバーではなく。)このトランスは、巨大で、私たち自身の工場で、職人の手で巻かれています。

 アンプ本体は、52ポンド(24キロ)と超重量級アンプとなっています。その構成部品は、可能な限り最高の音質を可能とするために選択されています−私たちは「ブティック」の名前であなたを感動させる必要はないので。

 各々のアンプは、職人の手によって、見た目にも美しく組み立てられ、テストされています。

 この素晴らしいサウンドを維持するための面倒な調整は一切ありません。それは、このアンプが、自己バイアス方式を採用しているためで、ACまたはDCバランスの調整は必要ありません。

 そして、このアンプは、可能な限り最少の部品構成で、最高の音質の真空管で作られました。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++

【Audio Nirvana 300B シングルアンプの特徴】

■300B三極管シングルアンプ:使用真空管、300B、6SN7、6SL7、および5AR4
■操作可能な最も単純で純粋な「シングルエンド三極管」回路(インターステージ・トランス)
■定格出力8ワット/ch(『Audio Nirvana』のフルレンジスピーカーの平均リスニングレベルは1/10W)
■内部配線は、職人による手配線(ディスクリート構成)
■カバー付きのトランスは自社工場で手巻き生産
■特大のトロイダル電源トランスは容量に十分な余裕を持たせている
■各真空管周りの冷却孔は、クールランニング温度を維持
■優れた組み立ての品質は、長年に渡って、信頼性の高い動作を保証
■美しいポリッシュ仕上げのステンレススチール・シャーシの採用
■ブラッシュアルミ製のフロントパネルとリアープレート
■『AN』のロゴによるボリューム・ノブのポインター

【Audio Nirvana 300B シングルアンプの仕様】

■アンプ構成:3極管シングルアンプ(A級)
■入力インピーダンス:100kΩ
■出力インピーダンス:4Ω〜8Ω
■定格出力:8W/ch@8Ω
■ダンピング・ファクター:>3
■周波数特性:20Hz〜20kHz(-1dB)
■THD:90dB(ハムノイズ:65dB
■真空管構成:6N9P(6SL7)x1
          6N8P(6SN7)x1
          300Bx2【Psvane】
          5AR4x1
■電源:115V−220V(50/60Hz)
■寸法:255mm(W)x190mm(H)x450mm(D)
■重量:24kg(本体)/26kg(梱包)
■付属品:電源コード、インストラクション(英語版)
http://www.baysidenet.jp/c-item-detail?ic=AN-AMP-001

▲△▽▼

2015.12.08
Tuesday先週末は、鎌倉のYbさん宅へ『AudioNirvana』の300Bシングルアンプの貸出しに行ってきました!
http://baysidenet.jugem.jp/?eid=227

 先週末は、「『Audio Nirvana』の300Bアンプを試聴させてもらえませんか?」と言うYbさんのリクエストに応えて、鎌倉のご自宅に届けて来ました。


 鎌倉と言う近場と言うことも有って、貸し出しすることにしたのですが、同時に、Ybさんの所有している『QUAD』の「コンデンサースピーカー」も、一度、聴いてみたいと思ったからでした。

 上の画像は、その「コンデンサースピーカー」ですが、私のイメージしていた古い英国製の『QUAD』ではなく、ドイツ『QUAD』で新しく復刻したものだそうで、全く、新しいスピーカーでした。

 私が『QUAD』の「コンデンサースピーカー」を聴いたのは、私が20代の頃の経験しかなく、当時の私は『岩崎JBL』信者だったので、その頃は、残念ながら『JBL』以外のスピーカーは目(耳)に入らなかったので、あまり、良い印象は有りませんでした。特に、英国製のスピーカーなどは。

 まず最初に、Ybさん宅のシステムで、聴かせていただいた印象では、昔のイメージとは違って、結構、クリアーで、しかも、実在感の有る音でした。使用しているシステムは、『LINN』のネットワーク・プレーヤーを、『EAR』の真空管プリアンプと、メインアンプの組み合わせと言う、これまた、結構、『Hi-End』なシステムだったからかもしれません。


 続いて、持参した『Audio Nirvana』製の 300Bシングルアンプでの試聴を行いましたが、音を出した瞬間、目の前に、より一層クリアーで、切れの良い、それでいて、滑らかなサウンドが、部屋いっぱいに広がり、Ybさんも、「うちのシステムとは、全く、違った音ですが、これはこれで、大変、魅力的な音ですね。」と、かなり良い評価をいただきました。

 特に、広いサウンド・ステージと、深い奥行き感の表現力には、感心されたようで、私に同行していただいていた『ヒロ・ミュージック』さんの印象では、『アンプの表現力と言うより、『QUAD』のコンデンサースピーカーの性能を、上手く引き出している、と言ったほうが適切かもしれない。』と、回りくどい言い方でしたが、褒めていただいているのは間違いなさそうでした。

 最後に、Ybさんのお好きなドイツオペラをかけていただきましたが、その、女性の力強く、それでいて、つややかで、滑らかに広がるソプラノの美しさに、思わず、聴き入ってしまいました。

 Ybさん宅に着くまでは、クラシックしか聴かないと言うYbさんの好みとは、180度異なった音ではないかと心配していたのですが、これはこれで、クラシック派の方にも十分納得していただける音だと分かったのは、本当に収穫でしたね。

 今後も、色々な方に、試聴していただき、『Audio Nirvana』の「300Bシングルアンプ」の音の良さをアピールして行きたいと思いました。
http://baysidenet.jugem.jp/?eid=227

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/947.html#c23

[文化2] ゆとり教育を推進した三浦朱門の妻 曽野綾子がした事 _ これがクリスチャン 中川隆
188. 中川隆[-10394] koaQ7Jey 2019年5月17日 17:24:17 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1909]

 アメリカは1970年代から製造業を国外へ出し、生産力は低下した。その象徴がかつて自動車産業の中心だったデトロイトの衰退だろう。1991年12月にアメリカの支配層は自国が「唯一の超大国」になったと考えたことが影響したのか、そうした傾向は強まったように見える。

 2011年2月、こうした傾向を懸念した​バラク・オバマ大統領(当時)はアップルのスティーブン・ジョブスCEO(同)に対して同社のiPhoneをアメリカで生産しないかともちかけた​ところ、アメリカへ戻ることはないと言われる。中国では必要な組立工やエンジニアを集めることが容易で、生産規模を柔軟に変更でき、供給ラインが充実しているうえ、労働者の技術水準が高いからだという。

 労働者の技術水準が高い大きな理由は教育システムが整備されていることにある。アメリカや日本では考えない、つまり騙しやすい人間を作り出すため、政策的に公教育が破壊されてきた。その結果、生産現場で必要な中間レベルの技術を持つ人が育っていないのだ。かなり前から日本でも技術系学生のレベルが落ちているという声を聞く。

 アメリカや日本が生産力を回復したいなら、AI化やロボット化を進めた工場を建設するしかない。つまり人間を必要としない工場だ。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201905170001/
http://www.asyura2.com/09/bun2/msg/492.html#c188

[近代史3] 体制側に都合が悪い本はアマゾンから排除される 中川隆
3. 中川隆[-10396] koaQ7Jey 2019年5月17日 17:48:30 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1907]
アマゾンでの、商品の高付加価値化とはなにか


アマゾンは株価の時価価値(会社価値)100兆円に、中国のアリババは50兆円になっています。一方で、1990年代までは時価総額世界1だったウォルマート(世界年商60兆円)は、時価総額が32兆円です(19年4月)。

アマゾンは、メーカー、卸、小売りが出店する「マーケットプレース」の仕組みから、商品の品目数は1億品目と言われます。日本型の大型百貨店が100万品目ですから、その100店舗分です。といえば、時価総額100兆円も理解できるでしょう。

米国アマゾンの売上は、20兆円でした(税後利益は3,300億円:2017年)。日本アマゾンは、1.5兆円の売上です(2018年)。1年に15%くらい伸びています(日本)。米国では20%から30%増です。

アマゾンは顧客にとっての商品価値で、どんな革新を行ったのか。この面で高い価値がないと、商品の売れ行きは増加しません。商品が売れないと、マーケットプレースの出品は増えず、品目数も増えないのです。

アマゾンの顧客にとっての、商品高付加価値化=「(明日届く+商品レビュー+テールエンド商品まで)÷(配送費のかからない)価格」です。

商品レビューは、顧客がスマホやSNSを使って書いた商品評価です。顧客の5星評価と、その感想が、プロモーションの商品価値になっています。

売れ行きが、店舗では下位2.5%のテールエンド商品(標準偏差の2倍:2シグマ)でも、「米国では2億人が検索するアマゾンで買うひとが増える」。2億人の商圏をもつ「有店舗」は、ありえません。

理由は、使ったひと食べたひとのプロモーションを意識していない、顧客の立場からの商品の評価があるからです。これがあると、初めての商品も安心して買うことができる。中国のアリババも同じです。

顧客は、スマホからアマゾンの商品レビューを書くことにより、報酬のない労働価値を提供しています。これが、アマゾンの会社価値になったのです。

この意味で、アマゾンは新しいことを商品価値とした店舗です。20年かかって、商品レビューの価値を作り上げ、自分のものにしました。

有店舗が提供していた顧客への商品価値は、陳列棚(ゴンドラ)の数10種の商品構成からの選択価値でした。アマゾンはこれに、使った人、食べた人の商品レビューの価値を付け加えたのです。

最初は、アマゾンはこれを意識していませんでした。WEBでのネット販売を行ううちに、売れた商品の売上分析から、商品レビューのプロモーションの価値がわかり、いまは毎回、メールで「評価」を求めてきます。


アマゾンに出品することにより、メーカー、卸、小売りは、個々の品目に無償労働の商品レビュー(販売員の機能)のついた新商品を作ることになったのです。まさに、利は商品の元にありです。
https://www.mag2.com/p/money/678641/3
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/428.html#c3

[近代史3] 雅子という女は凄い女 _ 気に入った相手とは手当たり次第という感じ _ 男性経験は20人は超えている 中川隆
97. 中川隆[-10395] koaQ7Jey 2019年5月17日 18:34:05 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1908]

2008.12.13
暴走する雅子妃と東宮職 狙われた皇室
http://koramu2.blog59.fc2.com/blog-entry-303.html

                                         
皇室問題 陛下に「様々なご心労」 宮内庁長官


羽毛田信吾 宮内庁長官 両陛下の代弁者として献身的な職務ぶりが目立つ。

ストレスが原因とされた胃腸の炎症など体調不良を訴えていた天皇陛下について、宮内庁の羽毛田(はけた)信吾長官は11日、「ここ何年かにわたり、ご自身のお立場から常にお心を離れることのない将来にわたる皇統の問題をはじめ、皇室にかかわるもろもろの問題をご憂慮のご様子を拝している」とし、陛下に「様々なご心労」があると述べた。

長官は記者会見で「私なりの所見」としたうえで、陛下が、皇太子さまや療養中の皇太子妃雅子さまの体調、公務に関して気遣っていることを説明。皇太子さまが昨年6月、十二指腸のポリープの切除手術を受けた際、人さし指の先ほどだったポリープの大きさに天皇、皇后両陛下は驚き、相当期間、検査がされていなかったことに強い不安を持ったという。両陛下は、皇太子ご夫妻が定期的に健康チェックを受けるよう願っているという。

また、雅子さまの「適応障害」との診断に関し、「皇室そのものがストレスであり、病気の原因」という意見があることについて、「皇室の伝統を受け継がれて一心に働き続けてこられた両陛下は深く傷つかれた」と述べた。

さらに、皇太子ご夫妻の公務について、皇太子さまが何度か見直す考えを示し、両陛下の依頼で歴代の宮内庁長官らが相談に乗っていることについても説明したうえで、皇太子さまから具体的な提案がないことも明かした。

陛下の公務については、天皇誕生日や年末年始など今後1カ月程度、ストレスになりそうな状況をできるだけ減らすとしている。

羽毛田長官は今年2月の会見で、陛下が愛子さまと会う機会が少ないことを「残念なこと」とし、皇太子さまが「お会いする機会を作っていきたい」と答えたことについて、「回数は増えていない」とし、「発言なされたからには実行を伴って頂きたい」と皇太子さまに苦言を呈した。(佐々木隆広)

(コメント)
今回の羽毛田長官の発言内容は、恐らく天皇皇后両陛下のご了承を得てのものだろう。雅子妃のわがままや策謀に振り回され、どれだけ多くの人達が迷惑をこうむり、傷ついてきたか、それを考えると今回の羽毛田長官の発言は遅きに失した感すらある。

強度の我がままや好き嫌いを病気と考えれば、雅子妃が主張する適応障害も確かに病状の一種と考えられるのかもしれない。しかし、好き放題に生きられる人間はごく一握りであり、大部分の人間は嫌なことも我慢して騙し騙し生きているのではないだろうか。

一部の特異な人間の我がままが尊重され、まともな人間の我慢が当たり前のように強制される。左翼やマスコミが作り上げてきた歪んだ世相が、そのまま皇室に及んでいるように感じるのは自分だけではないだろう。恵まれない人間への援助はあくまで善意であり、それを盾にした健常者への逆差別を許してはいけないと思う。ましてや、病気のふりをして特権を貪るなど、論外と言っていいだろう。

雅子妃側は何かあれば病気、病気というが、患者の自己申告と特定の医者のいい加減な文書で決まる病気も珍しい。重度のウツで薬を飲みながら会社に通っている人間もいる中、本当に精神的に病んで苦しんでいる人間からすれば、雅子妃の勝手気ままな主張は腹だたしいに違いない。本当に雅子妃が病気だというなら、少なくと東宮医師団という名の謎の医師団は、公の場で会見を開くか、入院等の今後の治療方針を明らかにするべきであろう。

なぜ、それをやらないのか、やらないのではなく出来ないのか、適当な文書ではなく、雅子妃の侍医である大野医師はキチンと顔を国民の前に出して責任あるコメントをするべきである。

雅子妃の学歴は一般のものとは異なり、但し書きが必要

帰国子女だから古くさい皇室と合わない
→小1から高1まで日本で教育を受けており、義務教育期間に外国で過ごすという厳密な意味での帰国子女にはあたらず。紀子さまの方が、幼少期に加え義務教育期間にも外国に住んでいた(小5〜中1)ので本当の帰国子女。

1981〜1985年6月:ハーバード大学経済学部(17〜21歳)
→小和田父は1979年〜1981年、ハーバード客員教授。教員子弟のコネ入学枠あり。また一学部生の卒業論文に普通関わらないような財界人(糠澤和夫・真野輝彦・榊原英資)が卒論作成の手助けをしている。
http://www.yuko2ch.net/mako/imgbbs3jik/img-box/img20070404115228.jpg

1986年4月〜1987年3月中退:東大法学部(22〜23歳)
→3年次編入のため、共通一次試験も通常の二次学科試験も受けていない。小和田恒は *東京大学の非常勤講師として25年間にわたり* 国際法、国際機構論を教える。(1963-1988年東大非常勤講師) ソース=http://www.nyulawglobal.org/events/dfls/DGFOwadaBio.htm

1986年10月:外務公務員I種試験に合格(23歳)、87年4月入省(24歳)。
→東大は中退。2000年度まで行われていた外務公務員I種試験は、通常の国家公務員I種試験と異なり、強力なコネ枠と言われる。向上心旺盛なキャリア志向の女性が、なぜ父親が重役職にある企業の縁故採用試験を?

1988〜1990年:オックスフォード大学に留学。(24〜26歳)
→外務省からの国費(税金)留学。同期留学者のうち一人だけ、修士号を取れずに帰国。週末ごとに洗濯物を抱えてパリに往復したという情報有り。小和田父は1988年〜1990年:OECD(経済協力開発機構・事務局はパリ)日本政府常駐代表。

雅子妃の高学歴キャリアウーマンとは程遠いお粗末な英会話の能力も指摘されている→マサグリッシュ

※本来、皇太子妃としての役割を果たしてくれれば過去の経歴はどうでもいい。当人及び擁護派が、役割を果たせない言い訳として華麗な過去を持ち出すので検証せざるを得ない。

公務キャンセルの当日に元気に別行動
(2007年度分のみ同日シリーズより抜粋。一部省略)

07.01.22
モザンビークのゲブーザ大統領夫妻との宮中午餐を欠席した当日、皇太子がビオラ奏者として出席した演奏会を私的に鑑賞
≪週刊女性2/13号≫

07.01.26 26〜27日
スケート国体@群馬県の公務を欠席した当日、乗馬。
≪週刊女性2/13号≫

07.03.02
東宮御所での東京都知事によるご進講の公務を欠席した当日、学習院幼稚園ひな祭り会の日のお迎えとママ友作り。
≪女性自身3/20号≫

07.03.15
東宮御所での勤労奉仕団へのご会釈は欠席した当日、オランダのウィレム・アレキサンダー王太子との午餐会には出席。

07.04.06
一家で朝早くスケートを楽しむ≪週刊女性5/8・15号≫。その当日、経済産業省製造産業局長,同生物化学産業課長のご進講(東宮御所)を欠席。

07.04.11
東宮御所での勤労奉仕団へのご会釈は欠席した当日、父・小和田恒氏がパネリストとして出席した国連大学でのロザリン・ヒギンズ国際司法裁判所(ICJ)所長講演会は夫妻で私的に聴講
≪国連大学HP配信ストリーム動画+週刊女性5/1号、読売ウィークリー5/6・13号≫

07.04.27
東宮御所での財務省国際局長によるご説明を欠席した当日、国連大学にお出かけ
≪週刊女性5/22号≫

07.07.19
雅子と愛子、幼稚園の帰りに2回目の電車(目白〜代々木乗換え〜信濃町)乗車体験、日テレとTBSがそれを報じる。同日東宮御所では、離任イスラエル大使・離任クウェート大使・離任エジプト大使との接見公務があり皇太子が単独で対応。それなりに混んだ電車に乗るだけの元気がある雅子は欠席。

07.07.22
賢所仮殿にて文武天皇千三百年式年祭の儀があったものの東宮から出席したのは皇太子のみ、雅子は祭祀を当然のごとく欠席。同日一家で日生劇場へ「小さな山神スズナ姫〜大ナマズのひみつ!〜」ミュージカル人形劇を鑑賞し複数ブログ・mixiに目撃談が書かれる。また出演者であるジェームス小野田氏が楽屋にて皇太子一家&雅子の親戚(恐らく礼子のことか?)と歓談したと、米米クラブ公式ブログにて述べている。

07.07.27-29
佐賀県行啓(高校総体)を「体調」を理由に欠席、皇太子が留守の間の27日と29日に東宮御所でプライベートな子供会を開く
≪週刊文春8/9号≫。

07.07.30
「明治天皇例祭の儀」の祭祀、ご接見の公務を欠席した当日、自宅で3回目のプライベートな「子供会」を開く
≪週刊文春8/9号≫

07.08.12
オックスフォード大学演劇協会「夏の夜の夢」鑑賞公務を欠席した当日、六本木の東京ミッドタウン内のメキシコ料理店で外務省時代の仲間と夕食≪AERA 9/10号≫,庭の見える個室にて男女三人ずつで4時間の「プライベート・ディナー」、「力強いガーリックライス」を食べたとのこと。
≪10/15夕フジニュース≫

07.10.11
ブラジルのパラナ友好経済使節団とのご接見を欠席した当日、マンダリンオリエンタル東京ホテル37階のフレンチレストラン「シグネチャー」で田園調布双葉時代友人と“同級生ランチ”
≪週刊文春11/1号≫

07.10.12 10/12-14
秋田県行啓(全国障害者スポーツ大会)を欠席中に乗馬
≪週刊女性10/30号≫。

07.10.13
八大行啓の一つである全国障害者スポーツ大会開会式を含む秋田県行啓には皇太子のみ出席(10/12-14)、欠席した雅子は愛子を連れて学習院初等科運動会見学へ元気に出かけ昨年同様マスコミカメラを呼んでロケ撮影させる。

07.10.15
皇太子は両陛下&秋篠宮両殿下とともにナミビア大統領夫妻との午餐に出席、午餐会を欠席した雅子は銀座教文館で「藤城清治 光と影展」お忍び鑑賞
≪ヤフーブログ「藤代清治 銀座 雅子さま」&『女性自身』11/6・13号≫。

07.11.3-5
第31回全国育樹祭臨席等にて皇太子ひとりぼっち熊本県行啓へ【八大行啓】。11/4に雅子は赤坂御用地内を散策≪産経ニュース皇室ウィークリー11/10≫、同日外務省北米二課同僚の欧州転勤送別会、麻布富麗華2万円コース上海蟹等3時間お楽しみ≪週刊文春11/22号≫だったとのこと。合わせて11/5には愛子内親王学習院初等科面接受験の付き添いにも出向く。
≪11/7TBSイブニング5≫

07.11.14-16
ユニバーサル技能五輪国際大会視察等にて皇太子ひとりぼっち静岡県行啓へ。11/16雅子は多摩動物公園入り口まで愛子の遠足付き添い。但しこの付き添いは行きのみで、帰りのお迎えについては「妃殿下はこの日  ご 予 定  がおありで、先に御所にお帰りになったそうです。後は他のお母さんたちやお付きの人たちに愛子を頼みます≠ニお願いされ、あえて、お迎えにも行かれなかったそうです」(宮内庁関係者)…のように人任せだったと『女性セブン』12/13号記事に書かれる。この「ご予定」が何であったかは現時点で不明。

07.11.20
国立女性教育会館で行われる「NWEC 30周年記念国際シンポジウム」への出席について、雅子の意向を侍従らが数日前になっても確認できず、内々に決めた翌日中止されたと『週刊朝日』2008/2/29号報じる。そしてこの日、雅子は国連大学訪問と皇居内馬場で乗馬の私事お楽しみをしていたとMSN産経皇室ウィークリー2008/11/24。

07.12.21
皇居宮殿での午餐(内閣総理大臣始め閣僚等)欠席。同日夕刻に一家で15分ほど恵比寿ガーデンプレイス・クリスマスイルミネーション見物≪週刊文春12/27号、12/21TVニュース≫、その後近くのホテルレストラン(地理的にウェスティンホテル「ビクターズ」か)で小和田夫妻、妹・池田礼子家族らと食事会
≪女性自身1/22号≫≪12/21日テレニュース≫

07.12.28
毎年恒例御所でのお餅つきを東宮一家直前でドタキャン≪サンデー毎日2008/1/20号≫、その日の夜に東宮夫妻とピピマリかかりつけ獣医師夫妻、銀座ミシュラン三ツ星レストラン・ロオジエにて4時間以上夕食を楽しむ
≪2007/12/28-29NNN・FNN・ANNニュース≫

孫の顔を心待ちにする義理の両親(天皇皇后両陛下)に ...

『週刊文春』2006年2月23日号、27ページより
 
「お世継ぎ」をめぐって天皇皇后と皇太子ご夫妻の間には見解の相違が存在することが顕在化したのはご成婚から三年目のことだった。皇太子ご夫妻は九四年、九五年と続けて中東諸国を歴訪されているが、そのご帰国後の九五年、天皇のお言葉に雅子さまが直接異を唱えられたことがあった。

その日、天皇は雅子さまにこう語りかけたと伝えられている。

「国民みんなが待っているからね」

すると雅子さまは色をなしてこうご返事をされた。

「私の友達にそんなことを言う人は一人もいません」
あまりのおっしゃりように、周囲は唖然としてしまったという。

(コメント)
一般の家庭でも、両親と息子夫婦の間で「早く孫の顔を見せてくれ」といった程度の会話は良く聞かれるが、千五百年以上も男系継承が続く天皇家では、子作りは一般家庭以上に必須であり、天皇皇后両陛下のお言葉はむしろ当然のことだと思う。

天皇家の男系継承が途絶えれば、日本という国にとっても大きな損失であり、未来永劫に取り返しがつかないことになる。下記の東宮職の言葉を借りれば、雅子妃は皇室の伝統と歴史を重んじているとのことだが、本当に重んじていたら子作りに拒否反応を起こすことなど考えられない。

一般の家庭でも、経済的な問題がなければ子作りに拒否反応を示す母親は極めて少数派だろう。こんなとんでもない嫁が長男のところに来てしまっては、天皇皇后両陛下のご心痛とストレスは察して余りあるものがある。

また、一部で同日シリーズとして有名な雅子妃のいい加減な行動ぶりを 2007年分に限って紹介したが、はっきり言って雅子妃がなんらかの病気であるとは考えづらい。これで雅子妃が病気であるというのなら、世間一般の人間全てが病気ということになるだろう。

皇太子ご夫妻、両陛下の心遣いに感謝 東宮大夫が会見

野村一成 東宮大夫
野村一成 東宮大夫 雅子妃の父、小和田恒の元腹心で外務省出身。外務省出身者ばかりの東宮職の長。

宮内庁の羽毛田(はけた)信吾長官が11日、天皇、皇后両陛下が皇太子ご夫妻の健康などを心配しているという「所見」を示したことについて、皇太子ご夫妻のお世話役のトップである野村一成東宮大夫は12日の定例会見で、

「(ご夫妻は)両陛下のお心遣い、お励ましを心からありがたく思っておられる」と述べた。雅子さまの「適応障害」との診断に関し、「皇室そのものがストレスであり、病気の原因」との意見があることに、羽毛田長官が「両陛下は深く傷つかれた」と語ったことに対し、野村大夫は「まさに妃殿下ご自身が深く傷つかれている点であろうと思う」とし、「皇室の伝統もご公務も大切に考えておられ、それらを十分に行うことができるようにご治療に鋭意努めておられる」と述べた。

【野村一成 東宮大夫】

元外務省ロシア大使

1960年代後半モスクワの日本大使館において小和田恒と同時期勤務(ロシアンスクール仲間)

当時から小和田恒の腹心の部下の一人で雅子妃が幼少の頃からの知り合い(野村のおじさまと呼ばれていた)

小和田恒の名を貰って息子に「恒成」と名付ける
("恒"が自分の名前の文字より前である事からその忠誠ぶりが伺われる)

息子の恒成も2世外務官僚として現在、国際法局国際法課に勤務
(小和田が勤務している国際司法裁判所はここの管轄)

息子の上司、国際法局長の結婚時の仲人も小和田恒

(コメント)
羽毛田長官の会見に対して、この野村東宮大夫の会見はどうかと思うが、経歴から見ても分かるとおり、東宮大夫は雅子妃の父、小和田恒の子飼の部下だった人物であり、彼なりの小和田恒への忠誠のつもなのかもしれない。

野村東宮大夫の主張は、控えめに見ても天皇皇后両陛下に喧嘩を売っているようにしか見えないが、皇太子夫妻の健康診断も満足に出来ないようでは、現在の東宮職の存在そのものが不必要なのではないかと疑いたくなる。立場上、皇太子夫妻を批判しにくいことは理解できるが、もう少し言い方を考えてはいかがだろうか。
http://koramu2.blog59.fc2.com/blog-entry-303.html
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/265.html#c97

[近代史3] 皇太子妃の雅子さんは典型的なダメダメ家庭出身者  中川隆
49. 中川隆[-10394] koaQ7Jey 2019年5月17日 18:34:31 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1909]

2008.12.13
暴走する雅子妃と東宮職 狙われた皇室
http://koramu2.blog59.fc2.com/blog-entry-303.html

                                         
皇室問題 陛下に「様々なご心労」 宮内庁長官


羽毛田信吾 宮内庁長官 両陛下の代弁者として献身的な職務ぶりが目立つ。

ストレスが原因とされた胃腸の炎症など体調不良を訴えていた天皇陛下について、宮内庁の羽毛田(はけた)信吾長官は11日、「ここ何年かにわたり、ご自身のお立場から常にお心を離れることのない将来にわたる皇統の問題をはじめ、皇室にかかわるもろもろの問題をご憂慮のご様子を拝している」とし、陛下に「様々なご心労」があると述べた。

長官は記者会見で「私なりの所見」としたうえで、陛下が、皇太子さまや療養中の皇太子妃雅子さまの体調、公務に関して気遣っていることを説明。皇太子さまが昨年6月、十二指腸のポリープの切除手術を受けた際、人さし指の先ほどだったポリープの大きさに天皇、皇后両陛下は驚き、相当期間、検査がされていなかったことに強い不安を持ったという。両陛下は、皇太子ご夫妻が定期的に健康チェックを受けるよう願っているという。

また、雅子さまの「適応障害」との診断に関し、「皇室そのものがストレスであり、病気の原因」という意見があることについて、「皇室の伝統を受け継がれて一心に働き続けてこられた両陛下は深く傷つかれた」と述べた。

さらに、皇太子ご夫妻の公務について、皇太子さまが何度か見直す考えを示し、両陛下の依頼で歴代の宮内庁長官らが相談に乗っていることについても説明したうえで、皇太子さまから具体的な提案がないことも明かした。

陛下の公務については、天皇誕生日や年末年始など今後1カ月程度、ストレスになりそうな状況をできるだけ減らすとしている。

羽毛田長官は今年2月の会見で、陛下が愛子さまと会う機会が少ないことを「残念なこと」とし、皇太子さまが「お会いする機会を作っていきたい」と答えたことについて、「回数は増えていない」とし、「発言なされたからには実行を伴って頂きたい」と皇太子さまに苦言を呈した。(佐々木隆広)

(コメント)
今回の羽毛田長官の発言内容は、恐らく天皇皇后両陛下のご了承を得てのものだろう。雅子妃のわがままや策謀に振り回され、どれだけ多くの人達が迷惑をこうむり、傷ついてきたか、それを考えると今回の羽毛田長官の発言は遅きに失した感すらある。

強度の我がままや好き嫌いを病気と考えれば、雅子妃が主張する適応障害も確かに病状の一種と考えられるのかもしれない。しかし、好き放題に生きられる人間はごく一握りであり、大部分の人間は嫌なことも我慢して騙し騙し生きているのではないだろうか。

一部の特異な人間の我がままが尊重され、まともな人間の我慢が当たり前のように強制される。左翼やマスコミが作り上げてきた歪んだ世相が、そのまま皇室に及んでいるように感じるのは自分だけではないだろう。恵まれない人間への援助はあくまで善意であり、それを盾にした健常者への逆差別を許してはいけないと思う。ましてや、病気のふりをして特権を貪るなど、論外と言っていいだろう。

雅子妃側は何かあれば病気、病気というが、患者の自己申告と特定の医者のいい加減な文書で決まる病気も珍しい。重度のウツで薬を飲みながら会社に通っている人間もいる中、本当に精神的に病んで苦しんでいる人間からすれば、雅子妃の勝手気ままな主張は腹だたしいに違いない。本当に雅子妃が病気だというなら、少なくと東宮医師団という名の謎の医師団は、公の場で会見を開くか、入院等の今後の治療方針を明らかにするべきであろう。

なぜ、それをやらないのか、やらないのではなく出来ないのか、適当な文書ではなく、雅子妃の侍医である大野医師はキチンと顔を国民の前に出して責任あるコメントをするべきである。

雅子妃の学歴は一般のものとは異なり、但し書きが必要

帰国子女だから古くさい皇室と合わない
→小1から高1まで日本で教育を受けており、義務教育期間に外国で過ごすという厳密な意味での帰国子女にはあたらず。紀子さまの方が、幼少期に加え義務教育期間にも外国に住んでいた(小5〜中1)ので本当の帰国子女。

1981〜1985年6月:ハーバード大学経済学部(17〜21歳)
→小和田父は1979年〜1981年、ハーバード客員教授。教員子弟のコネ入学枠あり。また一学部生の卒業論文に普通関わらないような財界人(糠澤和夫・真野輝彦・榊原英資)が卒論作成の手助けをしている。
http://www.yuko2ch.net/mako/imgbbs3jik/img-box/img20070404115228.jpg

1986年4月〜1987年3月中退:東大法学部(22〜23歳)
→3年次編入のため、共通一次試験も通常の二次学科試験も受けていない。小和田恒は *東京大学の非常勤講師として25年間にわたり* 国際法、国際機構論を教える。(1963-1988年東大非常勤講師) ソース=http://www.nyulawglobal.org/events/dfls/DGFOwadaBio.htm

1986年10月:外務公務員I種試験に合格(23歳)、87年4月入省(24歳)。
→東大は中退。2000年度まで行われていた外務公務員I種試験は、通常の国家公務員I種試験と異なり、強力なコネ枠と言われる。向上心旺盛なキャリア志向の女性が、なぜ父親が重役職にある企業の縁故採用試験を?

1988〜1990年:オックスフォード大学に留学。(24〜26歳)
→外務省からの国費(税金)留学。同期留学者のうち一人だけ、修士号を取れずに帰国。週末ごとに洗濯物を抱えてパリに往復したという情報有り。小和田父は1988年〜1990年:OECD(経済協力開発機構・事務局はパリ)日本政府常駐代表。

雅子妃の高学歴キャリアウーマンとは程遠いお粗末な英会話の能力も指摘されている→マサグリッシュ

※本来、皇太子妃としての役割を果たしてくれれば過去の経歴はどうでもいい。当人及び擁護派が、役割を果たせない言い訳として華麗な過去を持ち出すので検証せざるを得ない。

公務キャンセルの当日に元気に別行動
(2007年度分のみ同日シリーズより抜粋。一部省略)

07.01.22
モザンビークのゲブーザ大統領夫妻との宮中午餐を欠席した当日、皇太子がビオラ奏者として出席した演奏会を私的に鑑賞
≪週刊女性2/13号≫

07.01.26 26〜27日
スケート国体@群馬県の公務を欠席した当日、乗馬。
≪週刊女性2/13号≫

07.03.02
東宮御所での東京都知事によるご進講の公務を欠席した当日、学習院幼稚園ひな祭り会の日のお迎えとママ友作り。
≪女性自身3/20号≫

07.03.15
東宮御所での勤労奉仕団へのご会釈は欠席した当日、オランダのウィレム・アレキサンダー王太子との午餐会には出席。

07.04.06
一家で朝早くスケートを楽しむ≪週刊女性5/8・15号≫。その当日、経済産業省製造産業局長,同生物化学産業課長のご進講(東宮御所)を欠席。

07.04.11
東宮御所での勤労奉仕団へのご会釈は欠席した当日、父・小和田恒氏がパネリストとして出席した国連大学でのロザリン・ヒギンズ国際司法裁判所(ICJ)所長講演会は夫妻で私的に聴講
≪国連大学HP配信ストリーム動画+週刊女性5/1号、読売ウィークリー5/6・13号≫

07.04.27
東宮御所での財務省国際局長によるご説明を欠席した当日、国連大学にお出かけ
≪週刊女性5/22号≫

07.07.19
雅子と愛子、幼稚園の帰りに2回目の電車(目白〜代々木乗換え〜信濃町)乗車体験、日テレとTBSがそれを報じる。同日東宮御所では、離任イスラエル大使・離任クウェート大使・離任エジプト大使との接見公務があり皇太子が単独で対応。それなりに混んだ電車に乗るだけの元気がある雅子は欠席。

07.07.22
賢所仮殿にて文武天皇千三百年式年祭の儀があったものの東宮から出席したのは皇太子のみ、雅子は祭祀を当然のごとく欠席。同日一家で日生劇場へ「小さな山神スズナ姫〜大ナマズのひみつ!〜」ミュージカル人形劇を鑑賞し複数ブログ・mixiに目撃談が書かれる。また出演者であるジェームス小野田氏が楽屋にて皇太子一家&雅子の親戚(恐らく礼子のことか?)と歓談したと、米米クラブ公式ブログにて述べている。

07.07.27-29
佐賀県行啓(高校総体)を「体調」を理由に欠席、皇太子が留守の間の27日と29日に東宮御所でプライベートな子供会を開く
≪週刊文春8/9号≫。

07.07.30
「明治天皇例祭の儀」の祭祀、ご接見の公務を欠席した当日、自宅で3回目のプライベートな「子供会」を開く
≪週刊文春8/9号≫

07.08.12
オックスフォード大学演劇協会「夏の夜の夢」鑑賞公務を欠席した当日、六本木の東京ミッドタウン内のメキシコ料理店で外務省時代の仲間と夕食≪AERA 9/10号≫,庭の見える個室にて男女三人ずつで4時間の「プライベート・ディナー」、「力強いガーリックライス」を食べたとのこと。
≪10/15夕フジニュース≫

07.10.11
ブラジルのパラナ友好経済使節団とのご接見を欠席した当日、マンダリンオリエンタル東京ホテル37階のフレンチレストラン「シグネチャー」で田園調布双葉時代友人と“同級生ランチ”
≪週刊文春11/1号≫

07.10.12 10/12-14
秋田県行啓(全国障害者スポーツ大会)を欠席中に乗馬
≪週刊女性10/30号≫。

07.10.13
八大行啓の一つである全国障害者スポーツ大会開会式を含む秋田県行啓には皇太子のみ出席(10/12-14)、欠席した雅子は愛子を連れて学習院初等科運動会見学へ元気に出かけ昨年同様マスコミカメラを呼んでロケ撮影させる。

07.10.15
皇太子は両陛下&秋篠宮両殿下とともにナミビア大統領夫妻との午餐に出席、午餐会を欠席した雅子は銀座教文館で「藤城清治 光と影展」お忍び鑑賞
≪ヤフーブログ「藤代清治 銀座 雅子さま」&『女性自身』11/6・13号≫。

07.11.3-5
第31回全国育樹祭臨席等にて皇太子ひとりぼっち熊本県行啓へ【八大行啓】。11/4に雅子は赤坂御用地内を散策≪産経ニュース皇室ウィークリー11/10≫、同日外務省北米二課同僚の欧州転勤送別会、麻布富麗華2万円コース上海蟹等3時間お楽しみ≪週刊文春11/22号≫だったとのこと。合わせて11/5には愛子内親王学習院初等科面接受験の付き添いにも出向く。
≪11/7TBSイブニング5≫

07.11.14-16
ユニバーサル技能五輪国際大会視察等にて皇太子ひとりぼっち静岡県行啓へ。11/16雅子は多摩動物公園入り口まで愛子の遠足付き添い。但しこの付き添いは行きのみで、帰りのお迎えについては「妃殿下はこの日  ご 予 定  がおありで、先に御所にお帰りになったそうです。後は他のお母さんたちやお付きの人たちに愛子を頼みます≠ニお願いされ、あえて、お迎えにも行かれなかったそうです」(宮内庁関係者)…のように人任せだったと『女性セブン』12/13号記事に書かれる。この「ご予定」が何であったかは現時点で不明。

07.11.20
国立女性教育会館で行われる「NWEC 30周年記念国際シンポジウム」への出席について、雅子の意向を侍従らが数日前になっても確認できず、内々に決めた翌日中止されたと『週刊朝日』2008/2/29号報じる。そしてこの日、雅子は国連大学訪問と皇居内馬場で乗馬の私事お楽しみをしていたとMSN産経皇室ウィークリー2008/11/24。

07.12.21
皇居宮殿での午餐(内閣総理大臣始め閣僚等)欠席。同日夕刻に一家で15分ほど恵比寿ガーデンプレイス・クリスマスイルミネーション見物≪週刊文春12/27号、12/21TVニュース≫、その後近くのホテルレストラン(地理的にウェスティンホテル「ビクターズ」か)で小和田夫妻、妹・池田礼子家族らと食事会
≪女性自身1/22号≫≪12/21日テレニュース≫

07.12.28
毎年恒例御所でのお餅つきを東宮一家直前でドタキャン≪サンデー毎日2008/1/20号≫、その日の夜に東宮夫妻とピピマリかかりつけ獣医師夫妻、銀座ミシュラン三ツ星レストラン・ロオジエにて4時間以上夕食を楽しむ
≪2007/12/28-29NNN・FNN・ANNニュース≫

孫の顔を心待ちにする義理の両親(天皇皇后両陛下)に ...

『週刊文春』2006年2月23日号、27ページより
 
「お世継ぎ」をめぐって天皇皇后と皇太子ご夫妻の間には見解の相違が存在することが顕在化したのはご成婚から三年目のことだった。皇太子ご夫妻は九四年、九五年と続けて中東諸国を歴訪されているが、そのご帰国後の九五年、天皇のお言葉に雅子さまが直接異を唱えられたことがあった。

その日、天皇は雅子さまにこう語りかけたと伝えられている。

「国民みんなが待っているからね」

すると雅子さまは色をなしてこうご返事をされた。

「私の友達にそんなことを言う人は一人もいません」
あまりのおっしゃりように、周囲は唖然としてしまったという。

(コメント)
一般の家庭でも、両親と息子夫婦の間で「早く孫の顔を見せてくれ」といった程度の会話は良く聞かれるが、千五百年以上も男系継承が続く天皇家では、子作りは一般家庭以上に必須であり、天皇皇后両陛下のお言葉はむしろ当然のことだと思う。

天皇家の男系継承が途絶えれば、日本という国にとっても大きな損失であり、未来永劫に取り返しがつかないことになる。下記の東宮職の言葉を借りれば、雅子妃は皇室の伝統と歴史を重んじているとのことだが、本当に重んじていたら子作りに拒否反応を起こすことなど考えられない。

一般の家庭でも、経済的な問題がなければ子作りに拒否反応を示す母親は極めて少数派だろう。こんなとんでもない嫁が長男のところに来てしまっては、天皇皇后両陛下のご心痛とストレスは察して余りあるものがある。

また、一部で同日シリーズとして有名な雅子妃のいい加減な行動ぶりを 2007年分に限って紹介したが、はっきり言って雅子妃がなんらかの病気であるとは考えづらい。これで雅子妃が病気であるというのなら、世間一般の人間全てが病気ということになるだろう。

皇太子ご夫妻、両陛下の心遣いに感謝 東宮大夫が会見

野村一成 東宮大夫
野村一成 東宮大夫 雅子妃の父、小和田恒の元腹心で外務省出身。外務省出身者ばかりの東宮職の長。

宮内庁の羽毛田(はけた)信吾長官が11日、天皇、皇后両陛下が皇太子ご夫妻の健康などを心配しているという「所見」を示したことについて、皇太子ご夫妻のお世話役のトップである野村一成東宮大夫は12日の定例会見で、

「(ご夫妻は)両陛下のお心遣い、お励ましを心からありがたく思っておられる」と述べた。雅子さまの「適応障害」との診断に関し、「皇室そのものがストレスであり、病気の原因」との意見があることに、羽毛田長官が「両陛下は深く傷つかれた」と語ったことに対し、野村大夫は「まさに妃殿下ご自身が深く傷つかれている点であろうと思う」とし、「皇室の伝統もご公務も大切に考えておられ、それらを十分に行うことができるようにご治療に鋭意努めておられる」と述べた。

【野村一成 東宮大夫】

元外務省ロシア大使

1960年代後半モスクワの日本大使館において小和田恒と同時期勤務(ロシアンスクール仲間)

当時から小和田恒の腹心の部下の一人で雅子妃が幼少の頃からの知り合い(野村のおじさまと呼ばれていた)

小和田恒の名を貰って息子に「恒成」と名付ける
("恒"が自分の名前の文字より前である事からその忠誠ぶりが伺われる)

息子の恒成も2世外務官僚として現在、国際法局国際法課に勤務
(小和田が勤務している国際司法裁判所はここの管轄)

息子の上司、国際法局長の結婚時の仲人も小和田恒

(コメント)
羽毛田長官の会見に対して、この野村東宮大夫の会見はどうかと思うが、経歴から見ても分かるとおり、東宮大夫は雅子妃の父、小和田恒の子飼の部下だった人物であり、彼なりの小和田恒への忠誠のつもなのかもしれない。

野村東宮大夫の主張は、控えめに見ても天皇皇后両陛下に喧嘩を売っているようにしか見えないが、皇太子夫妻の健康診断も満足に出来ないようでは、現在の東宮職の存在そのものが不必要なのではないかと疑いたくなる。立場上、皇太子夫妻を批判しにくいことは理解できるが、もう少し言い方を考えてはいかがだろうか。
http://koramu2.blog59.fc2.com/blog-entry-303.html
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/179.html#c49

[近代史3] 柏原芳恵のバイブレーター騒動 _ 宮内庁が皇太子妃候補 No.1 を引き摺り降ろした手口 中川隆
58. 中川隆[-10393] koaQ7Jey 2019年5月17日 18:35:27 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1910]

2008.12.13
暴走する雅子妃と東宮職 狙われた皇室
http://koramu2.blog59.fc2.com/blog-entry-303.html

                                         
皇室問題 陛下に「様々なご心労」 宮内庁長官


羽毛田信吾 宮内庁長官 両陛下の代弁者として献身的な職務ぶりが目立つ。

ストレスが原因とされた胃腸の炎症など体調不良を訴えていた天皇陛下について、宮内庁の羽毛田(はけた)信吾長官は11日、「ここ何年かにわたり、ご自身のお立場から常にお心を離れることのない将来にわたる皇統の問題をはじめ、皇室にかかわるもろもろの問題をご憂慮のご様子を拝している」とし、陛下に「様々なご心労」があると述べた。

長官は記者会見で「私なりの所見」としたうえで、陛下が、皇太子さまや療養中の皇太子妃雅子さまの体調、公務に関して気遣っていることを説明。皇太子さまが昨年6月、十二指腸のポリープの切除手術を受けた際、人さし指の先ほどだったポリープの大きさに天皇、皇后両陛下は驚き、相当期間、検査がされていなかったことに強い不安を持ったという。両陛下は、皇太子ご夫妻が定期的に健康チェックを受けるよう願っているという。

また、雅子さまの「適応障害」との診断に関し、「皇室そのものがストレスであり、病気の原因」という意見があることについて、「皇室の伝統を受け継がれて一心に働き続けてこられた両陛下は深く傷つかれた」と述べた。

さらに、皇太子ご夫妻の公務について、皇太子さまが何度か見直す考えを示し、両陛下の依頼で歴代の宮内庁長官らが相談に乗っていることについても説明したうえで、皇太子さまから具体的な提案がないことも明かした。

陛下の公務については、天皇誕生日や年末年始など今後1カ月程度、ストレスになりそうな状況をできるだけ減らすとしている。

羽毛田長官は今年2月の会見で、陛下が愛子さまと会う機会が少ないことを「残念なこと」とし、皇太子さまが「お会いする機会を作っていきたい」と答えたことについて、「回数は増えていない」とし、「発言なされたからには実行を伴って頂きたい」と皇太子さまに苦言を呈した。(佐々木隆広)

(コメント)
今回の羽毛田長官の発言内容は、恐らく天皇皇后両陛下のご了承を得てのものだろう。雅子妃のわがままや策謀に振り回され、どれだけ多くの人達が迷惑をこうむり、傷ついてきたか、それを考えると今回の羽毛田長官の発言は遅きに失した感すらある。

強度の我がままや好き嫌いを病気と考えれば、雅子妃が主張する適応障害も確かに病状の一種と考えられるのかもしれない。しかし、好き放題に生きられる人間はごく一握りであり、大部分の人間は嫌なことも我慢して騙し騙し生きているのではないだろうか。

一部の特異な人間の我がままが尊重され、まともな人間の我慢が当たり前のように強制される。左翼やマスコミが作り上げてきた歪んだ世相が、そのまま皇室に及んでいるように感じるのは自分だけではないだろう。恵まれない人間への援助はあくまで善意であり、それを盾にした健常者への逆差別を許してはいけないと思う。ましてや、病気のふりをして特権を貪るなど、論外と言っていいだろう。

雅子妃側は何かあれば病気、病気というが、患者の自己申告と特定の医者のいい加減な文書で決まる病気も珍しい。重度のウツで薬を飲みながら会社に通っている人間もいる中、本当に精神的に病んで苦しんでいる人間からすれば、雅子妃の勝手気ままな主張は腹だたしいに違いない。本当に雅子妃が病気だというなら、少なくと東宮医師団という名の謎の医師団は、公の場で会見を開くか、入院等の今後の治療方針を明らかにするべきであろう。

なぜ、それをやらないのか、やらないのではなく出来ないのか、適当な文書ではなく、雅子妃の侍医である大野医師はキチンと顔を国民の前に出して責任あるコメントをするべきである。

雅子妃の学歴は一般のものとは異なり、但し書きが必要

帰国子女だから古くさい皇室と合わない
→小1から高1まで日本で教育を受けており、義務教育期間に外国で過ごすという厳密な意味での帰国子女にはあたらず。紀子さまの方が、幼少期に加え義務教育期間にも外国に住んでいた(小5〜中1)ので本当の帰国子女。

1981〜1985年6月:ハーバード大学経済学部(17〜21歳)
→小和田父は1979年〜1981年、ハーバード客員教授。教員子弟のコネ入学枠あり。また一学部生の卒業論文に普通関わらないような財界人(糠澤和夫・真野輝彦・榊原英資)が卒論作成の手助けをしている。
http://www.yuko2ch.net/mako/imgbbs3jik/img-box/img20070404115228.jpg

1986年4月〜1987年3月中退:東大法学部(22〜23歳)
→3年次編入のため、共通一次試験も通常の二次学科試験も受けていない。小和田恒は *東京大学の非常勤講師として25年間にわたり* 国際法、国際機構論を教える。(1963-1988年東大非常勤講師) ソース=http://www.nyulawglobal.org/events/dfls/DGFOwadaBio.htm

1986年10月:外務公務員I種試験に合格(23歳)、87年4月入省(24歳)。
→東大は中退。2000年度まで行われていた外務公務員I種試験は、通常の国家公務員I種試験と異なり、強力なコネ枠と言われる。向上心旺盛なキャリア志向の女性が、なぜ父親が重役職にある企業の縁故採用試験を?

1988〜1990年:オックスフォード大学に留学。(24〜26歳)
→外務省からの国費(税金)留学。同期留学者のうち一人だけ、修士号を取れずに帰国。週末ごとに洗濯物を抱えてパリに往復したという情報有り。小和田父は1988年〜1990年:OECD(経済協力開発機構・事務局はパリ)日本政府常駐代表。

雅子妃の高学歴キャリアウーマンとは程遠いお粗末な英会話の能力も指摘されている→マサグリッシュ

※本来、皇太子妃としての役割を果たしてくれれば過去の経歴はどうでもいい。当人及び擁護派が、役割を果たせない言い訳として華麗な過去を持ち出すので検証せざるを得ない。

公務キャンセルの当日に元気に別行動
(2007年度分のみ同日シリーズより抜粋。一部省略)

07.01.22
モザンビークのゲブーザ大統領夫妻との宮中午餐を欠席した当日、皇太子がビオラ奏者として出席した演奏会を私的に鑑賞
≪週刊女性2/13号≫

07.01.26 26〜27日
スケート国体@群馬県の公務を欠席した当日、乗馬。
≪週刊女性2/13号≫

07.03.02
東宮御所での東京都知事によるご進講の公務を欠席した当日、学習院幼稚園ひな祭り会の日のお迎えとママ友作り。
≪女性自身3/20号≫

07.03.15
東宮御所での勤労奉仕団へのご会釈は欠席した当日、オランダのウィレム・アレキサンダー王太子との午餐会には出席。

07.04.06
一家で朝早くスケートを楽しむ≪週刊女性5/8・15号≫。その当日、経済産業省製造産業局長,同生物化学産業課長のご進講(東宮御所)を欠席。

07.04.11
東宮御所での勤労奉仕団へのご会釈は欠席した当日、父・小和田恒氏がパネリストとして出席した国連大学でのロザリン・ヒギンズ国際司法裁判所(ICJ)所長講演会は夫妻で私的に聴講
≪国連大学HP配信ストリーム動画+週刊女性5/1号、読売ウィークリー5/6・13号≫

07.04.27
東宮御所での財務省国際局長によるご説明を欠席した当日、国連大学にお出かけ
≪週刊女性5/22号≫

07.07.19
雅子と愛子、幼稚園の帰りに2回目の電車(目白〜代々木乗換え〜信濃町)乗車体験、日テレとTBSがそれを報じる。同日東宮御所では、離任イスラエル大使・離任クウェート大使・離任エジプト大使との接見公務があり皇太子が単独で対応。それなりに混んだ電車に乗るだけの元気がある雅子は欠席。

07.07.22
賢所仮殿にて文武天皇千三百年式年祭の儀があったものの東宮から出席したのは皇太子のみ、雅子は祭祀を当然のごとく欠席。同日一家で日生劇場へ「小さな山神スズナ姫〜大ナマズのひみつ!〜」ミュージカル人形劇を鑑賞し複数ブログ・mixiに目撃談が書かれる。また出演者であるジェームス小野田氏が楽屋にて皇太子一家&雅子の親戚(恐らく礼子のことか?)と歓談したと、米米クラブ公式ブログにて述べている。

07.07.27-29
佐賀県行啓(高校総体)を「体調」を理由に欠席、皇太子が留守の間の27日と29日に東宮御所でプライベートな子供会を開く
≪週刊文春8/9号≫。

07.07.30
「明治天皇例祭の儀」の祭祀、ご接見の公務を欠席した当日、自宅で3回目のプライベートな「子供会」を開く
≪週刊文春8/9号≫

07.08.12
オックスフォード大学演劇協会「夏の夜の夢」鑑賞公務を欠席した当日、六本木の東京ミッドタウン内のメキシコ料理店で外務省時代の仲間と夕食≪AERA 9/10号≫,庭の見える個室にて男女三人ずつで4時間の「プライベート・ディナー」、「力強いガーリックライス」を食べたとのこと。
≪10/15夕フジニュース≫

07.10.11
ブラジルのパラナ友好経済使節団とのご接見を欠席した当日、マンダリンオリエンタル東京ホテル37階のフレンチレストラン「シグネチャー」で田園調布双葉時代友人と“同級生ランチ”
≪週刊文春11/1号≫

07.10.12 10/12-14
秋田県行啓(全国障害者スポーツ大会)を欠席中に乗馬
≪週刊女性10/30号≫。

07.10.13
八大行啓の一つである全国障害者スポーツ大会開会式を含む秋田県行啓には皇太子のみ出席(10/12-14)、欠席した雅子は愛子を連れて学習院初等科運動会見学へ元気に出かけ昨年同様マスコミカメラを呼んでロケ撮影させる。

07.10.15
皇太子は両陛下&秋篠宮両殿下とともにナミビア大統領夫妻との午餐に出席、午餐会を欠席した雅子は銀座教文館で「藤城清治 光と影展」お忍び鑑賞
≪ヤフーブログ「藤代清治 銀座 雅子さま」&『女性自身』11/6・13号≫。

07.11.3-5
第31回全国育樹祭臨席等にて皇太子ひとりぼっち熊本県行啓へ【八大行啓】。11/4に雅子は赤坂御用地内を散策≪産経ニュース皇室ウィークリー11/10≫、同日外務省北米二課同僚の欧州転勤送別会、麻布富麗華2万円コース上海蟹等3時間お楽しみ≪週刊文春11/22号≫だったとのこと。合わせて11/5には愛子内親王学習院初等科面接受験の付き添いにも出向く。
≪11/7TBSイブニング5≫

07.11.14-16
ユニバーサル技能五輪国際大会視察等にて皇太子ひとりぼっち静岡県行啓へ。11/16雅子は多摩動物公園入り口まで愛子の遠足付き添い。但しこの付き添いは行きのみで、帰りのお迎えについては「妃殿下はこの日  ご 予 定  がおありで、先に御所にお帰りになったそうです。後は他のお母さんたちやお付きの人たちに愛子を頼みます≠ニお願いされ、あえて、お迎えにも行かれなかったそうです」(宮内庁関係者)…のように人任せだったと『女性セブン』12/13号記事に書かれる。この「ご予定」が何であったかは現時点で不明。

07.11.20
国立女性教育会館で行われる「NWEC 30周年記念国際シンポジウム」への出席について、雅子の意向を侍従らが数日前になっても確認できず、内々に決めた翌日中止されたと『週刊朝日』2008/2/29号報じる。そしてこの日、雅子は国連大学訪問と皇居内馬場で乗馬の私事お楽しみをしていたとMSN産経皇室ウィークリー2008/11/24。

07.12.21
皇居宮殿での午餐(内閣総理大臣始め閣僚等)欠席。同日夕刻に一家で15分ほど恵比寿ガーデンプレイス・クリスマスイルミネーション見物≪週刊文春12/27号、12/21TVニュース≫、その後近くのホテルレストラン(地理的にウェスティンホテル「ビクターズ」か)で小和田夫妻、妹・池田礼子家族らと食事会
≪女性自身1/22号≫≪12/21日テレニュース≫

07.12.28
毎年恒例御所でのお餅つきを東宮一家直前でドタキャン≪サンデー毎日2008/1/20号≫、その日の夜に東宮夫妻とピピマリかかりつけ獣医師夫妻、銀座ミシュラン三ツ星レストラン・ロオジエにて4時間以上夕食を楽しむ
≪2007/12/28-29NNN・FNN・ANNニュース≫

孫の顔を心待ちにする義理の両親(天皇皇后両陛下)に ...

『週刊文春』2006年2月23日号、27ページより
 
「お世継ぎ」をめぐって天皇皇后と皇太子ご夫妻の間には見解の相違が存在することが顕在化したのはご成婚から三年目のことだった。皇太子ご夫妻は九四年、九五年と続けて中東諸国を歴訪されているが、そのご帰国後の九五年、天皇のお言葉に雅子さまが直接異を唱えられたことがあった。

その日、天皇は雅子さまにこう語りかけたと伝えられている。

「国民みんなが待っているからね」

すると雅子さまは色をなしてこうご返事をされた。

「私の友達にそんなことを言う人は一人もいません」
あまりのおっしゃりように、周囲は唖然としてしまったという。

(コメント)
一般の家庭でも、両親と息子夫婦の間で「早く孫の顔を見せてくれ」といった程度の会話は良く聞かれるが、千五百年以上も男系継承が続く天皇家では、子作りは一般家庭以上に必須であり、天皇皇后両陛下のお言葉はむしろ当然のことだと思う。

天皇家の男系継承が途絶えれば、日本という国にとっても大きな損失であり、未来永劫に取り返しがつかないことになる。下記の東宮職の言葉を借りれば、雅子妃は皇室の伝統と歴史を重んじているとのことだが、本当に重んじていたら子作りに拒否反応を起こすことなど考えられない。

一般の家庭でも、経済的な問題がなければ子作りに拒否反応を示す母親は極めて少数派だろう。こんなとんでもない嫁が長男のところに来てしまっては、天皇皇后両陛下のご心痛とストレスは察して余りあるものがある。

また、一部で同日シリーズとして有名な雅子妃のいい加減な行動ぶりを 2007年分に限って紹介したが、はっきり言って雅子妃がなんらかの病気であるとは考えづらい。これで雅子妃が病気であるというのなら、世間一般の人間全てが病気ということになるだろう。

皇太子ご夫妻、両陛下の心遣いに感謝 東宮大夫が会見

野村一成 東宮大夫
野村一成 東宮大夫 雅子妃の父、小和田恒の元腹心で外務省出身。外務省出身者ばかりの東宮職の長。

宮内庁の羽毛田(はけた)信吾長官が11日、天皇、皇后両陛下が皇太子ご夫妻の健康などを心配しているという「所見」を示したことについて、皇太子ご夫妻のお世話役のトップである野村一成東宮大夫は12日の定例会見で、

「(ご夫妻は)両陛下のお心遣い、お励ましを心からありがたく思っておられる」と述べた。雅子さまの「適応障害」との診断に関し、「皇室そのものがストレスであり、病気の原因」との意見があることに、羽毛田長官が「両陛下は深く傷つかれた」と語ったことに対し、野村大夫は「まさに妃殿下ご自身が深く傷つかれている点であろうと思う」とし、「皇室の伝統もご公務も大切に考えておられ、それらを十分に行うことができるようにご治療に鋭意努めておられる」と述べた。

【野村一成 東宮大夫】

元外務省ロシア大使

1960年代後半モスクワの日本大使館において小和田恒と同時期勤務(ロシアンスクール仲間)

当時から小和田恒の腹心の部下の一人で雅子妃が幼少の頃からの知り合い(野村のおじさまと呼ばれていた)

小和田恒の名を貰って息子に「恒成」と名付ける
("恒"が自分の名前の文字より前である事からその忠誠ぶりが伺われる)

息子の恒成も2世外務官僚として現在、国際法局国際法課に勤務
(小和田が勤務している国際司法裁判所はここの管轄)

息子の上司、国際法局長の結婚時の仲人も小和田恒

(コメント)
羽毛田長官の会見に対して、この野村東宮大夫の会見はどうかと思うが、経歴から見ても分かるとおり、東宮大夫は雅子妃の父、小和田恒の子飼の部下だった人物であり、彼なりの小和田恒への忠誠のつもなのかもしれない。

野村東宮大夫の主張は、控えめに見ても天皇皇后両陛下に喧嘩を売っているようにしか見えないが、皇太子夫妻の健康診断も満足に出来ないようでは、現在の東宮職の存在そのものが不必要なのではないかと疑いたくなる。立場上、皇太子夫妻を批判しにくいことは理解できるが、もう少し言い方を考えてはいかがだろうか。
http://koramu2.blog59.fc2.com/blog-entry-303.html
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/117.html#c58

[近代史3] 美智子妃も雅子妃もアメリカが皇室と天皇制を破壊する為に送り込んだスパイなのか? 中川隆
68. 中川隆[-10392] koaQ7Jey 2019年5月17日 18:36:13 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1911]

2008.12.13
暴走する雅子妃と東宮職 狙われた皇室
http://koramu2.blog59.fc2.com/blog-entry-303.html

                                         
皇室問題 陛下に「様々なご心労」 宮内庁長官


羽毛田信吾 宮内庁長官 両陛下の代弁者として献身的な職務ぶりが目立つ。

ストレスが原因とされた胃腸の炎症など体調不良を訴えていた天皇陛下について、宮内庁の羽毛田(はけた)信吾長官は11日、「ここ何年かにわたり、ご自身のお立場から常にお心を離れることのない将来にわたる皇統の問題をはじめ、皇室にかかわるもろもろの問題をご憂慮のご様子を拝している」とし、陛下に「様々なご心労」があると述べた。

長官は記者会見で「私なりの所見」としたうえで、陛下が、皇太子さまや療養中の皇太子妃雅子さまの体調、公務に関して気遣っていることを説明。皇太子さまが昨年6月、十二指腸のポリープの切除手術を受けた際、人さし指の先ほどだったポリープの大きさに天皇、皇后両陛下は驚き、相当期間、検査がされていなかったことに強い不安を持ったという。両陛下は、皇太子ご夫妻が定期的に健康チェックを受けるよう願っているという。

また、雅子さまの「適応障害」との診断に関し、「皇室そのものがストレスであり、病気の原因」という意見があることについて、「皇室の伝統を受け継がれて一心に働き続けてこられた両陛下は深く傷つかれた」と述べた。

さらに、皇太子ご夫妻の公務について、皇太子さまが何度か見直す考えを示し、両陛下の依頼で歴代の宮内庁長官らが相談に乗っていることについても説明したうえで、皇太子さまから具体的な提案がないことも明かした。

陛下の公務については、天皇誕生日や年末年始など今後1カ月程度、ストレスになりそうな状況をできるだけ減らすとしている。

羽毛田長官は今年2月の会見で、陛下が愛子さまと会う機会が少ないことを「残念なこと」とし、皇太子さまが「お会いする機会を作っていきたい」と答えたことについて、「回数は増えていない」とし、「発言なされたからには実行を伴って頂きたい」と皇太子さまに苦言を呈した。(佐々木隆広)

(コメント)
今回の羽毛田長官の発言内容は、恐らく天皇皇后両陛下のご了承を得てのものだろう。雅子妃のわがままや策謀に振り回され、どれだけ多くの人達が迷惑をこうむり、傷ついてきたか、それを考えると今回の羽毛田長官の発言は遅きに失した感すらある。

強度の我がままや好き嫌いを病気と考えれば、雅子妃が主張する適応障害も確かに病状の一種と考えられるのかもしれない。しかし、好き放題に生きられる人間はごく一握りであり、大部分の人間は嫌なことも我慢して騙し騙し生きているのではないだろうか。

一部の特異な人間の我がままが尊重され、まともな人間の我慢が当たり前のように強制される。左翼やマスコミが作り上げてきた歪んだ世相が、そのまま皇室に及んでいるように感じるのは自分だけではないだろう。恵まれない人間への援助はあくまで善意であり、それを盾にした健常者への逆差別を許してはいけないと思う。ましてや、病気のふりをして特権を貪るなど、論外と言っていいだろう。

雅子妃側は何かあれば病気、病気というが、患者の自己申告と特定の医者のいい加減な文書で決まる病気も珍しい。重度のウツで薬を飲みながら会社に通っている人間もいる中、本当に精神的に病んで苦しんでいる人間からすれば、雅子妃の勝手気ままな主張は腹だたしいに違いない。本当に雅子妃が病気だというなら、少なくと東宮医師団という名の謎の医師団は、公の場で会見を開くか、入院等の今後の治療方針を明らかにするべきであろう。

なぜ、それをやらないのか、やらないのではなく出来ないのか、適当な文書ではなく、雅子妃の侍医である大野医師はキチンと顔を国民の前に出して責任あるコメントをするべきである。

雅子妃の学歴は一般のものとは異なり、但し書きが必要

帰国子女だから古くさい皇室と合わない
→小1から高1まで日本で教育を受けており、義務教育期間に外国で過ごすという厳密な意味での帰国子女にはあたらず。紀子さまの方が、幼少期に加え義務教育期間にも外国に住んでいた(小5〜中1)ので本当の帰国子女。

1981〜1985年6月:ハーバード大学経済学部(17〜21歳)
→小和田父は1979年〜1981年、ハーバード客員教授。教員子弟のコネ入学枠あり。また一学部生の卒業論文に普通関わらないような財界人(糠澤和夫・真野輝彦・榊原英資)が卒論作成の手助けをしている。
http://www.yuko2ch.net/mako/imgbbs3jik/img-box/img20070404115228.jpg

1986年4月〜1987年3月中退:東大法学部(22〜23歳)
→3年次編入のため、共通一次試験も通常の二次学科試験も受けていない。小和田恒は *東京大学の非常勤講師として25年間にわたり* 国際法、国際機構論を教える。(1963-1988年東大非常勤講師) ソース=http://www.nyulawglobal.org/events/dfls/DGFOwadaBio.htm

1986年10月:外務公務員I種試験に合格(23歳)、87年4月入省(24歳)。
→東大は中退。2000年度まで行われていた外務公務員I種試験は、通常の国家公務員I種試験と異なり、強力なコネ枠と言われる。向上心旺盛なキャリア志向の女性が、なぜ父親が重役職にある企業の縁故採用試験を?

1988〜1990年:オックスフォード大学に留学。(24〜26歳)
→外務省からの国費(税金)留学。同期留学者のうち一人だけ、修士号を取れずに帰国。週末ごとに洗濯物を抱えてパリに往復したという情報有り。小和田父は1988年〜1990年:OECD(経済協力開発機構・事務局はパリ)日本政府常駐代表。

雅子妃の高学歴キャリアウーマンとは程遠いお粗末な英会話の能力も指摘されている→マサグリッシュ

※本来、皇太子妃としての役割を果たしてくれれば過去の経歴はどうでもいい。当人及び擁護派が、役割を果たせない言い訳として華麗な過去を持ち出すので検証せざるを得ない。

公務キャンセルの当日に元気に別行動
(2007年度分のみ同日シリーズより抜粋。一部省略)

07.01.22
モザンビークのゲブーザ大統領夫妻との宮中午餐を欠席した当日、皇太子がビオラ奏者として出席した演奏会を私的に鑑賞
≪週刊女性2/13号≫

07.01.26 26〜27日
スケート国体@群馬県の公務を欠席した当日、乗馬。
≪週刊女性2/13号≫

07.03.02
東宮御所での東京都知事によるご進講の公務を欠席した当日、学習院幼稚園ひな祭り会の日のお迎えとママ友作り。
≪女性自身3/20号≫

07.03.15
東宮御所での勤労奉仕団へのご会釈は欠席した当日、オランダのウィレム・アレキサンダー王太子との午餐会には出席。

07.04.06
一家で朝早くスケートを楽しむ≪週刊女性5/8・15号≫。その当日、経済産業省製造産業局長,同生物化学産業課長のご進講(東宮御所)を欠席。

07.04.11
東宮御所での勤労奉仕団へのご会釈は欠席した当日、父・小和田恒氏がパネリストとして出席した国連大学でのロザリン・ヒギンズ国際司法裁判所(ICJ)所長講演会は夫妻で私的に聴講
≪国連大学HP配信ストリーム動画+週刊女性5/1号、読売ウィークリー5/6・13号≫

07.04.27
東宮御所での財務省国際局長によるご説明を欠席した当日、国連大学にお出かけ
≪週刊女性5/22号≫

07.07.19
雅子と愛子、幼稚園の帰りに2回目の電車(目白〜代々木乗換え〜信濃町)乗車体験、日テレとTBSがそれを報じる。同日東宮御所では、離任イスラエル大使・離任クウェート大使・離任エジプト大使との接見公務があり皇太子が単独で対応。それなりに混んだ電車に乗るだけの元気がある雅子は欠席。

07.07.22
賢所仮殿にて文武天皇千三百年式年祭の儀があったものの東宮から出席したのは皇太子のみ、雅子は祭祀を当然のごとく欠席。同日一家で日生劇場へ「小さな山神スズナ姫〜大ナマズのひみつ!〜」ミュージカル人形劇を鑑賞し複数ブログ・mixiに目撃談が書かれる。また出演者であるジェームス小野田氏が楽屋にて皇太子一家&雅子の親戚(恐らく礼子のことか?)と歓談したと、米米クラブ公式ブログにて述べている。

07.07.27-29
佐賀県行啓(高校総体)を「体調」を理由に欠席、皇太子が留守の間の27日と29日に東宮御所でプライベートな子供会を開く
≪週刊文春8/9号≫。

07.07.30
「明治天皇例祭の儀」の祭祀、ご接見の公務を欠席した当日、自宅で3回目のプライベートな「子供会」を開く
≪週刊文春8/9号≫

07.08.12
オックスフォード大学演劇協会「夏の夜の夢」鑑賞公務を欠席した当日、六本木の東京ミッドタウン内のメキシコ料理店で外務省時代の仲間と夕食≪AERA 9/10号≫,庭の見える個室にて男女三人ずつで4時間の「プライベート・ディナー」、「力強いガーリックライス」を食べたとのこと。
≪10/15夕フジニュース≫

07.10.11
ブラジルのパラナ友好経済使節団とのご接見を欠席した当日、マンダリンオリエンタル東京ホテル37階のフレンチレストラン「シグネチャー」で田園調布双葉時代友人と“同級生ランチ”
≪週刊文春11/1号≫

07.10.12 10/12-14
秋田県行啓(全国障害者スポーツ大会)を欠席中に乗馬
≪週刊女性10/30号≫。

07.10.13
八大行啓の一つである全国障害者スポーツ大会開会式を含む秋田県行啓には皇太子のみ出席(10/12-14)、欠席した雅子は愛子を連れて学習院初等科運動会見学へ元気に出かけ昨年同様マスコミカメラを呼んでロケ撮影させる。

07.10.15
皇太子は両陛下&秋篠宮両殿下とともにナミビア大統領夫妻との午餐に出席、午餐会を欠席した雅子は銀座教文館で「藤城清治 光と影展」お忍び鑑賞
≪ヤフーブログ「藤代清治 銀座 雅子さま」&『女性自身』11/6・13号≫。

07.11.3-5
第31回全国育樹祭臨席等にて皇太子ひとりぼっち熊本県行啓へ【八大行啓】。11/4に雅子は赤坂御用地内を散策≪産経ニュース皇室ウィークリー11/10≫、同日外務省北米二課同僚の欧州転勤送別会、麻布富麗華2万円コース上海蟹等3時間お楽しみ≪週刊文春11/22号≫だったとのこと。合わせて11/5には愛子内親王学習院初等科面接受験の付き添いにも出向く。
≪11/7TBSイブニング5≫

07.11.14-16
ユニバーサル技能五輪国際大会視察等にて皇太子ひとりぼっち静岡県行啓へ。11/16雅子は多摩動物公園入り口まで愛子の遠足付き添い。但しこの付き添いは行きのみで、帰りのお迎えについては「妃殿下はこの日  ご 予 定  がおありで、先に御所にお帰りになったそうです。後は他のお母さんたちやお付きの人たちに愛子を頼みます≠ニお願いされ、あえて、お迎えにも行かれなかったそうです」(宮内庁関係者)…のように人任せだったと『女性セブン』12/13号記事に書かれる。この「ご予定」が何であったかは現時点で不明。

07.11.20
国立女性教育会館で行われる「NWEC 30周年記念国際シンポジウム」への出席について、雅子の意向を侍従らが数日前になっても確認できず、内々に決めた翌日中止されたと『週刊朝日』2008/2/29号報じる。そしてこの日、雅子は国連大学訪問と皇居内馬場で乗馬の私事お楽しみをしていたとMSN産経皇室ウィークリー2008/11/24。

07.12.21
皇居宮殿での午餐(内閣総理大臣始め閣僚等)欠席。同日夕刻に一家で15分ほど恵比寿ガーデンプレイス・クリスマスイルミネーション見物≪週刊文春12/27号、12/21TVニュース≫、その後近くのホテルレストラン(地理的にウェスティンホテル「ビクターズ」か)で小和田夫妻、妹・池田礼子家族らと食事会
≪女性自身1/22号≫≪12/21日テレニュース≫

07.12.28
毎年恒例御所でのお餅つきを東宮一家直前でドタキャン≪サンデー毎日2008/1/20号≫、その日の夜に東宮夫妻とピピマリかかりつけ獣医師夫妻、銀座ミシュラン三ツ星レストラン・ロオジエにて4時間以上夕食を楽しむ
≪2007/12/28-29NNN・FNN・ANNニュース≫

孫の顔を心待ちにする義理の両親(天皇皇后両陛下)に ...

『週刊文春』2006年2月23日号、27ページより
 
「お世継ぎ」をめぐって天皇皇后と皇太子ご夫妻の間には見解の相違が存在することが顕在化したのはご成婚から三年目のことだった。皇太子ご夫妻は九四年、九五年と続けて中東諸国を歴訪されているが、そのご帰国後の九五年、天皇のお言葉に雅子さまが直接異を唱えられたことがあった。

その日、天皇は雅子さまにこう語りかけたと伝えられている。

「国民みんなが待っているからね」

すると雅子さまは色をなしてこうご返事をされた。

「私の友達にそんなことを言う人は一人もいません」
あまりのおっしゃりように、周囲は唖然としてしまったという。

(コメント)
一般の家庭でも、両親と息子夫婦の間で「早く孫の顔を見せてくれ」といった程度の会話は良く聞かれるが、千五百年以上も男系継承が続く天皇家では、子作りは一般家庭以上に必須であり、天皇皇后両陛下のお言葉はむしろ当然のことだと思う。

天皇家の男系継承が途絶えれば、日本という国にとっても大きな損失であり、未来永劫に取り返しがつかないことになる。下記の東宮職の言葉を借りれば、雅子妃は皇室の伝統と歴史を重んじているとのことだが、本当に重んじていたら子作りに拒否反応を起こすことなど考えられない。

一般の家庭でも、経済的な問題がなければ子作りに拒否反応を示す母親は極めて少数派だろう。こんなとんでもない嫁が長男のところに来てしまっては、天皇皇后両陛下のご心痛とストレスは察して余りあるものがある。

また、一部で同日シリーズとして有名な雅子妃のいい加減な行動ぶりを 2007年分に限って紹介したが、はっきり言って雅子妃がなんらかの病気であるとは考えづらい。これで雅子妃が病気であるというのなら、世間一般の人間全てが病気ということになるだろう。

皇太子ご夫妻、両陛下の心遣いに感謝 東宮大夫が会見

野村一成 東宮大夫
野村一成 東宮大夫 雅子妃の父、小和田恒の元腹心で外務省出身。外務省出身者ばかりの東宮職の長。

宮内庁の羽毛田(はけた)信吾長官が11日、天皇、皇后両陛下が皇太子ご夫妻の健康などを心配しているという「所見」を示したことについて、皇太子ご夫妻のお世話役のトップである野村一成東宮大夫は12日の定例会見で、

「(ご夫妻は)両陛下のお心遣い、お励ましを心からありがたく思っておられる」と述べた。雅子さまの「適応障害」との診断に関し、「皇室そのものがストレスであり、病気の原因」との意見があることに、羽毛田長官が「両陛下は深く傷つかれた」と語ったことに対し、野村大夫は「まさに妃殿下ご自身が深く傷つかれている点であろうと思う」とし、「皇室の伝統もご公務も大切に考えておられ、それらを十分に行うことができるようにご治療に鋭意努めておられる」と述べた。

【野村一成 東宮大夫】

元外務省ロシア大使

1960年代後半モスクワの日本大使館において小和田恒と同時期勤務(ロシアンスクール仲間)

当時から小和田恒の腹心の部下の一人で雅子妃が幼少の頃からの知り合い(野村のおじさまと呼ばれていた)

小和田恒の名を貰って息子に「恒成」と名付ける
("恒"が自分の名前の文字より前である事からその忠誠ぶりが伺われる)

息子の恒成も2世外務官僚として現在、国際法局国際法課に勤務
(小和田が勤務している国際司法裁判所はここの管轄)

息子の上司、国際法局長の結婚時の仲人も小和田恒

(コメント)
羽毛田長官の会見に対して、この野村東宮大夫の会見はどうかと思うが、経歴から見ても分かるとおり、東宮大夫は雅子妃の父、小和田恒の子飼の部下だった人物であり、彼なりの小和田恒への忠誠のつもなのかもしれない。

野村東宮大夫の主張は、控えめに見ても天皇皇后両陛下に喧嘩を売っているようにしか見えないが、皇太子夫妻の健康診断も満足に出来ないようでは、現在の東宮職の存在そのものが不必要なのではないかと疑いたくなる。立場上、皇太子夫妻を批判しにくいことは理解できるが、もう少し言い方を考えてはいかがだろうか。
http://koramu2.blog59.fc2.com/blog-entry-303.html
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/262.html#c68

[社会問題9] 語られ始めた皇太子「退位論」は説得力があるか・・が、語られるだけでも適応失調の天皇家! 墨染
231. 中川隆[-10391] koaQ7Jey 2019年5月17日 18:36:43 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1912]

2008.12.13
暴走する雅子妃と東宮職 狙われた皇室
http://koramu2.blog59.fc2.com/blog-entry-303.html

                                         
皇室問題 陛下に「様々なご心労」 宮内庁長官


羽毛田信吾 宮内庁長官 両陛下の代弁者として献身的な職務ぶりが目立つ。

ストレスが原因とされた胃腸の炎症など体調不良を訴えていた天皇陛下について、宮内庁の羽毛田(はけた)信吾長官は11日、「ここ何年かにわたり、ご自身のお立場から常にお心を離れることのない将来にわたる皇統の問題をはじめ、皇室にかかわるもろもろの問題をご憂慮のご様子を拝している」とし、陛下に「様々なご心労」があると述べた。

長官は記者会見で「私なりの所見」としたうえで、陛下が、皇太子さまや療養中の皇太子妃雅子さまの体調、公務に関して気遣っていることを説明。皇太子さまが昨年6月、十二指腸のポリープの切除手術を受けた際、人さし指の先ほどだったポリープの大きさに天皇、皇后両陛下は驚き、相当期間、検査がされていなかったことに強い不安を持ったという。両陛下は、皇太子ご夫妻が定期的に健康チェックを受けるよう願っているという。

また、雅子さまの「適応障害」との診断に関し、「皇室そのものがストレスであり、病気の原因」という意見があることについて、「皇室の伝統を受け継がれて一心に働き続けてこられた両陛下は深く傷つかれた」と述べた。

さらに、皇太子ご夫妻の公務について、皇太子さまが何度か見直す考えを示し、両陛下の依頼で歴代の宮内庁長官らが相談に乗っていることについても説明したうえで、皇太子さまから具体的な提案がないことも明かした。

陛下の公務については、天皇誕生日や年末年始など今後1カ月程度、ストレスになりそうな状況をできるだけ減らすとしている。

羽毛田長官は今年2月の会見で、陛下が愛子さまと会う機会が少ないことを「残念なこと」とし、皇太子さまが「お会いする機会を作っていきたい」と答えたことについて、「回数は増えていない」とし、「発言なされたからには実行を伴って頂きたい」と皇太子さまに苦言を呈した。(佐々木隆広)

(コメント)
今回の羽毛田長官の発言内容は、恐らく天皇皇后両陛下のご了承を得てのものだろう。雅子妃のわがままや策謀に振り回され、どれだけ多くの人達が迷惑をこうむり、傷ついてきたか、それを考えると今回の羽毛田長官の発言は遅きに失した感すらある。

強度の我がままや好き嫌いを病気と考えれば、雅子妃が主張する適応障害も確かに病状の一種と考えられるのかもしれない。しかし、好き放題に生きられる人間はごく一握りであり、大部分の人間は嫌なことも我慢して騙し騙し生きているのではないだろうか。

一部の特異な人間の我がままが尊重され、まともな人間の我慢が当たり前のように強制される。左翼やマスコミが作り上げてきた歪んだ世相が、そのまま皇室に及んでいるように感じるのは自分だけではないだろう。恵まれない人間への援助はあくまで善意であり、それを盾にした健常者への逆差別を許してはいけないと思う。ましてや、病気のふりをして特権を貪るなど、論外と言っていいだろう。

雅子妃側は何かあれば病気、病気というが、患者の自己申告と特定の医者のいい加減な文書で決まる病気も珍しい。重度のウツで薬を飲みながら会社に通っている人間もいる中、本当に精神的に病んで苦しんでいる人間からすれば、雅子妃の勝手気ままな主張は腹だたしいに違いない。本当に雅子妃が病気だというなら、少なくと東宮医師団という名の謎の医師団は、公の場で会見を開くか、入院等の今後の治療方針を明らかにするべきであろう。

なぜ、それをやらないのか、やらないのではなく出来ないのか、適当な文書ではなく、雅子妃の侍医である大野医師はキチンと顔を国民の前に出して責任あるコメントをするべきである。

雅子妃の学歴は一般のものとは異なり、但し書きが必要

帰国子女だから古くさい皇室と合わない
→小1から高1まで日本で教育を受けており、義務教育期間に外国で過ごすという厳密な意味での帰国子女にはあたらず。紀子さまの方が、幼少期に加え義務教育期間にも外国に住んでいた(小5〜中1)ので本当の帰国子女。

1981〜1985年6月:ハーバード大学経済学部(17〜21歳)
→小和田父は1979年〜1981年、ハーバード客員教授。教員子弟のコネ入学枠あり。また一学部生の卒業論文に普通関わらないような財界人(糠澤和夫・真野輝彦・榊原英資)が卒論作成の手助けをしている。
http://www.yuko2ch.net/mako/imgbbs3jik/img-box/img20070404115228.jpg

1986年4月〜1987年3月中退:東大法学部(22〜23歳)
→3年次編入のため、共通一次試験も通常の二次学科試験も受けていない。小和田恒は *東京大学の非常勤講師として25年間にわたり* 国際法、国際機構論を教える。(1963-1988年東大非常勤講師) ソース=http://www.nyulawglobal.org/events/dfls/DGFOwadaBio.htm

1986年10月:外務公務員I種試験に合格(23歳)、87年4月入省(24歳)。
→東大は中退。2000年度まで行われていた外務公務員I種試験は、通常の国家公務員I種試験と異なり、強力なコネ枠と言われる。向上心旺盛なキャリア志向の女性が、なぜ父親が重役職にある企業の縁故採用試験を?

1988〜1990年:オックスフォード大学に留学。(24〜26歳)
→外務省からの国費(税金)留学。同期留学者のうち一人だけ、修士号を取れずに帰国。週末ごとに洗濯物を抱えてパリに往復したという情報有り。小和田父は1988年〜1990年:OECD(経済協力開発機構・事務局はパリ)日本政府常駐代表。

雅子妃の高学歴キャリアウーマンとは程遠いお粗末な英会話の能力も指摘されている→マサグリッシュ

※本来、皇太子妃としての役割を果たしてくれれば過去の経歴はどうでもいい。当人及び擁護派が、役割を果たせない言い訳として華麗な過去を持ち出すので検証せざるを得ない。

公務キャンセルの当日に元気に別行動
(2007年度分のみ同日シリーズより抜粋。一部省略)

07.01.22
モザンビークのゲブーザ大統領夫妻との宮中午餐を欠席した当日、皇太子がビオラ奏者として出席した演奏会を私的に鑑賞
≪週刊女性2/13号≫

07.01.26 26〜27日
スケート国体@群馬県の公務を欠席した当日、乗馬。
≪週刊女性2/13号≫

07.03.02
東宮御所での東京都知事によるご進講の公務を欠席した当日、学習院幼稚園ひな祭り会の日のお迎えとママ友作り。
≪女性自身3/20号≫

07.03.15
東宮御所での勤労奉仕団へのご会釈は欠席した当日、オランダのウィレム・アレキサンダー王太子との午餐会には出席。

07.04.06
一家で朝早くスケートを楽しむ≪週刊女性5/8・15号≫。その当日、経済産業省製造産業局長,同生物化学産業課長のご進講(東宮御所)を欠席。

07.04.11
東宮御所での勤労奉仕団へのご会釈は欠席した当日、父・小和田恒氏がパネリストとして出席した国連大学でのロザリン・ヒギンズ国際司法裁判所(ICJ)所長講演会は夫妻で私的に聴講
≪国連大学HP配信ストリーム動画+週刊女性5/1号、読売ウィークリー5/6・13号≫

07.04.27
東宮御所での財務省国際局長によるご説明を欠席した当日、国連大学にお出かけ
≪週刊女性5/22号≫

07.07.19
雅子と愛子、幼稚園の帰りに2回目の電車(目白〜代々木乗換え〜信濃町)乗車体験、日テレとTBSがそれを報じる。同日東宮御所では、離任イスラエル大使・離任クウェート大使・離任エジプト大使との接見公務があり皇太子が単独で対応。それなりに混んだ電車に乗るだけの元気がある雅子は欠席。

07.07.22
賢所仮殿にて文武天皇千三百年式年祭の儀があったものの東宮から出席したのは皇太子のみ、雅子は祭祀を当然のごとく欠席。同日一家で日生劇場へ「小さな山神スズナ姫〜大ナマズのひみつ!〜」ミュージカル人形劇を鑑賞し複数ブログ・mixiに目撃談が書かれる。また出演者であるジェームス小野田氏が楽屋にて皇太子一家&雅子の親戚(恐らく礼子のことか?)と歓談したと、米米クラブ公式ブログにて述べている。

07.07.27-29
佐賀県行啓(高校総体)を「体調」を理由に欠席、皇太子が留守の間の27日と29日に東宮御所でプライベートな子供会を開く
≪週刊文春8/9号≫。

07.07.30
「明治天皇例祭の儀」の祭祀、ご接見の公務を欠席した当日、自宅で3回目のプライベートな「子供会」を開く
≪週刊文春8/9号≫

07.08.12
オックスフォード大学演劇協会「夏の夜の夢」鑑賞公務を欠席した当日、六本木の東京ミッドタウン内のメキシコ料理店で外務省時代の仲間と夕食≪AERA 9/10号≫,庭の見える個室にて男女三人ずつで4時間の「プライベート・ディナー」、「力強いガーリックライス」を食べたとのこと。
≪10/15夕フジニュース≫

07.10.11
ブラジルのパラナ友好経済使節団とのご接見を欠席した当日、マンダリンオリエンタル東京ホテル37階のフレンチレストラン「シグネチャー」で田園調布双葉時代友人と“同級生ランチ”
≪週刊文春11/1号≫

07.10.12 10/12-14
秋田県行啓(全国障害者スポーツ大会)を欠席中に乗馬
≪週刊女性10/30号≫。

07.10.13
八大行啓の一つである全国障害者スポーツ大会開会式を含む秋田県行啓には皇太子のみ出席(10/12-14)、欠席した雅子は愛子を連れて学習院初等科運動会見学へ元気に出かけ昨年同様マスコミカメラを呼んでロケ撮影させる。

07.10.15
皇太子は両陛下&秋篠宮両殿下とともにナミビア大統領夫妻との午餐に出席、午餐会を欠席した雅子は銀座教文館で「藤城清治 光と影展」お忍び鑑賞
≪ヤフーブログ「藤代清治 銀座 雅子さま」&『女性自身』11/6・13号≫。

07.11.3-5
第31回全国育樹祭臨席等にて皇太子ひとりぼっち熊本県行啓へ【八大行啓】。11/4に雅子は赤坂御用地内を散策≪産経ニュース皇室ウィークリー11/10≫、同日外務省北米二課同僚の欧州転勤送別会、麻布富麗華2万円コース上海蟹等3時間お楽しみ≪週刊文春11/22号≫だったとのこと。合わせて11/5には愛子内親王学習院初等科面接受験の付き添いにも出向く。
≪11/7TBSイブニング5≫

07.11.14-16
ユニバーサル技能五輪国際大会視察等にて皇太子ひとりぼっち静岡県行啓へ。11/16雅子は多摩動物公園入り口まで愛子の遠足付き添い。但しこの付き添いは行きのみで、帰りのお迎えについては「妃殿下はこの日  ご 予 定  がおありで、先に御所にお帰りになったそうです。後は他のお母さんたちやお付きの人たちに愛子を頼みます≠ニお願いされ、あえて、お迎えにも行かれなかったそうです」(宮内庁関係者)…のように人任せだったと『女性セブン』12/13号記事に書かれる。この「ご予定」が何であったかは現時点で不明。

07.11.20
国立女性教育会館で行われる「NWEC 30周年記念国際シンポジウム」への出席について、雅子の意向を侍従らが数日前になっても確認できず、内々に決めた翌日中止されたと『週刊朝日』2008/2/29号報じる。そしてこの日、雅子は国連大学訪問と皇居内馬場で乗馬の私事お楽しみをしていたとMSN産経皇室ウィークリー2008/11/24。

07.12.21
皇居宮殿での午餐(内閣総理大臣始め閣僚等)欠席。同日夕刻に一家で15分ほど恵比寿ガーデンプレイス・クリスマスイルミネーション見物≪週刊文春12/27号、12/21TVニュース≫、その後近くのホテルレストラン(地理的にウェスティンホテル「ビクターズ」か)で小和田夫妻、妹・池田礼子家族らと食事会
≪女性自身1/22号≫≪12/21日テレニュース≫

07.12.28
毎年恒例御所でのお餅つきを東宮一家直前でドタキャン≪サンデー毎日2008/1/20号≫、その日の夜に東宮夫妻とピピマリかかりつけ獣医師夫妻、銀座ミシュラン三ツ星レストラン・ロオジエにて4時間以上夕食を楽しむ
≪2007/12/28-29NNN・FNN・ANNニュース≫

孫の顔を心待ちにする義理の両親(天皇皇后両陛下)に ...

『週刊文春』2006年2月23日号、27ページより
 
「お世継ぎ」をめぐって天皇皇后と皇太子ご夫妻の間には見解の相違が存在することが顕在化したのはご成婚から三年目のことだった。皇太子ご夫妻は九四年、九五年と続けて中東諸国を歴訪されているが、そのご帰国後の九五年、天皇のお言葉に雅子さまが直接異を唱えられたことがあった。

その日、天皇は雅子さまにこう語りかけたと伝えられている。

「国民みんなが待っているからね」

すると雅子さまは色をなしてこうご返事をされた。

「私の友達にそんなことを言う人は一人もいません」
あまりのおっしゃりように、周囲は唖然としてしまったという。

(コメント)
一般の家庭でも、両親と息子夫婦の間で「早く孫の顔を見せてくれ」といった程度の会話は良く聞かれるが、千五百年以上も男系継承が続く天皇家では、子作りは一般家庭以上に必須であり、天皇皇后両陛下のお言葉はむしろ当然のことだと思う。

天皇家の男系継承が途絶えれば、日本という国にとっても大きな損失であり、未来永劫に取り返しがつかないことになる。下記の東宮職の言葉を借りれば、雅子妃は皇室の伝統と歴史を重んじているとのことだが、本当に重んじていたら子作りに拒否反応を起こすことなど考えられない。

一般の家庭でも、経済的な問題がなければ子作りに拒否反応を示す母親は極めて少数派だろう。こんなとんでもない嫁が長男のところに来てしまっては、天皇皇后両陛下のご心痛とストレスは察して余りあるものがある。

また、一部で同日シリーズとして有名な雅子妃のいい加減な行動ぶりを 2007年分に限って紹介したが、はっきり言って雅子妃がなんらかの病気であるとは考えづらい。これで雅子妃が病気であるというのなら、世間一般の人間全てが病気ということになるだろう。

皇太子ご夫妻、両陛下の心遣いに感謝 東宮大夫が会見

野村一成 東宮大夫
野村一成 東宮大夫 雅子妃の父、小和田恒の元腹心で外務省出身。外務省出身者ばかりの東宮職の長。

宮内庁の羽毛田(はけた)信吾長官が11日、天皇、皇后両陛下が皇太子ご夫妻の健康などを心配しているという「所見」を示したことについて、皇太子ご夫妻のお世話役のトップである野村一成東宮大夫は12日の定例会見で、

「(ご夫妻は)両陛下のお心遣い、お励ましを心からありがたく思っておられる」と述べた。雅子さまの「適応障害」との診断に関し、「皇室そのものがストレスであり、病気の原因」との意見があることに、羽毛田長官が「両陛下は深く傷つかれた」と語ったことに対し、野村大夫は「まさに妃殿下ご自身が深く傷つかれている点であろうと思う」とし、「皇室の伝統もご公務も大切に考えておられ、それらを十分に行うことができるようにご治療に鋭意努めておられる」と述べた。

【野村一成 東宮大夫】

元外務省ロシア大使

1960年代後半モスクワの日本大使館において小和田恒と同時期勤務(ロシアンスクール仲間)

当時から小和田恒の腹心の部下の一人で雅子妃が幼少の頃からの知り合い(野村のおじさまと呼ばれていた)

小和田恒の名を貰って息子に「恒成」と名付ける
("恒"が自分の名前の文字より前である事からその忠誠ぶりが伺われる)

息子の恒成も2世外務官僚として現在、国際法局国際法課に勤務
(小和田が勤務している国際司法裁判所はここの管轄)

息子の上司、国際法局長の結婚時の仲人も小和田恒

(コメント)
羽毛田長官の会見に対して、この野村東宮大夫の会見はどうかと思うが、経歴から見ても分かるとおり、東宮大夫は雅子妃の父、小和田恒の子飼の部下だった人物であり、彼なりの小和田恒への忠誠のつもなのかもしれない。

野村東宮大夫の主張は、控えめに見ても天皇皇后両陛下に喧嘩を売っているようにしか見えないが、皇太子夫妻の健康診断も満足に出来ないようでは、現在の東宮職の存在そのものが不必要なのではないかと疑いたくなる。立場上、皇太子夫妻を批判しにくいことは理解できるが、もう少し言い方を考えてはいかがだろうか。
http://koramu2.blog59.fc2.com/blog-entry-303.html
http://www.asyura2.com/12/social9/msg/352.html#c231

[リバイバル3] 中川隆 _ 中国関係投稿リンク 中川隆
20. 2019年5月17日 20:03:03 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1913]
石平 中国共産党政権の脅威
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/435.html

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/925.html#c20
[リバイバル3] 中川隆 _ 欧米文化関係投稿リンク 中川隆
90. 2019年5月17日 21:14:01 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1914]
アメリカの大富豪は毎日何を食べているのか? _ アメリカ人には料理の味も文学も芸術も全く理解できなかった
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/436.html

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/464.html#c90
[近代史3] アメリカの大富豪は毎日何を食べているのか? _ アメリカ人には料理の味も文学も芸術も全く理解できなかった 中川隆
1. 中川隆[-10390] koaQ7Jey 2019年5月17日 21:21:28 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1915]

ジャンクフードを食べると超絶肥満、うつ病、癌、アトピー、花粉症になる

【衝撃】 アメリカのデブが異次元すぎるwwwwww どうやったらここまで太れるんだよ
http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4537088.html
https://matome.naver.jp/odai/2137949022098247301


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「デッカいことはいいことだ!」が基本のアメリカが何でもデカい件 by 高橋克明
http://www.mag2.com/p/news/350247


過去に掲載の「信じられない。日本人には到底理解できぬアメリカ人の異常な日常」などで、日本人とは全く違うアメリカでの日常を面白おかしく紹介してくださったメルマガ『NEW YORK 摩天楼便り−マンハッタンの最前線から−by 高橋克明』の著者で米国の邦字紙「WEEKLY Biz」CEOの高橋さん。今回は「デカイことは素晴らしい!」というアメリカ人の価値観にスポットをあて、エピソードを紹介しています。

今日のニューヨーカー 「デッカいことはいいことだ! アメリカンサイズに慣れたら終わり」

先日、ふと歯医者の待合室で流れっぱなしになっているプロレス中継をなんとなく眺めていて、気付いたことがあります。

ベビーフェイス(善玉)が全員、デカい! ヒール(悪役)の方がむしろ小さい。「いいモン」が筋肉ムキムキの大型レスラーに比べ、「わるモン」は、ひ弱とは言わずとも、そう強そうには見えないパターンがとにかく多いと思いました。

そういえば、昔からそうだったな。 ハルク・ホーガン然り、スティーブ・オースティン然り、ブロック・レスナー然り。 歴代のアメリカマット界の主役は基本、みんな巨漢レスラーでした。

日本は真逆でした。 馬場さんはともかく、猪木さん、藤波さん、天龍さん、長州さんと小柄なレスラーがトップをとってきた。 タッパ(身長)の高い、鶴田さん、前田さん、武藤さんですら、外国人レスラーと比べるとそう大きくはない。

もちろん欧米人に比べて体格的に恵まれていないモンゴロイドにとって「身体が小さくても、正義の味方は巨大な敵に立ち向かっていく!」というアングルは苦肉の策だったというのも理解出来ます。 戦時中の巨大空母に突っ込む零戦特攻隊のごとく。

それにしても、アメリカのプロレスシーンを見ると、デッカい善玉が、最後は許しを乞う小悪党をメッタメタにするのを見て、「ちょっと弱いものイジメしてるみたいなんですけど、、」と複雑な気持ちになったりもします。 しかも会場の観客はそれを見て、ヒートアップして、大歓声。 ストレス解消の仕方がヒドいな、、と思うのは僕だけでしょうか。 (もちろん台本アリのアメリカンプロレスでは、けちょんけちょんにやられても同情の余地ナシくらいに、悪役は悪いことを散々してきているストーリーラインが、それまでにあるのだけれど)

ともかく、この国に来て20年弱。 感じるのは「噂では聞いてたけど、ホントにアメリカ人って基本、デッカいのが好きなんだなぁ」ということ。

やれハンバーガーの大きさとか、やれリビングルームの大きさとか、よく聞く実質的な物資の話だけではありません。

プロレスのヒーローと悪役のように、精神的にも「デカい方がそりゃ良いだろう」という概念がこの国で暮らすとちょくちょく垣間見えます。

ハリウッド映画もそうでした。 僕たちが学生時代のアクションヒーローはシルベスター・スタローンに、アーノルド・シュワルツェネッガー。 今はドウェイン・ジョンソン(ロック様)に、ヴィン・ディーゼル。 それだけデカけりゃ強くて当たり前だろうな俳優がスクリーンの主役を張ります。 幼少期「一寸法師」を聞かされて育った僕たち日本人からすると、最初っからデカいなんて、ちょっと反則な気もします。

どうせ、デカくなるなら、せめて「変身」してからじゃないと認めない。 最初からデカいなんて、ウルトラマンに倒される敵(怪獣)だ。

以前、インタビューしたジャッキー・チェンが、渡米しても「僕のような大きくないアクションスターは通用しないって言われたもんだよ」と笑って言っていたのを覚えています。


とにかく、この国はフィクションの性質ですら「デカい主義」なので、日常生活の周りのものは無駄に大きいです。 いや、彼らにとっては普通で日本人の僕からすると、というエクスキューズは必要なのでしょうが。 むしろ彼らからすると日本サイズが、小さ過ぎる。

スターバックスの日本のSサイズがアメリカにないのは有名な話ですが、以前、アメリカ人の友人に日本のSサイズの写メを見せると「なに、これ〜、カワイイ〜!!!」とはしゃいでました。 いや、カワイく見せるために作ったサイズじゃないけどな。 たぶん、このサイズが一番注文が多いサイズだけどな。

「エスプレッソ用?」—、、バカにするな。

例えば、冷蔵庫。 とにかくこの国はデカいです。 無駄にデカい。 アメリカ人の不動産屋が備え付けの冷蔵庫の大きさをアピールするのを何度も聞きました。 日本人とその「不動産屋、冷蔵庫のデカさアピールあるある」で盛り上がったこともあります。

日本の家電のCMを見ると、容量の大きさをアピールすることはあっても、大きさ自体はむしろ「コンパクトで収まりやすく」を強調します。 機能においては「冷凍焼けを防ぐための乾燥おさえながらの冷却」だの、「野菜出し入れしやすい真ん中レイアウト」だの、「直接冷気を当てないうるおいガード」だの。 。 アメリカ人からすると「未来の話!?」に聞こえると思います。 感動間違いなし。 (でも、続いて「それ、ホントに必要か?」とも言うと思うけど)彼らにとって、なにはともあれ、デカいピザを、デカいチキンを何個も冷蔵できる大きさがいちばん大切。

例えば、砂糖。 先日、日本から来た友人とスーパーマーケットに買い物に行ったところ、ズタ袋に入れて売られている砂糖を見て、彼は思わず、写メを撮っていました。

「、、、業務用?」「いや、一般家庭用」「、、、、40人家族?」「たぶん、普通の核家族」「、、、、飲食店をやってるの?」「そこまでは知らねえよ」みたいな会話の前に。

家庭用の料理に使用するとして、僕たち日本人だと10年かかっても使い切れない量です。 彼らが何年で使い切るかは知らないけれど、少なくとも、もうちょっと小分けで売買してもいいはず。

でも、一気にいっぱい買った方がお得なのよ、と言うに決まってる。


こっちの映画館で売られているポップコーンを見たことがある日本人はどのくらいいるでしょう。

こっちのSサイズは、日本のLサイズ。 こっちのLサイズは日本のバケツを想像してください。 日本のSサイズは、、、こっちでは見ることはありません。

Sサイズを注文すると、必ず「Lサイズにしときなよ。 Lサイズだと、おかわり無料だよ」と提案されます。 (どうして、こいつは、LだとデカすぎてSを頼んでいる僕にとって、“おかわり” が特典だと思ったんだろう??) バケツサイズのポップコーンに、さらにバターかけ放題の機械が横に備え付けてあります。 そこにまたバケツサイズのコーラを注文し、トレイに載っけて館内に入ってきます。

で。 そんな国に慣れちゃうと、どうなるか。 日本人の僕がどうなるか。

日本の陶芸品店で見る、湯のみ茶碗が、オモチャに見える。

日本の居酒屋で出て来る突き出しの小鉢が、試食品に見える。

日本の映画館のポップコーンが、ケチ臭く見える。

そして、やっぱり、スタバのSサイズが…うん、認めたくないけど、エスプレッソ用、、、に見えてきちゃいます。

ヤバいと自覚しつつ。
http://www.mag2.com/p/news/350247


コカコーラがないと生きていけないアメリカ人

第二次世界大戦時、後にアメリカの第34代大統領となるドワイト・アイゼンハワーがまだ連合国の遠征軍最高司令官だったとき、アフリカに遠征してまず何をしたのか。

1943年6月、アイゼンハワーは遠征軍最高司令官としてアメリカ政府に正式にこのような要求を突きつけた。

「コカコーラを300万本送れ。アフリカでコカコーラが生産できるように現地に工場を作れ」

コカコーラ幹部はアメリカ政府と連合国軍最高司令官の「命令」に応え、当時のコカコーラの社長はこのように言った。

「どんなに赤字が嵩もうとも、アフリカにコカコーラを送り込んで価格もアメリカと同じにする」

コカコーラはアメリカの兵士たちには必須の飲み物であり、これがないとアメリカ軍は「生きていけない」という認識だったのである。まさに、生命維持飲料の扱いだった。

アメリカ軍がヨーロッパに上陸したら、コカコーラも一緒に上陸した。アメリカ軍が日本を打ち破って日本に上陸したら、コカコーラもまた一緒に上陸した。

コカコーラはまさにアメリカの文化の象徴であり続け、それは今もまだ続いている

アメリカ人にとって、コカコーラが買えない国は抑圧された国という定義なのだ。コカコーラが買えるようになって、はじめて文明国になるという定義だろうか。

日本も戦後になってはじめて文明国になったとアメリカ人は認識している。なぜか。戦後からコカコーラが飲めるようになったからである。
https://fullinvest.xyz/?p=5590


▲△▽▼


ピザも真っ青! アメリカを肥満大国にした超盛りフードの数々2009年3月19日
https://www.excite.co.jp/news/article/Rocketnews24_6433/


世界で最も太っている人の多い先進国、それはアメリカ。

OECD(経済協力開発機構)の2007年の調査によると、アメリカの成年のうち「太りすぎ」(BMI=30以上)に属する人は、なんと32%を超えているという。

国民の3分の1が太りすぎっていうのはどうかと思ってしまうが、その原因として考えられるのはカロリー過多の食べ物だ。


映画『スーパーサイズ・ミー』が告発(?)したファストフードはもちろん、それ以外にもピザやタコス、ブリトーといった、カロリーてんこもりな食べ物がアメリカでは大人気。

これにメガサイズのコーラをプラスしたりすれば、1食あたりのカロリーは余裕で1000オーバー。

こんな食文化に接してたら、そりゃ太るというものだ。(一方でアメリカらしくないエコレストランも登場してきている)

そんなアメリカの度を越したカロリー文化を淡々と紹介しているブログが、最近人気を集めている。

「This is why you’re fat(だからお前はデブなんだ)」
http://thisiswhyyourefat.com/

というこのサイト、カロリーが異常に高そうなアメリカのメニューを写真+解説で紹介しているのだ。その例を挙げると・・・


■「スリンガー」
ハッシュブラウン(揚げハッシュドポテトのようなもの)にタマネギとチーズバーガーを2個、その上にフライドエッグと目玉焼きを置いて、チリビーンズをかけてトーストをトッピング。こんな風に、大量の炭水化物+大量の肉+乳脂肪系の濃いソース(またはチーズ)というのが、アメリカの「おいしさ」の基本。

■「ワカモーレ揚げ」
ワカモーレとは、アボカドをつぶして作るクリーム状の食べ物。「森のバター」と呼ばれるアボカドはすでに高カロリーなんだけど、それをさらに揚げるって……。


■「スコッチエッグ串」
スコッチエッグは、ゆで玉子に挽肉のころもをつけて揚げたもの。これを串にして、気軽に食べられるようにしたもの。こんなものを映画館なんかでパクパク食べてたら、そりゃあ……。


■「ペパロニピザ揚げ」
ペパロニは太めのソーセージ(サラミに近い)。すでにこの時点で、肉+炭水化物+チーズ。もう十分高カロリーなのに、さらに揚げてしまうのがアメリカ流。カロリーはおいしさの単位とはよく言ったものだ。


■「チーズバーガーのベーコンチリソースがけ」
メキシコ料理がベースのチリソースは、大量のクリームと豆から作られる。これにベーコンを投入して、チーズバーガーにどっさりかけてしまう。これを見て「おいしそう!」って、なるのか?


■「焼きチーズサンドイッチ揚げ」
チーズ(乳脂肪)+炭水化物をさらに揚げる。もうそれが基本なんだって分かってきたはず。もちろんそれだけじゃ物足りないから、濃いディップを添えて。それでも足りないからポテトフライを付けておく。


■「ピザコーン」
1枚のぺろっとしたピザじゃ物足りないよねー。ってことで、アイスクリームの形にしてみたよ。紙の専用トレイがあるところを見ると、別に特別なものでもなんでもなく、普通のメニューなのだということがわかる。


■「秘宝入りミートローフ」
スパム入りミートローフの中心に、塊のチーズ(これがSeacret Treasure=秘宝、らしい)。そして上にもとろけるチーズがたっぷりと。


紹介しているこちらが、胸焼けを起こしそうになるメニューの数々。もっと見たい人はこのサイトを訪れてみてほしい。


日本にも「ラーメン二郎」のような異様なメニューは存在するが、それはあくまで例外。ここで挙げられているメニューはどれも、ごく普通に「ほら、おいしそうでしょ?」というアピールをしているだけのように見える。アメリカの食文化、恐るべし。

ご存知かもしれないが、アメリカでは市販のドリンクに「お茶」のようなカロリーのないものはほとんどない(カロリーのない飲み物が欲しければミネラルウォーターを買うしかない)。

濃すぎる食事をした後には、またカロリーたっぷりの飲み物を飲むのがアメリカでのお作法なのだ。

彼氏彼女がいる人は、アメリカに行く機会があるならかなりの覚悟をもって行ったほうがいい。

なお、このブログ、あまりの人気ぶりに書籍化されることが決まったという。アメリカ人たちも、自身の食文化に少しは反省の念を抱いているということなのだろうか。それとも、単に「おいしいもの紹介!」としか考えていないのだろうか。

このブログのサブタイトルは、「Where the dreams become heart attacks」(夢が心臓発作につながる場所)。人ごととはいえ、少しは健康に気を使ってほしいものである。
https://www.excite.co.jp/news/article/Rocketnews24_6433/

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アメリカ人はジャンクフード大好き


: solong11111さん 2006/11/30 02:06:21

アメリカの食文化はなぜあれほどまでに酷いのですか?
地方で途中にあるのはファーストフード店ばかり。
日本のSAPAの方が全然いいですね。食文化は栄養面でもアジアの方が断然上ですね。


Answer : y_yama_co_ltdさん 2006/11/30 13:11:00

確かにアメリカに行くと日本の食文化の高さを思います。

ロスにホ−ムステイさせて頂いた家庭では

朝・コ−ンフレーク
昼・ピ−ナツサンド
夜・鶏肉(焼くか揚げるか)

が3週間毎日でした。
他の家庭でも似たり寄ったりだったそうです。

家庭がそうなのですから外食でも特に気にしないのだと思います。

野菜・白いフカフカのご飯・魚・美味しい和牛が食べたくて毎日夢をみていました。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1410126129


Question : nulbexviakmectjjngrafmxukcaxnhfさん 2013/7/23 15:21:39
アメリカの一般家庭では料理を作る習慣が無いと聞いたのですが本当ですか?
友人が言ってました。
休日くらいしか料理はせず、料理をするとしても簡単な料理で、普段はもっぱらジャンクフードばかりらしいですが。


Answer:

その家庭に依るでしょうが、日本の一般家庭程には手の込んだ’手料理作り’は期待できないかも。


▲△▽▼

何軒かの一般家庭にて。

作る、

ほとんどが肉の塊をオーブンかスロークッカー(汁と一緒に入れておくとじわじわ勝手に煮てくれる)に ぶち込むような類多し。

付け合せに野菜ざくさく切って蒸すか炒めて塩かけるだけ。

じゃが芋、皮付きのまんま半分に切ってチーズのっけてこれまたオーブンで焼くだけ。

テーブルにはおびただしい数の各種ソース、タレの類の瓶が並ぶ。

バーベキュー用のグリルがあったらステーキ焼く、アメリカなのにステーキって
家庭料理としては頻度非常に少ない。
↑ これでもかなり手作りの部類に入ります。

ジャンクフードというか、スーパーに行くと家族4人十分な量のチンするだけの夕食用冷凍食品類や出来合いチキンや具材選んでその場で作ってもらう巨大サンドイッチ、1キロ入りの各種サラダ等々

食材買って一から作るより安上がりだったりも。

温めたらそのまま食べられるシチューやポークビーンズ等の缶詰め・瓶詰めおびただしい量がストッカーに入ってる家庭ほとんど。

今日は暑いから台所で火を使うのヤダわ、で、宅配ピザやテイクアウト中華しょっちゅうだったり。

お料理上手な主婦、肉類中心にまとめて味なし煮込み作り、小分け瓶詰めし保存で1年は持つと。

食べる時は鍋にぶっこみ、テキトーに味付けするだけ。

まずキッチンツールが手の込んだ料理には不十分。

包丁はトントンと千切りやみじん切りできるような三徳包丁でない。
ほとんどの家庭、電熱のコンロだから炒め物には向いてない。

私、何度か料理作りました。 ソース添えた肉料理に付け合せ野菜、サラダにスープ。

「まるでレストランかヨーロッパ人みたいだ」とのコメントでした。

以上はれっきとした夕食の実話。

「もう、毎日食事作りに追われて大変よー」日本の主婦友のセリフここでは存在しない。
和洋中、栄養価考えて日々手作りで何品も食卓に並べる日本の食卓と比べることはできないです。
食文化が根本から全く違う。

こんなのが立派な’手作り夕食’だったりします。


その家庭に依るでしょうが、日本の一般家庭程には 手の込んだ’手料理作り’は期待できないかも。...


____


まず、アメリカ人は料理の仕方を知らない人が多いんです。

なので、仮に時間とお金を与えても、美味しい料理は作れない、つまり、頭の中に無いことは人は出来ないんですね。

掃除、洗濯、すべてまともに出来る人は少ないですよ。

これが世界一豊かなアメリカの実態です。

新自由主義が広まると、アメリカンスタイルなライフスタイルを強制されるハメになりますよ。

TPPの重要なテーマが、食料のアメリカによる支配なんです。

日本側でTPP推進の旗振りをしている代表が悪評高いモンサント社の代理人である住友化学ですからね。。。

農業関連大手モンサント社の恐怖の収穫
http://www.youtube.com/watch?v=V-ESDpUrKck

文化的な生活よりも金儲けなんですよ、アメリカという国は。

他者の幸福を奪う、他者の痛みを考えない、強欲な弱肉強食の論理がすべて。
これがアメリカです。

”生きる”ことの基本中の基本である食べ物に人間性のすべてが表れるんですよ。

アメリカの恐ろしい真実
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/post-b3c2.html

アメリカの未承認遺伝子組み換え米実験が世界の米供給を汚染
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/post-24c0.html

環太平洋連携協定(TPP)、アメリカが率いる過酷な自由貿易協定、1%用の大企業権力ツール
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2013/04/tpp1-505b.html

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/436.html#c1

[近代史3] アメリカの大富豪は毎日何を食べているのか? _ アメリカ人には料理の味も文学も芸術も全く理解できなかった 中川隆
2. 中川隆[-10389] koaQ7Jey 2019年5月17日 21:21:48 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1916]

私が以前ホームステイさせていただいていた家庭はキッチンを汚さないものばかりでした。

テイクアウトのピザとか中華とか、ひどい時は紙皿に缶詰のビーンズ。

とにかく簡単に食べられる物がたくさんストックされていてそれを適当に食べるみたいな状態でした。

その家族は皆さんメタボでした。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11110708886


Question : yuto1992_1019さん 2010/9/30 12:40:19

アメリカの家庭料理について。

僕は今ホームステイをしているのですが食事にまったく味がありません。たとえばマッシュポテトでもポテトを潰しただけで何も入れないので何も味がしません。

野菜もお湯にくぐらせたものを何も味つけせずそのままです。 野菜炒めが良く出るのですが塩やコショウなどの調味料の味はせず唐辛子のようなぴりぴりとした辛さだけです。

ご飯は日本米のようなスティッキーなものですが、外にずっと放置したかのように外がパリパリです。

とにかく味がないのです。 調味料は冷蔵庫にいっぱいあるのに。

事情があってホストを何件か変えましたがどこも食事は同じように質素なものでした。

それにもかかわらずみんな100キロ以上ある巨体です(失礼ですが)。

どこであんなにカロリーを取っているのでしょうか?

もうすぐアパートに住むので我慢できますが、とても気になりました。

一般的にアメリカの家庭料理は味付けが薄いですか?

また質素な食事でなぜあんなに肥えるのでしょうか?
ヘルシー志向のホストなんでマクドナルドには行かないし、コーラなんかも飲みません。


Answers :


ご質問を読む限りで判断しますと、その家庭の料理は何か減塩を実践しているか、または基本的に料理が上手でないという印象を受けました。

お米もちゃんと料理法を知らないようですし(普通に炊いて放置すればパリパリになる事も知らないのかもしれません)。

その家族が皆太っているとありますが、もしその人たちがヘルシー志向だとするとデザートのアイスクリームなどを食べてる事はなさそうですね。

メタボが遅くて太っているのかもしれませんし、運動をしないのも原因かもしれません。しかしヘルシー志向と言いつつ平均以上に体重のある人を沢山見ていますので、質問者様のホストファミリーが特別だとは思えませんが。

私も似たような経験はあります。サンクスギビングやクリスマスの家庭料理で薄味のものが提供された事がありますし、味付け自体も何だか素っ気ないものを幾度も食べた事はあります。野菜は茹で関係は多いですね。一方で、イタリア系など食文化が豊かな系列ですと味付けもしっかりしており美味しいものが食べれるというのが私見です。

私なりの結論を申し上げますと、アメリカには多くの系統(イギリス系とかイタリア系という意味)がおりますので、一概に家庭料理が薄味であるとは言い切れないと思います。たまたま質問者様がそのような家庭に当たったという事だと思います。ただし太る事を恐れてダイエット飲料をせっせとのみ、ローソディウムの調味料などを使っているので、そういう料理を食すると味がどこか抜けている感じは否めないというのが私の意見です。

アメリカ北東部からです。


____


一般にアメリカ人の食事の味付けは濃いですよ。スープなんて塩辛すぎて飲めないこともあります。

ヘルシー志向のホストならば、理解できます。塩分を控えているんですよ。
知り合いに、似たような人がいます。とうもろこしやポップコーンなんて塩なしで食べています。わたしは、「塩なしは好きじゃない」といって、自分の分だけはぱらぱらと塩をかけます。

その家のテーブルには塩と胡椒がおいてありませんか?
置いてあれば、それをかけます。

置いてなければ、”May I use salt?"と言って、返事もまたずに台所においてある塩を使っても構わないはずです。

アメリカ人はそれぞれ好みは違うもので、味が物足りなければ自分で味付けすればいいと思っているフシがあるので、あなたが塩をかけても気にしないはずです。
でも、塩をあまり使わなくても、ハーブなんかを上手く活用すると、結構美味しく出来るんですけどね。

ホストは、隠れて外でたくさん食べているんじゃないですか?


_____

アメリカからです。

私も昔ホームステイをして食事には困りました。

朝食は砂糖をかけたオートミール。日本で食べたことなっかたのでとても食べられなかったです。嫌いだからトーストに変えて欲しいと言いました。

昼はいいとして、夕食は大ざっぱなものばかり、多分料理が下手なんだっと今思います。。

多分あなたも料理が下手な家庭に当たったみたいですね。 しかしアメリカ人みんな、味がないのではないですよ 私の男友達は結構料理が好きで彼らが作るものみんな美味しいです。。

私の周りを見ても80%ぐらいのオーバーウエイトです。

食事の後の甘いデザート、食べ放題のレストラン、間食のチップスで太ったと思います。

みんなダイエットをしてますがなかなか痩せないです。
少し痩せると又もとに戻る人が多いです。諦めてまた無茶食いするケースが私の周りには多いです。

もう少しのしんぼうですね頑張ってください。

____


ホストファミリーは事情で都合5件体験しましたが
(州も違ったためか?)味付けは結構幅があった気がします。

でも確かに言われて見れば、薄味で各自で塩コショウを加減して
食べることが多かったかも?朝食べる卵もどうやって調理するのか
色々訊かれた覚えがあるので、口に合うように変えてもらう、というより
自分の好みを如何にに正確に伝えるか、が重要だと思います。

味付けが薄い・・・というより素材の味を活かすためでは?
マッシュポテトは我が家ではハーフ&ハーフを入れてふわっとさせますが
味付けは各自でグレービーかけたりサワークリーム乗せたり、バルサミコ酢だったり
バターに塩コショウだったり・・・とさまざまです。
(逆に最初から味がついているようなのはイヤです・・・)

味が薄いと感じるならば、(そして調味料は冷蔵庫にいっぱいならば)
〜にはマヨネーズをつけて食べるのが好きなんだけど、とか
〜にケチャップつけると美味しいんだよね、冷蔵庫から持って来ていいかな?

と訊くのは、不満を述べるわけでも失礼に当たるわけでもないので
どんどん言ってかまわないと思いますよ? あなたの食べ方をご家族の方が
試してみて、美味しい食べ方だと感謝されるかもしれませんし・笑

質素な食事で肥える・・・は家以外の場所での間食が多いのかも?


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アメリカとオーストラリアにホームステイしたことあります。

わたしは、オーストラリア在住の方が書いておられるように、オーストラリアの料理は見かけおいしそーなのに味がしなかったです。

そして、学校英語で『 お塩とって下さい』ってフレーズあれを何で習うのかわかりました。日本ではそんなこといわないわよね。ポン酢とかケッチャップならわかるけど、なぜに塩???でもオーストラリアでは確かに必要な言葉でした。

もともと英語といっしょに食文化も渡ってきたと考えられるので、アメリカでも同じことはあるとおもいます。

アメリカではですね、 ホストも子どもたちまでとっても大きかったんですが、私は一ヶ月で6キロもやせてしまいました。

手作り料理はほぼ出なかったですね。
テイクアウトばっかりで、そちらはきちんと味がついてました。
ロス郊外だったのでメキシコ料理は味がしっかりしてるからその影響もあるかもしれませんね。

朝ごはんのオートミールを子どもと作ったのはいまでも覚えています。

それから、ラスベガスのバイキングみたいなランチでマッシュポテト食べましたが、味がなかったです。

家ではあとは、タコスは手作りして何度かたべました、私が好きだと言ったからだと思います。優しかったんですよ。一族ゴスペルシンガーで。でもご飯は2日くらい何も出ない日もありました。

今思うと、『お腹がすきました。食べるものください。』と言わなかったからだと思います。

家族はたぶんずーーと何かしらつまんでいるんだとおもいますよ。毎日3食食べないで、お肉などたべるときはものすごくたべるってことも大きくなる原因ではあるとおもいます。。

私もホストマザーに私たちはダイエットしてるからあんまりっチップスは食べないけど、食べたかったらいいなさい。と言われたけれど、まさかいえなかったし、チップスより、ごはんは〜〜〜ともいえなかった。

そして、何にも食べたないのに何であんなにって思いましたね〜。
遺伝はあると思いますけど、その体格を維持するためには絶対それなりにたべてるはずです。

なぜなら
私は主婦になり、ホームステイでアメリカ人のこれまた大きな人を受け入れましたが、とにかく間食、買い食いの要求がすごくて、お金はなくなるし、気分も悪くなってほんとにまいったんです。

でも、自分でお金をだすお昼は毎日カレーパン一個か焼きそばパン一個だって、本人がいいました。

アメリカ人の彼女は何事にも要求が通るまで何度でも、毎日言ってきます。
しかし、これもわたしが、『うちは三度の食事をきちんととることが大切だとおもっていて、お金も毎日のご飯にたくさん使っているから、買い食いするお金はだせません』とちゃんといえばよかったんです。

もしうちの子供たちがアメリカに留学することがあればよい経験になったとおもいます。


私はアメリカに行ったときはまだ16歳で、英語も出来ず、
そして何より遠慮の美徳を信じて疑いませんでした。今のあなたと同じですね。

変えてもらうように言うこと、望みを言うことがアメリカの文化じゃないかなとおもうのですがどうでしょう?

それからアメリカ人主婦の料理の感想やホームステイの感想はホームステイのカテゴリーで聞かれたほうが良いかもしれませんね。


____


ホームステイではありませんが、アメリカに駐在しています。
時々、アメリカ人のお宅におよばれするので、その感想です。

ヘルシー志向のお宅に行った時は、味なかったです。でも、そこは、塩、ケチャップなど、必要なら付けてと勧められました。

ポトラックでおよばれした時は、味の異常に濃いのや、まったく味のしないものなどさまざま。

アメリカ人も好みはさまざまです。料理は、質素というより、ピザ、ハンバーガーなどアメリカ的なものばかり。

肉も安いし、特にこちらは内陸なんで魚は冷凍もので、種類も少ないです。

ほんと肥えてますよね。ちなみに家の息子は、アメリカに来て、アメリカで肥満といわれるまでになりました。

これは、ピザ、コーラ、ハンバーガー、ポてちなどに原因があると思います。

学校は、ランチになっているし、お菓子なども売っているので、食べまくってしまうみたいです。

あと、アメリカ人は、遺伝でしょうね。アメリカ人は、ハイスクールくらいは、みんな細くって綺麗だけどそれをすぎるとぶくぶくするみたいです。一番綺麗な時期らしいですよ。

で、大抵、家族みんなデブですよね。親がデブなら子供もデブっていう感じ。

まー太っていても、洋服は、売ってるし、困らないんじゃないかな。

ホストさんは、肉食べてませんか?やっぱりアメリカは肉ですよ。


こちらはアメリカではなく、オーストラリアですが。

その昔ウチの夫(当時は婚約者)の家族のところにステイしたとき、私もマッタク同じように感じました〜!で、その後、結婚して夫となった人は私が料理して食卓に出すものすべてに、塩・コショウを振りかけてから食べようとするのです。「ちょっと待って!先に味見してからにしてよ!」とよく言ったものです・・・・

というわけで、個人の好みもあるからかも知れませんがこちらでもみなさん、各家庭の食卓で各自塩・コショウを振りかけてから食べるといった光景はよく目にしますね。

でも、夫の母親が料理するときに全く調味料を使わないかと言えばそうでもなかったです。ナツメグとかハーブ系のものはキッチンに常備してありましたし。ビーフストックなどもありました。

あ、先日、夫の同僚のお宅のディナーに招かれましたが。元看護師さんだという奥さまの手作りのラザニアは、味がありませんでした・・・・そこのご家庭は肥満することをかなり警戒しておられて、コークもシュガーレスのもの、などと徹底しており、奥さまもジム通いで大変スレンダーなのですが。

まあ個人のご家庭に招かれると、かなりの確率でそういうこと(味のない食事)ってありますね、確かに。

オーストラリア、特に田舎に行くとアメリカに負けないくらいの肥満大国だと思いますけれど、どうしてみなさんあそこまで肥えられるのでしょうねぇ・・・・私も大いに疑問です。

ただひとつ、言えることは「量が多いこと」というのは挙げられるかも知れないです。

どこへ行っても、何を注文しても、一人前が平均的アジア人体系の私には多すぎる、と感じますので。その上運動不足(家を一歩出たらどこへ行くのも車で、とか)傾向なのではないでしょうか?

かく言う私も気をつけないと。日本だったら公共交通機関を使って足も使う、という生活でしたが、こちらでは車、ですからねぇ・・・・見えないところにたくさん脂肪が付いている気がします(涙)。


アメリカで色々な州に越しましたが、アメリカは地域によって味付けが全然ちがいます。(もちろん当たり前ですが日本の家庭のように個々の家でも違いますが。)東海岸と西海岸、北部、南部では食べている食品もわりと違うんです。(確かにハンバーガーはどこにでもありますが。。) 他の方が回答されたように、体重や塩分を気にして控えているのかもしれません。それに食にあまり興味がないのかも。

体形はやはり遺伝が多い気がしますね。

でも、しょっぱくて食べれないものを出されるよりはいいと思いますよ。(経験上これはかなりきついです。) ちょうどいい機会なのでその地域の名物料理(郷土料理)のようなものがあれば調べてみてはいかがですか?

私の知り合いで南部からワシントン州(ワシントンの人ごめんね)に越したアメリカ人の友達が”どのレストランに行っても味がない!Plainだ!”と怒っていました。だから、そう思っているのは日本人であるあなただけではないと思いますよ。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail.php?page=1&qid=1447884099

Questions : a_lovemiley1123さん 2010/11/30 0:55:45

アメリカ人の1日の食生活はどんな感じなんですか?
朝・昼・晩の食事(メニュー)など教えてください!


Answers :

アメリカ人といっても人によってかなり差があります。

ヴィーガンでオーガニック食品しか口にしない健康フリークから、ジャンクしか食べない肥満体の人まで、様々です。

私はアメリカ人の夫とニューヨークに在住していますが、ニューヨークの一般の会社員の食生活はおおざっぱにこんな感じです。個人差もありますが、ご参考までに。


8:00 > 至ってシンプルな朝食。シリアルにミルク、果物少々。それかパン。朝食を食べない人も。食べる時間がなく、会社に朝ごはんを持ち込む人もいます。

8:45 > 会社に行く途中でスタバに寄り、コーヒーもしくはラテを買い、会社で飲む。毎朝スタバは長蛇の列です。コーヒーと一緒にベーグルやデニッシュを買う人も。

9:00 > 始業。持ち込んだ朝ごはん、コーヒー等を飲みながら仕事を始める。事務所にキッチンのあるラッキーな人は、業務中コーヒー・お茶飲み放題。

12:30 - 13:30 > 昼ごはん。不況のあおりか、お弁当を持ち込む人が多いこの頃。お弁当は主にサンドイッチ、サラダ、パスタ等に果物。お弁当を作る時間がなかった人は外でサンドイッチ、サラダ、スープ等を買ってくる。こちらのサラダバーは充実しています。忙しく仕事をしながらデスクで昼ごはんを食べる人もいれば、外で同僚と食べる人も。時間がある人はレストランでランチをすることも。

16:00 > コーヒーブレイク。同僚を巻き込んでコーヒー屋さんに行き、テイクアウトのコーヒーを買って自分のデスクで飲む。一緒にクッキー等のお菓子を買う人も。また、得意先(もしくは上司、同僚)からの差し入れがあった日は、それをコーヒー・お茶とともにいただく。

19:00 > 残業がなく終業した平日は、家に直行(途中スーパーに寄る時も)。料理嫌いな独身男子は家に帰る前にどこかのレストランで夕飯のテイクアウト(ピザ、ハンバーガー、中華料理、日本食、等とバラエティー多数)。家で料理する人は簡単な肉・魚のグリル、パスタ、サラダ等を夕飯に食べる。

20:00 > 残業がある日は、だいたい会社近くのレストランからテイクアウト(←会社もち)の夕ごはん。うちの会社は何故かタイ料理が多いです。

21:00 > 太ると分かっていても、家でテレビを見ながらアイスクリームを食べる。


_______


職場のアメリカ人は、昼ご飯に

「食パン一斤(ブルーベリージャムを瓶ごと持参)、人参一本(ナイフ持参でスライスして、ピーナッツバターを塗ってました)、ヨーグルト1リットルを1パック、オレンジ一個」

を持参し、食べていました。

どうしても理解できませんでした。


_____


イメージですが、

朝:シリアル、サラダ、パンケーキにイチゴジャム

10時:スニッカーズ、アイスクリーム、チェリオ(グレープ)

昼:ハンバーガー、フライドポテトとケチャップ、コーラ

15時:アメリカンチェリーとクリームチーズのパイ、コーヒー

夕:ステーキ、マッシュドポテト、サラダ、パン、コーンスープ、ワイン

21時:ポテトチップス、コーラ


その昔、我が家でアメリカの女の子がホームステイしてたのですが、10時、15時、21時のおやつは毎日食べてましたね〜

夜のおやつはポテトチップス(大)とコーラ(1.5L)の組み合わせが多かったです。

かなりポッチャリした子でしたが。
10時15時はボクが仕事中なのでほとんど観察出来ず。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1049735765

Question : jattype2a4039さん 2011/1/20 21:25:47

アメリカ人やイギリス人は味覚音痴なのでしょうか?

アメリカ人は日本の和牛のように旨味があってやわらかい肉を好まず、 靴底みたいな噛みきれないパサパサのゴムのような肉を好むみたいですね。

「アメリカ料理」「イギリス料理」なんて聞いたことありませんし。

アングロサクソン系の人間って舌が発達してないのでしょうかね〜?

Answer : chuchuchu1232さん 2011/1/22 18:38:29

いろいろな国を訪れましたが、アメリカ人だけがパサパサのゴムのような肉を好むわけではないです。堅い肉を出されることは結構ありましたよ。それだけで味覚音痴と判断してしまうのはちょっと乱暴かもしれません。

確かにアメリカ人やイギリス人は食に関して興味がない人が多いと思います。

日本在住のアメリカ人が「アメリカ人はグルメではないです」と言い切ってました。

まずアメリカ人ですが、おいしいものを食べる、いろいろな種類の物を食べる、という感じではありません。栄養はサプリメントに任せて食事はおなかが膨れればそれでOKという感じです。

朝食はシリアルとオレンジジュースと果物、という変わりばえのしない食事を毎日続けられる人種です。

また、夕食もポテトチップスとジュースだけで済ますことも日常的です。

夕食はソーセージを焼きましょう、って本当にソーセージだけしか焼きませんでした。何本も食べさせられました。


アメリカ人ファミリーを日本のファミレスに連れて行ったら、フライドポテトとカルピスのみ注文して、それでは足りなかったみたいで再びフライドポテトを注文してました。また、ベビーフードのような缶詰の食べ物をそのまま温めてそれだけを食べる、ということもあります。

日本人が食事作りに時間をかけてるということが理解できないようです。


次にイギリスですが、これまた、貧弱で変化に乏しい食生活です。

たとえば、ポテトが好きか聞かれて好きというと、毎朝、茹でたポテトに塩をかけたものが出てきました。

いくらポテトが好きでも同じものばかりしかも調理法まで同じとなれば飽きてきますよね。せめて、ポテトサラダ、フライドポテト、ベークドポテト、スープの具などいろいろ調理法を変えてくれればいいのですが・・・

生野菜サラダでもドレッシングが数種類あれば楽しめますが、まずい大味のドレッシング一種類しか置いてなくて、それが毎日出てきました。

日本人と味覚が違うからという理由だけでは味覚音痴とは言えませんが、いろいろな国の人達の食生活と比べると、やはり食事はまずい、食に関心がない、という結論になると思います。


アメリカ料理で思い浮かぶのもはハンバーガー、ホットドッグ、ピザ、ジャンバラヤなどです。 日本人でも好んで食べる人が多いものばかりですよね。

イギリス料理はローストビーフ、フィッシュアンドチップス、ミートパイあたりがうかびますね。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1054105975


Question : kanedakofukuさん 2012/2/13 15:20:44

何故アメリカ人は味覚音痴?


アメリカ旅行から帰った友人が口を揃ってアメリカ人は味覚音痴だと言います。
食文化の違いなんですか?

またアメリカで美味しい物なんなんですか?

お薦めがあったら教えて下さい、よろしくお願いします。

Answer : akkiena_rest_girlさん 2012/2/13 15:59:43


昨年、米国のニュース専門放送局CNNが「世界で最も美味しい食べ物TOP50」を発表しました。

http://karapaia.livedoor.biz/archives/52028293.html

1位は、マッサマン・カレー(タイ)だったんですが、
3位:メキシコ チョコレートがランクイン。
9位:アメリカ アイスクリーム。
しかも39位:アメリカ ケチャップが堂々のランクイン。

3位と9位にお菓子、しかもケチャップは調味料。

この感覚をあなたは、どう思うかですね。

今は、どこの国もある程度お金を出せば美味しいものは食べられます。しかし、安くて美味しいものを食べられると「ああ美味しいもの食べてる国だな」と思います。

そういう意味では、アメリカの安いものは、ジャンクフード、お菓子、ファストフードになってしまうと思います。お金を出して食べたいとは思いません。

タイの屋台の焼きそばみたいなやつとかイタリアのバールのパスタとかペルーの民家のふかしたイモとか、まさに安くて美味しかったです。


Answer 2 : sakusakusaku5963さん 2012/2/13 15:54:22

日本の食生活ってアミノ酸を使った料理が多いでしょ?
代表的なのが昆布だし。

昆布に含まれているアミノ酸であるグルタミン酸とアスパラギン酸がいわゆるうま味ってやつですね。

コレを小さい頃(3歳ごろ)までに食べるといわゆる味覚が広がるって言われています。

米国の幼児食はいわゆるベビーフード。ココで味覚が養われなくなるって聞いたことあるわ〜。

確かに米国の食事は美味しくないね。
ココのオススメはやっぱりバーベキューでしょうか(笑)コレだけは美味しかったわ。
あとは皆さんご存じハンバーガー。でもコレって米国の料理じゃないよね〜。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1181406696

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/436.html#c2

[近代史3] 石平 中国共産党政権の脅威 中川隆
1. 中川隆[-10388] koaQ7Jey 2019年5月17日 22:07:31 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1917]

石平氏 講演会『習政権の国際戦略と米中対立の行方』 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=2O_2EyKAKK4

平成29年6月25日、ウインクあいちにて
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/435.html#c1

[政治・選挙・NHK260] 小室さん母の金銭トラブル 元婚約者男性の代理人が代弁「圭君は可愛いと思うが金は返して」(スポニチ) 完璧帰趙
2. 2019年5月18日 06:23:04 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1915]
小室佳代に貸した 400万円を返してくれないと言ってる元婚約者はおそらく CIA から何千万円も貰って、大袈裟に騒いだんだろうね。

金が無ければ生活保護を受けるだろ
マスコミに垂れ込む様な人が餓死とか有り得ない

新潮や文春もCIAに買収されてるんだよ

記者と口裏合わせてるだけだろ

体重が30kg代 になったのが本当なら胃癌かうつ病だろ
食べる物が無くて痩せる事は有り得ない

自分の損得しか考えない人間だし、ジャーナリストと話してるんだから
生活に困ってるのなら生活保護を受けるに決まってるよ

そもそも小室佳代の元婚約者は定年まで一流商社にいて、定年後もベンツに乗ってる程羽振りが良かったんだ

家族もいないんだから厚生年金で十分生活できるだろ
食うものが無くて飢えてるとか有り得ないんだよ

CIAは莫大な金を使って政敵のスキャンダル探しをしていて、電通、新潮・文春や警視庁に通知してるから、CIA情報で小室佳代の元婚約者関係のスキャンダルが出て来たんだ。
http://www.asyura2.com/19/senkyo260/msg/837.html#c2

[政治・選挙・NHK260] 小室さん母の金銭トラブル 元婚約者男性の代理人が代弁「圭君は可愛いと思うが金は返して」(スポニチ) 完璧帰趙
3. 中川隆[-10402] koaQ7Jey 2019年5月18日 06:25:17 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1916]
小室圭さん関係のスキャンダルも秋篠宮関係のデマもすべて CIA と外務省創価グループが流したデマの可能性が高いです:

秋篠宮が入江侍従長の子供だとか
秋篠宮がプチエンジェル事件の顧客名簿に載っていたとか、
宮内庁が秋篠宮が眞子と近親相姦している「パパだーいすき」という動画を探しているとか

すべて CIA と外務省創価グループが流したデマだと言われています。

自殺に見せ掛けた殺しは CIA+創価学会 のお家芸なので、秋篠宮家での三件の不審死も創価ヤクザがやった可能性が有ります。 秋篠宮家をうさん臭く思わせたかったんだろうね:


忠告しておく。層化を追求すると死人が出る ・ ・ ・ ・。

12.浅木明代市議( 創価を追及している最中に、 ビルから転落。飛び降り自殺? )

13.姉歯秀次の妻 : 熱烈な層化信者 ( 飛び降り自殺? 逃げ回っていた姉歯に対する口封じ?)

14.松岡農水大臣( 首吊り自殺?? 秘書が発見したが、 救急車が来るまでつりっぱなし )

15.伊丹十三映画監督( 層化をテーマにした映画作成中に、 飛び降り自殺???)

17.プチエンジェル運営会社社長( 事件発覚、顧客に大物政治家の名前リスト有り、口封じで練炭自殺??)


高円宮は組織の事を知り過ぎてしまったので、創価ヤクザに腹上死に見せ掛けて殺されたのかな?


紀子様の堕胎説や、川嶋教授の怒鳴り込み説なども創価ともう一つ、自分の上にある秋篠宮家を憎んでいた高円宮家が名誉会長を務めていたワールドメイトの信者が手分けして広めたデマです。

堕胎など医師の守秘義務を破ってもらす医療関係者が、全国津津浦浦に隈なく存在しているあり得なさを考えてみればよいのです。やれどこそこの院長が言っていた、婦長がここだけの話として教えてくれた、などなど冷静に考えてみればあり得ないことを信じ込まされている人達がいます。

創価大学の学生には、「東宮夫妻お出まし」のための歓迎サクラ要員募集記事がHPに載っていました。(スクショと共に記事にしました)。毎度報道されるお迎えの集団が本物なら、動員の必要はないでしょうに。

創価婦人部は複数名が一組となって電車の中で、周りに聞こえる程度のひそひそ話で「ねえ、聞いた?」「紀子さまってば」「秋篠宮殿下って実はね」として、秋篠宮家の貶め作戦を行って来ました。
同じ女たちが、別の電車で同じ芝居をしている所を目撃したというコメントを、コメ欄にかつて頂きました。

秋篠宮がプチエンジェル事件の顧客名簿に載っていたとか
宮内庁が秋篠宮が眞子と近親相姦している「パパだーいすき」という動画を探しているとか

の話も秋篠宮家を うさん臭く思わせようとしてでっち上げた話でしょう。

昔、皇太子妃候補 No.1 だった柏原芳恵がバイブレーター所持していたというデマを流した のも外務省創価グループだと言われているしね。

要するに、CIA と創価学会は

どうしても愛子を天皇にしたい、
秋篠宮家を うさん臭く思わせたい

のでしょうね。


http://www.asyura2.com/19/senkyo260/msg/837.html#c3

[近代史3] 馬渕睦夫 ウイルソン大統領とフランクリン・ルーズベルト大統領は世界を共産化しようとしていた 中川隆
13. 中川隆[-10401] koaQ7Jey 2019年5月18日 06:47:51 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1917]
2019-05-14
国際情勢の大変動を見抜く!-12〜ロシア革命の真相を理解するカギはウィルソン大統領〜
http://www.kanekashi.com/blog/2019/05/6258.html

今回はロシア革命について。

ロシア革命というので分かりにくいが、史実は「ユダヤ革命」。ロンドンやアメリカのユダヤ人が入り込んでロマノフ王朝を潰し、ロスチャイルド主導の政府を樹立したというもの。

アレクサンドル一世以来100年に亘って抵抗し続けてきた金貸しについに乗っ取られた革命であった。レーニン→スターリンと続くソ連邦という社会主義国が誕生するが、内実はエリート独裁政権で、しっかり中央銀行(建前上は政府系銀行ですが)を設けています。

これと時を同じくして、アメリカにも連邦準備制度法が設立されて、中央銀行:連邦準備銀行が設立された。ご存知の通り株主にはロスチャイルド家。

こちらも100年前からジャクソン大統領以来一身を賭して拒否し続けてきたが、遂に陥落。

金貸しに従順な大統領を要し、側近に実質の指導者が居座る傀儡政治のパターンがここから始まる。側近として有名なのがキッシンジャーやブレジンスキー。

トランプはどうか。最初は金貸しの手先の側近を排除するほうこうに動いていたが、中国との関係を見ると現在は怪しい。それも単なる見せかけなのか?ウィルソン大統領から100年余りにも及ぶ金貸し傀儡政治の歴史から決別することが容易ではないことが見て取れる。

次回、スターリンの造反からソ連邦崩壊までの道筋を見ていきながら、トランプの今後も推察していきたい。

『世界を操る支配者の正体』(馬渕睦夫 著)
https://www.amazon.co.jp/%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%82%92%E6%93%8D%E3%82%8B%E6%94%AF%E9%85%8D%E8%80%85%E3%81%AE%E6%AD%A3%E4%BD%93-%E9%A6%AC%E6%B8%95-%E7%9D%A6%E5%A4%AB/dp/406219175X/ref=sr_1_1?adgrpid=57028848367&hvadid=338514114426&hvdev=c&hvlocphy=1009549&hvnetw=g&hvpos=1t1&hvqmt=e&hvrand=7278385446062088875&hvtargid=kwd-334868628383&jp-ad-ap=0&keywords=%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%82%92%E6%93%8D%E3%82%8B%E6%94%AF%E9%85%8D%E8%80%85%E3%81%AE%E6%AD%A3%E4%BD%93&qid=1556014387&s=gateway&sr=8-1


からの紹介です。

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3.ロシア革命

■それはロシアのユダヤ人を解放するための革命だった

ロシア革命について、もちろん私たちは歴史の教科書で学んだわけですが、残念ながら真実は隠されていました。そもそもロシア革命という名称自体が誤解を招く元です。ロシア革命はロシアの皇帝の圧政に苦しむロシア人が蜂起して帝政を転覆した革命では決してありません。ロシアの少数民族ユダヤ人を解放するために、国外に亡命していたユダヤ人がロンドン・シティやニューヨークのユダヤ系国際金融勢力の支援を受けて起こした革命であったのです。その意味で、ロシア革命ではなく「ユダヤ革命」と言うのが正しいのです。

イギリスの高名な知識人であるヒレア・べロックは『The Jews』の中で、ロシア革命は「ジュイッシュ・レボリューション」であると明言しています。当時のイギリスやヨーロッパ諸国では、ロシア革命がユダヤ革命であったことは常識でした。しかし、わが国では現在に至るもロシア革命の真相が教えられていません。ロシア革命で成立したソ連邦が1991年に解体されたにもかかわらずです。

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(中略)

私たちが克服しなければならないのは、共産主義は労働者を解放する人道主義思想であるという間違った思い込みです。東西冷戦時代に育った私たちの世代は、共産主義は歴史の必然であり、正義の思想であると左翼知識人などから洗脳されてきました。しかし、共産主義の真相は労働者の思想でもなく、歴史の必然でもなく、正義のイデオロギーでもありませんでした。共産主義とは、国の資源と物言わぬ大衆を効率よく搾取管理する一握りのエリート支配層のための思想なのです。であるからこそ、共産主義国が少数のエリート支配による独裁政治になるのは必然でした。

私がソ連時代の在モスクワ日本大使館勤務(1979年〜1981年)の際に目撃したのは、労働者大衆が生活物資に事欠きながらもくもくと生活を送っている一方、贅沢品に囲まれた一握りの共産党エリートたちが超然と大衆を睥睨しているという超格差社会の実態でした。超格差社会の特徴の一つは、支配される側の一般大衆の人々に生気と笑いがないということです。人々は例外なくうつむき加減に、怒りと悲しみを押さえた生のエネルギーを喪失した無表情で行き交っていました。それはあらゆる面で管理されている大衆の姿でした。共産主義とはエリートの少数者が大衆を強圧的に管理するイデオロギーなのです。

1917年の11月革命によってウラジミール・レーニンたちのボルシェビキが権力を握りましたが、ロシア民衆の支持を得たわけでも、ましてや選挙で選ばれたわけでもありません。武装闘争によって権力を奪取したに過ぎないのです。ボルシェビキ革命政権の指導部は、8割がユダヤ人によって占められていました。レーニンは4分の一がユダヤ人です。

レフ・トロッキーはアメリカ在住のユダヤ人をひきつれアメリカ政府のパスポートによってロシアに入国し、革命に従事しました。トロッキーがまず行ったことは、ロシア人から金(ゴールド)を取り上げることでした。資本の私有を禁じる共産主義にあっては金の私有は禁止されるべきだというのが表向きの理由ですが、こうして国民やロマノフ王朝から取り上げられた金銀財宝は、革命に資金援助をした国際金融資本家たちへの返済に使われたのです。

金の収奪意外に彼らがどのような政策をとったかは火を見るよりアキラかです。ロシア人に対する復習でした。皇帝ニコライ2世一家は惨殺されました。何百万というロシア人がロシア人であるという理由だけで反革命の烙印を押されて銃殺されていきました。ノーベル文学賞を受賞したアレクサンドル・ソルジェニツィンは『収容所群島』の中で、収容所の管理者であるユダヤ人の弾圧ぶりを描いています。

■ロシア革命の真相を理解するカギはウィルソン大統領

ことほど左様に、ジュイッシュ・レボリューションの実態は「人民民主主義」とはかけ離れたものでした。しかし、強力な言論統制の結果、これらの実態はあまり世界に知られることがありませんでした。アメリカのウッドロー・ウィルソン大統領に至っては、「素晴らしい民主主義国が誕生した」とソ連を賛美しているほどです。世界の情報を掌握しているはずのアメリカの大統領ともあろう人物にしてもこの有様です。

私たちは、ウィルソン大統領はアメリカ民主主義の鏡であるかのように教えられてきました。しかし、ウィルソン大統領の業績を調べれば調べるほど、優れた民主主義者ではなく無害な操り人形であることが分かってきます。ウィルソン大統領の人物像を理解することが、第一次世界大戦やロシア革命の真相を理解することにつながるのです。

ウィルソン大統領が極めて凡庸な学者であったがゆえに、今日まで続くアメリカの悲劇が開始されたのだと私は考えています。ブリンストン大学総長を務めた後、ニュージャージー州知事になっていたウィルソンに大統領候補の白羽の矢を立てたのは、国際金融資本家でした。アメリカ政治では彼らの意向を無視した大統領選びは決して起こりません。ジョークとして語り継がれているように、アメリカにおいては大統領になるよりも大統領候補になるほうが難しいのです。

その意味はこういうことです。大統領候補は共和党、民主党の予備選挙によって選ばれますが、両党の大統領候補を誰にするかを最終的に決めるのはニューヨークの国際金融家たちなのです。まず、両党の大統領候補への指名を求めるものは予備選挙に立候補しなければなりません。予備選挙にはお金がかかります。どれだけ献金を集められるかが決め手になります。資金不足のため予備選から脱落する候補が相次ぐ事になります。次に重要なのはメディアによるスクリーニングです。メディアが候補者の過去の行状や予備選中の言動を批判的に報じれば、まず生き残れません。

以上のことは何を示しているのでしょうか。資金とメディアを支配している勢力が大統領候補選出に決定的影響力を有しているということです。このようにして選出された両党の大統領候補はどちらが当選しても彼らにとっては大きな違いがないということになります。だから、両党の政治家にとっては、大統領候補になることが極めて難しいことになるわけです。大統領選挙はお祭りということになるのです。

では、ウィルソン大統領はなぜロシア革命を礼讃したのでしょうか。その理由は、彼の周囲を固めていた側近たちが皆社会主義者であったということです。ウィルソン大統領が第二の自分とまで呼んで信頼していたエドワード・マンデル・ハウス大佐は社会主義者でした。ハウス大佐は一介のユダヤ系民間人にすぎませんが、ホワイトハウス内に執務室を与えられていました。ウィルソン大統領の側近中の側近の補佐官であったのです。このように、議会の承認を必要としない、いわば令外官がアメリカ大統領に最も影響を与える地位に就くことができるのです。

この方程式は現在まで続いています。有名なヘンリー・キッシンジャー大統領補佐官は、私人の身分でニクソン大統領の外交政策を牛耳りました。カーター大統領の安全保障担当補佐官であったズビグニュー・ブレジンスキーは、オバマ大統領の外交顧問を務めたほど、長期にわたり民主党の外交政策に影響を与え続けました。

■ロシア革命とアメリカ中央銀行設立が同時期であった理由

ウィルソン大統領の「功績」として、世界が忘れてならないのはアメリカの中央銀行である連邦準備制度を成立させたことです。(1913年12月)。連邦準備制度を構成する連邦準備銀行は100パーセント民間銀行です。ロスチャイルド家などの国際銀行家が株主であることが特徴です。側近たちのアドバイスに忠実であったウィルソン大統領であったからこそ、かつてジャクソン大統領が一身を賭して拒否し続けた民間の中央銀行を認める複雑怪奇な連邦準備制度法に署名することができたのでしょう。ウィーン会議から100年にして、ここにアメリカは完全に国際銀行家たちの軍門に降ったのです。

ユダヤ人が主導するロシア革命とアメリカ中央銀行の設立がほぼ同じ時期に起こったことに注目すべきでしょう。国際銀行家たちは、アメリカとロシアの支配権をここに手中にすることができたのです。第一次世界大戦は、このアメリカとロシアの事件と密接に絡んでいます。

アメリカに民間の中央銀行ができたことは、アメリカが第一次世界大戦に参戦する金融的基盤が揃ったことを意味します。戦争には資金が必要です。しかし、この連邦準備制度のおかげで、アメリカは後顧の憂いなく戦争資金を調達する道が開けたのです。もちろん、借金することに変わりはありませんが、外国で戦費を調達するのではなく、連邦準備銀行から借りることで可能になったのです。

ここで注意していただきたいのは、連邦準備銀行から借りるというのは、株主たる国際銀行(多くは外国の銀行)から借りるのと同じですから、結局外国人から借金することと同じだということです。株主の国際銀行家たちは喜んでアメリカ政府に戦争式を融資してくれるでしょう。アメリカ政府は確実に戦費を返済することができるからです。なぜなら、連邦準備制度法と同時に連邦所得税法が成立しましたので、アメリカ連邦政府は国際銀行家たちに返済を確約できるわけです。アメリカ国民から所得税をとることが可能になったのですから。

ロシアの中央銀行はどうなったのでしょうか。ソ連邦政府は中央銀行を設立しました。アレクサンドル一世以来100年以上続いた国際銀行家への抵抗は、ここに終了することになったのです。もっとも共産主義体制下の中央銀行ですから、建前上民間の中央銀行ではありませんが、ロンドン・シティやニューヨークの金融資本家たちの代理人の政権ですから、事実上国際銀行家たちの中央銀行であったわけです。

ところが、これでひと段落した分けではありません。ソ連の歴史は資料が十分公開されていないことなどもあって、まだ全貌が明らかになっていませんが、少なくとも次の二点に関して歴史家は検証しなければならないと感じます。第一は、スターリンの評価です。第二は、ソ連はなぜ解体されたのかということです。この二点は国際金融資本家のロシア支配と関連が深いからです。
http://www.kanekashi.com/blog/2019/05/6258.html
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/145.html#c13

[リバイバル3] 北海道の最低市町村ランキング 中川隆
202. 中川隆[-10403] koaQ7Jey 2019年5月18日 07:07:06 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1915]

七飯の国道国道で軽乗用車が逆走 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=Ut9CSLmvMMM
https://www.youtube.com/watch?v=HegDjukWf5I
https://www.youtube.com/watch?v=Hv0ZcLOdjGc

軽乗用車1キロ以上逆走 七飯の国道 停止求められ逃走
05/17 22:26 更新


バスの目の前を横切る逆走車=16日午後5時10分、七飯町(時計台バス提供のドライブレコーダー画像)

 【七飯】16日午後5時ごろ、渡島管内七飯町峠下の国道で函館機動警察隊の覆面パトカーが速度違反をした軽乗用車を発見し、停止を求めた。軽乗用車は逃走し、対向車線を少なくとも1キロ以上逆走したため、パトカーは追跡を断念した。事故はなかった。同隊は道交法違反(通行区分違反、速度超過)の疑いでこの軽乗用車の行方を追っている。

 同隊によると、軽乗用車は停止を求められた後、Uターン。中央分離帯で区切られている対向車線に侵入して逆走を始めた。対向車が多数通行しており、事故が懸念されたため、パトカーは1キロほどで追跡を取りやめたという。

 時計台バス(札幌)によると、同社のバス5台が現場付近で逆走車に遭遇。バスのドライブレコーダーには他の車がぶつかりそうになる映像や乗客の驚く声が記録されていた。運転手の1人は「運転を終えた途端に足が震えた」と話したという。

 同社は「バスは十分な車間距離を取っていたので冷静に減速して衝突を免れた。もしバスや他の車が正面衝突していたら、2台絡みの事故では済まなかった」と憤っている。

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/588.html#c202

[近代史3] (三橋貴明×山本太郎) 絶対にTVでカットされる国債の真実 中川隆
17. 中川隆[-10402] koaQ7Jey 2019年5月18日 07:28:50 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1916]

財務省の利己主義と戦う 2019-05-18
https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12462076352.html


三橋貴明

 昨日は、「日本の未来を考える勉強会」でMMTについて解説したのですが、これは大変なことになる。


 と、後で気が付きました。


 わたくしは安藤先生や藤井先生、中野先生のように上品ではないので(厳密には政治家でも学者でも官僚でもないので)、財務省をもう批判。もちろん、事実に基づき、圧倒的なマウントの位置から財務省の「嘘」を暴き続け、意外に集まった国会議員に、
「財務官僚に聞いて下さい。国債発行をすると、家計の預金は減るのですか? それとも増えるのですか?」
 と、繰り返しました。


 家計の預金が減る、と答えた場合、財務省は完全に「嘘」」をついたことになり、「嘘つき省庁」として国民に認知され、歴史に残ります。というか、認知させて、残してやる。


 預金が増える、と答えた場合、財務省は事実を語ることになりますが、「今まで嘘をついていた」ことを正式に認めることになり、「嘘つき省庁」として国民に認知され、歴史に残ります。という(略


 改めて、日本の歴史を変えかねないほど重要な図です。

【政府の国債発行と、銀行預金増加の仕組み】

http://mtdata.jp/data_63.html#yokinzou

 多分、我々はスキャンダルで潰されることになるでしょうが(いや、本気です)、この図と「国債発行=家計の銀行預金増加」だけは拡散し続けて下さいませ。


 何しろ、単なる「事実」なので、誰にでも理解でき、一度理解してしまうと、二度とひっくり返りません。


 事実を周知するだけで、財務省の嘘、財政破綻論の嘘が確定する。しかも、我々は国会議員を巻き込んでおります。なかなか、洒落にならない局面を迎えようとしているのです。(さらに、今後、夏まで凄まじいイベントが目白押し。詳細は秘密!)


 これ、どうやってオチをつけるべきなのでしょうか。


 我々がスキャンダル(絶対に来る)を乗り越えたとして、絶対に発言や拡散をやめません。となると、財政破綻論を財務省自ら否定するまで続かざるを得ません。


 あるいは、政治的には財務省に、
「国債のファイナンシングといった説明をしており、国民に『預金から借りていた』といった『誤解を与えたのは遺憾』です。いずれにせよ、『以前からの我が省の主張通り』自国通貨建て国債のデフォルトはあり得ません」
 と、説明させ、オチをつけるか。


 政治的にはそれもありかも知れませんが、繰り返しになりますが、わたくしは政治家ではありませんので。


 一応書いておきますが、わたくし共は与党議員にも野党議員にもインプットを続けています。この状況でジミンガ〜、ヤトウガ〜はやめて下さい。


 自民党にもまともな議員はいるし、野党にもまともじゃない議員はいる。というか、そもそもまともな議員が与野党共にほとんどいないというのが日本の現実でしょうが。


 グローバリズムとの戦いも同じですが、この期に及んで「ジミンガ〜、ヤトウガ〜」をやっているのでは、普通に負けます。財務省との戦いでも、我々が負け、今後も緊縮財政が継続するか確率の方が「圧倒的」に高いのですよ、残念なことに。

【歴史音声コンテンツ 経世史論 始動!】

http://keiseiron-kenkyujo.jp/apply/


※6月15日(土)まで、特別コンテンツ【MMTポリティクス〜現代貨幣理論〜第一回】をご視聴頂けます。是非、ご入会下さい。


 というわけで、まともな自民党議員。

『財政赤字を恐れるな 財政至上主義は利己主義
 現代金融理論(MMT)に関心があり、4月の参院予算委員会でも質問した。
 みなさんは「貨幣」というと金貨のようなものを思い浮かべるかもしれない。紙幣も金と交換できる兌換(だかん)紙幣として始まった。わかりやすくいえば金貨を持っている人がそれを貸すというイメージだ。
財政破綻はありえない
 しかし、現在の貨幣はそうした仕組みではない。金とは関係なく国家の信用で強制的に通用している。極端に言うと元手はゼロだ。誰かにお金を貸した瞬間に、誰かの預金残高が増える。これを信用創造と言う。
 財務省などは預金残高が減ってくると国債の引き受け手がなくなり、国債の暴落、信用危機、ハイパーインフレが起きるという議論をする。しかし、実際には国債を発行するとその分、国民の側の預金残高は増えるのだから、破綻はありえない。
 貨幣は信用によって創造されている。それなのに現実とは異なる、金と交換できるような貨幣(商品貨幣)の理屈にとらわれているのが財務省だ。財務省の言う「財政赤字」をおそれる必要はない。(後略)』

 後略部で、西田先生は、
『財務省の存在意義は財政均衡にあるのだろうが、国民が困っている時に財政を振りかざして「できない、できない」というのは利己主義だ。日本の国全体で、人が困っていても仕方ないと考えるモラルの低下が起きている。 』
 と、語っていますが、財務省は利己主義です。

 というか、財務省の存在意義が財政均衡という時点で、奇妙な話です。何しろ、政府は「何の負担もなし」で、おカネを発行できる経済主体なのです。(この辺りの話は、間もなく超人大陸から公開される、わたくしの昨日のMMT解説で)


 財務省内において、単に「緊縮財政推進が出世の条件(財務官僚の家族の幸せ)」という構造になっている。財務官僚は、自らの出世や家族との豊かな生活のために、上司の指示に従い、緊縮財政が続く。


 結果、日本のGDPは二十年超も低迷し、国民は貧困に喘ぎ、国家は小国化。このままでは、普通にアメリカの属国「兼」中国の属国で、三世代後には「中華人民共和国 倭族自治区」といったところでしょう。


 この種の悪夢の未来を避けるためには、何としても緊縮財政だけは終わらせなければなりません。社会保障の充実や、交通インフラの整備、国土強靭化、教育・科学技術復興、防衛力強化、地方創生、食料安全保障の強化などは「その後」の話です。何しろ、予算制約が続く限り、結局、何もできませんので。


 こんな大仰なことは書きたくないのですが、日本国の未来を救うというよりは、赤ちゃんにまともな日本を残すためであれば、とりあえずできることは何でもやりますよ、わたくしは。
https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12462076352.html
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/298.html#c17

[近代史3] 財務省は何故日本を滅ぼそうとしているのか? 中川隆
20. 中川隆[-10401] koaQ7Jey 2019年5月18日 07:29:17 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1917]

財務省の利己主義と戦う 2019-05-18
https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12462076352.html


三橋貴明

 昨日は、「日本の未来を考える勉強会」でMMTについて解説したのですが、これは大変なことになる。


 と、後で気が付きました。


 わたくしは安藤先生や藤井先生、中野先生のように上品ではないので(厳密には政治家でも学者でも官僚でもないので)、財務省をもう批判。もちろん、事実に基づき、圧倒的なマウントの位置から財務省の「嘘」を暴き続け、意外に集まった国会議員に、
「財務官僚に聞いて下さい。国債発行をすると、家計の預金は減るのですか? それとも増えるのですか?」
 と、繰り返しました。


 家計の預金が減る、と答えた場合、財務省は完全に「嘘」」をついたことになり、「嘘つき省庁」として国民に認知され、歴史に残ります。というか、認知させて、残してやる。


 預金が増える、と答えた場合、財務省は事実を語ることになりますが、「今まで嘘をついていた」ことを正式に認めることになり、「嘘つき省庁」として国民に認知され、歴史に残ります。という(略


 改めて、日本の歴史を変えかねないほど重要な図です。

【政府の国債発行と、銀行預金増加の仕組み】

http://mtdata.jp/data_63.html#yokinzou

 多分、我々はスキャンダルで潰されることになるでしょうが(いや、本気です)、この図と「国債発行=家計の銀行預金増加」だけは拡散し続けて下さいませ。


 何しろ、単なる「事実」なので、誰にでも理解でき、一度理解してしまうと、二度とひっくり返りません。


 事実を周知するだけで、財務省の嘘、財政破綻論の嘘が確定する。しかも、我々は国会議員を巻き込んでおります。なかなか、洒落にならない局面を迎えようとしているのです。(さらに、今後、夏まで凄まじいイベントが目白押し。詳細は秘密!)


 これ、どうやってオチをつけるべきなのでしょうか。


 我々がスキャンダル(絶対に来る)を乗り越えたとして、絶対に発言や拡散をやめません。となると、財政破綻論を財務省自ら否定するまで続かざるを得ません。


 あるいは、政治的には財務省に、
「国債のファイナンシングといった説明をしており、国民に『預金から借りていた』といった『誤解を与えたのは遺憾』です。いずれにせよ、『以前からの我が省の主張通り』自国通貨建て国債のデフォルトはあり得ません」
 と、説明させ、オチをつけるか。


 政治的にはそれもありかも知れませんが、繰り返しになりますが、わたくしは政治家ではありませんので。


 一応書いておきますが、わたくし共は与党議員にも野党議員にもインプットを続けています。この状況でジミンガ〜、ヤトウガ〜はやめて下さい。


 自民党にもまともな議員はいるし、野党にもまともじゃない議員はいる。というか、そもそもまともな議員が与野党共にほとんどいないというのが日本の現実でしょうが。


 グローバリズムとの戦いも同じですが、この期に及んで「ジミンガ〜、ヤトウガ〜」をやっているのでは、普通に負けます。財務省との戦いでも、我々が負け、今後も緊縮財政が継続するか確率の方が「圧倒的」に高いのですよ、残念なことに。

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 というわけで、まともな自民党議員。

『財政赤字を恐れるな 財政至上主義は利己主義
 現代金融理論(MMT)に関心があり、4月の参院予算委員会でも質問した。
 みなさんは「貨幣」というと金貨のようなものを思い浮かべるかもしれない。紙幣も金と交換できる兌換(だかん)紙幣として始まった。わかりやすくいえば金貨を持っている人がそれを貸すというイメージだ。
財政破綻はありえない
 しかし、現在の貨幣はそうした仕組みではない。金とは関係なく国家の信用で強制的に通用している。極端に言うと元手はゼロだ。誰かにお金を貸した瞬間に、誰かの預金残高が増える。これを信用創造と言う。
 財務省などは預金残高が減ってくると国債の引き受け手がなくなり、国債の暴落、信用危機、ハイパーインフレが起きるという議論をする。しかし、実際には国債を発行するとその分、国民の側の預金残高は増えるのだから、破綻はありえない。
 貨幣は信用によって創造されている。それなのに現実とは異なる、金と交換できるような貨幣(商品貨幣)の理屈にとらわれているのが財務省だ。財務省の言う「財政赤字」をおそれる必要はない。(後略)』

 後略部で、西田先生は、
『財務省の存在意義は財政均衡にあるのだろうが、国民が困っている時に財政を振りかざして「できない、できない」というのは利己主義だ。日本の国全体で、人が困っていても仕方ないと考えるモラルの低下が起きている。 』
 と、語っていますが、財務省は利己主義です。

 というか、財務省の存在意義が財政均衡という時点で、奇妙な話です。何しろ、政府は「何の負担もなし」で、おカネを発行できる経済主体なのです。(この辺りの話は、間もなく超人大陸から公開される、わたくしの昨日のMMT解説で)


 財務省内において、単に「緊縮財政推進が出世の条件(財務官僚の家族の幸せ)」という構造になっている。財務官僚は、自らの出世や家族との豊かな生活のために、上司の指示に従い、緊縮財政が続く。


 結果、日本のGDPは二十年超も低迷し、国民は貧困に喘ぎ、国家は小国化。このままでは、普通にアメリカの属国「兼」中国の属国で、三世代後には「中華人民共和国 倭族自治区」といったところでしょう。


 この種の悪夢の未来を避けるためには、何としても緊縮財政だけは終わらせなければなりません。社会保障の充実や、交通インフラの整備、国土強靭化、教育・科学技術復興、防衛力強化、地方創生、食料安全保障の強化などは「その後」の話です。何しろ、予算制約が続く限り、結局、何もできませんので。


 こんな大仰なことは書きたくないのですが、日本国の未来を救うというよりは、赤ちゃんにまともな日本を残すためであれば、とりあえずできることは何でもやりますよ、わたくしは。
https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12462076352.html
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/151.html#c20

[近代史3] 雅子という女は凄い女 _ 気に入った相手とは手当たり次第という感じ _ 男性経験は20人は超えている 中川隆
98. 中川隆[-10400] koaQ7Jey 2019年5月18日 07:49:24 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1918]

八幡和郎の時事解説
http://www.yawata48.com/jiji/jiji02701.htm


皇太子妃雅子さまにおける悲劇の本質と打開策


うわさ話でなく履歴だけでも分かること

 秋篠宮妃殿下のご懐妊と関連して、また雅子妃殿下についてあれやこれや議論されている。保守的な人々からの批判もあるが、妃殿下に近い人々あるいは擁護派からの積極的な発言や情報発信も盛んであり、これが状況を混迷させている面もある。

 いずれにしても皇太子妃殿下をめぐっては、いじめられて可哀想という同情論があり、一方で無責任だという批判がある。だが、これらの議論はいずれも雅子妃が類い希な優秀で能力の高い人物であるということが前提になっていることで共通している。

 だが、このホームページでも書いたように「典型的な帰国子女が旧家に嫁入りしてうまくいくことははじめから難しかったのであって、その後の展開についてはどちらが悪いともいえない」というのが正しいと思うし、この分析はそれなりに多くの方からもっともだと支持頂いている。

 だが、ここではそれはともかくとして、霞ヶ関にいた人間としての眼でもう少し詳しく雅子妃論を書いておきたい。

 といっても、生々しい具体的な証言や私自身が見聞きしたことを使って面白おかしく書くつもりはない。それは少々失礼だとも思うし、うわさ話について細かく裏を取る自信もない。むしろ、雅子妃の経歴や御家族の状況から客観的にみて論ずれば、それだけでも世の中で流布している雅子妃像がいかにいい加減かわかるのだ。

 そもそも履歴書はたいへん雄弁なものである。それなりの知識をもって読んでいけば、その人がどういう人かが、かなりくっきり明らかになる。ヨーロッパなどには「フーズ・フー」のような詳細な経歴を書いた公刊物があるし、就職するにも履歴書がたいへん重要な意味を持つのだが、日本人はこうしたものを分析するのがあまり得意でないようだ。


キャリアウーマンとしての虚像

 雅子妃について多くの日本人が持っているイメージは、「東大という日本一難しい大学の試験を通って、さらにこれも最難関の外交官試験にも合格し、キャリアウーマンとしてばりばり仕事をされていたスーパーウーマン」ということであろう。

 だがこれは少々眉唾である。まず、雅子妃は東大に学士入学で編入されているのであって、世間の人が思い浮かべる「東大入試」に合格されたのではない。

 次に、外交官試験はほかの省庁の試験と違って外務省独自の試験であったから、客観性にいささか乏しい。ほかの省庁の事務次官の子女の場合でも、事務次官ないしその候補者の子供が受験した場合にそれを落とす勇気のある人事担当者はほとんどないと思うが、少なくとも人事院が主催する公務員試験を通らないと各省庁の試験を受けられない。だが、外交官の場合はそうでない。もちろんそれなりに客観性はあるというだろうが、合格者に外交官の子供が異常に多いことはよく知られている通りであり、事務次官一歩手前だった小和田恒氏の娘がこれに合格したのが実力だけによるものであったかは立証しようもない。

 採用後については、皇太子妃候補だったという以上に、事務次官の娘として腫れ物にさわるような扱いをされていたという面もあり、少なくとも「世間の荒波に揉まれながらばりばり仕事をこなして大活躍した」といったものではない。また、英国留学とか国際機関二課、北米二課勤務というのは誰しもがうらやむ最大限に優遇された居心地のよい人事である。社長の娘が一般職で採用されてぴかぴかに美味しいポストばかりで働いているのと同じで、いささか特殊な環境である。

 雅子妃の田園調布雙葉とか、海外の学校での勉学は、外務省に限らず霞ヶ関のスノッブなエリート官僚の娘としてありふれたものである。また、雅子妃の世代なら多くのエリート官僚の娘がキャリアウーマンとしてばりばり活躍しているのであって、これも珍しくない。

 特殊なのは、父親が現役幹部である職場に就職したことである。外務省では雅子妃に先立って別の幹部の娘が就職しているから雅子妃は第二号のはずだが、いずれにしても雅子妃は父親が事務次官である役所で働く女性という霞ヶ関の歴史で初めての存在だったはずだ。


暖かい家族関係と公私混同の間にあるもの

 民間企業でも、サラリーマン社長が自分の子供を自社に就職させるのはあまり誉められないことが多い。それ以上に社員の子弟の採用をしないところもある。なぜなら、公私混同につながりやすいからだ。また、父親の会社に就職しようという女性も、自立心を持った強い性格でなく、利用できるものは利用しようといった、ちゃっかりしたタイプか、それとも親に保護して欲しいというやや甘えた性格と見るのが普通だろう。

 こうしたことを考えれば、小和田家は親子の関係が非常にウェットで、よくいえば暖かいつながりがあるお家だと推測されるし、逆に公私混同の疑いを持たれることに対してさほど神経質でないこと、雅子妃自身も独立心旺盛な人柄とはいえないことを伺わせる。

 全般的にいって、雅子妃はエリート官僚のごく普通の娘であり、特別に有能なわけでも強い性格でもなく、経済的には超リッチでないが不自由のない暮らしをされ、父親が有力者であることに甘えることにさほど躊躇してこられなかったのである。こうした客観事実から組み立てた分析は世間一般で持たれている新しい時代を象徴する自立した女性というイメージとはあまりにも違うものであろう。

 そして、このギャップこそが雅子妃の悲劇の原因なのである。

暖かい家族関係と公私混同の間にあるもの

 皇室問題を論じるとき、妃殿下たちを何か特別の人柄なり育ち方をされた人たちだという前提の議論が多すぎる。たしかに皇室に生まれたプリンセスたちは、特別の育てられ方をされたがゆえに独特で貴重なキャラクターが醸成されている。

 だが嫁いで妃殿下になられた方々は、それぞれの年代のごく普通の女性たちである。それを踏まえないで、過度に厳しい要求をしたり、反対になんでもないお仕事ぶりや家族との接触でしかないものをたねに、特別に立派な人格者だと感心してみたり、トラブルがあれば周囲の人たちがきっと悪いのだろう、というのもまったく間違った議論なのである。

 それでは、雅子さまはどうすればいいのか。あるいは国民としてどうしてあげればいいのだろうか。このことについては、先週も少し書いたところだ。また、「アエラ」のいま店頭に出ている号に私のコメントが載っているが、少し舌足らずでもあるので、補足しておく。  「アエラ」には、

1. 公務を軽く、あるいはお好みのもの中心にして差し上げる
2. 妃殿下を辞めて単なる皇太子夫人にする
3. 皇太子が皇位継承をしないことによって妃殿下の負担も軽くする
4. 離婚、といった「四つの選択肢」が論理的にある


と書いている。これは、あくまでも論理的にあるということであって、現実的にあるかどうかは別問題である。

 私は、制度論としては「2」が好ましいと思う。もはや、たまたま皇族と結婚したからと妃殿下に就職するというのはうまくいくはずがないからである。そういうのは、皇族が妃殿下としてふさわしい女性を選んで、自分の好みと関係なく結婚するのでなくてはなりたちえない。だが、この案を実現するには制度改正が必要である。

 「3」と「4」は、そういう可能性も選択肢として存在すべきだし、道を閉ざすべきでないが最後の手段である。

 となると、とりあえずは「1」しかないわけだが、これがすんなり受け入れらそうもないのは、その周辺に「国民に申し訳ない」という姿勢がないからである。ご本人の海外出張が少なすぎるという「不満」らしきご発言、殿下の「人格否定発言」、医師団の「皇室という環境」診断書、ご実家の動きなど、およそ謙虚なものではない。愛子さまの皇位継承を確実にしようという策謀も、誰が言い出したかはともかくいかにも間が悪い。

 まずは、ご実家なども含めて公務を十分に果たせないことについて、申し訳ないという姿勢の明確化、そして申し訳ないが治療上こうせざるを得ないのだ、という説明などがあればいま身勝手だといわれているようなことについての、世間の受け取り方も変わるのではないか。

 ともかく、これは重大な病気の治療の問題である。医学的観点からの最善を尽くすことが何より必要だ。

 ただし、たとえば、海外への転地療法とか、皇居での乗馬とか、たいへんな警備を伴う形でのレジャーといったものが、たとえ病気の回復のために有効だといっても皇室のあり方として適切かは難しいところだろう。それは、皇室がどの程度、税金でコストがかかる贅沢な生活をしてよいかの一般論からの議論としての問題である。
 また、そうした治療をしてもなお、将来ともに公務が十分にできないということになれば、やはり制度的な問題も含めて議論が必要なのだろう。
http://www.yawata48.com/jiji/jiji02701.htm
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/265.html#c98

[近代史3] 皇太子妃の雅子さんは典型的なダメダメ家庭出身者  中川隆
50. 中川隆[-10399] koaQ7Jey 2019年5月18日 07:50:37 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1919]

八幡和郎の時事解説
皇太子妃雅子さまにおける悲劇の本質と打開策
http://www.yawata48.com/jiji/jiji02701.htm



うわさ話でなく履歴だけでも分かること

 秋篠宮妃殿下のご懐妊と関連して、また雅子妃殿下についてあれやこれや議論されている。保守的な人々からの批判もあるが、妃殿下に近い人々あるいは擁護派からの積極的な発言や情報発信も盛んであり、これが状況を混迷させている面もある。

 いずれにしても皇太子妃殿下をめぐっては、いじめられて可哀想という同情論があり、一方で無責任だという批判がある。だが、これらの議論はいずれも雅子妃が類い希な優秀で能力の高い人物であるということが前提になっていることで共通している。

 だが、このホームページでも書いたように「典型的な帰国子女が旧家に嫁入りしてうまくいくことははじめから難しかったのであって、その後の展開についてはどちらが悪いともいえない」というのが正しいと思うし、この分析はそれなりに多くの方からもっともだと支持頂いている。

 だが、ここではそれはともかくとして、霞ヶ関にいた人間としての眼でもう少し詳しく雅子妃論を書いておきたい。

 といっても、生々しい具体的な証言や私自身が見聞きしたことを使って面白おかしく書くつもりはない。それは少々失礼だとも思うし、うわさ話について細かく裏を取る自信もない。むしろ、雅子妃の経歴や御家族の状況から客観的にみて論ずれば、それだけでも世の中で流布している雅子妃像がいかにいい加減かわかるのだ。

 そもそも履歴書はたいへん雄弁なものである。それなりの知識をもって読んでいけば、その人がどういう人かが、かなりくっきり明らかになる。ヨーロッパなどには「フーズ・フー」のような詳細な経歴を書いた公刊物があるし、就職するにも履歴書がたいへん重要な意味を持つのだが、日本人はこうしたものを分析するのがあまり得意でないようだ。


キャリアウーマンとしての虚像

 雅子妃について多くの日本人が持っているイメージは、「東大という日本一難しい大学の試験を通って、さらにこれも最難関の外交官試験にも合格し、キャリアウーマンとしてばりばり仕事をされていたスーパーウーマン」ということであろう。

 だがこれは少々眉唾である。まず、雅子妃は東大に学士入学で編入されているのであって、世間の人が思い浮かべる「東大入試」に合格されたのではない。

 次に、外交官試験はほかの省庁の試験と違って外務省独自の試験であったから、客観性にいささか乏しい。ほかの省庁の事務次官の子女の場合でも、事務次官ないしその候補者の子供が受験した場合にそれを落とす勇気のある人事担当者はほとんどないと思うが、少なくとも人事院が主催する公務員試験を通らないと各省庁の試験を受けられない。だが、外交官の場合はそうでない。もちろんそれなりに客観性はあるというだろうが、合格者に外交官の子供が異常に多いことはよく知られている通りであり、事務次官一歩手前だった小和田恒氏の娘がこれに合格したのが実力だけによるものであったかは立証しようもない。

 採用後については、皇太子妃候補だったという以上に、事務次官の娘として腫れ物にさわるような扱いをされていたという面もあり、少なくとも「世間の荒波に揉まれながらばりばり仕事をこなして大活躍した」といったものではない。また、英国留学とか国際機関二課、北米二課勤務というのは誰しもがうらやむ最大限に優遇された居心地のよい人事である。社長の娘が一般職で採用されてぴかぴかに美味しいポストばかりで働いているのと同じで、いささか特殊な環境である。

 雅子妃の田園調布雙葉とか、海外の学校での勉学は、外務省に限らず霞ヶ関のスノッブなエリート官僚の娘としてありふれたものである。また、雅子妃の世代なら多くのエリート官僚の娘がキャリアウーマンとしてばりばり活躍しているのであって、これも珍しくない。

 特殊なのは、父親が現役幹部である職場に就職したことである。外務省では雅子妃に先立って別の幹部の娘が就職しているから雅子妃は第二号のはずだが、いずれにしても雅子妃は父親が事務次官である役所で働く女性という霞ヶ関の歴史で初めての存在だったはずだ。


暖かい家族関係と公私混同の間にあるもの

 民間企業でも、サラリーマン社長が自分の子供を自社に就職させるのはあまり誉められないことが多い。それ以上に社員の子弟の採用をしないところもある。なぜなら、公私混同につながりやすいからだ。また、父親の会社に就職しようという女性も、自立心を持った強い性格でなく、利用できるものは利用しようといった、ちゃっかりしたタイプか、それとも親に保護して欲しいというやや甘えた性格と見るのが普通だろう。

 こうしたことを考えれば、小和田家は親子の関係が非常にウェットで、よくいえば暖かいつながりがあるお家だと推測されるし、逆に公私混同の疑いを持たれることに対してさほど神経質でないこと、雅子妃自身も独立心旺盛な人柄とはいえないことを伺わせる。

 全般的にいって、雅子妃はエリート官僚のごく普通の娘であり、特別に有能なわけでも強い性格でもなく、経済的には超リッチでないが不自由のない暮らしをされ、父親が有力者であることに甘えることにさほど躊躇してこられなかったのである。こうした客観事実から組み立てた分析は世間一般で持たれている新しい時代を象徴する自立した女性というイメージとはあまりにも違うものであろう。

 そして、このギャップこそが雅子妃の悲劇の原因なのである。

暖かい家族関係と公私混同の間にあるもの

 皇室問題を論じるとき、妃殿下たちを何か特別の人柄なり育ち方をされた人たちだという前提の議論が多すぎる。たしかに皇室に生まれたプリンセスたちは、特別の育てられ方をされたがゆえに独特で貴重なキャラクターが醸成されている。

 だが嫁いで妃殿下になられた方々は、それぞれの年代のごく普通の女性たちである。それを踏まえないで、過度に厳しい要求をしたり、反対になんでもないお仕事ぶりや家族との接触でしかないものをたねに、特別に立派な人格者だと感心してみたり、トラブルがあれば周囲の人たちがきっと悪いのだろう、というのもまったく間違った議論なのである。

 それでは、雅子さまはどうすればいいのか。あるいは国民としてどうしてあげればいいのだろうか。このことについては、先週も少し書いたところだ。また、「アエラ」のいま店頭に出ている号に私のコメントが載っているが、少し舌足らずでもあるので、補足しておく。  「アエラ」には、

1. 公務を軽く、あるいはお好みのもの中心にして差し上げる
2. 妃殿下を辞めて単なる皇太子夫人にする
3. 皇太子が皇位継承をしないことによって妃殿下の負担も軽くする
4. 離婚、といった「四つの選択肢」が論理的にある


と書いている。これは、あくまでも論理的にあるということであって、現実的にあるかどうかは別問題である。

 私は、制度論としては「2」が好ましいと思う。もはや、たまたま皇族と結婚したからと妃殿下に就職するというのはうまくいくはずがないからである。そういうのは、皇族が妃殿下としてふさわしい女性を選んで、自分の好みと関係なく結婚するのでなくてはなりたちえない。だが、この案を実現するには制度改正が必要である。

 「3」と「4」は、そういう可能性も選択肢として存在すべきだし、道を閉ざすべきでないが最後の手段である。

 となると、とりあえずは「1」しかないわけだが、これがすんなり受け入れらそうもないのは、その周辺に「国民に申し訳ない」という姿勢がないからである。ご本人の海外出張が少なすぎるという「不満」らしきご発言、殿下の「人格否定発言」、医師団の「皇室という環境」診断書、ご実家の動きなど、およそ謙虚なものではない。愛子さまの皇位継承を確実にしようという策謀も、誰が言い出したかはともかくいかにも間が悪い。

 まずは、ご実家なども含めて公務を十分に果たせないことについて、申し訳ないという姿勢の明確化、そして申し訳ないが治療上こうせざるを得ないのだ、という説明などがあればいま身勝手だといわれているようなことについての、世間の受け取り方も変わるのではないか。

 ともかく、これは重大な病気の治療の問題である。医学的観点からの最善を尽くすことが何より必要だ。

 ただし、たとえば、海外への転地療法とか、皇居での乗馬とか、たいへんな警備を伴う形でのレジャーといったものが、たとえ病気の回復のために有効だといっても皇室のあり方として適切かは難しいところだろう。それは、皇室がどの程度、税金でコストがかかる贅沢な生活をしてよいかの一般論からの議論としての問題である。

 また、そうした治療をしてもなお、将来ともに公務が十分にできないということになれば、やはり制度的な問題も含めて議論が必要なのだろう。
http://www.yawata48.com/jiji/jiji02701.htm
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/179.html#c50

[近代史3] 柏原芳恵のバイブレーター騒動 _ 宮内庁が皇太子妃候補 No.1 を引き摺り降ろした手口 中川隆
59. 中川隆[-10398] koaQ7Jey 2019年5月18日 07:51:13 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1920]

八幡和郎の時事解説
皇太子妃雅子さまにおける悲劇の本質と打開策
http://www.yawata48.com/jiji/jiji02701.htm



うわさ話でなく履歴だけでも分かること

 秋篠宮妃殿下のご懐妊と関連して、また雅子妃殿下についてあれやこれや議論されている。保守的な人々からの批判もあるが、妃殿下に近い人々あるいは擁護派からの積極的な発言や情報発信も盛んであり、これが状況を混迷させている面もある。

 いずれにしても皇太子妃殿下をめぐっては、いじめられて可哀想という同情論があり、一方で無責任だという批判がある。だが、これらの議論はいずれも雅子妃が類い希な優秀で能力の高い人物であるということが前提になっていることで共通している。

 だが、このホームページでも書いたように「典型的な帰国子女が旧家に嫁入りしてうまくいくことははじめから難しかったのであって、その後の展開についてはどちらが悪いともいえない」というのが正しいと思うし、この分析はそれなりに多くの方からもっともだと支持頂いている。

 だが、ここではそれはともかくとして、霞ヶ関にいた人間としての眼でもう少し詳しく雅子妃論を書いておきたい。

 といっても、生々しい具体的な証言や私自身が見聞きしたことを使って面白おかしく書くつもりはない。それは少々失礼だとも思うし、うわさ話について細かく裏を取る自信もない。むしろ、雅子妃の経歴や御家族の状況から客観的にみて論ずれば、それだけでも世の中で流布している雅子妃像がいかにいい加減かわかるのだ。

 そもそも履歴書はたいへん雄弁なものである。それなりの知識をもって読んでいけば、その人がどういう人かが、かなりくっきり明らかになる。ヨーロッパなどには「フーズ・フー」のような詳細な経歴を書いた公刊物があるし、就職するにも履歴書がたいへん重要な意味を持つのだが、日本人はこうしたものを分析するのがあまり得意でないようだ。


キャリアウーマンとしての虚像

 雅子妃について多くの日本人が持っているイメージは、「東大という日本一難しい大学の試験を通って、さらにこれも最難関の外交官試験にも合格し、キャリアウーマンとしてばりばり仕事をされていたスーパーウーマン」ということであろう。

 だがこれは少々眉唾である。まず、雅子妃は東大に学士入学で編入されているのであって、世間の人が思い浮かべる「東大入試」に合格されたのではない。

 次に、外交官試験はほかの省庁の試験と違って外務省独自の試験であったから、客観性にいささか乏しい。ほかの省庁の事務次官の子女の場合でも、事務次官ないしその候補者の子供が受験した場合にそれを落とす勇気のある人事担当者はほとんどないと思うが、少なくとも人事院が主催する公務員試験を通らないと各省庁の試験を受けられない。だが、外交官の場合はそうでない。もちろんそれなりに客観性はあるというだろうが、合格者に外交官の子供が異常に多いことはよく知られている通りであり、事務次官一歩手前だった小和田恒氏の娘がこれに合格したのが実力だけによるものであったかは立証しようもない。

 採用後については、皇太子妃候補だったという以上に、事務次官の娘として腫れ物にさわるような扱いをされていたという面もあり、少なくとも「世間の荒波に揉まれながらばりばり仕事をこなして大活躍した」といったものではない。また、英国留学とか国際機関二課、北米二課勤務というのは誰しもがうらやむ最大限に優遇された居心地のよい人事である。社長の娘が一般職で採用されてぴかぴかに美味しいポストばかりで働いているのと同じで、いささか特殊な環境である。

 雅子妃の田園調布雙葉とか、海外の学校での勉学は、外務省に限らず霞ヶ関のスノッブなエリート官僚の娘としてありふれたものである。また、雅子妃の世代なら多くのエリート官僚の娘がキャリアウーマンとしてばりばり活躍しているのであって、これも珍しくない。

 特殊なのは、父親が現役幹部である職場に就職したことである。外務省では雅子妃に先立って別の幹部の娘が就職しているから雅子妃は第二号のはずだが、いずれにしても雅子妃は父親が事務次官である役所で働く女性という霞ヶ関の歴史で初めての存在だったはずだ。


暖かい家族関係と公私混同の間にあるもの

 民間企業でも、サラリーマン社長が自分の子供を自社に就職させるのはあまり誉められないことが多い。それ以上に社員の子弟の採用をしないところもある。なぜなら、公私混同につながりやすいからだ。また、父親の会社に就職しようという女性も、自立心を持った強い性格でなく、利用できるものは利用しようといった、ちゃっかりしたタイプか、それとも親に保護して欲しいというやや甘えた性格と見るのが普通だろう。

 こうしたことを考えれば、小和田家は親子の関係が非常にウェットで、よくいえば暖かいつながりがあるお家だと推測されるし、逆に公私混同の疑いを持たれることに対してさほど神経質でないこと、雅子妃自身も独立心旺盛な人柄とはいえないことを伺わせる。

 全般的にいって、雅子妃はエリート官僚のごく普通の娘であり、特別に有能なわけでも強い性格でもなく、経済的には超リッチでないが不自由のない暮らしをされ、父親が有力者であることに甘えることにさほど躊躇してこられなかったのである。こうした客観事実から組み立てた分析は世間一般で持たれている新しい時代を象徴する自立した女性というイメージとはあまりにも違うものであろう。

 そして、このギャップこそが雅子妃の悲劇の原因なのである。

暖かい家族関係と公私混同の間にあるもの

 皇室問題を論じるとき、妃殿下たちを何か特別の人柄なり育ち方をされた人たちだという前提の議論が多すぎる。たしかに皇室に生まれたプリンセスたちは、特別の育てられ方をされたがゆえに独特で貴重なキャラクターが醸成されている。

 だが嫁いで妃殿下になられた方々は、それぞれの年代のごく普通の女性たちである。それを踏まえないで、過度に厳しい要求をしたり、反対になんでもないお仕事ぶりや家族との接触でしかないものをたねに、特別に立派な人格者だと感心してみたり、トラブルがあれば周囲の人たちがきっと悪いのだろう、というのもまったく間違った議論なのである。

 それでは、雅子さまはどうすればいいのか。あるいは国民としてどうしてあげればいいのだろうか。このことについては、先週も少し書いたところだ。また、「アエラ」のいま店頭に出ている号に私のコメントが載っているが、少し舌足らずでもあるので、補足しておく。  「アエラ」には、

1. 公務を軽く、あるいはお好みのもの中心にして差し上げる
2. 妃殿下を辞めて単なる皇太子夫人にする
3. 皇太子が皇位継承をしないことによって妃殿下の負担も軽くする
4. 離婚、といった「四つの選択肢」が論理的にある


と書いている。これは、あくまでも論理的にあるということであって、現実的にあるかどうかは別問題である。

 私は、制度論としては「2」が好ましいと思う。もはや、たまたま皇族と結婚したからと妃殿下に就職するというのはうまくいくはずがないからである。そういうのは、皇族が妃殿下としてふさわしい女性を選んで、自分の好みと関係なく結婚するのでなくてはなりたちえない。だが、この案を実現するには制度改正が必要である。

 「3」と「4」は、そういう可能性も選択肢として存在すべきだし、道を閉ざすべきでないが最後の手段である。

 となると、とりあえずは「1」しかないわけだが、これがすんなり受け入れらそうもないのは、その周辺に「国民に申し訳ない」という姿勢がないからである。ご本人の海外出張が少なすぎるという「不満」らしきご発言、殿下の「人格否定発言」、医師団の「皇室という環境」診断書、ご実家の動きなど、およそ謙虚なものではない。愛子さまの皇位継承を確実にしようという策謀も、誰が言い出したかはともかくいかにも間が悪い。

 まずは、ご実家なども含めて公務を十分に果たせないことについて、申し訳ないという姿勢の明確化、そして申し訳ないが治療上こうせざるを得ないのだ、という説明などがあればいま身勝手だといわれているようなことについての、世間の受け取り方も変わるのではないか。

 ともかく、これは重大な病気の治療の問題である。医学的観点からの最善を尽くすことが何より必要だ。

 ただし、たとえば、海外への転地療法とか、皇居での乗馬とか、たいへんな警備を伴う形でのレジャーといったものが、たとえ病気の回復のために有効だといっても皇室のあり方として適切かは難しいところだろう。それは、皇室がどの程度、税金でコストがかかる贅沢な生活をしてよいかの一般論からの議論としての問題である。

 また、そうした治療をしてもなお、将来ともに公務が十分にできないということになれば、やはり制度的な問題も含めて議論が必要なのだろう。
http://www.yawata48.com/jiji/jiji02701.htm
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/117.html#c59

[社会問題9] 語られ始めた皇太子「退位論」は説得力があるか・・が、語られるだけでも適応失調の天皇家! 墨染
232. 中川隆[-10397] koaQ7Jey 2019年5月18日 07:52:00 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1921]

八幡和郎の時事解説
皇太子妃雅子さまにおける悲劇の本質と打開策
http://www.yawata48.com/jiji/jiji02701.htm



うわさ話でなく履歴だけでも分かること

 秋篠宮妃殿下のご懐妊と関連して、また雅子妃殿下についてあれやこれや議論されている。保守的な人々からの批判もあるが、妃殿下に近い人々あるいは擁護派からの積極的な発言や情報発信も盛んであり、これが状況を混迷させている面もある。

 いずれにしても皇太子妃殿下をめぐっては、いじめられて可哀想という同情論があり、一方で無責任だという批判がある。だが、これらの議論はいずれも雅子妃が類い希な優秀で能力の高い人物であるということが前提になっていることで共通している。

 だが、このホームページでも書いたように「典型的な帰国子女が旧家に嫁入りしてうまくいくことははじめから難しかったのであって、その後の展開についてはどちらが悪いともいえない」というのが正しいと思うし、この分析はそれなりに多くの方からもっともだと支持頂いている。

 だが、ここではそれはともかくとして、霞ヶ関にいた人間としての眼でもう少し詳しく雅子妃論を書いておきたい。

 といっても、生々しい具体的な証言や私自身が見聞きしたことを使って面白おかしく書くつもりはない。それは少々失礼だとも思うし、うわさ話について細かく裏を取る自信もない。むしろ、雅子妃の経歴や御家族の状況から客観的にみて論ずれば、それだけでも世の中で流布している雅子妃像がいかにいい加減かわかるのだ。

 そもそも履歴書はたいへん雄弁なものである。それなりの知識をもって読んでいけば、その人がどういう人かが、かなりくっきり明らかになる。ヨーロッパなどには「フーズ・フー」のような詳細な経歴を書いた公刊物があるし、就職するにも履歴書がたいへん重要な意味を持つのだが、日本人はこうしたものを分析するのがあまり得意でないようだ。


キャリアウーマンとしての虚像

 雅子妃について多くの日本人が持っているイメージは、「東大という日本一難しい大学の試験を通って、さらにこれも最難関の外交官試験にも合格し、キャリアウーマンとしてばりばり仕事をされていたスーパーウーマン」ということであろう。

 だがこれは少々眉唾である。まず、雅子妃は東大に学士入学で編入されているのであって、世間の人が思い浮かべる「東大入試」に合格されたのではない。

 次に、外交官試験はほかの省庁の試験と違って外務省独自の試験であったから、客観性にいささか乏しい。ほかの省庁の事務次官の子女の場合でも、事務次官ないしその候補者の子供が受験した場合にそれを落とす勇気のある人事担当者はほとんどないと思うが、少なくとも人事院が主催する公務員試験を通らないと各省庁の試験を受けられない。だが、外交官の場合はそうでない。もちろんそれなりに客観性はあるというだろうが、合格者に外交官の子供が異常に多いことはよく知られている通りであり、事務次官一歩手前だった小和田恒氏の娘がこれに合格したのが実力だけによるものであったかは立証しようもない。

 採用後については、皇太子妃候補だったという以上に、事務次官の娘として腫れ物にさわるような扱いをされていたという面もあり、少なくとも「世間の荒波に揉まれながらばりばり仕事をこなして大活躍した」といったものではない。また、英国留学とか国際機関二課、北米二課勤務というのは誰しもがうらやむ最大限に優遇された居心地のよい人事である。社長の娘が一般職で採用されてぴかぴかに美味しいポストばかりで働いているのと同じで、いささか特殊な環境である。

 雅子妃の田園調布雙葉とか、海外の学校での勉学は、外務省に限らず霞ヶ関のスノッブなエリート官僚の娘としてありふれたものである。また、雅子妃の世代なら多くのエリート官僚の娘がキャリアウーマンとしてばりばり活躍しているのであって、これも珍しくない。

 特殊なのは、父親が現役幹部である職場に就職したことである。外務省では雅子妃に先立って別の幹部の娘が就職しているから雅子妃は第二号のはずだが、いずれにしても雅子妃は父親が事務次官である役所で働く女性という霞ヶ関の歴史で初めての存在だったはずだ。


暖かい家族関係と公私混同の間にあるもの

 民間企業でも、サラリーマン社長が自分の子供を自社に就職させるのはあまり誉められないことが多い。それ以上に社員の子弟の採用をしないところもある。なぜなら、公私混同につながりやすいからだ。また、父親の会社に就職しようという女性も、自立心を持った強い性格でなく、利用できるものは利用しようといった、ちゃっかりしたタイプか、それとも親に保護して欲しいというやや甘えた性格と見るのが普通だろう。

 こうしたことを考えれば、小和田家は親子の関係が非常にウェットで、よくいえば暖かいつながりがあるお家だと推測されるし、逆に公私混同の疑いを持たれることに対してさほど神経質でないこと、雅子妃自身も独立心旺盛な人柄とはいえないことを伺わせる。

 全般的にいって、雅子妃はエリート官僚のごく普通の娘であり、特別に有能なわけでも強い性格でもなく、経済的には超リッチでないが不自由のない暮らしをされ、父親が有力者であることに甘えることにさほど躊躇してこられなかったのである。こうした客観事実から組み立てた分析は世間一般で持たれている新しい時代を象徴する自立した女性というイメージとはあまりにも違うものであろう。

 そして、このギャップこそが雅子妃の悲劇の原因なのである。

暖かい家族関係と公私混同の間にあるもの

 皇室問題を論じるとき、妃殿下たちを何か特別の人柄なり育ち方をされた人たちだという前提の議論が多すぎる。たしかに皇室に生まれたプリンセスたちは、特別の育てられ方をされたがゆえに独特で貴重なキャラクターが醸成されている。

 だが嫁いで妃殿下になられた方々は、それぞれの年代のごく普通の女性たちである。それを踏まえないで、過度に厳しい要求をしたり、反対になんでもないお仕事ぶりや家族との接触でしかないものをたねに、特別に立派な人格者だと感心してみたり、トラブルがあれば周囲の人たちがきっと悪いのだろう、というのもまったく間違った議論なのである。

 それでは、雅子さまはどうすればいいのか。あるいは国民としてどうしてあげればいいのだろうか。このことについては、先週も少し書いたところだ。また、「アエラ」のいま店頭に出ている号に私のコメントが載っているが、少し舌足らずでもあるので、補足しておく。  「アエラ」には、

1. 公務を軽く、あるいはお好みのもの中心にして差し上げる
2. 妃殿下を辞めて単なる皇太子夫人にする
3. 皇太子が皇位継承をしないことによって妃殿下の負担も軽くする
4. 離婚、といった「四つの選択肢」が論理的にある


と書いている。これは、あくまでも論理的にあるということであって、現実的にあるかどうかは別問題である。

 私は、制度論としては「2」が好ましいと思う。もはや、たまたま皇族と結婚したからと妃殿下に就職するというのはうまくいくはずがないからである。そういうのは、皇族が妃殿下としてふさわしい女性を選んで、自分の好みと関係なく結婚するのでなくてはなりたちえない。だが、この案を実現するには制度改正が必要である。

 「3」と「4」は、そういう可能性も選択肢として存在すべきだし、道を閉ざすべきでないが最後の手段である。

 となると、とりあえずは「1」しかないわけだが、これがすんなり受け入れらそうもないのは、その周辺に「国民に申し訳ない」という姿勢がないからである。ご本人の海外出張が少なすぎるという「不満」らしきご発言、殿下の「人格否定発言」、医師団の「皇室という環境」診断書、ご実家の動きなど、およそ謙虚なものではない。愛子さまの皇位継承を確実にしようという策謀も、誰が言い出したかはともかくいかにも間が悪い。

 まずは、ご実家なども含めて公務を十分に果たせないことについて、申し訳ないという姿勢の明確化、そして申し訳ないが治療上こうせざるを得ないのだ、という説明などがあればいま身勝手だといわれているようなことについての、世間の受け取り方も変わるのではないか。

 ともかく、これは重大な病気の治療の問題である。医学的観点からの最善を尽くすことが何より必要だ。

 ただし、たとえば、海外への転地療法とか、皇居での乗馬とか、たいへんな警備を伴う形でのレジャーといったものが、たとえ病気の回復のために有効だといっても皇室のあり方として適切かは難しいところだろう。それは、皇室がどの程度、税金でコストがかかる贅沢な生活をしてよいかの一般論からの議論としての問題である。

 また、そうした治療をしてもなお、将来ともに公務が十分にできないということになれば、やはり制度的な問題も含めて議論が必要なのだろう。
http://www.yawata48.com/jiji/jiji02701.htm
http://www.asyura2.com/12/social9/msg/352.html#c232

[近代史3] 内閣官房参与をクビにされた藤井聡先生、遂に本音を語る 中川隆
19. 中川隆[-10396] koaQ7Jey 2019年5月18日 07:59:19 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1922]

「日本の未来を考える勉強会」ーMMTの真実〜日本経済と現代貨幣理論〜
ー令和元年5月15日 講師:京都大学大学院教授 藤井 聡氏 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=s2Uj-_RolsY
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/140.html#c19
[近代史3] 中野剛志 _ アメリカで大論争の「現代貨幣理論」とは何か 中川隆
16. 中川隆[-10398] koaQ7Jey 2019年5月18日 08:20:16 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1920]

「日本の未来を考える勉強会」ーMMTの真実〜日本経済と現代貨幣理論〜
ー令和元年5月15日 講師:京都大学大学院教授 藤井 聡氏 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=s2Uj-_RolsY
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/314.html#c16
[政治・選挙・NHK260] 検証が必要 財務省がたたく「MMT」はトンデモ理論なのか? それでもバカとは戦え(日刊ゲンダイ) 赤かぶ
2. 中川隆[-10397] koaQ7Jey 2019年5月18日 10:14:00 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1921]
「日本の未来を考える勉強会」ーMMTの真実〜日本経済と現代貨幣理論〜
ー令和元年5月15日 講師:京都大学大学院教授 藤井 聡氏 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=s2Uj-_RolsY
http://www.asyura2.com/19/senkyo260/msg/841.html#c2
[文化2] ゆとり教育を推進した三浦朱門の妻 曽野綾子がした事 _ これがクリスチャン 中川隆
189. 中川隆[-10399] koaQ7Jey 2019年5月18日 10:53:22 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1919]

論理は跳躍する - 内田樹の研究室 2019-05-18
http://blog.tatsuru.com/2019/05/18_0922.html

少し前に「すばる」でも教育についてのインタビューを受けた。そのときに「論理国語」について話したことがテープ起こしされて戻ってきたので、加筆してここに掲げる。

 今度、兵庫県の国語の先生たちの集まりで講演をするのですが、その打ち合わせに来た先生たちに伺うと、現場の話題はやはり学習指導要領の改訂で登場した「論理国語」のようです。いったい何なの、とみなさん疑問に思っていらした。本当にわからないらしい。

 そのときに「論理国語」に準拠した模試の問題の現物を見せてもらいました。驚きました。生徒会の議事録と生徒会の規約を見せて、年度内に生徒総会を開催することは可能かどうかを問うものだったんです・・・。

 契約書や例規集を読める程度の実践的な国語力を「論理国語」という枠で育成するらしい。でも、模試問題を見る限り、これはある種の国語力を育てるというより、端的に文学を排除するのが主目的で作問されたものだと思いました。

「論理国語」を「文学国語」と切り離して教えることが可能だと考えた人たちは、文学とは非論理的なもので、何か審美的な、知的装飾品のように思っているんじゃないですか。だから、そんなもののために貴重な教育資源を割く必要はないと思っている。現にそう公言する人は政治家とビジネスマンには多くいますから。自分たちは子どもの頃から文学に何も関心がなかったけれど、そんなことは出世する上では何も問題がなかった。現に、まったく文学と無縁のままにこのように社会的成功を収めた。だから、文学は学校教育には不要である、と。たぶんそういうふうに自分の「文学抜きの成功体験」に基づいて推論しているんだと思います。政治にもビジネスにも何の役にも立たないものに教育資源を費やすのは、金をドブに捨てているようなものだ、と。そういう知性に対して虚無的な考え方をする人たちが教育政策を起案している。これは現代の反知性主義の深刻な病態だと思います。

「論理国語」という発想に対して僕が懐疑的なのは、試験問題を作る場合、「正解」がわかっていて、受験生は論理的にそれをたどってゆくと「すらすらと」結論に達するというプロセスが自明の前提されていることです。たぶん、彼らの考える「論理」というのは、そういうものなんでしょう。でも、論理的にものを考えるということを実際にした経験のある人ならわかると思うけれど、論理的に思考するというのは、平坦な道を歩くようなプロセスじゃない。むしろ、ある種の「深淵」に直面して、それを跳び越えるという「命がけ」のプロセスなんです。

 僕は子どもの頃にエドガー・アラン・ポウやアーサー・コナン・ドイルを読んで「論理的にものを考える」ということがどういうことかを学びました。「論理的にものを考える」というのはオーギュスト・デュパンやシャーロック・ホームズ「のように考える」ということだと最初に刷り込まれた。それは今でも変わりません。

 名探偵の推理こそ「論理的にものを考える」プロセスの模範だと思いますけれど、ここには「正解」を知っていて「作問」している人はいません。登場人物が現場に残された断片から推理して、その帰結として正解を「発見」するんです。名探偵の行う推理というのは、ひとつひとつの間に関連性が見出しがたい断片的事実を並べて、それらの断片のすべてを説明できる一つの仮説を構築することです。その仮説がどれほど非常識であっても、信じがたい話であっても、「すべてを説明できる仮説はこれしかない」と確信すると名探偵は「これが真実だ」と断言する。それは「論理」というよりむしろ「論理の飛躍」なんです。
 
 それは実際に学術的な知性がやっていることと同じです。

 カール・マルクスや、マックス・ウェーバーや、ジーグムント・フロイトはいずれもすばらしい知的達成をなしとげて人類の知的進歩に貢献したわけですけれど、彼らに共通するのは常人では真似のできないような「論理の飛躍」をしたことです。目の前に散乱している断片的な事実をすべて整合的に説明できる仮説は「これしかない」という推理に基づいて前代未聞のアイディアを提示してみせた。「階級闘争」も「資本主義の精神」も「強迫反復」もいずれも「論理の飛躍」の産物です。同じ断片を見せられて、誰もが同じ仮説にたどりつく訳じゃない。凡庸な知性においては、常識や思い込みが論理の飛躍を妨害するからです。
  
 例外的知者の例外的である所以はその跳躍力なんです。彼らの論理的思考というのは、いわばこの跳躍のための助走なんです。こうであるならこうなる、こうであるならこうなる・・・と論理的に思考することによって、思考の速度を上げているんです。そして、ある速度に達したところで、飛行機が離陸するように、地面を離れて跳躍する。そうやって、ただこつこつと理屈をこねている限りは絶対に到達できないような高みに飛び上がることができる。

「論理的にものを考える」というのはこの驚嘆すべきジャンプにおける「助走」に相当するものだと僕は思います。そこで加速して、踏切線で「常識の限界」を飛び越えて、日常的論理ではたどりつけないところに達する。

 でも、凡庸な知性は、論理的に突き詰めて達した予想外の帰結を前にして立ちすくんでしまう。論理的にはそう結論する他ないのに、「そんなことあり得ない」と目をつぶって踏切線の前で立ち止まってしまう。それこそが「非論理的」ということなんです。

 フロイトの『快感原則の彼岸』は20世紀で最も読まれたテクストの一つですけれど、フロイトはここで症例研究から、そのすべてを説明できる仮説として「反復強迫」さらには「死への衝動」という驚嘆すべきアイディアを取り出します。これは「跳躍」です。フロイト自身は「思弁」と呼んでいます。これは論理的にものを考えるということの本質的な力動性について書かれた重要な言葉だと思います。フロイトはこう述べています。

「次に述べることは思弁である。誰もが、それぞれの見地から価値をみとめたり、あるいは軽視したりするかもしれな行き過ぎた思弁にもなる可能性がある。つまりそれは、ある理念がどんな結論をみちびき出すかという好奇心から、その理念を首尾一貫して利用しつくそうという試みである。」(フロイト、「快感原則の彼岸」、『フロイト著作集6』、井村恒郎他訳、人文書院、1970年、163頁)
 論理的にものを考えるというのは「ある理念がどんな結論をみちびきだすか」については、それがたとえ良識や生活実感と乖離するものであっても、最後まで追い続けて、「この前提からはこう結論せざるを得ない」という命題に身体を張ることです。

 ですから、意外に思われるかも知れませんけれど、人間が論理的に思考するために必要なのは実は「勇気」なのです。

 学校教育で子どもたちの論理性を鍛えるということをもし本当にしたいなら「論理は跳躍する」ということを教えるべきだと思います。僕たちが「知性」と呼んでいるのは、知識とか情報とか技能とかいう定量的なものじゃない。むしろ、疾走感とかグルーヴ感とか跳躍力とか、そういう力動的なものなんです。

 子どもたちが中等教育で学ぶべきことは、極論すれば、たった一つでいいと思うんです。それは「人間が知性的であるということはすごく楽しい」ということです。知性的であるということは「飛ぶ」ことなんですから。子どもたちだって、ほんとうは大好きなはずなんです。
 
 今回の「論理国語」がくだらない教科であるのは、そこで知的な高揚や疾走感を味わうことがまったく求められていないことです。そして、何より子どもたちに「勇気を持て」という論理的に思考するために最も大切なメッセージを伝える気がないことです。

 そもそも過去四半世紀の間に文科省が掲げた教育政策の文言の中に「勇気」という言葉があったでしょうか。僕は読んだ記憶がない。おそらく文科省で出世するためには「勇気」を持つことが無用だからでしょう。

 官僚というのは「恐怖心を持つこと」「怯えること」「上の顔色を窺うこと」に熟達した人たちが出世する仕組みですから、彼らにとっては「勇気を持たなかったこと」が成功体験として記憶されている。だから、教育の中でも、子どもたちに「恐怖心を植え付ける」ことにはたいへん熱心であるけれど、「勇気を持たせること」にはまったく関心がない。それは彼ら自身の実体験がそう思わせているのです。「怯える人間が成功する」というのは彼ら自身の偽らざる実感なんだと思います。だから、彼らはたぶん善意なんです。善意から子どもたちに「怯えなさい」と教えている。「怯えていると『いいこと』があるよ。私にはあった」と思っているから。

 でも、知性の発達にとっては、恐怖心を持つことよりも勇気を持つことの方が圧倒的に重要です。

「勇気」というのは、知性と無縁だと思う人がいるかも知れませんけれど、それは違います。スティーヴ・ジョブスはスタンフォード大学の卒業式で、とても感動的なスピーチをしました。いまでもYoutubeで見ることができますから、ぜひご覧になってください。その中でジョブスはこう言っています。

The most important is the courage to follow your heart and intuition, because they somehow know what you truly want to become.

「最も重要なのはあなたの心と直感に従う勇気を持つことである。なぜなら、あなたの心と直感はなぜかあなたがほんとうに何になりたいのかを知っているからである。」

 ほんとうに大切なのは「心と直感」ではないんです。「心と直感に従う勇気」なんです。なぜなら、ほとんどの人は自分の心と直感が「この方向に進め」と示唆しても、恐怖心で立ち止まってしまうからです。それを乗り越えるためには「勇気」が要る。

 論理的に思考するとは、論理が要求する驚嘆すべき結論に向けて怯えずに跳躍することです。

「論理が要求する結論」のことを英語ではcorollaryと言います。日本語ではこれを一語で表す対応語がありません。僕はこの語を日本の思想家では丸山眞男の使用例しか読んだ記憶がありません。でも、これはとても重要な言葉だと思います。それがどれほど良識を逆撫でするものであっても、周囲の人の眉をひそめさせるものであっても、「これはコロラリーである」と言い切る勇気を持つこと、それが論理的に思考するということの本質だと僕は思います。
http://blog.tatsuru.com/2019/05/18_0922.html
http://www.asyura2.com/09/bun2/msg/492.html#c189

[近代史3] 中野剛志 _ アメリカで大論争の「現代貨幣理論」とは何か 中川隆
17. 中川隆[-10401] koaQ7Jey 2019年5月18日 11:05:53 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1917]

 官僚というのは「恐怖心を持つこと」「怯えること」「上の顔色を窺うこと」に熟達した人たちが出世する仕組みですから、彼らにとっては「勇気を持たなかったこと」が成功体験として記憶されている。

 凡庸な知性は、論理的に突き詰めて達した予想外の帰結を前にして立ちすくんでしまう。論理的にはそう結論する他ないのに、「そんなことあり得ない」と目をつぶって踏切線の前で立ち止まってしまう。

_____


論理は跳躍する - 内田樹の研究室 2019-05-18
http://blog.tatsuru.com/2019/05/18_0922.html


少し前に「すばる」でも教育についてのインタビューを受けた。そのときに「論理国語」について話したことがテープ起こしされて戻ってきたので、加筆してここに掲げる。

 今度、兵庫県の国語の先生たちの集まりで講演をするのですが、その打ち合わせに来た先生たちに伺うと、現場の話題はやはり学習指導要領の改訂で登場した「論理国語」のようです。いったい何なの、とみなさん疑問に思っていらした。本当にわからないらしい。

 そのときに「論理国語」に準拠した模試の問題の現物を見せてもらいました。驚きました。生徒会の議事録と生徒会の規約を見せて、年度内に生徒総会を開催することは可能かどうかを問うものだったんです・・・。

 契約書や例規集を読める程度の実践的な国語力を「論理国語」という枠で育成するらしい。でも、模試問題を見る限り、これはある種の国語力を育てるというより、端的に文学を排除するのが主目的で作問されたものだと思いました。

「論理国語」を「文学国語」と切り離して教えることが可能だと考えた人たちは、文学とは非論理的なもので、何か審美的な、知的装飾品のように思っているんじゃないですか。だから、そんなもののために貴重な教育資源を割く必要はないと思っている。現にそう公言する人は政治家とビジネスマンには多くいますから。自分たちは子どもの頃から文学に何も関心がなかったけれど、そんなことは出世する上では何も問題がなかった。現に、まったく文学と無縁のままにこのように社会的成功を収めた。だから、文学は学校教育には不要である、と。たぶんそういうふうに自分の「文学抜きの成功体験」に基づいて推論しているんだと思います。政治にもビジネスにも何の役にも立たないものに教育資源を費やすのは、金をドブに捨てているようなものだ、と。そういう知性に対して虚無的な考え方をする人たちが教育政策を起案している。これは現代の反知性主義の深刻な病態だと思います。

「論理国語」という発想に対して僕が懐疑的なのは、試験問題を作る場合、「正解」がわかっていて、受験生は論理的にそれをたどってゆくと「すらすらと」結論に達するというプロセスが自明の前提されていることです。たぶん、彼らの考える「論理」というのは、そういうものなんでしょう。でも、論理的にものを考えるということを実際にした経験のある人ならわかると思うけれど、論理的に思考するというのは、平坦な道を歩くようなプロセスじゃない。むしろ、ある種の「深淵」に直面して、それを跳び越えるという「命がけ」のプロセスなんです。

 僕は子どもの頃にエドガー・アラン・ポウやアーサー・コナン・ドイルを読んで「論理的にものを考える」ということがどういうことかを学びました。「論理的にものを考える」というのはオーギュスト・デュパンやシャーロック・ホームズ「のように考える」ということだと最初に刷り込まれた。それは今でも変わりません。

 名探偵の推理こそ「論理的にものを考える」プロセスの模範だと思いますけれど、ここには「正解」を知っていて「作問」している人はいません。登場人物が現場に残された断片から推理して、その帰結として正解を「発見」するんです。名探偵の行う推理というのは、ひとつひとつの間に関連性が見出しがたい断片的事実を並べて、それらの断片のすべてを説明できる一つの仮説を構築することです。その仮説がどれほど非常識であっても、信じがたい話であっても、「すべてを説明できる仮説はこれしかない」と確信すると名探偵は「これが真実だ」と断言する。それは「論理」というよりむしろ「論理の飛躍」なんです。
 
 それは実際に学術的な知性がやっていることと同じです。

 カール・マルクスや、マックス・ウェーバーや、ジーグムント・フロイトはいずれもすばらしい知的達成をなしとげて人類の知的進歩に貢献したわけですけれど、彼らに共通するのは常人では真似のできないような「論理の飛躍」をしたことです。目の前に散乱している断片的な事実をすべて整合的に説明できる仮説は「これしかない」という推理に基づいて前代未聞のアイディアを提示してみせた。「階級闘争」も「資本主義の精神」も「強迫反復」もいずれも「論理の飛躍」の産物です。同じ断片を見せられて、誰もが同じ仮説にたどりつく訳じゃない。凡庸な知性においては、常識や思い込みが論理の飛躍を妨害するからです。
  
 例外的知者の例外的である所以はその跳躍力なんです。彼らの論理的思考というのは、いわばこの跳躍のための助走なんです。こうであるならこうなる、こうであるならこうなる・・・と論理的に思考することによって、思考の速度を上げているんです。そして、ある速度に達したところで、飛行機が離陸するように、地面を離れて跳躍する。そうやって、ただこつこつと理屈をこねている限りは絶対に到達できないような高みに飛び上がることができる。

「論理的にものを考える」というのはこの驚嘆すべきジャンプにおける「助走」に相当するものだと僕は思います。そこで加速して、踏切線で「常識の限界」を飛び越えて、日常的論理ではたどりつけないところに達する。

 でも、凡庸な知性は、論理的に突き詰めて達した予想外の帰結を前にして立ちすくんでしまう。論理的にはそう結論する他ないのに、「そんなことあり得ない」と目をつぶって踏切線の前で立ち止まってしまう。それこそが「非論理的」ということなんです。

 フロイトの『快感原則の彼岸』は20世紀で最も読まれたテクストの一つですけれど、フロイトはここで症例研究から、そのすべてを説明できる仮説として「反復強迫」さらには「死への衝動」という驚嘆すべきアイディアを取り出します。これは「跳躍」です。フロイト自身は「思弁」と呼んでいます。これは論理的にものを考えるということの本質的な力動性について書かれた重要な言葉だと思います。フロイトはこう述べています。

「次に述べることは思弁である。誰もが、それぞれの見地から価値をみとめたり、あるいは軽視したりするかもしれな行き過ぎた思弁にもなる可能性がある。つまりそれは、ある理念がどんな結論をみちびき出すかという好奇心から、その理念を首尾一貫して利用しつくそうという試みである。」(フロイト、「快感原則の彼岸」、『フロイト著作集6』、井村恒郎他訳、人文書院、1970年、163頁)

 論理的にものを考えるというのは「ある理念がどんな結論をみちびきだすか」については、それがたとえ良識や生活実感と乖離するものであっても、最後まで追い続けて、「この前提からはこう結論せざるを得ない」という命題に身体を張ることです。

 ですから、意外に思われるかも知れませんけれど、人間が論理的に思考するために必要なのは実は「勇気」なのです。

 学校教育で子どもたちの論理性を鍛えるということをもし本当にしたいなら「論理は跳躍する」ということを教えるべきだと思います。僕たちが「知性」と呼んでいるのは、知識とか情報とか技能とかいう定量的なものじゃない。むしろ、疾走感とかグルーヴ感とか跳躍力とか、そういう力動的なものなんです。

 子どもたちが中等教育で学ぶべきことは、極論すれば、たった一つでいいと思うんです。それは「人間が知性的であるということはすごく楽しい」ということです。知性的であるということは「飛ぶ」ことなんですから。子どもたちだって、ほんとうは大好きなはずなんです。
 
 今回の「論理国語」がくだらない教科であるのは、そこで知的な高揚や疾走感を味わうことがまったく求められていないことです。そして、何より子どもたちに「勇気を持て」という論理的に思考するために最も大切なメッセージを伝える気がないことです。

 そもそも過去四半世紀の間に文科省が掲げた教育政策の文言の中に「勇気」という言葉があったでしょうか。僕は読んだ記憶がない。おそらく文科省で出世するためには「勇気」を持つことが無用だからでしょう。

 官僚というのは「恐怖心を持つこと」「怯えること」「上の顔色を窺うこと」に熟達した人たちが出世する仕組みですから、彼らにとっては「勇気を持たなかったこと」が成功体験として記憶されている。

だから、教育の中でも、子どもたちに「恐怖心を植え付ける」ことにはたいへん熱心であるけれど、「勇気を持たせること」にはまったく関心がない。それは彼ら自身の実体験がそう思わせているのです。「怯える人間が成功する」というのは彼ら自身の偽らざる実感なんだと思います。だから、彼らはたぶん善意なんです。善意から子どもたちに「怯えなさい」と教えている。「怯えていると『いいこと』があるよ。私にはあった」と思っているから。

 でも、知性の発達にとっては、恐怖心を持つことよりも勇気を持つことの方が圧倒的に重要です。

「勇気」というのは、知性と無縁だと思う人がいるかも知れませんけれど、それは違います。スティーヴ・ジョブスはスタンフォード大学の卒業式で、とても感動的なスピーチをしました。いまでもYoutubeで見ることができますから、ぜひご覧になってください。その中でジョブスはこう言っています。

The most important is the courage to follow your heart and intuition, because they somehow know what you truly want to become.

「最も重要なのはあなたの心と直感に従う勇気を持つことである。なぜなら、あなたの心と直感はなぜかあなたがほんとうに何になりたいのかを知っているからである。」

 ほんとうに大切なのは「心と直感」ではないんです。「心と直感に従う勇気」なんです。なぜなら、ほとんどの人は自分の心と直感が「この方向に進め」と示唆しても、恐怖心で立ち止まってしまうからです。それを乗り越えるためには「勇気」が要る。

 論理的に思考するとは、論理が要求する驚嘆すべき結論に向けて怯えずに跳躍することです。

「論理が要求する結論」のことを英語ではcorollaryと言います。日本語ではこれを一語で表す対応語がありません。僕はこの語を日本の思想家では丸山眞男の使用例しか読んだ記憶がありません。でも、これはとても重要な言葉だと思います。それがどれほど良識を逆撫でするものであっても、周囲の人の眉をひそめさせるものであっても、「これはコロラリーである」と言い切る勇気を持つこと、それが論理的に思考するということの本質だと僕は思います。
http://blog.tatsuru.com/2019/05/18_0922.html

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/314.html#c17

[リバイバル3] 自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間"を捨てられるか 中川隆
102. 中川隆[-10400] koaQ7Jey 2019年5月18日 11:06:27 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1918]


 官僚というのは「恐怖心を持つこと」「怯えること」「上の顔色を窺うこと」に熟達した人たちが出世する仕組みですから、彼らにとっては「勇気を持たなかったこと」が成功体験として記憶されている。

 凡庸な知性は、論理的に突き詰めて達した予想外の帰結を前にして立ちすくんでしまう。論理的にはそう結論する他ないのに、「そんなことあり得ない」と目をつぶって踏切線の前で立ち止まってしまう。

_____


論理は跳躍する - 内田樹の研究室 2019-05-18
http://blog.tatsuru.com/2019/05/18_0922.html


少し前に「すばる」でも教育についてのインタビューを受けた。そのときに「論理国語」について話したことがテープ起こしされて戻ってきたので、加筆してここに掲げる。

 今度、兵庫県の国語の先生たちの集まりで講演をするのですが、その打ち合わせに来た先生たちに伺うと、現場の話題はやはり学習指導要領の改訂で登場した「論理国語」のようです。いったい何なの、とみなさん疑問に思っていらした。本当にわからないらしい。

 そのときに「論理国語」に準拠した模試の問題の現物を見せてもらいました。驚きました。生徒会の議事録と生徒会の規約を見せて、年度内に生徒総会を開催することは可能かどうかを問うものだったんです・・・。

 契約書や例規集を読める程度の実践的な国語力を「論理国語」という枠で育成するらしい。でも、模試問題を見る限り、これはある種の国語力を育てるというより、端的に文学を排除するのが主目的で作問されたものだと思いました。

「論理国語」を「文学国語」と切り離して教えることが可能だと考えた人たちは、文学とは非論理的なもので、何か審美的な、知的装飾品のように思っているんじゃないですか。だから、そんなもののために貴重な教育資源を割く必要はないと思っている。現にそう公言する人は政治家とビジネスマンには多くいますから。自分たちは子どもの頃から文学に何も関心がなかったけれど、そんなことは出世する上では何も問題がなかった。現に、まったく文学と無縁のままにこのように社会的成功を収めた。だから、文学は学校教育には不要である、と。たぶんそういうふうに自分の「文学抜きの成功体験」に基づいて推論しているんだと思います。政治にもビジネスにも何の役にも立たないものに教育資源を費やすのは、金をドブに捨てているようなものだ、と。そういう知性に対して虚無的な考え方をする人たちが教育政策を起案している。これは現代の反知性主義の深刻な病態だと思います。

「論理国語」という発想に対して僕が懐疑的なのは、試験問題を作る場合、「正解」がわかっていて、受験生は論理的にそれをたどってゆくと「すらすらと」結論に達するというプロセスが自明の前提されていることです。たぶん、彼らの考える「論理」というのは、そういうものなんでしょう。でも、論理的にものを考えるということを実際にした経験のある人ならわかると思うけれど、論理的に思考するというのは、平坦な道を歩くようなプロセスじゃない。むしろ、ある種の「深淵」に直面して、それを跳び越えるという「命がけ」のプロセスなんです。

 僕は子どもの頃にエドガー・アラン・ポウやアーサー・コナン・ドイルを読んで「論理的にものを考える」ということがどういうことかを学びました。「論理的にものを考える」というのはオーギュスト・デュパンやシャーロック・ホームズ「のように考える」ということだと最初に刷り込まれた。それは今でも変わりません。

 名探偵の推理こそ「論理的にものを考える」プロセスの模範だと思いますけれど、ここには「正解」を知っていて「作問」している人はいません。登場人物が現場に残された断片から推理して、その帰結として正解を「発見」するんです。名探偵の行う推理というのは、ひとつひとつの間に関連性が見出しがたい断片的事実を並べて、それらの断片のすべてを説明できる一つの仮説を構築することです。その仮説がどれほど非常識であっても、信じがたい話であっても、「すべてを説明できる仮説はこれしかない」と確信すると名探偵は「これが真実だ」と断言する。それは「論理」というよりむしろ「論理の飛躍」なんです。
 
 それは実際に学術的な知性がやっていることと同じです。

 カール・マルクスや、マックス・ウェーバーや、ジーグムント・フロイトはいずれもすばらしい知的達成をなしとげて人類の知的進歩に貢献したわけですけれど、彼らに共通するのは常人では真似のできないような「論理の飛躍」をしたことです。目の前に散乱している断片的な事実をすべて整合的に説明できる仮説は「これしかない」という推理に基づいて前代未聞のアイディアを提示してみせた。「階級闘争」も「資本主義の精神」も「強迫反復」もいずれも「論理の飛躍」の産物です。同じ断片を見せられて、誰もが同じ仮説にたどりつく訳じゃない。凡庸な知性においては、常識や思い込みが論理の飛躍を妨害するからです。
  
 例外的知者の例外的である所以はその跳躍力なんです。彼らの論理的思考というのは、いわばこの跳躍のための助走なんです。こうであるならこうなる、こうであるならこうなる・・・と論理的に思考することによって、思考の速度を上げているんです。そして、ある速度に達したところで、飛行機が離陸するように、地面を離れて跳躍する。そうやって、ただこつこつと理屈をこねている限りは絶対に到達できないような高みに飛び上がることができる。

「論理的にものを考える」というのはこの驚嘆すべきジャンプにおける「助走」に相当するものだと僕は思います。そこで加速して、踏切線で「常識の限界」を飛び越えて、日常的論理ではたどりつけないところに達する。

 でも、凡庸な知性は、論理的に突き詰めて達した予想外の帰結を前にして立ちすくんでしまう。論理的にはそう結論する他ないのに、「そんなことあり得ない」と目をつぶって踏切線の前で立ち止まってしまう。それこそが「非論理的」ということなんです。

 フロイトの『快感原則の彼岸』は20世紀で最も読まれたテクストの一つですけれど、フロイトはここで症例研究から、そのすべてを説明できる仮説として「反復強迫」さらには「死への衝動」という驚嘆すべきアイディアを取り出します。これは「跳躍」です。フロイト自身は「思弁」と呼んでいます。これは論理的にものを考えるということの本質的な力動性について書かれた重要な言葉だと思います。フロイトはこう述べています。

「次に述べることは思弁である。誰もが、それぞれの見地から価値をみとめたり、あるいは軽視したりするかもしれな行き過ぎた思弁にもなる可能性がある。つまりそれは、ある理念がどんな結論をみちびき出すかという好奇心から、その理念を首尾一貫して利用しつくそうという試みである。」(フロイト、「快感原則の彼岸」、『フロイト著作集6』、井村恒郎他訳、人文書院、1970年、163頁)

 論理的にものを考えるというのは「ある理念がどんな結論をみちびきだすか」については、それがたとえ良識や生活実感と乖離するものであっても、最後まで追い続けて、「この前提からはこう結論せざるを得ない」という命題に身体を張ることです。

 ですから、意外に思われるかも知れませんけれど、人間が論理的に思考するために必要なのは実は「勇気」なのです。

 学校教育で子どもたちの論理性を鍛えるということをもし本当にしたいなら「論理は跳躍する」ということを教えるべきだと思います。僕たちが「知性」と呼んでいるのは、知識とか情報とか技能とかいう定量的なものじゃない。むしろ、疾走感とかグルーヴ感とか跳躍力とか、そういう力動的なものなんです。

 子どもたちが中等教育で学ぶべきことは、極論すれば、たった一つでいいと思うんです。それは「人間が知性的であるということはすごく楽しい」ということです。知性的であるということは「飛ぶ」ことなんですから。子どもたちだって、ほんとうは大好きなはずなんです。
 
 今回の「論理国語」がくだらない教科であるのは、そこで知的な高揚や疾走感を味わうことがまったく求められていないことです。そして、何より子どもたちに「勇気を持て」という論理的に思考するために最も大切なメッセージを伝える気がないことです。

 そもそも過去四半世紀の間に文科省が掲げた教育政策の文言の中に「勇気」という言葉があったでしょうか。僕は読んだ記憶がない。おそらく文科省で出世するためには「勇気」を持つことが無用だからでしょう。

 官僚というのは「恐怖心を持つこと」「怯えること」「上の顔色を窺うこと」に熟達した人たちが出世する仕組みですから、彼らにとっては「勇気を持たなかったこと」が成功体験として記憶されている。

だから、教育の中でも、子どもたちに「恐怖心を植え付ける」ことにはたいへん熱心であるけれど、「勇気を持たせること」にはまったく関心がない。それは彼ら自身の実体験がそう思わせているのです。「怯える人間が成功する」というのは彼ら自身の偽らざる実感なんだと思います。だから、彼らはたぶん善意なんです。善意から子どもたちに「怯えなさい」と教えている。「怯えていると『いいこと』があるよ。私にはあった」と思っているから。

 でも、知性の発達にとっては、恐怖心を持つことよりも勇気を持つことの方が圧倒的に重要です。

「勇気」というのは、知性と無縁だと思う人がいるかも知れませんけれど、それは違います。スティーヴ・ジョブスはスタンフォード大学の卒業式で、とても感動的なスピーチをしました。いまでもYoutubeで見ることができますから、ぜひご覧になってください。その中でジョブスはこう言っています。

The most important is the courage to follow your heart and intuition, because they somehow know what you truly want to become.

「最も重要なのはあなたの心と直感に従う勇気を持つことである。なぜなら、あなたの心と直感はなぜかあなたがほんとうに何になりたいのかを知っているからである。」

 ほんとうに大切なのは「心と直感」ではないんです。「心と直感に従う勇気」なんです。なぜなら、ほとんどの人は自分の心と直感が「この方向に進め」と示唆しても、恐怖心で立ち止まってしまうからです。それを乗り越えるためには「勇気」が要る。

 論理的に思考するとは、論理が要求する驚嘆すべき結論に向けて怯えずに跳躍することです。

「論理が要求する結論」のことを英語ではcorollaryと言います。日本語ではこれを一語で表す対応語がありません。僕はこの語を日本の思想家では丸山眞男の使用例しか読んだ記憶がありません。でも、これはとても重要な言葉だと思います。それがどれほど良識を逆撫でするものであっても、周囲の人の眉をひそめさせるものであっても、「これはコロラリーである」と言い切る勇気を持つこと、それが論理的に思考するということの本質だと僕は思います。
http://blog.tatsuru.com/2019/05/18_0922.html

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/564.html#c102

[近代史3] 内田樹:全面的な対米従属、アメリカの企業に対する市場開放と、日本の公共財の切り売りさえしておけば政権は延命できる 中川隆
2. 中川隆[-10399] koaQ7Jey 2019年5月18日 11:08:10 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1919]


 官僚というのは「恐怖心を持つこと」「怯えること」「上の顔色を窺うこと」に熟達した人たちが出世する仕組みですから、彼らにとっては「勇気を持たなかったこと」が成功体験として記憶されている。

 凡庸な知性は、論理的に突き詰めて達した予想外の帰結を前にして立ちすくんでしまう。論理的にはそう結論する他ないのに、「そんなことあり得ない」と目をつぶって踏切線の前で立ち止まってしまう。

_____


論理は跳躍する - 内田樹の研究室 2019-05-18
http://blog.tatsuru.com/2019/05/18_0922.html


少し前に「すばる」でも教育についてのインタビューを受けた。そのときに「論理国語」について話したことがテープ起こしされて戻ってきたので、加筆してここに掲げる。

 今度、兵庫県の国語の先生たちの集まりで講演をするのですが、その打ち合わせに来た先生たちに伺うと、現場の話題はやはり学習指導要領の改訂で登場した「論理国語」のようです。いったい何なの、とみなさん疑問に思っていらした。本当にわからないらしい。

 そのときに「論理国語」に準拠した模試の問題の現物を見せてもらいました。驚きました。生徒会の議事録と生徒会の規約を見せて、年度内に生徒総会を開催することは可能かどうかを問うものだったんです・・・。

 契約書や例規集を読める程度の実践的な国語力を「論理国語」という枠で育成するらしい。でも、模試問題を見る限り、これはある種の国語力を育てるというより、端的に文学を排除するのが主目的で作問されたものだと思いました。

「論理国語」を「文学国語」と切り離して教えることが可能だと考えた人たちは、文学とは非論理的なもので、何か審美的な、知的装飾品のように思っているんじゃないですか。だから、そんなもののために貴重な教育資源を割く必要はないと思っている。現にそう公言する人は政治家とビジネスマンには多くいますから。自分たちは子どもの頃から文学に何も関心がなかったけれど、そんなことは出世する上では何も問題がなかった。現に、まったく文学と無縁のままにこのように社会的成功を収めた。だから、文学は学校教育には不要である、と。たぶんそういうふうに自分の「文学抜きの成功体験」に基づいて推論しているんだと思います。政治にもビジネスにも何の役にも立たないものに教育資源を費やすのは、金をドブに捨てているようなものだ、と。そういう知性に対して虚無的な考え方をする人たちが教育政策を起案している。これは現代の反知性主義の深刻な病態だと思います。

「論理国語」という発想に対して僕が懐疑的なのは、試験問題を作る場合、「正解」がわかっていて、受験生は論理的にそれをたどってゆくと「すらすらと」結論に達するというプロセスが自明の前提されていることです。たぶん、彼らの考える「論理」というのは、そういうものなんでしょう。でも、論理的にものを考えるということを実際にした経験のある人ならわかると思うけれど、論理的に思考するというのは、平坦な道を歩くようなプロセスじゃない。むしろ、ある種の「深淵」に直面して、それを跳び越えるという「命がけ」のプロセスなんです。

 僕は子どもの頃にエドガー・アラン・ポウやアーサー・コナン・ドイルを読んで「論理的にものを考える」ということがどういうことかを学びました。「論理的にものを考える」というのはオーギュスト・デュパンやシャーロック・ホームズ「のように考える」ということだと最初に刷り込まれた。それは今でも変わりません。

 名探偵の推理こそ「論理的にものを考える」プロセスの模範だと思いますけれど、ここには「正解」を知っていて「作問」している人はいません。登場人物が現場に残された断片から推理して、その帰結として正解を「発見」するんです。名探偵の行う推理というのは、ひとつひとつの間に関連性が見出しがたい断片的事実を並べて、それらの断片のすべてを説明できる一つの仮説を構築することです。その仮説がどれほど非常識であっても、信じがたい話であっても、「すべてを説明できる仮説はこれしかない」と確信すると名探偵は「これが真実だ」と断言する。それは「論理」というよりむしろ「論理の飛躍」なんです。
 
 それは実際に学術的な知性がやっていることと同じです。

 カール・マルクスや、マックス・ウェーバーや、ジーグムント・フロイトはいずれもすばらしい知的達成をなしとげて人類の知的進歩に貢献したわけですけれど、彼らに共通するのは常人では真似のできないような「論理の飛躍」をしたことです。目の前に散乱している断片的な事実をすべて整合的に説明できる仮説は「これしかない」という推理に基づいて前代未聞のアイディアを提示してみせた。「階級闘争」も「資本主義の精神」も「強迫反復」もいずれも「論理の飛躍」の産物です。同じ断片を見せられて、誰もが同じ仮説にたどりつく訳じゃない。凡庸な知性においては、常識や思い込みが論理の飛躍を妨害するからです。
  
 例外的知者の例外的である所以はその跳躍力なんです。彼らの論理的思考というのは、いわばこの跳躍のための助走なんです。こうであるならこうなる、こうであるならこうなる・・・と論理的に思考することによって、思考の速度を上げているんです。そして、ある速度に達したところで、飛行機が離陸するように、地面を離れて跳躍する。そうやって、ただこつこつと理屈をこねている限りは絶対に到達できないような高みに飛び上がることができる。

「論理的にものを考える」というのはこの驚嘆すべきジャンプにおける「助走」に相当するものだと僕は思います。そこで加速して、踏切線で「常識の限界」を飛び越えて、日常的論理ではたどりつけないところに達する。

 でも、凡庸な知性は、論理的に突き詰めて達した予想外の帰結を前にして立ちすくんでしまう。論理的にはそう結論する他ないのに、「そんなことあり得ない」と目をつぶって踏切線の前で立ち止まってしまう。それこそが「非論理的」ということなんです。

 フロイトの『快感原則の彼岸』は20世紀で最も読まれたテクストの一つですけれど、フロイトはここで症例研究から、そのすべてを説明できる仮説として「反復強迫」さらには「死への衝動」という驚嘆すべきアイディアを取り出します。これは「跳躍」です。フロイト自身は「思弁」と呼んでいます。これは論理的にものを考えるということの本質的な力動性について書かれた重要な言葉だと思います。フロイトはこう述べています。

「次に述べることは思弁である。誰もが、それぞれの見地から価値をみとめたり、あるいは軽視したりするかもしれな行き過ぎた思弁にもなる可能性がある。つまりそれは、ある理念がどんな結論をみちびき出すかという好奇心から、その理念を首尾一貫して利用しつくそうという試みである。」(フロイト、「快感原則の彼岸」、『フロイト著作集6』、井村恒郎他訳、人文書院、1970年、163頁)

 論理的にものを考えるというのは「ある理念がどんな結論をみちびきだすか」については、それがたとえ良識や生活実感と乖離するものであっても、最後まで追い続けて、「この前提からはこう結論せざるを得ない」という命題に身体を張ることです。

 ですから、意外に思われるかも知れませんけれど、人間が論理的に思考するために必要なのは実は「勇気」なのです。

 学校教育で子どもたちの論理性を鍛えるということをもし本当にしたいなら「論理は跳躍する」ということを教えるべきだと思います。僕たちが「知性」と呼んでいるのは、知識とか情報とか技能とかいう定量的なものじゃない。むしろ、疾走感とかグルーヴ感とか跳躍力とか、そういう力動的なものなんです。

 子どもたちが中等教育で学ぶべきことは、極論すれば、たった一つでいいと思うんです。それは「人間が知性的であるということはすごく楽しい」ということです。知性的であるということは「飛ぶ」ことなんですから。子どもたちだって、ほんとうは大好きなはずなんです。
 
 今回の「論理国語」がくだらない教科であるのは、そこで知的な高揚や疾走感を味わうことがまったく求められていないことです。そして、何より子どもたちに「勇気を持て」という論理的に思考するために最も大切なメッセージを伝える気がないことです。

 そもそも過去四半世紀の間に文科省が掲げた教育政策の文言の中に「勇気」という言葉があったでしょうか。僕は読んだ記憶がない。おそらく文科省で出世するためには「勇気」を持つことが無用だからでしょう。

 官僚というのは「恐怖心を持つこと」「怯えること」「上の顔色を窺うこと」に熟達した人たちが出世する仕組みですから、彼らにとっては「勇気を持たなかったこと」が成功体験として記憶されている。

だから、教育の中でも、子どもたちに「恐怖心を植え付ける」ことにはたいへん熱心であるけれど、「勇気を持たせること」にはまったく関心がない。それは彼ら自身の実体験がそう思わせているのです。「怯える人間が成功する」というのは彼ら自身の偽らざる実感なんだと思います。だから、彼らはたぶん善意なんです。善意から子どもたちに「怯えなさい」と教えている。「怯えていると『いいこと』があるよ。私にはあった」と思っているから。

 でも、知性の発達にとっては、恐怖心を持つことよりも勇気を持つことの方が圧倒的に重要です。

「勇気」というのは、知性と無縁だと思う人がいるかも知れませんけれど、それは違います。スティーヴ・ジョブスはスタンフォード大学の卒業式で、とても感動的なスピーチをしました。いまでもYoutubeで見ることができますから、ぜひご覧になってください。その中でジョブスはこう言っています。

The most important is the courage to follow your heart and intuition, because they somehow know what you truly want to become.

「最も重要なのはあなたの心と直感に従う勇気を持つことである。なぜなら、あなたの心と直感はなぜかあなたがほんとうに何になりたいのかを知っているからである。」

 ほんとうに大切なのは「心と直感」ではないんです。「心と直感に従う勇気」なんです。なぜなら、ほとんどの人は自分の心と直感が「この方向に進め」と示唆しても、恐怖心で立ち止まってしまうからです。それを乗り越えるためには「勇気」が要る。

 論理的に思考するとは、論理が要求する驚嘆すべき結論に向けて怯えずに跳躍することです。

「論理が要求する結論」のことを英語ではcorollaryと言います。日本語ではこれを一語で表す対応語がありません。僕はこの語を日本の思想家では丸山眞男の使用例しか読んだ記憶がありません。でも、これはとても重要な言葉だと思います。それがどれほど良識を逆撫でするものであっても、周囲の人の眉をひそめさせるものであっても、「これはコロラリーである」と言い切る勇気を持つこと、それが論理的に思考するということの本質だと僕は思います。
http://blog.tatsuru.com/2019/05/18_0922.html

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/398.html#c2

[政治・選挙・NHK260] 小室圭さん 3カ月夏休みにナゼ「帰国せず」 金銭トラブル解消チャンスも…(スポニチ)「この機会に帰国しないのは理解に苦し… 完璧帰趙
3. 中川隆[-10398] koaQ7Jey 2019年5月18日 12:54:50 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1920]
小室圭さん関係のスキャンダルも秋篠宮関係のデマもすべて CIA と外務省創価グループが流したデマの可能性が高いです:


秋篠宮が入江侍従長の子供だとか

秋篠宮がプチエンジェル事件の顧客名簿に載っていたとか、

宮内庁が秋篠宮が眞子と近親相姦している「パパだーいすき」という動画を探しているとか

すべて CIA と外務省創価グループが流したデマだと言われています。

自殺に見せ掛けた殺しは CIA+創価学会 のお家芸なので、秋篠宮家での三件の不審死も創価ヤクザがやった可能性が有ります。 秋篠宮家をうさん臭く思わせたかったんだろうね:


忠告しておく。層化を追求すると死人が出る ・ ・ ・ ・。

12.浅木明代市議( 創価を追及している最中に、 ビルから転落。飛び降り自殺? )

13.姉歯秀次の妻 : 熱烈な層化信者 ( 飛び降り自殺? 逃げ回っていた姉歯に対する口封じ?)

14.松岡農水大臣( 首吊り自殺?? 秘書が発見したが、 救急車が来るまでつりっぱなし )

15.伊丹十三映画監督( 層化をテーマにした映画作成中に、 飛び降り自殺???)

17.プチエンジェル運営会社社長( 事件発覚、顧客に大物政治家の名前リスト有り、口封じで練炭自殺??)


高円宮は組織の事を知り過ぎてしまったので、創価ヤクザに腹上死に見せ掛けて殺されたのかな?


紀子様の堕胎説や、川嶋教授の怒鳴り込み説なども創価ともう一つ、自分の上にある秋篠宮家を憎んでいた高円宮家が名誉会長を務めていたワールドメイトの信者が手分けして広めたデマです。

堕胎など医師の守秘義務を破ってもらす医療関係者が、全国津津浦浦に隈なく存在しているあり得なさを考えてみればよいのです。やれどこそこの院長が言っていた、婦長がここだけの話として教えてくれた、などなど冷静に考えてみればあり得ないことを信じ込まされている人達がいます。

創価大学の学生には、「東宮夫妻お出まし」のための歓迎サクラ要員募集記事がHPに載っていました。(スクショと共に記事にしました)。毎度報道されるお迎えの集団が本物なら、動員の必要はないでしょうに。

創価婦人部は複数名が一組となって電車の中で、周りに聞こえる程度のひそひそ話で「ねえ、聞いた?」「紀子さまってば」「秋篠宮殿下って実はね」として、秋篠宮家の貶め作戦を行って来ました。
同じ女たちが、別の電車で同じ芝居をしている所を目撃したというコメントを、コメ欄にかつて頂きました。

秋篠宮がプチエンジェル事件の顧客名簿に載っていたとか
宮内庁が秋篠宮が眞子と近親相姦している「パパだーいすき」という動画を探しているとか

の話も秋篠宮家を うさん臭く思わせようとしてでっち上げた話でしょう。

昔、皇太子妃候補 No.1 だった柏原芳恵がバイブレーター所持していたというデマを流した のも外務省創価グループだと言われているしね。

要するに、CIA と創価学会は

どうしても愛子を天皇にしたい、
秋篠宮家を うさん臭く思わせたい

のでしょうね。
http://www.asyura2.com/19/senkyo260/msg/850.html#c3

[リバイバル3] 中川隆 _ 音楽関係投稿リンク 中川隆
38. 2019年5月18日 13:18:14 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1918]
アメリカの演奏家は何故みんな演奏技術だけ凄くて中身ゼロなのか
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/437.html

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/450.html#c38
[近代史3] アメリカの演奏家は何故みんな演奏技術だけ凄くて中身ゼロなのか 中川隆
1. 中川隆[-10400] koaQ7Jey 2019年5月18日 13:20:58 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1919]

ジュリアード音楽院に留学した天才少年ヴァイオリニスト 渡辺茂夫の喜劇(悲劇?)


渡辺茂夫(1941年6月26日 - 1999年8月15日)


Shigeo Watanabe plays the violin
http://www.youtube.com/watch?v=6uMdz9HeREI

Schubert's Ave Maria Violin and Piano - Shigeo Watanabe
http://www.youtube.com/watch?v=qzaQJuVmJlI

Tchaikovsky Violin Concerto in D, Op.35 - Violin: Shigeo Watanabe - Japan - Miyajima
http://www.youtube.com/watch?v=UxEuFi6RpSo

Niccolò Paganini - Le streghe Op.8, MS19 - Violin - Shigeo Watanabe
http://www.youtube.com/watch?v=9kdSBAhki40

Felix Mendelssohn - Auf Flügeln des Gesanges ( On Wings of Song ) - Violin: Shigeo Watanabe
http://www.youtube.com/watch?v=HdLo_OUj6lo

Frédéric Chopin - Nocturne No.20 in C-sharp minor - Violin: Shigeo Watanabe
http://www.youtube.com/watch?v=XbEp4W5Z-dE

戦後日本に彗星のごとく現れた天才少年ヴァイオリニスト渡辺茂夫。

4歳半よりアウアー流派の教授法を研究した父季彦氏より薫陶を受け、13歳で来日していたハイフェッツに才能を高く評価される。

その後ハイフェッツによる熱心な推薦で無試験でジュリアード音楽院へ入学し、ガラミアンに師事。

アメリカでもその才能は高く評価されるも、ガラミアンとの意見の不一致や戦後間もない日米間の微妙な空気などから精神不安となり1957年自殺未遂、演奏活動の続行は不可能となった。

この悲劇的かつ伝説的な神童の演奏は渡米前、渡米中の録音がいくつか残されており、その類稀な音楽性を窺い知ることができる。演奏活動を続けていれば間違いなく世界的なヴァイオリニストに成長したと思われ、残念この上ないことである。
http://www.fstrings.com/player/detail.asp?id=68

渡辺 茂夫は少年時代に戦後復興期の日本で活躍したヴァイオリニスト。いわゆる伝説的な音楽的神童のひとり。

音楽家一家に生まれ、茂夫の生母・鈴木満枝はヴァイオリニストだった。4歳より、母方の叔父の渡辺季彦が経営する音楽教室(渡辺ヴァイオリン・スタジオ)でヴァイオリンを学び始める。その翌年、両親の離婚にともない、そのまま渡辺家の養子となった。


天才少年の誕生
1948年(7歳)に芝白金小学校に入学するが、早くもこの年に、巌本真理より音楽的才能を絶賛され、12月に最初のリサイタルを、翌年以降も毎年1回の定例コンサートを行う。また、1949年にはヴァイオリンを弾く少年役として映画「異国の丘」に出演している。早くも創作面にも関心を示し、音楽理論を石桁真礼生に師事しながら作曲活動や詩作にも着手し、小学校の最終年次にヴァイオリン協奏曲、オペラ、ヴァイオリン・ソナタを作曲。その作品はクラウス・プリングスハイムによって高く評価された。


渡米
1954年(13歳)に暁星中学校に進学。同年、イギリスの名指揮者マルコム・サージェントの指揮により、東京交響楽団とチャイコフスキーの協奏曲を演奏。来日したダヴィッド・オイストラフを訪ねて演奏を行う。5月、渡辺季彦の奔走により、帝国ホテルにおいて、来日中のヤッシャ・ハイフェッツに面会し、演奏を披露、ハイフェッツに深い感銘を与え「百年に一人の天才」と評される。

6月にハイフェッツからの招待を得て、両親に促されて渡米が決まる。1955年3月、ジュリアード音楽院院長より、「ハイフェッツ氏の熱心な推薦により」無試験入学が許可される。各方面の支援者(アメリカ軍属、朝日新聞社、その他の個人)から経済的援助を受け、期限は2年間、演奏旅行には連れ出さないとの条件により、7月に飛行機で渡米。


輝かしい未来
(14歳)カリフォルニア州で語学研修を受けるかたわら、奨学金を得て地元の夏季音楽講習会にも参加する。早くも天才ぶりと品のよい物腰から脚光を浴び、とりわけハンガリー人ピアニストのジェルジ・シャンドールに目をかけられた。

8月末にはモーリス・アブラヴァネルの指揮でベートーヴェンの協奏曲を演奏して、サンタバーバラ市の地元紙で絶賛される。講習会の告別演奏会にも出席して、自作のヴァイオリン・ソナタを披露する。9月にニューヨークに到着し、ジュリアード音楽院でペルシャ出身のヴァイオリニストイワン・ガラミアン(アイヴァン・ガラミアン)に師事することが決定。日系人の家庭にホームステイを始めるが、後にガラミアン宅に同居する。


最後の栄光
1956年(15歳)からニューリンカーンのハイスクールに通学。この頃から日本への連絡が途絶えがちになる(一説には、日本や日本語に対する嫌悪感があらわれたと言われる)。職業音楽家を集めたプライベートの演奏会において、ハイフェッツの伴奏者として知られるエマヌエル・ベイのピアノにより、ブラームスのヴァイオリン・ソナタ、ヴィエニャエフスキの≪協奏曲 第1番≫を演奏。出席者には、レナード・バーンスタイン、ピアティゴルスキー、レナード・ローズらの顔ぶれがあり、ハイフェッツのお気に入りの指揮者アルフレッド・ウォーレンスタインからは、世界一の演奏家になるとのお墨付きを得た。

新学期の9月には、ジュリアード音楽院で史上最年少の奨学生に選ばれ、さらに半額と規定されていた奨学金も全額支給される。秋にガラミアン教授宅を出て、ホームステイ先を変更。すでにガラミアンと折り合いが合わなくなっていた。

青春の終わり・悲劇の幕切れ
1957年2月、情緒不安定を訴え精神科に通院。春にふたたびホームステイ先を変更する。4月より助手としてジュリアード音楽院に残り、研究のかたわら治療を続ける。夏のヴァカンスでカリフォルニア州に行き、恩人ハイフェッツを訪ね、激賞された。9月にジュリアード音楽院に再入学するが、乏しい報酬と心もとない支援金により耐久生活を余儀なくされており、劣悪な住環境しか見つからなかった(身元引受先のジャパン・ソサエティによる配給額が適切でなかったためとされる)。

異国の地で人間嫌いと疎外感がつのるようになり、自殺願望をほのめかすようにもなると、両親は茂夫の急変を察知。ジャパン・ソサエティに緊急帰国を要請するも、同協会は茂夫の治療優先の方針を崩さなかった。ついに11月2日、茂夫は未成年が購入禁止とされているはずの睡眠薬を大量に服用する。11月5日に日本の家族に危篤を告げる電報が届いた。一命はとりとめたものの、不幸にも脳障害が残り、意識を回復する見込みはなかった。翌年1月、家族の要請により日本に送還され、その後四十年以上に渡って在宅療養を続けた。

演奏の特徴
茂夫の演奏は、ガラミアンにつく前にすでにある程度の完成の域に入っていた、と養父・季彦はいう。アウアー奏法を基本として技術的にも優れた才を示していたにもかかわらず、ガラミアンがそれに理解を示さず、独自の厳しい指導でもって自身の奏法へ転換させようとした重圧に茂夫は苦しみ続けたといえる。

茂夫の養父、渡辺季彦 (1909年 - 2012年6月10日[2]) はヴァイオリン教師であり、門下生の多くが国内の各地や海外で、ソリストや楽団員として活動している。渡辺季彦は、カール・フレッシュの理論書やレオポルト・アウアーの著作をひも解きながら、独自のメソッドを編み出しており、小野アンナと同様、早期教育の重要性を説いていた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%A1%E8%BE%BA%E8%8C%82%E5%A4%AB

渡辺茂夫は10代に満たない頃すでに国内では神童として名が通っていた。その評価が決定的になったのは、来日したハイフェッツに高く評価され、ジュリアード音楽院への留学を強く推薦されたことだった。

茂夫にヴァイオリンの手ほどきを施した父季彦氏はハイフェッツの師アウアーの教授法の熱心な研究者で、その最も偉大な門下生、ハイフェッツの推薦は決定を意味していた。しかしこのことが悲劇の幕開けとなるとはこの時、誰も思わなかった。

ジュリアードで茂夫が師事したガラミアンは、近代的合理奏法を推し進めた教育者である。そのため、アウアー流派を強く信奉し、既に完成したスタイルを確立していた茂夫とは奏法上の意見が折り合わなかった。

次第に茂夫はアメリカに来た意味を見失い始める。折りしも戦後間もない微妙な時期で、敗戦国からやってきたこの少年に対する周囲の目も相当に冷たいものであったともいう。こうして彼は演奏ができない体になって日本に戻った。時代と巡り合わせによる悲劇という他ない。

 彼は10代に満たない頃から既に深い音楽的洞察を行っている。これは残された録音からも明らかである。この天才を授かったわずか10歳そこそこの少年は、メニューインの来日時の演奏を日記中に評して「深みのない演奏だった」と述べている。実演がどうだったかはひとまずおいて、彼がこの感想を抱くだけの確立した音楽を自身の中に持っていたことは間違いない。

彼の音色は私の知るすべての日本のヴァイオリニストの中でもっとも個性的で、そして最も美しい。その上、天性に他ならない自然で優雅なフレージングを持っている。もし、演奏活動を続けていれば、と思わずにはいられない。
http://www.fstrings.com/player/

神童 渡辺茂夫

音楽の世界では、しばしば神童が現れます。古典的にはモーツァルトやメンデルスゾーン、現代では、ヴァイオリン奏者のヤッシャ・ハイフェッツや五嶋みどりが有名です。ところが、日本にもう1人まだ音楽活動を続けていたならば、演奏面のみならず作曲面でも歴史に留められたであろう神童がいました。

昭和20年代後半に若干10歳を少し越えて国内の演奏家として確固たる評価を受け、14歳で世界を睨んで、米国のジュリアード音楽院に留学した渡辺茂夫です。

残念ながら彼は留学中の昭和32年に自殺未遂をおこしその輝ける才能は16歳にして終焉をむかえます。両親をはじめ多くの関係者から世界の音楽家として一身に期待を受けていた茂夫でしたが、すでに音楽家としての「渡辺茂夫」は完成されていました。それでも彼が留学したのは、当時の日本では彼と共演できるレベルの音楽家が少なかったこと、それに最高を目指すにはやはり世界の舞台に立つ必要があったからです。

しかし、茂夫の音楽性を理解していた人たちは、それでもなぜまだ幼い時期に留学の必要があったのかと顧みます。今回は、神童の出現、渡米、そして自殺未遂まで、なぜ日本の偉大な才能が失われるに至ったかを考察します。

神童が生まれるまで

神童には2つのパターンがあります。生まれながらにしての天才、そして努力を重ねた結果の天才。モーツァルトを前者とすれば、茂夫は明らかに後者です。

養父の渡辺季彦はオーケストラのヴァイオリン奏者としても、また音楽教育者としても一流の人でした。自らの経験から音楽教育は幼いうちから徹底して行うべきだと、茂夫にも5歳のころからスパルタ式でヴァイオリンを教え込んでいきました。

毎日7〜8時間、幼い子供には地獄ともいえる特訓を施したのです。彼の完ぺきなまでのテクニックは父の指導のもと完成していき、そして彼の天賦の才能が加味して、後に「天上の音楽」とも呼ばれた、他にはまねの出来ない演奏を行うようになりました。7歳の小品の初リサイタルから、小学6年生の時にはすでにベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の共演まで神童にふさわしい音楽活動を続けました。

神童は神童を知る

ヤッシャ・ハイフェッツ茂夫がジュリアードへ留学するきっかけとなったのは、世界的なヴァイオリニスト、ハイフェッツとの出会いでした。茂夫の才能に惚れ込んだ彼は、最年少でジュリアード音楽院のスカラシップに推薦します。

ハイフェッツ自身、15歳の時ベルリンフィルと共演して、「100年に1人の天才」と呼ばれた人物です。非常にプライドの高い彼は、茂夫をして「25年に1人の天才」と称賛しました。これはハイフェッツにとっては最大の賛辞なのです。

また一方、茂夫は作曲の方面でも非凡な才能を発揮しました。茂夫が試作するソナタやオペラを見て、彼を指導した武蔵野音大教授プリングスハイムは最大級の賛辞を惜しみませんでした。もし、彼が作曲を続けていたならば、演奏家としてだけではなく、作曲面でもクライスラー以上の成功が約束されていたでしょう。茂夫の音楽にはそれほどの美しさが宿っていたのです。

ガラミアン学校
イワン・ガラミアン教授茂夫を推薦したハイフェッツには大きな誤算がありました。

父、季彦が茂夫に伝授した奏法はかつてハイフェッツも師事したレオポルド・アウアーの流れを含むものです。一方、ハイフェッツが推薦したガラミアン(Ivan Galamian 1903-1981)は当代最高の音楽教師でしたが、茂夫の演奏法には否定的でした。

ガラミアン学校では後にパールマンやズッカーマンなど今日では巨匠と呼ばれている演奏者を輩出します。しかしながら、厳格な彼の教育法はすでに完成されたスタイルを持つ茂夫には不適切で、才能を伸ばすよりむしろ混乱を与えたようです。感受性の高い思春期の子供への教育としてよく見られる傾向ですが、褒めることよりも厳格な指示による教え方は、かえって反発を買い、本人の才能を縮める結果となります。

特に感受性の高い茂夫にとっては、ガラミアンのレッスンは、本人の人格まで否定しかねなく、彼は徐々に情緒不安定に陥っていきます。彼の変化は単に反抗的になっただけではなく、人間嫌いになり、また自分自身を否定するような日本語拒否反応を示すようになります。この結果、周りからも疎外されていき、ますます孤独に陥るようになっていきます。さらにひどいことに、本来援助されるべき茂夫の生活費が、当時身元引受先であったジャパン・ソサエティから生活に必要な半分も支給されず、生活は惨めなものでした。


神童の悲劇
茂夫は未成年者が買えない睡眠薬をどこからか買って、それを大量に飲んで、自殺を図ります。それ以前に自殺を匂わす言動がしばしば見られましたが、残念ながら誰も真摯になって彼を顧みるひとはいなかったのです。一命を取りとめましたが、彼の脳細胞は薬の影響で破壊され、音楽家としての偉大な才能も失われました。
http://www.mozartant.com/Jordan/Classic/Shigeo_watanabe.htm

渡辺茂夫(天才バイオリニスト)の晩年の40年間の介護 2012/08/27

2012年6月10日、驚異のバイオリン教師、渡辺季彦氏が103才で亡くなられた。

 昭和21年(1946年)渡辺季彦、美枝夫妻にもとに美枝の妹、鈴木満枝の妹と長男の茂夫が同居を始めた。

 茂夫の実母の満枝もバイオリニストだったため、養父の季彦は5才から茂夫にレッスンをほどこしたが、

「最初は他の生徒と比べ、ダントツの下手さで馬鹿じゃないか、と思った」

という不器用さだったが、季彦の猛特訓に耐え、

「一年ほどたって、上達してきた」。


 それが7才で交響楽団と共演のリサイタル、だから驚くしかない。

 8才での名古屋交響楽団との共演では、日記に「交響楽団が全くついてこれないので苦労した」と書くほどだった。

 渡辺茂夫はジュリアード音楽院(NY)に授業料全額免除の破格の待遇でハイフェッツの推薦で入学。

 バイオリンは人の声に最も近い音を出す楽器という。

茂夫の演奏は門外漢が聞いても、まさに天上からの情感に満ちた、もしや人の声?
ではとさえ思わせる音色、演奏。

 8歳頃か、名古屋交響楽団と共演の際、楽団メンバーだった後述の若井一朗氏は

「いざ、本番、真剣勝負となると、まるで天から神様が降り立ったようだった」

と述べている。

  渡辺茂夫の天才ぶりは米国ジュリアード音楽学院時代の在学女性(米国人)も

「シゲオは現代のモーツァルトだった」

と感歎をこめて(番組で)語っていた。


 さて、渡辺茂夫は当時としては夢のまた夢の渡米してのジュリアード音楽院入学。だが、この渡米が天才バイオリニスト渡辺茂夫を潰してしまった。

ジュリアードの帝王、イワン・ガラミアンに惚れ込まれ、ガラミアン邸(ウェストサイドのマンション)に一室に住まわされた。だが、養父の季彦に教えられて完成の域の奏法を変えられてしまい、迷路に彷徨うハメになってしまった、のが最大の不運だった。

この点について、渡辺季彦氏は

 「ガラミアンのように、全て分かっているはずの人が自分の流儀に強引に変えさせるなんて、彼は結局、本当の芸術家じゃなかったんですね」

と憤懣やるかたない、のである。

 なおジュリアードでガラミアンにバイオリン奏法を変えさせられた被害者!に桐朋学園大教授のバイオリニストの小林健次氏もいて、番組でコメントされている。

 米国留学の必要は(あの時点で)、全くなかった。
来日した(1954年)ハイフェッツとの前での演奏が結果として命を奪った。

 クラシックの留学先としてアメリカは何か不適な面がある。
ヨーロッパが当然ベストだが第二次大戦での疲弊が激しかった。

 すでに完成していた奏法を強引に変えられ、生活面でも葛藤が多かったようだ。ガラミアン亭を出て一人暮らし、を始めてからは金欠の傾向が出てきた。

それはまさに経済的な困窮だった。留学に際して渡辺家は三条件の一つに「アルバイトはしない」を挙げていた。しかしあまりの茂夫の窮状をみかねたガラミアンは「週三回のオーケストラでのバイト」を提示した。
ギャラは月収75ドルでこれは当時の水準でも安い。

 ガラミアンの紹介したオーケストラは「National Orchestra association」で全米の演奏家の登竜門だった。 同時期にジュリアードにいた小林健次もこのバイトをしていたが、この中では小林、渡辺は抜群の実力だった。

 だが、このオーケストラにJudieという茂夫より年長の可憐な白人の少女がいた。16才になっていた茂夫はジュディにぞっこんになった。 茂夫は英文日記で

 「今、ジュディに電話しようかと迷っている。彼女は忙しく、僕のことなどに構ってくれないだろう。この夏は彼女によく逢えた。そして心を乱された。ジュリアードでは同じクラスを僕は繰り返し、幸福ではなかった。言葉も十分でなく、意思の疎通の出来ず、トラブルが多かった。生活も混乱した。他人の感情に悩まされてはいけな(ジュディを除いて)」

 小林健次によれば

「確かジュディという少女はいたように記憶しています。
まだ彼女も十代でした。派手でなく可愛い人でした。オーボエだったか、バ
イオリンだったか、」

 ともあれ、この頃の多感な茂夫が他生年上の少女に恋した、のも無理からぬことだった。だがしょせん、友情としか思っていないジュディは茂夫の苦しみの原因になった。

 日記「ああ、今すぐ、ジュディに逢えたら、と思う。彼女を忘れられない。
彼女のことで頭が一杯だ。この二日間、誰とも話していない。
ジュディがいないと寂しくなる。生きる希望を失っていた僕に希望を与えてくれたのだ」

 「この夏、ジュディに逢ったとき、人生で初めての幸せを感じた。だが、今
はそうではない」

 ジュディを知って逆に週三回のバイトが楽しみになった。

米国でも「二十世紀のモーツァルト」、「比べる者もない演奏」と評されても、・・・・・16才で終わりました、では悔やんでも悔やみきれない損失と言うしかない。

 「今の僕の考えは危険なものになりつつある。誰も親身になって気づか
ってくれないのだ。
 僕は一つの結論に達した。ジュディはもう僕などに関心はない。だが僕
は変われない。ジュディに聞きたい。僕をどう思っているのか。はっきりさせ
てほしい。もう逃げるしかない。全てが終れば何も感じないだろうから」

 「ああ、僕は間違っていた。僕を助けてほしい。ジュディだけが僕を助けてくれる。僕は疲れてしまった。今の僕は何も出来ない。もう数週間したら、・・・」

 十月下旬、茂夫はジュディへの手紙をオーケストラノメンバーに託した。
だが、返事はなかった。いくら待っても返事がないことに茂夫は絶望した。

 ・・・・実は手紙を託されたメンバーが忘れてジュディに渡さなかったのだ。
これが運命を決めてしまった。

 「僕はジュディに声をかけた。だが返事はなかった。もうジュディに頼らな
いことにする。僕はもう疲れてしまった。」

 「僕を本当に思ってくれる方へ
 策や彼女に別れを言って、全てが決まった。この夏、全く希望などなか った。僕自身、すべてを忘れようとして、いろんなことをやった。ただ幸福になりたくて友人をたくさん持ちたいと思った。しかし、心の中のどこかでこの世から逃げ出すことを決めていた。(中略)
NYに戻ったとき、人生が恐ろしかった。しかし再びジュディと逢った。気持が戻った。その後、いつもジュディに惹かれていた。彼女こそ僕を幸せに出来るただ一人の存在だ。核心は、僕は全てをジュディに捧げた。が彼女は僕を見ようともしない。もう何も考えないことにしよう」

 茂夫の悲劇が起こって手紙を託されて忘れたメンバーは後悔に苛まれ
た。

 下宿先の女性には自画像「鎖でベッドに足をつながれて演奏している自らの姿」を書いて見せていた。

 1957年11月1日、茂夫は日米協会を訪れた。いあわせたオーバートン事務局長に
「僕はたいへんなご負担になっている、と思います、日本に帰ろうと思うんです」

 日ごろの茂夫の日本嫌いを知っていた事務局長は驚いた。だから
「 無理に帰国させたら自殺のおそれもある」
と精神科の医師も言っていたのだ。それが突然の翻意だ。

 「今帰国したら皆、おかしいと思うよ」

 「そうでしょうか」茂夫は首をかしげた。

 翌、二日後もまた茂夫が現れた。
「もう身許保証人になっていただかなくていいです。すぐ日本に帰らせてください」

 翌日の三日は茂夫は終日、部屋にこもっていた。

 この日の午後、2階の小林健次の部屋を米国人がノックした。

 「建次、ちょっと心配なんだ。いま廊下で茂夫は私に錠剤を見せて
『これを飲んで死んでやる』
なんて言ってるんだ。大丈夫かな。私は仕事があるので見ていてやれないが」

 小林健次は茂夫の茶目っ気と思った。本気で死ぬ人間がそんなものを人に見せるだろうか。小林は、どうすべきか、思案していた。

 その夜、12時近く、うとうとしていた小林健次は誰かが激しくノックする音で目が覚めた。

 「建次、起きろ!茂夫が大変だ!」

 「何があった?」

 「茂夫が自殺したんだ」

 小林ははねおきて4階の茂夫の部屋に走っていったがすでに茂夫は運びだされていた。

 ニューヨーク市警に報告が入ったのは午後11時45分。パトカーが到着した時は既に誰かがセント・ルークス病院に運んでいた。

 市警の報告書

 「男性、16才、黄色人種。シゲオ・ワタナベは特定できない睡眠薬を飲んで明らかに自殺を計った。個人的にセントルークス病院に運ばれた。
 ジャパンソサイアティによれば本人は重体で面会謝絶。医師はスコポラミンとメサフィリンを服用したのが原因としている。この大量摂取は危険である。失恋で精神がめいっていた、との証言もある。要望で捜査は打ち切る」

 ただちに全力を挙げての茂夫の治療が始まった。意識不明で瞳孔散大 。
自律神経失調で発汗しない。そのため体温は急上昇して40度を超えていた。全身は反り返っていた。胃の洗浄したが薬物は既に吸収されていた。
呼吸困難が始まった。痙攣が顕著。服毒から治療開始まで7時間経過。

 小林健次も病院に来たが、
「口も利けず私が誰かもわからない。言葉も話せない」


 外務省にNY総領事館からの報告

 「目下、当地でバイオリン研修中の渡辺シゲオは米国人娘に失恋し、それを苦にして、昨日3日夜m多量の睡眠薬で自殺を企て、重体になっているところを発見され、直ちにセント・ルークス病院に搬送された。あらゆる治療がなされたが、午後にいたっても危篤状態は変わらず、担当医師の話では、回復の見込みはなく、命は取りとめても脳が破壊されているため通常の生活はおろか、寝たきりになって精神機能もないであろう、ということである」

 渡辺季彦はこれを信じることはなく、終始一貫、自殺など責任逃れであって、何者かの陰謀によるものだ、と信じて疑がわなかった。

 茂夫の治療費は莫大になっていった。協会の茂夫のためのお金はすぐに枯渇した。若井一朗は米国が責任を持って面倒見るべき、と主張した。

 結局、それは無理と分かり、茂夫を帰国させる、こととしたが、この重体の半死半生の患者をどうやって遠路はるばる帰国させるか、が問題になった。

 若井は協会会長に掛け合って渡辺茂夫基金を創設することを認めさせた。茂夫が生涯に得る金額は想像を絶する大金だろう。それだけの金があれば茂夫を帰国させても療養生活を余裕を持って送れる、と踏んで若井は自ら付きそって帰国させることとした。

 日本航空は断った。ノースウェストが受諾した。コクピットの後ろの特等席にある四つのベッドの一つに茂夫を固定した。若井が付き添っていた。 鼻にはvチューブ尿を取るカテーテル、他の乗客は何事か、と怪訝な顔をしていた。

 機内で茂夫は暴れ、わめき、他の客は必死で耐えた。

 昭和33年1月16日、羽田に到着した。そして渡辺季彦などの待つ自宅に到着した。・・・・・・

 テレビ朝日の番組では

 若井氏いわく「脳の表面が壊れてしまっていて、喜怒哀楽はかろうじてあるようだったが、四肢も動かせず全く動けなくなっていた.全身は硬直し、けいれんが続いていた」

 ・・・・脳の表面が壊れていた、・・・とは開頭したのだろうか。・・・・
睡眠薬多量服用のためとされる。

 だが養父の渡辺季彦氏は生涯、その死の原因を追究し続け、
「茂夫が自殺なんかするはずないじゃないですか。NYの新聞記者によれば茂夫はギャングの陰謀に巻き込まれたんですよ.。これは、はっきりしていることなんですよ」
(89才のとき、テレビ朝日放送番組で)

 ・・・・・渡辺季彦氏は鎌倉でバイオリン教師(レッスン)の傍ら91才まで茂夫が58才で亡くなるまで40年間、必死の介護、リハビリを行い、最後は何とか支えたら歩けるていどにまで回復させた。しかし帰国後、言葉を発したことは一度もなかった。

 TV]で放送されたその時の茂夫と風呂に入れて食事もさせる季彦氏(当時89才)のそのに気丈な姿。あまりに愛情に満ちて献身的な季彦氏である。

 なおこの時、番組スタッフが茂夫氏に何度かコンタクトを計り、最初は茂夫氏も警戒心を示していたが、徐々に完全に打ち解けてくれたそうである。

テレビ朝日で放送された茂夫死去2年まえの番組のゲストとして出演されていた服部克久先生が

 「さらに経験を積んで上達し、彼が最高の名器で、そして現在の録音技術の中で演奏していたら、どれほど素晴しいものが出来ていたことか。日本はまさに宝を失った、ということなんです」

 は、まさに至言と思われます。

 それにしても半生半死の状態で帰国、動けず、言葉もなく、感情も失せた茂夫を必死の介護で支えた養父の季彦は茂夫が1999年8月15日、58才で亡くなるまで二人で41年間、肩を寄り添って鎌倉で生きたのである。
http://madonna-elegance.at.webry.info/201208/article_28.html

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/437.html#c1

[近代史3] アメリカの演奏家は何故みんな演奏技術だけ凄くて中身ゼロなのか 中川隆
2. 中川隆[-10399] koaQ7Jey 2019年5月18日 13:22:43 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1920]

まあ、渡辺季彦みたいに気が小さくて意気地無しだったら大成できる筈も無いんですけどね。

ガラミアンには何ら責任は有りません。

欧米では か弱い女性でもこの自己主張の強さですからね:


ナージャ・ソレルノ・ソネンバーグ。

Nadja Salerno-Sonnenberg Plays Mendelssohn's Violin Concerto on the Tonight Show
http://www.youtube.com/watch?v=ROWnNIVgVyA


知っている人は知っている。私と同い年らしい。

1960年生まれのアメリカのヴァイオリニストで聴いて頂きますが、この人とんでもない「じゃじゃ馬」だったようです。

ヴァイオリン教師の神様のような伝説的存在、カーティス音楽院の故・イワン・ガラミアンに習ったのですが、全然、言うことをきかなかった。ガラミアンはおっかない先生で「イワン雷帝」というニックネームで呼ばれる厳しい人でした。とにかく基礎から徹底的に絞る。おかげでパールマンとかものすごく優秀な弟子が才能を伸ばしました。

ガラミアンの

Cry now. Play later.(今、泣いて、後で弾け)

という有名な言葉があります。今はとにかくテクニックを身につけろ。上手くなれるだけ、なれ。

音楽的にどうだとか、そう言うのは後で良い。と、まあ乱暴に言うと、そのような意味です。

以前、日記に書いたので、お読み下さい。

2004年01月07日(水) Cry now. Play later."―今、泣いて、後で弾け。― イワン・ガラミアン=ヴァイオリン教師

さて、今日お聴き頂くメンデルスゾーンのソリスト、ナージャ・ソレルノ・ソネンバーグという人。前述のとおり、並の変わり者ではないようです。

イワン・ガラミアンの生徒は大抵、先生に逆らうことなど恐ろしくて出来ませんが、ナージャは、言っちゃうんですね。ガラミアンがナージャの弓の持ち方がなっていない、と指導すると、

「どうして?他の子にはそれでいいかもしれないけど、私は嫌だわ」

一時が万事で、とうとう、ガラミアンは匙を投げたそうです。


その後、我流で練習していたらしいのですが、14歳の時に、やはりヴァイオリン教師の神様みたいな、ジュリアード音楽院のドロシー・ディレイという先生の門下生となるのですが、ディレイ先生も最初はひっくり返ったそうです。

ブルッフという作曲家のヴァイオリン協奏曲の一部を弾いて見せたら、ディレイ先生、ナージャの完全に我流のボーイング、楽器の構え方を見て、

「あんな弾き方でどうしてこんな演奏ができるのか、全く信じられない」

唖然としたらしい。それでも弟子にしたのは、音楽的な才能の片鱗をナージャに見出したのでしょう。

しかしながら、ナージャはディレイ先生のレッスンでも大変だったそうで・・・。

ディレイ先生、基礎からやり直させようとしたら、ナージャは、私には前のやり方が合っているし、第一、ちゃんと弾けています。教えなきゃいけないことだけ教えて下さい!

と反論したそうな。相当なもんだね。普通破門だけど、ドロシー・ディレイ先生、辛抱強く説得したんです。すると、ナージャ・ソレルノ・ソネンバーグはもともとバカじゃないから、先生の言うことの合理性が次第に理解出来て、教えに従うようになったと。

それで落ちつくかと思ったら、また大変でした。1981年にあるコンクールに出てナージャは優勝するのですが、その前、何がどう気に入らないのか、何と7ヶ月もの間、レッスンに楽器を持たずに現れては、ディレイ先生と話をするだけ、という「レッスン」が続いたそうな。ディレイ先生、半年は何とか我慢したが、ついにキレて、

7ヶ月目、
来週楽器を持ってこなかったら、破門にする。更にジュリアードも退学にする。
と、激怒して宣言したのです。それでやっとナージャ・ソレルノ・ソネンバーグは目が覚めて、コンクールまで1日13時間練習したそうです。で二ヶ月でコンクールに優勝したのだから、やはり才能あるんでしょうね。

芸術家に変わり者が多いのは、世間にも知られていることですが、最近の音楽家でこれほど、異端児は珍しい。演奏にも現れてます。
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=89954&pg=20090313

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/437.html#c2

[近代史3] アメリカ人には音楽は理解できない _ 天才ピアニスト ヴァン・クライバーンとは何だったのか? 中川隆
1. 中川隆[-10398] koaQ7Jey 2019年5月18日 13:34:37 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1921]
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番、ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番、他 
クライバーン、コンドラシン&モスクワ・フィル


・チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番変ロ短調 作品23
・ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番ニ短調 作品30
・カバレフスキー:ロンド イ短調 作品59

 ヴァン・クライバーン(ピアノ)
 モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団
 キリル・コンドラシン(指揮)

 録音:1958年4月11日、モスクワでの第1回チャイコフスキー国際コンクール本選のライヴ(モノラル)


HMV レビュー

テスタメント・レーベル日本語解説付き日本プレス盤
第1回チャイコフスキー国際コンクール本選ライヴ

冷戦時代のアメリカとロシアを音楽の力だけで結びつけてしまったピアニスト。
底知れぬ芸術の力を思い知らされる究極のライヴ!

第1回チャイコフスキー国際コンクールのファイナルの模様を収録した初登場音源。このコンクールの凱旋リリースとなった、同じくコンドラシンとのチャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番のリリースは、ビルボードのポップアルバムチャートで7週連続1位を獲得するという驚異的な記録を打ち立てたことで知られていますが、今回のこの録音は、「凱旋公演」ではなく、まさにコンクールの最終選考演奏を記録した歴史的なものなのです。

 冷戦まっただ中、ソ連が国の威信を誇示するために企画した第1回チャイコフスキー・コンクール。そこに現れたのは、最大のライヴァル国アメリカからやってきたひとりの青年でした。24歳のクライバーンです。

驚くことに、リヒテルやショスタコーヴィチを筆頭にロシア側も完全に納得するかたちで、記念すべきこの第1回の優勝はクライバーンが勝ち取ることとなるのです。この一大事件は、ソ連とアメリカの国交にまで影響を与えたといわれ、武器ではなく音楽が、世界平和に貢献するという事実を全世界に知らしめることとなりました。

この歴史的快挙により、前述したように彼のアルバムはビルボード・ポップチャートをも席捲し、音楽家としての成功を超え、クライバーンは時代のヒーローとまでなったのです。


 そうした熱狂が、逆にクライバーンの演奏史には負の影響を与え、その後のキャリアは悲運ともいえるものとなりますが、だからといって彼の芸術性と超絶技巧を否定することはできません。この歴史的大快挙といえるコンクール本戦の録音には、敵対国民すら魅了した、音楽芸術の持つ絶大な力を聴いてとれます。(ユニバーサルIMS)
http://www.hmv.co.jp/artist_%E3%83%81%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%82%B3%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC%EF%BC%881840-1893%EF%BC%89_000000000018904/item_%E3%83%81%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%82%B3%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC%EF%BC%9A%E3%83%94%E3%82%A2%E3%83%8E%E5%8D%94%E5%A5%8F%E6%9B%B2%E7%AC%AC%EF%BC%91%E7%95%AA%E3%80%81%E3%83%A9%E3%83%95%E3%83%9E%E3%83%8B%E3%83%8E%E3%83%95%EF%BC%9A%E3%83%94%E3%82%A2%E3%83%8E%E5%8D%94%E5%A5%8F%E6%9B%B2%E7%AC%AC%EF%BC%93%E7%95%AA%E3%80%81%E4%BB%96%E3%80%80%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%80%81%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%B3%EF%BC%86%E3%83%A2%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%AF%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AB%EF%BC%88%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E8%A7%A3%E8%AA%AC%E4%BB%98%EF%BC%89_2787435

ヴァン・クライバーンのチャイコフスキーコンクール・ファイナル 2009年1月10日

1958年4月11日、20世紀のクラシック音楽演奏史上有数の事件がモスクワで起こりました。この年に始まった、冷戦時代真っ只中のソ連の首都で、国の威信を懸けてロシアの若き演奏家の素晴らしさを知らしめようと開催したこの大会で、テキサスから乗り込んできてファイナルに残った23歳のピアニストが、いわば超完全アウェイの状況で、リヒテルをはじめとするいかにもクセの強そうな審査員にひねくれた絶賛を投げさせ、そして何よりホールを埋めた聴衆をわずか数十分のうちに熱狂のただ中に巻き込んだのでした。そして彼のこの演奏は一つの社会現象と言える状況を生みだし、政治的な意味でも時代の寵児というべき存在へと彼自身も祭り上げられてしまうことになったわけです。

ヴァン・クライバーン、アメリカ人のクラシックファンで彼の名を知らない人はいないと言ってもいいほどですが、それ以外の人にとっては、ピアノコンクールの名前になっている人、ということで終わってしまっているかも知れません。彼のスターとしての時代ははなはだ短く、それでも地元を中心に音楽活動を続けてはいるのですが、かつてミリオンセラーを生んだほどの熱狂というのはもはや戻ってくることはないのであります。

このディスクは、その4月11日のファイナルの演奏を収録したものであるようで、チャイコフスキー、ラフマニノフ、それにコンクールの課題曲であったカバレフスキーのロンドをアンコールとして演奏しています。

オケはコンドラシンが指揮するモスクワフィルなのですが、チャイコフスキーの有名な冒頭の、何とも「お仕事」って感じの、実に無粋でおざなりな音で始まりながら、その後クライバーンのゆったりとしかし弛みのない素晴らしいテクニック、そして絶妙にコントロールされた深みのあるロマンティシズムに、オケの音が次第に変わっていくのがわかります。恐らくホール自体の空気もどんどんと熱が上がっていたのでしょう。

チャイコフスキーの2楽章のPrestissimoあたりではオケのノリが随分と変わってきて、曲の終わりは、生で聞くか、あるいは現在の音響で聞けばさぞかし壮麗な音になっていただろうと思わせる音楽になっています(モスクワ音楽院のホールの音はあまり豊かと言えるものではない。また録音が1958年のソ連録音的水準であるからある程度はイメージで補わざるを得ないのは事実だ)。

これがラフマニノフに入るとまさにオケが興奮しながら演奏している、という感じになり、最後のコーダになるともう「このまま曲終わらんといてくれ〜」とでも言うように熱く歌います。そこに流れるクライバーンのピアノが、がっちりとした美しさを湛えつつそれでもどこかクールな部分も残しています。

若々しくカリスマ性を備えたこの演奏、ラフマニノフのあとの凄まじいほどの喚声に、一人のスターが誕生したことを確認できるのです。この後、米国に帰った彼は圧倒的な歓呼の声に迎えられ、RCAの同曲録音、と続いていきます。

音質云々よりも、50年前の歴史的記録として、是非聴いておきたい録音です。
http://bbrsun.blog.eonet.jp/bbr/2009/01/post-74b3.html


_______________


クライバーン/チャイコフスキー&ラフマニノフ:ピアノ協奏曲(ハイブリッドSACD)


HMV レビュー

・チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番
 ヴァン・クライバーン(p)  キリル・コンドラシン(指揮) RCA交響楽団
 1958年 カーネギー・ホールでの録音【3トラック録音】

・ラフマニノフ/ピアノ協奏曲 第2番
 ヴァン・クライバーン(p) フリッツ・ライナー(指揮) シカゴ交響楽団
 1962年 シカゴ・オーケストラ・ホールでの録音【3トラック録音】

ゆりぞう | 兵庫県 | 不明 | 2011年02月16日

本音源に愛着があり、良い音質のCDを入手したい人や、アナログから乗り換えを考えている人は、本盤ではなく、XRCD−SHM仕様をすすめます(どうしてもマルチに拘る人や併録のラフマニノフもほしい人は別にして)。XRCDに比べると本盤はまるでサロンミュージックのように軽く聴こえますので。


やっちゃん | 坂出市 | 2008年01月14日
”昔聴き潰した青春の思い出がこもる盤。
チャイコも力演だが、ラフマニノフの明るく甘い音を思い出した。リヒテルの「人生表も裏もある。簡単に信じるな」と言わんばかりの屈曲した名演に比べ、将来を楽観し切った疑いを知らぬ若きヤンキーの演奏。

その後、短期金儲け主義の興行主の言うままに毎晩のようにチャイコを弾き、腕の筋肉を潰し、ピアニストとして終わった(中村紘子「チャイコフスキーコンクール」)クライバーンの運命を予言していたかのよう。”
http://www.hmv.co.jp/artist_Tchaikovsky-Rachmaninov_000000000025861/item_%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%B3%EF%BC%8F%E3%83%81%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%82%B3%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC%EF%BC%86%E3%83%A9%E3%83%95%E3%83%9E%E3%83%8B%E3%83%8E%E3%83%95%EF%BC%9A%E3%83%94%E3%82%A2%E3%83%8E%E5%8D%94%E5%A5%8F%E6%9B%B2%EF%BC%88%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%89%EF%BC%B3%EF%BC%A1%EF%BC%A3%EF%BC%A4%EF%BC%89_1830252

クライバーン / チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番(XRCD)

RCA秘蔵のオリジナルマスターで鮮烈に復活!

・チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番変ロ短調 op.23
 1 Allegro non troppo e molto maestoso [20:48]
 2 Andantino Simplice [07:04]
 3 Allegro con fuoco [06:54]
 ヴァン・クライバーン(ピアノ)
 キリル・コンドラシン(指揮)交響楽団
 録音:1958年 ニューヨーク、カーネギー・ホール(ステレオ)

ゆりぞう | 兵庫県 | 2011年02月16日

スバラシイの一言。これを聴くと、同じ音源のSACDがいかにも作り物っぽく感じられるてしまう。SACDではクライバーンのピアノが浮ついたサロン・ピアニストのようである。

本盤は音が深い。オケともども実在感がある。本音源の好きな人は本盤が廃盤になる前にぜひとも購入されることを強くおすすめする(SACDはラフマニノフも付いていてお得などといったことはまったくポイントにならない。私はそれで先にSACDを購入したが、何となく気になって、少々勿体ない気もしたがこちらも購入した。けちくさいことを考えずに本当によかった)。・・・過去の音源のXRCD化はもう終りなのでしょうか?
http://www.hmv.co.jp/artist_%E3%83%81%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%82%B3%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC%EF%BC%881840-1893%EF%BC%89_000000000018904/item_%E3%83%94%E3%82%A2%E3%83%8E%E5%8D%94%E5%A5%8F%E6%9B%B2%E7%AC%AC1%E7%95%AA%E3%80%80%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%B3%EF%BC%88p%EF%BC%89%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%B3%EF%BC%86%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%A5%BD%E5%9B%A3-XRCD_1969840/ref/58204_1

ヴァン・クライバーンのチャイコフスキーとラフマニノフの協奏曲 2005.5.4

◎チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番
 ラフマニノフ   ピアノ協奏曲第2番

   ヴァン・クライバーン(ピアノ),
   コンドラシン指揮,RCA交響楽団(チャイコフスキー),
   ライナー指揮,シカゴ響(ラフマニノフ)

   米RCA 828766 61392 2 (SACD Hybrid)

 クライバーンといえば,1958年の第1回チャイコフスキーコンクールにおいて,地元ソ連勢やその他の強豪を抑えて見事に優勝を果たし,アメリカへの凱旋帰国の際はアイゼンハワー大統領が空港まで出迎え,ホワイトハウスで祝賀パーティ,コンクールファイナルで指揮をしたコンドラシンを迎えてのカーネギーホールでのコンサート,さらには紙吹雪が舞う中での5番街のパレードと,まさに一夜にしてヒーローとなったのでした。

 このCDに収録されているチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番は,帰国直後にカーネギーホールでコンドラシンの指揮により収録されたもので,発売後2週間でミリオンセラーとなったものです。以後,クライバーンはRCAに盛んにレコーディングを行うようになり,ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番はシカゴのオーケストラホールで録音されたものです。

 これらの録音はいずれもLP時代からの周知の名演とはいえ,SACD化によってどんな音で聴けるか大変楽しみだったのですが,実際に聴いてみると,いっそう緻密でスケール感があって自然な音であり,何よりもピアノの響きに実在感があって,演奏の姿をより明瞭に聴き取ることができるようになったと思います。

 そして何よりもこのハイブリッド盤を聴いて印象深いことは,CDとSACDとではその演奏の印象がかなり異なることで,CDで聴くクライバーンの演奏は,音に輝きがあって,華麗でドラマチックな演奏を繰り広げた文句なしの名演と感じられるのに対し,SACDで聴くとクライバーンの演奏の姿がより露わになっているように思えます。

 この印象の違いは,チャイコフスキーの協奏曲においていっそう顕著で,クライバーンは優れたテクニックでピアノを十二分に鳴り響かせ,十全なスケール感と率直でストレートな表現の一方で,細やかな表現にも欠けることもなく,さすがに名演として名高いだけのものを聴かせています。

 しかしながら,この録音を聴いていて気になって仕方がないのは,テクニックには全く問題がないにもかかわらず,1つ1つのタッチに力が入りすぎていて柔軟性に乏しく,余裕のない,切羽詰まったような演奏になっていることで,これはコンクール優勝後の目の回るような忙しさの中で,心身のリフレッシュを行う余裕もなく,それでも自らの最善を尽くしての無我夢中の演奏であったのでしょうか。

 また,この演奏でのコンドラシン指揮のRCA響は,実に快活で積極果敢な演奏を行っており,その表現はあっけらかんとしすぎている感すらあるのですが,一方でクライバーンのソロを力強く支え,鼓舞している面もあるように思えます。

 その意味では,これはコンクール優勝後の華々しい凱旋録音というよりも,この録音当時のクライバーンの,とまどいとプレッシャーの中で必死に演奏する姿が記録されたドキュメンタリーというべきなのかもしれないなと,聴きながら思ってしまいました。

 一方のラフマニノフの方は,クライバーンの演奏の持ち味,特色が無理なく表れているように思え,音には磨き上げられたクリヤーさはないにしても,リリカルで余韻が美しく,雑念を持たずに自ら作品と対話し感じたままに演奏しており,そのナイーブで率直な歌い口は聴いていて胸打たれる思いがします。

 この演奏を聴いていると,クライバーンは堂々たるテクニックで印形付けるというのではなく,自らの感性を大切にした率直な演奏を心がけているように思えますし,ここではライナー指揮のシカゴ響が,いつものシャープな演奏から一変して,大変デリケートにソロを支えているのがことさら印象的です。

 こうして収録された2つの録音を聴いてみましたが,なんといってもチャイコフスキーでの異様ともいえる演奏の姿が露わになっていることに驚嘆してしまいました。この録音はクライバーンの代表的名演の1つとされているというのに,SACDになってその演奏の姿が初めて明らかになったということなのでしょうか。あるいは私が単なる勘違いをしているに過ぎないのでしょうか。

 一方のラフマニノフは,クライバーンの優れたテクニックとナイーブな感性とによってこの作品の大変に優れた名演を聴かせてくれており,SACDではそれが惚れ惚れとするような美しさで聴くことができました。

 この録音はいずれも定盤中の定盤ですし,私もSACDになってよりよい音質で楽しもうと思ったに過ぎないのですが,いざ聴いてみると,全く予想外の感想を抱くことになってしまいました。その意味では定評ある名演を堪能するというのとは異なってしまいましたが,いずれにせよ実に印象深い演奏が聴けることは疑いなく,良好な音質ともども,一聴の価値があると思います。
http://homepage1.nifty.com/classicalcd/cdreviews/2005-1/2005050401.htm

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ヴァン・クライバーン・リサイタル1959(2CD)(日本語解説付)

【収録情報】
・英国国歌
・モーツァルト:ピアノ・ソナタ第10番ハ長調K.330
・ショパン:スケルツォ第3番嬰ハ短調作品39
・ショパン:バラード第3番変イ長調作品47
・ショパン:幻想曲ヘ短調作品49
・ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調作品57『熱情』
・プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ第6番イ長調作品82
・リスト:ハンガリー狂詩曲第12番嬰ハ短調♪世界初発売
 ヴァン・クライバーン(ピアノ)


HMV レビュー
ずばぬけた技巧と豊かな音楽性が共存!
クライバーン・リサイタル1959

自らの名を冠したコンクールの若き受賞者によって今ふたたび脚光を浴びる事となったクライバーン。類まれなるピアニズムが結晶となった彼の絶頂期の素晴らしいコンサートライヴがここに登場しました。究極のテクニックをもちながら、技術に翻弄されること無く常にその根底には豊かな音楽性が根づいていたクライバーンの真価が刻まれた録音です。世界初発売。日本語解説付き。
(ユニバーサルIMS)


【解説書より抜粋】
夏の暑い午後、筆者はハリウッドスターの一団が混じる満員の聴衆の中でたぐいまれな個性と能力から紡ぎ出される、話術に長けた演奏を目の当たりにした。思い出をたどり、サウスバンク史上最も卓越したリサイタルの1つに数えられる演奏を今一度聴くとき、ある言葉が鮮明に心に浮かび上がる。その言葉は「雄弁(eloquence)」。

かつてないほどにその技巧に見合う音楽的な意思や響きを持たないピアニストであふれている、それが音楽界の現実だ。クライバーンのテクニックは、その圧倒的な幅、色彩、響きにおいて単なる技巧をはるかに超越しており、ずばぬけた技巧を持ちながらその演奏は常に豊かな精神に満たされ、素晴らしい音楽を称え、分かち合うことだけに捧げられた。リサイタルを通して、クライバーンは自身だけが持つ響きと意思を持って「語り」続けた。・・・・中略・・・・

このリサイタルがクライバーンの若き栄光の頂点であった。世界中の過大なまでの注目と賞賛を浴び、特にロシアと母国アメリカの熱狂はすさまじかった。しかし間もなくクライバーンは容赦なく注がれるスポットライトに疲れてしまう。華やかさは次第に薄れ、絶え間なく忙しすぎる仕事に追われ、クライバーンは自信を失い、隠遁と心の平安を強く求めるようになる。・・中略・・・

こうした試練と生来の傷つきやすいナイーブさが災いし、何度も休養期間を取り、過去の栄光の名残にすぎない演奏を残し、そして最終的には全くの沈黙に至ったのだろうか?

クライバーンはその後二度とロンドンでリサイタルを行わなかった。ここで抗し得ず言えば、もしクライバーンのキャリアがこれほど無責任に悪意を持って翻弄されなければ、彼はそのレパートリーを広げ、若き日の頂点にとどまったまま演奏活動を続け得たであろう。しかし、それはそれとして1959年のリサイタルに立ち返れば、その演奏は長く記憶され愛でられるべき伝説的な域に達していることがわかる。短い活動期間ではあったが、クライバーンは同世代の中で最も天賦の才に恵まれた不世出のピアニストといえるだろう。
http://www.hmv.co.jp/artist_%E3%83%94%E3%82%A2%E3%83%8E%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%88_000000000230513/item_%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%83%AB%EF%BC%91%EF%BC%99%EF%BC%95%EF%BC%99%EF%BC%88%EF%BC%92%EF%BC%A3%EF%BC%A4%EF%BC%89%EF%BC%88%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E8%A7%A3%E8%AA%AC%E4%BB%98%EF%BC%89_3646436

ヴァン・クライバーンのロンドン・ライヴ 2010.1.31


◎英国国歌
 モーツァルト ピアノ・ソナタ第10番 K330
 ショパン   スケルツォ第3番
        バラード第3番
        幻想曲
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第23番「熱情」
プロコフィエフ ピアノ・ソナタ第6番
リスト     ハンガリー狂詩曲第12番

   ヴァン・クライバーン(ピアノ)

   英TESTAMENT JSBT2 8445 (2CD)


 英TESTAMENTの新譜で,ヴァン・クライバーンが第1回チャイコフスキー・コンクールで優勝した翌年にロイヤル・フェスティバルホールで行った,最初で最後のロンドン公演のライヴ録音が発売になりました。

 これは,チャイコフスキー・コンクールの優勝後,無我夢中で演奏活動を行っていた時期のライヴ録音ですが,それがどのような演奏であったのか,興味が持たれるところです。

 さっそく聴いてみると,拍手の後に,おもむろに英国国歌が弾き始められ,事に気付いた聴衆が急いで起立するゴソゴソといった音が聴かれます。当時の演奏会での慣習はよく知らないのですが,解説書には

「これは英国民に対する極めてテキサス的な過剰なまでの(現代の外交用語で言えば「その特別な関係」に対する)讃辞だった。」

と書かれています。

 最初のプログラムのモーツァルトのソナタは,端正で粒立ちの良い演奏であり,その繊細で瑞々しい表現には,聴いていて心洗われる思いがする一方で,当時24歳のピアニストの演奏にしては未成熟な演奏ではないかと思われ,このあたりをどう感じるかによって演奏に対する評価が変わってくるのではないかと思われます。

 続いてショパンの作品が3曲演奏されているのですが,いずれもテクニックの面では余裕があり,明快かつ細やかで,ソノリティも美しいですし,フレッシュな魅力に溢れた演奏を聴くことができるのですが,明快さの反面で,クライバーン自身が演奏に込めた主張,あるいは詩情や情感といった面が希薄であることが気にならないでもありませんでした。

 次のベートーヴェンの熱情ソナタは,切れの良いタッチと,高い集中度によって,シリアスで正攻法な表現をつくり出しており,その若々しく果敢な演奏の姿には,聴くものを惹き付ける真摯さを感じますし,この作品の克明かつ誠実な演奏ではないかと思うのですが,この作品の演奏としてはやや線が細く,力感やエモーションはいまひとつではないかと感じてしまいました。

 プロコフィエフのソナタでは,克明でダイナミックな演奏となっており,高域の華やかさの加わったブリリアントな響きを聴かせ,メカニカルな印象のあるこの作品からフレッシュな表現を引き出しているところは大変に見事ですし,聴いて満足度の高い演奏ではないかと思いました。あえて難をいうとするなら,ガツンとしたエネルギー感や,求心的なシリアスさがあれば更に良かったということでしょうか。

 最後にアンコールのリストのハンガリー狂詩曲第12番が収録されていますが,これが実に目覚ましい演奏で,鮮やかなテクニックに加え,自信と活力が漲っており,まさに聴くものを圧倒する演奏で締め括っていました。

 こうして聴いてみると,当時のクライバーンの演奏の姿を如実に感じ取ることができ,鮮やかなテクニックと,フレッシュではち切れんばかりの若々しい魅力のほとばしる演奏によって,聴衆を熱狂させていたいたことが窺い知れます。

 しかしながら,私自身,この演奏を聴いて楽しめたか,あるいは感動できたかというと実はそうではなく,優れたテクニックと真摯な演奏姿勢は認めるものの,表現内容に乏しい未熟な演奏ではないかと思えてなりませんでしたし,さらには,クライバーン自身の必死の葛藤が感じられたのでした。

 しかも,その未熟さというのが「鈍感な未熟さ」であればまだよかったのですが,実際には「傷つきやすいナイーヴな未熟さ」であり,時間をかけて自己の演奏表現を深めていく余裕もなく,ある意味,見せ物的なテクニックを頼りに演奏活動に明け暮れていては,早晩行き詰まることとなるのは必定で,そのことに対する周囲の配慮も足りなかったのか,その懸念は現実のものとなってしまいました。

 もちろんこれは,半世紀後の私の耳で聴いてそう感じられたということであり,後知恵的な見方に過ぎないのですが,いずれにせよ,結果としてクライバーンはその演奏を過大評価され,賞賛され続けることによって,前途が閉ざされてしまうこととなったように思えてなりません。

 このCDは,秀逸な音質と相まって,当日の演奏会の姿を生々しく体験することができたのですが,当時のクライバーンの演奏に関して,すでに内面の危機が露わになっているなどという批評には,寡聞にして目にしたことがありません。私はかつてクライバーンの代表的な録音であるチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番のSACDを聴いたときにも同様の感想を抱いていたのですが,実は単なる思い込み,勘違いかもしれません。

 いずれにしても,これはクライバーンが最も充実した演奏活動を行っていた時期の,魅力的で鮮やかな演奏を堪能できるものであり,後は各々がこれを聴いてどのような印象を抱くかだろうと思いますし,その意味でもぜひとも一聴をお薦めしたい1枚ではないかと思います。
http://homepage1.nifty.com/classicalcd/cdreviews/2010-1/2010013101.htm

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/438.html#c1

[近代史3] アメリカ人には音楽は理解できない _ 天才ピアニスト ヴァン・クライバーンとは何だったのか? 中川隆
2. 中川隆[-10397] koaQ7Jey 2019年5月18日 13:35:43 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1922]

終ってみれば唯の三流ピアニストだったヴァン・クライバーンの一時の成功の背景は?

ロシア人になることを夢見たピアニストのヴァン・クライバーン氏死去

米国の有名なピアニストで社会活動家だったヴァン・クライバーン氏(78)が2月27日、苦しい闘病の末、死去した。

生前のクライバーン氏と個人的に付き合いのあった音楽評論家でプロデューサーのヨセフ・ホロヴィツ氏は氏の死去の知らせをうけてVORからのインタビューに次のように語った。

「彼はロシア人になることを夢見ていたひとりだった。1958年にもこの夢をかなえ、冷戦最中にモスクワに来ると、チャイコフスキー記念コンクールで優勝を果たした。
ニューヨークでロシア人教師のロージナ・レーヴィナ女史に師事していたクライバーンはチャイコフスキー、ラフマニノフを独自の解釈で演奏し、万人の度肝を抜いた。あの時代の一流の演奏家はスヴャトスラフ・リヒテルをも含め、クライバーン氏の演奏には何か超自然的なものがあると認めていた。」

ロシア人にとってはクライバーン氏の死去は伝説との別れを示す。ヴァン・クライバーン、あるいはファンがつけた「ヴァーニャ」というロシア的な愛称はこの先も永遠に残ることだろう。この「ヴァーニャ」という愛称は58年、第1回チャイコフスキー国際コンクールで優勝をさらった際に彼に与えられた。クライバーン氏の勝利は単なる優勝をはるかに超える意味があった。米国人をソ連のコンクールで最優秀者として認めるということは、誇張なしに政治的意味をもち、冷戦の最中にあって米ソの氷が溶け出したことに等しかった。

クライバーン氏の最後となった訪露は2011年。この際、クライバーン氏には、長年に当たってチャイコフスキー・コンクールの組織委員会に「ヴァーニャ」の演奏に感銘を受けたファンから届いた膨大な量の手紙が手渡された。クライバーン氏は感激し、心底「生涯最後の日まで私はロシアを愛し続けるでしょう」と語ったという。
http://japanese.ruvr.ru/2013_02_28/106459161/

ヴァン・クライバーンは、ジュリアード音楽院でロジーナ・レヴィーンに師事している。
 
 ロジーナ・レヴィーンは、ウクライナのキエフにうまれたピアニストでモスクワ音楽院を卒業した。夫のヨゼフ・レヴィーンと一緒に1919年にアメリカに亡命した。夫の死後、ジュリアード音楽院の教授に請われて、1976年に亡くなるまで32年間もピアノ科で数々の優秀な音楽家を育てた。

このロジーナ・レヴィーンは優秀な演奏家でありながら自分自身の演奏活動を公にすることはなかったのだが、75歳の時にソリストとして再デビューしている。その後、1963年レナード・バーンスタイン指揮、ニューヨーク。フィルハーモニー・オーケストラとショパンのピアノ協奏曲第1番を演奏した。82歳だった。そのとき使った楽譜は65年前にモスクワ音楽院を金メダルで卒業した時のものだった。

  ヴァン・クライバーン(Van Cliburn, 1934年7月12日 - )はロジーナ・レヴィーンに師事した後、1958年、23歳で世界的に権威のある第1回チャイコフスキー国際コンクールで優勝。冷戦下のソ連のイベントに赴き優勝したことにより、一躍国民的英雄となる。
http://blogs.yahoo.co.jp/taroimofavor/5008222.html


要するに、チャイコフスキー国際コンクールでの演奏はすべてロジーナ・レヴィーンの指示にそっくりそのまま従っただけのものだったのですね。

ヴァン・クライバーンは唯の才能の有る良い子で、ロジーナ・レヴィーン先生の言う事を何も疑わずに100%そっくりそのまま守る優等生だったのでしょう。

しかし、国民的英雄となった『天才ピアニスト』ヴァン・クライバーンに楽譜の読み方や音楽の意味を手取り足取り教えてくれる人はもう誰もいなくなってしまったのです。

自分の頭では何も考えられない若きヤンキーは今度は興行主の言うままに毎晩のようにチャイコを弾き、腕の筋肉を潰し、ピアニストとして終わってしまったのです。

まあ、20才の天才作曲家は沢山居ますが、20才の天才ピアニストは一人も存在しないんですね。 20才の『天才ピアニスト』の背後にはパペットを操る … が隠れていると思った方がいいです。

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/438.html#c2

[近代史3] アメリカ人には音楽は理解できない _ 天才ピアニスト ヴァン・クライバーンとは何だったのか? 中川隆
3. 中川隆[-10396] koaQ7Jey 2019年5月18日 13:37:11 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1923]

2010/6/7 22:19:02
クライバーンって、永遠の青年なのよね。(とうの昔に60歳すぎてますが。笑)


デビューから10年弱、本当に魅力的だったと思います。モスクワで熱狂的に受け入れられたのは、たぶんラフマニノフの再来みたいなピアニストだったからでしょう。大きな手、繊細な表現、バランスのとれた構成感など、現代のピアニストが必要とされる要素を過不足なく持っていました。
・・・が、アメリカン・ドリームの実現者としてコキ使われる日々が続き、才能をすり減らしてしまいます。60年代後半には早くも録音からは輝きが消えうせ、機械的に音を並べているような印象が出てきます。

ちなみに、クライバーン・コンクールの優勝者は、クライバーンと同じ運命が待っている、というジンクスがあります。怖いです。

現在の演奏活動ですが、実は日本でときどきリサイタルを行っています!

ジュリアードのレヴィン門下でいっしょだった中村紘子さんがプライベートでも親しい関係だそうで、彼女の著書やインタビューでいろいろ出てきます。


「あんなに素晴らしいピアニストはいなかった」

「でも繊細すぎる彼には耐えられない仕事」

「今でも気遣いや立ち居振る舞いは超一流。でもアメリカ国民が望むであろうクライバーンを演じているようにしか見えず、痛々しい。」・・・
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1441918389

2012年11月30日
中村紘子『チャイコフスキー・コンクール ピアニストが聴く現代』新潮文庫、2012年。

 この本について語るときに聴いていたいのは、ヴァン・クライバーンの演奏によるチャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番変ロ短調だ。変ロ短調だのなんだのと書くとまるで得体の知れない呪文のように見えるかもしれないが、じつはだれでも聴いたことのある、とりわけその第一楽章の序奏が有名な曲である。

 ヴァン・クライバーンというアメリカ人ピアニストは、この曲を超有名曲にした立役者とでもいうべき人物で、彼は1958年にモスクワで初めて開催された国際音楽コンクール、第一回チャイコフスキー・コンクールの優勝者なのだ。

わたしがいま聴いているのは、彼がアメリカに凱旋帰国した際の優勝記念演奏会、カーネギー・ホールでのライヴ盤である。当時のソ連が国家の威信をかけて開催したコンクールで優勝をかっさらったこのアメリカ人青年は、冷戦下という時代背景もあって一挙に国民的スーパースターと化し、このライヴ盤のCDは発売後わずか二週間足らずで100万枚も売れたそうだ。

 クライバーン以来、国際コンクールというものはスーパースターを生みだす装置として一般的関心を集めるようになったという。だが、そんなふうにして生まれたスーパースターたちの運命は、今も昔もほとんど変わらない。クライバーンの辿った道筋はスーパースターの典型とでもいうべきもので、じつに象徴的だ。


「彼の栄光が輝かしいものになっていけばいくほど、クライバーンの演奏そのものは不調に陥っていった。

アメリカという社会は、スターに決して休息の間を与えない。一日休めばその間にライヴァルが現れてチャンスを奪いとることを、みな知っているからである。それゆえスターは、まるでくるくる廻るコマのように、休むことなく人々の前に登場し続けることになる。

クラシック音楽のスーパースター、クライバーンとてもこの例外ではなかった。いつ何処に行っても大衆は、クライバーンにチャイコフスキーのピアノ協奏曲を要求した。彼には新しいレパートリーを勉強する時間もなかったし、また、そんなものに関心をもってくれる人は、ごく少数であった。

批評家たちは彼を「どれもこれも速く弾きすぎる」とこきおろし、同業者のピアニストたちは「ヴァンはこの頃どれもこれもゆっくり弾きすぎる」とあざ笑うようになった。彼は青ざめ、不安に満ちた眼差しで、おどおどと人を見つめるようになった」(27ページ)


 そんなことを踏まえてみると、この1958年のライヴ盤もずいぶんちがった響きを帯びてくるものである。

 中村紘子による本書は、彼女が審査員を務めた第八回(1986年)の大会の模様を中心に、コンクールというものが本質的に抱える問題点や現代ピアニズムの方向性などを記したノンフィクションだ。新潮文庫に入ったのは今年のことだが、1991年にはすでに中公文庫に入っており、そもそもの親本は大会のわずか二年後、1988年に刊行されたものである。

「今から十五年前、ニューヨーク・タイムズ紙上で四半世紀にわたって卓抜な音楽評論の筆を揮ってきたハロルド・ショーンバーグが初めて来日し、私を案内人にして、東京の演奏会のハシゴをしたことがあった。さまざまな演奏を聴きながら、彼は膝の上に拡げたプログラムに盛んにメモしていたが、時々ニヤッとして私にそのメモを示すことがあった。ミッキー・マウスがうまく描けたときであった。

 コンクールの一ヵ月間、私も審査用紙によく愛猫タンクの絵を描いた。隣の審査員がのぞきこんで尻尾にリボンをつけ足し、うしろからのびた鉛筆が眼鏡を描き込んだりした。

 しかし、審査用紙に書いたのはもちろん猫だけではなかった。以下、私が記すのは、いわばその審査用紙に書き込んだメモ、そしてそれに連なるもの想いである」(4ページ)

 世界に音楽コンクールは数あれど、ことピアノに関して言えば、なかでも圧倒的権威を持つといわれるのはショパン・コンクール、エリザベス・コンクール、そしてこのチャイコフスキー・コンクールの三つである。

ワンランク下のコンクールとなるとその数は膨れあがり、さらにまた下位となると収拾がつかないほどの数となる。しかし、コンクールという場で実施されていることはどこの場合でもきわめて似通っていて、その特徴は1890年に行われた史上初の国際的大コンクール、第一回アントン・ルビンシュタイン・コンクールにてすでに表れていたそうだ。


「最初の国際的大コンクールである第一回アントン・ルビンシュタイン・コンクールの優勝者は、かのイタリアのフェルッチョ・ブゾーニであった。

そして第二回は五年後の1895年に行われ、モスクワ音楽院の学生で二十歳のジョセフ・レヴィンが一位の栄冠を得た。

先に登場したヴァン・クライバーンの育ての親であり、私のジュリアード音楽院における恩師でもあったロジーナ・レヴィン夫人の未来の結婚相手である。

 このときのプログラムは記録を見ると、すでに「国際コンクール」というものの趣旨と目的とスタイルとが、この時点ではっきりと出来上っていることに気づく。

 即ち、五年に一度の開催、古典から現代曲に至るまで、小品から大作、独奏曲から協奏曲に至るまでのピアノの主要作品を網羅した課題曲、名誉だけでなく多額の賞金とそして多くの演奏契約を含む賞の内容。百年後の今日私たちが行っているものと、何ひとつ変るところがない」(52ページ)

 課題曲の範囲の広さから、コンテスタントたちはどんな作曲家の作品でも、ひととおり平均点以上の演奏ができることを求められている。なかでも大きな比重がかかっているのはロマン派、とりわけショパンの作品だ。

「ピアノにおけるコンセルヴァトワールの具体的意味が十九世紀ロマンティシズムの継承であるということは、

「ショパン(あるいはロマン派の作品)を聴くまで、その才能に決定的評価を下すのは待て」

 という言葉によく象徴されている。

 この言葉は、かつて私が教えを受けたロジーナ・レヴィンやニキータ・マガロフのような、ヴェテラン教育者であると同時に優れた演奏家でもあった人々が実によく口にする言葉であった。即ち、ショパンが弾ける者にはバッハもベートーヴェンもあるいはいっそジョン・ケージまで弾ける可能性があるが、その反対はまず起らない、と」(66〜67ページ)

「好むと好まざるとにかかわらず、ピアニスト修業の仕上げの過程においてロマン派を多く勉強せざるを得ないのは、ピアノという楽器自体の発展と一体化して成熟していったロマン派の奏法を身につけることによってこそ、ピアノの表現能力の多彩さ、そしてその制御方法を知ることになるからである。そしてそのなかに、あたかもロマン派ピアノ音楽の核を成しているかのように存在するのが、フレデリック・ショパンである。

 「ショパンはピアニストの試金石」といわれる意味は、まさにここにある。

 ショパン・コンクールが、そのプログラムの内容をショパンという作曲家の作品に限定しているにもかかわらず、何故チャイコフスキー・コンクールやエリザベス・コンクールなどといった大コンクールと同様に重要視されているのかは、もうここでその理由を改めて述べるまでもないことであろう。

 また、チャイコフスキー・コンクールにしても、その課題曲は古典から現代曲までと幅広いが、しかしその中心となっているのは十九世紀ロマン派の作品と、そしてチャイコフスキーからラフマニノフにつながるロシア・ロマン派の作品であることも当然といえよう」(70〜71ページ)

 ここに書かれているとおり、ロマン派というのはなにも19世紀の作曲家たち、すなわちショパンやリスト、シューマンやメンデルスゾーンのみを指した言葉ではないのだ。その流れはとりわけロシアにおいて長く継承され、チャイコフスキーやリムスキー=コルサコフ、さらにはリヒャルト・シュトラウスやラフマニノフらを輩出した。コンクールと関連してじつにおもしろいのは、このロシア・ロマン派の最後の継承者と言われたピアニスト、ウラディミール・ホロヴィッツに対する審査員たちの評価である。

「コンクールにおける審査には「コンセルヴァトワール」に象徴される或るオーソドックスな価値判断の基準があり、その基準とはよい音楽を生むためのさまざまな具体的な要素の集積として採点される現実性を或る程度までもっている(そうでなければ、コンクールは成立しない)。

ところが、一見唐突のようではあるが、そういった価値基準を総合し、つきつめていったところには、コンクールの現実とはかけ離れた理想のピアノ音楽、理想のピアニストとでも呼ぶべきものがあるわけで、そういった理想のいわば典型が、現在ではホロヴィッツとリヒテルに代表されるのである。

 たとえばどこのコンクールにおいても、審査をしながら審査員たちが、思わず冗談半分にぼやく言葉がある。

 「こんなに厳しい審査では、仮にホロヴィッツが受けたとしても、とうてい受かりっこないだろうね」

 これは大体、一つのミスもせず難曲を速いテンポで弾きのけ、にもかかわらず結局落選という結果に終ったコンテスタントたちの点数を眺めたりしているときに出る冗談である。ところがそうぼやく彼らが、ではピアニストの中でいったい誰を一番尊敬しているかといえば、異口同音に、「ホロヴィッツ」という答が返ってくるのだ」(59〜60ページ)


 クラシック音楽が好きなひとにはわざわざ言うまでもないことだが、ホロヴィッツというのは逸話の多い人物で、いまでもじつにたくさんの人びとに愛されている。そのことがよくわかるのは彼についてなにかが語られるときで、そういうときの語り口はたいてい、ちょうど親しい友人の話をしているときのような、語っているひとの微笑みが目に浮かんでくるような愛情のこもったものなのだ。本書でもハロルド・ショーンバーグはこんなことを言っている。

「ホロヴィッツに、ネコの脳ミソほどの知性も期待してるやつはいないよ。しかし、彼の演奏は素晴しい」(234ページ)。

同時代のピアニスト、こちらもまた圧倒的技巧で知られる、スヴャトスラフ・リヒテルとの対比もじつに興味深い。

「端的に言ってホロヴィッツは、ピアニズムからいうとラフマニノフで頂点を極めた十九世紀ロマン派的ロシアン・スクールの、現代における唯一の継承者といえよう。彼が現代最高のテクニシャンである(あった?)ことは知られているが、しかしその魅力の最大の特徴は、実はディテイルの扱い方にひそんでいる。

たとえば、ショパンのマズルカなどにおけるさり気ないメロディの歌い方、ムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」の二曲目などの内声部のゆらめきなど、何気ないものが彼によって突如ズームレンズのように拡大されたり、遠くにふっと突き放されたりする。メロディやベースを美しく魅惑的に弾くピアニストは沢山いるが、ホロヴィッツのように内声にひそむさまざまなメロディを、あたかも第三本目の手が備わっているかのように自由奔放に弾きのけるピアニストは他にいない。

 興味深いことに、そういった彼の最も魅惑的なディテイル、例えば或る一音を強調する為にハーモニーを崩して弾いたり、構成上当然大きく盛り上ってしかるべき個所を、むしろ逆に弱音におとして心理的な効果を一層高めるというようなことは、大抵の場合、アカデミックな演奏解釈の約束事においては「やってはならない」とされていることが多い。

即ちホロヴィッツの演奏には、世のまじめな先生方が「真似をしてはいけませんよ」と生徒に諭すものの典型が「きらきらと」溢れているのである」(61〜62ページ)

「リヒテルの演奏は、すべてのピアニストから尊敬され、勉強の手本とされる。しかし、「リヒテルのようなピアニストを目指して頑張ろう」と本気で思うピアニストは少ない。というところがまた、極めて興味深い点であろう。

 一方ホロヴィッツの演奏は、すべてのピアニストから憧れられるが、実際に勉強の手本にしたら一巻の終りだと広く信じられている。まるでセレーネかローレライといった感じであるが、しかし、「ホロヴィッツのようになりたい」と心密かに思ったことのないピアニストはいない」(62〜63ページ)

 コンクールという場においては、ホロヴィッツのような異常な天才は求められていないのだ。求められていない、というのは言いすぎかもしれないが、たとえば特定の作曲家の作品だけを抜群にうまく弾ける、といった類の個性的なピアニストは、コンクールの膨大な課題曲を前にしては勝ち抜くことができない。必然的に、オールラウンダータイプのピアニストばかりが駒を進めることになるのだ。

「コンクールの参加年齢の制限は、簡単に言うと、コンクールというものが、クラシック音楽の普及とその大衆化という社会基盤の発展の上に成立したことに関係する。

 クラシック音楽の普及と大衆化とは、即ち音楽教育の普及と制度化ということでもあるが、それは言いかえると、優れたピアニストが広く組織的に育てられることを可能にする一方で、思いもかけぬ神童が突如として未知の領域に生れる、そしてしかも三十歳過ぎまで埋れたまま終る、などということはほぼあり得ない、という状況を「常識」としてもたらしたと思われるのである。言ってみれば、コンクールとは極端に早熟、或いは極端に晩成の異常な天才のためにあるものでなく、あくまでも正常な才能のための定期的発掘装置とでもいうべきものなのだ。

 言うまでもなくこれは、なんだか少し淋しいような常識である。とりわけ早熟の天才を期待しないという意味を持つ下限制限の方は、夢に欠けるであろう。そこで興味深いことには、むしろそのアンチテーゼのように、欧米には神童モーツァルトの六歳でのデビュー以来、まことに根強い「神童出現願望」のようなものがあって、それはそれで伝統化されている感じさえある」(44〜45ページ)

「このような形でふるいにかけられると、結果は当然のこととして、「万能型」のピアニスト、しかもロマン派音楽の演奏において「ヴィルチュオジティ」をふるうタイプのピアニストが、一般に有利になる傾向になる。

82年、86年と二度にわたって、私が審査員として見聞したチャイコフスキー・コンクールに限っていっても、たとえば或るピアニストがモーツァルトやバッハ、あるいはドビュッシー、ラヴェルといったロシア物以外の或る特定の作曲家の作品において、仮に圧倒的な出来映えを披露しようとも、そういったいわば異能奇才型よりも、満遍なく一応すべてのピアノのレパートリーを水準以上に演奏し、バランスよく能力を披瀝する優秀な“凡才”の方が、はるかに勝ち残る可能性をもつということがいえるのである」(160ページ)

 中村紘子は審査員として、万能型ではないという理由でコンクールを去っていった、優秀なピアニストたちのことを想う。

「第一次予選の百十一人のなかには、本当に素晴しい才能に恵まれた若者が、少なからずいた。ある者はバッハを、ある者はベートーヴェンを、実に深い味わいと共に演奏した。しかし、ラフマニノフやリストやショパンで失敗し、ステージから消えていった。その姿を思うと、私の心は痛む。

チャイコフスキーのあの華やかなピアノ協奏曲が弾けなくとも、あのように美しく知的なバッハが弾けるなら、それもまた素晴しい人生ではないだろうか、と、私の心は恐らくはもう二度と聴くチャンスは廻ってこないであろうランダルのバッハを懐かしむ」(175〜176ページ)

「あの、ランダルをはじめとするいわば万能型ではない、しかし素晴しい才能に恵まれた若者たちの中から、未来のミケランジェリやベルマンが育つだろうか。そしてその特異な才能を発揮させられる場に十分恵まれるだろうか。

そんなことをふと想像するとき、私は、人が人を選ぶコンクールというものの虚しさ哀しさ、とでもいったような感情が、一瞬私の心の中深くを通り過ぎていくのを感じるのだった」(176〜177ページ)


 もちろん、コンクールだけがピアニストとしてデビューするための道というわけではない。上に名前が挙がっているミケランジェリやベルマンというのは、エリザベス・コンクールで失敗をしながら、その後世界的な名声を築きあげたという稀有な例である。

とはいえ、そういった人びとがやはり幸運な例外であるということも忘れてはならない。そうでなければ、こんなにも厳しいコンクールをわざわざ受ける人間などいないだろう。幸運を求めるピアニストたちのエピソードとして、以下のルービンシュタインに関する逸話には衝撃を受けた。中村紘子が演奏会前の楽屋に、挨拶に行ったときの話である。

「そのとき、私たちの横を黙ってすり抜けて楽屋を出ていく三人の若者がいた。あとで知ったのだが、なんと彼らは高齢のルービンシュタインの万が一を狙って自主的に現れ待機していた無名のピアニストたちだったのである。

彼らは、老ルービンシュタインにとっては気の毒なことだが彼らにとっては千載一遇の幸運になるかもしれないこと、の勃発を期待していたわけだ。もっとも、そんな若者が目の前をウロチョロしていたにもかかわらず、この当時すでに八十六歳の老巨匠は若者顔負けのエネルギーと艶やかさをもって、ショパンとベートーヴェンの協奏曲を二曲演奏し、更に余裕たっぷりにアンコールを三曲弾きのけて、悠々とステージを退場したのであった」(56ページ)

 おとなしくコンクールを受けて研鑽を積むことにしたピアニストたちの道も、一筋縄ではいかない。コンクールの乱立と課題曲の構成の類似は、「プロフェッショナル・ファイナリスト」と呼ばれる人びとを生みだしてしまったのだ。

「近年、国際コンクールの席上でしばしばささやかれていることとして、大物の新人が見当らなくなったこと、一位が登場しても芸術家として大成しなくなったこと、などがあるということは既に述べた。今改めて思うことだが、若いピアニストが、乱立するコンクールという場で例の「プロフェッショナル・ファイナリスト」としてあちらで三位、こちらで二位と経験を積み重ねていく過程において、何か芸術家にとって大変に大切なものをすり減らしていっているということが確かにあるのではないだろうか。

 今回のチャイコフスキー・コンクールにおいても、その甚だしい例として、世界の主だったコンクールを十数ヵ所受けて、みなそれぞれに二位や三位や六位や七位を獲得したというキャリアをもつ猛者がいた。しかしそれは彼の演奏の平均点の高さを示して人々を感心させる効果よりも、彼のピアニストとしての資質のなかで、何か決定的な魅力が欠如しているのではないかという疑惑、いや確証につながってしまうことになった。コンクールのヴェテランたちの演奏を聴く時、ふと私は、若い才能を聴く喜びよりも未来を憂う重い気持にさせられてしまうことがある」(303ページ)

「彼らは必ずしも優勝を狙ってくるわけではないのですよ。彼らのなかには、ただよい聴き手の前で演奏するチャンスが欲しくてくる、いわば永遠のアマチュア・ピアニストがいるんです。彼らには弾くチャンスがない。たとえあったとしても、よい聴き手、彼らが信頼するに足るような聴き手に聴いてもらうチャンスなど、全くない。コンクールにくれば、少なくとも審査員たちは真面目に聴いてくれますからね」(308〜309ページ)

 これは、とても淋しいことだ。

「プロの演奏家と学生の演奏との相違はなにか。それは、他者の耳と心に曝された体験の多さと深さで決まる。他者の耳と心に曝されることによって、プロはしたたかにたくましく、より複雑に成長をとげていく」(123ページ)

 クラシック音楽界における需要と供給のアンバランスはじつに深刻な問題で、「コンサートよりもコンサートに出たいピアニストの数の方が上廻る」のである(301〜302ページ)。そのくせ乱立するコンクールはたくさんのコンクール優勝者を輩出し、それらに片っ端から挑戦する「プロフェッショナル・ファイナリスト」のような人びとを生みだしてしまう。問題はあまりにも根深い。

「クライバーンのようにずば抜けた才能が参加していないときには、コンクールというのはまことに判定が難しくなる。そんな場合、特に審査員が多い大コンクールとなると評価は極端にまちまちとなり、そうした中で突如幸運に見離される者が出るかと思えば、風向きがくるりと変って幸運を手にする者も出てくる。

一位もそうだが、特に二位以下の判定は曖昧にならざるを得ない。すなわちコンクールであるからには、それがどの程度のものであれ一位にはそれなりの意味がある。しかし、一位以外であるならば二位も十位も、あるいは三位も六位も、その才能や技術には数字で表されるほどの違いはないといっていい」(172ページ)

「どこのコンクールでも、古典から現代曲に至るまでのピアノ独奏曲の主要作品を中心に課題曲が構成されており、違いといえば、モスクワではチャイコフスキーを、スペインのコンクールではアルベニスを弾かされるといったこと、また場合によってはセミ・ファイナルで他の器楽と室内楽を演奏させられる、といった程度でしかない。そして、しかもその課題プログラムは、現代では質量共にますます重くなって、時には「いったいこのコンクールは、何を目的としてこんなに多大な量のプログラムを参加者たちに要求するのだろうか」と、半ば呆れさせられてしまうことさえある。

これでは、まるでピアノ演奏のトライアスロンではあるまいか。実際のところ、参加者たちは、音楽的才能や芸術的感性がいかに優れているかなどということよりも先に、一にも二にも人並みはずれて強靱な肉体、体力と、そして何事にもたじろがない図太い神経を持ち合せていなければ、こうしたタフな長丁場を勝ち抜いてはいけなくなる。「悩める青白きインテリタイプの病的芸術家」ふうなどでは、とてもピアニストとして生きていくことはできないといった有様になっているのである」(281〜282ページ)

 ところで、コンクールの本選ではオーケストラとの協奏曲が課題となることが多いが、協奏曲においては経験がものを言うのだそうだ。プロとしてデビューする前のコンテスタントたちに、オーケストラと協演する機会などそうそうあるものではないだろうから、これはじつに苛酷な課題といえるだろう。なぜ経験が重要なのか、中村紘子は自身のピアニストとしての体験から、とても貴重なことを書いてくれている。

「一般的にいっても、普通の演奏会の場合、オーケストラとソリストが合せるチャンスは、滅多に上演されることのないような難曲大曲あるいは現代物の初演などということでもない限り、大抵は前日と当日の会場練習との二回限り、というのが国際的にも習慣となっているようである。

 もちろん、その作品をオーケストラと合せた経験がない場合は、私たちソリストはオーケストラ・スコア片手にレコードを聴いたりするのはもちろんのこと、友人などに頼んでオーケストラの部分をピアノで弾いて貰って二台のピアノで一緒に合せたりして、事前にオーケストラ・サウンドに馴染んでおこうと努力する。

 具体的に言うと、ここでティンパニーを三拍聴いて、四拍目に一緒に出る、次は主題がチェロに移って、ピアノは半拍ずつズレながらそれに合せる、そして、という具合に、協演のポイントをチェックし、ピアノ譜に注意マークを書き込んだり、あれこれと詳しく分析をしたりする訳だが、ところが、ああ、なんということだろう、いざ、オーケストラと一緒に弾き始めてみると、どういう訳かレコードでは手にとるように聴こえていたチェロが、実際にはさっぱり響いてこない、などといった事態が必ず、それも一つや二つならず発生するのだ。

そのため、あのチェロを合図にこちらが弾き始めればいい、などと頼りにしていると、とんでもないことになったりして、それでカーッとあがってしまって、あとはもう……といったような苦い味わいを、ソリストならば誰しもが一度は体験しているであろう」(252〜253ページ)


「オーケストラにぐるりと囲まれて座ってみて初めて知るのだが、あの中には響きの時差とでもいうようなものも存在するし、自分の近くに座って演奏している楽器の響きに消されてしまって、遠くにある楽器の音が聴きとり難くなるなどということは、むしろ当然のことである。例えばベートーヴェンのピアノ協奏曲第五番に「皇帝」というニックネームで知られた名曲があるが、その最終楽章のそれこそ一番最後の部分に、十四小節にわたってピアノとティンパニーだけが二人で演奏する個所がある。だんだん音を弱めテンポもゆるやかになっていって、そのあと華やかに一気に駆けのぼるフィニッシュを「嵐の前の静けさ」ふうに強調する部分なので、とても緊張感に満ちているのだが、この部分はコンサートホールの響きによっては、オーケストラの最端部に陣取っているティンパニーと最前列中央のピアノとの間に時差が生じて合せにくくなるのだ。お互いに見合ったりして合せようとすると、音はかえってズレたりする。

こんなときは、ほとんどカンに頼る他はない。何故、指揮者という存在が原則として皆より一段高い所に上って、しかも立ちっ放しでいることになっているのかが、突如として納得させられたりもする。私のやや強引な一人合点によれば、あれでは恐らく背のひどく高い指揮者とひどく低い指揮者では、それが良いか悪いかはべつとして、聴こえてくる音響の世界は相当に違ったものとなっているに相違ない」(253〜254ページ)

 これからコンクールを受けようと思っている日本人ピアニストは、中村紘子の著作の存在を喜ぶことだろう。がんばれ。日本人ピアニストといえば、こんな記述もあった。

「国際的なコンクールなどの場では何故か今でも依然として、日本人のピアニストといえば

「一つのミスもなく平然と演奏するが、機械のように無表情である」

「きちんと弾くが、個性に乏しい」

といった評判を耳にする。今回のチャイコフスキー・コンクールにおいても、善戦した岡田氏や小川さんに対して、むしろ予想以上に厳しく醒めた反応があったのも、このような先入観によるところがあるのではないかと思われる。こうした印象は、ワーカホリックでエコノミック・アニマルとされる例の日本人の既成流通イメージと重なって、一般論としては何やらもっともらしい説得力さえ帯びてくる感じがある。そしてコンクールの場で私が一番つらくもの思いに沈むのは、実にこの点に他ならない」(222ページ)

 がんばれ。

 それから、クラシック音楽の演奏家、とりわけピアニストを育む土壌についても、印象的な文章があった。これはなにもクラシック音楽にかぎったことではなく、おもしろいものに溢れている現代ではすべての芸術に共通の困難なのではないかと思う。

「極端に乱暴で大雑把な言い方になるが、クラシックの演奏家、特にピアニストは、要するに他に面白いことがいっぱいある社会では成熟しにくいのではあるまいか、と私はかねがね考えてきた。

経済的にも豊かで、多元的な価値観のもと、文化的にも技術的にも次々と新しい知的冒険と刺激が生まれ、多様なライフ・スタイルが試みられる社会では、長時間に亘る持続的で精妙な鍛錬を必要とするピアニストの育つ土壌は極めて限られるのではないか。

逆に言えば、或る程度貧しく、固定された価値観のもとにあって、保守的で時の歩みの遅い種類の国の方がピアニストにはよろしい……」(360ページ)

 でも、そのぶん続けることにも価値が生まれるのだ。

 中村紘子の文章はユーモラスで、ひとつの大きなテーマがあると、じつに楽しく言葉を紡いでいってくれる。テーマが、などと余計なことを書いたのは、じつはこの本よりも先に、同じ著者の『ピアニストという蛮族がいる』を読んでいたからだ。これについては、いずれこの本を紹介するときに書こうと思っている。

 ぐんぐん進んでいける読みやすさや現実特有のおかしみなど、ノンフィクション作品の持つ楽しさに溢れた一冊で、すばらしい読書時間を過ごせた。これはおすすめ。
http://blog.livedoor.jp/nina313/archives/2012-11.html


2009/06/15

中村紘子『コンクールでお会いしましょう』(中央公論社)とヴァン・クライバーン・コンクール


アメリカのヴァン・クライバーン・コンクールで、辻井伸行さん(20)が1位となった先週のニュースは、彼が生まれながらの全盲というハンディキャップを背負っていることもあり、大々的に報じられ、帰国後の公演やコンクール前に録音されたCDも大変なセールを記録しているという。

ヴァン・クライバーンといえば、冷戦時代のソ連で開催された第1回チャイコフスキーコンクールを何と仮想敵国人でありながら(またはそれゆえに)圧倒的な好評で優勝し、その凱旋はアメリカン・ヒーローそのもので、彼の録音したチャイコフスキーやラフマニノフの協奏曲は(現在も現役盤として立派に通用する水準だが)、当時のアメリカで大々的なベストセラーとなった。

我が家にはそのヴァン・クライバーンが、いわゆるショーマンではないピアニストとして脱皮しようと試みた頃の、ベートーヴェンのいわゆる三大ピアノソナタのLPがあり、私にとっては、これがこれらの曲への入門音盤となったということでも恩を感じているピアニストである。

このLPのジャケット写真を以前このブログで紹介したことがあるが、
http://kniitsu.cocolog-nifty.com/zauber/2006/05/8lp__c2b4.html

そのまさにプロフィール(横顔)を見ても、彼がそのような華やかな栄誉や過大な期待を背負うようなギラギラとしてタフな野心家ではない雰囲気が窺がわれる。

一夜明ければ有名人そのままに、その後彼は厳しい批評にさらされ、彼は心身の調子を崩し、ピアニストとしては大成しないまま引退し、その後、ヴァン・クライバーンの名を冠したコンクールの名誉主催者としての地位にあるといい、先日の辻井氏の1位のときにも、暖かいコメントを寄せている。

ヴァン・クライバーンとチャイコフスキー・コンクール、ヴァン・クライバーン・コンクールそのものについて、さすがの筆致で書かれているのが、表題の中村紘子女史による

『コンクールでお会いしましょう ---名演奏に飽きた時代の原点』
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%81%A7%E3%81%8A%E4%BC%9A%E3%81%84%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%97%E3%82%87%E3%81%86%E2%80%95%E5%90%8D%E6%BC%94%E3%81%AB%E9%A3%BD%E3%81%8D%E3%81%9F%E6%99%82%E4%BB%A3%E3%81%AE%E5%8E%9F%E7%82%B9-%E4%B8%AD%E5%85%AC%E6%96%87%E5%BA%AB-%E4%B8%AD%E6%9D%91-%E7%B4%98%E5%AD%90/dp/4122047749


だが、ここで、ヴァン・クライバーン・コンクールについて、その優勝者達が、その後のリーズ国際で優勝したあのラド・ルプー以外に世界的ピアニストとして大成した人がいないという不可思議な事実を記している(単行本 P.85)。

この優勝者に与えられる法外なリサイタル契約が、せっかくのその才能を早い段階ですりつぶしてしまうのではないかというような趣旨のことが書かれていた。特に、あのカーネギー・ホールでのリサイタルが鬼門だという。

だから、辻井氏の優勝(1位)には快挙だとは思いながらも、素直に喜べない部分がある。既に、日本のマスコミやプロダクションは、中村紘子女史という大御所が書いたこのような基本的な情報を棚上げにして、辻井氏の才能を消費しようとしているかのように感じて、少しうそ寒い感じがする。

コンクール出身者としては、ポリーニにしろ、ツィメルマンにしろ、ショパンコンクールでの優勝は、演奏家人生の入り口に立っただけだということを自覚してか、それからさらに研鑽を積んだ上で、改めて世に出たという実例もある。

是非、賢明な諸氏は、音楽コンクールの優勝は、オリンピックや世界選手権の金メダルが象徴する世界のその時点でのトップということとは違い、たまたまそのコンクールに参加したプロ演奏家志望の演奏者の中で1位になったに過ぎないということをもっと知るべきだ(ほとんど中村女史の受け売りだが)。


盲目の鍵盤楽器奏者としては、高名なチェンバリストであり、オルガニストだったヘルムート・ヴァルヒャの存在を忘れることはできない。また、日本のピアノ界でもヴァン・クライバーン・コンクールよりもさらに権威のあるコンクール、ロン・ティボーで2位を獲得した梯剛之(かけはし たけし)氏や、ヴァイオリニストでは、和波孝禧(わなみ たかよし)氏など、障害をものともせずに活躍している演奏家もいる。

祝福の輪が広がることは結構なことだが、まだ20歳の学生でもあり、じっくりとレパートリーを広げるだけの研鑽の時間がもてるように周囲が配慮してあげて、稀有とされる才能が消費されるのは避けてもらいたいものだと思う。
http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/37182/37411/58525926


ヴァン・クライバーン・コンクール

******* Mr.ビーハイブ楽師のコメント  *******


  最近盲目の辻井伸行君という若いピアニストが優勝したと言う事で、騒がしいことである。

 メディアもヴァン・クライバーン・コンクールの事はあまりわかっていなくて、どのTVも新聞も、そして雑誌もショパンコンクール、チャイコフスキーコンクールに並ぶ、権威あるコンクールで優勝した・・・これは素晴らしい事だと騒ぎ立てている。

これは誤解である。

ショパンコンクールやチャイコフスキーコンクールと同等なものではないが、わかっていない人はそう思ってしまうようである。NETではあまり評判が良くない。

 私はファイナルを聴いたが、これで、優勝は無いよ!と言う話や、はじめからわかっているのになぜレヴェルの低いヴァン・クライバーン・コンクールを受けに行ったの?

 さらにヴァン・クライバーン・コンテストで優勝した人の中で、名をなした人は一人もいない、いわばレヴェルの低いコンクールなのに・・・と言った始末である。

そしてその理由として、優勝すれば3年間で100回の演奏会の権利をもらえるとは言うもの、実際には言いなりに動かなくてはならないので、つぶれてしまうと言うものである。


 ヴァン・クライバーンという人は、第一回のチャイコフスキーコンクールに優勝した。本来ならばロシアのピアニストが優勝すべきだったのに、鉄のカーテンの向こうのアメリカから来た、ヴァン・クライバーンによって優勝をさらわれてしまう。アメリカは大喜びで、彼を国民的英雄として迎える。

 その時私は、映画館のニュースで、(当時はテレビが無かった)その状況を見たが、紙吹雪の中オープンカーでパレードをやるし、ホワイトハウスで演奏するなど大騒ぎになったらしい。このクライバーンはその後あちらこちらと引っ張り回されているうちに、崩れてしまう。

 確かにチャイコフスキーコンクールで優勝した頃はすごく良かったそうである、審査員の一人であったリヒテルはヴァン・クライバーンに5点入れたが他のピアニストにはすべて0点を入れたと言うし、中村紘子さんの著作である、チャイコフスキーコンクールの中では、彼は本当に素晴らしかったと言っている。しかし酷使されてすぐに押しつぶされてしまった・・・と記述している。

 今回の優勝でも3年間で100回の演奏会が保証されているという(100回は少し自信は無いが、すごく多い回数は確か)3年間で100回というと月に3回の演奏会をこなこなさなければならない。

同じ曲目なら物理的に可能かも知れない。しかしそうは行かない。勉強する暇は無いのである。こんな状況で基礎的な音楽を勉強する暇もないまま進んでしまうと。押しつぶされてしまうのでは無いか・・・

クライバーンはこの様にしてつぶされてしまった。今ではあまり派手な活動が出来ないばかりか、若い人の中には彼の名前を知らない人もいる。

 辻井伸行君のスケジュールをテレビで一寸写ったが、日本での凱旋演奏会はおびただしい数である。

加えて今後3年間果たして勉強するいとまがあるのだろうかと心配する。ましては盲目というハンデを抱えている。彼がヴァンクライバーンの二の舞にならないことを祈るのみである。

 ショパンコンクールで優勝したポリーニは審査員であったルビンシュタインが我々審査員の中で彼より上手く弾ける人がいるだろうか・・と言ったと言うが、彼は優勝後すぐに演奏活動に入らずに勉強に勉強を重ねて十分に成熟してから演奏活動に入った、今や世界で屈指のピアニストである。

日本の諏訪内晶子さん(Vn)もチャイコフスキーコンクールに優勝した後ジュリアードでVnを勉強し直して、デビューをしている。


本来このようにあるべきでは無いかと、私は考えている。コンクールとは音楽家の登竜門であるはずである。

 ただ心配なのはクライヴァーンだけで無く、エイヴェックスがマネジメントをしている様に思われるので、よほど自分をしっかりと捉えないと、もみくちゃにされてしまう可能性もある。 

長文になったついでに現在のヨーロッパにおけるコンクールの位置付けを見てみると、必ずしも優勝した人が、将来伸びているわけでは無く、2位3位のいわゆる個性のある人たちが伸びることが多いために、コンクールはあまり重視されていないと、聞いている。

一方コンクールこそいい手がかりであり、それから飛躍をしていこうと考えている人もいる。
http://chauchaw.web.fc2.com/hafuna-04-16.html

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/438.html#c3

[近代史3] アメリカ人には音楽は理解できない _ 天才ピアニスト ヴァン・クライバーンとは何だったのか? 中川隆
4. 中川隆[-10395] koaQ7Jey 2019年5月18日 13:44:16 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1924]

「あんなに素晴らしいピアニストはいなかった」

「でも繊細すぎる彼には耐えられない仕事」

「今でも気遣いや立ち居振る舞いは超一流。でもアメリカ国民が望むであろうクライバーンを演じているようにしか見えず、痛々しい。」・・・


まあ、本物の芸術家や天才で先生の言い付けを守ったり、期待される人間像を演じようとする人は存在しないですからね。

良い子は芸術家には向かないという事でしょう。




▲△▽▼


本物の天才とはこういうもの

『ピアニストという蛮族がいる』(中村紘子)
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%94%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%82%B9%E3%83%88%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E8%9B%AE%E6%97%8F%E3%81%8C%E3%81%84%E3%82%8B-%E4%B8%AD%E5%85%AC%E6%96%87%E5%BA%AB-%E4%B8%AD%E6%9D%91-%E7%B4%98%E5%AD%90/dp/4122052424


 「この私自身をも含めてこのピアニストという種族について、気取っていえば神話的感慨、社会的公正を期していうならば、洗練された現代の人間とはまこと異質な、言ってみれば古代の蛮族の営みでも見るみたいな不思議な感慨、を、或る感動と哄笑と共に催すことがある」(Kindle版 No.18)


 古今東西の大ピアニストを取り上げ、その数奇な人生や奇妙なエピソードを語ってくれる素晴らしく面白いエッセイです。登場するピアニストは奇人変人というべき変わった方が多いのですが、それも無理はないのだと最初にこう断りを入れています。

 「大体みんな、三、四歳の時から一日平均六、七時間はピアノを弾いているのだ。たった一曲を弾くのに、例えばラフマニノフの「ピアノ協奏曲第三番」では、私自ら半日かかって数えたところでは、二万八千七百三十六個のオタマジャクシを、頭と体で覚えて弾くのである。それもその一音一音に心さえ必死に籠めて・・・。すべてが大袈裟で、極端で、間が抜けていて、どこかおかしくて、しかもやたらと真面目なのは、当たり前のことではないだろうか」(Kindle版 No.21)

 この一文を書くためにだけに28,736個の音符を数え上げた著者がいうのだから説得力があります。そういうわけで、著名なピアニスト達のエピソード満載なのですが、これがまた。

 「滅多にコンチェルトを弾かなかったホロヴィッツは、理由を訊かれて「オーケストラは邪魔だから」と答えた」(Kindle版 No.2952)

 「ホロヴィッツはただ一度、パリでルービンシュタイン夫妻を夕食に招待したことがあり、あまりにも珍しい出来事であったのでルービンシュタインはわざわざオランダから夜行列車でパリに戻ったのだが、なんとホロヴィッツは、その約束をすっぽかして競馬に行ってしまった」(Kindle版 No.209)

 「「世界のピアニストには三種類しかない。ユダヤ人とホモと下手糞だ」と放言してニヤリと笑ったのはかのホロヴィッツだった」(Kindle版 No.339)

 と、最初のホロヴィッツだけでもお腹いっぱい。蛇足ながら、もちろんホロヴィッツはユダヤ人で同性愛者でした。

 24歳にもなってからチェルニーの教則本で本格的に練習し始めたという異常に遅いスタートから、ほぼ一日おきのコンサートをこなしながらなんと毎日17時間の猛練習をやり抜き、米国だけでも1500回以上の演奏会を行い、500万人の聴衆を魅了した挙げ句、うっかり独立ポーランドの初代首相となり、ヴェルサイユ和平会議の席上で「あの有名なピアニストが今やポーランド首相とは。お気の毒に、なんたる転落か」と嘆かれたという、イグナッツ・ヤン・パデレフスキー。

 四歳で最初のコンサートを開き、七、八歳の頃にはペルシャの宮廷ピアニストになり、十一歳で千回記念リサイタルを開いたというラウル・フォン・コサルスキー。「ひとくちに千回というけれども、これは四歳のデビュウから十一歳までほとんど休みなく2.555日に一度ぐらいの割合で演奏会をしていた勘定になる」(Kindle版 No.2325)

 住む家もない鉱山労働者のテントの中で生まれ、草原で拾ったカンガルーの子供を唯一の友とし、素足で野山を駆けめぐり、ボロ同然の服を一年中着ていたというのに、ピアノに出会うや奇跡的な才能を示し、一躍ロンドン音楽界の寵児となって、やがて映画スターになったアイリーン・ジョイス。

 「ショパンを弾きながら途中を忘れて盛大に間違え、自分で即興的に「作曲」して弾き終わったあと、聴衆に向かって、この方がいいのだ、と演説した」(Kindle版 No.2732)ウラディミール・ド・パッハマン。

 「不充分な演奏をしたら、聴衆に申し訳ない」(Kindle版 No.2916)と大真面目に主張して演奏会をドタキャンしまくったり、「拍手が少ないのに憤然とした余り、ステージの上から静かな客席に向かって一言「ブタに真珠よ」と捨てゼリフを吐いた」(Kindle版 No.3065)り、八十九歳のときにずっと年下のイタリア娘と結婚し九十六歳にして二時間の演奏会を平然とこなしてしまったり、ピアニストにまつわる面白い話には種切れというものがありません。

 中でも白眉は、日本最初のピアニストでもある幸田延、その弟子である久野久の二人の伝記でしょう。日本における西洋音楽の黎明期に活躍した二人の女性ピアニストの苦難の物語は涙なくして読めません。特に久野久に関する記述には力がこめられています。

 「久にはピアニストになるための音楽的条件と音楽的必然性が何ひとつ備わっていなかった。にもかかわらず、運命は彼女にピアノ以外の何物をも与えることを拒否するのである」(Kindle版 No.1609)

 「彼女と音楽との出逢い、関わり合いには何一つ豊かなもの幸せなものはなく、あるのは不安とつらさばかりであった。そして音楽に身を打ち込めば打ち込むほどにその不安は広がって、彼女から音楽はますます遠くへだたっていくのを彼女は知っていた」(Kindle版 No.1876)

 「名古屋での演奏会では、演奏の途中で指が裂け、血が吹き出してキイがまっ赤に染まってもなお弾き続け、聴衆を圧倒したという。きゃしゃで色白の足の不自由な娘が物の怪に憑かれたように全身全霊をこめてピアノに立ち向かう。満身の力をこめてピアノを叩くと、結い上げた髪はパラバラと肩に落ち、さしていたかんざしはどこかにすっ飛び、帯までもがゆるゆるとほどけていく・・・」(Kindle版 No.1296)

 大いなる悲劇へと向かう彼女の凄絶な人生を劇的に語りながらも、「同じピアニストとして私は、一体どうやったら「指先が破れて血がほとばしり出る」ような奏法になるのか、理解に苦しむ」(Kindle版 No.1792)と冷静に演奏技術の未熟さを指摘するところなど、さすがピアニスト。

 けっこう辛辣な文章が多いのも特徴的で、例えばこんな描写が。

 「ちょっと目の表情のきょとんとした、やや蓮っ葉な感じの極めて愛想の良い人だが、失礼ながら知性や教養といったものには程遠いタイプの人という印象であった」(Kindle版 No.1223)

 「日和見主義者で権力志向で酒飲みで、ときに音楽家としてもイイカゲンな、一言にいってヤな奴らだったようである」(Kindle版 No.2228)

 「女性ピアニストというのは、どうしても性格的には勝ち気で負けん気で強情でしぶとくて、神経質で極めて自己中心的で気位が高く恐ろしく攻撃的かつディフェンシヴで、そして肉体的には肩幅のしっかりとした筋肉質でたくましい、というタイプになってしまう」(Kindle版 No.3038)

 というわけで、出てくる伝記とエピソードが強烈な印象を残し、また文章から感じられる「勝ち気で負けん気で(中略)たくましい」パワーに魅了される、そんな傑作エッセイです。あまりの面白さに一気読みしてしまいました。
http://babahide.blog.so-net.ne.jp/_pages/user/iphone/article?name=2013-02-06


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本物の天才と紛い物の天才がどれ位違うかは以下を聞き比べて下さい:

ホロヴィッツのチャイコフスキーピアノ協奏曲第1番 1943年
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6847048
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6847082
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6847152

トスカニーニ&ホロヴィッツ 《チャイコフスキーピアノ協奏曲第1番1941》
http://www.nicovideo.jp/watch/sm17329798

チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番変ロ短調OP.23
ヴァン・クライバーン(Pf) キリル・コンドラシン指揮シンフォニー・オーケストラ1958.5.30、ニューヨーク、カーネギーホール
http://www.nicovideo.jp/watch/sm14114510
http://www.nicovideo.jp/watch/sm20214185

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チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調 作品23
ピアノ:ホロヴィッツ トスカニーニ指揮NBC交響楽団
録音:1941年5月6日、14日、カーネギーホール


これは70年前の録音です。70年前! 当然モノラルで、オーディオ的にはその後に登場した数々の録音には遠く及びません。であるにもかかわらず、この演奏を知っているがために、私はどのような名人の演奏を聴いても満足できなくなってしましました。ほかのピアニストの演奏でもある程度のカタルシスが得られますが、70年も前の録音から得られるカタルシスは比類がありません。ある意味では不幸な出会いなのですが、この演奏を知らないより知っていた方が良かったと思います。

 そもそもこれほどのピアノの巨人がこの世に実在したこと自体が驚異です。ここではその絶頂期の演奏にノックアウトされます。冒頭から圧倒的なパワーによる雷鳴のような音、華麗で目も眩むほど鮮やかなタッチ。文字通り度肝を抜かれます。

演奏は協奏曲というよりひとり舞台に近いものがあります。ホロヴィッツのピアノはそれこそ自由奔放、唯我独尊、傍若無人です。ちょっと自由奔放・・・・というのでもなく、激しく自由奔放、激しく唯我独尊、激しく傍若無人です。こんな演奏はほかにありません。第3楽章の最後の最後までホロヴィッツ節のオンパレードで、私は興奮を抑えきれません。スピーカーに向き合って聴いていてなお、立ち上がって拍手したくなります。何という臨場感でしょうか。

 伴奏をつけている指揮者とオーケストラも凄い。本気でぶつからなければたったひとりのピアニストに押しつぶされてしまいます。そのため、オーケストラからも切迫感のある猛烈な音が聴けます。それでもなお、ホロヴィッツはオーケストラを威圧し、完全にリードしています。トスカニーニ指揮のNBC交響楽団だからついて行けたのでしょうが、普通のオーケストラでは途中で崩壊していたでしょう。

 ホロヴィッツは晩年には晩年の良さがありますが、ここに聴くホロヴィッツは圧倒的な輝きを放っている大スターです。こうした演奏だと、演奏を耳にできるだけでありがたいと思います。録音の古さなど全く気になりません。名盤の条件に、音質の良さ、例えば良好なステレオ録音でなければならない、などということは不要です。

 また、ライブ録音でなければ熱い演奏が聴けないということもありません。ムラヴィンスキーのチャイコフスキーもそうでしたが、ホロヴィッツの録音もいわゆるスタジオ録音に分類されます。「ライブならでは」というのは使い勝手が良い都合のいい言葉ですが、経費を節減するためのライブより、しっかりとしたスタジオ録音の方がよほど充実した演奏が聴けると思います。もっとも、1941年当時、演奏家たちは録音という行為に対して現代とは比較にならないほど真剣であったと考えられます。それが演奏にも色濃く反映されていると考えて差し支えないでしょう。

 チャイコフスキーのピアノ協奏曲に関しては、この1枚があれば足りると言いたいところですが、そうはいきません。ホロヴィッツには同じ組み合わせによるライブ録音があるからです。

チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調 作品23
ピアノ:ホロヴィッツ トスカニーニ指揮NBC交響楽団
録音:1943年4月25日、カーネギーホールにおけるライブ

 これは1941年盤同様自由奔放、唯我独尊、傍若無人なピアノです。聴衆は第1楽章から熱狂していて(当然です)、第1楽章が終わるやいなや激しい拍手が待っています。

 RCAは放送した録音を元にマスターテープを作って商品化したようですが、その過程でかなり苦労をしたらしく、ライブであるにもかかわらず1941年の録音と音質的に大きく遜色がない点もすばらしいです(好き嫌いの差はあるでしょうが)。国内盤が入手しやすいであろう1941年盤とこの43年盤があればホロヴィッツのチャイコフスキーは堪能できるでしょう。


 参考に、もう1枚挙げておきます。MUSIC & ARTSの1948年盤です。

チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調 作品23
ピアノ:ホロヴィッツ ワルター指揮ニューヨークフィルハーモニー管弦楽団
録音:1948年4月11日、ライブ


 これは最も新しい録音である割に、音は最も貧弱です。しかし、これまた聴き始めると音質など気にならなくなります。超絶的に優れた演奏を前にすると、音質のことなどどうでも良くなるのですね。第1楽章の後、盛大な拍手が入るのは1943年盤と同様です。この演奏で拍手がない方がどうかしていると私は思いますが。第3楽章の終わり方は凄すぎて何回聴いても笑いがこみ上げてきます。

 この圧倒的な才能、それこそ太陽のような輝きを持つピアニストがいなくなった後、我々にはどのような演奏が選択肢として残されているのでしょうか。
http://www.kapelle.jp/classic/greatCDs/horowitz.html


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上に ホロヴィッツ +トスカニーニ の二種類の演奏のリンクを貼りましたが、この二つでは 1943年4月25日のライブ録音の方が断然優れています。 録音は極端に悪いのですけどね。
録音が良い1941年版の方がいいと思った方は音楽が全然わからないと思って下さい。

こういう音楽がわからない人が多いのでヴァン・クライバーンの録音が良いだけのどうしようもない演奏が空前のベストセラーになったのですね:


私の音楽ライブラリですが、二人の競演のCDを次の3種類持っています。
いずれも、

  独奏:ウラディミール・ホロヴィッツ
  指揮:アルトゥーロ・トスカニーニ
  演奏:NBC管弦楽団

の演奏で、モノラルの録音です。


 【1】1941年5月6,14日、ニューヨークのカーネギー・ホールでのスタジオ録音
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000V2RWCG/nrsnn999-22/ref=nosim/

私が最初に買って良く聴いていたLPはこの演奏でした。
聴きやすいスタジオ録音です。 演奏もスタジオ録音の割には熱気を帯びています。

 【2】1943年4月25日のカーネギー・ホールでのライブ録音
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005EGZ2/nrsnn999-22/ref=nosim/
http://www.amazon.co.jp/dp/B000003EYF/ref=as_li_tf_til?tag=19741216-22&camp=243&creative=1615&linkCode=as1&creativeASIN=B000003EYF&adid=09WEDTXR736D7K5EFFDV&&ref-refURL=http%3A%2F%2Fclassicalmusic.livedoor.biz%2Farchives%2F52238846.html

二人の凄まじい熱気に、第1楽章が終わったところで聴衆が拍手をしています。
感動的な演奏ですが、残念なことに録音がよくありません。
本当に聴きにくいのが残念です。

 【3】1941年4月19日のカーネギー・ホールでのライブ録音

案外、このCDが一番よい演奏かも知れません。
ダイソーからホロヴィッツさんの演奏した協奏曲のCDが2種類でたので、即購入(1枚100円)しました。

実は、いつのどういった演奏か分からずに購入したのですが、 その後、1941年のライブ録音と分かって、お買い得な1枚だったと改めて感激したものです。
http://pub.ne.jp/akichi/?entry_id=3559009

トスカニーニとホロヴィッツによる共演でのチャイコフスキーピアノ協奏曲第1番は3種類の録音があります。すべてNBC交響楽団との演奏


・1941年4月19日(カーネギーホール、ライヴ録音)Naxos 、Music & Artsから出ています。

・1941年5月6、14日(カーネギーホール、スタジオ録音)RCA正規盤

・1943年4月25日(カーネギーホール、ライヴ録音)RCA正規盤(1959年初発売ホロヴィッツが発売の許可与えた。)


♪チャイコフスキーピアノ協奏曲 第1番は、1943年4月25日、カーネギーホール、第1回「戦争債券募集特別演奏会」ライヴ録音。

このときのプログラムはオール・チャイコフスキーで「くるみ割り人形」組曲、交響曲第6番「悲愴」、そしてピアノ協奏曲第1番でした。

そのピアノ協奏曲第1番は2年前にスタジオ録音がありますがホロヴィッツもトスカニーニも演奏録音に満足してなかったようです。しかしながら41年の録音はかなりストレートな演奏でトスカニーニ主導の中で進められて入るものの、その中でホロヴィッツ縦横に鍵盤を駆け巡る指の鮮烈な技巧をみせていますね。まさに「炎の名演」で勢いがあります。スタジオ録音であるためかしっかり音が取れている録音です。

43年の演奏は、ライヴ録音で41年で見せたストレートな演奏からやや第1楽章の最初のほうのテンポを抑えめにして丁寧に聴かせています。(アメリカらしく?第1楽章が終わると拍手あります。)


♪なぜチャイコフスキーピアノ協奏曲 第1番二回録音(コンサートをしたか)したのかのエピソード♪

1941年におこなわれたものは、これはニューヨークのカーネギーホールが1891年に柿落としをした際に、ここに訪れたチャイコフスキーの来訪50周年記念演奏会(1941年4月19日のコンサートのこどですかね?)の直後にレコード録音されたもので、レコードもすぐ発売されてうる。しかし指揮者とソリストとがうまく一致してない、ミスタッチがある、さらには音質的にも問題があるとして当時あまり評価になにず、逆に1933年(1932年と思われます。)に録音されたホロヴィッツのライヴァルともいうべきルービンシュタインの「1932年バルビローリ指揮ロンドン響(EMI)との共演盤」レコードの評価を高めることになってしまった。

これを気を悪くしたトスカニーニは、早速ホロヴィッツを自宅に呼び付け、蓄音機のヴォリュームを一杯にあげて、その演奏のまずい個所について徹底的に分析したということでした。そしてその2年後の1943年にふたたびチャイコフスキーピアノ協奏曲 第1番を共演し、この日ラジオでも実況中継されたチャイコフスキーピアノ協奏曲は大成功で、トスカニーニにとってもホロヴィッツとっても大変満足いく成果を納めた。
http://blogs.yahoo.co.jp/rboarder30/44074029.html

2011年06月22日
ホロヴィッツ&トスカニーニのチャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番(1943年ライヴ)/ホロヴィッツのムソルグスキー:展覧会の絵(1951年ライヴ)
http://www.amazon.co.jp/Tchaikovsky/dp/B000003EYF%3FSubscriptionId%3D175BC0N2BCT0X4DAZG82%26tag%3Damebablog-a411407-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3DB000003EYF


 クラシック演奏史における伝説の指揮者とピアニストによる競演が実現した、ドリーミーなアルバムだ。この演奏は1943年に録音されたが、もう一枚1941年のものが存在するらしい。僕は両者について詳しいことは知らないけれど、トスカニーニの娘がホロヴィッツと結婚した事実を鑑みると、良い関係だったのだろう。

 さて、このアルバムは最高にエキセントリックでおもしろい。やりたい放題演奏するホロヴィッツに、トスカニーニが正面から張り合っている。一般的に協奏曲ではオケとソリストが助け合うことが理想的な関係なのだろうが、この演奏からはそのような思いやりはあまり感じ取れない。むしろついてこれるかと挑発し、互いを振り落とそうとしているかのようだ。

 第一楽章の冒頭からして、狂っている。鍵盤を激しく打ち鳴らすホロヴィッツに、応酬するトスカニーニ。ニ頭の竜が激しく争いながら天を駆け上っていくような力強さがある。何もそんなお互い意固地にならんでも、と可笑しくなるくらいだ。

第二楽章はさすがに休戦状態、お互い和やかな雰囲気で進んでいく。しかしそれはあくまでも次の戦いへの準備にすぎないのだ。

第三楽章は、予想どおり再びぶつかり合いが始まる。ホロヴィッツはテンポをがんがんあげ、トスカニーニも堂々とそれを受け止める。崩壊しそうでしない独特の緊張関係の上にこの演奏は成り立っている。もうわけのわからない圧倒的な迫力が生まれている。
 
 別に喧嘩し合っているわけではない。互いの限界を演奏の中で引き出し合うような、実に高度な掛け合いが繰り広げられているのだ。最後のクライマックスにおけるスケールの大きさは、間違いなく伝説上の二人だからこそ作り上げることができたのだろう。

 協奏曲のあるべき姿はこのアルバムにあらわれていると思う。協奏曲とは馴れ合いではない。互いの限界のギリギリを追求していく実に挑戦的な形態であるのだ。

 この演奏は先日発売したボックスに収録されている他、単品でも手に入る。際物好きにはたまらない逸品かと思います。
http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/52238846.html

ホロヴィッツ&トスカニーニのチャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番(1943年ライヴ)/ホロヴィッツのムソルグスキー:展覧会の絵(1951年ライヴ)


ホロヴィッツが岳父トスカニーニと共演したチャイコフスキーはこの曲を語るときに決して忘れることの出来ない名盤である。

筆者の考えではこの名作の現在までの最高の演奏であると同時に、ホロヴィッツが残した膨大な量の録音の中でも、その頂点にランクされる名演である。

ホロヴィッツは、驚嘆すべき技巧、鋭いタッチで圧倒するばかりでなく、ホロヴィッツ特有のアクセントの付け方が、ここではすべて曲の内的論理に適っており、聴き手の心に一音一音が突き刺さってくる。

かなり速めなテンポが設定されたこの演奏では、ホロヴィッツがそれを少しも苦にせずに唖然とするような快演を展開しているが、トスカニーニとの極限まで緊迫した対話から生まれる白熱的な緊張感は、この演奏そのものが作品を高濃度のエネルギー体に昇華させているかのような印象さえも抱かせる。

フィナーレなどは、とくに時間が一瞬に凝縮されたと思えるほどの燃焼度を示しており、信じられないような熱気を放っている。

ホロヴィッツの《展覧会の絵》には1947年のスタジオ録音もあり、演奏の完成度ではそちらをとるべきかもしれないが、より彼らしい白熱した演奏はこちらの1951年のカーネギー・ライヴであろう。

ヴィルトゥオーゾ・スタイルを貫きながら、変幻自在のタッチによってそれぞれの絵をまるで手に取るように表現していく。

そこには空疎感は微塵もなく、聴き手は彼の自由に飛翔するファンタジーにただ心を奪われるばかりだ。

最後の〈キエフの大門〉では自ら編曲を加え、より演奏効果が上がるように工夫されている。
http://classicalmusic.livedoor.biz/archives/52238846.html


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Vladimir Horowitz 1947 / Mussorgsky Pictures at an Exhibition
http://www.nicovideo.jp/watch/sm8991917
https://www.youtube.com/results?search_query=Vladimir+Horowitz+1947+%2F+Mussorgsky+Pictures+at+an+Exhibition+


Vladimir Horowitz 1951 Live Mussorgsky: Pictures At An Exhibition
https://www.youtube.com/results?search_query=Vladimir+Horowitz+1951+Live+Mussorgsky%3A+Pictures+At+An+Exhibition+


http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/438.html#c4

[近代史3] アメリカ人には音楽は理解できない _ 天才ピアニスト ヴァン・クライバーンとは何だったのか? 中川隆
5. 中川隆[-10394] koaQ7Jey 2019年5月18日 13:45:10 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1925]

本物の天才と紛い物の天才と何が違うかというと:


ウラディミール・ホロヴィッツ(VLADIMIR HOROWITZ、1904〜1989、ロシア)

呼称:鍵盤の魔術師

孤高の天才ピアニスト・ウラディミール・ホロヴィッツは、悪魔に魂を売りそれと引き換えに超絶技巧を譲り受けたという伝説さえ産んだヴァイオリニスト・パガニーニのピアニスト版とも言えるでしょう。作曲家でピアニストでもあったセルゲイ・ラフマニノフとも深い親交があり、彼のヴィルトゥオーゾ・スタイルの流れを受け継いだ巨匠としても尊敬を集め、とても有徳の人とは思えない悪魔的な鍵盤の魔術師として、20世紀最高の巨匠として君臨した大ヴィルトゥオーゾでした。

ホロヴィッツを聴くということはまず第一に彼の並外れたパワーによる超絶技巧を聴くということでしょう。消え入るような最弱音から雷のようなフォルテッシモまで音量を自在に操り、88鍵を完全支配するテクニックはまさに驚異的です。その意味で彼と度々比較され並び称された巨匠ルービンシュタインとは全く性格の異なるピアニストです。

ホロヴィッツのレパートリーは決して広くはなく、レコードではまとまった録音をあまり残していないようですが、オムニバス形式でのライブ盤など、彼の持ち味がいかんなく発揮された超絶的な名演奏が多いです。とくに彼はその超絶技巧を誇示するために既存の作品に独自のアレンジを施して、ピアニスティックな装飾を随所にちりばめ、演奏会で好んで取り上げていたようです。とくに傑作なのはスーザ作曲ホロヴィッツ編曲の「星条旗よ永遠なれ」で、これはどう聴いても腕2本で弾ける曲ではないように思えます(腕3本で弾いているように聞こえる)。

ホロヴィッツ自身は非常に神経質な人だったそうで、ピアニストの奇人変人伝説には必ずと言ってよいほど登場します。演奏スタイルも彼独自の信念に基づいたもので、一時の気の緩みも許されないほどの緊迫感に満ちています。演奏中、常識ではおよそ考えられないようなアゴーギクやデュナーミクを酷使するため、次の瞬間起こるであろう出来事の予測が難しく、常に強い緊張を強いられます。演奏中随所にただならぬ気配を感じさせる音の運びをし、どーっと雷を落とす彼の演奏スタイルは彼独自のもので、この人の演奏がツボにはまると、他の誰の演奏からも体験することのできない、恐怖に満ちたスリリングな感動を味わうことができます。
http://www10.plala.or.jp/frederic3/pianist/horowitz.html

   改めて「ホロヴィッツが好きなピアニストです」と言うのはなんとも気恥ずかしいのだが、やはり取り上げない訳にはいかないピアニストであろう。ホロヴィッツの伝記的内容や演奏論等は山のようにあり、ホロヴィッツ一本でHPを運営されている方もいらっしゃるのでここでは極めて個人的な体験としてのホロヴィッツを書くことにする。

 ホロヴィッツは若い頃から怜悧な超絶技巧を身につけていたのは古いEMI録音を聴けばわかることだが、実際その超絶技巧が我々の思っている程のものであったのかは微妙なような気がする。勿論指捌きが悪いなどという事はないが、むしろホロヴィッツの美質はその研ぎ澄まされた鋭い音色にあり特に小さな音による速いパッセージでの彼独特の鍵盤をはじく様なノンレガートによる奏法−これは人間の聴覚にはあたかもレガートのように聴こえる−にあると私は思っている。ホロヴィッツの爆音は伝説であるが、爆音は小さな音が磨き抜かれてこそ爆発するのである。

 極端な言い方をすればホロヴィッツにとって音楽の真髄などどうでもいいことで、いかに人間の聴覚を騙し(言葉が悪ければ錯覚させ)その作品の音符を音響的に磨きあげるか、という事がホロヴィッツトーンの謎をとく最大の秘密ではなかろうかと思う。そして彼の神経過敏症−それは演奏活動を中断するほどの病的なものであったが−気質と密接に関係があるといえる。

ホロヴィッツのライヴ盤、ヒストリックリターンでもいいのだが、を聴くとまず他のピアニストの演奏から聴くことの出来ない神経症的な緊張感、それはほとんどその場から逃げ出したくなるようなギリギリの精神状態が聴き手に伝わってくるのである。

ホロヴィッツはルービンシュタインを軽視しルービンシュタインは非常に気を悪くしたということだが、ホロヴィッツにとってルービンシュタインの余裕のある安定した安心して聴ける音作りこそが批判の的だったのではないかと私は思う。ホロヴィッツはあくまで音楽は聴覚的なものであることに拘ったピアニストであったと言うのが私の見解である。
 
    勿論、現実のホロヴィッツが上記のようなことを言っていた訳ではないのであくまで私の感想なのだが、このことは多くの人が少なからず感じているのではないだろうか。

 しかし、残されたホロヴィッツの録音は一部不調時の時のものを除いて本当に素晴らしい(不調時の時でさえその素晴らしさは伝わってくる)。中でも私はRCAでの録音が最もホロヴィッツの翳りのある鋭い音質感覚を想像する事ができるように思う。それに比べCBSでの録音は録音優秀ではあるが調整が入っているのかあまりホロヴィッツの音をとらえ切れていないように思う。

 最後に一つ。SonyからCBS録音の紙ジャケット仕様オリジナル盤のCDが復刻されたがRCAも見習ってもらいたい。せめてLP時代に出たRCAの「ホロヴィッツコレクション」レベルのジャケットデザインにならないものだろうか。「生きながらにして伝説と化したピアニスト」ホロヴィッツをこれほど端的に表現したジャケットは無いのではなかろうか(左写真)?
http://www.ne.jp/asahi/yagi/piano/music/pianist/pianist8/pianist8.htm


要するに、鬼気迫るオーラが有るかどうかが天才と秀才の違いなのですね。

そしてそのホロヴィッツも天才であったのは 1938年頃からコンサート活動を引退した 1953年までの僅か15年間で、それ以降は完全におまけの人生でした。

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/438.html#c5

[近代史3] アメリカ人には音楽は理解できない _ 神童メニューインは何故只の人になったのか 中川隆
1. 中川隆[-10393] koaQ7Jey 2019年5月18日 14:13:11 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1926]

メニューイン戦前・神童時代のCD紹介 (1928年〜1939年)

メニューインの神童時代はいつまでなのかは色々議論がある。

15、6歳位まで、または1936年にいったん演奏活動を休止するまでという意見もあるが、とりあえずこのページでは1939年までの録音を扱う。

理由は1938年の復帰後の録音もそれ以前と遜色なく見事なものであるということである。そして1940年以降の録音は復刻CDで聴く限り別人のように生気がなく、鈍く大味な演奏になっているのである。


 バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ
・全曲 1934〜1936年 EMI 7243 5 67197 2 9(artリマスタリング) 旧盤 EMI CHS 7 63035 2
・5曲 1934〜1936年(無伴奏ソナタ第2番以外) Naxos Historical 8.110918、8.110964

・無伴奏ソナタ第1番 1933年録音 未CD化
・無伴奏ソナタ第3番 1929年録音 Naxos Historical 8.111127、Biddulph LAB 032
・無伴奏ソナタ第2番〜アンダンテ 1932年録音 Naxos Historical 8.110965
・無伴奏パルティータ第1番〜サラバンデ 1933年録音 未CD化
・無伴奏パルティータ第3番〜プレリュード 1938年録音 未CD化

全曲盤はEMIからCD化されている。もともと全集として録音されたものではなく、個別の曲がSPとしてリリースされた。ソナタ第2番はSPが発売されなかったためNaxos HistoricalのCDには収録されていない。

音質は現行輸入盤EMIのartリマスタリング盤がEMI旧盤やNaxos盤よりも優れている。
演奏はシェリングや最近のヴァイオリニストに比べると緻密さには欠けるが、もの凄い気迫と輝かしい音色で弾かれている。全曲としては最古の録音だが全く古さを感じない。シャコンヌが特に感動的である。

この全曲CDはソナタ第3番とパルティータ第2番が1934年、ソナタ第1番とパルティータ第1番が1935年、ソナタ第2番とパルティータ第3番が1936年録音である。

メニューインはそれ以前、1929年にソナタ第3番を、1933年にソナタ第1番を録音している。前者はLP転写盤の全曲盤に1934年の再録音の代わりに収録されていた。
ビダルフのCDはLPに比べて音に迫力がなかったが、ナクソス盤はそれよりはましな音である。
演奏は師匠アドルフ・ブッシュの影響が強く重厚なボウイングで古めかしく弾かれている。再録音とは別人のような演奏で技巧的に優れている。わずか13歳の時の録音である。

ソナタ第1番の旧盤は未復刻(第1楽章冒頭のみメニューイン50歳記念LPに収録されていた)で、SPを聴いた感想だが、再録音と同一スタイルながら、音がうわずったりすることなくより優れた演奏であった。

他に断片を3種戦前に録音しているが、いずれも全曲とは別の録音である。ソナタ第2番〜アンダンテはナクソスのバッハ:ヴァイオリン協奏曲のCDに収録されている。 無伴奏パルティータ第1番〜サラバンデとパルティータ第3番〜プレリュードは未CD化で前者はヴァイオリン協奏曲第2番のSP(HMV DB2003/5)の最終面に収録されていた。
後者はエネスコ指揮メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲の米ビクター盤のSP(16169〜72、オートチェンジャー)の最終面に収録されている。


 バッハ:ヴァイオリン協奏曲
・ヴァイオリン協奏曲第1番 1936年、第2番 1933年(エネスコ指揮)、二つのヴァイオリンのための協奏曲 1932年(エネスコ、モントゥー指揮)パリ交響楽団
Naxos Historical 8.110965
EMI 7243 5 67201 2 1(artリマスタリング)、旧盤 EMI CDH 7 610182

断然ナクソス盤のCDの音質が優れている。マーストン復刻でライナーノートによるとイギリス盤、フランス盤、ドイツ盤、オーストラリア盤のSPも聴いたが断然米Victor盤の音質が優れていて、復刻も米VictorのSPが使われているとのことである。前述の無伴奏ソナタ第2番〜アンダンテとの組み合わせである。
EMIでは旧盤の方がいい音だった。どちらもシャコンヌとの組み合わせだが、これは全曲盤と同一の演奏である。artリマスタリング新盤のシャコンヌは同じEMI新盤の全曲盤よりも音質が落ちる。

演奏は20歳の時の第1番はスケールが大きくなっていて輝かしい。10代の時の2曲は優しさを感じさせる。いずれも緩徐楽章の深みはなかなかのものだが、全体に戦前のメニューインの録音の中では大したものではない。

 モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲
・モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番 1935年、第7番 1932年(エネスコ指揮)、アデライデ協奏曲 1934年(モントゥー指揮) パリ交響楽団
Biddulph LAB 004
EMI CDH 7 63718 2

上に挙げた2種のCDは現在は入手困難かもしれない。他の復刻が現在手に入るようだが、筆者は聴いていない。
ビダルフ盤が絶美の音質である。EMIも悪くない復刻だ。

演奏では第7番が戦前のメニューインのベストパフォーマンスである。疑作なのであるがまるでモーツァルト自身が弾いているかのようである。
アデライデ協奏曲も名演である。この曲は20世紀に入ってからの完全な偽作である。
第3番はかなりロマンティックな演奏で抵抗を感じる。

なお断片として下の演奏も存在する。
・モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番からアダージョ 1929年(パーシンガー、ピアノ) Biddulph LAB 031、MALIBRAN CDRG 135

ビダルフ盤はパーシンガー伴奏の最初期の小品集とブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番との組み合わせである。MALIBRANは1928年から1938年までの小品集。どちらも良質な復刻。
http://www.toshima.ne.jp/~menuhin/MenuhinCD1.html


バッハ:ヴァイオリン協奏曲第1番、同第2番、
2つのヴァイオリンの為の協奏曲、
無伴奏パルティータ第2番よりシャコンヌ
ジョルジェ・エネスク(vn&cond.)/ピエール・モントゥー(cond.)/イェフディ・メニューイン(vn) [EMI CDH 7 610182 2]

メニューインはエネスクとブッシュといふ大家を師に持つ20世紀を代表するバッハ弾きである。様式からバッハを捉へるのではなく、感情の投影をバッハに見出し、音に精神を吹き込む。
当盤はメニューイン神童時代の輝ける記録であり、ヴァイオリン協奏曲の第1番と第2番は師エネスクの指揮のもと、2つのヴァイオリンの為の協奏曲では、エネスクのヴァイオリンを交へての師弟共演となつてゐる。
メニューインの特徴は強いアクセントと粘つた感情表現であり、熱のこもつたバッハ像を打ち立ててゐる。これに対し、渋く詫びた音楽を奏でるエネスクは老巧で、第2楽章の内面追求は流石である。(2005.8.16)


フランク:ヴァイオリン・ソナタ、ルクー:ヴァイオリン・ソナタ、ショーソン:詩曲/パリ交響楽団/ジョルジェ・エネスク(cond.)/ヘプツィバー・メニューイン(p)/イェフディ・メニューイン(vn) [Biddulph LAB 058]

少年メニューインはエネスクを師と仰ぎ拝して教へを乞ふた。
そして、ヴィブラートの奥義を譲り受けた。
師が得意とした近代フランスの楽曲からは、時にエネスクかと錯覚するくらゐ似た音が聴こえてくる。特にショーソンは瓜二つである。だが、所詮は真似事で、楽器を超越したエネスクの侘び寂びを知つた感情表現を求めることは出来ない。

エネスクの録音が残らないフランクとルクーは価値がある。しかし、フランクのソナタはティボーやデュボアらの御家藝と並べると音楽が脂ぎつてゐて困る。増してや、妹ヘプツィバーをコルトーやマースと比べるのは酷であらう。聴くべきは名曲ルクーのソナタだ。グリュミォーと並ぶ名盤として知られた録音で、情熱的なメニューインの直向きな演奏が犇と迫る。(2009.4.17)


シューベルト:華麗なるロンド、
シューマン:ヴァイオリン・ソナタ第2番、
ピツェッティ:ヴァイオリン・ソナタ
ヘプツィバー・メニューイン(p)/イェフディ・メニューイン(vn) [Biddulph LAB 067]
少年期のメニューインを代表する録音集で、最も輝かしい名演はシューベルトである。冒頭から感情が溢れんばかりに投入されてをり圧倒される。師エネスクと見紛ふばかりの振幅の大きいヴィブラートは偉大なエスプレッシーヴォの音楽を奏でる。主部に入つてからの熱気は尋常ではなく、強いアタックと躍動するリズムが終止途切れることなく炎上する様は鬼気迫る。この激情がシューベルトの音楽に相応しいかを云々することは最早下らぬことにすら思へる。

シューマンも同様の名演だが、この曲には彼岸に到達したエネスクの神にも等しい名演がある為、比較すると力尽くの情熱で押し切つた青二才の演奏に聴こえて仕舞ふ。

ピツェッティのソナタはエネスクの第2ソナタを想起させる玄妙で内省的な作品だ。妹ヘプツィバーの神秘的なピアノが魅力的で、異教的な官能美を振りまくヴァイオリン共々深い感銘を残す逸品だ。(2006.9.7)
http://www.h6.dion.ne.jp/~socrates/violin.html


Yehudi Menuhin clip - Bach ciaccona (Chaconne) d minor
http://www.youtube.com/watch?v=cN6LGPRGnLI
http://www.youtube.com/watch?v=julBoaxI10g


ユーディ・メニューイン(1956−57年録音/EMI盤) 

子供のころから「神童」ともてはやされたメニューインは、ある専門家によれば、デビュー前にマスターしておかなければならないヴァイオリニストとしての基礎技術が欠けていたそうです。

それでは大人になってからは、豊饒な音も持たず、確かな技術も無いとなると、何が特徴かということになりますが、月並みな表現ですが、この人には「精神」が有ったと思います。

この演奏も、聴き始めは音程の不安定さと汚い音に耳を覆いました。第1番のフーガなどは、「のこぎりを引いているのではないか」と思ったぐらいです。

ところが聴き進むうちに、それでもバッハの偉大な音楽に真正面から必死で立ち向かう姿が浮き上がってくるのです。それは、燃えさかる炎の中に人を助けに飛び込んでゆくような、人間の意思を超えた何か壮絶なものを感じずにいられません。

決してリファレンスの演奏にはなり得ませんが、「凄いものを体験した」という聴後感は、シゲティ以上かもしれません。
http://harucla.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/bwv10016-c297.html

▲△▽▼


やはり生徒のメニューインより先生のエネスクとブッシュの演奏の方が遥かにいいですね:


The famous Chaconne of Bach played by Adolf Busch.Rec. 1929
http://www.youtube.com/watch?v=t8Im6z30nQo

Enescu plays Bach - Partita No. 2 in D minor, Recorded: 1948-1949
http://www.youtube.com/watch?v=2-kmvrDYyFE


Yehudi Menuhin plays Bach Chaconne
Very excellent recording from around 1935.
http://www.youtube.com/watch?v=lm1q3gadv50
http://www.youtube.com/watch?v=rMTCuaJaBwY


http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/439.html#c1

[近代史3] アメリカ人には音楽は理解できない _ 神童メニューインは何故只の人になったのか 中川隆
2. 中川隆[-10392] koaQ7Jey 2019年5月18日 14:13:48 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1927]

イェフディ・メニューインのページ
http://www.toshima.ne.jp/~menuhin/ym0.html
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/439.html#c2
[近代史3] アメリカの演奏家は何故みんな演奏技術だけ凄くて中身ゼロなのか 中川隆
3. 中川隆[-10391] koaQ7Jey 2019年5月18日 14:15:20 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1928]

アメリカ人には音楽の陰影が理解できない


オーディオ談義〜フルレンジSPユニットの聴き比べ〜 - 「音楽&オーディオ」の小部屋


・リチャードアレン(写真右側)とアルテック403A(写真左側)から試聴。


アルテックの方をはじめに鳴らしてみた。

音を目方で表現するのも何だが、実に軽快そのものの音には驚いた。スカッと抜けきっていて、単純明快で隠し事のない音。人生バラ色、悩みなんて一切ありませんという印象がしてまさに典型的に陽気なアメリカ人を思わせる。

これはこれでいいんだろうが、もっと陰影が欲しい気もする。好き嫌いがはっきり分かれそうな音だ。


・これに比べるとリチャードアレンはまったく正反対でひとひねりも、ふたひねりもした音。音に適度の湿り気があって陰影がそこはかとなく漂ってくる。

人生を慎み深く、そして思慮深く生きていくイギリス人という感じ。

こういう音でないと表現できない音楽もたしかにある
http://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/12f18fe300c6b753750512890609680d?fm=entry_awp

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/437.html#c3

[近代史3] アメリカの演奏家は何故みんな演奏技術だけ凄くて中身ゼロなのか 中川隆
4. 中川隆[-10390] koaQ7Jey 2019年5月18日 14:18:21 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1929]

ヴィスコンティ 熊座の淡き星影 Vaghe stelle dell'orsa
https://www.youtube.com/results?search_query=Vaghe+stelle+dell%27orsa

制作 65年 イタリア

キャスト クライディア・カルディナーレ,ジャン・ソレル,マリー・ベル 等々

使われた音楽 セザール・フランク作曲「前奏曲・コラールとフーガ」

使われた意図 ヨーロッパの精神世界の迷宮


かなり昔・・・もう10年以上前になるかな?それとも5年くらい前かな?
あのギリシャで大きな地震がありました。それを伝えた民放のニュース番組でこのように言っていました。

「あの有名な観光地のパルテノン神殿も被害を受けました!!」

私もその番組の正確な言葉は忘れてしまいましたが・・・
実際のところはパルテノン神殿の被害はそれほどなかったはずだし・・・
ダテに大昔から建っているわけではありませんよね?

しかし、地震そのものよりも私の心を揺さぶったのは、「観光地のパルテノン神殿」という言葉です。

これは驚きでしょ?

本来ならギリシャ政府からクレームが来てもおかしくないくらいですよ!
あの「パルテノン神殿」を「東京ディズニーランド」と同じ観光地扱いとは?!

ただ遊ぶだけだったら、「ディズニーランド」の方が楽しいでしょう。パルテノン神殿は遊ぶというより、過去と対話する場所ですよね?より的確な言葉だと、文化遺産という言葉になるでしょう。

しかし、パルテノン神殿だって、残された遺物から、その当時の人間の営みを連想できないような人には、単なるオブジェであり、まさに観光地なんですね。

過去を持たない人間や過去を考えることのない人間はつまらない。しかし、過去を振り返らない姿勢は、別の言い方をすると、未来志向とも言えるのかも?そのように肯定的に捉えることもできるでしょう。

しかし、すべての人間がそんなに簡単に過去を捨て去ってしまっていいの?

ウィーンの作家のフーゴ・フォン・ホフマンスタールは手紙の中で書いています。

「人間は生きるためには、過去を忘れ、過去を捨てないといけない。しかし、人間の尊厳は、過去を忘れないこと、過去を捨てないことにかかっている。」

前向きに生きるというと、印象はいいのですが、人間の尊厳から外れることにもなりかねないわけ。

だから、過去にこだわる人間は、過去を簡単に捨ててしまうような人間を軽蔑し、敵意を持ったりする。

この「過去にこだわるもの」と「過去を捨て去ってしまうもの」・・・その間に横たわる無理解と対立が、描かれている作品、それがヴィスコンティ監督の「熊座の淡き星影」という作品です。


映画のあらすじは以下のようなもの。

イタリア人女性とアメリカ人男性の夫婦がアメリカに住んでいる。ちなみに、イタリア人女性には弟がいて、ロンドンに住んでいる。その姉弟の父親はユダヤ人。第2次大戦中に非業の死を遂げた父親の記念のための記念碑の除幕式のために、夫婦は妻のイタリアの故郷に戻ってくる。

実家に戻った妻は弟に再会し、かつての日々の思い出に囚われ、そこから逃れられなくなってくる。

そんな妻の姿をアメリカ人の夫は理解できない。
やがて・・・

さてさて、ここで「映画の中のクラシック音楽」を考えてみましょう。

使われている音楽はセザール・フランク作曲の「前奏曲・コラールとフーガ」というもったいぶったタイトルのピアノ曲です。その曲が最初に演奏されるのはジュネーヴでのサロンでのこと。女性ピアニストが演奏いたします。

しかし、これはヘンな選曲だ!

お酒が伴うようなサロンでピアニストが弾く曲が何故にセザール・フランクなの?
これをヘンと思わない人は、あの作品を理解したことにはならないでしょう。

だって、サロンでピアニストが弾く曲だったら、常識的にはショパンでしょ?

次に考えられるのはリストとか・・

この映画は第2次大戦が終わってかなり経った時代を舞台としています。いわば、当時の現代ものといえるでしょう。つまり舞台は1960年頃のこと。だから当時のサロンで弾かれる曲としては、ドビュッシーでもラヴェルでもいい。またモーツァルトでもいいわけです。エスプリがある人だったらフォーレの初期作品とか、すごく「粋」な人だったらクープランをもってくるとか・・・

あるいは、ヴィスコンティの最後の作品「イノセント」では、ショパンとモーツァルトとリストという選曲でした。まあ、これがサロンにおける「普通」の選曲。

いずれにせよ、フランクの曲をサロンで演奏するのは場違いなんですね。だからサロンに集まっている人は、ピアノの演奏を聞いていないわけ。

大体、フランクの曲は華やかな響きもないし、甘いメロディーもない・・・いわば晦渋な音楽です。それにその曲のタイトルや、音楽のオルガン的な響きでわかるように宗教的な音楽。

私は、「山猫」という作品でのヴィスコンティの音楽の使い方・・・つまり、あえてミスマッチな「椿姫」の音楽を使用することによって、演奏者の知性の欠落を表現した例・・・について書いていますが、ここでも、敢えて映像の流れとは「合わない」音楽を演奏させていることになるんです。

そう!

ヴィスコンティはショパンの音楽が鳴らされるのにふさわしい場所で、晦渋で迷宮に満ちたセザール・フランクの音楽を演奏させることによって、これから展開されるストーリーの「前奏曲」としているわけですね。

「さあ!これから、晦渋で、精神的なお話が始まりますよ!!」というわけです。
映像から簡単に推測されるショパンと、実際に演奏されているフランクの対比・・・これはこの作品を理解するのに重要になるわけです。

大体、フランクのピアノ・ソロの曲なんて、生演奏で聴いたことがある人は何人いるでしょうか?
いや!プロのピアニストだって一生フランクのソロ・ピアノ曲なんて演奏せずにキャリアを終わる人の方が多いんじゃないですか?

フランクの曲は、例の「交響曲」と「ヴァイオリン・ソナタ」くらいしか、一般的には演奏されませんし・・・
演奏する側にとってもあまり面白くない・・・演奏家としての技量が発揮させにくい音楽といえるわけです。そのくせ音楽性の欠落は聞き手にわかってしまう。損な音楽なんですね。

聞き手にとっても、そう。
聞いていて面白くはない。目立つフレーズが出てくるわけではない。
聞きながら色々と考えなくてはならない音楽と言えるわけです。気軽に聞くことができない。

ショパンを演奏しておけば、ピアニストの音楽性が多少欠落していても、目立つフレーズでごまかすこともできるし、聞き手も楽しい。
フランクを演奏することは、芸術的に難しいことであると同時に、興行的にみてもリスクを伴うものと言えるわけです。

ですからサロンでショパンが演奏されていたら、「ごく一般的」のサロンであると言えますし、その場所がヨーロッパなくても成立いたしますが、フランクが演奏されるサロンはヨーロッパ以外にありえない。ヨーロッパ世界の晦渋さと迷宮が、このフランクの曲で象徴されているわけです。

ちなみに、このフランクの曲は、ジュネーヴのサロンで演奏されるだけではありません。一種の映画音楽としてピアノの演奏シーンのないところでも流されています。
例えば、妻の実家に向けてヨーロッパをドライブしているシーンで、このフランクの曲が流されるわけ。

オイオイ?!
これはムチャクチャですよ!

太陽の光を浴びながらオープンカーでドライブしているシーンに、どうしてフランクの重苦しい晦渋な曲が流れるの?
もっと「軽い」音楽の方がいいに決まっていますよね?別にクラシック音楽でなくてもいいわけだし。だって、たかがドライブの時の伴奏音楽でしょ?
フランクの曲なんて、一番「場違い」の曲ですよ!
まだ、ストラヴィンスキーの「春の祭典」の方が景気いいというもの。

しかし、このような「場違い」によって、これから起こり行く「重苦しく」「晦渋」なドラマを予感させているわけ。
ヨーロッパの精神世界の迷宮に向かって、「堕ちていく」メタファーといえるわけです。

ここで、ちょっとクラシック音楽から離れてみましょう。

この作品を理解するためのチェックポイントのひとつとして、アメリカ人の男性はいつも「8mmカメラ」を持っているというのがあります。まあ、この作品は、65年の古い作品(モノクロ)なので、今のように「8mmヴィデオ」というわけにはいかない。またこの夫婦はたいそうブルジョワなので、写真を撮るだけの「ただのカメラ」でもないわけ。「65年当時の8mmカメラ」なんですね。

ご主人はイタリアの珍しい「観光地」を、その「8mmカメラ」で一生懸命撮っている。
おお!まさに一時代前の典型的アメリカ人観光客ですね。今日の映画制作において、このカメラを手放さない観光客の役回りが、アメリカ人から別の国の人に変更されているのは、皆さんもご存知のとおり。

しかし、さすがに、妻のイタリア人はそんなことはしない。もともと自分の故郷なんだし・・・名家の育ちだし、今更ね。

エトルリア時代の遺跡を見ても、それを「観光地」と捉えて、「フィルムに収めて満足する」アメリカ人と、「過去の世界」に思いをはせるイタリア人。
アメリカ人の必須アイテムの「8mmカメラ」によって、この対比が明確に表現されているわけです。

また別のチェックポイントとして、そのイタリア人の妻が部屋のドアを開けるシーンがあります。そのシチュエーションが実に多いわけ。そんなことを書くと、
「今更、人間が『部屋のドアを開けるシーン』が映画的に見て意味があるのか?」
と疑問を持たれる方も多いでしょう?

ヴィスコンティ監督の「熊座の淡き星影」では、「部屋のドアを開ける」という行為は、過去を解き明かす・・・あるいは、「心の迷宮に分け入る」・・ということのメタファーになっているわけです。

だから、「部屋のドア」を開けるのは、常にイタリア人の妻の方で、アメリカ人の夫ではないわけ。アメリカ人は「積み重なる過去の問題」や「心の迷宮」などに分け入る気持ちはさらさらないというわけです。

イタリア人は・・・いやヨーロッパ人は、「過去の迷宮」に入らざるを得ない。まさに妄執に執りつかれたように、部屋へ部屋へと入り込んでいきます。さながら「青ひげ公」におけるユーディットのように・・・

ドアを開け、部屋に入っていくとそこから立ち上る毒に「魅了され」次々と、他の部屋に入っていくことになる。いわば「毒が毒を呼ぶ」状態。
こうして、イタリア人の妻は多くの部屋のドアを次々開けていき、その迷宮から逃れられなくなっていくわけです。

このようにヨーロッパ人は過去にとらわれている。しかし、ヨーロッパ人すべてが過去にとらわれているわけではありません。
やっぱり過去などにこだわらない人も多くいる。
この作品で、ジラルディーノというオヤジが登場しています。この姉弟は、そのオヤジさんをやたら嫌っている。映画の中では、自分たちの父親の非業の死に関係があると思っていることになっています。
しかし、本当かな?
このジラルディーノはそんなに悪い人なの?

そうでもないんですね。このジラルディーノのキャラクターについては、実に上手に描かれています。
アメリカ人の夫が主催した晩餐の席でのこと。
ジラルディーノは料理に手をつけ、その後で料理に粉チーズをかけ、ソースのような調味料もかけている。

今の日本では、このような食べ方を的確に表現する言葉があります。
「汁だく」という言葉。
そんな食べ方は、お世辞にも上品な食べ方とはいえないでしょ?
しかし、「汁だく」愛好家が権謀術数をめぐらす悪人である例はないでしょう。

このあたりのキャラクター描写は、それこそ「山猫」において、わざわざ「場違い」な、「椿姫」の音楽を演奏した農民出身のオルガン奏者と、描写の雰囲気が共通しています。
そんな人たちは、つまらない人かもしれませんが、決して「悪い人」ではないでしょ?

そんなこと、その姉弟くらいの知性があれば、スグにわかることです。
つまりこの姉弟が抱いているジラルディーノへの反感は、「過去を軽んじる」ものへの反感なんですね。

ジラルディーノは良くも悪くも「前向きに生きる人」。だからアメリカ人の夫とも話があう。
しかし、「過去にこだわる」キャラクターを持つ人間、たとえば、この映画における姉弟にしてみれば、軽蔑すべき存在に写る。
いわば、ソフォクレスの「エレクトラ」におけるクリテムネストラの役回りは、このジラルディーノが担っているといえるでしょう。「本来は自分たちの過去にこだわり、その遺産を受け継ぐべきイタリア人のクセに、どうしてそんなに過去を捨ててしまっているのか?」そのような近親憎悪的な反感があるわけ。

ご存知のように、ソフォクレスの「エレクトラ」を、ホフマンスタールが翻案した戯曲もあります。ホフマンスタール版の方は、エレクトラが過去にこだわる女性で、クリテムネストラが過去を忘れる女性というキャラクターの対比の作品でした。「本来は、あの人も、自分と同じように過去に拘るべきなのに・・・」そう思うからこそ、エレクトラがクリテムネストラへ寄せる憎悪は深まるわけです。

姉弟は過去にこだわるがゆえに、結びつく。過去を忘れないという尊厳ゆえに結びつくわけ。その姉弟をイタリア人女優と、フランス人俳優が演じているのは、全くの偶然とはいえないでしょう。
フランスという国もイタリアという国も、同じ祖先を持つものですからね。

ヴィスコンティのような「迷宮に満ちたヨーロッパ」という考えは、今現存している映画作家ですと、ラース・フォン・トリアーが一番です。ラース・「フォン」・トリアーとルキノ・「ヴィスコンティ」。まさに迷宮に満ちた宮廷政治の後継者というわけですね。

彼らは、アメリカのすがすがしい清潔さの価値を認めながら、毒に満ち満ちたヨーロッパを愛しているわけです。フォン・トリアーもヴィスコンティもアメリカ人の単純さを軽蔑している・・・ヴィスコンティが見つめる「過去を持たぬもの」と「芳醇な過去」を持つものの対比の構図は、63年の「山猫」や、この「熊座の淡き星影」以降に顕著に現れてきます。

ちなみに、この「熊座の淡き星影」はヴィスコンティ唯一のミステリーなんだそうな・・・
この作品で、この「姉弟の過去に何があったか?」とか「姉弟の父親の殺害したものは誰か?」ということについて真実は最後まで明らかにされません。だってそんなことはどうでもいいことなんですからね。

過去に何か事件があって、謎が謎を呼ぶ、それで十分なんです。事件の内容が重要なのではない・・・解決されていない謎が存在する・・・そのことが重要なんですね。

つまり最大のミステリーはヨーロッパの精神世界そのものと言えるわけです。
http://movie.geocities.jp/capelladelcardinale/old/03-09/03-9-23.htm

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/437.html#c4

[近代史3] アメリカの演奏家は何故みんな演奏技術だけ凄くて中身ゼロなのか 中川隆
5. 中川隆[-10389] koaQ7Jey 2019年5月18日 14:19:54 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1930]

ダンサー・イン・ザ・ダーク
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1145854
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1145942
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1146010
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1151705
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1146139

http://www.nicovideo.jp/watch/sm1146197
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1146237
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1146419
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1146549
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1150997


制作 00年 デンマーク

監督 ラース・フォン・トリアー

使用された音楽 ワーグナー「ニーベルングの指環」  (無光での冒頭という形で)

使用された意図 ヨーロッパの聖と毒


このメールマガジン「映画の中のクラシック音楽」では、以前にアニメの「新世紀エヴァンゲリオン」の劇場版における音楽の使用の意図を考えました。そして、そこでの引用方法は「無音」という形での引用でした。

5分間の実質的な無音部分を作り、これを強調することで、マーラーの交響曲第2番を引用していたわけ。


今回のラース・フォン・トリアー監督の映画「ダンサー・イン・ザ・ダーク」では「無音」ではなく、「無光」というスタイルでの引用です。

映画「ダンサー・イン・ザ・ダーク」では、劇場版においては、スクリーンに何も写っていない状態から、静かに音楽が立ち上ってくるわけです。

言うまでもなく、このような冒頭はワーグナーの舞台祭典劇の「ニーベルングの指環」の第1作目、つまり序夜の「ラインの黄金」の冒頭部分と同じです。

ちなみに、このような手法は劇場でしか使えませんね。

家庭内での鑑賞を前提としたヴィデオとかDVDで、このような真っ暗な中から音楽が立ち上ってくる・・・ということは不可能ですからね。

家庭内の照明は、映画の監督が指示できるものではありません。ヘタをすれば、「これは不良品だ!」などと、せっかちな人からクレームがついたり、ヴィデオの早送りでさっさと処理されるのがオチでしょう。

ということで、劇場版では無光だったのが、ヴィデオ版では単純な映像がついています。

しかし、冒頭の音楽そのものは、弦楽器の低い音にホルンが絡んでくる・・・という音響で、音響そのものも「ラインの黄金」と同じですね。

逆に言うと、監督が劇場のライトを指定できる劇場版においては、ヴィデオ版とは違った表現をしているわけ。その部分にこだわりがないのなら、劇場版でも、ヴィデオ版と同じように、単純な映像をつけるでしょう。

フォン・トリアーは、あえて、光のない劇場から、音響が立ち上ってくるという状況を作り出しているわけです。

ということで、ラース・フォン・トリアー監督は、意識的にワーグナーを引用しているわけです。

ラース・フォン・トリアー監督は重症のワグネリアンですよね。
「タンホイザー」の音楽は、確か別の作品でも使っています。

では、彼にとってワーグナーの音楽とは何でしょうか?

それは「聖」と「毒」の絡み合った世界ということなんだろうと思います。

実際に、ワーグナーの音楽には「毒」がありますよね?
モーツァルトとかベートーヴェンの音楽には「毒」なんてなく、「聖」なるものしかありませんよ。モーツァルトもベートーヴェンも、いっそのことドビュッシーもウェーベルンも、その音楽を毒々しいとはいえないでしょ?

そして、ワーグナーの音楽には「聖」なるものもたっぷりありますよね?
劇音楽らしい、作られた「聖」と言えるのかもしれませんが、「毒」と一緒に存在することによって、「聖」の部分も、より一層際立つといえるんだと思います。

このように、「聖」と「毒」が一緒にあるために、「ワグネリアン」なるワーグナー信者が生まれ、社会に多大な影響を与えることになる。
「聖」なるものだけでは、人を惑わすことはできませんし、「毒」だけでも無視されちゃいますよ。

この「聖」と「毒」が一緒に存在する世界・・・

このようなワーグナーの世界は、ある意味において、ヨーロッパの精神世界そのものと言えるでしょう。

この「ダンサー・イン・ザ・ダーク」と同じラース・フォン・トリアー監督の「キングダム」という作品の冒頭のモノローグは「この魑魅魍魎の渦巻く沼地の上に建てられた、近代科学の粋を集めた病院」という言葉でしたが、この言葉はヨーロッパの精神の比喩そのものでしょ?

「神」による「聖」なるもの、それに対する「毒」、あるいは「近代科学」・・・すべてあってこそヨーロッパと言えるのだとフォン・トリアー監督は考えているようですね。

この「ダンサー・イン・ザ・ダーク」の冒頭の、全く光のない劇場に弦楽器とホルンによって立ち上ってくる音響は、ワーグナーの引用であり、この映画が「聖なるもの」と「毒々しいもの」を含んだ「ヨーロッパの精神」をテーマにした作品であることを聴き手?に印象つけるわけです。

しかし、この「ダンサー・イン・ザ・ダーク」に舞台はアメリカですよね?
主人公のセルマはチェコからの移民ですが・・・

つまり、この作品の設定は、「アメリカの中のヨーロッパ人」そして「アメリカ文化?の中のヨーロッパ精神」になっているわけです。

「ニーベルングの指環」を使って観客にワーグナー・・・ひいてはヨーロッパ精神を印象つけたフォン・トリアー監督ですが、別の音楽も引用しています。

クラシック音楽ではありませんが、皆さん御存知の音楽であるミュージカルの「サウンド・オヴ・ミュージック」です。主人公のセルマが映画作品中で上演の練習をいたします。一種の劇中劇となっているわけ。

この「サウンド・オヴ・ミュージック」という作品は、皆さん御存知のとおり、ナチスに反対しヨーロッパを逃れ、アメリカに渡ったフォン・トラップファミリーの話。

ヨーロッパとアメリカの対立?というテーマがここでも喚起されているわけです。

先ほど書きましたが、ヨーロッパには「聖」と「毒」がある。少なくともフォン・トリアー監督はそう考えているようです。


では、アメリカ精神には何があるの?

それは「正義」と「悪」ですね。
アメリカにはこの世を越えた「聖」はなくても、この世の規範である「正義」はあるでしょ?

自らを蝕む「毒」はない代わりに、他者を裁く「悪」がある。

この「ダンサー・イン・ザ・ダーク」では、そのようなヨーロッパの「聖」と「毒」が明確に描かれています。

「聖」なるものの代表例は言うまでもなく、教会です。

この「ダンサー・イン・ザ・ダーク」では不思議なくらいに教会が出てこない。
共産圏から移住してきたセルマが教会に行かないのは、分からないでもありませんが、その他の人が教会に行くシーンもありません。

これが単に映画の尺の関係ではないことは、刑務所での死刑の場面を思い起こせばスグわかります。

通常このような死刑のシーンにつきものの、聖職者(牧師とか神父)がいないでしょ?

映画における普通の死刑のシーンでは、刑の執行される前に聖職者と会話するシーンがつきものです。一番感動するシーンですからね。では、どうしてないの?

この「ダンサー・イン・ザ・ダーク」では、このような「聖」を思い起こすような人物は注意深く避けられているわけです。

キリスト教関係でいうと、セルマが刑務所のダクトから聞こえる賛美歌と、囚人の部屋にある1枚のキリストの肖像くらいです。

ダクトから聞こえる賛美歌・・・この賛美歌は一体どこから聞こえるのでしょうか?


他の人には聞こえない賛美歌・・・

セルマの心にしか聞こえない音楽・・・

これはヨーロッパから聞こえる・・・

と言えるでしょう。勿論、物理的には無理ですが、心では聴こえているわけ。

つまり賛美歌を喜んで聴くセルマにもかかわらず、死刑において神父の立会いもない・・・

これくらいアメリカには「聖」から距離がある・・・とフォン・トリアー監督は言っているわけです。


では、ヨーロッパの「毒」とは?

それはまさにこの「ダンサー・イン・ザ・ダーク」では、遺伝性の病気として示されているわけです。

「遺伝することがわかっているのに、何故に子供を作ったのか?」という疑問は、「毒に満ちて閉塞感の漂うヨーロッパ文化を伝承することに、価値や意味があるのか?」という、監督のフォン・トリアーの自問でもあるわけです。

毒に満ちた文化を伝承することによって、その「毒」も伝承される。

その価値と覚悟・・・

それがラース・フォン・トリアー監督が、この作品で言いたかったことでしょう。


ヨーロッパの持っている出口のない状況と、未来一杯のアメリカ。
シリアスなヨーロッパの表現と、能天気なミュージカル仕立てのアメリカ風表現。

精神主義のヨーロッパと、商業主義から抜け出せないアメリカ家族。
約束を守るヨーロッパ人と、約束を無視するアメリカ家族。


勿論のこと、映画の中での区分けですので随分ステレオタイプな分け方ですが、この作品においての、ヨーロッパとアメリカとの切り分けはこのようなところです。

例の事件のあった家族の庭に星条旗がはためいているのは偶然ではないわけ。
あの家族がアメリカ人の典型だ!とフォン・トリアー監督は言っているわけです。

あるいは、あの家における知性の欠落は、本棚を見ればスグわかるようになっています。
何かの全集ものがキレイに並んでいるんですね。
本棚の本がズラーと並んでいて、外見上もキレイなのは、本を読んでいない証拠。
これは映画上ではよくある表現です。

勿論、アメリカ人にも善意はありますよ。問題はそれ以外の部分ですね。

そうそう、この「ダンサー・イン・ザ・ダーク」という作品は「息子を守る母の強い愛!!!」とかのキャッチコピーで宣伝されましたが、今まで書いてきたように、フォン・トリアー監督の意図は別のところなんでしょう。

ただ主役を演じたビョークにしてみれば、やっぱり「母の愛」の方が興味があったでしょうね。フォン・トリアー監督とビョークは、撮影中に随分ぶつかったそうですが・・・

まあ、映画作品は監督の思惑どおりに行き過ぎると面白くない面もあったりします。

特にフォン・トリアー監督はちょっと「頭」で映画を作るようなところもありますしね、他の作品などに見え隠れします。

また、この作品ではカトリーヌ・ドヌーヴ演じるキャシーがいい効果を生んでいます。

作品中ではこのキャシーがどこの国から来たのか?

生粋のアメリカ人なのか?

示されてはいません。いわば、すべての国の人と言うことなんでしょう。

彼女は観客の代弁者なんですね。
映画を見ている観客が思っていることを、その都度、観客の代わりに映画の中で言っているわけです。

ヘンな話、ドヌーヴ演じるキャシーなんていなくても、ドラマの上では問題はないわけです。
そもそもキャシーなんて名前は、ドヌーヴの名前カトリーヌを英語読みしただけでしょ?

ただ、観客の代弁者が常にスクリーンでがんばっているので、観客はドラマに入りやすい。
俗に言う「オイシイ」役と言えますよね。

というわけで、フォン・トリアー監督の割には、観客に配慮している作品と言えます。まあ、だからヒットしたんでしょう。

ただ、フォン・トリアー監督がワーグナーのオペラや「サウンド・オヴ・ミュージック」を引用したり、あるいは「聖なるものの象徴としての教会」を排除してドラマを作っている意味も考えると、「母の愛」以外の面も見えてくるわけです。


まあ、フォン・トリアー監督がアメリカの単純さに距離を置く人であることは明白ですね。

まあ、「あんなに単純で生きられたらラクだろうなぁ・・・」と思っているのかな?
http://movie.geocities.jp/capelladelcardinale/old/03-12/03-12-16.htm

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/437.html#c5

[近代史3] アメリカの演奏家は何故みんな演奏技術だけ凄くて中身ゼロなのか 中川隆
6. 中川隆[-10388] koaQ7Jey 2019年5月18日 14:23:18 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1931]

NOと言えないアメリカ人
http://amairisuki.blog.fc2.com/blog-entry-6.html


just_say_yes

よく洋物は「Oh Yes! Fuck me〜」の連呼でスポーツみたいでつまらない、なんて事を仰る方がいらっしゃいます。

別にこれは外人がスポーツみたいなSEXが好きだからではなくて、そうでもしないと北米ではポルノの制作販売が出来ないと言う裏の事情が有るからです。

今回はその辺りのお話です。



アメリカは「表現の自由」が建前なんですが、同時にプロテスタントの国でもあります。この多分にキリスト教原理主義的倫理観を有する集団は大きな力を持っておりまして、ポルノ産業の根絶を目指して絶えず強力な圧力をかけ続けてきました。これにフェミニズム運動なども自己の発言力アップの為に乗っかかりまして、結果として色々と細かい規制が設けられています。

一番大きなものは「レイプ及びそれを想起させる暴力表現の禁止」と言うモノでして、女優さんは行為の最中は絶対に「NO」とは言えません。これは、どんなプレイであっても女性の側が合意し求めているという証明の為です。

ですから「Oh Yes! Fuck me〜」と「喜んで」SEXしないといけない訳です。某居酒屋のホール係みたいですが(笑)

ともかく、この辺りが「スポーツみたいな」印象を受ける一番大きな理由となります。


余談ですが、実はこれを逆手に取った男がいます。それがこのカウボーイハットのおっさん、Max Hardcoreです。


Max Hardcore 白人優越、男尊女卑丸出しの古き良き南部の伝統(笑)を体現した様なおっさん。プロテスタントの国アメリカに在りながらロリの尻穴を徹底的に犯したいと言うド直球な姿勢は、世界中に数多くの信者とアンチを生んだ。

このおっさんは契約上「NO」と言えない事を良い事に、右も左も分からない新人女優を連れて来てはロリ服を着せて、ゲロ吐くまでイラマしたかと思うと尻とマムコにクスコ突っ込んだ挙句に中に放尿、フィストでいたぶった上に尻穴犯し倒して顔射した後に口をこじ開けて口内放尿、とまあやりたい放題のビデオを量産していました。

新人時代のBriana Banksがこれに引っかかりまして、マジ泣きしながら「Oh Yes. Fuck Me My Master〜」と言っているシーン等は個人的には非常に萌えるモノがありましたです。はい(笑)

好事魔多し、と言うか自業自得と言った方が良いのでしょうか、1998年ついにロサンゼルス市が動きます。罪状は「児童ポルノみたいなのを作った事」という言いがかりに近い物だったのですが、出演女優の数人が検察に有利な証言をした為に起訴されました。

実は私、この数年前に彼の有料オフィシャルサイトのメンバーだった事があるのですが、そのせいか突然Maxからこんな内容のメールが来て驚いた事があります。

「よう、ダチ公! 実は俺様が使ってやった糞ビッチ共が、その恩も忘れてポリ公に告げ口しやがって、ロスのクソ役人共に裁判を起こされたんだ。悪いんだが裁判費用の捻出の為にもう一度メンバー登録してくれないか?」

とまあ、要約するとこんな感じなんですが、全編ビッチだクソだのオンパレードでMaxの円満な人柄が垣間見えるメールでした(笑)

結局、この裁判では無罪になったのですが、民主党のクリントンから共和党のブッシュに政権が移った後の2005年に突然、今度はFBIが動きます。

Maxの外遊中に家宅捜索に入ったFBIは彼のサーバーを押収し、中のデータの5つの作品が幾つかの連邦法に抵触するとして彼を起訴、判決は全て有罪で24ヶ月の服役を命じられます。即時控訴しますが、2年後にMaxの控訴は棄却され2009年に服役します。

2年後の2011年に出所したMaxは「もっと世の中のためになる事をしたい」と言い残すと…

max_new_official

新しいオフィシャルサイトを立ち上げてポルノ販売業に復帰しましたとさ(笑)

全然懲りてねぇよ、このジジイ(笑)


さてさて、寄り道が長くなってしまいましたが話を戻しましょう。

北米は規制が厳しいと言っても全土で均一ではありません。州によっては比較的寛容な所もあります。北米ポルノの殆どがカリフォルニア州ロサンゼルス界隈で制作されている事と、このエリアがカソリックや移民が多く比較的リベラルな民主党の地盤である事と無関係ではありません(ちなみにポルノ業界人の大半は民主党支持者)。

とは言え、商業面を考えると連邦政府の意向を無視した無茶な物を作る訳は行かず、結果として他国の人間から見ると奇形的な形で発展して来ました。

一例を上げると、SM関係はそのままなら完全にアウトなんですが、これが女優の側が望んだ事なら可能になります。だからと言って、嗜虐シーンで「Oh Yes!〜」なんてやられたら興醒めしてしまいますよね?

で、どうするかと言うと、まず本編の前に女優さんのインタビューを入れます。そこで「私は前から、トイレの中で男達に拉致されてアジトの中で緊縛されて穴と言う穴を輪姦されるのが夢だったの!」てな事を言わせる訳ですね(笑)

さらに、本編の後に又インタビューが入り、それがどれだけファンタスティックでエキサイティングな体験だったかを長々と語らせる訳です(笑)

アメリカ人はよく日本のモザイクを嘲笑するのですが、こんなの見せられるとおかしいのはどっちだと言いたくなりますね(笑)


ヨーロッパの場合はプロテスタント国のイギリス以外は北米ほど厳しい規制は無いのですが、市場としての北米を無視できない為にこれに準じたフォーマットで制作されています。まあ、オランダやドイツやロシアとかは結構好き勝手にやってますが(笑)

但し、どの国でも獣姦モノは児ポと並んでアウトで、今世界で獣姦モノを作ってるのは日本とブラジルくらいになります。

ですから日本の獣皇シリーズなんかは世界中に愛好家がいたりします(笑)
実は、規制の面から見ると日本はとても良い国なんですよ。


一口に規制と言っても国ごとに細かい違いがあるのですが、プロテスタント系のアメリカと英連邦の厳しさはちょっと異常なものを感じます。
特にアメリカは表現の自由と宗教的倫理観が常に対立していて、多分に分裂症的な感じがします。

ちょっと乱暴な言い方をすると、この2つの利害が対立する時に前者を優先するのが民主党、後者を優先するのが共和党と言えるかも知れません。

ところで、このアメリカの対立する2つの利害が一致する事柄が一つあります。
それが「自由と平等の為に異教徒共を始末する」事です(笑)

アメリカ最大の産業が戦争だと言われるのは、こう言う所に一因があるかもしれません(笑)
http://amairisuki.blog.fc2.com/blog-entry-6.html
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/437.html#c6

[近代史3] アメリカの演奏家は何故みんな演奏技術だけ凄くて中身ゼロなのか 中川隆
7. 中川隆[-10387] koaQ7Jey 2019年5月18日 14:26:40 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1932]

NHK交響楽団の首席指揮者に着任したパーヴォ・ヤルヴィがつい最近、ヒラリー・ハーンとの対談(@フランクフルト)でとても興味深いことを語っている
→動画(3分40秒あたりから)。


Interview mit Hilary Hahn und Paavo Järvi zum hr-Sinfoniekonzert am 21.3.14 - YouTube

「現在世界で未だにブルックナーの音楽が演奏され、愛されているのはドイツと日本だけ。

そして面白いことに日本でブルックナーを演奏すると、会場には男性客しかいないんだ!
ラヴェルとかチャイコフスキーなどロマンティックで美しい曲を演奏したら女性客や子どもたちが来てくれるんだけどね」

それに対してヒラリーは

「じゃあブルックナーは日本の成人男性のために作曲したのね!」だってさ。

特にアメリカでブルックナーは全く人気がなく、演奏される機会も滅多にない。
http://opera-ghost.cocolog-nifty.com/blog/2017/02/post-470a.html

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/437.html#c7

[近代史3] アメリカの演奏家は何故みんな演奏技術だけ凄くて中身ゼロなのか 中川隆
8. 中川隆[-10386] koaQ7Jey 2019年5月18日 14:29:13 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1933]

トランプ大統領がシリアにミサイル攻撃した理由2017年4月11日


トランプ政権は完全に機能不全に陥っていた。法案は議会を通らず、政権内部は混乱している。トランプ大統領は何らかの打開策を見つけなければならない。この状況の原因となっている政策は何か? バノン氏やフリン氏の親ロシア政策である。ではその政策は政権にどのようなメリットをもたらしているのか?

大統領選挙の時からトランプ氏の演説を追っている読者があれば映像を覚えているかもしれないが、「他国の政権転覆をやめる」という主張は、トランプ氏の演説のなかで支持者からの反応が最も薄かった主張の一つである。

アメリカ国民とは、アメリカが「世界で最も偉大な正義の国」であると本当に信じている人々である。その彼らに「アメリカは他国の政権転覆をやめるべき」などと言えば、アメリカの歴史そのものが悪だと言うようなものである。


ドナルド・トランプ氏は本当はアメリカが嫌いなのではないか?
http://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/4076


だから、トランプ氏が演説でこの主張をしたときの支持者の反応は、賛同から程遠い当惑だった。

アメリカの政治介入は悪だったのか? 

イラク戦争は正義ではなかったのか? 

部外者から見れば何の正当性もないものが、アメリカ人には正当に映る。
彼らはそう教育されているのである。


何度も言うが、アメリカ人とは広島長崎への原爆投下が正義の行いだったと本気で信じている国民である。

個人の銃所有が治安向上のためになると全米ライフル協会が主張すればそれを信じ、

ブッシュ大統領のイラク侵略の口実となったイラクによる大量破壊兵器の所有が全くの嘘でたらめだったと明らかになっても気にさえ留めない、

政治的に非常に操作しやすい、頭の無い人々である。


だからこそトランプ氏は、政権転覆という表現よりも中東での軍事支出を減らすという主張に重点を置いた。「アメリカ人にとって正しいこと」は「世界にとって正しいこと」よりも先にあるものだと明確に述べた。上記で引用した通りである。


トランプ大統領の決断

親ロシア政策による利益とコストは明白だった。
政治的コストはあまりに大きく、利益はアメリカ国民にも議会にも理解されない。

そこでトランプ大統領が何を決断したのか、もう読者にもお分かりだろう。

彼の言う「世界にとって正しいこと」を選挙と議会における票のために犠牲にしたのである。

フリン氏は辞任させられ、そしてロイターによれば、トランプ政権内ではバノン氏の更迭が検討されているという。

トランプ政権内の反グローバリズムは風前の灯火である。


そしてシリア爆撃をアメリカ国民がどう捉えたかと言えば、トランプ大統領の支持者は言うまでもなく、彼に反対していたはずのリベラルのアメリカ国民でさえ、このミサイル攻撃を支持している。

CBSの世論調査(原文英語)によれば、共和党支持者のシリア爆撃支持率は84%、そしてトランプ大統領を毛嫌いする民主党支持者でさえ、40%が爆撃を支持しているという。

以前伝えたように、この爆撃の口実となったシリア政府による化学兵器の使用はシリア政府自身は否定しており、ロシアは「アメリカによるこのような大規模なミサイル攻撃は口実となった事件よりもかなり以前から準備を進める必要があったはずだ」と主張している。また、シリアの国営放送はアメリカによる攻撃で民間人が死亡したと主張している。


米国トランプ政権がシリアをミサイル攻撃、各国の反応まとめ
http://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/5987


個人的には状況の認識についてシリア側の見解にも西側諸国の見解にも与するつもりはない。しかし仮に西側諸国の言う通り、シリア側の化学兵器使用が事実であったとしても、全く関係のないアメリカがシリアにミサイルを打ち込む理由になると信じられるのは、西側諸国の教育を受けた人間だけである。

アメリカ人は諸手をあげて攻撃を支持している。
日本人は、どれだけの数がそれに同意出来るだろうか。


結論

第二次世界大戦における原爆投下を「戦争の早期終結に繋がり、結果的に多くの人命を救った」行為として正当化することを含め、アメリカ人は教えられれば何でも信じる人種である。

西洋はそうして戦争を行なってきた。

キリスト教の布教を理由に全く関係のない国々を植民地化し、戦後は「自由でオープンな価値観」の布教を理由に人殺しを行なってきたのである。

特にアメリカ人は政治家にとって御しやすい。

日本人やヨーロッパ人よりも単純であり、思想のコントロールが容易だからである。

トランプ氏はそこから外れた価値観を政治に持ち込もうとしたが、結局は有権者の理解がなければどうにもならない。要するに、誰が大統領になろうとも、アメリカ人は所詮アメリカ人だったということである。

ただ、トランプ大統領にとっても、これまでの主張をすべて覆すようなシリア爆撃を結論するのは容易ではなかったはずである。だからトランプ大統領の決断にはもう一つ重要な要因が必要となった。この点についてはまた別の記事で書きたいと思っている。
http://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/5999

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/437.html#c8

[近代史3] アメリカの演奏家は何故みんな演奏技術だけ凄くて中身ゼロなのか 中川隆
9. 中川隆[-10385] koaQ7Jey 2019年5月18日 14:29:45 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1934]

世界一豊かなアメリカはこんな国  
▽3100万人の国民が飢えている。

▽4500万人が医療保険に入っていない(国民健康保険制度がない)

▽国民の8人に1人が貧困レベル以下(2人家族で年収140万円以下)の暮らし振り。

▽貧困児童数は先進国でもっとも多い1300万人。

▽乳児死亡数は1日あたり77人。

▽国内に350万人のホームレスがいる(そのうち50万人が退役軍人)。

▽国内には約2億3000万丁の銃がある。

▽銃によって死ぬ子どもは1日平均13人。

▽選挙では不正が横行(黒人投票者を露骨に排除など)。

▽大学に行けなかった者は一生のあいだ時給5ドル(あるいはそれ以下)の仕事にしか就けない。

▽成人の4人に1人が自分の名前程度しか読み書きできない。

▽処女懐胎を、アメリカの成人の8割が信じている。

▽ブッシュ政権が1期目で実施した大型減税は、総額の半分以上が超富裕層のトップの1パーセントの懐に入った。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4875252307/ref=sr_11_1/503-0687016-2159947?ie=UTF8


1.スーパーのレジが異様に遅い。(日本の5倍くらいはかかってるw)

2.ファーストフードのセットメニューを頼むと、時々一品抜けてる。(3品しかないのにねw)

3.まともな運行時刻表すらないアメリカのバス・電車。(アメリカでは新幹線なんてとてもムリw)

4.殆どのアメリカ人って、外国に行った事も無い、外国語も話せない。要は、無知な田舎者w

5.レディーファーストなんてカッコつける割には、旦那の暴力が社会問題&驚異的な離婚率w

6.アメリカ人の運転マナーの悪さ・自分勝手度合い・・・ 日本人には『想定外』の連続ですw

7.何かを発注したとき、まず守られない納期。稀に納期を守る会社があるとビックリするw

8.議論は長いが何の結論も出ないアホな会議が、実は日本より多いw

9.必ず下らないギャクを入れるプレゼン。アメリカ人はプレゼン上手だと勘違いしてる模様w

10.テメーの稼ぐ金よりも、多くの金を浪費してる国・国民。愚かな・・・(以下省略w

11.コミュニケーションという言葉が好きみたいだが、要はペチャクチャ話して仕事せずw

12.自由を守る!テロとの戦いだ!などと他国に騒いでるが、要は、親米か反米か、それだけw

13.ミーティングでは“No Problem. We can do that” し か し・・・行動が伴わないw

14.ゴミの分別などお構いなし。誰も居ない週末のオフィスでも冷房ガンガン。環境を語る資格ナシw

15.駐車場で白線内にクルマを停めない馬鹿が多過ぎw、世間の程度が知れるw

16.セクハラ訴訟で何百億円、タバコ訴訟で何千億円・・・素晴らしい常識の国だよw

17.国民総肥満w、何食ってどれだけ怠惰に生活すれば、あんな肥満になるのか誰か教えてくれw

18.いまだにアメリカだけポンド・ガロン・インチ・・・の世の中w ま、彼らに国際単位系への変更なんて理解不能かw

19.終わってる製造業w 武器以外に輸出できるようなモノって一体何があるの?誰か教えてくれw

20.たかだか二百数十年の『アメリカ史』w なんせ白人は人々が暮らしているのにアメリカ大陸“発見”だからw

皮肉な事に、日本の負け組みに限って渡米希望w


◆米国民の知的劣化 

これは、米国民が、知的に劣化したせいだと考えられるのです。

 とにかく、米国の成人の5人に1人は天動説を信じていますし、26%しか進化論を信じていません。そもそも、高卒以下の人々の約45%は聖書に書かれていることはすべて真実だと信じています。

それどころか、白人の原理主義的(evangelical)キリスト教徒の60%は、議会ではなく、聖書に拠って米国の法律が制定されるべきだと考えているのです。

 また、成人のたった57%しか年間に1冊以上ノンフィクションの本を読んでおらず、若い成人の3分の2はイラクがどこにあるか地図上で示すことができず、成人の3分の2は米国の3権を列挙することができず、同じく3分の2は1人の最高裁判事の名前も挙げることができません。

15歳の数学の力はOECD加盟29カ国中24位ですし、2007年の研究では読む力が男女とも、しかも教育レベルの相違にかかわらず、低下気味であることが明らかになっています。
http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu181.htm

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/437.html#c9

[近代史3] アメリカの演奏家は何故みんな演奏技術だけ凄くて中身ゼロなのか 中川隆
10. 中川隆[-10384] koaQ7Jey 2019年5月18日 14:30:27 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1935]

狂ったアメリカ人の精神構造  


キリスト教原理主義

キリスト教原理主義の本質は、主に米国が過去に行った過失を正当化できるからこそ普及しているのであり、キリスト教よりもユダヤ教の亜種に近い性質を帯びている。

プロテスタントといえば、多くの日本人はルター派とカルバン派しか思いつかないだろうが、英米のプロテスタントの多くは、英国国教会の亜種である。

英国国教会は、設立当初から血塗られている。

ローマ教会が離婚を許さないのを理由に、ローマ教会を離脱して英国王が首長となる教会を設立したのであるが、そのヘンリー8世は6人の妻を持ち、2番目の妻アン・ブーリンと5番目の妻キャサリン・ハワードを姦通罪で処刑している。6人のうち死別は3番目の妻ジェーン・シーモアのみである。
英国国教会の成立には、ローマ教会を通して仏の影響力を廃したかったのもあるだろう。アビニョン捕囚(1309〜77)の影響でフランスはローマ教会への影響力を強化していた。

また、ローマ教会自体が各国の王の上に己の存在を置く状態であり、英国内の反発があるからこそ、英国国教会は存続したのだろう。

つまり、設立自体が、エゴイズムとナショナリズムが動機である。
そのため、エリザベス一世時代に英国国教会から清教徒が反発して分離するのだが、彼らがローマ教会へ戻らずに新しい諸派を建てていった理由も、ナショナリズムによるローマ教会への反発があった。

もちろん、当時のローマ教会は相当腐敗していたのも事実だ。

つまり、英米のプロテスタントの場合、ルター派とカルバン派ほど純粋な動機とは言い難い部分が元来強かったのである。


ローマ教会を離れた時に、教皇に替わる宗教的権威は、何になるか。

自派内のヒエラルキーの頂点である。
古い宗派の中で頂点を極めることは難しいが、新派を建てれば己自身が頂点になりうる可能性がある。

「英国人は六十の宗派を抱えているが、料理のソースは一つだ」というイタリアの諺があるほど、英米のプロテスタントは多数の派がある。
己が宗教的権威になりたいという我欲こそが、多数の派が存在する理由の最大の要因ではないかと憶測している。

一番の問題は、聖書無謬性という偏向なのだが、これはルター派が聖書中心主義を唱えた影響から英米のキリスト教原理主義に多い。
キリスト教において本来一番大切なのは、イエス=キリストの言葉であった筈だが、イエス=キリストの言葉と矛盾する見解を米国人が頻繁に出すのは、聖書無謬性の影響ではないかと思う。

聖書無謬性、というよりも、旧約聖書無謬性こそが、キリスト教原理主義の中心に存在するのではないか。

旧約聖書は、無謬どころか矛盾だらけだが、キリスト教原理主義で重要視されているのは、旧約聖書の内容とヨハネの黙示録なのである。
ヨハネの黙示録の諸派にとって都合の良い解釈することと、旧約の内容が、キリスト教原理主義の根本のようだ。
これでは、キリスト教というよりも、選民思想が極端に強いユダヤ教の亜種である。


まず、北米インディアンの土地を奪ったことについては、「アメリカは約束の地である」と説明する。

鉄砲隊に向かって「特攻」を続けた北米インディアンを、虐殺し続けるのに当たって、「北米インディアンは聖書に書かれていない。だから、あれらは人間ではない」と説明する。

奴隷貿易の中心は実は英国だったが、「黒人は聖書に書かれていない。だから、あれらは人間ではない」と同様に説明している。

聖書の無謬性という信仰を利用することによって、自分達のエゴイズムや貪欲な物欲、選民思想を合理化できるのだ。

どんな人間だとて、異民族でも多数の人間を無差別虐殺すれば、潜在的に罪悪感を感じるものである。
もちろん、本物の「見せかけだけの善人」ならば、潜在的にも罪悪感を感じないだろうが。

米国人の心に在った潜在的罪悪感や不安感を薄れさせ、自らの虐殺・軍事的及び経済的侵略を正当化するために、聖書無謬性は、実に利用価値の高い説なのである。

聖書無謬性は、選民思想を強化し、エゴイズムの発現と経済侵略を正当化する。

だから、英国は「死の商人」として長年成功できたのだろう。日本で有名なグラバーも、英国の武器商人である。

第二次世界大戦後、英国の国土は荒廃していた。

戦争の被害のない米国が「世界の中心」となったのは必然であるが、その世界の中心とは、「世界の武器工場」なのである。この情けない地位は、この先当分揺るぎそうにない。

人殺しで儲ける「商売」は、私は世界中で最も卑しい職業だと思う。

殺傷兵器を多数生産することにも、自己正当化と合理化が必ず必要になる。
「我々は、民主主義を世界に普及するために武器を製造しているのである」とか工場で合理化の言葉を言わなければ、現場の労働意欲が必ず低下していく筈だからだ。


米国で武器を多数製造しなくても、たくさんある別の産業に大半を転換すればいいだけの筈だ。日本は、戦後ちゃんとできたのだから。
だが、恐らく、最早不可能だろう。

なぜなら、米国は「民主的な豊かな社会」から「憎悪と恐怖の対象」「言論を弾圧する強国」へと変質して行っているからである。
報復を恐れて先制攻撃し、無差別攻撃するために、他国民の憎悪と怒りが増し、死を賭しても抵抗を表したいという人々をどんどん増やしているという、ごく当たり前の論理が、米国人には理解できないようだ。

恐らく、欧米人以外の人々を、無意識下で「人間」と認めていないからである。

世界中から恨まれ憎まれていることを、米国人の大半が9.11まで気づかずに済めたのは、エバンジェリカルが米国民が潜在的に持つ罪悪感や不安感を合理化し、選民思想を強化してくれているためである。

戦争があるたびに、米国内のエバンジェリカルは信者数を増していく。
今や、聖書無謬性を信じる米国人が半数以上なのではないか。

例え、神が言ったことが正しかったとしても、転記を続けた古代ユダヤ人が自分達に都合の良い内容に書き換えなかったと何故信じられるのかは、理解に苦しむ。
古代ユダヤ人の知っている世界しか書かれていないからといって、それ以外の土地に住むのは人間ではない、あるいは被差別民族だと信じられるのは、何故なのか。

「木を見る西洋人 森を見る東洋人」に従えば、西洋人の世界観があまりに単純だからと説明できるだろう。

そんなに、世の中、単純なわけなかろうが。
あらゆる物事は、複雑に絡み合っている。
人体の一部が悪くなれば、全体に影響が及ぶようにだ。

潜在的罪悪感を引きずるからこそ、米国は犯罪大国になったのではないか。


エバンジェリカルは「核戦争を待望する人びと―聖書根本主義派潜入記 朝日選書」によると、ヨハネの黙示録の「ゴグとマゴク」、つまりイスラエルに進攻して戦う二つの大国とは、ロシアと中国だと教えているそうだ。

信者を増やすために、「核戦争はすぐ来る」とエバンジェリカルが米国民の恐怖を煽れば煽るほど、「どうせ先はないんだから」と自暴自棄の心境に陥り、犯罪に走る者は増えていったのだろう。

潜在的罪悪感や不安感は、潜在的犯罪者を増加させていき、米国民の人心を荒廃させて行ったのである。

「人のふり見て我がふり直せ」と言う。
経団連が武器輸出を求めた結果、内閣が勝手に、当座米国にのみミサイルを輸出することに決めてしまったが、これは米国の轍を踏むことになるだろう。
潜在的罪悪感を合理化する装置としての宗教は、日本において国家神道と靖国である。

次第に国粋主義者が再度増えて行っている現状を、よく考えてほしい。
米国の事実上支配下に入っている日本では、精神的には戦後の混乱が続いたままなのである。
恐らく、潜在的罪悪感や社会の矛盾を合理化するために、日本人の多数が、再び自発的に国家神道と靖国に縋り始めたのである。

それを否定する者に対して、「非国民」扱いが始まっている。
戦後の精神的混乱を「日教組の偏向が」等とする、安易な合理化を続けているようでは、昭和初期と同じ状況を自ら作り出してしまうだろう。

そして、潜在的罪悪感と社会の矛盾を合理化するのに、靖国では駄目だと考える人々が新・新興宗教に縋っていくのである。
この状況が長く続けば、オウムのような極端な教義を必要とする人々が増えていくはずだ。

武器輸出は、第二・第三のオウムを作り出し、アーレフを強化する。
エゴイズム、利己主義と物質主義、利益優先主義、選民思想などの、「アメリカナイゼーション」が「グローバリズム」の名で一層進行していけば、犯罪発生率が増加するのは当然である。


物事は連鎖していると考えるのは、東洋的発想らしいが、過去の清算が充分に済まないならば、潜在的罪悪感や不安感が、国を誤った方向へと導くのは避けがたいだろう。

良い商品を世界に供給するのを止めて、死の商人への道を進むのが、日本国の将来のために素晴らしいことと思いますか。
経済的論理のみを追求すれば、犯罪発生率は高まり、要人暗殺や報道機関への武力攻撃等の右翼テロが頻発する時代をもたらすだろう。
その先にあるのは、五‐一五事件(1932年犬養毅首相暗殺)、二‐二六事件(1936年陸軍クーデター)のような時代が来るだろう。

貴方は、奥田経団連会長や小泉首相が、そういうことまで考えて武器輸出を決めたと思いますか。

重要案件が国会の議決を経ないで決まる事態は、民主主義の形骸化の進行です。
「誰がなっても変らない」と賢しらに言う人々が多数日本にはいますが、本来、日本の未来を選ぶのは、国民の一票の筈です。

貴方は、どんな未来を選びたいと考えていますか?
何もせずに他人(政治家や官僚)のせいにするというのも、一つの選択であり、その選択に相応しい未来が待っているはずです。


【福音派】聖書の外典・偽書と「聖書の絶対不可謬性」

キリスト教史の中で、旧約聖書が正式に聖典の扱いを受けるようになった歴史は意外に浅く、トリエント公会議(1545)の時である。
2世紀には既に旧約聖書を認めない派が存在し、それに反対するためにも4世紀に聖書のラテン語訳が始まり、397年「正典」が一応決まった。

特に、ヨハネの黙示録を新約に残すかどうかで、随分揉めたらしい。
東方正教会は、長く認めていなかったという。

1世紀末に書かれたもので、「ヨハネによる福音書」「ヨハネの手紙」の著者とは別人が書いているが、今でも諸説あり、作者が福音書作者でないと文献学等で否定されていることを聞くと激怒する宗派もあるらしい。

どの文書が聖書として認められるべきか否かで、長く揉めて来た歴史というのは、大抵の宗教にあることだ。例えば、「北伝仏教の経典の多数は偽書である」という研究もある(「梅原猛の授業 仏教」をご参照下さい)

そんな歴史があるのに、特に、キリスト教原理主義者達を中心に「聖書の絶対不可謬性」を固く信じているキリスト教徒が結構いるのだそうだ。

聖書の中には、これを聖書に含めるかで揉めた文書があるという歴史等を、清教徒は全く知らなかったらしい。そのため、アメリカを中心に「聖書の絶対不可謬性」という、珍奇な教義をもつ教団が多いのだそうだ。

しかも、彼らが「間違いがない」と主張するのは、大抵、本来は聖典ではなかった旧約聖書のほうで、新約と違って間違いだらけの書物だ。


旧約聖書は盲信されると、世界の迷惑になる話が多すぎるのだ。

聖書と言っても旧約聖書は、基本的に泊付けのために導入されたものであり、どう考えても新約聖書の「神」と矛盾している。
旧約聖書の「神」は、所詮民族宗教の神なので、イエスと違い、人を幸福にすることのない神なのだ。

その「神」とイエスが三位一体であると言ったものだから、それから、キリスト教の神は相当残虐な「神」に変化し、教会の教えも残虐なものに変質してしまったのかもしれない。

ローマカトリックが新教の発生と共に今までの教会のあり方を見直して現在に至るのと対照的に、「自分達こそ、(旧教の輩と違って)汚れなき者である」と主張し続けて来た人々は、随分人殺しが好きな人々になっていき、全く自分達の行動を振り返ろうとはしない。

「神に選ばれた」とか「(自分達だけは)清浄なるものである」とか、「アメリカは『神の国』である」とか言うのは、明らかな(誇大)妄想である。
民族宗教の神ならともかく、キリスト教の神が、そんなに驕り高ぶり尊大で、「自分達は選ばれているから何をやっても許される」といった論理で他国民を無差別虐殺するような信者を、そんなに高く評価するだろうか。

「汝の敵のために祈れ」と言った神がだ。

聖書を書き記したのは所詮古代ユダヤ人であり、聖書の中にサハラ以南の黒人、インド以東のアジア人、北米南米・オーストラリア・ミクロネシアの現地人の存在が書かれていないのは、単に、当時の古代ユダヤ人の知識が足らなかっただけである。


ところが、「聖書の絶対不可謬性」を盲信する人々は、聖書に出て来ない人々を「人間として認めてはならない」という、見解になりがちだ。

清教徒が最初にこの考え方を米国に伝え、英国の清教徒が奴隷貿易を擁護した。自分達は清い名を名乗り、その行動は実に血なまぐさい。

聖書が誤っていることを認めぬ代わりに、世界や現実のほうを自分達の信念に合わせようとすると、随分多数の人々の人権を侵害し、戦争を次々起こし、多数の国を弱体化させ、...たくさんの異教徒をアジア・アフリカ・南北アメリカで殺さなければならない。
実際に、合わせようと今まで努力してきたのが、アメリカ合衆国という国の「裏の歴史」ではないのだろうか。

「キリスト教原理主義のアメリカ」(p.94)では、「聖書の絶対不可謬性」を信じる信者の割合を表示している。

 ユニタリアン・ユニバーサリスト        6%
 統一キリスト教会              12%
 アメリカン・福音ルーテル教会        21%
 エビスコーパル・チャーチ(聖公会)     22%
 統一長老派教会               25%
 統一メソディスト教会            34%
 エホヴァの証人               51%
 チャーチ・オブ・クライスト         55%
 サザン・バプティスト会議          58%
 チャーチ・オブ・ナザレン          58%
 アセンプリーズ・オブ・ゴッド        65%
 ユナイテッド・ペンテコスタイル・チャーチ  69%
 チャーチ・オブ・ゴッド           80%
http://hoffnungenlied.cocolog-nifty.com/kaizen/cat1966234/index.html

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/437.html#c10

[近代史3] アメリカの演奏家は何故みんな演奏技術だけ凄くて中身ゼロなのか 中川隆
11. 中川隆[-10383] koaQ7Jey 2019年5月18日 14:31:27 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1936]

回心者ブッシュの演説に聞き入る「十字軍」兵士達

アメリカには「ポーン・アゲン」を なのり、そう呼ばれる人びとがいる。 人生の道半ばで、神に、キリスト に、聖書に出会い、キリスト教徒とし て新しく生まれ変わった人びとであ る。改宗ではなくて、回心と再生を誓 う、プロテスタント教会のなかの行動 的な一派である。


◆40歳にして「回心再生」

ブッシュニ世はボーン・アゲンのひ とりになった。飲酒にふけって、安易 な生活を送っていたのが、名高い伝道師の説教を聞いてからは、四十歳にし て酒を断ち、回心再生の人となった。

朝は祈りと聖書の読誦にはじまり、閣議も祈りではじまる。

演説には聖書 のことばがちりばめられている。

「ア メリカに昧方しないやつは敵だ」というブッシュニ世の人物を特色づける発 言も聖書からでている。

「わたしの側 に立たない者はわたしに逆らう者、わたしと共に集めない者は散らす者である」


神仏の信仰を問わず、ボーン・アゲ ンの宗教体験をもつ人びとのおおく は、個人の内面の間題として回心をうけとめている。

ところが、アメリカの 「生まれ変わり」は異様に猛烈である。かれらは公の場で回心の体験を声高 に語って、人間は罪を負って生まれた存在であるから回心しなさい、改俊しなさいと、説得と折伏の活動に訴えることを神に奉仕する使命と信じている。

その特徴は徹底した二元論である。人間は神に選ばれて救われる者と、救 われない者に分かれている。回心者に は永遠の平和、福音に耳ふさぐ者は悪魔の子で永遠の地獄が待っている。

善と悪、神と悪魔、味方と敵、白と黒、光と闇が現世を二分して戦ってい るという論理を用いて、迷える小羊に選択をせまるのである。

原理主義(ファンダメンタリズム) はイスラムの 「専売」のように思われて いるが、この 言葉と運動は はじめて一九 二〇年代アメ リカの白人プロテスタントの環境からうまれた。

ボーン・アゲンは原理主義の三つの 教条を継承している。

聖書に書かれてあることはすべて神の言葉であって、解釈や考証はゆるされない。

人間は神によってつくられた被造物で、サルから進化したなどという「妄説」はゆるされない。

やがてキ リストがこの世に再臨して至福の千年 が始まるから、神への奉仕にいそしまなければならない。


◆悪魔うけいれる土壌

最近のギャラップ世論調査による と、アメリカ人の48%は神が人間をつ くったと信じ、28%が進化論に傾いている。そして、悪魔の存在を68%が信 じている。

テロリズムも「九・一一」の悲劇も、バグダッドに巣食う悪魔の仕業だ という圧倒的な政治宣伝がたやすくう けいれられる精神的土壌がそろっている。 プロテスタント教会の少数派であっ たボーン・アゲン原理主義と、帝国を夢みる新保守覇権主義の二つの特殊な 潮流と人脈が、アメリカ政治の中枢を乗とってしまった。

神の下なる道義の国アメリカの指揮 官ブッシュニ世は、「万軍の王の王、主の主」(ヨハネ黙示録)として、神の御業を実践する十字軍に立つのであ る。

しかし、利得の追求を宗教的熱狂で紛飾した十字軍は、中東のみならず、 世界の現状にひそむ限りない複雑さ と、そして、人間の惨害を無視して強行されるのだから、前途には、とほうもない魔の陥弊が待っている。


現在の狂ったアメリカ人の精神構造を探るには、アメリカを覆っているキリスト教原理主義的教義が分からないと理解できない。

回心再生と言ったって何のことか分からない。

回心再生して神に仕え、そうでない福音に耳を塞ぐ者たちを、悪魔の子として永遠の地獄に突き落とすことが、彼らの使命なのだ。


このようなキリスト教原理主義の教義が分かっていれば、ラムズフェルドの冷酷さも理解できる。

彼はアフガニスタンの戦場における、タリバン兵の捕虜達をクンドゥスに集め、爆撃して皆殺しにした。悪魔の子として地獄に突き落としたわけだ。

彼らにとっては異教徒は人間とはみなさないのだ。
http://www.asyura2.com/0304/bd25/msg/114.html

▲△▽▼

 フィラデルフィアで林間学校に参加していた16歳の時だった。ラジオで原爆投下を知った。周囲の子どもたちは歓声を上げた。私は我慢できず、一人で森の中に入り数時間戻らなかった。

もっと衝撃を受けたのは、ポルノ映画との触れ込みで50年代にボストンで上映された「ヒロシマ」という題の映画で、被爆者が沸騰した川に飛び込む映像を見ながら、観客が大笑いしていた光景だ。
http://www.asyura2.com/0505/idletalk14/msg/428.html

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/437.html#c11

[近代史3] アメリカの大富豪は毎日何を食べているのか? _ アメリカ人には料理の味も文学も芸術も全く理解できなかった 中川隆
3. 中川隆[-10382] koaQ7Jey 2019年5月18日 14:33:06 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1937]

アメリカ人が飲む「コーヒー」は麦茶を薄めたような出がらしこーひー。


NY在住の日本人社長が断言「日本は世界有数のコーヒー先進国だ」2017.10.04
『NEW YORK 摩天楼便り−マンハッタンの最前線から−by 高橋克明』
http://www.mag2.com/p/news/279417


毎日何気なく飲んでいるコーヒー。コーヒーショップチェーンや喫茶店、コンビニの100円コーヒーと、どれもそれなりに美味しいですよね。

今回のメルマガ『NEW YORK 摩天楼便り−マンハッタンの最前線から−by 高橋克明』は、著者で米国の邦字紙「WEEKLY Biz」CEOの高橋克明さんが、先日の日本出張でコンビニコーヒーの美味しさに衝撃を受け、日本のコーヒーのクオリティを絶賛しています。

高橋さんは、アメリカこそ後進国と語り、日本のコーヒー店がNYに進出すれば間違いなくチャンスはあると断言しています。


僕が思う世界に通用する日本製

ここ最近、日本からNYへの進出企業が非常に顕著になってきました。 特に飲食業会に関しては、ここで例を上げるにはキリがないほどのお店がこの街で出店続きです。

一風堂、ゴーゴーカレー、大戸屋の成功に続けとばかり「ホルモンふたご」「いきなりステーキ」「EAKラーメン」「麺屋二郎」「とらふぐ亭」「屯ちん」等、(ラーメン屋率高過ぎるだろ)

前回の日本出張時に感じたのは、「コーヒー屋さんが出て(進出して)来ないかな」ということ。 具体的な店名(ブランド)までは考えていません。 というか、日本のコーヒー専門店なら、どこでもいい。 きっと通用すると思います。

もちろんマンハッタンで商売するには、「当たる(客が入る)」「当たらない(客が入らない)」は二の次。 レント(家賃)を含め、どれだけコストを抑えられるか、リースを長く契約できるか、流通販路を確保できるか、など、他の要素が日本以上に非常に重要になってくることは、以前このメルマガでも書きました。

商品(コーヒー)の素材(豆など)をどこから仕入れるか等、簡単にはいかないことを前提としての話です。 ただ単純にプロダクトのクオリティーが圧倒的なところから、客足は絶えないだろうなぁという、素人レベルの単純な話ですが、日本のコーヒー(全般)がニューヨーカーを夢中にさせるとうことは想像に難くありません。


日本の人に、この街のことでいちばん誤解されるのは「コーヒー先進国」だというところ。

「セックス&ザ・シティで、主人公たちが毎朝コーヒー片手に出勤してるから」などの理由から、「NYはコーヒーが美味しい街」というイメージがあるそうです。

完全なる間違いです。 この街は、というかアメリカ合衆国自体、完全なる「コーヒー後進国」です。

いまでこそ「Blue Bottle Coffee」など味で勝負する店も出て来て、ここ数年、かなりマシになりましたが、僕が渡米した頃には「スタバ」くらいしかなく、購買反対運動をしょっちゅう目にするくらい、緑の人魚マークが市場を独占していました。 スターバックスが創業したのは約45年前。

でも北米全土に拡大しきったのは約25年ほど前。 つまり、この四半世紀です。 それまで、アメリカ人はたぶん「ラテ」だの「マキアート」だの聞いたこともなかったはずです。

アメリカ人にとっての「コーヒー」とは「ダイナー」と呼ばれる大衆食堂で、エプロンしたおばちゃんウエイトレスが注いでくれる、麦茶を薄めたような出がらしこーひー。

そんなアメリカのコーヒー文化を変えた「スターバックス」ですら、あまりに従業員の接客態度の悪さに、今、ニューヨークではかなり問題になっています。

従業員の態度はもう諦めていますが、肝心のコーヒー、プロダクト自体も、日によって出来のクオリティーがバラバラ。

もともとのコーヒーの美味しさをわかっていないスタッフが作るので、一定の美味しさをキープするなんて最初から無理。 日によって当たり外れがヒドいことは、もう僕たちの間では普通になっています。

「シャちょー、今日はまだ美味しいですよ」と先に購入したスタッフの意見を聞いてから買いに行く。 だからといってその店の豆を新しく入れ替えたタイミングだったり、数時間前に作ったスタッフが休憩に入っていたりすると、ハズレになることも珍しくあません。 日本だと考えられないことだと思います。 日によって、どころか、時間帯によってクオリティーがバラバラの飲食店なんて。


今回の日本出張でいちばん驚いたことは、「コンビニのコーヒー」のクオリティーです。 ローソンだと MACHI CAFÉって言うんだよね。 初めて飲みました。

最初にローソンのを試して、あまりの美味しさと安さに驚き、連日通い。

ホテルを移動するといちばん近いファミリーマートのコーヒーを飲んでは、あの美味過ぎるローソンより美味しい!と驚き、続いてホテルを移動した先の最寄りのセブンイレブンのコーヒーを試しては、あの驚くほど美味しいローソンより美味しいファミマより、さらに美味しい!!!と感動すらしました。 それが160円とか(?だっけ?安すぎて忘れた)。

もうコーヒー屋さん、いらないじゃん。

コンビニでこのクオリティを確報できるんだから。

ハッキリ言って、このクオリティのコーヒーは、全米のどこに行っても飲めません。 ハッキリ言って、この安さでコーヒーは、全米のどこに行っても飲めません。

日本国内でもコスパを考えれば、ドトールやスタバより上だと思います。 ということは(コーヒーに限らずすべての製品がそうだと思いますが)製品のクオリティー、プラスアルファで勝負するしかない。 大切なお客さんとの商談や、彼女とデートで、いくら安くて美味しくてもコンビニで済ますわけにはいかない。 製品のクオリティーだけなら、もうスタバもドトールもいらないってなりかねないからです。

前述したように、豆の流通経路とか、一杯あたりのベネフィット、原料コストなど、詳しくはない僕が簡単には言えませんが、クオリティーさえ維持できれば、ニューヨーカーには絶対当たると思います。 特にスタバ独占状態が落ち着きを見せ、ニューヨーカーでやっとコーヒー本来の美味しさを理解し始めた今だからこそ。 今が絶好のタイミングだと思います。

どうぞ日本のコーヒー屋さん(カフェに限らず、昔ながらの喫茶店など)ニューヨークに進出してきてください! 出来ることであればなんでも協力するから。
http://www.mag2.com/p/news/279417

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/436.html#c3

[近代史3] アメリカの大富豪は毎日何を食べているのか? _ アメリカ人には料理の味も文学も芸術も全く理解できなかった 中川隆
4. 中川隆[-10381] koaQ7Jey 2019年5月18日 14:35:05 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1938]

以前、日本マクドナルドの社長(日本人です)がテレビか雑誌で次のような事を言っていた事があります。

「私はマクドナルドのハンバーガーが美味しいと思ったことはありません。あれを美味しいと言いながら何度も繰り返し食べてくれる今の日本人の味覚を疑います。・・・」

彼が言っていたことは以下の様なことです。細かい点は間違っているかも知れません。
マクドナルドはハンバーガーを売る企業ですが、基本は場所を提供するということです。

喫茶店をもっと利用しやすくした形がマクドナルドです。
300円400円でコーヒーを飲むのとハンバーガーとコーラを飲むのは同じ事なのです。

マクドナルドは場所を提供するビジネスなのです。

そしてマクドナルドの顧客としてのメインターゲットは15才くらいまでの子供達です。

人間の味覚は10才から12才くらい迄にほぼ決まると言われています。だから子供のうちからハンバーガーを食べて育った大人は死ぬまでハンバーガーを食べ続けてくれます。

そしてハンバーガーで育った大人は抵抗なくその子供にもハンバーガーを
食べさすことでしょう。

つまり、子供達にハンバーガーを食べさせることは、将来の固定客を掴むことになり、多くの大人に食べてもらうよりずっと大きな市場になるのです。

だから、多くのマクドナルドの店には子供の欲しがるオモチャを置いていたり、子供連れの大人が利用しやすいように遊具施設を置いたりして、子供という顧客を掴もうとしているのです。

10年後20年後を睨んだマクドナルドの戦略はそこにあるのです。
そこには「食文化」を広めるという事は二の次で、ビジネス(つまりお金儲け・マクドナルドの利益)をより大きくしようという企業論理が中心です。
http://www.ka-mato-ru.com/mac.html


子供の時にマクドナルドを食べてジャズやロックを聴いていると、大人になってから幾ら努力しても食べ物の味や音楽が わからなくなってしまうのですね。

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/436.html#c4

[近代史3] マスコミの偽情報 _ CIA は有力メディアを情報操作のために使っている 中川隆
11. 中川隆[-10380] koaQ7Jey 2019年5月18日 14:49:29 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1939]
2019.05.18
西側の支援する反シリア政府軍が化学兵器を使った事実をOPCWが隠したと判明

 アメリカ、イギリス、フランスの3カ国は2018年4月14日にシリアを100機以上の巡航ミサイルで攻撃した。ロシア国防省の説明によると、そのうち71機をシリア政府軍は撃墜したという。

 この攻撃を正当化するため、攻撃側は政府軍がドゥーマで4月7日に化学兵器を使用したと宣伝していた。その情報源はSCD(シリア市民防衛/通称白いヘルメット)やアル・カイダ系武装集団のジャイシュ・アル・イスラム。

 この武装集団はCIAの影響下にあり、アル・カイダ系のアル・ヌスラと連携(タグの違い)、イギリスの特殊部隊SASやフランスの情報機関DGSEのメンバーが指揮しているとも報告されている。

 ミサイル攻撃の直前、国連の専門機関であるWHO(世界保健機関)は化学兵器の使用で多くの犠牲者が出ているとする声明を出したが、その情報源はWHOがパートナーと呼ぶ団体。その中に含まれているMSFはSCDを訓練している。独自の調査をしたわけでなく、アル・カイダ系勢力の宣伝をそのまま主張しただけだ。攻撃はOPCW(化学兵器禁止機関)の調査チームが現地へ入る直前でもあった。

 OPCWは今年、ドゥーマで化学兵器が使用されたが、武装勢力によるものだということを示す証拠は見つからなかったと報告している。

 しかし、ここにきて​OPCWで専門家の中心的な存在であるイラン・ヘンダーソン名義の文書​が表に出てきた。この文書が本物であることは確認されている。その中で、化学物質が入っていた筒状の物体は航空機から投下されたのではなく、証拠は人の手で地面に置かれていたことを示唆している。つまり、SCD、あるいはジャイシュ・アル・イスラムが化学兵器を使ったことを示している。この事実をOPCWの上層部は隠したわけだ。

 ドゥーマでシリア政府軍が化学兵器を使ったというアメリカ政府などの主張を西側の有力メディアは垂れ流していたが、当初から疑問の声が挙がっていた。そうした疑問は有力メディアの中からも出ている。

 イギリスの​インディペンデント紙が派遣していたロバート・フィスク特派員​は攻撃があったとされる地域へ入り、治療に当たった医師らを取材、その際に患者は毒ガスではなく粉塵による呼吸困難が原因で担ぎ込まれたという説明を受けている。毒ガス攻撃があったことを示す痕跡はないという。

 また、アメリカのケーブル・テレビ局​OAN​の記者も現地を調査し、同じ内容の報告をしている。​ロシア系のRT​は西側の有力メディアが化学兵器の被害者だとして報道した子どもとその父親を取材、やはり化学兵器が使用されたという話を否定している。

 化学兵器が使われたと宣伝する際にSCDが使った映像がでっち上げであることを否定できなかった西側の有力メディアだが、それでも政府軍による化学兵器の攻撃はあったと主張していた。

 本ブログでは繰り返し書いてきたが、アメリカ政府が軍事侵攻を正当化する口実として化学兵器を言い始めたのは2012年8月のこと。シリアに対する直接的な直接的な軍事介入の「レッド・ライン」は生物化学兵器の使用だとバラク・オバマ大統領が宣言したのだ。

 この頃、アメリカ軍の情報機関​DIA​からシリア情勢に関する報告書がホワイトハウスへ提出されている。その中にはシリアの反政府軍の主力がサラフ主義者やムスリム同胞団だと記述されていた。また武装組織としてアル・カイダ系武装集団のAQI(アル・ヌスラと実態は同じだと指摘されていた)の名前が挙げられていた。当時、オバマ大統領は反政府軍のうち「穏健派」を支援していると主張していたが、そうした集団は存在しないことを伝えていたのだ。

 それだけでなく、DIAはオバマ政権の政策がシリアの東部(ハサカやデリゾール)にサラフ主義者の支配地域を作ることになるとも警告していた。ダーイッシュの出現を見通していたわけだ。それはオバマ政権の作戦だったとも言える。

 2012年12月になると、国務長官だったヒラリー・クリントンがシリアのバシャール・アル・アサド大統領は化学兵器を使う可能性があると語る。

 そして2013年1月29日付けのデイリー・メール紙には、オバマ政権がシリアで化学兵器を使ってその責任をアサド政権に押しつける作戦をオバマ大統領が許可したという記述がイギリスの軍事関連企業ブリタム防衛の社内電子メールの中に書かれているとする記事が載った。(同紙のサイトからこの記事はすぐに削除された)

 その後、シリア政府軍が化学兵器を使ったとする話を西側の政府や有力メディアは何度か主張するが、本ブログでも指摘してきたように、いずれも嘘が明らかにされてきた。今回、明らかにされた文書もアメリカの影響下にある国際機関の実態を暴くものだと言えるだろう。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201905180000/
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/330.html#c11

[近代史3] マスコミは何時からフェイクニュースを流す様になったのか 中川隆
14. 中川隆[-10379] koaQ7Jey 2019年5月18日 14:50:27 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1940]
2019.05.18
西側の支援する反シリア政府軍が化学兵器を使った事実をOPCWが隠したと判明

 アメリカ、イギリス、フランスの3カ国は2018年4月14日にシリアを100機以上の巡航ミサイルで攻撃した。ロシア国防省の説明によると、そのうち71機をシリア政府軍は撃墜したという。

 この攻撃を正当化するため、攻撃側は政府軍がドゥーマで4月7日に化学兵器を使用したと宣伝していた。その情報源はSCD(シリア市民防衛/通称白いヘルメット)やアル・カイダ系武装集団のジャイシュ・アル・イスラム。

 この武装集団はCIAの影響下にあり、アル・カイダ系のアル・ヌスラと連携(タグの違い)、イギリスの特殊部隊SASやフランスの情報機関DGSEのメンバーが指揮しているとも報告されている。

 ミサイル攻撃の直前、国連の専門機関であるWHO(世界保健機関)は化学兵器の使用で多くの犠牲者が出ているとする声明を出したが、その情報源はWHOがパートナーと呼ぶ団体。その中に含まれているMSFはSCDを訓練している。独自の調査をしたわけでなく、アル・カイダ系勢力の宣伝をそのまま主張しただけだ。攻撃はOPCW(化学兵器禁止機関)の調査チームが現地へ入る直前でもあった。

 OPCWは今年、ドゥーマで化学兵器が使用されたが、武装勢力によるものだということを示す証拠は見つからなかったと報告している。

 しかし、ここにきて​OPCWで専門家の中心的な存在であるイラン・ヘンダーソン名義の文書​が表に出てきた。この文書が本物であることは確認されている。その中で、化学物質が入っていた筒状の物体は航空機から投下されたのではなく、証拠は人の手で地面に置かれていたことを示唆している。つまり、SCD、あるいはジャイシュ・アル・イスラムが化学兵器を使ったことを示している。この事実をOPCWの上層部は隠したわけだ。

 ドゥーマでシリア政府軍が化学兵器を使ったというアメリカ政府などの主張を西側の有力メディアは垂れ流していたが、当初から疑問の声が挙がっていた。そうした疑問は有力メディアの中からも出ている。

 イギリスの​インディペンデント紙が派遣していたロバート・フィスク特派員​は攻撃があったとされる地域へ入り、治療に当たった医師らを取材、その際に患者は毒ガスではなく粉塵による呼吸困難が原因で担ぎ込まれたという説明を受けている。毒ガス攻撃があったことを示す痕跡はないという。

 また、アメリカのケーブル・テレビ局​OAN​の記者も現地を調査し、同じ内容の報告をしている。​ロシア系のRT​は西側の有力メディアが化学兵器の被害者だとして報道した子どもとその父親を取材、やはり化学兵器が使用されたという話を否定している。

 化学兵器が使われたと宣伝する際にSCDが使った映像がでっち上げであることを否定できなかった西側の有力メディアだが、それでも政府軍による化学兵器の攻撃はあったと主張していた。

 本ブログでは繰り返し書いてきたが、アメリカ政府が軍事侵攻を正当化する口実として化学兵器を言い始めたのは2012年8月のこと。シリアに対する直接的な直接的な軍事介入の「レッド・ライン」は生物化学兵器の使用だとバラク・オバマ大統領が宣言したのだ。

 この頃、アメリカ軍の情報機関​DIA​からシリア情勢に関する報告書がホワイトハウスへ提出されている。その中にはシリアの反政府軍の主力がサラフ主義者やムスリム同胞団だと記述されていた。また武装組織としてアル・カイダ系武装集団のAQI(アル・ヌスラと実態は同じだと指摘されていた)の名前が挙げられていた。当時、オバマ大統領は反政府軍のうち「穏健派」を支援していると主張していたが、そうした集団は存在しないことを伝えていたのだ。

 それだけでなく、DIAはオバマ政権の政策がシリアの東部(ハサカやデリゾール)にサラフ主義者の支配地域を作ることになるとも警告していた。ダーイッシュの出現を見通していたわけだ。それはオバマ政権の作戦だったとも言える。

 2012年12月になると、国務長官だったヒラリー・クリントンがシリアのバシャール・アル・アサド大統領は化学兵器を使う可能性があると語る。

 そして2013年1月29日付けのデイリー・メール紙には、オバマ政権がシリアで化学兵器を使ってその責任をアサド政権に押しつける作戦をオバマ大統領が許可したという記述がイギリスの軍事関連企業ブリタム防衛の社内電子メールの中に書かれているとする記事が載った。(同紙のサイトからこの記事はすぐに削除された)

 その後、シリア政府軍が化学兵器を使ったとする話を西側の政府や有力メディアは何度か主張するが、本ブログでも指摘してきたように、いずれも嘘が明らかにされてきた。今回、明らかにされた文書もアメリカの影響下にある国際機関の実態を暴くものだと言えるだろう。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201905180000/
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/119.html#c14

[リバイバル3] 中川隆 _ 音楽関係投稿リンク 中川隆
39. 中川隆[-10378] koaQ7Jey 2019年5月18日 17:36:28 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1941]

アメリカ人には音楽は理解できない _ ジャズなんか音楽じゃない
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/440.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/450.html#c39
[近代史3] アメリカ人には音楽は理解できない _ ジャズなんか音楽じゃない 中川隆
1. 中川隆[-10377] koaQ7Jey 2019年5月18日 17:39:21 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1942]

音楽がわからないアホがジャズやロックに熱狂する理由


プロテスタントのある宣教師は、クリスチャンに改宗した原住民たちにロックを聞かせてみたところ

「これは悪霊を呼び出す音楽である」

と言ったといいます。

彼らは、以前、自分たちが暗闇の悪魔的霊界と接触するときに使ったサイキックな刺激と同じものをロック・ミュージックの中に感じ取ったというのです。


 一般的にロックというと、その衣装・風体は実に異常であり異様です。これは何に通じるかというと、サタン、つまりサタニズムに通じるのです。そして、このサタニズムとドラッグは、昔から密接に結びついているのです。

 マヤ文明では、ペヨーテなどの幻覚剤を使って、生け贄を捧げる宗教的儀式を行っていたのです。また、古代の神官たちは、ドクニンジン、ヒヨス、アヘン、ベラドンナなどの麻薬の恍惚感のうちに霊との交信を行って“神託”を述べ、ときとして身体を傷つけたりしています。

 ロックのコンサートは、この神官の儀式に非常に似ているところがあるのです。ですから、これとドラッグが結びつき、そこに悪霊が入り込んできても少しも不思議はないのです。

 聖書には「魔術」ということばがよく出てきます。これは原典のギリシャ語では「フェルマキア」英語の「ファーマシイ」「薬局」の語源はこれなのです。つまり「魔術」とはドラッグを意味し、魔術とドラッグは同意語であり、つねに表裏一体の関係にあるのです。ですから、ロックがドラッグと結びつき、それがサタニズムと関連を深めても何ら不思議はないのです。


 ビートルズでは、全員がドラッグを使っていたそうですが、とくにジョン・レノンが多く使っており、生き延びるために不可欠だったとの証言もあります。このように、1960年代後半、ドラッグはビートルズが先導役となって、ロックの世界に浸透し、ヒッピー運動とともに若者の間に広がっていったのです。


ロック・フェスティバルでは、何が行われているのでしょうか。それは、とても音楽のコンサートとは思えないほど異常なものです。

 ロックは、心臓の鼓動の持つ自然なリズムと全く逆のリズムをとるため、聴く者の内蔵を打ち、繰り返しの反復によって脳にそれが叩き込まれるのです。 人間が苦痛を感ずる音量は約100デジベルからであるといわれます。ロックコンサートにおけるエレキギターの音は約190デジベルもあるので、苦痛に感ずるほどうるさい音なのです。

 絶えず激しく律動するビートは、高いボリュームで長時間続けられると、いつしか催眠術的な効果が生じてきます。どうしてかというと、神経組織が高音で繰り返し襲われるので、通常の聴覚がマヒしてしまうからです。そうすると超越瞑想のようになって、音楽が醸し出すイメージと歌詞のメッセージに対する深い被暗示性が生まれてくるのです。

 こういう状態になると、音楽という催眠術がかかりやすくなるので、人々は音楽の持つメッセージとイメージをまともに受け入れてしまいます。その場に、目もくらむようなレーザー光線やスクリーンに映し出されるデモーニッシュな映像があれば、乾いた土が水をまたたく間に吸収するように心の中にしみ込んでしまうのです。

 ここにサタニズムが入り込んでくるのです。ロック・ミュージシャンのあの異様な服装や行動は、こういうことと無関係ではありません。ロック・グループの中には、公然とサタン礼拝を打ち出しているものもあるのです。
 

 1970年2月13日の金曜日にハード・ロックのブラック・サパスというグループがデビューし、アルバム「黒い安息日」を発表して、魔術を曲の中に打ち出してきたのです。これと同時期に、ブラック・ウイドウズというグループが「サクリファイス」(生贄)というアルバムを発表したのですが、この頃にはドラッグと黒魔術は強く合体し、ハード・ロックの世界に定着していったのです。

このブラック・サパスとブラック・ウイドウズはともに黒魔術を曲の中に取り入れたのですが、前者は精神的なものとして取り入れたのに対し、後者はイメージカラー的な演出面で黒魔術を活用したのです。


 このようにして、ハードロックの世界に悪魔主義は完全に入り込み、その精神を受け継ぐディープ・パープル、イーグルス、ジューダス・プリースト、シン・リジィ、スコーピオンズといったグループが次々と誕生してきたのです。

 この1970年代を過ぎて1980年代に入ると、ハード・ロックは、ヘビー・メタルに移行していきます。しかし、その間の一時期に「パンク・ロック」というのが流行します。 パンク・ロックというのは、体制に反発する音楽イデオロギーのことをいうのですが伝統の崩壊、秩序の破壊、既成社会への反抗の叫びをヒステリックに主張し、日常の欲求不満をすべて音楽にぶつけたものをいうのです。

 セックス・ピストルズ、クラッシュ、ダムド、チェルシーなどは、パンク・ロックグループですが、彼らはきわめて異常な風体をしていたのです。世紀末風のファッション鋲つきの皮ジャンにチェーン、髪は逆立てて極彩色に染め、死人のような青ざめたマスカラの隈どりといえば、ピンとくると思います。

 しかし、彼らに決定的に欠けていたのは演奏力であり、長時間のコンサートには耐えられなかったのです。時代の異端児としては注目されたものの、演奏レベルの低さに人気は長続きせず、当然の帰結として、出現の瞬発力と同じスピードで姿を消してしまうのです。しかし、あの奇妙な風体だけは、若干姿を変えて次のヘビー・メタルに受け継がれることになります。

 さて、ヘビー・メタルとは何でしょうか。

 ヘビー・メタルとは、そのサウンドを表現するものです。どういうことかというと、ギター・コードの激しく鳴り響く音がデトロイトの自動車工場で、鋼鉄から車の部品をプレスする流れ作業場の、耳をつんざくような騒音と似ているところから、そう命名されたのです。

 その特徴はといえば、研ぎすまされた粗野でストレートな表現力、他の追随を許さぬスピード感にあるといえます。そして、当然のことながら、より悪魔主義と一体になっていきます。

 アイアン・メディアン(鉄の少女)というグループは、悪魔の数字といわれる666を前面に打ち出した曲「獣を野に放て、666、ナンバー・オブ・ビースト」という曲を演奏し、悪魔主義運動を起こし、ヘビー・メタルの先頭に立ちます。

 そして、ヴェノム、サタン、デーモン、ウィッチファンド、エンジェルウィツチなどのバンドが誕生するのです。まるで、地下教団的な秘密組織みたいですね。こういうヘビー・メタルのファンの56%は17歳以下の青少年なのです。・・・
http://intec-j.seesaa.net/category/4751327-1.html

新時代の寵児オノ・ヨーコ 『某業界情報紙』(一九九一年 十月 発行)より転載。


 オノ・ヨーコ は、一流銀行家の娘である。子供の頃から、学習院や三井アカデミーなどブルジョア学校で学び、皇族の一人とも親交を結んだ。

 一九五二年、二度目の渡米生活の時、ニューヨークのサラ・ローレンス大学に入学し、勃興しつつあったアバンギャルドの「ビートニック」の洗礼を受けた。大学時代に麻薬を覚え、何回かの中絶をするなど乱れた男女関係を経た後、一柳俊というニューヨークのジュリアード音楽院の学生と結婚した。

二人は麻薬の巣窟、グリニッジ・ビレッジのジャズ界に入り浸りとなった。

その結婚生活もヨーコが、自殺未遂で精神病院から退院したばかりのホモの作家といい仲になったことから破局を迎えた。


 一九六二年になって、ヨーコの家族は娘をこのすさんだ生活から救おうとして日本に呼び戻したが、ヨーコはまたもや自殺をはかり、東京の精神病院に収容された。その精神病院からヨーコの脱出の手助けをしたのが、もう一つ輪をかけた悪のトニー・コックスというアメリカの麻薬売人である。コックスは、とある●●ヤ教司祭の息子と手を結んで麻薬の製造と密売を行った男で、ニューヨークにおけるLSD−25の売人第一号である。ヨーコの友人にも手広くLSDを売りさばき、FBIとマフィアの追及から逃れて日本に渡ってきた時、ヨーコと再開し結婚する。

 その時点で法的には、ヨーコは未だに最初の夫の妻だったにもかかわらずである。ニューヨークに舞い戻った二人は、幻覚症状を催す麻薬とアバンギャルド芸術の世界に憂き身をやつすことになる。

 トニーとヨーコは赤貧洗うがごとき生活を送り、夫婦喧嘩も絶えなかった。一九六六年にはロンドンに行き、アバンギャルド会議に出席した後、一年ほど滞在し、麻薬とロックとセックスの裏文化の中にどっぷりつかることになった。

当時の裏文化のメッカはインディカ・ギャラリーのかいわいであり、このインディカ・ギャラリーと称するカフェ兼アート・センターを始めたのが、ジョン・ダンパーとその妻のロック・スター歌手のマリアン・フェイスフル、およびビートルズのメンバーのポール・マッカートニーであった。

 そこでヨーコはジョン・レノンに紹介される。その数ヶ月後、ロンドンのあたりでレノンと遊び回るうちに、ヨーコはすでに妻子ある身のこの花形ロック・スターをまるめ込んでしまう。レノンはヨーコとつきあう以前からすでにLSD−25の常用者だった。ヨーコと一緒になったレノンはローリング・ストーンズなどのロック・ミュージシャンを巻き込んで手当り次第にいろいろな麻薬を試すようになった。当然のことながら、レノンもヨーコも麻薬中毒患者に転落した。

 その頃になると、ヨーコはオカルトに夢中になり、専属のタロット占い師を雇うまでになった。七〇年代後半には、コロンビアのカルタヘナ島に行き占い師の会社、リナ・ザ・ウィッチ【←おや?】に一週間通った。

 長年における麻薬とオカルトへの異常な関心の結果、一九八〇年のジョン・レノン暗殺事件の当時は、ヨーコは新時代の退廃的な哲学に夢中になっていた。相変わらず手の施しようもない麻薬中毒であった。進んで麻薬・ロック・セックスの裏文化に入り、今やその道にかけては世界的に有数な伝道者とも言える人物になっている。ヨーコこそ、まさに日本の新時代の寵児と言えよう。
http://asyura.com/sora/bd11/msg/26.html

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/440.html#c1

[近代史3] アメリカ人には音楽は理解できない _ ジャズなんか音楽じゃない 中川隆
2. 中川隆[-10376] koaQ7Jey 2019年5月18日 17:40:22 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1943]

要するに、ジャズやロックは音楽というよりこういうものに近いと考えた方がいいのですね:


仏教タントラではブラフマン(創造神)とアートマン(真我)の合一を体験することをサマジー(三昧耶)・・・暝想の極致という。

ダンマ(真理)に接近しこれと合一する(即身成仏)ことを目的にした、究極的な高度で、深い暝想のはてに、浄化がある。


○想像力は目にみえないものを見させる

 ハワイのフラダンスは、もともと神に奉げれていた神舞であった。フラの巫女には、女神ペレのマナ(霊力)が感応してくる。ハワイ語でマナとはスピリチャル・パワーのことだという。そこで、もともとフラは神霊との交流の儀式であった。

 始めに、詔(みことなり)や、リズムと歌で、神々しい雰囲気と聖なる場を整える。「真如」の導入である。

次に、フラのダンサーは、そのリズムで踊りながら陶酔し、やがて「没我」となる。そこに、神霊が「感応」する。恍惚が踊り手を支配する。すると、神からの返答が現れ、「天恵」が現象化する。

こうしたプロセスをもつ古代儀式は、世界中に普遍的にある。ダンスがそもそも交霊術であることを示してくれる明確な例はスーフィのダンス、鎌倉時代に起きた一遍の「踊念仏」などが上げられよう。不乱の舞は、「没我」に至るには欠かせなかったのだろう。


 古代的な交霊は、表面的にしか物事を見ない人々には理解できない。エンタテインメント化されたショウとしてのフラよりも、マナ(スピリチャル・パワー)と一体になったフラは偉大で神聖である。ハワイ島では、古代と同じ”のり”で女神ペレへの感謝のフラが、今でも行われている。これが奇跡なのだろう。

 なんであれ、音楽とダンスとは一体であり、それは神楽(かぐら)だった。日本の祭の神輿(みこし)の”のり”が、それなのだろうか。洸惚感、あの陶酔感は、御輿(御神体)を担ぐことによって、はじめて感じることができる。神輿を担ぐことは、スピリチャル・ダンスだった。

真の芸能には、「真如」「天応」「没我」「天恵」の4つのプロセスが必ず組み込まれている。だからこそ喜びと生きる力を与えていた。現代では、真のイベントは少なく、その一部か、残り物だけとなってしまっている。それは、大音響のロックの陶酔感とはあきらかに違うものである。
http://hwbb.gyao.ne.jp/akione-pg/Japanese/008.html

ぞくぞくっとするような。あのチベット密教の寺院にこだまする読経の声こそ深くこの世の世界から天界へと意識をトリップさせるためのマントラのパワフル極まりないエネルギーに満ちたものだった。

そのことは僕が実際に女性とのセックスをしたときにBGMがチベット密教の寺院で読経された音源だったからこの身をもって体感した。
http://sexbody.exblog.jp/8834718/

密教には 仏教には存在しない多くの呪法が数多く存在する。

それらは タントリズム行者たちが執り行った呪法をそのまま採用したものが大部分であり 硬直法・隠身法・招入法・恫喝法・粉砕法・呪殺法・解毒法・治病法といったこれら呪法は 本来仏教とは無縁ではある。

しかし実際仏教タントリズムが誕生する以前の初期仏教において呪法への依存から人々を遠ざけようとしたこと自体 密教時代 俗信・呪法が仏教の中に流れ込んでいた証拠と考えられる。

呪法自体はタントリズム以前の初期密教の時代から存在するものであり 遙か太古に遡る原始的心性に基づくシャーマニズムだ。

それら過去における禁止された呪法は 仏教タントリズム展開の過程で世間的・実践的重要な部分に値し 大衆の要求に合致したタントラ密教の思想の下敷きであることは間違いない。

こうして タントラ密教は 俗信や白魔術・黒魔術的な呪法を取り入れた新たな組かえと編集により変化してゆく。

密教には 仏教には存在しない多くの呪法が数多く存在する。

それらは タントリズム行者たちが執り行った呪法をそのまま採用したものが大部分であり 硬直法・隠身法・招入法・恫喝法・粉砕法・呪殺法・解毒法・治病法といったこれら呪法は 本来仏教とは無縁ではある。

しかし実際仏教タントリズムが誕生する以前の初期仏教において呪法への依存から人々を遠ざけようとしたこと自体 密教時代 俗信・呪法が仏教の中に流れ込んでいた証拠と考えられる。

呪法自体はタントリズム以前の初期密教の時代から存在するものであり 遙か太古に遡る原始的心性に基づくシャーマニズムだ。

それら過去における禁止された呪法は 仏教タントリズム展開の過程で世間的・実践的重要な部分に値し 大衆の要求に合致したタントラ密教の思想の下敷きであることは間違いない。

こうして タントラ密教は 俗信や白魔術・黒魔術的な呪法を取り入れた新たな組かえと編集により変化してゆく。


ガナ曼荼羅は,定まった日 ある特定の場所を選んで行なわれる集会(儀礼)である。

八人の瑜伽(ヨーガ)女と釈尊の役を演じる阿闍梨の合計九名が最少必要人員とされ現実態としての曼荼羅を実践する。

入檀希望の新たな弟子との飲食と性の饗宴をもってその実態とする。

動員される八人の女性はヘーヴァジュラ曼荼羅の八女尊に相応する生身の瑜伽女である。


阿闍梨が弟子を曼荼羅に引き入れ目を布で覆う。

次に弟子に曼荼羅を見ることが許される。

ガナ曼荼羅では 弟子は金剛阿闍梨によって受認される。


▼人身供犠

ところで中世インド社会では特異な儀礼内容の集会を行う瑜伽(ヨーガ)女たちの魔女集団が存在した。

へーヴァジュラの徒、瑜伽女たちは 節会をもち人身供犠を行う儀礼の集会日を月の満ち欠けによってを定めた。

ヘーヴァージュラ瑜伽女集団にとって人身供犠 つまり人間の殺害儀礼において 輪廻転生を前提とする仏教タントリストの論法により 「犠牲の合意のもと」集会へ招待する。

自己犠牲となったものから提供される丸薬は成仏の因として扱われ犠牲となった者は 輪廻転生から逃れ最終解脱を果たす。


また人身供犠の犠牲七生人(7回目の輪廻転生)の選別では 男女問わず話す声が麗しく 切れ長の眼に濁りなく麝香か樟脳のごとき芳香を持ち 同様に大いなるオーラの具え 影が7つとして存在するものである。

これを七生人と印づけ 吟味した上で丸薬を作りそれを食することで「虚空行」を果たす。(虚空行=空中飛翔)これらの儀礼は、ヨーロッパ古代ギリシア ローマへ入ったオリエントの密儀宗教の崇拝を想起させる。

瑜伽女たちの集会が人身供犠を伴うことは仏教徒外部からの影響と考えられるのではないだろうか。

以上後期密教としてのタントラ密教は その後ヒンドゥー教の隠された異端によって受け継がれていく。
http://d.hatena.ne.jp/mminazuki/20050619/1119188314

中期密教ではヒンドゥー教の隆盛に対抗できなくなると、理論より実践を重視した後期密教が誕生した。
後期密教では仏性の原理の追求が図られた。

ヒンドゥー教シャークタ派のタントラやシャクティ(性力)信仰から影響を受けて、男性原理(精神・智・方便・金剛界)と女性原理(肉体・感・般若・胎蔵界)との合体(性交)を修行する無上瑜伽も後期密教の特徴であり、男尊(男性原理)と女尊(女性原理)が性交する歓喜仏も多数登場した。

ヨーガ・タントラの修行方法が探究されるにつれて、下半身のチャクラからプラーナを頭頂に導くこと(ジョル)が最上とされ、性交がその最も効果的な方法とされた。

しかし男性僧侶が在家女性信者に我が身を捧げる無上の供養としてセックスを強要したため、仏教徒の間には後期密教を離れて戒律を重視する部派仏教(上座部仏教)への回帰もみられた。

また僧侶の破戒に対する批判を受けて、無上瑜伽も実際の性行為ではなくクンダリニー・ヨーガによる性的な瞑想へと移行する動きも生じた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%86%E6%95%99

中世のインドでは、ヒンドゥー教、仏教、ジャイナ教という宗教の枠を超えて、性を重要なテーマとする宗教「タントリズム」が爆発的に流行した。

つまり後期密教がこの方向に走ったのは時代の潮流がその背景にあったということだ。


性的ヨーガ

仏教徒が輪廻からの解脱を実現する方法として、努力して少しずつ煩悩を排除してゆくという一般的方法をあえて採らず、ある秘密の技法によって一気に解脱に達しようとする方法が性的ヨーガ。

タントラとは、密教経典、とくに性的ヨーガの実践を主張する経典のこと。
それはつまり、「無上瑜伽タントラ」のことだ。

ある高名なタントラの成就者は、タントラの道について、それは選ばれた者だけが知ることができるのであって、余人に知らしめてはならぬという意味の文を書き残したそうだ。

「無上瑜伽タントラ」は「父(ふ)タントラ」「母(も)タントラ」「双入不二タントラ」に分けられ、それぞれにまた複数のタントラが存在する。

父タントラには敵を調伏する修法が多く、母タントラは性的ヨーガの実践に積極的だった。

双入不二タントラは父・母両タントラを統合止揚しようとするもの。

後期密教では、人間の体の中に「霊的な器官」があると思われていた。


身体論を導入したものとして大日経の「五字厳身観」がある。
これは、地水火風空を象徴するア・ヴァ・ラ・ハ・カの5字を身体の5箇所に観想する。

この5字に加持された行者の身体は大日如来の五輪塔となり、清浄な仏の身体に転化する。

このような身体の中の特別な場所は、後期密教ではチャクラと呼ばれるようになる。

「ヘーヴァジュラ・タントラ」では4つのチャクラが説かれ、それらは身体の臍・心臓・喉・頭頂にあり、そのうちの3つが如来の応身・法身・報身に対応する。
チャクラは蓮華の形をしていて、花弁の数はチャクラによって異なる。

また身体にはチャクラの他に脈管がある。
脊髄のそばに1本、その左右に各1本。

並行して走るこの3本は、上端・下端とチャクラの部分でだけ接合している。
これが当時のインドの生理学説で、「四輪三脈」説という。
脈管の中はそれぞれ精液、血液、その混合物が通る。

母タントラでは精液が「世俗の菩提心」と呼ばれ重視された。
精液は快感の源であり、これを脈管の下端から次第に上のチャクラへと送る。

それぞれのチャクラで得られる快感には名前が付けられ、4つ目の「倶生歓喜」を成就することが生理学的ヨーガの課題とされた。

前述のように精液は菩提心なので、射精は菩提心の放棄でありタブーだった。
行者は睡眠中の夢精すら許されなかった。

なお、上述の快感が下から上へ行く説の他に、上から下へ降りるとする説もあった。

一番下のチャクラは会陰部にあり、これはまだ性的な力にすぎない。
この力を順次上のチャクラに送り、次第に浄化し、頭頂にある最上のチャクラに送ると修行者は解脱するという。

現代では実際に性的な行為をするのでなく、観想によって精神的に修行するそうだ。

しかし8−10世紀頃のインドでは修行者が実際に女性と性交することでヨーガを実践していたらしい。


後期密教の灌頂はそれ以前のものよりも複雑になっている。
それは4つに分かれていて、まず瓶灌頂は、瓶から香水を取り出し受者の頭頂に灌ぐのでこの名が付いている。
この瓶灌頂では受者の本尊も決める。
またそれ以外にも複雑な儀礼が付加されている。

瓶灌頂は中期密教の灌頂の内容を継承したものになっており、もともと国王の即位式を真似たものだった。
そういえばキリスト教の洗礼ともどこか似ている。ここまでなら私にも納得できる。

ところが後期密教は、この国王の即位式を真似た最高の儀礼であるはずの瓶灌頂を格下げして灌頂の第1段階とし、その先におぞましいものを持ってきた。

第2の灌頂である秘密灌頂から先は、後期密教になって付け加えられた灌頂だ。


秘密灌頂では受者が阿闍梨に女性を献ずる。

あるいは阿闍梨が瞑想に入り女性を観想する。

阿闍梨はこの女性と交わり、「金剛杖の中の菩提心」つまり精液を取り出し、指でつまんで受者の口に入れる。

これで「菩提心を授けた」ことになる。

なお、精液だけでなく赤白二滴(経血と精液の混合物)を授けるとする文献もある。

次の般若智灌頂では、こんどは受者は阿闍梨から与えられた女性と交わる。

女性と交わりつつ受者はヤブユムの本尊の境界を悟る。

受者は射精を我慢して究竟次第の4つの歓喜を体験しなければならない。

そして受者が射精を我慢できなくなった時は女性の体内に菩提心を放出し、赤白二滴(経血と精液の混合物)を服用する。

最後の第4灌頂は、阿闍梨が受者に「言葉によって」大切な教えを授ける。


人は死ぬと「中有」になる。 最大で四十九日間。

中有はやがて未来の父母の性行為の場面に遭遇する。

それを見て失神し、赤白二滴(経血と精液)の中に吸着される。

父母の性行為をまのあたりにして
父に愛欲を起こして母に嫉妬すると中有は女になり、
母に愛欲を起こして父に嫉妬すると男になる。
http://blueclouds.blog.so-net.ne.jp/archive/c2300688127-1

[3.85 射精し終わるや、ゆっくりと、適正に精液を吸い上げることを習熟すべし。

男性はもちろん、女性でもヴァジローリーに熟達することができる。]
(『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』より。)


ヴァジローリー(性器による吸引)に関しては「実際見せてもらったことがある」というスナックのママさんの話を聞いたことがあります。

曰く、温泉場で同伴した長年ヨーガを実践している女性が性器から湯を吸い上げたり、吐き出したりすることを自在にやって見せたそうです。

私は当時沖正広師の著作を読んでいたので、周囲の人ほど驚くこともなく聞いていましたが、ほとんどの人は話そのものを信じていない様子でした。

ただし、この女性はおそらくこれを「性技」として活用しているのだと思われました。

私の考えでは、ヴァジローリーとは、修練すれば性器でさえ自在にコントロールすることができる証しなのだと思うわけです。

もう少し突っ込んでいうなら、交接時に「受け身」である女性は性器を巧みに絞ったりゆるめたりすることで、男性の射精を適宜操ることができるのです。そしてこれは「女性の修行法」に相当します。


[3.88 ヨーガの道を心得た人は、かようにしてビンドゥを保全して、死を克服する。ビンドゥを漏らすことによって死があり、ビンドゥを保全することによって生がある。]

[3.90 人間の精液は心に依存し、生命は精液に依存する。それ故に、精液と心の保全につとめなければならない。]


「ビンドゥ」は精液と同義のようです。

「接して漏らさず」的な考え方がここにも表れています。


[3.98 ヨーギニー:男子が適正な行法を巧みに行なってビンドゥを回収した時、婦人がヴァジローリーをもってラジャスを保全するならば、彼女はヨーギニー(女行者)である。]


「ラジャスとは、ここでは交接時の女性の分泌物であろう」

との佐保田師の解説があります。

3.101には「ラジャスを回収し保全するならば、空中を歩むことができる」という記述もあります。

そしてこの部分も「女性の修行法」に相当すると思われます。

これはこの著作の際だって特異な記述です。

つまり、ヴァジローリーはともかくとして、女性も男性同様に「もらさない(下世話にいえば、イカナイ。多量の愛液をもらさない)」ことが健康法レベルでの禁欲的な実践になるのでしょう。

そしてヴァジローリーができない限りは、「絶頂感」は男女ともに慎んでおくべきなのです。
http://redsnake.seesaa.net/article/94566521.html

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/440.html#c2

[近代史3] アメリカ人には音楽は理解できない _ ジャズなんか音楽じゃない 中川隆
3. 中川隆[-10375] koaQ7Jey 2019年5月18日 17:41:35 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1944]

かつてドラッグは神に近づくための道具だった。

「源氏物語」に、アヘンの吸引を暗示する場面が出てくるのを、ご存じだろうか。

「葵」の巻で、出産を控えた光源氏の妻・葵の上が、物の怪に取り憑かれる場面である。苦しむ葵を救おうと、光源氏は祈祷師を呼ぶ。場面変わって、離れた場所にいる源氏のかつての恋人・六条御息所は、葵を苦しめている霊が、自分の生霊であることを知る。髪を洗っても着物を替えても、体から芥子の匂いが消えないからだ。それは、祈祷師が護摩を焚く炎に投じた芥子の匂いだった。

当時、密教僧が祈祷の際に護摩焚きの炎に芥子や胡麻などの「焼供」を投じる習慣があったことは知られている。この芥子の実とは、何を隠そうアヘンやヘロイン、モルヒネの原料である。

かつての祈祷師たちは、アヘンの煙を吸って恍惚状態になり、病気治療に超人的な「霊力」を発揮したのではないか。国際日本文化研究センターの山折哲雄教授(宗教学)は、そんな仮説を持つ。

「幻覚剤の使用は、世界の宗教に普遍的に見られる現象です」

山折教授はそう説明する。

「古来、幻覚剤は神や天国に近づくための手段だった。ところが科学が発達して神の存在が否定され、幻覚剤は快楽のためだけの『悪魔の薬』になってしまった」

インド最古の神話「リグ・ベーダ」には、祭礼参加者が飲む幻覚剤「ソーマ」が出てくる。このソーマの正体には、大麻、幻覚キノコなど諸説がある。中南米では、幻覚キノコや幻覚サボテンが祭礼に使われた。

十六世紀にメキシコのアステカ王国を侵略したスペインの従軍僧サワグンは、ペヨーテというサボテンや、テオナナカトルというキノコを食べると「ものすごい色のついた幻覚に襲われる」と記している。先住民族は、これらを死地に赴く兵士や、神への生け贄に捧げる人間に与えたという。

民族薬理学者で、名古屋学院大学教授だった石川元助氏(故人)は、六五年にメキシコ先住民の「聖なるキノコの祭典」で幻覚キノコを食べた時の様子を次のように記している。

「私は完全に意識を失い、色彩だけのあの世へ行った。金、銀、赤、オレンジ、ブルー、緑、黒など美しい七色が、渦を巻いたり滝のように流れたりした…」

先住民族は「神の声を聞くために」このキノコを使っていた。

日本文化にも似た現象はある。「今昔物語」には、山中でキノコを食べ、恍惚と歌い踊る尼僧たちの話が出てくる。このキノコは、食べると幻覚に陥り、踊り狂うので「マイタケ」と呼ばれたが、今では「ベニテングタケ」らしいことが分かっている。 北欧ラップランドやカムチャッカ半島の先住民族にも、ベニテングタケを宗教儀式に使った形跡があるそうだ。

ドラッグが文学に残した貢献も計り知れない。ギリシア時代の詩人ホメロスの「オデッセイア」には「すべての苦しみ、怒り、悲しみを忘れさせる」アヘンらしき陶酔剤が歌われている。
http://ugaya.com/private/repo_32.html


脳にはA10と呼ばれる神経があります。 医学的には、恍惚神経とか快楽神経と呼ばれているそうです。 動物のA10神経はとても貧弱ですが、人間はこれがものすごく発達していて強力です。 わくわくしたり楽しくなったりするときには、この神経が興奮します。

実は麻薬でもこの神経が興奮することが知られています。 麻薬でこの神経が興奮して「意識の拡大」という色々な神秘的な現象が起きます。 でも、麻薬を使用し続けると、神経がボロボロになってだんだん楽しくなくなり、やがて廃人になってしまいます。

瞑想を行うと、脳内麻薬物質がこの神経の周りに分泌されます。
20種類以上ある脳内麻薬物質のうち、「β−エンドルフィン」は、なかでも非常に強力で、鎮痛作用はモルヒネの6.5倍もあるそうです。 「β−エンドルフィン」は死ぬときにも分泌され、おそらく苦痛を和らげるために出るのではないかと言われています。

ランナーズハイでも分泌され、マラソン選手が走っていて突然苦しさがなくなり恍惚とした状態になる・・・というのは、脳内麻薬物質が分泌されているからです。

麻薬は分解されませんが、脳内麻薬物質は完全に分解されるので一切害はありません。 脳内麻薬物質は普段大量に分泌されることはありません。 死ぬときとか、マラソンですごく苦しかったときに分泌されるのですが、それ以外で大量に分泌されるのが瞑想です。 瞑想をして修行が進むと大量に分泌され、とても気持ちがよくなるそうです。

でも、もっと修行が進むと、前回お話したように、鬼が出てきたり、悪魔が幻覚として出てきたりして、怖い目に逢うことがあるようです。 逆に、神様や天使、精霊などに逢うこともあります。 幻覚の中で、神様や仏様に出会って会話をしたりすると、けっこうまともな会話になったりするそうです。 現実の生活の悩みが解決されることもあるそうです。

ここで気をつけなければいけないのが、「自分はすごいレベルまで到達した!」とか「ついに「悟り」を開いた」と思ってしまうことです。 修行を極めた方々が一様に言うことは、「幻覚が出てきて神様や悪魔に会うという状況は、まだまだものすごく低いレベルの話で、「悟り」などよりはるかに遠いレベルだ」ということです。 それを知らない人は、「悟り」を開いたと錯覚して舞い上がってしまうのだそうです。

本格的に舞い上がってしまうと、そのまま精神病になってしまうことがあります。 ですから、それは脳内麻薬物質による幻覚なのですから、冷静に落ち着いて映画でも見るような気分でグッドトリップを楽しむ必要があるのです。

瞑想法、呼吸法、座禅などのごく普通の修行法も、やり方を間違えると大変危険なのだそうです。 やり方を間違えて、廃人や精神病になった例は数多く報告されています。 ですから、これらの東洋的な修行法は、必ずしっかりとした指導法にもとづいて、確かな指導者について十分注意して実行することが必要だと思います。

気功法では、このような危険な障害を「偏差」というそうです。禅では、幻覚の中で悪魔が出てきたり鬼が出てきたりすることがあるようですが、これらを「魔境に入る」という呼び方をしています。 ですから、これらの偏差を体験したり、魔境に入ったことを、精神的なものではなく、神秘体験だと錯覚する方も多いようです。
http://72.14.235.104/search?q=cache:awrxoWDLDRYJ:clover.h555.net/u/stone-field/%3Fy%3D2006%26m%3D2%26d%3D%26ca1%3D+%E9%AD%94%E5%A2%83+%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E7%97%85&hl=ja&ct=clnk&cd=10&gl=jp


幻覚剤を服用することで自我への執着が喪失して、全体的な共有感が醸成されるという。そうすることで癌患者のうつ、強迫神経症、寿命末期不安、外傷後ストレス症候群とドラッグかアルコール依存症を治療することができるという。

ブッダが悟りを開いた瞬間はまさしく幻覚状態であった。宗教の根源にやはり幻覚が存在することのこれは証である。後世神学者が宗教に神学的要素を加えてわけのわからないぼやけた状態にしたが、初期の宗教は明らかに幻覚から誕生していた。

個人としての絶対的自由と真理を得る理想は、ヨガにより体験できるとし、家族から去り、悟りを求めて全ての社会的絆と責務を放棄し、隠遁生活に入ることであった。紀元前538年頃シッダッタ ゴータマという青年は、ベナレスの北160kmにあるカピラヴァストゥにある豪奢な屋敷や美しい妻や息子を捨てて、托鉢行者になった。煩悩の惨状に驚愕しながら、彼の周囲の全てに見ることができる苦痛の存在を終わらせることができる方法を必死に探し求めた。

6年間ヒンズー僧達を訪問し、贖罪に身を置いたが、得るものは何もなかった。高僧の教義も彼に訴えるものがなく、苦行は絶望をもたらすだけであった。ある夜 実行すべき方法がすっかりなくなり、自立心を捨て無我の状態になっていたら、忽然と悟りの境地が見えてきた。

それは全宇宙が退けられ、地球が揺れ動き、天国から花々が落下し、何とも言えぬ芳香が漂い、天国にいる仏達が歓喜している世界だった。それは仏達と自然と人類が大慈悲によって一体になった世界であった。

これは煩悩からの解放に対する新たな希望であり、涅槃への到達による煩悩からの解脱であった。そしてゴータマはブッダになった。
http://meimai.cocolog-nifty.com/twgt/2010/04/post-bf1b.html

仏教の創始者であるブッダは菩提樹の下で命がけの座禅をした。 何日も何日も断食をし、不眠不休の座禅。彼は精神と肉体を極限まで追い込んでいた。 それもこれも悟りを開き、人類を救済しようという大義のためだけに。

座禅瞑想の果てにブッタは遂に魔境にたどり着いた。 そこには魔羅というとてつもない力を持つ魔界の王が居たのである。

実はブッタは悟りを開く前に魔境の支配者である魔羅(マーラー)と戦っている。 一説によれば魔羅はブッタの闇の部分と言われているが彼は見事に魔羅に勝利し己の闇を克服した。 そしてブッタは深い瞑想状態から覚醒し、見事に悟りを開いたのである。 このように悟りを開こうとするものは己の中にいる魔物と戦わなければならない。

精神分析者のユングは己の中にいる魔物をシャドー(影)と言っていた。 つまり涅槃の境地を体得したいのであれば己の中に潜む魔を退治しなければならないのである。
http://religion.dot.thebbs.jp/1070291638.html


鈴木秀子さん (国際文学療法学会会長。文学博士。)が1977年不慮の事故で臨死体験をした時の描写です。 鈴木秀子さんは 愛の極致と至福感に包まれながら 生きた光からメッセージを受け取ります。

一瞬のうちに高さの極みに飛翔し、私は今まで見たことのないような美しい光に包み込まれました。白っぽい金色の輝きに満ちた、一面光の世界にいたのです。まばゆい輝きでしたが、まぶしすぎるとは感じませんでした。

それは人格を持つ命そのものの光であり、深い部分で、自分とつながり、交流している生きた光なのでした。これが至福なのだ、完全に自由なのだ、と私は感じていました。
http://blog.livedoor.jp/seitai227/archives/51655830.html
http://blog.livedoor.jp/seitai227/archives/51656333.html


臨死体験=脳内現象説

 臨死体験=脳内現象説は、臨死体験は死ぬ間際の人間が脳の作用によってみるただの幻覚の一種だという主張です。 これに関して、1920〜1940年代にアメリカの脳神経学者ペンフィールドが行った興味深い実験があります。

ペンフィールドはてんかん患者を治療するために頭蓋骨を切り開き、どこの部位を切除すれば機能が回復するかをテストしようとしました。 このとき、ペンフィールドは電気で側頭葉を刺激すると、患者が「自分の体が浮かび上がっているように感じる」 などということに気がつきました。これを聞いて学術的興味深々のペンフィールドさん。「面白いオモチャを見つけた」とばかりに患者の脳をいじくりまくります。

ぐりぐりぐりぐり。 てんかんの治療はどうしたんでしょうか?

 まず、側頭葉のある部位を刺激すると、「浮遊体験」が感じられ、別の部位を刺激すると、「自分の魂が体から離れていっている」という感覚に襲われることが判明しました。もしかしたらこの患者だけなのかもしれないので、念のためとばかりにペンフィールドは、同様の実験を他の患者にも試し、脳をぐりぐりぐりぐり。 同じような言動をすることを確認。

 また、側頭葉のシルヴィス溝を刺激された者の中には対外離脱だけではなく、神に逢ったと主張する者もいました。

 そういえば、日本で「悪魔を祓うために体を清める」と称し、いとこを殺害して体を塩で清めたという悪魔祓い殺人事件では、側頭葉てんかんを持った男が「神の声を聴いた」と主張したのが始まりでした。 側頭葉には神様が住んでいるのかもしれません。

 臨死体験=脳内現象説の理論はこれだけではありません。 もしあなたが自転車に乗っていたら、ドカンと車にぶつかってみましょう。 あなたの人生が一瞬にして早送りで再生されるはずです。

そうです、走馬灯です。

 この別名「映画フィルム式思考」と呼ばれる、死に直前で自分の一生が一瞬で思い出されるという体験は、クスリの服用でも体験できます。 クスリの名前はセントロフェノキシンという、スマートドラッグとしてアメリカでかなり出回っている代物。 これを服用すると、突然数十年前の思い出が鮮明に甦ってくることがあるのです。

 他には、LSDなどの麻薬で体験する幻覚には、


長いトンネルの映像、
まばゆい光、
別世界の住人、
生死を問わず様々な友人や家族


が登場します。  いくつかの薬物が臨死体験に酷似した幻覚を生み出すことは以前から指摘されていました。

臨死体験が脳内物質や脳内現象による幻覚であると仮定するならば、それと同様の薬物を投与することで臨死体験と同様の体験ができ、そのメカニズムと解明されることになります。

 1980年の時点で既に、精神薬理学者のロナルド・シーゲルにより、臨死体験と薬物による幻覚の類似性が指摘され、亜酸化窒素やエーテル、ケタミン、フェンシクリジン(PCP)、ヘロインなどの薬物の名が挙げられています。

 さらに、オークランド大学のイェンセン教授は、

「人間が死に瀕したとき、脳内の神経細胞を酸欠状態から防ぐために、エンドサイコシンという物質が大量に放出される。 これが臨死体験を引き起こすのだろう」

という説を発表した。

この説はあくまでも仮説であり確証はありませんが、人間が極限状態に陥ると、脳内麻薬が発生することは昔から知られていました。 死の直前というのは究極の極限状態ですから、脳内麻薬が大量に発生し、それが脳内に幻覚を生み出すのは十分に考えられます。

 大脳酸素欠乏症説というのもあります。

 肉体が危篤状態になったり、ほんの一瞬でも心臓が止まると、大脳の酸素が欠乏します。 この大脳酸素欠乏は、短時間であっても重大な損害を脳に与えます。

 この大脳酸素欠乏状態に陥ったとき、最初に幸福感や全能感がやってきて、
さらに酸素欠乏が進むと現実判断能力が失われ幻覚が生じます。  日本の武道の場合、柔道の絞め技などで「おちる」瞬間は非常に気持ちいいと言われています。

 これらは、直接 臨死体験=あの世 を否定するわけではありませんが、人間の脳に刺激を与えたり、ドラッグを服用することで擬似的な臨死体験をすることができるのは事実です。
http://psychology.jugem.cc/?eid=19

ドラッグの場合、幻覚にすぎないと本人も自覚していますが、「瞑想」の場合には、自分が「悟り」を開いた、と勘違いをして舞い上がってしまう人がおおぜいいます。
・・・・・・これは、とても危険な状態です。・・・・・・

 本格的に舞い上がってしまうと、そのまま精神病になってしまうことがあります。  新興宗教の教祖には、この程度のレベルで徹底的に舞い上がって、しかも精神がおかしくなっている人がおおぜいいます。

そんな教祖でもそれなりにカリスマ性があり、常人より「超能力」が高く、たとえば「手かざし治療」ができたりしますが、入信した人はえらい目にあうのがオチでしょう。

 ユングは、この危険性について、次のように述べております。

――― 人間が「無意識」を経験することは、本当に素晴らしいことなのですが、そこにはひとつの大きな危険性が立ちはだかっております。

 ヨーガの修行が進むと、人はいろいろと不思議な体験をします。こういった体験を自己と一体化するのを避けて、あたかも人間領域の外側にあるかのように扱うのが賢明でしょう。 もし同一化すると、あなたは魂の膨張(一種のエクスタシー的昂揚状態)に陥り、まったく道を誤ってしまうでしょう。 膨張というのは、まさしく小さな形の狂気、狂気の緩和された形なのです。

 そして、もしあなたが、完全な膨張状態まで燃え上がってしまうと、精神分裂病になります。瞑想によって見えるものも、また霊能力によって見えるものも、その見えたものに固執することはとても危険なことである。
http://sakuragainouta13.seesaa.net/archives/20060819-1.html

脳を分析しても”真我(アートマン)”の実体(実態)は出てこない。 出てくるのはせいぜい脳の一部の刺激によって記憶が消えたり(”私(自我)”という記憶が消えたり)現われたり、色や音を感じたり、幻想を見たり、怒ったり、泣いたり、不愉快になったり、快楽を感じたり、等、生命の個々の属性が現われたり消えたりするだけだ。

瞑想や荒行、座禅、護摩、加持祈祷、他力、等で”悟り”といわれるもののほとんどはこの手合いで事前に本や教科書や先輩や師匠などから吹き込まれた段階的な”悟り” と称するイメージを幻想として見て、”私(自我)”も悟ったと錯覚しそれをまた後輩に吹き込むということを繰り返して広まってゆく。

特にこれらで得られる快感は脳に対する無理で不自然な刺激よるので薬や催眠の中毒と同じように慢性化し (癖になり)、特定の音楽を聴いたり特定の匂いや視覚やしぐさ等で容易にはまり込んでしまうし、その快感を求めて再びはまり込みたくなってしまう (常習化する)。

極端になるとヨガ等の経典に出てくる空中遊泳とか物体の素通りだとか透明になるとかのいわゆる荒唐無稽な”通力”を本当に信じこむようになり極度のトランス状態(脳の痙攣)にまでなって、飛び跳ねたり手足をバタバタさせて、はたから見ると異常だが当人にとっては快感となっている。

この快感は極度の運動 (祭りやスポーツ等)などで得られるもの(いわゆる”真っ白になる”)と何ら変らないものだが、極度のトランス状態のもとでは脳に対する無理な作用、不自然な刺激によるものなので薬物と同様、後遺症、精神的副作用(人格、精神異常、意識障害等)などを伴う。

__________


何処までが正気でどこまでが狂気なのか、この判断はむずかしい。

まるでメビウスの輪のように、正気と思って走っているうちにいつのまにか、狂気になっていたり、狂気な行動が後世に正気として評価されたりするからだ。

狂気を演出する、これは正気でなければできない。

正気と思いつつも、いつのまにか狂気の世界に入り込んでしまうこともある。一般大衆の思考から離れてしまう。

それが、100年先の考えであれば天才であり、単に少し離れただけなら変わり者か変態で終わるが、接点が無くなるほど離れてしまい一般大衆と永遠に交われなくなれば、人はその人を狂人と呼ぶ。

信仰というのは怖いもので、最初正気ではじめたのが信仰がすすむにつれていつしか強信ならず狂信の世界に突入する。

やがて拝んでいるうちに祈祷性精神病になる。


真言密教の坊主には頭の狂ったのが圧倒的に多いがその理由は不思議な超能力を身につけるべく行う、求聞持聡明法・日輪観・月輪観・加持祈祷などにある。祈りをかけて祈りを叶えようとすると、祈りが叶えばそれでよいが、もし叶わざる場合には自分が壊れてしまうのだ。


熱心に祈り続けると、あるとき突然にお客様が”おいで”になる、

そうすると一人で泣き出す者、飛び跳ねる者、にやにや笑い出す者、

もうあっちの世界に飛んでしまったのだ。

こっちの世界にそれでも、もどれる者もいるが戻れなくなる者もいる。


禅の修業でも勝手に座禅などやると、現実と空想の区別がつかなくなり、あっちとこっちの世界の間に彷徨うことになる。これを空病という。

導師とはこのことを良く知り、現実に引き戻してやるための存在なのだ。
現実に戻さないでさらに背中を押してあっちの世界に追いやるのが悪の宗教であり、邪教なのだ
http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/archives/53904826.html

124:名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/20(水) 17:52:41 ID:otuwJkA3

気功やヨガは自己流でやるのは本当に危険だ。

私は脳波の研究で、健常者や精神分裂病、気功前と気功後の脳波の違いを比較する作業を行っていた
(苦痛で1年でやめたけどね)

禅病(瞑想時の魔境)にかかっている人の脳波は、精神病患者の脳波に限りなく近くなっている。

指導者が偏差や禅病の知識と対処法を教えることが必要だ。
ヨガにいたっても同じこと。

身体と精神面での準備が出来ていない状況でクンダリニーが上がってしまうと着実に精神異常をきたすよ。
http://2chnull.info/r/kampo/1149962009/101-200


つまり、幻覚剤や宗教やジャズ・ロックには深入りしない方がいいという事ですね。

クラシックでもそうですが、大音量でクラシックを聴く事自体が音楽の事を理解していない証拠なのです。 間違ってもジャズ喫茶で使っている様なスピーカーは家庭に持ち込んではいけないのですね。

居間で38cmウーハーのスピーカーなんか使っているのはアホだけでしょう。 あの凄まじいフォルティッシモで有名なフルトヴェングラーやクナッパーツブッシュもカラヤンやバーンスタインやショルティよりはずっと小さな音しか出さなかったんですね。 演奏の凄まじさや壮大さと音量とは全く関係が無いという事です。

一方、ジャズやロックは耳を劈く大音量で聴かないとジャズやロックになりません。 トランス状態に入るのを目的とする音楽だから仕方無いですね。

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/440.html#c3

[近代史3] アメリカ人には音楽は理解できない _ ジャズなんか音楽じゃない 中川隆
4. 中川隆[-10374] koaQ7Jey 2019年5月18日 17:45:52 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1945]

【「ボブ・ディラン」の変人伝説】 
経歴詐称でデビュー、ビートルズにマリファナ指南、日本の担当者との面会は18年間でわずか30秒、歌詞の無断引用も 2018/10/19
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181019-10000013-shinchos-ent


 2016年10年「ノーベル文学賞」を受賞したボブ・ディラン。12月に行われた受賞式を「先約のため」欠席するなど話題を呼んだが、この人の遍歴を見ればむべなるかな。「常識」では計り知れない、シャイで気まぐれな天才シンガーの「変人伝説」を紹介する。

 ***

 ノーベル賞の歴史で、辞退を申し出たのは4人だけである。哲学者のサルトル(文学賞)もその1人だが、「神聖化されるのを望まない」というのが、断った理由のひとつだった。

 10月13日、ボブ・ディラン(75)に対するノーベル文学賞授与を発表したスウェーデン・アカデミーは、「5人目」が出るかも知れないと心配したに違いない。なにしろ、受賞を告げようにも連絡が取れたのはディランのエージェントとツアーマネージャーだけ。本人とは話ができずじまいで、なにより、ディランから歓迎のメッセージが発表されなかったからだ。

 受賞のニュースが流れたその時間、ディランはラスベガスのホテル「ザ・コスモポリタン・オブ・ラスベガス」にいた。1988年から続けている「ネバー・エンディング・ツアー」に出演するためだ。

 この時、ホテルの外の巨大スクリーンに〈受賞おめでとう! 〉との映像が流れたが、直前までチケットが売れ残っていたという。

 午後8時、会場に現れたディランは普段より上気しているように見えた。

「薄いグレーのタキシードに紐ネクタイ姿でディランがステージに現れると観客は、一斉に立ち上がって拍手で迎えました。そして、最初の曲を歌い終えるとまた拍手の嵐。彼は、何か話したそうに見えましたが、結局、マイクに向かって歌い続けたのです」(コンサート会場にいたジャーナリスト)――。

(「週刊新潮」2016年10月27日掲載。※データは全て当時のもの)
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181019-10000013-shinchos-ent


http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/440.html#c4

[近代史3] アメリカ人には音楽は理解できない _ ジャズなんか音楽じゃない 中川隆
5. 中川隆[-10373] koaQ7Jey 2019年5月18日 17:49:46 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1946]

ビートルズと薬 ‐ ニコニコ動画(原宿)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm3011883


新時代の寵児オノ・ヨーコ 『某業界情報紙』(一九九一年 十月 発行)より転載。

 当編集局は、ソニーがコロンビア映画を、松下電器がMCAを買収した際にも、このままでは日本が邪悪な親イ●●エ●・マフィアの牛耳るハリウッドの「文化産業」に取り込まれてしまうと警告した。今や、ソフトコアポルノ・ロックのスター歌手、マドンナが日本のテレビで大もてである。彼女のミュージック・ビデオはキリスト教への冒涜であるとひんしゅくを買った代物であり、日本の若者たちの憧れの対象となる資格は持ち合わせていない。マドンナに輪をかけた悪が、日本の尻軽女、オノ・ヨーコだ。

 当年とって五十八才のヨーコは、一流銀行家の娘である。子供の頃から、学習院や三井アカデミーなどブルジョア学校で学び、皇族の一人とも親交を結んだ。

 一九五二年、二度目の渡米生活の時、ニューヨークのサラ・ローレンス大学に入学し、勃興しつつあったアバンギャルドの「ビートニック」の洗礼を受けた。大学時代に麻薬を覚え、何回かの中絶をするなど乱れた男女関係を経た後、一柳俊というニューヨークのジュリアード音楽院の学生と結婚した。二人は麻薬の巣窟、グリニッジ・ビレッジのジャズ界に入り浸りとなった。その結婚生活もヨーコが、自殺未遂で精神病院から退院したばかりのホモの作家といい仲になったことから破局を迎えた。

 一九六二年になって、ヨーコの家族は娘をこのすさんだ生活から救おうとして日本に呼び戻したが、ヨーコはまたもや自殺をはかり、東京の精神病院に収容された。その精神病院からヨーコの脱出の手助けをしたのが、もう一つ輪をかけた悪のトニー・コックスというアメリカの麻薬売人である。コックスは、とある●●ヤ教司祭の息子と手を結んで麻薬の製造と密売を行った男で、ニューヨークにおけるLSD−25の売人第一号である。ヨーコの友人にも手広くLSDを売りさばき、FBIとマフィアの追及から逃れて日本に渡ってきた時、ヨーコと再開し結婚する。

 その時点で法的には、ヨーコは未だに最初の夫の妻だったにもかかわらずである。ニューヨークに舞い戻った二人は、幻覚症状を催す麻薬とアバンギャルド芸術の世界に憂き身をやつすことになる。

 日本を発つ直前に、ヨーコは「グレープフルーツ」と題する詩集を出版した。その中に次のような一節がある。

「愛した男のすべてを殺せ。遺骨は箱に詰め、花を付けて海に流せ」

【英文(これ、英国調ですか?)では:


"Kill all the men you have slept with / Put the bones in a box and sent it out to sea in a box with flowers"】


 トニーとヨーコは赤貧洗うがごとき生活を送り、夫婦喧嘩も絶えなかった。一九六六年にはロンドンに行き、アバンギャルド会議に出席した後、一年ほど滞在し、麻薬とロックとセックスの裏文化の中にどっぷりつかることになった。当時の裏文化のメッカはインディカ・ギャラリーのかいわいであり、このインディカ・ギャラリーと称するカフェ兼アート・センターを始めたのが、ジョン・ダンパーとその妻のロック・スター歌手のマリアン・フェイスフル、およびビートルズのメンバーのポール・マッカートニーであった。

 そこでヨーコはジョン・レノンに紹介される。その数ヶ月後、ロンドンのあたりでレノンと遊び回るうちに、ヨーコはすでに妻子ある身のこの花形ロック・スターをまるめ込んでしまう。レノンはヨーコとつきあう以前からすでにLSD−25の常用者だった。ヨーコと一緒になったレノンはローリング・ストーンズなどのロック・ミュージシャンを巻き込んで手当り次第にいろいろな麻薬を試すようになった。当然のことながら、レノンもヨーコも麻薬中毒患者に転落した。

 その頃になると、ヨーコはオカルトに夢中になり、専属のタロット占い師を雇うまでになった。七〇年代後半には、コロンビアのカルタヘナ島に行き占い師の会社、リナ・ザ・ウィッチ【←おや?】に一週間通った。

 長年における麻薬とオカルトへの異常な関心の結果、一九八〇年のジョン・レノン暗殺事件の当時は、ヨーコは新時代の退廃的な哲学に夢中になっていた。相変わらず手の施しようもない麻薬中毒であった。進んで麻薬・ロック・セックスの裏文化に入り、今やその道にかけては世界的に有数な伝道者とも言える人物になっている。ヨーコこそ、まさに日本の新時代の寵児と言えよう。

★ジョン・レノンが、最初に絵の展示会でオノ・ヨーコの絵を見て「ひらめいた」のだそうで、それは麻薬の幻覚に由来しているのではないか、なんて思っていますけど。

「この絵を描いた女は、オレと同じ幻覚を見ている、」っていうか。

LSD中毒患者の博物館には、自分たちが使ったお気に入りの麻薬や注射器が展示してないって?

博物館の売店には、LSD−25錠剤やらの「ドラックお試し詰め合わせセット」を置いてないって?

博物館までの路上では、得体の知れない外国人がやたらにアクセサリ類を売っていないって?

上の話がウソかどうか、本人に血液や毛髪検査したらたちどころにわかるって?

LSD中毒患者が大勢集まってきそうな埼玉新都心って、きっと麻薬と乱交パーティの楽園になるのかな。

ワクp(^ー^ )qワク

http://asyura.com/sora/bd11/msg/26.html

「60年代には僕にとってひどいことがたくさんあったが,

僕らは−まあいつも麻薬をやってたからだろうが

−ベッドに横になっては一体どうなるんだろうかと考え,偏執狂的にくよくよしたりしたもんだ。

そんなある晩,僕は母親の夢を見た。 彼女は僕が14歳のとき死んだから,彼女の声は長いことぜんぜん聞いていなかった,だからとってもうれしかった。それで僕は力が湧いてきて

『僕が一番みじめなときにメアリー母さんが僕のところへ来てくれた』

って文句が思いうかんだ。僕はジョンやパパが出てくる夢も見るが,不思議なことだ。まるで魔法みたいだ。もちろん,彼らに会っているわけじゃなくて自分自身かそれとも何かほかのものに出会っているんだけれどね…」

(『ブラックバード ポール・マッカートニーの真実』ジェフリー・ジュリアノ著 伊吹 徹訳 音楽の友社刊 p141-142 より)

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/440.html#c5

[近代史3] アメリカ人には音楽は理解できない _ ジャズなんか音楽じゃない 中川隆
6. 中川隆[-10372] koaQ7Jey 2019年5月18日 17:54:16 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1947]

ビートルズは麻薬を売るための洗脳ミュージックだった!? 2010年10月15日


ビートルズは麻薬販売促進のため、タヴィストック研究所が仕掛けたプロパガンダ作戦であり、イギリス、アメリカの情報機関がその計画に沿って動いていたのだと言われてます。

ではなぜ、一般には無名のイギリスのタヴィストック研究所がそのようなことができたのか?

その研究所の名誉会長はイギリス女王であり、有力な貴族や世界を動かす権力者(要するにユダヤ勢力)がメンバーであるからだとか。アメリカ側には、あの麻薬王パパ・ブッシュも名を連ねているそうな。この顔ぶれは意外なようで意外ではない。イギリスはあへん戦争を起こした国であるし、パパ・ブッシュはもちろんその方面で、知らぬ人も知っている有名人。

ビートルズが作詞作曲したとされる数々のオリジナル曲は、実はすべて提供されたもので、メンバーが作詞作曲し始めたのは、バンドとしての活動も終盤となってからであるという。


解散後のジョン・レノンの反戦活動、反権力的思想は厄介のタネであり、イギリス、アメリカの諜報機関の監視下にあった。そこでチャップマンに催眠術をかけ、暗殺者に仕立てて、レノンを殺させたのであるという。


チャップマンは報道とは違って、別に狂信的なレノンファンではなかった。

射撃訓練のためか? 金もないはずなのに、レバノンやハワイの暗殺訓練キャンプへ行っている。

チャップマンは、レノン殺害の一週間前に「ダブルファンタジー」を初めて買ったのだという。ファンどころか、レノンそのものも全然知らなかったのであるらしい。


●ビートルズは、初め楽譜も読めなかったし、弾けるギターのコードも4つだけだったというのは聞いたことがあります。ポールは

「(名曲といわれる)イエスタデイは僕が作ったんだ。レノンは何にもやっちゃいない」

と言ってたことがあった、そういえば。

それにビートルズは、シェーンベルク(ユダヤ人作曲家)が始めた12音技法で無調の曲などを演っていますが、そういえばこれも不可解。

コードを4つしか知らなかったにしては成長が目覚ましいのです。まあ先生がいるんだろう、とは思ってましたが。

こういう音楽を聞いてると、知らず知らず洗脳されて、麻薬をやりたくなるんだそうな。


●Lucy in the Sky with Diamonds (The Beatles)
http://il.youtube.com/watch?v=A7F2X3rSSCU&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=wk9cnEKsGBg&feature=related

タイトルの頭文字がLSDとなって、麻薬はハイになれるよ、というメッセージを暗示している曲といわれているのは有名。

アニメも洗脳ムードたっぷり。

冒頭の部分が無調の曲調。サビの微妙に明るい不協和音のハーモニーはビートルズ音楽の特徴。


The Beatles - Strawberry Fields Forever  
http://www.youtube.com/watch?v=cG2gNvqGJVU


これも無調の曲。退廃ムードにあふれています。大学一年のころだったか、よく聞いてましたが、ここは田舎だし、私は別に麻薬が欲しくはなりませんでした。この頃はシンセサイザーがでる数年前ですから、電子音楽というよりテープ音楽なのですが、ビートルズはいち早くポップスに取り入れていたわけです。これらがタヴィストック研究所の洗脳作戦? そういえば思い当たらないでもない。

ビートルズから、ロックに堂々と平均律のハーモニーが使われるようになったのでした!


抱きしめたい  ビートルズ
http://www.youtube.com/watch?v=a_csEEI4PFE
http://www.nicovideo.jp/watch/sm9104027
http://www.nicovideo.jp/watch/sm6007032

たとえばこれ。ラストの、明るいけど濁っているハーモニ―は平均律によるハーモニー。こういうのはクラシックでは絶対に使わないが、当時は新時代が来たという感じでした。平均律というのは、別に洗脳目的の音階ではないのですが、そういうふうに使えばできないことはないかもしれない?


●音階というのは、実はタケノコみたいに、その調それぞれ高音へ行くほど、ほんのわずかですが狭くなっていくのです。純正律といいますが、だから、オカリナの宗次郎が演奏するとき、たくさんオカリナを脇に置いて、曲によってサッと取り替えていますね?

さてそれで今から300年ぐらい前ですが、ピアノという大型の幅広い音階を持つ鍵盤楽器ができたときに、どのようにするか、これが問題となりました。音階のタケノコを横に並べるようなわけにはいかない。かといって、やれそれと音階ごとのピアノは用意できない。オカリナじゃないんですから。

そこで打開策として、ピッチを階段みたいに一律の幅にすることにしたのです。当時はバッハのすぐ後の時代で、ハーモニーというものが発見されたばかり。あまりハーモニー重視の曲はなかったのでした。

いやありますが、パッヘルベルのカノンなどはピアノは入っていませんね?


それが平均律というものは、1オクターブ内だったらあまり分かりませんが、それ以上のハーモニーになると歴然! 音が濁ってしまうのです。今でもピアノの演奏会などに行くと、曲調が変わるごとにいちいち調律をしていますが、あれはそのためなのです。しかし平均律は悪いことばかりでもなくて、幅広い音階の曲が演奏できるし、移調するのも簡単にできます。そのまま調子をずらせばいい。しかしシンセサイザーなどはボタン一つで純正律にもできますから、エンヤなどはちゃんと濁らないハーモニーを作り出していますね?

●とにかく平均律の濁ったハーモニーを堂々とメジャーにしたのはビートルズであると言えるでしょう。

ビートルズが来日したのは、私が高校二年の時でしたが、レコードと同じ演奏で、へえ! ビートルズって上手いんだなあと感心しましたが、いま気がついた!

あれは絶対口パク! なるほどね。テレビでよくやってますが、2コーラスに編集カットしたテープ曲に合わせていたのでしょう。なるほどなるほど、そうであったか!

いま考えると思い当たるところはたくさんあります。

ジョージハリソンは活動末期になってやっとソロの曲を出したけれども、すぐ盗作で訴えられたし(それまで作曲したことがなかったのだ!)、リンゴスターはドラム演奏がヘタクソで、他のメンバーからいろいろブーイングがあったと聞いたこともあります。ドラムの口パクができなかったということかな?

そういえばビートルズって、ライブバンドじゃなくて、録音編集レコードバンドですね。いや初期のライブ盤があるとか聞いたことはあるけど? ま、単純なコードの曲ばかりなのでしょう。

●とにかく何が麻薬販売促進に使われているか分からない。

前にも書きましたが、世界的な禁煙運動が麻薬促進のテクニックだという説は、案外ウソではないのかもしれませんよ?

ベトナム戦争も、実は麻薬調達が目的であり、戦死した兵士の体内に隠して麻薬が持ち込まれていたんだそうです。そして、マスコミはウソばっかり! いかにも麻薬撲滅に成功したようなことを言いふらしている。マスコミには一切載らないけれども、麻薬は裏で、昔よりも多額の売り上げがあるらしいですよ。
http://iwayasynryo.sblo.jp/article/41302654.html

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タビストック人間関係研究所(Tavistock Institute of Human Relations)は、研究、コンサルティング及びプロフェッショナル・デベロップメントを行う非営利組織である。

タビストック人間関係研究所は、1947年9月にタビストック・クリニックのエリオット・ジャックスらによって正式に設立された。英国における精神分析理論の拠点の一つとしても知られている。精神病理学、臨床心理学の分野で著名なタビストック・クリニックは研究所の母体である。

エリオット・ジャックスは経営学の分野ではグレーシャー計画で知られる。


ジョン・コールマンらの下記関連書によると、次のようなものである。


タビストック人間関係研究所は、1922年(実質設立年)にイギリスに設立された研究機関。タビストック研究所とも呼ぶ。CFR(外交問題評議会)ないしロックフェラーの系列の機関であり、CIAとも協力関係にある。配下に多くの研究所、財団を持ち、アメリカ全体での資産規模は実質的には600 - 700億ドルに達する。

表向きは、人間管理、心理学等の研究所であるが、実質的にはロックフェラーと彼に追従するイギリス支配階級のための国際諜報機関である。

最終目的は、英米覇権維持のための国際的な大衆プロパガンダおよび完全な人間の心理コントロールの追求であり、その手段・技術の研究を行い、成果を実践することであり、現在に至るまで数多くの各種の大衆洗脳工作の実施に関与していると言わる。一説では、人間の行動制御も可能な技術を保持しており、それらはすでに諜報活動にて実地に応用されているとも言われ、目的のためには反社会的な手段の活用も辞さないとされる。 MKウルトラ、脳内音声兵器など。

20世紀後半のアメリカ社会文化の急激な変質と、世界各国の地域的文化と政治観念の変質破壊ないしアメリカ化は、同研究所の研究を利用して意図的に促進されたと言う。麻薬や同性愛をファッションとして流行させる作戦にもCIAなどとともに関与しているとされ、世界各国の大衆を音楽、薬物、婚外セックスによって政治的に麻痺させ体制迎合的に洗脳するという作戦目標は順調に達成されている。

またビートルズに始まる1960年代から1980年代までのイギリス製、アメリカ製ポップ・ソングの国際的流行は、同研究所の作戦のひとつであったとも言う。1990年代以降のアメリカ黒人音楽・ファッションの急激な一般大衆への浸透についても関与を疑われると言う。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%93%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%83%E3%82%AF%E4%BA%BA%E9%96%93%E9%96%A2%E4%BF%82%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80

●入念に仕組まれた陰謀「ビートルズ現象」の汚い共犯者エド・サリバン


 タヴィストック研究所がビートルズを合衆国に連れてきた時、ビートルズの後に続く事になる文化災害を誰も想像出来なかった。ビートルズは『水瓶座の陰謀』の絶対不可欠の一部分であった。この陰謀は生命をもった有機体で『人間イメージの変革』から発生したものである。

 ビートルズ現象は若者の旧社会制度に対する自発的な反抗ではない。そうではなくて、それは高度に破壊的で巧妙な要素を、むりやり変化させる目標とされた大きな個体群の中に、正体不明の陰謀団によって持ち込むという、入念に仕組まれた陰謀だったのである。

 新しい単語や言い回し??タヴィストック研究所によって作られた??が、ビートルズと一緒にアメリカに紹介された。音楽用語としての「ロック」や「ティーンエージャー」「クール」「ディスカバード(発見された)」それに「ポップミュージック」といった単語は麻薬の仲間入りを意味して、ビートルズの赴く所どこでも付いて廻り、「ティーンエージャー」によって「発見される」事になる偽装された暗号用語だったのである。

 因みに「ティーンエージャー」という言葉は、ビートルズがタヴィストック研究所のお陰で登場する直前まで使われた事はない。つまりこの現象も、ストリート・ギャング抗争の場合でと同じく、マスコミ、とりわけテレビ・ラジオの協力なしで何も成し遂げられなかっただろう。特に、口汚いエド・サリバンの協力は不可欠だった。彼は自分の果たすべき役割について謀略家共に前もってコーチを受けていた。溢れかえる程の報道に登場する事がなければ、リバプール出身のガラクタ連中と、その後に続く12音無調達様式[シェーンベルクが調和拘束性を断ち切る為に創案した無調音楽の一種]の”音楽”に大して注意を払う者はなかっただろう。

一二音無調様式は強勢の反復音からなり、テオドール・アドルノ[1903?69、フランクフルト学派の泰斗で、「否定弁証法」の思想家・ユダヤ系]によってディオニソス密儀及びパール神官の音楽から借用され、英国女王という事はつまり300人委員会のこの特別友人アドルノよって「現代的」風味を添えられたものであった。

 タヴィストック研究所とスタンフォード研究所は、「ロック音楽」とそのファンの周辺でその後広く使われる様になる誘発語を作った。誘発語が主として若い個体群に紛れもない新たな離脱を引き起こした。彼等は、社会工学と社会的調節剤によって、ビートルズこそ本当に自分達の大好きなグループなのだと言いくるめられたのである。「ロック音楽」との関連で考案された誘発語は全て、新たに目標にされた群、自由主義国の若者達を集団支配する為に構想されたものなのである。

 ビートルズは完璧な仕事をした。というより恐らく、タヴィストック研究所とスタンフォード研究所は完璧な仕事をしたと言う方が、もっと正確だろう。ビートルズは只「友人達からちょっとした手助けを借りて」??麻薬を使用し「クール」にやる為の暗号用語??訓練されたロボットの様に反応しただけである。

ビートルズは大いに目立つ「ニュータイプ」??別のタヴィストック用語??となり、かくして程なくこのグループは新しいスタイル(衣服や髪型や言葉遣いの流行)を作った。これには年上の年代は狼狽した。まさしく目論見通りであったのである。これはウィリス・ハーモンとその社会科学者及び遺伝子工学の鋳掛け屋共のチームによって練り上げられ実行に移された「乖離?不適応」過程の一部だったのである(この為にビートルズは女王から勲章を頂いたかもしれない。当時は世界的に有名になってレコード売り上げを貢献したからと聞いていたが!忍)。

 我々の社会でマスコミが果たした役割は、大きな個体群の洗脳を成功させる為に決定的であった。1966年にロサンゼルスでストリートギャング抗争が終息したのは、マスコミが取り上げなくなったからである。ロサンゼルスで今進行中のストリート・ギャング抗争の波にも同じ事が起こる筈である。マスコミの集中報道がトーンダウンし、それから完全に取り上げなくなると、ストリートギャング共は実を結ばずにしぼむだろう(そうとは限らない。後ろに後見の人がいれば、力は残っているだろう。只、マスコミが取り上げないと青少年の好奇心が無くなる事は事実だけど。言葉が知らなければ頭が浮かばないから。只、今現在は戦略的にマスコミが取り上げない問題が沢山ある。嘘の報道が戦略的に行っている!忍)。1966年の時の様に、事件は「燃え尽きて」しまうことになっている。ストリート・ギャング予備群は騒動を起こし、不安を醸成する目的に役立った事になるだろう。厳密に同じパターンが「ロック音楽」の場合にも起こるだろう。マスコミの関心を失って、結局は歴史に記載されるだけになるであろう。


●麻薬、ヒッピー、フラワーチルドレンとテオドール・アドルノ


 タヴィストック研究所の手で偶然に編成されたビートルズに続いて、英国製ロックグループが他にもやって来た。それらのグループは、ビートルズと同じく、テオドール・アドルノに異教的な歌詞を作詞してもらい、”音楽”の全てを作曲して貰った。

 歌詞とか音楽という美しい単語を「ビートルズ狂」との関連で使うのを私は遺憾に思う。というのも、「愛する人」という単語が如何に間違って使われているかを私に思い出させるからである。豚のエサの中で絡み合う二人のホモ(これは、不自然な性的な行為である。素直に女性を求めればよいのである。自然の法則は、+と?は引き合うが、+と+又は?と?は反発し合う。だから素直ではないと言っているのである。神の法はあく迄も一夫一婦制である。独身の人が、独身の異性を求めるのは悪ではない!忍)の不潔な行為を指すのに使われているのである。従って、「ロック」を音楽と呼ぶのは侮辱である。同じく「ロックの歌詞」に使われている言葉も侮辱である(音楽と歌詞とは、人間の感性を育てる物である。其処に悪魔が利用されるのである。殺人を善だと感じる感性(人殺し又は麻薬を使って廃人なるのを見るのを喜ぶ感性)を育てるにはどうすれば良いのかと考えて出来た音楽はやはり悪魔の音楽である。ロックの人達は麻薬との繋がりがあるので、保守派は警戒するのである!忍)。 

 タヴィストック研究所とスタンフォード研究所は、300人委員会に委託された作業の第2段階に乗り出した。この新段階はアメリカに社会変化を熱をかき立てた。

 ビートルズが自由主義国という舞台に登場した時と同じ様に、急速に「ビート世代」が登場した。それは社会を分離・分裂させる為に構想された誘発語である。マスコミは今度は「ビート世代」に関心を集中した。やはり、タヴィストック研究所が新造した単語がどこからともなく出て来た。「ビートニク」「ヒッピー」「フラワーチルドレン」が自由主義国語彙の一部となった。「ドロップアウト」して、汚いジーンズを着け、洗わない長髪で歩き回る事がはやった(意味不明。道徳はあく迄も心の問題で服装で判断する人は下に属する。社会に対して何を行うのかの方向性で判断する必要がある。あく迄も宇宙大自然との共存共栄の方向であるかどうか!忍)。かくて「ビート世代」はアメリカの本流から独立した。彼等は、先行のまだ清潔だったビートルズと同じくらい悪名高くなったのである。
 新たに作られたグループとその「ライフスタイル」が、自由主義国の若者を流行へと押し流した。自由主義国の若者は気付きさえしないで過激な変革を経験した。その間、年上の世代はなすすべもなく傍観した。危機の原因を割り出す事が出来ず、為に危機の現れに対して適応不良の態度で反応したのである。

 危機の現れとは、あらゆる種類の麻薬、マリファナ、そして後には、リゼルグ酸つまり「LSD」であった。LSDはスイスの製薬会社サンドスによって手軽に供給された。それは同社の化学者の一人アルバート・ホフマンが強力な精神変化薬である合成エルゴタミンの製法を発見した結果だったのである。300人委員会は、彼等の銀行の一つS・C・ウォーバーグを通じて同社のプロジェクトに融資した。そして藥は、哲学者オルダス・ハックスリー[1894? 1963、英国の小説家・批評家]によってアメリカに持ち込まれた。この新しい「特効薬」は直ちに「試作品(サンプル)」大の包みで配布され、合衆国中の大学のキャンパスやロックコンサートで無料で配給された。ロックコンサートは藥の使用を激増させる為の主要な手段となった。

 答を求めて大声で質される人がいるかもしれない??「麻薬取締局(DEA)は当時何をしていたのか?」と。だがDEAは、進行している事を知りながら何もするなと命令されていた事を示す有力な状況証拠がある。
 非常に多くの新しい英国ロックバンドが合衆国(自由主義国)にやって来るようになると、ロックコンサートはアメリカ(自由主義国)の若者の社交予定表で恒例行事と化した。これらのコンサートと連携して若者の間での麻薬使用は比例的に高まった。

 呪わしい狂気沙汰である調子外れの強勢ビートサウンドが聴く者の精神を麻痺させるので、彼等はやすやすとその気になって新薬を試した。「みんなやっている」という理由を付けて。仲間の集団の圧力は非常に強力な武器である。「新しい文化」はお先棒かつぎのマスコミに最大限に取り上げられた。それには謀略家共の懐はただの一銭も痛まなかった。

 大勢の市民指導者や教会関係者の大いなる怒りが、この新しい熱狂に向けられた。しかし彼等のエネルギーは、進行する事態の結果に誤って振り向けられ、その原因には立ち向かわなかった。ロック熱を批判する者達も禁酒法時代[1920〜33年]に犯されたと同じ過ちを繰り返した。彼等は法執行機関や教師、両親、誰でも彼でも非難したのである。但し謀略家(一番の原因である)共を除いて。 

http://ameblo.jp/syuugyousya/entry-10088505980.html


支配階級が被支配階級をコントロールするには、洗脳することがもっとも有効な手段です。英米はそのために大衆プロパガンダ、人間心理コントロールの技術の研究を行い、実際その研究成果を実施してきたと言われています。

簡単に言うとモノを考えない人間を作ることです。

20世紀に入ると米国では麻薬、同性愛、音楽、セックスをファッション化し、脳を麻痺させて支配階級に迎合させる作戦が実施され順調に達成させられたといわれています。

その作戦の一役を担ったのがビートルズとも言われています。

まずその手段のひとつがバックワード・マスキング手法です。

バックワード・マスキング手法は簡単に言うと「言葉の逆回し」です。

りんご→ごんり や しんぶんし→しんぶんし 同じかッ(笑)

バックワード・マスキング手法は、19世紀末に活躍した有名な黒魔術師のアイレスター・クロウリーによって広く知られるようになりました。

あのマイケル・ジャクソンもバックワード・マスキング手法を使っていたと言われますが、最も熱心にやっていたのがビートルでした。

その証拠に「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のジャケットにアイレスター・クローリーが登場しています。 上段の左から2人目の坊主頭の方です。この画像では分かりにくいので実際のジャケットでご確認下さい。

では、次に曲の中で実際に使われているバックワード・マスキングによるサブリミナルテクニックですが、


まずは「アビー・ロード」

アビー・ロードをよ〜く聞いているとなんと言っているか分からない箇所があります。その箇所を逆回しにすると「Let me out Let me out Let me out」と言っています。

また「レボリューションNo.9」という曲では「No.9、No.9」と繰り返している箇所がありますが、この部分を逆回しにしてみると「Turn me on dead man turn me on dead man」と言っているのが分かります。 アルバムを持っている方は要チェックです!

ジョン・レノンの声は「1/fのゆらぎ」という特殊な波動を持っていると言われています。日本人では美空ひばりさん、宇多田ヒカル、森本レオなどが有名です。 1/fのゆらぎとは、人に快感やヒーリング効果を与えると言われており、自然界での具体事例は小川のせせらぎ、木漏れ日、蛍の光などが挙げられます。 このような状態になると人間はα波が出始め、催眠術にかかったのと同じ状態になります。この状態の時になにか指令が出たとすると簡単に洗脳されてしまうことは理にかなっています。

http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/447.html


序章 世界洗脳の手先ビートルズ

 ザ・ビートルズ。

 1964年、突如世界の舞台に飛び出し、一気にスターダムにのし上がったスーパー・アイドル。

 アメリカの人気番組、エド・サリヴァン・ショーへの出演をきっかけに、その人気は頂点に達した。
 世界中の若者がビートルズに熱狂し、彼らの虜となった。 そんなビートルズに対してデイヴィッド・ノーベルは、

 心理作戦を得意とする政治家が、ビートルズの音楽を利用して若者を催眠術にかけ、将来に計画されている破壊分子制御に従わせようとしている。

 この組織的計画の目的は、若い世代を、精神的には病める状態に、感情的には情緒不安定な状態にすることなのである。

と指摘している。 多くの人々は、あまりのビートルズの人気に対するひがみだと思って聞き流すかもしれない。

 しかし、彼の見解は正しかったのである。 実は、今から100年も昔にまとめられた『プロトコール』という文書にこう書かれてある。


第十三議定書

「彼らが自分で何かを考案せぬように、我々は享楽や、遊戯や、音楽や、性欲や、民衆倶楽部等の方面を煽って誘導しなければならない。これによって、大衆の頭を其の方へ外れさせねばならない」


 ビートルズに熱狂した若者たちは、自分たちの行動を旧社会制度に対する自発的な反抗だと考えていた。
 しかし、若者たちの行動は、世界を自分たちの意のままに動かす集団、「影の政府」によって、100年も前から計画されていたのである。

 「彼ら」の陰謀は成功し、音楽用語としての「ロック」や「ティーンエイジャー」、「クール」、「ポップ・ミュージック」といった新しい単語やいい回しがビートルズとともに世界に広められ、世界中の若者がその虜となった。

 その結果、若者たちは享楽的な生活に埋没し、「影の政府」の陰謀に立ち向かうどころか、「彼ら」の存在にすら気づくことはなかったのである。


 この陰謀の中核となったのが「影の政府」の下部組織であるタヴィストック研究所とスタンフォード研究所である。 タヴィストック研究所は、イギリスにある世界最大規模の洗脳研究施設である。

 このタヴィストック研究所が1946年、アメリカに設立したのがスタンフォード研究所である。

 ビートルズの音楽を作詞作曲したのも、彼らの一員である思想家、テオドール・ヴィーゼングルント・アドルノであった。 そして、エド・サリバンによって綿密にマスコミの使用法が検討され、電波に乗って全世界に報道されたのである。


 それでは、「影の政府」とは何ものなのか。そのヒントは、「彼ら」が作り上げたビートルズに隠されている。


 ビートルズのアルバム、"Sgt. Peppers Lonley Hearts Club Band"(サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド)のジャケットには、SF作家として有名な、H.G.ウェルズがいる。

 また、哲学者のオルダス・ハックスレー。

 このウェルズとハックスレーは、タヴィストック研究所やスタンフォード研究所を裏からコントロールする「影の政府」の一組織、「三百人委員会」のメンバーだったのである。


 さらに、推理小説作家として有名なエドガー・アラン・ポーは、「三百人委員会」に連なる秘密結社、フリーメーソンのメンバーである。 また、フリーメーソンの下部組織「黄金の暁(Golden Dawn)」に参入していた20世紀最大の黒魔術師、アレイスター・クロウリー。


 "Sgt. Peppers Lonley Hearts Club Band"のジャケットは、今まで闇の世界から歴史を動かしてきた「影の政府」が、いよいよ表の舞台に躍り出るという宣言だったのである。

 それでは、「影の政府」の目的とは何か。

 それは、ビートルズのメンバー、ジョン・レノンの“イマジン”にみることができる。


  想像してごらん、国なんかないと
  それに宗教もないと  ("Imagine") 


 この"イマジン"は、若者の間で圧倒的な支持を受けた。 現在でも争いを産み出す原因である国家や宗教を糾弾する反体制、反戦争のシンボルとして歌われ続けている。

 しかし、真実は異なる。

「影の政府」こそが近代におけるあらゆる戦争や飢餓を引き起こしてきたのであり、あらゆる国家は「彼ら」に操られてきたのである。


 そして今、「影の政府」は、若者たちに国家や宗教を破壊させようとしている。
 その後に、「影の政府」の意のままになる超管理社会、統一世界政府を樹立しようともくろんでいるのである。
 このイマジンは、そんな「彼ら」の情報操作の一環だったのである。
http://rerundata.net/aum7/2/oz2/oz200.html


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●ビートルズはドラッグの伝導者?(EJ第400号)2008年02月25日

 
 さて、みなさんは、ロックの元祖的存在は誰だとお思いになりますか。実は、ロックの起源については諸説があり、はっきりしていないのです。 ロック音楽が音楽市場で日の目を見たのは1950年代とされており、この説が正しいとすると、その元祖は、エルヴィス・プレスリーということになります。

そうです。あのロックン・ロールがロックの元祖的存在なのです。

 プレスリーの名前を世界的に広めたのは、当時の米国の超人気番組「エド・サリバン・ショー」への出演なのです。プレスリー以前のロックは、ジャズ、黒人霊歌、カントリー・ウェスタン、リズム・アンド・ブルースなど既成の音楽の混合物のようなものであり、典型的な演奏スタイルというものはなかったのです。 エルヴィス・プレスリー、ビル・ヘイリーによって火のついたロックン・ロールは、その後、リトル・リチャード、ビル・ハーレ、チャック・ベリーという強烈なロックン・ローラーを生むことになります。 そして、1963年になると、英国でビートルズが登場し、その後すぐにローリング・ストーンが現れます。この両者は、ロックの2大バンドとして君臨します。そして、やがてアニマルズが頭角を現して三番手につけるのです。

 さて、本来「ロック」という言葉は「ロックン・ロール」を略した言葉なのですが、ビートルズにより代表されるロックとプレスリーによって代表されるロックン・ロールとは、次第に音楽的に内容が変化して行ったのです。

 ごく大まかにいってしまうと、ロックン・ロールはビートルズが登場する1964年以前のものであり、ロックはビートルズ以降のものを指すことになります。 そして、ロックは、次のようなさまざまな音楽形式を持つ音楽として確立していくことになるのです。

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       1.ハード・ロック  7.クラシカル・ハード・ロック
       2.ヘビーメタル   8.スラッシュ・メタル
       3.パンク・ロック  9.スピード・メタル
       4.デス・ロック  10.ブラック・メタル
       5.神秘ロック   11.グランジ・ロック
       6.デス・メタル

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 ロックの元祖ビートルズも、1964年2月にエド・サリバン・ショーに出演したのですが、日曜夜のゴールデン・アワーの時間帯で94%という驚異的な視聴率を獲得したのです。世界は、これをキッカケにして、空前絶後のビートルズ・ブームに突入していくのです。

 この時代の米国は社会的混迷期に当り、ケネディ大統領、キング牧師の暗殺事件をはじめ、それにベトナム戦争の泥沼化が加わり従来の価値観を崩壊させる泥沼の時代になっていったのです。 そして、ベトナム敗退、経済不況、失業者の増大と続くなかでその時代を担っていたのは、ヒッピーを中心とした若者でしたが彼らは、マリファナ、LSD、麻薬などと結びつき、サイケデリック革命なども起こったのです。

 そういう若者のあいだに芽生えた感覚主義は、実存主義、コミューン思想、社会主義、神秘主義などに受け継がれ、その中でとくに神秘主義は根強く浸透していくことになります。心霊術、超能力、超心理学、東洋神秘思想、宇宙との交信術、占星術、魔術古代、宗教など多岐にわたり、それがひとつの宗教のようなかたちになっていったのです。ビートルズが登場したのは、そうした時代の変動期のはじまりであり、“毒”を含んだ新しい時代の幕開けだったのです。

 こうした時代を背景として、ロック・ミュージックは、自らのアイデンティティを求めて強烈な自己主張を行い、それは精神の広がりもたらすドラック(幻覚剤)と結びついていくのです。 ロック・フェスティバルというと、一見宗教的なシンボルやコスチューム、荒々しく陶酔を誘う強いビートと旋律、ドラックの使用、狂乱的なダンスがつきもの・・。これは、参加者にひとときの精神の解放、浄化作用をもたらす効果があったといえます。

 興味のある話があります。プロテスタントのある宣教師は、クリスチャンに改宗した原住民たちにロックを聞かせてみたところ

「これは悪霊を呼び出す音楽である」

といったといいます。彼らは、以前、自分たちが暗闇の悪魔的霊界と接触するときに使ったサイキックな刺激と同じものをロック・ミュージックの中に感じ取ったというのです。

 さて、1960年代後半のドラックといえばLSDです。これを世界中の若者たちに奨励し、それを浸透させる推進力になったのはビートルズであるという説があります。

 「そんな、馬鹿な!」という人がいるかも知れませんが、ビートルズの曲の歌詞をていねいに読むと、それを否定できなくなります。ほとんどの人は、歌詞なんて聞いていないし、注目していないと思います。

          


●トゥモロー・ネバー・ノウズ(EJ第401号)2008年02月26日


 ロックの話をはじめています。その1回目の昨日、ビートルズはLSDの奨励をしていると書きました。ビートルズはある意味ではドラッグ文化の予言者であり、ドラッグ賛美のアーティストなのです。それは、ビートルズの曲の歌詞に色濃くあらわれています。例をあげてみましょう。

 ビートルズの「トゥモロー・ネバー・ノウズ」という曲を知っていますか。

Tomorrow Never Knows
http://www.youtube.com/watch?v=rTMOSCh7aJU
http://www.nicovideo.jp/watch/sm16253864


 この歌の前半には、次のような歌詞があります。

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      「肩の力を抜いて無心になり、気持ちを鎮めてごらん
      それは死ではない それは死ではない
      何も考えず 虚無に身をまかせてごらん それは輝いている
      内なるものも意味がおのずと見えてくるかも知れない
      それは確かな存在 確かな存在」
                (「ビートルズ全詩集」内田久美子訳)
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 この曲は、LSDの感覚的な世界を歌ったもので、巧妙に精神世界を歌っているように作られていますが、実はドラッグを啓蒙した曲なのです。

 この曲の歌詞は、ティモシー・リアリー著の『チベットの死者の書』から取られています。この本は、LSDを服用することによって精神的に啓蒙されることを説いたハンドブックなのです。

 この本の著者であるティモシー・リアリーは、LSDなどのドラッグを精神拡張の物質として信奉しており、これによってバッドトリップしないためには、ここを暗唱しなさいと説いている部分が本の中にあるのですが、その部分が「トゥモロー・ネバー・ノウズ」の歌詞として使われているのです。ですから、明らかにこの歌は、ドラッグを奨励している歌であるといってよいと思います。

 この本には、なぜドラッグを使うのかが書かれています。それは、物質第一の世の中から超越した価値観を得ることであるというのです。つまり、時間というものが機械的にどんどん経過していくという物理的な考え方から逃れ、西欧的なゲーム、すなわちお金というものの不遜さからも逃れ、安定的な精神的領域を得たいという価値観です。

 ジョン・レノンは、自らが追い求めていた超越の幸福感をこの曲で音色に出すことに成功しています。そこにいたるまで、彼がどれだけドラッグによってバッドトリップを経験したか、それは誰にも分かりませんが、彼がドラッグの常習者であったことは、明らかなのです。

 この歌は、音的な色とイメージをコラージュするために非常に手のこんだことをしています。それは、テープを操作することでギター・ソロを逆回転させているのです。これは、時間の流れを逆回転させて、ただよう流れの中にいる自分を表現しているのだそうです。そしてジョンの歌い方は感情を排して、原始的なサウンドを目指しています。

 それは、超越の境地に聴き手を導こうとしているように思われます。ドラッグ体験者でないとわかりませんが、この超越の境地は、ドラッグ服用初期の曖昧模糊とした恍惚感をあらわしていると思われます。そして、もうひとつの現実として、ジョンは次のような世界を歌っているのです。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      「愛こそすべて、愛こそすべての人々
      それが目覚め、目覚め
      無知と憎しみが死者をいたむこともある
      それが信ずること、信じること
      でも、夢の色に耳をすましてごらん
      それは生きることじゃない、生きることじゃない
      それともゲームの本質を最後までとことんプレイしてごらん
      何かがはじまる最後まで
      はじまりの最後まで」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 とにかく一風変わった曲なのですが、一度聴いて見ていただきたいと思います。現在ビートルズの曲は、全曲CD化されており、CDショップで求めることができます。

 さて、ビートルズはそうではありませんが、一般的にロックというと、その衣装・風体は実に異常であり異様です。これは何に通じるかというと、サタン、つまりサタニズムに通じるのです。そして、このサタニズムとドラッグは、昔から密接に結びついているのです。

 マヤ文明では、ペヨーテなどの幻覚剤を使って、生け贄を捧げる宗教的儀式を行っていたのです。また、古代の神官たちは、ドクニンジン、ヒヨス、アヘン、ベラドンナなどの麻薬の恍惚感のうちに霊との交信を行って“神託”を述べ、ときとして身体を傷つけたりしています。

 ロックのコンサートは、この神官の儀式に非常に似ているところがあるのです。ですから、これとドラッグが結びつき、そこに悪霊が入り込んできても少しも不思議はないのです。

 聖書には「魔術」ということばがよく出てきます。これは原典のギリシャ語では「フェルマキア」英語の「ファーマシイ」「薬局」の語源はこれなのです。つまり「魔術」とはドラッグを意味し、魔術とドラッグは同意語であり、つねに表裏一体の関係にあるのです。ですから、ロックがドラッグと結びつき、それがサタニズムと関連を深めても何ら不思議はないのです。

●ロック音楽は何を狙っているか(EJ第403号) 2008年02月28日


ビートルズには、LSDとはっきりと関わっている曲があります。それは、「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイヤモンド」という曲です。

http://il.youtube.com/watch?v=A7F2X3rSSCU&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=wk9cnEKsGBg&feature=related

 この曲は、LSDを服用して、幻覚のうちにジョンが作曲したものとされています。

「イエロー・サブマリン」が大人も歌える子供の歌であるのに対し、この歌は子供のことを歌った大人の歌であるといえます。とにかくこの歌は、題名それ自体の中にLSDという文字が隠されているのです。

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          ・      ・    ・
          LUCY IN THE SKY WITH DIAMOND
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 ビートルズでは、全員がドラッグを使っていたそうですが、とくにジョン・レノンが多く使っており、生き延びるために不可欠だったとの証言もあります。このように、1960年代後半、ドラッグはビートルズが先導役となって、ロックの世界に浸透し、ヒッピー運動とともに若者の間に広がっていったのです。

 EJでは、今年の2月頃に、あのノストラダムスの預言のフォローをやったことがあります。恐怖の大王が降ってくるはずの、1999年7月が何事もなく過ぎて、現在では、あの預言は結局的中しなかったとされているのですが、実はそうではなく、別の意味で的中していて、世の中は文字通りの破局に向かって目下進行中であるということを明らかにしました。実は、その進行中の重要な仕掛けの中にロック音楽が組み込まれているのです。いずれも、若者を対象としたもので、ひとつはゲームマシン、そしてもうひとつがロック音楽というわけです。

 事実について述べましょう。ノストラダムスのいう1999年7月のことですが、7月23日から3日間にわたって、ニューヨーク郊外のウッドストックで、ロック・フェスティバルが行われているのです。このウッドストックは、あのロックフェラーの所有地であるとのことです。

 大会のタイトルは、「ウッドストック99/ワン・ワールド」というのです。注目すべきは、この「ONE WORLD」 ということばです。これは「世界政府」という意味であり、場所がフリーメイソンにゆかりのロックフェラーの所有地であるところから、この「ONE WORLD」は、 フリーメイソンの目標である「世界政府の設立」という意味にとれるのです。

 ウッドストック・フェスティバルといえば、30年前にも同じ場所で行われているのです。これは、ロック史上に燦然と輝くコンサートとなり、自由と解放という名のもとに、ロック界にサタニズム(悪魔主義)が定着したイベントになったといわれているのです。この大会では、ドラッグがハード・ロックのリズムの中で謳歌され、3日3晩、40万人の人々がこの饗宴に参加したといわれています。

 この7月23日から3日間行われた「ウッドストック99/ワン・ワールド」を皮切りに、この種のロック・フェスティバルは世界中で行われることになっており、もちろん日本でもそれは行われています。1999年8月7日〜8日の2日間、富士急ハイランドで開催された「フジ・ロック・フェスティバル99」がそれです。このときは、米国からゲストとして、マリリン・マンソンが出演しているのです。


 こういうロック・フェスティバルでは、何が行われているのでしょうか。それは、とても音楽のコンサートとは思えないほど異常なものです。

 ロックは、心臓の鼓動の持つ自然なリズムと全く逆のリズムをとるため、聴く者の内蔵を打ち、繰り返しの反復によって脳にそれが叩き込まれるのです。 人間が苦痛を感ずる音量は約100デジベルからであるといわれます。ロックコンサートにおけるエレキギターの音は約190デジベルもあるので、苦痛に感ずるほどうるさい音なのです。

 絶えず激しく律動するビートは、高いボリュームで長時間続けられると、いつしか催眠術的な効果が生じてきます。どうしてかというと、神経組織が高音で繰り返し襲われるので、通常の聴覚がマヒしてしまうからです。そうすると超越瞑想のようになって、音楽が醸し出すイメージと歌詞のメッセージに対する深い被暗示性が生まれてくるのです。

 こういう状態になると、音楽という催眠術がかかりやすくなるので、それによって人を操ることは簡単にできます。ビートはただの騒音ではなく、精神を虜にするリズムとなり、観客は心身ともに魅了し、ロボットになるまでそのリズムで操作することができるのです。

 この状態になると、人々は音楽の持つメッセージとイメージをまともに受け入れてしまいます。その場に、目もくらむようなレーザー光線やスクリーンに映し出されるデモーニッシュな映像があれば、乾いた土が水をまたたく間に吸収するように心の中にしみ込んでしまうのです。

 ここにサタニズムが入り込んでくるのです。ロック・ミュージシャンのあの異様な服装や行動は、こういうことと無関係ではありません。ロック・グループの中には、公然とサタン礼拝を打ち出しているものもあるのです。
 

●『ヘイ、ジュード』の謎を解く(EJ第402号)2008年02月27日

The Beatles-Hey Jude

http://www.youtube.com/watch?v=clZLEM7By2A&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=aueurQ1t31Y&feature=related
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1589954
http://www.nicovideo.jp/watch/sm4526252

Hey Jude -- by Marta Kubišová
http://www.youtube.com/watch?v=g9QLFJKqaMw
http://www.youtube.com/watch?v=SfU5wdoBpGM

「ヘイ、ジュード」はポール・マッカートニーの作品であり、1966年のシングル・レコードのナンバー・ワンとなった大ヒット曲です。 この曲にはいくつかの謎があります。昨日お話しした「トゥモロー・ネヴァー・ノウズ」はドラッグを賞賛していることは確かなのですが「ヘイ、ジュード」についてはどちらともいえないとする評論家が多いようです。

 まず、「ジュード」とは何でしょうか。

 「ジュード」とは英語読みですが、ラテン語に直すと「ユダ」になります。ウィルソン・ブライアン・キイ教授の著書『メディア・レイプ』によるとこの歌の「ジュード」は間違いなくキリストを裏切ったあのユダであるといっています。この件については、同教授の専門である「サブリミナル理論」とともに号を改めて取り上げる予定です。

 つまり、ここでいう「ジュード」とは、中毒になるまでは友達のフリをし、中毒者になってから初めて裏切られたことがわかるヘロイン(ドラッグ)を象徴していると主張する研究家がいるのです。何はともあれ、歌詞を見ていきましょう。 この歌の前半の歌詞は次のようになっています。

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      「ジュード!そんなにくよくよするなよ
      悲しい歌でも気分ひとつで明るくもなるさ
      あの娘をきみの心の中に受け入れるんだ
      そうすれば、また楽しい日々がやってくる

      ジュード!尻ごみしていちゃダメさ
      あの娘を手に入れられるのはきみだけだぜ
      あの娘をその腕で抱きしめるだけでいい
      その瞬間から、きみの世界は明るくなる」
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 これだけを見ると、何かで落ち込んでいる男を親友が励ましている歌にとれます。ビートルズの評論家によると、この曲はジョン・レノンが前妻シンシアと離婚が決まった頃の作品であり、時期的にポールがジョンを励ますための歌ととることができます。 

そうすると、ジュードはジョンのことであり、歌の中で歌われている「娘」とは、オノ・ヨーコのことになります。しかし、そうとらないで、ここでいう「娘」はヘロインのことであると主張する研究家がいるのです。確かに、そのことを頭において歌詞を読んで見ると、そのようにも取れるのです。


 歌詞の「あの娘をその腕で抱きしめるだけでいい」という部分は、次の英語になっていますが、何となく注射器を肌に刺すというという雰囲気があります。


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       The minute you let her under your skin.
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 とくにこの歌の後半部分には、意味のとりにくい次のフレーズが出てくるのです。

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       A.So let out and let it in.
       B.You are waiting for someone to perform with.
       C.The movement you need is on your shoulder.
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 Aについては、「それを外に出して、それを中に入れる」という意味もドラッグを連想させるといえるし、Bは「君は相手役を探しているのさ」と訳してありますが、「パフォーム」は麻薬の「トリップ」と同意義という説もあります。そうすると、

「一緒にパフォームしてくれる人を待っている」

というぜんぜん違う意味になってしまいます。

 何よりも意味不明なのはCです。訳では、

「君に必要な行動はきみの肩にかかっている」

となっているのですが、かなり苦しい訳であるといってよいと思います。 実は、このCのフレーズについては、ポールの著書に次の記述があるので、ご紹介しましょう。

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『ジョンとヨーコに(「ヘイ、ジュード」を)聞かせたのを覚えている。で、ぼくは

「この歌詞はいずれちゃんとするつもりだけどね」っていったんだ。

「The movement you need is on your shoulder.」
(「君に必要な行動はきみの肩にかかっている」)

というところがあって、ジョンは

「そこ最高だよ!」

っていうんだ。で、ぼくは

「おかしいよ、ぜんぜん意味が通じないもの」

っていったんだ。そしたら彼は

「そんなことない。通じるよ。最高だ」ってね』。

(ポール・マッカートニー著『ポール・マッカートニー/ヒズ・オウン・ワーズ』P23)

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 ポール本人が書いているのですから、これが本当だとは思いますが、これは「注射を刺す場所(肩)」のことをいっているという説があるのです。いまこのようにいうと、いかにも異様ですがビートルズにまつわるいろいろな話を総合すると、いちがいに否定できなくなってしまうのです。
 

●再びヘイ・ジュードについて(EJ第408号)2008年02月29日


 EJ402号について何本かご意見が寄せられています。402号では、ビートルズの「ヘイ・ジュード」についてお話ししたのですが、さすがビートルズについてはファンが多く、EJ402号で示した解釈について異論が出たのです。 ご指摘の内容は、

そもそも「ヘイ・ジュード」という曲は、ジョン・レノンと彼の前妻であるシンシアとの間に生まれたジュリアン・レノンを励ますためにポール・マッカートニーが作った曲ではないかというものです。

「ジュード」という名前は、ジュリアンのことであるというのです。 

ティム・ライリー著/岡山徹訳『ビートルズ全曲解説』によると、次のように書いてあります。


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『もともとこの曲は、ジョンとシンシアの間に生まれたジュリアン・レノンをある日、ポールが車で家に送るときに、彼をはげますために即興でつくった歌だった。ジョン夫妻は離婚が決まり、急に宙ぶらりんになった子供にたいして、ポールの思いやりは向けられている。歌詞が完成しないままで、彼はこの歌をもち込んでジョンに聞かせている』。

(ティム・ライリー著/岡山徹訳『ビートルズ全曲解説』P282)

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 この本の著者であるティム・ライリーは、1960年に生まれたピアニストであり作曲家ですが、現在はボストンのFM局WBURで音楽の解説者として活躍中です。 とくに、その著書『ビートルズ全曲解説』は419ページに及ぶ大著であり、ひとつずつの曲の解説は実に懇切であり、その曲が誕生するいきさつについても詳細です。とくに「ヘイ・ジュード」については、5ページ半を割いて詳しく解説しています。 

ですから、「ヘイ・ジュード」の生まれたいきさつも本当のことだと思います。しかし、歌詞の内容は子供のジュリアンを励ます内容とは考えられないのです。

 しかし、ビートルズ評論家の説とはぜんぜん別の角度からこの曲を取り上げているのは、ウィルソン・ブライアン・キイという教授なのです。キイ教授はサブリミナル(潜在意識)研究の第一人者であり、次の2つの本で独特のサブリミナルの研究成果を発表しているのです。題名が強烈なのでご存知の方もおられるのではないかと思います。


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       『メディア・セックス』
        ・W・B・キイ著、植島啓司訳 リブロボート刊
       『メディア・レイプ』
        ・W・B・キイ著、鈴木晶・入江良平訳 リブロボート刊
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 キイ教授は、『メディア・セックス』において、「サブリミナル・ロック」という章を設けて、ポピュラー音楽に仕掛けられているサブリミナル・テクニックについて解説しています。サブリミナル・メッセージは、比較的に単純な歌詞や音楽上のイリュージョンの中に隠されているとしています。

 キイ教授は、ビートルズについては、本来の歌詞の裏に別の意味が隠されているとして、次のように述べているのです。EJ402号で私が述べた説は、このキイ教授の説なのです。質問もありましたので、少し長くなりますが、本から引用します。


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『「レボルーション」は政治を題材により、ジョン・レノンによって歌われた。――彼はビートルズの中で象徴的な父親の役割を演じていた。そして、母親役がポール・マッカートニーで「ヘイ・ジュード」を歌い、苦悩からの逃避をドラッグという形で示し、スピリチュアルな支えとなった。

「ジュード」の2つの意味が、やはり象徴的に隠されている。

つまり、ジュードは、見せかけの友情のもとで、キリストを裏切ったユダを指示しているのだ。たしかにヘロインは、後に使用者を裏切って中毒にさせるまでは友達と思えるものである。

第二の可能性は、道徳的に乱れた社会で偽善的に生きるキリスト教徒たちに警告を発した使徒ジュードである。マッカートニーの心を惹く声は

「彼女をきみの心の中に入れなさい」

と歌うが「彼女」とはドラッグを意味し、「心」とはドラッグを血液中に循環させるポンプを指している――

そうすれば、「きみはもっとうまくやれるだろう」』。

(『メディア・セックス』W
      ・B・キイ著、植島啓司訳 P198、リブロボート刊)
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 この歌をポールがジョンに聞かせたとき、ジョンは

「あ、これはぼくのことだろ」

といったという記録があります。ポールはそれに対して

「いやあ、ぼく自身のことだよ」

といったそうです。しかし、歌詞から判断すればこれはジョンを指していると考えられます。 ジョンがヨーコにのめり込み、シンシアと離婚した時期に、ちょうどポールも長年付き合っていた恋人で女優のジェーン・アッシャーと別れているのです。したがって、ポールは「ぼくのことさ」と反論するのもわかるのですが・・・。


 さて、「ジュード」は英語読みですが、これをラテン語読みにすると「ユダ」になることは事実です。しかし、いくらなんでもこれはキイ教授の深読み過ぎでしょう。キイ教授のいいたいことは、ビートルズは、世界中のティーンエイジャーたちの間に幻覚を引き起こすドラッグを広めたということです。つまり、ドラッグの使用をポピュラーソングを通じて大衆に訴えるというということをやったのは、ビートルズをもってはじめとするとキイ教授はいうのです。

 ついでながら、キイ教授は、ポール・サイモンとアート・ガーファンクルの名作「明日にかける橋」についても、そういうサブリミナル・テクニックが使われているといっていますが、これについては、号を改めて取り上げることにします。
            

●バックワード・マスキングとは何か(EJ第409号)2008年03月03日


 アイレスター・クロウリーという人をご存知でしょうか。クロウリーは、19世紀末から今世紀にかけて活躍した高名な黒魔術師です。彼は、魔術的秘密結社「黄金の夜明け」団の後継者に選出されたのですが、そこから離反し、独自に「銀の星」という結社を作って、ありとあらゆる邪悪な黒ミサや黒魔術を行ったとされています。

 作家のサマセット・モームは、クロウリーをモデルにした小説『魔術師』の中で彼のことを次のように記述しています。


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『ウソつきで、みっともないほど大言壮語する男だったが、奇妙なのは、そのように豪語していたことを本当にやってのける こともあった、という点である』。
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 クロウリーは、多くの魔術書を書き残しており、現在の黒魔術に大きな影響を与えています。これらの魔術書の中に「バックワード」(ことばの逆回し)ということが書いてあるのです。

 クロウリーはひとびとに逆法則の実践を勧めたのです。反対に歩き、話し、考え、読むことを教育と称して盛んにやらせたのです。そして、未来を見るためには、レコードを逆回転させて聞くよう勧めています。なぜ、そんな馬鹿なことをするのかといわずにしばらく読んでいただきたいのです。クロウリーは魔術書に次のように書いています。


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       ・もし悪魔の力を欲しければバックワードを聞け!
       ・その者にバックワードの書き方を学ばせよ!
       ・フォノグラフ、レコードを逆回転で聞かせよ!
       ・その者に逆さまに話すことを実践させよ!
       ・その者に逆さまに読むことを実践させよ!
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 実はロック・ミュージシャンたちは、このクロウリーの魔術書の影響を受けて実践している者が多いのです。マイケル・ジャクソンなどもそれに影響されて、舞台上で若者に後歩きして歩くよう勧めています。中でもそれを最も熱心にやっていたのが、あのビートルズなのです。

 そんな馬鹿なというなかれ、「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のアルバムのジャケットの裏表紙にはわざわざクロウリーの顔を出しているほどなのです。このアルバムには多くの人が写っているのですが、左上から2番目にクロウリーの顔が出ています。

ビートルズの中でも、とくにジョン・レノンはクロウリーの魔術とオカルトに魅かれ、本棚にはその著書をずらりと並べていたほどであるといいます。


 さて、バックワードの話に戻りましょう。これは正確にいうとバックワード・マスキングというのです。これをサブリミナル・テクニックとして、ビートルズはレコードの宣伝・広告に活用しています。それが、当時全世界のビートルズ・ファンに衝撃を与えたポール・マッカートニー死亡説なのです。

 「ポールが死んだらしい」という噂が全世界に広まったことがあります。確かに、当時ポールは人前に姿を現していなかったので、新聞もポールの生死を問う見出しを掲げたものです。

 「マジカル・ミステリー・ツァー」というEPに収録されている「ストロベリー・フィールズ・フォー・エバー」という曲の最後の部分に聞き取りにくい部分があります。何といっているか分からないのですが、注意深く再生して見ると「俺はポールを埋葬した」とつぶやいているのです。

 1969年に出た「アビー・ロード」とLPのジャケットは少し変わっています。そこには、イギリスのアビー・ロードの横断歩道を歩いているビートルズの4人の写真が写っているのですがなぜか、ポール・マッカートニーだけが裸足なのです。

 バックの風景の左側にフォルクスワーゲンが写っています。そのナンバープレートをよく見ると、「28IF」とあります。ナンバープレートまでは読み取れないと思いますが、添付ファイルにジャケットの写真をつけておきます。

 このナンバープレート「28IF」は「もし、ポールが生きていれば28歳だった」という意味なのです。さらに、この「アビーロード」の曲の中には、意味不明の音が入っているのですがこの部分を逆回ししてみると、次のような地の底から響いてくるような弱々しい声が聞こえてくるのです。


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      「Let me out、Let me out、Let me out…」
      「出してくれ!出してくれ!出してくれ!」
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と墓の底から叫んでいるような声が聞こえるのです。

 また、「ホワイト・アルバム」のアルバムに入っている「レボリューションNo.9」では、 えんえんと「ナンバーナイン、ナンバーナイン・・・・」という気味のわるい声で繰り返している部分があります。実は、ここにバックワード・マスキングが使われているのです。

 この部分を逆回転して聞いてみると、地の底から噴き出すような声で次のようにいっているのです。

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      Turn me on,dead man,turn me on,dead man…
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 これは「死人を生き返らせてくれ!」といっているのです。また、同じ「ホワイト・アルバム」の中の「アイム・ソー・タイアード」の中にも同じような部分があるのですが、省略します。

 これは、噂が噂を呼んで、大変な話題となり、ビートルズのアルバムはめちゃくちゃに売れたのです。問題は、これがアルバムを売るためのテクニックではなく、自分たちが予言者であることを誇示していることです。実際に、ビートルズは当時のサタニストやオカルティストに一目置かれていたことは事実なのです。
                 

●ロックに潜むサブリミナル(EJ第410号)2008年03月04日


そもそもサブリミナルとは、意識と潜在意識の境界線の領域を意味するのです。たとえば、夜寝るとき私たちはいつ眠ったか覚えていませんね。そのあいまいな境界線を「識閾(しきいき)」と呼び、サブリミナルとは、その「識閾下」のことをいうのです。

 サブリミナルというと必ず出てくる有名な話があります。米国のニュージャージー州の映画館の話です。その映画館ではそのとき「ピクニック」という映画を上映していました。あのウイリアム・ホールデンが主演をした名画です。

 映画は1秒間に24コマ動くのですが、5秒ごとに、「ポップコーンを食べよう」と「コカコーラを飲もう」という文字のスライドをはさんでこの映画を見せたのです。もちろんこれらの文字のスライドは人間の目には見えず、ただ「ピクニック」のシーンが展開されていくだけなのですが、無意識下ではそのスライドを読み取っているのです。

 この映画は6週間上映され、45000人の観客が見たのだそうですが、その間ポップコーンが58%、コカコーラが18%の売上増になったというのです。映画の間中無意識下に「ポップコーンを食べよう」と「コカコーラを飲もう」と働きかけられた結果本当にポップコーンを食べ、コカコーラを飲みたくなった人が大勢いるということになります。

 これは視覚によるサブリミナル効果ですが、いまEJで問題にしているのは、聴覚によるサブリミナルです。聴覚のサブリミナル技術のことを、「サイコ・アコースティック」といいます。

 ホラー映画というのはかなりどぎつい細工をしているといわれます。映画「エクソシスト」では、殺される豚の叫び声を音楽に挿入し、そのサブリミナル技術によって人々を恐怖に陥れているといわれます。ホラー映画を音声を消して映像だけで見てごらんなさい。ぜんぜん怖くないのです。音がいかに人々を恐怖に陥れるかの証明といえます。

 このサイコ・アコースティックは生理反応にも敏感です。ある科学実験では、「気をつけろ!大変だ!」というパニックした声を1万4000キロヘルツに変調して人間に聞かせたのです。1万4000キロヘルツといえば、聞こえる音は「キーン」という響きだけで内容は聞き取れないのです。

 ところがこの音を人間に聞かせると、人が驚いたときに反応するGSR(皮膚電流)の数値が高くなるのです。聞こえるのは「キーン」という音だけですが、識閾下ではその意味をちゃんと読み取っているのです。

 これを発展させたものが「サブリミナル・マスキング」です。これは、ある音を他の音の音量や周波数を調節することによって覆い隠してしまうことをいいます。あるデパートでこれを使って万引きを防止することを目的とした実験をやりました。

 まず、「私は正直です。不正なことはしません」とか「盗みは不正な行為です。私は絶対にいたしません」といったメッセージを録音します。これを音量や周波数を調節してBGMの中にマスキングします。つまり、ちょっと聞いた感じでは普通のBGMなのですが、サブリミナルに働きかけるメッセージが巧みにマスキングされているのです。

 これを9ヶ月間にわたって実験した米国東海岸のデパート6店舗では、万引きと窃盗が37.5%減少し、約1億円以上の損失を防ぐことができたというのです。これは、サブリミナル・マスキングがよい方に使われた例です。

 ロック音楽には、サブリミナル・マスキングがよくない目的で使われているといわれているのです。ロック音楽の音が異常に高いのは、このサブリミナル・マスキングをやっているせいであるという説もあります。昨日のEJでお話したバックワードというのは、高度なサブリミナル・マスキングなのです。

 「ドッグ・イズ・ナタス」という歌詞があったとします。何の意味かわかりませんがこれが何回も繰り返されるとします。そうすると、意味不明のままその歌詞を覚えてしまうことになります。これを英語で書いてみましょう。


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          DOG IS NATAS.  →  SATAN IS GOD.
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 「ドッグ・イズ・ナタス」は、逆回転すると「サタンは神である」という意味になります。これがバックワード・マスキングです。これが一般に知られるようになったのは1982年のことです。CBSニュースでキャスターのダン・ラザーが「ロック・スターたちは、レコードや歌の中に、逆さに潜在的にサタンの情報を伝えることによって、彼らのメッセージを広め、サタンを崇拝している」として、テレビでそれを実験して見せてからです。

 実は、そのときダン・ラザーは、例の DOG IS NATAS. を紹介したのです。これはジム・ダンデイ・マングルムが、「電灯がアルカンサスにやってきたとき」という曲の中で、しゃっくりのような声を立てて「ナタス、ナタス」と歌うのです。そして「ヘカテ」と呼びかけます。このヘカテは、地上と冥府を支配する女神サタンのことです。

これらのワードを逆回転すると「サタン、サタンよ、彼は神である」となるのです。

 それでは、サタニストはなぜバックワードという手法を使うのでしょうか。それは、彼らは昔から神を冒とくする方法として、逆十字架、逆キリスト像など、すべてを逆さまにする方法をとってきたからです。冒とくと同時に反対にして地に向けることで「地獄を向く」とか「動物の本能に近づく」という意味を持たせ神聖なるものを逆方向に置き換えるのです。そうして、キリスト教の常識を覆そうとするのです。

 ロック音楽によって若者たちのマインドを麻痺させ、本人の知らない間に巧妙に悪魔崇拝にもっていき、気がついたときは魂を抜き取られ悪魔の奴隷になっている。これはもしかしたら、現在多発している17歳の犯罪と関係があるかも知れません。彼らは悪魔に魂を抜き取られているとしか思えないからです。
                   


●ハードロックとヘビー・メタル(EJ第411号)2008年03月05日


 今朝は次の展開のために、ロックの知識を少し覚えていただきたいと思います。 最初に覚えていただきたいのが「リフ」ということばです。例えば、ロック好きの若者は次のように「リフ」ということばを使います。


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       『リフがダセえと曲がパアなんだよな』
       『リフ自体はわるくないけど、サウンドがねぇ』
       『〜のリフは最高にイカしてるよな。イントロが流れるとブルっちまうぜ』
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 「リフ」というのは、イントロやエンディングなどに繰り返しあらわれる印象的なフレーズ・パータンのことです。要するに、クラシックやジャズのテーマに該当するものがシンプルなロックの場合、リフと考えてよいでしょう。 ロック・バンドにとって、このリフは重要であり、リフづくりのうまいバンドは人気が高く、カッコイイのです。キンクス、ストーンズ、ツェッペリン、パープル――これらのグループはリフづくりが巧みであり、歴史に残る名リフも数多く生み出しているのです。リフのポイントは「シンプルなカッコよさ」なのです。

 1960年代後半に英国を中心にあらわれた特徴のあるサウンドを持つロック・グループがあります。クリーム、ディープ・パープル、レッド・ツェッペリン、ブラック・サパス、ユーライア・ヒープなどがそうです。

 これらのグループは、ヘヴィなリフの反復と、曲の中間に登場する、やや長めのギター・ソロを特徴とする形式を持っているのですが、これらのグループが演奏するロックのことを「ハード・ロック」というのです。実は、サタンとの関わりが深いのは、このハード・ロックのグループになのです。

 1969年2月にレッド・ツェッペリンというグループが衝撃的にデビューします。このグループはハード・ロックですが、その作品の中に「天国への階段」というロック史上不朽の名作といわれる曲があるのです。


Led Zeppelin - Stairway To Heaven
http://www.nicovideo.jp/watch/sm7425701
http://www.nicovideo.jp/watch/sm5189246


 この曲は実はいわくのある曲で、その中には邪悪なメッセージが隠されていますし、バックワード・マスキングも施されているのです。これについては、いずれ詳しく述べます。

 このレッド・ツェッペリンがデビューした同じ年の8月に、ニューヨーク郊外のウッドストックで、40万人が集まって3日間にわたり、ロック・フェスティバルが行われたことは前にも述べましたね。この頃からロック・グループはサタンとの関わりを深めていくことになります。

 1970年2月13日の金曜日に、同じくハード・ロックのブラック・サパスというグループがデビューし、アルバム「黒い安息日」を発表して、魔術を曲の中に打ち出してきたのです。これと同時期に、ブラック・ウイドウズというグループが「サクリファイス」(生贄)というアルバムを発表したのですが、この頃にはドラッグと黒魔術は強く合体し、ハード・ロックの世界に定着していったのです。このブラック・サパスとブラック・ウイドウズはともに黒魔術を曲の中に取り入れたのですが、前者は精神的なものとして取り入れたのに対し、後者はイメージカラー的な演出面で黒魔術を活用したのです。


 このようにして、ハードロックの世界に悪魔主義は完全に入り込み、その精神を受け継ぐディープ・パープル、イーグルス、ジューダス・プリースト、シン・リジィ、スコーピオンズといったグループが次々と誕生してきたのです。

 この1970年代を過ぎて1980年代に入ると、ハード・ロックは、ヘビー・メタルに移行していきます。しかし、その間の一時期に「パンク・ロック」というのが流行します。 パンク・ロックというのは、体制に反発する音楽イデオロギーのことをいうのですが伝統の崩壊、秩序の破壊、既成社会への反抗の叫びをヒステリックに主張し、日常の欲求不満をすべて音楽にぶつけたものをいうのです。

 セックス・ピストルズ、クラッシュ、ダムド、チェルシーなどは、パンク・ロックグループですが、彼らはきわめて異常な風体をしていたのです。世紀末風のファッション鋲つきの皮ジャンにチェーン、髪は逆立てて極彩色に染め、死人のような青ざめたマスカラの隈どりといえば、ピンとくると思います。

 しかし、彼らに決定的に欠けていたのは演奏力であり、長時間のコンサートには耐えられなかったのです。時代の異端児としては注目されたものの、演奏レベルの低さに人気は長続きせず、当然の帰結として、出現の瞬発力と同じスピードで姿を消してしまうのです。しかし、あの奇妙な風体だけは、若干姿を変えて次のヘビー・メタルに受け継がれることになります。

 さて、ヘビー・メタルとは何でしょうか。

 ヘビー・メタルとは、そのサウンドを表現するものです。どういうことかというと、ギター・コードの激しく鳴り響く音がデトロイトの自動車工場で、鋼鉄から車の部品をプレスする流れ作業場の、耳をつんざくような騒音と似ているところから、そう命名されたのです。

 その特徴はといえば、研ぎすまされた粗野でストレートな表現力、他の追随を許さぬスピード感にあるといえます。そして、当然のことながら、より悪魔主義と一体になっていきます。

 アイアン・メディアン(鉄の少女)というグループは、悪魔の数字といわれる666を前面に打ち出した曲「獣を野に放て、666、ナンバー・オブ・ビースト」という曲を演奏し、悪魔主義運動を起こし、ヘビー・メタルの先頭に立ちます。

 そして、ヴェノム、サタン、デーモン、ウィッチファンド、エンジェルウィツチなどのバンドが誕生するのです。まるで、地下教団的な秘密組織みたいですね。こういうヘビー・メタルのファンの56%は17歳以下の青少年なのです。・・・
http://intec-j.seesaa.net/category/4751327-1.html

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/440.html#c6

[近代史3] アメリカ人には音楽は理解できない _ ジャズなんか音楽じゃない 中川隆
7. 中川隆[-10371] koaQ7Jey 2019年5月18日 18:01:01 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1948]

2019.01.15
支配層はショー・ビジネスを人心を操る重要な道具として使っている

 人心を操作する上でショー・ビジネスは重要な役割を果たしてきた。その影響力を西側の支配層が知ったのはベトナム戦争当時だろう。


 ベトナムでテト攻勢があった1968年当時、ローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズやミック・ジャガー、ビートルズのジョン・レノン、ドアーズのジム・モリソン、あるいはジミー・ヘンドリックスやジャニス・ジョプリンなどのロック・スターも戦争に反対する意思を示していた。


 こうした人々が戦争反対で連携した場合、支配層は侵略戦争の継続が困難になる可能性が高かったのだが、こうした支配層にとって幸運なことに、平和を訴えるスターたちは次々に死んでいく。


 例えば、レノンやヘンドリックスにグループを結成しようと持ちかけていたというジョーンズは1969年7月にプールで死亡(殺人の目撃証言がある)、その5ヶ月後にはオルタモントで音楽フェスティバルでローリング・ストーンズ演奏中にメレディス・ハンターという若者が銃を構えながらステージに登るという出来事もあった。


 1969年にはマフィアがヘンドリックスを誘拐、マネージャーになった元MI6(イギリスの対外情報局)マイク・ジェフリーが自身のマフィア人脈を使って救出したとされているが、ジェフリーが誘拐を計画したとも疑われている。ヘンドリックスを麻薬漬けにしたのはジェフリーだともいう。モリソンが変死した2ヶ月後、ヘンドリックスは問題のマネージャーを解雇、その翌日にヘンドリックスは死亡した。1970年には反戦コンサートへの参加を計画してジョプリンがヘロインの過剰摂取で死亡している。


 1970年代に活動を休止していたレノンは1976年にビートルズの再結成に向けて動き始め、1980年10月にはシングル曲「スターティング・オーバー」をまた、11月には「ダブル・ファンタジー」というアルバムを発表して本格的に音楽活動を再開させた。


 新曲を発表する前年、1979年12月にNATOは83年にパーシング2ミサイルをNATO加盟国に配備することを決定、核戦争を懸念する声が世界的に高まり、反戦/反核運動が盛り上がっていた。そのタイミングでレノンが復活することを支配層が恐怖したことは想像に難くない。レノンは1980年12月、マーク・チャップマンに射殺された。


 モリソンは別の側面でも注目されている。父親のジョージ・ステファン・モリソンはトンキン湾事件当時、アメリカ海軍の空母ボノム・リシャールの艦長としてそのトンキン湾にいたのだ。


 フランク・ザッパの父親、フランシス・ザッパが情報機関の仕事をしていたことも知られている。化学戦の専門家だったのである。


 親イスラエル派として有名なトニー・ブレアはイギリスの首相になる前、1994年1月に妻のチェリー・ブースとイスラエル政府の招待で同国を訪問、帰国して2カ月後にはロンドンのイスラエル大使館で富豪のマイケル・レビーを紹介された。その後、レビーはブレアの重要なスポンサーになる。


 そのレビーは音楽業界で成功した実業家。1960年代から70年代にかけて興行主として活動、マグネット・レコードを創設、後に会社を売って資産を築いている。


 ハリウッドや有力メディアと情報機関との関係は本ブログでも繰り返し書いてきたが、アメリカの音楽業界にも情報機関のネットワークが張り巡らされている。1977年にリリースされたイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」の中に「1969年からスピリッツはない」という歌詞がある。アメリカ音楽会の状況と理解することも可能だ。


 日本も似たような状況になっているだろう。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201901150000/


▲△▽▼


死の直前、ジョン・レノンは、プレイボーイ誌のインタビューに答えてこう言った。

「我々は、LSDのゆえにCIAと軍に感謝を忘れてはならない。彼らは、人々をコントロールするためにLSDを発明し、我々に自由を与えてくれた。LSDに関する政府の報告書を見てほしい…」

レノンは、さらに、ビートルズが薬物に関する心理的実験のモルモットにされていたことに気づいたと述べた。また、ビートルズやビートルマニア現象が、グローバリストの「社会操作と心理実験」の一つであることも示唆した。

・・・同じインタビューの中で、オノ・ヨーコは

「70年代に起こったことは、ナチズムのもとでユダヤ人家庭に起こったことと比較できると本当に思っている。彼らを引き離したのは外部からではなく、内部の力による。」

と述べた。
http://web.archive.org/web/20030805225305/members.shaw.ca/illuminaticonspiracy3/wkjl.html

Henry Makow Ph.Dによると、レノンは、ビートルズがタヴィストック研究所(ロスチャイルドやロックフェラーの資金提供により大衆心理操作について研究している)によって作られたと述べたという。

殺害される1週間前に、ジョン・レノンはニューヨークのラジオインタビュー(私は数回聴いた)で、次のように語った。すなわち、

ビートルズは、新しいパラダイムを作り出し、若者に伝統的な価値観を捨てさせ、セックス・麻薬・ロックに染まらせるためにタヴィストック研究所が作り出したものである、

と。ジョンは、もう隠れるのはやめて、秘密の計画全体を暴露するつもりだと述べた。

http://www.thebirdman.org/Index/Others/Others-Doc-ConspiracyTheory&NWO/+Doc-ConspiracyTheory-WhoAreTheNewWorldOrderlies/HitlerWasABritishAgent-HenryMakowReviewsGregHallettBook.htm

ジョン・レノンの暴露を恐れたグローバリストは、彼の殺害を決定したという。

この後、新世界秩序のトップであり、グローバリスト、CIA長官、タヴィストックの走狗、副大統領ジョージ・ブッシュ・シニアが、ニューヨークにおいてレノン暗殺を命じた。

http://web.archive.org/web/20030805225305/members.shaw.ca/illuminaticonspiracy3/wkjl.html

レノン暗殺は、マインドコントロールによる政府の間接殺害であるという。

犯人のマーク・チャップマンは、マインドコントロールにより殺害を誘導された。

情報公開法により開示された書類によれば、合衆国連邦政府の様々な部署が、数十年にわたってある技術の開発に関わっていたことが分かる。

その技術とは、無実の個人を秘密裏に操作することによって、ターゲットとなった人物を暗殺させる技術である。

http://web.archive.org/web/20030805225305/members.shaw.ca/illuminaticonspiracy3/wkjl.html

同じ手口は、ロナルド・レーガン大統領暗殺にも利用された。

レノン暗殺の数ヵ月後、新しく大統領になったロナルド・レーガンがジョン・ヒンクリーによって暗殺されかかった。

ジョンの父親デンバー・ヒンクリー(コロラド州)は、ジョージ・ブッシュ・シニア一家の非常に親しい個人的な友人であった。

レーガン暗殺未遂事件前の数週間、ヒンクリーはニューヨークの通りを歩いた。彼は、ジョン・レノン殺害前にマーク・チャップマンがたどったであろう足跡をできるだけ正確になぞろうとした。チャップマンもヒンクリーも暗殺後の逮捕時に、JDサリンジャーの小説『ライ麦畑でつかまえて』を携帯していた。

JDサリンジャーには、アメリカの諜報機関、とくにCIAとの間に長期間にわたって太いパイプがあった。

http://web.archive.org/web/20030805225305/members.shaw.ca/illuminaticonspiracy3/wkjl.html

ビートルズのニューエイジ運動により、世界は60年代を境に180度変わった。

ニューエイジ運動は、悪魔崇拝者グローバリストの計画によって生み出され、人々にキリスト教価値観を捨てさせ、悪魔を崇拝するように導いてきた。

このニューエイジの世界悪魔化計画を阻止するのは、クリスチャンの祈りと勇気ある行動である。


悪魔に立ち向かいなさい。そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げ去ります。(ヤコブ4・7)

http://tak0719.web.infoseek.co.jp/qanda3/83N1uMn6hqklk74283.htm


           _ -―´ ̄ ̄ ̄`ヽ、
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  r"      | |{i t    _     / | 組織の事を暴露しようとした
 (   =‐'  | | i} > 、___ヽノ_ ,ィ リ| l| | ジョン・レノンは呪われたものとなった
  ゝ-'     // i} / }-‐斤ヒl、__| l| |
    r、   //,,i} //}} l|》o《|! {{`lヽ
   __ゝ |i}^V'' __/  }}  ハ  {{ |
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ジョン・レノンが殺された意味 2007.05.14.Mon


ジョン・レノン・・・ビートルズを創ったロッカーであり、「イマジン」を代表とする音楽によって、オノ・ヨーコと共に世界中の人々に平和へのメッセージを送った彼であるが、ビートルズやその楽曲についてはよく知っていたとしても、我々はその死について一体どれだけのことを知っているのだろうか?・・・

1980年12月8日に一人の男によって射殺された事実は知っているだろう、しかしなぜ彼が殺されなければならなかったのか?、その「死」によって一体何がもたらされ、そこにどんな意味があったのか?・・・

アメリカという国の歴史や事件をリアルタイムで目撃し、より知るようになった今・・・例えば9・11の事件について様々な疑問が提示されているという事実を考え併せた時、あらためてジョン・レノンが殺された意味を考えると、そこには決して偶然ではない様々な「闇」が横たわっていることに気付く。

アメリカ史の中の暗殺事件、直ぐに思いつくのはJ・F・ケネディ、マルコムX、キング牧師・・・。彼らが標榜したものは政治的公正、社会的正義、人種差別撤廃、白人至上主義への対抗など・・・彼ら自身がその象徴であり、その一方でいわゆる「リベラル」とは逆の立場に位置する人たちの暗殺事件があまり思い浮かんでこないことを考えると、このバランスの悪さが単なる偶然ではないことは自明のことだと思う。さらに、先に挙げた暗殺事件のいずれもが、CIAやFBIの関与が噂されながら、真相がはっきりとはしていないのだ。

権力機構の謀略について、一般市民が想像もつかないようなことが日常茶飯事に行われているということは古今東西どこの国でも同じだろう。謀略を軽視したような論評は、単に表面的に提示されている事象を判断しているだけのことでしかなく、謀略があるところでは逆に表面的に提示された事象自体が意図されたものであり、逆の意味を持ちうるという認識が欠落している。事実に対して意図的な捏造を単純に提示するだけで、事実と虚飾とは同等に扱われ、事実の信憑性は理不尽にも半減してしまうというあまりにもシンプルなトリックがあるということを我々はよく認識すべきだ。大量破壊兵器が存在しているというイラク戦争の大義名分も実は捏造であった・・・注意深くニュースを追っていればそんな風説が堂々とマスコミで流されているという事実、意図された情報操作に気付くことであろう。それが「普通」なのだ。

ジョン・レノンの暗殺についても、犯人はジョン・レノンの熱狂的なファンであったとかいうような説が流れているが、それが事実に反することであるにも関わらず、流布された風説は今だに多くの人の固定観念に座り続けていたりする。

ジョン・レノンを殺害しなければならない・・そう犯人が確信していたことは分かる。

では何故、殺害の対象がジョン・レノンでなければならなかったのか・・・

その部分についてまったく「闇」の中と言ってよい。超大国アメリカには世界的な有名人はいくらでもいる(いた)だろうし、本当の意味での偽善者もいくらでもいる(いた)ことだろう。・・・しかし敢えてジョン・レノンは対象に選ばれた。ドラッグなどで命を落としたミュージシャンは数多くいるが、暗殺されたミュージシャンをどれだけ挙げることが出来るだろうか?そこには政治的な意図を持った明確な意志が存在していたと考えるほうが自然だと思うのだ・・・。


レノン・レジェンド ~ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・ジョン・レノン ジョン・レノン (2003/10/29)

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0000DCVE3/fc2blog06-22/ref=nosim/


このDVDを観て、「ジョン・レノンが殺された意味」をリアルに認識することとなった・・・

予想に反してかなり興味深く、衝撃的な内容であった。2003年に発売され、ジョンレノンの代表曲を並べた映像作品であるが、ジョン・レノンの生前の姿にはやはり感慨深いものを感じざるおえなかった。

自分がジョン・レノンの曲の中で一番好きな曲は「マインド・ゲーム」なのだが、その曲の映像に使われていたジョンのコミカルなダンスを観て、彼が死んでしまったことにはじめて悲しみを覚えた。自分の中でのジョン・レノンは、最初から既に殺されてしまった人であり、もっと世代が上の人たちのように、リアルタイムでビートルズやベトナム反戦運動、そしてジョン・レノンの死を体験してきたわけではなかったからだ。

イマジネーションあふれ、どこかノスタルジックでもある「マインド・ゲーム」をBGMに、野外ステージで一人でコミカルなダンスをするジョン。その姿を見て、ああ〜、彼は多くの人に本当に愛され、ウィットに富んだスターだったんだな〜と思わずにはいられなかった。それは哲学的な姿でもなく、反戦運動のリーダー的姿ででもなく、気難しい芸術家の姿でもなく、型にはまったミュージシャンの姿でもなく・・・観衆を楽しませようとする茶目っ気たっぷりなポップスターとして、何か驚くようなことをやってくれそうな庶民の期待の星として、あれだけ多くの人たちに愛されたのだとはじめて理解した。それゆえに彼が殺されてしまったという事実に泣けてきた。

●LENNON LEGEND 公式サイト
http://www.lennonlegend.com/


※サンプル映像はトップページの[ENTER]ボタンでFLASHのメニューを表示させ、その中から[THE DVD]を選択し、さらに[VIDEO PREVIEWS]を選択することで各曲のサンプル映像につながるリンク [High / Low] を表示することが出来る。

サンプル曲のトップには「Happy Xmas(War Is Over)」が掲載されていた。その映像を一番見てもらいたいと制作側が意図しているということだと思う。

イラク戦争が泥沼化し、犠牲者が増え続ける中、オノ・ヨーコ、そしてジョンレノンとともにベトナム反戦運動に関わった人たちは「ジョンが生きていれば・・・」そう思ったに違いない。ジョンが生きていれば間違いなくイラクから軍隊を撤退するよう行動を起こし、音楽を作り、街頭に出たことだろう。それはもう叶うことのない夢であった・・・。

しかしオノ・ヨーコ、そしてジョン・レノンの願いを受け継いでいった人たちはこのDVDによって、その叶うことのない夢を少しでも現実に近づけようとしたのではないかと思う。DVD収録の最期の曲「Give Peace A Chance」では、ベトナム戦争当時、街頭で反戦デモをする市民、そして学生たちの抗議集会、ニューヨークでも、ロスでも、シカゴでも、全米のいたるところで巻き起こった反戦デモの映像が取り上げられていた。

そしてその先頭で「Give Peace A Chance」を歌うジョン・レノンとオノ・ヨーコ。その映像を見ながら、「ああ〜ジョン・レノンが殺された意味ってそういうことだったんだな〜」と理解した・・・。

ジョン・レノンの死に関することをもっと詳しく知りたい・・・そう思ってまず読み始めたのがこの本だ。


誰がジョン・レノンを殺したか? (1990/10) フェントン ブレスラー
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4276234700/enurou-22/ref=nosim

この本を読んでいて興味深いところは、1980年にジョン・レノンが暗殺されるまでの数ヶ月の動き、共和党のレーガンが大統領に就任したこと、数年に渡る音楽活動停止から復活し、気力に満ちたジョンレノンが再びアルバムを出したことなど、なぜ事件が1980年12月に起こらなければならなかったのか、先に挙げた動きとの連動を想起させるところだ。

また、筆者は事件の犯人であるマーク・チャップマンについて、ジョン・レノンの熱心なファンでもなければ、マークがジョン・レノンだと思い込んでいた異常者でもなかったという事実を提示している。マークは何故ジョン・レノンを殺害しなければならなかったのか・・・その背景を探るのがこの本の主題であり、そのことについて筆者はマインド・コントロールの成果ではなかったかとの説を唱えている。 綿密な取材を行い、世間に流布されているこの事件に関するさまざまな誤りを一つ一つ指摘していく筆者の主張には説得力がある。ジョン・レノンが早い時期からFBIの監視対象となっていたことは周知の事実であり、彼のような主張と影響力を持った者であるならば米国では当然のごとく監視対象となることだろう。

http://enurou.blog96.fc2.com/blog-entry-57.html
http://enurou.blog96.fc2.com/blog-entry-56.html
http://enurou.blog96.fc2.com/blog-entry-53.html
http://enurou.blog96.fc2.com/blog-entry-54.html

ジョン・レノン暗殺に関する2冊目の本を読み終えた。

フィル・ストロングマン&アラン・パーカー著、小山景子訳の

『ジョン・レノン暗殺―アメリカの狂気に殺された男』
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AC%E3%83%8E%E3%83%B3%E6%9A%97%E6%AE%BA%E2%80%95%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%81%AE%E7%8B%82%E6%B0%97%E3%81%AB%E6%AE%BA%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E7%94%B7-%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AB-%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%9E%E3%83%B3/dp/4902800012

ジョン・F・ケネディ暗殺やロバート・F・ケネディ暗殺についての様々な矛盾点、暗殺と米国保守権力との関わり、そしてまたベトナム戦争でのソンミ虐殺事件、エルサルバドルでのアメリカ人修道女虐殺事件など、米国現代史における負の事件とその背景を指摘していった怒りの告発本ともいうべき内容だった。

ジョン・F・ケネディ、キング牧師、ロバート・F・ケネディ、ジョン・レノン、彼らはみんな名誉を傷つけられている。死人に口なしと言われるとおり、彼らが誰かを告訴することはもうできない以上、これほど無防備で狙いやすい標的もないだろう。我々は、汚いやり口の”暴露証言”にまんまと乗せられないよう用心すべきだし、暴露の仮面をかぶった卑劣な攻撃について、その情報源を徹底的に追求すべきだ。例えばイギリスでは、レノンの死とアメリカ情報関連機関とのつながりを初めて正面から論じた著作としてフェントン・ブレスラーの『誰がジョン・レノンを殺したか?』が出版された時、評論家のマイルズ・コープランドが大手新聞に、この本を目茶苦茶にこき下ろす記事を載せた。しかし、コープランドの父親がCIAの共同設立者の一人だったという重要な事実は、もちろんこの記事には一言も書かれていない。権力機関に関わる調査報道やノンフィクションに対する誹謗中傷を見たならば、その背景を注意深く考える必要がある。

・・・その『誰がジョン・レノンを殺したか?』について、最期までジョン・レノン暗殺にCIAが関与していたという直接的な証拠が提示されることはなかった。しかしジョン・レノンを殺したチャップマンについて、ビートルズマニアでも、ジョン・レノンマニアでもなかったこと、一匹オオカミでも精神的な異常者でもないということ、殺人の動機について説得力ある動機が何一つ提示されていないこと、ジョン・レノンを殺すまでのチャップマンの軌跡には、中東のベイルートに滞在して何らかの体験をしたり、共産圏を含めた世界一周の旅に出たりと、資金的な面を含めていくつもの不可解な点があるということ、そしてジョンを殺すため、わざわざハワイから飛行機に乗って二回もニューヨークへ来ており、二回目にニューヨークへ向かう際、シカゴに滞在したことが隠蔽されていたことなど、これまで世間一般に広まっていた諸説を否定する事実が記載されていた。

フェントン・ブレスラーは、チャップマンによるジョン・レノンの暗殺はCIAによるマインド・コントロールの結果ではなかったかと世に訴えたわけだが、その説は何も突拍子なく驚くような話ではないということを、いろいろ調べていくうちに知ることとなった。

本書は米国の「狂気」の現代史をつづるとともに、ビートルズ、そしてジョン・レノンの軌跡を時系列に従って追っていたものである。その中でもジョン・F・ケネディ暗殺、ロバート・F・ケネディ暗殺については、ジョン・レノン暗殺につながるエポック的な事件として、ストーリーの軸に据えられている。

この本は米国の現代史を解説することによって、フェントン・ブレスラー著『誰がジョン・レノンを殺したか?』を補完するような内容となっている。著者はジョン・レノン暗殺を・・・”CIAのMKウルトラという高度な戦略を完成させる最期の事件”・・・と仮説を立てている。MKウルトラとは1950年代に始まったCIAによるマインドコントロールの実験であり、そのような実験が実際に成され、犠牲者も出ていることは公式な記録として残っている。(以下参考サイト例)


●リンク:Wikipedia「Project MKULTRA」
http://en.wikipedia.org/wiki/MKULTRA


ロバート・F・ケネディ暗殺の犯人とされたサーハン・べシャラ・サーハンはマインドコントロールをかけられていた・・・など、本書は米国の影の歴史に免疫がない者にとってはかなり衝撃的な内容となっていると思うのだが、その中でも、自分が最も衝撃を受けたのはマインドコントロールに関する以下の記述であった。

1994年、メキシコの大統領候補コロシオが、”一匹狼”のアブルトという男に暗殺された。アブルトは、コロシオが自分に近づいて来るまで、彼を殺したいとは思わなかったと供述し、自分の心の中からコロシオを撃てと命令する声が聞こえたとも言った。警察署長は、アブルトが自分の自由意志だけで行動したはずはないと確信した。さらに、その日のガンマンはアブルトだけではなかったはずだと考えた。ところがアブルトが何者かに銃殺されて、警察の捜査は行き詰まった。メキシコ政府の公式調査委員会は、おそらくマインド・コントロールの専門家と共謀した暗殺者がコロシオを暗殺したと結論づけた。この殺人は陰謀によるものであり、この陰謀を強力に支援する存在があるようだが、メキシコ警察は真相を追究できないでいると報告した。

CIAのような諜報機関がマインドコントロールについて実験を重ねるというのは容易に想像がつくことではあるのだが、しかしメキシコとは言え、実際にマインドコントロールによって要人が殺害されたという、政府の公式記録があるというのには少なからず驚いた。マインドコントロールによる暗殺事件・・・何か突拍子もないことのように思えるが、突拍子もなく思うのは単にそう思う人が世界の現代史について無知であるからだ・・どうやら我々はそんなふうに言わざるおえないような状況の中で生きているのかもしれない。

このノンフィクションは、ジョン・レノン殺害の罪でアッティカ刑務所に服役しているマーク・チャップマンに対し、200時間を超えるインタビューを行い、加えてチャップマン夫人や関係者の証言をもとにして、レノン暗殺までのチャップマンの道のりを再現し、さらに服役中の彼について書かれたものだ。刊行は1992年とされている。

前述したフェントン・ブレスラーの『誰がジョン・レノンを殺したか?』などとは異なり、レノン殺害に関するCIAやFBIの関与については一切記載されてはいない。タイトルにあるとおり、本書の主役はあくまでチャップマンであり、彼の視点による犯行前後の状況、子供時代から歩んできた道のり、そして服役中の様子を描くことが目的となっている。この物語の中では、ジョン・レノンはあくまでも脇役に過ぎない。

では、そんなチャップマンの物語の中でレノン殺害の動機は一体どう描かれているのだろうか? その点に注目して本書を読み進めていったのだが・・・

レノンが殺害された1980年、ハワイでレノン殺害の計画を立てるまで、チャップマンの人生の中にレノンの名前が出てくることはほとんどなかった。子供時代に『ミート・ザ・ビートルズ』のアルバムを聴きながら、想像の産物である”リトル・ピープル”と楽しんだとか、「イマジン」の歌詞を変えて ”想像してみろ、ジョン・レノンが死んだならと”と替え歌を歌ったとかいう(かなり胡散臭い)エピソードぐらいではないだろうか。

そんなチャップマンが何故レノン殺害計画を立てるようになったのか・・・動機となりそうな話は1980年のホノルル市立図書館でのエピソードの中で突然登場してくる。当時何を探すでもなく図書館の本をランダムに読んでいたというチャップマンは、たまたまアンソニー・フォーセットの『愛と芸術 革命家ジョン・レノン』を手にしたという。その本を読み、「財産などないと想像してみろ」と歌っておきながら大金持ちの暮らしをしているレノンに対し、「いんちき(フォーニー)」として激しい憎しみを覚えたというのだ。

取って付けたようなエピソードが突然登場してくるわけだが、「いんちき(フォーニー)」と呼ばれる人は世に五万といるであろうが、何故憎しみの対象がジョン・レノンに特化されなければならなかったのか・・・その部分について辻褄の合う話はどこにも書かれていない。レノンの音楽に傾倒するあまり人生を狂わされてしまったというような具体的な事例が書かれているならまだしも、それどころかレノンのソロ時代のアルバムについてはどうやらその図書館で初めて聴いたような記述すらされているのだ(278P)。

つまり、1980年にホノルル市立図書館に行くまでレノンについて無知であったチャップマンが、レノンのことを「ぼくにとっては反体制の人であり、カウンターカルチャーの人であり、英雄だった人」と証言するのは余りにも矛盾に満ちている。逆の視点で見れば、この期間に、何らかの力によってレノンへの憎しみを植え付けられたとも見えるのだ。

チャップマンが「いんちき(フォーニー)」と感じた人であるなら、殺害の対象は誰でもよかったようにも思える。しかしその対象はあくまでもレノンであった。彼はそのために、妻を残し、母を残し、一人ハワイから飛行機に乗った。ニューヨークで弾丸が手に入らなかったことからアトランタまで出向き、再びニューヨークへ戻ったがそのままハワイへ帰ることとなる。そして執念深くも再びハワイからニューヨークへ出向き、ホテルに滞在し、根気強く何時間もレノンを待ち続け、その計画を果たすこととなった。・・・その動機から考えるにあまりに馬鹿げた話ではないか。


事件を起こした当時について、チャップマンは

”(自分自身が)まるで暴走列車で止めようがなかった”

とか、

”何者かになりかった”

とか、

”自分の中の「子供」の叫び声が大きくなって必死でやめさせようとした「大人」は姿をくらました”


とか、内面の分裂状態について述べている。期間的にも、資金的にも、簡単には実行できないであろう計画的犯行でありながらこの内面の矛盾は一体どう説明すればいいのだろうか?

さらに驚くべきことに、裁判開始後、事件を起こした動機は、サリンジャーの『ライ麦畑で捕まえて』を多くの人に読んでもらいたいからという理由に変わってしまうのだ。

ホノルル市立図書館で火が点いたレノンに対する憎悪という動機は一体どこへ行ってしまったのだろうか? 

本当にレノンを憎悪し、確信犯的に犯行を犯したとすれば、逮捕後も、そして裁判が始まってからも、レノンの「偽善者」ぶりについて世に訴え、自分の行為を正当化するはずではないだろうか?・・・

しかし憎悪どころか犯行当日に彼は、レノンからアルバム「ダブル・ファンタジー」にサインをもらい、嬉しさのあまりそのままハワイへ帰ってしまおうかと考えたほどなのだ。さらにチャップマンは、著者に対するインタビューの中で、レノン殺害については間違ったことであるとも認識しており、刑に服している間チャップマンを英雄視して送られてくる手紙に対し、情けないものを感じるとも述べているのだ。

このようにチャップマンの犯行の動機について、整合性のある動機が何一つ存在していないことから、精神学的なものを含め、裁判の過程でさまざまな説が提示されることとなった。それらの説は真相を究明する目的というより、裁判を進めるために生み出されたものであり、事実関係を誤ったまま述べられているものも多く、今なおウソや誤解が定着してしまっている元凶ともなっている。

チャップマンの証言を素直に解釈するなら、彼の内面には、レノンを殺したくはない自分と、レノンを殺さなければならなくなった自分の二つが存在していたことととなり、彼はその葛藤で揺れていたのだ。・・・

依然として究明されていないその動機、そして米国の闇の歴史とレノンを消すことによってもたらされる「社会的効果」を考え併せた時、フェントン・ブレスラーの説のようにCIAによってマインドコントールされた結果という説もあながち外れてはいないように思えるのだ。そうとでも言わなければ、チャップマンのモチベーションについて、まったく説明がつけられない。これだけは確信を持って言えることは、少なくともチャップマンが事件を起こした背景には、なんらかの組織なり団体なりが関与していたことは間違いなく、それがCIAなのかどうなのかまではわからないが、矛盾に満ちたチャップマンの証言、犯行までの資金的側面を考えれば、単独犯行ではないことは明らかであろう。

http://enurou.blog96.fc2.com/blog-entry-68.html
http://enurou.blog96.fc2.com/blog-entry-69.html
http://enurou.blog96.fc2.com/blog-entry-77.html
http://enurou.blog96.fc2.com/blog-entry-78.html


誰がジョン・レノンを殺したか?


 先日、BS-Japan で放映された「ザ・ラストディ〜誰がジョン・レノンを殺したか」という番組をたまたま視た。なかなか興味深い番組だった。基本的にはジョン・レノン殺害陰謀説に基づく推論を中心とした番組だったが、TVというメディアでこの種のテーマで長時間番組を放映することは余りなかったような気がする。 内容の大筋はこうだ。

 ジョン・レノンを殺害したマーク・チャップマンは、当時ジョン・レノンの熱狂的なファンといわれ、事件はこの「熱狂的ファン」による凶行と全世界に報じられたが、その後の検証ではチャップマンは、ジョンのファンはなく、レコードを収集していた事実もなかったことがわかった(彼はトッド・ラングレンのファンだった)。また、事件後も現場から逃げようとはせず、警察が駆けつけるまでその場に座り込んでサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』を読み続けるという異常な行動をとっていた。警察の取調べにもジョン・レノン殺害の動機について、「『ライ麦畑でつかまえて』を読めばすぐわかるよ」などと意味不明なことをいい、警察官もまるで何ものかにコントロールされているようだという印象をもったという。

 番組はいくつかの検証をおこない、結果としてCIA陰謀説を主張する。5年間音楽活動を休止して子育てに専念していたジョンが復帰したことについて、タカ派のレーガン政権はその反戦運動の政治的影響力に危機意識をもっていた。実際、CIAがジョン・レノンの活動を調査し続けていたことは、ジョン・レノン・ファイルの存在によって広く知られている。1981年にはジョンがアメリカ国籍を正式に取得することが可能となる予定だったのだ。

 マーク・チャップマンとCIAの関係については、YMCAの介在をあげている。チャプマンはかつてYMCAに加入してその一員として活動していたが、YMCAはCIAの活動の拠点となることが多いらしく、両者は密接な関係にあるようだ。このことは、元CIAのフランク・チャーチーという人が『CIA・ダイアリー』 という暴露本に書いているのだそうだ。ところで、チャップマンは、犯行の数日前、住んでいたハワイから、シカゴへ飛び、そこで3日間を過ごしていたはずなのだが、シカゴ到着後すぐニューヨークへ飛んだようにみせる旅券によって、シカゴでの3日間の消息がな何者かによって隠蔽されている。シカゴで一体何があったのだろうか。誰が虚偽の旅券を用意したのだろうか。ここでもCIAの存在が疑われることになる。

 ジョン・レノンの殺害については、CIAによるマインドコントロール説が主張される。『ライ麦畑でつかまえて』はマインドコントロールのキーワードなのであり、相手をあやつる引き金となるものだったのではないかということだ。実際、この当時、CIAは、「MK・ウルトラ計画」 「アーティーチョーク・プロジェクト」 という、催眠・洗脳・暗殺などの実験を行っていたようであり、事件後にチャップマンを精神鑑定を行った医師、ジョリー・ウエストは、その「MK・ウルトラ計画」 に従事していたのではないかとの疑惑がある。 ウエストは、ロバート・ケネディー暗殺の犯人サーハン・サーハンや、J.Fケネディ殺害犯のオズワルドを殺したジャック・ルピーの精神鑑定もしているというのだから、疑惑はさらに深まる。

 最後に新事実が提示される。チャップマンが使ったのは5連発のリボルバーだったはずだが、銃弾は7発あったというのだ。 しかも、銃痕はチャップマンが撃った方向からのものではなかった。 ジョン・レノンを撃った人物として、レノン夫妻が住んでいた 「ダコタハウス」 の門番が疑われる。そしてこの 門番のホセ・ベルドーモもまた、CIAと関係が深い人物だというのである。
http://watercolors.blog.ocn.ne.jp/watercolors/2010/12/post_26fd.html
http://ameblo.jp/kirimarukun/entry-10730269116.html


 1980年12月8日、ジョン・レノンが射殺された日のことは私もおぼろげながら覚えている。真っ先に感じたのは『これは暗殺ではないか?』という漠然とした直感だった。

レノンがアメリカに在住の間、FBIの厳重な監視下に置かれていたことは有名だ。

射殺犯チャップマンが即座に海軍病院に連行されたことも腑に落ちない。

そのチャップマンの仮釈放で、復讐を誓う暗殺志望者が続出していることは残念であり、憤りさえ感じる。レノンほど暴力を嫌ったミュージシャンはなかった。ファンとして故人の意志を尊重するならば、復讐なぞもってのほかであろう。彼の死を悼むなら、まずあの忌まわしい事件の背後関係を調べるべきなのだ。


 チャップマンはたびたびYMCAに出入りしていた。そのYMCAは諜報機関の隠れ蓑として、CIAも利用していた。表向きとは裏腹に、YMCAは戦闘的な反共組織としても知られている。 元CIAフィリップ・エイジーは著書「CIA日記」において

「エクアドル首都キリーのYMCAは諜報機関の連絡基地だった」

と記している。そしてキトー自身そこで主事をしている。南米が国際的テロ・ネットワークの雛型になっているのではないか?とした昨日の日誌にも繋がっていく、かも知れない。同時に、CIAは「MKウルトラ」と呼ばれるマインド・コントロールを推進してきたことを考え合わせるとき、おのずとチャップマンの役割が浮き彫りになってくる。当時アメリカのメディアはチャップマンを「狂信的なファンの単独犯行」として扱っていたが、サリンジャー著「ライ麦畑でつかまえて」を肌身離さず持っていたチャップマンの言葉に注意を払うことはなかったようだ。

彼は「なぜレノンを殺したのか?」との問いにこう答えたのだ

「ライ麦畑でつかまえて、を読めば分かる」と・・・

★911、ジョン・レノン、陰謀のセオリー
MKウルトラ計画


洗脳によって、ごくふつうの人間を暗殺者にするCIAと国防総省が市民をモルモットとして行った言われる洗脳実験。この事実はCIAの存在意義が最も問われた1973年から1976年にかけて長官を務めた、ウィリアム・コルビーが国の指導者に対する暗殺計画について公の場で証言した。ジョンレノンの反戦活動は石油企『業・軍事産業・政府団体などその恩恵を受ける政治家にとって有害な人物で有った。


★暴露された「MKウルトラ」(韋駄天迷宮より)

 1975年、CIA局長ウィリアム・コルビーは、上院・諜報委員会で証言を行った。コルビーはCIAの「財源」について暴露した。それによってCIAが何十年に亙って行っていたマインド・コントロール「MKウルトラ」と呼ばれる秘密実験の存在が明らかとなった。

MKウルトラ要員は何百ものLSD-25を全米に流した。CIAの洗脳計画では、ロンドンのタヴィストック研究所、そして他のイギリス諜報機関がそうした人々を集めていた。タヴィストックのスタッフは第二次世界大戦中、イギリス軍に組み込まれ、イギリス軍・心理局を形成した。タヴィストック研究所の前身、タヴィストック医院は1922年、イギリス軍・心理学者によって設立され、彼らはここで帰還イギリス兵の「ショック・トラウマ」を研究したのである。

第二次世界大戦後、タヴィストック研究所は「心理軍隊」(ジョン・ローリングス・リーズ所長の言葉)を世界中に派遣した。それは社会を一定方向に向け、洗脳し、世界政府を作り上げるためであった。CIAのMKウルトラに直接関わっていた人物として、エウィン・カメロン博士、ウィリアム・サーガント博士を挙げることができる。アメリカ人心理学者ルイス・ジョリオン・ウェスト博士も、MKウルトラに加わる前、タヴィストックで訓練を受けていた。

オルダス・ハックスレー博士は麻薬を心理学に持ち込み、ハックスレーも秘密諜報計画に加わっていた。ハックスレーは1957年初頭、ウェストとの共同研究を開始し、ハンフリー・オズモンド博士への手紙で、若きウェストについて「極めてきれる若者」と評している。ちなみにオズモンドも、MKウルトラで中心的役割を果たした心理学者である。

http://oriharu.net/gabana_n/zaakan/hibi0409/hibi-niisi-040928.htm


1980年12月8日午後10時50分

ダコタアパートの前で

「レノンさんですね?」

とレコーディングから帰宅したジョンは呼び止めらる。ジョンが振り返ると銃を構えた一人の男(マーク=デイヴィッド=チャップマン)から2発の銃弾を受け、2発とも背中に当たり体が回転した。 血が噴出したジョンにさらに3発撃ち込む。2発は肩に、1発はダコタアパートの正面玄関の窓ガラスを砕いた。

(CIAによってマインドコントロールされた犯人によるとする陰謀説もある。)
 
ジョンはほぼ致命傷だったが必死の思いでアパートのフロントまで歩き

「I’M SHOT! I’M SHOT!!」

と、うめき、床に倒れた。この声を聞いたフロントマンのジェイ・ヘイスティングスは冗談と思っていた。なぜならジョンはビートルズ時代からオーヴァーなジョークが好きで有名だったから。。。


しかし、すぐにヨーコがヒステリックな声で「ジョンが撃たれた!」と駆け込んできて現実と気付く。ヘイスティングスはジョンに近付き、鼻に刺さっていたガラスの破片を取り除き、自らの上着をジョンにかけた。ネクタイを外し止血を試みるが、何処を押さえて良いか分からないほどジョンの体は血に染まっていた。

ローズベルト病院に運ばれたときにはジョンの体は背中への2発の銃弾が肺を貫通していて3発目の銃弾は左肩の骨を砕いていて、
4発目は大動脈と気管を切断していた。ジョンの手術に立ち会ったローズベルト病院の医師はこう語る。


「どんな方法を使っても蘇生は不可能でした。胸部に3箇所、背中には2箇所、左肩には2箇所の銃創がありました。
全身のおよそ80%の血液が失われてました」と。


時間は少しさかのぼるが、この日ジョンは最後のレコーディングの休憩中にプロデューサーのジャック・ダグラスにこんな話をしている。


「自分は早死にするだろう。残された人生は僅かだが、死ぬ覚悟はできている。 そして、自分の死後の評価はエルビス・プレスリーを超えるだろう」と。


【犯人チャップマンの角度から】


1980年10月チャップマンは雑誌「Esquire」の「John Lenon,Where Are You?」を読んでいる。内容はというと、ジョンレノンは労働者階級とは程遠く、牧場、大邸宅、いくつもの会社を所有していて銀行には1億5000万ドルもの蓄えがあるただの裕福な実業家に過ぎないというものだった。チャップマンにとってのジョンは口だけで愛と平和を説く偽善者にしかすぎなかったのだ。1980年10月27日チャップマンは妻にこう告げている。

「ニューヨークに行ってくる。これで何もかも変わる。」

事件から一ヶ月ほど前の話だ。これだけでもチャップマンが計画的にジョンを殺害したことがうかがえる。しかし11月9日ジョン殺害を計画していたチャップマンは、その2日後には思いとどまり妻のいるハワイに戻り計画の全貌を話している。妻への愛が計画を思いとどまらしたらしい。…ほんまかいな?

しかし11月の下旬またも態度を変え再びニューヨークに向かった。そして事件の前日12月7日チャップマンは落ち着かない様子でダコタアパートの前をうろついていた。前日で気持ちが高ぶったのか夕食後に売春婦を自分の泊まっていたホテルの部屋に呼んでいる。


12月8日午前11時頃に目覚め「ライ麦畑でつかまって」を購入し扉ページに「これがオレのメッセージ」と書いた。その後、ダコタアパートのドアマンに「今日はジョンに会ったか?」と尋ねている。その日の夜遅く、ショーン(ジョンの息子)と乳母ヘレン・シーマンが帰宅。(その時チャップマンは「今まで見た中で一番可愛い子供だ。」と話し掛けている。)ジョン殺害前に息子に接触…想像しただけでゾッとする話だ…。
そして10時50分、ダコタアパートに到着した車から先にヨーコが降り、その後ジョンが降りた。チャップマンはジョンの背後から近付き、あの忌まわしい一言を言い放った。
       
「レノンさんですね?」
http://gore.arcam-b.com/syohyou/JohnLennon.htm

▲△▽▼

(参考)


CIAの洗脳実験


CIAは、マインドコントロールを施したエージェントを使い、LSDを使った実験を行ったという。だが陰謀研究者は、これまで考えていたよりもっと大きなスケールだったと考えている。

CIAは1960年代の若者による運動をコントロールするために、ヒッピーや左翼活動家を餌に、サイケデリックドラッグを広範囲にばら撒いたのは本当なのか。またCIAは、洗脳で人間を暗殺ロボットに仕立て上げるという研究を長年行っていた


1975年、米 政府は博士がCIAの秘密実験に携わっていたとして遺族に75万ドルを支払った。

バカウヨは創価学会や統一教会、幸福の科学等のカルト系や旧御用暴力団工作員の影響をもろに受けている。工作員の背後にはアメリカがおり、CIAが関与していることは周知の事実である。日本の無知な大衆を洗脳して属国支配を続けることがCIAの目的である。

アメリカ自体、国民は洗脳されている。洗脳しているのは巨大財閥である。茶番の2大政党制に不満を漏らさないのが洗脳の証拠である。

http://d.hatena.ne.jp/warabidani/20090921/p2

393 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 2001/03/20(火) 15:00

広告代理店の洗脳マニュアルみたいなものは、科学的に研究されたもので、ある特定の人物を新興宗教の教祖様にすること位は、お茶の子さいさいだそうだ。

どういう種類や宗派の集団を作るかということについても、詳しく研究されているとか。

たとえば、「ユダヤ教系、イスラム系、クリスチャン系、カトリック系、日蓮系、真言宗系、悪魔崇拝系、宇宙人崇拝系、その他いろいろ。」

とにかく、アングラな科学として凄いものらしい。俺も、具体的な内容までは聞いてないけどね。

大川隆法は、少し霊感と霊媒的能力があることで、日本人大衆を洗脳するテストケースとして選ばれたのだ、とある宗教ジャーナリストは言っているようだ。

397 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 2001/03/21(水) 11:15

393氏の言っていることは、広告代理店が大川隆法を使ったという意味ではなく、ある外国の組織が大川を日本人大衆を洗脳する実験台として利用する過程において、広告代理店に協力を求めたということでしょう。

私も、その話しは某ジャーナリストから聞いたことがあります。代理店に支払われた多額の金は、宗教団体(幸福の科学だけではないらしい)だけでなく、外国のどこかからも支払われたことは事実のようです。

代理店が使った新興宗教の教祖様を作り上げる技法は、米国の某カルト団体が研究したものと酷似していたそうです。

それと、これは確かな証拠はありませんが、彼らの不祥事を裏で処理する連中がいるようですが、あれは幸福の科学が発足する当初から存在したようですが、それは元々、大川隆法らを持ち上げた組織によって用意されていたものではないでしょうか? そう考えないと、不自然です。


428 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 2001/03/24(土) 14:31

洗脳(マインドコントロール)を受けることの怖さは、自分でそれを意識できないことだよ。

何が正しくて何が間違っているかを、常識的・客観的に考えることができなくなる。

幸福の科学は、まさにそれに成功した一例だね。本当は、「洗脳の科学」だろう。

彼らを裏から支えていた、外国の洗脳科学研究組織(オームと同じだと言う人もいる)と日本の広告代理店(電通)は、非常に勝ち誇った気持ちだろうね。

しかし、悪いのは大川達だけじゃない。あんなものに引っかかるアホな、自分だけよけりゃいいと思っている、そして自分達の考えを綺麗な宗教的教義のベールをまとって正当化することを恥とも思わない、そんな教養のない日本人が多数いることの方が大きな問題だと思う。
http://mentai.2ch.net/psy/kako/972/972070616.html


父は人体実験の犠牲になった (単行本)

ハービー・M. ワインスタイン (著), Harvey M. Weinstein (原著), 苫米地 英人 (翻訳)

内容(「BOOK」データベースより)
オウム真理教は、洗脳技術の核心をここから得ていた…!?20年間アメリカ政府が隠し続けたCIA機密プロジェクト“MKウルトラ”。国家の犯罪をめぐる、衝撃のノンフィクション。

内容(「MARC」データベースより)
国家機関による人体実験の犠牲になった父のために、政府とCIAを相手に闘いを起こした精神科医。20年間アメリカ政府が隠し続けた機密プロジェクトをめぐり、国家犯罪と人間の正義・倫理を鋭く問うノンフィクション。


権力の名の下に洗脳が行われたとき, 2001/6/19 By tomotta

「洗脳」この言葉が世間に広く知られるようになったのはオウム事件後ではなかっただろうか。しかしそれ以前に組織的な洗脳実験が行われており、それと同様の手法でオウムは信者に洗脳を行っていたのだ。洗脳とは新たなことを信じ込ませると思われがちだが、その前にはそれまでの思考、行動パターン、記憶などを消去してしまうことから始まる。今までの自分が築き上げてきたものの否定、それは人格の荒廃を意味する。秩序だった洗脳方法に対しては対抗するすべは見あたらないのか。精神科医でもある筆者が、洗脳を受けた父の姿を通してCIAが行った”実験”を明らかにする。洗脳を詳しく知るためにも是非読んでいきたい一冊。

http://www.amazon.co.jp/CIA%E6%B4%97%E8%84%B3%E5%AE%9F%E9%A8%93%E5%AE%A4%E2%80%95%E7%88%B6%E3%81%AF%E4%BA%BA%E4%BD%93%E5%AE%9F%E9%A8%93%E3%81%AE%E7%8A%A0%E7%89%B2%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%9F-%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%BBM-%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%B3/dp/4925140183


▲△▽▼

CIA洗脳実験室―父は人体実験の犠牲になった

作者: ハービー・M.ワインスタイン, Harvey M. Weinstein, 苫米地英人
出版社/メーカー: デジタルハリウッド出版局 発売日: 2000/04


「洗脳」は、Brain washの直訳で、朝鮮戦争で中国の捕虜となったアメリカ兵が、共産思想を植え付けられて帰ってきたことから、一般的になったのだけど、この実験を 国家レベルで民間人を実験台にしていたという内容が本書だ。

洗脳というとわかりやういけど、ここで行われていることは、大学の心理学概説には必ず出てくる実験の応用なのだ。いわゆるパターンおよびデ・パターンについての実験。被験者をベッドに横にして、目、耳、指先、など知覚できる器官を覆い放置すると、パターン認識が崩壊して、人の言うことを受け入れやすくなるという実験。この実験を考案した学者は、数日であまりの効果におそろしくなってやめたが、それを何年も断続的に続けた科学者がいた。

 カナダの認知心理学の権威である彼は、軽いうつの患者を無理矢理、被検者にして感覚遮断=洗脳の実験をした。その結果、何人もの人間が廃人となり、家族が崩壊した。作者もその一人である。彼は父の崩壊する様子をなすすべも無く、治るようにとマッド・サイエンティストのもとへ父を通わせていたのだ。

 この不条理な状況がカナダ精神医学界の重鎮がおこない、アメリカの情報機関CIAが資金援助していた事実。しかも、効果はあげられずプロジェクトは終了し、科学者も裁かれることなくこの世を去った。

 まあ、話を敷衍すると、この感覚遮断=洗脳の方法っていまや、自己開発セミナーとか、宗教儀式に緩用されているんだよね。 「あたらしい自分を見つけた!」なぞほざく前に、こういう歴史をよく見といたほうがいい。脳を洗う恐ろしさを。

http://www.ryotsunoda.net/?p=512

この本は、父親が精神科医のキャメロンの治療を受けてボロボロ状態になった苦闘の歴史と、やがて著者であり、息子であるハービー・ワインスタインが精神科医になり、ある日、情報公開法に基づき、機密文書を入手したライターの記事を目にして、父親が人体実験されたことを知り、立ち上がる。

しかし、相手はカナダ政府であり、アメリカのCIAであるために、筆舌に尽くしがたい苦労と妨害、裁判や弁護費用などの困窮と戦いながら、最後に和解し、不十分ではあるが補償金を得るまでの記録です。

○私(藤森)の深層心理の研究に、良くも悪くも参考になる部分や私の考えが裏付けられた部分が多かったために、人体実験の強烈な部分を多く掲載しました。少々衝撃的なために、気分が悪くなったら、途中で止める準備をしながらお読みください。

●「はじめに・・・・・苫米地英人(この本の翻訳者)」

・・・・本書に登場するユーイン・キャメロンという精神科医の異常な医療行為は、我々日本人にとって、決して絵空事の出来事ではない。宗教の皮を被ったテロ組織、オウム真理教(現・アレフ)の内部でも同様の行為がなされていたからだ。

それが行なわれた理由として、オウム真理教付属医院の医師であった林郁夫は、自著「オウムと私」(文芸春秋刊)の中で、信者の記憶を消す方法を考えろという麻原教祖の命令から、「拷問と医者」(ゴードン・トーマス著、朝日新聞社刊)というユーイン・キャメロンにつて記した本を参考に、信者に電気ショックを与えたと記している。

オウム真理教で行なわれていた医療的洗脳行為は、「拷問と医者」に書かれた内容より、はるかに詳細なレベルで再現されていた。また、CIAの洗脳手法と○○○の洗脳手法には類似点が多い。○○○は夫婦でデトロイトに出張していたそうだが、洗脳テクニックについての関連本を入手するためだったのかもしれない。

いずれにせよ、○○○における洗脳テクニックは、たんに○○が信者をコントロールする方法として利用していただけでなく、○○自身がLSDによって人格崩壊したことを考え合わせても、○○○の○○○○が一つの洗脳実験室であったような、○○○全体が、キャメロンの運営していたカナダの病院であり、信者一人一人が実験台にされた患者であったような印象も受ける。それほどキャメロンの実験と、○○○の洗脳テクニックは、類似点が多い。

・・・・・これもまた、キャメロンの「デパターニング(パターン崩し)」という、チオペンタールと電気ショック(ECT)を組み合わせたテクニックと酷似している。この方法も当時、思考や行動パターンを変更させるために被験者の記憶がなくなるまで、あるいは、反抗心が完全に除去されるまで、繰り返し行なわれていた。

キャメロンはこういったテクニックのほかに、「感覚遮断」についても実験を重ねていた。人は何もない真っ暗な部屋に長時間拘束されていると、聴覚、視覚、触覚、味覚、知覚を遮断され、変性意識状態に陥り洗脳されやすくなる。○○○だけでなく自己啓発セミナーなどでもその方法は応用して使われており、長時間同じ部屋に参加者をずっと座らせておくことで、変性意識状態にトレーナーが導いている。

また、○○○信者がよく被っているPSI(Perfect Salvation Initiation)と呼ばれる電極付きヘッドギアも、「根絶治療」と呼ばれるテクニックの変形であると考えられる。その治療は、イタリアの精神科医ルシオ・ビニによって開発された。彼は、食肉処理される豚が頭部に電気ショックを与えられ従順になる様子を見て、それを患者に実験し、同様の効果があることを発見した。PSIも、一定の電流を頭部に流すことで、信者を従順にする効果を狙っているのだと考えられる。また脳の側頭葉への強い電気ショックは、記憶を消去させる。キャメロンも当時、これらのテクニックを実験に導入していた。

キャメロンは様々な洗脳手法の情報を収集し、患者を試験台にしてそれらを一つの体系にまとめあげた。それをそのまま日本人に対して実験したのが、○○○○○教の医師たちであった。被験者は三千人以上、、おそらくキャメロンをはるかに凌ぐ数字であろう。

アメリカでは、究極の洗脳薬とされるLSDを使ってバッドトリップさせ、地獄を見せると、どんなに意志の強い人間でも子供のようになってしまうことが知られている。○○○は、明らかにその情報をどこからか仕入れ、応用したのではないか。・・・・

私(訳者)が気になるのは、○○○の内部で精神医学や薬物を使った最先端の非倫理的な洗脳が行なわれていたという事実が、いつのまにか社会のなかで、忘れ去られてしまっていることである。最近の報道(注:この本の出版は2000年4月)も、ごく普通の宗教的な「マインド・コントロール」と呼ばれるような行為を行なっていたにすぎない団体のように○○○を表現しているし、法廷でもそんなレベルの組織として捉えられ、話が進められているのではないかと感じる。

それは間違いである。どんなカルトよりも、もっと具体的で危険な洗脳が行なわれていたという事実を、読者の皆さんには再認識していただきたい。また、それをきちんとした形で記録に残しておく必要がある。

さらに危惧すべき点は、○○○の狂気的な洗脳テクニックが、過去カナダの病院でキャメロンが行なった洗脳実験に似ている事実に、ほとんど誰も気づいていないことである。これは歴史的事実として、多くの日本人に知ってほしい事柄である。

最後になるが、これは冷戦時代(1950年代半ばから60年代前半)の出来事である。現在でもなおCIAが、このような実験や研究を行なっているとは考えがたい・・・・・私のしるNSA研究員たちは、皆きわめて正義感が強く信頼できる人物で、もしかりにそのような事実があるとするなら、そのような行為を彼らは絶対許さないだろう。

●「序文・・・・・ロバート・ジェイリ・リフトン(医学博士)(強制的説得と全体主義の研究の第一人者>

・・・・・アメリカの最初の核兵器開発計画であるマンハッタン・プロジェクトは、ナチの脅威に応えるかたちで始まった。キャメロンが精神操作に興味をもったのも同じ理由からだ。

医師は、政治力と結びついた破壊的図式にとくにはまりやすい。ナチの医師はその極端な例だが、ほかにも例はある。

死亡証明書を偽造し、公然と行なわれている残虐行為を隠蔽するのに手を貸した南アフリカの一部の白人医師。

アムネスティ・インターナショナルによって最近報告された、チリで拷問を行なっている医師、

南米ガイアナの人民寺院に協力して毒(シアン化合物を粉末の清涼飲料水に混ぜたもの)を用意し、自殺他殺合わせて九百五十名もの人々を死に至らしめた理想主義者の若い医師・・・・・。

医師は、生と死に神秘的な力をおよぼすというある種のシャーマニズム的な遺産を受け継いでいて、それは政治に熱中する人々にそくざに提供され、利用される。

●「プロローグ・・・・・・以下著者」

人間の行動を変える方法を探るという、アメリカ中央情報局(CIA)の(MKウルトラ>と名づけられたプロジェクトには、1957年から61年にかけ、カナダのモントリオールにあるマッギル大学付属アラン記念研究所のユーイン・キャメロン博士によって実施されたサブプロジェクトも含まれていた。

(MKウルトラ>計画は、1940年代にCIAの前身によって始められた仕事のいわば副産物で、尋問を迅速に行なえるようにする薬物、いわゆる自白薬の開発を含んでいた。それがのちに、人々の思考や行動の仕方を変えるという試み、いわゆる洗脳へと発展していったのだ。

モントリオールで実施されたプロジェクトでは、さまざまな理由で入院した精神科の患者に対し、試薬の処方、強力なショック療法、感覚遮断、数週間にわたる強制睡眠、そしてテープレコーダーに録音された声を何時間も聞かせるといった一連の行動改革処置がほどこされた。

しかし、これらの処置は患者に新しい人生をもたらすどころか、それまでの人生を破壊したにすぎなかった。なかにはこれらの処置によって人格が一変してしまい、親しい人たちにはまったく別人としか思えなくなってしまった人々もいた。
私(著者)の父もそのひとりだった。


●「4.歌を忘れた(アル・ジョルソン>」
・・・・・・・・

その後の五年間、精神医学療法の世界を覗き見て、私(著者)はさまざまな言葉を学んだ。

ショック療法は、ページ=ラッセル療法もしくは集中的電気ショック療法と言われる強力なものも含め、私の生活と切り離せないものになった。時がたつにつれ、ほかの言葉も耳にするようになった。患者を何週間も眠らせたりする睡眠療法。患者が考えたり、話したり、人間らしい振舞いをいっさいできないようにするデパターニング(非パターン化)。

そしてサイキック・ドライビング(精神操縦)と呼ばれるもの。これは、患者はテープに録音された(ドライビング・メッセージ>もしくは(ドライビング・ステートメント>と呼ばれるもの、すなわち患者の考え方や生き方を変えるためのメッセージを何週間かぶっつづけに聞かされるものだ。

●「8.実験」
・・・・・・
インシュリン昏睡療法は、オーストリアのマンフレート・ザーケルによって1928年に開発され、長いあいだ、重度の精神病患者の興奮状態を抑えるのに使用された。ロボトミーは1935年に、ポルトガルのエガス・モニスとアルメイダ・リマによって初めて行なわれた。これは、情緒を司ると思われる脳の部分の神経線維を切るもので、こうすると情緒反応に著しい変化が見られ、緊張が蓄積しなくなり、行動異常がなくなるのだ。

ECTは、1938年にイタリアのU・ツエルレッティとL・ビニによって考案された。ECTは、少ない副作用でインシュリン昏睡療法をより効果的なものにするための試みだ。具体的には、七十から百三十ボルトの電圧で0.1秒から0.5秒、脳に通電する。
・・・・・・・

こうした身体的治療法の多くは、今では野蛮に思えるが、1930年代、40年代には抗精神病薬がまだ登場していなかったことを忘れてはならない。

・・・・・精神科医はそうした人々をなんとか助けようと、よい治療法があると聞けばそれを試そうとした。今世紀前半においては、身体的治療法は最高の治療法だったのだ。
だが、知識の増加と、最初の抗精神病薬クロルプロマジン(ソラジン)の登場で、こうした過激な治療法は急速にすたれてしまった。

1956年、キャメロンは「サイキック・ドライビング(精神操縦)」と題する論文のなかで、1953年以来開発していた技術について初めて報告している。・・・・・

ひとつは自己サイキック・ドライビングで、患者は自分の声を聞く。もうひとつは他者サイキック・ドライビングで、患者が示唆した感情的内容に基づき、他人が録音したものを聞く。・・・・・・

またキャメロンは、患者の心的防衛を弱め、メッセージを聞かせるようにするには、患者を脱抑止する必要があるとしている。具体的には、アミタール、刺激薬(アンフェタミン)を投与して患者を長時間眠らせたうえで、一日十時間から十二時間のドライビングを十日間から十五日間行なう。

なにより驚くべきことには、その間、患者は心理的に孤立させられる。暗い部屋におかれ、ゴーグルをはめられ、よけいな音が聞こえないようにされ、身体への刺激をいっさい奪われる。
脱抑止を起こすための手段として、最後にキャメロンはLSDを挙げている。・・・・・・

その後、キャメロンはドライビングの技術を改良した。まず、ヘッドフォンを使うようになった。こうすると患者は自分の頭のなかから声が聞こえてくるような錯覚を覚える。・・・・・・・

さらにひどいのは、こうしたきわめて侵略的な方法は重症でない患者にも用いられたことだ。以前は最後の手段だった治療が、キャメロンのもとで、またたくまに現場の最前線で行なわれるようになったのだ。
・・・・・・・・

・・・だが、このころキャメロンは、マッギル大学の心理学科から生まれたある方法を応用した。
世界的に著名な心理学者D・O・ヘッブは、当時、マッギル大学心理学科長だった。彼の研究グループは、感覚の刺激が動物の成長、とくに精神的成長と学習能力にもたらす影響に関心を示し、一連の実験が行なわれた。それはいかに人間が環境からの刺激、すなわち環境によってもたらされ、人間の精神作用を活性化させる刺激に頼っているかを調べるものだった。この研究は、感覚遮断研究時代の幕開けとなるある実験へとつながった。

一日二十ドルの報酬で有志の大学生がつのられ、部分的に防音装置がほどこされた小部屋に入れられた。彼らはベッドに寝かされ、目を半透明の(光りはわかるが、物の形はわからない)プラスチック製のシールドで覆われ、手は触覚が使えないように筒のなかに入れられ、耳にはイヤホンをさせられた。イヤホンからはつねにブーンという音がし、頭と耳をすっぽり包むU字形のフォームラバーのクッションが枕代わりに使われた。学生たちは、食事とトイレに行くとき以外はこの状態におかれた。

ほとんどの学生が二、三日しかもたず、最高でも六日だった。
実験は二十三名の男子学生に対して行なわれ、結果は驚くべきものだった。最初は退屈していたのが、しだいに落ち着きや集中力がなくなり、問題解決能力が損なわれ、幻視や身体意識障害が起こるようになった。自分の体から離脱しているような感じ、つまり(離人症>が表れた。
(まさに被験者のアイデンティティが崩壊しはじめた>とヘッブは記している。

その後の研究で、この状態におかれた学生は、ふだんならばかにして聞かないようなこと、たとえばオカルトに関することに耳を貸そうとすることがわかった。
こうした奇妙な事柄への関心がずっと失せなかった被験者もいる。

感覚遮断に関するさらなる研究は、おもにアメリカ合衆国でつづけられた。アメリカで関心が高かった理由は、宇宙飛行がパイロットに与える影響が懸念されていたこと、人工呼吸器が取りつけられ刺激に乏しい患者の問題や、尋問において感覚遮断をどのように利用できるかが議論されていたことなどがある。

アメリカ空軍の宇宙飛行会議のために用意された1960年5月付けの論文のなかで、キャメロンは、隔離に関する初期の研究が、アラン記念研究所の彼のグループによってどのように応用されたかについて述べている。


それによれば、三種類の実験が行なわれた。

ひとつは目、耳、手による外部の刺激を減らす実験。

二つ目は、感覚受容器(外界からのメッセージを受け取る神経単位の末端器官)から脳へ刺激が伝わるのを阻止することで、感覚の入力を減らす実験。

三つ目は、患者が刺激に反応しなくなるよう、患者の意識の程度をさげる実験だ。

第二の実験は、体内での刺激の伝達を抑えることに焦点をおいている。この研究では、試薬のセルニールが使われた。結果は、無感情、不安、身体像障害、非現実感、離人症、思考障害、組織崩壊、幻覚、妄想症、
緊張病などだ。


・・・・キャメロンはまたしても意味深いコメントをしている。

(ある種の宗教や政治体制に見られるような、瞑想、自己批判、評価の形態との相似が表われはじめている>

このコメントは、中国共産党が1949年に大陸を支配して以来、国民の意識・行動変革に利用していた方法のことを言っているとしか思えない。

また、朝鮮戦争の最中に、アメリカ人捕虜が無理やり嘘の自白をさせられたときに使われた技術のことを言ってもいるのだろう。とにかく偶然の一致とは思えない。

・・・ある会見のなかで、キャメロンの元同僚のひとりが言った。

「大勢の人間がナンセンスだと感じていた。だが、我々はどうすることもできなかった」

彼はこうも言っている。
「(キャメロンは)いい治療と、お粗末な治療の違いがわかっていなかった・・・・。ドクター・キャメロンは、たまにひらめくことはあっても、基本的には恐ろしく凡庸な人間だった・・・・」

キャメロンの研究についてよく知っているほかの元同僚は、「反対意見はたくさんあった・・・・が彼の前では言わなかった・・・・。誰もキャメロンに面と向かって意見を述べようとしなかった」と述べている。
・・・・・・・

マッギル大学の精神医学史についての1982年付けのある論文で、キャメロンの後任のR・A・クレッグホーンはこうコメントしている。
(キャメロンの起業家的手腕は、教育施設や訓練施設では遺憾なく発揮されたが、研究にはあまり向かないものだった>

D・O・ヘッブは、1985年夏の最後のインタビューでこう語っている。

(キャメロンは無責任で・・・・犯罪的なまでに愚かだった・・・。なんらかの成果が得られたとはとても思えない・・・。彼は有名になりたかった。だからあんな無鉄砲なことをしたのだ・・・。知りたかったのではない。ひたすら地位が欲しかっただけだ>


●「9.需要と供給」

・・・・・本来機能すべき対処装置が機能しなくなるほど不安にさせられた捕虜は、人格の分裂から逃れたいと思うあまり、尋問者を友人、救済者として見るようになる。捕虜を独房へ監禁し、眠らせず、情報を与えず、そのうえ巧みな尋問を行なうと、ほとんどの場合、望みどおりの結果が得られる。この方法は当初ソ連で開発され、中国ではさらに手が加えられて集団の圧力という要素が加わる。

ある仲間集団(ピアグループ・・・年令・地位などが等しく、同じ価値観をもつ集団)の物の見方に順応させるというのは、中国共産党が本土掌握以来行なってきた国民思想改造計画の一環をなすものだ。この技術はアメリカの捕虜に対してきわめて効果的であったことがのちに判明する。

●「19.その後」

・・・・私たちは医師にも弱点があることに気づいている。そのことに気づくということは、医学の世界も開かれ、進歩してきたということだが、それでもまだ医学の世界はかなり権威主義的だ。昔から医学には、指導者や研究者を高い地位におき、必ずしもそうでないのに賢人、高潔な人間として崇めたてまつる傾向がある。当然、下っ端の医師は意見を差し控えるだろうし、異議は出ないだろう。

哲学者や神学者など医学関係でない学者が、バイオエシックス(生命倫理)の研究に深く関わっている理由のひとつに、医師が伝統的な父権主義から脱却できないということがあるのかもしれない。カナダ精神医学会がキャメロンの研究を否認したがらなかった理由は、それ以外に説明のしようがない。

有名なアメリカの精神医学者に手紙を書き、協力を訴えたとき、キャメロンは偉大な指導者であり、キャメロンを否定するようなことはなにも言えないという返事をもらった。それも同じ理由からだろう。

●「対談・・・洗脳実験の病理が潜む日本社会」(苫米地英人(脳機能学者)・宮崎哲弥(評論家)>


苫米地・・・電話で精神を操作することは、もちろん技術的に可能。「洗脳原論(苫米地著、春秋社)」では、それはアンカーと呼んでいる手法ですが。

エリクソンの本を読むと、何十年も経ったアンカーが効いている例というのがあります。自分の女学生の弟子に、「将来、握手したら眠る」というアンカーをかけておいた。その後何十年かして、その女学生が有名な先生になったときに、あるとき学会でエリクソンと会って握手したら、本当に寝てしまったということです。だからエリクソン級のうまい催眠は、それぐらいの長さで効くわけです。

それどころか、日本のある有名なカルトは、同じような手法を使っているんではないかと。あるとき某国から指令が下ると、その信者が一斉蜂起して、自殺的な攻撃に出ることも考えられます。

もっと言えば、反カルト団体を装って、じつはそのカルトがコントロールしているという例がアメリカではある。信者自身は解けたと思わされて、実際信者を脱会させたかもしれない。でもアンカーを解かずに表面だけ脱会させて一般市民に戻しているとしたら、アンカーを作動させるような指令が出たとき、いきなり過激な行動に出たりしても不思議ではないですね。

苫米地・・・・・「洗脳原論」のひとつの結論として、とりあえず日本では、メジャーレリジョンである仏教を信じたらどうだろうかと思いました。宗教の世界には、それなりに縄張りがありますよね。・・・日本は今、ほとんどロシアのように宗教的縄張りがない状態に等しい。

宮崎・・・・・そこに力の空白があるわけですね。ヴァキュームになっているから、カルトでもオカルトでも何でもかまわず吸引してしまう。だから、その真空を別のもので充填してしまえばよいのです。

苫米地・・・・・じゃあ何で充填しようかというときに、・・今の日本社会では精神科医よりも、お坊さんのほうがその役割を果たせると思いますね。変なお坊さんもなかにはいるから、一概には言えないけど。

宮崎・・・・・文化の伝承性や親和性を考えれば、やはり仏教が有望でしょうね。日本人の行動様式や行動文法の基本は、やはり仏教的世界観です。まあ仏教といっても、私の信奉する「縁起と空の仏教」というよりは、「山川草木悉有仏性(さんせんそうもくしつうぶっしょう)」的なアニミズムと無常の時間観念が主流ですけどね。

苫米地・・・・・いちばん怖いのは、宗教の空白。それを埋めるものであったら、社会の伝統宗教のなかで、メジャーなものを受け入れることに何の問題もありません。

宮崎・・・・・まあ仏教でいえば、やはり根本に立ち戻れ、開祖ブッダや大乗八宗の祖ナーガールジュナにかえれ、というのが私の立場です。
そのうえで、個々人の精神の中核に生じた空洞を埋めていくことができれば、やがて社会を安定状態に導くことができるのではないでしょうか。
http://www005.upp.so-net.ne.jp/jikokaifuku/kotoba36.htm


http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/440.html#c7

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