インフレターゲットの幻想 【高橋乗宣の日本経済一歩先の真相】
http://gendai.net/articles/view/syakai/140224
2012年12月21日 日刊ゲンダイ
<一気のインフレを招く>
日銀が10兆円の追加緩和を決めた。自民党の安倍総裁が求めている2%の物価上昇率目標(インフレターゲット)の導入も検討するそうだ。政治サイドからの圧力に押されっぱなしである。
もともとインフレターゲット政策は、行き過ぎたインフレの抑制に取り入れられた手法だ。金利を高くして金融を引き締めることで、景気を落ち着かせて物価を安定させる。これは理にかなったやり方で効き目もあったが、下がっている物価に上昇率の目標を設定するのは、小生が知る限り初めてだ。もちろん前例がなくても、有効ならやればいい。ただ、今の情勢からすると、採用しても空振りに終わる公算は大だ。
日銀の準備預金のうち、民間の金融機関のダブついた資金が積み上げられている「その他の残高」を調べてみると、昨年の平均は4兆3200億円だ。リーマン・ショックがあった08年は平均5426億円まで落ち込んだが、その後は増えてきた。カネは足りていないわけではない。むしろ余っている。
物価が上がらないのは、経済活動が低迷しているからだ。原因は投資も消費も伸びていないこと。投資も消費も活発なのに物価だけが下がっている、という状況ではない。投資や仕入れをしたいのに手控えている、とも違う。多くの企業が「カネを使いたい」と思える姿ではないことに問題があるのだ。
輪転機をぐるぐる回してお札を刷ったところで、余剰資金が増えるだけ。物価は上がらない。それでも緩和を続ければ、突然、狂ったように物価が上がり出す恐れも出てくる。
世界経済は停滞中だ。米国は財政の崖に怯え、欧州は財政危機を脱していない。中国は過熱する景気を落ち着かせるのに懸命だ。危ないのは、これらの問題が収束し、日本の輸出も回復したときだ。仕入れや投資がドッと増えるようになると、一気の物価高となりかねない。不動産につながれば、バブルの再来だ。インフレ率は7%、8%で収まらず、2ケタに達する危険性もある。
庶民は大変だ。消費税が増税された上、物価も急上昇となれば、追い詰められる。非正規雇用を強いられているような人たちは、本当に苦しくなる。
はたして安倍氏は、そうしたリスクについて、どこまで考えているのか。浅はかな金融政策は日本を危うくするのだ。
【高橋乗宣】