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[近代史3] 江戸時代の銭湯は男女混浴。出会いの場所としての期待も大きかった 中川隆
4. 中川隆[-12598] koaQ7Jey 2019年1月31日 05:56:42 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

乱交制だった戦前の日本では何をすると不義密通とされたのか?

◆◇◆◇◆おかみさん文化◆◇◆◇◆◇

江戸期、日本の町屋社会(商家社会)には「おかみさん文化」と言うものが在った。

江戸期に入る前は、商工氏族は武士兼業だった。

日本列島に渡来した氏族は、夫々の得意分野で農業、工業(鋳造業)、商業、神主(宮司)、僧侶などを兼業していた。

代表的な例は平安末期の武門貴族・平清盛(たいらのきよもり)の宗貿易で、つまり清盛は大貿易商人でもあり、ついでに彼は僧侶にも成った。

その流れで渡来氏族の一部が武士に成ると、江戸期に商人が純粋に業種として独り立ちする前は、商人の大半は武士と兼業か武士が副業で商いをやっていた。

天皇の京都御所を守る「北面の武士」を出自とする松波峯丸(斉藤道三/さいとうどうさん)が山崎屋庄五郎として油屋を営んで居たのは有名な話である。

そして、もう少し時代が下がる室町時代〜戦国時代には武士兼業の豪商が力を持ち、財力を使って大名と協力関係を結んだり、一部の豪商は茶人として名声をはくす者も出た。


「おかみさん文化」は、武士兼業の商工氏族が多かった上方(関西地区)で始まったものだが、「商家特有の文化」として江戸期には日本全国に広まった。

昔の商家には一生を独身で済ませ、お店(たな)大事を貫く番頭の存在が落語や講談、読み本などで紹介されているがあれには裏がある。

実はその番頭は、おかみさんの肉体で満足していた。 けして不義密通ではない。
それが商家に嫁いだおかみさんの現実的な役目だった。


大店(おおだな)を内側から守るのがおかみさんの役目で、それには信用できる使用人の育成は欠かせない。

肉体的繋がりほど強いものは無いので、丁稚(でっち)はともかく、目端が利きそうな手代(てだい)辺りから、おかみさんが性欲の面倒を見て手懐ける習慣が、町屋社会(商家社会)では公然の秘密だった。

この関係、小使いは少なくても我慢させて忠誠を尽くすだけでなく、悪い遊びを覚えてお店(たな)の金に手を付けたり悪い病気を拾って来るのを防ぐ役割もあって、当然お店(たな)の旦那公認の「面倒見の行為」だった。

旦那公認で、使用人の性欲の面倒見の行為が、平然と行われていた。


すると不義密通話は何なのか?

あれは、情が通って駆け落ちなどをする場合いで、唯の性欲の面倒を見て使用人を手懐けるのとは訳が違うのである。
正に肉体的繋がりの信頼関係を、昔の町屋社会(商家社会)のおかみさんが勤めていた事になる。

「情が通わない肉体のみの性行為と言う点では昔の方が現実的な考え方で、今の上辺だけの考え方を「さも真実だ」とする主張の方が空虚なのである。

勿論、使用人に所帯を持たせて「のれんわけ}をする事も有るが、考えて見れば商売敵の同業者を増やす事になるのだから、理想はお店(たな)に縛り付けるに越した事は無いのである。

それにしても、大店(おおだな)の「おかみさん」も、「それを覚悟の嫁入り」と言う事になる。
当たり前ながら当時はそれが常識で、今の物差しで見るから読み間違う。何しろ、大店(おおだな)の旦那には妾の二〜三人は居て、その妾にもおかみさんの方が「旦那が世話になる」と盆暮れに付け届けの挨拶をする文化だった。

自分も手代(てだい)や番頭の性欲の面倒を見てから、それで互いのバランスを取って居た訳である。
つまり、繁盛している商家程使用人の数が多く、おかみさんの身体は、信用が置ける使用人の育成に忙しかった事になる。

そんなので旦那とおかみさんは、「上手く行っていたのか?」と言うのは当時の事情を知らず、現代の倫理観に当て嵌めようとするからである。

その辺はお店(たな)の旦那は商いの為と割り切っていたし、おかみさんもそう言うものだと割り切っていた。

商家の奥座敷は奥が深かったらしいが、それにしてもそう言う事であれば、内々において公然の秘密でなければ、おかみさんもとてもそんな事は秘密に出来ないであろうから皆それと承知していた事になる。

情が通わない性的な奉仕は、「単なる手段」と割り切った所が、現在の世の中の常識より余程現実的な事は私にも理解できる。

つまりは、わが国成立初期の昔から存在した「お家大事主義」の、肉体を使うお役目、閨閥構成社会(誓約・うけい)の正当性を、完全に認めるような話である。

この「おかみさん文化」の習慣は実に良く出来ている。

元々上方(当時の皇居所在地である京都近在の関西地区)で発生した商家の形態は、武家の感性を踏襲して「お店(たな)大事」が何よりも優先していた。
氏姓制度の名残を残す豪商の発想が、手本だったのである。

商売は商(あきない)と言うくらい永く続くのが信条で、後継ぎは絶やせない。
都合の良い事に、「使用人の性欲の面倒を見る」と言う、このおかみさん文化の習慣は、旦那が「種無し(子種が無く)」でも使用人が密かにカバーする。

嫁が「生まず女」なら妾がカバーする。

言わば商家存続の安全弁の役割も担っていて、「実は若旦那の実父は独身の大番頭だった。」などと言う人情話に、当時を伝えているのである。

まぁこの「若旦那の実父は独身の大番頭」を現代風の解釈で個人的な「おかみさんと番頭や手代の色恋沙汰」と解釈するか、その時代の「町屋商家の習俗」と捉えるかで随分当時のおかみさん文化の理解が違うものになる。

この物語ではもう毎度の事に成ってしまったが、この「おかみさん文化」を現代の倫理観や価値観の意識そのままに当て嵌(は)めては、到底信じられない事かも知れない。

現代風に考えれば、それこそ性に対する倫理観も女性個人の尊厳もあった物ではない。
良識派を自認する学者達には「無かった事にしたい過去」だろう。

しかしこの時代は、武家も豪商も、通常「お家の繁栄」が全てに優先する価値観であり、一般的に男も女もその「お家の為」にする犠牲行為は、不謹慎なものではなく「美徳」だった。

人間には「意識と行動を一致させよう」と言う要求(一貫性行動理論)がある。
つまり、現代の物差しとは違う価値観が昔存在した理由は、当時の女性は「お家大事を基本にした考え方が正しい」と考えていた意識の違いである。

従って、現在の意識を基にした「一貫性行動理論」の物差しを現代に当て嵌めて、「そんな事は有り得ない」と過去を判断するのは危険な判断方法である。


江戸期に於ける「おかみさん」のついでに、「商家の娘さん」についても少し書く。

「商家の娘さん」についても、修験道師絡みの、江戸期独特の風俗習慣が存在する。江戸時代から明治中期まで町屋(商家)を中心に流行した「狐つき祓い」が、まさしくこれである。

この時代、まだまだお店(たな)の娘としては自由恋愛とは行かず、親の都合の縁談が当たり前で、お店(たな)の示(しめ)しとしても、親に逆らってもらっては困るのだ。

この辺りの厳しさが商家の習慣にあるから、心中事件などと言う手段もあった訳である。

実はこの「狐つき」、商家の娘が、都合の悪い恋愛や恋わずらいをした時に、便宜上付ける厄病で、修験者を呼んで「狐(恋愛感情)」を落としてもらう為の方便だった。

修験者の「お祓い」と称するものの実体が集中的輪姦で、娘を犯し倒す性感の波状攻撃により、娘の人生観さえも変えてしまう。

簡単に言えば、既成事実を作って諦めさせるのが目的だが、修験者の「お祓い」ならば神事で、世間も納得する。

つまり、娘から「狐着き」が落ちて、親の薦める縁談がまとまり、経験を積んで性的に成熟しているから、嫁に行っても、婿を貰っても相手を飽きさせない。

これは、「性交による矯正」と言う事であり、昔からそう言う手段はあった訳である。

御祈祷の奇跡についてはこんな事例がある。

若い夫婦に中々子宝が授からなかった。

現代のように夫に子種が無いなどと言う科学的な思考の無い時代は、子宝が授からないのは何かの「呪い・因縁の類では無いか」と恐れを抱く。

それで評判高い陰陽修験の修行を修めた行者様に若妻を預け、加持祈祷をして頂く。

神前祭祀(しんぜんさいし)に於ける邪気払いの大麻(おおぬさ)は、修験道の「祈願・焚(た)き行」でも使われていた。

大麻草(マリファナ)は、真言密教の遠祖・チベット仏教(ラマ教)の地であるヒマラヤ高地一帯で自然に自生していた薬草である。

当然ながら密教・修験道師(山伏)は、大麻草(マリファナ)を焼(く)べればその煙を吸引した人が陶酔作用を引き起こす事をしばしば信者獲得に利用した。

大麻草(マリファナ)で陶酔すれば幻覚も見、それを素直で真面目な人物ほど「信仰の奇跡」と捉えるのは自明の理である。

つまり密室での「焚(た)き行」の陶酔の中で、願主と修験道師(山伏)が如何なる加持祈祷儀式を為して居たかは当事者しか知らない。

加持祈祷を済ませた若妻は家に帰り、そのご利益が薄くなる前に早速夫と同衾する。
陰陽修験の行者の祈祷は霊験あらたかで、「アァら不思議」と若妻に子宝が授かってメデタしメデタしとなる。

ただしこの御祈祷は秘伝中の秘伝であり、御祈祷中の行者様の気を乱してはいけないので、どんな御祈祷が為されるのかは行者様と若妻以外誰も知らない。

後はこれを読む方の御想像に任せるが、とにかく奇跡は起こるのである。

そんな馬鹿な事はない。

「真面目に祈祷をしている行者も居る筈だ。」

とお叱りを受けるかも知れないが、あなたは祈祷のご利益が本当に信じられるのか?

この現代科学で考えれば、突然子宝が授かるには合理的な理由がある筈である。

こう言う裏話をすると、直ぐに理想論者の反論が湧き起こるが、現実に密教的修験の「お祓い」の常套手段が立ち入り禁止の非公開(呪術が効かなくなると言う理由)であり、酷い話になると、「覗けば目が潰れる」などの予防線が張られていたりする。

現実に、十一代将軍・徳川家斉(とくがわいえなり)の側室・お美代の方(専行院)の父親、日啓が引き起こした大奥女中の醜聞、智泉院事件においては、「お祓い・祈祷」が名目だった。

そう言う部分は、現代の建前感覚より当時の現実感覚の方が、返って正直なのかも知れない。


これは余談に近いが、江戸期に入って盛んになった雛(ひな)祭り、子供は夢を託して無邪気な喜びの日である。

しかし、良く考えて見ると段飾り雛は、世界でも珍しい「身分制度を表したもの」で、上に上るほど高位の雛の居場所である。

これを平等の現代社会では「おかしい存在」とは誰も思わない所を見ると、およそ氏姓制度が「日本人の中に染み付いている」と言う事だろう。

一応「祭り」と言うからには信仰行事で、子供の健やかな成長を祈りながら、ついでに身分制度も学習させる寸法だったのではないか?

まぁ、目くじらを立てる程のものではないが、逆説的に言うと、存在するものは深く考えないで容認するのが日本人気質かも知れない。


誓約(うけい)の国・日本では、明治維新の文明開化まで日本人は性行為を「猥褻(わいせつ)」とする考え方は薄かった。

日本人は、人間としての性規範に対してはナチュラル(自然体)な考え方を持っていた。

性行為を「猥褻(わいせつ)」と強く感じる様に成ったのは、明治維新政府の急速な欧米化政策に伴う学校教育方針で、欧米キリスト教性規範を植え付けられたからである。

いずれにしても我輩は、「美しい国・日本」の答えが「地球を救う共生主義と言うイデオロギーに変換する事に在る」と考えている。


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◆◇◆◇◆お召し上げ・お下げ渡し◆◇◆◇◆◇

こうして書くと庶民だけが性に開放的だったように受け取られかねないが、勿論の事、この事ばかりは氏族も庶民もさして違いはない。

この辺りが、見事に「武士道の精神」の建前の形骸化が証明されるのだが、氏族(武士)社会にはそれなりの別のいささか残酷で都合の良い制度が確立していた。

血筋がものを言う氏族(武士)社会では、血筋を残す事が最優先の了解事項だから言い分として妾は正当な存在で、正婦人は言うに及ばず妾に到るまで勢力維持・拡大の具として「閨閥(けいばつ)」の対象に成る。

領主同士の婚姻関係は軍事同盟を意味し、出世を望む部下は我娘を領主の妾に送り込み、領主は見込みのある部下に妹や娘を下し置いて頼りとする。

氏族(武士)社会の主従関係には特殊な家臣(部下)を試す制度が存在し、家臣(部下)に娘が居るなら「召し上げ」て妾にし、忠誠心を試す。

意味合いとしては「稚児小姓文化」と同じで、誓約(うけい)の概念に置いて、絶対服従の具体的な証明は大事な者の身を任す事である。

独身男性の場合は「お下げ渡し」と称してお上(殿)の手の付いたその女性を娶る事を求められ、その家臣(部下)の忠誠心が試される。

試すべき家臣(部下)が結婚していて妻がいるなら、「お召し上げ」と称してその妻を差し出させ、暫らく寝屋を伴にしてから「宿下がり」と称して夫に返し、夫が自分のお手付き後でもその女性を大事にするかどうか試される。

敵対危惧関係や敵対関係と目される相手との場合はまた別で、「人質」と言う事になる。

これらは全て古代に在った誓約(うけい)の進化系で、 家臣(部下)の忠誠度や敵対及び危惧関係相手との信頼関係を試す手っ取り早く具体的な手段だった。

「お召し上げ」の例は枚挙に暇が無いだろうが、代表的な「お下げ渡し」の例は、斉藤道三の妻・小見の方(織田信長の妻・帰蝶(濃姫)の母)である。

斉藤道三がまだ西村勘九朗を名乗っていた頃、主君・土岐頼芸から美濃一番の美女と謳われた側室・小見の方を弓の手慰めの賭けで勝拝領している。

もうひとつお下げ渡しの代表格にあげられるのは、あくまでも俗説だが、第五代将軍・徳川綱吉と大老格側用人・柳沢吉保(やなぎさわよしやす)と吉保側室・染子の関係である。

側室の染子は、かつて綱吉の愛妾であり綱吉から吉保にお下げ渡しされた「拝領妻である」とも、懐妊した側室・染子を護る為に、柳沢吉保が「母子の身柄を預かった」とも言われている。

事の真相は定かではないが、柳沢家が異例の松平の姓を綱吉から許され、柳沢家を「連枝(将軍家血筋)の待遇」とした為に、柳沢家の家督を譲った長男の柳沢吉里(やなぎさわよしさと)は「綱吉の隠し子である」とも言われ、染子が吉保の側室になってからも息子・柳沢吉里(やなぎさわよしさと)の顔を見に柳沢私邸を訪れる将軍・綱吉は、側室・染子を「綱吉の寝所に召される事が多かった」とされている。

綱吉の柳沢保明(やなぎさわやすあき)の寵愛振りから、綱吉と吉保(よしやす)が男色(衆道)関係であれば、一人の女性(にょしょう)を共有しても然したる抵抗は無いかも知れない。

そして戦乱期、こう言う女性の閨閥(けいばつ)的価値観の扱われ方や近習(稚児小姓)は、何の疑いもなく信じられた氏族(武士)の男女として、家名のお役に立つ為の当然の役目だったのである。


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◆◇◆◇◆閨房術(けいぼうじゅつ性行為の技)◆◇◆◇◆◇

日本民族には、欧米のキリスト教文化と違い昔から「閨房術(けいぼうじゅつ/性行為の技)」と言う姫方・女房方が積極的に殿方を喜ばせる性技があった。

殿方を喜ばせる性技「閨房術(けいぼうじゅつ)」は、姫方・女房方にとって大事な積極的に習得すべき心得だったほど、性に対しておおらかで積極的な考え方を日本民族は持っていた。

と言うのも、実は殿方が姫方・女房方の性技に喜ばされて操られる事は珍しくない為、「閨房術(けいぼうじゅつ)」に平和な武器としての価値が認められていた。

当然ながら勢力を競う氏族(貴族や武士)の子女は、誓約(うけい)の概念の元に所謂(いわゆる)「閨閥(けいばつ/婚姻による家同士の連携)」創りの役割を果たす為に世に生まれて来た様なものだった。

日本古来の「閨房術(けいぼうじゅつ/性行為の技)」の発祥は不明だが、考えられる推測としては他の武術同様にその発祥を諜報活動を担っていた陰陽修験に見られる可能性が強い。

以後、修験組織が関わって成立した「白拍子(しらびょうし)遊技制度」の「床技」などで発展、戦国時代の武家の間で戦略的に子女を持って利用されて「術」として確立された。

この「閨房術(けいぼうじゅつ)」、「術」と言う範疇(はんちゅう)に入るからには、修練を積んでその「術」を自在に操れる様になる事が要求される。
つまり大げさに言えば、「閨房術(けいぼうじゅつ)」と言う性技が、氏族の女性に課せられたひとつの習得すべき積極的な技(わざ)だった。

殿方が武勇を競って領地を広げるなら、女性(にょしよう)の戦場(いくさば)は寝所(寝屋)だった。

寝所(寝屋)での事に、正妻と妾妻の分け隔ては無く「如何に殿方を喜ばせるか」の性技勝負の場に成る。

大胆かつ濃厚な性技で殿方を極楽浄土に導き、子種を授かるのが女性(によしょう)の勤めで「手柄」である。

時代により女性の性に対する価値観も違って当り前で、血統を唯一の特権の証明として受け継いできた氏族の女性にとって、この理屈に疑いなどある訳がない。

まず、当時の社会では性技は花嫁の必須条件で、十五歳と言えば嫁入りの時に性技の心得は充分に教わる。

何人もの妾妻を持つ事が普通の世界だったから、「閨房術(けいぼうじゅつ/性行為の技)」を駆使して殿方を喜ばせ、殿方に気に入られる事から寝所(寝屋)での戦は始まる。

どちらかと言うと正妻は政略結婚で、妾妻は殿方に気に入られての事であるから、実は正妻ほど「閨房術(けいぼうじゅつ/性行為の技)」を駆使して殿方を喜ばせないと、この勝負は気に入られている妾妻に負けてしまうから切実なのである。

そして当時の氏族社会は極端な「血統主義社会」であるから、殿方の種を受け入れ世継ぎを懐妊・出産する事が女性(にょしよう)の勝利だった。

現在の解釈など通用しないのが、歴史である。

氏族の娘にとって「閨房術(けいぼうじゅつ/性行為の技)」は勝つか負けるかで、殿方の武芸武術に相当する手段だった。

当時の氏族社会は「妾妻」を持つのが当たり前で、実質一夫多妻だったから閨房術(けいぼうじゅつ/性行為の技)は現在のように「愛を確かめるもの」と言う拠りも殿方を愉しませ「愛を獲得する為のもの」だった。

原点がその通りだから女性はむしろ性交には積極的で、凡そ人間に考えられる閨房行為に女性には禁じ手など無く、口淫性交や陰間(肛門)を使う事など技の内である。

例えば氏族(武士や貴族)の間では男色習(衆道(しゅうどう/男色)が当たり前で、ほとんどが両刀使いだったから、女性相手でも陰間(肛門)も使っての行為は現在よりも一般的で、武家の娘はその位の事は心得ていた。

恋愛は精神的もので、当時の肉体的接触は、かならずしも恋愛とは一致しない手段である事が常識で、その事を現代の女性に「昔の女性の扱いは悪かった」と同情される謂われも無い。

現代では、女性の肉体を目的達成の手段にするなど、理解され難い事だろう。
しかし親子兄弟でも領主の座を争い、たとえ叔父甥の間柄でも、隙あらば領土拡張の的にする氏族の価値観である。

「殺し合いをしても領土を手に入れる」と言う究極の価値観に生きる者達には、女性の肉体は「領土拡張の道具」と考えられても不思議な事ではない。
つまり、殺し合いも女性の色香も目的達成の手段で、当時は異常な考え方ではなかったのである。

そこの価値観の違いを分けて懸からない事には当時の女性の心情は理解出来ないし、奇妙な現代風の恋愛時代劇が成立してしまう。

しかし良い加減なもので、恋愛時代劇が成立してその物語を楽しみ、女性の敵かのごとくに拘(こだわ)る筈の妾妻と主人公の殿方との恋愛を美しく描いて楽しむ矛盾もロマンチックに受け入れてしまう。

「閨房術(けいぼうじゅつ/性行為の技)」も含めて男女の仲は添ってから育むもので、精神愛まで達した仲が本当のゴールである。

本来一致させるのが難しい精神愛と性愛を、現代女性の願望を満足させる為に金儲けでロマンチックに歴史が歪められるのはいかがなものか?
http://www.geocities.jp/jiyoudan3_55/yobai.html

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/201.html#c4

[近代史3] 江戸時代の銭湯は男女混浴。出会いの場所としての期待も大きかった 中川隆
5. 中川隆[-12597] koaQ7Jey 2019年1月31日 05:58:59 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]
西欧の芸術家は何故 日本文化に憧れたのか?


春画が海外で人気な理由  あまりに自由で即物的な性描くから


計700万点を超える収蔵品を誇る大英博物館。その中の日本絵画、浮世絵コレクション内に江戸時代の人々の性生活を題材にした浮世絵である「春画」が含まれている。

 明治時代以降、西欧の影響を受け、「性」に対する意識が変化するとともに春画も海外に流出。反対に西欧の美術愛好家たちは春画に魅了され、芸術品として収集してきたという経緯がある。近年では世界各地の有名美術館で展覧会が開催されている。

 世界最古にして最大級の公立博物館である大英博物館にも、春画は250点以上も所蔵されている。2013年には、同博物館で春画展の開催も予定されているほどだ。

 ここまで春画が海外で人気なのはなぜか。長年にわたり春画を研究してきた、浮世絵研究家の白倉敬彦氏が解説する。

「性をタブー視するキリスト教的宗教観が強い西欧では、あまりに自由で即物的に性を描いた春画のインパクトは絶大だった。

江戸時代の日本ではセックスの禁忌事項はほとんどなく、オーラルセックスや複数プレー、媚薬や道具を用いての行為なども普通のことでした。現代にあるセックス関連の事項で、江戸時代になかったものは皆無といっていいでしょう。

しかも、日本人がそれら奔放な性を屈託なく享受していたという事実も衝撃的で、日本の性文化を表わす資料としても価値が見出されたのです」

※週刊ポスト2011年1月28日号

http://www.news-postseven.com/archives/20110115_10251.html


日本人がガンガン“性”楽しんでいた昔、欧米人は禁欲生活


江戸文化史研究の第一人者で、法政大学教授の田中優子氏が興味深い示唆を与えてくれた。田中氏には、浮世絵研究家・白倉敬彦氏との共著『江戸女の色と恋――若衆好み』(学研刊)などがある。
 
「性に関するタブーのほとんどは西欧文化、特にキリスト教的宗教観の強い影響の下にあります。日本は明治維新とともに、政治と社会制度や経済体制、教育システムを刷新するだけでなく、性のタブーも受け入れてしまったのです」(田中氏)

 キリスト教的セックス観はいたってシンプルだ。性の営みは子孫繁栄のためにだけ存在するものであり、愉悦や快楽が介在してはいけない、というものだ。
「オーラルセックスやゲイなど生殖に関係ないセックスは、法律で厳しく罰せられました」(田中氏)

 欧米の一部では、今もこれらのセックスを禁止する法律が存在する。
“正常位”がカトリックの定めた“正しい体位”であり、後背位は獣と同じと否定されていたことも有名だ。ちなみに、江戸期に正常位は存在せず、この体位は“四つ手”と呼ばれていた。

 田中氏も笑う。「そもそも江戸の性には、正常と異常の境界線がなかったんです」
 
 欧米では、オナニーも生殖に直結しないという理由で罪悪視され続けた。ところが、江戸の自慰観は実に健全なうえ、医学的見地にも立脚している。江戸の性指南書『閨中紀聞枕文庫』は「男女とも若時婬欲をこらへるも頗(すこぶ)る毒なり」と看破しているのだ。

「おまけに西欧では女の性が抑圧され、快感はもちろん性欲すら抱いてはいけないという理不尽ぶりです」(田中氏)

※週刊ポスト2010年11月12日号

http://www.news-postseven.com/archives/20101103_5019.html

今のエロ 江戸時代にほぼ全部あり、しかも彼らは楽しんでいた


江戸時代の浮世絵は芸術的な価値だけでなく、当時の市井に生きる人々の生活や風俗、習慣、事件、考え方などを見事に表現している。ことに「春画」は、セックスをテーマとした一大ジャンルを形成してきた。

 浮世絵の研究者であり、春画にも詳しく、『江戸の春画』(洋泉社新書y)や『春画にみる江戸の性戯考』(学研刊)などの著者がある白倉敬彦氏は、江戸のセックスライフの最大の特徴を「江戸期の性には、タブーがなかったということです」と断言する。

 白倉氏は同時に、江戸期のセックスライフが、今日をも上回る自由さと平等観に裏打ちされていたと力説する。

「もちろん階層別の法度や、婚姻などのルールは決められていました。でも、セックスの本質部分においてほとんど忌避事項は存在していません。フェラチオやクンニリングスなどのオーラルセックスばかりか、アナルセックスも日常茶飯事ですし、衆道とよばれるホモセクシャルだって盛んでした。不倫は男女を問わずに行なわれていたし、廓(くるわ)での売春や夜這いの風習は社会公認です。アダルトグッズも研究と改良が進み、バイアグラそこのけの媚薬もありました」

 白倉氏は「今の世の中にあるセックス関連の事項で、江戸期になかったものはほぼ皆無。しかも、すべてが、なんの衒(てら)いや遠慮もなく、嬉々としてエンジョイされていたんです」と語る。いやむしろ、まだまだ現在のほうが性の制約が強いくらいだ――。

※週刊ポスト2010年11月12日号

http://www.news-postseven.com/archives/20101101_4733.html


現代のようにラブホテルもなく、“公然わいせつ罪”のような罪もなかったため、江戸時代の男女は野外で行為に及ぶことも珍しくなかったという。

 不倫関係にある男女が庭の物陰に隠れて行為に及ぶ姿や、畑の中央に積まれた藁の上で性交する夫婦……。江戸時代の人々の性生活を題材にした浮世絵である「春画」には、そんな姿も描かれている。浮世絵研究家の白倉敬彦氏が解説する。

「出合茶屋という逢い引きの場所は存在しましたが、高額だったため利用者は限られていました。ですから、不逞な間男などは、野外で交わるか夜這いをかけることが多かったといわれています」

 夜這いといえば田舎の風習のように思われるが、江戸でも盛んに行なわれていた。その様子は春画にも多く描かれていて、女中が家の主人に狙われるシーンや、逆に女中が若旦那に夜這うものなどがある。

 一見して強姦のように見える絵もあるが、ほとんどが合意の上の夜這いなのだという。つまり、夜這いはノーマルなプレー。ここからもやはり、江戸時代が性をポジティブに受け入れていたことがわかる。

 春画は自由奔放で多種多様な江戸時代の性のすべてを活写した、“性の歴史絵巻”なのである。

※週刊ポスト2011年1月28日号

http://www.news-postseven.com/archives/20110121_10489.html


春画 着衣のままセックスする絵柄はなぜ生まれたのか?


江戸時代の識字率の高さや教育制度の充実は世界的にも群を抜いていた。大名や武士などの上層階級だけではなく、職人や商人など庶民も書物に接し、高度な文化を享受した。

彼らは西洋的な性意識に縛られていなかったために、生活に根付いた色事の文学である浮世草子や、男女の性愛を活写した春画に記された書き入れなどを男女の隔てなくおおっぴらに愉しんでいた。出版文化という切り口から江戸時代の寛容で奔放なる性に迫る――。


 * * *

 エロティック・アートの普及は、肉筆から木版という出版文化の興隆と密接にリンケージしている。とりわけ元禄期は、『好色一代男』に代表される好色本(浮世草子)の井原西鶴や、『曽根崎心中』で知られる近松門左衛門ら実力ある作家の台頭で京・大坂の出版業者が活況を呈した。
 
 同時期、上方絵師の西川祐信や吉田半兵衛、月岡雪鼎らが春画を描き、浮世草子の挿絵も担当した。ことに祐信は、町人や庶民の性生活を、情景も含め思い入れたっぷりに活写してみせた。彼の着想と作品は江戸絵師たちに衝撃を与え、従来の武家社会や古典から、庶民へとモチーフを転換させる原動力となった。

 一方、江戸では菱川師宣が木版春画を創始し、肉筆浮世絵から墨摺絵へと形態を激変させた。そこに前記の上方出版文化がなだれ込むことで、エロティック・アート全盛の素地は固まったといってよいだろう。

 さらに、文化文政期は江戸庶民のパワーが爆発する。『江戸の出版事情』(青幻舎刊)の著者、昭和女子大の内田啓一教授に当時の状況を聞いた。

「カルチャーの中心は上方から江戸に移ります。文学では滑稽本、黄表紙、人情本や川柳などが流行しました。絵画も金銀摺、空摺、艶摺など技術の飛躍的向上により、縮緬模様や透かし、ぼかし、凹凸まで印刷できるようになり、浮世絵は一気にカラフルとなり大人気を博します。当然、江戸の出版業は繁栄し、流通システムも発達しました」

 春画に関する著書が多数ある、浮世絵研究家の白倉敬彦氏は頂点を極めた印刷技術と春画の相関関係を語る。「春画で着衣のままセックスする絵柄が多いのは、着物の色彩や柄、文様まで表現可能になったからです。女性にとって春画は、最新ファッションテキストでもありました」

 春画や艶本はたびたびの規制、弾圧を受けたものの、しぶとく生き残る。しかも購買層は庶民だけではない。大名や旗本たちは当代一流の絵師や戯作者たちを呼び、私家版の絵暦を春画仕立てで制作、正月には殿中で交換しあっていた――まさに、エロティック・アートは江戸の華だったのだ。

※週刊ポスト2011年3月18日号

http://www.news-postseven.com/archives/20110312_14482.html


江戸時代は確かに生活に根付いた色事の文学である浮世草子や、男女の性愛を活写した春画に記された書き入れなどを男女の隔てなくおおっぴらに愉しんでいた。しかし、色道指南書は何も江戸期の専売特許ではない。

『衛生秘要抄』(1288年)は鎌倉時代に編まれた、わが国の代表的医学書であり同時に性指南書でもある。本書は隋唐医学を体系化した『医心方』や宋代の医書『証類本草』のダイジェスト版であり、その意味で、いわゆる「艶本」として編纂されたものではない。

 本書は右大臣で皇后宮権太夫だった西園寺公衡(1264‐1315)の命により、宮廷医師の最高位にあった丹波行長が撰述した。西園寺公の役職を考えれば、本書が当時の貴族や高位の武士に読まれたのは間違いない。

『衛生秘要抄』は全31章のうち、17章以降のすべてが「房中術」すなわち性に関する記述で埋められており、わが国におけるセックスの高い位置づけが窺われる。同時にセックスが日常生活の健康に大きく関わっていることの証左ともなろう。

 文章は中国の黄帝が女医の素女に質問しつつ、さらに采女なる神仙の方術に長けた者からアドバイスをもらうという形で進む。黄帝の目指すところは不老不死であることは論をまたない。

「一夜の中に、女色にふけることが十度に及んだとしても、決して射精をしないことだ」

 接して漏らさず――貝原益軒が『養生訓』で広めた訓戒の源泉はここにある。『衛生秘要抄』によれば、「射精しない者は、さまざまな病気が治り、寿命が一日、一日と長くなる」のだ。そればかりか「ひと月に2回、年に24回射精するように制限すれば、誰でも100歳、200歳と長生きできる」という。

※週刊ポスト2011年3月18日号

http://www.news-postseven.com/archives/20110313_14516.html


江戸時代、日本の自由な「性」には「文化」があった。だからこそ性を描いた「艶本」もブームになったが、その中でも作者の英泉が、性にまつわるすべてが本書に凝縮されていると豪語し、初版が刊行されるやたちまち江戸の大ベストセラーとなったばかりか、10年を超すロングセラーを記録するに至った艶本『閨中紀聞枕文庫』(青林堂)では、交合の秘術を10に細分し、詳しく開陳している。その中から白眉ともいうべき心得を現代語訳で紹介してみよう。

 まずは、「量度情訣」。「女を口説くには、まず世間話などをして近づき、だんだんとエッチなネタへもっていくのがよい。さらに、女は欲深きものなれば、カネやファッション、流行の小物(本書では“煙管や煙草入れ”とある)で落とせ。あの手この手で迫れば、女は押し黙ったり、手が温かくなったり、頬が赤くなったり、乳房や腹も熱くなるものだ。そういうサインを見逃さす、ぐいと押し込んでいくべし」

「戯弄真情」では、セックスで大事なのは、まず女にエクスタシーを堪能させることだと強調する。「男が快楽にまかせて先に射精してしまうことは、大いに戒めなければいけない。男は真心をもって、女体を懇切丁寧に、焦ることなく愛撫し、クリトリスをやさしく弄んでやる。挿入に際しても、男は女の様子をつぶさに観察し、自分がいきそうになったら気をそらして、長く保つこと」

 いつの世も、男はガマンが大事ということか――。

※週刊ポスト2011年3月18日号

http://www.news-postseven.com/archives/20110309_14395.html


江戸時代の人々の性生活を題材にした浮世絵である春画は、性の秘技も紹介されている。意外にもオーラルセックスを描く春画はそれほど多くないのだが、平安末期の春画にすでにその場面が登場しているように、古くから日本で行なわれていたプレーであることは間違いない。

 ただし現代のように前戯として当たり前に行なわれていたものではない。尺八は“吸茎”ともいわれ、江戸時代では、女性が男性に“再戦”を促すためにするものだとされている。そのため、春画で尺八を描く場合は、男性が疲れきった表情であることも少なくない。数多く存在した性の指南書に尺八の方法は描かれていないそうだが、それは「女性に秘技を覚えられると疲れて後が面倒」という心理が影響しているのかもしれない。

 一方、クンニリングスは“舐陰”と呼ばれていた。女性が“私への恋心が真実ならば舐めて”と、男性の心情をはかるための行為だったという。春画に描かれるオーラルセックスからは、男性以上に性欲旺盛な“肉食系女子”が多く存在したことがわかるのだ。

※週刊ポスト2011年1月28日号

http://www.news-postseven.com/archives/20110118_10382.html

門外不出の性指南書、備州岡山藩秘伝『秘事作法』。『秘事作法』は上、中、下三巻構成で、江戸初期の1652年に成立した。筆者の秀麗尼は岡山藩の池田家奥御殿に仕えた女中だった。

『秘事作法』の特色は、何といっても懇切丁寧な記述にある。江戸期の性愛文化を代表するセックスガイドブックといっても過言ではあるまい。そのなかで明らかにされる、奥女中の性の秘儀の数々の中でも、上巻で述べられる、若君に対するセックスの所作は驚愕に値する。

 幼少君は、学問や武芸だけでなく帝王学の一環として、御殿女中たちから性の手ほどきを受けていた。当時の武家は現在の中学生の年齢で元服し、妻を娶って子づくりに励むののだから当然のことではあった。

 幼少君は5歳で割礼し、7歳になるとペニスの皮をむく(現代でいうところの「むきむき体操」)。早くから亀頭部を露出させ、刺激になれさせるのだ。10歳ともなれば、女中は若君の会陰部へのマッサージを入念に施してさしあげる。同時にペニスを布で巻き、厳しく鍛えることも忘れてはいけない。まだ子どもだけに、快感とは程遠く、痛みや辛さで泣き出すこともあろうが、それを叱り、あるいは慰め、励ますのも女中の務めであった。

 幼少君が12歳になったら、さらに本格的なセックス指南に進む。その作法を現代語訳してみよう。「最初は殿のペニスを指でさする。時には口に深く含み、亀頭を喉の奥深くに入れ強く吸う。続いて亀頭を舌で愛撫し、勃起の兆候がみられたら、舌先で鈴口を押さえ、亀頭をリズミカルに締めたり緩めたりする」

 いわゆる“手コキ”で奉仕するだけでなく、積極的にフェラチオをするように指導している。それもディープスロートあり、亀頭や尿道口への微妙かつ繊細な愛撫ありと、現代の性技と比べて遜色がない。いや、むしろ約360年前に、このようなテクニックが開発されていたことを称賛すべきだろう。

※週刊ポスト2010年12月24日号

http://www.news-postseven.com/archives/20101218_8130.html

江戸時代の大ヒット本は中国の性書や欧州の性知識網羅する艶本


江戸時代は、西洋的な性意識に縛られていなかったために、生活に根付いた色事の文学である浮世草子や、男女の性愛を活写した春画に記された書き入れなどを男女の隔てなくおおっぴらに愉しんでいた。
 
 艶本『閨中紀聞枕文庫』全4篇は文政5(1822)年に、版元青林堂から初篇が刊行された。作者は淫乱斎主人白水こと渓斎英泉で、文章のみならず挿絵も自ら手がけた。

「艶色の一道此巻中に尽きせり」 英泉は、性にまつわるすべてが本書に凝縮されていると豪語した。果たして、たちまち江戸の大ベストセラーとなったばかりか、10年を超すロングセラーを記録するに至った。改訂や増補、新版、ダイジェスト版などの編纂が重ねられ、8冊とも9冊とも10冊とも、いやそれ以上のシリーズがあるとも推察されている。

 浮世絵研究家で艶本にも詳しい白倉敬彦氏は話す。「この本は江戸の性指南書の白眉です。日本に伝わっていた性のエッセンスのみならず、中国の性書やヨーロッパの性知識までもが網羅されています。その内容の豊富さと広範さに加え、挿絵の精密さと意表をついたアイデアが江戸っ子たちのド肝を抜きました」

※週刊ポスト2011年3月18日号

http://www.news-postseven.com/archives/20110310_14434.html

江戸の大ベストセラーとなった艶本『閨中紀聞枕文庫』(青林堂)。作者は淫乱斎主人白水こと渓斎英泉で、文章のみならず挿絵も自ら手がけた。そこでは、交合の秘術を10に細分し、詳しく開陳している。

「三峯採戦」とは上峯つまり唇、中峯の乳房、下峯の女陰という3つの性感帯を同時に責める技だ。「セックスの前戯としては、まず戯れにおかしき噺などして、乳を捻りなどして、そろそろ股へ手を入れろ」

 江戸期のセックスにおいて、前戯としてのキッスは皆無だと知りおきいただきたい。「三峯採戦」の法にもあるように、女の心を動かすトークで迫ったら、速攻でタッチに入っていく。しかも、攻撃目標は乳房よりも下半身重視だ。これを「くじる」という。

 浮世絵研究家で艶本にも詳しい白倉敬彦氏が解説してくれた。「パンティーを穿かない文化だったこともあるのでしょう、江戸の男はその気になったら、すぐ着物の裾をめくって女陰に手をやりました。さらに、春画の題材をみても歴然としているのですが、乳房や尻といった女性の第二次性徴には女性器ほど興味を抱かなかったようです」

 また、本書における女門の品別と解説の詳細さや、図版のリアリティー、さらには度を越した誇張(どの艶本、春画も性器をビッグサイズにデフォルメして描いている)を見ても、江戸のセックスにおける性器の重要視ぶりが理解できよう。

※週刊ポスト2011年3月18日号

http://www.news-postseven.com/archives/20110308_14361.html

キスには挨拶、親しみと友愛、性愛と欲情という3種類があるが、江戸期の日本では、セックスにまつわる“舌偏重”のキスだけが一般化していた。軽く唇や頬、手の甲に押し当てるキスという形式は普及していない。だから幕末期に英語がどっと押し寄せてきた際、「口吸い」だけでは訳語に困り「接吻」という新しい言葉をひねくりだしたのだという。

 また、口吸いのセックスにおけるポジショニングも男女差があったようだ。口吸いが、交合への第2ステップであり決め手だったのは男の場合で、女から仕掛けるケースでは口吸いからスタートすることが多かった。まず、抱きつき口吸いして男を誘惑する。男がその気にならねば、果敢に股間へ手を伸ばす……こんな流れが春画に描かれている。

 もっとも「口吸い」にも時代的な変遷があった。当初「男の舌を女に吸わすことなかれ」だったのが、いつしか男が女体をくぢるときに欠かせぬ性技として定着した。やがて女も負けじと口吸いするようになり、結局は男女を問わず積極的なほうが、主導権を握る展開になっていく。

 艶本『艶紫娯拾餘帖』では、奥女中が小姓の若衆にかぶさり、しっかりと彼のペニスを握りながら、口吸いを強要している。書入れ(春画の中に記された説明書きやセリフ)はいう。「初心な男はままならないわ。まずは口をお吸わせなさい」

 江戸の性を大らかに描いた歌麿の春画にも口吸いのシーンは多く、この性技の日常化が見てとれる。『歌満まくら』のように、女のほうから舌を出して男に吸わせるスタイルもあれば、『艶本葉男婦舞喜(はなふぶき)』では、坊主にくぢり放題にくぢられた後家が、「舌をしごき、あるいは食いつき」と口吸いによる反撃に転じている。

※週刊ポスト2010年11月12日号

http://www.news-postseven.com/archives/20101101_4739.html

上半身は口吸い、中間部の乳房を手で愛撫するという同時三点攻撃を「三所攻め」といい、大事なセックス技術とされていた。

 何より江戸期の性指南書は、男だけが快感を満喫する身勝手を厳しく非難している。溪斎英泉の記した江戸時代を代表する性科学百科『閨中紀聞枕文庫』でも、男女和合のため二人が一緒にオーガズムに達するべきだと説く。

 その極意が、前書にいう「三峯採戦」の法として紹介されている。「三峯とは、女体の口と鼻の先を“上峯”、乳房を“中峯”、陰戸(ぼぼ)を“下峯”という」「上峯の口を吸いながら、中峯の乳首をひねったりさすったりしながら女の唾を飲めば、女の精気をとって薬になる。下峯では玉門(ぼぼ)が淫水で潤い、子宮(こつぼ)がひらいたときをみはからって、とっくりと玉茎を挿入し、ゆるゆると九浅一深(くせんいっしん)の法で交合する」

 ポイントは三所攻めで女にオーガズムを得させることであり、かくして男も安心かつ満足のうちに射精することができる。これぞ、同書にいう「男女相感をもつてたのしむ」だ。

 現代のAVへ眼をやってみると、潮吹きや電マなど下半身への愛撫と執着が著しい。残念なことに三所攻めのシーンは実に少ないのだ。一方、江戸の春画には、二所攻めからまさに三所攻めへ移行しようとする絵柄がたくさん見られる。

 たとえば『正写相生源氏(しょううつしあいおいげんじ)』における、後座位で抜き差しの快感を与えつつ、乳房をさわり、いよいよ口吸いをも狙って、三所攻めを完成させようという場面は秀逸そのもの。

 絵の書入れで、女の台詞がオーガズムの到来も近いことを予感させる。「あなたは、まァどうしてこんなにお上手でいらッしゃるか」――男なら、女にこういわせてみたいものではないか。

『色道取組十二番』でも、男が後側位の体勢から身体をねじって女の乳首を吸っている。彼の一連の動きからして、口吸いへ移行し、空いた手で再び乳房を弄ると想像できよう。 多くの性研究者は、江戸において「三所攻め」は珍しくなく、むしろ一般的な性技だったと指摘している。彼らの性技のレベルの高さを証明するエピソードといえよう。

※週刊ポスト2010年11月12日号

http://www.news-postseven.com/archives/20101103_5023.html


性の文化が花盛りだった江戸時代。さまざまな性に関する工夫があったようだ。たとえば、江戸時代の性指南書『好色旅枕』によると、射精を遅らせる鍵は「蟻の門渡り」だという。

発射しそうになったら、蟻の門渡り(肛門と陰嚢の間)を中指で押さえよ、と説き、また、左の人差し指で睾丸の根元を押さえ、両足の親指を強く反らして10回ほど呼吸をしても、射精を止めることができる、と解説している。

また、江戸時代は一流絵師たちが競いあって春画や艶本を描き、豊かな性文化を形成した。性指南書『房内経戯草』によると、女性の陰部には48の名があるという。

良い名は、「しほいずみ」(皺泉)、「りんゑのごう」(輪廻刧)、「てんやくのすけ」(典薬助)、「ちごのて」(稚児手)、「みずはじき」(水弾)、「さこめ」(小籠)など。悪い名は、「すぎばり」(杉針)、「あしのよ」(葦節)、「ふるせ」(旧瀬)、「にもちゐ」(似餅)、「ひきめ」(蟇目)など。

そして、江戸時代の人々は西洋的な性意識に縛られていなかったために、生活に根付いた色事の文学である浮世草子や、男女の性愛を活写した春画に記された書き入れなどを男女の隔てなくおおっぴらに愉しんでいた。そんな時代の性指南書は、女性器の鑑別や品定めが必須事項でもあった。『好色訓蒙図彙』によると、良い女性器の陰毛は「ラッコの皮」だという。

上開(良い女性器)の陰毛は濃すぎず薄すぎず、やわやわと柔和であり、猟虎(らっこ)の皮を想像させるばかりである。「猟虎の皮」は、手で撫でるとその方向になびくといわれる。

※週刊ポスト2011年3月18日号

http://www.news-postseven.com/archives/20110307_14349.html


Gスポットは江戸時代からすでに発見されていた


江戸の性技法の特色であり、現代セックスとの際立った差異はイントロダクションにある。江戸の男たちは、女と言葉を交わし、春画や艶本などを見せてエッチなムードづくりにいそしんだ。

 艶本『艶道日夜女宝記』は、そのまま今のセックスに通じる技法を伝授しているから驚く。「膣の入り口の上側に、袋のようなものがある。そこを指腹で撫でよ」

 この「袋のようなもの」とはGスポットに他ならない。Gスポットの存在が江戸期、すでに知れ渡っていたのは間違いなく、『艶本幾久(えほんきく)の露』という喜多川歌麿の作にも「膣の奥に“名所旧跡”がある」の記述がみえる。ちなみに、性医学界でGスポットが紹介されたのは1950年、ドイツ人医師エルンスト・グレーフェインベルグによってとされているのだが――。

 春画『會本 拝開よぶこどり』では子宮口周辺のポルチオ性感や、オーガズムに達する際の膣の変化も鋭く観察し、描写しているから仰天だ。

「指を深く入れると、子宮が進み出てくる」――この状態を「玉が出る」といいGスポットと並ぶ“名所旧跡”に数えた。本番の交合前に、ストレートかつ、たっぷりと指でくぢる――なるほど、江戸のセックスは奥深い。

※週刊ポスト2010年11月12日号

http://www.news-postseven.com/archives/20101105_5021.html

江戸時代自作女性向け自慰グッズ 1650回以上の抜き差し推奨


古くから、適度なセックスは肉体ばかりか精神面にも良好な影響を及ぼすことが知られていた。だが、「大奥」の女中(奥女中)は男との性交渉のチャンスが極端に少なかった。

 江戸初期の1652年に成立した、セックスガイドブック『秘事作法』の中巻では、奥女中が積極的に実践すべき健康法として「独楽」すなわちオナニーを奨励。“マイ張形”の製法と独楽の楽しみ方の指南も述べている。

「わらび湯か葛湯に紅絹布を浸して丸め、乾かし、何重にも巻く」――これが作り方だ。 サイズは太さ約3センチ、亀頭部が約4.5センチ。全長は約20センチで、先端から16センチあたりに陰毛を模したつけ毛を施す。おそらくリアリスティックかつ勇猛な外観であろう。

 用意万端、いよいよ独楽を開始するわけだが、その回数が凄まじい。「性器の表面を愛撫すること50回、それと同時に乳房を100回ほど揉み、張型を浅く挿入し100回、クリトリスから陰唇への刺激を300回、騒水が湧き出たら深く挿入して200回」

 さらに張型を枕台箱で挟んで固定し、ヒップを落としていく。ここからの所作も回数つきで紹介しよう。「尻を上下にグラインドさせ200回、それをスローテンポに落としながら、空いている手で陰核にアップテンポの刺激を加え、尻を上下左右に強く揺らして200回……」

 ちなみに絶頂までの抜き差し、摩擦の回数は、割愛したものも含め実に1650回以上! これを生身の男に置き換えると……想像するだにおそろしい。

※週刊ポスト2010年12月24日号

http://www.news-postseven.com/archives/20101215_8101.html

春画とは江戸時代の人々の性生活を題材にした浮世絵だが、そこには人々の性への願望も描かれている。日本が世界と比べても自慰が盛んな国だったことは、数々の春画が証明している。

 かつて西欧では、自慰は生殖に直結しないというキリスト教的観念から禁じられ、中国では「接して漏らさず」の『養生訓』の教えのごとく精液の節約という意味で良しとされていなかった。ところが日本の春画は自慰シーンのオンパレード。その方法は実に多岐にわたり、現代からは想像もつかないような性具や媚薬が豊富にあったことがわかる。

 男性器を模した“張形”を使ったり、他人の行為を覗き見て、あるいは想像で手淫するなど、設定はバラエティに富んでいる。
男性器に巻きつけることで挿入時に女性を刺激する“肥後芋茎”や、金属の玉を女性器の中に入れて性行為をすると女性が快楽を得られるという“琳の玉”、また女性器に塗る媚薬など多彩だった。

 江戸時代は、『四つ目屋』というアダルトショップが堂々と表通りで営業されており、この手の性具は簡単に手に入ったという。

http://www.news-postseven.com/archives/20110119_10417.html


Kitagawa Utamaro
http://commons.wikimedia.org/wiki/Category:Shunga_by_Kitagawa_Utamaro

http://www.akantiek.nl/shunga.htm

Prints by Utamaro, Kuniyoshi, Kunisada I/II, Eisen & Utagawa School
http://www.ukiyoe-gallery.com/gallery9.htm
http://www.ukiyoe-gallery.com/gallery9.htm#Toyoshige
http://www.ukiyoe-gallery.com/gallery9.htm#Tomioka


http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/201.html#c5

[近代史3] 江戸時代の銭湯は男女混浴。出会いの場所としての期待も大きかった 中川隆
6. 中川隆[-12596] koaQ7Jey 2019年1月31日 05:59:59 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

天皇の性教育係・乳母

天皇は元服すると一人前の男性としてみなされました
元服した数日後に「添臥(そいぶし)」という女性を与えて性教育が行われるのです

その役目に選ばれるのは乳母が多かった
江戸時代のように春画がないので、乳母は自分の体を使って指導するのであります

例えば89代目の後深草天皇のお相手は乳母で大納言・久我雅忠の妻

14歳の時に人妻と初体験したのであります

ちなみに、後深草は初体験の人妻が忘れられず、この人にソックリという14歳の二条という娘を入内させております

また、80代高倉天皇(平清盛の娘と結婚する)のお相手も乳母
が、この乳母は妊娠してしまうというスキャンダルが起きてしまいました
http://hagakurecafe.gozaru.jp/iro19heian.html

乳母 うば(めのと)

養君(養姫)に対して、生母に代わり、授乳、養育を行なう女性のこと。

「ちおも」、「にゅうも」、「まま」とも呼ばれた。


乳母は、養君(養姫)に対する授乳終了後は、養君(養姫)の食事をはじめ、
その生活全般に渡り世話をした。


古代、天皇家や豪族では、生まれた子に、 生母とは別に乳を与えて養育を専門に行なう女性を置いた。 後宮職員令が制定されると、天皇家においては、親王には3人、二世王には2人、それぞれ乳母を給付することが決められた。

天皇家のみならず、有力公家や有力武家、各地の有力豪族も、乳母を置いた。

そして、乳母の最大の仕事は、養君(養姫)への性教育であった。

乳母自らが性教育の一環として相手を務めることも数多く、高倉天皇の乳母である藤原公重の娘は、高倉天皇との間に功子内親王を出産している等、 養君と乳母との間に子供が生まれた例は珍しく無い。

養君同様に、養姫に対しても、性教育は行なわれ、 夫となる男性を魅了し受け入れ喜ばせる術を伝授した。

これは、養姫に一人でも多くの子の出産させることで、 養姫の生母一族の「外戚」としての繁栄を確実とするためであり、 同時に乳母一族の繁栄も約束するものであった。

このように、乳母と養君(養姫)との関係は、単なる授乳、世話だけでは無く、 性的な秘め事を含んだために、濃密で、生母との関係よりも深いものであった。

こうして、乳母の権威は絶大なものとなり、養君が後継者となると、 女房衆や侍女たちを手足の如く使い、奥向きを差配した。

江戸時代の徳川幕府三代将軍徳川家光の乳母である春日局のように、 幕府内において、女性としては空前絶後の権力を手に入れた者もいた。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~yoropara/tishiki/ks00592.htm

徳川幕府の将軍の性事情すげえwwwwwwwwwww


1:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 13:47:11.79 ID:YcvuxPmvO

大学で研究したんだけどさ、これがすげぇんだよ。
聞いてくれ


8:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 13:53:06.02 ID:YcvuxPmvO

まず将軍家って、正室が赤子に乳やったりはあんまりしないそうで、授乳のために、若くて可愛いヤンママを雇うの。大体十代中盤とかな
なんで若くて可愛い必要があるかと言うと、若殿の性教育係も後々兼ねることになるから


13:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 13:57:31.25 ID:YcvuxPmvO

性教育が始まるのは、若殿が大体八歳くらい。
まだ二十歳前後の乳母(しかも幕府が国中から選んだ美女)がショタのチンコをマッサージしたり、舐めたりする。しかも乳母は複数いる。
精通前だからさぞドライオーガズムを経験できるだろう。

さらに


15:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 14:00:00.55 ID:YcvuxPmvO

あらゆる方法でチンコを鍛えさせられる。
紐で縛ったり、ヌメヌメした海藻の汁で擦られたり。

勃起を維持させられたり。

小学校高学年の男子がだぜ。
しかも


18:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 14:02:31.40 ID:YcvuxPmvO

ある程度形になると。
プロの剥き師(やっぱり美女)に優しくむきむきされる。

無事完了したら次は


21:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 14:06:02.14 ID:YcvuxPmvO

妊婦からチョイスすんだよ。ちなみにこの乳母の子どもは将軍様の乳兄弟で出世確実になるわけ。

剥けたら剥けたで、次はパイズーリ、本番が始まる。

毎日毎日だ。相手は美女の乳母。
まだ精通前な。


27:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 14:28:38.70 ID:mrhVdr8bO

春日局はこれをやって出世したってことか……
ふぅ…


29:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 14:37:15.52 ID:YcvuxPmvO

10〜12の少年が、国内有数の年上美女と毎日本番。
射精しないから券じゃにならないし、そりゃめくるめく快楽の日々だろう。
さてそんなある日、少年も初めてほとばしる。もちろん日課中に中にだ

つまり将軍家の男子はほとんどみんな初めての射精が生中出しなわけだ

ちなみにこの時、子どもが出来たら、それはそれで大事に育てられる。
神君家康公の血脈だからね。大体将来は幕府の要人となると。
吉宗とか、分家は近いけどもう少し軽いかな


35:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 14:48:56.94 ID:YcvuxPmvO

さて、この時から乳母とはセクロスしなくなる。
大人になったと見なされるからだ。
多分寂しかっただろうね。赤ちゃんのときから可愛いがってくれて、成長したらやらせてくれた優しい女性を失うわけだ。

この性教育にはもちろん政治的理由がある。
大事な将軍家の跡取りだから、いっぱい子孫を残さないといけない。
だから性を鍛えることは、武芸や学問を納めることと同じくらい大事だったのだ。

将軍家は子どもが多いほうがいい。
世継ぎにならない子どもは地方の有力武家に養子に出す。無理やり押し付ける

送られたほうは嫌でも、その子を自家の跡取りにするしかない。

そうすると実質、その武家はそこから徳川の血脈になる。
こうして徳川家は血による日本支配を実施していたのだ


79:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 20:04:54.36 ID:koO3Rmqr0

僕の想像による現場描写を少々

若殿8歳。乳母23歳(佐々木希美似)

若「このようにところで、鍛錬とな?」
乳「はい。若様、どうぞ下帯をおほどきください」

若「なっ。なぜそのようなことを!?」
乳「若様、老中から、わたしにすべて身を任せるように、とございませんでしたでしょうか? 
若様も徳川の男児、時がきたのでございます」

若「ううむ。よかろう。(シュルシュル)これでよいか?」
乳「うふふ。はい。まぁ、可愛らしい珍宝様。それでは少々失礼します」

若「こ、これ。なにゆえそのようなところを…あっ」
乳「若様、やさしくさすってさしあげておりますが、痛みはおありでしょうか?」

若「いや、痛みなどはないが…。なんともいえぬ気分じゃ。くすぐったいような」

乳「あら、それでは今日はもうおやめになりますか?(手を離す)」
若「い、いや。もう少し続けるがよい…」

乳「かしこまりました。うふふ。どのようなお気持ちであられますか?」
若「あぁ…。あぁ…なにやら、心地よい」
乳「あら、もうこのような…。硬ぅございます。若様。」


80:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 20:05:48.66 ID:koO3Rmqr0

いや、やっぱ乳母は上に出てた。堀北真紀似

若様10歳 乳母25歳

若「今宵も鍛錬か」
乳母「はい。これは弓馬の道や四書五経と同じく、
ご世継たる若様にとって必要なことでございます。ご容赦を」

若「苦しゅうない。うむ。わたしも、この鍛錬は得意じゃ。さぁ、よろしく頼む(べろーん)」

乳「…このように雄雄しく猛っておられて、、うれしゅうございます。ペロっ」

若「!?」

乳「ふふ。どうなさいました? 若様」
若「なにをしたのじゃ? わたしの珍宝は食べ物では…。(ペロっ)あぁっ!」

乳「心地ようございますか? これも若様のためでございまする。ちゅぱっ、ちゅぱっ」

若「わしは…わしは…!」

乳「あらあら、赤子のようにお泣きになって、そのように感じいっていただいて幸せにございます」


81:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 20:06:53.66 ID:koO3Rmqr0

若様12歳 乳母27歳

乳母「さぁ、今日も若様をこの身に受けさせていただきます」
若「うむ。たのむぞ」
このとき、若はいっさい動かないのがしきたり、乳母が全部やるらしい

乳「(くちゅっ、くちゅっ)…はぁっ お迎えいれる準備がととのいました。では」
じゅぷ

若「おぉ…」
乳「(ぐちゅ、ぐちゅ)…いかかで、ああっ、いかがでございますか?」
若「…今日は、なにやら、いつもと違うようじゃ…ふぐりが。うずきよる」

乳「まぁ、よいのです。そのまま感じいるままに身をお任せください」

若「あっ、あっ、なにか、なにかあがってくるようじゃ!」
乳「(パン、パン)、さぁ、そのまま…そのまま。お心のままに…」

若「うっ、(どくっ、どくっ)」
乳「あぁ…。奥に、放たれております…」

若「…はっ、すまぬ。小水を漏らしてしもうたようじゃ」
乳「ふふ。これは小水ではございませぬ。若様がおのこになった証、子だねにございます」

若「な、それはまことか!?」
乳「めでたきことにございます。…されど、されど」
若「どうした、なにを泣いておる」
乳「若は大人になられた。
もう、この乳母めが若の猛りをお受けすることはかなわぬのでございます」

若「なにっ」
乳「申し訳ありませぬ。このようなめでたきときに、涙など…」


以上、幼年期〜少年期編でした。

つづいて、青年期編


84:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 20:12:58.91 ID:koO3Rmqr0

さて、そんあ少年時代をすごした若殿。
いよいよ将軍位を継ぐとどうなるか。
まぁ、有名だけど、大奥ってあるよね。

まず正室について

正室っていうのは伝統的に公家、宮家、天皇家から迎え入れるものなのよ。

まぁ、いってみれば政略結婚みたいなもんさ。

だから当然、正室は別にかわいいわけでもない。そんな背景もあって、

代々、徳川家の将軍は正室とはあんま仲良くない。

なんと正室との間に世継の子ができたのは、長い徳川幕府の歴史のなかでも
ほどんどいない。

有名どころでは、三代将軍家光なんて、結婚したあと、一回もセクロスしてないらしい。

これにはほかのひとが邪魔した説もあるけどね。

なので、将軍のエロスの矛先は、まぁ、当然側室タンに向かうわけだ。


85:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 20:16:31.25 ID:koO3Rmqr0

側室ってのは、基本、「御中ろう」という女性の集団の中から選ばれる。

もともとこの御中ろうは容姿端麗の人が多いけど、

将軍は日々、ずらっと並んだオナノコたちをみて、「お、いいねー」とか思ったら

小姓とかに「今日はあの子ね」とか言うわけよ。

そしたら、小姓が、御年寄という人に伝えて、女の子に準備させとく。

まぁ、要するに小姓がボーイで御年寄はソープのオーナーみたいなもんだ。

まぁ、バンコクみたいなスタイルだね。

さて、それで選ばれた子がその後どうするか?


88:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 20:21:57.85 ID:koO3Rmqr0

お声がかけられた女の子が、一生懸命風呂入って化粧して

閨で将軍を待つ、なんと二時間前から待機なのだ。

で、遅れて将軍がくる。
お茶とか飲んでいざベッドイン。

ちなみにこのとき、その日セクロスする子とは別の子が、二人「添い寝」という役割で、セクロスする二人の横で横たわる。

この二人は、セクロスを一部始終聞いて、次の日報告すんのね。

「昨日の将軍さま、すごかったー。めっちゃ腰ふって、気持ちよさげだったー」

みたいなね。羞恥プレイ好きならたまらんよホント


89:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 20:26:25.82 ID:koO3Rmqr0

ちなみに、このときセクロスした子は、まだ「側室」とは呼ばれない。
側室ってのは、子ども生んだあとだ。

毎日毎日、きれいどころをとっかえひっかえ、SEXSEXSEX

あと、この「添い寝」の役の女の子が登場したのも理由がある。

それは5代将軍綱吉が、セクロスしてるときに相手の子に

「ねぇ、ねぇ、わたしと仲のいい吉保くんに、国あげてよぉ」
「え…、それはちょっと」
「え〜だめぇ? もっと気持ちよくしてあげるから〜、ね? ちゅぱっ」
「ああっ、わかった。じゃあ甲斐の国やるわ」

みたいなやりとりがあって問題になったことがあるからだ。

たまらんな。本番するなら一万とかじゃないんだぜ。

国だぜ国。さすが将軍、レベルが違うぜ。


91:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 20:30:24.55 ID:wJNPWESz0
>>89
ということは実際に将軍の相手をした人数は正室&側室よりも多いのか……
裏山けしからん


93:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 20:38:02.73 ID:koO3Rmqr0
>>91
まぁ、そうだろうね。
だって君ならどうするよ。毎日、たくさんの美女が現れて
抱き放題だよ


90:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 20:30:21.10 ID:koO3Rmqr0

さて、ここで歴代将軍それぞれのエピソードを紹介したい。

まず三代将軍家光。

こいつはガチホモだった。戦国時代は男色が普通だから、家光くんはまだ、
その名残があったんだよね。

しかし将軍がガチホモって大変じゃん。DNA残す観点からいうとさ。

だから回りの人があせって、やべぇ、女のよさおしえねぇと

ってことで、わざわざ京都から、ものすげぇ美人を連れてきたりして

ガンガンSEXさせたのよ。いいよねー

でも家光くんは結局ホモは直らなくて、ギリ、両刀使いで収まった。

晩年にも男相手に夜這いしたりしてる。


92:名も無き被検体774号+:2011/12/28(水) 20:35:54.81 ID:koO3Rmqr0

あ、将軍シリーズ続ける前に、

将軍に嫁ぐ名家の姫君に伝わるSEX指南書ってのもある。

これも紹介したい。

たとえば、島津家、宮崎あおいで有名な篤姫とかの所属だ。

まぁ、篤姫が読んだかどうかわかんねぇけどね。

@SEXするときは恥じらいをもって処女っぽくしろ。なれてきてる感じ
だすと嫌われるよ

A殿方が、エロ本(春画な)みながらSEXしてくるときあるけど、そんときも
ふてくされずリアクションとれよ

Bイクときは一緒。あるいは先にイケ。もし殿方が先にイッたら、それ以上
もとめるな。我慢しれ

CSEX終わったら、いつまでもベタベタしないで別の寝床で寝ろ。邪魔だから

すばらしい指南書だよね。

将軍最高だよ。


114:1:2011/12/29(木) 10:52:28.58 ID:QDhDVW/EO

綱吉はショタ好きだった。
将軍の小姓は定員12名と決まってたけど26名に拡大


美少年を探す役職「子供見立役人」っていうのも作った。

で、ショタとのプレイも楽しん。

しかも、綱吉のほうが「ウケ」

さぁ、わしを掘るがよい!
とか言ったんだろうな。多分


117:名も無き被検体774号+:2011/12/29(木) 10:59:53.34 ID:QDhDVW/EO

ストレートに精力一番なのは、多分11代将軍の家斉。

17歳で結婚。結婚の翌月には妻、出産。出来ちゃった結婚ではない。


結婚決まった家斉くんが挙式まてずにやっちゃっただけだ。

わしは、わしは我慢出来ぬ!とか言ったんだろうね、多分。

17だし、仕方ない。

その後、在位38年の間に40人、側室タンを迎えている。

年間一人以上のペースとかどんだけ。

ちなみに子供は53名。

徳川No.1の種馬


120:名も無き被検体774号+:2011/12/29(木) 11:24:24.55 ID:QDhDVW/EO

ちなみに、江戸時代にはすでに、鼈甲製のオナホもあったけど、
多分将軍様は生涯使用しなかっただろう。

四ッ目屋という有名なアダルトショップが当時あったが、ここは通販もやってた。

大奥にいるけど、将軍に抱かれない欲求不満美女はここで、
ち●この張型とかを購入したりもしたらしい。

124:1:2011/12/29(木) 11:48:33.17 ID:QDhDVW/EO

女の処女性が重要視されるようになった江戸中期以降は処女がマストとされた。

でも実際にはそうでもなかったとも言われてる


135:名も無き被検体774号+:2011/12/29(木) 13:23:43.87 ID:Hm7cm04c0

で、寝床の技は実在したのか?


138:1:2011/12/29(木) 14:11:36.40 ID:QDhDVW/EO
>>135
寝床の技は江戸時代には多種多様だったらしい

撫戯、掻戯、打戯、舐戯、乳房淫、舌人形、あいなめ、吸茎。

名前だけでも凄そうだ。

ちなみに江戸は巨大風俗街でもあった。

吉原は有名だけどここはクソ高い。

他にも夜鷹(たちんぼ)、湯女風呂(ソープ)、売比丘尼(デリヘル)、
船饅頭(船上売春)、深川芸者(男装娼婦)、
囲い旦那(素人援助交際)とか、

色々いた。

江戸に住む女性の50〜60人に1人は娼婦だったらしい。

値段も色々、吉原は現在の価値で100万くらいかかったりするけど、
夜鷹なら2千円くらいからあり。

これは江戸の人口比率が圧倒的に男が多かったからだ。
商家の次男とかは結婚も出来ないし、
風俗遊びしか余った男の性欲解消はなかったんだろうね。


まあ、それは庶民の話。

将軍様には関係ない


139:1:2011/12/29(木) 14:20:50.22 ID:QDhDVW/EO

安囲い、っていう文化もあった。
これは金のない庶民が、五人くらいで金を出しあって、1人の女を共有の妾にする。
というもの。

そんな庶民の事情とは裏腹に、今日も将軍は好きな女の子をチョイス。


これは前に書いた。子孫繁栄のための理由もあるけど、幕臣による陰謀説もある


142:名も無き被検体774号+:2011/12/29(木) 14:24:59.61 ID:rr/IN1Wf0
>>139
中華の宦官みたく、上様骨抜きにして幕臣共のいいように幕政を牛耳るため?


143:1:2011/12/29(木) 14:25:47.44 ID:QDhDVW/EO

政務を自分の意志で仕切りたい幕臣にとっては、将軍にごちゃごちゃ口出しされると嫌。

だから可愛い子にプレイさせて、セクロス大好きバカ殿様にしておこうというもの。

将軍「アヘアヘ、ち●こ気持ちいいお。もう政治とかどうでもいいお。
お前らかってにやっとけ。あーソコソコ!
もっと激しく

…ふうっ。明日はどの子にしようかなフヒヒ」


147:1:2011/12/29(木) 14:53:04.28 ID:QDhDVW/EO

さて、そんな中で気骨を見せた将軍もいた。

暴れん坊で有名な吉宗だ。

吉宗は若い時に正室を亡くしていて、将軍になったときは独身だった。

大奥の女の子からすりゃ、スーパー玉の輿チャンスキタコレなわけだ。

吉宗はそこで、家臣にこう命じた
吉「大奥の中でも、特別可愛い子選んでくんね?
そうね一気に50人くらいな。あ、わかってると思うけど、ババアは駄目な。25以下だろ常考」

そうすると大奥は大騒ぎ。ファッション頑張ったり、
セクシーな仕草出したり、女の子たちもうアピール


148:1:2011/12/29(木) 15:04:20.50 ID:QDhDVW/EO

そして厳選された日の本トップ50の美少女。

謁見してきた彼女たちに吉宗サンは言った。

吉宗「お前ら全員クビな。まあ可愛いからすぐイイ旦那できるべ?」

これは吉宗サンのリストラ大作戦だった。

当時幕府は財政難で、大奥は金かかってた。
でも吉宗サンは紀州の出だからいきなりクビとかすると角がたっちゃう。
だから綺麗な子、ってことにした。

クビにされた子も、天下の大将軍に美人さを認められたわけだから嬉しい。
しかも「大奥美人コンテスト入賞」の実績つくから、幕府辞めても、引く手あまたで生活困らないから文句無し。

凄いぜ吉宗。

多分「大奥美人コンテスト入賞」は現代で言う
「国民的美少女」とか「なんとかシンデレラ」とかあのへんの感じなんだろうね


165:1:2011/12/30(金) 00:18:54.23 ID:af8vWwLGO

さて、そんな青年期を終えて中年になった将軍様。
こうなると問題も出てくる。

ちなみに大奥では普通、将軍のセクロス相手はどんなに遅くても30で引退だ。
だから必然的に40代50代になった中年の将軍は10代20代のピチピチを相手する。

すると問題も出てくる。


167:1:2011/12/30(金) 00:31:18.04 ID:af8vWwLGO

いくら徳川さんだって人間だ。

年取るとち●こも元気なくなる。
だけどセクロスも仕事だからずっとは休めない。
だから気分乗らなくても美少女を抱く。

するとあるよね。たたなかったり、中折れしたり。
しかも最悪なのは、将軍のセクロスは添い寝の女の子が家臣に報告する

「将軍ったら途中でヘナヘナになって使い物になんなかったー」

ってね。すると悪循環


168:1:2011/12/30(金) 00:36:10.53 ID:af8vWwLGO

そんなとき、頼りになるアイテムがあった。


176:1:2011/12/30(金) 11:51:36.81 ID:af8vWwLGO

さて、ち●こが元気なくてセクロス出来なかった将軍。
しかも報告係がソッコー喋るから、家臣にもバレバレ。ハズカシス。

そこで将軍は思った

将軍「あ、あれ使えばいいんじゃね?おい誰か、四ツ目屋行ってあれ買ってこい」

こうして徳川くんは兜型、鎧型、ペイノコインポ、長命丸を入手した

将「フヒヒ、これでひいひい言わせたるねん」


177:1:2011/12/30(金) 11:58:46.46 ID:af8vWwLGO

まず兜型。これは水牛の角で出来たコンドームみたいな器具。
ち●こに装置すると亀頭の戦闘力がアップする優れ物。

でもなんかあんまり男は気持ちよくなさそう…

続いて鎧型。格子型の器具。細長い鳥篭みたいな感じだ。
コレはまあ、勃起補助器具だな。

年寄に爆発的に売れたらしいよ。


185:名も無き被検体774号+:2011/12/30(金) 16:22:49.60 ID:9gWPLhE00
>>177
なんか男が気持ち良くない上に中で壊れたりしそうで怖い


178:1:2011/12/30(金) 12:04:15.86 ID:af8vWwLGO

そして不思議な名前のペイノコインポ。

これも張型なんだけど、溝と器がついてて、ピストル運動すると、
女の子のま●こ汁が溝を伝わって流れて来て器にたまる。

え?そんなもん集めてどうすんだって?もちろん一気飲みすんだよ。

EDに効く、って言われてたんだよな。


179:1:2011/12/30(金) 12:15:25.75 ID:af8vWwLGO

一番効くとされたのは長命丸。

成分などはあんまり知られてないけど、これは塗り薬。
ち●こに塗るの。
するとガチガチに勃起して、堅さもデカさもいつもよりうえに。

使用説明書によると「どんな処女くせーお嬢ちゃんも、貞淑な妻も、人気の花魁も、コレ塗ってぶちこめば一発。即イキ」

らしいよ。バイアグラなんて目じゃねーぜ。僕も欲しい。
しかも値段はたったの32文(600円くらい)
ドラックイレブンに売ってたらダース買いするレベル。

ただ長命丸は避妊効果もある謎のクスクスだから、将軍様はあんまり使えなかったみたい。
可哀想ね


193:1:2011/12/31(土) 12:52:02.36 ID:oR0sXOWIO

ところで、大奥で働いてる女性の年収は現在の価値に換算するといくらくらいになると思う?


195:名も無き被検体774号+:2011/12/31(土) 12:58:34.39 ID:+JqokcZ30
>>193
いちよう、エリート会社員ぐらいで1000万円
プラス現物給付って感じかな?
美味であります〜って言ってるし


194:1:2011/12/31(土) 12:57:47.40 ID:oR0sXOWIO

大奥での収入は切米っていう年収のほかに、衣装代とか油、銀で払われる。

大奥トップのババアは大体1600万円前後、実際抱かれたりする若い子は420万くらい。

あれ?これおかしくね?
なんかおかしくね?


197:1:2011/12/31(土) 13:03:41.88 ID:oR0sXOWIO

だってさ。吉原で遊女抱いたら、50万くらいかかるんだぜ。

それ考えたら大奥嬢の給料やすすぎじゃね?

とか思うけど、実際彼女たちはそんなことあんまり思わなかった。

住居費、光熱費、税金がかからないのも在るけど、何よりデカイのが

将軍様に抱かれる、とゆー喜び


198:1:2011/12/31(土) 13:08:09.65 ID:oR0sXOWIO

当時、将軍様は天上人みたいなもんで、憧れ。

しかもある説によると代々イケメンだったらしい。
まあ良いもの食ってて武芸も鍛えてるから体格いいし、服も高価、子どもの頃からち●こも鍛え上げてる。
しかも上手くいけば、将軍の子を孕める。

だからあまり不満は出なかった。


199:1:2011/12/31(土) 13:12:43.48 ID:oR0sXOWIO

大奥子ちゃん「ああっ…上様、中に、奥深くにくださいまし…上様の精液が…子種がほしぃのぉ!!」

って言ったかどうかは知らないけど、100%思ってたはず。

大奥女性が将軍以外のち●こ入れたのは、記録にあるのは江戸時代でもたしか二回だけ。


200:1:2011/12/31(土) 13:20:18.97 ID:oR0sXOWIO

ホント、将軍ってイイ商売だよな。
多少忙しくても、たくさんの可愛い子に中出し求められるなら我慢するよ

しかしそんな中にも変わった意見の将軍もいた。
家斉くんである


201:1:2011/12/31(土) 13:27:24.96 ID:oR0sXOWIO

家斉「ふんふんふん!!」

大奥子「ひゃっ!あぁっ…んっ…上様ぁ、イっちゃう、イっちゃう…!!」

家「うむ」

大奥子「上様はぁ…?わたしのナカ、気持ちいい?ねぇ」

家「よいぞ」

大奥子「嬉しいっ!!いっぱい出して、上様のオチンポミルク、いっぱい出してぇ…っ」


終了。

家斉(なんかもう愛あるセクロス中出し祭り、
飽きてきたわ。いいよな〜一般人は。俺もあそこに行ってみてぇ)


205:1:2011/12/31(土) 13:58:10.85 ID:oR0sXOWIO

もちろん家斉クンが興味持ったのは、花魁。吉原である。
よくわかるわ。風俗は別腹だよな。
http://blog.livedoor.jp/kinisoku/archives/3228132.html

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/201.html#c6

[近代史3] 江戸時代の銭湯は男女混浴。出会いの場所としての期待も大きかった 中川隆
7. 中川隆[-12595] koaQ7Jey 2019年1月31日 06:01:10 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

結婚したDAIGOに祖父・竹下登の跡を継ぎ政界出馬説...でもDAIGOは竹下家の忌わしい過去を知っているのか
リテラ 2016年1月12日
https://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20160112/Litera_1883.html

1月11日、揃って入籍会見を行ったDAIGOと北川景子。これまでラブラブ交際が伝えられていた美男美女カップルのゴールインに多くの祝福の声が寄せられている。特にDAIGOは昨年の『24時間テレビ 愛は地球を救う』(日本テレビ系)の100キロマラソンランナーを務めるなど老若男女に人気で、好感度も高く、結婚会見も2人の誠実な人柄や爽やかさが全面に押し出されて祝福ムード一色だ。

 そんなDAIGOが最初に注目されたのは、第74代内閣総理大臣・竹下登の孫という"出自"だった。竹下登は代々続く島根県の酒蔵の御曹司で、作家の三島由紀夫や大物政治家の金丸信、また大叔父にあたる衆議院予算委員長の竹下亘など錚々たる血脈を持つ。

 バラエティ番組などで、その華麗なる血族ネタや「おじいちゃん」ネタを連発し、「ウイッシュ」の決め台詞ポーズや短縮アルファベットを駆使したバカトークとのギャップで人気を博していった。

 実は、その血脈の影は今もつきまとっており、地元・島根においてDAIGOの政界進出待望論は大きく、大叔父・竹下亘の地盤を引き継ぎ、衆院選に島根2区から出馬も取り沙汰されている。少し前には、地元でその大叔父とともにトークショーを行い、噂の信憑性を高めることになった。

 当初のバカキャラから最近、好感度タレントに変貌をとげているようにみえるDAIGOだが、本当に政界に進出するのだろうか。

 しかし、DAIGOがさんざんネタにし、今、その後継も取り沙汰されている竹下家、そして竹下登という政治家には、好感度タレントにまったく似つかわしくない忌まわしい歴史がある。

 そのひとつが、竹下登の最初の妻をめぐる、ある"事件"だ。

 大正13年(1924年)年、島根県の造り酒屋を生業とする旧家の長男として生まれた登だが、太平洋戦争末期の昭和19年3月に同郷で19歳だった政江と学生結婚している。だが新婚生活5カ月足らずで登は軍隊に入隊し新妻は竹下の生家に残った。しかし登が復員する3カ月ほど前の昭和20年5月23日、政江は帰らぬ人となっていた。死因は自殺だった。

 この「決して口外してはならない」という竹下家の過去については、評伝

『われ万死に値す ドキュメント竹下登』(岩瀬達哉/新潮社)
https://www.amazon.co.jp/%E3%82%8F%E3%82%8C%E4%B8%87%E6%AD%BB%E3%81%AB%E5%80%A4%E3%81%99%E2%80%95%E3%83%89%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88%E7%AB%B9%E4%B8%8B%E7%99%BB-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%B2%A9%E7%80%AC-%E9%81%94%E5%93%89/dp/4101310319


にその詳細が描かれている。

政江の悩みは、竹下の父、勇造との関係にあった。

勇造は、妻唯子を三月二十四日に失ったばかりで、寂しさからか、何かと政江に"干渉"しだしていたという。

「勇造さんは、敗戦を意識して自暴自棄になっていたのかもしれないが、その執拗な"干渉"は、毎夜のように政江さんを悩ませていました。政江さんはノイローゼ状態となり、睡眠薬を手放せなくなっていたのです」(竹下後援会「きさらぎ会」元幹部)


 勇造は政治談義が好きで、また上背も恰幅もあり女性にもよくもてたというが、こうした状況に政江は自殺の1カ月ほど前、立川で訓練を受けていた登をひとり訪ねている。しかしこの時、登は、国が大変な時に家庭のことで煩わすなと言って叱ってしまう。そして政江は自室の鴨居に腰紐を通して首吊り自殺をはかったという。

「あの日は、昼になっても政江さんは二階の部屋から降りてこなかった。それで、女中が昼御膳の用意ができましたよといって、政江さんを起こしにいったところ、鴨居で首を吊っていた。

階段を転げ落ちるように降りてきた女中から、急を告げられた高尾番頭が、あわてて二階に駆け上がり、政江さんを鴨居から降ろした。政江さんのからだは、まだ温かかったということです」(竹下家の内情を知る関係者)

 息子が出征して1年も経たない間に、舅・勇造のどんな"干渉"があったのか。同書では明記されていないものの、勇造と政江のただならぬ関係を示唆する証言がいくつもされている。

「この(死亡診断の)時、身重かどうかも調べられたが、妊娠はしていなかった」

「普通なら、親子の縁を切ってもいいような仕打ちですよ。勇造さんがやったことは......」

 同書ではさらに、衝撃的な"噂"も紹介されている。それが登の後妻となり、DAIGOの母親を産んだ直子にまつわるものだ。

登が直子と再婚したのは政江が自殺して1年も経たない昭和21年1月だった。


竹下との結婚から間もなく、直子は最初の赤ん坊を生む。

人事興信録によると、長女が生まれたのは「昭和21年4月29日」とある。
しかし、昭和二十年八月末に復員し、翌年の一月に結婚した二人の間に生まれた子供にしては計算があわない。

そこでいろんな噂が流れることになる

 こうした嫁を巡る"事件"はその後の登に大きな陰を落とす。

登は"耐え忍ぶ""気配り"の政治家といったイメージが強いが、それはこの一件以降のことだという。

あのことが遭って以来、竹下登は、人が変わってしまった。人の意見は、辛抱強く聞くが、自分の考えは決して出そうとしない。しかも、どうとでも取れる曖昧な話し方をするようになりました


 その後、登は政治家として権力の階段を努力と忍耐で駆け上がっていくが、同時に目的のためには非情に振る舞うことも厭わなかった。そのためさらなる"忌まわしい事件"がいくつも起こっている。

 そのひとつが総理在任中に起こった金庫番の秘書・青木伊平の自殺だ。リクルート事件によって、リクルートからの献金や未公開株以外に5000万円の借り入れまで発覚したことで窮地に立たされた竹下登は1989年4月25日、退陣表明するに至ったが、その翌日に青木秘書が自宅で自殺しているのが発見された。竹下事務所の金のすべてを仕切ってきた青木秘書は自死することで竹下の秘密を最後まで守ったと言われているが、その一方、あまりに不自然な自殺現場に謀略説まで囁かれたほどだった。

 前出の『われ万死に値す』でも、青木と旧制中学で同期だった人物が「遺書があったので、自殺ということになったのでしょうが、自殺にしては不可解なことが多い」と証言している。

 青木の遺体は、自宅のベッドにあおむけの状態で発見された。「首にはネクタイが巻きつけてあり、ネクタイには腰紐が継ぎ足され、その端が寝室のカーテンレールに繋がっていた。

青木はパジャマ姿で、左手首には両刃カミソリによる切り傷が十七カ所もあった。布団は血の海だったが、すでに乾きはじめていた」という壮絶なもので、またベッド脇には背広とズボンがきちんとたたまれ、夫人や竹下にあてた遺書も残されていたという。

 青木の同期の人物は、遺体の状況についてこう疑問を呈している。

「まず背広とズボンがたたまれていたことです。青木は、そういうことをしたことがない。(略)また、遺体の下着が汚れていなかったのもおかしい。(略)縊死の場合は、必ず、脱糞と精液で下着が汚れるものなんです。それがなかったというのは、殺されてから偽装のため縊死を装ったとしか思えません」

 いずれにせよ青木の死により疑惑は闇に葬られ、竹下は追及の窮地から逃れることになった。

 その後、総理大臣を退陣した竹下だったが、以降も政界に隠然たる影響を持ち続けた。だが92年に起こった佐川急便事件に関連し驚愕の事実が明らかになる。それがいわゆる「皇民党事件」だ。87年、前総理であった中曽根康弘の裁定により竹下が総理に就任したが、その際に民族団体「日本皇民党」からホメ殺しの執拗な攻撃を受け、精神的に追い詰められた竹下は暴力団・稲川会を使ってホメ殺しを中止してもらったことが発覚、いわば竹下内閣は暴力団の力を借りて誕生した内閣だという前代未聞の大スキャンダルだった。


竹下は、巨大組織の後ろ楯を得て、政界を歩んできた官僚政治家でも、田中角栄のように独創的な発想と爆発的なエネルギーで一家を成した党人政治家でもない。

目的のためには自分を殺し、どんな屈辱にも耐え、余人には真似のできない気配りによって少しずつ仲間を増やしてきた地味な努力家でもある。そして、ついには寝首をかくようにして派閥の領袖の座を奪い取った凄みのある策謀家でもある〉(同書より)

 もしDAIGOが政治家になって、祖父・登からの地盤や看板、カバンを引き継ぐことになるなら、否が応でもそうした"忌まわしい過去"まで引き受けざるを得なくなるだろう。イメージだけでなく、本当に人柄がいいと言われているDAIGOには、そんな世界に絡め取られてほしくない、という気もする。

 4月に調整中といわれるDAIGOの結婚披露宴だが、政財官界からどれだけの出席者があるのか。それが今後のDAIGO政界進出を占う布石になるのかもしれない。
https://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20160112/Litera_1883.html

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/201.html#c7

[近代史3] 江戸時代の銭湯は男女混浴。出会いの場所としての期待も大きかった 中川隆
8. 中川隆[-12594] koaQ7Jey 2019年1月31日 06:01:47 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

この怪奇事件

1 名前:きち 投稿日: 2004/01/12(月) 21:07

ご存知の方も多いと思います。大分昔の事件ですが、ある(東北だったかな?)村でのこと。その村の風習で結婚式の日、初夜の前に新郎の父親と新婦が結婚式場の会場で交わるという儀式があったそうで。

もちろん、ついたての向こうで行なわれるのですが、その事件のとき4時間たっても2人はでてこない。

しびれをきらした新郎が「親父、いいかげんにしろ。」と叫び、出席者もいらいらしてついに覗きにいったそうです。

そうしたら、2人は、裸で抱き合ったまま死んでいたそうです。

結局、死因もわからなかったそうですが、私もいろいろ事件について考察するのは好きなのですが、この事件2人とも亡くなったというのは心中なのでしょうか?
その日以前から2人は関係があったのでしょうか?

父親が仮に腹上死したとしても花嫁が死んでいるのはおかしいですし、皆さんの推理はどんなものでしょうか。

大体、この村の新郎の気持ちは全般にどのようなものだったのでしょうか?

中には、結婚後も父親と関係が続くようなこともあったと思うのですが、どんなものでしょうね。

母親の嫉妬とかはなかったのでしょうか?色々気になります。

まあ、夜這いなんかも今の常識では考えられないことですし、その時代の常識がそれが当たり前だと思えばそうなのかもしれませんが。皆さんの思ったところをお聞かせ下さい。


2 名前:吉之助 投稿日: 2004/01/13(火) 00:04

この事件は私も永年、気になっているのですが、如何せんかなり古い話(明治16年)なのでソースも見当たらずよくわからないというのが正直なところです。ただ、こうは考えられないでしょうか?

そもそも仮の一夜で二人は死んだのではなく何らかの理由で死んでしまった。(それこそ心中かもしれません。)

きっと、その村では隠さなければならない理由だったのでしょう。

そこで、仮の一夜で不可思議な死を遂げたことにしたと・・・

奇習が残っていた古い部落ですから死因を隠蔽することぐらい口裏を合わせれば可能だったんじゃないでしょうか?

いずれにしろ、自然死とは考えにくく捏造された事件だったんじゃないかと思います。


4 名前:吉之助 投稿日: 2004/01/13(火) 23:32

この事件については資料がほとんど見当たらずなかなか調べにくいのですが
明治16年(1883年)1月24日宮城県宮城郡のある村で起きたとしか
私の持っている本には出ていませんでした。いつぐらいまでこの奇習が残って
いたかはわかりませんが、このHPでも取り上げられている名張毒ぶどう酒事件
(1961年)の起きた部落ではフリーセックスのような習慣があったらしい
のでかなり後年まで続いていたのではないかと思います。

繰り返しになりますが、義父が死ぬのは理解できるのですが(心臓麻痺等)
若い新婦まで亡くなる、しかも伝えられるところによると抱き合ったまま
死んでいたというのはやはり無理がある。

警察が来たのは当然、その後で現場にずっといたわけではない。
式の参列者は親戚と村の有力者。恐らく式が始まる前に既に二人は死んでいたのではないか?

その部落にとってその死はあってはならない死に方(心中?)で村の有力者
親戚が話し合って仮の一夜で不可思議な死を遂げたことにした・・・
的外れかな?


5 名前:猫田 投稿日: 2004/03/18(木) 22:52

大分前に読んだ本には、

義父が妻に内緒で囲っていた新婦と、それを全く知らない新郎が出会って付き合いだし二人が祝言を挙げる段で、急に新婦を息子に取られるのが嫌になり、閨で何らかの毒を飲ませて殺し、自分も後を追った…

とあったようです。出版社や著者は覚えていませんが、結構ありきたりな心中事件だったように思った覚えがあります。


9 名前:きち 投稿日: 2004/05/07(金) 23:18

すごいといえば、30年代の名張ぶどう酒事件の村のようなフリーセックスとかもすごいですね。

10年ほど前、仕事で3年ほど住んでいた僻地の村では近親相姦やら夜這いもどきやらで全校50人ほどの中学に知的障害の生徒が8人もいました。

でもこの事件も周りの人が何時間も待っていたというのが笑えますね。


12 名前:あんず 投稿日: 2004/05/08(土) 23:17

日本は近親相姦(父→娘)が多いのはどうしてだ?

と外国人に聞かれたことがあります。なんでも彼の周りだけでも
4人の日本人の女性がそういう過去があるそうです。

そういう話を聞くと病的で嫌悪感を感じますが、もしかしたら日本は昔そういう奇習が普通(と言ったら語弊がありますが)だったのかもしれないですね。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2776/1073909229/

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/201.html#c8

[近代史3] 江戸時代の銭湯は男女混浴。出会いの場所としての期待も大きかった 中川隆
9. 中川隆[-12593] koaQ7Jey 2019年1月31日 06:02:34 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

奇習! 幼い少年少女による「SEX奉公」の実態! 旦那や女将の性奴隷に… 闇に葬られた「商家の秘密」とは!?=近畿地方 2018.05.26
http://tocana.jp/2018/05/post_16721_entry.html
【日本奇習紀行シリーズ】 近畿地方

 西村昭五郎が監督し、1982年に公開されたロマンポルノ『美姉妹・犯す』では、風祭ゆき演じる書店経営者の長女と、山口千枝演じる次女が、父親が経営する書店で勤労学生として働きながら下宿している清(演・内藤剛志)によって犯され、最後には姉妹同時にハメ倒されるまでになるという、なんとも複雑な人間模様が描かれているが、こうした「使用人との肉体関係」は、なにもロマンポルノや後世のAVの中だけの話ではないようだ。


「昔はちょっとした商売人の家じゃ、下男や下女を使用人として抱えていたものなのですがね、こと、このあたりじゃ、ちいとばかし事情が違っていまして。こうした使用人というのは、だいたいが、雇い主一家の性奴隷のような位置づけだったのですよ」


 自身が生まれ育った近畿地方のとある地域に、かつて存在していたという、“商家の秘密”についてそう証言するのは、自身も米問屋を営む大店の次男坊として生まれ、そうした“秘密”を幼い頃より「当たり前のもの」として考えていたという、白鳥耕三さん(仮名・89)。白鳥さんの話によると、当地における商家の使用人たちは、その大半が、表の商いで必要とされた人材ではなく、あくまで、経営者一族の性のはけ口としてのみ、その役割を果たしていた人々だったのだという。


「だいたい、昔で言ったら、中学を卒業したと同時に、うちみたいな商家に奉公に上がるんですけれどもね、入って早々に行われるのは、“性の手ほどき”なんですよ。といっても、だいたいがそのくらいの年頃の子たちですからね、最初は“イロのイロハのイの字”も知りやしない。だからね、いざ、そういうことになると、だいたい1/3ぐらいがそのまま里へと逃げ帰ってしまうし、1/3がしばらく呆けたようになってしまうっていう。けれども、残りの1/3ぐらいは、そのまま頑張って奉公を続けるんです。そういう子らをね、当時の大人たちは“筋がいい”だなんてうそぶいていたものですよ」


 そもそも、働き口を求めて奉公に上がった思春期の少年少女たちに、いきなり虐待でしかない性的行為を強要するという時点で、当世の我々にとっては俄かに信じ難い話だ。しかも、そうした被害に見舞われた奉公人たちのうち、度重なる辛苦を耐え忍ぶ形で、身を置き続けようとする者たちを、涼しげに“筋がいい”などと言ってのけるというのだから、鬼畜の極みとはまさにこのことだろう。白鳥さんは続ける。


「それでね、残った人間はどうなるか? っていうと、男は女将さんに、女は旦那さんに、弄ばれ続けるんですよ、それからも。要は旦那さんや女将さんが“飽きた”というまで、それが続くんです。しかも、場合によっちゃ、何人かの奉公人がまとめて相手をさせられることだってある。……ね? 今の人からしたら、信じられない話でしょう?」


 それぞれが個別に性の相手をさせられるどころか、時には複数プレイにまで参加させられていたという、当地の奉公人たち。これは現代社会問題となっている、いわゆる「ブラック企業」のそれを遥かに超えるといっても過言ではない、極めて劣悪な労働環境と言えるだろう。


「まあ、さすがにもうそういう時代ではないですから、今では大昔の昔話でしかないのかもしれないですけれどもね、当時を知る私なんかからすれば、今の若い人たちにも、“こういうことがあったんだ”、“こういう時代を経て今があるんだ”っていうことを知ってもらいたいですね」


 なお、白鳥さんの話によると、こうした極めて理不尽な経験をしつつも、無事に「年季明け」まで勤め上げた奉公人は、それぞれの“功績”を評価する形で、晩年、新たに店を一軒与えられるなど、“それなりのケア”はなされていた模様だが、果たしてそれが、彼らがその半生を通じて味わい続けた辛苦に見合った対価なのかと言えば、なんとも微妙なところである。
(取材・文/戸叶和男)

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/201.html#c9

[近代史3] 江戸時代の銭湯は男女混浴。出会いの場所としての期待も大きかった 中川隆
10. 中川隆[-12592] koaQ7Jey 2019年1月31日 06:03:14 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

江戸の性愛術/「抜かずに六交」「拭かずに七交」――究極の快楽に到達する36種の交合体位を紹介
https://www.bookbang.jp/review/article/542623


『江戸の性愛術』
著者:渡辺 信一郎 [著]出版社:新潮社ISBN:9784106035647価格:1,296円(税込)
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4106035642?ie=UTF8&redirect=true


おめこ巧者――渡辺信一郎『江戸の性愛術』 [レビュアー]岩井志麻子

「抜かずに六交」「拭かずに七交」! 究極の快楽に到達する36種の交合体位を紹介!

 伊予道後で大成功を収めた遊女屋の主人が、書き記した秘伝の書『おさめかまいじょう』――この性愛指南書には、遊女の健康管理に始まり、男を籠絡する術、放縦な要求への対処法、どのように「天悦」に至らしめるかなど、あらゆる性のテクニックが網羅されている。当時の図版を掲載しながら、豊かで過激な性愛文化を明らかにする。

 * * *

 まず紹介されるのは、江戸の遊女の性技指南書。「門外不出の秘伝書として、綿々と語り継がれ、密かに筆写され続けた、最高機密の書」なり。それだけでもう、腿の辺りにサワサワ這い上がってくるものがあるというのに。

 第一章の目次を見れば、いきなり「まら巧者の処理技法」だの「半立まらに応じる法」だの「萎えたまらの扱い方」だの、先走り汁がほとばしる勢い。

 中盤に差し掛かれば、「絶大な馬まらには口と舌を使う」「けつ取りの場合の対処技法」「交合以外の女陰の曲技」……我がおめこにも、直接ウニウニと感じる確かな体温。いやはやもう、目次を見ているだけで気を遣ってしまいますわ。

 さらに「凍りこんにゃくや高野豆腐を使う秘法」「芋の皮を巻いて行う秘法」とくれば、そこまでやってくれなくてもアアアと恥らいつつも、遣る瀬ない余韻に浸れる。

 江戸の秘伝書は、タイトルからして凄い。『おさめかまいじょう』。これそのものが途方もない技ではと、期待したが。意味はしごく真面目なものなのであった。そこんとこを知りたければ本書をお読みくださいと、チクチク焦らしておく。

『おさめかまいじょう』はしかし、古の江戸の人々の助平さに思いを馳せ、エロいひとときを共有できるだけではない。平成の世にも充分すぎるほど通じる、いっそエチケットとマナーの書、といってもいい書だ。現代の風俗嬢と客にとってもかなり参考になるし、平成の風俗店経営者が真面目に読み込めば、女の子達に実に正しい指導ができよう。

 助平さに感心するだけでなく感動したのが、江戸の遊女屋は女達を大切にしつつ徹底的に商品にしているところだ。といっても、女を物扱いするのではない。女をとことんプロフェッショナルであるべし、と躾け育て上げているのだ。

 売られてくるのは貧しい家の娘ばかりなので、遊女屋に来たときは痩せこけている。そんな彼女らに決して手荒な扱いはせず、飯は欲しがるだけ食べさせるとも書いてある。

 この本を読むまでは、遊女はさぞかしひどい扱いを受け、ろくに食べさせてもらっていなかっただろうと想像していたのだが。経営者も商品を大事に扱うからこそ、遊女達も苦界にありながらプロフェッショナルとしての矜持はあったのだ。

 無論、平成の一部の女のように、遊びたいからホストクラブ行きたいからブランド物のバッグ欲しいからといった理由ではなく、家の貧しさ故に泣く泣く売られてくる女が大半だった遊女屋が、楽しい就職先や居心地のいい職場であるはずがない。経営者とて、道楽でやっているのではなく、厳しい経営と競争に勝負を賭けていたのだ。

 見事な通解と解説をなされた渡辺信一郎氏も、こう書いておられる。「何とも壮絶で、凄惨な書なのであろうか」「おのれの肉体を酷使し、それで生計を立てる女郎という境涯の辛さが偲ばれる。その女郎を監督・管理しながら経営する女郎屋の経営者もまた、並大抵ではなかったであろう」。

 だからこその、徹底した心構えと管理とプロ意識。特大の男根を受け入れる心得、ふにゃチンや包茎の扱い、口でのやり方にお尻の穴の使い方、いわゆる3Pの手順、もう何から何まで網羅してある。添えられた図版もまた、身も蓋もないのに芸術に迫る出来栄え。どうやったって、興味本位のエロ本になどなりはしない。

 それにしても平成の『江戸の性愛術』も、江戸の『おさめ〜』に負けず至れり尽くせり。

 三百五十年前に女性によって書かれた秘録『秘事作法』の、張形を使って自慰で達するに至る手順など、渡辺氏の簡潔な要約でも充分長いのだから、原文の丁寧さはいかほどか。

 張形もこの頃は海亀の甲を煮たものや、水牛の角、革、黄楊(つげ)などでなんとも典雅であったと知れる。大型、楕円筒、上反りと、型も様々。さらに、現代のバイアグラといってもいい精力剤、女の性感を増進させる薬まで紹介している。平成日本人より助平だった江戸日本人。「当時の数多くの艶本や色道指南書を繙くと、飽くなき実践と観察という臨床的(経験的)な処方が絢爛と述べられ、その深奥さに驚かされる」。助平は何時の世も真面目だ。

 

〈担当編集者のひとこと〉
「のぬふ」「ぬか六」「ふか七」とは? 廓に残された門外不出の秘伝書! 究極の快楽に到達する36種の交合体位を紹介。

 さて、いきなりここで問題です。以下の文章は、誰がなにをどうしているところでしょうか?

【1】おやま、上向きに寝る。両膝を立てて、けつを浮かすよに両手をけつ下に入れる。客は、両手突き、両膝立てて、上に乗る。おやま、両手でおのれがけつを抱かえて、抜き差しを受け、又おのれもけつを使う。又は、客両足を伸ばし、爪先立って、抜き差しする。

【2】おやま、別のおやまに、半逆立のよに抱かえてもらう。どたまを、そのおやまの股倉に乗せ、腹持てもらいて、腹を折り、両足を前に下ろして足を付ける。客、後ろ向きにて、うつむいて立ち、おやまのけつと、おのれのけつを向かい合せ、片手でまらをぼぼに入れる。抜き差しするに、抜けざるよに、別のおやまが、まらを持ち添え、片手は半逆立ちのおやまの腹より、おめこのさね、ねきいらいて締める。

 ヒントは、【1】は登場人物が二人、【2】は三人。ご興味のある方は『江戸の性愛術』「第一章 遊女の性技指南書に見る秘技」後半をご覧下さい。

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/201.html#c10

[近代史3] 江戸時代の銭湯は男女混浴。出会いの場所としての期待も大きかった 中川隆
11. 中川隆[-12591] koaQ7Jey 2019年1月31日 06:03:52 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

吉原で常態化していた、遊女へのパワハラがむごい
8/31(金) 13:36配信 BEST TIMES


江戸時代に遊郭が設置され繁栄した吉原。その舞台裏を覗きつつ、遊女の実像や当時の大衆文化に迫る連載。

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http://best-times.jp/articles/photo/9548?utm_source=headlines.yahoo.co.jp&utm_medium=photo&utm_campaign=photoLink


■遊女の法要。背景にあった残忍さ

 文化七年(1810)十月末、浅草の慶印寺で、死亡した妓楼「中万字屋」の遊女の法要がおこなわれた。

 吉原では年季中の遊女が死亡した場合、死体は菰で包まれて三ノ輪の浄閑寺に運ばれる。そして、浄閑寺の墓地に掘られた穴に投げ込まれて終わりだった。このため、浄閑寺は投込寺といわれた。

 中万字屋の遊女は異例だったが、これにはわけがあった。

 この遊女は病気で体調が悪いと言い、客を取らずに引き込もっていた。

 楼主の女房が怒り、
「仮病を使い、怠けるんじゃないよ」
 と、きびしく折檻した。

 その後、薄暗い行灯部屋に放り込んで、ろくに食事もあたえなかった。

 空腹に耐えかねた遊女はこっそり客の食べ残しを集め、小鍋で煮て食べようとした。

 これを見た女房は激怒し、遊女を柱に縛りつけ、小鍋を首からつるした。

 ほかの遊女や奉公人への見せしめとしたのである。

 衰弱と飢えで、遊女は柱に縛られたまま死んだ。

 死体は浄閑寺に運ばれ、墓地の穴に投げ込まれた。

 その後、中万字屋に、首に小鍋をさげた遊女の幽霊が出るという噂がひろまった。そんな噂があれば客足が遠のき、妓楼にとって大打撃である。

 そこで、中万字屋はあわてて、死んだ遊女の法要をおこなったのだ。


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吉原で常態化していた、遊女へのパワハラがむごい


図1『江戸染杜若絞』(東西菴南北著、文化7年)/国立国会図書館蔵


吉原で常態化していた、遊女へのパワハラがむごい


■過酷な遊女への折檻

 上は、『街談文々集要』(石塚豊芥子編)に拠った。

 中万字屋の女房の残忍さは極端としても、妓楼では、遊女や禿が折檻されるのはごく普通のことだった。

 禿が折檻されるのは、言いつけを守らないときが多い。これは、しつけの一環と言えなくもない。

 だが、遊女の場合はやや事情が異なる。

 お茶を引く状態が続いている者、仮病を使って怠けていると思われた者、上客の機嫌をそこねて逃がしてしまった者、楼主や遣手の言いつけを守らず不平不満を漏らす者――こうした遊女は折檻を受けた。

『世事見聞録』(文化13年)は、次のように述べている。

 殴りつけるほか、絶食や便所掃除などの罰をあたえた。真っ裸にして麻縄で縛ることもあった。このとき、水を浴びせると、水で湿った麻縄が収縮してキリキリと体を締め付け、その苦痛に遊女は泣き叫ぶ、と。

 折檻をするのは遣手、楼主の女房である。楼主が折檻することは滅多になかった。しかし、楼主が乗り出してきた場合は、責め殺してしまうこともあった。
 図1は、遣手が、言いつけを守らない遊女を吊り下げている。

 図2では、遊女が柱に縛りつけられている。竹のムチで殴りつけているのは、楼主の女房である。ほかの遊女に見せつけているが、これはいわば見せしめのためだった。
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文/永井 義男

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/201.html#c11

[近代史3] 江戸時代の銭湯は男女混浴。出会いの場所としての期待も大きかった 中川隆
12. 中川隆[-12590] koaQ7Jey 2019年1月31日 06:08:38 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

三池崇史の映画 『インプリント〜ぼっけえ、きょうてえ〜』

『インプリント〜ぼっけえ、きょうてえ〜』(Imprint)2006年 角川ヘラルド・ピクチャーズ


動画
http://www.weblio.jp/video/content/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%88%E3%80%9C%E3%81%BC%E3%81%A3%E3%81%91%E3%81%88%E3%80%81%E3%81%8D%E3%82%87%E3%81%86%E3%81%A6%E3%81%88%E3%80%9C


監督 三池崇史
脚本 天願大介
原作 岩井志麻子 『ぼっけえ、きょうてえ』

キャスト

女郎:工藤夕貴
クリストファー:ビリー・ドラゴ
小桃:美知枝
内儀:根岸季衣
小桃を折檻する先輩女郎 : 岩井志麻子


明治時代の日本。アメリカ人文筆家のクリスは小桃という女を探している途中、川中の遊郭で、とある女郎と出会う。その女郎は小桃との思い出をクリスに語り出す。醜い顔をしたその女郎は 生まれたときから奇形で顔の左半分がつり上がり、その為か他の女郎達の間に馴染めなかった。

いくつもの遊郭を渡り歩くなか、とある遊郭で彼女は女郎の小桃と出会う。どの女郎からも貶され虐げられてきたが小桃だけは彼女に優しくしてくれた。そんな小桃に翡翠の指輪の盗難の疑惑がかかり、小桃は拷問をされてしまう。そしてその女郎の手によって小桃は殺されてしまう。クリスは優しくしてくれた小桃を何故殺したと問い詰める。するとその女郎は生い立ちからの不幸な運命とその呪われた体の秘密を語り出す。


原作は岩井志麻子の『ぼっけえ、きょうてえ』

『悪魔のいけにえ』のトビー・フーパー、『サスペリア』や『インフェルノ』のダリオ・アルジェント、『ハロウィン』や『ザ・フォッグ』のジョン・カーペンターなど、豪華なメンバーの中で唯一の日本人監督となった。ところが、放送コードが緩いケーブルテレビにもかかわらず、本作品だけはその内容、特に奇形シーンや拷問シーンがあまりにも残虐なため、アメリカでは放送中止になった。イギリスでは放映された。

また、日本でも映画倫理委員会から、審査規格外(審査適応区分外)扱いとなり、ほとんどの映画館から一般上映を拒否されたので、劇場版としては「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」以外は、シアターイメージフォーラム(渋谷)のみでレイトショーという形を取って上映された。自主規制によりR-18指定となっている。テレビ放映としては、WOWOWで「マスターズ・オブ・ホラー」シリーズの第1シーズン放映の中で放送された[3]。

アメリカ資本の映画なので、全編セリフが英語となっている。そのため原作の醍醐味である岡山弁独特の雰囲気に近づけるため“日本人訛りの英語”が使われたらしい。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%88%E3%80%9C%E3%81%BC%E3%81%A3%E3%81%91%E3%81%88%E3%80%81%E3%81%8D%E3%82%87%E3%81%86%E3%81%A6%E3%81%88%E3%80%9C

 【オープニング】

 白地に血が滴っていって、画面いっぱいが真っ赤に染まる。その上に、“MASTERS OF HORROR”が出たあと、各作品の一部をつないだと思われる一続きのオープニング・タイトル(ニヤリと笑う人形、狼、丘の上に十字架のシルエット、振り下ろされる斧のシルエット等)が続く。

 続いて、本編。
 夜の川面に靄が立ち込めている。その上をゆっくりと1艘の小舟が島に渡る男たちを乗せて進んでくる。その中に1人だけ外国人クリストファー(ビリー・ドラゴ)がいる。
舟は流れてきた土座衛門に進行を止められる。船頭は、慣れたことのようにそれを櫂で脇に押しやるが、それは、妊婦の土座衛門なのだった……。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 アメリカ資本だけれど、監督も出演者もスタッフも日本人だから、てっきり日本語作品だと思っていたら、台詞は全編英語で、日本語字幕が出ます。あれ〜、そういうことなのかあと、まず意表をつかれました。
 制作の条件に「台詞は英語」ということがあったようで、原作にはないクリストファーという人物が追加されていて、物語は、彼の目を通して描かれます。
 フィルムかデジタルかどちらなんだろうと思っていましたが、テレビ作品なのでやっぱりデジタルでスタンダード・サイズ。でも、“赤”の発色が非常に印象的な作品になっていました。最近のデジタルはこれくらいは普通なのか、それともスタッフ(撮影は栗田豊通)の力によるものなのでしょうか。


 【原作との相違】

 @人物設定&言語 女郎(工藤夕貴)の話の聞き手を外国人とし、彼が懇ろになった女郎を探しているという設定にし、全編英語にしたところ。
岡山弁が、原作世界の土着性、忌まわしさ、地方で闇から闇に葬られるはずの因習譚・因縁話をリアルで、魅力的なものにしているのに、英語にしたことで、それが一切そげ落とされてしまったのが、残念です。「台詞は英語」が制作の条件であったとすれば、まあ仕方がないことなのですが。
 外国人記者が怪談を聞くという設定は、ラフカディオ・ハーンを思い出させたりもします。
 ちなみに、字幕翻訳は村田恵、監修はクリスチャン・ストームズ(彼は『サウスパーク 無修正映画版』『TAMALA2010』『8mile』でも監修を担当しています)。

 A折檻シーン 原作では「つるして、火のついた松葉でいぶる」といった短い描写しかないのですが、本作では火のついた線香を脇の下に押し付け、串を爪の間と、唇と歯茎の間に突き刺す、などという“映画的な描写”に変えられています。

 B状況設定 原作では、女郎による一夜の寝物語を聞き手が聞くだけなのですが、映画では、主人公(外国人記者)が、隔絶された小島に人を探しに行くという設定になっていて、ロジャー・コーマン作品をはじめ、クラシックなホラー作品(“館もの”など、の典型的な設定&導入部で、主人公はある一定の時間そこから逃げ出すことができない)を連想させます。

 C伏線 原作では、結末に関わる伏線が冒頭で示されているのですが、それがカットされているのが残念。

 D結末 聞き手を物語に関わる人物としたことで、最後は主人公を再び物語に関わらせています。恐ろしくなった聞き手が語り手である女郎を銃で撃ってしまうということですが、この時、殺される女に一瞬小桃の姿をオーバーラップさせています。本当は話をしていたのは、小桃本人ではないかと観客に思わせる仕掛けで、そういう風にも見られるように作ってあるということでしょう(エドガー・アラン・ポー『大鴉』あたりからの発想?)。
 本当にそうだったかはともかく、女郎が語る物語の中の小桃は赤髪で、女郎(工藤)は青髪、語り手の女郎(工藤)は黒髪になっています。
 最後にクリストファーは獄中で廃人のようになっていますが、これもアジアやアフリカの土着の文化、暗黒の文化に深入りした欧米人の頭がおかしくなってしまうといった物語の典型的なパターンだと思われます(ダン・シモンズ『カーリーの歌』「バンコクに死す」とか、ピーター・ストラウブ『ココ』とか、『地獄の黙示録』をはじめとする一連のベトナム戦争ものとか)。

 Eクリーチャー 『バスケット・ケース』『ワンダーアーム・ストーリー』『広告業界で成功する方法』などを連想させます。


 【感想をもう少しだけ】

 ・貧しい村・家に生まれた女が売られて女郎になるという物語をアメリカ資本で映画化というとどうしても『SAYURI』を思い出させます。工藤夕貴が出ているから尚更ですが、『SAYURI』の陰画が『インプリント』ということなのでしょう。

 ・原作もホラーと言えばホラーですが、土着性、因習性、忌まわしさがかなり強い作品になっています。つまり単なる“恐がらせるだけの作品”にはなっていないということで、胎児を“間引き”しなければならないほどの貧農たちの住む貧村があり、そうした貧農たちにも蔑まれるような一家を作り出してしまうような社会性、社会構造が存在した、というところまで書き込まれたので傑作になったのですが、映画の方はさすがにそこまでのレベルには行けていません。最終的に印象に残ってしまうのが、“折檻”と“クリーチャー”だったりします。それはもったいないですね。そこまで行けたら放映禁止、上映禁止にはならなかったと思うのですが……。

 ・ホラー映画の常道として、わざとまわりを暗くしたり、フィルターをかけて古色蒼然たる雰囲気を出したりするものですが、本作には、そういう“ごまかし”がなく、好印象を持ちました。
映画の中に、「本物の血で描いた地獄絵図」というのが出てきますが、本作自体にも「赤」を効果的に使われていて、「血で描いた映画」を意図したのではないかと思われました。
http://umikarahajimaru.at.webry.info/200606/article_6.html


レンタルショップでは「マスターズ・オブ・ホラー」というホラー映画集の一本として置いてあります。

雑誌で取り上げていたので、興味本位で借りてみましたが、前述「オーディション」の上の上の、そのまた上を行く、とんでもない作品でした。

「なんで観ちゃったんだろう。」というのが初見の正直な感想です。
題名の意味は岡山弁で「とても怖い」という意味らしいです。

ある遊郭へアメリカ人(ビリー・ドラゴ)が、恋仲だった女郎(小桃)を身請けに来ます。
しかし、小桃はすでに死んでおり、理由を問いただすと、窃盗事件の濡れ衣を着せられて、拷問の末殺されたらしい。

その濡れ衣を着せたらしい異形の女郎(工藤夕貴)に問い詰めるアメリカ人。

彼に対して淡々と女郎(工藤夕貴)が語り始めたのはまるで、この世のこととは思えないような陰惨な身の上話だった。

まず驚いたのは悪役以外でビリー・ドラゴを見たこと。   普通の人を演じてるのを初めて見ました。

そして拷問シーンのエグいこと、エグいこと。(歯茎に〇〇、爪の間に〇〇・・・)

さらに工藤夕貴の独白シーンの迫力。
この独白に合わせて回想シーンが何回か映像になるんですが、最初はかわいそうな身の上なのかな?と思ってみていたのが、だんだん方向性が変わってくるんです。

まるで人間が抱えられる全ての「業(ごう)」を含んだような身の上話に変わってきて、聞いてる側も震えがきそうです。

3日くらい夢に見るかもしれませんが、それでも観たいという方はどうぞ・・・。
http://meshifuroneru.seesaa.net/article/385518877.html

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/201.html#c12

[近代史3] ヤクザの 6割は同和、4割は在日 中川隆
8. 中川隆[-12589] koaQ7Jey 2019年1月31日 06:13:43 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

創価学会は部落や在日なの?


12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/23(月) 13:06:22.58 ID:tukDQ+1q0

そのとおりです。


196 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/30(木) 23:07:36.51 ID:1zmFT9y2O
>>1
ちょうど半々。
そう覚えておけば、間違いないですね。


240 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/02/26(火) 23:15:52.34 ID:G2JxT4X5O

だいたい、そうだね。
幹部から末端まで、人員数も影響力も、ほぼ半々といったところでしょう。


154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/07/23(月) 10:26:25.61 ID:V5Wwg8t/0

昔は部落民と朝鮮民に宗教の自由は無かった。

浄土真宗

これで婚姻など差別されていた為、創価学会などと訳のわからないチョウセン人を敬う集団となった
http://anago.2ch.net/test/read.cgi/rights/1327225646/


489 : 可愛い奥様[] : 投稿日:2012/06/08 02:13:21ID:F39cuzgnO [1/3回]
>>487
同和と創価批判したら、消されるからね


524 : 可愛い奥様[sage] : 投稿日:2012/06/08 10:38:49ID:L50jwfWH0 [2/3回]

最近テレビに登場する若手料理家というのはきまって層化。
層化は大量の在日と部落が構成員。


512 : 可愛い奥様[] : 投稿日:2012/06/08 09:44:00ID:/Tcsk+ii0 [1/1回]

そうか そうか
そうかに入れば遭えるよね BもZもw


331 : 可愛い奥様[sage] : 投稿日:2012/06/07 16:53:50ID:orSAj+T+0 [3/3回]

創価には在日が多いけれど、地方だと部落は創価に入ってる。

というか地方の創価は、部落(桶屋、棺桶屋、賭殺)か身体障害者しかいなかったよ。在日はいる事はいて、かっぱらいとか悪い事しまくるんだが創価はやっていなかった。

都市部だと在日は漏れなく創価だよね。


561 : 可愛い奥様[sage] : 投稿日:2012/06/08 13:31:14ID:XoXhrjyY0 [1/4回]

私は生まれも育ちも被差別部落です。 しかも一族が創価学会員なんです。
私の家族は創価学会員であるということは嫌がっているのですが、退会するなんて言った日には、親戚などからいろいろ嫌がらせを受けるので退会なんて絶対できないと言います。

今3年付き合っている彼自身はそのような差別はしないのですが、彼の両親が意味も無く忌み嫌うようです。 以前、彼の妹が部落の人を連れてきたときは、すぐにそれを理由に別れさせたらしいのです。 なので、いろいろ聞かれるのが怖くてまだ会ったことがありません。

むこうの両親はまだ私が部落地区の人間で、創価学会員だということは知りません。
しかも彼は長男でたった1人の男の子です(兄弟無し)。

そろそろ結婚を意識しだしているので、むこうの両親にも挨拶に行きたいのですが、もし行った場合は無理やりにでも誤魔化すべきでしょうか?


563 : 犬丸 ◆MRCYWQz4rc [] : 投稿日:2012/06/08 13:33:29ID:9lcntw100 [9/11回]

>退会するなんて言った日には、親戚などからいろいろ嫌がらせを
>受けるので退会なんて絶対できないと言います。

これは、被差別部落の体質ではなく、創価学会の体質だと思う。
http://www.logsoku.com/r/ms/1338708845/

 

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/195.html#c8

[近代史3] 江戸時代の銭湯は男女混浴。出会いの場所としての期待も大きかった 中川隆
13. 中川隆[-12588] koaQ7Jey 2019年1月31日 06:26:24 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

遊女のリンチ - 女として大阪で暮らす2

飲み屋のババアから、終戦直後のパンパン(ストリートガール)の「オサネ切り」リンチの話を聞いたことがあります。

オサネ=クリトリスですね。

いくら言って聞かせても、ナワバリや掟を守らない女がいると、まずリンチでボコにする。それでも聞かないやつを、みんなで押さえつけて、クリトリスをちょん切ったそう。

慣れてる女がいて、包皮をつまんでキュッと上の方にしごくと、クリのあたまがプルッと出てくるのだそうです。

そこをカミソリでスパッと切ると、その瞬間、切断面からおしっこみたいに血がピュと出て、切られた女はほとんど失神、あるいは失神寸前の状態になるそうです。

これをやられた女は、娼婦としては使いものにならなくなるらしい。

お客がオサネのない女をいやがるとか言ってた。もちろん私生活のセックスも楽しめなくなって、つらい思いをするそうです。

_______


クリトリスを切り取られた激痛に泣き叫ぶ香月には、容赦なく、次の子宮摘出が待っていた。体内に器具を入れ、強引に引きはがすという乱暴なもので、女性にとっては、精神的にも、肉体的にもこれ以上ない苦痛を与えるものだ。


「どうだ、香月、クリトリスを切られて痛いだろうな。しかし、おまえに対する拷問はまだ始まったばかりだ。次は子宮だぞ。ここに同意書があるから読み上げてやろう」

「もう...好きにすれば...いいわ」

「私、香月は子宮を摘出されることに同意し、一切の不満を申し立てません。また摘出の為に、どれだけ激しい苦痛があろうともかまいません。これ以降、少しでも、 性的な興奮を憶えた場合は、肛門を含めて、体のいかなる部分を拷問されることに同 意します...どうだ、合意するか」

「お尻だけは許して下さい。お願いします...」

「なんだと、肛門は許してくれだと。だったらここに書いてあるとおり、濡らさなければいいじゃないか。流すのは、血だけにするんだな」


香月を大の字に縛り付けている柱のロックを外す。彼女を、ほぼ水平にし、上半身を起こして、切り取られたクリトリスのあたりからうっすらと血が流れている所を、自分でも見えるようにする。


「かわいそうに、一番感じる部分を千切られて、これから子宮を摘出されるんだぞ。そんなことさえされなければ、これだけのいい体だ。男がいくらでも寄って来るだろうに。それも、もう、一生ありえないことだな。私が若いお前の、女らしい体を見る最後の男になるわけだ。せっかくだから、よく、見せてもらうぞ」

「好きにすればいいわ」

「女を失おうとしているんだ。まさか、触られようと、弄られようと、ここを濡らす事はないだろうな。それに、もし、濡らしたら、お前の一番嫌いな肛門を拷問されるんだからな。これから取られてしまう子宮はこれか? そうか、これが、子宮口と言う

 やつだな。こいつを箝子で挟んでおいて、引っ張りだすことになる。痛いだろうよ、きっと」

「ひ、酷い!!」

「おやっ、何だ。お前、オマンコが光ってるじゃないか!」

「そ、そんな...う、嘘です!!」

「どうしようもない助平女だな、香月は。自分で一番嫌だと言っておきながら、そこを責めて欲しいというわけだ」

「お尻だけは...許して下さい...お願いします」

「まあいい。こっちは、後で、じっくりと責めさせてもらうからな。それじゃ、いよいよ、お前の子宮摘出をはじめるぞ。こいつでな。どうだ、すごい形してると思わないか。こんなものが体に入っていくんだぞ!」

「い、嫌っ!!」

「最初、入れる時は、こういう風にすぼまっている。その後でこうすると見ろ、広がるだろ。中から出て来るこいつがお前の子宮口をがっちりと掴み、外側のギザギザの部分が子宮の表面にのびて、がっちりと食い込む。そうしておいて、思いっきり引っ張るとどうなると思う? うまくすれば、卵管もろとも子宮が出て来る。へたすれば途中からちぎれてぐずぐずの肉になって出て来る」

「そんな事して...何が面白いの?」

「さあ、はじめるぞ。目をそむけるなよ。良く見てるんだ」

「あぁーっ」


何十人もの娘達に使われた後、ろくに手入れがされていない拷問具には、あちこちに錆が浮き、表面がざらざらになっている。その拷問具が自分の股間に伸びて来るのを見て、香月の表情が引きつるようにこわばる。拷問具の先端がやわらかな女の入口にあてがわれた。先端を回転させながら、じわっと体内に押し込んでゆく。


「目を閉じるな。見るんだ」

「ゆ、許して...」


先端が中に入った所で、レバーを引くと外側が彼女の体内で広がり、その状態でさらに押し込む。先端が子宮口にあたった。第二のレバーで香月の子宮をがっちりと掴む。あと少しで、女を引き千切られる恐怖で全身を震わせ、泣き始める香月。初めは啜り泣きだったのが次第に号泣に変わっていく。拷問のクライマックスが訪れようとしていた。

道具を掴む手がさすがに汗ばむ。手の平の汗をぬぐい、つかみなおす。香月の体内からおびただしい液体が流れ出ている。女として、最期になるであろう液体だ。二つのレバーにさらに力を加える。錆びた金属が子宮にざっくりと食い込んだに違いない。

次の瞬間だ。屋敷中に響き渡るような絶叫。悲鳴などという生易しいものではない。絞り出すような、苦痛の叫び。股間から顔を出した子宮口を見て、香月がさらに声を上げる。乳首に無数に刺された針の痛みも、クリトリスを切られた痛みも、すっかり、忘れさせるような激痛。無限に続くかと思われるような、体の芯を襲う、ちぎれるような痛み。

いつものことだが、子宮を一気に引き剥がすのは極めて困難だ。いくら、力一杯に、引っ張ってもそう簡単にちぎれるものではない。また、そんな目に会う女の絶叫と激痛に歪む表情がどうしても手の力を削いでしまう。結果として、彼女の苦痛はさらに長引くことになってしまう。最も、この段階でやめたところで彼女にとっては、既に手遅れである。掴まれて、引っ張られた子宮口は、既に、原形を留めぬ位に潰れており、その周りに食い込む金属によって子宮の表面は、すっかり、傷つけられている。私は、子宮全体の摘出はあきらめ、ギザギザの歯を下に移動させて子宮口の根元を掴み直した。


「お前の女としての機能は既に完全に破壊されたぞ!」

「あぁぁぁーっ」

「子宮はもう完全につかいものにならなくなっている。これからこのコリコリした子宮口だけを千切ってやるからな」

「ひ、ひと思いに、こ、殺して!!」


私は、握った道具をゆっくりと回転させる。子宮口に食い込む歯が回転する度に、肉を少しずつ傷付けていく。女の体内組織は、そんな力に到底耐えることはできない。そして、五分後、赤い小さな肉塊が私の手の道具に付いているのを見て、香月は失神した。


股間から鮮血を垂れ流したまま、ぐったりとした香月を床に転がす。先程までの香月の絶叫が嘘のように、今は静まり返っている。既に、女とは言えない体となった香月。しかし...私は大きな疑問にとらわれ始めていた。確かに、香月は二度と子供を作ることはできない。普通の意味では、香月は、既に女ではなくなっている。だが、本当にそうだろうか。毎月の生理は、もう無いだろう。だからといって、香月の顔が男のようになるわけではない。子供は生めなくとも、男の欲望を受け止める穴は、今でも、存在しているではないか。香月は動物の雌としての役割を果たす事はできなくなっているが、人間の女として、快感を感じる機能はまだ持っている。ひょっとしたら、毎月のわずらわしいものから解放され、妊娠の危険からも完全に解放された香月は、いままで以上に女としての喜びを感じ、その快感に、何の心配もすることなく身を委ねられるようになったとは言えないだろうか。間違いない。あれほどの苦痛に見まわれながらも、激しく濡らしていた香月は、こうなる事を望んでいたのかもしれない。女としての快感、オマンコよりも数倍も感じるといわれる肛門さえ残しておけば、香月は、いままで以上に自

由に女でいられるのだ。そんなことは許すわけにはいかない。性器破壊という女性にとって本来耐えられない精神的、肉体的な苦痛が香月の場合は、解放の快感になっていたのかもしれない。それは断じて許すわけにはいかないことだ。香月に対する本当の拷問は、香月が望む自由な女への道を完全に断つことだ。彼女の肛門、オマンコ以上の快感の源を完全に破壊することだ。失神した香月の顔には、女でなくなった事への悲しみなど、これっぽっちも浮かんではいない。そうだったのか。彼女が潜在意識の中で望んでいたのはこういう事だったのだ。そうと分かればやる事は明らかだ...


私はぐったりとした彼女を鞍馬の上にうつぶせに縛りつけた。お尻の谷間から肛門が恥ずかしげに覗いている。いや、恥ずかしげにと言うのは私の気持ち、私の期待だ。実際には、香月の肛門は解放され、ようやく主役に躍り出ることができる喜びで、生き生きとしているではないか。鞍馬の白い革の表面に、彼女の性器から滴る血が垂れている。

もうすぐ、別の場所からの血がそれに加わることになるだろう。私は、香月の肛門が二度と快感を与えることが無いようにするための道具を揃え、彼女を失神からさめさせるために長い針を手に取った。彼女の白くて柔らかいお尻の肉にそれを深々と突き立てる。


「い、痛い!!」

「気が付いたか、肛門を拷問するのに失神したままでは面白くないからな。お前の性的 な快感の源をこれから破壊してやろう。二度とお尻で感じることなどできないようにしてやるから、覚悟するんだな」

「そ、そんな...ひ、卑怯よ!!」

「何とでも言え、叫べ。どうせお前には助けは来ない。もうすぐお前は、気持ちいいと

 思う事が一生できなくなるんだ。だが殺しはしない。潰れた性器、潰れた肛門はここの医療スタッフがちゃんと治療してくれるだろう。排泄機能だけはな。これからの長い一生をお前は快感とは無縁の世界で生きていくことになる」

「い、嫌よ!!」


私は、肛門拡張器を手に取った。普通の物よりは、はるかに広がる範囲の大きい物だ。

しかも、肛門の内側に触れる部分はヤスリのようにギザギザになっている。これを香月のお尻の穴に入れ、ぐりぐりと回転させればどうなるか。彼女のお尻の谷間を指で左右に広げる。さっきまでボールペンを押し込まれていた肛門が縮こまっている。私はクリームをたっぷりと指に付けると、肛門に塗り、拡張器を当てがった。先端が触れる。きゅっと肛門が動く。


「お、お願い!! お尻だけは許して!!」

「今更何を言ってももう遅い。ここをたっぷりと苛めさせてもらうからな」


拡張器はずぶっと言う感じで香月の体内に入っていった。


「ようし、広げるぞ。肛門の中に何を隠しているのか良く見せてもらうぞ」

「い、嫌ぁーっ!!  」

「お前の肛門が開いていくのが分かるな」

「い、痛い!! もう、許して」

「痛いだと。こんなもんで痛がっていてどうする。まだ始まったばかりだぞ。普通だったらこの位までだな。見えるぞ。汚いものが入ってるのが」

「ひ、酷い!!」

「もっと、ひろげてやる」

「さ、裂けるーぅ!!」

「まだ、まだだ。」


香月の肛門は、普通の限界を越えて開かれていった。あと少しで裂けると言う所で止める。既に直径は3センチを越えている。そのままの状態でやすりのように毛羽立った拡張器に回転を加える。


「ぎゃーっ!!」

「どうだ、体の内側がけずれていくのがわかるか」

「とうとう血が流れてきたぞ。このままぐるぐるまわしながら、もっと開いてみるか」

「お、お願い!! もう、ゆ、許して!!」


肛門が限界を越えた拡張で悲鳴を上げる。今にも裂けそうだ。その開ききった肛門にナイフを突き刺す。しばらくすると、彼女の肛門はナイフを突き刺した周りから裂け始めた。


「ぐぇーっ!!」

「どうだ、体が裂けていくのを感じるか。」


私は近くのインターホンで医療スタッフを呼び出した。


「私だ。もうすぐ、終わるから待機していてくれ」

「彼女はどういう状態ですか」

「クリトリスは切り取った。乳首と乳房は針だらけになっている。子宮口は引っ張り出してあって、今、肛門が裂け始めている。これから膣と肛門の両方に火薬を詰めて焼くつもりだ。」

「分かりました。その程度だったら、楽なもんです。さっきの女の子の場合は、膣と肛門の両方に、ドリルの先端に付けた金属ブラシを10センチ近く押し込まれて、回されたのでしょう。中がめちゃくちゃになってましたからね」

「それでどうなった」

「大丈夫ですよ。排泄だけはできるように手術しておきましたから」

「相変わらず、腕がいいな」

「もちろんですよ。ところで、そこの子、ただ、火薬で焼くんじゃなくて、肛門と膣の間を切ったらどうです」

「そこまでして大丈夫か」

「ええ、単に、排泄の区別がつかなくなるだけで、命に別状は」

「よし、火薬に火を付けたら、切ってしまおう」

「分かりました。いつでもいいですよ」


香月は、肛門が裂けていく苦痛で悲痛な叫び声を上げている。私は、細長く形の整えられた火薬を彼女の膣と開ききった肛門に一本ずつ押し込んだ。導火線が下に垂れている。

久々の日本人である香月は、実に良く私を楽しませてくれた。が、もうおしまいだ。ライターで火を付ける。導火線特有の激しい煙が上がる。


「お前の性器と肛門の両方が、もうすぐ、焼かれるからな」

「ひ、ひと思いに、こ、殺して!!」


火は確実に火薬に近付いて行く。そして...彼女の体内で、くぐもった音と共に小さな炎が二つ、一瞬だが見えた。香月の絶叫は、炎と同じように、ほんの一瞬だった。
https://blog.goo.ne.jp/kimutamako1212/e/81305847188cb68b6150cf0dcab589dc
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/201.html#c13

[近代史3] 江戸時代の銭湯は男女混浴。出会いの場所としての期待も大きかった 中川隆
14. 中川隆[-12587] koaQ7Jey 2019年1月31日 06:31:28 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]
現代の派遣社員? 江戸時代、女性の隠れた人気職業は「妾」だった!

江戸時代の江戸など大都市圏における、男性の未婚率はなんと5〜6割でした。彼らが「おひとり様」なのは、女性が極めて少なかったから。男女比は7:3で大半の男性はあぶれてしまったんですね。

江戸時代、とくに大都市圏で未婚率が高いのは、フリーターばかりだから。世継ぎに受け継がせるべきステイタスや知識・技術がハッキリしている士農工商のいずれにも属していないのです。「家」制度の外に出てしまったら、わざわざ結婚する意味もない、と割り切れていたのかもしれません。

男の「おひとり様」でも、独身仲間とワイワイ暮らせる長屋もたくさんありました(家賃も現代の感覚で、水道費コミ、月数万円弱)。しかし、そんなある意味、自由な男性たちを尻目に、女性は女性であるということだけで、基本的に一度は結婚させられました。

ところが……、江戸時代でも都会にすむ実家がリッチな女性の場合は、事情がすこし違いました。「結婚したらどーせアンタも苦労するんだから、それまでは遊んででいいよ」との親心でしょうか。女性が少ないんだから、別に多少遊んでも(それが男性に多少バレても)、結婚に差し障りなんてないよね、という甘えもあったのかもしれません。

リッチな若い女性たちは、自分と同じようなお坊ちゃま(若衆)たちとの遊びの恋はもちろん、「役者買い」なんかをしてしまうこともありました。金で好みのイケメンを買って寝る、というさばけた行為ですね。処女でいる意味は薄く、結婚前に妊娠さえしなければ、それでよいとする考え方です。

ドライですねぇ。いくら家がリッチだろうと、身分が「庶民」の女性の場合、結婚するまでは、恋愛の自由はありえたのです。そんな彼女たちも一度は結婚するのですが、ダメだと思うとすぐに別れてしまいました。再婚相手を探すもヨシ、自活をするのもヨシ……ということで隠れた女性の人気職業が「妾」だったんですね。

妾は古くは「しょう」と発音。次第に「(男が)目をかける」という意味で「めかけ」と言われるようになりました。さらに妾とは、妻公認の存在なんですね。だから、妾との関係ですら、すくなくともタテマエ上は「浮気なんかじゃない」ということになっていたのです。

さすが日本、古くからタテマエ社会です! しかも、同じ愛人枠でも(武家に多い)「側室」の類とは違い、妾は別宅を与えられる存在でした。ここから転じて、江戸時代の妾は自営業者にもなりえました。一人の男に縛られる結婚なんてしたくもないけど、実家の両親の世話にもなりたくない女性、今でもいますよね。こういう時、江戸時代では働く場所も限られているので、彼女たちは妾になっちゃったのです。

生真面目に住み込みの女中になっても食費や家賃は要らないかわり、お手当は年に数十万円程度しかありません。しかし、妾の派遣会社である口入屋(くちいれや)に登録、イイ旦那を紹介してもらえると、毎月、数十万〜五十万円に相当するお手当を得ることができました。江戸時代の妾は大体が2カ月契約で、契約が更新されるかどうかは旦那次第。ホントに派遣社員っぽいでしょ?

しかも、妾は側室とは違って、一人の男性のために尽くすのではなく、複数の男性と関係を持つことが認められてたんです。江戸時代後期の頃からコストに厳しい関西から登場、後には江戸でも大流行した「5人の男性で、1人の女性をシェアする『安囲い』」のシステムは有名でございます。

『安囲い』は、お互い男性同士が鉢合わせしないように、スケジュールをやりくりして通ってくる相手を妾の女性は迎えるだけ。週1回×月3回のペースが平均だったらしいので、5人の旦那がいたら月収50万円ほどで、ひとつきの半分が休日!

病気や妊娠の怖さはありますが、ちょっとでも外見に自信のある女性なら挑戦したい隠れた人気職業だったそうな。そもそも昔の日本で「浮気」といえば、陽気で華やかという意味が強かったのですが……この妾、まさに浮気な商売じゃないでしょうか。

しかし現実はもうすこし堅実志向な女性が多かったみたいです。彼女たちの多くは自分で稼いだお金と、空いた時間で三味線や踊りを習い、愛人業を卒業後は「お師匠さん」として、悠々自適の「おひとりさま道」を進んでいったようです。
http://news.livedoor.com/article/detail/9519195/  

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/201.html#c14

[近代史3] 江戸時代の銭湯は男女混浴。出会いの場所としての期待も大きかった 中川隆
15. 中川隆[-12586] koaQ7Jey 2019年1月31日 06:35:53 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

旧家の男子と乳母との心の繋がりが実の母親より遥かに大きい理由

独り淋しくタケが亡くなったと言う知らせを受けた時、私は単なる世話に成った事の有る人の死と言うだけでは無い複雑な感慨と深い悲しみに涙しました。タケという女性は、私の乳母でした。今はもう乳母などと言うような存在は無くなりましたが。戦前の事であり、地元の旧家だった私の家では、私が生まれると直ぐに乳母が雇われ、乳母のオッパイを吸って大きくなりました。

お乳の必要がなくなってからも、タケはずっと私の家にいました。どんな事情があったのかは分かりませんが、そのまま私の家に奉公人として働いていました。奉公人とは言っても私の乳母であり、女中頭のような存在で、私の家の中のこと一切は彼女に任されていたようです。

私の幼少の頃の印象では、乳母のタケは私にとって一番甘えられる存在で有りながらも厳しくて怖くて、彼女だけには叱られても反抗できませんでした。尤も躾には厳しくても、彼女は誰よりも私の事を可愛がってくれたし、大事にしてくれました。ですから私はタケにたいしては、母親以上に愛情を感じていたと言ってもよいでしょう。

周囲の者にチャホヤされ、甘やかされて育った私は我が儘で、甘ったれでした。タケの傍にくっつきっぱなしで、一寸でも姿が見えないと探し回り、追い掛け回したものです。

私は小学校に上がるようになっても、寝る時はタケに添い寝をしてもらわなければ眠れませんでした。私が寝付くまで布団の中で抱いてくれていたのです。抱いてくれていたと言うよりも、あまったれの私が離さなかったと言った方がいいでしょう。

彼女のふくよかな胸に顔を埋め、其の匂いや温かさ、柔らかな体に包まれなければ眠れなかったのです。私の記憶では小学校に上がってもオッパイを吸っていたような気がします。昼間は我慢していても、布団に入るとお乳をまさぐって、乳首に吸い付き、しゃぶっていました。

何時の頃からは記憶にはありませんが、タケの体から漂ってくる匂いが、オッパイの匂いから別の匂いに変わっていました。女臭というのでしょうか、少なくともお乳の匂いではありません。私はそれをタケの匂いと言う言い方をしていました。甘く、やさしく、温ったかで、其の匂いを嗅ぐとうっとりとして落ち着き、安心して眠れるのです。

オッパイの匂いがしなくなり、タケの匂いに変わっても私は乳房に吸い付き、しゃぶっていました。口寂しいと言うのでしょうか。寝間着がわりの浴衣の衿元を広げ、タケの乳房を引き出し、硬く丸っこい小さなビー玉のような乳首を唇に挟んで、モグモグしたり、チューチューと音をたてて吸ったり、舌で嘗め回したりしました。

そんなとき、ふとタケの顔を見上げると、彼女は目を閉じて気持ち良さそうな顔をしていました。タケは其の当時十七、八歳になっていたとおもいます。

そんな或る夜、タケは私に乳首を吸わせながら、私の股間に手をのばしてチンポをつまんできた事がありました。


「あらら、坊っちゃんのオチンチン、硬くなってる・・・オシッコしたいの?」

「ううん、したくない」

タケにチンポをつままれ、私は恥かしいと言うよりも、イイ気持ちがしました。ずっとそのままつまんでコリコリして欲しいような気がしましたし、どこかタケの体にチンポを擦りつけたいような気もしていました。するとタケは

「吸ってあげる」

と言って顔を布団の中に入れ、私のチンポを吸い始めました。まるで私がタケの乳首を吸っている時のようにペロペロと舌で舐めまわし、唇をモグモグさせ、チューチューと強く吸い込むのです。とってもイイきもちでした。

「もう少したっと、オチンチンがもっと大きくなるし、
 ここからオッパイみたいな白いお汁が出てくるようになるわよ」

「・・・?」


私にはどう言う事か判りませんでしたが、気持ちが良かったので、それからはタケの乳首を吸うだけではなく、チンポを吸ってもらうようになりました。

さらに彼女は私の手を自分の股間に導き、太股に挟んだりしました。私が一番驚いたのはザラザラしたタケの陰毛と、私の股間とはまるっきり異なる性器の形でした。タケの性器は凹んでいてヌルヌルしていました。しかし指をのばすと、どこまでも指がヌルヌルしたものの中に入ってしまいます。

「あはっ、あはっ、坊っちゃん・・・」

私が指を伸ばすとタケは熱い息を吐き出して呟きました。そしてキュッと太股をすぼめるのです。すると、手首がはさまれました。タケが変な声を出したので、手を引っ込めようとしましたが、タケは私の手を掴んで離しません。やがてヌルヌルがグショグショといった感じになり、私はタケがオシッコを漏らしてしまったのではないかと思いました。

其の夜は私にオッパイを吸わせたり、チンポを吸ってくれたタケが、どう言うつもりか私の体の上に覆い被さり、足で私の足を挟んで、抱き締めてきました。私はタケの体にすっぽりとつつみこまれて、安心して眠って了いました。彼女は両肘をついていて私は体をつぶすようなことはありません。まるでふわっと掛け布団が掛けられているような感じでした。
その心優しいタケが戦争も末期の年に、再婚する事になり、私の家から出て行ってしまったのです。兵隊に行く男のところへ嫁いだのだそうです。私は悲しくて、淋しくて泣いて了いましたが、どうすることも出来ませんでした。
http://ayamegusa.k-server.org/smac_p_147.htm

日本では古くは、幼児婚は一般に行われていた。大正時代には田舎であっても女郎買いにも行けた。夜這いなども一般的に行われていた。近親姦も珍しくなかったことはルイス・リビーも赤松啓介も指摘している。

若衆宿の成員は赤松啓介によれば15〜25歳程度であり、性の手ほどきはこの若衆宿に入る頃に行われた。その形式はムラによって差があった。播磨の加古川流域では子供が13歳の時に褌を贈られ、性交の実地教育を行うという形式が取られていた。この男性の成人儀式のことは褌祝と呼ばれ、場合によっては母親が息子の相手を務める場合もあったという。共同風呂では陰茎の包皮を剥いてもらい痛いという人もいた。

日本において「セクシュアリティの近代」が設定されたのは明治時代以降である。西欧では性的虐待と見られかねないことがアジア地域では普通に行われていると言われる理由もここにある。

また、赤松啓介が言うことには、当時から法律で禁止されているため闇の話ではあったが、日本では女郎として売られた女性が初体験をより早期に済ますということは一般的であった。半公然ながら、女郎稼業で7つ、8つで売られる人もおり、男性も8、9歳くらいには売られ、男娼とされることも少なくなかった。ただ、実際には月経も来ていない少女を破瓜させるというひどい客がいたり、男の子が強姦されることも珍しくなかった。

また、女中など雇われ従業員の年上の娘が、より年少の男の子に性交を教える場合も多かった。太宰治は、この行為は犯罪ではないかと「人間失格」で述べている。

しかし、このような状況は教育勅語的指弾ムード、戦争中の弾圧的な風潮、戦後の禁欲的性教育ムードで弾圧されてきた。そうは言うものの、一部の人間はその状況を守り続けていた。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B4%E9%BD%A2%E5%B7%AE%E3%81%A8%E6%80%A7%E8%A1%8C%E7%82%BA

門外不出の性指南書、備州岡山藩秘伝『秘事作法』。『秘事作法』は上、中、下三巻構成で、江戸初期の1652年に成立した。筆者の秀麗尼は岡山藩の池田家奥御殿に仕えた女中だった。

『秘事作法』の特色は、何といっても懇切丁寧な記述にある。江戸期の性愛文化を代表するセックスガイドブックといっても過言ではあるまい。そのなかで明らかにされる、奥女中の性の秘儀の数々の中でも、上巻で述べられる、若君に対するセックスの所作は驚愕に値する。

 幼少君は、学問や武芸だけでなく帝王学の一環として、御殿女中たちから性の手ほどきを受けていた。当時の武家は現在の中学生の年齢で元服し、妻を娶って子づくりに励むののだから当然のことではあった。

 幼少君は5歳で割礼し、7歳になるとペニスの皮をむく(現代でいうところの「むきむき体操」)。早くから亀頭部を露出させ、刺激になれさせるのだ。10歳ともなれば、女中は若君の会陰部へのマッサージを入念に施してさしあげる。同時にペニスを布で巻き、厳しく鍛えることも忘れてはいけない。まだ子どもだけに、快感とは程遠く、痛みや辛さで泣き出すこともあろうが、それを叱り、あるいは慰め、励ますのも女中の務めであった。

 幼少君が12歳になったら、さらに本格的なセックス指南に進む。その作法を現代語訳してみよう。「最初は殿のペニスを指でさする。時には口に深く含み、亀頭を喉の奥深くに入れ強く吸う。続いて亀頭を舌で愛撫し、勃起の兆候がみられたら、舌先で鈴口を押さえ、亀頭をリズミカルに締めたり緩めたりする」

 いわゆる“手コキ”で奉仕するだけでなく、積極的にフェラチオをするように指導している。それもディープスロートあり、亀頭や尿道口への微妙かつ繊細な愛撫ありと、現代の性技と比べて遜色がない。いや、むしろ約360年前に、このようなテクニックが開発されていたことを称賛すべきだろう。

※週刊ポスト2010年12月24日号
http://www.news-postseven.com/archives/20101218_8130.html

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/201.html#c15

[近代史02] 他人には絶対に知られたくない秘密って沢山あるよ 中川隆
44. 中川隆[-12585] koaQ7Jey 2019年1月31日 06:51:27 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]
近親相姦(兄と妹) - 女として大阪で暮らす2

妹を2度妊娠させた

投稿者:フミタン

2015/12/06 19:36:58 (IcBZ80ii)

昔話になりますが5歳年下の妹とはいつも一緒に風呂に入ってました。
市営住宅住まいのときには小さい妹を連れて銭湯へ。
小学校6年のときに父親が家を買って、自宅の風呂が出来てからも妹はいつも
一緒。

妹は風呂がめんどくさがって、平気で三日も入らなかったりするので、いつ
も母から怒られて俺が一緒に連れて入ってました。

本音を言うとずっと妹の身体に興味があって、割れ目が見えるように湯舟の
腰掛けさせたり、泡立てた指で割れ目を洗ったりしてました。
ある日、

「兄ちゃん、セックスって知ってる?」

妹と一緒に湯に浸かってると、そんなことを聞かれました。

「誰から教えてもらったん?」
「Yちゃん。絶対に誰にも言ったらダメやって」
「どんなことするのか知っとんのか?」
「うん。えっとね・・・」

俺は妹が話すセックスに関する幼い知識にドキドキしてました。

「こうか?」

妹が話す内容に合わせて、まだツルツルの妹の股を拡げて皮に包まれたクリ
トリスをムキっとピンクの豆を飛び出させました。
少しカスのついた小さな肉豆に触れると、

「兄ちゃん、それ痛い」
「そうか?じゃ、これやったら?」

剥き出しにせずに皮の上から触ると、

「それやったら大丈夫」

それから割れ目を拡げたりしてるうちに、舐めたくなって妹のクリや割れ目
に舌先を差し込むと、

「兄ちゃん、もうおしまい!!」
「もうちょっとだけ。花も気持ちいいだろ?」
「だって兄ちゃん、変なことするもん」
「これがセックスやぞ」

それからというもの、風呂嫌いの妹を毎日のように誘って一緒に風呂に入り
ました。
妹の身体を弄るばかりじゃなくて、俺のペニスを触らせたりもしました。

「花、チンポの先のところ舐めるんやぞ」

妹の口を開かせて、フェラチオさせました。
小さい口には先しか入りませんでしたが、薄い舌の先がまだ包茎だったペニ
スの皮の中で動きまわり快感でした。

俺は自分でもしごきながらペニスを舐める妹の口を開かせて、射精しまし
た。
それが日課に鳴った頃に、

「いつまで入ってるの?お母さんも入るよ」

妹に精液を飲ませている時に、母が入ってきて慌てたこともあった。

俺は妹とセックスしたいと思いながら、狭い床に寝そべって69したり、膣口
に指を差し込んでました。

部活を引退したばかりで、平日のまだ明るい時間でした。
妹の部屋のドアをノックもせずに開けると、妹がベッドの布団に潜っていま
した。
ベッドの下に猫がプリントされた白いパンツが脱ぎ捨てられてて、妹は入り
口に背を向けて本のページをめくっていました。

「もう帰ってたん?」

声をかけると、妹は慌ててこっちを振り向きました。
その慌てた感じで、ピンと来て

「花、何してたん?」

俺は妹をからかうと、

「兄ちゃんのエロ!スケベ!嫌い」

そういって布団に潜り込む妹。

枕元には雑誌があって開いてるページは近親相姦の体験投稿でした。
雑誌のページをめくると随分過激な内容で俺もドキドキしました。
妹への気持ちは一方的なものだと思ってたのに、妹が俺を意識して自分でオ
ナってるのが嬉しかった。

布団の中に手を入れるとやっぱり下半身に何も履いてなくて、すべすべした
感触を楽しみにながら割れ目に触れると少し濡れていました。

「兄ちゃんが花のこと、気持よくしてやるからな」

そう言って妹の布団の中に潜り込んで、おしっこの匂いがする割れ目に舌を
伸ばしました。

「兄ちゃん、汚いから」

ハァハァと呼吸を荒くして、俺の頭を押しのけようとしました。

「花のやったら、平気や」

痛がらせたり、やりすぎて怖がらせないように、慎重に舐めてましたが、い
つもより妹が感じてるように思えました。

「あっ!!あっあっあっ!!」

と急に妹がブルブルと下半身を震わせ、頭を股で挟み込みました。

「ダメっ!兄ちゃん・・・」

暴れる妹の割れ目を舐め続けると、おとなしくなってグッタリとしてしまい
ました。

妹は目を閉じたまま、静かに深呼吸してました。
大きく拡げた股の割れ目が開いたままで、ピクピクと奥が動いているのが見
えました。

Tシャツの上から妹の少しだけ膨らんでる胸の乳首が立ってるのがわかり、T
シャツをめくり上げてと小さな乳首にキスをしました。

俺はパンツを脱ぐと、ビンビンになったペニスを妹に舐めさせました。

この日のために毎日風呂場で皮を剥く練習をしてて、亀頭が半分ほど顔を出
すようになってましたが、思い切って全部剥き出しにしました。
まだヒリヒリするペニスを妹の割れ目に押し当てました。

今までもペニスを割れ目に触れさせたことはありましたが、挿入する意思で
膣口を拡げたのは初めてでした。

ゆっくりと妹の膣口の広げながらペニスを押し込んでいくと

「痛っ!!!兄ちゃん、痛い」

妹は掴んでる腕に力を込めました。

「入んないよ、こんなの」
「ゆっくりやるから・・・な?力抜いて」

そういうやって、妹をなだめながら時間をかけてゆっくりと出たり入ったり
を繰り返していると、徐々に深く入っていきました。
しかし、半分も入らないうちにそれ以上は動かせませんでした。

自分のペニスの痛みを忘れるほどの窮屈な感じで、無理やりに押し込めそう
な感じもありませんでした。

妹も顔をしかめて必死に我慢してるようでした。
俺はそんな妹が愛おしくて、それ以上の無茶は諦めました。

だけど、大好きな妹とセックスしてることが嬉しくて、ずっと繋がったまま
抱き合っていると心臓が高なって、動いても居ないのに股間に熱いものがこ
み上げてきました。

あぁ、なんか気持ちよくなってきた・・・
そう思ってると、いきなりビュッ!!・・・とペニスが妹の膣の中で液体を
噴出しました。

自分でも精液なのか、よくわからなくてびっくりしました。
射精の割にはずっとペニスは固いままで、ゆっくりと動かすと妹がぎゅっと
抱きついてきました。

「まだ痛いんか?」
「うん・・・ちょっとなら大丈夫やけど」

妹を抱きしめて、少しずつ動かしてみました。
時々、痛そうな顔をして

「アソコ、ジンジンする」

繋がってるところに触れるとほとんどが妹の中に収まっていました。

「兄ちゃんのチンポ、花のマンコに全部入っとるよ」

妹に唇を押し付けると、強く抱きついてきて舌を合わせてきました。
ピチャピチャと舌を絡めて、妹の深いところに差し込むと妹が顔をしかめま
した。

「兄妹なのに」

耳年増の妹は、兄妹でセックスする意味を理解してるようでした。

「大丈夫や。花は兄ちゃんのものやからな」

妹の柔らかな髪を撫ぜながら、幸せで酔いしれてました。

「兄ちゃんとセックスしてることは誰にも言うなや。友達にも内緒やぞ」
「うん、兄妹でこんなのダメやし」

妹はそういって頷きました。

「妹やけど、花のことずっと好きやった。お前とずっと一緒におりたい」

そういうと、私も・・・と抱きついてきました。

「ねぇ、兄ちゃんと結婚できるかな?」

そう聞く妹の膣の中を何度も行き来して、漠然とした不安を払拭してまし
た。

「なんかアソコが変・・・」

まだ幼い妹がペニスを受け入れて、何かあったのかもしれないと、心配にな
ってペニスを抜きました。

妹の割れ目からは血と見慣れた白いのがトロっと出てきました。

それからは親の目を盗んでは、毎日セックスしていました。
妹の痛みもすぐになくなって、セックスで感じるようになってきました。

「兄ちゃん、これ気持ちいい!!」

つい大きな声を出しがちな妹の口を手やキスで塞いだり、痕跡を残す心配の
ない風呂場でやベッドに洗う予定のバスタオルを敷いてセックスしたりと、
親に気づかれないようにしながら小さい身体を開発していきました。

正上位だけじゃなく後背位や騎乗位など、子供のくせに大人顔負けのセック
スをして、小さな膣の中に精液いっぱい吐き出されるので、妹のパンツの股
の部分がいつも、オナニーで汚した時にようになっていました。
それからしばらくすると妹にも初潮がやってきて、恥丘に薄い毛が生えてき
ました。

それからはコンドームを着けてセックスするようにしていました。
https://blog.goo.ne.jp/kimutamako1212/e/62380a24c468484381d10439e410f396?fm=entry_awp_sleep
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/418.html#c44

[近代史3] 江戸時代の銭湯は男女混浴。出会いの場所としての期待も大きかった 中川隆
16. 中川隆[-12584] koaQ7Jey 2019年1月31日 07:05:58 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]


性の謎を教えてくれた乳母。其の一
http://ajisaibana01.web.fc2.com/myweb5_150.htm


◇乳離れできない子◇

]独り淋しく老人ホームでお園が亡くなったと言う知らせを受けた時、私は単なる
世話に成った事の有る人の死と言うだけでは無い複雑な感慨と深い悲しみに涙しました。

お園という女性は、私の乳母でした。今はもう乳母などと言うような存在は無くなりましたが。
戦前の事であり、地元の旧家だった私の家では、私が生まれると直ぐに乳母が雇われ、
乳母のオッパイを吸って大きくなりました。

お乳の必要がなくなってからも、お園はずっと私の家にいました。
どんな事情があったのかは分かりませんが、彼女は夫とは別れて独り身だったのです。
そのまま私の家に奉公人として働いていました。奉公人とは言っても私の乳母であり、
女中頭のような存在で、私の家の中のこと一切は彼女に任されていたようです。

私の幼少の頃の印象では、乳母のお園は私にとって一番甘えられる存在で有りながらも
厳しくて怖くて、彼女だけには叱られても反抗できませんでした。
尤も躾には厳しくても、彼女は誰よりも私の事を可愛がってくれたし、大事にしてくれました。
ですから私はお園にたいしては、母親以上に愛情を感じていたと言ってもよいでしょう。

周囲の者にチャホヤされ、甘やかされて育った私は我が儘で、甘ったれでした。
お園の傍にくっつきっぱなしで、一寸でも姿が見えないと探し回り、追い掛け回したものです。

私は小学校に上がるようになっても、
寝る時はお園に添い寝をしてもらわなければ眠れませんでした。
私が寝付くまで布団の中で抱いてくれていたのです。
抱いてくれていたと言うよりも、あまったれの私が離さなかったと言った方がいいでしょう。

彼女のふくよかな胸に顔を埋め、其の匂いや温かさ、
柔らかな体に包まれなければ眠れなかったのです。
私の記憶では小学校に上がってもオッパイを吸っていたような気がします。
昼間は我慢していても、布団に入るとお乳をまさぐって、乳首に吸い付き、しゃぶっていました。

何時の頃からは記憶にはありませんが、お園体から漂ってくる匂いが、
オッパイの匂いから別の匂いに変わっていました。女臭というのでしょうか、
少なくともお乳の匂いではありません。私はそれをお園の匂いと言う言い方をしていました。
甘く、やさしく、温ったかで、其の匂いを嗅ぐとうっとりとして落ち着き、安心して眠れるのです。

オッパイの匂いがしなくなり、お園の匂いに変わっても私は乳房に吸い付き、
しゃぶっていました。口寂しいと言うのでしょうか。
寝間着がわりの浴衣の衿元を広げ、お園の乳房を引き出し、
硬く丸っこい小さなビー玉のような乳首を唇に挟んで、
モグモグしたり、チューチューと音をたてて吸ったり、舌で嘗め回したりしました。

そんなとき、ふとお園の顔を見上げると、
彼女は目を閉じて気持ち良さそうな顔をしていました。
お園は其の当時二十七、八歳になっていたとおもいます。

そんな或る夜、お園は私に乳首を吸わせながら、
私の股間に手をのばしてチンポをつまんできた事がありました。
「あらら、坊っちゃんのオチンチン、硬くなってる・・・オシッコしたいの?」
「ううん、したくない」
お園にチンポをつままれ、私は恥かしいと言うよりも、イイ気持ちがしました。
ずっとそのままつまんでコリコリして欲しいような気がしましたし、
どこかお園の体にチンポを擦りつけたいような気もしていました。

するとお園は「吸ってあげる」と言って顔を布団の中に入れ、私のチンポを吸い始めました。
まるで私がお園の乳首を吸っている時のようにペロペロと舌で舐めまわし、
唇をモグモグさせ、チューチューと強く吸い込むのです。とってもイイきもちでした。

「もう少したっと、オチンチンがもっと大きくなるし、
 ここからオッパイみたいな白いお汁が出てくるようになるわよ」
「・・・?」
私にはどう言う事か判りませんでしたが、気持ちが良かったので、
それからはお園の乳首を吸うだけではなく、チンポを吸ってもらうようになりました。

さらに彼女は私の手を自分の股間に導き、太股に挟んだりしました。
私が一番驚いたのはザラザラしたお園の陰毛と、
私の股間とはまるっきり異なる性器の形でした。
お園の性器は凹んでいてヌルヌルしていました。しかし指をのばすと、
どこまでも指がヌルヌルしたものの中に入ってしまいます。

「あはっ、あはっ、坊っちゃん・・・」
私が指を伸ばすとお園は熱い息を吐き出して呟きました。
そしてキュッと太股をすぼめるのです。すると、手首がはさまれました。
お園が変な声を出したので、手を引っ込めようとしましたが、
お園は私の手を掴んで離しません。

やがてヌルヌルがグショグショといった感じになり、
私はお園がオシッコを漏らしてしまったのではないかと思いました。

オシッコというば或る夜、私はふと目を覚ました時、
寝小便をしてしまったと思い、ハッとしたことがあります。
其の夜は私にオッパイを吸わせたり、チンポを吸ってくれたお園が、
どう言うつもりか私の体の上に覆い被さり、足で私の足を挟んで、抱き締めてきました。
私はお園の体にすっぽりとつつみこまれて、安心して眠って了いました。
彼女は両肘をついていて私は体をつぶすようなことはありません。
まるでふわっと掛け布団が掛けられているような感じでした。

ハッとして目が覚めたとき、お尻の下の方が冷たく感じました。
寝小便をしてしまったと一瞬驚きましたが、チンポの方は濡れていませんでしたし、
量的にはたいしたことがなかったので、私はそのまま、また眠ってしまいました。

翌朝、お園に其の事を言うと、
「寝ぼけたんでしょう、どこも濡れてませんよ。

 でも、坊っちゃんが気持ちわるいといけませんから、お布団は干しておきましょう」
と言って、夢精したことも告げずにさっさと布団を日向に干しに行ってしまいました。

その心優しいお園が戦争も末期の年に、再婚する事になり、
私の家から出て行ってしまったのです。兵隊に行く男のところへ嫁いだのだそうです。
私は悲しくて、淋しくて泣いて了いましたが、どうすることも出来ませんでした。


性の謎を教えてくれた乳母。其のニ


◇未熟な性知識◇

戦争が終わり数年後お園の夫の死亡が確認され再び私の家に戻ってきました。
そのとき、私は小学六年生になっていました。お園が戻って来て呉れて
嬉しくて嬉しくて、その日は一日中はしゃぎまわっていました。

「また、お坊っちゃんのお世話をさせてまらいます」
懐かしい、お園の匂いがしました。
もっとも、畳に手をついて挨拶されたときは何となく照れ臭くて、
「別に世話してもらわなくっても、ボクはもう、独りで何でも出来るから」
と、言っていました。
「ほんとうに、大きくなって・・・来年は中学生ですね」
「・・・そうだよ」

食料事情の悪い時ですから私の目から見ると、
お園は痩せて一回り小さくなった様に感じました。
でも、実際はそんなに変わらなかったようです。
私の方が大きくなったので、そう感じたのかもしれません。

その時私はふっと、お園はまた私と一緒に寝て呉れるだろうかという
期待を抱きましたが、直ぐに心の中で、
(もう子供じゃあるまいし・・・)と、否定したりしていました。

ところが、お園は其の夜、部屋に来てくれたのです。
長い間、離れていたにもかかわらず、
私の布団を敷くのは当然自分の仕事と言う態度で、
寝室に布団を敷くと、勉強していた私を呼びに来ました。
「坊っちゃん、もう寝る時間ですよ!」
「・・・うん」

私も長い間、離れていたと言う感じが全く無く、素直にお園と一緒に寝室に入り、
布団の上に身を横たえました。
「独りで、眠れるようになりました?」
「だって、お園が居なくなったんだもの、独りで寝るしかないじゃないか」
「淋しかった?」
「別に・・・」
「じゃあ、あたしが戻ってきても、坊っちゃん、独りでお休みになれますね」

私は返事をしませんでした。もちろん、ひとりで眠れない訳ではありません。
直ぐ傍にお園が座ったのでプ〜ンとお園の匂いがしてきます。懐かしい匂いでした。
お園の胸に顔を埋めて、その匂いに包まれながら眠ったとき事が甦ってきます。
なんとなく安心し、甘えたい気もしてきました。
自分では来年は中学生だと言うことを自覚していたのですが、
まるで小学校の低学年の頃に戻ってしまったようなきもちでした。

「独りで?だって、お園はいるじゃないか・・・一緒じゃないと!」
「まあ、ダメねえ・・・しょうがない坊や」
お園は急に笑顔になり、私の布団の中に入ってきて体を並べ、
私の頭の下に腕を入れてきました。プ〜ンとまた一段と強くお園の匂いが
漂ってきます。そんな女の匂いを思わず精一杯吸い込んだ私です。

柔らかな乳房が、目の前にあります。首筋から胸にかけての肌が白っぽく、
ふっと私は引き寄せられるように、その乳房に手をのばしていました。
浴衣の衿元を広げて乳房をつかみ出し、乳首に吸いつきます。
不思議なくらい私はごく自然に乳首に吸い付いていましたし、
お園も何も言わずに乳房を私の口に押し付けたままでした。

私はドキドキしていました。こんな事をしても良いのだろうかと言う複雑な思いでした。
しかし、別に悪い事をしているという風な気持ちはなく、懐かしさの方が強く、思わず
ギューッと掴んでしまい、硬い乳首を舌先に感じて吸うというよりも嘗め回していました。

「あっ、ふう・・・!」
お園の腕に力が入り、私の頭を自分の方に引き寄せます。
お園は溜息をついていました。
そして下半身を私の方にぐっと近づけ、足をからめてきます。

私の全身を抱き締める恰好になりました。そのとき私はチンポがムクムクっと
大きくなるのを感じました。掻いような、くすぐったいような感じがしてきます。

今時の子供たちと違って、その当時の少年は、ほとんど性的な知識はありません。
ましてや、お坊っちゃん育ちの私は性的な事など一切知りませんでした。
ですからお園の乳房を掴み、乳首を吸っても、それは乳母に対する懐かしさと
甘えであって性的な興味からではありません。

お園の匂いにしても、女っぽさと言うよりも、お園の匂いに対する愛着であって、
女性の匂いに魅力を感じたとか、惹きつけられたと言うものではありませんでした。

チンポが硬くなったのも、それは自然現象であって、女体に触れて刺激されて
興奮したと言う意識は、まったく感じていません。むしろ不思議に感じたといった
ほうがいいでしょう。なんで硬くなったのだろうかと言うような感じです。

しかし、お園は大人の女。しかも夫に先立たれたとはいえ、
女の悦びを知っている女であり、性的知識は豊富で、
肉体的に飢えている状態のときです。敏感に私の変化に気付いたようです。
「あら、坊っちゃん・・・」と呟き、ニコリと微笑みました。

私は、なぜお園が微笑んだのか、その時の理由は全く分かりませんでした。
こういうことの総ての理由が判ったのはずっと後のことで、私自分が様々な
女性との交渉をもつようになり、女の気持ちが分かる様に成ってからの事です。

そのときは、一切私はお園の気持ちは判っていませんでした。
私は単純に一緒に布団の中に入り、私を抱く事ができ、
懐かしさにお園は嬉しがっているのだろうとしか考えられませんでした。


性の謎を教えてくれた乳母。其の三


◇深く咥えて大丈夫?◇

私はいっそう強くお乳を吸い、乳房を鷲掴みにし、体をびっくりくっつけ、
足をからめられると、太股の間に下半身を押し付けていました。
ムッチリとした太股は温かく、肉の弾力も快くて肌は滑らかで、スベスベしていました。
それに股間を押し付けると硬くなったチンポが何ともイイ気持ちなのです。

「そうそう・・・前にオチンチンを吸ってあげたことがありましたね」
突然、お園がそう言って体を動かすと、布団の中に頭を突っ込んで来ました。
そして私のパンツをさげてチンポを掴み、
「まあ、坊っちゃん、ほんとうに大きくなられて・・・」と言いました。
私はお園に褒められ、何となく誇らしげな気分に成って居たようです。

「もう皮が剥けてもおかしくありませんよ」
お園がチンポを弄くりながら言います。そして口に吸い込みました。
「アッ・・・!」

くすぐったい気持ち良さに私は仰向けに成って、お園がチンポを吸い易いようにしてあげます。
掛け布団がはずれてしまいましたが、
其の方が体が楽で、お園がチンポを吸う姿も良く見えました。

お園はチンポに頬づりして根元の方をギュツとつまみ、
真っ直ぐにチンポを立てペロペロと嘗め回します。
「あら、毛も生えてきたのですね。よかったわぁ」
と言って、チンポの根元の上まで撫でまわします。

正直なところ、私はちょつと悩んでいました。そこに毛がうっすらと生えだし、
産毛がちょつと濃くなった程度なのですが、その中で一本だけが長めでした。
何でそんなところに毛が生えるのか判りません。

家族風呂ですから他の人達の裸体など見たことがありませんでした。
男の体で胸や足などに毛が生えているところは見たことがあっても、
チンポのそばに毛が生えるなどということは、全く知らなかったのです。
そして、お園になら訊いてもいいだろうと思いました。

「いいの?そこに毛が生えても・・・」
「もちろんです。毛がなかったら大変よ!」
「お園にも・・・」
「ありますよ。ちゃんと・・・坊っちゃん、触った事あるでしょ?」
「・・・知らない」
「あらまぁ、忘れちゃったんですね。それじゃあ、見せてあげますよ」


浴衣の裾をまくり上げて、お園は股間を露出してくれました。
確かに、そこにはモジャモジャした毛が生えています。
「ちゃんと、生えてるでしょ。坊っちゃんだって、もう少し経てば沢山生えてきますよ。
 お園は安心しました。子供じゃなくて・・・もう一人前。
 立派なおとこ・・・ここから白いお汁だって出るでしょ」
「えっ、知らない・・・」
「もう、ちゃんと出てますよ。でも、誰も教えてくれなかったのね。
 お園が教えてあげますから安心していいですよ」

私には、お園の言っていることは判りませんでしたが、
お園が戻ってきてくれて本当に助かったと思いました。
そしてお園だったら、何でも教えて呉れると言う安心感に浸りきっていました。

そう言われれば、お園が家からいなくなる前に、
股間に触ったことがあったなぁと思いだしました。
チンポを吸われた事もハッキリと・・・。

チンポを吸われたことがあったと思い出すと、急にもっと強く吸って欲しいと言う
衝動に駆り立てられます。まるでそんな私の気持ちを見透かしたように、
お園は真上からチンポを口の中に入れ、根元を左手で押さえて強く吸い込み、

舌先を筒の上に当て、一寸だけ先っぽから出ている亀頭の部分を撫で回し始めたのです。
「あっ、ううんッ・・・」
強烈な快感でした。腰のほうまで吸い上げられるような気がしました。
お園が根元を手で押さえていた指を上下に動かしだし、しかも皮を引っ張るようにします。
「あっ、痛いッ・・・」
思わずお尻を上げてしまいます。その瞬間、亀頭全体が皮からペロッと飛び出しました。

それまで間違いなく包茎だったのですが、勃起して巧みに手と舌とで皮を剥かれたのです。
剥かれた瞬間、ほんの少しだけ痛みと言うか、皮がまくれる圧迫感みたいなものがありましたが、
たいした事は無く、我慢出来ないようなものでは有りませんでした。
むしろ、さっぱりしたようなスッキリしたような爽やかさがあり、舌の感触、口の中の濡れている
感じがいっそうはっきりとしてきて、くすぐったいような快感も強く感じられ、
私は快感の呻き声を上げていました。

「皮が剥けましたよ。ちゃんと皮が剥けて・・・ああ、おいしい・・・」
お園が呻きながら更に強く舌を動かし、口の奥へ奥へとチンポを吸い込んで、
皮を引っ張り下げていた指を、上下に動かしてチンポを抜き出しました。

ぐっぐっくっとお園の喉奥にチンポが入っていきます。
私はお園は大丈夫だろうかと心配になりましたが、
頭の芯がぼうっとして心配よりも気持ちよさに痺れていました。
そして睾丸袋の中から、尿道をふくらませて何か飛び出していくのを感じました。
その時が最も気持ちのいい瞬間で、本当になにも分からなくなっていました。

ドクドクと言うような、ビューッというような、我慢を堪えていた小便を、
いっきにほとばしらせたときのような心地よさの何倍もの快感がありました。


性の謎を教えてくれた乳母。其の四


◇これが“オマンコ”だ◇

私はいつの間にか丸裸、そしてお園も丸裸になっていました。
「ほら、言った通りででしょ。白いお汁がでたでしょ」
股間から顔を上げて、お園は向きを変えて口を開けて私に見せました。
舌の上にはどろっと粘着質の白い液が溜まっていました。
それを舌の上から、私の胸にヨダレを垂らすかのように、
タラ〜ッと垂らし、残ったものをゴクッと飲み干します。

私は一瞬、汚いと思いましたが、お園が微笑んでいるのを見ると、
ゾクゾクッと背筋が震えるような感動を覚えました。
淫らで、いやらしい感じがしました。同時にもの凄くお園が綺麗にも見えました。
お園が嬉しそうなのも不思議に思ったのですが安心でき、
私が放出した精液が美味しかったのだと思いました。

「お園も出るの?」
「出ますよ、吸ってみます?」
「ン・・・?」
お園は突如、私の顔の上に跨り、少し後ろに体をずらせて股間に手を入れ、
陰毛を上の方にかき上げて変色したシワくちゃのものを左右に拡げます。
それが陰唇という部分だと言うことは、後で教えられたのですが、
男の性器ととはまるで異なり、濡れた粘膜は醜悪で、
決して綺麗なものとは思いませんでした。

しかし、それを拡げて見せられると、その下は桃色をしていて、
頭が吸い込まれていくような錯覚に捕らえられ、私はじいっと見入ってしまいましした。
「ほら、ここに穴があいているでしょ。ここに口をつけて吸えば、
 白いお汁が出てくるんですよ」

と、言いながら、お園は私の口にその部分を押し付けてきました。
「あっ、臭い」と、咄嗟に私は思ったのですが、プ〜ンとお園の性器の匂いが強く
鼻を刺激してきたので、汚いという感じはなくなっていました。寧ろ夢中で吸いました。

確かに口の中に白いお汁が入ってきます。ズルズル、チューっと吸っているうちに、
私はその形とか、汚いと思ったことなど忘れていました。


鼻の頭にお園の毛が触ります。穴の中に舌を入れて舐めると、
お園が変な声を出します。それが面白くなり、ガボッと咬みついていました。
「あっ、坊っちゃんッイヤッ・・・ああッ」
イヤならお尻をどかせばいいのに、お園は逆に私の口にソコを押し付けてきます。
そして、後ろ手に私のチンポをギュッと握り締めてきました。

また私はいい気持ちに成り、夢中でお園のオマンコを吸い続けます。
オマンコとていうのは、後で女性器のことだと教わりました。
そしてオマンコするっていうのは、性器にチンポを入れると言うことも教わったのです。
とにかく、その時は私はソコは女のチンポだと思っていました。

穴の上の方に小さな突き出したものがあり、そこからきっと小便が出るのだと想像し、
お園がチンポを吸ってくれて気持ちよかったので、私もそれを重点的に吸い続けました。
舐めたり、咬んだりしていると、白いお汁はごく自然に出てきました。

「ああ、坊っちゃん。ソコ、そこがいいの。あはっ、いい、いいです。
 気持ちいい・・・いじって、穴に指を入れて弄って下さい・・・
 ああ・・・もっと、そう、奥のほうまで・・・」
私はしゃがんだ恰好をしたお園の股間の穴に指を入れてかき回し、
口をつけて吸い、突き出した肉粒に咬み付きます。

お園が気持ちよさそうなので、私はこうすればお園は悦ぶのだと知りました。
すると、お園は体の向きを変え、濡れる光るオマンコを私の口に当てたまま
私のチンポに吸いつきました。頭を上下に激しく動かしながら、
お尻も左右に動かして、私の口にオマンコを擦り付けます。

私の目の前にはお園の大きなお尻があります。それはまん丸で、スベスベしています。
アゴをザラザラしたお園の毛で擦られました。鼻にお尻の穴がぶつかります。
プ〜ンと大便の匂いがしましたが、どういうのか、それがイヤな匂いではなくて
お園の匂いと混じり、頭の芯が痺れ、元気が出てくるように感じるのです。

言い換えると、もの凄く暴れたいという感じでした。そして、肛門に鼻がぶつかり、
擦れても逆に息を大きく吸い込み、その匂いを嗅いでいました。
ところが、そこでまたお園が動きました。
「ああ、坊っちゃん、入れて下さい。いれますよッ」
と叫び、ふたたび体の向きを変えて、私の上に覆い被さってきました。


性の謎を教えてくれた乳母。其の五


◇夜毎の嬉し泣き◇

お園は覆い被さりながら私のチンポを握り、オマンコに押し当てて、ドシンッと大きな
お尻を落としました。
「あッ、入りました、入りました・・・ああ、気持ちいい・・・」
私にはどういうことなのか判りませんでしたが、チンポがヌルヌルとした穴の中に
入るのは感じましたし、それが全体的に締め付けられるのも感じました。
まさにお園のオマンコにチンポは吸い込まれていったのです。

お園は取り乱して私の口に吸い付き、舌を入れて、ハァ、ハァ、と荒い息を吐き出し、
やたらにお尻を動かし、胴をくねらせ、乳房を私の胸に押し付けます。
さらにお尻を激しく上下に動かしました。

チンポがお園のオマンコから出たり入ったりして擦られました。
「あッ、お園、ヘンだよ、ヘンだ・・・」
私はさっき小便を漏らしたときのような事が、起こりそうな感覚がしてきました。
「待って、坊っちゃん、待ってて・・・もう少し、もう少しですから・・・」

上体を起こし、お園は両手を私の体について支えると、
さらに激しく体を上下に動かし始めました。乳房がプルンプルンッと
上に下に大きく揺れます。すると、お園の顔が急に険しくなり、
怒ってるような、泣いているような顔になりました。
「お園、どうしたのッ、お園・・・?」

私は両手で上下に揺れる乳房を掴みました。それは乳母の乳房を揉むと言う
揉み方ではなく、揺れるのを押さえるように力一杯掴んでいました。
「あああっ、坊っちゃん・・・いいィーッ」
お園がのけぞり「あっ、危ない、後ろに倒れる」と思ったとき、
反動をつけるように前にどさっと倒れてきました。

その瞬間、チンポがまるでもぎ取られるような衝撃を感じ、
先ほどのようにチンポの先端から白いお汁が、ドクッドクッとほとばしり出ていったのです。
「うーッ」
くらくらとっと目眩がして、私は何とも言えない心地よさに、うっとりとしてしまいました。
白いお汁が出ていったときの快感は二度と忘れられません。


最初のときも、そして二度目のときも、私は素晴らしい快感に襲われ、
嬉しくてたまりませんでした。
体の下からお園の体に抱きつきながら、その重みに堪え、
その気持ちよさにぼうっとして、私はそのまま眠ってしまいました。

翌日、お園は私の家の手伝いをしてから、夜になると再び布団を敷きに来ました。
「坊っちゃん、これからは私と一緒に寝て下さいね」
もう乳母としての添い寝ではなく、お園のほうが淋しいから独りでは寝られない。
と言うのです。もちろん、私は大喜びでした。

その夜は、三十過ぎて熟れきった女体を私の前にあますところなく露出し、
私の射精(これも後でその言葉を知ったのですが)を手伝ってくれました。でも、
彼女は最初の時とは異なり、私にいろいろと要求し、厳しく手ほどきをするのでした。

「そうっと、オッパイを赤ちゃんのように吸うのではなく、
 乳首を舐めたり、咬んだり、撫でたり、揉み揉みしたりするんですよッ」
「よ〜く見ながらやるのよ。あッ、ソコじゃない、もう少し上よ。
 そう、そこよッ!あッ、もっとキック・・・」

お園は太股を広げ、私を這いつくばらせてオマンコを舐めさせたり、
しゃぶらせたり、指をつっこませたりさせました。

その豊満な体は戦時中の苦労を忘れたように、私の家に戻って来てからは輝き出し、
脂肪もたっぷりついて、全体が丸くなり、悩ましい曲線にフチどられ、
精力がみなぎり溢れていて、オマンコの白いお汁も最初の頃より
沢山溢れ出るようになりました。

私のチンポも、次第にチンポというよりもマラと呼ぶにふさわしく男らしい猛々しい逸物となり、
陰毛も生え揃い、オマンコに挿入すると毛と毛が擦れうあ様になりました。
「あッ、ああッ・・・」
お園が我を忘れて喘ぐ声が、次第に高くなり、逆に私は家の中の誰かに
聞かれてしまうのではないかと心配になったくらいです。

私は充分に女体を知り、いろんなやり方も覚え、
お園が悲鳴をあげるほどにテクニックが上達すると、
お園だけでは物足りなくて、他の女ともオマンコをするようになりました。
お園の体を抱かなくなったのは、私が東京の大学に通うようになってからです。

END
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/201.html#c16

[リバイバル3] 株で儲ける方法教えてあげる(こっそり) 新スレ 中川隆
181. 中川隆[-12583] koaQ7Jey 2019年1月31日 07:29:06 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

2019年01月31日
積み立て投資の長所と弱点 最後の1年で暴落を食らわない


この後2011年は東日本大震災による暴落があったので、もし暴落時に決済したら損失が出たでしょう


画像引用:https://www.wealthnavi.com/image/colum/vol2/img-graph5.png

積み立て投資が若者に人気

以前から増加傾向だった積み立て投資が最近、若者の間で人気になっています。

統計によると日本の世帯で資産がプラスなのは50代以上だけで40代はトントン、30代以下は大幅赤字です。

家、車、子供と金がかかるばかりで実質賃金は低いままなので、若者には投資する資産がありません。



政府は預金から投資へと言っていますが、そもそも預金すらないので人をばかにするにも程がある。

そこで若者たちがやったのは少額で大金を稼げる仮想通貨でしたが、2017年をピークにバブルは弾けました。

積み立て投資は以前は月1万円からが多かったが、月千円が当たり前になり、月100円から可能なところが増えている。


若者には投資する預金がないが、毎月の収入から自動引き落としで千円や100円なら投資できる。

仮に毎月1万円を積み立てて年利3%を得ると10年で約139万円、20年で326万円、45年で1100万円に達します(いずれも税引前複利)

毎月千円積み立てでも一生で100万円になるので、低リスクな割に最後に受け取れる金額は大きい。


積み立て投資はマイナーだったが政府が始めた個人年金制度、iDeCoやつみたてNISAによってメジャーになりました。

個人型確定拠出年金iDeCo(イデコ)は掛け金が全額所得控除で運用益は非課税なので、節税対策としても行われている。

少額投資非課税制度NISA(ニーサ)は一定金額の積立投資で得た利益が非課税になる制度です。

完全放置は最後に損をする可能性

こうした制度を利用するのも良いし、まずは毎月千円で始めてみるのも良い。

長期間積み立て投資を行うと「ドルコスト平均法」の効果によって平均購入価格が均一化されていきます。

例えば1985年から1990年までのバブル期に積み立て投資を始め、1991年にバブル崩壊するという最悪のケースでも現在かなりのプラスになっている筈です。


毎月定額積み立てでは相場が下がった時は安く買い、上がった時は高く買うので、むしろ相場が暴落したほうが「買い得」になります。

購入金額はほとんど気にする必要がないが決済金額つまり「売り時」は重要で、暴落時に満期を迎えたり決済したら大損失もあり得ます。

バブル崩壊後の日本株最安値は2009年3月10日の日経平均7054円で、2018年10月には2万4000円を超えていました。


3倍もの差があるので、積み立て投資は購入価格はどうでも良いが、絶対に暴落時にろうばい売りしてはいけません。

ネット上に複利計算するサイトがいくらでも在るので、年利3%を上回るのを目安にしても良いと思います。

何十年も積み立ててきたが最後の1年で暴落して大損だった、のような事が積み立て投資の最大のリスクです。


これを防ぐにはひたすら長期間積み立てっぱなしではなく、明らかに今が好景気の後半だと思ったら一度決済した方が良い。

一度決済してまた積み立て始めれば、その後景気悪化で暴落しても損失を回避した事になります。


決済した現金をプールしておいて暴落後に多く買えれば、差額分の利益を得たことになります。
http://www.thutmosev.com/archives/78878617.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/822.html#c181

[リバイバル3] 中川隆 _ 原発関係投稿リンク 中川隆
2. 2019年1月31日 08:09:21 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]
もうすぐ氷河時代が来る証拠
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/202.html

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/924.html#c2
[近代史3] もうすぐ氷河時代が来る証拠 中川隆
1. 中川隆[-12582] koaQ7Jey 2019年1月31日 08:17:26 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

関連投稿


発電をすべて原子力にしなければ地球温暖化で地球の気温は250℃になる
http://www.asyura2.com/17/lunchbreak54/msg/140.html

太陽光発電は国家経済を破綻させ環境も破壊する
http://www.asyura2.com/17/lunchbreak54/msg/144.html

風力発電は環境を破壊するだけでなく低周波音で風車病・睡眠障害を引き起こす
http://www.asyura2.com/17/lunchbreak54/msg/145.html

バイオマス発電のウソ 森林伐採しCO2増加を招く
http://www.asyura2.com/17/lunchbreak54/msg/322.html

原子力発電は本当に危険なのか?
http://www.asyura2.com/17/lunchbreak54/msg/148.html

北海道停電で露呈した「原発を稼働しないリスク」
http://www.asyura2.com/17/lunchbreak54/msg/261.html

▲△▽▼


阿修羅掲示板の頭がおかしい投稿者のリスト


・お天道様はお見通し
・taked4700
・魑魅魍魎男
・天橋立の愚痴人間
・Kse53zYp5s = Mnxczxr6Dw
・佐伯まお=おおたこうじ=シノブ
・ポスト米英時代
・日高見連邦共和国
・けろりん
・BRIAN ENO


阿修羅掲示板の中国工作員
・赤かぶ

____


具体的には

お天道様はお見通し と ポスト米英時代 は統合失調症

taked4700、魑魅魍魎男、佐伯まお と BRIAN ENO はパラノイア

天橋立の愚痴人間 と Kse53zYp5s は強迫性人格障害者

日高見連邦共和国と けろりんは IQ が低いだけ

詳細は


アホの考えを変えようとしたり、反論したり、話し合おうとしたりするのはすべて無意味で無駄
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/805.html

阿修羅掲示板はパラノイアや統合失調症患者の投稿が多いので、真に受けない様に気を付けて下さい
http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/899.html


http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/202.html#c1

[近代史3] もうすぐ氷河時代が来る証拠 中川隆
2. 中川隆[-12581] koaQ7Jey 2019年1月31日 08:37:22 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

7日豪州は世界で最も暑かった シドニーで47.3℃記録 
森さやか | NHK国際放送局 気象アンカー、気象予報士
2018年 1/8(月) 17:29
https://news.yahoo.co.jp/byline/morisayaka/20180108-00080249/


記録的に寒い新年を迎えたアメリカとは反対に、南半球のオーストラリアでは、7日(日)歴史的な猛暑となりました。シドニー郊外のPenrithでは日中の気温が47.3℃まで上がり、1939年の47.8℃以来の2番目に高い記録となったのです。

米メーン大学の発表した世界気温の図(下)を見ると、この日オーストラリア大陸は世界で最も暑かったようです。この暑さのため、テニスの「シドニー国際」が中断になり、また一部の道路でアスファルトが溶けて大規模な渋滞が発生したとも伝えられています


https://twitter.com/windjunky/status/949990248712253441/photo/1?ref_src=twsrc%5Etfw%7Ctwcamp%5Etweetembed%7Ctwterm%5E949990248712253441&ref_url=https%3A%2F%2Fnews.yahoo.co.jp%2Fbyline%2Fmorisayaka%2F20180108-00080249%2F


原因と今後の予想

その他、オーストラリアの主要都市で観測された気温は下記のとおりです。


6日(土)

メルボルン 41.7℃(平年26℃)

アデレード 42.6℃(平年29℃)

7日(日)

シドニー市内 43.4℃(平年26℃)

キャンベラ 40.6℃(平年28℃)

この酷暑は、タスマン海に中心を持つ高気圧の縁を流れる暖かい風が、オーストラリア東部に流れ込んだことが原因でした。しかし高気圧がやや東に移動し、変わって気圧の谷が接近するため、週中頃にかけて暑さは次第に解消していく見込みです。例えばシドニーでは、10日(水)日中の気温が25℃まで下がる予想となっています。

暑くなるオーストラリア

今回の熱波は一時的であるものの、オーストラリアでは近年気温が顕著に上昇しています。同国全体の日平均気温は、1910年から2014年の間に0.9℃上昇しているのです。

オーストラリア国立大学の研究によると、シドニーやメルボルンでは、2040年代に気温が50℃に達する恐れがあるといいます。異常な高温によって熱中症患者が増え、山火事のリスクも高まるなど、様々な問題が懸念されています。
https://news.yahoo.co.jp/byline/morisayaka/20180108-00080249/

▲△▽▼

【46.6℃】豪州アデレードで前代未聞の高温記録
森さやか | NHK国際放送局 気象アンカー、気象予報士
2019年 1/24(木) 22:05
https://news.yahoo.co.jp/byline/morisayaka/20190124-00112335/




全豪オープンで大活躍をしている大坂なおみ選手ですら、この暑さにはお手上げといったところでしょうか。23日(水)の試合後に行われた勝利インタビューで「外は暑いので、早く中に入りたいわ」と話し、会場から笑い声が上がる一幕がありました。


アデレードで観測史上最高気温

連日猛暑が伝えられるオーストラリアですが、24日(木)は南オーストラリア州の州都アデレードで、観測史上最高気温となる46.6℃が記録されました。これはこの時期の最高気温の平均よりも18℃も高い気温でした。

これまでオーストラリアにおける最も暑い州都は、最高気温46.4℃の記録を持つビクトリア州メルボルンでしたが、今回の記録でアデレードがその座をとって代わることになったのです。

24日(木)はアデレードのほか南オーストラリア州Whyallaで48.5℃、Snowtownで47.3℃、Port Augustaで49.1℃まで気温が上がり、それぞれ観測史上最高気温を記録しました。


https://www.theweathernetwork.com/news/articles/record-smashing-heat-wave-in-australia-cooking-steak-in-car-all-time-records-broken/122958/

(↑車中でステーキが焼けるくらいの暑さ)

暑さの原因

24日の地上天気図 (画像元: オーストラリア気象局)


この暑さの原因は、接近している低気圧と前線に向かって吹き込む北風でした。このためオーストラリアの内陸部からの暑い空気が南部へと流れ込んだのです。

しかし25日(金)にはアデレード周辺を寒冷前線が通過するため、気温は大幅に下がる見込みです。

一方で全豪オープンが開催されているメルボルンでは気温が上昇し、25日(金)の最高気温は44℃まで上がると予想されています。また最低気温も29℃と見込まれ、寝苦しい夜となりそうです。同市の最低気温の最高記録は1902年に観測された30.5℃ですから、それに1℃と迫るほどの高温です。

野生動物の大量死

今夏オーストラリアでは、熱波によりコウモリや魚などの大量死が報道されていますが、新たに中部で40頭近くの野生の馬が死んでいるのが発見されました。


馬の死体が見つかったのは「ディープホール」と呼ばれる水場です。普段は水があるこの場所は、ここ2週間42℃を超える暑さが続いており、カラカラに干上がっていたようです。馬の死因はまだ明らかではありませんが、水を求めにやってきた馬が、そこで息絶えたのではないかと考えられています。
https://news.yahoo.co.jp/byline/morisayaka/20190124-00112335/
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/202.html#c2

[昼休み54] 発電をすべて原子力にしなければ地球温暖化で地球の気温は250℃になる 中川隆
46. 中川隆[-12580] koaQ7Jey 2019年1月31日 08:38:02 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

7日豪州は世界で最も暑かった シドニーで47.3℃記録 
森さやか | NHK国際放送局 気象アンカー、気象予報士
2018年 1/8(月) 17:29
https://news.yahoo.co.jp/byline/morisayaka/20180108-00080249/


記録的に寒い新年を迎えたアメリカとは反対に、南半球のオーストラリアでは、7日(日)歴史的な猛暑となりました。シドニー郊外のPenrithでは日中の気温が47.3℃まで上がり、1939年の47.8℃以来の2番目に高い記録となったのです。

米メーン大学の発表した世界気温の図(下)を見ると、この日オーストラリア大陸は世界で最も暑かったようです。この暑さのため、テニスの「シドニー国際」が中断になり、また一部の道路でアスファルトが溶けて大規模な渋滞が発生したとも伝えられています


https://twitter.com/windjunky/status/949990248712253441/photo/1?ref_src=twsrc%5Etfw%7Ctwcamp%5Etweetembed%7Ctwterm%5E949990248712253441&ref_url=https%3A%2F%2Fnews.yahoo.co.jp%2Fbyline%2Fmorisayaka%2F20180108-00080249%2F


原因と今後の予想

その他、オーストラリアの主要都市で観測された気温は下記のとおりです。


6日(土)

メルボルン 41.7℃(平年26℃)

アデレード 42.6℃(平年29℃)

7日(日)

シドニー市内 43.4℃(平年26℃)

キャンベラ 40.6℃(平年28℃)

この酷暑は、タスマン海に中心を持つ高気圧の縁を流れる暖かい風が、オーストラリア東部に流れ込んだことが原因でした。しかし高気圧がやや東に移動し、変わって気圧の谷が接近するため、週中頃にかけて暑さは次第に解消していく見込みです。例えばシドニーでは、10日(水)日中の気温が25℃まで下がる予想となっています。

暑くなるオーストラリア

今回の熱波は一時的であるものの、オーストラリアでは近年気温が顕著に上昇しています。同国全体の日平均気温は、1910年から2014年の間に0.9℃上昇しているのです。

オーストラリア国立大学の研究によると、シドニーやメルボルンでは、2040年代に気温が50℃に達する恐れがあるといいます。異常な高温によって熱中症患者が増え、山火事のリスクも高まるなど、様々な問題が懸念されています。
https://news.yahoo.co.jp/byline/morisayaka/20180108-00080249/

▲△▽▼

【46.6℃】豪州アデレードで前代未聞の高温記録
森さやか | NHK国際放送局 気象アンカー、気象予報士
2019年 1/24(木) 22:05
https://news.yahoo.co.jp/byline/morisayaka/20190124-00112335/




全豪オープンで大活躍をしている大坂なおみ選手ですら、この暑さにはお手上げといったところでしょうか。23日(水)の試合後に行われた勝利インタビューで「外は暑いので、早く中に入りたいわ」と話し、会場から笑い声が上がる一幕がありました。


アデレードで観測史上最高気温

連日猛暑が伝えられるオーストラリアですが、24日(木)は南オーストラリア州の州都アデレードで、観測史上最高気温となる46.6℃が記録されました。これはこの時期の最高気温の平均よりも18℃も高い気温でした。

これまでオーストラリアにおける最も暑い州都は、最高気温46.4℃の記録を持つビクトリア州メルボルンでしたが、今回の記録でアデレードがその座をとって代わることになったのです。

24日(木)はアデレードのほか南オーストラリア州Whyallaで48.5℃、Snowtownで47.3℃、Port Augustaで49.1℃まで気温が上がり、それぞれ観測史上最高気温を記録しました。


https://www.theweathernetwork.com/news/articles/record-smashing-heat-wave-in-australia-cooking-steak-in-car-all-time-records-broken/122958/

(↑車中でステーキが焼けるくらいの暑さ)

暑さの原因

24日の地上天気図 (画像元: オーストラリア気象局)


この暑さの原因は、接近している低気圧と前線に向かって吹き込む北風でした。このためオーストラリアの内陸部からの暑い空気が南部へと流れ込んだのです。

しかし25日(金)にはアデレード周辺を寒冷前線が通過するため、気温は大幅に下がる見込みです。

一方で全豪オープンが開催されているメルボルンでは気温が上昇し、25日(金)の最高気温は44℃まで上がると予想されています。また最低気温も29℃と見込まれ、寝苦しい夜となりそうです。同市の最低気温の最高記録は1902年に観測された30.5℃ですから、それに1℃と迫るほどの高温です。

野生動物の大量死

今夏オーストラリアでは、熱波によりコウモリや魚などの大量死が報道されていますが、新たに中部で40頭近くの野生の馬が死んでいるのが発見されました。


馬の死体が見つかったのは「ディープホール」と呼ばれる水場です。普段は水があるこの場所は、ここ2週間42℃を超える暑さが続いており、カラカラに干上がっていたようです。馬の死因はまだ明らかではありませんが、水を求めにやってきた馬が、そこで息絶えたのではないかと考えられています。
https://news.yahoo.co.jp/byline/morisayaka/20190124-00112335/
http://www.asyura2.com/17/lunchbreak54/msg/140.html#c46

[近代史3] 江戸時代の銭湯は男女混浴。出会いの場所としての期待も大きかった 中川隆
17. 中川隆[-12579] koaQ7Jey 2019年1月31日 08:52:10 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

溝口健二 近松物語(大映 1954年)

監督 溝口健二
脚本 依田義賢
音楽 早坂文雄
撮影 宮川一夫
配給 大映
公開 1954年11月23日


動画
https://www.youtube.com/watch?v=JoepTq9tmfw
https://www.youtube.com/watch?v=xud7n9bxWs4
https://www.youtube.com/watch?v=NuXn1AI3Bj4
https://www.youtube.com/watch?v=6QWNmxdJIOA


キャスト

茂兵衛:長谷川一夫

おさん:香川京子

お玉:南田洋子

大経師以春:進藤英太郎(東映)

助右衛門:小沢栄太郎

源兵衛:菅井一郎

岐阜屋道喜:田中春男(東宝)

院の経師以三:石黒達也

おこう:浪花千栄子

鞠小路侍従:十朱久雄
公卿の諸太夫:荒木忍
赤松梅龍:東良之助
僧侶:葛木香一
黒木大納言:水野浩(東映)
検校:天野一郎
お蝶:橘公子
船宿の女中:金剛麗子
茶店の老婆:小松みどり
おたつ:小林加奈枝
おその:仲上小夜子
おかや:小柳圭子
堅田の役人:伊達三郎
宿の番頭:石原須磨男
切戸の庄屋:横山文彦
村役人:藤川準
梅垣重四郎:玉置一恵

近松門左衛門作の人形浄瑠璃の演目『大経師昔暦』(だいきょうじ むかしごよみ、通称「おさん茂兵衛」)を下敷きにして川口松太郎が書いた戯曲『おさん茂兵衛』を映画化した作品である。脚本は、近松の『大経師昔暦』と、西鶴の『好色五人女』の「おさん茂右衛門」の二つを合体させたものである。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%91%E6%9D%BE%E7%89%A9%E8%AA%9E


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近松物語:溝口健二の世界

溝口健二の映画「近松物語」は、近松門左衛門の世話浄瑠璃「大経師昔暦」を下敷きにしている。近松はこの浄瑠璃を、30年以上も前に起きた事件に取材した。それは「おさん茂兵衛」と呼ばれた不義密通事件で、男女の不幸な愛の顛末が民衆の深い同情を呼んでいた。そこで近松は、二人の三十三回忌にあわせて、この事件の顛末を世話浄瑠璃に仕立てたのである。

この事件というのは、京都の大経師以春の妻おさんが手代の茂兵衛と不義密通したというもので、丹後の国に逃げたところを捉えられて、二人の間をとりなした下女のお玉ともども、洛中引き回しの上、粟田口で処刑されたというものである。徳川時代には、不義密通はもっとも重い犯罪であり、露見すれば死罪を免れず、本人たちはもとより、その間を取り持っただけの人間まで処刑されたわけである。

この事件を文芸作品に取り入れたのは、西鶴が最初だった。西鶴はこの事件の二年後に、好色五人女の話の一つとして、この事件を書いた。西鶴は例によって、おさん茂兵衛の恋も、好色な男女の間の色恋沙汰として描いている。したがって不幸な男女への同情といったものはない。二人の死は自業自得のこととして、突き放した視点から見られているのである。

これに対して近松は、二人は好色な気持ちから密通をしたのではなく、運命のいたずらに翻弄された不幸なカップルとして描き出している。西鶴におけるように、二人は互いに愛し合っているわけではなく、たまたま不義密通という、たいへんな事態に落ちこんでしまった、運の悪いカップルなのだ。

近松の浄瑠璃の筋書きは、次のようなものである。大経師以春の妻おさんは、実家から金を無心されるが、夫の以春に遠慮して、手代の茂兵衛に相談する。茂兵衛は主人の印鑑を借り出して、それで金を借用しようとするが、主人に見破られて、問い詰められる。するとそこに下女のお玉が出てきて、そのお金は私から頼んだのですといって、なんとかとりなそうとする。おさんは後で、お玉に礼をいうが、思いがけないことを聞かされる。意俊が毎晩のように寝室にやってきて困っているというのだ。そこでおさんは、自分がお玉の替え玉となって、忍び込んできた意俊を懲らしめようとする。

一方、茂兵衛のほうは監禁されていたところを抜け出してお玉の部屋にやって来る。昼間にお玉が自分をかばってくれたことに対して、礼をいうつもりだったのである。ところがお玉の部屋には思いかけずおさんがいた。そこへ以春がやってきて、二人は不義密通をしていたことにされてしまうのである。

二人は何とか逃亡して丹後まで逃げていくが、大経師の家に出入りしていた百姓に見とがめられて、ついに捕まってしまう。一方お玉の方は、二人をどん底に突き落とした責任の一端を感じて、みずから進んで叔父に切られて死ぬのである。

近松のこの筋書きを、溝口はおおむねの所採用している。しかし、決定的に異なる部分がある。それは、おさんと茂兵衛は、単に不義密通をしたのではなく、深く愛し合ったというふうに作り替えた点である。それ故、この映画は、不幸な男女の悲恋物語としての性格を持つに至った。悲恋でも特別の悲恋、誰もが胸を塞がれるような、とびきりの悲恋物語になっている。

映画は、大経師の家の前を、市中引き回しの行列が通り過ぎていくシーンから始まる。馬上には縄で結ばれ合った男女が乗り、高札には、この者どもは不義密通をした咎で、磔に処せられる旨が書いてある。やがて二人は並んで十字架に磔になる。その光景が、おさんと茂兵衛の運命を暗示しているわけである。

前半はほぼ、近松の筋書き通りに進んでいく。おさんを演じるのは香川京子、茂兵衛は長谷川一夫、お玉は南田洋子、以春は進藤栄太郎である。

前半では、おさん茂兵衛は互いに愛しあっているようには見えない。二人は主人の妻と手代の関係であり、茂兵衛はおさんをお家さまと呼び、おさんは茂兵衛を呼び捨てにする。

二人の関係が劇的に変化するのは、琵琶湖での心中未遂の場面からである。世をはかなんだおさんは死ぬ決意をし、それに茂兵衛もお供することとして、二人で船に乗って琵琶湖に身を投げようとする。その時に、茂兵衛が思わぬ告白をする。以前からおさんを慕っていたというのだ。それを聞いたおさんは、俄然態度を変え、こう言い放つ。「おまえの今の一言で、死ねんようになった、死ぬのはいやや、生きていたい」

おさんのこの言葉が、この映画の全体を語っているといってもよい。この言葉によって、二人は恋人同士として、本当に結ばれるのである。そして結ばれた二人は、なるべく長く生き続けようとし、生きている限りは愛しあおうと決意するのである。

しかし、二人には、あまり残された時間はなかった。丹後の山中に潜んでいたところを捕まえられ、いったんは引き離されてしまう。この時点では、以春は事件を公にするつもりがなく、闇に葬るつもりだった。二人を引き離しておさんを連れ帰れば、なんとか表沙汰にならずにすむだろうと考えていたわけである。また、おさんのほうも、ここで茂兵衛をあきらめていれば、あるいは死なずにすんだかもしれない。

しかし、おさんには茂兵衛と別れることはできなかった。以春から実家に預けられ、思案しているところに、これも父親の愛によって助けられた茂兵衛がやって来る。おさんの母親(浪花千栄子)は、おさんの思いを遂げさせようとするが、おさんの兄が後難を畏れて、密告する。こうして捉えられた二人は、市中引き回しになって、処刑場へと向かっていくのである。

このように溝口は、おさん茂兵衛の物語を、たんなる好色や不運な巡り合わせということにとどめるのではなく、悲恋物語として描いた。そして、男女の純粋な愛が、様々な封建的束縛によって押しつぶされていく過程を、怒りをこめて描いた、といえるのではないか。西鶴一代女のなかでは、身分不相応の恋をした男(三船敏郎)が、愛し合うことの何処が悪いのかと叫んだわけだが、この映画の中でも、その叫びと同じものが響き渡っている。おさんが、「茂兵衛、茂兵衛」と絶叫する声が、その響きを象徴しているのではないか。

溝口の他の作品と同様、この映画の中でも、極悪人といってよいような男たちが多数出てくる。以春も悪党として描かれているが、それはまだ生ぬるい悪党で、モットひどい奴らが沢山出てくる。なかでもひどいのは、おさんの兄だ。この兄(田中春男)は、妹に金の無心をし、その金で放蕩放題をする一方、おさんと茂兵衛が自分にとって危険と察すると、さっさと密告して、二人をどん底に突き落とすような真似をするのである。こうした悪漢は、これまでの溝口映画には常に出てくるキャラクターなのだが、こんなに悪どいキャラクターは前後に見当たらぬほどだ。

その一方、おさんと茂兵衛の純真な心が観客の胸を打つ。香川京子は気品を漂わせながら愛に生きる女を演じ、長谷川一夫は最高の二枚目ぶりを発揮していた。溝口の映画では、二枚目というのはとかく情けない男として描かれるのが通例であるのだが、長谷川一夫演じる茂兵衛は、二枚目でありながら、芯のしっかりした男らしい男として描かれている。これは、長谷川一夫という俳優の雰囲気がそうさせた面もあるのだろう。

こんなわけで、溝口晩年の名声高き四部作のうち、この映画は独特の輝きを放っている。最後の場面で、馬上の二人が、互いに手を結び合い、見つめ合いながら、幸せそうな表情をする。その表情が、見ている者の心まで洗い清めてくれる。そんなところが、筆者にはたまらない魅力として映るのだ。
https://movie.hix05.com/mizoguchi/mizo108.tikamatu.html

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溝口健二監督「近松物語」

溝口健二監督「近松物語」は確かに名作だ。しかし、何度考えてもちょっと複雑な気持ちになる映画だ。


時は江戸時代。所は京都。若く美しいおさんは、武士同様の格式を持つ裕福な大店の内儀である。主人は商売はやり手だが吝嗇で、若い女中に手を出すような好色爺だ。おさんに金の無心に来る母と道楽者の兄。この縁組は、経済的に苦しいおさんの実家が、金銭的援助を当て込んで成立させたものだ。

おさんの立場は弱く、まるで実家から差し出された人身御供だ。
もっとも、一番理不尽に虐げられているのは、好色爺に手籠めにされつつ「奉公人は耐えるしかない」「腹に収めろ」と手代の茂兵衛に諭される女中のお玉だろう。

封建的身分制度社会、不平等は当たり前というわけで、江戸時代、こんなものなわけだが、やはりなんとも理不尽だ。


兄の借金の申し込みをどうしよう。という話をおさんが茂兵衛に相談し…内儀が奉公人に金の工面の相談って、そりゃ筋が違うし内儀失格でしょ、に始まり、茂兵衛が、主人の印を不正利用して金を工面しようとして同僚にみつかり…と、ダメダメな対応が積み重なる。
そして、あれよあれよという間に、様々な偶然も重なり、おさんと茂兵衛に不義密通の嫌疑をかけられ、2人は逃走する。共通するのは「もうあの家はいや」ということ。江戸時代の価値観的には、最重要とされる嫁ぎ先、奉公先の「家」が心からいやということだ。
といっても、もともと茂兵衛がおさんを「お慕い申して」おり、おさんも茂兵衛を憎からず思っているのは明らかだ。2人の逃避行は、おさんが割と強引に茂兵衛を誘っていて、おさんがイノセントな悪女にすらみえる。しかし、腹を決めてことにかかっているというわけでもなく、おさんは追っ手に動揺し、追っ手は振り切れないと心中を決意する。

有名な水上での小舟のシーンは彼岸の美しさだ。琵琶湖での入水直前の茂兵衛がおさんへ想いを告白し、おさんが「死ぬのは嫌や。生きていたい」ときっぱりとした生への希求へ転換する。

そして追っ手のかかる中、展望のみえない逃避行が続けられることになる。


恋愛というものが魅力的なのは、それが社会制度(当時の封建的身分制度)やしがらみを打破するような破壊力を持ちうるからだ。

このまま不義密通の嫌疑事件がなかったとして、おさんと茂兵衛の人生が「幸せ」であったかといえばそうは思わない。

おさんは厄介な実家を抱え、お金の引け目で弱い立場だし、茂兵衛は手代という奉公人の立場であり、出世したにしても身を粉にしてお店のため働くだけの人生だったろう。

2人とも、個人の幸福を追求するなどということは人生でついぞなかった可能性が高い。

しかし2人は、ひょんなことから、自らの意思で恋愛という「我儘」を押し通すことになる。

2人は茂兵衛の実家に逃れたものの、おさんは追手に捕まり、連れ戻される。

茂兵衛は捕えられたが逃げ出し(逃がした茂兵衛の父親は多分殺されただろう)、おさんのもとに向かう。

おさんの実家の場面は、母と兄がエゴ丸出しという意味でなかなかの名場面だと思う。
おさんの母と兄はとにかく婚家に戻るよう、激しく責めたてる。もともと、こんな事態を招いた発端は、母と兄の度重なる金の無心なわけだが、そこに言及はしない。
「帰れ」と吠える兄は正直者だ。おさんの母の説得がありがちでリアルだ。

「おっかはん、あんたの気持ち、よーお分かりまっせ」
どう分かってるんだ???
「大経師(おさんの婚家)や岐阜屋(おさんの実家)のためを思うて言うのと違いまっせ。大経師に帰ることが一番あんたの身のためやと思う」

これははっきり大嘘だ。正しくは「わてらのためにお願いだから帰ってくれ」だ。しかし、これと同じような台詞を聞いたことのある人も、言ったことのある人も、沢山いるだろう。「自分の都合のために他人に我慢を強いる」ことはなかなかあからさまに言えない。そして真っ赤な偽善が登場する。自己の保身のためなら、こんな台詞も真顔で言ってしまえるのだ。人間は。

そこへ茂兵衛がやってくる。再会した2人は、おさんの母の説得にもかかわらず、別れることをきっぱり拒む。
おさんは、実家のために生きる人身御供的な人生を拒むのだ。

そして不義密通の罪で市中引き回しの上、磔となることすら甘受する。
最後、2人は罪人として馬上にあっても晴れ晴れした顔で刑場に向かう。  


1954年のこの映画にある価値観は、江戸時代のものではなく、近代のものだ。
「個人が幸福を追求することをきっぱり肯定する」というメッセージが明らかで、私はこの作品がとても好きだ。


しかし、この映画を観終わったとき私は怒りさえ感じていた。何に?
茂兵衛役の長谷川一夫に。

まず、最初の登場シーンで「げげっ」と思ってしまった。
茂兵衛初登場は、「どうしても茂兵衛でないとあかん」という客がきた、と呼ばれて、病床から茂兵衛が起き上がるシーンである。茂兵衛は働き者の手代という設定のはずなのに、茂兵衛が起き上がった瞬間、「いや、この人、相当祇園で遊んでるでしょ。なにこのしたたるような色気」と思ってしまった。どうみても「貧しい山奥出身で丁稚奉公からたたき上げた働き者の手代」じゃない。

とにかく全編を通じて、長谷川一夫は、「自分をどう美しくみせるか」ということに注力している。
その意味では確かにプロである。一つ一つの所作も実に美しい。

しかし「作品や役を理解して表現する」という発想は彼にはない。

ラストシーンに至っては、引き回されている2人を仰ぎ見るかつての同じお店の奉公人の「お家さんのあんな明るいお顔を見たことがない。茂兵衛さんも、晴れ晴れした顔色で。ほんまに、これから死なはるんやろか」という台詞の後、馬上の茂兵衛の顔が映されるのだが、茂兵衛の顔は伏し目がちでちっとも晴れ晴れしていない。むしろドナドナだ。

どれだけ台本無視。

仮にラストの台詞がなくて長谷川のあの表情で終わったとしたら「おさんの恋情という狂気にひきずられた哀れな茂兵衛。ファムファタルにより破滅させられた男の物語」になってしまう。

それはそれでありな作品だ。
しかし台詞とそれに対応する表情がまったく違うというのは無しだろう。

私としては「折角の名作なのに。茂兵衛役が長谷川一夫なことで残念な作品に」と思ってしまったのだ。

「大人の事情」を考えると長谷川一夫の振る舞いは正しいのかもしれない。

二枚目スター長谷川一夫の起用は、社長命令で決まっていたことだったという。

映画は膨大な製作費がかかる。興行的に失敗することは極力避けたい。
集客したいからこそスターである長谷川一夫を起用したわけだ。
そして長谷川一夫ファンの女性達は当然「かっこよくて色気のしたたるような二枚目の長谷川一夫」を期待している。
むしろ、台本に忠実に「素朴で働き者の茂兵衛」を演じたら、期待に肩すかしを食わされた長谷川ファンから大ブーイングをくらっただろう。

茂兵衛という役を設定に忠実に表現するメリットは、長谷川一夫にも映画会社にもなかった。

自分に求められている役割は何かということを長谷川一夫は正確に知っていたし、それは溝口健二監督も同様だっただろう。

そう思うと、監督の意図ガン無視であっても長谷川一夫は正しい。

でも。

私は溝口健二監督が妥協なく撮った「近松物語」を観たかった。茂兵衛役はちゃんと「茂兵衛」であって欲しかった。そして、最後は晴れ晴れとこの世のしがらみから解放され、突き抜けた、ある意味での勝者であって欲しかった。
客観的に状況をみれば、2人はおさんの嫁ぎ先の商家を取り潰して借金をチャラにしたい、また、今ある利権を簒奪したい者どもの思惑にまんまと利用されて、さらし者にされ磔になる哀れな弱者である。
しかし、2人の主観としては違う。2人は例え社会の秩序を壊そうとも、周囲を破壊しようとも、己の意志を貫き「生きた」のだ、というコントラストがちゃんとみたかった。

未練がましくそう思ってしまう。
http://d.hatena.ne.jp/falken1880/20130907

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溝口健二の1951年の映画に『お遊さま』というのがある。これは谷崎の『蘆刈』を映画化したものなのだが、あまり有名な作品ではない。確かにところどころ、溝口らしいきれいなカットはあるのだが、そこまで目を引くようなものがないのだ。これはどうもキャスティングによるところが多いような気がする。お遊を演じるのは田中絹代、おしずは乙羽信子である。有体に言ってしまえば、この映画の中で圧倒的な存在感を放たなくてはいけないはずの田中絹代が乙羽信子に喰われかけてしまっているのだ。

 そうした役者のパワーバランスを考慮してのことかどうかは知らないが、脚本はそこそこ大きな原作からの改変が施されている。映画はおしずと慎之助のお見合いの場面から始まる。そこで慎之助はお遊を見初める。原作にあった枠構造は取り払われているのだが、これは大きな問題ではない。問題はその後で、おしずと慎之助が仮の結婚をしたところからなのだが、ここでクローズアップされるのはお遊、おしず、慎之助の奇妙な関係の方ではなく、「忍ぶ女」としてのおしずなのである。自分を犠牲にしてお遊と慎之助の幸せを願う健気な女としておしずは描かれる。このようなおしずの態度にほだされて慎之助はおしずとの子どもを作る。しかし、おしずは慎之助との子どもを出産する際に、なんとも涙ぐましい感じで死んでしまう。その子供を慎之助がお遊の元へ届けるというところで物語が終わる。映画の後半部ではお遊は半ば退場したも同然となってしまうのだ。たしかにこのようなおしずの新解釈には見るところもあって、興味深かったのだが、全体を通してみるとちぐはぐな印象は避けられない。

 田中絹代は当時四十代前半で、前年に作られた木下惠介の『婚約指環』に出演した際には「老醜」という誹りさえも受けていたらしい。さらにその数年後に作られる『山椒大夫』(1954)では老婆の役 をこなしているくらいなので決して、1951年当時若かったとはいえない。しかし、『お遊さま』におけるキャスティングの微妙さは、彼女の年齢からくるものではない。少なくとも『お遊さま』での田中絹代は年齢を感じさせる容姿、雰囲気はしておらず、乙羽信子と姉妹だという設定にも無理はない。田中絹代にはお遊が持つ浮世離れしたような雰囲気を作ることが出来なかったのだ。

 田中絹代はなんだかヴィヴィアン・リーに似ているような気がして、それは顔の造形が似ているという意味ではなくて、作品の中でのオーラというか立ち位置が似ているということがいいたいのだけれど、二人ともいってみれば強い女性であったり、汚れ役をするのが上手い。ヴィヴィアン・リーも『アンナ・カレーニナ』は全然良いとは思わなかったけれども、『欲望という名の電車』や『風と共に去りぬ』は素晴らしい。田中絹代も『夜の女たち』や『西鶴一代女』はよい。これってつまりは世間の一般的な評価と全く同じで、なんら特別なことや真新しいことは言っていないのだが、観たところそうなのだから仕方がない。

 そういうことで田中絹代を先頭に立てて発進した企画が、途中で、今が旬の乙羽信子を中心にしたものにシフトしていったという経緯を考えてみることもできよう。

 溝口健二が田中絹代に対して恋心を抱いていたというのは有名な話で、この時どうだったのかはよくわからないけれども、ものの本に田中絹代の次のようなエピソードが書いてあった。『溝口健二の世界』の著者、佐藤忠男は国際近代美術フィルムミュージアムの「田中絹代特集」の『お遊さま』の回において田中絹代と会った。そこで田中絹代は『お遊さま』について次のように語る。引用してみよう。

じつはこの映画、この特集のはじめのプランには入っておりませんでしたの。それをわたしがとくにお願いして入れていただきました。この映画を撮ったとき、溝口先生がこうおっしゃったのです。君ももう年で、若くてきれいな役はもうこなくなる。だからぼくが、さいごに君のいちばんきれいな映画をとってあげよう……って (佐藤忠男『溝口健二の世界』平凡社、2006年、422頁)

 なんとも美しい話ではあるが、田中絹代はこの中途半端な作りの映画に納得していたのだろうか。

 そしてここからは完全に僕の邪推なのだけれども、溝口はこの時、谷崎的な「蘭たけた女性」というものを上手く表現できなかったことを後悔して、後にもう一度同じ題材で映画を撮り直したのではないだろうか。その作品というのが1954年の『近松物語』だ。この頃の溝口は乗りにのっていた。『西鶴一代女』、『雨月物語』、『山椒大夫』という傑作をヴェネチア国際映画賞に送りこみ、三年連続入賞させるという稀なことを成していた。『近松物語』は近松門左衛門の『大経師昔暦』を下敷きにした戯曲『おさん茂兵衛』の映画化である。ヒロインのおさんを演じているのは香川京子なのだが、これは非常に当たり役であり、この映画自体は谷崎の作品とは全く関係はないにもかかわらず、谷崎作品のヒロイン像を体現しているかのようである。

 『近松物語』の時代設定は不義密通が極刑となっていた江戸時代。ヒロインのおさんは暦の販売を独占して富を築いていた大経師の御寮人である。卑しからぬ家の出ではあるが、家が零落してしまったために、大経師の元へ嫁に出されていた。しかし、大経師はおさんを遊ばせるだけ遊ばせておいて、自分は下女に手を出している。このあたりの境遇もお遊に似ている。そしてある手違いからおさんは手代の茂兵衛と不義密通の疑いをかけられてしまう。二人で逃避行をしているうちに、本当に通じ合ってしまう、というのが『近松物語』の大きな筋立てだ。

 茂兵衛がかねてから抱いていた恋慕の思いを聞き、心中を嫌がるさまであったり、山中を逃避行するうちに、足をくじいてしまい、茂兵衛の肩を借りているという状況であるのに、一緒に過ごすことが出来て人生で一番楽しいと言ってしまう少しずれたところだったり、おさんの身を案じて一人出頭をしようとして姿を隠した茂兵衛のことを追いかけて叱責をするさまであったりと、香川京子の演じるおさんの行動すべてが雅でやんごとないのだが、そこには谷崎が描く女性像に通ずるものがある。身を隠していた茂兵衛におさんが縋り付くという場面があるのだが、そこで茂兵衛はおさんの怪我した足に接吻を繰り返す。そうしたところもなんだか谷崎らしい。そして『近松物語』で最も美しいシーンの一つに琵琶湖でおさんと茂兵衛が心中をしようとするというものがあるのだが、ここはなんだか『蘆刈』に描かれた山崎を思い出させる。

 そういった感じで、なにかと『近松物語』に、僕は『蘆刈』と『お遊さま』の影をみてしまう。『近松物語』が『お遊さま』の作り直しだという考えは、繰り返すけれども僕の勝手な推測で、何の根拠もないのだけれども、とにかく『近松物語』はよい作品である。
http://ittaigennjitu.blog.fc2.com/blog-entry-31.html

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/201.html#c17

[近代史3] 江戸時代の銭湯は男女混浴。出会いの場所としての期待も大きかった 中川隆
18. 中川隆[-12578] koaQ7Jey 2019年1月31日 08:56:20 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

溝口健二 西鶴一代女 (東宝 1952年)

監督 溝口健二

脚本 依田義賢

原作 井原西鶴

音楽 斎藤一郎

撮影 平野好美

配給 東宝

公開 1952年4月17日


動画
http://jp.channel.pandora.tv/channel/video.ptv?c1=&ch_userid=jpchan04&prgid=46330510
https://www.nicovideo.jp/tag/%E8%A5%BF%E9%B6%B4%E4%B8%80%E4%BB%A3%E5%A5%B3

キャスト

お春:田中絹代

奥方:山根寿子

勝之介:三船敏郎

扇屋弥吉:宇野重吉

お春の父新左衛門:菅井一郎

笹屋嘉兵衛:進藤英太郎
笹屋番頭文吉:大泉滉
菊小路:清水将夫
菱屋太三郎:加東大介
磯部弥太衛門:小川虎之助
田舎大尽:柳永二郎
お局吉岡:浜田百合子
待女岩橋:市川春代
お局葛井:原駒子
老尼妙海:毛利菊枝
笹屋女房お和佐:沢村貞子
松平晴隆:近衛敏明
重役真鍋金右衛門:荒木忍
重役田代甚左衛門:上代勇吉
丸屋主人七左衛門:高松錦之助
用人篠崎久門:水野浩
笹屋の大番頭治平:志賀廼家辨慶
所司代役人:坂内永三郎
老人:玉島愛造
丸屋の番頭:石原須磨男
貸衣装屋:横山運平
お熊:出雲八重子
お杉:平井岐代子
お仙:金剛麗子
待女柚垣:草島競子
中宿の女将:津路清子
扇屋の客:国友和歌子
女乞食:衣笠淳子
丸屋の仲居おきん:林喜美枝
丸屋の仲居おたま:大和久乃
お春の母とも:松浦築枝
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E9%B6%B4%E4%B8%80%E4%BB%A3%E5%A5%B3


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「西鶴一代女」と「ボヴァリー夫人」「女の一生」「居酒屋」


昨日は、ネットの無料動画で、溝口健二監督を世界的に有名にした「西鶴一代女」を観ましたが、酷く暗い映画で落ち込んでしまいました(苦笑)。

昭和27年の作品です。この作品は、ヴェネツィア映画祭でグランプリを受賞し、翌年は「雨月物語」、翌々年は「山椒太夫」でも獲得して、3年連続の栄誉を授かり、すっかり「世界の溝口」の名を不動のものとしました。「3人好きな監督を挙げよ」と聞かれた仏ヌーベルバーグのジャン・リュック・ゴダール監督が「溝口、ミゾグチ、みぞぐち」と答えたことは有名です。

今でも、日本よりフランスの方が溝口健二研究家が多いぐらいですが、これ程、暗い映画をフランス人が好むとは意外でした。

田中絹代主演で、若き三船敏郎も最初に登場します。田中絹代演じるお春は、3万石の殿様の側室となって世嗣ぎを産んで頂点を極めたかと思ったら、運命の悪戯で落魄して、苦界に堕ちて、堕ちて、堕ちまくる話で、これ程ついていない女性もいないぐらいです。そんな女性は、フランスにはフロベールの「ボヴァリー夫人」を始め、モーパッサン「女の一生」のジャンヌ、ゾラ「居酒屋」のジェルベーズと結構多く描かれ、なあんだ、薄幸女性は、フランス人好みだったわけですか。
https://keiryusai.com/archives/2413

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西鶴一代女:溝口健二の世界


溝口健二の映画「西鶴一代女」は、井原西鶴の小説「好色一代女」が原作だ。だが、原作を忠実に再現したものではない。ストーリーがかなり自在に変えられているほかに、作品のテーマというべきものが、まるで違っている。西鶴の小説は、好色女の自由奔放な一代記を描いたものだが、溝口健二の映画の主人公はただの好色女ではない。溝口が描いた女は、ある意味で時代の犠牲者だったのであり、彼女は時代の抑圧に耐えなから、人間的な尊厳を失わずに生きたということになっている。

周知のとおり、西鶴の小説家としての原点は「好色一代男」だ。この小説の中で西鶴は、世之介という架空の男に仮託して、人間の好色な業をえげつないまでに描いたのであるが、「好色一代女」もその延長上にある作品だ。世之介を女にかえただけで、人間の好色の本質を追求しようとする態度は共通している。好色一代女の主人公には、男である世之介とちがって名前はないが、一人の女として存在感を持ち、好色なことにかけて世之介に劣ってはいない。彼女もまた、世之介も顔負けするほど貪欲に性的快楽を追求する人間として描かれている。

西鶴の原作では、名前のない女主人公は、宮中の召使いから始まって、踊り子、大名の妾、島原遊郭の太夫、女郎、寺小姓、坊主の妾、祐筆、商家の女中、歌比丘尼等々を経て最後は尼僧で終わるのだが、その間に経験する境遇は、当時(17世紀の日本)において、およそ女性にとって考えられたあらゆる職業に及んでいると思われる。西鶴の女主人公は、これらの境遇を転々と渡り歩きながら、そのたびに男を誘惑して、性的快楽を謳歌するのである。

溝口健二は、原作の女主人公にお春という名前を与えてやったうえで、そのお春が、宮中の女中勤めに始まって様々な境遇を渡り歩き、最期には尼僧となって遍歴するという筋立てについては、おおむね西鶴の作品に負っている。しかし、西鶴の女主人公と違って、この映画の女主人公は、自分の意思で男を誘惑するのではなく、他人の意思に翻弄されて致し方なく身を売るような羽目に陥り、そのたびに身を持ち崩して最後には夜鷹にまで転落する。それでもなお、人間としての自尊心は失わない。そんな高貴な心性の女性として描き上げるのである。この点、溝口一流の女性賛美のひとつの典型であるともいえる。

映画は夜鷹の集団を映すことから始まる。彼女らの一人お春(田中絹代)が、寺の中の羅漢像の群に目をやるうち、その一つの顔が昔の男の顔に重なる。その男とは、宮中勤めをしていた時に言い寄ってきた男なのであった。西鶴の原作では、主人公の女は羅漢像に重ねて今まで出会ってきた男たちの一人一人の顔を思い浮かべることになっており、その中にこの男の顔は出てこない。だから、この場面は溝口特有の仕掛けなのである。

さて、その男(三船敏郎)とお春とはねんごろな中になったのだが、そのことが、封建時代の世には不届き千万というので、二人はお上に逮捕され、男は打ち首、お春は父母ともども洛外追放の処分に付されてしまう、という理不尽な目に合うのである。

男は打ち首にされる際に、言い残すことはないかと役人に言われて、遺言めいた言葉を残す。それは、「何故、男女慕いあうのが悪いのでございます。何故それが不義なのかわかりませぬ。身分などというのもがなくなって、誰でも自由に恋のできる世の中が来ますように。お春さま、真実の思いに結ばれて生きなされ」というものだった。

17世紀の日本人がこんなことをいうとはとても考えがたく、実際に西鶴の原作にも出てこない。溝口健二が勝手にもち込んだ部分なのだが、彼がわざわざこういう言葉を入れたのには、時代背景も作用していたのであろう。この映画が公開されたのは1952年、日本社会は戦後民主主義が花開こうとしていた時代だった。溝口はそんな時代精神を背景にして、男女の自由恋愛の思想を、場違いなところに織り込んだものらしい。

ともあれ、男の遺言を聞かされたお春は、以後「真実の思いに結ばれて生きて行こう」と決意したが如く、次々と数奇な境遇に身をゆだねていくのである。

お春にとって、次の重大な転機は、さる大名の妾になる事だった。世継ぎが出来ず、お家断絶の危機に瀕した大名家が、家臣に妾を探させる。家臣は、妾になる女の条件を記した紙を持って京都にやって来る。だがなかなか条件にあう女が見当たらない。そこへ、野山の園遊会の席上踊っていたお春が目に留まる。彼女のあらゆる部分が、妾になれる女の条件を備えているというわけなのだ。

こうして、大名の妾となったお春は一人の男子を出産する。しかし世継ぎを生んだお春にはもう用はないというわけで、お春はなんだかんだと因縁をつけられて大名家から追い出されてしまうのである。

この部分は西鶴の原作とは違っている。西鶴の原作では、子どもが生まれるとはなっていない。そのかわりに、大名が日に日に衰弱していく。それは大名が女の色香に惑わされ、あまりにあちらの度を過ごした結果であるとして、追い出されるということになっている。

追い出されて実家に帰ってくると、お前の出世をあてこんで借金が増えてしまったので、それを返すために、島原に行ってくれと父親からいわれる。親の欲のために、身を売れと言われるわけである。しかし、お春は反抗することもなく、いわれるままに身を売るのである。

映画ではこの先、商家の女中となっておかみさんの髪を結ったり、やっと持つことをできたささやかな所帯が、亭主を盗賊に殺されることで失ったり、尼寺に世話になるようになったものの、寺の中でセックスしているところを住職に見られて追い出されたり、商家の丁稚と駆け落ちした途端にその丁稚が連れ去られたりと、数奇な人生を送り、その旅に身を一段下へと持ち崩すうち、ついには乞食の境遇に落ちてしまう。

乞食になったお春が寺の門前で三弦をつま弾いていると、ある行列が通り過ぎる。その行列の中心には、お春の子どもが駕籠に乗っている。無論お春にそんなことはわからぬが、何かにせかされるように、その行列をじっと見つめるのだ。

衰弱しきったお春は、夜鷹の集団に助けられ、それが縁になって自身も夜鷹になる。ここで残酷な場面が出てくる。客だと思って男についていくと、あるところに案内される。そこには複数の男たちがいたのだが、お春を案内した男は彼らに向かってお春の顔を見せ、化け猫には騙されるなと忠告する。それがあまりにも人を馬鹿にした話なので、さすがのお春も逆上する。そして、腹いせに化け猫の真似をしてみせる。しかし、もらった金を放り出すようなことまではしない。いくら気位の高いお春でも、さすがにそこまでする気力は残っていないのだ。

ここで、画面は冒頭のシーンにもどるというわけなのだ。冒頭のシーンに続いて、三船敏郎が「真実の思いに結ばれて生きなされ」といった言葉を、お春は思い出すのだが、果して自分の人生は、この忠告に応えたものとなっただろうか。

ここで画面は更に一転して、お春が息子のいる大名家に召し戻されるという話に変る。この運命の急変に、お春は戸惑いつつも喜ぶのだが、その大名家に行ってみると、過酷な話が待っていた。

自分が召し戻されたのは他でもない。大名の世継ぎの母親が売春をしているということが表沙汰になってはゆゆしきことだ。だから、お前を国元に幽閉するというのだ。だが、その前に一度だけ子どもにあわせてやろう、といわれるが、面と向かっての対面ではない。子どもが邸内を歩いている姿を、庭の一隅から遠目に見るだけだというのだ。

お春が庭の一隅に、大勢の家来に囲まれながらかしこまっていると、目の前を子どもが通り過ぎる。子どもはお春の方に目を向けるまでもなく、スタスタと通り過ぎてしまう。その後をお春が追いかける。周囲の家来たちが制止しようとするが、わたしはあの子の母ですと毅然といって、なおも追いかけると、家来たちはみなその場にかしこまる。

そうこうするうちに、お春の姿はどこかに消えてしまい、彼女を乗せて国元に旅立つはずだった籠だけが、無残な姿で取り残される。

このあたりの場面が、この映画のクライマックスといってよいのではないか。お春はこれまでの生涯にわかって、常に他人の意思に服従して生きてきたが、最期には自分の意思を通すわけだ。たとえ自分の息子であっても、息子のために自分の人生を犠牲にするのはいやだ。せめて人生の最後なりとも、自分の意思に従って、自由に生きてみたい。お春のそんな意思が感じとれるのだ。

ラストシーンは、尼僧となったお春が念仏をあげながら、家々を角付して歩くシーンである。お春が念仏をあげると、家から出てきて、お布施をくれる者もいる。窓を開けて両手を振り、追い払おうとするものもいる。だがお春の心はどんなことがあっても乱れない。いまやこの世のあらゆる束縛から解放されて、ひたすら我が道をゆく。そういう悟りの境地が成立している。それ故、念仏の題目は、「請願成就」と聞こえるのだ。

なお、この映画には、日本の伝統音楽が効果的に使われている。浄瑠璃などがそのままの形で使われているほか、伝統的な日本音楽と西洋音楽とをミックスさせて、独自の音の世界を現出させている。その意味でも、この映画には非常に面白いところがある。
https://movie.hix05.com/mizoguchi/mizo105.saikaku.html


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凄絶な陶酔の美学  溝口健二 「西鶴一代女」


今晩は、今日も昨日に引き続き溝口健二の作品を紹介しますね。
紹介する作品は「西鶴一代女」です。この作品はまさに天才溝口による凄絶な一作でした。
今日はYou Tubeで映像を見つけることが出来ましたので、それを最後に紹介しますね。
(尚この記事も再投稿になりますので、一度お読みになった方はご了承下さい)

この作品を初めて見たのが18才位の時、幸運にも銀座の『並木座』のスクリーンでした。しかしその映像の凄まじい呪縛力!まさに監督の溝口自身が完全にこの作品に酔っています!!物事に酔う者が、他の者にその素晴らしさを伝えることができる。この映画は当にこの言葉をそのまま実践して出来上がったような見事な作品です。
また主人公「お春」を描く監督溝口のどこまでも厳しいリアリズムの眼!私にとっての陶酔と呪縛の上映時間は瞬く間に過ぎていきました。

周知のように溝口は戦後この作品を制作するまで全くの不調でした。「歌麿をめぐる五人の女」(46年、松竹京都)や「夜の女たち」(48年、松竹京都)で、幾分の立ち直りは見せましたが、やはり戦前の幾多の名作には遠い出来栄えと言わざるを得ませんでした。そこに黒澤明のような新しい才能の台頭や、時代の流れを敏感に感じ取った溝口の焦りや足掻きを感じることも出来ます。しかし監督としての溝口はこの一作で戦前の幾多の名作を凌ぐ傑作を作り上げました。

映画が始まります。斎藤一郎の箏をフューチャーした格調高い音楽が流れ、クレジット・タイトルが現れてきます。この芸術性の高さ!いかにも溝口作品のオープニングです。

映画のファースト・シーンは荒れた奈良の流れ寺の夜、薄曇に浮かぶ月がさっと黒雲に隠れていきます。
すると「にいさん、にいさん、」と言う声が聞こえ、厚化粧の娼婦お春(田中絹代)が客を引いています。しかし、客は一向に付きません。カメラはじっとそのお春を後ろからワン・シーンで捉え続けていきます。この冷徹なまでのカメラ・ワークと人間観察の凄まじさ!

客が付かなかったお春は寺の羅漢堂へと足を運んでいき、羅漢像を一つ一つ見つめていきます。その内、羅漢像にかつて自分と経験のあった男の面影を見つけていくことになります。「ふふ、似てるわ」!
このあたりの溝口の演出の妙。ここにお春の人生とこの映画の主題が総て集約されています!!お春は積年の疲労からかその場に倒れ込んでしまいます。若い頃のお春は御所に勤める女中でした。しかし運命と男に翻弄され続け身を持ち崩し遂には・・・。

田中絹代の体を張ったような体当たりの演技が見事!彼女はここで、18歳から老年した母親の役までを、溝口の演出に応えて見事に演じ切っています。しかし18歳の生娘を演じて何の違和感も感じさせないあたりは完全に舌を巻いてしまいます!!この時彼女は43歳!!

女優には老年すると引退するか、スクリーンに老醜をさらけ出していくかという2種類のタイプがあります。
前者の代表が原節子とするなら、後者の最右翼がこの田中絹代です。しかしこの後半の老いた母の演技は凄まじい。ここでの彼女の演技は時に震撼をも誘います。また娼婦の実情を若い衆に知らせる世話人に買われ、皆の前で老醜を暴露された後に演じる化け猫の演技の凄み!!

原作は井原西鶴の「好色一代女」、溝口と脚本の依田義賢は原作から主人公の好色の部分を取り除き、
男に騙されながらも恨むことのない無垢な女性像を作り上げます。ここではその狙いがまた見事に成功しています。このあたりはあのフェリーニの「カビリアの夜」(57年)を連想させますが、これはそれに先立つ5年も前の作品です。

しかしこの作品での透徹したリアリズムは見事です。ワン・シーン・ワン・カットとリアリズムは本来相反する技法なんですが、溝口はその両者を見事に融合させ芸術の領域にまで昇華させているのはさすがです。

中でも江戸の松平氏の側室探しのシーンはユーモラスで最高です。溝口は大勢の側室候補を通りに一堂に並べてワン・シーンでこの場を描き尽くします。この演出の妙の見事さ!
映画は落ちぶれたお春が、自分の生んだ松平家の幼い嫡男の籠をじっと凝視するシーンで頂点を迎えます!
カメラはお春の前で止まる籠を映し出し、籠が開きお春がわが子の姿を見た瞬間、音声が総て止まります。お春のこの時の表情とそれに続く嗚咽!!そこに尺八の音楽が流れていきます。このシーンの演出はもう溝口の独壇場で、完全に脱帽!!

ラストはどこからともなく声明が聞こえて、諸国を行脚するお春のシーンで終わります。お春の人生は仏教と出会うことで初めて救済されていきます。この宗教=仏教による救済の眼の確かさ!
また夫であった扇屋弥平(宇野重吉)が殺され、老尼(毛利菊枝)の下へ行くあたりから仏教の無常の概念が色濃く描かれていくのもまた出色の演出です。

これぞ溝口作品の真髄!この作品は溝口芸術の粋を凝集した彼の狂気のような傑作です。
私にとっては「近松物語」(54年)と並ぶ戦後の溝口作品のベスト・ワンです!!まだ御覧になっていない方には是非お薦めする作品です!!

余談ですが、この作品の製作者児井英生はそれまで娯楽作品一辺倒の製作者でしたが、生涯に一度だけ赤字になってもいいから芸術作品を作りたいということで、この作品のプロデュースに取り掛かり、溝口に監督を任せたそうです。事実この作品は興行的には振るわず、彼のプロデュースした作品の中で唯一の赤字を記録した作品だったそうです。しかし良くぞ赤字覚悟でこの作品をプロデュースしてくれましたね!!

この作品がヴェネチア国際映画祭で国際賞を受賞して、フランスではこの作品一作で溝口が神格化されたことを考えると一層その感を深くします!!
https://blogs.yahoo.co.jp/maskball2002/35291667.html

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/201.html#c18

[リバイバル3] ケーブル(電線)の世界 中川隆
69. 中川隆[-12577] koaQ7Jey 2019年1月31日 11:07:13 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

833: 薬漬け :2019/01/26(土) 12:40:25 HOST:sp49-96-18-215.mse.spmode.ne.jp

拙宅はオートグラフに関して言えばWEの単線と撚り線のジョイントです。

パワーアンプからスピーカーセレクターまでが単線、セレクターからオートグラフまでが撚り線。

単線は低域の量感はやや後退しますが、クリアネスは上がりますね。

撚り線はオーソドックスと言った感じでしょうか。

834: RW-2 :2019/01/26(土) 18:04:32 HOST:127.236.241.49.ap.yournet.ne.jp

撚り線を通る信号。

撚られて皆ショート状態ですから1本の太い導体と見なされて
その太い導体然で信号が流れてくるんでしょうか。

それとも細い導線1本づつ単線状での独立しての流れの集合体なんでしょうか。

説はいろいろあるようです。
そこがはっきりしないと端末の処理の仕方が変わります。

前者ですと末端は(ラグ使用の場合も)ハンダ付けしない方が(ラグ使用の場合はカシメるだけ)良いでしょう。

後者だとすれば導線の切断面をすべてを覆うようにハンダ付けすべきと思います。

拙者はワンタッチ仕様やネジ式仕様でも端末は薄ハンダ処理してます。

ラグ端子を使う場合はハンダアップしてからカシメるか、通してからハンダの流し込み。ラグの構造次第ですね。

ネジ止めラグの場合でも導線末端は薄くハンダ処理。点接触が嫌なんです。

835: QS :2019/01/26(土) 18:19:05 HOST:dcm2-110-233-244-1.tky.mesh.ad.jp

結論じゃありませんが、長い目で見たら端末はカシメじゃ不安でしょね。
表面が酸化して点接触になりそうです。
実際に経過して見ると茶色いですよ。

ハンダ上げして纏めたほうが精神衛生上宜しいかなと。
あくまで気分的なもんですが。

836: RW-2 :2019/01/27(日) 12:49:19 HOST:127.236.241.49.ap.yournet.ne.jp

「金・銀・パール プレゼント」みたいな宝飾系がお好きなマニア様。
ハンダと聞くと眉をひそめる。

機械中の素子は鉄足/スズメッキ足。基板にはハンダ付けです。
最後だけでも宝飾するのが心意気か。

837: 薬漬け :2019/01/27(日) 14:06:27 HOST:sp49-96-18-215.mse.spmode.ne.jp

私はケーブル端末の半田あげが大の苦手で、やるとたいていケーブルに染み込み芋半田。
これだと却って点接触をあおっているようなものなので、大体は軽くよじってビス留めが多くなります。

半田のブランドによって多少変わるかと思ったりもしますが、所詮腕の問題(略)

838: RW-2 :2019/01/27(日) 18:07:45 HOST:127.236.241.49.ap.yournet.ne.jp

撚り線の断面積にもよりますが 1.25スケア以上なら40wのコテが必要ですね。

基板や電子配線用の 20w〜30wですとパワー不足。

撚り線導体にどんどん熱が逃げて上手くハンダが廻りません。
そしてるうちにフラックスが飛んでしまってボソボソに。

グワッと一気に導体に熱を伝えたら一瞬でハンダを流し込みます。
線脈が判る程度が良いですね。表面が鏡面なら成功です。

上手くいかなかったら2度ハンダをせずにチョン切って再トライ。
ハンダも電子工作用の細いヤツじゃなく標準的な太さが吉。

839: 前期 :2019/01/27(日) 19:39:42 HOST:h220-215-170-060.catv02.itscom.jp

当方も以前は半田揚げしていましたがどうも端子に対する食い込み(変な表現でつが)が弱いので最近は線がばらけないように先だけ半田して端子に接触する部分は裸のままにしています。試行錯誤です。

841: くろねき :2019/01/27(日) 20:45:33 HOST:fpoym3-vezC1pro21.ezweb.ne.jp

> 端末処理

以前、裏板に書いたような気がしまつが忘れますた。
サブのレシーバーのほうは半田揚げですがメインのほうはどうだったか。
色々試して

>>839の前期さん式にしたんだったか。

ただ、少しでも接触面積を稼ごうと、両者ともできるだけ平べったくしてはあります。
芯線を一本一本平行に並べて固めるんでつ。

842: AD :2019/01/29(火) 19:14:53 HOST:210.227.19.73

端末処理ですが、サンドペーパーで磨いてからハンダのせてましたね。
端子には締める方向に巻きつけてからネジ締めしてます。

843: RW-2 :2019/01/30(水) 15:57:07 HOST:127.236.241.49.ap.yournet.ne.jp

アンプ出力の電圧なんて大したことないんですよ。

8Ωスピーカーなら相当な音量で鳴らしてもせいぜい10〜20V。
なのでネットワークのコンデンサーが25V〜50V耐圧程度だったり。

この程度の電圧なら導体が点接触だとしても普通に賄えます。ただ問題は電流値です。

能率の低いスピーカーシステムを大音量で鳴らしますと簡単に100Wくらい入ります。電流は 3.5A。

これですとやっぱしギッチリと接触しといてもらわんと良くありませんね。

それとロータリー式のスピーカー切替機。大電流用じゃないといけません。
無い方が宜しい。

スピーカーのネットワーク。これに使われるコンデンサー。高級機なのにキャラメル程度のフィルムコンが使われてたりしてガッカリします。

パスコン1個で使いますと大きな音で鳴らした場合には数アンペアの電流が流れ込みます。あんな小型で、内部で箔がどんな挙動しとるのか考えますと精神上良くない。使いたくない。やっぱ爆音派はデカい缶入りオイルコン。

844: 薬漬け :2019/01/30(水) 18:37:24 HOST:sp49-96-34-82.mse.spmode.ne.jp

そういえば拙宅のスピーカー切替機はロータリースイッチ式でした。(汗)
基本的にはパワーアンプの電源をオフにするか、スピーカースイッチをオフにして作動させるべきなのでしょうね。

845: ディラン :2019/01/30(水) 21:13:37 HOST:flh2-133-206-141-64.osk.mesh.ad.jp

今回単線と撚線、両方、ミックスしましたです。オリジナル・ケーブルです〜。

剥き直して無水エタノールで消毒後軽く半田で止める程度にしたのをねじ止め。

意外に単線のストレートさと撚線の柔らかさがミックスされてGOODなケーブルに為りました。

https://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/music/11602/1515328289/l50

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/757.html#c69

[近代史3] 馬渕睦夫 deep state の世界を語る _ 朝鮮戦争も東西冷戦もアラブの春も対テロ戦争もすべてヤラセだった 中川隆
18. 中川隆[-12576] koaQ7Jey 2019年1月31日 11:13:34 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]
米内光政は親米ではなく親ソ派だったから日独伊三国同盟に反対したのであり、日本海軍はスターリンの意のままに南進策をとった

米内光政は親米ではなく親ソ派だったから日独伊三国同盟に反対し
たのであり、日本海軍はスターリンの意のままに南進策をとったのだ。

2008年12月6日 土曜日

◆連合艦隊司令長官 山本五十六の大罪 中川八洋:著
https://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4896678036_1.html

◆真像の米内光政

米内光政については、戦後、糾弾する声が皆無ではないが、ほとんどない。一般には、ポツダム宣言を受諾せよとの、昭和天皇の"ご聖断"を支持して、本土決戦を阻み、国土のさらなる疲弊と国民のさらなる大量死者を未然に防止したとの、良いイメージが米内評の骨子となっている。阿川弘之らの嘘宣伝的な美化小説の影響も大きく、「米内光政は〃良心的な海軍軍人。であった」が、定着した。米国が、米内光政を大東亜戦争の推進者とせず、東京国際軍事法廷に「A級戦犯」として訴追しなかったことも、米内像を良いものにした。

本章は、このような米内光政像にかかわる一般通念を、いったん白紙にすべきではないかとの視点から、米内にかかわる新しい仮説を提唱するものである。なぜなら、米内光政とは、北支(黄河域)に限定していた日中戦争(日支戦争)を、揚子江域の中支に、さらには海南島の南支まで、次々に拡大していった張本人である。これは、確定済みの歴史事実である。米内光政がトラウトマン和平調停を(近衛文麿とともに)断固として拒否したのも明白な歴史事実である。「日中戦争の拡大屋」こそ、米内光政の客観的な実像だろう。

阿川弘之は、狡滑な小説家で、その『米内光政』では、海軍大臣として、この日支戦争にかかわった部分をすべて削除して一字も書いていない(注1)。日支事変時の米内海軍大臣の大臣秘書官であった実松譲も、阿川と同様、ほぼばっさりと削っている。ついでに実松は、日支戦争の開始の全責任を陸軍に転嫁する巨大な嘘にまとめている(注1)。悪質な作為である。

戦後の米内光政像は、人為的に創られた虚像である。裏で何かが大きく動いて創られた虚像である。歴史事実の冷静な分析に先入観は排除すべきだし、史実は丹念に収集され事実に従って冷静に言及されるべきである。米内像は、今からでも遅くはない、ゼロから再構築すべきである。

◆第一節「スターリンの工作員」張治中と米内光政は、本当に無関係か

八月十五日の、米内光政の対支宣戦布告.盧溝橋事件から一ヶ月の一九三七年八月、陸軍は、参謀本部次長の多田駿く中将)や同作戦部長の石原莞爾(少将)ら、不拡大派がまだ主流であった。このため、日支戦争は北支に隈定されていた。そこでスターリンとしては、支那の国民党政府と日本とを全面戦争に導くため、罠を仕掛けた。それが第二次上海事件である。

具体的にはスターリンは、国民党軍に潜入させていたコミュニストで毛沢東軍に本籍をおく張治中(京渥警備司令官)に命じ、上海に駐留していた日本の海軍陸戦隊の大山勇夫・中尉とその運転手(一等水兵、斉藤興蔵)の二名を射殺させた。八月九日であった。続いて八月十四日、日本の第三艦隊の旗艦「出雲」ぱかりか、海軍陸戦隊本部や日本人小学校を爆撃させた(注2)。

スターリン/毛沢東の仕組んだこの謀略の軍事攻撃に対し、海軍大臣の米内光政の行動は、常軌を逸していた。通常であれば、蒋介石の意図を確認・確定する情報作業を、外務大臣に要請するとともに、海軍独自でも行うはずである。しかし、外務省や海軍がそのような作業を万が一にもできないよう、米内は独断専行して、間髪をいれず、軍事的反撃の即時実行に全力をあげた(注3)。

まず、翌八月十日の閣議で、米内大臣は、上海への陸軍出兵を強引に要請した。しかし、たった二人の死亡でかくも迅速に全面戦争に訴えるのは、常識ではありえず、米内の行動は実に奇怪であった。現実に、杉山・陸軍大臣は、この要請に消極的な反応しか示さなかった。

しかし米内は、八月十二日、近衛の支援を受けて、近衛私邸での四相会議(首相、陸軍大臣、海軍大臣、外務大臣)で、陸軍出兵を再び強く要請し、ここに二ヶ師団出兵が定まった。

[備考]近衛文麿は、重要国策の決定を、官邸でなく、私邸でするなど、公私の峻別をしないことを日常とした。この性向は、近衛が国家を私物視していた証左である。

八月十五日、米内大臣は、長谷川清(第三艦隊司令長官)に、長崎県大村と台湾から、海軍機(九六式陸上攻撃機、中攻)などの渡洋爆撃を命じた。台北からの「中攻」十四機は、南昌の飛行場を空爆した。大村からの「中攻」二〇機は、南京の敵飛行場を爆撃し、四機が撃墜され、六機が要修理機となった(注4)。「中攻」に関しては、渡洋爆撃の実験を兼ねていた。この爆撃は、スペインのゲルニカに対するヒットラーの無差別爆撃(四月二十六日)の直後であったため、国際的には"負のイメージ"「日本はヒツトラーのドイツと同じ」を決定的にした。

八月十四日の閣議で、米内大臣は「南京占領」を口にした。これが閣僚で最初の「南京占領」発言である。このとき、外務大臣も陸軍大臣も、これに反対した。

このように南京占領にいたる上海戦を推進した筆頭が米内光政であった。しかも米内は、渡洋爆撃に興奮したのか、総理でもないのに八月十五日午後七時半、「頑迷不戻な支那軍を鷹懲する」と、支那への宣戦布告と見做しうるラジオ演説までした(注5)。

上記の米内の行動は、張治中と打ち合わせをしながらやっているのでないかと錯覚されるほど、八月九日から十五日に至る一週間、張と米内は呼吸が一つになっていた。両名に対しソ連(スターリン)が背後で命令しないで、これほどの一体化は偶然だけで可能だろうか。

さて話を戻して、上記のAによって、上海戦が、この一九三七年八月から開始されたが、壮絶・熾烈な上海戦に関して、現代史家の研究の言及がきわめて少ないのはどうしたわけだろう。まず、@日本軍の損耗は絶大なものとなった。たった三ヶ月で、戦死傷者は(死者九千人以上を含む)四万人を超えた(注6)。

それ以上に、蒋介石の国民党軍も支那での情勢が一変し、毛沢東の人民解放軍と国共合作せざるをえない情況に追い込まれた。まず、共産主義者三百余名(陳独秀ほか)が釈放された。次に、毛沢東の人民解放軍は、形式的には、国民党軍の一部となり、「八路軍」と称し、正規軍となった。かくして、毛沢東の共産軍は好き放題にその勢力を支那全土に伸長していった(注7)。

近衛文麿と米内光政の、一九三七年七月から一九三八年一月にかけての対支軍事・外交政策のすぺては、スターリンの意に沿う形で、毛沢東の"赤い支那づくり〃に決定的に貢献した。しかも、両名か、「毛沢東のために」を秘かに意識していたのは間違いなかろう。

近衛と米内のこの異様な行動が、もし「偶然の歴史的経過に過ぎない」と主張したいなら・是非.ともその根拠を提示して欲しい。大戦争を開戦するに、「偶然」などめったに起こらない。

D米内の「罪」は、何といっても、日支戦争の無期限泥沼化にあろう。南京陥落直後の一九三八年一月、蒋介石が出してきた対日講和の提案を、近衛文麿と共謀して蹴ったのは米内・海軍大臣であった。"日本史上、例のない悪の巨魁"近衛文麿が考案した「蒋介石を相手とせず」の発表(一九三八年一月十六日)を断固阻止しようとして食い下がる陸軍参謀本部の参謀次長・多田駿を「内閣総辞職になるぞ!」と個喝して黙らせたのは、米内光政であった(注8)。

◆サンクトペテルブルグの米内光政とハニー・トラップ

ところで、米内に関して、多くの著作が言及しない重大な履歴がある。米内は、サンクトペテルブルグ(帝政ロシアの首都)に駐在武官補佐官として二年間勤務して。(一九一五年二月〜一七年四月)、ロシア語が堪能であるだけでなく、大変なロシア贔屓であった。一九一七年十一月、革命によってロシアはソ連となったが、米内光政は「親露」から、そのまま「親ソ」になった。

帝国海軍の歴史研究で、「親英米」とか「親独」とかは議論になるのに、なぜか「親ソ」については語られない。だが、「日本の親ソ提督」といえば、第一が加藤寛治(海軍大将)、第二が米内光政(海軍大臣二回、総理大臣一回、海軍大将)。この事実は、海軍研究で決して無視できない重大問題である。敗戦間際になると、開戦時と同様、「親ソ」でコミュニストでもあった高木惣吉(少将)が暗躍し大きな影響力をもってくる。前田稔(終戦時、海軍中将)も「親ソ」でコミュニストであろうが、海軍内で暗躍したさほどの形跡はない。

話を戻して、米内光政のソ連駐在は、さらに続く。日本のシベリア出兵に伴ない、ウラジオストックに一年間勤務した(一九一八年八月〜一九一九年九月)。ソ連共産革命の情勢を調査分析すべく、ワルシャワやベルリンに二年半も駐在した(一九二〇年六月〜一九二二年十二月)。これら計五年半のロシア・ソ連にかかわる海外駐在の期問に、ロシア・ソ連の仕掛けた(複数の)ハニー.トラップに、異常な女好きの米内がひっかからなかったと考えるのは、かなり無理である。米内の女遊びは尋常でなく、一九三六年の二・二六事件が起きた日も、新橋の芸者の部屋から出勤している。

米内の駐露(ソ)時代について、その後の海軍が厳格な絨口令を敷いたのは、ロシア女との間にできた、米内の子女がサンクトペテルブルグにいたからではないのか。ベルリン等での、二年半に及ぶソ連革命調査の米内の特命活動について、戦後の米内論がまったく言及ぜず口を閉ざすのば、子供をつくった問題のほか、もっととんでもないことを米内がしでかしたからではないのか。

特に、ペルリンやワルシャワでの「米内光政事務所」は、外務省の領事館や大使館に間借りしたのか。それとも海軍独自に事務所を開設したのか。これすら、誰も語らない。武官でもない、武官補佐官でもない、半端な身分で、どうしていたのか、はっきりしない。仮に、海軍独自の事務所が開設されたとして、そこで雇用したロシア語資料の収集・翻訳者は亡命ロシア人だったのか、ロシア語に堪能なドイツ人だったのか、それとも米内は、翻訳すべてを自分でしていたのか。雇用したロシア人/ドイツ人は、ソ連のスパイでなかったといい切れるのか。

掃除と洗濯で米内光政の身の回りの世話をした女中も、ソ連のスパイではなかったといい切れるのか。この五年半の米内の行動と行状について、戦後、旧海軍関係者が共謀して沈黙することにしたのだから、上記の憶測はかなり的を射ているだろう。封印された、米内の「ロシア等駐在五年半史」は、海軍として知られてはまずいことぱかりしていたようだ。

日本の国益においてまったく必要がなかった、一九二五年の日ソ基本条約があれほど早く締結されたのは、ソ連に完全に抱き込まれた後藤新平と、この後藤とつるんだ海軍が、ニコライエフスク港日本人大量虐殺(一九二〇年三月)に関する賠償請求の放棄や、保障占領中の北樺太からの撤兵など、ソ連の言いなり(マウスピース)になって、陸軍の足を引っ張ったことも原因として大きい。

ソ連は早々と一九二一〜二年頃には、日本人を「工作員」に一本釣りし始めたが、いとも容易に次々に成功していた。一九二〇年代前半の海軍の異様な親ソ行動を、単に北樺太の石油欲しさで説明するのが定説だが、真の背景は、このような海軍首脳の親ソ一辺倒とソ連利権であった。後者の例をあげれば、北樺太石油利権を管理する「北樺太石油株式会杜」の杜長は、中里重次や左近司政三など、海軍OBのポストだった(注9)。

ちょうどこの頃、〃海軍きっての親ソ屋。加藤寛治は、「反米」の激情あらわにワシントン海軍条約(一九二二年)を罵倒し反対していた。もう一人の〃親ソ屋"米内も、ワルシャワ/ベルリンにいて、ソ連の革命情況につき海軍首脳に、「ソ連は理想のすばらしき国に創られています」、などと報告していたのかも知れない。だが、日本の海軍史の研究は、海軍の北樺太撤兵論と海軍内ワシントン条約反対論と米内のソ連革命情勢報告書の三つの問題が同時であったこと、およびこれらがどう関連していたかについて、六十年以上も、なぜか沈黙している。

不思議なのは、米内光政のソ連情勢報告書はすべて焼却されたようだが、誰がいつなぜそうしたのかについて、なぜ旧海軍関係者は完全に闇にしたかである。報告書の実物がなくとも、それを読んだ誰かが、戦後「これこれの内容であった」と回想してもよさそうだが、それもまったくない。米内の報告書は、海軍の部外に知られると随分とまずい内容のようである。これ故に、かなり早い時期に絨口令を敷いたのだろう。

米内に関する、"歴史の空白"づくりは、"艦隊派の巨頭。加藤寛治(一九二七年に海軍大将、一九二九年一月〜一九三〇年六月に軍令部長)が、実は「ソ連の工作員」かも知れない問題について、少なくとも加藤寛治の強度の反英米のイデオロギーが過激な〃親ソ主義"の裏返しであったことについて、戦後の外交史・軍事史学界が意図的に無視したことに通じている。むろん今ここで、米内光政が「ソ連の工作員」だったか否かを、結論づけたいわけではない。ただ米内は生涯、ソ連に通謀し続けていたのでないか、という仮説は検証する価値はあるだろう。なお、加藤寛治や米内光政は、瀬島龍三や高木惣吉とは異なって、コミュニストではない。

◆『日本は勝てる戦争になぜ負けたのか』 新野哲也(著)真珠湾攻撃について、永野とルーズベルトのあいだに、密約があった? 2007年8月13日 株式日記
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/38e0cbfb6224a8c9c77880eff395a08d

◆三村文男(著)『米内光政と山本五十六は愚将だった』近衛、広田、杉山は死刑で、米内が無罪はおかしい。 2005年4月29日 株式日記
http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu93.htm

◆岡崎久彦氏は米内、山本、井上の媚米派海軍トリオの後継者 日本は未だに歴史観に対する干渉が米国や中国から受けている 2006年8月26日 株式日記
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/70f5b0f9c749256627a8d7040a9c7d77

(私のコメント)
12月8日は真珠湾攻撃の日になりますが、なぜ山本五十六元帥はアメリカの望むような開戦に踏み切ったのかという謎は解明されていない。その解明のカギを握る人物が米内光政海軍大臣であり、事実上の日中戦争に踏み切った一番の責任者だ。当時の陸軍は不拡大方針であり、盧溝橋事件は中国共産党が仕掛けたものだ。

詳しい事は2005年4月29日の株式日記にも書かれているように、蒋介石との講和をぶち壊したのは近衛首相と米内海軍大臣だ。しかし東京裁判においても米内光政は戦犯となる事もなく起訴もされなかった。日中戦争を拡大させた他の3人は自殺したり処刑されたのに米内光政だけは起訴もされないというのは明らかにおかしい。

この事は中川八洋氏の「山本五十六の大罪」でも指摘している。そして米内海軍大臣は親ソ派のスパイではなかったのかという疑問を提示している。確かに米内大臣は5年半にわたるロシア・ソ連の海外駐在を経験している。ロシア語にも堪能であり、恐らくハニートラップにかかってソ連のスパイになった可能性は大きい。しかしその頃の報告文書などはことごとく燃やされてしまった。

当時の陸海軍部内にはソ連共産党のスパイがいたことは間違いないだろう。ゾルゲだけではなく尾崎秀実や近衛文麿など隠れた共産主義者がいっぱいいた。米内光政は共産主義者ではなくともソと内通したスパイであった可能性が高い。当時の北進策から南進策に変わって行ったのはスターリンの画策によるものであり、米内が日中戦争を拡大すれば、ソ連の対日脅威はそれだけ減る。

日中戦争が拡大すれば米英の利権とも衝突して日米関係も険悪化していった。スターリンはそこまで読んでいたのだろう。ルーズベルト政権にもソ連のスパイがおり日米戦争はソ連がナチスドイツと日本との挟撃を避けるための戦略だったのだ。日本陸軍はもっぱらソ連との戦争を想定していたから中国やアメリカとの戦争を望んでいないのは明らかだ。

田母神論文でもコミンテルンの陰謀説について書いていますが、ソ連や中国共産党の工作ばかりでなく日本国内にいたスパイの存在が不可欠だ。もしそのスパイが米内光政であるとすれば日中戦争の拡大や日米開戦の謎の多くが解明されることになる。

大東亜戦争については株式日記でも多く書いてきましたが、日本が負けた一番大きな原因が日本海軍の裏切りだ。その中心人物が米内光政であり、米内、山本、井上の海軍トリオが日独伊三国同盟に反対したのも親米派というよりも、米内が親ソ派であったためだろう。日本が北進策から南進策になった中心人物が米内と近衛にある。

日独伊三国同盟は防共協定でありソ連封じ込め戦略に基づくものですが、独ソ戦が開始されたという事は日本の対ソ連開戦も時間の問題だった。しかし1940年には米内内閣が出来たり、1941年には日ソ中立条約などが出来ていますが、スターリンは日ソ開戦を一番恐れていた。松岡外相は日独伊ソの四国同盟で対米交渉をしたかったのでしょうが、独ソ開戦で日本の構想はご破算になってしまった。

このような状況が流動化している時に日中戦争を拡大させるのは国益ではないのですが、米内海軍大臣は上海へ陸軍の増援を要請して拡大させている。陸軍が反対すると総辞職までちらつかせて日中戦争になってしまった。まさに米内光政は万死に値するのですが、戦後に出された米内光政の伝記小説などではばっさりと削られている。

昭和史研究家なども何故か三国同盟に反対した反戦派として評価しているが、米内光政がソ連と関係が深い経歴など知らないのだろうか。山本や井上は単なる部下でありどの程度関与したのかは分かりませんが、米内と井上は戦後も存命だったのだから真相は究明されるべきだった。

米内光政は、アメリカからは日本海軍のキーパースンとして海軍大臣や首相になったときなどアメリカの雑誌の表紙を飾るなど異例なほど注目されてきた。特に優秀な成績でもなく海軍大将にまで出世したのは異例中の異例であり、何らかの政治的な背景があったからだろう。その意味でもコミンテルンのスパイであったという仮説を立てれば十分に納得が出来る。
http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu181.htm
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/105.html#c18

[リバイバル3] アンプの音はトランスで殆ど決まってしまう 中川隆
16. 中川隆[-12575] koaQ7Jey 2019年1月31日 12:01:07 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

クラシック音楽の再生では周波数帯域は 80〜 5000 Hz で必要十分


Western Electric 755A
再生周波数帯域 70〜13,000Hz 


私の書斎にWestern Electric 755A がやってきた日のことは、忘れられない。
システムに繋いで、そろそろと音出しをしてみる。

  聴きなれたレコードを何枚かかけてみると、愕然としてしまった。
当然のことではあるが、愛聴盤というものは、どこにどんな音が入っているかを暗記しているものであるが、

このスピーカーで聴くそれは、まったく別物であった。今迄聴こえていなかった音が、豪華絢爛に再現されてくるのであった。  

それはあたかも、澱んだ東京の空に浮かぶ見慣れた星空から、一転して空気の澄み切った山の頂きから仰ぎ観る天空の星星の情景そのままに、

天空一面、星、星、星のショーの大星夜を目の当たりにしたようなものだった。


  星星が煌く音となり、その微粒子が壮大な音楽を構築しているかのようであった。
今迄、自分は一体、何を聴いてきたのだろうという悔しさと、
まだレコードにもCDにもいくらでも秘められた音が入っているのだという嬉しさが頭の中を過ぎった。
http://mikami.a.la9.jp/audio/we755a/we755a.htm


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ウェスタン・エレクトリックのオリジナル アンプ・トランスの周波数帯域

WEのトランスのデータです。
http://blogs.yahoo.co.jp/fareastern_electric/62006702.html


1937年ということでWEの映画システムのトランスがほとんど載っています。

特に91アンプは入力トランスの285Aも出力トランスの171Aも、ともに100〜6000Hzの再生帯域なのでその間にどんなに広帯域の高NFBアンプを持ってこようと特性はトランスによって決まってしまいます。


Western Electric Amplifier の周波数帯域

WE86 : 40〜10000 Hz
WE91 : 50〜 8000 Hz

なにせ入力トランスも出力トランスも100〜6000 Hz ですから。
http://n-nobo.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/1-eeb8.html

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23年前の雑誌から、

Western electric

WE41.42セットが 300万円
WE86が 250万円
WE91が 200万円
WE124が 90万円
WE142が 90万円
WE143が 75万円


となっています。WEは数年前アジア圏からバイヤーがやってきて買い占めて行きましたが、その前から200万円くらいまで値段が高騰してました。女性ボーカル(バラッド)なら最高峰


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ウェスタンサウンドは人の声が良い

 今まで沢山のウェスタンサウンドを聴いてきましたがどのサウンドも一つの共通点がありました、

ウェスタンの音は一言で云うなら音にコクと味が少なくしかも奥に展開するサウンドにはならない、

聴いていると味のない食パンを食べているようなサウンドだ、

また劇場用のサウンドは観客席に攻めてくるサウンドが特徴ですが、以前有名な方がウェスタンの594を持ち込んで試聴会を開いたことがありましたが、ウェスタン特有の音の浸透力に乏しくこのサウンドには魅力を感じなかったのが残念であったが人の声だけは良かった、

 ウェスタンのシステムを採用した劇場を調べますとピンク映画館が多いのがわかった、

なぜならピンク映画館の女性の声は生々しく聞こえないとしらけますね、

特に人気のあった日活ロマンポルノあれは良かった!

 ウェスタンで聴かされる大事な場面での彼女達の声に色気があった、

今思うとウェスタンサウンドは人の声は素晴らしい!
https://www.kit-ya.jp/etc/club/audio/y-036.html



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2013.12.20
我が、蹉跌のオーディオファイル #28.欲しかったスピーカー
http://audio-file.jugem.jp/?eid=34

オーディオに興味を持ち始めてから約40年程経つが、当初最も欲しかったスピーカーにクラングフィルム、(後にシーメンス)オイロダインがある。

引き出しを整理していたらシーメンス当時のカタログが出てきて、オイロダインのスペックが載っていた。

ちょっと驚くのは再生周波数で、何と50Hz〜15,000Hzとあった。

今時数万円のスピーカーだって人間の可聴範囲20Hz〜20,000Hz付近をカバーしている。

そこで、スピーカーの再生周波数に付いて一寸調べてみたら、どうやらこういう事らしい。

スペックがどの様な数字であるかは兎も角、「実際にスピーカーから出る低音の60Hz以下は音というよりも風圧として肌で感じるもので、強烈なドラムやベースの唸りの様な低音は大概80Hz〜100Hzくらいである」という。だから、60Hzが出れば通常僕らが聴いているオーディオの低音に何ら不足を感じるものではなく、まして50Hzが出るなら映画館などの大鉄桟を巨大な大砲の発射音や炸裂音で揺るがすに実は充分な低音が出る事をオイロダインのスペックから読み取る事が出来るのだそうだ。

そして高音は「4KHz〜6KHz以上の純音の音色を判別する事は非常に難しく」この辺りで音程に対する判断は鈍って来るものらしい。

僕らが聴く「スピーカーの音(無論録音前の原音も)を決定づけるのは純音ではなく倍音であって、倍音は整数倍で膨らんで、大体13〜14KHzほど先からは殆ど聴こえてこない」ものらしい。

だから、オイロダインの50Hz〜15KHzという周波数帯域はこれらの条件を低音で10Hz、高音で1KHzばかり其々上回っており、従ってオイロダインで聴けない音は無いといってもよいという事になるらしい。

だから、2〜3万ながら矢鱈に周波数帯域の優秀なスピーカーが量販店などに出回っているのは、要するに僕ら消費者が悪いという事になるようだ。

つまり、食紅で真っ赤な蛸しか買わないとか、胡瓜や大根や長芋も真直ぐなものしか買わないとか、そうした次元と同じ事で、本質よりも見た目を重視する発想と同じ理屈になると考えてよいだろう。

生産者は売れなければ困るから、食紅が体に毒だろうが薬だろうが兎も角真赤っかに塗りたてちまう。流石に近頃では暮れの御徒町でもこんな蛸は滅多に見掛けないが、一昔前は真っ赤っかが常識だった。

食の安全が叫ばれる現在でも、野菜などは相当にいかがわしい色付けや型の細工、或は遺伝子の組み換え、延命処置などをしてあるものが出回っているようだ。
そういうものでなければ、僕らが買わないから、言い換えるなら、音が良かろうが悪かろうが最低でも20Hz〜20KHz出る事にしなければ買う人が居ないから、メーカーは無理してでもこういうものを造るし、測定の仕方で再生周波数表示などどうとでも云える事でもあるから、何が何でもこれ以下の数字は発表すまいとする。

基より、こんな数字は音質には何の係わりもない事で、それは曲った胡瓜も真っ直ぐな胡瓜も味や栄養価に変わりが無いどころか寧ろひん曲った胡瓜の方が(自然栽培)数段勝るというのと同じ事であるようだ。

従って周波数50Hz〜15KHzのオイロダインのスペックは、実質的に巨大空間における再生音に何の不足もないということを示しているのだが、既に各メーカーの宣伝文句に毒されてしまっている僕らは、この数字に目を疑い「そんな程度のものか」と吃驚して「大したこと無い」と見下してしまう。


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40万の法則とスピーカー

シングルユニットスピーカー好きの戯言

「40万の法則」というのを聞いたことがある、あるいは知っている方は経験豊富なオーディオファイルではないでしょうか。

戦後(昭和20年代中盤)NHKによる「快い音」の研究成果の一つで、 快く聞こえる音は、最低遮断周波数と最高遮断周波数の積がおよそ40万になっているというものです。

周波数帯域でいうと、

200Hz〜2kHz(電話レベル)
100Hz〜4kHz(構内放送、ボイスチャットレベル)
80Hz〜5kHz(AM放送レベル)
27Hz〜15kHz(FM放送レベル)
20Hz〜20kHz(人の可聴域、HiFiオーディオレベル)

というくくりになろうかと思います。

中心周波数は、40万の平方根であるおよそ630Hzで、これは人間の内耳、口腔の共振周波数とおおむね一致します。

内耳の自然共振周波数を中心とした確率分布(標準偏差)のエネルギーバランスをもつ音(つまり40万の法則にあう音)が、人にとって最も受け入れやすい、快い音となる。

と言い換えると分かりやすいでしょうか。

また、楽器や声などの個別の音色は、基本となる周波数の音(基音)と、倍音と呼ばれる高調波成分の音の混ざり具合と、それぞれの成分の時間変化が音色を決定するのですが、人の感覚は、特に耳の感度が落ちる低い音程域(主にベースパート)では倍音成分がしっかり聞こえていれば基音が欠落していてもあたかも基音があるかのように聞こえる(補完して音程が取れる)という特性があります。
このため、再生帯域がより広くなるときは、40万より大きい数字になっても快さは低下しないとする説もあります。

ここから導き出されることは、再生周波数帯域を広げてもそれだけでは快い音は得られず、帯域の取り方とエネルギー分布(バランス)が重要だ。ということです。

気を付けなければいけないのは、40万の法則は「必要条件」でも「十分条件」でもなく、当てはまっていなければ快い音がしないというものではありませんし、ましてや当てはまっていれば必ず快い音がするというものでもありません。

音の快さの傾向として周波数レスポンスを考えた時、どのようにまとめられているかとか、システムの設計/製作にあたってのターゲット設定の指標の一つとしての役割でしかありません。

語弊を恐れず言い換えると、オーディオ機器は重い方が良い結果を得る確率が高い。というのと同レベルで、40万の法則への当てはまり度合が高い方が、好ましい結果を得る確率が高くなる。といった程度のものです。
これは、音の傾向、快さは、周波数レスポンスだけでは決まらないからです。

また、40万という帯域の指定より、中心周波数630Hzの方が大切です。

それらをふまえて。。

現代のオーディオ機器で考えた場合、ラインレベルの音源(ソース)とアンプについては人の可聴域である20Hz〜20kHzがフラットに出せない機械を探す方が難しいくらいに高性能ですが、厄介なのがスピーカーです。

一般的なダイナミック(マグネチック)スピーカーは、磁界の中に振動版と連結したコイルを置き、コイルに交流の信号電流を流して発生した力で振動板を前後に動かして音波に変換する、線速度一定型のデバイスです。

線速度一定ということは、周波数と振幅が反比例する(周波数が低いほど振幅が大きく、周波数が高いほど振幅が小さくなる)ということです。

物理(物性)的にみると、周波数が高くなるほど振動系の重さと振動板のたわみでコイルと振動板の追従性が悪くなり、歪んだりレベル低下したりします。

高い周波数で歪まず音圧を得るには、剛性が高く追従性の良い、強くて軽い振動系が必要で、サービスエリアを広くするには口径を大きくできません。

一方、低い周波数では口径を大きくするか、感度と直線性を保ったままストローク(振幅)を大きくしないと必要な音圧が得られません。

周波数が低いほど必要な振幅が大きくなるので、スイングさせようとボイスコイル幅をむやみに大きくしても、コイルに磁界の掛かっていない部分が多くなるので効率が悪くなったり、振幅の限界近くで直線性が悪化したり、そもそも振幅が取れず底突きしたりなんていうことが起きます。

フルレンジユニットで考えた場合、20Hzと20kHzは周波数で1000倍違いますので、20kHz時と同じ音圧を20Hzで得るのに、20kHzの時の1000倍の振幅が必要となります。
口径が大きなユニットの場合、低域の必要振幅は確保できても高域の追従性と指向性が問題になりますし、口径が小さい場合、良好な高域特性は得られても低域で必要な振幅が取れなくなるという、完全に二律背反の世界です。

つまり、振動板の前後運動(ピストンモーション)だけでオーディオ帯域をリニアかつフラットに再生しようとするならば、物理的、物性的な制約からスピーカーユニットごとの受け持ち周波数帯域を分割したマルチウエイスピーカーでなければ到底無理ということになります。

ところが、趣味の世界はおかしなもので、評価の高いスピーカーにはフルレンジユニットのものが少なくありません。

レンジは狭くともバランスのとれた周波数レスポンスを持つものであったり、音の評価は周波数レスポンスだけで決定されるものではないということの現れですね 。

可聴帯域全域でリニアでフラットな特性を得るにはマルチウェイが必然的に必要となるのですが、マルチウェイならそれでよいかといわれると、20Hzの再現なんて超大型システムでもなければ望むべくもなく、40Hzでさえ、きちんとピストンモーションで鳴らせるスピーカーシステムはお父さんのお小遣い(現実的な価格)とウサギ小屋に収まる現実的なサイズでお目にかかることはほぼ出来ません。
それどころか、巷にはマルチウェイであっても先の人の基音部補正能力を逆手に取ったかのような低音域の雑なスピーカーで溢れているのが残念無念だったりします。

また、マルチウエイシステムには受け持ち帯域を分割する際に起きる特性の変化があり、境界付近の周波数ではユニット同士から発生する音波を合成したときに起きるさまざまな問題の解決も必要となり、実はこれがかなりの難問だったりします。

つまり、スピーカーシステムは、マルチウェイでもフルレンジでも、構成や使用するパーツによって大なり小なり特性や性能に何かしらの妥協が必要になります。

マルチウェイシステムは真面目に作ればどうしても高価になりますし、組み合わせや測定など開発にそれなりのリソースが必要になり、ちゃんとしたメーカーのちゃんとした製品に個人で太刀打ちするのは容易ではありません。

逆に、フルレンジ一発でもユニットとキャビネットの組み合わせと、40万の法則にあるように、無理に再生帯域を広げなくとも再生出来る周波数帯域の使い方が上手であれば大型マルチウエイに負けない感動体験は得られる訳で、メーカーでは対応できない(工業製品としては採用できない)工夫もできるこちらの方が個人でメーカー製品に対抗するには有利です。
(もちろん、負けないと言っても同じ土俵で戦うというわけではありませんので念のため。)

さて、そのフルレンジスピーカー。
メリットはユニットから直接放射される音域ではほぼ点音源であることに由来します。

複数ユニットで帯域分割されていないことから、ユニットごとの受け持ち帯域間のいわゆる「つながり」にまつわる問題が原理的に存在しないため、空間表現が自然で上手と言われています。

デメリットは分割振動による高音域での歪み増加が避けられず、ツィーターより歪みや周波数特性の暴れが大きくなること、直接放射による低域再生に無理がある(限界が早く現れる)ことなどが挙げられます。
昔は6インチ(16cm)級のダブルコーン型が主流でしたが、最近は5インチ、4インチのシングルコーンが多い感じです。

口径が小さくなっているということは、分割振動の問題が以前より小さくなり高域特性はよくなっていても、低域の再生能力が問題になります。

先ほどの40万の法則を考えるならば、小口径化で高い方に伸びた特性のぶん、低域側も伸ばす必要があります。

そのためには高性能なユニット(低い共振周波数と大きくリニアな振幅特性)、振動板からの直接放射だけに頼らないキャビネット(形式、実装)の工夫が必要となります。

スピーカーユニットが良好な高域特性を持ちつつ大きくリニアな振幅特性を持つということは、軽く頑丈な振動系であることに加え、ダンパー、サスペンションの柔らかさ、機械的な振幅余裕が必要です。

この場合、バスレフやバックロードホーンで低域の音圧を得るか、エアサスペンション(密閉)ならば真空管アンプなど出力インピーダンスの高いアンプで低域共振周波数周辺をブーストするなどの補正が必要になります。

そこで問題になるのが、バスレフやバックロードの低域の立ち上がりの遅さや収束の悪さであったり、周波数特性の大きな凸凹だったり、ブーストする場合の大きな振幅増加です。

どんなに素晴らしいユニットを使っても、単純に周波数特性だけ狙って作ると音圧は得られてもブーミーで締まりのないゆるゆるな低音になったり、振幅不足で歪みっぽい低域になったりします。
ここの処理が腕の魅せ所ですね。

余談になりますが、いわゆる「ハイレゾロゴつき製品」のうち、スピーカーについては高域側の再生周波数が40kHzをクリアしていればよいこと(しかもレベルはメーカーお任せ)になっており、歪みや低域側の特性については規定がありません。
周波数特性150Hz〜40kHzなんていう手のひらサイズのスピーカーにハイレゾマークがついてたりするのは、ギャグか何かかと思ってしまいます。

更に余談ですが、基音部がないと気持ち悪かったり、変な基音部ならないほうがマシと言われる方には楽器演奏に長けた方が多いように思います。
http://www.ezto.info/stpress/2016/01/563.html


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蓄音機の周波数特性 2016年11月12日
http://cheapaudio.blog23.fc2.com/blog-entry-852.html

蓄音機の周波数特性を見つけたのでご紹介します。

横浜蓄音機ミュージアムのサイト
http://emgmark7.com/dish.html

をご覧ください。


ヒズマスターズボイスというモデルだそうです。

https://blog-imgs-91-origin.fc2.com/c/h/e/cheapaudio/20161112090211c86.jpg

100Hzと4kHzがほぼ同じレベルですから、40万ヘルツの法則通りですね。具合良く聞こえるよう、ホーンの形状を入念に作り込んだのだと思います。帯域は狭いですが、高低のバランスが良いので十分に音楽を楽しめたのでしょうね。

タブンこういう形の装置だと思います。

https://blog-imgs-91-origin.fc2.com/c/h/e/cheapaudio/HMV.jpg

装置の下部に大きなホーンが格納されています。一切電力を使わない超エコシステムですね。

これに比べると、現代の一般的な小型ブックシェル サイズのバスレフ型は明らかに高い方へ偏り過ぎでしょう。しかも、最近は蝙蝠さん領域まで特性を一生懸命に伸ばしていますよね。私としては、まず低い方向へ伸ばすよう努力するのが筋だと思うのですが。。。ドナンデショーカ?????

我々の感覚は非常に相対的です。

低音が十分と感じるかどうかは、高音の大きさによって左右されるという事です。
同様に、快適な再生音量も周囲の暗騒音レベルによって左右されます。静まりかえったクラシックのコンサートであっても、何百人もびっしりと人が居るわけですから、自分の部屋でヒトリ静かに聞く場合に比べて暗騒音は相当大きいはずです。ロックコンサートなら、それはもう凄まじい暗騒音でしょう。ですから、オウチでヒトリ静かに音楽を聴く際に、ライブと同じ音量にして聞く必要は全くアリマセン。相当な苦痛を強いられるはずですから。脂汗が出そう。。。耳にも良くないし。。
http://cheapaudio.blog23.fc2.com/blog-entry-852.html


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☆ 私と蓄音器EMGマークZ との出会い その1 ☆
http://emgmark7.com/dish.html

私は昭和23年生まれで今年2013年で65歳になります。大田区、久が原に中学時代までいました。。そこには祖父の卓上蓄音器(ビクトローラVV1−90)が家にあり私が4〜5歳の頃、姉がゼンマイを巻き聴いていました。小さいながらも、黒い盤が回るのを見たり、中を覗き込んだり、後ろに回って誰かが中にいて唄っているのではないかと、その当時は不思議に思ったものでした。

また父は音キチでステレオに凝りマッキントシュのアンプやタンノイのスピーカなどが沢山転がっていました。私が中学時代にどっちのスピーカの音が良いか、よく聴き比べを父に頼まれ、何回も聴き比べをしていくうちに耳が肥えていったように思います。

そんな環境で育ったため私は大学では音響の専門機関である財団法人―小林理学研究所と関連のある大学へ行き物理の中でも音響学の勉強をしました。専門は室内音響で当時のコンサートホールの残響時間や室内の周波数特性の測定でした。

40年位前になりますが、その当時の新宿厚生年金会館のホール音響はひどいものでした、ニニー・ロッソが毎年日本に来てクリスマスコンサートをしていました、トランペットをニニーが吹くと1秒くらい遅れて後ろの壁から反射して聞こえて来ます。壁や天井・床が並行のため反射して戻ってきます。そんなことで小林理研に依頼があり部屋の残響時間や周波数特性の測定に駆り出されたことを今でも思い出します。

もちろん今ではコンサートホールは並行な壁や天井はなく音の良いホールになりましたが、いまだに音の悪いホールは初台のオペラシテイー位になりました。

その後、私は補聴研究室へ配属になり、補聴器のフィッテイングの研究をし、昭和60年に独立、補聴器フィッテイング研究所を設立、当時、補聴器のフィッテイングの技術が世界的に無かったため、外耳道の鼓膜面までの共鳴を考慮した調整法を確立し、現在では、日本全国から補聴器の調整を求めて来所されます。

また趣味としては、父からステレオ装置を譲り受け、CDの音を聞いていましたが、なかなか良い音に巡り合えず、昔聴いた蓄音器の音が懐かしく思っていました。しかし蓄音器には全く知識が無く、踏み込めないでいました。

そんな時、15年位前から、私は茶道を始め、毎年正月には初釜をして楽しんでいました。9年位前に知人から港南台に茶室を造った家があるので見に行かないかと誘われ訪問しましたら、そこの旦那さんが蓄音器を持たれており久しぶりに聴かせていただきました。昔聴いた懐かしい音に感動し、そこで初めて銀座に蓄音器の老舗シェルマンがあることを教えてもらいました。

2003年11月21日、東銀座のシェルマンに行きました。二階に上がり磯貝社長にお目にかかり、言いました。

『ここに並んでいる蓄音器を順番に聴かせて下さい、私が聞いて一番音の良いと思う蓄音器を一台購入します。』

その当時は蓄音器に関する知識が全く無く、1台目は確かアメリカのものだと言っていました、聴いた瞬間、音の抜けが悪く、ボーカルは遠くで唄っている声でした。

二番目はイギリスのもので、一番大型のサイズだと言う2種類でした、アメリカのとは違い音の抜けは良かったです、大きさは同じでしたが、後の方が音の艶がありました。

4番目は上にラッパが出ていてこれもイギリス製と言っていました。大きな音で鳴っていましたが、低音と高音のバランスが悪く低音ばかりが大きく聞こえます。しかも低音が絞まらずボンボンと聞こえます。

5台目も同じメーカーでフロア型でした。これを聴いた瞬間、鳥肌が立つようでした。高音も良く出ていて、低音もズンズンと絞まっています。高音と低音のバランスがとても良く、ボーカルは音がフォーカスされ、目の前で唄ってくれているようでした。音楽が終わらないうちに、これを下さいと言っていました。

あと2〜3台未だ聴いていない蓄音器はあったのですが、もうこれ以上の蓄音器はないだろうとその時、思いました。蓄音器の知識が全く無い訳ですから、頼りになるのは私の耳だけでした。若い頃から耳は訓練していたため、スピーカからの音楽を聴いて周波数特性がある程度描ける位の耳は持っていました。

この蓄音器マークZの周波数特性はピーク・デップの無い比較的フラットな特性で、しかも今まで聴いた蓄音器の中でも高音から低音まで良く再生している広帯域特性とその時、判断しました。これが、私が初めてEMGマークZに出会った瞬間でした。


☆ 蓄音器 EMGマークZ とは! その2 ☆

それから1週間くらいして、自宅にマークZを設置にシェルマンの磯貝社長が来られました。設置を見ながら社長に聞きました。

『この蓄音器はシェルマンでは何台位扱いましたか?』

かなりの台数が出ているだろうと、予想していたのですが、以外な回答でした。

実はこの蓄音器はシェルマンでは、初めてと言うこと、EMGの蓄音器の中でも大変珍しく幻の蓄音器と言われている事を聞きビックリしました。

では、日本では何台位入って来ていますか?と聞くと、数年前に梅屋さんが初めて入手し、世界の蓄音機の本に掲載されている写真がその実物で、多分これが1台目ではないか、しかしこの蓄音器は回転むらがあったと聴いているとのこと。今日納めたこの蓄音器がおそらく日本で2台目ではないかと思うと言われていました。

そんなに珍しい蓄音器だと言うことを全く知らずに手に入れた事に感銘しました。そして、更にこの蓄音器について知りたいと思い、書物を探しましたがなかなか見当たりませんでした。インターネットでEMG蓄音器で検索すると静岡の林コレクションが見つかり、早速、連絡を取り遊びに静岡の林コレクションへ出向きました。

なんと林静雄さんもEMGの熱烈な愛好者で、EMGの息子さんのジョー・E・ジンと家族ぐるみで交流があり、以前に家族でイギリスの自宅に遊びに行った話をいろいろとお聞きし大変、参考になりました。静岡にお邪魔した時に聴かせて頂いたEMGマーク\もマークZ程ではないが、乗用車に乗るためにコンサートなどの移動用に便利な蓄音器と思い求めました。鎌倉のコンサートで使用していたマーク\はこの時に求めたものです。

林さんにお聞きしましたら、EMGの息子さんの家に殆どんの蓄音器の機種が残っていたが、マークZだけが息子さんの家にはすでに無かったそうです。EMGの蓄音器をあれ程、情熱を持って集められておられる林さんでもマークZには未だ一度も出会ったことが無いと言う話を聞き、益々この蓄音器に興味が出て文献を探すことにしました。

間もなくしてE,M,G,STORYと言う書物が見つかりました。この書物によると、マークZは1928年7月に発売され、1927年に出たHMV202より共鳴管は少し短めだが、マークZの音は繊細で、今まで世に出た蓄音器の中でも、低音から高音まで一番広帯域である。EMGの蓄音器の中でも一番良いモデルである。と書かれており、HMVの蓄音器を意識して造った事が読み取れます。

また、林さんに指摘されて初めて知って調べましたら、マークZは世界の蓄音機ではホーンはパピエ・マーシュ(紙)と書いてありますが、本当はエボナイトだと言うことが本を読んで分かりました。実際にマークZの下から頭を入れて、見えない部分をカッターで削ってみました、紙の上にコーテイングしているのではなく、確かにエボナイトむき出しでした。このことで、低音がズンズンと絞まった音の理由が分かりました。

低音は波長が長いため、材料が軽くて軟らかいと振動で動き音が歪ます。低音を再生するには、重くて硬い材料が良いのですが、HMVのように金属にすると重すぎて移動が困難になります。そこで、金属でなく、紙でない、中間のエボナイトを採用したことが成功した一因と思います。

更に箱に入れてホーンの周りを固定したことで低周波数でもホーンが動かず歪の少ない音になったと思われます。また更に調べていくとEMGは全ての蓄音器がエクスポーネンシャルホーンと言うこと、これは全ての周波数の共鳴がホーンの真ん中に音像が出来、ボーカル等は、点音源になることです。従ってボーカルは声がフォーカスされ、そこで唄っているようにリアルに聞こえます。

また他社の大型蓄音器はリエントラントホーンと言う構造、これは点音源にならず、横に広がった線音源になります。しかも共鳴管の途中で管を二つに分けたため、聴く場所によって、上のスピーカから出た音と、下のスピーカーから出た音で干渉し、ある周波数では位相が反転すると言うとんでもないことが起こっているのです。聴くと音はフォーカスされず、広がってしまいます。カメラで言えばピンボケの状態です。しかし、一長一短があります。エクスポーネンシャルホーンはどの位置で聴いても位相が反転するようなことは起こらず、ボーカルやバイオリンソロなどはとても良いのですが、大編成の交響曲などは、点音源のため、全ての音が真ん中に集中し広がりが無くつまらない音になります。

リエントラントホーンはフォーカスはしないものの、交響曲は広がりがあり聴き易くなります。オールマイテーの蓄音器はリエントラントホーンかもしれません。このように蓄音器の構造を調べて行くと、EMG蓄音器の中でもマークZだけに、エボナイトを使用したこと、またマークZだけが、ホーンを箱に入れて固定したことで、EMGの蓄音器の中でも最高の音を造ることが出来たと思われます。

またEMGがHMVよりも更にハイファイの音を求めたため、エクスポーネンシャルホーンに執着したこともうなずけます。

このように私は、良い音の蓄音器が見つかると、どうして音が良いかを音響的に解明していく事に興味を持っています。また音の良くない蓄音器に出会うと、どうして音が悪いかを音響的に解明しようとします。その点では少し異色の趣味かもしれません。 

   


☆ 蓄音器EMGマークZ その3 ☆

私はこの蓄音器マークZの音がとても気に入り、もう1台、イギリスでマークZが出たら購入することを磯貝社長に伝えましたら、翌年、もう1台出て来ました、残念なことに、すでにモーターは電気に交換されていましたが、音は問題無く繊細な音を聞かせてくれています。

マークZの箱の模様は一台一台、異なっており、箱はデザイン会社 に注文して製作したそうです。2か月前にマック杉崎さんとお会いしましたら、初めのマークZはマックさんが所有されていたそうで、その後手放されて、現在は茨城県石岡の 世界的蓄音器マニアと私が思っている、青柳さんが所有されています。

2004年の雑誌、ステレオサウンドNo153に菅野沖彦さんのレコード演奏家訪問に青柳さんの自宅の写真 が載っておりマークZがあるのにビックリして磯貝さんにすぐ連絡しましたらこの蓄音器が一台目のものと分かりました。この機種はEMG STORYの本の写真に掲載されているものと同一で、模様が放射状になっている蓄音器です。この写真の実物が日本に入って来たことになり、林さんがEMGの息子さんの家に行ったときにはマークZだけは無かった、 つまり、既に日本に来ていた事になりつじつまが合います。

ではEMGの蓄音器はいったい何台位、造られたのでしょうか?
文献によると、マーク]は150台、マーク]aが75台、 マーク]bがオーバーサイズを含めても、たった50台だそうです。マークWが350台、マーク\が350台。

ではマークZはと言うと、これは記録が無く推測でしかないそうですが 数十台のようです。この数を見ると]bが50台と言うことは、もう既に日本にその殆どが入って来てしまったようで、もうイギリスで見つけようとしても難しい状況になっているようです。 しかもマークZは市場に出ることが殆ど無いことからかなり製造した台数は少ないと想像されます。

私は、こんなに良い音の蓄音器を独り占めしてはいけないと思い、8年前から 毎年10月の戸塚のフォーラム祭りの市民持ち込み企画に申し込み、EMG蓄音器クラブとして9時から4時まで約7時間コンサートを開催し、毎年70人くらいの方が聞きにきてくれています。去年は年を召したご婦人の方が一番で来られて最後までおられ、曲をリクエストされていました。毎年2〜3人ですが、EMGのマークZの音を日本ではどこで聴けるのか、検索をかけると私の掲示板に書かれているマークZの記事を読み、連絡が入ります。自宅に来られてマークZを聴いてもらうと、その音にびっくりされて帰られます。今度上京した時には、自分のSPレコード盤を持参するので、また是非聴かせて欲しいと言われます。

そんな方が全国に15人位おられるため、EMG蓄音器クラブなるものを 8年前に立ち上げました。会員は全国に散らばっているため、全員が一同に会する事はありませんが、クラブの年1回の行事として、毎年10月にコンサートを開催している訳です。

蓄音器の老舗シェルマンでは、以前に蓄音器の周波数特性の測定をするため、私が以前、所属していた小林理学研究所に依頼をしたそうですが、見積もりが高額のため実現出来なかったそうです。 そんなことで、私がシェルマンの蓄音器の周波数特性を測定するようになりました。

新しい蓄音器が入荷すると、周波数特性を取り、音を聞き良い音の蓄音器は店に展示する前に 私がゲット出来る特典があります。

平成17年にHMV194の素晴らしい音に巡り合いました。やはり聴いた瞬間にこの蓄音器を下さいと言っていました。

HMVのフロア型蓄音器ですが、もともとリエントラントホーンは音が良くないと言う私の先入観があったのですが、この194を聴いて考えが変わりました。後で周波数特性を測定しましたら、図―1のように200Hzから3000Hzまで周波数がフラットでした。その後も他の194を沢山聞きましたが、これ程の蓄音器に未だ出会っていません。

図―2はマークZの周波数特性です。周波数特性だけで音の良し悪しは勿論分かりませんが、一つの参考データです。

蓄音器の周波数の測定には2種類あり、一つは、周波数特性測定用のSPレコード盤があります。三分の一オクターブバンド毎の純音が録音されており再生しながら、騒音計でレベルを読み取って行きグラフを作成します。

もう一つの方法はクリック音を再生しマイクで受けてその信号をファースト・フーリエ変換(FFT)と言う手法でパソコンで計算し周波数軸に変換します。クリック音はレコード盤に縦に傷を一定間隔で入れ、再生します。

下の図は前者の方法で測定したものです。蓄音器によっては、ある機種の蓄音器は4台位測定しても周波数特性が殆ど不変と言うものもありますし、ある機種では、4台測定すると4台共、周波数が異なると言う機種もあります。蓄音器の周波数特性を図にして発表することも考えましたが、蓄音器の優劣に直結する可能性があり、差し控えております。

以上、私が9年前にEMGに出会い現在までやって来た事です。あまり参考にはならないと思いますが、最後までお付き合い頂きありがとうございました。なお今年の4月、湘南SPレコード愛好会にEMGマークZを持参しますので、興味のある方は聴きに来て下さい。


☆ 蓄音器による鉄針・ソーン針・竹針の周波数特性の違い ☆
ゲストルーム
一般的に鉄の針は強い音、竹の針は柔らかい音と言うイメージがあるが、一体どのような周波数特性なのか大変興味があるところです。今回は蓄音器シェルマンの2階でHMV203の蓄音器をお借りして、実験を行いました。

図−3の赤線が鉄針ミデイアムを使用したときの周波数特性。青線がソーン針を使用した時、黒線が竹針を使用した時のものです。

まず、黒(竹針)と青(ソーン針)を比較してみると、250Hzでは両者とも同じレベルの90dBSPLであることが分かります。

500Hzでは8dBソーン針の方が音が大きい、1KHz、2KHz、4KHzでは10dBソーン針の方が音が大きいことが読み取れます。

即ち、低音域よりも高音域の方が竹針の減衰が大きいことが分かります。

次に赤(鉄針)と黒(竹針)を比較しますと、250Hz以下の低音部分は4dB位、鉄針の方が音が大きいことが分かります。しかし高音域1KHz,2KHzでは15dB位、4KHzでは約20dB位鉄針の方が音が大きいことが読み取れます。

従って竹針は低音域よりも高音域の減衰が多いため、音が柔らかく感じる訳です。この図を見るとソーン針は鉄針と竹針の略中間の特性と言うことが分かります。何かの参考になれば、幸いです。 


☆ 蓄音器の周波数特性 ☆


初めて銀座のシェルマンに伺い、聴かせていただいた時の蓄音器の特性を後日、測定させていただきました。最初に聴いたのがアメリカ製のビクトローラ・クレデンザでした、その時の蓄音器の特性が図―5の赤線の特性です。

500Hzが80dBSPLと他の蓄音器と比較すると10dBから20dBも弱いことが分かります。500Hzが弱いと音の抜けが悪い事につながります。この蓄音器もシェルマンで中も解体しメンテナンスが済んだ状態でした。

またこの図の黒線はもう1台別のクレデンザの特性です。このようにクレデンザは製造期間が長かったことと、製造台数が多かったため、中の構造に多少の変更などがあり、周波数特性にかなりのバラツキが見られます。

黒線の特性は500Hzが102dBSPLも出ていて、音の抜けはかなり良いです。クレデンザには当たり外れがありますので、音を良く聴いて抜けの良い蓄音器を選ぶことが必要です。

次に聴いたのがイギリスのHMV202とHMV203でした。その時の周波数特性を図―6と図―7に示します。サイズはどちらも同じと言うことですが、

比較すると500Hzで202型は90dBSPL,203型は100dBSPL出ていて、10dBも203型が出ています。従って音の抜けの良いのは203型かもしれません。HMV202と203型は比較的個体によるバラツキは少ないようです。

次に聴いたのが図ー8のEMG ]bオーバーサイズでした。周波数特性を見ても、明らかなように1KHzと500Hzは100dBSPLも出ているのに、3KHzでは80dBと高音域が出ていないことが分かります。エクスポーネンシャル・ホーンの径が大きくなり共鳴管の長さが長くなるほど、高音域の減衰が大きく、低音と高音のバランスが悪い事が分かります。

そして、最後に聴いて、鳥肌が立つようだったのが、EMGマークZアップライト・グランド型でした。その特性が図―2です。フラットに近い特性が読み取れるでしょうか?

このように、私の耳で聞いて感じたことが周波数特性を取って見ると、略特性に出ている事が分かります。私が蓄音器の音を聞いて聴き終わらないうちに、購入を決めたのは、図ー2のマークZと図―1のHMV194の2台だけでした。


☆ 針の太さの違いによる、周波数特性の変化 ☆

鉄針のラウド(太針)とソフト(細針)は、いったい、どのような周波数特性になっているのでしょうか?

一般的にはラウドは大きい音、ソフトは小さい音と言うイメージがあるが本当にそうでしょうか?

私もこのことには、大変興味があり、蓄音器の老舗シェルマンの二階をお借りして実験を行いました。使用の蓄音器はEMG―]bです。図−4の赤線がラウド(太針)の特性であり、黒線がソフト(細針)の特性です。

これを比較すると、1000Hzから低い音は、どちらも同じ大きさの100dBSPL音ですが、2000Hzでは、5dB位太い針の方が音が大きい、また3000Hzでは約8dB.4000Hz以上の高音域では、約10dB位太い針の方が音が大きい事が分かります。

従って、針の太さがラウドとは、全体の音が大きくなるのではなく、高音域が出るのがラウドと言う事になります。針の太さを太くすればするほど、高音域が出てきます。これは、ソーン針でも同じ結果になりますので、高音域を出したい時は太い針を使用した方が良い事になります。

しかし、どちらの針も騒音計で音圧レベルを測定すると略同じレベルになります。何故かと言うと500Hz〜1000Hzの音のレベルが100dBSPLもあり、高音域3000Hz〜4000Hzでは、太い針で90dBSPL、細針で80dBSPL位なので、全体の音のエネルギーはどちらの針も同じ略100dBSPLと言うことになります。
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CDのスペクトラム(周波数帯域) Uploaded Jan.28th,2010
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市販CDソース(新旧)の中から優秀録音と思われるものを含めてそのスペクトラムを調べて各々のソースに必要とされる帯域とそのピークエネルギ−に対する情報を得ることにする。測定は各ジャンル毎に分類して行った。測定サンプル数は多くないが傾向を把握することができる。詳細な測定結果を次に示す。


1) オーケストラのスペクトラムは全帯域(35Hz-20kHz)にわたり概ね一様となっている。フルバンドジャズやフュージョンのスペクトラムは広帯域(35Hz-20kHz)にわたり概ね一様となっており、オーケストラ同様に全体のバランスをチェックする目的に適している。


2) 大太鼓の基音は約40Hzであるから、大太鼓を十分再生するには40Hz以上の再生帯域が必要である。一方、オルガン曲では、測定した2曲共にアナログ録音であるが、約30Hzから録音されている。オルガン曲を十分再生するには30Hz以上の再生帯域が必要である。


3) オーケストラやフルバンドジャズのピーク音圧は高いので、広帯域特性とダイナミックレンジを備えたスピーカを選択することが必要である。


4) これらとは対照的に小編成のジャズ、室内楽、ソロ楽器、ボーカルの帯域は相対的に狭いので、広帯域でなくとも必要とする帯域をカバーするスピーカであれば大きな問題は発生しないと思われる。

かって、故池田圭氏宅で男性ボーカル録音をWE555で試聴したことがあったが、再生帯域上の問題は感じられず堂々とした再生音が得られていたと記憶している(WE555+15Aホーンの組み合わせによる音圧周波数特性は 5kHz以上でロールオフ特性となるが、高音域成分の少ない男性ボーカル帯域を再生する目的には特性上の問題は少ない)。


5) (1)、(4)からスピーカ再生帯域は、通常言われているクラシック向き、ジャズ向きという分類でなく、種類や編成によることがわかる。

以下の測定では、測定用として特性を管理したCDプレーヤと半導体アンプ(プリ部)を用いて、プリ出力として得られる各曲のピーク値を記録している。


オーケストラ

スペクトラムは全帯域(35Hz-20kHz)にわたり概ね一様となっているため、全体のバランスをみる目的に適している。

橙: ミネソタオーケストラ/RR907CD/Track7(Tchaikovsky/Hopak from Mazeppa)/Eiji Oue
緑: ドイツグラモフォンベストレコーディング(Stereo Sound Reference Record Vol.9)/C30G00102/Track10&11(ストラヴィンスキー火の鳥)/ブーレーズ指揮、シカゴ交響楽団
紫: ワーグナー ニベルングの指輪/SICC20008/Track2(ワルキューレの騎行)/ジョージ・セル指揮, クリーブランドオーケストラ
黄: ストラビンスキー春の祭典/SICC 20040/Track2-3/ブーレーズ指揮,クリーブランドオーケストラ
青: ベートーベン前奏曲集/TDGD90013/Track2(Coriolan)/サー・コリン・デイヴィス指揮, バイエルン放送交響楽団


室内楽

測定した2曲の帯域は狭く高域のエネルギーが少ない。広帯域特性よりも質感の再生が重要となってくる。

緑: モーツァルト ピアノトリオ/UCCG-1285/Track7/アンネ・ソフィー・ムター, アンドレ・プレヴィン, ダニエル・ミュラー・ショット
紫: ヴィヴァルディ 四季/UCCP-9057/Track1(春 第一楽章)/イ・ムジチ


オルガン

2曲共にアナログ録音であるが、約30Hzから録音されており、低域テスト用として十分である。

緑: サンサーンス交響曲第3番/3UCCD7056/Track2/エルネスト・アンセルメ指揮, スイス・ロマンド管弦楽団
紫: 菅野レコーディング Best Sound Selection/SSSA1(TGGS119)/Track2(JSバッハ/オルガン・コラール)


ピアノ曲

測定した3曲のスペクトラムは、非常によく似ており、帯域は70Hz-数kHzとなっている。

紫: リスト 超絶技巧練習曲/UCCG-1440/Track13(ラ・カンパネラ)/アリス=紗良オット
緑: 献呈/TOCE55880/Track3(ショパン 幻想即興曲)/蔵島由貴
橙: Stereo Sound Best Sound Selection柳沢功力/SSRR1/Track7(シューベルト 楽興の時)/内田光子


弦楽器(ソロ)

バイオリンソロに比べてチェロソロは低域に伸びており、しかも高域にもスペクトラムが広がっている。スペクトラムの観点からみるとチェロがソロ楽器として全帯域のスムーズなつながりのテストに用いることができる。

緑: バッハ & イザイ/NF-53002/Track7(Obsession)/ジョゼフ・リン(violin)
紫: 菅野レコーディング Best Sound Selection/SSSA1(TGGS119)/Track1(パガニーニの主題による変奏曲/ヤーノシュ・シュタルケル(cello))


女性ボーカル

4曲/4人とも非常によく似た狭帯域スペクトラムとなっている。8kHz付近のピークに違いがありレベルこそ低いものの声の特徴に影響を与える(聴感上の違いと一致する)。ボーカルを生かすために伴奏のエネルギーが控えめとなっていることが読み取れる。

紫: イタリア歌曲集/POCL1753/Track1(アラゴネーゼ)/チェチーリア・バルトリ(メッゾ・ソプラノ)
青: スペイン歌曲集/457 726/Track4(エリザベート・シュワルツコップ(ソプラノ))
橙: 鮫島有美子/SD104/Track2(この道)
緑: さくら横丁/VICC60276-3/Track3(からたちの花)/佐藤美枝子


男性ボーカル

男性ボーカルは女性ボーカルに比べて数100Hzのエネルギーが大きいことが特徴であり、この帯域の再生能力が影響する。また、5-10kHz付近のピークはレベルこそ低いものの声の特徴に影響を与える。

緑: ロンドンベストレコーディング(Stereo Sound Reference Record Vol.9)/C30L00101/Track4(ペーター・シュライアー(バリトン))
紫: スペイン歌曲集/457 726/Track1(ディートリッヒ・フィッシャー・ディースカウ(バリトン))


ジャズ&フュージョン

フルバンドジャズやフュージョンのスペクトラムは広帯域(35Hz-20kHz)にわたり概ね一様となっており、オーケストラ同様に全体のバランスをチェックする目的に適している。オーケストラやジャズのピーク音圧は高いので、広帯域かつ大音圧再生可能なスピーカを選択することが必要である。

一方、これらとは対照的に、小編成のジャズの帯域は50Hz-5kHzに偏っており、新旧録音で大差ない。そのため、古典的な30-38cmシングルコーンでも再生できそうな特性である。

緑: My Funny Valentine/TKCV-35348/Track6(It's all right with me)/Eddie Higgins Quartet
紫: 甦るビッグバンドサウンド/MLZJ2001/Track10(シング・シング・シング)/角田健一ビッグバンド
橙: マーカスミラー/VICJ-61266/Track9(シルバー・レイン)
青: Alfie/A9111/Track1(Alfie's Theme)/Sonny Rollins with orchestra conducted by Oliver Nelson


ポップス

スペクトラムの主要な帯域は、50Hz-5kHz程度で低域のエネルギーを必要する一方、高域にかけてなだらかに減衰する。中低域中心の伴奏とボーカルという構成となっているためと思われる。

緑: ビートルズフォアエバー(1993年版)/UND-2/Track3(Rock and Roll Music)/ザ・ビートルズ
橙: Stereo Sound Best Sound Selection ノンサッチ/SSRR2(WQCP745)/Track1(After the Gold Rush)/k.d.Lang
青: Stereo Sound Best Sound Selection ノンサッチ/SSRR2(WQCP745)/Track8(Tan Bi)/Youssou N'Dour
紫: 大吟醸/YCCW0034/Track8(時代)/中島みゆき
黄: Taking a Chance on Love/SICP 632/Track5(I won't dance)/Jane Monheit, Michael Buble

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ピアノの音響特性 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%82%A2%E3%83%8E%E3%81%AE%E9%9F%B3%E9%9F%BF%E7%89%B9%E6%80%A7

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音階の周波数
https://tomari.org/main/java/oto.html


音階は、「音を高低の順番に並べたもの」あり、音の高低は周波数で表します。

音は、周波数が半分になると1オクターブ低くなり、周波数が倍になると1オクターブ高くなります。

1オクターブには12の音があり

(@ド、Aド#(レ♭)、Bレ、Cレ#(ミ♭)、Dミ、Eファ、Fファ#(ソ♭)、Gソ、Hソ#(ラ♭)、Iラ、Jラ#(シ♭)、Kシ)、

その12の音は、隣り合う半音間での周波数の比率が同じです。
(音階に対して等比数列的に増える)

音の周波数を a0,a1,a2・・・・a12 とし、この等比数列の公比をrとすると、

a12 = a0r12 = 2a0 であるから、r12 = 2 より r=12√2(r=1.059463094)、

よって

an =a0rn = a0*(2(1/12))n

となります。

通常常音階の基準音として使用される「ラ」の音 (ピアノ鍵盤の49番目) は、440Hz の音が使われております。

この基準音階周波数と上記の式より、ピアノの鍵盤(通常88)の周波数を計算すると下記の表になります。音のサンプル波形は正弦波形です。


ピアノの鍵盤の音階と周波数

鍵盤番号 周波数(Hz) 音階名※

1 27.500 ラ A0
2 29.135 A#0
3 30.868 シ B0
4 32.703 ド C1
5 34.648 C#1
6 36.708 レ D1
7 38.891 D#1
8 41.203 ミ E1
9 43.654 ファ F1
10 46.249 F#1
11 48.999 ソ G1
12 51.913 G#1
13 55.000 ラ A1
14 58.270 A#1
15 61.735 シ B1
16 65.406 ド C2
17 69.296 C#2
18 73.416 レ D2
19 77.782 D#2
20 82.407 ミ E2
21 87.307 ファ F2
22 92.499 F#2
23 97.999 ソ G2
24 103.826 G#2
25 110.000 ラ A2
26 116.541 A#2
27 123.471 シ B2
28 130.813 ド C3
29 138.591 C#3
30 146.832 レ D3
31 155.563 D#3
32 164.814 ミ E3
33 174.614 ファ F3
34 184.997 F#3
35 195.998 ソ G3
36 207.652 G#3
37 220.000 ラ A3
38 233.082 A#3
39 246.942 シ B3
40 261.626 ド C4
41 277.183 C#4
42 293.665 レ D4
43 311.127 D#4
44 329.628 ミ E4
45 349.228 ファ F
46 369.994 F#4
47 391.995 ソ G4
48 415.305 G#4
49 440.000 ラ A4
50 466.164 A#4
51 493.883 シ B4
52 523.251 ド C5
53 554.365 C#5
54 587.330 レ D5
55 622.254 D#5
56 659.255 ミ E5
57 698.456 ファ F5
58 739.989 F#5
59 783.991 ソ G5
60 830.609 G#5
61 880.000 ラ A5
62 932.328 A#5
63 987.767 シ B5
64 1046.502 ド C6
65 1108.731 C#6
66 1174.659 レ D6
67 1244.508 D#6
68 1318.510 ミ E6
69 1396.913 ファ F6
70 1479.978 F#6
71 1567.982 ソ G6
72 1661.219 G#6
73 1760.000 ラ A6
74 1864.655 A#6
75 1975.533 シ B6
76 2093.005 ド C7
77 2217.461 C#7
78 2349.318 レ D7
79 2489.016 D#7
80 2637.020 ミ E7
81 2793.826 ファ F7
82 2959.955 F#7
83 3135.963 ソ G7
84 3322.438 G#7
85 3520.000 ラ A7
86 3729.310 A#7
87 3951.066 シ B7
88 4186.009 ド C8


※音階名は国際式音名表記です。

人間が聞くことが出来る周波数は、個人差や年齢差はありますが20Hz〜20000Hzと言われています。

聴力は年齢を重ねるとともに衰えていき、とくに高い周波数の音が聞こえづらくなっていき、15000Hz以上の音は20代後半ごろよりだんだん聞こえなくなるようです。

下記の周波数音も、どのように聞こえるかお試しください。


https://tomari.org/main/java/oto.html


▲△▽▼


ピアノの一番低い音は聞こえない
http://myamada.my.coocan.jp/003-piano.html


楽器の音というと,心地よく聴けて当然と思っていた.しかも,誰もが聞いたことがあるピアノが出す音ならば聞こえて至極当然だ.しかし,驚いたことに3割の人にはピアノの一番低い音(一番左端の白鍵)の周波数(27.5Hz)(参照)の音が全く聞こえていないし,残りの7割の人にもあまりはっきりとは聞こえていない.
 
人の可聴域は 20Hz〜20000Hz ときく.可聴域には個人差があるし,高齢になると高音域が聞こえにくくなるので,誰にでも 20Hz〜20000Hz が聴こえるわけではない.よく話題に上るのは,お年寄りが耳が遠くなって大声を出さないと会話できなくなることだ.私の父も,普段はテレビを高音域を強めに調整して且つ大音量で鳴らしている.母は父より耳が聞こえるのでその音量に少々げんなりしているようだ.たまに帰省したときは,少し音量を下げてもらったり,耳栓をしたりしている.要するに,可聴域というと高音域側が問題になることが多い.
 
「可聴域と音程の判別能力」について記述したサイトによると,138名へのアンケート調査(有効回答の年齢幅は5〜56才)で,可聴域の上限は,およそ 9000Hz〜22000Hz で,平均は約 18000Hz とのこと.また,別のサイトで可聴域の年齢テストをやってみたら,私は 16000Hz までは辛うじて聞こえた(音程の違いは判らなくて,鳴っていること だけが判る)が,17000Hz は全く聞こえなかった.さらに,また別のサイトの可聴周波数域チェッカで自分の可聴域をチェックすると 13750Hz だった.2つのテストで少々結果が違うのだが,聴こえる高い音には限界があるということは実感できた.音程が非常に高い音や非常に低い音は,アンプやスピーカーの特性によっては鳴りにくいことも考えられるので,正確にはちゃんとしたスピーカーでテストした方がよい(今回は,PC用のスピーカーでやったので鳴りにくかったということはあり得る).いずれにしても,ピアノや他の楽器の一番高い音は 4000Hz 程度なので,健常者には充分に聴こえる周波数だ.
 
さて,本題の低音側だが,上記サイトによると,可聴域の下限は,およそ 11Hz〜73Hz で,バラつきが大きく,年齢による傾向は特に認められないとのこと.私がここに掲載されていたグラフの点を数えてみると,下限が30Hz以上の人は(2点以上が重なっているものは1点として数えた),16人/57人=0.281 となった.つまり,約3割の人は30Hzの低音が(音量をいくら大きくしても)全く聞こえない.私の場合,低音に関しても,可聴周波数域チェッカで自分の可聴域をチェックしてみると(10Hzきざみ),30Hz は何とか聴こえたが,20Hz は音量を上げても全く聴こえなかった.こんな私には,いったいピアノの最低音 27.5Hz が聴こえているのだろうか?
 
そんなことを考えながら,家のピアノの一番左側のキーを叩いて耳を澄ましてみると,最低音のあたりは「ビーン」という雑音ばかりが目立ち,ピアノらしい澄んだ音色とは掛け離れた音であることにあらためて気づく.以前から,ピアノの一番低い音の辺りはビンビンした音で,あまりきれいな音ではないなあと感じており,ピアノの性能が悪いのが低音の音色の悪い原因と思っていた.しかし,実は自分の耳が悪かったためなのかもしれない.きっと倍音ばかりが聴こえていて肝心の基音がほとんど聴こえていないのだ.今まで,聴こえている気がしていただけだったのか‥‥‥ (;_;)
 
ネットで調べていて,ピアノよりも低い音がでる楽器を見つけた.ベーゼンドルファー社のピアノには,一般的なピアノの最低音のラ(27.5Hz)よりさらに低音のド(16Hz)まで出るものがあるという.16Hzになると過半数の人が聴こえないのではないか.そして,極めつけは,パイプ・オルガンで,さらに1オクターブ下のド(8Hz)の音が出るものがあるらしい.ここまでになると殆どの人が聴こえないはずだ.だいたい,8Hzというと,1秒間に8回だ.太鼓を1秒間に8回叩くぐらいなら私にもできるが,それによって聴こえる超低周波音だ.何か聴こえる人いますか?
http://myamada.my.coocan.jp/003-piano.html


▲△▽▼


高音と低音は音ではなく色や体振動として感知される

耳トレ!

耳トレ!-こちら難聴・耳鳴り外来です。 – 2011/10/3 中川雅文 (著)
https://www.amazon.co.jp/%E8%80%B3%E3%83%88%E3%83%AC-%E3%81%93%E3%81%A1%E3%82%89%E9%9B%A3%E8%81%B4%E3%83%BB%E8%80%B3%E9%B3%B4%E3%82%8A%E5%A4%96%E6%9D%A5%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82-%E4%B8%AD%E5%B7%9D%E9%9B%85%E6%96%87/dp/476781202X

                      

大学教授で現役のお医者さんが書いたこの本には「耳の健康」に対する情報が満載で実に”ため”になる本だった。


☆ 日本語は世界一「難聴者」にやさしい言語

どの国の言語にもそれぞれ固有の周波数帯というものがあり、母国の言語を繰り返し聞いて育つうちにその周波数帯以外の音を言語として聞き取る脳の感受性が失われていく。

そのため生後11歳くらいまでには母国語を聞いたり発音する能力に特化した脳が出来上がる。

日本語で頻繁に使われる周波数帯は125〜1500ヘルツで、英語は200〜12000ヘルツと随分と違う。日本語は世界の言語の中でもっとも低い周波数帯の言語で、英語は世界一高い周波数帯の言語である。

したがって、英語民族は高齢になると早い段階で高い音が聞き取りにくくなって不自由を感じるが、日本人はすぐには不自由を感じない。その点で日本語は世界一難聴者にやさしい言語である。

※ これは一人で二か国の言語を操るバイリンガルの「臨界期」が10歳前後と言われる所以でもある。また、英語圏の国で製作されたアンプやスピーカーなどのオーディオ製品には、高音域にデリカシーな響きをもったものが多いが、これで謎の一端が解けたような気がする。その一方で、とかく高音域に鈍感な日本人、ひいては日本のオーディオ製品の特徴も浮かび上がる。


☆ 聴力の限界とは

音の高い・低いを表す単位がヘルツなら、音の強さや大きさ(=音圧レベル)は「デシベル(dB)」であらわす。

人間が耳で聞き取ることのできる周波数の範囲は「20〜2万ヘルツ(空気中の1秒間の振動が20回〜2万回)」の間とされているが、イルカやコウモリなどは耳の形や構造が違うのでこの範囲外の超音波でさえ簡単に聞き取れる。

ただし人間の場合は20ヘルツ以下の音は聴覚ではなく体性感覚(皮膚感覚)で感じ取り、2万ヘルツ以上の音(モスキート音)は光や色として感じ取りその情報を脳に伝えている。

※ 人間の耳は一人ひとりその形も構造も微妙に違うし、音を認知する脳の中味だって生まれつき違う。したがって同じオーディオ装置の音を聴いたとしても各人によって受け止め方が千差万別というのが改めてよくわかる。

自分でいくら「いい音だ」と思ってみても、他人にとっては「それほどでもない」という日常茶飯事のように起こる悲劇(?)もこれで一応説明がつくが、音に光や色彩感覚があるように感じるのは超高音域のせいだったのだ!


☆ 音が脳に伝わるまでの流れ

耳から入った空気の振動は外耳道と呼ばれる耳の穴を通り、アナログ的に増幅されて鼓膜に伝わり、アブミ骨などの小さな骨に伝わってリンパ液のプールである蝸牛へ。そこで有毛細胞によって振動が電気信号に変換され、聴神経から脳に伝わる。これで耳の中の伝達経路はひとまず終了。

この電気信号が言語や感情と結びついた「意味のある音」として認識されるまでにはもう少し脳内での旅が続く。

電気信号が聴神経や脳幹を経て脳内に入ると、まず、大脳の中心部にある「視床」に送られる。ここは、脳内の情報伝達の玄関口となっている。視覚、聴覚、皮膚感覚などあらゆる感覚情報が必ず通る場所で、単純に音だけを聴いているつもりでも、様々な感覚情報とクロスオーバーしている。

また「視床」を通過すると音の伝達経路は「言語系ルート」と「感情系ルート」の二つに大きく分かれる。前者は最終的に「言語野」に到達するが、後者は大脳の一次聴覚野を通らず、いきなり「扁桃体」に直結していて「イヤな音」「うれしい音」というように音を直感的・情緒的に受け止める。

※ 音楽を聴くときにカーテンなどでスピーカーを隠してしまったり、あるいは目を瞑って聴いたりすると、機器の存在を意識しないでより一層音楽に集中できるのは経験上よく分かる。

さらに、直感的なイメージとしてオーディオマニアが音楽を聴くときには主として「感覚系ルート」がはたらき、それ以外の人たちが(音楽を)聴くときには主として「言語系ルート」が働いているように思うが果たしてどうだろうか・・・。
http://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/c85e3a32c3aca5331dd2fb7adaf73d2a

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/760.html#c16

[リバイバル4] ウェスタン・エレクトリック 300B を使ったアンプ 中川隆
8. 中川隆[-12574] koaQ7Jey 2019年1月31日 12:13:05 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

クラシック音楽の再生では周波数帯域は 80〜 5000 Hz で必要十分


Western Electric 755A
再生周波数帯域 70〜13,000Hz 


私の書斎にWestern Electric 755A がやってきた日のことは、忘れられない。
システムに繋いで、そろそろと音出しをしてみる。

  聴きなれたレコードを何枚かかけてみると、愕然としてしまった。
当然のことではあるが、愛聴盤というものは、どこにどんな音が入っているかを暗記しているものであるが、

このスピーカーで聴くそれは、まったく別物であった。今迄聴こえていなかった音が、豪華絢爛に再現されてくるのであった。  

それはあたかも、澱んだ東京の空に浮かぶ見慣れた星空から、一転して空気の澄み切った山の頂きから仰ぎ観る天空の星星の情景そのままに、

天空一面、星、星、星のショーの大星夜を目の当たりにしたようなものだった。


  星星が煌く音となり、その微粒子が壮大な音楽を構築しているかのようであった。
今迄、自分は一体、何を聴いてきたのだろうという悔しさと、
まだレコードにもCDにもいくらでも秘められた音が入っているのだという嬉しさが頭の中を過ぎった。
http://mikami.a.la9.jp/audio/we755a/we755a.htm


▲△▽▼


☆ 私と蓄音器EMGマークZ との出会い その1 ☆
http://emgmark7.com/dish.html

私は昭和23年生まれで今年2013年で65歳になります。大田区、久が原に中学時代までいました。。そこには祖父の卓上蓄音器(ビクトローラVV1−90)が家にあり私が4〜5歳の頃、姉がゼンマイを巻き聴いていました。小さいながらも、黒い盤が回るのを見たり、中を覗き込んだり、後ろに回って誰かが中にいて唄っているのではないかと、その当時は不思議に思ったものでした。

また父は音キチでステレオに凝りマッキントシュのアンプやタンノイのスピーカなどが沢山転がっていました。私が中学時代にどっちのスピーカの音が良いか、よく聴き比べを父に頼まれ、何回も聴き比べをしていくうちに耳が肥えていったように思います。

そんな環境で育ったため私は大学では音響の専門機関である財団法人―小林理学研究所と関連のある大学へ行き物理の中でも音響学の勉強をしました。専門は室内音響で当時のコンサートホールの残響時間や室内の周波数特性の測定でした。

40年位前になりますが、その当時の新宿厚生年金会館のホール音響はひどいものでした、ニニー・ロッソが毎年日本に来てクリスマスコンサートをしていました、トランペットをニニーが吹くと1秒くらい遅れて後ろの壁から反射して聞こえて来ます。壁や天井・床が並行のため反射して戻ってきます。そんなことで小林理研に依頼があり部屋の残響時間や周波数特性の測定に駆り出されたことを今でも思い出します。

もちろん今ではコンサートホールは並行な壁や天井はなく音の良いホールになりましたが、いまだに音の悪いホールは初台のオペラシテイー位になりました。

その後、私は補聴研究室へ配属になり、補聴器のフィッテイングの研究をし、昭和60年に独立、補聴器フィッテイング研究所を設立、当時、補聴器のフィッテイングの技術が世界的に無かったため、外耳道の鼓膜面までの共鳴を考慮した調整法を確立し、現在では、日本全国から補聴器の調整を求めて来所されます。

また趣味としては、父からステレオ装置を譲り受け、CDの音を聞いていましたが、なかなか良い音に巡り合えず、昔聴いた蓄音器の音が懐かしく思っていました。しかし蓄音器には全く知識が無く、踏み込めないでいました。

そんな時、15年位前から、私は茶道を始め、毎年正月には初釜をして楽しんでいました。9年位前に知人から港南台に茶室を造った家があるので見に行かないかと誘われ訪問しましたら、そこの旦那さんが蓄音器を持たれており久しぶりに聴かせていただきました。昔聴いた懐かしい音に感動し、そこで初めて銀座に蓄音器の老舗シェルマンがあることを教えてもらいました。

2003年11月21日、東銀座のシェルマンに行きました。二階に上がり磯貝社長にお目にかかり、言いました。

『ここに並んでいる蓄音器を順番に聴かせて下さい、私が聞いて一番音の良いと思う蓄音器を一台購入します。』

その当時は蓄音器に関する知識が全く無く、1台目は確かアメリカのものだと言っていました、聴いた瞬間、音の抜けが悪く、ボーカルは遠くで唄っている声でした。

二番目はイギリスのもので、一番大型のサイズだと言う2種類でした、アメリカのとは違い音の抜けは良かったです、大きさは同じでしたが、後の方が音の艶がありました。

4番目は上にラッパが出ていてこれもイギリス製と言っていました。大きな音で鳴っていましたが、低音と高音のバランスが悪く低音ばかりが大きく聞こえます。しかも低音が絞まらずボンボンと聞こえます。

5台目も同じメーカーでフロア型でした。これを聴いた瞬間、鳥肌が立つようでした。高音も良く出ていて、低音もズンズンと絞まっています。高音と低音のバランスがとても良く、ボーカルは音がフォーカスされ、目の前で唄ってくれているようでした。音楽が終わらないうちに、これを下さいと言っていました。

あと2〜3台未だ聴いていない蓄音器はあったのですが、もうこれ以上の蓄音器はないだろうとその時、思いました。蓄音器の知識が全く無い訳ですから、頼りになるのは私の耳だけでした。若い頃から耳は訓練していたため、スピーカからの音楽を聴いて周波数特性がある程度描ける位の耳は持っていました。

この蓄音器マークZの周波数特性はピーク・デップの無い比較的フラットな特性で、しかも今まで聴いた蓄音器の中でも高音から低音まで良く再生している広帯域特性とその時、判断しました。これが、私が初めてEMGマークZに出会った瞬間でした。


☆ 蓄音器 EMGマークZ とは! その2 ☆

それから1週間くらいして、自宅にマークZを設置にシェルマンの磯貝社長が来られました。設置を見ながら社長に聞きました。

『この蓄音器はシェルマンでは何台位扱いましたか?』

かなりの台数が出ているだろうと、予想していたのですが、以外な回答でした。

実はこの蓄音器はシェルマンでは、初めてと言うこと、EMGの蓄音器の中でも大変珍しく幻の蓄音器と言われている事を聞きビックリしました。

では、日本では何台位入って来ていますか?と聞くと、数年前に梅屋さんが初めて入手し、世界の蓄音機の本に掲載されている写真がその実物で、多分これが1台目ではないか、しかしこの蓄音器は回転むらがあったと聴いているとのこと。今日納めたこの蓄音器がおそらく日本で2台目ではないかと思うと言われていました。

そんなに珍しい蓄音器だと言うことを全く知らずに手に入れた事に感銘しました。そして、更にこの蓄音器について知りたいと思い、書物を探しましたがなかなか見当たりませんでした。インターネットでEMG蓄音器で検索すると静岡の林コレクションが見つかり、早速、連絡を取り遊びに静岡の林コレクションへ出向きました。

なんと林静雄さんもEMGの熱烈な愛好者で、EMGの息子さんのジョー・E・ジンと家族ぐるみで交流があり、以前に家族でイギリスの自宅に遊びに行った話をいろいろとお聞きし大変、参考になりました。静岡にお邪魔した時に聴かせて頂いたEMGマーク\もマークZ程ではないが、乗用車に乗るためにコンサートなどの移動用に便利な蓄音器と思い求めました。鎌倉のコンサートで使用していたマーク\はこの時に求めたものです。

林さんにお聞きしましたら、EMGの息子さんの家に殆どんの蓄音器の機種が残っていたが、マークZだけが息子さんの家にはすでに無かったそうです。EMGの蓄音器をあれ程、情熱を持って集められておられる林さんでもマークZには未だ一度も出会ったことが無いと言う話を聞き、益々この蓄音器に興味が出て文献を探すことにしました。

間もなくしてE,M,G,STORYと言う書物が見つかりました。この書物によると、マークZは1928年7月に発売され、1927年に出たHMV202より共鳴管は少し短めだが、マークZの音は繊細で、今まで世に出た蓄音器の中でも、低音から高音まで一番広帯域である。EMGの蓄音器の中でも一番良いモデルである。と書かれており、HMVの蓄音器を意識して造った事が読み取れます。

また、林さんに指摘されて初めて知って調べましたら、マークZは世界の蓄音機ではホーンはパピエ・マーシュ(紙)と書いてありますが、本当はエボナイトだと言うことが本を読んで分かりました。実際にマークZの下から頭を入れて、見えない部分をカッターで削ってみました、紙の上にコーテイングしているのではなく、確かにエボナイトむき出しでした。このことで、低音がズンズンと絞まった音の理由が分かりました。

低音は波長が長いため、材料が軽くて軟らかいと振動で動き音が歪ます。低音を再生するには、重くて硬い材料が良いのですが、HMVのように金属にすると重すぎて移動が困難になります。そこで、金属でなく、紙でない、中間のエボナイトを採用したことが成功した一因と思います。

更に箱に入れてホーンの周りを固定したことで低周波数でもホーンが動かず歪の少ない音になったと思われます。また更に調べていくとEMGは全ての蓄音器がエクスポーネンシャルホーンと言うこと、これは全ての周波数の共鳴がホーンの真ん中に音像が出来、ボーカル等は、点音源になることです。従ってボーカルは声がフォーカスされ、そこで唄っているようにリアルに聞こえます。

また他社の大型蓄音器はリエントラントホーンと言う構造、これは点音源にならず、横に広がった線音源になります。しかも共鳴管の途中で管を二つに分けたため、聴く場所によって、上のスピーカから出た音と、下のスピーカーから出た音で干渉し、ある周波数では位相が反転すると言うとんでもないことが起こっているのです。聴くと音はフォーカスされず、広がってしまいます。カメラで言えばピンボケの状態です。しかし、一長一短があります。エクスポーネンシャルホーンはどの位置で聴いても位相が反転するようなことは起こらず、ボーカルやバイオリンソロなどはとても良いのですが、大編成の交響曲などは、点音源のため、全ての音が真ん中に集中し広がりが無くつまらない音になります。

リエントラントホーンはフォーカスはしないものの、交響曲は広がりがあり聴き易くなります。オールマイテーの蓄音器はリエントラントホーンかもしれません。このように蓄音器の構造を調べて行くと、EMG蓄音器の中でもマークZだけに、エボナイトを使用したこと、またマークZだけが、ホーンを箱に入れて固定したことで、EMGの蓄音器の中でも最高の音を造ることが出来たと思われます。

またEMGがHMVよりも更にハイファイの音を求めたため、エクスポーネンシャルホーンに執着したこともうなずけます。

このように私は、良い音の蓄音器が見つかると、どうして音が良いかを音響的に解明していく事に興味を持っています。また音の良くない蓄音器に出会うと、どうして音が悪いかを音響的に解明しようとします。その点では少し異色の趣味かもしれません。 

   


☆ 蓄音器EMGマークZ その3 ☆

私はこの蓄音器マークZの音がとても気に入り、もう1台、イギリスでマークZが出たら購入することを磯貝社長に伝えましたら、翌年、もう1台出て来ました、残念なことに、すでにモーターは電気に交換されていましたが、音は問題無く繊細な音を聞かせてくれています。

マークZの箱の模様は一台一台、異なっており、箱はデザイン会社 に注文して製作したそうです。2か月前にマック杉崎さんとお会いしましたら、初めのマークZはマックさんが所有されていたそうで、その後手放されて、現在は茨城県石岡の 世界的蓄音器マニアと私が思っている、青柳さんが所有されています。

2004年の雑誌、ステレオサウンドNo153に菅野沖彦さんのレコード演奏家訪問に青柳さんの自宅の写真 が載っておりマークZがあるのにビックリして磯貝さんにすぐ連絡しましたらこの蓄音器が一台目のものと分かりました。この機種はEMG STORYの本の写真に掲載されているものと同一で、模様が放射状になっている蓄音器です。この写真の実物が日本に入って来たことになり、林さんがEMGの息子さんの家に行ったときにはマークZだけは無かった、 つまり、既に日本に来ていた事になりつじつまが合います。

ではEMGの蓄音器はいったい何台位、造られたのでしょうか?
文献によると、マーク]は150台、マーク]aが75台、 マーク]bがオーバーサイズを含めても、たった50台だそうです。マークWが350台、マーク\が350台。

ではマークZはと言うと、これは記録が無く推測でしかないそうですが 数十台のようです。この数を見ると]bが50台と言うことは、もう既に日本にその殆どが入って来てしまったようで、もうイギリスで見つけようとしても難しい状況になっているようです。 しかもマークZは市場に出ることが殆ど無いことからかなり製造した台数は少ないと想像されます。

私は、こんなに良い音の蓄音器を独り占めしてはいけないと思い、8年前から 毎年10月の戸塚のフォーラム祭りの市民持ち込み企画に申し込み、EMG蓄音器クラブとして9時から4時まで約7時間コンサートを開催し、毎年70人くらいの方が聞きにきてくれています。去年は年を召したご婦人の方が一番で来られて最後までおられ、曲をリクエストされていました。毎年2〜3人ですが、EMGのマークZの音を日本ではどこで聴けるのか、検索をかけると私の掲示板に書かれているマークZの記事を読み、連絡が入ります。自宅に来られてマークZを聴いてもらうと、その音にびっくりされて帰られます。今度上京した時には、自分のSPレコード盤を持参するので、また是非聴かせて欲しいと言われます。

そんな方が全国に15人位おられるため、EMG蓄音器クラブなるものを 8年前に立ち上げました。会員は全国に散らばっているため、全員が一同に会する事はありませんが、クラブの年1回の行事として、毎年10月にコンサートを開催している訳です。

蓄音器の老舗シェルマンでは、以前に蓄音器の周波数特性の測定をするため、私が以前、所属していた小林理学研究所に依頼をしたそうですが、見積もりが高額のため実現出来なかったそうです。 そんなことで、私がシェルマンの蓄音器の周波数特性を測定するようになりました。

新しい蓄音器が入荷すると、周波数特性を取り、音を聞き良い音の蓄音器は店に展示する前に 私がゲット出来る特典があります。

平成17年にHMV194の素晴らしい音に巡り合いました。やはり聴いた瞬間にこの蓄音器を下さいと言っていました。

HMVのフロア型蓄音器ですが、もともとリエントラントホーンは音が良くないと言う私の先入観があったのですが、この194を聴いて考えが変わりました。後で周波数特性を測定しましたら、図―1のように200Hzから3000Hzまで周波数がフラットでした。その後も他の194を沢山聞きましたが、これ程の蓄音器に未だ出会っていません。

図―2はマークZの周波数特性です。周波数特性だけで音の良し悪しは勿論分かりませんが、一つの参考データです。

蓄音器の周波数の測定には2種類あり、一つは、周波数特性測定用のSPレコード盤があります。三分の一オクターブバンド毎の純音が録音されており再生しながら、騒音計でレベルを読み取って行きグラフを作成します。

もう一つの方法はクリック音を再生しマイクで受けてその信号をファースト・フーリエ変換(FFT)と言う手法でパソコンで計算し周波数軸に変換します。クリック音はレコード盤に縦に傷を一定間隔で入れ、再生します。

下の図は前者の方法で測定したものです。蓄音器によっては、ある機種の蓄音器は4台位測定しても周波数特性が殆ど不変と言うものもありますし、ある機種では、4台測定すると4台共、周波数が異なると言う機種もあります。蓄音器の周波数特性を図にして発表することも考えましたが、蓄音器の優劣に直結する可能性があり、差し控えております。

以上、私が9年前にEMGに出会い現在までやって来た事です。あまり参考にはならないと思いますが、最後までお付き合い頂きありがとうございました。なお今年の4月、湘南SPレコード愛好会にEMGマークZを持参しますので、興味のある方は聴きに来て下さい。


☆ 蓄音器による鉄針・ソーン針・竹針の周波数特性の違い ☆
ゲストルーム
一般的に鉄の針は強い音、竹の針は柔らかい音と言うイメージがあるが、一体どのような周波数特性なのか大変興味があるところです。今回は蓄音器シェルマンの2階でHMV203の蓄音器をお借りして、実験を行いました。

図−3の赤線が鉄針ミデイアムを使用したときの周波数特性。青線がソーン針を使用した時、黒線が竹針を使用した時のものです。

まず、黒(竹針)と青(ソーン針)を比較してみると、250Hzでは両者とも同じレベルの90dBSPLであることが分かります。

500Hzでは8dBソーン針の方が音が大きい、1KHz、2KHz、4KHzでは10dBソーン針の方が音が大きいことが読み取れます。

即ち、低音域よりも高音域の方が竹針の減衰が大きいことが分かります。

次に赤(鉄針)と黒(竹針)を比較しますと、250Hz以下の低音部分は4dB位、鉄針の方が音が大きいことが分かります。しかし高音域1KHz,2KHzでは15dB位、4KHzでは約20dB位鉄針の方が音が大きいことが読み取れます。

従って竹針は低音域よりも高音域の減衰が多いため、音が柔らかく感じる訳です。この図を見るとソーン針は鉄針と竹針の略中間の特性と言うことが分かります。何かの参考になれば、幸いです。 


☆ 蓄音器の周波数特性 ☆


初めて銀座のシェルマンに伺い、聴かせていただいた時の蓄音器の特性を後日、測定させていただきました。最初に聴いたのがアメリカ製のビクトローラ・クレデンザでした、その時の蓄音器の特性が図―5の赤線の特性です。

500Hzが80dBSPLと他の蓄音器と比較すると10dBから20dBも弱いことが分かります。500Hzが弱いと音の抜けが悪い事につながります。この蓄音器もシェルマンで中も解体しメンテナンスが済んだ状態でした。

またこの図の黒線はもう1台別のクレデンザの特性です。このようにクレデンザは製造期間が長かったことと、製造台数が多かったため、中の構造に多少の変更などがあり、周波数特性にかなりのバラツキが見られます。

黒線の特性は500Hzが102dBSPLも出ていて、音の抜けはかなり良いです。クレデンザには当たり外れがありますので、音を良く聴いて抜けの良い蓄音器を選ぶことが必要です。

次に聴いたのがイギリスのHMV202とHMV203でした。その時の周波数特性を図―6と図―7に示します。サイズはどちらも同じと言うことですが、

比較すると500Hzで202型は90dBSPL,203型は100dBSPL出ていて、10dBも203型が出ています。従って音の抜けの良いのは203型かもしれません。HMV202と203型は比較的個体によるバラツキは少ないようです。

次に聴いたのが図ー8のEMG ]bオーバーサイズでした。周波数特性を見ても、明らかなように1KHzと500Hzは100dBSPLも出ているのに、3KHzでは80dBと高音域が出ていないことが分かります。エクスポーネンシャル・ホーンの径が大きくなり共鳴管の長さが長くなるほど、高音域の減衰が大きく、低音と高音のバランスが悪い事が分かります。

そして、最後に聴いて、鳥肌が立つようだったのが、EMGマークZアップライト・グランド型でした。その特性が図―2です。フラットに近い特性が読み取れるでしょうか?

このように、私の耳で聞いて感じたことが周波数特性を取って見ると、略特性に出ている事が分かります。私が蓄音器の音を聞いて聴き終わらないうちに、購入を決めたのは、図ー2のマークZと図―1のHMV194の2台だけでした。


☆ 針の太さの違いによる、周波数特性の変化 ☆

鉄針のラウド(太針)とソフト(細針)は、いったい、どのような周波数特性になっているのでしょうか?

一般的にはラウドは大きい音、ソフトは小さい音と言うイメージがあるが本当にそうでしょうか?

私もこのことには、大変興味があり、蓄音器の老舗シェルマンの二階をお借りして実験を行いました。使用の蓄音器はEMG―]bです。図−4の赤線がラウド(太針)の特性であり、黒線がソフト(細針)の特性です。

これを比較すると、1000Hzから低い音は、どちらも同じ大きさの100dBSPL音ですが、2000Hzでは、5dB位太い針の方が音が大きい、また3000Hzでは約8dB.4000Hz以上の高音域では、約10dB位太い針の方が音が大きい事が分かります。

従って、針の太さがラウドとは、全体の音が大きくなるのではなく、高音域が出るのがラウドと言う事になります。針の太さを太くすればするほど、高音域が出てきます。これは、ソーン針でも同じ結果になりますので、高音域を出したい時は太い針を使用した方が良い事になります。

しかし、どちらの針も騒音計で音圧レベルを測定すると略同じレベルになります。何故かと言うと500Hz〜1000Hzの音のレベルが100dBSPLもあり、高音域3000Hz〜4000Hzでは、太い針で90dBSPL、細針で80dBSPL位なので、全体の音のエネルギーはどちらの針も同じ略100dBSPLと言うことになります。
http://emgmark7.com/dish.html


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ウェスタンサウンドは人の声が良い

 今まで沢山のウェスタンサウンドを聴いてきましたがどのサウンドも一つの共通点がありました、

ウェスタンの音は一言で云うなら音にコクと味が少なくしかも奥に展開するサウンドにはならない、

聴いていると味のない食パンを食べているようなサウンドだ、

また劇場用のサウンドは観客席に攻めてくるサウンドが特徴ですが、以前有名な方がウェスタンの594を持ち込んで試聴会を開いたことがありましたが、ウェスタン特有の音の浸透力に乏しくこのサウンドには魅力を感じなかったのが残念であったが人の声だけは良かった、

 ウェスタンのシステムを採用した劇場を調べますとピンク映画館が多いのがわかった、

なぜならピンク映画館の女性の声は生々しく聞こえないとしらけますね、

特に人気のあった日活ロマンポルノあれは良かった!

 ウェスタンで聴かされる大事な場面での彼女達の声に色気があった、

今思うとウェスタンサウンドは人の声は素晴らしい!
https://www.kit-ya.jp/etc/club/audio/y-036.html

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ピアノの音響特性 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%82%A2%E3%83%8E%E3%81%AE%E9%9F%B3%E9%9F%BF%E7%89%B9%E6%80%A7


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音階の周波数
https://tomari.org/main/java/oto.html


音階は、「音を高低の順番に並べたもの」あり、音の高低は周波数で表します。

音は、周波数が半分になると1オクターブ低くなり、周波数が倍になると1オクターブ高くなります。

1オクターブには12の音があり

(@ド、Aド#(レ♭)、Bレ、Cレ#(ミ♭)、Dミ、Eファ、Fファ#(ソ♭)、Gソ、Hソ#(ラ♭)、Iラ、Jラ#(シ♭)、Kシ)、

その12の音は、隣り合う半音間での周波数の比率が同じです。
(音階に対して等比数列的に増える)

音の周波数を a0,a1,a2・・・・a12 とし、この等比数列の公比をrとすると、

a12 = a0r12 = 2a0 であるから、r12 = 2 より r=12√2(r=1.059463094)、

よって

an =a0rn = a0*(2(1/12))n

となります。

通常常音階の基準音として使用される「ラ」の音 (ピアノ鍵盤の49番目) は、440Hz の音が使われております。

この基準音階周波数と上記の式より、ピアノの鍵盤(通常88)の周波数を計算すると下記の表になります。音のサンプル波形は正弦波形です。


ピアノの鍵盤の音階と周波数

鍵盤番号 周波数(Hz) 音階名※

1 27.500 ラ A0
2 29.135 A#0
3 30.868 シ B0
4 32.703 ド C1
5 34.648 C#1
6 36.708 レ D1
7 38.891 D#1
8 41.203 ミ E1
9 43.654 ファ F1
10 46.249 F#1
11 48.999 ソ G1
12 51.913 G#1
13 55.000 ラ A1
14 58.270 A#1
15 61.735 シ B1
16 65.406 ド C2
17 69.296 C#2
18 73.416 レ D2
19 77.782 D#2
20 82.407 ミ E2
21 87.307 ファ F2
22 92.499 F#2
23 97.999 ソ G2
24 103.826 G#2
25 110.000 ラ A2
26 116.541 A#2
27 123.471 シ B2
28 130.813 ド C3
29 138.591 C#3
30 146.832 レ D3
31 155.563 D#3
32 164.814 ミ E3
33 174.614 ファ F3
34 184.997 F#3
35 195.998 ソ G3
36 207.652 G#3
37 220.000 ラ A3
38 233.082 A#3
39 246.942 シ B3
40 261.626 ド C4
41 277.183 C#4
42 293.665 レ D4
43 311.127 D#4
44 329.628 ミ E4
45 349.228 ファ F
46 369.994 F#4
47 391.995 ソ G4
48 415.305 G#4
49 440.000 ラ A4
50 466.164 A#4
51 493.883 シ B4
52 523.251 ド C5
53 554.365 C#5
54 587.330 レ D5
55 622.254 D#5
56 659.255 ミ E5
57 698.456 ファ F5
58 739.989 F#5
59 783.991 ソ G5
60 830.609 G#5
61 880.000 ラ A5
62 932.328 A#5
63 987.767 シ B5
64 1046.502 ド C6
65 1108.731 C#6
66 1174.659 レ D6
67 1244.508 D#6
68 1318.510 ミ E6
69 1396.913 ファ F6
70 1479.978 F#6
71 1567.982 ソ G6
72 1661.219 G#6
73 1760.000 ラ A6
74 1864.655 A#6
75 1975.533 シ B6
76 2093.005 ド C7
77 2217.461 C#7
78 2349.318 レ D7
79 2489.016 D#7
80 2637.020 ミ E7
81 2793.826 ファ F7
82 2959.955 F#7
83 3135.963 ソ G7
84 3322.438 G#7
85 3520.000 ラ A7
86 3729.310 A#7
87 3951.066 シ B7
88 4186.009 ド C8


※音階名は国際式音名表記です。

人間が聞くことが出来る周波数は、個人差や年齢差はありますが20Hz〜20000Hzと言われています。

聴力は年齢を重ねるとともに衰えていき、とくに高い周波数の音が聞こえづらくなっていき、15000Hz以上の音は20代後半ごろよりだんだん聞こえなくなるようです。

下記の周波数音も、どのように聞こえるかお試しください。


https://tomari.org/main/java/oto.html


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ピアノの一番低い音は聞こえない
http://myamada.my.coocan.jp/003-piano.html


楽器の音というと,心地よく聴けて当然と思っていた.しかも,誰もが聞いたことがあるピアノが出す音ならば聞こえて至極当然だ.しかし,驚いたことに3割の人にはピアノの一番低い音(一番左端の白鍵)の周波数(27.5Hz)(参照)の音が全く聞こえていないし,残りの7割の人にもあまりはっきりとは聞こえていない.
 
人の可聴域は 20Hz〜20000Hz ときく.可聴域には個人差があるし,高齢になると高音域が聞こえにくくなるので,誰にでも 20Hz〜20000Hz が聴こえるわけではない.よく話題に上るのは,お年寄りが耳が遠くなって大声を出さないと会話できなくなることだ.私の父も,普段はテレビを高音域を強めに調整して且つ大音量で鳴らしている.母は父より耳が聞こえるのでその音量に少々げんなりしているようだ.たまに帰省したときは,少し音量を下げてもらったり,耳栓をしたりしている.要するに,可聴域というと高音域側が問題になることが多い.
 
「可聴域と音程の判別能力」について記述したサイトによると,138名へのアンケート調査(有効回答の年齢幅は5〜56才)で,可聴域の上限は,およそ 9000Hz〜22000Hz で,平均は約 18000Hz とのこと.また,別のサイトで可聴域の年齢テストをやってみたら,私は 16000Hz までは辛うじて聞こえた(音程の違いは判らなくて,鳴っていること だけが判る)が,17000Hz は全く聞こえなかった.さらに,また別のサイトの可聴周波数域チェッカで自分の可聴域をチェックすると 13750Hz だった.2つのテストで少々結果が違うのだが,聴こえる高い音には限界があるということは実感できた.音程が非常に高い音や非常に低い音は,アンプやスピーカーの特性によっては鳴りにくいことも考えられるので,正確にはちゃんとしたスピーカーでテストした方がよい(今回は,PC用のスピーカーでやったので鳴りにくかったということはあり得る).いずれにしても,ピアノや他の楽器の一番高い音は 4000Hz 程度なので,健常者には充分に聴こえる周波数だ.
 
さて,本題の低音側だが,上記サイトによると,可聴域の下限は,およそ 11Hz〜73Hz で,バラつきが大きく,年齢による傾向は特に認められないとのこと.私がここに掲載されていたグラフの点を数えてみると,下限が30Hz以上の人は(2点以上が重なっているものは1点として数えた),16人/57人=0.281 となった.つまり,約3割の人は30Hzの低音が(音量をいくら大きくしても)全く聞こえない.私の場合,低音に関しても,可聴周波数域チェッカで自分の可聴域をチェックしてみると(10Hzきざみ),30Hz は何とか聴こえたが,20Hz は音量を上げても全く聴こえなかった.こんな私には,いったいピアノの最低音 27.5Hz が聴こえているのだろうか?
 
そんなことを考えながら,家のピアノの一番左側のキーを叩いて耳を澄ましてみると,最低音のあたりは「ビーン」という雑音ばかりが目立ち,ピアノらしい澄んだ音色とは掛け離れた音であることにあらためて気づく.以前から,ピアノの一番低い音の辺りはビンビンした音で,あまりきれいな音ではないなあと感じており,ピアノの性能が悪いのが低音の音色の悪い原因と思っていた.しかし,実は自分の耳が悪かったためなのかもしれない.きっと倍音ばかりが聴こえていて肝心の基音がほとんど聴こえていないのだ.今まで,聴こえている気がしていただけだったのか‥‥‥ (;_;)
 
ネットで調べていて,ピアノよりも低い音がでる楽器を見つけた.ベーゼンドルファー社のピアノには,一般的なピアノの最低音のラ(27.5Hz)よりさらに低音のド(16Hz)まで出るものがあるという.16Hzになると過半数の人が聴こえないのではないか.そして,極めつけは,パイプ・オルガンで,さらに1オクターブ下のド(8Hz)の音が出るものがあるらしい.ここまでになると殆どの人が聴こえないはずだ.だいたい,8Hzというと,1秒間に8回だ.太鼓を1秒間に8回叩くぐらいなら私にもできるが,それによって聴こえる超低周波音だ.何か聴こえる人いますか?
http://myamada.my.coocan.jp/003-piano.html

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高音と低音は音ではなく色や体振動として感知される


耳トレ!

耳トレ!-こちら難聴・耳鳴り外来です。 – 2011/10/3 中川雅文 (著)
https://www.amazon.co.jp/%E8%80%B3%E3%83%88%E3%83%AC-%E3%81%93%E3%81%A1%E3%82%89%E9%9B%A3%E8%81%B4%E3%83%BB%E8%80%B3%E9%B3%B4%E3%82%8A%E5%A4%96%E6%9D%A5%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82-%E4%B8%AD%E5%B7%9D%E9%9B%85%E6%96%87/dp/476781202X

                      

大学教授で現役のお医者さんが書いたこの本には「耳の健康」に対する情報が満載で実に”ため”になる本だった。


☆ 日本語は世界一「難聴者」にやさしい言語

どの国の言語にもそれぞれ固有の周波数帯というものがあり、母国の言語を繰り返し聞いて育つうちにその周波数帯以外の音を言語として聞き取る脳の感受性が失われていく。

そのため生後11歳くらいまでには母国語を聞いたり発音する能力に特化した脳が出来上がる。

日本語で頻繁に使われる周波数帯は125〜1500ヘルツで、英語は200〜12000ヘルツと随分と違う。日本語は世界の言語の中でもっとも低い周波数帯の言語で、英語は世界一高い周波数帯の言語である。

したがって、英語民族は高齢になると早い段階で高い音が聞き取りにくくなって不自由を感じるが、日本人はすぐには不自由を感じない。その点で日本語は世界一難聴者にやさしい言語である。

※ これは一人で二か国の言語を操るバイリンガルの「臨界期」が10歳前後と言われる所以でもある。また、英語圏の国で製作されたアンプやスピーカーなどのオーディオ製品には、高音域にデリカシーな響きをもったものが多いが、これで謎の一端が解けたような気がする。その一方で、とかく高音域に鈍感な日本人、ひいては日本のオーディオ製品の特徴も浮かび上がる。


☆ 聴力の限界とは

音の高い・低いを表す単位がヘルツなら、音の強さや大きさ(=音圧レベル)は「デシベル(dB)」であらわす。

人間が耳で聞き取ることのできる周波数の範囲は「20〜2万ヘルツ(空気中の1秒間の振動が20回〜2万回)」の間とされているが、イルカやコウモリなどは耳の形や構造が違うのでこの範囲外の超音波でさえ簡単に聞き取れる。

ただし人間の場合は20ヘルツ以下の音は聴覚ではなく体性感覚(皮膚感覚)で感じ取り、2万ヘルツ以上の音(モスキート音)は光や色として感じ取りその情報を脳に伝えている。

※ 人間の耳は一人ひとりその形も構造も微妙に違うし、音を認知する脳の中味だって生まれつき違う。したがって同じオーディオ装置の音を聴いたとしても各人によって受け止め方が千差万別というのが改めてよくわかる。

自分でいくら「いい音だ」と思ってみても、他人にとっては「それほどでもない」という日常茶飯事のように起こる悲劇(?)もこれで一応説明がつくが、音に光や色彩感覚があるように感じるのは超高音域のせいだったのだ!


☆ 音が脳に伝わるまでの流れ

耳から入った空気の振動は外耳道と呼ばれる耳の穴を通り、アナログ的に増幅されて鼓膜に伝わり、アブミ骨などの小さな骨に伝わってリンパ液のプールである蝸牛へ。そこで有毛細胞によって振動が電気信号に変換され、聴神経から脳に伝わる。これで耳の中の伝達経路はひとまず終了。

この電気信号が言語や感情と結びついた「意味のある音」として認識されるまでにはもう少し脳内での旅が続く。

電気信号が聴神経や脳幹を経て脳内に入ると、まず、大脳の中心部にある「視床」に送られる。ここは、脳内の情報伝達の玄関口となっている。視覚、聴覚、皮膚感覚などあらゆる感覚情報が必ず通る場所で、単純に音だけを聴いているつもりでも、様々な感覚情報とクロスオーバーしている。

また「視床」を通過すると音の伝達経路は「言語系ルート」と「感情系ルート」の二つに大きく分かれる。前者は最終的に「言語野」に到達するが、後者は大脳の一次聴覚野を通らず、いきなり「扁桃体」に直結していて「イヤな音」「うれしい音」というように音を直感的・情緒的に受け止める。

※ 音楽を聴くときにカーテンなどでスピーカーを隠してしまったり、あるいは目を瞑って聴いたりすると、機器の存在を意識しないでより一層音楽に集中できるのは経験上よく分かる。

さらに、直感的なイメージとしてオーディオマニアが音楽を聴くときには主として「感覚系ルート」がはたらき、それ以外の人たちが(音楽を)聴くときには主として「言語系ルート」が働いているように思うが果たしてどうだろうか・・・。
http://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/c85e3a32c3aca5331dd2fb7adaf73d2a


http://www.asyura2.com/18/revival4/msg/107.html#c8

[アジア14] 韓国の元慰安婦がフランスで致命的なミスをやらかし歴史の嘘がついに崩壊!2ch仏決議案採択のため、議員と政府の協力…より 木卯正一
11. 中川隆[-12573] koaQ7Jey 2019年1月31日 12:17:12 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

従軍慰安婦問題で詐欺師 西岡力と櫻井よしこが流した悪質な嘘とデマ
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/133.html


吉田清治が詐欺師だというデマを広めた秦郁彦は歴史学会では誰にも相手にされない、資料改竄・捏造の常習犯だった
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/136.html


従軍慰安婦は売春婦として認可されない 13才、14才から働き始めているので売春婦では有り得ない
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/137.html

朝鮮や中国からの徴用工が日本の職場でバタバタと死んでいった理由
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/134.html


http://www.asyura2.com/12/asia14/msg/449.html#c11

[昼休み54] 毛沢東気取りの習近平の近況 中川隆
116. 中川隆[-12572] koaQ7Jey 2019年1月31日 13:06:06 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]
迫る中国の経済崩壊。5,000万戸の空き家が引き起こすリーマン級ショック=吉田繁治 2019年1月29日
https://www.mag2.com/p/money/628666


「中国の空き家が5,000万戸」との報道が出ました。銀行とノンバンクの不動産融資は不良化し、これから中国はリーマン危機のような金融危機に向かいます。(『ビジネス知識源プレミアム』吉田繁治)

富裕層の住宅投資も大きく減少。中国不動産バブル崩壊は近い…

中国の住宅価格は(統計マジックで)下がらない

ブルームバーグが「中国の空き家が5,000万戸」と報じています。ご承知のように、住宅価格を含み、中国の経済統計は、信頼に足るものが少ない。日本の厚労省とは次元が違って、集計の基準が、激しく任意だからです。

中国の経済統計には、かつてのソ連のような計画経済のものが多くなっています。ソ連では、製造された商品の価格は政府価格であり、売れ残った不良在庫があっても、下がらなかったのです。

中国の新築住宅の価格は、日本や米国のように、自由な市場が、売買で価格を決めたものではありません。新築住宅価格、GDP統計には、作りすぎて残った住宅在庫の、値下がり統計が入っていません。

GDPは生産額を集計します。いつも4%付近とされている失業率も、都市戸籍の人だけが対象です。農村戸籍の人には失業という概念がないからです。

この中国でも、株式市場の株価は、売れた価格です。しかし資本(=マネー)を自由化してはいず、世界市場からは、保護された株価です。

通貨では、
・資本の流入になる、ドルから人民元への交換は自由
・元の国外流出になる「ドル買い、ユーロ買い、円買い/元売り」には、金額の制限がある
という状況です。

中国の株価は、2018年は、年初の3,500ポイントから2,535へと、28%も下げています(19年1月14日:上海総合の平均指数)。時価総額では250兆円という大きな損失が生じ、株の形の金融資産は250兆円縮小しています。

株が250兆円下がっているのに、住宅価格が下がっていないのは、新築の売り出し価格の統計だからです。売れた価格の統計は公表されていません。

計画経済では、商品・住宅価格はどうなる?

共産主義の計画経済では、在庫が売れたときの価格統計ありませんでした。ソ連のGDP統計では、商品は政府の統制価格で全部売れたとされていました。流通在庫、不良在庫という概念はなかったのです。このため価格は下がらず、GDPは増え続けていました。

風船のように膨らんでいたGDPに応じて増刷されていたルーブルは、ソ連邦が解体した1991年(ゴルバチョフの時代)、暴落(1/1000)して、ハイパーインフレになったのです。紙幣は、政府の意思で、生産にかかわらず、いくらでも増刷できるからです。通貨の増刷は、砂糖水を水で薄めるように、マネー1単位の価値を希薄化させます。

中国の住宅価格も、新築価格だけを統計する限りは、下がりにくい(筆者注:住宅、不動産、固定資本の建設額は、そのままGDPになります)。

政府統計をもとにした、2012年から6年間の住宅の単価は、以下のように、2014年を除いて、上がり続けています。

一級とは、周辺部を含むと3000万人クラスの人口が住む北京、上海、シンセン、広州の4都市です。二級は武漢、成都など25都市。三級・四級都市は邯鄲、金華など21の市です。

経済体制が今も違う香港は、除外されています。

リーマン級の危機に向かう中国

<中国の住宅単価の指数:2012年から2017年>

    2012年  13年  14年 15年 16年  17年 平均上昇
—————–
一級都市 100  110  110  140  160  185  13%/年
二級都市 100  105  100  100  120  130   5%/年
三級都市 100  100  105  95  105  115   3%/年
—————–
(データは、三井住友銀行中国有限公司:17年9月)

一級都市の1平方メートルあたりの住宅単価は、2012年を100とすると、年平均13%上がり続け、5年で1.85倍です。今、1億円や2億円の住宅はザラです。統計から漏れている香港では、2億円から数億円。一戸の面積の増加もあるからです。

ドルペッグ制(対ドルの準固定相場)をとる香港ドルが、元の送金・受金の、仲介と中継基地になっていて、香港は、ロンドンのシティのような金融都市だからです。

二級都市では、平均年率5%の上昇。三級都市では、年率3%の上昇と穏やかです。ただし、人口では三級都市でも、大都市周辺の東莞、佛山、廊坊、中山などでは、一級都市と同じように、5年で1.8倍の上昇率。総じて、年10%の上昇を続けてきたと言っていいでしょう。

住宅と商業用不動産は、固定資本投資の新築価格として、中国のGDPを底上げしています。あとで述べる5000万戸(新築の5年分)という、膨大な売れ残り在庫が、世帯に売れるときの価格を統計したら中国のGDPは、2ポイントは低下するでしょう。

住宅価格の過大見積もりという要素で、6.5%が4.5%の成長になるということです。

それとともに、銀行とノンバンクの不動産融資は不良化し、リーマン危機のような金融危機に向かいます。不良債権は200兆円以上になるかもしれません。


一方でローン残高は、過小に集計されている

住宅ローンの残高は、2016年で20兆元(320兆円)とされていますが、これは日本とあまり変わらない額です。

米国が1000兆円ですから、中国は、その1/2の500兆円はあるでしょう。店舗やオフィスの商業用不動産のローンは含んでいません。

中国では、GDPの中に占める、住宅と不動産投資、および道路や鉄道、電力、通信などの社会インフラの投資率が異常に高く、45%です(日本では20%:米国では15%)。代わりに、個人消費の構成比が少ない。

固定資本投資額がGDPの40〜45%(※日本は約20%)

2018年の名目GDPは13兆ドル(1430兆円;日本の2.6倍、米国の2860兆円の半分)です。

固定資本投資は1年分で、日本のGDPを超える570兆円(40%)を占めています。そのための資金が、(1)企業負債、(2)政府負債、(3)個人負債の、増加の原因になっているものです。

特にリーマン危機のあと、企業負債の増加率が高い。金融危機になった米欧への輸出の減少を、中国政府は、住宅建設、商業用不動産、政府の固定資本の増加でうずめる政策をとったからです。

計画経済の中国では、政府の政策は、時間差なく、企業の投資行動になります。人民銀行が元を刷って銀行に貸して、銀行は増えたマネーを企業に貸す。これが08年のあと、企業負債の増え方が大きくなった原因です。この点も、政策の波及時間が長い先進国と違います。

人民元の増刷は世界一のスケール

人民銀行のB/S(資産=負債)の規模は、元発行の金額を示します。2017年5月で、580兆円に膨らんでいます。米国のFRBが4.14兆ドル(455兆円)、日銀が553兆円です(19年1月)。
※参考:https://www.boj.or.jp/statistics/boj/other/acmai/release/2019/ac190110.htm/

5年間、世界の中央銀行の、約100年の歴史で、異例な異次元緩和を行っている日銀より、人民銀行の通貨発行が多い。住宅建設、商業用ビル建設、道路、電力、通信の固定資本投資を増加させるための元の増発を行ったからです。

ドル準備で元を発行している

日本や米国では、中央銀行が通貨を増発するときは、代替資産として国債を買います。ところが中国では、人民銀行がドル債を買って元を発行しています。人民元は、世界にはあまり知られていませんが、ドル準備制の通貨です。

理由は、元と中国国債は、資本が自由化されてないので、国際的な信用が低いからです。資本の自由化とは、企業や個人が自由に、外貨を買うことができることです。

政府は「中国人の、ドル買い/人民元売り」を恐れ、外貨への交換に制限を加えています。



資本を自由化すると、ホンネでは共産党政府と人民元の価値を信用していない富裕者の多くが「ドル買い/元売り」に殺到するからです。海外への留学と移住が多いことからも、わかるでしょう。


増えすぎた経済主体別の負債

こうした通貨シナリオを知っていれば、中国共産党は、以降で示す、リーマン危機のあとの不動産投資による負債の急増を、冷静に眺めることもできるでしょう。バブルの崩壊からの失業が引き起こす、天安門のような民主革命の恐れがなくなるからです。

政治・経済の体制の転覆であり下克上でもある民主革命は、計画経済の中で失業した、あるいは所得が減った貧者の連合の、富者への反感が起こすものです。中国では、資産バブルにより巨大な貧富の格差が生じています。

<中国の主体別負債:リーマン危機後から2年ごと(単位:10億ドル)>

   2008年  2010年  2012年 2014年 2016年  2018年
——————-
政府 1,162  1,749  2,646  3,697  5,021  6,428  
世帯  767  1,359  2,227  2,312  4,706  6,629 
企業 3,928  6,429  9,818 14,096  18,090  22,052
——————-
合計  5,837  9,537  14,692 21,105 27,817  28,681
——————-
GDP比 145%  180%  187%  205%  255%  239%
——————-
データ:BIS(国際決済銀行)※ここでは2年ごとに示した

世界中の、部門別負債の大きなエクセルなので、分かりにくい元データが公開されています。BISの中国の負債データには、偽装はないと考えています。日本でも、順次、新聞が書くようになってきました。当方は、ほぼ4年前から、講演や書く時に使っています。
※参考:https://www.bis.org/statistics/totcredit.htm

中国では、建設会社が建物の骨組みを売り、買った人が内装と設備をします。このため、売れ残って夜間に照明がつかない骨組みだけの建物は、幽霊の屋敷に見えるので、「鬼城」と言われます。

建設する企業部門の負債は、2008年は3.9兆ドル(429兆円)と、GDPに対して97%と他国よりは大きかったものの、まぁまぁ妥当での線。

これが、2018年の3月には、22兆ドル(2420兆円)に膨らみ、GDP比184%という残高になっています。年平均の増加率は21%と、GDPの増加である10%程度の2倍です。平均増加額は、2兆ドル(220兆円)です。GDP比で1.8倍の企業部門の総負債は、日本の国債(GDP比約200%)と同じく、異常な大きさです。

企業の負債は、なぜ10年間も、年率20%という高さで膨らみ続けてきたのか。年1,000万戸の住宅建設、商業用不動産建設、インフラ投資のためです。

しかし、住宅建設では、それが売れれば、建設会社の負債は減って、世帯の負債に置き換わります。世帯の負債の増加は2008年に7670億ドル(84兆円)から6.6兆ドル(726兆円)です。

年平均で、71兆円の増加でしかない。他方で。多い建設業を含む企業の負債は、1年に220兆円という速度で増加しています。「近代化の経済」では、住宅、ビル、道路や電力の土木・建設業が多くなります。日本でも1980年代まで建設業は600万人でした。現在は500万
人。

なぜこんなに企業の負債が増えたのか。年平均1,000万戸の建設した住宅に、鬼城のままの売れ残り在庫が出ているからです。

新築の価格は、多くが売れていないので、下がっていない。毎年、新築が行われている新しい価格の統計だからです(筆者注:NYの調査会社によると、上海では、2018年の新築価格は、前年比で8%下がっているという調査が出ています。これは、まだ政府統計には入っていません)。


住宅在庫が5,000万戸

18年の12月に、ブルームバーグから、驚くべきデータが公表されました。中国の住宅在庫が5000万軒というものです。調査したのは、中国の西南大学の甘犁教授という。重慶市にある、この大学は、中国の失業率でも、本当を示すデータを出しています。

5,000万戸は、中国の全住宅の22%、1年で行う1,000万戸建設の5年分です。
※参考:https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2018-11-09/PHWXGI6TTDSF01

一級都市の北京、上海、広州での、政府の在庫統計は、5か月分から10か月分でした。もっとも多いシンセンでも、20か月分です。しかしこの在庫が、全中国で5000万戸、新築の5年分という。

(筆者注:日本も、全住宅の13%・新築の8年分にあたる800万戸の空き家がありますが、中国とは、要因が違います。日本は、人口減と老朽化による空き家です。中国では、GDPを増やすための政府が音頭をとった「建て過ぎと価格高騰」が原因の空き家が多い。政府・銀行が、「貸付金」を増やしたからです。)

これで、中国の企業負債が、毎年平均2兆ドル(220兆円)増える一方で、減らない理由が分かりました。

作った物件が、約5年分も売れ残っていたのです。普通の世帯が買うことのできない価格(年収の10倍から15倍以上)の新築価格だったからです。

売れていないから、価格は最初のまま統計され、次のまた上がった新築価格になっているのでしょう。売れなければ世帯のローンには振り替わらないので、企業の建設費の負債が増えるままになります。

商業用の不動産でも、急激に伸びているアリババなどのネット販売によって、客をとられ、閑古鳥が鳴いているショッピングセンターが多いという。これも、企業部門の負債の増加になります。利益が出ず、借金を減らすことができなくて、運転資金借り入れが増えているからです。

こうした不動産が、投げ売りするしかない不良在庫にならないのは、政府の意向で動く、計画経済の銀行が企業に対して、利払いの分の追い貸しをしているからでしょう。他の国では、資金繰りのために投げ売りになります。

銀行からの追い貸しが続く間(企業負債が増える間)は、新たな借入金で利払いができるように見えるので、不良債権ではない。GDPの70%を生む国有企業の負債は、年220兆円という異常な金額で、膨らみ続けています。


価格下落の端緒は、最も住宅が高くなっている上海・香港・シンセン

最近10年で3倍に上がり(年12%上昇)、中国でもっとも高い香港の住宅価格は、2018年の8月のピークからは5%下げています(大手仲介業の中原不動産より)。※参考:WSJ2018年11月27日

戸籍人口2,418万人という上海の新築物件も、10%下げています。売れていない在庫が、もっとも多いシンセンも下げているはずです。なお中国の都市人口は、無戸籍(農村戸籍)を含むと約20%は多いでしょう。中国人には居住地の自由はないからです。

2019年は、中国住宅価格が下がる開始年でしょう。中国の総人口は、2018年から、日本の8年遅れで減り始めています。

世帯所得の増加率も年10%の期待から、商品生産の粗利益であるGDPの伸び率の低下に対応して、5%程度かそれ以下に下がってきているからです。

<期待所得の増加率は低下>

所得の、期待上昇率の低下への認識は、年収の10倍から20倍の高い住宅を買ってローンを組むことを、押しとどめます。共稼ぎを想定した男性は10年後、20年後の住宅価格と、所得の上昇を期待して(織り込んで)、住宅を買っているからです。

中国に多い共稼ぎで、無理なく買える住宅価格は、大都市部で、共稼ぎ700万円の年収の5倍から6倍までです。中国では、住宅を買うことが結婚の条件ですが、価格が上がってしまった30歳以下の世代には、これが果たせなくなっています。

<今後、住宅価格が上がる、需給面からの要素はない>

2019年に、中国の新築住宅価格が上がる要素はあるでしょうか。

(1)米中貿易戦争で、輸出が減り、所得を決めるGDPの伸びは低下する
(2)増え続けていた中国の人口が、横ばいから下落に入ったことにより、増え続けていた住宅の需要動機が下がり、少しずつ減少に向かう

ということは決定的な要素です。

国連は中国の人口は、2020年からピークになり、減少は2030年からとしていましたが、現実では、12年早まっています。1人の女性の出生率が1.28と日本の1.41よりも相当に低く、幼少人口の減少に慌てた政府が一人っ子政策を停止しても、子供の誕生が過去の想定より減ってきたからです。
※参考:https://toukeidata.com/country/china_jinkou.html

人口減は0.2%や0.3%と低いように見えても、平行する住宅価格の下落率では、年10%と高くなります。これが、シンセン、香港、上海で先駆けて起こっている下落でしょう。

住宅は「1年に10%は上がるという期待」から、賃貸しの投資用としても多く買われてきました。「10%下がるという予想」になると、中の上の所得クラスの人で二軒目三軒目、富裕者の10軒目や20軒目の新築住宅購入が、大きく減ります。


富裕層の住宅投資も大きく減少する

中国では、2014年ころまで、先進国以上に富んだ階層の投資・賃貸住宅の買いが多かった。世帯の居住のための需要より、価格が高く上がっていた理由でもあります。

需要数が減れば、売れる住宅価格は10%、15、20%、30%と価格が下がります。これが、2018年秋から2019年にかけ、新築価格ピークアウトしたあと、起こることでしょう。

政府が管理している新築住宅価格に、需要数の急減が反映されることはなくても、実際の売買市場では、下がって行きます。数年後は、新しく作られる新築価格も、大きく下げるでしょう。全住宅の5戸に1戸の割合にもなる、5000万戸の空き家が価格低下に及ぼす圧力は巨大です。

住宅価格の下落は、景気循環からでなく構造要因から

景気の減速がもたらす住宅価格の下落なら、回復もあるでしょう。2019年からの下げは構造的なものです。

日本では、200万戸/年だった新築が、1980年代末に、今の中国と同じ需要の構造変化から80万戸から100万戸に減っています。平均価格も年収の6倍から6倍で買うことができる価格(約半分)に下がりました。

同じことが、2019年からの中国で起こります。景気循環の問題ではないのです。


http://www.asyura2.com/17/lunchbreak54/msg/277.html#c116

[リバイバル3] マルクスはやはり正しかった _ もうすぐ共産革命の嵐が吹き荒れる時代がやって来る 中川隆
232. 中川隆[-12571] koaQ7Jey 2019年1月31日 13:09:06 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

迫る中国の経済崩壊。5,000万戸の空き家が引き起こすリーマン級ショック=吉田繁治 2019年1月29日
https://www.mag2.com/p/money/628666

「中国の空き家が5,000万戸」との報道が出ました。銀行とノンバンクの不動産融資は不良化し、これから中国はリーマン危機のような金融危機に向かいます。(『ビジネス知識源プレミアム』吉田繁治)

富裕層の住宅投資も大きく減少。中国不動産バブル崩壊は近い…

中国の住宅価格は(統計マジックで)下がらない

ブルームバーグが「中国の空き家が5,000万戸」と報じています。ご承知のように、住宅価格を含み、中国の経済統計は、信頼に足るものが少ない。日本の厚労省とは次元が違って、集計の基準が、激しく任意だからです。

中国の経済統計には、かつてのソ連のような計画経済のものが多くなっています。ソ連では、製造された商品の価格は政府価格であり、売れ残った不良在庫があっても、下がらなかったのです。

中国の新築住宅の価格は、日本や米国のように、自由な市場が、売買で価格を決めたものではありません。新築住宅価格、GDP統計には、作りすぎて残った住宅在庫の、値下がり統計が入っていません。

GDPは生産額を集計します。いつも4%付近とされている失業率も、都市戸籍の人だけが対象です。農村戸籍の人には失業という概念がないからです。

この中国でも、株式市場の株価は、売れた価格です。しかし資本(=マネー)を自由化してはいず、世界市場からは、保護された株価です。

通貨では、
・資本の流入になる、ドルから人民元への交換は自由
・元の国外流出になる「ドル買い、ユーロ買い、円買い/元売り」には、金額の制限がある
という状況です。

中国の株価は、2018年は、年初の3,500ポイントから2,535へと、28%も下げています(19年1月14日:上海総合の平均指数)。時価総額では250兆円という大きな損失が生じ、株の形の金融資産は250兆円縮小しています。

株が250兆円下がっているのに、住宅価格が下がっていないのは、新築の売り出し価格の統計だからです。売れた価格の統計は公表されていません。

計画経済では、商品・住宅価格はどうなる?

共産主義の計画経済では、在庫が売れたときの価格統計ありませんでした。ソ連のGDP統計では、商品は政府の統制価格で全部売れたとされていました。流通在庫、不良在庫という概念はなかったのです。このため価格は下がらず、GDPは増え続けていました。

風船のように膨らんでいたGDPに応じて増刷されていたルーブルは、ソ連邦が解体した1991年(ゴルバチョフの時代)、暴落(1/1000)して、ハイパーインフレになったのです。紙幣は、政府の意思で、生産にかかわらず、いくらでも増刷できるからです。通貨の増刷は、砂糖水を水で薄めるように、マネー1単位の価値を希薄化させます。

中国の住宅価格も、新築価格だけを統計する限りは、下がりにくい(筆者注:住宅、不動産、固定資本の建設額は、そのままGDPになります)。

政府統計をもとにした、2012年から6年間の住宅の単価は、以下のように、2014年を除いて、上がり続けています。

一級とは、周辺部を含むと3000万人クラスの人口が住む北京、上海、シンセン、広州の4都市です。二級は武漢、成都など25都市。三級・四級都市は邯鄲、金華など21の市です。

経済体制が今も違う香港は、除外されています。

リーマン級の危機に向かう中国

<中国の住宅単価の指数:2012年から2017年>

    2012年  13年  14年 15年 16年  17年 平均上昇
—————–
一級都市 100  110  110  140  160  185  13%/年
二級都市 100  105  100  100  120  130   5%/年
三級都市 100  100  105  95  105  115   3%/年
—————–
(データは、三井住友銀行中国有限公司:17年9月)

一級都市の1平方メートルあたりの住宅単価は、2012年を100とすると、年平均13%上がり続け、5年で1.85倍です。今、1億円や2億円の住宅はザラです。統計から漏れている香港では、2億円から数億円。一戸の面積の増加もあるからです。

ドルペッグ制(対ドルの準固定相場)をとる香港ドルが、元の送金・受金の、仲介と中継基地になっていて、香港は、ロンドンのシティのような金融都市だからです。

二級都市では、平均年率5%の上昇。三級都市では、年率3%の上昇と穏やかです。ただし、人口では三級都市でも、大都市周辺の東莞、佛山、廊坊、中山などでは、一級都市と同じように、5年で1.8倍の上昇率。総じて、年10%の上昇を続けてきたと言っていいでしょう。

住宅と商業用不動産は、固定資本投資の新築価格として、中国のGDPを底上げしています。あとで述べる5000万戸(新築の5年分)という、膨大な売れ残り在庫が、世帯に売れるときの価格を統計したら中国のGDPは、2ポイントは低下するでしょう。

住宅価格の過大見積もりという要素で、6.5%が4.5%の成長になるということです。

それとともに、銀行とノンバンクの不動産融資は不良化し、リーマン危機のような金融危機に向かいます。不良債権は200兆円以上になるかもしれません。


一方でローン残高は、過小に集計されている

住宅ローンの残高は、2016年で20兆元(320兆円)とされていますが、これは日本とあまり変わらない額です。

米国が1000兆円ですから、中国は、その1/2の500兆円はあるでしょう。店舗やオフィスの商業用不動産のローンは含んでいません。

中国では、GDPの中に占める、住宅と不動産投資、および道路や鉄道、電力、通信などの社会インフラの投資率が異常に高く、45%です(日本では20%:米国では15%)。代わりに、個人消費の構成比が少ない。

固定資本投資額がGDPの40〜45%(※日本は約20%)

2018年の名目GDPは13兆ドル(1430兆円;日本の2.6倍、米国の2860兆円の半分)です。


固定資本投資は1年分で、日本のGDPを超える570兆円(40%)を占めています。そのための資金が、(1)企業負債、(2)政府負債、(3)個人負債の、増加の原因になっているものです。

特にリーマン危機のあと、企業負債の増加率が高い。金融危機になった米欧への輸出の減少を、中国政府は、住宅建設、商業用不動産、政府の固定資本の増加でうずめる政策をとったからです。

計画経済の中国では、政府の政策は、時間差なく、企業の投資行動になります。人民銀行が元を刷って銀行に貸して、銀行は増えたマネーを企業に貸す。これが08年のあと、企業負債の増え方が大きくなった原因です。この点も、政策の波及時間が長い先進国と違います。

人民元の増刷は世界一のスケール

人民銀行のB/S(資産=負債)の規模は、元発行の金額を示します。2017年5月で、580兆円に膨らんでいます。米国のFRBが4.14兆ドル(455兆円)、日銀が553兆円です(19年1月)。
※参考:https://www.boj.or.jp/statistics/boj/other/acmai/release/2019/ac190110.htm/


5年間、世界の中央銀行の、約100年の歴史で、異例な異次元緩和を行っている日銀より、人民銀行の通貨発行が多い。住宅建設、商業用ビル建設、道路、電力、通信の固定資本投資を増加させるための元の増発を行ったからです。

ドル準備で元を発行している

日本や米国では、中央銀行が通貨を増発するときは、代替資産として国債を買います。ところが中国では、人民銀行がドル債を買って元を発行しています。人民元は、世界にはあまり知られていませんが、ドル準備制の通貨です。

理由は、元と中国国債は、資本が自由化されてないので、国際的な信用が低いからです。資本の自由化とは、企業や個人が自由に、外貨を買うことができることです。

政府は「中国人の、ドル買い/人民元売り」を恐れ、外貨への交換に制限を加えています。

資本を自由化すると、ホンネでは共産党政府と人民元の価値を信用していない富裕者の多くが「ドル買い/元売り」に殺到するからです。海外への留学と移住が多いことからも、わかるでしょう。


増えすぎた経済主体別の負債

こうした通貨シナリオを知っていれば、中国共産党は、以降で示す、リーマン危機のあとの不動産投資による負債の急増を、冷静に眺めることもできるでしょう。バブルの崩壊からの失業が引き起こす、天安門のような民主革命の恐れがなくなるからです。

政治・経済の体制の転覆であり下克上でもある民主革命は、計画経済の中で失業した、あるいは所得が減った貧者の連合の、富者への反感が起こすものです。中国では、資産バブルにより巨大な貧富の格差が生じています。

<中国の主体別負債:リーマン危機後から2年ごと(単位:10億ドル)>

   2008年  2010年  2012年 2014年 2016年  2018年
——————-
政府 1,162  1,749  2,646  3,697  5,021  6,428  
世帯  767  1,359  2,227  2,312  4,706  6,629 
企業 3,928  6,429  9,818 14,096  18,090  22,052
——————-
合計  5,837  9,537  14,692 21,105 27,817  28,681
——————-
GDP比 145%  180%  187%  205%  255%  239%
——————-
データ:BIS(国際決済銀行)※ここでは2年ごとに示した

世界中の、部門別負債の大きなエクセルなので、分かりにくい元データが公開されています。BISの中国の負債データには、偽装はないと考えています。日本でも、順次、新聞が書くようになってきました。当方は、ほぼ4年前から、講演や書く時に使っています。
※参考:https://www.bis.org/statistics/totcredit.htm


中国では、建設会社が建物の骨組みを売り、買った人が内装と設備をします。このため、売れ残って夜間に照明がつかない骨組みだけの建物は、幽霊の屋敷に見えるので、「鬼城」と言われます。

建設する企業部門の負債は、2008年は3.9兆ドル(429兆円)と、GDPに対して97%と他国よりは大きかったものの、まぁまぁ妥当での線。

これが、2018年の3月には、22兆ドル(2420兆円)に膨らみ、GDP比184%という残高になっています。年平均の増加率は21%と、GDPの増加である10%程度の2倍です。平均増加額は、2兆ドル(220兆円)です。GDP比で1.8倍の企業部門の総負債は、日本の国債(GDP比約200%)と同じく、異常な大きさです。

企業の負債は、なぜ10年間も、年率20%という高さで膨らみ続けてきたのか。年1,000万戸の住宅建設、商業用不動産建設、インフラ投資のためです。


しかし、住宅建設では、それが売れれば、建設会社の負債は減って、世帯の負債に置き換わります。世帯の負債の増加は2008年に7670億ドル(84兆円)から6.6兆ドル(726兆円)です。

年平均で、71兆円の増加でしかない。他方で。多い建設業を含む企業の負債は、1年に220兆円という速度で増加しています。「近代化の経済」では、住宅、ビル、道路や電力の土木・建設業が多くなります。日本でも1980年代まで建設業は600万人でした。現在は500万
人。

なぜこんなに企業の負債が増えたのか。年平均1,000万戸の建設した住宅に、鬼城のままの売れ残り在庫が出ているからです。

新築の価格は、多くが売れていないので、下がっていない。毎年、新築が行われている新しい価格の統計だからです(筆者注:NYの調査会社によると、上海では、2018年の新築価格は、前年比で8%下がっているという調査が出ています。これは、まだ政府統計には入っていません)。


住宅在庫が5,000万戸

18年の12月に、ブルームバーグから、驚くべきデータが公表されました。中国の住宅在庫が5000万軒というものです。調査したのは、中国の西南大学の甘犁教授という。重慶市にある、この大学は、中国の失業率でも、本当を示すデータを出しています。

5,000万戸は、中国の全住宅の22%、1年で行う1,000万戸建設の5年分です。
※参考:https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2018-11-09/PHWXGI6TTDSF01

一級都市の北京、上海、広州での、政府の在庫統計は、5か月分から10か月分でした。もっとも多いシンセンでも、20か月分です。しかしこの在庫が、全中国で5000万戸、新築の5年分という。

(筆者注:日本も、全住宅の13%・新築の8年分にあたる800万戸の空き家がありますが、中国とは、要因が違います。日本は、人口減と老朽化による空き家です。中国では、GDPを増やすための政府が音頭をとった「建て過ぎと価格高騰」が原因の空き家が多い。政府・銀行が、「貸付金」を増やしたからです。)


これで、中国の企業負債が、毎年平均2兆ドル(220兆円)増える一方で、減らない理由が分かりました。

作った物件が、約5年分も売れ残っていたのです。普通の世帯が買うことのできない価格(年収の10倍から15倍以上)の新築価格だったからです。

売れていないから、価格は最初のまま統計され、次のまた上がった新築価格になっているのでしょう。売れなければ世帯のローンには振り替わらないので、企業の建設費の負債が増えるままになります。

商業用の不動産でも、急激に伸びているアリババなどのネット販売によって、客をとられ、閑古鳥が鳴いているショッピングセンターが多いという。これも、企業部門の負債の増加になります。利益が出ず、借金を減らすことができなくて、運転資金借り入れが増えているからです。


こうした不動産が、投げ売りするしかない不良在庫にならないのは、政府の意向で動く、計画経済の銀行が企業に対して、利払いの分の追い貸しをしているからでしょう。他の国では、資金繰りのために投げ売りになります。

銀行からの追い貸しが続く間(企業負債が増える間)は、新たな借入金で利払いができるように見えるので、不良債権ではない。GDPの70%を生む国有企業の負債は、年220兆円という異常な金額で、膨らみ続けています。


価格下落の端緒は、最も住宅が高くなっている上海・香港・シンセン

最近10年で3倍に上がり(年12%上昇)、中国でもっとも高い香港の住宅価格は、2018年の8月のピークからは5%下げています(大手仲介業の中原不動産より)。※参考:WSJ2018年11月27日

戸籍人口2,418万人という上海の新築物件も、10%下げています。売れていない在庫が、もっとも多いシンセンも下げているはずです。なお中国の都市人口は、無戸籍(農村戸籍)を含むと約20%は多いでしょう。中国人には居住地の自由はないからです。

2019年は、中国住宅価格が下がる開始年でしょう。中国の総人口は、2018年から、日本の8年遅れで減り始めています。

世帯所得の増加率も年10%の期待から、商品生産の粗利益であるGDPの伸び率の低下に対応して、5%程度かそれ以下に下がってきているからです。


<期待所得の増加率は低下>

所得の、期待上昇率の低下への認識は、年収の10倍から20倍の高い住宅を買ってローンを組むことを、押しとどめます。共稼ぎを想定した男性は10年後、20年後の住宅価格と、所得の上昇を期待して(織り込んで)、住宅を買っているからです。

中国に多い共稼ぎで、無理なく買える住宅価格は、大都市部で、共稼ぎ700万円の年収の5倍から6倍までです。中国では、住宅を買うことが結婚の条件ですが、価格が上がってしまった30歳以下の世代には、これが果たせなくなっています。

<今後、住宅価格が上がる、需給面からの要素はない>

2019年に、中国の新築住宅価格が上がる要素はあるでしょうか。

(1)米中貿易戦争で、輸出が減り、所得を決めるGDPの伸びは低下する
(2)増え続けていた中国の人口が、横ばいから下落に入ったことにより、増え続けていた住宅の需要動機が下がり、少しずつ減少に向かう


ということは決定的な要素です。

国連は中国の人口は、2020年からピークになり、減少は2030年からとしていましたが、現実では、12年早まっています。1人の女性の出生率が1.28と日本の1.41よりも相当に低く、幼少人口の減少に慌てた政府が一人っ子政策を停止しても、子供の誕生が過去の想定より減ってきたからです。
※参考:https://toukeidata.com/country/china_jinkou.html

人口減は0.2%や0.3%と低いように見えても、平行する住宅価格の下落率では、年10%と高くなります。これが、シンセン、香港、上海で先駆けて起こっている下落でしょう。

住宅は「1年に10%は上がるという期待」から、賃貸しの投資用としても多く買われてきました。「10%下がるという予想」になると、中の上の所得クラスの人で二軒目三軒目、富裕者の10軒目や20軒目の新築住宅購入が、大きく減ります。


富裕層の住宅投資も大きく減少する

中国では、2014年ころまで、先進国以上に富んだ階層の投資・賃貸住宅の買いが多かった。世帯の居住のための需要より、価格が高く上がっていた理由でもあります。

需要数が減れば、売れる住宅価格は10%、15、20%、30%と価格が下がります。これが、2018年秋から2019年にかけ、新築価格ピークアウトしたあと、起こることでしょう。

政府が管理している新築住宅価格に、需要数の急減が反映されることはなくても、実際の売買市場では、下がって行きます。数年後は、新しく作られる新築価格も、大きく下げるでしょう。全住宅の5戸に1戸の割合にもなる、5000万戸の空き家が価格低下に及ぼす圧力は巨大です。

住宅価格の下落は、景気循環からでなく構造要因から

景気の減速がもたらす住宅価格の下落なら、回復もあるでしょう。2019年からの下げは構造的なものです。


日本では、200万戸/年だった新築が、1980年代末に、今の中国と同じ需要の構造変化から80万戸から100万戸に減っています。平均価格も年収の6倍から6倍で買うことができる価格(約半分)に下がりました。

同じことが、2019年からの中国で起こります。景気循環の問題ではないのです。

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/704.html#c232

[リバイバル4] 食べてはいけない 中川隆
3. 中川隆[-12570] koaQ7Jey 2019年1月31日 14:21:53 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

玉ねぎ、キャベツ、白菜など中国産野菜を見分けるポイント
2019.01.30

【玉ねぎ、キャベツ、白菜など中国産野菜はどう見分ける?】


あなたの口に入っている中国食品(野菜リスト)
あなたの口に入っている中国食品(海産物、その他リスト)
https://www.news-postseven.com/archives/20190130_856261.html?IMAGE&PAGE=3

「これ、どこ産かしら?」、このように食品の産地を気にする人も増えてきた。特に、ひき肉に段ボールを混ぜた「段ボール肉まん」や、がんなどを誘発するといわれる漂白剤を使っていたもやしの問題などで、「中国産はちょっと避けたい」と思う人も少なくないだろう。

 そこで、ここでは中国産と国産野菜の見分けるポイントを紹介しよう。

 牛丼、カレー、ハンバーグなど、幅広い料理に使われる玉ねぎ。牛丼チェーン店やレトルトカレーなどに使われている玉ねぎは、中国産が多いという。
 
 青果市場関係者は、「泥を落として皮を剥いた状態の“剥き玉ねぎ”が真空パックで輸送されてくる」と語る。

 値段がべらぼうに安く、国産だと4玉約300円のところ、中国産ならば約3分の1の100円程度で手に入る。ハンバーグや牛丼をはじめ、業務用食材として多用されているが、チアメトキサムによる残留農薬違反が指摘されたことがある。

 さらに、回転寿司やスーパーなどで見かけるがりやおろししょうがは? 食品問題評論家の垣田達哉さんが言う。

「禁止農薬が残留している危険がある。スーパーなどで売っているしょうがの酢漬けや紅しょうがは産地が表示してあるが、かつおのたたきなどに添付されているおろししょうがは表示義務がないため、わからない」

 続いて、居酒屋チェーンやファミレスで、豚汁・煮物などとして提供されることがある里いもはどうだろう? 日本に輸入される里いもは基本的にすべて中国産。皮剥きなどの下処理を済ませた冷凍品は便利で使いやすく、外食チェーンで出される豚汁や煮物の具は、まず中国産と思ってよい。ピンポン球のようなまん丸の形状が特徴的。

 定食チェーンで野菜炒めなどとして使われるキャベツも、中国産が多いという。『中国「猛毒食品」に殺される』(扶桑社)の著書があるジャーナリストの奥窪優木さんはこう言う。

「国産品とは品種が違うようで、国産は平べったく、大ぶりなのに対し、中国産は小ぶりでまん丸い球体のものが多いです。激安がウリの青果店で1玉80円ぐらいで売られているのは、中国産の可能性が高いでしょう」

 他にも、鍋やおひたしで多く使われる白菜。居酒屋チェーンや定食チェーンなどで使用される白菜は、中国産が多いという。青果市場関係者は、「葉物野菜の不作により、昨年は輸入が激増しました。国産に比べ肉薄で、食べると味が薄い」と違いを述べる。

 また、同じく居酒屋チェーンや定食チェーンで提供される温野菜サラダなどで使われるブロッコリーも、中国産が多い。

「以前は輸入ブロッコリーといえば米国産でしたが、近年は中国産が市場を席巻しています。火を通す際にはレンジでチンするのではなく、たっぷりのお湯で茹でる方が、残留農薬を除去しやすいので安心です」(前出・垣田さん)

※女性セブン2019年2月7日号
https://www.news-postseven.com/archives/20190130_856261.html
http://www.asyura2.com/18/revival4/msg/130.html#c3

[近代史3] 日本人は「狂ったアメリカ」を知らなすぎる 中川隆
15. 中川隆[-12569] koaQ7Jey 2019年1月31日 15:17:38 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]
2019.01.31
セルビアでCIAの訓練を受けた学生が始めたベネズエラの反政府運動

 アメリカ支配層は1999年からベネズエラの政権転覆を目論んできた。この年の大統領選挙で当選したウゴ・チャベスが自国をアメリカから独立させた、つまりアメリカの巨大資本から石油をはじめとする利権を取り戻したからだ。このときのアメリカ大統領はビル・クリントン。

 ​2002年にアメリカ政府はクーデターを試みた​。計画の中心グループにはエリオット・エイブラムズ、オットー・ライヒ、そしてジョン・ネグロポンテがいた。その際、アメリカ海軍の艦船がベネズエラ沖に待機していたとも言われている。

 2009年にはフランス人のフレデリク・ローレン・ブーケが3名のドミニカ人とチャベス大統領を暗殺しようとしたとして逮捕されている。

 ブーケのアパートにはプラスチック爆弾C4が500グラム、突撃銃14丁、マシンガン3丁、拳銃4丁、ショットガン5丁、さまざまな口径のカートリッジが2万近く、さらに電子起爆装置、ウォーキートーキー、防弾チョッキ、ガスマスクなどが保管されていたという。

 裁判の過程でブーケは自身がフランスの情報機関DGSEのエージェントであり、イスラエルで訓練を受けたことを認めたと伝えられている。

 そのほか何度も暗殺が試みられたと言われているが、そのターゲットになったチャベスは2013年3月に癌で58歳の若さで死亡した。

 生前、​チャベスはアメリカ政府が南アメリカの指導者を癌にしているのではないかと発言​している。実際、癌を誘発する物質や発癌性ウイルスは存在する。

 この発言の背景には、ブラジルのジルマ・ルセフ大統領、ルイス・イナシオ・ルラ・ダ・シルバ元大統領、そしてパラグアイのフェルナンド・ルゴ大統領が相次いで癌になった事実がある。

 アルゼンチンのクリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネル大統領も甲状腺癌だとされて手術したが、後に癌でなかったとされている。なお、キルチネル大統領の夫、ネストル・カルロス・キルチネル元大統領は2010年に心臓病のため、60歳で死亡した。

 チャベスの後継者として大統領に選ばれたのがニコラス・マドゥロ。チェベスのようなカリスマ性のない人物だったことからアメリカ支配層はベネズエラの植民地化は容易だと考えたかもしれないが、そうした展開にはならなかった。そして2014年5月、マドゥロ暗殺計画が明らかにされる。

 その直前、2014年2月から5月にかけてベネズエラでは大規模な反政府行動があったが、その指導者のひとりがフアン・グアイドだと言われている。

 ​ジャーナリストのダン・コーエンとマクス・ブルメンタールによると​、グアイドはカラカスの大学を卒業した2007年にアメリカのジョージ・ワシントン大学へ留学している。

 その頃にアメリカ支配層はベネズエラの体制を転覆させるために「2007年世代」を創設、2009年には挑発的な反政府運動を行った。こうしたベネズエラの反政府組織に対し、NEDやUSAIDを介し、毎年4000万ドルから5000万ドルを提供してきた。言うまでもなく、この資金の出所はCIAだ。

 2007年世代が組織される2年前、つまり2005年にアメリカ支配層は配下のベネズエラ人学生5名をセルビアへ送り込んだ。そこにはCIAから資金の提供を受けているCANVASと呼ばれる組織が存在、そこで学生は訓練を受けている。

 CANVASを生み出したオトポール(抵抗)!はスロボダン・ミロシェビッチの体制を倒すため、1998年に作られた組織。ジーン・シャープの理論に基づいて運動していたと言われている。

 ユーゴスラビアの破壊に成功したオトポール!/CANVASは体制転覆の「輸出」を始める。その輸出先のひとつがベネズエラだったわけだ。

 そして今年(2019年)1月に入るとアメリカのマイク・ペンス副大統領がグアイドに電話、その直後にグアイドは自らが大統領だと宣言、アメリカ政府はグアイドを「暫定大統領」だと承認した。昨年、アメリカ政府はベネズエラ軍の幹部に接触してクーデターを実行しようとしたが、説得に失敗したと言われている。そこでカラー革命方式を採用したのだろうが、これも順調には進んでいないようだ。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201901310000/

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/175.html#c15

[近代史3] 日本人は「狂ったアメリカ」を知らなすぎる 中川隆
16. 中川隆[-12568] koaQ7Jey 2019年1月31日 15:21:07 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]
2019.01.28
米国務長官はベネズエラの政権転覆工作の責任者としてネオコンの大物を任命

 アメリカのマイク・ポンペオ国務長官は今年(2019年)1月25日、ベネズエラのニコラス・マドゥロ政権を転覆させる工作を指揮する特使としてエリオット・エイブラムズを任命した。エイブラムズは現在、CFR(外交問題評議会)の上級特別会員だが、イラン・コントラ事件に連座したことで知られている。

 ベネズエラの政権を転覆させる工作をアメリカ支配層が始めた最大の理由はウゴ・チャベスが1999年の選挙で大統領に選ばれたことにある。チャベスはベネズエラを独立国にしようとしたのだ。

 2001年から2期目に入るが、​その翌年にジョージ・W・ブッシュ政権はクーデターを試みている​。その計画の中心グループにはエイブラムズも含まれていた。そのほかのメンバーはオットー・ライヒやジョン・ネグロポンテだ。作戦の一環としてアメリカ海軍の艦船がベネズエラ沖に待機していたとも言われている。

 ライヒはキューバ系アメリカ人で1986年から89年にかけてベネズエラ駐在大使を務め、ネグロポンテは1981年から85年までのホンジュラス駐在大使を務めてニカラグアの革命政権に対するCIAの秘密工作に協力、2001年から04年までは国連大使、04年から05年にかけてイラク大使を務めた。

 このクーデターは失敗に終わるのだが、最大の理由は事前にチャベスへ計画に関する情報が伝えられていたことにある。当時、OPECの事務局長を務めていたベネズエラ人のアリ・ロドリゲスが知らせていたのだ。

 ブッシュ・ジュニア政権は2003年3月にイラクを先制攻撃、サダム・フセイン体制を倒し、破壊と殺戮で「石器時代」にすることには成功するが、親イスラエルの傀儡政権を樹立させることには失敗した。

 フセイン体制の破壊はネオコンの戦略に基づく。ネオコンは遅くとも1980年代からイラクのフセイン体制を倒し、親イスラエル政権を自立させてシリアとイランを分断、中東全域を支配するという計画を立てた。

 1991年12月にソ連が消滅するとアメリカ支配層は自分たちが唯一の超大国になったと考え、世界の覇者になるときが来たと考える。その戦略は1992年2月、国防総省のDPG草案という形で文書化された。

 このときの大統領はジョージ・H・W・ブッシュ、国防長官はリチャード・チェイニー、国防次官はポール・ウォルフォウィッツ。このウォルフォウィッツ次官が中心になって作成されたことからこのDPG草案はウォルフォウィッツ・ドクトリンとも呼ばれている。

 イラクを親イスラエル体制にすることに失敗したネオコンだが、イラクに続いてシリアとイランを殲滅するというプランは放棄しない。(​ココ​や​ココ​)

 ​ジャーナリストのシーモア・ハーシュがニューヨーカー誌に書いた記事​によると、ジョージ・W・ブッシュ政権は中東における最優先課題をイランの体制転覆におき、レバノンで活動しているイラン系のヒズボラ、イランの同盟国であるシリアを殲滅、そしてイランを倒すという計画を立てる。その手先としてスンニ派を使おうということだ。その中にはフセイン派も含まれた。

 この工作の中心人物は副大統領のリチャード・チェイニー、国家安全保障副補佐官のエリオット・エイブラムズ、そして2007年4月までイラク駐在アメリカ大使を務め、国連大使に内定していたザルメイ・ハリルザドだ。

 エイブラムズを特使に任命したポンペオは2017年7月、アスペン治安フォーラムでベネズエラの「移行」が期待できると語っている。当時、ポンペオはCIA長官だった。

 ベネズエラの政権転覆作戦の一環としてアメリカのドナルド・トランプ政権はジョージ・ワシントン大学で学んだフアン・グアイド国民議会議長を「暫定大統領」として承認した。他国の大統領をアメリカ大統領が決めようとしているわけだ。

 ベネズエラの石油利権を狙っていることは間違いないだろうが、例によってIMFもアメリカに協力、グアイドへ資金を提供していると伝えられている。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201901270000/
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/175.html#c16

[近代史3] 馬渕睦夫 deep state の世界を語る _ 朝鮮戦争も東西冷戦もアラブの春も対テロ戦争もすべてヤラセだった 中川隆
19. 中川隆[-12567] koaQ7Jey 2019年1月31日 16:07:30 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

馬渕睦夫沖縄講演〜2019年の国難をどう乗り切るか[桜H31-1-29] - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=nIQpvmu_Mt0


1月19日に沖縄で開催された馬渕睦夫氏の講演会「2019年の国難をどう乗り切るか」を完全版でお送りいたします。

VTR:馬渕睦夫先生沖縄公演「2019年の国難をどう乗り切るか」
(平成31年1月19日:沖縄船員会館)

【内容】
 @メディアの洗脳支配の背後に潜むもの
 A「金融」を支配したディープステート
 B国難に打ち勝つ日本文化の力
 C日露交渉〜伝えられないロシア
 D安倍首相のグローバリズム政策はなぜ?
 Eトランプ世界戦略の先

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/105.html#c19

[お知らせ・管理19] 管理人さん、赤かぶのデタラメ投稿をいつまで放置するのですか。 SOBA
21. 中川隆[-12566] koaQ7Jey 2019年1月31日 16:15:28 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

馬渕睦夫沖縄講演〜2019年の国難をどう乗り切るか[桜H31-1-29] - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=nIQpvmu_Mt0


1月19日に沖縄で開催された馬渕睦夫氏の講演会「2019年の国難をどう乗り切るか」を完全版でお送りいたします。

今現在、朝鮮人と中国人が日本を乗っ取ろうとしている

日本古来の神様がそれを憂えて、朝鮮人と中国人に天誅を加えようとしています。
http://www.asyura2.com/10/kanri19/msg/534.html#c21

[昼休み52] 日本人女性2人、リゾート地・セブ島で知り合った韓国人の男2人と飲酒→集団強姦される…フィリピン 中川隆
276. 中川隆[-12565] koaQ7Jey 2019年1月31日 16:28:43 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

韓国軍、日本の”脅威”への対抗策を準備
1/31(木) 12:12配信 ニュースソクラ



反日感情をあおる文政権

 去年12月20日の韓国軍駆逐艦の海上自衛隊哨戒機に対するレーダー照射事件を契機に、日韓の対立が「軍事的」問題にまで拡大している。韓国の複数のメディアによると、韓国軍は日本の”挑発”への対応について新たなマニュアルを作成しているという。

 韓国の中央日刊紙『国民日報』は24日、与党の「共に民主党」関係者の言葉を引用し、「日本のさらなる挑発の際には、韓国軍が武装ヘリと哨戒機で対抗する計画を立てた」と報じた。同紙によると、合同参謀本部は日本の哨戒機の低空飛行が繰り返された場合、(1)哨戒機を発進→(2)武装ヘリコプターで対応→(3)警報レベルの引き上げなどの対応策を検討、「今後は現場指揮官の判断などを考慮して対応を決める方針」と伝えた。

 同紙は、韓国軍の対応策について次のように詳しく説明した。

 <合同参謀本部が検討を終えた積極的対応策は大きく3つだ。まずは、韓国軍が保有している哨戒機を直ちに出動させる。(省略)このため、韓国軍が韓半島の東北側に配置している哨戒機の位置を南へ移動する「配置転換」が検討されているという。現在は、北朝鮮を念頭に、江原道襄陽などに配置しているが、日本の挑発への対応のため、出撃時間などを短縮する必要があると判断したのだ。

 また、日本の哨戒機が韓国の艦艇に接近した場合、艦艇に配置された武装ヘリを稼動する。韓国軍は23日、日本の哨戒機が大祚栄(テジョヨン)艦の60メートルの高度まで接近し、威嚇飛行を行ったと発表した。今後は艦艇に搭載されたヘリコプターで積極的に対抗することもあり得る。 その場合、軍事的な衝突の可能性もありうる。

 警報レベルも引き上げることにした。韓国軍は段階別に警告通信を送っている。距離によって段階的に警告を発しているが、従来5マイルの距離で送っていた警報を、今後は10マイルの距離から発令する。警報の内容もさらに強いトーンに変える予定だ。>

 『ヘラルド経済』新聞のインターネット版は25日、日韓間でレーダー照射事件が起きた12月20日以降、友好国の脅威に対する韓国軍の対応策が強化されたと報じた。「以前は友好国の軍事行為が脅威となった場合、警告通信の他にはこれといって方法がなかったが、今後は警告通信→射撃統制レーダー(STIR-180)稼動→警告射撃などの順で対応する内容が加えられた」と伝え、「友好国の軍事脅威に対しても敵性国の脅威と同じ対応にする」と報じた。

 これと関連して、韓国政府は24日、鄭義溶・国家安保室長主催で国家安全保障会議常任委員会を開き、「日本の哨戒機の接近威嚇飛行に対して深刻な憂慮を表明し、再発しないよう厳重に対応する」と発表した。

 『朝鮮日報』は25日、<中国には頭を下げ、日本は殴る韓国>というコラムで、「大統領府が『韓日軍事情報保護協定を維持する必要があるか』『文大統領が日本に怒っている』という話をマスコミに流している」と指摘し、「論理的に是非を問えば良い問題に感情がこもりすぎている」と批判した。

 今月16日に公開された文政権の最初の国防白書には、「北朝鮮は主敵」という文字が削除され、韓国を脅かすすべての勢力を「敵」と規定した。韓国と理解が対立する周辺国も潜在的脅威とみなすということだ。 一方、日本に関しては、「自由民主主義と市場経済の基本価値を共有する」という表現が削除され、「北朝鮮の核・ミサイルの脅威に対し協力する」という内容も消えてしまった。

 「主敵」を失った韓国軍にとって、日本の自衛隊が新たな敵に浮上する日がやってくるのかもしれない。
.
朴英南 (ジャーナリスト 在ソウル)

http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/334.html#c276

[近代史3] 呪われたスキー場 _ 妙高 新井スキー場(ロッテアライリゾート) 中川隆
74. 中川隆[-12564] koaQ7Jey 2019年1月31日 16:55:35 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

馬渕睦夫沖縄講演〜2019年の国難をどう乗り切るか[桜H31-1-29] - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=nIQpvmu_Mt0


1月19日に沖縄で開催された馬渕睦夫氏の講演会「2019年の国難をどう乗り切るか」を完全版でお送りいたします。

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【内容】
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 Eトランプ世界戦略の先


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朝鮮人が霊山の大毛無山を乗っ取ろうとしている

大毛無山の蛇神様がそれを憂えて、朝鮮人に天誅を加えようとしています。
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/190.html#c74

[昼休み52] 日本人女性2人、リゾート地・セブ島で知り合った韓国人の男2人と飲酒→集団強姦される…フィリピン 中川隆
277. 中川隆[-12563] koaQ7Jey 2019年1月31日 17:01:32 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]


馬渕睦夫沖縄講演〜2019年の国難をどう乗り切るか[桜H31-1-29] - YouTube 動画
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1月19日に沖縄で開催された馬渕睦夫氏の講演会「2019年の国難をどう乗り切るか」を完全版でお送りいたします。

VTR:馬渕睦夫先生沖縄公演「2019年の国難をどう乗り切るか」(平成31年1月19日:沖縄船員会館)

【内容】
 @メディアの洗脳支配の背後に潜むもの
 A「金融」を支配したディープステート
 B国難に打ち勝つ日本文化の力
 C日露交渉〜伝えられないロシア
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 Eトランプ世界戦略の先


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朝鮮のグローバル資本が霊山の妙高 大毛無山を乗っ取ろうとしている

大毛無山の蛇神様がそれを憂えて、朝鮮のグローバル資本に天誅を加えています:


蛇神様に呪われたスキー場 _ 妙高 新井スキー場(ロッテアライリゾート)
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/190.html

http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/334.html#c277

[近代史3] 縄文人の蛇信仰 中川隆
3. 中川隆[-12562] koaQ7Jey 2019年1月31日 17:19:34 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

馬渕睦夫沖縄講演〜2019年の国難をどう乗り切るか[桜H31-1-29] - YouTube 動画
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朝鮮からの渡来人が霊山の大毛無山を乗っ取ろうとしている

大毛無山の蛇神様がそれを憂えて、朝鮮からの渡来人に天誅を加えています。

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/200.html#c3

[近代史3] もうすぐ氷河時代が来る証拠 中川隆
3. 中川隆[-12561] koaQ7Jey 2019年1月31日 19:13:39 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

米国を襲った大寒波、気候変動との関連は?
2019年1月31日 15:55 発信地:タンパ/米国
http://www.afpbb.com/articles/-/3208996?cx_part=top_topstory&cx_position=2

米イリノイ州シカゴで、氷点下29度の中、ミシガン湖の湖畔を歩く人(2019年1月30日撮影)。(c)JOSHUA LOTT / AFP

【1月31日 AFP】20年来の寒さに見舞われ、各地で気温が氷点下20度以下まで下がっている米国。北極のような寒さをもたらした大寒波は、気候変動と関係があるのだろうか?

 専門家らは、その可能性を否定していない。ただ、今回の大寒波における地球温暖化の関与をめぐっては、議論の余地があるとも指摘している。

■極渦とは何か

 AFPの取材に応じたマイアミ大学(University of Miami)ローゼンスティール海洋大気科学部(Rosenstiel School of Marine and Atmospheric Science)のベン・カートマン(Ben Kirtman)教授(大気科学)は、「極渦とは北極を覆っている大量の冷たい空気の渦で、普段はジェット気流によって北極上空にとどまっている」と説明する。

 通常、この冷気は強い空気の流れであるジェット気流によって北極に閉じ込めているが、ジェット気流がうねったり弱まったりすると北極の外に流れ出る。

「極渦は蛇行することがある。今回の大寒波がまさにそうだ。うねる幅が大きくなると冷気が遠く離れた南方まで到達する」とカートマン氏は話す。

 気象専門テレビ、ウェザー・チャンネル(Weather Channel)が伝えたところによるによると、今週米国を襲った大寒波は、「中西部に20年ぶりの寒さをもたらし、各種の観測史上最低記録を塗り替えている」という。

■なぜジェット気流は蛇行するのか?

 ジェット気流の強さは、熱帯と南極・北極の気温差に結びついており、気温差が開くほどジェット気流は強まる。理論上は、北極の冷気は北極にとどまっている可能性が高い。

 だが、ジェット気流が強くなり過ぎると不安定になることもあるという。これについてカートマン氏は、「不安定になるとジェット気流がうねり、蛇行が始まる」と説明した。

 南極・北極が温暖化の影響を受けると、熱帯との気温差が狭まり、ジェット気流がうねって冷気が北極から流れ出すという指摘もある。北極については、それ以外の地域に比べ、気温上昇が倍のペースで進んでいることが知られている。


■今回の大寒波は気候変動が理由なのか?

 カートマン氏はこう説明する。「ジェット気流が弱まると、極渦は勢力を強め、さらに南下するのかとの疑問が浮かんでくる。これが正しければ、極端な寒波は気候変動と結びついていると言える」

 そして、この仮説を検討するため、研究者らがまだデータを調べている最中であることに触れながら、「気候変動との結びつきをほのめかすものもあるが、まだ判断は下されていないことを強調したい」と続けた。

 科学者らはこれまで、気候変動が特定の異常気象に果たす役割を解明してきた。今のところ、豪雨、干ばつ、熱波、山火事は気候変動と明確な関連があることが判明している。だが、突然の寒波については、関連性は依然として不明だ。



http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/202.html#c3

[近代史3] ロスチャイルドの番頭で殺人鬼だったジョージ・ソロスがやった事 中川隆
2. 中川隆[-12560] koaQ7Jey 2019年1月31日 21:01:59 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

馬渕睦夫沖縄講演〜2019年の国難をどう乗り切るか[桜H31-1-29] - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=nIQpvmu_Mt0

1月19日に沖縄で開催された馬渕睦夫氏の講演会「2019年の国難をどう乗り切るか」を完全版でお送りいたします。

VTR:馬渕睦夫先生沖縄公演「2019年の国難をどう乗り切るか」
(平成31年1月19日:沖縄船員会館)

【内容】
 @メディアの洗脳支配の背後に潜むもの
 A「金融」を支配したディープステート
 B国難に打ち勝つ日本文化の力
 C日露交渉〜伝えられないロシア
 D安倍首相のグローバリズム政策はなぜ?
 Eトランプ世界戦略の先

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/148.html#c2

[近代史02] プーチン大統領は神の申し子_____小沢一郎先生はこういう人になって欲しかった 中川隆
141. 中川隆[-12559] koaQ7Jey 2019年1月31日 21:06:32 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

馬渕睦夫沖縄講演〜2019年の国難をどう乗り切るか[桜H31-1-29] - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=nIQpvmu_Mt0

1月19日に沖縄で開催された馬渕睦夫氏の講演会「2019年の国難をどう乗り切るか」を完全版でお送りいたします。

VTR:馬渕睦夫先生沖縄公演「2019年の国難をどう乗り切るか」
(平成31年1月19日:沖縄船員会館)

【内容】
 @メディアの洗脳支配の背後に潜むもの
 A「金融」を支配したディープステート
 B国難に打ち勝つ日本文化の力
 C日露交渉〜伝えられないロシア
 D安倍首相のグローバリズム政策はなぜ?
 Eトランプ世界戦略の先

http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/297.html#c141

[リバイバル3] 中川隆 _ 中国関係投稿リンク 中川隆
9. 2019年2月01日 08:50:41 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]
社会主義マジック _ 中共が GDP 世界第二位の超大国になれた理由
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/203.html

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/925.html#c9
[近代史3] 社会主義マジック _ 中共が GDP 世界第二位の超大国になれた理由 中川隆
1. 中川隆[-12558] koaQ7Jey 2019年2月01日 08:55:08 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

アメリカが自国の製造業の工場をすべて中国に移転させ、元の為替操作で日本の競合メーカーを壊滅させた手口


経済コラムマガジン 2018/3/26(979号) 米中貿易戦争
http://www.adpweb.com/eco/eco979.html


中国は巨額の対米貿易黒字を続けてきた。
不思議なことに、米国はオバマ政権までこの状態を放って来た。
このように長年、この背景にある人民元安の問題を米国が見逃して来たことは異様であった。

度々人民元が異常に安いという話になり、米議会で中国の不当な為替操作を批難する声が起った。しかし中国の為替操作国の認定という動きは、何故か常に腰砕けに終わっている。1ドル=1人民元だった為替レートを、中国は勝手に1ドル=8人民元台まで大幅に切下げて行った。今日は多少切り上がって1ドル=6人民元台を維持している。


本誌は 01/5/28(第209号)「中国との通商問題」
http://www.adpweb.com/eco/eco209.html

以来、人民元が不当に安く維持されていることを何度も問題にしてきた。

しかし世界最大の輸入国である米国がほとんど動かないのである。
中国は人民元を8元台から6元台に少し切上げるといった、これもお茶を濁す政策で誤魔化して来た。

このような不当な人民元安が続けば、米国だけでなく日本の製造業も中国に移転せざるを得なくなると筆者は17年も前から警告してきた。

実際、製品の組立といった人手のかかる工程のかなりの部分は中国に移転している。

ところがWTOは為替や為替操作には全く関心がない。
米国は、トランプ大統領が登場し、ようやくもう一つの中国の大問題である知的財産権の侵害をヤリ玉に挙げたのである(たしかに為替問題の方は、中国人の人件費が上がり理不尽さは以前より小さくなっている)。


中国の不当な為替操作や知的財産権の侵害は米国でも昔から問題にされてきた。
しかしどういう訳か、前述のように対抗措置は最後の段階になると腰砕けになった。

これは中国による米政界に対する工作やロビー活動の成果と考える他はないとさえ筆者は感じている。実際、米国には親中派人脈がある。例えばクリントン財団に中国人が多額の寄付を行っていたことが明るみになり大問題となった。これが原因でオバマ大統領の2期目の大統領選に、ヒラリー・クリントン氏は対抗馬として出馬しなかった。

これらの様子を本誌は

10/10/25(第636号)「人民元安容認の経緯」
http://www.adpweb.com/eco/eco636.html

から

10/11/8(第638号)「米政府に対するロビー活動」
http://www.adpweb.com/eco/eco638.html


まで3週に渡り取上げた。ところが中国の工作が効かないトランプ大統領が誕生したのである。しかも周囲を対中強硬派で固めた。中国は事の成行きを察知し、鉄・アルミ輸入制限が公表される直前、急遽、米国に特使を2名派遣した。しかしトランプ大統領は、片方には会わないなど冷たく対応している。


「米中貿易戦争だ」と市場や世間は大騒ぎしている(貿易戦争に勝者はいないと間抜けなことを言っている者もいる)が、勝敗の行方ははっきりしている。筆者は、トランプ大統領の大勝利と見ている。これは当たり前である。中国が商人なら、米国はお客様である。まさに「お客様は神様」のはずである。お客様が売り主に対して「おたくの商売はおかしい」と言い始めたのだから、売り主である中国はこれに従う他はない。

中国は、日本の経済成長が止まったのは、米国の要求を飲んだからと固く信じ込んでいる。例えば85年のプラザ合意によって超円高を飲まされたことが日本経済の凋落の原因と見ている(筆者は日本経済の低迷は財政規律派の台頭が原因と考える)。したがって米国の要求を絶対受入れないことを中国は方針として堅持している。実際のところ、今日まで米国の要求を政界工作などでなんとか切抜けてきた。しかし今回はこれで凌ぎ切れるのか注目される。
http://www.adpweb.com/eco/eco979.html



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米中貿易戦争、米中の巨大IT企業はさらに繁栄する…日本は企業没落で経済不況
https://biz-journal.jp/2018/11/post_25620.html
2018.11.21 文=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役 Business Journal

中国とアメリカは保護主義で経済発展


 21世紀の初期、保護主義によって急速に経済成長を遂げたのが中国である。当時の中国政府は極端な保護主義政策をとっていて、工業製品への関税は平均で30%を超えていた。当然のことながら非関税障壁も大きく、中国国内で工業製品を生産する海外企業に対しても資本規制や知的財産の侵害など、さまざまな障壁が築かれていた。

 そして重要なことは、それらの保護主義政策があったからこそ中国は経済大国に発展することができたことだ。

 実はアメリカも同じである。アメリカが大国へと発展した19世紀末から20世紀初期にかけて、当時のアメリカは現代の中国よりもはるかに保護主義政策をとり続けた新興国家だった。旧宗主国のイギリスをはじめ、ヨーロッパの列強各国に対して、強力な保護主義政策を取り続けることで国内産業を保護していたのだが、その結果、第一次世界大戦を経てアメリカは世界最大の経済大国へと成長することができた。

 自由貿易は先進国にとっては有利な制度なのだが、発展途上国と新興国にとってはこれほど不利な経済ルールはないのだ。




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米中関係悪化の中で親中国派ブッシュ大統領が逝去した偶然
http://kenpo9.com/archives/4525
2018-12-06 天木直人のブログ

 世の中の出来事は、その多くが偶然で起きる。

 だからそれをあたかも意味あるかのごとく関連づけるのは間違いだ。

 しかし、亡くなったブッシュ大統領が歴代の米国大統領の中でもひときわ中国との関係が深い親中国派の大統領だったことは知っていたほうがいい。

 そのことをきょう12月6日の毎日新聞、「木語」で坂東賢治専門編集委員が次のように書いている。

 歴代米国大統領の中で、父ブッシュは唯一人、中国に常駐した経験を持つ大統領だったと。

 つまりブッシュ氏は1971年に中国が台湾に代って国連入りした際の国連大使であり、その後74−75年に国交正常化前の中国大使に当たる駐北京連絡所長を務めている。

 その時、英国か仏の大使ポストを提示されたが、こう言ってあえて中国行きを選んだという。

 「中国がいずれは世界的にも影響力を持つ強国となることは明白であり、いるべき場所だと考えた」と。

  80年代には台湾派だったレーガン大統領の副大統領として中国との調整役をつとめ、88年の大統領選で勝利すると、就任直後に訪中したと。

 引退後も20回以上訪中し、2008年北京五輪には米国選手団の名誉団長として息子のブッシュ大統領と訪中したと。

 その時、ブッシュ家と親交を深めた楊潔篪氏が外相として出迎え、その楊潔篪氏が12月1日にアルゼンチンで開かれたトランプ・習近平首脳会談に同席し、「ブッシュ氏は生涯を通じて米中の友好関係に重要な貢献をした」とその死を悼んだと。

 そして坂東氏は次のように締めくくっている。

 「今の米中関係はハイテク技術や安全保障を含めた覇権争いの色彩が濃い。ブッシュ氏が体現したより良き時代は過ぎ去ったといえる」と。

 そうだろうか。

 坂東氏はあっさり、「ブッシュ家と親交を深めた楊潔篪氏」と書くだけで、その親交がどのようにして培われたかには一言も触れていない。

 楊潔篪氏はまだ若い外交官であった時、北京連絡事務所長であるブッシュ氏との連絡を担う通訳官として中国政府に指名され育成された。

 米国に留学した時にはブッシュ家に下宿している。

 そして中国政府は楊潔篪氏を中国の在米国特命全権大使に任命し、外相を経て、いまでは外相より上位の外交担当国務委員(中共中央政治局委員)である。

 これを要するに、中国政府は米国との関係を一手に引き受ける人材を政策的に育て上げ、米国外交に当たらせて来た。

 米中関係が悪化しても、最悪にはならない。

 改善に向かえば一気に改善する。

 そういう関係を中国は米国との関係で意図的につくりあげて来たのだ。

 日本にはそのような人材育成の政策はない。

 官僚も政治家も、ひたすら対米従属一辺倒に終始し、その方針を忖度する者だけが出世して日米外交を担う仕組みになっている。

 これでは、対米外交で日本が中国に勝てないはずだ。

 米中関係は、悪化しても決定的な対立にはならず、改善すれば一気に改善する。

 日本はそんな米中関係に振り回されるしかない。

 ブッシュ氏の逝去は偶然であっても米中関係は偶然では起こらない。

 安倍政権も坂東記者も、その事だけは知っておいた方がいいのである(了)



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2018.12.01
闇の世界に生きたジョージ・H・W・ブッシュが死亡(1/2)

 ジョージ・H・W・ブッシュが11月30日に死亡したという。1989年1月から93年1月までアメリカ大統領を務めたが、CIAの人間でもある。1976年1月から77年1月までCIA長官を務めたというだけではなく、大学でCIAにリクルートされたと言われているのだ。


 彼は1924年6月にマサチューセッツ州で誕生、第2次世界大戦では海軍の所属し、45年9月に除隊してエール大学へ入学した。その大学でCIAの採用担当者だったボート部コーチのアレン・ワルツは海軍情報部の将校だった人物で、ブッシュと親しかったことで知られている。


 ジョージ・H・W・ブッシュの父親であるプレスコット・ブッシュは1953年から63年にかけて上院議員を務めたが、その前は金融界の人間。こうした関係からプレスコットはウォール街の弁護士だったアレン・ダレスと親しかった。言うまでもなく、ダレスは第2次世界大戦で戦時情報機関のOSSで破壊工作を指揮、ホワイトハウスとは関係なく実行されたナチス幹部の救出を目的とするサンライズ作戦で中心的な役割を果たした。大戦後はCIAのドン的な存在だ。


 プレスコットの義理の父親にあたるジョージ・ハーバート・ウォーカーはウォール街の大物で、アメリカの金融機関からナチスへ資金を流す重要なパイプ役を務めていたと言われている。なお、ジョージ・H・W・ブッシュの「H・W」はハーバート・ウォーカーのイニシャルだ。


 ジョージ・H・W・ブッシュがCIAの幹部だったことを示す文書が明らかになっている。アメリカの週刊誌、ネイションの1988年7月16/23日号でジョセフ・マクブライドが明らかにしたのである。J・エドガー・ブーバーFBI長官から国務省に出された1963年11月29日付けのジョン・F・ケネディ大統領暗殺に関係した文書に、「中央情報局のジョージ・ブッシュ氏」という記述があることを彼は見つけたのだ。ケネディ大統領が殺されたのはその1週間前だ。


 この報道に対し、CIAは「別のジョージ・ブッシュだ」と主張、信憑性を持たせようとしたのか、CIAのスポークスマンはAPの記者に対して「その人物は1963年当時、本部にいたジョージ・ウイリアム・ブッシュに間違いない」と話したのだ。ところが、そのジョージ・ウイリアム・ブッシュはマクブライドに対し、文書に出てくるブッシュは自分でないと語っている。


 フーバーが出した文書はブッシュがCIAの幹部だということだけでなく、ケネディ暗殺に関する詳しい情報を持っていることを示唆しているだ。この暗殺にCIAの破壊工作部門が関係している疑いは濃厚で、ブッシュが暗殺に関係していた可能性があるということだ。(つづく)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201812010000/


2018.12.02
闇の世界に生きたジョージ・H・W・ブッシュが死亡(2/2)

 ジョージ・H・W・ブッシュがCIA長官に就任する約1年半前、リチャード・ニクソンがウォーターゲート事件で失脚し、副大統領のジェラルド・フォードが昇格している。この政権ではデタント派が粛清され、ネオコンが台頭している。


 議会で情報機関の秘密工作の一端を証言したウィリアム・コルビーCIA長官も排除されたひとり。国防長官のジェームズ・シュレシンジャーを辞めさせられたが、その後任はネオコンのドナルド・ラムズフェルドだ。


 ニクソン時代、ヘンリー・キッシンジャーはチリで民主的な政権を軍事クーデターで破壊した。そのクーデターを指揮したオーグスト・ピノチェトはアメリカの傀儡として軍事独裁体制を築き、ラテン・アメリカにあったほかの軍事政権と協力して反体制派を暗殺する国境を越えたコンドル作戦を展開した。


 その作戦の犠牲になったひとりがオルランド・レテリエル元チリ外務大臣。1976年9月、アメリカの首都であるワシントンDCで乗った自動車が爆破されたのだ。コンドルを実行していた軍事政権の情報機関はCIAの指揮下にあった。暗殺当時のCIA長官はブッシュにほかならない。


 ブッシュは1981年1月から89年1月にかけて、つまりロナルド・レーガン政権で副大統領を務めているが、その間、イランへの武器密輸やニカラグアの反革命ゲリラ支援工作を指揮している。この政権で始まったCOGプロジェクト(戒厳令計画)でも中心的な役割を果たした。


 エール大学時代からブッシュと親しかったひとりにジェームズ・リリーという人物がいる。リリーは1928年1月に中国の青島で誕生、46年にエール大学へ入学、51年にはCIA入りしたと言われている。ブッシュはCIA長官になる前に中国駐在特命全権公使(連絡事務所長)を務めていたので、ふたりとも中国との関係が深いと言える。


 1989年1月に大統領となったブッシュは同年4月20日にリリーを中国駐在大使に据える。その前任者であるウィンストン・ロードもエール大学の出身で、3人とも学生の秘密結社スカル・アンド・ボーンズのメンバーだったと言われている。なお、ロードは大使を辞めた数カ月後、CIAの資金を流す役割を負っているNEDの会長に就任している。


 リリーが大使に就任する5日前に胡耀邦が死亡、それを切っ掛けにして天安門広場で大規模な抗議活動が始まる。胡耀邦は趙紫陽と組んで新自由主義を中国で推進していた人物。ケ小平を後ろ盾にしていた。そうした活動が展開された背景では新自由主義的な政策による社会の不安定化があった。5月には戒厳令が敷かれ、6月を迎える。


 抗議活動には投機家のジョージ・ソロスから中国改革開放基金などを通して資金が流れ込み、リリーをはじめとするCIA人脈が関係していた。そうした活動の指導グループには方励之、柴玲、吾爾開希などが含まれていた。なお、天安門事件についてはすでに書いてきたので今回は割愛する。


 指導グループは抗議活動が沈静化した後にイエローバード作戦(黄雀行動)と呼ばれる逃走ルートを使い、香港とフランスを経由してアメリカへ逃れた。このルートを運営していたのはアメリカのCIAとイギリスのSIS(通称MI6)だ。吾爾開希はハーバード大学で学び、それから台湾へ渡っている。


 この当時、ブッシュたちがイスラエルのモサドを介してソ連でKGBの中枢に巣くう腐敗集団と手を組み、1991年にはクーデターを成功させることになる。ハンマー作戦だ。これについても本ブログで書いてきたので、今回は割愛する。


 ブッシュは中東にもネットワークを持っていたが、その代表的な人物がサウジアラビアのバンダル・ビン・スルタン、通称バンダル・ブッシュ。1983年10月から2005年9月まで駐米大使、2005年10月から2015年1月まで国家安全保障会議の事務局長、2012年7月から2014年4月まで総合情報庁長官を務めた。(了)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201812010001/





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2018.12.10 
 10月、“欧州の智の巨人”と呼ばれるフランソワ=アスリノ財務上級監査官・人民共和国連合代表が来日し、早稲田大学や京都大学で講演した。筆者のアテンドで、小沢一郎・自由党共同代表、山本太郎・自由党共同代表、海江田万里・立憲民主党顧問、菅直人・元首相、大塚耕平・国民民主党代表らと精力的に懇談した。

 アスリノさんが日本に初めて来たのは学生だった1979年の夏。2か月ほどかけて日本を旅行した。それで日本が大好きになり、翌年の1980年から、東京の駐日フランス大使館の経済担当官として1年半滞在した。

 その後エリート官僚コースを歩み、1994年にエルヴェ=ドシャレット外務相に同行して来日、1996年にはジャック=シラク大統領に付き添って来日した。来日回数は6回で、今回は22年ぶりだった。ちなみに、エマニュエル=マクロン仏大統領は元財務中級監査官であった。官僚のキャリアとしては、アスリノさんのほうが上にあたる。

 アスリノさんは2007年、人民共和連合(UPR)を結成する。人民共和連合は欧州連合、ユーロ圏、北大西洋条約機構からのフランスの脱退と人民主権の奪回を目的に結成された。いわゆるフレグジット(Frexit=フランスの離脱)が目標だ。

 そのアスリノさんの日本滞在中に、インタビューを行った。


22年ぶりの日本はかつての活気を失っている

――久しぶりの来日ですが、感想をお聞かせください。

アスリノ:22年ぶりの日本ですが、やはり私の大好きな美しい文化と礼節を大切にする心をお持ちの方々の変わらぬ姿に愛着を覚えます。また同時に1980年代から見て、大きく変化した日本の姿にも気がつきました。当時は、東京でも多くの子どもたちの姿を目にするたいへん活気あふれる日本でした。

 しかし今回目にする日本は、かつての活気が感じられなくなっています。まさに想像以上の少子高齢化に少し驚いています。また、1995年当時の日本は、世界のGDP(国内総生産)の約17%を占める経済力を誇る国でしたが、今日ではその比率が5%台に減少しています。対して隣国の中国は、2%台から約15%に拡大しています。これは、緊縮財政と消費増税によって堅持されてきたデフレ化政策の当然の結果と言えるでしょう。

――日本は1997年の橋本政権以降、一部の例外はありましたが、緊縮財政・増税路線を踏襲してきて、20年以上デフレに苦しんでいます。なぜ日本は、そうならざるをえないユーロ圏でもないのに、緊縮財政・増税路線から逃れられないのでしょうか?

アスリノ:それは他でもない、OECD(経済協力開発機構)のウルトラ・リベラリズムの影響があるのです。日本は、OECDの中でももっとも成長率の低い国となっていますが、これは逆に言えば、日本がOECDの方針に最も従順に従う“優等生”として振る舞っているのです。

 日本の背後にはOEDCがあります。この機関は、いわゆる新自由主義の経済政策を実行するよう加盟国に圧力をかける役割を担っています。そしてOECDの背後には、アメリカの意向によって作り出されたグローバル戦略が働いているのです。
https://hbol.jp/180703


http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/203.html#c1

[近代史3] 社会主義マジック _ 中共が GDP 世界第二位の超大国になれた理由 中川隆
2. 中川隆[-12557] koaQ7Jey 2019年2月01日 09:07:13 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

日本人はアメリカと中共・北朝鮮・ソ連が同盟関係に有るのに全然気付かなかった


米国が作った社会主義国 ソ連・中共・北朝鮮

馬渕睦夫
ウイルソン大統領とフランクリン・ルーズベルト大統領は世界を共産化しようとしていた

[馬渕睦夫さん ] [今一度歴史を学ぶ] 7 (日米近代史 1-3)
「 ロシア革命」と裏で支援した人達 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=dhyXzcOIrwI&list=PLSdGrK6XTr5iYvuiF_2TQaKUPeOMoJiPT&index=8&app=desktop


[馬渕睦夫さん][今一度歴史を学び直す] 7 (日米近現代史2-3)
[支那事変]とは 日本 対 [ソ連 英 米] - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=r4qS9LFuQG0&index=9&list=PLSdGrK6XTr5iYvuiF_2TQaKUPeOMoJiPT&app=desktop


[馬渕睦夫さん ][今一度歴史を学び直す] 7 (日米近現代史3-3)
なぜアメリカは日本に戦争を仕掛けたのか? - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=2yQ72lCQUNg&index=10&list=PLSdGrK6XTr5iYvuiF_2TQaKUPeOMoJiPT&app=desktop


2018/04/15 に公開
馬渕睦夫さん 元特命全権大使 駐キューバ 駐ウクライナ兼モルドバ


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[馬渕睦夫さん][今一度歴史を学び直す] 1-7
米国がつくった中華人民共和国 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=ORy-CvwklVA&list=PLSdGrK6XTr5iYvuiF_2TQaKUPeOMoJiPT&app=desktop

[馬渕睦夫さん ] [今一度歴史を学び直す] 1-7 (付属動画)
米国がつくった中華人民共和国 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=iQBSmzvY6xY&list=PLSdGrK6XTr5iYvuiF_2TQaKUPeOMoJiPT&index=2&app=desktop

[馬渕睦夫さん] [今一度歴史を学び直す] 2-7
米国が仕組んだ朝鮮戦争 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=jsDal9CuLfo&index=3&list=PLSdGrK6XTr5iYvuiF_2TQaKUPeOMoJiPT&app=desktop


2018/03/18 に公開
[今一度歴史を学び直す] 1/7 米国がつくった中華人民共和国
馬渕睦夫さん 元駐ウクライナ大使兼モルドバ大使

一部引用:

国難の正体――日本が生き残るための「世界史」 – 2012/12/25 馬渕睦夫 (著)

「国難」とは「グローバリズム」という潮流のことです。

グローバリズムとは、「民営化」「規制緩和」という拒否できない美名のもとに強烈な格差社会を生み出し、各国の歴史や文化を破壊します。「世界史」といえば、「国家」間の対立や同盟の歴史と教科書で習ってきました。しかし、戦後世界史には国家の対立軸では解けない謎が沢山あります。

日本では対米関係ばかり論じられますが、じつはアメリカを考える上でイギリスの存在は欠かせません。政治も経済も日本はなぜこれほど低迷しているのか。元大使が2013年に向け緊急提言!


戦後世界史の謎

▶東西冷戦は作られた構造だった

▶なぜ毛沢東の弱小共産党が中国で権力を握れたのか

▶朝鮮戦争でマッカーサーが解任された本当の理由

▶アメリカはベトナム戦争に負けなければならなかった

▶なぜかアメリカ軍占領後アフガニスタンで麻薬生産が増大した

▶「中東の春」運動を指導するアメリカのNGO

https://www.amazon.co.jp/%E5%9B%BD%E9%9B%A3%E3%81%AE%E6%AD%A3%E4%BD%93%E2%80%95%E2%80%95%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%8C%E7%94%9F%E3%81%8D%E6%AE%8B%E3%82%8B%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%E3%80%8C%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%8F%B2%E3%80%8D-%E9%A6%AC%E6%B8%95%E7%9D%A6%E5%A4%AB/dp/4862860656

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トーマス・ウッドロウ・ウィルソン(Thomas Woodrow Wilson, 1856年12月28日 - 1924年2月3日)は、アメリカ合衆国の政治家、政治学者であり、第28代アメリカ合衆国大統領である。アンドリュー・ジャクソンの次にホワイトハウスで連続2期を務めた2人目の民主党大統領である。


進歩主義運動の指導者として1902年から10年までプリンストン大学の総長を務め、1911年から13年までニュージャージー州知事を務めた。1912年の大統領選挙では共和党はセオドア・ルーズベルトとウィリアム・ハワード・タフトの支持に分裂し、結果として民主党候補であったウィルソンが大統領に当選した。名誉学位ではなく、実際の学問上の業績によって取得した博士号を持つ唯一の大統領である。

1885年にブリンマー大学(英語版)で歴史学および政治学を教えた後、1886年にはジョンズ・ホプキンス大学から政治学の博士号 (Ph.D.) を受ける。1888年にコネチカット州のウェズリアン大学に勤め、1890年にプリンストン大学の法律学と政治経済学の教授に就任、1902年6月9日に満場一致でプリンストンの学長に選ばれた。1910年から翌年までアメリカ政治学会の会長であった。

1887年に執筆した論文『行政の研究』(The Study of Administration )において、政治行政分断論を提起し、実務的に政治(政党政治)と行政の分離(政治行政二分論)を唱え、猟官制の抑制と近代的官僚制の再導入を提唱するとともに、研究領域的に政治学から行政学を分離した。ウィルソンの行政学に関する論文はこれ1つだけであるが、これによって、フランク・グッドナウ(英語版)と並んでアメリカにおける行政学の創始者として位置づけられている[2][3]。

合衆国大統領としては、当初の中立姿勢を放棄して戦争を終わらせるための戦争として第一次世界大戦への参戦を決断し、大戦末期にはウラジーミル・レーニンの「平和に関する布告」に対抗して「十四か条の平和原則」を発表、新世界秩序を掲げてパリ講和会議を主宰、国際連盟の創設に尽力した。その功績により、ノーベル平和賞を受賞している。敬虔な長老派教会の信者であったウィルソンは、教訓主義の深い感覚をインターナショナリズムに取り入れた。それは現在「ウィルソン主義」と呼ばれる。ウィルソン主義は、アメリカ合衆国が民主主義を標榜し国内外の政治体制の変革を追求することを使命と見なすことであり、今日も議論されるアメリカの外交政策の指針となった。ただし、ここまでの成果は慈善家のクリーブランド・ドッジ(英語版)の協力なしには得られなかった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%AD%E3%82%A6%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%82%BD%E3%83%B3

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フランクリン・デラノ・ルーズベルト(Franklin Delano Roosevelt [ˈfræŋklɪn ˈdɛləˌnoʊ ˈroʊzəˌvɛlt], 1882年1月30日 - 1945年4月12日)は、アメリカ合衆国の政治家。

民主党出身の第32代大統領(1933年 - 1945年)


世界恐慌、第二次世界大戦時のアメリカ大統領であり、20世紀前半の国際政治における中心人物の1人。彼の政権下でのニューディール政策と第二次世界大戦への参戦による戦時経済はアメリカ合衆国の経済を世界恐慌のどん底から回復させたと評価される[3]。

ラジオを通じて国民との対話を重視した。歴代アメリカ合衆国大統領のランキングでの人気投票でほぼ上位5傑に入るなど、現在でもアメリカ国民からの支持は根強い。また、アメリカ史上唯一の重度の身体障害を持った(両足が不自由だった)大統領でもある。

その一方、日独伊の枢軸国勢力を敵視する一方でソビエト連邦の独裁者ヨシフ・スターリンに対する容共的な姿勢を取り、その侵略行為を黙認したことは後に批判の対象となった。中華民国に対しては、日中戦争の際に蒋介石を強く支持し莫大な軍事費の借款を行っていた上に、同国との利権も多かったために「中国びいき」と言われた。

ルーズベルトはアメリカ政治史上で唯一4選された大統領である。初代のジョージ・ワシントン大統領が3選を固辞した故事から大統領は2選までというのが慣例だったが、戦時・有事を理由に1940年・1944年の大統領選に立候補し当選した。後に憲法が改正され(修正第22条1951年)、正式に大統領は2期までと定められた。

アメリカ経済の回復は同時に、第二次世界大戦が起こるまでの間、デトロイト市の大工業地帯[要出典]を枢軸国に対する「民主主義の兵器廠」に発展させた。これは戦後、アメリカが国際的な覇権を握る原動力となった。ルーズベルトの平和に対する国際組織の展望は死後に国際連合として結実した。

ルーズベルトの評価は立場で大きく分かれる。リベラル派(自由主義)から見ると、ニューディール政策をはじめとしたケインズ福祉国家的政策の開始は「恐慌への対策を具体化したもの」として評価され、「はじめて本格的な貧困層対策に取り組んだ」大統領として評価される。それまで南部の地域政党的色彩が強かった民主党に「世界恐慌の結果発生した貧困層の救済」という新たな目的を打ち出し、この2つの支持基盤を合わせる事によって「ニューディール連合」と呼ばれる大きな民主党支持基盤を形成してその後数十年に渡る議会における民主党の優位をもたらした。

保守派の中でも、ロナルド・レーガンは、ルーズベルトのリーダーシップを賞賛した。他方、小さな政府を唱える保守派はニューディールにきわめて否定的な評価をしており、民主党のニューディール連合を崩すことで1980年代以降の共和党の勢力拡大は成功したといえる。

ニューディール政策については、現在でも経済学者の間でその評価は分かれている。

また、最高裁判事の人事への介入による三権分立の民主主義原則への抵触や、大戦中に日系アメリカ移民に強制収容を行った事や、政権期間を通じて行われたアフリカ系アメリカ人公民権運動に対する事実上の妨害という人種差別的観点から行われた政策は、その立場を問わず各方面からの大きな批判をまねいただけでなく、アメリカにおける人種差別の解消を遅らせる要因の1つとなった。

民主党政権としての「貧困層」と「人種マイノリティ」という別々の背景を持ったアメリカ社会における弱者に対する矛盾した態度の解決は、1960年代のジョン・F・ケネディとリンドン・B・ジョンソンの政権まで持ち越された。

在任日数4422日は、アメリカ合衆国大統領史上最長の任期である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%88


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アメリカの社会主義者が日米戦争を仕組んだ

「日米近現代史」から戦争と革命の20世紀を総括する – 2015/10/9 馬渕 睦夫(著)
https://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%81%AE%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E8%80%85%E3%81%8C%E6%97%A5%E7%B1%B3%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%82%92%E4%BB%95%E7%B5%84%E3%82%93%E3%81%A0-%E3%80%8C%E6%97%A5%E7%B1%B3%E8%BF%91%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E5%8F%B2%E3%80%8D%E3%81%8B%E3%82%89%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%81%A8%E9%9D%A9%E5%91%BD%E3%81%AE20%E4%B8%96%E7%B4%80%E3%82%92%E7%B7%8F%E6%8B%AC%E3%81%99%E3%82%8B-%E9%A6%AC%E6%B8%95-%E7%9D%A6%E5%A4%AB/dp/4584136823/ref=sr_1_3?ie=UTF8&qid=1546955741&sr=8-3&keywords=%E9%A6%AC%E6%B8%95%E7%9D%A6%E5%A4%AB+%E6%9C%AC


「ロシア革命」「支那事変」「日米戦争」…近現代史の裏には必ず彼らがいる!

米大統領のウィルソンやルーズベルトを操り、日本とアメリカを戦わせた勢力に迫る―。

社会主義者=国際金融資本家。「東京裁判史観」を打ち破る渾身の一冊!!


アメリカはなぜ日本に戦争を仕掛けたのか?


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ウィルソン大統領やルーズベルト大統領を操り、日本とアメリカを戦わせた勢力に迫る―。


日米の“真の和解"のために、著者渾身の書下ろし!

■ メディアを支配するものが世界を支配する

■ 国際社会は「国益」のぶつかり合い

■ ウィルソン大統領の「ロシア革命礼賛」の謎

■ 大資本家は社会主義者である

■ 共産主義者はなぜ殺人に“不感症"なのか

■ 「ワシントン会議」こそ大東亜戦争の火種

■ アメリカは中国を舞台に、日本に“参戦"していた

■ ルーズベルト大統領も国際主義者だった! 他


【目次より】

序 章 【米露に対する「安倍外交」の真髄】
世界は日本に期待している!
・アメリカの「対露制裁解除」の鍵を握る安倍外交
・「中国の暴走」を抑えるには、ロシアを味方にせよ 他

第一部 【ウィルソン大統領時代のアメリカ】
アメリカはなぜ日本を「敵国」としたのか
I「日米関係」の歴史
II アメリカの社会主義者たち
III「共産ロシア」に対する日米の相違
IV 人種差別撤廃と民族自決
v 運命の「ワシントン会議」

第二部 【支那事変の真相】
アメリカはなぜ日本より中国を支援したのか
I 狙われた中国と満洲
II「西安事件」の世界史的意義
III 中国に肩入れするアメリカ

第三部 【ルーズベルト大統領時代のアメリカ】
アメリカはなぜ日本に戦争を仕掛けたのか
I ルーズベルト政権秘話
II 仕組まれた真珠湾攻撃
III 日本を戦争へ導く「アッカラム覚書」

終 章 【これからの日米関係】
「グローバリズム」は21世紀の「国際主義」である
・アメリカの正体とは?
・「グローバリズム」と「ナショナリズム」の両立は可能か 他


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馬渕睦夫さんは唯の国際化とグローバリズムとは全く違う概念だと何度も言っています。

馬渕睦夫さんがグローバリズムと言っているのは

ユダヤ国際金融資本はユダヤ教の精神に基づいて、世界を国境の無い文化も同じ一つの国にしようとしているという事ですね。

ユダヤ教は人類で最後に救われるのはユダヤ人だけで、他民族はすべて滅ぼされるという教義です。

すべて滅ぼすのは無理なので、ユダヤ人が目指す現実性のある理想の社会は
1%のユダヤ人が資産や権力を独占して、99%の他民族は被支配者として搾取される世界なんですね。

北朝鮮みたいな共産国家なら大体その通りになっていますよね。


それから中国では都市籍の人間が農民籍の人間を支配搾取する体制になっていますよね。
中国の経済発展は都市籍の人間が農民籍の人間をタダ同然で働かせる事ができたからだというのが定説ですね。


マルクス主義で言う平等というのは 99% の被支配者の間では階級差別が全く無いというだけの話です。

竹中平蔵さんが、

派遣社員と正社員と待遇が違うのは平等の精神に反するから、正規社員も非正規社員と同待遇にしろ

と言っているのも 99% の被支配者の間では階級差別が有ってはいけないという主張ですね。


だから、ユダヤ人は最初は共産化で 1% 対 99% の世界を作ろうとしたのです。

馬渕睦夫さんが何度も言っていますが、国際化とグローバリズムとは全く違う概念なのですね。
それは航空機で欧米に数時間で行ける時代だから、海外との輸出入も旅行も技術交流や留学も簡単になった。
コカコーラやネスカフェやマクドナルドは世界中どこでも手に入る様になった。

しかし、それはあくまでも国際化であってグローバリズムとは関係ない

移民を入れたらチャイナタウンとかモスクを中心とするイスラム人居住区みたいな国家内に別国家ができてしまうので、唯の国際化とは次元が違うものなんですね。

ユダヤ資本は利潤を最大化したいだけなので、

・言語はすべて英語に統一して、それ以外のローカルな諸言葉はすべて廃止する
・民族ごとに違う習慣や伝統はすべて止めさせて、世界標準の生活様式に統一する
・賃金は民族によらず、すべて同一作業同一賃金にする

という環境を作りたいのです。


グローバリズム=共産主義

というのは、どちらも 1% 対 99% の世界を作って、

99%の中では民族による賃金や福祉等の差別はしない、中国人でも日本人でも賃金はすべて同一にする(賃金は安い方に統一する)

という事なのですね。

それで、レーニンやスターリンやトロツキーの様な反民族主義のユダヤ系のグローバリストが共産革命を起こし、ユダヤ資本が共産国家を支援した

馬渕睦夫さんはそういう歴史的事実を信頼できる資料と客観的事実に基いて具体的に指摘したというだけです。

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【桜無門関】馬渕睦夫×水島総 第2回「日本解体!
ディープステートによる日本のグローバル化、その尖兵としての霞ヶ関官僚」[桜H30-12-27] - YouTube動画
https://www.youtube.com/watch?v=tOqOn3ttvPg


2018/12/27 に公開

既成概念にとらわれない大きな視座で国際情勢を俯瞰し、ぶれることのない日本の軸を示し続けている馬渕睦夫氏。
閉ざす門を一度解き放つことによって見えてくるものがあるように、物事の本質を見極める言葉と思考を、対談を通じて伺います。

出演:
 馬渕睦夫(元駐ウクライナ兼モルドバ大使)
 水島総(日本文化チャンネル桜代表)


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馬渕睦夫沖縄講演〜2019年の国難をどう乗り切るか[桜H31-1-29] - YouTube動画
https://www.youtube.com/watch?v=nIQpvmu_Mt0


1月19日に沖縄で開催された馬渕睦夫氏の講演会「2019年の国難をどう乗り切るか」を完全版でお送りいたします。

VTR:馬渕睦夫先生沖縄公演「2019年の国難をどう乗り切るか」
(平成31年1月19日:沖縄船員会館)

【内容】
 @メディアの洗脳支配の背後に潜むもの
 A「金融」を支配したディープステート
 B国難に打ち勝つ日本文化の力
 C日露交渉〜伝えられないロシア
 D安倍首相のグローバリズム政策はなぜ?
 Eトランプ世界戦略の先

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/203.html#c2

[リバイバル3] スマホを使っていると記憶力が無くなる 中川隆
12. 中川隆[-12556] koaQ7Jey 2019年2月01日 09:22:02 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

スマホがあると退屈で集中力低下、海外の研究事例
恩恵と弊害、スマホとの共生は人間にとってのチャレンジだ 2019.01.30
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/012900065/?P=1


 少し前のこと、私のスマートフォンに、いつものようにインドのコルカタに住む父親からスカイプの着信が入った。79歳の父は、近頃ではあまり外出をせず、ほとんど家の中で過ごしている。この日、私は列車でデンマークからスウェーデンに向かう途中だった。父と通話をしながら、私はカメラを車窓の外に向けていた。ほんのひととき、私たちは一緒に旅をしているような気分を味わった。

 さまざまな面において、私はスマホの存在をありがたく思っている。しかしその同じデバイスが今、私の生活を常に阻害し、恐ろしいほど頻繁にこちらの意識に入り込み、家族や友人との直接的なふれあいを減少させつつある。父親に会いにコルカタに行ったとき、私は気がつくと会話の最中にしょっちゅうスマホに手を伸ばしてフェイスブックをチェックしたり、自分がついさっき投稿した写真に「いいね」がつけられていないかを確かめたりしていた。

 ここ十年の間に、スマホはわれわれの生活に革命をもたらし、コミュニケーションツールという枠を超えて、実にさまざまな目的に使われるようになった。通話やメールのやりとりをする以外に、今では世界中で20億人以上の人々が、道案内、タクシーの予約、商品の価格や口コミの比較、ニュースのチェック、映画・音楽鑑賞、ゲーム、休暇の記録、そしてなによりソーシャルメディアへのアクセスのためにスマホを利用している。(参考記事:「絵文字の肌の色は人種差別につながるのか?」)

 スマホのテクノロジーが社会に多くの恩恵をもたらしていることには疑いの余地がない。たとえば、銀行に行くことができない数百万もの人々が金融取引をすることが可能になり、また救助活動をする人たちが災害現場の位置を正確に把握できるようにもなっている。日中に自分がどのくらい歩いたか、あるいは夜間に自分がどのくらいよく寝ているかをチェックするアプリもある。(参考記事:「アフリカのIT革命、少女は貧困から脱出した」)

スマホが私たちに強いる犠牲

 しかしスマホは同時に、われわれの精神的および社会的な生活に大きな犠牲を強いるようになってきた。絶え間なく情報にアクセスできるようになったせいで、スマートフォンは、何億人ものユーザーにとってドラッグのような存在となっている。スマホ依存についての研究はまだ始まったばかりだが、スマホによる注意の阻害はますます深刻さを増しており、われわれは現実世界で過ごす時間を減らしながら、バーチャル世界のさらなる深みへと引きずり込まれつつあることが示唆されている。

 スマートフォンが人を支配するパワーを持っているのは、われわれの日々の習慣や行動を見れば明らかだ。道順を覚えるという行為はもはや過去のものとなり、われわれはどこへ行くにも、たとえ何度も行ったことがある場所であっても、当たり前のようにスマホに頼る。依存の度合いが特に強い人は、スマホを肌身離さず持ち歩き、真夜中にふと目が覚めたようなときでさえこれに手を伸ばす。もしカフェでコーヒーを飲みながら窓の外を眺めている人がいたなら、おそらくその人は静かな時間を楽しんでいるのではなく、単にスマホの充電が切れてしまったのだと考えるのが妥当だろう。(参考記事:「ポケモンGO自然の中でも、国立公園関係者が注目」)


スマートフォンの使用は、われわれの頭の中の地形をすっかり様変わりさせた。「過去6〜8年ほどの間に、大々的なパラダイムシフトが起こりました。以前は自分の周辺環境に振り向けられていた注意資源(注意力の総量)の多くが、今ではバーチャルなものにあてられるようになったのです」。米カリフォルニア州立大学ドミンゲスヒルズ校の名誉教授、ラリー・ローゼン氏はそう語る。

「これはつまり、人が自分の目の前にあるものに心を向けていないということです。親は自分の子供に注意を払っていません。人はもはや自分が見ているテレビにさえ注意を払いません。同時に別の画面を見ているからです。これはわれわれの生活のあらゆる側面に影響を与えており、残念ながら、こうした傾向はこの先さらに強まるだろうと私は考えています」

スマホが手元にあると集中力が低下

 研究者らは、スマホが人間の集中力に与える影響についての調査を始めている。米テキサス大学オースティン校の心理学者エイドリアン・ウォード氏は、800人の被験者に二種類の難しい精神作業を与える実験を行った。一つ目の課題は、ランダムに並んだ文字列を暗記しながら数学の問題を解くというもので、もう一つは、いくつかの選択肢の中から、視覚的な図形を完成させるための画像を選ぶというものだった。

 一部の被験者は、自分のスマホを別の部屋に置いておくように指示された。それ以外の被験者には、スマホをポケットに入れたままにしておくか、机の上に置いてもらった。スマホは課題をこなすにはなんの役にも立たないが、これがどれだけ手に取りやすい位置にあるかは、被験者の成績に影響を与えた。スマホを別の部屋に置いておいた人たちが、もっともよい成績を上げた。スマホを目の前に置いておいた人たちの成績は最低だった。スマホをポケットにしまっておいた人たちにも、認知能力の低下が認められた。(参考記事:「ゲーム、脳機能、そして社会の関係性」)

 研究者らは、スマホへの依存が若いユーザーの読解力を低下させ、ひいてはそれが彼らの批判的思考に悪影響を与える可能性を危惧している。そうした懸念はいくつかの研究結果に基づくもので、たとえばノルウェー、スタヴァンゲル大学の心理学者アンネ・マンゲン氏は、10年生(日本の高校1年生)72人を2つのグループに分け、一方のグループには紙に印刷した二種類のテキストを、もう一方のグループにはスクリーン上のPDFで同じテキストを読んでもらうという実験を行っている。読解力をテストした結果、印刷したものを読んだ生徒の方が、デジタルでテキストを読んだ生徒よりもはるかに成績が良かった。

 またカナダ、ブリティッシュコロンビア大学のチームは、多くの人が体験を通して実感していること、つまり、スマホの使用は現実世界における社会的交流に悪影響を及ぼすことがあるという知見の裏付けとなる実験を行っている。心理学科の博士課程の学生であるライアン・ドワイヤー氏が主導したこの実験では、300人の被験者に、家族や友人とレストランで食事をしてもらい、一部の人にはスマホをテーブルの上に置いてもらい、それ以外の人たちにはスマホをどこかにしまっておいてもらった。スマホを目の前に置いていた人たちは、そうでない人と比べて、会話の最中に気が散らされる感覚を強く持ち、また食事を楽しいと感じる度合いが低かった。

「スマホが手の届くところにあると、人はより退屈だと感じることもわかりました。これは予想外の結果でした」とドワイヤー氏は言う。


なぜ片時も手放せないのか

 スマホをほんのわずかな時間でも手放すことがこれほど難しくなった理由は、簡単に説明できる。「人をなにかに夢中にさせたかったら、相手に不規則なタイミングで報酬を与えることが効果的であるというのは、よく知られていることです」と、米ミシガン大学アナーバー校の心理学者、イーサン・クロス氏は言う。「これはまさしくEメールやソーシャルメディアがやっていることです。新しい『いいね』がいつもらえるか、次のメールがいつ来るかを知ることはできません。だからこそ、人は絶えずチェックし続けるのです」

 ローゼン氏らが高校生や若年成人を対象に行ったスマホ使用の追跡調査からは、スマホへの強迫的な執着がさらに悪化しつつある現状が見て取れる。スマホのロックが解除された回数を数えるアプリを使用して行われたこの調査では、被験者が1日にロックを解除する回数は、2016年の56回から、2018年には73回に増えていた。「これは大幅な増加です」とローゼン氏は言う。

 その原因の一部は通知機能にあるが、これはオフにしておくこともできる。もう一つ別の要因は「人の頭の中にある不安」だが、これも瞑想などを活用して対処することが可能だ。3つ目の、そしてより厄介な要因は、テクノロジー企業が「自社のアプリやウェブサイトに念入りな調整を加えて、人の目を引き、そこにとどまらせ、何度も戻ってくるようにしていること」だと、ローゼン氏は言う。

 こうした批判への対応として、携帯電話のメーカーは、スクリーンタイム(自分がスマホの画面を眺めている時間)をチェックできるアプリを開発している。しかし、アップルの「スクリーンタイム」やアンドロイド(Android)の「デジタルウェルビーイング」といったアプリが、ユーザーがスマホに費やす時間を短縮するうえで効果を発揮するかは不明だ。高校3年生を対象とした調査において、ローゼン氏は、被験者が実際、折に触れてスクリーンタイムをチェックするアプリを確認し、自分で思うよりも長い時間をスマホに費やしていると自覚したことを確認している。それでも約半数の学生は、自分の行動を変えなかったという。(参考記事:「「依存症で失ったもの」は治療で取り戻せる 」)

 ローゼン氏は、自らもスマホに取り憑かれていることを認めている。彼はニュース中毒で、やたらと「アップルニュース」を開いてしまうという。「たいていは新しいニュースはないのですが、ときどき新着記事がアップされると、もっと頻繁にチェックしなければという気にさせられるのです」

 テクノロジーに溺れることなくこれと共生する方法を学ぶことは、デジタル時代にわれわれが直面する最大のチャレンジのひとつなのかもしれない。スマートフォンによって開かれた体験領域はいわば新たな生態系で、われわれはまだそこに適応しようとしている最中なのだと、クロス氏は言う。「オフラインの世界でも、オンラインの世界でも、かじ取りをするうえで役に立つものと有害なものとがあるのは同じなのです」
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/012900065/?P=1
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/771.html#c12

[昼休み54] 中国企業が欧米や日本の最先端技術を手に入れる手口 中川隆
58. 中川隆[-12555] koaQ7Jey 2019年2月01日 09:33:36 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

米、中国人エンジニアを訴追 アップルから機密情報盗んだ疑い
2019.01.31 Thu posted at 21:06 JST


香港(CNN Business) 米連邦捜査局(FBI)は31日までに、米アップルの機密情報を盗んだ疑いで中国籍の元社員1人を逮捕・訴追したことを明らかにした。

カリフォルニア州連邦地裁に提出された訴追資料によると、アップルのエンジニアだったこの元社員は、同社が秘密裏に進めていた自動運転技術のプロジェクトに関する重要なデータを持ち去ろうとしていた。逮捕されたのは先週で、中国へ渡る直前のタイミングだったという。

資料の中でアップルは、データが奪われていれば「甚大な損害を被っていただろう」と述べている。

同社は今月、別の社員からの報告を受けてこの元社員のパソコンなどを調査。自動運転車用のワイヤーハーネスの組立図といった極秘情報を含むファイルが2000以上見つかったとしている。

元社員はアップルから解雇された際の「保険」として、これらの情報をダウンロードしたと主張しているという。

元社員はパスポートを当局に提出。保釈金を支払って現在は釈放されている。

アップルから機密情報を盗んだとして中国籍の人物が訴追されるのはこの半年間ほどで2件目。

http://www.asyura2.com/17/lunchbreak54/msg/283.html#c58

[近代史3] 社会主義マジック _ 中共が GDP 世界第二位の超大国になれた理由 中川隆
3. 中川隆[-12554] koaQ7Jey 2019年2月01日 09:44:19 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]
中国は世界史上最悪の階級社会

中国は農民籍の労働者をタダ同然で奴隷労働させたから工業製品価格を異常に安くできた


中国人はオギャーと生まれた時、「都市戸籍」と「農村戸籍」に大別
http://www.chinalabo.com/taki/lecture/lecture_26.html

都市と農村の所得格差は地域によっては5倍とも10倍とも言われている。 とりわけ沿岸部や大都市周辺への外資の進出が加速するにつれてこの格差は更に拡大する傾向にある。 胡錦涛政権はこの所得格差を是正するため昨年来、農民所得の拡大を目的とする政策(農産物の値上げや農業税の廃止等)を次々に打ち出しているが、不平等の根源となっている戸籍制度の見直しについては未だ手をつけられていない。

 中国人はオギャーと生まれた時、「都市戸籍」と「農村戸籍」に大別され、その人の学歴や職歴等を綿密に記録した「人事档案制度」により厳格に管理されている。

  この戸籍制度は1952年に制定され、人口の都市への集中を避けるために、原則として農村戸籍の者は農業に従事し、都市に働きに出る場合は事前に都市での労働許可証を取得しなければならない制限された時代が長く続いた。しかし1990年前後の配給制度の終焉とともに現在のように都市への移動は比較的自由となり多くの農村戸籍労働者が都市で働くようになった。

 しかしながら、農村戸籍者は企業で働く場合多くの差別をうけている。上海市の場合福利厚生費として養老保険(日本の厚生年金)、失業保険、医療保険の合計36.5%(住宅積立金8%を加えると44.5%)を企業は負担しなければならないが、農村戸籍者には医療保険を含めて158元/月(2005年度)を地方労働者管理費として労働局に支払うだけで、農村戸籍者には失業保険や養老保険制度がないので定年退職しても年金はつかない。

  企業にとっては正社員であるにもかかわらず福利厚生は別々に管理されている。
さらに都市で働き口を見つけ家族と共に移住してきても、農村戸籍の子供は都市の小、中学校には入学できない。子供だけを田舎に残すか、特別な入学金を払って上の学校に入学させなければならない。このため上海市のような大都市には地方毎に出身者の子供を受け入れる学校が点在している。

 また、上海では地方出身者(農村戸籍者を含む)は車やバイクのナンバー登録ができないため通勤は自転車かバスしかない。それ以上に銀行ローンを受け付けてもらえないので家や車の購入は極めて難しい。 

 この差別から開放されるための都市戸籍への切り替えのチャンスは原則として一生に一度しか与えられていない。すなわち大学を卒業し希望する都市の一定の条件をそなえている企業に就職した場合に限られる。

 このために都市戸籍の中でも富と文化の中心である北京、上海戸籍取得はあこがれの的であり厳しい受験戦争に勝ち残った優秀な学生が全国から集まってくる。
大学に入学すると学生の戸籍は一旦、その大学の戸籍に移り、就職した後に企業の所在地の戸籍に移転する。このため卒業時の就職先の企業所在地が大変重要な意味を持ち上海の大学生の場合、Uターン現象は勿論、地方都市への就職はありえない。

 1998年頃、大学生の就職状況が悪かった。知り合いの大学教授から「自分のゼミで地方出身の真面目な学生がいるのだがまだ就職先が決まらない。本人の希望で何とか上海の会社に入れてあげたい。給料はいくらでもかまわないので何年か預かってもらえないか?」と何度か依頼された。中国の戸籍制度を知っていれば理解できる依頼である。
http://www.chinalabo.com/taki/lecture/lecture_26.html


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中国の戸籍制度では生まれてくる子供は母親の戸籍が継承される。
http://www.chinalabo.com/taki/lecture/lecture_27.html

 長年の血の出るような勉学の結果、晴れて上海戸籍(都市戸籍)を手にした若者が故郷に錦を飾り、出身地のかわいい娘さんと結婚するのは中国では稀なケースである。

 現在の戸籍制度では生まれてくる子供は母親の戸籍が継承される。このためせっかく自分は上海戸籍となっても結婚相手の女性が農村戸籍なら生まれてくる子供は農村戸籍のため子供に自分と同じ苦労(大学の入試も戸籍により入試問題が異なり上海戸籍者は優遇されている)をさせなければならない。これは何とか避けたいと考えるのはいずこも同じ。

 そこで何とか上海戸籍の女性と結婚し子供も上海戸籍となることによって初めて自分の努力が報われることとなる。一方、もともと上海戸籍の若者は相手がいくら素敵な女性でも子供が農村戸籍では親、親戚、友人に面子がない。友人や知人が結婚すると聞き、必ず話題になるのは相手の戸籍である。もし、農村戸籍の女性なら「彼は何か欠陥があるのか?」と噂されることとなる。お解りいただいた通り、かくして上海の女性(正確には上海戸籍の女性)は上海の男性はもとより地方出身者からも憧れの的となりいつの間にか「モテモテの自分」を意識し家庭に君臨する。

 上海の男性の友人は多いが一様に「奥様」には弱い。カラオケやマッサージで夜9時を過ぎる頃から頻繁に携帯電話が鳴り出し、ひどいのになると30分おきにチェックが入る。共稼ぎが多いこともあるが彼は家に帰ると「料理、洗濯、掃除」を受け持っている。

 中国ジョーク集に「中国、三つの宝(中国三宝)」と言うのがある。一つは「万里の長城」二つ目は西安にある「秦の始皇帝兵馬俑」、三つ目は「上海の男性」。
上海女性の強さも結婚すると権利落ちとなるはずだが、身についた習慣で上海男性は一般的にやさしい。むしろこの厳しい監視下でそれでも何とかごまかしながら遊ぶというスリルに密かな楽しみを見出している。

 さて、長々と中国の戸籍制度の仕組みを書いてきたが、会社を経営するにおいて、この戸籍制度を知っているか知らないかで大きな差が出てくる。とりわけ優秀な学卒者や通訳の採用、社員の定着率において企業進出の工場立地決定の重要な判断基準となる。

 中国ではレベルの高い学卒者、優秀な幹部や技術者は大都市に集中する傾向となり、これらの人材を多く必要とする企業は土地の価格や労働コストと併せて事前に十分検討しておかないと工場が実際に動き出してから人材確保と定着率に苦労することとなる。

 上海で工場を経営している経験から言うと、概して農村戸籍者は辛抱強くよく働く。賃金は同じだが先月号でお伝えしたとおり福利コストが安い(上海戸籍者の1/3以下)ので多いほど有利で当社の場合も現場作業者の80%以上が地方出身者となっている。

 なお、以前はこの地方と地元出身者の比率を労働局が一定の規制をしていたが、現在は自由(上海市青浦区)となっている。
http://www.chinalabo.com/taki/lecture/lecture_27.html

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川島博之 都市戸籍を持つ4億人を農村戸籍を持つ9億人が支えるいびつな国家 中国
 


中国生活「モノ」がたり〜速写中国制造

「ケ小平は今の習体制をボロクソに言うかも」
山田 泰司 東京大学大学院農学生命科学研究科准教授・川島博之氏を迎えて(1)2017年11月15日
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/258513/111400054/


 10月に開催された第19回中国共産党全国代表大会を経て、2期目をスタートさせた習近平(シー・ジンピン)国家主席。トランプ大統領の訪中においてはその外交術によって大きな不利なく交渉を終わらせ、またその後のアジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議では、多国間の自由貿易を支持すると述べ大きな賛同を得た。習主席の手腕により、盤石な体制が築かれつつあると感じている向きも多いのではないだろうか。

 その一方で、経済成長も緩やかになる中、中国は問題も抱えている。その中でも最も大きいと考えられるのが、この連載でも幾度となく取り上げてきた国民の中で大きくなる“格差”であろう。先日の「独身の日」にはアリババ集団だけの取引額が1600億元(2兆7000億円)を突破するなど、消費が盛り上がっているのも事実。ただ一方で、そのような繁栄には取り残され貧困にあえぐ人たちが大勢いる。主に消費を盛り上げているのは、都市に戸籍を持つ都会人。農村に戸籍を持つ農民は中国の発展を支えた功労者でありながら、豊かにはなれない。

 都市戸籍を持つ4億人を農村戸籍を持つ9億人が支えるいびつな国家である中国。その実態を紹介した書籍

『戸籍アパルトヘイト国家・中国の崩壊』(川島博之著、2017年、講談社)
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4062915065/ref=as_li_qf_sp_asin_il_tl?ie=UTF8&tag=n094asyuracom-22&camp=247&creative=1211&linkCode=as2&creativeASIN=4062915065&linkId=d8cf9d4bb2d1cb7a8a5a8a325ee361de


は近著

『3億人の中国農民工 食いつめものブルース』
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4822258556/ref=as_li_qf_sp_asin_il_tl?ie=UTF8&tag=n094asyuracom-22&camp=247&creative=1211&linkCode=as2&creativeASIN=4822258556&linkId=8a01f7910faf7d6b27fba64ed992ed86


と通ずるところが多くある。今回から3回にわたって、川島博之・東京大学大学院農学生命科学研究科准教授をお招きして中国の近未来について語ってもらった様子を紹介する。


川島博之
東京大学大学院農学生命科学研究科准教授
1953年、東京都に生まれる。東京大学工学博士。専門は、環境経済学、開発経済学。2011年には、行政刷新会議ワーキンググループ(提言型政策仕分け)の評価者を務める。1977年、東京水産大学卒業。1983年、東京大学大学院工学系研究科博士課程単位取得のうえ退学。東京大学生産技術研究所助手、農林水産省農業環境技術研究所主任研究官、ロンドン大学客員研究員などを歴任。(写真=深澤明、以下同)


山田:本日はよろしくお願いいたします。

 先生ちょっとご覧になっていただきたいものがあるんです。これは先生が執筆された書籍

『農民国家・中国の限界』(2010年、東洋経済新報社)
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4492443673/ref=as_li_qf_sp_asin_il_tl?ie=UTF8&tag=n094asyuracom-22&camp=247&creative=1211&linkCode=as2&creativeASIN=4492443673&linkId=b613f8e8c27c77bd9fe06fd5fa85b3fc


です。その当時買って、このように付せんをいっぱい付けて読んでいたんです。まさか先生と対談するようなことになると思っていませんでした。非常に光栄です。

川島:そうですか。ありがとうございます。

山田:私、仕事柄、中国関連の書籍をいろいろ読むのですが、この10年間で読んだ書籍の中で、こちらの本には大変感銘を受けました。

 中国にいると、中国にいなくてもそうかもしれないですが、疑問に感じることがあります。多くの中国人はそんなに収入がない。例えば給料の明細上は3000元(約5万1000円)しか収入がない。そういう人たちがどうして銀座とかで買い物がばんばんできるんだと。説明のつかないことがたくさんあります。

川島:そうですね。

山田:ただし、それについて中国専門家の人が書いたものでちゃんと答を書いてくれているものが本当にないですね。

川島:ないですね。


山田:一番不思議なのはお金の出所なんですよ。なおかつ私は個人的に地方から出稼ぎに来ている農民工の人たちに興味を持っていろいろ話をしている中で、そういう疑問みたいなものがだんだん膨らんできた。そうした中で先生の本を読んだら、土地の開発公社、それとその周辺の人間が土地を転がして大変な富を生み出していると書いてありました。そういったことを統計を読み解いていろいろ教えていただき、本当に目からうろこでした。先生は農業のご専門ですよね。

川島:そうです。

山田:誤解を恐れずに言うと、中国がご専門ではないですよね。

川島:違いますね。アジアの農業と開発が専門です。

山田:だから、かえってそういう大きい視点でご覧になっているから、中国をお分かりになるんじゃないのかなと思ったのです。とにかく日本人は、特にバブルが崩壊してからこの20年、中国のことを冷静に見られなくなっているように思います。1つはやっかみから見られなくなっているという気もします。

川島:私もそう思います。

山田泰司

山田:そうですよね。そのころから例えば反中、嫌中の本がものすごく売れるようになった。だから本当に中国を冷静に見て書かれた、しかも平易に書いている本というのがなかなかなくて。そういう中でこの本に出合って非常に印象に残っていました。

川島:私も中国の農村を度々訪ねていて、実際に見ているんですよ。山田さんも見ているんですよ。ただ、中国関連の書籍を書いている人って、ホテルに泊まって向こうの学者と話しているだけの人が多いんだよね。

 日本の学者の中でそれなりの地位を築くと、日本の科学研究費などで中国と共同研究をやろうと。今は中国もお金を持っているので。中国と10年、20年一緒に仲良くやっていくと、ちょっと悪い言い方だけど向こうのペースに乗せられちゃう。向こうのことをおもんぱかると、実態とか書けないんですよね。

山田:そうですね。

川島:それは私は、不幸だと思うし。私は中国や文科省からはお金はもらっていないし、一番ある意味で冷静なことを書ける。中国に遠慮することないし。そんなことで、最近では『戸籍アパルトヘイト国家・中国の崩壊』を出版しました。

習主席と安倍首相は1歳違い

山田:世代的にいうと、先生は安倍晋三首相と同じ世代ですよね。

川島:同じです。安倍首相は私の1つ下。

山田:そうですよね。安倍首相と習近平国家主席も1歳違いですよね。

川島:だから、私は習主席と同じ歳です。習主席が文化大革命(1966〜1976年)の時期に反動学生として下放されていた時代、私も高校から大学の時期に当たるんです。だから、習主席にはものすごく親近感があるというわけではないけど、長い目で習主席がどうなるかを見てみたいと思います。悲観的に見ているんですけど。

山田:私は、安倍首相と習主席が1歳違いでほぼ同世代ということに非常に関心があります。ほぼ同時期に、同じ時代にあの2人が中国と日本で台頭してきたということに、共通する背景がないのかなと。ただ、それを政治家に直接取材するわけにいかないので、同じ年代の市井の人たちをインタビューすることで何か浮かび上がってくるのではないかと考えていて、次の仕事にしようとも思っているんです。

川島:今の64歳ね。

山田:先生は同じ世代としてどのようにお考えですか。

 


▲△▽▼


東京大学大学院農学生命科学研究科准教授・川島博之氏を迎えて(3)
山田 泰司 2017年11月17日(金)
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/258513/111600056/


 絶望的な状況に置かれた中国の農民の姿を描いた書籍『戸籍アパルトヘイト国家・中国の崩壊』を執筆した川島博之・東京大学大学院農学生命科学研究科准教授との対談も今回で最終回。都市戸籍を持つ4億人が農民戸籍を持つ9億人から搾取するといういびつな構造を持つ中国。今後、農民たちは希望を持って生活することができるのか。


山田:中国がそろそろ限界なのは間違いないと思います。では、どうしていくかなんですけど。

川島:日本では、バブルの象徴ともいえる、ジュリアナ東京がなくなったのが1994年だったけど、中国はまだその前ぐらいの感じじゃないかなと思います。日本でもそのころは、バブルがはじけるとは感じていなかった。日本はお尻に火がついたのは1997年です。山一証券がつぶれた。ただ、中国だったら山一証券をつぶしませんから。公的資金で救済するような形でいくから。

 だから今は1992年、1993年くらいだと思うね。ちょっとやばいかな、でも政府が何とか、やってくれるよねと。大学生も、だからまだ朝まで踊れていた。そんな感じで。中国の場合、そういう意味では国にはかなりの余剰があるので、そこを使って陰で支えていけば、日本のバブルの崩壊みたいなのは防げると。だらだらだらだらバブルの崩壊しない状態が続くと私は思っていますね。

山田:金融政策と財政出動ですね。

川島:今の習近平(シー・ジンピン)国家主席の最初のときからそうなんですよね。何もしなかったら山一証券や日本長期信用銀行がつぶれたような日本みたいに、大変なことになる。ところがそこでうまくやっちゃうから。いつの間にかホワイトナイトが現れたと言って収まっていくというのは、そこはつぶさない技術です。

 だけど、これは私だけじゃなくて多くの人が言っているんだけど、もう成長しない状態で変な金融政策によりずるずる延ばしていっても、病が重くなるだけだ。やめると痛いからやめないんだけど、じゃあ、永遠にできるのといったら永遠でもない。でも明日には壊れないし、明後日も大丈夫そう。そういうことだよね、今、やっているのは。

山田:だから私の友達なんかでも、事業を始める人は結構いるんです。だけど全然もうかってないんですよね。もうかってないんだけど、出資する人はいっぱい出てくるんですよ。

川島:貸自転車がそうだよね。もうかってないんだもん。

山田:本当にそうなんです。それで全くうまくいってないのに、そろそろエンジェル投資家が出てくるころですと、みんなそんなことばっかり言っているんですよ。実態がないのにお金だけはどこからか出てきて動いているという不思議な状態が。

温和な顔になった中国の指導者

川島:1993年くらいの日本はみんなそう。何とかなるよ、最後は日銀、大蔵が何とかしてくれるよみたいな。

 さっきから言っているように、共産党はこの事態によく気が付いていて、締めなきゃだめと考えた。だから民間企業の中にも共産党支部をつくって、共産党の指令によって全部を動かす。例えばここを売りたいとか、ここを閉めたいとかも勝手にはできないんだよね。じゃあ、営業を続けられませんと言っても、そうしたらこっちの銀行に声を掛けるからといって、担保もないのに銀行から金を借りられちゃう。だから奇妙なゾンビ経済が続いているんだと思う。


山田 泰司

山田:本当にそうですね。

川島:ゾンビ経済において、私は学生の顔つきとかを見ていると、もう今の若者たちは中国の経済を支えていくことはできないと思う。柔和な顔になっているし、頑張るのは嫌いだし。

山田:柔和な顔ということで思い出しましたが、最近の中国の指導者の顔は柔和になりました。昔は人間というよりは妖怪みたいな感じの方もいました。とにかく中国を回していくためには、あのぐらいのカリスマじゃないとだめ。本当に人間離れしてないとだめだなと。

 それがやっぱり胡錦濤前国家主席になってくると、優秀なテクノクラート、優秀な公務員の顔になってきましたよね。平和な時代の指導者。習主席も、仏頂面だし表情は出さないけど、明らかに妖怪ではない。

川島:李克強首相もそうだよね。

山田:そうですね。

川島:普通の秀才の顔だよね。ちょっとこのごろだと、おどおどしている秀才の顔だよね。よくいるよね。次、先生に指されると困る。「習主席からは指されないように、目を合わせないように」みたいな感じになっているよね。


農民工はどこに行くのか?

山田:先生がおっしゃるように、習主席は今の経済のことが全部分かっている。とにかく都会に農民工を抱える余裕がなくなってきているんです。

川島:そういうことですね。

山田:だから一生懸命彼らを国に帰そうとしているんだけど、やっぱり戻ってきちゃうんです。それでさまよい始めているんですけど、彼らは一体、どこに行くんでしょうね。非常に私は怖いんです。

川島:だから中国当局は、押さえ付けでしかないんだよね。

山田:押さえ付けるか。

川島:胡錦濤は、彼らにあめ玉をなめさせていけば何とかなると考えていた。和諧社会と言っていたんだけど。今はどうもあめ玉がなくなったんだよね。あめ玉をやっていたらチャイナ・プラス・ワンになっちゃうので、習主席が決めたのはあめ玉はやらないこと。でも彼らは、不満を持っている。どうしたらいいか。警察国家ですよね。今明らかにそちらに進んでいる。

山田:地方の都市をハイテクの町にして、雇用をつくりましょうみたいな報道もちらほらあるんですけど、あれじゃ追い付かないんでしょうか。

川島:一番の例は深センをそうしたいと言っていますよね。深センには確かに優秀な人たちが集まってきていて、中国のシリコンバレーにしようとしている。でも、所詮1000万人ですから。中国は13億人、明らかに数が小さい。

 それからそこがいくら発展しても、本質的には9億人の農民の底上げをどうするかという問題なんです。それに対しての答えにはならないですよ。ほとんどが中卒か高卒なんですよね。

山田:そうですね。「農村はみんなこんなもんだ」と言って、子供を高校に進ませずに働かせる親がいまだにとても多いです。

川島:勉強してないから農民なんです。農民の中でも、すごく優秀なら都市戸籍になれるんです。農民でもチャンスがあるんですよ。小学校で1番、中学校で1番。勝ち抜いてトップになれば、農民でも北京大学とかに入れて、そして都市戸籍を取れるんです。

 だから中国人の中には、貧困は自己責任という感情があるように思います。日本からだとそう見えるんです。私は大学にいて、そういうのを見ているから。だから彼らの心の中では、小さいときに勉強しなかったやつらを、対等に扱うことはできないとなるんです。私はあのときに一生懸命勉強したけど、そのときにいつも遊んでいたんだから、農民だと。徹底した学歴社会です。

山田:中卒で働きに出て、1万元ぐらい稼いでいる内装屋さんが知り合いにいます。まだ20代前半。背中に一面の入れ墨を入れてるんです。彼は中卒で重慶から出てきて、北京にまず行ったらしいんです。そこにしばらくいたんだけど仕事を辞めて、その後、海南島に流れていった。僕は海南島で知り合ったのですが、その彼は北京を離れるときに背中に入れ墨を入れました。要は、ものすごい差別をされたらしい。

川島:ああ、そういうことね。

山田:自分の中で、とにかく生き抜いてやるというしるしですね。背中に入れ墨を入れようが何しようが、根性を出してやるしかない。彼も農民です。


川島:そういう社会ですよね。だから仕事でもとにかく頑張るしかない。

山田:ただ、上海に出てきて住んでいる人たちなんか、とにかく取り壊しが決まって廃墟みたいな格安のところに住んでいる。トイレもなければ、何もない。そういうところでみんなやっているわけです。

 彼ら僕と同世代ぐらいで、自分は小学校を出たかどうか分からない。ただ、自分の子供は大学にやろうと思って一生懸命やっているんです。でも最終的には、田舎の農民はみんなこんなものだからと言ってあきらめちゃう。そういうのを見ているから、もっと頑張らなきゃだめじゃないかとは、とてもじゃないけど言えない。もう十分頑張っている。くじけるのは当たり前だと思います。

反日デモも農民のせい?


川島:都会人と接していると軍人もすごくばかにしているんです。軍人って農民ですから。彼らは軍人にはまずならないですよね。幹部学校には行く人もいると言っていたけど。

 だから武装警官をすごく怖がりますね。あいつら農民だから、頭の中がどうなっているか分からないという感じで怖がる。やっぱりすごい強い差別意識を感じますよ。学生は皆さん都市戸籍で、親は向こうのエリートさんだから。

 それから大規模な反日デモが起きたときがあったじゃないですか。例えば2012年だったか、日系のスーパーなどが被害を受けた。壊したのは、みんな農民工だと言うんだよね。都市戸籍の人は日本なんか襲わないよと。彼らの言い訳かなと思って聞いてたんだけど。

山田:そうですよね。何かそういうことがあると農民工のせいにする。

 あれは2005年に反日デモが盛んに行われたときでした。私は上海の日本総領事公邸やアメリカ大使館のそばに住んでいたんです。軍用のトラックが20台ぐらい私の家の前の道路に集結して、荷台に武装警官をギュー詰めにして市内に散っていったというのを毎日見ていました。話に聞くとあのときは、大学の寮で人が集められる。今日はデモへ行きますからこの寮から何人、この寮から何人といった形で集合をかけられたそうです。

 だから、全くの官製デモですよね。その中に農民工はいませんよ、本当に。

川島:非常に強い偏見を感じるよね。

山田:EXILEって、男性ユニット。彼らのようなEXILE系の男、真っ黒でマッチョでちょびひげな男は中国では人気ないんですよ。色白、ぽっちゃりの方が中国ではいいんです。EXILEって、中国名は「放浪兄弟」という名前があるんですけど、ネットなんかで言われているのは「民工団」。容姿が農民工に似ているから。

 また、バドミントンで林丹(りんたん)という選手がいて、北京五輪、ロンドン五輪と2大会連続で金メダルを獲得した。国民的英雄だったんですが、不倫が見つかってすごく叩かれた。彼もやっぱりEXILE系なんですが、叩かれた途端に、何かこいつ農民工みたいだとバカにされる。そういうところで形を変えて農民工が出てくるんです。


中国経済は20年はこのまま、でもその先は……

川島:非常に強い差別意識だよね。

 でも私は結論に近いけど、農民戸籍の9億人を豊かにすることはできないと思っています。繰り返すけど都市戸籍の4億人は9億人を踏み台にして豊かになった。それが中国の特殊な社会主義。この踏み台を外してみんなで一緒になったら自分たちも貧しくなっちゃう。そのことはすごくよく分かっているんだと思う。

 差別意識もあって、9億人はもう仕方のない人という見方をしている。4億人経済が動いているし、4億人の部分はかなりの部分リッチになった。山田さんがおっしゃるようにすごくグレーなマネーが動いていて、日本に爆買いに来られるようになっちゃっている人たちがいるんだけど、そのマネーは絶対下の方には行かないんですよ。

 でも、農民の人を救おうと思えば、簡単なんですよ。都市戸籍の人の多くの財産というのは都市の不動産に変わっています。中国では固定資産税と相続税がかからない。税率にもよるけど、固定資産税と相続税がかかるようにすれば、今の体系は一遍で変わるよね。そこから出てきた税金で、例えば農民の小学校を建てるなどに回せばいいんだから。全部そこに富をため込んでいるんだから。

 私は、過去30年くらい研究してきて、アジアの発展の中で農地の転用がすごく大きい発展の原動力になっていることを感じています。日本の場合でいえば、農民自身が大きな金を得たケースが多くあります。農民の人が駅前ビルのオーナーになっているとか、駐車場のオーナーになっているとかあるよね。

 そういうところで非常に分散していったんだけど、中国は農民ではなくて、国営公社が取っていっちゃった。アジアでいえば、ベトナムが中国とほぼ同じ構造で動いているんです。中国は農民たちが農地の所有権を持ってなかったというのが決定的にうまくいかないですよね。

 山田さんには悪いけど、アイデアってないでしょう。どうやって彼らを豊かにしていいか。彼らに「どうしたら先生、いいですか」と聞かれるんだけど、今は答はないと言っている。と言っても、このシステムは止められない。

山田:25〜26年前からの知り合いが、今は中国の国家税務総局にいるんです。彼が税金の問題についてはずっと言っていますね。90年代から言っていますが、何の進展もしていない。

川島:中国はほとんどの税金が日本で言うところの付加価値税なんですよね。それで税金の多くの部分を所得税じゃなくて企業から取っているんですよ。多くの部分を払っているのは国営企業なのね。

 中国で大きな税金を払っているのって、水道局とか、ガスとか電気とか、そして今一番大きいのは通信機器業者。普通の庶民が電気代を払う、ガス代を払う、それから携帯を使う。そうすると自動的に税金を取られちゃっているんです、国営企業を通じて。だから中国の貧しい人たちは、税金を取られたと思ってなくても、税金は取られている。スマホを使えば税金を取られる。中国は頭いいよ。

山田:そういうことですね。

川島:そういったところは共産党が胸先三寸でやっている。だから絶対国営企業は文句を言わない。中国の財政ってすごく健全なんです。中国の政府って人民をどう飼いならしていくかみたいなのをよく知っている人たちだよね。

 私は日本人だから農民に同情を寄せるけど、彼らに明日はない。だけど限界が来ているのも事実だから、中国には明日がない、中国崩壊となっていく。都市戸籍の4億人だけでやっているこんな状態はいつまでも続かない。ではどういうシステムにするのかといったら答がない。ただ、前にも述べましたが、少なくとも20年ぐらいはこの状態が続くと思います。

山田:党大会の後に、習近平独裁体制がいよいよ強まりました、みたいな報道があふれる中、中国の抱えている問題が、改めて分かりました。本日はどうもありがとうございました。


▲△▽▼


今の中国って「ジュリアナ消滅直前」の感じかな
東京大学大学院農学生命科学研究科准教授・川島博之氏を迎えて(3)
山田 泰司 2017年11月17日
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/258513/111600056/?P=1


 絶望的な状況に置かれた中国の農民の姿を描いた書籍『戸籍アパルトヘイト国家・中国の崩壊』を執筆した川島博之・東京大学大学院農学生命科学研究科准教授との対談も今回で最終回。都市戸籍を持つ4億人が農民戸籍を持つ9億人から搾取するといういびつな構造を持つ中国。今後、農民たちは希望を持って生活することができるのか。


山田:中国がそろそろ限界なのは間違いないと思います。では、どうしていくかなんですけど。

川島:日本では、バブルの象徴ともいえる、ジュリアナ東京がなくなったのが1994年だったけど、中国はまだその前ぐらいの感じじゃないかなと思います。日本でもそのころは、バブルがはじけるとは感じていなかった。日本はお尻に火がついたのは1997年です。山一証券がつぶれた。ただ、中国だったら山一証券をつぶしませんから。公的資金で救済するような形でいくから。

 だから今は1992年、1993年くらいだと思うね。ちょっとやばいかな、でも政府が何とか、やってくれるよねと。大学生も、だからまだ朝まで踊れていた。そんな感じで。中国の場合、そういう意味では国にはかなりの余剰があるので、そこを使って陰で支えていけば、日本のバブルの崩壊みたいなのは防げると。だらだらだらだらバブルの崩壊しない状態が続くと私は思っていますね。

山田:金融政策と財政出動ですね。

川島:今の習近平(シー・ジンピン)国家主席の最初のときからそうなんですよね。何もしなかったら山一証券や日本長期信用銀行がつぶれたような日本みたいに、大変なことになる。ところがそこでうまくやっちゃうから。いつの間にかホワイトナイトが現れたと言って収まっていくというのは、そこはつぶさない技術です。

 だけど、これは私だけじゃなくて多くの人が言っているんだけど、もう成長しない状態で変な金融政策によりずるずる延ばしていっても、病が重くなるだけだ。やめると痛いからやめないんだけど、じゃあ、永遠にできるのといったら永遠でもない。でも明日には壊れないし、明後日も大丈夫そう。そういうことだよね、今、やっているのは。

山田:だから私の友達なんかでも、事業を始める人は結構いるんです。だけど全然もうかってないんですよね。もうかってないんだけど、出資する人はいっぱい出てくるんですよ。

川島:貸自転車がそうだよね。もうかってないんだもん。

山田:本当にそうなんです。それで全くうまくいってないのに、そろそろエンジェル投資家が出てくるころですと、みんなそんなことばっかり言っているんですよ。実態がないのにお金だけはどこからか出てきて動いているという不思議な状態が。

温和な顔になった中国の指導者

川島:1993年くらいの日本はみんなそう。何とかなるよ、最後は日銀、大蔵が何とかしてくれるよみたいな。

 さっきから言っているように、共産党はこの事態によく気が付いていて、締めなきゃだめと考えた。だから民間企業の中にも共産党支部をつくって、共産党の指令によって全部を動かす。例えばここを売りたいとか、ここを閉めたいとかも勝手にはできないんだよね。じゃあ、営業を続けられませんと言っても、そうしたらこっちの銀行に声を掛けるからといって、担保もないのに銀行から金を借りられちゃう。だから奇妙なゾンビ経済が続いているんだと思う。


山田 泰司

山田:本当にそうですね。

川島:ゾンビ経済において、私は学生の顔つきとかを見ていると、もう今の若者たちは中国の経済を支えていくことはできないと思う。柔和な顔になっているし、頑張るのは嫌いだし。

山田:柔和な顔ということで思い出しましたが、最近の中国の指導者の顔は柔和になりました。昔は人間というよりは妖怪みたいな感じの方もいました。とにかく中国を回していくためには、あのぐらいのカリスマじゃないとだめ。本当に人間離れしてないとだめだなと。

 それがやっぱり胡錦濤前国家主席になってくると、優秀なテクノクラート、優秀な公務員の顔になってきましたよね。平和な時代の指導者。習主席も、仏頂面だし表情は出さないけど、明らかに妖怪ではない。

川島:李克強首相もそうだよね。

山田:そうですね。

川島:普通の秀才の顔だよね。ちょっとこのごろだと、おどおどしている秀才の顔だよね。よくいるよね。次、先生に指されると困る。「習主席からは指されないように、目を合わせないように」みたいな感じになっているよね。

農民工はどこに行くのか?

山田:先生がおっしゃるように、習主席は今の経済のことが全部分かっている。とにかく都会に農民工を抱える余裕がなくなってきているんです。

川島:そういうことですね。

山田:だから一生懸命彼らを国に帰そうとしているんだけど、やっぱり戻ってきちゃうんです。それでさまよい始めているんですけど、彼らは一体、どこに行くんでしょうね。非常に私は怖いんです。

川島:だから中国当局は、押さえ付けでしかないんだよね。

山田:押さえ付けるか。

川島:胡錦濤は、彼らにあめ玉をなめさせていけば何とかなると考えていた。和諧社会と言っていたんだけど。今はどうもあめ玉がなくなったんだよね。あめ玉をやっていたらチャイナ・プラス・ワンになっちゃうので、習主席が決めたのはあめ玉はやらないこと。でも彼らは、不満を持っている。どうしたらいいか。警察国家ですよね。今明らかにそちらに進んでいる。

山田:地方の都市をハイテクの町にして、雇用をつくりましょうみたいな報道もちらほらあるんですけど、あれじゃ追い付かないんでしょうか。

川島:一番の例は深センをそうしたいと言っていますよね。深センには確かに優秀な人たちが集まってきていて、中国のシリコンバレーにしようとしている。でも、所詮1000万人ですから。中国は13億人、明らかに数が小さい。

 それからそこがいくら発展しても、本質的には9億人の農民の底上げをどうするかという問題なんです。それに対しての答えにはならないですよ。ほとんどが中卒か高卒なんですよね。

山田:そうですね。「農村はみんなこんなもんだ」と言って、子供を高校に進ませずに働かせる親がいまだにとても多いです。

川島:勉強してないから農民なんです。農民の中でも、すごく優秀なら都市戸籍になれるんです。農民でもチャンスがあるんですよ。小学校で1番、中学校で1番。勝ち抜いてトップになれば、農民でも北京大学とかに入れて、そして都市戸籍を取れるんです。

 だから中国人の中には、貧困は自己責任という感情があるように思います。日本からだとそう見えるんです。私は大学にいて、そういうのを見ているから。だから彼らの心の中では、小さいときに勉強しなかったやつらを、対等に扱うことはできないとなるんです。私はあのときに一生懸命勉強したけど、そのときにいつも遊んでいたんだから、農民だと。徹底した学歴社会です。

山田:中卒で働きに出て、1万元ぐらい稼いでいる内装屋さんが知り合いにいます。まだ20代前半。背中に一面の入れ墨を入れてるんです。彼は中卒で重慶から出てきて、北京にまず行ったらしいんです。そこにしばらくいたんだけど仕事を辞めて、その後、海南島に流れていった。僕は海南島で知り合ったのですが、その彼は北京を離れるときに背中に入れ墨を入れました。要は、ものすごい差別をされたらしい。

川島:ああ、そういうことね。

山田:自分の中で、とにかく生き抜いてやるというしるしですね。背中に入れ墨を入れようが何しようが、根性を出してやるしかない。彼も農民です。


川島:そういう社会ですよね。だから仕事でもとにかく頑張るしかない。

山田:ただ、上海に出てきて住んでいる人たちなんか、とにかく取り壊しが決まって廃墟みたいな格安のところに住んでいる。トイレもなければ、何もない。そういうところでみんなやっているわけです。

 彼ら僕と同世代ぐらいで、自分は小学校を出たかどうか分からない。ただ、自分の子供は大学にやろうと思って一生懸命やっているんです。でも最終的には、田舎の農民はみんなこんなものだからと言ってあきらめちゃう。そういうのを見ているから、もっと頑張らなきゃだめじゃないかとは、とてもじゃないけど言えない。もう十分頑張っている。くじけるのは当たり前だと思います。

反日デモも農民のせい?


川島:都会人と接していると軍人もすごくばかにしているんです。軍人って農民ですから。彼らは軍人にはまずならないですよね。幹部学校には行く人もいると言っていたけど。

 だから武装警官をすごく怖がりますね。あいつら農民だから、頭の中がどうなっているか分からないという感じで怖がる。やっぱりすごい強い差別意識を感じますよ。学生は皆さん都市戸籍で、親は向こうのエリートさんだから。

 それから大規模な反日デモが起きたときがあったじゃないですか。例えば2012年だったか、日系のスーパーなどが被害を受けた。壊したのは、みんな農民工だと言うんだよね。都市戸籍の人は日本なんか襲わないよと。彼らの言い訳かなと思って聞いてたんだけど。

山田:そうですよね。何かそういうことがあると農民工のせいにする。

 あれは2005年に反日デモが盛んに行われたときでした。私は上海の日本総領事公邸やアメリカ大使館のそばに住んでいたんです。軍用のトラックが20台ぐらい私の家の前の道路に集結して、荷台に武装警官をギュー詰めにして市内に散っていったというのを毎日見ていました。話に聞くとあのときは、大学の寮で人が集められる。今日はデモへ行きますからこの寮から何人、この寮から何人といった形で集合をかけられたそうです。

 だから、全くの官製デモですよね。その中に農民工はいませんよ、本当に。

川島:非常に強い偏見を感じるよね。

山田:EXILEって、男性ユニット。彼らのようなEXILE系の男、真っ黒でマッチョでちょびひげな男は中国では人気ないんですよ。色白、ぽっちゃりの方が中国ではいいんです。EXILEって、中国名は「放浪兄弟」という名前があるんですけど、ネットなんかで言われているのは「民工団」。容姿が農民工に似ているから。

 また、バドミントンで林丹(りんたん)という選手がいて、北京五輪、ロンドン五輪と2大会連続で金メダルを獲得した。国民的英雄だったんですが、不倫が見つかってすごく叩かれた。彼もやっぱりEXILE系なんですが、叩かれた途端に、何かこいつ農民工みたいだとバカにされる。そういうところで形を変えて農民工が出てくるんです。

中国経済は20年はこのまま、でもその先は……

川島:非常に強い差別意識だよね。

 でも私は結論に近いけど、農民戸籍の9億人を豊かにすることはできないと思っています。繰り返すけど都市戸籍の4億人は9億人を踏み台にして豊かになった。それが中国の特殊な社会主義。この踏み台を外してみんなで一緒になったら自分たちも貧しくなっちゃう。そのことはすごくよく分かっているんだと思う。

 差別意識もあって、9億人はもう仕方のない人という見方をしている。4億人経済が動いているし、4億人の部分はかなりの部分リッチになった。山田さんがおっしゃるようにすごくグレーなマネーが動いていて、日本に爆買いに来られるようになっちゃっている人たちがいるんだけど、そのマネーは絶対下の方には行かないんですよ。

 でも、農民の人を救おうと思えば、簡単なんですよ。都市戸籍の人の多くの財産というのは都市の不動産に変わっています。中国では固定資産税と相続税がかからない。税率にもよるけど、固定資産税と相続税がかかるようにすれば、今の体系は一遍で変わるよね。そこから出てきた税金で、例えば農民の小学校を建てるなどに回せばいいんだから。全部そこに富をため込んでいるんだから。

 私は、過去30年くらい研究してきて、アジアの発展の中で農地の転用がすごく大きい発展の原動力になっていることを感じています。日本の場合でいえば、農民自身が大きな金を得たケースが多くあります。農民の人が駅前ビルのオーナーになっているとか、駐車場のオーナーになっているとかあるよね。

 そういうところで非常に分散していったんだけど、中国は農民ではなくて、国営公社が取っていっちゃった。アジアでいえば、ベトナムが中国とほぼ同じ構造で動いているんです。中国は農民たちが農地の所有権を持ってなかったというのが決定的にうまくいかないですよね。

 山田さんには悪いけど、アイデアってないでしょう。どうやって彼らを豊かにしていいか。彼らに「どうしたら先生、いいですか」と聞かれるんだけど、今は答はないと言っている。と言っても、このシステムは止められない。

山田:25〜26年前からの知り合いが、今は中国の国家税務総局にいるんです。彼が税金の問題についてはずっと言っていますね。90年代から言っていますが、何の進展もしていない。

川島:中国はほとんどの税金が日本で言うところの付加価値税なんですよね。それで税金の多くの部分を所得税じゃなくて企業から取っているんですよ。多くの部分を払っているのは国営企業なのね。

 中国で大きな税金を払っているのって、水道局とか、ガスとか電気とか、そして今一番大きいのは通信機器業者。普通の庶民が電気代を払う、ガス代を払う、それから携帯を使う。そうすると自動的に税金を取られちゃっているんです、国営企業を通じて。だから中国の貧しい人たちは、税金を取られたと思ってなくても、税金は取られている。スマホを使えば税金を取られる。中国は頭いいよ。

山田:そういうことですね。

川島:そういったところは共産党が胸先三寸でやっている。だから絶対国営企業は文句を言わない。中国の財政ってすごく健全なんです。中国の政府って人民をどう飼いならしていくかみたいなのをよく知っている人たちだよね。

 私は日本人だから農民に同情を寄せるけど、彼らに明日はない。だけど限界が来ているのも事実だから、中国には明日がない、中国崩壊となっていく。都市戸籍の4億人だけでやっているこんな状態はいつまでも続かない。ではどういうシステムにするのかといったら答がない。ただ、前にも述べましたが、少なくとも20年ぐらいはこの状態が続くと思います。

山田:党大会の後に、習近平独裁体制がいよいよ強まりました、みたいな報道があふれる中、中国の抱えている問題が、改めて分かりました。本日はどうもありがとうございました。


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中国国内の「農村国」と「沿海国」

 たとえていえば、中国の社会とはには事実上、国内に「沿海国」と「農村国」の2国があって、住民はそれぞれ別の国籍を持っているようなものである。「農村国」の国民は原則的に一生農村国内で生活することが求められており、「都市国」で働くためには「都市国」に対して就労許可を申請し、原則的に期限付きの「労働ビザ」を取得して就労しなくてはならない。在留期限が切れたり、無許可で働いていると、あくまでヤミの就労ということになってしまう。

 つまり日本国内で外国人の不法就労が大きな問題となっているが、中国で農村戸籍の人が都市で働こうとすれば、原理のうえでは同じ問題が発生するのである。

 またちょっと状況は違うが、日本政府はつい先頃まで中国からの観光客に対して、上海市や北京市、江蘇省、浙江省、広東省など沿海部の比較的生活水準の高い地域の住民に対してしか観光ビザの発給を認めていなかった。その他の人々は門前払いである。つまり同じ中国の国民なのに、ある地域の人にはビザが出るのに、ある地域の人には申請の資格すらなかった。これも中国の戸籍制度がある意味で「国籍」のような性格を持つことのひとつの証左と言えるだろう。
 
 中国の現在の戸籍制度の基本となる「戸口管理条例」が制定されたのは1958年。社会主義中国の誕生から10年を経過、革命後の過渡的な時代から、いよいよ本格的な社会主義計画経済の時代へと突入しようかという段階だった。

 この制度は国民を農村戸籍と非農村戸籍に分け、農村に生まれついた人間は大学入学などごく一部の例外を除いて一生農村で暮らすことを強制するもの。当時は生産力が乏しく、モノやサービスは極端な供給不足。都市機能も貧弱だったため、人口の自由な移動を許すと国の基盤が崩壊しかねないとの判断が根底にあった。

 その後、文化大革命という極左原理主義の時代を経て、1978年に改革開放政策がスタート。国民生活や経済活動を管理してきたさまざまな規制が徐々に取り払われてきたが、戸籍制度は運用面で一定の緩和はあったものの、基本的には現在でも機能している。

40年前の制度が限界に

 もちろん中国でも戸籍制度で制限されているのは、他の地域に居住して公共サービスを受けることであって、旅行したり短期間の出張などに制限があるわけではもちろんない。あくまで障壁があるのは正式に就労しようとした場合であって、別に行った先で正式な公共サービスを受けなくても構わないと割り切れば、別に地方の住民が大都会に住みついて働いていても、それだけで単に警察に捕まってしまうことはない。ただ同じ国内で転居の自由がなく、他の地域で働くのに、その地方の就労許可がいるというのは日本ではちょっと想像がしにくいだろう。
http://www.actiblog.com/tanaka/10640

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官僚・地主/商人・知識人を兼ねた強力な支配層「士大夫」
 

中国三千年(特に後半)を実質的に支配してきたのは、「士大夫」と呼ばれる階層だった。特に中国の場合、地主や豪商も、士大夫に収束していき、極めて強力で固定度の高い支配層を形成していった。

・士大夫が黒幕になれたのは、儒教のおかげである。儒教の本質は「士大夫の、士大夫による、士大夫のための教養体系」であった。儒教の開祖・孔子は、士大夫層だった。彼の思想は、中間支配階級のものだった。被支配階級の目線に立つ老荘思想とも、君主の目線に立つ法家思想とも、発想の出発点が違った。

・前6世紀の孔子の時代、士大夫は、まだ単なる役人にすぎなかった。前二世紀の武帝の時代、儒教が官学化されると、士大夫層は知識人としてのステイタスをもあわせもつようになり、その地位は格段に上昇した。

・6世紀末、隋の文帝は「科挙」の制度を始めた。新たに「高学歴」というステイタスを得た士大夫層は、ますます強くなった。

・漢詩人も士大夫ばかり。有名な王維も杜甫も韓愈も白楽天もみんな士大夫。その理由は、漢詩・漢文の難しさにある。

昔の日本人はカナを発明して、誰でも使えるようにした。中国は違った。士大夫は、自らのステイタスを高めるため、漢詩や漢文をわざと難しいものにした。

儒教、科挙、漢字。この3点セットが、士大夫層のステイタスを支えた。

・科挙の受験準備のためには、ある程度の資力が必要であったため、多くは地主や豪商の家から受験者が出た。地主や豪商は、自分の子弟を科挙に合格させて士大夫階級の仲間入りをさせて、社会の甘い汁の分配にあずかろうとした。

・こうして、北宋の時代に、士大夫層は、科挙官僚・地主。商人・文人を兼ねた強力な支配階級(士大夫階級)となった。

・中国社会は、落ち葉が一面に浮いている池に似ていた。
嵐が来れば、池の表層の落ち葉はすっかり吹き飛ばされ、また別の木の葉でおおわれる。しかし池の中の水は変わらない。
中国の王朝交代も同様であった。皇帝とその一族は、社会の最上層に、落ち葉のように浮かんでいるにすぎなかった。

・中国では、王朝が滅んでも、中間支配層たる士大夫層は不滅だった。その一例がふう道”(882〜954)という人物である。10世紀、短命な王朝が目まぐるしく交代する乱世の中で、士大夫のリーダー(宰相)だったふう道”は、なんと「五朝八姓十一君」に仕えた。

・17世紀半ば、中国は、満州人の「清」に征服された。当時の満州人の人口は老若男女合わせて20万人程度だった。漢民族の実人口は約1億。

満州人が超人的に強かったわけではない。しかし、漢民族は「被征服慣れ」しすぎていた。

「征服者」たる満州人は、科挙の制度を維持し、士大夫階級が引き続き社会の「甘い汁」を吸うことを保障した。そのおかげで清朝は三百年近くも続いた。

現代の中国共産党もこの「士大夫」支配の変形バージョンと言い換えられるだろう。

参照 「貝と羊の中国人」加藤 徹著
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&t=6&k=2&m=295161


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戸籍なき子1300万人 学校にも病院にも行けない「ブラックチルドレン」の苦悩 2015.12.3
https://www.sankei.com/world/news/151125/wor1511250006-n1.html


豊かとはいえない農村が広がる崇明島の地元食堂で働く敏敏さん(仮名) =20日


 11月24日付の中国紙、第一財経日報によると、中国公安省は「黒孩子(ブラックチルドレン)」と呼ばれる戸籍のない子たちの問題解決に向けた検討を開始した。

 習近平指導部が「一人っ子政策」を廃止し、年内にもすべての夫婦に2人目の出産を認めるのを受け、従来は放置されてきた社会矛盾の解消をめざす。具体的な救済策は今後詰める。

 「黒孩子」は女性が大半とされ、内陸部など把握できていないケースを含めると、数千万人に上るとの推計もある。


 「中学校に上がるとき通学を断られ、初めて両親が本当の親ではなく自分には戸籍さえないと知らされ、家でふさぎ込んでいた」

 行政管轄上は上海市の一部ながら、豊かとはいえない農村が広がる崇明島。とある食堂で最近、働き始めたという敏敏さん(16)=仮名=はこう言って言葉を詰まらせた。中国で「黒孩子(ブラックチルドレン)」と呼ばれる戸籍のない子供の一人だ。

 敏敏さんは生後数カ月のころ、崇明島の市場でカゴに入れられて泣いていたところを、近くで商店を営む夫婦に救われたという。

ふびんに思った夫婦は養女として育て始めたが、地元政府は出生証明すらない敏敏さんの戸籍申請を頑として拒み続けた。人口抑制を目的とした「一人っ子政策」での「成果」を競っていた地方政府にとっては、存在すら隠しておきたい“お荷物”だった。

 養父母によると、敏敏さんは小さいころからぜんそくに苦しめられたが、戸籍に基づく身分証がないため病院で診察を受けることができなかった。読書も大好きだったが、図書館で本も借りられなかった。

 敏敏さんは「小学生のとき、クラス名簿に自分の名前がないのが不思議だった」と話すが、それは養父母が懇願し、地元小学校が聴講生のような待遇で通学を許したからだった。不幸中の幸いだった。「黒孩子」の中には満足に読み書きできない子供も多い。

 昨年末の時点で中国の総人口は約13億7千万人。それとは別に中国政府は2010年の国勢調査で、「戸籍なき子」が約1300万人いることを把握している。東京都の人口にも匹敵する規模だ。地元紙によると、崇明島だけで200人以上が確認されている。

 後継ぎに男の子を欲しがる古い観念にとらわれた農村では、女の子の出生届は出さず、違法と知りつつも誰かに売るか、拾ってもらうか、こっそり育てるかを選び、その後やっと生まれた男の子を「第1子」として届ける夫婦がいる。


 教育も医療も受けられなかった子供たち。きちんとした就職先などなく、結婚も出産も手続き上はできない。小学生のころの敏敏さんは、「将来は大学に進んで教師になりたい」と夢を描いていたというが、戸籍がなければそれも果たせない。36年間にわたって続いた「一人っ子政策」の闇が残した心の傷痕は、そう簡単に消えそうもない。

 「一人っ子政策が終わるのはいい知らせ。でも2人目の出産を誰にでも認める前に、政府は私たちのような子を真っ先に救ってくれなければ不公平よ。私は外国人じゃない。中国人なのよ」。敏敏さんの悲痛な叫びが耳に残った。(崇明島 河崎真澄)

一人っ子政策 中国政府が人口抑制のため、夫婦の子供は1人と出産を制限した国策。1979年に導入された後、農村の一部や少数民族に2人目や3人目を産むことを例外的に認めたほか、13年には都市部でも夫婦の一方が一人っ子であれば第2子を認めるなど、段階的に規制を緩めた。しかし、許可なく2人目を出産した違反者への巨額の罰金や、地元当局による強制的な堕胎への反発が強まり、農村で抗議や暴動が発生するなど深刻な社会問題も引き起こした。今年10月に廃止が決まった。


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戸籍のない8歳婚外子 「将来、闇世界入りして当局に復讐」
http://www.asyura2.com/12/china3/msg/730.html


中国には無戸籍の黒孩子が2〜7億人いると推定されている
 実際の人口は20億
彼らには一切の社会的権利が存在せず、超低賃金奴隷待遇を強いられ、それが中国経済躍進の原動力であった
http://www.epochtimes.jp/jp/2013/12/html/d11906.html

【大紀元日本12月27日】「大きくなったらマフィアに入って復讐してやる」―わずか8歳の子供が発した言葉を、中国社会はどう受け止めるだろうか。婚外子として生まれ、生活上のあらゆる苦難を体験してきた少年についてスポットを当てた記事がこのたび、中国で話題になっている。

 中国には戸籍のない子供がたくさんいる。2番目以後の子や婚外子などは年収の3〜10倍という高額な罰金を払わなければ戸籍を登録することが出来ない。冒頭の言葉を発したのは北京房山区に住む劉菲さん(女性、仮名)の子、小傑君(8歳、仮名)。劉さんは結婚しておらず、罰金33万元(約530万円)を支払っていないため、小傑君は戸籍を得ることが出来なかった。

 「黒孩子(ヘイハイズ)」と呼ばれる戸籍外の子供は人口統計上に存在が認められていないため、一般社会で生活するのに様々な困難を抱える。無償の義務教育を受けられないため教育レベルが低く、職に就くことは難しいため貧しい。医療保険加入、自動車免許取得、婚姻も認められていない。

 黒孩子の苦境

 現在、小傑君は小学1年生。母親と暮らしている。学校に通わせるために、劉さんはあらゆる「関係者」を介するなど紆余曲折を経たという。しかし小傑君の在籍証明書には戸籍番号(注:戸籍登録者全員が持つ番号)が空欄のままだ。

 北京の地方紙・新民周刊の記者は劉さん宅を尋ね、小傑君から話を聞いた。困窮した生活のなかでも明るく活発な様子を見せていた小傑君だったが、質問が戸籍の話に及ぶと、少年にはあるはずもない無念さ、落胆、噛み殺したような怒りの表情を浮かべたという。

 小傑君は戸籍を得るために母親が腎臓を売りたがっていると小さな声で記者に話した。また、計画出産委員会や公安局の関係者が直接、あるいは電話で何度も罰金を払うよう母親に強いているのを何度も耳にしたという。

 「計画出産委員会と公安局は本当に悪いやつだ」「大きくなったら暴力団やマフィアの世界に入って、奴らに復讐してやる」―8歳の男の子の口から出た言葉に、記者は愕然とした。

 インターネットの声

 小傑君の、少年が口にするにはあまりにも悲しい言葉を受けて、インターネットでは社会格差や不平等さを嘆く声が広がっている。「張芸謀(注:チャン・イーモウ、中国人の世界的映画監督。子供が7人との疑惑が持たれている)の子は皆戸籍があるのに、結婚しなかった彼女の子は一人でも戸籍を持てないのか」「闇の世界が恐ろしいのではなく、(普通の)社会が黒くなっていくことが恐ろしい」

 一人っ子政策が導入された後、1980年代に生まれた世代「80後(パーリンホウ)」からも同情と怒りのコメントが相次いだ。「私は82年生まれ。計画出産委員会の野蛮さは私の子供時代に影を落としていった。この子の気持ちがよく分かる!」「87年生まれ。子供が2人以上というだけで、彼らは私の家を壊し、食料や家具、家財を没収した」「私には弟がいるはずだった。母親が妊娠9ヶ月の時、すでに活発に弟が母親のお腹の中で動いていたのに…!彼らは弟の頭に注射針を突き刺した(注:薬物注射して強制堕胎させた)」

 小傑君の戸籍について、母親は北京房山区の公安局を相手取り訴訟を起こしていた。最近になり「婚外子の戸籍登録を拒否したことは違憲」とする判決が下り、幸いにも小傑君は戸籍を得る見通しが付いた。

 11月に開かれた共産党第18期中央委員会第3回全体会議(三中全会)では戸籍制度改革の実施方針が発表された。それによれば福利厚生や経済格差を生む都市・農村戸籍の違いを徐々に緩和し、2020年までに撤廃するという。

 中国国家統計局の2010年の国勢調査によれば、戸籍がない人は全人口の1%に当たる1300万人に及び、大半は黒孩子だという。罰金を免れるために貧困層は出生届も出さないため、実際の黒孩子の数は数千万から数億人と言われており、明確な数はわかっていない。




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2018年09月22日
中国人のお金事情 可処分所得年42万円、農家は今も年収10万円

農村の貧しさが目立つ。2500元は年4万円に過ぎない


画像引用:http://news.livedoor.com/article/detail/13230542/


富裕層を見て中国を判断できない

中国で富裕層が増加したり高級自動車が「爆売れ」したり海外で消費しているので、中国人はお金持ちというイメージができた。

だが中国の1人当たりGDPは約90万円で、平均年収はもっと低い70万円台とみられます。

日本の場合は一人当たりGDPは約400万円でサラリーマン平均年収は約420万円、だがこれは正社員の年収です。

非正規やパートを含む平均年収は300万円台がせいぜいで、このように平均年収は一人当たりGDPよりかなり低くなります。

中国で各省が報告した2017年時点の平均給与は、役所が7万4318元(約129万円)で、民営企業は4万5761元(約79万円)でした。

これがいわゆる正社員の給与なので、全労働者の平均ではこの数字より低くなり、やはり80万円以下でしょう。


北京日報によると2017年度の北京労働者の平均給与は10万1599元(約173万円)だったがこれは飛びぬけて高い。

上海と北京は中国の最高収入都市であり、低い地域の2倍以上にも達している。

見逃せないのは農民の収入の低さで、北京上海など大都市に隣接した豊かな農村と、貧しい農村の格差が大きい。


2017年10月の中国農業部発表では、農民工(出稼ぎ労働者)の平均月収は3459元(5万6000円)だった。

中国の農家の収入は2015年に1万1千元(17万円)を超えたが、その後は発表されていないようです。

この発表には「政府が水増しして良く見せかけている」という批判が相次ぎ、その後数字自体を発表しなくなった。


中国人の預金はひとり80万円

実態としては2015年に年収10万円だったと思われ、それも一部の富裕農家の収入で平均値が押し上げられている。

2018年の現在も最大限過大評価して年収20万円というところで、富裕農家を除くとやはり年収10万円でしょう。

年収10万円でどうやって生活するのか、日本人には想像できないが、生活手段は物々交換だと思われます。


さて中国人の「預金」については6月の個人預金残高は約68兆4000億元(約1100兆円)と一見かなり多い。

だが人口は日本の10倍なので人数で割ると、1人当たり5万元(約82万円)に満たなかった。

1人当たり可処分所得(税金と公的費用を引いた金額)は国家統計局によると2万5974元(約42万4000円)に過ぎなかった。


税引き後の可処分所得42万円という数字からは、本当の平均年収は60万円以下かも知れないと想像できる。

一部の富裕層や北京上海のエリートを除く中国人は、想像よりずっと貧しくお金を持っていない。

庶民の夢である家と車を買うため、住宅ローンや自動車ローン残高が急増して多くの家庭で年収の何倍にも達している。


こうした数字を見ると中国人の未来は明るくない。
http://www.thutmosev.com/archives/77594894.html



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中国、「最大弱点」習近平氏が置き忘れの農業問題「未解決のまま」2018年10月13日
http://hisayoshi-katsumata-worldview.livedoor.biz/archives/12839354.html


胡錦濤・前政権まで政府報告においては、必ず農業が「三農問題」としてトップで扱われてきた。習近平政権になると一変、政府報告の主要議題から消えた。代って登場したのが国防強化である。この農業問題から国防重視への姿勢変化こそ、中国が海洋拡張へ動き出した証拠だ。

戦前の日本は、農村貧困問題解決のために満州進出という誤った政策を採用した。習近平氏には、そういう農業に対する認識もなく、ひたすら海洋進出=国防拡張という帝国主義的な発想を強化している。この原因はどこにあるのか。最後で取り上げる。

海外メディアの診断する中国問題では、「三農問題」が最大の弱点と指摘している。その三農問題とは何か。

@ 農民問題:三農問題の中核となる問題、農民の収入が低く、増収は困難であり、都市-農村間の貧富の差は拡大し、農民は社会保障の権利を実質得ていない。

A 農村問題:農村の状態が立ち遅れ、経済が発展しないことに集中して示している。比喩として、中国の都市はヨーロッパのようだが、農村はアフリカのようである。

B 農業問題:農民が農業で金を稼げず、産業化のレベルが低いことを示している。

都市と農村の格差拡大は、縮小どころか拡大の傾向にある。前述のように、「中国の都市はヨーロッパのようだが、農村はアフリカのようである」。

『レコードチャイナ』(10月13日付)は、「中国経済最大の弱点とは?」と題する記事を掲載した。

(1)「米華字メディア『多維新聞』(10月11日付)によると、英紙『フィナンシャル・タイムズ』が独自の視点から中国の経済と農村を観察し、中国最大の弱点について伝えた。記事は、「中国の経済は今や大きな成功を収めているが、人口の60%を占めるのは農民と出稼ぎ農民であることに思いが至る人は多くない。彼らはややもすれば底辺の人間のレッテルを貼られて市民の枠から外され、それは農業、農村、農民のある弱い立場を反映している」とした。そして、「体の大きい巨人のようだが、泥で汚れた足で立っている」と中国の実情を表現し、三農問題こそが中国モデルの最大の弱点になっていると指摘した」

習近平氏は現在、大都市から農民の出稼ぎ者(農民工)を強制的に排除している。農村に帰させているのだ。大都市が農民工を吸収できなくなった点もあるが、農村が便宜的に扱われていることは明らかである。戦前の日本では、農村から優秀な人材が輩出したので農村を大事にする気風があった。中国は全く異なり、教育面でも冷遇している。この日中に見られる差が、国家として骨格面における強弱を反映している。

以下の問題は、「三農問題」を具体的に論じている。

(2)「第一は農業問題で、「中国の農業は、高生産コスト、低生産性、補助金への依存、農村と農業の近代化の遅れ、生態環境の悪化などの問題に直面している」と述べた」

農業の生産性が低いので、農薬多投という間違った対策に走ってしまい、環境悪化に拍車をかけている。土壌・河川の汚染は農薬多投の結果である。これが、土壌をさらに悪化させる悪循環に陥った。農村に人材がいない悲しい結末である。

(3)「第二は農民問題で、「中国の農家の平均収入が都市部と比べてはるかに低く、農村は活力が失われている。また、人口が高齢者・幼児・病人・障害者・女性および数千万にも上る留守児童により構成されている」と述べた」

一人っ子政策が、農村を疲弊させた。戸籍も「農民戸籍」で縛り、「都市戸籍」と大きな差を付けている。毛沢東政策の失政の一つである。同じ国民でありながら異なる待遇を受ける点で、「一国二制度」と言える矛楯を抱え、いまなお解決の目途が立たない。

(4)「第三は農村問題で、「中国の農家は、その土地の住民であれば土地を取得できる。農家がやる気を持って農業にとどまらなくても追い出される心配はないため、有能な農家が経営規模を拡大することができず、豊かになることができない」と述べた」

農民に土地を与えたのは、食糧確保が目的である。だが、食糧自給は夢のまた夢の状況である。豚肉さえ輸入に頼る時代だ。中国の訪日観光客が一様に驚くのは、都会と農村の生活水準が変わらない点にある。所得でなく貯蓄額で見れば、農村の方がはるかに豊かだ。中国とは完全に逆転している。

日本の農村が豊かなのは、地方自治制度の確立と地方財源不足を日本政府がカバーしている点にある。中国の地方政府は、独自の財源も不足し、土地売却益で賄うという異常なことをさせている。清朝時代と同じで、中央政府は地方行政に無関心という悪しき慣習を受け継いでいる。

日本は江戸時代の藩政が、自主財源をつくり地域発展の基礎をつくった。これが「封建制度」のプラス面で現代に生かされている。中国は「専制制度」で朝廷が地方を直轄支配した。現在の中国は、この専制制度を踏襲している。中国には、「封建制度」の経験がなく、「専制制度」のまま共産主義に移行した。その歪みが今、大きく現れている。歴史の発展過程の重要さが分るであろう。いわゆる、「集合的無意識」の違いだ。

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/203.html#c3

[近代史3] 社会主義マジック _ 中共が GDP 世界第二位の超大国になれた理由 中川隆
4. 中川隆[-12553] koaQ7Jey 2019年2月01日 10:11:47 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

中国企業が欧米や日本の最先端技術を手に入れる手口


中国、「技術泥棒」当局がグルになって技術移転迫る「犯罪事実」2018年09月29日


中国は、対米貿易戦争で完全に「シラ」を切っている。その鉄面皮を剥がす記事が登場した。ここまでやって、貴重な先進国の知財権を奪い取る。強盗行為である。

『大紀元』(9月28日付)は、「中国当局による技術移転の強要、組織的かつ手際よくー米紙」と題する記事を掲載した。

(1)「米中貿易戦の激化で、中国当局による外国企業に対する技術移転の強要が批判の的となっている。米企業は、中国当局の技術移転の強要、企業の競争力が低下し、イノベーションの原動力が失ったと訴えている。ホワイトハウスの試算では、強制技術移転によって米企業は毎年500億ドルの損失を被っている。米紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)が28日伝えた」

ホワイトハウスの試算では、強制技術移転によって米企業は毎年500億ドルの損失を被っているという。経済倫理感の喪失した中国で、起こるべくして起こった事件だ。彼らをまともに扱って、常識を期待しても無駄である。倫理感のない相手に、知財権の重要性を説いても理解しようとしない以上、ビジネスの相手から排除することである。

(2)「中国当局は現在、化学製品、コンピューター用半導体チップ、電気自動車など各分野の外国企業の技術を狙い、様々な方法を使っている。なかには、脅迫などの強制手段を用いることもある。WSJの報道によると、米化学大手デュポンは昨年、提携先の中国企業が同社の技術を盗もうしているとして、技術漏えいを回避するために仲裁を申し立てた。しかし昨年12月、中国独占禁止当局の捜査員20人がデュポンの上海事務所に踏み込み、同社の世界的研究ネットワークのパスワードを要求し、コンピューターを押収した。当局の捜査員らは、同社の担当者に対して、提携関係にあった中国企業への申し立てを取り下げるよう命じたという」

デュポンが、知財権侵害を訴えたら、逆に捜査員から被害に遭ったケースである。昨年12月、中国独占禁止当局の捜査員20人がデュポンの上海事務所に踏み込み、同社の世界的研究ネットワークのパスワードを要求し、コンピューターを押収した。警察官が泥棒に早変わりしたような話だ。無法地帯そのもの。これで、立派な口を訊くから腹立たしくなる。

(3)「WSJは、中国当局が「組織的かつ手際よく技術を入手しようとして」との見方を示した。その手法について、「米企業に圧力をかけて技術を手放させること、裁判所を利用して米企業の特許や使用許諾契約を無効にすること、独占禁止当局などの捜査員を出動させること、専門家を当局の規制委員会に送り込ませ、中国の競争相手企業に企業機密を漏らさせること」などがあるという。同紙は、外国企業の中国市場への進出を認可する代わりに、その技術の移転を求めることは、党最高指導者だったケ小平が考案した戦略だと指摘した」

あと数年、このような強盗行為を重ねて「中国製造2025」を実現させるつもりであったのだろう。トランプ大統領は、これを止めさせるべく関税引上げをやっている。1年遅れれば500億ドルも、中国へ献上するところだった。ケ小平は、「市場と技術を交換する」という言葉を使っていた。技術窃取の元祖はケ小平である。
http://hisayoshi-katsumata-worldview.livedoor.biz/archives/12506250.html


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中国、「企業内」共産党下部組織を強制的に設置し「政治支配狙う」2018年10月04日
http://hisayoshi-katsumata-worldview.livedoor.biz/archives/12617860.html

中国政府は、国内の企業だけでなく外資系企業にも政治的な支配権を及ぼす動きを強化している。習近平氏は約6年前に権力の座に就いて以降、自身を「核心」と位置付けて共産党の優位性を繰り返し説いてきた。これは中国の工業生産の約40%を占める国有企業の人事や経営戦略のほか、大学などに対する党のコントロールがより強まることを意味するものだ。

昨年10月の「7中全会」において発表されたコミュニケでは、「あらゆる活動への党の指導を確保する」と明記してある。企業経営への関与強化が念頭にあったのだ。鉄鋼をはじめとする過剰な生産能力の削減といった産業構造改革などを大胆に進める狙いとみられていたが、その程度の支配に留まらないことが分ってきた。中国共産党が、企業経営の実権を握るという野望が明らかになってきたのである。

『日本経済新聞 電子版』(10月3日付)は、「企業に広がる中国共産党の細胞 」と題する記事を掲載した。筆者は、同紙編集委員の飯野克彦氏である。

(1)「香港取引所に上場している2262社のうち123社に中国共産党の下部組織――。香港紙『蘋果日報(アップルデイリー)』は9月26日、上場企業の5.43%が社内に共産党委員会を正式に設けている、と報じた。蘋果日報によれば、香港の上場企業の間では2017年から定款を改め共産党委員会の設置を明記するところが増えてきた。企業によっては『取締役会が重大な問題について決断するときは、まず党委員会の意見を聞かなくてはならない』などと定めている」

政治が経済に介入している現実が、この記事の中で明らかにされている。これは、ケ小平が推進した「経済の市場化」でなく、「経済の政治化」であろう。ここまで共産党が企業支配を徹底化させる目的は、経済的に行き詰まっていることの裏返しであろう。本来ならば、市場が企業間調整をするもの。中国は、共産党がその役割をするというのだ。まさに、「国進民退」の究極の姿だ。習氏はこれで、中国経済が発展すると見ているならば、それは逆である。イノベーション能力を剥奪する「金太郎飴」企業の大量生産である。

(2)「一例として、同紙が紹介している徽商銀行を取り上げてみたい。18年7月に公表された新しい定款を旧定款と比べると、まず第1条に「中国共産党規約と上級の党組織の要求に基づき、本銀行に中国共産党組織を設ける」といった文章を盛り込んだのが目につく。より具体的なことは新たに加えた第294〜301条で定めている。(1)党委員会と規律検査委員会を設ける(2)党委トップの書記は董事長(取締役会会長)を兼任する(3)長期経営計画や年度計画、幹部人事など重大な決定をする際には、董事会(取締役会)と経営陣は党委による研究を事前に経なければならない(4)党組織にかける経費は前年度に行員に払った報酬総額の1%以上――といった内容だ」

これらの4項目の中で、「(4)党組織にかける経費は前年度に行員に払った報酬総額の1%以上」に注目したい。共産党費を企業に払わせる狙いが鮮明である。財政的は逼迫を企業に負担させる。中国経済の行き詰まりを象徴するような話だ。「貧すれば鈍する」という面が、多分に感じられる。

(3)「中国本土では17年10月時点で、上海と深圳の両取引所に上場している3410社のうち436社、つまり12%強が共産党の経営関与を認める定款を定めていることが、日本経済新聞の独自調査で明らかになっている。党組織が浸透しているのは国有企業だけではない。共産党中央組織部の斉玉・副部長が17年10月に明らかにしたところでは、中国に進出している外資のうち7割が党組織を設置済み。『細胞』とも呼ばれる共産党の下部組織が文字通り細胞のように増殖しているわけである。外資の間で懸念と反発が浮上しているのも、当然だろう」

このように、外資系企業にも党組織(党委)をつくらせている。疑心暗鬼に陥っているのだろう。これは当初の意図と別に、中国から外資系企業を「追出す効果」を持っている。現在の米中貿易戦争では、外資系企業が嫌気を出して、中国からの撤退を検討され始めている。

実は、米中貿易戦争の兆候が強まった3月の時点で外資系企業は反発を見せていた。

『ブルームバーグ』(3月23日付)は、「政治的統制では動かぬ経済、中国共産党のコントロール強化」と題する記事を掲載していた。

(4)「米中ビジネス評議会(USCBC)の中国業務担当バイスプレジデント、ジェイコブ・パーカー氏は、『社内に党組織を設置すれば、共産党が経営判断に関与することを意味することになり、各企業はビジネス上の理由ではなく政治的な理由に基づく判断につながることを懸念している。外資系企業に政治目標や経営の役割を導入することは企業にとって前向きな一歩ではない』と述べた」

中国共産党の短慮が、外資系企業を思わぬ方向へ動かすきっかけになりかねない。米中貿易戦争での米国政府の狙いの一つは、外資系企業の「脱中国」である。中国共産党の外資系企業への支配は、思わぬ方向へ展開しそうである。


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中国、「建党100年」49年までに世界覇権の秘策「軍民融合」2018年10月05日
http://hisayoshi-katsumata-worldview.livedoor.biz/archives/12642836.html


米トランプ大統領の対中外交戦略が、貿易問題から安全保障政策へシフトすることで、自由主義諸国の賛成を得られた点は大きな変化である。高関税が世界経済を破綻させる。むろん、そういう批判は正しいし、できればそのような状況を回避することが望ましい。だが、中国はWTOの貿易自由化原則を食い物にしており、中国自らは保護主義を貫いている国である。この裏に、世界覇権への野望が隠されている。多くの国が、このことに気付いたのだ。これが、世界世論において「米国批判」を緩めさせ「中国批判」へ転じさせた大きな理由であろう。

『大紀元』(10月3日付)は、「建党100年で大国狙う中国、軍民融合戦略ー米国務次官補」と題する記事を掲載した。

(4)「クリストファー・フォード米国際安全保障・不拡散担当国務次官補は最近、中国共産党は米国の技術を獲得し、ハイテク軍事能力を高めるため、『中国製造2025年』と『軍民融合』戦略を用いた、大規模な戦略があると明かした。中国は違法行為も含め、あらゆる手段で米国の技術を手にし、米国に戦いを挑んでいるという。フォード氏が9月、『連邦調査局(FBI)と商務部によるカウンターインテリジェンスと輸出入管理』に関する会議の中で発言した。同次官補は、中国人入国ビザの審査を強化するなど、5つの対応戦略を提案している」

中国共産党には米国の技術を窃取し、ハイテク軍事能力を高めるため、「中国製造2025」と「軍民融合」戦略を用いた大規模な軍事戦略が存在する。「軍民融合」戦略とは、民間企業にある先端技術を軍備に活用するもの。このパラグラフでは、中国が総力を挙げて米国と軍事対決する準備に入っていると指摘している。「中国製造2025」は、米国の先端技術を盗み出して、中国の遅れた分野をカバーする計画である。壮大な技術泥棒計画と言っても良さそうだ。

中国が、昨年10月の「7中全会」において発表したコミュニケでは、「あらゆる活動への党の指導を確保する」と明記した。これは、共産党による企業経営への関与強化が念頭にあったものだ。具体的には、国有・私営・外資のあらゆる企業に共産党支部をつくらせ、共産党が企業経営を支配する方針を明確化した。この狙いが、「軍民融合」にあることは疑いない。企業にある先端技術を軍備に利用するという「軍事経済化」を狙っていると言える。

こうした「戦時体制」を想像させることまで行い、世界覇権論に挑もうというメリットはなんだろうか。軍事的に米国を打ち負かすことで最小限、アジアの軍事覇権を握る構想であろう。日本は、中国の「属国」として位置づけようという野望だろうか。これで、中国共産党と中国人民解放軍の夢が叶ったとしても、中国国民は幸せになれる保証はない。膨大な軍備費負担が、中国の国力を消耗させるからだ。

(5)「フォード氏は会議の中で、この大規模な対米戦略への対応措置として、1.包括的な輸出入管理と特許 2.安全保障意識 3.ビザ審査の再検討 4.投資の審査 5.同盟国を中心とした多国間の連携と協力、といった対策を示した。フォード氏は、中国は、世界の覇権を狙い影響力を強めるだけでなく、世界に及ぶ米国の力を、中国にすり替えようとしていると指摘。この計画は長期的な戦略であり、米国は大規模で全面的な中国問題に直面していると警鐘を鳴らした」

米国の対中戦略では、次の5つが上げられている。簡単に説明しておく。

1.包括的な輸出入管理と特許=対中国輸出管理(チンコムの復活)、特許使用制限

2.安全保障意識=中国を修正主義国として規定済み

3.ビザ審査の再検討=留学生ビザや国際学会への入国制限で技術窃取を防ぐ

4.投資の審査=中国の対米投資を厳格規制する

5.同盟国を中心とした多国間の連携と協力=日欧米の三極構造の強化と貿易協定促進

(6)「具体的には、中国共産党政府は少なくとも建党100年にあたる2049年までに、大国としての地位を確立し、東アジアの主導権を握る計画があると、フォード氏は述べた。フォード氏の分析によれば、中国共産党政権による『国の総合力』とは、他国のような競争力の向上のみならず、ハイテク技術による経済力を掲げている。これは、米国が国家として追及する、軍事におけるハイテク技術の発展を指すという。中国軍事戦略の基本は、民間セクターを取り込んだ『軍民融合』である。これは、中国の民間企業のもつ最先端技術を戦闘能力に反映させるもので、共産党の新たな軍事改革の一つと考えられている。共産党の優先事項である『高度で最先端の欧米技術を取得して、軍事転用する』の実践とみられる」

中国軍事戦略の基本は、民間セクターを取り込んだ「軍民融合」であるという。米企業も多くが中国へ進出している。これら企業の最先端技術が、中国軍に利用されるリスクを避けるには、いずれ中国からの撤退命令を出す時期も来るであろう。米国が、ここまできめ細かい戦略を打ち出す状況になれば、同盟国が一体になって、中国を除外した一大経済圏(多国間自由貿易協定)を形成し、中国を経済封鎖する局面が来るにちがいない。戦前の日本経済が、ABCDラインで包囲されたときの再現である。ちなみに、Aは米国、Bは英国、Cは中国、Dはオランダである。

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2018-04-10
中国、「米覇権対抗」ケ小平が86年に「技術窃取」で挑戦開始
https://ameblo.jp/katsumatahisayoshi/entry-12366095507.html

技術のない国家の覇権挑戦

革命意識で始めた技術窃取


好々爺であったケ小平(1904〜1997年)は、「韜光養晦」(とうこうようかい)なる言葉で、中国の平和路線を世界に示した。「自らの力を隠し蓄える」、「覇権を求めない」という意味だ。この言葉は、ケ小平の掲げた外交政策のスローガンとして知られている。習近平氏が国家主席就任(2012年)とともにこの「韜光養晦」を投げ捨て、あからさまに「覇権主義」を前面に押し出した。


だが、この覇権主義は習氏が単独で始めたものではないことが分ってきた。ケ小平が生前すでに、この考え方を遺書として残していたと思われる。ケ小平には数人の中国最高幹部しか知らない短い文字数の遺書があるという。これは、元米国務長官のキッシンジャー氏が自らの著書に書いている。キッシンジャー氏も、その内容を知らないと言う。ケ小平は、中国で最初の「米国覇権」への挑戦を指揮した人間である。


ケ小平は、中国初のハイテク計画を指示した人物だ。1986年3月、当時の中国の科学レベルから見て、月に石を投げるように困難なハイテク計画(「863計画」)を指示したもの。科学技術の基盤がない中国で、「技術窃取」する以外に実現不可能なことであった。ここに「863計画」が始動して、現在の技術窃取路線の骨格が生まれた。


ケ小平語録には、いくつか中国の進路を示す注目すべき言葉がある。その中から抜粋した。


@ 科学的発展は、第一の生産力である。

A チャンスを掴み、自己を発展させるカギは経済発展である。

B 社会主義の中国は誰も動かせない。

C 主権問題に関して、中国はいかなる妥協の余地もない。率直に言って、主権問題は議論できる問題ではない。


以上は、『人民網』(2014年8月21日付「ケ小平生誕110周年」)から引用した。4つを列記したが、ケ小平の指示した「863計画」と組み合わせて見ると、ケ小平が未来の国家指導者に託した夢が何であったかを鮮明にしている。彼は、「社会主義市場経済」なる言葉を使って、党内保守派に市場経済の採用を呼びかけた。それは便法にすぎず、社会主義を実現する上での通過点にすぎなかった。毛沢東革命の神髄を外すことなく、実現するという意味では、忠実な毛沢東主義者だ。習近平氏もこの路線である。


5番目では、「主権問題に関して、中国はいかなる妥協の余地もない。率直に言って、主権問題は議論できる問題ではない」としている。主権は国家主権を指し、領土問題である。南シナ海の90%は中国領海という「噓八百」は、中国の既定路線から言えば、絶対に撤収しないだろう。これをいかに撤退させるか。中国に経済的衰亡を仕掛けることだ。中国をTPP(環太平洋経済連携協定)へ加盟させず、一大経済圏から遮断することに尽きる。北朝鮮が、核放棄へのポーズを取り始めたのは、経済封鎖の結果である。中国についても、この戦術は有効なはずだ。中国が、経済力をつけることは周辺国の安保上、最大の危険を招く。


このように考えると、西側諸国が中国の将来について、民主化されるであろうと考えたことは、西側に好都合な想像を膨らませたにすぎなかった。幻想であったのだ。米国トランプ政権が現在、この幻想から醒めて中国の推し進めてきた「技術窃取」に危機感を強めている段階である。中国と西側との摩擦は今後、本格化する気配に見える。


技術のない国家の覇権挑戦

『大紀元』(4月3日付)は、「共産党、陰に日向に『社会主義の中国モデル普及』目指す」と題する記事を掲載した。


この記事では、中国の技術窃取計画がどのような方法で行なわれたかがハッキリと表れている。日本では、新幹線技術がまんまと盗まれた。しかも、特許まで取得するという図々しい振る舞いをしており、日本社会の信頼を一挙に失った。これ以来、日本企業は中国に対して警戒して、中国にしてやられたという失敗例を聞くことはない。韓国のサムスンには、半導体技術を窃取されている。これは、日本側技術者の「作為」によるもので、密かにサムスンへ出かけて製造ノウハウを直接、教えるという裏切り行為をした。カネに目がくらんだのだ。


その韓国が、中国に虎の子技術を盗まれている。


『中央日報』3月27日付「中国に流出した韓国の国家核心技術は12件」と題する記事を掲載した。


@「韓国の技術の流出が中国の関連産業発展につながるケースが少なからず発生し、警戒心が高まっている。2012年からの6年間に中国に流出した韓国の国家核心技術は12件にのぼる。国家核心技術とは、国家の安全保障および国民経済発展に重大な影響を与える技術をいう。技術の流出には大きく3つの方法が使われる。

1つ目は企業の内部職員と結託したり認可された第三者委託業務を口実に企業に接近し、保存媒体(USBメモリー、ウェブハード、CDなど)を通じて違法に技術を盗み出す行為だ。

2つ目は企業の核心人物を厚い待遇(現給与の5倍以上支給など)で誘引し、情報を持っていく方法だ。

3つ目は合法を装ったM&A(企業の合併・買収)方法を通じて核心技術を奪うケースだ。
韓国の技術の中国流出もほとんどこのような方法が動員された。実例として、今月初め慶南(キョンナム)地方警察庁国際犯罪捜査隊が国内ドラム式洗濯機のモーター設計図面を中国に流出させた事件を摘発したが、上の方法が利用された」


上記の中国による技術窃取は、3つの方法を使っている。純然たる産業スパイ。技術者引き抜きによるノウハウ入手。M&Aで技術を奪う方法。習氏は「中華再興」と叫んでいるがその裏で、韓国に対してこういう汚い手を使っている。


(1)「中国共産党は、スパイ工作、為替操作、サイバー攻撃、知的財産など、米国経済に打撃を与える包括的な戦略を何十年も行ってきた。少なくとも、ケ小平時代の40年前、ハイテク発展計画において、海外から本土への技術移転を促進してきた。3月22日の米国上院財務委員会で、米通商代表部のロバート・ライトハイザー氏は米国技術の重要性について触れ、『中国は米国から強制的に技術移転を行っている』と名指して批判した。通商部は、米国貿易赤字の半分を占める中国による、知的財産権侵害や技術移転強制について7カ月にわたる調査を行ってきた」


中国の技術窃取の起源は、ケ小平時代の40年前に遡る。「863計画」(1986年3月起案)が基本である。これに味をしめ、「中国製造2025」というハイテク産業育成の総仕上げによって、米国経済を打ち負かすという、とんでもない「技術大窃盗計画」を立てるまでにエスカレートしている。この総仕上げ計画が、トランプ氏の豪腕による「技術窃取阻止」でピンチに立っている。


(2)「中国は、欲する外国技術をさまざまな方法で入手している。今年1月、対米外国投資委員会(CFIUS)の専門家を招いた聴聞会では、中国当局による外国技術の入手方法は6つあると指摘した。

@ 外国企業を中国に招き、合弁会社を作らせる。

A 中国企業が海外で対象企業を買収する(M&Aや株式取得を含む)。

B 中国が対象技術製品を輸入する。

C 中国企業や研究機関で、技術力ある外国人を雇う。

D 中国人留学生が技術を学び、帰国するもしくは本国にデータを送信する。

E インターネットやその他の手段で盗み取る」


中国企業が、韓国から技術窃取した方法は前記の6項目中、AとDが該当する。だが、韓国は気づいていないかも知れないが、合弁形式による企業進出で技術が中国側に漏れている。

中国政府は、この合弁形式を相手国企業に強要するのだ。進出企業が技術を提供し、中国側企業が土地や建物などを提供する形式が多い。この方式が現在、米国政府から鋭く衝かれており、中止を求められている。


現代自動車では中国に進出した結果、中国に経営主導権を握られ、食い物にされている例もある。中国は、酢でも蒟蒻でも食えない相手がゴロゴロしている国だ。それに加え、中国政府という「強敵」が後押しする。ほとんどの企業内部に共産党委員会ができている。間接的な共産党支配に陥っているのだ。中国企業の不法行為は、中国政府が絡んでいると見て間違いない。


(3)「中国では、『西側諸国に追いつけ追い越せ』とのスローガンが叫ばれたケ小平時代の80年代の中国で、『ハイテク研究発展計画(863計画)綱要』は科学者4人により建議された。1986年3月に実施が決定したことから、この名がついた。『人民日報』によると、この863計画には生物、宇宙飛行、情報、先進的防衛、オートメーション化、エネルギー、新素材の7分野に分かれる。ケ小平は、『ハイテクを発展させ、産業化を実現させる』と筆をふるい、政府の各関係組織に指示した」


ハイテク産業の「863計画」は、ケ小平の肝いりで始まっている。生物、宇宙飛行、情報、先進的防衛、オートメーション化、エネルギー、新素材の7分野で成果を出そうというものだ。現状では、宇宙飛行、情報において成果が上がっている。いずれも防衛産業と結びついている。この流れでAI(人工知能)にも力を入れている。


中国最大の弱点は機械工業(精密工業)の発展基盤がないことだ。AIは情報と結びつき、流通業で発展しているが、その段階に止まり、広がりを欠く。産業の発展基盤は機械工業にある。満足な自動車エンジンもつくれない中国が、14億人の個人情報を活用してAIで頑張っても、自ずと発展の限界が画されるであろう。技術盗用では、本格的な工業発展は不可能である。その前に、基盤技術を磨くことだ。こういう地味な取り組みに興味を示さないのが中国である。


革命意識で始めた技術窃取

(4)「米国のスパイ防止活動機関・国家対情報局(ONCIX)の2011年の分析では、中国の863計画には『米国の機密の技術と経済情報を密かに手に入れるために、予算を組み、ガイダンスしている』と指摘している。2014年、米司法省は中国軍サイバー攻撃部隊『61398部隊』の将校5人が米企業の機密情報を奪ったとして、スパイ容疑での起訴を決めた。米国当局は5人の顔をインターネットでもさらし、身柄の引き渡しを求めるという容赦のない態度を見せたが、中国外交部報道官は『米国のでっち上げ』として猛烈に反発した」


中国は、国家ぐるみの技術泥棒を始めている。このことがいかに卑しいことかという自覚を欠くのは、「米国覇権」への挑戦が一種の革命戦争という位置づけに違いない。戦争では、相手を倒すために手段を選ばない。「勝てば官軍」の喩えの通り、戦争に綺麗も汚いもない。ただ、相手を倒せば勝敗の決着がつく。


中国は、この革命戦争の意識で米国を初めとする西側諸国に対抗する気構えなのだ。米国が、「技術窃取は許さない」と絶叫しても、中国は腹の中ではせせら笑いをしているに違いない。中国にとっては、「覇権」を巡る正直正銘の戦争なのだ。先手必勝の意識に染まっているのだろう。残念ながら、まともに話のできる相手ではなくなった。


(5)「この一件で、中国は戦術を変えた。『影なる』ハッカー攻撃ではなく、逆に『陽のあたる』手法に転換した。当局は、中国でビジネスを行う海外企業に技術の引き渡しを求める法改正を厳しく敷いた。2017年8月、海外との合弁会社を含む上場企業およそ3200社に対して『共産党組織を設置し、経営判断を組織の見解を優先させ、最終決定権を与える』との社内規定を盛り込むよう要求した」


中国では、外資企業にも共産党委員会を設置させている。外資企業の情報が自動的に中国共産党に集まるシステムだ。政治と経済の一体化である。中国は、この経営システムが効率的と自画自賛しているが、とんでもない間違いである。企業経営は市場経済システムで動くべきもの。そこへ政治が介入してどうするのか。まさに、ミクロ面でも「社会主義市場経済」を行なう意志である。この「石頭」を柔軟にさせる方法は存在しない。結果において失敗するしか、教訓を得られないところまで突き進んでいる。


(6)「中国戦略に詳しい情報筋は、中国当局は最近『商業と研究による米中パートナシップを確立する』名目で、米国から中国本土に技術を持ち込むために、中国技術者チームを米国に派遣しているという。もし受け入れられているならば、公然のスパイとも呼べる大胆な手法だ。こうした中国の対米戦略は、国防総省などホワイトハウス関係者は認知していたが、米国は対抗措置に積極的ではなかった。中国の技術移転による米国の経済的ダメージについて『非常に明確に米国で起きていたことだ。しかし、我々は眼の前の現実から目をそらしてきた』と、2015年に大紀元の取材に応じた国際戦略研究科リチャード・フィッシャー氏は警告していた」


中国科学者が最近、欧米科学者とジョイントによる研究成果が目立っている。日本メディアは、新たな研究スタイルと報じているが、これは表面的なこと。中国が欧米の研究成果を盗み出すために接近しているスパイ行為である。ともかく、手を変え品を変えて、産業スパイを働いてまでも技術窃取する。研究者倫理はない。そう言えば最近、遺伝子操作によって猿を出産させ話題になった。生命倫理も存在しない国が、世界覇権を狙っている。ゾッとさせられるのだ。


(7)「中国政府は国有企業を優遇し、民間企業を意のままにする計画経済を実行する。共産党におもねる民間企業には投資を促し、分が悪くなれば資産を没収する。社会主義国では民間企業、共産党、軍部の境界線があいまいで、プライバシーポリシーや知的財産の概念も低い。50人以上の従業員をもつ企業は、共産党が会社の内部情報をアクセスするためのシステムを備えるよう要求されている。共産党の目標は、ケ小平の863計画を指示したときと同じままだ。要綱にはこう記されている。『世界の主力である米国にとって代わり、共産主義と全体主義に基づく“中国モデル”普及を目指す』とある」


冷たい戦争と言われた米ソ対立は、イデオロギー戦争でもあった。民主主義と全体主義の優劣を競うものである。米ソ対立後は、「イデオロギーの終焉」とされ、世界はハッピーとされてきた。その裏で、中国が虎視眈々と「世界の主力である米国にとって代わり、共産主義と全体主義に基づく“中国モデル”普及を目指す」と大真面目に考え始めていた。


世界にとって、民主主義国と中国のどちらが経済面と思想面で優れているのか。結論は、人間はどちらの体制がより自由で幸福であるかに帰着する。中国が、技術窃取を止められた場合、潜在成長力はどの程度落ちるのか。さらに、不動産バブルの重圧がこれから加わる。習氏の「世界覇権奪還論」は非現実的に映るのだ。「技術窃取」という他人の褌で相撲取るのでなく、身の丈に合った国つくりに方向転換すべきであろう。
https://ameblo.jp/katsumatahisayoshi/entry-12366095507.html


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知財を盗んで肥大化する中国は「20年後は世界で最も貧しい国になる」のか?=鈴木傾城 2018年9月30日
https://www.mag2.com/p/money/535600

米中の覇権争いが取り沙汰されるが、イノベーションも言論の自由も市場の健全性もない中国が覇権を握ることは決してない。この先の受難を中国の経営者たちが置かれている現状とともに解説する。


イノベーションなき中国が世界覇権を握る日は決してやってこない

ジャック・マーは何を恐れてアリババを退くのか?

中国で最も尊敬されている経営者がいるとしたら、それは阿里巴巴集団(アリババ・グループ)を一代で時価総額50兆円企業にしたジャック・マー氏である。


英語教師だったジャック・マーは早くからインターネットの可能性に気づき、ネット通販のビジネスに邁進して現在の地位を築いた立身出世の人である。

一目見たら忘れられない特徴のある顔に、鋭い知性と、熱い情熱を秘めたカリスマ経営者として欧米でもよく知られた存在であり、これからも中国の代表的な経営者として実業界をリードしていく存在であると目されていた。

ところが、である。このジャック・マーが2018年9月7日、54歳の若さで電撃退任することを発表した。「今後は慈善活動、特に教育事業に時間と精力を注ぎたい」と説明したのだが、この説明を字義通り受け止める人はいない。

「ジャック・マーは、自分の身に危険が迫っていることを察して、生き延びるためにそうせざるを得なかったのではないか」と中国人は噂している。


大胆な行動力と決断でビジネスの修羅場で生き残ってきたジャック・マーを恐れさせていたのは「何」だったのか。

その正体は言うまでもない。中国政府である。

中国の有力経営者に起きている受難とその裏側

ジャック・マーが電撃退任をすると発表したのと同じ頃、香港の新聞はもうひとり別の大物経営者を記事にしていた。香港の格式あるホテルとして知られている「ザ・キンバリーホテル」のオーナーである劉希泳氏の死だ。

劉希泳は贈賄の疑いで中国の公安当局に身柄を拘束されていたのだが、拘束中に、目隠しされて椅子に縛られ、足の裏を突かれ、骨を7ヶ所折られ、水責めにされるような拷問を受けて非業の死を遂げていた。劉希泳は、朝から晩までずっと拷問され続けていた。

2017年には「江沢民派の富豪である」として中国政府に目をつけられていた経営者・肖建華氏も、香港に滞在しているときに拉致されて行方不明になっていた。肖建華は明天控股有限公司の創業者で中国富豪ランキングで32位だった。

肖建華を拉致したのは中国公安当局であるというのは、香港警察当局が発表した。

その発表の後、肖建華はSNSで「身柄を拘束されて中国国内に連行されたことはまったくない」と書き込んで香港警察当局の発表を否定していたのだが、その後にアカウントは消された。

ジャック・マーが電撃退任する1ヶ月ほど前に、この肖建華が中国で獄中死したという噂が駆け巡っていた。

さらに、その1ヶ月前にも奇妙な事件が起きていた。中国海南省に拠点を置く航空会社グループ「海航集団(HNAグループ)」の王健氏が崖から15メートル下に落下して死んでいた。

王健の企業は習近平一派の資金源だったことがリークされたのが2017年のことだったが、王健は中国政府にとっては「知りすぎた人物」だったのだ。このリーク以後、HNAグループは急激に資金繰りが難しくなっていた。

その最中に王健が不審死しているのだが、王健の死は本当に不慮の事故だったのかどうか、それとも抹殺だったのかは誰にも分からない。

中国の経営者には必ず「汚職」がついて回る

ところで、海航集団(HNAグループ)が習近平一派の資金源だったというリークはどこから出たのか。それが習近平政権のスキャンダルを握ったままアメリカに亡命した郭文貴である。

郭文貴は不動産で財を成した政商なのだが、共産党指導部のメンバーになることに失敗したことから当局批判を行い、中国政府から目をつけられるようになって2014年にアメリカに亡命したのだった。

郭文貴は中国が秘密工作活動でアメリカを侵略していることを暴露し、海航集団と習近平一派のつながりを暴露した。そして、中国のハイテク企業であるアリババやテンセントの経営者がいかに中国共産党と結びついているのかを暴露する予定だったのである。

中国でビジネスを行うというのは、必然的に中国共産党の意向を汲み、恩恵を与えるということでもある。そのために、汚職は必ずついて回る。これが中国の経営者の弱みになる。


中国共産党は一枚岩ではない。現在は習近平派と江沢民派が裏側で血みどろの覇権争いを繰り広げているが、経営者はどちらに付いても別の側から汚職を暴露されて追い落とされる危険が生じるのだ。

公安当局に拉致されて獄中死するかもしれない?

2018年9月7日に電撃退任を決めたアリババの創始者ジャック・マーも、裏側で「中国共産党の犬」と叩かれていたのを見ても分かる通り真っ白(クリーン)ではなく、何らかの汚職に関わっている。

暴露されたら地位も名誉も吹き飛ぶばかりか、「知りすぎた男」として公安当局に拉致されて獄中死するかもしれないネタを抱えていたとしても不思議ではない。

アリババのライバルであるJDドットコムのCEOである劉強東は、アメリカで強姦容疑で逮捕されているのだが、この事件に関しても単なる強姦事件ではなく、中国政府が絡んだ策略が裏側にあるのではないかとも噂されている。


中国政府は自国内の巨大企業の経営者を「選別」し、すべて手中に収めようとしている。ジャック・マーは、その中で電撃退任を選択したのだ。経営から退きたかったのではなく、身の安全を求めているように見える。


決してイノベーションを起こせない中国

最近、中国では范冰冰(ファン・ビンビン)という美人女優が3ヶ月以上も行方不明になっている。やはり、中国の公安当局によって拉致されたと見られている。

この女優は莫大なカネを稼ぐ中国のトップ女優だったのだが、脱税容疑が取り沙汰されていた。

さらに、この女優は習近平一派ともカネでつながっていたと郭文貴によって暴露されていた。分かるだろうか。この女優もまた「知りすぎた人間」だった。

中国は、政府に都合が悪い情報や企業は消されるのだが、それだけでなく「人間も消される」国なのである。その消し方は手段を選ばない。


中国という国は中国共産党の独裁政権であり、すべては独裁政権のために犠牲にされる。

中国の経済的成長も、別に国家が中国人民の幸せや夢を願っているからではなく、中国共産党の権勢がどこまでも膨れ上がり、世界が自分たちにひれ伏すことを願っているからだ。

中国はイノベーションを生み出せない体質にある。中国政府に都合が悪いものはすべて抹殺される恐怖政治の中でイノベーションは育たない。

トランプが報復関税をかけるのは当然か…

このイノベーションの欠如を中国政府は全世界から知財を盗むことで補完しており、だからこそドナルド・トランプ大統領は中国に報復関税をかけているのである。


自由な言論もなく、インターネットも政府に都合の悪い歴史・言葉・発言は、すべて摘発の対象になる。情報統制をかいぐぐって都合の悪い事実を発信している人間は、即座に拉致監禁を行って潰す。

今まで世界が中国を大目に見ていたのは、中国が経済成長したら民主化するのではないかという期待があったからだ。

しかし、習近平の独裁志向によってその期待が水の泡と消えた今、アメリカは急激に中国を「仮想敵国」と認定するようになっている。

アメリカは2018年7月6日から中国に報復関税をかけ始めた。トランプ大統領は、「中国による貿易・経済面における乱用を容認することはできない」と述べているが、これからアメリカと中国は長期に渡って敵対していく。


ヒラリー・クリントンは2012年に何と言ったのか?

イノベーションも言論の自由も市場の健全性もない中国が覇権を握ることはない。

トランプ大統領と激しく大統領選挙を戦ったヒラリー・クリントンが2012年にハーバード大学で講演し、印象深い見解を発表していたのを思い出す人もいるはずだ。

ヒラリー・クリントンは、「中国は責任と義務がわかっていない」「中国国民が崇拝しているのは権力と金銭のみ」「中国政府は国民を騙している」「拝金主義と堕落が空前絶後だ」「環境破壊、略奪、浪費に明け暮れている」と述べて、中国の未来について、このように結論付けていた。

「20年後は中国は世界で最も貧しい国になる」


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2017-11-13
他人のものを自分のものにして、金だけを儲けて売り逃げる


中国・韓国・北朝鮮は、日本に対して激しい反日を行っている国だ。これらの国は常に日本を「騙し討ち」する。韓国は特にそうだ。

慰安婦問題を蒸し返さないと合意したはずの日韓合意を見ても分かる通り、何らかの合意をしても金だけを日本から毟り取って問題はすぐに蒸し返す。

トランプ大統領が訪韓したら慰安婦に抱きつかせたり、勝手に独島エビと名付けたエビを出したりする。「騙し討ち」でこれらの演出を行い、ひとりで悦に入る。

彼らはもともと「騙し討ち」を尊ぶ民族性がある。だから、日本に対して常に騙し討ちの外交を行うのだが、実は民族性の中にそれが組み込まれているので、自国民同士でも恒常的に騙し合っている。

これらの国では他人を信用しない。信用して騙されたら「騙される方が悪い」と被害者を嘲笑う。

逆に、こうした騙し討ちが得意な陰湿な人間を「策略家」と呼んで尊敬したりする。

策略とは、誰もが分かるように言うと「相手をいかに騙すか」の手口なのである。そんな手口を自由自在に使える人間を尊敬する民族が隣にあるのであれば、日本人は最大限に警戒すべきなのは当然のことだ。


盗みに来ている人間を「お客様」ともてなす日本人

日本人がビジネスをするときは、信用や・品質や、研究成果や、創意工夫や、独自技術を売ろうとする。

正々堂々と、そして誠心誠意を尽くして、地道にコツコツとビジネスを成長させようとする。これは、王道と言ってもいい。あるべき道だ。

しかし、ビジネスを信用してもらうには時間がかかるし、品質や研究や独自技術が実を結ぶまで我慢と忍耐が必要だ。泥臭く、歩みは遅い。

策略を好む民族は、我慢も忍耐もしない。

騙し討ちで、相手の持っているものを「奪う」「盗む」「真似する」のである。そうやって、他人のものを自分のものにして、金だけを儲けてさっさと売り逃げする。

まがい物、粗悪品、海賊版、劣化コピー品、偽装品が、中国・韓国・北朝鮮で大量に溢れるのはなぜか。それは、消費者を騙し、手っ取り早く盗み、手っ取り早く儲けようと考えている人間で溢れているからだ。

日本企業の商品はパクリの標的だ。商品の形状も、性能も、デザインもすべて盗まれ、パッケージすらも真似される。それでいて、自分たちがオリジナルだと主張し、本物の日本の商品を追い出しにかかる。

食品、菓子、電化製品、衣料、建築技術、素材、鉄鋼。すべての分野で日本は技術や意匠を盗まれまくっている。

彼らがすべてを盗みに日本にやってきているのに、そんな人間を「お客様」だと言ってもてなしているのだから、日本人もどうかしている。

日本人は、中国・韓国・北朝鮮の人間でも誠意を持って付き合えば誠意を返してくれると思うかもしれないが、騙し討ちで生きている人間に誠意を見せても、騙し討ちされるだけだ。

最近、やっと日本人はそれに気づくようになってきているのだが、「騙しても騙しても、まだ騙せるのが日本人」と言われているので、警戒心は足りていないということだ。


日本の社会の中枢は深いところまで侵食されている

日本の社会の中枢は、今や中国・韓国・北朝鮮の工作員とそのシンパによって、深いところまで侵食されている。

民主党の残党たち(民進党・希望の党・立憲民主党)を見れば明らかだが、日本よりも中国・韓国・北朝鮮を代弁しているような政治家は数多い。

朝日新聞や毎日新聞や東京新聞や地方のそれぞれの新聞を見ても分かる通り、中国・韓国・北朝鮮のプロパガンダ紙になってしまっている新聞社も多い。

テレビ局も偏向報道と捏造報道にまみれ、教育現場でも教師というよりも活動家みたいな人間が跋扈して生徒を洗脳にかかっている。

もはや、日本の中枢部では中国・韓国・北朝鮮に侵食されていない場所が見つからないというほど、多くの危険人物が中枢に潜り込んでいる。

こうした人間たちは、日本のためにはいっさい動かない。日本のために働くどころか、日本を叩き潰し、日本人を叩き潰すような行為を陰に陽に行う。

さらに、それを日本人のフリをした日本人ではない人間がやっているのではない可能性がある。日本人になりすました人間が、なぜか日本人のような名前を名乗ってやっているのだ。

言うまでもないが、「なりすまし」というのも、策略のひとつであることを思い出して欲しい。日本人のフリをしているので日本人だと思っていたら実は日本人ではないのだから、これは強烈な騙し討ちだ。

辛光洙(シン・ガンス)のような北朝鮮の工作員は、そうやって日本人名を名乗って日本の社会に棲息し、拉致を繰り広げてきた。

日本人は他国人に「なりすまし」たりしない。

そんなことをするよりも、慎ましく、清く、美しく生きるほうがよほど気持ちがいいと思うはずだ。要するに、日本人は「正しく生きる」のが真っ当だと信じており、多くが策略とは無縁の生き方をしている。

だから、日本人は「信用できる」と世界中から言われるし、信用を土台にした日本の社会は世界でも最高の治安の良さを誇っている。

しかし、同じ東アジアであるにも関わらず、中国・韓国・北朝鮮の人間たちはまったく日本と逆の発想にある。


「関わるな、教えるな、助けるな」を徹底していく

ひとことで騙し討ちと言っても、いろんなものがある。騙し討ちみたいな「悪の手口」は、絶対に学校で教えないし、まして中国・韓国・北朝鮮と言った隣国がそういった騙し討ちをする民族だという警鐘も鳴らさない。

親も子供に教えない。そもそも、親がそんなものを最初から知らない。信用と信頼で成り立っている日本社会だけで暮らす限り、そんな知識はまったく必要なかったからだ。

たまにビジネスマンが「孫子の兵法」などに興味を持ったりするが、策略は本来はアンダーグラウンドの知識であり、裏社会の人間のものである。

だから、多くの日本人は「この危険な知識」に触れないで生きてきた。そんなことをする必要性すらもなかったからだ。

しかし、中国・韓国・北朝鮮が公然と「騙し討ち」を仕掛けて日本を締め上げている今、彼らがどのような手口を使って日本や日本人を動揺させているのかを知るのは、とても重要なことになってきている。

自分がそれを使うためというよりも、自分が何を仕掛けられているのかを知るという意味で、実際に仕掛けられている「騙し討ち」の多くを知るべきなのである。

彼らにとって、それは知識ではない。日常生活の一部だ。本来、騙し討ちには騙し討ちで返すのが基本だが、それができないのが日本人だ。

それならば相手の手口を知り、仕掛けを明るみにして何が行われているのか広く周知していかなければならない。「明るみに出す」というのが、騙し討ちを潰す第一歩だ。

その上で、騙し討ちを仕掛けている人間を切り捨て、国でも個人でも「関わるな、教えるな、助けるな」を徹底していくしかない。

関わると、騙し討ちされる。
教えると、盗まれる。
助けると、逆恨みされる。

これが、現実であることを認識して、日本人は日本人として生き残るしかない。


中国・韓国・北朝鮮が公然と「騙し討ち」を仕掛けて日本を締め上げている今、彼らがどのような手口を使って日本や日本人を動揺させているのかを知るのは、とても重要なことになってきている。
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2017/11/20171113T1611550900.html

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日本の「ものづくり」は心配しなくても中国には絶対負けない

振り返って考えて欲しいことがある。

まず、マスコミは手を変え品を変え、日本人に「ものづくりからの脱却」を進め、もう日本人の物づくりはダメになったと10年以上も言い続けて来た。そうやって、日本人から「ものづくり=製造業」を奪おうとしてきた。

それと平行して、日本企業に中国・韓国に執拗に工場移転や技術指導をするように薦めていた。反日企業である中国・韓国に進出するデメリットはまったく説明することなく、ただ進出しないと時代遅れだという風潮を作っていった。

また、マスコミは意図的に日本企業を貶め、日本企業の人気がなくなるように誘導し続けてきた。

同時に、日本に進出しようとするサムスンのような企業を華々しく特集し、「サムスンに学べ」と上から目線で日本企業を嘲笑し、日本は敵わないような雰囲気作りをしていった。

マスコミはもう日本人の味方でも、日本の国益に沿った機関でもない。朝日新聞も、NHKも、いくつかの経済雑誌も、ことあるごとに中国・韓国を推し、日本の「ものづくり」をけなし続ける。


中国では物の価値よりも、価格が重視される

しかし、マスコミが何をやっても無駄だ。最終的に、日本の製造業は絶対に中国・韓国に負けることはない。これだけは、間違いなく言える。心配しなくても日本は最後に勝つ。

日本は技術を中国・韓国に移転せず、企業情報を盗まれないように徹底防衛し、日本人でものづくりに邁進していれば、必ず中国・韓国に勝てる。

日本企業が弱いのは、技術の防衛である。技術力ではない。

今後、中国企業の作った中国製品が世界を席巻すると言われているが、中国の製造業は遅かれ早かれ自滅する。なぜ、そんなことが断言できるのか。

中国は外国資本を国内に呼び寄せて、その技術を丸パクリすることによって成長を続けてきた国だ。

しかし、丸パクリしても、まったく同じ物にならない。必ず「劣化コピー」になってしまう。

その理由は簡単だ。中国では物の価値よりも価格が重視されるので、安ければ安いほど売れるからだ。

もちろん中国でもブランド品は売れる。しかし、ブランド品そっくりのニセモノがあって、そちらの価格がオリジナルの10分の1であれば、ニセモノの方が価値があると考える。

安く買えるのが、中国人にとっての価値なのである。

だから、外資を呼び寄せて何らかの製品や技術を手に入れて丸パクリしても、結局「安売り」の発想が優先されて、劣化コピーになっていく。


丸パクリしたものを安売りして「売り捨て」

これは製品だけにとどまらず、すべてに当てはまる。

たとえば、中国に何らかの料理店が進出したとする。ブランドもあり、味もしっかりしており、中国でもそれが評判になったとする。

そうすると、すぐに10店も20店も、同じタイプの店が林立する。ただ丸パクリして人気にあやかり、波に乗ろうとするのである。

しかし、丸パクリするのは自分だけではなく他人も同じなので、丸パクリ同士で競争が発生する。そうすると、必ずどこかで価格競争になる。つまり、安売り合戦になる。

そうすると、素材を安物に替えてコストを浮かしたり、素材の数を減らしたり、必要な工程を省いたりしていく。ここから本来のものからどんどん外れ、劣化していくのだ。

先進国では、「製品価値をより向上させて競争力を高める」という発想を持つ。

しかし、中国では逆だ。消費者に捨てられるまで劣化させて提供し、どうにもならなかったらそれを捨てる。

そして、また何か丸パクリできるものがないか探して、同じことを繰り返すのである。

中国にブランドがなかなか生まれないのは、中国人の発想が、製品価値を向上させてブランドを築くという発想よりも、ブランドを丸パクリしたものを安売りして「売り捨て」にする発想があるからなのである。

そんなことをしていると、技術の蓄積も、経験の蓄積も、信頼の蓄積も、まったく何もできない。

しかし、中国では信頼よりも金儲けの方が重要なので、粗悪品を売って金が儲かったら、あとはどうでもいい。売れなくなったら、また売れている他のものを丸パクリすればいいと考えているので、信頼などいらないのである。


中国の丸パクリは、先進国とはまったく違う

欧米でも、何らかの商品を丸パクリすることによって生きている会社はたくさんある。マイクロソフトも、グーグルも、アップルを真似して成長している会社であることは有名だ。

しかし、彼らは常に品質を向上させ、やがてオリジナルから別物に進化しようとしている。

丸パクリをすること自体は非常に嫌われるのだが、それを元にして別物になっていけば、やがては新しいチャンスも生まれる可能性は常にある。

「発想は借り物だが、そこから時間を掛けて、新しい独自の物に仕立て上げる」

丸パクリが許されるとすると、そのような動きがあるときだけだと言える。日本企業も、多くはそのような形で独自進化を遂げてきている。

しかし、中国の丸パクリは、まったく違う。丸パクリした上に劣化させ、どんどん粗製濫造にしてしまう。中国の丸パクリは使い捨てであって、根底にあるビジネス観が先進国のものとはまったく違う。

中国が自壊していくことが運命付けられているのは、丸パクリが劣化コピーとなって、品質がどんどん落ち、粗悪品の大量生産になっていくからだ。

目先のカネに目がくらんで、面倒な品質管理や信頼性構築がまったくできない。

とにかく、すぐに儲かりたい。自分が利益を独占したい。粗悪品で消費者が困惑しようが、死のうが、そんなことはどうでもよくて、ただ自分が儲かればいい。

カネが儲かって、何らかのトラブルが起きれば、さっさと逃げて行方をくらませばいい。

そのような利己的で強烈な拝金主義が蔓延しているからこそ、中国は自滅を運命付けられていると断言できる。


日本の製造業は、こんな馬鹿げた国に負けない

「日本も昔は欧米の丸パクリで生きていて、やがて高品質な製品を作れるようになった。だから、中国もまたそのような道を歩むはずだ……」

それが、今までの日本人の基本的な認識だった。

しかし、最近は「どうも違う」と考える人が世界中で増えている。中国はいつまで経っても「粗悪品生産国家」ではないかと、世界中が思うようになってきた。

つまり、中国は拝金主義であるがゆえに、自滅していくのではないかと世界は気づきつつある。

その認識は間違っていない。

中国に利己主義と拝金主義が蔓延している限り、自滅は避けられない。

中国の大気汚染も、極度の腐敗も、粗悪品の大量生産も、すべて根っこは同じだ。利己主義と拝金主義だ。それが中国大陸を汚染してしまっているのである。

今や中国は、自らが住む大気や、大地や、食品までも粗悪品にしてしまい、環境破壊で誰も住めない地獄のような場所になりつつある。

客観的に考えれば考えるほど、日本の製造業がこんな馬鹿げた国に負けるはずがないというのが分かる。

中国がやっているのは、「悪貨は良貨を駆逐する」そのものだ。真似できるものを探し、盗み、丸パクリし、安売りし、粗悪品をばらまいて「勝った」と言っているだけだ。

しかし、粗悪品はいずれ捨てられ、本物が最後に残る。本物と品質にこだわる日本企業は、必ず最後に残っていく。マスコミを鵜呑みにして駆逐されなければの話だが……。


日本のものづくりが中国に負けるなど、絶対にあり得ない。
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2017/12/20171216T1645300900.html


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中国に関わると技術・ノウハウ・サービス・ブランドをすべて盗まれる │ ダークネス:鈴木傾城
https://bllackz.com/?p=4979

アメリカのドナルド・トランプ大統領は断固たる決意で中国に貿易戦争を仕掛けているのだが、そもそもその発端となったのは中国による「意図的かつ悪質な知的財産の侵害」であった。

中国は自力で発展した国ではない。そして、中国はイノベーションを生み出している国ではない。中国はいかにしてアメリカと並ぶ大国となったのか。それは、徹底的な知財の侵害がその根底にあった。

「知財の侵害」と言えば、言葉が柔らかい。「中国は他人の技術・ノウハウ・サービス・ブランドを盗みまくっている」と言えば実態が分かるだろうか。

中国は、進出してくる海外企業に対して「合弁会社を設立しなければならない」と命令する。海外企業は、その条件を飲まないと中国には絶対に進出できないので、仕方がなく合弁会社を作る。

その「合弁会社」がワナなのだ、(鈴木傾城)



2. 中川隆[-13401] koaQ7Jey 2018年10月08日 06:00:46: b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-19063] 報告
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日本の潜水艦技術を盗もうと狙っているのが、例の中国である。
大量のスパイを日本へ送り込んでいると、かつて『大紀元』が報じた。

中国の潜水艦は、静謐性において劣っているので、簡単に潜水地点が捕捉されているという。潜水深度も浅く、その下に日本の潜水艦が潜っているケースもあるという。これでも、中国は大言壮語しているのだ。

日本、「新型潜水艦」リチウム電池を初搭載し「長時間音無し潜水」2018年10月08日
http://hisayoshi-katsumata-worldview.livedoor.biz/archives/12711244.html


日本の潜水艦技術は、静謐性で世界一とされる。その技術がさらに磨きがかかる。初めてリチウムイオン電池を搭載するので、完全に無音で長時間潜航可能という。これで、海の守りがさらに一歩進む。

潜水艦は最近、各国で導入を急いでいる。日本は、海に囲まれた国土だけに、敵艦がどこから現れるか分らない地勢にある。それだけに、「長時間音無し潜水」は日本の安全保障に果たす役割は大きい。

『日本経済新聞』(10月5日付)は、「潜水艦、音なしで長時間」と題する記事を掲載した。

「三菱重工業が防衛省から受注した潜水艦「おうりゅう」が4日、神戸造船所(神戸市)で進水した。潜水艦として初めてリチウムイオン電池を搭載する。蓄電容量が増えることで、エンジンを回さずにより長く、静かに潜航することができる。貿易赤字の解消を狙う米トランプ政権は日本政府に武器の輸入拡大を迫るが、日本の防衛関連企業は技術革新を進めて生き残りを目指す」

「音楽隊の演奏の中、進水を祝う日本酒の瓶が割られ、全長84メートルの巨体がドックごと海水に沈んでいった。基準排水量は2950トン、水中での速力は約20ノット。進水後も様々な作業が続き、海上自衛隊への引き渡しは2020年3月の予定だ」

「おうりゅうは05年から建造するディーゼル駆動式では世界最大級の「そうりゅう」をベースにした11番目の潜水艦。最大の特徴は鉛蓄電池に代えて、GSユアサ製の高性能リチウムイオン電池を搭載した点だ。一般に同じ個数、サイズであれば、蓄電容量は2倍程度に増えるとされる」

「新型潜水艦はディーゼルエンジンを回して発電した電気を蓄電し、実際の作戦や戦闘の際には電池からの電力だけで艦を動かす。エンジン音を消し、敵に見つかりにくいようにすることで優勢に戦う。リチウムイオン電池を搭載することで、行動半径や水中での活動時間が大幅に向上した」

日本の潜水艦技術を盗もうと狙っているのが、例の中国である。大量のスパイを日本へ送り込んでいると、かつて『大紀元』が報じた。中国の潜水艦は、静謐性において劣っている

ので、簡単に潜水地点が捕捉されているという。潜水深度も浅く、その下に日本の潜水艦が潜っているケースもあるという。これでも、中国は大言壮語しているのだ。


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EU、「サイバー攻撃」中国から防御すべく来年5月までに「対抗策」2018年10月10日
http://hisayoshi-katsumata-worldview.livedoor.biz/archives/12754417.html

中国の企業倫理感は、どうなってしまったのか。孔子の国が、世界中から警戒される国になっている。今度は、EU(欧州連合)の企業が中国のサイバー攻撃で技術窃取されていると訴えている。同じアジアの中国が、欧州でも警戒されている。恥ずかしい限りだ。そこまで背伸びして先進技術を盗み取る。その心根の卑しさに心も凍る思いだ。

『大紀元』(10月9日付)は、「EU、中国サイバー攻撃への対抗策を検討、来年5月までに導入」と題する記事を掲載した。

欧州連合(EU)は、中国からのサイバースパイの脅威に対して、対抗策の準備を進めている。2人の情報筋は米ニュースサイト『ポリティコ』に対して、企業秘密の保護に関するEU指令案に新たな措置を盛り込むと話した。今期の欧州議会が任期満了を迎える来年5月までに完成させるという。

(1)「同紙によると、欧州委員会は10月4日、EU加盟国の専門家、外交関係者、産業界のロビイストたちと会談した。委員会は、世界四大会計事務所・コンサルタントファームの一角を占めるプライスウォーターハウスクーパース(PwC)がまとめた調査報告について議論を行った。この調査は、『ヨーロッパの公的機関および民間企業が企業秘密のサイバー盗難に伴うリスクの増加について懸念を抱いている』と指摘した。調査によると、欧州の製造部門のなかで、企業秘密を狙う産業スパイの手法は、サイバー攻撃が94%を占める。また、この調査によれば、サイバースパイによる欧州産業への影響は、600億ユーロ(約8兆円)に及ぶと推計している」

企業秘密を狙う産業スパイの手法は、サイバー攻撃が94%を占める。また、サイバースパイによる欧州産業への影響は、600億ユーロ(約8兆円)に及ぶと推計している。サイバー攻撃で、労せずして知的財産権を窃取する。人間として国家として、最低行為である。倫理感のない国家の犯罪である。

(2)「過去の欧州委員会での報告は、サイバースパイ活動の活発な国として、中国政府を指摘してきた。PwCは、10月下旬をめどにこの調査報告を完了させる。委員会が公表後、その後の行動に移ると述べた。PwCはまた、EUと加盟国が中国と、米中会談のような通商会談を開催するよう提案している。PwCの調査によると、欧州内ではイタリア、フランス、ドイツ、オランダの産業部門で働く人々が、サイバースパイに最も懸念を示している。同社によると、なかでも、ドイツは最もこの影響を受けているという。2015年から2017年まで、17%のドイツ企業がサイバースパイの被害を報告している。PwCは、主要セクター外にある企業にも、サイバー攻撃事案について情報を通知するよう求めた。調査によると、EU全体では60%の企業が同攻撃による危険情報の共有を望んでいるという」

ドイツ企業は、2015年から2017年までに全体の17%が、サイバースパイの被害を受けている。メルケル首相は頻繁に訪中している。この件についてなぜ、沈黙していたのか。習近平氏に談じ込むべき事件である。ドイツは、この中国に対してM&Aで安易な姿勢を取っていた。警戒しなかったことが疑問である。

(3)「欧州最大のビジネスロビーであるビジネス・ヨーロッパは10月4日の声明で、EUに対して『中国のような敵対的勢力を抑止する戦略』を提示するよう求めた。そのなかで、『外交的な行動や経済的報復が検討に値する』とし、『EUは米国、日本、その他のOECD諸国と協力して、政治的圧力をかけるよう求めることも可能だ』と付け加えた」

中国が、これだけ広範囲にサイバースパイをやってきた以上、日米欧の3極が核となって中国を封じ込めるべきだ。有効な制裁措置とはなにか。米国が高い関税をかけて中国製品を追い払う。こういうトランプ米大統領の怒りも、分るような気持ちもするのだ。

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2005年に豪州に政治亡命した元中国外交官の陳用林

 父親を無実の罪により中国共産党の拷問で亡くした陳は、天安門広場の虐殺を目の前で目撃して衝撃を受けたそうだが、それでもいつしか外交官として中共政府の「先兵」となっていた。命ぜられるままに、法輪功信者の弾圧、反政府勢力の監視、中共にとっての危険人物の拉致などに携わっていた陳は、ついに良心の呵責に耐えかねて豪州政府に政治亡命を申請した。


 その際、陳の「告白」は豪州を震撼させた。陳によれば、その時点で豪州に1千人の中共スパイが潜伏し、軍事、科学、経済分野などのあらゆる情報を盗んでいるとのことだった。


 スパイには2種類ある。現地にダミー会社を作り、そこにビジネスマンとして工作員を送り込んだり、研究機関に研究者として送り込むケース。そして、もうひとつは現地に住んでいる中国人や留学生を勧誘して「エージェント」に仕立て上げるケースだ。エージェントの勧誘には金とハニートラップが使用され、中央政府を含むあらゆる個所にスパイ網が張り巡らされている。その他にも、現地に住む中国人が自由主義に目覚め、中共に批判的にならないように、ありとあらゆる洗脳工作がなされるという。


 陳は最近もテレビのインタビューに応じ、「この10年間でスパイの数は相当増加しているはずだ」と述べている。


 最重要標的の米国や、その同盟国の日本にははるかに多くのスパイが入り込んでいると陳は言う。中華系団体(留学生を含む)の代表は、ほぼ間違いなく中共政府に繋がっている。政府やマスコミなど、あらゆる主要機関にすでにスパイ網が張り巡らされていると考えて間違いない。米国のフランクリン・ルーズベルト政権に、驚くほど多くのソ連のスパイが入り込んで日米開戦を工作していた事実が思い起こされる。

私が最も衝撃を受けたのは、陳の政治亡命申請に対し、豪州政府が当初取った冷淡な態度だった。わざわざ中国総領事館に陳の個人情報を照会し、実質的に陳の亡命をリークする有様だった。なぜそんなことをしたのか。答えは「経済」である。2000年のシドニーオリンピック後、豪州は資源を爆買いする中国への依存を高める一方だった。政治的な問題で、お得意様の中国の機嫌を損ねたくなかったのである。


 日ごろは高邁な理想を掲げていても、現実には経済最優先で、お得意様がどんなに酷い人権侵害を繰り広げていたとしても、結局は二の次、三の次なのである。昨年は北の要衝ダーウィン港を人民解放軍と密接に繋がる中国企業に99年間リースするという大失態までやらかした。もちろん、州政府に対する工作がなされていたことは疑う余地がない。「極めて愚かだ」と陳は嘆く。


 去る1月17日、法務省が外国人の永住許可について、高度な能力を持つ人材に限って許可申請に必要な在留期間を最短で「1年」に短縮する方針を発表した。これも、経済界からの要請によるものだろう。


 私はグローバル企業勤務が長いので、国際的観点から、いかに日本で人材が枯渇しているかよく知っている。そして前述したように、私は移民の効果、特に高度人材の有効性をよく認識している。しかし、「親日的で融和的」という大前提を忘れれば、わざわざ反日工作員に城門を開ける愚を犯すことになる。すでに相当浸食されていると思われる日本にとどめを刺す「ダメ押し」となるだろう。戦わずして占領できる可能性がにわかに高まり、ほくそ笑んでいるのは間違いない。そして、日本の滅亡は、皮肉なことに長期安定保守政権である第二次安倍内閣が決定づけたと歴史に記憶されることになるだろう。


 陳用林は今もシドニーで中共の監視下に置かれながら生きている。彼の生命を賭したメッセージを受け取れるかどうかに、日本の命運がかかっていると言っても過言ではない。
https://ironna.jp/article/5962?p=3

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中国、「精華大」米へサイバー攻撃とUSTR発表「汚れた最高学府」2018年11月24日
http://hisayoshi-katsumata-worldview.livedoor.biz/archives/13790102.html


中国の精華大学と言えば、北京大学と並んで最高の評価を受けている。前国家主席の胡錦濤氏と現国家主席の習近平氏の母校である。その大学がサイバー攻撃に手を染めていた。米国通商代表部(USTR)が発表した。

実は、8月時点で精華大学がハッキングに関わっているという報道が出ていた。

「米情報分析会社のレコーデッド・フューチャーは、中国トップの清華大学からハッカーがスパイ目的で米国のエネルギー・通信関連企業、アラスカ州政府のシステムを調査していたとロイターに明らかにした」(『ロイター』8月16日付け「中国、清華大学から米企業・政府にハッキングの試みー情報分析会社」)

この件は、私のブログ(勝又壽良の経済時評)で取り上げたが、「まさか、精華大学が」という半信半疑な部分もあった。今や、USTRの公式報告書に名前が出てくると、「ついに犯罪行為に手を染めたか」という残念な思いがする。敗戦間近な日本が、大学生を特攻兵として戦線に送ったように、中国もここまで切羽詰まった事態に追い込まれているのだろう。「中国落城」を思わせるような不吉な前兆と見るべきだろう

『大紀元』(11月24日付)は、「中国のサイバー攻撃に名門大が関与、米通商代表部が報告書改定」と題する記事を掲載した。

(1)「米通商代表部(USTR)は20日、米通商法301条に基づき実施した調査の報告書の改訂版を発表した。報告書は、中国当局が米企業の知的財産権を侵害し、技術移転を強要する「不公平」な慣行が改善されていないと指摘した。報告書によると、中国当局はサイバー攻撃を通じて米企業の知財権、商業機密、技術データを取得している。米政府は、中国名門校の清華大学と国有通信大手の中国電信(チャイナ・テレコム)が、サイバー攻撃に関与したと明らかにした。最新報告書では、今年3月にUSTRが初めて米通商法301条に基づき調査を行った以降、中国からのサイバー攻撃の頻度が増えたとの見方を示された。また、手法もより複雑化したという」

精華大学とチャイナ・テレコムが、サイバー攻撃に関わっているという。いずれ、米国政府の制裁対象になろう。米国へのビザ発給停止や大学院留学の禁止措置などだ。

(2)「最新報告書によると、今月米サイバーセキュリティ会社のガーボン・ブラッグ(Carbon Black)は、7〜9月期において米製造業へのサイバー攻撃が急増し、『この種の攻撃はしばしば中国当局とつながりがある』との見解を示した。また、同業のレコーデッド・フューチャー(Recorded Future)は今年5月下旬に、清華大学と関連のあるIPアドレスから米企業にサイバー攻撃をかけただと突き止めた。なかには、米アラスカ州政府の訪中が3月に発表されてから、清華大学を発信源とするハッカー集団は同州政府と関連団体のネットワークを監視し、複数回スキャン活動を実行した。中国のハッカーは、ネットワークにアクセスできるようにシステムの脆弱性を探していたという」

中国が、ここまで米国の国益を害する行為を行いながら、口では「互恵関係の維持発展」などと言っている。何とも、空々しく聞える。多分、中国の意識では自らの行為を正当化しているはずだ。世界覇権を奪取するという「革命戦争」の一環という認識であろう。となれば、もはや戦争状態である。米国は、遠慮会釈なく中国封じ込めに動くべきである。因果応報である。


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中国、「孔子学院」世界中へ548校と拡大し米国は「警戒強める」2018年12月09日
http://hisayoshi-katsumata-worldview.com/archives/14185892.html


孔子学院は、中国語と中国文化を広めるのが表向きの役割。実態は、諜報機関として活動している。大学に付設されるケースが多く、学生をスパイに引き込む窓口となっている。米国では、FBI(連邦捜査局)が常時、監視する危険な存在としてマークされている。

『人民網』(12月7日付)は、「孔子学院世界に548校」と題する記事を掲載した。

(1)「中国は現在154ヶ国・地域に孔子学院を548校、小中学孔子課堂を1193ヶ所設立しており、その学生の数は187万人にのぼる。孔子学院は長年に渡り言語を糸として、中国と世界150数ヶ国の人々の心を結ぶきずなという綱を編み上げてきた。同時に自身の教育水準を絶えず向上させてきた。孔子学院の専門・兼職教員は4万6700人で、国際中国語教員基準、学習基準、教育大綱、試験大綱の改善を続け、健全な中国語国際教育品質標準体系を構築し、教育の質を高めている」

孔子学院の講師は中国が派遣する。教材もすべて中国政府が決定している。米国で問題になったのは、学外において、教材やカリキュラムが決められるなど、大学教育への干渉が忌避された。同時に、中国人留学生を使ってスパイ活動をさせた点も問題になった。カナダや米国で、大学が孔子学院を閉鎖させた。米国では議員が先頭に立って、閉鎖運動を進めている。

(2)「孔子学院本部責任者、国家漢語弁公室副主任の馬箭飛氏によると、今年世界で新設された孔子学院は30校。中国は2004年より、英国やフランス、ドイツなどの自民族言語普及の経験を参考にし、海外で中国語教育と中国文化の伝播を主旨とする非営利教育機関・孔子学院の設立を模索し続けている」

中国政府が、孔子学院を世界中に広めているのは、世界覇権計画の一環である。これは、中国政府自身が立てた計画で明らかにされている。日本でも孔子学院が私学系大学に併設されているが、国公立大学はゼロである。文部科学省が危険な存在として併設に難色を示しているものと予想される。




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アメリカの産業スパイ事件、9割に中国が関与
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/12/9-20.php
2018年12月13日(木)17時00分 クリスティナ・マザ ニューズウィーク

米政府や議会は中国が国家ぐるみでサイバー攻撃やスパイ活動に励んでいると警戒する BeeBright/iStock.


<アメリカで中国のハイテク企業への風当たりが強まる中、中国によるスパイ活動の実態が明らかになった>

米司法省が過去7年間で摘発した経済スパイ事件の90%に中国が関与していたことが、12月12日に同省が米上院情報委員会に提出した報告書で明らかになった。

「2011〜2018年にかけて、経済スパイ容疑で司法省が起訴した事件の90%以上は中国が関与またはその便宜を図ったものだった。企業秘密を盗もうとした罪で起訴した事件の3分の2以上は中国とつながっていた」と書かれている。

中国政府が企業秘密の窃盗を直接指示したことを必ず明らかにできるとは限らないが、実際にあった事例はほぼ例外なく中国の経済政策を利するものだった、という。さらに、中国に知的財産権の侵害を取り締まる法律がないことや米当局の捜査に対する非協力的な態度、中国経済における国有企業の肥大化が、中国の国家ぐるみの犯罪を助長しているとした。

■雇用の半分が失われた例も

「よい例が、米企業から風力タービンの技術を盗み出した罪で有罪判決を受けた中国国有企業の風力タービン大手、華鋭風電科技集団の事件だ。それにより米企業の企業価値は10億ドル以上下落し、全世界の従業員の半数以上に上る700人の雇用が奪われた」と、報告書にある。

「最近では、中国人の科学者が米バイオ医薬品企業から遺伝子組み換えされたコメの種子を盗んだ罪で起訴された。種子を受け取った中国の作物研究所は盗んだ技術を使って経済的利益を得ている」

今回の報告書は、2013年に当時NSA(国家安全保障局)の長官を務めていたキース・アレクサンダーが、産業スパイと知的財産の窃盗は「史上最大の富の流出」としたコメントを裏付けるものだ。米シンクタンク民主主義防衛財団(FDD)が9月に発表した報告書は、中国のサイバースパイ活動による米企業の損害は年間3000億ドルに上り、「アメリカの技術にとって最大の脅威」と断じた。

ドナルド・トランプ米政権は、中国との通商摩擦の中でもとりわけ知的財産の窃盗を問題視して貿易戦争を仕掛けてきた。マイク・ペンス米副大統領は10月4日に保守系シンクタンク、ハドソン研究所で演説した際、中国政府は「あらゆる手段を使ってアメリカの知的財産を取得するよう官僚や企業に命じている」と批判した。

ただし今後の米中交渉でその問題がどう対処されるかは不透明だ。一部の政策アナリストは、中国による経済スパイ活動を封じるため、アメリカは新たな制裁措置を講じるべきだと主張する。

「中国のハッキングに対する仕返しとして、アメリカは対象を特定して国際的な制裁体制を築くべきだ。サイバースパイ活動で利益を得た企業に制裁を科し、スパイ防止活動を強化することで、人工知能(AI)や量子コンピューター、半導体、通信システムならびに中国の技術戦略の中核となる他の領域に関して、中国のスタートアップや小規模企業を監視する必要がある」と、米シンクタンク外交問題評議会が12月6日に発表した論文の冒頭には書かれている。

■「中国共産党と企業は一体」

米共和党のベン・サス上院議員(ネブラスカ州選出)は12月12日、上院司法委員会の会場前で取材に応じ、司法省の報告書についてこう言った。

「中国企業と中国共産党の間にありもしない区別をしたがる人が、ワシントンには多すぎる」と、彼は言った。「(中国による経済スパイ活動は)企業による盗用や、昔からあるスパイ対スパイの駆け引きより遥かに大きい問題だ。中国は習近平国家主席の裁量で実行可能なあらゆる手段を利用することで、戦いを始める前から勝利したがっている。そのために国家権力を利用する時もあれば、民間人や企業を利用することもある。この脅威に今すぐ対処すべきだ」

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中国、「新4大発明」なんと日本の新幹線を自国発明品に「パクリ」2018年10月22日
http://hisayoshi-katsumata-worldview.livedoor.biz/archives/13034188.html


中国は、日本の発明した新幹線を、高速列車と呼び変えて「中国発明」と言い出している。インターネットで勝手に言いふらす類いの無責任発言でなく、中国で著名大学である復旦大学中国研究院の張維為院長の発言(『人民網』3月18日付)だ。

張氏は、「中国はイノベーション主導とイノベーション型国家の建設を強く推し進めており、これは掛け算のような効果を生み出す方法である。『新四大発明』が経済と社会にもたらす効果から、人々はこの点についてすでに目にしていると言えるだろう」と意気軒昂である。

習近平氏が、世界覇権に挑戦して勝てると踏んでいる根拠には、前記の「新4大発明」が基盤になっているようだ。まず、その「4大発明」なるものの内容を見ておきたい。

『人民網』(2017年12月19日付は、「世界の人々の暮らしを変える中国の『新4大発明』」と題する記事を掲載した。

(1)「今年に入り、『一帯一路』参加国である20ヶ国の若者たちにより、高速鉄道とネット通販、支付宝、シェア自転車が中国の『新4大発明』」として選ばれた。五大陸の異なる人種の留学生にとって、中国の最も便利なライフスタイルである『新4大発明』は、すでに彼らの生活に深く根ざしている。

@ 高速鉄道は「中国の速度」を示し、都市間の距離を縮めた。

A 発達したECサイトを通じて、世界各地の消費者の手に高品質の商品が届けられる。

B QRコードをスキャンする決済方法が流行し、財布を持たず外出することが日常茶飯事になっている。

C シェア自転車は「最後の1キロ」の解決策を提供し、交通渋滞を効果的に緩和させている。

『新4大発明』は中国の近年の科学技術革新の縮図と言える。中国人の暮らしを変えたばかりか、世界の中国への認識を新たにし、中国の革新モデルを活き活きと分かりやすく世界に示した。新華網が伝えた」

新華網といえば、中国政府機関紙『新華社』の電子版である。ここで取り上げた「新4大発明」記事が、今度は中国共産党機関紙『人民日報』の電子版である「人民網」に転載された。よほどうれしいニュースなのだろう。しかも、日本の新幹線が原型である、高速鉄道を「中国生まれ」と誤解した留学生の誤りを正すことなく、チャッカリと悪用して「中国生まれ」として通用させる。大袈裟に言えば、こういう手法で中国にとって都合の良い誤りでも広めてきた。尖閣諸島問題も、悪知恵を使って「中国領」にでっち上げてきたに相違ない。

この伝で言えば、「中国三大発明」とされる、火薬・磁石・印刷も怪しくなる。私は、古代中国が、当時の文明国アラブ世界と交易関係を持っていたので、アラブから伝わってきた技術を、いつの間にか「中国三大発明」として詐称したのでないかと見ている。英国の科学史家は、古代中国とアラブ世界の交易関係を取り上げている。

前記の「新4大発明品」の中味をみて驚く。高速鉄道は日本技術である。他の3つの中に、シェア自転車が入っている。このシェア自転車は、今やすっかり下火である。乱立した業界は整理統合され、大手も消えてしまった。街中に、「シェア自転車」が放置されて、都市の美観を損ねるほかに、交通の邪魔になったのが衰退した理由である。雨後の筍のように、新規企業が殺到するが長続きしない。これが、中国の限界である。要するに、真のイノベーション能力がなく、「イミテーション能力」に長けているだけだ。

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中国、「スパイ・スカウト」パソコン・女性・学費支給「3大接近法」2018年11月06日
http://hisayoshi-katsumata-worldview.livedoor.biz/archives/13343988.html

映画で見るスパイには、必ず女性が登場する。男をスパイの手先にするには、これが、古典的手法のようだ。このほど、米司法省が相次いで逮捕した中国スパイの3大手口では、女性のほかに、パソコン供与と学費支給で学生をスパイに一本釣りした様子が分るという。

『大紀元』(11月5日付)は、「米ジャーナリスト、中国のスパイ・スカウトの手法を分析」と題する記事を掲載した。

(1)「正式な接触の前、「スポッター(spotter)」と呼ばれる中国の調査員が、ターゲットについて調査・評価を行う。そして、その結果を情報機関の幹部に提出する。幹部らは、正式なスカウトに値するかを再評価する。スポッターの多くは、シンクタンク、大学、企業幹部であり、スカウトに直接関与していない」

(2)「ターゲットになった米技術者をスパイ活動に駆り立てるため、さまざまな手段で動機づけをする。金品の供与、イデオロギーの宣伝、脅迫、またはスパイ生活のスリル感を味わせるなどなど。中国当局は、中国人をスカウトする場合、脅迫や愛国心の利用などの手段を多用している。欧米人に対しては、金品の提供が多い」

(3)「中国の工作員はターゲットとなった欧米人に、直ちに祖国への反逆を求めることはない。まず気づかれないように良好な関係づくりに腐心する。米中央情報局(CIA)ブレナン前長官は、「(スパイになった米国人が)気づいた時点ですでに時遅し」とその手口は巧妙だと述べた」

(3―1)「2001年中国に留学し、その後中国上海に移り住んだバージニア州出身の大学生、グレン・シュライバー(Glenn Shriver)氏は04年、諸外国の貿易白書の作成スタッフを募集する新聞広告を見て、応募した。広告を掲載した中国人が、シュライバー氏に120ドル(約1万3537円)の論文作成費を支給し、同時に2人の男性を紹介した。学生と2人の男性は親しくなるにつれ、男性らは学生に対して、米への帰国、米の国務省またはCIAでの就職を薦めた。中国の情報機関は、大学生に採用試験の参加費として、3万ドル(約338万円)を与えた。大学生は2回採用試験を受けたが、2回とも失敗した。2007年、CIAの秘密プロジェクトの採用試験にも応募した。中国情報機関はその際、学生に4万ドル(約451万円)を渡した。大学生はその後、逮捕された。米諜報当局は大学生をモデルにした啓発ビデオを作成した。海外に留学している米国人学生に対して、中国人工作員からの誘惑に警戒を高めるよう呼び掛けた」

(4)「ターゲットとなる人に対して、中国情報部員は時にストレートにスパイ行為の強要を切り出す。2017月2月、CIA元幹部のケビン・マロリー(Kevin Mallory)氏がソーシャルメディアのリンクトインで、中国の上海社会科学院の職員と自称する人物からリクエストを受け取った。FBIは、中国国家安全省は、中国社会科学院と連携して活動していると指摘した。社会科学院の職員と名乗る中国の工作員は多く存在するという。マロリー氏はその後、電話を通じてこの上海社会科学院の職員と連絡を取り、17年4月に中国で2回面会した。そこで、マロリー氏は特別な電話機を受け取り、 安全なメッセージ機能を使って中国の「顧客」に連絡する方法を教えられた。マロリー氏は中国の対米政策白書の作成に2回協力した」

FBIは、中国国家安全省が中国社会科学院と連携して活動していると指摘した。社会科学院の職員と名乗る中国の工作員は多く存在するという。中国社会科学院といえば、哲学及び社会科学研究の最高学術機構であり、総合的な研究センターだ。研究所31、研究センター45、研究者4200人を擁し、中国政府のシンクタンクとして大きな影響力をもつ。また世界80ヵ国のシンクタンク、高等研究機関200余りと日常的に交流する。政府直属事業である。

この中国社会科学院が、中国のスパイ活動の一端を担っているとは驚きである。学術研究に名を借りてスパイに誘い込むとは、恐るべき国家である。ここまでスパイする意図は何か。相手国を出し抜き、陥れる謀略を秘めているのだろう。この地球上に、このような国家が存在すること自体、恐怖である。後進国が、先進国へのし上がろうという謀略である。労せずして甘い汁を吸う策略だ。「中国製造2025」は、まさに謀略のシンボルであろう。

中国が、ここまで謀略に長けているのは、中華帝国の戦略そのものを受け継いでいる証拠だ。こうした手練手管を駆使し、中国の版図を拡大してきたに違いない。

(5)「スパイとその指令役(handler)の連絡方法は以前の直接会うことから、現在暗号化された通信機器の利用に変わった。FBIは今年1月、中国情報機関の指示を受けて米国内でスパイ行為を繰り返していたとして、CIA元職員の李振成(英語名、Jerry Chun Shing Lee)氏を逮捕・起訴した。起訴状によると、2010年4月李氏は中国の工作員2人に会った。工作員は李氏に金品の供与を約束し、その見返りとしてCIAに関する情報の提供を求め、密かに連絡するために、李氏に複数の電子メールアドレスを提供した」

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/203.html#c4

[近代史3] 社会主義マジック _ 中共が GDP 世界第二位の超大国になれた理由 中川隆
5. 中川隆[-12552] koaQ7Jey 2019年2月01日 10:12:23 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]


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馬渕睦夫
日本では5万人の中国人が工作活動に従事している:


河添恵子#8-1 ゲスト:馬渕睦夫★リアルに存在するスパイ&工作員の実態 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=ukhGim45GB0


河添恵子#8-2 ゲスト:馬渕睦夫★ディープステートが支配する世界 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=Pxqk80onq6I

収録日:2018年9月11日

今回のテーマは「スパイ(工作員)」映画やドラマの中だけじゃない、リアルスパイのお話をお送りします。

 

・スパイ(工作員)の存在

・トランプ大統領の21世紀の赤狩り

・馬渕大使のスパイ体験談

・スパイ3要素:1.接触 2.取込 3.操作

・海外駐在のあるある→有能な秘書は当局と通じている

・ソ連時代のモスクワ、ウズベキスタン、トルクメニスタンでのエピソード

・<中国・統一戦線工作部の幹部養成用教材について>
教材にはその手口について「団結できそうな勢力を欠かさず取り入る」「相手に友好、寛容の態度で接する」。
一方「海外の敵対勢力に対しては冷血無情に完全孤立させる」と明記されている
英フィナンシャルタイムズ紙 2017年12月20日より

・日本には中国のスパイ(工作員)が5万人

・あなたの隣にいるスパイ

・一皮剥いた世界の現実に対応する力

・『Silent Invasion: China's Influence in Australia』
(静かなる侵略:オーストラリアへの中国の影響)
著:クライブ・ハミルトン(チャールズ・スタート大学教授)

・中国は 民主主義を利用して 民主主義を破壊する 

・中国の民主主義的破壊活動

・日本人は「金・名誉・異性」に対する免疫力を持て

・国民一人一人の免疫力が重要

・民主主義を利用して民主主義を潰す、それが共産主義のやり方

・日本の左翼も同じ方法論を採用している(知ってやってる人と知らずにやっている人がいる)

・共産主義国家の作り方・・・平和(自由・平等)を唱える→内戦・革命にもっていく→共産党政権を作る

・それは中国だけではなく、世界各地、そしてアメリカ内でも起こっていること

・ディープ・ステート(Deep State)
米国内の影の政府、背後にいる権力者のこと トランプ氏はそれらと
戦っている人物であると右派評論家等が定着させた言葉
同タイトルで英FOX製作MI6・CIA関連のドラマも人気

・ディープ・ステートが操るアメリカ
 大統領任命、議会、司法省、FBI、メディア、全てがディープ・ステートの手足になっている

・トランプ批判記事の狙い
・トランプ VSディープ・ステートの戦い真っ最中
・ロシア革命以降、百年の歴史を改める
・「ユダヤ系の大資本家が左翼のバックにいる」ことを自覚しましょう

Q. スパイ(工作員)の見分け方
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/203.html#c5

[リバイバル3] 中川隆 _ 中国関係投稿リンク 中川隆
10. 2019年2月01日 10:38:46 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]
有史以来 戦争に勝った事が一度も無い漢民族が巨大な領土を手に入れた手口
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/204.html

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/925.html#c10
[近代史3] 有史以来 戦争に勝った事が一度も無い漢民族が巨大な領土を手に入れた手口 中川隆
1. 中川隆[-12551] koaQ7Jey 2019年2月01日 10:49:29 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

尖閣・千島 お隣の国  武田邦彦 (中部大学)

https://www.google.co.jp/search?lr=lang_ja&hl=ja&rlz=1I7AWNC_jaJP826&tbs=lr%3Alang_1ja&ei=uaRTXPHbAZmk-Qb_r7awAg&q=%E5%B0%96%E9%96%A3%E3%83%BB%E5%8D%83%E5%B3%B6%E3%80%80%E3%81%8A%E9%9A%A3%E3%81%AE%E5%9B%BD%E3%80%80%E3%80%80%E6%AD%A6%E7%94%B0%E9%82%A6%E5%BD%A6+%EF%BC%88%E4%B8%AD%E9%83%A8%E5%A4%A7%E5%AD%A6%EF%BC%89&oq=%E5%B0%96%E9%96%A3%E3%83%BB%E5%8D%83%E5%B3%B6%E3%80%80%E3%81%8A%E9%9A%A3%E3%81%AE%E5%9B%BD%E3%80%80%E3%80%80%E6%AD%A6%E7%94%B0%E9%82%A6%E5%BD%A6+%EF%BC%88%E4%B8%AD%E9%83%A8%E5%A4%A7%E5%AD%A6%EF%BC%89&gs_l=psy-ab.3...2544.12583..14526...0.0..0.148.284.0j2......0....2j1..gws-wiz.Ba5QjP0jyBo

尖閣・千島 お隣の国  (1) 支那だった中国


第1章  おとなりの中国

第1節  支那が中国だった昔のはなし


「項羽と劉邦(「こうう」と「りゅうほう」)の物語」は、多くの人が知っている有名な英雄伝説だ. 特に、項羽といえば背の高さ185センチ、筋肉隆々とした大将軍で、戦をすれば負けることはなく、酒を飲めば2升は簡単、豪快でサッパリしていて、生涯ただ一人の女性を愛し、その女性と運命をともにした。女性なら誰でもポッとなるという人物だった。


 その項羽が馬上にまたがり数10騎の家来を引き連れてある川の畔を通ろうとしたときだった。川辺に水をくみに来た一人の少女が項羽たちをやり過ごすために少し離れたところにポツンと立っていた。


 運命というのはそういうものなのだろう。項羽はふとその娘の方を見て初々しい可愛らしさに馬を止めた.


「近くのものか、それとも胡人か?」


と聞いた.川に水をくみに来ているのだから、近くの娘には違いないのだが、その少女の目は項羽から見ると青色がかって見えたからだ。


「近くのものです・・・」


 その少女の名前は「虞(ぐ)」、年は14.


 早速、項羽は娘を馬に乗せて少女の家に訪れ、軍資金として持っていた金を与えて「虞」をもらった。


 この「虞」こそが2200年後の今日に至っても語り継がれている武将、項羽が生涯、愛し続けたたった一人の女性だった。後に「虞美人」と呼ばれ、中国ではヒナゲシのことを虞美人草と呼ぶ.


 さらに明治の文豪・夏目漱石は処女作に「虞美人」という題名をつけている。虞美人は中国4美人にカウントされることもあるが、虞美人の「美人」は美しい人という意味ではなく、大将のご夫人というような意味で、「虞妃」(虞という名前の妃)と同じような意味である.


 この項羽、武勇も優れ、気っぷに優れ、部下にも慕われていたようだし、さらに虞美人との仲も良かったが、最初は盟友であり、最後は仇敵となる劉邦との天下分け目の戦いに敗れ、虞美人を抱きながら自害する。


 その時の項羽の歌と伝えられる漢詩を紹介しよう。


力拔山兮   力、山を抜き,


氣蓋世。   気力は世を覆うほどだった。


時不利兮,  でも時は味方せず、


騅不逝。   愛馬も進もうとしない。


騅不逝兮,  儂の愛馬が進まないのだから、


可何,    どうしようもない。


虞兮虞兮,  それにしても虞よ、虞よ、


奈若何 !   おまえをどうしようか!


 この詩も歴史的に名高い「垓下歌(がいかの歌)」である。劉邦との最後の戦いは垓下で行われ、項羽は敗れて虞美人とともに死んだのだ。


 虞美人は項羽の詩に次のように返して死ぬ.


漢兵已略地,


四方楚歌聲。


大王意氣盡,


賤妾何聊生


 周囲をすべて敵に囲まれ、将軍の運命もつきたというような意味だが、「さすが、虞美人。死ぬ前に詩を詠むとは」と感心するところだ.


 ところで、詩の2番目に「四面楚歌」という4文字熟語があるが、今、日本の高等学校の入学試験にでた場合は「あたり一面、敵だらけ」という意味を書かないと×になる。本当はもう少し含蓄があるが機会があったら説明したい。


 ともかく項羽は死んで一件落着し、中国の最初の長期王朝「漢(前漢)」が誕生するのである。時、紀元前2200年だ。


 この「項羽と劉邦」の話はロマンあふれるが、ここで覚えておかなければならないことが2,3ある。


 まず四面楚歌の「楚」という国だ。中国の国の名前は、大きく「南の方の国というと、楚、呉、宋などの名前が出てくる。だいたいは揚子江の近くの地域で、海側は上海、内陸では南京、重慶などの都市の名前が浮かぶ地帯だ。また、時によってはもっと南の広州なども含むことがある。とにかく、楚、呉、宋などという名前がでてきたら「ああ、南の方だな」と思えば中国の歴史はわかりやすい.


(平成22年11月7日 執筆)


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尖閣・千島 お隣の国 (2) 秦の始皇帝と支那(チャイナ)


ところで項羽と劉邦が戦った20年ほど前には、中国を初めて統一した「秦」の始皇帝がいた。


「秦」と聞くと「チベットの方」という感じだが、そこまでは行かないがやや山の方からでてきた王朝である.

この秦の始皇帝が中国で初めての皇帝になったのが、項羽が死んだ年よりわずか18年前だった。


なにしろ中国で初めて国が統一されたので、中国の名前を「秦(しん)」を少しもじって「シナ」と呼ぶことになり、英語ではチャイナ、日本語では支那と呼ぶようになった。


「中国」というのは20世紀になってからの名前で、中国の歴史を尊重し、中国を尊敬する場合は「支那」と呼ばなければならない。歴史をよく知らない人は「支那」という名前は中国を蔑視したものと思っているが、「支店」などで使う「支」という意味で使われていたのではなく、秦の音から来ている.


 ところで秦の始皇帝は、なにしろ初めて国を統一したのだから、やることも多い.まず国の仕事を、行政、軍事、監察の3つに分けてそれぞれの長を決めた。地方は「藩」を作って地方分権にしようという人と、「県にして中央集権」という人がいて対立したが、結局、36県をおいて中央集権にした。


 なんでも最初は大変で、トライアンドエラー、つまり「やってみなければ分からない」ということが多い.今なら北京から上海までヒコーキで楽々と行けるが、当時は大きな国になると周辺まで行くのが大変だ。


 生物でもそうで、今から6億年前に多細胞動物が最初にできたときには、体の形、目の数、足のつける方向などなにも分からなかった。そこで、目の数は1ヶから5ヶの生物を作ってみたが、どうも2つが一番、都合が良いようだということになって、目は2つになった。


 足も最初は四方八方についた動物もいたが、移動するときには体の下の足だけで良いらしいと言うことが分かって、足も体の下だけにつくようになったのである。


 さらに外敵にも備えなければならないので、始皇帝は、万里の長城を作ったり(北の守り)、全国を巡回したりした。かなり努力はしているのだが、何しろ最初のことだから、上手くいくはずもない。始皇帝が旅先で死んでから2200年も経つけれど、未だに「暴君、始皇帝」というイメージが強い

.

私には名君に見えるが、「時代を拓く第一陣は、結局は報われない」という人間社会の原則がここにも生きているようだ。


 秦の始皇帝がやや失敗して死んだ後、項羽と劉邦が登場してくる.


前回に書いたように、血筋のよい項羽に勝った劉邦はもともとは中流農民のせがれで、若い頃は荒くれ者で行状も良くなかったのだが、だんだん大将になっていくにしたがって策略や深慮遠謀に富むようになった。女癖は最後まで悪かったようだが、それでも信望があり、ついに項羽を倒して「漢」の国を建てて初代皇帝にになった。


 今では、劉邦がたてた「漢」を「前漢」と言うけれど、もちろんそれは後に「後漢(「ごかん」と呼ぶ)」ができたから前漢というのであって、最初から前漢ではない。だから、面倒な人は前漢も後漢も「漢」と呼んでも中国の歴史を知る上ではあまり関係がない。


 前漢を作ったのが劉邦で、後漢は同じ「劉」の姓を持つ劉秀だから、いわば親戚筋だ.それにこの劉秀は皇帝になって光武帝という名前を名乗るが、前漢の政治体制を引き継いでいる.だから、


「紀元前200年から紀元後200年までの400年間、中国には「漢」という国があった。」


と覚えるのが一番、簡単でかつ役に立つ.そして、


「その「漢」の前に、中国は初めて統一され、「秦」という国ができ、その「秦」という名前からチャイナ、シナという中国の国の名前ができ、「漢」の人を「漢人」と呼ぶ。」


の2つを覚えれば古代中国ばかりでは無く、現代の用語にも少しは詳しくなる

.

 ここでもう一つ、重要なことを整理しておかなければならない。


 秦の始皇帝が支那を全国統一するまでは、中国の中心部に王朝があったが小さかった.その人たちがいわゆる「現地人」で、現地人の多くの国の内、西に「秦」があり、南に「楚」があった。


だから、「秦」、「漢」の王朝ができるまでは、「支那には現地人がいた」ということになる。どこの土地にも統一国家のようなものができるまでは「現地人」がいる。日本も大和朝廷ができるまでは九州に小さな国はあったけれど、それ以外は現地人だった。


北海道にはアイヌが、アメリカにはインディアンが、そしてオーストラリアにはアボリジニがいて、いずれも集落や小さな地方都市はあったけれど、国家というハッキリしたものは無かった。


どの国も、例外なく「最初の現地人の時代」からやがて「国」としての体裁を整えてくる。先進国が書いた書物を見ると、「開発途上国」の地域には「現地人」という呼び名が出てくるが、先進国が「国」としての体裁を整える前は「現地人」とは呼んでいない。


これは無意識のうちに先進国と開発途上国の区別をしているのだろう。

(平成22年11月10日 執筆)


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尖閣・千島 お隣の国(3) 城壁の意味


中国の歴史では殷、周などの古い時代の王朝を国と呼んでいるが、支那全体の大きさから言えば、まだホンの一部だった。


また、支那を秦の始皇帝が中国を統一したといっても、それは現代の国家とはずいぶん違う.なにしろあの広い支那に5000万人ぐらいしかいないのだから、人間がいるといっても大陸全体は人が少なく閑散としていた。


さらに、その少ない人のほとんどは「城壁に囲まれた集落」に住んでいて、住民は朝になると門をあけて畑まで歩いていき、そこで畑を耕したり収穫したりしていた。今でも当時とあまり変わらない集落があるので、その写真を示したい。


この写真は現代の甘粛省の農村で、今から2000年前と比べれば細かくは違うが、おおよそ漢の時代の集落の様子を思い浮かべる事ぐらいはできる。


 写真の下の方に小高い丘があり、その中に集落が写っている。村壁(壁の中にお城があるかどうかは問題ではないので、城壁というより村壁の方が用語としては正しい)は2重になっていて、数10ヶの家屋が二重壁の中にある。


 日本の常識では、このような「壁」の中には殿様がいるのが普通だが、それは世界でほぼ日本だけで、多くの国では「村や町」を壁で囲っている。つまり、壁の中に住んでいるのは村人で、同時にある程度の自衛的な武器などを備えている

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 村民は朝になると城壁の扉を開けて畑に農作業に行く.そして夕刻になると慌てて畑から帰り、城壁の扉が閉じられるまでに村壁内に戻るのである

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 どうしてこんな面倒なことをしているかというと、「中国」という国がないことによる。「国がない」というと抵抗がある人には、「国はあるが無政府状態」と言っても良いし、「国はあるが無警察状態」と言っても良い。


 「そんなことはない」と疑問を持つ人もいるだろう.地図を見ると「漢」という国の領土はシッカリしているし、歴史書には「秦の始皇帝は郡県制度を採用し、全国を36郡に分け、郡の下に県をおいて、県令、県長にその県を治めさせた」とある。


 歴史を学ぶときに気をつけなければならないのは、「用語が同じでも時代とともに内容が変化する」ということだ。なにしろ漢の時代は今から2000年も前だから「県」と言っても愛知県や徳島県などと違うし、今の知事、つまり県令は同じ権限を持っているわけでも、警察が隅々まで見ている分けでもない。


 現代のアメリカですら、「ピストルを所持しないと不安だ」ということで銃器の携帯が許されているぐらいだから、2000年前の中国が村人の安全を守るために「村壁」を必要としていたのは当然だろう

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 また、この写真では集落とその付近の畑だけが写っているが、もちろん森林もあり、荒れ地もあった。つまり、「都市、村落、その周辺の畑」だけで「国」ができていたのである.いわば「点と線」だけが国土でそれを道路でつないでいたという状態だった。 


20世紀におきた日中戦争の時に、「日本軍は中国の都市と道路を抑えただけで、それは点と線の占領に過ぎない.だから日本が中国の一部を占領したというのは事実ではない」という「思想をもった歴史観」というのがあるが、もともと点と線で成り立っている中国を日本と同じように面で占領しようということ自体が不可能なのである

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 でも、日本人が誤解したのは仕方がないかも知れない。この写真はある地方の「城下町」(現在)のものだ。日本人にとっては当たり前の風景だが、これを中国人やゲルマン人に見せるとさぞかしビックリすることだろう。


 平野の中心にお城があり、その周りに民家と畑がある。お城はお堀と石垣に守られているが、周囲の民家は無防備だ。


「なんのためにお城があるの!」


と中国人なら叫ぶだろう.


「お殿様は自分だけ守って、住民はほったらかし!それはひどい。日本というのはどういう国なんだろうか!」


と日本に不信感を持つだろう.


 日本のお城はなぜお殿様だけが入っているのか?なぜ、住民を守らないのか?何のための城なのか?


 国家というものをハッキリ持っていない国、それは世界のほとんどの国なのだが、それらの国に住んでいる人にとっては日本が一つの国であるということに驚く.そして、戦争があっても戦いは武士同士であり、まれに住民に被害が及ぶことがあってもそれは希であり、また偶然だと言うことは分からない。

(平成22年11月20日 執筆)


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尖閣・千島 お隣の国(4) 「日本」ができた頃


(このシリーズは尖閣諸島の事件を切っ掛けにして、もう少し中国や満洲、ロシアのことを良く理解するために始めたものです。一般の歴史書は多く出版されていますので、それとは少し角度を変えるようにしています.)


 紫禁城の黄昏の時代・・つまり支那の大清国の終わりだが、その頃、義和団事件が起こり、各国の軍隊が義和団事件に介入した。そして、義和団を滅ぼした後、ドイツの軍隊は周辺の住民を皆殺しにして、宝物を略奪した。


 もともと命をかけて戦争するという動機の一つは他国の軍隊をやっつけた後、そこに住む住民を皆殺しにし、女と財宝を略奪するのが楽しみで、命をかけている。


 まさか、国を代表して命をかけるなどということはあり得ないのだ。


 ところが、各国の軍隊の中で日本の兵士だけが違った。日本の軍隊は将校ばかりでなく、一兵卒に到るまで軍律厳しく、勝利のあとでも略奪どころか、まったく立派だった。


 ある兵士は一時的に中国の農家を借りたお礼に、庭を掃除して帰ったと伝えられている.これには庭を掃除してもらった中国人はビックリ仰天して日本人を心の底から尊敬したと記録されている.


 残念ながら日清、日露、そして第一次世界大戦に勝ってから日本人の意識は徐々に変化し、満州事変が起こる頃には中国人を「チャンコロ」と呼んで軽蔑し始めた。


 歴史に「もし」はないが、「もし、日本人が明治のはじめのような謙虚な心を持っていたら」、日本人はその技術、力、誠実さでアジアでもっとも尊敬される民族になっただろう.  


 そのためには「人は誰もが生きているというだけで価値があり、人の価値はその人の能力などによらない」ということが心の底から分かっている必要がある。663年の白村江の戦い(かつては「はくすきのえのたたかい」と呼んだ)に負けて、日本は天智天皇の時代だったが、壬申の乱を経て「日本国、天皇陛下」の体制が固まっていった。それから後は天皇陛下だけが特別な存在とし、それ以外の人はまったく同じ人間として「和をもって尊し」となして生きてきた。


 惜しい!それが明治以後も続いていたらと残念に思う.


 もう一つ、中国を理解するために知っておくことがある。それは、日本人は「できるだけ正確に過去の歴史を調べる必要がある」と考え、中国人は「自分に都合の良いように書いたのが歴史書だ」ということだ。


 このように言うと中国人の悪口を言っているように感じる人がいるが、それは中国のやり方を評価する人が日本人だからである。仮に学問というものが「現在、生きている人のためにある」ということになれば、一時代前の殿様がどんなに悪行をしても、それを書かないという選択肢もあって良い。


 歴史は現代の人のものだ、自分に有利に書いても良いとしているのが中国だから、「劉邦が天下を統一して漢王朝を作った.地方には36の県をおき・・・」と歴史書に書いてあれば日本人は批判精神無く、そのまま信じてしまう.


 でも、それが歴史的事実であるかどうか、また別の問題だ.


 お人好しといえばお人好し、まじめと言えば真面目だが、中国の人の言うことや歴史は必ずしも真正面から信じることはできない。中国では常に「自分にとって得か損か」が最優先で、すべてはそれで決まる。


 現代でも、中国料理には油を多く使うので、下水には油が流れる.その油を回収して食用油として売っている.また、高い値段の蟹として販売するために、食用には適さない蟹を強い化学薬品を使って表面を化粧して売る。


 日本の食品偽装といえば、産地や添加物のわずかな偽装だが、中国ではあっと驚くようなことがある。これも、「お金を盗む方が悪い」という日本社会と、「お金を取られる方が悪い」という中国文化の差である.


 他国の文化は、他国のものとして理解し、自分の国の常識や倫理で判断しないことが大切だろう.

(平成22年11月30日 執筆)


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尖閣・千島 お隣の国(5) 支那が支那ではなくなる時代


 秦の始皇帝が中国を統一し、さらに劉邦が漢を建国して400年、紀元後200年まで、支那は順調に「国」として独立してきた。漢は中国の中原と呼ばれる地域・・・洛陽を中心とした盆地だが・・・を支配し、南は揚子江の先まで、北は黄河、そして西は山が始まるところまでを支配下に置いていたので、いわば「中国の平野の良いところをすべて「支那」とした」という状態だった。


 北の方には女真族、モンゴル、西にはチベット、南には今のタイやベトナムがあったが、文明が発達した地域はなく、これで支那は安泰のように思えた

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 ところが、漢も前漢・後漢と400年も続く内には悲劇も不運も重なるときがある。


 後漢はスタートこそ光武帝が力をふるってなかなかの王朝を作ったのだが、早くも4代目の章帝からおかしくなってくる.章帝の時代というとおおよそ紀元80年だから、後漢200年といっても、まあまあ通常の概念で言う国として通用したのはわずか80年だけと言っても良い。


 支那の政府がこのような状態になったのは、原理原則に基づく構造的なものだったのか、それとも運命なのか、4代目からの皇帝は若くして死ぬ.なにしろ皇帝になった人はドンドン死に、30才を越える皇帝が出なかったぐらいだから、大変なものだ。もしかすると宮廷内の争いで毒を盛られたのかも知れないし、将来の皇帝ということで運動もせず、栄養も偏っていたので糖尿病などになったのかも知れない.ともかく、皇帝の寿命は非常に短かった。


 そうなると、皇帝が死んでも残る人、つまり皇帝の母親が権力を握る.でも当時は女性は政治などをする時代ではなかったので、自ら政治を行うというより自分の父親とかお兄さん(外戚)を登用するので、混乱が起きる

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 さらに中国では男性が皇帝と一緒にいるとごたごたするので睾丸を抜き取って女性化した官僚(宦官)を使っていたが、男性でありながら男性らしいサッパリしたところが無いのだから、これも内紛の原因になる

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 嫉妬、ねたみ、陰口・・・際限なき宮廷内の戦いが国を乱すのは当然である.後漢の終わりには漢の領土の中はめちゃくちゃになった。


 有名な反乱は、黄巾の乱や五斗米道の乱だが、その他にも黒山・白波の賊、雷公、飛燕、李大目の騒動など、いくらでもあった。


 そんな事が120年も続き、さすがの支那の最初の大帝国も紀元200年頃に滅びてしまった。


 さらに混乱の中に滅びてしまったので、その後、実に400年も戦乱の日が続いたのである.その戦乱の全体をまずは年表を図にしたもので見てみよう。

 支那の大戦乱時代、戦いはまず「三国志」で有名な魏呉蜀の対立から始まった。どうも日本人は漢の最初の「項羽と劉邦の物語」や「三国志」が好きなようだ。この二つの物語はともに「戦争ばかりしている」時のことで、日本人は平和を愛すると良いながら、つくづく戦争の話が好きなことが分かる。


 戦争というのは別の言葉で表現すれば「殺し合い」だから、物語の最初から最後まで、殺し合ってばかりいる。人間の数は決まっているのだから、殺し合えば人口が減るが、それでも項羽と劉邦の時には一般市民をあまり巻き込まない戦い、つまり「軍隊だけの戦い」なのでまだ人口に与える影響が少ない。


 でも、後漢の後半に起きた黄巾の乱や五斗米道の乱などは庶民が起こした反乱なので、その被害たるや相当なものだ。歴史家岡田英弘先生の研究によると、前漢と後漢の間の紛争で支那人(漢人)の人口は6000万人から1500万人に、さらに後漢の混乱から戦乱時代にさらに10分の1に減少したとされている。


 つまり、魏呉蜀が争っていたときにはすでに支那の中央部には人はまばらにしかいなかった。広大な魏の領土にわずか300万人ぐらいだったと推定されている.


 そうなると三国志に出てくるあの膨大な軍隊の数は何を言っているのだろうか?


 すでに支那という国(日本のように海で囲まれているわけではないので、境界はハッキリしていないが、およそ黄河から揚子江までの平地)には人がまばらにしかいなかった。


 そこで、三国志の曹操や諸葛孔明などは、「国の外から人を連れてきて戦う」ことになった。曹操の魏はもっとも北の国だったから、北方の人を入れたが、支那の北には「騎馬民族」が多かったので、蜀や呉より強い軍隊ができた.その結果、魏が三国の戦いに勝ち、短い間だが天下をとった。


 しかし、それでも戦火は収まらなかった。その後の五胡十六国の時代こそが、「支那が無くなった」時期でもあり、支那の隣人としての日本人がよくよく知っておかなければならない歴史的事実である.


 先回も書いたが、自分の国を理解するより、他国を理解する方がずっと難しい。そして他国のすることを「あいつらは、何ということをするのだ!」と起こったりするけれど、彼らには彼らの歴史、文化、経験などがあり、それは日本とまったく違う。


 それなのに、日本史では豊臣秀吉、織田信長、徳川家康というわずか50年ぐらいの戦国時代に活躍した人のことを詳しく知っているのに、支那の五胡十六国の名前も知らなければ、やはり支那を理解するのは難しいだろうからである。

(平成22年12月4日 執筆)


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尖閣・千島 お隣の国(6) 支那が支那でなくなる頃(その2)


 三国、晋と乱れた時代の後、すぐ五胡十六国の時代が来る.


日本の中学校、高等学校で教える中国の歴史では、王朝を覚えるぐらいがせいぜいで、五胡十六国など戦乱のときにそれほど時間を割けない.


でも、社会が大きく変化するのは、安定した王朝より戦乱の時の方が顕著かもしれない。中国の歴史は前漢と後漢の間、後漢の終わり、そして五胡十六国の時代にすっかり様変わりしてしまった。


三国の時代から、さらに140年ほど続いた「五胡十六国時代」が続くが、一言で言ってしまえばそれまでだが、攻防の歴史はすさまじい.


次の「興亡図」を見ればあまり説明も要らないだろう.いちいち説明するのも面倒なぐらい次々と変わる王朝、しかもその主役を演じたのは漢人ではなく、今の満洲、モンゴル、チベットの人だったのである。もちろん毎日のように戦いは続いていた。それが140年もである.

 これだけ戦乱を続けていたら、国土は荒廃するし、人間も減ってくる.三国志の時代が終わって晋という国が一時、支那を統一するが、その時の人口が100万人ぐらいでそのうちの半分がチベット方面の民族だったと言うのだから、まさに支那の「真空時代」だったのである。


 現代の日本でも1億人を超し、中国は10億人以上である.100万人というと、その10倍が1000万人、100倍が1億人だから、当時の中国には今の人の1000分の1しかいない。


 宮廷や都市には少しの人がいただろうけれど、それを外れるとまったく人影のない土地が続いていた。この時点で、一度、中国という国は消滅したと言ってもそれほど大げさではない。


 日本のような平和なところに住んでいると、人間の知恵も技術も少しずつましになるから、それに伴って人口も徐々にではあるが、増えると思っている.たしかに、奈良時代から江戸時代にかけて日本の人口は増えて3000万人に達した。


 つまり、日本の江戸時代の人口は、五胡十六国の時代の中国に比較して30倍の人口だったが、「江戸時代は人口の増加が停滞した」と言われるが、それでも減少はしなかった。それに比べると中国の歴史は実にダイナミックであり、「日本の常識を超えている」ということが分かる。


 それを次には地図で見てみよう.

 地図からも分かるように支那の北方はすでに漢民族はほとんど見られず、北方の民族の土地になっていた。つまり、この時代に「支那は消滅した」のである.


 人口の減少と並んで、日本のように「島国」で「単一民族」の「国」の場合、世界のどこにでも「国」があり、その国には同じ「民族」がずっと住んできたと思っている.


だから「支那」には「支那人」がいて、その人たちは「黄河と揚子江の間の平野」には昔から住んでいて国を作っているという頭が抜けない.


 実は、日本の歴史の本にはどの本にも、そう書いてある.筆者自身も「漢唐宋元明清」という「中国王朝」の名前を中学校の時に覚えた。これらの「王朝」は王様は変わったかも知れないが、そこに住んでいる人は同じ人たちで、もし違うとしても元(モンゴル)ぐらいとおもっていた。


ところがよくよく歴史を勉強してみると、日本人が「中国」としてイメージしている国家は「秦と漢」だけで、その後の三国、晋、五胡十六国の時代にすっかり「黄河と揚子江の間の平野」に住んでいる人は入れ替わって「モンゴル人とチベット人」の国家になっていたのである!


 その意味では「支那」という国名がChineの元になっているということ意外に、もし今の「中国」と言っているところを「漢人の国」という意味で呼ぶとすると、「支那」の方がずっと丁寧であることがわかる。


 後に書くつもりだが、今の中国と呼んでいる地域は、清の時代の最大版図に近く、その意味では、「中国」と呼ぶと「モンゴル帝国」というのにかなり近いからである.


 日本人同士で話をすると、中国人はウソをつくとか、お金に汚いとか、自分のことだけを考えている、さらには、「恩を忘れる」などと悪口がでる。しかし、考えてみると、日本のように「国」があって、襲ってくるとしたら盗賊ぐらいというのんびりした国と、「時には人口の9割、つまり10人に9人が殺されてしまう」とか、「もともと居た人たちはほとんど姿が見えなくなり、その代わり北の方から馬に乗ってきた人ばかりになった」などという過酷な歴史を背負った民族は甘い生活ができるはずもない.


 江戸末期の日本に来た外国人が一応に「こんなに人柄が良い国があるのか」と驚いているが、「中国人が特別」なのではなく、実は「日本人が特殊」なのである。だから、日本の基準で外国を見ることはできないことが歴史を勉強しても分かる.

(平成22年12月11日 執筆)

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尖閣・千島 お隣の国(7) 占領王朝時代の支那


 さて、先回まで、古代中国では、400年も「戦争の時代」が続き、すっかり人口は減って国が疲弊した。


そして、それに終止符を打ったのが「隋」であるが、隋を開いた文帝や有名な2代目の煬帝(「ようだい」と読む)は、すでに中国古来の人たち・・・つまり漢人・・・ではなく鮮卑(せんぴ)族の出だった。


 西暦200年から600年の間に、支那はすっかり「モンゴル人とチベット人」のものになって、以後、実に1200年というもの、20世紀の中華民国になるまで、「支那(中国)」という国(漢人の国)は消滅したのである.


 中国(支那)を初めて統一した秦の始皇帝の時代が短かったように、大戦乱時代を統一した隋もおなじように20年も持たずに滅亡して、「唐」になる。


 大きな時代を変えるのは、大きな力が必要だが、それはもろいことでもあり、秦も隋も短命でおわった。一番手より二番手、三番手が長続きするのは、織田信長、豊臣秀吉ではなく、徳川家康だったというのと似ている.


 ところで、唐という国は日本でも、律令制度、遣唐使などの政治面、杜甫や白楽天などの漢詩、それに焼き物の唐三彩など「中国の代表のような王朝」のイメージが強いが。実はモンゴル人の王朝である.


 くりかえすが、400年間の戦争で、黄河から揚子江の平野には漢民族とモンゴル人、満州人、それにチベット人や、それらの人との混血が生まれ、その中から、「蘆、崔、鄭、王」などの「名家」も誕生していたが、すでにこれらの「漢の名前のついた名門」も「漢人」というのはあまりに多くの異民族の血が入ってしまっていた。


 さらに唐の後にもう一度、100年ぐらいの戦乱期がやってくる。いわば古代的な中国が崩壊して、中世的中国に移って行くのだが、一つの国としてはやや広すぎる中国では、漢という強い王朝が滅びるとしばらく多くの国が乱立して戦乱時代になり、それは唐が滅亡したあとも同じだった。


 私たちが「歴史」を学ぶとき、なぜか歴史学者は「王朝の交代」とか「戦争」について詳しく解説を加える.時にはそれが社会に大きな影響を与えることはあるが、一般的には単に「王様が変わる」というほどの変化しか起こさないことが多い.


 たとえば、唐の後に80年の戦乱の時代を経て宋が建国される。その頃の農業のありさまが襖絵として残されている.

 この襖絵を見ると、水稲をつくってるらしいので、揚子江の周囲かその南と思われるが、いずれにしてもある程度の面積を畦(あぜ)で仕切って耕して水を張り、イネを育てている風景だ.


 中世の農村だが、古代も中世も、そしてつい最近に至るまでそれほど大きくは変わっていない。明や清の時代も同じだった.


 そう考えると、我々が慣れ親しんでいる時代区分、たとえば、「漢族」が支配した秦と漢の時代、北方民族に変わった隋から唐元清の時代はなにが違うのだろうか?


 王様(皇帝)は違う.秦と漢は漢民族であるし、唐元清は北方民族だ。でも、多くの人は百姓で、もしかするとまったく同じ生活をしているかも知れない。一部の人がお金を名誉のために殺し合っただけで、秦、漢、隋、唐、宋、元、明、清などという区分自体が「権威主義的」であって、何も区別が無い可能性もある。


 もしあるとしたら五胡十六国だけが歴史的に意味があり、その前は「漢族の支那」、その後が「北方民族の支那」の差があった、それだけのことかも知れない.


 歴史が面白いのは「漢唐宋元明清」を覚えるのではない.また、紀元227年に何が起こったとか、さらにはその時の皇帝がどこに逃げたとか、さらに愚劣なことに愛人がどうしたなどまったく興味がないが歴史の本にはやたらとそんなのが多い。


そして歴史の問題では唐を作った人が李淵という人という個人が大切らしい。李淵などはもうすでに1500年前に死んでいるのだから、歴史学者やマニア以外は「唐を始めた皇帝がいた」ということで十分のはずだ。


 それよりここでは中国の歴史を4つに分けたい.


1. 漢人の国だった時代(秦、漢)・・・・漢人支那


2. 満州族の国だった時代(隋、唐、金)・満州支那


3. モンゴル人の時代(元、後金)・モンゴル支那


4. 連邦国家の時代(清、中華時代)・・連邦支那


である。特に日本人にはこのような区分けで支那を考えてみることが必要であろう.つまり日本には「国」があるけれど、支那には「場所」があるだけで「国」はない。「中国4000年」というのは、実は「支那2200年」であり、それは「支那という場所があった時代」という事なのだ。


 後に整理しようと思っているが、「国」がないのは中国だけではない。ヨーロッパもその他の地域も「国」というまとまりがあった地域は世界でも希で、むしろ普通は「国」がない。その意味では中国は標準的でもある。


 もう一つの時代区分がある。


 それは、「文化の区分」である。文化は人に付随しているし、離れてもいる.ヨーロッパ文化、インド文化などと、中国文化は違う.都市、服装、絵画、字などを一目見ればそれがヨーロッパかインドか中国かが分かるのだから、文化としての違いがある。


 その意味では、


1. 秦から清までが「漢人文化時代」


2. 中華時代(中華民国と中華人民共和国)が「西洋文化時代」


である。


 歴史は記録である.だから、「言ってしまえば勝ち」という事で、中国という国は無いが、支那という地方はある。そして支那は次の4つの国があった。


1. 原住民時代(紀元前200年まで)


2. 漢人支那国(紀元300年まで)


3. 満蒙支那国(紀元1900年まで)


4. 洋化支那国(現在)


ということだ。


 このような区分は現在の支那人のプライドを著しく傷つけるだろう.


なぜ、傷つくかというと今まで「ウソで固めてきた」からだ。ウソでもつき続けると現実になるので、それで錯覚する.だから、「事実」は受け入れられない。その気持ちは分かるが、どこかで事実を認めた方が良い。もともと、今の中国人は漢人の血が少ないのだから、仕方がない。


 中国でも支那でも良いが、もう一つ疑問がある。


 ローマ帝国が一つの世界を統一して以来、ヨーロッパも20世紀まで戦乱が続いたが、ある程度の地域ごとに「国らしきもの」がまとまっていた。


 イタリアはローマ帝国があったので、何となくイタリア的であり、イタリア人がいる。ギリシャもギリシャ時代があったので、ギリシャ人がいる。


その意味ではフランスはシーザーが進撃し、フランコ王国などがあったし、ドイツは野性味あふれる森の人が連合体を作っていた。ロシアの方に行くとスラブ人、イギリスは島国でアングロ人とサクソン人がいた。


 スペインはなかなか難しいそれでも何となく区別はできるし、ルーマニアはフランス人と似ている感じがする。


 それに比べると中国人は混じる.


 中国の人に聞くと、「私は西安人で、上海人の言葉は分からない」とか、「私は北京だが、南の方はサッパリ」などと言うが、それでも何となく支那人のような気がする.


 ヨーロッパがなぜ細かい国に分かれて、支那は「統一」が問題だったのか? ヨーロッパは時々、ローマ帝国、ハフスブルグ、ナポレオン、ヒットラーなどが現れてヨーロッパ統一にちかい状態もできたが、定着しなかったのか? 


 それも追々、整理していきたい。

(平成22年12月16日 執筆)

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尖閣・千島 お隣の国(8) 占領されると領土が拡がる中国


 支那という地域を理解するのに、まだまだその歴史を勉強しなければならない。それはまず、この地図だ。


 この地図は歴史家・宮崎淳子先生が画かれたもので、中華民国ができた時の支那地域の支配図である。もともと中華民国ができる前の国が「清」だったが、清は満州族の国家で、モンゴル、新疆、チベットとの「連邦国家」だった。


 清の前の王朝である明が周辺諸国に嫌われ、清は良い状態を保ったのは、清が連邦国家だったからで、「清の領土」というけれど、モンゴル、新疆、チベットは広い自治権が認められていたし、満洲はもともと宗主だから、別格だった。


 このような経過があったので、清の終わりの袁世凱や、孫文が中華民国を作った時には、その支配は「昔の秦」の領域だった。ここで少し歴史的な地域分配を見てみよう.


 まず最初に「統一国家」を作った秦であるが、揚子江を中心として北は黄河、南は南シナ海、西は山で囲まれた地域に支配圏があったことがわかる。秦という国がチャイナという国名の元であり、それが漢字で支那と書かれることはすでに書いた。


 それから後、新しい王朝は支配する地域が少し違うけれど、おおよそ秦の領土に近い。たとえば、秦からかなり年代がたった明は結構、領土が広かったが、それでも次のような図になる.

 秦に比べて少し山岳の方に入っているけれど、そのほかは同じだ。東と南ははともに海だからあまり検討する必要はないが、問題は「北」である。秦の時代も明の時代も北からの異民族の侵入が特に怖かったので、その防御のために万里の長城をつくった。


 万里の長城を作ったのが、秦と明だったのはそれほど偶然ではない。秦は漢民族が「統一国家」を作った時にフト気がつくと「北」だけが危ないことがわかり、秦の始皇帝が「万里の長城」を作った。


 明の時には国家を作った人にも北方民族の血がかなり流れていたが、それでも当面、元が北に帰った後の土地をもらったと言うこともあって、やはり北が怖かった。そこで北京のすぐ北に万里の長城を作ったのである.


 「万里の長城」というのは「国境」だから、支那地域の北の領土は万里の長城という事は確定している.


 その北にはモンゴルと満州がある。中国の歴史で今のところ大失敗しているのが、満州民族だ。中国というところは普通の常識では考えられないことをする。


 たとえば、「漢人は漢人を平気で殺す」ということで、たとえば前漢の末には国民に4人に3人が殺された。


 中国人は何でも食べるというけれど、時によっては人間も食べた.約束を破る、裏切るなども普通に行われるが、それを日本人の倫理観で考えてはダメで、人間は動物だから、動物のように「その時の自分に得になるように動く」のが摂理でもある。


 「尖閣諸島はもともと日本の領土だ」などと言ってもムダで、「尖閣諸島が何も無ければ日本のもの、資源があれば中国のもの」というのが中国流の倫理観なのである.


 そんな倫理観の支那に満州人が侵入した。それが「清」で、大いに繁栄して、モンゴル、新疆、チベットとも連邦を組んで、大帝国をつくった。モンゴルの時代を除けば、中国で歴史的な「最大版図」になったのである.


 ところが、不思議なことが起こった。


 清朝はもともと満州族が作ったのだから、支那は満州に占領されていたのが清朝だ。その清朝が衰えて、満州に帰った。そして、もともと漢の時代に「中国」の領土だった「支那(秦、china)」の地域に中華民国ができた。


 その次に驚くべき事が起こったのだ。


 それは「中華民国」が「満洲は俺の領土だ」と言ったことだった。中華民国は支那の国だから、武力があれば支那を統一するだろう。それは秦や明が万里の長城から南を領土にしたのと同じだから、「支那は中国人の固有の領土」と言っても不思議ではない。


 ところが、満洲はずっと満洲人の領土だから、満洲人が支那地域を占領していたのを引き上げて、満洲に戻ったのだから、満洲は支那ではない。満洲が支那を占領していたのだから、満洲が支那を「領土」と宣言することはあるが、占領されていた支那が満洲を領土にするというのは「世界の常識」から言えば「逆」である。


 たとえば、次のような話をすればさらに理解が深まる.


 豊臣秀吉が朝鮮に出兵して北京まで進軍しようとした。日本では「そんなことはできなかった」と思う人が多いだろうが、さすが豊臣秀吉だ。支那の地域は漢から三国時代が終わると、支那には人がいなくなり、次々と北方民族が占領していたのだ。だから、「支那の北方民族の一つの日本が北京を占領する」というのはごく普通のことである.


 そして日本軍が朝鮮を占領し、さらに駒を進めて北京から揚子江ぐらいを占領したとする。しばらくは秀吉も生きていて、大陸の占領が成功したので、首都も中間の平壌に移したが、100年ぐらいして大陸にも興味が無くなり、日本軍は日本に引き揚げたとする.


 占領された支那は新しい王朝ができる。そうすると、奇妙な論理が登場するだろう.それは、「日本は中国だ」ということである。


 支那を満洲が占領した。しばらくして満洲が支那を放棄して故郷に戻ると、支那は「満洲は中国だ」と言った。


 もし、日本が支那を占領し、しばらくして支那を放棄して日本に帰ると、支那は「日本は中国だ」と言っただろう.


 つまり、武力にも工業にも頼ることができない支那の人はそれなりに生きるすべを身につけていた。それは


「自分のものは自分のもの、他人のものは自分のもの、自分の土地を占領した人の土地は自分のもの」


という「なんでも自分のもの」という主義である。


 これを中華思想という。

(平成22年12月22日 執筆)


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尖閣・千島 お隣の国(9) 中華思想


 昨年、中華思想とは「自分が中心で周りは属国」ということで、周囲の国を尊敬するどころか、鮮卑とか、凶奴とかいうようにひどい名前をつけて「呼び名でさげすむ」というのが特長で、そして、やがてその「さげすんでいた人」が力をつけて「自分の主人」になると、さすがに主人をさげすむ訳にはいかないので、「同列」にする。つまり、さげすんでいた人の領土を自分の領土と同格に格上げして、その土地を自分の土地にするという思想であることを述べた。


(ややこしいので、一度、読んでも分からないぐらいだが・・・)


 つまり中華思想での「格上げ」というのは「満洲の人に占領されたから、満洲は支那の領土になる」ということになる.現在の満洲が支那の領土になっているのは、「支那が満洲を占領したから」ではなく、逆に「満洲が支那を占領したから」である。


 でも、このような巧妙な事を実施するには作戦がいる。タダで人の土地を手に入れるのだから戦略はかなり高度でなければならない。


 普通は戦争で土地を手に入れるのだから、それと比べれば、平和主義といえば平和主義だ.


 まず、第一に文化程度を高めておくことだ。常に田舎者が東京に来て恐れおののくようにしておくということと同じである.


 支那の国に行くと「祖先はこんなに偉かった、墳墓の大きさに驚いたか!。こんなに綺麗な飾り物がある、この絹は素晴らしいだろう。美味しい中華料理も、女性も綺麗でエレガントだ・・・」と続く。


それには大きな宮殿もいるし、宮殿までの道路も広くて両側には虎の彫り物も欲しい・・・ということで「支那の文化」ができた。


 今でも、日本から支那に行く陽気で単純で偉い人は、これにすっかり引っかかる。みんな笑顔で迎えてくれるし、美味しいご飯は食べられる.万里の長城も宮殿の素晴らしく「さすが、中国4000年!」と感激して、日本の技術をソックリ差し上げてくる人もいる。


だが、もともと支那の歴史は2000年、それも中抜け、虐殺、属国の歴史だが、それらは全て、隠されている.


 なかなか、素晴らしい作戦だ。


 つまり、支那の文化は「負ける文化」であり、「負けても繁栄する」という戦略をもっている。だから、「勝つ文化」、つまりヨーロッパの文化が清の時代にやってくると支那はこと軍事力ではひとたまりもなく破れた。


そこで、清王朝はそれまでの支那文明とはまったく違う文明を受け入れた.


 日清戦争で支那が日本に負けて「支那文化」を捨てたということが岡田英弘先生の本に書かれているが、それはそうだろう。小さな属国と思っていたところにいとも簡単に負けてしまったからだ。


でも、その時に捨てたのは政治、軍事、社会、技術などであり、中華思想は捨てていない。だから、「勝つ国」が、「負けても勝つ中華思想」と一緒だからややこしくなっている。


 もう一つの中華思想の戦略は、「ウソを記録する」という方法である.


 「過去に起こったこと」を記録するときに、「できるだけ事実に忠実に記録する」という方法と、「自分に有利になるように記録する」というのがある。


 事実だから事実をそのまま記録すれば良いじゃないかというけれど、人間の社会というのはそれほど単純ではない.たとえば2010年に日本と中国の間で起こった尖閣諸島問題でも、少し前から日本の図書館から古い地図が抜き取られているという事件がある。


 日本と中国の間には古くからいろいろな歴史がある。それがそのまま残っていると中国には不利な記録もあるが、それを早く消してしまえば、新しく「作り上げた歴史」を書くことができるからだ。


 だから、日本と中国、朝鮮の古地図に関係するところが無くなっている.だれが破ったり盗んだりしているのか分からない。普通に考えると、関係する中国か韓国の人が自国に有利になるように歴史を消しているとも採れるし、逆に日本人が中国や朝鮮に対して圧力をかけようとして謀略をしているのかも知れない。


 事実はかくのごとく複雑であり、なかなか明確には分からないのである.だから、その間隙をついて、「歴史を自分の有利なように書き換える」というのはきわめて単純な「だまし」の方法になる.


 言ったことはそのうちに消えるし、事実そのものも分からなくなる。でも、書いた物はそのまま残るので、書いた方が勝ちであることを支那は知っていた.


「王朝を開いた皇帝はこのように英雄であり、人格が高かった」、「周囲の野蛮な国を平定して国に平和をもたらした」、「中興の祖の**帝の時に最大版図になった」というような事であり、そして地図にはその王朝の「最大版図」を記録して、後は捨てる.


 そうすると、あたかもその王朝の領土は「最大版図」であるような錯覚に陥る.


 たとえば、前漢や後漢の領土として知られている地図は、「平均的な領土」でもなければ「固有の領土」でもない。もともと「国境」がハッキリしていないのだから、「固有の領土」なるものはない。「書いたが勝ち」で最大版図がその王朝の領土であったことになる.


 先に豊臣秀吉の大陸攻撃と、もし秀吉が北京に首都をおいたら日本は中国に編入されているということを書いたが、日本と中国の常識がいかに違うかを、今度も領土について示してみたい。


 この地図は「大日本帝国」の「最大版図」である。今の日本は自虐的で、かつ世界の孤児だから、このような地図を示すと「侵略を正当化するのか!」と叱られる.でも、中国は常に「最大版図」しか示さないことに注意すべきである.


 支那の王朝の「領土」をもし日本の教科書に書いてあるように示せばこのようになるということで、それを叱っても意味がない.日本の思想で日本国を示せば、南は千島から北は沖縄になるが、中華思想で示せば、大日本帝国の時の最大版図になるということだ。


 中国人が日本人なら、この地図の「色分け」はしない。もともと日本領土だったところ、朝鮮と満洲、フィリピンなどを色わけすると、そこは日本とは違うように見える.


ところが、全部を同じ色で塗って、「日本」と書けば、何回か見ている内に「ほんとうの日本はこんなに大きかった」と錯覚する.


 それが今の中国と言っている領土の範囲なのだ。


 それではなぜ歴史学者が、支那の王朝の領土を「事実」に基づかずに「公的に示された最大版図」を示すのだろうか? それは中華思想そのものにある。つまり、人間は自己の責任を問われるのを恐れるから、「お墨付き」のあるものを使いがちであり、それが間違ったものでも使っていると本当になるという深い考えが含まれているからである.


 筆者は自然科学者としてよく経験しているが、科学の専門家でも、専門が細かく分かれているので、自分の研究対象以外のところは「当たり障りなく、公的なデータ」を使いたがる傾向がある。


 最近見られるその典型例が「地球温暖化が起こっていて、原因は人為的に排出されるCO2」という「社会現象」である。もちろん温暖化もCO2も自然科学なのだが、現実にデータを持ち、研究をしているのは一部の気象学者と地球物理学者、それに温暖化に興味のある学者だけである。


そのほかの人は自然科学者も含めて「大勢の人が言っている」とか、中華思想的な場合は「公的な方が正しい」と判断している。


 つまり、「ウソでも公的に記録されれば現実になる」という中華思想はけっこう人の認識の弱点を巧みに突いている.


 まとめると、


1.  自分と同じになれば他人のものは自分のもの。だから占領される毎に領土が増える.


(普通なら「取られた」と思うがその反対)


2.  人は「事実」より「公的に記録されたもの」を真実と錯覚する。だから事実が何かを調べる必要は無く、公的に記録すればそれが事実になる.


 なかなか巧妙な思想である.


 ここに書いたことは、中国を批判しようとか、日本の占領を正当化しようということではまったくない。中国を理解するためには、日本の考えを離れて、中国人の見方を取り入れなければならないということである。

(平成23年1月3日 執筆)

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尖閣・千島 お隣の国 (10) 相手の身になって・・・


 支那の歴史を慎重に整理をしてきた。これまでの整理で、中国の国や人の行動をかなり理解することができる。


 人と意見が違うとき、もっとも大切なのは意見が違う相手の立場になって考えるということを試みることだろう。


 たとえば、同じ環境問題に取り組んでいる学者でも、私は、


「温暖化は起こるかどうか分からない。起こるとしたら寒冷化もあり得るし、その方が怖い。また、国際的には日本はCO2による気候変動の影響が小さい」


と考えているが、まったく逆の見方の専門家もいる。


 そんなときに、私は一方的には批判したり、嫌ったりはしない。


まずは、相手と話してみる.それでも疑問が残る場合が多いので、自分1人で、


「あの人はなぜ、あのように考えているのだろうか?」


と考える.生まれも育ちも日本人で同じ、専門も物理的な方面で同じ、性別も男性、持っているデータもほとんど同じ、それなのに「温暖化とその影響」についての考えが違う.


「なぜだろう?」と筆者は訝り、できるだけ相手の立場になって考える.そうすると「相手は悪い人だ」とか「相手は利権を求めている」という簡単な結論になりがちだが、その誘惑を断って、「相手は善人で利権もない.それでも温暖化は怖いと考えている」と思い直して、もう一度、考えてみる.


 それでもまだ相手がなにを考えてCO2を減らそうとしているのか、わからないのだ。


 これと同じ事を日本と中国の間で考えてみる必要がある。民族や言語が違うのだから、容易には相互理解はできない。


 その一つに「中国人はウソをつく」というのがある。


 ある中国人と親しくなっていろいろ取引をした.その時には友達みたいにつきあってビジネスもうまくいった.


 ところがなにか一つ歯車が狂ってくるとあれ程、親しかった中国人が手のひらを返したように冷たくなる.時には自分に損害を与える.


 こんな事を日本人同士では経験した人が多く、「中国人というのは何という人たちか!」と憤慨する.事実はその通りであり、憤慨する気持ちも分かる.


 中国人は「親戚同士が集まって食事をする」という風習がある。また、「国際的に活躍している中国人は複数の外国の都市に現地妻がいる」という事も聞く.


 なぜ中国人が「親戚を囲んで食事をする」のかというと、


1. 信用できるのは親戚しかいない、


2. その親戚もいつも顔をあわせていないと裏切る、


ということだ。だから中華料理の店には必ず10人ぐらいの丸テーブルがあり、大きなさらに盛られた料理をみんなで食べる。「分け合う」ということまで細かく考えているのだ。そうしないと裏切る.


 このシリーズで書いてきたように、(日本人から見ると)可哀想なことに中国人には「自分の国」がない。外国で働くときにも華僑のグループを作り、そこで結束する。だから「支那」にいても「外国」にいても同じなのだが、遠く離れた外国でも信頼できるのは家族と親戚だけである.だから、現地妻を持つことになる.


 世界中で華僑の力が強く、中国人はどの国にいても元気そうに見える.それに対して、日本人はあまり日本の外に出たがらないし、なにか外国では居心地が悪く見える.これももしかすると、日本人には「国」があり、中国人は「どこでも同じく国がない」のかも知れない。


 そして世界でも、中国のように風景も似ていて広い「地域」は少ない。


 ロシアはモスコー付近からウラル山脈までで、ウクライナ、ベルラーシは別の国である.シベリアがあることはあるが、あまりに距離が遠く、民族が同じでも実質的な国境になっている.


 ヨーロッパも全体としては中国と同じようなものだが、土地によって気候や山脈があり、その結果、歴史的にも民族的にも国が細かく分かれている.


 アメリカは新しい国なので、中国とはかなり異なる.それでもアメリカのバーに行くと、まずコインを机の上に出さないとお酒を飲ませないところが多いし、ホテルでもかならず「保証書(多くはクレジットカード)」を求める.すぐ逃げようとする人がいたからだ。


 その点では日本はきわめて特殊で外国から見ると奇妙な国である.


 日本が奇妙な国なのである。


 日本に住んでいて筆者が奇妙に思うのは、数人で食事をしにいってテーブルにつき、そこの女性に「ビール、2,3本、もってきて」と誰かが言うと、適当に持ってくるのだ。


 外国でそんな経験はない。「2,3本」と注文すると「2本ですか、3本ですか」と聞いてくる。でも酒場のお母さんは相手の懐ぐらいを見たり、時にはお客さんの健康も考えて、2本持ってきたり、3本にしたりする.


 ヨーロッパの生活もそれほど長くないが、「お任せ料理」というのがあったかどうかよく分からない。あまり「なじみの店」がヨーロッパに無かったからかも知れないが、いつも料理の内容をこと細かに注文していたが、日本では「大将、適当に頼む」で終わる。


 もっと、驚いたことがあった。


 5年ほど前、筆者は名古屋のあるコンビニエンスストアーで「野菜、一日、惟一本」というような名前のペットボトルを買った。それをもってレジに行くとそこには50才ぐらいの日本のおばさん(敬称)がいて、ペットボトルを受け取ると袋に入れながら、「お客さん、ジュースだけじゃダメですよ。本当の野菜もとらないと」と言ったのだ。


 「ほんとですね」と筆者も言ったが、内心はビックリ仰天していた。筆者はたまたまその店にいっただけで、もちろんおばさんとも初対面だ。そして人生で2度と合うこともないだろう.


 その男性客(筆者)の健康を心配してくれるのだから、日本のおばさんはすごい.国の母である。


 日本人が幸福で安全で生活ができるのは、天皇陛下が毎朝、国民の安寧をお祈りしてくださるからと聞いたことがあるが、日本のおばさんも自分は日本人全体の母親と思っているのだろう.


 特殊な国だ。


 だから、日本人から見ると中国人はわかりにくい。すぐ裏切るように見える.でも、それは日本人から見た中国人観であり、もちろん決して客観的なものではない。

(平成23年1月8日 執筆)

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尖閣・千島 お隣の国(11) 中国のまとめ


2010年の尖閣諸島の事件のあと、中国内地で反日暴動が起きた。


 中国は国境紛争が絶えない。北からロシア、モンゴル、チベット問題、インド、ビルマやタイ、ベトナム、それにフィリピンなどと国境や海で接していて、中国がつねに膨張主義なので、隣国とぶつかる。


 でも、中国で起こる「反**暴動」というのはほとんどが日本を対象にしている。それは日本が中国の一部を占領したことがあるという人がいるが、それなら、ロシア、モンゴルなども同じだが、日本だけに反感が強い.


 このことを普通に考えると、「中国人は日本人を恐れている」ということになるが、それに加えて「あまりに特殊な国、日本」というのがあると筆者は考えている.


 「日本は恐ろしい」という感情は中国もアメリカも持っていて、その対抗心がでるのだと思う. 


 ところで、この暴動を報道した日本のテレビで、「襲われたイトーヨーカ堂は、四川大地震の時に物資を供給するため徹夜で店を片付けて翌日の営業にそなえた。そして2億円の義援金を集めて寄付したのに・・・」と報道していた。


 確かに日本人向けの報道としては良いが、中国を理解するという点では疑問がある。つまり、中国には「恩」という考え方はあまりハッキリしていない。もともと英語では「恩」という単語すらない。「恩」という概念は「日本だけ」と考えておいた方が国際的には良いと思う.


 一体、「恩」という中身は何だろうか?人間は自分の時にならないことをすることがあるだろうか? 自然の中に人間ということを考えると「恩」は「見返りを考えて長期投資する」ということに見えるから、イトーヨーカ堂は単に長期投資の先を間違ったという事に過ぎない。


 筆者は日本人だから「恩」はとても大切と思うが、それは日本が四方を海で囲まれ、単一民族(アイヌやクマソも同一としている)で、天皇陛下をいただいているというまったく特殊な環境にあるからである。


 自分が特殊なのに相手が「普通」だからといって批判するのは問題である.


 中国人の「ウソ」というのは「国」がない民族の当たり前の行為であり、利害関係で全ての行動が決まり、今日、会う人と明日、会うとは限らず、何かを他人にしても、その他人が明日、遠くに行ってしまったら、現実的にその人を追っかけていくことはできない。


 中国では何時も、その日その日なのである。


 2010年の尖閣諸島の領有権について考えてみる.中国の考え方では、


1. 一度でも領有したことがある土地は自分の土地だという中華思想、


2. 尖閣諸島に資源がなければ興味がないが、資源があれば資源が見つかった時から権利を主張するのは当たり前、


ということだ。このような考え方は中国の歴史から来ている。「本来、領土とはどうあるべきか」というのとは違う. これに対して、日本は、


1. 領土というのは歴史的に長く実質支配していたところである、


2. 「公的な手続き」、つまり国際的に尖閣諸島の領有を宣言している、


3. 損得で態度を変えるのは卑怯だ、


という感覚を持っているが、これも日本の歴史と強く関係している.地続きの隣国がある国と回りが海の国の差も大きい.


 だから、意見は合わない.意見を合わせるためには、


1. お互いの言い分をよく聞く、


2. お互いの文化の違いをよく聞く、


3. 「正義」を争っているのか、それとも「習慣」、「利権」の問題なのかをハッキリする、


というようなことが必要だろう.


 中国流に言えば、「尖閣諸島は中国と日本の間にあるから、力でその所属を決める必要がある」ということだ。


 歴史的に領土とは、


1. 最初に発見し、


2. そこにその国の国民がいて、


3. ある程度、長く住み、


4. 軍事力、政治力、経済力で支配する、


ということが必要だ。


 尖閣諸島は誰が最初に発見したか分からないし、日本人が住んでいた分けでもない。ボンヤリと「琉球の領土」であって、「江戸時代は琉球王朝は中国の属国、明治の終わりから日本の領土」ということだ。


 だから、国際常識に従えば、軍隊が強い方が領有することになる。言い分だけなら決定打がない。


 


ところで、日本人の多く(調査によると94%)が尖閣諸島を欲しがっている.その理由は、


1. 漠然と領土を失いたくない、


2. 千島列島、竹島などの問題があり、尖閣諸島で譲るとどんどん領地が狭くなるかもしれない、


3. 資源がある、


4. なにしろ中国が憎い、


などである。しかし、日本の政策というのは大きく変化していないだろうか? あれほど日本中が熱して1年も経たないのに、尖閣諸島も、資源も、そして「国家機密」もすでに遠くに行きつつある.歴史的な動きからみると余りに早い世論の関心のようにも思う.

(平成23年1月20日 執筆)


http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/204.html#c1

[近代史3] 有史以来 戦争に勝った事が一度も無い漢民族が巨大な領土を手に入れた手口 中川隆
2. 中川隆[-12550] koaQ7Jey 2019年2月01日 10:55:46 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

尖閣、竹島、四島・・・領土と国 武田邦彦(中部大学)
https://www.google.co.jp/search?hl=ja&ei=a6ZTXJXXJ4yU8wX62KKoAg&q=%E5%B0%96%E9%96%A3%E3%80%81%E7%AB%B9%E5%B3%B6%E3%80%81%E5%9B%9B%E5%B3%B6%E3%83%BB%E3%83%BB%E3%83%BB%E9%A0%98%E5%9C%9F%E3%81%A8%E5%9B%BD++++%E6%AD%A6%E7%94%B0%E9%82%A6%E5%BD%A6%EF%BC%88%E4%B8%AD%E9%83%A8%E5%A4%A7%E5%AD%A6%EF%BC%89&oq=%E5%B0%96%E9%96%A3%E3%80%81%E7%AB%B9%E5%B3%B6%E3%80%81%E5%9B%9B%E5%B3%B6%E3%83%BB%E3%83%BB%E3%83%BB%E9%A0%98%E5%9C%9F%E3%81%A8%E5%9B%BD++++%E6%AD%A6%E7%94%B0%E9%82%A6%E5%BD%A6%EF%BC%88%E4%B8%AD%E9%83%A8%E5%A4%A7%E5%AD%A6%EF%BC%89&gs_l=psy-ab.3...20111.20111..21696...0.0..0.113.113.0j1......0....1..gws-wiz.djTHGQtsvg0
 


尖閣列島事件 平成22年9月26日


日本と中国の間にある尖閣列島は歴史的にも、支那地方の政府が支配したことがなく、日本の明治政府が歴史的に初めて領土宣言をしているから、領土問題は存在しない。


「領土」というのもが、「どの政府も領土していない」ところを、どこかの政府が領土宣言して、それが10年もどこからも異論が出なければ確定する.

その後、100年ぐらいして文句をつけたら、戦争の火種を作るだけで意味がない.もしそれができれば、日本は「今の中国は全部、日本の領土だ」と言っても良い.


そんなことを認めたら、国際的に決められている領土は、またかつての帝国主義時代のように「力のある国がかってに人の領土をとる」ということになって問題がある。


だから、今度の尖閣列島の事件の解決方法はただ一つしかないと私は思う.

1) できるだけ早く、日本が中国を上回る軍事力を持ち、もちろん「自衛隊」ではなく、「日本軍」を尖閣列島周辺に派遣すること、


2) 同時に、船長を釈放すること、


3) その上で、国際社会に向かって「日本は自らの力と国際協力によって尖閣列島を守ることができるが、それだからといって一人の犯罪人(日本の領海を侵して勝手に操業した船長)ために戦争を構えることはしない。たとえ、中国が国際法を無視しても、日本は誠実な国だから、国際的な慣行や国際法を守り、小さいことにはこだわらない」と強く宣言する.


4) 変な妥協はできないが、妥協しないためには「軍事力」と「国際政治力(ハッキリしたアピール)がいる。


今回の船長の釈放を「地方検察庁が独自にやった」などという声明を出すのは政府が判断を避けた結果だろう.この事件が重大事件であることは確かだから政府が逃げてはいけない。


国際社会で意味があるのは、


1) 行動を裏付けるだけの軍事力、


2) その軍事力を発揮しないこと、


3) ハッキリと立場を貫くこと、


4) 事の大小を区別できること、


である。軍事力は直接使うのではなく、このようなことを事前に抑止するためにある。

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中国が尖閣諸島を取りに来た原因 (平成24年11月2日)


中国が尖閣諸島を取りに来た原因は、20年ほど前から日本人が希望してきたこと、つまり「節約によって国を衰退させる」ということです。だから、テレビや新聞が「尖閣諸島は日本固有の領土だ」と叫んでいるのは実に滑稽なことで、自ら原因を作り、それが実現すると異議を唱えるのですから困ったものです。

現代の人間社会で「世界の国は固有の領土があり、他国の領土は他国のもの」という概念を持っているのは日本人ぐらいなもので、日本がたまたま四面を海に囲まれ、ほぼ単一民族で、さらに万世一系の天皇をいただいているという特殊な国だからです。

アメリカに固有の領土を求めてもムダです。アメリカはもともと1776年まで領土はゼロで、それ以後に獲得したところもすべて「他人のもの」だったところだからです。ロシアもモスコー付近は固有の領土と言えないこともありませんが、ウラル山脈より東は力で獲得した土地です。そして中国も「領土というものはない。中華の力が及ぶところは中国の領土だ」という概念ですから、これも同じです。

これが事実ですから、「固有の領土」等と言うのは外交交渉上のことであって、決して解決策にはならないのです。日本のようにアメリカ、ロシア、中国という3大強国に囲まれた国もまた日本以外にないのですが、この場合、日本を防衛するには3つの方法があります。

一つは「ハリネズミ方式」、つまり鎖国です。外から外人が全く入れないようにして、仮に上陸してくると「問答無用!」と日本刀で切り捨てるのです。日本の武士が日本刀を持った姿はなかなか迫力があります。なんと言っても恥をかくとそれだけで自分の腹を切るだけの度胸のある武士ですから、外人は怖くて仕方が無いので、日本に入っては来ません。江戸時代の鎖国が成功した理由でもあります。

二番目が「戦争」です。日本が開国すると、すぐ中国とのいざこざがあり日清戦争をし、ロシアが延々モスコーからやってきて、朝鮮と日本を取りに来たので日露戦争。そしてアメリカが事もあろうに太平洋を渡って東アジアを脅かしてきたので太平洋戦争と3度の戦争をしました。そして2勝1敗でしたが、まあまあ白人から独立もしたし、かなりの成功と言えるでしょう。

三番目が”Japan as No.1” と言われた日本の技術力です。世界一の技術力は防衛になります.中国は日本の技術で発展してきましたし、アメリカも日本が製品を供給して繁栄しました。おいそれと日本を衰退させられなかったのです。たとえばオーストラリアの炭鉱では日本のトラック、掘削機、詰め替え機などが使われていて、日本が技術を提供しなければオーストラリアの炭鉱が繁栄することはできません。

それでは、これからの日本はどのような戦略で日本をまわりの3大強国から守ろうとしているのでしょうか? 迫ってきた総選挙のもっとも大きな争点になるはずです。日本が今、取り得る政策は、次の中の選択でしょう。

1) これまでの自民党、民主党の政策を引き継ぎ、エネルギーの削減(節電とCO2削減)、軍備の段階的縮小、短期的利権への税金の投入を続け、文科省が主導する教育を続け、これまでの日本の富を少しずつ減らして言って、日本を衰退させる政策。現在の日本政府と中国政府の長期政策をそのまま整理すると、2050年には日本は中国の10分の1の国になる(エネルギー消費が活動量に比例するとして)。企業が海外に移動し、日本は空洞化する。

2) 日本を発展させるために、技術立国、土木工事投資、教育投資と教育現場の権限強化、法人税の軽減、環境制約撤廃(京都議定書脱離)、自衛隊の充実、金融緩和のインフレターゲット政策、諸規制の撤廃と官への報告義務の減少、電気代を2分の1(発送電分離、自由化)、火力発電所の増設など、産業振興、教育、軍備など国が本来力を入れるべきところにお金を集中する。中小企業が日本で収益が上げられる構造を作り、若者が仕事に就くことができるようにする。

3) 軍事力を強化、核武装。中央集権化。東京が権限を強化。全体主義、共産主義的国家を建設し、アメリカとの同盟を強化して国防に当たる。国家のために働く国民の教育。滅私奉公。

すでに最左翼が滅亡したので、1)が左翼(自民党、民主党、公明党、維新の会、社民党、共産党がこれに当たる)、2)が中道(普通の政権の政策で、日本の富を増やす方法)、3)が右翼、ということになるでしょう。

ところが、現在の政党やこれから出てくる政党も、マスコミの報道もあるでしょうが、どうも政策がハッキリしません。明確なのは減税党ぐらいで後は、みんな上の分類では左翼の政権と言えるでしょう。特に日本の企業が日本で活動する条件を悪くし、国民に節エネルギー(活動量を減らす)ことを目的とする政権では私は衰退が目に見えているように考えられます。

つまり、尖閣諸島の問題は、中国が取りに来たとか、固有の領土かという問題ではなく、日本が中国と対等の力を維持していくべきかどうか、維持して行くにはどのようにしなければならないのかがもっとも大きな分岐点で、それが選挙の争点にならなければ、国政は要らないようなものです。

私は、国がエネルギーの供給を安く豊富にして、国民が楽しく活発に行動し、その結果、教育も産業も好転するようにすることが日本の将来にとってもっとも大切と思いますが、私には当たり前のように感じられる政党が見当たりません。原発についても危険なものを動かすのは国民の安全と言う意味でも、また日本経済のためにも、国防にも良いはずはありません。

また国民が1人も「節約」をしていないのに、あたかも節約するふりをすることが「よい子」のような錯覚にとらわれ、無用な政策を採り続けている(温暖化対策がその典型)のも日本の将来を危うくします。


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尖閣、竹島、四島・・・領土と国(1) 台湾 (平成24年8月28日)


尖閣列島、竹島、そして根室四島(北方四島という呼び名はいかにも「日本ではない」という感じがするので、ここでは根室四島と呼ぶ)が注目を集めています。そこで、この問題を整理することにしました。

「領土」と言うからには、その前提として「国」がなければならないのは当然です。そして、日本に住んでいると歴史が長いことと、四方が海なので国というのは「大昔からあるもの」と考えがちですが、世界では「国」や「国境」がハッキリしている方が珍しいということをまずは頭に入れなければなりません。その意味で「固有の国土」などというものはほとんど無いのです。

たとえば、台湾ですが、明治初期の台湾は「清」という中国の国が軍隊を派遣していましたが、「清の国土」なのか「清の勢力範囲」なのかはハッキリしていませんでした。

明治4年に琉球王国のご用船が難破して台湾に漂着した時、乗員69人の内、54名が斬首されるという事件がありました。今の常識では考えられませんが、「今の常識」はまさに「今の常識」であり、これを歴史的なことにそのまま適応するのは不適切です。

ともかく、琉球王国も「国かどうかハッキリしない」という時期だったので、琉球政府に代わって日本政府がこの事件について清に賠償を求めます。難破して漂着した人を殺害するのですから、もし「国」であればその国の政府が賠償しなければなりません。

ところが清は「台湾の中国人がやったのなら別だが、現地人がやったのだから俺には責任がない」と回答しました。この回答でわかることは台湾は清のものではなく清の一部が台湾に駐留していたということです。私たちは現代人ですから、どうしても「どこの国か?」と聞きたくなりますが、昔(たった150年ほど前)でも、「地域」があっても「国」ではないところは多かったのです。

かくして紆余曲折はあったのですが、日本軍が台湾に上陸して報復します。ところが、中国の守備隊は台湾を守るのではなく、台湾の人を殺戮し、台北を放棄して逃げてしまいます。このことも、台湾は「清の領土」ではなく「清の軍隊が駐留していた」と言うことを示します。後に整理しますが、「中国」というのは「地域」の名称であって、「中国」という「国」ができたのは共産党が中国を統一したごく最近の事です。

建国は1949年ですからまだ60年ほどしか経っていません。これは政治的な意味合いではなく学問的な解釈で、詳しくは歴史学者宮脇先生とシアターテレビジョンの「現代のコペルニクス」で詳しく解説をしています。

結局、台湾は歴史的に「国」であったことはなく、日本と清の間の戦争(日清戦争)のあとの下関条約で「清の統治下」から「日本の統治下」に入り、まもなく1915年に「内地延長主義」、つまりそれまでの「植民地統治」から「日本国の延長」ということにかわり、歴史的にははじめて台湾は「日本国」という国の一部になったのです。

私が「日本国は千島列島(占守島)から台湾まで」と言っているのは、政治的とか、良い悪いではなく、単純に歴史的には有史以来、台湾が国になったのは日本国の一部になってからという意味です。

たとえば、アメリカ合衆国というのは最初は北アメリカの一部に13州を作って独立したのですが、その後、西に進み、インディアンやメキシコなどと戦って、州を増やして今のアメリカ大陸の「国」ができたのです。カリフォルニアがアメリカ合衆国の一部であるということと同じく、台湾は日本であるということになります。

その後、日本が戦争に負けて台湾を放棄し、そのすぐ後(日本が降伏した1945年8月の2ヶ月後)、中華民国という国(中国ではない)が台湾に進駐して「実効支配」している状態です。

200年前の状態という意味では台湾は台湾人(中国は台湾を植民地にしていたので、インドとイギリスの関係と同じ)のもの、100年前というと日本国、そして50年前というと誰のものでもないということになります。もし、台湾をもともとの人に返すということなら台湾人(1945年に移ってきた中華民国人ではなく、もともとの台湾人)という事になります。

もちろん、領土は政治的、感情的なものですから、このようなことを言うと日本を支持してくれている今の台湾の人からも文句を言われますが、歴史的にはこのような事だったということです。

そうなると、台湾と琉球の間で台湾に近い尖閣諸島は誰のものなのでしょうか?少し長くなりましたので、また書きます。

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尖閣・竹島・四島・・・領土と国(2) 中国 (平成24年9月5日)


第一回で「台湾は国?」という質問が非常に難しいこと、歴史的に見て最初に国になったときという意味では「日本国」だということを書きました。これは国際的慣行で先占権といい、国でないところに始めて国を作った国がそこを自分の国とできるということです。

このように、尖閣諸島がどの「国」に属するのかということ一つをとっても、なかなか難しいことが分かります。第2回目は「中国という国はあるのか?」ということを簡単に解説します。詳しくはシアターテレビジョンの「現代のコペルニクス」をご覧ください。

私たちが今、中国と呼んでいる地域は、1)昔からの支那(チャイナ)、2)台湾、3)満州、4)蒙古、5)ウィグル、6)チベット、で、それぞれ別の国です。

満州は女真族という民族の国で、支那の国とはまったく別の国です。多くの人が万里の長城というのを知っていて、北京に行ったことがあれば北京からすぐのところに万里の長城があることを経験しているでしょう。

「万里の長城」とはまさに城で、「異民族の侵入を防ぐ、中国(支那)の北の防衛線」です。ということは万里の長城より北は支那ではないことを示しています。

満州は万里の長城の東北ですから、当然、中国ではなく「満州」という国(もしくは地域)です。満州が国のような体裁をとったのはかなり前ですが、強くなった時からでも「遼」、「金」などの北方民族の国であり、さらに蒙古の「元」を経て女真族が力をつけてきます。でも国境線が画定していた訳ではありません。

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今の中国だけが頭にある人は、ここが錯覚しやすいところですが、支那の地域を支配した「明」という国を攻めて作った「清」は「占領王国」です。つまり普通は「国」があるので、「ドイツが北の方からフランスに攻め入ってフランスを占領して合併して、首都をベルリンからパリに移した」と言うことと同じです。

ドイツ人がフランスを占領したのですから、首都をパリに移しても政府の中枢部はドイツ人、権限はドイツ人が握っていたという状態です(現実の歴史ではナチスの時に短い間、このような事が起こりました。

もう一度、くり返しますと「清」という「支那の王朝」は「満州」の女真族が支那を占領して北京に首都を移したということですから、「清」は支那(中国)の国ではなく、満州の国なのです。

ここが支那人の「国」の考え方が世界と違うところで、普通なら「我が国土を取り戻せ!」という事になるのですが、もともと支那には「我が国」がないので、外国(満州)に占領されると、逆に満州も「我が国土」になるという逆転現象が生まれるのです。日本がアメリカに占領されると、日本人が「アメリカは日本だ」というようなものですが、「中華思想」というのは「世界中が中国だ」というのにほぼ同じですから、特に論理が破綻している訳ではありません。

もっとも中国にも「支那の国が支那で他国に占領された国は支那ではない」として日本に移住した朱舜水のような人物も居ます。彼は「日本こそが中華だ」と言っていますが、つまり日本人のような「国」という概念はないのです。

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国がない人から見て、尖閣諸島や台湾、さらには朝鮮、南沙諸島などを見るとどのように見えるでしょうか? 国境というのがもともとないのですから、世界中、どこでも自分の力の及ぶところが国であり、さらに外国が自分のところを占領したら、その外国も自分の国になるということです。

従って、「どこでも自分の国」という考えの今の中国が、「尖閣諸島はこれまで中国であったことはないが、欲しいから自分のものだ」というのも彼らなりの理屈が通っています。このように、普通の国と全く違う論理を持った地域、支那。その地域が日本の隣にあるということを日本人はよくよく考えなければならないでしょう。

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尖閣・竹島・四島・・・領土と国(3) 尖閣だめ押し (平成24年9月14日)


尖閣列島の帰属について、二回にわけて整理をしてきました。台湾は歴史上、まだ「国」になったことがなく、強いてどの国という答えをしなければならないとしたら「日本」と答えざるを得ないことを書きました(日本は台湾を取り返そうなどと言う心は一切、ありません)。

また「中国」というのは国ではなく、支那人の定義によると「世界中はすべて中国だが、当面は自分の力の及ぶ限り」という事であることも明確に示しました。「中国」というのは国の名前ではなく、「概念」なのです。中国人からいえば「世界はすべて中国のもの」ということですが、他の国の人から見ると自分勝手に見えます。

尖閣列島は沖縄と台湾の近くなので、「近く」という点では沖縄(日本)か台湾(日本)のどちらかになりますので、どちらでも日本ということになります。


まず、ここまでで基礎的なことが分かった時点で、だめ押しをして起きたいと思います。1930年、日本陸軍が尖閣諸島の詳細な測量を行っています。この測量が尖閣列島の最初の測量ですが、もともと「他人の国を測量できない」というのは当たり前なので、尖閣諸島は日本の領土だったことがハッキリします。

この地図が陸軍の測量図で、無人島の一つ一つを詳細に測量しています。さすが軍隊ですね。歴史的にそれまでまったくどの国にも所属せず、かつ無人島だったのですから、最初に測量をした国の所属であることは言うまでもありません。


次に、台湾はサンフランシスコ条約で日本が放棄して当面、アメリカをはじめとした連合国の信託統治になり、その後、中華民国の人が移動してきて実効支配しています。その意味では、台湾の最終的な帰属は今の中華人民共和国(大陸)が決めることはできず、中華民国(台湾)、アメリカ、そして日本が参加して平和の内に最終決定することが必要でしょう。

くり返しますが、中華人民共和国は台湾の帰属について口を出すことはできません。その中華民国が自分の国土を示した切手をだしていますが、その切手の中には尖閣諸島は含まれていません。つまり、台湾の実質的な占拠者である中華民国ですら、尖閣諸島は自分たちと関係がないとしているのです。


ところで、中国大陸では「尖閣問題で日本人をバッシング」という事件が続いています。確かに支那人からみると「世界はどこでも中国」と思っているのでしょうが、人の領土を勝手に自分たちのものとして、それを守らないから乱暴狼藉をするというのは感心したことでありません。

中国大陸の人も国際常識がある人や人格者もおられると思いますので、「全世界は中国ではない」と言うことぐらいは国民に説明する必要があるでしょう。日本はきわめてハッキリした態度で臨むべきです。日本人は誰もが地主の許可さえあれば尖閣諸島に上陸できますし、付近の海域は日本の領海です。このところを日本がハッキリできなければ、中国と正反対で「日本人は日本の国土を世界共通のものと思っている」と言うことになります。

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尖閣・竹島・四島・・・領土と国(4) 朝鮮 (平成24年9月16日)


竹島の問題は尖閣諸島とは趣が異なります。それは、「歴史的に見て、日本は中国に比べて、朝鮮にそれほど悪いことはしていないのに、なぜ、朝鮮人は中国人を嫌わずに、日本を嫌うのか? それは本当の姿か?」ということが鍵と思います。

というのは、日本との関係ができるまで、朝鮮は中国の属国の歴史が長かったですし、元の時などはそれこそ大変でした。そして19世紀の終わりには帝国主義時代で、「清、ロシア、日本」のいずれかに併合されるという状態でした。

1910年に日本が韓国を併合してから朝鮮は発展し、多くの朝鮮人が幸福になりました。だから普通には正しい道筋でもあったのですが、でも日本に併合されたのだから、朝鮮の人にとっては不本意だったでしょう。

このことを考えるには、朝鮮の難しい社会構造があります。朝鮮の支配層は「日本より中国に支配されるなら良い。ロシアでも良い」としていましたが、それはやや精錬潔癖を望む日本では貴族の地位が危うくなることでもあったからです。

1910年の併合前後、当時の李朝朝鮮は中国の支配下にあって国は乱れていました。ヤンパンと呼ばれる上流階級が一般国民を農奴ように支配するという社会で、上流階級は清朝に隷属していました。

その様子は女流旅行家:イザベラ・バードの手記に良くまとめられています。
「朝鮮人官僚界の態度は、日本の成功に関心を持つ少数の人々をのぞき、新しい体制にとってまったく不都合なもので、改革のひとつひとつが憤りの対象となった。官吏階級は改革で「搾取」や不正利得がもはやできなくなると見ており、ごまんといる役所の居候や取り巻きとともに、 全員が私利私欲という最強の動機で結ばれ、改革には積極的にせよ消極的にせよ反対していた。

政治腐敗はソウルが本拠地であるものの、どの地方でもスケールこそそれより小さいとはいえ、首都と同質の不正がはぴこっており、勤勉実直な階層をしいたげて私腹を肥やす悪徳官吏が跋扈していた。このように堕落しきった朝鮮の官僚制度の浄化に日本は着手したのであるが、これは困難きわまりなかった。名誉と高潔の伝統は、あったとしてももう何世紀も前に忘れられている。公正な官吏の規範は存在しない。

日本が改革に着手したとき、朝鮮には階層が二つしかなかった。 盗む側と盗まれる側である。そして盗む側には官界をなす膨大な数の人間が含まれる。「搾取」 と着服は上層部から下級官吏にいたるまで全体を通じての習わしであり、どの職位も売買の対象となっていた。
—イザベラ・バード, 『朝鮮紀行』講談社〈講談社学術文庫〉、1998年、pp.343 f

ところで、当時は帝国主義時代ですから、国力が弱いので中国、ロシア、日本のいずれかの属国になるしか選択肢はなかったのですが、日本はイヤだったのです。

日本の歴史書には「日本が入ってくると、階級制がなくなりヤンパンの特権が奪われるから」とありますが、それならヤンパン以外の朝鮮人はどうなのでしょうか? 私の回りの朝鮮の人はみんなシッカリした魂を持った人なのに、なぜこれほど日本を憎く思うのか、竹島の問題は「国際法」など以前に、私たちが「韓国人」という場合、それは支配層なのか、支配層の影響を受けている人か、それとも一般の人なのか、それを考えなければならないのです。

くれぐれも注意がいるのは、「朝鮮人の支配層」が自分たちの利権を守るために日本人が来るのをいやがっていたという事実です。いまでも、もしかすると日本を憎んでいる人は韓国の一部でそれを誇大にマスコミが報道している可能性もあります。

日本でも「選挙をすれば負ける」と言う民主党が政権をとっているぐらいですから、外から見たその国と内から見るのとは違うかも知れません。

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尖閣・竹島・四島・・・領土と国(5)国際的に見た竹島の帰属と日本の覚悟(平成24年9月22日)


竹島の問題に本格的に取り組む前に、国際的に見た竹島の帰属(日本の領土か、朝鮮のものか)について整理をして起きますが、これもハッキリしていて、あまり議論の対象ではありません。

現在の日本の周辺の国土は、大東亜戦争で日本が敗北して、それまで日本の領土だったところ、特に戦争が始まる前も保有したり、支配をしていた地域について、国際的に放棄しました(サンフランシスコ平和条約)。

それは、次の島々です。ずいぶん、多くの島や土地を放棄したものですね。
1) 千島列島
2) 樺太(サハリン)、
3) 満州、
4) 朝鮮、
5) 沖縄、
6) 台湾

このうち、沖縄はアメリカの信託統治となり、現在は日本に復帰しています。より小さな小笠原諸島、南沙諸島など細かい範囲の設定がありました。その中で、今、問題になっている、四島、竹島、尖閣はいずれも「何らかの事情でハッキリしなかった」ものです。

ハッキリしない事情はそれぞれで違うのですが、いずれもサンフランシスコ平和条約でハッキリとは書かれていなかったということです。
1)四島は「国後、択捉、歯舞、色丹が千島列島に所属するのか、しないのか」という問題。日本はこの四島は千島列島の一部ではないという見解。
2)竹島はサンフランシスコ平和条約の時に、日本と朝鮮の間にある四つの島(済州島,巨文島、欝陵島および竹島)のうち、最初の3つは明記されたのですが、竹島が明記されず、そのためにサンフランシスコ条約の時に朝鮮がアメリカに苦情を申し出、アメリカが「竹島は歴史的にも日本の領土」としたもの。
3)尖閣列島は昔から琉球諸島と一緒のくくりで、サンフランシスコ平和条約の時には特に明記されていなかったもの。

陸地の領土でも同じ事ですが、「場所」は複雑なので、もめ事がないという状態はなかなかできません。たとえば千島列島とは「どこからどこまで」と書くのもあまりに煩雑になるのでやっかいです。またその時に双方に思惑があってわざと書かないなどということもあり、書くと全体の条約の調印まで行かない可能性もある場合も考えられます。

また、尖閣は多くの人が「当然、琉球諸島の一部」と思っていたので書かなかったということもありますし、台湾に移動した中華民国がなにも言わなかったので、そのままアメリカが所有し、沖縄返還とともに日本に帰ってきたということです。

竹島はやや複雑ですが、韓国にとって都合が悪いのは、条約を調印するかなり前には竹島は他の3島とともに朝鮮の所属になっていましたが、調査が進むと「どうもこの島は日本らしい」となり、調印間近には朝鮮に返還されるのは四島から三島に変わりました。このことで韓国がアメリカに異議を申し立てたので、「寝た子を起こす」ことになり、結局、日本の領土になりました。

またやっかいなことに、ソ連と中国はサンフランシスコ平和条約に調印せず、韓国は日本と戦っていないので、戦勝国ではなく、従って講和会議にも出席出来ないという立場にあったのです。

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竹島が尖閣諸島よりややこしいのは、朝鮮が李承晩ラインというのを引き、竹島を朝鮮の領土にしたことです。つまり「国際条約で決めたことを韓国が当事者になれなかったので、独自に決めたということになったのです。

韓国は武力で竹島に上陸、そこを占拠しました。当時の日本は戦争に負けて平和憲法ができたばかりでしたから、「国際紛争には武力は使わない」ということでしたが、「相手が武力で来たときにどうするのか?」は決まっていなかったのです。

強いて言えば、アメリカが武力を背景に相手側と交渉してくれるぐらいのところだったのでしょう。事実、竹島では「日本の領海なのに大量の漁船が拿捕され、漁民が韓国に連行された」ということが発生しましたが、日本は泣き寝入りをせざるを得なかったのです。

1910年に日本が韓国を併合したとき、日本は直接的な武力を使ったわけではなく、武力を背景に韓国を併合したのですが、「武力と関係なく話し合いで併合した」わけでもありませんでした。このことが「不当」であると韓国人が思うなら、韓国が竹島を話し合いをしないで占有するのも同じです。

つまり日本が軍事力を使わないとみると、力で押さえつけるというのは日本を非難していることを自分が行うということでもありますから、余り関心できません。国際的にはこのようなことが多いのですが、日本と韓国の間では過去の歴史を反省して、このようなことがないように韓国政府と韓国人を説得するのが良いと思います。

その一つの例として韓国がどんな言動をとろうとも、日本は「お互いが話し合って竹島問題を解決する」ということで行くべきと思います。その意味では国際裁判所に提訴するのではなく、まずは両国で話をするべきです。

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尖閣・竹島・四島・・領土と国(6) 中国の「国」(平成24年10月1日)


尖閣諸島の問題で、日本と中国の考え方が調和していません。これは当然で、両国の人が「国」と考えるもの、それそもそもが違うからです。

日本人は、「もともと「日本国」という国があり、その外は外国」と考えますが、中国人は「もともと「中国」という国はなく、力で取ったところが中国」ということだからです。

その結果、日本は大東亜戦争の前に朝鮮やフィリピンを併合したり、占領したりしましたので、「外国の領土を占領してすまなかった」と反省しています。ところが中国は「もともと外国の領土というものはないのだから、占領したところは中国だ」と思うので、反省はしません。


中国人のこのような国に対する考え方をもっともよく示すのが、この写真に示した「万里の長城」と「満州」です。中国の北京のすぐ北に万里の長城があることは多くの人が知っています。今から2000年ほど前にまず秦の始皇帝が最初の万里の長城を築き、それから近代になって日本ではちょうど江戸時代ころの中国の王朝「明」が大規模な長城を築いて「これから北は外国だ」と宣言しました。

ところが、その後、満州にできた「外国」の軍隊が万里の長城を超えて攻めてきて、中国が占領されました。つまり、中国が自ら外国と宣言した満州を占領したのではなく、外国の満州が中国を占領したのです。

中国というのは外国であれ、どこであれ、自分たちと一緒になったら中国という考え方ですから、奇妙なことに満州に占領されたら、満州を「中国」と呼ぶようになったのです。

自分たちでこれほど立派な長城を作って「外は外国だ」と宣言したのに、状況が変わればすぐ固有の領土にしてしまうというのが中国の考え方です。つまり同じ漢字で「国」としてきましたが、その内容が違うとも言えます。

たとえば、日本が中国を攻めて占領すると、中国は「日本は中国のものである」と言うと思います。今では、中国は満州を「中国」としていますが、自分で万里の長城より北は外国と宣言したのですから、普通の常識や道徳では考えられないことです。


この地図は宮脇先生がお作りになったもので、時々、使うのですがもともと今の中国自体が、満州を取り込んだ形になっています。これは歴史的に中国とは言えないものであることがわかります。

これと同じのが、これも万里の長城より北の内モンゴル、西の新疆ウィグル、そしてチベットです。これらの国に独立運動があるのは、「もともとは、ここは中国ではない」という感覚があるからです。

尖閣諸島については、このブログでも証明したように、歴史的にも完全に日本の領土です。日本では「日本流(国際的にも一般的)に日本の領土だ」と言っていますが、中国は「もともとどの国の領土などということはない。武力で占領したり、強く言って取ってしまえば、中国だ」と言っています。

このような中国の考え方では、日本流の根拠がなくても「中国固有の領土」と言うことになります。この「固有」とは「もともと全世界が中国のものだ」という考え方から来ています。

この思想は日本の将来に取ってきわめて危険なので、絶対に妥協してはいけません。一つ譲れば、次は日本人が住んでいるところを「固有の国土」と言ってくるでしょう。

日本人が中国人の「国」という考え方を理解したり、それに基づいて中国との折衝を行うのはかなり難しいと思います。繰り返し中国の「国」を理解し、「中国も日本の領土だ」ぐらいに思わないと、中国の主張を理解する事ができないと思います。

特に現在ではマスコミの解説者が「日本流の国土論」で「中国の主張に反撃」をしているので、「少し妥協したらどうだ」という意見もでてきましたが、日本が妥協しても、もともと世界中の土地が中国のものですから、中国は妥協とは思わないでしょう。

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尖閣・竹島・四島・・領土と国(7) アメリカの「領土」(平成24年10月10日)


先回まで「中国は世界中が中国の領土で、力で取ったところはすべて中国だ」という考えだから、「日本の領土」という意識があって、他国を占領すると心が痛むという日本人とは感覚が違うことを書きました。

でも、それは中国だけのことではなく、中国は特にそれが激しいと言うぐらいです。アメリカは18世紀に建国して以来、ワシントンの近く、つまりアメリカ東海岸からアメリカ中央部、テキサス、カリフォルニア、そして太平洋を渡ってアラスカ、ハワイ、グアム、フィリピン、日本、朝鮮、ベトナム、アフガニスタン、イラクとほぼ地球を一周する勢いで軍隊を出してきました。

なぜ、アメリカはそんなことをしたのか、アメリカ人が考える「領土」はどこなのか、それを地図とともに考えてみたいと思います。また日本人は時に中国人を憎みますが、アメリカ人には好意を持つことが多いのですが、これはアメリカ人が白人だからなのでしょうか?

・・・ここからは音声と地図です・・・・・・


音声でアラモの砦の戦いをインディアンと言ったような気がしますが、メキシコ戦です。

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/204.html#c2

[近代史3] 有史以来 戦争に勝った事が一度も無い漢民族が巨大な領土を手に入れた手口 中川隆
3. 中川隆[-12549] koaQ7Jey 2019年2月01日 11:10:24 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

米国が作った社会主義国 ソ連・中共・北朝鮮


馬渕睦夫
ウイルソン大統領とフランクリン・ルーズベルト大統領は世界を共産化しようとしていた


[馬渕睦夫さん ] [今一度歴史を学ぶ] 7 (日米近代史 1-3)
「 ロシア革命」と裏で支援した人達 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=dhyXzcOIrwI&list=PLSdGrK6XTr5iYvuiF_2TQaKUPeOMoJiPT&index=8&app=desktop


[馬渕睦夫さん][今一度歴史を学び直す] 7 (日米近現代史2-3)
[支那事変]とは 日本 対 [ソ連 英 米] - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=r4qS9LFuQG0&index=9&list=PLSdGrK6XTr5iYvuiF_2TQaKUPeOMoJiPT&app=desktop


[馬渕睦夫さん ][今一度歴史を学び直す] 7 (日米近現代史3-3)
なぜアメリカは日本に戦争を仕掛けたのか? - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=2yQ72lCQUNg&index=10&list=PLSdGrK6XTr5iYvuiF_2TQaKUPeOMoJiPT&app=desktop


2018/04/15 に公開
馬渕睦夫さん 元特命全権大使 駐キューバ 駐ウクライナ兼モルドバ


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[馬渕睦夫さん][今一度歴史を学び直す] 1-7
米国がつくった中華人民共和国 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=ORy-CvwklVA&list=PLSdGrK6XTr5iYvuiF_2TQaKUPeOMoJiPT&app=desktop

[馬渕睦夫さん ] [今一度歴史を学び直す] 1-7 (付属動画)
米国がつくった中華人民共和国 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=iQBSmzvY6xY&list=PLSdGrK6XTr5iYvuiF_2TQaKUPeOMoJiPT&index=2&app=desktop

[馬渕睦夫さん] [今一度歴史を学び直す] 2-7
米国が仕組んだ朝鮮戦争 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=jsDal9CuLfo&index=3&list=PLSdGrK6XTr5iYvuiF_2TQaKUPeOMoJiPT&app=desktop


2018/03/18 に公開
[今一度歴史を学び直す] 1/7 米国がつくった中華人民共和国
馬渕睦夫さん 元駐ウクライナ大使兼モルドバ大使

一部引用:

国難の正体――日本が生き残るための「世界史」 – 2012/12/25 馬渕睦夫 (著)

「国難」とは「グローバリズム」という潮流のことです。

グローバリズムとは、「民営化」「規制緩和」という拒否できない美名のもとに強烈な格差社会を生み出し、各国の歴史や文化を破壊します。「世界史」といえば、「国家」間の対立や同盟の歴史と教科書で習ってきました。しかし、戦後世界史には国家の対立軸では解けない謎が沢山あります。

日本では対米関係ばかり論じられますが、じつはアメリカを考える上でイギリスの存在は欠かせません。政治も経済も日本はなぜこれほど低迷しているのか。元大使が2013年に向け緊急提言!


戦後世界史の謎

▶東西冷戦は作られた構造だった

▶なぜ毛沢東の弱小共産党が中国で権力を握れたのか

▶朝鮮戦争でマッカーサーが解任された本当の理由

▶アメリカはベトナム戦争に負けなければならなかった

▶なぜかアメリカ軍占領後アフガニスタンで麻薬生産が増大した

▶「中東の春」運動を指導するアメリカのNGO

https://www.amazon.co.jp/%E5%9B%BD%E9%9B%A3%E3%81%AE%E6%AD%A3%E4%BD%93%E2%80%95%E2%80%95%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%8C%E7%94%9F%E3%81%8D%E6%AE%8B%E3%82%8B%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE%E3%80%8C%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%8F%B2%E3%80%8D-%E9%A6%AC%E6%B8%95%E7%9D%A6%E5%A4%AB/dp/4862860656


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トーマス・ウッドロウ・ウィルソン(Thomas Woodrow Wilson, 1856年12月28日 - 1924年2月3日)は、アメリカ合衆国の政治家、政治学者であり、第28代アメリカ合衆国大統領である。アンドリュー・ジャクソンの次にホワイトハウスで連続2期を務めた2人目の民主党大統領である。


進歩主義運動の指導者として1902年から10年までプリンストン大学の総長を務め、1911年から13年までニュージャージー州知事を務めた。1912年の大統領選挙では共和党はセオドア・ルーズベルトとウィリアム・ハワード・タフトの支持に分裂し、結果として民主党候補であったウィルソンが大統領に当選した。名誉学位ではなく、実際の学問上の業績によって取得した博士号を持つ唯一の大統領である。

1885年にブリンマー大学(英語版)で歴史学および政治学を教えた後、1886年にはジョンズ・ホプキンス大学から政治学の博士号 (Ph.D.) を受ける。1888年にコネチカット州のウェズリアン大学に勤め、1890年にプリンストン大学の法律学と政治経済学の教授に就任、1902年6月9日に満場一致でプリンストンの学長に選ばれた。1910年から翌年までアメリカ政治学会の会長であった。

1887年に執筆した論文『行政の研究』(The Study of Administration )において、政治行政分断論を提起し、実務的に政治(政党政治)と行政の分離(政治行政二分論)を唱え、猟官制の抑制と近代的官僚制の再導入を提唱するとともに、研究領域的に政治学から行政学を分離した。ウィルソンの行政学に関する論文はこれ1つだけであるが、これによって、フランク・グッドナウ(英語版)と並んでアメリカにおける行政学の創始者として位置づけられている[2][3]。

合衆国大統領としては、当初の中立姿勢を放棄して戦争を終わらせるための戦争として第一次世界大戦への参戦を決断し、大戦末期にはウラジーミル・レーニンの「平和に関する布告」に対抗して「十四か条の平和原則」を発表、新世界秩序を掲げてパリ講和会議を主宰、国際連盟の創設に尽力した。その功績により、ノーベル平和賞を受賞している。敬虔な長老派教会の信者であったウィルソンは、教訓主義の深い感覚をインターナショナリズムに取り入れた。それは現在「ウィルソン主義」と呼ばれる。ウィルソン主義は、アメリカ合衆国が民主主義を標榜し国内外の政治体制の変革を追求することを使命と見なすことであり、今日も議論されるアメリカの外交政策の指針となった。ただし、ここまでの成果は慈善家のクリーブランド・ドッジ(英語版)の協力なしには得られなかった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%AD%E3%82%A6%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%82%BD%E3%83%B3


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フランクリン・デラノ・ルーズベルト(Franklin Delano Roosevelt [ˈfræŋklɪn ˈdɛləˌnoʊ ˈroʊzəˌvɛlt], 1882年1月30日 - 1945年4月12日)は、アメリカ合衆国の政治家。

民主党出身の第32代大統領(1933年 - 1945年)


世界恐慌、第二次世界大戦時のアメリカ大統領であり、20世紀前半の国際政治における中心人物の1人。彼の政権下でのニューディール政策と第二次世界大戦への参戦による戦時経済はアメリカ合衆国の経済を世界恐慌のどん底から回復させたと評価される[3]。

ラジオを通じて国民との対話を重視した。歴代アメリカ合衆国大統領のランキングでの人気投票でほぼ上位5傑に入るなど、現在でもアメリカ国民からの支持は根強い。また、アメリカ史上唯一の重度の身体障害を持った(両足が不自由だった)大統領でもある。

その一方、日独伊の枢軸国勢力を敵視する一方でソビエト連邦の独裁者ヨシフ・スターリンに対する容共的な姿勢を取り、その侵略行為を黙認したことは後に批判の対象となった。中華民国に対しては、日中戦争の際に蒋介石を強く支持し莫大な軍事費の借款を行っていた上に、同国との利権も多かったために「中国びいき」と言われた。

ルーズベルトはアメリカ政治史上で唯一4選された大統領である。初代のジョージ・ワシントン大統領が3選を固辞した故事から大統領は2選までというのが慣例だったが、戦時・有事を理由に1940年・1944年の大統領選に立候補し当選した。後に憲法が改正され(修正第22条1951年)、正式に大統領は2期までと定められた。

アメリカ経済の回復は同時に、第二次世界大戦が起こるまでの間、デトロイト市の大工業地帯[要出典]を枢軸国に対する「民主主義の兵器廠」に発展させた。これは戦後、アメリカが国際的な覇権を握る原動力となった。ルーズベルトの平和に対する国際組織の展望は死後に国際連合として結実した。

ルーズベルトの評価は立場で大きく分かれる。リベラル派(自由主義)から見ると、ニューディール政策をはじめとしたケインズ福祉国家的政策の開始は「恐慌への対策を具体化したもの」として評価され、「はじめて本格的な貧困層対策に取り組んだ」大統領として評価される。それまで南部の地域政党的色彩が強かった民主党に「世界恐慌の結果発生した貧困層の救済」という新たな目的を打ち出し、この2つの支持基盤を合わせる事によって「ニューディール連合」と呼ばれる大きな民主党支持基盤を形成してその後数十年に渡る議会における民主党の優位をもたらした。

保守派の中でも、ロナルド・レーガンは、ルーズベルトのリーダーシップを賞賛した。他方、小さな政府を唱える保守派はニューディールにきわめて否定的な評価をしており、民主党のニューディール連合を崩すことで1980年代以降の共和党の勢力拡大は成功したといえる。

ニューディール政策については、現在でも経済学者の間でその評価は分かれている。

また、最高裁判事の人事への介入による三権分立の民主主義原則への抵触や、大戦中に日系アメリカ移民に強制収容を行った事や、政権期間を通じて行われたアフリカ系アメリカ人公民権運動に対する事実上の妨害という人種差別的観点から行われた政策は、その立場を問わず各方面からの大きな批判をまねいただけでなく、アメリカにおける人種差別の解消を遅らせる要因の1つとなった。

民主党政権としての「貧困層」と「人種マイノリティ」という別々の背景を持ったアメリカ社会における弱者に対する矛盾した態度の解決は、1960年代のジョン・F・ケネディとリンドン・B・ジョンソンの政権まで持ち越された。

在任日数4422日は、アメリカ合衆国大統領史上最長の任期である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%88


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アメリカの社会主義者が日米戦争を仕組んだ

「日米近現代史」から戦争と革命の20世紀を総括する – 2015/10/9 馬渕 睦夫(著)
https://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%81%AE%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E8%80%85%E3%81%8C%E6%97%A5%E7%B1%B3%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%82%92%E4%BB%95%E7%B5%84%E3%82%93%E3%81%A0-%E3%80%8C%E6%97%A5%E7%B1%B3%E8%BF%91%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E5%8F%B2%E3%80%8D%E3%81%8B%E3%82%89%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%81%A8%E9%9D%A9%E5%91%BD%E3%81%AE20%E4%B8%96%E7%B4%80%E3%82%92%E7%B7%8F%E6%8B%AC%E3%81%99%E3%82%8B-%E9%A6%AC%E6%B8%95-%E7%9D%A6%E5%A4%AB/dp/4584136823/ref=sr_1_3?ie=UTF8&qid=1546955741&sr=8-3&keywords=%E9%A6%AC%E6%B8%95%E7%9D%A6%E5%A4%AB+%E6%9C%AC


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■ 国際社会は「国益」のぶつかり合い

■ ウィルソン大統領の「ロシア革命礼賛」の謎

■ 大資本家は社会主義者である

■ 共産主義者はなぜ殺人に“不感症"なのか

■ 「ワシントン会議」こそ大東亜戦争の火種

■ アメリカは中国を舞台に、日本に“参戦"していた

■ ルーズベルト大統領も国際主義者だった! 他


【目次より】

序 章 【米露に対する「安倍外交」の真髄】
世界は日本に期待している!
・アメリカの「対露制裁解除」の鍵を握る安倍外交
・「中国の暴走」を抑えるには、ロシアを味方にせよ 他

第一部 【ウィルソン大統領時代のアメリカ】
アメリカはなぜ日本を「敵国」としたのか
I「日米関係」の歴史
II アメリカの社会主義者たち
III「共産ロシア」に対する日米の相違
IV 人種差別撤廃と民族自決
v 運命の「ワシントン会議」

第二部 【支那事変の真相】
アメリカはなぜ日本より中国を支援したのか
I 狙われた中国と満洲
II「西安事件」の世界史的意義
III 中国に肩入れするアメリカ

第三部 【ルーズベルト大統領時代のアメリカ】
アメリカはなぜ日本に戦争を仕掛けたのか
I ルーズベルト政権秘話
II 仕組まれた真珠湾攻撃
III 日本を戦争へ導く「アッカラム覚書」

終 章 【これからの日米関係】
「グローバリズム」は21世紀の「国際主義」である
・アメリカの正体とは?
・「グローバリズム」と「ナショナリズム」の両立は可能か 他



http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/204.html#c3

[近代史3] 有史以来 戦争に勝った事が一度も無い漢民族が巨大な領土を手に入れた手口 中川隆
4. 中川隆[-12548] koaQ7Jey 2019年2月01日 11:25:25 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

「混沌の大国」中国と中国人を知る エコノミスト 田代秀敏氏
http://www.ikaganamonoka.com/intr/tashiro1/


行ったことはあるのですが、どうにもその行動や価値観が理解しにくい国「中国」と「中国人」について、田代さんに一から教えてもらいました。聞いてびっくり。わたしは中国のことについて、知ってるようでいて、実は何にも知りませんでしたね。万人のための「中国入門」です。


『中国に人民元はない』(文春新書588)
https://www.amazon.co.jp/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E3%81%AB%E4%BA%BA%E6%B0%91%E5%85%83%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%84-%E6%96%87%E6%98%A5%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E7%94%B0%E4%BB%A3-%E7%A7%80%E6%95%8F/dp/4166605887

そもそも「中国人」は外国人がつくった概念


運営者 北京オリンピックや毒餃子事件を介して中国のプレゼンスが庶民のレベルでまた高くなっています。

 今まで企業のレベルでは生産基地として、あるいはこれからの大消費地として非常に意識されてはきましたが、今や市井の人たちも無視することはできない主要なプレイヤーになってきているということです。

 田代さんに伺いたいのは、そういう存在である中国の民、中国人と言い切れるほどひとつのまとまりはないと思うのですが、それはどういう人たちだとわれわれは考えるべきなのか、その辺のことからお話していただきたいんです。

田代  まず中国というのは、本当に、多様というよりも混沌・カオスなんです。だから一口には何も言えません。中国に関するお話は、とめどもなく、まとまりがありません。

運営者 中国自体が、まとまりのない国だからですね。

田代  だから中国に関する話で、まとまりがよかったり、日本人が聞いて分かりやすかったりしたら、それは疑ってかかるべきなんです(笑)。
 よく言われることですが、中国の統計がよくまとまっていたら、それは嘘だということです。

運営者 統計的にすら、把握ができない国ということですね。

田代  そもそも、中国人という概念は、外国産なんです。中国人同士にとっての、「あなた何国人?」というのは、国籍を聞いているのではなくて、北京人か、上海人か、広東人かを聞いているのです。ちょうどアメリカで、What is your religion? と聞いたら、プロテスタントの宗派を聞いているのと同じようなものです。
 北京と上海では、言葉語も、食事料理も、文化も全然違うわけですから。だから彼らは、「同じグループに属している」という意識はあまりないんです。

運営者 日本では新任大臣が「日本は単一民族」と食言したらクビになりますが、中国では「中国は単一民族」と発言してもクビになることはないということですね。

田代  そういうことです。そんなことを言っても、まったく意味がわからないわけですから。中華人民共和国は国民国家ではないので、「国民」という言葉は避け、「人民」とか「老百姓」とか「中華民族」という言葉が使われます。「老百姓」は「昔からいるいろいろな姓」という意味で、「中華民族」は「漢族と55の少数民族との共同体」という意味です。ちなみに「漢民族」は日本語で、中国では「漢族」です。

 ではどうして「支邦人」、「中国人」、「チャイニーズ」という言葉ができたかというと、清国の終わりに留学生がアメリカや日本に行ってからのことです留学生が学校で、「チャイニーズ集まれ」と言われても、みんなが誰のことかわからないわけです。「チャイニーズって誰なんだよ?」と聞き返したら、「お前とお前のことだよ」と言われて、「びっくりした〜。上海出身の俺と、福建出身のアイツが同じカテゴリに属しているのか!」と驚いて書き残した留学生の日記が見つかっています。

運営者 へえー。


「具体的なことしか信じない人たち」


田代  東京大学や早稲田大学でも同じようなことがあったんです。彼らが中国に帰って、「知ってるか、おれたちは中国人だぞ、支邦人だぞ、Chineseだぞ」と、ふれまわったわけで、中国人というのはそういう概念なんです。

 だから、中国人についての一般論は、とても難しいのですが、むりやり一般化すると、中国人とは次の2つの特徴をもつ人たちなのです。

 ひとつは「漢字だけを使う人たち」

 もうひとつは「具体的なことしか信じない人たち」

 二番目の特徴を、吉川幸次郎という中国学の碩学は、中国人の思考の特徴は自分の素朴な感覚への絶対的な信頼であり、だから、中国人は感覚を超えた存在をあまり信頼せず、冷淡になりやすいと述べています。

運営者 感覚というのは五感ですか。

田代  五感ともちょっと違うんです。中国では「味わう」というのが非常に重要な感覚なんです。フランス人はよく「美しい」と言いますが、中国人は「おいしそう」と言います。「食べたらうまそう」というのが最高の褒め言葉なんです。だから、他人の家にお呼ばれされたときには、その家の子供を「子豚のようにかわいい」と褒めると、その子もその子の親にもよろこばれます。

 中国人という概念はこういうふうに非常に漠としたものなのですが、漢字だけを使い、なおかつ、自分の素朴な感覚を100%信じている人たちということが最大公約数だと考えるのが好いでしょう。中国人は、自分の素朴な感覚の対象にならないものや、感覚を超えたものは信じません。

運営者 例えばコンセプトとかも信じない。

田代  「死」なんかもそうなんですよ。中国の人は死について極めて無頓着です。ほとんど考慮しません。感覚を超えた死後の世界について考えている節があまりない。

 あえて言うと中国人は、死もいまの世界の延長だと考えています。だから中国の葬式では、金箔や銀箔を貼ったお金のおもちゃを燃やします。どうやらATMがあの世にあって、燃やすとそのお金がATMに入っていってお父さんやお母さんがそのATMからお金を引き出せると考えているらしいんです。

 「あの世でもお金がいるんですか」と聞いたら、「それはそうでしょう。ものを買うにしても、役人を買収するにしてもお金が必要ですよ」と答えます。
 だからあの世にも今と同じ世界があると考えていて、商店があって、役人も腐敗していて、現世の仕組みが死後もそのまま続いているのだと信じているわけです。

運営者 本当の現実主義者ですね。「天国はパラダイスであって、地獄はどうしようもないところだ」という感じではなくて、「あの世もこの世の延長でしかないのだ」という認識ですか。

田代  だから中国人の想像力、イマジネーションはおもしろいですよ、日本人と全然違っていて。ただしよく気をつけてみるとすべて「感覚の内側」にとどまっているんです。哲学的なこと、形而上学的=メタフィジカルなことはまったく関心を持ちません。関心があるのはフィジカルなことだけです。


形而下に止まる思考形態


田代  彼らがどんなに想像力を膨らませたとしても、すべてフィジカルな範囲内にとどまっています。

 たとえば孫悟空が、お釈迦様の手の平から、キン斗雲に乗って飛び出して、世界の果てまで行こうとしますよね。そうすると世界の果てには5本の柱が立っていたので、孫悟空は「ここが世界の果てだ」と思って、その柱に落書きをして帰ってきます。

運営者 斉天大聖ここに来たりて曾遊す。

田代  すごく気宇壮大に見えますけれど、結局はフィジカルな世界の中にとどまっている話なんです。

運営者 それが彼らに理解できる範囲内なんですね。

田代  インド人は、もっと抽象的に話が広がっていくのですが、中国人にはそれはない。だから吉川幸次郎は、「中国人の想像力は、まりが跳ねるようなものだ」と言っています。地面から少し離れたとしても、いつかは地面に戻って、地面の上を這って、どこかで止まる。地表の上をわずかに離れるんだけれど、基本的には地表の上を転がっていくようなものだと分析されています。

 インド人の思考は、ヒューンとはるかかなたに飛んでいくんですけどね。

運営者 なるほどね。お話を聞いてみると、なるほどと納得するのですが、日本人がなぜ中国人のその部分を理解していないかというと、日本人にとっては、どちらもできるからだと思うんです。

田代  そうですね、私が深く尊敬する混血の天才中国語学者に言わせると、中国語よりも日本語のほうが哲学的なんだそうです。中国人の思考には哲学性が希薄なのだからだそうです。

運営者 言語の構造は、当然、使っている人たちの認識を反映するはずですからね。

田代  またその認識を制約しているはずですよね。

 実はね、「中国語」というものは存在しないんです。実際にあるのは、北京語だったり、上海語だったり、広東語、四川語なわけです。例えば「我」という言葉も、それらの言葉で全く発音が異なります。中国人にとっても、自分の地方の言葉でない言葉は、勉強しなければ皆目わかりません。方言ではなくて、違う言語なんです。

運営者 北欧の国の言葉が違う言語だというのなら、それらの言葉も全く違う言語だと言えるでしょう。

 台湾に行って驚いたのは、すべての番組に漢字の字幕が出ていることですよ。漢字さえ出しておけば、だいたい分かるということなんですね。

田代  それしか方法はないんです。大陸も全く同じで、特に胡錦涛総書記が出てくる演説の放送では、3段も4段にもわたる非常に詳細なフルテキストの字幕が出ます。しかし共産党の最高指導者の発言だけでなく、どんな人でも同じですし、映画の字幕も同じです。


漢字の国の人たちは言語を信じていない


田代  もうひとつ中国の特徴は、言葉に対する信頼がないということです。

運営者 でも、言葉に対する信頼がなければ、ものが考えられないし、政治も難しくなっちゃいますけどね。

田代  中国人は漢字という、人類の言葉の中でも最も精緻な文字の体系を作り上げた人々なのですが、その彼らは言語に対して非常に不信の念を持っています。

 「言語というのは、せいぜい物事を暗示するだけであって、決して真理そのものや、自分の本当の気持ちというのは決して語りえない」と思っているんです。

運営者 それはひとつの見識ではありますがね。それに対して、「語りえぬものについては沈黙するしかない」と言った人もいますが。

田代   言語観の違いは、中国人と日本人との摩擦の原因になるんです。たとえば、「本音と建前」というのは純粋な日本語であって、中国人には説明できません。
 さっきの天才中国語学者が作った日中辞書典では、本音を「真実話」、建前を「原則」と翻訳されています。「ちょっと違うんじゃないですか?」と聞いたら、「だってこうしか説明できないじゃないか」と言われましたけどね。

 日本人だと、「君の本音を一言で言ってごらん」といえますが、中国ではまったく無理です。中国では自分の本当の気持ちは、たとえ百万言を費やしても語りえない。せいぜい暗示するしかできないと考えられているんです。

 真理についても同じです。中国人にとって真理とは、かすかに、わずかに暗示できるだけであって、わかる人にはわかるけれど、ほとんどの人にはわからないものだと考えられているんです。

 だから、われわれが学校で習う漢文なんかも非常にシンプルですよね。

運営者 そうですよ。どうしてあれがそういう具体的な意味を的確に表していると断言できるのか、テストでいつも不思議に思っていたのですが。違う解釈もできるだろうと。

田代  あれはもともと、孔子が言っているように「文は言を尽くさず」、つまりどんなに文書を書いても言いたいことは言えないし、「言は意を尽くさず」、どんなに言葉を重ねても自分の心は語れないというあきらめが先にあるんです。

運営者 そこですよ、そこであきらめるかどうか、真理に肉薄していこうとするかという態度の違いが非常に大きいと思うんです。

田代  日本人はあきらめないですよね。必死になって説明しようとします。でも中国では最初からあきらめている。

運営者 日本人が持っているのは、ルネサンス的な姿勢だと思うんです。

田代  そうですね。

運営者 中国人がそれをあきらめているということは、また別の思想体系がそこにあるんだと思うんです。

テレサ・テンの歌に見る自己中心的世界観


田代  一方で、中国の人たちの世界認識は極端にエゴセントリック(自己中心主義的)です。徹底して自分を中心とした世界像を描いています。

 アジアの歌姫テレサ・テンの歌でこういうのがありますよね。

 「だからお願い そばにおいてね 今はあなたしか愛せない」

運営者 「時の流れに身をまかせ」ですな。

田代  この歌は日本語の歌詞が元ですが、中国語に翻訳されていて、今では全中国人の愛唱歌になっています。みんなすごく大好きな歌なのですが、これの中国語訳はこうなんです。

 「所以我求求[イ尓] 別離我離開[イ尓]」

運営者 ふむ。

田代  日本語の歌詞では、一言も、「わたし」とか、「あなた」とか言ってないでしょ。

運営者 そうですね。

田代  ところが中国語ではこんなに短いことばの中に、「我」が2回、[イ尓]つまり「あなた」も2回出てきています。こういうふうにしなければ、そもそも言葉として成立しないんです。

 直訳すると、「だから私、あなたにお願いお願い、私をあなたのそばから離れさせないで」になります。

運営者 すごいですね。日本語でそんなこと言われたら、ちょっと引いちゃいますね。

田代  中国語では、こう言わなければそもそも意味が伝わらないんです。

 中国語では徹底して、まず一人称の「我」(ウォー)があって、次に二人称の「イ尓」(ニー)つまり「あなた」がいて、その次に三人称の「他」(ター)つまり「わたしでもあなたでもない他の人」があるんです。「ウォー・ニー・ター」、人称代名詞はこれでおしまいです。英語のような格変換はありません。複数にするときはその後に「們」(メン)をつければいいだけです。以上、おしまい。

運営者 便利ですね。つまり中国語は、他者認識が、世界の言語の中でも恐らく最も単純であるということですか。

田代  もっと言うならば、非常に強烈に自分を中心に世界を組み立てているのですね。

 まず私があって、次にあなたがあって、それから第三者がいて、それでおしまいなんです。

でもこの関係性は重要で、「だからお願い、そばにおいてね」と言うだけでも、私とあなたが2回ずつ出てこなければならない。


感覚で分かるものには徹底してアプローチする


田代  日本語が話せる中国の人がふだん冷静に日本語で話しているときは普通の日本語ですけれど、興奮してくると、「わたしあなたに言った、あなたわたしにこう言った。わたしあなたにこうした・・・」って言うじゃないですか。

運営者 そうですね。それは彼らにとっては普通なんだ。

田代  中国語を直訳しているだけになっているのです。日本人も興奮すると、英語で話していてるときに興奮すると、明らかに日本語の単語を英語に置き換えただけになってるじゃないですか。

運営者 "We Japanese"って言っちゃいますからね。それはよくわかります。

 そういう世界認識、世界の中での自分の位置が、中国人にはまずあるわけですね。

田代  まず「我」が中心です。その周りにあなたがいて、その周りに第三者がいると。

運営者 現実主義であり、言い方は悪いけれど自己中心主義であると。

田代  現実主義というよりも、徹底して形而下のことにしか関心がないんです。それが善いか悪いは、別の問題ですよ。

運営者 もちろんです。文化の差異についての話ですから。

田代  だから漢字の体系も、形而下のことに注目する文明の産物です。漢字はよほど字の形を、きちんと見なければいけないようにできています。

 例えば「犬」と「太」と「大」の違いなんて、字の中に点「、」のあるなしと位置の違いだけですよね。アルファベットしか用いない人々は、なかなか覚えられません。

運営者 なんか白川静先生の世界になってきたな。

 なるほど、アルファベットしか使わない連中は字の形におおざっぱですからね。そういえば漢字圏でない外国で漢字の本を読んでいると、えらく感心されて「これをお前も書けるのか」と聞かれますよね。  

田代  漢字の精密なシステムは、いかに中国人が、感覚的なものに対しては、執念を持って見ているかを、よく表しているんです。

運営者 なるほど、そうですね。感覚で分かるものについては徹底してアプローチするということですね。

田代  その点で日本人は甘いんです。たとえば、中国の書法家の作品とくらべると、日本の書道家の書はどこか甘いところがあります。なぜかと言うと、われわれは漢字が書けなくても、ひらがなやカタカナでごまかせるじゃないですか。

でも、中国人は漢字が書けなければ何も伝えられない。漢字が読めなければ何も読めない。◯音(ピンイン)という中国語のローマ字書きのシステムはありますが、それを使って読み書きするのは幼稚園の年少組までで。幼稚園でも年長組になると漢字で絵本を読みます。幼稚園を出た段階で、「東京文化学園」を、ちゃんと「トンチンウェンファシュエエン」と読めます。そうした漢字だけの国の書法は、ひらがなもカタカナもある日本の書道と厳しさが違うのは当然です。

運営者 ということは、唐代に顔真卿なんかが確立した書法は、そういうスタイルを徹底したたものだったんですねえ。

中国人は遅刻しそうになっても連絡しない


田代  そういう意味で、中国の書法は、すごく切羽詰まったものがあります。しかし、その文字は、決して言を尽くさないし、言は意を尽くさないんです。不思議な言葉の体系ですよね。

運営者 意外です。僕はあの書が雄弁に真理を語っているからこそ、彼らは何世紀も大切にしてきているのかと思っていました。意外とそんなに信用してないんですね。

田代  中国人にとって、漢字というのは交通標識みたいなものなんです。それを北京の人は北京語で読むし、上海の人は上海語で読む。でも、お互いそれを声を出して読むと、さっぱり意味がわからないんです。

運営者 あくまでも記号なんですね。

田代  でも交通常識だから、なんとなく意味は伝わります。もっとも、伝わるのは、本当に言いたかったことの何分の一かです。

運営者 その他、中国人を理解するために覚えておかなければならないことは何ですか。

田代  日本人が中国人を理解するのは難しいですよ、とにかく中国は日本と全く違う社会ですから。

 例えば中国には非常に大きな企業がたくさんありますよね。だけど私から見るとあれは普通の企業には見えないんです。

運営者 どういうことですか。

田代  中国の会社では、個人レベルでさえもそうなんだけど、「ほうれんそう」がないんですよ。

運営者 「報告、連絡、相談」ですね。

田代  日本の企業に入るとまず最初に研修で厳しく教わるのは、「何事も報告、連絡して上司と相談せよ」ということです。そうしなければ集団として機能できないと日本では考えています。

 中国の企業は正反対で、報告しない、連絡しない、相談しない。

運営者 社会性がないってことじゃないですか。

田代  いえ、中国人は社会性が非常に高いんです。日本人以上に高いでしょう。日本社会よりも中国社会の方が長く続いているわけですから。日本以上に、アメリカと、うまくやっている。でも、「報連相」は、しません。

 約束の時刻に遅れてしまうと、日本人だったら、すぐに携帯電話で、「すみません、遅れてます」と連絡しますよね。

運営者 ええ。

田代  中国人は、まずしません。「定刻になっても自分が現れていないのだから、遅れていることは明らか。それをあえてもう一度言う必要があるのか」ということで、自分から連絡はしません。だから、中国人に「すみません、私いま遅れています」と電話したら、「当たり前のことをいちいち言うな」と、かえって不機嫌にさせてしまいます。

運営者 そこにいないんだから(笑)。

食べられるものはすべからく食べる


田代  「何でそんな当たり前のことを言うのか」ということです。

 あいさつでも、日本人はすぐに「暑いですね」とか「暖かくなりました」とか天気の話をしますが、中国人は天候のことを挨拶に使いません。中国人にすれば「わかってるよ、同じところにいるんだから。そんなわかりきったことを口にすることに、なんの意味があるのか」ということです。

運営者 それじゃ話の接ぎ穂というのが・・・

田代  彼らは話の接ぎどころが違うだけなんです。天気の話はしません。

 中国のおもしろさは、あいさつをしないことにもあります。おはようもお休みも、ただいまも行ってきますもありません。なぜならば見れば明らかだから。

 中国でただいまというのは、「私は来ました」で、答える方も「あなたは来ました」という言い方ですから、単なる確認事項ですよね。

運営者 「アイム・ホーム」に近い感じですね。

田代  おはようも言う必要はありませんよね。お互いの起きていることはわかるわけですから。

運営者 解らんでもないですけどね。

田代  中国の文化は日本とはコード体系が全然違うんですよ。

 ただ問題は、日本人と中国人とが、同じ服を着て、お互いに黙って座っていたら、相手が日本人か中国人か、全然わからないですよね。それくらい、日本人と中国人とは、人種的には非常によく似ている。だから、日中双方とも、お互いに「そこまで言わなくてもわかるでしょ」と思っているわけですが、そこがお互いの国に行って暮らしている日本人と中国人にとっては悩みの種なんです。

運営者 なるほど。
  話が戻りますが、「おいしそう」というのは褒め言葉なんですか。

田代  中国人が日本の家庭で飼われているチャウチャウ犬を見て、「あれは今、ちょうど食べ頃ですね。そろそろ食べるんでしょ?」「日本では食べないですよ」「なんてもったいない。それなら私がこれから料理して、田代さんにご馳走しますよ」「それはちょっとやめてください」なんて会話が実際にあるんです。

 食べられるものは、すべからく食べようとしますね。

運営者 本当にテーブル以外の4つ足のものは食べるんですね。

田代  日本では、「人を食う」というのは人をバカにする意味ですよね。でも中国では実際に食べちゃうんです。

運営者 「水滸伝」の世界になってきたなあ。


中国人を食事に誘うときはよほど考えたほうがよい


田代  中国では、古代の王様が「美食に飽きた」と料理人に言ったら、料理人が自分の子供を調理して王様に差し出して褒められたというのが、忠義のエピソードとして伝えられていますよ。

 あるいは、垓下の戦いで、大英雄である項羽が虞美人の行く末を嘆き哀しんだ歌は有名です。その後彼は自ら虞を刺し殺したのですが、その続きを読んでみると項羽は虞を食べちゃってるんですね。日本の漢文の教科書は、そこは省略してしまっています。

 孔子の弟子で論語に最も頻繁に登場する子路は、衛の国の高官になったのですが、政敵に倒され、塩漬けの刑で「醢」にされてしまいました。孔子は嘆き哀しんで、自分の家にある醢、つまり塩漬け肉を捨てさせ、それ以降、口にすることはなかったと、伝えられています。

運営者 つまりそれまでは、人肉の醢を食べていたかもしれないのですね。

田代  それまで孔子が食べていた「醢」が人肉の塩漬けでなかったとは、『論語』にも『礼記』にも明記されていませんし、後世の儒家たちもその点を追求していません。喫人つまり人肉食は中国の文化ですから、喫人の経験の有無は、人物に対する評価の基準ではないのですね。

運営者 という文化であったということですね。

田代  善いか悪いかの問題ではないんですよ。喫人の習慣が有ったと中国を非難するのは、自分の民族が世界で一番というエスノセントリズム(自民族中心主義)でしかありません。

運営者 もちろん。文化的差異を論じているわけですから。

田代  重要なのは、それくらい、中国人にとって、食べることがとても大切だということなんです。

 ですから、うかつに中国の人に、「食事をしましょう」と言わないほうがいいです。

運営者 なぜなんですか。

田代  中国人に対して「食事をしましょう」ということは、「あなたと私は、切っても切れない仲になりましょう」と誘っているのと同じことなんです。

 最近はそうでもないようだけど、一昔前にしばしばあったトラブルで、こんなものがあります。中国人の女性の留学生が大学院でがんばっているんだけど、学力不足で博士号がとれそうもない。そこで、大学院の指導教授は、「研究者への道をあきらめさせ、転身を図らせたほうがいい」と考えている。そこで、その指導教授は中国人の女性大学院生を食事に誘い、そうした趣旨を伝えようとする。でも、これが、トラブルのもとになります。

 日本の会社でサラリーマンが上司から食事に誘われると、「降格? 転勤? 下手すると解雇?」かとヒヤリとしますよね。ところが中国人はそうは思いません。食事に誘うことは、これから特別な関係になりましょうという意味か、特別な関係をこれからも継続発展しましょうという意味なんです。

運営者 へー。

田代  だから、日本人の指導教授から食事に誘われた中国人の大学院の女学生は、「一晩考えさせてください」と答えるわけです。そのうえで、「お受けします」となって、教授から指定されたレストランに向かう彼女は、「先生からプロポーズされるんだ」と思っているかもしれません。

 食事の席で指導教授が「君の学力では博士号の取得は難しいから、別の道を考えたほうがいいよ」とか言っても、彼女の頭にはそんなことは入ってきません。食事に呼ばれ、それを受けているということで、頭がいっぱいになっているんですから。

 しばらくして何が起きるか。彼女は大学の学長に、「私は○△教授から食事に誘われて応じたのに、いつまでたっても正式にプロポーズされません。今の奥さんと離婚したという話も聞きません。何ということでしょうか」と、ねじ込むことになるわけです。

 ですから、中国でよく挨拶に使われる言葉に、「喫飯了◯」(チー・ファン・ラー・マ)があります。直訳すると「飯を食べましたか」ですが、単なる挨拶であって、食事に誘っているのではありません。日本人が「熱いですね」と挨拶しても、涼しい喫茶店に行きましょうと誘っているのではないのと同じです。日本人が同じ季節にいることを確かめ合うことで挨拶するように、中国人は同じく食後であることを確かめ合って挨拶しているのです。

自分が認めた人に対してはとことん礼を尽くす


運営者 中国では、親族以外の人と食事をするということは、とてもまれなことなのでしょうか?

田代  中国でビジネスをするとき、飛び込み営業をやると、「お話を聞きましょう。ああそうですか。分かりました。では、またね」と、あしらわれます。

 それにも懲りずに何回か行っていると、そのうちお茶が出るようになります。
 さらに頑張ると、お茶にお菓子がつくようになります。

 もっと頑張ってると、食事に誘われます。それで、ようやく「商談に応じましょう」ということなんです。

運営者 なるほど。

田代  人前で一緒に食事をしているということは、「自分はこの人間と特別な関係にあると思われてもかまいません」という意味なんです。だから、中国ビジネスの第一段階は、相手を何とか食事に持ち込むことなんです。これが難しい。

 そういうわけですから、男女であれば、食事を申し込むというのは大変なことなんです。

運営者 西洋でも、そういうことではあるんですけどね。

田代  それよりも、もっと重たいんです。日本は軽すぎますね。これも善い悪いの問題ではないですけど。

運営者 ということですね。

田代  それから、中国の宴会には決して二次会がありません。それは、食べるという瞬間を共有していることを大切に思っているからなんです。

運営者 大切に思っているのなら、二次会にも行けばよいのでは。

田代  二次会という言葉自体がないんですよ。

 中国人は、人間と人間の関係を、ある意味で日本人よりもずっと大切にします。

 「この人は自分の朋友(ポンヨー、友人)だ」と思った相手への友情は日本人以上に厚いです。

運営者 そのつながりの厚さというのは、どのようなものだと考えればよいでしょうか。

田代  あくまで、自分が認めた人に対しては礼を尽くすということです。

 例えば上海に行ったときに、北京の友人に電話をしたら、ホントにやってくるんです。それで「実は私、すぐまた帰らなければなりません」といって、30分話しただけで、北京に帰っちゃうんです。

運営者 すごいなあ。というか、ちょっと重たい友情ですね。


中国の食事の席に取り箸がない理由


田代  そう。だから中国では、友達になるというのはそのくらい重たいことなんです。

 友達になった中国人はこちらの無理をきいてくれます。しかし、むこうもこちらに無理をいってきます。どこまで無理をきいてやり、きいてくれるか。それが友情の尺度なんです。

だから、中国で会食は、お互いの人物を測りあう重要な場面であって、神経を使って、へとへとになります。

運営者 そうすると、日本人がそれを意識せずに中国人と会食するのはまずいですね。

田代  大変に軽蔑されます。

運営者 なるほど。

田代  テーブル・マナーも大切です。中国のテーブル・マナーでは、取り箸というのはないんです。自分の直箸で、相手が食べる分を取ってあげるんです。

運営者 あっ、さっき田代さんが私の分を取ってくれたのはそれですね。

田代  お互いがそうするわけです。

 これは、ある意味では毒殺防止法でもあります。最初から取り分けてあったら、自分の皿に盛ってある料理にだけ毒が入っている可能性がありますからね。

運営者 日本の酒席のマナーでお流れ頂戴やら返杯やらをするのも、同じ理由です。

田代  ところが中国では、お酒は上から下に注ぐものなんです。上の立場のものが、下の立場の者にお酌します。

 だから中国の宴会に行くと、そこにいる共産党の一番偉い人が、テーブルの間を走り回って、お酌しています。

運営者 日本人はそれを見て感動するかもしれないけれど、実は中国ではそれは普通なんですね。

田代  そうです。お互いがお酌をするということは、対等な立場であるということを表すわけですから。

運営者 日本ではお酌をしてもらうのは目上のように思いますが、中国ではそうではないわけですね。

田代  そうです。対等な関係にはなかなか持ち込めないです。


「自己人」=「刎頸の友」


運営者 中国の社会は、昔の日本と同様に、お互い同等の権利を持つ者が集まった社会ではなく、身分に上下をつけて固定化したがる社会という感じでしょうか。

田代  中国人は日本人とは違って、組織に何の執着もありません。

 だから転職は当たり前だし、外国に移民することも当たり前なんです。自分の可能性を生かせる場所が中国よりも日本であるのなら、日本に行く。

 その意味では、中国型組織というのはありえません。

運営者 では、個人の一対一の関係ではどうでしょうか。対等なパートナーというのはありえるのでしょうか。

田代  中国人の持っている人間関係の観念は、同心円状なんです。

 つまり、まず中心に自分がいます。自分のすぐ周りには、「自己人」(ジー・ズー・レン)=「自己と同じ人」という、最も親しい友人が一人か二人います。これは、「自分と同じ人だと思ってもらってよい」、「この人とだったら、私は一緒に殺されても悔いはない」というくらいの友人です。

運営者 「刎頸の友」ですね。

田代  そうです。わかりやすいのは「三国志演義」に出てくる劉備と関羽と張飛との関係ですよね。

運営者 「桃園の誓い」ですね。

田代  彼らは居酒屋で意気投合し、裏庭に行って、「同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、願わくば同年、同月、同日に死せん事を」と誓います。これが「自己人」です。

 その周りに、そこまでいかない友人がいます。「一緒に死ぬつもりはないんだけれど、利益は一緒にしよう」という人たちです。

 そういうふうに、距離が遠くなればなるほど、だんだん扱いが落ちていきます。

 これは非常に明確で、中国の人たちは、「この人は自分の自己人だ」と思ったら、どこまでも無理をききます。

 たとえば、「今日は給料日ですよね。給料を全額貸してください」と言われた時に、何も聞かずにぽんと貸すのが自己人なんです。しかも一切証文など取りません。そこで証文を求めたら、その時点で自己人としての友情は終わりです。

運営者 なるほど、よくわかります。今のお話を知らずに「三国志」を読んでも、登場人物の行動がよくわからなくて、「なんでこんなに他人のためにバカみたいなことしてるんだろ」と思うところが多いのですが、今のお話で合点がいきました。

田代  自己人との約束は何があっても守る、それが守れないと中国人社会では生きていけません。

「中華思想=中国は無条件に正しい」の理由


田代  自己人との約束は何があっても守る、それが守れないと中国人社会では生きていけません。

 自己人に借りができたら、その借りはいつかは返すんです。例えば江沢民が総書記の時の国務院閣僚の中に、どう見ても閣僚にはそぐわないような経歴の人がいたんです。どうも、その人は、江沢民が若いときに工場で同僚だったらしい。それだけで最高幹部になった人もいます。おそらく江沢民氏が苦しかった時に、助けてあげたんでしょうね。その恩を、自分が出世を極めたときに、返しているんです。

 自分が出世したら、昔恩義を受けた人を弊履(履き潰した草履)のように捨て去るということは、中国人では絶対に許されません。ある意味で最大のスキャンダルでしょう。

運営者 ということは、江沢民前総書記も胡錦涛総書記も、日本に来ると田中角栄の娘である田中真紀子を訪ねていますが、あれは日本政府に対する当てつけでやっているのではなくて、ホントにそう思ってやってるわけですね。

田代  そうですよ。トウ小平は「田中角栄は井戸を掘った古い友人だ」と言っています。自己人が一番の親友だとすると、知り合いは「朋友 ポンヨー」です。「老朋友 ラオポンヨー」が日本でいう友人ですね。中国の人たちからすると、田中角栄はかなり高い水準の友人なわけです。

運営者 それは、私は全く理解していませんでした。

 しかしそうした同心円上の対人関係把握は、中華思想的なものにつながるような感じがしますね。

 いや、質問を変えましょう。中華思想というものをどのように理解すればよいでしょうか。

田代  中華思想というのは、ある意味で悪口であって、中国人はあまりそういう言い方はしません。あれは日本語として、中国人の傲慢ともいえる世界観の、いわく言いがたいところを指してるんです。

運営者 日本ではそういう意味になってるんですね。

田代  中華思想があるとすれば、「中国人は無条件に正しい。なぜか、それは中華だから。世界最高の文明人であるから、野蛮人よりも正しい」ということでしょう。

運営者 とっても傲慢じゃないですか。

田代  でもそれは彼らからすれば、古代からの文明が今に生き長らえている国は、中国のほかにどこにあるのかということです。「ピラミッドは素晴らしい。インダスも、メソポタミアもそうだ。しかし今はそれらの文明をつくった国はもうない。あるのは廃墟だけ。しかし中国は違う。北京を見よ。上海を見よ」ということです。

運営者 それは確かにそうです。別に何の文句もありません。


中国の歴史、それは「創造的破壊」


田代  でもこれは壮大な幻想なんです。というのは、古代の文明をつくった人たちと今の中国人とはあまり強い関係があるとは思えないからです。

 なぜかといえば、唐の時代まで中国の人たちは床に座っていました。今の日本や韓国と一緒です。ところが唐の時代になって、今の椅子ベッド文明に移行しました。それは唐の王朝をつくった人たちがトルコ系だからなんです。西方異民族の習俗が入ってきたんですね。

運営者 はー。唐の時代は国際的な交流があったと認識していますが、そもそも成り立ちがそういう国であったということなんですね。

田代  胡瓜には「胡」という字が入っていますね。キュウリはサマルカンドから入ってきたんです。ピーマンもそうです。14世紀にサマルカンドにチムールという天才的な軍人が出現して、ジンギスカンの末裔を名乗って大暴れしてチムール朝を建国します。その時に入ってきたのがピーマンです。キュウリやピーマンは、もともと中国にはなかったものなんですが、今では中国の料理に欠かせない食材です。

 それからかなりの野菜はインドから来ています。日本でわれわれが食べている野菜の半分以上は、インドから中国経由で日本に入ってきたものだと考えてよいでしょう。その典型は、さといもです。よくさといもを食べて、「うーん、縄文の味がする」などと言っていますが、それは壮大なロマンティックな勘違いです(笑)。

運営者 なるほどー。

田代  ですから中国ははるか昔から、外国のいろいろなものを取り入れるということを普通にやっているんです。そう考えると、改革開放政策によって中国が一変したというのも当たり前のことです。

 その前の毛沢東は徹底したしたスターリン・システムを導入したわけですから。

運営者 外国からの新しい文化を取り入れるということは、普通だったわけですね。

 ただそのスターリニズムの過程で、大躍進があり文化大革命があり、その都度数千万人の人が死んでいるわけですが、そういう社会変動に対しては中国人は強いということでしょうか。

田代  中国の歴史を一言でいえば、それは「創造的破壊」ですよ。

 例えば中国の人を、京都に招待し、きちんと説明してあげると、とても感動されます。なぜなら、中国に京都のような古い建物は、残っていないからです。中国にある建物は、古くてもせいぜい明代のものでしょう。京都や奈良のように1000年以上残っている建物は一つもないですよ。万里の長城だって、残っているのは明の時代に作られたもので、秦の始皇帝が作ったものはもっと北の方にあってほぼ風化してしまっています。それを遺跡として発掘しているくらいですから。

 というのも、中国では、政権が代わるたびに、旧政権が作った王宮をすべて破壊し尽くし、まったく新しい都をつくってしまうからです。

 日本は、もったいないから旧政権が作ったものも大切に使っています。秀吉の聚楽第だって、解体されて西本願寺に移築されているわけです。しかし、中国人はそんなケチなことはしません。易姓革命の度に、都のすべてが紅蓮の炎に包まれてしまいます。

運営者 そうですね。


文革の2年後に改革開放に走る大転換もアリ


田代  ですから、中国を中国たらしめているシステムは残っても、そのシステムに盛り込むコンテンツ(内容物)は次々と変わります。それに中国人は何の躊躇もありません。

 だから10年間、国家機構まで廃絶させた文化大革命が終わってわずか2年後に、国家の根本方針を180度変えて、改革開放路線に突っ走ることができるんです。

 そういう大転換も、中国では極めて簡単です。しかし日本では滅茶苦茶難しいですよ。

運営者 だって、憲法すら変えられないんですから。

田代  そう。今の中国の憲法なんて、5年おきの共産党大会のたびに変えてるんです。

運営者 法隆寺が1400年残るのであれば、日本国憲法も、1400年残るということですね。

田代  だから中国は唐の時代に床に座る生活から、椅子ベッド生活に移行し、清の時代には弁髪をたらしているわけです。

 チャイナドレスは満州族の貴族の女性の服で、なぜスリットが入っているかというと乗馬するためなんですね。

運営者 もともとは乗馬服なんですね。

田代  それが中国の一般女性の服に広がったわけです。日本で例えて言うと、チマチョゴリを日本女性が和服の代わりに着ているようなものですよ。それについても彼らは何のこだわりもありません。

運営者 ということは、「中国四千年」とかいって古い国だと威張っているけれど、別に古い国であるというわけではないんですね。

田代  基本システムは古くても、コンテンツ(内容物)は古くありません。いつでもニューです。

 それから中国と日本の大きな違いを知るには、いま中国で必ず再放送されているドラマが何かを知るとよいですよ。日本のドラマなんですけどね。

運営者 なんですかそれは?

田代  2つあります。ひとつは「サインはV」です。

運営者 へー。

田代  もうひとつは山口百恵さんの「赤いシリーズ」です。どちらも中国語吹き替え版が、今でも再放送され続けています。

運営者 だってずいぶん大昔のドラマですよ。

田代  でも、中国では、みんな感動して視てます。

運営者 いったいどこにそんなに魅力があるんですかね?


なぜ山口百恵は中国人にとっての美の基準なのか


田代  「サインはV」はよくわからないんですが、赤いシリーズはよくわかります。

 特にあのドラマは、中国人を理解するにはとても大事です。コン・リーって、「さらば、わが愛/覇王別姫」とか「紅いコーリャン」に出ている、中国を代表する国際女優がいますよね。カンヌ映画祭の審査員までやってます。

運営者 すごいなそれは。カンヌ映画祭の見識を疑いますが。

田代  あの大女優がテレビで話していたのですが、「なぜあなたは女優になったのか」と聞かれて、「小さいときから、どの村人からも「お前は山口百恵にそっくりだ」と言われたので、自分は美しいのだとわかり女優になりました」と答えていました。つまり中国人にとって、「山口百恵=女性美の基準」なんです。
 今、日本人はどうですか。山口百恵さんのこと覚えてますか?

運営者 若い人は全く知らないでしょうね。

田代  私も「赤いシリーズ」は見たような見ていないような、という感じなのですが。

運営者 だって、全部同じなんだもん。

田代  そうですね。中国での吹き替え版には、精密なスーパー・インポーズで中国語のセリフが入ります。どう訳しているのかがおもしろくって、ずっと見ていて、どんなドラマか分かりました。

 おっしゃるとおり、全部ストーリーは同じです。とても可憐な美少女がいました。だけど不幸な事故で不治の病にかかります。毎週次第に病状が進行し、最終回で亡くなります。ああ悲しい。

 ところで、岡本さん、最終回の臨終の場面、覚えてますか?

運営者 いやー、とても。というか、恐らく見たことはないと思います。

田代  わたしは中国語吹き替え版で見たばかりなので印象が鮮明です。最終回に、臨終の床で山口百恵さん扮する主人公の美少女は、宇津井健さん扮するお父さんの手に手を伸ばして、「お父さんありがとう、自分の仕事も投げ打って、こんなに献身的に看病してくれて」と言います。

 そして、次に、三浦友和さん扮する恋人になんて言うか。そこで彼女は恋人の手を取らないんです。じっと恋人を見て、「いい人を見つけてね」と言い残して、彼女は自分の運命を受け容れて死んでいくんです。

運営者 とっても日本的じゃないですか。

田代  それを見て中国人の男たちは、みんな泣いてしまいます。

運営者 不思議ですなあ。そんなに感動するのか。日本的な情緒が分かってるじゃないですか。

田代  中国の男たちにすれば、「これが感動せずにおられようか」と思うものがあるんですよ。

 中国の男たちが異口同音に言うのですが、中国人の女性が山口百恵さん扮する主人公の立場なら、「なぜこんなに若く美しい私が病み果て死んでいくのに、周りの俗人どもは、のうのうとのさばって生きていくのか」と思って、天を呪い、地を呪い、親を呪い、最後に恋人の手に爪を立て、ぎりぎりと皮膚を引き裂きながら、「私が死んだ後、どんな女でも1秒以上見つめたら、あなたはその目から腐りはてていくんだよ」と言いながら死んでいくに違いない。絶対にそうだと。

 それに比べて、山口百恵はあんなに美しく可憐なのに、恋人に「いい人を見つけてね」と言って死んでいく。これは泣かせるなあと言って、泣いているわけです。

運営者 なんとも言葉もない話ですが・・・。


中国の家庭内において女性は圧倒的に強い


田代  それに比べて、山口百恵はあんなに美しいのに、「いい人を見つけて」と言って死んでいく。これは泣かせるなあと言って泣いているわけです。

運営者 なんとも言葉もない話ですが。ただ、中国の女性がそうであろうということは、今日これまで田代さんのお話をうかがってきたから、おそらくそうであろうなあと納得できるのですが、もしいきなりそのお話を伺ったら、いくら中国人でもそんな根性悪な女はそんなにいないだろうと思うのが、普通の日本人の感覚ですよ。

田代  中国の男たちは、ものすごい恐妻家なんです。中国の家庭で、女性は本当に圧倒的に強いです。

運営者 基本的には、共働きであるということはあるんですよね。

田代  それとは関係なく、無条件に強いです。専業主婦でも強いですよ。だから、中国の男性は家の中では大変な緊張状態を強いられています。中国の新聞を読んでいると、「いくらなんでもこれはやり過ぎだろう」という事件が載っていたりしますね。

運営者 たとえば、どんなんです?

田代  夫婦で家で酒を飲んでいて、夫の方が酒に弱く、先にベッドに行って寝ちゃったんですよ。それで妻が「足も洗わずにベッドに入って寝た」と怒って、起こそうとしたのですが夫はいびきをかいて寝ている。それで妻は毛布に火をつけたのですが、毛布が化繊だったのであっと言う間に火が回り、夫は焼け死んでしまいました。それどころか近所にも延焼して大騒ぎになりました。

 それで中国共産党の偉い人が、「これはいくらなんでもやりすぎ。せいぜいバケツの水をかけるとか、ほうきでひっぱたくくらいにすべき」とかコメントします。

運営者 そんなことが共産党で議論されたのですか。

田代  党は、軍隊から国家そして経済から夫婦生活まで、何でも指導します。だから党員が7000万人以上もいて、企業の管理職や専門職は大半が党員なのです。

 ともあれ、中国の会社では、「昨晩、奥さんを怒らせてしまい、ベッドのそばで長い時間ひざまずかされたので、どうも膝(ひざ)の具合いが良くないです」と言って、膝をさすっている男はよくいますよ。

運営者 アメリカ女性もひどいとは聞きますが、それ以上ですね。

田代  あんなもんじゃないですよ。中国では、恋人であっても、何年間連れ添った古女房であっても、手を握るのもキスをするのも、すべて女性の許可をもらってからのことです。それを、酔っぱらって帰ってきて女性の承諾もとらずに抱きつこうものなら、中華鍋で頭を殴られる可能性は大です。

 そのくらい中国の男たちは家庭では緊張しているので、会社にやってくると実にくつろいだ晴れ晴れとした表情で、「ああ、ようやく、一息ついた」とお茶を飲み、しばらくしてから「あっ、仕事しなくちゃ」といって仕事にかかるんです(笑)。

中国女性は「お前が一番よい女だ」では納得しない


運営者 うーん、どう理解すればよいのかわからないお話なのですが、そういう文化なんだろうなあということが一つと、何でそんなに女性が強いんですか?という疑問が浮かんできますよね。

田代  その点は謎なのですが、偶然の産物なのかなと思うんです。中国で、いろんな偶然の過程を経て、女性が徹底的に強いという文化が形成されてきたんだろうと思います。

 だから中国の北京大学や精華大学といった一流大学の男子学生の夢は、欧米の金融機関の中国支店に勤めて高給をもらい、豪華マンションに住んで、超一流の腕前の料理人を雇い、ディナーのテーブルの向かい側に座っている女性は、日本人の山口百恵さんにそっくりの女性・・・というのが理想なんだそうです。

運営者 かなり歪んでると思いますよ(笑)。

田代  一番重要なのは、その理想の一番最後の項目ですよ。

 日本の男性は浮気が奥さんや婚約者にばれた時に、「やっぱり、お前が一番いい女だ」と言うのが一番ですね。これで何とかなるかもしれません。

 しかし、同じシテュエイションで、中国の女性に「お前が一番いい女だ」なんて言おうものなら、火に油を注ぐ結果になってしまいます。

 「一番だ」というのは、他と比較した上で一番なわけですよね。

運営者 そうです。

田代  中国の女性は、他の女性と比較されること自体が、そもそも許せないんです。

運営者 絶対的な存在でなければならないということですね。

田代  だから中国の歌謡曲によく出てくるワンパターンのフレーズは、

 [イ尓]是我的一切

 つまり、「あなたは私の一切」。これです。これしかありません。こう言わないと、中華鍋でぶん殴られてしまうリスクが高まります(笑)。

 だから中華思想というのは、「中国は世界のどの民族よりも素晴らしい」ということではないのです。「無条件に中国は素晴らしい」というのが、中華思想の根本なのです。

運営者 なるほど、とってもよく理解できました。
 ただ、ぼくは中国の女性と付き合う自信もないし、中国自体と付き合う自信もだんだんなくなってきましたが・・・。

「中国」は中国共産党の子会社にすぎない

運営者 その次に、中国人のことはちょっとよくわかりすぎたので(笑)、この辺で置いておいて、その次に中国の政体について教えてほしいです。中国はひとつの国家として考えるべきなのか、政府の中心にある軍などのプレーヤーについても同等に見ておかなければならないのか。どう考えておけばよいのでしょうか。

田代  中国には、日本でいう意味での政府はありません。

 「政府」という言葉はあります。でも、それは、日本語の役所とか役場という意味です。例えば中国人がたくさん住んでいる東京都の豊島区豊島区役所に行くと、入り口に中国語で「豊島区政府」と掲示してあります。

運営者 そうですか、なるほどー。上海政府とか、そういう感じですね。

田代  上海人民政府は、「上海市にある中国共産党が作った役場」という意味なんです。

運営者 国家がないと困りませんか。

田代  困らないでしょうね。中国には、近代政治学で言うところの国家の概念はないんですから。

運営者 中国には国家がないと考えなければならないですか。

田代  中国には国家がないと考えたほうが、中国はわかりやすいです。

 中国を会社にたとえると、こうなります。

 まず、中国共産党という持ち株会社があります。その100%子会社が2つあって、ひとつは中華人民共和国。もうひとつは人民解放軍です。

 ただし人民解放軍のほうが先にできたので、中華人民共和国よりも格上の子会社です。

運営者 そういう認識が、中国の理解としては便利なんですね。

田代  はい。中国共産党というのは、従業員数7300万人を誇る大会社なんです。その下に最初に作った子会社が人民解放軍です。その後に中華人民共和国を作りました。どちらの中にも共産党員だけのグループが形成されています。これを党組織、党委員会といいます。

 この党組織、党委員会が実際のマネジメントをおこないます。党組織、党委員会の責任者のことを「書記」といいます。中国で「書記」は実権をもつ責任者という意味です。というのも、昔の中国では字が書けるだけで実権をもつ責任者になれたんです。清の時代には字が書ければ、人を殺しても罪に問われなかった。そのくらい漢字の体系を使いこなす人材を育成するのは難しいのです。

 7000万人を超える中国共産党員のうち、5000万人くらいは会社に入っています。それ以外の人たちは人民解放軍と国家機関に所属しています。会社の中では、まず董事長つまり会長がいて、総経理つまり社長がいます。しかし、それとは別のポストとして、その会社の党組織あるいは党委員会の書記がいるわけです。書記と董事長ないし総経理とが同一人物のこともあるし違うこともありますが、違う場合には書記が文句なく本当に実権をもつ責任者なんです。

運営者 はい。

共産党支配は、外部には隠されている

田代  中国で「負責人」つまり責任者とは書記のことです。外交部や財政部といった省庁においても、その中に党委員会、党組織の書記がいます。部長つまり大臣と書記とのどちらが偉いかといえば、無条件に絶対に書記の方が偉いんです。中国の国家機関、軍隊、病院などありとあらゆる社会団体の中に党組織、党員会があって、その書記が本当の責任者なんです。

 そして中国の中にたくさんいる書記の頂点に立っているのが総書記です。

運営者 それはおぼろげながら知ってはいるんですけれど、その仕組みって機能するもんなんでしょうか。なんか屋上屋もいいところで、リーダーが多いだけで、ほんとに合理的な、つまり競争力がある仕組みなのかなという感じがするんですけれど。

田代  この仕組みがちゃんと機能しているかどうかが分かるのは、やる気になれば何でもできるということです。

 たとえば北京オリンピックの開会式。あれほど一見ルーズに見える中国人たちが、秒刻みの式典を何時間にもわたって破綻することなく実行できたんですから。

運営者 どうせどこかでとちるだろうとタカをくくっていたら、とちらなかったですね。

 しかし、最近あまり顕在化していないですけれど国営企業の問題とか、中国の組織はいろいろと問題を抱えていると思いますが、いま田代さんがおっしゃったマネジメントシステムで何とかやっていけるもんなんでしょうか。

田代  中国でマネジメントというのは、この仕方しかないんですよ。

 うんと親しくなった中国人に、「中国の人にとって中国共産党って何?」と尋ねると、「常に正しく、決して誤ることのないもの」と答えてくれます。彼らにとって、中国共産党こそが、新中国をつくり、新中国を運営し、新中国の将来を設計し、未来に向かって人民を指導するという存在なんです。

運営者 それはまさに神ということであって、結構なんですけれど、現実と乖離しているのではないのかと僕なんかには思えるんですけれどね。

田代  いえ、今の認識は、中国の人たちは、なかなか外国人には見せたがりません。

 中国の公司つまり会社の経営者は、適当に挨拶するだけの外国人には、肩書きが「○△公司董事長」とか「○△公司総経理」と書いてある名刺を渡しますが、本当にビジネスをしようと思う外国人には、「○○公司党委書記」という本当のポストが書かれてある名詞をくれます。「党委」とは党委員会で、本当の経営陣のことです。

運営者 なんか仮面をかぶっているような気がしますけど。彼らの意識の中では、共産党はかなり大きいわけですか。

田代  大きいなんてものではありません。すべてですよ。天よりも地よりも親よりも大切なんです。

「出世すること」と党員になることは同義


運営者 そうした意識がある限りは、北京政府は大丈夫かもしれませんね。

田代  北京人民政府は北京にある地元役場です。それはいつ改廃されるかわかりません。しかし、誰もが「胡錦濤同士を総書記とする中国共産党中央委員会を信じている」と宣言します。

 ただし、中国共産党は選挙で選ばれたわけではありませんから、つねに公約した以上の実績を示さなければなりません。その結果が20年以上続く高度成長です。

運営者 一党独裁ですからね。

田代  あれはあえて近代政治の用語を使えば、一党独裁ではなくて、一党支配です。

 独裁というのは、まだ競合する相手があることを示しています。でも中国の場合は、先ほど来お話しているように、競合関係を許しません。ですから中国共産党にも、競合的な政党は存在しないんです。中国共産党は、中国をマネイジする唯一の政党なんです。

 たとえば、中国の家庭ドラマで、頑張っているお父さんが、会社の廊下を歩いていると、幹部から「君ちょっと」と呼ばれ、「そろそろ人民のために奉仕しないか」と言われます。

運営者 「共産党に入らないか」ということですね。

田代  党員というのは、なりたくてなれるわけではないんです。仕事を頑張り成果を出しているうちに、入党のお誘いがくるんです。日本でいえば、「君そろそろ部長になるのはどうかい」という感じで。

運営者 役員への道が開かれるということですね。

田代  つまり、出世するということと党員になるというのは同義語なんです。

運営者 僕は、その辺のことは山崎豊子の「大地の子」を読んで知ったのですが、あの舞台は1970-80年代の話ですよ。だからその当時はそうだったのだろうけれど、さすがに21世紀の今は変わったのではないのかと勝手に想像していたのですが、そんなことはないんですか。

田代  変わってませんね。入党を奨められたが断ったことを自慢する知識人がいるくらいですから。

運営者 それは驚きです。中国は恐ろしいほどの変化を遂げているのに、その部分だけは変わっていないんですね。

田代  ますます拡張しています。その証拠に、党員数は7000万を超えたわけですから。これは中国人の13人に1人が共産党員であるということです。大人の7-8人に1人ですから、管理職の人口にあたるわけです。

 もっと言うと、中国で党員というのは、もちろん偉い人のボンボンは入っていますが、それはごくわずかで、管理職か高級技術者のことを指す訳です。それが共産党員です。党員になるということはそういうポストにつくということです。

 雑誌の世界でいえば、編集長は党員です。

共産党は「 人間が作ったモノ」だから信じられる


運営者 党員以外の人が編集長になるということはないわけですね

田代  中国では法律で、メディア会社の社長は共産党員であることが義務づけられています。したがって、彼らは法律以前に、共産党の規律に従わなければなりません。

運営者 それはわかりやすい。

田代  ですから、共産党の意向に沿わない記事が中国で出てきたらびっくりなんです。それは手違いかミスか、あるいは、戦略的なリークですよね。

運営者 たまにそういうのが出て話題になりますが、それはあくまでも手違いか戦略的リークなんですね。

 ということは、改革開放政策を押し進めて、とっても赤い資本主義になっているように思うけれど、根っこのところはしっかり共産党が押さえているということなんですね。

田代  例えばドバイでどんなに超高層ビルが建っても、イスラムの世界であることには変わりはないわけです。

運営者 それと同じわけですね

田代  アラブではアラーの神が地上に降り立ち、中国では中国共産党が降臨したのだと考えればいいわけです。ただし、アラーは人間を超越した絶対神ですが、中国共産党はあくまでも人間が作ったものなのです。 中国人にとって世の中のすべては人間が作ったものなんです。だから、中国人は人間の手が入っていないものには何の関心もありませんから。

 日本人はサンゴ礁を見て「わー。、すごいなあ」と喜ぶじゃないですか。

運営者 ええ。

田代  中国人はサンゴ礁を見て、「あれはだれが作ったものですか」と聞くので「海中の虫です」と答えると、中国人は「ああそう」と言って寝てしまいますよね。壮麗な夜明けや夕焼けを見ても、まったく面白くありません。

 だから中国では、「これは素晴らしい景色だ」と詠んだ杜甫や李白の詩が岩に巨大な文字で彫り込んあったります。ああして初めて、自然の光景が価値あるものになるんですね。

運営者 「赤壁賦」を読んだ蘇軾の字で「赤壁」と岩に大きく彫り込んでますもんね。場所が全然違うんですけれど。

田代  そうでなければ意味がないんです。「赤壁」と高名な詩人が書いているからこそ意味があるんです。

 中国の詩人は日本よりも欧米よりも高い社会的地位を得ています。李白や杜甫は新しい価値の創造者なのです。杜甫や李白が詩に詠んだ景色からこそ素晴らしいのであって、虫が作ったサンゴ礁は全く無価値なんです。

運営者 僕はああいうふうに岩に彫るのは美観を損ねると思っているんですけれど、中国人はそうは考えないわけですね。

田代  ああしてこそ初めて美になるんです。

漢字…個人の好みが入ってはならない世界


田代  故宮博物館の素晴らしい水墨画も、皇帝が画讃を書き、大きな御璽を押してますよね。ああされたからこそ、超一級の芸術品になっているんです。

運営者 ぼくはまたそこがどうしても理解できないんです。

 ある程度案配を考えて讃を書いたり、落款を押したりしているのは分かるんですけれど、うるさくなっているだけじゃないかと思うんですよね。だけど中国では、乾隆帝の讃があると価値が上がるんだそうですね。

田代  中国では芸術家もすべて、国家一級音楽士、国家二級音楽士・・・と格付けがついています。そして国家一級だから、金を払ってでも聞きに行くんです。

運営者 分かりやすい権威主義だな。

田代  ですから中国ではなかなか市民社会は成立しないんです。

運営者 僕なんかは、中国が本当に市民社会になったら怖いなと思ってるんですけどね。

田代  そういう条件は非常に揃いにくいということが分かりやすいのは、アメリカ人にアルファベットを書かせると、メチャクチャわかりにくい字を書くじゃないですか。それは習字という習慣がないからです。中国人はどんな人でも、極端に言えば乞食でも立派な漢字を書きますよ。

 つまり漢字をきちんと書くことに象徴されるように、中国では個人の好みが入ってはならないんです。

 たとえば犬という漢字を書く時に、尻尾を大きくしたした方がよいということではだめなんです。中国はそのように、上からがっちり枠を決めなければみんなが困ってしまう社会なんです。

 秦の始皇帝の焚書坑儒は、日本では完全に誤解されています。「焚書」は、漢字のフォント統一をしたということなんです。それ以前には同じ漢字でもいろいろなフォントがあったのを、「これが正しい統一フォントである」と始皇帝は決定して、異字体を使った文書を全部焼いたというのです。「坑儒」は、それに反対する学者を、地下牢に入れて妨害活動を封じたということです。

 それをあとから儒者たちが、自分たちの価値を上げるために、始皇帝は虐殺を行ったというホラを吹いたということですよ。

運営者 まあ、中国人がホラを吹くのは当たり前だし。ましてや儒学者というのは一番ひねくれた連中ですからね。

田代  それもね、中国人の場合は、さっきから言っているように暗示しているだけなんです。「暗示をどう受け取るのかはあなた次第」ということですから。

運営者 それが白髪三千丈になるわけですね。まあそういう文化だということです。善い悪いは別として。

メンツを気にするから「割り勘」にしない


田代  その中国は、今や世界の誰もがビジネスにしても政治にしても外せない国になってきています。

運営者 そうなってきていますね。

田代  もっと言うならば、日本の方が外されてきていると思ったほうがよいでしょう。

運営者 そうですね。

田代  例えば2008年にハーバード大学の大学院に入学した日本人はたった7人だそうですよ。

運営者 えっ、そんなに少ないんですか。

田代  その一人に聞いてみたら、中国人の入学者は100人以上いるかもしれないというんですね。つまりアメリカの知恵袋である超一流大学から、「もう日本人はいらない」と判断されてしまったということですよ。

 たった7人の日本人留学生の一人も、お父さんがハーバードで学位を取っているのです。そういうコネがなければ、アメリカの超一流大学は、「日本人よりも中国人を優先的に入学させる」と判断しているのです。アメリカの大学だって、20年後、30年後の自分たちの繁栄を考えていますからね。

運営者 もちろん、アメリカの大学は、まず自分たちの経営を考えていますから。

田代  そうすると、人口が減って今でさえ存在感のない日本よりは、中国の方が有望という考え方は当然理解できますよ。

  それから、中国人は自分の「人間力」をすごく気にしていますよ。

運営者 それは意外です。自己中心的な人間は、そういうことは気にしないもんなんですが。

田代  中国人は自己中心的であると同時に面子(メンツ)を大切にするからです。

 たとえば、中国人は決して割り勘はしません。たとえそれが何十人の大宴会であろうが、一人が払うんです。

運営者 それはどういうことですか、一体。払うのはだれなんですか、どういう立場の人なんですか?

田代  それは、これまでの経緯から決まるわけですけれど、基本的にはその場で決まります。大事なことは、自分が払うと決まったら、絶対に文句を言わない。「割り勘にしたい」なんて言ったら、中国人は「ああ、この人は自分との会食はこれで最後にしたいんだな」と受け取ります。それで関係は終わりです。

 割り勘をしないということは、おごられた側がおごった側に借りをつくることになります。それは「次はあなたが払ってくださいね」、「次は私が払いましょう」ということで、関係の継続を意味します。

運営者 その気持ちは日本人も判る感覚です。

中国人は効率性をあまり考えない


運営者 だから田代さんの今までのお話を伺っていると、日本人が理解できることと理解できないお話が混ざっていて、しかも理解できる話でも、日本人と同じ感覚である部分と、恐らく日本人と違う感覚で成り立っているんだろうなという部分があると思います。その区別がつかないなという気がしますよね。

 さっきの「割り勘にしない」というのは、日本の体育会系的な社会では、「先輩が後輩の分を払う」ということで決まっているわけですが、今の話を聞くと、目上の者が目下の者の分を払うということでもないようですね。

田代  そうですね。たとえば、日本では結婚披露宴は一回だけですよね。

運営者 そうですよ。

田代  ところが中国では、原則として、披露宴は2回あります。金持ちの家どうしの結婚なら、大抵そうです。

 まず新婦のお父さん主催の披露宴が行われます。日本の披露宴との違いは、司会者もいなければスピーチもありません。ただ食べるだけです。日本のように会費を取るなどというケチなことは言いません。全額、新婦のお父さんが持ちます。レストランの外には巨大なメニューが張り出してあって、一品ごとにいくらなのかが明記され、総額がいくらかも書かれてあります。「どうだ貧乏人ども、指をくわえて見てろ」という感じです。

 翌週の日曜日、ほぼ同じ顔ぶれを集めて、新郎のお父さん主催の披露宴が開かれます。もちろん、全額が、新郎のお父さん持ちです。

 そういうわけで中国の結婚式の披露宴は2回開かれます。日本のように披露宴の費用を両家で折半するなどということは絶対にありません。新婦のお父さんが披露宴をやった後に、新郎のお父さんが前回を上回る規模の披露宴を行い、それぞれ費用を全額持つわけです。

運営者 それは、文化人類学的な話ですが、カナダのアルゴンキン・インディアンの部族間で行われる、ポトラッチと言われる破滅的な互酬的贈与に近い話だと思うんです。

 一方の部族が全財産を他方の部族にあげてしまうんですね。そうすると次に、それをされた部族は、お返しとばかりにそれを上回る規模の贈与を行うんです。そういう時期をずらした原始的な交換として類型化されるような話です。貶めて言っているわけではなくて、パターンとしてそういう感じがします。

田代  中国人は日本語の「もったいない」という言葉の意味が分かりません。「もったいない」と言うのは、「私はケチです」とか「私は貧乏です」と言ってるように聞こえるようですね。

運営者 でも「もったいない」の精神を理解していただけないと、「やっぱり中国人は地球環境破壊の急先鋒じゃないのか」という感じもするんですけれど。

田代  それはまあ、あるかもしれません。というのも、中国人は日本人のように効率性ということをあまり考えないからです。だって効率性というのは抽象概念じゃないですか。

株式投資すべき銘柄は党が指導してくれる


田代  それはまあ、あるかもしれません。というのも、中国人は日本人のように効率性ということをあまり考えないからです。だって効率性というのは抽象概念じゃないですか。

 例えば株式投資でも、PERとかPBRは全く気にしないようです。むしろ中国共産党の金融部門の人たちは、PERとかPBRを人民に教えようとするんだけど、人民は聞く耳がないみたいです。

運営者 そしたら、中国人は何を基準にして株式投資してるんでしょうか?

田代  安ければ買う、高くなったら売るということです。

 例えば中国では、日本で言うところの整理ポスト株に入れられて値下がりした赤字企業の株式に買いが殺到するんです。その結果として、赤字企業の銘柄が生き返ってしまいます。共産党の金融担当の幹部の人が、「何のために株式市場があるのか。それは企業を淘汰するためである。ところが中国では悪い企業ほど株に買いが集まる」と嘆いています。

 だから、中国の上場企業の経営者の中には、証券取引所の責任者に「うちの会社を整理ポストに入れてくれ。そしたらカネが集まるから」と頼んだりするそうです。日本だと、ありえませんよね。

運営者 うわー、すごいなあ。

田代  整理ポストに入ったら中国では「しめしめ」ということなんです。だからアメリカの大学に留学して経済学博士号をとっているような共産党の若手幹部は2007年の段階で、「中国はこれではいけない。株価は高すぎる。赤字企業は値幅制限いっぱいまで値段を下げさせてやる」といって、共産党主導で赤字企業の淘汰を進めたんです。

 一方で人民には、「もっと立派なブルーチップ(優良株)を買いなさい」と進めるわけです。「ブルーチップの定義は何か」と尋ねたら、「それは党が指導する」ということです。

運営者 なるほど、恐れ入りました。いいじゃないですか、赤い資本主義なんだから。

田代  だから、善い悪いではなくて、中国は党の指導でみんなが行動しているのですね。

運営者 そこが特異な点ですね。

田代  重要なのは、日本だと権力には自ずと権威が伴います。ところが中国では、そんなことが一切ありません。どんなに権力を持っても、中国人は権威を認めません。なぜかというと、みんな家に帰れば、奥さんにはいつくばっているわけですから

運営者 その点には、ちょっと同情しますね。

田代  ですから会社で書記が威張って訓辞しても、誰も聞いてないわけです。

運営者 心の中ではそうなんですか。

「今日も中国共産党はおおいに権威を高めました」


田代  だって家に帰ったら、妻に媚びまくっているわけでしょう。

 中国の朝は、夫が朝ご飯を作ってから妻を起こすんですよ。中国の会社は午後5時になったら男は誰もいません。だって4時45分になったらみんながスタンバイして、5時の終業のサイレンが鳴った時点で会社や工場を出てスーパーに走っています。そして食材を買って6時までに家に帰り、夕飯を作っていると妻が帰ってきます。帰ってきた妻は、「ご飯、何時?」と聞きます。

 みんな、そうやって暮らしているわけですから、いくら書記が威張って演説していても、4時半になったら「あのう、そろそろ書記も夕食の準備をしなくて大丈夫ですか」と、みんなが心配しはじめる・・・。

運営者 マンガじゃないんですから(笑)。

田代  そういうことがあるので、権力と権威がくっつかないんです。そこで中国では、権力が権威を保つために、派手なパフォーマンスが必要なんです。オリンピックとか、宇宙開発とか。

運営者 ホントなんですか、それ?

田代  中国のニュースでは、胡錦涛総書記や温家宝首相が、炭鉱の落盤現場や洪水の現場に行って、総書記や総理が自ら救助活動の陣頭指揮をとる光景が、せっせと報じられます。

 アナウンサーは、総書記や総理が「こういう事故は二度とあってはならない」という指示を全国に伝えたと述べ、最後に厳かに、「今日も中国共産党はおおいに権威を高めました」と述べてニュースを終えます。そういうふうにして、中国では毎日「水戸黄門」をやってるんです。

 だから、みんな日本の政治家と違って、中国の書記は本当に忙しい。

運営者 温家宝も地震の時には現地に行ってうろうろしてましたからね。

田代  前総理の朱鎔基はもっと派手でしたよ。堤防が決壊し洪水が起きている現地に飛んで、視察するわけです。そうすると堤防が手抜き工事で鉄筋が入っていないということがわかります。そうするとドシャブリの雨の中で、朱鎔基総理が、「こんなオカラのような堤防を作ったやつを俺は許さない」と怒りをぶちまけ、兵隊に棺桶をもってこさせます。そして、現場の責任者に対して、「こんないい加減な堤防を作ったやつをしょっ引いて、この棺桶に入れろ。できないなら、お前が棺桶に入れ。それも嫌だったら、おれを殺して棺桶に入れろ。さあどれを選ぶ」と言います。

 現場の責任者が「命がけで党と人民のために働きます」と言うと、朱鎔基は「好」(ハオ、「よし」)と言い、自らバケツを握りしめ、逆巻く濁流の中に入っていこうとするんです。そうすると、閣僚や兵士たちが「私たちがやります」と言って、朱鎔基を押しとどめ、解放軍兵士による壮大なバケツ・リレーが始まるわけです。

 こうした光景を含むニュースを全国放送するわけですが、その最後にくるアナウンスは、「今日も中国共産党はおおいに権威を高めました」なのです。

運営者 そういうの、大慶の油田の記録映画で見た事ありますね。
 しかしまったく不思議なのは、人類で最も現実主義的な中国の皆さんが、そのニュースを見ていたとして、本当に「党の権威が高まったな」と感じるとは思えないのですが。

田代  それくらいで党の権威は上がらないですよ。だから宇宙ロケットを打ち上げなければならないんです。

権力・地位・メンツが大切


田代  簡単には党の権威は上がらないですよ。だから宇宙ロケットを打ち上げなければならないんです。

運営者 彼らにとっては、党の権威を高めるということは国家存続のためにどうしても必要なことなんですね。

田代  いや、共産党にとって国家というのは、自分たちの目的を達成するためのヴィークル(手段)の一つにすぎないないんです。国家は軍と並ぶ党の子会社なんですから、あくまで共産党が中国の主体なんです。

 だから中国の子供たちが学校で歌わされるのは、「共産党がなければ新しい中国はない」という歌なんです。

運営者 とっても楽しそうな歌ですね(笑)。

田代  これを幼稚園児たちが手をつないで、歩きながら歌っているんです。とてもかわいらしいですよ。

運営者 子供の時から歌わせれば、それなりの洗脳効果がありますよね。

田代  全然ないんですよ。

運営者 えっ、そうなんですか。

田代  洗脳できるのは、抽象的な概念、ふやふやしたあいまいなものが好きな人だけですよ。だから日本人はすぐに洗脳されるんです。

運営者 ということは、現実主義の塊のような中国人は洗脳できないということか。カネで釣るしかないのかな。

田代  ただ、中国の人たちは現実主義者なんだけれど、お金が欲しいというというわけではなくて、むしろ地位がほしいんです。

 地位を守るためには、さっき言ったようにたとえ100人の宴会であっても全額自分が払うようなことをするんです。そのためのお金が欲しいわけです。メンツを守るためですね。

運営者 メンツというのは、地位と同じようなものなのでしょうか。

田代  いえ、ちょっと違いますね。

運営者 では、中国人にとってなぜ地位が重要なのでしょうか。

田代  中国人は、日本人とは違って、「無位無冠だけれどあの人は立派な人だ」と言って人を認めるようなことは絶対にしないからです。

 具体的にその人がどれだけの権力を持っているかが問題なんです。中国では「権力、権限、権利」はすべて同じ言葉です。「権力」で表現される同義語なんです。

 ですから旦那が家に帰ってきたら、奥さんが勝手に新しいソファーを買っていたとしても、「なぜこんなもの買ったんだ?」と言おうものなら、奥さんに「家の中のことは私の権力よ」と言われてしまい、ベッドの側に一晩中ひざまずかされたり、テラスに押し出されてしまうんです。

 中国では、権力が大きければ大きいほど、立派な人だとみなされるんです。

部長なら、部内のパソコンを家に持って帰ってもよい


田代  それでその権力が大きければ大きいほど、立派な人だとみなされるんです。

運営者 うーん、繋がらない。私にはそういう発想は無理です・・・。

田代  孔子の夢も、帝国宰相になることでした。

運営者 そうですね、孔子はただのひねくれものですからそうだと思うのですが、だけど昔は「竹林の七賢」とかいたわけじゃないですか。

田代  あれが評価されているのは日本だけで、中国ではまったく評価されていません。

運営者 あれーっ、そうなんですか。まいったなあ。

田代  歴史のおつまみですよ。

運営者 日本では大人気なんですけどね。「清廉」といったイメージで。

田代  中国人が言うところの「能力」というのは、自分が勤めている国家機関や軍隊や会社の器物を、どれだけ私物化できるのか、その度合いのことなんです。

 だから中国で妻に「あなた会社で能力あるわよね?」と聞かれた夫が「うん」と答えたら、妻から「じゃあパソコンを一台持って帰ってきて。子供に使わせるから」ということになるわけです。

運営者 業務上横領じゃないですか。

田代  中国じゃそうじゃないんですよ。中国では、部長が、部内のパソコンを持って帰ることは、全く合法なんです。

運営者 全く合法なんですか?

田代  他の部のパソコンを持って帰ったら違法ですよ。窃盗ですから。

運営者 それはそうでしょうけれど・・・。

田代  ということは、社長になればその会社のすべてを私物化してよろしいということになります。

運営者 なるほど。

田代  総書記になれば、中国のすべてを私物化することができるわけです。

運営者 ということになりますね。江沢民と胡錦涛のムチャクチャな暗闘が伝えられていましたが、バックにそういうことがあるのかなと考えれば、まあわからんでもないなという感じもします。

政治がすべての価値の源泉


運営者 所有権の概念が、われわれと根本的に違う感じがしますね。ほんとにジャイアニズムで、強者であれば「ボクのものはボクのもの、君のものもボクのもの」というのが、偉くなれば、権力を握れば通用するという感じがあるわけですね。

田代  その代わり、権力者はチャリティー活動などには熱心に参加します。

運営者 中国で一般的なチャリティーというのはどういうものがあるんですか。

田代  たとえば、乞食に施しをしてやるとか。
 共産党の偉い人たちは、いつもポケットに相当の札束を入れていて、乞食を見たら、路上の缶カンの中に結構まとまったお金をかならず入れていきます。

運営者 あの、共産中国には乞食なんか存在しないのが建て前なんじゃないですか。

田代  オリンピックのおかげで北京からほとんど追い出されてしまいましたが、乞食は存在しますよ。見ていると、ほとんどの人民は無関心ですが、共産党の幹部の人たちは、きちんと施しをしていますよ。

 四川の大地震の時も、寄附金の金額が人民日報に掲載されたじゃないですか。だれがいくら寄付したか。

運営者 そういえば、国別の寄付金額も積み上げて報道されていたというニュースを見ましたが。

田代  ジャッキー・チェンなんかすごかったですよ。大枚をはたいて、ますます人気が上りましたね。

 これは日本とは全く違う感じですね。

運営者 私にはわからない感じなんですが、寄付した金額が大きければ大きいほど、その人は偉いということになるんでしょうか。

田代  そうですね。中国ではそのように、すべからくお金が必要ということです。だからお金が欲しいんだけど、それはお金そのものが欲しいわけではなくて、お金を使うことによってメンツを保つことができるからです。

運営者 そういう動機があってお金を稼ぐことに励むのであれば、まあそれは悪いことではないのでしょう。

田代  日本と中国が徹底的に違う点は、中国では政治がすべての価値の源泉なんです。

運営者 政治というのは、何だと考えればいいでしょうか。

田代  権力を操ることですよ。

国有化の時代のアメリカの金融政策は中国がリードする


田代  権力を操ることですよ。

 例えば「中国四大美女」っているじゃないですか。

運営者 西施、王昭君、楊貴妃、貂嬋ですか。

田代  貂嬋は『三国志演義』に登場するからフィクションなんですけれど、みんな政治がらみじゃないですか。祖国を守るために敵国の王を色仕掛けで籠絡させようと献上された西施のように、政治に絡んでこそ中国では美女の価値があるんです。日本のような純粋美女という発想がありません。

運営者 なるほど、「傾城」なんて言い方にも表れてますね。

田代  さっき申し上げたように、美術品でも皇帝が画讃を寄せたからこそ芸術品になるんです。「純粋の美」というのも、中国にはないんですね。

運営者 故宮博物館に行って、北宋汝窯のコレクションを見ましたが、あれらを乾隆帝が持っていたということは関係なしに、そこに美を見出すことができると思うけどなあ・・・。

田代  政治によってこそ中国では価値があるんですよ。唯一例外は、李白や杜甫といった800年前の大詩人たちです。

運営者 彼らは別格なんですか? だって、連中は出世しなかった筆頭じゃないですか?

田代  そう。ところが中国では、詩人だけが皇帝とは別に新しい美を創造することができる存在なんです。

運営者 そういう美の創造があるということはわかっているわけですね。うーん。でもまあ、そういう文化なんだな。


金融危機で、世界は中国にとって都合よく一変する


田代  アメリカは今や、金融機関を事実上どんどん国有化してるじゃないですか。

運営者 ええ。

田代  あれをやっていたら、中国のアドバンテージはどんどん上がりますよ。
 だって、何もかも国家がマネージするということであれば、中国は「それは中国に任せてください。中国は何百年もそうやってきましたから」ということですからね。アメリカはおそるおそるやってるわけですから、中国にしてみれば赤子の手をひねるようなものですよ。

運営者 アメリカがケインズ政策を手放してからずいぶん経ちますからね。

田代  ところが、アメリカ政府がAIGの株式を80%持つんですから、中国工商銀行と一緒じゃないですか。株式会社になった国有企業の運営方法は、中国が一番よく知ってるわけですよ。だから、「今までアメリカは、モルガン・スタンレーやゴールドマン・サックスが金融業を牛耳ってきた。でもこれからは中国共産党が指導してあげましょう」と思っているわけです。冗談でも不遜でもなく、本当にそう思ってます。

運営者 それをまともに受け容れるアメリカ当局の人間は誰もいないと思いますけれど。

田代  でも、パフォーマンスの点でアメリカは負けているんです。その事実を日本人は見るべきだと思いますね。

 EUは、「中国と産油国にはIMFに追加出資しなさい」と言ってるんだけど、日本には言って来ていません。「日本は金は持っているけれど、何もできない」と見限られているんですよ。

 何をやろうとしても、野党がうるさくて何もできないということが分かっているし、08年10月8日のアメリカとEUの協調利上げに日銀はまったく参加しようとしませんでしたから。その時は「日本は利下げの余地はありません」と言ったのに、10月末になって金利を0.2%下げても、世界の誰も相手にしてくれません。

 10月8日に利下げしておけば、「やはり日本はアメリカのベストフレンドだ」と称賛されていたんですけどね。

運営者 でもね、日銀はできなかったでしょうね。0.5%まで公定歩合を上げるだけでも必死だったんですから。「それをまたなんで利下げしなければならないんだ」と思っていたでしょう。結局08年末までに0.1%までじりじり下げたんですから、かなり見苦しいですよ。

田代  でも、いまアメリカは国家存亡の時ですからね。金策のためにカバンを持って走り回ってる中小企業の社長みたいな状態なんですから。

運営者 「銀行が閉まるまでに金が欲しいんだ」ということですから。

田代  今のアメリカは「同情するなら金をくれ」なんです。

運営者 田代さんの中国人に関するお話は、私にとって驚くべきものでした。距離的にも近いし、文化的にも大きな影響を受けている国なので、だいたい同じような人間なんだろうとか、黙っていても理解し合えるだろうと思っていたのですが、どうやらまったく違う人々のようなので、理解し合うまでにはかなりの時間がかかりそうな気がしますね。

 それで、中国人や中国という国がどういうものかということは、なんとなくおぼろげながらわかりました。その中国がいまや、経済的にも世界に進出してきたわけですが、それが日本にとってどのような影響を与えるのか、世界にとってどうなのかというお話に踏み込んで伺いたいと思います。

田代  いまの金融危機の結果、世界は一変すると思いますよ。それも、かなり中国にとって都合よく一変するでしょう。

運営者 自由主義経済諸国がボーッとしていたら、そういうことになるでしょうな。

田代  中国人は決定的な自信を持っています。中国人にとって、すべての民族は少数民族なんです。

運営者 その認識は、別にまちがってはいないでしょうね。

田代  物理的に正しいですからね。

中国にとっての北京オリンピックの意味


田代  だからふつうの国なら、口で言うだけのことを、本当に実行してしまうんです。

 たとえば今までのオリンピックで、外国での聖火リレーに自分の国から護衛隊を送った国があったでしょうか?

運営者 なかったと思いますよ。聖火防衛隊には驚かされました。

田代  しかもその国にいる中国人を大量動員して、自国の国旗だけを持たせて組織的な応援をさせた国があったでしょうか。

運営者 なかったと思いますよ。しかもそれをやって恬として恥じない。中国はそういう国なんだということが、あれで世界中に認識されました。

田代  かといって、どの国も北京オリンピックをボイコットしませんでした。中国から得られる膨大な利益を手放したくないからですよ。

運営者 それは一つの解釈であって、違う角度から見れば各国が自由貿易の価値を認めているからボイコットしないんだという言い方もできると思いますよ。

田代  自由貿易であれば、政治的な思惑は必要ないわけです。

運営者 オリンピックに対して、普通の国は政治的な思惑は持たないわけですが、中国はそうではなかったというだけです。中国にとっては北京オリンピックは完全に政治的な祭典であったわけですね。

田代  そうです。日本人が完全に思い違いをしているのは、中国には、北京オリンピックを経済発展のジャンピング・ボードにしようという発想は全くないんです。あれは100%、共産党の権威を高めるための政治イベントです。

 開会式での子供の歌の口パクや、少数民族の衣装を着て出てきた子供全員が漢民族の子役俳優だったとか。あれは、中国で開かれる国慶節などの重要イベントでは、いつもやってることなんです。子役として普段使っている子供たちだから、ああいう大イベントでもあがらずに務められるわけです。だから口パクや子役を使うのは当たり前でしょ、ということです。

 「何を非難されているのかわからないけれど、そんなにみんなが気にするのであれば、ホスピタリティーとして今度から公にするのはやめましょう。徹底して秘密にしてあげます」くらいの感じです。

運営者 その言い分はよくわかりました。だけど西側諸国からすれば、やはりやらせとしか見えないです。そこには何か感覚のズレがありますね。

田代  そうですね。しかしそこに感覚のズレがあったとして、彼らは自分たちの方が姿勢を正そうとは考えません。

運営者 それはもちろん。だって西側だってそう考えているわけですから、お互いさまですよ。

田代  しかし中国側がどう考えているかというと、「中国は正しい、なぜならば世界の中心だから」と思ってるんです。


共産党は株価を完全にコントロールできる


運営者 そうしますと、とりあえず政治的なことを置いておいて、そうした国が世界的な市場経済の中で発展していくことができるのかどうかですよ。

田代  たとえば、08年9月からの各国の為替レートを見てみましょう。世界的に、円以外の通貨はドルに対して為替レートを下げ、一部の通貨は対ドル為替レートが暴落しています。しかしこれだけの経済変動の中で、人民幣の対ドル為替レートは、ほとんど微動だにしていないんです。実質ドルペッグしているんです。この状態が維持できるというのは、すごいことですよ。市場での銀行の外国為替の取引による為替変動を、すべて国家の側でキャンセルさせているということなのですから。

運営者 そうですね。

田代  それから上海の株価は06年から07年にかけて暴騰しましたが、そのピークはいったいいつだったかというと、07年の中国共産党大会の開会2日目なんです。

 それからずっと下がってきたのですが、08年の9月19日の金曜日と休み明けの23日の月曜日の2日続けて、中国の大型銘柄はすべて、ぴったり10.0%値上がりしたんです。

 それはどうやったかと言えば、保険会社や年金基金に株を買わせたわけです。

運営者 それは、誰かに見せつけるためにやってるんですね。

田代  「世界経済がこれほど大変な状況になっていても、共産党は人民のためならいつでも株価は上げてあげますよ」というアピールなんです。

運営者 共産党の権威を高めたわけですね。

田代  こんなこと、他のどこの国でできますか?

運営者 アメリカは、そういうことをしないという主義ですから。

田代  では中国人は聞くでしょうね、「個人投資家にとってどちらが幸福な国でしょうか?」と。

運営者 だったら、上海市場も香港市場も、不動産市場も含めて、損してる人いっぱいいるわけだから、「政府が相場を上げてくれ」と言うんじゃないでしょうか。

田代  それについては彼らは、科学発展とか、和階社会(調和のとれた社会)とか理屈があるんです。

 中国は所得税がありません。名義上はあるんですが、実際は徴収していないんです。だから中国の税金の主力は「増値税」という付加価値税です。

運営者 そうなんですか。

田代  これって、貧乏人にとってはすごくきついでしょ。だからどうするかというと、金持ちの持っている資産を、そうやって強制的に吸い上げるわけです。

運営者 はー、そういうことか!


満州事変記念日、この日は党は何かやってくれる


運営者 ということは、中国の市場で株が値上がり値下がりしているように見えるけれど、実はそれは税金をとっているだけなんだということですか?

田代  その一方で、90平方メートル未満の住宅を買うときの住宅ローンの金利は、強制的に大幅に引き下げられています。だから庶民が本当に自分が住む家の住宅ローンは格安にしています。しかし金持ちが投機で買うような、鍵さえ開けたことがないような家については、価格をどんどん下げているわけです。

運営者 市場主義経済の観点から見て、外国企業に対してムチャクチャを言ってるだけではなくて、国内でもムチャクチャやってるということですね。

 つまり、中国で金融商品や不動産価格が騰落しているということは、完全に国家がコントロールしていると見ていいわけですか。

田代  例えば08年9月18日になぜそれをやったのか。

 9月18日は、満州事変が始まった日なんです。だから人民は皆、「共産党はこの日は何かやってくれるだろう」と期待しているんです。そして08年9月18日に共産党は、証券取引税の引き下げ、証券からの利益に関する税金の大幅減税、個人所得税の免税、この3点セットを宣言しました。

 それに加えて、国有の巨大保険会社や年金基金に株を買わせて、大型銘柄に関してはすべて10.0%値上がりさせたわけです。このとき共産党を信じて株を買った人は、2日間で10%の値上がり益を手にしたことになります。

 そういうことができるわけです。為替レートだっておんなじです。ポールソン財務長官が北京に来るたびに、あるいは温家宝がワシントンに行くたびに、人民幣の対ドル為替レートがちょっとハネ上がるんです。

運営者 ちゃんと土産を持たせてやることができるわけですね。

田代  そうです。面白いでしょう。

運営者 面白いというよりは、なんか無理があるように思います。

田代  しかし中国人からすれば、そのような政治的配慮がないものは信用できないんです。

 日本人はその逆で、市場が政治的配慮から外れて自律的に動いていれば信頼したくなります。中国人はそんなものは信頼しません。

 だって中国には、クレジットカードがないんですよ。一応「信用カード」というのがあるんですけど、あれはデビッドカードです。中国人はクレジットカードの仕組みを「信じられない」と言います。

運営者 政府がクレジットカードを発行しても信用しませんかね。

田代  信用しないと思います。北京に中国の皇帝が作った公園があって、そこに手漕ぎのボートがあるのですが、それに乗ろうと思ったら補償金が500元かかるんだそうです。バスが1元、タクシー初乗りが10元なのに、公園の手漕ぎボートの補償金が500元ですよ。まったく人を信用していないんです。

 そういう社会ですから、高額なものほど現金払いです。マンションの頭金や自動車の頭金は現金が原則。口座振り込みではなく、業者の窓口に本当に札束を並べて払うんです。そうでなければ、相手から断られてしまいます。だから、「ロールスロイスを買う」なんて言ったら、100元札が上限ですから、大変なことになるんです。
 ことほど左様に、彼らは抽象的なことは信じません。アメックス発行のトラベラーズチェックですら全く信用しません。「これ何?」てなもんです。

運営者 とってもよくわかります。

所得倍増政策への世界からの期待


運営者 それで、こういうことなんじゃないでしょうかね。アメリカは移民を受け入れて人口は3億人を突破しました。それで「自由主義で頑張ろう」という腹づもりです。一方中国は、共産党支配の下、13億人といわれる人口パワーが経済力を支えて、いま田代さんがおっしゃったようなマジックを可能にしています。

 今後の世界は、たぶんこの両者による力のせめぎあいになるんでしょうね。

田代  『フォーリン・アフェアーズ』の08年6月号に、 フレッド・バーグステンが「米中によるG2形成を」という論文を書いています。あの雑誌に出たということは、すでにアメリカの政策オプションに入っているということでしょう。

運営者 民主党政権だし、民主党寄りのバーグステンだし。

田代  英文のタイトルはPartnership of Equality、「対等のパートナーシップ」です。

運営者 そんなもん、中国の辞書にはありませんよ。

田代  日本語訳がうまいですよね。08年10月末のThe Economistでは、「アメリカの連邦準備と中国が利下げしました」と報道されていて、日本の利下げなんかニュースにもなりません。世界がそういうふうになっちゃったんです。それは大きいですよね。世界経済にとって一番怖いのは、中国が米国債を買わなくなるか、売り出すことです。

運営者 もちろんそうです。今までは同盟国である日本がTBを買っていたから安心だったわけで。しかし本当に中国と共存することが、アメリカを盟主とする自由主義経済の国家群にとって利益になるのかどうか。現在の危機を乗り越えるための苦し紛れの判断ではなくて、その先数十年を想定した深慮がなされているのかということに関しては、検証が必要だと思いますよ。

田代  今のアメリカに、その余裕はないですよ。

運営者 「なんでもいいから、助けてください」になっちゃってますからね。

田代  日本は頼りにならないし。アラブの連中はよくわからないし。比較するとまだ中国のほうがよさそうだなと。

 しかも中国には、今回の金融危機に対して奥の手があります。中国共産党が、「中国の内陸部の農民の所得を、2020年までに2007年の水準の倍にする」と宣言したんです。地球人口の8分の1の人間の所得を12年間で倍にすると宣言したんですよ。これに対して、日本以外の国は色めき立っています。フィナンシャル・タイムズなんか、「中国が世界を救うのではないか」と。

運営者 話のつながりからいうと、党が公言した以上はやるということですよね。

田代  実現させなければ、党が権威を失い崩壊してしまいますからね。

運営者 もし中国の農民層の所得が倍になれば、これは経済的には非常に大きな意味があると思います


士は己を知る者のために死す


運営者 ちなみに共産党は、改革開放路線以後、経済見通しについて大きなまちがいや失敗をしたことはあるんでしょうか?

田代  いっぱいありますよ。それについて中国人の特徴をもうひとつつけ加えるとすると、「とりあえず」ということがあるんです。

 とりあえず大躍進をやってみました。とりあえず文化大革命をやってみました。今度は、とりあえず改革開放やってみました。とりあえず証券市場も作ってみました・・・。

運営者 大躍進は失敗したけど、改革開放は今のところはうまくいっていると。国家による証券市場のコントロールも成功していると・・・。

田代  中国の人たちに政策について「どうですか」と聞いてみると、「とりあえずやってみました」と答えるんです。

 日本人はハッとしますよね。だけど彼らは結果が出ていないことは信じないから、「今はこれをとりあえずやっています」としか言いようがないんです。「だけど明日はどうなるか分かりませんよ」ということです。

運営者 だから契約が成り立たないんでしょうね。

田代  友好的な人間関係が継続されなければ、契約も守られないでしょう。しかし友好的な人間関係が保たれてさえいれば、契約のありなしは関係なしに、その人間関係を極めて重視するんです。

運営者 でもその友好的な人間関係というのは、利益がともなっていて初めて継続するものではないんですか?

田代  利益だけではないんです。司馬遷の「史記 刺客列伝」に「予譲の義」というのがあります。予譲という刺客は敵である王の暗殺に失敗するのですが、最後にその敵から「なぜお前はそこまでして私の命を狙うのか」と訊かれて、「私が仕えた王は私のことを国士と呼んでくれた。それに報いるために、あなたの命を狙うのだ」と答えるので、狙われている王のほうが「何たる素晴らしい男だ」と言って感動しちゃうんです。

運営者 「士は己を知る者のために死す」の話ですね。

田代  「キミは有能だから」とおだてて使うのは、ビジネスの話ですよ。でも予譲の場合は「私のことを国士と呼んでくれた人間のために私は死ぬ」というわけです。そこなんです。中国人は、自分を認めてくれる人は、自分の金銭的な利益にならなくても、とことん大切にします。

 自分をただ利用しようとしているだけの人間は、どんなに利益になっても、ダメなんです。

運営者 「利用」という言葉についてですが、日本のビジネスマンが中国に行って、「どうぞわれわれを利用してください」と言ったら、中国人にとってはそれは「相手のことを骨までしゃぶる」という意味なんだと聞いたことがあります。

中国人にだまされるのには、理由がある


田代  それはそうです。「あなたは私の一切、唯一無二の人です。比較の対象はない。私の中国でのビジネスパートナーは、あなたしかいないんです」と言ってくれる人間なら、中国人は信頼を守ります。

 「他の相手もいるんだけれど、とりあえずおたくと仲良くやりましょう」「いろいろ比較検討した結果、御社にお願いしたいんですけど」というのでは全然ダメなんです。そういう会社は、中国人から徹底的に利用され、だまされて、最後はポイされるでしょう。そういうケースは珍しくありません。

運営者 それを知ると知らないとでは、えらくつき合い方が変わってきますね。

田代  日本人だって、自分がダメだと判断した人間に対してはひどく冷たいじゃないですか。基準が違うだけなんです。

 中国では、酒を飲むのはいいけれど、酔っ払うのはダメだし、乾杯と言ったのに飲み干さない人間は「そんな簡単なことさえ、自分が口に出したことを実行できないのか」と、えらく軽蔑されます。

 だって中国の乾杯用のグラスはすごく小さいじゃないですか。それは絶対に飲み干すことができるように小さくなっているんです。「乾杯」といって、杯に口だけつけてすぐに置くなんていうのは、一番ダメです。「こいつは信用できない」と思われてしまいます。そうすると彼らは、そこで一切関係を切るか、徹底的に利用し尽くすか、どちらかですよ。

運営者 それは単に、当たった相手が悪かったわけでもなく、慣習上の問題でもなく、これまで田代さんがお話しされたような深い文化的な理由があっての話なんでしょうね。

田代  結構簡単なことなんですけどね。

運営者 あのう、ふつうの日本人にはわかんないですよ。

田代  日本人が「自分たちの基準で中国人とビジネスをやりたい」と思ったら、相手の中国人に徹底的に説明しなければなりません。何時間いや何日を費やしてでも、相手の中国人が本当に納得するまで徹底的に、「日本ではこうするんだ」「日本ではこうしててはいけないんだ」ということを、相手が「もういいです。よくわかりました」と言っても、一切合財をどこまでも具体的に説明し尽くさなければ、日本人が日本の基準で中国人と付き合うのは不可能です。それを可能にするには、中国のことを熟知しているコンサルタントと、そのコンサルタントと密接にコラボレイトできる能力を持つバイリンガルの通訳とが、絶対に必要です。

http://www.ikaganamonoka.com/intr/tashiro1/
 

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/204.html#c4

[近代史3] 有史以来 戦争に勝った事が一度も無い漢民族が巨大な領土を手に入れた手口 中川隆
5. 中川隆[-12547] koaQ7Jey 2019年2月01日 11:34:33 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

そもそも中国という国は存在しない

特別番組「中国人の善と悪はなぜ逆さまか〜宗族と一族イズム」
石平 倉山満【チャンネルくらら・12月30日配信】 - YouTube動画
https://www.youtube.com/watch?v=OIKKE71Xp-s

特別番組「宗族を目の敵にした共産革命〜中国人の善と悪はなぜ逆さまか 宗族と一族イズム」
石平 倉山満【チャンネルくらら・1月6日配信】 - YouTube動画
https://www.youtube.com/watch?v=Oyg1XmBqWRw


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宗族

古代中国での父系同族集団。

中国の殷から周の時代の社会の基本的な集団となった、父系(男系)の同族集団。本家と多くの分家(小家族)から成り、本家の家父長(族長)が統率し、祖先崇拝という信仰で結びついている。このような宗族の守るべき規範が宗法である。

実際には擬制的(みせかけ)であったらしいが、宗族の結びつきの原理は血縁関係であった。

このような氏族社会の上に周の封建制が形成される。そして、春秋から戦国にかけて、鉄製農具の普及などによって生産力が向上したことが、個々の小家族の自立を可能にし、宗族という氏族社会が解体し、地縁的な村落機構を通して統一国家が農民を支配する形態に移行していく。しかし、中国では現代に至るまで、一族意識は強固に残っている。
https://www.y-history.net/appendix/wh0203-027_0.html


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中国人の善と悪はなぜ逆さまか 宗族と一族イズム – 2018/12/5 石平 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/481911350X/ref

内容紹介

戦争も腐敗も善となる恐ろしい論理を明らかにする。中国史を支配する組織の正体。

戦争も腐敗も善となる
恐ろしい論理を明らかにする

石平氏渾身の書き下ろし。
これを知らずして中国人は理解できない!

やっと私も中国人が分かったと言える

中国史を支配する組織の正体

易姓革命も、対外拡張も、腐敗も
共産党政権の命運も!

■正義派知識人のA教授はなぜ、親族の腐敗を喜んだのか――まえがきに代えて
■第1章 一族のためであれば腐敗は善になる
■第2章 宗族という巨大組織の実態
■第3章 「械闘」に見る一族イズムの恐ろしい本性
■第4章 「共産党VS.宗族」の勝者
■第5章 中国史を動かす一族イズム

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カスタマーレビュー


hij
「収賄汚職は人民にとっては罪悪であるが、家族にとっては美徳である」2018年12月11日

習近平の腐敗摘出によって共産党幹部の収賄の恐るべき実態が明らかになった。元
政治局常務委員周永康の場合、差し押さえられた資産総額は何と900億元(1兆4900
億円相当)というからすさまじい。本人だけでなく、妻、息子など親族、腹心の部下
もグルになって収賄三昧の日々を送るのが中国の流儀である。これを「全家福」を
もじって「全家腐」という。(習近平自身も同じ穴の狢である。)

周永康ら腐敗幹部にとって掌中の政治権力を家族の収賄に使わせるのは家長として
の当然の義務であり、この義務を果たすのは美徳である。家族の利益より公の利益
を優先する者は、中国社会では変人、馬鹿者呼ばわりされる。家族や一族のために
公益を損なってもよいという異質な家族観を著者は「一族イズム」と呼ぶ。

中国には家族のほかに腐敗の共同戦線ともいうべき「圏子」(チェンツ)という利益
共同体がある。もし圏子の誰か一人が摘発されると同罪の幹部が芋蔓式に摘発され
ることになる。

一族イズム、圏子文化の源流は中国独特の「宗族」である。宗族とは先祖を共有す
る父系同族集団である。何世代も続くうちに世帯数は数百、数千になり人口は数千
になり、万を超えることもある。宗族は族会を組織し、族長を選び、祠堂をつくり、
祭祀をおこない、族譜を編纂し、族産をつくって子弟の教育、弱者の援助、救済を
おこなう村における小国家なのである。

共産党が政権を取ったとき、毛沢東は宗族を「諸悪の根源」とみなし、方々の村で
村のゴロツキを使って地主を殺し、土地を貧農に分配し、財産を奪った(「一村一
焼一殺」)。地主、郷紳が消えて宗族組織は分解した。宗族に代わる組織として共
産党が編みだしたのが人民公社であったが、人民公社の時代に伝統の宗族がひそか
に復活してきた。宗族勢力は、祠堂をつくり、族譜を編纂した。一族イズムはケ小
平以後の中国において中国人の共通した行動原理となったのである。共産党が潰し
たはずの宗族の行動原理がいまや共産党幹部までを支配するようになった。宗族は
永遠不滅なのである。

本書は中国出身の著者ならではの観察がたいへん参考になる。共産党幹部の収賄の
手口などもいろいろ書いてあって興味深い。

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じゃぐぁ
あの大陸で近代国家が生まれない理由 2018年12月31日

近代国家とは、法が支配し、嘘をつかない国民が、必要に応じて公のために力を尽くすものであろう。
正式な定義は知らなくて良い。この本で書いてあるような内容を否定すれば、すなわち近代国家である。
敵を知り己を知るための一冊として、是非若い方に読んでいただきたい。
「宗族」と呼ばれる一族の論理が最優先で、「械闘」と呼ばれる一族間の争いには全員参加、一族以外は皆殺しにしても罪悪感を感じることのなメンタリティを知ることができる。
一度は共産党が潰した宗族が、人民公社を通して生き残り、現在も変わらず影響を及ぼすに至る過程を詳細に書き表した本書を、是非読むべき。

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アキレスの踵
5つ星のうち5.0
福沢諭吉の遺言 中韓には関わるな2018年12月25日

イギリスはヨーロッパ大陸に領地を持っていた時代がありました。しかし当時のヨーロッパ大陸は動乱の嵐が吹き荒れていて、その影響がイギリス国内にも及んだため、イギリスの国内政治も安定することはありませんでした。しかし無能な国王が何代か続いた時期に、イギリスはヨーロッパ大陸から撃退されて領地を失い、島国に閉じこもる羽目になってしまいました。そうしたら初めて国内の政治が安定するようになり、国内にエネルギーが蓄積され始め、後世の大発展の基盤を作ったのです。

日本の歴史を見ても、大陸諸国との関係にのめり込んでいって、うまくいった試しは一度もありません。ただの一度もです。これは大陸と島国とでは、地政学的な立場がまるで異なるからでしょう。大陸の文化は重厚ですから、惹かれる気持ちはよくわかります。しかし惹かれるのは当人の勝手です。明治以来、中国に心酔してそこで生涯を全うした人は何人も出ました。当人はそれで満足でしょうが、母国で生きる同胞を巻き込んではいけません。母国が島国であるという地政学的立場を忘れて、大陸諸国との関係にのめり込んでいくと、戦前、ドイツとの関係に深入りし過ぎた失敗をまた繰り返すことになるでしょう。

そもそも島国に政権をつくるのは、大陸から独立するためです。サハリンを考えてみればわかるように、大陸から独立しないのなら独自の政権などつくる必要はありません。つまり島国の政権は、出発時からすでに反大陸という基本的性格を備えています。この体質に反するようなことをやれば、当然そのツケは廻ってきます。

日本と相性がいいのは同じ島国の海洋型国家で、イギリス・台湾・東南アジア諸国です。相性が悪いのは重厚長大型の大陸諸国で、中国・ロシア・ドイツです。「同じアジア」というスローガンにだまされてはいけません。戦前の日本軍が中国大陸に軍事的にのめり込んだのも、現代の日本企業が中国に深入りし過ぎているのも、後世の歴史家たちから見れば、本質的に同じことだと判定するかもしれません。もちろん大陸諸国と全くつきあうなという意味ではありませんが、どれだけ深入りするかは、自国の国益から判断しないといけません。歴史から学ぶべき教訓とは「日中友好」ではありません。「大陸諸国との関係に深入りするな」ということです。

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アマゾネス
日本人とは永遠に分かり合えない理由はここにある。2018年12月30日

石平さんの様々な解説のおかげで、大陸の連中の脳内がどうなっているのかよく分かるようになりました。今回は彼らの国家観です。中華人民共和国という国としての組織の事はぶっちゃけどうでもよくて、身内親戚さえ良ければ何してもいいという、未だに部族社会だという衝撃です。アメリカも州毎に別の国だという認識で、ニューヨーカーがカリフォルニアに海外旅行してきたぜと語る、なんて小話もあります。それよりもっと細かく一族単位でチャイナ人は考えます。なるほどだから北京料理と四川料理は全く別の国の料理だと騒ぐわけです。更に身内の利益になる事だけ考えるから、中央政府や日本などの外国企業から賄賂を抜き取る工作に腐心するわけです。外部から奪い取った賄賂を身内にばら撒くことで身内が潤うんですから。そこに公の利益とか人様に迷惑をかけない道徳とか全く考慮にありません。この視点でチャイナを眺めると項羽と劉邦も、三国志も、全く同じ考え方で貫かれてます。驚くべきは21世紀の現代も未だにやっているということ。国家レベルでも皇帝習近平と他の宗族との勢力争いです。

こんな人達ですから全く話が通じるわけがありません。また言い切りますが民主主義体制というのも彼らには適用できません。民主主義を運用するには、国民の高い民度、国家としての合意が必要だからです。一族単位で固まってるような考えでは、民主的な国家運営なんかできるわけがありません。だから、皇帝を頂点とした独裁国家でないとチャイナは統治できないんです。アメリカはよく独善的に民主化を進める〜なんてやってますが、民主主義はすごく運用が難しいので、世界の大半の国では無理です。チャイナはそんな感じなので、経済的に取引してる方などはその辺を理解した上で対応した方がいいでしょう。独特な部族社会の考えを利用して利益を得るなどの狡猾さが必要だと思います。

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fms
習近平の「民族の偉大なる復興」の真の意味が理解できる一冊。これを実現させてはならない!2018年12月13日

中国における”宗族”の発生・解体から、”人民公社”までの成り立ちの仕組み・歴史を丁寧に説明してある。
そして、実質的な”宗族”の復活については、ケーススタディとして、2例を取り上げて、詳しく解説している。
最後は、”人民公社”の廃止まで解説してあります。

私は、いままで全く理解できなかった中国人の思考回路が、やっと理解でき、納得できるようになりました。
この中国シナ人独特の思考を理解せず、彼らと商売をすると、たぶん、大変なことになります(実は私もひどい目にあった一人です)。

本書に書かれているのは、中国ですが、私には朝鮮も同様のメンタリティを持っているような気がします。

すばらしい力作と思います。

中国人を相手に、交渉をする方には、読んでおいたほうがいい一冊です。

https://www.amazon.co.jp/dp/481911350X/ref


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中国とは何者か?〜宗族と幇〜
http://web.joumon.jp.net/blog/2011/05/001252.html

中国人の特徴として、『自己中心、ご都合主義、独善、責任転嫁、人間不信、土匪国家、危険な「友好」』などが挙げられている

そしてそれらの特徴を解明する切り口のひとつとして『中国人は同族集団(身内)には寛容で、外部に対しては何でもあり』という甚だしい二重性があることが指摘されている。
それらの中国人の気質を形成してきた大きな要因は、中国特有の社会構造にある。今回のエントリーでは、中国固有の社会的結合と言われる、宗族(そうぞく)と幇(パン)という集団に焦点を当て、その中から中国特有の社会構造や意識構造を見ていきたい。


<宗族とは何か?>
中国では姓を同じくする父系の相続集団を『宗族』と呼ぶ。宗族は長子相続と同姓不婚を原理とし、本家を大宗、次男以下の分家を小宗という。宗族は大宗の強力な統制の元で共通の祖先への祭祀を通じて、常に一族集団の団結に努めていた。このような宗族内の上下関係や秩序を定めたものが「宗法」であり、これに基づく道徳的規範が「礼」である(ちなみに儒教はこの宗族の規範を土台としてそれを体系化したものである)。
この宗族という集団は、概ね周の時代に確立する(BC1000〜BC750年頃)。宗族の起源は元々は母系の氏族共同体であったと思われるが、それが歴史のある段階で、父系の宗族(大宗)へと転換していったと思われる。そして小宗の登場は支配階級における「姓氏制度」の確立と密接に連関している。姓氏制度のうち「姓」は母系の血縁集団を基礎としている。これが大宗にあたる。それに対して「氏」とは同じ姓の成人男子に、所領や地位が与えられることによって発生する。つまり氏とは成人男子の社会的身分を表しており、これが小宗を形成している。

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祖先を祀る宗族の会合 写真はこちらからお借りしました。td>

ただし後述するように宗族は周の時代には「宗法」や「礼」という観念規範を強固に定めているということ、あるいは氏の出現によって氏族の共有制が崩れ父系制家族による私有制が制度化されていったということ、これらのことは制度としての宗族や姓氏制度の確立と戸同時に、氏族の規範が解体され、宗族の解体へのベクトルがすでに開始されていたことも意味する。
事実、周の後の春秋戦国時代に生じた群雄割拠を通じて旧支配階級は所領や地位を失い、支配階級において氏は無意味化していく。
そして、そればかりではなく宗族の結集軸である祖霊信仰も春秋戦国時代以降弱体化していく。このことは宗族そのものの持つ集団私権力が弱体化すれば、血縁集団さえも容易に解体されていくことを示している。
中国の歴史上、庶民(農村)においては確かに宗族が社会構造の基底部を形成していることは一面の事実である。例えばよく用いられる例として、同じ宗族から科挙合格者などのエリートを輩出すれば一族郎党にその恩恵が及ぶため、宗族の期待を一身に集めるという話はごく一般的な話である(村落ではなく宗族であることに注意)。
しかし支配階級においては、この宗族は祖霊信仰とともに権力闘争の基盤上、二義的なものに転落して言ったという事実も同時に押さえておかなければならない。
このことが、中国人は集団的であると同時に個人主義的であるといわれる、社会構造的な基盤を形成している。
<幇(的な結合)とは何か?>
他方『幇(パンもしくは、ほう)』とは何か?それは、一言で言って利益集団である。
幇には秘密結社的あるいは紅幇(ホウパン)・青幇(チンパン)などのマフィア的な組織である「幇会」(パンフェ)から、公然組織的な「幇派」(華僑社会における地縁・血縁を土台とした組織や業界団体・職能団体に至るまで)などさまざまな「幇」が存在する。
そして現在の「幇」組織の起源は清の時代である18世紀が起源といわれている。
しかし、この幇(的な組織)は中国の歴史上何度も登場したり消滅したりしてきたので、必ずしもそれが幇(的な組織)の起源とはいえない。
例えば遡れば、華僑そのもの(一種の利益集団)も南北朝時代の3世紀ごろの移民(おそらく戦乱に追われた亡命者や難民)を起源とするといわれているし、秘密結社的なものという意味では、歴史上判明している範囲でも182年の黄巾の乱において宗教的秘密結社が既に猛威を振るっている。黄巾の乱は秦朝の時代に兵役で農村から駆り出され、除隊してからも帰るべき家や耕すべき田畑を持たない兵士上がりの貧民たちの相互扶助組織が基盤となったといわれる。
この黄巾の乱を始め、中国の歴史は地域豪族、有力商人、知識人が農民を巻き込んで起こす全国的反乱が際立って多いことが、その特徴である。そしてそれらの多くは宗教的な秘密結社の形をとっており、それがそれらはしばしば時の王朝を揺るがし、転覆に至らしめている。

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太平天国の乱を主導した洪秀全 紅幇と青幇

写真はこちらとこちらからお借りしました
その意味では客家(ハッカ)もそのような利益集団(あるいは半秘密結社)の代表的なものの一つと言える。
黄巾の乱から始まる400年間の争乱によって中国の人口は1/10以下に激減する。そしてそれ以前に中原地帯を制覇していたもともとの漢民族は、ほぼ滅亡する。そしてその際各地に逃げのびた旧支配階級の末裔たちは中原発祥の「正当中華文明」の再興を目的として再結集を計る。これが客家の起源といわれている。
この客家に属するといわれる、主だった具体的人名を挙げてみよう。
清代における太平天国の乱を主導した洪秀全、孫文、朱徳、ケ小平、李登輝(台湾総裁)、タクシン(もとタイ首相)、リーファンユー(シンガポール初代首相)等々、中国及び華人社会において国の変革(ないし政権転覆)を主導した人物の名前が綺羅星の如く並ぶ(リンク)。

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ケ小平氏 元台湾総裁 李登輝氏

それぞれ写真はこちらとこちらからお借りしました。
この客家の起こした反乱も含め、中国史の特色は、農民が武装解除されず古代より農民を戦闘員として組織していること、(秘密)結社=人工的利益集団の力が以上に強く、それがしばしば中国の歴史を動かしてきたことにある。その意味では中国史は正規軍の戦いだけではなく総力ゲリラ戦の歴史であり、それらの争乱によって歴史の1/3は非統合状態にあったというところにある(毛沢東率いる共産革命もその一つの典型に過ぎないという見方は十分に可能である)。
しかし、問題は、中国ではなぜこのように秘密結社や人工集団が、異常に繁殖し力を持つてきたのかということにあり、農民側の宋族がなぜここまでに戦闘的(他集団と敵対的)であるのかという点にある。
その理由のひとつが、異民族支配(モンゴル系やツングース系等)の歴史が長く、農民が治水灌漑等の理由で強制移住を繰り返させられてきたこと。それによって地縁的結合はバラバラに解体され、解体されないまでも異郷の地で周辺農民からよそ者として孤立状態を強いられてきたことがあげられよう。争いが絶えずいわば根無し草になった人々は、血縁である宗族や利益集団である幇へと結集するしかない。このことが中国人が身内(宗族や幇)に対して寛容で他集団に対して敵対的(ないしは利用対象でしかない)中国人の二重性の基礎を形成している。
しかしそれらも含めてもっと根深い理由があるように思われる。利益集団の強さは盗賊や海賊が形成したといわれる古代ギリシャやローマと共通したものがある。また中国の中原は東西南北の交通(後の草原の道、シルクロード、海の道)の交わる要所にあり、その制覇をめぐって諸勢力が激突を繰り返してきたという歴史的構図も見て取れる。
最後の問題は、各集団が相互に敵対的でありかつ著しく攻撃的な民族体質の源泉は何によって形成されたかにある。その要因を更に中国の歴史を紐解く事で解明していきたい。
http://web.joumon.jp.net/blog/2011/05/001252.html

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【中国】中国人の特徴@ 〜自己中心、ご都合主義、独善〜 11/04/05

白人(欧米人)の意識構造の解明に引き続き、今後、中国人(漢人?)の意識構造の解明に入る前提として、中国人の特徴を固定してみます。

以下、『中国が嫌われる七つの理由リンク』より抜粋
http://www.mars.dti.ne.jp/~saitota/hitori050501.htm

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1.自己中心

「自己中心的である」を略して「自(ジ)己(コ)中(チュー)」などと呼ぶが、こういう人間が好かれることはまずない。中国人はまさにジコチューが国民性といってよい。そしてそれが国家規模に拡大され、自国中心主義になる。「中国」という自称がその最たる証拠である。

中国人は古来、近隣国を蔑視してきた。この蔑視観は、文化の違う人々を人間と見なさないほどまでに強い。その優越意識はアパルトヘイト以上である。その証拠に華人以外はみな禽獣として、民族名称には獣へんや虫へんのついた漢字を用いて書いた。盛唐時代の代表的な知識人である韓愈は、著書「原人」で、夷狄のことを「半人半獣」とし、獣より進化したと評した。作家の魯迅は「中国人は人間を人間とも思わない」と、中国人の国民性を批判している。

西欧諸国が清国に対して通商要求をするときに、どうしても耐えられなかったのはあの屈辱的な「三脆九叩」の礼をさせられることである。アヘン戦争終結後の一八四二年、外国人を夷狄あつかいする清国に対し、イギリスは南京条約第一七条でわざわざ英国を「英夷」と呼ばないように規定した。それでも中国が守らないので、一八五八年、アロー号事件後の天津条約の締結のさいに「夷狄」呼ばわりしないことを再度明文化させている。清末に中国人と接した外国人のほとんどがその傲慢さに苛立ち、イギリス通商特使として北京に派遣されたマカートニーは逆に中国人を「半野蛮人」と呼んだ。イギリス公使兼香港総督J・F・デビスは中国文明を「半文明Lとみなし、初代総税務司のN・レイに至っては「アジアの野蛮人」と呼んで軽蔑した。こうなると、中国人とイギリス人のジコチューくらべである。


2.ご都合主義

ジコチューは自分の都合に従って行動する。したがってご都合主義が普遍化されるのである。他人の都合や思惑は二の次、三の次というより、最初から考慮されていない。政治の流れを見ても、一九五〇年代、「向蘇一辺倒」などといわれ、ソ連と蜜月の関係を結んでいたにもかかわらず、六〇年に入って突然「ソ連修正主義反対」、「ソ連社会帝国主義打倒」のスローガンを掲げて豹変した。そして六〇年代、日米安保、アメリカ帝国主義反対を唱え、旧日本社会党と共同声明まで出した中国は、七〇年代に入るやある日突然、日米安保賛成、反ソ親米に急変した。

このとき日本の旧社会党員は肩すかしを食らい、いわゆる進歩的文化人はどれほど困惑したことだろうか。日本にかぎらない。文化大革命を礼賛した世界の文化人たちは、文革収拾とともに、文化大革命そのものが「動乱の十年」となって評価が逆転して、中国人の敵として振り落とされていく。中国人のご都合主義についていくのはたいへんなことである。

戦後、日本の世論は「中国人とは、原則を重視する民族」という神話を信じていた。それは中国政府がいつも「平和五原則」「周恩来四原則」「日中三原則」と原則ばかりを唱えていたので、つい幻惑されたためであろう。実は、これは原則ではなかった。偏執、強情、拘泥を「原則重視」に読み間違えたのである。ジコチューの中国は、原則(建前)と本音を実にうまく使い分ける。
人治国家の中国では、法はあっても自分の都合で利用したり、無視したりするのが通常である。したがって、朝令暮改、契約反故などが頻繁に起こり、たいていの日本人は中国人の独断にふりまわされ、最後にはノイローゼになってしまう人までいる。


3.独善

仏教と儒教は中国から朝鮮を経由して日本に伝えられた。宗教が共通なのだから、精神文化も共有しているように思えるが、根本となる死生観がまったく異なっている。日本人は「死ねば神」「死者悉皆成仏」といって、死後にまで生前の利害や怨恨を問わない心を持っている。だが、中国人には強烈な勧善懲悪の倫理意識があり、自分の敵は死後もその墓を暴き、屍にむち打ち、魂まで食らおうとする。人は死しても安らかに眠ることができないのである。しかも信仰の自由はなく、国内で邪教とされた宗教は徹底弾圧し、日本の総理の靖国神社参拝にまで政治的に干渉してくる。

中国の内政干渉は靖国問題にとどまらない。歴史教科書、政府高官の発言、南京事件の評価、日本の生存権問題に属する日米安保、憲法改正論議、ダライ・ラマや李登輝前台湾総統の訪日、航空会社の空港使用、ホテルでの国旗掲揚など、ありとあらゆることに干渉し、外交問題にしようとする。

かつてテレピ朝日の二ュースステーションで、キャスターの久米宏がチベットに関して発言した内容に中国が圧力を加え、翌日の放送で中国に対して謝罪した事件があった。同じように、テレピ各社の中国特番で、中国政府と協力して制作されたものであるにもかかわらず、放送後、中国の一方的な抗議を受け、公開謝罪させられたケースが何度もある。中国の独善的な思惑の押しつけは、日本に対してだけではない。世界のいたるところにおよんでいるのである。

たとえば、旧西ドイツやデンマークなどでチベットの人権侵害問題をとりあげる議会に圧力をかけ、決議をしたら報復すると恫喝した。また江沢民主席はかつてスイスでデモ隊に遭遇したときに、迎えに出たスイスの首相に対し、自国の管理もできないのかなどと、いちじるしく礼を失する発言をしたことがある。アメリカに対しでも同様の干渉を加える。李登輝が総統の座にあったとき、卒業したコーネル大学の訪問のために訪米を申し入れたことがあった。アメリカの上下両院が李氏の訪米を受け入れる決定をしたにもかかわらず、中国はこの決議に関しても「誤った決議」だとして反省を求めたのである。
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=248775

4.責任転嫁

「悪いのは全部他人で、成果は全部自分のおかげ」という責任転嫁と絶対無謬の独善意識が中華思想の真骨頂である。

私は台湾で生まれ育ったが、小中学校時代に、近代中国が貧困・落後したのは列強の侵略と清朝の腐敗、軍閥内戦に原因がある、と教えられた。中華人民共和国では、それがすっかり国民党政府の責任にされている。

また、文革が終焉すると、「動乱の十年」の責任は全部四人組のせいにされた。毛沢東の過ちに触れられることは決してなく、あれほどの社会的混乱の責任をすべて四人の政治指導者に押しつけたのは、裏返せば、中国人の破廉恥な無責任意識のなせるわざである。改革開放になると、急激な経済開放のために強盗殺人、賭博、麻薬密売、買売春、人身売買、詐欺、迷信など、「六害」「七害」と呼ばれる凶悪犯罪が横行するようになった。これはある意味で当然の結果である。こうした無秩序は中国本来の姿であり、百年変わらぬ国民性の復活にすぎない。ところが中国はそれを認めず、資本主義の精神汚染だと決めつけ、今度は「社会主義新文明を創造せよ」と呼びかけ、党大会のたびに決議などしている。資本主義のモデルについていくだけで手一杯だというのに、何主義だろうと新文明の創造などできようはずがない。

西欧文明が東アジアに大きな影響をおよぼしたのちの中国人の不幸、落後はすっかり西欧のせいにされてしまったのである。近代中国の没落はアヘン戦争以後、すべて列強の侵略の結果に帰され、中国自身にどんな問題があっても、それに目を向けることはない。こうした責任転嫁は、中国文明の優越性に対する固執の表れともいえる。自己の無謬性の過信によって独善的となり、ことに日本人のような自虐的な国民に対しては、反省や謝罪を要求することをやめようとしない。明末、異端の儒学者といわれた李卓吾は、その著書『蔵書』の中で、中国人についてこう指摘している。「いかに自己礼賛するかについては苦心惨憺するが、自己批判についてはまったく関心を持たない」と。最近、中国駐在の日本人商社関係者が中国人気質について調査をし、以下のような中国人像がまとめられたという。

「絶対自分の非を認めない。それは中国人が責任感の意味を知らないというよりも、失敗を他人のせいにする習性があるからだ。もともと、中国は熾烈な競争社会であり、責任をとる段になったら、なるべく自分の身にふりかからないようにしなければ生き残れないからだ」


5.人間不信

中国人は国家を信用していないばかりか、社会も人間も信用していない。妻さえ住用しないのは、もともと他人だからとしても、血のつながった親子や兄弟でさえ信用できないのである。毛沢東の極左政策の時代に、「父母よりも毛主席が親しい」と言う言葉が流行り、当時は中国社会の砦とも言うべき家族まで階級の敵と目され、子が父を告発することさえ頻発した。劉少奇や林彪は、政敵ではなく我が子に密告され、一人は獄死し、一人は逃亡する途中で死亡したのである。

中国のことわざに「一人で廟に入るな、二人で井戸をのぞくな」というものがある。一人で廟に入ると、悪い坊主のカモにされ、殺されて金品を奪われてしまうかもしれない。二人で井戸をのぞくと、相棒に突き落とされる危険があるという意味である。この人間不信社会で生き残り、競争に勝つために兵法が発達した。孫子は「兵は脆道なり」と言った。つまり戦争は詐欺の道だというわけである。中国人気質の最大の特色も「詐」にある。中国人は「詐の民」だという人もいる。親は子に対して「人にだまされるな」と教育し、常日頃口うるさく教えている。

戦後、日本人は中国人の詐欺ぶりを目の当たりにして驚愕した。偽残留孤児、偽難民、偽装結婚、偽造パスポート、闇銀行、偽造卒業証書、偽造プリペイドカード……。自分の利益のためにはどんな物でも平気で偽造するし、どれをとってとも日本人の想像を絶するものばかりだ。

世界中で今大きな問題になっているのは、中国の偽ブランド品である。知的所有権の盗用は別としても、薬、タバコ、酒、食品など、人が健康を害したり、悪くすれば命を落としたりしてもおかまいなしに、どんどんコピーをつくってしまうク中国政府は「打仮運動」と称して偽ブランドの追放キャンペーンを行っているが、効果はまったくない。現在の中国は、公金横領、賄賂横行、汚職天下の国であり、偽物天国である。今日も中国のどこかで偽プランド品が製造され、世界にばらまかれている。

嘘でぬりかためられた人間不信の社会の中で、中国人は上から下までだましあっている。政府はマスコミを通じて民衆をだまし、民衆は面従腹背で良民を装いながら国家を食い物にする。中国人社会で詐欺師が暗躍し、偽物が氾濫するのは当然なのだ。
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=248776

6.土匪国家

この数年来の日本における中国人犯罪の急増はいまや常識といえる。実際、外国人犯罪者の半数以上が中国人犯罪者で、新手のピッキング強盗となるとほとんどが中国人の手によるものである。石原慎太郎都知事も、この類例を見ない凶悪犯罪を新聞で指摘しているし、ある自衛隊関係者は、警察署に収容された中国人に提供する食事の一食分の経費が、自衛官のそれよりも高いことをぼやく有様だ。

日本ばかりではない。世界の多くの大都市が中国人密入国者の問題に悩まされている。シベリアヘの中国人密入国者は年間五十万人にのぼるという信じがたい数字も出ている。蛇頭の年間総収入は世界の麻薬密売の収入の数字をとうに超えている。

中国人が海外流出すると、流出した先で社会が大きく変化する。台湾の生活環境の変化は、その代表的な一例である。台湾は戦時中、疎開して家を離れても物が盗まれることがなかった。しかし、戦後、四十万の日本人が台湾から追放され、代わりに二百万の中国人が大陸から流入すると、台湾はたちまち泥棒の国と化した。泥棒の多さは高層ピルの上階でも窓に鉄格子がはまっていることが如実に物語っている。あの特異な建築群の景観は、泥棒のせいなのである。台湾では「中国人を見たら泥棒と思え」という教育を親がするようになった。

九四年、中国の浙江省杭州の千島湖で、台湾入観光客二十四人を乗せた遊覧船が湖上で強盗にあい、全員が船室で焼き殺された事件があった。台湾では有名な事件である。当時の中国政府はこの痛ましい事件が強盗殺人事件であったことをひた隠しにしていた。李登輝総統は激怒し、中国を「土匪国家」だと非難した。

中国が「土匪国家」であることは、歴史的にも知られている。清代の乾隆帝時代、英国の通商使マカートニーは、『奉使記』の中で沿道には乞食と盗賊ばかり目立つと記している。中華民国初期は、「賊のいない山はなく、匪のいない湖はない」と言われるほどで、賊の数は推定二千万人、軍隊より多かった。その当時、上海や満州の各都市では公共パスに武装兵士が最低二人同乗していた。そうでなければ安全が確保できないのである。現在でもいたるところで「車匪路覇」に注意を呼びかける看板がかけられ、改革開放後の中国を特色づけている。九〇年代、匪賊との銃撃戦で殉職した警官は毎年二千人あまりにものぼる。


7.危険な「友好」

親善、好意を示す「友好」という言葉は、本来嫌われるはずがない。だが、中国人との「友好」だけは別である。新聞やテレビなどのマスコミは、米、英、仏、独と日本との大人のつきあいには普通「親善」という言葉を用い、「友好」というキャッチフレーズを使うことはあまり見られない。だが、中国に関するかぎり、なぜか「友好」という言葉が使われ、日中交流の専門用語のようになっている。

戦前、戦後を通して、日本と中国は「友好」と「非友好」に二分されていた。一時、中国との関係はもっぱら「友好人士」や「友好商社」という、中国からお墨付きをもらった一部の日本人に独占されていた。一九七二年に日中国交正常化がなると、日中間の交流は「友好人士」の独壇場でなくなり、やがて「子々孫々にいたるまで」という形容がつけられて「友好」が強調されるようになった。普段、人間不信の社会で生きているので、中国人は人間関係についてことさら「友好」を強調しないと不安に襲われる。

しかし、中国を相手にする側にとって、中国が強調する「友好」ほど不安なものはない。なぜなのか。その理由は「友好」の解釈権がもっぱら中国の側にあり、中国の規定する「友好」におとなしくついていかなければならないからだ。ことにしたたかさをあまり持ち合わせていない日本人は、腹芸が下手でタヌキとキツネの化かし合いができない。しかも日本人は外圧に弱く、中国流の「友好」パフォーマンスに対抗するのがきわめて下手である。

「友好」という言葉を額面どおり受け取っていると、思わぬ落とし穴にはまることになる。実は中国が「友好」を語るとき、ことに相思相愛を語るときが最も危険なのである。それは歴史を振り返ればわかる。たとえば、中ソ、中印、中越戦争が起こったときは、いずれも両国の「友好」関係が蜜月のピークに達した時期にあたり、まさに老子のいう「物極まるときは必ず反(かえ)る」という結果になった。

だいたい人間の歴史で、民族間、国家間に「子々孫々の友好」などあったためしがない。中国との「友好」は、すなわち彼らの独善的な価値観を全面的に受け入れることでしかない。
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=248779


▲△▽▼


広東省農民「オラの村が隣の村との戦争で焼き打ちされたんだが…」 
2010-05-16 11:52:14 |

広東省・福建省ネタ2003年ごろ、大学で上海人の学生と知り合った。
当時、卒論で中国の農村を調べようかと思っていた俺が
彼に何か面白い話はないかと聞くと、こんな答えが返ってきた。


上「中国の農村はヤバい。俺たち都会の人間は、
  農村で人を轢いても現場で車を止めるなってことになってる。
  すぐに現場を離れて隣の村まで行ってから、警察に電話するんだ」

俺「なんですぐに助けないの?」

上「助けたいのはやまやまだけど、後が怖いんだよ。
  村人がワラワラ寄ってきて、轢いた人間をリンチして車をボコボコにするんだ。
  その場を離れないと自分の命が危ない」

俺「……そう」


話を聞いた当初、上海人はここまで農民への偏見を持っているのか、と
ちょっと不愉快になった。

だが、後にいろいろと調べてみると、どうやら彼の話はネタではなくマジなのだ。
中国南方の農村(特に広東と福建)は、非常にバイオレンスな顔を持つのである


事件の舞台は中国のディープサウス、広東省最西部。

東山鎮の脚踏村(あしぶみ村)という、名前からして田舎テイスト溢れる村だ。
場所は下記であり、瀬戸内海に浮かぶ旧水軍根拠地の村のような地域をイメージすればいいと思う。  


ちなみに、事件に関わる地名は「広東省湛江市東山鎮脚踏村」及び同「調文村」だが、
これは日本の地名に置き換えると、それぞれ

広東省 湛江市 東山鎮 脚踏村
     ↓
●●県 ××郡 △△町 大字○○

こういう感じになる。


今回の事件は脚踏村と調文村の戦いだが、
つまり大字の町内会レベルで焼き打ちとリンチを繰り返している訳なのだ。

さらにすごいことに、両村の村人がネット上にも事件を持ちこんで
互いに荒らしと叩きに明け暮れている模様である。


械闘が盛行する18世紀と、ネットを駆使する21世紀が同居。
あまりにもカオスすぎる現代中国の農村。
それではご覧ください。


―――――――――――――――――――――――――――――――

【湛江市東海島東山鎮脚踏村、1.28事件の真相告発!】
原題:「湛江市東海島東山鎮脚踏村1.28事件真相!」湛江板
http://tieba.baidu.com/f?kz=709201131

  ※スレ内では、脚踏村の行為やその側の人間の発言をピンク、調文村の好意や発言を緑で表示することにした。


湛江市東海島東山鎮脚踏村で発生した1.28事件は、
更なる暴力事件である2.3事件を引き起こし、
脚踏村の村人の家庭59戸の家屋と家産が悲惨な破壊を被った。

なかでも村人の家5戸は屋内の現金がすべて持ち去られ、
一部の家屋は白昼堂々と焼き打ちにあった。
売店1軒は略奪し尽くされ、無辜の村人3人が殴られて重傷だ。


事件の詳細:

1月28日早朝、
脚踏村の村人が車列を組んで新婚の花嫁を迎えに行って村に戻る際、
東山鎮の調文村出身の新郎・唐某という人物と一悶着があり、
婚姻の車列に参加していた数人の脚踏村の村人が
唐某を殴りつけて重傷を負わせた。


1月29日、
脚踏村の無関係の村人が用事で村の外に出た際に、
事故があった調文村の村人が三叉路まで彼を追跡し、
調文村へと拉致して殴りつけて重傷を負わせた。


2月1日、
(先日、脚踏村の村人に殴られた)調文村の村人・唐某が病院で死亡。
村の不良分子が他の村人を扇動し、白昼堂々と
東山鎮の中心部にある脚踏村民が経営する薬局を襲撃して破壊した。店はほぼ全壊。


2月3日午前、
調文村の数百人の暴徒が組織的に2隊に分かれ、
暴徒の1隊は東山鎮中心部の脚踏村民が経営する店舗をすべて破壊(計3店)。

もう1隊(約200人)は脚踏村へと攻め込み、
罪もない村人を殴りつけ、用意したガソリンに火をつけ民家数軒を焼き打ち、
無数の家屋を打ち壊した。

現地の派出所には飾り物のような警官が十数名しかおらず、
暴徒が村に攻め込んで悪行を働いているのを知るまで1時間もかかった。


現在、調文村の暴徒は尚も現地の主要交通路をバスで封鎖し、
外に出ようとする脚踏村の村人と思われる人間を殴りつけている。
政府と天に対して敵対行為をおこなっているのだ!

1.28事件から2.3事件にかけての負のスパイラルの結果、
現地の警官が村人の安全と財産が残酷にも破壊されるのを
現場で目の当たりにし(つつも何もできず)、
政府の関係部門は社会の秩序を守るという威信を失うこととなった。
現地の治安は大地震の後のごとき無政府状態だ!


1月28日にはリンチ事件から被害者が死亡し、
さらに続いて脚踏村の無辜の村人が暴力を受けて重傷を受け、
村人が経営する店舗が破壊と強奪を受け、
2月3日には暴徒が村に攻め込んで悪行の限りを尽くす。
現地の警察は解決能力が無く、片目をつむって見逃して暴徒のなすがままだ。


正義はどこにある!
政府はどこにあるんだ!!


5 名前:名無し人民@ヒャッハー!
野蛮すぎるだろ。


9 名前:名無し人民@ヒャッハー!
無辜の村人たちの為に、政府が(この混乱を)正しい道に戻してくれるよう願う。

  ※前時代的な暴力のカオスに対して何らかの対応を示せるのは、やはり前時代的王朝たる「お上」なのかもしれない。
   中国の農民の認識として、この発想はあり得るところかと思う。


10 名前:名無し人民@ヒャッハー!
>>6
政府が正しい道に戻したとして、死者はどうなるよ?


13 名前:名無し人民@ヒャッハー!
これは貴様ら脚踏村の村人が報いを受けたのだ。
天知る地知る、って知っているか?

  ※対立する調文村の村人による書き込みと思われる。


14 名前:名無し人民@ヒャッハー!
死者は無辜の被害者だぞ…。
なんで法律で解決しないんだよ…。

まさか脚踏村の無関係の村人まで責任があるって言うのか…?
今度は脚踏村の村人が調文村の村人を襲撃することだってあるかも…。


15 名前:名無し人民@ヒャッハー!
>>14
カマトトぶるんじゃねえよ


17 名前:名無し人民@ヒャッハー!
みんなダメだろ。
村人は無辜の被害者だが、全ては起こってしまった。
人も死んだ。
村も荒らされた。

どうしようもない。


19 名前:名無し人民@ヒャッハー!
>用意したガソリンに火をつけ民家数軒を焼き打ち、
>無数の家屋を打ち壊した。
>現地の派出所には飾り物のような警官が十数名しかおらず、
>暴徒が村に攻め込んで悪行を働いているのを知るまで1時間もかかった。
これは道理が許さない。
政府が罰してくれることを望む!

  ※脚踏村の村人による書き込みかもしれない。


20 名前:名無し人民@ヒャッハー!
当時の状況を知らない人間が、何の権限があってこの事件を批判するんだ。

死んだ唐某は幼い頃に父を亡くして
兄妹数人とともに女手ひとつで育てられた。
彼の母さんは大変な思いで育てたんだぞ。


唐某だって結婚をしたかったんだ。
家は貧乏だったかが、家族がみんな一緒なら幸せだと言って暮らしていた。
なのに、まさか恋人を家に送った帰りに、恋人の村(脚踏村)の
騒ぎ好きの不良どもから殴り殺されるとは。

唐某はなにも悪いことをしていない。無実だ。
彼が半死半生の目に遭うまでリンチされた件、こちらにこそ道理があるのか?


唐某の死は無念だったと思わないか?
もちろん、唐某の村の人間がとった行動は間違っている。
これでは更に多くの無辜の人間を傷つけることになる。

とにかく、感情的にならずに正しい方法で解決してほしいと思う。

  ※最初に殴り殺された唐某について、>>1とやや異なる情報が載せられている。
   おそらくは調文村の村人の書き込みだろう。

   おそらく、調文村の唐某は脚踏村の女の子と付き合っており結婚。
   だが、もともと村同士の仲が悪かったかして、唐君は結婚当日に脚踏村の村人により撲殺されたのだ。

   (中国では結婚式の際に、知り合いが新郎新婦にいたずらをする「鬧房」という習慣があり、
    その悪ふざけの過程で誤って新郎を殺した可能性もある)

   そして、新郎側の村はリベンジのために脚踏村を襲撃した…、というわけである。


22 名前:名無し人民@ヒャッハー!
>>19
>これは道理が許さない。
お前たち脚踏村の娘は、これから外の村に嫁に行けると思うなよ!
お前らの村の娘を嫁にしようとしたら、新郎が村人に殴り殺されたんだ!

野蛮な村人どもめ!
こんな村には、今後は誰も行きやしないさ!!

  ※調文村の村人による書き込みだろう。


25 名前:名無し人民@ヒャッハー!
(脚踏村と調文村がある)東海島の島人はヤクザみたいに言われているけれど、
どうやら噂は間違いないようだな。

こんなに常識の通じない地域は、
放置して勝手に殺し合いさせておけばいいと思う。


27 名前:名無し人民@ヒャッハー!
法治社会ではこういう事件は法律によって解決される。
だが、調文村の村人は集団で脚踏村に攻め込んで
(日本軍のような)「三光作戦」を実行した。

これは旧社会的で野蛮な行為だ!!


29 名前:名無し人民@ヒャッハー!
犯罪を犯したんだ。
お前らの子どもに至るまで略奪し尽くしてやるぞ。

唐姓の人間を許さない!!

  ※脚踏村の村人による書き込みだろう。
   中国南方の農村では、村が丸ごと同じ一族…という場合がある。
   (そのため、1人の体面を傷つけると「一族の恥」ということになり、こういう復讐が行われる)。

   最初の死者・唐某の出身地である調文村は、おそらく唐氏一族の村。
   ゆえに、脚踏村の村人は唐氏の一族郎党を憎むに至るのである。


47 名前:名無し人民@ヒャッハー!
君子はたとえ10年がかかっても仇討ちをおこなうものだ。
調文村をこのままにはしておけん!

  ※脚踏村の村人による書き込みだろう。


56 名前:名無し人民@ヒャッハー!
お前ら、戦いを続けて楽しいか?
それで家族や愛する人が巻き添えになって死んだらどうするんだ?

それでもまだ戦うのか?


69 名前:名無し人民@ヒャッハー!
唐一族は恐ろしすぎる!
脚踏村の1万人の村人が、数千人の唐氏一族に踏み荒らされたのだ。
(略)


82 名前:名無し人民@ヒャッハー!
脚踏村はもともと良くないことばかりしてきた。
二十数年前にも(似たような械闘で)大事件を起こしているしな。

しかし調文村も野蛮だ。
村の勢力を頼みにする大人が多すぎる。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


この後もスレは荒れ続け、両村の村人による

「お前の村を滅ぼしてやる!」
「貴様らこそ滅亡しろ!!」

という物騒な書き込みがたびたび見られた。


…ところで、ちょっと話を変える。

中国において、農民が役所を襲撃するといった暴動(官民衝突)はしばしば発生しており、大紀元(法輪功のニュースサイト)なんかで報じられることが多いのもご存知の通り。

そして、中国崩壊論者の人がこれらに対してホルホルして
「共産党独裁政治への庶民の不満が高まっているのだ!」という
根拠として引用したりする。


だが、暴動を起こす農民というのは、このスレで見ればわかるがごとく、
リミットブレイクを非常に容易に起こす人たちなのである。
大した理由じゃなくても暴れるのだ。


一見すると識者ホルホル系の官民衝突のようでも、役所への反乱に見えて
実は単なる村同士の(どうでもいい理由での)戦争が
飛び火しただけというケースも多いのではないか。

また、実際に地方の役所が無道な場合(これも多いのだ)でも、
抗議に立ちあがった農民が知らん間に目的と手段を逆にしてしまい、
「とりあえず暴れたからそんでいいやw」となって
問題の解決を求めないケースもあるのではないか。

良くも悪くも彼らの単純さと不条理さを舐めてはいけないと思う。


暴動といっても、即・反政府や反共産党につながる性質のものとは限らない。
党と軍がひとまず綻びを見せずに存在する限りは、
農民による村レベルでの暴動は、中央から見れば中学生のニキビ程度の日常茶飯事の小事件だ。

「中国にはよくあること」で流せる話なのである。

普通は現場レベルで放っておくし、
ちょっと目立ったら(大規模化したら)、クレアラシル(武装警察)を塗ればいい。
この程度では、脳味噌や人体(共産党や国家)に影響を与えるには及ばない。


…なので、「どこどこで農民が反乱!」というニュースを聞いた際、
すぐに「中国崩壊への第一歩だフハハ」と大喜びしても
只のヌカ喜びだと思うのだ。

「反乱」の背景とか経緯をよく調べた方がいいし、
それが大規模化しかけたところで鎮圧されているようなら、
むしろ「中国の体制は(現時点では)盤石だ」という根拠にすらなり得る。

ニキビは、もちろん疾病要因もあるものの生理体質的な理由でできることも多い。
当たり前のように生まれる赤ニキビに、すぐにクレアラシルを塗れるのは、
共産党が最低限はお肌のケアをしているということである。


もっとも、ニキビの現場にいる人はたまったものじゃなかろうが…。
これが中国の農村だからしょうがない。


http://blog.goo.ne.jp/dongyingwenren/e/a370aaaca87869d375aa1d5ce930e919
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広東省農民「オラの村が隣の村と戦争をはじめるらしいんだが…」

2009-11-08

広東省・福建省ネタ今回取り上げるのは、広東省の「械闘」である。


…と言っても何のことやらわからない読者が大部分だと思うので、
ここはひとつYahoo辞書先生に語句解説をしてもらうことにしよう。


 かい‐とう【械闘】
 革命前の中国で、水利や地境などの争いなどを原因として起きた
 部落や労働者集団間の武力闘争。清代には華中・華南に多かった。


中国南部の械闘には、「宗族」と呼ばれる父系血族の集団同士で争われる例が多い。
(→要するに、陳さん一族VS張さん一族みたいな感じでのガチバトル)


一族と言っても、勢力は数百人以上。一村以上の単位での総動員である。

外部から傭兵を連れてきた場合は数千人以上が激突する大合戦となり、
海外に渡った華僑の親戚たちが銃や火砲まで援助してくるのでタチが悪い。
村は、平時から堀や砦が築かれて完全武装だったりする。

械闘は清代の康煕雍正年間(18世紀初頭)から盛んに発生するようになり、
なんと20世紀前半の中華民国時代まで普通に続いていた。
広東省や福建省で特に多く、台湾でも日本統治時代の直前まで盛んにやり合っていたらしい。


…宗族の械闘の原因は、当初は

「うちの一族の村の水を取るな」とか「うちの一族の風水を切る場所に墓を作るな」
という相応の理屈に基づいたものだったようだが、
何百年も対立しているうちに当事者たちも理由を忘れてしまい、
なぜ戦っているのか不明のままドンパチやっていることも多かったようだ。

民国初期に福建省の統治を担当させられた役人が、上司の袁世凱に
「こいつらマジで洒落ならん。勘弁」
と報告していたりするから余程の事なのである。


そして「新中国」の成立後。

農村の宗族組織や封建的な支配関係は共産党様によって解体され、治安も向上。
械闘の風潮はおさまった、とされている。

だが、どうやら実際のところは全然おさまっていなかったようなのだ。


百度の「広東」板より、ディープすぎるスレをご覧ください。


原題「械闘」 広東板
http://tieba.baidu.com/f?kz=269824098


俺たちの村は広東省汕頭市潮南区、司馬浦仙港郷の辺りにあるんだが、
隣の村との関係がずっと良くないのだ。
歴史上、たびたび武力衝突をしていたのだが、
20年前からは特に大規模な闘争は起こっていなかった。

しかし、先月30日に俺の村の共産党支部書記が
(奴は十年以上この職にあり、偽造タバコを作って儲けている地方皇帝だ)
隣の村に行って先方の代表と話をして、帰ってくるや隣村と戦うと言うんだ。

少なくとも鉄パイプ300本以上、ライフル十数本を準備した。
村の老人たちの大部分は開戦を支持している。

派出所の警官がやってきたが、
あれやこれやとタライ回しをされるだけで、解決できないままに去っていった。

地方皇帝いわく、
各戸ごとに少なくとも1人を動員せよ。
出さない家は敵を攻撃するついでに打ち壊す。
各戸ごとに100元を拠出せよ。
戦死した場合は10万元の見舞金を保証する。

昨夜、俺はさまざまな奇怪な声を耳にしながら寝た。
今日、戦いを始めるらしい。
すべての準備は完了して掛け声を待つばかりのようだ。

これは何時代だよ?
なんで俺の村はこんなことやってるんだ?

みんなすまない。
この事を拡散して多くの人に知らせてくれ。


広東の海陸豊地域では、俺が小学生のころまで烏旗軍と紅旗軍が戦っていたぞ。
なにか事があって紛糾すると、烏旗勢力に属する村と紅旗勢力に属する村とが棍棒を持って村境に集まるんだ。

中学に上がってからは似たような事件はもう無くなった。

烏旗軍と紅旗軍は政治とは関係ない。
宗族と関係があるんだ。


  ※海陸豊地域…現在の広東省東部・汕尾市に位置する海豊市と陸豊市のこと。
         民国時代には、軍閥革命家の彭湃という人物が「海陸豊ソヴィエト」という
         カオスな名前の政権を樹立したりもしている地域である。
           


  ※烏旗と紅旗…もともと、福建省や広東省は「宗族」という父系血族の団結がめちゃくちゃ強い地域。
           村ひとつがまるごと「李」さんや「陳」さんの宗族だったりする。
           (→中国でよく見る「李家鎮」とか「陳家囲」なんかの村名を想像するとわかりやすい)

           で、宗族同士が械闘(=武力衝突)をやってるうちに、
           戦国時代のように宗族や村が合従連衡して連合軍を作る場合がある。烏旗と紅旗もそのひとつ。
           この手のケースは清代中期から盛んになり、福建省仙游県の「烏旗軍と白旗軍」の対立とか
           福建省晋江市の「東佛軍と西佛軍」の対立とか、類似例は数多くある。

           現在はさすがに正面切っての大戦争はやらないようだが、
           暗黙の了解で隣の村が敵対派閥に属していたりする。現地に工場なんかを作る場合は注意が必要。


…清代の中国(特に南部)の農村部では、
科挙に合格したが官僚にならずに地元に残った
「郷紳」という半官半民の実力者が村や宗族を牛耳る事例が多かったという。

悪徳郷紳(=土豪劣紳)のなかには、
密輸や汚職で私腹を肥やしたり、械闘を扇動するような手合いもいたらしい。


いっぽう現代の中国の農村では、地域に土着して土皇帝と呼ばれるようになった
下級共産党幹部が過去の劣紳にかわって村を牛耳っているようである。


儒教イデオロギーが「中国の特色ある社会主義」に変わっただけで、
結局は現代の中華人民共和国も、下層部では歴代中華王朝とそっくり。
そんなことを今回の事例から感じる次第。


…おらこんな村いやだ。
http://blog.goo.ne.jp/dongyingwenren/e/dbd9f05454ebcc6ef12699aaaeaba4e8  

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/204.html#c5

[リバイバル3] 中川隆 _ 中国関係投稿リンク 中川隆
11. 2019年2月01日 11:51:36 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]
中国に未来が無い理由 _ 田代秀敏 混沌の大国 中国と中国人を知る
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/291.html

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/925.html#c11
[近代史3] 有史以来 戦争に勝った事が一度も無い漢民族が巨大な領土を手に入れた手口 中川隆
6. 中川隆[-12546] koaQ7Jey 2019年2月01日 11:58:09 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

中国には伝統文化は存在しない _ 子孫に伝統を一切伝えないのが中国の伝統

タマタマ来ただけ〜中国教育事情と社会をお伝えします〜
中国で日本語教師をしていたタマのブログ
https://ameblo.jp/xiang-xia/


「チャイナドレス」と「漢服」〜伝統文化のない中国〜 2013-04-27

 「中国の歴史は5000年」だと、中国人はことある毎に言います。

 学生と話をしていても、文化や歴史の話になれば必ず上記のフレーズが出てきます。

 「だから中国は凄いんです」と。

 しかし、中国人が「歴史」「歴史」という割には、現代の中国には伝統的な文化と言うものはほとんど残っていません。

 「文化大革命で文物が破壊された」とか、「故宮の貴重な文物は台北にある」とか、そういったレベルの低い話ではありません。

 中国人には長い歴史があるにもかかわらず、受け継いできた「伝統」と言うものがないのです。

 思想・精神的な文化については、昨日の記事に書いたとおりです。

 中国に来て中国人を見ても、「東洋学」で語られる中国人の姿というのは一切見ることが出来ません。

 今日はそれ以外の「文化」において、伝統のない中国の姿を書きたいと思います。


歴史の浅い代表的文化


 「チャイナドレス」というと、日本人にとっては中国の代表的な民族衣装と思われるでしょう。

 実際に現代中国においても「正装」として捉えられてきました。

 しかし、この「チャイナドレス」というのは、清朝時代の服装であり、清朝時代の支配者層である「満州族」の服装です。

 中国の大多数の「漢族」の伝統的な服装でないだけでなく、その歴史もせいぜい数百年しかないのです。


 「京劇」と言えば、中国の代表的な歌舞演劇です。

 しかしながら、これも清朝時代に発祥したもので、300年ほどの伝統しかありません。


 日本人が好きな『三国志(演義)』や『西遊記』にしても、話の題材は三国時代や唐代にさかのぼるわけですが、こうした小説が「講談」として民間に広く広まるのは明代の事になります。


 中国人が誇る中華料理もその最高の料理は「満漢全席」であり、その名の通り「満」つまり満州族と漢族の料理を合わせたものなのです。

 清朝時代以降の伝統であることは言うまでもありません。


伝統を守ってこなかった


 中国の歴史は「被侵略」の歴史であり、その度に破壊と殺戮が繰り返されました。

 (ただし、中国では歴史上の侵略者は現在「中華民族」なので問題にならない。歴史上中国を支配してしまった民族は「中華民族」としなければ、「中国」の正統性につじつまが合わなくなるため。)

 しかしながら、王朝交替毎に破壊があったにせよ、そもそも中国人には「伝統を守る」という思想がほとんど感じられない。

 「歴史書」やその他の「書籍」を歴代王朝が保管したりして来たこともありますが、その保存状態が悪く、劣悪な保管状況で受け継いできたことは有名な話です。

 徳富蘇峰も「奉天では清朝廷室の宝物蔵の文溯閣を見物し、膨大な古今の貴重な文物に接しながら、その数の多さと保存状態の悪さに閉口し」(徳富蘇峰『世界紀行文学全集』修道社、昭和46年。参考:樋泉克夫のコラム【知道中国 875】http://melma.com/backnumber_45206_5780893/ )と記しています。

 ですから、書籍は破損、欠落、さらには散逸し、歴史学者はその散逸、欠落した文章の収集に追われたりします。

 挙げ句の果てに「偽書」が出回り、すでにどれが真書でどれが偽書なのかわからない書物も多く存在します。

 現在「真書」として歴史的価値のある書籍は、そのほとんどが日本にあり、中国人が書籍の真偽を確かめるために日本の版本を確認するというのは何とも皮肉な事実です。


技術を教え伝えない


 「伝統を守る」思想のない中国のおいては、工芸・芸術の方面でも伝統を受け継ぐことが出来ませんでした。

 日本が弟子にその技術の全てを教えて、後世に技術を伝え残すのと対照的に、中国では「技術を残す」ということがなされません。

 これは中国人の思考が「ゼロサム」思考であるが故のことです。

 自分の技術を弟子に教えてしまえば、弟子がその技術で独立して自分が損をすることを恐れてしまうのです。

 企業で中国人と関わった事のある人ならご経験があるでしょうが、中国人は部下に仕事を一切教えません。

 ただ「命令する」だけです。

 企業だけでなく、料理人の世界でもそうです。

 腕のいい料理人が店を開いても、そこで働く下働きには技術を教えません。

 で、最初は味がいいと評判になり大きな収入を得ると、オーナーシェフはもう料理を作らず遊んでしまいます。

 しかし、技術を教えていないものだから、当然味が落ち、結局客足が遠のくというのをよく見かけます。

 これは料理のみならず、あらゆる「職人」の世界で見られる現象です。


農村の伝統行事


 たまに学生の故郷に呼ばれて、農村だったりすると、いろいろな伝統行事も見ることが出来ます。

 日本の各地の祭りのように何か特徴があるかと、最初の頃は非常に楽しみにしてあちこちうかがっていたのですが、ほとんどが結局がっかりさせられることになります。

 きちんと教え伝えていないのでやっている事のクオリティーが低すぎるのです。

 「とりあえずやっています」的な。

 例えばチャイナタウンで見られるような竜の踊りもある村でみました。

 竜の人形を、人が持つたくさんの棒で支えて、あたかも竜が動き回っているように見えるあれです。

 しかし、その村での竜の踊りは、なんとなく安物の衣裳を着た若い人達が、竜を支える棒を持って、村の中をうろうろするだけでした。

 躍動感や、何か伝統を感じるようなものではなく、ただ村の各家の玄関をめぐってくればそれで終わりという。

 非常に期待はずれだったことを思い出します。

 少数民族の伝統行事なんかを見ると、漢族の行事との差は歴然です。


「漢服」を復興


 最近は「日本の和服は中国の唐代の『漢服』が元になっている」などというのを広めているようです。

 日本の和服への憧れとともに、「あれは中国の文化がもとになっている」という優越感よって満足を得ているようです。

 しかしながら、「漢服が元になっている」と言ってみたところで、現代の社会にその「漢服」が一切無く、中国の衣裳と言えば「チャイナドレス」になってしまっていることに危機感は感じているようです。

 そこで、今は「漢服」を「伝統衣裳にしよう」という活動が、国の主導のものに随分と熱心に行われているようです。

 しかしながら、既に500年以上もすっかりと忘れ去られていた文化であり、「伝統のないもの」を「伝統文化にしよう」としてもそう簡単ではありません。


 その結果は「日中合同成人式、「着物の方が断然キレイ」と不満の声が殺到―中国版ツイッター 」の記事を見てもらえればわかります。

 小手先だけの「伝統」を叫んでみたところで、本当の「伝統」が無ければ、全くの安物になってしまうのは一目瞭然です。


 また、「中国の「漢服」知らぬ“愛国者”、和服と間違え罵倒の嵐 」なんてこともありました。

 こんな事件も発生するぐらいですから、「伝統」など失われているのは一目瞭然です。


「伝統を守らない」のが「中国の伝統文化」


 日本のみならず、世界各地の伝統は、伝統のために「犠牲」を払う個人の存在によって守られているという側面があると思います。

 今もお金のために破壊と建設を行い、お金のためにしか動けない中国人に、今後も伝統が守られるとは考えにくいと思います。

 中国人自身がまず、「伝統を守らない」のが「中国の伝統文化」だと気付かないといけませんね。

 小手先だけのやり方では、「教育」と同じく、いつまでたっても価値ある文化が作られないでしょう。
http://ameblo.jp/xiang-xia/entry-11516221799.html


http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/204.html#c6

[近代史3] 有史以来 戦争に勝った事が一度も無い漢民族が巨大な領土を手に入れた手口 中川隆
7. 中川隆[-12545] koaQ7Jey 2019年2月01日 12:12:29 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

2016年06月09日
中国人民解放軍の正体 国家に所属せず、勝った事が無い


秦の始皇帝以来国家に所属した軍隊が無く、外国に勝った事は無い

http://livedoor.blogimg.jp/aps5232/imgs/e/a/ea0ddec6.jpg


南シナ海で中国軍が我が物顔で振る舞い、米軍は遠慮しているが、中国軍は本当に強いのだろうか。

最近2千年間で中国の軍隊が外国軍に勝った例など、聞いたことがないのだが、一見すると強大に見える。


「中国軍」は存在しない

南シナ海を巡ってまた中国軍は過激な態度を取っているが、「中国軍」がどんなものかは知られていない。

人数や装備や戦力は知られているが、どんな組織で今まで何をしてきたかは、余り関心をもたれていない。

それは日本などの外国では当たり前と思われている事が、中国軍には当てはまらない事で、誤解の原因になっている。


まず第一に「中国軍」という国家を代表する軍隊は、法律上存在していません。

「人民解放軍」は共産党に所属する組織で、中国という国には所属していないのです。

例えば中国の選挙で共産党以外の政党が大勝利し(制度上ありえないが)、中国の大統領に就任したとします。


人民解放軍は共産党に所属する軍隊なので、中国大統領には軍の指揮権がなく、命令する事はできません。

これはアメリカのような大統領制とも、日本のような天皇制とも大きく違っています。

日本の国家元首は天皇ですが、千年ほど前から将軍や大臣などを任命して、軍を動かす事になっています。


どうして中国はそうなのかというと、秦の始皇帝以来2200年以上、中国には国家に所属する軍隊は存在していません。

日本が戦った唐、元、明、清の軍隊は皇帝に直属する軍隊で、日中戦争の中国軍は「国民党軍」でした。

国家や国民を代表する軍隊になれない、つくれないところが中国軍の最大の弱さです。


人民解放軍は強いのか

中国大陸の人口はいつの時代も日本の10倍ほどですが、それでいて今まで日本との戦争で勝った事はありません。

それだけではなく、秦の始皇帝以来2000年以上、中国の版図の外に出て行って勝った事はありません。

中国伝統の戦闘方法は完全に受身で、敵が攻めてきたら下がっていくという物です。


下がって下がって一番端まで下がっていくと、敵の補給線が延びきって守備側が有利になるので、そこから反撃に転じます。

ロシアやソ連も同じ戦法を得意とし、ナポレオンやヒトラーをその手で追い返した、とても効果的な戦略です。

中国の軍隊は2000年間こうした受身戦法専門の軍隊で、大陸の外に出て勝つ事は、そもそも目指していませんでした。


中国の軍隊は戦争を苦手としていて、実際現代の中国軍も朝鮮戦争と中越戦争くらいしか戦争経験はありません。

朝鮮戦争は北朝鮮の援軍で米軍と戦い、中越戦争はベトナムを侵略しようとしたが負けて帰ってきました。

他はソ連との国境の小競り合いとか、チベットやウイグル侵略など、弱いものイジメしかしていません。


その人民解放軍は最近、世界的な強者として振舞っていて、尖閣や南シナ海で活動を拡大しています。

米海軍を超える大海軍を目指し、原子力空母や原子力潜水艦、核ミサイルなどを続々と開発しています。

表面を見る限り数は揃ってきていて、例えば潜水艦の数ではアメリカを上回りました。


もうすぐ巡洋艦の数でもアメリカを超えるでしょうが、ベトナム戦争時代の軍艦を改良していて性能はどうしようもないです。

兵器の性能が劣悪なのは大目に見るとして、先ほど書いたように「国家に所属していない」のが大問題です。

イギリスやフランスに近代国家が生まれて以来、国家に所属する軍隊が、そうで無い軍隊に負けた例はほとんどありません。


帝政ロシアは数で圧倒しながら日本に破れ、イギリス軍は植民地にすぎないアメリカ軍に敗れました。

国力にかかわらず、国家に所属する軍隊は圧倒的に強く、政党や個人に所属する軍隊は、とても弱いです。

本当に南シナ海で戦闘が起き、米軍や日本軍と衝突したら、人民解放軍は戦場放棄して逃げ出すのではないだろうか。
http://thutmose.blog.jp/archives/61281443.html

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/204.html#c7

[近代史3] 有史以来 戦争に勝った事が一度も無い漢民族が巨大な領土を手に入れた手口 中川隆
8. 中川隆[-12544] koaQ7Jey 2019年2月01日 12:20:51 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]


移民は「侵略」に活用されてきました。この種の「侵略」が歴史的に得意なのは、中国です。中国は「洗国」という侵略手法を得意とします。


 洗国とは、支那大陸において中華帝国が「他国」を乗っ取る際に多用される伝統的な侵略手法です。まずは、国内の流民を数十万人規模で「対象国」に移住させる。当初は「外国人労働者」として、いずれは「移民」として、膨大な人民を送り込み、現地に同化させていく。やがて、支那本国から官僚が送り込まれ、その国・地域を中華帝国の支配下に置く。


 洗国とは、人口を利用した外国侵略なのです。


 今この瞬間も、チベットやウイグル(東トルキスタン)で行われているのが、まさにこの洗国です。


 チベット人男性やウイグル人男性を中国国内に散らばらせ、現地に同化させる。さらに漢人をチベットやウイグルに送り込み、現地の女性と結婚させ、これまた同化させてしまう。やがては、現在の満州(旧:女真族の国)同様に、国境線が実質的に消滅し、中国の一部として支配が始まる。


 今風に言えば、民族浄化(エスニック・クレンジング)で、明らかに国際犯罪です。とはいえ、現実に中国共産党はチベット人やウイグル人に対する洗国をほぼ完成させ、台湾にもじわじわと浸透していっています。


 そして、我が国にも。
https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12415662357.html

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/204.html#c8

[リバイバル3] 中川隆 _ 中国関係投稿リンク 中川隆
12. 2019年2月01日 12:37:25 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

中国が東トルキスタン共和国(現ウイグル自治区)を乗っ取った手口
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/205.html

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/925.html#c12
[近代史3] 中国が東トルキスタン共和国(現ウイグル自治区)を乗っ取った手口 中川隆
1. 中川隆[-12543] koaQ7Jey 2019年2月01日 13:07:21 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

中国のウイグルでの臓器狩り


ウイグルへの弾圧は何度か書いてきましたが、いま中国が行っているのは民族浄化で、ただ浄化するのではなく、ウイグル人を殺して臓器売買のドル箱としているのです。


▲△▽▼


ノンフィクション作家・河添恵子#11-2
★中国臓器狩りの真実 人道を超えた臓器売買&移植手術の実態 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=-oec2aeCPWk

2019/01/27 に公開

西欧社会は中国を潰しにかかっている。横暴で不法、人道と人権を無視した中国共産党が主導する「臓器狩り」は、もっと注目・非難されてしかるべきであろう。

臓器を移植したい人は世界で1億2千万人以上いるという現代ではありますが、生きた人間(法輪功学習者、ウイグル・チベットの人々)からの臓器を移植すること(大量虐殺=メディカル・ジェノサイド)は、果たして許されることでしょうか?


「ノンフィクション作家・河添恵子」番組一覧:
https://goo.gl/5attTw


==========================

・中国潰し2019の動き
 世界はどのように中国を潰しにいこうとしているか?

・メディカル・ジェノサイド=中国の臓器移植産業における大量虐殺

・法輪功(ほうりんこう)について
中国伝統の気功に 仏教や道教の教えを取り入れ 、1990年頃により系統化された気功法・及びその団体
中国共産党からの脱退を呼びかける運動も行う(1億人以上存在する)

・江沢民政権は彼らを抹殺する方法を考えた。そのうちの一つが臓器狩り

・臓器狩りの真実

・世界には臓器移植を待つ人は1億2000万人はいると言われ、2年以上待つ必要がある

・法輪功学習者の失踪、行方不明が続く

・法輪功学習者の臓器を移植したという医師が現れる

・<中国での臓器売買&移植手術問題を調査する中心人物>
 カナダ国際人権弁護士:デービッド・マタス氏
 カナダ元国務大臣:デービッド・キルガー氏 
 英ジャーナリスト:イーサン・ガットマン氏

・<中国における臓器移植手術の件数 / 年間>
 中国公式:10,000〜15,000件
 NGO団体推定:60,000〜100,000件

・ドナーの登録制度が無い中で、手術だけが着々と行われている中国

・収監されていた法輪功学習者は、定期的に内臓の身体検査を受けていたという

・民衆法廷
国際機関が進んで調査しない もしくはできない状況の深刻な犯罪を裁くために行われる
裁判には勅撰弁護士(=エリザベス女王陛下から権威を授与された法律家)や専門家が関わる

・ピザを頼むがごとく、非合法の臓器移植が行われる中国

・WHOを赤く染めて保身に励む中国政府

・マーガレット・チャン(陳馮富珍)
 WHO事務局長(2007年 - 2017年)香港出身の医師、元香港衛生署長

・「民衆法廷の判決」2018年12月8日〜10日「中国の良心の囚人からの強制的な臓器収奪に関する独立法廷」より
「中国では良心の囚人から臓器を強制的に収奪する慣行がかなり長期間行われており、非常に多くの犠牲者が出ている」と全会一致で判断された

・この問題に、名前を出して抗議したりする人(医師・弁護士・政治家等)が日本にいない

・"中国での臓器移植手術を禁止する法律"が各国で出来る中、日本の移植患者は増えつづける

・臓器移植を受ける人は、その提供元が、健康な法輪功の人、ウイグル・チベットの人という現実の中で、それでもいいと思っているのか?

・中国に対する人道・人権抗議、西欧社会は本気で訴え始めています

・『Bloody Harvest / The Slauter:最新報告書』を発表(2016年6月)

※関連資料(映像含む)は「中国における臓器移植を考える会(SMG)」のWEBサイトで入手可能です
http://smgnet.org/

・世界は中国共産党の蛮行を許していません、裁く方向に舵を切っています

・中国の国家ぐるみのメディカル・ジェノサイド

=======


質問コーナー

・臓器売買のブローカーの存在

・中国臓器移植の実態
 死刑囚を殺さず、臓器移植に回す方法

・江沢民の息子=江綿恒氏(前回#11-1でも登場しました)

・江綿恒氏は腎臓がんのため 2004年以降数回にわたり手術を受けている

<参考WEBサイト>
★中国における臓器移植を考える会(SMGネットワーク)
http://smgnet.org/

★「中国臓器狩りリサーチセンター」
https://www.chinaorganharvest.org/ja/

※参考記事:
「カネの次は長生き?党幹部のために臓器を「必要に応じて摘出」=中国人富豪・郭文貴」
https://kabutan.jp/news/marketnews/?b...



▲△▽▼

習独裁下の中国で「臓器狩り」の証拠をウイグル自治区で発見 2018-10-08
https://ameblo.jp/2013kanyon17/entry-12410440345.html


習近平独裁下の中国で、ウイグル・チベットなどの少数民族や、キリスト教徒らへの弾圧が苛烈さを増している。そんな中、新疆ウイグル自治区にある空港に、謎の通行標識が出現した。

 昨秋、シルクロードの要衝として知られる中国最西端の都市、ウイグル自治区カシュガルの空港に出現した通行標識がある。

「特殊旅客、人体器官運輸通道」

簡体字とアラビア文字でそう書いてある。
「特殊旅客」が外交官や共産党幹部、国賓待遇の外国要人などを指すのは勿論だが、「人体器官」とは一体何か?

 これは即ち、人間の臓器のことである要は、「ここは大至急運び出さなければならない切りたての移植用臓器が通る通路だから一般人は並ぶな!」と言っているのだ。

引用ここまで…続きは本文をご覧ください↓↓↓
https://www.zakzak.co.jp/soc/amp/181006/soc1810060009-a.html?__twitter_impression=true


国連人権委員そっ閉じ・・・

なんたって国連人権委員会の理事国は中国だもの


臓器移植待ちの患者の待ち時間


↑中国の富裕層は臓器移植が必要と診断されると即日にドナーが現れる不思議
てか、不思議ではない。生体データが合った人が即日処刑されて献体となるのだ!


まさかの人肉を真空パックで売ってる店もあった
流石に画像は貼れんわ(汗)
閲覧注意↓
https://m.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/image.php?qid=12157371062

中国こええええええええ!!
なんせ文化大革命で自国民を2千万人は殺した連中だからな
常識で考えては理解できない
日本には無い歴史があるのが、特亜3国


日本にも人体の不思議展が来て多くの日本人が見物した
生きたまま血管に薬品を入れないと作れない毛細血管の標本とかがあった
本物の人体だと言われ気持ち悪がった女性も多かった 又、触ってもいいですよとか
規制が緩かった 随分死者に対する尊敬の念が無いなあと思った
中国の人肉食の歴史を知れば納得


中国共産党による生体臓器狩りビジネスは18年くらい前からやっている
最初のターゲットは、法輪功学習者や政治犯の死刑囚が多かった。ここ最近は中国共産党が気に食わない人物は、すべてが臓器狩りの対象になっている
それでもう一つ大問題なのが、NHKはいまだに報道していないことだ


左翼は日本が中国に占領されれば平和になると思っているが、日本が中国に占領されると日本人が民族浄化の下に殺されて食べられたり、人体標本にされるということだよ


中国「臓器狩り」の証拠を弾圧下のウイグル自治区で発見
https://t.co/PmZmyKymSI
摘出した心臓、肺臓、肝臓、腎臓などの臓器を国内外の富裕層らに移し替える移植手術は年間数万から十数万件にも上り、現在1兆円規模の莫大な収益を産み出す一大産業。臓器収奪は「処刑」すなわち国家権力による「殺人」

中国「臓器狩り」の証拠を弾圧下のウイグル自治区で発見
https://t.co/gFbhHYMWb1
「特殊旅客、人体器官運輸通道」
中国当局により開始された12歳から65歳までの全住民を対象に血液を採集し、血液型やDNAデータを調べる他、指紋、眼の虹彩などの生体データを収集
臓器収奪は、ほぼイコールで「処刑」


中共人権弾圧・臓器移植に関心を持ってる人権活動者のレポート「中国では器官移植が10万件、臓器は殆ど法輪功の良心犯とウイグル人!1980年代警察が平気でウイグル人を銃殺、臓器を取る。現在は、外科医者が直接に臓器摘出、被害者は救急車で搬送される時まだ痛くて叫んでる」
酷すぎ、正に悪魔だ。 https://t.co/0Yr6xX5TUr


2016年、中国では2000件の死刑!公開死刑判決の見学にSNSで招待状を拡散(スプートニク) 中国における死刑制度は「真っ黒」であり、政治犯を臓器狩り目的で死刑にしている事実もあります。共産党国家では公開&大量処刑が普通。中国や北朝鮮は「悪質な見せしめ国家」と言えるでしょう。 https://t.co/9wUkSUvGGe


中国共産党は当初、民族浄化の下で殺戮を繰り返していたが、近年は家畜同様に扱い始めた。家畜と違うのは食用ではないこと…臓器売買の為である。
臓器を取られた肉体は人体標本に加工されるのである。

中国で人間として扱われるのは共産党員と富裕層だけかも知れない…漢民族であっても下級人民は詐取の対象でしかないのだ

トランプ大統領は経済戦争から本当の戦争をとるやも知れない…非人道的な行為を今まで国連も見て見ぬ振りをしていたがトランプ大統領は真正面から非難し制裁を加える構えだ
https://ameblo.jp/2013kanyon17/entry-12410440345.html

 


▲△▽▼


2018 年 9月 8 日
中国のウイグル人への弾圧状況についてレポート
在日ウイグル人有識者会議
http://uyghur-j.org/20180908/uyghur_japan_report_20180908.pdf


いま中国が行っているのは民族浄化で、ただ浄化するのではなく、ウイグル人を殺して臓器売買のドル箱としているのです。

【ウイグル人収容所から死者が続出】

これまでの報道で各収容所から続々死者が出ていて『参考資料28-29、第三章死者リスト参照』、

一部の老人遺体以外は家族に返されず、家族に合わせることもなく、新しく設けられた一般人が
入ることのできない遺体処理・安置所『参考資料30』で焼却処分されていると思われる
(ウイグル人の民族習慣では亡くなった人に葬儀を行い、故人を専用墓地に埋葬する)。


臓器売買のため、臓器が抜き取られた痕跡のある遺体もあったという噂がある。
そして、それを裏付ける写真もあった。

上の写真3は、観光でウイグルに行った日本人により今年1月にカシュガル空港で撮られた写真であり、空港では「人体器官運送通路」、「人体寄付、移植器官航空運送保障プロセス」標識の専用通路やスペースが用意され、国家ぐるみで人の臓器を強盗していることを示す徹底的証拠である。


在日ウイグル人一人の証言によると、彼女の弟(24 歳)が今年5月に収容所で亡くなり、遺体を家族に返さずに当局の監視下で直接処理されたそうだ。死因は何なのか、遺体はどこに、どういう方法で処理されたかなどの情報は一切聞かされていない。電話に答えた親族は「党のケアの元で葬送した、さようなら」と言い他に何も言えなかったという。


▲△▽▼

「麻酔掛けずに直接摘出」 中国の臓器奪取、凄惨な実態が明らかに  


李荘弁護士の書き込み。中国の臓器奪取の実態をさらした(スクリーンショット)

【大紀元日本10月24日】重慶市元トップの薄煕来氏の暴力団一掃運動に立ち向かったことで1年半の懲役刑に服した北京の弁護士・李荘氏がこのほど、ミニブログ(微博)で、中国の臓器奪取の実態をさらした。

「ある著名な病院の著名な心臓外科の著名な医師らが僕ににこやかに教えたんだ。『重要患者に臓器移植を行う場合、臓器の鮮度を保つために、われわれは麻酔を掛けずに直接摘出するのだ』。僕は、死刑囚に対しても人道的でなければと忠告した」

この書き込みに多くの注目が集まった。ユーザー「虎甲胡威」は、「死刑執行の前に、死刑囚から臓器を摘出し死亡させることは、もはや人道のうんぬんではなく、計画殺人だ」と指摘。また、「中国で臓器売買のピークが法輪功を弾圧した時期だ。アメリカが証拠を持っているようだ」「李弁護士はもっと情報を提供すべきだ」などとさらなる真相の解明を望む声が飛び交った。

中国の臓器移植問題について、米国務省は5月24日に発表した2011年度人権状況報告書の中国関連部分で、メディアや人権団体から法輪功学習者の臓器が奪取され売買された報告が絶えないことに初めて言及した。また、9月12日に米議会で中国の臓器狩りについて公聴会が行われ、中国の囚人から生体臓器奪取の状況が証言された。

さらに、中国国内では9月、これまで最大規模の不法臓器売買事件の訴訟が始まっている。解放軍病院が仲介者を通じて闇の臓器売買を行ったことが明らかになり、死刑囚の臓器提供意思書、親族臓器提供意思書など、すべて偽造されていたことも浮き彫りになった。

闇から少しずつ、その凄惨な実態が浮かび上がっている中国の臓器狩り問題。2006年にすでにこの問題に注目し、調査報告書『戦慄の臓器狩り』を発表した著者の一人、カナダ元外務省アジア太平洋外務担当大臣のデービッド・キルガー氏は10月25日から27日の日程で来日し、会見やシンポジウムを開く予定だ。(翻訳編集・余靜、張凛音)
http://www.epochtimes.jp/jp/2012/10/html/d68771.html



▲△▽▼


「中国の臓器狩りの共犯者にならないでください」
https://www.change.org/p/%E5%9B%BD%E4%BC%9A-%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E3%81%AE%E8%87%93%E5%99%A8%E7%8B%A9%E3%82%8A%E3%81%AE%E5%85%B1%E7%8A%AF%E8%80%85%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%82%89%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%A7%E3%81%8F%E3%81%A0%E3%81%95%E3%81%84


2006年アニーと名乗る中国人女性が衝撃的な証言を行いました。彼女の元夫は中国遼寧省苏家屯の医師で3年間、生きた人から強制的に角膜を摘出する手術を2000件ほど行いました。アニーは「夫はとても大きな衝撃を受け、毎日悪夢にうなされ、パニック状態に陥っていました」と振り返りました。夫は日記で彼が一番ショックを受けたことをこう書きました。

「いつも通り手術室に入り、手術を行う準備をしていた。横たわって意識を失っていた女性の服を切ると『ママ、お誕生日おめでとう』と書いた紙が落ちてきた。これを見た瞬間、手の震えが止まらなかった。なぜなら、子供からもらったこの誕生日メッセージを大事にしていた母は、もうすぐ自分の手によって命を絶たれるから・・・」

聴くものの魂を戦慄させた生々しい体験談は、あまりにも衝撃的です。なぜ人の命を救うはずの医師が人を殺しているのだろうか?

これは中国で起きている臓器狩りの実態です。

中国は、アメリカに次いで世界第2位の臓器移植大国で、毎年日本からも、大勢の患者が臓器移植を求めて中国へ渡航しています。

しかし、臓器の出所が不透明で、元カナダ国務長官・人権擁護家、デービッド・キルガー氏と、カナダ人権弁護士デービッド・マタス氏の10年に渡る独立調査により、ドナーの多くは本人の意思に反して、生きたまま臓器を強制摘出され、殺害されていると結論づけられました。

デービッド氏らは、中国の146軒の移植認可病院を対象に、当局が設けた許認可基準に当たる病床数、利用率などを調査したところ、中国の年間移植件数は当局が公式にアナウンスしている1万件を大幅に上回る6〜10万件に達し、毎年6万人以上が臓器移植のために殺害されていると結論づけました。

その理由として下記の点があげられます。

1.驚異的に短い待ち時間

一般的にドナーを見つけるには数年かかります。世界第1位の移植大国、アメリカの平均待ち時間は1,825 日で、カナダは2,555日、イギリスは1,095日とそれほど大きな差はありません。しかし、中国は数日から2週間、長くても4週間と驚異的に短いです。

これは、中国にはレシピエントのニーズに随時応えられるドナーが十分存在し、臓器提供に困らないことを意味します。

デービッド氏らの報告書では、中国上海で臓器移植を受けた患者の証言がありました。一回目の中国渡航の時、入院している2週間の間に、彼のために、合計4個の腎臓が病院へ運び込まれました。抗体テストが行われましたが、いずれも彼の抗体反応のため適合しませんでした。 二回目の中国渡航の時は、また新たに4つの腎臓が適合テストの対象となり、8つ目が適合する事が分かると、移植手術は成功しました。

2.臓器の出所の謎

2000 年以降、中国の臓器移植件数が激増しています。

中国全土の肝臓移植件数を例にすると、1999 年までの 20 年間、中国の臓器移植件数は約 100 件で、年平均5件しかありませんでしたが、2000年以降は激増し、2005年には3,212 件と、それまでの約 650 倍となりました。

しかし、臓器の出所について、中国政府側の説明は不十分で、ドナーの9割は死刑囚からと公言していますが、中国の死刑囚は毎年2千人前後(アムネスティ)であり、当局自ら発表した年間1万件の臓器移植数を大きく下回ります。

伝統的な考え方から、中国人は臓器提供に抵抗があるため、自発的な臓器提供はほとんどありません。中国では効率的な臓器提供システムが未だに存在しないのです。

中国で移植手術を受けた患者やその家族の証言によると、ドナーの身元は知らされず、ドナーやその家族からの同意書も見せてもらえません。

デービッド氏らの調査で犠牲者の大半は国の政策で弾圧された法輪功学習者ら『良心の囚人』であると明らかにされています。1999年7月から中国当局は、全国範囲で法輪功への迫害運動を導入し、数十万人の法輪功修煉者が逮捕、拘禁されました。中国の臓器移植件数が激増した2000年は、この時期と一致しています。

3.監禁中の法輪功学習者への血液検査

拘禁されている法輪功学習者は系統的な血液検査と臓器検査を受けます。瀕死状態になるまで拷問を受けた法輪功学習者に、血液検査をするのは彼らの健康のためとは言えません。

4.証言

米国に脱出した中国人ジャーナリストは、中国瀋陽市蘇家屯地区の大型秘密刑務所で、数千人の法輪功学習者が監禁され、中の多くは臓器を摘出され、殺害され、死体は所内の焼却炉で焼却されたと暴露しました。その後、前出のアニーさんも外科医である元夫が生きた法輪功学者から角膜手術を行ったと証言しました。角膜ドナーとなった法輪功学習者は、その後他の臓器も摘出され、火葬されるので“生き残る人は誰もいない”といいます。

報告書では公安や軍病院を含む、国家と党の機関が違法な臓器狩りに関与していると示唆しました。臓器移植ビジネスにより、中国の病院、医療スタッフ、党幹部らが巨万の富を得ています。

独自のルートで調査を進めていたジャーナリストのイーサン・ガットマンは、2000年から2008年にかけて、およそ65,000人の法輪功修煉者たちが臓器のために殺害されており、ある程度の他の宗教や少数民族の人たちもターゲットになっていると推定しています。

デービッド・キルガー氏、デービッド・マタス氏の報告書(2007年)

http://organharvestinvestigation.net/

http://organharvestinvestigation.net/report0701/BloodyHarvest_Final_Edition9_A4rev.pdf

現在、世界各国で中国の「臓器狩り」に反対する決議案が次々と可決されています。

米国、欧州連合、豪 州、イタリア、カナダ、アイルランドといった各国の政府当局は、中国政府に対し、法輪功学習者ら「良心の囚人」に対し行われている臓器狩りを停止するよう求める決議案を続々と採択しており、中でもイスラエル、スペイン、台湾は、自国民が中国で臓器移植を受けることを実質的に禁止する法律を制定しました。

2015 年 6 月 12 日、台湾立法院は「人体臓器移植条例」修正案を可決し、台湾国民が臓器提供を受ける場合、国内外を問わず「無償贈与」方式とすることを明確に規定しました。違反者には最高で 5 年の実刑判決と 150 万元(約 480 万円)の罰金が科せられます。医師が臓器移植の仲介に関わった場合、医師免許がはく奪されます。

2012 年 4 月、イスラエル政府は、同国民が海外で提供者が不明な臓器や、違法なルートで入手した臓器を使った移植手術を受けること(移植ツーリズム)を禁止する法律を成立させたほか、国外で臓器移植手術を受ける同国民に対し、保険会社が保険金を支払うことも禁止しました。

スペインでは 2010 年に「スペイン臓器移植法」を改訂し、同国民が中国で移植手術を受けることを禁止しました。

では、日本の動きはどうでしょう。残念ながら、日本政府は中国の臓器狩りを止めさせるための具体的な措置は何も取っていません。しかし、日本が何も言わず、沈黙を保ったままだと、この非人間的な「臓器狩り」の共犯者となる恐れがあります。なぜなら、中国の臓器移植と日本は深い関わりがあるからです。

デービッド・キルガー氏、デービッド・マタス氏とイーサン・ガットマン氏3人による、最新報告書では、その関わりが指摘されています。

最新報告書によると、日本人向け移植ツーリズムの需要に応えた大規模な移植病院が中国にはいくつか存在します。また、中国の移植センターは日本の機関と共同しており、日本で移植技術を学んだ中国の移植外科医は数多いです。中国は日本から移植関連の薬剤を輸入し、日本政府が一部資金提供している中国の移植病院も一軒あります。

事情を知らない日本の患者が中国で移植手術を受けた時、知らないうちに臓器狩りの共犯者にならないだろうか?

日本から移植技術を学んだ中国の医師が、臓器移植の濫用にその技術を利用していないだろうか?

日本政府が中国の病院に融資する際に、臓器移植の濫用を支援することに資金が用いられないだろうか?

日本から輸出された薬剤が臓器移植の濫用に使われていないだろうか?

日本が何もせず、何の制限もかけない限り、その可能性は否定できないものです。言わば、沈黙、そのこと自体が「共犯」になるでしょう。

日本の患者が中国で移植を受けた場合、誰かがそのために、死んでいきます。1人の患者のために、罪のない人が1人、2人、もしくは、それよりも多く死んでいくかも知れません。間接的に人を殺したことにもなります。命が助かったとしても、そのような人生、不幸にならないでしょうか?

日本の移植技術、薬剤、そして資金がこのような非人道的な犯罪に利用されてはいけません。

そのため、政府にこのようなことを求めます。

1.日本の国民が国内外で移植ツーリズムに関与した場合、法的な責任を追及すること。

(中国で移植手術を受けた患者、臓器移植のブローカー、移植技術を提供した医療機関、医師、違法な臓器移植のための手配、宣伝、購入運搬普及をした者なども含む)

なお、海外で提供者が不明な臓器や、違法なルートで入手した臓器を使った移植手術を受けることを禁止すること。

2. 日本の国民が中国へ渡航する時、中国の「臓器狩り」に対し、周知させること。

3. 臓器移植に使われる薬剤を中国に輸出する際、臓器移植の濫用に利用されることを防ぐための、一連のプロセスを導入すること。

4. 「臓器狩り」に関与した外国人にビザを発給しないこと。

中国の「臓器狩り」はただ中国だけの問題ではありません。見て見ぬふりをする政府、事情を知らない国民、利益のために働く仲介業者、これらの諸要素により、中国国外の多くの人々が既にこの犯罪に関与させられています。日本は世界に情報を伝え、正義に立ち、共犯者になることを避けるための行動を起こすべきです。日本は世界をリードする能力を備えた国です。みんなの力が、日本の明るい未来を作り上げると信じます。

移植ツーリズムを考える会

http://www.stop-oh.org/

下記のサイトで、中国の「臓器狩り」に関する詳しい情報を見ることができます。

・デービッド・キルガー氏、デービッド・マタス氏とイーサン・ガットマン氏による最新報告書(英語)

http://jp.endorganpillaging.org/

・デービッド・キルガー氏、デービッド・マタス氏とイーサン・ガットマン氏最新報告書(日本語、抜萃したもの)

http://www.stop-oh.org/download/BoodyHarvest-theSlaughter2016.01017.pdf

・中国での臓器移植と日本との関わり

http://jp.endorganpillaging.org/2016/12/01/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E3%81%A6%E3%82%99%E3%81%AE%E8%87%93%E5%99%A8%E7%A7%BB%E6%A4%8D%E3%81%A8%E6%97%A5%E6%9C%AC/

・「法輪功迫害追跡調査国際組織」が行った調査ではさらに詳しいデータが紹介されています。

https://www.youtube.com/watch?v=8cAX24nhGJI

【海外メデイァの報道(映像)】

・CNNが中国政府の臓器狩り問題を報道、世界の注目を集める

http://jp.ntdtv.com/news/16020/CNNが中国政府の臓器狩り問題を報道、世界の注目を集める

・世界が注目する生体臓器摘出 中国に起きる変化とは?

http://jp.ntdtv.com/news/17615/世界が注目する生体臓器摘出%20中国に起きる変化とは

・死刑囚の臓器提供禁止、背後で加速化する国家犯罪による殺人

http://jp.ntdtv.com/news/15823/死刑囚の臓器提供禁止、背後で加速化する国家犯罪による殺人

・生死の間-中国 増え続ける臓器移植の謎

http://jp.ntdtv.com/news/1804/生死の間-中国%20増え続ける臓器移植の謎(上

http://jp.ntdtv.com/news/1813/生死の間-中国%20増え続ける臓器移植の謎(下

 


▲△▽▼

支那人がいかに残虐非道であるか、下のリンクをお読みください。
(註 心臓の弱い人は読まないように。)
漢奸
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BC%A2%E5%A5%B8


漢奸(かんかん、ハンジェン、hànjiān)は、漢民族の裏切者・背叛者のことを表す。転じて、現代中国社会においては中華民族の中で進んで異民族や外国の侵略者の手先となる者を指している。日中戦争の際には、漢奸狩りが実行され、多数が虐殺された。

●人殺しの方法が残忍すぎる。下の文章を読めば、こいつら人間ではないと分かる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BC%A2%E5%A5%B8#.E5.8D.97.E4.BA.AC.E3.81.AB.E3.81.8A.E3.81.91.E3.82.8B.E3.80.8C.E6.BC.A2.E5.A5.B8.E7.8B.A9.E3.82.8A.E3.80.8D

(転載開始)

南京攻略戦直前(1937年12月初め)の南京城内では毎日、漢奸狩りで捕えられ銃殺される者は数知れず、電柱や街角に鮮血を帯びた晒し首が目につかない場所はなかった。 南京攻略戦後には、日本軍に好意を持つものは漢奸として処分されることを示したポスターが南京市内いたるところで確認された。

(転載終了)

●日華事変では日本海軍の陸上攻撃機による渡洋爆撃が行なわれたが、ここにも以下の文章がある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%A1%E6%B4%8B%E7%88%86%E6%92%83#.

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%A1%E6%B4%8B%E7%88%86%E6%92%83#.E4.B8.8D.E6.99.82.E7.9D.80.E6.99.82.E3.81.AE.E6.82.B2.E5.8A.87

(転載開始)

不時着時の悲劇

●捕虜に対して首を切り落としたり、両手指を全て切り落とす、全歯を抜く、そして鉄格子のついた木箱に閉じ込めて護送するなど中国側の伝統的な残虐行為●

(転載終了)

もう、これで充分だろう。極悪非道の残虐行為が連中の常識なんだ。ここから脱却することが、彼らの課題である。


●米国会議員106人 臓器狩り証拠公表を要求
http://www.ntdtv.jp/ntdtv_jp/society/2012-10-20/977118099401.html

●「臓器のための殺人」- 暗闇の中国の臓器移植ビジネス
http://www.ntdtv.jp/ntdtv_jp/society/2012-10-24/439319146227.html

●中共 「生体臓器狩り」を初めて認める
http://www.ntdtv.jp/ntdtv_jp/health/2012-08-06/378849605599.html

●暴力的な強制立ち退き「生きたまま燃やされる」
http://www.ntdtv.jp/ntdtv_jp/society/2012-10-17/730397346916.html


▲△▽▼

身の毛もよだつ話。

罪もない人から生き胆を抉り取るという鬼畜政権・中国共産党。
日本に居る中国人が帰国したがらないのは、日本が色々おいしい国というだけじゃなくて、あの政権が心底いやなんだろう。
いずれ民主的な国になったら、当然祖国に帰りたいと思うんじゃないかな。
ぜひ、そうなってもらいたい。

故・翁長知事は、こんな悪逆非道を平然とやらせる国と仲良くしてたんだ。
中国の属国になれば、沖縄の人が同じ目に遭わされる可能性があったというのに。
地政学的にものすごく重要な沖縄さえ奪い取ったら、後は民族浄化するかもしれない。
沖縄県民の左翼系の皆さんは、この際、目を覚ましてね。
いやなら中国に行ってくれ。愛国保守系の人が巻き添えになる。


中国通

【閲覧注意】臓器狩りよりも恐ろしい!脳みそを?!
https://secret-china.com/%E6%9C%80%E6%96%B0%E8%A8%98%E4%BA%8B/%E3%80%90%E9%96%B2%E8%A6%A7%E6%B3%A8%E6%84%8F%E3%80%91%E8%87%93%E5%99%A8%E7%8B%A9%E3%82%8A%E3%82%88%E3%82%8A%E3%82%82%E6%81%90%E3%82%8D%E3%81%97%E3%81%84%EF%BC%81%E8%84%B3%E3%81%BF%E3%81%9D%E3%82%92/


「臓器狩り」って、聞いたことありますか

「臓器狩り」という恐ろしい言葉を初めて目にした時、あるいは耳にした時、多くの方はさぞかし信じられなかったと思います。

●中国の臓器狩りが初めて暴露されたのは2006年でした。最初にこのことを暴露したのはある勇気ある中国人のメディア関係者でした。

●この中国人はその当時日本のあるメディアに勤めており、2003年のSARSに関する調査を独自に行っていました。

●コネを利用して中国・瀋陽市で調査をしていた時に、ある衛生部門の関係者から「瀋陽・蘇家屯のある病院の地下に6000人の法輪功学習者が監禁されており、生きたまま臓器や角膜が移植に使われている。6000人のうち2000人がまだ残っている」との恐ろしい情報を耳にしました。


●SARSの調査が目的だったのに、とんでもない恐ろしい情報を仕入れてしまったのです。

●彼は当初、この情報を日本のメディアを通じて公開を試みたのですが、残念なことに、日本のメディアにはこのような敏感な事件を報じる肝っ玉の大きい人はいなかったそうです。

●結局、自分の命にも危険を感じた男性はアメリカに亡命。そして米ワシントンで公に顔を出して、このことを暴露したのです。瀋陽の病院で実際角膜の摘出に関わった医師の元妻も同席し、証言を行いました。


(写真)


●この事件は当時世界を震撼させる最も大きな事件に違いなかったはずなのに、みんな疑いの目を向けていました。

●そこで、カナダの人権派弁護士デービッド・マタス氏と元国会議員のデービッド・キルガー氏が調査チームを結成し、中国の病院に電話するなどして、独立調査を行い、証拠を集めました。お二人が出した結論はもちろん、「中国の臓器狩りは事実であり、今なお進行中である」ということでした。


(閲覧注意の写真)

(過激なので以下略)


(関連記事)

瀋陽市蘇家屯区の病院の地下に巨大な収容施設があった
https://secret-china.com/%e6%9c%80%e6%96%b0%e8%a8%98%e4%ba%8b/%e8%98%87%e5%ae%b6%e5%b1%af%e8%87%93%e5%99%a8%e5%8f%8e%e5%a5%aa%e6%96%bd%e8%a8%ad%e3%81%af%e6%97%a7%e6%97%a5%e6%9c%ac%e8%bb%8d%e3%81%8c%e5%bb%ba%e8%a8%ad%e3%81%97%e3%81%9f%e5%9c%b0%e4%b8%8b%e8%a6%81/


中共がやってきた恐ろしいことを、世の中の人々は知らなさすぎ。

軍事施設の中では、臓器狩りの罪悪が行われていました(あるいは行われています)。

以下はminghuiネットの文章の転載です。

ぜひ最後までお読みください。


(以下略)


     ______________________


ライブドアニュース

死刑囚を移植手術に利用か 中国の「臓器狩り」に人権団体が指摘

2018年7月6日 20時0分
http://news.livedoor.com/article/detail/14974536/(全文)


ざっくり言うと

✔中国の肝臓移植医に倫理違反があるとして、人権団体から指摘があがっている

✔団体は医師が中国の収監者から強制摘出した臓器を移植に利用していると主張

✔識者は「臓器狩り」の犠牲者は、拘束された法輪功学習者らだと推測した


臓器狩り - 国際移植会議、人権団体が「倫理違反」で中国医師を批判

2018年7月6日 20時0分  大紀元


ドキュメンタリー「臓器のために殺されるー中国の隠された臓器ビジネス」スクリーンショット (NTD)


7月初旬、スペインで開かれた国際移植会議で、2日にスピーチした中国の肝臓移植医に「倫理違反」があるとして、人権団体から批判があがっている。団体は、この医師は中国の収監者の臓器を利用して移植手術を行っていると主張している。

浙江医学大学第一病院の院長で肝臓移植医・鄭樹林医師は、国際移植会議に招待され出席した。病院側によると、鄭医師はこれまで数千件の移植手術に関わってきた。しかし、人権団体から、中国の収監者から強制摘出した臓器を移植用に利用していると名指しで批判されている。

中国衛生部(厚生労働省)は、死刑囚の臓器は移植手術に利用していないと主張している。

医師や弁護士、倫理の専門家からなる人権団体「中国の移植弾圧を停止するための国際組織(ETAC)」は7月2日までに、国際移植会議の運営側に対して、鄭医師にかけられた、収容者の強制臓器摘出や臓器ビジネスの疑惑について、公開書簡で伝えた。

「鄭医師の研究は医療倫理に背いている。もし登壇すれば、中国における反倫理的な臓器の利用を支持することになるだろう」ETACは書簡を通じて、国際移植会議側に、鄭医師を今後招待しないよう求めている。

ETACによると6日時点で、この書簡に対する国際移植会議からの返答はない。

中国で移植手術を受ける場合、待ち時間が非常に短いことが知られている。待機時間は数日、数週間という医学倫理上不可能な短さで、健康的で移植可能な臓器を手に入れ、移植手術が行われている。

中国の臓器強制摘出問題、通称「臓器狩り」に初めてスポットをあてた、カナダの人権弁護士デービッド・マタス氏によると、中国側の資料に基づいた分析から「中国の収容所は、いつでもオンデマンドで(需要に応じて)新鮮な臓器を確保できる、臓器バンクと化している」という。

また、マタス氏は、臓器狩りの最も犠牲者となっているのは、1999年以後、中国共産党当局の弾圧政策により全国で大量に拘束されて行方不明となった、法輪功学習者だと推測している。同時期に、中国の臓器移植件数は比例して増大している。マタス氏によると、臓器を摘出された身体は証拠隠滅のために焼却処分されている。

中国における臓器強制摘出問題について10年以上調査を続けている「法輪功迫害国際追跡調査(WOIPFG)」は最近、鄭医師の詳細な来歴を公開し、臓器移植犯罪に関わっていると指摘した。

ETACおよびWOIPEGは、鄭医師が2005年に発表した、2000〜2004年までに行われた46件の肝臓の緊急移植手術は、移植臓器の出所が不明だという。なぜなら当時中国では、一般の臓器提供ネットワークは確立されていなかったからだ。

鄭医師によると、すべての「ドナー」は死刑囚だと主張している。中国刑法では、死刑判決が下ると7日後に必ず刑が執行される。

あらかじめ用意された「ドナー」オンデマンド殺人の疑い


2つの組織は、判決後必ず7日後に死刑執行されるのに、死刑執行で死亡した囚人の臓器と、臓器移植希望者の体質や臓器、血液型などの必要な相性テストが、「緊急移植手術」でどうして合致するのか。「こうした移植手術を可能にしているのは、あらかじめ体質データが把握された生きたままの人物が、オンデマンドで臓器のために超法規的に殺害されたと考えられる」と、ETACは書簡に書いている。

法輪功迫害の情報を伝える明慧ネットによると、北京、吉林省、遼寧省、河北省、貴州省などでは、法輪功学習者の家に公安当局者が押し入り、強引に血液検査を行う事例が報告されている。

北京女子労働教養所では、法輪功学習者だけが、医療車両で胸部X線検査を受けたという。同所で拘禁されていた情報筋によると、刑務所職員は医療車両について「国が輸入したものだ。世界でもトップクラスの医療設備で、とても高かった。法輪功のために準備したんだ」と話したという。

また、同情報筋によると、同所では血液検査が頻繁に行われている。「規定に基づいて」入所時と出所時に加え、半年に一度、血液検査が行われる。2年の労働教養なら6回、3年なら8回採血を受ける計算だ。


弾圧組織の代表だった肝臓移植医

鄭樹林医師は、直接的に、法輪功弾圧の政策に加担している。2007年から2017年まで、共産党の全国組織のひとつである中国反邪教組合の浙江省支部代表を務めていた。同組合は、全国で共産党イデオロギーにそぐわない法輪功などの信条団体に対して、アンチプロパガンダを広げ、信者に対しては、脅しや暴力といった非人道的な手法で、信条を放棄させる活動を展開していた。

同組織は、公安当局の一組織で全国に支部を持つ法輪功弾圧専門機関・610弁公室と連携し、法輪功弾圧を推し進めてきた。

2016年、医学誌「肝臓インターナショナル」に鄭医師は共著の研究論文を発表した。しかし、肝臓移植手術数のデータが、自発的な臓器提供数のデータと一致しないと複数の医師からの指摘を受け、同誌は論文を取り下げた。同誌はまた、鄭医師と共著者に対して無期限の論文掲載禁止にした。

ETACは、こうした経緯のある鄭医師の出席を許可した、国際移植会議運営側を厳しく批判した。「国際移植会議が医学の犯罪に目をつむれば、組織の健全性と評価を傷つけるだけでなく、倫理性も失墜するだろう」と、同副代表スージー・ヒューズ氏は大紀元の取材に答えた。

ETAC顧問ウェンディ・ロジャース氏もまた、「非論理的な慣行に罰則がなければ、鄭医師の犠牲者に示す正義もない」と取材に答えた。

医療倫理学上、問題があると疑われる中国の関係者が、国際移植会議に出席したのはこれが初めてではない。

2018年5月24日、中国衛生部の元副部長(厚生労働省副大臣に相当)で、中国移植委員会の代表を務める黄潔夫医師は、スイス・ジュネーブで開かれた世界保健機構(WHO)主催のイベントに出席し、中国の2010年〜2018年の移植手術は、自主的な臓器提供者からの臓器が使われたと述べた。

ワシントンに拠点を置く医療倫理団体である「強制臓器奪取に反対する医師の会(DAFOH)」代表トルステン・トレイ医師は、黄潔夫氏の掲げたデータの信ぴょう性に疑問を呈した。

大紀元の取材に応じたトレイ医師は、「黄潔夫氏は(第三者が確認できるような)透明性あるデータを示していない。これでは臓器が誰のものだったのかはわからない。信頼できるデータを示さなければ、中国が国際社会で信頼を得ることはない」と述べた。

(文アニー・ウー、編集フランク・ファン=英文大紀元エポックタイムズ/翻訳・佐渡道世)


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大紀元日本


SMGネットワークが発足


非人道性疑われる中国臓器移植ビジネス 日本が係わらないよう呼びかけ 山田宏議員、城内実議員ら

2018年01月26日 20時00分
http://www.epochtimes.jp/2018/01/30904.html(抜粋)


非人道的行為が強く懸念されている中国臓器移植に、日本が係わらないよう問題を周知し、国内の臓器移植環境と法整備を働きかける国会議員や地方議員、ジャーナリストらからなるSMGネットワーク(医療殺人を止めよ:Stop Medical Genocideの頭文字)が23日、正式に発足した。代表は外交評論家の加瀬英明氏。参議院議員会館で開かれた発足式では、会の趣旨に賛同する山田宏参議院議員、城内実衆議院議員らが挨拶を行った。カナダとイスラエルから招かれた同問題専門家3人がスピーチを通じて、日本の臓器移植法の整備を後押しした。

SMGネットワークは2017年はじめに都内で検討会を開始。無実の人々が大量に殺害されていると懸念される中国の臓器移植ビジネスを追及し、この非人道的行為に日本人の移植希望患者や家族、医療関係者、行政、医療保険会社など民間企業が係わらないよう、広く呼び掛ける。目標は、臓器移植手術の安全性と合法性、生命倫理が確立されていない国に移植目的で渡航することを禁じる臓器移植関連法案を可決すること。同様の法案は台湾、イタリア、スペイン、イスラエル、ノルウェーで可決している。

(以下略)


    
(関連記事一覧)


中国の臓器狩り
http://www.epochtimes.jp/special/34/


(一覧の中から)


死体はどこから入手?謎深まる人体標本展=NYT紙

2018年04月01日 16時24分
http://www.epochtimes.jp/2018/04/32197.html


中国大連市には2000年前後、ドイツの解剖学者ギュンター・フォン・ハーゲンス氏などが経営する死体加工場があった。工場で加工された人体の実物標本は、海外の展覧会などに出展されていた。

ハーゲンス氏の死体加工場で、従業員数百人がホルマリン液に浸していた死体を取り出し、整理、切断、解剖、防腐、姿作りなどの処理を行い、同氏が開発した死体処理技術であるプラスティネーション処理した実物標本を製作している。


(以下略)


   ____________________


NAVERまとめ

メディアが一切報道しない悪。中国の【法輪功】虐殺。生きたまま臓器摘出
中国は歴史上、革命→腐敗→革命を繰り返してきた国です。今まさに、中国共産党が腐敗の最中にあり、法輪功という宗教団体が中国共産党の脅威になっています。今、法輪功の修練者が無実のまま投獄後に殺され、臓器売買されるという状況は公然の秘密と化しています。

更新日: 2013年08月22日

この記事は私がまとめました hal_01さん
https://matome.naver.jp/odai/2134941656198909901(抜粋)


中国共産党を脅かす人数になったため弾圧を開始する

法輪功学習者1万人が天安門広場に集結し、中央政府に対し不当な弾圧をやめるよう平和的な抗議行動を起こしたのであった。●時の首相朱容基は法輪功学習者の訴えに理解を示し、今後の法輪功の活動も認める方針であったという。●だが共産党員を上回る7千万人に広まっていた法輪功にかねてから脅威と嫉妬を感じていた江沢民は1万人の抗議行動に激怒、法輪功を徹底的に弾圧する命令を下した。


中国で行われている臓器売買。生きた法輪功学習者の臓器狩り

ある30代の女性法輪功学習者は、一週間ほど凄まじい拷問を受け、そして無理やり食べ物を注ぎ入まれたりして、体が傷だらけになっていたという。
 同年4月9日、遼寧省警察庁のある部門から2人の軍医が派遣された。1人は中国解放軍瀋陽軍区総医院の軍医で、もう1人は解放軍第二軍医大学を卒業した軍医だった。警察庁はこの法輪功学習者をある場所(※1)に移し、二人は、この学習者が意識を完全に保っている状態で、麻酔を一切かけずに、彼女の心臓、腎臓などの臓器を摘出した。

2000年から2005年までの間、中国で行われた移植手術のうち、4万1500件は臓器の出どころが判明していない


●嘘の記載をする「中華人民共和国」の大使館HP

「法輪功」は日本国民に嫌われる「オウム真理教」と同様に、人権を踏みにじり、社会に危害を与える紛れもないカルト教団そのものです。中国政府は信教の自由を尊重します。しかし、他の国と同様に、カルト教団に対しては決して座視することは出来ません。国民の強い要望に答え、法に基づいてカルト教団である「法輪功」を取り締まり、厳しく打撃を与えることは、国民の生活と生命安全を守り、正常な社会秩序を維持するためなのです。


(以下略)


▲△▽▼

Girls Channel

中国で大学生30人以上が謎の失踪 臓器売買ビジネスの被害者か

G276コメント2017/10/12(木) 14:19
http://girlschannel.net/topics/1383781/部分抜粋


1. 匿名 2017/10/11(水) 12:47:00

中国で大学生30人以上が謎の失踪 臓器売買ビジネスの被害者か - ライブドアニュース

news.livedoor.com

住む場所も違い、互いに何の接点もない30人以上もの大学生が、武漢で相次いで失踪。中国でこんな不可解な事件が起きていたことが明らかになった。だが中国当局はこれを否定し、警察当局は捜索願すら受理しない。失踪した若者たちにはある共通点があった。「闇の臓器売買ビジネスの被害者になったのではないか」との憶測が浮上した。


(以下抜粋)

9月27日、「考えると恐ろしくなる!30人以上の大学生が武漢で謎の失踪」という文章が中国のインターネットに掲載された。そこには2011年から武漢市で32人の大学生が立て続けに失踪しているとあり、行方不明者の氏名、年齢、身長、失踪した日、当時の状況、そして家族の連絡先などが詳細に記されていた。失踪者の家族は子どもの手がかりをつかむため、これらの情報を公開したとしている。


(行方不明大学生の顔写真 出典:image.news.livedoor.com)

中国で大学生30人以上が謎の失踪 臓器売買ビジネスの被害者か少卿さんは、「警察に言っても、事件として扱えないという。しかも、調査する必要さえないと言い切られた」という。(略)米国のラジオ番組「希望の声」の中で、時事評論家ジェーセン博士は、「この事件をよく考えると本当に恐ろしいことだ」とコメントした。「若くて健康な大学生の失踪をどうしても中国で最も短絡に巨額な利益が得られる人体臓器売買の裏市場と連想してしまい、この事件の裏には、巨大な勢力と厖大な経済利益が絡んでいるだろう」と指摘した。

米国在住の時事評論家横河氏が、次のように分析した。中国衛生省(厚生省)の元次官で臓器移植関連の責任者を務める黄潔夫氏は、2015年8月に武漢で開かれた臓器移植関連の会議で、「湖北と武漢(の貢献)がなければ、(今日の)中国の臓器移植はない」と中国の臓器移植において湖北と武漢の重要な役割を認める発言をした。これは、武漢には移植の研究や手術用の人体臓器に対して大きな潜在需要があること意味する。


8. 匿名 2017/10/11(水) 12:48:21

本当なら恐ろしい。健全なふつうの学生が臓器移植に使われる、それも国ぐるみでやっている疑惑があるなんて信じたくない。


9. 匿名 2017/10/11(水) 12:48:33

生きたまま解剖されるんだよね。


11. 匿名 2017/10/11(水) 12:48:45

若くて健康な大学生の臓器を売買,,,
狂ってる。


16. 匿名 2017/10/11(水) 12:49:11

●列車事故の時、その日のうちに列車ごと埋めた政府のやり方を思い出した。まだ救出を待ってた人がいたかもしれないのに。つくづく恐ろしい国。


17. 匿名 2017/10/11(水) 12:49:13

そのうち日本人や外国人がさらわれて臓器移植に使われたりしないか不安になった。
↓は臓器売買の話ではないけど人身売買組織が存在するらしいしね。


イギリス人モデルを人身売買で誘拐 逮捕された闇の犯罪組織「ブラック・デス」とは

www.huffingtonpost.jp

モデルのイギリス人女性を誘拐し、通常の検索エンジンでは見つからない「ダークウェブ」でオークションにかけてポルノサイトに出演させようとしたとして、イギリスに住むポーランド人の男が7月17日イタリア警察に逮捕された。 この男が、女性をさらってネットで売る...


26. 匿名 2017/10/11(水) 12:50:00

●酔っぱらって寝てたら臓器とられる国みたいだし、ありえるよね


27. 匿名 2017/10/11(水) 12:50:16

中国マフィアも人数多いからね
日本にいても要注意だよ
あちこちに中国人がいる
ものごいの為に赤ちゃんや子供連れ去り、下手したら障害者にされる


29. 匿名 2017/10/11(水) 12:50:25

●日本の共産党支持者の感想が聞きたい
こんな国が理想なの?


32. 匿名 2017/10/11(水) 12:50:43

●人権問題や環境問題で調査したり訴えたり
活動する弁護士とかを不当に拘束逮捕したり
懲役刑にして出所後は軟禁で所在不明とか
当たり前の中国だものね。


35. 匿名 2017/10/11(水) 12:51:53

折角猛勉強して大学生になったのに。
●この世代は中国政府に懐疑的で、世界に目を向けている人も多いのに。
だからかも?


36. 匿名 2017/10/11(水) 12:52:19

●ヘイハイズなんて1000万人超えてるよね。戸籍すらないから闇すぎる。


41. 匿名 2017/10/11(水) 12:53:51

達磨女が実在するぐらいだからな…
野蛮なイメージがありすぎる


42. 匿名 2017/10/11(水) 12:54:15

中国ならやりそう
だって子供とか誘拐、密売されてるし親が売るパターンもあるし
IPadほしさに腎臓売る子供もいたってニュースも見たことある


50. 匿名 2017/10/11(水) 12:56:19

●やっぱ共産党の思想ってヤバい。


51. 匿名 2017/10/11(水) 12:57:02

●だって鉄道事故隠蔽のために事故車を乗客ごと埋める国だもん
政府がこんなですから……

(写真)


64. 匿名 2017/10/11(水) 13:07:18

>>16
その列車の窓から人の手が出てたよ


68. 匿名 2017/10/11(水) 13:08:53

中国のなんともいえない不気味さって拭えない。
西太后の映画で愛人の手足を切って壺から顔だけ出して生かせておく感じとか戦慄、都市伝説って言われてるダルマ女とかも本当に作り話なのかな?やはり実話じゃ?って怖い。


+209


-1


69. 匿名 2017/10/11(水) 13:08:58

>>48
●自分から売るのは腎臓とか肝臓の一部だろうけど、この人たちは全部取られるんじゃないの?皮膚も腱も移植に使えるし。


71. 匿名 2017/10/11(水) 13:10:19

>>49
群馬プリンスホテルだったかな。ここの社長がおもてなし学校とかいうものを作って外国人に日本の接客を教えてるらしい。将来は日本で働きたいという外国人がいるけど、いい気持ちがしない。
特に朝鮮人や中国人は国へ帰ってほしい。


73. 匿名 2017/10/11(水) 13:10:56

>>59
臓器の他に脚の腱も売れるって聞いたことある
それなら死んでからでも多少時間が経ってても大丈夫らしい


74. 匿名 2017/10/11(水) 13:11:00

誘拐された映像で犯人の顔が映っていても
警察「どこに住んでいるか分からないから捜査出来ない」
●家族が捜査して欲しいって何度も訴えると、逆に逮捕されるんだよね。
日本に産まれて良かったよ。


75. 匿名 2017/10/11(水) 13:11:39

●大学生が狙われたという事は脳ミソを取るんだろうか?


76. 匿名 2017/10/11(水) 13:11:52

●昨日あたりもちょうど日本にいるチャイニーズマフィアのニュースなかったっけ?
日本も安心できないかも。怖い。


80. 匿名 2017/10/11(水) 13:14:40

●借金させて臓器売らせるって前テレビでやってたよね。なんでもアリな国だよ。


81. 匿名 2017/10/11(水) 13:14:43

>>48
●心臓、腎臓、肝臓、角膜、血液・・・素人だけど、臓器移植のイメージだけでこれだけ上がる。
●一人の体で相当な金額になるよ。
ましてや、健康で若い生きてる人間の臓器となれば、価値はものすごいよね。
●先進国では倫理的に禁じられているから、お金が有り余っている大金持ちが、闇ルートで調達していそう。
ゾッとするね。


84. 匿名 2017/10/11(水) 13:16:27

>>51
●埋めて批判されたら掘り起こして放置する国だよ。


85. 匿名 2017/10/11(水) 13:17:31

●中国の法輪功(宗教?)の人たちが、無実の罪で捕えられて、
死刑という名の臓器売買をされてるって、何年か前に見たよ。


86. 匿名 2017/10/11(水) 13:18:03

仕事で中国北部に行った時、休みがあったので現地スタッフと屋台を見ていたら、迷子を探してるお母さんが物凄い悲鳴をあげて探していたの。
言葉は解らないけど雰囲気でただ事じゃないのは解った。こう言うのを聞くと人身売買ってまだあるんだろうな。ってその時の事思い出した。
屋台の人やお客も探していたら、大人の脚で隠れて見えなかったみたい。五歳位の男の子だった。
それと中国人って他人には無関心かも思っていたら、周りの人も探してあげてるのもビックリもした。


87. 匿名 2017/10/11(水) 13:18:29

>>81
●若いと皮膚とか歯も売れるらしいからね。


88. 匿名 2017/10/11(水) 13:18:35

>>59
●法輪功への弾圧で、生きたまま、麻酔なしで臓器を取り出しているって有名だよね。

●中国では刑務所に入れられたら、殺されても何されても抵抗できない。

●共産主義の独裁だから。


89. 匿名 2017/10/11(水) 13:18:52

●30人以上事故や災害で死んだら責任者が首切られるから、いっぱい死んでても30人以下で報告するらしいわよw
早く中国も体制崩れればいいのに。


94. 匿名 2017/10/11(水) 13:21:50

●中国が尖閣諸島に常駐し始めたよ・・


95. 匿名 2017/10/11(水) 13:21:50

●こんな事件あってもさ、日本の金持ちが中国に臓器移植受けに行ってたら最悪だよね。ありそうな話しだから嫌だわ。


98. 匿名 2017/10/11(水) 13:23:31

●中国だけじゃない。海外は本当に誘拐多いから気をつけて。


99. 匿名 2017/10/11(水) 13:24:04

馬に手足を縛って走らせる八つ裂きの刑とか、目をくりぬいて水銀を流したり、中国人の残虐性を恐ろしい。日本に入れちゃいかんよ!


103. 匿名 2017/10/11(水) 13:24:47

●日本にたくさんいる行方不明者も人身売買に巻き込まれたかもしれないし他人事じゃないね


105. 匿名 2017/10/11(水) 13:25:50

●数年前のニュースだけど、韓国で人肉入りのサプリが売られてたとかいう
そのサプリの生産元はもちろん中国で、病死した赤ん坊を買い取って作ってるとかいう、
なんかもうこっちの想像をはるかに越えた世界


110. 匿名 2017/10/11(水) 13:28:29

●よその国のことだと安心してちゃいけない。中国人がたくさん日本に押し寄せてくるということは、こういうカルチャーもモラルも一緒に入ってくるということ。移民は絶対に阻止しなきゃいけない。どんな黒いビジネスが日本国内で始まるか分からないよ。


111. 匿名 2017/10/11(水) 13:28:48

●中国の臓器売りに来る貧困層だと肝炎持ってたり性病持ってたり
栄養状態が悪かったりで良い臓器が取れないらしいね

●中流家庭以上の大学生を捕まえれば良い臓器だし若くて新鮮
皮膚も脳膜も関節も骨も内臓も全部つかえる


112. 匿名 2017/10/11(水) 13:28:53

こういう裏ルートで用意された臓器ってどこに流れていくの?誰が使うの?


114. 匿名 2017/10/11(水) 13:29:22

>>92
中国は一人っ子政策があるせいで、大体みんな子供は跡取りにできる男の子を欲しがるらしい。
だからこっそり性別操作したり、女の子が産まれても死産だったことにしたり、産まれても隠して出生届け出さなかったりする。
だから男子比率が異様に高い。


116. 匿名 2017/10/11(水) 13:30:33

●胎児スープとかあるから驚かない


118. 匿名 2017/10/11(水) 13:31:22

ほんと中国人移民増えて欲しくない!


121. 匿名 2017/10/11(水) 13:35:06

●でもさ、これってちゃんと戸籍があって学校にも通えてる人の話だから、きっと捜索もしてもらえないままの無戸籍の人っていっぱいいるよね。
犯罪組織だって、そもそも存在自体が国に登録されてない子供の方が都合が良いだろうし。
●一人っ子政策で2人目以降はこっそり生んで隠しながら育てて家の労働力にしてる農家っていっぱいいるらしいし。


122. 匿名 2017/10/11(水) 13:37:52

>>120
身代金の要求って一度被害者側と交渉したり金受け渡したりで接点持たないといけないしリスクが大きいんじゃないかな。
多分金持ちの大学生って感染症予防のワクチンとかもちゃんと打たれてて栄養状態もいいから臓器売買の中でもかなり高級品扱いなんじゃないかな。


124. 匿名 2017/10/11(水) 13:38:34

>>121
中国の戸籍なんて適当であって無い様なものらしいよ

●それより日本人旅行者は毎年かなりの数失踪して行方不明者が沢山いるけど
その何割かは殺されていたり臓器売買でさらわれたりしているのでは無いかと思う


125. 匿名 2017/10/11(水) 13:41:56

>>123
中国はプラスティネーションという技術があって
人工透析の機械で血管内の血を赤く着色したプラスティック溶液と入れ替えて
全身をフリーズドライににした後プラスティック溶液に漬けると
プラスティック状のほぼ永久保存出来るご遺体の出来上がり

●今は人体の不思議展等で料金を取って見世物にして
中国共産党の資金源にしているけど
中国の富裕層向けに美少女や美少年の模型として出回っていても不思議では無い


128. 匿名 2017/10/11(水) 13:43:06

●都市伝説みたいなので裕福な国の中でも日本の子供の臓器が一番高値で売買されると聞いたことある。

どの国よりも、食生活の栄養面、規則正し生活してるからと思われてだって。

●日本でも小学生ぐらいの子供で、何だかんだ不思議と何年も見つかってない子供結構いるよね。


129. 匿名 2017/10/11(水) 13:45:30

>>124
日本人が中国人の中に入ると栄養状態良い上に大人しそうで捕まえやすそう、ついでに身に付けてる物も高く売れそうって感じで飛んで火に入る夏の虫だろうね。


131. 匿名 2017/10/11(水) 13:50:32

中国だから別に驚かない。
中国マフィアの報復や、縄張り争いからの抗争って、本当にエゲツない。
他人を同じ人間とは思ってないから出来る残酷さ。

●中国の歴史を見たら、ありとあらゆる残酷な歴史が出て来るよ。
よくもまぁ、ここまで考えつくもんだって位。


133. 匿名 2017/10/11(水) 13:52:56

一説によると、中国は王朝が変わると、前王朝の国民を万単位で殺戮しまくってたらしい。
あまり関わりたくない国。


134. 匿名 2017/10/11(水) 13:56:06

>>129
●中国には絶対行かない。
スパイ容疑で逮捕されることもあるしね。


136. 匿名 2017/10/11(水) 14:01:32

中国人と結婚した友達は、誘拐が怖いからって子供できてすぐ拠点を日本に移したよ。ほんと身近なことなんだ、、、と思ってびっくりしたのを覚えてる。


145. 匿名 2017/10/11(水) 14:41:36

>>143
一人っ子でチヤホヤ育てた人達の問題行動が
社会問題になっているらしいですよね

●日本でも怒らないで褒めるだけの教育をする人が多いけど
実は刑務所内の犯罪者の殆どは褒めるだけ教育をされた層だそうな
怒られて来なかった人達は犯罪に対しての抑止力が効かなくて
安易に犯罪を犯す傾向があるのだとか

●虐待を受けたり環境の悪かった犯罪者は意外と少数だそうです


146. 匿名 2017/10/11(水) 14:45:50

●ほんと、政府は移民何ちゃらとか、外国人何ちゃらとかやめようよ


147. 匿名 2017/10/11(水) 14:47:00

>>85
●「人体の不思議展」ですよね。

●死体を利用しているのではなく、生きたまま標本にされていると噂されています。

●中国に人体標本の工場が作られてから明らかに生きたまま標本にされた妊婦とか、性交中の標本とか悪趣味極まりない。


149. 匿名 2017/10/11(水) 14:51:18

〇〇ちゃんを救う会とかの募金団体だって結局大金で海外の臓器買ってるわけだから、こういうのに募金する人も同罪だよ。


151. 匿名 2017/10/11(水) 14:53:02

●政治犯も臓器を取られるよねー

●共産党の幹部とか新しいのに定期的に入れ換えて若返ってたりしてね。

●日本はこんな野蛮な国に乗っ取られないようにしよう!


152. 匿名 2017/10/11(水) 14:55:16

>>105

●中国で人肉カプセル工場が定期的に摘発されてるけどまた作られる。

●死産じゃなくて売春婦を妊娠させているらしいよ。工場だから。ほぼ全員肝炎に感染してるんだってさ。


153. 匿名 2017/10/11(水) 14:57:40

●1つの省で何千人もの子供がさらわれて手足切られて乞食させられているよね?

弱ったら砂漠に捨てるんだってさ。
日本人の想像を遥かに越えてるよね!?


157. 匿名 2017/10/11(水) 15:02:58

>>147
●人体の不思議展でプラスティネーションして使われるご遺体は
ほぼ100パーセント共産主義を反対した政治犯だそうです

●何故なら共産主義を反対している人は大抵学があり栄養状態も容姿も良く
模型にするのに適しているそう

●刺青があったり痩せこけたり容姿の悪い貧困層の犯罪者だと
模型にした時に見栄えが悪いんだそうですよ


166. 匿名 2017/10/11(水) 15:18:38

●車で人を跳ねて怪我させると、バックしてきて息の根止めると聞いたこともある。

怪我だとずっと集られて高くつくけど、死亡だと1回の支払いで安く済むからだってさ!

中国行きたくない。


167. 匿名 2017/10/11(水) 15:21:22

>>105
韓国で人肉カプセルが売られたニュースは今月もあるよ
今でも韓国では需要があるんだね


「人肉カプセル」、韓国に3年間で8500余錠が密搬入…ことしも90錠摘発| Joongang Ilbo | 中央日報

s.japanese.joins.com

「人肉カプセル」、韓国に3年間で8500余錠が密搬入…ことしも90錠摘発| Joongang Ilbo | 中央日報본문 바로가기메뉴 바로가기「人肉カプセル」、韓国に3年間で8500余錠が密搬入…ことしも90錠摘発[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版] 2017年10月03日 15時31分...


169. 匿名 2017/10/11(水) 15:21:50

>>157
●人体の不思議展
「本人の意思で、、、」とか書いてあったけど、生きたまま標本にされるなんて、望む人いる?
仮に本人の希望だとしても、許されることではないよね。
恐ろしい国だわ。


170. 匿名 2017/10/11(水) 15:21:51

●中国は有名な政治家と不倫したアナウンサーだかが妊娠して、それに怒った本妻が
見せしめにその女性と胎児が見えるようにお腹くり抜いたミイラの標本もあったね


176. 匿名 2017/10/11(水) 15:36:28

>>173
●いや、中国史とか見ていると物凄く残虐だよ
負けた側の王の后なんて大抵大勢でレイプした挙句惨殺だし
前の王の寵愛を受けていた愛人なんて王が死んだ途端捕まって拷問されたり

●中国の怖い所は
4千年の歴史の中で犯罪者等で人体実験して
いかに殺さずに長期間激しく痛がらせる事が出来るかという技術が発達している点

●凌遅刑という人間を生きたまま棒にくくりつけて
ケバブみたいに肉を薄切りにして行く刑とか
実際に1970年代まで行っていたしね


177. 匿名 2017/10/11(水) 15:44:32

昨日浅草行ったけど、外人だらけで怖かったよ。駅のエレベーター前とか日本人いないし。うちはベビーカーだから何かあったら嫌だ。
土産物やのスタッフも客が中国人だらけだからか、目を光らせて怖かった。
東京は四年くらい前に出たけどほんと外人ばっかになった。


178. 匿名 2017/10/11(水) 15:50:36

●ちょっと前に、中国で
男の子が行方不明になって
帰ってきたんだけど
両目がくりぬかれてた事なかった?
移植用にとられたらしい、
と聞いたような。
怖すぎ!


179. 匿名 2017/10/11(水) 16:02:53

>>27
ホントそう!
●最近、チャイニーズドラゴンの奴らよく逮捕されているものね。


180. 匿名 2017/10/11(水) 16:07:59

●移民を増やしたら日本人も被害に合いそうで怖い


187. 匿名 2017/10/11(水) 16:29:26

>>177
●浅草寺の境内で立ちションしてる外国人が居たよ
見た目は中国人か韓国人だった


188. 匿名 2017/10/11(水) 16:31:29

>>176
●ヨーロッパや中国の歴史ってめちゃくちゃ残虐だよね


190. 匿名 2017/10/11(水) 16:38:34

>>88
人体の不思議展ってそういう人たちの臓器が使われてたんでしょ?
高校の時、担任から勧められて見に行ったわ…


192. 匿名 2017/10/11(水) 16:43:24

>>189
インドはヒンドゥー教の影響か
中国と違って罪人もあっさり殺すしあまり拷問とか無いみたい
バラモンもジャイナ教もヒンドゥーのクリシュナ派なんてのも殺生を嫌って
肉は食べないベジタリアンだし

●中国はとにかくすぐには殺さず長期間痛ぶるのが特徴
●料理も生きたままの狸を油で揚げたりするしね


195. 匿名 2017/10/11(水) 16:51:29

>>169
●見に行ったけどさ、堕胎した胎児が成長順に並べてあって気分が悪くなったよ


197. 匿名 2017/10/11(水) 17:06:05

>>195
●胎児って堕胎すると刃の付いたバキュームで吸ってバラバラになってしまうから
多分堕胎じゃなくてお腹を切って取り出した胎児だと思う


199. 匿名 2017/10/11(水) 17:09:51

人体の不思議展昔見に行ったけど
●自からの意思で献体だと思ってたから
政治犯等を無理矢理って…吐きそう


203. 匿名 2017/10/11(水) 17:41:01

>>3●日本には、日本名に化けて国籍も日本に棄化したシナ人や韓国人や朝鮮人420万人も・・・最近更に増え続けてるよ。 イスラム教徒もだけど・・・国籍剥奪法を作ろうって回りの皆にいい続けないと❗増えるのはあっという間だけど減らすのは10倍以上かかるよ?明日、国籍剥奪法が出来たとして、今年一年増えた分減らすだけでも 私は10歳老けてる


206. 匿名 2017/10/11(水) 18:20:30

>>40
●殺されてではなく、生きたまま臓器を取られるのです。
「生体臓器狩り」で検索してください。
●沖縄、北海道、尖閣を着実に侵略されつつある日本も他人事ではありません。


211. 匿名 2017/10/11(水) 19:04:56

>>85 終戦記念日に靖国神社行ったら参道で法輪功の大惨事を訴えてる
人達がいましたよ
配ってるチラシがメッチャ凄惨で怖かった


212. 匿名 2017/10/11(水) 19:11:38

●中国で軟禁されてる日本人ももう何年も解放されてない

●なのにどこもそれについて全然報道してない
捕まった最初だけ

●NHKにいたっては習近平がどうやって育ったかとかまるで偉人のような扱いの番組とかやってるしふざけるのも大概にしてほしい


214. 匿名 2017/10/11(水) 19:16:11

●韓国でも日本人が沢山行方不明になってるって記事見たけど、ご存知の方いますか?


216. 匿名 2017/10/11(水) 19:33:13

●中国で、子供が目の角膜取られて、犯人は親戚の女だった事件あったよね


217. 匿名 2017/10/11(水) 19:35:29

●中国で生きてる人襲って目の角膜奪う事件あったね。

●6歳の子供の目をくりぬいたり、女の人つき倒して角膜だけ取ったり。


220. 匿名 2017/10/11(水) 19:58:30

>>128
私も聞いたことある。

 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
●子供の臓器売買で中国人と白人に一番高値で闇で売買されるのは日本人の子供だって、警察も神隠しみたいな子供の事件は拉致事件とか誘拐じゃなくて人体、臓器売買の類いだと本音では思ってるけど親にはその線では残酷すぎて言えないから未解決誘拐事件みたいな感じであやふやにするみたいな。


223. 匿名 2017/10/11(水) 20:38:03

>>203
●帰化が簡単すぎるよね。中国人、韓国人、フィリピン人、ブラジル人、それにイスラム教徒、、、
選挙で自民党、にほんのこころ、以外にいれようとしている方は本当によく考えて!


230. 匿名 2017/10/11(水) 21:46:46

>>223
●住んでる市の人口が毎月400人前後で減なのに
世帯数が200世帯前後で増ってなる

●でも仕事しに来ても日本語できないから生活保護ってなる
言葉できないんなら帰れって言えよ国会議員は!ってずっと思ってます


231. 匿名 2017/10/11(水) 22:12:27

●共産党は日本を崩壊させる。


【元公安が暴露】共産主義が日本を崩壊させる ー 民族の生死を分ける真実の陰謀話

tocana.jp

志位和夫(日本共産党委員長)「YouTube」より  志位和夫(日本共産党委員長)、及びその側近である穀田恵二(同国会対策委員長)、小池晃(同書記局長)らが、加計学園の問題をはじめ、国会中継で視聴者が顔をしかめるような汚い言葉を吐いているのは、どのような...


232. 匿名 2017/10/11(水) 22:21:47

>>229
●献血は無料で搾り取った血液を赤十字が病院等に高値で売りつけるんだよ

●そしてそのお金は左翼の資金源になる


234. 匿名 2017/10/11(水) 22:38:11

●病院に勤めています

●たまに患者さんが勝手に中国で移植してきます

●そして不具合が出てから駆け込んできます

●お金払えばすぐに手に入るそうです

●腎臓


237. 匿名 2017/10/11(水) 23:21:01

>>231
●日本だけじゃ無い、アジア、世界をも崩壊させる。

●日本は、赤化して無い貴重な国だった。

●アジアにとっても世界にとっても。

●それをアメリカが潰してしまった。

●それにより、アメリカさえも自身の首を絞める事になるのに。

●東条英機氏が、亡くなる前まで危惧し、警鐘を鳴らしてたのに。

●アメリカはどう責任を取るのか。

●日本はどう立ち上がるべきか。


239. 匿名 2017/10/11(水) 23:34:54

>>36
●ヘイハイズなんて言葉初めて聞いた…
調べてみたけど酷いね。てっきりみんなちゃんと一人っ子政策守っているのだと思っていたけどあの中国人が守れるわけないよね
朝鮮と中国の血をひく者はみんな消えてほしい、本当に怖いわ


241. 匿名 2017/10/11(水) 23:58:07

●以前にも、大学入学時の健康診断受けた女学生(新入生)が
突然行方不明になって、「人体の不思議展」に展示されてた
女性の遺体の耳の形が、その女学生のと同じだったって話。
●また、珍しい血液型の学生が、やはり健康診断後に行方不明になった話も。
とにかく中国は不可解なベールで覆われた、薄ら怖い異様な国だわ。


242. 匿名 2017/10/12(木) 00:20:16

●中国政府の思考だと、法輪功は怪しいカルトだから、法輪功信者からは臓器摘出してもかまわない、と思ってるらしい。
その政府に洗脳された、一般中国市民まで「法輪功は中国のオウム真理教だよ」とか言っている。

法輪功の実態はよく知らないが、少なくともオウムみたいな大スキャンダルは起こしてないだろうし、カルトの信者だから臓器摘出してもいいとはならないでしょう。


243. 匿名 2017/10/12(木) 00:42:24

>>5
そう?
だって中国ですよ。
●北京五輪の時でさえ、妊娠した愛人を堕胎させ、
その胎児を取り出し、男がフライパンで焼いて食べてる動画が英国BBCで放映され英国中を震撼とさせた国ですよ。
●通州事件を見ても妊婦の腹を割いて胎児を取り出し短剣で刺したり、人間の顔を針金でジュズ繋ぎにしたり、
耳を や鼻を切り取ったりする国、残酷なのは伝統ですよ。


248. 匿名 2017/10/12(木) 02:06:11

●友達の友達が中国に留学中失踪。
話を聞いてから15年以上経つけど未だに見つからないらしい…。


250. 匿名 2017/10/12(木) 05:23:23

銀座は日本人より中国人のほうが多い?
と思える位 中国人だらけ。
あの独特の甲高い言葉がそこかしこから聞こえて
思わず舌打ちしたくなる。
百歩譲って観光客の方だけならまだ我慢出来るが
日本に居座ったしまうのは何とかして欲しい。
●都営住宅は中国人が激増してる。


252. 匿名 2017/10/12(木) 05:42:38

日本に来ては消える中国人。
不法滞在を目的に入り込んでいる。。。


外国人実習生の失踪者数の推移(表)


254. 匿名 2017/10/12(木) 06:24:52

>>60

戸籍のない人間の数は把握できない状態で
15億とも16億とも言われている。


256. 匿名 2017/10/12(木) 07:01:54

●天安門事件の時、
中共政権に反発する民主化推進学生達を
戦車でバリバリ轢き殺す国ですよ。
(それを中国人民達には隠蔽)
●中共にとって人命なんて蟻っころレベルなんだから。


257. 匿名 2017/10/12(木) 07:16:15

人権や人の命を軽く見てる国って恐ろしいね。
アメリカに留学中、中国人の友達がたくさんできて家族の食事に招待されて何度も食事や小旅行などしてたけど、どの家族も金、金の話ばかりでびっくりした。
家族仲はどの家庭も普通だったりとてもいいんだけど話題がお金の話がほとんど。
●日本人の私は根本的な価値観や文化が違うと感じて真っ先に旦那候補から中国人は消しました。


264. 匿名 2017/10/12(木) 10:00:22

日韓関係の発展へ尽力 | ニュース | 公明党

www.komei.or.jp

公明新聞に掲載されたニュースです。柳・親善協会会長代行と懇談山口代表


265. 匿名 2017/10/12(木) 10:07:54

●アマゾンの倉庫の夜間仕事をやった人が中国人や韓国人が沢山働いてると言っていた

●お弁当工場とかの夜間勤務は日本人が中々応募しないから不法滞在外国人でも潜り込んでいそうだなあ

●入管とかちゃんと調べてるのかな?


268. 匿名 2017/10/12(木) 10:14:53

●不法滞在も怖いけど、もっと怖いのは選挙権を持つ帰化だよ

●民主政権でわずか5年に帰化要件を大幅に緩和してる

●自民党、日本のこころ以外は外国人参政権を付与しようとしてる反日政党だよ

こういう党に投票する人間を増やすのはとても危険

日本人だけは投票しないように気をつけよう

●共産党や立憲民主党、公明党どもは公約には載せないでこっそり反日やるから始末に終えんよ


270. 匿名 2017/10/12(木) 10:30:22

>>265
あ〜やっぱりね
●移民促進→治安悪化の構図はわかりきっているので、安くてもamazonは使ってない

●安いものには裏がある
という格言、の意味が心から理解できます
適正な価格のものを買わないとね


274. 匿名 2017/10/12(木) 12:09:27

だから
●中国人が日本に来たがり帰化もしたい、って言ってたよ勘弁してくれよ

●日本人はお花畑で水も平和もただなので
気付かないままの人も多い

●北海道、沖縄は露骨になりつつあるけど、日本国内中じわじわ乗っ取られている事実を知って欲しい。


276. 匿名 2017/10/12(木) 14:19:46

●小さい頃に1人で海に近づくなと両親からしつこく言われてたけど、その時は足を滑らせて溺れても助けが来ないからなんだな〜と思ってたけど、大人になってからどうしてしつこく言ってたのか聞いたら、某国の貨物船が港に入ってきて小さい子供をさらって臓器売買に利用されるからだ、と言われて怖くなった記憶がある。

●住んでたのは目立つような大きな港町じゃなくて、田舎の方だったから余計に目立たなくて入りやすいんだとか。

●日本は平和だって言われてるけど、安心してられないよ。他人事じゃない。


▲△▽▼

他人様の御遺体の展示博覧会が日本で開催されていたという事実自体が恐ろしくて罰当たりすぎる。

当時の日本政府がなぜ許可したのか?
見に行った人が大勢いることにもひどく驚いた。
医師を目指す人などが、尤もらしい謳い文句に騙されて真面目に見に行ったのか、
単に恐いもの見たさだけの一般人もいたんだろうか。

本当に検体であっても(本当は思想犯の処刑)、自分は絶対見に行きたくないけどね。
この人はどんな人生を送って、どんな気持ちで最期をむかえたんだろうか?とか、家族だったらどうだろうか?とか考えて、気の毒すぎてトラウマになりそう。
中国政府は残酷な見世物で莫大な利益を上げたということだ。
それにつけても、安倍さんは保守なのに、どうして事実上の移民受け入れを推進するんだろうか・・
そのせいで目に見えて日本国内の秩序がどんどん乱れてきてるというのに。


420§麻人リブミンのお戯れブログ§420


人体の不思議展 〜それらの模型は以前生きていた!ではその出処は?〜


2012年02月26日(日)
テーマ:中国 屠殺 残酷
https://ameblo.jp/iryoutaimadenihonkaihou/entry-11175680882.html


(略)

『人体の不思議展』の謎の主催者

読売新聞社が人体の不思議展を擁護?

「読売新聞社が怪しい死体展覧会を主催
Hagex-day.info 2006年6月1日

(抜粋)
●ななななーんと、世界で最も発行部数が多い(1000万部以上!)読売新聞社が、人権擁護団体が聞いたら憤死するような手段で作られた死体をプラスチックで固めて、横浜で展示会の主催をしているというのだ!
その展示会は「人体の不思議展」だ。1995年から始まり、日本全国・世界各地を津々浦々まわっているイベントなので、ご存知の方も多いだろう。

現在、横浜産貿ホールで開催されているこの展覧会の主催は、「人体の不思議展監修委員会/日本アナトミー研究所/読売新聞東京本社」となっている。」


今まで参考にしている「RED FOX」さんのサイトにカリフォルニア州・ハワイ州で人体展禁止法案や輸入停止措置(2007年頃)が取られた記事があります。
では何故日本では2011年まで開催されてしまったのでしょうか?
日本での人体の不思議展をスポンサーである読売新聞・アナトミー研究所・歯科医師会などに利権が働いたのでしょう。動いたお金が35億円+αなのでそれは十分に考えられますよね!


●2012年現在日本での人体展は終焉しましたが多くのお金がシナ中国や売国奴に流れてしまいました。
本当に残念で正直、スポンサーも展覧会に遊びに行った方々にも怒りを覚えます。

●どうして350万人もの多くの人々が来場してしまったのか不思議でなりません。
僕なら自分の友人や家族に見せたいと思えない。

●この様な件があると現代の日本人の倫理観や道徳が相当希薄になっていると思います。
http://www.asyura2.com/12/china3/msg/293.html


▲△▽▼

英BBC、中国臓器移植産業の闇を報道
2018年10月13日 12時32分
https://www.epochtimes.jp/2018/10/36992.html

英BBCは中国の臓器移植産業の闇について報道した(大紀元資料室)

英BBCは中国の臓器移植産業の闇について報道した(大紀元資料室)


英BBCは10月8日、『誰を信じるべきか?中国の臓器移植』(Who to Believe? China’s Organ Transplants)と題する番組で、中国臓器移植産業の闇に迫った。

カナダのデービッド・マタス弁護士らは近年の調査で、中国での臓器移植件数は年間10万件と推計している。しかし、ドナー数と一致せず、待機時間が数日〜数週間という短さから、巨大な「生きた臓器バンク」が存在しているのではないか、と国際社会から疑いの目を向けられている。

BBCは、7月にスペイン・マドリードで開かれた年次国際臓器移植会議(TTS)に出席した中国「臓器移植界の権威」とされる衛生部副部長・黄潔夫氏を取材した。

黄氏「中国では昨年(2017年)には1万5千回、移植手術が行われた」
記者「毎年の手術件数は十万件ともいわれているが…」
黄氏「その質問はナンセンスだ。答えたくない」
記者「自分が中国の病院に電話したら、すぐに肝臓移植ができると言われた。どうしてこれが可能なのか?」
黄氏「その質問は聞きたくはない、答えたくない。誰かの政治的意図がある質問には答えない」

BBCの取材に答えた在英の法輪功学習者で、2017年まで収監されていたという劉ハイクァン(音訳)さんは、収容所では定期的に血液検査が行われており、収容所内のすべての法輪功学習者が受けていたと証言した。別の女性学習者は、収容施設から医療機関へ移送された法輪功学習者たちを対象に超音波、X線などによる身体検査が行われたと述べた。

スタジオに出演した、新疆ウイグル自治区で外科医を勤めていたエンバー・トフティ氏は20年前、銃殺刑を執行された死刑囚から臓器を摘出した体験を語った。「当時、倫理に反するという意識はなかった。当時は共産党の指示が絶対だった」と述べた。

BBCのヒル記者の取材に答えた匿名の研修医だった中国人は、90年代は中国の医師、医学生のなかで、臓器移植用の臓器は死刑囚もしくは収監者からだということは公然の秘密だったと明かした。また、上司の指示に従って、まだ息のある死刑囚から臓器を摘出する作業に従事していたという。この匿名者は、トフティ氏と同様に罪悪感を感じなかったと付け加えた。「共産党の思想により、それが悪いことだと誰も言わなかった。囚人なのだから死んで当然であり、患者も救われる」

トフティ氏は、今日に至っても臓器収奪は続いていると考えている。新疆では90年代から数百万を数える人々が行方不明になっており、さらに住民は、中国現地当局により適切な説明のない血液検査が定期的に行われていることから、「臓器移植のためのデータバンクを作成しているのではないか」と述べた。

番組では、中国臓器問題に詳しいデービッド・マタス弁護士の話として、臓器収奪の対象となっていた最大のグループは飲酒や喫煙もしない、心身の修練により健康的な体を保持していた法輪功学習者と推定されると伝えた。法輪功は90年代から中国で広がりを見せ、ピーク時には1億人の学習者がいたとされる。

ヒル記者は、最近、新疆ウイグル自治区の収容施設では100万人ものウイグル人が収監されており、法輪功学習者のように、共産党政権による集中管理できる施設で、強制的な臓器移植用の「ドナー」を作っているではないかと報じた。

同じくスタジオに出演した、中国臓器移植問題について詳しい在英ジャーナリスト、イーサン・ガットマン氏は、中国が発表した臓器移植件数と、実際の手術数、ドナー数が合致していないのは明らかで、ドナー以外の臓器の出所元は、拘束されたウイグル人、チベット人、思想犯として囚われた法輪功学習者、地下協会信者などが考えられると述べた。

ガットマン氏は、BBCのヒル記者のラジオ放送番組で「中国が臓器を収奪するのはお金のため?」との問いに、「共産党政権の敵対勢力を消去する目的がある」と答えた。

また、こうした倫理問題の疑いがぬぐえない海外渡航移植を断ち切るために、イスラエル、イタリアや台湾のように、各国は規制あるいは禁止などの法整備が必要だと語った。

米国の中国問題に関する連邦議会・行政府委員会(CECC)は、10日に発表された中国人権報告書の中で、あらためて無実の人に対する臓器収奪問題に懸念を示した。


▲△▽▼


中国臓器移植

「中国の軍病院は一晩10数回の移植手術」患者家族が明かす
2018年10月16日 15時15分
https://www.epochtimes.jp/2018/10/37048.html

河南省新鄉市長桓県の住民・王巧雲さん(女性)は2006年、北京307軍病院で2回目の腎移植を受けたが失敗し、夫が医療裁判を起こした(家族提供写真)
https://img.epochtimes.jp/i/2018/10/15/t_qpdjiryeohsnqxku2jh6.jpg


中国北京で腎臓移植手術を2年間で2回も受けた患者の家族が最近、大紀元に対し、中国移植産業の闇について語った。2回目の手術も失敗し、家族は「機能しない臓器が移植された」として病院を相手取り裁判を起こした。

河南省新郷市長桓県の住民・司子堂さん(男性)によると、妻・王巧雲さんは2003年10月、尿毒症と診断され、鄭州の病院で人工透析を開始した。ほぼ同時に、病院から腎臓移植を勧められた。11月からドナー探しを開始し、翌年1月に北京の朝陽病院で腎臓移植を受けた。

司子堂さんによると、妻の血液型や抗体の検査結果を朝陽病院に申し送りした二日後、「適合する臓器が見つかった」との知らせが届き、その三日後に腎移植が行われた。執刀医の話によると、腎臓は「河北省出身の20代男性のもの」で、「男性は銃殺刑を執行された」という。

日本国内移植で臓器移植ネットワークを構築する唯一の組織である公益社団法人JOTNWによると、腎臓移植までの待機時間は平均15年。100万人あたりの臓器提供者数が日本の25倍にもなる米国でも、5年間待たなければならない。

王巧雲さんは当時、国の優良病院に指定された北京の人民解放軍総合病院(通称301病院)での手術を希望していたが、妻の状態が悪く「待機時間が10日間以上と長い」との理由で断念した。「301病院には(移植希望)患者が多く、一晩で十数回の手術が行われていたと聞いた」と司子堂さんは述べた。

また、301病院は多くの外国人患者も受け入れており、国内患者より高い移植費用を支払う彼らを「歓迎している」様子だったという。

機能しない臓器

王巧雲さんは、移植手術の3カ月後、過労で腎臓が機能しなくなった。2006年、王巧雲さんは北京の307軍病院で2度目の腎臓移植を受けた。司子堂さんによると、病院は「腎臓は豊富に供給されている」と話し、手術を受けた。しかし、移植された臓器は機能せず、手術の翌日に妻は心不全で危篤状態に陥った。

「悪徳の移植医に当たってしまった。医者はすでに臓器の代金を提供側に払ったため、問題のある腎臓と知りながら妻に移植した」。

手術6日後、腎臓を取り出す手術が行われた。その際、動脈をしっかりつなぎ合わせていなかったため、その後2度大出血し、そのつど手術を受けた。4度の手術で合わせて7790mlの輸血を受け、高い数値の抗体が生じたため、今後移植手術を受けられなくなった。

司子堂さんは、307軍病院と執刀医を相手取り、医療訴訟を起こした。裁判所は病院側に対して、9万元(約135万円)の賠償を命じた。

司子堂さんは臓器移植を取り巻く関係者からさまざまな情報を聞いたという。「ある医者は、臓器は死刑判決を下す裁判所から買い取ったと教えてくれた」「銃殺(刑)が執行されたら、武装警察の救急車がすぐに駆けつける。その車の中で、武装警察の制服をまとった医師が(囚人の)臓器を摘出する」。

専門家「中国の豊富な臓器バンクの存在証明」

中国臓器移植問題を追う組織「追査国際」代表の汪志遠氏は、王巧雲さんのケースを聞き、短期間で移植用の腎臓が供給されたのは、中国には豊富な臓器バンクがあることの証明と語った。汪代表は、中国人民解放軍のベテラン軍医だった。渡米してハーバード大学公衆衛生大学院心臓血管研究センターに務めた。

汪代表は国際腎移植協会のデータを引用して、実際に死体のドナーが現れても、移植希望者の身体の組織に適するかどうかを図るマッチングテストで適合する確率は6.5%で、移植手術を行える確率は非常に低い。

中国では文化的に、家族が死体の損壊を忌み嫌うために、ドナーシステムもなく2006年までドナーは存在せず、2009年にはわずか120人だったという。

10月8日に英BBCが放送した「誰が信じられるか?中国の臓器移植」と題した調査報道で、記者は、中国の臓器移植界の権威である黄潔夫・元衛生部副部長にこう問い詰めた。「中国の病院に問い合わせたら、すぐに肝移植ができると言われた。どうして可能なのか」。

黄氏は「政治的な意図のある質問には答えたくない」と述べた。
https://www.epochtimes.jp/2018/10/37048.html


▲△▽▼

生きた法輪功学習者の臓器狩り、中国の警察から新たな証言 2009年12月15日
https://www.epochtimes.jp/jp/2009/12/html/d72072.html

中国の監禁施設で生きた法輪功学習者を対象に臓器摘出・売買をしているという2006年に告発された事件に関して、最近、目撃者の新たな証言が、国際的な人権擁護組織である「法輪功迫害追跡調査国際組織」(WOIPFG、米国本部)から発表された。

 証言は、同組織の調査員が中国遼寧省の元警察(匿名)を取材して得たもの。遼寧省公安庁に勤めていた2002年に、瀋陽市軍部病院で一人の女性法輪功学習者から生きたままで臓器を摘出したのを目撃したという内容である。証人の同意に基づき、同組織は最近、30分ほどの取材録音の一部を公開した。

証言によると、2002年、証人は遼寧省警察に務めており、法輪功学習者を捕まえ、拷問するなどの特別行為に関わっていた。ある30代の女性法輪功学習者は、一週間ほど凄まじい拷問を受け、そして無理やり食べ物を注ぎ入まれたりして、体が傷だらけになっていたという。

 同年4月9日、遼寧省警察庁のある部門から2人の軍医が派遣された。1人は中国解放軍瀋陽軍区総医院の軍医で、もう1人は解放軍第二軍医大学を卒業した軍医だった。警察庁はこの法輪功学習者をある場所(※1)に移し、二人は、この学習者が意識を完全に保っている状態で、麻酔を一切かけずに、彼女の心臓、腎臓などの臓器を摘出した。

 証人は当時、銃を手にして警備に当たっていたため、臓器狩りの全過程を目撃したという。

 証人の証言によると、彼が遼寧省錦州市警察局に勤めていた際、錦州市警察局長の王立軍は法輪功学習者を「殺し尽くさなければならない」と命令したという。証人はかつて何度も、法輪功学習者の拉致、凄まじい拷問に関わっていたと認めた。

 遼寧省は、法輪功学習者に対する迫害が最も深刻な地区の一つであり、法輪功情報サイト・明慧ネットが明らかにした情報だけでも、迫害を受けて死亡した法輪功学習者は406名に上っている。王立軍は現在、重慶市警察局長を務めており、当時遼寧省省長で、現在重慶市党書記の薄煕来の下で、マフィア組織取り締まりという名目で、法輪功学習者への迫害を強めている。(※2) 

 カナダの国際人権派弁護士デビッド・マタス氏とカナダ外務省前アジア大平洋州局長デビッド・キルガー氏は、法輪功学習者が「臓器狩り」の対象になっているとの告発を受け、2006年から独立調査を行い、調査報告書を発表している。同報告書によると、中国国内における2001年から2005年までの臓器移植件数のうち、4万1千5百件の臓器の出所が不明としている。2000年以降、中国では臓器移植件数が急激に伸びているが、これは法輪功学習者への弾圧が始まった時期とほぼ一致しているという。同報告書は、監禁された法輪功学習者たちの証言から、彼らが臓器売買の犠牲になっていることを主張している。

 法輪功とは、佛家と道家の思想を根底に併せ持つ先史文化に根ざした気功で、「真・善・忍」という宇宙の特性に基づいて心性を修め、人間の身体を健康にするとともに根本から改善、向上させる修煉を行う功法であるといわれている。1992年より中国で公開され、その教えによる内面の向上や病気治療に顕著な効果があり、口伝えに急速に広まったことで、中国をはじめ全世界で1億人以上に学習者が増え、現在も増え続けている。日本では2004年、日本法輪大法学会が東京都においてNPO法人格を取得している。

 法輪功の人気と、その修煉者の数が激増していることに中国共産党が恐れ、1999年7月22日に中国共産党が法輪功およびその学習者に対して弾圧を始めた。2009年12月現在で中国共産党の迫害により死亡した人数が、正式的に確認され、裏付けが取れたものだけでも3336人いるという。

(※1) 臓器摘出を行った場所について、最初の証言では、証人は自分の身元が明らかになることを避けるために、言及しなかった。2回目の証言で、瀋陽軍区医院15階にある手術室内であったと明言した。実地調査の結果、瀋陽軍区総医院ビルの15階から17階が外科であることが判明した。

(※2)北京大学法学院刑法研究所の研究員、国際法医顔面鑑定協会の副主席を兼任しており、発表した論文も法医顔面鑑定分野のものである。しかし、該当する学歴がなかった。中国側が公開している王立軍の履歴には法医の経歴は全くなく、中国初の『麻酔後の臓器移植についての試験研究』など、臓器移植と関係を持った記述がある。

以下は今回発表された証言の取材録音の一部分

証人:手術ナイフで、彼女の胸のところを切り開いたらすぐ、血が噴き出してしまい、血が噴き出したのであって…

調査員:男性でしたか、それとも女性でしたか。

証人:女性、女性でした。

調査員:若い女性ですか。

証人:30代だったでしょう。


調査員:胸が切り開かれた時にも、彼女はなお「法輪大法は素晴らしい」と叫んでいたのですか。

証人:叫んでいました。

調査員:彼女は当時どのように叫んでいたのですか。

証人:当時、彼女は、1週間ほど尋問と凄まじい拷問を受けていたので、体には数え切れないほどの傷がありました。しかも電気ショックを受けていて、意識朦朧となっていました。物を食べるのを断ったため、私たちは強引に牛乳を彼女の胃に注ぎ入れました。非常につらい体験でした。彼女の鼻を摘まんで注入しました。こうして生命を維持させていました。1週間経って、彼女の体重は約7キロ減りました。当時、あのようなことが発生するなど、予想もしませんでした。

 それで、遼寧省警察庁のどの部署からかは分かりませんが、いずれにしても特殊な極秘部門から2人の軍医が派遣されてきました。1人は、解放軍瀋陽陸軍総医院の軍医で、もう1人は解放軍第二軍医大学を卒業した軍医でした。具体的には、1人がやや年配で、もう1人は若者でした。彼女をある場所、すなわち精神病院の手術室に入れ、それからあることを一通りやりました。麻酔など一切使わずに、手術ナイフで胸のところを切り開いていく。彼らの手はまったく震えることはありませんでした。わたしなら、きっと震えてたまらなかったでしょうが。わたしは武装警察を務め、銃を持って実弾で演習したこともあるし、多くの死体を見たこともありましたが、私なら震えるはずです。しかし、軍医の彼らを見て、私は本当に驚きました。彼らの手はちっとも震えず、マスクをしたままで胸のところを切り開いて行きました。当時、私たちはみな銃を手にして、傍で警備を担っていました。切り開かれた瞬間、彼女は突如凄まじい声で叫びました。「法輪大法は素晴らしい!!!」と。

調査員:胸が切り開かれた時に、彼女が「法輪大法は素晴らしい」と叫んだのですか。

証人:突然凄まじい声で、「法輪大法は素晴らしい」と叫びました。彼女は大体、次のようなことを言いました。あなた達はわたし1人を殺すことができても、信仰のためにあなた達の迫害を受けている何億の人々をみな殺すことができますか?、と。この言葉を聞いて、その軍医は一瞬、躊躇し、目を私と私の上司の方にちらりと向けました。私の上司が頷いたので、彼は続けて血管を…まずは心臓、それから腎臓を摘出し出しました。心臓の血管を切断した際に、彼女は痙攣しはじめました。非常に恐かったです。うまくいかないと思いますが、彼女の声をちょっと真似てみます。それは引き裂かれたようもので、アー、アーと口をずっと大きく開いて、目も大きく見開いていました。まあ、私はこのような光景を語りたくありませんが…

 …

証人:当時、彼女は教員でした。先生、中学校の先生でした。彼女の息子は約12歳でした。彼女の旦那さんは、権力のない人で一般の労働者のようです。それまで、彼女が受けてきた侮辱のほうが、より酷かったと思います。

 われわれ警察の中に変態者は少なくありません。彼女を、カンシや内視鏡などの器具でやっていました。彼らは一体どこからこのような器具を持ってきたのかは分かりませんが、いずれにして、やったことは全部目撃しました。悔しいことに、彼女に対する猥褻な行為を写真に撮ることができませんでした。彼女は美人の方なので、乱暴されることなどが、実に多かったのです…

調査員:この事は、あなたが勤務していた警察局で目撃したのですか。

証人:いや、当時は警察局内ではなく、私たちはある教育センターでやりました。それはあるホテルの裏にあり、10数の部屋を賃貸して使っていました。つまり、一軒の別荘の上の方でやったのです。

調査員:そこは、闇の監獄というようなところでしたね。

証人:まあ、そんなものでした。

調査員:そこに監禁されたのは、法輪功学習者だけでしたか。

証人:そうです。

調査員:つまり、判決を言い渡されない前からそこに入れられたというわけですね。

証人:いずれにしても、われわれは随時に場所を移動することができました。

 …

調査員:事件発生の具体的な時間を教えていただけますか。

証人:2002年4月9日でした。

調査員:4月9日でしたね。

証人:そうです。4月9日午後5時から摘出しはじめ、3時間かかりました。

 その後、1ヶ月ほど続きました。

調査員:「1ヶ月ほど続いた」というのは?

証人:続けて(他の学習者に対して)1ヶ月ほど拷問などを行っていました。

 …

調査員:法輪功学習者たちへの拷問は、一度だけやったのですか、それとも数回やったのですか。

証人:多くやりました。当時、王立軍、現在重慶市公安庁長は、「殺し尽くさなければならない」と厳令を下しましたから。


(翻訳編集・小林)
https://www.epochtimes.jp/jp/2009/12/html/d72072.html


http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/205.html#c1

[近代史3] 中国が東トルキスタン共和国(現ウイグル自治区)を乗っ取った手口 中川隆
2. 中川隆[-12542] koaQ7Jey 2019年2月01日 13:10:25 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231]

ウイグルへの弾圧は何度か書いてきましたが、いま中国が行っているのは民族浄化で、ただ浄化するのではなく、ウイグル人を殺して臓器売買のドル箱としているのです。

参考ページのURL
http://uyghur-j.org/japan/
http://uyghur-j.org/20180908/uyghur_japan_report_20180908.pdf

2018 年 9月 8 日
中国のウイグル人への弾圧状況についてレポート
在日ウイグル人有識者会議
http://uyghur-j.org/20180908/uyghur_japan_report_20180908.pdf


第一章 概要

古代より東トルキスタン(“現新疆ウイグル自治区”)は、ヨーロッパと東アジアをつなぐ要衝であるだけでなく、石炭、石油、天然ガス等地下資源の豊富な地域だ。1949 年に中国人民解放軍が東トルキスタンに侵攻し、「新疆ウイグル自治区」として共産党の支配下に組み込んだ。

それ以来、中国当局によるウイグル人への差別的、抑圧的政策がずっと続いてきた。

だが、2 年前から事態が急変し、ウイグル情勢は著しく悪化した。2016 年に元中国共産党チベット自治区委員会の書記で、チベット人の弾圧で手腕を発揮した陳全国が“新疆ウイグル自治区”の書記に就任してから、独裁的な長期政権を築いた習近平中国共産党総書記をバックにし、東トルキスタン歴史の中で最も酷く露骨な人権弾圧、同化・民族浄化政策を展開し始めた。

習近平政権が推進する現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」の戦略的要衝とみられる東トルキスタンに、完全な監視・封じ込めた社会を作り上げ、ウイグル人の言語、文化、宗教を完全に絶滅させるような民族浄化政策を実施している。

陳全国が就任して以来、前任の張春賢が推進した「双語教育」(事実上の漢語教育)をさらに露骨化し、小学校から大学まで全ての教育機関でウイグル語の使用を禁止した。ウイグル語で出版された教科書、小説、歴史を反映する本、イスラム教に関連する書籍を焼却した。

陳は、1 年も経たない間に、9 万人を越す治安関係ポストを募集し、ウイグル自治区の警察の人員を2015 年の6 倍に増員し、ウイグル地域において「監視社会」の完成を手掛けた。

2017 年第1 四半期(1〜3 月)のみで、ウイグル自治区で10 億ドル(約1130 億円)以上に相当するセキュリティー関連の投資をし(カシュガル市だけで今年3 月、5100 万ドル(約55 億円)以上を投じた)、ウイグル全地域に人工知能(AI)の顔認証技術が搭載された監視カメラを設置した。

中国政府はウイグル自治区を最先端の監視技術を試行する実験場にした。

至る所に500m間隔で監視塔付きの交番(検問所)を設け、24 時間体制で検問・監視を始めた。

全てのウイグル人から旅券が没収された。スマートフォンにスパイウェア・アプリのインストールを強要した。

GPS の車両搭載が義務付けられた。ウイグル、カザフなど現地住民の政治信頼度
を評価するため、「個人情報採集表、点数表」を配布し、全住民に点数をつけ、身分証明書ID と連結させた。この点数で拘束対象者を決め、「再教育センター」に収監した。12 歳から65 歳までの住民を対象にDNA や血液のサンプル、指紋、虹彩、血液型などの生体データを集めた。

最も酷いのは、2017 年初頭から、「再教育センター」、「教育転化学校」、「技能研修センター」という名前の「強制収容所」の建設を急ピッチで進め、何も罪のない100 万人以上のウイグル人(ウイグル人口の約10%)をこれらの収容所に監禁し、共産党の政治思想、宗教転化(非イスラム化)、民族アイデンティティを破壊するための「洗脳教育」を行っている。

ウイグル人社会に何らかの影響を持つ著名人、教育界のエリートたち、著名なイスラム学者、人気のスポーツ選手、音楽家、経済界で成功した経営者(銀行に100 万円以上貯金のある人)らも続々と強制収容所に入れられた。

両親が拘束され家に残された子供たちが孤児園に送られた。

そして、各収容所から続々死者が出始めた。遺体は家族に返さずに内密に「処分」された。

カシュガル空港では「人体器官運送通路」、「移植器官航空運送保障プロセス」標識の専用通路やスペースが用意され、臓器売買のため国家ぐるみで「臓器狩り」していることが明らかになった。

21 世紀の今この瞬間も、中国政府が行っている「ナチス強制収容所の再現」(ジェノサイド)とも言える人権弾圧、民族浄化に対し、日本を含む多くの国・政府の沈黙が続いている。

納税者である我々在日のウイグル人は、良心を持つ、正義を求める日本国民・政府に対し以下を呼びかけたい。沈黙しないでほしい。中国政府を非難し、収容所の閉鎖、全収監者の即時釈放に働きかけてほしい。これは単に人権弾圧の問題ではなく、「人道に対する罪」、世界平和への挑発であり、ウイグル民族存亡の危機とみてほしい。

第二章 「強制収容所(再教育センター)」の現実

2016 年に元中国共産党チベット自治区委員会の書記で、チベット人の弾圧で手腕を発揮した陳
全国が新疆ウイグル自治区の書記に就任してから、独裁的な長期政権を築いた習近平中国共産党
総書記をバックにし、露骨な人権弾圧・民族浄化政策を展開し始めた。
1.【ウイグル人100 万人以上が強制収容所に】
東トルキスタン(“新疆ウイグル自治区”)において、2017 年初頭以来、「再教育センター」、「教
育転化学校」、「技能研修センター」という名前の「強制収容所」の建設が急ピッチで進められる
と同時に、100 万人以上のウイグル人(ウイグル人口の約10%)がこの収容所に収監されている
ことが最近続々と明らかになった。中国の人権を監視する国際NGO 組織・中国人権擁護(Chinese
Human Rights Defenders)が今年8 月3 日発表した最新の調査報告によると、上記の「再教育セ
ンター」と呼ばれる閉鎖式キャンプ(強制収容所)に110 万人が収監されているほか、開放式キャ
ンプ(食事や寝泊まりに自宅に帰れる)で約220 万人が再教育(洗脳教育)されているという。
合わせると330 万人が「再教育」の対象となっている。東トルキスタンの人口は2300 万人(2014
年統計)で、ウイグル人口は48.5%、約1130 万人だとすると、ウイグル人口の約30%の人が「再
教育」されているのだ『参考資料1-2』。報道によると、2017 年春以来強制収容所に収監された人
で釈放された人がいないという『参考資料3』。
何も罪がなく、「要注意人物点数表(第四章を参照)」でマイナス点数が高い人が収容所送りの
対象者となっている。例えば、(1)ウイグル人である(2)イスラムの礼拝をしている(3)宗
教知識がある(4)(当局が要注意とする中東など)26 カ国に行ったことがある(5)外国に留
学した子供がいる……といった項目に該当すれば要注意人物として対象者となる『参考資料4』。
また、ウイグル人社会に何らかの影響を持つ著名人、教育界のエリートたち、イスラム学者、人
気スポーツ選手、音楽家、経済界で成功した裕福な経営者らも「民族情绪(民族的気持ち)があ
る」、「両面人(裏表がある人物)」として収監対象者となっているのである(第三章を参照)。収
容所の状況は海外メディア、研究者らによって次々と報道されるようになった『参考資料5-10』。


2.【強制収容所の位置・規模が明らかに】

第二章 「強制収容所(再教育センター)」の現実


東トルキスタン(89県あり)の各県に少なくても5つの再教育センターがあるとされ、科学
者の衛星写真やグーグルマップからの調査で既に29 件の収容所位置、その規模が明らかになった
『参考資料11-13』。それぞれ一か所に1000 人から1 万人が収監されている。例えば、2017 年4
月にカシュガル疏附県(コナ・シェヘル)で当時建設予定の収容所(新疆疏附县法制教育转化学
校、位置座標39°21'33.1"N 75°51'50.0"E)の入札募集によると、収容所は3.5万平方メート
ル広さで、政府出資1.4 億元(約29 億円)であった『参考資料14』。同様にカシュガル・疏勒県
巴仁郷(イェニシェヘル・バリン郷、1990 年に有名な「バリン郷事件」発生した場所)座標
39°21'29.2"N 76°03'04.1"E に位置する収容所《疏勒县法制教育转化学校》(上・写真1)は一
年前に何もなかった畑に新しく建てられた収容所で、1 号館〜5 号館の4階建「教学棟」(70.5m
×17.5m)と管理棟があり、それぞれ面積4943.11 uである『参考資料15』。グーグルマップから
も上記座標コードから確認できる。
また、アルトゥシュ(クズルス・キルギス自治州)政府ホームページで、2018 年3 月21 日掲示
された、「アルトゥシュ市職業技能教育研修サービスセンター建設項目の環境への影響報告表に対
する審査意見」(关于《阿图什市职业技能教育培训服务中心建设项目环境影响报告表》的审批意见)
『参考資料16』によると、39°38'28.0"N 75°59'46.0"E に位置する該当教育センターは、9.6 万
u規模(東京ドーム2個分の広さ)、政府投資3 億5000 万元(約60 億円)で、収監者部屋(7.6
万u)、管理用部屋(1.1 万u)、武装警察用部屋(8.5 千u)、有刺鉄線のフェンス付き障壁1292m、
医療室1200 u、8460 人分の食事を作る厨房などから構成されている。名前は技能教育研修セン
ターだが、武装警察、監視塔完備した、8000 人が収容できる強制収容所である『参考資料17』(写
真2)。
最近、さらに規模が大きい収容施設の実態が明らかになった。ウルムチ市達坂城区に位置する
「ウルムチ職業技能教育研修センター」(座標:43°23'01.8"N 88°17'18.2"E)は占用面積52 万
u、建築面積13 万u(東京ドームの約3 倍)であった。この収容施設には収容ビル(監獄)が8
棟あるほか、居留センタービル1 棟、警察備勤ビルが8 棟、警察総合ビル1棟、病院棟、レスト
ラン棟、物資倉庫棟、武装警察宿舎2 棟、監視塔などがある。推測では約1 万人の収監者を収容
できるという『参考資料18』(写真3)。そのほか、カラマイ市に地上5 メートル、地下40 メート
ルの地下収容所が建設されたことが明らかになった。この秘密の地下収容所には少なくとも1 万
人を収容する予定だという『参考資料19』。
これらの収容施設は、新たな政府投資で建設され、調査で分かったものだが、収監者数があま
りにも多いため、入りきれない人たちは、臨時収容所して使っている学校(廃止されたウイグル


小中学校)、党校(共産党学校)、専門学校、病院、体育館、倉庫、まだ特定できていない様々な
施設に収監され、すし詰め状態にあるという。また、ベッドが足りないため、昼班/夜班交代制で、
教育される人と寝る人を入れ替えているという。


3.【収監者及び関係者の証言】
収容所で8 か月収監された経験があり、カザフスタン政府の働きかけで釈放されたカザフスタ
ン国籍のウメル氏の証言『参考資料20-22』によれば、彼はピチャンにある両親を訪ねて行ったと
き、身柄を拘束され、危険分子として「カラマイ市技術研修センター」という収容所に送られた。
この収容所には当時約1000 人が収容され、8 割がウイグル人、2 割がカザフ人だった。環境条件
が大変悪く、狭い一室に20 人以上がすし詰め状態で寝泊まりしていた。食事も、トイレも同室で
済ませたという。毎日早朝から夜遅くまで中国語でプロパガンダ歌謡を歌わせ、共産党の政治思
想、宗教転化(非イスラム化)、民族としてのアイデンティティを破壊するための「洗脳教育」が
行われ、その日のテストで不合格なった者や少しでも不満を表した人は厳しく罰せられる(食事
与えず、手足が絞られた状態でヘッドホンより大音量を流し睡眠できないようにする)という。
イスラム教徒の禁物である酒や豚肉を強要されているとの証言もある『参考資料23』。
また、中国の強制収容所で働いていて、カザフスタンへ不法入国した罪で逮捕されたサイラグ
ル・サウットバイ(Sayragul Sauytbay, 41 歳)が法廷で、中国が存在を否定してきた「再教育キ
ャンプ」について証言した『参考資料24』。証言によると、彼女が働いた「キャンプには2500 人
ほどの収監者がいて、そこは一般に政治キャンプと呼ばれるが、実際は山区の刑務所だった」と
いう。カザフスタン政府は中国からの送還要求を押し切って、サイラグルを無罪釈放し、カザフ
スタンにいる家族の元に返した『参考資料25』。
2018 年7 月19 日NHK-BS1 テレビチャンネルで放送した国際報道番組「中国でウイグル族大
量拘束 今何が?」でも、在日留学生4 名が「家族が収容所に送られ、全く連絡がつかず、安否
状況がわからない」と証言した『参考資料26』(在日ウイグル人の被害状況の詳細は第四章を参照)。


4.【収容所で不明の病気が蔓延】

ウイグル自治区政府衛生局の業績とした記事(ホームページで発表されその後削除された)に
よると、ホータン地区1 市、7 県の収容所で不明の「伝染病が蔓延」したため、2017 年7 月9 日
から8 月3 日の間に自治区の調査チームを派遣し調査に行った結果、「肺結核」だったということ
で、558 人を病院に搬送・隔離したという。しかし、これらの患者が本当に肺結核なのか、その
後どうなったのかは一切明らかにされておらず、政府のよる隠ぺい・情報封鎖が行われたことが
明らかである『参考資料27』。
5.【収容所から死者が続出】
これまでの報道で各収容所から続々死者が出ていて『参考資料28-29、第三章死者リスト参照』、
一部の老人遺体以外は家族に返されず、家族に合わせることもなく、新しく設けられた一般人が
入ることのできない遺体処理・安置所『参考資料30』で焼却処分されていると思われる(ウイグ
ル人の民族習慣では亡くなった人に葬儀を行い、故人を専用墓地に埋葬する)。
臓器売買のため、臓器が抜き取られた痕跡のある遺体もあったという噂がある。そして、それ
を裏付ける写真もあった。
上の写真3は、観光でウイグルに行った日本人により今年1 月にカシュガル空港で撮られた写
真であり、空港では「人体器官運送通路」、「人体寄付、移植器官航空運送保障プロセス」標識の
専用通路やスペースが用意され、国家ぐるみで人の臓器を強盗していることを示す徹底的証拠で
ある。この内容はThe Epoch Times でも報じられた『参考資料31』。
在日ウイグル人一人の証言によると、彼女の弟(24 歳)が今年5月に収容所で亡くなり、遺体
を家族に返さずに当局の監視下で直接処理されたそうだ。死因は何なのか、遺体はどこに、どう
いう方法で処理されたかなどの情報は一切聞かされていない。電話に答えた親族は「党のケアの
元で葬送した、さようなら」と言い他に何も言えなかったという。
6.【ウイグル人口密集地に火葬場】
そして、もっとも不思議なことは、中国当局はイスラム教を信仰するウイグル人が95%以上を
占める県、町、村に急ピッチで数多くの火葬場建設を進めている『参考資料32』。そして、一般人
月給の数倍の賃金で人員(もちろん漢民族)を募集している『参考資料33』。


今後ウイグル人の死体を火葬するつもりなのかと 思うだけでも鳥肌が立つほど恐ろしい!中
国政府は一体何をしようとしているのか! これらの事象は「ナチス強制収容所の再現」(ジェノ
サイド)の予兆とも言えるだろう。
7.【家に残された子供は孤児園に】
また、深刻な問題になっているのは、両親が拘束され、家に残された大勢の幼い子供たちが孤
児園に入れられ、ウイグルアイデンティティーを無くす漢化教育が行われている。「両親は政治的
な問題を抱えているため、子供は通常の子供と一緒に学校に通うことが禁じられている」という
『参考資料34』。若い妻のみ残された家には、漢民族の男性が世話役で寝泊まりするケースもある。


8.【アメリカ政府の見解】
アメリカのペンス副大統領は7 月26 日、首都ワシントンで講演し「中国政府は、数十万人、も
しくは数百万人の規模でイスラム教徒のウイグル族を再教育施設という場所に収容している。宗
教の信仰と文化的な帰属意識を失わせようとしている」と述べて非難したことを、NHK が7 月
27 日朝のTV 番組で伝えた『参考資料35』。
さらに、7月26日ウイグルにおける収容所問題に関して、アメリカ議会で初めてとなる公聴
会が開かれた。昨年に大統領選に候補者となった上院議員・議長のルビオ(Marco Rubio)氏が
この公聴会を招集した。家族20人以上が拘束され、行方不明となったことをアメリカ ラジオ・
フリー・アジアのアナウンサー・記者であるグリチェヒラ・ホジャ(Gulchehre Hoja, アメリカ
国籍のウイグル人)が証言した。また、アメリカ駐国連経済社会理事会大使のケリー・カリー
(Kelley Currie)氏が、「2017 年4月から、習近平指導下の中国当局がウイグル人に対する弾圧程
度は「人を驚かす、ショッキングなものだ」、文化大革命がエスカレートした時期とも比べること
ができないほど酷いのだ。男子髭の禁止、女性の公衆場でのベール着用禁止、そして短いズボン
を着ること、喫煙、お酒を飲むこと、豚肉を食べることを拒むことを犯罪と見なし、政府系公式
テレビを見ることを拒むことさえ罪に問われている」と述べた『参考資料36』。
ナチス式経験しているとも言える「強制収容所」は、ウイグル民族数千年の歴史の中で経験し
ている最も酷く、ウイグル人の言語、文化のみならず、民族が絶滅する危機に直面している重大
な事件である。


『参考資料』

1. China: Massive Numbers of Uyghurs & Other Ethnic Minorities Forced into Re-education
Programs, Chinese Human Rights Defenders, August 3, 2018
https://www.nchrd.org/2018/08/china-massive-numbers-of-uyghurs-other-ethnic-minorities-forc
ed-into-re-education-programs/

2. Survey: Three Million, Mostly Uyghurs, in Some Form of Political ‘Re-Education’ in Xinjiang
https://www.rfa.org/english/news/uyghur/millions-08032018142025.html

3. ‘No Releases’ of Thousands Held For Years in Xinjiang Township Political ‘Re-education Camps’
https://www.rfa.org/english/news/uyghur/township-08062018145657.html

4. 水谷尚子,「ウイグル絶望収容所の収監者数は89 万人以上」, Newsweeks 日本版 2018.03.13
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/03/89-3.php

5. What Really Happens in China’s ‘Re-education’ Camps, The New York Times, May 15, 2018
https://www.nytimes.com/2018/05/15/opinion/china-re-education-camps.html

6. Simon Denyer, Former inmates of China’s Muslim ‘reeducation’ camps tell of brainwashing, torture,
The Washington Post, May. 17, 2018
https://www.washingtonpost.com/world/asia_pacific/former-inmates-of-chinas-muslim-re-educat
ion-camps-tell-of-brainwashing-torture/2018/05/16/32b330e8-5850-11e8-8b92-45fdd7aaef3c_sto
ry.html?utm_term=.95541c3fd6ad

7. Adrian Zenz, New Evidence for China’s Political Re-Education Campaign in Xinjiang, May 15,

https://jamestown.org/program/evidence-for-chinas-political-re-education-campaign-in-xinjiang/


8. Adrian Zenz, "Thoroughly Reforming them Toward a Healthy Heart Attitude" - China's Political
Re-Education Campaign in Xinjiang, May 15, 2018
https://www.academia.edu/36638456/_Thoroughly_Reforming_them_Toward_a_Healthy_Heart_
Attitude_-_Chinas_Political_Re-Education_Campaign_in_Xinjiang

9. Tara Francis Chan, China is secretly imprisoning close to 1 million people — but they've left 2 big
pieces of evidence behind, May. 30, 2018
http://www.businessinsider.com/how-many-people-are-imprisoned-in-xinjiang-china-government
-documents-2018-5

10. Xinjiang Political ‘Re-Education Camps’ Treat Uyghurs ‘Infected by Religious Extremism’: CCP
Youth League, RFA, Aug 8, 2018.
https://www.rfa.org/english/news/uyghur/infected-08082018173807.html

11. Shawn Zhang, List of Re-education Camps in Xinjiang 新疆再教育集中营列表, May 20, 2018.
https://medium.com/@shawnwzhang/list-of-re-education-camps-in-xinjiang-%E6%96%B0%E7
%96%86%E5%86%8D%E6%95%99%E8%82%B2%E9%9B%86%E4%B8%AD%E8%90%A5%E
5%88%97%E8%A1%A8-99720372419c

12. Shawn Zhang, Detention Camp Construction is Booming in Xinjiang, Jun 19, 2018.
https://medium.com/@shawnwzhang/detention-camp-construction-is-booming-in-xinjiang-a2525
044c6b1

13. Shawn Zhang, Xinjiang’s re-education system is a hybrid of Gulag and Indian Residential School,
Jun 13, 2018
https://medium.com/@shawnwzhang/latest-re-education-campaign-in-karshgar-xinjiang-167668a
d5729

14. Shawn Zhang, Satellite Imagery of Xinjiang “Re-education Camp” 3 新疆再教育集中营卫星图3,
May 20, 2018.
https://medium.com/@shawnwzhang/satellite-imagery-of-xinjiang-re-education-camp-%E6%96
%B0%E7%96%86%E5%86%8D%E6%95%99%E8%82%B2%E9%9B%86%E4%B8%AD%E8%9
0%A5%E5%8D%AB%E6%98%9F%E5%9B%BE-96691b1a0d62

15. Shawn Zhang, Satellite Imagery of Xinjiang “Re-education Camp” 1 新疆再教育集中营卫星图1,
May 20, 2018.
https://medium.com/@shawnwzhang/satellite-imagery-of-xinjiang-re-education-camp-3-%E6%9
6%B0%E7%96%86%E5%86%8D%E6%95%99%E8%82%B2%E9%9B%86%E4%B8%AD%E8%
90%A5%E5%8D%AB%E6%98%9F%E5%9B%BE-3-bae61bef8028

16. 阿图什市人民政府http://www.xjats.gov.cn/ のweb.archive.org バックアップサイト
https://web.archive.org/web/20180706221430/http://www.xjats.gov.cn/P/C/1736.htm

17. Shawn Zhang, Satellite Imagery of Xinjiang “Re-education Camp” 23 新疆再教育集中营卫星图
23, May 20, 2018.
https://medium.com/@shawnwzhang/satellite-imagery-of-xinjiang-re-education-camp-1-%E6%9
6%B0%E7%96%86%E5%86%8D%E6%95%99%E8%82%B2%E9%9B%86%E4%B8%AD%E8%
90%A5%E5%8D%AB%E6%98%9F%E5%9B%BE-1-eea378e8ed8b

18. Shawn Zhang, Satellite Imagery of Xinjiang “Re-education Camp” 29 新疆再教育集中营卫星图
29 (Largest Re-education Camp?). 26 Jul, 2018.
https://medium.com/@shawnwzhang/largest-re-education-camp-d7d6ce15e273

19. XINJIANG AUTHORITIES BUILD MASSIVE UNDERGROUND PRISON, Aug 20, 2018
https://bitterwinter.org/massive-underground-prison/

20. Omir Bekali talks about the psychological stress he endured in a Chinese internment camp
http://www.abc.net.au/news/2018-05-18/omir-bekali/9773366
http://www.businessinsider.com/what-is-life-like-in-xinjiang-reeducation-camps-china-2018-5

21. 水谷尚子, 「ウイグル「絶望」収容所──中国共産党のウイグル人大量収監が始まった」Newsweeks
日本版2018.02.18; https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/02/post-9547.php

22. 水谷尚子「, イスラーム教徒に豚とアルコールを強要する中国・ウイグル「絶望」収容所」、Newsweeks
日本版2018.05.18; https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/05/post-10194.php

23. Video: ‘This person will simply disappear’: Chinese secretive ‘reeducation camps’ in spotlight at

Kazakh trial
https://www.hongkongfp.com/2018/07/17/person-will-simply-disappear-chinese-secretive-reedu
cation-camps-spotlight-kazakh-trial/

24. Kazakh court frees woman who fled Chinese re-education camp
https://www.theguardian.com/world/2018/aug/01/kazakh-court-frees-woman-who-fled-chinese-r
e-education-camp

25. NHK-BS1 国際報道「中国でウイグル族大量拘束 今何が?」2018.07.19
http://www6.nhk.or.jp/kokusaihoudou/bs22/feature/index.html?i=180719

26. Radio Free Asia, 「ホータンの収容所で558 人が肺の伝染病が明らかになった」
https://www.rfa.org/uyghur/xewerler/siyaset/uyghurda-lager-05282018133938.html?encoding=la
tin

27. Uyghur Teenager Dies in Custody at Political Re-Education Camp, Radio Free Asia news,
2018.03.14
https://www.rfa.org/english/news/uyghur/teenager-03142018154926.html

28. Uyghur Father of Two Dies After Falling Ill in Xinjiang Re-Education Camp, Radio Free Asia news,
2018.04.11
https://www.rfa.org/english/news/uyghur/father-04122018153525.html

29. 遺体安置所Radio Free Asia news, 2018.06.25
https://www.rfa.org/uyghur/xewerler/medeniyet-tarix/jeset-bir-terep-qilish-06252018164051.ht
ml?searchterm%3Autf8%3Austring=depne&encoding=latin

30. 「中国では人命はとても安い、臓器のほうが高値だ」元医師の告白
http://www.epochtimes.jp/2017/10/28953.html

31. 中国当局がウイグル地域各地に急ピーチで火葬場建設
https://www.rfa.org/uyghur/xewerler/kishilik-hoquq/jeset-koydurush-06122018145148.html?enc
oding=latin

32. ウルムチ沙依巴克区 火葬场保安員の公募
https://m.wlmq.com/0010155185.html

33. 「ニューズウィーク日本版」ウェブ編集部, 中国共産党、ウイグル「絶望収容所」の実態
https://toyokeizai.net/articles/-/212978?page=4

34. 「トランプ政権 中国がウイグル族を不当に収容と非難」, NHK New Web, 2018 年7 月27 日
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180727/k10011551041000.html?utm_int=all_side_rankingsocial_
002

35. Hearing on Surveillance, Suppression, and Mass Detention: Xinjiang’s Human Rights Crisis
https://www.youtube.com/watch?v=rE8Ve2nxPds&feature=youtu.be&t=1623

36. 米政権「ウイグル、数十万人を拘束」中国当局を批判、毎日新聞, 2018 年7 月28 日
https://mainichi.jp/articles/20180729/k00/00m/030/079000c


第三章 ウイグル人社会各界のエリートも収容所に

2017 年から大々的に大に行われるようになった思想改造目的の強制収容施設での不当な拘束
が今も続いている。そしてウイグル人社会に何らかの影響を持つ著名人、教育界のエリートたち、
著名なイスラム学者、人気のスポーツ選手、音楽家、経済界で成功した経営者が続々と強制収容
所に入れられている。以下には、代表的な例を挙げる。(ここで挙げた例はメディアなどで公開さ
れた情報のみであって、氷山の一角にすぎない。)


1.【教育界】
1. 自治区教育庁の庁長長 サッタル・サウット (Sattar Sawut)
2017 年、「重大大な規律違反」で拘束され、強制収容施設に送ら
れた。サッタル氏が任期中に編纂したウイグル語教材は、自治区
自治区内で教科書として使われていた。『参考資料』
http://www.sohu.com/a/144868168_260616
http://www.xinhuanet.com/politics/2017-02/09/c_129473389.ht
m

2. 自治区政府党委員会元秘書官、教育庁副長官長、新疆新聞社 社
長長を務めたアリムジャン・メメットイミン (Alimjan
Memtimin)(59)『参考資料』
http://www.xinhuanet.com/politics/2017-02/09/c_129473389.ht
m

3. ウイグル自治区社会科学院副院長長や新疆教育出版社 社長長
アブドゥラザク・サイム(Aburazaq Siyim) (61)
『参考資料』
http://www.xinhuanet.com/politics/2017-02/09/c_129473389.ht
m

上記三名の方はウイグル語の教科書の編集、出版にかかわる人物であった。そのウイグル語
教材は、自治区内で教科書として使われていたが、それらが「文文学、歴史、道徳分野には、
民族分離を煽る内容が含まれており、それを12 年間も現場で使ったため大勢大の若者が深刻
な洗脳を受けた」と糾弾され、ほぼ同時期に収容施設に送られたのである。『参考資料』
http://www.xinhuanet.com/politics/2017-02/09/c_129473389.htm
http://news.sohu.com/20170209/n480334060.shtml


第三章 ウイグル人社会各界のエリートも収容所に

4. 新疆大学大学 学長長 タシポラット・ティップ (Tashpulat Tiyip, 塔
西甫拉提·特依拜)
自治区最大大の教育機関である新疆大学大学 学長長を2010 年から務
めていたタシポラット・ティップ教授(60)は昨年3 月月に解任され、
それ以降は当局に拘束されていると、今年2 月月にRFA の取材に答え
た大学大学関係者が明かした。新疆大学大学を卒業後、東京理科大学
大学で理学博士号を取得。研究プロジェクトの成果から中国教育省に
賞を与えられたことも多数あり、新疆では著名な学者だった。タシポ
ラット氏は, 1996 年から新疆大学大学の副学長、2010 年から2017 年
まで同大学学長、党副書記と務めていた。
『参考資料』
https://www.rfa.org/english/news/uyghur/university-president-02202018173959.html


5. 新疆医科大学の元長学長 ハリムラット・グプル (Halmurat Ghopur,
哈木拉提·吾甫尔)
新疆医科大学の元長学長・教授で昨年からは自治区⾷品医薬品監督庁
長だったハリムラット・グプル氏(58)も、今年になってから消息不
明だ。ハリムラットは収容施設で死亡したとの説もある。彼は中国伝
統医療を学ぶ上海中医薬大学を卒業し、ロシアのサンクトペテルブル
ク医科大学で博⼠号を取得。中国全国最優秀研究者の1 人に選ばれる
など、中国全⼟でも名を知られる有名教授だった。医科大学で彼はウ
イグル伝統医学の継承にも力を注ぎ、民族医学教育ではウイグル語に
よる授業をずっと続けてきた。ハリムラット氏は, 1998 年から新疆医
科大学の副学長、2008 年から2017 年まで同大学学長、党副書記と務めていた。


『参考資料』
https://www.rfa.org/english/news/uyghur/arrest-01122018152937.html

不思議なことに、上記両大学ホームページの歴任学長リスト『参考リンク』から、新疆大学
元長学長タシポラット氏と新疆医科大学の元長学長 ハリムラット氏の名前が消されている。
これは中国が歴史・事実を平気で消すまたは変えてしまうことの証拠でもある。
新疆大学歴任学長 http://www.xju.edu.cn/xxgk/lrxz.htm
新疆医科大学歴任学長http://www.xjmu.org/xqzl/lrld.htm

6. 新疆師範大学教授 アブドゥカディリ・ジャラリディン (Abduqadir
Jalalidin)
知名度の高いウイグル文学者で新疆師範大学教授でもあるアブドゥ
カディリ・ジャラリディン(54)は今年1 月にウルムチ市国家安全
局に拘束された。アブドゥカディリはカシュガル師範学院を卒業後、
ウイグル文学者の道を歩んだ。彼は00 年代初頭、石川県に数カ月滞
在したことがあり、その体験を記した本の一部がウイグル語教科書
に引用された。ウルムチ市の中で最大級と言われている収容施設に
収監されているとされる。『参考資料』
https://www.rfa.org/english/news/uyghur/scholar-04252018140407.html


7. 新疆大学教授 ラヒレ・ダウット (Rahile Dawut)
ウイグル文化研究の先駆者で新疆大学人類学研究所教授、博士であ
るラヒレ・ダウット(52 歳)が、2017 年12 月北京で消息不明とな
ったとニューヨークタイムズ電子版が8 月10 日に報道した。ダウ
ット氏の家族は、黙っていることで再教育施設、拘留施設から解放
されないことが分かったため、ダウット氏が消えてから8 か月後の
今、これを話すことを決めたと語ったという。ダウット教授は、日
本人研究者の菅原 純と共著で中央ユーラシアにおけるイスラム聖
堂に関する研究をテーマにした、「マザール、MAZAR」という本を
出版していた。『参考資料』
Star Scholar Disappears as Crackdown Engulfs Western China, The New York Times
https://www.nytimes.com/2018/08/10/world/asia/china-xinjiang-rahile-dawut.html
Mazar: Studies on Islamic Sacred Sites in Central Eurasia, Sugawara Jun, Rahile Dawut, 2016
https://www.amazon.co.jp/Mazar-Studies-Islamic-Central-Eurasia/dp/4904575512


2.【宗教界】

8. 著名なウイグル人イスラム学者 ムハンマド・サリヒ (Muhammad
Salih)
著名なウイグル人イスラム学者で、『クルアーン』のウイグル語訳者
として名を知られる82 歳のムハンマド・サリヒ師が17 年12 月中旬、
中国新疆ウイグル自治区の区都ウルムチの自宅から突然何者かに連
行された。サリヒ師は中国共産党の強制収容施設に収監され、約40
日後の18 年1 月24 日に死亡した。『参考資料』
https://www.rfa.org/english/news/uyghur/scholar-death-012920181
80427.html

9. 全国イスラム協会副主席、ウイグル自治区政協の副主席、ホータンイ
スラム協会主席、ホータンモスクのイマム アブドレティプ・アブド
レヒム・ダモッラ(Abdulletip Abdurehim Damollam)
2017 年に3 年刑で刑務所に入れられた。『参考資料』
https://www.rfa.org/uyghur/xewerler/din/abduletip-abdurehim-dam
olla-tutqun-05102017142750.html?encoding=latin

10. カシュガル・トックズタシモスクのイマム アブリミット・ダモッラ
(Ablimit Damollam)
アブリミット・ダモッラは自宅から突然連行され、収容所に収監され
た2 カ月後の昨年6 月に死亡した。
アブリミット・ダモッラ(81)は、80 年代に新疆ウイグル自治区で
初めて寄宿舎付きの私立学校「カシュガル語学・技術専門学校」を開
校したベテラン教育家でもある。
アブリミットは学校にウイグル語で英語、中国語、アラビア語、トル
コ語を教えるクラスと、看護師・歯科医師を育成するコースを設置。
全日制だけでなく夜間制の学生も受け入れ、経済的に恵まれない人も教育を受けられるよう


にした。付属病院も開設し貧しい者への医療費免除など慈善事業を行って人々の支持を集め
たが、2000 年頃に中国当局が施設を強制的に封鎖していた。アメリカの短波ラジオ放送「ラ
ジオ・フリー・アジア(RFA)」の報道によると、アブリミットは身柄拘束から2 カ月後の昨
年6 月に死亡した。死因は知らされず、葬儀は当局の厳重な監視のもと、弟子たち、周りの
住民の参加が許されず家族だけで行われたという。『参考資料』
https://www.rfa.org/uyghur/xewerler/kishilik-hoquq/ablimit-damollam-wapat-boldi-0616201
7193458.html?encoding=latin

11. ケリヤ県政協副主席、県メインモスクのイマム イミン・ダモッラ
(Imin Damollam)
2017 年5 月に18 年の実刑判決で刑務所に監禁さられた。罪は2016
のメッカーへのハッジ(大巡礼)で「ウイグル分裂意識のある」人
にハッジ代行費を渡したことであった。『参考資料』
https://www.rfa.org/uyghur/xewerler/qanun/uyghur-kadir-052120
18160053.html?encoding=latin
12. ニルカ(Nilqa)県 イスラム学者 アブドレシット・ハジム
(Abdureshit Hajim)(65)
アブドレシット氏は強制収容所に監禁されてから9 か月間たった今
年の6 月5 日に、収容所内で死亡し、頭部分が白い布で覆われた遺
体が家族に返された。しかし、家族が遺体の頭・体部分を見ること
も許されず、死因が不明のまま、警察の厳重な監視下で埋葬されて
いたことがRFA の取材で明らかになった。
参考資料:
https://www.rfa.org/uyghur/xewerler/kishilik-hoquq/abdureshit-seley-hajining-olumi-060820182
34941.html?encoding=latin

13. ホータン スラーム学者 アブドルエヘッド・メフスム (Abdulehet
Mexsum)(87)
2017 年11 月拘束され、収容施設で死亡していたことが今年5 月に
イスタンブルに住んでいる親戚の調べで分かった。アブドルエヘッ
ド・ハジムは7 人の弟子にイスラム知識を教授したことが拘束の原
因だったという。


『参考資料』:

https://www.rfa.org/uyghur/xewerler/kishilik-hoquq/abdulehed-m
exsum-ghayibane-namaz-06012018225457.html?encoding=latin


3.【スポーツ界】

14. 人気のサッカー選手エリパン・ヘズムジャン (Erpan Hezimjan)
人気のあったウイグル人サッカー選手エリパン・ヘズムジャンの失
踪は、漢人の熱烈なファンたちがソーシャルメディア上で告発して
発覚した。今年19 歳の彼は15 歳から中国のサッカーチームでプレ
ーをし、失踪前は中国スーパーリーグの江蘇省チームに所属してい
た。
今年2 月末頃に里帰りしたが、3 月に南京で行われた試合に姿がな
かったことを心配する書き込みが相次いだ。RFA は4 月、彼の地
元ドルビリジン県へ電話取材をし、同県警察署職員の証言で2 月頃
に強制収容所に送られたことが判明した。
所属チームの主戦力として1〜2 月にかけて、スペインやアラブ首長国連邦で試合に出ていた
が、「外国に行ったこと」を理由に、県中心部から約10 キロ離れたトゥルグン村の強制収容
施設に送られたという。そこにはウイグル人約1000 人が収容されている。
『参考資料』:
https://www.rfa.org/uyghur/xewerler/kishilik-hoquq/erpan-hezimjan-terbiyeleshte-04162018153
838.html?encoding=latin
https://www.rfa.org/english/news/uyghur/footballer-04132018162312.html
https://www.hongkongfp.com/2018/07/07/rising-star-footballer-among-million-uyghurs-sent-ch
inese-re-education-camps/


4.【芸能界】
15. 民謡歌手 アブドゥレヒム・ヘイット (Abdurehim Heyit)
ウイグル人の幅広い年齢層に愛されている民謡歌手でドゥッ
タル奏者(ドゥッタル王)のアブドゥレヒム・ヘイット(56)は、
昨年4 月に公安警察に連行されてから行方不明になった。アブ
ドゥレヒムは北京の中央民族歌舞団や新疆ウイグル自治区歌
舞団で活躍し、数多くのアルバムも発表した。ウイグルの民族
文化に誇りを持ち、前を向いて生きていこうと呼びかけるメッ
セージ性の高い曲が多いこと、特にウイグル人に広く知られる
歌謡「お父さんたち」の歌詞が問題視されたという。『参考資料』
https://www.rfa.org/english/news/uyghur/musician-11022017162302.html
https://freemuse.org/news/uyghur-dutar-king-detained-in-china/


16. ポップス歌手 アブラジャン・アユップ (Ablajan Ayup)
若くハンサムなポップス歌手も収監されている。若い女性を中心に
熱狂的人気を誇るアブラジャン・アユップ(34)は、「ウイグルの
ジャスティン・ビーバー」と欧米誌に紹介されたこともある。ウイ
グル語のみならず英語や中国語でも歌っていたから漢人にも人気
だった。今年2 月に上海でコンサートを行った2 日後、ウルムチで
拘束された。昨年マレーシアを訪問したことや、民族や故郷への愛
を歌っていたことなどが原因とささやかれている。『参考資料』
https://www.rfa.org/english/news/uyghur/singer-05182018131924.html
https://freemuse.org/news/uyghur-pop-star-detained-in-china/


5.【メディア関連】
17. ミスラニン・ドットコム(misranim.com)の創設者 アバベキ
リ・ムフタル (Ababekri Muxtar)
インターネットのウイグル語サイトも一昨年から昨年にかけて
続々と閉鎖され、運営者がことごとく拘束された。また、同サ
イト管理人トゥルスンジャン・メメット(Tursunjan Memet)
も行方不明になっている。トゥルスンジャンの父親はRFA の取
材に応えて、「自宅から6 人の公安に連れ去られ、どこに居る
かさえ分からない」と証言した。『参考資料』
https://www.rfa.org/english/news/uyghur/authorities-detain-uyghuer-web-masters-and-writ
ers-in-chinas-xinjiang-06132016153910.html


18. 「バクダシ(bagdax.cn)」創設者 アクバル・エゼッド (Akbar Eset)、


19. 「ボズキル(bozqir.net)」の創設者で自治区教育庁職員のアデル・リシット (Adil Rishat)、


20. テレビ番組の脚本家として知られるオマルジャン・ヘセン (Omarjan Hesen)


21. 新疆人民ラジオ局記者で新疆教育出版社の教科書編集者でもあったジャ
ーナリストのヤルクン・ルーズ (Yalqun Ruzi)(52)も行方不明になっ
ている『参考資料』。最近の情報では、17年刑で刑務所に入れられたと
いう。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/06/post-10388.php

ウイグル語書籍は粛清のため書店や一般家庭から没収された。新疆ウイグル
自治区文学芸術連合の元会長で、詩人のイミン・アフメディ (Imin Ahmidi)は昨年6 月、RFA の
取材に対し「過去に出版されたウイグル人作家の著作が再検査されている」と語った。ウイグル
人に愛読され、現代ウイグル文学を代表する小説であるアブドゥレヒム・オトキュル (Abdurehim
Otkur)『目覚めた大地』や『足跡』、ゾルドゥン・サビリ (Zordon Sabir)『母なる故郷』なども
規制の対象になった。『参考資料』
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/06/post-10388.php


6.【経済界】

22. イリ・カザフ自治州 慈善家・不動産開発商 ヌルタイ・アジ(Nurtay Haji、努尔塔依・阿吉)
ChinaAid がイリ・カザフ自治州及びカザフスタン人の商人から得た情報によると、有名な慈善
事業、不動産開発商のヌルタイ・アジが昨年、20 年刑で刑務所に送られたという。ヌルタイ氏は
ヌルタイ氏個人の全額寄付で孤児、貧しい子供たちのための、全寮制の寄宿学校「努尔塔依阿吉
学校」を建設し、これまでに多くの学生を支援していた。
ChinaAid の情報では、ヌルタイ氏と一緒に10 数名のウイグル、カザフ商人が逮捕されたとい
う。ウイグルの他の地域でも銀行に一定額(100 万〜数100 万元)以上の貯金がある人たちも次々
と拘束されている。
http://www.chinaaid.net/2018/07/blog-post_11.html

2017 年5 月に、カシュガル地区で最も成功した経営者ウイグル人の以下4 名が「宗教的過激主義」
という罪で投獄された:


23. カシュガル貿易協会会長 物質運送会社経営者 アブドジェリル・ハジム(Abdujelil Hajim)

24. カシュガル Emin 貿易市場のオーナー ゲニ・ハジ(Gheni Hajim),

25. カシュガルEziz Diyar 市場のオーナー メメット・トルソン・ハジム(Memet Tursun Hajim),

26. カシュガルIbnsina 歯科病院 オーナー イミン・ハジム(Imin Hajim)
以上の4 人いずれにも「ハジム」という名称がついているのは、イスラム聖地のメッカーにハッ
ジに行って来たことを意味する。RFA の電話インタビューに答えた現地の保安員の情報によると、
罪は「承認されていない民間の巡礼に行った」、「宗教的過激派の兆しがあった」という。4 人は8
年から18 年の懲役刑を言い渡された。
https://www.rfa.org/english/news/uyghur/wealthiest-01052018144327.html


27. カシュガルKasir ホテルのオーナー レストラン経
営者 オブルカスム・ハージ (Obulkasim Haji)
RFA のインタビュー情報によると、67 歳のオブル
カスムは2017 年12 月5 日入院していたウルムチ
市の病院から公安に連行され、再教育キャンプ(強
制収容施設)に送られたそうだが、拘束理由や監禁
場所がいまだに不明。
https://www.rfa.org/english/news/uyghur/hotelier-05072018130431.html
努尔塔依阿吉学校


7.【官僚・公安関係者】

28. ウイグル自治区林業庁庁長 エズズ・ケユム (Ezir Qeyum)
29. ホータン地区公安局副局長 ニジャティ・アウドン (Nijat Awudon)
30. ホータン地区公安局元副局長 エリ・イミン (Eli Imin)
31. ウイグル自治区特捜部ホータン支部隊長 アブドカデル・アブラ (Abduqadir Abla)
32. ホータン市公安局副書記 政委 ヤリクン・アブドラザク (Yalqun Abdurazaq)
33. カシュガル カラカシ県(Qaraqash)公安局元副書記 政委 アバベキリ・イリ(Ababekri Eli)
34. ホータン地区公安局国保支部課長級捜査員 モハタル・トスン(Muxtar Tursun)
らが「重大な規律違反」で拘束され、最近の状況は不明である。
参考資料:
http://www.xinhuanet.com/politics/2017-02/09/c_129473389.htm
http://news.sohu.com/20170209/n480334060.shtml


35. ウイグル自治区チャルチャン県公安局政
治委員 アリフ・トルソン(Ghalip Tursun)
8 月18 日の現地新聞が、アリフ氏が「テ
ロリスト、3 種勢力と協力し、庇った」と
し、拘束されたことを報じた。参考資料:
(右写真)
https://www.rfa.org/uyghur/xewerler/qan
un/cherchen-uyghur-08202018153604.ht
ml?encoding=latin


8.【地方の党・政府責任者】

2016 年に元中国共産党チベット自治区委員会の書記で、チベット人の弾圧で手腕を発揮した陳
全国が新疆ウイグル自治区の書記に就任してから、権力を誇示する最初の威圧的行動は、ホータ
ン地区基層の97 名幹部への問責・免職処分を実行することだった。陳の指示で組織された共産党
幹部らの査察グループが2017 年3 月12 日からホータン地区の各町、村に入り、たった一週間ほ
どの調べを行ったあと、3 月26 日各種の理由で97 名幹部(ほとんどウイグル人)に一気に免職
処分を下した。処分内容から人権侵害の典型的な例であることがわかる。例えば、ホータン県の
ブザク郷(布札克乡(郷))党支部書記のジェリリ・マイティニヤズ(Jelil Memetniyaz)は「宗
教師の前でタバコを吸うことに躊躇した」理由で懲戒免職された。97 人の懲戒免職理由には、そ
のほかに、「毎朝の国旗揚げの怠慢、揚げ回数の誤報、住民宅へ走訪・個人情報データの収集を徹
底していない」など様々なレッテルがあった。
参考資料:
http://www.china.com.cn/news/2017-04/10/content_40588424_2.htm
https://www.boxun.com/news/gb/china/2018/01/201801301321.shtml
http://news.sina.com.cn/c/nd/2017-04-09/doc-ifyeceza1781280.shtml


9.【収容所内死亡者リスト】

ここに挙げたリストはメディアに知られた名前のみである。
1.ムハンマド・サリヒ (Muhammad Salih)、82 歳、18 年1 月死亡
https://www.rfa.org/english/news/uyghur/scholar-death-01292018180427.html

2.アブリミット・ダモッラ (Ablimit Damollam) 、81 歳、18 年6 月死亡
https://www.rfa.org/uyghur/xewerler/kishilik-hoquq/ablimit-damollam-wapat-boldi-0616
2017193458.html?encoding=latin

3.アブドレシット・ハジム (Abdureshit Hajim)、65 歳、18 年5 月死亡
https://www.rfa.org/uyghur/xewerler/kishilik-hoquq/abdureshit-seley-hajining-olumi-060
82018234941.html?encoding=latin

4.アブドルエヘッド・メフスム (Abdulehet Mexsum)、87 歳、18 年6 月死亡
https://www.rfa.org/uyghur/xewerler/kishilik-hoquq/abdulehed-mexsum-ghayibane-nama
z-06012018225457.html?encoding=latin

5.アイハン・メメット(Ayxan Memet)、78 歳、Dolqun Eysa の母、18 年5 月死亡
https://www.rfa.org/english/news/uyghur/mother-07022018164214.html

6.ヌリマングル・メメット(Nurimangul Memet)、24 歳、18 年6月死亡
https://www.rfa.org/uyghur/xewerler/qanun/yepiq-terbiyelesh-06042018154152.html?enc
oding=latin

7.アブドジャッパル(Abdujappar)、グルジャGhulja Bayandaz

8.アブドガッパル (Abdughappar)、34 歳、グルジャGhulja Bayandaz 18 年6 月死亡
https://www.rfa.org/english/news/uyghur/father-04122018153525.html

9.ホータン・チンバグ卿 アブドルエヘット・バッカル(37 歳)ら26 名
https://www.rfa.org/uyghur/xewerler/qanun/yepiq-terbiyelesh-06142018181109.html?enc
oding=latin

10. ヤクプジャン・ナマン(17 歳)、カシュガル・ヨプルガ県、18 年3 月死亡
https://www.rfa.org/english/news/uyghur/teenager-03142018154926.html

11. 在日ウイグル人弟(24 歳)、ウルムチ、18 年5 月死亡

第四章 “新疆のウイグル自治区”:中国高度な監視下の野外刑務所

1.中国当局はウイグル地域を「野外刑務所」化
東トルキスタン(現“新疆ウイグル自治区”)は、古代からヨーロッパと東アジアをつなぐ要衝
であるだけでなく、石炭、石油、天然ガス等地下資源の豊富な地域でもある。1949 年に中国人民
解放軍が東トルキスタンに侵攻し、「新疆ウイグル自治区」として共産党の支配下に組み込んだ。
それ以来、中国当局によるウイグル人への差別的、抑圧的政策がずっと続いている。


1.1【漢民族の大量移住】

中国内陸から漢民族をウイグル地域に大量移住させるのと同時に、多くの若いウイグル人・未
婚女性を労働力として中国内陸の工場などに移送し、ウイグル自治区におけるウイグル人口比率
の減少を図っている。他に少数民族までに適用された“計画生育”制度も功を奏して、1949 年に6%
だった漢民族人口が、2010 年には40.1%に達している(新疆维吾尔自治区2010 年第六次全国人
口普查主要数据公报)『参考資料1』。「新疆軍区」数十万軍人とその家族、300 万人以上とされる
「新疆生産建設兵団」の人口はこれに含まれない。
漢民族がこの地に大挙進出してきて、経
済発展の恩恵を独占した結果でウイグル
族との格差が広がる一方である。中国当局
によりウイグル人に対して差別的政策が
実施され、憲法で定めたウイグル人固有の
言語、文化的・宗教的権利も侵害されてき
た。

1.2【7・5 ウルムチ虐殺】
そんな中、2009 年6 月に中国広東省の
第四章 “新疆ウイグル自治区”:
中国高度な監視下の野外刑務所


玩具工場で労働者として勤務しているウイグル人が中国人に襲撃され多数が殺傷された事件に対
する中国政府の対応への不満がきっかけに、ウイグル人の怒りがさらに高まった。同年7 月5 日
にウルムチ市でウイグル学生らによる大規模なデモが発生した。平和的な抗議行動は、中国当局
の軍、武装警察によって、過剰な武力行使を通して残虐に制圧され、数千人がウルムチの町で殺
害され(中国当局の発表では197 人死亡)、殆どのデモ参加者が逮捕された。これは「7・5 ウル
ムチ騒乱」「7.5 ウルムチ虐殺」と呼ばれる。『参考資料2』


1.3【悪漢・陳全国】
2009 年以降、中国共産党当局によるウイグル人の監視はさらに強まった。特に、元中国共産党
チベット自治区委員会の書記で、チベット人の弾圧で手腕を発揮した陳全国が、2016 年に新疆ウ
イグル自治区の書記に就任してから、ウイグル人への監視・弾圧が特段に強まった。新疆ウイグ
ル自治区は、習近平政権が推進する現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」の戦略的要衝で
もあり、そこに完全に監視され・封じ込められた社会を作り上げることが習近平政権の謀略と言
えるだろう。
陳は、1 年も経たない間に、9 万人を越す治安関係ポストを募集し、ウイグル地域における「監
視社会」の完成を手掛け、2017 年一年間でウイグル自治区の警察の人員が2015 年の6 倍にまで
膨れあがった『参考資料3』。
ウイグル自治区全地域で、500m間隔で交番(便民警務站)が設置され、一つに8−30 名の武
装警察が配備された。アクト県だけで2017 年10 月以降、68 個の交番を新たに設置したことを現
地で当番中の警察がRFA のインタビューで明らかにした『参考資料4』。
陳全国は、ウイグル全地域で上述した「再教育センター」というナチス式強制収容所や以下で
述べる監視社会を作り上げた首謀者・真犯人である。
1.4【最先端の監視技術の実験場】
中国国内には昨年秋の時点で監視カメラが1 億7000 万台設置されており、今後3 年間でさら
に4 億台が追加されると推定されている。監視カメラの多くには人工知能(AI)が搭載され、顔
認証技術などを備えている。その「最先端の監視技術を試行する実験場」となったのは新疆ウイ
グル自治区である。中国政府は2017 年第1 四半期(1〜3 月)にウイグル自治区で10 億ドル(約
1130 億円)以上に相当するセキュリティー関連の投資計画を発表したとウォール・ストリート・
ジャーナル紙が明らかにした『参考資料5』。
国際人権組織ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)は明らかにした情報によると、中国当局
は、問題を起こす危険のある人物を特定し、先んじて拘束するため、新疆ウイグル自治区に大量
のデータを駆使した監視プラットフォームを配備している。この「予測による治安維持」プラッ
トフォームについて、当局が監視カメラの映像や、通話・旅行記録、宗教的志向などの個人情報
を統合・分析し、危険人物を特定するためのものだと説明する。カシュガル市だけで今年3 月、
5100 万ドル(約55 億円)以上を投じて、統合データプラットフォームを含む監視システムを購
入・設置した。この監視カメラシステムは、瞬時にして人の顔と歩き方を識別して個人を特定し、
データベースと照合して年齢、性別、身長、民族アイデンティティを判定。その上、親族や知人
といった人的ネットワークまで割り出すことができるという『参考資料6』。
1.5【政治的信頼度点数表】
ウイグル人の研究者で記者のタヒール・イミン(Tahir Imin)氏は昨年2 月、新疆から米国に
亡命した。同氏はウルムチに住む友人が6 月、当局に拘束されたと話す。定期的な礼拝、パスポ
ートの所持、トルコへの渡航記録が減点の対象となったという。そして「マイナスポイントが70
を上回ると、危険人物と見なされ、警察に通報される。警察はこれを受け、拘束した人物を再教育センターに送る」と明かした『参考資料7』。
以下の「人口個人情報採集表(表1、『参考資料5』)」は、ウイグル自治区全地域で「危険人物」
を割り出すために使われているものである。表の右側に「重要情報」とされた内容は、年齢が(15
〜55 歳)、ウイグル人か、失業者か、パスポート保持者か、毎日礼拝するか、宗教知識があるか、
26 の“センシティブな”国に行ったことがあるか、海外とのつながりがあるかなどである。
また、ウルムチ市の各社区で実際の
登記に使われている「常住戸民族語系
点数表(下表2)『参考資料7』」による
と、各住民一人一人に10 カテゴリーで
10 点ずつ点数付け、ウイグル人の政治
的信頼度を評価している。
例えば、この表の1 番目のイブライ
ム・イスマイル氏(83 歳)には50 点付
けられ、「一般注意人物」とされている。
ウイグル人であれば10 点、パスポート保持者であれば10 点、礼拝していれば10 点、宗教知
識があれば10 点、対象の26 か国のどれかに行ったことがあれば10 点それぞれ引かれ、合計点
数は50 点となっている。この点数が低いほど「危険人物」とされる。もし、この方が55 歳以下
で、海外とのつながりがある人だった場合は、点数が30 点(マイナス70 点)で、即拘束対象と
なり、収容所(再教育センター)に送られることになる。
亡命者の証言によると、誰が礼拝しているか、誰が断食しているか(イスラム・ラマダンの時
期にどの家の人が夜中に起きて明かりをつけているか、職場、学校でお昼ご飯を食べていないか
など)を常にチェックするため、町、村、学校で10 人を1グループにし、相互監視体制を作って
いる。知っている情報を隠した人も罰せられるようになっている。また、政府幹部に住民と「親
戚(双親)」を作らせ、住民の宗教意識、共産党への忠誠心を調べ、人ひとりに点数をつける任務
を与えている。その中で、収容所に入れられた若いウイグル女性がいる家に「親戚」となった漢
族男性が寝泊まりするケースもあるという。


表 1. 人口個人情報採集表 表 2. 常住戸・民族語系

1.6【一般家庭に政府幹部が宿泊】
国際人権組織ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)が「ウイグル人家族の家に中国共産党政
府職員がホームステイしている」と5 月13 日に報告を発表した『参考資料8-9』。報告によると、
ウイグル人密集地域の一般家庭が近年、政府幹部による定期的な「ホームステイ」の受け入れを
強いられている。中国政府による「民族団結」を名目とした厳しい監視が目的とみられ、官製メ
ディアの情報として、当局は2017 年に職員100 万人を同地農村へ派遣したと伝えている。職員
をウイグル人家族と「共に食べ、共に住み、共に労働し、共に学習」させるという。
1.7【スマートフォンにスパイウェアを強制装着】
中国にいるウイグル人はまた、2017 年4 月からスマートフォンにスパイウェア・アプリをイン
ストールすることを強制されている。「ラジオ・フリー・アジア」の報道によれば、「百姓安全」、
「Jinwang」と呼ばれるこのアプリは、政府が市民の携帯デバイスをスキャンし、「テロリストや
違法な宗教に関する映像・写真・ファイル類を所持していないか確認する」ためのものだという。
これらのアプリをインストールすると微信(Wechat)やSNS「微博(Weibo)」のログ、SIMカード
情報、Wi-Fi のログイン情報などがサーバーに送信される。インストールを拒否したり、一度イ
ンストールしたアプリを削除したりすると、10 日間拘束されることがあるとのこと『参考資
料10-13』。
今はすべてのウイグル人が24 時間監視され、Wechat などを通して海外にいる親戚と連絡する
ことも一切できなくなっている。我々海外にいる人たちはウイグルにいる親戚から「連絡しない
で」と言われている。公安警察からハラスメントや脅迫を受けていると思われる。
1.8【全車両にGPS を強制装着】
中国当局また、ウイグル地域にあるすべて自動車に対し、中国版全地球測位システム(GPS)
「北斗」の端末の設置を義務付けたと米政府系放送局ラジオ・フリー・アジア(RFA)が伝え
た『参考資料14』。昨年の6 月30 日までに全車両への「北斗」の端末設置を終える計画となって
いた。重機や工事用の車両なども対象となり、端末を設置していない車両は、ガソリンスタンド
で給油が拒否されるほか、中古車市場で取引ができない。
1.9【ウイグル人のパスポートを没収】
中国国内でパスポートを持っている全てのウイグル人からパスポートが没収され、観光や留学
のため海外に行くことは非常に難しくなった『参考資料15』。海外留学のため、新しくパスポート
を作ることはできなくなった。両親のことが心配で海外から一時帰国した学生のパスポートも没
収されるほか、再教育センターに入れられたケースもある『参考資料16』
1.10【ウイグル人逮捕者数が全国の21%】
中国の人権を監視する国際NGO 組織・中国人権擁護(Chinese Human Rights Defenders)は、
7月25日にウイグル人逮捕者数を発表した『参考資料17』。中国政府が発表した数字によると、
2017 年に新疆ウイグル自治区で、刑事的罪で逮捕された人数は全国の同じ罪で逮捕された総数の
21%を占めたという。新疆人口は中国全国人口のわずか1.5%を占めているにもかかわらずだ。
中国人権擁護は、2008〜2017 年間にウイグル自治区で逮捕された人数の比較調査を行い、2017
年一年で227,882 人が逮捕されたこと、これは2016 年の逮捕者数27,404 人の8.3 倍だったこと
を明らかにした。報告では、これは中国当局が「三股勢力」(暴力恐怖主義、民族分裂主義、宗教
極端主義)名目の厳打(厳しく取り締まり)運動の結果との認識を示した『参考資料18』。


2.中国当局はウイグル住民からDNA など生体データを採集

2.1【検診名目でDNA 採集】
中国国営の新華社通信は2017 年11 月、衛生当局の統計として、新疆の総人口の9 割に相当す
る約1900 万人がこの「検診」を受けたと伝えた。また、中国最大手インターネットポータルサイ
ト「新浪(Sina)」が2017 年11 月1 日、新疆ウイグル自治区衛生計画生育委員会から入手した情
報として、ウイグル自治区は昨年15.85 億元投資し、全自治区で1884.48 万人、その中、南疆4
地区・州(ウイグル密集地域)で912.71 万人(100%)の検診を終えたと伝えた

『参考資料19』。
国際NGO 人権組織の「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(Human Rights Watch)」は、このよ
うな大規模な強制収集は国際人権規約を踏みにじるものだと批判した。
当局に「全民検診」と呼ばれたこの無料のプロジェクトは、12 歳から65 歳までの住民を対象
にDNA や血液のサンプル、指紋、虹彩、血液型などの生体データを集めている『参考資20-23』。


2.2【臓器狩り】

中国新疆出身の在英の元外科医エンヴァー・トフティ(Enver Tohti)氏は、こうした不合理な
新疆地区住民のDNA 採取について、中国移植権威で富裕層や外国人移植希望者のための移植用
臓器となる「生きた臓器バンク」とし、住民を秘密裏に「ドナー登録」しているのではないかと
の推測を述べた『参考資料19』。

中国衛生部(厚生省)の前副部長・黄潔夫氏は7 月26 日、AP 通信のインタビューで、国内ド
ナー登録者は21 万人を数え、2020 年には、中国は米国を抜いて世界一の移植大国になると主張
した『参考資料24』。

第一章でも述べたが、これまでの報道で各収容所から続々死者が出ていて、家族に返す・見せ
ることなく、新しく設けられた一般人が入ることのできない遺体処理・安置所で処理されている。
臓器売買のため、臓器が抜き取られた痕跡のある遺体もあったという噂がある。
以下の写真1,2 はその証拠である。これは観光でウイグルに行った日本人により今年1 月にカ
シュガル空港で撮られた写真であり、空港では「人体器官運送通路」、「人体寄付、移植器官航空


運送保障プロセス」標識の専用通路やスペースが用意され、国家ぐるみで監禁されている人から
強制的に臓器を摘出していることを示す徹底的証拠である。


3.海外在住のウイグル人(留学生、永住者、帰化者)も監視対象に

3.1【在日ウイグル人の被害】

新疆ウイグル自治区で100 万人を超えるウイグル人が「再教育センター」と呼ばれる収容所に
収監され、著しく人権被害を受けていることをアメリカ、ヨーロッパ各国のメディア、政府機関、
国連などが続々報道し、厳しく非難し始めた(下画:アメリカ政府報道)。しかし、日本ではほと
んど報道されていなかった。
2018 年7 月19 日ついに、NHK-BS1 テレビチャンネルの国際報道番組「中国でウイグル族大
量拘束 今何が?」で、中国のウイグル人への弾圧、収容所の実態を報道した『参考資料25』。こ
れは日本において、主要メディアとして初めての報道であった。在日のウイグル人として、まず
NHKの勇気に感謝したい。本当にありがとうございます!

当番組で在日のウイグル人4 名が「家族が収容所に送られ、全く連絡がつかず、生きているか
死んでいるかもわからない」と証言した。8人がインタビューを受け、証言していたようですが
が、時間の制限により全部伝えきれなかったと思われる。この8 名がいずれも、家族が収容所に
収監され、現在どうなっているか全くわからない状況だという。日本にそれ以外にも多くのウイ
グル人の家族が中国で被害を受けている。しかし、その多くはウイグルにいる家族、親戚がさら
なる被害・弾圧を受けることを恐れて、沈黙しているのが実情である。だが、「今こそ、国で沈黙
せざるを得ない同胞に代わって、国外に住む私たちが声を上げるべきときだ」という在日ウイグ
ル人も増えている。
当NHK 番組でも紹介されたが、在日ウイグル人人権団体である「日本ウイグル協会」の呼び
かけで、7 月1 日東京の中心繁華街である新宿で大規模なデモが行われた。これまでに沈黙して
きたウイグル人100 人以上が参加した。デモでは、「不当な拘束をやめろ」、「強制収容所を閉鎖し
ろ」、「家族を返せ」、「お父さんを返せ」、「ウイグルに自由を」、「日本人は我々を助けてください」
と訴えた。7 月7 日また六本木、中国大使館前で150 人以上のウイグル人によるデモがあった。
これほど多くの在日ウイグル人が中国のウイグル人弾圧を訴え、このようなデモに参加したのは
初めてであった。
私たち有識者会が把握した情報では、例えば、一年前に娘を連れて一時帰国したお母さん(M
さん)は、パスポートが没収され、母子とも日本に戻れていない;在日ウイグル人Gさんの弟(24
歳)が今年5月に収容所で亡くなり、遺体を家族に返してくれなかったという。死因は何なのか、
遺体はどこに、どういう方法で処理されたかなどの情報は一切聞かされていない。電話に答えた
親族は「党のケアの元で葬送した、さようなら」といっただけで、他に何も言えなかったという。
その他、在日ウイグル人で中国パスポートの有効期限が近づき、中国大使館に更新手続きに行
ったところ、中国新疆に帰って現地で更新してくるように言われ、更新できなかった人が何人も
いる。その中にパスポートの有効期限が既に切れ、中国に帰ることもできず(中国に帰ると収容
所に送られることが明白であるため)、困っているウイグル人がいる。また、日本の大学院を卒業
したらウイグルに帰るつもりで、日本で就職活動をやっていなかった人で、中国に帰ることを恐
れて、日本に残らざるを得ない人や日本滞在ビザの心配をしている学生も多数いる。
在日ウイグル人(帰化者を含む)の被害状況をまとめると以下になる。


・日本(海外)にいるウイグル人は中国にいるご家族と連絡が取れなくなっている。
・在日ウイグル人でもご家族が収容所に収監された人が多数いる。
・在日中国大使館がウイグル人のパスポート更新申請を受け付けなくなっている。
・一時帰国者が収容所に入れられたりして日本に戻ってこられなくなっている。
・中国にいる家族が人質に取られて、留学生ら自身は帰国やスパイ活動が強要され、「従わないと
家族を再教育センターに送る」と脅迫されるケースが増えている。
・帰化やビザ申請に必要な書類の中国からの取り寄せができなくなっている。


3.2【海外にいるウイグル人の被害】

中国政府はウイグル弾圧の手を海外まで伸ばしている。例えば、以下のような報道がある。

・エジプトで中国のウイグル族の拘束・強制送還相次ぐ
http://www.nhk.or.jp/kokusaihoudou/archive/2017/09/0901.html
Uyghur Students in Egypt Detained, Sent Back to China
https://www.rfa.org/english/news/uyghur/students-07072017155035.html
・海外にいるウイグル人にスパイ活動を強要
Spy for Us — Or Never Speak to Your Family Again
https://www.buzzfeed.com/meghara/china-uighur-spies-surveillance?utm_term=.ndzvJGJgbG
#.aaplb9bgm9
・親族訪問・一時帰国者のパスポート没収、「再教育センター」へ収監
“Uighur graduate student goes missing upon returning to China”
https://www.amnesty.org/en/latest/news/2018/07/uighur-graduate-student-goes-missing-uponreturning-
to-china/


『参考資料』

1. 《新疆维吾尔自治区2010 年第六次全国人口普查主要数据公报》
http://www.stats.gov.cn/tjsj/tjgb/rkpcgb/dfrkpcgb/201202/t20120228_30407.html
2. 2009 年「7・5 ウイグル騒乱」
https://ja.wikipedia.org/wiki/2009%E5%B9%B4%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%82%B0%E3
%83%AB%E9%A8%92%E4%B9%B1
3. 「AI に顔認証……中国がウイグルで実験し始めた監視社会の実態」
https://the-liberty.com/article.php?item_id=13986
4. 500m 間隔で武装警察交番設置, RFA 2017.08.17
https://www.rfa.org/uyghur/xewerler/kishilik-hoquq/aqtuda-68-saqchi-ponkiti-08172017213200.
html?encoding=latin
5. 中国「完全監視社会」の実験場、新疆を行く, Josh Chin and Clément Bürge, The Wall Street Journal,
2017.12.22

https://jp.wsj.com/articles/SB11070217722261694869804583589052841366988


6. ビッグデータで危険人物「予測」 中国の治安対策, The Wall Street Journal, 2018.02.28
https://jp.wsj.com/articles/SB12343497592033114173304584071460854064956
7. ウイグル人の信頼度を決める点数表があった、RFA, 2017.12.20
https://www.rfa.org/uyghur/xewerler/siyaset/uyghur-jedwel-07122017141518.html?encoding=la
tin
8. China: Visiting Officials Occupy Homes in Muslim Region, HRW
https://www.hrw.org/news/2018/05/13/china-visiting-officials-occupy-homes-muslim-region
9. Chinese Uyghurs forced to welcome Communist Party into their homes
https://edition.cnn.com/2018/05/14/asia/china-xinjiang-home-stays-intl/index.html
10. 中国、ウイグル族にスパイウェアのインストールを強制, ベンジャミン・フィアナウ, NewsWeek
Japan, 2017.7.26
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/07/post-8062.php
11. RFA 独家:新疆强迫居民安装手机监控软件 10 哈族妇女微信发言被拘, 2017.07.13
https://www.rfa.org/mandarin/yataibaodao/shaoshuminzu/ql2-07132017112039.html
12. Report: Xinjiang Residents Forced to Download Spyware App, Chinese Regime Can Track and
Censor Users
https://www.ntd.tv/2018/04/13/report-xinjiang-residents-forced-to-download-spyware-app-chin
ese-regime-can-track-and-censor-users/
13. China forces Xinjiang Uyghurs to install mobile spyware, enforces with stop-and-frisk
https://boingboing.net/2017/07/26/jingwang.html
14. Vehicles to Get Compulsory GPS Tracking in Xinjiang, RFA 2017.02.20
https://www.rfa.org/english/news/uyghur/xinjiang-gps-02202017145155.html
http://www.alertchina.com/archives/2265113.html
15. China confiscates passports of Xinjiang people
https://www.bbc.co.uk/news/world-asia-china-38093370
16. Uighur graduate student goes missing upon returning to China
https://www.amnesty.org/en/latest/news/2018/07/uighur-graduate-student-goes-missing-uponreturning-
to-china/
17. Criminal Arrests in Xinjiang Account for 21% of China’s Total in 2017. NCHRD, Jul 25, 2018
https://www.nchrd.org/2018/07/criminal-arrests-in-xinjiang-account-for-21-of-chinas-total-in-2
017/
18. 人权组织指中国当局2017 年以刑事罪逮捕的穆斯林人数是上一年的7 倍多, RFA, 2018.07.25
https://www.rfa.org/mandarin/Xinwen/d-07252018162042.html
19. 新疆投入15 亿多元完成新一轮全民健康体检工程, 新浪(Sina), 2017.11.01
http://news.sina.com.cn/o/2017-11-01/doc-ifynmnae1006240.shtml
20. 中国当局、新疆で1900 万人のDNA 採集 「無料の全民検診」実施, The Epoch Times, 2017.12.15,
http://www.epochtimes.jp/2017/12/30173.html
21. 中国:少数民族からDNA サンプルを数百万人規模で採取
https://www.hrw.org/ja/news/2017/12/13/312755
22. China collecting DNA, biometrics from millions in Xinjiang: report
https://edition.cnn.com/2017/12/12/asia/china-xinjiang-dna/index.html
23. China Is Vacuuming Up DNA Samples from Xinjiang's Muslims
https://www.buzzfeed.com/meghara/china-is-quietly-collecting-dna-samples-from-millions-of?ut
m_term=.reOnBXBjGX#.mabNxJxZqJ
24. 中国衛生部の前副部長・黄潔夫氏「中国は3 年後世界一の移植大国になると主張」
http://www.epochtimes.jp/2017/08/28097.html
25. NHK-BS1 国際報道「中国でウイグル族大量拘束 今何が?」2018.07.19


http://www6.nhk.or.jp/kokusaihoudou/bs22/feature/index.html?i=180719
その他:
ウイグル人の政治的迫害 - 個別事件の簡単な説明概要
Political Persecution of the Uyghurs—Brief Description of Some Individual Cases
https://freedomsherald.wordpress.com/2018/01/19/political-persecution-of-the-uyghurs-brief-descrip
tion-of-some-individual-cases/


第五章 中国のウイグル言語への侵害状況

1949 年に中国人民解放軍の侵攻により共産党支配下に置かれ、1955 年に設置された新疆ウイ
グル自治区(東トルキスタン)の当初は、東トルキスタン・イリ政府と中国共産党の交渉、平和
条約の約束通り、それまでに展開されてきたウイグル言語など独自の民族言語による教育が継続
された。1950 年初頭からは漢語が選択科目として導入されていた。
しかし、1960 年代に入ると次第に漢語教育が重要視されるようになり、漢語が民族学校におい
て必須科目となる一方、漢語学校に設置されていたウイグル語の選択科目は廃止された(リズワ
ン, 2009)。
1977 年から新疆ウイグル自治区政府は少数民族への漢語教育の強化を政策課題としてさらに
強調するようになった(リズワン, 2009;Mamtimyn 他, 2015)。
1982 年制定の中華人民共和国憲法では、少数民族言語による教育が保護されることになった
(Grose, 2010)が、実際には教育現場における漢語への一元化が推進されていった。
1990 年代末からは少数民族の漢語習得、主流文化の吸収が強く促されるようになる(王, 2006)。
2004 年に交付された「全面的に双語教育を推進することに関する決定(関与大力推進双語教学
的決定)」により、ウイグル語の授業のみをウイグル語で行い、その他の科目はすべて漢語で教え
る「双語教育」に取って代わられることとなった(アナトラ,2013;リズワン他, 2014)。
2010 年からウイグル全地域において幼稚園、小学校一年から「双語教育」が実施されるように
なり、中国内陸からウイグル語が知らない漢族教師が大量に投入された(例えば、2017 年4 月
26 ホータン地区・チラ県政府ウェブサイトでの募集(参考資料8)によると、人口13 万人のこの
県だけで1093 人の教師を中国内陸から募集している;またホータン地区政府からも中国内陸向け
の同様な募集(参考資料9)があり、現地一般教師給与の2 倍以上の賃金が提示されている。これ
により、学校ではウイグル語の授業がほとんど行われなくなり、漢語を習い始めたばかりの子ど
もたちに、すべての授業を漢語で行うようになった。一方、これまでに長年ウイグル語による授
業をやって来たベテランの優秀な教師たちが、漢語水準が満たない理由で「下放」された(教育
現場から追い出された)。教育レベル、学生の知力が著しく落ちていった。
この時、ウイグル言語に対する危機を感じた有志の教育者が私立のウイグル語幼稚園、小学校
の設立を試みた。現在トルコ在住のアブドワリ・アユップ(Abduweli Ayup)氏(参考10)がウ
イグル語学校設立を仕掛けた一人である。アブドワリは2011 年アメリカ留学から帰国したあと、
カシュガルでウイグル語学校を立ち上げた。しかし、2013 年にアブドワリ氏を含む学校設立に関
わった3 人(他Dilyar Obul, Muhemmet Sidik Abdurshit)が、寄付で集まった支援金の「横領罪」
で投獄され(明らかに冤罪である)、ウイグル語学校計画が滅ぼされたのである。(その後、アブ
ドワリ氏は治病のためトルクに渡り、現在もウイグル語保護活動を続けている)。
また、中国でウイグル族が直面している現実への理解と問題解決を訴え、当局の政策に批判的
な声を上げた知識人、中央民族大学(北京)の著名なウイグル族経済学者、イリハム・トフティ
ウイグル語教育 → 「双語」教育 → 漢語のみの教育への転化
→ 幼稚園、小・中・高校、大学でのウイグル語使用全面禁止へ


第五章 中国のウイグル言語への侵害状況

准教授(Ilham Tohti, 伊力哈木·土赫提)が「国家分裂罪」に問われ、2014 年9 月23 日、無期懲
役判決で投獄された(参考資料11)。
2016 年に元中国共産党チベット自治区委員会の書記で、チベット人の弾圧で手腕を発揮した陳
全国が新疆ウイグル自治区の書記に就任してから、ウイグル語の使用禁止、漢語教育のみを実施と
いう重大な人権侵害、同化・民族浄化政策を露骨に展開してきた。これは陳の指示で設置した洗脳
のための「再教育センター、強制収容所」や監視社会体制以外のもう一つ謀略である。
ウイグル語禁止政策は以下の各地区政府の通知・通達の内容から見取れる。
2017 年7 月5 日、ホータン地区政府のホームページに、「ホータン地区双語教育規定5 カ条、
小中学校双語教育強化」(《和田地区制定双语教育五条规定,加强中小学双语教育》(参考資料12))
という規定を発表した。内容は(1)国家通用言語文字(漢語)を全面普及し、民族言語を付加
した双語教育原則を堅持すること、(2)2017 年秋学期から小学校入学前の3 年で国家通用言語
文字教育を徹底し、小学校1 年、中
学校1 年から国家通用言語文字教
学を全面実施、2020 年には国家通
用言語文字教学を全体的に実現す
ること、(3)漢語教師がウイグル
語で研修受けるという間違ったや
り方を止めること、(4)教育系統
内、学校内でウイグル語文字、スロ
ーガン、図画などの使用を断固禁止
すること、(5)教育系統の集団活
動、公共活動、管理ワークの中でウ
イグル語の使用を断固禁止するこ
と。以上の双語教育政策に対しての
怠慢、不履行、小細工などをした人
は、「両面派」、「両面人」として厳
重に懲罰される、であった。
そのほか、「ホータン地区学前(入
学前)教師8 カ条ルール」、「ホータ
ン地区国語教育5 カ条規定」などが
ある(参考資料13)。
2017 年10 月10 日、イリ・カザフ自治州イニン県教育局が、自治区教育庁の「少数民族文字教
材補選使用に関する通知」(《关于少数民族文字教材教辅选用有关工作的通知》)を通達し、当県に
おいて、(1)全てのウイグル語とカザフ語の「国語」教材の使用を停止すること、学校にすでに
ある教材は封存すること、(2)国家統編の教材「道徳と法治」、「歴史」教材の少数民族文字に翻
訳が終わっていないものを含め、使用を停止すること、(3)関連学科少数民族文字の教材・補助
資料の使用を停止すること、(4)この「通知」要求により、各学校が教材・補助教材選択・使用
規定に違反してはいけない、問題発覚時はすぐ報告すること、という内容を発表した(参考資料14)。


ウイグル語使用禁止と同時にウイグル語教科書、文学・歴史に関係する出版物の焼却が各地で
行われた(参考資料15-16)。


『参考資料』

1. 新井 凜子, 大谷 順子, 2016, 「新疆ウイグル自治区の漢語教育に見る言語とアイデンティティの
関係」. 21 世紀東アジア社会学2016-第8 号, 1-18.
2. リズワン・アブリミティ, 2009, 「中華人民共和国成立後の新疆における「民族学校」の漢語教育
をめぐる一考察」『アジア・アフリカ言語文化研究』78, 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文
化研究所, 43-77
3. Mamtimyn S., Feng A. and Adamson, B., 2015, “Trilingualism and Uyghur Identity in the People’s
Republic of China” in Evans, D. Eds., Language and Identity Discourse in the World. Bloomsbury.
4. Grose, T.A., 2010, “The Xinjiang Class: Education, Integration, and the Uyghurs” Journal of
Muslim Minority Affairs Vol.30 No.1, The Institute of Muslim Minority Affairs, 97-109.
5. 王柯, 2006, 『20 世紀中国の国家建設と「民族」』東京大学出版社
6. アナトラ・グリジャナティ, 2013, 「中国新疆ウイグル自治区における少数民族双語教育に関する
研究」富士ゼロックス株式会社小林節太郎記念基金
7. リズワン・アブリミティ, 大谷順子, 2014, 「中国新疆におけるウイグル族の学校選択」『21 世紀
東アジア社会学』第6 号, 日中社会学会, 156-171
8. 策勒县人民政府《2017 新疆和田地区策勒县双语教师招聘1093 人公告》,2017 年4 月26 日
http://www.offcn.com/jiaoshi/2017/0426/153572.html
9. 《和田地区于田县面向内地招聘教师简章》2017.08.18
http://www.gzsjyzx.com/client/article/1384
10. ウイグル学校設立者 アブドワリ・アユップ https://en.wikipedia.org/wiki/Abduweli_Ayup
11. ウイグル族経済学者、イリハム・トフティ准教授が「国家分裂罪」で投獄
https://ja.wikipedia.org/wiki/イリハム・トフティ
12. 《和田地区制定双语教育五条规定,加强中小学双语教育》, ホータン地区ウェブサイトより
https://archive.is/nybWu
13. 《新疆禁止幼教信教 教育系统内禁维语》, Radio Free Asia ウェブサイトより
https://www.rfa.org/mandarin/yataibaodao/shaoshuminzu/xl1-09252017102937.html
14. 《RFA 独家:新疆全面停用维、哈文字辅选教材》
https://www.rfa.org/mandarin/yataibaodao/shaoshuminzu/ql1-10132017100200.html
15. 《新疆伊犁、和田等地收缴民族语言教科书》ChinaAid, 2018.04.02
http://www.chinaaid.net/2018/04/blog-post_2.html?m=1
16. Thousands of Uighur Books burned by Chinese Authorities
http://unpo.org/article/101


第六章 中国のウイグル文化・宗教への侵害状況

ウイグル人は、ユーラシア大陸のほぼ中央に位置し、シルクロードとも言われてきた東トルキ
スタン(現“新疆ウイグル自治区”)を中心に暮らす、独自の歴史と文化を持つイスラム教を信仰
する人々である。
ウイグル人は、8-9世紀に約100 年継続した「ウイグル可汗国」(Oghuz Orkhon Khanate)、
9〜13 世紀に約300 年繁栄した「天山ウイグル王国(Uyghur Kingdom of Qocho, 天山山脈北
麓)」と「カラ・ハン朝 (Kara-Khanids Dynasty, タリム盆地)」、16−17 世紀に165 年繁栄した
「セイディア汗国」(Saidia Khanate, ヤルカンド)などを建国していた。
こうした独立のウイグル国家は18 世紀から清朝の支配下におかれ、1884 年に「新しい領土」
を意味する「新疆」という名前が付けられた。それでも、ウイグルの反抗が途絶えず1933 年と
1944 年に「東トルキスタン共和国」として独立国家を設立していた。しかし、1949 年に再び中
国人民解放軍の侵略により、共産党支配下に置かれた。
ウイグルは、かつて仏教やマニ教も信仰した歴史もあったが、8 世紀からはずっとイスラム教
を信仰してきた平和を愛する農耕民・遊牧民である。
ウイグルは、長い歴史の中でアジア、ヨーロッパ文化も吸収しながら、独自の言語(ウイグル
語)や文化・習慣を培って、守ってきたのである。
ウイグルは、古代から音楽・踊りを生活の一部として、それを発展させながら、非常に明るく
平和に暮らしていた。ウイグルの古典音楽「12ムカム」は歌、ダンス、音楽が一体となったも
ので、その素晴らしさが認められ、「世界無形文化遺産」に登録されたほどである。ウイグル人
は中国で「能歌善舞」(歌も踊りも上手な)民族と呼ばれてきた。
ウイグルは、何千年もの歴史の中で、男性はヒゲを生やすのと伝統的な帽子をかぶり、女性は
ベールをかぶるのと肌脚を露出しないようにロングスカートを着るという習慣を作ってきた。
しかし、今現在、中国共産党の支配下にある、実際に全く「自治」のないこの「新疆ウイグル
自治区」で何が起こっているだろうか。
中国でいま、ウイグルアイデンティティーを破壊する重大な人権侵害、同化・民族浄化が行わ
れているのだ!


1.【ウイグル文化への侵害】

1)ウイグルの男性(老人以外)は髭を生やすことが禁止されている。
https://www.bbc.com/news/world-asia-china-39460538

2)ウイグルの女性はベールやロングスカートを着用することが禁止されている。
新疆ウイグル自治区当局は昨年4月1日から、ひげや公共の場所での顔などを覆うベールの着
用を禁じる新たな法律を発効した。
「新疆ウイグル自治区でひげやベール禁止、過激思想対策」(2017.04.01)
https://www.cnn.co.jp/world/35099111.html


第六章 中国のウイグル文化・宗教への侵害状況

China Uighurs: Xinjiang ban on long beards and veils
https://www.bbc.com/news/world-asia-china-39460538

3)街の中で民族衣装、ワンピースや長めのシャツが強制的にカットされる。
これらの写真は、2018 年7 月13 日ウルムチ市内で撮影され、WeChat に投稿されたもの

4)ウイグル学生に中華漢族衣装を着させ、孔子・漢族思想教育を強要されている。

・ウイグルアイデンティティーの破壊・同化
http://freedomsherald.org/ET/cmp/


5)伝統的ウイグル歌舞の代わりに中国漢族文化の戏剧を強要されている。
ウイグル音楽「十二ムカム」が世界無形文化遺産に登録されているなど、ウイグル音楽・
舞踊が有名であり、ウイグル人は「能歌善舞」(歌も踊りも上手な)民族と呼ばれることがあ
るが、このような文化を漢族文化に置き換えようとしている。


6)ウイグル女性を漢民族の男性と強制結婚させられている。
https://news.so-net.ne.jp/article/detail/1582964/
http://www.atimes.com/article/beijing-accused-of-forcing-uyghur-han-intermarriages/

漢族の男性がウイグル族女性の親族を監禁して強要結婚……涙に濡れる花嫁の姿
http://www.cyzo.com/2018/06/post_164302_entry.html
Beijing accused of forcing Uyghur-Han intermarriages
http://www.atimes.com/article/beijing-accused-of-forcing-uyghur-han-intermarriages/
31


2.【宗教への侵害】

1)モスクの閉鎖、モスクへ中国旗と監視カメラを設置
https://www.rfa.org/english/news/uyghur/mosques-08032017153002.html
http://america.aljazeera.com/articles/2013/9/18/uighurs-bow-downtochineseflagatxinjiang
mosque.html
https://www.rfa.org/english/news/uyghur/urumqi-07072010084824.html
https://www.engadget.com/2018/02/22/china-xinjiang-surveillance-tech-spread/
2)モスクに政府系監視係の職員を配置
Xinjiang Authorities Convert Uyghur Mosques Into Propaganda Centers
https://www.rfa.org/english/news/uyghur/mosques-08032017153002.html
3)18 歳以下の全員、学生、教師、職員の礼拝、断食など禁止
https://www.telegraph.co.uk/news/worldnews/asia/china/5794696/Chinese-authorities-ban
-Uighurs-from-mosques.html
https://www.theepochtimes.com/communist-regime-bans-people-under-18-from-attendingmosques-
in-xinjiang-china_1730829.html
4)モスクで行われて来たウイグル伝統的葬式に家族以外の人々の参加禁止
5)ウイグル人ボランティアの遺体清浄禁止
https://www.rfa.org/uyghur/xewerler/din/meyit-yuyghuchi-ayal-02192018135741.html?enc
oding=latin
6)当局管理下の遺体処理・葬儀場(葬儀サービスセンター)を設立
https://www.rfa.org/uyghur/xewerler/kishilik-hoquq/xitay-uyghur-miyit-ishlirigha-qol-tiqti-
04062018235849.html?encoding=latin
7)ウイグル人密集地に火葬場建設
ウルムチ沙依巴克区 火葬场保安員の公募
33
中国のウイグル人への弾圧状況についてレポート
在日ウイグル人有識者会議
https://m.wlmq.com/0010155185.html
https://www.rfa.org/uyghur/xewerler/kishilik-hoquq/jeset-koydurush-06122018145148.html
?encoding=latin
https://www.rfa.org/uyghur/xewerler/kishilik-hoquq/jeset-koydurush-06132018153137.html
?encoding=latin
https://www.rfa.org/uyghur/xewerler/kishilik-hoquq/jeset-koydurush-06142018151310.html
?encoding=latin
8)新生児にイスラム系の名前を付けることを禁止するほか、一部大人の名前の改名を強要
https://www.voanews.com/a/china-issues-ban-on-many-muslim-names-in-xinjiang/3826118
.html
https://www.telegraph.co.uk/news/2017/04/25/china-bans-islamic-baby-names-muslim-maj
ority-xinjiang-province/
9)収容所でウイグル人に豚肉とアルコールを強要
イスラム教徒に豚とアルコールを強要する中国・ウイグル「絶望」収容所
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/05/post-10194.php

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/205.html#c2

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