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2011年7月13日15時14分 〜
記事 [エネルギー2] 酒税法改正に反対しないとガソリンが値上げされる
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20110713/plt1107131111002-n1.htm
2011.07.13 夕刊フジ
震災の復興財源として、政府では、酒税の増税や地球温暖化対策税(環境税)の転用を検討。なかでも酒税はビールより税率が低い発泡酒と第3のビールがターゲットになるという。まさにフトコロ直撃だ。
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震災直後から長期間にわたる謎のガソリン高騰とカルテルに対抗するため以下のような情報を発信してきた


ガソリン代用品を100円以下で作る方法
http://d.hatena.ne.jp/mytestdone/20110429/1306839440

合法アルコール「製造」法
http://d.hatena.ne.jp/mytestdone/20110429/1309627015

これの影響もあったのかガソリンの値段は一時期より下がってきている。しかしここで酒税法が改正されてしまうと、この方法も潰されて、また値上げが始まることになると推測される。ガソリンに関しては不思議な現象が非常に多い。

ガソリン150円超えてもバイオエタノールが販売されない謎
http://d.hatena.ne.jp/mytestdone/20110422/1303513765


震災後に中国から提供されたガソリンが、震災後も生きていた秋田の港に行かずに西日本に運ばれる謎現象
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110401-00000006-rcdc-cn

これ以上おかしなことになるのを避けるためにも、自分達で対抗できる手段をつぶされないようにしないといけない

http://www.asyura2.com/09/eg02/msg/402.html

コメント [原発・フッ素14] 東電が償うまでたたかう/福島・双葉郡の被災者 東京でデモ (しんぶん赤旗) 東電担当者の前で悔し涙溢れる  赤かぶ
05. 2011年7月13日 15:18:22: iQinVlOl1c
東京電力は近代史上最悪の迷惑テロ企業。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/257.html#c5
コメント [カルト8] 浜田復興政務官、大地震はアメリカの地震兵器の可能性・ameblo(多重債務国は、疑念を晴らす又は謝罪する義務があります) 小沢内閣待望論
17. 2011年7月13日 15:18:27: Bg5PHhzI6o
>>14

この浜田といい民主党の政権運営といい、頭にきてるからですけど?
否定することの何が都合が悪いの?
貴方の妄信しているものを否定してしまって申し訳ないですねえ。

>>15

洗脳されてるの?
私は日本人ですが、貴方は洗脳されて無い外国籍の方ですか?
貴方が洗脳されていないというということきちんと示してみてもらえませんか?
もしかしてユリゲラーも耳が大きくなるマギー審司も本当は超能力者なんですか?
面白そうなのでお聞きしますよ。
まあその必死こいて実用化しようとしている姿勢は大切だと思いますが、地震と関係ありませんけど。
http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/368.html#c17

コメント [原発・フッ素14] 南相馬市が「帰還要請」 市外避難2万8000人来月中に ドキッ!プロ奴隷だらけの水泳大会
03. 2011年7月13日 15:18:38: U97DxFtWeE
もちろんこれは南相馬市、地方自治体の判断であり国からではない

この状況で、自治体任せ?

目の前の危機に真摯に向かい合えない首相が政府が国が
将来に何が出来よう
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/260.html#c3

コメント [エネルギー2] ドコモ、発電事業参入へ 基地局で太陽光や風力 蓄電
01. 2011年7月13日 15:18:55: FUviF2HWlS
電電公社(現NTT)の分割民営化の際に突如通信事業に参入して第二電電(現KDDI)を設立した東京電力に対して、NTTがやり返すわけですね。

http://www.asyura2.com/09/eg02/msg/399.html#c1
コメント [原発・フッ素14] テロリストになって闘い,死ぬ! (飯山一郎HP) 極楽とんぼ
65. 2011年7月13日 15:20:00: ieWTAudjoA
24,39,47さん、賛成。さすがに日本では天安門的キャタピラ殺人はないでしょうから、地方からも大挙して参加する巨大デモは良いと思います。29さんのガンジーてき非暴力の不服従で。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/174.html#c65
コメント [原発・フッ素14] 小出裕章・たね蒔きジャーナル7月12日(牧村しのぶのブログ) gataro
09. junmeitora 2011年7月13日 15:20:54: NmElaIlREBQiE : F5OWTjec8A
02さんへ
 この問題は、自社の利潤追求から起きた雪印や他の食品偽装問題とは、まったく異なる性質のものです。
悪いのは、国や東電であり、安全とばかり言っていた御用学者たちではないでしょうか?
畜産農家の人たちは、牛が、内部被ばくしていることなど、知らずにいたかもしれません。
一番の被害者は、畜産農家の方たちなのに、加害者の烙印を押され、どんなに悔しく、悲しい思いをしているのか、思いやってあげてください。

あなたが、彼らだったら、どうでしょうか?
小出先生は、その思いやりから、福島の農家を守らなくては、いけないと話されているのです。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/233.html#c9

コメント [原発・フッ素14] 菅首相の「私は原子力依存からの脱却をめざす」という答弁をプイと知らん顔で無視する大手メディア(答弁内容付き) あっしら
17. 2011年7月13日 15:22:34: U97DxFtWeE
あ、そうそう
昨日の法ステに与謝野が出ていて、なんか気持ち悪いこと言うとったんだが
あれ引き抜いたの、一応 菅だよね
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/244.html#c17
コメント [原発・フッ素14] 菅首相に「埋蔵電力」問題でどやしつけられた経産省の松永事務次官と細野資源エネルギー庁長官 あっしら
48. 2011年7月13日 15:23:12: JTKCrxafHo
「ストレステスト」は原発の推進の為のテストにしかならないだろう。
お墨付きを与えるだけで第二の安全神話の始まりになりかねない。
ストレステストといっても色んな目的、方法、手段があるので、正式発表されていないうちは何とも言えませんが、テストをシュミレーションしてみると最終的にたどりつく結果は原発推進にしかなりません。
国民の安心感を高め、永久的に廃炉にしない為や新設するための道具に利用されることにもなりかねません。
ストレステストを実施することによって安全性を高める方向に持っていくことは可能ですが脱原発につながるとは思えません。()

私がもし、ストレステストの責任者や担当者なら ストレステスト実施 → 一部の部材の補強や交換 → 原発の継続 の方向に持っていくだろうね。
残念だが、それで多くの国民は騙されるでしょう。

ストレステスト=脱原発にはならないと思いますし
無能な菅直人総理の元での脱原発は危険だと感じますが・・・・。


http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/185.html#c48

コメント [原発・フッ素14] 南相馬市が「帰還要請」 市外避難2万8000人来月中に ドキッ!プロ奴隷だらけの水泳大会
04. 2011年7月13日 15:23:41: d3ytC7sV8n
放射能汚染は人体に影響が軽微であるという路線で動いていくのだろう、
菅政権の限界かもしれない、この辺りが。

不幸な事に、もう一度水素爆発が起きて死者が多量に出る
原発敷地外からもということがないと理解できないのかもしれない。

日本人は政府の不作為によってより一層の
放射線の悪影響を感受しなければならないのかもしれない。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/260.html#c4

記事 [原発・フッ素14] 原発代替の化石燃料使用「法人税3割増税と同じ」 経財相 [日経新聞]ウソにもほどがある!原子力委も原発コスト高に転換

原発代替の化石燃料使用「法人税3割増税と同じ」 経財相 [日経新聞]
2011/7/13 13:53

 与謝野馨経済財政相は13日午後、日本記者クラブで記者会見し、福島第1原子力発電所の事故に伴い停止中の原発再開にメドがたっていないことに対して「脱原発は簡単に言えるが、原発の代わりに化石燃料を使うと、比喩としては正しいかどうか分からないが、法人税を3割増税したと同じコストアップが発生する」と慎重な姿勢を示した。〔日経QUICKニュース〕


http://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C9381949EE3E1E293978DE3E1E2E5E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2;at=DGXZZO0195166008122009000000


原子力委員会、原発の経済性を議論 [日経新聞]

2011/7/12 13:17

 内閣府原子力委員会(近藤駿介委員長)は12日、原子力発電の経済性を有識者を交えて議論した。植田和弘・京都大学教授が、補助金や廃棄物処理の費用も含めると、原子力発電のコストは1キロワット時あたり10円程度になるとする大島堅一・立命館大学教授らの試算を報告。2010年版のエネルギー白書などで同5〜6円とされているのは過小評価と語った。火力(7〜8円)や水力(8〜13円)に比べても決して安い電源ではないと指摘した。
 近藤委員長は「大変重要な問題で、今後も議論していきたい」と表明。委員も火力や水力、太陽光なども見落とされているコストを考慮したうえで、改めて比較検討する必要があると応じた。
 植田教授はコスト比較は難しいとしつつも「経済性を理由に原子力発電が推進されてきたが、最も安い電源とはいえない」と話した。

http://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C93819595E3E0E2E2878DE3E0E2E5E0E2E3E39790E0E2E2E2;at=ALL;av=ALL;au=DGXZZO0195599008122009000000

http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/263.html

コメント [原発・フッ素14] 南相馬市が「帰還要請」 市外避難2万8000人来月中に ドキッ!プロ奴隷だらけの水泳大会
05. 2011年7月13日 15:28:39: FA4ov3e3kE
福島県は人口流出を食い止める為に必死なようだ。
各県に対し、夏休みの子供避難(疎開)を受け入れないよう昨日通達出したらしい。
南相馬市長、県知事から何か脅迫されているのだろうか、桜井市長らしくない感じだ。
セシウム牛肉のせいか?
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/260.html#c5
コメント [原発・フッ素14] 東日本大震災:プールから微量放射性物質検出−−4小学校 /福島 ドキッ!プロ奴隷だらけの水泳大会
01. 2011年7月13日 15:29:17: qpAJPpOG9E
この数字は信じられんなあ。

まあ、仮に正しいとしても、プールって毎日掃除するわけじゃないよね。
掃除して水入れて、一週間後にはもっと数値が悪化してるはず。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/261.html#c1

記事 [カルト8] 陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記 その13
陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記 その13

●『杉山茂丸伝』ー(4)

★第二章 日清開戦の機運 も目次に見るとおり興味深い記述が続くが、
 
 落合論文の関連として、よりテーマに近い第三章へ進みます。

 ★第三章 膨張する視座

 ●幻の『露西亜亡国論』

 三国干渉の副産物は閔妃暗殺事件だけではない。内田良平の『露西亜亡国論』の発行もその一つだった。明治34(1901)年に彼が主催する黒龍会から出された対露主戦論を説いた書で、以下の三つの内容が記されていた。
一、日露戦争の予言。
二、その戦争で日本が勝利する予言。
三、日本の勝利で帝政ロシア(ロマノフ王朝)が滅び、革命ロシアが出現する予言。
 内田も福岡の玄洋社出身者で、日清戦争のきっかけを作った天佑侠の一人として東学党を助けた一人であった(第二章参照)。そのため三国干渉で遼東半島の返還を求めてきたロシアに反感を抱いたのである。
 
三国干渉から4ヵ月後の明治28年8月下旬、彼はロシア偵察のために単身ウラジオストックに入った。その後一旦帰国し、翌明治29年春に再びウラジオストックに赴き、柔道場を開設しながら密偵を続けた。ウラジオストックーバイカル湖−イルクーツクーペテルスブルグーストレーチエンスクーウラジオストックのルートの往路でシベリア横断探査を行ったのが明治30年8月で、翌31年7月に帰国して、日露戦争に備えた民間組織として明治34年2月に黒龍会を立ち上げるのだ。頭山満の主催する玄洋社が筑前勤王党の遺族や遺児によって組織されたのに対し、黒龍会は更に若い世代と幅広い人脈を集めて全国的な組織として作られた(黒龍会の初期陣容には、天祐侠の系譜を継ぐ玄洋社員や『二六新報』の記者、民権党派のメンバー、社会主義研究会をつくった人物など多彩な顔ぶれがあった)。その結果、内田がロシアの内情分析に基づく対露主戦論として明治34年9月に、前掲の『露西亜亡国論』を黒龍会から出版したのである。しかしロシアとの開戦を予言する過激な内容に政府は即刻発禁処分を決め、全てを押収した。ちなみにこのときの内閣は第四次伊藤博文内閣で、親露政策を進めようとしていた伊藤の逆鱗に触れた結果だった。このため内田は政府と交渉し、内容を少しやわらげたものを『露西亜論』と改題してようやく出版に漕ぎつく。このような経緯により、発禁処分となった『露西亜亡国論』は表紙以外に現存していない。
 
一方、内田がロシア偵察を始めた頃と思われるが、杉山茂丸も、「新潟にてウラジオストックより密航し来たる同志に面会して、またこちらより同方へ密航させねばならぬ用向きに従事した」と『百魔』で語っている。つまり彼もロシアの動きを探っていたのだ。このとき山岡鉄舟の門下生だった新潟県知事の籠手田安定(こてだやすさだ)に面会しているので、籠手田の赴任期間である明治24年4月から明治29年2月までの間の話であったことがわかる。籠手田はロシア偵察の問題で官憲が動き始めているから気をつけるよう茂丸に情報を流した。日清戦争に前後する時期に、★茂丸もまた内田と同様、ロシアの動きに敏感になっていたのである。
 
日清戦争と日露戦争は戦った相手が違うので異なる戦争名になっているが、茂丸や内田の意識の中では、二つの戦争は連続したものだった。


●台湾鉄道の敷設

 台湾に近代的な鉄道を敷いたのは日本だった、といっても過言ではない。日本本土で鉄道が近代化の原動力だったように、日清戦争後に日本の統治下に置かれた台湾でも、台湾鉄道を敷くことで近代化が進むのである。これを植民地政策という言葉で切って捨てれば簡単であるが、現実は日本政府が多くの負担を強いられた。そして、この事業に中心的に関わった長州人に、工学博士の長谷川謹介が知られている。安政2(1855)年に厚狭郡千崎村(現山口県山陽小野田市千崎)に生まれた長谷川が明治32年4月、44歳のときに台湾鉄道・敷設部技師長となり、台湾鉄道敷設に邁進したからだ。第四代台湾総督の児玉源太郎が、同じ長州出身の長谷川に台湾鉄道敷設の一切を任せた結果である。

 しかし、その先駆けとなったのは杉山茂丸だったことを知る人は少ない。明治29年から30年にかけて茂丸と同居した月成勲は、ハ丁堀の事務所へ毎日出向き、台湾鉄道会社の出資者を求めるために茂丸が奔走していた様子を昭和10年8月1日付の『玄洋』で語っている。つまり最初は、台湾鉄道も民設で計画されていたのだ。
 
 台湾鉄道は清国統治時代に基隆から新竹までが敷設されていたが、台湾北部の一部に過ぎず、しかも線路の勾配がきつく、汽車が壊れたりで日清戦争後は使えない状態になっていたのである。そこで初代台湾総督に就任した★樺山資紀が明治28年8月に「南北縦貫鉄道の敷設」「基隆築港」「道路開墾」の三本柱を政府に建議したことで、台湾鉄道の整備がはじまる。これにより近衛篤麿をはじめとした265名の連盟で、明治29年5月に台湾鉄道株式会社創立の願い出が台湾総督府に提出された。総代には頭山満から筑豊炭田を買い取った原六郎や、財界の大物の渋沢栄一、茂丸が福岡県令に勧誘した安場保和たちが名を連ねていた。茂丸が奔走したのはこの頃で、測量隊を組織したり、同ホウ義塾を開設して以来付き合いのある広崎栄太郎(第二章参照)を横浜の米国商館に遣わして機関車や機械類の調査をさせたりした。河原アグリに聞かせた築地一丁目の待合「柏屋」の暢気倶楽部(第一章参照)を拠点に、台湾鉄道敷設の準備を進めていたのである。

 ところが突然の計画変更を迫られる。日清戦争後の不況で株式募集が困難となり、台湾鉄道株式会社が行き詰まるのだ。以後は政府が公債を発行して資金を集めたことで、明治32年11月7日に台湾総督府・鉄道部官制が発布され、官設の鉄道として工事がッ進んで行く。長谷川謹介の活躍も、そこからだった。それから9年後の明治41年11月24日に台湾縦貫鉄道開通式が行われた。このとき茂丸は、「台湾鉄道全通式ノ大典ヲ祝ス」(『台湾鉄道史 下〔未定稿〕』)という祝文を寄せている。

●台湾銀行の創設

 明治29(1896)年度の日本政府の全税収が8000万円だった当時、台湾への国庫補助として690万円もの大金が当てられた。第二次松方正義内閣の時代だが、これがもとで明治30年末に内閣は総辞職する。台湾を一億円でフランスに売却する案が出たのも、この頃だ。

 続いて誕生したのが第三次伊藤博文内閣(明治31年1月12日成立)である。しかし台湾という大赤字を抱えていることに変わりはなく、そのため大蔵大臣になり手がなかった。第二次伊藤内閣で蔵相を務めた渡辺国武も就任を断り、伊藤は仕方なく友人の井上馨に無理をいって大蔵大臣を任せることになる。

 台湾経営がうまく行かなかったのは樺山資紀、桂太郎、乃木希典という歴代台湾総督が抗日ゲリラとの戦いに明け暮れていたことにも象徴されていた。そこで第三次伊藤内閣で陸軍大臣として入閣した桂太郎は、同じ長州出身の児玉源太郎を第四代の総督に据えることにした。そのうえで岩手県出身の後藤新平を民政長官に任命し、この二人のコンビにより台湾統治を成功させてゆく。

★その児玉、後藤コンビの裏にいたのが杉山茂丸だった。後藤が民政長官として手腕を発揮しはじめた明治32年頃、茂丸は浅草観音の裏にあった吾妻座という芝居小屋に後藤と入り、芝居見物をしながら台湾経済が自立できる方策として台湾銀行の創設を口にした。そのとき後藤が興味を示したことで、茂丸は次に経済通の松方正義を訪ね、自らの石炭貿易の経験から、香港経済の発展の裏にイギリスの香港上海銀行の存在があることを訴え、台湾にも同じような銀行を作るべきと進言したのである。

 台湾銀行の設立計画が表面化したのは、それから1カ月後だった。児玉が東京にいた茂丸の所へ銀行の頭取の人選を願い出たのである。このとき茂丸は郷土の友人で財政経済学者の添田寿一を推薦した。こうして台湾銀行は明治32年に創設されたのである。なお、後年、台湾銀行が経営破綻した理由を、後藤が民政長官から南満洲鉄道総裁に転任した際、台湾銀行を大蔵省直属にして中央集権化したからだと茂丸は語っている。台湾銀行は台湾を自立させるための銀行であるべきと彼は考えていたのだ。

一方、台湾の基幹産業の育成にも茂丸は寄与していた。児玉が総督として台湾に赴任する直前、築地の瓢屋(ひさごや)に茂丸を呼び出して意見を聞いたことがあった。茂丸は、「砂糖で台湾経済のもとを立てその上にて他の行政軍備の基礎となすべき他の生産の調査を進めてみたいものと思います」と答えた。これに児玉が同意したことで、以後製糖業が台湾の経済政策の柱となるのである。その後、後藤が新渡戸稲造を台湾総督府技師として招き(明治34年)、品種や栽培方法のの改良を加えたことで台湾の製糖業は軌道に乗った。

 続く。

●『杉山茂丸伝』ー(5)

★第三章 膨張する視座 

●経済策士の資本主義

 第二次伊藤内閣が戦った日清戦争の勝利で、日本は新たな一歩を踏み出す。それは近代資本主義社会へ仲間入りする第一歩であった。ここにおいて杉山茂丸は早くも海外貿易で資本主義の現実を知っていたと息子の夢野久作は見ている。「その頃は支那に於ける欧米列強の国権拡張時代であった。したがって彼、杉山茂丸は、その上海や香港に於いて、東洋人の霊と肉を搾取しつつ欝積し、発酵し、糜乱(爛)し、毒化しつつ在る強烈な西洋文化のカクテルの中に、いわゆる白禍の害毒の最も惨烈なものを(父は)看取したに違いない。資本主義文化が体現する処の虚無思想、唯物思想の機構の中に血も涙もない無良心な、獣性丸出しの優勝劣敗哲学と功利道徳の行き止まり状態を発見したに違いない」(『近世快人伝』)
 同時にまた、この行き止まり状態を克服するのも近代資本主義に他ならないことを茂丸は香港で知るのだ。それは香港にいた中川恒次郎(領事)の紹介で知り合ったイギリス人商人・シーワンとの関係からはじまった。あるときシーワンが、日本の発展のためには工業立国になる必要があると説いたからだ。イギリスのように安い原料を輸入してそれを加工し、完成した製品を外国に高値で輸出すれば日本は豊かになると教えたのである。しかも日本には石炭が豊富にあることで火力エネルギーに恵まれ、川の流れも早く水力発電で電力エネルギーも得やすいので、工業発展の条件はそろっているというのである。ただし工業発展のための工業銀行や、農業育成のための農業銀行という具合に、それぞれの分野に専門銀行を作り、低利で金を借り易くすることが必要であると指摘した。

 茂丸が大蔵大臣の根方正義と銀行論争したのも、その頃である。松方が開墾拓殖のための勧業銀行を設立したいと考えていたのに対し、茂丸は工業銀行を優先させるべきと論争になったのだ。もっとも松方は既に総理大臣経験者で、一方の茂丸は無為無冠の青二才。そんな若造を相手に、松方は何時間でも真面目に相手をした。茂丸は当時のことを次のように回想している。「日本の経済の神様と称せられた松方正義候と、端なく経済上の意見を異にし、暇さえあれば経済上の意見を戦わして侯爵邸に出かけて行って、深夜まで話をしたものであった」(『俗戦国策』)

 経済策士の異名を持つ茂丸の経済的知識は、海外貿易の経験やシーワンからの教授、そしてこのときの松方との論戦によって培われた。もっとも茂丸の工業銀行設立案は松方を説得できず、松方は次の答えを返しただけだった。
 「アータの議論も、もっともとは思いますが、マア勧業銀行の方は皆が意気込んヂョリますから、先にやりますことに致します」


●第一回渡米と八幡製鉄所

 日清戦争後の第二次松方内閣当時の話である。香港貿易で工業銀行の必要性を痛感した杉山茂丸は帰国後に横浜に赴き、知人のアメリカ人、ジェームス・モールスを訪ねて香港でのシーワンとのやり取りを話した。このときモールスが、資本主義を学ぶならアメリカの工業資本を手本にすると良いと言ったことで、茂丸はアメリカ行きを決める。

 茂丸はまた、暢気倶楽部の一員で渡米経験のある金子堅太郎(農商務次官)にもそのことを伝えた。すると金子も茂丸のアメリカ行きに大賛成した。製鉄所の設置案は早くも明治24年、第一次松方内閣で第二回帝国議会に提出されており、日清戦争後に急速に現実味を帯びた話として進み始めていた。その結果、金子を委員長とする製鉄事業調査会が立ち上がり、明治29年には400万円を越える設立予算が通っていたのである。金子にしてみればアメリカの工業界の現状を茂丸に調査してきて貰いたかった。しかし毎度のことながら茂丸には渡米のための費用がなかった。そ
こで若い頃から世話になっている大阪の豪商、藤田伝三郎のもとに走るのである。

 藤田は3000円の渡航費を貸し、茂丸は横浜に戻って再びモールスと具体的な渡米計画を打ち合わせた。ニューヨーク、シカゴ、フィラディルフィア、バッファロー、そしてその西南に位置するダンカークの各地で鉄鋼会社や貿易会社を経営する社長たちにモールスが紹介状を書いてくれたのもこのときだ。しかも茂丸が関係していた朝鮮の京仁鉄道や神戸水道を敷設した手数料の名目で、滞在費2万円を援助してくれた。ところがこの2万円を茂丸は頭山や玄洋社社員たちに分配したのだ。外務省の友人から「通訳を連れて米国に行くのに、3千円位で行けるものか」と揶揄されたが、実際、滞在費用が足らなくなった。幸いにも藤田が3000円の小切手を追加で送付してくれたので、明治30年9月末に横浜からチャイナ号でアメリカ行きを果たせるのである。このとき同行の通訳がモールスの斡旋した清水林吉で、彼と二人でアメリカ中を走り回って必要書類を手に入れていく。
 もっとも視察旅行が順調だったわけではない。列車でニューヨークからバッファローに向かう途中、ハドソン川岸の崩落事故に遭遇しかけている。幸い一列車遅れたことで一命をとりとめたが、ワシントン在住の駐米大使の星亨から彼らの無事を外務省に報告する一幕もあった。ともあれ二人は11月3日に何ごともなく横浜に戻ることができたのである。

 帰国後、暢気倶楽部の会場だった「柏屋」に農商務大臣を辞めたばかりの榎本武揚を招き、日本にも近代的な製鉄所が必要であると茂丸は力説した。そしてアメリカで手に入れた資料を榎本の部下だった金子に渡した。このことで、八幡製鉄所が設立され、明治33年11月に第一炉(東田高炉)が完成する。時は流れ、既に第四次伊藤内閣のときである。
   続く。
 


●『杉山茂丸伝』ー(6)

★第三章 膨張する視座
 
 ●第二回渡米とJ・P・モルガン

 明治30(1897)年11月に第一回目の渡米を終えた杉山茂丸は盲腸炎にかかり、翌31年1月まで赤十字病院に入院していた。第二回目の渡米を果たすのは盲腸炎が治った3月のことである。それは当初からの目的であった工業発展のための銀行設立の調査で、交渉相手はアメリカ一の金融王ジョン・ピアポント・モルガン(J・P・モルガン)だった。彼は1893(明治26)年の金融不安を解消し、以後はアメリカ最大の鉄道グループを従えた大実業家である。そのためモルガン商会の法律顧問フレディック・ゼニング宛てに金子堅太郎が書いてくれた紹介状を携え、金子が用意した通訳の神崎直三を随行させての大がかりの旅となる。

 一方、第二次松方正義内閣で農商務省次官を務めた金子は、在任中に工業銀行の必要性を首相の松方から聞いていた。かつて茂丸との銀行論争で議論にあがったものだが、渡米経験のある金子はニュー∃―クの銀行が低利で資金を融通していることでアメリカ経済が発達した実際を知っていた。そこで明治30年春に農商務大臣の榎本武揚が辞表を出したことで一緒に下野したのを機に、茂丸を呼んで製鉄所の建設案(前述)や工業銀行の創設案を話し合っていたのだ。

 茂丸と神崎がニューヨークで泊まったのは、五番街を挟んでマジソンスクゥエアガーデンの向かいに建つフィフスアベニューホテルだった。そこに金子から連絡を受けていたゼニングが迎えに来たので、二人は馬車でモルガン商会へ赴いた。茂丸は部屋に待っていたモルガンに、日本をはじめとするアジアの現状を片言の英語で説明し、モルガン商会によるアジア開発の代理を務めたいと口にした。そのために低金利で外資を導入した銀行を立ち上げたいとヽ申し出たのである。モルガンは次の五つの条件を満たすなら融資は可能と答えた。

一、工業開発会社を設立し、債権を発行して日本政府が保証すること。
二、貸出願は一億ドルから一倍三千万ドルまで。
三、貸出年限は五〇年。
四、利息が高いと事業利益が減るので五パーセント以上の利息は取らないこと。
五、モルガン商会への支払利息は三・五パ−セントで、工業開発会社への
マージンは1.5パーセント(『俗戦国策』)。
 『其日庵叢書第一篇』の「借金譚」で自ら語るよう、茂丸の一生は借金の連続だった。そしてついにニューヨークでモルガンから一億三千万ドルの借入れを約束するに至るのだ。実に日本の近代資本主義の第一歩は、経済策士の杉山茂丸の借金によってもたらされたことになる。このとき茂丸はモルガンに覚書が欲しいと申し出た。モルガンは傍らのタイピストに契約内容をタイプ打ちを命じたが、そのメモ書きこそが明治31年、第三次伊藤内閣で伊藤博文と井上馨に提出された工業発展を目的とする銀行設立のための基礎資料となるのである。茂丸たちが二度目の渡米から帰国したのは明治31年4月頃だった。

●ニューヨーク

 ニューヨークのフィフスアベニューホテルに星一(はじめ)が訪ねてきた。
 SF作家星新一の父で、後に星製薬の社長となる人物だが、このときは教会の無料宿舎暮らしをしながらコロンビア大学で学ぶ苦学生だった。そのため日本の新聞や雑誌を英訳してアメリカの新聞社に売り込むアルバイトをしていたのである。異郷での貧乏生活を物語るように星の靴はボロボロで、それを目にした茂丸が丈夫な編み上げ靴を10足買って与えたのがこのときだった。全部履き破るまで仕事と勉強に励めという意味があった。
 星新一の『明治・父・アメリカ』によると、アメリカ留学を考えていた星一が神田の英語塾に通っているとき、同じ塾で学んでいた同世代の安田作也という人物から茂丸を紹介されたということである。その頃、茂丸は芝佐久間町の信濃屋という宿屋を下宿兼事務所に使っており、星はそこで茂丸と初対面を果たすのだ。日清戦争がはじまる前の明治26年の話で、その翌年、屋は勉学のために自費で渡米した。

 茂丸が靴10足をプレゼントしたのは、異郷で再会した星に懐かしさを感じたからだ。その励ましが通じたのか、翌明治32年に星はニューヨークで永続した最初の邦字新聞『日米週報』を発行し、更に翌々年の明治34年にブロードウエーのビルに事務所を構えて月刊英文誌『Japan & America』の創刊に漕ぎつく。

 ところで茂丸の方は、この頃、ニューヨークで何を見、何を感じたのか。
 オランダ人移民の街(*ニューアムステルダム)として始まったニューヨークは、その後イギリス人の街として拡大し、19世紀には多民族都市の様相を見せていった。特に1881(明治14)年からロシアでユダヤ人大虐殺が始まると、排斥されたユダヤ人たちが詰めかけ、欧州の貧民層や迫害者の受入先となった。この頃からニューヨークは活気に満ちはじめる。1875(明治8)年に10階建てのウェスタン・ユニオン本部が設置されたのを皮切りに、高層ビルの建設ラッシュに突入し、人と物と情報の集積地となった。大経済国への道は、亡命ユダヤ人たちの経済活動の結果であり、それを象徴する場所がニューヨークだった。

 だが茂丸の滞在と重なる1898(明治31)年にアメリカは新しい局面を迎えていた。米西戦争でスペインに勝利したことでアメリカはフィリピン諸島、グアム島、プエルトリコ島をスペインから奪い取り、更にハワイ諸島を併合する。海外膨脹主義や帝国主義の熱気がニューヨークには漲っていた。ヨーロッパの移民から始まった国が、世界帝国の第一歩を歩き始めたときだ。その何とも形容しがたい熱風の中に、茂丸は近代日本のモデルを発見したのであろう。

●日本興業銀行

 東京駅丸ノ内界隈は巨大ビルの乱立地帯だが、中でも圧巻は大理石に覆われた絢爛豪華な日本興業銀行である。明治31年初頭に杉山茂丸が第2回目の渡米をし、J・P・モルガンと交渉した結果が、この銀行になるのだが、設立までには紆余曲折があった。
 2度目の渡米から帰国した茂丸の動向は経済界の注目を集めていた。そのことは明治31年6月7日付けの『東京日日新聞』の記事によってわかる。6月4日の九州倶楽部に茂丸が招かれ、経済記者懇話今月訳合の席上で「帝国工業銀行」の設置について講演しているからだ。もとより彼が「帝国工業銀行」の設置を訴えたのは、第三次伊藤内閣において提出したモルガンとの契約に、首相の伊藤博文と大蔵大臣の井上馨が難色を示したことにある。低利で金を貸す銀行が出現すれば、国内の銀行が大打撃を受けるというのが政府側の見解だった。

 そもそも第三次伊藤内閣が成立したのは、第二次松方内閣が台湾経営に行き詰まって倒れたからだ。日本国内の経済界は危機的で、これを克服するために伊藤は挙国一致体制の政府を考えた。自由党の大隈重信と板垣退助らの入閣を求めたのものそのためだ。一方、大蔵大臣の井上は増税で経済的苦境を乗り切ろうと考え、これに対して茂丸も当初は同意したが、それは外資導入をした「帝国工業銀行」を設立するという条件との引き替えだった。ところがその後、外資導入案が日本銀行と大勢の銀行家の反対で提出できなくなったと伊藤が告げたことで茂丸が怒り、京釜鉄道の敷設で共に行動していた小美田隆義と組んで井上の増税案へ攻撃を始める。結果は5月19日から開会した第12回帝国議会で早くも表面化した。茂丸の引導による自由進歩両党の攻撃でヽ政府の増税案が満場一致で否決されたからだ。これにより6月には第三次伊藤内閣が終わる。続いて大隅と板垣を中心とした隅板内閣が立ち上がるが、両者を結びつけたのが玄洋社の平岡浩太郎だった。

 先に『東京日日新聞』で見た九州倶楽部での茂丸の講演は、そんな時期に行われたものだ。金子堅太郎が述べるところでは、「日本興業銀行」と命名したのは茂丸との話合いの結果とのことで、この頃、外資を導入した銀行案には全国の工業家が賛成し、藤田伝三郎や由利公正(明治初年の太政官札の発行者の一人)も強力な賛成者だったそうだ。もっとも隅板内閣も同年11月には幕を閉じ、続いて第二次山県内閣が誕生した。茂丸は「興業銀行設立の法案」の草案を書き、「興業銀行条例」を作って日本興業銀行の創立に向けた挑戦を第二次山県内閣でも続けるが、大蔵大臣の松方正義が反対して法案が通らず、結局、モルガンから融資を受けない従来どおりの高利貸しの銀行として、日本興業銀行の設立が決まるのであった。
     続く。


『杉山茂丸伝』ー(7)

●『杉山茂丸伝』の著者・堀雅昭氏は 〔付記−本書刊行までの経緯について〕で

 次のように書いていた。

 ・・・(全力投球で5年を費やした) 本書は2005年11月末に刊行される予定だった。ところが印刷を終え、製本直前になって茂丸の曾孫にあたる杉山満丸氏より、いったんは出版社をまじえた協議の末に合意したはずの「杉山文庫」(福岡県立図書館に満丸氏が寄託)所収の諸資料・写真類の引用・使用をすべて許可しない旨の通告を受けた。
 理由は、本稿が杉山茂丸の清濁両面を描いたからだと思われる。満丸氏は「濁」の部分のみの削除を求めたが、著者は「濁の部分もあってはじめて茂丸の実像に迫ることが出来、本稿の存在意義もある」と主張して譲らなかったため、前記の不許可となった。
 
 氏が問題視したのは、条約改正をめぐる大隈重信への爆殺未遂事件及び金玉均、李鴻章、児玉源太郎、原敬、伊藤博文、大杉栄などの暗殺事件への茂丸の関与をうかがわせる“匂い”であった。
 
 そこでやむなく、すでに刷り上がっていたものを全面廃棄し、「杉山文庫」所収の諸資材を引用・使用した部分を削除するなど修正を施し、また杉山家所蔵の写真類は著者が独自に収集したものと差し替えたうえで刊行することにした。こうした一連の作業のため刊行が大幅に遅れたことを記し、読者の皆様に心よりお詫び申し上げる次第である。
                             著者識
 ************

  曾孫・満丸氏が求めた茂丸の「濁の部分」から、児玉源太郎、原敬、伊藤博文、
 大杉栄の暗殺事件について、本書から紹介していきます。

 ●児玉源太郎「暗殺」事件


●『杉山茂丸伝』ー(8)

第四章 日露開戦への道

 ●義太夫と日露戦争

 日露戦争直前のロシアは強権的な態度に出ていた。明治33(1900)年の義和団鎮圧(北清事変)を境に、ロシアが満洲の占領を強化していたからだ。その年の7月に連合国軍(日本、イギリス、アメリカ、ロシア、フランス、ドイツ、オーストリア、イタリア)が天津を攻撃した際、義和団と連携した清国軍が黒龍江(アムール河)対岸のブラゴヴェシチェンスクのロシア軍弾薬集積所を爆破し、将兵30人近くを殺傷した。それを口実にロシアは中国人居住者約4500名もの大虐殺を行い、1万を越える軍隊を密かに派兵し、満洲全土を制圧した。更に明治35年1月30日に日英同盟が締結された(公示は2月12日)後も大軍を満洲に派遣し、旅順口の要塞工事を急いで水陸両面から満洲併呑の機会を狙っていた。この頃のロシアの姿勢を批判したのは徳富蘇峰の『勝利者の悲哀』だけでなく、後に社会主義者を自称する石川啄木でさえそうだった。啄木がロシアとの開戦を歓喜したことは明治37年2月11日の日記で知られている。

 既に見たように、日露戦争前の日本の外交には大きく★二つの流れがあった。日英同盟のもとでロシアと戦おうという山県有朋、桂太郎、青木周蔵、小村寿太郎、加藤高明たちの一派と、韓満交換論を支持してロシアと交渉しようとする伊藤博文や井上馨たちである。そして前者の主戦論者たちの裏にいたのが杉山茂丸だった。

 この頃の茂丸は、向島の其日庵(玄機庵)で桂や児玉たちと密談ばかりしていた。戦争を戦い抜くための秘密の話し合いで、頻繁に彼らを招いて開催していたのが義太夫会だった。この時期に茂丸が王催した義太夫会には皆がよく悩まされたと陸軍中将の堀内文次郎は語っている。柏屋、花本、酔仙亭など、日本がロシアと闘っている最中に、茂丸はあちこちで義太夫会を催していた。

 東京だけでなく、茂丸は大阪の御霊文楽座にも頻繁に出入りしていた。そしてまた、義太夫会に集まったのは堀内だけではなかった。桂太郎や児玉源太郎、それに開戦直前にアメリカの支援を得るため渡米した金子堅太郎たちも、皆そうである。茂丸は義太夫の本質について『義太夫論』で次の説明をしている。「大和魂なるものは、己れの信念及び恥辱の為に遺憾なく死を実行するものにして、これを薫陶育成したるものは義太夫節という音曲の力最もその多きにるを断言し得べし」
 
 浄瑠璃の開祖である近松門左衛門の「曽根崎心中」が心中事件を題材にしていることを例に、茂丸は日本の文楽の基礎が死であったと述べる。そして「容易く死するの教育」を行うのが義太夫節に他ならないという。つまり此岸と彼岸を結ぶ死の哲学が茂丸の義太夫だった。日露戦争開戦当日に其日庵で吟じたのが「一谷搬軍記」だったと『浄瑠璃素人講釈』で書いているが、彼の並外れた会話術も、この義太夫節に帰着されるものである。更にまた戦争指導までも、それを通じて行っていたのだ。
 
 *『浄瑠璃素人講釈』( 杉山茂丸/内山美樹子)は 2004年 10月 岩波文庫で刊行された上・下本がある。 

●最初の著書『帝国移民策新書』

 日露戦争勃発の前年である明治36(1903)年に杉山茂丸は最初の著作である『帝国移民策新書』を発行した。意見書というべき形式の和綴じの冊子で、親しい政治家や営僚たちに配ったと思われる。これは大陸政策の源流といわれた茂丸の考えを知る上で貴重な資料だ。というのは植民地経営ではなく、移民を民間事業として行うことを主張しているからだ。しかも、「無用を変じて有用となし、低廉の労力をもって最大の利益を得ること」という具合に日本国内の経済発展のための移民の奨励で、それはかつて井上馨が主張した考えとよく似ている。

 井上の移民思想は彼の出身地である山口県において明治18年にハワイ官約(?)移民という形で成就していたが、明治26年のハワイ革命と続く同31年のアメリカによるハワイ併合により、民間会社が周旋する移民へ姿を変えた。その際、旧自由党系の星亨は、広島県で最大規模の海外渡航株式会社移民会社)に子分格の菅原伝、日向輝武、渡辺勘十郎らを送り込むほど、ハワイ移民の実質的支配者となった。茂丸はその関係から移民の必要性を悟り、『帝国移民策新書』を書いたのであろう。明治31年と翌32年のハワイ出稼ぎ移民からの送金の三分の一が貯蓄され、広島県で15万円に達しているという具体例を示していることで、それを知ることができる。

 しかし移民思想の嚆矢は長州藩閥の井上馨というより、明治4年の廃藩置県以来、家郷を失った没落土族たちの郷土再取得という意識において西郷隆盛の征韓論に、より深く重なる。『其日庵叢書第一篇』で茂丸が述べる、「庵主が生涯中に一番愉快に思うこと、いわゆる嗜好と云うものは日本の領土の広くなることと、未開の地を開拓すること」という意識である。あるいは夢野久作が『近世快人伝』で述べた、「祖先伝来の一党を提げて西郷さんのお伴をして、此の不愉快な日本を離れて士族の王国を作りに行かねばならぬ」という怨嵯に満ちた国家膨脹主義だ。アメリカ帰りの社会主義者・片山潜でさえ、明治34年に『渡米案内』を書いて海外雄飛を煽り、茂丸もまた同時期に三度目と四度目のニューヨーク行きを果たしていた(前述)ように、多くの日本人が海外に渡りはじめた時期だった。実際、日清戦争で手に入れた台湾を開発するため、桂太郎は台湾協会学校(拓殖大学の前身)を明治33年に立ち上げていたし、茂丸自身も児玉源太郎や後藤新平を通じて台湾の近代化を指導し、そのための移民の重要性を口にしていた。したがって日露戦争の直前に改めて『帝国移民策新書』を刊行したのも、日清戦争で台湾が新しい郷土になったのと同様、日露戦争の勝利による満洲の獲得と、それにともなう経済圏の更なる拡大を予測した移民の奨励だったのである。

 ●ロシア革命とユダヤ人

 大正10(1921)年に杉山茂丸の著した『明石大将伝』には、同郷の友人である陸軍大佐の明石元二郎が日露戦争時にストックホルムを中心に対露秘密工作を行った詳細が記されている。それによると田中義一の諜報活動を受け継ぐ形で明治35年8月15日にロシア勤務を命じられて以後、明石は情報収集のためにアナーキストや社会主義者たちに接近したという。そして茂丸もこの時期、明石と連絡を取り合っていた。

 明石は開戦直後の明治37年2月27日にストックホルム入りし、新聞記者として日本に滞在した経験を持つ★シーリヤスと、フィンランド憲政党首領のカストレン宅を訪ねた。驚いたことにカストレンの部屋の正面には、ロシア皇帝の署名入りの追放状と明治天皇の御真影が飾られていた。第一次ロシア革命の中心的役割を果たす彼らは、日本を頼りにしていたのである。そこで明石は彼らと手を組み、ロシア兵の輸送用鉄道を破壊するなどの秘密工作を企てる。このような活動に使われた諜報費は70万円を越えたが、もちろん茂丸を通じて筑豊炭田の売却資金が流れたことも容易に想像がつく(第二章参照)。

 一方、もう一つの資金源がユダヤ財閥だった。ユダヤ人たちは帝政ロシアに迫害され続けていたことで革命の主体になった。この頃、ロシアにいたユダヤ人が日本に親近感を持っていたのは、石光真清が旅順停車場にいた明治37年1月に「しっかりやってくれ」と励まされた言葉でもわかる(『曠野の花』)。あるいはユダヤ人のヤコブ・シフが高橋是清に日露戦争資金を貸した話でも、日露戦争の裏に日本とユダヤの密約があった事実が知られている。

 明石が革命工作を始めて少し経った明治37年5月27日、福岡の玄洋社が満洲義軍を門司から送り出した。当時の日本軍の兵力は二、三〇万で、対するロシア軍は百数十万の兵力。ロシア軍は敷において圧倒的に日本軍に勝っていたのである。にもかかわらず日本が勝てた理由は、正規軍による戦いに加え、革命援助と満洲義軍のゲリラ戦による結果だった。なお、日露戦争当時にユダヤ人の母を持つレーニンが日本軍に賛美のエールを送っていたのも、明石工作の一つの表れだった。後に茂丸が、「庵主は好んで社会主義者と交わる。彼らは決して非愛国者でもなければ、また乱暴過激な徒でもない」と『青年訓』で口にしたのも、その頃からの流れを語ったものだろう。あるいは夢野久作が大正11年1月にレーニンが亡くなった際、「レーニン死す/兵士が流す熱涙が水柱になった/素晴らしいレーニン」という詩を詠んだのも、父親たちが戦った日露戦争を助けた協力者への追悼と読み替えることができる。そこから見えてくるのは、日本が独立国として生き残るためには常識的な枠組を飛び越えていくという茂丸たちのマキアヴェリズムである。
   続く。

http://2006530.blog69.fc2.com/category2-20.html


http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/370.html

コメント [自然災害17] 首都圏直撃!9・11巨大余震…地震列島不気味な1カ月周期 (zakzak)  赤かぶ
14. 2011年7月13日 15:30:14: bAeNGmt5TI
こういう投稿こそ、風評のもと。

なーんの根拠も無い、勝手な憶測。

日本は地震国。他の日にもさんざん地震はきとるわい。

出物、腫れ物、地震、ところ選ばずってね。
http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/461.html#c14

コメント [原発・フッ素14] 原発止めて火力にしたら環境破壊(CO2増加も含めて)が進むけど… と原発推進派のヒトの主張  - (民間人です) 七転八起
01. 2011年7月13日 15:30:27: FL3HBMFVVs
火力に切り替えても温暖化はしない、絶対しない!
だまされるか!
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/262.html#c1
コメント [原発・フッ素14] 「原発は千年に一度の津波に耐えた」「浜岡は止めるな」、米倉経団連会長の言語センス (オルタナ)  赤かぶ
13. fykui31 2011年7月13日 15:35:09: UUIgSQNWfg/Bo : B7oKDKszko
今の世界は全てがパワーゲーム(強者)に成っている。
政治も強者には弱い。しかし、強者は不利と思えば他国へ移動する。
いつの世も、
弱者は耐え忍ぶしか道はないのか。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/249.html#c13
記事 [経世済民72] ウォンは、今年に入って対ドルで6.3%上昇している。これは世界で5番目に高い上昇率であり、ブラジルレアルと同率だ。
株式日記と経済展望
http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu243.html
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/
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ウォンは、今年に入って対ドルで6.3%上昇している。これは世界で5番目
に高い上昇率であり、ブームを巻き起こしているブラジルレアルと同率だ。

2011年7月13日 水曜日

◆ブラジルが通貨先物などへの課税引き上げ検討、レアル高抑制目指す=政府筋 7月13日 ロイター
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110713-00000643-reu-bus_all

[ブラジリア/サンパウロ 12日 ロイター] ブラジルはレアル高の抑制に向け、通貨先物や他のデリバティブに対する課税引き上げを検討している。政府経済チームの上級メンバーが12日ロイターに明らかにした。

 実施は決定されていないという。

 この関係筋によると、デリバティブへの規制強化は外国人投資家をターゲットとしている。

 レアルは、外国人投資家による投機などで年初から対ドルで6%近く上昇している。


◆高騰する韓国ウォン、政府が方向転換 7月13日 Financial Times
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/14917

ブラジルレアルに続いて韓国ウォンが数年来の高値をつけている。なぜか? それは韓国政府が通貨政策を180度転換したからだ。これまではウォン安を目指し、サムスンや現代といった輸出主体の大手コングロマリット(複合企業)の業績回復を後押ししてきたが、その目的が達成されたというわけだ。

◆輸出促進からインフレ抑制へ軸足移す

 韓国政府は現在、ウォン相場が安定的に上昇するのを容認している。先週には対ドルで3年ぶりの高値をつけた。政策当局者からは、輸出業者をあまりにも長い間、低金利で甘やかしてしまったと懸念する声が出ている。

 当局は今、インフレの抑制と、元気のない国内消費のてこ入れに政策の軸足を移しつつある。

 ボラティリティー(変動性)が高いことで知られるウォンは、今年に入って対ドルで6.3%上昇している。これは世界で5番目に高い上昇率であり、ブームを巻き起こしているブラジルレアルと同率だ。

 2009年3月以降で見るなら、ウォンの上昇率は46%に跳ね上がる。今月11日の終値は、前営業日より0.1%安い1ドル=1058ウォンとなっている。

 韓国外換銀行のトレーダー、コ・キューヨン氏は「政府は、最優先で取り組む課題を輸出の促進からインフレの抑制に切り替えたようだ。ウォンは恐らく上昇を続けるだろうが、当面は1050ウォンが強い抵抗線になるだろう」と語る。

 ソウルで働く他のトレーダーたちも、外為市場での政府の介入は大幅に減ったと口をそろえる。ただ、ウォンが1ドル=1050〜1000ウォンのレベルまで上昇すれば、中央銀行が相場を冷やしに戻ってくると見込んでいる。

◆1ドル=1000ウォンを超すウォン高は財閥に悪影響

 韓国政府は、輸出のライバルである日本で怒りを買う為替介入について、これは単に相場の過度な変動をならすだけの措置であり、ウォンの価値を一定の水準にとどめるためのものではないと述べている。

 「政府はこのトレンドをある程度容認するだろう。しかし1000ウォンを超えるウォン高になれば、韓国の大企業の競争力に悪影響が出かねない」。大信経済研究所の研究員、キム・ユンギ氏はこう指摘する。「品質とブランド力の向上により、韓国のトップクラスの企業は以前ほど為替の影響を受けなくなっている。だが、この影響を完全に免れることは困難だ」

 チェボル(財閥)と呼ばれる韓国の大手コングロマリットは、国外での工場建設によっても為替の影響をいくらか小さくできている。

 昨年導入された軽微な資本流入規制にもひるむことなく、外国人投資家は韓国の株式・債券に資金を投じ続けている。外国人による債券保有残高は、今年3月の75兆3180億ウォン(約5兆6488億円)から6月の81兆810億ウォンに増大している。

 韓国総合株価指数(KOSPI)の投資は、4月の400兆1610億ウォンから6月の380兆9100億ウォンへと減少したが、それでも株式投資の水準はまだ昨年のほとんどの期間を上回っている。

◆経済の力強さから投資資金が流入

 投資資金が集まってくる理由は、韓国政府が発表する経済指標の強さにある。まず、政府は今年の経済成長率を4.5%と見込んでいる。外貨準備は世界で7番目に多く、6月には3040億ドルに達している。

 経常黒字も4月の13億ドルから5月の22億ドルに跳ね上がった。自動車輸出の増加が主に効いているという。

 インフレ率は韓国政府の目標値である4%をずっと上回る状態が続いており、昨年7月から利上げが行われている。景気後退期には政策金利が2%という低水準に16カ月間据え置かれたが、現在では3.25%に引き上げられている。

 それでもエコノミストたちは、経済を失速も加速もさせない中立的な範囲に金利を移行させるには、韓国銀行(中央銀行)が政策金利を4%前後かそれ以上の水準に引き上げる必要があると強調している。(後略)


(私のコメント)


ユーロもドルも安くなり、為替の投機資金が新興国に向かっています。今までなら円が一手に引き受けて来たのですが、高くなりすぎて手が出せない水準に来ています。そこでブラジルのレアルや韓国のウォンなどが買われている。日本も金がだぶついているので新興国の通貨を買う動きがあるのでしょう。トルコのリラや南アフリカのランドも買われているようです。

アメリカがあれほどドルをばら撒いていけば、新興国にインフレをもたらすでしょう。ブラジルや韓国など物価の上昇を抑えるには金利の引き上げや、為替相場の上昇でブレーキをかけなければインフレが収まらない。日本の円が買われていてもインフレにならないのは円が高すぎて海外の安いものが入ってきてデフレになっているためだ。

だから金利の引き上げよりも通貨の切り上げのほうがインフレ退治には有効なようだ。しかし新興国も通貨が高くなれば輸出が停滞するから調整が難しい。肝心のアメリカがドルをばら撒いても海外にインフレをもたらすだけで、国内にインフレを起こして債務を軽くすることが出来るのだろうか? 確かに株価は高くなって来ていますが、住宅にまでインフレは来ていない。

迷惑なのは新興国であり、インフレが高進して物価が高くなり金利を引き上げなければならなくなる。新興国はインフラの整備などやらなければならないことは沢山あり、資金調達などで通貨が高くなる傾向はプラスに働く。ブラジルの国債など高金利で日本でもブームになりましたが、問題は経済力が伴うかが問題です。

韓国などもリーマンショックをウォン安で切り抜けましたが、海外からの投資が集まってきてウォン高と金利が高くなって来ています。サムスンやLGなどのブランド価値が高くなり、現代自動車などの輸出も好調で、ある程度のウォン高でも問題は無いのでしょう。韓国のインフレ率は4%を上回っており金利も3,25%まで引き上げられてきた。2009年から見ればウォンの上昇率は46%であり上下動が激しい。

韓国はインフレターゲット政策で3%の目標で、それより高くなれば金利を上げたりウォンを高くすればインフレにブレーキがかけられる。日銀は通貨をばら撒けばインフレになると、バカの一つ覚えのように言っていますが、インフレになれば金利や通貨高でブレーキがかけられる。韓国やブラジルもインフレを抑える為に通貨高を容認しているのでしょうが、このようにすればインフレターゲット政策も可能だ。

政府日銀はインフレ防止のために、アメリカのようなドルのばら撒きはやりませんが、そのためにデフレにしてしまった。デフレになるとつける薬はなく、通貨のバラまきをするしかありませんが、日銀は意地になってもやらないのだろう。日銀はインフレターゲットなど出来ないといっていますが、韓国を見ればウォン高でインフレを押さえ込めるだろう。


◆韓国では3%のインフレターゲット政策でウォン安で韓国の輸出は快調で、日本はデフレターゲット政策で円高が定着して、日銀は韓国を見習え! 2010年3月22日 株式日記
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/dd16dc44112bc155e23b1df47172fe88

ちなみに、韓国はインフレターゲット採用国で、ターゲットはコアCPI(日本で言うコアコアCPI)3%±0.5%です。そしてインフレターゲットを採用してからは、インフレ率は安定しています。*4

このような金融政策が、マネーストックの安定した増加に寄与しているのでしょう。その結果、安定したウォン安にも繋がっていると思います。

ここまでの議論をまとめると、韓国はインフレターゲットを軸とした金融政策により、マネーストックを安定して増大させることでインフレ率をマイルドインフレで安定させ、通貨は割安な水準で落ち着き、韓国企業はウォン安の恩恵で国際競争力を伸ばしました。

一方、日本は裁量的な金融政策の結果、マネーストックは増大せず、デフレも長期化して、通貨は割高な水準で固定してしまい、日本企業は円高で国際競争力を落としていると言えるでしょう。

日韓の企業を比較するときは、個別の企業の経営方針や行動だけを見るのではなく、その背後にある通貨レート、さらには通貨レートに大きな影響を与える金融政策も考えないといけないでしょう。でないと、日本企業を不当に批判しすぎることになりかねません。


(私のコメント)


私が日本のエリートと、韓国や中国のエリートを比較すると、トップクラスは中国や韓国のほうが上のようだ、中央銀行の総裁にしてもインフレターゲット政策を理解できるのに、日本の白川日銀総裁や幹部は前例のないことが出来ない。トップセールスでも中国や韓国の首脳は成果を上げていますが、日本の総理大臣はバカばかりだ。これではオリンピックも誘致できないのは当たり前だ。



http://www.asyura2.com/11/hasan72/msg/395.html

コメント [原発・フッ素14] 「原発は千年に一度の津波に耐えた」「浜岡は止めるな」、米倉経団連会長の言語センス (オルタナ)  赤かぶ
14. 2011年7月13日 15:38:15: qpAJPpOG9E
老害。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/249.html#c14
コメント [自然災害17] 誠に遺憾乍ら、此れから更に、多くの人が死ぬだらう 不動明
05. 2011年7月13日 15:38:23: ieWTAudjoA
03番さん至言をありがとうございます。何でも疑え。そして思考しろ。座右の銘にします。そして真摯であれ。
http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/442.html#c5
記事 [カルト8] 陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記 その14
陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記 その14

●『杉山茂丸伝』ー(9)

●機密情報の漏洩

 日露戦争で満洲の奉天が陥落した頃、つまり明治38(1905)年3月のことであるが、第一回目の渡米時(明治30年)のスポンサーになって以来交友を深めていたモールスが、ニューヨークタイムスの秘密通信員を名乗るナップという人物を連れて杉山茂丸のところにやって来た。最近会ったオランダ人とドイツ人から日本軍の機密情報がドイツに流れているとナップが聞いたというのだ。

 驚いた茂丸は、あまりのショックから鼻血を流しながら聞いたばかりの談話を満洲軍・総参謀長の児玉源太郎に向けて暗号電文で送った。軍事情報が洩れているので、講和に持ち込むべきである、と。更に真夜中ではあったが山県有朋のところへ走ると、山県も別のルートで軍事機密の漏洩をつかんでいた。
「ネー杉山、この種の事を、もらすような奴が、日本の軍人中に、出て来るような事があってはもういくさは止めじゃぞ」
 口にすると山県は桂太郎に連絡を入れた。翌日、茂丸は桂邸を訪ね、ナツプから間いた一部始終を伝えると、早く講和を行うべきであると忠告した。「どこに講和を申し込むのじゃ」と桂が聞くので、「米国に申し込むのでございます」と答えると、「ドウして米国に申し込むのじゃ」と桂は首をかしげた。茂丸は友人の金子堅太郎を通せば、アメリカが有利な形で仲介役を果たしてくれると考えていた。金子は7年間の留学でハーバード大学を卒業し、第26代大統鎖のセオドア・ルーズベルトと大学の同窓になっていたからだ。しかも開戦当時、アメリカがロシア寄りに傾いた時、金子がワシントンで旧友ルーズベルトと会ったことでアメリカが日本に味方する発言を早くも引き出していた。

 このような状況においても日本側はどうにか勝ち続け、5月27、8日の日本海海戦の勝利でいよいよ講和に向けて動き出す。結果、茂丸のいうとおりルーズベルト大統領が日露両国間の講和で必要なら自分が仲介役になると日本政府に申し出だのが6月10日だった。そして7月3日に日本側の全権委員として小村寿太郎(外務大臣)と高平小五郎(駐米公使)が任命され、ロシア側はウイッテ(枢密顧問官)とローゼン(駐米大使)が決まる。

 一方、山県が奉天の視察のために東京を発ったのが7月14日であるが、このとき山県の副官だった堀内文次郎が茂丸と初対面を果たした。

 その出会いも尋常な形では行われなかった。堀内に茂見を紹介したのは山県だが、茂見が途中で船に乗り込んでくるのでよろしく頼むと手紙で伝えていたのである。
 そして実際、奉天に向かう山県らの乗った河内丸が門司沖に差しかかったとき、追いかけてきた水上艇から茂丸が飛び乗って来たという。茂丸は山県と連絡を取り合い、戦後処理のために一緒に奉天へ向かうことにしていたのである。

●児玉源太郎と南満洲鉄道

河内丸に乗り込んで大連に到着した茂丸は、明治38年7月21日に大連から夜汽車に乗り、翌2日の午後に奉天の停車場に到着した。その後は満洲軍総参謀長の児玉源太郎の部屋に閉じこもり、児玉の副官だった田中義一を交えて南満洲鉄道株式会社の経営案を練る。日露戦争の勝利により帝政ロシアが敷設した東清鉄道(ハルビンー旅順間)と支線及び付随利権を日本は手に入れるが、その鉄道を日本側が経営することを前提として南満洲鉄道(以下、満鉄と略す)と命名したのである。今、門司のレトロ地区に赤レンガ壁の外観を誇る「国際友好記念図書館」が建っているが、これは大連にあった東清鉄道のオフィスを平成6年に北九州市が復元して建てたものである。

 堀内文次郎によれば、関東州に軍政を敷いて、その地を租借して日本的な自治をしたのも、更には満鉄経営の計画を立てたのも、すべて茂丸だったということである。そのこと1つとっても茂丸の功績は計り知れない。

 児玉や後藤新平を通じて台湾統治に成功していたので、満洲も同じテキストで統治できるという確信を茂丸は持っていた。ところが満鉄経営に暗い影を落とす問題が起きた。軍事的な危険を避けるため、井上馨と渋沢栄一がユダヤ系アメリカ人資本家のハリマンに満鉄の売却を計画したのであるが、これに対して小村寿太郎が猛反対したのだ。山座円次郎がポーツマスから帰国して小村に鉄道売却の動きを伝えたところ、激怒して待ったをかけたのである。もとより日露戦争はユダヤ人の助けで成功した戦争だったにもかかわらず、その恩を忘れてハリマンを疎外したことで、日米関係に対決の火種を残すことになる。

 小村の進言により、明治39年5月22日の閣議で満鉄を日本側が独立経営をする会社組織にすることが決まった。イギリスの東インド会社をモデルにした行政権をはじめとした権限を与えられた国策会社としたのである。茂丸と児玉は台湾にいた後藤新平を満鉄総裁に推したが、後藤は即答を避けた。しかし7月に児玉が急死したことで後藤が満鉄総裁を引き受けることになった。

 一方、前述のようにハリマンを排除したことでアメリカ国内の反日感情が高まり、対日戦争計画である「オレンジ・プラン」が輪郭を露にし、それが後に日本側が「大東亜戦争」と呼ぶ日米戦争を引き起こす。昭和になって松岡洋右が口にした、「平面的の欧州文明に対立して居る立体的の東洋文明」としての満洲は、早くも満鉄経営のスタート時に芽生えていたのだ。
     続く。


●『杉山茂丸伝』ー(11)

●次に進む前に、この『杉山茂丸伝』に対する批評を紹介します。

 先ず、「其日庵資料館」 より。(坂上氏)
 http://www1.kcn.ne.jp/~orio/sonohi-an/sonohian_idx.html

 題して、★「虚構と妄言の偽伝 −「杉山茂丸伝」批評−」。
 http://www1.kcn.ne.jp/~orio/sonohi-an/shohyo002.html

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 本稿で批評する堀雅昭著「杉山茂丸伝《アジア連邦の夢》」は、杉山茂丸の偽伝である。虚構と妄言、そして誤謬に満ちみちている。ある側面において、実によく調べて書かれていることは否定しない。いくつもの事項で、筆者は本書から杉山茂丸の事蹟に関する新しい知識を得たことを認める。しかしそれ以上に、妄言と呼ばざるを得ないほど根拠なき憶測や邪推が展開されることに加え、随所に存在するさまざまな誤謬は、本書を杉山茂丸の伝記と呼ぶことを肯んじ得ないものにしている。その意味で、これは偽伝と呼ぶしかない。
 ・本篇について評する前に、本書のあとがきに付された「付記」に言及しておく。ここで著者は、本書が版元の予告よりも大幅に遅延して出版された経緯を説明し、読者に対して陳謝する姿勢を示しているのだが、この文章からは読者への陳謝にことよせて杉山満丸氏を非難する意思が芬々と匂ってくる。杉山氏が著者への協力を拒んだのは、この著者が本書の中で弄したレトリック、即ち著者自身がいうところの「匂い」を是とできなかったからであろうが、その杉山氏の行動を非難するために同じレトリックを用いるところに、筆者は何ともいえぬ不快感を覚える。この文章で杉山氏への非難を「匂わされた」不特定の読者に、杉山氏は自己の弁護を行うことができない。武器を持たない者が戦闘機で空から攻撃されたようなものだ。筆者には、どのような事情があったとしても、こういう遣り口が正当とは思えないのである。なお、本篇の批評においても、後ほどこれと同旨のことを述べようと思う。
もうひとつ、この「付記」に関して付け加えておく。著者は杉山氏からの協力拒否を受け、福岡県立図書館杉山文庫収蔵資料からの引用などを削除したと記しているが、筆者の見るところ、それは正確な記述ではない。相撲界の入間川親方や、陸軍の真崎甚三郎大将の回想、ラス・ビハリ・ボースと茂丸との会見の様子などは、杉山文庫に収蔵された談話速記などを参照しなければ書けないものだ。釜山港埋築に関する記述は「釜山日報」を参照しているが、この釜山日報の記事は原稿用紙に書写されたものが杉山文庫に所蔵されているから、或いはこちらを参照したものかも知れない。ほかにも杉山文庫所蔵資料を参照したと考えられる記述は随所にある。著者が「杉山文庫所収の諸資料を引用・使用した部分を削除するなど修正を施し」たというのが、具体的にどのような行為を指したものであるかが不明であるので、こうした事実のみここに記しておく。

筆者はかつて、杉山茂丸を伊藤博文暗殺の黒幕に擬した「暗殺・伊藤博文」(上垣外憲一・文春新書)(★註この「文春新書」は「ちくま新書」の誤り。2000年10月20日刊)と「伊藤博文暗殺事件」(大野芳・新潮社)への批判を試みたことがある。その当否はともかく、両著に対する筆者の批判の中心は、それぞれの著者が杉山茂丸という人物について、いかほどの研究をして著書を上梓したのかという部分にあった。しかし本書は、まさに杉山茂丸について、著者自身の言を借りれば「五年」もの間「全力投球」で調査研究してきたものの精華である。それだけに筆者は、このような著述が生み出されたことが不思議でならないのである。
  ・・・中略・・・

 筆者は、これほどに虚構と誤謬に満ちた著作が出版され、杉山茂丸に関心を持つ若い読者に読まれるのかと思うと、慄然たる想いを禁じ得ない。筆者は幸いにして、本書の正当な価値をいくばくか読み解く知識と資料を持ち合わせていたが、茂丸に関心を持ちながら関係書籍の高騰する古書価に手が出ず、本書の刊行で初めて茂丸の生涯を俯瞰しようとする若者が、多くの誤った知識を植え付けられるのだとしたら、本来文化的営みであるはずの出版という事業が、実に罪作りな営みに変じてしまうのである。誤謬を見抜けないままにこの著作を出版した弦書房は、もと葦書房のスタッフによって興された出版社であると聞いたが、あの良質な図書を数多く生み出した出版社にゆかりの版元から、このような出版物が登場してしまったというのも、悲しい限りである。  (2006.02.05)

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 いまひとつの批評を、

 「谷底ライオン」
 http://tanizoko2.hp.infoseek.co.jp/sugiyama_sigemaru.html より。

 (51)杉山茂丸<アジア連邦の夢> 堀雅昭著 弦書房 

 「暗殺・伊藤博文」の系譜を引く茂丸暗殺黒幕説ものの一つ。伊藤だけでなく、児玉源太郎、原敬の死にも茂丸が関与したとする書。伊藤だけでも大概だが、原、児玉にいたっては、まさに開いた口がふさがらない。ゲリマンダーもここまで来ると怒る気すら無くなる。自分もあまり暇では無いので、ばかばかしくって読み終えるまでが大変辛かった。「暗殺〜」は著者が茂丸の事を知らないだけ、まだましといえるが、本著は著者がこれだけ茂丸の事を調べるのに費やした労力の大きさがわかる分だけ、「なぜ、ここまで調べているにも関わらず、この内容なのか・・」と気落ちせずには居られない。“アジア連邦の夢”という副題も取って付けたようで空々しく感じる。あと、あとがき。あんなことを書く著者も著者だが、そのまま載せる編集者にいたっては職業的倫理観を疑問視せざるを得ない。そら〜、怒るよ、普通。まぁ、お陰でこの本に杉山家は全く納得していない事が明記されたと見る事も出来るが。正直、現時点で一番手に入りやすい茂丸本がこの著だという事は大変不幸なことと思う。

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 いずれも「為にする批評」でないのは明らかで、是非ご一読をお薦めします。

 ただし、論旨は「瓜二つ」です。

 ★左下のリンク先の「其日庵資料館」・「谷底ライオン」をクリックしてどうぞ。
 

 <補記>

  「谷底のライオン」(ブログ)の書評によれば、次のようにあるので、「補記」としておきます。
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 (59)『其日庵の世界(其日庵叢書合本)』 杉山茂丸著 書肆心水 

  なんとまぁ、其日庵叢書まで出しちゃうとは、すげえよね。ここまでくると知る人ぞ知るという著作ではあるが、茂丸の思想を知る上では大変重要。“其日庵叢書の第二編 青年訓“に至ってはあっしも読んだこと無かった位です。皆が待望していた杉山茂丸の全貌に迫る長文解説「法螺丸の虚実」は、我等が“夢野久作をめぐる人々“の坂上さんによる力作。茂丸に興味のある人なら、解説だけでも買いです。
   


●『杉山茂丸伝』ー(12)

 『杉山茂丸伝』に戻って続けます。
 
 ●韓国統監になった伊藤博文

 日露戦争に勝った日本は、ポーツマス条約に基き、第二次日韓協約を締結した。明治38(1905)年11月のことである。これにより伊藤博文が韓国統監に任じられ、以後、ハルビンで暗殺される少し前の明治42年6月まで約3年半、その職を担った。
 しかし赴任に際して、伊藤は治安の悪い半島での生活を憂慮していた。そこで浪人壮士に顔の利く杉山茂丸に相談を持ちかけたのである。この部分を「日韓合併思ひ出話」(『近世快人伝』)から読みとくと、茂丸は、「それには持ってこいの人物がおります」といって内田良平を伊藤に紹介したという。そして一方の内田には、伊藤が朝鮮に赴任するに際して同行して不平分子を抑えてくれと伝えた。もちろんそれだけで内田が納得するはずがないので、用心棒は表向きで、日頃の憂さ晴らしを朝鮮でしてくれば良いと耳打ちした。やがて伊藤の使いの栗野慎一郎(日露戦争当時の駐露公使)が内田のところに来て、随行の意志を確かめた末に内田の渡韓が決まる。明治39年2月21日に内田は東京を発ち、大阪で伊藤一行に加わり、宮島参詣と呉鎮守府の視察を終えると下関経由で釜山に渡り、3月2日に統監府のある漢城(ソウル)に着いた。

 内田がそこで目にしたのは、統監府の設置により反日運動が起きていた現実だった。そんな矢先、東学党から発展した一進会が内田に助けを求めてきた。投獄中の宋秉峻を助けてくれというのだ。宋の投獄の理由はこうだった。

 かつて金玉均を暗殺した李逸植(第二章参照)が日露戦争においてロシアに協力したものの、ロシアが日本に敗れてからは立場が急落し、政敵の宋秉峻に救済を求めたのだ。ところが意外にも宋が快く承諾したことで逆に宋自身が投獄の憂き目にあう。そこで一進会の運営に困った李容九が、内田に助けを求めてきたのだ。このとき李は、樽井藤吉の『大東合邦論』の教えに従い、一進会を通じて日韓合邦(日韓併合)に努力することを内田と約束した。

 内田は宋を助け出し、以後は一進会を指導しながら日韓合邦(日韓併合)を進めてゆく。それは大きく三段階に分かれていた。第一が日露戦争中の明治37年8月に締結された第一次日韓協約。第二が日露戦後の明治38年11月に締結され、伊藤が統監に就任することになる第二次日韓協約。そして第三が明治40年7月に締結された第三次日韓協約。

 この第三次日韓協約の直前である明治40年3月2日に釜山から戻った茂丸が、伊藤博文と芳川顕正と後藤新平を東京築地の新喜楽に招いて朝鮮問題に関する話合いを持った。釜山港の第二期埋立工事が明治39年10月から始まっていたこともあり(第三章参照)、朝鮮と日本の間を頻繁に行き来していたときである。その後も茂丸は伊藤博文や宋秉峻、寺内正毅、山県有朋、桂太郎の間を走り回り、朝鮮にいた内田とは電報や書簡で連絡を取り合いながら日韓合邦(日韓併合)の準備を進めていく。

 ●未完のアジア連邦

 陸軍が長州閥(岩国出身)の長谷川好道を通じて機密費10万円を一進会に下賜金として与えたのは明治40(1907)年5月15日のことである(『硬石五拾年譜』)。日露戦争へ協力した礼であったが、これにより資金難に苦しんでいた一進会は息を吹き返し、日韓合邦(日韓併合)は再び加速した。杉山茂丸は内田良平と情報交換をしながら日本側の山県有朋や桂太郎と、一進会側の宋秉峻や李容九を結びつける。これらの準備を進めながら11月2日に朝鮮の京城(*註)へ赴くと、日韓併合に向けて本腰を入れるよう伊藤博文に訴えた(『建白』)。

 しかしながら茂丸や内田が当初理想としていたのは日韓併合ではなく、日本と韓国が対等に合併する「日韓合邦」だった。これについて私は『李容九小伝』の著者である西尾陽太郎さん(明治45年生まれ)に質問したことがある。すると次の答えが戻ってきた。
 「当時、アメリカは合衆国、イギリスやドイツは連邦です。だから一進会の李容九も杉山茂丸も、日本と韓国を一緒にしてアメリカやヨーロッパのような集合国家にしたいと考えていたのです。その意味では非常にインターナショナルな視点で日韓合邦を考えていたわけです。日本も弱い、韓国も弱い、その弱い国同志が一緒になってドイツみたいになろうという、つまり小さな国同士が集まって西洋に対決できる強い国になるうという〈アジア連邦〉の構想ですよ」
 「その〈アジア連邦〉に中国も入れるつもりだったのでしょうか。辛亥革命では茂丸も玄洋社の連中も、かなり本気で援助していたようですが」
 「中国は大きいので、すぐには無理でしょうが、日本と韓国の合邦がうまくいった暁には、中国も加わってもらおうと考えていたはずです。李容九なども満洲への移住を考えていたわけですからね。彼らが最終目標にした〈アジア連邦〉というのは、まあ、アジア版のアメリカ合衆国みたいなものでしよう」

 実際、一進会のメンバーを一旦、間島(現在の中国吉林省東部で北朝鮮との国境近く)に移住させ、日韓両国が「合邦」した際、彼らを満洲へ移す計画があった。このため内たは桂首相に満洲移住費の150万円の下賜を懇願した程である。そして満洲に移った一進会を足掛かりに「日満連邦」を組織し、それを更に拡大した〈アジア連邦〉を作る構想があった(『日韓合邦秘史』)。にもかかわらず実際は韓国が日本に併合されて終わることで、李容九は失意の中で病に伏せる。

 ところで伊藤博文の刀剣趣味は有名であるが、伊藤が茂丸の影響を受けて愛刀家になったのも同じ時期だった。きっかけは伊藤が第三次日韓協約(明治40年7月)を締結して帰国したとき、茂丸が大磯の伊藤邸に出向いたときであった。このとき伊藤は自らの所蔵する幾つかの刀剣を茂丸に鑑定してもらい、それ以来、刀剣に興ずるようになるのである。

 合邦か併合かで揺れているとき、茂丸はその両者の間を走り回っていたのである。
     
*注 明治43年に朝鮮が日本に併合されるまで京城(ソウル)は李朝の王都として漢城の地名であったが、茂丸たちはそれ以前から京城の地名を使っていた(第三章「京釜鉄道の敷設」参照)。
    続く。


●『杉山茂丸伝』ー(13)


第五章 アジア連邦の夢

 ●伊藤博文の韓国統監辞任
 
 伊藤博文が韓国統監を辞し、その地位を曽根荒肋に譲るのが明治42(1909)年6月である。辞任の発端は、伊藤が韓国駐在の各国総領事を官邸に招いた際、日韓併合(*注)の意志がないことを口にしたからだ。この発言に驚いた杉山茂丸は新調の着物と袴を身に付け、短刀を懐に忍ばせて京城の統監官邸に飛び込むと伊藤に詰め寄った。
 「東京でお約束を致しましたとおり、まず統監制をこしらえ、統監となって韓国にいどみ、内外政治権の全部を総覧し、そのうえにて日露の戦果に伴う、〈日本の永久把握すべき大権を収得する〉という日韓併合の方針はお止めになったのでございますか」
 伊藤は間接統治により、時間をかけて朝鮮をまとめようと考えていたのである。しかし性急な茂丸は納得せず、「ご辞職をなされませ」と続けた。伊藤が、「辞職をしなかつたら君はドウする」と切り返すと、茂丸は懐から短刀を取り出してテーブルに置き、「御自殺を願います・・私もこのままお伴を致します」(『俗戦国策』)と迫った。
 
茂丸は伊藤の顔を見据えると、荒尾精と日清貿易研究所の卒業生たちが日清戦争で犠牲になった話を続け、ここに及んで日韓併合を推進しなければ彼らの死が無駄になると毒づいた。更にまた、二度目の渡米で日本興業銀行の設立のためにJ・P・モルガンから外資導入の約束を取りつけて帰国したにもかかわらず、井上馨の増税案だけ通して外資案を握り潰した恨み(第三章)を述べ、ことあるごとに伊藤を殺そうと思っていたことを告白した。

 思い起こせば明治17年に再上京したのも伊藤暗殺のためだったし、日清戦争後の下関講和条約に際しても遼東半島割譲を巡って伊藤とは意見が対立した。その後、日露戦争に向けて政友会設立の手助けをしたが、肝心の日露戦争を巡っては伊藤と意見が合わず、伊藤の不在を作って桂と組んで日英同盟を締結させ、伊藤を政治的死に追いやった経緯がある。今度という今度は、目の前で死んでくれというのだ。これに対して伊藤は、「今ここで君と共に死ぬと、君は刺客となり、僕は君に暗殺された事になるぜ」と制したものの、暫く考えた後でテーブルの上にあったブランデーをコップで飲み干し、「杉山君、誠に以て親切の御忠告、僕は何の躊躇もなく君の説に従うて辞職する事にする」と答えたのだった。こうして伊藤の辞任は決まり、後任として同じく長州出身の曽根が統監に座る。しかし曽根もまた伊藤の意志を継ぎ、日韓併合には反対の立場をとった。
 
伊藤がハルビンで暗殺されるのは統監辞任から僅か4ヵ月後の10月26日のことだ。この事件を機に日緯併合は急加速した。同時に狙撃犯として逮捕されたのは韓国人の安重根だった。しかし伊藤暗殺事件は多くの謎を残した。
 *注 この頃は茂丸も現実路線として日韓併合として動いていたので、以後、この呼び方に統一する。
 
●安重根発射の弾丸
  
 明治43(1910)年10月26日に起きた伊藤博文暗殺事件の最大の謎が、誰が狙撃したかという真犯人についてである。逮捕された狙撃犯の安重根がハルビン駅のプラットホームで整列したロシア兵の間からブローニング銃を水平に引いたのだが、弾はなぜか上方から下方に向けて貫通していた。当時の伊藤の着衣は山口県立山口博物館に保管されており、残された弾丸跡から、その事実を確認できる。

 一方、発射された実物の弾は衆議院憲政記念館で目にした。平成13年春の「伊藤博文と大日本帝国憲法特別展」で展示されていたもので、直径8〜9ミリ、長さが1.5センチ程の鉛色の小さな弾である。それは伊藤本人を直撃したものではなかった(随行の田中清次郎から摘出された)にせよ、確かに「安重根発射の弾丸」と明記されていた。

 伊藤の暗殺は日英同盟締結による第一の死(政治的死)に続く第二の死(肉体的死)という見方が当初からあった。いうまでもなく日英同盟は杉山茂丸が桂太郎と画策したものだ(第四章参照)。そして実際、山県邸で伊藤の死を知らされた茂丸は、「それではやはり伊藤公はとうとうやられましたか」と口を滑らせたことで、「やはりとは何じゃ。とうとうとは何ということか。それでは君は知っておられたのか」と山県から叱責された場面があった(『山県元帥』)。
 不思議なことに、この事件で損をした人は1人もいない。韓国人に暗殺された伊藤は日本側の英雄となり、日韓併合に弾みがついた。狙撃犯の安重根も韓国の愛国者として祭られた。更に伊藤が死んだことで、以後、山県は元老として君臨することにもなった。
 
ここで狙撃犯の安重根であるが、彼は明治12年に黄海道海州府で朝鮮の貴族階級である両班の家に生まれ、東学党の乱に際して彼らに抵抗して戦い、そのことでフランス人の教会に落ち延び、キリスト教に帰依した人物だった。にもかかわらず伊藤の狙撃後に獄中で書いた「東洋平和論」(未刊)は、東アジアを侵す勢力は欧米列強の白人に他ならず、アジアは連携してこれと戦うべきであるという、かねてより茂丸たちの提唱していた大東合邦論(後に日韓併合を用意する)に近い理想を待っていたことがわかっている。もしかすると安と茂丸たちとは、どこかで繋がっていたのかもしれない〔*注〕。そういえば伊藤の死も、金玉均が暗殺されたことで日清戦争へ突人した状況(第二章参照)と似ていた。金が日清戦争の人柱になったように、伊藤が日韓併合の人柱になったようにも見える。実際、そのような見方で安重根以外に実行犯がいたとして、茂丸を中心とした玄洋社人脈(内田良平、明石元二郎、山座円次郎たち)と軍との画策で伊藤が暗殺されたと推論したのが上垣外憲一の『暗殺・伊藤博文』だった。それと似た視点で大野芳も『伊藤博文暗殺事件』を書いている。なお、昭和9年に茂丸は『涙を垂れて伊藤公の霊に捧ぐ』という小冊子を出している。表題とは裏腹に伊藤が死ぬのを待ち詫びていたかのような内容は非常に興味深い。
 *注 日帝時代に日本が建立した朝鮮神宮の境内の一部であった南山中腹(ソウル市内)に、安重根を記念した「安義士記念館」が建っている。館の前庭に安重根の書を刻んだ大きな石碑がいくつも据えられ、入口に高さ4.4メートルの安の銅像がある。館内には安の家系略図や写真パネル、獄中遺墨などが展示されているが、興味深いのは父である安泰勲が金玉均や朴泳孝らの甲申事変に連座して官職を追われていたことだ。また、安の左手の指は茂丸と同じように切断されていたが、これは1909(明治42)年に国権回復のために命をかける同志11名と「断指血盟」を行った結果だった。


●『杉山茂丸伝』ー(14)

第六章 第二維新準備

 ●暗殺された原敬
 
 東京駅の改札近くの壁面に「原首相遭難現場」と記されたパネルがあり、足もとに一つだけ濃い色のタイルがはめ込まれている。そこが大正10(1921)年11月4日に原敬が刺殺された場所だった。

 原は京都で開かれる政友会京都支部大会に出発のため改札口に向かう途中で刃渡り5寸の短刀で襲われた。その場に倒れた原は駅長室に運ばれたが既に絶命。犯人は19歳の大塚駅の転轍手である中岡艮一(こんいち)だった。
 
原は藩閥に属さない日本初の政党政治家で、原の担ぎ出しに奔走した杉山茂丸は、当然ながら原内閣の成立を喜んでいた。そんな茂丸が、3年後の原の暗殺事件にも一枚かんでいたとすれば、これほど不思議な話もない。実は、茂丸と原の確執は早くも原内閣の成立直後からはじまっていた。原は政党主義者で、自分は天皇主義者だったために意見が合わず、遂に自分の意見は原に採用されることはなかったと茂丸は『俗戦国策』で語っている。茂丸は暗殺事件の前日にも原に面会を求めたが冷たく断られていた。その日、博多湾築港を視察するために田中義一と八代六郎とともに九州へ向かう予定になっていたので、「ここで少し心意の方針を改めねば、直ちに打殺されてしまうぞ」と言い残して、茂丸は田中や八代たちと汽車で九州に旅立った。原の暗殺を知らせる訃報が届いたのは、翌日、博多の常盤館で3人で酒を飲んでいたときである[*注]。事件を予見しながら博多に来たと疑われると困るから明朝には東京に戻るうと、茂丸は2人に伝えた。

 彼らは帰途の列車内で、犯人は9月28日に起きた朝日平吾による安田善次郎の刺殺事件に影響を受けた中岡艮一であることを知った。朝日が内田良平と関係があったのと同様、中岡の背後にも頭山満や内田と関係の深い五百木良三(いおぎりょうぞう)がいた。しかし茂丸は無関係を装った。中岡の原刺殺の動機は幾つかあったが、主なものは満鉄事件と尼港問題だったといわれる。前者は原の出身母体であった政友会の幹事長、森恪が経営する満洲の炭鉱を不当高値で満鉄に売りつけ、政友会の政治資金にした事件だった。両者の売買の仲立ちをしたのが原の推挙で満鉄副社長となった中西清一(前逓信次官)だったため、中岡は原への悪感を募らせたのだ。一方、後者は大正9年3月にシベリアのニコライエフスク(尼港)で出兵中の日本軍民600名以上がソ連のパルチザンによって虐殺され、このとき原が無責任な態度を見せたことについての不満であった。おそらくホルワット政権樹立を望んでいた茂丸も、後者の出来事には憤懣やるかたない思いを感じたに違いない。それにしても興味深いのは、暗殺事件の半年以上も前(大正10年2月)に、原が自らの暗殺を予見した遺書を書いていたことである。
  
*注 頭山満と同様、茂丸も酒を飲まなかったと伝えられるが、『俗戦国策』(「寺内・原・加藤」)では「三人で酒を飲んで居た」と自ら記している。また、友人の下村海南も茂丸没後に以下のような回想文を書いている。「庵主(茂丸)はいんぎんに下座からあいさつを申し上げると、汐時を見はからってノソリノソリと床の間近くへ乗り出す。
〈オイ後藤〔田中〕 一杯もらおうか〉とばかりドッコイショとエンコして、四本半になった指先をぐっとさしだす」(『東京朝日新聞』「杉山茂丸翁〔中〕」昭和10年7月28日号)

後藤は後藤新平、田中は田中義一のことであるが、これらのことから茂丸が酒を飲めなかったのではなかったことがわかる。一方、毒殺方法を知る革命家の護身術として有名なのが酒を飲まないことであった。茂丸も、その辺りの事情から人前で飲酒しなかったのかもしれない。なお、第四章「〈凱旋釜〉の石碑」で示したように、暗殺説があった児玉源太郎の死も、飲酒後の出来事であった。

 ●暗殺された原敬 了。
 
 
  ★原敬といえば茂丸よりも山県との確執が私などには印象深い。

 <参考>までに、あまりにも有名な「原敬日記」の一節を引用しておく

 明治41年  6月23日
  ・・・尚ほ本日参内し、親しく(徳大寺)侍従長と内談せしに。同人の内話によれば、山県が陛下に社会党取締の不完全なることを奏上せしに因り、陛下に於かせられてもご心配あり。何とか特別に厳重なる取締もありたきものなりとの思召もありたり。
  ・・・徳大寺も山県の処置を非難する語気あり。徳大寺の如き温厚なる人の口より此の如き言を聞くは意外なりき。・・・
 ★ 山県の陰険なること今更驚くにも足らざれども、畢竟現内閣を動かさんと欲して成功せざるに煩悶し、この奸手段に出でたるならん。其の癖余が一日大磯に赴くとき新橋より大磯まで同車し絶えず談話をなしたるに、一言も政事談をなさず、無論社会党に言及せず、彼の性行は常に斯くの如くなり。
   
 ************

 その他、メモ。(何れもウイキペディアより)

 山縣自身は生涯「自分は松陰先生門下である」と称し誇りにしていたが、現存する資料から山縣の在塾期間が極めて短かったことが判明しており、実際に松陰からどの程度の薫陶を受けたかは不明である。なお、松陰の文章における山縣の初出は、安政4年(1857年)9月26日付の岸御園宛書簡である。同書簡中、「有朋の如何なる人たるかを知らず」とその人物を岸に照会していることからも、来塾前の山縣が松陰と一面識もなかったことを知ることが出来る。

 その死に際しては、当時、新聞記者だった石橋湛山(後の首相)は山縣の死を「死もまた、社会奉仕」と評した。また、別の新聞では「民抜きの国葬」と揶揄された。

 皇室でも不人気だったらしく、明治天皇は山縣に「キリギリス」というあだ名をつけていた。明治天皇は、陰険な山縣よりも、明朗快活で冷静であった伊藤博文を信頼していた。また、大正天皇は、山縣が宮中に参内したとの知らせを聞くと、側近達に「何か、山縣にくれてやるものはないか?」と、尋ねることがしばしばであったという。言うまでもなく、何か参内の記念になるものをやって、さっさと帰らせようとしたのである。

 また山縣がもつ異常なほどの権力への執心、★勲章好きについて原敬は「あれは足軽だからだ」という一言で述べ、軽蔑の意を込めていた。

 加えて長州閥の代表格であったことから、戊辰戦争で敵対した旧幕諸藩の出身者からも評判が悪かった。明治期を通じて会津藩や南部藩出身者などを「朝敵風情が」と見下し、会津松平家出身の秩父宮勢津子妃の婚姻に反対するなど様々な妨害工作を行った。理不尽な仕打ちを受けた事による薩長閥への恨みは、負の遺産となって会津若松市民の山口県出身者へのわだかまりとして現在も残ってしまっている。

  第六章 第二維新の準備

 ●大杉栄と伊藤野枝


 佐賀県との県境近く、福岡市早良区内野の山間部に浄土真宗の西光寺がある。この寺には鐘楼の前に大杉栄と伊藤野枝の墓石が据えられていたが、二人の娘の伊藤ルイさんが人目につかない所に移し、既にルイさんも他界し、墓石がどこに移ったか不明となった。

 関東大震災は当時の新聞が伝えたように日露戦争を上回る死者を出した。それには震災直後に広まった朝鮮人暴動を煽動した咎で殺害された大杉栄と愛人の伊藤野枝まで含まれていた。アナーキストの大杉は大正12(1923)年9月16日の夜、麹町憲兵隊長の甘粕正彦大尉によって野枝と甥の橘宗一と共に殺害された。しかしそれより一週間前の9月9日に、東京から戻った久留米市議の岡本三郎が記者に対して大杉が日暮里駅で暗殺されたと語っていた。もちろん誤報だが、このエピソードは大杉暗殺の噂が事前に流れていたことを意味していた。しかも殺される直前まで、杉山茂丸と奇妙な行き来を大杉はくり返した。
 
 『大杉栄自叙伝』(「お化けを見た話」)が語るところでは、大正5年10月初旬頃に野枝が遠緑筋にあたる頭山満の所へ借金の申し込みに出向いたとき、頭山が玄洋社の金庫番の茂丸を紹介したことに二人の出会いは始まったということだ。彼女は茂丸のいる台華社に赴くが、話を聞くうちに茂丸は大杉本人に会いたくなり、大杉を呼び出す。そして参上した大杉に向かって、国家社会主義者になれば金は出してやるといった。樽井藤吉や山路愛山のようになれば良いと思っていたようだが、大杉は無視して台華社を出ると、会話中に茂丸が口にしていた後藤新平のところを訪ね、政府が自分たちを迫害するから金が無いとまくし立て、資金援助を仰いだ。大杉が要求したのは3、4、百円程で、後藤は要求をのみ、二人だけの秘密事項と釘を刺して金を出す。この金は今でいうところの機密費で、後藤からいえばアナーキストたちの地下情報を機密費で買ったことを意味した。

 一方、陸軍士官学校出身の末松太平(明治38年生まれ、2・26事件に連座入獄)は、茂丸の書生から戦後になって興味深い話を聞いたそうだ。茂丸主催の朝食会に大杉が度々顔を出し、フランス語の堪能な大杉からフランスの情報を入手し、それを茂丸が軍部の中枢に流していたというのである(「対談・右翼と左翼のあいだ」『第三文明』1977年8月号)。

 茂丸は震災直後に『黒白』をガリ版刷りで復刊した(12月号)が、その中でも甘粕の大杉殺害の行為について、誰も非難できないと遠回しに擁護している。同時にまた、「黒白評論」と題する本文では、街が破壊されたのを良いことに、新たな都市構想計画を提唱している。実際、震災から2カ月を経た11月22日に、茂丸はハワイホノルル在住のデリングハムの代理人C・F・クライと「東京湾築港契約」を結んだ。全部で10条からなる契約書で、末尾に茂丸とクライのサインが入っている正式な書類である
 大杉栄と伊藤野枝 了。 

 以上で『杉山茂丸伝』の紹介を終わります。

http://2006530.blog69.fc2.com/category2-19.html


http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/371.html

コメント [原発・フッ素14] 牛肉 (北海道新聞 卓上四季) BRIAN ENO
01. 2011年7月13日 15:38:50: hp2GEyjoZw
どうして外国のサイトで以下のような情報を知らされるのか?
ネットだけでも重要な情報を共有し拡散させよう。
>申し訳ありません。放射能危険区産の汚染牛の牛肉は、すでに横浜の子供達の口に入ってしまっております。
投稿者:太田正孝 投稿日:2011年 7月 9日(土)06時52分11秒   通報
◎ 福島・南相馬市産の牛肉からセシウム 全国初 投稿者:公表願う者さま

福島産の牛肉で、横浜市の学校給食に供された牛肉は、すべて放射能危険区域の物であり
汚染されていました。

汚染状況は「福島県出荷時点での生体表面」の汚染状況であり、と殺後の肉の汚染状況は
不明のまま、すでに小学生の口に入っております。

学校栄養士関係からM機関に内部告発があったことから、その事実が発覚して、横浜市給食の
放射能汚染問題が大きく関心を呼ぶ事になりました。

市も、教育委員会も校長も「給食食材は・・流通しているのだから安心だ」なんて
いかげんな「嘘」を言って、結果的に「横浜市の小学生を内部被爆させた」と考えられます

事態は深刻です。
今後、どのような影響が子供達に出るのか?

市長も教育委員会も校長も・・そして「安全を求める請願」を否決した自公民みんなの党の
市会議員たちも、

「公表を願う者さま」の

「既に子供たちの口に入ってしまいました。
繰り返します。
『出荷段階でチェックされているから(市場に流通しているから)安全・安心です』と言って、給食食材に使用してきた関係者の方々、この事実を受けて一言お願いします」
という
問いかけに、どう、答えるのであろうか!
http://8005.teacup.com/ota/bbs/11580
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/255.html#c1

コメント [原発・フッ素14] 「大量に食べねば影響ない」 セシウム汚染牛、徳島のスーパーでは完売 (MSN産経)  赤かぶ
33. 2011年7月13日 15:38:59: jhG1lvBWrw
「汚染食材の拡散をやめろ」ってデモをしないとだめなのかな。

どこまでも奴らの思うままじゃないか。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/218.html#c33

コメント [マスコミ・電通批評12] 東京新聞に「経済制裁」「経済封鎖」という圧力がかかっているようです → さ〜て 我々アリの出番です - (民間人です) 七転八起
51. にんじん 2011年7月13日 15:39:25: lfZlMctnxWm8k : bqzbG3QeTY
本体の『中日新聞』も「特報欄」の評判がいいこと判り、このところ数日遅れで掲載していますが、しかし除ける場合もあります。やはり中部では、オーソリティがあり、あそことかこちらに気を使うからですが、首脳陣は他社より野人が揃っています。なにしろ、「中日かぁ、」と大手から言われる悲憤満載してますから。
http://www.asyura2.com/11/hihyo12/msg/127.html#c51
コメント [原発・フッ素14] モー底なしの恐怖“セシウム牛モツ”は追跡できない! (zakzak)  赤かぶ
01. 2011年7月13日 15:41:20: IV8vpzxuiI
福島の人はかわいそう。買い物に行くと八百屋さんが福島産と聞いただけでみんな買わないとか。東電さんよー!農協さんよー!福島の人が折角手塩をかけて作った畜産を含め、農作物すべて買って保障しろ!彼らが何をしたっていうんだ!みんな東電と政府のしたことを福島の人に尻拭いさせて!東電の社員のボーナスも去年並みに支給されたと阿修羅に投稿されていた。東電の社員さんよ!君たちは社会的責任感じているのかい?
福島の人たちを3.11以前の生活の保障をしてくれさえすればこんな問題はおきなかったろうに。いまから日本国民は放射能入りの食い物を食べ続けるだろうね。
恨むなら政府と東電を怨め!
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/258.html#c1
コメント [原発・フッ素14] 大マスコミは「電力不足」と煽っているが…なんと原発50基分!埋蔵電力活用で「脱原発」できる=@『日刊ゲンダイ』 極楽とんぼ
46. 2011年7月13日 15:41:26: Rn1fIypMRc

“あまってるんだってヨ!”

             ♪サマータイムブルース♪


             
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/175.html#c46

コメント [原発・フッ素14] 放射能汚染水 速く安く浄化  鉱山の技術応用  京大 蓄電
02. 2011年7月13日 15:44:49: u3O0TeZ0Go

韓直人はアレバ社からいくら貰う約束になっているんだ?

http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/259.html#c2
コメント [原発・フッ素14] 原発止めて火力にしたら環境破壊(CO2増加も含めて)が進むけど… と原発推進派のヒトの主張  - (民間人です) 七転八起
02. 2011年7月13日 15:46:19: eJcwQUA9aU
正論であるが理想論である。核廃絶は即刻実行するべきである。誰も異論が無い筈である。しかし、即刻には実現できない。だから、理想論であり、願望論でもある。
脱原発の具体的なスケジュールを決める必要がある。40年後に全ての原発を廃絶します、というだけでは誰も信用しない。
今、直ちに54基のうち30年を経過してる原発を廃棄します、以後、毎年、30年を超える原発を順次廃棄していきます、そうすれば40年後に全ての原発は無くなります。その間、再生可能エネルギー発電を拡大していきます。
ドイツが苦悩の末に決断した脱原発政策を見習うべきです。

http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/262.html#c2
記事 [カルト8] 陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記 その15
●大杉栄暗殺

●前回、『杉山茂丸伝』を紹介したのは、主に「落合論文」との関連、
 
 =「・・・前月号(08年1月号)で、高島鞆之助・樺山資紀と児玉源太郎、後藤新平の関係を述べつつ、「ここまで書いて折よく、この見解を裏付ける資料に際会した」と書いた。その資料とは、平成十八年に発行された堀雅昭著『杉山茂丸伝〔アジア連邦の夢〕』である。内容は後稿で紹介するが、玄洋社総帥の頭山満の指南役だった杉山茂丸が、伊藤博文・山県有朋・桂太郎など長州派首脳や後藤新平を操縦していく経緯を、原資料に当たりながら解説したもので、御用史家や売文史家が従来全く気づかなかった杉山の本質を明らかにしている。この著の価値は長州派首脳に取り入った杉山が、独自の政治的価値観を以て国策を進めたことを立証した点にあるが、その一方、一介の浪人・杉山がそのような地歩に立ち得た理由については考察及ばず、また杉山が近侍した謎の貴公子・堀川辰吉郎に全く触れていないのも遺憾がある。・・・」=でした。 

 そのうちの一点、大杉栄の暗殺について、『賢者のネジ』(藤原肇 たまいらぼ出版 2004.6.30)の当該部分を引用しておきます。

 第八章 大杉栄と甘粕正彦を巡る不思議な因縁

 対談者は、小串 正三 (元フランス三井物産総支配人)です。 
    
 ●後藤新平内務大臣のスパイだった大杉栄 
 ・・・
小串:松尾さんは大学もパリ生活も大先輩だが、それよりも古い時代のことだから私は良く知りません。しかし、辻の愛人だった伊藤野枝が目蔭茶屋にいた所に、神近市子がやって来て話がこじれてしまい、大杉が神近に刺されたのが葉山事件です。

藤原:刺される直前に大杉が後藤内務大臣の所を訪れて、300円の資金を内密に貰って来た話は、「自叙伝」の中に書いてあるから知られており、これが大杉スパイ説の根拠になっています。後藤新平は板垣退助が岐阜で演説している時に、襲撃されて「板垣死すとも自由は死なず」と叫んだ現場に駆けつけ、医師として治療をした経験の持ち主です。しかも、各地の県知事を歴任した安場保和の次女の和子を妻に持ち、愛知県病院に勤務していた若き日の後藤は、恩人で岳父の安場の引きで中央官界に出たのだし、この安場は横井小楠の弟子でもありました。また、福岡県知事だった安場を玄洋社の頭山満や杉山茂丸が尊敬し、しかも、後藤が民生長官として仕えた児玉源太郎総督に対して、政界の大黒幕だった杉山茂丸が私淑していたのです。

小串:じゃあ、後藤の人脈は高野長英だけでなく、横井小楠にまで広がるわけですね。

藤原:しかも、「夜明け前の朝日」(鹿砦社)の中に書いてあるが、★後藤が名古屋時代に作った娘の静子の息子が、メキシコに渡った左翼演劇家の佐野碩であり、彼は画家のシケイロスと組んでトロツキー暗殺に関連しスターリニストだったと考えられています。また、静子が結婚した医者の佐野彪太の兄が佐野学で、野坂参三とは遠戚関係で繋がっており、野坂の身内は神戸のモロゾフ製菓の筋でして、その周辺には警保局長や特高課長が多くいる。しかも、後藤新平は凄い国際感覚と政治手腕の持主だから、弾圧し易いようにシンパを結集するために、共産党を組織してスパイを潜り込ませたり、ソ連の外交官ヨッフェと親交を結ぶことで、英国流の帝国主義の実行を試みています。

小串: 後藤新平は初代の総裁として満鉄を育て、日本における東インド会社にしようと考えたのだし、その延長線の上に満州国が作られたのです。

●大杉栄の渡仏とパリに錯綜するスパイ人脈

藤原:そうです。ただ、当時の日本は軍事至上主義に毒されていたし、民主的な植民地経営を実現するためには、ソフトの分かる人材が不足していたために、秘密警察によるスパイエ作と思想統制によって、全体主義国家にと偏向してしまったのです。

小串:後藤新平が野坂参三や佐野学などを効果的に使い、共産党を作ったという藤原さんの仮説は、これまであなたが著書で強調していたから、ここでは素直に受け入れて置くとしましょう。そうなると、伊藤野枝が大杉栄の内妻になったのは、純然とした恋愛ではなくてスパイのためであり、「くの一忍法」であると考えるわけですか。

藤原:さあね、その辺は個人の内面問題に関係するので、本人以外がこうだと断定するわけには行かないし、大杉栄だってそこまで疑わなかったから、何人も子供を作って可愛がったのだと思います。また、金を渡すことで大杉の軟化を試みるように、後藤に入れ知恵したのは杉山茂丸だろうし、杉山ならそれくらいの工作は朝飯前に等しく、太っ腹の後藤なら一つ返事で了承したに違いありません。しかも、大杉のフランス行きの半年前に日本共産党が誕生しており、アナキストとはいえ大杉はボリシェビキと一緒に、協力してやっていけると信じていたことは、後藤が考える路線と共通していたから、スパイの秘密任務を引き受けていたかも知れません。

小串:後藤のスパイである伊藤野枝の影響もあり、大杉がフランスに特殊任務を帯びて渡ったとなれば、その目的はどんなものだったのでしょうか。

藤原: 今の段階ではあくまで仮定の推論だが、陸軍のシベリア出兵の背後関係を始め、フランスのフリーメーソン(大東社)の動きについて、調べることだったのではないかと思います。だが、脇が甘くじっとしていられない大杉は、ボルトーマイヨーに近い日本人会への出入りを始め、パリに住む多くの日本人画家とつき合い、持ち前の派手な行動を大胆な形でやったわけです。しかも、第一次大戦後の円高のお蔭で当時のパリには、二百人を超える日本人画家が住み着いていたし、その頂点に立つ藤田嗣治は陸軍に頼まれて、怪しい日本人に対しての監視をしていたのです。

小串:あの藤田画伯が陸軍のスパイ役とは不思議ですね。

藤原:ちょうどソ連邦が誕生したばかりであり、シベリア出兵がらみで後藤外相が動いたし、当時パリにいた佐藤紅緑は大杉に会った時に、後藤新平の支援で渡仏したのかと聞いたほど、国際関係は非常に流動的だったのです。だが、そんな微妙な情勢を無視する大杉の大胆な行動は、彼一流のスタンドプレーヤー的性格のせいで、メーデー集会で演説を試みて警察に捕まりパリの南のサンテ刑務所に拘留されてから、国外追放ということで放免になり帰国したわけです。また、大杉が日本に帰国して2ケ月後に関東大震災が起き、その時に彼は伊藤野枝や甥の橘宗一と共に、東京の麹町憲兵隊で虐殺されています。

小串:下手人は憲兵大尉の甘粕正彦だと言いますね。

藤原:ええ、そう言われています。ほとんどの歴史書には甘粕が殺したとあるが、彼が真の下手人だったかどうかは大いに疑問です。むしろ、甘柏大尉が殺人の罪を負って服役したので、陸軍全体に対して貸しを作ったことにより、その後の地歩を築いたような感じがします。だから、釈放されてから満州に渡った甘粕は、協和会の総務部長に就任することによって、新天地を築き上げる足場にしたと思います。

小串:甘粕が殺人犯ではなかったとすると、歴史を書き換えなければなりませんね。

●甘粕大尉が大杉栄たちを虐殺したという歴史の虚構

藤原:そうでしょう。特に満州国に対しての関東軍の支配において、甘粕正彦の果たした役割と軍事謀略については、もっと詳しく調べ直す必要があります。五族協和と王道楽土の建設を理想にして働いた、多くの真面目な人々の希望を砕いたのが、満州に新しい利権を築いた高級官僚や軍人たちであり、岸信介を筆頭にした植民地官僚を始め、板垣征四郎の狂信思想に毒された軍人たちは、亡国路線に大日本帝国を導いたのです。

小串:そうなると甘粕の位置づけはどうなりますか。

藤原:今の段階では未だ十分な事実分析がなされておらず、甘粕大尉が虐殺の下手人でないなら、なぜ責任を取って服役したのかという理由や、刑期の3年間を本当に刑務所の中にいたかは、徹底的に調べ直さなければいけません。当時は第一次世界大戦後の混乱の時期であり、ソ連の成立でコミンテルンが発足したので、陸軍のシベリア出兵の後始末のやり方を始め、満州国が成立するまでに至るプロセスが、どのようなものであったかについて、世界史的な視点で検討することが必要です。

小串:私か生まれたのが大正3年(1914)ですから、中学の途中までは大正時代に生きたわけで、殺される前の大杉栄も目撃できたのだし、時代の空気は子ども心にも良く覚えています。そして、大正時代というと白樺派や民本主義を考えて、直ぐに大正リベラリズムを思い浮かべますが、前半の日本は戦争景気で賑わったにしても、後半期は恐慌や関東大震災が起きて大変でした。だから、1980年代のバブル景気で沸き立った後で、10年以上も続いている大不況の日本の姿は、大正時代の生き写しに他ならないし、この数年間は既に昭和の大不況と重なっていて、大変な時代なのに誰も自覚していません。

藤原:ジャーナリズムが堕落して真実を伝えないから、日本人は自分たちが置かれている状況に対して、どれだけ危機的であるか気づかないのです。日本政府を始め銀行や企業も債務超過であり、破産状態に陥っているだけでなく、政治もまともに機能していないという意味では、今の日本は幕末よりも酷い状態です。・・・中略・・・


●権力者のしたい放題が罷り通る平成幕末の日本
 
・・・
小串:信頼関係が崩れたので将来が不安であり、身を守るために誰もが無駄な出費を控えるから、景気が一向に良くならないのは当然です。

藤原:そんな森政権を支えていたのが小泉であり、その小泉が首相になって人気稼ぎに明け暮れ、ことによると新たな情報の隠蔽が始まって、日本は更なる亡国の混乱で呻吟するのです。大震災があった大正の末期の日本で、大杉栄も甘粕正彦も刑務所に入っているが、甘粕の場合は本当に殺人者かどうか疑問であり、2人が共にいわれなき罪で服役したとしたら、日本が法治国家という幻想は空中分解です。

小串:しかし、大杉栄が後藤新平から金を受け取ったことが、スパイだという論法に従うならば、政治家は圧力団体や政商から献金を受けるので、一種のスパイ役をしていることになるから、金の動きには細心の注意が必要ですな。

●大杉栄の虐殺を巡る甘粕大尉の謎と大杉のフランス探訪旅行

藤原:懐柔目的に金を貰えばスパイと同類であり、復古主義を主張しているご用文化人たちは、権力に小遣いを貰って動いている点て、現代版のソフトなスパイに相当しています。藤田嗣治画伯だって陸軍に金を貰ったので、スパイだったと言う人もいるわけだし、名目はベルリンの「国際アナキスト大会」への出席だが、大杉栄がパリに行ったのは後藤新平に、調査を頼まれたとも言われています。どこまでがスパイ行為かは厳密に区別できないが、大杉は後藤新平の指示を受けて渡仏し、かつて甘粕がたどった足跡を探るために、フランスで行動したと言われています。

小串:でも、それは変です。甘粕大尉は大杉栄たちを殺した罪で服役し、関東大震災の4年ほど後に奥さんと一緒に、初めてフランスに渡ったのであれば、甘粕大尉の足跡を探るための旅行というのは、どう見たって辻棲が合わないと思います。

藤原:それは通説に従った甘粕の捉え方であり、彼の公式記録は1915年から18年にかけて、3年間にわたって記録の欠落があるから、1917年頃に最初の渡仏をした可能性があります。それを追及したのが落合莞爾であり、彼の「陸軍特務・吉薗周蔵の手記」によると、甘粕は1917年頃に最初の渡仏をして、フリーメーソン(大東会)に入会しています。だから、通説や角田房子の「甘粕大尉」(中公文庫)が言うような、出獄後9ケ月経った1927年2月に、初めて渡仏したという記述は疑問符付きであり、その辺のきちんとした検証が決め手でしょう。

小串: もしそれが事実であると証明されれば、大きな歴史の謎が解明されることになり、大正時代の日本史が書き換えられますね。

藤原:吉薗周蔵が残した手記の解読によると、甘粕は上原勇作元帥の忠実な手下であり、スパイとしての特殊任務でフランスに行き、ヨーロッパ工作を密かにやったようです。上原元帥はフォッシュやフォン・マッケンゼーと並んで、近代戦史における三大元帥と呼ばれていて、日本陸軍が生んだ異才だと言われています。
 彼は若い頃に野津道實少佐の玄関番をして、大学南校に学んでから陸士を首席で卒業し、フランスに留学した経歴の持ち主であり、陸軍が始まって以来の読書家だったそうです。

小串: 上原元帥がフランス派の鬼才であり、大読書家だとしたら油断できませんな。

藤原: そうですね。また、運命の不思議な巡り会わせになるが、彼は私が留学したグルノーブルの山岳師団に配属され、工兵隊の指揮をした後で日本に帰り、陸軍の要職を全てにわたり歴任しています。
 しかも、上原が留学中にフランス人との間に娘を作り、このハーフの娘が甘粕正彦の愛人になりまして、最初に渡仏した時に親密だったことが、落合莞爾の努力によって検証されているのです。

小串:歴史の謎を追うと奥行きが実に深いから、頭がくらくらするような気分に支配されるが、本当にそんなことがあるとすれば、隠れた真相の解明は興味が尽きませんね。

藤原: だから、われわれの行く手には未知の地平が広がり、困難を乗り越えてチャレンジすることによって、新しい歴史を書くことが可能になるのです。

 ***********


●大杉暗殺  「『夜明け前の朝日』(鹿砦社)より。

前記、「★「『夜明け前の朝日』(鹿砦社)の中に書いてあるが、・・・」の該当部分を下に引用しておきます。
 
 ★鹿砦社 2001年5月1日刊 だが、この記事=対談の初出は『創』誌1998年10月号
   であると、『夜明け前の朝日』巻末にある。

 **************

 第三章 朝日・講談社巻き込む「大激論」の欠落した部分
 [歴史の証言】 (その2)
 ●歴史の秘密と隠れた情報の点を線に結ぶ より。  

対談者の紹介は次の通りです。

 お互いが相手の記事や著書の読者として、30年も昔から名前を知り合っていながら、1度も会って話し合うことがなかったのに、雑誌・『創』(つくる)に掲載された私の記事が縁になり、鋭い分析で知られた評論家と対話の機会を得た、話の内容が多岐にわたって展開したので、多分にまとめるのが難しいお喋りになって、扱った事象や人物の説明を抜きにしては、言っている意味が分かり難い部分もあるが、ジャーナリズムの問題を考えるために、重要な示唆を含むので相手を*Lとして復元した。*Fは藤原肇氏。
  
  ****************
<以下、引用>
 ・・・ 
L: えっ、それは驚きです。そんなことは夢にも考えなかったし、あの松本清張でもそこまで推理したとは言えないが、地獄耳の私でも聞いたことがありません。竹下が幾ら自民党の日韓議員連盟の代表で、韓国と太いパイプを持っていたとはいえ、そんなタメにするような情報は信じられません。松本清張でもそれは言わなかったし、知っていたら絶対に書いていたはずだが、私は彼から片鱗もその話を聞いていません。

●情報の真偽を見破る眼識

F: さあ、どうでしょうか。絶対に正体を現わさない秘密もあります。
それに、清張の長編小説で読んだものは少なくて、『霧の会議』と遺作の『神々の乱心』くらいであり、多くの人から『深層海流』を読めと言われたが、どこの文庫本にもないので未だ読んでいません。『霧の会議』はバチカン銀行とフリーメーソンを扱ったが、その前にガーウィンの『誰が頭取を殺したか』を読んでいたので、清張がヨーロッパを舞台にしたものは迫力が乏しく、事件の掘り下げ方が通俗的だと思いました。
 ただ、高校生から大学生にかけての頃だったが、『日本の黒い霧』や『昭和史発掘』を読んだ印象では、彼は鋭い史限を持つ人だと思いました。

L: 彼の作品では短編に比較的いいものが多く、長編小説ではどうしても限界があるが、社会派の作家として国内問題に関しては、資料集めに力を注ぎいい仕事をしています。
 話題が変わりますが、石油ビジネスを専門にしている藤原さんの目で、石油業界を具合に安宅産業が潰れた事件を描いた、あの『空の城』をどう思われましたか。
F: 実は、未だ読んでないのです。

L: 日本で映画化されて大評判になりましたが、石油ビジネスをやったあなたが読んでいないのは、私には非常に不思議でならないのですが・・・。

F: 安宅事件に関しては経済記事を読みましたが、石油ビジネスの本質に迫ったものはなく、ジャーナリストの調査は実に告白的です。国際石油政治の掘り下げは簡単でないから、幾ら社会派の清張でもあまり期待できないので、それを小説で読むのはナンセンスでしょう。
 日本でオイルマンと称していろいろと書き散らす、落合信彦にしてもハッタリ屋の小説家で、石油開発をやって生きて来た私の目には、石油ビジネスのイロハも知らない人です。

L: ハッタリを書き散らすと言われたが、具体的にはどういうことを指しますか。

F: キリスト教について少し知っている人なら、カトリックは神父でプロテスタントは牧師と呼び、その世界での専門的な言葉遣いがあり、牧師が告解を受けるとは絶対に言いません。石油会社で石油の発見を担当する部門は、エクスプロレーションと言って探査とか開発と訳しますが、落合は商社のレベルの発想で調査部と書いたり、セメンティングをリグ(掘削装置)を固定するためだなんて、飛んでもないデタラメを書いています。

L: プロが使う用語をカタカナ英語で書けば、誤魔化せると思っているわけですか。

F: そんなレベルです。幾ら日本語が上手なアメリカ人でも、神社の神主とお寺の和尚さんを取り違えて、出雲大社の和尚さんと書けばお笑いで、日本人なら誰でも知識の浅さが分かるし、宗教のイロハも知らないと思うのと同じです。

L: そうですか。それでは落合はともかく松本清張ですが、彼は『神々の乱心』を非常に興味深く読んだので、あれについてのコメントはいかがですか。

F: 私も先生と同じでとても興味深く読みました。
冒頭にある天津アヘン密輸事件の密輸犯が、三島由紀夫の祖父の平岡錠太郎であり、吉薗周蔵という実在の人物を二人に分け、吉屋謙介と荻園泰之という主人公にして、筋を展開する清張の手腕はなかなかのものです。しかし、落合莞爾の『陸軍特務・古薗周蔵の手記』を読んでいるので、清張が小説の中では触れるに至らない、アヘン売人の中に若き日の牧口常三郎(創価学会初代会長)がいたり、大杉栄が後藤新平のスパイだった話との関連で、ちょっと物足りないという感じがします。

L: えっ、大杉栄が後藤新平のスパイだったのですか。そんな話は今までも聞いたことがないが、アナキストの大杉は後藤内相にとって、最も警戒すべき要注意人物だったはずです。それなのに、大杉が手下だったというのは奇想天外で、私にはとても信じることができないが、そんな奇妙なことがあり得るでしょうか。

F: だから、秘められた歴史の真相は興味深いのです。でも、この件に関しては『朝日と読売の火ダルマ事件』の中に、ちょっとほのめかして書いておいたのですが、先生はそれにお気づきにならなかったのですか。

●秘められた歴史のジグソーパズル

L: 後藤新兵のことは正力松太郎の話の中に、だいぶ出て来たのは記憶しておりますが、大杉が後藤のスパイだということに関しては、恥ずかしいが記憶に残っておりません。

F: 実は、大杉と同棲していた伊藤野枝がスパイで、彼女の祖父は玄洋杜の頭山満と親しく、後藤の親分だった児玉源太郎に私淑した、杉山茂丸と繋がりがあったのです。

L: そう言えば夢野久作の親父の杉山茂丸は、明治から昭和にかけて政界の巨大黒幕だが、彼は『児玉大将伝』という非常に痛快な、児玉源太郎の伝記を書いていましたな。

F: 児玉台湾総督の下で民政長官だったのが、後に内相に就任した後藤新平だったし、彼が名古屋時代に作った娘の静子の息子が、メキシコに渡った左翼演劇家の佐野碩です。静子が結婚した医者の佐野尨太の兄が佐野学で、野坂参三とは遠戚関係で繋がっており、野坂の身内は神戸のモロゾフ製菓の筋です。その周辺には警保局長や特高課長がいて、すべてが後藤に繋がっていることから、後藤が共産党を作ったと考えられるのです。

L: そんなバカな・・・。。どうして内務大臣が共産党など作りますか。

F: 共産党を作ってそこにシンパを集めれば、弾圧する時に手間があまりかからないし、世界的なスケールで展望して見るならば、情報収集をする上で非常に便利です。後藤新平は日本人離れした大型の政治家だったから、ソ連の外交官ヨッフェと親交を結び、英国流の帝国主義を手本に使いながら、日本の政治を改革しようと試みています。

L: 確かに満鉄の初代総裁として采配を揮い、関東大震災後の東京市長としても活躍して、日本の政治家の水準を越えていた人です。
 それにしても、あなたと喋って歴史の話をしていると、松本清張が文春に連載したイラン革命の話で、冒頭に出て来るイラン系ユダヤ人商人が、米国から祖国を遠望するのを思い出して、実に奇妙な感じがしてなりませんな。

F: 私は『文芸春秋』を定期購読していないし、松本清張の小説はあまり読んでないので、おっしゃっていることの意味がよく分かりませんが、清張はイラン革命を小説にしたのですか。

L: パーレビ皇帝が失脚した時のドキュメントです。

F: 残念ながら知りませんでした。それじゃあ、話を後藤新平が持つ実力に戻しますが、日本では本当に優れていたらダメであり、三流のものしかトップになれないのです。
 それは歴史書の場合においても同じであり、幕末のことを知る上で最良の本としては、マリアス・ジャンセンの『坂本竜馬と明治維新』で、その次に大仏次郎の『天皇の世紀』が来て、奈良本辰也の幕末物が続くと私は思います。小説は十番以下に来ることになり、子母沢寛から海音寺潮五郎に続いた後で、司馬遼太郎が来ると私は考えていて、日本人がなぜ司馬を持ち上げるのか不思議に思うが、彼が日本ではトップ扱いされていますね。

L: 今の日本では司馬遼太郎を国民文学と言って、財界人から政治家に至るまで愛読しており、藤原さんのような考え方は少数派です。
 この間も『文芸春秋』が人気投票をやって、誰が日本の作家で好まれるかを発表したが、一番は夏目漱石で二番が司馬遼太郎だった。不思議だったのは吉川英治がいるのに、20傑に松本清張が入っていなかった点です。私は司馬より松本の方が国民的だと思うが、小説は各人の好みが関係しているために、自分の趣味は押しつけられないのです。

●松本清張に見る幅広い取材ネットワーク

F: 司馬の小説の主人公は必ず売れるタイプで、いかにもヒーローになりそうな人が多く、判官贔屓の日本人によく受けるのは、新しい愛国主義が底流にあるためです。彼には小栗忠順は描けないだろと思うし、現代史の謎に挑む気はなかっただろうが、『街道を行く』は歴史が主人公だから好きです。ただ、『街道を行く』と『昭和史発掘』の比較になると、私は清張の歴史への冷めた視点の方が、司馬のロマン主義よりも強く惹かれます。
L: 松本の筆法はジャーナリスティックだし、推理小説のやり方で話を展開しているので、謎解きとしての興味が加わるからです。また、彼は非常に熱心に資料を集めていたし、取材力を誇る記者や情報マンたちを動かして、いろんな組織や会社から情報を集めた上で、老練な刑事がやるような緻密な調査を行い、事件の骨格や当事者の心理を分析してます。文春の嘱託だった大竹宗美も彼の情報マンであり、内調のレポ役の形で動き回っていたが、大竹は児玉誉士夫のアンテナ的な存在で、三矢事件は児玉が持っていた資料の山を使い、社会党の岡田春雄の所にそれを待ち込んで、国会で爆弾質問を仕掛けたということです。

F: 内調を通じて大竹と田中の関係が分かるし、文巻が事件として騒ぎ立てるとしたら、メディアとしてマッチポンプをしたのですね。

L: 松本清張の情報源として重要だったのは、文春と朝日が手配した優秀な調査マンで、当時のカネで月に百五十万円も遣っていたから、今の貨幣価値だと十倍以上に当たるので、文春が音を上げたのももっともでした。それに、松本自身が朝日の広告部門だったから、新聞社の内容について熟知していたので、『赤旗』の報道部長になった下里正樹までが、情報整理のために秘書として手伝っており、彼のネットワークは実に凄いものでした。

F: 彼の人脈からすれば当然でしょう。また、私は森鴎外の史伝に属す作品が好きだから、清張の歴史小説より初期の短編を評価するが、なんと言っても『昭和史発掘』が最高であり、あの現代史に対して挑戦した仕事は、彼にしかできない偉大な成果だと思う。
 『朝日と読売の火ダルマ時代』の「まえがき」に書いたが、過去10年間に読んで最も衝撃を受けた、鹿烏昂の『裏切られた三人の天皇』を清張が読んだら、『幕末史発掘』をどんな具合に書くかと考えると、眠られなくなるほどの興奮を覚えてます。

L: 私は未だその本を読んでいないから、なんとも意見を言えないのが残念です。ただ、松本漬張は歴史感覚が優れているので、日記や古文書を懐疑して扱う精神を持ち、その背後にある動機や心理の分析を試みて、歴史の真相に迫って何かを発掘するのです。

F: シナの歴史は必ず前王朝が悪辣政治で、天命により王朝交替の革命が起きたから、今の支配者が正統だと書いてあるけれども、日本の歴史も支配者のために書き直しが行われ、史実を抹殺した現世賛美の作文です。だから、『古事記』や『日本書紀』が問題になるのは、藤原不比等が書き改めているからだし、書かれた歴史のほとんどが捏造に属すから、真相の解明には推理小説の手法が有効です。

L: そうなると司馬遼太郎より松本漬張が、推理発想の点で有利になるわけですね。

   <完>
 


●「死もまた社会奉仕」

★山県有朋が死んだ時、石橋湛山は『死もまた社会奉仕』と言った。

 前にも紹介したが、ウイキペディア百科の山県有朋の項には、こうある。

 「・・・その死に際しては、当時、新聞記者だった石橋湛山(後の首相)は山縣の

 死を、<死もまた、社会奉仕>と評した。また、別の新聞では<民抜きの国葬>

 と揶揄された。

 以下で痛烈に批判される人々も一群の「社会奉仕派」だろう。

 『財界にっぽん』2001年7月号  より。
 ★新緑放談 日本は賎民資本主義≠ゥら脱却せよ
  ―日本衰退の一因はジャーナリズムの堕落   国際コメンテーター 藤原肇

   最新著『夜明け前の朝日』(鹿砦社)で日本のジャーナリズムの堕落と、日本社会の退廃を鋭く指弾した米国在住の国際コメンテーター・藤原肇氏は、バブル経済以降の日本の資本主義は、裏と表が逆転した構造になっており、その実態はマックス・ウェーバーの言う賎民資本主義≠セと指摘し、二一世紀に日本が新生するには、その賎民資本主義からの脱却、ジャーナリズムの奮起が欠かせないと主張する。(文中敬称略)

 ●貧しくなってきた日本の中産階級

 私は年に数回ほど日本に戻って来るが、この春の帰国でとても強く感じたのは、この国がものすごい閉塞感に覆われていて、日本人がまるで元気がないという点である。
 しかも、いちばん驚いたのはハンバーガーやフライドチキンという、米国でジャンク・フード≠ニ呼ばれている店が、半額セールをやっていたことだ。私はカナダやアメリカで三〇年ほど暮らしたが、ジャンク・フードの店で食べたのは二度で、それはこの種の安くて手軽なレストランの本質が、資本主義社会における炊き出し≠セと考えるからだ。
 もし、ジャンク・フードの食事処がなければ、アメリカ社会では暴動が起きるだろう。アメリカはキャピタリズムの本家だから、カネを払うことで安く食べさせてやれば下層階級も資本主義に参加している気分になり、暴動を起こさないだろうということで、ジャンク・フード制度が編み出されたし、巧妙なやり方でビジネスとしても成功している。
 つまり、最初は下層民むけの炊き出しのようなものが、ビジネスとして各地に普及したことで、中産階級の子供たちも食べ始めるようになった。日本にもジャンク・フードの店が進出して、フランチャイズを派手に展開しているが、日本には昔から蕎麦屋やラーメン屋があり、アメリカ風の炊き出しは必要としないのに、今や日本の街角はジャンク・フードに席捲され、不況のせいで価格破壊を実践している。
 このような米国式の炊き出しが流行するのは、日本の中産階級が貧しくなったためであり、四〇〜五〇歳代の日本人に話を聞くと、住宅ローンや教育費に追われポケットマネーに乏しくなり、本を買う余裕もなくなったという。デフレによる価格破壊が進行しており、通年にわたって大安売りする時代性の中で、日本中がバッタ屋になったような感じだ。
 しかも、日本社会の老人化が進んでおり、全体的な活力の低下が目立っているが、都心で乗るバスの乗客の大半が老人だし、中曽根や宮沢が未だに影響力を行使している。老害が最も目立つのは政治の世界でもあるが、同じ番組に二〇年も出ている評論家など、マスメディアの世界にも共通しており、人材を育てる指導性の欠如を物語っている。


 ●日本人が知らない外国人の対日観

 老害大国は財界人の高齢化にも反映しており、長期にわたって財界団体の役職を務めることで、勲何等などという勲章がもらえるために、それを目指して居座る老人が多いが、官僚による民間人の買収という弊害面を持つ、生存者叙勲は廃止した方がよさそうだ。また、銀行が多くの相談役を抱えているが、巨額の不良債権を作った責任者も含んでおり、公的資金を受けている以上は犯罪的だから、経営刷新と合理化の断行が不可欠である。
 しかも、次代をになう人材が育っていないので、各界で人材が払底しているのは明白であり、さまざまな制度疲労がそれに加わって、昨今の酷い亡国現象となって現れている。自民党もコレといった人材がいないため、小渕の後に森喜朗のようなお粗末な男を首相にして、世界中から侮蔑と嘲笑を買った具体的な例は、『夜明け前の朝日』の中に報告して置いたが、世界から日本がどう見られているかに関して、日本人はあまりにも愚鈍であり過ぎるのではないか。
 香港の『ファー・イースタン・エコノミック・ルビュー』という英文経済誌は、記事の見出しに「MORIbund Giant」と書いていたが、このモリバンドという言葉は「くたばり損ない」を意味する。また、ボストンの「クリスチャン・サイエンス・モニター」紙は、辞任を控える森の訪米した日のコメントに、「ローマの町が燃えている時に、バイオリンを弾いていた暴君ネロと同じだ」と書き、緊急事態を放置したままノコノコ訪米した、無能な首相の恥さらし朝貢を潮笑していた。
 韓国の金大中より先にという面子に基づいた、森の表敬訪問はブッシュに迷惑だったが、愚鈍な政治家の恥さらし外交の出し物は、竹下の後を継ぐ出雲名物「安来節」であり、オカメとヒョットコの顔見世興行になった。アメリカ側はお調子者の麻生太郎を引っ張りだし、筋金入りの右翼政治家のプロモートを通じ、将来への布石まで打ち終えてしまった。
 国家主義的な麻生や単細胞の石原都知事を挑発して、日本がアジアから孤立する立場を強めれば、日本の混迷はさらに強まるだけであり、危機を操る上で有利になるというワシントンの戦法に対して、残念ながら日本人は誰も気づいていない。しかも、既得権と利権だけが政権維持の原動力であり、国際社会での役割を自覚しない自民党政治は、誰が新総裁になっても泥船政治が続くというのが、日本を見つめた冷徹な世界の認識である。
 身内の恥を日本のメディアは報道しないし、記者クラブで仕上げた提灯記事の氾濫の中で、日本人は外国での日本の評判を知らず、民族として感受性の劣化が進んでいる。しかも、かつての日本人は『菊と刀』の中でベネディクトが、「恥を知る民族だ」と敬意を持って指摘したのに、昨今の日本人は恥に対して鈍感になっている。

 ●日本社会を支配した賎民資本主義

 中曽根バブルで狂乱を演じた日本の資本主義は、マックス・ウェーバーの定義だと「パリア・キャピタリズム(賎民資本主義)」だが、それは社会の全域に営利と欲望が蔓延して、寄生する者が社会を食い物にする状態を指す。こうした社会の中心に位置を占める存在は、先ず第一に乞食や詐欺師が来るのであり、続いて盗みや横領を罪悪と感じないで、私益の蓄積に忙しい政治家や商人が並ぶが、談合で税金を分捕ったゼネコンを始め、最近の農民たちもきわめて日本的な寄生集団である。
 不良債権の山を築いたノンバンクの実態は、普通の銀行がカンバンを塗り替えてバブルに踊り、公的資金で尻拭いしたものであり、銀行自身が税金に寄生するという点で、賎民資本主義の中核的な役割を演じている。さらに、最近の大都市で流行っている金券ショップも、サラ金の滞納者のクレジット、力ード悪用や、企業がまとめ買いした切符や切手などを使った、横流し金融による賎民資本主義の一端である。
 私は『平成幕末のダイアグノシス』(東明社)の中で、日本のスキャンダルの核心に迫るためには、(1)暴力団人脈(2)同和集団(3)半島人脈(4)ホモ仲間||に注目して、この四つのタブーを下敷きにして解析しなければ、問題の中心に肉迫できないと指摘した。それらはかつて日本の闇社会を構成していたが、中曽根政権の時代に裏と表が逆転して、バブル炸裂の頃に多くのスキャンダルを生んでおり、その諸相は最新著の『夜明け前の朝日』の中に、具体的なケースを実名と共にレポートしてある。
 かつて自民党の幹事長を務めた野中広務は、水平社の全国大会に京都府副知事として出席し、自分が同和の出身だと明言した勇気ある人だが、数年前の『ロサンゼルス・タイムス』が全面を使って、野中の政治姿勢と役割について記事にした。「必勝」と書いた白鉢巻をした野中の写真と共に、記事の中に頻繁に「Buraku」の文字が並び、その日の私の電話は絶え問なく鳴り続けたが、英字新聞が日本のタブーを大々的に報道した。
 私はアメリカ人たちの質問に答える形で、同和や部落という言葉の意味を解説したが、野中が部落出身であることをバックに、永田町で大きな権力を握った経過に関しては、外国のジャーナリストに見透かされている。社会の下積み層が現世に救済を求め、政治力を通じて達成を試みる公明党と組んで、強引に政権の保持を狙う自民政治の実態が、世界中に暴露されるに至ったという真実は、考えて見れば実に恐ろしいことではないか。
 しかも、自民党の政務調査会長である亀井静香が、イトマン事件の主役だった許永中と義兄弟で、裏の世界と緊密なことは周知の事実であり、そんな人物が総裁候補に名乗りを上げたのだ。闇と結ぶ人物が表の世界に乗りこむ状況は、経済社会だけでなく永田町をも包み込み、それを日本人が放置していることに関して、外国のジャーナリズムは知っているのである。

 ●先物市場で消えた数十兆円と元首相の死

 ジャーナリズムが果たさなければならない使命は、権力者たちの逸脱と権力乱用の監視だが、四つのタブーを恐れて記事にしないために、それが堕落と腐敗の大きな原因になっている。タブーの壁に挑んで国民の知る権利に応えない限り、KSD事件のような犯罪は防げないし、信頼に基づいた明るい社会を築くために、税金を食い荒らす悪質な行為を断ち切って、賎民資本主義から脱却することは望めない。
 石油産業は二〇世紀を支配した最大の産業で、私はアメリカで石油ビジネスの中に生きたから、情報の取捨選択の面では鍛えられている。だから、訪日の機会を通じて外国の特派員と意見を交わすし、読者の多くが日本の新聞記者たちだから、五日もすれば情報交換による収穫のお陰で、ほとんどの分野に精通することが可能だ。
 一昨年の春の訪日の時の体験談になるが、元首相の竹下が埼玉医大病院に入院した後で、竹下は既に死亡しているという噂を耳にした。この死亡説はあり得る話だと感じたし、莫大な利権を整理して処分が終われば、タイミングを見て発表される予想したが、死亡の発表は皇太后の逝去の時期に重ねて、総選挙直前のどさくさ紛れの中で行われた。
 これに類似する奇妙な噂を聞いた経験があり、それは昭和天皇が崩御した時のことだが、東京に先物市場を開設することに関連して、天皇の死亡発表を遅らせたと言う人に会い、その時の首相が竹下登だったのは興味深い。連関分析は『夜明け前の朝日』の記事に譲るが、特派員にそれとなく真偽のほどを打診したら、「鋭いカンだが、他言は無用だ」と忠告を受けたので、不気味な印象を持ったことを覚えている。
 その後になって断片的な情報が活字になったが、その時に先物市場を使った操作によって、数十兆円のカネが日本から消えたために、それが現在に続く大不況を生んだと言うし、その真相は何十年かしないと分からないだろう。でも、最近の「新潮45』の誌上で東京女子医大の天野医師が、ロッキード事件の時に児玉誉士夫の国会証言を阻むために、上司の命令で薬物を注射したと告白して、口塞ぎの謀略が二〇年振りに明らかになった。

 ●迫力のある記者がいなくなった

 私の母方の郷里は島根県だし墓は松江にあり、親戚が教育者で教育委員長を始め教師が多く、竹下と同じ松江中学の同窓生もいるから、墓参りを兼ねて丹念な取材活動が可能になる。竹下登の墓所は掛合上町の浄土真宗・専正寺だが、竹下の死についてどの程度を知っているかと思って、地元の新聞記者に取材を試みた時のことだ。
 県庁のある松江には各紙の支局があるが、まともに取材に応じた支局長は皆無だし、県庁の記者クラブで記者に取材を試みても、「何も知りません」「それはちょっと…」と逃げ腰ばかりだった。自分たちが取材する時には強引にやるくせに、逆に取材される立場になると意気地がなくて、知らぬ存ぜぬで発言をしたがらないのだ。
 次に県警本部の記者クラブに取材に行ったら、どこの社の記者に会うかをいちいち聞かれるし、広報担当の警官がつきまとって監視した。
 かつてペパーダイン大学の総長顧問を務めた私は、世界各国の大学を訪ねて総長と議論した時に、中国の大学では政治委員が学長の隣に陣取って、自由な発言が阻害されたので迷惑したが、日本の警察は全体主義の共産中国と同じ感覚で、記者クラブ会員の番犬のつもりでいる。
 私の名刺の肩書きは「フリーランス・ジャーナリスト」であり、どこの国でも「大臣に会いたい、取材は一五分でいい」と言えば、それなりに対応してくれるというのに、日本の新聞は支局長でも面会の予約を要求し、役人根性に毒されて「病膏盲」で嘆かわしい。
 それでも掘り下げ取材ができないわけでなく、やる気があれば大手新聞の記者以上であり、『夜明け前の朝日』にも書いたように、竹下の最初の妻の政江の首つり自殺の原因は、義父に強姦されたことくらいは掘り出せる。
 また、家系図を縦に読む日本人の盲点を逆手に取れば、竹下登は古い造り酒屋の息子にしても、父親の勇造は出雲の印刷屋の武永家から、竹下家に婿養子で入った事実がある以上、もともとの出身が済州島だと検証するくらいは、地元ジャーナリストたちの義務ではないか。
 未だはっきり確認し終えたわけではないが、先物市場の開設と同時に巨額のカネが消え、そこに平成大不況の原因があるという説について、ジャーナリストたちが徹底的に取材を行い、真相がどこにあるか解明して欲しい。第四の権力と言われるジャーナリズムが、立法、司法、行政の三権を監視する役割を放棄すれば、日本は本格的な混乱と衰退に向かうだけであり、そんな具合に祖国の運命を損なってはいけない。

 ●衰退した日本人の評価能力

 平成日本を包む閉塞状況を打開するためには、根本的な教育改革が絶対に必要であり、低迷した大学を改革する上での決め手として、無能な九五%の教授たちのリストラを断行し、有能な五%の教授で大学を再構築することだ。大学がダメだと、その上で大学院大学を重ねても、それは屋上屋のムダな営みに過ぎなくて、大学院大学の教授が大学教授より偉いわけではないし、量よりも質の充実が優先のはずである。
 ヨーロッパでは幾つかの大学が共同作業の形で、大学院大学を開設しているのに対して、日本では各大学が競って屋上屋を積み重ねるが、枠組の再構築に改革の眼目があるはずだ。しかも、小学校、中学、高校、大学のそれぞれの次元で、教育の仕事は自己完結しているのであり、教師として上下の差別があるわけではない。
 勲章や文学賞にも似たような側面があり、勲何等という格付けは時代錯誤に他ならず、審査員の選抜基準の著しい劣化に問題がある。
 白川教授に文化勲章が慌てて授けられたが、ノーベル化学賞の受賞が功績の追認になり、外国の評価で初めて価値に気づくようでは、文化勲章の審査員の問題意識の低さと共に、節穴だった目を見事に証明したのである。
 芥川賞や直木賞も文学作品の質には無関係で、審査員がポルノ好きの時はポルノ小説に、賞が与えられも誰も不思議だと思わないし、審査員の質の悪さは疑問視されなかった。
 評価能力のない人たちが審査員になったり、実力がないまま指導者の椅子に座ることが、日本の社会全体の水準を大幅に低下させ、ひいては亡国現象を強める原因をつくっているのに、それに気づかないで権威を冒涜し続ければ、日本はニセモノの掃き溜めになってしまう。
 最近の日本はニセモノ天国の輸出大国だが、隣国に迷惑をかけた愚劣な事件に関して、台湾の新聞に寄稿した記事の結語を紹介する。
 「…現在の日本は前代未聞の大掃除の時期であり、時には粗大なゴミや汚物が海外に流出して、悪臭ふんぷんとした[台湾論]が漂着するにしても、その時は汚物入れに投げ捨てて始末し、美麗島の平和を保っていただきたいと切望する」
 日本周辺に位置するアジア諸国の人たちは、アメリカ人より日本のことを深く理解しており、彼らが反感や嫌悪観を持つ愚行を犯せば、日本の立場は悪化し孤立するばかりだ。
 本当の実力と尊敬に値する品性を誇り、正義感に燃える誠実な人がトップに立ち、文明を担う一員として責任を果たさない限りは、二一世紀の日本に活路は開かないだろうし、夜明けの明るい光輝に映えるのは困難である。

  4月11日・談

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●『俗戦国策』 杉山茂丸(1)

★80年前の記憶ぐらいは伝えていきたいものだ。

 1929(昭和4)年、「大恐慌」の年。

 次のような文章で始まる本が出版された。著者は杉山茂丸(夢野久作の父親)。

 悪しき歴史の繰り返しは「茶番劇」だと読んだが、如何。

 以下、『俗戦国策』 (杉山茂丸 原:1929(昭和4)年 講談社刊
 2006.4.30 「書肆心水」刊)より。  

 *************

 ・・この書は、青年の為めに書くのである。

 今の青年は、就学難と戦うて、夫(それ)だけで終る者もある。又、父兄も子弟の就学を以て、父兄たる義務が了えたかのように心得て居る者もある。又、千辛万苦して、ヤット得た免状は、其の父兄子弟共、衣食の通券でも得たかの心地をして大安堵をなす者もある。
 
 夫から又、就職難に入るのであるが、此の就職難と云う戦争で、大概は戦死者となるのである。

 夫から偶々就職して勝利者となったものは、此の多くの戦場の勇者であるようじゃが、一方、人間精神上の論功行賞から云えば、全部敗北者許り(ばかり)である。其の全身に充満する物は恐怖と杞憂許りで、天下国家は申すに及ばず、社会民衆の上に往来する、人類一人前の思想さえ維持するの力もなく、此の貴重の生涯を、又、生活難と云う戦場で、殆んど悉く全部敗北者となるのである。

 それではこの勝利者、成功者は、飯を喰うて、生きられる丈け生きて居たに過ぎぬ。他の動物と少しも選ぶ事の出来ぬ者許りとなるのである。斯る敗北者に限りて、勇気と云う者が少しも無い、為めに自己の生存以外に、智力も体力も、一切の活動が停止されるのである。
 随って自己以外、他に及ぼす力が無いのみならず、自己を制する勇気さえ全部消耗して仕舞うのである。

 人間、自己の慾望をさえ制する力がなくなるのであるから、真に獣類と少しの差もない事になるのである。

 ★社会を乱す者

 自分さえ喰えば他は餓死しても構わぬ。夫が亢進して他の食を奪うて喰う事になる。自己さえ着れば他は凍えても構わぬ。夫が亢進して他を剥いで着る事になる。
 斯くの如くなる時は、自分許り大厦高楼に住居し、自分許り錦衣玉食をなし、自分許り嗜好三昧を充たして、之を抑制するの能力を失い、他は飢寒凍たい、流離困頓するも、之に同情するの意識を亡失するのである。

 而して一たび時勢の非運に遭遇して、以上の慾望に欠陥を生ずる事になって来ると、秋毫も自己の行為を選択するの知識を失い、只だ見聞に随って、把掴掠奪しても此怨望を充たさんとするのである。

此場合を号して、生活難末期の戦場とするのである。元々此戦闘には、人類最大の貴重物たる恥辱観念と礼譲の意識とを失うた動物性となって居るから、取る事の出来ぬ物を取り、喰う事の出来ぬ物まで喰うのである。故に高貴の保管物でも侵し、松島遊廓の頭でも噛るのである。終に社会的位置を失墜する事になると、茲に昔日学び得た学問を悪的にアップライドして群衆心理を説き、社会問題を高唱するのである。曰く政治の圧制、富豪の暴横を喧言して、ストライキ、サボタージを煽動するのである。其上品な議論が、ヤレ天下の人心が悪化して来た、ヤレ人類の道義心が腐敗して来たと云う。

 一体何のたわ言を云うのであるか。世界の歴史を通じて、国家の興亡は、殆んど全部其の上流社会の腐敗如何にあるのである。民族や社会が全部腐敗して、国家を亡ぼした事は殆んどないのである。

 日本に於ても藤原氏腐敗の極に達して平氏興り、平氏21年の栄華に腐敗して源氏興り、源氏の非政三世に腐敗して北条興り、北条九世は舞楽闘犬の極まで腐敗して足利興り、足利腐敗十三世にして徳川興り、徳川腐敗十五世にして藩閥政府興り、藩闘の腐敗40年にして政党政治興り、政党の腐敗10年を出ずして、正に今、禽獣社会を現出せんとするのである。

支那5千年の歴史は、聖人政治が三世位から腐敗を始めて、易姓の政治が興る事を繰り返して居る。
仏国はルイ16世にして、腐敗の極に達して革命が興り、伊大利の亡ぶるや、何時でも羅馬の腐敗が前提ならざる事はないのである。

 今の日本は、政治の最上位の腐敗から、貴衆両院と富豪の腐敗が爛熟して来て、今日の危殆に瀕して居るのである。此の純良な国民の何処に腐敗があるか、其証拠は驚くなかれ無慮20億円の租税を、お上の御用と云うて正直に納めて居るではないか。斯の如く純正無比の国民に向って、人類腐敗の先登者ともいうべき上流種族が、人心悪化だの道義心の腐敗だのと云い得るのか、故に庵主は高唱す。

 国家の腐敗は何時でも上から先に腐って、下に及ぼす物である。日本では最下層まで腐りの透った事は一度もない。故に聖者、賢者、正義者の起こる時は、何時でも国民が決起する。その度毎に国家は善良に回復するのである。
 是を我国は3千年繰返して居る。現在に於ても、日本は上が腐って居る丈けで、下は決して腐って居らぬ。其証拠は、20億円に近い租税を納入して、昔ながらの家庭を守り、勤労して居るではないか。

●人道の自覚者

此に於て庵主は、青年達に向って云う。

 「能率なき学問に中毒して、能率なき行為をしてはならぬ。学問は前途に進歩発見を見越して居る全くの未製品である。正に以て人間が使用すべき物の一つが学問である。夫に人間が使われて溜るものでない」と。人道と云う者は、簡単明瞭な物である。

 「智者は愚者を導き、強者は弱者を助け、富者は貧者を賑わす」、僅かに此三つで足りるのである。
 然るに現世界に於ける学問中毒の大勢は、総て是が反対である。
 「智者は愚者を欺き、強者は弱者を凌ぎ、富者は貧者を虐げる」

これでは決して永続きするものではないと云う事を早く知った者が人道の自覚者で、直ちに勝利者となるのである。

庵主生れて64歳、17歳より輦穀下(れんこく)に居住し、言いたい三昧を云い、為たい三昧を為して茲に48ケ年、未だ一度も警察署と裁判所の御厄介になった事がない。未だ一度も松島事件や山林事件で手を縛られた事がない。未だ一度も会社の発起人と株主と重役と、役人と商人とになった事がない。そうして、此の聖天子治下の一民として一日も休止する事なく、只働いて、又、昭和3年の春を迎えんとするのは、抑も如何なる妙術があっての事であろう。

 或る時、庵主と同年の友人、亀井英三郎と云う警視総監が、専門の警官に命じて、庵主の裡面の生活を偵察した報告を見た事がある。曰く、
 「杉山茂丸、生活の裡面は、ドウしても解りませぬ、・・・併し、恐るべき犯罪が、永久的本人の心裡に潜んで居る事丈は、事実と思い升・・」
と、
総監曰く、
 「此報告を見給え、君はドウしても、一度は縛られるぞえ」
 「ムウ、夫は僕が17歳から覚悟し待って居るけれども、当局無能にして、マダー度も僕を縛らぬ、・・僕も同年の君と云う友人に縛らるれば、此上の本望はない。何時でも縛ってくれ、夫が年貢上げと思うて、僕の生存を諦めるから」
 と云うて居たが、亀井はモウ疾に死んで仕舞うて、其後の警察官は矢張り無能な役人ばかりで、庵主が64歳の今日まで一度も僕を縛りに来ぬ。

 ★庵主64年の秘策

 併しモウ庵主も何時死ぬか解らぬから、64年秘密にして居た処世の大秘事を、庵主の一番愛好する又、信頼する青年諸生に知らせて、此の庵主生存の謎を披露して置きたいと思う。

 先ず庵主が48年間、帝都に住居して、太平楽を為し通して生存した秘事は、コウである。
 「親切を以て我が本領とする事、其親切には差別がない事」、眼中素より、尊卑なく、強弱なく、貧富なく、貴賤なく、長幼なく、老若がない。而して夫が庵主の力を限度として、善悪がない。而して夫が何時も可能性なるべき事である。故に夫れの副産物として多くの青年が育った。夫が日本の本土内から朝鮮、満洲、シベリア、支那、南洋から英、米の諸州に散在して居る。

 其教育の本領は、「人間の最終目的は独立であるぞ、下駄の歯入をしても、紙屑を拾うても、独立をしたら、予は紳士の待遇をして汝等と交際する。依頼心は自殺以上の罪悪であるぞ、野犬でさえ、掃溜を漁って天寿を保って居る。汝等は野犬に劣ってはならぬぞ。夫は親に貰うた自己の全能を以て働く事と、予が教えを守る事であるぞ。人間は、大自然の創造に係る、宇宙間の善智善能(ママ)を以て結晶した最上無比の大宝器である。夫を理解せずして、其生存を粗末に取扱う者は、予の門下に居る事は出来ぬぞ」、と是丈けである。

・・・続く。
 

●『俗戦国策』 杉山茂丸 (2)

●まだ<目次>を紹介していなかったので、それから。

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<目次>

●我国上流の腐敗、下流の健全
●決闘介添え事件
●黒田清隆と初対面
●生首抵当事件
●背汗三斗
●雌伏して風雲を狙う新聞売り子
●帝国憲法発布
●東亜の大経綸と大官の密議
●血を以て彩る条約改正事件
●爆弾事件(大隈伯の片足が飛ぶ)
●星亨との強談判
●決死の苦諌、伊藤公に自決を迫る
★伊藤公、韓国統監となる
★伊藤、約を破る
★藤公と一騎打 
★決然!長船則光の短刀
           ノ
●ー億三千万弗借款事件

★総理大臣相手に経済論争
★頭山翁ビックリ仰天
★藤田伝三郎の霊に手向ける
★二万円転げ込む
★素裸で茶漬飯を喰う
★黄金王モルガンとの問答

●政府と三菱の大経済戦
●悪政党撲滅論
●児玉、後藤と台湾銀行問題
●日露開戦の魂胆
●公然たる賄賂収容銀行兼賄賂行使銀行
●古鉄責め事件
●伊藤公の霊に捧ぐ
●日露開戦
●牢記せよ国難に当たれる先輩の苦心
●戦後の大経綸―満鉄の創立
●反対党も陛下の忠臣
●電車市有問題
●大隈内閣、寺内内閣、政党の罪悪
●寺内、原、加藤、田中
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以下、●ー億三千万弗借款事件 から紹介していきます。

 ★藤田伝三郎の霊に手向ける
 
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 「・・前略・・道を開いて見たいと思います為め、東京を後にして態々(わざわざ)大阪の貴下に御相談を試みた訳であります」
 と云うたら、藤田(伝三郎)は暫く考えて居たが、斯く云うた、
 「私が五代友厚等と日本株式会社の創始を相談したのも、詰り我帝国の工業を盛んにしたいと思う趣旨に外ならないので、私は一言の御不同意を申す筋もありませぬ、成程、貴下の御咄の通り松方侯野経済論は、日本内地に限られた旧幕経済であります、日本が外国と通商条約をした以上は、外資の疎通をせねば、国は開ける鍵がありませぬ、世界の国々は、決して自国の経済丈けでは其経済が発展する訳あおりませぬ・・併し私は一言貴下に私の経験上の御注意を申して置きたいです・・・貴下が米国の資本家との御相談は、貴下が金を借りて来る事ではありませぬ、金の借りられるように、金が米国から貸される様にする事でありますぞ、夫から貴下は、決して金儲けをしてはいけませぬ、貴下が金儲けをしたら、其時から人が貴下の云う事を聞かぬようになる物と御承知になりたい、貴下が金儲けを為られたら、斯く云う私も貴下の云う事を聞ませぬぞ、故に私以外の誰でも聞ませぬ・・・貴下は現代の国家に対し、日米の間に立って大切な事を為る責任がある事を、決してお忘れになってはなりませぬ・・・此の種の事で若し費用等の御入用があったら、外間の何者にも知れぬようにさえ仕手下されば、私、今は極々の貧乏でございますが・・・ドウにも仕て御入用だけは、何時でも御用達致します」

 と云うた。庵主は此の藤田の咄を聞きつつある間に恍惚として、何だか宇宙の真理を絞り寄せた咄のような心地がして、庵主が経済界に一歩踏み入れんとする矢先に、生涯忘るる事の出来ぬ大教訓を得た思いがした事を茲に明記して、謹んで故藤田伝三郎氏の霊に手向けるのである。

それから晩餐の馳走になって帰京したが、その道々でも、3千円の借用金の事の感謝は何時の間にやら薄らかに忘れて、その藤田の無意識にスラスラと咄してくれた咄の方が忝なくて耐えられず、庵主はそれを生涯に通じて、此の日の一言を忘れず、藤田翁の死後、庵主64歳の今日まで、全く庵主の第2の性質のようになったのである。


★二万円転げ込む

 夫(それ)から横浜に行って「モールス」に面会して、洋行の決心を咄したら、彼(藤田)曰く、
 「貴下は日本の工業発達の事を思念して洋行せらるゝなら、先ず米国の工業と云う物を知らねばなりませぬ、工業を知らずに、工業の資本だけ出来る筈がありませぬ、私が今、米国の各工業家に紹介状を認めて差上ます」
 と云うから、庵主は又ギャフンと参ったのである、庵主は対松方候の開墾拓殖の資本一件と、工業発展の資本一件に対抗する事許りを考えて、先ず工業を知る事を忘れて居た所に「モールス」氏の一言にて言句も出ぬ事となって、惘然沈黙の儘「モールス」氏の云うが儘に従うたのである。
夫から、庵主は書生の時からの定宿たる、横浜停車場前の山崎屋と云うに休憩して居たら、3時間許りの後、「モールス」氏が来訪して、5通の手紙を持って来て、庵主に渡した夫を一々読み聞かせたが、通弁(通訳)は明細に之を庵主に伝えた。
曰く、第一が紐育(ニューヨーク)の本社社長「ウィリアム・スチーブン」宛、次は「チカゴ」市「イリノイス・スチールオーク」の社長宛、次は「フィラデルフィア」の「ボールドインロコモチーブ・オーク」の社長宛、次は「ダンカーク」の「コロ(ロコ)モチーブ・オーク」の社長宛、次は「バッフワロー」の「カーウィル・スチール・オーク」の社長「グリッフィン」宛である、其文面は、
 「此の手紙を携帯する○○氏は、日本に未だ一度も唱えられぬ、工業発達の実際を、実現せしめんと、夫(それ)を米国人と相談の為め渡航する人である、即ち米国の将来に対して、偉大なる好得意の代表者と見なして待遇せられん事を希望す、云々」
 等の事であったと思う、夫から「モールス」氏は「ポケット」から、金2万円を出して斯く言うた。

 「此の封金は、さきに仁川鉄道の事にて、貴下の尽力を煩わした事と、神戸水道布設の事に尽力をして戴いた事との二つに対して当時薄謝を呈したが、貴下が東洋『ヒロイズム』とか云うて受けられなかったが・・・実は本社から私の手許には支払い済みとなって居るのである、永久に私の手許に預って置く事にも行かぬから、幸い今回の用に使用して下さい・・台湾鉄道創設の事に付、重役松本直巳氏より申越された事を本社に報告して置いたから、貴下はドウカ台湾鉄道の事を充分に本社長に説明をして戴きたい、夫を願います」
 と云うて、懇々との話故、庵主はトウトウ其の2万円を受取った。
 
サア、是所が今時の青年達に庵主の一言して置きたい老婆心である、諸君は三千円入用の旅費を千辛万苦してヤット出来た所に、別に2万円立派な理由でどうしますか、今日から30年前の2万円は、今の20万円よりも使い力があるかも知れぬ、夫が庵主が金とも何とも思わず、一に藤田や「モールス」の箴言を真面目に考えて其使用方法を誤らなかったためにこそ、今日斯くして、太平楽を並べて威張っているのである。

 此の時過まって居たら、誰も疾うの昔、相手にする者はなくなったと思う、庵主は元々3千円の入用であるから、此の2万円は無くても好い物である。故に一文も之に手を付けず、頭山翁其他の親交ある恩人に幾らか分配した残りは、大軍のように押寄せて居る借金取と、九州に庵主の為に破産せんとしつつある幾多の人に塩を撒くように、少しずつ分配して仕舞うたのである

 此の心と行為が、人間味の通行券となって、幾多の不満足はあっても、一人も庵主を怨むる者がなく、先生々々と今日まで云うてくれる、即ち人間でない神の声と化して居るのである。今時の人間の有様はドウじゃ、筋悪き泥棒同様の、金をかっぱらうが早いか直ぐに銀行に入れて預金帳に書いて眺める、夫から夫を使い払う有様は、直ぐに家を建てる、芸者を受出す、別荘を構える、自動車を買う、紳士々々と云われて居る間はホンの瞬間で、直ぐに手が後へ廻る、夫から法廷に立っての言論は、大恩人が有罪になろうが、男の一分が廃たろうが、嘘八百を云うても罪さえ遁がるれば「青天白日」と云うて、泥棒の本体を大道にひけらかしている。

諸君よ、人間とは金を摑むだけが人間ではないぞ、有情共に恥辱を知るだけが人間と云う、他の禽獣と異なる者である。斯く云う庵主の行為も、決して威張る事は出来ぬ、唯禽獣でなかっただけである。ヤット人間の度外れを仕なかっただけである、其の剃刀の刃を渡るような危険な所を、よく注意して貰いたいのである、夫から東京に帰って、3日目に藤田から手紙が来た、夫は藤田の使であった、其文面は、

 「拝啓、此の間は久々振りに御来訪被下、結構なる御咄を承り、大慶此の事に存候、其節快哉に取紛れ、失念致し候間、在京の手代を以て御意を得候、其の節3千円の御入用との事故、それだけ御用達致置候が、御用途を承り、御用の事柄筋合としては、到底アノ金高にては大なる不足と存候間、取敢えず更らに金3千円、第三銀行小切手にて差上置候間、御落手被下度候、此の上とも金銭の事に就いては一層の御注意、更らに御用も有之候わば、電報を以て御申越し被下度候、海陸御無事、一入の御健康を為邦家祈上候、云々」
 と云うようの事であった。夫から直ぐに外務省の懇意な朋友に尋ねて見たれば、
 「通弁を連れて米国に行くのに、3千円位で行けるものか」
 と、事もなげに云われて、又ギャフン・・・貧窶(ひんる)なる庵主の書生魂性から、勝手に3千円もあればと速断した粗雑な考えで、又もや恥を掻いたのである。

●素裸で茶漬飯を喰う

 夫(それ)から、早速藤田へは其調査の顛末を報告して、厚く厚く親切を謝して、6千円を正金銀行に託して、米国に向って出発したのである、夫が何でも明治30年の6月3日の事であったと思う。
通弁には「モールス」氏の与えたる、店員の清水林吉という老功の人であった。横浜から乗った船は「オリエンタル・オキシデンタル・スチーム・シップ」会社の「チャイナ」号と云うのである。当時はこんな船齢40年も経った船が、一番良き船であった。

 此の時、官界日の出の働き人(て)である農商務次官藤田四郎氏及び大学教授箕作佳吉博士が「ベーリング・シー」の海豹(シール)の問題にて、華盛頓(ワシントン)大会議の為め官命を奉じて渡米するのと同伴したのである、其の外には米国政府の大蔵次官の「ハムソン」氏とかも一緒であったと思う。
夫から船中では、黒い洋服に着換えて食堂に出るのが面倒臭い為め、庵主は「ケビン」の中に閉じ籠り、海疫(シーシック)に罹ったと云うて、素ッ裸で3度の飯を食い、日本人の「ボーイ」に賄賂を遣って、何でも甘味い物を取寄せ、缶詰の沢庵などを出して茶漬飯などに舌鼓を鳴らすので、始めの程は、藤川、箕作の両紳士は庵主を野蛮的の杉山杉山と云うて居たが、段々布哇(ハワイ)近くなって暑気が増して来たら、トウトウ両氏とも庵主の「ケビン」に集合して、日本で仙人程厳格じゃと評された箕作氏が、庵主と藤田氏の真似をして素裸で茶潰飯を食出したので大笑いとなり、布哇の「ホノルルに着いたら、島村久氏(後に大阪の住友か鴻池の番頭に入った)が公使であったので、ドヤドヤと公使館に押込んで、日本的の御馳走を鱈腹食うて3人共舌鼓を鳴らしたのである、夫から桑港(サンフランシスコ)に着いたのが、何でも24日目であったと思う。
それから直ぐに「シカゴ」に往って「イリノイス・スチール・オーク」を視たが、茲に不思議な事は、庵主は少しも其の壮大に驚かなかった、ナゼなれば、総て経済的設備に注目し、其の「ミシガン」の湖水を応用して居る処を見て、日本では海とドンナ関係に仕ようとか、其燃料の石前輪送管を使用して居る処を見ては、何、金さえあれば其の30哩に対する資本償却法は何でもないと思うた。

人間は不思議な動物であって、其の思念と境遇が緊張すれば、決して驚く物ではない、日露戦争でも、外国の観戦武官が見ての驚きは大変な物であったが、戦争当事者の日本軍人は其の戦時の責任に当面して居るから、何をしても当然の事を仕て居ると外思わぬのである、庵主も当時は、全く渾身の精が其の視察に注がれて居た物と思う、夫が観光旅人ででもあったら、只だ驚いて少しも要領を掴む事は出来なかったのであろうが、庵主は其の社長の饗宴に往っても、色々の奇矯の言を吐いて其の社長を煽だて、色々と手に入れる事の出来ぬ書類まで貰うて来て、帰朝の上、時の農商務次官金子堅太郎氏に之を提出したが、何でも金子次官がそれらを何とかして、門司の製鉄所を創設せられたそうである。
時の農商務大臣・榎本武揚氏は庵主が前から懇意の人であったから、築地の柏屋と云うに招待して製鉄所創設の事を説いた事がある、此等は帰朝後の話である。

●黄金王モルガンとの問答 へ続く。

http://2006530.blog69.fc2.com/category2-18.html


http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/372.html

記事 [原発・フッ素14] 試運転原発の通常運転「結論出ていない」 官房長官 [日経新聞]法律上の決定権者は経済産業相だが内閣が最終判断すると。

試運転原発の通常運転「結論出ていない」 官房長官 [日経新聞]

2011/7/13 12:30

 枝野幸男官房長官は13日午前の記者会見で、定期検査終了直前の「調整運転」段階にある北海道電力泊3号機と関西電力大飯1号機の2つの原子力発電所を通常の営業運転に移すかどうかについて「最終的な結論を持っているわけではない」と述べた。関係者の間では通常運転に移す方向で調整が進んでいるが、政府としての結論はまだ出ていないとの立場を示したものだ。

 通常運転への移行を判断する権限は「法律上は経済産業相にある」と指摘。そのうえで「内閣を挙げて検討、議論しているので、ある段階で(経産相から)一定の報告がくる」と述べ、内閣が最終判断する考えを強調した。

 政府が11日に発表した原発の安全評価に関する統一見解では、定期検査中の原発が再稼働する前には「1次評価」が必要となる。枝野長官は両原発が1次評価の対象になるかについて「事務レベルの検討をしている状況なので、今の段階で私からあらかじめ結論めいたことを言うべきではない」と述べるにとどめた。

 菅直人首相が原子力発電所の国有化に言及したことに関しては「(福島原発の)『事故調査・検証委員会』の検証を踏まえ、あらゆる予断を持たずに今後の原子力のあり方を抜本的に見直していく」と語った。
 首相や枝野長官は原発再稼働に慎重に対応する姿勢を示しており、試運転段階にある2つの原発の通常運転移行には不透明感が強まっている。

http://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C93819481E3E1E2E2958DE3E1E2E5E0E2E3E39F9FE2E2E2E2;at=DGXZZO0195166008122009000000


http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/264.html

コメント [原発・フッ素14] 南相馬市が「帰還要請」 市外避難2万8000人来月中に ドキッ!プロ奴隷だらけの水泳大会
06. 2011年7月13日 15:50:11: hp2GEyjoZw
福島のお母さん方、デタラメな政府、行政に真面目に対応する必要はありません。
離婚して、お母さんは子どもたちとともに、西日本に逃げてください。
そこで、生活保護申請してください。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/260.html#c6
記事 [スポーツ1] 専大松戸“千葉規定”の3時間半ルールで再試合
千葉大会2回戦 専大松戸6―6千葉明徳 (7月12日 市原市臨海)

[ 2011年7月13日 06:00 ] スポニチ

 第93回全国高校野球選手権大会(8月6日から15日間、甲子園)の地方大会は12日、22大会で231試合が行われた。千葉大会では今秋ドラフト候補の専大松戸・上沢(うわさわ)直之投手(3年)が、千葉明徳を相手に10回を毎回の16奪三振。しかし試合時間が3時間30分を経過したため、大会特別規定により延長11回、6―6で引き分け再試合となった。同戦は13日に八千代市営での第3試合(午後1時45分開始予定)に組み込まれ、同日は28大会で240試合が行われる。

 3時間33分の激闘を終えた専大松戸・持丸修一監督の第一声は「くたびれたなあ」。9、10回を含む3度の同点劇の末、千葉大会の特別規定により延長11回、引き分け再試合。同監督は規定を「全く知らなかった。15回までやると思っていた」と苦笑いした。

 2点リードされた延長10回に代打を送られるまで試合を組み立てたのは今秋ドラフト候補の右腕・上沢だ。140キロ前後の直球とスライダーを軸に序盤から三振の山を築く。「四球が多く早く追い込めなかったのは反省点。ピンチでは三振を狙いました」。夏場の連投を見据えて走り込みに加え、150球以上の投げ込みを春先から2勤1休で続けてきた成果で終盤も球威は衰えない。10回188球を投げ、自己最多となる毎回の16三振を奪った。

 この日も気温34度を超える酷暑。正捕手・大山は熱中症で意識がもうろうとし、途中交代。捕逸、暴投とバッテリーミスが続いた。それでも上沢は冷静さを保ち、傷口を最小限にとどめたことで打線の反撃を呼んだ。

 Aシードが初戦で強いられた大苦戦。竜ケ崎一、藤代、そして常総学院を春夏計7度甲子園に導いている持丸監督は言う。「夏の大会を勝ち上がるためにはこういう苦しい試合は必ずある。糧にして生かしていければいい」。苦しい戦いを経験してチームが強くなるのを知っているから前向きに捉える。

 負けられない理由がある。07年夏まで4年間指揮を執った常総学院との対決だ。当時総監督として支えてくれた木内幸男監督は今夏限りで勇退。「ウチが甲子園に出れば初出場だし、最後に対戦できれば最高です」。竜ケ崎一、藤代監督時代の目標だった「打倒・木内野球」をもう一度実現させるまで、負けるわけにはいかない。

 ≪千葉大会特別規定≫試合が延長になっても勝敗が決まらないときは選手の健康管理を考えて15回で打ち切り、再試合を行う。ただし1日3試合が予定され、そのゲームがその日の最終ゲームではないとき、試合時間が3時間30分を経過した場合は延長戦の新しいイニングに入らず、再試合を行う。

http://www.asyura2.com/09/sports01/msg/332.html

コメント [原発・フッ素14] 放射能汚染水 速く安く浄化  鉱山の技術応用  京大 蓄電
03. 2011年7月13日 15:51:17: 1bI51T5To6
これからはわからないと思う。
今後、逮捕される方々もいらっしゃるであろうし、その後に、京都大学や佐賀大学のよい技術がつかわれることでしょう。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/259.html#c3
コメント [スポーツ1] 専大松戸“千葉規定”の3時間半ルールで再試合 ドキッ!プロ奴隷だらけの水泳大会
01. ドキッ!プロ奴隷だらけの水泳大会 2011年7月13日 15:51:28: hSNyXCkDoAhxY : pFBMF4xLtQ
http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2011/07/13/kiji/K20110713001198000.html

URL
http://www.asyura2.com/09/sports01/msg/332.html#c1

記事 [カルト8] 陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記 その16
陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記 その16

●『俗戦国策』 杉山茂丸 (3)

●ー億三千万弗借款事件

 ★黄金王モルガンとの問答


 夫(それ)から予定の通り、米国貿易商会の社長「スチブン」氏の案内で各製造所を見て、庵主の頭に入るだけの視察と必要書類とを得て大抵要領を得、直ぐに加奈陀(カナダ)に入り、暫く「ヴァンクーバア」に船待をして其の地方を視察し、匆々に「インプレス・インデアン」号で帰朝し横浜に着いたのが其の年の11月の3日であったと思う、丁度横浜を出て153日目であった。

夫(それ)から金子子爵や由利子爵と相談を定め、今度は金子子爵の手紙を1本持って渡米したのは、その翌31年の3月1日であったと思う。          
金子子爵の手紙は、「ゼー・ピー・モウガン」商会の法律顧問たる「フレデリック・ゼニング」氏に宛たものであった。その文面は、

 「此の手紙を持って行く・・・は、子(金子)が同郷の友人であって、日本に於て最も進歩したる経済的要務を帯びて欧米を巡視する者である、子は貴下が米国に於て最善の指導を与えられん事を望む、云々」

 と云う様な事であったと思う。今度は横浜を「インプレス・チャイナ」号で「ヴァンクーバア」に向い、米国に着いてユックリした宿に泊り込み、方々の観光に出掛けて、一向、誰にも面会せぬのである、折柄金子子爵の手紙を受取った「ゼニング」氏が庵主の宿を訪問して来て、
 「貴下は何か経済上の要務を帯びて居られると金子氏の手紙で見たが、ソーですか」
 と云うから、
 「・・衷心より貴下の御来訪を感謝致します。金子氏の手紙にある如く、小生は或る経済上の視察をするのでありますが、米国はその旅行の途中の道程であります・・昨年参りまして、米国の各製造所は巡視しましたが、マダ少しも米国各地の様子も見ませんでしたから、今回は観光を主とする積りであります。昨日『ナイヤガラ』から帰って参りました」

 「ハア、そうですか、実は★金子氏からのお手紙でしたから・・丁度その頃『モウガン』氏にその別荘で会いましたから、東洋の経済問題の為、その人に1度会っては如何と申しましたら、氏は『来る水曜日に紐育に帰るから、その翌日の木曜日の午後2時頃、2〜30分間位なら面会しても差支ない。併し沢山面会せねばならぬ人を断って居るから・・極秘密にして置いて貰いたい』・・・との事であったから、
幸いの機会であるから、君、お逢いになって置く方が良いと思い升(ます)が」
「夫は何ともお礼の申し様もない御厚意であり升・・世界各国の元首でさえ、此の国に来て『モウガン』氏に面会する事の困難な程の世界の黄金王でありますから、願うてもない事とは思い升が、小生は全く書生の観光旅人であって、何等日本政府の『オーソリチー』等も持って居らず、全く無責任の世間話位で『モウガン』氏に面会しては、第一敬意を欠く事になりますまいか」

 「夫は・・好き御注意ではあるが・・・私は既に貴下の事を話したら、面会すると時刻まで指示された位故、兎も角面会なさってはドウです」
 「誠に有がとう存じ升が・・・甚だ恐入ますが・・小生が全くの米国観光旅人で、何等官憲の命令も何も持って居らぬでも面会して下さるかドウかと、貴下より今一応『モウガン』氏にお尋ねを願いたいと思い升。夫が東洋人の礼儀とも敬意とも心得て居ますから」

 「貴下のお考えはよく解りました。夫では今度聞いて木曜日の朝までに御返事致します・・・「モウガン』氏は、自分の気が向くと思いも寄らぬ人に面会をします・・・此の間も突然費府(フィラデルフィア)の工学生の寄宿舎に行って、椅子も無しに講話をしました位ですから・・イヤ、屹度貴下に御面会すると私は思い升」 と云うて「ゼニング」氏は帰られた。夫から水曜日の午後の2時頃に「ゼニング」氏から、
 「明日の午後2時頃『モウガン』商会に来られよ」
 との事であった。その木曜日の1時頃「ゼニング」氏が庵主の宿の「フィフサベニュー・ホテル」に来られた。

「隙があったから迎いに来ました・・『モウガン』氏に貴下の趣旨を話ましたら『兎も角時間が明けてあるから面会する』と云われました」
 との事である。此の「ゼニング」氏と云う人は実に立派な紳士で、金子氏の手紙の為めでもあろうが何所まで親切な人であるか解らぬと思うた、夫から馬車を共にして「モウガン」商会に世界の黄金王モルガン氏を訪うた。チャンと部屋に待って居た、其の容貌は平面の顔で、頭は半白の髪が房々として、眼が鳶のように茶色の瞳子(ひとみ)から異様の光を放って居る、而して其の目元の愛嬌と云うたら、比類なしである、「ゼニング」氏は庵主と共に直立して居たら、

 「シットダウン・・・(坐せよ)」
 と云うて突然として「モウガン」氏が発する声は、最も底力のある威圧を感ずる簡明な物であった。
 「亜細亜大陸の開発は、ドウしたら好いと云う意見ですか」
 「開発を考える前に、大陸に充填する天産地産の豊富にして、夫が原始の儘封鎖せられて居る事を知らねばなりませぬ」
○「其の価値は」
 「世界無比に安価と思います」
 ○「ナゼ」
 「河川海洋の便によりて、国を狭小に区画する事を得る地形にあり升から、運輸の距離が甚だ近接になり升、故に豊富なる天産は世界無比に安価であり升」
○「日本民族の特長は」
 「情義に富んで、勤勉で忍耐にして、持操があります。その他悪い習慣も沢山ありますが、米国程ではありませぬ」
 ○「支那民族の特長は」
 「忍耐、勤勉ではありますが、人類の持操に乏しいように思います、故に威圧力善導の外、道がありませぬ・・・悪い習慣は米国以上であります」
 ○「開発の利益は何所で得られる」
 「米国の悪習慣は、理論的であり升から、仕方がありませぬ、支那の悪習慣は、無理論的であり升から、対症治療の威圧的善導で片付ます、何でも徹底的に片付かぬ事は結局損であるから、高価く(ママ)付きます、早く片付いた事は総て安価であり升」
 ○「夫(それ)では外国人は、威圧器械を特って開拓に行かねばならぬと云わるゝのか」
 「外国人が直接に亜細亜を開拓すると、世界無比に高価になり升、其の開拓を全部日本に嘱託するが一番宜いです。日本は距離が近くて、威圧器械も具備して居升(おります)」
 ○「嘱託を受ける程の信用が日本に有りますか」
 「日本は政治上の内乱と経済上の恐慌は折々来ますが、50年の長年月、外国の負債取引支払い元利共一度も信用を怠った事はありませぬ」
 ○「日本民族が世界の代表者となって、亜細亜開拓を嘱託せらるる資格は如何」

 「日本は東西両洋の文明を理解し、其の負うたる責任を果たさざる事は今日まで一度もありませぬ」
 ○「開拓の資本は誰が供給する」
 「夫は小生にお尋ねにならずとも、賢明な貴下がよく御存じと思い升・・屹度米国が貸すのです、夫は東洋の為めでなく、米国自己の為です・・・米国は世界黄金の実権を把握して居り升(ます)、鉄と小麦粉と唐もろこし(コーン)だけでも、モウ欧羅巴には売れませぬ、東洋を開柘して夫に黄金と鉄と麦粉と唐もろこしだけでも売る場所としなければ、世界坤與の上に、モウ売る場所がござりませぬ。夫を実現する方針を定める責任は、日本でも米国でもありませぬ、全部貴下御一人のお考にある事は、世界の何人に問うも異議はござりませぬ」

 ○「ドンナ方法で開拓費の『インベスト』をする積りですか」
 「絶対に米国が損をせぬ方法が基礎です」
 ○「政府が引受けるのですか」
 「日本の政府は、商売人ではございませぬ、商売を保護する者であります」
 ○「夫では資本引受会社を拵えて、政府は『セコンド・ギャランチー』をするのですか」
 「夫で結構と思います」
 ○「夫を日本政府は為し得ますか」
 「為せたら為るであろうと思い升」
 ○「夫では支那の事は後にして、先ず日本自己の開拓をする事を政府が保護して後に、支那の事に及ぶの外あるまい・・・日本だけで幾千(いくら)の資本を要する見込ですか」
「解りませぬが・・・先ず1億位から始めるが適当かと思い升(何だか此の時1億円と云う事を云わなかった・・・『モウガン』氏は夫を1億弗(ドル)と思うたと見える)」
 ○「それでは案は直ぐに立つと思う、先ず、

(1)工業開発会社を起し、其の会社が債券を発行するのに、政府が第二の保証をする事
(2)その金額は1億弗以上1億3千万弗位を限度とする事
(3)年限は50年位とする事
(4)利子は五朱以上に貸付けてはイケない、利息が高いと事業利益が少なくなるから、資本の需要が 多くならないから
(5)利息は必ず3歩5厘として、その会社が1歩5厘を取ったらよいと思う。」
 
 「ソンナ事で、貴下が尽力せらるゝ事を拙者は承認し升」
 「誠に結構な御指導です・・・小生は今お話の事を『メモウ』(覚書)に書いて戴きたいと思い升」
 と云うと「モウガン」氏は暫く沈黙して居たが、庵主も「ゼニング」氏も驚く程の大声を発して
「モウガン」氏が、
 「『ゼー・ピー・モウガン』が承認(エース)ですぞ」
 と云うと共に、非常に昂奮して「テーブル」の端をドンと叩いたので「ゼニング」氏も庵主も通弁も度肝を抜かれて、顔色がサッと変わった。・・・庵主は徐に云うた。
 「今一度テーブルを叩いて戴きたいと思いますが」
 と云うと「モウガン」氏は緊張した声で、
 「ナゼ (ホワイ)」
 と云うから、
 「今一度テーブルを叩いて戴いたら、その音響が日本まで聞えはせぬかと思い升・・・小生は先日『ゼニング』氏を以て敬意を表しました通り、米国観光の一旅人でござり升、何等政府の命令も、国民の依頼も、受けて居ませぬ、併し貴下に拝顔の光栄を得る事を許されたから、恐る恐る伺候して御高諭を蒙った訳であり升、其のお話は実に日米両国の為めに、重大なる事件と思い升から、欧州行を中止しまして、明日にも帰国仕ようかと思うて居る所であり升、大には世界黄金界の大権力者たる『ゼー・ピー・モウガン』氏の、東洋に対する大なる親切の声か音かを、日本の政府及国民に聞かせたいと思い升許りであり升、小生は貴下の承認を信ずるの信ぜぬのと云うような資格のある男でない事は始めから、念を入れて申上げて置きました筈であり升、貴下が『テーブル』を打たるる音よりも、アノ美人の手にある『タイプライター』の音の方が便利ではないかと思うて願うたのでござい升」
 と云うと、暫く又沈黙して居たが、
 「エス・オーライ(承知しました)」
 と云うて、側の「タイピスト」の女にペロペロと云うた、其文書をサアッと取上げて一目してスラスラと「サイン」をして庵主に渡したのが、即ち明治31年の伊藤総理大臣と井上大蔵大臣に手渡した夫(それ)が、彼の日本興業銀行計画の基礎である。夫を伊藤公と井上候が実行すると受合って置いて、時の日本銀行総裁・岩崎弥之助氏及び重役の鶴原定吉氏が本となって反対したから、全東京の高利貸銀行の全部が反対し、「ソンナ安い金を貸されては、全銀行は上ったりじゃ、反対せよ反対せよ」と云うて、一致協合して此の案叩き潰しの大騒ぎを始めたから、金子子爵、由利子爵等、その他幾多の巨姓大名の人々が、是非とも此の低利永年賦の工業資本を輸入しようと提唱せられて、其年の議会の下院を通過せしめたが、上院では之を潰した。

 其の次の大隈内閣が不得要領であって、其の次の31年11月に成立した山県内閣で、山県総理大臣が、之を中心として危くも上下両院を通過させて呉れて日本興業銀行が出来たので、ヤット金子、由利両子爵の顔は立ったが、日本中の銀行屋や金持方が、安い利で貸されては、抵当は取上げられる、高利貸は出来ぬ事になるので、捻じてもコジても連合して、此の外資を入るゝ事を阻止して、トウトウ「モウガン」氏との契約を揉み潰して、やはり興業銀行を日本普通の高利貸銀行となして仕舞うたのである。

★黄金王モルガンとの問答  完。


●『俗戦国策』 杉山茂丸 (4)

●日露開戦 の章に茂丸のロシア観や文学観を吐露した一文がある。

 伊藤博文との関連で紹介しておきます。

 ****************

★我が露西亜(ロシア)観

 此の如く我日本は、日露戦争以来、我国の先輩長者が身魂を砕いて築き上げて来た犠牲の結果とも云うべき、対露戦勝の我国家を、其子弟たる現代の日本国民は、又、悲惨にも、現代の露西亜が発散する高毒素の宣伝にて毒殺(poisoningshou)せられんとしつつあるのである。
彼の「レーニン」「トロツキー」の高唱したる主義は、論拠を或る学問的意義に取りて、露国民を全部、発狂せしめた、即ち其目的が、革命である、曰く、
 一、階級を破壊する事、
 二、財産を共有する事、
 其次に高唱したのは、
○目的は、手段を聖化せしむるものなり。
これらの宣伝に、天性単純とう愚(バカ正直)なる露国民は発狂して之を実行したのであるが、其目的の実行とはドンな事であったか、先ず皇帝を銃殺する事と、皇后を辱めて虐殺する事と、皇族を悉く穴に入れて埋め殺す事と、国民が先祖以来働いて蓄えて居た財産を悉く没取する事とであった。

 此等の主なる目的を達する為には、ドンナ手段を取ったか、1ケ月に平均1千人ずつの反過激派を虐殺した、国民の財産と云う財産は全部剥ぎ取った、国民の弱者と云う弱者は、男女とも全部これを凌辱した、其の他に何事もしたこと事はないのである。ソンナ手段が、ドンナ目的の為めに、聖化せられたか、世界の歴史始まって、未だ見た事も聞いた事もない程の惨害を実行して、矢張り国じゃとか、政治じゃとか名を付けて、少しも恥しいとも何とも思わぬのである、而してやはり、日夜の声を続けて「サイ
エンス」呼わりをして居るではないか。
そもそも学問とは何物であるか、地球に土地あって以来の歴史に伴うて発生したる、吾人祖先人類が、伝統的に思念考慮したる種々なる記録にして、吾人以後、尚お幾億万年も継続して、思念考慮したる発明的記録を子孫に伝統せねばならぬと云う、純然たる未製品の筆記である。
左様な不完全なる薬剤を以て、僅かに60年の「ライフ」を「リミット」として生存して居る人間に向って之を療下せしめんとするは、危険此上もない事である、此等は恰も、薬局法未定の、有毒素の粗製薬品を以て人類に手指で投薬するのと一般である。
現代の世界各国は殆んど全部、此の未製品の学問中毒に罹りて、未定薬局法、投薬の原理、原則と云う毒素に内蔵其の他の生理的機能を破壊せられて、正に死に瀕しつつあるのである。
読者よ、欧北半暮の国たる露国と云うは、往古より大豪傑も出で、大学者も出たが、其性、懇頑ならざれば深酷、一種の偏倚性を有するのである故に、彼の文豪「レフ・トルストイ翁」の如きも其流暢なる文章で一篇の小説を綴るにさえ其の罪囚を保護し、一方、官憲を罵る行文の随所にも終始一貫して彼の懇願性と深酷味は顕われて居るのである。

今ちょっと其の一節の意味を抜き出して見れば、

◎「ペテルブルグ」の監獄に繋がれて居る幾多囚徒達の運命を自由自在に左右して居る男は、沢山の勲章を侍って居る最もイカメしき老将軍であって、彼は不断、襟に慈悲の表彰たる白十字章を吊して居る大官である。

 世間では遠の昔から彼は耄碌して居ると云われて居るけれど、ソーでないかも知れぬ証拠は、彼は立派な男爵で、将軍で、監獄最高の大官である、彼はドウして斯る光彩ある位置を得たのであるかと云えば、彼は多数の百姓達を強制にて其の頭を短かく刈込ませ、強制にて軍服を着せ、強制にて銃剣を担がせ、自ら夫(それ)を強制にて指揮し、強制の表現とも云うべき軍律なる印刷物を以て総てを圧迫し、監禁、幽閉、刺殺、銃殺を以て威嚇し、而して彼等百姓達の生命を掛けて保護防衛した物は、彼の老将軍等の単独な位置や、自由や、家産や、其の血族等の幸福と安寧等とであった。而して其の目的を達した時は、彼等百姓達の死屍は何千何万と血みどろになって、累々として原野に横わったのである。

 これだけの事を強制的に遂行した功労によりて、彼、老将軍が頂戴した幾多の勲章が、アノ胸間に燦爛ときらめいて居る彼品(あれ)である、夫から又彼将軍は波蘭(ポーランド)にも勤務した事がある。其所でも彼は百姓の食を奪うたり、衣を剥いだり、鞭で叩いたりした功労によりて色々の勲章や襟飾りを頂戴した、而して彼は今や高大な邸宅の中に、世界中で一番柔かにして暖かな「アーム・テヤー」(ママ)の中に老体を埋めて、尚お且つ旧来の位置を保って居るのである。

 併し彼は長年の習慣性で、上長官の命令が一度降下すると、恰も猛獅(ライオン)が兎を見付けたように「アーム・テヤー」から刎起きて、満身の精力を傾尽して、如何なる皮の鞭でも、鉄の棒でも、氷の刃でも、鋭利な鉄砲でも軽々と操縦して、其行為の前には、慈悲も、不憫も、気の毒も一切ないのである。
彼は斯の如く厳重に命令を奉ずる事のみを大切にして、此以外には譬え自己を人類外に放棄しても、其上司の命令に忠実なる無情惨酷を平気で遂行する能吏である、夫が即ち彼の今日の位置と、富と、幸福と、安寧とを築き上げたのである、故に彼が毎日職責と称して、身心を傾けて信じて居る事柄は、幾多の男女を、網羅したる罪人を、要塞の奥の独房の中に監禁して、10年間に夫等の半数が牢死したり、狂気したり、肺病となったり、自殺したり、餓死したり、硝子の破片で動脈を切って眠死したり、網紐で縊死したり、木片で柱を摺りて焼死したりするようの待遇を、アノ禿髪、白髭、跙歯屈腰(そはくつよう)の年まで、夫を光栄として瑕瑾なく勤務したる、光栄のある役目と思うて居る、男爵で、将軍で、大官で、富裕なる男であるのである。而して彼が、巨額なる国費を以て使役する幾百千の下吏僚属は、因襲的に彼を羨み、彼を学び、尚お一層それ以上に職務の能率を向上せしめんと務めて居るのを、彼老将軍は、全く自己の良心から視て、悪い事とも思わず、多くの罪人の苦しんで居るのは、アレハ純然たる天災の、風や、雨や、地震の如く不可抗力の災難に遭うて居るのと同じように心得て、自己単独の感覚に対しては、特殊の刺戟を受けぬのである。ナゼなれば、斯る総ての事柄は皇帝の御名によりて発布し、皇帝の聖鑑によりて執行せられる法律の遂行であるから、我々に何等の関係なく、関心なく我々に月給やら勲章やらを恵まるる上司の命令をのみ大切に遵奉するのに何の不思議があろうぞ。此等の事より発生する多くの故障と損害は、総て皇帝陛下に於て責任して下さるのであるから、ドンな大変が起ろうが、大乱が兆そうが、吾人の享有すべき月給と、年度進級と、養老年金と、合理的の賄賂の上には、何等の故障も及ぼすべき事ではない、故に此老将軍の愛国と云うも、忠義と云うも、正義というも、皆全部総て以上の行為の中に含まれて居るのである、云々。

 と、この「トルストイ」大文豪はスラスラと此を書いているのである。茲で読者は一考せねばならぬ、此「トルストイ」の此筆致と云うたら、何等の深酷であろう、何等の挑発であろう。

 此文豪の煽動に掛ったら殆んど踊り出さぬ者はない、飛出さぬ者はないのである。元来昔から文豪などと云う名は、動(やや)もすれば煽動名人の別号かと思わるゝのである。「ルーソー」(ママ)は自由平等の逆理窟を云うて全世界の政治界を煽動した、近松巣林子は非条理の男女恋愛を書いて満天下の心中情死を煽動した、「トルストイ」は偏倚なる反抗心を挑発して露国の下層民を煽動したのである。素より国家的統一心と常操とを有せざる戇頑なる露国民を、斯く念人りに丁寧に小説的にまで分け入って、為政家の困難する様にと煽動したのであるから、露西亜の政治は昔日から政治らしき政治は絶対に出来ぬように造り上げられたのである。ナゼなれば元々政治上の一部人として単なる罪人の監視者ばかりを攻撃する丈にても、政治的に反抗したる経歴とは犯罪者の警醒教訓と共に、一言も之を道破する所がないのである、只だ一向に筆を舞わし文を踊らして、其の彼等の犯罪と反抗とに対して、煽動奨励のしっ放しの跡より外、何物も見る事は出来ぬのである。

 ソコデ実際に於て「アナキスト」(無政府党)「ソシヤルスト」(社会党)「ニヒリスト」(虚無党)「ボルセビーキ」(共産党)等が蛆虫のように孵いて来て、露国は国でもなく、人民でもなく、単なる悪性の遊牧動物的となったのである。

此の如き露国が殆んど欧亜の地半面を占領して、其の披煽動者として、最も有力なる民族が殆んど一億数千万人も蠢動して居るから、其の気運はドウしても欧洲の他の国家や東洋の支那や日本等へも、風靡波動して来るのは当然である。而して其の風靡波動は、先づ第一に「サイエンス」に耳目を刺戟せられる学徒に媒介せられて、トウトウ教育界の色彩を混濁せしむる事となるのである。

★要心せよ日本国民

 此の故に、今日我日本帝国に於ても、現在お互の産んだ子供は悉く善良であり升、夫を学校に入れて置くと、其の日から漸次に此毒素に中傷せられて、段々に目が耳の辺まで裂けて来て、尻尾が一寸二寸ずつ伸びて来て、全部獣物になるつつある所であり升(ます)。                
 夫(それ)に直接間接に3〜4億円の学費を掛けて、此の獣物を製造しつつあるのであり升、その製造掛りには、国家が、学士博士の称号を付したり、或は爵位や年俸の壱万円内外を与えて、上下官民共に挙って之を奨励しつゝある事を、決して忘れてはなりませぬ。

学問と云う物は人類の品位を飾る物にして、一日も廃してはならぬ物でありますが、人類、脳細胞の意思系統を刺戟する文学は、決して之を、意識する以上に「アップライズ」しては、大変な片輪を製造する事になるものであり升。
夫は庵主の説明までもなく、現世界の総ての人類が、理化学、科学工業以外に働きつつある文学的毒素は、露西亜その他の国家に「デベロップ」して居る事実丈けで、十分に分るのであり升(ます)。
即ち今の日本は、露西亜を征伐して勝った復仇に、学問的の高毒素を以て毒殺されつゝある所であり升。

 

陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記(14)ー1

陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記(14)

 「大西郷の後継者」から「人格異変」? 高島鞆之助の実像
  ニューリーダー 2008年2月号


●謎多き政治フィクサー、玄洋社・杉山茂丸の暗躍
    
薩摩藩士高島鞆之助は戊辰戦争に功あり、明治4年の御親兵募集に応じて上京したが、西郷隆盛と吉井友実の計らいで宮中に入り、侍従となった。翌年侍従番長に挙げられ、天皇側近として幾多の勅命を果たした後、明治7年陸軍に転じて初任大佐、10年に少将、16年に満39歳で陸軍中将に昇り、翌年施行の華族令で子爵に叙された。21年からの大阪第四師団長時代は名軍政家として知られた高島の陸軍におけるその位置を、三宅雪嶺の『同時代史』は、「第四師団長たりしとき、大西郷の後継者たるべしと見らる」と語る。24年、第一次松方正義内閣の陸相として政界入りした高島は、時に47七歳の分別盛りであった。

 これに先立つ明治17年、朝鮮国京城で甲申事変が起きた。世界史は帝国主義の最終段階に差しかかり、南下意欲を露にする帝政ロシアに対し日本帝国が存立しうる条件は、朝鮮半島の独立性確保に懸かっていた。しかし朝鮮は依然清国の属国に甘んじ、その清国すらロシアに狙われていた。

朝鮮がこの状態から抜け出すためには、日本と結ぶしかないとする金玉均・朴泳孝らの独立派が、クーデタを実行する。王宮を護衛していた日本軍も出動したが、袁世凱率いる駐留清軍に破られて、クーデタは失敗、親清派が臨時政権を樹立した。翌(明治18)年4月の天津条約で、日清両国は、朝鮮内政に干渉せず、出兵の場合は相互に事前通告することを約したが、朝鮮の政権は親清派の事大党が掌握するところとなった。海軍の大膨張策を採って周辺国を威嚇する清国の姿勢は、あたかも今日の中華人民共和国を彷彿するもので、19年には長崎に来航した清国水兵がわが警官・市民らを殺傷し、暴行を働く事件が起きた。軍拡を背景に中国兵が増長し、アジア各地で侵犯を働くのは歴史の通例である。

 明治22年12月、外相大隈重信の条約改正問題で黒田清隆内閣は総辞職する。玄洋社の杉山茂丸が不平等条約の原案を不満とし、来島恒喜を操って大隈重信を襲撃せしめたのである。代わって第一次山県有朋内閣が成立したが、何せ国際問題をすべて軍事カで解決した時代である。

26歳ながら海外事情に精通していた杉山は軍備拡張の必要を痛感し、山県内閣を動かして軍拡予算を通そうとした。しかし、翌年7月の第2回総選挙で勝利した民党が、11月の第一回帝国議会の予算案審議に大幅な予算削減案を提出して通過させるや、民党の勢いを懼れたた山県は忽ち内閣を投げ出してしまう。その後を受けた第一次松方内閣は、外相に榎本武揚(幕臣)、司法相に田中不二麿(尾張)、文相に大水喬任(佐賀)、農商務相に陸奥宗光(紀州)、逓信相に後藤象二郎(土佐)を配し、長州人は内相・品川弥次郎ただ一人であった。この内閣は、伊藤博文と山県が背後で操縦する「黒幕内閣」と呼ばれ、「世論を配慮した伊藤の智恵により薩長色を薄める人事にした」との解説が当時から専らであるが、これは長州ないし伊藤の買い被りであろう。

事実を観れば、松方首相が蔵相を兼務し、陸相に大山巌→高島、海相に樺山資紀と、要部を大陸積極派の薩人が占め、長州色はまことに薄いが、誰の目にも薩色が薄いとは見えない。長州が恰も「黒幕」に見えるのは、深慮遠謀のためてはなく、ひたすら民党を恐怖して薩長の陰に隠れたその姿ゆえである。財政家の松方さえ軍拡を最大の責務と考えた時宜なのに、長州では陸軍長老の山県さえ民意を恐れて非戦派であった。凡そ明治20年以後の近代史は、大陸積極策且つ官僚専制派の薩摩閥と大陸消極策で民党と結んだ長州閥の思惑が、光学的干渉のごとき縞模様を顕しながら進展していくが、その間にあって両者を仲介したのが玄洋紅の軒を借りた杉山であった。

杉山は、薩摩と政治的スペクトルを同じくする玄洋社に属しながら、日常の交際を専ら長州閥の要人としていた。薩摩の意思を長州に伝えるためと見えるが、或いは、杉山その人が長州浜を調略していたのかも知れず、杉山の考究なくして日本近代史は語れないが、それは別条に譲るしかない。
  
 <続く>


陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記(14)ー2

●閣内で選挙干渉を叫び辞職、薩摩ワンワールド総長に? 

明治24年11月の第2国会において、政府の軍拡予算案が否決されると、軍部の内大臣は黙しておらず、海相・樺山が「薩長政府などと罵るが、本邦今日の隆盛を来たしたるは薩長政府の功績ではなきか」と吠えた蛮勇演説で議会は荒れに荒れ、松方は衆議院を解散した。第2回総選挙は、品川弥次郎内相と白根専一次官の長州コンビが、史上有名な大選挙干渉を指揮する。それにも関わらず民党が勝った理由は、民党の激化を懼れた伊藤及び山県・井上馨ら長州要人が選挙干渉の手加減を品川に要請したために品川が腰砕けになったからである(堀雅昭著『杉山茂丸伝』)。選挙干渉が最も激しかった高知(調所広実)と佐賀(樺山資雄)の知事はどちらも薩摩人であった。福岡では、杉山がかつて県知事に押し込んだ安場保和(後藤新平の岳父)が選挙干渉を主導し、杉山もこれに協力した。選挙後、品川は引責辞職し、後任の内相が副島種臣(佐賀)松方(首相兼務)と一時凌ぎの後、司法相兼務で就任した河野敏謙(土佐)が、人心収攬のために佐賀・高知の知事更迭を図った。閣内で選挙干渉を叫んでいた高島・樺山は、あくまで軍拡を重視する態度で、更迭に猛反対して辞表を提出、これにより第一次松方内閣は25年8月8日を以て倒壊、第二次伊藤内閣に代わる。同日高島は予備役編入、樺山資紀は退役し、共に枢密顧問官に転じた。

 この時期の枢密院議長は、大木喬任佐賀)→山県有朋(長州)→黒田清隆(薩摩)で、副議長は東久世通禧(公家)である。また枢密顧問官は、薩人では前海相・仁礼景範、元海相・樺山資紀、元海軍卿・川村純義(樺山の子息愛輔の岳父)、旧幕臣では元海軍卿の勝海舟、同じく榎本武揚、さらに前海軍軍令部長・中牟田倉之助(佐賀)と海軍の元首脳が20数名中にこれだけいた。日清の開戦迫るこの時期に、自ら軍政を離れた高島は、一体何をしていたのか。

★結論を言えば、24年4月に死去した枢密顧問官・吉井友実が保持した秘密権力を引き継ぎ、薩摩ワンワールドの総長の座に就いたと、私は考える。

海軍首脳といえばワンワールドの上席と観るのが世界の常識だが、日本も多分同じで、海軍首脳が居並ぶ枢密院は、高島にとって恰好の居場所だったものと思う。

  <続く>
 

 陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記(14)ー3

 ●現役復帰、拓殖務相などを歴任するも恩賞なしの謎

 朝鮮国では親日派政権の樹立に向けた朝鮮改革の動きが進み、これに応じた民間志士が26年8月、朝鮮独立を目指す実力結社の天佑侠を釜山に設けた。時を同じくして杉山茂丸は参謀次長川上操六中将に会い、清国との早期開戦を訴える(堀雅昭『杉山茂丸伝』)。軍拡を益々進めた清国は、しきりに軍艦を日本近海に航行させ、挑発的な軍事演習を繰り返していた。大局はもはや事事行動による解決しかないと説得する杉山に、川上は長州閥の巨頭で枢密院議長の山県有朋大将への呼びかけを懇願した。山県は伊藤・井上の平和論に押され、且つ彼我の兵力差を憂いて開戦論を拒否するが、やがて川上の意見を入れて開戦論に転向した。因みに、薩摩と玄洋社の大陸政策にとっての障害は常に★伊藤の非戦論で、その因縁が後年ハルピン駅頭の伊藤暗殺をもたらしたものと思われる。
 
対清戦争の目的は、第一に条約改正を国力(軍事力)により推進すること、第二は日朝の連携を実現するためであった。既に国家の実質を失った李氏朝鮮国の支配を巡って、日清露の間で覇権争いが激化しつつあり、朝鮮国内では東学党の農民軍が決起を控えていた。東学党の騒乱に乗じて玄洋行が清国を挑発し、開戦の口実にしようと考えていた有様を、杉山の子息夢野久作が傑作『犬神博士』のなかで語っている。明治27年3月、東学党の蜂起と金玉均の暗殺を開戦の口実として、日清間に戦雲が沸き立った。現役に復帰し海軍軍令部長に就いた樺山資紀は、講和ごの28年5月海軍大将に進級、台湾総督に補せられた。樺山総督は6月17日、台北城内で閲兵式を行い19日に南進を開始するが、土匪の抵抗が激しいため一個師団では不足と判断し、28日大本営に対し一個混成旅団の増援を請求した。台湾総督府は民政を中断して軍政に移行、8月6日、台南平定の南方作戦を指揮すべき副総督を置くこととし、樺山総督の要請により、予備役中将高島鞆之助を8月21日付で之に任じ、現役に復帰せしめて南進軍司令官とした。作戦計画を決定した南進軍司令部に対し、22日付で南進命令が下り、激戦ここに2カ月、10月21日の安平陥落を以て台南征討は成り、樺山総督は11月6日を以て南進軍の編成を解いた。

28年12月に凱旋した高島は、翌年4月、第三次伊藤博文内閣が新設した拓殖務省の初代大臣に就く。台湾総督府の監督に当たった高島は、9月に第2次松方内閣に移行するや、拓殖務相兼職のまま2度目の陸相に返り咲くが、30年9月の行政整理で拓殖務省が廃された後は陸相を本官とし、31年1月までその職にあった。3年前、25年8月に予備役入りした高島は現役に復帰し、台湾副総督から拓植務相、さらに陸相を兼務したが、なかでも1年半に亘る陸相の座は、日露決戦の時機迫る折から、国内で最も重要な職位であった。28年8月5日、硝煙いまだ漂う中で早くも軍功表彰があり、戦時中に軍務大臣だった大山・山県・西郷従道が勲一等旭日桐花大大綬章を授かり、野津道貫(第一軍司令官)、樺山(台湾総督)、川上操六(参謀本部次長)、伊東祐亨(海軍軍令部長)が旭日大綬章を受けたが、この勲章を既に8年前に受けていた高島には何の恩賞もなかった。既達の爵位勲等が高過ぎて昇叙の余地なく、次の機会にという所だったのだろうが、その機会は大正5年の逝去まで終に来ず、没時に勲一等旭日桐花大綬章を賜わるまで実に30年もの間、何らの恩賞も受けなかった(位階の正二位は侯爵・首相級で、生前の贈位と思うが年次は未詳)。

  <続く>
 
http://2006530.blog69.fc2.com/category2-17.html


http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/373.html

コメント [原発・フッ素14] ストレス・テストの怪・・・誤魔化されるようなら日本はダメだろう 武田邦彦  赤かぶ
13. 2011年7月13日 15:54:13: u3O0TeZ0Go

電力会社役員には家族を含め、原子炉から1000m以内に居住を義務付けろ。

【安全】ならできるはずだ。

http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/242.html#c13

コメント [原発・フッ素14] 山本太郎 佐賀県庁突入「知事出てこい」(日刊スポーツ) BRIAN ENO
33. 2011年7月13日 15:54:49: U3n3rrhRKg
新聞、テレビ、雑誌等マスゴミどもがチョロチョロばらしだしましたよ。
田原総一郎は、自分の番組は全部やらせだと言いだした。
朝日新聞がウィキリークスから情報を提供されても、日本政府はノーコメント。
コメントできない理由は、
http://tomiman-daitoku.blog.so-net.ne.jp/
福島のアトミックボムNo.3、地震、噴火、異常気象、新種のウィルスの続発で世界壊しを加速進行中のやつがいる。
宇宙ステーションへ逃げ込むぐらいしか能のない奴らチキンにビビることはない。
知恵も技術も持っているのは、庶民。
この世は、膨大な庶民の群れでできている。
現実を知り、声を上げ続ければいい。
浜岡の原発を止めたのは、スズキ自動車にこの事実を知られたからだ。
スズキの本社は、浜岡にある。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/228.html#c33
記事 [カルト8] 陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記 その17
陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記 その17

陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記(14)−4


 ●三宅雪嶺も断じ切れなかった政治家としての器

 高島のかかる冷遇を世間は怪しんだものと思う。選挙干渉以来の国民的不人気から同情に値せずというのならば樺山資紀も同断であるが、樺山は国民的英雄となった。世人の不審に答えたのが秋川書店『帝国陸軍将軍総覧』の高島評で、「大阪では鎮台司令官、第四師団長として大いに権勢を振るい、多くの新規事業も実施した。その後、陸軍大臣、拓殖務大臣など軍政家として政治的手腕を発揮したが、早く現役を退いた。直情径行のためといわれる」と月旦する。これは『大日本人名辞書』が「鞆之助豪放にして膽気あり。細事に汲々たらず、家資常に空し。政治家の器ありと雖も、直情径行にして紆余曲折の態に乏しきを以て、晩年落寞として振るはず」と評したのを受けただけで、自ら究明するところがない。小島直記『日本策士伝』も似た解説
を述べるが、三宅雪嶺の『同時代史』を借用しただけで、自身の意見はない。高島晩年の不振の理由を雪嶺は、「恐らく第四師団長以後、頭脳の発達が停まり(中略)記憶力の乏しきは何時頃よりの事か、後に人の面を忘れ、感情を害すること少なからず・・・」と憶測するが、「我執を強くし、偏狭に流れ」と評したのは、何のことを指したものか分からぬが、樺山と共に閣内で選挙干渉を主張し、関与知事の更迭に飽くまで反対した件からすると、高島に対する「案外に偏固の癖あり、思い立てることは飽くまで遂げんとす」との評も、あながち不当とは言い切れまい。しかし事実は、雪嶺自身が云うように、「まだこのときは、まださすがに勇敢だ、となお重きをおかれ」ていた。だからこそ5年後に再び陸相のお鉢が回ってきたのである。

 つまり、高島への酷評は、そこで出世が止まったから生じた結果論で、初回の陸相の時には評価のガタ落ちなどなかった。雪嶺が「高島の評価がガタ落ちした」と指摘するのは第二次松方内閣の時であるが、この内閣も5年前の第一次内閣と同様、松方が首相兼蔵相、陸相兼拓殖相に高島、海相に西郷従道、内相に樺山と、要所を薩人で固め、その他は外相大隈(佐賀)、司法相清浦奎吾(熊本)、文相蜂須賀茂詔(大名)、農商務相榎本(幕臣)、逓信相白根専一(長州)を配したもので、閣員構成は5年前の第一次内閣と酷似している。

雪嶺は「先ずこの内閣は〔欲ありて意なく、意ありて謀なく、謀ありて力なき〕閣員の集合体であった」というなら第一次内閣の顔触れも同様だ。松方・高島・樺山の薩摩三人衆が水戸黄門トリオ宜しく並び、心情的に薩人に近い榎本が加わり、他は首のすげ替えだから、両次の松方内閣に挟まれた第二次伊藤内閣が、井上・山県・陸奥・黒田の元老を並べて「元老内閣」と呼ばれたのと比べると閣員の爵位は確かに一段落ちるが、政治の評価はそんなことには関係がない。この内閣の特徴は、進歩党の大隈が松方に協力した連立内閣という点にあり、ために世人は松隈内閣と呼んだのである。雪嶺が、玄洋社と政治的立場を同じくする松隈内閣に対して悪態を吐いた心理は不可思議だが、その詮議はともかく、「そこで薩派の牛耳を執るは陸相兼拓相の高島にして」の言は流石に正鵠を得ている。両次の松方内閣で要所を占めた薩人をまとめたのは、確かに陸相高島の一言であった。したがって「第四師団長として嘱望されたときのようであれば、内閣関係者を結合する中心人物として、事実上の首相となったであろう」との評は正しい。問題は事実がそうならなかったことで、その理由を雪嶺は「豪傑肌で愉快な人と見られるのと、小事を争って策略を弄する御仁として知られるのと、どちらが本当か。世人は判断に戸惑い、それが高島信者の損となり、高島本人の損となった」と評した。評言の重点は後半部にあり、「高島が、第四師団長時代とは一変して、小事を争う偏狭な人物に変わった人材異変を原因とする」と断じたわけである。
    
   <続く>


陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記(14)ー5
  
 ●陰の使命、薩派総長就任のため陸軍路線を転換

 事実を追うと、第四師団長時代の令名もあり24年5月、第2代陸
相に挙げられた高島は、選挙干渉の一件で辞去を提出した25年8月から、3年間を枢密院で過ごした。陸相経験者の高島にとって陸軍内での席は、各地の師団長を別にすれば、@陸相再任、A参謀総長、B教育総監、C台湾総督−−以外にはなく、予備役編人もやむを得ないが、日清講和後に現役復帰して台湾副総督に就くのを見ても、陸軍との縁は切れていない。副総督は軍隊指揮官のみならず軍政官(行政官)だから、この人事は「政治家としては問題あるが、軍人ならばまだやれるだろ」といった類のものではない。第一行政手腕に欠ける面が明白なら、伊藤内閣が新設した拓殖務人臣に、わざわざ高島を任じることはない。短期間に台湾を治定し、台湾統治の根本を策定した高島の軍政力に期待したのである。第二次松方内閣でも拓殖務相を続け、陸相を兼務した高島を評して、「この内閣の時に、人物偏狭とうてい大事に堪えずと判断された」と評するなどは、どうみてもおかしい。第四師団長後の高島の経歴を辿るとき、結局雪嶺の言うがごとき「人材異変」は見当たらないのである。

 第二次松方内閣の治績は、対清戦争準備と新聞条例の改正だけでなく、貨幣法の制定こそ、内閣最大の眼目であった。明治30年3月26日公布の貨幣法は、金本位制の確立を意味し、維新直後から長年にわたり政府紙幣の整理に苦心してきた2人の財政家、すなわち大隈重信(明治6年10月から13年2月まで大蔵卿)と松方正義(8年11月から13年2月まで大蔵大輔、14年10月から18年12月まで大蔵卿)が、それぞれ外相兼農商務相および首相兼蔵相となり、その実行のために連立内閣を組織したのである。松隈内聞の異称も宣なる哉のこの内閣は、10月1日の貨幣法施行を見届けたら崩壊するのも自然の成り行きで、11月6日大隈は辞任した。共同首相というべき松方・大隈は素より、副首相格の高島・樺山もその他の重要閣員も、ワンワールドの一員だった筈だ。松方と大隈に連立を提案した三菱の岩崎弥之助が日銀総裁に任ぜられた意味も深長である。金本位制の確立を指図したのが金融皇帝ロスチャイルドだったことは当然だが、一流の評論家・三宅雪嶺でさえワンワールドの実存を知らず、また覚り得なかった所に、明治(から平成までの)日本知識人の限界が露呈している。浅薄ただ喋るだけの文人に対し、重厚軍人は敢えて剛毅朴訥を装い、自らのワンワールド性を韜晦したのである。

 軍部大臣は内閣交替にさほど影響されず、在任期間は総じて長い。明治13年陸軍卿となった大山巌は、内閣制度発足の18年、初代陸相となり、在任5年(陸軍卿通算で11年余)の後、24年5月に高島に譲った。長期の陸相在任が予定された高島が選挙干渉の一件で辞任したので、大山は第二次伊藤内閣の陸相に復し、在任さらに4年に及ぶ(第二軍司令官の期間は、海相・西郷従道が臨時的に陸相を兼摂)。政党と事を構えた高島が予備役で「ほとぼり」を冷ます間、大山自ら陸相の席を守りながら、高島のアク抜けを待ったように見えるし、それが真相かも知れぬが、別の可能性もある。即ち、高島がそれまで辿ってきた陸軍路線を転換し、前年4月に逝去した吉井友実の後を継いで、薩摩ワンワールドの総長に就いた可能性である。

 *******************

 陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記(14)  
 「大西郷の後継者」から「人格異変」? 高島鞆之助の実像
   『ニューリーダー』 2008年2月号 より

   <完>


●高島鞆之助
 『近代人物辞典』 吉川弘文館 より。

●高島鞆之助 1844−1916 (P594)

明治・大正の軍人、政治家。号は丙革。
弘化元年(1844)11月9日、薩摩藩士高島嘉兵衛・貞子の四男として鹿児島城下高麗町に生まる。藩校造士館に学ぶ。文久2年(1662)島津久光に随行して京都に上り、皇居の守護にあたった。
明治元年(1866)戊辰戦争に従軍して鳥羽伏見から北陸・東北に転戦した。
明治4年侍従、ついで翌年侍従番長に任ぜられた。7年陸軍大佐に任官。陸軍省第一局副長・同局長代理をつとめた。
この間、9年萩の乱鎮圧に派遣。10年西南戦争が勃発すると、陸軍少将に昇進して、別働第一旅団司令長官となり反乱の鎮圧に功績をあげた。
12〜13年フランス・ドイツに留学して軍制研究に従事。帰国後、熊本鎮台司令官・大阪鎮台司令官・西武監軍部長・第四師団長などを歴任。
その間16年陸軍中将、17年には子爵を授けられた。また17〜18年甲申事変の事後収拾のため井上馨に随行して朝鮮に渡った。
24年5月第一次松方内閣の成立に際して陸軍大臣として入閣、樺山資紀海相らとともに閣内の薩派の一翼を担い、武断派と評された。25年8月松方形内閣退陣に伴い、辞職して枢密顧問官に転じた。28年8月〜29年4月台湾副総督、29年4月〜30年9月第二次伊藤内閣および第二次松方内閣の拓殖務大臣、29年以降陸軍大臣を兼任し、ついで30年9月〜31年1月陸軍大臣専任となった(拓殖務相は廃官)。
31年1月予備役編入、32年2月再び枢密顧問官となり終身その職にあった。
反長閥勢力の中心として、大正元年(1912)〜2年には犬養毅ら憲政擁護派と連携し桂内閣打倒に一役買った。

性格は豪放磊落で胆力・勇気に富み、一時は政治家として飛躍を期待されたが、緻密さや思慮・分別に欠けるとされ、晩年は不遇に終わった。
京都の伏見桃山にある女婿高島友武少将(第十九旅団長)邸に滞在中、大正5年1月11日脳溢血のため死去。73歳。
墓は東京都港区の青山墓地にある。

参考文献『枢密院高等官履歴』・三           (鳥海 靖)


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●高島鞆之助
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索

高島鞆之助高島 鞆之助(たかしま とものすけ、天保15年11月9日(1844年12月18日) - 大正5年(1916年)1月11日)は、薩摩藩出身の陸軍軍人、政治家である。諱は昭光。官位は陸軍中将正二位勲一等子爵。陸軍大臣・拓殖務大臣・枢密顧問官等を歴任する。また、現在の学校法人追手門学院の前身である、大阪偕行社学院の設立者でもある。第19師団長を務めた陸軍中将勲一等子爵高島友武は養嗣子。


[編集] 略歴
幼少期:薩摩藩の藩校造士館に学ぶ。
戊辰戦争に従軍する。
1874年(明治7年):陸軍大佐に任ぜられる。
西南戦争:別働第1旅団司令長官。
1883年(明治16年):陸軍中将
1884年(明治17年):7月7日子爵に叙せられる。
1887年(明治20年):11月2日勲一等旭日大綬章受章。
1888年(明治21年):第4師団長
1891年(明治24年):第1次松方内閣の陸軍大臣となる。
1892年(明治25年):枢密顧問官となる。
1895年(明治28年):台湾副総督となる。
第2次伊藤内閣・第2次松方内閣:拓殖務大臣と陸相を歴任する。
1899年(明治32年):枢密顧問官となる(死去まで)。
1916年(大正5年):1月11日薨去、勲一等旭日桐花大綬章受章。

先代: (未設置) 拓殖務大臣:1895 - 1896 次代:(廃止)
先代: 大山巌 陸軍大臣第2代:1891 - 1892 次代:大山巌
先代: 西郷従道 陸軍大臣第7・8代:1896 - 1898 次代:桂太郎

 *************
上の写真は、★近代日本人の肖像( http://www.ndl.go.jp/portrait/contents/rights.html )より。
 


●『期待と回想』 鶴見俊輔

●『期待と回想』 鶴見俊輔 朝日文庫 2008.1.30

(原著は1997.8月刊 晶文社。) よりのメモ。

7。伝記のもつ意味  より。 p396〜
 (質問者は小笠原信夫 日時は1994.4.30 )

*章頭の質問は次の通り。
 鶴見さんの仕事で伝記というスタイルの表現が多くありますが、人とその生きてきた時代を、いまという時代に置いてみようということではないかと思います。
 70年代に入り『高野長英』、それ以降『柳宗悦』『太夫才蔵伝』『夢野久作』『アメノウズメ伝』。こうした伝記を書こうというときに何を心がけていますか。
 *************


★『高野長英』は史料がものすごく多いという感じがしました

 江戸時代の史料というのは使ったことがなかったんです。本格的に史料調査をやる人だったらもっと楽々と書くのではないでしょうか。これを書こうという直感は、高野長英(1804一50)は悪党だということなんです。高野長英を美化しようとか、尊皇の志士という諸説から切り離したかった。それからもう一つある。「べ平連」での脱走兵援助があったことですね。高野長英は脱走囚となって逃げたでしょう。それです。

 高野長英自身は悪党なんだが、かれを助けた人は長英より逞かにえらい人なんだ。長英を助けている人たちが、あちこちにいて、いずれも立派な人たちだった。貧乏しているけど先祖が長英をかくまったことを今も愉快に思っているんだね。上州にいましたよ。このことな
んです。私か脱走兵援助をしていなかったら、これを書くモティーフは出てこなかったでしょう。長英が残した『蛮社遭厄小記』はすごい。牢屋に入れられるとふつうはあきらめるものなんだが、高野長英は金を小者にやって火をつけさせ逃げるでしょ。すごい知恵じゃないですか。「べ平連」で脱走兵援助を一所懸命やったが、それはいったん終わった。アメリカの基地から出てきた脱走兵を助けた人たちと同じ気分を、高野長英を助けた人たちはもっていたと思う。そのことを、ゴシップでもいい、嘘でもいい、集大成してみよう。そんな思いなんです。

 『夢野久作』は、京都で「家の会」(サークル)をつくったころに話したことがあるんですが、杉山茂丸と夢野久作という父親と息子の関係に興味をもっていたんですが、意外なことに夢野久作の長男の杉山龍丸さんという人物が現れて、私の家に何度もやってきたんです。私が夢野久作について20枚ほどの原稿を書いた(1962年)ことがきっかけなんです。手紙を送ってきて、それから来るときはかならず伊勢名物の「赤福」を持ってきたんですよ。京都駅で買ってきたのでしょ。

 三一書房が夢野久作の全集を出すというので、谷川雁が兄の谷川健一に頼まれ、私を巻きこもうとした。杉山龍丸は、この全集の編者に入ってくれるなという内容の電報を打ってきた。そのあとに手紙がきたんだけど、「あなたと私とのあいだに金を介在させたくない。あ
なたが編者に加われば、かならず金の問題について私は要求することになる。それがいやだ」と書いてあった。

 かれとしては、私との関係は「赤福」を持って訪問するだけにしたい。『声なき声のたより』という小さな通信に文章を書いて送ってくれたこともあった(鶴見著『夢野久作』に収録)。こうした関係性は右翼的なものなんです。

 あとでわかったんだが、かれは夢野久作から3万坪の土地を残されていた。その金で、インドのガンジーがつくった塾の生き残りを日本に連れて来たり、世界の砂漠の緑化をやったりと全部使いきっていた。全集を出した三一書房から多くの印税が入ったと思うが、それも使いきっちゃっていた。ほんとに何にもない、文なしで人生を終えた人なんです。

 私から見るとそれは壮挙だね。こういう人間が日本の高度成長という時代にいるんだね。私もそうありたいと願っている。一種の理想なんだ。それに感激して、『夢野久作』を書いた。はじめは「家の会」的に親と子という関係で書こうと思っていた。杉山茂丸から夢野久作へ。それはある程度アカデミックな構想なんです。しかし変わってしまった。杉山龍丸という人物の登場によって。私としては、この本は、杉山龍丸に対する供養という気持ちがつよい。高度成長のときに、こういう人間がいる。福岡で3万坪というのは大変なものでしょ。それを少しずつ売っていった。かれは弟にもほとんど金をやっていない。弟に家をたててはいるんですが、戦前の長子相続権を戦後になってもがんと守った。無茶な人ですがね。

 彼は、CDIのアンケート調査で、福岡にずっと住みつづけるつもりだ。どこか別のところに行くとしたら京都だ。あそこは友だちがいるし、いい学生たちがいる、と答えた。友だちというのは私のことで、いい学生たちというのは奈良でハンセン病患者でも泊まれる家(むすびの家)をつくった柴地則之といったワークキャンプの学生たち。私は胸をつかれた。かれは杉山茂丸の孫だということで、左翼から毛嫌いされ、右翼とも喧嘩ばかりしていた。こういう男はすごいなあと思う。光を放つ、そこのところがないと伝記は書けないでしょう。

★右翼といえば、鶴見さんは葦津珍彦さんとも親しいですね。
             
 葦津さんには感心しています。葦津さんを記念する本をつくりたいと思っているんですが、もう私には力がなくてね・・。葦津珍彦という人は市井三郎が連れてきたんです。葦津さんに、夢野久作の息子が生きているはずだけど紹介していただけないか、と頼んだことがあるんだが、それはできない、あの人はよく喧嘩する人です、といった。たしかにその助言は有効だったんです。しかし私は杉山龍丸とは喧嘩をしたことはないんですよ。かれは突如として来るけど、私が家を出る用事があるというと「赤福」だけを置いてすぐに帰っていく。お
互いのあいだに最後までお金をいっさい介在させなかったね。・・・以下略・・・

  <続く>
 


●『期待と回想』 鶴見俊輔 朝日文庫 2008.1.30
(原著は1997.8月刊 晶文社。) よりのメモ。

 4.転向について(質問者は北沢恒彦 日時は1993.9.25)

 ★転向よりも重要な問題  p216〜


 いま自分は「転向」よりも重大な問題があると考えるようになった、と最初におっしゃいましたね。それはどういうことなんでしょう?

 転向論をやってるあいだは何でもかんでも転向と結びつけて解釈していたけど、30年たって、いまの私は、転向は人間のもっとも重要なテーマじゃない、という感じがしているなにがもっとも重要なテーマかというと、「生きていていいのか」「なぜ自殺しないのか」という問題なんですよ。哲学の問題としては、転向よりもこっちの方が重いんですね。
  
 この考え方に光を当てるために、『西田信春 書簡・追憶』(土筆社)という本を待ってきたんです。石堂清倫(社会思想研究家)、中野重治、原泉(女優。中野重治と結婚)の三人の共著。本のタイトルになってる西田信春という人は、戦前の日本共産党の九州地方委員長だったんだが、警察のスパイだという説があった。当時の共産党の資料は調べることができませんから、戦後もながくスパイだったと思われていた人なんです。

私がこの本と出会うのには因縁があってね、夢野久作(作家)の伝記を書いていたときに読んだ。夢野久作が福岡で秘書役に採用した紫村一重という人物がいるんです。当時、かれは共産党員ということで起訴されて裁判が進行中だった。にもかかわらず夢野はかれを自分の秘書にした。紫村は転向したんだけど、底の底までは転向してなかった。監獄で雑役をしていたとき、自分たちの指導者を売った西田信春のことを探って、とうとうかれの警察調書を発見するんです。それを読んで西田はスパイどころか、拷問にあっても自白をせず、警察署の階段をズルズルと何度も頭から落とされているうちに死んだということがわかった。逮捕されたのが1933年2月10日で、死んだのが翌日です。その事実を警察は嘱託医をごまかして、「職務熱心でこうなりました」といっている。

 そのことが戦後になって明らかにされた。それは西田と交渉のあった中野重治や石堂清倫にとってはたいへんなショックだったんです。それでこの本ができたんです。

 この本に西田の配下だった前田梅花の書簡がおさめられている。西田にはハウスキーパーがいた。北村律子というんです。この北村律子は笹倉栄というスパイと結婚していた。そのことで前田は、西田の疑いが晴れたあと、「なぜあんたは西田ではなく笹倉と結婚したのか」と律子を詰めるんです。それに対して、律子は「たとえかれがスパイであったとしても、私はかれを愛しているから離婚するつもりはない」と答えた。前田は、それはいやだな、と思うんですけども、ついに最後は気持ちの整理がついた。「笹倉は許さなくても律子は許してやらなくてはならないと思いました。西田が遠いところから、ああもういいよといっている気がしますね」。これが前田梅花の最終的な結論なんです。

 政治行動というのは表面のことのように私には思える。それに魂を奪われたくない。スパイと一緒に暮らすことは悪いことなのか。かならず離婚しなきやいけないのか。私は、政治思想を共にしなくても、旦那がスパイであっても一緒に暮らしていくのは一つの立場のよう  な気がします。前田梅花が最後に達した結論は私には理解できる。転向よりも裏切りよりも深い問題がある。転向者として同志を売るようなことをやって、どうして生きていったらいいだろう。そこで自殺するという考え方もあるでしょ、熊沢光子(てるこ)のように。生命のかたちはそれを否定するものとの葛藤なのであって、そこまで降りていくと政治的転向より深い問題に出会うと思いますね。

 生命のかたちはいつでも生命の否定とない合わせになっている。どうしたら生きていけるのか。いっそ自殺しようか。それが根本の問題なんです。転向研究から離れたあとの30年で、私の中に定着した考え方なんです。
 私の姉はアメリカに行ったときからマルクス主義者で、その後、離れた。そして親父が選挙戦に出て倒れたのち、ひとりで膨大な借財を整理して親父の面倒をを見ていたんです。ところがプリンストン大学で博士号を取るためにアメリカに行かなければならなくなった。姉のほかに私と妹、弟と三人いたけど、引き受け手がいなくて、結局、私が家にもどってしばらく世話をした。私は1951年から15年間、親父の家に足を踏み入れたことがなかったんですけどね。

 思想の表面だけを見れば、姉には一貫性がない。だけど彼女が親父の面倒を見ていたから、私はデモとか座りこみとか自由にやることができた。親父が倒れたあとだって一文も家に入れたことはありませんよ。もし姉がいなかったら私が親父の世話を引き受けなければならない。社会的、政治的な活動もしなかったでしょうね。家のこと、親父のことを考えると、姉に対して頭が上がらない。そういう問題があるんですよ。著作の上での一貫性とはちがう問題がある。転向だけを問題として他人を押しまくることはできやしない。それが現在の立場ですね。転向よりも重大なものがあるということなんです。

  <続く>
 

http://2006530.blog69.fc2.com/category2-16.html


http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/374.html

コメント [自然災害17] 首都圏直撃!9・11巨大余震…地震列島不気味な1カ月周期 (zakzak)  赤かぶ
15. 2011年7月13日 16:00:31: lwvZ8fX4e2
グレゴリオ暦の毎月同日というのは意味がないが、大潮・小潮の日
は関係あるかもね。地球という惑星の大きさに比して月は巨大な衛星
だから、その動きは海水だけでなく地中に影響しても不思議はないよ。
http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/461.html#c15
コメント [原発・フッ素14] 原発止めて火力にしたら環境破壊(CO2増加も含めて)が進むけど… と原発推進派のヒトの主張  - (民間人です) 七転八起
03. 2011年7月13日 16:01:23: lrZ0vExZkY
>>02

それも甘い気がしますね。
それじゃ、またいつでも大事故が起きかねない。
それに事故が起きなかったら起きなかったで、またぞろ原発推進派が巻き返しに出るし、世論も簡単に欺され、流される。
一旦、公約をまとめても、諸外国が維持してるんなら、
やっぱり維持でいいやと2度目の変更をしそう。
何しろ、石原みたいな原発推進べったりな男を、何度も都知事に選ぶ国民だ。

原発反対派は、あくまで即刻廃棄を訴えるべきだ。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/262.html#c3

記事 [昼休み48] 中国の“パクリ新幹線”また故障、電力供給設備に異常・産経(両国の鉄道が合併すればウィンウィンの関係になります)
中国の“パクリ新幹線”また故障 電力供給設備に異常[11/07/13]

新華社電によると、中国安徽省宿州市付近で12日午前、北京と上海を結ぶ
高速鉄道の電力供給設備に故障が発生、一部の列車に遅れが出た。

同高速鉄道は6月30日に開業。今月10日にも雷雨が原因とみられる
列車の電気系統の故障があり、後続列車10本以上に遅れが出た。

中国メディアによると、故障があったのは安徽省の蚌埠市と宿州市を結ぶ
区間で、約2時間後に復旧したという。

ソースは
http://www.sankeibiz.jp/macro/news/110713/mcb1107131008032-n1.htm
関連スレは
【鉄道/中国】手抜きだらけの高速鉄道、作った技術者「恐くて乗れない」(Searchina)[11/06/22]
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1308791698/l50
【鉄道/中国】日本やドイツが技術供与した中国版新幹線を米で特許申請へ[11/06/24]
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1308877665/l50
【鉄道】「小刻みな上下震動」中国版パクリ新幹線、メディアに公開[11/06/27]
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1309162236/l50
【鉄道】中国新幹線の特許申請に不快感 JR東海社長「日本の汗と涙の結晶」[11/06/29]
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1309444057/l50
【鉄道】中国新幹線ガラガラで開業!?予約低調 航空安売り、安全性に不安も[11/06/29]
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1309320036/l50
【知的財産】中国高速鉄道(中国版新幹線)特許の動き「提訴も検討」 川崎重工会長[11/07/04]
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1309822586/l50
【鉄道】中国版“パクリ新幹線”JR東日本は静観姿勢[11/07/05]
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1309849475/l50
【鉄道】中国「新幹線技術、日本上回った」「日本の高速鉄道計画にも技術を提供したい」 特許批判に反論[11/07/07]
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1310108715/l50
【鉄道】中国の“パクリ新幹線”早くも故障 山東省内で停車[11/07/11]
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1310342679/l50
【知的財産】中国の高速鉄道は「巨人」、日本は「チビ」 「海賊版新幹線」問題で--中国メディア (RecordChina)[11/07/11]
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1310438417/l50
【鉄道/中国】中国の新幹線事故で鉄道側を批判「雷は、それほど珍しいことですか?」--中国新聞社 (Searchina)[11/07/12]
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1310438772/l50

http://www.asyura2.com/11/lunchbreak48/msg/763.html

記事 [原発・フッ素14] 東電副社長「他社に電力融通検討」 夏乗り切りにメド [日経新聞]死に物狂いで“節電”している人にきちんと説明してからだろ

今日夕方の菅首相の記者会見で電力供給能力問題は明らかにされると思っているが、原発存続のための策動である“電力危機”の煽りは、暑さに苦しみながら節電に励みあげく倒れる人もいるなかでは犯罪とも言える行為である。


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東電副社長「他社に電力融通検討」 夏乗り切りにメド [日経新聞]

2011/7/12 2:09
日本経済新聞 電子版

東京電力の藤本孝副社長は11日、日本経済新聞のインタビューに応じ、1日から実施されている電力使用制限令に基づき「同じ気温でみた場合に10〜15%程度電力使用量が減り、夏場は乗り切れるメドがつきつつある」と指摘した。その上で、東電よりも需給環境が厳しい西日本の電力各社に対し「要請があれば、応援融通を検討しなければならない」と述べた。
 夏の供給余裕が出た場合、その日の需要に応じて他電力への一時的な融通を検討する。藤本副社長はまずは同じ周波数の電力を使う東北電力への融通を優先するが、西日本の電力会社から要請があれば応じる可能性を示した。

 電力が全国で不足しているため「オール電力(会社)でカバーしなければいけないのは、電力会社として必要な考え方」としている。
 だが東電管内は電力使用制限令で利用者に節電を強いているのに対し、西日本の電力会社の節電要請は顧客の自主的な対応に任されている。

 利用者への節電要請を緩める方が先ではないか、との指摘に対しては「計画停電をなんとしても避けるため、需給には余裕を持ちたい」とした。他電力に供給を検討する一方で、現段階で節電要請の緩和は難しいとの考えを示すもので、波紋を呼ぶ可能性もある。

 足元の需要については9日(土)のピーク需要は前日8日(金)よりも約100万キロワット多かったことから、自動車業界を中心とした休日操業など「製造業の土日シフトの効果がかなり出ている」との見方を示した。
 今後も「節電が着実に実施されれば、需要の見通しを見直す」として電力需給環境が好転する可能性を示唆した。

 ただ暖房需要が膨らむ冬までに柏崎刈羽原発(新潟県)で定期検査中の2基の再稼働ができない場合には、今冬の電力需給が厳しくなる。藤本副社長は今冬の電力使用制限令の可能性については「政府が決めること」としたうえで、「昨冬のピーク需要(5150万キロワット)と同じ供給力を確保できる状況にない」として、夏と同様に一定の節電が必要になるとの考えを示した。


http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C93819696E3E3E29B868DE3E3E2E5E0E2E3E39C9CEAE2E2E2


http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/265.html

記事 [カルト8] 陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記 その18
陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記 その18

傑作★『犬神博士』より。

2008年1月30日 陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記(14)ー3
 ●現役復帰、拓殖務相などを歴任するも恩賞なしの謎

 の引用中に、以下のように夢野久作・『犬神博士』への言及があった。

 「・・・対清戦争の目的は、第一に条約改正を国力(軍事力)により推進すること、第二は日朝の連携を実現するためであった。既に国家の実質を失った李氏朝鮮国の支配を巡って、日清露の間で覇権争いが激化しつつあり、朝鮮国内では東学党の農民軍が決起を控えていた。東学党の騒乱に乗じて玄洋行が清国を挑発し、開戦の口実にしようと考えていた有様を、杉山の子息夢野久作が傑作・★『犬神博士』のなかで語っている。・・・」と。

 当該部分をここに紹介・引用しておこうと思う。以下引用はちくま文庫版夢野久作全集(5)による。(p338−342)
 *****************
    
 ★<百五>途中から。

 「……チョツト用があるので会いに来ました」
(福岡)知事の額から青筋万次第次第に消え失せて行った。それに連れてカンシャクの余波らしくコメカミをヒクヒク咬み絞めていたが、しまいにはそれすらしなくなって、ただ呆然と吾々二人(楢山と数え歳7歳の少年)の異様な姿を見比べるばかりとなった。
 楢山社長は半眼に開いた眼でその顔をジツと見上げた。片手で山羊髭を悠々と撫で上げたり撫で下したりしながら今までよりも一層落ちついた声で言った。

「知事さん」

「今福岡県中で一番偉い人は誰な」

「……………」

 知事は面喰らったらしく返事をしなかった。又も青筋が額にムラムラと現われて、コメカミがヒクヒクし始めたので、何か云うか知らんと思ったが、間もなくコメカミが勣かなくなって、青筋が引込むと同時に、冷たい瀬戸物見たような、白い顔に変って行った。

「誰でもない。アンタじやろうが・・・あんたが福岡県中で一番エライ人じゃろうが」

 ★<百六>

楢山社長の言葉は子供を諭すように柔和であった。同時にその眼は何ともいえない和ごやかな光りを帯びて来たが、これに対する知事の顔は正反対に険悪になった。知事の威厳を示すべくジッと唇を噛みながら、恐ろしい眼の光りでハタハタこっちを射はじめた。

 しかし楢山社長は一向構わずに相変らず山羊髭を撫で上げ撫で上げ言葉を続けた。
「・・・なあ。そうじゃろうが。その福岡県中で一番エライ役人のアンタが、警察を使うて、人民の持っとる炭坑の権利をば無償で取り上げるような事をば何故しなさるとかいな」

「黙れ黙れツ」
と知事は又も烈火の如く怒鳴り出した。
「貴様達の知った事ではない。この筑豊の炭田は国家のために入り用なのじゃ」

「ウム。そうじゃろうそうじゃろう。それは解かっとる。日本は近いうちに支那と露西亜ば相手えして戦争せにゃならん。その時に一番大切なものは鉄砲の次に石炭じゃけんなあ」
「・・・・・」
「・・・しかしなあ・・・知事さん。その日清戦争は誰が初めよるか知っとんなさるな」

「八釜しい。それは帝国の外交方針によって外務省が・・・」

「アハハハハハハハ……」

「何が可笑しい」
 と知事は真青になって睨み付けた。

「アハハハハ。外務省の通訳どもが戦争し得るもんかい。アハハハ・・・」

「・・そ・・・それなら誰が戦争するのか」

「私が戦争を初めさせよるとばい」

「ナニ・・・何と云う」

「現在朝鮮に行て、支那が戦争せにゃおられんごと混ぜくり返やしよる連中は、みんな私の乾分の浪人どもですばい。アハハハハハ・・・」

「・・ソ・・・それが・・どうしたと云うのか・・ッ」
 と知事は少々受太刀の恰好で怒鳴った。しかし楢山社長はイヨイヨ落ち付いて左の肩をユスリ上げただけであった。
「ハハハ・・・どうもせんがなあ。そげな訳じゃけんこの筑豊の炭坑をば吾々の物にしとけあ、戦争の初まった時い、都合のよかろうと思うとるとたい」

「・・・バ・・・馬鹿なッ・・馬鹿なッ・・この炭坑は国家の力で経営するのじゃ。その方が戦争の際に便利ではないかッ」

「フーン。そうかなあ。しかし日本政府の役人が前掛け当て石炭屋する訳にも行かんじゃろ」

「そ・・・それは・・・」
「そうじゃろう・・・ハハハ。見かけるところ、アンタの周囲には三角とか岩垣とかいう金持ちの番頭のような奴が、盛んに出たり這人ったりしよるが、あんたはアゲナ奴に炭坑ば取ってやるために、神聖な警察官吏をば使うて、人民の坑区をば只取りさせよるとナ」

「・・・そ・・・そんな事は・・・」

「ないじゃろう。アゲナ奴は金儲けのためなら国家の事も何も考えん奴じゃけんなあ。サア戦争チウ時にアヤツ共が算盤ば弾いて、石炭ば安う売らんチウタラ、仲い立って世話したアンタは、天子様いドウ云うて申し訳しなさるとナ」

「しかし・・・しかし吾輩は・・・政府の命令を受けて・・・」

「・・ハハハハハ・・・そげな子供のような事ば云うもんじゃなか。その政府は今云う三角とか岩垣とかの番頭のような政府じゃなかな。その政府の役人どもはその番頭に追い使わるる手代同様のものじゃ。薩州の海軍でも長州の陸軍でも皆金モールの服着た金持のお抱え人足じゃなかな」

「・・・・・」

「ホンナ事い国家のためをば思うて、手弁当の生命がけで働きよるたあ、吾々福岡県人バッカリばい」

「・・・・・」

「熟と考えてみなさい。役人でもアンタは日本国民じゃろうが。吾々の愛国心が解からん筈はなかろうが」

「・・・・・」
知事はいつの間にか腕を組んで、うなだれていた。今までの勇気はどこへやら、県知事の威光も何もスツカリ消え失てしまって、如何にも貧乏たらしい田舎爺じみた恰好で、横の金屏風にかけた裾模様の着物と、血だらけの吾輩の姿を見比べたと思うと、一層悄気返ったように頭を下げて行った。

 その態度(ようす)を見ると楢山社長は、山羊髭から手を離して膝の上にキチンと置いた。一層物静かな改まった調子で話を進めた。

「私はなあ・・・この話ばアンタに仕たいばっかりに何度も何度もアンタに会いげ行た。バッテンが貴下はいつも居らん居らんちうて会いなさらんじゃったが、そのお蔭でトウトウ此様な大喧嘩いなってしもうた。両方とも今停車場の所で斬り合いよるげなが、これは要するに要らぬ事じゃ。死んだ奴は犬死にじゃ」

「・・・・・」

「そればっかりじゃなか。この喧嘩のために直方中は寂れてしまいよる。これはんなアンタ方役人たちの心得違いから起った事じゃ」

「・・・・・・」

「あんた方が役人の威光をば笠に着て、無理な事ば為(し)さいせにや、人民も玄洋社も反抗しやせん」

「・・・・・」

「その役人の中でも一番上のアンタが、ウンと云いさえすりあこの喧嘩はすぐに仕舞える。この子供も熱心にそれを希望しとる」

「ナニ。その子供が・・・」
と知事は唇を震わしながら顔を上げた。

・・・以下略・・・。  

 ***************

 ここに登場する知事は勿論、安場保和・当時福岡県令がモデルで、

 鶴見俊輔の母(愛子)の母(和子)の父である。

 算盤勘定最優先の「三角とか岩垣」が三井・三菱等の財閥であることは言うまでもない。

 興味深いのは、ここで示されている、玄洋社の楢山(頭山)と安場の交際の「印象風景

 描写」=「場面描写」の見事さである。

 歴史の状況証拠的風景はなかなか知ることが出来ないので、ありがたいことだ。

陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記 15-1   

陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記 15  落合莞爾

 ●薩摩ワンワールド総長・高島鞆之助の代理人こそ杉山茂丸


 ●陸相官邸で杉山茂丸に児玉源太郎を紹介する

 高島鞆之助が陸相を辞任したのは、明治25年8月8日であった。そ  の10日後に欧州出張から帰朝した陸軍少将児玉源太郎は8月23日付 で陸軍次官となり、以後は陸軍省の部長・局長を兼務しながら大山巌・西郷従道・山県有朋に再び大山と、四代の陸相に仕えて日清役の戦務を果たした。予備役入りした高島は枢密顧問官たること3年有余、29年4月に新設された拓殖務省の大臣を伊藤博文から頼まれ、政界に復帰した。
これを待っていた大山は、9月18日の第二次松方内閣成立を機に陸相を辞任し、後釜に高島を据えた(拓殖務相兼任)。児玉は高島にも仕えて次官在任5年半、31年1月に名古屋第三師団長に転じた。この間、29年10月に中将に進級している。

 堀雅昭『杉山茂丸伝』によれば、明治32年頃から向島の児玉元別邸に住んで、其日庵と号した杉山茂丸は、児玉の没後邸内に児玉神社を建て、また大正7年に『児玉大将伝』を著したほどで、児玉との関係が深かったが、『九州日報』大正7年7月15日号所載の「其日庵過去帳」で、「自分に児玉を紹介したのは高島鞆之助で、場所は陸相官邸、児玉が次官の時であった」と語っている。その時期を堀は、「おそらくそれは第一次松方内閣から第二次伊藤内閣に変わる明治25年8月前後の話であろう」と推定する。「其日庵過去帳」の表現では、児玉との初会は高島と児玉が大臣・次官だった時期(29年9月〜31年1月)とも取れるし、春帆楼の日清講和談判は28年3月だから前後が矛盾するが、堀の推定は正しい。つまり、25年8月8日に高島が陸相を突然辞任、その10日後に帰朝した児玉は、ほどなく高島前陸相に挨拶に行くが、その場所は、急な辞任のために高島一家の引揚げが遅れていた陸相官邸と考えられるからである。文言通り解釈すれば、児玉が次官に就任した8月23日より後となるが、そこまで正確を期すべきものでもない。ともかくニ人はこの時知り合うが、杉山が陸相官邸に居合わせたのは偶然ではなく、高島が児玉を紹介するために呼び出したものと思う。
同年秋、29歳の杉山は外相陸奥宗光に面会を求め、伊藤首相の非戦論を批判して日清の早期開戦を訴えた(堀前掲著)。

 萄も外相たるものが一浪人に会い、その言に耳を傾けた理由は杉山の背後に存在する勢力を意識していたからに他ならない。後日、春帆楼談判の時、杉山は外相宿舎の大吉楼で陸奥と同宿していた(堀前掲著)が、かかる重大時期に、外相が一民間人に同宿を許すごときは普通ではない。陸奥もまた杉山と同じ勢力に加わっていたのである。同宿の目的は、背後勢力の指令を受けて陸奥を監視し、講和条件を探るためである。果たして杉山は、遼東半島割譲要求の陸奥案に反対して談判妨害を企て、ために李鴻章暗殺未遂の黒幕との嫌疑をかけられた。「その後、日清戦争が終わって暫くしたとき、下関の春帆楼で再会して旧交を温めあうが、この頃から二人は親しくなっていく」と堀は曰うが、日清談判を見守っていた児玉少将と下関で再会し、旧交を温めたというのは、杉山のホラではない。二人は2年半前に高島から紹介されたが、その後会う機会もなく、下関に来てから「旧交を温め、この頃から二人は親しくなっていく」わけだ。児玉陸軍次官が一介の青年と親交するに至る素地を整えたのは、杉山の背後勢力で、二人を紹介した高島鞆之助も当然それに加わっていた。敢えてその名をいえばワンワールドである。

 ●第二次路線変更のためにワンワールド総長に復帰

 日清戦争後、新領土となった台湾に総督府が置かれ、明治28年5月、海軍大将樺山資紀が初代総督に補せられる。樺山は陸軍少佐だった明治5年、陸軍に上申して自ら台湾に渡り、地誌人情を調査した経験があり、台湾事情に精通していた。8月、陸軍中将高島鞆之助を副総督に迎えて土匪平定を任せた樺山は、早くも同月「南北縦貫鉄道の施設」「基隆築港」「道路開墾」の三点を政府に建議した。台湾鉄道株式会社は29年5月5日、渋沢栄一、安場保和らが発起人となり、総督府に創立を出願するが、戦後不況で株式募集は進まない。32年11月台湾総督府鉄道部が設置され、政府公債による官営鉄道として台湾縦貫鉄道が41年11月に全通する。

 台湾は世界的な樟脳の産地である。樟脳専売制による薩摩藩の巨大な利益を知っていた樺山と高島は早くも樟脳製造事業に注目し、28年10月「官有林野及樟脳製造業取締規則」を制定、樟脳製造には総督府の官許を要することとした。
29年4月、伊藤内閣は台湾総督府を監督する拓殖務省を新設し、初代大臣を高島鞆之助に嘱した。以後、樺山・高島のコンビは総督・副総督から大臣・総督に形を変えて存続する。

 以下は私見だが、25年8月に高島が予備役編入して第一線を去ったのは、前年に逝去した吉井友実の後を継ぎ、薩摩ワンワールドの総長に就くためであった。その高島が、盟友樺山総督の依頼とはいえ現役復帰して副総督に就任したのは、明らかな路線変更であった。これは薩摩ワンワールドが台湾政策の掌握を最重要視したからで、そのため高島は拓殖務相にも就き、政界へ再登場する。その後陸相を兼任するのも、松方・樺山ら薩摩ワンワールド長老の懇望による第二次路線変更であった。

 金本位制を確立した第二次松方内閣は自壊、第三次伊藤内閣に替わった31年1月、桂太郎に追われる形で陸相を辞した高島の本意は、薩摩ワンワールドの領袖川上操六を参謀総長にして陸軍の後事を託し、自らは再び薩摩ワンワールド総長に専心したのである。そこへ川上の急死で、事情を知らぬ陸軍少壮軍人の間に高島再起論が沸き起こり、高島参謀総長を実現すべく宇都宮太郎大尉らが「起高作戦」を開始したが、結局実現しなかった(後稿で述べる)。その後、大正初年の憲政擁護運動の折に、尾崎咢堂が「政友会内閣の首相に高島を」と叫んだことさえある。この間、本人が常に落莫を装い再起を促す動きに対して満更でない姿勢を示したのは実は「めくらまし」で、世間はまんまと惑わされたのである。


陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記 15−2

陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記    
   薩摩ワンワールド総長・高島鞆之助の代理人こそ杉山茂丸

 ●定説と矛盾する新資料が背負う運命と検証の困難

 巷説、台湾経営の成功は児玉総督、後藤民政長官のコンビに負うと言う が、真相はどうか。

 本稿が紹介した堀雅昭『杉山茂丸伝』は、★「其日庵資料館」というところから、筆者の想像による部分が多いとして、批判を受けている。しか   し一般論として言えば、既公開の資料はおよそ遺族ら関係者に都合の良い もので、言い換えれば、遺族・関係者らが公開資料を私物視して、史   実の解釈を独占しすぎるきらいがある。
 
 [註] ★「其日庵資料館」は次からどうぞ。(←左のリンク先からも)
    ●其日庵資料館  http://www1.kcn.ne.jp/~orio/sonohi-an/sonohian_idx.html
    ★虚構と妄言の偽伝 −「杉山茂丸伝」批評−
      http://www1.kcn.ne.jp/~orio/sonohi-an/shohyo002.html
      日付は、2006年2月5日となっている。   
 
 好例は画家佐伯祐三で、従来の公開資料なるものは、祐三生前から作品に加筆していた米子未亡人が、亡夫の画業の真相を隠すために広めた虚説に符合する資料の集成である。西本願寺の末寺・光徳寺に生まれた佐伯は、北野中学以来ずっと大谷光瑞の諜者であったが、自身がそのことを□にしなかったのは当然で、実家でも兄・祐正以外はそれを知らず、公開資料にも「諜者一件」を示唆するものは一切含まれていない。こうした状況の中で、定説と矛盾する新資料が出ると、関係者はまず感情問題に因われ、新資料を容認しないのが一般的性向である。佐伯の真相を追究した私はそれを実感したが、本誌から新発見の資料『周蔵手記』を解読・解説する場を与えられ、巷間一定の理解を得るに至ったのは希有のことで、ありがたい。

 堀の前掲著は、新資料の発見というより、公開資料を検討した上で新しい杉山観を打ち出したものである。検証作業が必ずしも充分ではない中で、杉山を暗殺魔なぞと断ずれば、遺族・関係者の感情を逆撫ぜするのは当然で、細かい点では批判を受けとめるべき部分もあろう。しかし関係者は従来、杉山の遺した資料をひたすら奉るだけで、大策士だの超フィクサーだのと怪物視するに終始し、当時の日本社会の真相に即した立体的な解読を志さなかったきらいがある。これに対し堀氏の説は、従来の杉山観を改める契機を提供したものとして注目される。尤も、杉山側からすべてを見た一面性には注意すべきである。

 ●台湾経営の根本を策定、成功に導いたのは・・・

 明治25年8月、児玉源太郎は欧州から帰国の船中で、高島陸相の辞任に接した。新任次官の児玉が前陸相に挨拶に伺ったのは、突然の辞任のため高島がまだ居すわっていた陸相官邸であった。4年後の明治29年9月、高島は再び陸相に就くが、陸軍次官は依然児玉であった。第二次松方内閣は、台湾経営に莫大な国庫補助金を傾けたとして31年1月を以て崩壊、第三次伊藤内閣が成立し、蔵相も松方から井上馨に代わる。高島は陸相を解任されて予備役編入、同時に児玉次官も第三師団長に転じるが、翌月乃木総督が休職するや総督に補せられた児玉は、内務省衛生局長の後藤新平を抜擢して3月に民政局長、6月には民政長官にした。

 堀前掲著は述べる。「台湾経営の成功は児王源太郎(台湾総督)と後藤新平(民政長官)の裏側に杉山茂丸がいたからだといわれている。当時を知る陸軍中将の堀内文次郎によれば、茂丸と児玉とは異体同心だったということだ。茂丸の意見はことごとく児玉に採用された。というより、茂丸の考えに児玉が従う形で台湾経営が行われたといってよかった」。この言は蓋し耳目を欹てる。スキー界の先人として有名な堀内は、宇都宮太郎大将と同期の士官生徒7期で、31年合湾総督副官となり、台湾文庫の前身たる台北図書館の発起人に名を連ねた。

 「台湾経営については杉山が児玉を指導していた」との堀の指摘は正しいが、ここで止まってしまうと、「其日庵資料館」のみならず、一般の児玉・後藤ファンからも、「そんな馬鹿な」との批判に会う。それはしかし、杉山の背後勢力を推量しないからで、本稿のごとく高島鞆之助の側から観れば、たとい文献資料が見当たらなくとも真相を洞察することは難しくない。つまり「6年前に陸相官邸で児玉を杉山に引き合わせた高島が、ずっと杉山の裏で糸を引いていた」と観るべきだが、その逆に「杉山こそ日本ワンワールドの中心で、児玉は勿論、薩摩ワンワールド総長高島さえも、杉山が糸を引いていた」との仮説も成り立つ。いずれが正鵠を得たるか、究極的には後の仮説が正しいと思えるが、当面は★高島主体の仮説を進めていく。  

  堀説のみならず台湾経営に関する所説は多数あるが、どれにも高島の名を見ることはない。しかし高島は、29年4月から30年9月まで拓殖務相に就き、台湾経営の最高責任者として樺山総督とともに、台湾治政の柱として官業政策を練ったことは間違いない。二人は薩摩藩士として薩摩藩の特産品専売政策に通じており、台湾特産の砂糖・樟脳、および島民間に需要の多い阿片と煙草に注目して、専売政策を練ったのである。29年6月に樺山と交替した桂太郎は短期間の腰掛けで、実際は赴任せず、乃木希典が29年10月から31年2月まで第三代総督に就く。桂の後任に乃木を推挙したのは、折しも総督府の監督役で、乃木の大阪時代の上官だった高島の可能性が高い。桂・乃木時代の台湾行政は、ゲリラ討伐に明け暮れて実績に乏しいと評されるが、30年に阿片、32年に樟脳と食塩について専売制度を実施した。台湾専売制度の根幹は、右の経緯を見ると、高島が立て乃木はその路線に忠実に従ったものと分かる。

 31年1月に陸軍次官から第三師団長に転じた児玉は、わずか1ケ月で乃木の後の合湾総督になるが、この人事も、数か月前まで陸相として児玉の上司であった高島が推薦した可能性が高い。24年10月からの欧州出張で、ワンワールド最高首脳にお目見えしてきた(と思われる)児玉は、高島の背景を十分理解していた。挨拶に行った陸相官舎で、児玉が高島から杉山を紹介されたのは、決して偶然でない。二人はしだいに接近し、やがて杉山の指示通りに、児玉が(後勝新平を使って)台湾経営を実行していくのである。 
 
 それにしても、高島はなぜ自ら敷いた台湾行政の後事を、乃木・児玉ら長州勢に託したか。敢えて疑えば、薩摩ワンワールドはこの頃から、軍政や内務行政など表面的権力を長州勢に譲り、自らはワンワールド流に「隠れ長老」を決め込んだものと思う。そこで、薩摩長老の意を受けて長州権力との間を周旋したのが若干30代の杉山茂丸であった。なぜ杉山がその役割を担ったのか。それが明治史最大の研究課題だが、鍵は龍造寺家にある(後稿で述べる)。
 
 **************

 ●閑話休題

 2月14日の記事で、
 [傑作★『犬神博士』より。]と題して、次のように紹介した。

 ・・・興味深いのは、ここ(夢野の『犬神博士』)で示されている、玄洋社の楢山(頭山)と安場の交際の「印象風景 描写」=「場面描写」の見事さである。・・・以下略。

 これと全くと言っていいほど同様な「脅し」といって支障があれば「圧迫」を、日露開戦ムードのたかまるなか、頭山(当時48歳)は、伊藤博文に向かって仕掛けている。

 黒竜会編『東亜先覚志士記伝・上』の当該部を紹介すれば、次のようである。

 ・・・頭山はまたズイと椅子を進めて、伊藤公に向かい『伊藤さん、あんたはいま日本で誰が一番偉いと思いますか』と意外きわまる一問を放った。
 明治政界の第一人者として、われも許し人も許す伊藤公も、この意外なる質問にたいしてはただちに答えることも出来ず、しばらく躊躇逡巡していると、頭山は粛然と襟を正し、『おそれながら、それは天皇陛下に渡らせられるでしょう』と言った。
 荘重なるその一語に一座襟を正すうち、頭山はさらに『次に人臣中では誰が一番偉いと思いますか』と二の矢を放ち、伊藤公が黙して頭山の顔を見守っていると、『それは、あんたでしょう』と唸く(うめく)がごとくに言い放ち、『そのあんたが』と厳然として辞色きびしく『この際しっかりして下さらんと困りますぞ』と圧しつけるごとく言い放った。
 ここにおいて伊藤公もはじめて胸襟をひらいて頭山らの意見を迎え、ついに『その儀ならばご心配下さるな、諸君のご意志のあるところは、確かに伊藤が引き受けました』と断言した。
 頭山は『それだけうけたまわればもうよろしい、サア、皆さん帰ろう』と河野ら(対露同志会の面々)をうながしてゆうゆうと辞し去った。


陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記 15−3

陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記    
   薩摩ワンワールド総長・高島鞆之助の代理人こそ杉山茂丸

 ●興業銀行設立運動に奔走し、モルガンに容易に会えた訳


 黒田藩士・金子堅太郎は嘉永六(1853)年生まれ、杉山の10歳年上である。藩校・修猷館を出て明治4年、岩倉使節団に同行した藩主・黒田長知に随行して米国に留学、ハーバード大学法学部に学び、法学士の学位と大勢の米人知友を得て、11年に帰国した。この経歴が意味するものを、諸賢はまず考えて戴きたい。帰国後の金子は、元老院・権大書記官などの後、18年に伊藤内閣の総理大臣秘書官となり、翌年には井上毅、伊東巳代治と共に明治憲法を起草した。その後、貴族院書記官長などを経て、27年1月から第二次伊藤内閣の農商務相・榎本武揚の下で次官に就いたが、30年4月、榎本の下野と同時に辞職する。首相秘書官として伊藤博文に親灸した金子は、憲法起草に加わったことからも伊藤派の官僚政治家のイメージが強いが、その一面、黒田藩による政治結社玄洋社の「隠れ総長」だったことは知られていない。

 金子農商務次官に協力して、「興業銀行」の設立に奔走したのが杉山である。

 興業銀行とは、産業振興を目的とする銀行の一般名称で、明治22年に第一次山県内閣の蔵相・松方正義が産業振興のための銀行設立を構想した時、興業銀行の仮称を用いたことに因る。
 産業分野の実状に応じて、農業、軽工業を対象とした勧業銀行と、重工業を対象とした工業銀行とがあるが、その何れを優先さすべきかが課題で、工業分野を優先すべきと考えた杉山は、農工業への融資を重んじる松方蔵相と数度にわたり論争を重ねた。松方はしかし、勧業銀行の優先を決断し、特殊銀行として日本勧業銀行が30年7月設立され翌年開業した。

 財政の神様と称され首相経験もある松方が国際金融帝国の日本側首席であったことは容易に推察できよう。その松方が、己の専門分野に関して、33歳の一浪人に耳を貸したのは、背後の声を聞いていたのである。折から近代的製鉄所の開設を期待する声が高まり、金子農商務次官は、製鉄事業調査会委員長としてアメリカ工業会の実情を知る必要があり、一方で松方首相から工業銀行の必要性をも聞いており、海外の経済事情に通じた杉山と論議することが多かった。

 問題はなぜ杉山がそこまで国際金融・経済事情に通じていたかである。諸賢もそろそろ真相を感づかれたであろう。

 金子の願望に応えて、米国工業界の実情調査のために渡米を計画した杉山は、30年9月、長州人の豪商・藤田伝三郎の経済的支援で渡米し、米国工業資本の事情を視察して11月に帰国する。そのとき米国から持ち帰った資料が後のハ幡製鉄所の開業に繋がる。翌年、重工業融資を行う興業銀行(工業銀行)設立の調査のため再び渡米する杉山に、金子はモルガン商会の法律顧問・ゼニング宛の紹介状を与え、通訳として神埼直三を随行させた。31年初頭に渡米した杉山は、米国金融王J・P・モルガンと単独面会、興業銀行設立の計画を話し、低金利外資導入の希望を述べた。モルガンは5つの条件を出す。第1は、政府保証債券を発行すること。第2は金額で、1億から1.3億ドル。第3は貸付期限で、50年。第4は貸出利息の上限を5%とすること。最後はモルガンの金利を3.5%とし、興業銀行の利鞘は1.5%以下というものであった。

 31年4月に帰国した杉山は、直ちに興業銀行の設立を討議する。米国でモルガンとのやり取りの後、タイプ打ちされた契約内容のメモを第三次伊藤内閣に提出し、これが興業銀行設立の資料となった。杉山がかくも易々とモルガンに会えた背景こそ考究すべきものであろう。
 フリー百科事典「ウィキペディア」には(ママ)「杉山の興業銀行設立運動は、伊藤博文と井上馨の支持を得たが、議会の混乱のためになかなか通過せず、明治33年になり日本興業銀行法は成立したが、モルガンからの外資導入は貴族院に否決された。同31年(1898)に第4代台湾総督に陸軍大将(ママ)児玉源太郎が就任し、民政長官に後藤新平を就けると、杉山は両人に対して製糖業の振興による台湾経済の確立を献策し、自ら製糖会社の設立に携わった。また台湾銀行の創設や台湾縦断鉄道の建設にも関与したといわれる」と解説する。

 しかし、帝国の国策および台湾政策の根幹に関わる右(上)の行動を、杉山がいかなる地歩において行ったのか、史家の説明を見たことはない。もし夫れ、本稿が「杉山は、薩摩ワンワールドの総長・高島の代理人としてそれを行った」と言えば、諸賢は否定なさるだろうか。
     
(以下次号)
  
 ★なお、この関連の杉山茂丸・『俗戦国策』の紹介は、1月25−26日にアップしています。
 


陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記(16)ー1、2

陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記(16)

 なぜフィクサー足り得たかこそが重要 杉山茂丸の実態に迫る ◆落合莞爾

 (16)−1 ●台湾経営の企画=高島・樺山、 実行=児玉・後藤との関係  

 明治31年から8年にわたり台湾総督と民政長官を務めた児玉源太郎と後藤新平のコンビが、台湾経営の中心であったことは確かである。しかしながら、あの有名な台湾経営策を両人が立案した、とする巷説は正鵠を得ていない。前月稿で堀雅昭著『杉山茂丸伝』から、「児玉と杉山茂丸は異体同心で、児玉の台湾経営は杉山茂丸の意見に従う形で行われた」との陸軍中将・堀内文次郎の言を引用したが、堀内は総督副官として児玉総督に従って31年に渡台し、総督の日常を目の当たりにしていた
だけに、これは疑いえない事実なのである。

 ところが、台湾経営の根本を建てたのは、台湾副総督・拓殖務相の高島鞆之肋と、その同志の初代台湾総督・樺山資紀であったこともまた事実である。神戸の砂糖商・鈴木商店は、日清戦争後に台湾樟脳の販売権を得たのを契機に急成長するが、その裏に高島鞆之助がいたことは確かである。京の薩摩屋敷で女中頭をしていた吉薗ギンヅルは、戊辰戦争に際して上京してきた島津藩士・高島と出会い、維新後の何時頃にか、2人はビジネス・パートナーとなった。高島−ギンヅルのコンビは、鹿児島市山下町の実業家・日高尚剛をダミーとして鈴木商店を動かし、さらに鈴木商店を通じて東亜煙草をも操っていたわけで、吉薗家の伝承では、日高の母方の〔安達リュウー郎〕が東亜煙草の発起人とのことである。ともかく、高島が台湾政策に関与していなければ、右のことは不可能である。つまり台湾統治政策は高島・樺山が企画屋として裏に回り、児玉・後藤が実行屋として表面に出たわけである。

 それでは、杉山はこの両派といかなる関係にあったのか。杉山と児玉との関係は、杉山自身が『児玉大将伝』を著しているほど著名で、巷間にも文献は多い。一方、杉山と高島を結び付ける資料はほとんど見ない。僅かに杉山自身が著した『其日庵過去帳』に、「明治25年8月頃、陸相官邸で高島前陸相から新陸軍次官の児玉を引き合わされた」と解しうる文章を見るが、もう一点挙げれば「日露戦争の戦雲迫るころ、ソウルと釜山を結ぶ京釜鉄道の敷設に奔走した杉山茂丸は、麻布に安場保和を訪ねるが、安場は金策どころではなく、次に訪ねたのが高島鞆之肋の家(現在は上智入学の構内)であったが、拓殖務大臣を辞め陸軍大臣を辞めた高島には、やはり金がなかった」(堀雅昭著『杉山茂丸伝』)というものである。前陸相・高島中将も、杉山にとっては、金策を持ち掛けても失礼とならない相手であったことが伝わる。前月稿では、台湾政策につき、杉山が高島を代理人として指揮したとの憶測を述べ、「もし夫れ、本稿が『杉山は、薩摩ワンワールドの総長・高島の代理人としてそれを行った』と言えば、諸賢は否定なさるだろうか」と締めくくったが、この1月間思考を巡らしてみて、これは浅慮だったと今は思う。

 ●陸軍の裏側を見た吉薗周蔵の手記(16)ー2
 ●徳川家斉、島津斉彬につながる黒田藩の役割 


 杉山茂丸の実体は一体何であったのか。仄聞するところでは、黒田藩士馬廻役130石だった父の杉山三郎平は★龍造寺家の男系で、このことが杉山茂丸の一生を規定したという。太宰府は古来西日本最大の要地で、幕府はここに黒田藩52万石を置いた。将軍家斉の実弟の一橋斉隆(1777年生)が黒田藩八代・治高の養子となって九代藩主を継ぐが、夭折し、その子で大御所・家斉の甥に当たる斉清(1795生)が十代藩主を継ぐ。本草学者として知られた斉清は、天保5(1834)年に39歳を以て隠居し、女婿であった薩摩25代藩主・島津重豪(1745〜1833)の九男・斉溥(1811生)を長子として跡目を譲った。この異例の人事は、日本の将来を睨んで太宰府を掌握する目的で、大御所家斉(1773〜1841)が島津重豪と結び、勅許を得て断行したと聞く。島津重豪は家斉の叔母(一橋宗尹の女)を継室にし、また自らの息女を家斉の継室として送る関係で、二人は共に国事を語っていたのである。時に天皇は仁孝で、光格上皇が院政を布いていた。「幕末は光格天皇から始まる」とは近来よく聞くが、そう観なければ右のことは理解できない。

 開明派で知られた島津斉彬の大叔父で、親友でもあった斉溥は、斉彬に負けぬ蘭癖大名で、長溥と改名して黒田藩を継ぐや、重臣のリストラを断行する。実父の島津重豪に倣って黒田藩の近代化路線を推進し、天保5年から明治2年まで35年間も藩主の座にあった長溥を、側近として支えたのが茂丸の父・三郎平であった。継嗣に恵まれなかった長溥は、息女・理玖の婿に津藤堂藩主の三男・長知(1838生)を迎えて継嗣とし、その継室に実姉(重豪の八女孝姫)の嫁いだ桑名藩主・松平定和の息女・豊子を配した。長溥は薩長・幕府の間を周旋し、幕末史に大きな役割を果たすが、黒田の藩論が勤皇と佐幕の間を彷徨したことで、維新前後に黒田藩が辿った運命は悲惨であった。しかし、これはもともと黒田藩の辿るべき運命で、維新後は薩長土肥が舞台表に立つのに対し、黒田藩は裏方を務める役割を担い、玄洋社の看板を揚げたのである。

 明治2年、長溥(*島津斉溥)は婿の長知に家督を譲る。長知も名優で、4年の太政官札偽造事件により知藩事を罷め、10年家督を長成に譲って隠居し、隠然たる玄洋社主となった。 

 元治元(1864)年生まれの茂丸は長じて玄洋社の客将となり、35年の(長知の)逝去まで、父に倣って長知を陰で支えた。茂丸は、日清戦争後から国際金融の分野で意外な活動を始める。折しも金本位制確立の時期で、その頃から、謎の貴公子・堀川辰吉郎を奉じる茂丸を散見する。実はここにこそ、男系龍造寺の杉山が、女系龍造寺の鍋島家と分担して日本近代化の舞台回しをした歴史の真相が窺えるのだが、後日稿において論じたい。 


 ●国学、啓蒙主義双方に通じていた肥前鍋島藩 へ続く。
 

http://2006530.blog69.fc2.com/category2-15.html


http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/375.html

コメント [原発・フッ素14] 食事を通した国民の被ばく量推計 0.106ミリシーベルト/年? sci
06. 2011年7月13日 16:06:55: h6cbKB908I
自然界に含まれている、放射性カリウムの影響だけの数値でしょう。

http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/235.html#c6
コメント [原発・フッ素14] ICRPの実像に迫るA 「『被曝の世紀』 第7章 原爆の実相」 キャサリン・コーフィールド 宮島鹿おやじ
01. junmeitora 2011年7月13日 16:07:54: NmElaIlREBQiE : F5OWTjec8A
貴重な投稿 ありがとうございました。
日本政府が、頼っているICRP基準が、このようなアメリカの原爆の健康被害を隠ぺいする工作からできたものだという恐ろしい実態が、良くわかりました。

http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/246.html#c1
記事 [原発・フッ素14] 首相「脱・原発依存」表明へ…今夕記者会見(読売新聞)
菅首相は13日夕、首相官邸で記者会見を開き、政府の「エネルギー基本計画」を白紙から見直すとともに、今後のエネルギー政策について「脱・原発依存」を基本にすえる方針を表明する。

 電力不足を懸念する産業界に対しては、新たな電力確保の対策に取り組むよう求めるなど、原子力発電への依存度を下げる姿勢を強調する。ただ、具体策は明確でなく、詳細な時期的メドや、原発に関する数値目標の設定は見送る方向だ。

 首相会見は、東京電力福島第一原発事故を受け、国民の間で原発への不安と政府方針の不透明さに対する不満が高まっていることを受け、自らの言葉で説明するために行われる。

 国のエネルギー基本計画は、昨年6月に策定された。2030年までに少なくとも原発を14基新増設し、全発電量に占める比率を26%から53%へと大幅に引き上げることが柱だが、首相は今回、その撤回を打ち出す。

読売新聞 7月13日(水)14時31分配信

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110713-00000652-yom-pol

http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/266.html

コメント [Ψ空耳の丘Ψ59] バブル期の消えた御金は、2800兆円以上 山幸彦(天孫降臨)
31. 2011年7月13日 16:09:09: FL3HBMFVVs
ウオッチャー

大きな本が閉じたそうです?

目隠しをされたさしいです?

中心にあつまるそうです?

逃げ道はもうないそうです? 何の事でしょうか?

余談ですが

昨日、ある女性が頭に浮かびました その方は大分の人で 告(つげ)旧姓で

なぜか稲荷様が浮かび 夕立が来そうだったのですが近所のお稲荷様に

あげをもって参りました ポツポツ降って来たので ついでに家に着くまで

雨止めてとたのんだら 家に着くなり ドーっと夕立きました!

さすがは稲荷様だと関心しました。 ちなみに彼女は人妻ですが良き友人で

狐顔のすごい美人です。
http://www.asyura2.com/10/bd59/msg/746.html#c31

記事 [昼休み48] ネット視聴でも受信料徴収を…NHK調査会が答申・読売(つまり、地デジは不要で「ネットテレビ」でいいという事です)
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20110712-OYT1T00886.htm

ネット視聴でも受信料徴収、NHK調査会が答申
 NHK会長の諮問機関「NHK受信料制度等専門調査会」(座長=安藤英義専修大商学部教授)は12日、インターネットで番組を見ている世帯からも受信料を徴収する方向性を打ち出すなど、新たな受信料制度に関する答申をまとめた。

 答申は、地上放送と衛星放送を将来的にNHKの一体的なサービスとし、地上・衛星契約を一本化した「総合的な受信料」に集約させる手法を「有力な選択肢」としている。

 また、NHKの業務は放送法上、原則的に放送事業に限られているが「NHKはインターネットでも『放送』で果たしてきた役割・機能を提供できる」と指摘。受信料を財源として、インターネットに番組を送信する考え方を提示した。その上で、テレビがなくてもインターネット経由の受信機で番組を見ることの出来る世帯が判明した場合「新たな受信料体系に組み入れ、受信料支払い対象者に追加する」と提案している。

(2011年7月12日20時02分 読売新聞)
最新主要ニュース8本 : YOMIURI ONLINE トップ今週のPR情報



http://www.asyura2.com/11/lunchbreak48/msg/764.html

コメント [原発・フッ素14] 南相馬市が「帰還要請」 市外避難2万8000人来月中に ドキッ!プロ奴隷だらけの水泳大会
07. 2011年7月13日 16:13:10: hp2GEyjoZw
>>06追加
分かれた旦那さんと月に何回か会うことは可能です。旦那さんには、子どもと面会できる権利が与えられるからです。

横須賀で放射性セシウム2239Bq/Kg検出。
>2011年07月01日
首都圏土壌調査 解析結果編
さて、前回試料を検査機関へ送付するお話しをしましたが、結果がでました。

セシウム134:1,051Bq/kg
セシウム137:1.185Bq/kg
134+137 :2,236Bq/kg


正直、かなり高い値が出てしまいました。
自分の中では「出るだろう」とは思っていましたが、一ケタ小さい値だと勝手に想像してました。
なので、今のところ戸惑ってます。
http://minkara.carview.co.jp/userid/283748/blog/22982303/

http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/260.html#c7

コメント [原発・フッ素14] 東電副社長「他社に電力融通検討」 夏乗り切りにメド [日経新聞]死に物狂いで“節電”している人にきちんと説明してからだろ あっしら
01. あっしら 2011年7月13日 16:13:27: Mo7ApAlflbQ6s : FOFJ3ucx7c

念のため、記事内容の引用元は、日本経済新聞12日付け朝刊3ページです。


http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/265.html#c1

記事 [昼休み48] 検察・判事・指定弁護士で、試験が簡単になる前に、且つ実力で合格した者は、誇りに賭けて小沢裁判を遡及的に無効とすべきです。
石川氏ですら完全無罪!陸山会事件には「記ズレ」も「虚偽記載」もありえない! (「日本人」の研究!)
http://www.asyura2.com/11/senkyo116/msg/541.html
投稿者 七転八起 日時 2011 年 7 月 13 日 14:26:45: FjY83HydhgNT2

http://cpt-hide-cook.seesaa.net/article/214506802.html


 あの郷原さんですら、「記ズレ」が
あったようなことをおっしゃられておられるが、
陸山会の収支報告書が正しく記載されてる
以上、事実は一つです。

「記ズレ」すら存在しない。

どうかこの下のブログをお読み下さい。

http://ajari-rikuzankai.at.webry.info/201103/article_1.html

http://www.asyura2.com/11/senkyo116/msg/426.html

http://www.asyura2.com/10/senkyo93/msg/316.html


http://www.asyura2.com/11/lunchbreak48/msg/765.html

コメント [マスコミ・電通批評12] 東京新聞に「経済制裁」「経済封鎖」という圧力がかかっているようです → さ〜て 我々アリの出番です - (民間人です) 七転八起
52. 2011年7月13日 16:15:28: HZkFzTsZ6U
35様>どうしても買うなら地方紙
しかし、仙台の「河北新報」はおすすめできません。
この新聞社は、朝日の系列か小沢さんに対する誹謗、中傷はひどいものです。
最近はすこし減ってきましたが、これが同じ地方出身者に対する報道かと信じられないくらいのバッシングを行ってきています。
死亡告知記事を見る必要があり、購読せざるをえませんが、まともな記者はいないのでしょうか。
http://www.asyura2.com/11/hihyo12/msg/127.html#c52
コメント [原発・フッ素14] 東電副社長「他社に電力融通検討」 夏乗り切りにメド [日経新聞]死に物狂いで“節電”している人にきちんと説明してからだろ あっしら
02. BRIAN ENO 2011年7月13日 16:15:53: tZW9Ar4r/Y2EU : GkP4o9Xp4U
>「計画停電をなんとしても避けるため、需給には余裕を持ちたい」

これは詭弁だな・・

ようするに

他の電力会社>国民

原発推進仲間優先至上主義っていう
あんた達の宗教の教義を重んじるということだな・・

電気購入者(お得意様)<電力仲間

お客様(消費者)より推進のお仲間が大切ちゅうことやな!

ということだな藤本さん?
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/265.html#c2

コメント [原発・フッ素14] 東日本大震災:プールから微量放射性物質検出−−4小学校 /福島 ドキッ!プロ奴隷だらけの水泳大会
02. 2011年7月13日 16:16:10: 295kIWqzpk
さすが福島!

高校生は甲子園へ向けて、毎時2.2マイクロシーベルトで野球してます
http://hibi-zakkan.sblo.jp/article/46727473.html
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/261.html#c2

コメント [Ψ空耳の丘Ψ59] 月面に7機の超巨大なUFOが襲来。月面調査か? kokopon
03. 2011年7月13日 16:19:46: FL3HBMFVVs
ウオッチャー

七つではなく九つだそうですよ。

エレニンを従えていたものと関係あるそうです。
http://www.asyura2.com/10/bd59/msg/760.html#c3

コメント [スポーツ1] 専大松戸“千葉規定”の3時間半ルールで再試合 ドキッ!プロ奴隷だらけの水泳大会
02. 2011年7月13日 16:20:17: pnnhx86oys
再試合は、なんと翌日の今日,他球場で昼の1時半からやってる。
さすがに先発Pは違う投手だが、中盤からリリーフで両エースが再登板。
なんか、炎天下の我慢大会だわ。
特に、まだ体の出来上がっていないピッチャーの酷使はもうやめて欲しい。
http://www.asyura2.com/09/sports01/msg/332.html#c2
コメント [原発・フッ素13] 「放射線で傷ついた遺伝子、子孫に伝わる」 クロワッサン「不適切」と謝罪 ジリノフスキー松田
27. EGaQ73B5yp 2011年7月13日 16:20:25: 8WkJK3aM/cOAY : FKi9OuZErk
風評被害である
雑誌は廃刊になるべきだ

放射能による影響、本当の真実は、何もわからないであるのだから

http://www.asyura2.com/11/genpatu13/msg/629.html#c27

コメント [原発・フッ素14] ストレス・テストの怪・・・誤魔化されるようなら日本はダメだろう 武田邦彦  赤かぶ
14. 2011年7月13日 16:20:45: pGUwvNFopQ
何やら03と06が言い争ってるが...
別に書き方が感情的であろうとなかろうとどうでもいい。
大事なのは書かれてる中身だ。
主張するのに感情がのるのは普通のことでしょ。
その程度で冷静に読めないって仰る06は情報リテラシーが足りない。
それだけの事。

割りとよく見かけるけど、たいてい言い争ってるコメントは本質から外れたところにいて議論にもなってない。
見苦しい限りだ。

と、わたしは思いますよっと。。
別に03擁護してるつもりはないです。
内容には個人的にいくつかツッコミどころあるし。
ともあれ、このエントリーは武田氏にしちゃいい事言ってる。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/242.html#c14

コメント [原発・フッ素14] 誠実な社会を取り戻したい・・・牛乳と柏市の放射線 武田邦彦  「汚染された牛乳」と「綺麗な牛乳」をまぜている…  赤かぶ
39. 2011年7月13日 16:22:04: FHVyh15Kso
結局、安全を求めたら輸入という事にならざるを得ないのだろうか、
しかも、輸入と言ってもハングル牛乳じゃ余計萎えてしまう。
本来なら、名古屋より西、津軽海峡より北、という区分をきちんと設ければいいだけなのに。

都内のスーパーで売られている野菜の「袋」だけど、産地が違うのに「柄がほとんど変わらない」
「気持ちは分かる」(日本人の美徳として、困った時はお互い様、安全な地域の生産者がウチの野菜と○○県の野菜を一緒にするなー、とは言えないからね)。
でも、釈然としないよな。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/173.html#c39

コメント [マスコミ・電通批評12] 東京新聞に「経済制裁」「経済封鎖」という圧力がかかっているようです → さ〜て 我々アリの出番です - (民間人です) 七転八起
53. 2011年7月13日 16:22:25: rPEwvCCuKc
元名古屋市民の立場から言わせれば、中日新聞とて在京マスゴミ新聞と大して変わらん。だいたい地元民に言わせれば、名古屋ひいては愛知県をダメにしている3悪が「名鉄、中日新聞、トヨタ」と陰口たたかれているのだから。

今東京新聞特報部を光らせているのは一にかかって編集デスクが田原牧だからだ。田原牧、ジャーナリズムの本道を往くこの人物は、中東問題のエキスパートでもあり、死刑から生還した特異な経歴を持つ、(いささか語弊があるが)世間のしがらみから解放された大変魅力的な人物である。

かつてのハリウッド映画に、社会の隠された陰謀なり巨悪に敢然と挑む小さな新聞社の記者達の活動を描くジャンルの映画があったが、東京新聞特報部は、今それを地でやっている。本来ブンヤにとって当たり前だった事が、今ではゴリアテに挑むダヴィデにように絵になる事をやっているって言った方が良いだろう。ガンバレ!
http://www.asyura2.com/11/hihyo12/msg/127.html#c53

コメント [原発・フッ素14] 原発代替の化石燃料使用「法人税3割増税と同じ」 経財相 [日経新聞]ウソにもほどがある!原子力委も原発コスト高に転換 あっしら
01. BRIAN ENO 2011年7月13日 16:23:56: tZW9Ar4r/Y2EU : GkP4o9Xp4U
>比喩としては正しいかどうか分からないが、法人税を3割増税したと同じコストアップが発生する」

比喩としても、正しいわけがないし、大きな間違いだ!
とんでもない、イカサマ数字を用いた脅しだな・・
与謝野君・・

脅しを用いるんなら、こないだ辞めさせられて
泣きだして、入院した、B型の奴にでも弟子入りした方がいいんじゃないか?

脅す前に、ちゃんとした自分の理論を
正当化できるだけのデータ持ってきて、
語れよ?
よさの〜
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/263.html#c1

コメント [経世済民72] ウォンは、今年に入って対ドルで6.3%上昇している。これは世界で5番目に高い上昇率であり、ブラジルレアルと同率だ。 TORA
01. 2011年7月13日 16:24:18: wPwWLMLVQ2
>日本のエリートと、韓国や中国のエリートを比較すると、トップクラスは中国や韓国のほうが上のようだ

知的エリートというのは世界共通だから、日本は知的エリートを中国や韓国より使えないようだ、と言ったほうが正確。
http://www.asyura2.com/11/hasan72/msg/395.html#c1

記事 [昼休み48] ニュー検察は、多重債務国と決別する姿勢を示す為に、小泉・竹中や道真末裔を名乗るビビンバ夫婦を小沢氏並みに捜査すべきです。
菅直人氏の「政治とカネ」事件捜査が始動し立件か (植草一秀の『知られざる真実』)
http://www.asyura2.com/11/senkyo116/msg/542.html
投稿者 祈り 日時 2011 年 7 月 13 日 14:59:04: HSKePa2Cm.aPs

http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-d946.html
2011年7月13日 (水)
菅直人氏の「政治とカネ」事件捜査が始動し立件か


 「政治とカネ」の問題で、新たな事態の進展が見られている。

「政治とカネ」と一言で言うが、その内容は千差万別である。
本来の問題は、カネの力で政治が歪められることが問題なのだ。その象徴的な事例が原発問題である。
 
 原子力発電事業は巨大な利権を生み出している。この巨大利権が存在するからこそ、利権の分配にあずかる大資本は「カネ」を政治屋、マスゴミ、官僚、御用学者に流し込み、この巨大利権ビジネスを維持しようとする。
 
 人類を滅亡に追い込みかねないような大事故を引き起こしても、なお、その根本的な見直しを行おうともせず、ただひたすらに原発事業の継続を求めて行動を繰り返す。
 
 政治が本来の機能を回復してこのような重大問題について、国民の視点から問題を考察するためには、この正当な考察を阻害している要因である「政治とカネ」の問題に手を入れるしかない。
 
 その究極の手段が、企業団体献金の全面禁止である。


http://www.asyura2.com/11/lunchbreak48/msg/766.html

コメント [戦争b7] 米国:ブッシュ前大統領など米高官 拷問容疑で捜査すべき  ヒューマン・ライツ・ウオッチ ダイナモ
06. 2011年7月13日 16:25:39: VXfMAy93Cs
男の哀愁…男の純粋さ… 世界一ですね…

http://d.hatena.ne.jp/r
imurata/ 
http://www.asyura2.com/10/warb7/msg/789.html#c6
コメント [昼休み48] 小沢氏の秘書を起訴した検察も、小沢氏を起訴した弁護士も、起訴を取り下げ、判事も遡及的に不受理とし、茶番を終結すべきです。 小沢内閣待望論
02. 2011年7月13日 16:25:41: Zc4LsHROVM
裁判所と検察の癒着はつとに有名ですが、今回の決定書の件で裁判所の検察にたいする決別宣言である。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak48/msg/731.html#c2
コメント [原発・フッ素14] 東電副社長「他社に電力融通検討」 夏乗り切りにメド [日経新聞]死に物狂いで“節電”している人にきちんと説明してからだろ あっしら
03. 2011年7月13日 16:26:32: jZpp1nMO7M
銀座 藤本 おっぱい もみもみ
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/265.html#c3
コメント [原発・フッ素14] 首相「脱・原発依存」表明へ…今夕記者会見(読売新聞) BRIAN ENO
01. 2011年7月13日 16:27:04: Iew0ZIA9HM
身を滅ぼして利益を得る「麻薬商売」はゲームオーバー一直線

これを政治決断と言わずして何を政治決断と言うのだろう。
恐らく猛反発が生じるだろうが、それこそ当該既得権の必死さの証明なのだろう。
しかし、原発事故の責任が民間組織にとれないことが明らかになった以上、いずれは他の安全な技術に代替される運命と言わざるを得ない。
高温ガス炉など次善の策でも致し方ない。とにかく既存の原発をだましだまし使う政策は、その危険性ゆえこと切れたのだ。
原子力関係者は、自らが悪なのではなく、既存の核分裂炉の危険性こそが悪なのだということを、受け入れていただきたいと切に願う。
原子力も高温ガス炉、果ては核融合という比較的安全な技術が存在するのだから。

http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/266.html#c1

コメント [原発・フッ素14] 南相馬市が「帰還要請」 市外避難2万8000人来月中に ドキッ!プロ奴隷だらけの水泳大会
08. 2011年7月13日 16:28:53: jZpp1nMO7M
福島を無人にしてしまえ。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/260.html#c8
コメント [原発・フッ素14] モー底なしの恐怖“セシウム牛モツ”は追跡できない! (zakzak)  赤かぶ
02. 爺さん 2011年7月13日 16:30:34: pkMRoq8j2xu8g : wR2dEe5iL6
しかしこういう意見もありますが・・・・わたしはこちらにくみしたい。
群馬大学教授の「内戦」論、
http://togetter.com/li/160309


http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/258.html#c2

コメント [原発・フッ素14] 首相「脱・原発依存」表明へ…今夕記者会見(読売新聞) BRIAN ENO
02. 2011年7月13日 16:30:45: gPRzothm0Y
>1

高温ガス炉?  原子炉?


http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/266.html#c2

コメント [原発・フッ素14] 放射能を恐れすぎるな、フクシマの危機は過ぎた。  アルチュニャン博士 (BLOGOS) 赤かぶ
43. 2011年7月13日 16:30:49: IGOD2H9ySM
つーかお前らは誰のいうことなら信じるんだwww
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/186.html#c43
コメント [経世済民72] 東電の会長や社長、副社長の交際費は億単位?/takeyama-y.cocolog 稲垣勘尚
01. 2011年7月13日 16:32:08: u3O0TeZ0Go

韓直人も使用無制限の財布を持っている、官房機密費という名の財布を。


http://www.asyura2.com/11/hasan72/msg/392.html#c1

コメント [原発・フッ素14] 首相「脱・原発依存」表明へ…今夕記者会見(読売新聞) BRIAN ENO
03. 【タヌキ腹組“ぽんぽこ”】 2011年7月13日 16:34:29: SM2DPWDDuBDzg : AdKaaFvNBE

★会見原稿は、朝日?!

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
提言 原発ゼロ社会―いまこそ 政策の大転換を
2011年7月13日(水)付 朝日 社説
http://www.asahi.com/paper/editorial.html

 日本のエネルギー政策を大転換し、原子力発電に頼らない社会を早く実現しなければならない。

 いまだに収束が見えない福島第一原発の事故を前に、多くの国民もそう思っている。朝日新聞の世論調査では、段階的廃止への賛成が77%にのぼった。

 なにしろ「止めたくても止められない」という原子力の恐ろしさを思い知った。しかも地震の巣・日本列島の上にあり、地震が活動期に入ったといわれるのだ。再び事故を起こしたら、日本社会は立ち行かなくなってしまう。

 そこで、「原発ゼロ社会」を将来目標に定めるよう提言したい。その方策については、社説特集をオピニオン面に掲載したので、お読みいただきたい。

 脱原発を進めるポイントは、時間軸をもつことである。

 これまで電力の3割近くを原発に頼ってきた。ここで一気にゼロとすれば電力不足となり、生活や経済活動が大きな打撃を受けるだろう。過度に無理せず着実に減らしていく方が現実的であり、結局は近道にもなるはずだ。

 原発の寿命は40年がひとつの目安とされている。もう新たな原子炉は建設せずに40年で順に止めていくと、2050年にはゼロになる。これでは遅すぎるが、代替電源の開発・導入に力を入れ、節電にも努めれば、ゼロの日をそれだけ早めることができる。

 代替電源の希望の星は、風力や太陽光を始めとする自然エネルギーだ。これを増やす方向へエネルギー政策を転換し、電力会社による地域独占体制を抜本的に改めて自由化を進める。それが社説で描いたシナリオである。

 これまでは、原発増強を最優先させ、自然エネルギーを陰に陽に抑制してきた。自然エネルギー源は各地に分散していて地域密着の発電になるので、自由化による新規参入が欠かせない。需給に応じて変動する電気料金にすれば、節電を促すことにも役立つ。

 ただし、まだまだコストが高い。急激に導入すれば電気料金を押し上げ、暮らしや経済活動の重荷になる。どのていどの値上げなら受け入れ可能か。危険な原発を減らすことと天秤(てんびん)にかけ、国民的な合意をつくりつつ廃炉のテンポを決めていくことが大切だ。

 また、それまでには時間がかかるので、当面は天然ガスなどの火力発電を強化せざるをえない。二酸化炭素を出し、地球温暖化の防止にはマイナスに働くが、自然エネルギーの開発と省エネを進めていき、長期的には脱原発と両立させねばならない。それが日本の国際的な責任でもある。

 以上の努力を重ねていって、ゼロにできるのはいつか。

 技術の発展や世界の経済情勢に左右され見通すのは難しいが、20〜30年後がめどになろう。

 そこで、たとえば「20年後にゼロ」という目標を思い切って掲げ、全力で取り組んでいって、数年ごとに計画を見直すことにしたらどうだろうか。

 現在は、54基ある原発のうち35基がすでに休止しており、8月までにさらに5基が検査で止まる。この状態であっても、私たち一人ひとりの節電努力でこの夏の需要最盛期を乗り切れたなら、かなりの原発はなくても大丈夫であることを証明したことになる。

 今後は安全第一で原発を選び、需給から見て必要なものしか稼働させなければ、原発はすぐ大幅に減る。ゼロへの道を歩み出すなら、再稼働へ国民の理解も得やすくなるに違いない。

 戦後の原子力研究は「平和利用」を合言葉に出発した。しかし、原発が国策になり、地域独占の電力会社と一体になって動き始めると、反対論を敵視してブレーキが利かなくなった。

 多くの国民も電力の源についてとくに考えずに、好きなだけ電気を使う生活を楽しんできた。

 原発から脱し分散型の電源を選ぶことは、エネルギー政策をお任せ型から参加型へ転換し、分権的な社会をめざすことにつながる。それは、21世紀型の持続可能な社会を築くことにも通じる。

 きょうの社説特集は「原発ゼロ社会」へ向けたデッサンにすぎない。必要なのは国民的に議論を深めながら、やれることから早く実行へ移していくことである。(論説主幹 大軒由敬)

http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/266.html#c3

コメント [原発・フッ素14] 牛乳は危険。汚染された福島・茨城の牛乳を西日本に送り、綺麗な牛乳と混ぜて売ってる てんさい(い)
13. 2011年7月13日 16:35:16: h6cbKB908I
例えば、ヒソが混入してると知っている原乳を、きれいな原乳にまぜるかねー。
私が業者なら、そんなことはしない。
今まで混ぜていたから、何があっても、これからも混ぜるという
言い分はとおらないだろう。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/236.html#c13
コメント [経世済民72] ウォンは、今年に入って対ドルで6.3%上昇している。これは世界で5番目に高い上昇率であり、ブラジルレアルと同率だ。 TORA
02. 2011年7月13日 16:39:02: wPwWLMLVQ2
学術分野でもノーベル経済学賞の呼び声もあるオックスフォードの張教授とか、韓国の40代の国際化は日本の40代より進んでいるような気がします。
普通のサラリーマンでも日本人は、日本は世界とは別なんだという意識(日本人が海外と接する時の、我が国日本は、ウリナラ日本は、を必要以上に強調する特徴)が強いですが、それより視角が広いような印象があります。
http://www.asyura2.com/11/hasan72/msg/395.html#c2
コメント [原発・フッ素14] 首相「脱・原発依存」表明へ…今夕記者会見(読売新聞) BRIAN ENO
04. 2011年7月13日 16:39:18: 4WntjJEKtM

おおおお、またまた、ペテンか??

「脱原発」でなくて、「脱・原発依存」だからね。

だれがどう考えても、新規に原発を作ることは、ほぼ不可能。

それの追認でしかない。

いまある原発は、段階的に廃炉にするにしても、数値を出さない?
出せない?ってことは、柔軟にいまの原子炉を使っていく路線は、
変わらないってことだろうね。


http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/266.html#c4

記事 [昼休み48] 6大マスゴミの実力入社組は、老害をパージし、メジャーとマイナーが混在するネットでのガチンコ勝負を提言すべきです。
パソコンからもNHK受信料を 同時配信で調査会が報告書
http://www.asyura2.com/11/hihyo12/msg/131.html
投稿者 palクン 日時 2011 年 7 月 12 日 21:01:53: mWJq7xP6mpLMg

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2011071201000784.html?utm_medium=twitter&utm_source=twitterfeed

 受信料制度の在り方を検討してきた「NHK受信料制度等専門調査会」(座長・安藤英義専修大教授)は12日、番組のインターネット同時配信の必要性を認め「テレビを持たず、パソコンなどの通信端末のみで受信する人からも受信料を徴収することが望ましい」などとする報告書を松本正之NHK会長に提出した。 報告書は、ネットについて「『伝統的な放送』の役割・機能を果たすことができるメディアになりつつある」と分析。ネット同時配信は「受信料的な負担を想定するのが相当」とした。番組のネット同時配信を行うには法改正が必要となる。  


http://www.asyura2.com/11/lunchbreak48/msg/767.html

コメント [経世済民72] ウォンは、今年に入って対ドルで6.3%上昇している。これは世界で5番目に高い上昇率であり、ブラジルレアルと同率だ。 TORA
03. 2011年7月13日 16:41:58: AQqyLULhMc
>私が日本のエリートと、韓国や中国のエリートを比較すると・・

信頼度ゼロ
http://www.asyura2.com/11/hasan72/msg/395.html#c3

コメント [原発・フッ素14] 原発代替の化石燃料使用「法人税3割増税と同じ」 経財相 [日経新聞]ウソにもほどがある!原子力委も原発コスト高に転換 あっしら
02. 2011年7月13日 16:42:24: A4GQ7o9O02
今、原発を全部廃炉にしてもこのお値段!
たかだか20年そこらで、この費用。
使用済み核燃料再処理施設 今後60年間で 46兆円(10年前の通産省のお見積もり)
廃炉1基=1兆円  54基=54兆円

しめて、100兆円

これには、最終処分施設の建設、維持管理は含まれておりません。
今後、1万年?、10万年?、100万年? 維持管理が必要です。

日本のベスト&ブライテストの政治家、通産官僚たち築きあげたこの愚かなシステム
城南信用金庫の理事長の爪の垢を煎じて飲ませたいわ。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/263.html#c2

コメント [マスコミ・電通批評12] 東京新聞に「経済制裁」「経済封鎖」という圧力がかかっているようです → さ〜て 我々アリの出番です - (民間人です) 七転八起
54. 2011年7月13日 16:42:59: 67gehqVfkE
>2
電通には表裏の2つの側面がある。表では電通株を放棄すること。
裏では、麻薬マネーの元締めになっていること。この後ろ盾が森元総理。
芸能界で麻薬が蔓延っているのは、電通の裏の仕事。
電通の暴力部隊が、ヤクザ組織と創価、統一、韓国キリスト教。
しかし、後2年も今のまますれば、関東全域でみんな病気になるから大丈夫だ。
時間が解決する。電通の背後には、韓国の財閥がいる。FIFAの理事をやっているやつ。
この1年以内に北が南を攻撃するはずだから、もうすぐ大混乱がやってくる。
上杉機関(で検索)に詳しい。参考にせよ。

http://www.asyura2.com/11/hihyo12/msg/127.html#c54
コメント [原発・フッ素14] 山本太郎 佐賀県庁突入「知事出てこい」(日刊スポーツ) BRIAN ENO
34. 2011年7月13日 16:44:12: dnH7OeB1pE
元気が出るTVの時は、低俗だと思ってたがだんだんと魅力が分かってから本当に好青年だと長年応援していた。自分より若いのに、日本や周りを優先に考え行動する姿勢は頭が下がる。
日本は、何だかんだ言っても言論統制の国。 松本の件でも既に周知の事実だが、もっとマスメディアは真実を報道すべき。 国民を欺き、国家間問題を縦に飯を食ってるのが政治屋。 これは、北と緊張関係にあり日本をスケープゴートにし韓国国民の志気を高める韓国政府とスタンスは対局的でありながら国民を欺いてる点では同じ。 結局、何も知らない国民がバカを見る羽目になる。
国家は、こんな未曾有の大災害があっても、迅速な対策は一切出来ていない。
国民は、そろそろ気づくべき。 政治は誰のためにあるのか。
ノーブルオブリゲーションの意味さえ知らない、成り上がり百姓の政治家じゃ自身の保身のみに躍起になるのは当たり前。
もう憲法を変えて、参院は潰し華族院を復権し、世襲制で皇族華族が担うべき。
衆院も、9割がたの成り上がり百姓は切り捨て、名士を起用すべき。
成り上がりは、いつの時代でも思い上がり自身の利権や地位、金、色にばかりしがみつく意地汚い便所虫以下の生き物だという事に気づくべき。
太蔵も、TVでヘラヘラとバラエティーに出て遊んで金を稼ぎ、次回の選挙に備えるのだろうが、そんな暇があればなぜ被災地で少しでもボランティアをしようと思わないのか。 これは太蔵に限った話ではないが、山本太郎の様な真の男にこそ国政に携わって欲しいと思う。 怒りに任せ急いで書き込んだので稚拙になったが、このままでは日本は終わる。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/228.html#c34
記事 [昼休み48] 韓国クムホタイヤ・・南京工場が悪臭理由に立ち退きへ・China(日中韓のタイヤメーカーは、大合併すべきです)
韓国クムホタイヤ、中国でご難続き 南京工場が悪臭理由に立ち退きへ (RecordChina)[11/07/13]

2011年7月12日までに、韓国クムホタイヤの南京工場が、悪臭を理由に
当局から立ち退きを迫られていることが明らかになった。
2012年末の移転を目処に、現在は候補地を検討中だという。
中国の各メディアが伝えた。

同工場は、南京市環境保護局が4日に発表した重点汚染企業173社の
リストに載っており、「化学工業特有の悪臭」を理由に周辺住民の安全と
生活を守るため撤退すべきと判断された。

これについてクムホタイヤ上海本部は、
「南京工場の悪臭問題には、すでに様々な対策を施している」と強調したが、
当局から立ち退き要求があったことを認め、現在移転の準備を進めていると
明かした。
計画では12年末までの移転を予定しているが、まだ候補地を探している
段階で、南京以外の都市も検討しているという。

同社は3月、天津工場で製造したタイヤについて品質問題を指摘され、
リコールを発表。国内の自動車メーカーとの取り引きが激減し、全生産量を
海外に輸出する状況が続いている。

ソースは
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=52742&type=2

http://www.asyura2.com/11/lunchbreak48/msg/768.html

記事 [昼休み48] 個人の景況感、2004年6月以降で最大の悪化・朝日(カツアゲ・天下り・年金・消費税を廃止すれば、核爆発的に改善します)
個人の景況感、2004年6月以降で最大の悪化--日銀[11/07/06]

日本銀行が6日発表した6月の「生活意識に関するアンケート」によると、
個人の景況感を示す指数はマイナス59.5となり、前回の3月調査から
17.2ポイント悪化した。
悪化は2期ぶりで、低下幅は現行の調査を始めた2004年6月以降では
最大だった。

前回は東日本大震災の直前だったため、今回が震災の影響を反映した
初めての調査になる。
震災被害が大きかった岩手、宮城、福島、茨城の4県は対象から外しており、
日銀は「4県を入れたら、景況感はさらに悪化した可能性もある」とみている。

景況感の指数は、景気が1年前より「良くなった」と答えた人の割合から
「悪くなった」と答えた割合を引いたもの。
リーマン・ショック後の落ち込みから持ち直し、一進一退だった景況感は
大きく冷え込んだ。

また、収入は、1年前より「減った」と答えた割合は48.6%と
前回より0.4ポイント増えた。
1年後に「減る」とみている人の割合は42.0%と前回より3.2ポイント
上昇した。
収入の先行き不安は強いようだ。

ソースは
http://www.asahi.com/business/update/0706/TKY201107060575.html
“個人の景況感の推移”というグラフは
http://www.asahi.com/business/update/0706/images/TKY201107060576.jpg
日銀サイトhttp://www.boj.or.jp/から、2011年 7月 6日 「生活意識に関するアンケート調査」(第46回)の結果 [PDF 335KB]
http://www.boj.or.jp/research/o_survey/ishiki1107.pdf
関連スレは
【調査】大企業の景況感マイナス9、震災で1年3カ月ぶりマイナスに 6月の日銀短観[11/07/01]
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1309483909/l50
【景況】5月の消費者物価0.6%上昇 エネルギー高で2カ月連続プラスに[11/07/01]
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1309483733/l50
など。



http://www.asyura2.com/11/lunchbreak48/msg/769.html

コメント [原発・フッ素14] サプリメントと原発 伊予次郎
03. 爺さん 2011年7月13日 16:58:57: pkMRoq8j2xu8g : wR2dEe5iL6
>>02伊予次郎さんへ
誤解してごめんなさい。

私はあのノーベル平和賞受賞団体に、この件のURLをPSRのホームページに載せて、被曝後の対処について医学的に助言・勧告してくれと、E-mailを送ったのですが、お断りの返事も来ませんでした。何考えてんだかね、あいつら、かっこつけやがって、偽善者たちが。
あれからPSRのサイト見てもいませんから、もしかして載ってるのかな?ハハハハハ

仕方がないので自分で次にリンクを載せておきました。
http://www.asyura2.com/11/genpatu13/msg/555.html
日本語にするなら次のリンク先をお願いいたします。参考文献も挙げられています。機械翻訳できませんでした。
http://its-alimentary.com/blog/?page_id=255
私は家業に励めと嫁に咎められ仕事の合間にネットを覗くしかできません。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/209.html#c3

コメント [カルト8] 副島隆彦・中田安彦・六城雅敦よ、あなた方は恥知らずの犯罪者集団である ペリマリ
63. 2011年7月13日 17:00:07: ocn3g61NTs

馬の耳に念仏〜 いくら忠告しても聞かないので、バブル崩壊後、日本の孤独死が進む。


釈迦に説法 〜 私にイチャモン付けたり反論するけど、生まれながらの現人神なのだから、
         無駄な論争だと解っているけど、対応に付き合っている。
http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/349.html#c63

記事 [昼休み48] フラッシュメモリーで世界シェア首位を早く取りたい=東芝社長・reuters(露中朝韓台の企業と大合併するのが近道です)
フラッシュメモリーで世界シェア首位を早く取りたい=東芝社長[11/07/12]

[四日市 12日 ロイター] 東芝の佐々木則夫社長は12日、
主力製品のNAND型フラッシュメモリーを生産する四日市工場
(三重県四日市市)の新棟竣工式で記者団に対し、
NANDフラッシュメモリーについて
「(世界で)早くシェア1番になっていきたい」と述べた。

米調査会社米アイサプライによると、2011年1─3月期における
NAND型フラッシュメモリーの世界シェア(金額ベース)は、
韓国サムスン電子が35.8%で首位、
東芝は同35.6%と僅差で2位につけている。

ただ、佐々木社長は価格下落への警戒感を示し、
「バランスはよく見ていきたい」と話した。

ソースは
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-22149520110712
東芝 http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-22149520110712
株価 http://www.nikkei.com/markets/company/index.aspx?scode=6502
関連スレは
【頑張れ国産】エルピーダ、ルネサス、東芝等半導体メーカースレッドPart51
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1308918335/l50

http://www.asyura2.com/11/lunchbreak48/msg/770.html

コメント [原発・フッ素14] 首相「脱・原発依存」表明へ…今夕記者会見(読売新聞) BRIAN ENO
05. 2011年7月13日 17:02:06: h69tTYryng
野党の自民党も脱原発路線で行くようだから
大方日本の方向は決まったと言っていい。
しかしいきなりは無理なので30年程度を
かけて既存の原発を廃止していくことになるだろう。

しかし今回のフクシマ事故や核最終処分ついては
民間の電力会社ではほとんど無理なことは明らか。
今後は数年をかけて原子力研究開発機構を改組して
昔の動力炉核燃料開発事業団を復活させ国営化原発とする。
または電源開発株を国が買い上げて国有会社として全原子炉を
管理して行くのが無難な方向だろう。
フランスのアレバ社はフランス政府全額出資の国有会社。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/266.html#c5

コメント [原発・フッ素14] テロリストになって闘い,死ぬ! (飯山一郎HP) 極楽とんぼ
66. 2011年7月13日 17:05:55: ubSkRohFSE
60さん

24の音響学者です。早速「核・ウラン廃絶キャンペーン福岡」の青柳さんのところに合流されたとか。嬉しい事です。現地で本当にお会いできるかも知れませんね。
九電前の狭いスペースに陣取って、毎朝出社してくる役員にアピールしてるそうですよ。すごいですね。

あっそうそう、ヘルメットと防護盾も購入しておかなくては。
特殊警棒でやられたりしたらひとたまりもないもんなあ。

62さん。
高放射性廃棄物満載では、10tダンプの運転手さんがどん引きになると思うのですが・・(笑) 私個人としては四号機の使用済み核燃料棒を積載していって、すべて玄海の前でぶちまけてやりたい心境ではありますが。

しかし、この歳になって現地でバリケードなんて計画を立てる羽目になろうとは。13年間、色々な場で原発には異を唱えて来ましたが、返す返すも無念です。



http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/174.html#c66

コメント [原発・フッ素14] 首相「脱・原発依存」表明へ…今夕記者会見(読売新聞) BRIAN ENO
06. 2011年7月13日 17:08:51: tUmLmmqu0Y
>いきなりは無理なので30年程度
馬鹿げている
次の大地震が来てしまう
即刻止めろオンボロ原発
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/266.html#c6
コメント [原発・フッ素14] 放射能汚染水 速く安く浄化  鉱山の技術応用  京大 蓄電
04. fykui31 2011年7月13日 17:09:34: UUIgSQNWfg/Bo : B7oKDKszko
良い技術があっても、問題は利権がどのように絡んでくるか。
東電、東芝、GE等 お互いの利益が絡まないと没の可能性がある。

http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/259.html#c4
コメント [原発・フッ素14] 東日本大震災:福島・南相馬市が帰還要請へ 市外避難者対象にきょう文書発送 /山形 めっちゃホリディ
06. 2011年7月13日 17:09:54: h6cbKB908I
南相馬市ってのは、そうとう悪質だ。
帰れという主旨を何回読んでも、妥当性が読み取れない。
まず、ここに住んで安全だという根拠を示すべきだろう。

日本中を震撼させた汚染牛ばらまきの防止対策だけ、専念しておけ。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/240.html#c6

コメント [原発・フッ素14] モー底なしの恐怖“セシウム牛モツ”は追跡できない! (zakzak)  赤かぶ
03. 爺さん 2011年7月13日 17:10:11: pkMRoq8j2xu8g : wR2dEe5iL6
横浜市でも「市民戦争」勃発しています。
市当局と市民・市議だけでなく、共産党系職員組合の一部が「風評被害」だと言い出して大もめ、
http://8005.teacup.com/ota/bbs/? ある市議の掲示板
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/258.html#c3
コメント [自然災害17] 地震予知は可能か なかった再現性 「前兆」の空しさ、歴史に目を sci
06. 2011年7月13日 17:10:39: dAjjgSKtb6
311は人工地震テロなんだから、予知できるわけないでしょ。
ただ、前日に日本から逃亡したソニー会長のように、ユダヤのお仲間は
事前にテロが起こることがわかるらしいですよ。
911のときもWTC勤務のユダヤ人4000人が無事でしたからね。
だから、
例えばソニー会長とか、ゴールドマンサックスの日本支社の外人の重役あたりが
急に海外に逃げ出すかどうかを監視する方が、地震予知なんかより
ずっと確実だと思いますよ。
http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/454.html#c6
コメント [原発・フッ素14] 原発止めて火力にしたら環境破壊(CO2増加も含めて)が進むけど… と原発推進派のヒトの主張  - (民間人です) 七転八起
04. 2011年7月13日 17:13:07: A4GQ7o9O02
温暖化の主因は、太陽活動です。
温暖化効果ガスは、ダントツで水蒸気です。
「人為的」を入れた「人為的温暖化効果ガス」に変えれば、CO2になります。
だまされないようにしましょう。
CO2濃度の増加は、温暖化の結果であって、原因ではありません。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/262.html#c4
コメント [原発・フッ素14] 泊3号機・大飯1号機両原発の“調整運転”問題で事前協議なしで通常運転移行をめざす保安院と菅首相がバトル あっしら
02. 2011年7月13日 17:17:57: h6cbKB908I
耐久性に難ありの原発を、いつの日か合格すると信じて、動かし続ける?。
正気とは思えない恐ろしい発想だ。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/241.html#c2
コメント [原発・フッ素14] 汚染牛肉を「安全」という専門家 武田邦彦  赤かぶ
19. 2011年7月13日 17:18:28: p482W2VvQo
もうムリですよ、阿修羅工作員の皆さん。
日本人はあなた方エラの張った人とは違って賢いのです。
放射能パニックにより経済を貶めて円安に誘導させ
インチキデモで署名集めをしてダブルスパイによりデモを叩き潰し
それを口実に監視国家に誘導するという計画は
全てお見通しです。

失敗した次の一手の「怒り」の鉾先は管の拉致容疑者献金疑惑でしょうか?
情報のリーク先や怒りの仕込み具合がインチキ臭いのでバレバレですよ。

それともTVで食品汚染を繰り返し報道し、主婦を巻き込み国会で暴動を起こさせるつもりでしょうか?

このむちゃなチキンレースはしばらく続くだろう
しかし我々は「知っている」
無謀な行動はとらないはずだ。

どうかここにいる「日本国民」はむやみな拡散だけでなく、きちんとした理解を深めてほしい。

http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/230.html#c19

コメント [原発・フッ素14] 首相「脱・原発依存」表明へ…今夕記者会見(読売新聞) BRIAN ENO
07. fykui31 2011年7月13日 17:21:41: UUIgSQNWfg/Bo : B7oKDKszko
菅はこの国を潰すつもりか。
この時期になぜに発表するのか。脱原発の具体案はあるのか疑わしい。
問題は原発事故後の政府対応のまずさ。国民は不安だらけ。
新エネルギーに方向を変えても、本質は変わらない。

http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/266.html#c7
コメント [原発・フッ素14] 首相「脱・原発依存」表明へ…今夕記者会見(読売新聞) BRIAN ENO
08. 2011年7月13日 17:27:27: G0fkoMjiOQ
「脱原発・依存」で人気取りってことでしょ。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/266.html#c8
コメント [原発・フッ素14] 「原発は千年に一度の津波に耐えた」「浜岡は止めるな」、米倉経団連会長の言語センス (オルタナ)  赤かぶ
15. 【タヌキ腹組“ぽんぽこ”】 2011年7月13日 17:28:37: SM2DPWDDuBDzg : AdKaaFvNBE


★経団連の会員は、ほとんどが40歳以上、放射能なんか怖くありません!!

・・・・・米倉

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
■経団連:原発は「推進」…提言で早期稼働求める
http://mainichi.jp/select/biz/news/20110713k0000m020045000c.html

 経団連は12日、福島第1原発事故を踏まえた今後のエネルギー政策に関する提言を発表した。原子力発電を「引き続き着実に推進」と位置付け、定期検査を終えた原発の早期稼働を求めることが柱。また、電力の安定供給確保に向けた今後5年程度の工程表を早急に策定することも政府に求めている。

 提言では原発について、電力の安定供給や発電コストの観点から「引き続き重要」と明記し、安全性確保を前提に国民の理解を得ながら着実に推進する必要があるとした。また、電力不足について「復興はおろか企業活動や雇用維持の足かせになる」と指摘。エネルギー供給の見通しが立たなければ、「日本経済の空洞化の加速は避けられない」と警告した。再生可能エネルギーについても「重要」としたが、効率化や低コスト化を図るべきだとの見解を示した。【宮崎泰宏】
毎日新聞 2011年7月12日 20時00分(最終更新 7月12日 20時59分)


http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/249.html#c15

コメント [原発・フッ素14] 東電副社長「他社に電力融通検討」 夏乗り切りにメド [日経新聞]死に物狂いで“節電”している人にきちんと説明してからだろ あっしら
04. 2011年7月13日 17:29:58: FA4ov3e3kE
冬は、ガスヒーターか、灯油を積極的に使えばいいんじゃ?
夏は服を脱ぐにも限度があるが、冬は着込めばいい事だし、ウォームビズも進化している。
電気が冷暖房の全てと思うなよ、電力会社よ。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/265.html#c4
コメント [マスコミ・電通批評12] ストレステストよりも福島肉食牛のセシウム汚染を大騒ぎせよ (天木直人のブログ) 七転八起
02. 2011年7月13日 17:31:33: vhKYCIiexY
東京新聞、いいぞ! 東京都の地方紙としての心意気を見せてくれ! 経済的に不都合な制裁(?)を受けているらしいが、頑張れ! 朝日、読売、毎日、日経、みんなつぶれろ!
http://www.asyura2.com/11/hihyo12/msg/129.html#c2
コメント [原発・フッ素14] 首相「脱・原発依存」表明へ…今夕記者会見(読売新聞) BRIAN ENO
09. 2011年7月13日 17:33:42: tUmLmmqu0Y
フクイチですでに潰れかけている
脱原発ができなければ完全に日本は潰れる
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/266.html#c9
コメント [マスコミ・電通批評12] 東京新聞に「経済制裁」「経済封鎖」という圧力がかかっているようです → さ〜て 我々アリの出番です - (民間人です) 七転八起
55. 2011年7月13日 17:37:36: dH94krPBIE
河北新報、本当にひどい。
どこか大新聞系の子分なんだろーな、とあきらめてます。
http://www.asyura2.com/11/hihyo12/msg/127.html#c55
コメント [原発・フッ素14] ストレス・テストの怪・・・誤魔化されるようなら日本はダメだろう 武田邦彦  赤かぶ
15. 2011年7月13日 17:38:41: YdBOboCnTk
>>12

過度に相手を非難してるわけじゃなければ、基本的に議論ってそんなもんでは?
対立する意見が2つあれば批判的に書くのはごく普通と思います。

寧ろ、私は「勝手に二項に分類」して話をまとめて理解しようとしてしまっている>>12さんの態度の方が問題と思います。

勝手に二項に分類してしまう人は、その程度にしか考えていない人。
そんな人は誰の意見でも、自分の受け取りたいように捉えるので誰が何を書こうと一緒。

http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/242.html#c15

コメント [原発・フッ素9] 「家族逃がした枝野、党内会議で「家族はたまたまシンガポール」と認める!」二階堂ドットコム 玄米
143. 2011年7月13日 17:41:33: 7ZYi0QQwXg
いい感じはしないけれど、一家の大黒柱としては妻子を逃がしてもいいんじゃないの。政治家だから何となく面白くないけれど。閣僚にも私生活はあるんだし、「非常時だから、俺は東京に残るが、お前らは避難しろ」というのはむしろ当然だと。家族を首都圏から脱出させたメディアもあるというんだから。日本は3・11以来、戦時同様なんだから、戦場に子供まで残しておく必要ないよ。戦時というのに、ルーズベルトもチャーチルもドゴールもスターリンも毛沢東もいなくて、いるのはパチンコ屋からの献金をごまかす市民運動上がりだけど。これじゃ戦争に勝てんわな。
http://www.asyura2.com/11/genpatu9/msg/412.html#c143
コメント [マスコミ・電通批評12] パソコンからもNHK受信料を 同時配信で調査会が報告書 palクン
06. 2011年7月13日 17:42:34: A13TtQ2Nsg
誰か、NHKの受信できないテレビを販売して下さい。
http://www.asyura2.com/11/hihyo12/msg/131.html#c6
コメント [カルト8] 副島隆彦・中田安彦・六城雅敦よ、あなた方は恥知らずの犯罪者集団である ペリマリ
64. 2011年7月13日 17:44:48: ocn3g61NTs

>釈迦に説法 〜 私にイチャモン付けたり反論するけど、生まれながらの現人神なのだから、
         無駄な論争だと解っているけど、対応に付き合っている。


こういう表現よりも、

釈迦に説法 〜 生まれながらの天才ピアニストにアドバイスはしても反論なんて出来ない。
        素養が違うのだから、当たり前ですが、現人神の私には霊能者し        かアドバイス出来ない。
        カルト感染者と言い合いしていると時間の無駄だと解っているのだけど、
        失敗した、ペナルティーだから仕方が無い。

http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/349.html#c64

コメント [マスコミ・電通批評12] 東京新聞に「経済制裁」「経済封鎖」という圧力がかかっているようです → さ〜て 我々アリの出番です - (民間人です) 七転八起
56. 2011年7月13日 17:45:03: 9OVomtZBzs

53

あと論説副主幹に長谷川 幸洋 がいる。
http://www.asyura2.com/11/hihyo12/msg/127.html#c56

コメント [不安と不健康15] 学校で集団でフッ素うがいをさせるのは なぜ? つゆくさ
74. 2011年7月13日 17:47:46: KqGW7CbvHw
>そのデータは古く、かつ根拠のないものとして確認済みです。

ん?
>62の方の書き込みによれば、フッ化物洗口の安全性の根拠は
明治32年のものです。

それにくらべれば、ここにあるデータはずっと新しいものばかりですよ。
歯科医師の秋庭さんのデータは、2009年の国のデータが元になっています。


http://www.geocities.jp/m_kato_clinic/flu-pseudosience-091009.html

また、化学物質化敏症についても、厚生労働省がごく最近認めた病気ですので
新しい知見です。

もっとも新しくても古くてもそれが、推進ありきではなく、だれにも納得できる誠実で学問的にすぐれた調査方法であることが、求められます。


http://www.asyura2.com/09/health15/msg/198.html#c74

コメント [原発・フッ素14] 山本太郎 佐賀県庁突入「知事出てこい」(日刊スポーツ) BRIAN ENO
35. 2011年7月13日 17:51:06: 0gmRmO6s42
”もったいない”の滋賀県知事も脱原発を言いだした。
日本国民は、大きな犠牲を払ったが、やっと原発の危険性を認識しだした。

東電が如何に足掻こうと、経団連が如何に騒ごうと、
脱原発の流れは止まらない。

自民党の高市早苗までいずれは原発は無くすのが、自民党の
政策とまで言い出した。(これは少し怪しいが・・・)

山本太郎氏の活動は大いに評価されるものであり、
我々も、出来る限り追従したいものである。

脱原発のデモをやろう!
原発賛成か、反対かの国民投票をしよう。
節電を訴えるテレビ局に抗議しよう。
(埋蔵電力は十分、節電など不要)



http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/228.html#c35

コメント [戦争b7] 英国警察主席情報アナリスト:2005年7月7日地下鉄テロは内部犯行  (ROCKWAY EXPRESS ) 新世紀人
02. 2011年7月13日 17:51:18: 1bI51T5To6
これから真実の告発者はますます増加するでしょう。
http://www.asyura2.com/10/warb7/msg/787.html#c2
コメント [経世済民72] 米国債デフォルトの場合、世界的な金融危機の再来も(ロイター):米国のデフォルトに日本も備えよ! 会員番号4153番
10. fykui31 2011年7月13日 17:53:25: UUIgSQNWfg/Bo : B7oKDKszko
米国の産業そのものは良好である。しかしながら金融崩壊により、
ゆがみが発生しているだけ。米国崩壊はないと見るのが正しい。
同様にユーロ圏も同じと思える。結果、ドル安、ユーロ安=円高 元高 
アングロサクソンは常に次の一手を模索していると思う。
金融、経済のルール破りは、常に欧米。
オリエンタル(アジア圏)は常に受身。
http://www.asyura2.com/11/hasan72/msg/151.html#c10
コメント [原発・フッ素14] 南相馬市が「帰還要請」 市外避難2万8000人来月中に ドキッ!プロ奴隷だらけの水泳大会
09. 2011年7月13日 17:56:25: jCdZmMRXeI
福島県は諦めなければならないし、原発事故はそれだけの引替が必要となることを認識すべきだ。
原発事故を矮小化してはならない。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/260.html#c9
コメント [原発・フッ素14] 原発検証、自民バトル…反省しても仕方ない?(読売新聞)/他 虎丸花蜂
05. 2011年7月13日 17:57:25: kmRrTQnpHg
「反省しても仕方ない」
とは、なにごとか!。

国民が、こんだけ被災し、塗炭の苦しみを味わっているというのに、
議員の資質が問われる、資格なし・・、

「資源小国の日本で、電力を確保し、コストを削減するには原発を進めるしかなかった」、

大変危険な原発を、杜撰に推進したばかりに、大変甚大な損害を、国民に与えることになった・・、自民党の、無責任で、いいころ加減な政策、見識のなさが、
この結果を招いた・・、仕方がないで済むか・・。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/247.html#c5

コメント [原発・フッ素14] 首相「脱・原発依存」表明へ…今夕記者会見(読売新聞) BRIAN ENO
10. 2011年7月13日 17:57:30: RuEuIgLWMg
別に脱原発でも脱原発依存でもいいんだが
本当にやろうと思えば、相当のエネルギーがいる
精神的エネルギーな。勇気と言ってもいい

少なくとも、民主党が完全に一枚岩にならなければ不可能なお題目を菅は唱えている
小沢は遠ざけ、(俺は怪しいもんだと思うが)仙谷一派は政権の中枢にいて
菅の首を虎視眈々と狙っている
用意周到に逃げるのが取り柄の菅にしてはw、おかしいとは思わんかね?
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/266.html#c10

コメント [自然災害17] 首都圏直撃!9・11巨大余震…地震列島不気味な1カ月周期 (zakzak)  赤かぶ
16. 2011年7月13日 17:57:33: Fi2zgKqagQ
太陰暦で運行中、かな?
http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/461.html#c16
コメント [原発・フッ素13] 新潟浄水場の汚泥から4万5544ベクレルの放射性物質を検出した。 鬼畜ユダヤ
15. 2011年7月13日 18:00:13: bVknhkVsdG
新潟県民です。
満願寺浄水場の数値が特別高いのは福島県から流れてきている阿賀野川から取水しているのが原因と思われます。信濃川から取水しているところはかなり(2ケタ)低めです。高い原因が新潟県に降り注いだ放射性物質が原因ではないと思います。
満願寺浄水場の水道水からセシウム・放射性ヨウ素は検出されないとの結果なので、阿賀野川の水に微量含まれる不溶物(泥など)に放射性物質が吸着していて、浄水過程で沈殿除去されているものと考えています。

下水には分流式と合流式がありおそらく関東には合流式が多いのではないかと思います。合流式の場合雨水も一緒に流して処理するため、屋根や路面に降った放射性物質が流れてきて沈殿・濃縮するので高めになるのではないかと思います。分流式は生活排水のみですのでそれほど高くならない可能性があります。

ちなみに、満願寺浄水場の汚泥は「放射性物質」として敷地内で保管管理されているとのことです。
http://www.jca.apc.org/nnpp/nakayama/201106jousuijoumondai.pdf


http://www.asyura2.com/11/genpatu13/msg/910.html#c15

コメント [原発・フッ素14] クローズアップ2011:汚染牛肉 揺らぐ「流通品は安全」 自己申告に限界 (毎日新聞)  赤かぶ
02. 2011年7月13日 18:01:26: yAZZCLUgJo

「風評被害を防ぐ手立ては安全と強調、自己申告に限界」とは、御笑い種です。

毎日新聞さんは、提灯記事が大好きですね。

厚生省は、放射能の数値表示を誤魔化したいのです。

誤魔化そうとしている間に、風評が大きくなるのです。

日本国民を救わなければなりません。

救う方法は、放射能の数値表示です。

放射能被曝数値を表示することにより、50代以上の人は、被曝数字の大きなものを食べ、若い人は被曝数字の小さいものを食べるようにするのです。

子供や女性に、被曝数値食品を食べさせないように配慮することで、将来の日本人を守ることができると考えています。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/251.html#c2

記事 [原発・フッ素14] [緊急報告]:福島第一原発の津波調査を東電任せにしていた原子力安全保安院
[緊急報告]:福島第一原発の津波調査を東京電力任せにしていた原子力安全保安院
http://masanori-asami-hp.web.infoseek.co.jp/Fukushima1NPP/neglect_NISA.htm
*****

マスコミ関係者の方へ、この記事については御自由に報道していただいて結構です。

*****

驚くべき事実をつかみました。

原子力安全保安院が本日(7月13日)14時時点で、未だに福島第一原発の津波の浸水高・遡上高を計測していなかった事が判明しました。

******情報を得た経緯*****

東京電力の原子力安全保安院への津波被害報告・第二報(注1)での津波の高さの東電による推定値と浸水高で矛盾(注2)があるので、原子力安全保安院の担当者の野中氏を追及したところ、本日(7月13日)14時時点まで、福島第一原発を襲った津波の浸水高や遡上高の現地確認をせず、東京電力の報告を鵜呑みにしていた事が判明しました。本来なら4月の第一報(注3)作成時に共同で計測すべきだったはずです。(ただし、本日(7月13日)追及すると、そのうち調査する予定だったと述べてます。)

東京電力は「異常に巨大な天災地変」だとして免責を主張しようとしており、津波の浸水高・遡上高の計測を東京電力のみに任せると不正やサバ読みする危険があり、また、風雨や後片付けによって痕跡消滅の虞があるので早急な現地確認は当然にもかかわらず、調査してなかったのです。
*****
(注1)これは、東京電力HPと原子力安全保安院HP双方で公開されているが、東京電力HPのPDFファイルの方がみやすいです。
(東京電力HP資料)
[福島第一原子力発電所及び福島第二原子力発電所における平成23年東北地方太平洋沖地震により発生した津波の調査結果に係る報告(その2)【概要版】]
http://www.tepco.co.jp/cc/press/betu11_j/images/110708b.pdf

(原子力安全保安院HP資料)
http://www.meti.go.jp/press/2011/07/20110708010/20110708010.html
http://www.meti.go.jp/press/2011/07/20110708010/20110708010-4.pdf

(注2)下記の私のHP記事参照。
[ 福島第一原発の津波の潮位は13.1mとする東京電力報告書の子供だましの矛盾 ]
http://masanori-asami-hp.web.infoseek.co.jp/Fukushima1NPP/Lie_TEPCO_tidelevel.htm

(注3)下記の原子力安全保安院HP資料参照。
http://www.meti.go.jp/press/2011/04/20110413006/20110413006.pdf

http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/267.html

コメント [原発・フッ素14] 放射能を恐れすぎるな、フクシマの危機は過ぎた。  アルチュニャン博士 (BLOGOS) 赤かぶ
44. 2011年7月13日 18:02:09: ubSkRohFSE
ひゃーおっもしろいこのお花畑親爺。

馬鹿馬鹿しいから全部読まなかったけど、典型的な
Fake Scientist ですなー。

他にいう事なし。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/186.html#c44

コメント [原発・フッ素14] 首相「脱・原発依存」表明へ…今夕記者会見(読売新聞) BRIAN ENO
11. 2011年7月13日 18:05:58: yAZZCLUgJo
「脱・缶依存」内閣

原発をうんぬんする時間があれば、早くやめろ!
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/266.html#c11

コメント [原発・フッ素14] [緊急報告]:福島第一原発の津波調査を東電任せにしていた原子力安全保安院 浅見真規
01. 浅見真規 2011年7月13日 18:09:16: AiP1TYI88G3dI : zj9aZfzecI
福島第一原発担当の原子力安全保安院の検査官7人全員が3号機建屋爆発の翌日の
3月15日から一週間、現地から約60km離れた福島市に移動(敵前逃亡?)していた
そうである。

読売新聞ニュース記事参照
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110323-OYT1T00078.htm
> 東京電力福島第一原子力発電所の事故に絡み、
>経済産業省原子力安全・保安院の検査官が事故発生後に約1週間、
>同原発を離れていたことが分かった。
>
>西山英彦審議官は22日の記者会見で、一時撤退した理由について
>。ヨ安全性に問題があり、人間が暮らすには不便が多かった」と述べた。
>
>検査官は各地の原発に赴いて、原発の運営を監督している。保安院によると、
>今回の事故では検査官7人が同原発で業務に当たっていたが、>>15日に現地本部が福島県庁に移った際、ともに県庁へ移動。>>22日に、検査官2人が同原発内の施設に戻った。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/267.html#c1

コメント [原発・フッ素14] 原発代替の化石燃料使用「法人税3割増税と同じ」 経財相 [日経新聞]ウソにもほどがある!原子力委も原発コスト高に転換 あっしら
03. 2011年7月13日 18:13:21: lrZ0vExZkY
与謝野の主張の逆をすれば、日本は安泰。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/263.html#c3
コメント [原発・フッ素14] [緊急報告]:福島第一原発の津波調査を東電任せにしていた原子力安全保安院 浅見真規
02. 浅見真規 2011年7月13日 18:14:16: AiP1TYI88G3dI : zj9aZfzecI
また、福島第一原発事故での原子力安全保安院の広報担当者は部下との不倫疑惑で
交代している。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/267.html#c2
コメント [マスコミ・電通批評12] 東京新聞に「経済制裁」「経済封鎖」という圧力がかかっているようです → さ〜て 我々アリの出番です - (民間人です) 七転八起
57. 2011年7月13日 18:16:05: qQBz4kkdD2
東京新聞がんばれ。

大手紙不買運動を広めよう。
http://www.asyura2.com/11/hihyo12/msg/127.html#c57

コメント [原発・フッ素14] 首相「脱・原発依存」表明へ…今夕記者会見(読売新聞) BRIAN ENO
12. 2011年7月13日 18:19:00: AQqyLULhMc
「脱・原発依存」じゃなくて
首相が表明するのは、「脱原発・依存」
脱原発にしがみついて延命したいってこと。

http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/266.html#c12
コメント [原発・フッ素14] 放射能汚染水 速く安く浄化  鉱山の技術応用  京大 蓄電
05. 2011年7月13日 18:19:20: yAZZCLUgJo
>04さん  同意します。

全て利権がらみ。安く手軽な方法は、「技術じゃない」とすぐいちゃもんがつく。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/259.html#c5

コメント [経世済民72] ウォンは、今年に入って対ドルで6.3%上昇している。これは世界で5番目に高い上昇率であり、ブラジルレアルと同率だ。 TORA
04. 2011年7月13日 18:19:40: Pj82T22SRI
>政府日銀はインフレ防止のために、アメリカのようなドルのばら撒きはやりませんが、そのためにデフレにしてしまった

一応、FRB並みに数十兆円規模で何度もバラまいているから、昔はポンド250円、$120円の円安になったりしたのだが、今は欧米が金融危機で日本円への信認が相対的に高くなり、あまり効かないということだろう。
政府の借金1千兆円に対応する資産が民間にあるから、それに比べて小さいということもある。

>中央銀行の総裁にしてもインフレターゲット政策を理解できるのに、日本の白川日銀総裁や幹部は前例のないことが出来ない

一応、0〜1%程度をターゲットにしているそうだ
あとはインフレ覚悟で包括緩和をやるかどうかだが
彼ら高給サラリーマンにとって、日本経済はそれほど悪くないから、やるメリットがないということだな


http://www.asyura2.com/11/hasan72/msg/395.html#c4

コメント [マスコミ・電通批評12] パソコンからもNHK受信料を 同時配信で調査会が報告書 palクン
07. 2011年7月13日 18:22:17: FL3HBMFVVs
>>6
それ、すごくいい!!
http://www.asyura2.com/11/hihyo12/msg/131.html#c7
コメント [原発・フッ素14] 首相「脱・原発依存」表明へ…今夕記者会見(読売新聞) BRIAN ENO
13. 2011年7月13日 18:24:15: bp91AEqcFk
もんじゅの金食い虫を叩き出すこれがまず手始めだ

次に放射線ゴミをこれ以上増やさない

つぎにしんエネルギー対策


で原子力閉鎖

頼みますよー 菅さん
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/266.html#c13

コメント [カルト8] Re: カルト宗教と言うヤツは恐ろしいを通り越している K24
04. 2011年7月13日 18:24:24: FdTM47z4bT
「脳への電磁的攻撃」:禁止判決と対策サービスも
「精神に作用する電磁放射の攻撃を受けている」として訴えた裁判で、「電子ハラスメント」を禁じる命令が出された。また、対策サービスを提供する企業も出てきている。

http://wired.jp/wv/2009/07/06/%e3%80%8c%e8%84%b3%e3%81%b8%e3%81%ae%e9%9b%bb%e7%a3%81%e7%9a%84%e6%94%bb%e6%92%83%e3%80%8d%ef%bc%9a%e7%a6%81%e6%ad%a2%e5%88%a4%e6%b1%ba%e3%81%a8%e5%af%be%e7%ad%96%e3%82%b5%e3%83%bc%e3%83%93%e3%82%b9/

James Walbert氏は2008年の年末、以前の仕事仲間から、精神に作用する電磁放射の攻撃を受けているとして、これをやめさせるための裁判を起こした。

Walbert氏は、カンザス州セジウィック郡の陪審員団に対し、Jeremiah Redford氏と取り引きをめぐって食い違いが生じた結果、同氏から「放射注入」をするぞという脅しを受けたと説明した。同氏によるとその後、電気ショックの感覚、電子的に作られた音、耳の中ではじける音や鳴り響く音を感じるようになったという。

12月30日(米国時間)、裁判所はWalbert氏側に有利な判決を下し、Redford氏が「電子的な方法」による嫌がらせをWalbert氏に行なうことを禁じるという、画期的な保護命令を出した。これはまじめな話だ。

私は最近、英BBC『Radio 4』で6月20日放送の番組に参加した。番組のテーマは、『影なき狙撃者』と現実世界の関係を軽い感じで見ていき、マインドコントロールの話に現実性があるのかを検討していくというものだった。[影なき狙撃者は、邦訳早川書房刊。無意識に殺人を犯していく男性を描いた小説で、1962年に映画化。2004年には、政治に利用される形で兵士らが洗脳され記憶改変されるという形でリメイクされた(日本語版記事)]

番組で私は、いわゆるテレパシー光線銃や、脳内に直接音を発生させるシステム(日本語版記事)、「神の声」兵器(日本語版記事)など、風変わりな非殺傷兵器の概念について話をする機会を得た。

こうしたプロジェクトは、大半は研究実験か、プレゼンテーションの段階にとどまっている。しかし、法曹、政策、ビジネスの分野で、脳への電磁的な攻撃を真剣に取り上げる動きは出てきている。

Walbert氏の訴訟には、ミズーリ州下院のJim Guest議員(共和党)の支援があった。Guest議員は、RFIDチップの強制埋め込みに反対する法案など、電子ハラスメントに対処するべく提案されている立法に取り組んでいる。

ユネスコでは、電磁波がテロリストに使われる可能性を取り上げる会議が昨年開催された。また、『非殺傷兵器に関する欧州シンポジウム』では2009年に初めて、「プライバシーを侵害するような遠隔捜査と、行動に影響させる応用例」をとりあげた、非殺傷兵器の社会的意味に関するセッションが行なわれた。自分は標的になっていると信じる人たちが、少しずつ公認を得てきているのだ。
http://www.asyura2.com/11/cult8/msg/322.html#c4

コメント [戦争b7] 米国:ブッシュ前大統領など米高官 拷問容疑で捜査すべき  ヒューマン・ライツ・ウオッチ ダイナモ
07. 2011年7月13日 18:24:50: FL3HBMFVVs
そんな事したら オバマも捕まっちゃうじゃないか!
!それはそれで いいのか・・・
http://www.asyura2.com/10/warb7/msg/789.html#c7
コメント [原発・フッ素14] 首相「脱・原発依存」表明へ…今夕記者会見(読売新聞) BRIAN ENO
14. 2011年7月13日 18:25:25: oz33FCcPgo

管首相が人気を取り戻すのは簡単だよ。

(1) できるだけ早く全原発を廃炉にすると宣言、実行に移す。
(2) 福島の子供を即、避難、疎開させる。
(3) 食品の放射能検査を徹底させる。産地偽装や混ぜものは厳しく取り締まる。

これだけやれば支持率は7割を超える。

「脱・原発依存」などと中途半端なことを言うと、
推進派、脱原発派の両方から叩かれるだけだ。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/266.html#c14

コメント [原発・フッ素14] [緊急報告]:福島第一原発の津波調査を東電任せにしていた原子力安全保安院 浅見真規
03. 浅見真規 2011年7月13日 18:25:26: AiP1TYI88G3dI : zj9aZfzecI
とりわけ不愉快なのは危険なのに「安全、安全」とデマを飛ばした事である。
*****

下記の読売新聞ニュース記事参照。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110314-OYT1T00398.htm
> 経済産業省原子力安全・保安院は14日午後0時すぎに記者会見し、
>東京電力福島第一原発3号機の爆発に関し、
>。ヨ。ハ3号機)1階の建屋近くのモニタリングでは、1時間当たり>>20マイクロシーベルトで、
>年間浴びて全く問題のない数値の50分の1程度の小さなものだった」と述べ


原子力安全保安院は数時間後の「放射能雲」の降下を考慮すべきなのに
放射能雲の降下を無視して安全宣言したが、その数時間後に「放射能雲」降下
して空間放射線値は急増した。

下記の東京電力HP資料によれば、福島第一原発と外部との境界付近にある
正門で3月14日午後9時37分に毎時3130マイクロシーベルトという高い空間
放射線量が測定されていた。

http://www.tepco.co.jp/cc/press/betu11_j/images/110315d.pdf
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/267.html#c3

コメント [原発・フッ素14] テロリストになって闘い,死ぬ! (飯山一郎HP) 極楽とんぼ
67. 2011年7月13日 18:25:48: EoY10lIJsp
音響学者さん。地方公務員です。

ビール飲んでちょっといい調子。

やりましょう。

腕が鳴るぜ!



http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/174.html#c67

コメント [原発・フッ素14] 首相「脱・原発依存」表明へ…今夕記者会見(読売新聞) BRIAN ENO
15. 2011年7月13日 18:27:32: bp91AEqcFk
ウランだってそんなにある資源ではない
遅かれ早かれ脱原発は誰もが通る道のりだ

フランスだってウランが無くなれば終いやで
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/266.html#c15

コメント [原発・フッ素14] [緊急報告]:福島第一原発の津波調査を東電任せにしていた原子力安全保安院 浅見真規
04. 浅見真規 2011年7月13日 18:28:14: AiP1TYI88G3dI : zj9aZfzecI
原子力発電では表面的コストに含まれない潜在的コストが多い。
原子力発電の潜在的コストとして職務怠慢で危険なのに安全だとする
原子力安全保安院の職員の給与や事務所経費等も含まれているのだ。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/267.html#c4
コメント [経世済民72] ウォンは、今年に入って対ドルで6.3%上昇している。これは世界で5番目に高い上昇率であり、ブラジルレアルと同率だ。 TORA
05. 2011年7月13日 18:30:30: FL3HBMFVVs
韓国の経済
もうすぐ終る・・さようなら。
http://www.asyura2.com/11/hasan72/msg/395.html#c5
コメント [原発・フッ素14] テロリストになって闘い,死ぬ! (飯山一郎HP) 極楽とんぼ
68. 2011年7月13日 18:30:40: EoY10lIJsp
あ、67ですが、

誤解のないように。

決して、暴力は使いませんよ。暴力反対。

「殴られ」にいくのです。

殴ってきても殴り返しませんよ。ふふふ。

受けるだけです。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/174.html#c68

記事 [マスコミ・電通批評12] 首都高3号線で4台絡む玉突き事故、9人搬送(yomiuri online)→正しくは「トラック追突、玉突きで4台絡む事故
またもやトラック隠し。
高速の追突はかなりの数がトラックだ。
その上、大きな事故につながり、死傷者も多くなる。
巻き込まれた方はたまったものではない。
もはやトラックの走行規制は労務を含めて徹底的に厳しく対応しないとならない時期に来ている。
トラックに規制がかかると困るから、プロ守旧勢力であるマスゴミは何とかトラックという文字を題名から隠している。
今日はいくつかの報道機関は正しく題名に「トラック」と表示したが、
プロ守旧勢力の象徴の読売は未だにトラック隠しをしている。


13日午前6時頃、東京都世田谷区の首都高3号上り線で、トラックなど計4台が絡む玉突き事故が起きた。

 警視庁高速隊によると、走行中の大型トラックに後続の中型トラックが追突、その後、トラックとワゴン車が次々と追突したという。現場は直線道路で、同庁で詳しい原因を調べている。

 東京消防庁によると、この事故で、男性計9人が病院に搬送されたが、いずれも命に別条はないという。

(2011年7月13日10時41分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110713-OYT1T00333.htm?from=main5
http://www.asyura2.com/11/hihyo12/msg/132.html

コメント [原発・フッ素14] 原発止めて火力にしたら環境破壊(CO2増加も含めて)が進むけど… と原発推進派のヒトの主張  - (民間人です) 七転八起
05. 2011年7月13日 18:32:07: 9tUs7iBCwM
電気の無駄遣いが激しいのはアメリカ、中国。日本など、つつましいものです。

それに、化石燃料が環境破壊?福島の原子力の燃料は環境をこれだけ破壊しているではありませんか。

世界の人々は、日本がこのように放射能を世界中に撒き散らすよりは化石燃料でどんどんCO2を出してもらっていたほうがよっぽど良かったのに、と思っています。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/262.html#c5

コメント [原発・フッ素14] 首相「脱・原発依存」表明へ…今夕記者会見(読売新聞) BRIAN ENO
16. 2011年7月13日 18:32:48: tLDpiFvaYI
闇の勢力である電事連を相手に、どこまでやれるのか?!
まあアホでバカである菅直人であるが、まがりなりにも内閣総理大臣である。
一国の首相が発する言葉であるし、責任も伴うのである。
もうここまで、アホ バカ カスと罵られたら開きなをるしか無い。
歴史に名声を残すのか、試金石である。
最後は国民の為にブレずにやってもらいたい!
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/266.html#c16
コメント [原発・フッ素14] 首相「脱・原発依存」表明へ…今夕記者会見(読売新聞) BRIAN ENO
17. 2011年7月13日 18:38:28: BjoezgeVrY
 よく言った。菅直人。 味方はふつうの国民だ。一人ひとりの良心だ。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/266.html#c17
コメント [原発・フッ素14] 東電副社長「他社に電力融通検討」 夏乗り切りにメド [日経新聞]死に物狂いで“節電”している人にきちんと説明してからだろ あっしら
05. 2011年7月13日 18:41:11: evOflCA4AE
失礼だけど、日経新聞なんかを信じてコピペしているようじゃだめだな。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/265.html#c5
コメント [原発・フッ素14] モー底なしの恐怖“セシウム牛モツ”は追跡できない! (zakzak)  赤かぶ
04. 2011年7月13日 18:42:36: 9tUs7iBCwM
>精肉も含めて、セシウムに汚染された牛肉を摂取しても1年間、毎日200グラム食べ続けたとして、放射線量はCTスキャン1回分の4割ほど。健康に影響を与える可能性は限りなく低いとされるが

いいかげんにマスコミもCTスキャンだのX線だのと比べるのをやめてもらいたい。「内部被曝」だ、っちゅうに!
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/258.html#c4

コメント [原発・フッ素14] 首相「脱・原発依存」表明へ…今夕記者会見(読売新聞) BRIAN ENO
18. 2011年7月13日 18:43:17: Mb4DcXILmI
売名でも延命でも・・・、これで流れが変われば・・!

頑張って欲しいです!
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/266.html#c18

コメント [原発・フッ素14] 原発代替の化石燃料使用「法人税3割増税と同じ」 経財相 [日経新聞]ウソにもほどがある!原子力委も原発コスト高に転換 あっしら
04. 2011年7月13日 18:43:30: ppgaFALyoE
まだ原発のコストが安いと言っているアホがいる。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/263.html#c4
コメント [原発・フッ素14] 首相「脱・原発依存」表明へ…今夕記者会見(読売新聞) BRIAN ENO
19. 2011年7月13日 18:50:38: oHWNvEk3m6
反原発、脱原発でも日本の原発事故は、解決の目処さえたっていない。現実逃避している場合か。先のことより、今現在のことに汗をかけ。
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/266.html#c19
コメント [自然災害17] 首都圏直撃!9・11巨大余震…地震列島不気味な1カ月周期 (zakzak)  赤かぶ
17. 2011年7月13日 18:51:25: f4q9Zu8XHM
今日の今日までずっと、リチャード・コシミズの数々の主張こそが正論で、
逆に、リチャード・コシミズを排除しようと必死な阿修羅管理人さんのほうが
国家権力やアメリカ金融資本に飼われた隠れ売国奴だと思ってました。

が、親子丼掲示板(リチャード・コシミズと独立党が運営する掲示板群)を見てて
その考えが変わりました。
自分にとって都合悪い情報を含む書き込みは、掲示板運営者が気付き次第、即座に削除している姿を
何レス分にもわたって目撃してしまいました。
削除したのは、もちろん掲示板運営者であるリチャード・コシミズと独立党です。

自分は阿修羅や2chに書き込みしたいけど、自分の掲示板への気に食わない内容の他人の書き込みは嫌。
リチャード・コシミズと独立党の、そういう身勝手、自己中な姿が露骨なまでによく見えました。
阿修羅掲示板からリチャード・コシミズと独立党を排除した阿修羅管理人さんの処置は
けっきょく正しかったんだということがわかりました。
リチャード・コシミズと独立党が、こんなにも自分さえ良ければいい人々だったとは驚きです。

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(以下、削除されてたレス。スレッドのバックアップより。)
3.11人工地震テロを研究するスレッドPart2
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/news/2092/1304769718/

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317 :浜田和幸政務官バンザイ!:2011/07/13(水) 09:12:51 ID:eRh4P06Y0
3.11東日本大震災が
アメリカの気象兵器を利用して(アメリカと日本との、合同テロ・連携プレー・国策犯罪として)
引き起こされた人工災害であることを公の場で認めた、浜田和幸政務官バンザイ!

首都圏直撃!9・11巨大余震…地震列島不気味な1カ月周期 (zakzak)  赤かぶ
http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/461.html?c12#c12
http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/461.html?c12#c3

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318 :浜田和幸政務官バンザイ!:2011/07/13(水) 09:29:02 ID:eRh4P06Y0
3.11人工災害のような国策テロ・国策犯罪は、たとえアメリカなど他国の兵器・設備・人員などを使って引き起こされてはいても
通常は必ず、自国(日本)領土領海内・自国民(日本国民)を標的にして
自国の中枢を牛耳る政官財の黒幕共の要求によって、利益誘導し私利私欲を満たすために実行されるものだ。

日本の場合だと
警察、自衛隊+防衛省、消防(日本では消防も、極秘で日頃から諜報工作活動を行っている)、
海上保安庁、公安調査庁、内閣情報調査室…
などの危機管理職官庁群が黒幕の一角および実行部隊として陣取り、その中枢部の人間達が甘い汁を吸い続けている。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

319 :浜田和幸政務官バンザイ!:2011/07/13(水) 09:38:56 ID:eRh4P06Y0
日本国内で引き起こされた国策テロ・国策犯罪の主導権・教唆犯・主犯は
アメリカ側ではなく、あくまでも日本側である。
アメリカは単なる従犯・共犯なだけである。体よくアメリカに泣きつき抱き込み利用し
自己へ利益誘導し私利私欲を満たそうとする邪悪な悪魔共が、必ず日本の政官財の中枢にひそんでおり
一連の犯行を指揮しているのが普通だ。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

320 :自分は名無しであります:2011/07/13(水) 13:15:24 ID:dAp6rp3c0
> 警察、自衛隊+防衛省、消防(日本では消防も、極秘で日頃から諜報工作活動を行っている)、
> 海上保安庁、公安調査庁、内閣情報調査室…

共通キーワードは・・・創価学会。
これらのどの役所も、在日(帰化者および子孫)および下層民という、カネや利権に極端に汚く自己保身欲と権力欲に満ちあふれる連中が職員(公務員)の大半を占めてるのが実態。
戦後65年かけて、創価学会は毎年毎年、大勢の学会員を日本中のありとあらゆる役所に
教団ぐるみの重要戦略として積極的に就職させ、
平均して職員(公務員)の8割以上(警視庁に至っては9割5分以上もの超高率)を創価学会員が占有するに至った。
地方議会の警察委員会、消防委員会は40年以上ずっと公明党が支配し、毎年の予算の認可も公明党の顔色ひとつで決まってしまうという有り様。
役所幹部による創価学会詣、公明党詣が後を絶たないという現実。
どの役所も、役所内外を創価学会によって押さえられてるため、創価学会の言いなりの下部組織として機能してるという現実を直視する必要あり。

日本共産党という西欧北欧型の社会民主主義政党のことを警察が未だに敵視してるのは決して警察、国の都合ではなく、
それらを手中に収め支配する創価学会の宿敵が日本共産党だから、というのが本当の理由。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

321 :自分は名無しであります:2011/07/13(水) 13:22:05 ID:dAp6rp3c0
>>320は、つい先ほど、昼ごろまで掲載されてて、その後削除された投稿>>317-319についてのレス。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

322 :自分は名無しであります:2011/07/13(水) 17:37:50 ID:uR.MEfFM0
>>310

自分の気に入らない論調の投稿を削除してるのって

リチャード・コシミズだろ?

だって、この親子丼掲示板の設置者・管理者は

リチャード・コシミズ(&独立党)のはずだからな。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/461.html#c17

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