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肝話窮題 isyYYouHkeg コメント履歴 No: 100003
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[政治・選挙・NHK263] <つなぐ 戦後74年>「他国の歴史認識知ること大切」 歴史教育者協議会・山田教授が警鐘(東京新聞)
2019年8月2日 朝刊

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「立場の違う他者の歴史認識を理解することが重要」と話す山田教授=川崎市多摩区で

 歴史をテーマにする学者や教育関係者らでつくる歴史教育者協議会が今年、創立七十年の節目を迎えた。九条改憲が現実味を帯び、日韓関係の悪化が懸念される中、歴史認識の重要性を訴える会員たち。埼玉県草加市で三〜五日に開かれる全国大会を前に、委員長を務める山田朗(あきら)・明治大教授に思いを聞いた。 (聞き手・清水祐樹)

 −なぜ歴史認識が重要なのか。

 歴史は、自分たちが体験していないことから学べる人間の英知だ。なぜ、今の平和憲法ができて大切に継承されてきたのか。それだけ繰り返していけないことが過去にあったということ。歴史認識とは国際理解でもある。同じ事象でも、立場によって伝えられ方は異なる。戦争で言えば、加害側と被害側。八月十五日は日本人にとっては終戦の日だが、韓国人から見れば植民地支配からの解放の日という位置付けになる。どちらが正しいかではなく、他者の歴史認識を知ろうとしなければ、相互理解が進まず、対立が深まるだけだ。

 −歴史認識で注意すべきことは。

 歴史上、何が起きたのかをきちんと掘り起こすことが大切だ。原爆のきのこ雲の写真に対し、日本人は悲惨な光景を連想するが、米国の中には戦争を終わらせた平和の象徴ととらえる人もいる。アジアでは解放の象徴とみられることもある。そういう認識もあると知ることが重要だ。

 −教育と歴史認識のかかわりは。

 他者の歴史認識を取り上げていくのが教育の役割。海に囲まれた日本は外部との交流が少なく、内向きの認識が主流となってきた。他者の視点を踏まえて多角的に歴史を学んでいかないと。戦争でも「当時は仕方なかった」と過去に肯定的な見方だけしていては、歴史から何も学ぶところがなく、未来につながらない。

 −歴史修正主義の強まりが懸念されているが。

 歴史修正主義は、歴史の一部分を強調し、結果として事実と違うことを主張するのが特徴。放置せずにきちんと抑制しないと危険だ。インターネットで検索しただけで分かったつもりになる若者が増えるなど、教養の在り方が崩れてきているのが、まん延の一因ではないか。

 −地域で歴史に触れるには。

 核家族化が進み、家庭内で歴史が伝えられる機会は減ったが、地域には資料や石碑などが残っている。そうしたものに触れて地元の歴史を学ぶことは、視野を広げる契機になる。

<歴史教育者協議会> 過去の誤った歴史教育が軍国主義やファシズムの柱となっていたとの反省から、歴史関係の学者や教職員らによって1949年7月に設立され、2011年4月に一般社団法人に移行した。全国の都道府県や地域・学園ごとに支部組織があり、現在の会員は約1600人。各支部は、歴史や社会問題を学び、社会科の授業や教育を巡る実践報告を出すなどし、中国や韓国の教員との交流もある。研究成果は毎夏の全国大会で報告され、理解を深め合う。

https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201908/CK2019080202000133.html
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[政治・選挙・NHK263] 日韓貿易摩擦の深層にあるもの(長周新聞 コラム狙撃兵)
2019年8月2日

 ここにきて日韓両政府はなぜもめ始めたのか? 目前で取り沙汰されているように徴用工問題への対応や貿易手続きを巡る細細な問題はあるにせよ、それはあくまできっかけにすぎず、背後にはもっと別の事情が潜んでいるように思えて仕方がない。折り合えるはずの話が折り合えず、むしろ折り合う気すらないように見えるからだ。理由や屁理屈など後からいくらでもくっつけることができる。しかし、そうやってお互いがお互いを困らせ、経済的にも打撃をくらい、決裂していく先に何が残されるのか−−。

 それこそ74年の歴史を巻き戻して、35年に及ぶ植民地支配に端を発した積年の意地がぶつかりあっている。目先の手続き論云云に惑わされて、どちらが正義でどちらが悪か、日本の味方なのか、韓国の味方なのかという単純な話に落とし込めて悲憤慷慨(ひふんこうがい)したり、あるいは植民地支配イデオロギーの残渣(ざんさ)を丸出しにして対立を深めるというのでは、問題の解決を遠ざけるだけである。両国がどう近隣国として友好平和の道を歩むのか未来を見据えた対応が不可欠で、かつて暴支膺懲(ぼうしようちょう)を叫んで突っ込んだように、ナショナリズムだけを煽るのは日韓関係の今後にとっても害悪でしかない。
とくに朝鮮半島で歴史的な南北和解と朝鮮戦争終結の動きが進むなかで、日本社会としてはこの変化とどう向き合っていくのかが、今後の東アジアでの立場を決定付ける重要なポイントとなっている。落としどころなき喧嘩腰外交に明け暮れているというのでは、ますます蚊帳の外に置かれてしまうだけである。

 第二次大戦後のパクスアメリカーナといわれた世界覇権の枠組みのなかで、アメリカに従属した日韓はとりわけ冷戦期にかけて政治的にも経済的にも密接な関係を切り結び、東アジアのなかでは一方の社会主義陣営である中国やロシア、北朝鮮と対抗して矛盾を形成してきた。日韓の戦後出発はともに似たもので、それこそアメリカは日本では戦犯だった岸信介を無罪放免にして植民地統治の手駒として利用し、絶対主義天皇制を支えてきた統治機構も解体するのではなく、アメリカに屈服させたもとで丸ごと戦後体制に利用して間接統治の形をつくった。あれだけ鬼畜米英を叫んでいたのが、一転して銃声一発飛びかうことなく武装解除できた(日本モデル)のは、日本の支配層がアメリカに完全にひれ伏したからにほかならない。

 方や朝鮮戦争で分断された韓国も同じで、日本の植民地支配のもとで朝鮮総督府に協力していた人材が丸ごとアメリカのもとで復職を遂げ、今度は軍事独裁政権という暴力的な権力機構によって人人を抑える役割を果たした。韓国の保守勢力のルーツは岸信介をはじめとした日本の支配層にとって戦前からのつながりが深い目下の部下であり、例えば朴槿恵の父親である朴正煕(軍事独裁政権下の大統領)も、日本の植民地支配に加担した日本陸軍士官学校(58期)の卒業生である。「戦後賠償で岸の朝鮮(韓国も含む)利権はすごかった」というのは古い自民党関係者なら誰でも知っている話だが、韓国の政財界との人脈的パイプが図抜けていたのも、満州統治時代の遺産にほかならない。そして、74年を経てなお「韓国を発展させてやったのは日本なのだ」という言説が一部でまかり通っているのも、そうした植民地支配を正当化し、悪びれていない側の意識のあらわれなのである。

 「韓国がなにを生意気をいうか!」という日本の支配層の意識の根底にあるのは、植民地支配時代から引き継いだイデオロギーそのものであり、それが安倍政府のもとでやられていることに歴史的因縁を感じないわけにはいかない。ルーツを同じくする仲間であろう朴槿恵が弾劾され、歴代の自民党政府が気脈を通じてきた韓国の保守勢力が打倒されたことが面白くない、民主化運動によって文在寅のような大統領が誕生し、「北のミサイルが!」といって大騒ぎしながらアメリカから武器を売りつけられたり、Jアラートをかき鳴らしていたのに南北和解に進み、「北の脅威」がなくなることが面白くない、ならばやっちまえ! と動いているようにしか見えないのである。相手が朴槿恵ならこうはならなかったはずだ。

 「植民地支配の精算は終わった。いつまでカネをせびるつもりだ」という意識が日本社会のなかにも少なからず浸透しているのが現実だ。ただ、徴用工問題は植民地支配の際に日本の大企業が犯した犯罪について被害者である個人が訴えているものであり、国家の戦後賠償とは明らかに性質が異なる。それこそ戦後賠償を通じて美味しい思いをした日本の政治家界隈もいるなかで、真に清算されていないことが問題を長引かせているといえる。いまだに上下関係を意識して侮蔑していることが何よりの証拠で、植民地支配の苦しみを味わった側が激怒するのも当然なのである。

 反日、嫌韓の偏狭なナショナリズムに意識を引っ張られるのではなく、双方の社会に暮らしている市民は互いに友好平和を求め、冷静に状況を捉えることが求められている。乗せられて74年前に戻ったかのように感情を高ぶらせるというのでは元の木阿弥であり、それこそ「朝鮮人がなにをいうか!」などといってマウントをとるような民族差別的な意識は、21世紀のこの時代には断ち切らなければならない。子や孫にまで引き継いで拳を振り上げるのか? と思う。

 この間の韓国国内の政治状況の変化は著しいものがある。さらに米朝が緊張しつつも朝鮮戦争の終結に向けて歩み始め、北朝鮮の市場開放という資本主義各国にとってはよだれが垂れるほどの事態が動き始めている。ジム・ロジャーズ(世界三大投資家)などの著作を読んでも正直なものである。パクスアメリカーナが崩壊するなかで、世界は多極化へと向かい、韓国は一帯一路や北朝鮮の市場開放とも連携しながら、属国からの脱却を図る色彩を強めている。それは韓国の民衆の意識を反映したもので、戦後レジュームからの脱却である。このなかで、東アジアでアメリカの唯一の属国になろうとしている者が、「属国でなければけしからん!」とかつての仲間を揺さぶり、引き留めているような光景にも見えるのである。  武蔵坊五郎

https://www.chosyu-journal.jp/column/12660
http://www.asyura2.com/19/senkyo263/msg/901.html

[政治・選挙・NHK263] <くらしデモクラシー>日中戦争写真展、後援せず 文京区教委「いろいろ見解ある」(東京新聞)
2019年8月2日 朝刊

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揚子江岸に散乱する死体を写した村瀬守保さんの写真を説明する矢崎光晴さん=台東区で

 日中戦争で中国大陸を転戦した兵士が撮影した写真を展示する「平和を願う文京・戦争展」の後援申請を、東京都文京区教育委員会が「いろいろ見解があり、中立を保つため」として、承認しなかったことが分かった。日中友好協会文京支部主催で、展示には慰安婦や南京大虐殺の写真もある。同協会は「政治的意図はない」とし、戦争加害に向き合うことに消極的な行政の姿勢を憂慮している。 (中村真暁)

 同展は、文京区の施設「文京シビックセンター」(春日一)で八〜十日に開かれる。文京区出身の故・村瀬守保(もりやす)さん(一九〇九〜八八年)が中国大陸で撮影した写真五十枚を展示。南京攻略戦直後の死体の山やトラックで運ばれる移動中の慰安婦たちも写っている。

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村瀬守保さん=日中友好協会提供

 同支部は五月三十一日に後援を区教委に申請。実施要項には「戦場の狂気が人間を野獣に変えてしまう」との村瀬さんの言葉を紹介。「日本兵たちの『人間的な日常』と南京虐殺、『慰安所』、日常的な加害行為などを克明に記録した写真」としている。

 区教委教育総務課によると、六月十四日、七月十一日の区教委の定例会で後援を審議。委員からは「公平中立な立場の教育委員会が承認するのはいかがか」「反対の立場の申請があれば、後援しないといけなくなる」などの声があり、教育長を除く委員四人が承認しないとの意見を表明した。

 日中友好協会文京支部には七月十二日に区教委が口頭で伝えた。支部長で元都議の小竹紘子さん(77)は「慰安婦の問題などに関わりたくないのだろうが、歴史的事実が忘れられないか心配だ。納得できない」と話している。

 日中友好協会(東京都台東区)などによると、村瀬さんは兵たん自動車第十七中隊に配属され、一九三七年から二年間半、中国大陸を転戦。持参したカメラで部隊の様子を撮影していた。写真を渡された隊員たちは内地の家族に送っていたため、撮影は半ば公認されるようになった。死去後、家族が協会に約八百枚の写真を寄贈。パネル化され、四年ほど前から全国の戦争展などに貸し出され、延べ約八十回展示された。

 村瀬さんの写真が中心の企画もあり、二〇一五年開催の埼玉県川越市での写真展は、村瀬さんが生前暮らした川越市が後援。協会によると、不承認は文京区の他に確認できていないという。

 一方、〇五年には、埼玉県平和資料館が、常設展示していた昭和史年表にある村瀬さんの写真や、「南京大虐殺」などとした表記を白い紙で覆い隠し、議論になった。同資料館での写真展示は〇七年、「南京占領から二週間ほど後の揚子江岸付近」とキャプションを付けて再開されたが、説明書きは「南京事件・南京大虐殺」などと修正された。一三年の同館リニューアル後は写真の展示自体がなくなった。

 協会事務局長の矢崎光晴さん(60)は、今回の後援不承認について「承認されないおそれから、主催者側が後援申請を自粛する傾向もあり、文京区だけの問題ではない」と話す。「このままでは歴史の事実に背を向けてしまう。侵略戦争の事実を受け止めなければ、戦争の歯止めにならないと思うが、戦争加害を取り上げることに、行政は年々後ろ向きになっている」と懸念を示した。

<南京大虐殺(南京事件)> 旧日本軍が1937(昭和12)年12月ごろ、中国国民政府の首都南京を陥落させ、中国軍の敗残兵や捕虜、一般市民を南京城内外で殺傷し、暴行したとされる事件。日本政府は「非戦闘員の殺害や略奪行為などがあったことは否定できない」とする一方、人数には言及していない。事件の規模や虐殺の定義、戦時国際法違反だったかを巡り論争が続いている。

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村瀬さんが撮影した、トラックで運ばれる慰安婦=日中友好協会提供

https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201908/CK2019080202000136.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo263/msg/902.html

[政治・選挙・NHK263] <親友対談 しなやかな反骨>(4) 元文科次官・前川喜平さん×城南信金顧問・吉原毅さん(東京新聞)
2019年8月2日 朝刊

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若き前川喜平さん(右)と吉原毅さん(左)。英国駐在中の前川さんを吉原さんがビジネススクールの卒業旅行で訪ねた=吉原さん提供

 二人は、麻布中学・高校の同級生で、ともにラグビー部で過ごした仲間。「しなやかな反骨」の根っこは「麻布のDNA」だ。

 前川 僕は奈良の田舎の出身。小三で東京に引っ越したけど、東京の子供のリズムについていけず、不登校になった。六年になったころ急に親が麻布中学を受験してみたらと言うので、バタバタと勉強した。

 吉原 僕は、もともと大田区の蒲田の梅農家です。蒲田は梅の名所で、梅を集めて作ったのが梅屋敷。麻布学園は、城南地区出身が多い。近所の兄ちゃんとかがいて親しみがある。

 前川 弁当は休み時間に食べちゃう。売店で毎日、あんパンを買って食べた。中一か中二のころついたあだ名が、あんパンだぬき。

 吉原 育ち盛りだからね。購買所のパンで足りなくて外で焼きそばを食べたり、一日五食ぐらい。中三でラグビー部に入った。青春と言えばラグビーという時代。あこがれますよね。

 前川 僕は中二から。しばらく部活をせずにボーッとしてましたけど、授業で麻布ボールっていう麻布独自の球技をやって、その発展上にラグビーがあった。

 吉原 前川さんとは体格が同じぐらいだったから「君たちはフォワードのロックね」と言われて…。

 前川 スクラムの二列目です。プロップというでっかいのが二人、真ん中に足でボールをとるフッカー。その三人のお尻の間から頭を入れて押すのがロック。

 吉原 展開するバックスがヒーローで、フォワードは裏方。裏方でも前の三人がかっこいいけど、後ろになると全然目立たない。

 前川 勝った記憶がほとんどない。ラグビー部をつくって最初の練習試合に選んでくれた学校には勝った。

 吉原 前川さんは寡黙なイメージ。テレビで見て、こんなにしゃべるのかと思った。当時は深い言葉をぼそっと言うような感じで。

 前川 少しずつ外交的になってきた。中学、高校はおとなしい少年だった。

 吉原 前川さんはいつも体操服。男子校って、バンカラでオッケー。共学校だと女性を意識するけど、みんなバンカラで気楽だった。

 前川 吉原さんは紅顔の美少年。もう一人吉原がいてきれいな吉原と、そうでない吉原と言われていた。

 吉原 「ラグビーは男のスポーツ」、この一言でなかなかやめられなくて。試合では、体格のいい選手が突っ込んでくる。左右を見ると、おまえが守るしかないと目でサインしてくる。しょうがないから、真っ正面で膝から太ももあたりを目がけてタックルする。目をつぶって。止めることはできた。勇気というほどではないけど、自己犠牲。

 前川 ラグビーで身に付けたものは、何だろう。負け続けても続ける粘り強さが面従腹背につながっているのかも。麻布中高で過ごした六年は、貴重な時間だったのは間違いない。僕らの時代は紛争の真っ最中。その中で人間形成をしたのは得難い経験だった。

 吉原 校長室を友達が占拠したことも。早熟な先輩たちが建国記念日制定の年、反対のデモをしたいという話から紛争になった。建国記念日は戦前回帰の動きだろうとあおって。われわれは遠巻きに見ていた。

 前川 僕はノンポリ。今だったらデモに参加しているかもしれないけど。

 高校生のとき、音楽の先生が、きょうは君たちと話し合いたいと言って朗読したのが、宮沢賢治(*1)の「生徒諸君に寄せる」という詩。「本気になって取り組めば、未来が開けてくる」というメッセージをくださった。読むと、未来に向かって生きていこうという気になる。あれは、僕のその後の人生をけっこう決めている。人間には何げない一瞬がものすごく大事なことがある。僕の場合は、音楽の先生の賢治の詩。

 吉原 高二の文化祭の時、機動隊が学内に入り、仲間が蹴飛ばされた。次に放水が来る。ここで逃げるわけにはいかない。ラグビー精神ですよ。ワン・フォー・オール。迷ったときは傍観者はだめ。そういうことはラグビーから学んだ。

 前川 「いちご白書」(*2)の世界みたい。僕は校庭の端っこでフォークダンスをしていた。女の子と手をつなぐチャンスで。傍観者にもなっていない。

 ぼんやりした夢は、小説家か物理学者。宮沢賢治を読んでいると、宇宙がたくさん作品に出てくる。宇宙を知りたい気持ちと、人間の世界に入っていきたいという気持ち。仏教の本を読んでいたから、仏教を通じて真理に迫りたいとも。国家公務員になりたいなんて全然考えてなかった。

 吉原 ラグビー部でもプラトンとか仏教の本を読む友達がいて、いろいろ個性を持っていた。旧制高校ほどデカンショ(*3)してたか分からないけれども。いろんな人たちがいるのが麻布の面白さ。目先の損得を考えるんじゃなくて、理想とか理念とか、そういったものに関心を持ってる人が多かった。最近ラグビー部の友達に会ったら、言うんだ。「麻布は結局、倫理の学校だよな」って。 =おわり

*1 詩人、童話作家。1896〜1933年。
*2 米コロンビア大の学生運動を描いた米作家ジェームズ・クネンのノンフィクション。1970年に映画化された。
*3 デカルト、カント、ショーペンハウアーの三人の哲学者の名前を合わせた呼び名。

<親友対談 しなやかな反骨>(1)前川さん「三位一体改革に反対 クビ飛んでもいい」 吉原さん「官僚なのにこんなブログ書いていいの」 
http://www.asyura2.com/19/senkyo263/msg/784.html

<親友対談 しなやかな反骨>(2)吉原さん「多様性が組織生かす」 前川さん「いろんな意見大切」
http://www.asyura2.com/19/senkyo263/msg/834.html

<親友対談 しなやかな反骨>(3)吉原さん「辞めてしまうのは負け」 前川さん「ヨットは逆風でも進む」
http://www.asyura2.com/19/senkyo263/msg/864.html

川喜平さん・吉原毅さん 親友対談「しなやかな反骨」(動画 32:18)
https://youtu.be/JAzRZSvdWoo
https://www.youtube.com/embed/JAzRZSvdWoo

https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201908/CK2019080202000128.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo263/msg/903.html

[政治・選挙・NHK263] 国会の開会式に、なぜ天皇なのか。(澤藤統一郎の憲法日記)
 
戦前の話だ。天皇が神であり統治権の総覧者でもあったころにも、貴衆両院からなる帝国議会というものがあった。が、帝国議会は立法権の独立した主体ではなかった。当然のこととして、立法権は天皇に属し、帝国議会はその協賛機関に過ぎないとされた。
そのことを、臣民どもによく分からせるために、会期の冒頭には貴族院で開院式が行われ、ここで毎回天皇が勅語を述べた。貴族院本会議場の正面、議長席真後ろの奥、一段と高いところに天皇の玉座がしつらえられた。天皇が議員を見下ろす位置にである。勅選の貴族院議員も、選挙を通じて議員となった衆議院議員も、天皇を仰ぎ見、天皇に低頭して拝謁した。

その開院式における勅語。その典型的な一例を引用しておこう。第79回帝国議会(1941年12月26日)太平洋戦争勃発直後の時期におけるものである。

    朕茲に帝國議會開院の式を行ひ貴族院及衆議院の各員に告く
    朕か外征の師は毎戰捷を奏し大に威武を中外に宣揚せり 而して
   友邦との盟約は益益固きを加ふ朕深く之を欣ふ 朕は擧國臣民の
   忠誠に信倚し速に征戰の目的を達成せむことを期す 朕は國務大臣
   に命して昭和十七年度及臨時軍事費の豫算案を各般の法律案と共に
   帝國議會に提出せしむ卿等克く時局の重大に稽へ和衷審議以て協贊
   の任を竭さむことを期せよ

 これが、帝国議会開会式での天皇の発言。天皇制の時代の雰囲気がよく伝わってくるではないか。あれは、昔のことか。いや、実は今もたいして変わってはいないのだ。
貴族院が参議院に変わり、勅語が「お言葉」に変わりはした。その余は、今も昔も大きくは変わっていない。

昨日(8月1日)が臨時国会開会。その開会式で、新任の天皇が原稿を読みあげて発語した。その朗読原稿は、下記のとおりと報道されている。

    本日、第199回国会の開会式に臨み、参議院議員通常選挙による
   新議員を迎え、全国民を代表する皆さんと一堂に会することは、私の
   深く喜びとするところであります。
    ここに、国会が、国権の最高機関として、当面する内外の諸問題に
   対処するに当たり、その使命を十分に果たし、国民の信託に応えるこ
   とを切に希望します。

 これは、開会宣言ではない。開会の式辞でもない。開会式に参加して、一言感想と希望を述べたという発言に過ぎない。なぜ、こんなものが必要なのだろうか。

通常の言語感覚からは、やや奇妙な物言いである。公的な場では「全国民を代表する皆様」と言うのが普通の日本語だろうが、天皇たるもの、国民に「様」付けはできないようだ。おそらくは、「さん」までが許容範囲なのだろう。「私の深く喜びとするところであります」も、もってまわった、ヘンな言い方。単に「皆さんと一堂に会する」程度のことを、「深く喜びとする」というのが、いかにもわざとらしくて不自然。勅語の時代の「朕深く之を欣ふ(これをよろこぶ)」の名残なのかも知れない。

後半の「国権の最高機関として、当面する内外の諸問題に対処するに当たり、その使命を十分に果たし、国民の信託に応えることを切に希望します」というのは、この上なく徹底した無内容。

もちろん、内容のある発言では、あちこちに問題が生じることになるから、無内容に徹することにならざるを得ない。ならば、こんな無内容なことをなぜ言わねばならないか、聞かされなければならないか、また見せつけられなければならないのか。それが大きな問題なのだ。

憲法には、天皇のなし得る行為が限定列挙されている。そのなかに、国会の開会式への出席も、そこでの発言も書かれてはいない。当然のことながら、天皇は憲法に書かれていないことをするべきではない。

憲法第4条1項には、「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。」と明記されている。「この憲法の定める国事に関する行為」というのが、憲法第6条と7条に列挙されている国事行為のことであって、天皇がなし得るのはこれのみ。これ以外のことをしてはならない。だから、本来は国会の開会式に出かけたり、発言したりしてはいけないのだ。内閣が呼び出してはいけないわけだ。

もちろん、天皇にも人格はあり、制約・制限は大きいが一応人権の保障もある。天皇の私的な生活は認められ、そのための金銭の支給もなされている。国の関与と切り離されたところでなら、家代々の宗教儀式だってできるのだ。たとえば、大嘗祭だって、政府と関わりなくひっそりと、私的な収入と貯金を使ってやる分には問題はない。

つまり、天皇の行動には、「国事行為」と「私的行為」の2種類だけがある。それが原則のはずだった。ところが、その中間領域があるという解釈がある。解釈があるというのは不正確で、そのような既成事実が積み重ねられて、これを追認する解釈が生まれたのだ。

この、私的領域の行為ではないが国事行為でもないという、中間領域の天皇の行為を「公的行為」とか「象徴としての行為」と名付けられている。前天皇(明仁)は「象徴としての行為」の実績作りに熱心だった。見方によれば、違憲行為の実績作りに熱心だったことになる。

問題の核心は、天皇という存在の位置づけにある。大日本帝国時代と同様に、天皇が議会正面上階の玉座から、国民の代表を見下して、無内容なことを述べることが、国会の開会式に権威を付与することになる、という考え方がある。これが、時代錯誤の危険な考え方だといわなければならない。

かつて、人の理性が覚醒に至っていなかった時代、権力の正当性の根拠は宗教的権威に求められた。あるいは、血統への信仰にである。古代エジプトでも、ヨーロッパ近世の絶対主義王政でも。近代市民社会の理性は、このような蒙昧を排して、統治の正当性を人民の意思のみに求めるに至った。

大日本帝国憲法は神聖なる万世一系の天皇が統治した宗教国家であった。統治の正当性の根拠は、8世紀に成立した神話に求められ、神なる天皇の権威に臣民らがこぞってひれ伏すことによって成立した。これに対して、日本国憲法は、神なる天皇の権威を否定し、主権者国民の意思のみを統治の正当性の根拠とした。が、徹底していない。その不徹底の部分が、歴史の産物としての、象徴天皇制である。

日本国憲法下の日本社会の歴史は、この象徴天皇制という曖昧模糊なるものの肥大化を許すか、極小化してゆくか、常にその岐路に立ち続けてきたのだ。

無内容でも国会の開会式に天皇を招いて発言させることが、有権者の意思のみによって成立したはずの国会に、有権者の意思を凌駕する天皇の権威を国会に付与することになるというのが、今の国会開会式の慣行を支える思想なのだ。天皇が上から目線で国民代表を見下ろし、国民代表が天皇に頭を下げる。どうして、こんなとんでもない構図が、戦後からこれまでも生き続けているのだろうか。

少なくとも、私が一票を投じた議員や政党には、こんな開会式に出席して、天皇に頭を下げてもらいたくはない…のだが。
(2019年8月2日)

http://article9.jp/wordpress/?p=13063
http://www.asyura2.com/19/senkyo263/msg/904.html

[政治・選挙・NHK264] 韓国への経済制裁は、破綻する――歴史を百年前に引き戻す経済制裁(ちきゅう座)
2019年 8月 3日
<矢沢国光(やざわくにてる):ちきゅう座会員>


 日本政府は、8月2日、韓国への経済制裁を閣議決定した。

 だが、この経済制裁は、破綻する。なぜか?

 第一に、日本政府自身がすでに「徴用工問題」を口にできなくなっている。

 今回の経済制裁が「徴用工問題への報復」であることは明らかだ。にもかかわらず、韓国がWTO提訴の意向を示し、問題が国際化するや、徴用工のチョウの字も言わなくなった――「安全保障上の国際的責任からホワイト国指定を取り消す輸出管理の問題だ」と。

 世界はトランプ大統領の保護主義に脅威を感じている。この脅威を加速する経済制裁を発動するのは、国際世論の支持を得られない。

 日本政府はこのことに気づいた。だから「経済制裁」という言葉を封印し、「輸出管理の国内処理問題」と逃げているのだ。

●国内外からの反発

 第二に、日本政府の予想をはるかに上回る韓国の反発。与野党、官民一体となっての半導体産業自衛策、日本製品不買運動、交流事業の自粛、…と、日本への反発は日を追って拡大し、韓国からの観光客の大幅減少は、日本の観光地に悲鳴を上げさせている。参院選で改憲勢力維持に失敗し、さなきだにレームダック化の懸念ある安倍政権にとって、経済制裁発動に対する国内からの反発は政権の躓きの石となりかねない。

●グローバル化時代の経済制裁の破壊力

 第三に、「経済制裁」のもつ破壊力である。

 かつては北朝鮮より貧しかった韓国が先進国並みの経済力を身につけたのは、日本−アジアNIEs(韓・台・シンガポール・香港)−アメリカという世界経済連関に組み込まれたからである。

 その後の製造業の国際分業(サプライ・チェイン)の飛躍的発展は、IT革命をテコにめざましい。2011年東日本大震災における自動車部品の生産停止が、遠く離れたアメリカやアジアの自動車生産を減速させた。

 グローバル化した世界経済において、ほとんどの国は、得意分野に生産を特化し、自由な貿易にその経済的基盤を置いている。原材料・部品の輸入の途絶が、関連産業だけでなく、その国の国民経済全体に致命的ともいえる大きな打撃を与える構造に、今日の世界経済はなっているのだ。

 半導体製造を国民経済の主力産業とする韓国が、半導体製造の原材料の輸入を停止されることで陥る危機的状態がまさにこれだ。

●経済制裁は「総力戦」の武器

 ドイツが英仏に負けたのは、戦場で負けたのではなく、「カプラの冬」(1917年冬、70万人餓死、カプラは蕪の一種)に象徴される国民生活の崩壊によって敗北した、とされる。ドイツに「カプラの冬」をもたらしたのは、イギリス艦隊による経済封鎖=食糧輸入の途絶であった。

 日本が勝算なき太平洋戦争に突入したのも、英米による原油輸入禁止の経済制裁でよる。さらに。日本の降伏は、連合軍の上陸による日本軍隊の破壊ではなく、東京大空襲を頂点とするB29による全国主要都市の空爆――国民生活の破壊――による。軍隊どうしの決戦ではなく、国民生活の破壊で勝敗を決するのが「総力戦」だ。そして「総力戦」の手段として、空襲と並んで「経済制裁」(経済封鎖)がある。

 70万人を餓死させた経済封鎖・「カプラの冬」は、ドイツを降伏に導いただけでなく、ドイツ国民に英仏戦勝国に対する深い恨みを残し、のちのナチス台頭の基盤となった。

 韓国に対する経済制裁は、韓国経済に対して致命的な打撃を与えるだけでなく、韓国国民に深い恨みを残す。

 韓国徴用工が求めているのは、金銭の補償という形は取ってはいるが、日本の日韓併合・植民地支配という犯罪行為に対する謝罪であろう。

 経済制裁は、韓国民に対するあらたな経済的困難・あらたな恨みを作り出し、歴史を1910年日韓併合の百年前に逆行させるものである。

 こうした日本政府の姿勢が国際社会の理解を得られるとは、とうてい思われない。
 したがって、日本政府の経済制裁は、早晩破綻せざるを得ない。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/ 
〔opinion8872:190803〕

http://chikyuza.net/archives/95904
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/125.html

[政治・選挙・NHK264] 深刻な日韓関係のなかでの「自警団国家ニッポン」の内向と孤立(ちきゅう座)
2019年8月3日
<加藤哲郎(かとうてつろう):一橋大学名誉教授>

 次回更新予定の8月15日は、日本では「終戦記念日」ですが、隣国韓国では「光復節」です。1945年8月15日は、日本にとってはポツダム宣言受諾による日米戦争の敗北と連合国軍GHQの占領開始でしたが、軍国日本の植民地であった朝鮮半島の人々にとっては、「解放」でした。「光復」とは、「奪われた主権を取り戻す」という意味です。この20世紀前半の歴史を踏まえないと、今日深刻な日韓関係を、たんなるナショナリズムの衝突と見てしまいます。
「侵略した側」が忘れても、「侵略された側」の記憶は、長く何世代に渡って残ります。日本のいわゆる嫌韓・反韓意識は、若者の問題のように語られますが、実際には植民地時代の民族差別の延長上で、戦中・戦後世代に引き継がれています。1965年の日韓条約で過去の問題は決着済みとか、戦後50年の村山談話で「謝罪」は済んだというのも、「侵略した側」の傲慢な論理です。「侵略された側」にしてみれば、1965年段階の独裁政権の結んだ条約は、すべてを解決したものではなく、個人レベルの人権・補償問題は未解決です。

 日本にも韓国にも、戦後はアメリカの軍事基地がおかれ、「主権」が制限されてきました。米国トランプ政権は、両国に安全保障上の経費負担増、日本に対しては「思いやり予算」の5倍増を求めています。その観点での日韓関係「仲裁」はありえますが、それは、両国にとって、外交的にも経済的にもいっそうの米国への従属・依存を強いるもので、両国の自主的交渉よりも高くつくものになるでしょう。
両国には既に、米国からホルムズ海峡安全航行確保の「有志連合」参加の圧力が加えられています。同じく米軍基地があっても、ドイツは参加に難色を示しました。かつてベトナム戦争への派兵も余儀なくされた徴兵制の韓国は、海軍部隊派遣に前向きです。トランプとの同盟ばかりを頼りにしてきた安倍の日本は、参院選が終わって、自衛隊派遣に前のめりです。当然、安倍の野望である憲法改正と一体です。参院選中も選挙後も、ファシスト安倍の改憲策謀は続いており、発議権を持つ立法府の長=衆院議長交替まで側近が公言する始末です。

 歴史認識に関わる徴用工問題をからめた日本政府の対韓輸出規制強化は、韓国では大きな反発と市民の抗議運動・不買運動まで招いています。韓国国内での文大統領の孤立と韓国経済への打撃を狙った安倍政権の狙いは裏目に出て、国際世論も日本に厳しく、文化交流・東京オリンピックへの影響も危惧されています。米国でも、ブルームバーグ社説、ニューヨークタイムズは自由貿易主義の観点から日本を批判し、外交誌『フォーリン・ポリシー』は「今回の問題の原因は戦前の戦争犯罪に無反省な安倍政権にある」と見抜いています。
そんな日韓関係を追ってみつけた、韓国の市民運動が「反日」ではなく「No Abe」なことに注目した徐台教さんの「韓国『安倍糾弾デモ』のメカニズム」、日本の若者の「第3次韓国ブーム」に注目した毎日新聞「日韓政治対立と韓国ブーム」。どうも、先の参院選結果にも応用できそうです。参院選表層での大きな論点にはなりませんでしたが、明らかに今回の「韓国叩き」は、17年衆院選での「北朝鮮の脅威」と同じ効果を持ったと思われます。
結果は第1に、50%以下という深刻な低投票率。アベ長期政権下での深刻な政治不信・政党離れ、主権者の「ファシズムの初期症候」慣れと生活苦の中での諦観をも示します。
第2に、マスコミ統制ばかりでなく、ブラック政商企業である電通・吉本興業をも使っての自公過半数確保。改憲に必要な3分の2議席に届かなかったとは言え、憂鬱なファシスト政治は続きます。
第3に、非力な既成野党が軒並み得票数を減らすもとでの、山本太郎新党のSNS・街頭エンターテインメントを使った2議席獲得。4億円の寄付金集めと重度身障者議員を送り込んでの国会バリアフリー化は、かつてバブル経済崩壊期の日本新党発足時を思わせる、格差社会での作戦勝ちです。
行く末は、なお未知数ですが。深層での構造的論点、日米安保と象徴天皇制は問題にならず、表層での年金・福祉・消費税も、大きな論点になりませんでした。東本高志さんのブログ「みずき」がツイッターから拾ってきた、「ある韓国人と日本人の対話」ーー韓国人『軍事政権下の韓国でも、デモの鎮圧に際して銃口をデモ隊に向けた、そして沢山の血が流れた。沢山の血を流してもなお屈せず、結果的に韓国の民は民主主義を手にした。しかし仮に日本で同じようなことが起きても、果たして韓国のように立ち上がるのかがかなり疑問だ』vs.日本人『軍より前に、「国民」が起ち上ろうとする民衆を弾圧する。そんな自警団国家がニッポンです』ーーという閉塞状況は変わりません。投票所に足を運ばなかった50%の「文化的成熟」によってしか、かの関東大震災時を想起させる内向きの「自警団国家ニッポン」は、変わらないのかもしれません。韓国ばかりでなく香港も台湾も、私たちの歴史認識の内省の契機となる「東アジア」なのに。

 昨年から毎日新聞や朝日新聞で大きく報じられてきた、国会図書館憲政資料室「太田耐造関係文書」のゾルゲ事件関係新資料を中心にした私の最新の編纂書『ゾルゲ事件史料集成――太田耐造関係文書』 全10巻(不二出版)が発売されました。すでにカタログが公開されています。個人では大変なセット価28万円の高価な図書館・公共機関向けの本ですので、出版社の許しを得て、ここに発売された第一巻所収の「解説ーーゾルゲ事件研究と『太田耐造文書』」を公開します。関心のある方は、これをご覧のうえ、大学図書館・公共図書館等に購入希望を出して頂けると幸いです。「15年戦争と日本の医学医療研究会(戦医研)」で行った私の記念講演はyou tube に入っていますが、その後の研究で厳密にした学術論文「731部隊員・長友浪男軍医少佐の戦中・戦後」が、同研究会誌19巻2号(2019年5月)に発表されました。著作権の関係ですぐにはアップロードできませんが、ご関心の向きは、戦医研の方にお問い合わせ下さい。


初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 http://netizen.html.xdomain.jp/home.html

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye4627:190803〕

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[政治・選挙・NHK264] 「表現の不自由展・その後」が実証した、我が国の表現の不自由。(澤藤統一郎の憲法日記)

表現の自由は、民主主義社会の血液である。表現の自由が十分に保障されている社会こそが、活性化した民主主義社会である。表現の自由が枯渇するとき、民主主義も窒息し死に瀕する。民主主義社会においては、表現の自由は最大限尊重されなければならない。

表現の自由とは何か。権力を批判する自由のことである。権威に恐れ入らない自由である。社会の多数派に与しない言動の自由である。けっして、安倍政権に忖度をする自由ではなく、天皇に阿諛追従する自由でもなく、国民の時代錯誤の差別意識に便乗して韓国や在日をバッシングする自由ではない。権力や権威や社会の多数派には、相応の寛容の姿勢が求められるのだ。

日本に表現の自由はあるか。国境なき記者団が毎年発表しているのは「世界報道自由度ランキング(Press Freedom Index)」。表現の自由よりは狭い「報道自由」についてのものだが、日本の地位は180か国中67位である(2019年)。安倍政権成立前の2011年が11位。12年が22位だった。安倍政権成立後の13年に突然53位と順位を下げ、以後、59位、61位、そして72位となって、70位前後を低迷している。韓国(41位)、台湾(42位)などの後塵を拝している。さもありなん。

そのことを自覚せざるを得ない事態が今進行しつつある。愛知で行われている「トリエンナーレ 『表現の不自由展・その後』」でのことである。「表現の自由展」ではなく、「表現の不自由展」というタイトルが刺激的である。この展覧会のホームページには、展示の趣旨をこう述べている。

「表現の不自由展」は、日本における「言論と表現の自由」が脅かされているのではないかという強い危機意識から、組織的検閲や忖度によって表現の機会を奪われてしまった作品を集め、2015年に開催された展覧会。「慰安婦」問題、天皇と戦争、植民地支配、憲法9条、政権批判など、近年公共の文化施設で「タブー」とされがちなテーマの作品が、当時いかにして「排除」されたのか、実際に展示不許可になった理由とともに展示した。今回は、「表現の不自由展」で扱った作品の「その後」に加え、2015年以降、新たに公立美術館などで展示不許可になった作品を、同様に不許可になった理由とともに展示する。

権力から、権威から、そして社会的多数者の側から排斥された表現、つまりは保護さるべくして保護されなかった表現の実例を集めた「表現の不自由展」なのだ。わが国における表現の自由保障が、いかに形骸化し脆弱であるかの展覧会。ところが、その展覧会自体の成立が危うくなっている。まさしく、忖度や、多数派の暴力的恫喝によってである。わが国における表現の自由の喪失を満天下にさらけ出す事態となった。

主催者側は、「開会初日の8月1日だけでテロ予告や脅迫ともとれる内容を含む批判的な電話が200件とメールが500件」「2日も、ほぼ同数の電話やメールが殺到した」と公表している。この社会は病んでいる。恐るべき事態ではないか。

8月2日、展覧会を視察に訪れた河村たかし名古屋市長は、「平和の少女像」に関して、次のように述べたと報じられている。

「ほんとにまあ、ワシの心も踏みにじられましたわ、これ。ということで展示を即刻中止して頂きたいですね」「芸術かどうかは知りませんけど、10億も使っている」とコメント。「これを反日作品だと解釈しているのは市長の側では?」との質問には「なにを言ってるの。誰でもそう思ってるじゃないですか?」と応じた。

「ワシの心も踏みにじられましたわ」は、舌足らずで意味不明。この「平和の少女像」自体が人の心を踏みにじる作品ではあり得ない。少女像をめぐる一連の論争によって、「ワシの心も踏みにじられた」ということなら、あり得ることだろう。が、近代の日韓の歴史を真摯に見つめようとする立場からは、それこそが心ない物言いというしかない。「ということで展示を即刻中止」という表現の差し止め要求は、表現の自由を蹂躙する傲慢極まりない姿勢と言うほかはない。

日本有数の大都市の市民を代表する市長ともあろう人が、このような粗暴な発言をすることを日本の社会が許容している。いや、むしろこの市長は、韓国民や韓国との協調を望む日本人に不愉快な思いをさせることを承知で、声高にこの少女像の撤去を求める発言をしているのだ。この粗暴な発言が自分の政治的な支持者にアピールすることになると計算してのことである。

表現は、権力や多数派にとって歓迎すべからざる内容であればこそ、その自由を保障することに意味がある。「ワシの心も踏みにじられる」表現こそ、保護されなければならない。「カネを出しているのだから、県や市の意向に従え」と言ってはならない。ましてや、「これを反日作品だと解釈」して、撤去を要求するのは、政治的弾圧というほかはない。日本における表現の不自由はここまで来ている。日本の民主主義は、本当に危うい。
(2019年8月3日)

http://article9.jp/wordpress/?p=13072
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/127.html

[政治・選挙・NHK264] 津田大介氏「電話で文化潰す悪しき事例作ってしまった」(朝日新聞)
朝日新聞デジタル 2019年8月3日21時13分

https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20190803002766_commL.jpg
会見場で、「表現の不自由展・その後」の中止をめぐる愛知県の大村秀章知事の説明に耳を傾ける津田大介芸術監督=2019年8月3日午後5時29分、名古屋市東区、川津陽一撮影

 愛知県内で開かれている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」で、3日、企画展「表現の不自由展・その後」の中止が発表された。芸術監督を務める津田大介氏が開いた記者会見の主な一問一答は次の通り。

     ◇

 ――展示中止をどう受け止めるか。

 「これは、この企画を75日間やり遂げることが最大の目的。断腸の思いだ。こういう形で中止、迷惑をかけたことも含めて申し訳なく、実行委員会や作家には、誠意を持っておわびをしたい」

 ――少女像の像の作家にはどのように説明するのか。

 「まだ直接話させてもらっていない。急展開だったので。何かしら直接話せる機会を(持ちたい)、と個人的に思っている」

 ――了承は、作家全員からは得られていないのか。

 「参加作家の方に了承を得られているわけではない。このことも申し訳ない。円滑な運営が非常に困難な状況で、脅迫のメールなども含めて、やむを得ず決断した。そのことも、作家に連絡をしておわびをしたい」

■一言で言えば、想定以上

 ――中止は想定内なのか。

 「抗議が殺到するのは想定して……こちらは有料会員限定記事です。残り:3281文字/全文:3727文字

https://www.asahi.com/articles/ASM836T7WM83OIPE02P.html?iref=comtop_8_01
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/128.html

[政治・選挙・NHK264] 少女像頭に紙袋、怒鳴り声…「表現の不自由展」最後の日(朝日新聞)
朝日新聞デジタル 2019年8月3日21時45分
江向彩也夏 山下周平 山下奈緒子 佐藤剛志

https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20190803002619_commL.jpg
閉館時間となり、「あいちトリエンナーレ2019」の会場を出る来場者=2019年8月3日午後6時12分、名古屋市東区、川津陽一撮影

https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20190803002647_commL.jpg
https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20190803001943_commL.jpg
https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20190803001944_commL.jpg

 国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が、75日間の予定だったのにわずか3日で幕を下ろした。最後の日となった3日の展示会場とその周辺には、怒りをあらわにする人や、中止を知って惜しむ人がいた。

 会場の愛知芸術文化センター(名古屋市東区)のチケット売り場には3日午前10時の開場前から長蛇の列ができた。「表現の不自由展・その後」の展示室にも午前11時過ぎに行列ができた。

 開館直後の展示室で、初老の男性が怒鳴り声をあげた。慰安婦を表現する少女像について「今まで毎回トリエンナーレに来ているけど最悪だ」。さらに少女像の頭部に紙袋をかぶせる男性もいたが、別の来場者が「何をやっているんだ」と怒って紙袋を外した。昭和天皇を想起させる映像作品の前で、涙を流しながら動かない男性たちもいた。職員らが移動を促すと「なんで追い出されなきゃいけない」「肩を押された。威力業務妨害だ」と詰め寄った。

 一方で、多くの来場者は静かに作品を鑑賞していた。「少女像は、(韓国の)日本大使館前に置かれたという政治性がなければ、拍子抜けするような作品だった」。岐阜県養老町の野村寛(ゆたか)さん(67)はこう話した。元名古屋市職員で、河村たかし市長が展示中止を求めたことに不安を覚えて急きょ訪れたという。河村氏について「個人の意見を公の意見であるかのように言うのはおかしい」と疑問を投げかけた。

 閉館1時間半前の午後4時半、「『表現の不自由展・その後』の受付は終了しました」との看板が出た。午後5時ごろに息子と訪れた名古屋市中川区の会社役員女性(61)は入場できず、「中国や韓国との問題があるし、(終戦の日を迎える)8月だし、仕方ないのかな」と話した。17歳の息子とパフォーミングアーツ(舞台芸術)の作品を見に来ていた愛知県尾張旭市の主婦(54)は「後日見に来て表現の自由について考えようと思っていた。機会が失われ、残念です」と肩を落とした。

 会場の外では午後6時過ぎ、東京都杉並区から訪れた会社員男性(38)がスマートフォンで津田大介芸術監督の会見の中継を見ていた。「協賛企業に飛び火し、現場も疲弊し、対応しきれなくなったのだろう。断片的な情報で炎上したのが現代らしいと思う」と話し、こう続けた。「社会や人間の課題を提示し、解決の糸口を考えさせるのが、現代アートの意義であり魅力。それなのに、気にくわないものはクレームでつぶせばいいという主張がまかり通る、悪い事例になったのが残念だ」(江向彩也夏)

■出展していた彫刻家「表現の自……こちらは有料会員限定記事です。残り:937文字/全文:1995文字

https://www.asahi.com/articles/ASM8363FBM83OIPE027.html?iref=comtop_8_02
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[政治・選挙・NHK264] 大村知事一問一答「行政がコミット、芸術祭でなくなる」(朝日新聞)
朝日新聞デジタル 2019年8月3日19時52分

https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20190803002795_commL.jpg
「表現の不自由展・その後」の中止を表明した会見で、記者の質問に答える愛知県の大村秀章知事=2019年8月3日午後5時48分、名古屋市東区の愛知芸術文化センター、戸村登撮影

 愛知県内で開かれている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」(津田大介芸術監督)で、実行委員会会長の大村秀章・愛知県知事は3日、企画展「表現の不自由展・その後」の中止を発表した。記者会見の主な一問一答は次の通り。

     ◇

 「トリエンナーレについては、(津田)監督の指揮のもと中身を決定した。それを尊重したいと考えている。そういう中で昨夜午後10時半ぐらいに、津田監督と話をして、今回の展示については、諸般の状況を総合的に考慮して、必要な対策を取るという観点から、(『表現の不自由展』そのものを)本日までにすると(決めた)」

 「これ以上、(抗議などが)エスカレートすると、安心して楽しくご覧になってもらうことが難しいと危惧。円滑な運営を考えた。昨日の朝には(美術館に)『撤去をしなければガソリン携行缶を持ってお邪魔する』というFAXもあった。こうした卑劣な非人道的なFAX、メール、恫喝(どうかつ)・脅迫の電話等で、事務局がまひしているのも事実だ」

 「私どもの考え方は、行政が展覧会の中身にコミットしてしまうのは、控えなければならない(というものだ)。そうしないと、芸術祭じゃなくなる。(今回の展示によって)『表現の自由の議論を』という趣旨は多くの人に届いた、ということで理解をもらいたい」

 「今回の予算は、基本的には愛知県の負担が約6億円、名古屋市が約2億円。事業全体で12億円ぐらい。国からは、文化庁に審査をいただき、7829万円の交付金をいただいている」 ――展示室そのものは閉鎖か、撤去か

 「展示自体は本日まで。明日以降は展示室には入れないようにする。今後は、意見をうかがいながら進めていきたい」

 ――展示の再開はありえるのか。

 「展示は今日まで。昨日今日の話なので、急いで話を進めてもしょうがない」

 ――表現の不自由展に出品した……こちらは有料会員限定記事です。残り:927文字/全文:1693文字

https://www.asahi.com/articles/ASM836G75M83OIPE02G.html?iref=comtop_8_03
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/130.html

[政治・選挙・NHK264] 「撤去しなければガソリンの脅迫も」企画展中止に知事(朝日新聞)
朝日新聞デジタル2019年8月3日18時04分

https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20190803002468_commL.jpg
記者会見で「表現の不自由展・その後」の中止について説明する愛知県の大村秀章知事=2019年8月3日午後5時2分、名古屋市東区、川津陽一撮影

 愛知県内で開かれている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」(津田大介芸術監督)の企画展「表現の不自由展・その後」の中止が決まった。実行委員会会長の大村秀章・愛知県知事は3日、記者会見し、表現の不自由展について「昨夜津田監督と話をして、(企画展を)本日までにする」と述べた。

 大村知事は会見で、「これ以上エスカレートすると、安心して楽しくご覧になることが難しいと危惧している。テロ予告や脅迫の電話等もあり、総合的に判断した。撤去をしなければガソリン携行缶を持ってお邪魔するというファクスもあった」と説明した。

 「こうした卑劣な非人道的なファクス、メール、恫喝(どうかつ)脅迫の電話等で、事務局がまひしているのも事実。行政が展覧会の中身にコミットしてしまうのは控えなければならず、芸術祭じゃなくなる。しかし、諸般の状況を総合的に鑑み、円滑な運営のための判断だ」と述べた。

https://www.asahi.com/articles/ASM835SDPM83OIPE01R.html?iref=pc_extlink
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/131.html

[政治・選挙・NHK264] 表現の不自由展、中止に実行委が抗議「戦後最大の検閲」(朝日新聞)
朝日新聞デジタル 2019年8月3日23時32分

https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20190803003110_commL.jpg
展示の中止決定を受け、記者会見する「表現の不自由展・その後」実行委員会のメンバー=2019年8月3日午後8時4分、名古屋市東区、戸村登撮影

 愛知県内で開かれている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」で、3日、企画展「表現の不自由展・その後」の中止が発表された。企画展の実行委員会メンバーが3日に発表した抗議文は以下の通り。

     ◇

「表現の不自由展・その後」の一方的中止に抗議する

 あいちトリエンナーレ2019実行委員会会長の大村秀章知事と津田大介芸術監督が、「表現の不自由展・その後」を本日8月3日で展示中止と発表したことに対して、私たち「表現の不自由展・その後」実行委員会一同は強く反対し、抗議します。

 本展は、ジャーナリストである津田大介芸術監督が2015年に私たちが開催した「表現の不自由展」を見て、あいちトリエンナーレ2019でぜひ「その後」したいという意欲的な呼びかけに共感し、企画・キュレーションを担ってきました。

 今回、電話などでの攻撃やハラスメントがあり、トリエンナーレ事務局が苦悩されたことに、私たちも心を痛め、ともに打開策を模索してきました。しかし、開始からわずか3日で中止するとは到底信じられません。16組の参加作家のみなさん、そして企画趣旨に理解を示してくださる観客のみなさんに対する責任を、どのように考えての判断なのでしょうか。

 今回の中止決定は、私たちに向けて一方的に通告されたものです。疑義があれば誠実に協議して解決を図るという契約書の趣旨にも反する行為です。

 何より、圧力によって人々の目の前から消された表現を集めて現代日本の表現の不自由状況を考えるという企画を、その主催者が自ら弾圧するということは、歴史的暴挙と言わざるを得ません。戦後日本最大の検閲事件となるでしょう。

 私たちは、あくまで本展を会期末まで継続することを強く希望します。一方的な中止決定に対しては、法的対抗手段も検討していることを申し添えます。

 2019年8月3日

「表現の不自由展・その後」実行委員会

 アライ=ヒロユキ、岩崎貞明、岡本有佳、小倉利丸、永田浩三

https://www.asahi.com/articles/ASM837HV0M83OIPE034.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/133.html

[政治・選挙・NHK264] 「少女像」展示再開求めデモ集会に200人「表現の自由の弾圧だ」名古屋(毎日新聞)
デジタル毎日 2019年8月4日 22時30分(最終更新 8月4日 22時48分)

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デモで展示再開を訴える林晃佑さん=名古屋市中区錦3で2019年8月4日午後6時3分、待鳥航志撮影

 愛知県内で開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」で、従軍慰安婦を題材とした「平和の少女像」などの展示が中止された問題で、中止に抗議するデモ集会が4日、名古屋市内の公園で開かれた。約200人が参加して展示の再開を求め、さらに河村たかし・名古屋市長による少女像の撤去要請について「表現の自由の弾圧だ」などと非難した。

https://cdn.mainichi.jp/vol1/2019/08/04/20190804k0000m040191000p/6.jpg?1
展示中止に抗議する参加者ら=名古屋市中区錦3で2019年8月4日午後5時26分、待鳥航志撮影

 デモ集会が行われたのは、会場の一つ、「愛知芸術文化センター」にほど近い公園「希望の広場」。名古屋市内の団体職員、林晃佑さん(34)らがツイッターで参加を呼び掛けて実現した。

 参加者らは「表現の不自由」と書かれた横断幕や、「表現の自由を守れ!」などと記されたボードを掲げた。林さんは演説で「展示がなければ作品内容の議論ができず、新しい考え方も生まれない。批判があっても続けることが重要だ。会期中に再開される可能性もあると思うので、いろんなアクションをしていきたい」と訴えた。

 デモに来た埼玉県の女性会社員(25)は「作品を見たかった。主催者側へのひどい脅しなどがあったので続けられない状態になったのだろうか。悔しい」。上滝浩子弁護士(京都弁護士会)は「公権力を持つ立場にある人が干渉的なことを言えば、表現活動が萎縮する。そうさせないために憲法は表現の自由を保障している。許せない」と話していた。

 また、デモ集会の趣旨に反対する別の団体の街宣車が来て、一時騒然とした。【待鳥航志/統合デジタル取材センター】

https://mainichi.jp/articles/20190804/k00/00m/040/188000c
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/155.html

[政治・選挙・NHK264] 「事実上の『検閲』」河村市長に発言撤回求める マスコミ文化情報労組(毎日新聞)
デジタル毎日 2019年8月4日 18時11分(最終更新 8月4日 18時31分)

https://cdn.mainichi.jp/vol1/2019/08/03/20190803k0000m040217000p/6.jpg?1
展示の中止が決まった「表現の不自由展・その後」に出展していた「平和の少女像」(右、中央)と「慰安婦」の写真(左)=名古屋市東区の愛知芸術文化センターで2019年7月31日、大西岳彦撮影

 名古屋市などで開かれている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」で、従軍慰安婦を題材とする「平和の少女像」の展示中止が決まったことを受け、新聞労連や民放労連などでつくる「日本マスコミ文化情報労組会議」(MIC)は4日、声明を発表した。少女像の撤去を要請していた河村たかし・名古屋市長に対し、「行政が展覧会の内容に口を出し、意に沿わない表現を排除することになれば、事実上の『検閲』にあたる」と批判し、発言の撤回を求めた。

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あいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」の展示中止について記者会見する大村秀章愛知県知事=名古屋市東区で2019年8月3日午後5時4分、大西岳彦撮影

 国際芸術祭の実行委会長代行でもある河村市長は、開催に文化庁から補助金の交付が採択されている点を理由に、「あたかも日本国全体がこれ(少女像)を認めたように見える」「多額の税金を使ったところで(展示を)しなくてもいい」と述べ、実行委会長の大村秀章・愛知県知事に対し、少女像の撤去を求める内容の抗議文を提出した。愛知県によると、開幕日の1日だけで電話やメールなど約700件の抗議が届いたという。

 声明は「行政は本来、『表現の自由』の多様性を担保する立場」とし、「公権力が個々の表現内容の評価に踏み込んでいけば、社会から『表現の自由』『言論の自由』は失われてしまう」と問題視。脅迫的な内容の抗議などから少女像の展示が3日間で打ち切られたことについて、「民主主義社会をむしばむ卑劣なテロ予告や脅迫を非難しない政治家たちの姿勢も問題」とも訴えた。【山口朋辰/統合デジタル取材センター】

https://mainichi.jp/articles/20190804/k00/00m/040/081000c
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/156.html

[政治・選挙・NHK264] 札幌地裁、書記官の「令和」使用強制に謝罪。(澤藤統一郎の憲法日記)

「令和」はキライだ。使いたくない。使用強制はまっぴらだ。

「令和」という文字を見るだけで、神経がざらつく。そもそも元号にアレルギーではあるが、「令和」の採択に安倍や菅など現政権が関わっていることも、嫌悪感の大きな一因となっている。何の違和感もなく、「令和」を使用している人のセンスを疑う。この場合のセンスとは、歴史に対する感覚、政治に対する感覚、体制との間合いの取り方についての感覚、つまりは憲法感覚を指している。

先月の参院選で野党統一候補として当選したある弁護士が、立候補前だったが5月になるやさっそく「令和」で書面を送ってきたのには驚いた。えっ? 「革新」の候補者が? 私は、この人の憲法感覚を信用しない。

反対に、「これは立派だ。この人たちなら信頼できる」というのが、北海道合同法律事務所の姿勢。8月1日の同事務所ホームページに次の記事。
http://www.hg-law.jp/news/entry-3078.html

札幌地方裁判所の元号の強制問題についての当事務所の取り組み

北海道合同法律事務所

1 2019年5月1日、天皇が明仁天皇から、徳仁天皇に代わり、元号も平成から令和に代わりました。こういった矢先に、札幌地方裁判所で元号の使用を強制するという事件が起きました。

具体的には、本年7月初め、私たちの事務所の事務職員が、札幌地方裁判所の破産係の受付に自己破産申立書を提出したところ、対応したA書記官は、事務職員に対して、申立書の「申立日」や「申立人の生年月日」の年数を西暦表記ではなく元号で表記するように訂正を求め、以後、「報告書の年月」や「債権者一覧表の借入日」等も元号表記することを要求しました。このことについて、あらためてその趣旨と理由を確認しに出向いた私たちの事務所の事務局長に対して、「合同さんはそういう主義主張だとわかっていますから、もういいです。合同さんに対してはもう言いません。」との返答をしました。

元号法が制定された1979年の国会において、元号法は「一般国民に元号の使用を義務づけるものではない」と国務大臣が答弁していますが、このようなA書記官の対応は、元号使用のお願いの範囲を超えて、強制に至るものと評価せざるを得ませんし、それが、A書記官の個人的な対応なのか札幌地方裁判所としての対応なのかも判然としませんでした。

そこで、以下の公開質問状を提出しました。

2019年7月22日

札幌地方裁判所長 本多知成 殿

公 開 質 問 状

〒060-0042 札幌市中央区大通西12丁目       
北海道合同法律事務所 

              
弁護士 池田賢太  弁護士 石田明義  弁護士 内田信也
弁護士 小野寺信勝  弁護士 加藤丈晴  弁護士 川上有
弁護士 笹森  学  弁護士 佐藤博文  弁護士 佐藤哲之 
弁護士 中島  哲  弁護士 長野順一  弁護士 橋本祐樹
弁護士 桝井妙子  弁護士 三浦桂子  弁護士 山田佳以
弁護士 横山浩之  弁護士 渡辺達生   以上18名                           

   本年7月2日及び同月5日、当事務所の事務職員が、貴庁民事第4部
   商事部受付に自己破産申立書を提出しました。対応したA書記官は、
   事務職員に対して、申立書の「申立日」や「申立人の生年月日」の年
   数を西暦表記ではなく元号で表記するように訂正を求め、以後、「報
   告書の年月」や「債権者一覧表の借入日」等も元号表記することを要
   求しました(以下、「本件元号使用要求」といいます。)。このことについ
   て、同月5日、あらためてその趣旨と理由を確認しに出向いた事務職
   員に対して、「合同さんはそういう主義主張だとわかっていますから、
   もういいです。合同さんに対してはもう言いません。」との返答をしまし
   た。あらためて、年数の表記方法について、公開質問状を提出いたし
   ますので、1週間以内に文書でご回答ください。
   (※ 実際の公開質問状では書記官の実名を記載していますが、この
   書面の公開に当たっては実名である必要がないので、A書記官と記
   載しています。)

2 この質問状に対し、7月29日、札幌地方裁判所の民事次席書記官と総務課長が私たちの事務所に来て、裁判所の見解を口頭で説明をしてくれました。

その説明の要旨は次のとおりです。

 ・ 今回の元号使用要求が札幌地方裁判所の方針なのか否かについて
   今回の元号使用要求は、A書記官の個人的見解であり、札幌地方裁判
   所としての方針ではないし、破産係を所管する民事第4部としての方
   針でもない。
 ・ 元号使用要求の法的根拠について
   指摘された国務大臣の答弁のとおり、元号の使用を強制する法的な根
   拠は一切なく、あくまでも出来るのはお願いであり、今回のA書記官
   の対応はお願いを越えたものであり、元号の使用を強制したと評価さ
   れても仕方がないものである。
   ただ、A書記官としては、生年月日について戸籍との照合の便宜も踏
   まえると元号で記載したほうが良いとの思いがあった。
 ・ 裁判所の対応
   A書記官が元号の使用を強制したことについて謝罪すると共に、今後、
   このようなことがないように職員に対して指導を徹底する。

書面による回答はいただけませんでしたが、回答期限までに裁判所のしかるべき方が上記のとおり説明をすると共に謝罪もしてくれましたし、回答等を公開することも了解してくれました。私たちは、このような札幌地方裁判所の対応は責任ある対応と評価します。

このような事件が他の裁判所や他の役所等で起きることがないよう、社会に訴えることも含め、この事件を社会に公表いたします。 以上


北海道合同の弁護士諸君の姿勢は立派だし、札幌地裁の対応も適切だったと思う。皆さん、あらゆるところで、「令和」使用強制をきっぱりと拒否しようではありませんか。

(2019年8月3日)

http://article9.jp/wordpress/?p=13067
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/157.html

[政治・選挙・NHK264] まさに表現の不自由…「暴力で封殺するな」現地で抗議も(朝日新聞)
朝日新聞デジタル 2019年8月4日20時08分
江向彩也夏、黄K

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愛知芸術文化センターの前で「表現の不自由展・その後」の展示中止に抗議する人たち=2019年8月4日午後2時17分、名古屋市東区、戸村登撮影

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展示中止となり、壁で閉ざされた「表現の不自由展・その後」の入り口(右)=2019年8月4日午後、名古屋市東区、川津陽一撮影

https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20190804001808_commL.jpg
「表現の不自由展・その後」の展示中止を知らせる案内板=2019年8月4日午後、名古屋市東区、川津陽一撮影

 愛知県で開かれている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」(津田大介芸術監督)の実行委員会が企画展「表現の不自由展・その後」を中止したことを受け、企画展会場となっていた愛知芸術文化センター(名古屋市東区)前などでは4日、中止に反対する抗議活動が相次いだ。

 企画展は1日に始まり、慰安婦を表現した少女像や、昭和天皇を含む肖像群が燃える映像作品など各地の美術展で撤去されるなどした二十数点を展示していた。芸術祭の実行委会長を務める大村秀章愛知県知事は3日、テロ予告や脅迫も含め、抗議の電話やファクスが相次いだため、中止すると発表した。

 企画展の展示室は可動壁で閉ざされた。4日午前10時の開館直後から壁を撮影する来場者がおり、「まさに表現の不自由だな」とつぶやく人もいた。午前11時すぎには、愛知県江南市の会社員の男性(38)が展示室近くで「#表現の不自由展の再開を求めます」などと書かれた紙を掲げた。

 午後2時からは会場の玄関付近で抗議集会が始まった。ネットでの呼びかけもあり、全国各地から集まった約30人が「見たかったのに!! 暴力で『表現の自由』を封殺するな!!」との横断幕を掲げ、「表現の自由を守ろう」と声をあげた。

 午後5時には、名古屋・栄に約200人が集まり、少女像などの展示中止を求めた河村たかし名古屋市長への抗議集会を開催。民主政治の実現を訴え、街頭活動を続けてきた市民団体「Antifa758(アンティファナゴヤ)」がツイッターで呼びかけた。

 中心メンバーの林晃佑さん(34)=名古屋市=はマイクを握り、「最も批判されるべきは企画展に脅迫めいた抗議を続けた人々だ。河村市長ら政治家の行動が、抗議をあおる要因になった」と訴えた。河村市長はこの間、芸術祭の実行委事務局への抗議電話などについて「表現の自由であり、国民の皆さんは思ったことを堂々と言えばいい」などと持論を語ってきた。

 集会では、企画展を見た市民から集めた作品の写真を貼った2枚のボードを完成させた。抗議の意味を込め、近く河村市長に送るという。

 一方、作品の保全状況を確認するため、県職員の立ち会いのもと展示室に入室した韓国人写真家の安世鴻(アンセホン)さんは「展示室は作家と観客の意思疎通の場。権力がその場をふさぐのはおかしい。人々の知る権利を侵害する出来事だ」と主張。「作家だけがこの闘いをするのではなく、市民の皆さんと一緒に闘っていきたい」と話した。(江向彩也夏、黄K)

https://digital.asahi.com/articles/ASM845RWLM84OIPE00N.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/159.html

[政治・選挙・NHK264] 「表現の不自由展」を襲った日韓の嫌な感じ 「韓国敵視政策」が招いた不寛容な集団抗議/権力側はブレーキかけず「放置」(朝日新聞社 論座)
市川速水 朝日新聞編集委員
論座 2019年08月05日 より無料公開部分を転載。

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記者会見で抗議が殺到していることを明らかし、涙をにじませる津田大介・芸術監督=2019年8月2日

■韓国敵視政策がこんな形に…

 愛知県の国際芸術祭企画展「表現の不自由展・その後」が開催3日間で中止に追い込まれたことを伝える2019年8月3日のニュースを見ながら、「韓国を敵視する政策がこんな形で表れてしまったか」と深いため息をつくしかなかった。

 安倍政権が韓国を輸出手続きの優遇国「ホワイト国」から外した措置を受けて、私は『韓国は「敵」なのか』https://webronza.asahi.com/politics/articles/2019073100014.htmlのなかでこう書いた。

   今回の措置は、戦後の日韓史上例がない、「日本が悪意をもって韓国
   を標的として能動的に決断した行為」であるのが最大の特徴だ…(中
   略)…この(日韓)両者は、まったく折り合わない、会話のかみ合わ
   ない、相手の立場を理解できない、理解しようともしない、いつ終わ
   るとも分からない闘いに突入してしまった。

 慰安婦をシンボル的に表現した少女像に対して、それをあえて展示して議論の呼び水にしようとした主催者側に対して、「相手の立場を理解できない、理解しようともしない」抗議や脅迫は容赦なく攻撃し、その嵐に展示会全体が飲み込まれてしまった。

 ネットの功罪をくまなく知り、SNSの世界をリードしてきたジャーナリスト・津田大介氏(今回の芸術監督)ですら「想定を超える事態が起こった」と記者会見で涙するほど脅迫・抗議の風圧は激しかったのだろう。

 芸術祭実行委員会会長の大村秀章・愛知県知事も「テロ予告や脅迫の電話がこれ以上エスカレートすると(来場者が)安心して楽しくご覧になることが難しい」と語り、単なる抗議以上の、現実的な危険の兆候が中止の最大の理由であることを明らかにしている。

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2015年1月、東京都練馬区のギャラリーで開かれた「表現の不自由展」。少女像(中央奥)や元慰安婦の写真が展示された

■元祖「不自由展」から4年、さらによどんだ空気

 今回中止になった「その後」展は、2015年、東京都内の民間ギャラリーで開かれた「表現の不自由展・消されたものたち」の続編とも言うべき展示会だった。

 今回出品された16組のほぼ半数の作家が前回に引き続いて参加しており、韓国のキム・ソギョン、キム・ウンソン両氏制作による「少女像」も前回、展示され、私も取材に出向いた。静かな雰囲気で何かをじっくり考えさせられる不思議な空間だったことを覚えている。

 今回、愛知での出品作と重なる作品群にしても、新宿のニコンサロンで開催直前に中止になった元慰安婦の写真展(安世鴻氏)、作品表面のメッセージが削除されたモニュメント(中垣克久氏)、福島の除染作業の音などの展示説明文を同意なしに修正された「サウンドスケープ」(永幡幸司氏)などを当時、鑑賞したが、こんな芸術表現に主催団体がどんな軋轢を恐れ、何に忖度して事なかれ主義に陥ったのか、日本の芸術環境をめぐる「現住所」を明確に示していた。

 元祖「不自由展」のパンフレット冒頭には、展示物についてこう記されていた。

   検閲とそれに基づく修正、封殺(展示撤去、掲載拒否、放映禁止)、自
   粛の憂き目に遭い、表現の正当な機会を奪われた、タブーとされたもの
   を集めました

 タブー視された具体的なテーマとして「天皇と戦争、植民地支配、日本軍『慰安婦』問題、靖国神社、国家批判、憲法9条、原発、性表現」を挙げた。

 あれから4年半。今回の「その後」展に至るまで、これらのテーマをめぐる日本の空気は、さらによどんできたといえないだろうか。

 そう思う理由がいくつかある。

 安倍政権が韓国に対して強硬な姿勢をとり続ける背景には、市民(有権者)の支持という裏付けもある。2019年7月24日まで実施した輸出優遇国除外のパブリックコメントには、4万件を超す異例に多数の意見が寄せられ、95%が政府方針に賛成したという。

 今回の展示に関して、8月2日までの2日間に芸術祭事務局に来た電話やメールの抗議・脅迫は1千件以上に上った、と主催側は明らかにしている。

 この種の「意見」は、政権に否定的なコメントはなかなか来ないし、「圧力に負けず頑張れ」といった励ましの声は極端に少ないのが常だ。

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「表現の不自由展・その後」で展示されていた「平和の少女像」=2019年8月2日、名古屋市の愛知芸術文化センター

■名古屋市長、官房長官、保守系議員グループ…

 前回の不自由展に比べて今回、「不自由度」が増すことになった経緯を見ると、特徴の一つは、公的権力が堂々と介入してきたことだ。

 河村たかし・名古屋市長は少女像や天皇に関する作品の展示について「日本国民の心を踏みにじる行為」などとして主催側に抗議文を出した。

 菅官房長官は、この芸術祭が文化庁の助成事業であることと関連し、「補助金交付の決定にあたっては、事実関係を確認、精査して適切に対応したい」と述べ、補助金見直しとも取れる発言をした。

 保守系国会議員らでつくるグループは、「芸術や表現の自由を掲げた事実上の政治プロパガンダ。公金を投じるべきではない」と意見表明した。

 これらの作品群がかつてタブー視された時には「諸般の事情」などを理由とした「こっそり感」が漂っていたが、これほど大っぴらに権力による批判がまかり通る時代になった。

 筋論からいえば、展示作品を嫌う人は会場に足を運ばなければいい、鑑賞してから静かに批判すればいい、公金は政治の道具でなく市民の税金なのだから、批判があれば市民が実名で堂々と論戦を交わせばいい――。こんな穏健な作法は、権力によって一喝され、市民の一部が喝采を送り、根こそぎはぎ取られた感がある。

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結果的に最終日となった2019年8月3日、「表現の不自由展・その後」の会場前には長蛇の列ができていたが…=名古屋市の愛知芸術文化センター

■権力側はブレーキかけず、警察も動き鈍く

 さらに、匿名の罵詈雑言や脅迫について、結果的に中止に追い込んだ権力側から「やり過ぎだ」「もっと冷静に」「脅迫電話を受けた職員の恐怖心が心配」といった、思いやりやブレーキをかける言動は、少なくとも私には聞こえてこない。

 警察からも、 ・・・ログインして読む
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https://webronza.asahi.com/politics/articles/2019080500011.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/191.html

[政治・選挙・NHK264] 「表現の不自由展」の中止が突きつけた重大な課題 (朝日新聞社 論座)
「表現の不自由展」の中止が突きつけた重大な課題
「あいちトリエンナーレ2019」の目玉企画はなぜ中止されたのか。何を考えるべきか

米山隆一 前新潟県知事。弁護士・医学博士
論座 2019年08月05日 より無料公開部分を転載。

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展示の中止が決まった後、報道機関に公開された「表現の不自由展・その後」=2019年8月3日、名古屋市東区

■企画展の中止に議論が沸騰

 愛知県内で開催されている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が、展示内容に対する多数の抗議が来たと報じられたのち、河村たかし・名古屋市長が中止を求め、その翌日には芸術総監督である津田大介氏が、警備上の懸念を主な理由として中止を発表したことが、大きな議論を巻き起こしています。寄せられた抗議にはFAXで「ガソリン携行缶をもって行く」というテロの予告とすら思える内容のものもあったと言います。

 この件をめぐっては、SNS上では、表現の自由と政治・公金との関係等について様々な論点がみられました。そこで本稿では、それらを整理して論じたいと思います。

■政治的表現は「表現の自由」の対象ではない?

 まず、「この展示会の展示物は芸術と言うより政治だから、表現の自由の対象ではない」という論点がありました。

 政治的表現も「表現」ですので、政治的だから「表現の自由」の対象ではないということは全くありません。また、逆に芸術が何らかの政治的主張を含んでいることは少なくなく(西欧中世期の宗教画は明らかな宗教的宣伝ですし、その後のルネサンス期の人物画は中世期の王権神授説的政治体制への反抗という意味もあったと思います)、政治的表現と芸術表現を分けることは意味がないと思います。

■賛同できない人がいる展示に公金を使うべきか?

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「表現の不自由展・その後」の展示中止を知らせる案内板=2019年8月4日、名古屋市東区

 次に、「国民の多くが賛同できない様な内容の展示に、公金を使うべきではない」という論点がありました。
 公金の使用対象は、確かに「公共の福祉」を向上させるためにふさわしいものであるべきだと思います。しかし公共の福祉の向上に資する支出とは、決して個別の費目が常に多くの人に向けられていることを要するものではありません。

 たとえば、れいわ新選組で話題になっている重度訪問介護の利用者数は1万人ほどで国民の0.01%ですが、そういう少数の人のニーズを一つ一つ満たすことで「公共の福祉」が向上することは少なくありません。むしろ、一つの支出が国民の大多数のニーズを満たすことの方が稀(まれ)であると思います。

 「表現」に関する実例を挙げれば、県などでしばしば行われている県民による「書道展」があります。生活の中で書道に親しんでいる人は恐らくは少数派ですが、そこへの公金の支出を問題視する人はほとんどいません。少数の人の表現のために公金を使うこと自体は普通に行われており、格別問題があることではありません。

 もちろん、公共の福祉の向上に反するような表現、明らかなヘイト表現や、多くの人に事実を誤認させ、公に害を及ぼすような表現に対する公金の支出は避けるべきだと思います。ただしここで、難しいのは、何が公共の福祉の向上に資し、何が反するのかの線引きです。そこは、ある程度主観によるしかないのは否めないなのですが、そのうえで民主的なプロセスで選ばれたその自治体の首長(若しくは首長の指揮下にある担当者)が決し、その判断について次の選挙で評価されるのが、民主主義の原則であると思います。

 従って今回の件においては、「あいちトリエンナーレ」の主催者である愛知県知事、もしくはその指揮監督下にある担当者が、展示されている「表現」が国民の一定割合の人が望む物でないとしても、他方でその「表現」を希望する人も相当数いて、「幅広い表現の自由を認めることが、公共の福祉の向上に資する」と判断したのなら、そこに公金を支出することは何の問題もないと思います。

 話は少々わき道にそれますが、上述のように行政の長としての政治家は、国民の生活に直結する様々な部分を決しうるのであり、この点は選挙においてきちんと考えておく必要があります。換言すれば、選挙における選択は極めて重要であるということになります。

■日本人・皇室へのヘイトだから展示はダメか?

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「表現の不自由展・その後」の展示室は来場者が増えて入場制限がかかり、展示室前では行列ができていた=2019年8月3日、名古屋市東区の愛知芸術文化センター

 第三の論点は、「この美術展で展示されていた表現は、日本人に対するヘイトだから展示してはいけない/公金を支出してはいけない」というものです。

 そう感じる人がいるのは事実でしょうが、同時に8月1日に開幕してから3日間、「表現の不自由展」は行列ができる盛況だったと報じられており、そのように感じない人も多数いるのも、また事実です。私自身は、報道されている展示が日本人へのヘイトだとは全く感じません。

 日本は自由主義の国として表現の自由が幅広く認められており、「表現の自由」の例外として表現それ自体が規制されるのは、名誉棄損、業務妨害、差別禁止条例違反等、法令に反するものに限定されています。展示を不快に感じる人がいるということは、展示してはいけない理由にはなりません。

 公金の支出については、第二の論点で述べた通りになります。これらの展示を見て不快に思う人がいるとしても、そのこと自体は、展示に公金を支出してはいけない理由にはなりません。民主的に選ばれた代表が、「幅広い表現の自由を認めることが、公共の福祉の向上に資する」と考えて公金の支出を認めているなら、何ら問題のあることではありません。

 第四の論点は、「この美術展で展示されていた表現は、天皇・皇室に対する侮辱だから展示してはいけない/公金を支出してはいけない」というものです。

 議論はほとんど第三の論点と重なります。そのように感じる人がいるのは事実ですが、そのように感じない人もいます。私自身はそのようには感じませんし、個別の事情はさておくとして、戦前の大日本帝国憲法において「元首」と定められている以上、戦争の悲惨さやその責任を問う文脈の中で、一つのアイコンとしてネガティブな表現の対象となることは、表現の自由の一環としてありうると思います。

 いずれにせよ、この美術展での展示内容は、現日本国憲法が認める「表現の自由」の文脈において、問題のあるものではないと考えます。公金の支出についても、民主的に選ばれた代表が、この様な表現を含む「幅広い表現の自由を認めることが、公共の福祉の向上に資する」と考えて公金の支出を認めているなら、何ら問題はありません。

■運営側の対応に瑕疵はあったか?

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記者会見で「表現の不自由展・その後」の中止を表明する愛知県の大村秀章知事=2019年8月3日、名古屋市東区の愛知芸術文化センター

 第五の論点は、「この様な抗議や批判、妨害が起こりうることは当然予想できるはずだったのに、それに備えていなかった運営側の責任である」です。

 まず「抗議」については、この指摘はある程度当てはまると思います。是非や好悪は別にして、SNSが発展した現在、議論を呼ぶような催しは何かのきっかけがあれば、すぐに「抗議」が殺到し「炎上」します。ことに今回の展示は、時節柄、一定数の抗議が来ることは相当程度に高い確率で予想されるものでした。

 一方、これらの展示会で運営に当たるイベント会社スタッフや、抗議の電話を受ける県庁職員は、決してクレーム対応の専門家ではありません。中止の会見に際して津田氏が述べた「抗議が殺到して現場が混乱しスタッフが疲弊した」は、ある意味必然であったと言えます。こういった抗議は、最初から「Q&A」を作り、専門の部署を設けて、あらゆる抗議はその部署に回して「Q&A」に沿って対応するよう決めておくことで、ずっとスムーズに対処できるものです。この点については、運営の反省点は一定程度あると思います。

 ですが、「妨害」については、明らかに悪いのは妨害を行った人です。ことに「ガソリンの携行缶を持っていく」などというFAXを送った人は、明白に脅迫、業務妨害であり、テロの予告とすら言えるものですので、愛知県警は全力で捜査に当たるべきです。この点について運営側の不備を責めるのは、まったくお門違いであろうと思います。

 ただし、運営側に県・県警も含めるのであれば、事前にそこまでの妨害がありうることを予想するのは難しく、妨害が明らかになった以上安全を守るためにいったん中止することは止むを得ないとしても、一定期間の後に警備を整えて対応することはできないのかという問題は残ります。

■名古屋市長・大阪市長の中止申し入れは問題か?

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会見する名古屋市の河村たかし市長=2019年8月5日、名古屋市役所

 第六の論点は、「名古屋市長や大阪市長が中止を申し入れたのは問題だ」というものです。

 まずもって、政治家として「意見」を表明するのは自由だと思います。とはいえ、河村名古屋市長の様に、いきなり「中止」を要請し、中止後も関係者の「謝罪」を求めることは、明らかに行きすぎだと思います。上述した通り、公金の支出としてふさわしいか否かを判断する権限は基本的にトリエンナーレ実行委員会会長の大村秀章・愛知県知事にあり、大村知事がこれを認めた以上、それを尊重するのが、地方分権であり、民主主義です。

 以上、SNS上で頻見した六つの論点を整理しました。まとめると、

@今回の展示は「表現の自由」の文脈で問題となるようなものではなく、当然保護されるべきものである。

A今回の展示に対する評価は分かれるにせよ、民主的自治体である愛知県において民主的に選ばれた大村知事が認めている以上、公金の支出も問題ないということになると私は思います。


■「困難」をどこまで引き受けるか?

 そのうえで、実のところ@Aの議論の整理は事前についていたからこそ、「表現の不自由展・その後」は開催されたと考えられるのですが、本件ではさらに「想定以上のクレームの発生」、「妨害の予告」という現実の困難が発生したことが中止の直接の原因となりました。

 ここはあまり議論されていないところですが、上記の@Aの整理と同時に、「現実の困難」と「表現の自由」の相克、裏から言うと、「表現の自由」を守るためにどこまで「現実の困難」を引き受け、コストとリスクを負担するかという問題もまた、本件によって突きつけられていると私は思います。 ・・・ログインして読む
(残り:約1331文字/本文:約5466文字)

https://webronza.asahi.com/politics/articles/2019080500002.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/192.html

[政治・選挙・NHK264] 第58回日本民主法律家協会定時総会 ― 新たな憲法情勢をめぐって。(澤藤統一郎の憲法日記)

昨日(8月4日)、一入暑い夏の盛りに、日本民主法律家協会・第58回定時総会が開催された。自ずと主たる議論は、改憲情勢と、改憲情勢に絡んでの参議院選挙総括に集中した。そして、「相磯まつえ法民賞」受賞対象の各地再審事件弁護団が語るホットな再審審理状況と裁判所のありかた、さらに降って湧いたような「表現の不自由展」の中止問題が話題となった。

冒頭に、渡辺治・元協会理事長から、「参院選の結果と安倍改憲をめぐる新たな情勢・課題」と題した記念講演があった。参院選の結果は安倍改憲を断念させるに至っていない。情勢は引き続いて厳しいという大筋。「法と民主主義」(8・9月合併号)に掲載の予定となっている。

政治状勢も、国際情勢も、憲法情勢も、けっして明るくはない。それでも、総会や法民賞授賞式、懇親会での各参加者の発言が実に多彩で、元気に満ちていた。年に一度、こうして集う意味があることを確認した集会となった。

名古屋から参加した会員が、「表現の不自由展」の中止問題を生々しく語り、誰もが由々しき問題と受けとめた。右翼に成功体験をさせてはならない。現地での取り組みにできるだけの支援をしたい。

伝えられる内容の脅迫電話による展示の中止は、明らかに威力業務妨害である。脅迫電話の音声を公開し、速やかな告訴があってしかるべきで、刑事民事の責任を追及しなければならない。こんなときこそ警察の出番ではないか。この件の経験を今後の教訓とすべく、詳細な報告が欲しい。

採択された、憲法問題と司法問題での2本の「日本民主法律家協会第58回定時総会特別アピール」をご紹介して、総会の報告とする。

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(特別アピール 1)
 2019参院選の成果を踏まえ、市民と野党の共闘のさらなる前進で、
 安倍改憲に終止符を

 2017年5月3日の安倍首相の改憲提言以来、自民党は、改憲勢力が衆参両院で3分の2を占める状況に乗じて、さまざまな改憲策動を繰り返してきました。しかし、市民の運動とそれに支えられた野党の奮闘により、改憲発議はおろか改憲案の憲法審査会への提示すらできずに2年が過ぎ、この参院選で改めて3分の2の維持をはかるしかなくなりました。選挙戦での安倍首相の異様な改憲キャンペーンは、その証左です。

ところが、改憲勢力は発議に必要な3分の2を維持できませんでした。この3分の2を阻止した直接の要因は、市民と野党の共闘が、安倍政権による改憲反対、安保法制廃止をはじめ13の共通政策を掲げて32の一人区全てで共闘し、前回の参院選並みの10選挙区で激戦を制して勝利するなど、奮闘したことです。また、「安倍9条改憲NO! 全国市民アクション」が提起した3000万署名の運動が全国の草の根で取り組まれ、私たち日民協も参画する「改憲問題対策法律家6団体連絡会」は、自民党の改憲案の危険性をいち早く解明し、政党やマスコミへの働きかけ、バンフの発行や集会などを通じて、安倍改憲に反対する国民世論を形成・拡大する上で大きな役割を果たしてきました。

それでも、安倍首相は改憲をあきらめていません。それどころか、選挙直後の記者会見で「(改憲論議については)少なくとも議論すべきだという国民の審判は下った」などと述べて、改憲発議に邁進する意欲を公言しています。「自民党案にこだわらない」とも強調することで、野党の取り込みをはかり3分の2の回復を目指すなど、あらゆる形で改憲の強行をはかろうとしています。しかし、参院選の期間中もその後も、「安倍政権下の改憲に反対」が世論の多数を占めていることに確信を持ちましょう。

いま、安倍9条改憲を急がせる国内外の圧力が増大しています。アメリカは、イランとの核合意から一方的に離脱して挑発を繰り返した結果、中東地域での戦争の危険が高まっています。トランプ政権は、イランとの軍事対決をはかるべく有志連合をよびかけ、日本に対しても参加の圧力を加えています。こうしたアメリカの戦争への武力による加担こそ、安倍政権が安保法制を強行した目的であり、9条改憲のねらいです。辺野古新基地建設への固執、常軌を逸したイージスアショア配備強行の動きも9条破壊の先取りにはかなりません。

私たち日本民主法律家協会は、こうした安倍改憲の企てに終止符を打つべく、今後とも「改憲問題対策法律家6団体連絡会」や「安倍9条改憲NO! 全国市民アクション」の活動に邁進するとともに、市民と野党の共闘のさらなる前進に協力していくことを、ここに宣言します。

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(特別アピール 2)
「国策に加担する司法」を批判する

 司法の使命は、憲法の理念を実現し、人権を保障することにあります。司法は、立法からも行政からも、時の有力政治勢力からも毅然と独立して、憲法に忠実にその使命を果たさなくてはなりません。その司法の使命に照らして、長く司法の消極性が批判されてきました。違憲判断があるべきときに、司法が躊躇し臆して、違憲判断を回避してきたとする批判です。その司法消極主義は、戦後続いてきた保守政権の政策を容認する役割を果たし、憲法を社会の隅々に根付かせることを妨げてもきました。

そのため、砂川事件大法廷判決(1959年12月16日)に典型的に見られる司法消極主義を克服することが、憲法理念実現に関心を寄せる法律家の共通の課題と意識されてきました。ところが、近時事態は大きく様変わりしていると言わねばなりません。

2018年10月に開催された、当協会第49回司法制度研究集会のメインタイトルは「国策に加担する司法を問う」というものでした。司法は、その消極主義の姿勢を捨て、むしろ国策に積極的に加担する姿勢に転じているのではないか、という衝撃的な問題意識での報告と討論が行われました。

その先鞭として印象的なものが、沖縄県名護市辺野古の米軍新基地建設に伴う「海面埋め立ての可否をめぐる一連の訴訟です。とりわけ、国が沖縄県を被告として起こした「不作為の違法確認訴訟」。国は、翁長雄志知事(当時)による「前知事の埋立承認取り消し」を違法として、撤回を求める知事宛の指示を出し、知事がこれに従わないとして提訴しました。一審となった福岡高裁那覇支部への提訴が2016年7月22日、判決が9月16日という異例の超スピード判決。その上告審も、国への手厚い慮りで、同年12月20日判決となり国の勝訴が確定しました。「海兵隊航空基地を沖縄本島から移設すれば、海兵隊の機動力、即応力が失われることになる」とする国の政治的主張をそのまま判決理由とした福岡高裁那覇支部の原判決を容認したのです。

また、同じ時期に言い渡された、厚木基地騒音訴訟最高裁判決は、夜間早朝の飛行差し止めを認めた1、2審判決を取り消し、住民側の請求を棄却しました。「自衛隊機の運航には高度の公共性がある」としてのことで、国策の根幹に関わる訴訟での、これまでにない積極的な国策加担と指摘せざるを得ません。

以来、原発訴訟、「日の丸・君が代」強制違憲訴訟などで、最高裁の「親政権・反人権」の立場をあからさまにした姿勢が目立っています。最近では、地裁・高裁での再審開始決定を破棄した上「再審請求棄却」を自判した大崎事件の特別抗告審決定(2019年6月25日)、また、現職自衛官が防衛出動命令に従う義務はないことの確認を国に求めた戦争法(安保法制)違憲訴訟において「訴えは適法」とした2審・東京高裁判決を「検討が不十分」として破棄し、厳しい適法要件を設定して、審理を同高裁に差し戻した最高裁判決(同年7月22日)があります。

このような最高裁の姿勢は、最高裁裁判官人事のあり方と無縁なはずがありません。既に、最高裁裁判官の全員が第2次以後の安倍内閣による任命となっています。人権擁護の姿勢を評価されてきた弁護士出身裁判官が、必ずしも日弁連推薦枠内から選任されていないとも報道されています。最高裁裁判官の人事のあり方が重大な課題となっています。

私たち日本民主法律家協会は、こうした政権に擦り寄った司法を厳重に監視するとともに、国民のための司法制度確立のために、努力を重ねていくことを宣言します。

(2019年8月5日)

http://article9.jp/wordpress/?p=13076
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/193.html

[政治・選挙・NHK264] 「表現の不自由展・その後」中止後の動きに関する主要紙記事より
(第1話)
「表現の自由」不要と言うに等しい 展示中止に危惧の声
朝日新聞デジタル 2019年8月5日23時27分

https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20190805004366_commL.jpg
河村たかし・名古屋市長の抗議文を掲げて反論する大村秀章・愛知県知事=2019年8月5日午前10時23分、愛知県庁、江向彩也夏撮影

 愛知県で開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展に追い込まれた問題で、永田町からも憲法が保障する「表現の自由」の制限につながりかねないと危惧する声が上がった。

 展示への抗議の中にはテロ予告や脅迫ととれるものもあったとされる。菅義偉官房長官は5日の記者会見で「具体的な内容は承知していないためコメントを差し控えるが、一般論でいえば暴力や脅迫はあってはならない」と述べた。

 立憲民主党の福山哲郎幹事長は5日、国会内での会合で「脅迫行為で表現の自由が侵されることについては、立法府にいる者として遺憾の意を表したい」と述べた。

 芸術祭は文化庁の助成事業。松井一郎・大阪市長や河村たかし・名古屋市長、自民党の青山繁晴参院議員らが、公金が投入されていることなどを理由に展示内容を批判していた。

 これに対し、自民党の武井俊輔衆院議員は3日、自身のツイッターで「政府や行政に批判的な人でも納税している。政府や行政に従順、ないしは意向に沿ったものにしか拠出しないということは、決してあってはならない」と指摘。同党の保守派の一人も5日、「検閲以外の何ものでもない。これでは公的な芸術祭には『政府万歳!』の作品しか出せなくなる」と語った。

 「表現の不自由展・その後」の展示をめぐって大村秀章・愛知県知事が、中止を求めた河村たかし・名古屋市長の発言を憲法21条違反の疑いがあると批判した。21条が保障する「表現の自由」とは。

■大嫌いな表現をも尊重するのが「表現の自由」

 江藤祥平・上智大准教授(憲法……こちらは有料会員限定記事です。残り:1976文字/全文:2630文字

https://www.asahi.com/articles/ASM8564C0M85UTFK00X.html?iref=comtop_favorite_01


(第2話)
表現の不自由展「再開を」実行委メンバーが知事に質問状
朝日新聞デジタル 2019年8月6日19時50分 堀川勝元

https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20190806003361_commL.jpg
愛知県の大村秀章知事への公開質問状を県の担当者(右)に手渡す「表現の不自由展・その後」実行委員会のメンバー=2019年8月6日午後1時33分、名古屋市中区の愛知県庁、戸村登撮影

 愛知県で開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」(津田大介芸術監督)の企画展「表現の不自由展・その後」が中止となったことを受け、企画展の開催に向けて動いてきた実行委員会のメンバーが6日、芸術祭の実行委員会会長の大村秀章知事あてに、中止の理由などを問う公開質問状を提出した。

 メンバーは県庁で記者会見を開き、「文化の力が卑劣な言論テロに屈しないことを日本だけでなく、世界に示してほしい」などと、企画展の再開を訴えた。

 公開質問状で「開会後たった3日で中止するとの決定を一方的に通告された」と主張。津田氏から口頭で説明されただけで「文書での中止の通告も、理由も明示されていない」とし、中止を判断した具体的な理由や経緯などについて、10日までに文書で回答するよう求めた。

 企画展の会場は、事務局の了解を得て保全しているといい、「会期末までの展示」を要求している。

 企画展は、慰安婦を表現した少……こちらは有料会員限定記事です。残り:326文字/全文:713文字

https://www.asahi.com/articles/ASM865HL9M86OIPE02X.html


(第3話)
不自由展中止に劇作家協会が声明「行政、表現守るべき」
朝日新聞デジタル 2019年8月6日20時40分

 国際芸術祭・あいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」の中止について、日本劇作家協会(渡辺えり会長)は6日、「表現活動のさらなる萎縮を招く」「この国の民主主義の危機」とする緊急アピールを発表した。

 アピールでは河村たかし名古屋市長や菅義偉官房長官の発言を「表現の自由」への介入だとして抗議。「『行政の気に入らない作品』が展示を認められず、助成金も受け取れないことが通例となっていくならば、憲法21条に禁じられた『検閲』の実質的な復活です。このようなことが、民主主義のルールを無視した為政者の介入によって、既成事実化されることは看過できません」と批判した。

 また表現の場を行政が提供する場合では、「行政は毅然(きぜん)とした態度で、他の公権力も含むあらゆる妨害から、表現を守るべきです」「異論や反論があったとしても、表現の場までは奪わずに、言論をもって対抗し、情報の多様性は残しておく。これこそが行政のとるべき態度」と訴えた。

https://www.asahi.com/articles/ASM8663SXM86UCLV00R.html


(第4話)
「表現の不自由展」への脅迫ファクス、愛知県が被害届(
朝日新聞デジタル 2019年8月6日21時39分

 国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」の展示に対し、ファクスで脅迫文が届いたとして、愛知県は6日、県警東署に威力業務妨害容疑で被害届を出し、受理されたと発表した。

 発表によると、2日午前9時過ぎ、企画展に展示されている慰安婦を表現した少女像について「大至急撤去しろや、さもなくばガソリン携行缶持って館にお邪魔するので」とのファクスが、会場だった名古屋市東区の愛知県美術館(愛知芸術文化センター内)に届いているのが見つかったという。企画展は3日に中止が発表された。

https://www.asahi.com/articles/ASM866TN9M86OIPE03B.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/222.html

[政治・選挙・NHK264] 「表現の不自由展・その後」中止問題を巡る8月6日付主要紙社説
(其の壱)
あいち企画展 中止招いた社会の病理

 人々が意見をぶつけ合い、社会をより良いものにしていく。その営みを根底で支える「表現の自由」が大きく傷つけられた。深刻な事態である。

 国際芸術祭あいちトリエンナーレ2019の企画展「表現の不自由展・その後」が、開幕直後に中止に追い込まれた。

 過去に公的施設などで展示が許されなかった作品を集め、表現行為について考えを深めようという展示だった。芸術祭として個々の作品への賛意を示すものではなかったが、慰安婦に着想を得た少女像や、昭和天皇を含む肖像群が燃える映像に抗議が殺到した。放火の予告まであったという。もはや犯罪だ。警察は問題の重大さを認識し、捜査を尽くさねばならない。

 気に入らない言論や作品に対し、表現者にとどまらず周囲にまで攻撃の矛先を向け、封殺しようとする動きが近年相次ぐ。今回はさらに、政治家による露骨な介入が加わった。

 芸術祭実行委の会長代行を務める河村たかし名古屋市長が、「日本国民の心を踏みにじる」などと展示の中止を求め、関係者に謝罪を迫ったのだ。

 市長が独自の考えに基づいて作品の是非を判断し、圧力を加える。それは権力の乱用に他ならない。憲法が表現の自由を保障している趣旨を理解しない行いで、到底正当化できない。

 菅官房長官や柴山昌彦文部科学相も、芸術祭への助成の見直しを示唆する発言をした。共通するのは「公的施設を使い、公金を受け取るのであれば、行政の意に沿わぬ表現をするべきではない」という発想である。

 明らかな間違いだ。税金は今の政治や社会のあり方に疑問を抱いている人も納める。そうした層も含む様々なニーズをくみ取り、社会の土台を整備・運営するために使われるものだ。

 まして問題とされたのは、多数決で当否を論じることのできない表現活動である。行政には、選任した芸術監督の裁量に判断を委ね、多様性を保障することに最大限の配慮をすることが求められる。その逆をゆく市長らの言動は、萎縮を招き、社会の活力を失わせるだけだ。

 主催者側にも顧みるべき点があるだろう。予想される抗議活動への備えは十分だったか。中止に至るまでの経緯や関係者への説明に不備はなかったか。丁寧に検証して、今後への教訓とすることが欠かせない。

 一連の事態は、社会がまさに「不自由」で息苦しい状態になってきていることを、目に見える形で突きつけた。病理に向き合い、表現の自由を抑圧するような動きには異を唱え続ける。そうすることで同様の事態を繰り返させない力としたい。

朝日新聞社説 2019年8月6日
https://www.asahi.com/articles/DA3S14128795.html?iref=comtop_shasetsu_02

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(其の弐)
「表現の不自由展」中止 許されない暴力的脅しだ

 国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」の企画展「表現の不自由展・その後」が、開幕直後に中止に追い込まれる異例の事態となった。

 慰安婦を象徴する韓国人作家の「平和の少女像」や、昭和天皇をモチーフにした作品に対し、脅迫めいた内容を含む多数の抗議電話やメールがあった。中止は来場者や関係者の安全を考慮した措置と説明する。

 企画展に展示されているのは、全国の美術館などで過去に撤去や公開中止になった16組の作品だ。

 芸術監督をつとめるジャーナリストの津田大介さんは、「表現の自由」について自由に議論する場にしたかったと話した。

 作品を鑑賞して共感したり、反感を抱いたりするのは当然だ。それこそがこの展示の意図でもあろう。

 しかし、2日朝には「ガソリン携行缶を持って行く」といったファクスが届いたという。京都アニメーションの放火殺人事件を思い起こさせるもので悪質だ。

 過熱する抗議の電話は、芸術祭の実行委員会だけでなく、愛知県庁や協賛企業にまで広がった。事務局の電話は鳴りやまなかったという。

 自分たちと意見を異にする言論や表現を、テロまがいの暴力で排除しようというのは許されない行為だ。こういった風潮が社会にはびこっていることに強い危機感を覚える。

 政治家の対応にも問題がある。少女像を視察した河村たかし・名古屋市長は「日本国民の心を踏みにじる行為」などとして、展示の中止を求めた。

 また、菅義偉官房長官は、文化庁の補助金交付の是非について検討する考えを示した。

 暴力によって中止に追い込もうとした側が、政治家の発言を受けて勢いづいた可能性がある。

 作品の経緯からして、反発の声が上がることは十分予測できた。悪化する日韓関係も原因の一つと考えられる。

 津田さんは「想定が甘かったという批判は甘んじて受ける」と語る。万が一のリスクを回避しなければならないという考え方は理解できる。

 一方で、脅せば気に入らない催しをやめさせることができるという前例になったとすれば、残した禍根は小さくない。

毎日新聞社説 2019年8月6日
https://mainichi.jp/articles/20190806/ddm/005/070/088000c
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/223.html

[政治・選挙・NHK264] 表現の不自由展、津田大介氏の判断は正しかったか (朝日新聞社 論座)
古賀太 日本大学芸術学部映画学科教授(映画史、映像/アートマネジメント)
論座 2019年08月06日 より無料公開部分を転載。

https://image.chess443.net/S2010/upload/2019080500012_2.jpeg
「表現の不自由展・その後」の展示中止を求めた名古屋市の河村たかし市長に抗議する集会=2019年8月4日、名古屋市中区

 国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の中の「表現の不自由展・その後」展が、わずか3日で主催者が展示を取りやめたというニュースには驚いた。美術展の場合は問題が起きても通常は長い期間賛否両論の議論があって、継続か撤収が決まるのだが。まるで1960年、大島渚監督『日本の夜と霧』が封切り4日後に製作・配給の松竹によって上映を打ち切られたくらいのスピードだ。

 なぜこんなに早く撤収を決めたのか。果たしてその判断は本当に正しいのか。この事件はどんな意味を持つのか。そしてこれから何をすべきなのか。何ができるのか。

 「朝日新聞」8月4日付東京本社版朝刊には、大西若人編集委員の「その直接的要因となったという卑劣な脅迫めいた電話などによる行為は、断じて許されるものではない」と批判している。それはその通りだが、果たしてそれに対応する方法は本当になかったのかどうか。かつて2001年の第1回横浜トリエンナーレを含めて20年近く美術展運営の経験を持つ私には、今回の決断は二重に間違っているように思える。

 「朝日」によれば、「あいちトリエンナーレ2019」の実行委員会会長の大村秀章・愛知県知事は「テロ予告や脅迫の電話などもあり、これ以上エスカレートすると(来場客が)安心して楽しくご覧になることが難しいと危惧している」と中止の理由を述べ、「『撤去をしなければガソリン携行缶を持ってお邪魔する』というファクスもあった」と言った。抗議や脅迫は2日間で1000件以上あったという。

 芸術監督の津田大介氏によると「続ける選択肢もあったが、現場の複数の人から『もう無理だ』という声が上がっていた」。「ベテランの愛知県職員らが電話に応対したものの、待たされた人がオペレーターに激高するなど抗議が過熱したという。職員の個人名をインターネットにあげてさらす事例もあり、津田氏は『この光景を見て続けられないと思った』」。

https://image.chess443.net/S2010/upload/2019080500012_4.jpeg
「表現の不自由展・その後」に出展されていた「平和の少女像」と元慰安婦の写真。これらの作品が河村たかし市長などから抗議された=愛知芸術文化センター

https://image.chess443.net/S2010/upload/2019080500012_5.jpeg
展示が中止になり、「表現の不自由展・その後」の入り口(右)は壁で閉ざされた=2019年8月4日

■警備、電話対応、警察の協力などで耐えられたはず

 私はこれらの「理由」を読んで、ずいぶん職員思いで「内向き」だなと思った。大村知事はファクスから京都アニメーションの放火を思い出したというが、それこそファクスの送り主の思うつぼだろう。この展覧会が開かれているのは民間の施設ではなく、「愛知芸術文化センター」という県の施設である。通常から外注の警備会社から派遣された警備員が何人も行き来している。このようなファクスが来れば、観客の手荷物検査をすればいいし、警察も動員すべきだろう。海外でテロが起きるとよく見る風景だ。

 日本では従軍慰安婦や南京大虐殺関連の映画を上映すると、右翼が街宣車でよく会場にやってくる。主催者はひるむことなく、弁護士や警察に相談して、上映会を敢行するのが普通である。相手が特定できた場合は、会場に近づくことを禁じる仮処分を裁判所に申請して認められた例もある。今回は県の事業であり、警察の動員は当然だろう。そもそもこれほど危険な内容のファクスの送信者は、警察なら簡単に割り出せるだろうし。

 また「オペレーターに激高するなど抗議が過熱」というが、こうした抗議は役所でも民間でもよくあること。実は日本のほとんどの美術館は ・・・ログインして読む
(残り:約1877文字/本文:約3253文字)

https://webronza.asahi.com/culture/articles/2019080500012.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/224.html

[政治・選挙・NHK264] 核兵器不使用を絶対的に保証するものは、廃絶以外にない。(澤藤統一郎の憲法日記)
 
だれの言葉かは知らないが、「8月は6日9日15日」である。8月こそは、鎮魂の月であり、戦争の悲惨と愚かさを語り継ぐべき時、そして、あらためて平和の尊さを確認して「憲法第9条」擁護を誓うべき季節。なお、「6日9日15日」は、安倍晋三が、気の乗らない挨拶文の朗読を強いられる日でもある。

被爆から間もないじきに、広島の小学校に入学した私には、8月6日は特別の日である。その日の8時15分が人類史の転換点だとも思っている。その時、人類は、種としての自死の能力を手に入れたのだ。

それから74年目の今日。広島平和記念公園で恒例の「原爆死没者慰霊式・平和祈念式典」が営まれた。雨の中のしめやかな式典だったという。

松井一実市長の平和宣言は、列席した安倍晋三の目の前で朗読され、核兵器禁止条約に背を向ける日本政府に対し、「被爆者の思い」として署名・批准を求めると明確に宣せられた。

安倍晋三首相はいつものとおり、ホントにつまらない、気持ちのこもらない挨拶文を朗読した。紋切りの美辞麗句はあったが、「被爆者の思い」に応えるところはまったくなかった。

記者会見では「核兵器禁止条約には保有国が一カ国も参加していない」としてその実効性を疑問視し、「被爆者代表から要望を聞く会」に臨んでは、被爆者を前に日本政府による核兵器禁止条約の署名・批准を否定する姿勢をあらためて明確にした。この人は、本当に日本の首相なんだろうか。それとも、アメリカの属領長に過ぎない人なのだろうか。被爆者にも、被爆運動にも敵対する、日本の政府とは、首相とはいったい何なのだろう。

今日の式典で、耳目を惹いたのは、湯崎英彦広島県知事のあいさつだった。要点を抜粋してご紹介したい。

    絶望的な廃虚の中、広島市民は直後から立ち上がりました。水道や
   電車をすぐに復旧し、焼け残りでバラックを建てて街の再建を始めた
   のです。市民の懸命の努力と内外の支援により、街は不死鳥のごとく
   よみがえります。

    しかしながら、私たちは、このような復興の光の陰にあるものを見
   失わないようにしなければなりません。緑豊かなこの平和公園の下に、
   あるいはその川の中に、一瞬にして焼き尽くされた多くの無辜の人々
   の骨が、無念の魂が埋まっています。かろうじて生き残っても、父母
   兄弟を奪われた孤児となり、あるいは街の再生のため家を追われ、傷
   に塩を塗るような差別にあい、放射線被ばくによる病気を抱え今なお
   その影におびえる、原爆のためにせずともよかった、筆舌に尽くし難
   い苦難を抱えてきた人が数多くいらっしゃいます。被爆者にとって、
   74年経とうとも、原爆による被害は過去のものではないのです。

    そのように思いを巡らせるとき、とても単純な疑問が心に浮かびます。

    なぜ、74年たっても癒えることのない傷を残す核兵器を特別に保有
   し、かつ事あらば使用するぞと他を脅すことが許される国があるのか。

    それは、広島と長崎で起きた、赤子も女性も若者も、区別なくすべて
   命を奪うような惨劇を繰り返しても良い、ということですが、それは本
   当に許されることなのでしょうか。

    核兵器の取り扱いを巡る間違いは現実として数多くあり、保有自体危険
   だというのが、米国国防長官経験者の証言です。

    明らかな危険を目の前にして、「これが国際社会の現実だ」というのは、
   「現実」という言葉の持つ賢そうな響きに隠れ、実のところは「現実逃避」
   しているだけなのではないでしょうか。

    核兵器不使用を絶対的に保証するのは、廃絶以外にありません。しかし
   大国による核兵器保有の現実を変えるため、具体的に責任ある行動を起こ
   すには、大いなる勇気が必要です。

    唯一、戦争被爆の惨劇をくぐり抜けた我々日本人にこそ、そのエネルギー
   と勇気があると信じています。それは無念にも犠牲になった人々に対する
   責任でもあります。我々責任ある現世代が行動していこうではありませんか。


(2019年8月6日)

http://article9.jp/wordpress/?p=13093
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/227.html

[国際27] バチェレ国連人権高等弁務官が提出した報告書に関する マドゥーロ大統領の書簡(駐日ベネズエラ大使館)
2019/08/05

   バチェレ国連人権高等弁務官が提出した報告書に関する
          マドゥーロ大統領の書簡

ミチェル・バチェレ国連人権高等弁務官が今年7月に公表したベネズエラに関す
る報告書について、ベネズエラのニコラス・マドゥーロ大統領は疑義に満ちて
いるとして非難の意を表し、修正を要求する書簡を発表しました。

書簡の日本語訳を掲載します。


大使館訳
2019 年 7 月 11 日、カラカスにおいて

国連人権高等弁務官
ミチェル・バチェレ 様

貴職の事務所が去る 7 月 5 日に国連人権理事会へ提出された報告書を拝見し
ました。その内容はベネズエラ国民の尊厳及びベネズエラの人権状況の真実に
とって深く有害なものです。残念ながら、貴職がベネズエラの声を聞かれなか
ったことが一目瞭然とわかります。

初めに、件の報告書は貴職の前任者が作成したものの模倣となっています。同
前任者は公に知られているように、ベネズエラ政府を犯罪人と見なすという唯
一の目的のもと、ベネズエラに対する違法かつ非倫理的な書類を作成していま
した。

貴職は、偽りの言明、歪曲、及びデータと出典の誤魔化しに満ちた報告書を提
出されました。つまりバランスと正確性に欠けた明らかに偏った報告書であり、
我が国の人権状況について歪んだ概観を示すだけでなく、政府が提供した情報
やデータではなく帝国のメディア覇権が押し付ける使い古された論調を取り上
げたものとなっています。

とりわけ深刻なのは、貴職の報告書はベネズエラ国内の状況に関する概略作成
を試みるにあたり、外国で入手した嘘を優先しているということです。国連人
権高等弁務官事務所(OACHR)が実施したインタビュー558 件のうち 460 件が
ベネズエラ国外で実施されたものであり、これは報告書に記載されている意見
の 82%に当たります。

貴職の報告書は、ベネズエラを象徴的に攻撃するワシントンからのメディア・
政治論調に悲しくも同調しており、いわゆる独裁政権や人道危機なるものの存
在に関するシナリオをなぞっています。いわゆる人道危機というものは、シモ
ン・ボリバルの計画をなきものとし我が国の莫大な天然資源を入手しようと望
む者たちにとって、介入の正当化を許すものです。


私は自問し、また貴職にも問いかけます。

ここ 20 年間の選挙で 23 回も正当と認められた政治プロジェクトを、独裁と
呼べるだろうか?必需品が行き渡らないことによる貧困を、革命から 20 年足らず
で 3 分の 1 にまで減らしたのは何だろうか? ベネズエラを大陸で 2 番目に
不平等の少ない国とし、最も裕福な層の所得の 25%を中間層や貧困層に移転させ
て我が国の歴史で最大の富の移転を行ったのは、何だろうか? 

国民の投票により作られた憲法によって初めて先住民族、子ども、女性、高齢
者に権利を与え、また貧しい多数派や差別を受ける少数派に光を当て権利を与
えてきた政府を、独裁と呼べるだろうか?

米国がベネズエラの海外の石油関連資産 300 億ドル以上を奪い取り、食料・医
薬品の購入に充てられるはずだった 70 億ドル以上を凍結・没収し、ベネズエラ
債券の取引を禁止し、ベネズエラと貿易を行うあらゆる企業が迫害を受けてい
るとき、「人道危機」に言及できるだろうか? これを人道危機と呼べるだろうか、
それとも、1970 年〜73 年にアジェンデ政権下のチリで行われたのと同様、経済
的に締め上げることで我が国の崩壊を招く目的で行われる一方的強制措置の、
違法・非合法・犯罪的な適用について議論すべきだろうか?

私は栄誉にも一国を統括していますが、その国の憲法秩序は、人権に服する立
憲国家であることに法的至高性を与えています。私たちは、人権に関して抱え
る課題に目を向けぬままとはしていません。多国籍企業の利益に仕える政治エ
リートがプント・フィホ体制の時代に犯してきた、最も基本的な権利の侵害と
いう恥ずべき行為を二度と繰り返すことのないよう、私たちは指揮を取ってい
るのです。私たちは機関として常に、人が人であるが故に持つ権利を完全に行
使できるようにする所存であります。

貴職の報告書はラテンアメリカの歴史的真実に目を向けておりません。また米
国とその同盟国による犯罪的封鎖によって引き起こされている莫大な物的・人
的損害から国民を守るべくベネズエラ政府が行っている並外れた努力を無視し
ています。

私は貴職の使命をゆがめようとする圧力の存在を知っており、残念なことに貴
職はその圧力に屈されたようです。また、悲しいかな、ベネズエラ国民の人権
を真に侵害している者たちの側につき、そうして我が祖国に直接的な介入を試
みる者たちに扉を開いていらっしゃいます。

当該報告書に記載されている偽りの言説を明らかにするには、一つ例を挙げれ
ば足りるでしょう。

貴職は、祖国カードの制度は政治的な党派または派閥を条件に利益を与えると
いう社会的管理のメカニズムである、と断定されています。偽り以外の何もの
でもありません。貴職のチームは、この点に関してはっきりとした情報を受け
取っていらっしゃいます。ベネズエラの人口は 3000 万程度であり、祖国プラッ
トフォームに登録されている市民は 18,809,877 名います。この数字からおのず
から明らかになるのは、現存するなかで最も完成され世に知られていないこの
社会的保護制度の、インクルーシブな性質です。テクノロジーを使って、援助
を直接的に、かつ官僚主義的なフィルターを通さず届けることができるツール
です。

貴職は、野党派の暴力による犠牲者の遺族と個人的にお会いになりました。彼
らは、単に肌の色や、政府支持者と思われたというだけで生きたまま焼かれた
人々です。貴職はその面会について報告書で全く触れておらず、ましてや遺族
らが切として求めた裁きについても、貴職はこれを請け合っておきながら、全
く言及されていません。

貴職は犠牲者らの期待に背いたのです。当該報告書に少なくとも自らの証言が
反映されるという権利を持っていた人々の声を、奪っているのです。

また、極めて侮辱的なのは、人権侵害の被害者のケースにおける国の努力を評
するに当たり、被害者への賠償は彼らを黙らせるために行われた、と指摘して
いることです。

ベネズエラで起きていることの真実に傷をつけることで、貴職の事務所は私た
ちの国民に害を与える者たちの側についています。そしてこのようにして、貴
事務所と我が国との関係を正常化すべく行っている政府の努力を害しています。
以上の内容により、私たちは貴職に対し、報告書への最大かつ絶対的な拒否を
表しその内容を非難するとともに、重大な誤り、いわれのない非難、報告書内
で省略されている事項に関してすみやかに修正・訂正することを要求します。


これら事項は、報告書を対ベネズエラ介入への危険な足がかりに変貌させ、生
命の軽視をありふれたものとする野党派への無処罰を促進し、クーデター、暗
殺の試み、暴力、破壊を助長するものです。

真摯なベネズエラ―政治的・経済的・社会的な大多数が自国の平和と不可侵の
独立を求めています―は、世界の大共同体としての国連制度がその基本憲章の
原則と目的の力を発揮させ、そうして人類史上最も野蛮な戦争大国による深刻
な攻撃の犠牲となっている我が国を保護してくださることを切望しています。

貴職に知っておいていただきたいと思います。ベネズエラは自分の足で立ち、
勝利し続けるであろうことを。どんな偽りの報告書や攻撃も、そしてそれがい
かに俗悪であろうと、私たちの鉄の意志、つまり自らの正当な権利を擁護する
自由で独立した国民であり続けるという意志は変えられないということを。

ボリバルとチャベスの地から、欺瞞の報告書のすみやかな修正を要求して筆を
おきます。


ベネズエラのため私たちは勝利する!

(署名)

ニコラス・マドゥーロ・モロス

https://venezuela.or.jp/news/2213/
http://www.asyura2.com/19/kokusai27/msg/130.html

[政治・選挙・NHK264] はたらくくるまと表現の不自由 匿名による数に任せた抑圧をもう放置してはいけない (朝日新聞社 論座)
赤木智弘 フリーライター
論座 2019年08月08日 より無料公開部分を転載。


https://image.chess443.net/S2010/upload/2019080600004_5.JPG
『はじめてのはたらくくるま 英語つき』(講談社)は29ページのうち6ページが自衛隊に割かれ、潜水艦や対潜哨戒機など「くるま」でない写真も掲載された

■ネット住民の?み付き方

 2018年11月に講談社ビーシーが編集する子供用の図鑑『はじめてのはたらくくるま 英語つき』に、戦車や戦闘機、潜水艦などの兵器が掲載されているのは問題があると、新日本婦人の会が講談社ビーシー側に申し入れた。

 この申し入れを受けて、講談社ビーシー側は、知育図鑑として適切な表現や情報ではなかった点があると認め、以降の増刷を行わないことを発表した。

 『はじめてのはたらくくるま』という名前と表紙だけを見れば、パトカーや救急車。バスやタクシー、建設重機などが載っていると考えるのが普通である。これに兵器が出てくれば、当然、騙し打ちの感がある。ましてやなぜ車ではない、潜水艦や戦闘機が掲載されているのだろうか? 

 もちろん、中身を確認しておけばいいだけの話ではあるのだが、最近はAmazonなどのネットを通して表紙だけしか見ないで本を買うことも多い。表紙だけを見ると、隊員を乗せた自衛隊用車両が掲載されているが、これはあくまでも車。この流れで同じ自衛隊であっても、車ですら無い潜水艦や戦闘機まで掲載されるとなると、無理やり掲載した感があまりにも強い。

 さて、話し合いの結果を見ると、講談社ビーシー側は「増刷を行わない」ことを決めたという。絶版にするとかリコールにするとかという話ではないので、話し合いは比較的穏当に終わったと思われる。

 本来であればこれで終わりであり、特に何があるという話ではないはずだったのだが、この話し合いの結果に噛み付いてきた人達がいる。それがネットの住民たちだ。

 ネットの住民たちは、この結果に対して「新日本婦人の会という共産党の下部組織が、講談社にカチコミをかけた!」「新日本婦人の会の活動は、自衛隊に対する職業差別だ!」などと騒ぎ出したのである。

 また、中には「新日本婦人の会が表現の自由を踏みにじった!」と主張する人たちもいた。彼らは新日本婦人の会のアカウントにコメントを送ったり、中には電話番号を掲示する人たちもいた。こうした反発に対し、新日本婦人の会は事実を歪める悪質な内容がネットで拡散されているとして抗議し、法的措置を検討しているという声明を出している。

 気になるのは、新日本婦人の会の活動と、それを批判している人たちの「やり方」の差異だ。

■団体が対話を要求するのは「圧力をかけるためのやり方」ではない

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『はじめてのはたらくくるま 英語つき』(講談社)

 新日本婦人の会側は、団体として講談社ビーシー側に問題点を指摘、対話の末「今後の増刷はしない」という合意を引き出した。会社組織と団体。お互いが1対1で話し合い、解決を探る。実にまっとうなやり方である。

 ところが、新日本婦人の会を批判する人たちには、その意見を取りまとめる団体はない。個人がバラバラに動いている。議論を呼びかけるものもあれば、「クソリプ」と呼ばれる単なる誹謗中傷もある。それらが何百、何千と送りつけられる。これでは対話も成り立たない。

 僕自身もまれに ・・・ログインして読む
(残り:約2830文字/本文:約4109文字)

https://webronza.asahi.com/national/articles/2019080600004.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/284.html

[政治・選挙・NHK264] 「山本太郎政権」もあり得るか? (朝日新聞社 論座)
「山本太郎政権」もあり得るか?
「政治的期待」を集める単騎出陣。全力疾走すれば人材・支持は集まってくる

田中秀征 元経企庁長官 福山大学客員教授
論座 2019年08月07日 より無料公開部分を転載。

https://image.chess443.net/S2010/upload/2019080500004_1.jpg
街頭演説するれいわ新選組の山本太郎代表=2019年8月1日、東京・新宿駅前

■明るくたくましかった山本太郎氏

 今から6年前の2013年、参議院東京選挙区への立候補を決めた山本太郎氏に会って話をしたことがある。東日本大震災からまだ2年。世間では、「原発をどうするか」をめぐって、激しい議論が続いていた。

 そうした議論のなかで、彼はひときわ明確に「脱原発」を主張していた。そして、その運動の延長線上の行動として、参院選に立候補したのだ。

 それ以前にも、山本氏とは何度かテレビで一緒になった。議論はおおざっぱだが、とにかく明るくたくましく、好印象を抱いていた。会って話をしても、その印象は変わらなかったのを覚えている。

 だから、参院選に当選したときは大いに喜んだが、2013年10月の園遊会で天皇陛下に直訴状を渡そうとしたとっぴな行動を機に熱が冷め、彼の行動に対する関心も薄れていた。

 なので、今回の参院選でも、正直言って当初は山本氏の行動にそれほど関心があったわけではない。「れいわ新選組」という奇妙な政党名にも、消費税廃止などの荒っぽい政策にも、少なからず抵抗があった。とりわけ、6年前には鮮明だった「脱原発」の主張の優先順位が下がっていることも気になった。

■立憲民主党政権より可能性あり?

 すでにこの連載で書いたが、選挙戦のまっただ中で、たまたま山本氏の街頭演説に出くわして、再び彼への関心が高まった。それは、彼自身というより、彼に期待する人たちがどんな人たちかが、よく分かったからだ。新宿に集まった大聴衆に二度もまれるうちに、ほとんどの人がごく普通の常識のある人たちだと理解したのだ。

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東京・新宿駅前での「れいわ新選組」候補者の「最後の訴え」には、大勢の人たちが集まった=2019年7月20日

 「あんなこと、言わなきゃいいのに」と言いながらも拍手をする人。例の陛下への直訴状のことを囁いている人たちが私のそばにもいたが、それでも一生懸命に拍手をしていた。今回の選挙で彼のこれまでの奇行をゆるしたとか、珍妙な選挙戦術が当たったということではないだろう。他の人や他の党に入れるよりはマシという要素が強かったとも思う。

 しかし、参院選後、山本氏は大胆にも「次の衆院選に100人擁立する」とか「政権を獲る」とか言い出した。一見、突拍子もなく見えるが、現在の政治状況を正確に把握して確かな展望に立てば、まったくあり得ないことではない。野党第一党の立憲民主党が単独で政権を獲ることは至難の業だが、それよりも「山本太郎政権」のほうが可能性があるかもしれない。

■「政治的期待」を集めた“単騎出陣”の系譜

 30年にわたる平成史を振り返ると、突破力のある指導者が“単騎出陣”することで、短期間に、しかも大規模に「政治的期待」を集めたことが二度あった。

 一度目は93年の細川護熙氏であり、二度目は2017年の小池百合子さんだ。細川氏は一人で日本新党を立ち上げ、1年で首相まで駆け上がった。小池さんも一人で自民党に反旗を翻して東京都知事になり、小池ブームをつくって自民党を慌てさせた。

 私は、山本太郎氏が彼らの後を継いで、第三の人として「政治的期待」を集める可能性がないとは言えないと考えている。なぜか?

 理由は、細川ブーム、小池ブームの場合と異なり、与党、野党の政治基盤がともに弱体化しているからだ。山本氏の思想や戦略、あるいは彼の周りに集まる同志の質によっては、「政権獲得」を語っても、笑い話とは片付けられないであろう。

■基本的考えを共有する人を脇に置いて

 そのうえで、山本氏がするべきことが幾つかある。

 まず、憲法観や歴史認識を明確にすべきだ。その内容によっては、去る人もいるし、来る人もいる。だが、そうした大事なことをあいまいにしておいて、両者から支持を得ようとしても、いつか必ず行き詰まる。それは、あの爆発的だった小池ブームが驚くほど短期間でしぼんでしまったことでも分かる。

 そして、その基本的な考え方、思想を共有する学識のある人を2、3人でもいいから、脇におくことだ。その大事な初期段階で、意見の違う人と基本的なことで妥協するなら、指導者としての突破力や威信が急速に先細る恐れがある。

 あるいは、山本氏が実質的な中心になって、 ・・・ログインして読む
(残り:約534文字/本文:約2337文字)

https://webronza.asahi.com/politics/articles/2019080500004.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/285.html

[政治・選挙・NHK264] 「警察が安倍首相の演説をヤジった人を排除したわけ」続編(1) (朝日新聞社 論座)
「警察が安倍首相の演説をヤジった人を排除したわけ」続編(1)
警察署長を務めた私にも見えない公安警察の素顔

原田宏二 警察ジャーナリスト 元北海道警察警視長
論座 2019年08月09日

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愛知県警の視閲式での分列行進=2019年1月8日、名古屋市南区

■「首相演説ヤジ排除」は警察の権限乱用だった

 参院選が終わった。警察の選挙違反の摘発は低調だ。

 警察庁によると、7月19日までに自由妨害などで全国で8人を逮捕(前回参院選同時期より8人減)、投票日明けの22日現在でも逮捕者は9人(前回同時期より7人減)だという。

 4月の統一地方選挙でも低調だった。

 私が長く在籍した北海道警察(道警)の違反摘発は、捜査第2課が7月11日に68歳の男性を掲示板のポスターを破った疑い(選挙の自由妨害)で逮捕した事件だけのようだ。買収事件などで逮捕者が出たという報道はない。

 この程度の実績なら、警察は選挙管理委員会の告発を受けて摘発する制度に公職選挙法を改正したらどうか。

 道警が今回の選挙で残した最大の「実績」は、安倍首相に気持ち良く街頭演説を行ってもらい、気持ちよくお帰りいただいたことだろう(参照『警察が安倍首相の演説をヤジった人を排除したわけ』http://www.asyura2.com/19/senkyo263/msg/383.html)。全国に先駆けて安倍首相の演説に対するヤジを排除した「実績」に対して総理大臣から感謝状が贈られるかもしれない。

 道警は安倍首相ヤジ問題について、公選法違反については「事実確認中」、警察官の行為については「個別の法律ではなくトラブル防止のため、現場の警察官の判断で動いている」と説明を変えた(朝日新聞7月18日、24日)。共同通信のニュースでは「道警はトラブル防止や犯罪の予防のための措置で、対応は適切」と説明したとある。

 7月24日の朝日新聞によると、この問題で、山本順三国家公安委員長は23日の閣議後の記者会見で「今後とも不偏不党かつ公平中正を旨として職務を遂行していくよう警察を指導していきたいと語った」とある。

 この大臣の説明した文言は警察法第2条2項のうち警察の活動の在り方に関する条文「責務の遂行に当つては、不偏不党且つ公平中正を旨とし」をそのまま引用したに過ぎないが、警察法第2条2項はその「旨とし」のあとに「いやしくも日本国憲法が保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあってはならない」と続いている。これも引用するべきだ。

 まさに、道警による安倍演説ヤジ排除問題は、警察官による「日本国憲法が保障する個人の権利及び自由の干渉」であり「権限の濫用」なのだ。

■警察は政治的中立ではありえない

https://image.chess443.net/S2010/upload/2019080600006_2.jpeg
警察庁が入る中央合同庁舎第2号館=東京都千代田区

 警察は日ごろから政治家にまつわる公私にわたる様々な情報を得ている。公になれば、その政治家の政治生命が失われかねないスキャンダル情報もある。

 公選法違反の情報も事件として立件送致するのはごくごく一部に過ぎない。脛に傷もつ政治家にはこうした情報を握る警察は恐ろしい存在だろう。

 警察は政治的に中立ではありえないことは前回記事『警察が安倍首相の演説をヤジった人を排除したわけ』でも説明した。国家公安委員長も安倍首相が任命した大臣だ。

 道警は現在、首相演説ヤジ排除について確認した結果を公表していない。

 このヤジが公選法違反になるかどうかは、道警本部の刑事部捜査第2課の選挙違反捜査の法令担当に照会すればたちどころに回答が出る。道警で心配なら警察庁刑事局捜査第2課に聞けばよい。

 私が山梨県警察、熊本県警察の捜査第2課長を務めた当時には、警察庁の捜査第2課に“選挙の神様”と呼ばれていた人物がいた。

 「個別の法律ではなく、現場の警察官の判断」に至っては意味不明だ。警察官の強制力の行使には必ず法的な根拠が必要だし、警察官は組織の一員として上司の指示を受けて職務執行に当たるのが鉄則だ。

 警察は不祥事があると隠ぺいしようとし、隠しきれないとなるといつも現場の警察官に責任を押し付ける。これも警察の悪い癖だ。

 世論は熱しやすく冷めやすい。市民も道警の安倍首相ヤジ問題などはすぐ忘れる。マスコミもこれ以上は深追いしない。さらにマスコミに追及させないようするには日常の道警取材を拒否して記者を締め上げればいい――。

 おそらく、そんなふうに考えている。

 伝えられるところでは、この問題で東京都の男性が特別公務員職権濫用罪等で警察官を札幌地検に告発したようだ。地検が捜査を開始すれば、捜査中を理由にだんまりを決め込めばいい。

 道警はこうした考えで時間稼ぎをしているのだ。

 この予想は見事に的中した。8月6日の道議会総務委員会で民主党・道民連合の山根理広道議が「なぜ(確認に)時間がかかっているのか」と質問したのに対し、山岸直人道警本部長は「現場でのトラブル防止の観点から措置を講じたが、本件に関する告発状が札幌地検に提出されたと承知しており、これ以上のお答えは差し控える」と述べた。

 山根道議が「トラブル防止の観点から措置を講じたと断言したが、それは警察官職務執行法のどの条項にあてはまるのか」と再び尋ねたところ、原口淳警備部長は「本件に関する告発状が札幌地検に提出されたと承知しており、これ以上のお答えは差し控える」と山岸本部長と同じ答弁を繰り返した。

 その後も道警側は「できるだけ早く必要な説明をする」とする一方で「告発状が出ているので差し控える」という答弁を繰り返した。(8月6日HTBニュース)

 この日、道警本部長とともに総務委員会に出席した北海道公安委員会の小林ヒサヨ委員長は「警察の職務執行の中立性に疑念を抱かれたことは残念」と述べた。(8月7日朝日新聞)

 告発状を札幌地検が正式に受理したかどうかは定かではないが、仮に受理したとしても警察と同じ穴のムジナの検察庁が警察官を被疑者とする事件をまともに捜査し起訴する可能性は皆無に近い。捜査したとしてもいつ終わるともしれない。しかも、地検がその結果を公表するわけもない。

 警察はこれまでも自らに都合が悪い問題には「捜査上の支障」を理由に真実を隠し、情報開示を拒んできた。裏金システムが発覚したときもそうだった。市民に率直に謝らない。隠ぺい体質と謝罪しない体質、それが警察の最大の特徴だ。

■「警護」はヤジを排除するためではない

 さて、この問題をはっきりさせるため、道警のしくみから考えてみよう。

 朝日新聞によるとこのヤジ問題への説明は道警本部の警備部が行ったとしている。ここがポイントだ。

 警察の仕事はすべて組織として進められる。北海道警察の任務分担は「北海道警察の組織に関する規則」(北海道公安委員会規則)で決められている。

 本件に関係する可能性のある部署を確認してみた。

   選挙に関する犯罪の捜査に関すること
    →刑事部捜査第2課の所掌事務(第20条の10)
   雑踏警備に関すること
    →地域部地域企画課の所掌事務(第20条の2)
   警衛及び警護に関すること
    →警備部公安第2課の所掌事務(第26条の2)

 道警が説明する「選挙の自由妨害の取り締まりのため」であるなら、責任は刑事部。

 「トラブル防止のため」であるなら雑踏警備であり地域部門の責任。

 「雑踏警備」は、多くの人が集まることによる事故を防ぐための警備・警戒で、お祭りやスポーツイベント等の際、制服警察官を動員して、交通規制、参加者の誘導等を行う。スリやダフ屋の取り締まりのため私服警察官も動員するがごく一部だ。

 私も札幌西署長のときには北海道神宮の初詣、円山公園の花見会場、円山球場の読売巨人軍の試合の警備を指揮した経験がある。こうした場所では、酒が絡んだトラブルもあるが、その防止のために警察官のパトロールや広報活動、酔っ払いの保護、喧嘩の現行犯逮捕などで対応した。

 強制力を伴わない警察官のパトロールや広報活動には法的根拠は必要ないが、保護や逮捕には法的な根拠が必要だ。最近では、こうしたイベントの警備は主催者が警備会社に警備を委託することが多いようだ。

 最後の警備部公安第2課の警衛及び警護が今回のケースに該当しそうだ。

 「警衛」対象は天皇と皇族だから今回のケースには関係ない。警衛要則(国家公安委員会規則)2条に「警衛は天皇および皇族の御身辺の安全を確保するとともに、歓送迎者の雑踏等による事故を防止することを本旨とする」とある。

 「警護」は警護要則(国家公安委員会規則)に定めがある。その3条に「警護は、警護対象者の身辺の安全を確保することを本旨とする」とあり、さらに「警護の実施に当たっては、警護対象者の意向を考慮しながら諸般の情勢を総合的に判断して、形式的に流れることなく、効果的かつ計画的に、これを行うようにしなければならない」とある。警護対象者とはこの2条に「内閣総理大臣、国賓その他その身辺に危害が及ぶことが国の公安に係ることとなるおそれがある者として警察庁長官が定める者」となっている。

 総理大臣で暗殺されたのは伊藤博文など5人、いずれも戦前の総理大臣だ。戦後の政治家では野党党首浅沼稲次郎くらいだ。浅沼は1960年に日比谷公会堂で演説中に17歳の右翼少年に刺殺された。アメリカ大統領では、リンカーン、ケネディ、レーガン(未遂)など5人だ。

 警護はこうした事件を防ぐためにあるのだ。ヤジを排除するためではない。

 警護の責任者は警察本部長。本部長は警護情報を集め、警護計画をつくり、必要によっては警護本部を設置することとされている。

 私が旭川中央署長だった1991年6月22日、ときの総理大臣海部俊樹首相が自民党主催の「政治改革国民集会」に出席するため来旭したことがある。

 海部首相はその日の午前、特別機で旭川空港へ着き、市内のニュー北海ホテルで行われた集会で講演、ホテル内で当時の坂東徹市長と昼食、午後から旭川市内中心部のデパート前で街頭演説、旭川空港から帰京した。旭川空港は旭川東署の管轄だがホテルとデパート前はいずれも旭川中央署の管轄内にあった。

 当時の日記をみると、警護計画は旭川方面本部と署の次長や警備課長が協議して案を作成、署長としてその内容について検討して関係する施設等の実地踏査(現地調査)を行ったとある。

 警護計画は旭川方面本部だけで決める訳ではない。道警本部、警察庁にも逐一報告、その度に様々な注文がつく。そのためか方面本部の方針が二転三転、直前になっても警護計画が決まらず、方面本部の警備課長を怒鳴りつけたこともあった。

 当日の日記には「やるべきことはやった。あとは結果を待つのみ」と居直っている。警護や警衛という仕事は雲をつかむような仕事だ。心配しだしたらきりがない。海部首相を狙う暴漢は管内に住んでいる人物とは限らない。全国どこからでも旭川に入ってくる。

 100%というのはありえないのが現状だ。

■警察庁が直接動かす「ヤミの警察」

 そもそも警備・公安警察とは何をやっている警察部門なのか。

 警察署長や方面本部長を務めた私でさえ詳しいことは分からないのだから市民が知るわけがない。

 一般的に記者クラブの記者たちの警備・公安活動に対する関心は低い。日常的な取材でも取材対象にしていなかった。警備・公安部門の警察官は口が堅く、しかも、警備・公安の仕事は情報収集であって事件捜査ではない。取材しても記事にはできないし、特ダネはないからだ。強引に記事にしたときには、取材拒否などの警察の報復が待っている。

 つまり、交番、刑事、生活安全、交通といった部門を警察の表の顔とするなら裏の顔、ヤミの警察だ。

 一説では戦前の悪名高い特高警察の流れを汲む部門だとされている。2003年から翌年にかけて道警をはじめ多くの県警で発覚した警察の裏金も特高警察の機密費が発端だとされた。

 警察の内部資料では、警備・公安警察の任務は、政治的主張の下に現体制を暴力的に破壊しようとする勢力、具体的には日本共産党、革マル等の過激派、朝鮮総連、イスラーム教徒などの外国人、労働組合、反戦運動などの市民運動、人権擁護運動などをこうした勢力とみて監視下に置き、その組織内に協力者(スパイ)を作ることが最大の任務だった。

 1958年ころ、私が最初に赴任した札幌中央署で交番勤務をしていたときのことだ。署の警備課の先輩から赤旗の記者を協力者(スパイ)にする作業に協力するように言われた。聞いてみると、その人物は私の小中学校の同級生だった。卒業後に会ってもいないので彼が赤旗の記者をやっていることも知らなかった。私はこれを断ったが、警察では先ほどの勢力が警察に潜入するのを防ぐため、警察官の志願者や現職の警察官本人はもとよりその周辺に共産党員やシンパがいないかを徹底的に調査するセクションがあった。どうやって、私の同級生に赤旗の記者がいることを突き止めたのか、不気味さを感じた。もし、私と彼が親友のような間柄だったら、私は採用されなかったし、昇任できなかった。実際、そうしたことが理由で昇任できないでいる優秀な部下がいた。

 警備・公安警察の最大の特徴は、各都道府県警察の警備・公安部門を警察庁が直接動かしていたことだ。警察庁は署長や方面本部長の頭越しに都道府県警察の警察官を使っていたのだ。

 何故、そんなことが可能か。それは、都道府県警察のトップが警察庁から出向するキャリア官僚だからだ。

 私が道警の組織や人事を担当する警務課長(警視正)のときのことだ。現場の署長らから交番の警察官が足りない、何とかして欲しいという要望が多数寄せられた。当時は、学生運動や過激派によるデモもなく、警備・公安部門の機動隊の出動もほとんどなくなっていた。機動隊員は訓練のほか雑踏警備や交通取り締まりに駆り出されていた。

 当時、機動隊の規模はどのくらいだったかは記憶がないが、その一部を削減しようと考え、機動隊の活動実態を調査するように担当者に指示した。

 ところが、調査が始まった途端、本部長から中止の指示がきた。警察庁からの指示だったようだ。

 私の組織改革はそれで終わった。

■首相演説ヤジ排除に至る経緯

 安倍首相の演説に対するヤジ問題。2017年の東京都議選挙では秋葉原での演説の際、「安倍辞めろ」コールに首相が「こんな人たちに私たちは負けるわけにはいかない」と反論し批判を浴びた。

https://image.chess443.net/S2010/upload/2019080600006_3.jpeg
安倍晋三首相が街頭演説をする会場にはプラカードを掲げて抗議する人たちも見られた=2017年7月1日、東京都千代田区

 結局、自民党はこの都議選に惨敗。それ以降、自民党は首相演説に対するヤジには神経を尖らせているらしい。

 今回の参議院選でも東京都内で安倍演説を巡って様々な動きがあった。

 7月7日、東京のJR中野駅前で行われた安倍首相と自民党候補者が行った街頭演説で、抗議活動の様子を撮影しようとした女性のスマートフォンを壊したとして、警視庁中野署が器物損壊容疑で女性(43歳)を現行犯逮捕した。中野署によると、直前に、女性が容疑者に「うるさい」と注意しトラブルとなっていた。当時、中野駅前には多くの反対派が集まり「安倍NO!」の横断幕を掲げ「安倍辞めろ」「帰れ」などと連呼していた。(7月8日産経ニュース)

 このときの様子をBuzzFeed Newsが『安倍首相による東京・中野での応援演説、政権への賛否で一部で衝突も 何が起きたか』https://www.buzzfeed.com/jp/kensukeseya/saninsen2019-1のタイトルで写真入りで詳しく伝えている。その一部を引用する。

   今回の参院選では7月7日現在、自民党のHPで安倍首相の演説日程
   を公表していない。(中略)そうした中、ネット上ではハッシュタグ
   「#会いに行ける国難」で、演説情報が急速に拡散。この日も、安倍
   首相が姿を見せると、怒号が飛び交った。(中略)支援者と見られる人
   の中には、日の丸を手にした人もいた。混乱が起きないよう、SPや警
   察官、関係者らが厳重な警戒態勢をとっていた。
   <BuzzFeed News記者の当時のツイッター>そんな反対派の様子を
   撮影していた人の携帯電話を地面に叩きつけ、画面を壊した女性もい
   ました。警察が仲介に入っています。

   (中略)鳴り止まない「帰れ」や「安倍辞めろ!」コール。その声がある
   場所では、安倍首相による演説の声がかき消され、何を訴えている
   のかわからないほどだった。そのため、自民党を支持する人々からは
   「うっせーんだよ。帰れ」「選挙妨害だ」「聞こえないだろ」といった怒鳴り
   声も上がった。
   政権批判のプラカードを掲げる人々の前に立つ自民陣営の関係者が
   いた。その手に「がんばれ自民党」「安倍総理を支持します」というプラ
   カードが。報道陣のカメラに、批判のプラカードが写らないようにする効
   果があるように見えた。


 私はこの7月7日の東京中野での安倍首相演説の際の支持派と反対派の衝突が15日の札幌での道警のヤジ排除につながったと考える。

 札幌の後、7月18日には大津市のJR大津駅前で行われた安倍首相の応援演説にヤジを飛ばした男性が警備の警察官に取り囲まれ動けなくされる場面があった。(7月19日朝日新聞)

 札幌と大津のヤジ対策は警察庁の指示があったと考えるのが相当だ。そうでなければ同じことが起きる訳がない。

 参院選最後の安倍演説は7月20日東京・秋葉原だった。

 ここでも聴衆の一部から「安倍辞めろ」コールが沸き起こった。選挙カー周辺は自民党員や支援者が固め、反対する市民らは遠巻きに声を張り上げた。選挙カーに一番近い場所は、党がゲートを設置し入場を規制。「恥を知れ」「忖度」などと書かれた反対派のプラカードを遮るように、支援者らが首相を支持するプラカードやのぼりを掲げた。(7月20日朝日新聞)

 秋葉原では警察官による排除活動は見られなかったようだが、これは、札幌などでの警察の排除活動にマスコミなどが厳しい批判報道を行ったことの影響だろう。

■首相の「警護」は首相への「サービス行為」ではない

 今回の安倍首相の札幌駅前と三越デパート前での街頭演説のヤジ対応は、道警が警察庁の指示を受けながら警護計画を策定したはずだ。道警の策定した警護計画には基本方針、部隊編成、突発事案発生時の措置等が明らかになっていたはずだ。

 通常は首相の直近は警視庁のSP(警護員)がガードし、その周辺を道警のSPがガードする。今回は「周辺警護班」のほか、ヤジ「排除班」「排除班支援部隊」(機動隊員)、現場検挙に備えた「採証班」「雑踏整理班」(所轄の制服警察官)のほか、要監視対象人物の発見と行動確認を任務とする「視察班」も配置したはずである。

 現在、共に警察改革に取り組んだ友人が道警や警察庁に「政党党首等の街頭演説に対する警戒体制、警戒方針に関する文書」の開示請求をやってくれている。8月7日に道警から「公文書開示決定期間延長通知書」が届いた。

 これまでのマスコミ各社の報道を総合すると、安倍首相の街頭演説はJR札幌駅前と中央区の三越デパート前の二か所で行われた。この間、安倍首相がどのようにして移動したかは不明だが、地下歩行空間にも入っている。

 札幌駅前では「安倍辞めろ」などと叫んだ男性と「増税反対」と叫んだ女性が排除され、地下歩行空間ではSPに囲まれて歩く安倍首相に背後から「辞めろ」などと叫んだ男性が人だかりから引き離された。

 三越前では「安倍やめろ」と叫んだ男性が再び排除され、「年金100年 安心プランはどうした」と書いたプラカードを掲げようとした女性が制服警察官に取り囲まれて阻止された。

 マスコミが公開している写真や動画を見ると、1人を排除するのにスーツ姿の男性、スーツ姿の女性、白ワイシャツ姿の男性のグループ7〜8人で、2人が相手の両腕を抱えて自由を拘束し、それを取り囲むようにして連行している。スーツ姿の男性の襟には赤いバッジがついている。これはSP(警護員)のバッジか? 

 そして、その周辺を制服の男性警察官が取り囲むようにしてガードしている。この制服警察官は左腕に腕章をまいているから機動隊員である。機動隊員の任務は実力行使だから最初からヤジなどには実力で排除する方針だったことが分かる。

 排除された大杉雅栄さんの説明では、声をあげた途端に制圧排除されたというから、この7〜8人のグループは、選挙の自由の確保や聴衆のトラブル防止を任務としたものではなく、安倍首相を批判する人物をその場から排除することを任務とする「排除班」だったことは明白だ。

 安倍首相の身辺の安全を確保することを本旨とする警護に首相へのサービス行為まで含まれているとしたら、おかしなことだ。

 道警による今回の札幌の安倍首相へのヤジ排除は、政権の意向を受けたものであると疑わざるを得ない。

■「治安維持のためなら多少の違法行為も許される」

 2008年の北海道の洞爺湖サミットでは、道警は全国の警察の機動隊等の応援を得て3000人の警察官を動員し警戒に当たった。7月5日、札幌市内で反サミットデモが行われ、ロイター・ジャパンの男性カメラマンや参加者計4人が逮捕された。

 このとき私は、全国から終結した機動隊車両を豊平川の堤防でビデオ撮影していたところを5、6人の私服に取り囲まれ職務質問を受けた。無視したところ地下鉄に乗るまで尾行されたことがある。このデモ警備の状況もビデオで撮影した。この時には、逮捕に備えて市川守弘弁護士に付き添ってもらった。

 このときは逮捕されなかったが、サミット中は自宅を得体のしれない人物に監視され、毎朝の愛犬との散歩も尾行された。おそらく、得体のしれない男は公安警察官だったろう。

 平成のはじめに東西冷戦が終わり、警察は市民警察を演出した。防犯課を生活安全課に、警ら課を地域課に、警察官派出所を交番に名称を替え、警察官の制服のデザインも一新した。

 警察が市民警察を演じている中で、地下鉄サリン事件等のオウム真理教によるテロ事件が起き、1995年(平成7年)には警察庁長官が狙撃された。オウム真理教のテロ事件の捜査は後手後手に回り多くの死傷者が出た。長官狙撃事件は未解決のまま時効になった。

 2001年(平成13年)にはアメリカで同時多発テロが起きる。

 こうした中、組織犯罪対策と称する警察の権限強化が始まる。暴力団対策法を手始めに、警察がインターネット接続業者に通信履歴の一定期間の保管を要請できるなどの刑事訴訟法改正、特定秘密保護法、通信傍受法、共謀罪、司法取引等の刑事訴訟法改正等々だ。

 捜査手法も相変わらず任意同行という名の強制連行、任意性を欠く強引な取り調べなどのグレーゾーン捜査が横行し、冤罪事件や誤認逮捕が続く。聞き込み捜査は防犯カメラ映像集めに代わり、張り込みはビデオカメラ、尾行は最高裁で違法とされたGPS捜査、DNAデータベースの構築等、法的根拠に問題がある「デジタル捜査」「科学捜査」が公然と行われている。(詳しくは拙書「警察捜査の正体」講談社現代新書)

 私は、こうしたことが「治安維持のためなら多少の違法行為も許される」という考え方を蔓延させ、法や内部規則を守るといった意識を希薄化させているとみている。

 今回の安倍首相の演説のヤジ排除問題にはそうした根深い底流がある。

■自民党と警察はズブズブの関係

 権力機関の代表格ともいえる警察の権限が強化され、その権限の濫用が疑われるときにそれを阻止する機関はあるのか。

 ざっと考えても都道府県警察を管理する公安委員会(警察法)、逮捕状等の令状請求を審査する裁判官(刑事訴訟法)、検察官の司法警察職員に対する指示・指揮する検察官(刑事訴訟法)、警察予算の執行を検査する監査委員(地方自治法)や会計検査院(会計検査院法)がある。

 知事には、警察を管理する公安委員の任命権があるほか、警察関係予算の編成権や条例の議会への提出権がある。議会には警察問題を審議する委員会(北海道議会は総務委員会)もある。

 都道府県警察にはその議会対策のための部署がある。道警の場合は総務部総務課である。

 私は在職中にその課長を務めたこともある。議員に頼まれてスキャンダル潰しをしたこともあるし、道警にとって都合の悪い質問を遠慮してもらったこともある。

 警察と議会、特に与党自民党との関係はズブズブの関係だった。本来、知事部局がやるべき公安委員の選任も総務課が行い知事部局と議会に根回をして警察にとって都合の良い人物を公安委員に就任させていた。こうしたことが総務課では以前から当たり前のようにして行われていた。

 このように警察の権限行使をチエックする公の機関や仕組みは数多くある。しかし、そのいずれもがほとんど形骸化している。

 公安委員会に至っては、身分は非常勤、独立した事務局なし、管理する都道府県警察のトップの人事権なし、まるで“ないない委員会”なのだ。

 これで都道府県警察の管理などはできない。市民も公安委員会は運転免許の発行機関くらいの認識しかない。

 しかし、都道府県公安委員会には、警察法43条の2(監察の指示等)により都道府県警察に具体的、個別的な指示を行う権限がある。

    道公安委員長に就任した小林ヒサヨ氏(63)が7月24日記者会見し、
   道警の警察官が安倍首相の街頭演説中にヤジを飛ばした市民を取り押
   さえ排除した問題について「道警で事実関係を精査している」と述べた。
   (中略)小林氏は会見で「道警が透明性を保ち活動をするように監督
   するのが我々の役目。政治的中立、公平中立、不偏不党で職務を行う
   よう道警には申し上げた」と述べた。(7月24日朝日新聞)

 委員長が本気で言っているなら、北海道公安員会は直ちに道警に対して監察の指示を行うべきだ。また、警察法79条(苦情の申出等)による市民からの申し出があったら誠実に対応するべきだ。

 道警に排除された大杉雅栄さんらは8月10日午後4時30分から中央区大通4丁目で集会、そのあと道警本部まで「ヤジも言えないこんな世の中じゃ…デモ」を企画、その際、道警本部に抗議文を提出する予定だ。

 若い人たちがこうした問題に関心を持ってくれるのはありがたいことだ。私も老体に鞭打って参加しようと思う。

https://webronza.asahi.com/national/articles/2019080600006.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/317.html

[政治・選挙・NHK264] 《日本国憲法を支える日米同盟》−田中利幸『検証「戦後民主主義」』を読む−(ちきゅう座)
2019年 8月 9日
<内田 弘(うちだ ひろし):専修大学名誉教授>

■近代日本アジア侵略史と日本国憲法
 「れいわ新撰組」の山本太郎人気を打ち壊すように、ヒロシマの8月6日を避け、その翌日の8月7日、小泉進次カと「お・も・て・な・し」=東京五輪のシンボル、滝川クリステルとの結婚が「首相官邸」における記者会見で公表された。安倍晋三が彼らにその場所を提供したのであろう。《ポスト安倍は小泉進次カである》というメッセージとも読める。
 先の参議院選挙で憲法改正はなんとか阻止できた。しかし、8月6日のヒロシマ・8月9日のナガサキを経てやってくる敗戦記念日(8月15日)を間近に、日韓関係が急激に悪化している。
 このような政治情勢の現在、現行の日本国憲法は、近現代日本の対アジア諸国との関係史を根本的に反省する規範として、果たして適正であるかという歴史的反省の観点から、日本国憲法は再考察する必要がないだろうか。
 まさに、その課題に正面から取り組んだ力作が、本書、田中利幸著『検証「戦後民主主義」』(三一書房、2019年)である。
 以下に、これが本書の主要内容であると評者が判断するものを取り出すように、その読後感を記す。

■「御名御璽」付きの平和主義「前文」
 欽定憲法(明治憲法)と同じように、日本国憲法も「御名御璽」(ぎょめいぎょじ)という認証つきで、天皇裕仁の名において公布された(岩波文庫『日本国憲法』8頁の日本国憲法、および67頁の欽定憲法の両方の「御名御璽」を参照)。
 現行憲法の平和主義は、特にその冒頭で、昭和21年11月3日の日づけで、天皇裕仁自らが「平和主義者」として、日本国民および諸外国に、これからは不戦=国際平和を原則に生きてゆくのだという決意を宣言していること(詔勅)に依拠している。天皇の平和主義精神が日本国憲法を根拠づけているのである。
 したがって、日本の戦後民主主義の基盤である「日本国憲法」のこの特異性が生まれる歴史的経緯に注目しなければならない。
 日本では、基本的に重要なことは何事も、天皇の名=「御名御璽」から始まる。1945(昭和20)年8月15日の「終戦詔勅」もそうである。この日本国民の特性を熟知する米国占領軍は、日本国憲法を天皇裕仁の名において公布させたのである。
 いや、「御名御璽」は名目にすぎない。重要なのはその内容であるという、ありうると思われる弁護論は、以下のような、本書が解明する史実、すわなち、「日本国憲法を制定する日米同盟」をどのように受けとめるのであろうか。

■裕仁を継承する明仁
 護憲運動の焦点である9条は、戦後昭和時代の天皇裕仁の平和主義によって根拠づけられている。つぎの上皇明仁が天皇であった平成時代、天皇明仁と皇后美智子の夫唱婦随の慰霊行為もまた、父親である平和主義者・昭和天皇の遺徳を継承するものである。そこに歴代の天皇が平和主義を継承する一貫性が貫徹する。

■アジア諸国民は視界に入らない慰霊
 その二人の慰霊行為は、日本人犠牲者への慰霊であって、決して日本人以外のアジア諸国民、特に朝鮮人に対する慰霊ではない。広島・長崎の被爆死者には多大な朝鮮人が含まれているのに、そのことを指摘する発言は、8月6日のヒロシマや8月9日のナガサキにはない。
 日本の平和主義には、なぜか日本人に限定する自閉性がある。

■死屍累々を生みだす日本軍のアジア侵略
 欽定憲法が規定する統帥(とうすい)者・昭和天皇の指揮において展開した「15年戦争」による東南アジア諸国民の死者は、ビルマ15万人、ベトナム200万人、マレーシア・シンガポール10万人、フィリピン111万人、インドネシア400万人、その他=合計600万人である(本書29−30頁)。日本の犠牲者310万人の約2倍である。中国人の死者はその数値には含まれていない。
 『朝日新聞』2019年8月8日の朝刊9頁のマレーシア・シンガポール関連記事「語られなかった華人らの虐殺」は、本書の指摘する上記の事実を参考にしたのかもしれない。

■捕虜虐待国・日本
 捕虜の死亡率は、枢軸三国(ドイツ・イタリア・日本)のうち、ドイツ・イタリアでは4%であるのに対し、日本は29%である(本書25頁)。捕虜3人のうち1人弱が死んだのである。日本は捕虜虐待国であった。
 膨大なアジア諸国民虐殺、捕虜虐待への明確な反省と謝罪が、戦後日本民主主義にはまったくといってよいほど欠落していた。この反省なしの護憲運動は、何を守ろうとしているのであろうか。ただ国内改憲勢力を批判することだけに空洞化してこなかっただろうか。

■イギリス留学中の経験
 本稿筆者がイギリス留学中、高齢の男子イギリス人がつかつかと食事中の筆者のそばに立ち、かつての日本軍のイギリス人捕虜虐待を大声で批判した。座席から立ち上がった筆者が「敗戦当時、私は満6歳でしたが、一人の日本人として心より謝罪します」とのべても、彼の怒りは収まらなかった。約30年前の彼のあの激しく怒る表情が、わが心をいまも痛める。

■オバマの責任回避
 プラハ演説だけで実質的になにも達成していないのに、ノーベル平和賞を受賞したアメリカ大統領、バラク・オバマは2017年5月29日・広島で、アメリカ合衆国が原子爆弾「リトル・ボーイ」を広島に投下し多大な犠牲者を出したにもかかわらす、その戦争犯罪責任は、アメリカでなく、核兵器を持つにいたった「世界」=「人類一般」にあるとのべた。

■オバマのジェスチャー
 オバマはアメリカ合衆国の原爆投下という戦争犯罪の責任を一切無視したのだ。その儀式の最後で、一人の高齢男性の被曝者の背中を軽く抱き、ぽんぽんと肩を叩いて、何やら意味不明の慰めみたいなジェスチャーをしただけであった。なのに、その老人は感激のあまり涙にむせんだ。

■日本国憲法制定権力と護憲運動との無意識な同盟
 「9条の会」などが、護憲主義者であると推定する明仁・美智子と同伴し、その暗黙の契約で連帯する態度にも、天皇と国民との一体化という日本国憲法の成立根拠との同一性が存在する。

■三権総覧者から象徴への天皇裕仁の変身
 しかし、天皇裕仁は1926年〜1945年の期間(昭和前期)では、明治憲法のもと、日本の「象徴権力・政治権力・軍事権力」の三重の権力の総覧者であった。
 ところが、その権力の頂点に立ってきた裕仁は、1945年の敗戦を転機にして、突然、象徴権力のみをもつ平和主義者にガラリと変身する。空爆のとき関係者が命がけで守った「ご真影」から、ソフト帽をかぶって笑顔でいう「あ、そ」に変化する。

■被害者が加害者に謝る不思議な光景
 堀田善衛が『方丈記私記』で自分の目撃体験を書いているように、昭和天皇裕仁は、敗戦直前の1945年3月10日の東京大空襲で多大な犠牲者を出した深川の焼け死体はあらかた片付けられた現場に、高級車に乗ってやってきた。天皇の長い革靴はピカピカに磨かれていた(本書第1章のタイトル頁の写真を参照)。天皇を出迎える被災者たちは、跪いて、天皇に謝罪する。
 戦争被害者が戦争最高責任者=加害者に謝罪する、この不可思議な光景は敗戦直後に続く。国民は、たとえば、宮城前広場に跪いて慟哭し、《私たち国民がだらしなかったなら、戦争に負けました。天皇陛下、誠に申し訳ありません》と額を地に着けて、天皇に謝罪する。謝罪する国民は、少し前まで、
  《 勝ち鬨(かちどき)わたる靖国の
    庭の陛(きざはし)、ひれ伏せば、
    熱い涙がこみ上げる。
    そうだ、感謝のその気持ち、
    その気持ちが国守る 》
という靖国賛歌を歌って心震えたのである。こう書く筆者も幼少の頃、この歌を1945年の春、満洲の国民学校で歌わされた。そのメロディーをはっきり覚えている。

■加害責任回避の日米同盟
 日本国は第2次世界大戦で原子爆弾の被爆国であるという被害者の側面を前面に押し出し、アジア諸国民への深刻な加害=戦争犯罪を曖昧にする。戦時中、中国政府が置かれた重慶に日本軍は合計218回も空爆したのに、それに一言も言及しないで、ただ東京大空襲のみを語る。
 一方、アメリカは、東京空爆を初めとする全国主要都市への焼夷弾(ナパーム弾)爆撃を繰り返し、原爆を投下した。にもかかわらず、日本はそのアメリカの戦争犯罪を糾弾しない。日本およびアメリカは自己の加害(戦争犯罪)を隠し、日本は被害だけを語る。存在するのは、日本の被害だけとなる。これは歴史の偽造ではないか。

■原爆投下=終戦早期化説
 米軍による日本主要都市へのナパーム弾空爆よりは、広島および長崎への原爆投下がおこなわれたからこそ、日本は戦争を止めたのであり、原爆投下なしでは、より多大な戦死者を出したはずであるという「原爆投下=終戦早期化説」を流布して、その戦争犯罪から免れてきた。

■被害のみを語る歴史の偽造
 今年のヒロシマの記憶行為もただ、被爆体験はひどかったという語りのみであった。加害者のいない被害のみの記憶は欺瞞ではなかろうか。その欺瞞は繰り返されることで、加害者アメリカは忘れられる。
 忘れるように演出された政治言語空間での「語り(narrative)」が反復されている。被爆体験のみを語る者は、歴史の偽造に加担している。その自覚はあるのだろうか。

■ヒロシマ・ナガサキの根源的な問い
 誰が原子爆弾を企画し、何処からウラニウム鉱石は入手したのか、何処で如何にそのウラニウムは抽出されたのか、何時、何処で、如何に原爆実験は行われたのか。それらの問題については、一切触れられない。それらは、8月6日、8月9日には、一切語られることのないタブーである。この政治言語空間が敗戦直後からの日米同盟の核心である。「日米安保は単に軍事同盟だけではない」と恩師・長洲一二(1919-1999)は生前語った。

■加害者責任を回避する敗戦直後の日米同盟
 こうして、日本も米国も加害者責任から免れる。不可思議なことに、ヒロシマ・ナガサキは、アメリカという加害者のいない被爆体験国となる。アメリカはその戦争犯罪から免れる。
 日本は、アメリカの原爆投下責任を問うことなく、ヒロシマ・ナガサキの被爆体験のみを全面的に押し出す。この貸しをテコにして、日本の戦争犯罪をぼかし、そこから逃れることによって、「15年戦争」の総指揮者・天皇裕仁を戦争責任から逃避させ、平和主義者として変身させ、日本国憲法の公布者として再定義する。

■日米安保体制の起源=日本国憲法の制定過程
 これが敗戦直後に成立した日米同型の基本枠組みである。この枠組みこそ、日本国憲法制定権力の基盤である。したがって、日米安保は1951年から始まるではなくて、敗戦直後の日本国憲法の制定過程から始まる。

■国体護持こそ、すべて
 ヒロシマ・ナガサキの被爆が発生していても、天皇の重臣たち(枢密院関係者)は、その被爆には無関心であって、「国体(天皇制)護持」が最重要課題であった。彼らの祈願が日本国憲法制定過程を規定したのである。

■加害責任回避者=「平和」憲法制定権力
 日米の相互責任回避戦略によって、日本国憲法が制定された。15年戦争中、昭和天皇は軍国主義者に操られた被害者であったという神話を捏造する。この高度な政治操作で、欽定憲法下の昭和天皇から日本国憲法の制定主体・平和主義者としての昭和天皇への「変身」が可能であった。

■裕仁の戦争責任を明示する『朝日新聞』
 2019年8月7日(水)『朝日新聞』朝刊13頁の記事「大元帥たる昭和天皇」(吉田裕へのインタビュー)は、昭和天皇の積極的な戦争関与の諸事実を明確に指摘している。「作戦決定に介入し、…特攻計画も認めた」(同記事の見出し)のが昭和天皇なのである。
 平和主義者・昭和天皇は、15年戦争(アジア・太平洋戦争)の戦争責任からの逃避で造られた虚像である。
 この日本国憲法制定過程の隠された作為を暴くのが、本書・田中利幸『検証「戦後民主主義」』の核心部分である。本書は、改憲勢力である日本会議、その主要メンバーである安倍晋三への批判も展開されている。

■護憲論者の基本課題
 護憲勢力は上皇・天皇と連帯し「9条を守れ」を力説することによって、敗戦直後から存続する日本操作勢力(Japan Handler)が構築=維持してきた基本構造を、それとは知らず《無意識に》であろう、保守する。
 このことによって、日本の対アジア諸国民への戦争犯罪責任からの逃避、およびアメリカの空爆=原爆投下という戦争犯罪からの逃避に加担している。この思わざる行為事実によって、日本国憲法制定権力の列に加わっていないだろうか。
 日本国憲法について、このような深刻な反省を読者に促す。それが本書の気迫に満ちた記述内容である。
 護憲論者には、日本国憲法のこのような戦争責任回避の仕掛けを批判的に認識することで、現在の日韓関係のような帰結を、如何に打破し、如何にアジア諸国民との連帯を構築するかという基本課題に正面から取り組む使命が存在しないだろうか。

■忘却は歴史の捏造に加担する
 我々現代日本人は、そのような無意識の、しかし実は演出された忘却によって、テオドール・アドルノがいうように、忘れた行為をさらに歪め正当化するという、より救いがたい泥沼に埋没してゆくのではなかろうか。

■護憲運動の課題
 むしろ逆に、護憲運動の真髄は、アジア諸国民との連帯へと自己を解放=深化する方向に存在する。その方向を構想するうえで、本書は必読文献のひとつであろう。本書はこのように、今日の日本の時代傾向を真っ向から批判する、注目すべき著書である。
 主な新聞にはまだ、本書(初版2019年5月20日刊行)の書評が掲載されていない。その掲載が強く期待される。(以上)

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/

〔opinion8886:190809〕

http://chikyuza.net/archives/96026
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/318.html

[政治・選挙・NHK264] 「表現の不自由展・その後」の再開を求める署名の呼びかけ(ちきゅう座)
2019年 8月 9日
<醍醐聡(だいごさとし):東京大学名誉教授>


皆さま

「表現の不自由展・その後」の再開を求める署名の呼びかけ人の1人の醍醐です。

◆8月15日に第一次署名(13日締め切り)を提出、その後、県庁で記者会見を行います◆

 13時〜    愛知県の担当課(文化芸術課)と面会、署名簿・メッセージ提出
           その後、名古屋市役所訪問
 14時30分〜 記者会見(愛知県庁記者クラブ)
           出席者:池住義憲、岩月浩二、醍醐聰

◆短期集中の署名の周知にご協力をお願いします◆

皆さま、あるいは皆さまのお知り合いで、ツイッター、フェースブックをされている方に、至急、
  署名用紙 → http://bit.ly/2Ynhc9H
  ネット署名(入力フォーマット)→ http://bit.ly/2YGYeu9
の拡散(依頼)をお願いします。メールでの拡散もお願いします。

今回の事件を、検閲国家づくりの「失敗体験」にするには、展示の再開を実現することが決め手だと思います。それは結果として、安倍・韓国ヘイト政権を追い詰める大きな意義も持つのではないでしょうか。

そのためにも、展示再開を求める短期集中の署名の数が決定的に重要です。もう署名を済まされた皆さまも、引き続き、ご協力をお願いします。

次の事実も知らせたいと思います。

◆少女の像の制作者はベトナムピエタの制作者でもある◆

−自国の被害の歴史にも、加害の歴史にも向き合う韓国−

吉村大阪府知事は「少女像は反日ヘイト」と発言しましたが、少女像の制作者(2人)は、ベトナム戦争に参戦した韓国軍によって虐殺されたベトナム人(性暴力犠牲者も含む)を慰霊する「ベトナムピエタ」の制作者でもあります。

「少女像は何を待つのか 彫刻家が込めた多様な意味」(『東京新聞』2019年8月7日)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/culture/culture_news/CK2019080702100040.html

「韓国軍が虐殺した民間人慰霊のため、少女像作家が『ベトナムピエタ』建立を構想」
(『ハンギョレ』日本語版、2016年1月16日)
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/23077.html

「韓国政府は日本軍『慰安婦』被害者問題に関して、日本政府に正確に謝罪を要求し、受け取らなければならない。 また、ベトナム戦争における民間人虐殺に対しても正確に謝罪しなければならない。 現在韓国政府は二つともできずにいる。」

「キム・ソギョン氏は日本軍「慰安婦」被害者たちが提案して設立された「蝶基金」事業の一環で昨年ベトナムを訪問し、韓国軍による強姦など女性への性暴力事例を共同調査した。 韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)と韓国・ベトナム平和財団建設推進委は被害者ハルモニ(お婆さん)の基金などでベトナム民間人虐殺問題を調査・研究している。」


〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/

〔opinion8884:190809〕

http://chikyuza.net/archives/96018
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/319.html

[政治・選挙・NHK264] (インタビュー)大元帥たる昭和天皇 歴史学者・吉田裕さん(朝日新聞)
朝日新聞デジタル 2019年8月7日05時00分

https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20190807000136_commL.jpg
「これほど多くの人に読まれるとは予想外でした。兵士の虫歯や水虫の話には反響が多かった」=山本和生撮影

https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20190807000139_commL.jpg
吉田裕さん

 アジア・太平洋戦争の戦場の実態を克明に描き、20万部のベストセラーになった「日本軍兵士」。その著者で、近現代の天皇制研究でも知られる吉田裕さんは「天皇の軍隊」の実像を読み解く数少ない研究者だ。大元帥たる昭和天皇は、あの戦争とどう関わり、どこまで兵士の窮状を知っていたのか。沖縄戦や特攻をどう考えていたのか。

 ――「日本軍兵士」には、食糧不足や劣悪な装備など、日本軍の過酷な実態が書かれています。

 「軍隊の問題を自身に置き換えて考えられるように、『心と身体』に重きを置きました。体重の半分の装具を背負い、飢えや病気、心の病に苦しむ兵隊の姿から、戦争の現実を知ってほしかった」

 ――そうした戦場の現実を昭和天皇は知っていたのでしょうか。

 「かなり把握していたと思います。1943年9月には侍従武官長に、将兵を飢餓に陥らせるのは耐えがたい、『補給につき遺憾なからしむる如く命ずべし』と言っています。ただ、最後まで日本軍の戦力を過信していたので、実情よりは楽観的だったとはいえるかもしれません」

 ――実際の戦況をどの程度把握していたのですか。

 「どこでどの軍艦が沈んだかなど、日本軍が受けた被害については、ほぼ確実に把握していました。ただ、石油の備蓄量などは数字を改ざんして上奏されていたとも言われ、100%正確に知っていたかは疑問も残ります」

 「一方で、敵に与えた損害は、誇大に報告されがちでした。台湾沖航空戦などが典型ですが、パイロットからの報告を精査せずに積み上げていったので、11隻もの航空母艦を沈めたことになっていました。実態とかけ離れた戦果が天皇のもとに情報として集められ、敵も苦しいはずだという楽観が生まれてしまいました」

 ――「まだ戦える」と思ってしまったわけですか。

 「45年2月に元首相の近衛文麿が戦争の終結を上奏したときに、天皇は『もう一度戦果を挙げてからでないとむずかしい』と答えています。その時点でも、まだ戦果を挙げられると信じていたんですね。米軍に打撃を与えて、できるだけ有利な条件で講和に持ち込むという『一撃講和論』をずっと支持していました。そのために戦争終結がずるずると遅れてしまった面はあると思います」

 「沖縄戦でも、当初は、特攻作戦がうまくいっていると誤認していたようです。天皇が戦争をあきらめるのは45年5月ごろです。ドイツの降伏と、沖縄がもう持ちこたえられないとわかって、ようやく終戦を決意したのです」

    ■     ■

 ――沖縄戦に、どの程度具体的に関わっていたのでしょうか。

 「沖縄戦では、陸軍と海軍では当初の作戦方針に違いがありました。海軍は沖縄で最後の決戦をしようとしたのですが、陸軍は本土決戦を主張し、沖縄はその『捨て石』と見なしていました。持久戦にして米軍に損失を強い、本土決戦に備えようとしたのです」

 「天皇は海軍を支持しました。陸軍は持久戦に備え陣地に立てこもる戦略をとろうとしましたが、天皇は出撃して決戦するように促しました。沖縄戦の場合は、天皇は海軍の側に立って、作戦に介入していたといえます」

 ――天皇が作戦方針の決定にも関わっていたわけですか。

 「歴史学者の山田朗さんが、どの作戦の際に天皇がどんな発言をして、どう影響を及ぼしたかを詳しく研究していますが、かなり主体的に関わっています。天皇が発する最高の統帥命令を、陸軍は『大陸命』、海軍は『大海令』といいますが、戦後の占領期、大陸命や大海令の存在は占領軍に秘匿されました。隠さなければいけなかったという事実が、天皇が作戦に関与していたことを証明しています」

 ――戦争末期の特攻作戦についてはどうだったのでしょうか。

 「陸軍の場合、正式な特攻部隊はつくられませんでした。部隊編成は天皇の大権ですが、特攻のような『非常の戦法』を天皇が裁可すると『徳が汚れる』という判断が陸軍にはあったんです。だから既存の部隊に、必要な機材と人員を増加配備して出撃させました」

 「一方、海軍の場合は特攻専門部隊が編成されました。『回天』や『桜花』の部隊がそうです。編成を裁可している以上、特攻が天皇の意思に背いて行われたとは言えません。45年1月には本土決戦用の陸海軍共同の作戦計画を裁可していますが、その中に特攻が含まれています。作戦としても特攻を認めているわけです」

    ■     ■

 ――参謀本部や軍令部の幕僚たちは、天皇の意思に全面的に従っていたのでしょうか。

 「基本的には、参謀本部や軍令部がつくった作戦計画の大綱を天皇が見て、承認するという形でしたが、作戦に問題があると天皇が考えた場合には、意思を表示しています。天皇の積極的な意思表示があった場合には、幕僚たちも作戦を変えざるをえませんでした」

 「ガダルカナル島の戦闘が激化していた時期に、陸軍の航空部隊を増援に出すよう海軍が強く要望しました。陸軍の飛行機は洋上飛行には不向きなので、陸軍側は抵抗します。しかし天皇は、繰り返し航空部隊を出すように言い、陸軍も結局は従っています」

 ――明治天皇や大正天皇と比較すると、昭和天皇は特に統帥に関与していたとは言えるのですか。

 「大正天皇は若いときから病気がちで、大きな戦争もなかったので、統帥権の発動者として行動することはほとんどありませんでした。明治天皇は、様々なかたちで戦争や作戦に関わりましたが、伊藤博文を始め、幕末の動乱をくぐり抜けてきた元勲たちが天皇を支えていました。彼らは作戦に介入して、戦争指導をするだけの力を持っていたんです。昭和期になると、伊藤のような人はいなくなった。天皇が文字通り軍を統帥することになり、制度の欠陥が露呈してしまいました」

 ――天皇と軍隊をめぐる制度の欠陥とは何だったのでしょう。

 「明治憲法体制では、あらゆる国家機関が天皇に直属していました。国務大臣も個別に天皇を補佐するシステムで、総理大臣も他の大臣と横並びの存在でしかありませんでした。内閣の外側に統帥部があり、それと並列して軍司令官や連合艦隊司令長官がいる状態です。普通の国なら参謀総長の下に軍司令官が置かれるのですが、明治憲法体制での参謀総長や軍令部総長は、基本的には天皇の命令を伝えるだけの存在で、自分では命令できません」

 「昭和天皇は、国務については輔弼の大臣を重んじるが、統帥については自分が最高責任者だと考えていたという証言があります。すべてを天皇に上げて、裁可を得なくてはならず、戦況の急な変化に対応できない。総力戦の時代には通用しないシステムでした」

    ■     ■

 ――天皇の役割も含めて、旧日本軍がどんな組織で、どう動いていたのかは、あまり知られてこなかったように思います。

 「日本の近現代史研究では、長い間、軍事史が空白でした。戦後の近現代歴史学を最初に担った世代は、ほとんどが軍隊経験があり、戦争や軍隊にはもう関わりたくないという気持ちがあったと思います」

 「日本の伝統的な歴史学の考え方では、50年経たないものは研究対象にならないとされていました。当事者がまだ生きているから利害関係があり、客観的に見ることができないからという理由です。もうひとつ大きいのは、情報公開が遅れていたことです。僕が卒業論文を書いたのは77年ですが、当時、旧防衛庁の防衛研修所戦史室には、所蔵資料の目録さえなかった。存在そのものが伏せられていた資料も多かったんです」

 ――遅れた間に、当事者はどんどん死んでいきますから、研究自体も難しくなりますね。

 「あの戦争について、外交史、政治史、経済史などの研究はかなり進みましたが、最後の空白地帯が戦史です。軍隊や戦場そのものを歴史分析の対象にする。それが『日本軍兵士』で一番書きたかったことなんです。天皇と戦争のかかわりもその一部です」

 ――「日本軍兵士」があれだけ読まれたのはなぜでしょう。

 「読者の感想を見ると、ブラック企業など、いまの問題に引きつけて読んでいる人も多いようです。バブル時代のCMで『24時間戦えますか』というのがありましたけれど、疲労の激しいパイロットに覚醒剤を打って出撃させる発想と、基本的には変わってないですよね」

 ――戦史の空白を埋めていく上で、重要なことは何でしょうか。

 「非売品や私家版で出された部隊史、兵士の回想録や日記の復刻などの資料の散逸が一番心配ですね。私家版だと納本義務がないので、国会図書館にないものも多い。活字になっていない日記やメモなども多く残されているはずなのですが、本人が亡くなると処分されてしまいます。戦争体験の記録を国が収集して、保存する仕組みをつくるべきだと思います」(聞き手 シニアエディター・尾沢智史)

     *

 よしだゆたか 1954年生まれ。専門は日本近現代史。一橋大学特任教授。著書に「昭和天皇の終戦史」など。6月から東京大空襲・戦災資料センター館長。

https://digital.asahi.com/articles/DA3S14130352.html?rm=150
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/326.html

[国際27] カラカス政治宣言 ―非同盟運動(NAM)調整ビューロー閣僚会議(駐日ベネズエラ大使館)
2019/08/08

カラカス政治宣言 ―非同盟運動(NAM)調整ビューロー閣僚会議

2019年7月18日〜21日、ベネズエラ・カラカスにて非同盟運動(NAM)調整ビューロー会議が開催されました(18日・19日は高レベル準備会合、20日・21日は閣僚会議)。閣僚会議にて採択された「カラカス政治宣言」の和訳を掲載します。


[大使館訳]

非同盟運動(NAM)調整ビューロー閣僚会議
ベネズエラ・ボリバル共和国 カラカス
2019 年 7 月 18 日〜21 日

カラカス政治宣言

我々、非同盟運動(Non-Aligned Movement: NAM)諸国の外相らは、国際情勢、及び 2018 年 4 月にアゼルバイジャン共和国のバクーで開催された第18回中間閣僚会議の結果の進捗状況をレビューするため、並びに反戦及び平和を愛する勢力としての NAM の立場と役割を向上するという我々の決意に沿って、平和の促進と強化に向け国際法を尊重する喫緊の必要性について率直な議論を交わすために、NAM 調整ビューロー閣僚会議の枠組みにおいて 2019 年 7 月 20 日〜21 日、ベネズエラ・ボリバル共和国カラカスに集い、以下の事項を決定した。

1.
平和十原則及びその理想と目的に対する NAM の変わらぬ忠誠と固い決意を再確認し、強調すること。これはとりわけ、平和で繁栄した世界そして公正で公平な世界秩序を作るためである。

2.
NAM によって採択されるすべての原則の立場及び決定に、帰属し支持することを再確認すること。

3.
現在の国際情勢における非同盟運動の目的、原則、役割に関するハバナ宣言(2006 年)、マルガリータ宣言(2016 年)及びバクー宣言(2018年)の諸規定を追認すること。

4.
国連、国連設立の憲章及び国際法への我々の固い決意を新たにすること。これらはすべて、国際の平和と安全を維持する目的において、また国際的な協力を強化することにおいて、不可欠かつ基本的なツールであり続けている。

5.
国際法の諸原則を厳密に遵守すること及び国連憲章にしたがって各国が負う義務を誠実に遂行することは、国際の平和と安全の維持のために極めて重要であることを強調すること。
NAM 加盟国は、加盟国の領土保全、主権、政治的独立、国境の不可侵を尊重せねばならないことを再確認すること。
これら国際法の諸原則を支持し促進することへの決意を繰り返し表明すること。

6.
諸国の主権と主権平等、領土保全、あらゆる国や国家の内政への不干渉といった原則を擁護すること。
攻撃または平和を脅かす行為を抑止するため効果的な手段をとること。
国際の平和と安全、及び正義が危機にさらされることのないような平和的手段を通じて国際的紛争が解決されることを、主張し、促進し、振興すること。
国際関係において、武力の行使又は武力による威嚇を慎むこと。
これにはあらゆる国の領土保全や政治的独立を脅かしあるいは国連憲章の目的と原則にそぐわないその他あらゆる方法による攻撃的な軍事演習を含む。外国の占有に対する人民の闘いにおいて、人民の同権及び民族自決の原則の尊重にもとづいた友好的関係を発展させること。
政治的・経済的・社会的・文化的または人道的な国際問題を解決するに当たって人民間・政府間の連帯にもとづいた国際協力を成し遂げること。
そして、人種・性別・言語あるいは宗教にかかわらず、全ての人々にとっての基本的権利と自由の尊重を、国際的な取り決めや国内法に従って促進・振興していくこと。

7.
国際法、国連憲章、及び国家間の平和的関係を定める規則や原則に従った紛争の平和的な解決、並びに武力の行使または武力による威嚇を行わないことについて、その原則の立場を再確認し、強調すること。これには相互尊重を基礎とした国家間の政治的理解や建設的対話の促進を通じたものを含む。

8.
一国主義、及び一部の国家が一方的に課している措置 ―これら措置は国連憲章、国際法、及び人権の衰退と侵害を招きかねないものである― 並びに国内的な政治目的を達成するための方法としての武力の行使または武力による威嚇、圧力、強制措置については、国際レベルでの法の支配や国際関係に否定的影響があることから、繰り返し反対の意を表明すること。

 a. 非同盟諸国に圧力をかける目的でこれら国々の主権と独立、通商と投資の自由を脅かしながら課される一方的強制措置または域外法令 ―一方的経済制裁、その他威嚇的措置や恣意的な渡航制限を含む― を認め、採用し、又は適用することを慎むこと。なぜならこのような措置や法令は、国連憲章、国際法、多国間貿易制度、並びに国家間の友好的関係を定める諸規則・原則を著しく侵害するものだからである。

 b. 国連総会及び国連のその他機関が求めたように、このような措置を効果的に覆し、その他の諸国へも同様のことをするよう求める努力を続けること。また、このような措置又は法令を適用している国々に対して、これらを完全に、かつ即刻取り消すよう求めること。

 c. 攻撃行為あるいは国際法に反して適用されている一方的または自国領域外への強制措置の結果として生ずる損害に対し、影響を受けている国 ―直接的被害を受けている国を含む― が行う補償の求めを、国際法に則って支持する意思を新たにすること。

 d. 非同盟諸国及びその他の国々、とりわけ開発途上国に対して圧力をかける手段として、国家の行動を一方的に評価及び認定することに断固として反対すること。

9.
NAM 加盟国の間で、とりわけ武力の行使、攻撃行為、又は一方的強制措置といった外部的脅威などを含む国際法の侵害に苦しむ国民を持つ非同盟諸国に対して、政治的・精神的・物質的及びその他の面での支援提供をすることにより団結と連帯を維持し、強化し、表明し続けること。

10.
国際法、外交関係に関するウィーン条約及び領事関係に関するウィーン条約の規定、並びに国連総会に関する決議に基づき、外交・領事使節団の構成員及び施設の安全と保護、並びにこれらの不可侵を保証するという全ての国家の義務を強調すること。
その目的は、これら施設の強制的及び違法な差し押さえを防ぐためであり、また人員・施設・外交財産にかかる特権や免除の尊重は、とりわけ多国間レベルにおいて、諸国家と接受国との関係にかかわりなく、その公的な目的の遂行に結びついているということを強調するためである。

11.
国際法の該当規則の解釈の拠り所として国際司法裁判所(ICJ)をより活用するよう、そうする立場にいる人々に奨励すること。
また、ICJ に勧告的意見を要請することを見据え、適切な範囲で NAM 加盟国間で協議することを検討すること。これには、国際法に違反して適用された一方的強制措置が、国際の平和と安定を損なう可能性のあるケースも含む。

12.
NAM の原則の立場、及びあらゆる形式及び表出方法によるテロリズムとの闘いに向けた固い決意を再確認すること。
その意味で、テロ行為への資金供給を防止及び排除し、またテロ行為に関与する組織や人物へのいかなる形の支援をも、能動的であれ受動的であれ供与することを慎むという、全ての加盟国の義務を繰り返すこと。さらにはテロ集団によるメンバーの徴募やテロリストへの武器の供給も排除する。
テロリストに安全な隠れ場所、活動の自由、行動、徴募を許さないこと。
加えて、テロ行為の犯人・まとめ役・協力者により難民の立場が利用されるのを防ぐこと。
そして同様に、保護を申請する者がテロ行為の実行を計画し、協力し、又はこれに関与していないことを、保護する前に確かめるべく適切な方策をとるよう加盟国に要請すること。

2019 年 7 月 20 日、カラカス

https://venezuela.or.jp/news/2217/
http://www.asyura2.com/19/kokusai27/msg/139.html

[政治・選挙・NHK264] 小泉進次郎の正体を報道せよ − 結婚報道は新次郎政権への開門 −(ちきゅう座)
2019年 8月 10日
<半澤健市(はんざわけんいち):元金融機関勤務>

 小泉進次郎自民党衆院議員が、フリーアナウンサー滝川クリステルとの結婚を安倍首相と菅官房長官に報告し、その後の記者会見でそのことを発表した。滝川は懐妊しているという。この発表前後の進次郎報道で私の目にとまったものが二つある。

《山本太郎と藤井聡は小泉進次郎を批判》
 一つは、れいわ新選組山本太郎の進次郎観である。BS−TBSの「報道1930」(2019年8月5日)で司会の松原耕二は、ゲストの山本太郎に対して「小泉進次郎と組んだらどうか」と質問をした。野党共闘を誰と組むかという質問の最後に聞いた。面白いところを衝いたつもりらしい。山本太郎はすかさず、「どうなんですかね?(小泉進次郎は)CSISと深いつながりがあるんではないですかね?」と返答した。そして、8月8日朝のニュースで、山本太郎は進次郎の首相官邸での結婚発表を「政治的利用を感じる」とコメントした。

二つは、藤井聡の厳しい進次郎批判である。京都大学大学院教授の藤井聡は、文化放送の報道番組(8月8日朝)で、政治家小泉進次郎を全否定する発言をした。藤井は、2012年から18年まで安倍内閣官房参与だった。政治家としての進次郎をよく知っている。そして新次郎は新自由主義の信奉者であり、農協解体などの「構造改革」を進めて日本農業を破壊していると言った。「バカ」であると呼んで藤井は政治家小泉を酷評した。

《太郎と進次郎の政権獲得闘争へ》
 自民党は遂に切り札小泉進次郎を担ぎ出した。これは私の個人的な見立てである。
その背景には、安倍政治の八方塞がりがあり、れいわ新選組の躍進がある。ポピュリズム政治の時勢にあって自民党は、連立公明党や自党の石破茂、岸田文雄では勝てないと思ったのである。野党も山本太郎を軸にした共同戦線を張らなければ、進次郎ブームに圧倒されるだろう。

小泉進次郎とは何者なのか。管見の限り、政治ジャーナリストが小泉進次郎の政治理念、イデオロギー、政策とその実績を精査し報道したものを見たことがない。私が見るのは、は女性フアンに囲まれてキヤッチコピーを発しているテレビ画面の小泉進次郎である。

《誰も小泉進次郎の顔しか知らない》
 小泉進次郎は自らの公式サイトで学歴・職歴を次のように書いている。
・1988年 4月 関東学院六浦小学校入学、 以来中学・高校・大学と関東学院で過ごす
・2004年 3月 関東学院大学経済学部卒業
・2006年 5月 米国コロンビア大学大学院で政治学部修士号取得
・2006年 6月 米国「戦略国際問題研究所」(CSIS)研究員に
・2007年 9月 衆議院議員小泉純一郎秘書
・2008年 10月 自由民主党神奈川県第11選挙区支部長
・2009年 8月 衆議院議員
・2011年 10月 自民党青年局長
・2013年 9月 内閣府大臣政務官・復興大臣政務官
・2015年 10月 自民党農林部会長
・2017年 8月 自民党筆頭副幹事長
・2018年 10月 自民党厚生労働部会長

ウィキペディアによれば、小泉進次郎はコロンビア大学ではジェラルド・カーティスに学び、シンクタンクCSISではマイケル・グリーンの下で研究をした。いずれも「ジャパン・ハンドラー」の代表的な人物である。ジヤパン・ハンドラーとは、日本の対米隷従システムの舵をとる米国側の日本専門家である。

《核心が見えにくい小泉進次郎の発言》
 小泉のイデオロギーや実績を追跡したメディアは少ない。ネット配信「朝日RONZA」には、小泉インタビューがいくつか載っている。高齢化時代、人生100年時代の社会保障に関する発言が多い。現在の自民党厚生労働部会長という立場から当然である。
給付の削減か積み立ての増加か、という二者択一の問題設定に批判的であり、一見柔軟性に富む発言に見える。しかし選択肢の増加=生き方の選択肢への問題転化にもつながる。「企業の論理」を貫徹するために「生き方の選択肢」が増えるワナを警戒しなければならない。また進次郎の発言には、民主主義や平和外交の言葉が出てこない。出てくる「日米同盟の強化」や「国際社会への貢献」という言葉の現実は、自衛隊の海外派兵や米軍産体制に奉仕する政策に帰結しつつある。これが安倍長期政権の「成果」である。私は、小泉の新自由主義は巧妙に隠されているという印象をもつ。

小泉は2019年5月3日にCSISで講演をした。その全文と概要は小泉進次郎公式サイトからアクセス可能である。読者はそれを読んで拙稿の当否を判断して欲しい。今回は引用を控えたが、ジャパン・ハンドラーからの連想で小泉進次郎が日米支配層の情宣代理人であるとみるサイトが多い。

《徹底的に小泉進次郎の正体を報道せよ》
 日本の政治ジャーナリズムに、小泉進次郎のコロンビア大学院修士論文やCSISでの研究論文を、日本で報道されていない発言を、徹底的に分析し報道してもらいたい。そして本人にその意図と本音を聞いてもらいたい。そのうえで自分の頭で考えた忖度なしの小泉進次郎論を展開してもらいたい。政治報道は芸人報道より重要である。国民の命につながるからである。(2019/08/08)


初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion8887:190810〕

http://chikyuza.net/archives/96045
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/329.html

[中国12] どうなる米中摩擦? 中国でなにが起きているのか ――習近平の中国 1 (ちきゅう座)
2019年 8月 8日
<田畑光永(たばたみつなが):ジャーナリスト>


 中国の動きを観察し続けるのを、勝手に自分の仕事と決めて、これまでやってきたのだが、じつは最近、それが苦痛になってきた。その理由は追い追い読んでいただくつもりだが、去年から続いている米中摩擦をめぐる両国の交渉を見ていると、両国というより、トランプと習近平という2人の国家指導者の目をそむけたくなるような浅はかな振る舞いが延々と続いて、いい加減にしたら!と目を背けたい気分にかられる。

 今回は、ことの顛末をたどって、私の欲求不満を聞いていただきたい。

 去る1日、米トランプ大統領は例によって自身のツイッターで、交渉がまとまらなければ中国からの輸入品のほぼ3,000億ドル(約33兆円)分に9月1日から10%の関税を上乗せすると表明した。その前日まで上海で両国の閣僚による交渉が行われていたのが、思うほどの進展がないままに次回は9月と決めただけで終わったことに腹をたてて、一方的に次の一手を公表したのだろう。

 米の中国からの輸入額は年に5,400〜500憶ドルに達し、一方、米から中国への輸出額は1,200〜300憶ドルだから、その差(米の貿易赤字)は3,000億ドルをこえている。これがトランプにとっての癪の種である。そこで去年の春から何が何でもこれを減らせと騒いでいるのだが、考えてみれば赤字が多いからと言って、相手をなじるのはそもそも筋違いである。

 ものの売り買いが成立するかどうかはほとんどの場合、買い手がきめるものである。例外的に特定の商品が品薄になって、かつてのオイル・ショックのように売り手の立場が強くなることもあるが、それは例外であって、通常は買い手が買うと決めたところでトランプの言う「ディール」は成立する。

 だから赤字が大きすぎるなら、買わなければいいのである。それを相手に「売りすぎるな」と難癖をつけているのが、米中対立のこと貿易に関する部分の姿である。

 しかも、そのやり方がふるっている。今の世界の大勢は、なるべく仲間を作って、その中では関税など貿易障壁を減らして自由にものを行き来させようという方向である。それが果たしていいか悪いかの議論はあるにしても、世界中に思い思いの自由貿易圏の輪がはりめぐらされている。トランプ自身、日本にはたとえば牛肉の関税もっと下げて、たくさん買えと言っている。

 そこでトランプは去年の春始めた中国との交渉が進まないのにいらだって、7月に第一弾として農業機械や電子部品など中国からの輸入品340憶ドル分に25%の追加関税をかけ、翌8月の第二弾では半導体や化学品など160憶ドル分を追加して同様に課税、さらに第三弾の9月には家具や家電製品など2000憶ドル分に10%を追加課税した。

 中国側も直ちに報復措置として、第一弾、第二弾に合わせて、7月、8月に米と同額の輸入品、7月には大豆や自動車、8月には古紙や鉄くずなどに同率の追加関税をかけた。しかし、もともと中国の輸入額は1,200〜300憶ドルしかないから、第三弾の2000憶ドルにはついていけず、LNGや木材など600憶ドル分にとどまった。だから今度の第四弾、「今年9月から新たに3000憶ドル分に10%追加関税」が実施されても、中国側にはもはや報復の手段がない。

 こうした関税合戦が続く中で、去年12月1日にはブエノスアイレスでトランプ・習近平の首脳会談が開かれた。ここでは交渉の仕切り直しがおこなわれ、貿易不均衡の是正に止まらず、中国による知的財産(技術)の移転強要、政府補助金による企業競争力強化なども交渉の議題に加えることになり、この日から90日間は9月に課税された10%の関税を25%へかさ上げすることを保留することになった。

 またこの日、首脳会談とまさに時を同じくして、中国の通信機器製造最大手「華為(ホアウエイ)」の孟晩舟副会長がイラン制裁違反にかかわった容疑で、米の要請を受けたカナダ当局によってバンクーバーで身柄を拘束されるという「事件」も発生して、両国間の対立面が拡大した。

*******

 こうしたトランプからの攻勢に対する中国側はどう対応してきたのか、それが本文の主題である。昨年を振り返ると、貿易不均衡については、関税には関税でという構えで対抗しながら、自由貿易の旗を振っていれば、大義はこちらにあるからしのげるとみていた節がある。春から夏にかけて問題になった、中国の国有通信機器メーカー「中興通訊(ZTE)」がイランへの制裁破りに関与した疑惑を理由に、米商務省が米企業に同社との取引を禁止した件を、習近平が直接、トランプに電話して、きつい条件ながらとにかく同社の延命に成功したことも、米側の姿勢を甘く考えさせた可能性がある。

 ところがブエノスアイレス会談を受けて今年2月から北京とワシントンで交互に開催された閣僚級交渉では、米側はブエノスアイレス合意に基づいて貿易赤字のみならず、あらためて、取り引きにからめて中国の官民が外国企業に技術供与を求めることとか、中央や地方の政府が企業に様々な補助金を出して競争力を強めて居ることとか、さらにはハッカー攻撃で技術情報を盗んでいるのではないかといった問題まで含めて、一言で言えば、貿易のみならず幅広く中国の台頭を押さえつけるという態度に出た。これには米ペンス副大統領が昨年10月の講演で、全面的に中国と対抗する立場を打ち出して、対決ムードが高まったことも背景にあるだろう。

 これに対して中国はどう出たか。中国側からそれを直接明らかにする材料は出ていないが、米側のムニューシン代表(財務長官)の言によれば、今年に入って1月から3月までの4回の交渉で、約150頁にのぼる包括的協定がほぼ合意に達し、最終的にまとまるのも近いと思われるところまで来たのだが、4月にワシントンで行われた交渉で、中国側がにわかにそのうちのほぼ3分の1を白紙にもどしたいと言い出したという。

 そしてその後、トランプは例のごとくツイッターで「中国が態度を変えた、約束をほごにした」と中国を攻撃し始めた。

 そんなもやもやした状態で約1か月が過ぎた5月初め、中国側首席代表の劉鶴副首相が交渉継続のためにワシントンに赴いた。しかし、この時彼の身には一つの変化が起きていた。それまで劉鶴には国務院副首相、中国側首席代表、そして習近平国家主席特使という3つの肩書がついていたのが、この時は中国側の報道から「特使」の肩書が消えていた。

 たんに肩書の問題ともいえるが、国家主席の特使となれば、まさに国家主席の信任を受けて交渉していることを内外に示す効果はあるだろう。ところが、交渉の途中でこの肩書が消えたとなれば、その意味は大きくなる。始めからなければいいが、あったものが外されるというのは、これまでの交渉の結果あるいは進め方になにか問題があったのかと誰しもが見る。

 ワシントンに現れた劉鶴は、米側の「中国が最後に態度を変えた」という批判については、「交渉というのは終わるまでは、何が起きても不思議はないのだ」と受け流し、一方で中国の記者団には「交渉で最も重要なのは、国の主権を守ることだ」と強調した。

 中国国内でなにかあったことは間違いない。それがなにかはまだはっきりしたことは言えない。しかし、そういう目で見ると、6月末の大阪での首脳会談、それを受けての7月末の上海交渉、それに業を煮やしたトランプの9月からの巨額関税予告という一連の動きの意味が分かるような気がする。  (続く)


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[中国12] 中国の「奉陪到底」に米は戦線拡大で対抗 ――習近平の中国(2) (ちきゅう座)
2019年 8月 8日
<田畑光永(たばたみつなが):ジャーナリスト>


 米にトランプ政権が登場して、対中貿易赤字を問題にし始めた当初は、習近平はそれを、ここ数年、米国内で高まってきた安全保障面での対中脅威論、さらには習近平が唱える「中華の復興」は世界の覇権を狙うものだ、といった国際政治的圧力に比べれば、所詮はトランプらしい「カネの問題」といささか軽く考えていた節がある。

 昨18年の3月から4月、貿易問題での米の攻勢に対する中国側の合言葉は「奉陪到底」(ほうばいとうてい)の4文字であった。日本語に直せば「とことん付き合うぜ」とでもなろうか。たとえば4月5日の『人民日報』の外交問題コラム「望海楼」は(われわれは)「貿易戦争を恐れない。もしどうしても戦いたい。それも家の玄関口まで来て戦いたいなら『奉陪到底』だ」という具合である。

 トランプが振りかざす「一国優先主義」に対するに、こちらには「自由貿易で人類運命共同体を」という大義があるのだから、負けるはずがないと思っていたはずだ。

 当時の空気を物語るのが、前回でも触れた「中興通訊(ZTE)」の1件だ。4月、米商務省が米国企業に同社との取引を向こう7年間禁止したために、部品の供給を絶たれ、危機に瀕した同社のために、5月8日、習近平はトランプに電話で直接、救済を求め、トランプがそれに応じて、商務省に口をきいて、その後も曲折はあったが、結局、同社は生き延びることができた。

 この間、首脳間の電話が明らかになった後、14日、の中国外交部の記者会見で陸慷報道官は「米側の積極的な態度表明を称賛する」と述べ、同日の『環球時報』も「トランプ大統領の発言は歓迎に値するよい決定だ」と書いた。貿易赤字とほかの問題は別という対応で、このあたりでは中国側に余裕が感じられる。

 しかし、夏から秋にかけて、米の対中政策はきびしさを増す。貿易問題では、前回述べたように、7月第一弾、8月第二弾、9月第三弾と、追加関税の対象品目は合計2500憶ドルにまで膨れ上がり、第三弾の2000憶ドル分は9月からは10%、その後話し合いがつかなければ、第一、第二弾同様25%にまで引き上げるとされた。

 一方では、8月、国防予算の枠組みを決める「国防権限法」が成立した。これは米政府とその取引機関に「華為」や「中興」といった中国企業から製品を調達することを禁止するものであった。また「外国投資リスク審査近代化法」という新法も成立した。これは外国から米国内への投資案件の審査に国防総省や情報機関の発言権を高め、逆に米企業の中国企業への投資についても機密保持、情報漏洩防止などの審査を強めるものであった。いずれも中国との商取引や投資が中国政府の情報活動に利用されないようにという対中不信を正面に掲げた法律であった。

 国防権限法について、中国外交部の陸慷報道官は同14日、「強烈な不満」を表明し、「冷戦思考とゼロサムゲームの理念を捨て、正確かつ客観的に両国関係を扱うよう米国側に促す」とのべたが、もはや対立は貿易問題の枠をこえて広がっていた。

 10月4日にはペンス米副大統領が中国との全面対決を宣言したともとれる講演を行った。この講演の趣旨を要約することは難しいが、あえて言えば、次のようになる。

 「米はこれまで中国がやがては自由、民主を尊重する社会へ変化すると信じて、米国経済への自由なアクセスを認めてきた。しかし、その希望は達成されなかった。・・・今日の中国は他に類を見ない監視国家であり、時に米国の技術を借りてますます拡大し、侵略的になっている」

 現在、中国が進んでいる方向は、米とは相いれないというのである。米中貿易摩擦は「米中新冷戦」に進化?した。そのスタートとなったのが、経済交渉とはいえ、貿易のみならず、幅広く中国の経済の仕組みを含めて話し合いの対象とすることを決めた12月のブエノスアイレス首脳会談であった。

*********

 習近平にとっては、18年春の全人代(国会にあたる)で、国家主席の任期をそれまでの「2期10年まで」から「任期規定なし」に改正して、終身主席の可能性を確保した上で、いよいよ「中華復興の夢」の実現(先進国への仲間入り)を自らの主導で進めようとしたというのに、米に反中ムードが広まったことは目の前に突如、暗雲が迫ってきた思いであったろう。ペンス講演に習近平は大きな危機感を抱いたはずだ。

 ここで、現代中国の歴史において、国が危機に直面した場合、政権はどういう態度をとったかを振り返ってみたい。

 まず思い浮かぶのは1960年代後半から70年代にかけて、である。国内は文化大革命で混乱し、対外的にはソ連(当時)と激しく対立した。特にソ連との対立はウスリー江の中州の島(ダマンスキー島、中国名「珍宝島」)や新疆ウイグル自治区で武力衝突が起こる(いずれも1969年)までに加熱した。

 この時、毛沢東、周恩来はどうしたか。それまで長年対立してきた「米帝国主義」とあえて誼を通ずる奇策でソ連の脅威をかわした。キッシンジャーの秘密訪中(1971年)、ニクソン訪中(1972年)が実現したことに世界は驚いた。

 次の危機は1989年の「6.4天安門事件」の後である。国の大方針は文化大革命時代とは逆に改革・解放路線であったが、天安門広場に陣取る学生たちの民主化要求運動をケ小平は軍隊を動員して鎮圧した。正確な数字はいまだに不明だが、公式発表でも300人以上の死者が出た。

 西側の世論は反中国で沸騰した。経済的な制裁も受けた。そして、この時、ケ小平が打ち出したのが「韜光養晦(とうこうようかい)」政策であった。「韜光」とは刃物の光を袋に収める、「養晦」とは蟄居する、という意味で、目立たず、おとなしくすることであった。西側からの批判に「内政に干渉するな。反政府運動を取り締まってどこが悪い!」などと、むきにならず、頭を低くしてやり過ごせと、ケ小平は命じたのである。

 ケ小平自身はその後、老躯を駆って、南方の経済特区を2年がかりで回り、各地で改革・開放、とりわけ解放政策の重要性を説き、恐れずの外資を入れろと督励した。その後、中国は高度成長の軌道に乗る。

 1971年と1989年、この2回は中国の共産党政権が自我をひっこめて、状況に適応して延命を図った先例である。政権が選挙で選ばれるのなら、政策が変わることは珍しくないが、過去において共産党政権というのはとかく自己の正当性、無謬性、継続性を強調したものである。その意味では中国共産党は必要に応じて変身することにためらいはない政党と言えるかもしれない。正当性、無謬性に固執して、政権を危機に陥れるより、大義の旗は一時しまいこんで、状況に適応するのである。

 習近平は米の戦線拡大にどう立ち向かったか。  (以下次回)


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[政治・選挙・NHK264] 国民・社保 結成前向き 脱・孤立 立民提案の統一会派 政策巡り波乱含み(東京新聞)
2019年8月10日 朝刊


 国民民主党は九日の総務会で、立憲民主党から求められた衆院会派への合流に関し、衆参両院で統一会派の結成を目指す方針を決めた。十日の両院議員総会で正式決定し、立民側に伝える。衆院会派「社会保障を立て直す国民会議」も九日の総会で合流に向けた協議入りを確認した。野党再編につながる動きに否定的だった立民の枝野幸男代表が孤立路線を修正したことで、旧民進党勢力の再結集の可能性が生まれたが、実現には曲折が予想される。

 国民の小林正夫総務会長は総務会後の記者会見で「枝野氏が提案した、より強力な野党第一会派をつくり、政権交代へと向かいたいとの趣旨には賛同する」と語った。社保代表の野田佳彦元首相も総会後、記者団に「会派合流に向けたプロセスに入る」と明言した。

 衆院各会派の所属議員は立民七〇、国民三九、社保八で、三会派が合流すると計百十七議席になる。

https://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201908/images/PK2019081002100081_size0.jpg

 七月の参院選で立民は、改選議席九に対し、十七議席と増やしたが、知名度のある複数の候補が落選。国民は改選議席八に対し、六議席にとどまった。静岡選挙区(改選数二)では両党候補が争い、遺恨も残る。

 枝野氏はこれまで「統一会派や一つの党になるのは野合だ」と訴え、会派や党の合流に消極的だった。しかし、参院選で立民の結果が思わしくなかった一方、新興勢力ながら比例二議席を獲得したれいわ新選組が注目を集めたことも影響し、戦略を見直した。

 ただ、立民、国民両党の間には、合流の方向性に溝がある。枝野氏が求めたのは立民の衆院会派への国民の合流だが、国民は衆参両院で対等な立場で新会派をつくるべきだとの立場。国民の玉木雄一郎代表は九日、記者団に「当然、衆参が一緒だ」と強調した。

 また、枝野氏は会派合流の条件に、立民の憲法観や原発政策への理解を求める。

 しかし、国民は九日の総務会で「協議し、合意形成していく」とし、立民の政策をそのまま受け入れることに否定的な方針を確認した。支援を受ける産業別労働組合の中に、原発政策などで立民と開きがある組織があることに配慮せざるを得ないためだ。社保の野田氏も政策の一致よりも「会派の構成、運営の方が重要なポイント」と指摘する。

 れいわの山本太郎代表は七日の会見で「合流の打診はないが、政権交代に向けて必要ではないか」と指摘したものの、「今すぐという話ではない」と静観する姿勢を示した。 (大野暢子)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201908/CK2019081002000155.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/333.html

[政治・選挙・NHK264] 「表現の不自由展・その後」と、暗い時代のかすかな光(マガジン9) 
こちら編集部
「表現の不自由展・その後」と、暗い時代のかすかな光

2019年8月7日
By マガジン9編集部


 国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」で開催されていた企画展「表現の不自由展・その後」が中止されたというニュースに、大きな衝撃を受けています。

 主催者側には、抗議のメールや電話がいくつも届いており、中には抗議というよりも脅迫、テロ予告とも取れるものもあったとのこと。さらに、河村たかし・名古屋市長が同企画展の展示の一つ、元「従軍慰安婦」の女性たちを象徴する「平和の少女像」を問題視し、大村秀章・愛知県知事に像の撤去を求める申し入れをするなど、政治家による言及も目立ちました(芸術監督を務める津田大介氏は、中止決定に対する政治家による発言の影響を否定してはいますが)。

 当たり前のことですが、政治権力による表現の自由への介入は、絶対にあってはならないことです。直接的に「やめろ」と指示するのでなくても、こうした状況での政治家の発言がどのような「効果」をもたらすかは、かつてのNHK「番組改変」事件、そして一時期流行語のようになった「忖度」という言葉からも明らかではないでしょうか。

 さらに、河村市長は、少女像を「日本国民の心を踏みにじるもの」だと批判しましたが、そうは考えない「日本国民」も大勢いるはず(中止決定の前には、SNSで「#あいちトリエンナーレを支持します」というタグが急速に広がりました)。市長の発言は、そうした自分と考えの違う人たちを「非国民」だと述べたに等しい。大村知事が河村市長の行動を「憲法違反の疑いがある」として強く批判したことに、少しだけほっとさせられました。

 そして、もう一つ強い危機感を覚えたのは、河村市長をはじめ、政治家やテレビのコメンテーターから「慰安婦」問題の存在自体を否定するような発言が相次いだことです。松井一郎・大阪市長に至っては、「(少女像は)事実とあまりに懸け離れている」「あの像は強制連行され、拉致監禁されて性奴隷として扱われた慰安婦を象徴するもので、それは全くのデマだと思っている」と発言したことが伝えられました。

 これも言うまでもないけれど、意に反して戦場で「慰安婦」とされ、過酷な扱いを受けた女性たちが(韓国だけではなく)大勢いたこと、そこに旧日本軍の関与があったことは、歴代の日本政府も公式見解として認めている史実です。それを「デマ」扱いするような発言を、自治体の首長が堂々と、記者の質問に答えてできてしまうような「空気」がある──。そう感じて、怖くなりました。

 ふと、ここしばらく、少しずつ読み進めている本のことを思い出しました。作家・森まゆみさんが2年前に上梓した『暗い時代の人々』(亜紀書房)。帝国議会での演説でファシズムや軍国主義を批判した斎藤隆夫、生物学者から社会運動に転じ、代議士となって治安維持法改悪に反対した「山宣」こと山本宣治、労働運動などに奔走し、治安維持法による女性逮捕者一号となった久津見房子……大正末期から昭和のはじめ、日本全体が軍国主義へと向かう「暗い時代」に、「精神の自由」を掲げ、戦争にひた走る流れに異議を申し立てた9人の人々を描いた評伝集です。

 徐々に重苦しさを増していく社会の空気に、それぞれのやり方で抗おうとする人たち。読みながら、その強さやしなやかさに驚くとともに、「こんな時代に、それでも声を上げ続けた人たちがいた」という事実に、力づけられる思いがしました。

 著者の森さんはまえがきで〈戦前の日本で九人の人々が点した「ちらほらゆれる、かすかな光」〉を描きたかった、と書いています。もしかしたら今の時代も、将来世代から見れば「暗い時代」だった、と評されるのかもしれない。だからこそ、どんなにかすかであっても、「光」を点すこと、異議を唱え続けることを、やめてはいけない。改めて、そう感じています。

(西村リユ)

https://maga9.jp/190807-7/
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/335.html

[ペンネーム登録待ち板7] 投稿可能数UP申込み

私、肝話窮題が政治板に本日5個目の新規投稿をしようとしたところ、

「あなたの今日の投稿可能数を超えました アラシ対策でご不便おかけして申し訳ありません。名前登録待ち板で投稿可能数UP申込みをして頂きますようお願い致します。場合によっては投稿可能数をUPいたします。」

という表示が出て新規投稿を拒否されました。

つきましては、投稿可能数UPの申込みをさせて頂きますので、よろしくお取り計らいの程お願い致します。

ちなみに、投稿規定(http://www.asyura2.com/11/kanri20/msg/297.html)には「1人1板1日11個以上の投稿は禁止」と記されていますが、全板合算で1日20個までの投稿を認めて頂けましたら幸いです。もしそれが叶わなければ投稿規定並みの運用をお願い致します。

http://www.asyura2.com/13/nametoroku7/msg/831.html

[ペンネーム登録待ち板7] 投稿可能数UP申込み 肝話窮題
2. 肝話窮題[5] isyYYouHkeg 2019年8月10日 20:16:03 : KzsKwpDjm2 : NEZCVnVxTW5zNjY=[50]

大変恐縮に存じます。
ありがとうございました。
 
http://www.asyura2.com/13/nametoroku7/msg/831.html#c2
[政治・選挙・NHK264] 「衆参で統一会派を」国民が正式決定 立憲の対応が焦点(朝日新聞)
朝日新聞デジタル 2019年8月10日18時03分

https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20190810001555_commL.jpg
国民民主党の両院議員総会であいさつする同党の玉木雄一郎代表=2019年8月10日午前、東京・永田町の党本部

 国民民主党は10日の両院議員総会で、立憲民主党から提案された衆院での統一会派構想をめぐり、衆院だけでなく参院でも統一会派を求める方針を正式決定した。今後、立憲側に回答する。衆院だけの統一会派を求める立憲がどう対応するかに注目が集まる。

 総会で固めた回答案は「国民、生活者本位の政治を実現するために衆参両院で統一会派を結成する。統一会派結成に向けて政策的方向性、必要な事項について誠実に協議し、合意を形成する」とした。

 出席者から強い異論はなく、党執行部は総会後に開いた地方組織の幹部らを集めた会合で回答案を説明した。玉木雄一郎代表は会合後の記者会見で、立憲が提案する衆院のみの統一会派結成について「同じ法案でも衆院で賛成だが、参院で反対とかがあり得る。党の一体性としてどうか」と疑問を呈した。

 立憲の枝野幸男代表は5日、国民と衆院会派「社会保障を立て直す国民会議」(社保)に、立憲の「原発ゼロ」政策などへの理解・協力を条件として、衆院の立憲会派に加わる形での統一会派結成を提案。今月中旬までの回答を求めた。社民党にも打診したが、拒否されている。

 これに対し、国民の玉木代表は7日の記者会見で「会派名を含め協議の対象になる」と強調。政策などのすり合わせ協議をした上で統一会派を組むべきだとし、両者で考えの違いが出ている。

 社保は9日、国会内で会合を開き、統一会派構想の対応を協議し、大筋で応じる方針を確認。国民の動向をみながら、立憲に正式な回答をする見込みだ。

https://www.asahi.com/articles/ASM8B4D15M8BUTFK003.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/353.html

[政治・選挙・NHK264] なぜ日本ではいまも戦後が続くのか(マガジン9)
こちら編集部
なぜ日本ではいまも戦後が続くのか

2019年8月7日
By マガジン9編集部


 小熊英二さんの『私たちの国で起きていること 朝日新聞時評集』(朝日新書)が出版されたのは4月末。2011〜2016年にかけて朝日新聞に連載された時評集は、第二次安倍政権以降に見られる様々な現象を事実と統計に基づきながら批評しつつ、来るべき社会のための提言も積極的に行っています。

 取り上げられるテーマは報道の自由、原発、デフレ、自然災害、選挙など多岐にわたりますが、ここでは「戦後」と「改憲」をとりあげたいと思います。2015年8月26日に掲載された「『戦後』とは何なのか」で著者はこう書いています。

 「私の意見では、日本の『戦後』とは、単なる時期区分ではない。それは『建国』を指す言葉である。
 日本国は、大日本帝国が滅亡したあと、『戦後』に建国された国である。もちろん、日本国の構成員が、一夜にして変わったわけでない。しかしそれは、1789年にフランス共和国が建国され、1776年にアメリカ合衆国が建国されたのと同様に、『戦後』に建国された国である」

 小熊さんがここで指摘するとおり、普通、「戦後」という時代の長さはせいぜい10年でしょう。20世紀以降、多くの戦争をしてきた米国にいたっては、どの時期を「戦後」といっていいのかわからないほど。一方、日本は70年を過ぎたいまも「戦後」が続いています。今年も全国高校野球大会が始まりました。毎年8月15日に甲子園に鳴り響くサイレンとともに選手も監督も観客もみんなが黙祷する光景は私たちのなかにすっかり定着しています。

 あの戦争によって大日本帝国は崩れ落ちました。その上で生まれたのが日本国憲法です。

 私たちの憲法は他国に比べても短い。単語数でいうと、「インド憲法の29分の1、ドイツ基本法の5分の1に満たず、世界平均の4分の1以下」(「日本国憲法 改憲されずにきた訳は」)だそうです。日本国憲法は理念(国民主権、基本的人権の尊重、平和主義)に重点が置かれており、選挙制度や地方自治、会計検査院の権限など統治機構、財産権や労働条件、参政権資格など人権に関すること、また教育を受ける権利や納税の義務の詳細は、法律で決めると条文が定めているのです。

 日本国憲法を変えるべきと主張する論者は、他国の憲法改定の回数を例に挙げますが、改定の内容のほとんどは、日本国憲法が「法律で決める」としているものであり、フランスが自由・平等・博愛の精神を変えるとか、米国が人民主権、連邦主義、三権分立を見直すといったことではありません。それが政府主導で行われようものなら、国を挙げての大議論になるでしょう。

 しかるに安倍政権が目指す改憲――対象は、天皇を「主権の存する国民」の統合の象徴と位置付けた第1条や、「戦力」放棄をうたった第9条など――は、国是を変える類のものです。つまりは70年以上続いてきた日本の建国理念を変えるに等しい。しかも、世論調査では改憲に関心のあるのは有権者の3%に過ぎない現状で、それを強行するのはクーデタに近いと思います。

 たとえば、9条3項に自衛隊の存在を明記するだけで何も変わらないと安倍首相は言いますが、それなら変える必要がないわけで、いったい彼は何を目指しているのでしょうか。

 従軍慰安婦問題は安倍首相が野党時代からこだわってきたテーマであり、いみじくも「あいちトリエンナーレ」の一環として開催された「表現の不自由展・その後」において展示された、慰安婦を象徴する「少女像」を、名古屋市長が日本の国民の心を傷つけたとして展示の中止を求め、さらには匿名の脅迫が相次いだことで中止に追い込まれました。

 政府も本来であれば、「ガソリンを撒く」などという脅迫には断固たる非難声明を出すべきところ、菅官房長官は主催者側に批判的です。

 小熊さんは「『誤解』を解く 『枢軸国日本』と一線を」のなかでこう書いています。

 「(中略)国際社会の視点からは、『慰安婦問題』での『誤解』の解消にこだわる日本側の姿勢は奇妙に映る。それによって『枢軸国日本の名誉回復』に努めても、『日本国』も国際的立場の向上とは無関係だからだ」

 そこが自らの過去から目をそらさなかった戦後ドイツとの違いなのではないでしょうか。安倍首相は日頃から共通の価値観をもつ日米同盟の重要性をうたいますが、安倍首相の望む憲法改定がなされたとき、はたして米国と価値観を共有できるのか。むしろ中国のそれに近くなるのではないか、と私は思うのです。

 「枢軸国日本の名誉回復」は「戦後の日本」への批判とセットです。現憲法が押し付けられたものだから改憲しようという声がありますが、それに対しては著者は憲法学者の木村草太さんの言葉を紹介します。

 「『押しつけだから気に入らない』というのでは、『いまの日本国憲法に内容的問題はない』と自白しているようなもの」

 現政権を突き動かすのもは「アンチ」ではないでしょうか。国内外を問わず、政権批判する人、過去の歴史を批判的に継承しようとする人に「反日」とレッテルを貼る風潮も後押ししている。

 「われわれは〇〇な社会を目指す」というビジョンに欠けているのです。だから国民の団結を図ろうとするときに仮想敵をつくる。しかし、何かと敵対する、誰かを差別する、蔑視することで強められた団結心がいざというときにいかに脆いものかというのも私たちは先の戦争で思い知らされました。

 建国74年目の夏。今年も暑い終戦記念日を迎えそうです。

(助田好人)

https://maga9.jp/190807-6/
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/354.html

[政治・選挙・NHK264] 山本太郎語るれいわの今後「ポピュリスト上等」「100人の“当事者”でシンクタンクのような党に」(ビジネスインサイダー ジャパン)
竹下 郁子  Business Insider Japan記者
2019年8月7日

  「放送禁止物体」から一転、連日メディアに取り上げられ、「ポピュリスト」
  と呼ばれているのが、れいわ新選組の山本太郎代表だ。山本氏は参院選・
  比例区の候補者として最多の99万票を獲得するも、重度障害者の2人を
  優先的に当選させる「特定枠」に指定し、自らは落選した。ネットにあふれ
  るバッシング、4億円の寄付の使い途、野党共闘、衆院選に向けて話を聞
  いた。


■事前の調査でも200万票予測

https://assets.media-platform.com/bi/dist/images/2019/08/05/_IMA2083-w1280.jpg
旗揚げから3カ月余りで2人の議員を国会に送った「れいわ新選組」。山本太郎代表に今の思いを聞いた。 撮影:今村拓馬

BI:選挙が終わって、少し休めましたか(取材は7月31日)。

山本:全く休めてません。逆に言ったら現役議員のときよりも忙しいですね。落選して4日以内に議員会館事務所を、1週間以内に宿舎を撤収しないといけないので引っ越し作業に追われてました。引っ越しの日は決まっているのにどこに運ぶかは決まっていないという酷い状況で、今も住まいは決まっていません(笑)。それに加えて、選挙事務所からの撤収も迫っています。

あとは、ちょっとした根回し的なことですね。これが時間が掛かる。当選した2人が議員活動できるよう合理的配慮をしてくださいという、ペーパーづくりとか連絡とか。事務所がないので、昔の同僚の森裕子さんとかにお願いして参院議員会館の会議室を借りてもらって、そういうことをやっていました。世の中で何が起こっているかもほとんど追えないままです。

あとは党の体制作りや選挙後の処理関係など……夏の終わりまで掛かりそうです。

BI:かつての同僚というと、森裕子参院議員や小沢一郎衆院議員は今回の選挙結果についてどんな反応でしたか。

山本:まだちゃんと話せてないですね。

https://assets.media-platform.com/bi/dist/images/2019/08/05/RTX71RZ7-w1280.jpg
議場に入る、れいわ新選組の木村英子(左)、舩後(ふなご)靖彦(左)議員。 Reuters/Kim Kyung Hoon

BI:山本さん自身は、今回の選挙結果をどう受け止めていますか。

山本:山本太郎としては負けました、けれどもれいわ新選組としては躍進させていただいたというのが一番わかりやすい受け止めだと思うんですね。衆議院を狙ってわざと落ちたんだみたいな話もありますけど、全く違います。私は受かるつもりでいたので。だってややこしいじゃないですか、落ちた方が。引っ越しとかやらないといけないことも増えるし(笑)。

落選したのは投票率の低さも関係したかもしれないですね。(※投票率は48.80%で、衆院選を含め全国規模の国政選挙としては戦後2番目の低さだった)

民間企業に依頼して、2月と6月に「もしも山本が新党を立ち上げて山本が比例に回ったら投票するか」という調査をしてたんです。結果は山本太郎という名前で恐らく200万票はいくんじゃないかと。200万票は今の時点で確実なんだから、まずは特定枠を重度障害者の2人に譲って、そこからは運動量でさらに2人3人と新たに送れるかどうかという考えだった。ふたを開けてみたら2人だけでしたね。結局は調査結果と同じでした。(※れいわ新選組は228万票を獲得した)

BI:その調査結果で特定枠に自分以外の2人を据えるというのは、なかなかできない決断だと思うのですが。

山本:いやーでも、なんだろうな。恐らく手持ちのお金はこれだけあるから、これはあなたにあげて、新たに稼ぎますからという感じですね。そんな大したことはしてないですよ。

■意外?東京では世田谷・目黒の投票率が高い

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選挙活動期間中、れいわ新選組の街頭演説にはいつも寄付をする人の列ができていた。数百円を寄付していく若いスーツ姿の男性も。 撮影:竹下郁子

BI:4億円を超える寄付も大きな話題になりました。約3万3000人からとのことでしたが、全て個人献金ですか。

山本:そうですね。企業からの寄付を断るつもりはないです。いただけるものはいただくんですけど(笑)。政党への寄付の上限は2000万円までなんですけど、選挙時のれいわ新選組のような政治団体は150万円まで。上限いっぱいまで入れてくださった方もいらっしゃいます。150万、50万、30万、10万という方も。でも圧倒的に数が多いのは小口ですね。4億円分のお金をいただいたというか、4億円分の悲鳴だと思っています。なんとかしてくれっていう。

BI:投票された方、支持者の方はどういう方が多かったと分析していますか。

山本:いま首が締まっている、生活に苦しんでいる方たちがいらっしゃる一方で、生活はそれなりに安定しているけれども、政治がこのままじゃまずいから風穴を開けてくれそうなグループに託してみたい、という人たちもいらっしゃると思います。

東京都内の投票の分布では、世田谷とか目黒とかどちらかというとアッパー層ですよね、そういった区の投票率が高かったと聞いています。実はこれは2013年に私が東京選挙区から出たときの分布、得票が高かったところと大きく違いはなさそうなんですよね。

■狙うのは無党派、消費税5%減税できる野党と共闘したい

https://assets.media-platform.com/bi/dist/images/2019/08/05/_IMA2013-w1280.jpg 山本太郎 撮影:今村拓馬

BI:無党派層でれいわ新選組に投票した人も多かったです。今後の狙いはこうした無党派層や与党支持者の取り込みですか。

山本:そうですね。より無党派層が増えたと思いますから、今回。半分は空いてるんだったら、そこ狙いにいくだろうと。よく野党側から削ったと言われるんですけど、そもそもその削ったと言われる人たちが今回投票に行ったかどうか、分からないですよね。

BI:野党共闘がギスギスしているようにも見えてしまいますが、今後はどうしていくつもりですか。

山本:れいわ新選組が目指しているのは政権交代です。私たち単独ですぐに政権を取るのは容易ではないので、まず政権交代を目指すためにも野党と手をつなぐ、協力していく必要があると考えています。

BI:次の衆院選の争点は「消費税」、野党共闘の条件は「5%減税」と直近のインタビューでおっしゃってました。それは変わりないですか。それで野党共闘できそうですか。

山本:そうですね。例えば立憲主義に基づいた政治をって、申し訳ないんですけど興味のある人にしか響かないんですよ。そのスローガンとか合言葉みたいな話は、おっしゃる通りなんですけどね。やっぱり目の前の生活が一番重要なので。みんなが自分ごととして捉えられるテーマというのは、毎日払っている消費税が入り口としては広いだろうと思いますね。5%減税に納得できないんだったら、できるところとやるしかないなという話です。

「消費税増税」と「凍結」、「減税」と「廃止」がそれぞれ同じグループ。「凍結」と「減税」ではベクトルが全く違う。「減税が必要ない」という判断は、あまりにも現実を見てなさすぎるんじゃないかということです。人々の生活の地盤沈下、20年以上続いたデフレへの処方箋として、あまりにも間違った選択じゃないかと思います。

■広がる世代間格差への懸念は、資産状況を把握してからでも

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党のHPには「ロスジェネを含む、 全ての人々の暮らしを底上げします」の文字が踊る。 撮影:竹下郁子

BI:れいわ新選組は将来的に消費税の廃止を政策に掲げています。若者からすると、たとえ所得税の累進性が強化されても、リタイアして所得税を引かれることもなくお金を貯めている高齢者が得をするのではないか、世代間格差が広がるのではないかという思いもあります。

山本:それは消費税を増税したい人たちのロジックの1つですね。現役世代以外からも取れる税の1つが消費税なんだぞと。所得税は現役世代からしか取れないじゃないですかと。

自分が死ぬまでは安泰で孫にもいっぱい残してあげるね、みたいな高齢者の方々から税を取る方法は、財政状況を細かく把握できる状況を担保してから検討すればいいと思うんですよね、私は。

それぞれがどういう資産状況にあるのか国が本気になれば調べられる。マイナンバーもあるわけですし。

消費税廃止に関して、財源はどうするんだと言ってくる人がいますが、それは消費税の導入前に戻ればいいんじゃないかと。お金が無いところから取らず、あるところから取る。所得税の累進性を強化したり、分離課税をやめる。法人税は累進制を導入したり。儲かってるときには税率も高くなるけど、儲かってないときには低くなるんだよってことです。税制に景気安定装置を埋め込むって話です。このような税制改革で29兆円の財源が担保されるという試算もあります。

これによって一番救われるのは誰か? 中小企業です。中小零細が息を吹き返す。消費税廃止と税制改革が日本経済復活の道です。

消費税を廃止する際の財源として、私は新規国債の発行も提案したいと考えます。

■異端の経済理論「MMT」の実験は半分できている?

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8月1日には選挙後初の街頭記者会見を開いた。集まった市民からのぶっつけ本番のガチ質問に山本代表が答えるのが、定番スタイルだ。 撮影:竹下郁子

BI:話題の「MMT(現代貨幣理論)」ですか。

山本:日本はMMTの実験がすでにできていると言う人もいますけど、それは半分合ってて半分合ってないと思います。大量の国債発行でも金利は高騰しないことが実証されているのが日本です。政府は借金が増え過ぎれば国が破綻する可能性もあると言いますけど、本当にやばい状況だったら金利が上がるはず。普通、お金を貸すときに返済が見込めなかったり収入の不安定な人からは金利を高く取りますよね、闇金とか街金とか。だけど日本はこの30年は金利は下がりっぱなしなんですよ。マイナスなんですね。どうやって破綻するんですかっていう話なんです。

どの国も借金をして投資しているし、だからどの国も成長してゆるやかなインフレになっている。けど日本はそうじゃない。20年瀕死の状態。デフレのときには政府が借金して人々に大胆な支出をして、景気を軌道に乗せることが必要だということなんですね。これ政府の借金と言われるけど、政府が借金することで民間の貯蓄は増えるんですよ。例えば政府が20兆円借金して、その20兆円を社会保障に投資する。誰かの借金は誰かの資産、という常識の話。それを財務省は意図的なミスリードで、1人1人の借金だとすり込んでる。そこらへんのからくりを全員でシェアしたときに、前に進んでいくんだろうと。

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山本太郎 撮影:今村拓馬

ただ、いくらでも金を刷っていいというわけじゃないんです。リミットはあります。インフレをちゃんと制御しなきゃいけないというルールつきですね。景気のいいときには税を分配しながら、景気が悪いときには国がお金を刷って、極力、好況・不況の波を大きくしないようにする。こうしたコントロールができるのは国だけなんですよ。

それをしてこなかった、というか失敗続きだったから今みんなが苦しい状況にある。こんな状況にした政治家は誰も腹切ってないですからね。

BI:消費税廃止以外にも奨学金をチャラにする「奨学金徳政令」や安い家賃で住める公的住宅の拡充など、若者に刺さる経済政策も多かったと思います。立命館大学経済学部の松尾匡教授とはこれまでも勉強会などを重ねてこられたようですが、今回もブレーンとしてアドバイスなどあったんですか。

山本:政策をつくる上で直接相談したわけじゃないですけど、ずっと何年か話し合ってきた中で出たものをいくつか入れてるってことです。

BI:政策以外でも、選挙のやり方などでアドバイスをもらった政治家はいるんですか。

山本:いろいろ教えてくださる方はいらっしゃいますよ。「まずは東京から自分が出て勝つことを担保しろ」とか。でも私の今回の戦い方は永田町のやり方とは違うので。アドバイスが当てはまらなかったかなと。

■れいわ議員当選で広く知れ渡った、障害者雇用の落とし穴

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木村、舩後両氏の初登院日、見送りに駆け付けた市民と取材のマスコミで国会前は人だかりが。 撮影:竹下郁子

  今回特に注目されたのが、「特定枠」の使い方だ。政治学者の水島治郎さん
  は、「もともと特定枠は自民党が合区対策で比例区に回る候補者を救済する
  ため、党利党略でつくった制度です。それを逆手にとったのは見事としか
  言いようがない」(朝日新聞8月2日)と述べている。

  その特定枠でれいわ新選組から初当選したのが、木村英子氏、舩後(ふな
  ご)靖彦氏だ。2人は重度の身体障害者。本会議場の議席を改修したり、
  介助者が同行できるようにしたりと、参議院では急ピッチのバリアフリー
  化が進んだ。

  一方で、解決していない問題もある。両氏は長時間ヘルパーを派遣して
  もらえる国の制度「重度訪問介護」を利用しているが、通勤や就労時には
  その利用が認められていない。「重度訪問介護」は利用者の自己負担の上限
  は1割で、それ以外を公費で賄っている。厚労省は利用の対象外となっ
  ている就労時は、必要な措置を職場が判断して負担するよう運用で定め
  ており、両氏についても当面は参議院などが負担することになった。

  しかし、れいわ新選組はこの運用自体を見直し、職場ではなく公費で負
  担するよう求めている。

https://assets.media-platform.com/bi/dist/images/2019/08/07/P1070116-min-w1280.JPG国会前には車いすの人、ヘルプマークをつけた人も複数見かけた。2人の当選に勇気づけられたという声も(写真は2人の初登院日)。 撮影:竹下郁子

山本:24時間介助・介護が必要な人たちが、通学や通勤、就労では公的サービスを受けられない。これって障害者は社会に出るなということですよね。一応、仕事中に介護者やヘルパーをつけられる補助金も用意されていますが、4分の1の負担は事業者なんです。その負担ができない企業は雇用しないですよね。障害者の社会進出を阻むようなハードルをいくつも設けてるのがこの国ということです。

日本は「障害者権利条約」を批准しています。ザックリいうと、働く上で健常者が掛からないコストを障害者が負担するのはNGって趣旨の条文もある。日本はパラリンピックのホスト国でもあります。加えて今回、重度の障害者が2人も国会議員になった。大きく前進させるため、変わるためのきっかけを有権者のみなさんにいただいたと私は思ってます。

できれば彼らが登院するまでに制度の運用を変更するところまで、国会には踏み込んで欲しかった。結局スロープをつけたり国会のハード面は整えられたけれど、障害者目線での合理的配慮には達しなかったですね。コストを増やしたくない厚生労働省が参議院と押し付け合いをした結果ということですね。

これまでの制度の不備が、2人が入ることによってあぶり出されたということだと思います。

■生活苦からバッシングしている人もいるのでは

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同じく2人の初登院日。花束を持って駆け付けた人も。「行ってらっしゃい」「頑張って」、祈るような声援が響いた。 撮影:竹下郁子

BI:2人については「障害者に国会議員が務まるのか」「山本太郎に利用されているだけ」「バリアフリー化に必要な費用は党が負担すべき」「税金の無駄遣い」「(参議院が負担するなど)議員にだけ特例を認めるのはおかしい」という趣旨の批判や中傷が政治家やSNSなどでの一般人の投稿にも数多く見られます。

山本:昭和のおっさんメンタリティからアップデートできていない人たちが露わになったと思っています。もう時代は大きく動いてるし、世界を見てくださいと。というか世界から見られていることを意識していますか?と。

恐らくこれだけバッシングが起きるのは、1人1人の生活が厳しい状況に置かれているからだと思うんです。自分自身でさえも生きるのが精一杯だという人たち。厚労省の国民生活基礎調査では生活が苦しいという世帯は57.7%。シングルマザーでは8割を超える。子どもの約7人に1人、高齢者の5人に1人が貧困で、1人暮らしの女性20歳から64歳までは3人に1人が貧困。

ここまでの状況に陥っていなくとも、やっと今月乗り切ったって生活をされてる方々も多い中で、国会議員として沢山の給料もらってんだから、介助者が必要なら自費で出せばいいだろと、背景や経緯、それによる影響を全くわからずに結びつけてしまう人がいても不思議ではありません。

■誰一人切り捨てられない社会へ

https://assets.media-platform.com/bi/dist/images/2019/08/07/P1060980-min-w1280.JPG 撮影:竹下郁子

山本:もちろん今回批判した政治家の中には、お金は持ってるけど、心が貧困という側面もあるでしょう。俺は自分の力でのし上がってきた、障害者であろうが、国に甘えず努力しろ的な。昭和を通り越して、石器時代みたいな弱肉強食論です。

どのようなハンデを追っていても、スタートラインをフラットにする努力が行われるのが、本当の先進国ではないかと。そのような整備が進まない国や社会によって、社会的弱者が生み出されている、と思うんです。

障害は誰しもが負う可能性があります。いま勝ち続けている人も1時間後は、明日は分からない。そのときにあなたはどういったサービスが受けられる状況がいいですか? と。その希望を政治で受け入れられる状況にしていくことが重要なんです。重度障害者が人間の尊厳を失わずに暮らせる社会は、誰一人切り捨てられない社会だ、ということです。

■「ポピュリスト上等です」

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山本太郎 撮影:今村拓馬

BI:選挙後の報道やSNSではれいわや山本さんを指して「ポピュリズム」「ポピュリスト」という言葉がよく使われます。既得権益層から大衆の利益を守るという意味でポジティブに使っている人、短期的な政策で大衆を煽っているとネガティブに使っている人などさまざまですが、どのように受け止めていますか。

山本: 先ほどあげた国民生活基礎調査からも分かるような、生活苦。 この状況を救いたい、この状況を救うために旗をあげてこれから変えて行くんだという気概を持ったものをポピュリズム・ポピュリストというんだったら、私はポピュリズムであり、ポピュリストというしかないですね。上等です。

この国の将来を考えたときに、(新規国債の発行などをしてしまうと)さらなる負の遺産がという話もありますけど、一体何の話してるんだってことです。今この状況を放置すること、借金がどうしたとかいう話でこの人たちを救わない選択をした方が、悲惨な社会を後世に引き継ぐことになる。それこそ間違いなく負の遺産になると私は思います。

「また借金するのか」みたいな声が聞こえてきますが、じゃあそれをしないで人々がさらに倒れていくような将来を、座して死を待つというような将来を人々に与えるのかということですよ。

BI:確かに、生活は「待った無し」という人も多い。

山本:2議席とって政党要件を満たしたからと言って、全身で喜びを表現できないです。はっきり言って、全然足りない。当然、政治は数なんですね。自分たちの政策を実現するためには、数にこだわる動きをしていかないといけない。でも数ではないところで動かせることもあるんだというのが、当選した2人を見て感じた部分ですね。

■衆院選には100人の候補、10億円

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選挙後初の街頭記者会見。人波は演説ステージ目の前にあるデパートの中にも溢れていた。 撮影:竹下郁子

BI:数といえば、次の衆院選では100人くらいの候補を立てるとおっしゃってますね。

山本:政権を目指すからには100人規模で擁立しないとダメだと思ってます。ただ、恐らく今のままじゃ選挙には臨めない。寄付でいただいた4億円のお金から、残ったのはたぶん9000万円くらい。候補を100人立てるとしたら最低でも10億円以上は必要なんですよ。供託金、入場料だけで普通に重複立候補も含めて考えたら6億円いるんですね。

候補を100人立てて衆議院の全国選挙をやると考えた場合に、党のスタッフも10人じゃ足りないくらいなんですけど、それでどのくらい持つだろうと。人件費だけで年間1億円はみなきゃいけない。政党助成金は入ってきますけど、その額では全然足りないんですね。

10億円以上集めようと思ったら、皆さんからの寄付という話になる。それが集まらなかった場合には、それなりの数でやらないといけない。その場合は臨機応変に、数ではないところで政治を変えることを追求していくしかないと思ってます。

■当事者がいるだけで党はシンクタンクになる

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演説エリアに入りきらない人のため、スタッフが少し離れた場所からパソコンでネット中継を見せていた(8月1日の街頭記者会見にて)。 撮影:竹下郁子

  8月1日、れいわ新選組が東京都・新宿区で行った街頭記者会見には、選挙
  期間中をはるかに超える人波ができていた。中には自身も「立候補したい」と
  いう人も。入党資格をたずねる質問には「れいわ新選組は国会議員と国会議員
  の候補者で構成」すること、また地方議員については、「無所属の方に推薦を
  出すことはある」が、党として地方議員を選出するつもりはないことなどを
  山本代表が説明した。

BI:れいわ新選組をきっかけに初めて政治献金した人、初めて政治に興味を持ったという人の声を多く聞きました。その中には将来は政治家に……という人もいるかもしれない。100人擁立するとしたら、どういう人に候補になって欲しいですか。

山本:一般公募もしようと思っています。重要なのは何かしらの当事者であること。

衆議院は参議院とは戦い方が全然違うんです。今回、参議院は1人区が32ありましたよね。1議席を争う戦いなので、野党は共闘した。衆議院は1人区が289カ所できるんです、小選挙区ですね。もともと地元で熱心に活動をしていて支持が集められる人、もしくは知名度がある人じゃないとなかなかこの1人区は勝てない。

その中でどんな戦い方をしていくか、よく考えなきゃならないでしょうね。でもやっぱりこだわりたいのは、当事者であること。

当事者や当事者と関わってきた人は、その分野のスペシャリスト。そういう人たちがいっぱいいる党って、それだけでもうシンクタンクになりますよね。あとは捨て身の人ですね(笑)。当事者であり、捨て身の人。

BI:捨て身というのは戦う覚悟ということですか。

山本:そうですね。保身に走らない人。

■イチバン話題になる選挙区から立候補を

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山本太郎 撮影:今村拓馬

BI:衆院選、山本さん自身はどの選挙区からという展望はありますか。

山本:難しいですねぇ。まぁ一番話題になるところから立たないと意味ないだろうなと思ってます。とにかく自分というカードを最大化できる方法を選びます。この先、政治の状況も変わっていくかもしれないので、そこで判断します。ただ次に落ちたらシャレにならないので(笑)。

BI:小泉進次郎議員の神奈川11区から出たら面白いという見方もあるようですが。

山本:たぶん面白くなるでしょうね。ただそこで重複で立候補してなかったら、落ちちゃう可能性もあるでしょうね。親の代からやってきた強固な地盤ですから。そこは甘く見れないですよ。

BI:SNSでは、衆院選に向けて寄付のお金を貯めておこうという呼びかけもあります。今回の4億円の寄付の裏側を疑うような投稿に呼応して、「#れいわ新選組のバックは私」「#私も黒幕の1人です」などのハッシュタグで寄付したことを打ち明ける人も。

山本:ありがたいですね。すごいな、それ。今回の寄付だけでも大変だったはずなのに……。もしも官邸が野党側を潰したいんだったら、選挙期間を早めるはずですね。お金も立候補者も整えるのは時間がかかりますから。いつやるかは、向こうにしか決められないので、いつでもやれる準備を進めます。

9月くらいから冬の前くらいまで、全国を回って緩やかにみんなとつながるアクションを、しつこくねっとりやったろうかなと思ってます。多分それが一番いやだと思うんですよ、向こう側は。


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「私は山本太郎に発掘されたノンポリ」 自民党議員一家で育った25歳女子が「れいわ新選組」を推す理由
http://www.asyura2.com/19/senkyo263/msg/347.html

(聞き手・構成、竹下郁子)

https://www.businessinsider.jp/post-195851
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/356.html

[政治・選挙・NHK264] 「表現の不自由展」中止、海外メディアはどう報じたか。表現の自由問題と最悪の日韓関係(ビジネスインサイダー ジャパン)
津山恵子 [ジャーナリスト]
Aug. 08, 2019, 05:15 AM


愛知県で開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」で、慰安婦を象徴した「平和の少女像」などを展示していた「表現の不自由展・その後」が中止となった問題を巡り、「表現の自由」をめぐる論争が起きている。

https://assets.media-platform.com/bi/dist/images/2019/08/07/Artist_VA-01.jpg
表現の不自由展ロゴ 出典:「あいちトリエンナーレ2019」HP より
その展示内容に抗議が殺到したことから中止に追い込まれた「表現の不自由展・その後」。「脅迫で中止」という前例をつくった、という非難も。

実行委員会会長を務める大村秀章・愛知県知事は中止の理由を、「テロや脅迫ともとれる抗議があり、安全な運営が危ぶまれる状況だ」と述べたが、「テロに屈した前例をつくった」「日本国憲法で保証された『表現の自由』への弾圧」と反発を呼んでいる。

さらに政治家として公金を投入するにふさわしくないとこの展示に反対した河村たかし・名古屋市長と大村知事が、「表現の自由」と「憲法違反」を巡って応酬するなど議論は続いている。

■「テロの恐怖を利用した」と批判

この問題を海外メディアをどう報じているのだろうか。

米紙ニューヨーク・タイムズは8月5日(米東部時間)の記事「展示会、表現の自由を讃え、黙らされる」で、こう断じた。

   「それ(展示会)は、表現の自由を祝福するべきものだった。しかし、
   表現の自由は中止された(=潰された)」

さらに、

   「(展示会中止に)批判的な人々は、愛知県の主催者が政治的圧力に
   屈したがために、テロの恐怖を利用したとしている」

と踏み込んだ。

■「政府はテロに屈しないと強調しているのに」

オーストラリア国立大学のテッサ・モリス・スズキ名誉教授は、ニューヨーク・タイムズのメールでの取材に応じ、こう述べている。

   「日本政府は、別の機会をとらえては、暴力やテロの脅威には屈しない
   と繰り返し強調している。政府が、同様の脅迫があったとして、(例えば)
   主なスポーツイベントを中止するとは想像できない。過激派からの脅迫が、
   なぜこんなに素早く行政側の降伏につながったのか」

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芸術監督を務めるジャーナリストの津田大介さん。 撮影:竹下郁子

今回トリエンナーレの芸術監督であるジャーナリスト、津田大介氏が、「最近の状況は、表現の自由が蝕まれているというのを証明するものだ」としたのも引用した。

同様に、ライターの畠山理仁氏のツイートhttps://twitter.com/hatakezo/status/1157637475088494598も紹介している。

   「『日韓関係が緊張している時にやらなくても』という意見を目にした。
   その緊張関係を作ったのは政治であり、責任を負うべきも政治だ。
   芸術が政治の尻拭いをする必要は全くない。政治家の仕事は展示
   中止要請ではない。緊張緩和と表現の自由を守るために動くことだ」

■「日韓関係はここ数十年で最悪」

しかし、「表現の自由の制限」や「政治介入」を懸念する独自記事を掲載したのは、主要欧米メディアではニューヨーク・タイムズぐらいだ。

展示会中止を真っ先に報じたのは、ロイター通信やAFP通信だが、それらは比較的短い記事で、掲載した新聞もニューヨーク・タイムズをはじめ数紙にとどまった。

そしてロイターもAFPも日韓の貿易摩擦と慰安婦をめぐる日韓の論争を背景として取り上げ、日本国内でもっとも懸念される「表現の自由」の危機には触れていない。

ロイターによると、日韓関係は、

   「アメリカの同盟国である両国の間で貿易摩擦が外交関係を悪化させ
   ており、ここ数十年で最悪の関係にあるとされている」

と、貿易摩擦の緊張の中で起きたという位置付けだ。AFP通信も同様の表現を使っている。

また、ロイターは慰安婦(comfort woman)という言葉は、「多くの韓国人にとって、第2次大戦中の慰安所で強制的に働かされた人々を表す婉曲的な表現だ」としている。

(文・津山恵子)

https://www.businessinsider.jp/post-196071
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/362.html

[政治・選挙・NHK264] 続・「表現の不自由展・その後」中止問題を巡る各紙社説(8月7日付以降全国紙、及び一部地方紙)

(其の壱)
「不自由展」中止 社会の自由への脅迫だ

 脅されたのは社会の自由だ。国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展が中止に追い込まれた。脅迫文が届くなどしたためで、まさに「表現の不自由」を象徴する恐ろしい事態である。

 あいちトリエンナーレは、愛知県などでつくる実行委員会が三年に一度開いている。四回目の今回は県美術館(名古屋市)などを舞台に、今月一日に始まった。

 問題となったのは企画展「表現の不自由展・その後」。過去に国内の美術館などで展示を拒否された芸術作品を集め、経緯を伝える解説とともに展示した。

 だが、旧日本軍の慰安婦を象徴する少女像など展示の内容が報じられると、抗議の電話やメールが相次いだ。「ガソリンの携行缶を持ってお邪魔する」という脅迫文さえ届き、三日で中止となった。

 参加した芸術家から「作品を見る機会を人々から奪う」などとして、中止を批判する声があるのはもっともだ。だが、スタッフや来場者の安全を考えた上での苦渋の決断だったろう。この上は速やかで徹底的な捜査を求めたい。

 芸術監督のジャーナリスト・津田大介さんは「表現の自由が後退する事例をつくってしまった」と悔やむ。しかしこの国の表現の自由を巡る現状や「意に沿わない意見や活動は圧殺する」という風潮を白日の下にさらしただけでも、開催の意義はあったといえよう。

 河村たかし名古屋市長は「日本国民の心を踏みにじる」として少女像などの撤去を要請。菅義偉官房長官も、国の補助金交付について慎重に検討する考えを示した。これは、日本ペンクラブが声明で「憲法が禁じる『検閲』にもつながる」と厳しく批判したように、明らかな政治による圧力だ。

 政治や行政のトップは多様な意見や表現を尊び、暴力的行為を戒める立場にある。美術家の活動よりもテロ予告をこそ強く非難するべきだろう。

 国の内外を問わず、政治家による排他的な発言が「お墨付き」となり、ヘイト犯罪など昨今の極端な言動の下地になっているとすれば、憂慮すべき事態だ。

 現代のアートは、単に花鳥風月をめでるものではない。世界に存在する対立や危機、圧政や苦難を見る者の反発も覚悟で広く伝え、対話や解決の糸口を生んでいる。

 それを理解せずに「美術展を政治プロパガンダの場にするな」などと非難しても筋違いだろう。芸術家や美術館の関係者は、決して萎縮してはならない。

中日新聞/東京新聞 2019年8月7日
https://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2019080702000121.html
https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2019080702000174.html

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(其の弐)
少女像展示中止 「表現の自由」は守らねば

 気にくわない行事や言論は、脅迫で封じることができる。そんなゆがんだ考えを社会に広げるわけにはいかない。

 愛知県で開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」で、元従軍慰安婦を象徴した少女像などを展示した企画「表現の不自由展・その後」が開幕3日で中止に追い込まれた。

 少女像の展示に対し、抗議のメールや電話が実行委員会事務局などに殺到した。「ガソリン携行缶を持っていく」など、京都アニメーション放火殺人事件を連想させる脅迫もあり、実行委は「安全な運営」ができないと判断したという。表現の自由を揺るがす深刻な事態である。

 従軍慰安婦問題は、2015年の日韓合意により政府レベルで決着を見た。しかし、政権交代後の韓国政府は合意内容は不十分との見解に転じ、対立の火種としてくすぶり続ける。そうした中での少女像展示だった。

 展示には賛否両論ある。像や企画への評価とは別に、悪化した日韓関係をさらに冷え込ませると懸念する人もいよう。多様な意見があってよい。だが、テロや殺害をほのめかす脅迫が許されないのは当然だ。威力業務妨害容疑で被害届が出ており、警察は摘発に動いた。

 芸術祭は公共の文化施設を会場に使い、公費を投じて開かれている。だからといって、政治や行政が展示構成や出品作の是非にまで介入すべきではない。

 実行委の会長代行である河村たかし名古屋市長は「(少女像は)日本人の心を踏みにじるものだ」として、展示の中止を求めた。文化庁の補助事業であることを踏まえ、菅義偉官房長官は記者会見で、補助金交付を慎重に判断する考えを示した。

 憲法21条が禁じる検閲につながりかねない、危うい言動と言うほかない。実行委会長を務める大村秀章愛知県知事も、公権力こそ表現の自由を保障すべきだとして介入の動きを「憲法違反の疑いが濃厚」と批判した。

 企画展の狙いは、美術館などで展示不許可となった作品の鑑賞を通じ、表現の自由を巡る議論を促すことだった。反発が予想されたが実行委は「議論を起こすことに意義がある」と開催に踏み切った。趣旨と決断は是とするが脅迫に屈した「悪(あ)しき前例」となった事実は重い。こうした事態を想定した警察との事前打ち合わせや、展示意図を丁寧に伝える姿勢は十分だったか。実行委に検証を求めたい。

 表現の自由について議論を促すための美術展が暴力的な圧力でつぶされ、政治家もそれに関わった。前代未聞の出来事を、表現の自由や公権力との関係について、深く考える契機としなければならない。

西日本新聞 2019/8/8
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/533693/

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(其の参)
表現の不自由展 自粛を広げないために

 表現の自由についての議論を喚起する狙いとは裏腹に、不自由な状況を浮き彫りにする残念な結果である。

 愛知県で開かれている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」で、元従軍慰安婦を象徴する少女像などの展示が中止された。

 少女像は、国内の美術館などで撤去や公開中止となった作品を集めた企画「表現の不自由展・その後」の一つだ。昭和天皇とみられる人物を扱った作品、朝鮮・韓国人の強制連行がモチーフの作品などを含め企画全体の中止を芸術祭の実行委員会が決めた。

 1日に開幕し、わずか3日でのことである。企画展の実施団体は抗議声明を出した。突然はしごを外され、憤るのは当然だ。

 実行委の会長を務める大村秀章愛知県知事は記者会見で「テロや脅迫とも取れる抗議があり、安全な運営が危ぶまれる状況だ」と理由を説明した。

 「ガソリン携行缶を持って美術館に行く」と京都アニメーションでの放火殺人事件を思い起こさせるファクスも事務局に届いたという。気に入らない作品を封じ込めようと暴力をちらつかせる。表現の自由を踏みにじる不気味で卑劣な行為である。

 加えて見過ごせないのは、政治の介入だ。河村たかし名古屋市長は慰安婦問題が「事実でなかった可能性がある」として展示中止を要求していた。菅義偉官房長官は文化庁の補助金交付を慎重に判断する考えを示した。

 憲法が保障する表現の自由への理解を欠いている。政治家が国民の対立をあおるような振る舞いをしたという点でも問題だ。

 事務局によると、開幕からの2日間で抗議の電話やメールは合わせて約1400件に上った。芸術祭の芸術監督を務めるジャーナリストの津田大介氏は「対応するスタッフの疲弊する姿を見て、継続は難しいとの知事の判断に同意した」と言う。

 津田氏自身「抗議の殺到で中止せざるを得なくなることも予想していた」とする。日韓関係が悪化した時期に重なった事情はあるにせよ、事前の検討は十分になされたのか。展示が憎悪の感情をあおり、結果的に政治の介入を招いたとすれば責任は重い。

 今回の一件が表現活動を萎縮させたり、展示の自粛につながったりすることは避けなくてはならない。表現の自由について議論する格好の機会でもある。中止に至るまでの経緯と問題点を検証し、公表するよう実行委に求めたい。

信濃毎日新聞 (8月6日)
https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20190806/KT190805ETI090004000.php

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(其の四)
愛知企画展中止 主催する側にも甘さがあった

 公的な性格を持つ芸術祭の運営に、問題を投げかけたと言えよう。

 愛知県で開かれている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展の一つ「表現の不自由展・その後」が、開幕からわずか3日で中止となった。

 いわゆる従軍慰安婦を象徴する少女像に対し、「撤去しないとガソリン携行缶を持ってお邪魔する」と書かれたファクスなどが送りつけられた。芸術祭実行委員会会長の大村秀章愛知県知事は、安全上の観点から中止を決めた。

 表現活動をテロや脅迫で封じ込めようとする行為は、断じて許されない。まず、このことを明確にしておきたい。

 ファクスを送りつけた男は、威力業務妨害容疑で愛知県警に逮捕された。警察は引き続き、悪質な行為に厳しく対処すべきだ。

 芸術祭は県や名古屋市が運営に関与し、予算も支出している。企画展には、少女像のほか、昭和天皇の肖像を用いた作品を燃やす映像もあった。特定の政治的メッセージを感じさせる作品だった。

 芸術作品における表現の自由は最大限、尊重されなければならない。ただ、行政が展覧会の運営に関わる以上、展示する作品やその方法について一定の責任を負うことも確かだろう。

 不特定多数の鑑賞者が想定される展覧会で、政治性の強い作品を、それを批判する側の視点を示さずに、一方的に展示すれば、行政が是認している印象を与えかねない。作品を不快に感じる人たちの反発をあおる可能性もある。

 今回の展示作品は、過去にも論議を呼んできた。

 憲法9条を詠んだ俳句は公民館だよりへの掲載を拒まれ、裁判で不掲載が違法とされた。昭和天皇をモチーフにした作品は、激しい抗議行動があり、公立美術館が管理運営上の理由で非公開とした。その判断は裁判で是認された。

 大村氏は「とんがった芸術祭に」と要望し、芸術監督を務める津田大介氏に企画を委ねた。展示作品が物議を醸すことが予想されたのに、反発を感じる人への配慮や作品の見せ方の工夫について、検討が尽くされたとは言い難い。

 河村たかし名古屋市長は開幕後に少女像の展示などを批判したが、自らも実行委員会会長代行の立場にあったのではないか。

 主催者側の想定の甘さと不十分な準備が、結果的に、脅迫を受けて展覧会を中止する前例を作ったとも言える。その事実は重く受け止めなければならない。

読売新聞 2019/08/09
https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20190808-OYT1T50312/

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(其の伍)
愛知の企画展中止 ヘイトは「表現の自由」か

 芸術であると言い張れば「表現の自由」の名の下にヘイト(憎悪)行為が許されるのか。

 そうではあるまい。

 だから多くの人が強い違和感や疑問を抱き、批判したのではないか。憲法は「表現の自由」をうたうとともに、その濫用(らんよう)をいさめている。

 愛知県などが支援する国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が開幕から3日で中止された。直接の理由は展示内容に対する脅迫だとされる。

 暴力や脅迫が決して許されないのは当然である。

 一方で、企画展の在り方には大きな問題があった。「日本国の象徴であり日本国民の統合」である天皇や日本人へのヘイト行為としかいえない展示が多くあった。

 バーナーで昭和天皇の写真を燃え上がらせる映像を展示した。昭和天皇とみられる人物の顔が剥落した銅版画の題は「焼かれるべき絵」で、作品解説には「戦争責任を天皇という特定の人物だけでなく、日本人一般に広げる意味合いが生まれる」とあった。

 「慰安婦像」として知られる少女像も展示され、作品説明の英文に「Sexual Slavery」(性奴隷制)とあった。史実をねじ曲げた表現である。


 同芸術祭実行委員会の会長代行を務める河村たかし名古屋市長は「日本国民の心を踏みにじる」として像の展示中止を求めた。

 これに対して実行委会長の大村秀章愛知県知事は、河村氏の要請を「表現の自由を保障した憲法第21条に違反する疑いが極めて濃厚」と非難した。

 これはおかしい。憲法第12条は国民に「表現の自由」などの憲法上の権利を濫用してはならないとし、「常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」と記している。今回の展示のようなヘイト行為が「表現の自由」の範囲内に収まるとは、到底、理解しがたい。大村氏は開催を反省し、謝罪すべきだろう。県や名古屋市、文化庁の公金支出は論外である。

 芸術祭の津田大介芸術監督は表現の自由を議論する場としたかったと語ったが、世間を騒がせ、対立をあおる「炎上商法」のようにしかみえない。

 左右どちらの陣営であれ、ヘイト行為は「表現の自由」に含まれず、許されない。当然の常識を弁(わきま)えるべきである。

産経新聞 2019.8.7
https://www.sankei.com/column/news/190807/clm1908070002-n1.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/364.html

[政治・選挙・NHK264] 悪の高枕(澤藤統一郎の憲法日記)
 
昨日(8月9日)から、高枕をしてぐっすり眠れるようになった、二人に詩を贈ろう。

   晋三をねむらせ、晋三の屋根に雪ふりつむ。
   昭恵をねむらせ、昭恵の屋根に雪ふりつむ。
   疑惑は深く埋められて、ふりつむ雪の底の底。

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昨日(8月9日)のこと。学校法人森友学園への国有地売却や、これに関わる財務省関連文書の改ざんなどをめぐる問題で、大阪地検特捜部は、被告発者全員を再び不起訴処分とした。

もともと被告発者は38名に上るものだった。大阪地検特捜部は、これを一括全員不起訴として国民の怒りを招いた。さすがに、大阪第一検察審査会は、そのうち10名について、「不起訴不当」と議決した。その中には、近畿財務局の国有財産管理官(当時)や、佐川宣寿・元同省理財局長らが含まれ、大阪地検特捜部はこれを再捜査していた

再捜査後の2度目の不起訴処分については、8月10日現在告発人代理人である私の許には通知が届いていない。だから、正式には処分があったとは言いがたいのだが、大阪地検特捜部が記者を集めて発表したのだから間違いはなかろう。

大阪第一検察審査会の本年3月15日議決(通知書は同月29日付で作成されている)が強制起訴につながる「起訴相当」でなく、「不起訴不当」であったため、検審による2度目の審査は行われず、強制起訴への道はない。この2度目の全員不起訴処分をもって、特捜部は捜査を終結する。なんということだ。安倍政権への濃厚な忖度疑惑を解明することなく、刑事事件としては幕引きにするのだ。

「森友・加計問題の幕引きを許さない市民の会」の会員で、告発人となった19名とその代理人は、昨日(8月9日)、以下の「見解」を公表した。

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                                      2019年8月9日

      大阪地検の不起訴処分決定に関する私たちの見解
                             (原処分)平成29年検第17422号 
                     刑事告発人           醍醐聰外18名
                     同告発人ら代理人弁護士       澤藤統一郎
                     同                 杉浦ひとみ
                     同                 佐藤 真理
                     同                 澤藤 大河

(1)大阪地方検察庁は、私たちが背任で告発した森友学園への国有地の不当な値引き売却事件について、本日、再度、不起訴処分を発表した。
 大阪地検は不起訴処分の理由を公にしていないが、いわゆる「前打ち報道」によると、地中にごみが一定量存在していたことは確かだとし、起訴には至らないと判断したとのことである。
 しかし、私たちは、様々な証拠資料を挙げて、地下埋設物が存在したとしても、それは値引きの根拠となる「瑕疵」、すなわち、工事の支障となるものではなかったと訴えたのであるから、上記の不起訴理由は私たちの告発に全く答えない不真面目なものである。

(2)大阪地検は当初の不起訴処分の理由として、瑕疵に見合う値引きをして売却を急がなければ森友学園側から損害賠償の訴えを起こされる可能性があったと語った。しかし、大阪第一検察審査会も不起訴不当の議決をした理由として記載したように、そうした提訴は、森友学園の顧問弁護士でさえ、勝算の見込みが乏しいものだった。
 このような反証を再捜査でどう解明したのか、説明もないまま、再度の不起訴で幕引きを図ることを私たちは到底、容認できない。

(3)加えて、財務省は近畿財務局に交渉記録の改ざんを指示したり、森友学園側にゴミ撤去を偽装する口裏合わせの工作を持ち掛けたりしたことが国会の場で明らかになった。そうした一連の工作は、近畿財務局や財務省がやましい背任があったことを認識し、それを隠ぺいする工作を行なった事実を赤裸々に物語るものである。
 大阪地検が、こうした事実に目を背け、参議院選挙が終わったこのタイミングで再度、不起訴処分の決定を発表したのは、安倍首相夫妻が深く関与した本件を、出来レースの国策捜査で幕引きしようとするものに他ならず、司法の威信、国民からの信頼を失墜させるものである。

 私たちは巨悪を眠らせる今回の不起訴処分に厳重に抗議するとともに、これからも公文書の改ざん問題も含め、真相解明を願う多くの市民と協力して事件の真相を追求する努力を続けていく。

                                            以上

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「巨悪を眠らせるな」は、東京特捜から検事総長となった伊藤栄樹の言葉であった。「巨悪を眠らせるな、被害者と共に泣け、国民に嘘をつくな」というのが、彼の部下に対する訓示であったという。

統治の機構は、法の支配を貫き人権侵害を防止する観点から、相互監視と牽制の実効性が確保されていなければならない。とりわけ、権力機構の頂点に立つ者の独善や暴走を許さない検察の役割はこの上なく重要である。検察が「巨悪」と表現するのは総理大臣、あるいは、総理クラスの大物政治家を意味する。佐藤栄作・池田勇人・田中角栄・金丸信…等々。

かつては、検察の「巨悪を眠らせるな」というセリフには、リアリティが感じられた。今はなくなってしまったが、安倍忖度へのメスを入れることが、その汚名を挽回する千載一遇のチャンスだった。にもかかわらず、検察は自らそのチャンスをつぶしたのだ。「巨悪を眠らせるな、被害者と共に泣け、国民に嘘をつくな」と言った検察の魂は、今どこへ行ったのか。

刑事事件としては幕が引かれても、市民運動は幕を下ろさない。この疑惑を追及し続けよう。安倍政権の政治の私物化を糾弾する声を上げ続けよう。
(2019年8月10日)

http://article9.jp/wordpress/?p=13130
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/366.html

[政治・選挙・NHK264] 野党の統一会派 「結集の旗印」は何なのか (西日本新聞)
2019/8/10 社説


 野党がばらばらのまま、巨大与党に立ち向かっても限界がある。野党で統一会派を結成する意義は決して小さくない。

 しかし、単なる「数合わせ」ではないと言うのなら、その目的と理由を、将来の展望とともに丁寧に国民へ説明すべきだ。

 立憲民主党の枝野幸男代表が国民民主党の玉木雄一郎代表らに衆院での統一会派結成を呼び掛けた。秋の臨時国会までに、立民会派への合流を要請する提案である。立民が掲げる「原発ゼロ」法案や選択式夫婦別姓制度などへの理解を求めたが、唐突な印象は否めない。枝野氏は立民の結党以来、「永田町の数合わせにはくみしない」などとして政党・会派の合従連衡を一貫して否定してきたからだ。

 この、いわば独自路線が、立民と枝野氏の存在感を高めてきたことは確かだろう。同時に、その原則論に固執する姿勢が、国会論戦や国政選挙での野党共闘態勢を弱める遠心力となってしまった側面も否定できない。

 なぜ今、方向転換するのか。枝野氏は「次期衆院選で大きな構えをつくる。こうした戦い方が必要な局面に入った」と説明するが、説得力に欠ける。

 はっきり言えば、先の参院選で予想したほど議席を獲得できなかったからではないか。それは党勢低迷が続く国民民主にも当てはまる。

 比例代表で2人が当選した山本太郎代表の「れいわ新選組」の存在にも刺激を受けたのではないか。政権批判の新たな受け皿となった同党は次期衆院選で台風の目となる可能性もある。野党第1党として危機感が生じたとしても不思議ではない。

 それにしても、なぜ衆院だけの統一会派なのか。その先にはどんな選挙協力や政権構想、ひいては政党レベルの再編があり得るのか。理念と政策に基づく「結集の旗印」をもっと鮮明にしてほしい。

 国民民主にもお家の事情がある。安倍晋三首相は改憲論議で連携できる野党の相手として国民の名を挙げ、秋波を送る。参院の国民は立民との対抗意識が強く、日本維新の会と統一会派を組む動きがある。憲法や原発など基本政策を巡る立民と国民の隔たりも気になる。立民の提案に対し国民は衆参両院での統一会派を逆提案したという。

 仮に立民と国民、衆院会派「社会保障を立て直す国民会議」の3党派が合流すれば、衆院で117人の規模となる。足し算で「数の力」は増すが、有権者にしてみれば、勝手に分裂した旧民進党勢力が「元のさやに収まる」かのようだ。そうした疑念や懸念を払拭(ふっしょく)したいのなら、野党再結集の意義と可能性を率直に語ってもらいたい。

https://www.nishinippon.co.jp/item/n/534266/
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/368.html

[政治・選挙・NHK264] 「表現の不自由展・その後」中止問題を巡る全国紙・地方紙社説 第3集(地方紙続編)
 
(2019年8月5日付 其の壱)
少女像展示中止/悪い前例にならないか

 日本社会の表現の自由度を示しているかのようだ。

 愛知県で開催中の国際芸術祭で、従軍慰安婦を象徴する「平和の少女像」などを展示する企画展が、開幕から3日で打ち切られた。

 会場の愛知県立美術館などに暴力やテロを思わせる抗議が相次ぎ、安全に配慮する必要に迫られた。
 実行委会長の大村秀章愛知県知事は記者会見で「『撤去しなければガソリン携行缶を持ってお邪魔する』というファクスもあった」と話した。

 実際に会場に足を運んでみると、入場制限が行われるほど観客が訪れていた。少女像には賛否両論あるが、展示が多くの人の関心を集めたのは事実だ。

 それだけに、暴力を示唆する抗議で中止に追い込まれたのは極めて残念だ。悪い前例になりかねない。強く懸念する。

 中止になった「表現の不自由展・その後」は、国内の美術館やイベントで撤去や展示不許可になった作品を展示することで、「表現の自由」について深く議論してもらう狙いがあった。

 芸術祭の芸術監督でジャーナリストの津田大介氏は「作品への賛否を示すものではない」として、展示には過去の経緯や作者の意図などの説明を付していた。

 ところが、撤去を要求する電話やメールが8月1日からの2日間だけで1400件以上あった。職員に執ように絡み名前を聞き出すといった電話もあり、継続は困難と判断したという。

 観客やスタッフを危険にさらさない、という判断は理解できる。しかし電話をした人の中に、会場で展示を見た人がどれほどいたのだろうか。ネットを通じて不正確で断片的な情報が広がったのが、実際ではないか。

 展示を見ていない人の声で、これから見学しようという人たちの知る権利や学ぶ権利が奪われた、ともいえる。

 河村たかし名古屋市長や菅義偉官房長官の対応にも疑問が残る。

 河村氏は「行政の立場を超えた展示」として中止を大村知事に求めた。菅氏は補助金交付を慎重にする考えを示した。

 両氏に従えば、憲法が禁じる検閲になりかねない。そもそも、政府や行政のトップは憲法を守る立場から脅迫的な抗議に苦言を呈すべきではなかったか。

 京都アニメーション放火殺人事件を示唆するファクスなどは、極めて不謹慎な脅迫だ。警察は厳しく取り締まってほしい。

京都新聞 2019/8/5
https://www.kyoto-np.co.jp/info/syasetsu/20190805_4.html

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(2019年8月5日付 其の弐)
[愛知芸術祭 企画展中止]脅迫こそ批判すべきだ

 憲法が保障する表現の自由に不寛容な現在の日本の空気を映し出すことになった。

 愛知県で1日から始まった国内最大規模の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の実行委員会は、企画展「表現の不自由展・その後」を中止すると発表した。

 企画展では元「従軍慰安婦」を象徴した「平和の少女像」や昭和天皇とみられる人物、憲法9条をテーマにした俳句など国内の美術館などで撤去されたりした作品群を展示。表現の自由を巡る現状を考え、議論のきっかけにしようというのが趣旨だ。

 2017年にうるま市で開かれたイベントで、米軍機墜落事故をモチーフにし、一時非公開になった「落米のおそれあり」も含まれていた。

 開幕から2日間で抗議の電話やメールは計約1400件に上ったという。主催する実行委会長の大村秀章愛知県知事は「テロや脅迫ともとれる抗議があり、安全な運営が危ぶまれる状況だ」と説明。「ガソリン携行缶を持って(会場の)美術館に行く」と、京都アニメーション放火殺人事件を連想させる内容のファクスも届いたという。

 抗議の半数が平和の少女像に関するもので、泥沼化に陥っている日韓関係が影響しているとみられる。

 表現の自由は民主主義を支える基盤だ。意見の違いを尊重し合うのが民主主義社会のあるべき姿である。

 暴力的な言葉を投げつけ、企画展を中止に追い込むのは卑劣極まりない。とうてい許されるものではない。

    ■    ■

 自由な表現活動を抗議や脅迫から守るのが本来の行政や政治家の責務である。

 逆に会長代行の河村たかし名古屋市長は企画展の視察後、大村知事に抗議文を出し、少女像などの展示中止を求めた。政治的圧力である。

 芸術祭は文化庁の補助事業で、菅義偉官房長官は慎重に判断する考えを示した。憲法の「検閲は、これをしてはならない」に反しかねない。菅氏はテロ予告や抗議に対してこそ強く批判すべきである。

 芸術祭の芸術監督でジャーナリストの津田大介さんが話すように、行政は「表現の現在を問う」という趣旨を認めたものだ。内容に介入するのは好ましくないとの大村知事の立場は当然である。

 津田さんは「物議をあえて醸す」と言っており、抗議は予想できたはずだ。警察に依頼するなど万全な対策をした上で、大村知事も毅然(きぜん)と対応すべきだったのではないか。

    ■    ■

 「表現の不自由展・その後」は15年に東京で開かれた小規模な展覧会「表現の不自由展」が原形である。日本の「言論と表現の自由」が脅かされているのではないか、との危機感から始まった。

 今回の企画展は、その続編の位置付けだ。中止になったことで不自由展がまた一つ重ねられ、日本における表現の自由の後退が国際社会に示されたと言わざるを得ない。

 主義主張は違っても、作品によって喚起される問題を自由闊達(かったつ)に議論すること。これこそが健全で民主的な社会だ。表現の自由を萎縮(いしゅく)させ、奪う社会は極めて危険だ。

沖縄タイムス 2019年8月5日
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/454271

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(2019年8月5日付 其の参)
愛知芸術祭展示中止 「表現の自由」守る努力を

 愛知県で開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」で、元従軍慰安婦を表現した「平和の少女像」などの展示が中止された。展示への抗議が相次ぎ、関係者や観客の安全を確保するため中止を判断したという。残念でならない。

 少女像は、企画展「表現の不自由展・その後」の一つとして出品されており、芸術祭の実行委員会は少女像だけでなく企画展全体を中止した。企画展には昭和天皇とみられる人物を扱った作品なども含まれていた。

 芸術祭が開幕したのは1日で、わずか3日で展示は打ち切られた。表現の自由を巡る日本の危機的な状況を映し出す深刻な事態だと言える。

 事務局によると、開幕から2日間で抗議の電話とメールは計約1400件に上った。実行委会長を務める大村秀章愛知県知事は「テロや脅迫ともとれる抗議があった」と語った。「ガソリン携行缶を持って行く」と京都アニメーション放火事件を連想させる内容のファクスもあったという。

 展示に賛同や理解を示す声がある一方、反対の意見もあるのは自然なことであり、さまざまな議論が起こるのはむしろ望ましい。だが展示を中止に追い込む卑劣な脅迫などの行為は断じて許されない。激しい憤りを禁じ得ない。

 企画展は国内の美術館やイベントで撤去や公開中止となった作品を集めた内容で、慰安婦問題のほか天皇と戦争、憲法9条などを題材にした芸術作品を紹介していた。表現の自由について議論を喚起することが企画の趣旨だった。

 芸術祭の芸術監督を務めるジャーナリストの津田大介氏は「日韓関係の悪化など非常に悪いタイミングが重なった」と中止に無念さをにじませた。想定を超える批判があり、展示継続は困難との大村知事の判断に「断腸の思い」で同意したというが、企画展の実施団体は中止に抗議する声明を出した。こうした事例を繰り返してはならない。

 指摘しなければならないのは、政治家たちの振る舞いだ。実行委会長代行でもある河村たかし名古屋市長は「行政の立場を超えた展示が行われている」として大村知事に抗議文を出し少女像などの展示中止を求めた。松井一郎大阪市長(日本維新の会代表)は、事前に展示は問題だと河村氏に伝えていた。芸術祭は文化庁の補助事業だが、菅義偉官房長官は補助金交付を慎重に判断する考えを示した。

 自由な創作や表現活動を守るべき立場にある行政の責任者らのこうした言動は理解に苦しむ。日本ペンクラブは「政治的圧力そのもので、憲法21条2項が禁じる『検閲』にもつながる」と指摘している。

 日本は戦後、言論・表現の自由が封殺され道を誤った戦前の反省に立ち民主主義の歩みを続けてきたが、その基盤は決して強固ではない。展示中止の経緯を検証し、議論を深めなければならない。

琉球新報 2019年8月5日
mail_sharehttps://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-966044.html

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(2019年8月7日付 其の壱)
芸術祭展示中止/憲法違反の疑いが強い

 愛知県で開催中の国際芸術祭で、企画展の一つが開幕から3日で展示中止に追い込まれた。

 テロ予告や脅迫ともとれる抗議が殺到し、安全な運営が危ぶまれるとして緊急措置をとった。

 表現の自由は、憲法が最大限に保障する民主主義の根幹である。想定を超えた事態とはいえ、圧力に屈する形になったのは残念だ。

 さらに問題なのは、企画展に対する政治家の介入だ。憲法の禁じる検閲にあたる疑いが強い。

 実行委は中止の判断に至る経緯を検証した上で、企画展を再開する道を探ってもらいたい。

 企画「表現の不自由展・その後」は、各地の美術館で撤去されるなどした作品を集め、改めて議論を喚起しようとしたものだ。

 中には元従軍慰安婦を象徴する少女像や、昭和天皇の肖像をコラージュした版画などもあった。

 表現に触れて、はっとさせられたり、不快になったりする。多様な価値観を認め合うのが表現の自由であり、批判も自由だ。

 しかし、実行委には「ガソリン携行缶を持っていく」といったファクスまで届いた。京都の放火殺人事件を連想させるものであり、脅迫罪に当たるのではないか。

 意に沿わない表現活動を力ずくで阻止しようとする試みが、集中的になされた事態を憂慮する。

 河村たかし名古屋市長は、少女像の展示を「日本国民の心を踏みにじる行為」と非難し、実行委の会長である大村秀章愛知県知事に展示の中止を要求した。

 日本ペンクラブは「政治的圧力そのもので、憲法が禁じる検閲につながる」と抗議した。同感だ。

 大村氏としても、警備を強化するなど、展示続行の努力がもっとあってもよかったのではないか。

 憲法は同時に、自由権の乱用を禁じている。企画展は特定の人々を傷つける意図はなく、作品撤去の事実を示したにすぎない。乱用には当たらないと考える。

 芸術祭は文化庁の補助事業だ。菅義偉官房長官は補助金交付の是非を検討するとしたが、表現の自由の擁護に努めてほしい。

 気になるのは、芸術監督の津田大介氏が「表現の自由が後退する前例を作った責任を重く受け止めている」と述べたことだ。

 これを前例にしてはならない。芸術祭の出品作家やさまざまな文化団体から、政治家の介入や展示中止への抗議が相次いでいる。

 憲法に基づき、作品に対する自由な意見交換の場をつくるべく、環境を整えて出直すのが筋だ。

北海道新聞/2019/8/7
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/332702?rct=c_editorial

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(2019年8月7日付 其の弐)
表現の自由確保に努力を/慰安婦少女像の展示中止

 愛知県で国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が開幕からわずか3日目に突然、中止に追い込まれた。企画展では従軍慰安婦問題を象徴する「平和の少女像」などが展示されていたが、2日間で約1400件にも上る抗議の電話やメールが殺到した。会場への放火をほのめかす脅迫もあった。

 美術館などで過去に展示不可とされた作品を集め、「表現の自由」について議論を喚起するのが企画展の狙い。少女像のほか天皇や戦争、憲法9条などをテーマにした二十数点が並んだ。中でも少女像に抗議が集中。芸術祭実行委員会の会長を務める大村秀章知事は「安全の確保が難しい」と中止の理由を説明した。

 日韓関係の悪化もあり、賛否両論があるのは当然としても、異なる意見を認めようとせず、卑劣な脅迫に走ることは断じて許されない。その一方で、政治や行政の対応にも問題が多い。開幕直後、会長代行の河村たかし名古屋市長は少女像について「日本人の心を踏みにじる」と批判。大村氏に展示中止を求めた。

 文化庁の補助金事業であることから、菅義偉官房長官も補助金交付を慎重に判断する考えを示した。こうした発言が一連の抗議を勢いづかせた可能性もある。表現の自由は大きく傷ついた。これを「あしき前例」としないため立場を問わず、表現の場確保に努力を払うことが求められる。

 中止された企画展の元になったのは、東京都内のギャラリーで2015年に開かれた「表現の不自由展」。慰安婦問題などで問題提起したり、批判的に表現したりしたことから「抗議が来る」「政治的な内容」といった理由で発表の機会を奪われた作品を集め、話題を呼んだ。トリエンナーレの芸術監督が、そうした作品に別の作品も加え「その後」を企画した。

 少女像は民族服姿の座像。韓国の彫刻家夫妻が制作、ソウルの日本大使館前に設置された。世界各地にも同じ像があり、日韓対立の火種になってきた。12年にミニチュア版が東京都美術館に展示されたが、美術館側が「運営要綱に抵触する」と撤去した経緯がある。

 展示内容から実行委も一定の反発は想定していたが、それを超える抗議が押し寄せた。「ガソリン携行缶を持って美術館に行く」と京都アニメーション放火殺人事件を連想させるファクスまであった。ただ、それ以上に想定外だったのは河村氏の抗議だろう。

 中止発表後に改めて記者会見した大村氏は、河村氏が展示中止を求めたことを「表現の自由を保障した憲法21条に違反する疑いが極めて濃厚ではないか」と批判。「検閲ととられても仕方ない」とした。これに対し河村氏は「検閲ではない」と強調。従軍慰安婦問題を象徴する少女像展示を巡り「事実でなかった可能性がある」などと反論している。

 河村氏はかつて「南京大虐殺」はなかったのではないかと発言、南京市と名古屋市の交流停止に発展したことがある。今回の発言も不用意であり、行政が展示内容に口を挟むことが、どのような影響をもたらすかということには全く考えが及ばないようだ。

 今回の件で表現活動を萎縮させないため、再展示も含め何ができるか考えてみる必要がある。

東奥日報/2019/8/7
http://www.toonippo.co.jp/articles/-/230067

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(2019年8月7日付 其の参)
少女像展示中止 表現の自由が傷ついた

 愛知県で国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が開幕からわずか3日目に突然、中止に追い込まれた。企画展では従軍慰安婦問題を象徴する「平和の少女像」などが展示されていたが、2日間で約1400件にも上る抗議の電話やメールが殺到した。会場への放火をほのめかす脅迫もあった。

  美術館などで過去に展示不可とされた作品を集め、「表現の自由」について議論を喚起するのが企画展の狙い。少女像のほか天皇や戦争、憲法9条などをテーマにした二十数点が並んだ。中でも少女像に抗議が集中。芸術祭実行委員会の会長を務める大村秀章知事は「安全の確保が難しい」と中止の理由を説明した。

  日韓関係の悪化もあり、賛否両論があるのは当然としても、異なる意見を認めようとせず、卑劣な脅迫に走ることは断じて許されない。その一方で、政治や行政の対応にも問題が多い。開幕直後、会長代行の河村たかし名古屋市長は少女像について「日本人の心を踏みにじる」と批判。大村氏に展示中止を求めた。

  文化庁の補助金事業であることから、菅義偉官房長官も補助金交付を慎重に判断する考えを示した。こうした発言が一連の抗議を勢いづかせた可能性もある。表現の自由は大きく傷ついた。これを「あしき前例」としないため立場を問わず、表現の場確保に努力を払うことが求められよう。

  中止された企画展の元になったのは、東京都内のギャラリーで2015年に開かれた「表現の不自由展」。慰安婦問題などで問題提起したり、批判的に表現したりしたことから「抗議が来る」「政治的な内容」といった理由で発表の機会を奪われた作品を集め、話題を呼んだ。トリエンナーレの芸術監督が、そうした作品に別の作品も加え「その後」を企画した。

  少女像は民族服姿の座像。韓国の彫刻家夫妻が制作、ソウルの日本大使館前に設置された。世界各地にも同じ像があり、日韓対立の火種になってきた。12年にミニチュア版が東京都美術館に展示されたが、美術館側が「運営要綱に抵触する」と撤去した経緯がある。

  展示内容から実行委も一定の反発は想定していたが、それを超える抗議が押し寄せた。「ガソリン携行缶を持って美術館に行く」と京都アニメーション放火殺人事件を連想させる内容のファクスまであった。ただ、それ以上に想定外だったのは河村氏の抗議だろう。

  中止発表後に改めて記者会見した大村氏は河村氏が展示中止を求めたことを「表現の自由を保障した憲法21条に違反する疑いが極めて濃厚ではないか」と批判。「検閲ととられても仕方ない」とした。これに対し、河村氏は「検閲ではない」と強調。少女像展示を巡り「数十万人に強制したという韓国側の主張を認めたことになる」「事実でなかった可能性がある」などと反論している。

  河村氏はかつて「南京大虐殺」はなかったのではないかと発言、南京市と名古屋市の交流停止に発展したことがある。今回の発言も不用意というほかない。行政が展示内容に口を挟むことが、どのような影響をもたらすかということには全く考えが及ばないようだ。

  今回の件で表現活動を萎縮させないため、再展示も含め何ができるか考えてみる必要がある。(共同通信・堤秀司)

茨城新聞/2019/8/7
http://ibarakinews.jp/hp/hpdetail.php?elem=ronsetu&
佐賀新聞/2019/8/7
http://www.saga-s.co.jp/articles/-/410410
山陰中央新報/2019/8/8
http://www.sanin-chuo.co.jp/www/contents/1565232128235/index.html

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(2019年8月7日付 其の四)
【表現の不自由展】中止は社会のゆがみ映す

 他人の価値観や表現が自らと相いれないからといって強硬につぶしにかかる。日本もそんな不寛容な社会になったのだろうか。

 愛知県の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展示の一つ「表現の不自由展・その後」が中止に追い込まれた。展示開始からわずか3日だった。

 実行委員会によると、元従軍慰安婦を象徴する「平和の少女像」などの展示に対し、想定外の悪質な抗議が相次いだ。「ガソリン携行缶を持って(会場の)美術館に行く」というファクスまで届いた。

 京都市の放火殺人事件を連想させる内容だ。抗議に対応する職員をインターネット上で中傷する事例もあったという。

 主催者が「安全な運営が危ぶまれる」と判断したことは理解できないわけではないが、まさに表現の不自由さを象徴する出来事になってしまった。看過できない事態だ。

 不自由展は国内の美術展やイベントで近年、撤去や公開中止になった作品を集めていた。挑戦的な企画展ということもあり、実行委も抗議は一定想定していたようだが、それを大きく超えたのは折からの日韓関係の悪化もあるだろう。

 もちろん展示への意見や反論もまた表現の自由だ。しかし、放火予告や職員を精神的に追い込む誹謗(ひぼう)中傷はもはや抗議の域を超え、犯罪である。暴力的に他人の表現の自由を奪うことがあってはならない。

 行政が主体の実行委が早々に圧力に屈したことも衝撃だ。防犯面などで関係機関との連携はできなかったのか。中止という最終手段しかなかったのだろうか。

 不自由展の実施団体は、実行委から一方的に中止を通告されたと非難している。事実であれば、これも禍根を残しかねない対応だ。

 実行委の会長代行である名古屋市の河村たかし市長の対応にも疑問を呈したい。河村市長は少女像などの撤去を求める抗議文を実行委会長の大村秀章県知事に出した。

 展示が「日本人の心を踏みにじるものだ」と指摘。県市、国の資金が活用されていることから「展示すべきではない」とも述べた。

 大村知事は、市長が「内容にいい悪いと言うことは憲法が禁じる検閲ととられても仕方ない」と強く批判している。当然だ。

 河村市長は従軍慰安婦問題が「事実でなかった可能性がある」との歴史認識に立つ。個人的にどのような見解を持とうが自由だが、市長として中止を求めれば、表現への弾圧ととられても仕方があるまい。

 まして税金は政治家や行政のものではなく国民のものだ。価値観が合わない人には使わせないという発想は許されない。

 今回の騒動が表現の自由を巡るあしき前例にならないか心配する。創作や発表の現場に萎縮を招いたり、忖度(そんたく)が働いたりしないだろうか。社会のゆがみを映す出来事として深刻に捉えていかなければならない。

高知新聞 2019.08.07
https://www.kochinews.co.jp/article/298982/

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(2019年8月8日付 其の壱)
表現の不自由展/中止をあしき前例とせず

 愛知県で開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」で、企画展「表現の不自由展・その後」が開幕からわずか3日で中止に追い込まれた。

 元従軍慰安婦を象徴する少女像の展示に抗議が殺到した。京都アニメーションの放火殺人事件に触れて「ガソリン携行缶を持って行く」などと脅迫するファクスも届いたという。

 実行委員会の会長を務める大村秀章知事は「安全な運営が危ぶまれる」と中止の理由を説明した。国内最大規模の芸術祭が、暴力的な言動によって展示をはばまれる。民主主義国とは思えない異常な事態である。

 異論を排除する不寛容な空気がここまでひどくなっているのかと、暗い気持ちになる。

 脅迫は犯罪である。違法行為は厳しく罪に問う。賠償も課する。それが法治国家の姿だ。

 愛知県はきのう被害届を出したが、警察はその前に「一線を越えれば取り締まる」と強い姿勢を示すべきだった。会場警備を厳重にする責任もあった。

 実際は事務局が過激な抗議の矢面に立ち、職員らが追い詰められたという。苦渋の選択だが、脅迫に屈した形になった。

 これをあしき前例としないためにも、実行委は問題を検証し教訓としなければならない。

 少女像は韓国の日本大使館前にも置かれ、歴史認識問題の火種になっている。政治と切り離し自由に考えるのが企画展の狙いだったが、両国の関係悪化の時期と重なったのも災いした。

 河村たかし名古屋市長が少女像の撤去を求めるなど、政治家の発言も問題を複雑にした。

 内容への賛否はあるだろう。だが「気に入らない」と首長や閣僚、議員らが口を挟むようでは戦前のような検閲国家になりかねない。見る機会を保障した上で議論を深めるのが筋だ。

 河村市長の要請に対し、大村知事は「表現の自由を保障した憲法21条に違反する疑いが濃厚」と指摘した。公費で補助する場合も、行政の規制は施設管理などにとどめるべきである。

 大規模な芸術祭には世界中の目が注がれている。この問題は海外でも報道された。日本社会の「表現の不自由」さを浮き彫りにするような結果となったのは、残念でならない。

神戸新聞/2019/8/8
http://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/201908/0012588447.shtml

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(2019年8月8日付 其の弐)
不自由展中止/表現の自由への攻撃だ

 「表現の自由」が脅かされる深刻な事態である。

 愛知県で開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の実行委員会が、企画展「表現の不自由展・その後」を中止にした。

 元従軍慰安婦を象徴した「平和の少女像」などの展示に対して、抗議が殺到したことなどを理由としている。中には「ガソリン携行缶を持って行く」と、京都アニメーション放火殺人事件を連想させるファクスもあった。

 残念なのは、脅しに実行委が屈したことだ。執拗に抗議すれば、気に入らない活動や言論を封殺できる。そんな風潮が広がれば、多様な表現活動が萎縮する恐れがある。

 憲法が保障する表現の自由は、民主主義を支える最も重要な基本的人権の一つだ。卑劣な威嚇にひるみ、自由に物が言いにくい窮屈な社会にしてはならない。

 企画展は、国内の美術館やイベントで近年、撤去や公開中止となった作品を集めたものだ。少女像のほか、昭和天皇とみられる人物を扱った作品などが展示されていた。

 実行委事務局によると、開幕から2日間で抗議の電話とメールが約1400件に上り、対処不能に陥ったという。実行委会長の大村秀章・愛知県知事は「安全な運営が危ぶまれる」と、中止を決断した苦しい胸の内を語った。

 テロ予告や脅迫は犯罪であり、断じて許してはならない。警察は発信元を特定し、厳重に対処すべきだ。

 事務局の対応も検証する必要がある。一定の反発を予測し人員を確保していたというが、結果的に足りなかった。

 芸術祭の芸術監督を担うジャーナリストの津田大介氏は「展示を拒否された作品を見てもらい、表現の自由について考えてもらう趣旨だった」と語っている。

 作品の受け止め方は人それぞれ違って当然であり、意見を交わすことで理解が深まる。そうした議論自体を許容しない「表現の不自由」の現状を可視化しようとした試みは、意義があったと言える。

 実行委は開催意図の丁寧な説明や市民の安全確保など、中止を決める前にやるべきことがあったのではないか。

 実行委会長代行の河村たかし名古屋市長が「日本人の心を踏みにじる」と、少女像などの撤去を求めたことも見過ごせない。菅義偉官房長官は、文化庁の補助金交付を慎重に判断する考えを示した。

 日本ペンクラブは「政治的圧力そのもので、憲法21条2項が禁じる『検閲』にもつながる」との声明を出した。

 大村知事も「税金を使っているから(やっていいことの)範囲が限られるというのが最近の論調だが、全く逆ではないか」と指摘した。

 感情的なバッシングがいかに横行しているか。表現の自由を守るべき公権力が「好ましくないもの」にどんな態度を取るのか。その一端が企画展の中止で明らかになったのは、皮肉と言えよう。

徳島新聞/2019/8/8
http://www.topics.or.jp/articles/-/240730

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(2019年8月8日付 其の参)
「不自由展」中止/「表現の場」脅かす事態だ

 愛知県で1日に始まった国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」の企画展「表現の不自由展・その後」が開幕からわずか3日目に中止に追い込まれた。会場では従軍慰安婦問題を象徴する「平和の少女像」などが展示されていたが、抗議の電話やメールが殺到。主催者が「安全な運営が危ぶまれる状況」として急きょ中止を決めた。

 「ガソリン携行缶を持って会場に行く」と、京都アニメーション放火殺人事件を連想させる内容のファクスも送られてきたという。こうした卑劣な暴力的行為によって「表現の場」が脅かされ、閉ざされたのは憂慮すべき事態だ。

 企画展は、公立美術館などで行政が拒否したり、批判を恐れ自粛したりして公開されなかった作品を集めた。芸術祭の芸術監督を務めるジャーナリストの津田大介さんらが、「インターネットで横行するバッシングが、表現の自由を脅かしているのではないか」といった問題意識を基に企画したという。

 「物議を醸して議論を起こすことに意義がある」との思いもあったようだが、開幕直後から主に少女像を巡って想定をはるかに超える抗議、脅迫が相次いだ。日韓両政府の対立と重なった影響も大きかったろう。

 企画展が中止になったことを受け、出品作家を含む約70人のアーティストが抗議声明を発表。芸術祭の目的は「個々の意見や立場の違いを尊重し、すべての人びとに開かれた議論を実現するため」とし、中止によって作品を理解、読解するための議論も閉ざされてしまう、と指摘した。

 中止を決定する前に、多様な意見を交わす場を設ける試みがあっても良かったのではないか。今回の中止決定は「表現の自由」を萎縮させ、「表現の不自由」が現実にあることを図らずも印象づけてしまった。

 異なる意見を認めず、気に入らない表現活動を暴力的圧力でやめさせるような行為がまかり通ってはならない。あしき前例としないよう経緯を検証し教訓として残す努力が関係者には求められよう。

 この問題を巡っては政治家の言動にも疑問符が付いた。芸術祭は愛知県と名古屋市が経費を負担し、文化庁の補助金事業として開かれている。

 実行委員会の会長代行を務める河村たかし名古屋市長は、少女像について「日本人の心を踏みにじる」と批判し、展示中止を要求。また、菅義偉官房長官は補助金交付を慎重に判断する考えを示した。これらの言動には、公金支出を理由にして「自分の意に沿わない表現活動は認めない」との思いが底流にありはしないか。

 一方で、実行委会長の大村秀章愛知県知事は、表現の自由を保障する憲法21条を挙げて河村氏の発言を批判し、「公権力こそ表現の自由を守るべきだ」と話した。賛同したい。公権力の表現活動への介入が、往々にして社会の抑圧につながることは、歴史が教えるところである。

熊本日日/2019/8/8
https://kumanichi.com/column/syasetsu/1145132/

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(2019年8月8日付 其の四)
少女像展示中止 ◆行政が表現を萎縮させるな◆

 愛知県で国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が開幕からわずか3日目に突然、中止に追い込まれた。企画展では従軍慰安婦問題を象徴する「平和の少女像」などが展示されていたが、2日間で約1400件にも上る抗議の電話やメールが殺到した。

 美術館などで過去に展示不可とされた作品を集め、「表現の自由」について議論を喚起するのが企画展の狙い。少女像のほか天皇や戦争、憲法9条などをテーマにした二十数点が並んだ。中でも少女像に抗議が集中。芸術祭実行委員会会長を務める大村秀章知事は「安全の確保が難しい」と説明した。

 日韓関係の悪化もあり、賛否両論があるのは当然としても、異なる意見を認めようとせず、卑劣な脅迫に走ることは断じて許されない。その一方で、政治や行政の対応にも問題が多い。開幕直後、会長代行の河村たかし名古屋市長は少女像について「日本人の心を踏みにじる」と批判、大村氏に中止を求めた。

 文化庁の補助金事業であることから、菅義偉官房長官も補助金交付を慎重に判断する考えを示した。こうした発言が一連の抗議を勢いづかせた可能性もある。表現の自由は大きく傷ついた。これを「あしき前例」としないため、表現の場確保に努力を払うことが求められよう。

 少女像は民族服姿の座像。韓国の彫刻家夫妻が制作、ソウルの日本大使館前に設置された。世界各地にも同じ像があり、日韓対立の火種になってきた。

 展示内容から実行委も一定の反発は想定していたが、それを超える抗議が押し寄せた。「ガソリン携行缶を持って美術館に行く」と京都アニメーション放火殺人事件を連想させる内容のファクスまであった。ただ、それ以上に想定外だったのは河村氏の抗議だろう。

 中止発表後に改めて記者会見した大村氏は河村氏が展示中止を求めたことを「表現の自由を保障した憲法21条に違反する疑いが極めて濃厚ではないか」と批判。「検閲ととられても仕方ない」とした。これに対し、河村氏は「検閲ではない」と強調。少女像展示を巡り「数十万人に強制したという韓国側の主張を認めたことになる」などと反論している。

 河村氏はかつて「南京大虐殺」はなかったのではないかと発言、南京市と名古屋市の交流停止に発展したことがある。今回の発言も不用意というほかない。行政が展示内容に口を挟むことが、どんな影響をもたらすかということには考えが及ばないようだ。表現活動を萎縮させないため、再展示も含め何ができるか考えてみる必要がある。

宮崎日日/2019/8/8
http://www.the-miyanichi.co.jp/shasetsu/http://www.the-miyanichi.co.jp/shasetsu/_40318.html

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(2019年8月8日付 其の伍)
[少女像展示中止] 表現の自由を守らねば

 愛知県で開かれている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由・その後」が、開幕から3日で中止に追い込まれた。

 企画展は元従軍慰安婦を象徴した「平和の少女像」や昭和天皇をモチーフにした作品が展示され、表現の自由について議論を喚起する狙いがあった。

 しかし、抗議の電話とメールが事務局などに殺到し、2日間で1400件以上に上った。「ガソリン携行缶を持って美術館に行く」と京都アニメーション放火殺人事件を連想させる内容のファクスもあったという。悪質極まりない脅迫である。

 展示内容に賛否があるのは当然だとしても、異なる意見を認めず、暴力に訴えるような行為は卑劣で、断じて許されない。

 芸術祭実行委員会の会長を務める大村秀章知事は「テロや脅迫ともとれる抗議があり、安全な運営が危ぶまれる」と理由を語った。こうした形で公開中止になったのは非常に残念だ。

 トリエンナーレは3年に1度開かれ、現代美術展のほか映像作品の上映、演劇なども実施。国内外から90組以上のアーティストが参加する国内最大規模の芸術祭だ。

 中止になった企画展は、15年に東京で開催された「表現の不自由展」が原型である。慰安婦問題などで行政が拒否したり批判を恐れて自粛したりして、公開されなかった作品を集めた。

 日韓対立の火種になってきた少女像や、戦争をテーマにした展示内容から実行委も反発は予想していたものの、それを上回る抗議が押し寄せた。

 ただ、観客らの安全を優先させた判断とはいえ、警備強化などでの対応はできなかったか。公開断念が誤ったメッセージを発信することとなり、表現の自由の萎縮につながる恐れがある。

 不自由展の企画メンバーは実行委判断に「主催者自らが弾圧する歴史的暴挙だ」として声明を出した。「展示継続のためやれることはあった」などと、判断の経緯や抗議への対応をただす質問状を知事宛てに提出した。しっかりと検証し、説明する責任がある。

 今回の問題で見過ごせないのは政治の介入である。開幕直後に会長代行の河村たかし名古屋市長は、少女像について「日本人の心を踏みにじる」と批判し、大村氏に展示中止を求めた。菅義偉官房長官も文化庁の補助金交付を慎重に判断する考えを示した。

 こうした発言は一連の抗議を勢いづかせた可能性がある。政治家や行政トップが展示内容に口を挟むことが、どんな影響を与えるのか全く考えが及ばないようだ。

 今回の事態が「あしき前例」とならないよう、表現の自由を守る努力を続けなければならない。展示再開も含め、議論を深める必要がある。

南日本新聞/2019/8/8
http://373news.com//_column/syasetu.php?storyid=108813

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(2019年8月10日付 其の壱)
表現の不自由展

 愛知県で開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の中の企画展「表現の不自由展・その後」が公開3日で中止となった問題が、波紋を広げている。

 元従軍慰安婦を想起させる少女像、天皇と戦争、米軍基地、政権批判など、国内では公開がままならなかった作品群に対し、テロや脅迫まがいの抗議が相次ぎ、大村秀章知事が会長を務める国際芸術祭の実行委員会は「安全な運営が危ぶまれる」と判断した。

 議論に輪を掛けたのが、政治の介入だ。県とともに開催経費を負担する名古屋市の河村たかし市長は、同展視察を経て「日本人の心を踏みにじるもの」などとして中止を要請。菅義偉官房長官は、文化庁の補助金交付を慎重に判断すると発言した。

 河村市長は従軍慰安婦問題が「事実でなかった可能性がある」として、知事に少女像撤去などを求める抗議文を提出。大村知事は「公権力を行使する人が内容にいい悪いを言うことは、憲法が禁じる検閲と取られても仕方ない」と市長の姿勢を批判した。「その後展」は、思わぬ形で「表現の自由」の現状を社会に問うこととなった。

 一方で「その後展」の実行委は「中止決定に納得していない」として大村知事宛ての公開質問状を提出。同展出品作家を含む芸術祭参加アーティスト約70人も、連名で政治的介入と暴力、脅迫に抗議する声明を発表するなど、なお議論は尾を引きそうだ。

 政治的圧力や暴力的抗議を背景とする公開中止に、作家らの無念や憤りは想像するに余りある。だが実害が強く懸念される状況で、知事の職責に照らせば中止の判断自体は一概に否定されるものではあるまい。問題は実行委内で、展示への批判や反発を想定していた節があることだ。

 芸術祭は、ジャーナリストの津田大介氏が芸術監督を担った。「その後展」は、東京都内の小ギャラリーで15年に開かれた「不自由展」を基に企画。「物議を醸し議論を起こすことに意義がある」と決行されたという。

 目玉展示の一つとされた少女像が、日本と韓国の政治的対立の象徴となっているのは周知の事実。「物議を醸す」のは予想できたとして、立場を超えて「議論」する機会とするための仕掛けは十分だったのか。知事判断に芸術監督も従った中止劇は、その面の未熟さをしのばせる。

 この経緯に、作家らが反発するのは当然だろう。津田氏は「表現の自由を後退させてしまった」と述べたが、反省で終わらせるべき事案ではない。その立場で改めて主催側と協議するなど、表現の自由を萎縮させないための「その後」に注目したい。

岩手日報/2019/8/10
https://www.iwate-np.co.jp/article/2019/8/10/62061

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(2019年8月10日付 其の弐)
企画展/抗議で中止/表現の自由守り民主主義を育め

 自分が相いれない表現を、脅しや暴力で封殺しようとする誤った風潮がまかり通ることを深く憂慮する。

 愛知県で開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が、開幕3日で中止になった。実行委員会は、元従軍慰安婦を象徴した「平和の少女像」などの展示に対し、電話やメールでの抗議が殺到し、安全な運営が危ぶまれる状況を説明。「ガソリン携行缶を持っておじゃまする」などと、京都アニメーション放火殺人事件を想起させるファクスまであったという。憲法が定める「表現の自由」を侵害する悪質な行為で断じて許されない。

 表現の自由は、単に芸術家や表現者の権利を守るためのものではない。作品を鑑賞した人が思索し、意見を交わし、理解し合う機会を保障する面もある。民主主義は、そうした営為の積み重ねによって強くなり、継承されていくものだ。中止でふたをするのではなく、圧力に屈せず、自由や民主主義を守るためにどうすればよいのか、政治や行政の姿勢、社会の在り方をともに考えていく必要がある。

 問題となった企画展は、国内の公立美術館やイベントで撤去や公開中止となった作品を集めていた。少女像のほかにも、昭和天皇を扱った作品があり、開幕直後から抗議が相次いだ。

 ファクスを送信した50代の男は、威力業務妨害の疑いで逮捕された。実力行為の予告や脅迫に対しては、今後も断固とした対応が不可欠だ。

 中止について、出品者や関係者から「納得していない」といった反発の声も上がっている。だが、スタッフや来場者に危害が加えられる可能性を考慮すれば、実行委の判断もやむを得ないだろう。とはいえ、企画展の趣旨から抗議は予想されたことでもあり、事前の警備や対応の強化も検討すべきだった。

 何より危惧されるのは、今回の中止をきっかけに、トラブルを恐れ創作活動が萎縮したり、施設側が使用や展示を認めない空気が広がることだ。芸術祭の芸術監督を務めたジャーナリスト津田大介さんを招いた神戸市でのシンポジウムが中止になる事態も起きた。安易な先例とすることは誤りだと認識しなければならない。

 名古屋市の河村たかし市長が少女像の公開中止を求めたり、菅義偉官房長官が芸術祭への補助金の交付を慎重に判断する考えを示したり、政治家から展示への圧力と受け取れる動きがあったことも看過できない。表現の自由は、言論や集会、結社の自由を制限し、反体制的な言動を厳しく取り締まった戦前・戦中の反省を踏まえて定められた経緯がある。自身や政府の見解と異なるからといって、検閲まがいの言動をすることは容認できない。政治家が人権や自由を率先して守る姿勢を示さないようでは、この国の民主主義はやせ細っていくばかりだ。

愛媛新聞/2019/8/10
https://www.ehime-np.co.jp/article/news201908100006
 
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/392.html

[政治・選挙・NHK264] 森友捜査終結 民主主義が問われる(朝日新聞)

社説 2019年8月11日

 学校法人森友学園(大阪市)への国有地売却や財務省の関連文書改ざん・廃棄をめぐる大阪地検特捜部の捜査が終わった。

 特捜部が昨年5月、38人の関係者を不起訴とした後、大阪第一検察審査会が佐川宣寿(のぶひさ)・元財務省理財局長ら10人について「不起訴不当」とした。それを受けて再捜査が行われたが、結論は変わらなかった。

 財務省はなぜ、鑑定価格から9割近く、8億円余も値引きして国有地を森友側に売却したのか。その決裁文書や報告書の改ざんと廃棄は誰が、なぜ判断し、どう実行されたのか。

 特捜部は「必要かつ十分な捜査をしたが、起訴するに足りる証拠を収集できなかった」と説明した。これでは何をどう追加捜査したのかさえわからず、疑惑は晴れないままだ。

 国有地は国民共有の財産であり、公文書は国民共有の知的資源である。異例の安値売却で貴重な財産が損なわれ、行政の公平性がないがしろにされた疑いは否定できない。文書の改ざんと廃棄で国民の知る権利の土台が傷つけられ、それをもとに国会で審議が重ねられた。

 民主主義の根幹にかかわる事態である。うやむやにすますわけにはいかない。

 まず問われるのは麻生財務相だ。前代未聞の不祥事にもかかわらず、佐川氏の辞職を認めただけで自らは職にとどまり、踏み込み不足が目立った財務省の内部調査でお茶を濁してきた。

 その麻生氏を任命した安倍首相に関しては、妻昭恵氏をめぐる疑問が今も消えていない。

 森友学園が開校を目指していた小学校の名誉校長に昭恵氏が就いていたことが、一連の問題の背景にあったのではないか。そんな見方を裏付けるかのように、文書から昭恵氏らの名前が削除されていたことがわかった。首相は「私や妻が関わっていれば、首相も国会議員もやめる」と発言したが、自ら解明に動くことはなかった。

 行政が正常に機能しないのならば、国会がただすしかない。

 大阪地検に再捜査を求めた検察審査会の議決は、「常識を逸脱した行為」「言語道断」といった言葉で異常さを指摘した。審査会のメンバーはくじで選ばれた市民の代表だ。その素朴な怒りに応えることこそが、国民を代表する国会の責務である。

 佐川元局長は昨年3月の国会での証人喚問で「刑事訴追の恐れがある」として証言を拒否した。捜査終結で訴追の恐れはなくなった。佐川氏を再び国会に呼ぶことが、とるべき対応の出発点だろう。

 捜査当局による「森友事件」は終わった。しかし「森友問題」を終わらせてはならない。

https://www.asahi.com/articles/DA3S14136196.html?iref=comtop_shasetsu_01
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/393.html

[政治・選挙・NHK264] 森友事件不起訴/国会は佐川氏の再招致を(神戸新聞)
社説 2019/08/11

 学校法人「森友学園」を巡る財務省の決裁文書改ざんや国有地の大幅値引き問題で、検察審査会の「不起訴不当」議決を受けた佐川宣寿元国税庁長官ら10人を大阪地検特捜部が再び不起訴とした。発覚から2年余り。一連の問題は、一切の刑事責任を問うことなく幕を引く。

 だが、政権への忖度(そんたく)はあったのかという疑惑の核心は、くすぶり続けている。官僚が公文書を改ざんし、廃棄した事実は重い。行政の公正性が揺らぎ、国民の信頼を裏切る不祥事だ。

 だからこそ検審は法廷での真相解明を求めた。その判断を退け、官僚の不正に目をつぶった検察の結論は、多くの国民を失望させるものだ。

 財務省の調査報告書などによると、学園が国有地で計画した小学校の名誉校長には安倍昭恵首相夫人が一時就任していた。首相夫人付き政府職員からの照会や政治家秘書らの要請後、財務省は学園側の主張に沿う対応に方針転換していた。

 こうした経緯を記した決裁文書から首相夫人らに関わる記述を削除するなどした改ざんは、安倍晋三首相が国会で「私や妻が関わっていれば、総理も国会議員も辞める」と強弁した直後に始まっていた。これらの因果関係は曖昧にされている。

 不起訴決定について大阪地検は「十分捜査したが、起訴するに足る証拠は得られなかった」とした。政権との摩擦を避け、不起訴ありきの再捜査だったのではないか。疑念を晴らすためにも、再捜査の経緯と不起訴の根拠を十分説明すべきだ。

 一方で、決裁文書の改ざんを強要されたとのメモを残して昨年3月に自殺した近畿財務局職員について、同財務局は労災に当たる「公務災害」と認定した。官僚のモラルを逸脱した改ざん行為が、過重な負担となっていたと認めたことになる。

 改ざんを指示したとされる佐川氏らが刑事責任を問われないのは、なおさら理不尽に映る。

 司法が立件を諦めても、国会には行政の不正をただし国民の疑念を解消する責任がある。佐川氏は刑事訴追の恐れを理由に国会での証言拒否を繰り返してきた。その恐れがなくなった今こそ再招致し、改ざんの動機や経緯をたださねばならない。

https://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/201908/0012597904.shtml
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/394.html

[政治・選挙・NHK264] 野党の統一会派案 国民への説明が足りない(毎日新聞)

社説 2019年8月7日

 立憲民主党が国民民主党と「社会保障を立て直す国民会議」に衆院での統一会派結成を提案した。

 秋の臨時国会で結束して安倍政権に対抗し、「原発ゼロ」などの政策面や次期衆院選でも協力することによって政権交代を目指すという。

 しかし「永田町の数合わせにはくみしない」「合従連衡は自殺行為」とまで言って独自路線にこだわってきたのが立憲の枝野幸男代表だ。

 立憲と国民民主は旧民進党から分裂した経緯があり、どちらにも加わらなかった野田佳彦前首相ら無所属議員で構成する衆院会派が国民会議である。旧民進系の再合流は国民の理解が得られないとして、統一会派の誘いもかたくなに拒んできたこととの整合性をどうとるのか。

 枝野氏は「基本的な姿勢が変わったとは思っていない。与党の横暴という現実に対し、こうした戦い方が必要なフェーズ(局面)に入った」と説明する。あくまで国会対策上の共闘だと言いたいのだろう。

 そうであるなら、もっと早く手を打つべきだった。森友・加計問題や財務省による公文書改ざんの真相究明を果たせず、国会の行政監視機能が問われる事態に陥ったのは昨年の通常国会だった。にもかかわらず、今年の通常国会でも立憲と国民民主で野党内の主導権争いを続けた反省があるのかを枝野氏に問いたい。

 フェーズを変えたのは7月の参院選なのだろう。立憲は伸び悩み、国民民主の6議席を上回る17議席を獲得したものの、自民党の57議席には遠く及ばなかった。立憲が国民民主との「コップの中の争い」に気をとられている間に、政権批判票の一部を取り込んだのがれいわ新選組だ。

 このまま立憲の存在感が低下すれば、次期衆院選でもれいわの台頭を許すことになりかねない。慌てて路線を転換し、衆院選小選挙区の候補者調整を主導できるように立ち回っているようにもみえる。

 衆院の立憲会派は70議席に過ぎず、統一会派が実現しても117議席だ。300議席を超える巨大与党に「1強多弱」のまま立ち向かうのはそもそも難しい。

 不健全な国会の現状をどう打開するのか。野党全体で知恵を絞らなければならないのに、枝野氏から合理的な説明はまだなされていない。

https://mainichi.jp/articles/20190807/ddm/005/070/042000c
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/396.html

[政治・選挙・NHK264] 今後の野党連携/数と旗印/両立が必要だ(北海道新聞)
社説 2019/8/10

 参院選で共闘した野党は議席が伸び悩み「多弱」が続いている。

 ただ、数にものいわせる安倍1強政権に対抗し国会に緊張感を取り戻すには、強力な野党が必要である。そこに変わりはない。

 各党は秋の臨時国会や次期衆院選に向け、共闘の在り方を含め戦略の練り直しを迫られている。

 その際には、数のまとまりとともに何を共闘の旗印とするかが大切だ。議論を尽くし、政権交代の受け皿になり得ると国民に期待を抱かせる姿を見せてもらいたい。

 野党第1党の立憲民主党の枝野幸男代表は、国民民主党の玉木雄一郎代表、衆院会派「社会保障を立て直す国民会議」の野田佳彦代表に、衆院の立憲会派への合流を提案した。

 「数合わせにくみしない」としていた枝野氏の大きな転換だ。参院選で思ったほどの躍進を果たせず、党の独自性を重視する路線に限界を感じたのだろうか。

 ならば従来の国会運営や選挙戦略のどこに問題があったのか、政党同士の合流まで視野に入れているのかどうか、考え方を丁寧に説明すべきだ。「ステージが変わった」の一言では済まされない。

 一方、国民民主党は参院も含めた統一会派結成と、政策について協議を求める方針だ。

 党内には、対等な立場での統一会派結成ではなく立憲への合流とした形式や、原発ゼロなどの政策への協力を一方的に合流の前提とされたことへの反発がある。

 両党は2年前の旧民進党分裂の遺恨を引きずり、内向きの主導権争いを続けてきた。枝野氏が合流の提案を衆院だけにしたのも、参院選の複数区で候補が競合したしこりがあるからだとされる。

 今後の協議で溝が一層浮き彫りになるようでは元も子もない。確執を拭い去るには枝野氏の側に、相手の考えに耳を傾ける謙虚さが求められよう。拙速は禁物だ。

 仮に合流が実現しても、旧民進党勢力が元のさやに収まるだけでは意味がない。

 野党共闘には共産党と、れいわ新選組の山本太郎代表も積極姿勢を示す。消費税一つ取っても、廃止を掲げる山本氏から、首相在任中に税率引き上げを決めた野田氏まで、政策や主張の幅は広い。

 そこを包摂し、国民に対して訴求力のある政策の旗を打ち立てていくのは容易ではないが、乗り越えなければならない道だろう。

 立憲民主、国民民主両党には、そうした点も踏まえた骨太な構想を描いていく責務がある。

https://www.hokkaido-np.co.jp/article/333831?rct=c_editorial
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/398.html

[政治・選挙・NHK264] 森友捜査終結/真相解明の責任国会に(信濃毎日)
社説 2019/8/12

 財務省幹部らの誰も刑事責任を問われることがないまま、捜査は終結した。釈然としない思いにとらわれる。

 学校法人「森友学園」に国有地が大幅に値引きして売却された問題である。大阪地検特捜部が佐川宣寿・元理財局長ら10人をあらためて不起訴処分とした。昨年いったん不起訴になり、検察審査会が「不当」と議決したため再捜査していた。

 起訴するに足りる証拠を収集できなかったと述べている。結果として刑事責任を問うのは難しかったとしても、どんな捜査をしてそう判断するに至ったのか。具体的な言及はない。

 これでは、一連の不正や疑惑がどこまで解明されたのか確かめようがない。裁判を通して真相を知る機会も失われた。検察は、捜査で何が分かり、なぜ不起訴にしたのかを丁寧に説明すべきだ。

 評価額9億5千万円余の土地が8億円以上も値引きして売却された。地中のごみの撤去費とされたが、それほど大量にごみがあったのか、判然としない。売却に至る経緯も異例ずくめだ。

 学園が開校を予定した小学校は、安倍晋三首相の妻の昭恵氏が一時、名誉校長に就いていた。土地取引の背後に政権への忖度が働き、行政がゆがめられなかったか。核心はそこにある。

 売却に関わる財務省の決裁文書は改ざんされ、昭恵氏の名前や、特別扱いをうかがわせる文言が消された。交渉記録も廃棄されている。それをいつ誰が指示したのかもはっきりしない。

 公文書は、国の意思決定が適切、公正になされたかを検証するのに欠かせない手がかりだ。改ざんや不当な廃棄は、民主主義の土台を壊すに等しい。うやむやに済ますわけにはいかない。

 地検は、決裁文書の改ざんについて、根幹部分が変更されたわけではないと判断したという。ごみの撤去が名目の値引きも、背任の立証は困難とみたようだ。

 捜査が終わったからといって、森友問題に片がついたわけではない。この国の政治、行政の根本に関わる問題として国会は徹底して真相を究明する責任がある。

 佐川氏は昨年、国会の証人喚問で、刑事訴追の恐れを理由に肝心な証言をことごとく拒否した。不起訴が確定した今、あらためて国会に呼ぶべきだ。昭恵氏の喚問も、しない理由がない。

 行政を監視するのは国会の役目だ。国権の最高機関として強い権限を持つ。与党もその責務を果たさなくてはならない。

https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20190812/KP190810ETI090008000.php
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/419.html

[政治・選挙・NHK264] 毎日新聞只見席「ちょっとだけよ」 8/11 & 8/12 (デジタル毎日)

(第1話)参院選
首相ヤジ排除 抗議デモに150人 札幌
2019年8月11日 東京朝刊

 安倍晋三首相が7月、札幌市で参院選の街頭演説をした際、ヤジを飛ばした聴衆が北海道警に排除された問題で、当事者やその支援者ら約150人(主催者発表)が10日、市内中心部で「道警は説明と謝罪を」と、抗議デモを実施した。

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https://mainichi.jp/senkyo/articles/20190811/ddm/041/010/053000c


(第2話) 政治プレミア
電話情勢調査は万全か データサイエンスの未来
2019年8月12日 鬼木浩文・世論調査室長

https://cdn.mainichi.jp/vol1/2019/07/12/20190712pol00m010003000p/9.jpg?1
世論調査のコールセンター

 参院選の投開票から間もない7月27日、早稲田大学で「データサイエンス」に関する興味深い学内コンペティションが開かれました。テーマは「参院選の結果を予測しながら、データサイエンスの力を身につける」です。世論調査室の業務とも密接に関連しそうなので、見学してきました。

 コンペの課題は、入手可能なあらゆるデータを用いて選挙結果(選挙区は全候補者の当落、比例代表は各党の得票率)を予測すること。投開票日前日の7月20日までに予測結果を提出し、選挙終了後に予測の精度やモデルの斬新さを競いました。

 難易度の高そうな内容にもかかわらず、予想を大きく上回る61チームがエントリー。当日は、なかでも優秀…

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残り748文字(全文1042文字)
https://mainichi.jp/premier/politics/articles/20190802/pol/00m/010/013000c
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/420.html

[政治・選挙・NHK264] <つなぐ 戦後74年>戦争末期に似る「政治の貧困」 元自民党幹事長・古賀誠に聞く(東京新聞)
2019年8月12日 朝刊

https://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201908/images/PK2019081202100124_size0.jpg
古賀誠氏

 終戦の日を前に、元自民党幹事長で日本遺族会名誉顧問の古賀誠氏(79)は本紙のインタビューに応じた。「安倍一強」と言われ、権力者に物言わぬ空気が漂っている状況を「議論がなく、戦争の末期と同じような政治の貧困だ」と指摘。一方、自民党が改憲案で示している憲法九条での自衛隊の明記は「必要ない」とし、九条改憲について反対の姿勢を明確にした。

 参院選の結果を受けて、安倍晋三首相は改憲の議論を進める構え。古賀氏は「日本は七十四年間戦争に巻き込まれなかった。世界の多くの国々に迷惑をかけたという謙虚な気持ちもこもっている」と九条の意義を説明。「憲法九条は世界遺産だ」と評価し、堅持を訴えた。

 安倍一強の現状については「ある人が言ったことに全部賛成し、何も批判しない」と強調。「先の参院選で投票率がかなり下がった。今の政権に危うさが感じられ、信頼を失いつつある現象だと思う」と分析した。

 戦争で父を亡くした体験を持つ古賀氏は、日本遺族会の会長を二〇〇二年から十年間務めた。靖国神社については「国民がわだかまりなく、戦没兵士を顕彰する場として後世に残していくべきだ」と持論を述べた。

◆主なやりとり

 −八月十五日が近づいてきた。

 「二歳の時、父親が赤紙召集で出征した。終戦からしばらくして、白木の箱が届いた。開けたら紙が入っていて『昭和十九年十月三十日、フィリピン・レイテ島に没す』と。それが遺骨代わり。母は覚悟していたのか、非常に凜(りん)としていた。残された姉と私を何とか育てなければと精いっぱいだった」

 −海外へ自衛隊を派遣する法案(二〇〇一年のテロ対策特別措置法、〇三年のイラク復興支援特措法)の衆院採決で退席している。

 「戦争に向けてちょっとでも風穴が開くことは一切賛成できない。戦争はわれわれのような(悲しい思いをする)体験者をいっぱいつくる。それは絶対駄目だと思い、政治を志した。だから立派ということでもない。当たり前のことをやっただけだ」

 −七月の参院選の結果を受けて安倍首相は改憲議論を進め、九条に自衛隊を明記するという。

 「改憲議論はしっかりやらないといけない。戦後七十四年たち、見直さなければならないものもあるかもしれない。現行憲法で守るべきは九条。とりわけ立憲主義と平和主義。国民の中で、自衛隊を違憲だと言っている人がいるのか。災害などで出動する隊員に国民は感謝している。あえて憲法に書く必要性が本当にあるのか。それで自国の防衛や平和を保てるのかといわれるが、理想の実現に向かって頑張るのが政治家。七十四年間、日本は戦争に巻き込まれないできた。同時に九条には、世界の多くの国に迷惑をかけたという償い、謙虚な気持ちが含まれている。だから九条は世界遺産だ」

 −戦争体験から政治の役割の重要性を説いている。

 「戦争を検証する時、やはり『政治の貧困』というものは常に心に留めておく必要がある。先の四年間の戦争で三百万人が犠牲になったが、大半が最後の一年間で亡くなった。一九四四年六月、マリアナ沖海戦で日本軍は壊滅的に敗れた。グアム島などは飛行機で本土への直接爆撃が可能な絶対国防圏だった。その後の一年で最大の犠牲を出した。私の父もだ。まさに政治の貧困。あそこでやめていれば原爆も東京大空襲も沖縄戦もない。政治に携わる人はそういうことを勉強し、改憲議論をしないといけない。それが今の政治家に伝えなければならない一番大事なことだ」

 −現実の政治を見ると、安倍一強の下で多様な意見が交わされにくくなっていないか。

 「戦争末期と同じような政治の貧困だ。貧困とは議論がないこと。ある人が言ったことに全部賛成し、何も批判しない。いつか来た道に帰って行くような恐ろしさを常に持っている。権力は隠す物。振り回してはいけない。安倍政権は国の力を強くする理念の(派閥)清和会。われわれは経済重視軽武装の宏池会。国民に議論を求めて政治を進めてきた。参院選で投票率がかなり下がった。既に今の政権に危うさが感じられ、信頼を失いつつある現象だと思う」

 −日本遺族会の会長を長く務めていた。

 「遺族が高齢化し、戦没兵士の顕彰を考える主体は遺族会から脱皮するべきじゃないか。靖国にまつられるんだと命をささげていったのだから、靖国神社とは別の施設は、僕には考えられない。国民がわだかまりなく顕彰する場として後世に残していくべきだ」(聞き手・榊原智康、武藤周吉)

<古賀誠(こが・まこと)> 1940年、福岡県瀬高町(現みやま市)生まれ。日大卒。参院議員秘書を経て、80年衆院選で初当選。96〜97年運輸相、2000〜01年自民党幹事長などを歴任し、12年に政界を引退した。衆院10期連続当選。02〜12年まで日本遺族会会長、現在は同会名誉顧問。06〜12年に宏池会(現岸田派)会長を務めた。

https://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201908/CK2019081202000157.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/421.html

[政治・選挙・NHK264] 哲学なき五輪、何の誰のため そしてあなたは 真山仁氏(朝日新聞)
朝日新聞デジタル 2019年8月12日22時00分


真山仁のPerspectives:視線

 7月28日早朝、取材旅行でシンガポールから帰国し、羽田空港の到着口を出た私がまず目にしたのが、「1 Year to Go! 開催まであと1年!」という文字だった。

 東京五輪開催1年前を告知するその看板の前を歩きながら、いよいよか、と思う私の横で、外国人親子が記念撮影をしていた。

 東京が開催地に決定した2013年から、なぜ、今さらオリンピックなんだ、とずっと疑問を抱かせた東京五輪まで、ついに1年を切った。

 最終選考の際に、福島第一原子力発電所の汚染水について「アンダーコントロール(統御されている)」というとんでもない演説をした安倍晋三首相に怒りを覚えた。あるいは、大会のエンブレムが既存のデザインと酷似していると抗議を受け、変更したことにあきれた。さらには、五輪誘致以前より全面建て替えが決まっていた新国立競技場の設計デザインが、当初の予定をはるかに超える高額となったことで、15年7月に白紙撤回された。

https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20190805000820_comm.jpg
真山仁さんと建設中の新国立競技場=2019年8月1日、東京都渋谷区、福留庸友撮影
写真・図版

https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20190810001551_commL.jpg
真山仁さん。「JAPAN SPORT OLYMPIC SQUARE」からは工事中の新国立競技場と五輪マークのオブジェが見える=2019年8月1日、東京都新宿区、福留庸友撮影

 まるで、今の日本の迷走ぶりを象徴しているようじゃないか、と思った。

 こんな調子で、本当に五輪なん……こちらは有料会員限定記事です。残り:3065文字/全文:3529文字

https://www.asahi.com/articles/ASM853273M85UPQJ001.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/422.html

[政治・選挙・NHK264] 立憲民主党の票はれいわ新選組に流れたのか(三春充希(はる) ☆みらい選挙プロジェクト)
第25回参院選精密地域分析 Part1
立憲民主党の票はれいわ新選組に流れたのか

三春充希(はる)☆みらい選挙プロジェクト
2019/08/12


第25回参院選(2019年)比例代表の地域分析を行います。第一回は、おそらく多くの人が気になっているはずの、れいわ新選組の分布から見ていきます。特に前回衆院選の立憲民主党の票がれいわ新選組に流れたのかといったことについて、現時点で可能な範囲で検討していきます。

■れいわ新選組の勢力分布:全国

https://d2l930y2yx77uc.cloudfront.net/production/uploads/images/13565975/picture_pc_5aec30c6cc5b6f4be6965639c63ecb1a.png
れいわ新選組得票率 第25回(2019年)参院選比例代表

まず得票率の分布を見てみましょう。この分布からは、れいわ新選組が全国的に広く票を得ているということが読み取れます。

都道府県別で得票率が高かったのは東京(7.95%)、沖縄(7.28%)、神奈川(5.74%)でしたが、そうした地域だけが突出した地盤となっているわけではありません。

れいわ新選組は結成されてからわずか3か月で参院選をむかえました。候補者の選定はさらに遅かったため時間もなく、全国の隅々を回れたわけではありません。また、全国的な組織を持つわけでも当然ありません。

それにもかかわらず、各地の有権者に情報が伝わり、動いた人がこれだけいたということは注目に値するのではないでしょうか。

■関東地方を拡大

https://d2l930y2yx77uc.cloudfront.net/production/uploads/images/13569183/picture_pc_507300dcd85a968f2156d38f57d8f5aa.png
れいわ新選組得票率・関東地方 第25回(2019年)参院選比例代表

関東地方を拡大してみると、東京23区からは渋谷区、杉並区、世田谷区を中心とする地盤が見えてきます。これらの地域は、23回参院選(2013年)で山本太郎が東京都選挙区に出馬したときの地盤でもあるのでした。

また、神奈川県では葉山、逗子、鎌倉の得票率が抜け出しています。ここは48回衆院選で立憲民主党の得票率が高かった地域でした。

■得票率が上位の自治体

https://d2l930y2yx77uc.cloudfront.net/production/uploads/images/13569483/picture_pc_ce2115689333f5db32bf9e9667e8050c.png
れいわ新選組 得票率上位自治体

上の表は、日本の1896市区町村を得票率で序列化し、上位40位までを表示したものです。最も多いのは東京ですが、沖縄の市町村も軒並み上位となっています。

■立憲民主党の得票率との関係

さて、詳しくは立憲民主党の地域分析の記事に書きますが、立憲民主党は48回衆院選(2017年)と比べ、25回参院選(2019年)では得票数を後退させています。その一方、共産党や社民党は大きな変化が見られないため、れいわ新選組に票が移動したという推測が成り立ちます。

このことについてきちんと考えるには、明推協(明るい選挙推進協会)の意識調査が大きな手掛かりとなるはずなので、厳密にはその公開を待つ必要があります。なのでここからは、地域分析の観点から可能な範囲で検討をしてみましょう。

@ 2017年・立憲民主党(全国)

https://d2l930y2yx77uc.cloudfront.net/production/uploads/images/13567323/picture_pc_b34e41e35bcb48703882959ed0bdf651.png
立憲民主党得票率 第48回(2017年)衆院選比例代表 

A 2019年・立憲民主党+れいわ新選組(全国)

https://d2l930y2yx77uc.cloudfront.net/production/uploads/images/13567324/picture_pc_15bb63f303d598cb3e92a6d0792bd8e9.png
立憲+れいわ得票率 第25回(2019年)参院選比例代表

@には48回衆院選(2017年)の立憲民主党の得票率の分布を、Aには25回参院選(2019年)の得票率について、立憲民主党とれいわ新選組を合算した分布を示しました。青森県など個別の事情があるところを除けば、二枚の地図はよく一致します。

B 2017年・立憲民主党(関東)

https://d2l930y2yx77uc.cloudfront.net/production/uploads/images/13568080/picture_pc_d8facd14eb3b4b5a84c170aaa1bb5f43.png
立憲民主党得票率・関東地方 第48回(2017年)衆院選比例代表 


C 2019年・立憲民主党+れいわ新選組(関東)

https://d2l930y2yx77uc.cloudfront.net/production/uploads/images/13568081/picture_pc_6aae9cf9c1df69001ea6cee2faa0d796.png
立憲+れいわ得票率・関東地方 第25回(2019年)参院選比例代表

また、BとCは、立憲、れいわ両党の主要な地盤にあたる関東地方の結果です。やはり一致度は極めて高いというよりほかにありません。特に埼玉から神奈川に至る4つのピークが再現されてくることは驚きです。

また沖縄は過去に民主党や民進党が浸透できなかった地域の一つでしたが、立憲民主党になって大幅に得票率が伸びています。しかし今回の参院選では、沖縄はれいわ新選組の得票率が高く、立憲民主党は大幅に票を減らしました。こうした点からも、立憲民主党かられいわ新選組へ票の移動が起こったことが示唆されます。

立憲民主党かられいわ新選組への票の移動があったのなら、それはなぜ、どのようにして起こったのでしょうか。

■れいわの「利害関係者」

https://d2l930y2yx77uc.cloudfront.net/production/uploads/images/13570631/picture_pc_8b228fa629d2fe6f0d4b8d5ee0163ffd.png
サラリーマン新党得票率 第13回(1983年)参院選比例代表

かつて日本には、サラリーマンの利害を代弁しようとした政党がありました。「スーツ代を必要経費に」と訴えたその党は、最初の比例代表選挙で次ような勢力の分布を示しました。

極めて強い都市型の傾向です。それはもちろん、この党の利害関係者であったサラリーマンが都市部の存在だったからにほかなりません。

しかし、山本太郎のたちあげた新党は、単なる東京地盤や都市地盤というわけではなく、全国的に広く票を得ることになりました。都市部の浮動票を取り込んだだけではないということは、れいわ新選組を考える上で重要なポイントであるはずです。もちろんそうしたことにはネット選挙の普及も無縁ではないでしょう。しかしながら、いくらネット選挙が普及したところで、かけるべき言葉がとどくべき人に届かなければ、票が動くことはないはずです。

今回の参院選でれいわ新選組が躍進を果たした時、この政党がポピュリズムであるといったたぐいの議論が各所でなされました。しかしながらそのほとんどは、山本太郎がどういう状況にいる人たちの声の代弁者になろうとしたのかという基本的なことを置き去りにした形式的かつ表面的といえる話でした。

どんな政治勢力であっても、それを理解し議論するためには、その政治勢力がどのような人たちの利害を実現しようとしているのかという事をおさえている必要があります。

では、れいわ新選組が利害を実現しようとした層はどこにあったのでしょうか。山本太郎が代弁しようとしたのはどのような人たちだったのでしょうか。

山本太郎が掲げた一つ一つのこと――それは、この社会で本当に困っている人たちに向けられているものでした。

例えば消費税ゼロについて。消費税が関わってくるのは全ての国民ですが、それをゼロにするということで最も恩恵を受けるのは貧しい人たちにほかなりません。

そして体に重いハンディキャップを抱えた2人。シングルマザー、コンビニ問題の関係者、かつてホームレスだった人……こうしたみんなが当事者で、現在の社会が抱える問題を体現しているんだといって候補者を並べ、「新しい時代に新しく選ばれるものたち」として、彼は新党を作りあげたのです。

「消えてしまいたい、死にたい、そう思ってしまう世の中のほうが間違ってんですよ」と山本太郎は訴えかけました。

そういう言葉が響く人たちが、れいわ新選組の利害関係者だったのです。そしてそういう人たちは全国にいました。

ぼくは以前、「なぜ投票率はこんなにも低いのか? なぜ無党派層はこんなにも多いのか? それは『ある時』に始まった」という記事のなかで、次のように書いたことがあります。

   終身雇用が崩壊し、労働者の権利が後退し、非正規化が進み、ブラッ
   ク企業が野放しにされ、多くの人たちが、安定した雇用の中で結婚し
   て子供を育てるという従来の生活スタイルを作ることができなくなっ
   ていったのです。社会に出ていく時にいつもそういう展望を描けない
   道へ進まざるを得なかった人たちがいました。政治はそれに対して無
   力であり、政治に距離を置く層や、政治に失望した層が多く生まれま
   した。

   一つの側面から言うならば、今の無党派層の多さや投票率の低さは、
   それが降り積もった結果にほかならないのです。バブル崩壊以降の日
   本の30年の停滞が、日本の社会の中にそういう一つの集団を作った
   ともいえます。そういう人たちを社会の中に取り戻すという事をでき
   なければ、日本の社会が再び元気を取り戻すことはあり得ません。政
   治的な停滞や経済的な停滞を破ることはありえません。

   政治はこの無党派層にたいして光を与える必要があります。政治が無
   党派層に光を与え、無党派層がそのような政治家に力を与えることで、
   未来は大きく変わりうるはずです。

こうした無党派層――単なる政治的な無関心とは違う、新しく降り積もった層としての無党派層にむけてこれだけの言葉を放ったのは、もしかしたられいわ新選組が初めてかもしれません。

もちろん今回の参院選では投票率の上昇がみられていないので、まだ届きうるはずの多くの人に訴えが届いているわけではないのでしょう。

けれど下に示すような出口調査の結果(NHK)には、やはりこの党の特殊性があらわれているようです。投票者がこのような年齢分布をしている政党は他には見られません。

https://d2l930y2yx77uc.cloudfront.net/production/uploads/images/13573780/picture_pc_b25af6b3e0f2cfcacede4743341f70e1.png
NHK出口調査・年齢別投票先(れいわ新選組)

あるいはこれは、前回の衆院選のときに「立憲民主党はあなたです」というのを聞いて動いた層であるのかもしれません。あのときに、それまで無党派層だった人たちが淡い期待を持って反応した分だったのかもしれません。そこに向けてより強い言葉をかける存在が現れたら、そちらに動くのも頷けます。

前回衆院選の立憲民主党の勢いは、従来の民主党や民進党の支持層とは異なった人たちをとりこむものでした。「政治が無党派層に光を与え、無党派層がそのような政治家に力を与える」ということを考える以上、その選挙運動は称賛に値するものです。今回のれいわ新選組の選挙もまた、そうであるのに違いありません。

https://note.mu/miraisyakai/n/n07237a363319
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/425.html

[中国12] 「対米」で内部亀裂あらわに ――習近平の中国(3)(ちきゅう座)
2019年 8月 13日(ちきゅう座)
<田畑光永(たばたみつなが):ジャーナリスト>

 前回の最後に、過去2回の中国の危機(1960年代末〜70年代初、1989年)に毛沢東、周恩来、ケ小平といった人たちがいかにして政権を守ったかに触れた。私はいずれの場合もメンツや行きがかりにとらわれずに、彼らは大胆に現実と妥協した、という見方をとる。

 そこから私は、今回の対米摩擦でも習近平は同じように考えると見た。たんに米の対中貿易赤字が巨額だというにとどまらず、技術移転とか国と企業のあり方といった幅広い分野で米側が中国に不信、不満を募らせていることは、昨18年12月1日、ブエノスアイレスでの首脳会談のテーブルにこれらが乗せられた以上、習近平も否応なく事態が容易ならざるものであることを自覚させられたはずだ。

 そこでの習近平の態度をうかがわせる報道があった。会談直後の3日、会談に加わったムニューシン米財務長官が米CNBCテレビのインタビューで「首脳会談で中国側から1兆2000億ドル(約136兆円)以上、輸入を増やすと申し出があった」と語ったのだ。(『朝日新聞』・18年12月5日)

 会談でのどういうやりとりの中での発言かは不明だが、1兆2000億ドルという数字はそれこそ半端でない。米の対中赤字の3〜4年分にあたる。それだけの輸入をどれほどの期間に何を買って実現するのかはっきりしないが、とにかく気前のいいところを見せて、米の攻勢の切っ先をかわそうという戦術が見て取れる。衝突は避けたいという意思表示だ。

 結局、このブエノスアイレス会談では、米側が関税第三弾として9月から2000億ドル分の輸入品にかけていた10%の関税を「19年1月から25%へ引き上げる」としていたのを「3月1日からに90日間延期」し、その間、閣僚級交渉を進めることになった。

 その後の経過を、今年6月2日に中国の国務院新聞弁公室が出した「中米経済貿易交渉における中国の立場」という白書から拾ってゆくと、まず90日の期限内に3回の交渉が行われ、その結果、2月25日に米側は2000億ドル分についての関税を25%へ引き上げるのを期限なしで延期することにした。

 さらに3月末から4月末にかけても3回の交渉がおこなわれて、「実質的な進展があり、・・・・両国は大部分の問題について一致を見た」。しかし、問題はこれからである。

 白書は言う。「米政府は『得寸進尺』(一つ得れば、さらに多くを要求する)、強圧的な態度で極限的な圧力を加え、不合理な要求を突きつけ、これまでの追加関税を取り消すことを拒否し、協定の中に中國の主権にかかわる事柄を書き込むことを強く要求した。その結果、残った対立点で一致することはできなかった」

 この白書は交渉が5月10日にいったん物別れとなった後、6月末のG20大阪会議の後に行われた米中首脳会談までの間に出された。中国側には非のないことを主張するために書かれたものであることは言うまでもない。

 その間、米側からは大統領のツイッターをはじめ出席者からも断片的に経過が明らかにされた。米側関係者が口をそろえて言うところの骨子は、協定は150頁の文書にまとまったが、最後に中国側がそのうちの45頁を削除するように求めてきたために、話は壊れた、ということである。

 これと中国側の白書を比べて見ると、米側の交渉態度についての形容詞などを除けば、内容は基本的に矛盾しない。唯一違うのは、米側がいったんは150頁の文書にまとまったと言っているのに対して、白書は米側が「中国の主権にかかわる事柄を書き込むことを強く要求した」とのべて、そこで交渉が頓挫したと受け取れるように書いている点である。

 当時の報道を思いだしてみると、交渉はほとんどまとまり、3月末か4月には習近平訪米で決着か、といった観測さえ流れていた。ところがその後、米側から「中国が土壇場で後戻りした」という非難の声が上がったのであった。問題は文書がいったんまとまった後になって、中国側がそれの取り消しとか修正を求めたのか、そうではなくて文書にまとまる前に話は壊れたのか、である。前者であれば交渉団がまとめたものが、別の力で否定されたことになるわけで、私はそれが現実に起こったことだったと考える。

 5月交渉に訪米した劉鶴から、前に触れたように主席特使の肩書が消えたり、劉鶴自身の発言も「主権にかかわることは譲れない」と言いつつ、「閣僚級の交渉での合意は難しい。両国の首脳同士で決着してほしい」と、すでに自分の手ではどうにもならない状況を訴えていた。どうみても劉鶴がまとめた協定が国内で否定されたとしか見えない。

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 どういう状況だったか、想像してみよう。春は中国の政治の季節である。国会にあたる全国人民代表大会、諮問機関の全国政治協商会議という、それぞれ千人単位の代表を集める大きな会議が北京で開かれる。

 と言って、普通の国の議会のように激しい論戦が戦わされるわけではないが、各政府機関や地方代表の記者会見が開かれたりして、国の動きに関心が集まる時期である。したがって折からの対米交渉は注目の的であったはずであり、その中に「主権にかかわる事柄」があったとすれば、当然、立法措置とかあるいは中央と地方の政府の権限にかかわる部分もあったであろう。さまざまな事態が想像できるが、何らかの形で対米交渉の内容が明らかにされ、その結果、協定の中身が妥協的に過ぎる、主権が侵される、交渉団が弱腰すぎる、という批判が巻き起こったのではなかったか。

 批判の対象は当然、習近平ということになるが、一強体制下では直接、習近平を批判することははばかられる。そこで「将を射んとすれば、まず馬を射よ」で、交渉団首席代表の劉鶴に批判が集中した。習もそれを無視するわけにはいかず、いったんまとまった協定案文の一部(米側の言う150頁のうちの45頁か)の削除、あるいは再交渉を命じ、劉鶴から国家主席特使の肩書を外した・・・

 こう考える以外、3月から5月にかけて起こったことを合理的に説明できる筋道はなさそうに思える。そして、劉鶴が交渉を中断してワシントンから帰国した1か月後、このストーリーを裏付けるような出来事があった。

 6月上旬から、中国の新聞各紙にいっせいに「対米投降派」を批判、攻撃する文章が載ったのである。発端は6月8日の国営新華社通信が「戦闘檄文」という論評を配信したことで、私は香港の『多維新聞』というサイトで2,3日後にそれを知り、当日の新華社を検索したが、確か This article has sensitive words とあるだけで、本文は消されていた。今度も念のため検索してみたが、今回は The request contains sensitive words と変わっただけで、檄文そのものにはお目にかかれなかった。

 香港メディアによると、その檄文は米との貿易戦で中国内部に投降派がいることを指摘し、「それらの人間は軟骨病にかかり、民族の気概を失い、中国は妥協すべしと鼓吹している」として、投降派との戦闘を呼びかけているという。

 その檄にこたえるように、6月11日の『人民日報』が「恐米崇米の心理を捨てよ」という論評を掲げたのを皮切りに、同19日「中国は“もしも”がもたらす苦い結果を飲み下せるか」(もしも米に逆らわなかったら、中国ははたして安泰だったか、という趣旨)、同25日「あえて戦うことで尊厳を勝ち取れる」と、対米軟弱派を攻撃する文章を掲載した。

  『光明日報』『環球時報』なども同趣旨の文章を掲載したが、共通した特徴はいずれも対米軟弱派は「ごく少数である」と強調していることである。つまり一般的な社会の風潮を言っているのでなく、指導層の内部の具体的な人間、あるいは人間たちを念頭に置いて書かれ、読むほうもわかる人には誰のことだかわかるはずといった書きっぷりだ。

 すくなくともこの時期、指導部内に対米軟弱外交を強く批判する人たち(勢力といえるか)がいて、新華社、『人民日報』という党の公式メディアを動かしたことは間違いない。この人たちは習近平が対米妥協で危機をしのごうという戦略にはっきりノーをつきつけ、それが党内の大勢を占めて、いったんはまとまった協定をホゴにさせたとしか私には考えられない。

 しかし、交渉を暗礁に乗り上げさせたままにはできない。トランプ側は延期していた2000憶ドルの中国からの輸入品の一部の関税をさらに25%まで上げることを6月から実施した。

 次の事態打開のチャンスとして、当然のことながら6月末に大阪で開かれるG20の首脳会議で再度トランプ・習近平会談かという観測が広まった。トランプ側がすぐにそれに応じる構えを見せたのに対して、習近平は煮え切らなかった。おそらくトランプの強引な攻め口にどう応じるか考えあぐねていたのであろう。

 大阪での首脳会談が決まったのは6月18日、電話による2人の直接会話によってだった。会談のわずか11日前である。

 さて、6月29日の大阪会談。これもいろいろと興味深い。

 会談は1時間余りの短いもので、中断している閣僚級交渉の再開を決めたほか、中国側新華社の報道では、儀礼的な部分を除くと、習近平は「交渉は平等で、相手を尊重するものでなければならない。主権と尊厳にかかわる問題では中国は自国の核心的利益を守る」と発言し、トランプは「これ以上新しい関税を中国製品にかけることはしないが、中国が米からの輸入を増やすことを希望する。双方が受け入れられる協定ができることを願っている」と発言した、とされている。つまり具体的な問題についての首脳間のやり取りはなかったことになっている。

 一方のトランプは記者団相手に1時間半も長広舌を振るい(中国問題だけではないが)、その中で中国の通信機器大手「華為」へ米企業からの部品供給を禁止しているのを、安全保障上の問題のないものは認めることになったとか、中国が大量の米国産農産物を買い付けることになったとか、中国側は米国製品の輸入については現実の需要に即して行うといった、などと、「各論」を明らかにした。この食い違いが8月初めの、今のところの最後の「破局」のもとになったのでは、と考えられる。

 大阪会談を受けて、双方の交渉当事者は7月末に上海で交渉を再開することになったが、その前にトランプは「中国は農産物の大量購入という約束を守っていない」としきりに中国を攻撃し始めた。それに対して中国側からは「すでに大量の農産物を輸入し始めているが、これは米への譲歩ではなくて、善意の表明だ」という新聞論調(新華社、『環球時報』7月28日)が返された。習近平は首脳会談で農産物の大量購入を約束させられたと受け取られないように、通常の貿易として農産物の輸入が行われるように装いたかったのだ。しかし、それでは「自分の功績の宣伝」と「即効」を求めてやまないトランプを満足させることはできなかった。

 上海での交渉は7月31日に開かれ、次回は9月にワシントンで、と決めて、終わったが、翌8月1日、業を煮やしたトランプがついに切り札ともいうべき第4弾の関税攻撃、つまりそれまでの3次にわたる合計2500憶ドルの中国産品に対する25%の追加関税に加えて、あらたに3000憶ドル分の中国製品に10%の追加関税を9月1日からかけることを表明した。

 これに対して中国側も、報復措置として米国産農産物の輸入を停止するように国有企業に指示、それに対して5日には米財務省が11年ぶりに中國を「為替操作国」に認定した。

 「為替操作国」として、自国の有利なように為替を操作する国とのレッテルを張られると、関税のよる制裁を受けたり、為替の切り上げを求める国際的圧力をうけたりという不利益を被る可能性がある。こんな扱いを受ければ、中国としても世界第2の経済大国としてのプライドから黙ってはいないだろう。取っ組み合ったまま急坂を転げ落ちるような両大国の姿である。

 世界はどうなるのか、各国それぞれの不安、懸念がここ数日間の各種市場の波乱に表れている。にもかかわらず、肝心の米中交渉は9月に再開とは決まっているが、妥結のめどはなにもない。このような事態はだれも予想していなかっただろう。

*********

 どうしてこんなことになったのか。習近平は見てきたように毛沢東、周恩来、ケ小平の先達に倣って、米との妥協の道を選んだ。しかし、残念ながら、習には先達のような威信、統率力、人望がなかった。むしろ習があまりに一強体制の構築に力を入れたことが、逆に党内に反発を生んだとも考えられる。ということは、習近平・劉鶴の対米妥協路線に反対するよりも、習・劉のすることに反対するムードが「対米投降主義反対」の看板を生んだのかもしれない。いずれにしろ習近平の足元に伸びる党内の亀裂が習を今、進退両難の窮地に追い込んでいると思える。あるいはトランプが言うように、習は来年の米大統領選挙でトランプが負けることを心待ちにしているということも十分にありうる。

 一方のトランプはといえば、まさしく多くの指摘通り選挙で再選されることを至上命題に、ひたすら自己の有能さと成果を宣伝すること以外には全く関心がないように見える。彼にとっては成果が上がらないなら、対中交渉などはもはやどうでもいいかもしれない。

トランプ、習近平―この2人が米中両大国のトップであることが世界の大きな災いのもととならないように祈るしかない。              (この項終わり)

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye4633:190813〕

http://chikyuza.net/archives/96119
http://www.asyura2.com/17/china12/msg/885.html

[政治・選挙・NHK264] 「サリンとガソリンをまき散らす」など脅迫メール770通、愛知県が被害届提出 「表現の不自由展」巡り(毎日新聞)
デジタル毎日 2019年8月14日 19時41分(最終更新 8月14日 21時20分)

 国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が抗議の電話やメールなどが相次ぎ中止となった問題で、愛知県は14日、芸術祭実行委員会などに届いた「県庁等にサリンとガソリンをまき散らす」などと書かれた脅迫メール770通について、県警東署に被害届を提出し、受理された。

 脅迫メールは5〜9日にかけて、実行委や県庁の各部署などに届いた。メールには「県内の小中学校、高校、保育園、幼稚園にガソリンを散布し着火する」「県庁職員らを射殺する」などと書かれていた。5日には、県トリエンナーレ推進室に同一のメールアドレスから144通の脅迫メールが届いたという。

 実行委や県庁には1日の芸術祭開幕から13日までに、計約5500件の抗議の電話やファクス、メールが届いている。【竹田直人】

https://mainichi.jp/articles/20190814/k00/00m/040/280000c
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/473.html

[政治・選挙・NHK264] 「森友」捜査終結/幕引きも忖度なのか(中日/東京新聞)
2019/8/14 社説

 「森友学園」への国有地売却や財務省の文書改ざんをめぐる大阪地検の捜査は再び「不起訴」で幕引きになった。市民の検察審査会が「言語道断」と指弾した問題だ。国会での追及は続けるべきだ。

 市民十一人でつくる大阪第一検察審査会が佐川宣寿(のぶひさ)元財務省理財局長ら十人を「不起訴不当」と議決したのは今年三月だ。それを受けての大阪地検の再捜査だったが、結論はやはり「不起訴」だ。

 「起訴するに足りる証拠を収集できなかった」と説明したが、納得はできない。検察もまた政権に忖度(そんたく)か、政治判断かと、国民の間で疑念が広がろう。

 国有地を学園に八億円余り値引きして売却した理由も経緯も不明なままの捜査の幕引きだからだ。値引きの根拠となった国有地のごみ撤去費の積算額が不適正と認定できるかが焦点だった。

 どんな再捜査が行われたのかも国民に不明なままでは、その捜査自体が公正であったかも疑われてしまう。

 とくに国有地で開校予定だった小学校の名誉校長に安倍昭恵首相夫人が一時、就任していた。財務省近畿財務局などで作成された文書では十四件の改ざんが行われ、昭恵夫人の名前や「特例的な内容」などの文言が削除された。交渉記録の廃棄まで行われた。

 極めて悪質な事案だったといえる。検審は「文書を改ざんする行為は一般市民感覚からすると、いかなる理由があっても許されない」と厳しく批判した。当然の不信であり、怒りの言葉だった。

 財務省でさえ調査報告書で認め、佐川氏ら二十人を処分している。いわば証拠がそろった状態なのに、これを不問に付す検察とは何なのか。

 「特捜検察は解体すべきだ」などと刑事告発した弁護士らは口にしている。不起訴ありきの国策捜査なら、検察は自ら国民の信頼を失墜させている。

 市民の代表である検審が求めたのは、起訴して公開の法廷で白黒つけることでもあった。その意思さえ踏みにじったに等しいではないか。

 行政の公平性がゆがめられたのか、国会でウソの答弁がまかり通ったのか、忖度が行政をむしばんでいるのか…疑念は民主主義社会の根幹をも揺るがしている。

 真相解明が果たされぬままでは、国民の「知る権利」も毀損される。幕引きは許されない。国会が頬かぶりしたら、行政ばかりか政治への信頼も失われてしまう。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2019081402000154.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/474.html

[政治・選挙・NHK264] 「森友」捜査終結/国会に真相究明の責務(北海道新聞)
2019/8/14 社説

 学校法人森友学園を巡る財務省の国有地売却交渉や決裁文書改ざんに関する大阪地検特捜部の捜査は、告発された関係者10人を再び不起訴とし、終結した。
 有印公文書変造・同行使の容疑などで告発された佐川宣寿(のぶひさ)元国税庁長官らが不起訴となったことに対し、大阪第1検察審査会が3月に「不起訴不当」と議決したが、再捜査で結論は変わらなかった。
 8億円もの国有地の値引きがなぜ行われ、官僚が国会を欺く前代未聞の決裁文書改ざんになぜ手を染めたのか。司法の場での真相究明は期待できなくなった。
 だが行政の公正性や透明性をゆがめ、議会制民主主義の根幹を危うくした問題を、このままうやむやに終わらせてはならない。
 国会は佐川氏らを呼び、事実を解明する責務がある。

 検察審査会は「一般市民感覚からすると、いかなる理由があっても許されず、言語道断の行為」だと改ざんを厳しく批判していた。
 法的責任を問われなくても、市民感覚に根差した疑問は残る。
 思い起こすべきは、安倍晋三首相夫人の昭恵氏と学園の関係を示す複数の記述が、改ざんによって削除されたことだ。
 改ざんの契機が、「私や妻が関係していたなら首相も議員も辞める」と述べた2017年2月の首相の国会答弁だったことは財務省の調査報告書も認定している。

 佐川氏は昨年の証人喚問で、学園との交渉に昭恵氏の指示や影響は「一切なかった」と述べた。
 ならば、なぜ削除したのか。この肝心の点については「訴追の恐れ」を理由に証言を拒否した。
 これでは、値引きの背後に首相夫人と学園の関係に対する官僚の忖度があり、だからこそ改ざんによって「不都合な事実」を消そうとしたのではないかとの疑念を拭い去ることはできない。
 佐川氏は訴追の恐れはなくなったのだから、真実を語るのに支障はあるまい。衆参の予算委員会は直ちに再喚問を実施すべきだ。

 安倍首相は参院選の党首討論会で森友・加計問題に関し「私も妻も直接関わった証拠はなかった」と述べている。
 しかし昭恵氏はこの件で一度も国民の前に出て説明していない。国有地の賃料優遇措置について財務省に照会した、元昭恵氏付政府職員の谷査恵子氏もそうだ。
 当事者が口を開かずして、なぜ「証拠なし」と断定できるのか。昭恵氏の喚問と、谷氏ら他の関係者の国会招致も不可欠である。

https://www.hokkaido-np.co.jp/article/334643?rct=c_editorial
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/475.html

[戦争b22] 感情より理性を刺激する英国の戦争博物館 (朝日新聞社 論座)

感情より理性を刺激する英国の戦争博物館
第一次大戦から現代のシリア内戦まで、戦争を多面的に見せる展示に圧倒された

高橋真理子 朝日新聞 科学コーディネーター
論座 2019年08月14日 より無料公開部分を転載。

https://image.chess443.net/S2010/upload/2019081100001_1.jpg
帝国戦争博物館(IWM)ノース(North)の「1990年から現代」のコーナー。「平和?」と問いかけている=2016年7月24日、英国マンチェスター

 英国マンチェスターにある「帝国戦争博物館(Imperial War Museum=IWM)ノース(North)」を訪れたのは、3年前だ。英国には5つのIWMがあり、たまたま訪れることのできたここだけを取り上げるのはいかがなものかとためらっているうちに3年たってしまった。しかし、戦争というものを多面的に考えさせるその展示から受けた衝撃はいまも鮮やかだ。賛美するでも忌避するでもなく、現実を知らせようとするスタンス。家族連れで楽しんでもらえるように、親しみやすくおしゃれな展示。入場無料。こういう博物館が日本にも必要だという思いは、3年たって募るばかりだ。

https://image.chess443.net/S2010/upload/2019081100001_6.jpg
IWM Northの外観

https://image.chess443.net/S2010/upload/2019081100001_5.jpg
IWM Northの入り口

■親子連れが気軽に訪れる博物館

 川べりに立つひときわユニークな建物がIWM Northだ。外には戦車がぽつんと展示してあった。中に入ると、幼い子どもたちが係員から説明を聞いている場面に遭遇し、そうか、ここは親子連れで来るような、日本でいえば科学博物館のようなところなのだと認識する。

 この博物館で展示しているのは1914年以降、つまり第一次大戦から現在に至るまでの戦争と紛争の「あらゆる側面」である。展示室の入り口には「戦争がどのように形作られ、人々の暮らしを変えるか、探って発見しよう」と大書してある。

https://image.chess443.net/S2010/upload/2019081100001_4.jpg
展示室の入り口で係員の説明を聞く親子連れ=2016年7月24日、英国マンチェスター

 基本的には時系列に沿って展示されているが、ユニークな切り口があちこちにある。例えば「スポーツと戦争」。「スポーツは、紛争の世紀の間ずっと、兵士たちにとってきわめて重要なものだった。スポーツは体を鍛え、団体精神を養い、競争心をもたらす。必要とされる度胸、持久力、結束力はいずれも戦争にも役立つものだ。そしてスポーツは兵士たちを戦争のストレスからいっとき解放する役割も果たした」といった説明である。第一次大戦のときは手作りの皮製サッカーボールが使われ、21世紀のアフガニスタン戦争ではプラスチックのフリスビーが使われたそうだ。

 「科学、技術と戦争」というコーナーでは、「20世紀のもっとも重要な科学、医学、技術のイノベーションのいくつかは、戦争から生まれた」とあり、原爆は破滅的な結果をもたらしたが、医学の進歩はすべての人に恩恵をもたらした、と説明する。

■「プロパガンダ」を客観的に説明

 「戦争の印象」というコーナーはとくに興味深かった。ポスターや雑誌などが展示され、プロパガンダについて説明されている。「プロパガンダ(虚実ないまぜの情報の組織的拡散)は戦争中においてきわめて重要である。政府は選んだ事実とウソを拡散させるために新聞、ラジオ、テレビ、映画、インターネットを使う。プロパガンダは、国民が喜んで戦いに参加するように、そして敵への憎しみを増すためにも使うことが可能だ。また、敵側に対しても使いうる」。1939年、イギリスは情報省を作り、ここがイギリス国民へのプロパガンダを担当した。ナチスドイツでは「国民啓発宣伝省」が置かれた。これらに関する資料が展示されているが、しかしプロパガンダの説明に「インターネット」という単語も入っていることに注目せずにはいられなかった。これは昔話ではなく、現在も続いていることなのだと来館者に伝えているのである。

 「Never Ending War(終わらない戦争)」というタイトルで指摘しているのは、 ・・・ログインして読む
(残り:約1446文字/本文:約2854文字)

https://webronza.asahi.com/science/articles/2019081100001.html
http://www.asyura2.com/18/warb22/msg/776.html

[政治・選挙・NHK264] きょう終戦の日/対話こそ平和紡ぐすべだ
 
 アジア太平洋地域でおびただしい犠牲者を出した戦争に敗れてから、きょうで74年を迎えた。
 日本は戦後これまで、戦争の当事者になることなく、平和な時代を享受してきた。ただ、内外の現状をみると、築き上げてきた平和が揺らいでいるように感じる。
 国際社会に対する不戦の誓いを堅持し、恒久平和を確固たるものとするにはどうすればいいのか。考える日にしたい。
 韓国との関係はかつてないほど悪化している。歴史問題が決着せず、非難の応酬を繰り広げる現状は目を覆うばかりだ。
 軍備の拡大を図る中国や北朝鮮が地域の安全保障に与える悪影響も座視できない。
 国内に目を向ければ、安倍晋三首相が7月の参院選で改選過半数を獲得し、9条をはじめとした憲法の改定に意欲を見せている。
 日本国民は正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求する。それが9条の理念だ。ゆるがせにはできない。
 平和憲法を持つ日本だからこそ対立を避け、安心と寛容に満ちた世界の構築に積極的に関わっていくことが大事だ。
 そのためには相手を知り、理解することが欠かせない。
 終戦の日に、対話の大切さを心に刻みたい。

■報復の連鎖に危うさ
 政府間で解決済みとしてきた元徴用工への賠償問題が再び浮上したのをきっかけに、日韓両政府が貿易手続きを巡る対抗措置を打ち出し合う泥仕合を展開している。
 安倍首相も文在寅(ムンジェイン)大統領も互いに批判を繰り返すだけでは、報復の連鎖は断ち切れない。
 従軍慰安婦問題でも溝は深い。対話を密にし、互いに相手の立場を理解して、歩み寄りを模索しながら、解決を図るべきである。
 中国との関係改善は経済面での協力が軸で、安全保障を巡る緊張緩和は進んでいない。
 日本固有の領土である沖縄県・尖閣諸島周辺では中国船の領海侵入が続く。ロシアとの軍事協力も進め、最近、日本海などでの合同パトロールも実施した。
 A級戦犯が合祀(ごうし)されている靖国神社への政府要人の参拝には中国の反発が根強い。懸案を解決しないままでは真の友好は望めない。
 北朝鮮は7月下旬から連日のように短距離ミサイルを発射した。
 拉致問題は一向に進展せず、このままでは国交正常化のめどは立たない。

■改憲の時期ではない
 戦後日本の国是である「専守防衛」をないがしろにするような動きも強まっている。
 憲法解釈を変更し集団的自衛権の行使を可能とした安全保障関連法の成立が大きな要因だ。違憲の疑いが強く、廃止するのが筋だ。
 これを受けて日米の軍事一体化が加速する中で、トランプ米大統領が日米安全保障条約について、日本の米軍への防衛義務がないとして「不公平」を口にした。
 ホルムズ海峡を航行する船舶の安全確保を名目にした有志連合への参加も要請した。
 憲法は海外での武力行使を禁じている。このまま米国の意向に沿って歯止めなき追従を続ければ危うい。
 先の参院選で安倍首相は、9条に自衛隊を明記する自民党案に言及して、憲法改定を積極的に争点に据えた。
 だが、参院選後の世論調査では安倍政権下での改憲に過半数が反対した。国民の理解が進まず、国会での合意形成も不十分なまま、改憲ありきで取り組む姿勢に強い違和感を覚える。

■多様な見方を重ねて
 戦後70年以上が経過しても消えない歴史問題は、東アジアの安定を損ねる火種と言える。
 ただ、その対処について一つのヒントがある。
 米コロンビア大のキャロル・グラック教授(歴史学)は歴史問題での対立を、「(過去の戦争に関する)国民の物語同士の衝突」と分析する。
 戦争の歴史をどう見るかは立ち位置によって変わる。国民の物語は自国側からの視点だけで、記憶は単純化されやすいため、相通ずることはなかなか難しいという。
 対立を和らげるには、相手の記憶を尊重しつつ、自らの記憶に多様な見方を加えていくことが重要になると教授は指摘する。
 そのために必要なのは、市民や学生も含めたさまざまなレベルでの対話や交流だ。
 日韓の対立が深まる中、両国の市民が友好のメッセージを交わす動きが見られた。政治的利害を超えて、相互理解を図る試みとして注目したい。
 まずは冷静になり、話す環境をつくり、胸襟を開く。それが平和を継続的に紡いでいくことにつながるに違いない。


北海道新聞社説 2019/8/15
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/334901?rct=c_editorial

http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/501.html

[政治・選挙・NHK264] 終戦から74年 平和国家日本再確認を
 
 きょうは元号が令和となってから初の「終戦の日」だ。二度と戦争を起こしてはならないとする非戦の誓いを次の世代に確実に引き継いでいく。その思いを確かめ合う日としたい。

 忌まわしい戦争を知る世代は年々減っていく。それは避けられないことだ。だからこそ戦争を体験した人やその家族の声に、いま一度真剣に耳を傾ける必要がある。戦争の惨禍がどれだけ大きかったか。悲しみはいかばかりか。一瞬にして街を破壊し、多数の人命を奪う原爆や空襲の恐ろしさ、すさまじさを、平和への願いを込めて語り継いでいかなければならない。

 平成時代、日本は多くの災害に見舞われたが、戦争はしなかった。そのことを上皇さまが天皇退位の前に強調していたことが思い起こされる。日本は戦後築いた平和主義国家としての歩みを止めてはならない。戦争への反省を決して忘れず、胸に刻み続けることが何より大切である。

 懸念されるのは、安倍政権が平和主義の象徴である9条を含む憲法改正に血道を上げていることだ。自民党結成以来の党是だとして実現を訴えているが、国民世論の後押しはいまだ乏しい。9条改憲にこだわり続けることは平和主義に逆行する動きと周辺国にとらえられ、警戒感が広がりかねないことを、肝に銘じる必要がある。

 以前は自民党内でも、戦争を経験した議員が9条改憲には慎重な考えを示し、その動きに歯止めをかけてきた。だがそうした重鎮が少なくなり、まるで重しがなくなったかのように改憲を口にする議員が目立つようになった。危うさを感じずにはいられない。

 先の参院選で自民党と公明党による与党は、改選過半数を獲得して安定した政権基盤を維持した。一方、日本維新の会などを加えた改憲勢力は、国会発議に必要な「3分の2」に届かなかった。ところが安倍晋三首相は「少なくとも議論は行うべきだという国民の審判が下った」と解釈し、これまでにも増して改憲に前のめりな姿勢を見せている。

 本来は国民から改憲を求める声が湧き上がり、それを受けて国会が議論を始めるのが筋だろう。時の権力者が自ら改憲を呼び掛け、国民の間で機運が高まらないにもかかわらず、先頭に立ってけん引することには首をかしげてしまう。

 安倍首相は改憲勢力以外の党にも改憲に前向きな議員がいるとして、3分の2確保を目指して秋波を送っているが、改憲は数合わせで強引に進めるような性格のものではない。慎重な姿勢が求められる。

 安倍政権下では、財政が厳しい中で防衛費が増え続けており、その点でも方向性に疑問を抱かざるを得ない。令和初の終戦の日を機に、平和主義国家としての日本の立ち位置を再確認すべきだ。


秋田魁新報社説 2019年8月15日
http://www.sakigake.jp/news/article/20190815AK0016/
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/502.html

[政治・選挙・NHK264] 終戦の日/「戦争できる国」に戻さぬ決意を
 
 令和の下で初となる終戦の日を迎えた。戦後74年を経て、今日の平和が多くの犠牲の上に築かれていることを改めて胸に刻みたい。戦禍の記憶と教訓を継承し、次代へつなぐことは今を生きる世代のつとめだ。
 中でも平和の礎である憲法を守り、引き継ぐ意味は重い。9条で戦争の放棄を宣言し、国内外に誓った平和主義は、わが国の国是である。

 だが、その不戦の誓いは大きな岐路にある。国民の理解が進まぬまま政府は改憲への動きを加速させている。歴史の過ちを省みれば、危険な安全保障政策につながりかねない改憲を推し進めることは許されない。「戦争できる国」へ戻さぬよう、一人一人が歯止めをかけなければならない。
 7月の参院選で、自民党は憲法への自衛隊明記を公約に盛り込み、国会での憲法論議の是非を争点化した。安倍晋三首相は改憲勢力が国会発議に必要な3分の2以上の議席を割り込みながらも、与党が改選過半数を確保したことから「改憲議論を行うべきだというのが国民の審判だ」と強調している。
 9条改憲で自衛隊の違憲論争に終止符を打つのを悲願とする首相は、これまでも米軍と自衛隊の一体化を進め、平和憲法の理念を骨抜きにする政策を強行してきた。歴代政権が禁じてきた集団的自衛権行使容認を閣議決定。安保法を成立させ、国連平和維持活動(PKO)で武器使用を認める「駆け付け警護」や米軍艦艇、航空機などに対する「武器等防護」の任務も可能にした。
 この上、憲法に自衛隊を明記すれば、米国から同盟関係を理由に他国での軍事行動を際限なく求められかねない。自衛隊が海外で容易に参戦できる道を開いてはならない。

 自衛隊の打撃力強化も看過できない状況だ。9条の下では、相手国に破壊的な打撃を与える「攻撃型空母」の保有は認められないと解されてきたが、昨年12月に策定した防衛計画の大綱などで海上自衛隊の護衛艦を改修し、事実上、空母化する方針が明記された。戦後の安全保障の基本原則としてきた専守防衛は形骸化の危機にある。
 さらには敵基地攻撃能力の保有につながる長距離巡航ミサイルの導入方針や、最新鋭ステルス戦闘機を大量購入する計画決定も行き過ぎた攻撃力となる懸念が拭えない。政府は中国や北朝鮮を念頭に、安全保障環境の厳しさと不確実性を理由に挙げるが、こうした動きは周辺国からも日本が掲げる平和主義に強く疑念を抱かせるものだ。

 先の大戦はアジアの国々に多大な犠牲を強いた。その事実を決して忘れてはならない。過去の過ちと向き合うためにも、日本に求められるのは武力を背景にすることなく、世界の紛争解決を主導できる外交力を磨くことだ。この国が歩んでいる道は本当に正しいのか、問い続けることが必要である。


愛媛新聞社説 2019年8月15日
https://www.ehime-np.co.jp/article/news201908150010
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/503.html

[政治・選挙・NHK264] 終戦の日/戦争への道歩まぬよう
 
 山田洋次監督の映画「小さいおうち」は、1935年以降の東京の戦中の暮らしを丹念に描く。
 治安維持法ができて10年たった時期だ。満州事変の後で既に国際連盟を日本は脱退している。
 庶民は戦争の気配を感じていたはずだが、暗い雰囲気は街中にそれほどない。郊外に次々と家が建ち、店は大売り出しを行う。暮らし向きがいい家にはお手伝いさんもいた。
 37年に盧溝橋事件が起きて日中戦争が始まると、戦争の空気が色濃くなる。全ての政党が解散して大政翼賛会をつくり、議会は戦時体制の追認機関に。新聞など報道機関も誤った情報を流し…。

 太平洋戦争の敗戦から74年。
 戦死した軍人らは約240万人。各地の空襲や広島、長崎の原爆、沖縄戦で亡くなった市民らを加えると約310万人が命を失った。戦没者を慰霊するとともに、平和の誓いを新たにする日としたい。
 歳月を重ねるごとに戦争を知る戦前戦中の世代は少なくなっている。同じ道を歩まないためにも、戦争へ至った歴史を若い世代に詳しく伝え続けなければならない。

 同時に、今の日本の状況の検証も欠かせないが、もと来た道を進んでいる危うさを感じざるを得ない。
 安倍政権は2013年に特定秘密保護法を制定し、14年に武器輸出三原則を緩和した。15年には安全保障法制も成立させている。国民の十分な納得はいずれも得られていない。
 安保法制により自衛隊の米軍支援エリアは「地球規模」に広がった。米国への攻撃に武力で共に対処できるようになったほか、他国軍への「駆け付け警護」も可能となった。

 戦争放棄など、憲法9条は戦争への反省を基に打ち出された。それを空文化する怖さ、憤りを感じる。
 安倍首相は、参院選で「議論すべきだという国民の審判が下った」とし、自衛隊を9条に明記するような改憲を急ぐ考えを繰り返し示している。しかし、選挙後の世論調査では安倍首相の下での改憲に「反対」とした国民が半数以上を占めた。国民の思いとずれがある。

 安保法制の成立時は、財政難の米国が軍事的貢献や役割分担をさらに求めてくるとの懸念があった。それが現実になった。
 高額防衛装備品の調達をトランプ米大統領から半ば押し付けられているのではないか。ステルス戦闘機や地上配備型迎撃システムの費用などで防衛費は膨らみ続けている。
 中東・ホルムズ海峡を巡る有志連合への参加も米側は求めている。日本はイランとの関係もある。安易な結論は禍根を残す。
 米朝首脳会談が3回開かれたが、朝鮮半島非核化への道筋は見えていない。東アジア地域の緊張緩和のためには、軍備増強路線より外交や対話に重点を置くべきだ。

 戦中、弾圧を受けた渡辺白泉の句〈戦争が廊下の奥に立つてゐた〉。しばしば引用されるが、決して過去の警句ではない。


高知新聞社説 2019.08.15
http://www.kochinews.co.jp/article/300763/
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/504.html

[政治・選挙・NHK264] 終戦の日/時代の「空気」にあらがう

 「終戦の日」を迎えて、考えたいことがある。戦争は過去のものといえるのか、歴史を繰り返す恐れはないのかと。
 「逆コース」という言葉が登場したのは、戦後わずか5年ほどのころだった。新憲法の制定で日本は「平和国家」の道を歩みだしたはずなのに、東西冷戦の下で再び軍備を持ち、米軍との連携を強めていく−。
 かつて歩んだ道への回帰を危ぶんだこの言葉を、改めて思い起こしたい。
 気が付けば社会の「空気」が変わっている。その時には誰もあらがい難くなる。それが先の戦争の教訓なのだから。

      ◇

 74年前のきょう、昭和天皇の「玉音放送」で国民は敗戦と戦争の終結を知らされた。
 やっと終わったと心底からホッとした−。
 神戸大空襲を経験した舞台美術家の妹尾河童(かっぱ)さんは自伝小説「少年H」でそう書いた。もう空襲におびえることも、軍人の横暴にさらされることもない。心は安堵(あんど)と開放感に包まれた。
 同様の感慨を抱いた人は少なくなかっただろう。
 たび重なる空襲で、一般国民の犠牲はうなぎ上りに増えていた。敗戦時には国民の6割が日本の敗戦を覚悟するようになっていたとされている。
 しかし、国内を支配する「空気」はそうではなかった。
 少年Hはホッとしたにもかかわらず、奥歯をかんで悲愴(ひそう)な顔をする。「嬉(うれ)しそうな顔をしたら大変だ」と思ったからだ。
 日本の降伏が告げられても「そんなはずはあらへん!」という声が級友から上がった。「上陸してくる敵兵を一人でも二人でも殺してから死ぬ」。そう殺気立つ「徹底抗戦組」が多いことに、少年Hは驚いた。
 戦争はそれほど一般国民の意識に深く根を下ろしていた。

■「日本必勝」の物語
 「必勝」を声高に叫んだのは軍部や指導者だけではない。だまされて動員されたとはいえ、国民の側も戦意高揚の旗を振らされ、批判を許さない「空気」を広めたことも事実だった。
 児童文学者の瀬名堯彦(たかひこ)さんは敗戦時のある逸話を紹介する。
 敗戦と聞いて反論した男の子がいた。「負けるもんか、潜水艦富士がいるじゃないか」と。
 「潜水艦富士」は空を飛ぶ潜水艦の名前だ。6門の大砲と最新鋭の光線兵器を備える。戦前の小説「昭和遊撃隊」に日本軍の秘密兵器として登場する。
 日本本土に押し寄せる米国の爆撃機を次々に撃ち落とし、最後は光線兵器を使ってせん滅する。米国は降伏し、日本は逆転の大勝利−という筋書きだ。
 そんな秘密兵器などあるはずがない。だが男の子は話を真に受け、勝利を信じていた。
 連載した雑誌「少年倶楽部(くらぶ)」は毎号、飛ぶように売れた。日米開戦の7年前のことだ。輝かしい日本の未来を描いた物語は若い世代をとりこにした。
 作者の平田晋策は赤穂市で生まれた。家は薬問屋で、旧制龍野中学校を中退し、神戸で救貧活動に身をささげる賀川豊彦の元に身を寄せ、作家菊池寛の書生にもなった。陸軍を除隊して軍事評論家と作家に転身した、数奇な経歴の持ち主である。
 日米戦記でベストセラー作家となった平田は、政治家を目指しながら、現実の日米開戦を見ずに神戸で事故死する。赤穂市立有年考古館が2014年に生誕110年記念の特別展を企画して足跡に光が当たった。
 当時は米国との国力差を分析し敗北を予測した本もあった。しかし空想小説の方が人気を博し、平田らは戦争への機運を高める役割を担うことになる。

■理性的であること
 前東京都知事で作家の猪瀬直樹さんが著書「黒船の世紀」で当時の平田らの活動を詳細にたどった。妻は取材に対して次のように語っていたという。
 「本を読んで国のことを思って死んだ人がいっぱいいるかぎり、私は幸福になってはいけないのです」。妻は戦後も夫の影の部分を一人で背負い続けた。
 豊岡市を舞台に演劇とまちづくりに取り組む劇作家平田オリザさんは、医学者だった晋策の実兄の孫に当たる。
 オリザさんは自分をかわいがってくれた大おじ晋策の妻の面影を懐かしむ。作家・晋策については「科学的な知識を基にSF的軍事小説を書いた点が画期的だった」と評価する。
 その上で考える。「思想自体は楽天的で、とてもばかげたものだった。科学的であることと理性的であることは、別のものだということだろう」と。
 文筆で異彩を放った晋策も、当時の社会の流れに身を任せた国民の一人だった。
 日露戦争から時をへて生々しい戦闘の記憶が遠くなりはじめた時期に、戦意を高める未来戦記が登場し、世論に影響を及ぼした。戦後世代の政治家が「戦後の総決算」を口にする今の世相とどこか似ていないか。
 一人一人が理性的に考える。そうでなければ「空気」にのまれる。その危うさを平田晋策が生きた時代は示唆している。


神戸新聞社説 2019/08/15
http://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/201908/0012608349.shtml
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/505.html

[政治・選挙・NHK264] 終戦の日に考える/憲法の下/令和は流れる

 令和元年の終戦の日です。先人たちが汲(く)み上げた「平和憲法」の清流を源に、時代の新しい流れがまた巡ります。私たちの不戦の意志を推力にして。

 昭和二十年八月十五日。東京都心の社交クラブで玉音放送を聞いた帰り道。その紳士は、電車内で男性の乗客が敗戦の無惨(むざん)をあげつらう怒声にじっと聞き入ります。
 「一体(俺たちは)何のために戦ってきたんだ」
 映画の一シーンです。
 実在の紳士は幣原喜重郎(しではらきじゅうろう)。当時七十二歳。この二カ月後、首相となって日本国憲法の成り立ちに深くかかわっていきます。

 連合国軍の占領下、天皇制の存続と一体で「戦争放棄」を日本側から発意したとされる。憲法のいわゆる「押しつけ論」に有力な反証をかざす、あの人です。
 社説にも何度か登場しました。「またか」とおっしゃる向きもありましょう。けれども今回は改憲論争の皮相から離れ、より深くにある幣原の平和観に迫りたい。

 平成から令和へと時代が移ろう時にこそ、流れを遡(さかのぼ)り、確かめておきたいことがあるからです。昭和の先人たちから受け継ぐ不戦の誓い、すなわち平和憲法の源流はどうであったか、と。
 その映画づくりが大詰めと聞いて、幣原生誕の地、大阪府門真市を訪ねました。三年後に迎える生誕百五十年の記念事業で、人類平和にかけた生涯を綴(つづ)る手作り映画です。題名は「しではら」。
 「地元でもあまり知られていなかった元首相の、高潔な理想を後世に伝えるため、まずは名前の読み方から知ってもらおうと。多くの人に平和を考えるきっかけを届けたい」。元教諭や税理士など地元有志の実行委員会を率いる酒井則行さんと戸田伸夫さんが、事業の意義を語ってくれました。既に七月、撮影終了。DVDにして今秋にも公開予定とか。

 「私たちはこの映画で、昨今の改憲論争にくみしたり『九条を守れ』と訴えたいわけでは決してありません」。二人が口をそろえて強調したことです。
 幣原の「戦争放棄」は思い付きや駆け引きからではない。もっと人生の深みから湧き出た、純粋な平和観なのだと。その歴史的な価値を絶やすことなく後世につないでいかねば、ということです。
 例えば第一次大戦後の世界が、戦争はもうこりごりと、世界平和を願う機運にあったころ。幣原は協調派の外交官としてその世界にいました。時代の集約ともいえるパリ不戦条約の精神も当然、熟知していたはずです。まさしく「戦争放棄」の精神でした。

 一方、国内では戦争拡大に反対し終戦まで長く下野していたが、久々に「感激の場面」に出くわします。あの映画にもあった終戦当日、電車の中の出来事です。
 その後の展開が、自著の回顧録「外交五十年」に出てきます。 
 <総理の職に就いたとき、すぐに私の頭に浮かんだのは、あの電車の中の光景であった。これは何とかしてあの野に叫ぶ国民の意思を実現すべく努めなくちゃいかんと、堅く決心したのであった>
 <(憲法で)戦争を放棄し、軍備を全廃して、どこまでも民主主義に徹しなければならんということは(私の)信念からであった>
 恐らく電車の中で幣原は、外交官当時の記憶を呼び覚まされたのでしょう。欧米の軍縮会議などを駆け巡り、世界に広がる「不戦」機運を肌で感じながらいた当時の記憶です。幣原は乗客の怒声に確信したはずです。不戦の意志がついに日本人にも宿ったと。ここが「戦争放棄」の起点でした。

 そしてもう一歩。幣原を踏み込ませたのは、広島、長崎の原爆です。元首相の口述を秘書官が書き留めた「平野文書」に記す、幣原のマッカーサー元帥に向けた進言から一部抜粋です。
 <原爆はやがて他国にも波及するだろう。次の戦争で世界は亡(ほろ)びるかも知れない>
 <悲劇を救う唯一の手段は(世界的な)軍縮だが、それを可能にする突破口は自発的戦争放棄国の出現以外ない>
 <日本は今その役割を果たし得る位置にある>
 幣原の「戦争放棄」は、後世の人類を救うための「世界的任務」でもありました。源にあったのは高潔なる平和の理想です。

 七十四年が過ぎました。いま令和の時代を受け継ぐ私たちが、いまもこの源から享受する不断の恵みがあります。滔々(とうとう)たる平和憲法の清流です。幣原の深い人類愛にも根差した不戦の意志を、令和から次へとつなぐ流れです。
 流れる先を幾多の先人が、世界が、後世の人類が見つめます。
 止めてはいけない流れです。


中日/東京新聞社説 2019年8月15日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2019081502000165.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/506.html

[政治・選挙・NHK264] 終戦記念日/国際協調の歴史を顧みたい

 新たな対立の時代に世界は入りつつある。国益を声高に追求する自国中心主義が米国や中国、ロシア、欧州などに広がる。歴史が逆流するかのように、ポピュリズムやナショナリズムが世界を蚕食しているように見える。

 悲惨な戦争を経て歴史がようやく手にした国際協調主義を思い起こすべきだ。一つの時代を想起したい。第1次世界大戦が終結し、第2次世界大戦が始まるまでのおよそ20年間。英国の歴史家E・H・カーが「危機の20年」と呼んだ「戦間期」だ。
 史上初の総力戦となった悲惨な大戦を経て、欧米を中心に平和を求める切実な声が強まった。誕生したのが初の国際機構である国際連盟。さらには、紛争の解決を平和的手段によるとした不戦条約もこの時代に成立した。
 「力による支配」から「法による支配」を目指し、国際秩序の維持に関する各国の基本的な考え方が大きく転換した。国家間の紛争解決は戦争に訴えるのではなく、国際会議や裁判によって国際協調を追及し、世界平和を実現しようとする試みだ。

 歴史のかなたにかすんでいるが、この時期のある日本人の貢献を忘れてはならないだろう。国際連盟の常設司法裁判所の所長を務めた安達峰一郎だ。山形県出身の安達は外交官を経て、国際連盟の理事会や総会で活躍、アジア人で初の裁判所長となった。
 欧州の少数民族や国境画定の調停などに傾注し、その公平な態度と熱意は各国から絶大な信頼を得たという。所長就任から間もなく、満州事変や日本の連盟脱退通告などで心労がたたり、オランダで没した。国際平和のために奔走した生涯だったという。

 その安達が賛意を惜しまなかったのが不戦条約だ。国際協力の一つの頂点とされる同条約は、締約国による紛争解決のための戦争を非とし、国策としての戦争の放棄を定めた。その精神は現在の日本国憲法に引き継がれている。
 条約に対する評価は現在でも「世界的な政治協定として画期的だった」というのが一般的であり、原締約国に続く追加加入を含めて80カ国近い賛同を得た。罰則がなく戦争防止の手段としては不完全だったが、条約の趣旨は後世に大きな影響を与えている。

 現在の世界を見れば、米国が「アメリカファースト」を叫び、中国は「核心利益」を主張して領土的野心を隠さない。欧州は移民への反発から国益重視にかじを切った。ロシアは力による現状変更の態度をあらわにしている。
 各国に国益があるように国際社会には公益とも言える全体としての利益がある。そして、どの国にとっても平和と安全、それによる繁栄以上の国益は存在しない。人権の擁護や法の支配など普遍的な価値が定着している日本は、歴史を踏まえ、進んでそのことを語らなければならない。
 
 
河北新報社説 2019年08月15日
https://www.kahoku.co.jp/editorial/20190815_01.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/507.html

[政治・選挙・NHK264] 戦場の記憶 時を超え、痛みを語り継ぐ

 74年前のきょう、日本の降伏で戦争が終わった。

 あの昭和の時代からどれほど時を経ても、惨禍を記憶にとどめ、不戦と平和の誓いを語り継ぐ大切さはかわらない。

 満州事変以降に拡大したアジア太平洋戦争により、日本人の死者は300万人を超えた。無謀な戦争の犠牲となった人々に追悼の念を捧げる日である。

 そして同時に、忘れてならないことがある。侵略と植民地支配により、日本以外の国々に及ぼした加害の事実である。

 大東亜共栄圏を掲げた日本は各地の要所を占領した。現地の人を巻き込み、犠牲を強いた。はるか遠くの島や山あいで、それぞれに刻まれた戦争の記憶と戦後がある。その傷痕に目を向けることは、歴史の教訓を学ぶうえで欠かせない。

 激戦の地で証言や資料を残そうという取り組みがある。

 パプアニューギニアの首都中心部から東に50キロ。この奥の密林で、日本軍とオーストラリア軍の激しい攻防があった。「ココダ道の戦い」と呼ばれる。

 現場はいま、観光客に人気の山岳縦走コースだ。近くのソゲリ村のビリー・イバイさん(50)のおじは当時、豪州軍の遺体や傷病兵、銃弾を運ばされた。

 「戦争を実体験した世代は消えていく。体験は共有できなくとも、気持ちを寄り添わせることはできる」

 ■語られなかった苦悩

 豪州が委任統治していたニューブリテン島(現パプアニューギニア)のラバウルを攻めた日本軍は1942年、2千メートルを超す山々を貫くココダ道を進み、豪州軍と衝突した。

 犠牲者は豪州側が600人以上、日本側が数千人以上とされる。だが、突然、戦場となった現地の人々の恐怖や苦悩はあまり語られてこなかった。

 75年の節目である2年前、イバイさんら70人超が協力して証言集ができた。昨年末には首都の国立博物館に、証言をビデオで見られる場所もできた。

 この事業を主導した同館学芸員のグレゴリー・バブリスさん(32)は言う。「私たちニューギニアは単なる戦闘の背景。豪州の歴史書には名前もない『コックの少年』『洗濯女』として登場するだけだった。その声を代弁したいのです」

 同じような動きは、インド北東部のインパールでもある。

 「レッドヒル」。地元の人がそう呼ぶ丘が郊外にある。日本兵らの血で染まったことが由来だ。そのふもとにこの6月、地元の観光協会が、日本財団の協力で平和資料館を開いた。

 補給が不十分なまま無理な突撃を続けた44年のインパール作戦で死亡した日本兵は、3万人超にのぼる。一方で現地の人が強いられた犠牲をどれだけの日本人が知っているだろうか。

 館内には鉄かぶとや水筒など日英両軍の遺品だけでなく、巻き込まれた237人の犠牲者名簿も展示されている。

 ■我がことと考える

 インパールに住むチャンドラ・サキさん(85)は当時を鮮明に覚えている。

 朝、約10機の日本軍の飛行機が、爆音とともに激しい空襲を始めた。父と一緒に地面に伏せた。何も持たず別の村に逃げ、1年半後に戻ったが家はなく、英軍の拠点となっていた。腹をすかし、村を転々とした。

 「戦争は家を奪い、命を奪う。この体験を資料館が次世代に伝えて欲しい」と話す。

 開館前、地元の設立委員の人たちは日本を訪れ、沖縄の南風原文化センターとひめゆり平和祈念資料館を見学した。のどかな町や村など広域が熾烈(しれつ)な戦場となり、故郷が破壊された沖縄。その史実はインパールに通じる、と感じたという。

 ひめゆり資料館は今年、開館30周年を迎え、新たな課題に直面している。最近、来館者の感想に「ぴんとこない」との言葉があった。戦争が遠い昔の出来事に思われていると、館長の普天間朝佳さん(59)は言う。

 99年度に100万人超だった入館者数は18年度は約53万人まで減った。修学旅行も減少傾向にある。その流れを変えたいと、来夏に「さらに、戦争から遠くなった世代に向けて」というテーマでリニューアルする。

 ひめゆり学徒は沖縄戦で陸軍病院に動員された地元の女学生計222人で、うち123人が戦争で亡くなった。

 展示の刷新のかぎは「共感」。戦争前の学校生活での笑顔や表情豊かな写真を使い、身近に感じてもらう。中高生らに、学徒が同じ世代で楽しい学校生活があったことを訴えかける。

 ■戦後世代の責任

 大切なのは、踏みつけられた人、弱い立場の人の痛みを知ることではないか。

 自分の国の暗い歴史や他人の苦しみを知り、思いをはせるのは簡単ではない。だが、今の世代が先人らの心情を受け止め、戦争の愚かさを伝え、未来を切り開かねばならない。

 過去を反省することは後ろ向きの行為ではない。未来に向けての責任である。


朝日新聞社説 2019年8月15日
https://www.asahi.com/articles/DA3S14139655.html?iref=editorial_backnumber
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/508.html

[原発・フッ素51] 原発事故 「被害」と「加害」に引き裂かれた私 50年の歴史を演劇「福島三部作」で問う (朝日新聞社 論座)
原発事故 「被害」と「加害」に引き裂かれた私
50年の歴史を演劇「福島三部作」で問う

谷 賢一 劇作家・演出家・翻訳家
論座 2019年08月14日


  福島原発の半世紀の歴史を考え、演劇を通して語る大型企画に、気鋭の
  劇団が取り組んでいる。原発事故を足元から見つめようと2年半かけて
  取材した成果を劇化した三部作の一挙上演だ。作・演出した谷賢一さん
  がつづる。あの事故はなぜ起きたのか。それは私たちとどうつながって
  いるのか。

■母は浪江町出身、父は原発でも働いた技術者

 演劇界ではときどき「三部作」という事件が起きる。

 かつては蜷川幸雄が演出したギリシャ悲劇をもとにした『グリークス』や、新国立劇場が上演したシェイクスピアの歴史劇『ヘンリー六世』など、一本約2〜3時間の作品を3連続、休憩なども入れると8〜10時間かけて上演するという事件が。

 今年、私は『福島三部作』と銘打って、1961年から2011年まで、50年にわたる福島県と原発の歴史を概観する「福島三部作事件」を自ら起こしてみた。

 私はもともと福島県の生まれだ。そしてもちろん、強い郷土愛を抱いている。
3・11後の原発事故で母親の実家のあった浪江町は全町避難になってしまったから(今は解除)、事故当時のショックと憤りには大変なものがあった。

 しかし私は、母の血筋では原発事故の被害者側に立っているが、父親はかつて原発でも働いていた電気技術者であり、父の血筋で言えば加害者側に立っているとも言える、やや複雑な背景を持っている。小さいころ父親からは何度も、原発ってのは大きくて、ピカピカしてて、日本の技術の粋を尽くした最先端の施設であり……と自慢話を聞かされたものだ。実際、高校生になってチェルノブイリ原発事故(86年)を知り、東海村JCO臨界事故(99年)などに触れるまでは、原発に危ないイメージなど全く持っていなかったというのが正直なところだ。

 加害者ということで言えば、あの事故は「東京電力」福島第一原発が起こした事故であり、経営主体であった東電のみならず、東京都民全員がうっすらと加害者であったと私は言いたい。

 原発事故の被害者と加害者、二つの立場に足をかけている身として、原発を取り巻く複雑さについてはずっと問題意識を持ち続けてきた。原発は、もちろんまず安全性の面で大きな問題があるが、それ以上に政治的・経済的に根深い問題を数多くはらんでおり、それらを明らかにするような芝居を作りたいと考えた。

 なぜ演劇でと思われるかもしれないが、演劇とは立場の違う人間同士がお互いの価値観をぶつけ合う芸術である。様々な立場の人間の価値観が絡み合う原発問題を描くには、うってつけなのである。

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福島三部作の第一部『1961年:夜に昇る太陽』=田子和司氏撮影

■フィクションのような事実をつづる

 まず第一部『1961年:夜に昇る太陽』では、なぜ東京に電気を送るための原子力発電所が福島県の浜通り地方なんていう片田舎に作られることになったのかという、原発誘致の裏話を描いた。

 「私は広島の出身」だからこそ「原発は安全」だと言い張り誘致を進める佐伯という東電社員、登山客風の格好に変装して県内を測量して回る酒井という県職員など、いかにもフィクションらしい怪しい人物たちが出てくるが、すべて実在の人物であり記録にも残っている。そして当時の相場の20倍近い金額、現在の価値に換算すると約3億円にもなる大金をちらつかされて土地の買収工作が行われる……と、このように実に奇妙な道筋を辿って福島県に原発は誘致されたのだ。

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福島三部作の第一部『1961年:夜に昇る太陽』=田子和司氏撮影

 第二部『1986年:メビウスの輪』では、原発反対運動の元リーダーだった主人公・忠が、原発推進派の町長として担ぎ上げられ、チェルノブイリ原発事故を体験した後、かえって「日本の原発は安全です」と安全神話に手を貸すに至る心理の変化を描いた。

 これも実在の岩本忠夫という双葉町長の変化・転身をモデルにしている。貧しい地方都市にとって原発のもたらす経済的恩恵はあまりにも大きく、雇用・財政・町のすべてが原発依存に陥っていき、どうあっても後戻りできなくなっていく様を描いたが、これも事実だからこそ恐ろしい話である。

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福島三部作の第二部『1986年:メビウスの輪』=白土亮次氏撮影

 第三部『2011年:語られたがる言葉たち』では、いよいよ舞台が2011年・震災の年となり、あの地震と津波と原発事故が福島県内にどんな傷跡を残したのかが描かれている。

■福島の悲鳴を刻んだ「第三部」

 第三部の大きなテーマは「分断」だ。

 これは私も実際に現地取材に通わなければ気づかなかったことだが、原発事故により福島県は細かく分断されてしまった。原発立地自治体である双葉町の男は家族と故郷を失い深く傷ついているが、その隣町に住む夫婦は原発事故を起こした双葉町のことを憎んでおり、さらに別の村に住む男は原発から30キロメートル以上離れているのに避難させられた自分たちが一番の被害者だと思っている。

 県民同士で憎み合い、嫉妬し合い、差別し合う様子がはっきりと描かれており、県外の人間が知らない福島の悲鳴が数多く台詞に刻まれている。これらは私が実際に福島県内を手広くフィールドワークして集めた言葉たちだから、どれもシンプルだがリアルで切れ味がある。

 なぜ今、福島三部作なのか?

 よく尋ねられる質問だが、私はこう答える。

 「今だからこそ」福島三部作なのだ。

 年月は我々の認識を変える。震災から8年の月日が経った今だからこそ、ようやく我々は生傷としてではなく歴史的事件の一つとして東北の大震災を振り返ることができるようになった。

 しかし同時に年月のために、我々は震災を忘れつつあるのも事実だ。首都圏ではもうほとんど話題にさえ上らない。先日の参議院議員選挙においても、原発問題は主だった争点にすらならなかった。しかし結局、原発問題について何の政治的結論も決着もついていないのに、なあなあにしたまま、ぬけぬけと「復興五輪」だなどと言い放って、お祭り騒ぎに向かっていくのは、全くもって無責任であり、原発事故の死者に対して礼を失した態度のように思えるのだ。

 「原発事故の死者」という言葉にギョッとした方もいるかもしれない。福島原発の事故で人は死ななかったのでは? 世間ではそう思われているが、そんなことはない。

 第三部『2011年:語られたがる言葉たち』劇中の台詞(せりふ)を引用しよう。

   「……あんたたちはもう忘れてるかもしんねけんちょ、福島でもう農
   業はできねえと悲観して、自殺した農家がいた。おらは死なねえ、こ
   うして飲んだくれるだけだ、だけんちょ気持ちはよくわかる。娘と牛
   たちがいねかったら死んでたかもしんね。
    原発事故で、人は死んだんだ。自殺した農家。避難のストレスで
   死んだ老人たち。放射能っつわれていじめられた美月だって、下手
   したら死んでたかもしんね」

 原発事故の「災害関連死」、つまり上記の台詞にあるような形で直接・間接的に死に追いやられた人の数は1600人に上ると言われている。原発事故で人は死んだのだ。この事実はもっと多くの人に知られてよいだろうと思う。

 劇中にはこんな台詞も出てくる。

   「――正しく語るということは、部屋を整理することに似ている」

 正しく福島を語ることで原発に関する知識や情報を整理し、我々が今現在どんな場所に住んでいるのか見つめ直してみたいのだ。それは過去を振り返ることであると同時に、未来の我々の身の振り方を見つめることにも繋がる。

 3部作・計6時間と言えばたいそうな長編にも聞こえるが、50年にわたる福島と原発の歴史を一望できると思えば実にコンパクトにまとめた短編である。ぜひ劇場でこの「事件」に立ち会って頂きたい。

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福島三部作の第一部『1961年:夜に昇る太陽』=田子和司氏撮影

  劇団 DULL-COLORED POP
  福島三部作  第一部『1961年:夜に昇る太陽』
         第二部『1986年:メビウスの輪』
         第三部『2011年:語られたがる言葉たち』

  東京
  池袋 東京芸術劇場シアターイースト
  2019年8月18日まで第三部上演
       23〜28日  一〜三部通し上演
  各部=前売り4200円、学生3500円、高校生2000円 
  当日は4500円(一律)

  大阪
  浪速区 インディペンデントシアター2nd
  8月31日〜9月2日  一〜三部通し上演
  各部=前売り3800円、学生3300円/当日は4500円
  通し券10000円(2日は通し券のみ販売)

  福島
  いわき市 いわき芸術文化交流館アリオス 小劇場
  9月7、8日 第三部上演
  3000円、高校生以下1000円

https://webronza.asahi.com/culture/articles/2019081300008.html
http://www.asyura2.com/19/genpatu51/msg/798.html

[政治・選挙・NHK264] カイロ宣言、ポツダム宣言、サンフランシスコ講和条約(ちきゅう座)
2019年 8月 15日
<ブルマン!だよね>


ポツダム宣言受諾により、日本は連合国に無条件降伏し、太平洋・東アジア戦争は終結したが、そのポツダム宣言の8項に次のような文言がある。

   8.カイロ宣言の条項は履行されるべきであり、又日本国の主権は本州、
   北海道、九州及び四国ならびに我々の決定する諸小島に限られなければ
   ならない。


主権領域についての規定はともかくとして、ここに一言触れているだけであるカイロ宣言とはいったい何なのか。

対日方針を協議するため1943年(昭和18年)11月22日からエジプトのカイロで開催されたフランクリン・ルーズベルト米大統領、ウィンストン・チャーチル英首相、蒋介石国民政府主席による首脳会談を受けて、12月1日に発表された「カイロ宣言」。

以下がその全文和訳。

   「ローズヴェルト」大統領、蒋介石大元帥及「チャーチル」総理大臣
   ハ、各自ノ軍事及外交顧問ト共ニ北「アフリカ」ニ於テ会議ヲ終了シ
   左ノ一般的声明ヲ発セラレタリ。 各軍事使節ハ日本国ニ対スル将来
   ノ軍事行動ヲ協定セリ。

   三大同盟国ハ海路陸路及空路ニ依リ其ノ野蛮ナル敵国ニ対シ仮借ナキ
   弾圧ヲ加フルノ決意ヲ表明セリ右弾圧ハ既ニ増大シツツアリ。

   三大同盟国ハ日本国ノ侵略ヲ制止シ且之ヲ罰スル為今次ノ戦争ヲ為シ
   ツツアルモノナリ右同盟国ハ自国ノ為ニ何等ノ利得ヲモ欲求スルモノ
   ニ非ス又領土拡張ノ何等ノ念ヲモ有スルモノニ非ス

   右同盟国ノ目的ハ日本国ヨリ千九百十四年ノ第一次世界戦争ノ開始
   以後ニ於テ日本国カ奪取シ又ハ占領シタル太平洋ニ於ケル一切ノ島
   嶼ヲ剥奪スルコト並ニ満洲、台湾及澎湖島ノ如キ日本国カ清国人ヨ
   リ盗取シタル一切ノ地域ヲ中華民国ニ返還スルコトニ在リ

   日本国ハ又暴力及貧慾ニ依リ日本国ノ略取シタル他ノ一切ノ地域ヨ
   リ駆逐セラルヘシ

   前記三大国ハ朝鮮ノ人民ノ奴隷状態ニ留意シ軈テ朝鮮ヲ自由且独立
   ノモノタラシムルノ決意ヲ有ス

   右ノ目的ヲ以テ右三同盟国ハ同盟諸国中日本国ト交戦中ナル諸国ト
   協調シ日本国ノ無条件降伏ヲ齎スニ必要ナル重大且長期ノ行動ヲ続
   行スヘシ

なかなか強烈な意思表明の文言だが、まず日本の侵略行為のクロックスタートを1914年すなわち第一次世界大戦勃発時点に置いていることに留意されたい。これは第一世界大戦をもって国際紛争の軍事的解決を認めないのちのパリ不戦条約につながる流れの起点として認めるという、日本も加わっていた国際的合意をまず抑えているのである。逆にそれ以前は、植民地帝国主義の盟主英国はもちろん、米国もメキシコやスペインと軍事的衝突を重ね、国境線を変更してきた経緯があり、どこかで線引きしないと日本の侵略行為を咎められないからなのだ。

しこうして、満州は論外としてなぜ台湾および澎湖島が清国人より盗取したとされるのだろうか。台湾は日清戦争の結果、清国との下関条約締結によって1895年に割譲されたのであって、1914年以前の国際的に横行した戦争―条約に基づく領有であるから、「盗取」云々は全く当たらないはずだ。だからこそ「盗取」といわば言いがかり的な理屈をつけて、中華民国への返還を正当化せざるを得なかったのだ。当時蒋介石率いる国民党政府は、日本軍のビルマ制圧によっていわゆる「援蒋ルート」を断たれて窮地にあり、日本と講和に傾きかけていたから、米・英としてはそれを何としても阻止したかったので、蒋介石への約束手形としてこの文言を入れざるを得なかったというわけなのだ。

続いての「朝鮮人の奴隷状態」云々のくだりは、どう読めるだろうか。なぜに当事者のいないところで朝鮮人をここで持ち出したのか。カイロに集まった三国首脳の人道主義から出たものだろうか。そんなことを信じるのは国際政治のリアリズムを知らない者だけだ。これもやはり蒋介石への懐柔策で、中国にとっても朝鮮半島が地政学的に枢要点であるあることは誰でも承知している事柄で、ここに日本の勢力が残っては蒋介石としても戦争が何らかの形で決着を見たところで、枕を高くして眠れないことは言うまでもない。米・英にとって朝鮮人が奴隷状態のかどうかなど何の関心もあろうはずがない。ただそのような表現を使わない限り、やはり1910年という1914年以前の日付のある日韓併合を否定することは出来なかったのだ。

カイロ宣言とは第二次世界大戦真っただ中という世界情勢を背景に生み出された、米英中間の政治的駆け引きの産物に他ならない。

がいずれにせよ、ポツダム宣言受諾を通じてカイロ宣言も受け入れてしまったのが、日本の選択なのだ。

とんで、1952年(昭和27年)に連合国との間でサンフランシスコ講和条約が締結された時、韓国は戦勝国としての署名に加わりたいと再三米英に申し入れたが、最終的には日本の属領であり、日本と戦闘するような軍事力も有していないことをもって、拒否されている。ここがヨーロッパのフランスやポーランドと事情の著しく異なる点で、確かに李承晩率いる朝鮮臨時政府があったが、当事者能力は全く認められていない。

このサンフランシスコ講和条約で連合国は大戦を通じる日本による損害に対しての賠償権を一切放棄している。これはこの条約に参加しなかった中国や、インド、インドネシアとの戦後条約で基本的に引き継がれている賠償に関する基本規定となったのだ。やはりこの条約に参加しなかったソ連とはその後のロシアに至るまで、サンフランシスコ講和条約に相当する平和条約はいまだに締結されていないのは誰でも知っている通り。ちなみにサンフランシスコ講和条約では、千島列島の日本の領有権は放棄されているのだが、そこに南千島が含まれているかが紛争の種となっているわけだ。それと領有権の放棄された千島列島がどこに帰属するかも規定されていない。第2次世界大戦の結果としてロシア(ソ連)に帰属したのだという彼らの言い分は、クリミアを軍事力で併合するような国らしい言い分だろう。

ここまで見てきて、判るのは韓国のいわば宙づりされた、戦勝国でもなければ敗戦国でもない、微妙な立ち位置なのだ。日韓基本条約はその意味でカイロ宣言でいわれた「奴隷状態」にあった国との条約締結ということで、むしろ連合国とのサンフランシスコ講和条約よりも割り切れない面を抱えざるを得なくなってしまい、付則たる日韓請求権協定にもそれは及んでしまったのだろう。

現今の日韓の「葛藤」に分け入るのはここでは控えるが、「奴隷状態」と認められながら、一方で戦勝国には入れられなかった、なにかそこにこう言ってはなんだが韓国側のフラストレーションの根源があるように思えてならないのだ。戦勝国であれば、単に息高々に勝利宣言して「スッキリ」だったに違いない。ただ戦勝国に認められていたら、賠償請求権も放棄せざるを得なかっただろうから、歴史とは一筋縄ではいかないものとはいえるだろう。

最後にもうひとこと言わせていただければ、極東軍事裁判も法理に照らせば、まったくの無法処分に過ぎない。簡単に言えば事後法の遡及適用によるものにほかならず、「勝者による敗者の裁き」以外の何物でもない。しかしそれをもって東京裁判史観などと声高にその「偏向」を言い立てるのは国際政治の酷薄さを知ろうとしない、空虚なイデオロギーにとらわれたものの所作だろう。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/ 
〔opinion8903:190815〕

http://chikyuza.net/archives/96179
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/515.html

[政治・選挙・NHK264] 「高等教育無償化」のウソ〜真の「教育の機会均等」を実現するために必要なこと(イミダス・集英社)
2019/08/16
大内裕和(中京大学国際教養学部教授)

    2019年5月10日に、「大学等における修学の支援に関する法律」
   が国会で成立。新聞やテレビなどのマスコミでは「高等教育無償化」
   と報道されています。2020年4月施行、というこれら報道を見て、
   「来年から大学の授業料がタダになる!」と思う人は多いでしょう。
   授業料、入学金を経済的な障壁と感じ、進学を諦めていた学生やそ
   の家族には朗報に聞こえます。ところが、この法律の中身を知れば、
   「無償化」とはとても言えないものであることが分かります。奨学
   金問題などに詳しい大内裕和・中京大学教授に、問題点や打開策に
   ついて解説していただきました。


■「無償」になるのは誰か?

 「大学等における修学の支援に関する法律」は、住民税非課税世帯とそれに準ずる世帯出身の学生に対する大学等の授業料・入学金の減免と給付型奨学金の拡大を内容としている。分かりやすく言えば、経済的にかなり困窮している家庭の学生のみが支援対象になるということである。

 授業料・入学金の減免額は次のように予定されている。

 国公立大学の場合、文部科学省令で定められた国立大学の授業料及び入学金の標準額を上限として、出身世帯の経済状態に応じて支払いが免除あるいは減額される。私立大学については、入学金は私立大学の平均額を上限とし、授業料は、国立の標準額に、私立の授業料の平均額と国立の標準額との差額の2分の1を加算した額が上限となる。短期大学、専修学校専門課程(専門学校)、高等専門学校についてもこれと同様である。

 給付型奨学金は国公立大の自宅生が年間35万円、自宅外から通う学生(自宅外生)が年間80万円、私立大の自宅生が年間46万円、自宅外生は年間91万円を支給される。短期大学、専修学校専門課程(専門学校)についてもこれと同様、高等専門学校については学生生活費の実態に応じて、大学生の5割〜7割程度の額を支給する措置となっている。

 授業料の減免措置は、国公私立の大学・短期大学・専門学校・高等専門学校(4年生以上)をひとしく対象とした点では、これまでになかった制度である。また給付型奨学金についても、特に自宅外生についてはこれまでに比べて大幅な増額が行われている。

 しかし、この「大学等における修学の支援に関する法律」には多くの問題点がある。第一に、この法案は、マスコミが報道する「高等教育無償化」とは程遠い内容となっているという点である。

 法案では、支援対象である学生に対して、極めて限定的な経済的要件を課している。その結果、授業料減免や給付型奨学金を受けられる学生がとても限定されている。全額免除となるのは住民税非課税世帯のみである。目安として、4人家族(両親・本人・中学生)の場合、年収270万円未満の世帯が該当する。4人家族で年収300万円未満の世帯は3分の2免除、4人家族で年収300万円以上380万円未満の世帯は3分の1免除となっている(要件を満たす世帯年収は家族構成により異なる)。

 支援する対象の学生がこのように限定されているのだから、この法案は「住民税非課税世帯とそれに準ずる世帯出身の、ごく少数の学生のみを対象とした学費負担軽減法」であり、「高等教育無償化」と呼ぶのは明らかに誇大であり誤りである。政府がこの法案を「高等教育無償化」と説明するのは多くの人々に誤解を引き起こすものであり、「高等教育無償化」とのマスコミ報道も適切ではない。

■大多数の世帯には恩恵ゼロ

 第二に、年収380万円以上(4人家族の場合)の低・中位所得層への支援が全く行われず、近年の高等教育における学費問題の中心的課題に対応していないという点である。近年、奨学金が大きな社会問題となった背景には、1990年代後半以降の奨学金利用者の急増がある。4年制大学における奨学金利用者の割合は、1996年の21.6%から2014年には51.3%へと急増した。急増の理由は学費の高騰に加えて、この時期に親・保護者の所得が減少したことが挙げられる。全世帯の平均所得は、1996年の661万2000円から2014年には541万9000円に減少している(厚労省「国民生活基礎調査」)。世帯の平均所得の減少と奨学金利用率の上昇の時期が、ぴったりと重なっている。しかし、反比例するように、大学の学費は上昇。国立大学授業料は44万7600円(1996年)から53万5800円(2014年)、私立大学は平均で74万4733円(1996年)から86万4384円(2014年)と、高騰を続けている。

 これらのデータは、かつては大学学費を負担することが可能だった多くの「中間層」世帯が、学費を支払うことが困難となったことを表している。

 しかし、今回の法案はこうした事態に対応するどころか、むしろ悪化させている。これまで国立大学の授業料・入学金減免の選考基準に基づいて、各国立大学が実施してきた減免措置の対象には、年収380万円以上(4人家族の場合)の世帯も含まれていた。ところが、今回の法案によって、これまで減免措置を受けていた学生の何割かが新しい減免制度の対象外になる可能性がある。

 大学生のほぼ2人に1人が奨学金を利用しているという実態からは、低所得層のみならず、中間層も高等教育費の高さに苦しんでいることが明らかである。今回の法案がこの層への対策を講じていないことは大きな問題である。

■支援を受ける教育機関にも数々の条件が

 第三に、支援の対象となる学校に「機関要件」が定められていることである。

 大学等が機関要件を満たす「確認大学等」と認められなければ、学生は授業料・入学金の減免を受けることができない。
 
 「機関要件」を定める理由としては、「支援を受けた学生が大学等でしっかりと学んだ上で、社会で自立し、活躍できるようになるという、今回の支援措置の目的を踏まえ、対象を学問追究と実践的教育のバランスが取れている大学等とするため」ということが挙げられている。つまり、支援を受けた学生が実社会で通用するようになるのが目的なので、アカデミズムのみではなく、実学と両立させている大学でなければ支援対象とはしないと言っているに等しい。

 具体的には、2018 年 12 月 28 日に閣議決定された「幼児教育・高等教育無償化の制度の具体化に向けた方針」(以下「方針」と略)では、(1)「実務経験のある教員」による授業科目が標準単位数の1割以上配置されていること、(2)学校法人の「理事」に産業界等の外部人材を複数任命していること、(3)シラバスの作成、GPA (Grade Point Averageの略。学期ごとの成績平均を算出する制度)などの成績評価の客観的指標の設定、厳格かつ適正な成績管理の実施・公表、(4)財務情報、定員充足状況や進学・就職の状況等の開示、を示している。
 
 「方針」の(1)(2)では、実務経験のある教員(「実務」とは何かについては、具体的に示されていない)や理事の選任についての条件が提示されている。しかし、教員や理事に誰を選任するかは大学の運営の根幹に関わる事項であり、個々の大学の実情に照らし、それぞれの現場で民主的プロセスの中で判断されるべきことである。それにもかかわらず、政策誘導的な基準が設けられている。

 このことによって、人文社会科学系のアカデミックな教育研究を主とする大学は「実務経験のある教員による授業科目」を1割以上開設するという機関要件を満たさず、支援の対象にならない可能性がある。それは、支援を受ける学生が、自分が学びたい大学や学問を選択する機会を狭められることにもなる。もう一方で、「実務経験のある教員」の授業科目を無理やり増加させれば、学問研究の水準が下がったり、カリキュラムが歪んだりする大学が出てくる危険性があるだろう。

 また、学校法人の理事に産業界等の外部人材を導入する政策は、産業界や政府による大学自治への介入をもたらすとともに、政府の経済政策に合致した大学や学問分野のみが優遇されることにつながり、「学問の自由」を脅かすこととなるだろう。

■多方面で教育格差が拡大

 「方針」はさらに、「教育の質が確保されておらず、大幅な定員割れとなり、経営に問題がある大学等について、高等教育の負担軽減により、実質的に救済がなされることがないよう」 にするためとし、経営基盤が弱体であったり、直近3カ年で連続して在籍学生数が収容定員の8割を下回っている大学は支援対象としないとしている。「定員割れ」=「教育の質が確保されていない大学」という判断は、余りにも表層的である。定員割れに苦しむ経営困難大学の多くは、人口減や基幹産業の衰退に悩む地方の中小規模大学である。「定員割れ」によって選別を行うこうした政策は、地方大学の淘汰を促進し、大都市圏と地方との教育格差を一層拡大させることになる。

 第四の問題点は、支援のための財源が消費税(10%増税時の増税分)と決められていることである。消費税は低所得者に負担の重い逆進性の強い税である。たとえ住民税非課税世帯への支援が行われても、その世帯も消費増税による負担が増すことに変わりはない。

 今回支援の対象から外れる380万円以上(4人家族の場合)の低・中位所得世帯に至っては、消費税の負担増のみが重くのしかかることとなる。現在でも年収400万円以上600万円未満世帯の学生の4年制大学進学率は、1000万円超世帯の7割に留まっている(財政制度等審議会配布資料)が、こうした負担増は教育格差を助長するだろう。

 今回の法案は「住民税非課税世帯・それに準ずる世帯」と「それ以外の世帯」との教育格差是正には有効に働くかもしれないが、「年収600万円未満世帯」と「それ以上の世帯」との格差は、むしろ拡大する危険性が高い。これでは「無償化」の目的である「教育の機会均等」は実現しない。

 以上のように、今回の「大学等における修学の支援に関する法律」には数多くの問題点がある。

 望まれる方向は、民主党政権(当時)が2012年9月に国際公約した「中等・高等教育の無償教育の漸進的導入」の理念に立ち返ることである。「無償教育の漸進的導入」は、国際人権規約社会権規約(A規約)13条2項(b)(c)に根拠を置くものであり、権利としての高等教育へのアクセスを無償教育によって実現する、という考え方に立脚している。

 しかし、今回の「大学等における修学の支援に関する法律」は支援対象を世帯年収380万円未満に制限した上で、支援内容も授業料等の減免と給付型奨学金の「拡充」の範囲に留めている。そのことが引き起こす様々な問題に加えて、無償化と局限的な「支援」とは原理的に一致しないという点が重要である。無償化の方向を目指すのであれば、授業料減免の対象や要件を細かく設定してはならない。

■奨学金問題が最優先!

 何よりも優先されなければならないのは、貸与型奨学金が多額の「借金」となって多くの人々を苦しめている現状を一刻も早く改善することだ。1990年代初頭のバブル経済崩壊以降、大学等の高等教育機関を卒業した後、就職難や雇用の不安定に苦しんできた人々は、社会や時代の犠牲者である。彼らの多くが高等教育機関在学中に利用した奨学金の返済に苦しんでいる。奨学金の返済に苦しむ人々を放置したまま、これから進学する学生のみの支援を進めることは新たな「分断」を引き起こす恐れがある。

 奨学金を返済することが困難な人々の救済制度の充実に加えて、「氷河期世代」や「貧困世代」と呼ばれるほど困難な状態に置かれている人々を救済する措置として、「債務帳消し」を含めて奨学金返済負担の抜本的軽減策を構想すべきだ。奨学金返済負担の軽減は返済困難に苦しむ人々を救うばかりでなく、結婚や出産を躊躇している多くの若者のライフコースにおける選択肢を拡大し、未婚化や少子化などの社会問題を改善する可能性が高い。

■財源はある!

 高等教育費用の軽減策としては、一部の低所得者に支援を限定する「選別主義」を取るのではなく、すべての学生の高等教育アクセスを可能とする「普遍主義」を取るべきだ。重要なのは、あらゆる学生を対象とする高等教育機関の学費軽減と給付型奨学金の抜本拡充である。

 高等教育費軽減や給付型奨学金の拡充は、「生まれた家庭の経済状況による教育格差」を是正し、「教育の機会均等」を実現するために行われるものである。そのための財源は、富裕層や利益を上げている企業への課税強化といった「応能負担」税制であることが重要である。

https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/img.imidas.jp/topics/wp-content/uploads/2019/08/15151953/4e034e13bd09eff9e16213db662011ed-1-300x243.png
図1

https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/img.imidas.jp/topics/wp-content/uploads/2019/08/15152016/64544ec03ad3ecf6ec6f76d99af2634b.png
表1

 たとえば富裕層課税を具体的に考えてみよう。図1と表1は野村総合研究所が2018年12月18日に発表したデータである。表1から超富裕層と富裕層の純金融資産を合計してみると、2000年の171兆円から2017年には299兆円まで128兆円も増加している。

 ひるがえって、現在、高等教育機関全体の学費負担年間総額は約4兆円(貸与型奨学金の年間総額約1兆円[2019年度]+国立大学86校の年間学生納付金総額約3400億円+私立大学約600校の授業料等年間総額約2兆6320億円[文部科学省「我が国の教育行財政について」2014年度])。前述した富裕層・超富裕層の金融資産299兆円のわずか1.3%であることを考えれば、高等教育の無償化は富裕層への課税強化によって十分に実現可能である。

「大学等における修学の支援に関する法律」が唱える「高等教育無償化」のウソに騙されることなく、奨学金返済負担の軽減、給付型奨学金の拡充、そして高等教育の学費負担軽減を、富裕層課税をはじめとする「応能負担」税制によって進めることが、「高等教育無償化」への望ましい筋道だと言えるだろう。

https://imidas.jp/jijikaitai/f-40-187-19-08-g600
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/547.html

[政治・選挙・NHK264] こんな国で8月の国策オリンピックは大丈夫か?(ちきゅう座)
2019年 8月 16日
<加藤哲郎(かとうてつろう):一橋大学名誉教授>

  猛暑に続いて、台風です。外国人観光客には、航空機の欠航も新幹線の運休も十分伝わっていないようです。大丈夫でしょうか? 来年の東京オリンピックは、7月24日から8月9日、パラリンピックは8月25日から9月6日なそうです。207か国・地域から12000人を越える選手団がやってきて、33競技339種目を競うとか。晴れても東京で30度以上、暑い日は40度になるでしょう。アスリートの健康をベストに保てるでしょうか? 外国人客は年間4000万人、オリンピック期間中は前回1964年東京が5万人でも、2012年ロンドンは59万人だったからと見積もり、来日80万人という皮算用とか。でも、多くは台風も地震も経験したことのない人々でしょう。母国語の旅行ガイドとホテル・民泊の英語・中国語・韓国語案内ぐらいが頼りで、いざ地震・台風となると、ほとんどパニックでしょう。早朝競技開始にしたうえで、暑さ対策が「打ち水」「傘かぶり」に「朝顔の鉢植え」では、「死のオリンピック」になりかねません。

 この過酷な猛暑の季節の日程が、巨大NGOである国際オリンピック委員会IOCの主要な財源である、アメリカのテレビ局の放映権を優先させていることは、よく知られています。その商業主義の出発点は、1984年の米国ロスアンゼルス大会でした。だがそれ以前から、「世界平和の祭典」とはいえ、もともと都市単位のアスリート競技会であるオリンピックは、開催国の国威発揚・対外示威プロパガンダに利用されてきました。1936年、ヒトラー総統下のベルリン・オリンピックが知られています。1964年の第一回東京オリンピックや、80年モスクワ・オリンピック、88年ソウル・オリンピック、2008年北京オリンピックなどは「国策」としての性格が強いものでした。

 実は高度経済成長期の1964年の前に、1940年の「幻の東京オリンピック」が一度は決まっていました。ナチス・ドイツの「民族の祭典」にならって、1936年ベルリン・オリンピック開催時のIOC総会で決まったものです。大河ドラマは見ないので、「いだてん」でどう描かれたかは知りませんが、当時のライバル都市はローマとヘルシンキで、33年に国際連盟を脱退していた日本は、ヒトラーへのギフト攻勢と仲裁で、ムッソリーニのイタリアとの間で1940年東京、44年ローマの密約調停を受け、ヘルシンキ27票に対し36票を得て決まりました。後の日独伊三国枢軸の一つの原型ですが、日本側は、「初の有色人種国家開催」と共に、「1940年=神武天皇奉祝紀元2600年建国祭」の目玉とすることに、こだわりました。もっとも主催都市東京と財界・商工省には別の思惑もあり、もともと関東大震災からの「帝都復興」と世界恐慌・不況からの脱出を世界に示す勧業ビジネス「一等国化」、外国客誘致・外貨獲得の狙いがあって、博覧会国際事務局に申請して1940年「東京万博」も一緒に開催することになっていました。

 詳しくは、私自身が『近代日本博覧会資料集成 紀元2600年記念日本万国博覧会』(国書刊行会、2016)を監修し、解説「幻の紀元2600年万国博覧会ーー東京オリンピック、国際ペン大会と共に消えた『東西文化の融合』」を書いていますので、そちらを参照してもらいますが、1940年オリンピック・万博は、共に幻に終わりました。1938年7月近衛内閣の閣議で、東京オリンピックはIOCに「返上」、日本万博は「延期」と決定されました。理由は明らかです。37年盧溝橋事件による日中戦争の泥沼化が、国際社会からの批判と孤立、参加ボイコットを招きました。国内的には、戦争遂行・軍備拡張を最優先する軍部の反対に、オリンピックによる国威発揚・「国民体育」を狙った文部省も、勧業・観光ビジネスを狙った商工省も、さからえなかったのです。しかし、それよりも本質的なのは、国体明徴・国民精神総動員から八紘一宇・大東亜共栄圏へと神がかる内務省神社局・神道勢力主導の「紀元2600年祭」に、「平和の祭典」オリンピックや「東西文化の融合」を謳った万博を合体させる国策の構想自体に、国際社会で信頼される上での無理があったのです。「紀元2600年建国祭典」自体は開かれましたが、昭和天皇の神格化と「大東亜戦争」準備の動員イベントのみになりました。外国人10万人誘致・外貨獲得計画も、もちろん挫折しました。

 敗戦後74年の8・15にこんなことを書くのは、酷暑と台風のオリンピックを危惧するばかりではありません。「平和の祭典」オリンピックの開催には、国際社会の中での信頼と協調が不可欠です。ところが安倍内閣の「おもてなし」外交は、弱体化したトランプのアメリカへの貢ぎ物ばかりで、近隣諸国とは協調できません。隣国韓国への傲慢で「無礼」な態度は、かつての植民地時代・侵略戦争を世界に想起させるばかりです。新元号・即位での数々のイベント・神道儀式・国民動員は、「いつか来た道」を思わせます。ちなみにオリンピックの開会宣言は、開催国「国家元首」がつとめます。64年は昭和天皇でした。「失われた30年」からの脱出を狙った「復興オリンピック」は、激化する米中・日韓対立の中で、経済的効果も怪しくなりました。もともと財政的・政治的コストに比してのイベント効果は衰退し、世界の多くの大都市は立候補を敬遠・辞退しています。64年東京も88年ソウルも、翌年は大不況でした。

 すでに年間3000万人を越えた「外国人観光客」の過半は、韓国と中国からです。台湾・香港を加えると75%です。世界経済・通貨は不安定です。円高は輸出ばかりでなく観光客も減らします。中東や東アジアの情勢次第で、国際テロや犯罪もありえます。誘致のさいに「アンダーコントロール」と国際公約した3・11の後始末、原発廃炉も汚染水処理も深刻なままで先が見えません。本来被災者救援にまわさるべき復興財源と建設資材・人材が、東京オリンピックに集中され高騰しています。

 何よりも批判的言論・思想と文化の自由が衰退し、「ファシズムの初期症候」http://chikyuza.net/wp-content/uploads/2019/08/fascism1.jpgの重要な一部である「強情なナショナリズム」「人権の軽視」「団結のための敵国づくり」「メディア統制」が進行しています。「敵国づくり」「軍事の優先」が国際ボイコットにつながった「紀元2600年」の教訓とは、日本国憲法前文 「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」 を再確認し、政府が実行することです。もっとも「加害と反省」を認めない安倍首相は、お盆の先祖の墓前で「紀元2680年の改憲」のみを誓ったのでしょうが。
  
  
  
 昨年から毎日新聞や朝日新聞で大きく報じられてきた、国会図書館憲政資料室「太田耐造関係文書」のゾルゲ事件関係新資料を中心にした私の最新の編纂書『ゾルゲ事件史料集成――太田耐造関係文書』 全10巻(不二出版)http://chikyuza.net/wp-content/uploads/2019/08/5f98a492c613731300f0abb6525f9fa9.jpgが発売されました。すでにカタログが公開されています。個人では大変なセット価28万円の高価な図書館・公共機関向けの本ですので、出版社の許しを得て、ここに発売された第一巻所収の「解説ーーゾルゲ事件研究と『太田耐造文書』」を公開します。関心のある方は、これをご覧のうえ、大学図書館・公共図書館等に購入希望を出して頂けると幸いです。「15年戦争と日本の医学医療研究会(戦医研)」で行った私の記念講演はyou tube に入っていますが、その後の研究で厳密にした学術論文「731部隊員・長友浪男軍医少佐の戦中・戦後」が、同研究会誌19巻2号(2019年5月)に発表されました。著作権の関係ですぐにはアップロードできませんが、ご関心の向きは、戦医研の方にお問い合わせ下さい。

初出:加藤哲郎の「ネチズン・カレッジ』より許可を得て転載 http://netizen.html.xdomain.jp/home.html

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye4634:190816〕

http://chikyuza.net/archives/96187
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/548.html

[政治・選挙・NHK264] 「不自由展」検証委、9月に結果発表 公開討論も開催へ(朝日新聞)
朝日新聞デジタル 2019年8月16日18時38分

https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20190816002719_commL.jpg
「表現の不自由展・その後」が中止になった経緯を検証する委員会の初会合で、あいさつする大村秀章知事=2019年8月16日午後2時2分、名古屋市中区の愛知県庁、吉本美奈子撮影

https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20190816002733_commL.jpg
「表現の不自由展・その後」が中止になった経緯を検証する委員会の初会合で、冒頭にあいさつする大村秀章知事(左)=2019年8月16日午後2時2分、名古屋市中区の愛知県庁、吉本美奈子撮影

 国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」内の企画展「表現の不自由展・その後」の中止を受け、愛知県が設けた有識者の検証委員会は16日、初会合を開き、中止に至る経緯を調べて9月に事実関係を発表すると決めた。企画展に関する契約書などを精査し、津田大介芸術監督らに聞き取りして、公表するという。

 検証委は、事実関係をもとに県民や作家らが討議する「表現の自由に関する公開フォーラム(仮称)」も開く方針を決めた。

 検証委の有識者6人は美術史や憲法、行政学などの専門家がそろった。初会合では、専門的立場からそれぞれ意見を述べた。

 米国の美術館で勤務した経験がある岩渕潤子・青山学院大客員教授は「SNSの登場で公共空間の認識が変わった」と述べた。美術館などの閉ざされた空間で「表現の自由」が守られてきたとした上で、「本来、展覧会は趣旨を理解した人が見るだけのものだったが、多くの人が(SNSにより作品を見て)本来の意図や経緯に触れないまま反応した」と話した。

 美術史が専門の金井直・信州大教授は「『表現の自由』だけではなく、憲法23条の『学問の自由』にも関わってくる問題で、自立的な学問研究を守れるかどうかの問題もはらんでいる」と、論点の広がりを指摘した。

 副座長の上山信一・慶大教授は企画展について「一般の人が準備なく見に来ると、プロパガンダと感じるのも否定できない」と指摘。「展示を見せる前に『表現の自由』とは何かについて学ぶ機会を設けるなどの工夫をしないと、受け手にメッセージが伝わらない」と述べ、準備や見せ方に問題があったとの見方を示した。

     ◇

●検証委メンバー(敬称略)

 岩渕潤子(元NYホイットニー美術館ヘレナ・ルービンスタイン・フェロー)▽上山信一(慶応大教授)=副座長▽太下義之(国立美術館理事)▽金井直(信州大教授)▽曽我部真裕(京大大学院教授)▽山梨俊夫(国立国際美術館長)=座長

https://digital.asahi.com/articles/ASM8J5W1QM8JOIPE01G.html?rm=261
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/549.html

[政治・選挙・NHK264] 「あいちトリエンナーレ2019」における河村市長・菅官房長官の「表現の自由」侵害行為に抗議する憲法研究者声明(ちきゅう座)
2019年 8月 16日
<大井 有>


2019年8月11日    憲法研究者有志一同

 2019年8月1日、愛知県で国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由・その後」が開催されましたが、8月3日に中止に追い込まれました。中止に追い込まれた理由として、大村知事は愛知県に寄せられた、テロ予告や脅迫を挙げました。

 テロ予告や脅迫はそれ自体犯罪であり、そのような暴力的な方法で表現活動をやめさせようとすることは強く非難されるべきものです。さらに、今回とりわけ問題なのは、この展示会中止にむけての政治家の圧力です。8月2日に現地を視察した河村名古屋市長は「日本国民の心を踏みにじるもの」などと発言して企画展の中止を求めました。8月2日、菅官房長官もあいちトリエンナーレが文化庁の助成事業であることに言及したうえで、「補助金交付の決定にあたっては事実関係を確認、精査したうえで適切に対応していく」などと発言しました。

 わたしたちは、河村市長と菅官房長官の言動は民主主義国家における「表現の自由」の重要性について全く理解を欠いたものであると考えます。企画展の展示内容は、例えば、名誉毀損として処罰されるべきものでも、特定の人種や民族の人々をそうした属性を有するというだけで誹謗・中傷するものでもありません。今回の展示中止の要請は、きちんとした理由のあるものでなく、単に、権力者が自分の気に入らない言論を自分が気に入らないという理由だけで禁止し、抑制しようとするものです。しかし、自由な民主主義社会においては、こうしたことはあってはならないことです。このようなことが許されれば誰も権力者を批判することができなくなり、その結果、わたしたちは権力者を批判する表現を受け取ることが不可能になるでしょう。これはとても息苦しい社会です。

 憲法21条で保障された表現の自由は、様々な考えの人の存在を前提としている民主主義社会にとって不可欠なものです。自分が気に入らないという以外に特別な理由なく展示の撤回を求めた河村市長と菅官房長官の言動は、憲法21条に反するものであり、強く批判されるべきだと考えます。わたしたちは、河村市長と菅官房長官の言動に対して、断固抗議し、撤回を求めます。


【賛同者一覧】2019年8月13日段階91名

愛敬浩二(名古屋大学)  青井未帆(学習院大学)  浅野宜之(関西大学)  足立英郎(大阪電気通信大学名誉教授)  飯島滋明(名古屋学院大学)  井口秀作(愛媛大学)  石川多加子(金沢大学)  石川裕一郎(聖学院大学)  石塚 迅(山梨大学)  石村 修(専修大学名誉教授)  井田洋子(長崎大学)  市川正人(立命館大学)  伊藤雅康(札幌学院大学)  稲 正樹(元国際基督教大学教員)  井端正幸(沖縄国際大学)  岩本一郎(北星学園大学)  植野妙実子(中央大学名誉教授)  植松健一(立命館大学)  植村勝慶(國學院大學)浦田一郎(一橋大学名誉教授)  浦田賢治(早稲田大学名誉教授)  榎澤幸広(名古屋学院大学)  江原勝行(早稲田大学)  大内憲昭(関東学院大学)  大久保史郎(立命館大学名誉教授)  大野友也(鹿児島大学)  岡田健一郎(高知大学)  岡田信弘(北海学園大学教授・北海道大学名誉教授)  奥野恒久(龍谷大学)  小栗 実(鹿児島大学名誉教授)  小沢隆一(東京慈恵会医科大学)  押久保倫夫(東海大学)  上脇博之(神戸学院大学)  彼谷 環(富山国際大学)  河上暁弘(広島市立大学広島平和研究所)  菊地 洋(岩手大学)  北川善英(横浜国立大学名誉教授)  木下智史(関西大学)  清末愛砂(室蘭工業大学)  清田雄治(愛知教育大学特別教授)  倉田原志(立命館大学)  倉持孝司(南山大学)  小林 武(沖縄大学客員教授)  小林直樹(姫路獨協大学)  小松 浩(立命館大学)  斉藤小百合(恵泉女学園大学)  笹沼弘志(静岡大学)  佐藤信行(中央大学)  志田陽子(武蔵野美術大学)  清水雅彦(日本体育大学)  鈴木眞澄(龍谷大学名誉教授)  芹沢 斉(青山学院大学名誉教授)  佐智美(青山学院大学)  高橋利安(広島修道大学)   高橋 洋(愛知学院大学)  竹内俊子(広島修道大学名誉教授)  竹森正孝(岐阜大学名誉教授)  多田一路(立命館大学)  建石真公子(法政大学)  千國亮介(岩手県立大学)  塚田哲之(神戸学院大学)  土屋仁美(金沢星陵大学)  長岡 徹(関西学院大学)  中川 律(埼玉大学)  中里見 博(大阪電気通信大学)  中島茂樹(立命館大学名誉教授)  中村安菜(日本女子体育大学)  永山茂樹(東海大学)  成澤孝人(信州大学)  成嶋 隆(新潟大学名誉教授)  丹羽 徹(龍谷大学)  根森 健(東亜大学大学院特任教授)  畑尻 剛(中央大学)  福嶋敏明(神戸学院大学)  藤井正希(群馬大学)  藤野美都子(福島県立医科大学)  古川 純(専修大学名誉教授)  前原清隆(元日本福祉大学教員)  松原幸恵(山口大学)  宮井清暢(富山大学)  三宅裕一郎(日本福祉大学)  三輪 隆(元埼玉大学教員)  村田尚紀(関西大学)  本 秀紀(名古屋大学)  森 英樹(名古屋大学名誉教授)  山内敏弘(一橋大学名誉教授)  横尾日出雄(中京大学)  吉田栄司(関西大学)  若尾典子(元佛教大学教員)  脇田吉隆(神戸学院大学)  和田 進(神戸大学名誉教授)  
以上

憲法学者91人、河村市長らの言動批判 表現の不自由展
2019年8月13日 朝日新聞
愛知県で開かれている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」の中止について、全国の憲法学者91人が共同声明をまとめた。慰安婦を表現した少女像などの展示に反発し、中止を求めた河村たかし名古屋市長らの言動を「表現の自由の重要性について全く理解を欠いたもの」と批判している。
声明は11日付で、「表現の自由は、様々な考えの人の存在を前提としている民主主義社会にとって不可欠」と指摘。菅義偉官房長官が芸術祭への国の助成金交付に関して「事実関係を確認、精査して適切に対応したい」と述べた2日の会見の発言にも言及し、河村氏と菅氏が「自分が気に入らないという理由だけで禁止し、抑制しようとするもの」と強調している。
声明をまとめた名古屋学院大の飯島滋明教授によると、声明文は河村氏と菅氏の事務所に送ったという。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/ 
〔opinion8906:190816〕

http://chikyuza.net/archives/96195
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/550.html

[政治・選挙・NHK264] 森友捜査終結/疑惑解明 国会で続けよ

 学校法人「森友学園」を巡る国有地売却や財務省の決裁文書改ざんで、大阪地検特捜部は佐川宣寿・元国税庁長官らを再び不起訴とした。
 特捜部は昨年、関係者38人を不起訴としたが、検察審査会が佐川氏ら10人を「不起訴不当」と議決。再捜査が行われていた。
 これにより安倍政権への忖度(そんたく)疑惑が浮上した問題は、何も解明されないまま捜査が終結した。割り切れない気持ちが残る。

 森友学園が取得した国有地が8億円余り値引きされ、国有地で開校予定だった小学校の名誉校長に安倍昭恵首相夫人が一時就任していた。
 佐川氏は国会答弁で森友側との事前の価格交渉を否定したが、交渉をうかがわせる内部文書や音声データが見つかった。決裁文書からは昭恵夫人の名前や「特例的な内容」といった文言が削除されていた。
 値引きの根拠は国有地に埋まっていたごみだ。その撤去費の積算額は適正だったのか。決裁文書の改ざんを、誰がいつ指示したのか。疑惑の核心は今も判然としない。

 再度の不起訴について、特捜部は「起訴するに足りる証拠を収集できなかった」と説明した。それで納得する国民がどれだけいるだろう。
 特捜部は財務省の関係先を家宅捜索せず、関係者の聴取も資料の提出も任意で行ってきた。検察まで政権に忖度しているのではないか―。そう疑われかねないだけに、どういう経緯で不起訴に至ったのか、もっと説明責任を果たすべきだ。
 特捜部の聴取に対し、佐川氏らは何を語ったのか。不起訴により膨大な数の調書が公になる可能性はなくなった。公判に持ち込まれれば、国民が真相に近づく機会となっただけに残念と言うほかない。

 むろん、これで幕引きとするわけにはいかない。
 行政府による公文書の改ざんや国会を欺くような答弁は、国民の代表で構成する立法府をないがしろにし、行政監視機能をおとしめる。民主主義を根底から揺るがす行為であり、決してうやむやにしていい問題ではない。
 安倍首相や昭恵夫人の関与や官僚の忖度によって、行政がゆがめられたのかどうか。引き続き国会で追及する必要がある。
 佐川氏は昨年、国会の証人喚問で「刑事訴追の恐れがある」と繰り返し、証言を拒み続けた。不起訴となった今、証言を拒める環境はなくなった。国会は改めて佐川氏を招致し、事実関係の解明に努めなければならない。昭恵夫人についても同様である。

 この問題では決裁文書改ざんを強要されたとのメモを残して、近畿財務局の職員が自殺している。同財務局はこれを公務員の労災に当たる「公務災害」と認定した。これほど悲惨な労災がなぜ起きたのか。その究明も求められよう。
 一連の疑惑を明らかにする本舞台は国会であることをいま一度、強調しておきたい。

高知新聞 2019/8/16
http://www.kochinews.co.jp/article/301003/
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/551.html

[戦争b22] 飢餓、自殺強要、私的制裁−−戦闘どころではなかった旧日本軍(日経ビジネス)
森 永輔 日経ビジネス副編集長
2019年8月14日

https://cdn-business.nikkei.com/atcl/gen/19/00005/080700039/p1.jpg?__scale=w:350,h:386&_sh=0740c30bb0
沖縄戦。米爆撃機の攻撃を受ける日本の駆逐艦(AP/アフロ)

    映画「この世界の片隅に」(2016年公開)が8月3日、NHKによっ
   て地上波放送で初めて放映された。こうの史代さんのマンガを原作とす
   る劇場版アニメだ。主人公は、すずさん。絵を描くのが好きな18歳の女
   性だ。広島から呉に嫁ぎ、戦争の時代を生きる(関連記事「『この世界の
   片隅に』は、一次資料の塊だ」)。アジア・太平洋戦争中の、普通の人の
   暮らしを淡々と描いたことが共感を呼んだ。

    一方、アジア・太平洋戦争中の、戦地における兵士の実態を、数字に
   基づき客観的に描写したのが、吉田裕・一橋大学大学院特任教授の著書
   『日本軍兵士』だ。「戦闘」の場面はほとんど登場しない。描くのは、重
   い荷物を背負っての行軍、食料不足による栄養失調、私的制裁という暴力、
   兵士の逃亡・自殺・奔敵、戦争神経症に苦しむ様子−−。同書の記述から
   は、軍が兵士をヒトとして遇そうとした跡を感じることはできない。加え
   て、第1次世界大戦から主流となった「総力戦」*を戦う態勢ができてい
   なかった事実が随所に垣間見られる。

   *:軍隊だけでなく、国の総力を挙げて行う戦争。軍需物資を生産する産
   業力やそれを支える財政力、兵士の動員を支えるコミュニティーの力など
   が問われる

    なぜ、このような戦い方をしたのか。終戦記念日 を迎えたのを機に考
   える。吉田特任教授に話を聞いた。

   (聞き手 森 永輔)


−吉田さんはご著書『日本軍兵士』の中で衝撃的な数字を紹介しています。

    支那駐屯歩兵第一連隊の部隊史を見てみよう 。(中略)日中戦争以
   降の全戦没者は、「戦没者名簿」によれば、2625人である。このうち
   (中略)1944年以降の戦没者は、敗戦後の死者も含めて戦死者=533
   人、戦病死者=1475人、合計2008人である。(後略)(支那駐屯歩兵
   第一連隊史)(出所:『日本軍兵士』)


 この部隊の戦没者のうち約76%が終戦前の約1年間に集中しています。しかも、その73%が「戦病死者」。つまり「戦闘」ではなく、戦地における日々の生活の中で亡くなった。敗戦色が濃厚になるにつれ、兵士たちは戦闘どころではなく、生きることに必死だった様子がうかがわれます。

 戦病死の中には、「餓死」が大きなウエイトを占めていました。

    日中戦争以降の軍人・軍属の戦没者数はすでに述べたように約230
   万人だが、餓死に関する藤原彰の先駆的研究は、このうち栄養失調に
   よる餓死者と、栄養失調に伴う体力の消耗の結果、マラリアなどに感染
   して病死した広義の餓死者の合計は、140万人(全体の61%)に達す
   ると推定している*。(『餓死した英霊たち』)(出所:『日本軍兵士』)

   *:諸説あり


 飢餓が激しくなると、食糧を求めて、日本軍兵士が日本軍兵士を襲う事態まで発生しました。

    飢餓がさらに深刻になると、食糧強奪のための殺害、あるいは、人
   肉食のための殺害まで横行するようになった。(中略)元陸軍軍医中尉
   の山田淳一は、日本軍の第1の敵は米軍、第2の敵はフィリピン人の
   ゲリラ部隊、そして第3の敵は「われわれが『ジャパンゲリラ』と呼
   んだ日本兵の一群だった」として、その第3の敵について次のように
   説明している。

    彼等は戦局がますます不利となり、食料がいよいよ窮乏を告げるに
   及んで、戦意を喪失して厭戦的となり守地を離脱していったのである。
   しかも、自らは食料収集の体力を未だ残しながらも、労せずして友軍他
   部隊の食料の窃盗、横領、強奪を敢えてし、遂には殺人強盗、甚だしき
   に至っては屍肉さえも食らうに至った不逞、非人道的な一部の日本兵だ
   った。(前掲、『比島派遣一軍医の奮戦記』)(出所:『日本軍兵士』)

■負傷兵は自殺を強要される

−この後の質問の前提にある日本軍兵士の悲惨な事態を読者の皆さんと共有するため、もう少し、引用を続けます。

 兵士たちは飢餓に苦しむだけでなく、自殺を強要されたり、命令によって殺害されたりすることもありました。以下に説明する行為は「処置」 と呼ばれました。

   (前略)戦闘に敗れ戦線が急速に崩壊したときなどに、捕虜になるの
   を防止するため、自力で後退することのできない多数の傷病兵を軍医
   や衛生兵などが殺害する、あるいは彼らに自殺を促すことが常態化し
   ていったのである。

    その最初の事例は、ガダルカナル島の戦いだろう。(中略)撤収作
   戦を実施して撤収は成功する。しかし、このとき、動くことのできな
   い傷病兵の殺害が行われた。(中略)

       (中略)視察するため、ブーゲンビル島エレベンタ泊地に到着
       していた参謀次長が、東京あて発信した報告電の一節に、次の
       ような箇所がある。

        当初より「ガ」島上陸総兵力の約30%は収容可能見込にして
       特別のものを除きては、ほとんど全部撤収しある状況なり

       (中略)

        単独歩行不可能者は各隊とも最後まで現陣地に残置し、射撃
       可能者は射撃を以て敵を拒止し、敵至近距離に進撃せば自決す
       る如く各人昇コウ錠[強い毒性を持つ殺菌剤]2錠宛を分配す

        これが撤収にあたっての患者処置の鉄則だったのである。
       (『ガダルカナル作戦の考察(1)』)

    つまり、すでに、7割の兵士が戦死・戦病死(その多くは餓死)し、
   3割の兵士が生存しているが、そのうち身動きのできない傷病兵は昇
   コウ錠で自殺させた上で、単独歩行の可能な者だけを撤退させる方針
   である。(出所:『日本軍兵士』)


■第1次大戦時に修正できなかった精神主義

−食糧が不足し餓死と背中合わせ。戦闘で負傷すれば、自殺を強要される。こうした“踏んだり蹴ったり”の環境では、戦闘どころではありません。戦争はもちろんしないに越したことはありません。しかし、仮にしなければならないとするなら、兵士をヒトとして遇し、十分な食糧と休息を与えるべきだったのではないでしょうか。

 なぜ、アジア・太平洋戦争では、そんな態勢が作れなかったのでしょう。日清・日露というそれ以前の戦争では、兵士をヒトとして遇していたのでしょうか。

吉田:アジア・太平洋戦争の時ほど極端ではありませんが、日本軍に独特の精神主義が存在していました。典型は、歩兵による白兵突撃です。銃の先に銃剣を付け突撃し攻撃路を開く、というやり方。その背景には、「精神力で敵を圧倒する」という精神主義がありました。

 日露戦争後、こうした考え方が軍内に広まっていきます。例えば、陸軍は歩兵操典などの典範令(教則本)を大改正して、ドイツ製の翻訳から、独自のものに改めました。内容的には、日本古来の伝統、精神を重視するものにした。例えば夜襲を重視しています。

吉田 裕(よしだ・ゆたか)
一橋大学大学院特任教授
専門は日本近現代軍事史、日本近現代政治史。1954年生まれ。1977年に東京教育大学を卒業、1983年に一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。一橋大学社会学部助手、助教授を経て、96年から教授。主な著書に『昭和天皇の終戦史』『日本人の戦争観』『アジア・太平洋戦争』など(写真:加藤 康、以下同)。

−日露戦争当時の軍は、日露戦争は白兵突撃によって勝ったと認識していたのですか。司馬遼太郎さんが同戦争を描いた小説『坂の上の雲』の影響かもしれませんが、「二〇三高地の戦いにおける白兵戦は愚かな作戦だった」という印象を持っていました。乃木希典・第三軍司令官は、効果が小さいにもかかわらず、犠牲の多い、白兵突撃を繰り返した、と。

吉田:事実はともかく、「白兵戦によって勝った」「日本精神によって勝った」という“神話”を作ってしまったのです。

 本来なら、その後に起きた第1次世界大戦を研究する中で、こうした精神主義を修正すべきでした。しかし、それができなかった。

 例えば、歩兵による白兵突撃主義を取ったのは、日本軍だけではありません。欧州諸国の軍も同様でした。派手な軍服を着て、横一列に並んで突撃していったのです。しかし、第1次世界大戦を戦う中で挫折した。機関銃と戦車の登場が契機でした。

 日本軍は、第1次世界大戦中の欧州の状況を詳しく研究しました。しかし、研究するのと参加するのとでは話が違います。欧州戦に参加しなかった日本軍は、第1次世界大戦をリアリティーをもって感じることができなかったのでしょう。

■部下による反抗恐れ私的制裁を容認

−兵士たちは餓死や処置を覚悟しなければならないだけでなく、私的制裁にも苦しめられました。私的制裁を苦にして、逃亡、奔敵(敵側に逃亡すること)、自殺に至る兵士が多数いました。

    初年兵教育係りの助手を命じられたある陸軍上等兵による、初年兵
   への執拗な私的制裁によって、彼の班に属する初年兵28人のほとんど
   が「全治数日間を要する顔面打撲傷」を負った。このため、私的制裁を
   恐れた初年兵の一人が、自傷による離隊を決意して自分自身に向けて小
   銃を発砲したところ、弾丸がそれて他の初年兵に命中し、その初年兵が
   死亡する事件が起こった。(『陸軍軍法会議判例類集1』)(出所:『日本軍
   兵士』)----

 なんとも悲惨な話です。なぜ、私的制裁を取り締まることができなかったのでしょう。

吉田:当時は、徹底的にいじめ、痛めつけることで、強い兵士をつくることができると考えられていました。この考えから抜け出すことができなかったのです。

 加えて、私的制裁が古参兵にとってガス抜きの役割を果たしていたことが挙げられます。兵士たちは劣悪な待遇の下に置かれています。この鬱屈とした激情が上官に向かって爆発すると、軍としては困る。実際、上官に逆らう対上官犯 は戦争が進むにつれて増えていきました。これを、単に規制するだけでは、火に油を注ぐことになりかねません。そこで、「下」に向けて発散するのを容認する傾向がありました。

 鬱屈とした激情を、「下」だけでなく「外」に向かって発散するのを容認する面もありました。

    そうした教育の戦場における総仕上げが、「刺突」訓練だった。初年
   兵や戦場経験を持たない補充兵などに、中国人の農民や捕虜を小銃に装
   着した銃剣で突き殺させる訓練である。

    藤田茂は、1938年末から39年にかけて、騎兵第二八連隊長として、
   連隊の将校全員に、「兵を戦場に慣れしむるためには殺人が早い方法で
   ある。すなわち度胸試しである。これには俘虜(捕虜のこと)を使用す
   ればよい。4月には初年兵が補充される予定であるから、なるべく早く
   この機会を作って初年兵を戦場に慣れしめ強くしなければならない」、
   「これには銃殺より刺殺が効果的である」と訓示したと回想している。
   (『侵略の証言』)(出所:『日本軍兵士』)

■軍刑法に私的制裁の禁止条項なし

−軍法会議は機能していなかったのですか。

吉田:陸軍や海軍の刑法には、私的制裁を禁止する条項がありませんでした。

 陸軍刑法に「陵虐の罪」の規定があります。しかし、これは、兵士を裸にして木にくくりつけるなど非常に極端な行為を対象にするもので、日常的に起こる私的制裁を対象にするものではありませんでした。

 取り締まるとすれば、一般の刑法の「暴行及び傷害の罪等」を適用する。

−確かに、初年兵28人に「全治数日間を要する顔面打撲傷」を与えた陸軍上等兵は刑法の傷害罪で懲役6カ月の有罪判決を受けています。この事件は初年兵の一人が自傷を試みたことによって発覚しました。

 かつて見た、「ア・フュー・グッドメン」という映画を思い出しました。トム・クルーズ氏が主演で、軍に勤める法務官。海軍の基地で、ジャック・ニコルソン氏演じる司令官が「コードR」(規律を乱す者への暴力的制裁)を命じて、若い兵士を死に至らしめる。法務官が法廷で大ばくちを打って、司令官を有罪に持ち込む、というストーリーです。この「コードR」に相当するものが、当時の日本の軍刑法には存在しなかったのですね。

吉田:軍法会議に関する研究は実は進んでいないのです。法務省が資料を保管し、公開してこなかったのが一因です。今は、国立公文書館に移管されたようですが。二・二六事件をめぐる軍法会議の資料が閲覧できるようになったのは敗戦後50年もたってからのことです。これから新たな研究が出てくるかもしれません。

(後編に続く。8月15日公開予定)

注:引用において、漢数字は算用数字に改めた

https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00005/080700039/?n_cid=nbponb_twbn
http://www.asyura2.com/18/warb22/msg/781.html

[戦争b22] 米中ソ3国と同時に戦う! また裂き状態だった旧日本軍の意思決定(日経ビジネス)
森 永輔 日経ビジネス副編集長
2019年8月15日

https://cdn-business.nikkei.com/atcl/gen/19/00005/080700040/p1.jpg?__scale=w:500,h:324&_sh=06704d0a10
フィリピンで戦う日本軍(写真:Roger-Viollet/アフロ)

    日本は産業力が伴わないにもかかわらず、対中戦争を戦いつつ、対
   米戦争に突入していった。それどころではない、ソ連を加えた3カ国
   と同時に戦う方針を二度までも立てようとした。その背景には、政府
   と陸海軍が統一戦略を立てるのを妨げる明治憲法の仕組みがあった。
   高橋是清はこれを是正すべく、参謀本部の 廃止を主張したが……。
   引き続き、吉田裕・一橋大学大学院特任教授に話を聞く

   (聞き手 森 永輔)


−前編では、アジア・太平洋戦争中の日本軍が、その兵士をヒトとして扱っていなかった点について、伺いました。(前編はこちら http://www.asyura2.com/18/warb22/msg/781.html
今回は、日本軍が総力戦*態勢を整えていなかった点についてお聞きします。

*:軍隊だけでなく、国の総力を挙げて実施する戦争。軍需物資を生産する産業力やそれを支える財政力、兵士の動員を支えるコミュニティーの力などが問われる

 食糧の調達が十分でなく、多くの餓死者が出ました。そこから容易に想像がつくように、他の軍需工業品についても、供給力が伴っていませんでした。産業に、総力戦を支える力がなかった。例として、吉田さんは軍靴に注目されています。

    雨のために凍死するものが続出した。軍靴の底が泥と水のために糸
   が切れてすっぽり抜けてしまい、はきかえた予備の新しい地下足袋も
   たちまち泥にすわれて底が抜けてしまった。そのために、はだしで歩
   いていた兵隊がやられてしまったのである。雨水が体中にしみわたり、
   山上の尾根伝いに、深夜はだしで行軍していたら、精神的肉体的疲労
   も加わって、訓練期間の短くて、こき使われることの最も激しい老補
   充兵が、倒れてしまうのも当然のことであろう。(『遥かなり大陸の戦
   野』)

   (中略)

    頑丈な軍靴を作るためには、縫糸は亜麻糸でなければならなかった。
   亜麻の繊維から作られる亜麻糸は細くて強靭であり、特に、陸海軍の
   軍靴のように有事の動員に備えて長く貯蔵しておく必要があるものは、
   「絶対にこの糸で縫うことが必要である」とされていた(『製麻』)。

    しかし、亜麻は日本国内では冷涼な気候の北海道でしか栽培するこ
   とができない。そのため、日中戦争が始まると軍の需要に生産が追い
   付かなくなった。北朝鮮や満州での栽培も試みられたが十分な成果を
   あげることができず、結局、品質の劣る亜麻の繊維まで使わざるをえ
   なくなった。

   (中略)

    以上のように、こうした基礎的な産業面でも、日本はかなり早い段
   階から総力戦上の要請に応えられなくなっていたのである。


 なぜ、このような準備不足のまま、アジア・太平洋戦争に突入したのでしょう。日中戦争については、意図せず戦線が拡大していった面があります。満州事変は、関東軍が勝手に始めたもの。時の若槻礼次郎内閣が意思決定して開始したわけではありません。日中戦争の火蓋を切った盧溝橋事件にしても偶発的に始まった。しかし、対米戦はそうとは言えません。真珠湾攻撃によって、こちらから仕掛けたわけですから。

吉田:おっしゃるとおりですね。対中戦争は国家意思に基づいて始めたものではありません。盧溝橋事件も、偶発的に始まったことが最近の研究で明らかになっています。他方、対米戦は4度の御前会議を経たのち、閣議決定して開戦しました。

■統一した意思決定ができない明治憲法

−盧溝橋事件(1937年)によって日中戦争が始まる前の1935年に、陸軍で軍務局長を務めていた永田鉄山が刺殺されました。総力戦をにらみ、それに耐える国家体制を作るべく様々な構想を練っていた戦略家です。彼が生き続けていたら、その後の展開は違ったものになっていたでしょうか。

吉田:そういう考えは、あり得ます。彼は非常に優秀な軍事官僚で、重要人物です。しかし、彼一人で状況を変えることができたかは判断がつかないところです。私は、より大きなシステム上の問題があると考えています。

https://cdn-business.nikkei.com/atcl/gen/19/00005/080700040/p2.jpg?__scale=w:300,h:400&_sh=000740290b
吉田 裕(よしだ・ゆたか)
一橋大学大学院特任教授
専門は日本近現代軍事史、日本近現代政治史。1954年生まれ。1977年に東京教育大学を卒業、1983年に一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。一橋大学社会学部助手、助教授を経て、96年から教授。主な著書に『昭和天皇の終戦史』『日本人の戦争観』『アジア・太平洋戦争』など。(写真:加藤康、以下同)

−システム上の問題とは?

吉田:明治憲法です。これが定める統治構造は分散的で、総力戦を戦うのに必要な統一的な意思決定をするのに不向きでした。さまざまな決定が折衷案もしくは両論併記になってしまうのです。

 例えば、陸軍は対ソ戦をにらみ北進を主張する。海軍は石油をはじめとする東南アジアの資源を求めて南進を主張する。すると、結論は「南北併進」になってしまうのです。1941年7月に開かれた御前会議はこのような決定をくだしました。

 さらに言えば、南北併進に基づく決定をしながら、政府は米国との外交交渉を継続するのです。戦争の準備をすれば日米関係は悪化します。外交交渉は進まない。つまり、その場しのぎの決定しかできず、それが悪循環を引き起こしたのです。陸海軍の間に統一戦略はない。政府と軍も進む方向が異なる。三つどもえの状態に陥っていました。

−明治憲法のどこに問題があったのですか。

吉田:いわゆる統帥権*の独立ですね。

*:作戦・用兵に関する命令。陸軍の統帥部として参謀本部が、海軍の統帥部として軍令部があった。それぞれのトップは参謀総長と軍令部長

 総力戦を戦うのであれば、本来なら、国務(政府)と統帥(軍)が統一した戦略をもって臨む必要があります。しかし、これはなかなか実現しませんでした。

 「国家機関の分立制」「政治権力の多元性」といわれる仕組みを採用していたからです。「統帥権の独立」を盾に、軍は政府の外に立つ。軍の中でも陸軍省と海軍省が分立している。軍令*については陸軍の参謀本部と海軍の軍令部が分立している。政府においても、各国務大臣は担当分野についてそれぞれが天皇を輔弼(ほひつ、補佐)する仕組み。各国務大臣の権限が強く、首相の権限は弱かったわけです。

−明治憲法は、なぜ「国家機関の分立制」を採ったのですか。

吉田:同憲法の起草者たちが政党勢力を恐れたからです。政党が議会と内閣を制覇し、天皇大権が空洞化して、天皇の地位が空位化することを恐れた。

 総力戦を戦うならば、明治憲法を改正しこれを改める必要があったと思います。

■高橋是清が主張した参謀本部の廃止

−総力戦をにらんで、憲法を改正しようという具体的な動きがあったのですか。

吉田:首相や蔵相を務めた高橋是清が1920年に参謀本部廃止論を唱えています。この軍事上の機関が内閣のコントロールから独立して、軍事、外交、経済の面で影響力を及ぼしている、とみなしていました。陸軍大臣や海軍大臣の統制に服していた参謀総長や軍令部長が、だんだんそれを逸脱するようになってきたのです。

 首相に在任中だった原敬も、「何分にも参謀本部は山県(有朋)の後援にて今に時勢を悟らず。元来先帝(明治天皇)の御時代とは全く異りたる今日なれば、統率権云々を振廻すは前途のため危険なり。(中略)参謀本部辺りの軍人はこの点を解せず、ややもすれば皇室を担ぎ出して政界に臨まんとす。誤れるの甚だしきものなり(下略)」(『原敬日記』)として参謀本部に批判的でした。

 ただし、憲法改正までは言っていません。明治憲法は欽定憲法(天皇が国民に下賜した憲法)なので、「欠陥がある」とは言い出しにくいのです。もちろん、明治憲法も改憲の手続きを定めてはいたのですが。

 参謀本部や軍令部は明治憲法が規定する機関ではありません。これらは、そもそも統帥権をつかさどる機関として設置されたのではありません。最初は、政治(政府)の影響力が軍に及ぶのを遮断する役割でした。明治の初期は、政治家であり軍人である西郷隆盛のような人が力を持っていました。そうすると、軍が政争に巻き込まれる可能性が生じます。それを避けようとしたのです。

 統帥権の独立と言うけれど、明治憲法のどこにもそのような規定はありません。内閣が担う輔弼の役割の範囲外と書かれてはいないのです。そうではあるけれども、既成事実の積み上げによって、政治や社会が容認するところとなった。戦前の日本にはシビリアンコントロールが根付かなかったですし。内閣には常に陸海軍大臣という軍人の大臣がいたので、純粋なシビリアンの内閣は存在しませんでした。

 そして、ある段階から、軍が自分の要求を通すための口実として統帥権を利用するようになったのです。ロンドン海軍軍縮条約(1930年に締結)あたりからですね。それに、政党も乗じるようになりました。

−当時、政友会の衆院議員だった鳩山一郎が、同条約の調印は統帥権の干犯だとして、時の浜口雄幸内閣を糾弾しました。

吉田:そうですね。

−高橋是清と原敬はどちらも政友会を率いて首相を務めました。政友会は親軍的なイメージがありますが、そうではないのですね。

吉田:ええ、少なくとも1920年代は親軍的ではありませんでした。

■日中、日米、日ソの3正面で戦う

−ここまでご説明いただいたような事情で、戦前・戦中の日本はずっと統一した意思決定ができなかった。

吉田:はい。そのため、1941年ごろには、3正面作戦を戦おうとしていました。なし崩し的に始まった日中戦争が泥沼化し、1941年12月には対米戦争が始まる時期です。

 1941年6月に独ソ戦が始まると、陸軍はこれを好機ととらえ、対ソ戦を改めて検討し始めました。ドイツと共にソ連を東西から挟み撃ちにしようと考えたわけです。関東軍が満州で特種演習(関特演)を行ったのはこの文脈においてです。

 この時、兵力はもちろん、大量の物資を満州に集積しました。「建軍以来の大動員」を言われる大きな動きでした。つまり、日露戦争よりも大規模な部隊を配備したわけです。しかし、予想に反してソ連が踏ん張り、極東に配備していた戦力を欧州戦線に移動しなかったので、対ソ戦は実現しませんでした。動員した兵力と物資は無駄になり、その後、ソ連とのにらみ合いに終始することになったわけです。

−ゾルゲ事件はこのころの話ですか。駐日ドイツ大使館員をカバーに利用していたソ連のスパイ、ゾルゲが、「日本が対ソ戦を始めることはない」との情報を得て、ソ連に通報。スターリンはこの情報を元に、対独戦に集中した、といわれています。

吉田:この頃の話ですね。ただし、スターリンはゾルゲがもたらした情報をさして重視しなかったといわれています。

−対中、対米、対ソ戦を同時に戦う。後知恵ではありますが、無謀に聞こえますね。

吉田:その通りですね。しかも、1942年の春ごろ、陸軍は再び対ソ戦を考えるのです。マレーシアを落とし、フィリピンを占領して、初期作戦を予定通り終えたことから、南方は持久戦に持ち込み、対ソ戦を始めようと考えた。満州に配置された関東軍の規模がピークを迎えるのはこの頃です。

 同じ時期に海軍は、ミッドウェーやソロモン諸島に戦線を拡大します。米国の戦意をそぐのが目的でした。いずれも失敗に終わりますが。

 初期作戦が終了した後も、陸海軍で統一した戦略がなかったわけです。陸海軍が統一した軍事戦略をようやく作ることができたのは1945年初頭のこと。本土決戦を前にしてのことでした。

■日露戦争時の「勝利の方程式」から抜け出せなかった

−陸軍がなぜそれほど対ソ戦にこだわったのか、また海軍はなぜマリアナ諸島やソロモン諸島のような遠くにまで戦線を拡大したのか、素人には理解できないところです。

吉田:日露戦争の時から続くロシア、ソ連の脅威が陸軍の頭から離れなかったのでしょう。加えて、満州事変のあと満州国を建国し、ソ連と国境を直接接するようになったことが大きい。しかも、ソ連の部隊増強ペースはかなり速かったのです。

−満州というソ連との緩衝地帯を自ら無くしておいて、その脅威におびえるとのいうのは、皮肉な話です。

吉田:その通りですね。

 海軍も日露戦争の成功体験から逃れることができませんでした。海軍の基本的な考えは、日本海海戦*のような艦隊決戦で決着をつけること。そのため、太平洋を西進する米艦隊の戦力を、「漸減邀撃(ぜんげんようげき)」してそいでいく。具体的には、第1陣は潜水艦部隊、第2陣は一式陸上攻撃機を使った空爆、第3陣は魚雷を積んだ軽巡洋艦です。この一式陸上攻撃機の基地がマリアナ諸島のサイパンなどに置かれていました。

*:東郷平八郎司令官が率いる連合艦隊が、ロシアのバルチック艦隊を破った海戦

 そして、艦隊の規模が同等になったところで、西太平洋で艦隊決戦を挑む。そのために巨大な戦艦「大和」や「武蔵」を建造したわけです。

 しかし、艦隊決戦は対米戦争の最後まで行われることはありませんでした。マリアナ沖海戦は、空母を中心とする機動部隊同士の戦いになりました。ミッドウェー海戦も機動部隊が前衛を構成し、大和は後ろに控えているだけでした。燃料の石油を食いつぶしただけです。むしろ、空母を戦艦が守るかたちで布陣すべきでした。

 ソロモン諸島の基地は、米国とオーストラリアを結ぶシーレーンを遮断する役割を担っていました。

 前編で、陸軍は「白兵戦によって勝った」という“神話”ができたお話をしました。陸軍も海軍も、日露戦争の総括が甘かったのです。

注:引用において、漢数字は算用数字に改めた

https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00005/080700040/
http://www.asyura2.com/18/warb22/msg/782.html

[政治・選挙・NHK264] 「不自由展」どう生まれて中止に 津田氏、監督続行へ(朝日新聞)
朝日新聞デジタル 2019年8月17日06時00分
黄K 前川浩之、佐藤英彬 江向彩也夏

https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20190816002111_commL.jpg
政治家の主な発言

https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20190816002814_commL.jpg
「表現の不自由展・その後」中止の検証委員会の後、会見に出席した(左から)大村秀章愛知県知事、山梨俊夫座長、上山信一副座長=2019年8月16日午後3時57分、名古屋市中区の愛知県庁、吉本美奈子撮影

https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20190816002821_commL.jpg
「表現の不自由展・その後」中止の検証委後、会見で話す山梨俊夫座長。左は大村秀章愛知県知事=2019年8月16日午後3時39分、名古屋市中区の愛知県庁、吉本美奈子撮影


 愛知県で開かれている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」(津田大介芸術監督)の展示の一つである企画展「表現の不自由展・その後」が、テロ予告や脅迫を含む抗議を受けて、開幕3日で中止に追い込まれた。企画展はどう生まれ、中止となったのか。

■生まれるまで 津田氏「実行委の意見尊重」

 中止された企画展は、慰安婦を表現した少女像や、昭和天皇の肖像群が燃える映像作品など、美術館から撤去されたり、作品解説を書き換えられたりした二十数点を展示していた。津田氏によると、公的施設で表現の自由を考えるきっかけにしてもらうのが狙いだったという。

 企画展には2015年に東京で開かれた「表現の不自由展」という原型があった。12年に東京の新宿ニコンサロンが韓国人写真家安世鴻(アンセホン)さんによる元慰安婦の写真展をいったん中止にした問題を契機に、安さんの支援者が開いたもので、鑑賞した津田氏は衝撃を受けたといい、続編を構想した。

 津田氏は15年の展示に関わった約30人の実行委員会の一人、元NHKプロデューサーの永田浩三・武蔵大教授に昨年、再展示を打診。今年1月、芸術祭のキュレーター(展示企画者)の会議で開催が決まった。

 具体的には、永田氏やフリー編集者の岡本有佳氏ら5人の新たな実行委が作家と準備を進めた。津田氏は芸術祭の作家選定に責任を持つ芸術監督だが、この企画展では「どの作家を入れるかにあたり、私の提案が断られたこともあり、作家選定は実行委の意見を尊重した」と説明する。

 県によると、少女像などを含む展示内容を県が知ったのは4月。県が相談した弁護士は「来場者の生命・身体に大きな影響を及ぼす場合は中止せざるを得ない。来場者保護の方が表現の自由より優先される」と助言。県警は少女像の写真のネット拡散の可能性を指摘した。県は少女像を写真パネルにするなど展示方法の見直しを津田氏に要望した。

 しかし、津田氏から相談された……こちらは有料会員限定記事です。残り:2501文字/全文:3297文字

https://www.asahi.com/articles/ASM8H5GG5M8HOIPE015.html?iref=comtop_8_02
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/557.html

[政治・選挙・NHK264] 米軍機事故対応/地位協定の改定が筋だ
 
 日本の領土、領空、領海内であっても米軍機の事故が起きた現場は米軍が仕切り、日本側は自由に立ち入れない。
 戦後74年たってなお、捜査権が大幅に制限される状況が続いていることは看過できない。
 日米両政府は先月、基地外で起きた米軍機事故への対応について、日米地位協定に基づくガイドライン(指針)を改定し、日本側の事故現場への「迅速かつ早期の立ち入り」を明記した。
 だが、実効性は疑わしい。
 日本側の立ち入りに米側の同意が必要との規定は残されたからだ。要は立ち入りを認める米側の努力義務が記されたにすぎない。
 米軍の特権的法的地位を定めた地位協定は、別途作られた合意議事録に基づき運用されている。そこに、米軍の財産の捜索などは米側の同意なしにできない旨が記されている。それが問題の根だ。
 政府は弥縫(びほう)策ではなく、議事録の見直しを含む地位協定の抜本的な改定を求めるべきである。

 指針策定のきっかけは2004年8月、沖縄県宜野湾市の沖縄国際大に米軍ヘリが墜落した際、米側が一帯を封鎖し、機体の残骸を回収するまで日本側が立ち入ることができなかったことだ。
 県は猛反発した。当然である。
 これを受けて翌年、事故時の初動対応に関する指針が策定され、現場周辺への日本側の立ち入りは米側の同意を得た上でできることなどが明記された。
 ただ実際には、事故直後は米側が認めず、17年に米軍ヘリが沖縄県東村に不時着、炎上した事故では、日本側の現場周辺への立ち入りは発生から6日後だった。
 これでは空手形に等しい。河野太郎外相は「(改定で)事故対応が一層改善される」と胸を張るが、米側の判断で日本側の捜査を制限できる状況に変わりはない。

 加えて問題なのは、事故現場の機密装備や資材に近づくことができる人について、米軍が「資格を有する」と判断した者のみとする旨が追記されたことだ。
 これは米側に一層の管理強化を認めたとも言える。河野氏が強調する「改善」ではなく「改悪」になる懸念が拭えない。
 道内には地位協定上、米軍が共同使用できる自衛隊施設が多数ある。一昨年にはオスプレイが参加した日米共同訓練が実施され、来年初めにも予定されている。
 捜査権の制限は、米軍機の事故が頻発する沖縄だけの問題ではない。早急な対応が求められよう。

北海道新聞社説 2019/08/17
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/335420?rct=c_editorial
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/558.html

[政治・選挙・NHK264] 強まる野党連携/政権の枠組み示す覚悟を

 次期衆院選に向け野党の連携を強める動きが活発になっている。

 野党第1党の立憲民主党・枝野幸男代表は、国民民主党の玉木雄一郎代表や、衆院会派「社会保障を立て直す国民会議」の野田佳彦代表に合流を要請した。まずは衆院会派レベルで旧民進党勢力の再結集を図る狙いだろう。

 枝野、玉木両氏は15日に会談。玉木氏は、参院を含めた対等な立場での統一会派を結成するよう逆提案した。枝野氏は納得せず、協議は平行線のまま仕切り直しとなった。安倍晋三首相は、憲法改正の国会発議に向けて国民に秋波を送っており、合流構想は改憲勢力の帰趨[きすう]にも影響しよう。その点でも両党連携の行方をしっかり注視しておきたい。

 7月の参院選で、自民、公明両党は改選過半数の議席を獲得し、安倍政権は引き続き安定した基盤を手に入れた。野党は、与党に対抗するため1人区の候補者を一本化して臨んだが、擁立・調整作業が遅れ、共闘の脆弱[ぜいじゃく]さも露呈。政権を脅かすような勝負に持ち込めなかった。それは取りも直さず、野党が政権を担い得る勢力として有権者に見なされていないことの表れとも言える。

 枝野氏はこれまで「永田町の数合わせにはくみしない」と強調。野党再編には消極的だった。しかし、参院選の結果は想定より振るわず、山本太郎氏率いる「れいわ新選組」の躍進にお株を奪われた。連携を重視する姿勢にかじを切ったのは、衆院選に向けた戦略の見直しを迫られたためだろう。

 総論は賛成だが、各論になるとたちまち異論が噴出してまとまらなくなる。民主党時代からのそうした悪弊を断ち、参院選比例代表で228万票を集めて躍進したれいわなどとの連携をどう図るか。衆院選へ向け「大きな固まりをつくり政権交代へと向かっていく」とする枝野氏の力量が問われる。

 現在の衆院議員の任期満了は2021年の10月。残り2年余りの間に確実に選挙が行われる。その主戦場となる小選挙区で、野党がそれぞれバラバラに戦うのでは、与党を利するだけだろう。

 ただ、衆院選は政権選択と位置付けられている。理念、政策を棚上げした安易な合従連衡は有権者の信頼を失うだけだ。自民、公明両党を追い込み、政権を手にするというのであれば、選挙区調整や相互支援ばかりでなく、首相候補や公約を統一し、政権の枠組みを選挙前に示して、政党連合を構築する覚悟と決意が求められる。

 自衛隊の日報隠し、財務省の森友学園関連の公文書改ざん、厚生労働省の統計不正など、ここ数年、民主主義の土台を揺るがすようなさまざまな不祥事が表面化した。にもかかわらず、行政の監視機能を担うはずの国会は、その役割を果たしたとはとても言えず、機能不全は目を覆わんばかりだ。

 熟議が消え、最後は数で押し切る光景が常態化。国会が政権の下請け機関とまでやゆされている現状は、野党にも責任があることをしっかり自覚すべきである。

熊本日日社説  2019年8月17日
https://kumanichi.com/column/syasetsu/1154919/
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/559.html

[政治・選挙・NHK264] 日本と韓国を考える 次代へ渡す互恵関係維持を

 日本と韓国はこの夏、打開の糸口すら見つけられない政治の対立を続けている。

 両国間では政治の関係が市民社会に伝染したかのように、ささくれだった感情がぶつかり合う。その結果、比較的堅調だといわれてきた経済や文化の関係にまで暗雲が漂い始めた。

 おとといの8月15日は日本の「終戦の日」だが、韓国では、日本による植民地支配からの解放を祝う「光復節」だった。

 文在寅(ムンジェイン)大統領は演説で歴史認識問題のトーンを低く抑え、「日本が対話と協力の道に出れば、我々は喜んで手をつなぐ」と関係改善を呼びかけた。

 根本的な課題は依然残る。だが両政府はこれを契機に互いの不利益しかうまない報復合戦に終止符を打ち、関係改善に向けた対話に歩を進めるべきだ。

 いまの日韓の対立の発端は、歴史問題である。

 両国間の慰安婦合意を文政権が骨抜きにしたうえ、戦時中の元徴用工らについて韓国大法院(最高裁)が日本企業に賠償を命じる判決を出した。

 判決は、日本による20世紀初めの韓国併合自体が不法だったとの前提で導かれた。併合をめぐっては1960年代に至る国交正常化の交渉でも対立し、最終的に「もはや無効」という玉虫色で決着させた経緯がある。

 ■文政権は合意尊重を

 日本政府が反発するのは今になって併合を不法とするなら、賠償の範囲が際限なく広がりかねないためだ。

 文政権も司法の判断を尊重するとしつつ、これまでの行政府の見解と相いれない部分があることは認識している。ただ、いつまでも判断を持ち越すなら、状況は改善しないだろう。

 演説で文氏はこうも語った。韓国は植民地支配の被害者らに対し、「日本とともに苦痛を実質的に癒やそうとし、歴史をかがみとして固く手をつなごうとの立場を堅持してきた」と。

 まさにこの歩みこそ、両国が編み出してきた外交の知恵だったはずだ。国交正常化の協定があいまいさを残していたとしても、それを後世の政治が不断の努力で補ってきたのである。

 その意味で文氏には今こそ行動を求めたい。まずは慰安婦合意を再評価し、尊重すべきである。合意は朴槿恵(パククネ)・前政権が結んだといっても、いったん国家間で交わされた約束が反故(ほご)にされるなら、信頼は保てない。

 保守政権の実績を否定したことで、結果的に対日関係の悪化を招き、自らを苦しめていることを省みる必要がある。

 文氏の演説とは裏腹に、光復節では安倍政権を糾弾する集会が韓国各地で開かれた。日本というより、政権に問題があるとの見方が強まっている。

 輸出規制の強化に踏み切ったことで、安倍政権が事態を複雑にしたのは確かだろう。文政権に問題はあったにせよ、政治・歴史問題から本来切り離しておくべき経済にまで対立を広げたのは適切ではなかった。

 ■なぜ「反安倍」なのか

 韓国を突き放すだけでは解決の道は開けない。もともと歴史問題をめぐって安倍政権は、過去の反省に消極的だという評価がつきまとう。そこに抜きがたい韓国側の不信感がある。

 その払拭(ふっしょく)のためには、改めて朝鮮半島に関する歴史認識を明らかにすべきではないか。文政権による慰安婦合意の再評価と同時に安倍政権の認識を発する措置を話しあってはどうか。

 日本政府は今も、慰安婦問題についての政府見解は、被害者へのおわびと反省を表明した1993年の「河野談話」であると国内外に表明している。

 また、韓国併合をめぐっては100年の節目に当時の菅直人首相が出した談話が閣議決定され、いまも公式見解として生きている。談話は「朝鮮の人々の意に反した支配によって国と文化を奪った」として、少なくとも併合の不当性は認めた。

 安倍政権がこれらの見解を主体的に尊重する姿勢を示せば、韓国に約束の順守を求める説得力を増すことができるだろう。

 対立の中でも、理性的な対応を呼びかける動きが厳としてあるのは、関係成熟の表れだ。

 ソウルの自治体が日本製品の不買などを呼びかける垂れ幕の設置を試みたところ、市民の批判で撤回に追い込まれた。

 日本では、和田春樹・東大名誉教授らが「韓国は『敵』なのか」と問う声明を出した。輸出規制措置の撤回や対話を求める内容で、8千人以上が賛同者に名を連ねている。

 ■半世紀の発展の実績

 半世紀前の国交樹立に伴い、日本が提供した経済協力金は、現代の韓国の基礎を築いただけでなく、日本経済の成長にも寄与した。両国は常に互恵の関係で発展してきた実績がある。

 負の記憶がまだ色濃く残る時代の壁を越えて先人たちが積み上げた苦心の結びつきは、何物にも代えがたい平和の財産である。今後、日韓はどんな関係を次世代に引き継いでいくのか。双方の政府と市民が冷静に熟考するときではないか。

朝日新聞社説 2019年8月17日
https://www.asahi.com/articles/DA3S14142159.html?iref=editorial_backnumber
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/560.html

[政治・選挙・NHK264] 「静かな外交」に乗り出せ/韓国大統領演説

「静かな外交」に乗り出せ/韓国大統領演説


 韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領が日本の植民地統治からの解放記念日となる「光復節」に際して行った演説は、ここ最近の厳しい対日批判は抑制したものの、葛藤の要因となった韓国人元徴用工が日本企業を相手にした訴訟への対応について具体的な言及はなく、もどかしさだけを募らせた。

 深まる日韓関係の葛藤を解きほぐす契機になるのか注目された演説だったが、対話を促すメッセージと日本が受け取るには微妙な内容だった。

  日韓は相手国への貿易管理手続きを互いに厳格化する措置を決定、報復の連鎖が始まってしまった。日本製品を対象にした不買運動や日本への旅行自粛、交流中断などの動きも拡大している。主張だけを一方的に振りかざすのではなく外交を通じ冷静に沈静化を図る回路を準備することが必要だ。

  演説で文大統領は、「今からでも日本が対話と協力の道へ向かうなら、喜んで手を結ぶ」と述べ、対話姿勢を維持する立場を表明した。また、「日本とともに」植民地統治による「被害者たちの苦痛を実質的に癒やそうとしてきた」とも述べ、日本の努力にも一定の評価を示しはした。

  しかし、文大統領の語る「対話」は、日本が7月から打ち出した輸出規制強化を巡る通商摩擦の解消に限られている。これでは、関係修復に向けたシグナルにはならない。その場しのぎの印象を与えるだけだ。

  日本が求める元徴用工訴訟への対応、さらには韓国が白紙化してしまった元従軍慰安婦に関する2015年の政府間合意についての「対話」を具体的に語るべきだった。

  この点を明確にしなかった今回の演説は、むしろ日韓関係を難しくしている歴史的な懸案を先送りにしたまま、韓国内で起きている反日的な動きを放置してしまうに等しいのではないか。

  唯一、韓国与党の対日強硬派などが対抗措置としてボイコット検討を主張していた来年の東京五輪・パラリンピックへの参加について、昨年の平昌冬季五輪、22年の北京冬季五輪とともに、北東アジアが「平和と繁栄に向かう絶好の機会」と位置付け、参加を確認したことは幸いだ。

  歴史問題や安全保障、経済で日本と協力してきた経緯について言及した文大統領の演説には、1998年に当時の小渕恵三首相と金大中(キムデジュン)大統領がまとめた「日韓パートナーシップ宣言」の精神に立ち返り、ののしり合いに近い主張の応酬ではなく、「静かな外交」を模索しようとする思惑がうかがえる。

  実際、98年の宣言の起草に関与した韓国の元高官が最近、文大統領に対日関係の行方について幾つかの提言を行ったとの動きがある。この元高官が好んで使う「省察」という言葉も、今回の演説に登場した。日本への特使派遣も検討されているという。

  対日非難をトーンダウンさせた今回の演説について、日本は通商分野での摩擦に苦慮した韓国が押し切られつつあると単純に解釈するのではなく、98年の宣言を再生しようと軌道修正に乗り出した可能性がないかどうかを慎重に検討すべきだろう。

  いつまでも対抗措置の応酬を続けていては、日韓どちらも消耗するだけで得るものは何もないという現実に向き合い、対話環境を整えることが求められる。


東奥日報社説 2019年8月16日
http://www.toonippo.co.jp/articles/-/234136


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韓国大統領演説/「静かな外交」に乗り出せ


 深まる日韓関係の葛藤を解きほぐす契機になるのだろうか。対話のメッセージと日本が受け取るには微妙な内容だった。

 韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領が日本の植民地統治からの解放記念日となる「光復節」に際して行った演説は、ここ最近の厳しい対日批判は抑制したものの、葛藤の要因となった韓国人元徴用工が日本企業を相手にした訴訟への対応について具体的な言及はなく、もどかしさだけを募らせた。

  日韓は相手国への貿易管理手続きを互いに厳格化する措置を決定、報復の連鎖が始まってしまった。日本製品を対象にした不買運動や日本への旅行自粛、交流中断などの動きも拡大している。主張だけを一方的に振りかざすのではなく外交を通じ冷静に沈静化を図る回路を準備することが必要だ。

  演説で文大統領は、「今からでも日本が対話と協力の道へ向かうなら、喜んで手を結ぶ」と述べ、対話姿勢を維持する立場を表明した。また、「日本とともに」植民地統治による「被害者たちの苦痛を実質的に癒やそうとしてきた」とも述べ、日本の努力にも一定の評価を示しはした。

  しかし、文大統領の語る「対話」は、日本が7月から打ち出した輸出規制強化を巡る通商摩擦の解消に限られている。これでは、関係修復に向けたシグナルにはならない。その場しのぎの印象を与えるだけだ。

  日本が求める元徴用工訴訟への対応、さらには韓国が白紙化してしまった元従軍慰安婦に関する2015年の政府間合意についての「対話」を具体的に語るべきだった。

  この点を明確にしなかった今回の演説は、むしろ日韓関係を難しくしている歴史的な懸案を先送りにしたまま、韓国内で起きている反日的な動きを放置してしまうに等しいのではないか。

  唯一、韓国与党の対日強硬派などが対抗措置としてボイコット検討を主張していた来年の東京五輪・パラリンピックへの参加について、昨年の平昌冬季五輪、22年の北京冬季五輪とともに、北東アジアが「平和と繁栄に向かう絶好の機会」と位置付け、参加を確認したことは幸いだ。

  歴史問題や安全保障、経済で日本と協力してきた経緯について言及した文大統領の演説には、1998年に当時の小渕恵三首相と金大中(キムデジュン)大統領がまとめた「日韓パートナーシップ宣言」の精神に立ち返り、ののしり合いに近い主張の応酬ではなく、「静かな外交」を模索しようとする思惑がうかがえる。

  実際、98年の宣言の起草に関与した韓国の元高官が最近、文大統領に対日関係の行方について幾つかの提言を行ったとの動きがある。この元高官が好んで使う「省察」という言葉も、今回の演説に登場した。日本への特使派遣も検討されているという。

  対日非難をトーンダウンさせた今回の演説について、日本は通商分野での摩擦に苦慮した韓国が押し切られつつあると単純に解釈するのではなく、98年の宣言を再生しようと軌道修正に乗り出した可能性がないかどうかを慎重に検討すべきだろう。

  いつまでも対抗措置の応酬を続けていては、日韓どちらも消耗するだけで得るものは何もないという現実に向き合い、対話環境を整えることが求められる。


茨城新聞社説 2019年8月17日
http://ibarakinews.jp/hp/hpdetail.php?elem=ronsetu&
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/561.html

[政治・選挙・NHK264] 日韓問題の核心は“文在寅大統領問題” ちらつく“悪しきリベラリスト”の影。国内問題を国際問題化する政治手法にも危うさ (朝日新聞社 論座)
田中秀征 元経企庁長官 福山大学客員教授
論座 2019年08月16日 より無料公開部分を転載。

https://image.chess443.net/S2010/upload/2019081300001_4.jpg
韓国・天安市で日本統治からの解放を記念する「光復節」の式典で演説する文在寅大統領=2019年8月15日、東亜日報提供


■思想・行動と結びつく政治家の“性格”

 私は韓国の文在寅大統領の言動を、2年前の就任以来、格別の関心をもって観察してきた。特に最近では、彼が取り返しのつかない事態を招くのではないかと、目を離せないできている。

 8月2日の強硬発言が「凶」と出たからか、注目された光復節(8月15日)演説は一転して、日本に対話を呼びかける融和路線となった。しかし、罵倒した直後に握手を求めても、素直に応じる人はいない。それどころか、文大統領が状況によってカメレオンのように変わる“状況主義者”であることが一層明白になったように見える。

 現在の不幸な“日韓問題”の核心は“文在寅問題”に他ならないと、私は受け止めざるを得ない。

 政治指導者の言動を律するのはその性格。かつて、フランスのドゴール大統領は、政治家にとって“性格”の持つ重い意味を強調した。思想と行動も、その政治家が持つ性格と分かちがたく結びついているというのだ。

 とすれば、最近の文大統領の途方もない言動は、彼自身の“性格”に発するところが大きいのではないか。

■驚くしかない曖昧な発言

 先述した8月2日、国の内外に公開された緊急閣僚会議で、彼はこう発言していた。

 「加害者の日本が盗っ人猛々(たけだけ)しく大声をあげている」

 韓国語でどう言っているのか、英語にどう訳されたのかは知らない。しかし、言葉の低劣さにさほどの違いはないだろう。

 文大統領の独特の政治手法は、国内問題や二国間問題をあえて国際問題化すること。私はかねてそう思ってきていたが、今回はそうした認識が間違っていないことがはっきり確認された。

 「今の韓国は過去の韓国ではない」から、「われわれは二度と日本に負けない」。
 「今後起こる事態の責任は全面的に日本政府にあることをはっきり警告する」

 一体どんな“事態”なのか。「日本も大きな被害を受けなければならない」と言われても、何のことか釈然としない。文大統領のこうした曖昧(あいまい)な発言には、驚くばかりだ。

 その3日後、文大統領は政権幹部の会合を公開し、次のようにも発言している。

 「北朝鮮との経済協力で平和経済を実現し日本に追いつく」。本来は「日本に追いつく」のが目的ではなく、「国民生活を豊かにする」ことこそが韓国経済の目標だろう。

 われわれは、非核化された南北が統一され、自由で民主的な国家が生まれるなら、心から拍手をする。経済で追いつかれ、追いこされることがあっても気にはしない。そこから未来志向の日韓友好が実現すれば、東アジアの要としての役割を果たすことができるはずだ。

■文大統領は悪しきリベラリスト?

 私は文氏が大統領に就任した時、彼の活躍によってより自由でより民主的な韓国が生まれることを期待した一人である。それは彼が長年にわたって掲げてきた、「市民」「人権」「平和」などの旗印のせいでもある。

 とはいえ、公然と彼を評価しなかったのは、“悪しきリベラリスト”ではないかという疑念がどうしても消えなかったからだ。たとえて言えば、日本の民主党政権幹部に抱いたのと同様の不安を、文大統領に対して抱いていたのである。

 文大統領は決して日本を嫌いなのではないだろう。むしろ逆かもしれない。そうでなければ、娘さんを日本の大学に留学などさせないし、奥さんの茶道にも理解を示さないだろう。結局、文大統領は「反日」姿勢によって、自分の政治的立場を強めようとしているだけではないか?

 韓国では、来年2月に総選挙が予定されている。この総選挙は文大統領にとってはもちろん、与党「共に民主党」にとっても死活的に重要な政治決戦である。この選挙で憎き保守派の野党を叩(たた)きのめし、二度と立ち上がれないようにしなくてはならない。そのために、彼は夜も眠れないほど追いつめられているのだろう。

 しかし、現在のようにいたずらに「反日」姿勢を強めることは、逆に文大統領を弱体化させるのではないか。本当の事情が理解されるに従って、頼みの国際世論の潮目が大きく変わり、文政権は窮地に追い込まれるだろう。それはもう始まっている。

 似非(えせ)リベラリスト、悪しきリベラリストは、人権、市民、平和、福祉など、誰も反対できない旗を高く掲げながら、自己の権勢欲を満たすことを最優先にして動く人のことである。

 文大統領には、そんな似非リベラリストの兆候が表れているように見える。

■「陽」の盧武鉉氏、「陰」の文在寅氏

https://image.chess443.net/S2010/upload/2019081300001_2.jpg
盧武鉉大統領(右)と文在寅氏=文在寅陣営提供

 かつて文氏は盧武鉉大統領と政治的に一体で、盧氏が「陽」ならば文氏は「陰」という印象だった。 ・・・ログインして読む(残り:約607文字/本文:約2635文字)

https://webronza.asahi.com/politics/articles/2019081300001.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/562.html

[政治・選挙・NHK264] 中学受験の費用高騰と難関校のいじめ増加 (朝日新聞社 論座)
中学受験の費用高騰と難関校のいじめ増加/上
憧れの超名門校で、なぜ、いじめが深刻化しているのか

杉浦由美子 ノンフィクションライター
論座 2019年08月14日 より無料公開部分を転載。

■現在は中堅校でのいじめは減っている

 なぜ、いじめはなぜ起きるか。それは自己肯定感が低い人間が、他者をいたぶることでストレスを発散したり、プライドを守ろうとしたりするからだ。

 ある有名企業では女性間のいじめがすさまじく、若い女性社員がみな辞めていくという。かつては輝いていた企業だが、現在は斜陽で待遇も悪くなっている。優秀な人材はどんどん転職していく。そうなると、どこにもいけない人間が残って、未来がある若い社員をいたぶるわけだ。ちなみにこの企業はマタハラもひどく、出産後に職場復帰できないケースも多い。

 これは学校でも同じだ。私が6年ほど前に取材した時に、大手中学受験塾の関係者がこう話していた。

 「進学実績が高い難関校や進学校の生徒は、自己肯定感が高いし、目標に向かってまっしぐらだから、いじめをしない。中堅校は生徒に目的を持たせることが重要。ちゃんとケアをすることが必要になる」

 実際、女子校出身者たちを取材していても、偏差値上位の難関校や進学校ではいじめの話はほぼ聞かなかった。入学当初は少し揉めるが、放置してもだんだん落ち着いていく。反対に中堅校の一部では「その場にいない子の荷物を漁る」といったいじめが慢性化していた。そのため、中堅校では徹底したいじめ対策がされ、現在は中堅校でのいじめは減っている。

 そして今、いじめが深刻化しているのは難関校や進学校といった偏差値上位の名門校だ。受験生や保護者にとっての憧れの学校ほど、いじめが発生し問題になっているのだ。

 都内のある進学男子校では、いじめに手を焼き、受験申し込みの時点で、成績表のコピーを提出させている。それで小学校時代の素行がある程度、確認できるからだ。また、超名門難関男子校でもいじめの加害者と被害者がもみ合って大けがをしたという事件が発生した。それ以外にも難関大学の付属中学や難関女子校、ミッション系進学女子校等々でも深刻ないじめが起きているという情報もある。

 なぜ、これらの憧れの学校≠ナいじめが発生し、危機的な状況に陥るのか。2回に分けて、この理由を探っていきたい。1回目はその原因のひとつとして、中学受験の高騰を考えたい。「なぜいじめと受験費用の高騰が関係あるのか」と思う読者の方もいるだろう。しかし、これはやはり関係があるようにみえるのだ。

■6年生は「月に20万円」も珍しくない

 中学受験事情を取材していて驚くのは、費用の高騰だ。教育や受験の情報サイト「リセマム」(2019年2月4日配信)が2018年3月に調査した結果によると、 ・・・ログインして読む(残り:約1653文字/本文:約2762文字)

https://webronza.asahi.com/national/articles/2019080500007.html


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中学受験の費用高騰と難関校のいじめ増加/下
いじめ対策のノウハウがない難関校&進学校。中堅校は徹底した対策でいじめを封じる

杉浦由美子 ノンフィクションライター
論座 2019年08月15日 より無料公開部分を転載。

■難関校の生徒の自己肯定感が低下

 大手中学受験塾の関係者がいう。

 「かつては難関校に入る子たちは勉強が好きだったり、地頭がよかったりしたんです。だから、生徒はみな自己評価が高くて、他者など気にせず、勉強したり、趣味に没頭したりしていた。ところが今は無理矢理、勉強させられて入ってくる子が増えている。彼らは大きなストレスを抱えているし、自己評価も高くはない。結果、弱者をみつけて、いじめるわけです」

 難関校や名門校でいじめられるのは、どういう子たちなのか。

 「難関校には勉強はできるけれど、空気が読めなかったり、コミュニケーションが苦手だったりする子も入ってきます。そういう子がいじめの対象になり」

 そして、難関校や進学校でのいじめが深刻化しやすいのは、これらの学校ではいじめ対策のノウハウがないからだ。いじめ対策が万全の中堅校では、いじめの小さな芽を教師がみつけ、徹底して潰していく。ところが難関校や進学校はそういうノウハウがまずない。

■「あなたの可愛い顔がみなをイラッとさせる」

 世田谷の進学校、?友学園女子中学校・高等学校で、いじめ対策のために定期的に席替えをするという記事を読み、私は一記者として驚愕した。?友は典型的な進学校であり、いじめ対策をするカルチャーではなかったからだ。

 基本的に難関校や進学校では、 ・・・ログインして読む(残り:約1826文字/本文:約2410文字)

https://webronza.asahi.com/national/articles/2019080500008.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/563.html

[アジア23] インドネシア首都、24年に移転予定 ボルネオ島へ(朝日新聞)
朝日新聞デジタル 2019年8月17日12時00分
マヌヒング=野上英文

https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20190816003600_commL.jpg
地図

https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20190816002478_commL.jpg
首都移転先の候補の一つに挙がっている南カリマンタン州では、国際空港の建設が進められている=2019年8月12日、バンジャルバル、野上英文撮影

https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20190816002441_commL.jpg
中部カリマンタン州の首都移転の候補地。ジョコ大統領の視察後に地価が最大4倍になった=2019年8月15日、マヌヒング、野上英文撮影

https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20190816002449_commL.jpg
東カリマンタン州の首都移転の候補地に挙げられている通称「スハルトの丘」。幹線道路を建設中だ=2019年8月13日、バリクパパン郊外、野上英文撮影


 インドネシアのジョコ大統領は16日、国会での年次教書演説で、首都をジャカルタからカリマンタン(ボルネオ島)へ移す方針を表明した。具体的な移転先は明らかにしなかったが、同島各地ではすでに、発展の起爆剤になるとの期待が高まっている。

 「この歴史的瞬間が誇らしい。国会議員そしてすべての国民から、カリマンタンへの首都の移転について承認をいただきたい」

 ジョコ氏が演説でこう述べると議場から拍手が起きた。移転計画は4月末に閣議決定済みで、この日は国会で初めて提案された。

 計画では、国会や中央省庁をカリマンタンに集め、ジャカルタは経済の中心として活用する。年内に移転先を決め、遅くとも2021年に開発を始め、24年に移転を始める予定だ。

 移転の狙いについて、ジョコ氏は「東から西、北から南まで発展すべきだ」と述べ、ジャワ島のジャカルタに一極集中した現状の是正にあると説明した。ジャワ島には人口2億6千万人の57%が暮らし、渋滞や環境汚染が深刻。島外との経済格差も広がっている。

 カリマンタンを選んだのは、同国の中心に位置し、国是「多様性の中の統一」にふさわしいからだ。ジョコ氏は「首都は国のアイデンティティーの象徴」とも演説で述べた。カリマンタンは人口が総人口の7%で、自然災害も少ない。

 日本の国土の1・4倍の広さがあるカリマンタンのどこに移転するのか。政府関係者によると主な候補地は3カ所。ジョコ氏はこの日、具体的な移転先は明かさなかった。

 4月の大統領選で再選したジョコ氏は、大票田のジャワ島での「貯金」で競り勝ったが、所属する闘争民主党はジャワ島以外での党勢の弱さが課題になっている。そのため、移転計画には「ジョコ氏のレガシー(遺産)作りに加えて、政治的思惑もあるだろう」とある駐在外交官はみる。

 首都移転は歴代大統領が提案しては立ち消えになってきた経緯がある。ただ、国会では与党陣営の議席数が多数派で、これまで大きな反対論は出ていない。

■経済効果「計り知れない」、課題は移転費用

 中部カリマンタン州の州都から車で2時間半のマヌヒング地区の山道。15日に訪れると、車道脇にビール瓶が刺さっていた。

 「5月初め、大統領が視察で立った目印です」。案内してくれた地区長はそう説明した。ここを中心に、同州は広大な土地を移転用に用意する予定だ。

 一帯の集落は人口8千人弱。大半が天然ゴムやアブラヤシの農家で、1日の世帯収入が平均10万ルピア(約740円)程度。そんな過疎地に入った「寝耳に水」の移転話で、もともと1ヘクタールあたり1千万ルピア(約7万5千円)だった地価は、この3カ月間で4倍に上がった。

 スギアント州知事は「移転で200万〜300万人は移住するだろう。インフラ整備など経済効果は計り知れない」と期待する。

 カリマンタンは、石炭や石油の採掘が主要産業だが、同国では発展が大きく遅れた地域の一つ。南カリマンタン州で移転先の候補とみられる港町バトゥリシンも、他の大都市につながる幹線道路がない。同州都の空港は小型機だけがとまれる造りで、その隣では大きな国際空港を建設中だった。

 「加工や製造の拠点は全部ジャワ島にある。打開の手段が首都移転だ」と、国家開発企画庁幹部のファジャル・デシラさんは語る。

 移転で潤うとの期待感がカリマンタンで高まる一方、課題は費用だ。

 ジョコ政権は当初、最大466兆ルピア(3・5兆円)と見積もった。だが、賄いきれないとの意見が上がり、8月に93兆ルピア(6950億円)に下方修正。民間投資も活用する構えだ。

 コストが抑えられるとの見立てから最有力候補とされるのが、スハルト元大統領がかつて訪問したことが名前の由来になっている東カリマンタン州の通称「スハルトの丘」だ。すでにインフラ整備が進み、州都につながる幹線道路は完成間近。近くには国際空港が二つと、大きな港もある。今月にジョコ氏と面会したイスラン知事は「90%指名される感触を得た」と取材に話した。

 ただ付近には住宅街が広がり、鉱山も開発中。土地収用に費用や時間がかかる懸念もある。(マヌヒング=野上英文

https://digital.asahi.com/articles/ASM8J51TWM8JUHBI01W.html?rm=828
http://www.asyura2.com/17/asia23/msg/837.html

[政治・選挙・NHK264] 文大統領演説/関係悪化の歯止めに

 文在寅(ムンジェイン)・韓国大統領は十五日の演説で対日批判を抑え、対話を呼びかけた。日韓関係悪化の歯止めとしたい。この発言を受け、韓国側から、懸案の元徴用工問題について解決策を提示してほしい。
 二十六分の演説の中で文大統領は、経済や平和の重要性に触れ、日本にも昨年より多く言及した。
 日本が植民地支配による被害者たちの苦痛を癒やす努力をしたと認め、「対話と協力の道に出てくれば、私たちは喜んで手を取る」と表明した。この発言を、前向きに受け取るべきだ。

 文大統領は、日本が輸出規制の強化を発表した七月上旬から、日本に対して、厳しい発言を繰り返してきたからだ。
 「(輸出規制は)日本経済により大きな被害が及ぶ」「日本に二度と負けない」などのほか、「賊反荷杖」という熟語を使って、加害者としての日本の責任を指摘した。「(日本は)盗っ人猛々(たけだけ)しい」という、きつい表現で報道され、日本で強い反発を招いた。
 韓国でも日本製品の不買運動が一気に拡大。日本製ビールの七月の韓国への輸入量が、前月比で半分近くに減るなど、韓国経済にも影を落とし始めている。

 さらに韓国は、北朝鮮とも難しい関係になっている。十五日の演説で文大統領は、北朝鮮との平和構築や経済協力を呼びかけた。
 ところが北朝鮮は十六日朝、飛翔(ひしょう)体を発射し、韓国との対話を拒否する談話を発表した。発射は、先月末からすでに六回目になる。日本とはむしろ、安保上の協力が欠かせないタイミングだろう。
 もちろん日本側にも問題があった。河野太郎外相が、駐日韓国大使の発言をさえぎり「無礼だ」と批判。輸出規制問題で訪日した韓国側担当者を、経済産業省側が冷遇し、韓国の世論を刺激した。

 日韓は経済的なつながりが深く、いったん摩擦が起きれば混乱が予想外に拡大する。今回の教訓を、双方とも学んでほしい。
 関係悪化の主因となっている元徴用工問題で韓国は六月、日韓企業の自発的な拠出金で基金をつくり、慰謝料を支払う案を日本側に提示したが、日本側は受け入れを拒否している。
 基金に日本企業が参加すれば、一九六五年に結ばれた日韓請求権協定を否定しかねない、と考えているためだ。こういった日本側の懸念にも配慮する必要もある。
 日韓関係の悪化は日本にもマイナスだ。安倍政権は、韓国側と積極的に対話してほしい。

中日新聞・東京新聞社説 2019年8月17日
https://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2019081702000117.html
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2019081702000150.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/579.html

[政治・選挙・NHK264] 「警察が安倍首相の演説をヤジった人を排除したわけ」続編(2) (朝日新聞社 論座)
「警察が安倍首相の演説をヤジった人を排除したわけ」続編(2)
警察記者クラブへの疑問と記者への期待(上)


原田宏二 警察ジャーナリスト 元北海道警察警視長
論座 2019年08月17日

https://image.chess443.net/S2010/upload/2019081300002_1.jpeg
道警ヤジ排除問題について、北海道議会総務委員会で答弁する山岸直人・道警本部長=2019年8月6日、札幌市

■「選挙の公正さを守るため報道を控えた」は言い訳だ

 安倍晋三首相が札幌市内で選挙演説した際にヤジを飛ばした市民が北海道警に排除された問題を受けて、前回記事『警察署長を務めた私にも見えない公安警察の素顔』http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/317.htmlでは、排除にあたったとみられる警備・公安警察の実態を論じた。

 今回は警察権力をチェックするべき立場にあるマスコミについて考察し、警察記者クラブの機能不全が「警察の横暴」の大きな要因であることを示したい。

 警察を監視する機関としては公安委員会や議会、監査委員などがある。それ以上に警察を日常的に近くで見ているのがマスコミだ。

 新聞やテレビで犯罪に関する報道が流れない日は滅多にない。犯罪記事の情報の多くは、警察記者クラブ加盟のマスコミに提供される。記事の多くは「警察によると」とか「○○署への取材で」で始まるのはそのためだ。

 報道の自由、言論の自由を含む政府からの表現の自由は民主主義の根幹であり、近代憲法の中で共通の原理として保障されている。その主要な役割には「権力の監視」があるとされ、報道のルールを業界で自主的に策定している。

 新聞は「新聞倫理綱領」、公共放送NHK(日本放送協会)は「国内番組基準」、民間放送は「日本民間放送連盟放送基準」がある。出版業界でも「出版倫理綱領」がある。

 公職選挙法は報道の自由について、こう定めている。148条(新聞紙、雑誌の報道及び論評の自由)には「この法律に定めるところの選挙運動の制限に関する規定は、新聞紙又は雑誌が、選挙に関し、報道及び評論を掲載する自由を妨げるものではない。但し、虚偽の事項を記載し又は事実を歪曲して記載する等表現の自由を濫用して選挙の公正を害してはならない」。

 テレビやラジオについては151条の3(選挙放送の番組編集の自由)「この法律に定めるところの選挙運動の制限に関する規定は、日本放送協会又は基幹放送事業者が行なう選挙に関する報道又は評論について放送法の規定に従い放送番組を編集する自由を妨げるものではない。ただし、虚偽の事項を放送し又は事実をゆがめて放送する等表現の自由を濫用して選挙の公正を害してはならない」だ。

 今回の安倍演説ヤジ排除問題を最初に報じたのは朝日新聞だった。今ではテレビ局も地元北海道新聞の報道も盛り上がりを見せているが、最初は朝日新聞に後れを取った。NHKや読売新聞は当初は一切報じなかった。

 安倍首相演説ヤジ排除問題を報じることが公選法148条・151条の3但し書きにある選挙の公正を害することにあたるとマスコミ各社が判断したのなら全くおかしい。それは記者たちの目の前で起きた事実であり、虚偽でも歪曲でもなかったからだ。

 選挙の公正さを守るために報道を控えたというのは単なる言い訳に過ぎない。今回の安倍首相演説ヤジ排除問題でドジったのは表面上は道警だ。

 しかし、そのバックには、警察庁がいて、我が国の最高権力者総理大臣がいる。

 果たして、それぞれの新聞やテレビは「権力の監視」の役割を果たしたのか。報道の自由を守ったのか。

 今回の問題でマスコミがどんな報道をしたのか確認してみよう。

■最初はツイッター、出足遅かったテレビ、NHKは報道せず

 私が安倍首相の街頭演説を知ったのは、7月15日の夕食時のNHKのニュースだった。

 安倍首相が宣伝カーの上で、新千歳空港の発着枠をピーク時に2割増しに拡大するという演説をしていた場面だった。これは公選法が禁じる利益誘導ではないのかと思ったが、このときのニュースではヤジった市民らが警察官に排除されたとの言及はなかった。

 私がこの問題を知ったのはこの後だ。

 ツイッターで【安倍首相の演説中に「安倍やめろ」との野次、地元警察が強制排除】(午後9:40・2019年7月15日)なる写真入りの投稿を読んだからだ。その写真は女性が黒っぽいスーツ姿の女性と男性ら5人に両脇を抱えられながら連行されているものだった。

 私は2019年7月16日午前11:26 に「形だけからは、明らかに強制連行だな……」、さらに午後2:48 に「私は捜査2課長の経験者」「警察庁長官の人事は内閣総理大臣が握る。 道警が忖度するのは当然。警察は政治的に中立は幻想。」と投稿した。数千のリツイートがあった。反響の大きさに驚いた。

https://image.chess443.net/S2010/upload/2019081300002_2.png

 この問題を最初に報じたのは、朝日新聞社のニュースサイト「朝日新聞デジタル」(7月16日22時3分)の「ヤジの市民を道警が排除 安倍首相の街頭演説中」というタイトルの記事だった。記事には写真や当事者のコメントはないが、松宮孝明立命館大法科大学教授の「警察の政治的中立を疑われても仕方がない」とのコメントがあった。

 16日は新聞休刊日だった。朝日新聞はこれと内容が同じ記事を「『首相帰れ』ヤジ 警察いきなり排除」というタイトルで7月17日の朝刊全国版で報じた。

 17日には共同通信が「首相演説中にヤジ 北海道警が聴衆を排除」(17:32) 、時事通信が「『安倍辞めろ』ヤジ、排除= 北海道警、街頭演説中」(19:22)のタイトルの記事をネットに配信した。共同通信の記事(18:43)では「道警は『トラブル防止や犯罪の予防のための措置で、対応は適切』と説明」となっている。

 産経新聞は「首相演説に『安倍辞めろ』とやじ 北海道警、聴衆を排除」(7月17日23:43)と続いた。しかし、その内容は「近くで『安倍辞めろ』『増税反対』などと叫んだ人たちを警察官が現場から引き離した。(中略)首相の演説にはやじや妨害行為が相次いでおり、騒ぐ聴衆にスマートフォンを壊される被害なども発生している」と朝日新聞の報道とはややニュアンスは違う。産経新聞は札幌の演説の前の7月13日に「首相演説で妨害相次ぐ 聴衆に被害 公選法に抵触も」と7月7日東京・JR中野駅前での首相演説の状況を伝えている。

 毎日新聞も「『安倍辞めろ』のヤジ飛ばした男女を道警排除 首相街頭演説中」(7月17日19時55分 最終更新20時23分)のタイトルで伝えている。

 地元を代表する北海道新聞がこの問題を本格的に報道したのは7月18日朝刊だった。1面で「首相にヤジ 道警が聴衆排除 札幌 専門家『表現の自由侵害』」、社会面で「首相演説ヤジを排除 突然囲まれて『恐怖』 男女証言 市民団体『異様だった』」のタイトルの記事を報じた。

 北海道新聞によると、これらの記事は、ほぼそのままの内容でどうしん電子版に掲載されたという。1面の記事は会員向けが18日7時59分に、非会員向けは18日17時35分に、社会面の記事は、会員向けが18日7時31分、非会員向けは20日8時00分に掲載されたという。いずれも、朝日新聞デジタルや各社に後れを取っている。

 読売新聞は20日に「参院選 首相演説にヤジ 強制排除に抗議 弁護士団体、道警に」と報じた。東京本社読者センターでこれがはじめの記事と確認した。

 テレビは、HTB(北海道テレビ テレビ朝日系列)が7月17日の昼のニュースで「総理にヤジを“排除”道警『トラブル防ぐため』」のタイトルで当時の映像付きで報じたのが最初だ。

 内容は札幌駅前での安倍首相演説に対する聴衆のヤジ、警察官がヤジを飛ばした男女を排除する様子、プラカードを掲げようとして警察官に阻まれた女性の話のほか、7日の東京・中野で行われた街頭演説の映像も放映、中野では警視庁の警察官に移動させられたりすることはなかったと伝えた。さらに、この問題に関する西村康稔官房副長官の型どおりの内容の談話、警察の対応には問題があるとの弁護士や大学教授の話を伝え、あわせて道警の「対応としては問題なく適切だったと考えている」とするコメントも伝えている。

 私が地元テレビ局の関係者に聞いたところでは、この日のHTB報道に続いて、翌18日にはHBC(北海道放送 TBS系列)、UHB(北海道文化放送 フジテレビ系列)が報じ、STV(札幌テレビ放送 日本テレビ系列)も続いた。

 UHBは地下歩行空間を練り歩く総理に男性が背後から「安倍辞めろ」などと声をかけて警察官に肩を掴まれ、人だかりから引き離される場面を放映している。TVh(テレビ北海道 テレビ東京系列)は弁護士有志が道警に抗議したと伝えた。

 NHKは見当たらず、8月9日に私がNHKに確認したところ、全国及びローカルでも「安倍首相演説ヤジ排除問題は放送していない」とのことだった。

 こうした新聞やテレビの報道を見ると3つの疑問がわいた。

 一つ目は、ブロック紙で北海道最多の発行部数を誇る北海道新聞の報道がなぜ7月18日朝刊まで遅れたのか。

 二つ目、問題のあった15日の翌日16日朝刊は休刊だった。にもかかわらず、テレビ局の中で最も早かったHTBが報じたのは17日の昼だった。なぜ、テレビ各局は朝日新聞に先んじて15日あるいは16日に報じなかったのか、

 三つ目は公共放送NHKが報道しなかった理由は何か。

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安倍首相の演説時にヤジを飛ばし、北海道警に排除される女性=2019年7月15日、札幌市中央区のJR札幌駅前、北海道テレビ放送(HTB)提供

■警察広報課の最大の任務は記者クラブのコントロール

 その理由を探る前に、警察と警察記者クラブとの関係について、私の体験を通じて話してみたい。

 警察の広報を所管するのは総務部広報課だ。広報課は記者クラブ室と同じフロアにある。課長は警視で将来性のある優秀な人物を配し、幹部は次席(警視)、情報発信室長(警視)、報道調査官(警視)4〜5人の統括官(警部)の構成だ。

 広報課の最大の任務は記者クラブの監視とコントロールだ。広報課は各社の記者の個人情報(学歴、職歴、犯罪歴、学生運動歴、趣味趣向等々)を把握していた。警察予算には「記者接待費」などはないから、記者との飲食、転勤のときの餞別などは裏金で賄われていたはずだ。北海道警察裏金問題では、組織ぐるみで裏金作りが行われ、広報課が旅費などで裏金を作っていたことが内部調査で判明している。

 私は警察署長や捜査第2課長などの捜査担当課長として、警察記者クラブの記者たちの取材に応じてきた。ちなみに、方面本部長を務めていたときのマスコミ対応は着任時の取材と退任時の取材くらいだった。時折、北海道新聞の記者が公宅に飲みに来たことがあるが、仕事の話はしない。この記者から退任時に取材申し込みがあったが、私は裏金問題など警察が抱える様々な問題を解決しないままに退職することに忸怩たる思いがあり、「何も言うことはない」と頑なに断った。

 私の新聞記者対応の基本は、嘘を言わない、ミスリードをしない、特ダネ潰しをしない、だった。年齢も若く経験不足の記者も多かったが、それなりの敬意を払って接してきた。彼らは“特ダネ”を狙って警察本部や警察署内をほぼ自由に取材していた。彼らが出入りできないのは、警備関係各課、それに、特捜班の部屋ぐらいだった。

 特ダネと言っても「今日、強制捜査に着手か」といった予告記事が多かった。私から言えば何の意味もないものだったが、彼らにとっては、内容はともかく、他社より1分でも1秒でも先に書くことに意味があるようだった。

 それでも、私は暇なときは課長室や署長室はオープンにしていた。夜討ち、朝駆けと称する自宅への取材にも、まるで、禅問答のようなやり取りで応じていた。たまには、“特落ち”の記者に「こんなところにいていいの」くらいのヒントを与えたことはあるが、記者に「書くな」と言ったことはない。

 当時は、現在ほどではなかったが、時折、警察官の交通事故や不祥事が起きていた。警察幹部にとって頭が痛いのは、こうした不祥事を記者の眼からどう隠すかであった。不祥事はマスコミにばれてはじめて不祥事になるという考え方さえあった。

 いったんばれてしまった不祥事は、いかにしてマスコミに小さく報道させるかが問題となる。特に、不祥事の背景にある組織的要因や幹部の責任を隠すことも重要だった。

■道警に跪いた北海道新聞

 北海道では、2003年以降、道警の裏金問題のキャンペーン報道で北海道新聞取材班が日本新聞協会賞など大きな賞を総なめにした。しかし、北海道新聞は道警の前に跪くことになる。このことについては拙書「警察捜査の正体」http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000210838第10章「警察マスコミの罪」で詳しく述べている。

 道警銃器対策課による莫大な覚せい剤等の密輸見逃し事件報道では、道新は道警本部広報課長に恫喝されてお詫び記事を掲載した。

 道警元総務部長が道新などを提訴した民事訴訟では、当時の道新編集局長が裁判所に提出した陳述書で「道警との極めて厳しい関係が続いており、道内各地の警察取材を担当する現場では、事実上の取材拒否に遭うなど苦戦を余儀なくされていました。(中略)道警との不正常な関係を長く引きずることは、取材現場の精神的な負担を重くし、日常の紙面にも悪影響を及ぼすことから懸念を抱いておりました」と述べ、訴訟を避けるため元総務部長と密かに交渉し、謝罪文を書いた理由を説明している。

 訴訟は北海道新聞などが敗訴した。道警記者クラブの代表格ともいえる北海道新聞 が道警の前に跪いたことは加盟各社にも大きな影響を与えた。

 私は現在でも札幌在住の記者やジャーナリストらから最近の警察記者クラブの様子を聞く機会がある。それによると、道警による記者クラブ加盟各社に対する対応は極めて厳しいようだ。

 警察からの情報提供は各課、各署の広報担当幹部(副署長、次席)からの報道メモで行われる。日常の直接取材の窓口は広報担当の副署長、課なら次席に厳しく限定、その対応も廊下だ。各課内への出入りは禁止、幹部の自宅などへの取材には応じない。道警の意に反する報道があれば、道警本部の広報課から記者が説明を求められる。ときには書くなと言われる。それを無視すれば「出入り禁止」(名指しした社の記者に警察署内などの立ち入りを禁じること)が言い渡される。

 警察官の不祥事の取材でテレビカメラの撮影や録音を拒否される事例があったことも聞いている。ある記者の話では、道警が発表していない問題を記事にするときには事前に広報課に通知することになっており、通知をしなかったり、その際の道警の意向を無視したりすると出入り禁止になるという。

 事実なら、これは憲法が禁止する検閲ではないのか。

 私の現職中は、朝出勤すると副署長席の前の応接セットには必ずと言っていいほど新聞記者が座っていた。今ではそんな光景もないようだ。

 最近は公務員や政治家の汚職、警察の組織的な不祥事などのいわゆるスクープ記事にあまりお目にかからなくなったように思うがどうだろうか。

 政治家の汚職などは捜査第2課の捜査力が落ち事件が検挙できないというなら仕方がないが、不祥事の多くを警察が隠ぺいし、それを暴けないなら問題ではないか。いわゆる調査報道なる記事もあまりお目にかからない。

■北海道警は道警記者クラブ加盟社以外の取材に応じない

 記者の皆さんと話していて感じるのは、警察官の仕事に関する知識、例えば、刑事手続きに関する知識も不足しているということだ。知らなければ違法捜査かどうかを見極めることができない。

 重大事件の被疑者(容疑者)逮捕の記者会見では、逮捕手続きに問題がないかを取材する必要がある。冤罪事件や誤認逮捕は相変わらず多いのだ。

 私は警察の発表を鵜のみにして記事を書くことはとても危険だと思う。捜査の初期段階での警察捜査がかなり危うい部分があることを知っているからだ。ときには、被疑者の氏名さえ誤っていたことがある。警察発表が誤っていたのだから取材側には責任がないということではなかろう。書く責任は記者側にある。

 各社の道警記者クラブ加盟社の所属記者を「サツ廻り」と呼ぶ。その数は社によって異なる。圧倒的に多いのは北海道新聞だった。

 各社には経験豊富なキャップがいて記者たちをまとめている。警察側との交渉や本社のデスクへの報告も基本的にはキャップがやる。本社の機構は社によって異なるが、社長の下に編集局、報道本部、報道本部に次長やデスクがいる。現場の記者たちが書いた記事はデスクに送られる。

 現場の記者の取材が記事として紙面に掲載されるか、どんな内容になるのかは上司のデスクら幹部次第。その日の紙面は最終的には編集会議で決まる。

 広報課との窓口になるのがキャップだ。先の覚せい剤等の密輸見逃し事件報道で広報課長が記事の取り消しを求めて北海道新聞を恫喝した際の相手もキャップだった。元道警総務部長との裏交渉でメッセンジャーボーイの役割を演じたのもキャップだった。

 ついでだが、道警は道警記者クラブ加盟各社の記者以外の取材には応じない。月刊誌・週刊誌の記者、フリーの記者などの記者には報道メモの提供は拒否、記者会見への出席も認められない。

 こうして記者クラブ加盟各社は事件・事故の情報を独占する。報道の自由競争から保護されるわけだ。

 そうなれば、記者クラブは“仲良しクラブ”、横並び意識が生まれ、不祥事を暴こう、権力を監視しようという意識は希薄になる。中には道警広報課にすり寄る記者も出てくる。

 こうして道警は漁夫の利とばかり記者を思うままに操る。現在の記者クラブの記者に聞いてみると「そうですね。確かに警察の圧力に対する抵抗力が弱くなっています」という答えが返ってきた。

 最近、知り合ったばかりの志のある若い記者らが次々とジャーナリストの世界から去っていくのを見る。おそらく、入社前に予想していた報道の現場と実際の姿の違いに絶望したからだろう。

 現場の記者からも新人記者が次々と辞めていき取材現場が人手不足になっていると聞く。道警裏金報道で賞を総なめにした取材班を指揮したデスクや中心となった記者は北海道新聞を離れ、残った記者は取材の現場から追われている。

■「はじめに報じる社は警察に叩かれる」

 そこで、こうした広報課と警察記者クラブの現状を頭に置きながら、今回の安倍首相ヤジ排除問題の新聞やテレビの報道の3つの疑問について考えてみよう。

 まず、北海道新聞の報道がなぜ18日朝刊まで遅れたのか。

 北海道新聞読者センターにメールで問い合わせてみた。間もなく担当者から電話で「この問題は7月16日の夕刊の『問う2019参院選』なるサイド記事で報じている」旨の回答があった。(説明では同じ内容の記事が、道新電子版に会員向けは16日18時56分、非会員向けは17日20時25分掲載)

 記事を確認すると、タイトルは「首相来札 迷う1票」で、その内容は15日に札幌駅前と三越前で安倍晋三首相が演説し、買い物客や旅行客らが次々と足を止めたとあり、演説を聴いた有権者の感想が書かれていた。最後に「演説中には数人が『増税反対』などと声を上げ、警察官らに制される一幕も。『安倍首相を支持します』とのプラカードは何枚も掲げられたが、市民団体が『年金100年 安心プランどうなった?』と記したプラカードを掲げようとしたところ、警察官に制されたという。制止された女性(69)は『演説をさえぎることもしていないのに、掲げる自由すらないなんて異常だ』と話した」とあり、「札幌三越前で安倍晋三首相の演説に足を止める聴衆」の写真がある。

 しかし、この記事は警察官の職務執行についての問題点を伝えているだろうか。私にはそうは思えない。

 写真も静かに演説を聴いている聴衆と聴衆の中に立っている女性警察官、道路側に宣伝カーに背を向け聴衆を監視しているスーツ姿の警察官らしい男性が写っている。一方で、北海道新聞の18日朝刊の報道では「増税反対」と叫んだ直後、警察官らにつかまれ、排除される女性の写真が掲載されている。

 なぜ、そのスクープ写真をはじめの記事で使わなかったのか。

 そして、道新は19日朝刊になって「道警のヤジ排除 選挙ゆがめる過剰警備」というタイトルで社説を掲載した。その社説の結びには「自由な言論空間は最大限に確保されるべきであり、警察がむやみに介入するのは不適切である。道警は公選法違反の有無や、プラカード掲示制止の理由について調査中としている。市民が抱く疑念の重大性を認識し、早期に説明責任を果たしてほしい。警察の政治的中立の欠如は民主主義の根幹に関わる。真相究明は首相はじめ政治の責任でもある」とある。全く当たり前の話だ。

 問題はそんな当たり前の話を18日の朝刊でしか報じられなかったのはなぜかということだ。新聞は読者に1分1秒でも早く正しく事実を伝える義務があったのではないか。16日夕刊の記事とあまりにも違う。

 私の問い合わせに対する北海道新聞のメールでの回答は以下のとおりだ。

 「15日の時点で記者も取材部門の幹部も、当初から一貫して問題意識を共有していました。特にネットでの拡散により、内容の裏どりに時間がかかったようです。いずれにしても結果的には、18日朝刊まで時間がかかり一見すると朝日の後追いのようになりましたが、時間をかけて取材をし、満を持して掲載したということです。時間がかかった理由としては、当日、排除された人間の特定と取材なども含みと思われますが、取材源に深く関係があるので詳細は私には不明です。

 いずれにしても決して手綱を緩めたり、官邸や道警への忖度があったということではなく、物が物だけに隙のないしっかりした取材をして公にしたということです。原田様もお感じになったように結果として深い原稿になったと思います」

 現在の北海道新聞の取材体制がどの程度なのかは知らないが、私の道警在職中の知識では、道警記者クラブの北海道新聞の記者数はテレビ局や道外各紙の記者をしのいでいた。

 16日夕刊の記事の署名を見ると少なくとも3人の記者が街頭演説の場で取材している。カメラマンもいた。市民を排除する警察官の写真もばっちり撮れている。であれば、直ちに排除された人たちの取材に取り掛かることも可能だった。遅くとも、朝日と同じ17日には朝日が伝える内容より深い記事を掲載できたはずだ。

 私は、北海道新聞16日夕刊の記事は「この問題を報じましたよ」というアリバイ作りだったのではないかと疑っている。北海道新聞夕刊の部数は30万、朝刊はその3倍はあるだろう。問題意識があるなら、遅くとも17日朝刊で報じなければならない。

 この点について、知り合いの新聞記者に聞いてみた。

 「記者が現場を見ていれば、あとは道警コメント、識者コメントで記事にできます。道新の回答は言い訳に見えます。警察に批判的な記事を書くとその後捜査情報をもらえなくなるので、現場にとっても幹部にとっても怖く、覚悟がいることです。特にはじめに書く1社は道警に叩かれます。1社が報じ、ほかの社も続いたことで、道新だけが道警に叩かれることがないとして報道に踏み切ったとも言われかねないと思います」

■北海道新聞のトラウマ

 北海道新聞の現場の記者たちは現場で目にした警察官の異常な行動を目にして、こんなことは絶対許せないと考え、本気で写真を撮り記事を書き本社のデスクに送っていると思う。彼らは新聞記者魂を失っていたわけでなかった。これは私が確認したことだ。

 しかし、本社はNOと言い、16日夕刊の記事だけで、この問題の続報はしない方針だったに違いない。朝日新聞が16日夜にデジタル版で報じたのを知って、17日になってあわてて排除された男女の取材を開始し18日になって朝刊で報じたのが真相だと思う。

 この点について排除された大杉雅栄さんに聞いた。朝日新聞デジタルが報じた翌朝の17日午前8時くらいに北海道新聞の記者から電話で詳しい話を聞かれたそうだ。女性も同じ日に取材を受けたとのことだった。本社の幹部も問題意識を共有しているなら15日中に取材を開始したはずだ。

 なぜ、それができなかったのか。

 それは、北海道新聞の幹部の頭の中には、道警の裏金問題キャンペーン報道等で道警から受けた厳しい仕打ちがトラウマになっているからではないのか。

 北海道新聞は1987年5月から9月にかけ「市民と警察」というタイトルで53回にわたって警察のあり方に関する報道をしたことがある。「人権は守られたか」「道警おもてうら」「捜査の谷間で」などだ。さすがに裏金疑惑には触れてはいないが、道警にとっては厳しい内容だった。

 当時、私は刑事部機動捜査隊長を務めていた。日常の勤務場所が本部庁舎から離れていたこともあって、本部や警察署で記者らが道警からどんな対応を受けていたかは承知していないが、道警内で北海道新聞の不買運動があったことが記憶にある。

 最近、そんな北海道新聞の毅然とした姿勢が見られないのは残念なことだ。(続く)

https://webronza.asahi.com/national/articles/2019081300002.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/580.html

[政治・選挙・NHK264] 封殺される異論、現代に響く遺された言葉 ・・・ 井上ひさしと浅利慶太の「戦争」 舞台に託された声を聞き、死者と語る (朝日新聞社 論座)
井上ひさしと浅利慶太の「戦争」 
舞台に託された声を聞き、死者と語る

山口宏子 朝日新聞記者
論座 2019年08月18日

■終戦から74年の夏、二つの舞台

 井上ひさし(1934〜2010)と浅利慶太(1933〜2018)。二人の演劇人が遺した「戦争」をめぐる舞台『父と暮せば』と『ミュージカル李香蘭』が、終戦から74年の今夏、東京で相次いで上演された。
 一人は現代を代表する劇作家で、憲法を守る運動の旗頭。もう一人は、日本最大の劇団を率いた演出家であり、改憲に強い意欲を示す中曽根康弘元首相のブレーンも務めた人物。

 政治的な立場は対照的だが、作品からは「誤った未来を選択しないために、過去に学ばなくては」という同じ声が聞こえてきた。

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井上ひさし

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稽古場での浅利慶太。左奥にあるのは「李香蘭」時代の山口淑子のポートレート

  二人はともに、戦争の時代に生まれ、敗戦で価値観が根こそぎひっくり返るのを少年の目で見てきた世代だ。舞台には、それぞれの語り方で、戦争の実相を語り継がなくてはという使命感がみなぎる。そして多くの命を奪う戦争の愚かさを見据え、考えるための「知」を伝えたいという、祈りにも似た願いが託されている。
 古来、演劇は「死者」と語り合う芸術でもある。劇中で死者たちが語る。世を去った作り手たちも、作品が上演されるたびに新たな命を得て、観客に語り続ける。

■広島で生き残った娘の「父と暮せば」

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『父と暮せば』の舞台=小崎紗織氏撮影

 井上が書いた『父と暮せば』は、被爆と敗戦から3年たった広島が舞台の父と娘の二人芝居だ。生き残ったことに負い目を抱き、「恋をしてはいけない。幸せになる資格はない」と思っている美津江のもとに、原爆で命を落とした父・竹造が「恋の応援団長」として現れる。

 1994年の初演から、井上が作った「こまつ座」が公演を重ねてきた。そのほか、リーディングなども含めて各地で広く上演されている。英語、ドイツ語、イタリア語、中国語、ロシア語などに翻訳され、映画化(黒木和雄監督、宮沢りえ、原田芳雄出演、2004年)もされた。

 この8月は俳優の野々村のんが主宰する「なないろ満月」が、寺十吾(じつなし・さとる)の演出、佐藤B作の竹造、野々村の美津江で上演した(7〜12日、東京・下北沢の駅前劇場)。

■「記憶」の中で生き続けること

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『父と暮せば』の舞台。佐藤B作(左)と野々村のん=小崎紗織氏撮影

 描かれるのは、美津江が暮らす簡易住宅での4日間。この小さな世界に、井上は、核と人間という巨大な主題を込めた。

    あのときの被爆者たちは、核の存在から逃れることのできない二十
   世紀後半の世界中の人間を代表して、地獄の火で焼かれたのだ。だか
   ら被害者意識からではなく、世界五十四億の人間の一人として、あの
   地獄を知っていながら、「知らないふり」することは、なににもまして
   罪深いことだと考えるから書くのである。(新潮文庫『父と暮せば』
   収録の前口上)

 といっても、そこは井上作品。決して難しい芝居ではない。つづられるのは、ユーモアに満ちた、父と娘の日常。「駅前マーケット」で売られていたまんじゅうの大きさに感心したり、父が自慢の「じゃこ味噌」を作ったり……。父娘の人間像と暮らしの細部が丁寧に描かれる。

 調子の良さと愛敬の中に、娘への深い情愛がにじむ佐藤の竹造。快活な素顔に、親しい人々を失った悲嘆と生き残った自責の念が濃い影を落とす野々村の美津江。ともに好演だった。

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『父と暮せば』の舞台。佐藤B作(右)と野々村のん=小崎紗織氏撮影

 今回の上演では、これが「記憶」と「記録」についての劇であることが、改めて強く印象に残った。

 美津江は学生時代、地域で伝えられた話を聞き集め、次代に伝える「昔話研究会」の副会長だった。いまは図書館に勤めている。そこを訪れ、彼女の心を動かした木下青年は、占領軍の目が光る中、原爆の資料を探し、収集している。

 終盤の山場、父娘の悲痛な別れの場面は、二人の「回想」として演じられる。
   
    竹造 わしの一等(えっとー)おしまいのことばがおまいに聞こえと
    ったんじゃろうか。「わしの分まで生きてちょんだいよォー」

    美津江 (強く頷く)……。

 竹造は「おまいはわしによって生かされとる」と言い、こう続ける。

    竹造 あよなむごい別れがまこと何万もあったちゅうことを覚えても
    ろうために生かされとるんじゃ。おまいの勤めとる図書館もそよな
    ことを伝えるところじゃないんか。

    美津江 え……?

    竹造 人間のかなしかったこと、たのしかったこと、それを伝える
    んがおまいの仕事じゃろうが。

 記憶する、記録する、自らを省みる、考える、そして伝える――。

 この繰り返しの中でしか、よりよい未来は築けない。だから、あったことを「忘れない」ために、井上は、あの戦争について、いくつもの戯曲を書いた。『父と暮せば』はその中で、最も小粒な、でも一番温かな光を放つ一編だ。

■李香蘭とその時代、壮大な絵巻に

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『ミュージカル李香蘭』の舞台。日劇でのショーで歌う李香蘭(野村玲子)=石阪大輔氏撮影

 浅利が企画・構成・演出を手掛けた『ミュージカル李香蘭』は、日本人の両親のもと中国で生まれ、「中国人女優」としてアジア各地で絶大な人気を博した李香蘭=山口淑子(1920〜2014)の半生を縦糸に、1920年代から45年の日本敗戦までの出来事を横糸に織り上げた舞台だ。多彩な音楽(三木たかし作曲)、ダイナミックなダンスを盛り込みながら、スケールの大きな歴史絵巻が繰り広げられる。

 劇団四季が91年に初演。浅利が四季の経営から退いた2014年以降は、浅利演出事務所の主催で公演を重ねた。今回は、昨年亡くなった浅利の追悼公演として7月27日から8月12日まで、東京・浜松町の自由劇場で上演。初演から李香蘭役で主演している野村玲子と、「もう一人のヨシコ」として劇を進行する川島芳子役の坂本里咲の二人が、浅利演出を忠実に再現した。

 浅利は、「キャッツ」「エビータ」「オペラ座の怪人」など数々の大ヒットミュージカルを上演し、またファミリーミュージカルを数多く創作してきた四季の蓄積を『李香蘭』に注ぎ込んだ。

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『ミュージカル李香蘭』で「満州国」の誕生を祝う場面=石阪大輔氏撮影

 舞台を作る過程で、若い俳優たちが戦争についてあまりに知識が乏しいことに衝撃を受けたという浅利は、このミュージカルで、時代の実相を語ることに重点を置いた。そのため、舞台のもととなった『李香蘭 私の半生』(山口淑子・藤原作弥の共著、新潮文庫)に詳しく書かれた、中国と日本の間で生きる李香蘭の葛藤などにはあまり深く踏み込まない。そのかわり、当時の日本の政治や社会、軍の状況などを克明に追ってゆく。

 いわば、ミュージカルによる「歴史教育」のような作りだ。初演のころは、この教科書風の展開に物足りなさを感じた。だが、あの戦争がどんどん遠くなってゆく近年は、美しい歌とダンス、テンポのよい展開で観客を楽しませながら、豊富な「史実」を提示し、知識を伝えるこの舞台の意義を強く感じている。


■封殺される異論、現代に響く遺された言葉

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『ミュージカル李香蘭』。日本の敗戦により、李香蘭(野村玲子)は中国で祖国反逆の罪に問われる=石阪大輔氏撮影

 今年の上演で、特に深く胸に刺さったことがある。

 それは、日本が無謀な戦争への道を突き進み、悲惨な敗戦に至る中で、いかに異論が封殺され、排除されていったかを語る場面だ。

 例えば、戦費の現実を語った高橋是清蔵相が殺害される二・二六事件。あるいは、国会での粛軍・反軍演説による斎藤隆夫の除名。いずれも短い場面だが、不気味な生々しさで迫ってきた。

 劇場に置かれたリーフレットに、かつて浅利がパンフレットに寄せた原稿が掲載されていた。「語り継ぐ日本の歴史」と題されたその文章の一部を引用しよう。

    (中国戦線が泥沼にはまり、日米開戦した)この時期の日本には、
   こうした場合重要な役割を果たすべき、「政治」が不在だった。リーダ
   ー達は「視界狭窄(きょうさく)」に陥り、それまでの「行きがかり」
   を捨てきれず、結果多くの国民を破滅と死の淵に突き落とした。世論
   を戦争にかき立てたジャーナリズムの責任も極めて重大である。

    民を軽んじる「官僚主義」と、これに不可分な「事なかれ主義」は、
   過去も、現在も、日本人の社会を蝕(むしば)む宿痾(しゅくあ)で
   はないかと思い至った時、鳥肌が立った。

 浅利が遺した言葉が、2019年の日本社会を撃つように響く。

https://webronza.asahi.com/culture/articles/2019081600002.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/591.html

[政治・選挙・NHK264] 海外メディアの福島県視察 「復興五輪」を確かめに(朝日新聞)
朝日新聞デジタル 2019年8月18日17時00分
平山亜理


 「復興五輪」を掲げる2020年東京五輪まで1年を切り、海外メディアが福島県内の五輪関連施設を視察した。東日本大震災の被災地が復興する姿を世界に伝えてほしい、と東京都が企画したツアー。外国人ジャーナリストの目にはどう映ったのか。

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Jヴィレッジのスタッフ(右)から説明を受ける海外メディアのジャーナリストら=2019年8月2日午後1時50分、福島県、平山亜理撮影

 8月2〜3日の1泊2日のツアーに参加したのは、欧米や香港などのメディア17社の記者ら約25人。2日は、スポーツ施設「Jヴィレッジ」(楢葉町、広野町)を訪れた。原発事故の作業拠点となって休業していたが、今年4月に全面再開し、聖火リレーの出発地点になることなどの説明を受けた。

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Jヴィレッジで増田亜矢子さん(右)に質問する海外メディア=2019年8月2日午後3時24分、福島県楢葉町、平山亜理撮影

 東京電力の社員でかつて同社の女子サッカーチームの選手だった増田亜矢子さん(44)も質問を受けた。「私たちの会社がしたことは地元の人にとって裏切り行為。あってはならない事故を起こし、申し訳ない」と語る増田さん。日系ブラジル人のジャーナリスト葉山ネイデさんは「事故後、東電を辞めてもよかったのに誠意を持って復興に取り組んでいて胸を打たれた」と話した。

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あづま総合運動公園で、王貞治さん(右)に取材をする海外メディアのジャーナリストら=2019年8月3日午前10時53分、福島市佐原、平山亜理撮影

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改修工事中のあづま球場の説明を受ける海外メディアのジャーナリストら=2019年8月3日午前9時39分、福島市佐原、平山亜理撮影

 参加者は、福島県原子力安全対策課の担当者から廃炉作業や汚染水対策について説明を受け、五輪で野球などの試合が行われる福島市のあづま球場では世界少年野球推進財団理事長の王貞治さんからも話を聞いた。原子力安全対策課の担当者は「チェルノブイリとは違う。安全に管理されている状況を理解してほしい」と語った。スペイン語版ニュース「インターナショナルプレス」のペルー人記者、ナンシー・マツダさんは「復興の早さに驚く。ペルーでは大地震があったら復興しない状況が続く」と話した。

 一方、ドイツ人ジャーナリストのフェリックス・リッルさん(33)はツアーの後も、独自で取材を続けた。

 「福島は放射線地獄の危険な場所」というイメージが欧州で強いといい、「フクシマ」は地名ではなく原発事故と同義語になっていると思う、と語る。

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9年ぶりに海岸に来た高藤葉子さんと話をするドイツ人ジャーナリスト、フェリックス・リッルさん=2019年8月3日午後5時2分、福島県南相馬市北泉海水浴場、平山亜理撮影

 9年ぶりに海開きがあった福島県南相馬市の北泉海水浴場では、2人の孫を連れ、波をさわっていた高藤葉子さん(71)に話を聞いた。

 「海って怖いって感じで来られなかったけれど、年月が過ぎて思い出さなくなったので」と高藤さん。息子夫婦が震災後休業していた旅館の営業を最近再開したという話にリッルさんは耳を傾けた。案内した市観光交流課の担当者は「ここは遺体が打ち上げられ、怖くて来られなかった」。海開きについて、津波の記憶がある住民から苦情があるのではと構えていたが一件もなくほっとした、と担当者は打ち明けた。それでも海水浴客は減り、活気が戻らないという。

 リッルさんは、放射線被害について市民の目線で診療する福島市内の診療所や風評被害に遭った酒造会社、オランダなどのホストタウンになった郡山市などにも足を運んだ。原発の汚染水について安倍晋三首相が「アンダーコントロール(統御されている)」と語ったことに対し、「うそだと思う」と否定的な声も聞いた。

 「五輪に被災者を励ます力があるのは事実。ただ、復興五輪という大義名分で資金が投入され、五輪と関係のない場所が復興から取り残されているのではないか」とリッルさん。「復興の進んでいない現状もあると伝えたい」(平山亜理)

https://digital.asahi.com/articles/ASM836WP6M83UHBI03C.html?rm=659
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/604.html

[政治・選挙・NHK264] 辞退要望の主要作品 20日から一時展示中止 あいちトリエンナーレ(毎日新聞)
デジタル毎日 聞2019年8月18日 15時28分(最終更新 8月18日 15時28分)

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展示が一時中止されるモニカ・メイヤー氏の参加型作品=名古屋市中区の名古屋市美術館で2019年8月18日、大西岳彦撮影


 愛知県で開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が開幕3日で中止になった問題で、展示辞退を申し入れていた海外作家9組の作品の展示が、20日から一時中止されることが決まった。19日の休館日を挟み、20日から一時的に展示室を閉鎖したり、展示内容を変更したりする。

 芸術祭実行委員会によると、展示が一時中止されるのは、メキシコ出身のフェミニズムアートの先駆者、モニカ・メイヤー氏やキューバ出身のタニア・ブルゲラ氏ら9組の作品。このうち、スイス出身のウーゴ・ロンディノーネ氏の作品は、展示変更の内容について「協議中」という。9組は12日付の文書で展示辞退を申し入れ、再公開の条件を「企画展の再開」としていた。

 実行委員会によると、芸術祭には国内外から90組超が出展。そのうち、韓国人作家2組と、同じく展示辞退を申し入れた米国の非営利報道機関「CIR(調査報道センター)」の3組は既に展示を中止している。【山田泰生】

https://mainichi.jp/articles/20190818/k00/00m/040/122000c
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/605.html

[政治・選挙・NHK264] 道に迷う経済界へ
 
 経済界のリーダーたちが道に迷っています。デジタル革命や米中の覇権争いという変革と危機の中で何を目指すのか。見つけることができないのです。

 「今の世の中を壊し続けている諸悪の根源、経団連」

 七月の参院選で、れいわ新選組の山本太郎代表が経団連を厳しく批判しました。

 大企業の経営者は自らの報酬や会社の内部留保を増やす一方で、従業員の給料は抑える。消費税の増税を政府に提言し、不況になるとリストラに走る…そんな身勝手ともいえる経済界への批判です。

◆戦後民主主義の子

 同じ七月、経団連、経済同友会という二つの財界団体が軽井沢で恒例の夏の会議を開きました。

 経済、政治、外交、社会の課題で議論を交わす経営者たちには共通項があります。

 療養中の経団連の中西宏明会長(日立)一九四六年。代行した岡本毅副会長(東京ガス)一九四七年。同友会では桜田謙悟代表幹事(SOMPOホールディングス)一九五六年。戦後生まれです。

 戦前に生まれた財界トップは一九四〇年の三村明夫日商会頭(日本製鉄)くらいでしょうか。

 敗戦で軍国主義のくびきを解かれた日本は一九四六年に新憲法が公布され、平和と自由と民主主義の国として再出発しました。

 今、経済界をリードする経営者はその空気を思う存分吸って学生時代を過ごし、企業に就職した若者でした。

 だから接してみると、老練で強欲というよりも、その表情の中に戦後民主主義に育まれた青年を感じることが多いのです。

 戦後の経済の土台は連合国軍総司令部(GHQ)による農地解放や財閥解体による民主化です。経営陣も戦争の悲惨さを身をもって経験した世代へと若返りました。

◆歴史的な転換点

 彼らは鎮魂とともに同じ過ちを繰り返すまいと歯を食いしばり、暮らしの再建にまい進します。消費者のため価格破壊の安売りで流通革命を起こしたダイエーの創業者中内功さん(一九二二〜二〇〇五年)はその代表でしょう。ソニーや松下電器などの発展のエネルギーもそこにあったはずです。

 高度成長は「一億総中流」の豊かさをもたらしましたが、世界の企業番付の上位を独占するほどの成功は過信を生みます。

 バブル崩壊後の長い低迷の間に中内さんの世代は次々と鬼籍に入りました。平成が終わった今、戦後生まれの経営者が直面しているのがデジタル革命、米中の覇権争いという歴史的な転換点です。

 周回遅れのデジタル革命、米中どちらかの市場を選ばされるかもしれない新冷戦。答えの見えない議論が続く中で印象に残るやりとりがありました。

 デジタル分野でなぜイノベーションは起きないのか。ゲスト参加の若い起業家が大企業と協業した時の苦い経験を語りました。

 「会社の中で自分がどう生き残るか、出世競争が大切な人ばかりだった」。染み付いた大企業病です。経営者も応戦します。「若手のベンチャーはすぐに株式を上場しておカネにしたがる」

 目指しているのはイノベーションより出世や安定やおカネ。それ以外の目標を見失っているように見えたのです。

 やはり戦場を経験した平岩外四さん(一九一四〜二〇〇七年、東京電力)は経団連会長時代、「政策をカネで買う」と批判されていた政治献金のあっせんをやめました。政党と経済界の関係を見直すことで民主主義の在り方に一石を投じたのです。

 その平岩さんの好きな言葉が米国の作家レイモンド・チャンドラーの作品にあります。

 「タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている価値がない」

 激しい競争の中で企業も経営者もタフでなければ生きていけない。でも、優しくなければ生きるに値しない。出世やおカネを超えた価値を目指した平岩さんや中内さんの原点、信念が見えます。

 では今の経営者に求められる優しさとは何でしょうか。「諸悪の根源」という批判を反対側から見ると分かりやすいかもしれません。自らの報酬は度外視する。積み上げた利益は賃上げや研究開発に先行投資する。低所得者に厳しい消費税増税は求めず、不況時には下請けを守り、雇用責任を果たすため、ギリギリまで努力する−。

◆生きている価値は

 資本主義経済の欠点は弱肉強食です。止まらない格差の拡大は暮らしを壊し、保護主義や排外主義を生んでいる。戦後生まれが享受してきた自由や民主主義が壊れかねない危機が広がっています。

 だからこそ噛(か)みしめてほしいのです。優しくなければ生きている価値がないことを。


中日新聞・東京新聞社説 2019年8月18日/週のはじめに考える
https://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2019081802000123.html
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2019081802000217.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/606.html

[政治・選挙・NHK264] 野党統一会派構想/主導権争いいつまで続く

 いつまで主導権争いを続けるつもりなのか。

 立憲民主党が、国民民主党と衆院会派「社会保障を立て直す国民会議」に、立民の衆院会派に合流するよう提案した。これに対し、国民民主は参院も含めた対等な立場での統一会派結成を逆提案した。

 立民と国民は旧民進党から分裂し、どちらにも加わらなかった野田佳彦前首相ら無所属議員で構成するのが国民会議である。3党派とも統一会派には前向きだが、15日に行われた立民の枝野幸男、国民の玉木雄一郎両代表の会談は平行線に終わった。

 「安倍一強」と対峙する理念と政策を打ち出すべき時に、入り口でいがみ合っていては失望を招くだけである。

 「永田町の数合わせにはくみしない」姿勢を貫いてきた枝野氏が、会派合流へ方針転換したのは、先の参院選で党勢に陰りが見えたからにほかならない。改選9議席から17議席にほぼ倍増したとはいえ、比例の得票は、れいわ新選組に支持層を奪われたこともあって一昨年の衆院選から300万票以上減らした。

 確かに、立民の「独自路線」は存在感を高めたが、国会や選挙での野党共闘で障害になったのは否定できない。

 衆院での会派合流について、枝野氏は「秋の臨時国会に向け、主戦場である衆院でより大きな構えをつくって論戦力を高めたい」と言う。衆院で3党派が合流すれば117人となる。300人を超す巨大与党に対抗するには力不足だが、一定の緊張感をもたらす効果はある。

 ただ本当の狙いは、次期衆院選に向け、小選挙区の候補者調整など野党連携の主導権を渡さないためだとみられている。

 枝野氏の合流要請は、国民にとって「上から目線」にも感じるだろう。逆提案した背景には、立民への反発があるのは間違いない。

 立民と国民は「コップの中の争い」を続けてきた。先の通常国会では立民が野党第1党として与党との駆け引きを主導したが、「対案路線」を掲げる国民と足並みの乱れが目立った。参院選では国民の現職がいる静岡選挙区に、立民が新人候補を立て激しく争った。

 こうした両党間のあつれきをまず解消しなければ、統一会派実現はおぼつかない。

 政策の隔たりをどう埋めるかも課題だ。

 枝野氏は合流の条件に、立民の憲法観や原発ゼロ法案への理解を求めるが、国民はそのまま受け入れそうにない。原発政策などで立民と開きのある組織出身の議員を抱えているためだ。

 国民会議は消費税増税を重視する一方、立民は参院選で増税凍結を掲げており、スタンスが異なる。

 立民、国民など野党は、巨大与党との対立軸を示せないでいる。立場の違いを乗り越え、政権交代の受け皿をつくらなければ、支持はますます離れていく。

徳島新聞社説 2019年8月18日
http://www.topics.or.jp/articles/-/244674
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/607.html

[原発・フッ素51] 原発事故和解/東電の拒否は「二枚舌」だ

 原発事故を引き起こした東京電力の意識が問われる事態だ。
 福島第1原発事故の裁判外紛争解決手続き(ADR)で、国の原子力損害賠償紛争解決センターが手続きを打ち切るケースが相次いでいることが分かった。センターの和解案を東電が拒否しているためだ。

 東電は理由として、和解案が国の指針を超える賠償であることなどを挙げるが、平穏な暮らしを奪われた被災者は納得できないだろう。
 指針は絶対条件ではない。個別事情によってはそれを上回る賠償があってしかるべきだ。そもそも東電は2014年に賠償への姿勢「三つの誓い」を表明し、「和解案を尊重する」としていた。
 被災者に寄り添うような姿勢を見せながら、実際に和解案が出ると頑として受け入れない。「二枚舌」と非難されて当然だ。
 住民はもちろん、国も東電の姿勢を批判している。東電は誓いを順守し、被災者の苦しみに向き合うよう強く求める。

 福島第1原発事故の被災者が東電に賠償請求する主な方法には、東電と直接交渉▽訴訟▽ADR―などがある。
 直接交渉はハードルが高く、訴訟も時間や多額の費用がかかる。これに対しADRは紛争解決センターに申し立てると、弁護士らが務める仲介委員が中立的な立場で双方の意見を聞き、和解案を提示する。
 訴訟に比べ手続きが簡単で、費用も原則無料だ。申立件数は昨年末時点で約2万4千件あり、うち75%程度は和解が成立している。
 一方で和解案には強制力がない。双方が受け入れなければ和解は成立せず、センターは手続きを打ち切ることになる。昨年は、東電の社員やその家族らの申し立てを除くと、40件のADRが東電の和解案拒否で打ち切りになった。

 この中には、福島県浪江町の住民約1万5千人が参加した集団ADRもある。全町避難を余儀なくされた住民側は、国の指針に基づく月10万円の賠償では不十分だとして、25万円を上乗せするよう求めた。
 センターは14年、上乗せを月5万円にするなどの和解案を提示。住民側の代理人の町は受け入れたが、東電は拒否を繰り返してきた。受け入れると、他のADRに影響し、国の指針の引き上げにつながる可能性もあるからだろう。
 決裂しても訴訟で賠償を求める道はある。実際、浪江町民の一部は提訴に踏み切ったが、住民にはさらに長い時間と経費が必要になる。

 事故から間もなく8年半になる。被災者の高齢化が進んでいる。浪江町の集団ADRでは、申し立てから決裂までの約5年間に800人以上が和解成立を見届けることなく亡くなった。東電は引き延ばしを図るかのような対応を改めるべきだ。
 ADR制度の限界を指摘する声もある。国も、原発事故の賠償請求の在り方を再検討する必要がありはしないだろうか。

高知新聞社説 2019.08.18
http://www.kochinews.co.jp/article/301397/
http://www.asyura2.com/19/genpatu51/msg/809.html

[政治・選挙・NHK264] 韓国大統領演説/「静かな外交」に乗り出せ

 深まる日韓関係の葛藤を解きほぐす契機になるのだろうか。対話のメッセージと日本が受け取るには微妙な内容だった。

 韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領が日本の植民地統治からの解放記念日となる「光復節」に際し行った演説は、ここ最近の厳しい対日批判は抑制したものの、葛藤の要因となった韓国人元徴用工が日本企業を相手にした訴訟への対応について具体的な言及はなく、もどかしさだけを募らせた。

 日韓は相手国への貿易管理手続きを互いに厳格化する措置を決定、報復の連鎖が始まってしまった。日本製品を対象にした不買運動や日本への旅行自粛、交流中断などの動きも拡大している。主張だけを一方的に振りかざすのではなく、外交を通じ冷静に沈静化を図る回路を準備することが必要だ。

 演説で文大統領は、「今からでも日本が対話と協力の道へ向かうなら、喜んで手を結ぶ」と述べ、対話姿勢を維持する立場を表明した。また、「日本とともに」植民地統治による「被害者たちの苦痛を実質的に癒やそうとしてきた」とも述べ、日本の努力にも一定の評価を示しはした。

 しかし文大統領の語る「対話」は、日本が7月から打ち出した輸出規制強化を巡る通商摩擦の解消に限られ、これでは関係修復に向けたシグナルにはならない。その場しのぎの印象を与えるだけだ。

 日本が求める元徴用工訴訟への対応、さらには韓国が白紙化してしまった元従軍慰安婦に関する2015年の政府間合意についての「対話」を具体的に語るべきだった。

 この点を明確にしなかった今回の演説は、むしろ日韓関係を難しくしている歴史的な懸案を先送りにしたまま、韓国内で起きている反日的な動きを放置してしまうに等しいのではないか。

 唯一、韓国与党の対日強硬派などが対抗措置としてボイコット検討を主張していた来年の東京五輪・パラリンピックへの参加について、昨年の平昌(ピョンチャン)冬季五輪、22年の北京冬季五輪とともに、北東アジアが「平和と繁栄に向かう絶好の機会」と位置付け、参加を確認したことは幸いだ。

 歴史問題や安全保障、経済で日本と協力してきた経緯について言及した文大統領の演説には、1998年に当時の小渕恵三首相と金大中(キムデジュン)大統領がまとめた「日韓パートナーシップ宣言」の精神に立ち返り、ののしり合いに近い主張の応酬ではなく、「静かな外交」を模索しようとする思惑がうかがえる。

 実際、98年の宣言の起草に関与した韓国の元高官が最近、文大統領に対日関係の行方について幾つかの提言を行ったとの動きがある。この元高官が好んで使う「省察」という言葉も、今回の演説に登場した。日本への特使派遣も検討されているという。

 対日非難をトーンダウンさせた今回の演説について、日本は通商分野での摩擦に苦慮した韓国が押し切られつつあると単純に解釈するのではなく、98年の宣言を再生しようと軌道修正に乗り出した可能性がないかどうかを慎重に検討すべきだろう。
 いつまでも対抗措置の応酬を続けていては、日韓どちらも消耗するだけで得るものは何もないという現実に向き合い、対話環境を整えることが求められる。

山陰中央新報社説 2019年8月18日
http://www.sanin-chuo.co.jp/www/contents/1566093908377/index.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/608.html

[政治・選挙・NHK264] 文芸誌の懸念
 
 文芸誌の「すばる」と「文学界」が、立て続けに国語教育の特集をしている。高校の国語でこれから、文学が選択科目になるためだ。若い人が文学に触れる機会が失われていくのでは、との懸念が伝わってくる。
 現代国語といえば小説や詩歌、評論だと思っていたが大きな変化が起きるかもしれない。新指導要領に沿った試験問題例には、実用文として行政のガイドラインや駐車場の契約書が出てくる。素人目にも「これが国語か」と思える内容だ。

 「実用的な文章が読める力は必要だろうけど、そんなものを国語の教材としてえんえんと教えるとは」。文学界9月号に歌人で元国語教師の俵万智さんが書いている。「言葉や表現の豊かさにあえて触れさせない意地悪を、なぜするのだろうか」。

 俵さんによれば、短歌は31字だが百字分でも千字分でも伝えられる。一方で百字で百字分を伝えるのが契約書。それを国語で教えるのは「言葉を、現実を留めるピンとしてしか見ていない」。

 新学期になり、手にしたばかりの国語の教科書をわくわくして読み進める。そんな経験をお持ちの方もおられるか。ガイドラインや契約書ではそうはいかない。俵さんらの懸念が的中しないでほしいと、大昔の高校生も思う。
 
 教科書で出会わなかったら一生出会えない。そんな文学があると、すばる7月号で作家の小川洋子さんが語っていた。そして文学は「広い世界へ行くためのドア」になるのだと。自分の狭い世界、狭い価値観から解放されて。

朝日新聞天声人語 2019年8月17日
https://www.asahi.com/articles/DA3S14142249.html?iref=tenseijingo_backnumber
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/609.html

[政治・選挙・NHK264] 「警察が安倍首相の演説をヤジった人を排除したわけ」続編(3)(朝日新聞社 論座)
「警察が安倍首相の演説をヤジった人を排除したわけ」続編(3)
警察記者クラブへの疑問と記者への期待(下)

原田宏二 警察ジャーナリスト 元北海道警察警視長
論座 2019年08月18日

https://image.chess443.net/S2010/upload/2019081300009_4.jpeg
安倍首相の演説時にヤジを飛ばし、北海道警に排除される女性=2019年7月15日、札幌市中央区のJR札幌駅前、北海道テレビ放送(HTB)提供

■現場で目撃したテレビはすぐに報道しなかった

 『警察記者クラブへの疑問と記者への期待(上)』http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/580.htmlでは、安倍晋三首相が札幌市内で選挙演説した際にヤジを飛ばした市民が北海道警に排除された問題を題材に、警察権力をチェックするべきマスコミの機能不全について考察した。

 当初、ヤジ排除問題を報道しなかった各社がのちに報道した新聞紙面の写真、テレビでの映像には決定的瞬間がおさえられていた。当時現場にいた各社の記者、カメラマンは問題だと思ったからこそ、レンズを向け、現場を追い、インタビューしたのだ。現場の判断はまっとうだった。それがなぜ、封じられたのか。

 さらに続けたい。

 この問題を巡るマスコミの対応について2つ目の疑問は、なぜテレビ各局は首相演説ヤジ排除問題が生じた当日の7月15日にこの問題を報じなかったのか、ということだ。

 テレビ報道の強みは速報性と映像による視聴者へ与える影響の大きさだ。事件・事故が起きた直後から、現場の生々しい様子をお茶の間のテレビに伝える。それに比べて新聞は朝・夕の2回、文字と写真による報道だ。

 今回の問題は安倍首相の街頭演説の場で起きた。そこには各テレビ局のカメラがあった。そうだとしたら、15日のニュースで報じられてしかるべきだった。

 地元テレビ局の中でこの問題を最初に報じたのはHTBだった。しかし、HTBが伝えたのは朝日新聞が17日朝刊で報じた後の17日午前11時52分だったのだ。

 私はこれまで警察官の不祥事問題などでHTBの取材に何度も応じてきた。どちらかと言えば警察に対する厳しい姿勢を堅持しているテレビ局だとみている。

 おそらく、HTBの社内には報じることに反対の意見もあったのだろうと思う。反対の表向きの理由は選挙期間中、つまり報じることにより選挙の公正に影響を与えないかということだったのか。

 しかし、それは的外れの考えであることは前回記事『警察記者クラブへの疑問と記者への期待(上)』で詳しく指摘した。

 安倍首相の演説場所には、報道陣の場所が設定され、そこには各社のカメラがあった。警察官による聴衆の排除はそのすぐ近くで起きた。各局のカメラはその状況を克明に記録していたはずだ。その場にいたカメラマンや記者たちは、目の前で起きている事実は異常だと感じ、必死でカメラを回し取材したはずだ。

 そうだとすると、編集の時間を考慮しても、HTBをはじめテレビ各局は遅くても15日夕方以降には報じるべきであった。

 その映像は真実が記録されている。ねつ造されたものでも歪曲されたものでもない。選挙の公正を害する恐れもなかった。

 むしろ、この事実を報じないことの方が選挙の公正を害することになる。テレビ局が保有する映像情報は市民のものでもある。

 各局が安倍首相演説ヤジ排除問題の放送を躊躇、逡巡したのは、道警の報復を恐れたからではないかと私は疑っている。

 テレビ各局に警察記者クラブ制度のもとで警察に対する遠慮や忖度があるなら、民間テレビニュースはいらない。歌番組やお笑い番組で足りる。FacebookやTwitterを見ていれば世の中の動きは分かる。

■NHKに報道しなかった理由を聞いた

 最後の「なぜ」。公共放送NHKが報道しなかった理由は何か。

 2004年3月4日、私は道警の裏金問題で北海道議会総務委員会に参考人として出席、捜査費や旅費などの大半が裏金に回り、幹部が私的流用していたことなどを証言した。このときの様子をNHKは全道中継した。

 私は昨年5月26日に放映されたNHKの逆転人生という番組に出演を依頼され、東京・渋谷のNHKスタジオで収録したこともある。内容は大阪府警の杜撰な捜査で若いミュージシャンが誤認逮捕された事件に関するものだった。

https://image.chess443.net/S2010/upload/2019081300009_1.jpeg
東京・渋谷のNHK放送センター

 そのNHKが今回の問題を全く報じなかったのはなぜか。安倍首相の演説の様子はニュースで伝えられていたのだ。おそらく、NHKのカメラもヤジを飛ばした男性らやこれを排除する警察官の様子を撮影していただろう。

 7月28日、視聴者の一人として、NHK札幌放送局へメールで放送をしなかった理由を尋ねてみた。私の予想では選挙の最中でもあり、選挙への影響を避けるため報道しなかったとでも回答するのだろうと考えていた。

 回答がなかったので31日にも再度督促のメールをしたが、現在に至るも回答がない。

 そのままで終わらせることはできなので、今度はジャーナリストとして東京・渋谷のNHKに聞いてみることにした。8月9日、代表電話に電話した。

 電話口の女性の「お名前とご用件を」に対して「NHKの報道について伺いたい」と伝えた。女性は「それではふれあいセンターへおつなぎします」とどこかへ電話を回そうとした。

 私は「ちょっと待ってください、私はジャーナリストとして取材のため電話しているのです」と伝え、視聴者としての問い合わせでなく取材であることを強調した。すると、女性は「しばらくお待ちください」とどこかへ確認しているようだった。

 1、2分待ったと思う。再び、同じ声の女性が「ふれあいセンターの責任者におつなぎします」といい、今度は「ふれあいセンターのスミタニです」と名乗る男性が電話口に出た。

 私は「札幌在住です。7月15日の安倍首相の街頭演説ヤジ排除問題で朝日新聞の言論サイト『論座』にも投稿しています。NHKはその問題を放送していないと思いますが、事実でしょうか。事実としたらその理由をお聞かせください」と尋ねた。

 スミタニなる男性は、最初の問いには「ちょっとお待ちください」と言った後「事実です。全国、ローカルとも放送していません」とし、次の質問については「何をニュースとして報道した、しないの理由について、個別的に説明をしていません。あくまで現場の自主的な判断で決めていることです」と答えた。

 私はさらに「ただいまのお話について文書またはメールで回答いただけませんか」と尋ねた。それに対しスミタニ氏は「メールでのお問い合わせはNHKオンラインウエブサイトからであればお答えすることもあります。文書での回答はできません」とのことだった。

 そこで私は「これまで2回NHK札幌局にメールでお尋ねしているが、いまだに回答がないのでそちらに電話したのですが」と尋ねると、スミタニ氏は「朝日の記者であれば対応するが、個人としての問い合わせには対応できません」と答えた。

 スミタニ氏とのやり取りは以上で終わったが、念のためスミタニ氏の名前と役職を確認したいと同じ番号へ電話をしたところ、電話に出た女性は「NHKでは名前は公表していませんし、姓の漢字説明もできません」とけんもほろろな答えだった。

 私は公共放送NHKがこれほど閉鎖的だとは予想していなかった。

■道警幹部とNHK上層部の「手打ち」

 日本放送協会番組基準の第2章各種放送番組の基準第5項「報道番組」には、以下のようにある。

   第5項 報道番組
    1 言論の自由を維持し、真実を報道する。
    2 ニュースは、事実を客観的に取り扱い、ゆがめたり、隠したり、
     また、せん動的な表現はしない。

 安倍首相演説ヤジ排除問題に関するNHKの対応は、明らかにこの「番組基準」に反している。

 私にはNHK札幌放送局が今回の問題を放送しなかった理由に心あたりがある。

 NHKは2016年9月、道警の現職の男性警察官が交番内の女性専用仮眠室で仮眠中の女性警察官をのぞき見したという不祥事を朝のニュースで報道したことで、道警に出入り禁止なったことがある。

 この問題については札幌のフリーのジャーナリスト小笠原淳さんが「見えない不祥事」(リーダーズノート)で詳しく書いている。出入り禁止になった事実については私も当時のNHK記者から直接聞いている。

 小笠原さんによると、当初、無期限とされていた出入り禁止は9日間で収束した。道警幹部からの打診でNHK上層部と道警幹部による夜の席で「手打ち」が行われたからだという。

 小笠原さんは道警とNHKに取材を申し込んだ。道警の回答は「本件は、報道発表を行っていない事案であり、取材への対応もしておりませんので、お答えは差し控えさせていただきます」。NHKは小笠原さんの取材申し込みに対してニュースで放送したことは認めたが、「NHKと道警の関係について第三者に申し上げることは控えさせていただきます。個別の取材先とのやり取りについてはお答えしていません」と回答したという。

■私の名はタブー

 安倍首相演説ヤジ排除問題での新聞やテレビの報道姿勢には、昔から続いてきた記者クラブ制度の弊害が如実にあらわれているように、私には見える。本来警察を監視する使命がある記者クラブが、警察の御用機関のようになっていたのではないか。私は北海道警裏金問題のときから疑問に思ってきたが、それが今回、顕在化したように思う。

 ただそれも、一部の人しか気付いていない。

 安倍首相演説ヤジ排除問題で取材を受けた人は、記者に「朝日が記事にしたからうちでも取り上げることにした」と言われたと話していた。各社、記者が自分の目で見て証拠映像を撮っていながら、朝日新聞が報じなかったら、どこのメディアもまともに取り上げず、そのままこの問題が闇に葬られた可能性があるのだ。

 警察の締め付けを恐れるあまり、本来報道するべき報道を躊躇する、1社が報じると「赤信号みんなが渡れば怖くない」とばかり報道する。

 親しい記者たちの話では、道警の裏金問題の告発以来今日まで警察改革を訴え続ける私は取材対象から外されているらしい。その理由はどうやら私の名前が紙上に載ると道警のご機嫌を損ねるからということらしい。

 2017年の共謀罪問題では、私は道内を始め全国各地を講演で飛び回った。新聞やテレビの取材もあった。

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講演する筆者の原田宏二さん=岐阜県大垣市

 一方ではこんなこともあった。1月29日に札幌市教育文化会館で行われたある団体主催の学習会で札幌弁護士会の弁護士と私の2人が行った講演と対談でのことだ。UHB、毎日新聞、北海道新聞の記者が取材に来た。

 北海道新聞の取材は女性記者だった。あいさつし名刺交換になった。私が「あれ! 私の取材はタブーでは」と聞いてみた。女性記者は答えなかった。

 翌日の北海道新聞にはその学習会の記事が載ったが、事前の道新のお知らせ記事では私と川上有弁護士の2人の講演と対談と紹介していたにもかかわらず、学習会が行われたという記事に載ったのは川上弁護士の写真と名前、それに講演内容だけ。私の名前も講演した事実も対談も載っていなかった。

 この事実を私は主催者から知った。

 実際、最近では、警察の不祥事等に対してコメントを求めてくるのは北海道以外の新聞が多い。今年7月には東京新聞と中国新聞から警察官の不祥事に関する取材があった。今回の問題では地元の共同通信の記者とネットメディアから取材があった。

 8月12日にはTBSから電話取材があった。この夜のNEWS23では、元北海道警警視長としての私のコメントが放映された。私は「最近、警察の組織の中に、治安維持のためなら多少の違法行為も許されるんじゃないかという風潮があって、演説が総理だったということも相まって、多少のことはいいんじゃないのという感じでやったのだろうと思う」と述べた。

 8月4日付の朝日新聞1面トップには「表現の不自由展 中止 テロ予告・脅迫相次ぐ」という記事が載った。記事によると、事務局への電話やメールなどによる抗議や脅迫が2日までに計1千件以上あったという。

 今回の安倍首相演説ヤジ排除問題は警察という権力機関による表現の自由に対する侵害である。警察権力の暴走の背後には何かあるのか。

 私が2003年2月10日、記者会見を開いて道警の裏金を告発したときには、賛同してくれるはずの地元のノンフィクション作家、親しい新聞記者、テレビ局のディレクターらが必死になって記者会見をキャンセルするように迫った。

 そのあとには、連日のように誹謗中傷のはがきや封書が自宅に届けられた。外出すれば尾行がついた。自宅も監視された。家族はおびえた。

 私はこうした状況を「警察内部告発者が見たマスコミの裏の裏」というタイトルの原稿にまとめたが、引き受けてくれるはずだったジャーナリストのところで眠ったままだ。理由はわからない。

 真実を語ろうとする人々、それを伝えようとする人々の口を封じようとする動きが徐々に密かに広がってきた。

 そうした動きはこのところ一気に広がりを見せ、表面に出てきつつある。多くの新聞もテレビもそれを知りながら伝えることを躊躇する。

 今回の安倍首相演説ヤジ排除問題は、札幌という地方都市での選挙中に起きた特異な出来事として片づけてはならない。そのバックには、市民の口を封じようとする得体のしれない巨大な動きがあるのだ。

 このまま放置すればやがて市民が自由にものを言えない時代がくる。いや、もう来ているのだ。

■「ヤジも言えないこんな世の中じゃ…デモ」

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大通公園周辺をデモ行進する市民たち=2019年8月10日、札幌市中央区

 道警に排除された大杉雅栄さんらは、8月10日、札幌市中央区大通4丁目で集会、そのあと道警本部まで「ヤジも言えないこんな世の中じゃ…デモ」を行った。

 長い間、警察改革に取り組んできた私にとっては、若い人たちがこうした警察の違法な権限行使に関心を持ってくれることはありがたいことだ。私も参加することにした。

 会場には集会が始まる前から取材の記者やテレビ局のカメラが集まっていた。ここにきて新聞やテレビがこの問題に関心を持ち始めたことを知った。

 午後4時半からの集会では、道警に抗議した神保大地弁護士が「身体拘束は違法」、排除された大杉雅栄さんが「法的根拠のない排除は違法」などと訴えた。

 私もマイクを握り、2008年7月の洞爺湖サミット反対デモのときに警察官に取り囲まれて職務質問されたり、自宅を得体のしれない人物に監視されたりしたことを紹介し、「警察の治安維持のためなら多少の違法行為も許されるといった考えが露骨に実行されている」などと訴えた。

 デモには約150人の市民が参加、「ヤジくらい言わせろ」「道警あやまれ」などのプラカードを掲げ、シュプレヒコールをあげながら道警本部庁舎まで市中心部を行進した。

 北海道新聞によると、参加者の中には、大杉さんとともに警察官に排除された大学院生の女性のほか、「増税反対」と叫び排除された女子大学生、プラカードを掲げようとして警察官に阻まれた富永恵子さんの姿もあった。

 デモを誘導する警察官は約15人、機動隊や検挙班、採証班の姿は見られなかった。デモの周辺にはマスコミ関係者ではない男女が付きまとい、スマホで写真を撮影する姿があった。おそらく、公安警察官だろう。

 デモは午後6時20分ころには道警本部庁舎目前に到着、説明と謝罪を求める道警本部長あての請願書(請願法5条「この法律に適合する請願は、官公署において、これを受理し誠実に処理しなければならない」)と公安委員長あての苦情の申出書(警察法79条「都道府県警察の職員の職務執行について苦情がある者は、都道府県公安委員会に対し、国家公安委員会規則で定める手続に従い、文書により苦情の申出をすることができる」)を受け取るように求めたが、道警側はデモ代表者2人が中に入って渡すことしか認めないと主張。約30分の交渉の結果、弁護士とデモ申請者の大学院生が中に入り書面を渡した。

 この間、機動隊の車両が道路反対側の路上に駐車し、車の屋根の上からビデオカメラで道警本部庁舎前に集まったデモ参加者を撮影していた。これを弁護士が「肖像権の侵害だ」と抗議し、撮影した映像の削除等を求めたが、道警は応じなかった。おそらく、道警側は、道警庁舎前に最後まで残った参加者は今後もその動向を監視する必要があるとして撮影していたのだろう。

 このデモ行進を事前に伝えたのはHBCだけであったが、取材には多くの新聞やテレビ局が集まった。HBC、UTB、HTBなどのテレビ局のほか、北海道新聞、朝日新聞、毎日新聞や共同通信など多くのメディアがデモの様子を伝えた。

 北海道新聞は第1社会面の半分のスペースを割いて「説明責任果たせ 人権無視するな」「道警ヤジ排除 危機感」の見出しで大きく伝えた。これこそが地元を代表する北海道新聞のあるべき姿だ。

 そして驚いたのは、それまで一切報道がなかったNHKが、この日の18時15分のニュースでデモの様子を伝えたことだ。

 とはいえ、その内容は「先月、札幌市で行われた安倍総理大臣の街頭演説で、ヤジを飛ばした人たちを警察官が現場からむりやり移動させたのは行き過ぎた警備だとして、警察の対応に抗議する集会が10日、開かれました」ではじまり、集会とデモが行われたこと、排除された男女の話、道警に抗議し、法的な根拠等を説明するように求めたことなどを伝えただけだった。

 この放送では、警察官が強制力を用いて排除したことが事実としてあったとは伝えていない。単に、集会とデモが行われたことを報じたにすぎない。北海道新聞が伝えた内容とは雲泥の差だ。

 最初は安倍首相演説ヤジ排除問題の報道に逡巡した新聞やテレビも一部を除いて、ようやく積極的に報道をし始めた。しかし、道警はこの問題に関する明確な説明の引き伸ばしを図るであろうし、最後まで説明をしない可能性がある。デモの後に提出した請願書や苦情申し出書に対する回答が出るのも相当先のことだ。

 こうしたことを考えると新聞やテレビの報道はこれで終わる懸念もある。

 ただ、今回のデモを主催した大杉さんらは、この問題をこのまま終わらせてはならないと、今後の動きを検討しているし、多くのジャーナリストや学者、弁護士が今回の行く末を注目している。私もアドバイスをしてきたし、今後も助言していきたい。

■記者の地道な取材が警察を変える

 警察の犯罪捜査では冤罪事件や法的根拠がない違法な捜査がこれからも続くだろう。

 記者の皆さんには、こうした警察の違法捜査や法的な根拠を欠くグレーゾーン捜査を見逃してきたことが、「治安維持のためなら多少の違法な職務執行も許されるのだ」という誤った思考を警察内部に増長させてきたことを認識していただきたい。

 2011年、小樽市内で起きた女性殺人事件で道警が逮捕した女性被疑者が起訴されずに否認のまま釈放されたことがあった。この女性は朝9時ころから任意出頭を求められ、逮捕されたのは日付が変わってからだった。逮捕の記者会見で、この長時間の取り調べに記者の皆さんは疑問を持たなかったのか。

 最近は、防犯カメラの映像など様々な映像が犯人割り出しに使われる。しかし、一方では誤認逮捕も多い。最近では、7月8日に愛媛県警が、タクシーのドライブレコーダーの映像等を根拠に女子大生を逮捕した。犯人は別人だった。防犯カメラをはじめとした映像利用捜査は野放しになっており、チェックが必要だ。

 こうした日ごろの事件・事故の取材で丹念に警察官の職務執行をチェックしていく必要があると思う。そうした記者の皆さんの地道な取材活動こそが、治安維持のためなら多少の違法行為も許されるという警察内部の誤った思考を払拭できる。

 記者の皆さんのこれからの活動に期待したい。

■「警察の正体」を知ろう
 
 今回は市民たちの動画が警察の実態を明らかにするきっかけとなった。これは多くの市民がスマートフォンを利用し、安倍首相の街頭演説中の出来事を撮影していたからだ。

 一般的に市民、特に、若い人たちは警察という権力機関に対する関心は低い。警察といえば、テレビの刑事ドラマや警察24時間番組からのイメージしかない。

 そして、自分や家族が警察から理不尽な扱いを受けてはじめて警察の本当の姿を知ることが多い。それでは遅い。

 残念ながら、警察という権力機関は社会にとって必要な組織だ。昔から、権力は腐敗すると言われる。私は腐敗するだけではなく、自己増殖し暴走するのが警察権力だと思う。都合の悪い事実は隠ぺいし、ときには市民に平気で虚偽の事実を告げる。そして、決して謝らない。

 多くの警察官は自宅に戻れば、よき夫であり妻、よき息子であり娘だ。排除する女性の腕を必死で抱えるスーツ姿の女性警察官を見ると哀れさを感じた。警察官には本来まっとうな人間が多いのに、警察組織の一員となると組織の論理に従い、違法行為も辞さなくなる。その組織を動かしている最高権力者は決して姿を現すことはない。責任を負うこともない。これが警察の正体だ。

 これまで述べたように、警察をチェックする公の機関は形骸化し、権力を監視することを使命とするマスコミも機能していない懸念が強まってきた。

 そうなると日ごろから市民の一人一人がもう少し警察に関心を持ち、警察の理不尽なやり方や違法行為に声をあげなければ警察はますます暴走する。

 今回の安倍首相演説ヤジ排除に大杉さんらが立ち上がったのはその一つの望ましい事例だ。

 警察の理不尽なやり方や違法行為から身を守り、警察を本来あるべき姿に引き戻すためには、警察に対応するための最低限のガイドラインが必要だ。

 拙書「警察捜査の正体」(講談社現代新書)http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000210838終章に「市民のためのガイドライン」を載せた。「同行を求められたら」「モノの提出を求められたり、捜索・差し押さえを受けたら」「取り調べを受けたら」などと5ページにわたって詳細に記している。

 以下、その抜粋を紹介する。役立てて欲しい。

  B 職務質問を受けたら
   ・ 基本的に応じる必要はない。(警察官の職務質問は任意手段)
   ・ あわてずに冷静に対応する。警察官と口論をしたり、その身体に
     触れてはならない(公務執行妨害とされるおそれあり)
   ・ 警察官の所属、階級、氏名を確認する
   ・ 声をかけた理由(職務質問の要件〜何が異常な挙動だったのかな
     ど)の説明を求める
   ・ 所持品検査には応じる必要はない(法的義務はない)
   ・ 警察官にバック等を手渡さない、探させない、中を見せない
   ・ ポケットに手を入れさせない(身体捜検は逮捕のときだけ=警職
     法2条4項「警察官は、刑事訴訟に関する法律により逮捕されている
     者については、その身体について凶器を所持しているかどうかを調
     べることができる」)
   ・ 同行要求に応じる必要はない(法的義務はない)

  G 抗議、訴訟への備え
   ・ 事実は隠ぺいされ、警察は謝罪しないものと考えたほうがよい
   ・ 警察官とのやり取りは、スマートフォン(携帯電話)の録音機能
     やICレコーダーで録音する。録音できなくてもメモを作る

https://webronza.asahi.com/national/articles/2019081300009.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/612.html

[政治・選挙・NHK264] 終戦の日、熱海の「もうひとつの靖国」を訪ねた  「戦争責任」と「追悼」にまつわる、ふたつの場所(朝日新聞社 論座)
終戦の日、熱海の「もうひとつの靖国」を訪ねた
「戦争責任」と「追悼」にまつわる、ふたつの場所
石川智也 朝日新聞記者
論座 2019年08月18日

https://image.chess443.net/S2010/upload/2019081700002_6.jpeg
全国戦没者追悼式=2019年8月15日、東京都千代田区の日本武道館

■令和最初の「8・15」

 令和最初の「8・15」。全国戦没者追悼式での安倍首相の式辞には7年連続で近隣諸国への加害への言及や「反省」の文字がなかった。

 一方、新天皇は平成時代の表現を受け継ぎ「深い反省」を表明した。

 もっとも、その「おことば」の全文を子細に読んでみると、この「反省」は、誰のどのような行為と結果に対してのものなのか、主語も目的語も判然としない。

 ちょうど74年前の正午、ラジオから流れた昭和天皇による肉声が「敗北」ではなく「時局ヲ収拾」と述べ、「戦争を始めた天皇」がいつの間にか「戦争を終わらせた天皇」に換わってしまったのと似たレトリックがある。

 「8・15」は国を挙げての鎮魂の日であり、さきの大戦について思いを馳せる日とされている。しかし、過去を冷静に見つめ責任の所在を自ら追及しようという意思は、なぜかいつも、飛び交う「加害」「被害」「自虐」「誇り」「平和」といった大声とともに、真夏の空気のなかに蒸発していってしまう。

 終戦の日。「戦争責任」と「追悼」にまつわる、ふたつの場所を訪ねた。

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最寄り駅から靖国神社の参道に⾄る歩道では、様々な「主張」を訴える人たちが並んだ=2019年8⽉15⽇、東京・九段北

■例年通りの靖国

 靖国神社は朝から、毎年恒例の光景が繰り広げられていた。

 地下鉄九段下駅の最寄り出口から地上に上がると、すでに複数の拡声機からの声が交錯していた。

 こざっぱりとした大学生らしき若者は「従軍慰安婦、徴用工、南京大虐殺はどれも虚偽だという証拠がそろっている。それなのに日本が悪事を行ったといまだに信じている人が多い。日本はアジアを白人支配から解放した。素晴らしい日本人に生まれたことを感謝しましょう」と道行く人々に訴えている。隣に掲げた横断幕には「伝えよう!祖国の誇り 広げよう!国を愛する気持ち」との毛筆の文字が躍る。

 歩道の両脇には、参拝者たちにパンフレットや冊子を渡そうという人たちが列をなしていた。「世界から尊敬された武士道」「ロシアによる20世紀最大の悪行 シベリア強制抑留」「日本国憲法は無効」「読まない!買わない!朝日新聞」……参道の入り口までのわずか60メートルを歩いただけで、抱えきれないほどの量が集まった。

 黒スーツに黒ネクタイで汗だくになった高齢者、ポロシャツと短パン姿の若者、軍服や特攻服を着込んで旭日旗をはためかせた男たちの集団が、入り交じりながら次々と拝殿に向かうのも、例年の光景だ。

 大村益次郎像の脇では午前10時半から、英霊にこたえる会と日本会議が主催する「戦歿者追悼中央国民集会」が催された。今年で33回目。登壇者たちが「戦勝国が我が国を一方的に断罪した、誤った『東京裁判史観』に多くの日本人がとらわれている」状況を憂え、「憲法改正で真の独立を」及び「40年以上途絶えている天皇陛下の靖国ご親拝を」のふたつを訴え、全体声明に盛り込む。

 これも例年どおりだ。

 ご存じのとおり、靖国神社が大きな政治・外交問題になったのは1978年のA級戦犯合祀以降だ。

 アジア諸国の反発の是非は措き、戦勝国にとっては、講和条約で東京裁判を受け入れて国際社会に復帰した日本の首相や閣僚たちが、かつての戦争指導者たちを祀った施設に赴き頭を下げることは、戦後秩序への挑戦と映る。富田朝彦・元宮内庁長官のメモによると、昭和天皇が1975年を最後に靖国参拝をやめた理由は、A級戦犯の合祀に強い不快感を抱いたからとされている。

 ニュルンベルクと東京の二都市で戦後開かれた国際軍事裁判については、訴因の立証や政治的介入、事後法の「平和に対する罪」適用などをめぐって様々な批判があるが、全否定でも全肯定でもなく、その国際法的な意義と課題が学術的に検証されている。

 国際法を公然と無視して開戦した国が勝利した場合、こうした国際裁判はあり得ないし、敗けて裁かれた場合、法廷が戦勝国と中立国によって構成されるのは必然だ。米国の無差別爆撃と原爆投下が国際法違反として裁かれないのは不公正だ、という指摘はその通りだが、それを主張できるのは、国際法の規範的権威とその遵守を受け入れればこそだろう。

   〈A級戦犯〉 1946年5月に開廷した極東国際軍事裁判(東京裁判)
   では、侵略戦争を起こす共同謀議を行ったとして28人の被告が「平和
   に対する罪」などに問われ、病死2人と病気による免訴1人を除く25
   人全員が有罪となった。死刑判決を受けたのは東条英機、板垣征四郎、
   土肥原賢二、松井石根、木村兵太郎、武藤章、広田弘毅の7人。皇太子
   (現上皇)誕生日の1948年12月23日、巣鴨プリズンで絞首刑が執行
   された。

 とはいえ、参拝者に話を聞いてみると、「国のために戦った祖父に感謝を伝えにきた」「二度と戦争を繰り返したくないという思いで参拝した」といった声が大半だ。百田尚樹の『永遠の0』を読み「あの時代の若者のことを忘れてはいけないと思った」という高校生もいた。

 一方で、東京裁判など勝者の一方的裁きだ、日本は中国に侵略などしていない、と強く反発する人にも少なからず遭遇する。終戦の日特有の磁力なのか、この日も、大学生2人に「従軍慰安婦を国が取り仕切るなんてあるわけない。罪悪感を持たせ続けるためのアメリカと韓国の陰謀だ」とまくし立てられた。「慰安所の管理に軍が関与したことは日本政府も認めている」と指摘しても、「そんな証拠はない」ととりつく島がない。

 名状し難い疲れを感じて、九段をあとにした。

■熱海にある「もうひとつの靖国」へ

 次に向かったのは、静岡県熱海市にある寺院「礼拝山興亜観音」。毎年8月15日午後、ここでも戦没者慰霊の法要が営まれている。

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南京の戦場の土を混ぜて造ったという観音像=2019年8月15日、静岡県熱海市

 市中心部から東へ約5キロ、左手に切り立った山が迫る相模湾沿いの国道で下車する。蟬時雨を浴びながらつづら折りの険しい山道を15分ほど登ると、中腹に高さ約3メートルの赤茶けた露仏像が立っている。

 寄進したのは、1937年の南京攻略の責任者で、後にそれが原因でA級戦犯として処刑されることになる松井石根だ。

 松井は結核が悪化し後方で指揮を執っていたため南京に入城したのは陥落後だったが、責任者としての贖罪意識から、3年後の1940年、日中双方の戦死者を弔うためにこの観音像を建立した。血に染まった戦場の土を混ぜて作ったという像は、だから、眼下の太平洋とその先の中国大陸を向いている。

 その横に、〈七士之碑〉と彫られた高さ1メートルほどの石碑が立つ。裏手にまわると、広田弘毅を筆頭に東条英機や松井ら7人のA級戦犯の名が刻まれている。

 「ここに七方のご遺灰が眠ることは、長いあいだ秘されていました」

 伊丹妙浄住職(66)が静かな声で語った。1948年の処刑後に米軍が持ち去りどこにも存在しないはずの7人の遺灰が、ここに眠っている。その事実を知る人たちにとって、ここは靖国神社同様、特別な場所である。

 「もうひとつの靖国」。そう呼ぶ人もいる。

 7人の刑は1948年12月23日、分針が午前0時をまわるのを待ち厳重に執行された。

 巣鴨プリズンから運び出された遺体は、横浜市の久保山火葬場で米軍の警戒のなか荼毘に付される。7人が殉国者になるのを恐れた米軍は、すぐに遺灰を掃き集めひとかたまりにして運び出した。東京湾に撒いたとされるが、正確なところはわかっていない。

 だが、東京裁判で終身刑となった小磯国昭の弁護人を務めた三文字正平弁護士は、ひそかに遺灰の回収を狙っていた。三文字は、火葬場長と、近くの寺の住職との3人で26日夜半、闇に紛れて骨捨て場に忍び込み、米軍がコンクリート穴に捨てた骨灰の残りをかき集めた。

 翌年遺灰を預かったのが、興亜観音をまもっていた伊丹住職の父だった。家族にも打ち明けず10年間存在を隠し続け、ほとぼりが冷めたと判断した1959年、石碑を建てて除幕式を行った。

 占領軍の危惧に反して、7人は軍国主義の象徴として忌避されこそすれ、殉教者としてあがめる風潮は生まれなかった。石碑は1971年、新左翼の過激派「東アジア反日武装戦線」に爆破され砕け散った。戦後ながらく人目を忍ぶような存在だったこの場所には、7人の遺族や関係者以外では、訪れる人もまれだった。メディアに取り上げられたこともほとんどない。

 この日の法要も、参列者はわずか7人。靖国の喧騒とはあまりに対照的だった。

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「七士之碑」の揮毫は吉田茂元首相。過激派に爆破された後にドイツ製の接着剤で復元されたが、亀裂が生々しく残る=2019年8月15日、静岡県熱海市

■「静かな環境」だったが…

 処刑された元陸軍大将、板垣征四郎の次男で、日本遺族会事務局長や自民党参院議員を歴任した板垣正に10年前インタビューしたことがあるが、興亜観音への思いは次のようなものだった。

 「敵味方なく祀っているとはいっても、中国の人にはきっと通じない。いまの平均的な日本人に受け入れられる施設でもないだろう。だれもが自然に足を向ける時代になればよいが、靖国神社のように不毛な政治問題化するぐらいなら、いまのまま、静かな環境で弔いができる状況で残り続けたほうがいい」

 しかし、時間が凍結されたような空間だったこの場所にも、ここ10年ほど、かつてとは違う人影がぽつりぽつりとあらわれるようになっている。

 旧軍人が中心だった奉賛会は途絶えて久しかったが、戦後世代によって2008年に復活。現在250人ほどいる会員の2割は20代、30代だという。

 私は終戦記念日や7人の命日などに度々ここを訪れてきたが、確かに近ごろ若者の姿をよく見かける。話を聞いてみると、ブログやSNSで存在を知ったという人がほとんだ。

 戦後60年の2005年前後に保守系メディアで盛んに取り上げられたパル判事への関心からたどり着いた、という人もいる。興亜観音は堂内にパルの写真を掲げ、顕彰している。

 「中国で年配の人に『南京大虐殺』と言っても、だれも知らない。共産党が捏造したウソだからだ」「大東亜戦争は、アジアとアフリカを白人支配から解放するきっかけになった」「東京裁判史観から脱し、犯罪者扱いされる7人の名誉を回復しなければ」「敵の戦死者までまつる心は日本にしかない。世界に誇るべきだ」

 この日の参拝者も、問わず語りで持論を口々に述べた。「なんで朝日の人間がこんな所に」と驚かれるのは、毎度のことだ。

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興亜観音で開かれた戦没者慰霊法要。A・B・C級戦犯の刑死者1068人の供養も含まれている。この日の参列者は7人だった=2019年8月15日、静岡県熱海市

 松井石根は処刑前、「恨みを抱くな」「怨親平等」との言葉を遺したというが、この寺院の存立基盤が「大東亜戦争は侵略戦争ではなかった」「7人は罪人ではない」という「遊就館史観」と同じ信念にあることは否定しようもない。

 7、8年前には奉賛会や護持団体の内部対立が激化し、別の宗教団体が運営に関与しようとしたこともあったという。

 板垣正が求めた「静かな環境」は、遠くなりつつあるのかもしれない。

 現在の奉賛会長を務める本多正昭(59)に話を聞いた。東条英機の妹のひ孫にあたる。

 「若い人の関心が高まって参拝するようになったことは、たいへん有り難いことだと思います。ネットで見たとか、小林よしのりの漫画を一冊読んだだけとか、そういう安直な人が多いですけどね(笑)。それでも、多くの人に参拝してもらいたい。7人の遺族や一族は、戦後ずっと苦節を味わってきたわけですから」

 東条との関係を知らされたのは小学5年生の時という。母親から「日本が戦争を始めることを決めた人間。恨んでいる人も多い。絶対に口外しない方がいい」と言われた。高校時代、信用できる友人に打ち明けたことがあるが、自宅に遊びに行くと、家族に露骨に嫌な顔をされた。

 そのころから、戦争関係の本を読みあさったという。本多勝一の「中国の旅」も熱心に読んだ。インパール作戦の生存者や満州からの引き揚げ者の話も聞いた。「日本軍が無謀な作戦で兵を死なせたり民間人を見捨てたりしたのは事実。南京のことも、すべてウソだったと主張するのは無理があると思いますよ」

 ただ、東京裁判が誤った裁きだという考えは、より深まっていったという。「戦時国際法違反をきちんと裁くというなら、東京大空襲や広島・長崎の原爆投下もすべて裁かなければならないはずです。東京裁判は勝者による一方的な裁きとしか言いようがない。そういう意味では、A級戦犯とされた7人は無実だと考えています。なにより、7人だけが悪者とされた図式がおかしい。だって、日本人はただの戦争被害者だったわけでもないでしょう」

■再び靖国へ

 熱海を発ち、夕刻、ふたたび靖国神社に向かった。

 遊就館前にある石碑を何人かがのぞき込んでいた。ここにもパルの顕彰碑がある。碑文には「大多数連合国の復讐熱と史的偏見が漸く収まりつつある現在、博士の裁定は今や文明世界の国際法学界に於ける定説と認められたのです」とある。建てられたのは2005年だ。

 東京裁判でインド代表判事を務めたパルについては、相矛盾するイメージがある。

 「個人責任は認められない」「日本の侵略行為が共同謀議と立証されていない」などとして被告全員の無罪を主張したパルの個別意見書は主に、事後法による裁きを戒め、「侵略」が定義困難であることと、人道に関する罪については実行者と上官がすでに裁判を受けているため被告の罪はないことを、指摘したものだ。

 南京での残虐行為については「日本軍が占領したある地域の一般民衆、戦時俘虜に対し犯したものであるという証拠は圧倒的である」と認めている。パルは当時国際法の専門家ではなく、国家の戦争権や個人の罪についてのその国際法理解には、いまでは冷静な評価がなされている。

 だが、つまみ食い的な「日本無罪論」が一人歩きし続けた。保守派は、東京裁判の虚妄を暴き日本に同情を示したと解して恩義を感じ、左派は、パルへの肯定評価は大東亜戦争の美化につながると反発。論争は嚙み合っていない。パル自身が来日時に戦犯について「みんな罪人ではない」あるいは「日本は自らの主権のもとに戦犯を裁判したらよいと思う」と述べるなど、様々な解釈を許す言動をとったことも要因かもしれない。

 ドイツでのニュルンベルク裁判のころ、哲学者ヤスパースは、戦争の罪を「刑事上の罪(国際法違反)」「政治上の罪(国民としての政治的責任)」「道徳上の罪」「形而上の罪」の四つに腑分けし、この順で問うていく必要性を説いた。

 日本での戦争責任論が常にあいまいで不毛なすれ違いの論争が続くのは、この最初の段階の責任が十分に問われず、なかなか先に進めないからだろう。国際法を単に道徳と捉えその規範性を認めない態度は、右派だけのものでもない。東京裁判をめぐってはなぜか、頭に血がのぼった全否定か諦念のような丸呑みのいずれかが、基本的反応になっている。

 境内から出ると、昭和館前の交差点付近で、反天皇性を叫ぶデモ隊と日の丸を掲げた集団が、警官隊の緊張を横目に激しくののしり合っていた。頭を冷やせとばかりに突然の豪雨が襲い、1時間ほどでやんだ。

 夕暮れの西空に目をやると靖国の森の深緑が見えた。そのはるか先には興亜観音がある。セピア色の「昭和」はどこにもない。塗り込められているのは、紛れもなく原色の「令和」の風景なのだった。

https://webronza.asahi.com/politics/articles/2019081700002.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/614.html

[政治・選挙・NHK264] 「森友」捜査終結/あしき前例がつくられた
 
 学校法人「森友学園」を巡る財務省の決裁文書改ざんで、有印公文書変造・同行使容疑などで大阪第1検察審査会の「不起訴不当」議決を受けた佐川宣寿元国税庁長官らについて、大阪地検特捜部は再び不起訴とした。

 検察審査会は改ざんを「いかなる理由があっても許されず、言語道断の行為だ」と厳しく批判していた。国民の多くが同じ認識だろう。にもかかわらず、改ざんに携わった官僚が、誰も刑事責任を問われることがないままでの幕引きである。国民感覚からは懸け離れた判断で、到底、納得できるものではない。

 民主主義の根幹を成す公文書管理の問題について、起訴のハードルを高くするあしき前例が、重大犯罪を担当する検察特捜部によってつくられてしまったと言わざるを得ない。

 特捜部は不起訴について、「起訴するに足りる証拠を収集することができなかった」と説明した。改ざんで文書の証明力が変わったかどうかの検討で、「根幹部分が変更されたものではない」と判断したものとみられる。

 改ざんは、安倍晋三首相が国会で、「私や妻が関係していれば首相も国会議員もやめる」と発言したことを契機に始まった。昭恵夫人と学園との関係を示す記述を削った改ざんは、この問題での国会審議のまさに根幹に関わるものである。それを重要な変更と見なさない判断が妥当とは思えない。

 国権の最高機関である国会を官僚が欺く行為を不問としたことは、重大なモラル崩壊を「大したことではない」と、お目付け役であるはずの検察がお墨付きを与えたようなものではないか。

 一方、特捜部は学園に対しての国有地売却で大幅な値引きがなされた問題でも、交渉に携わった財務省近畿財務局職員らを再度の不起訴とした。

 この問題についても検察審査会は「法廷で事実関係を明らかにすべく公訴を提起する意義は大きい」としていた。その公訴・公判を回避する不起訴について、特捜部はどのような証拠を集めた上でそう判断したのか。詳細に説明する必要がある。

 司法の道が閉ざされたことで、この問題の真相究明は再び国会が主舞台となろう。佐川氏は昨年の証人喚問で、首相や昭恵夫人の指示や影響は「一切なかった」と述べる一方で、なぜ改ざんしたかについては「訴追の恐れ」を理由に口を閉ざした。不起訴の確定でその支障はなくなった。国会は再喚問し、佐川氏は応じるべきだ。

 ただ、政府側に幕引きを急ぐような動きが出始めているのが気になる。改ざんの中核的役割を担い停職1カ月の処分を受けた当時の財務省理財局総務課長を、駐英公使に充てる人事が16日発令された。キーマンを海外に置き実質的に接触しにくくする露骨な異動とみられても仕方あるまい。安倍首相自身が約束した「丁寧な説明」が依然、国民から問われていることを、首相は強く自覚すべきだ。

熊本日日社説 2019年8月20日
https://kumanichi.com/column/syasetsu/1157997/
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/663.html

[政治・選挙・NHK264] 行政監視の責務を果たせ/森友問題の捜査終結

 学校法人「森友学園」への破格の国有地売却に関する財務省の決裁文書改ざんを巡り、大阪地検は佐川宣寿元国税庁長官ら当時の財務省理財局幹部らを再び不起訴とし、捜査は終結した。

 森友問題では市民で構成する大阪第1検察審査会が改ざんを「言語道断」と強く批判して「不起訴不当」を議決。それを受けた地検の再捜査だったが、「起訴するに足りる証拠を収集することができなかった」と、市民感覚と乖離(かいり)した結論は覆らなかった。

 安倍政権への忖度(そんたく)疑惑も浮上し、公文書改ざんという民主主義の根幹を崩しかねない「官」の行為に対する真相解明にふたをするかのような幕引きに、釈然としない思いを抱かざるを得ない。

 国会議事録などをめくってみる。昨年5月30日の党首討論で、立憲民主党の枝野幸男代表の追及に、安倍晋三首相は森友問題の「本質」をこう定義してみせた。「なぜあの値段で国有地が引き渡されたのかということ、なぜ小学校として認可されるのかということ」。その5日後、財務省の内部調査報告を発表した麻生太郎財務相は、文書改ざんの動機を問われ、「それが分かりゃ苦労せんのですよ」と語っている。

 それから1年余りも経過しながら、首相や財務相自身が言及した8億円余りも値引きした理由も、改ざんに手を染めた経緯も、核心部分は何一つ判明しないままだ。それどころか、明らかにしようと努力する姿勢も見せなかった。

 森友学園問題は、新設予定の小学校の名誉校長に安倍首相の昭恵夫人が一時就任していたことから、“特別扱い”があったのではないか、と行政の公正・公平性に疑念が生じた。14件もの財務省決裁文書の改ざんのほか、夫人や政治家の記述や、「本件の特殊性」「特例的な内容」といった表現が削除され、交渉記録も廃棄されたことが、それに拍車を掛けた。

 「文書を改ざんする行為は一般市民感覚からすると、いかなる理由があっても許されない」と、検察審査会が糾弾したのも当然だろう。

 捜査当局が役割を果たさないならば、行政監視の責務を負う国会が前面に出る場面だ。財務省が長期にわたり虚偽の資料と答弁によって欺き、民主主義の基盤を揺るがした事態の重さを、与党を含め立法府は深刻に受け止めなければいけない。究明の場を設け、佐川氏ら関係者を呼び、証言を求める必要がある。

 昨年の通常国会閉幕時、大島理森衆院議長が「国民の負託に十分に応える立法・行政監視活動を行ってきたか、検証の余地がある」と異例の所感を発表したことを思い起こしてもらいたい。

 佐川氏は昨年3月の衆参両院予算委員会の証人喚問で、訴追の恐れを理由に、改ざんの目的や経過など肝心な部分の証言を拒んだ。しかし、訴追されないことが確定したのだから、再度問いただすべきだ。「国会としての正当かつ強力な調査権のより一層の活用」(議長所感)をいま、行使するときである。

 この問題では、近畿財務局の職員が、文書改ざんを強要されたとのメモを残し、自ら命を絶った。国会は現場で苦悩したこの職員の命の重さを考えてほしい。まさにこの国の民主主義が機能するのか、三権分立を本来の姿に戻せるのか、それが試されている。


行政監視の責務を果たせ/森友問題の捜査終結
東奥日報社説 2019年8月20日
http://www.toonippo.co.jp/articles/-/235631

森友問題捜査終結/行政監視の責務果たせ
佐賀新聞/2019/8/20 6:07
http://www.saga-s.co.jp/articles/-/415560
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/664.html

[政治・選挙・NHK264] 「不自由展」再開求める署名2万6千筆超 美術家が提出(朝日新聞)
朝日新聞デジタル 2019年8月19日16時16分

https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20190819001888_commL.jpg
集めた署名を愛知県職員に提出する井口大介さん(右)=2019年8月19日午前10時58分、愛知県庁、江向彩也夏撮影

 愛知県で開かれている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」(津田大介芸術監督)の企画展「表現の不自由展・その後」が、テロ予告や脅迫を含む抗議が相次いだため中止となったことをめぐり、美術家井口大介さん(60)=横浜市=が19日、署名サイト「Change.org」を通じて集めた、企画展の中止に反対し、再開を求める署名を愛知県に提出した。16日午後5時までに2万6665筆が集まったという。

 サイトでは、企画展について「表現の自由の可視化から生まれる多様な見方・考えをぶつけ合う議論の場。決してふたをしてはならない」と訴える。井口さんは、愛知県庁での記者会見で「セキュリティーの問題を覆せば再開できる」と話した。

https://www.asahi.com/articles/ASM8M4QN2M8MOIPE012.html?iref=comtop_list_nat_n04
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/665.html

[政治・選挙・NHK264] NHKの良心的な番組って、何ですか 〜 “NHKが独自に入手した資料が明かす・・・”ドキュメンタリーの虚実(ちきゅう座)
2019年 8月 20日
<内野光子(うちのみつこ):歌人>

ほんとうに、近頃は、NHKと民放のテレビ番組の区別がつきにくい。チャンネルを回して、数秒間見ている限りでは、民放のコマーシャルも入らないのでわからない。なんかどこかで見たことがある芸人たちが並んで、まん中にまたどこかで見たことのあるタレントが仕切っているような・・・。アナウンサーらしき人が真ん中にいても、あとの二人はタレントであったり、タレントを助けるアナウンサーの役だったりする場合もある。こんな番組、どこかの民放で見たことあると思ったらNHKだったということもしばしば。NHKは潤沢な予算と人員を擁しながら、恥も外聞もなく民放の番組をパクったり、民放で売れ始めたタレントを横取りしたりする。

N国の出現に危機を感じたNHKが頼み込んだのか、政府が、NHKに恩を売ったのか。中谷一馬衆院議員(立憲)の質問への答弁書という形で、8月15日の閣議で、「受信契約が成立した段階で、受信料の支払い義務が生じる」などという閣議決定をした。受信料の支払い義務は、放送法上の根拠がない。これまでも「義務化」の立法を画策しているが、法律は成立していないことからしても、「受信料支払い義務」はあり得ない。そこのところを質問した議員もわかっていないし、応える閣僚たちの立法府・議会軽視も甚だしい。支払わない人対策はNHKに投げるほかない。スクランブル化についてはNHKの公共放送の性格からして、やるべきではない、とも。現在のNHK報道番組は、政府広報に堕していると言ってもよい。これまでも、番組編集や人事に政府の介入や圧力があった、NHKサイドから政府に忖度をしたという「事案」は数知れない。

そんな中で、毎年八月になると、NHKスペシャルは、NHKが独自の資料を入手したとして、ブックトラックで恭しく運ばれた資料を、ときには手袋などして、番組担当者や研究者が、重々しく頁をめくる映像が流される。「これぞ超一級資料新発見!」として、既視感たっぷりに番組は始まる。資料と証言で編集されるものと思えば、物々しい再現映像がこれでもこれでもかと挿入されるのも、いつものパターンである。

今年は、二つの番組を見た。

@
NHKスペシャル「全貌 二・二六事件〜最高機密文書で迫る〜」
2019年8月15日、総合午後7時30分〜(73分)
再放送:2019年8月18日、午前0時35分〜

これまでも謎が多い二・二六事件で、出てくる資料は陸軍側のものが多かったが、今回、海軍側の「最高機密文書」をNHKが入手したという。やはり、画面に大写しされたのは、「極秘」の印が押された赤表紙の資料で、二・二六事件発生後、リアルタイムで刻々集まってくる情報が記録されていた文書であった。1945年9月2日ミズリー号船上での降伏文書調印式に海軍側の随員として参加していた富岡定俊少将のもとにあった資料だったらしい。その辺のことは詳しく説明がないまま、番組は進む。調べてみると、富岡は、戦後、旧海軍大学校のもとに設けられた「史料調査会」に席を置き、戦史の研究にたずさわっている。ということは、もちろん資料は個人のものではない。本来ならば、防衛省防衛研究所戦史研究センターに保管されるべき資料ではないか。資料の公開が待たれる。

陸軍側の皇道派の蹶起部隊の将校や幹部の意見の食い違いや変化を追うとともに、海軍側に集まる情報と対策が克明に記されている資料による事態を明らかにしてゆく。反乱軍として鎮圧し、事態の収拾を図りたい天皇と海軍との連携が浮き彫りになる。海軍と陸軍の対立の構図がここでも強調されていた。しかも、海軍側の資料によれば、すでに事件の1週間前の2月19日には、蹶起が近く、そのリーダーの将校の名前など具体的に記録されていたことがわかる。ということは、海軍側は、事件発生は予想できたにもかかわらず、放置、傍観していたことになる。というよりは、海軍による鎮圧まで計画していたというから、いずれにしても、1936年以降、この事件を利用して、軍部、天皇による軍国化・天皇神格化が一挙に進んだことになる。

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/images/n226.jpg

相変わらずのドラマ仕立てで、蹶起部隊と陸軍幹部、陸軍と海軍、天皇との「攻防」の苦悩や緊張感のみが高められる形で進めようとする番組という印象が免れず、この時代の軍部や天皇の核心に迫る姿勢が感じられなかった。

A
NHKスペシャル「昭和天皇は何を語ったのか〜初公開・秘録『拝謁記』」
2019年8月17日 総合 午後9時〜(59分)
再放送:2019年8月21日(20日深夜) 総合 午前0時20分〜(59分)

17日当日の「ニュース7」のトップが、なんと「昭和天皇 拝謁記<象徴天皇>初期の模索明らかに」というこの番組の宣伝を長々と放映していた。16日前日の「ニュース7」でも、「昭和天皇『拝謁記』入手 語れなかった戦争への悔恨」として、この番組の宣伝がかなりの時間放映された。ほかにも伝えるニュースはあったはずである。この連日のキャンペーンには、どこか不穏な臭いもする。ただの「八月ジャーナリズム」に終わらないような気もする。

敗戦後の宮内府長官田島道治の昭和天皇「拝謁記」が、遺族から提供されて、初めて公開されたのだという。田島が、天皇とGHQ・マッカーサー・首相らと間の仲介役であったことは知ってはいたが、「拝謁記」があることは知らなかった。にわか勉強と原武史のツイートなどにより、以下のことを知ったのである。

原は、8月16日のツイートで以下のように綴る。
   「またNHKが「独自」と称して宮内庁長官田島道治が昭和天皇の肉
   声をメモしていていた膨大なメモが見つかったとするニュースを長々
   と流していたが、今日のニュースを見る限り、加藤恭子『昭和天皇と
   田島道治と吉田茂』(人文書院、2006年)ですでに明かされたこと以
   上の発見はほとんどなかった。」

また18日には、以下のようにもツイートしていた。
   「学者の世界では、先行研究ですでに明らかにされていることをきちん
   と踏まえた上で、新たな史料によってわかった知見は何なのか、その
   範囲をくっきりと浮かび上がらせることが求められる。連日のNHKの
   キャンペーンは、このルールを全く無視しているようにしか見えない。」

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http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/images/photo_20190818124501.jpg

 私などが、ぼんやりと感じていたことを、原は、研究者として的確に言いおおせていたと思う。私は、加藤恭子の『昭和天皇と田島道治と吉田茂』は未見であるが、ネットで以下のような資料に出遭った。加藤恭子のある研究会での報告であるが、彼女は、田島道治の上記伝記執筆を依頼されて、遺族とともに大量の文書と日記を苦労しながら解読作業をしていることが分かる。その成果が、前掲書にも記されているのだろう。「拝謁記」と名付けられての執筆記録なのか、日記に拝謁記録が混じっているのかが不明で、加藤が読んだものとの関係も一切触れていない。加藤の「報告」で1952年5月3日の「独立式典」でのスピーチ草稿の経緯は、はっきりしていた。だから、<初公開>とか<秘録>と言えるのかとも思う。NHKの番組のために編成された?解読研究プロジェクトのチーフでもある古川隆久も、自著『昭和天皇』(中央公論社 2011年)で、加藤の資料は「田島日記」として引用している。<第一級>の<新資料><独自資料>を裏付けようとするために、研究者の言を拾うのはNHKの得意とするところでもある。原のツイートでの怒りがわかるような気がした。

*加藤恭子研究会報告(2003年)file:///C:/Users/Owner/AppData/Local/Microsoft/Windows/INetCache/IE/XLUAEPA6/50kato_k.pdf

ところで、番組が伝える中身なのだが、「拝謁」部分の会話は、あくまでも密室でのやり取りであって、その信ぴょう性にも言及する必要があるのではないか。そこを素通りして、天皇と田島のやり取りが、俳優二人によって「信頼厚く、誠実で」あり続ける演技が展開されるのである。昭和天皇を演じた俳優には気の毒だが、「人柄を滲みださせようとする演出」は、過剰にも思われ、無理がある。

昭和天皇が過去の戦争への「反省」にこだわるのは、当然のことではあり、その上、多くの国民を他国の人々を犠牲にしたという自覚があったからだと思うが、吉田茂首相によっての削除を結果的に認めてしまうほどの「反省」ではなかったか。すでに「下剋上」の世界では自分の意見を言えなかったといった主旨の言い訳は、「反省」や「悔恨」とは真逆の認識ともいえよう。東京裁判終結後も「退位」云々に触れ、「退位した方が気が楽」とも語ったとされているが、むしろ、東京裁判後の「安心感」からでた「愚痴」の域を出なかったのではないか。

その後の「沖縄メッセージ」隠蔽工作、戦争責任「ことばのアヤ」発言などとの整合性などを思えば、「発言」や「言葉」の軽々しさはぬぐいようもない。

現代においても、天皇の「おことば」の一語一語の過大評価が横行しているが、意味がないばかりか、評者自身の自立性すら疑いたくなるほどである。

文句ばかり言うのなら、見なければよいのだが、やはり「短歌と天皇制」について、考え続けている身としては、はずすわわけにはいかなかったのである。

初出:「内野光子のブログ」2019.8.18より許可を得て転載

http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2019/08/post-a2ae43.html

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/

〔opinion8918:190820〕

http://chikyuza.net/archives/96308
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/666.html

[政治・選挙・NHK264] 鴻毛より軽い、天皇の責任感の希薄さ。田島道治「拝謁記」に見る天皇の「肉声」(澤藤統一郎の憲法日記)
 
「朕は汝ら軍人の大元帥なるぞ」「上官の命令を承ること、実は直ちに朕が命令を承ることと心得よ」「義は山嶽より重く死は鴻毛より軽しと心得よ」。これが、「朕」が兵士に下した軍人勅諭の一節である。230万人もの「兵」が、この勅諭にしたがって、鴻毛より軽い死を余儀なくされた。

一方、上から目線で勅諭をたれた「朕」の責任はどうだったか。古来戦のあとには、敗軍の将は死をもって敗戦の罪を贖った。兵を語らず、言い訳をすることなく。敗戦時自決した軍人は少なくない。そんな政治家もあった。自決は忌むべき野蛮な風習だが、自己を一貫するための痛ましい選択であったことは、理解し得ないではない。それほどにも、自らの責任の重さを感じていたということなのだ。最高責任者である「朕」の場合はどうだったのか。ヒトラー・ムッソリーニと並び称されたヒロヒト本人に、いったいどれだけの責任の自覚があったか。

「朕」は、230万の英霊だけにではなく、「朕」のために犠牲になった民間人80万人に対しても、アジア太平洋戦争で皇軍によって殺戮された2000万人の人の死にも責任を取らねばならない。その責任の重さ心苦しさには計り知れないものがあるに違いない。そう考えるのが常識というもの。いや、下々の浅知恵というもの。

初代宮内庁長官田島道治の「拝謁記」公開が話題となっている。昭和天皇(裕仁)の「生の声」が甦ったとされる。NHKは、番組のサブタイトルに「語れなかった戦争の悔恨」とつけた。さぞかしの、慚愧・苦悩・悔恨の「肉声」かと思いきや、何のことはない。責任転嫁・見苦しい弁明をしようとして、許可されなかったというだけのこと。

彼がいう「反省」とは、「軍も政府も国民もすべて下剋上とか軍部の専横を見逃すとか皆反省すればわるい事がある」などいう程度のもの。「国民皆に反省すべき悪い点があった」とは、「私だけじゃない」という開き直りの弁明。これを毎日社説は「天皇から国民や他国への謝罪というより、日本人全体が軍の独走を止められなかったことを皆で「反省」しようという趣旨のように読める。」という。そのとおりだ。

それだけではない。「朕」は、再軍備と憲法改正の必要性にまで、言及していたのだ。およそ新憲法の精神を理解せず、君主意識をもったまま。主権が国民に移行した意味すら、分かってはいなかったのだ。

「英霊」諸氏よ。武器も食糧もなく戦場をさまよって餓死した英霊の諸氏よ。特攻という名の自殺を強いられた英霊の諸氏よ。あなた方に死を命じた人は、このような、この程度の人物なのだ。

とりわけこう言っていることが驚きではないか。

「責任を色々とりやうがあるが地位を去るといふ責任のとり方は私の場合むしろ好む生活のみがやれるといふ事で安易である」

これは、サンフランシスコ平和条約の調印が翌月に迫った1951年8月のこと。「退位したら、『私の場合むしろ好む生活のみがやれる』『むしろ楽』」と考えていたのだ。これが、多くの人を死に追いやった人の発言だろうか。こんな人物のために多くの人が殺し合い、尊い命を失った。

この「朕」の信じがたいほどの無責任ぶりをいかがお考えだろうか。都合の悪いことは国民に知らせず、ベールに包まれた一握りの権力者による忖度の政治。権力や権威に対する批判の言論が封じられた政治の行き着く先が、このような無責任の横行なのだ。実体のないものを有り難がったり、畏れいったりすることをやめよう。昔のこととして看過せず、今の教訓として、よく噛みしめようではないか。
(2019年8月20日)

http://article9.jp/wordpress/?p=13231
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/667.html

[国際27] 米中貿易戦争の余波 米農家の破産者が過去最高に トランプ暴走で自国にブーメラン(長周新聞)
長周新聞 2019年8月20日


 アメリカのトランプ政府が中国に貿易戦争を仕掛けて1年余が経過した。13日にはトランプが安倍首相にアメリカ農産物の大量購入を要求したと報じられた。これは米中貿易戦争の影響で中国向けの米国産農産物輸出が激減した分を日本に押しつけてきたものだ。関税引き上げの報復合戦がエスカレートするなかで、中国市場に依存するアメリカの農業分野がまず悲鳴を上げているが、ハイテクや衣料、履物産業界などもアメリカ市場との相互依存関係は深く、トランプの対中貿易戦争に批判を突きつけている。トランプは「アメリカファースト」を掲げて、台頭する新興勢力の中国に覇権を奪われないために貿易戦争を仕掛けたが、かえってアメリカ国内産業が打撃を被る事態に直面し、来年11月に大統領選を控えてこのまま暴走することはできなくなっている。

 トランプの対中貿易戦争はまずアメリカの農業分野に重大な打撃を与え、農家の破産件数は過去最高を記録するなど、危機的状況にある。経過を振り返ってみると以下のようになっている。

 まずトランプが2018年3月、中国から輸入する鉄鋼・アルミ製品に25%の関税をかける大統領令にサインしたのを皮切りに、7月には中国製のロボットなど約800品目=340億j相当に関税25%を課し、さらに8月には半導体など300品目=160億j相当に関税25%を課した。

 トランプとしてはこの脅しで中国が引き下がり、対米輸出を減らしたり、アメリカ産製品の輸入を増やすことを期待したわけだが、中国は強く反発し、米国からの輸入品に追加関税をかけることで対抗した。2018年7月には米国産大豆や豚肉など約500品目=340億j相当に25%の関税をかけ、8月には自動車など約300品目=160億j相当にも25%の関税をかけた。

 これに今度はアメリカ側が黙っておらず、9月には家具・家電など約5700品目=2000億j相当に関税10%を課し、対抗して中国が液化天然ガスなど約5200品目=600億j相当に関税5%または10%を課すという具合にエスカレートしてきた。

 さらにトランプは今年に入って中国からの輸入品のほぼすべてに関税を上乗せすることを表明した。それまでは消費者への影響を考えて生活関連製品には関税を上乗せしないようにしていたが、「いうことをきかない中国をたたく」ためということで、生活必需品にも関税を上乗せした。そのなかにはiPhoneやナイキのシューズなども含まれていた。

 これに対し中国政府は、米国産の農産物の輸入を停止することで対抗した。

 こうした貿易戦争による報復の応酬のなかで、アメリカの農業関連が重大な打撃を被り、とりわけ大豆農家は壊滅的な打撃を受けている。

■米国生産農家は大打撃 大豆は6割超中国向け

 アメリカ産大豆の60%以上は中国向けに輸出されており【グラフ参照】、それ以外のメキシコ(6%)、日本(4%)、インドネシア(4%)などとは比べ物にならない規模だ。

https://www.chosyu-journal.jp/wp-content/uploads/2019/08/efca97969f515a58f8f72745d79bc351-768x1235.jpg

 米国産大豆の中国向け輸出は総額で約200億j、数量で3750dにのぼり、輸出大豆の生産に関係する農家は中西部を中心にして30万人に及ぶ。

 米中貿易戦争の影響を受けて米国産農産物の対中輸出は激減している。米農務省の調べでは、2018年7月から今年6月の大豆輸出は前年同期比で7割減少している。小麦は9割減と大幅に落ち込んでいる。昨年の中国への農産物全体の輸出額は前年比で5割以上減少している。

 さらに市況の下落もアメリカの農家に打撃を加えている。世界の大豆価格は2018年7月に米中の貿易戦争が起こったあと、9%下落している。さらにアメリカでは大豆価格下落のためにトウモロコシに切り替える農家が続出したため、トウモロコシ価格も下落するという悪循環を生んでいる。

 トランプは2018年8月に貿易戦争の報復措置で標的になっている農家に対し、120億j(約1兆3000億円)の支援を表明した。これによってトランプが貿易戦争で米国民が痛手を受けていることを初めて認めた形となった。さらに今年5月にも、対中貿易戦争で打撃を受けた農家へ150億j(約1兆6588億円)を上回る支援策をうち出した。大豆農家に1ブッシェル(約27`c)当り約2j、小麦農家に同63k、トウモロコシ農家に同4k。これらの合計270億j規模の農家支援策は2020年にも実施する方針だ。

 貿易戦争での輸出激減に加えた農産物価格の下落、さらに中西部を襲った長雨と洪水で穀物の作付けができなくなり、今年6月末の段階で535件の農家が破産申請を出している。土地を手放し、離農をよぎなくされた農家も多い。とくにカンザス州、ウィスコンシン州、ミネソタ州で過去最高の破産件数を記録した。また、アメリカの農家所得は2013年から2018年のあいだに49%も下落している。

 トランプは農家への支援決定にさいし「米国農家は中国に攻撃されているが、貿易戦争には大勝する」と豪語したが、農家の側からすれば、これだけの支援では焼け石に水だ。農家のあいだでは「中国からの報復、アメリカ産大豆の価格下落を招いたのはアメリカ政府だ。自国民に犠牲を強いるような政策を納税者は支援しない」といった世論が高まっており、トランプ離れは加速している。2016年の大統領選挙でトランプの大票田であった中西部の農家票を失うことが十分に予想されており、再選に失敗する可能性もとりざたされている。

 カリフォルニア農業事務局連合は昨年8月「われわれが中国市場を失えば他の国の業者がそこに入ってきて、長い目で見ればわれわれの農家が商機を失うことにつながる」と危機感を表明している。

 中国は1990年代半ばまでは大豆輸出国だったが、その後国内生産は低迷し年年輸入量が増え続け、約1億dを輸入している。ブラジルから56%、アメリカから33%で、この2カ国でほぼ9割を占めていた。またアメリカ、ブラジル側から見ると輸出の約6割〜8割が中国向けであり、相互に依存度が高い。

 中国はコメや小麦等の穀物については基本的に自給する方針を崩していないが、大豆については国内自給から輸入依存に転換している。輸入した大豆の用途はおもに圧縮して大豆油と大豆粕にし、油は料理用に、粕は飼料に使う。大豆の国内生産量1400dに対して、輸入は9700dにのぼる。これは世界の貿易量の6割をこえる。

 中国はアメリカからの農産物輸入を停止した後、大豆の輸入先をアルゼンチンやブラジルに振り向けている。また小麦はロシアやウクライナに輸入先をかえることもできる。豚・牛肉についてもアメリカにかわって、カナダやEU、オーストラリアなどからの輸入を増やすことが可能だ。

■ハイテク等にも影響大 強い相互依存関係

 アメリカ国内への影響は農業分野だけではない。

 トランプは中国製品のほぼすべての関税を引き上げるとしている。鉄鋼・アルミを皮切りに、ハイテク製品、航空機部品、船舶用モーター、大型車両、医療器具、電子機器、レーダー、無線装置、LED、テレビ、ビデオ部品、バッテリー、機械類、潤滑油、プラスチック製パイプ、化学品、衣料品、履物等等だ。

 ハイテク製品に25%の関税を課した場合、アメリカのコストは125億j増加するとの試算もある。中国は米国産農産物の輸入を停止しても、その他の国から簡単に輸入することができるが、アメリカは中国以外にハイテク製品を大量に供給できる国を見つけるのは困難だ。

 中国からハイテク製品を大量に輸入しているゼネラルエレクトリックや世界最大の家電量販店・ベストバイはトランプ政府の貿易戦争に苦情を申し立てている。米アパレル・フットウエア協会も「米国経済を破滅させる自傷行為だ」とトランプ政府を非難している。また、米国大豆協会も「大豆農家は関税にうんざりしている」との声明を発表し、「関税(引き上げ)をエスカレートさせ続けることは支持できない」とトランプ政府の対応を批判した。また、トランプが仕掛けた貿易戦争でアメリカ国内で40万人の雇用が失われるとの試算も出ている。全米納税者連盟は昨年5月にトランプ宛の書簡を発表し、貿易戦争に突き進むことの危険性に警鐘を鳴らした。この書簡にはノーベル経済学賞受賞者14人を含む1100人以上のエコノミストが賛同している。

 こうした国内世論を背景にして、トランプは対中貿易戦争の手直しを始めている。アップルなど産業界の要請を受けて米通商代表部(USTR)は13日、中国から輸入する一部電子機器について追加関税の発動を延期すると発表した。スマホやノートパソコン、ゲーム機、一部の靴、衣料、玩具への追加関税発動を9月1日から12月15日まで延期し、その他の一部製品を制裁対象から外すとした。

 1980年代には「日米貿易摩擦」と呼ばれる貿易戦争があった。それが今日の「米中貿易戦争」と大きく異なっているのは、産業・生産構造だ。日米貿易摩擦の時代は、日本は自動車やテレビの生産において純粋な日本製の完成品を輸出していた。当時アメリカは「日本叩き」をやって勝利を収めた。だが、今日、産業構造はグローバル化し、米中間といえども企業間のサプライチェーン(製造業において、原材料調達・生産管理・物流・販売まで一つの連続したシステム)ができあがっている。中国からアメリカへの最大の輸出品目は通信機器だが、中国製の通信機器に使われている部品の60%は中国製以外だ。CPUはインテル製という具合だ。

 また、トランプが問題にしている米中貿易不均衡にしても単純に2国間の問題ではない。アメリカの貿易に占める対アジア・太平洋地域の割合は4割程度だ。この割合は1990年から2016年までほとんど変わっていない。変わっているのは日本と台湾からの対米輸出が減り、その分中国がのびたということだ。日本や台湾の企業が中国に進出し、中国で製造してアメリカに輸出する割合が増えている。

 また、ゼネラルモータース(GM)の最大のマーケットは約14億人の人口を擁する中国であり、GMにとってなくてはならない生命線になっている。すでにGMの中国での販売台数はアメリカでの販売台数を上回っており、中国市場なしではGMはなりたたなくなっている。ウォルマートなどは生活の消費財を中国に発注して生産し、中国から輸入して販売している。米中の貿易不均衡をつくり、貿易赤字の原因をつくっているのはアメリカ企業自身であったりする。もはや1980年代の貿易戦争のように2国間で片がつくような時代ではなく、米中間にしても相互の依存関係は深く複雑にからみあっている。

 米中貿易戦争がエスカレートするなかで14日の米株式相場は大幅に反落した。ダウ工業株30種平均は800j安と今年最大の下げとなった。リーマン・ショック前年の2007年以降で初めて10年債の利回りが2年債利回りを一時下回ったことで、株安に拍車がかかった。業種別ではゴールドマン・サックスをはじめとする金融株の下げがめだった。専門家は米中貿易戦争に関連した動きを指摘しており、米中貿易戦争がアメリカ経済ひいては世界経済にも影を落としている。

 トランプは戦後世界を支配してきたアメリカの覇権を脅かす中国を目の敵にして対中貿易戦争を仕掛けたが、1年余を経過してアメリカの農業分野をはじめ製造業界や消費者自身が犠牲を被る結果が表面化してきており、トランプ自身が孤立を深めている。戦後74年を経過して、世界的な勢力図は大きく変化し、なによりアメリカの覇権支配の弱体化が、政治、経済、技術、社会、軍事などあらゆる分野で顕在化してきている。かわって中国の台頭がアメリカを脅かし、覇権交代の様相を呈している。

 そのなかでアメリカ追随一辺倒の安倍政府の外交も世界的に孤立を深めている。

 米中貿易戦争の余波を受ける形で、トランプは安倍政府に対して米国産農産物の大量購入を押し付けてきている。トランプは大豆や小麦と具体的な品目を指定したという。安倍政府はこれに応えて、アフリカ食料支援の枠組みで輸送費を含めて数億j(数百億円)規模で購入する案を検討している。だが、2018年のアメリカの対中農産物輸出額は前年に比べて100億j以上減少しており、この規模では到底穴埋めにもならない。

 折しも13、14日の日程で日米両政府の事務レベルの貿易協議がワシントンで開かれ、9月末までに大枠合意をめざすとした。5月の日米首脳会談では安倍首相は7月の参議院選挙後に農産物分野で大幅な譲歩をすることをトランプに約束している。トランプは日米貿易交渉で、中国向けの農産物輸出激減の尻拭いを日本に押し付けてくるのは必至だ。

 2018年の日本の食料自給率は37%で、コメを緊急輸入した1973年に次ぐ低さだ。農水省でさえ環太平洋経済連携協定(TPP)締結で日本の食料自給率は12%にまで低下するとの試算を出していたが、トランプのいうままに米国産農産物の輸入を拡大するというのであればそうなるのも遠くない。アメリカに胃袋を握られた属国に成り下がる道である。世界的に孤立するトランプにしがみついてともに滅亡するのではなく、独立国としてアジア諸国をはじめ世界各国との平和外交、平等互恵の貿易を推進することでしか日本の繁栄はない。

https://www.chosyu-journal.jp/kokusai/12828
http://www.asyura2.com/19/kokusai27/msg/223.html

[政治・選挙・NHK264] 昭和天皇の「肉声」記録 軍部増長に「反省」の重み
 
 終戦後、昭和天皇が田島道治初代宮内庁長官と交わしていた約5年間のやり取りが明らかになった。

 田島元長官が個人的に記録していたもので、昭和天皇は1952年5月の独立回復式典に際し、自らのお言葉で「反省」を表明する意向を示していたが、宮内庁幹部や当時の吉田茂首相が反対し、当初の文案から削除された経緯などが分かる。

 「反省」の中身について、同年2月、昭和天皇は「軍も政府も国民もすべて下剋上(げこくじょう)とか軍部の専横を見逃すとか皆反省すればわるい事がある」などと述べたという。

 元長官が残した他の記録から、昭和天皇は東京裁判のA級戦犯被告への判決(48年11月)に際し、戦争を悔恨し、国民に謝罪したい意向を持っていたことが知られている。その時は実らなかった希望を、その後も追求していたのであろうか。

 だが、明らかになった発言では、天皇から国民や他国への謝罪というより、日本人全体が軍の独走を止められなかったことを皆で「反省」しようという趣旨のように読める。

 昭和天皇は戦後30年の75年、初の訪米から帰国後、記者会見で戦争責任について問われ、「そういう言葉のアヤについては、よく分かりません」などと答えたことがある。二度と戦争を繰り返したくない決意は尊いが、天皇が「反省」を言う以上、戦争責任問題は避けて通れない。

 まして52年2月の別の日、昭和天皇は再軍備と憲法改正の必要性に言及していた。同年5月の発言には「再軍備によって旧軍閥式の再擡頭(たいとう)は絶対にいや」ともある。

 新しい象徴天皇制のあり方を模索していた時期とはいえ、昭和天皇が依然として、君主としての感覚を持ち続けていた様子がうかがわれる。

 吉田首相がお言葉に「反省」を盛り込むことに反対したのは、東京裁判の結果、政治的に決着したはずの退位論が蒸し返されるのを封じるためだったとみられる。朝鮮戦争特需で経済復興は勢いづき、世相も未来志向を求めていた。

 さまざまな思惑や力学で「反省」の表明を見送った独立回復は、その後の日本の歩みにどのような光と影をもたらしただろうか。昭和天皇がこだわった「反省」のあり方は、今なお私たち自身の問題でもある。

毎日新聞社説 2019年8月20日
https://mainichi.jp/articles/20190820/ddm/005/070/084000c
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/669.html

[政治・選挙・NHK264] 参議院選挙の総括 その1(ちきゅう座)
2019年 8月 23日<小島四郎:ちきゅう座会員>
(編集部注:全体が長文のため、今日・明日の2回に分載します)


 参議院選挙は多くの教訓を残して終わった。そして8月1日には第199回臨時国会が開催され、新たに当選した人々が登院した。メディアはこぞって「バリアフリー国会幕開け」との見出しをつけ、新人で重度の障がいのある二人の登院を祝った。これは凄い事だ。「津久井やまゆり園事件」で殺された障がい者たちが生きていたら、どんな思いでTVを観ていたであろうか。二人にはこれから6年間、議員として当事者意識を貫いて、頑張ってほしい。

 政府や自治体は「障がいは個性」「障がい者にやさしく」を常々公言している。しかしいつも彼らは口先だけである。腹がたつことが多い。昨年暴露されたた障がい者雇用数のかさ上げ問題は、民間企業以下の醜悪な姿が露わになった。参議院もご多分に漏れずバリアフリー化などの対策を怠ってきた。今回は、政府や行政が言っていることと、していることの矛盾、対策の遅れある事を示し、二人が参議院に対応を急がせ実行させたことに意義がある。

 あるメディアは「れいわに投票した人は、自分の一票によって二人が当選し、これがきっかけで国会が変わったと実感を持っているだろう」と感動していた。感動するのは自由だが、「国会が変わった」とはどういうことなのか。

 大げさな表現で参院選の教訓を矮小化し誤魔化さないで欲しい。これをもってして「国会が変わった」と言い切れるだろうか。褒めすぎではないか。メディアはトリビアルな所、話題性のある事柄をさっとなぞっていくだけではダメだ。

 参議院はかつて<良識の府>と呼ばれていた。予算案の先議権・決議権・条約の承認などで参議院に優先する衆議院とは担うべき役割が少し異なる。衆議院から送られる法案を憲法次元からまた国際関係や歴史関係からよく検討吟味し、時の政権の思惑からできるだけ自由であることを院の基本としてきた。

 しかし、この間参議院はその役割を全うしてきたと言えるか。 2016年8月8日の天皇アッピール(これを一部の人は「おことば」と言う)に続く、17年の「退位に関する特例法」の成立。そして本年5月1日の元号改定と新天皇徳仁の即位。10月には即位礼正殿の儀、11月の大嘗祭と即位の礼が打ち続く。こうした象徴天皇制による憲法違反さながらの行事の連続と位相の大転換について、「主権在民」・立憲主義の立場からどれほどの論議が参議院で交わされたであろうか。退位・即位に関して「政局にするな」という大島衆院議長辺りから恫喝と自民党の数の力に押されて両院は論議を回避してしまった。情けない話だ。せめて参議院だけでも大島発言を問題にし、退位・即位について論議をたたかわせる矜持を持って欲しかった。「国会が変わった」との表現は、こうしたいわば参議院の無用論が説かれる状態を変えるために使用して欲しい。

■憲法「第一章 天皇」を論議せよ

 作家の丸山健二は「天皇制のことを論議するいい機会だったのに、マスコミはほとんどふれなかった」。改憲問題で「論議すべきは憲法9条ではなくて、1章(天皇)ですよ」と憤怒を込めて語っていた。

 丸山の指摘は当たっている。天皇制は戦後二度の<退位と譲位>を迎えた。そして明仁は自分の意思で退位と象徴天皇制の永続化と退位後身分の新設を計った。この挑戦に対して、参議院や衆議院、つまり国会が思考を停止し沈黙している時に、本来ならば世間を突き動かし国会を覚醒させる努力を行うのが、「権力の監視者」としてのメディアの役割じゃないか。でも眠り込んでいた。明仁夫婦の行幸啓の回顧と徳仁の成育・結婚の話でお茶を濁していた。コラムに登場する学者たちも当たり障りのない慰労と祝いの提灯論文しか書かなかった。と言うよりそんな物しか依頼しなかったのだろう。

 憲法第一章の論戦は全く組織されずに終わった。こうして安倍政府は早々と国会論議を潰し、誰が何の有識者なのかの説明も充分にしないまま日本会議系の人間を忍び込ませた有志懇談会を立ち上げた。安倍政権は、そこでの合意事項を政府案として「退位に関する特例法(案)」を国会に提出し可決された。

 5月1日の改元時には、安倍政権もメディアも若者たちも、新年カウントダウンさながらの騒ぎを繰り広げ、渋谷スクランブル交差点には「れいわ、れいわ」とはしゃぎまくる若者がいた。この様子を紹介したフランスTV局の司会は奇習を観た感じで笑っていたのが印象的であった。一体、どうしてこんな騒ぎが起きたのか。昭和から平成への代替わりには無かった現象である。論議がないという事は、人々から考える力・批判力を奪い、権力者が思いのままに操作できる衆愚状態を可能にする。

 本来ならば、天皇制廃止を綱領にまで明記していた日本共産党が、こうした思考停止や沈黙に異議を唱え舌鋒鋭く迫るのだが、今やお前も<向こうか>と言いたくなる有様である。志位書記長は「2004年の綱領改定で現行憲法の全条項を遵守する立場に変化した」ので即位賀詞の意を示すのは「当然だと」、古参の共産党員が卒倒しそうな事を述べていた。

 「全条項を遵守する」という立場から、明仁が2条と4条に関して重大な違反、政治権力への介入という違憲的行為に走ったことに対する批判はないのか。明仁は安倍と同様に壊憲をしているのだ。志位は憲法読みの憲法知らず、不破哲三から始まった人民的議会主義の完成者にして転向者だ。

 また野党第一党の立憲民主党も、「令和デモクラシー」なる愚劣なビラを作る暇があったのなら、弁護士先生が腐るほどいるのだから人権擁護の立場から憲法25条に従い退位=平民化の道を提起するなどの政策を提起しろよ。国会には天皇制に異議申し立てをする党派はいない。新しく国会に議席を持った「れいわ」もN国党も同列だ。悲しいかなゼロ行進が続いているのである。

 この国会風景を見て、安倍はにんまり微笑んだ。参院選での天皇即位論争を回避できたし、即位の礼を「国民」がこぞって祝い、来年の東京オリ・パラリンピックにおいて、徳仁をオリンピック名誉総裁の名で登場させる舞台は整った、後は自分が日の丸を背にして国威発揚の万歳三唱を演じるだけだと。だが、そう簡単に行かないことを、選挙の結果は示したのであった。

■消えた焦点と焦点ではない焦点

 丸山が喝破したように、選挙の本来的焦点は、九条と「第一章 天皇」の在り方を巡った憲法の可能性と限界を問うものであった。それが既成政党のネグレクトの結果、@改憲勢力の三分の二議席獲得を阻止するのか、A憲法論議以前の消費税増税や年金問題へと矮小化され、焦点ではあっても核心ではない事柄が論議の前面に出てくることになった。こんないささかボケ気味の選挙戦では、相手をどれだけ罵り数で圧倒するかが勝敗だと言わんとばかりに、選挙戦が始まるや否やいきなり顔面パンチの応酬となった。安倍は改憲問題を放り投げ野党共闘批判に熱中し得意技の暗黒の民主党時代を持ち出し毒づき、他方野党も九条と安全保障という論議を忘れて増税反対や年金問題を全面に押し出す戦術をとったが息切れし、立憲などは令和フィバーに頼る情けない状態だった。

 選挙中盤からは、山本太郎の「貧困層」への切り込みやN国党のSNSを利用した選挙運動などの新生事物の動きも活発になったが、全体に低調なメリハリのない選挙戦であった。

 メインテーマが隠された中でも、人々は眼を凝らし思考を重ねていた。それを選挙の結果にまで結び付けた。東北4県や新潟、そして滋賀や沖縄での野党共闘の勝利は、争点の重要性からして、安倍政権の終末が遠くない事をはっきり示した。

■天皇制問題と選挙

 明仁は在位当初から公的行事という名の下に行幸や行幸啓を繰り返していた。公的行事とは、天皇の「行為」を定めた憲法第七条にはない行為であり、憲法違反の疑いが非常に濃い。それを繰り返してきた彼が、2016年8・8アッピールをもって、憲法違反へとはっきりと踏み出した。

 現憲法で否定されている天皇の「国権に関する権限」が実質的意味と機能を持ち、動き出した。天皇が国権の権限を持てないのは、大元帥として戦争を指揮した天皇への人びとの懲罰であり天皇制存続の国際的約束であった。明仁自身は敗戦後の親父の様子を見ており、「権限」否定の経過について深く認識しとても用心深くその回復の機会を狙っていた。

 そして決断した。明仁は自分の高齢を理由に「象徴天皇制の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくこと」のために退位し代替わりをしたいと主張し、天皇の戦後タブーに踏みいったのだ。

 彼は、第5条の「摂政を置く」ことにあくまで拒否した。安倍首相は、天皇の意志を否定する可能性を形式的にもった有識者会議を組織して人々の口と耳を塞いだ。そして提出されたのが「退位に関する特例法(案)」であった。明らかに天皇が政府を動かし皇室典範の検討を促し法の制定に至らせたのだ。これが「国権に関する権限」の行使と言わずして何と言うのか。

 そもそも象徴天皇制が「安定的に続いていく」のかどうかは主権者である「国民の総意」で決めるべき事柄なのだ。「国民」でない天皇家の当主があれこれ口を挟むことではない。

巷間で囁かれている改憲・安倍VS護憲・明仁天皇という図式は真っ赤な嘘だ。安倍も明仁も壊憲派である。対立していると思えるのは、反安倍の期待を込めた親天皇派の庶民感情にすぎない。

 戦後史をふり返れば、47年に裕仁天皇はマッカーサー占領軍最高司令官に沖縄の占有を保障した「沖縄メッセージ」を議会も経由せずに送っているし、また50年のサンフランシスコ片面講和の際に安保条約と行政協定(後の地位協定)を結ぶことを天皇は米国ダレスに確約している。(以上は『昭和天皇の戦後日本』から)つまり戦後二代の天皇は、憲法をいざとなったら勝手に破り、護憲の立場など取っていない。彼らは今でも戦前の様な元首として振舞っているのだ。それが公的に明らかにならないのは、主権者たる「国民」の眼を恐れ、その背後に戦争で死んだ2300万人がいるからである。

 どこかでいつか、天皇(の一族)の「日本国」の私物化を止めさせなければならない。憲法第三章の世界へ天皇とその一族を人間として解放せねばならない。

■投票前日に考えたこと

 私は棄権を考えなかった。例えメイン・シーンが政党やメディアの思考停止と沈黙によって削除されていても投票を諦めなかった。ただ17年の総選挙で希望の党から排除された阿部知子や枝野や辻元清美らが急遽創った立憲民主党を応援した時の熱気は体から失せていた。

 17年の総選挙後の立憲は中間層の分裂を阻止することを政策の基本にしていた。<違うでしょう>と小言を伝える機会もあった。格差は拡がり中間層が分解し貧困層(橋本健二は貧困階級の誕生と規定している)が1000万人に達している、政治の光をそこへ集中すべきだと。選挙中に立憲から出て来たのは「令和デモクラシー」の愚劣なビラであった。

 一方、山本太郎が面白い、街頭演説が凄いとの話は聞いた。資金カンパも三千円とか五千円とかの細かい単位を重ねて3億以上集まったとも聞いた。彼の街頭演説をYouTubeで観ると、若者たちに「死にたくなるような世の中、やめたいんです」とアジリ、貧困は自己責任ではない政府の責任だという主張には頷けたし、パフォーマンスとしても魅かれた。貧困の中で何かを希求する人々はここに集まってくるかもしれぬ。既成政治に不満を抱き新しい変化を望んでいる人たちも集まってくるかもと思った。しかし、絶対に譲れない所があった。それは「れいわ新選組」という団体名である。

 山本は今次選挙に背水の陣で臨んだ。何としても3億以上のカンパを集め10人立候補者を立てて政党要件をかちとるために人気が高くかつ話題性のある言葉を見つけ出し団体名にする必要があった。ここまでは分かる。だが選んだのが新元号と白色テロルの新選組だ。政治的に最悪な選択じゃないか。天皇制に迎合するとは。共謀罪反対や山谷などで山本は何を見・感じていたのか。裏切られた感じであった。

 山谷に来たこともある山本にとって貧困層と貧乏人は同じなのか。日雇い労働者と非正規労働者の間には、貧困という共通性は有っても、抱えている怨念は違うだろう、山本は彼らがどんなルサンチマンを蓄積していると想像したのか。貧困の責任は政府にあると断言するが、政府に責任を取らせる仕方はいろいろあるのではないかと、妙に挑発的気分にもなった。

 元号とはなにか。「万世一系」の血筋を誇り生まれた時から敬語を浴びて育ち、貧困と格差に無縁な世界で生きてきた天皇が人々の時間を支配するためのシステムである。こうした元号の名の下に、貧困層を糾合しようというのか。

 貧困層と天皇制にどんな関係があるのか。貧困の敵が政府だとすればその上前を掠め取りつつ、政治支配を権威付け、腐った現実を隠蔽し美化するのが天皇制だ。彼らはこの国を自分のものだと錯覚している。政府が敵なら天皇こそ最深の敵だろう。「れいわ」を団体名に使うのは貧困層を舐めた態度ではないか、と腹を立てたりもした。

 N国党は、ヘイト右翼の人が参加に多くいると聞いていたこともあって、票の行方について何となく気になっていただけであった。

投票の前日にもう一つ考えていた事があった。世界が異常にキナ臭い。そんな気がするのは何故か、という事だ。

 トランプが米大統領として登場してから戦後世界の秩序が壊れ始めた。オバマは、米国が世界の警察官を辞めると宣言した。しかし、具体的な動きはなかった。所が、トランプは「アメリカ・ファースト」の名で、オバマの大統領在職期間中の仕事を全面否定することから始めた。3年過ぎて、米国内もEUや中東もそこら中に移民の難民へのヘイトが拡がり、差別と排外と自国ファーストの政党や国家が沢山誕生し、イスラエルとパレスチナやイランと米国、インドとパキスタン、ベネズエラ、香港と、人々と国家間の分裂と対立が激しくなっている。この激動の一環として米国はこの国に対イラン有志連合のへの参加を強く要請している。誘いに乗れば、安倍政権は待ったなしに9条改憲や緊急事態条項の加憲を強行して来るだろう。

 15年に新安保法を強行成立させた政府が、9条改憲を急ぐのは何故か、そして自民党改憲案に新たに「緊急事態条項」の創設を加えたのは何故か。全ては米国の為なのか。この国の人びとの命とくらしを守る為という理由はフェィクなのか。当初は、北朝鮮(DPRK)の弾道ミサイルに備えて警戒警報を鳴らし小学生には防災訓練まで強要していた。今は、中国からの攻撃を想定している。しかし中国との戦争に備えよと言われても、リアリズムがない。石垣・宮古を含む沖縄地域の人々だけに脅威を煽り米軍・自衛隊基地建設を急いでいる。奇妙なクニだ。

 一方、EUは英国の脱退が10月に迫り、また各国で左右のポピュリズムが跳梁する中で、必死に耐えており、ASEANの政治経済共同体づくりも目立たないが着実に進んでいる。アフリカでは、域内での関税撤廃をめざす自由貿易協定が締結され通貨の統一まで進む、と言う。EUから始まった国家を超えていく試みは、よろよろしながら継続されている。

 でもキナ臭い。緊急事態条項とはなにか。戦争を前提にした国家体制づくりの法律である。こんな法を論議せねばならないのは何故か。緊急事態とは何でありどこにあるのかと聞きたい。かつてのナチスドイツは授権法の成立をもって首相独裁体制を築いた。これを駆使して、ナチスは戦時体制を構築し第二次世界大戦へ突入していった。この国も九条改憲に緊急事態条項の加憲、極め付きは一条の天皇規定に「天皇はこの国の元首である」を挿入することである。再び戦争へ突き進もうとしているのか。

 憎しみと敵対心に満ちて世界戦争という言葉がリアルになっているとすれば、反戦平和の動きを急がねばならない。現憲法の前文と9条を世界の希望として示すべき時がすぐそこまで来ているのか。「核兵器禁止条約」に人々は知恵と勇気をもって全力を注ぐべきではないのか、いろいろ考えた。

 前日までに考えたことを三点にまとめた。@は、改憲勢力を三分の二以下に抑え込む。死に票は出来るだけ避ける。Aに、改元に踊り天皇制に組みすることを許さない。Bは、沖縄連帯・辺野古新基地建設反対、である。

■選挙結果の特徴は何か

 7月22日の朝日・毎日等の一面見出しは「改憲勢力 三分の二 到達せず」であった。これが第一の特徴だ。第二は、自民党と立憲民主党の敗北である。安倍の「国民から力強い支持をいただいた」との発言は、早とちりの勇み足であった。自民党は議席を10減らし、比例票も200万減らした。立憲は、議席を8増やしたが、比例票を2017年の衆議院選から300万以上減らした。第三は、野党共闘が10勝22敗の戦績を残したことだ。沖縄と東北(4県)・新潟と滋賀の勝利は、安倍政権の終焉を予告している。第四に、日本型ポピュリズムの登場である。メディアは「れいわ」とN国党を「大躍進」と讃えるが、実際の所は諸派扱いが政党として扱われるという水準の話である。むしろ問題は、「れいわ」を左翼ポピュリズムと規定することで、読者に何か新しい事を伝えていると錯覚しているメディアの責任が問われている。第五に、投票率が48.8%という国政選挙では二番目の低さであった。以上の五点である。

 こうした特徴から伺えるのは、護憲派が改憲勢力の三分の二を阻止したと威張れないことだ。自民の200万票と公明の100万票の減と立憲の300万票減、その他の既成政党も軒並み票を減らした中で、辛うじて三分の二を阻止しえたのだ。

もう少し護憲野党の状況を続ける。国民民主党は連合の6割の支持を受けたにも係わらず現職を二人落とし比例票に至っては217万に止まった。共産は1議席を減らし、比例票では前回の10.74%を下回る8.95%の448万であった。社民党は、比例で100万票以上を獲得して政党要件をようやく死守できた。
選挙では既成政党への厳しい批判の風が吹いていた。三分の二を阻止できたのは、選挙区レベルでの野党共闘の闘いが無党派層を巻き込んで勝利したからである。

 既成政党の不振が目立つ中で、「れいわ」が新党として二議席を獲得し、比例で228万票を集めた。新党の数字としては凄い事である。ただメディアが大騒ぎすることでもない。新党ブーム史上にはもっと凄く票を集めた政党がある。例えば、旧「日本維新の会」は636万票、「みんなの党」が794万票である。これらと単純比較すれば約三分の一の票にすぎない。

 だから選挙を棄権している無党派層―特に貧困の無党派―を政治に目覚めさせたとか関心を引き付けたとは言い難い。むしろ、立憲が失った300万票の受け皿になったと考えた方が合理的である。例えば、「れいわ」の都道府県別獲得投票は、一位が東京、二位が神奈川、三位が沖縄であった。東京と神奈川は17年の総選挙で立憲が大量票を得ていた。にもかかわらず今回伸び悩んだ所である。また沖縄は東京選挙区から出た野原善正の地元である。私の周辺には、立憲から「れいわ」へ変えた人が幾人もいた。

 また投票率の低さは大問題であるが、政治状況が煮詰まっていないことの現れとも言える。一般に投票率の高低は、国政・地方選を問わず政治シーンの緊張関係と連関している。例えば、政治的危機であった七〇年安保闘争時期には高く、最近では低くなる一方である。

 投票率の低さが、投票しても政治が変わらない安倍政権はどうせ続くだろうという<あきらめ>によるものか。それとも議会制民主主義の形骸化に抗しその外で自分たちの闘争をやっていく人が増えたためなのか。更には、メディアがしきりと自嘲気味に嘆く、選挙報道が不足していた故なのか。どれだとはっきり決めつけられない。それなのに「れいわ」支持者がメディアに低投票率の責任を「痛感すべきだ」だと追及したのは、広く公正な報道が行われていたらもっと票が入ったはずだという、自分勝手な思いこみ故の脱線である。

(その2へつづく)

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion8934:190823〕

http://chikyuza.net/archives/96415
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/757.html

[政治・選挙・NHK264] 参議院選挙の総括 その2(ちきゅう座)
2019年 8月 24日
<小島四郎:ちきゅう座会員>


■野党共闘 一人選挙区の闘いが掘り起こしたもの

 私はここでの勝利が、今回の選挙の最大のポイント=肝だと思っている。
一人区の勝敗は共闘の初動の立ち遅れもあって、当初予想では32選挙区中、良くて5つぐらい勝てるかなと予想されていた。蓋を開けてみれば10勝22敗という予想以上の大健闘であった。

 沖縄は安倍・菅の現地入りを許さなかった。完全に自民の応援を封じ込め、圧勝した。秋田・岩手・山形・宮城の東北四県と新潟には、終盤に入り安倍と菅が二回ずつ自民の候補者の応援に入った。特に新潟・塚田には自民党人寄せパンダ小泉も入る総力戦であった。滋賀も嘉田潰しが激しく「官邸が引っ越してきた」と評された。所が安倍は最重点区と定めた選挙区で敗れた。自民党は敗れた。応援に入れない屈辱、最後のテコ入れ選挙区での敗戦。安倍は神通力の衰えをヒシと実感したのに違いない。

 秋田と新潟が選挙の全国的焦点になったのは、安倍政権の命運を左右しかねない重要課題の行方が関わっていたからだ。結果次第では、イージス・アショアの秋田での受け入れの延期もしくは拒否が事実上決まる。また新潟では、出馬した「忖度」政治家塚田を閣僚に登用し重用し応援した安倍独裁政治の道義的倫理的責任が問われた。

 日本中の人びとの眼が、この二つの選挙区へ注がれていた。しかも、自民党現職二名が落選した選挙結果は衝撃的であった。東北及び新潟、滋賀、沖縄の人々がどんな思いをこめて投票したのかを、改めて全国の人びとへ伝える事になった。

 イージス・アショアの配備が焦点化したのは何故か。このアショアはイージス艦装備の迎撃ミサイルの地上型と言われる。18年6月に安倍の指示により防衛省が秋田と山口にこれの設置を決めた。価格は二基で2350億円、これに発射装置や施設設備や敷地整備などの必要経費を加えれば8000億円近くになる。更に維持管理費や人件費を加算すると一体いくらになるか分らないという、とんだ金食い虫なのだ。

 何故、こんな兵器が必要なのか。配備に決定に際し防衛省は「北朝鮮からの弾道ミサイルから国民の命を24時間、365日守り抜くためだ」と偉そうに説明していた。当時は米朝第一回会談前後で朝鮮半島情勢の行方がどうなるのかよく分からなかった。今では北朝鮮からのミサイル危機が遠くなったと、多くの人々は思っている。

 選挙直後の7月25日から北朝鮮(DPRK)は連続的に誘導ミサイルの発射実験を行っている。その性能は米軍が世界最高性能の迎撃システムと誇るTHAADの網をくぐり抜ける迎撃回避能力を持つと言う。仮にアショア配備が強行され完成したとしても、その時点では既に時代遅れのオンボロ兵器になっているかもしれない。8000億円の金は無駄となる。

 トランプは、北朝鮮(DPRK)の実験に対して脅威ではないと、無視を決め込んでいる。また安倍も翌日の28日にはゴルフに出かけている。人々の命を「北朝鮮からの弾道ミサイルから国民の命を24時間365日」守ると言ったのは、設置のための口実だったのか。

 ここで時間を選挙前の6月8日に戻したい。この日の秋田現地での住民説明会で、防衛省はあってはならない致命的なミスを犯した。一つは調査データの誤りであり、二つには防衛省側の一人が会議中居眠りをしていたのだ。住民側が怒って当たり前だ。会議が流会になったのも当然だ。佐竹県知事は「話はふりだしに戻った」と言わざるを得なかった。にもかかわらず、防衛大臣岩屋は「配備計画に変わりがない」と、人々の心を逆なでした。普通の政治感覚を持つ党派ならこの時点で立候補予定者を取り下げる。だが6年以上の超長期政権の安倍自民党は中泉を臆面もなく立て再選を目指したのである。

 人々の怒りが爆発した。寺田が当選し、現職の中泉は落選した。当たり前だ。しかしこの当たり前の事が起こらない、のが安倍不敗伝説だとして伝わってきた自民党には激震であった。カウンターパンチであった。
 そして、中泉落選に続く塚田の落選だ。安倍は持病の胃痛がうずきだした。「忖度」政治家の塚田はニガ水をすする事になった。関門海峡を結ぶ道路事業を巡り「忖度」があったのではないかとメディアが騒いでいる真只中で、わざわざ「私が『忖度』した」と告白した痴れ者、奢れる馬鹿者が塚田であった。この塚田を官邸が全面的に支え、パンダ小泉は「挽回のチャンスを与えて欲しい」と情に訴えていた。
 人々は呆れていた。そして見抜いていた。「忖度」が安倍政権の特質だと。「忖度」政治が議院内閣制と議会制民主主義を根元からどれほど腐らせたか分かっていた。

 モリカケ問題で見せた政権の醜態は、国会の中では数の力で逃げ切れても、人々の思いはこんな事が許されないという怒りのマグマとなって蓄積させて来た。

 「忖度」政治が暴かれた端緒は、木村真・豊中市議から近畿財務局の森友学園への土地用売却に不正があったのではという情報公開請求が行われ時にさかのぼる。木村市議の動きをHNKの相沢冬樹が紹介し全国化すると小学校建設に首相夫人が関与していたのではないかとの疑念が噴出した。これに対して、安倍は国会で、私や私の妻が関わった事実があれば「ただちに辞任します」と、強く疑いを否定した。この首相発言に合わせて財務省は公文書を改竄したり隠したり、理財局長が虚偽答弁を重ねた。挙句に近畿財務局員が一人自殺へと追い詰められた。

 加計問題も同様であるが本来ならば国政調査権(憲法六二条)を発動すべき事案であるのに、自民党は数の力を盾にして拒んだ。結局、議院の自浄能力は消滅した。

 こうなると「政治家の良心と責任感」は失せ、権力に媚び踊る「忖度」者が跳梁跋扈する出番になる。8月9日に大阪地検特捜部が佐川ら財務省関係者10人を再び不起訴にしたのも、かかる中では、予想されたことであった。自衛隊日報隠蔽問題や前川元文部事務次官への人身攻撃は、「忖度」政治の極み、憲法の枠を超えた独裁政治である。

 塚田を落とし寺田静を当選させたのは、安倍政権の下で根腐され状態にある議院内閣制と議会制民主主義を建て直して欲しいという人々の思いの積み重ねであった。

 滋賀選挙区での嘉田由美子の勝利についてもふれたい。一度野党共闘で敗北した経験のある嘉田は、共闘の約束を守ることに心を砕いた。初日、嘉田は自身の政治への思いや経験をあえて内に秘めて、「消費税増税NO! 家計の懐を温める」と訴えた。宮城の石垣のり子と第一声と同じである。所が、嘉田は選挙戦の最中にモンペ姿のポスターに変えた。同時にプロモーション・ビデオも、早朝の琵琶湖の岸辺でモンペ姿の彼女が顔を洗うシーンに変へた。これには、彼女がこの選挙を人生の最後だと位置付け、自分らしさを存分に表現しようと言う決意が込められていた。

 嘉田と言えば滋賀県知事二期務めたことが知られている。琵琶湖を汚染から守るために水質の維持と向上を求めた水資源・環境学者でもある。その嘉田が11年の3・11以来何度も福島に足を運んでいることは意外に知られていない。一回目は、爆発から一か月後に福島県庁を訪ねている。幾度も足を運んだのは、派遣職員や被災者の慰労と激励がある。何よりも関電の大飯原発3・4号機が事故を起こした時、滋賀県側にある半径30キロ以内の自治体への対応についてどうすべきなのか学ぶためであった。この体験が卒原発としてまとめられ、後に小沢や阿部と一緒に「日本未来の党」結成へと向かう。この党は総選挙で惨敗し、阿部が一人党として維持していたが民進党入党と共に解散したが、彼女の思いが詰まった政党であった。

 彼女は原発の恐ろしさダメさを良く知っている。にもかかわらず、安倍政権は関電・大飯3号機と高浜3・4号機、九電の玄海4号機と川内2号機、四国電力の伊方3号機の計6機の再稼働を強行した。福島では8年たってようやくデブリを2021年から取り出すという窓がついた段階でしかないのに、何故か再稼働を急いでいる。

 人々は、琵琶湖に佇むモンペ姿の嘉田と「人のためのコンクリート」を訴え嘉田県政を批判する二之湯をついつい比べ、経済成長や原発より人や自然や大地を大切にし、命を育むことの尊さを思い返した。それは二之湯が掲げる「令和の滋賀」への厳しい回答であった。

 嘉田の当選は、原発NO!と自然環境の保護の勝利であった。同時に、野党共闘のあり方への一つの問いかけでもあった。

 共闘である以上、候補者が党派間で確認した政策を尊重するのは当然である。しかし候補者の政治経験や知識まで統制して良いのだろうか。経験を生かしてこそ1+1ではない+αの選挙になるという教訓がここにある。

 (本来なら沖縄選挙区についても述べるべきだが、既にいろいろ総括が出ているので省略する。)

■10勝の本当の価値

 秋田・山形・宮城・岩手・新潟での勝利は、これ以外の問題を提起している。

 それは人口流出問題であり、この事の根底にある第一次産業の衰退である。2015年の国勢調査は、東北地方の人口を898万2080人と計算した。前回時より35万3556人(−3,8%)の減少である。遂に、1950年以来65年間維持してきた900万人の大台を割り込んだ。勿論、全体の傾向とは別に各市町村ㇾベルでの人口流出入は一様ではなく、仙台やいわき市や相馬市のように原発関連の従事者が移住したことで人口が増えているケースもある。

 人口流出対策として安倍政権が打ち出したのが「地方創生」である。しかしこれは大規模経営を育んでも地元の集落経営や個別経営を豊かにしないし棄農・流民化の流れを止められなかった。また安倍の肝いりで始まった農林水産物の輸出計画は、本年度(19年)1兆円という目標なのに8月に入って黄色信号が出ている。今後、世界経済が米中通商戦争の激化が予想される中で、一層減速していく。生産者から手詰まり感も出ており、政府の方針転換が検討されるべき時に来ている。

 加えて、昨年来のTPP11やEPAの影響が早くも畜産物に出ている。「牛肉は5.3%増、豚肉は2.7%増、チーズは4.9%増」(朝日新聞8月10日)という数字が明かになった。問題はこうした諸協定の下で、小麦の自給率が2010年の14%から、また大豆の自給率も2016年の7%から下降していることである。肉に関しても、牛肉は2017年で国内37.5%・輸入62.5%に、豚肉が国内48.8%・輸入51.2%という数字である。鶏肉だけが例外的に輸入27%と少ない。(肉を買うなら安くて安心な鶏肉か。)

 つまり東北や北陸にかけて人口流出とパラレルに第一次産業の衰退が起きており、それがこの国の食の安定供給と安全を脅かしている。

 かつて民主党政権の時代に戸別所得保障制度を実施したが、自民党からバラマキと批判された事があった。保障拒否申告を自主的に行うのは、なかなか難しいということを示した。

■野党共闘に課題を突き付けた10勝

 この10勝は大きい。一つは、イージス・アショアみたいな金食い虫は要らない。二つに、「忖度」政治は一掃されるべし。国会を憲法及び国会法に従って正常化せよ。三つに、原発はいらない。環境破壊から自然と人を守れ。四つに、食の安定・安全供給の実現。五つに、野党共闘は、政策と個性だ。こうした五つの課題と解決を野党共闘に突きつけたのである。枝野は「しっかりまとまって闘うことが出来た」、志位も「大きな成果」と語るだけで中味の分析をおろそかにしている。メディアも勝敗にしか関心がない。だから10勝がどれほど豊かな政治性を持っているかに気付いていない。

■選挙後の動き 「(改憲)議論をおこなうべき」にすり寄る国民と立憲の一部

 安倍は敗戦の事実を受け入れない。官邸記者会見でとんでもないことを言い放った。「国民から力強い信任をいただいた」と。びっくり仰天だ。「少なくとも、(改憲の)論議をおこなうべきだ。それが国民の審判だ。この民意を正面から受け止めて欲しい」。選挙中には改憲の話を避けていた人が、選挙が終われば、この変わり様だ。安倍には民意という言葉が似合わない。ただ改憲したい想いだけしかない。わがままで意固地な子供の振る舞いだ。さすがに公明の山口も「憲法改正を論議すべきだと受け取るのは少し強引だ」と批判した。

 でも国民党の玉木は一夜にして「生まれ変わった」と、他人には理解できない事を述べて、改憲論議に前向きな発言をした。後に自己批判をしたらしいが、改憲論議をしたがる議員は立憲の山尾しおり以下少なからずいるのも事実だ。それが善意から出発しても、国会の力関係から判断すれば、自民党の思うつぼ、安倍の思うつぼにはまるだけだ。

 今は、安倍が壊憲した事項を調べ上げ、憲法の原則を回復させていくこと。即位の礼を政教分離の立場から厳しくチェックしていくこと。明仁の壊憲行為を徳仁に継承させない事に集中すべきである。これらは野党議員だからこそ出来ることだ。

■立憲と国民党の「統一会派」形成について

 野党共闘の発展を数合わせと考える人には喜ばしい話である。メディアは「脱・孤立 立民提案の統一会派 国民・社保 結成前向き 政策巡り波乱含み」と報じている。この統一の動きの黒幕は「連合」である。

 選挙直後、「連合」会長の神津は泣きを入れていた。「自治労など官公労系が立憲、電力総連など民間労組系が国民に分かれ、参院比例区で5人ずつ10人の組織内候補者を立てた」、結果は立憲5人全員当選、国民2人が落選した。「(民進)が二つに割れたひずみは比例に端的に表れた。二度とこういう選挙はやりたくない」と。

 神津の思いは「連合」の意志である。両党の最大支持母体の要求を拒否できない。だがこれは野党共闘ではなく野合共闘への後退であり、せっかく10勝が示してくれた政治進路、舵取りの方向を無碍にするだけだ。

 電力総連は組合ではなく原発企業連と同じだ。この組合の顔を伺っていては、卒原発も原発NO!も出来ない。いつまでも原発問題に引きずられる。自然エネルギーへの転換は遅れるばかりだ。捨てていけば良いのだ。だが「連合」に首根っこを押さえられていては難しい。枝野よ、今こそ「草の根民主主義」を提起した時の熱情を再度奮い立たせるべきではないか。さもないと人々から見捨てられる、と忠告しておきたい。

■選挙戦の後ではなく最中の話 「令和デモクラシー」について

 立憲が選挙中にまいた政策ビラのタイトルが「令和デモクラシー」であった。私はなるほどと納得した。これでは明仁の巧妙な、安倍と世間の関係を意識した護憲風の改憲攻撃を見抜けないのも当然である。

 政策チラシにわざわざ「令和デモクラシー」と命名する必要が何処にあったのかと問いたい。明らかに、安倍政権とメディア合作の令和フィバーに乗ろうとする大衆迎合のポピュリズムである。ポピュリズムは山本太郎の専売ではない。立憲も似たようなものである。

 恐らく「令和デモクラシー」は「大正デモクラシー」からヒントを得た。明治憲法下の時代と新憲法・主権在民の<現在>を同じように扱うべきではない。

 立憲は「大正デモクラシー」に政治ロマンを感じているのか。一般に1905年頃から1931年の満州事件前後までのほぼ四分の一世紀を「大正デモクラシー」と呼ぶ。成田龍一は「政党政治が実現し、社会運動が展開した時期」と概括している。この印象は明るい。労働組合も多数組織され労働者の社会進出は目覚ましかった。1922年には日本共産党も結成され、普通選挙法も成立した。そして28年2月には初の普通選挙も実施された。しかし普選法成立は治安維持法がセットになっており、第一回普選直後に悪名高い3・15弾圧、4・16弾圧があり共産党は地下へと追われ、加えて大衆に愛されていた社会活動家・山本宣治が暗殺され、社会運動は冬の時代へと向う。

 つまり「大正デモクラシー」の時代とは、人々の社会進出と帝国の侵略戦争への地ならしが並行していた時代だった。思想・信条・表現の自由は結局狭められ、軍国主義が台頭していった。見かけの華やかさと公安警察の跳梁・白色テロが吹き荒れ、勇壮な軍歌が街を制圧していく時代だったとも言える。

 立憲は「大正デモクラシー」の何を学びどう活かそうと考えているのか。いずれにせよ、新天皇の即位にすがるようなことは立憲主義に反することだ。

■左翼ポピュリズム 否、日本型ポピュリズム

 欧米で左翼ポピュリズムが話題になったのは比較的新しい。右翼ポピュリズムは1990年代から東欧諸国を中心に台頭した。この右翼ポピュリズムとは異なる政治潮流が、08年のリーマンショック以降に欧州や米国に登場した。欧州ならフランス大統領選でのメランショであり、ギリシャの急進左翼連合(シリザ)やスペインのポデモスである。米国ではサンダースがそうである。石田徹は、こうした政治の流れをさして左翼ポピュリズムと呼んでいる。こうした政治の日本版として、メディアはしばしば「れいわ」を左翼ポピュリズムと呼んでいる。ようやく「日本でも欧米並みのポピュリズム」が現れたと歓迎する向きもある。

 左翼ポピュリズムの特色は、貧困層や非抑圧層の利害を代表し社会の格差是正に重心を置き、経済の平等を目指す所にある。これに習えば「れいわ」も貧困層のために「消費税の廃止」を掲げており、充分に左翼ポピュリズムの要件を満たしている、との声も上る。経済に関しては、その通りだとも言える。

 では尋ねるが、団体名に支配階級側の名前を付けた左翼ポピュリズムはあるのかと。左翼と右翼の分水嶺は、支配階級を容認するのか否かによる。例え貧困層の経済格差を無くそうとしても、「れいわ」は天皇制という支配階級の要諦の一つを乗り越えることが出来ない、その前で立ち止まり屈服し貧困を作り出す社会システムを打ち壊せない。ポピュリズムであるとしても左翼の名が泣くではないか。左翼ポピュリズムではなく天皇制ポピュリズムと呼ぶべきだ。これにN国党の右翼ポピュリズムを加えて日本型ポピュリズムの登場ということだ。天皇制ポピュリズムとの呼び方に反対する人がいるだろう。あくまで「れいわ」はただの名称、仮衣装、変更可能だと言って庇う人もいるだろう。

 かつて、丸山眞男は「我々の思惟は歴史を担っていること、次にイデオロギーを持っている」と語った。要は、人々の関心を得るためであろうと、命名した内容には歴史性とイデオロギー性が刻印されている。命名したのは党首の山本だろうか。或いはブレーンとの討議で決まったのかもしれない。誰が決めたではなくて、名称には特定のイデオロギーがあること、これを曖昧には出来ない。

 ただ大切なことは、「れいわ」という団体名と支持者の考えが一致していると即断してはならないことだ。むしろ支持者が山本を突き上げて名称変更を促すべきである。外野席からの話ではあるが貧困党で良いと思うのだが。

 所で、メディアは新生事物を熱心に追いかけるが、「れいわ」の政策をきちんと分析し評価した上での追いかけなのだろうか。少し疑問がある。どのメディアも「れいわ」の政策と正面から向かい合った記事(論文)を掲載していない。そこで記事が出るまでの一時しのぎに、選挙チラシを頼りに批判する冒険を敢えて行いたい。山本パフォーマーのアジに圧倒され政策はどうでもよいという人のためだ。

 「れいわ」は農政分野で、@全戸所得補償制度を導入する、A食料自給率100%に上げる、B種子法を復活させるなどを提案している。この分野の知恵袋は山田元農水大臣だろう。Bは全面的に賛成であるし、戸別所得補償の必要も認める、自給率も選択的に100%近くまで高める必要があると思う。問題は、@をそのまま実践すれば、かつて民主党時代に行った戸別保障制度以上のバラマキ農政になるのは必定だし、Aは主要食糧の自給率をフランス並みに高めながら、農業国との通商交渉を進めるべきである。そうでなければ自由貿易から逸脱し、自国第一主義に陥る。いたずらに100%自給率を振り回すことは、農業国との軋轢を煽ることになる。

 @の全戸所得補償制度に対し、財政赤字が1100兆円を超え厳しい財政事情なのに財源はどうするのかと、必ず聞かれる筈だ。また経済分野の消費税撤廃も同じように財源をどうするのかと尋ねられるだろう。

 これに対して、「れいわ」はMMTで対応するという。MMTとは、日本語に訳すと「現代貨幣理論」だ。考え方は、自国通貨を持つ限り借金がどれほど増えても返済に必要な分だけ新に通貨を発行すれば国家破産しないというのである。つまり、財源が不足したら輪転機で貨幣を増刷りして補填していくという事だ。魔法の杖の輪転機という訳だ。だがこの理論を実行に移した国はない。予想されるハイパーインフレーションを解決する理論的対策も無いというとてもリスクが高い考え方だ。リーマンショックを生んだのはNY・ウオール街発の金融工学だった。次の金融恐慌を生むのも同じNY、ただしNY大学発のMMTかもしれない。29年の世界恐慌を克服したのは、結局の所、ケインズ政策ではなく、戦争であったことを忘れてはならない。仮にMMTがハイパーインフレーションを招き解決できなかった場合に残された選択は、戦争しかなかったという事態は絶対に避けねばならない。

 注意すべきは、MMTは新手の経済理論と言われメディアがもてはやしているが、実は米国がEU中央銀行の解体—即ちEUの解体を狙った政治理論という性格が極めて強いのである。こんな理論ともいえない考えに依拠して経済運営しハイパーインフレーションを起こせば、一番に困るのは貧困層であり年金層である。山本よ、もう少しよく考えろ、次の一歩はそれからでも遅くない。

 選挙が終わってから一か月経過した。何かかが大きく変わりそうだ。総選挙を睨んでいろいろ蠢いている。社会の激動をしっかり掴んで人々の隊列を整えて進んで行こう。

      190816   小島四郎

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/ 
〔opinion8937:190824〕

http://chikyuza.net/archives/96435
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/771.html

[政治・選挙・NHK264] 表現の自由 守り続けていくために

 騒動は収まる気配をみせていない。愛知県で開かれている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」である。この中で開催されていた企画展「表現の不自由展・その後」が中止になった問題だ。

 元従軍慰安婦をモチーフとした「平和の少女像」や、昭和天皇とみられる人物を扱った作品などに電話やメールで抗議が殺到したことが影響した。

 中止は「表現の自由」を侵害する問題をはらんでいる。

 中止に抗議するため、企画展以外に出展していた外国人作家8人が20日から展示をとりやめた。日本ペンクラブ、日本美術会、日本劇作家協会、美術評論家連盟、憲法学者なども声明を出している。

 「政治的圧力で検閲」「社会から表現や言論の自由が失われる」「圧力や脅迫への屈服は表現の自由に対する重大な侵害」。いずれも深刻な危機感を示している。考えなければならないことは多い。

<多様な声の大切さ>

 問題を整理したい。

 まず中止の判断についてだ。実行委員会の会長を務める大村秀章・愛知県知事は、テロの予告や脅迫とも受け取れる内容があったことから、「安全な運営」を優先して中止を決めたとしている。

 表現を暴力でやめさせようとする行為は看過できない。愛知県は「ガソリンを散布して着火する」といった770通のメールについて、威力業務妨害容疑で警察に被害届を提出している。

 企画展はほかの公立美術館などで展示を拒否された作品などを集めた。抗議は想定されていた。作者が作品をみる人に何を訴えて、考えてほしいのか―。十分に説明することが必要だったはずだ。

 芸術監督を務めるジャーナリスト津田大介氏らの準備不足は否めない。結果的に作品のイメージだけが伝えられて言葉の暴力を招き、冷静な論議の妨げになった。企画展の中止は、出品していたほかの作品の表現の場も奪った。

 同様の失敗を繰り返さないために客観的な検証が欠かせない。

 次に政治家の介入だ。河村たかし名古屋市長は慰安婦問題が「事実でなかった可能性がある。日本の主張とは明らかに違う」などとして展示中止を要求した。菅義偉官房長官は文化庁の補助金交付を慎重に判断する考えを示した。

 政治家が自身の考えに合わない表現を規制すれば自由は失われる。憲法で禁じられている検閲にもつながりかねない。

 税金を負担している国民の中には多様な考えがある。国の主張に賛同する人も批判する人もいる。公金支出の展示会だからこそ、あらゆる意見を反映したものでなければならない。河村市長らの主張や中止要請は容認できない。

<意見交換の意義>

 「表現の自由」の本質を示す有名な言葉がある。

 「私はあなたの意見には反対だ。だが、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」―。フランスの思想家ヴォルテールのものとして広まっている。

 多様な意見を持つ人々が論議し、少数意見に目を配りながら、より適切な施策をつくりあげていく。これが民主主義である。

 今回は刑法に触れないまでも、展示の中止を強固に求める電話やファクスが大量に寄せられた。このことをどう考えるのか。

 阪口正二郎・一橋大教授は「抗議した人は表現の自由を行使しながら、相手には表現の自由の行使を認めない。こんな不寛容な行為がまかり通れば、自由や民主主義は失われる」と指摘する。

 従軍慰安婦問題や元徴用工訴訟などで悪化する日韓関係の影響を受け、韓国の主張に不愉快さや怒りを感じる人も少なくないだろう。一方で主張を聞き、問題を考えたい人もいる。展示会は、そうした契機にもなったはずだ。

 憲法学者の故奥平康弘さんは著作「なぜ『表現の自由』か」の中で、海外の論文を引用しながら表現の自由の意義を説いている。

 「情報の交換が確保されていることが(個人が)知識を高め真理を発見するのに不可欠である」と。意見交換が抑圧されると「理性的判断がむずかしくなり、不安的になり愚鈍化し、新しい物の考え方が出てこなくなる」と。

 今回の問題を巡っては、芸術祭芸術監督の津田氏が出席して、神戸市で開かれる予定だったシンポジウムが中止された。シンポは企画展とは関係ないのに、津田氏が出席することに対して抗議が相次いだためだ。

 気に入らない表現を圧力で封殺する風潮が広がれば、抗議を受けないことを最優先にした穏当な表現が優先されかねないだろう。

 表現の自由があることが個人を成長させ、互いに議論を深めることで社会を成熟させていく。私たちは「表現の自由」を守り続けなくてはならない。


信濃毎日新聞社説 2019年8月25日
https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20190825/KT190824ETI090002000.php
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/810.html

[政治・選挙・NHK264] 地盤改良有識者会議 結論ありきではないのか

 名護市辺野古の新基地建設を巡り、政府は埋め立て予定海域の大浦湾側に広がる軟弱地盤の改良工事について、土木工学の専門家らでつくる有識者会議を設置する。9月上旬にも東京都内で初会合を開くという。

 識者から地盤改良工事の技術的な提言を得て工事の正当性を強調し、工事に反対する県の主張に対抗しようという意図が見える。

 しかし本来、政府が設置する有識者会議は公正でなければならない。辺野古新基地建設のように政府と地元沖縄の意見が対立しているような案件ならなおさらだ。少なくとも、会議に沖縄県が推薦する専門家を入れ、議事録を公表するなどして、公平性と透明性を担保するべきだ。

 大浦湾の軟弱地盤は、沖縄平和市民連絡会の北上田毅氏らが情報開示請求で入手した沖縄防衛局の地質調査報告書によって2018年3月に発覚した。地盤の強さを示すN値がゼロを示す、「マヨネーズ状」といわれる非常に緩い砂地や軟らかい粘土があることが分かった。大規模な構造物を建設する場合、N値が50程度必要とされ、不足している場合は大規模な地盤改良が必要となる。

 県は昨年8月、軟弱地盤が見つかったことなどを理由に辺野古沿岸部の埋め立て承認を撤回した。沖縄防衛局は対抗措置として、行政不服審査法に基づく審査請求を申し立て、国土交通相が今年4月、撤回を取り消す裁決をした。

 防衛省が国会に提出した地盤改良に関する報告書では、改良が必要な海域は大浦湾側を中心に73ヘクタールあり、海底に砂ぐい約7万7千本を打ち込む工法を用いる。改良には県への設計変更申請が必要だが、玉城デニー知事は変更を認めない方針だ。

 辺野古の埋め立てについては仲井真弘多元知事が承認の条件として国が設置した環境監視等委員会がある。しかし委員会の運営は辺野古の関連工事を請け負う環境建設コンサルタント「いであ」(東京)が担い、しかも同社を含む受注業者から委員に寄付や理事報酬が支払われたことが明らかになった。委員会の中立性は極めて疑わしい。

 委員会の副委員長を務めた東清二琉球大名誉教授は「基地建設ありきで大事なことを調査せず、はんこだけで実施している委員会だ。何の意味もない」と指摘して辞任した。議事録も作成しないこのような委員会が公正に役割を果たしているだろうか。軟弱地盤の有識者会議も、専門家の「お墨付き」を得るための結論ありきの存在ではないのか。

 そもそも安倍晋三首相は辺野古の地盤改良について「一般的で施工実績が豊富な工法」で可能と述べ、施工のたやすさを強調してきた。しかし一般的な工法なら有識者に改めて意見を聞くまでもないだろう。有識者会議の設置は辺野古新基地建設工事がいかに困難なのかを示した格好だ。


琉球新報社説 2019年8月25日
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-977431.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/811.html

[政治・選挙・NHK264] 今日は、終日ノモンハンの草原で風に吹かれている。(澤藤統一郎の憲法日記)

1975年発刊の五味川純平「ノモンハン」(文芸春秋社)の帯に、本文の一節を引用して、次の記載がある。

   著者は言う―自分の戦争年間の体験を歴史の時間的順序に配列し直し
   てみて気づいたことは、ノモンハンの時点に、その後数年間の日本の
   思い上りや、あがきが、集約的に表現されていたことである。ノモン
   ハン事件は、小型「太平洋戦争」であった。ノモンハン事件は太平洋
   戦争の末路を紛うことなく予告していたのである。ノモンハン事件を
   あるがままに正当に評価すれば、それから僅か2年3ヵ月後に大戦に
   突入する愚を日本は冒し得なかったはずであった。
    ノモンハン――みはるかす大平原に轟いた砲声は、日本にとっては、
   運命が扉を叩く音であった。日本の指導者たちはそれを聞きわける耳
   を持たなかった―と。

これは、名文である。戦後になってからだが、ノモンハン事件の重大さを、多くの人が漠然と感じていた。その重大さの本質を的確に表現した一文。ノモンハンの時期は、第2次大戦の直前に当たる。日本は、ソ連と、本格的近代戦の予行演習をしたのだ。五味川は、それを「小型太平洋戦争」と表現した。

その予行演習で、日本軍は手痛い敗北を喫した。それでも、その教訓を生かすことのないまま、英米蘭との開戦に踏み切り、310万人の死者を出して、太平洋戦争を終えた。五味川は、あとがきでこう記している。

    ノモンハン戦失敗の図式は三年後のガダルカナル戦失敗の図式に酷
   似している。特に作戦指導部の考え方において、そうである。作戦指
   導の中枢神経となった参謀二名が両戦に共通しているからでもあろう
   が、当時の軍人一般、ひいては当時の日本人一般の思考方法が然らし
   めたものであろうか。先入主に支配されて、同じ過誤を何度でも繰り
   返す。認識と対応が現実的でなく、幻想的である。観測と判断が希望
   的であって、合理的でない。反証が現われてもなかなか容認しない。

五味川のノモンハン作戦指導部に対する評価は厳しい。

   「前線将兵は奮戦しても、後方に在る高級司令部の戦闘構想と戦力補
   給の関係は画餅に近いものがあった。国が貧しいといえば、すべてそ
   こに起因するが、出来ることまで出来ていないのは、戦争そのものを
   組織する能力が乏しかったとしか考えられない」。「日ソ両軍の間には
   ・・・戦闘を組織的に遂行するための配慮の密度に甚だしい差があり、戦
   闘の予備段階で既に直接に勝敗を分つほどの懸隔があった」「この考え
   方の安易さと粗末さは、これが軍事のプロかと呆れるばかりである」。

   「参謀たちは性懲りもなく敵の兵力使用を低く見積っていた。戦って
   失敗すると、敵の兵力が意外に大きかったという」「この思い上がった
   愚かしさは、ほとんど理解の外である」「日本軍は、一度やって失敗し
   たことを、同じ方法、同じ兵力で、二度三度やろうとした。他に手が
   ないから仕方がないというのでは、近代的な戦闘を組織することはで
   きないのである」。

こうして、死なずに済んだはずの兵士に代わって、五味川は、高級参謀たちの無能と怠惰を切歯扼腕する。そのとおりだと思いつつ、違和感も禁じえない。戦史を読むときに、いつも感じる違和感。では、もっとセオリーに忠実に、もっと巧妙に、もっと戦意を昂揚して戦闘すべきだったのかという違和感。戦闘に負けたことが責められるべきことで、勝っていればよかったのか。

五味川のノモンハン事件に対する総括的な評価として、「国家の面目にかけて、不毛の地の寸土を争い、夥しい鮮血が砂漠に吸い込まれた」という一文がある。これには違和感がない。戦争自体が愚行なのだ。責任を負うべきは、戦闘を起こしたことであって、けっして負けたことではない。

ソ連を相手に近代戦争のなんたるかを知った旧軍が、なぜ、もっと大きな規模で同じ過ちを繰り返して、壊滅的な敗北に至ったか。ノモンハンの現地に行っただけでは分かるはずもなかろうが、考えるきっかけくらいにはなるだろう。

今日は一日ノモンハン。ハイラルから、200〜250キロの距離だという。
(2019年8月24日)

http://article9.jp/wordpress/?p=13112
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/812.html

[政治・選挙・NHK264] 右であれ左であれ、ポピュリズムは社会の存立基盤を毀損する − 日本でもヨーロッパでも、左派の退潮が著しい −(ちきゅう座)
2019年 8月 19日
<盛田常夫(もりたつねお):経済学者、在ハンガリー>


 選挙で有権者の支持を得なければならない政党にとって、国民の短期的目線に訴え、国民の即時的要求に応えるポピュリズム政策は必要不可欠になっている。有権者のほとんどは日々の生活のことで精一杯だから、社会の中長期のことには関心があっても、それが投票行動を決める大きな要因にはならない。社会保障の財源が先細ることは頭で分かっていても、当座の所得が増える(減らない)ことが優先される。それは仕方のないことだが、政治家も一緒になって有権者の短期的目線で政策目標を立てていたのでは、将来の社会的基盤を毀損する。もっとも、政治家が考えるほど、国民も馬鹿ではない。増税は嫌だが、仕方が無いと思っている人は多い。だから、消費税反対だけでは大きな票を得られない。

 ふつうに考えて、個人消費を減らすことなく、社会的消費を増やすという魔法があるわけがない。アメリカ的な消費文化を保持したまま、西欧の福祉国家的な社会保障を得ようと考えるのは虫の良い話だ。社会消費を増やそうとすれば、個人消費を減らさなければならない。それが嫌なら、社会消費を増やすことを期待してはならない。政治家は問題の核心から話を逸らしてはならない。これだけ政府財政の累積赤字を抱えながら、「10年間は消費税の引上げはしません」などと嘘をつける政治家など、信用してはならない。

 政治家が有権者の反応を気にして嘘を付くのは分かるが、「学者」と称する者までが政治家の顔色を窺って、国民の即時的要求に迎合する論陣を張っている。とんでもない輩だ。「学者」か「評論家」か知らないが、アベノヨイショの御仁たちはとてもまともな「知識人」と思えない。消費増税反対の根拠になっているのは、「日本の財政は破綻しない」という主張である。そのヴァリエーションはいろいろある。

 1.政府の債務だけが大騒ぎされるが、政府資産で債務を相殺すれば純債務は小さい。だから、日本には財政問題など存在しない(高橋洋一、森永卓郎)

 資産処分の具体的な方策が示されない限り、たんなる帳簿上の観念論に留まる。どういう資産をどのように処分して債務を減らすことができるのかを示さない限り、意味のない議論である。借金清算のために家屋資産を失い、路頭に迷っては意味がない。実際、戦争終結時や体制崩壊時に、政府の累積債務が清算されることは間違いない。その時には、政府債務は帳消しになるだけでなく、個人資産も消滅する。

 1989年に始まった社会主義国の崩壊のなかで、すべての諸国でハイパーインフレが起きた。政府累積債務は消滅したが、個人の金融財産もまた消滅した。その歴史をきちんと学ぶべきだ。危機はすぐにやって来ない。既存の体制が崩壊したときに、すべてが明らかになるのだ。

 2.「政府と日銀を統合政府で考えれば、債務と債権は帳消しにされる」ので、財政問題は存在しない(スティグリッツの誤解を真に受けた高橋洋一)。

 これも国債発行を合理化する幼稚な観念論である。国民経済計算上の政府部門の債権債務帳簿処理の問題を、あたかも現実の債務問題の解決と思い込んでいる初歩的な誤解である。もしこんなことができるのであれば、どんどん国債発行して日銀に引き受けてもらえば、財政赤字問題など存在しない。年金危機も存在しない。議論するに値しない脳天気な主張である。スティグリッツの誤解をそのまま受け継いで、ノーベル賞経済学者のご宣託を有り難がっている「経済学者」の社会的常識はこの程度のものである。

 3.GDPの過半以上を占める消費を抑制すれば、景気が後退することは目に見えている。だから、消費増税をやってはいけない(藤井聡ほか多数)。

 GDPとは事業所の年間付加価値を集計したものである。消費財と生産財の付加価値生産の総計である。これが生産面からみたGDP。生産された者は消費(販売)されるはずだから、支出面からGDPを測定することもできると推定して作成したものが、GDPの定義式である。

     GDP(生産面)=消費+政府消費+投資+純輸出(支出面)

実際の統計処理において、生産面から捉えたGDPと支出面から捉えたGDPが一致することはない。統計数値の取得の難しさによって、この二つの数値にはかなり大きな乖離が存在する。GDP統計を作成する人々は、いろいろな要因を付加したり削減したりしてこの乖離を埋めていくが、どうしても埋まらない乖離は誤差として扱われる。その意味で、GDP数値は自然科学で扱われるような精度で議論できる数値ではない。

 さて、藤井聡氏の主張は、GDPの定義式から消費を抑制すれば、経済成長が止まると言っているだけのこと。定義式をオウム返しした同義反復の議論で、現実問題から出発するのではなく、定義式から結論を出すという典型的な観念論である。

 今問題になっているのは、個人消費と政府消費(社会消費)の相互関係である。個人消費を減らさずに社会消費を維持する、あるいは増やそうとすれば、政府の借金で埋めるしか方法がない。しかし、政府の借金は将来世代の税収の前借りである。すべての付けを将来世代に回すことを意味する。この意味を考えずに、消費を削減せずに、政府消費を維持するというのは、「今だけ良ければ良い」という無責任なポピュリズムである。

 日本経済で消費支出(市場)が拡大を続ける時代はとうの昔に終わっている。労働力が増え続ければ、消費財市場も拡大し続ける。しかし、労働力の増加が止まれば、消費財市場の量的な拡大は見込めない。質的な拡大で消費を増やすことはできるが、それも簡単ではない。それでも、消費支出を増やすべきだと言っている人は、「皆さん、今のテレビを4Kや8Kテレビに買い換えれば、日本経済は復活します。乗用車を1家にもう1台買いましょう」と言っているようなものだ。しかも、新規の買い物を毎年続けなければならない。それがどれほど現実性のないことかは一目瞭然だろう。

要するに、日本社会で個人消費を増やす時代は終わっている。個人消費から社会的消費・サーヴィスへの転換を図ることが日本社会の課題である。個人消費を切り詰め、社会的サーヴィスに回すのが、日本が取るべき道である。個人消費も社会消費も増やしたいという調子の良い議論は成り立たない。税負担を嫌うのであれば、社会的サーヴィスの低下を甘んじて受けなければならない。

 4.国債が国内で消化されている限り、財政危機は起きない(炎上商法で講演料を稼いでいる三橋某)。

高々、海外投資家の投機的行動で国内経済が揺さぶられることはないということに過ぎない。国が債務を返済できない事態が到来すれば、国内国外は関係ない。国外の投資家も国内の投資家(国民)も、同じように資産を失う。

 5.国債は国民の債権だから、「国民の借金」という主張は嘘である(ほぼすべての素人論議)。

 将来の税収を担保にしているのだから、その分だけ将来の国民は債権を有しているというだけのこと。しかし、今の世代が債務を支払うことができなければ、債務はそのまま将来世代に先送りされるだけだ。どこかの時点で債務不履行になれば、国債価値はゼロになる。その時になって初めて、国民債権ではなく、国民債務だったことが分かる。将来世代に借金を先送りする政策は、今だけ良ければ良いという無責任な政策である。

 日本でもヨーロッパでも、左派の退潮が著しい。それは左派が時代の変化に追いつけないこと示している。国民は短期的目線ではあるが、明確な根拠が示されない政策を無条件に支持するほど無知ではない。国民は政治家が持っている以上の情報に接することができる。別の解決策があるなら、それを具体的に示すことが必要だ。その努力なしに、ただ国民が喜ぶだろうというような政策を掲げるだけでは、国民の支持を得ることはできない。

 ヨーロッパの左派は旧来の人道主義を掲げるだけで、大量に流れ込む移民問題にたいして有効な政策を打ち出すことができなかった。無条件無制限に受け入れるべきだというような無責任で空想的人道主義政策を支持する人はごく少数派に過ぎない(移民労働力が必要な国は別として)。左派がそれに拘っている限り、国民の支持は減り続けるのは当然である。

 日本でも同じことだ。実際のところ、消費税2%の引上げは与党にとってほとんど影響がなかった。増税は嫌だが仕方が無いことも、国民は良く分かっている。にもかかわらず、増税反対で大きな支持を得られると考えるのは浅はかである。実際、それだけで支持した人の数は知れている。国民はそれほど単純ではない。単純なのは政党の方である。

初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye4635:190819〕

http://chikyuza.net/archives/96260
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/814.html

[政治・選挙・NHK264] オ−ストリアと日本の相違 ー太郎氏の街宣映像を2つ,3つ観てからにして− (ちきゅう座)
2019年 8月 21日
<箒川兵庫助>


久しぶりに故・加藤周一の『夕陽妄語Y』を読み返した。その中で興味を引いたのが「殷鑑遠からず」。オーストリアのハイダ−自由党首の話が出てくる。60年代5%の支持しかなかったがハイダ−氏が党首になると,90年には16.5%,94年には22.5%,99年10月には26.5%になって遂に二大政党の一つ,保守的な国民党を抜いて第二党となった。00年には国民党と自由党の連立政権が誕生。「ヨーロッパEU」14ヶ国は圧力をかけたが果たさず。ハイダ−氏は公然とナチ賛美の言動を繰り返し,移民排斥の政策を掲げ,EUの東への拡大に反対してきた。

しかしハイダ−氏と自由党は何故政権を取ることに成功したのか。多くの分析によれば第一に,長く続いた二大政党への不満を持つ市民は極右政党支持に向かった。第二に,90年代の失業の増大,外国人労働者の流入,EU加入と企業の私有化に伴う市場の不安定が極右政党台頭の背景である。日本はどうか。第三にハイダ−氏個人のカリスマ。若くて健康,・・弁舌巧みで,大衆の意を迎えるのに機敏な指導者・・・。第四は省く(おそらくナチ賛美という現状維持願望B)。

日本にとって外国人移民流入の問題は今のところないが,オ−ストリアと共通の状況と経験がある。特に政権与党と野党第一党や連合に見捨てられた非正規雇用者や貧困若年層は既成政党を嫌うだろう。そして先の参院選で彼らの一部は「れいわ新選組」に投票し,228万票を集めた。共同通信の調査によれば,2.1%から支持率が4.3%にハネ上がったという。これを得票数に直せば456万票である。TVや新聞に登場することが多くなったから支持率が2倍になったものと推測される。

しかし,「れいわ」が掲げる消費税0%は直ちに,あるいは短期的に実現するものではない。政権交代が必要である。すなわち「れいわ」の『8つの緊急政策』は盛田常夫氏の「国民の短期的目線に訴え、国民の即時的要求に応えるポピュリズム政策は必要不可欠になっている。有権者のほとんどは日々の生活のことで精一杯だから、社会の中長期のことには関心があっても、それが投票行動を決める大きな要因にはならない」説と真っ向から対立する政策提言である。すなわち228万人は中長期的にものを考え「れいわ」に投票したのである(盛田常夫 右であれ左であれ、ポピュリズムは社会の存立基盤を毀損する − 日本でもヨーロッパでも、左派の退潮が著しい −サイトちきゅう座 8月19日付)。

 また立憲民主党は約300万票を減らしたが10議席伸ばした。自民党は240万票,公明党は100万票強を減らした。存亡の危機にあった社民党は息を吹き返した。そしてさらにれいわ新選組を左翼に数えるとすれば,そのどこに左翼の退潮があるのか。まことに盛田氏の見方は粗雑である。

オ−ストリアと日本の相違− その2

 ところで盛田氏はベルリンの壁が崩れた後のソ連邦や東欧諸国の超インフレを論じていらっしゃる。しかし反MMT論者はギリシアの財政破綻や,敗戦による供給体制の破壊による超インフレとなったドイツや日本,あるいは米国による経済制裁と自国政策によって失敗したヴェネスエラやアルゼンチンの超インフレを例に挙げてMMT理論の間違いを指摘したが悉く反駁され最近はみない。

そこで出てきたのが盛田論考だがあるジャーナリストAと同じである。「れいわ」の安富歩氏との対談で旧ソ連邦の超インフレを持ちだしたが,両者は政治体制の混乱を無視している。放送局は占領されゴルビーはオデッサに3日間幽閉されクーデタが発生したことが無視されている。投資家が国家混乱すればその国の国債を売るのは当然である。またウクライナのように独立・分離する国がいくつか出ればなおさら国債の価値は下がり,売られるから超インフレになるのは不思議ではない。

しかし日本をみて超インフレになると恐れる理由は何だろうか。インフレ率は0.15%位である。国家官僚の給料は上がり,貧しき者はますます貧しくなった。デフレは20年間続いている。母子家庭の80.7%以上が生活が苦しいと応えている。子ども7人に一人は貧困である等。そのどこにインフレの芽があるのか。あるのは減税された富裕層と法人そして生活苦に喘ぐ貧困家庭である。自民党支持者が国民の20%ぐらいいそうだからこの人たちは中間層または富裕層であろう。そういう中でどうして新規国債を発行して突然,サドン・デスが来るのか。超インフレが来るのか。

「れいわ」の山本太郎氏はインフレ率が5%ぐらいになったら,増税政策(スタビライザー)を入れると言っている。無制限の国債発行はない。盛田論考はMMTを知らないかまたは故意に曲げている。せめて山本太郎の街宣映像を2,3本(YouTube)観てからMMT批判をされたい。

追記1:ベルリンの壁が崩れる1年前,小生はハンガリ−のブタ・ペストに旅装を解いたことがある。ドナウ川の流れを初めて見た。その川辺のベンチ,安倍晋太郎外務大臣が泊ったというセントラルホテルに近い,に座ったところ女性が近づいて来て何かを囁いた。しばらく事態が飲み込めなかったが,米ドル欲しさの行為であった。
 地下鉄がロンドンより先に走ったというブダ・ペスト。北に行くほど美人が多く,ラジオの部品が威風堂々と売られていた郊外。ワインの醸造所もいくつかあった。一緒に鎌倉まで観光に行ったペスト大学の教授を知っているが,すでに定年を迎えたのであろうか。盛田氏がハンガリ−在住と聞いて懐かしい国を思い出した次第。

追記2:昨年のトンデモ法案成立により,外国人人材が約35万人はいってくる。おそらく日本はオ−ストリア化するのではないだろうか。政治的には愛国心を訴える保守的な政党や,「れいわ」のような弱者の味方になる政党がさらに票を伸ばす。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/ 
〔opinion8920:190821〕

http://chikyuza.net/archives/96332
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/815.html

[政治・選挙・NHK264] 手厳しい批判だな(ちきゅう座) 
2019年 8月 19日
<中野@札幌>


うーむ。盛田さんの批判はチョー厳しいですね。ポピュリズム=山本太郎グループ批判という形を取っていますが、「敵は本能寺にあり」で、実は「薔薇マーク運動」(およびそれを支える研究者グループ)への厳しく峻烈な批判になっていますね。反緊縮運動のバックボーンになっている研究者たちの理論(MMTを代表とする)は、インフレ・財政危機に対し楽観論過ぎるのかもしれませんが。

でもね。「安保」、「9条」ばかりで経済のことをほとんど話題にせず、結局新自由主義路線を事実上受け継いでしまった旧民主党の後継者グループよりはましじゃないのでしょうか? 何も言わないよりはいい―私の立場はこんな単純なことです。盛田さんからは軽薄に見えるのでしょうか?

また、山本太郎グループは、少なくとも一般のポピュリズムよりは経済についてしっかりと勉強している―これも認めていいのじゃないでしょうか?

http://chikyuza.net/archives/96277
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/816.html

[政治・選挙・NHK264] 選挙を盛り下げる「公選法」はいつまで続く/上 94年前のルールが現代の有権者の政治家選びを縛っている(朝日新聞社 論座)
選挙を盛り下げる「公選法」はいつまで続く/上
94年前のルールが現代の有権者の政治家選びを縛っている 

井戸まさえ
論座 2019年08月29日 より無料公開部分を転載。

https://image.chess443.net/S2010/upload/2019081200004_1.jpeg
参院選投開票日前夜、新宿駅前での「れいわ新選組」候補者の「最後の訴え」には、大勢の人たちが集まった=2019年7月20日、東京・新宿


■「ちょうちん」の数や大きさまで決めた時代遅れの公選法

 参議院選挙が終わり、政治は短い夏休みに入っている。

 改めてこの選挙を振り返ると「れいわ新選組」、「NHKから国民を守る会」といったこれまでなかった、もしくは国政で議席を得ることが想定されていなかった政治団体が国会に議員を送り出し得票率から公職選挙法上の政党となったこと、また重度障害者の初登庁等が話題になる一方で、全体としては盛り上がりに欠けた選挙だったといえよう。

 それは投票率にも表れている。48.80%。有権者の過半数が棄権するといった状況は地方議会や既に結果が見えているような首長選挙ではままあることだが、国政選挙では1995年の参議院選挙の44.52%以来である。この24年前の亥年の参議院選挙での低投票率の原因は「政治不信」だと言われている。93年に非自民政権が誕生するも短命に終わったこと、自民党が社会党の党首を総理に据えて政権を奪還したことに対する支援者の忌避感等が選挙に行く意欲を削いだとの見方だ。今回の参議院選挙はそれ以来の投票率過半数割れ。社会保障や税のあり方等国民生活に直結する争点が有権者には響いてこなかった。それはここ数度の国政選挙でも同様である。

 選挙が盛り上がらないのはなぜか。その理由の一つに時代に合わなくなった「公職選挙法」の存在がある。

 「公職選挙法」とは一言で言えば、選挙に関わるルールブックである。議員定数、選挙権・被選挙権の範囲、選挙区の区割から選挙の費用負担等まで、ありとあらゆることが記されている。

 今回の参議院選挙でも話題になった「特定枠」も2018年の公職選挙法一部改正で、それまで非拘束名簿であった参議院選挙の比例代表区を一部拘束名簿としたものである。同じ公職選挙法でも選挙制度となると時の政権の思惑等を反映し、迅速に改正されていく一方で、演説、ポスター掲示、ビラ等の具体的な活動については昭和どころか明治から変わっていないものも多々ある。

 そもそも現行の公職選挙法の核心部分は1925(大正14)年の普通選挙制度制定により確立されて今に受け継がれている。「戸別訪問の禁止」「文書図画等の制約」等もこの時のルールが今も使用されている。テレビの普及、インターネットの発達等通信手段の大変革が起こる前、94年も前のルール下で今の有権者が望む適当・適切な政治家を選ぶことができるのであろうか。

 候補者の立場から言えば、公職選挙法で禁止されている事項には必ず抜け道があり、違反に問われない方法を模索しながらあくまで「政治活動」と言う名目で選挙の事前活動を行なっているのが現実である。「こんな法律はおかしい」と思いながらも、それに従わなければ選挙は勝ちぬけないどころか、逮捕され、公民権停止となるかしれないのだ。

 ちなみに、新元号の発表とともに発売された「人生ゲーム+令和版」ではこれまでのルールが大幅改正された。「紙幣」や「職業カード」も付いておらず、決まったコースやゴールもない。「ゴールしたときに、より多くのお金を持っていたプレイヤーが勝ち」というルールを大きく変更し「ゲーム終了時に、より多くのフォロワー≠獲得したプレイヤーが勝ち」。フォロワーは1億2600万人、つまりは日本の総人口まで広げることができ、「お金持ち」ではなく「インフルエンサー」が勝者となる。

 「お札がなくなる」という、近未来を先取りするルール改正が娯楽の中で行われている一方で、今や一般家庭では使われなくなって久しい「ちょうちん」の大きさや数の制限や、戦後直後の物資統制の社会情勢下で作られた飲食提供等、時代遅れも甚だしい公職選挙法の規定が、有権者の生活環境の変化や、特に情報の伝達方法も速度の変更に対応できないまま放置されてきていることが、選挙への関心を喚起しないのではないか。その視点から参議院選挙を見てみよう。

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初めての普通選挙となる1928(昭和3)年の第16回衆議院議員選挙。司法省供託局の窓口に供託金の支払いと立候補の届け出をだす候補者

■供託金は必要か 驚きの没収額

 選挙に出るには基本、供託金がいる。この供託金制度も前述のように1925(大正14)年の普通選挙法で、泡沫候補の防止策として創設されたものだ(ただ、すべての選挙で求められるわけではなく、町議会選挙等では供託金はない)。

 参議院選挙では選挙区は300万円、比例区は名簿搭載者1人につき600万円をかけた数となる。問題は没収の規定があり、参議院選挙区は有効投票総数をその選挙区の定数で割った8分の1、比例代表は各政党等の当選者数の2倍に600万円をかけた金額が、供託金全額の額を下回った場合は、その差額分が没収される。

 それを今回の参議院選挙に当てはめてみると、比例区では自民党は没収額0、立憲民主党は3600万円、公明党1800万円、維新2400万円、共産党1億800万円、国民民主党4800万円、れいわ3000万円、N国1200万円、幸福実現党1800万円等になる。N国や幸福実現党は選挙区でも候補者を多数擁立しているため、N国は小選挙区での供託金没収額を入れてトータルでは1億2600万円ほどになる見込みだ。

 ことほど左様に、政党は闇雲に候補者を立てられるわけではない。資金的な裏付け等がなかればできないし、与党・野党にかかわらず、ある程度の基礎票が見込める団体のバックアップのある候補者やタレント等知名度のある候補者を擁立するのには、財政上の計算もあってことなのだ。

 また、公職選挙法では得票率2%等の政党要件も示していて、今回れいわやN国は政党となり政党助成金を受け取れることとなったが、この計算式には候補者が得票した票数も入るため、短期的には没収金額が大きくても、将来的にはその分を政党助成金でカバーできる可能性もあるのだ。

 今回の供託金没収で目立ったのは立憲民主党と国民民主党である。3年前の民進党時代は没収額は0であった。分裂したことにより候補者擁立数や候補者そのものについての検討が十分になされなかったのかもしれない。また共産党は3年前より没収額を4割以上も減らしているが、比例代表の候補者を42名から26人に絞り込んだ戦略的転換の結果であろう。

 「供託金」制定の目的は泡沫候補の抑止であるというが、果たして参議院では選挙区300万円、比例区600万円というのが妥当かどうかは議論をせねばならないだろう。政見放送や選挙公報等、基本的には負担なく広報されるものもあることを考えれば「安い」と言うのは、どの選挙にも必ずといっていいほど立候補をしているある候補者である。「テレビでCM代を払うより供託金没収の方がずっとお得」なのだというが、国政選挙は売名する場ではなく、立法者を選ぶ行為であることに立ち返れば、より優秀な人材が集まるようにしなければならない。供託金を提供できる政党等に所属しなければ立候補できなかったり、個人の意思だけで立候補が叶わないハードルとなっているのであれば、その阻害要因は取り除かなければならないだろう。

 今回のれいわやN国の資金集め等の工夫はこれまでの政治の常識を覆したが、供託金を含む公職選挙法の抜本的見直しのきっかけにするべきではないか。 ・・・ログインして読む
(残り:約3938文字/本文:約6891文字)

https://webronza.asahi.com/politics/articles/2019081200004.html
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[政治・選挙・NHK264] ナショナリズム 日本とは何か/隠岐にみる「島国」/日韓共生へのリアリズム(朝日新聞社 論座)
ナショナリズム 日本とは何か【19】
隠岐にみる「島国」C/日韓共生へのリアリズム

藤田直央 朝日新聞編集委員(日本政治、外交、安全保障)
論座 2019年08月29日

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隠岐諸島「島後(どうご)」の那久岬から日本海を望む。左上は「島前(どうぜん)」の島々=2月1日、島根県隠岐の島町那久。藤田撮影

 近代国家としてひとまとまりの存在になることの追求。それをナショナリズムと呼ぶなら、領土と国境へのこだわりはその中核をなす。近代に連鎖して生まれた諸国家は、境界を仕切り合ってきた。「国民」はその争いの地に住むどころか、行ったこともない人たちが大半だが、それでも領土の境目への思いをはせ、時に愛国心をたぎらせる。

 では、まさに領土をめぐる争いに直面する地に住む人々はどうか。その地に対する「愛郷心」と「愛国心」の間合いは、どんなものなのだろう。

■日韓からほぼ等距離の竹島

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竹島周辺の地図=政府の領土・主権展示館の資料より

 その思いに耳を傾けようとフェリーで隠岐を訪ねたのは、今年2月だった。

 島根半島から日本海を北へ67キロ。隠岐諸島で最大の島である「島後」にある島根県隠岐の島町は、そこから北西へ158キロの竹島を管轄する自治体である。ただ、その竹島は、西方にある韓国に「独島」として実効支配されてきた。

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8月25日、軍事訓練で竹島(韓国名・独島)に展開する韓国海軍の特殊部隊要員=韓国海軍提供

 韓国は、「東海領土守護訓練」として竹島を含む日本海の島々を守る軍事訓練をしてきており、今年8月下旬にも実施。竹島問題は今もきしむ日韓関係の主因のひとつになっている。
 朝鮮半島から竹島へは217キロ。日本の本土から同じぐらいの距離だ。その竹島を隠岐の島町が管轄するのは、かつて島後の人々がアシカ漁をしていた縁からだ。

 だが、韓国の沿岸警備隊が竹島に駐留を始めてからはや65年がたち、かつて漁に携わった島後の人々はほぼ他界している。

■アシカ猟の証言を訪ね歩く

 竹島と島後がつながっていた事実を風化させないようにと、吉田篤夫さん(60)は町役場の竹島対策・危機管理室長として、アシカ漁を知る人々への聞き取りを続けてきた。漁民が多く住んでいた久見の集落や老人ホームなどを訪ね、子の世代からも証言を集めることで、漁の様子が立体的に浮かんできた。

 吉田さんが「定年」を迎える3月を前に町役場に訪ねた。「町でできることは記録を保存し、子どもたちに伝えることです。国にはそれを支えに領土や漁業権で交渉して、昔のように竹島で漁ができるようになってほしい」と話した。

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かつて竹島へアシカ漁に出る島民が多くいた久見の集落から入った山あいにかかる「くめじ橋」。アシカの像がある=2月1日、島根県隠岐の島町久見。藤田撮影

 町は、聞き取りの映像や音声を、2016年に開いた久見竹島歴史館に保存し、これを島内でどう教育に生かすか、島外へどう発信するかを探っている。東京・日比谷公園にある市政会館に、2018年にできた政府の「領土・主権展示館」にも証言資料は送られる。

 国家を構成する自治体としての隠岐の島町で、吉田さんの竹島問題への取り組みは「ふるさとと国のために過去を見つめる」という営みと言えるだろう。では、将来を担う子どもたちに向き合う教育現場ではどうなのか。

■きっかけは「竹島の日」条例

 元町立中学校校長の常角敏さん(60)と久見竹島歴史館を訪れ、そこで話を聞いた。常角さんは町の小中学校の副教材「ふるさと隠岐」の編集委員長を務めた。2007年に初版、14年に改訂版が出ている。

 「やはり県の『竹島の日条例』が大きかったですね」。常角さんは、副教材の初版で竹島問題を扱うことになった経緯から話し始めた。

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2005年3月、竹島の日を2月22日に定める条例を可決した島根県議会=朝日新聞社

 島根県議会が2月22日を「竹島の日」をとする条例を可決したのは2005年。百年前のその日、島後のアシカ漁業者からの要望を受け、竹島を島根県に編入した政府の閣議決定について、知事が告示していた。

 地元漁民が竹島周辺で韓国の実効支配に圧迫され続けることへの不満が県議会にはあり、国に「竹島の日」制定を求めてきた。だが、国は動かない。そこで「竹島問題に対する県民と国民の理解と関心をさらに深める取り組みを行い、全国的に竹島領土権確立運動の一層の推進を図り、領土権の確立を目指す」(県HP)として、条例制定に踏み切った。

 韓国では激しい反発が起きた。

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2005年3月、竹島の日を定める島根県の条例制定に抗議し、ソウルでデモ行進する人たち=朝日新聞社

常角さんは振り返る。

 「抗議の映像がテレビで流れて、子どもたちは怖がった。それで、ちゃんと教えないといけないなという話が町議会から教育委員会にあって、副教材を作りました」

 「気をつけたのは、『韓国が不法占拠しているが、歴史的にも国際法的にも日本の領土だ』という2行の知識だけじゃだめだということです。歴史的な資料と合わせて中学校で教えました。すると子どもたちは安心した。状況を恐ろしいものにしているのは自分たちの側ではない、とわかったんです」

 学ぶことで子どもたちが不安をなくすのは大切だ。ただ、それはまだスタートラインだった。竹島問題は、近代以後、国家同士がせめぎ合い、境界を仕切り合ってきた東アジアの近現代史の産物だからだ。

■「相互理解で平和的解決」

 日本政府が竹島の編入を閣議決定した1905年の頃、近代国家・日本の台頭は著しかった。同年に日露戦争の日本海海戦で勝ち、講和で朝鮮半島支配の足がかりを得て5年後、大韓帝国併合に至る。韓国政府が、「独島」は日本の力による植民地化の起点だとして、竹島問題に歴史認識の角度からこだわる背景には、そうした「時系列」がある。

 かたや、韓国の大統領が「独島」を取り込む海上の「李承晩ライン」を宣言したのは1952年1月。日本の敗戦で植民地から解放された朝鮮半島は分断され、韓国が北朝鮮と戦っていた朝鮮戦争のさなかだ。

 日本は、その前年に署名したサンフランシスコ講和条約が発効し主権を回復する直前だった。条約に日本が放棄する地域として竹島が記されなかったため、日本政府は戦後の国際秩序においても竹島は日本領として確認されたとして、韓国の不法占拠を強調している。

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朝日新聞に2012年11月掲載

 常角さんによると、こうした日韓の平行線に気づき始めた町の中学生たちから、「先生、韓国ではどう教えているんですか」と質問が出るようになった。そこで、副教材を2014年に改訂する際に、韓国の教科書の内容を1ページを割いて載せることにした。

 「平和的解決しかないんだから、相手の主張を理解して理性的に対話しないと。『あなたの気持ちはわかるがこうです』と言えないといけない。中学生にはとても難しいことですが……」

 それでも、最近の中学生の作文に「この問題を平和的に解決できれば、日本の誇る平和主義が世界に証明される」というものがあったと常角さんは言い、笑顔で副教材「ふるさと隠岐」を見つめた。

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島根県隠岐の島町の中学校校長だった常角敏さん。副教材(手前)の編集委員長を務めた=2月1日、同町の久見竹島歴史館。藤田撮影

■ある中学生の問いかけ

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[政治・選挙・NHK265] 参院選後の「れいわ新選組」をこう見る 〜市民政党誕生の期待と懸念〜(ちきゅう座)
参院選後の「れいわ新選組」をこう見る
〜市民政党誕生の期待と懸念〜

2019年 8月 30日評論・紹介・意見 小泉雅英
<小泉雅英:フリーディレクター>


1. 市民のための国会議員誕生!

山本太郎氏(以下、敬称略)が一人で起ち上げ、既成政党の壁に挑戦して旗上げした「れいわ新選組」(以下、「れい新」)が、たった 3 か月で、多くの人々の支持と多額の寄付を集め、2 人の国会議員を誕生させた。

選挙戦の初めから彼らへの支持と戸惑いを明らかにし、友人たちにも拡げてきた者として、ほんとうに嬉しい。多くの支持者が開票速報を待つ姿がネットでライブ中継され、私も小さなスマホの画面で、それを見ていた。これまで、選挙にも、ましてやその開票速報などに、さして関心もなく、毎度おなじみの風景として聞き流すだけだった。当選者が支持者と一緒に「バンザイ!」の声を上げて大喜びし、時に涙を流している風景に、「何がそんなに嬉しいのか?」という、苦々しく、シラケた思いしか感じなかった。ところが今回は違った。

山本太郎がマイクを握り「皆んな、今の聞いた? 舩後さん、当確やて。」と声をかけると、会場から歓声が湧いた。日本で初めて、重度身体障害(ALS)を持つ国会議員が誕生した瞬間だった。喜びに沸く会場の人々の気持ちに、私もネットを介して同期していた。舩後靖彦さんが登壇し、介助者を通して挨拶の言葉を述べた時、最前列に座っていた雨宮処凛さんが涙を拭っているのが見えた。私もその時、小さなスマホの画面の前で、同じように鼻腔を詰まらせていた(歳のせいで涙腺が緩くなっているのも確かだが、今回はそれだけではないだろう)。

舩後さんに続き、木村英子さんも当選を決め、はっきりとした彼女自身の声で、支援者に向けて、感謝と決意を述べた。ほんとうに、これはすごいことだと思った。重度の身体障害をおして立候補した二人が、比例区の特定枠で当選したのだ。彼らを国会に送ることができれば、どんなにすばらしいことだろう、と願っていたが、それが実現したのだった。日本の政治と社会が変わる、第一歩となるのは間違いない、と思ったからだ。舩後さん、木村さんのお二人が、参議院議員として国政に参加していくことは、測り知れない意義がある。今後、様々な障壁にぶつかるとしても、どこまでも応援し、一緒に道を拓いていかなければ、と思う。

2. 「れい新」の大躍進(得票分析)

まず全体的な選挙結果を確認しておきたい。

7 月 21 日(日)実施された第 25 回参議院選挙は、自民・公明・維新の合計が 81 議席で、非改選を含む改憲勢力は 160 議席で、改憲発議に必要な三分の二(164 議席)には到らなかった。しかし、その差は 4 議席でしかなく、新しく登場した「N 国」などを入れると、この 4 議席の差が消滅するのは時間の問題、と考えた方が良いだろう。

今回の有権者数は、約 1 億 658 万人(7 月 3 日現在。在外登録者約 10 万人含む)であり、投票した人数は、選挙区で 5,036 万人、比例代表で 5,007 万人、投票率は、全体で48.80%(確定値)だった。引き算すると、51.2%で、有権者の半分以上が棄権した、ということだ。人数にして 5,456 万人。これは大きな数字だろう。この内、18 歳〜19 歳の投票率は、全世代よりさらに低く 31.33%(速報値)であり、今後の大きな課題である。

朝日新聞社による世論調査では、低投票率の理由は、全世代を通じ、「投票しても政治は変わらない」が最多(43%)で、次に「関心がない」(32%)となっている(朝日新聞2019/7/24)。いかに政治不信が大きいか、はっきりと判る数字だろう。なお、前回 2016年の投票者数は全国 5,655 万人で、投票率 54.70%だった。

こんな中で、現在の支配政党である自民党は、選挙区 74 議席の内 38 議席、比例 50 議席の内 19 議席を得て、勝利だと言い募ったが、事実ではなく、選挙区で 9 人が落選。比例で 14 人が落選しているのだ。主な選挙区だけ見ても、原発問題、米軍基地問題が焦眉の岩手、宮城、秋田、山形では、軒並み、野党共闘候補に自民現職が敗れている。加計学園と伊方原発の地元愛媛では、無所属新人が自公の推す候補を破り、辺野古他の日米軍事基地問題を闘う沖縄では、無所属の琉大教授が自民新人を破り当選している。このように、重要選挙区で自民は議席を落としているのであり、これで「勝利」とは、とても言えないはずなのだ。

しかも、総数としても、自民が獲得した絶対得票率は 18.9%でしかない。つまり、全国で 2 割に満たない得票数で、5 割以上の議席を得た(議席占有率 51.4%)、ということだ。しかも、自民党の絶対得票率は、これまで 20%台で推移してきたが、今回は 20%を割り、投票率も下がった。自民党に投票する人数も大きく減少しているのだ。ちなみに、前回の参議院選挙(2016 年)の絶対得票率は、21.3%であり、大幅に減少(21.3% ⇒18.9%)している。実際、議席数で見ても、今回の選挙では、全国で 57 議席(選挙区 38、比例19)を獲得したが、9 議席を失っている。自民党への信任者が減少していることは、今や明白であろう。

では、野党が勝ったのかと言えば、そうでもなく、それに代わる野党の統一も見られない、というところが、現在の最大の課題なのではないだろうか。公約を破り消費税増税を実行して民衆を欺き、原発事故では適切な対応もできず、官庁の言うがまま、「直ちに人体や健康に影響を及ぼす数値ではありません」と繰り返し、この国に生きる人々を欺いた民主党政権(当時)。それが立憲を頭にくっつけても、もはや信頼を回復することは難しく、自民党に代わるものとして再任されることはないだろう。

今回の参議院選挙においても、立民は、「令和デモクラシー」、「パラダイムシフト」、「新しいムーブメント」といった、天皇代替わりにあやかる、空疎なカタカナ語を散りばめ、それが何か新しい演目でもあるかのような、薄っぺらなイメージ戦略を行っていた。それでも、結果として、連合など大手企業の正社員や公務員などの「リベラル」派をバックに、そこそこの議席を獲得したが、日々厳しい状況を生きている民衆の支持は、殆どなかったのではないだろうか。他の野党はどうか。

今回の選挙で「れい新」が立てた 10 人の候補者は、直ぐにでも国会に入って、既成の壁を破り、大暴れしてもらいたい人ばかりだった。残念ながら 2 人を除き当選には到らなかったが、舩後さん、木村さんが当選したこと、そして比例区(全国)で全投票者の4.5%(228 万票)の支持を得たことは、確かな勝利である。たった 3 か月で、これだけの結果を収めたことは、大勝利と言っても良いかも知れない。

ちなみに、各党の得票数は、自民 35.3% (1,771 万票)、立民 15.8% (791 万票)、公明 13.0%(653 万票)、日本維新 9.8% (490 万票)、共産 8.9% (448 万票)、国民民主 6.9% (348 万票)、社民 2.0% (104 万票)、N 国 1.9% (98 万票)となっている。

比例代表の東京都内の得票に限れば、「れい新」は 458,151 票を獲得し、維新(479,908票)と並び、公明(665,1061 票)、共産(651,338 票)に次ぐ支持を得た。つまり単純に「れい新」と共産党の得票を合わせれば、1,109,489 票となり、公明はもちろん、立民(1,020,185 票)をも超え、自民(1,878,316 票)に迫る第二勢力となるのだ。これは誰も無視することはできないはずだ。しかも、共産を含め、自民、公明ともに、前回(2016年)から大幅に票数を減らしている(自民▲256,00 票、公明▲45,000 票、共産▲230,000票)。今後この傾向が加速しない、とは言えないだろう。

しかも、東京選挙区(定数 6)では、全く無名の新人、野原善正氏が沖縄から挑戦し、214,438 票を獲得した(8 位)。目標の公明党「ナッちゃん」(815,445 票)には遠く及ばなかったにせよ、創価学会に危機感を抱かせたことは確実である。公明党代表山口那津男の選挙ポスターには、なぜか「公明党」という文字はなかった。全国で得票数を落とした公明党が、東京の山口代表のみ得票数を伸ばせたのは、強い危機感の結果だ、と大山友樹は指摘し「野原氏の立候補が危機ばねとなって山口 80 万票獲得につながった」と、東京創価学会壮年部幹部の声を紹介している(『紙の爆弾』2019 年 9 月号)。それにもまして、首都圏のど真ん中で、沖縄の現状を訴え、「辺野古新基地建設中止!」を掲げて闘い、山口那津男に向けて「平和と福祉の党と言うなら、今すぐ辺野古を止めてみろ!」と挑発し、公明党の急所を直撃して戦った。その意義は大きい、と言うべきだろう(数字は「東京新聞」2019/7/23 に拠る)。

3. 「れい新」の何に共感したのか

今回の選挙戦中、山本太郎たちの動きに目が離せなかった。ネットに上げられる動画を追い、全国各地で毎日のように行われる街頭演説に触れたし、東京では何回か、直接、会場に足を運んだ。私自身このようなことは、初めてのことだ。それでも、今回の選挙には、何かの期待を感じさせられ、わくわくしたのだった。こんな感覚は何年ぶりだろうか、と複数の人から、同様の感想を聞いた。長く忘れていた、遠い昔の恋人と再会したような「わくわく感」と言えば、笑われるだろうか(単なる想像に過ぎないのだが)。

山本太郎の言葉には、そのような気持ちにさせるリアリティと、強い説得力があった。動画を繰り返し見たり、街頭演説に足を運んだりしたのも、そうした不思議な高揚感に動かされたからだった。そして、それは私だけではなく、多くの人々が共にした感覚だったのではないだろうか。

では、山本太郎たちの何が、そのような気持ちにさせたのか。それは結局、言葉の力だ。言葉によって人々を動かすこと、それができるほんとうの政治家は、それほどいない。政治家の言葉は、嘘の代名詞とも言える状況の中で、山本太郎たちの言葉は、多くの人々にリアリティを感じさせた。山本太郎の言葉は、自分たちの現実を的確に捉え、何が問題なのかを解き明かしてくれている。壊れた状況があり、その中で出口を見つけられず、なんとか生きる者に、彼の言葉が「刺さった」のだ。

彼の言葉に涙を流す聴衆の姿を動画で見て、「まるで宗教だ」と揶揄した人がいたが、どこにも行き場のなかった人が、山本太郎の演説や応答を聴き、自分の気持ちに応えてくれる人を見出した、救われた気持ちになった、ということなのだ。重要なのは、それで終わりではなく、政治で解決できる道を見出し、山本太郎たちに投票することで、今の社会を変え、生きていけるという希望を持った、ということなのだ。

また、労働運動の視点がない、などと批判する者もいたが、これも全く見当違いだろう。山本太郎たちの所に集まってきた人々は、既成の労働組合からこぼれ落ちている人も多いのだ。しかも労働者と言っても、全労働者の 7 割を占める中小零細企業の労働者に、視点を合わせているのだ。それだけではなく、多くの非正規労働者や、労働からも排除された失業者、障害者などの問題も、政治の力で解決しようとしている。そこに希望を見出したからこそ、あれだけの人々が、自分の意志で、自分の時間と身銭を切って集まり、長時間、立ったままで、山本太郎たちの発言に耳を傾けていたのだ。

選挙後、初の街頭記者会見(2019/8/1 新宿)でも、現在の経済格差の現実を、データに基づいて説明し、なぜ「消費税廃止」が重要なのかを訴え、大きな共感を得ていた。聴衆からの質問の際、中卒で職を転々とし、「デリヘリ」の運転手もしていたという男性が、「国会議員の給料は高いと思うんですよ、それをみんなに回すことはできないんですか」という素朴な質問をしていた。「こんな仕事、誰もやりたくてやってるんじゃないんですよ。みんな泣きながら、やってんですよ」と。また、精神障害者と名乗る人も発言したが、自分の置かれた現実を聞いてもらいたい、という気持ちを強く感じた。普段の生活の中では、そうした苦境を話せる仲間もいないのかも知れない。山本太郎は、そうした多様な質問者にも、一人一人向き合い、丁寧に応答していた。そうした苦しい状況に置かれているのは、あなたのせいではなく、結局、政治の問題なのだと。

例えば、生活保護について、それを受けることに後ろめたさを持っているという人に、それは全く恥でも何でもないのだ、と励ましていた。その上で、憲法第 25 条(「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」)を確認し、生活保護の受給率が低いのは、行政の「水際作戦」のためで、生活保護受給を恥と思わせられているが、それを煽った自民党の片山さつき議員などを名指しで批判し、生活保護は胸を張って受けるべきなのだ、と強調した。さらにこの制度の改革の必要を訴えた。

親の介護で仕事を失くす現実についても、憲法 13 条(「すべて国民は、個人として尊重される」)を読み上げ、介護の社会化の必要を訴え、共感を得ていた。「あなたの生活が苦しいのは、あなたの問題ではなく、政治が機能していないからなのだ」という説明に、多くの人々が「そうだ!」と声を上げ、この政治を変えるために、「力を貸してくれませんか」という訴えにも、大きな拍手で応じていた。

仕事帰りで疲れていた私も、集会の始まる前から、結局 2 時間半も、真夏の夜の新宿の街頭に多くの人々と共に立ち続け、暑気と老化でふらつきながらも、最後まで発言に耳を澄まし、その場を離れることはなかった。なぜか、山本太郎の発言はもちろん、会場からの何人もの質問者の発言が、現実から絞り出された貴重な叫びだと感じたからだ。それだけではなく、最後に再び例の「コール」が起きるのか、それを確かめたかったことも確かだ。さて、今回は「れいわコール」は起きず、少しほっとして帰途についた。この点は、多少の変化があるのかも知れない、と思う。

4. 人々の「生きたい思い」を集めた「れい新」

今回の参議院選を通して思ったことは、人間というのは、どうしようもない時、何かに希望を見出したくなるということだ。そんな時、すばらしい指導者が現れて、自分の気持ちに応じてくれていると感じた時、救われたと思うだろうし、その政治家を支持し、本当にいっしょに社会を変えられると思っても、なんの不思議ではない。私自身も、この数ヶ月、山本太郎の行動を追いかけていて、そんな気持ちにさせられた一人だ。カリスマとか、ヒーローとか、そういったことではなく、自分たちの代表者として、思いを託しても良い、と思える政治家が登場した、という感じなのだ。

山本太郎が「れい新」の旗上げを発表したのは、4 月 10 日だった。全ての資金は寄付で賄うこと、3 億円集まれば、10 人の候補者を立てる、お金が集まらなかった場合は、自分一人で立つと明言していた。実際、翌月 5 月 20 日には 1 億円を超え、さらに 1 ヶ月後(6 月 27 日)には 2 億円、その 2 週間後(7 月 12 日)には、軽く 3 億円超えを達成した。この時点で 10 人擁立は何も問題もなくなった。この勢いは止まらず、9 日後の投票日には、1 億円を上乗せし、ついに 4 億円に達する寄付が集まったのだった。これはすごいことだ。

こんな方法で選挙資金を集めることを宣言し、実際にこれだけの金額を達成するなど、他の誰がやっただろうか。この短期間で集まった金額の大きさもすごいことだが、大事なことは、それだけではない。より重要なことは、寄付をした人の数の多さなのだ。この 4 億円は、総計 3 万 3 千人余りの方が、少しずつカンパしたお金なのだということ、これはほんとうに大事な点だ。何度か行った街頭宣伝の場で、多くの人が、封筒に小銭を入れて寄付する光景を目撃したが、これだけ多くの人が、政治の新しい展開に期待し、山本太郎たちと一緒に、既成政治に風穴を開けようと、身銭を切っている。誰の指示によってでもなく、動員された訳でもない。自らの意志で集会に来て、長時間、立ったままで演説を聞き、積極的にカンパまでして行くというのは、やはり異例と言うべきではないか。それだけ山本太郎たちの言葉が信じられ、人々の心を掴んだ、ということなのだ。逆に言えば、今の日本の政治家と政党には、組織と無関係の、個々の人間の心を動かすものはない、ということである。

既成政治にうんざりし、何の期待も持てない者は多い。そのことが 5 千万人以上の棄権者につながっている。これまでの殆どの「政治家」は、社会の下層の民衆に目を向けることはなく、自分たちの利益優先の政治を行なってきた。選挙の時期だけ、駅前に立ち、「お願いします」と頭を下げる政治屋。「選挙カー」で名前を連呼して「お願いします」と手を振り、走り去る政治屋。山本太郎は、そのような白い手袋をした政治屋の運動ではなく、素手で街頭に立ち、全身で人々に向き合い、質問に応答する。その真剣さが、ほんとうの変革を求めている多くの人々の気持ちを捉えた。今の状況に対し、一人一人の意思があれば、みんなの力で、政治を変えられるのだという希望を、説得力を持って提示したのだった。

「死にたくなるような世の中、やめたいんですよ。この国で一番偉いのは誰? 皆さんなんですよ。本当に。自信を奪われているだけですよ。これ、変えられるんですよ。どうやって? 政治で。死にたくなる世の中を作ってきたのは、政治なんですよ。・・・だったら、やりましょうよ。死にたくなるどころか、生きてて良かった、と思えるような社会を、政治を通して作ってみよう!」

5.市民政党誕生への期待と懸念

「れい新」は、日本で初めて誕生した市民政党と言えるのではないか。上記の通り市民一人一人が資金を出し、ボランティアを中心にした完全「草の根」運動で、候補者も他の政党のようなプロの政治業者ではなく、それぞれの分野で、何らかの問題に直面して闘っている、まさに当事者のみで構成している。この中で山本太郎は唯一の政治家であり、例外的存在なのだ。今回の参議院選挙では、たった 3 か月という短い期間で、2 名の国会議員を誕生させるまでに急成長した。これだけでもすごいことだが、これは長い闘いの序曲に過ぎない。次にどう展開するのか、これからが、より厳しい闘いとなるに違いない。山本太郎は、最初から、「政権を取りに行く」と宣言している。そのために新組織を立ち上げたのだ。次の衆議院選挙、さらに 3 年後の参議院選挙で、この目標が達成できるかどうか、今、最も考え、準備すべき時であろう。

この 3 か月の運動で結集した全国の支持者たちが、これから本気で、この新しい党を守り、発展させて行けるのか。これまで同様の熱意で運動できれば、目標達成は夢物語ではないだろう。しかし、それはそう簡単ではないとも思える。これから何が起きるか、予断は許されないからだ。現在の政治権力者たちが、「れい新」の勢力拡大を、黙って眺めている筈はないだろう。今後、様々な困難に直面するに違いないが、彼らを既成の権力者たちから守り、私たちの代表として、政治の中心部分を担えるように、育てていければと思う。

以下、現在の課題と思えることについて、少し記しておきたい。

1) 資金

次の衆議院選挙には、全国で最大 100 人の候補者を擁立するとの目標だが、その資金は最低 10 億円から 20 億円は必要と言われる。政党要件を満たしたので、一人当たりの寄付限度額も上がり、個人以外の寄付も可能となった。さらに政党助成金を受取るにしても、基本はこれまでと同じく、個人からの寄付である。さらに大きな資金を、短期間で集める必要があるということだ。連続した高いハードルを越えられるかどうか、これから試される。

2) 人選

今回の参議院選挙では、短い間に山本太郎の他に 9 人の新人を擁立した。いろんな形のネットワークや公募を使って選んだということだが、全員、個性的な、すばらしい人選だった。残念ながら当選には到らなかったが、この人たちの殆どは、次の衆議院選挙でも立つのではないか。100 人を擁立することができれば理想だが、誰を立てるのか、人選は簡単ではないだろう。今回と同じく、多様なネットワークと公募で選択するのだろうが、ふさわしい人が集まることを願っている。

単に議員になりたいという、権力欲を隠した人も入って来るかも知れない。政治的計算から、勢いのある「れい新」に乗っかろうと、プロの政治屋も混入して来るかも知れない。そういう意味で、本来の強みと理念を維持できるかどうか、当然、何らかの共通の確認点は、明確にするのだろうが、慎重な人選が重要だろう。個人的な希望が出せるなら、雨宮処凛さんにも立ってほしい。今回、立民から立候補して落ちた、おしどりマコさんや亀石倫子さんも、合流できないだろうか。新宿の集会で、今後は身体障害者だけではなく、知的障害者や、精神障害者も入るべきだ、と山本太郎は言っていたが、ぜひ実現してほしい。全国各地で、草の根の運動を続けている人たちからも、良い人を見出してほしい。たとえ理念に共通する部分があっても、安倍首相夫妻と携帯電話でつながる三宅洋平氏が参入してくることになれば、多くの批判者が離れるのではないか。

3) 政策

今回の参議院選挙では、「政権とったらすぐやります!」として、消費税廃止、全国一律!最低賃金 1500 円「政府が補償」、奨学金徳政令、公務員増やします、一次産業戸別所得補償、TPP 協定やカジノ法など「トンデモ法」の見直し・廃止、辺野古新基地建設中止、原発即時禁止・被爆させない、という「8 つの緊急政策(緊急八策)」が出されていた。これらを再確認するとともに、次の点を明確にすべきだろう。

一つは憲法問題であり、二つは移民問題である。この二つの内、移民問題は「入管法」として、緊急八策の「トンデモ法」に含まれているが、具体的な説明はない。憲法改正問題については、今回は争点ではないという判断か、「緊急八策」にも記載されていない。しかし、この点は重要なので、次の衆議院選挙では必ず明確にすべきだろう。今回の選挙前に「東京新聞」が掲載した「各党の公約」でも、憲法について、「れい新」は「記載なし」となっているし、重要争点についてのアンケートでも、憲法について「れい新」は「無回答」だった。東京選挙区でも、「憲法改正」に賛成ですか、反対ですか、という簡単な質問にも、野原氏は「無回答」だった。なぜか不明だが、これでは投票しようとする者を、悩ませるのではないか。

憲法問題、移民問題、いずれの問題でも、山本太郎自身は発言している。しかし、少し分かり難い面があり、誤解を生んでいることも確かだ。最近も日本ジャーナリスト協会(JAJ)の記者会見(2019/8/7)で、憲法改正問題について、記者からの質問に答え、翌日の東京新聞に、「専守防衛を徹底するための 9 条改正は必要だ」と報じられた。この小さい記事を見るだけでは、山本太郎は「9 条改正は必要だ」と考えていて、近い将来、少なくとも政権をとった暁には、改憲するのだろう、と思っても不思議ではない。

しかし、実際は、そんな簡単なことではなく、彼は次のように発言しているのだ。(JAJ 動画からの文字起こし:小泉)https://www.youtube.com/watch?v=FHtycn2nZq8

   「安倍政権での改憲は、絶対やってはいけない。」

   「自民党の改憲草案の 4 項目は、「緊急事態」条項が本丸で、他
   の項目、例えば自衛隊の明記などは、殆ど意味はない。」

   「とはいえ、憲法は一字一句変えてはいけないもの、とは考えて
   いない。それは時期の問題で、少なくともこの国に生きる多くの
   人々が、政治に関し、憲法に関し、居酒屋でもレストランでも喫
   茶店でも、自分が好きな時に、好きな場所で、政治の話をしても
   「浮かない」という社会的空気にならなければ、憲法は改正でき
   ない。10年後か何年後か、それは分からない。もちろん、教育の
   分野でも、憲法について、子どもたちにも、大人たちにも、しっ
   かりとシェアされる、そういう状況があっての話だ。」

   「では、憲法を変えないといけないとすれば、どこなのか。それは
   9 条。なぜか。理由は 2015 年の安保法制。これが原因。憲法を
   飛び越えた立法がなされた。解釈という力技で行われたというこ
   と。このような詐欺的行為が、実際に行われたということ。二度と
   このような詐欺的扱いが、できないような条文にする必要がある。
   例えば何か。「専守防衛」というように徹底すること。日本の領土・
   領空からは出ない、ということを明記すること。そういった 9 条改
   正ということが、将来的には必要であろうと。私はそう思っている。」

これは端的に現状では「憲法改悪反対」と明記し、違憲の「安保関連法」は廃止、とすることで、無理な解釈を糺し、解決すべきではないのか。

また、二つ目の移民問題についても、昨年 12 月 7 日の「入管法改正案」を審議する参議院本会議での、山本太郎の発言が波紋を呼んでいる。政府与党(自民、公明、維新)は、野党の反対を押し切って採決を強行したが、野党は審議遅延戦術を繰り広げた。森ゆうこ議員(自由党)は長時間の演説で抵抗し、山本太郎も「牛歩戦術」で抵抗した。その際、彼は、投票直前の演壇から、次のような発言をした。https://m.youtube.com/watch?v=WbEa8a-U8hs 

   「賛成する者は、二度と保守と名乗るな! 保守と名乗るな! 官邸
   の下請け! 経団連の下請け! 竹中平蔵の下請け! この国に生きる
   人々を、低賃金競争に巻き込むのか? 世界中の低賃金競争に。恥を
   知れ! 二度と保守と名乗るな。保身と名乗れ! 保身だ!」

この発言をどう捉えるか。「「魂の叫び」だと思った」という人もいる半面、排外主義の臭いを感じ、批判する人もいることは確かだ。私は、次のように考える。

山本太郎の発言の内、「この国に生きる人々を、低賃金競争に巻き込むのか? 世界中の低賃金競争に」という部分が、波紋の原因だろう。もし、彼がこの論理で入管法の改悪に反対したのであれば、日本人との対立構造を生じさせるものとして、「だから外国人を入れるな」という排外主義を導く論理となり、批判されるべきだろう。しかし、そうだろうか。彼がこれまで外国人に対し見せて来た態度、支援活動などを見れば、そうした排外主義的態度ではとうてい行い得ないと思う。

要請があれば、たとえ選挙運動の最中でも、過密なスケジュールを縫って牛久の入管施設に赴き、長期収容されている外国人の健康問題、人権問題に向き合い、参議院議員の立場を活かし、仮放免を訴えている。これだけでも、彼の姿勢は明らかだが、これまでにも、何度も外国人(「労働者」とは限らない)の人権問題について、国会で追求している。そういう意味でも、この場での彼の発言には、排外主義的な意図はなく、そうした論理で入管法改悪に反対したのではない、と私には思える。

では、この発言が誤解を生じさせたのは、なぜか。それは、彼の発言が、法案への直接の批判ではなく、それを提案し、強行採決しようとする与党議員たちへの批判だったからではないか、と思う。ほんとうは、この法案の問題性を、根本的に批判しなければならなかったが、彼にその場はなく、ようやく「竹中平蔵の下請け!」と怒りをぶちまけることしかできなかった。投票の直前まで「牛歩」で遅らせ、最後の土壇場で、あの絶叫と言える発言となった。こんな悪法を通したら、どうなるのか、火を見るよりも明らかではないか、という怒りを爆発させた。法案そのものへの批判ではなく、「保守」派と目される議員たちの態度と、その「保守」思想を批判したのだった。

それまでの外国人技能実習制度は、どうだったのか。低賃金・長時間の奴隷的労働を強いられ、基本的人権を守られず、数々のハラスメントを受ける中で、堪えきれずに逃亡(「失踪」)する人々が、後を絶たないではないか。その制度を放置し、さらに新しい在留資格を創設して、外国人労働者の受入れを拡大するなど、あり得ないではないか。日本にやって来る外国人が、そうした資本家たちの餌食になることは、目に見えるではないか。それは結局、労働市場での日本人との過当競争を生み、対立を作り出すのではないか。国籍を問わず、労働者の基本的人権をぶち壊すことにつながるのだ。これが「低賃金競争」の予想される結果である。

山本太郎の発言は、短い時間(30 秒!)で、与党の議員たちに対し、政治家としての、その思想を問い質すものだった。彼らへの怒りを、最大限に表明した発言だったのだ。もし、あなたがたが「保守」と言うのであれば、(外国人労働者を措いても)日本人労働者を守るべきではないのか。彼らの状況を悪化させることが明白な法律を、このまま通すのか。日本や、日本人を守るのが「保守」なのではないのか。あなたがたは本当に「保守」なのか。大量に入って来る外国人労働者と日本人労働者が、「低賃金競争」の地獄で、互いに首を絞め合うことを、そうした状況に放り込まれることを、手をこまねいて見ているのか。もし、そうであれば、あなたがたには「保守」と名乗る資格はない。安倍に忖度し、党内の自己利益を守ろうとする、単なる「保身」なのだ。日本を考え、国家を考える志を持った、「保守」などでは断じてない。自らを二度と「保守」と呼ぶな。「保身」と呼べ。この法案を推進して儲けようとする人材会社の、単なる下請けに過ぎないのだ。竹中平蔵の下請けなのだ。 経団連の下請け!竹中平蔵の下請け!恥を知れ! 

この国会での発言の他に、街頭でも、入管法の改悪による外国人労働者の大量入国、それによる日本国内の状況変化について、短く発言しているが、その場合は、聴衆(この国で生活する「皆さん」)に向けて語っている。ここで検討する余裕はないが、この場合は、山本太郎は、「皆さん」の状況が厳しくなることを訴え、そうした状況をもたらす新自由主義を批判しているのだが、誤解を生む危うさは残るだろう。

   「今の自民党の若手は何かと言ったら、働き方がぶっ壊されたり、外
   国から大量の外国人、外国人労働者を呼び込めるようになったり、TPP
   に賛成したり、この国をぶっ壊されることを次々と賛成し続けているん
   ですよ。理由は何? 自分のキャリアを潰したくないから。ここで総理に
   反対するなんて言ったら、次、自分に芽がないから。そんな人間にこの
   国を救えるのかって。ガチで喧嘩する気力も気概もないのに、どうして
   政治の場に来たんだよ、という話なんですよ。」(2019/5/5 九州小倉駅前)
   https://youtu.be/Xeya4qBPuck(文字起こし:小泉)

「れい新」の「決意」なる文書には、この党の理念が記されているが、そこにも「私たちのお仕えするのは、この国に生きる全ての人々」とあり、「日本人」などの限定詞はない。したがって、この「全ての人々」には、国籍や在留資格などによる差別もない、と理解している。これは私の解釈だが、違っているだろうか。いずれにせよ、今後、このような誤解を生じさせないように、この「決意」に、次の一句を追記すべきだろう。

「私たちのお仕えするのは、国籍や在留資格を問わず、この国に生きる全ての人々である」と。

さらに、「緊急八策」中の、「全国一律!最低賃金 1500 円「政府が補償」」という項目にも、同様に、「国籍や在留資格を問わず、全国一律!最低賃金 1500 円「政府が補償」」と追記し、「内外人平等原則」を貫くことを明確にすべきではないか。

今後の外国人労働者の受け入れについては、その先進国である韓国から、多くを学ぶことができる筈だ。韓国では「盧武鉱政権が本格的な移民政策に着手し、差別禁止や共生など関連法令を整備。外国人妻や外国人労働者向けの電話相談や語学学校などが無料で提供されている」(「朝日新聞」2019/7/27)。「れい新」は、韓国の人々と連帯し、特別チームを作り、外国人労働者がワンストップで相談を受けられる窓口を、全国に設置するなど、具体的な解決策を教わり、施策として実現していくべきだろう。また、予想される課題も同時に学び、今後の政策に反映させていくべきだろう。

4) 組織

安富歩氏は、選挙を総括し、「れいわ新選組は、無縁者の集まりであり、その無縁のエネルギーが、ガチガチに固まって人間を閉塞させている有縁の世界に、風穴を開けつつある。人々の支持を集めているのは、その風穴から、空気が吹き込んでおり、息ができるようになったからだ」と述べている(「内側から見た「れいわ新選組」」)。

極めて自由度の高い、緩い組織だということは明白だ。このような組織が、政党として、どのような変化を遂げて行くのか、実験そのもののような気がする。今後、多数の人々がこの組織に流入して来る。その際、大きなところで、「れいわ新選組の決意」に同意すれば良い、ということなのかも知れないが、果たしてそれで、十分だろうか。

新宿駅頭での街宣時、入党方法を知りたいという質問があり、山本太郎は「れい新」は、「議員と候補者の組織だ」と答えていた。立候補希望者は公募するので、そこから応募して下さいと。つまり、その他のサポーターは、党員ではなく、あくまでもボランティアなのである。今後、このままの組織形態で良いかどうか、検討する必要はないのか。増え続けるサポーターを、どう位置付けるのか、それも今後の課題だろう。

大事なことは、「れい新」は、生まれたばかりの市民政党だ、ということだ。山本太郎は、街頭で何度も「市民の力で、市民のための政党を、皆でつくろう!」と呼びかけていた。私を含む多くの人が、それに呼応して大きな拍手をしたのだ。「自分たちのコントロールが効く、自分たちの政党」とも言っていた。この初心を忘れないでほしい。この結党の基本理念を活かし、育てていくこと。これが今後の大きな課題である。

市民政党であろうとすれば、「永田町の論理」に基づくやり方を否定し、新しい市民政党の姿を見せてほしい。国会議員の任期を重ねるよりも、交代制を取り入れ、任期が来たら後輩に席を譲り、自らは OB として、新人政治家の指導や、市民の政治教育に当たり、次代の政治家を育成するなどの、新しい党内ルールを作ってほしい。高額な議員報酬(日本の国会議員の報酬は、1 人当り GDP の比較で 5.26 倍。世界第 1 位)も、法が許せば、いったん党に渡し、党の事務局が各議員に応じた適正な給料を計算して支払い、残りは党内でプールするとか、議員会館の事務所は、各種運動体にも使用を認めるとか等々、思いつくことはいろいろあるだろう。

要は、市民が選んだ市民ための議員なのであり、決して特権的な職業ではないことを、名実ともに示して行くことである。理想を言えば、市民の誰もが、希望をすれば党員になれ、政治家への訓練が受けられ、国会議員への道が開かれる、ということである。また、今の「政治家」たちは、お互いを「センセイ」などと呼び合って、喜んでいるようだが、このような永田町の幼稚な風には、決してなじむことがないように、くれぐれも願いたい。この点、山本太郎は、ある質問者に「センセイちゃうで」と、清々しい応答をしていた。

5) 選挙戦(運動方法)

街頭記者会見と称した街宣と SNS による動画の拡散が、これまので方法だった。この推進力は、何と言っても山本太郎個人の表現力だった。彼の言葉の力が決定的だったのだ。他の 9 人の候補者も、それぞれ個性的で、人を惹きつける力はあったのは確かだが、山本太郎に匹敵する方はいない。今回のように、山本太郎一人に大きく依存した形が持続できるのか、これも厳しいのではないか。そうではない形、安富氏の言う「無縁者」の集団としての特長を活かした、これまでにない運動が展開できれば、と願っている。

地域での集会の積み重ねなどを含め、いろんな形を組み合わせ、多くの人に「れい新」の考え方を知ってもらうことが第一の課題だろう。選挙後、たまたま路上で会った旧知の労働者が、「れいわ、すごいね。」と興奮して話していたので少々驚いた。これまで自民党だったが、今度は「れいわ」だなと。TV の影響力がどれほど強いのか、改めて知らされた。今回は、マスメディアは無視したため、このかたのように、選挙後、初めて知った方も多いのではないか。

「出口調査」なるものが、どれだけ信頼できるのか分からないが、一つの目安として使うと、今回の選挙で「れい新」に投票した人の年代は、次のようである。10 代―2%、20 代―10%、30 代―18%、40 代―29%、50 代―20%、60 代―12%、70 代以上―8%(朝日新聞社による調査。2019/8/5 BS TBS「報道 1930」放送)

つまり、最大の投票者は、40 代で、山本太郎と同じ、「ロスジェネ世代」だということだ。やはり、彼らの気持ちに一番、アピールしたということなのだろうか。その前後の世代を合わせ、30 代〜60 代で 79%の大多数となり、今回の選挙では 30 代以上の人が「れい新」に投票した、ということなのだ。棄権の殆どを占める 10 代は 2%であり、20 代と併せても 12%でしかなく、彼ら SNS を駆使している筈の若者には、まだまだ浸透していなかった、ということが分かる。今後、彼ら、10 代〜20 代に、どのようにリーチしていくのか、とても大きな課題だろう。

6) 野党共闘

選挙後、共産党をはじめ各党が「れい新」との共闘を前向きに進める旨の発言が続いた。これはとても大事なことだ。山本太郎も、野党共闘なしに、政権への近道はないことを何度も発言している。そのためには、「消費税廃止」ではなく、消費税 5%の減税を、最低条件として提起している。共産党、社民党はもちろん、他の野党もこの「5%減税」で足並みを揃え、「れい新」を中心軸に本気の野党共闘を実現し、衆議院選挙に臨みたい。

この点で統一ができなければ、政権交代は遠のくし、改憲派を利する他ない。このような場合は、「れい新」は、独自の動きを強力に進めるのかも知れないが、統一した野党の力で、政権交代を目指してほしい。それは可能なのだ。

7) 選挙制度

日本の公職選挙法の問題点が、多くの方に指摘されている。「入場料だけで、どれだけのお金がかかるのか」と、山本太郎自身も、何度も言っている。「金のないやつは入って来るなと、障壁を設けているのだ」と。まさにその通りで、世界一高い「供託金」の問題や、現在の「小選挙区制」の問題、一票の格差の問題、定住外国人の参政権問題、開票事務に関わる疑惑の問題など、様々な改善すべき課題がある。

「れい新」としては、公職選挙法を改正し、「世界幸福度ランキング」第 1 位〜4 位までを占める北欧諸国にならい、比例代表制に転換すべきだろう。今回の参議院選挙のように、99 万票を取った山本太郎が落選したり、たった 18.9%の絶対得票率の自民党が、全議席の半分以上 51.4%を占めるという不公正も、解消できるのだ。投票した一人一人の「民意」を適正に反映できる制度でなければ、議会制民主主義は成立たない。多くの「死票」を生み出し、大政党に有利な「小選挙区制」は、一日も早く終わりにしよう。(参考:紅林進編『変えよう!選挙制度』ロゴス刊)

また、選挙制度の根幹を成す最終的な集計は、民間の1社に委託されている、という問題もある。例えば、投票用紙計数機など選挙に関わる機器一式は、現在、株式会社ムサシが独占している。開票事務は、各自治体の選挙管理委員会が所管しているが、開票作業の実態は、殆どメディアの取材も入らず、闇の中だ。(株)ムサシの社員に丸投げされているようだが、これで良いのか。https://www.musashinet.co.jp/department/election/election_01.html

6. おわりに

「市民の力で、市民のための政党を、皆でつくろう!」このように山本太郎が呼びかけていた時、本当にそんな政党ができれば良いな、と思った。しかしそれは簡単なことではないだろうとも。しかし、今やこの夢の第一歩は踏み出された。私たちは、この生れたばかりの市民政党を、細心の注意を払い、大事に育てて行かなければならない。来るべき衆議院選挙から次の参議院選挙まで、紆余曲折もあるのだろうが、山本太郎には、最後までがんばってもらいたい。私たちは、彼を最大限の力で守りぬき、この市民政党を大きく育てていくべきだろう。

この国の政治は、今、末期症状とも言うべき状態が続いている。福島原発事故後の状況は、どうか。自主避難されている方へも、宿舎から退去を強制するように家賃を倍増請求される状況だ。そもそも放射性廃棄物は処理されたのか。これほどの問題が判っていながら、なぜ再稼働を認めるのか。さらには原発輸出さえしようとしている。敗戦後74 年が過ぎても、沖縄の米軍基地は無くなっていない。むしろ新たな基地を建設しようとし続けているのだ。沖縄の人々がどれほど「もういい加減にしてくれ」と叫び続けても、さらに重圧をかけ、米軍基地、日本軍基地を増やし続けている。外交においても、韓国との、あの植民地宗主国を思わせる態度は何だ。植民地主義がこの国では全く乗り越えられていないことを、改めて示したのではないか。愛知トリエンナーレでの展示中止問題も同様である。

ここまで来た社会の劣化は、現在の安倍政権が続いていることに、大きな原因がある。今はその転換点に立っている。新しい市民政党と共に、新しい政治社会の創造をめざし、先ずは次の選挙で政権交代を実現できるように、共に力を尽くそうではないか!(了)
2019/8/20


*「レイバーネット「」より許可をえて転載
〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion8956:190830〕

http://chikyuza.net/archives/96632
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/128.html

[政治・選挙・NHK265] 「安倍首相の『韓国を相手にしない政策』、日本には悪夢のような反時代的選択」って、本当?(ちきゅう座)
2019年 8月 30日
<熊王信之:ちきゅう座会員>

数日前のブルマン!だよね氏のご紹介になる記事。 氏が疑問符をおつけになっていたように疑問です。

その理由は、アベ氏ご本人にも、政権の中枢におられる方々にも、果たして、政策等と言うものがあるのか、と言う本質的な疑問です。 別に対韓国に限らずに、です。

徴用工訴訟の判決を目にして、血が鶏冠に上り、くそったれ、とばかりに思い付いたのが貿易上の優遇措置を外す、と言うことなのだ、と思います。

彼等にとっては、先祖の時代には植民地だった国に先祖の悪事を暴かれてばかりする時代になり、我慢がならずに韓国が三権分立の民主主義国である事実を無視して、司法府の判断を行政府の責任と咎める意味においてしたことである、と思います。

そもそも私が見る処では、この国の政権も多くの国民も「自己愛性パーソナリティ障害」になりつつある、と思います。

この障害の症状は、ウィキペディア(Wikipedia)に依れば、以下のとおりです。“Narcissistic personality disorder: Symptoms”. MayoClinic.com. (2 Dec. 2011.)

  自己愛性パーソナリティ障害の症状

   人より優れていると信じている
   権力、成功、自己の魅力について空想を巡らす
   業績や才能を誇張する
   絶え間ない賛美と称賛を期待する
   自分は特別であると信じており、その信念に従って行動する
   人の感情や感覚を認識しそこなう
   人が自分のアイデアや計画に従うことを期待する
   人を利用する
   劣っていると感じた人々に高慢な態度をとる
   嫉妬されていると思い込む
   他人を嫉妬する
   多くの人間関係においてトラブルが見られる
   非現実的な目標を定める
   容易に傷つき、拒否されたと感じる
   脆く崩れやすい自尊心を抱えている
   感傷的にならず、冷淡な人物であるように見える

如何でしょうか? アベ政権とその支持者、中でもネトウヨには殆ど該当するでしょう?

嘗ての大日本帝国では勿論のこと、現在のアベ政権下のこの国でも、日本凄い、日本人偉い、等々の自己愛が満載の国情です。 特に、バブル崩壊後には、自尊心が痛く傷つけられたので自己愛が肥大してしまったように思えます。

日本では、この種の言動は、昔々から果てしなく続く「我褒め」の世界のようです。 その最盛期は、大本営発表です。 ただ、大本営発表については、株屋の亡父が一笑に付していましたが。 「勝った、勝った、って、ラッパばっかり吹きよって。 勝ったんなら、何で相場が暴落するんや、アホ。」と。 確かに、親父の言ったように戦争の当初、相場は上がりましたが、後は、暴落でしたから。

愛国心を持つのは良いのでしょうが、その余り他国、他民族を蔑視、敵視するのは如何なものでしょうか。 と言う文節になれば、月並みですが、やはりサミュエル・ジョンソン(Samuel Johnson)のあの言葉を引かなければならないでしょう。

愛国心は悪党の最後の砦(Patriotism is the last refuge of a scoundrel.)と。

それにしても、数年前の米議会調査局CRS報告書の「日米関係の論点」は、首相が「強固な国粋主義者」として知られ、「帝国主義日本の侵略やアジアの犠牲を否定する歴史修正主義にくみしている」と指摘され、またそのために米国の国益を害する恐れがあるとの懸念を生じさせた、との一節がありましたが、時日を経て現実になったようです。

何故かならば、ロシアのSPUTNIK日本のニュースに依れば、露中の爆撃機各二機に依る竹島上空の飛行は、日本の領域沿いで行っていた合同パトロールであり、露中間の軍事相互関係が新たな段階に差し掛かったことを物語っている、と言うことである、としているからです。 今や、米国の「同盟国」同士は仲違いしているのに、です。

竹島上空の飛行は政治の新たな現実 Sputnik 2019年07月24日 01:29 https://jp.sputniknews.com/opinion/201907246506318/

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/

〔opinion8958:190830〕

http://chikyuza.net/archives/96648
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/129.html

[政治・選挙・NHK265] SNS化、YouTube化した参院選2019 解禁から6年、インターネット選挙運動は日本の選挙をどのように変えたか(イミダス・集英社)
NS化、YouTube化した参院選2019
解禁から6年、インターネット選挙運動は日本の選挙をどのように変えたか

2019/08/30
宮原ジェフリー(選挙ライター、キュレーター)


 2013年の参議院議員選挙からインターネットを使った選挙運動が解禁となり、6年が経過した。この間、スマートフォンやSNSの普及率は右肩上がりに伸び続け、世代を問わず日常的にこれらを用いて情報を収集し、発信することが一般的になった。

 インターネット選挙運動の解禁により、選挙はどのような進化を遂げたのだろうか。2019年7月に行われた第25回参議院議員通常選挙の取材を通じて見えてきた動向を紹介したい。

●インターネット選挙運動でできること
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■インターネットを使ったドブ板選挙

 今回の選挙で最も注目された候補者の一人が鈴木宗男氏(「日本維新の会」、以下「維新」)だった。2010年に受託収賄罪などの罪で実刑判決が確定し、17年まで公民権停止となっていた彼にとって久しぶりの挑戦となった今回。鈴木氏は、全国比例区からの立候補を選択した。

 鈴木氏は衆議院議員選挙が中選挙区制度で行われていた時代、同じく自民党の故中川昭一氏や武部勤氏らと北海道で激しく議席を争いながら、選挙区内をくまなく回って有権者と直接対話を重ねることで支持を拡げてゆく、いわゆる「ドブ板選挙」を得意として地盤を固めてきた。

 そんな鈴木氏にとって、日本全国が選挙区となる参院選比例区での闘い方は相性が悪いのではないかと見られていた。ところが、いざ選挙が始まるとムネオ選対は有権者の度胆を抜く戦略を次々と繰り出していったのだった。

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撮影:宮原ジェフリー

 まずは参院選公示の前日にTwitterアカウントを取得。一方的な情報発信にとどまらず、積極的に他のTwitterユーザーのツイートにユーモアに富んだコメントをしてゆくスタイルで話題を集め、「#むねおったー」を用いた情報の拡散にも成功していった。

 インターネット空間上だけでなく、自身の遊説そのものも全国比例区と「SNS映え」に最適化された戦略が練られていた。立候補届出後の第一声の場所に、北海道最東端の納沙布岬を選んだのだ。注目度の高い候補者である鈴木氏の第一声ということで当然メディアの取材陣を引き寄せて耳目を集めつつ、自身が長く取り組んできた北方領土問題を訴えることができた。

 さらにその翌日には日本最西端の与那国島に、選挙戦3日目には東京を経由して日本最北端の宗谷岬に足を運んだ。それぞれは人口の多い場所ではなくとも、その驚異的な移動距離を示すことでメディアを通じてインパクトを与え、北海道・沖縄開発庁長官を歴任した経験をアピール。また、歌手の松山千春氏や俳優のスティーブン・セガール氏、元秘書のジョン・ムウェテ・ムルアカ氏といった個性的な応援弁士と遊説することで、テレビやSNSでさらなる話題を集める。これらの巧妙な手法が功を奏し、最終的に維新から比例代表で出馬した候補者の中でダントツの22万票超を獲得。開票と同時の午後8時に当選確実を決めた。

■YouTuber化する選挙運動

 今回の参院選で改選された124議席のうち、最後に確定した議席に滑り込んだのが「NHKから国民を守る党」(以下「N国」)代表(現在は党首)の立花孝志氏だった。政党要件を満たさない政治団体は、一般にマスメディアでは「諸派」として扱われる。2001年、参議院議員選挙に非拘束名簿式の比例代表制が導入されて以来、参議院比例区で諸派が議席と政党要件を獲得した例は、今回のN国と山本太郎代表率いる「れいわ新選組」(以下「れいわ」)がそれぞれ当選者を出すまで一度もなかった。

 N国はインターネットでの活動を出発点としている。立花氏自身は元NHKの職員として、不正経理を内部告発し、同社を退職した。その後YouTuberとしてNHKの受信料徴収者を追い払うテクニックを指南しつつ、自身の携帯電話番号を公開し、一般市民が徴収者とのトラブルについて日本全国から直接相談できる窓口を自分自身で担ってきた。さらに、玄関先に貼ることのできる、立花氏の電話番号とN国の党名を前面に押し出した「NHK撃退シール」を、インターネットを通じて無料配布し知名度を向上させていった。現在、N国は相談者向けのコールセンターを設置している。

 2013年の結党以来、YouTubeやニコニコ生放送のユーザーを中心に支持者を獲得。
地方議会で少しずつ議席を確保して、19年の統一地方選挙では26人の当選者を出し、インターネット上の支持だけでなく、政治組織としての地盤固めを着実に進めてきたのだ。

 満を持しての国政初進出となった今回の参院選では、全45選挙区のうち37選挙区に候補者を擁立。比例でも立花氏を含めて4名を擁立した。「供託金の300万円を用意できれば誰でも構わない」という姿勢で、候補者の中にはNHK問題を全く訴えない人や、逆に「NHKから国民を守る党には絶対に投票しないでください」と訴える人までいた。候補者には立花氏と同じYouTuberも多く、政見放送では歌ったり叫んだり、被り物をして登場する候補まで現れ、放送後すぐさまYouTubeに転載され、決めゼリフの「NHKをぶっ壊す!」が広く浸透していった。

 選挙区での議席確保は当初から目標にしておらず、選挙区全体で2%以上を得票して、政党要件を獲得することに主眼を置いていた立花氏としては、立候補者名簿や街のポスター掲示板に「NHKから国民を守る党」の名前があることが重要であって、有権者に対して「選択肢」を提供することさえできればそれが叶う、という見積もりだったと考えられる。

 実際にはその通りの結果となるばかりか、自身も難しいと感じていた比例区での議席まで獲得してしまったのだ。

 YouTuberの立候補があった一方で、今回の選挙では候補者のYouTuber化とも言える現象も目立った。東京都選挙区から立候補した音喜多駿氏(維新)は、同じく維新の全国比例で立候補していた柳ヶ瀬裕文氏とセットで選挙戦を展開していた。

「おとやなチャレンジ」と題して、バラエティ番組を模した様々な「チャレンジ」を行い、インターネットで配信して注目を集めた。例えば公示翌日の7月5日には「鉄人&耐久編」として、音喜多氏は地元の北区から蒲田駅までの約35kmを徒歩遊説、一方の柳ヶ瀬氏は蒲田駅で早朝から12時間演説をし続けて音喜多氏を待つ、という企画であったり、市販されている超大盛りのカップ焼きそばを食べきる動画をアップしたりと、従来は見られなかった新しい選挙運動を、有権者の反応を見ながら手探りで進めてゆく様子が見て取れた。

 特に、街宣車の上から音喜多・柳ヶ瀬両氏がマイクを握り、漫才コンビのように調子を合わせて演説をする自称「掛け合い演説」は聴衆に強いインパクトを与えた。

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撮影:宮原ジェフリー

 音喜多・柳ヶ瀬両氏は当落ラインギリギリでありながらも議席獲得を果たすことができたが、YouTuber候補は失敗例も少なくない。「国民民主党」は、スリランカ出身で羽衣国際大学の教授を務め、ビジネスの世界で成功し、タレントとしても活動している、にしゃんた氏を大阪選挙区から擁立した。にしゃんた陣営は猫の着ぐるみ「にゃん太」をマスコットキャラクターに据え、YouTubeでは「大阪100のええやん活動」と称して、にしゃんた氏がラップ、滝行、大喜利、落語など様々なことに挑戦しながら政策を訴えてゆく「にしゃんたチャレンジ」をアップしたが、再生数は2000回前後にとどまり、お世辞にも成功とは言えない結果となった。にしゃんた氏に限らず国民民主党はJAXA職員である水野素子氏(東京選挙区から立候補)に「宇宙かあさん」というキャッチフレーズをつけ、玉木雄一郎代表とともに人気アニメ「機動戦士ガンダム」のコスプレで街頭演説会に登場させた。大塚耕平氏(党代表代行・愛知県選挙区から立候補し当選)は着ぐるみの「民主主義怪獣デモクラシー」と特撮ヒーロー風の「国民戦隊コクミンジャー」を率いて選挙を戦ったりした。いずれもインターネットやテレビで触れられることはあったものの、これらの旧くからある広告代理店的な戦略は、N国やれいわのような新しい動きと比較すると、冷笑的に捉えられていた印象だった。

■オタク族議員の誕生

 インターネット上に強力な支持基盤を構築して国会に議席を獲得したほとんど初めての例と言えるのが、山田太郎氏(自民)だろう。マンガ、ゲーム、アニメといったいわゆる「オタク」向けコンテンツの表現規制に反対する政策を強く打ち出し、インターネットを通じて多くの支援者・支持者を獲得していった。自身の政治団体「表現の自由を守る会」を立ち上げて臨んだ3年前の参院選では個人票で29万票余りを獲得するも、所属していた「新党改革」全体で議席獲得が叶わず落選。今回は自民党の比例名簿に掲載されると、3年前に自民党の比例候補が獲得した最大得票数52万票を超える53万票を目標とし、大ヒットマンガ『ドラゴンボールZ』のセリフを借用して「『私の戦闘力は53万です』と言わせてください!」と訴え、支持を拡げていった(実際には54万票を獲得)。

 ツイッターで支援者は山田氏のトレードマークとなっている蝶ネクタイに似た記号「⋈」をアカウント名に入れて連帯を呼びかけた。#MeToo運動などから着想を得たと思われる、このようなインターネット文化を上手に選挙運動に活かしていった。

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撮影:宮原ジェフリー

■デモとしての街頭演説会

 これまで街頭演説は、選挙区内のターミナル駅やショッピングモールの近くなど人が多く集まる場所で行うのが定石で、それ以上の意味が問われることはあまりなかったが、インターネット選挙運動の解禁後は新たな動きが見え始めている。

 元セブン-イレブンのフランチャイズオーナーで、本部から搾取される制度に耐えかね、コンビニ加盟店ユニオンに加入して労働問題として訴えた三井義文氏(れいわ)は、選挙期間中の7月11日(セブン−イレブンの日)、午前11時から午後7時までの長時間にわたって、東京・四谷のセブン−イレブン・ジャパン本社前で街頭演説会を行った。

 また、非正規労働者として働いていた職場で雇い止め解雇をされた経験を持つ大椿裕子氏(社民)も、比例候補として日本全国を回る中で特に注目を集めたのが、人材派遣会社最大手で、元金融担当大臣の竹中平蔵氏が会長を務めるパソナ本社前での街頭演説だ。多様なゲストスピーカーを招きながら、自身と同じいわゆる「ロスジェネ」世代を中心に、労働者が使い捨てられている現状の変革を訴え、小泉(純一郎)-竹中路線での労働規制改革を批判していた。

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撮影:宮原ジェフリー

 セブン-イレブン・ジャパン本社もパソナ本社も都心に位置してはいるものの、目立って人通りが多い場所というわけではない。しかし、場所の持つ意味合いが強く、SNS等で話題となりやすい。それぞれの演説をしっかり聞かなくとも、ツイッターのタイムラインに「派遣労働の問題を訴える候補者がパソナ本社前で演説をしている」といった情報が回るだけで強い印象をもたらすことを狙ったものだと考えられる。

 ただし、こういった「デモを兼ねた街頭演説」の効果は現時点で限定的なようで、三井氏、大椿氏とも個人票は党内で一番少なく、議席獲得には至らなかった。

■選挙運動と選挙制度のこれから

 この10年間で、選挙運動や選挙制度には様々な変化があった。例えば、選挙公報を各選挙管理員会のWebページからpdfでダウンロードできるのが一般的になった。沖縄県那覇市の選挙管理委員会では、候補者用のポスター掲示板にQRコードを掲載し、各候補者の選挙公報に簡単にアクセスできるようにするなど、様々な取り組みがなされている。

 加えて、今回の参院選では、文章や写真を使ったSNSで、有権者と直接的なコミュニケーションを取れるようになったのみならず、リアルタイムで動画を配信できるサービスなど、インターネットで選挙を闘うツールが簡単に使用できるようになったことで、どの陣営も工夫次第で大きく票につなげることができるようになったことが特徴としてあげられる。一方で、少しでも法的・倫理的に正しくない部分が見えてしまうと、それが一気に拡散して悪いイメージが定着してしまうリスクもあるのがインターネット選挙運動の恐ろしい部分である。

 有権者にとっても、自宅のパソコンやスマートフォンを用いてより簡単に候補者の政策にアクセスできるようになり、政治家に親しみをもちやすくなったが、その分、一面的な情報ばかりを収集してしまうリスクも少なくない。有権者も同様にリテラシーを試される機会となるのが選挙なのかもしれない。

 今後も有権者の生活スタイルに合わせて、より効率的で簡便なものとして変革してゆくことが求められている。

 現在、政見放送はNHKと民法で選挙期間中数回ずつテレビとラジオで放送されるが、録画、録音しない限り放送時間以外に視聴・聴取できない。これも、選挙管理委員会の責任においてインターネットを通じていつでも見られるようにすることが検討されるのも遠い未来ではなさそうだ。

 一方で公職選挙法においては、いまだにポスターを各陣営が手で貼らなくてはいけなかったり、選挙カーでは、有権者から迷惑だという声が絶えない「連呼行為」しかしてはならないと定められていたりと、旧態依然としたところが指摘されている。しかしこの法律を改正することができるのは現行の法制度で議席を獲得した国会議員なのだ。当然のことながら、自分が勝った制度を変えようという力はなかなか働きにくい。

 ただし、議員たちにとって、投票期間中、有権者に支持する人物の名前を投票用紙に書いて投票箱に入れてもらい、その数を競う、という選挙の本質は今後も変わらない。

 選挙はもちろんだが、その機会に限らず、有権者一人一人が制度の矛盾に気づき、政治を担っている議員たちに対して訴えかけることで意識を変えてゆくほかない。

https://imidas.jp/jijikaitai/c-40-137-19-08-g786
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/130.html

[政治・選挙・NHK265] 佐野サービスエリアのストライキが問いかけるもの 「ブラック企業」と闘う労働現場の創意工夫(朝日新聞社 論座)
佐野サービスエリアのストライキが問いかけるもの
「ブラック企業」と闘う労働現場の創意工夫

鈴木剛 全国コミュニティ・ユニオン連合会 会長/東京管理職ユニオン 執行委員長
論座 2019年08月30日 より無料公開部分を転載。

lhttps://image.chess443.net/S2010/upload/2019082800007_1.jpeg
訪れた人は売店の休業を知らせる貼り紙を見ていた=2019年8月14日、栃木県佐野市の佐野サービスエリア

 「日本の労働運動は衰退し、もはや労働組合は既得権益集団である」といったことが言われて久しい。

 この夏、私は「レイバーノーツ台北大会」に参加した。レイバーノーツとは、1979年にアメリカで創設され、出版活動やウェブ運営を行い、様々な労働問題に関するワークショップや労働学校を運営している運動体である(レイバーノーツのウェブサイトhttp://www.labornotes.org/)。

 大会スローガンは、“労働運動に運動を取り戻そう”であり、「職場での組織化、譲歩と闘う攻撃的な戦略、民主的で組合員中心の労働組合を広める」ことをめざしている。日本でも大きく経済構造や雇用関係・職場環境が変化している中、従来の企業別・男性正社員中心の労働組合からの転換が迫られているが、大会に参加し、レイバーノーツの挑戦は大きな意味を持っていると実感した。

 その大会の最中に、SNS上で「佐野サービスエリアのストライキ」が報じられた。

■やむにやまれず立ち上がった佐野SAの労働者たち

 東北道の佐野サービスエリアで、盆の真っ最中である8月14日に従業員たちがストライキを起こした。8月11日の「FRIDAY DIGITAL」によると、佐野サービスエリアをNEXCO東日本から任されている株式会社ケイセイ・フーズ(岸敏夫社長)が倒産危機にあるという情報が流れ、一部業者が納品を中止する事態になったという。

 こうした中で、経営陣と交渉を続けていた総務部長の加藤正樹さんと支配人Iさんが不当に解雇された。しかし、多くの従業員がこれに反発し、解雇撤回と経営陣の退陣を求めて、ストライキに決起したのだという。

 詳細な経緯については、加藤さんが発信するSNS上の情報と加藤さんに取材した「文春オンライン」の記事(8/24、8/25)に詳しい。

 それらによると、長年労働者たちは、総支配人のT氏によるパワハラに苦しめられており、その音声データも報道されている。また、労働環境も劣悪で、クーラーも設置されていない厨房は40度を超す猛烈な暑さだったという。大手商社に勤めていた加藤さんが入社し、こうした問題の解決に向けて取り組む中で、現場の労働者たちの信頼を集め、また、それまで我慢して耐えていた労働者たちも立ち上がるようになったのである。

 一方で経営側には問題が多く、ケイセイ・フーズの親会社である片柳建設の経営が悪化の一途を辿り、2019年6月20日にメインバンクが新規融資凍結処分を下したとのことであった。7月20日に行われた労使交渉では、経営陣が融資凍結と返済滞納を認めたのである。その一方で幹部社員が会社経費で高級車を購入するなどの私物化問題も明らかになったようである。

 このときの差し迫った状況について加藤さんは以下のように発言している。

 「商品が搬入されないとなると、売り上げがたたない。このままでは従業員の給料が支払われないような事態にまで発展してしまう恐れがありました。そこで岸社長に対し、新たな事業計画を練って銀行から新規融資を取り付けてほしいと直談判したのです」(加藤さん)

 交渉を経て、8月5日、商品支払いの前倒しと労働者への賃金支払いを約束する覚書にサインした岸社長だったが、8月9日に翻意し、ついには8月14日の加藤さんらに対する不当な解雇に及んだものである。まさに、労働者の生活が懸かった緊急かつ重大な事態にあったのである。

 これに対して、やむにやまれずに団結し、全労働者の90%にあたる約50名がストライキを打ったのだ。先に紹介したレーバーノーツ台北大会に参加したアジア諸国の活動家たちの報告に通じる、職場の労働問題を解決するために、最前線で苦闘して働く労働者自身が創意工夫し、立ち上がったのである。(なお、本原稿執筆現在、佐野SAの労働者たちは、連合栃木の支援でストライキと団体交渉を継続しているという。)

https://image.chess443.net/S2010/upload/2019082800007_3.jpg
プロ野球スト突入で、入場口の前に立つ警備員=2004年9月18日、神戸市須磨区のヤフーBBスタジアム(現ほっともっとフィールド神戸)

■法律が先にあるのではない。運動が先にある

 この事件は、たちまちメディア上の話題となり、テレビのワイドショーでも報じられることになった。しかし、多くの当初報道は、上述したような労働現場の実態や経営状況を取材したものではなく、「盆の時期にストライキなど迷惑だ」という観光客の意見を流すものばかりであったようだ。ストライキに対して経営側が新たな人員を採用した“スト破り”についても、「これで佐野ラーメンがまた食べられます」といった観光客の感想を報じたものが多く、肝心の労働者たちが追い込まれている状況に迫った報道は少なかった。

 さらに、ストライキが報道された当初期に、元労働組合経験者と称する人物が、「ストライキは労働委員会に届け出なければならない」、「要求が適切がどうか労働委員会に意見を仰ぐべき」といった誤った情報を投稿した。ストライキにおいて労働委員会への通知が必要なのは、公共インフラや公共交通などの公益事業に限られるものである。

 また、「正式な組合か」といった形式にこだわる意見、組合が突きつけた経営陣に対する「退陣要求」が「経営専権事項」であるとして「組合は要求できない」といった誤った意見など、間違いだらけの情報ばかりであった。 ・・・ログインして読む
(残り:約2681文字/本文:約4848文字)

https://webronza.asahi.com/business/articles/2019082800007.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/131.html

[政治・選挙・NHK265] 「NHKから国民を守る党」の怪しい正体 − 改憲派の仲間入りか? −(ちきゅう座)
2019年 8月 30日
<隅井孝雄(すみいたかお):ジャーナリスト>

参院選で「NHKから国民を守る党」(N国党)が比例で当選したことが話題となった。ほかならぬNHK政見放送で「NHKをぶっ壊せ」と叫んだことから、市民の好奇心を煽り、ユーチューブで300万回も視聴された(7/25朝日新聞)。

■立花孝志氏とは何者?

「NHKをぶっ壊す」と叫んで国政に進出した立花孝志氏は、元NHK職員だ。不正経理に絡んで懲戒処分、2005年に退職、一時期「みんなの党」に出入りしていた。 (投稿者注: wikiには、「2005年4月、週刊文春でNHKの不正経理を内部告発し、7月に自身の不正経理で懲戒処分を受けNHKを依願退職する。」とある。)

2013年「NHKから国民を守る党」を結成、その後大阪や東京で地方議会選に立候補、落選を繰り返した後、2015年船橋市議会議員に。しかし任期半ばで辞任、2016年以降都知事選、堺市長選などで落選を重ねる一方、地方議員に候補をたて、一部で当選者を出すようになった。19年4月の統一地方選で地方議会に26人が当選、余勢を駆って参院選に挑戦することとなった。立花氏の得票は99万票、1.97%だが、全国各地のN国候補の合計得票率が3.02%と政党要件2%を上回ったことから比例当選を果たした。

■物珍しさ消え、右寄り傾向見せる

当選直後、「北方領土を戦争で取り返す」と発言し糾弾決議を受けた丸山穂高衆院議員を入党させ、更に参院渡辺喜美参院議員と統一会派を組み「みんなの党」を名乗ることになる。

しかし「みんなの党」が表立ち、N国党がかすむという自己矛盾となる。「物珍しさ」はすっかり消えた。不祥事に関連した元自民議員などの加入を呼びかける一方、「NHKのスクランブル化(NHKを見ない人は払わなくていい)を首相が認めれば、憲法改正に賛成する」(7/30時事通信)という発言や、ネトウヨ的言動に批判が高まっている。新たな右翼グループの誕生で、改憲2/3にあと一歩との見方も一部でささやかれている。

8月10日N国は臨時総会を開いた。ジャーナリストの上杉隆氏を幹事長に起用、政党の体制を一応整ようとした。来年の都知事選、次期衆院選に挑むというが、右寄り傾向という正体を見せたことで、政党としての発展は危うくなったと私はみる。

■NHKの在り方を問う市民運動とは無縁

2014年以降3年間はNHK会長籾井勝人(当時)の「政府が右と言えば左と言えない」と発言、受信料不払いを宣言する人が多数出た。NHKに対する不信感は今も続く。しかし2017年12月、最高裁が受信料の支払い義務は合憲だと判断を示した。そのため、番組に対する不満から不払いする視聴者の「権利」は成り立たず、受信料裁判は視聴者の敗訴が続いている。

NHKは8月9日から3日間、「受信料をお支払いください」という異例の3分番組を放送した(松原洋一理事の出演)。続いて政府が「NHKと契約したものは受信料の支払い義務がある」との答弁書を閣議決定した。議員会館室にテレビがあるが、立花氏は「NHKと契約するが受信料は踏み倒す」と公然と発言したからだ。

しかしそのNHKにも矛盾がある。NHKは近々総合とETVのすべての番組をインターネットで同時配信する準備中だ。受信料を払っていない人がネットで流れる番組をパソコンやケータイで視聴しようとすると、「受信料を支払ってください」というスクランブル画面が出る仕組みになるとみられる。ネットでは立花氏の言い分が通るということにならないか。

私自身京都で「NHKを憂うる会」(現「NHK・メディアの会京都」)で、かつて籾井会長の辞任を求める運動を行ってきたが、同時にNHKの安倍政権寄りの報道姿勢を正そうとする運動に参加してきた。そのため“「N国党」とは関係あるのか”と参院選中よく聞かれた。“「まともな公共放送を取り戻そう」という市民運動とは全く異なる”が私の答えだ。

NHKが政権寄りの報道をやめ、本来の公共放送に立ち返るためには、7,122億円の受信料(2018年)でNHKを支える市民、視聴者の力強い働きかけ以外にはない。

最近NHKの報道の政権寄りを批判する市民組織の数が増え、全国的になっているのは心強い動きだ。独立した公共放送としての使命を取り戻せ、政府寄りの人事を撤回せよなどの申し入れが「NHKを考える会」など、全国20団体の連名で行われた。(6/26)。NHK批判の市民の動きは全国各地に広がりを見せている。


初出:「リベラル21」より許可を得て転載http://lib21.blog96.fc2.com/

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔opinion8954:190830〕

http://chikyuza.net/archives/96622
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/132.html

[政治・選挙・NHK265] 文科相発言 ヤジ排除「容認」は論外

 選挙の街頭演説はどんな内容であっても黙って聞けというのか。
 ヤジを飛ばした人が警察に取り押さえられ、現場から遠ざけられる事案が、7月の札幌に続いて今月24日、埼玉県知事選の応援演説で発生した。
 警察の過剰警備が続いていることは看過できない。

 それ以上に問題なのは、今回演説に立ち、ヤジを飛ばされた柴山昌彦文部科学相の発言だ。
 記者会見で「表現の自由は最大限保障されなければならない」と述べる一方、演説を聞きたい聴衆の思いにも触れ「大声を出したりする権利は保障されていないのではないか」との考えを示した。
 「表現の自由」を都合良く解釈していると言うほかない。
 閣僚が警察によるヤジ排除を容認すれば、過剰警備を助長しかねない。発言を撤回すべきだ。

 街頭演説は不特定多数の人に広く政策などをアピールする場である。支持者に限らず、さまざまな意見を持つ人が聞くのは当然だ。
 今回取り押さえられた男子大学生は大学入試改革への反対を訴え「柴山やめろ」「民間試験撤廃」などと声を上げた。
 来年度開始の大学入学共通テストを巡っては、新たに導入される英語民間検定試験の詳細が決まらず、受験生や学校現場には不安が広がっている。男子大学生の訴えもそうした声の一部だろう。

 公職選挙法は演説妨害を禁じている。だが、演説者が取り組む政策に反対の声を上げただけで排除するのはあまりに行き過ぎだ。
 柴山氏は、ツイッター上で自身に対し「抗議の電話しましょう」との呼び掛けがあったことに「業務妨害罪にならないよう気をつけて下さいね」と返した。
 威圧と受け取られかねない言いぶりだ。閣僚としての資質に欠けると言える。異論を受け止めない安倍晋三政権の不寛容さを象徴する態度だろう。
 菅義偉官房長官は一連の対応を問題視せず「警察の活動は不偏不党、公正中立を旨として行われるべきだ」と述べるにとどめている。

 道警によるヤジ排除を巡っては、鈴木直道知事が速やかな事実関係の確認を求めているが、排除した際の法的根拠など詳細な説明はいまだない。
 警察活動に公正中立を求めるのなら、政府がまずすべきは一連の対応の法的根拠を警察当局に説明させることだろう。表現の自由に対し、公権力の過度な介入を招かないようにしなければならない。


北海道新聞社説 2019年8月31日
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/339934?rct=c_editorial
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/133.html

[政治・選挙・NHK265] 防衛費概算要求 どこまで膨張するのか

 安倍政権下で防衛費はどこまで膨張するのか。防衛省の二〇二〇年度概算要求は六年連続で過去最大となった。情勢の厳しさを理由とするが、防衛力整備に節度を取り戻すことが必要ではないか。
 防衛省の二〇年度予算概算要求は一九年度当初予算比6・3%増の五兆三千二百二十二億円となった。「事項要求」にとどめた米軍再編関係経費などは含まれておらず、仮に一九年度と同額の二千五百五億円を計上した場合の実質的な前年度当初比は6・0%増となる。厳しい財政事情の中、増額要求が続くのは異例である。

 日本の防衛費は冷戦終結後、減少傾向が続いていたが、安倍晋三首相が政権復帰後に編成した一三年度に増額に転じ、二〇年度まで八年連続の増額要求となった。
 政府は昨年十二月、安全保障や防衛力整備の基本方針を示す「防衛計画の大綱(防衛大綱)」と、それに基づいて防衛装備品の見積もりを定めた「中期防衛力整備計画(中期防)」を改定した。
 新しい中期防では一九年度から五年間の防衛費の総額を二十七兆四千七百億円程度と定めている。改定前の中期防では、五年間の総額を二十四兆六千七百億円としており、すでに五年間で二兆八千億円も増やすことになっている。

 防衛費を押し上げる要因はヘリコプター搭載型護衛艦「いずも」型の事実上の空母化や、「いずも」型で運用する短距離離陸・垂直着陸可能な戦闘機(F35B)、地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」など新しい装備の調達である。これらは新しい大綱や中期防に盛り込まれ、二〇年度概算要求に費用が計上された。
 F35Bやイージス・アショアはいずれも高額で、米国が価格や納期の主導権を持つ「対外有償軍事援助(FMS)」で調達する。事実上の空母運用やイージス・アショア導入には、専守防衛を逸脱するとの指摘や、そもそも日本防衛に必要なのか、という議論がある。
 トランプ米政権への配慮から導入を急げば、厳しい財政をさらに圧迫するばかりか、「専守防衛」という戦後日本の安全保障政策をも毀損(きそん)しかねない。

 真に必要な防衛力を整備し続けることは当然としても、アジア・太平洋地域で続く緊張緩和に向けた模索に背を向け、防衛力を増強し続ければ、日本自身が地域の不安定要因となりかねない。
 防衛費の増減は対外的なメッセージとなり得る。節度を持って予算編成に当たるべきである。


中日/東京新聞社説 2019年8月31日
https://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2019083102000127.html
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2019083102000161.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/134.html

[原発・フッ素51] 柏崎刈羽の廃炉 約束になっていない

 地元自治体の求めに応じ、東京電力は柏崎刈羽原発の廃炉方針に言及したが、廃炉より再稼働を優先させたい本音が依然見え隠れ。福島の事故を起こした東電に、原発を動かす資格があるか。
 東電による柏崎刈羽原発の廃炉方針を、地元新潟県柏崎市の桜井雅浩市長は「落第点ではないが、平均点までいっていない」と受け止めた。これでも、甘過ぎはしないだろうか。

 七基の原子炉を有する柏崎刈羽原発は、世界最大出力の原発だ。

 福島の事故で浮き彫りになった集中立地に伴うリスクを軽減すべく、桜井市長は、6、7号機再稼働の条件として、1〜5号機いずれかを廃炉にする計画を、基数、号機、そして期限を明らかにした上で、提示するよう求めていた。

 「6、7号機の再稼働後五年以内に、一基以上の廃炉を想定する」というのが、東電からの回答だ。基数、号機の特定はなく、期限についても「再稼働から五年以内」という。「再稼働ありき」だと、むしろ東電の方が、廃炉の前提条件を突きつけてきたようにも映る。本末転倒ではないか。

 「十分な規模の非化石電源確保が見通せる状況となった場合」という条件もつけている。洋上風力発電など、再生可能エネルギーの導入が進まなければ、廃炉にはしないということか。

 条件だらけ。これでは、廃炉を約束したとは言い難い。

 結局、東電の方針からは、原発への強い“こだわり”ばかりがにじむ。遅々として進まない福島第一原発事故の後始末に苦しみながら、なぜかくも、原発に執着し続けるのか。

 原発を再稼働させれば火力発電の燃料代を節約できて、短期的には、ある程度収益を改善できる。だが、中長期的にはどうだろう。

 原子力規制委員会は、柏崎刈羽6、7号機の再稼働に際して、「経済性より安全性を優先すべし」という趣旨の条件を付けた。東電が重大事故の当事者であることを重く見ているからだろう。

 その結果、再稼働にかかる安全対策費は、約一兆一千七百億円と、すでに当初見込みの二倍に膨らんだ。

 3・11を境に、原発で“もうかる”時代ではなくなった。その転換点をつくったのが東電だ。

 世界は「大廃炉時代」に入っている。廃炉技術こそ収益につながる時代。東電は、その先頭に立つべきではないか。

中日/東京新聞社説 2019年8月30日
https://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2019083002000116.html
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2019083002000163.html
http://www.asyura2.com/19/genpatu51/msg/845.html

[政治・選挙・NHK265] 上野政務官辞任 明確な説明が欠かせない

 コメント発表のみで記者会見せずに辞任するのは看過できない。
 厚生労働政務官を務めていた自民党の上野宏史衆院議員である。外国人労働者の在留資格を巡って口利き疑惑を報じられていた。
 上野氏はコメントで報道を否定している。これでは不十分だ。上野氏は16日を最後に登庁もしていなかった。安倍晋三政権が肝いりで進めてきた政策に関係しているのに国民の疑問に答えていない。政策への不信感にもつながる。
 上野氏が会見して説明し、質問に答えるのが筋である。

 週刊文春によると、東京都内の人材派遣会社が今年2〜6月に外国人の187人分の在留資格を認定するように申請した。上野氏側は、速やかに申請が認められるように出入国在留管理局に問い合わせ、見返りに金銭を求めようとした疑いがあるとしている。
 上野氏と秘書の6月19日の会話とされる録音も残っている。
 上野氏とされる男性は、13件の許可が出たと知ると「26万円持ってきてください」「(人材派遣会社から)お金をもらう案件になっている」などと話している。
 派遣会社は、共同通信の取材に対し、申請した外国人の一覧を上野氏側に送付したことは認めた上で、「口利きの依頼ではなかった」と否定した。
 上野氏もコメントで口利きやあっせん利得処罰法に触れる事実はないと説明している。その上で「誤解を招きかねないとの指摘もある」「体調を崩している」などを辞任理由に挙げた。

 あっせん利得処罰法は、政治家や秘書による公務員らへの口利きを制限する法律だ。「権限に基づく影響力の行使」が成立要件になる。今回の案件が違反に当たるかどうか判断するのは難しい。それでも内容が事実なら公正ではない。国会議員、ましてや厚労政務官として問題が大きい。

 上野氏は昨年10月から厚労政務官を務めていた。外国人の技能実習を巡っては、業界団体や地域の要望を聞く厚労省内の検討チームのトップだった。
 一方で人手不足が続く業界には外国人労働者は迅速に雇用したい存在だ。それなのに新たな在留資格は、制度が始まったばかりで審査に時間がかかっているとの指摘もある。
 業界と政治の癒着が生まれやすい状況だっただけに、明確な説明が欠かせない。安倍首相の任命責任も問われる。野党は秋の臨時国会で追及するべきだ。
(8月31日)


信濃毎日新聞社説 2019年8月31日
https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20190831/KT190830ETI090011000.php
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/137.html

[政治・選挙・NHK265] NHKは「拝謁記」を全文公開せよ(アリの一言)
2019年08月20日
     
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 NHKが16日以来再三取り上げている「拝謁記」(田島道治初代宮内庁長官の記録)は、天皇裕仁の戦争責任・戦後責任についての“弁解記”と言っても過言ではないでしょう。これまで放送された主な内容は次の通りです。

@ 自分(裕仁)は戦争を意図していなかったが、軍部が「下剋上」で勝手に動いた。

A 戦後、国民の前で「反省」「後悔」という言葉を述べたかったが、首相の吉田茂が反対したため叶わなかった。

B 戦後、憲法が変わり天皇は「君主」から「象徴」になったので、自分もそう変わろうと努めた。

C 戦後の日本の政治の実情を見るにつけ、言いたい事がたくさんあったが、憲法上の制約から発言を抑えた。

D 「侵略者(ソ連)」がいる以上、「改憲」して「再軍備」する必要があるが、「旧軍閥」の台頭はいやだ。そのことを首相・吉田に言いたかったが、憲法上言わなかった。

 このNHK報道に貫かれているのは、自分は一貫した平和主義者で、戦争責任は軍部・軍閥にあり、戦後も日本のことを考え続けたが、憲法上「象徴」としての制約を守って発言を自重してきた、という裕仁の弁明です。それにNHKアナウンサーと「識者」らのコメントを付けて裕仁美化を増幅しています。

 これが歴史的事実に反していることは明白です。

 戦争開始・遂行の最高責任が、国の統治者であり統帥権を持つ大元帥だった裕仁にあることは明白です。戦後の主権在民の憲法の下でも、裕仁は政府の頭越しにマッカーサーと11回も会談するなどアメリカと直接交渉を続け、天皇制維持と引き換えに沖縄を売り渡し(1947年9月「沖縄メッセージ」)、日米安保体制のレールを敷くなど、政治活動に狂奔してきました。軍事増強についても防衛庁長官(当時)に直接忠告する(1973年5月「増原防衛庁長官内奏事件」)など、公然と憲法を蹂躙してきたのが裕仁の実像です。

 ところが、4日目の19日になると、NHKにとってのネタ切れになったのか、興味深いことが紹介されました。それは裕仁が皇太子明仁の軍隊への「任官」を拒否し続けてきたということです(当時皇族は10歳になると任官する規則になっていたが、裕仁が反対し、明仁は任官しないまま11歳で敗戦を迎えた)。

 「国民」は徴兵して死地へ送り、植民地・朝鮮の人々を強制動員しておきながら、自分の息子は規則に反して「軍人」にすることを避け続けた。なんという身勝手な人間性でしょうか。NHKはそれを「親心」と美化して流しました。

 この報道では図らずも露呈したように、「拝謁記」には裕仁のさまざまな発言があるはずです。なにしろ「約5年間(1949年2月〜53年12月)、613回、330時間以上」にわたる「拝謁」の記録です。NHKの報道は、その中からNHKが自社の視点(価値判断)で取捨選択・編集したごく一部であり、一面的・恣意的な裕仁像であることは明らかです。

 NHKは「拝謁記」の全文を公開すべきです。

 「拝謁記」は宮内庁長官(当時)と天皇の会話の記録であり、れっきとした公文書です。NHKが誰からどのような経緯でそれを手にしたかは問いませんが、入手しているなら自社の判断で直ちに全文公開すべきです。もし他者が所有しているのであれば、NHKはその所有者(取材源)に対し全文公開を進言すべきです(NHKには見せているのですからまさか拒否はしないでしょう)。それが報道機関、しかも「公共放送」を自認している者の責任・義務ではないでしょうか。

 「拝謁記」はその全体が公開され、裕仁の発言が全面的に明らかになってはじめて、「歴史的資料」といえるのではないでしょうか。

https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/e/090f2fb07f954a1dbcc923728ed81da5
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/148.html

[政治・選挙・NHK265] 「拝謁記」で本土メディアが無視した裕仁の本音(アリの一言)
2019年08月22日     

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 前回のブログで、NHKは「拝謁記」を全文公開すべきだと書きましたが、19日、NHKはその一部だけを報道各社に公開し、各社はそれを大きく報じました。

 同じ情報源(公開された「拝謁記」の一部)でも、扱うメディアの視点によって紙面は大きく異なることを改めて痛感しました。

 21日付の本土各紙(放送も同様)は、「(戦争)反省といふ字を入れねば」という裕仁の発言を大きく見出しにとりました。しかし、沖縄の琉球新報は違いました。沖縄タイムスも翌21日付で新報に続きました。両紙が1面トップで大きく報じた裕仁の発言は、「一部の犠牲やむを得ぬ」です。

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https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0f/4b/c87042891029e31dc6e605241416a4de.jpg

 琉球新報、沖縄タイムスが注目したのは「拝謁記」の次の個所でした。

   「基地の問題でもそれぞれの立場上より論ずれば一應尤(いちおうもっとも)
   と思ふ理由もあらうが全体の為二之がいいと分かれば一部の犠牲は巳(や)
   むを得ぬと考える事」「誰かがどこかで不利を忍び犠牲を払ハねばならぬ」
   (1953年11月24日の発言)

 琉球新報は
「一部の犠牲やむ得ぬ 昭和天皇 米軍基地で言及 53年、反対運動批判も」
の見出しで、リードにこう書きました。

   「昭和天皇は1953年の拝謁で、基地の存在が国全体のためにいいと
   なれば一部の犠牲はやむを得ないとの認識を示していたことが分かっ
   た。専門家は、共産主義の脅威に対する防波堤として、米国による琉
   球諸島の軍事占領を望んだ47年の『天皇メッセージと同じ路線だ』と
   指摘。沖縄戦の戦争責任や沖縄の米国統治について『反省していたか
   は疑問だ』と述べた」

 朝日新聞、毎日新聞は記事中でも「拝謁記要旨」でも、この部分には触れていません。同じ共同通信を使っても中国新聞などは「要旨」の中で一部だけ載せていますが、記事にはしていません。同じネタ(裕仁の発言)であるにもかかわらず本土メディアと沖縄県紙で際立った違いが表れました。これはいったい何を意味しているでしょうか。

 米軍基地によって生じる「やむを得ぬ」「犠牲」を被る「一部」とはどこか。基地が集中している沖縄であることは明らかです。裕仁はそれを「沖縄の」とは言わず「一部の」と言ったのです。これが沖縄に「犠牲」を押し付ける発言であることは、沖縄のメディア、沖縄の人々にとっては鋭い痛みを伴って直感されます。だから琉球新報も沖縄タイムスも1面トップで大きく報じました。ところが本土紙(読売、産経は論外)はそれをスルーしました。裕仁の発言の意味が分からなかったのか、分かっていて無視したのか。いずれにしても、ここに沖縄の基地問題・沖縄差別に対する本土(メディア、市民)の鈍感性・差別性が象徴的に表れていると言えるのではないでしょうか。

 裕仁の「沖縄(天皇)メッセージ」(1947年9月)を世に知らしめた進藤栄一筑波大名誉教授はこう指摘しています。

   「『天皇メッセージ』は、天皇が進んで沖縄を米国に差し出す内容だった。
   『一部の犠牲はやむを得ない』という天皇の言葉にも表れているように、
   戦前から続く“捨て石”の発想は変わっていない」(20日付琉球新報)

 沖縄戦研究の第一人者・石原昌家沖縄国際大名誉教授は、「一部の犠牲」発言とともに裕仁が米軍基地反対運動に否定的な発言をしていることに着目し、こう述べています。

   「現在の米軍への思いやり予算や名護市辺野古の新基地建設の問題で
   の政府の姿勢は、昭和天皇のこうした発言の意を酌んでいるかのよう
   で、現在にもつながっている」(21日付沖縄タイムス)

 「拝謁記」には、戦争責任を回避する裕仁の弁解発言が多く含まれていますが、同時に裕仁の本音、実態も少なからず表れています(だからこそ全文を公開する必要があります)。「一部の犠牲」発言は、「本土防衛」(さらに言えば「国体」=天皇制護持)のために沖縄を犠牲にすることをなんとも思わない裕仁の本音・実像がかはっきり表れています。

 それを指摘するメディアが、犠牲の当事者である沖縄の県紙だけだというところに、今日の、いや戦前から一貫している日本のメディア・言論界の思考停止・体制順応・天皇タブーが如実に表れているのではないでしょうか。

https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/e/b90ed0ea32311e9a383b90a915c43cb3
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/149.html

[政治・選挙・NHK265] 広島・長崎で広がる“言論・表現の不自由”(アリの一言)
2019年08月26日
     
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https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5f/4b/489729817ccddabebe85e6145f3e4b34.jpg

 広島市の松井一実市長が「8・6」平和式典会場周辺での集会・デモを規制しようとしている問題(8月5日のブログ参照)で、広島市は6日、式典参列者約4千人にアンケートをおこないました。

 「デモの音が聞こえたかどうかを尋ねた上で、式典への悪影響の有無を質問。今後の対応について『音量を規制するための措置を講ずる(例えば条例の制定)』『要請や話し合いを続ける』などから選択するよう求めた」(7日付中国新聞)ものです。

 この日、中国新聞の取材では、「8・6ヒロシマ大行動」実行委員会主催の集会(写真右)は、「原爆投下時刻の午前8時15分には黙とう」(8日付中国新聞)し、音は出していません。

 同実行委員会の中島健共同代表は、「アンケートは恣意的で安倍政権への批判を封じるためのものだ」(7日付中国新聞)と批判しています。

 市立大広島平和研究所の河上暁弘准教授(憲法学)も、「今回のアンケートには条例で規制した場合、表現の自由を損なう危険性があることへの言及はない。より中立性に配慮し、慎重に検討する必要がある」(8日付中国新聞)と指摘しています。

 広島市は「来年に開く平和記念式典に向け、厳粛な環境を確保するための検討を本格化させる。…条例の制定も視野に入れている」(8日付中国新聞)。情勢はまったく予断を許しません。

 一方、長崎でも深刻な事態が広がっています。

 16日付の琉球新報によれば、「長崎県の公立小中学校の平和教育で憲法や安全保障などの話題を敬遠する風潮が広がり、被爆者らが困惑している」といいます。以下、同記事から。

    長崎市内の小中学校で被爆体験を語っている森口貢さん(82)は、
   ことし5月、講話を頼まれた中学校の教員にくぎを刺された。「憲法
   について話すのは控えてほしい」。森口さんは「二度と戦争を起こさ
   ないために語っている。平和憲法に言及するのは当然だ」と抗議した
   が、講話は中止になった。
    同校の校長は取材にこう語った。「憲法は平和教育の範囲外。戦時
   中の悲惨な暮らしぶりを話してもらい、生徒に命の尊さを学ばせたか
   った」。森口さんによると、2、3年前から講話内容に注文を付ける学
   校が増えたという。

    別の女性被爆者(80)も「2年前に長崎市の中学校の講話で集団的
   自衛権に触れたら、校長が市教委に通報した」。

    「学校側が自主規制をしている」という長崎市内の小学校の男性教
   諭は、昨年、招こうとした被爆者について、当時の校長が「天皇制や
   原発の話をする」として変更を迫ったという。

 長崎市だけではありません。23日のNHKニュース9によると、佐世保市教育委員会はこのほど、「原爆写真展」の後援を拒否しました。主な「理由」は、主催団体が核兵器禁止条約の国際署名活動を行っていること。「政治的中立を侵す」というのです。市教委の担当者は、「中立のため当たり前」と開き直っていました。

 「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」の中止で、あらためて「表現の不自由」が問題になっていますが、被爆地・広島と長崎でもそれが深刻な状況になっています。そこにあるのは、「被爆・平和」を「政治」から切り離そうとする力です。安倍長期政権の存在と無関係ではないでしょう。

 毎年8月になると「被爆・戦争の悲惨さ」が強調されます。広島の原爆資料館も悲惨さを強調するリニューアルが行われました。しかし、それを「政治」と結び付けない。むしろ切り離そうとする。先の長崎の校長の言葉が象徴的です。

 「政治」との分離は、「歴史」からの逃避に通じます。そこに侵略戦争・植民地支配の反省は生まれません。

 「平和」はそれを脅かす政治勢力・国家権力とたたかい、歴史から学ぶことなしには実現しません。だからこそ「表現の自由」が重要なのです。「戦争の悲惨さ」「命の尊さ」を政治的たたかいにつなげる思想と運動が焦眉の課題です。

https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/e/9b11fb348c78a71bcb07096cc58e03cb
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/151.html

[政治・選挙・NHK265] 不安と恐怖を利用する政権とメディア〜緊急シンポ「表現の不自由展」中止事件(レイバーネット)
Last modified on 2019-08-24 19:00:09
堀切さとみ


 開催からわずか三日で中止となった『表現の不自由展・その後』。脅迫電話やメールが あったとはいえ、なぜこんなに短期間で中止になったのか。何の相談もなく中止にされた ことを、出展したアーティストや実行委はどう考えているのか。

 8月22日、中止事件を考える緊急シンポジウムが開催され、会場の文京区民センターは 多くの市民、報道陣であふれた。呼びかけたのは『創』編集長の篠田博之さん 。観ることができなくなった作品の一部をスクリーンに映しながら、出展者や関係者が次 々と発言した。

http://www.labornetjp.org/image/2019/082200
http://www.labornetjp.org/image/2019/082202

 表現の自由が脅かされる事件はこれまでにも多々あったが、それを打ち返してきたのも 事実だ。2015年練馬にあるギャラリー古藤で開催された「表現の不自由展」。2012年に東 京・ニコンサロンでの展示が中止になった安世鴻さんの作品を、この小さな会場で生き返 らせることができた。妨害や脅迫も予想されたが、実行委や市民がそれを阻んだ。さいた ま市では公民館だよりに「九条俳句」を掲載しなかったことに対して、四年にわたり裁判 を闘い勝訴した。そんな流れがあって、今回「あいちトリエンナーレ」での開催すること になったのだ。自らがオブジェになって表現するマネキンフラッシュモブも、今回の出展 団体の一つ。この活動に禁止条例を出した海老名市に、裁判で勝った(2017年3月) ことを「あいち」で報告するのを楽しみにしていたという。(写真下=マネキンモブの朝倉 優子さん)

http://www.labornetjp.org/image/2019/082203

 「状況は2012年より悪くなっている」と安世鴻さん(写真下)はいう。ニコンサロンが理由も告げ ず、慰安婦の写真展を中止にしたとき、安さんは提訴した。結果は完全勝利。判決文の中 身は「ニコンは一企業だが、公共の場として、表現の場を保障せねばならない」というも のだった。今回は、公共の会場であるにもかかわらず中止。公人による圧力に屈した、明 らかな後退だ。「今回の開催中止は、表現者だけでなく、見る人が感じとる権利をも剥奪 するものだ」と訴えた。

http://www.labornetjp.org/image/2019/082204

 版画や映像作品が「反天皇」「反日」と言って攻撃の対象にされた大浦信行さんも登壇 。「天皇が燃えているシーンだけがエキセントリックに取り上げられて辛い」という。「 私の映像には、靖国に行きたいという従軍看護婦や、<海ゆかば>が流れるシーンもある 。じっくり見れば単に天皇批判を目的に作られたのではないことはわかってもらえたはず 」。そして「表現というのは検閲されたら終わりというものではなく、作家の中では水面 下に脈々と流れるもの。それを表現するのが作家の覚悟というものだ」と語った。(写真下=大浦さんのコラージュ作品)

http://www.labornetjp.org/image/2019/082205

 総責任者の津田大介氏や、抗議声明を出さない芸術家協会があまりにも不甲斐ないとい う意見も出た。今回の中止は、実行委員さえも「記者会見ではじめて知った」という。「 開催された三日間は穏やかだった。会場では、右翼を自称する人とも対話が生まれていた 」という報告もあった。開催が続いていれば、このような光景はいくらでも生み出された かもしれない。

http://www.labornetjp.org/image/2019/082206
*パネルディスカッションは、金平茂紀さん、鈴木邦男さん、香山リカさん、綿井健陽さんらが登壇

 パネルディスカッションでの森達也さんの話が印象に残った。「人を傷つける表現はダ メだというなら『原爆の図』やムンクの『叫び』、ピカソの『ゲルニカ』はどうなのか? 松井大阪市長は『公共の場で我々の先祖が獣のように扱われるような表現をやるべきで はない』と言ったが、ゲルニカは国連安全保障理事会の会議場に置かれている。これをド イツが撤去しろと言ったらどうなるか、考えてみてほしい」。また「運営に携わる人が保 守化したのか。違うと思う。セキュリティー意識が強くなり、『万が一起きたらどうする んだ』に抗しきれなくなっている。『万が一ミサイルが飛んできたらどうする』と言って 仮想敵国を増やす。人々の不安と恐怖を利用するのは政権とメディアだ」と力をこめた。

 この国をとりまく事態は、思った以上に深刻だと感じた。『不自由展』を再開する可能 性があるとすれば、主催者任せにするのでなく、私たち一人一人が思考することだと思う 。

http://www.labornetjp.org/news/2019/0822hokoku
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/152.html

[政治・選挙・NHK265] 香港や韓国は「対岸の火事」か?(加藤哲郎のネチズン・カレッジ)
「戦争は一人、せいぜい少数の人間がボタン一つ押すことで一瞬にし て起せる。平和は無数の人間の辛抱強い努力なしには建設できない。このことにこそ、平和の道徳的優越性がある」(丸山眞男)

2019.9.1

∴∵
 いま地球は、病んでいます。異常気象はグローバルに進んで、熱波や温暖化、それに台風やハリケーンの膨大な被害者を産み出しています。そこに、アマゾン開発・森林伐採による熱帯雨林の大火、プラスチックゴミによる海洋生態系の変化。本来地球全体で扱うべき問題が、なかなか前に進みません。核兵器の問題は、地球的課題の最たるものですが、核廃絶は一進一退です。一方で核兵器禁止条約が国連総会で採択され、署名国・批准国も着々と増えているのに、米国をはじめとする核大国は反対しています。トランプ米大統領は、逆に冷戦崩壊時の緊張緩和の象徴だった中距離核戦力(INF)条約を廃棄し、「宇宙統合軍」を正式に発足、「使える核兵器」に前のめりです。デンマークの自治政府がある戦略的要地グリーンランドを、マネーの力で購入したいと公言し、中東や中南米から北欧まで紛争の火種を拡げようとしています。

 トランプの「最も親しい友人」を公言する日本国安倍政権は、「唯一の被爆国」でも核兵器禁止条約に背を向け、広島・長崎市長・被爆者からも抗議される始末。アメリカの「宇宙軍」設置にあわせて自衛隊「宇宙領域専門部隊」を設ける従属ぶり。米国製兵器ばかりでなく、中国に輸出できなくなった米国産余剰トウモロコシも満額購入。この間のG20、G7サミットでも米国の自国中心主義・国際協調破壊をいさめるどころか、もっぱら米国の忠犬に徹しています。グローバルに重要なのは、核兵器禁止条約を国連で通過させた力、ブラジルで「自国のトランプ」に抗議する民衆、香港で「民主主義の空気」を死守しようとする市民の抵抗、そして韓国で、日本の安倍政権の不当な歴史認識や経済制裁についてばかりでなく、自国権力の腐敗や民主主義破壊にも声をあげて行動する人々と、連帯することです。残念ながら、香港に似た言論状況下にある日本のメディアと世論は、「引きこもり国家」「自警団国家」の様相ですが。

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∴∵
 第二次世界大戦後、国際舞台での米国に忠実な従属国は、日本だけではありませんでした、東アジアの冷戦では、中国に対立する台湾、北朝鮮に対する韓国が、かつて台湾と朝鮮半島を植民地としてきた帝国日本と共に、ソ連・中国共産主義に対抗する西側資本主義の反共防衛線でした。ただしアメリカは、ヨーロッパのようにNATO(北大西洋条約機構)という多国間軍事同盟を作るのではなく、朝鮮戦争のさなか、サンフランシスコ講和条約で占領を終えた日本は、同時に日米安保条約を結んで、1952年から米軍基地を恒久化しました。1950年の米韓軍事協定にもかかわらず朝鮮戦争の戦場となった韓国との間には、53年の休戦協定を受けて、米韓相互防衛条約が結ばれました。台湾との間には、54年に米華相互防衛条約が個別に結ばれ、フィリピン、オーストラリア、ニュージーランド等を含む同年の東南アジア条約機構(SEATO)と合わせて、米国によるアジア太平洋反共包囲網がつくられます。

 しかし、日本は多くの国に対する加害者・侵略者でしたから、同じアメリカの核軍事力の傘のもとにいて共産主義と対抗しても、それぞれの国との関係は、賠償・経済援助を通じて個別に再構築せざるを得ませんでした。インドネシア等東南アジア諸国への賠償は50年代後半に進められましたが、米国にとっての安全保障上きわめて重要な日韓両国は、1952年から7次の日韓会談を経て、1965年にようやく基本条約が結ばれました。李承晩ラインと漁業権、竹島問題、韓国併合の問題などは幾度も議論され、韓国でばかりでなく日本においても激しい反対運動がありました。

∴∵
 私自身の生まれて初めて参加したデモは、大学入学直後の日韓条約反対闘争でした。「朴正煕軍事独裁政権と日本の保守支配層のヤミ取引」というのが当時の反対の論理で、野党ばかりでなく学生たちの多くも、そう感じていました。韓国の反対運動は、より国民的で激しく、日本陸軍士官学校出身の朴政権は、戒厳令を布いて反対運動を抑え込み、日本から無償3億ドル・有償2億ドル供与・3億ドル民間借款を取り付け、ようやく調印に持ち込みました。その詳しい交渉記録は日本では今日まで未公開ですが、韓国では民主化後の21世紀に入って一部公開され、「政府や旧日本軍が関与した反人道的不法行為は、請求権協定で解決されたとみられず、日本の法的責任が残っている」と見なされました。この間の日韓対立の激化の中で、かつて金大中拉致事件時に日本の国会でも問題にされたソウル地下鉄疑獄事件が再燃し、韓国のテレビ局JTBCは、改めて日本国会図書館等で当時の「日本の経済援助」の内実を追跡、岸信介らに環流した利権構造を暴いています。

 また、日韓会談の当初から「影の主役」米国が介在し、日韓基本条約締結とほぼ同時に韓国軍は米韓相互防衛条約にもとづき米国のベトナム戦争に派兵、日米安保にもとづく佐藤内閣の米軍基地提供・後方支援とならんで、SEATOに入っていた南ベトナム独裁政権を支援、米国のベトナム戦争は敗北しました。ベトナム戦争・中国文化大革命中のニクソン訪中で、米華相互防衛条約も日本と台湾の日華条約も無効になり、米国も日本も中国との関係を回復し、米日韓関係は、冷戦後期には対北朝鮮を中心とした三国軍事統合体制に機能転換しました。そこに、冷戦崩壊期に経済成長を遂げた韓国自身も民主化し、1964年日韓基本条約時の国際環境は一変しました。日本の加害者責任を認め反省した93年河野談話、95年村山談話で関係再構築の条件が作られ、98年小渕首相と金大中大統領の日韓共同宣言の頃に、21世紀の文化交流・スポーツ交流を含めた両国のパートナーシップが確立するかに見えました。

∴∵
 逆流は、歴史修正主義者安倍晋三の政権復帰と、アメリカにおけるトランプ大統領の就任にありました。中国の経済的外交的台頭、北朝鮮の核実験を背景に、米日韓関係が組み替えられたのです。
日本語版『ニューズウイーク』が、重要な調査報道を続けています。8月28日の「日本と韓国の対立を激化させたアメリカ覇権の衰退」がグローバルな背景を、前日8月27日の「日本はもはや後進国であると認める勇気を持とう」が、「アベノミクス」のまやかしや反韓反中ナショナリズム台頭、ヘイトスピーチ氾濫の深層心理を、的確に報じています、後者では、「数字で見ると今の日本は惨憺たる状況」として

   「日本の労働生産性は先進各国で最下位(日本生産性本部)となって
   おり、世界競争力ランキングは30位と1997年以降では最低となって
   いる(IMD)。平均賃金はOECD加盟35カ国中18位でしかなく、相
   対的貧困率は38カ国中27位、教育に対する公的支出のGDP比は43
   カ国中40位、年金の所得代替率は50カ国中41位、障害者への公的
   支出のGDP費は37カ国中32位、失業に対する公的支出のGDP比は
   34カ国中31位(いずれもOECD)など、これでもかというくらいひ
   どい有様だ。日本はかつて豊かな国だったが、近年は競争力の低下や
   人口減少によって経済力が低下しているというのが一般的なイメージ
   かもしれない。だが、現実は違う」

   「2017年における世界輸出に占める日本のシェアは3.8%しかなく、
   1位の中国(10.6%)、2位の米国(10.2%)、3位のドイツ(7.7%)
   と比較するとかなり小さい。中国は今や世界の工場なので、輸出シェ
   アが大きいのは当然かもしれないが、実は米国も輸出大国であること
   が分かる。驚くべきなのはドイツで、GDPの大きさが日本より2割
   小さいにもかかわらず、輸出の絶対量が日本の2倍以上もある」

   「ドイツは過去40年間、輸出における世界シェアをほぼ同じ水準で
   キープしているが、日本はそうではない。1960年代における日本の
   輸出シェアはかなり低く、まだ「安かろう悪かろう」のイメージを
   引きずっていた。1970年代からシェアの上昇が始まり、1980年代
   には一時、ドイツに肉薄したものの、その後は一貫してシェアを落
   とし続けている」

とストレートに「弱小国家の生き残る道」を説いています。経済指標なら、このほかにもいくらでも加えることができるでしょう。格差と低賃金、社会福祉や教育の貧困も、「後進国化」の証しです。日韓関係悪化の理由の大半は、どうやら日本国内の閉塞状況のようです。香港や韓国の民衆の動きを、むしろ「他山の石」にすべきです。

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∴∵
 夏に松谷みよ子『屋根裏部屋の秘密』(偕成社、1988年)を読みました。童話ですが、731部隊の隊員だった「祖父たちが償おうとしなかった罪を、孫の世代が引き受ける物語」です。このような歴史認識が、被害者だった韓国では引き継がれ、加害国日本では忘れ去られようとしていることも、韓国から学ぶべきことです。
「15年戦争と日本の医学医療研究会(戦医研)」で行った私の731部隊についての記念講演はyou tube に入っていますが、その後の研究で厳密にした学術論文「731部隊員・長友浪男軍医少佐の戦中・戦後」が、同研究会誌19巻2号(2019年5月)に発表されました。著作権の関係ですぐにはアップロードできませんが、ご関心の向きは、戦医研の方にお問い合わせ下さい。
昨年から毎日新聞や朝日新聞で大きく報じられてきた、国会図書館憲政資料室「太田耐造関係文書」のゾルゲ事件関係新資料を中心にした私の最新の編纂書『ゾルゲ事件史料集成――太田耐造関係文書』 全10巻(不二出版)が発売されました。すでにカタログが公開されています。個人では大変なセット価28万円の高価な図書館・公共機関向けの本ですので、出版社の許しを得て、ここに発売された第一巻所収の「解説ーーゾルゲ事件研究と『太田耐造文書』」を公開します。関心のある方は、これをご覧のうえ、大学図書館・公共図書館等に購入希望を出して頂けると幸いです。

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http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/180.html

[政治・選挙・NHK265] 「表現の不自由展」の再開を求める/「横浜事件と言論の不自由展」実行委(レイバーネット)
Last modified on 2019-09-01 16:17:21


あいちトリエンナーレ実行委員会 会長 大村秀章様
あいちトリエンナーレ2019芸術監督 津田大介様

●あいちトリエンナーレ2019「表現の不自由展・その後」展示中止に抗議し、速やかな再開を強く求めます

 私たちは昨年7月に東京で「横浜事件と言論の不自由展」を開催しました。横浜事件とは、太平洋戦争の末期に、戦争に反対するジャーナリストらが治安維持法違反容疑で検挙され拷問、投獄された事件です。獄死者も出て、木村まきの夫、木村亨の場合は833日拘束されました。この「横浜事件」を中心に、鹿地亘事件、風流夢譚事件、朝日新聞赤報隊事件、ETV2001番組改変事件等々、日本のさまざまな言論弾圧事件を、皆さんに知って頂き、考えてほしいと願い、開催した次第です。会場には多くの人たちが来場し、作品を通じて、素晴らしい出会いや交流がありました。

 そして、この展覧会で私たちは、表現や言論の自由がいかに大切なものであるかということを、改めて確認いたしました。それは日本国憲法でも保障されています。けれども、現実はじつに不自由です。その「不自由さ」を是非とも認識してほしかったのです。

 しかしながら、あいちトリエンナーレ2019「表現の不自由展・その後」の展示は、わずか3日間の展示で主催者側が中止してしまいました。作品は作者が深い思いを込めて創りあげたものであり、暴力や政治的介入、また忖度や自粛等により、それらの作品を観る機会を人々から奪うことは決して許されることではありません。

 私たちは、「表現の不自由展・その後」の主催者側の一方的な中止に、強く抗議します。

 万全の体制を整えて、暴力や政治的介入に決して屈することなく、一刻も早く展示を再開することを、私たちは要請いたします。

  2019年9月1日
 「横浜事件と言論の不自由展」実行委員会
      木村まき、大崎文子、田島和夫、松原明

http://www.labornetjp.org/news/2019/0901yoko
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/181.html

[政治・選挙・NHK265] 被災地に旭日旗・沖縄でも「天皇作品」規制・「不登校」は幸せ(アリの一言 日曜日記)
2019年09月01日
日曜日記65
被災地に旭日旗・沖縄でも「天皇作品」規制・「不登校」は幸せ


☆大雨被災地に旭日旗

 大雨で佐賀県に大きな被害が出た8月29日、NHKが映し出した被災地・大町町の映像に唖然とした。自衛隊の救命ボートになんと旭日旗が翻っているではないか(写真)。

 災害救助の専門組織をあえてつくらないまま災害のたびに自衛隊を出動させるのは、自衛隊(軍隊)への拒否感情を払しょくする狙いだが、旭日旗は度を越している。

 旭日旗は文字通り、帝国日本(天皇制国家)の侵略戦争・植民地支配の旗印だ。それを海上自衛隊が今も正式な隊旗としていること自体、憲法に反している。最近も自衛隊の韓国観艦式への参加(2018年)や東京パラリンピックのメダルデザインをめぐって韓国から旭日旗に対する抗議があったばかりだ。

その旭日旗を「災害支援」で掲げるとは…。自衛隊の「災害出動」の本質を見た気がする。

☆沖縄でも「天皇作品」を自己規制

 8月29日付の沖縄タイムスに「あいちトリエンナーレ」の芸術監督・津田大介氏のインタビューが掲載された。その中で津田氏が、中止にした「表現の不自由展・その後」にあった天皇裕仁をモチーフにした大浦信行氏の作品に関して、こう話している。「大浦さんの昭和天皇を扱った作品は沖縄(の県立博物館・美術館)でも展示するはずだったが、結局できなかった」

 聞き捨てならない話だ。沖縄でも「天皇作品」が展示できなかった。調べてみると、それは2009年(仲井真弘多県政)のことらしい。大浦氏の「遠近を抱えて」という作品に裕仁の写真が含まれていて、はじめに富山で展示が妨害され(1986年)、それが沖縄にも飛び火した。作品は決して裕仁や天皇制を批判したものではない。にもかかわらず沖縄県(美術・博物館)が自己規制した。

 沖縄戦で市民を犠牲にした張本人である天皇裕仁に対する県民の批判・嫌悪は強いものがある。半面、天皇制に対する複雑な感情・思想も沖縄にはある。沖縄戦の研究・伝承に天皇制批判が結びついていない(弱い)とも感じる。沖縄と天皇(制)。もっともっと追究しなければならないテーマだ。

☆「不登校」は幸せだ

 夏休みが終わると生徒・児童の「不登校」がクローズアップされる。27日朝のNHK(視点・論点)で、小幡和輝氏(作家・起業家)が、自らの体験から「不登校は不幸じゃない」「子どもを苦しめているのは周りからの圧力だ」と強調していた。まったくその通りだ。

 もう一歩すすめて、「不登校は幸せだ」と言いたい。なぜなら、不登校者は「学校」という制度から逃れられているからだ。制度としての「学校」は、国家が「国民」を支配するための「教育」の場だ。戦後は「民主教育」というが、引き続き国家(文科省)の支配下にあり、国定教科書を使い、日々文科省の指導・管理下に置かれている点で、戦前と本質的に変わっていない。

 この「学校」にどっぷりつかり、「試験」でいい成績を取ることが評価されることは、子どもの人間的発達にとってたいへん不幸なことだ。したがってその「学校」につかっていない不登校者は幸福だ。

 いわゆる「不登校問題」で重要なのは、学校へ行かせることではもちろんなく、不登校の子を慰め励ますことでもなく、大人(親・祖父母・市民)が「学校観」を転換することだ。学校制度を根本的に変革するか、「学校」以外の学び・成長の場をつくる(権利として保障する)こと。「不登校」で問われているのは、大人・「国民」の方だ。親としての体験からそう断言できる。

https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/182.html

[政治・選挙・NHK265] 「非正規と言うな」通知撤回 本紙の情報公開請求後に(東京新聞)
2019年9月1日


 厚生労働省が省内の全部局に、根本匠厚労相の指示として「非正規」や「非正規労働者」という表現を国会答弁などで使わないよう求める趣旨の文書やメールを通知し、本紙が情報公開請求した後に撤回したことが分かった。同省担当者は撤回の理由を「不正確な内容が散見された」と説明。根本氏の関与はなかったとしている。 (中根政人)

 厚労省雇用環境・均等局によると、文書は「『非正規雇用労働者』の呼称について(周知)」という件名で四月十五〜十六日に省内に通知。当面の国会答弁などの対応では、原則として「有期雇用労働者」「派遣労働者」などの呼称を用いるとした。「非正規雇用労働者」の呼称も認めるが、「非正規」のみや「非正規労働者」という表現は「用いないよう留意すること」と注意を促している。

 各部局に送信したメールには、同じ文書を添付した上で「『非正規雇用』のネーミングについては、(中略)ネガティブなイメージがあるとの大臣(根本氏)の御指摘があったことも踏まえ、当局で検討した」と記載され、今回の対応が根本氏の意向であることがうかがえる。「大臣了」と、根本氏の了承を意味する表現も明記されていた。

 「非正規」の用語に関しては、六月十九日の野党の会合で、厚労省年金局課長が、根本氏から使わないよう求められていると説明。根本氏は同月二十一日の記者会見で「指示した事実はない」と課長の発言を否定した。その上で、働き方の多様化に関し「単に正規、非正規という切り分け方だけでいいのか、それぞれの課題に応じた施策を講じるべきではないかという議論をした記憶がある」と話していた。

 本紙は七月十二日付で文書やメールを情報公開請求した。雇用環境・均等局は同月下旬に文書やメールの撤回を決めたとしている。撤回決定後の八月九日付で開示を決定した。

 堀井奈津子同局総務課長は撤回の理由について、文書に単純な表記ミスがあったことを指摘。根本氏の意向に触れたメールについては本紙の情報公開請求後に送信の事実や内容を知ったとして「チェックが行き届かなかった」と釈明した。

 文書については「大臣に見せていないし、省内に周知するとも伝えていない。文書作成に関して大臣の指示も了承もなかった」と説明。メールにある「大臣の御指摘」や「大臣了」についても、メールを作成した職員の勘違いとしている。

◆格差象徴に政府ピリピリ

 正社員と非正規労働者の不合理な待遇差の解消は、安倍政権の重要政策になっている。安倍晋三首相自身も「非正規という言葉をこの国から一掃する」と強調してきた。厚生労働省が「非正規」との表現を使わないことを文書やメールで省内に通知したのは、それだけ表現に神経質になっていたためとみられる。

 総務省の労働力調査(詳細集計)によると、役員を除く雇用者に占める非正規労働者は、第二次安倍政権発足当初の二〇一三年で年平均約千九百十万人(36・7%)だったが、一八年には約二千百二十万人(37・9%)に増加した。

 非正規労働者は、正社員に比べて賃金や社会保障などの面で待遇が悪く、格差拡大や貧困の問題と結び付いている。企業には都合の良い「雇用の調整弁」とされ、否定的な意味合いで受け止められることが多い。

 労働問題に詳しい法政大の上西充子教授は、厚労省の文書について「非正規という言葉だけをなくしてしまえ、という取り組みに映る。正社員になれず社会的に不遇な立場にある非正規労働者を巡る問題の矮小(わいしょう)化につながりかねない」と指摘。「問題と向き合うなら、逆に非正規をちゃんと社会的に位置付けないといけない」と訴える。 (中根政人)

(東京新聞)

https://www.tokyo-np.co.jp/s/article/images/2019090199070550.jpg
厚労省が本紙に開示した「非正規労働者」に関する文書。「用いないよう留意」と全部局に通知している

https://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2019090190070550.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/183.html

[政治・選挙・NHK265] 日本で進行する「静かな全体主義」への危惧 (朝日新聞社 論座)
日本で進行する「静かな全体主義」への危惧
危険なレベルにまで低下した投票率と「政党の座標軸」の融解が示す危うい実情

宇野重規 東京大学社会科学研究所教授
論座 2019年09月01日


 参議院選からひと月以上がたった。その記憶は多くの人にとって、すでに過去のものなっているかもしれないが、筆者はまだその意義をうまくのみ込めずにいる。

 改選議席数は下回ったが、改選定数の半数を超える議席を獲得した以上、与党が勝利したのは間違いない。とはいえ、野党も共闘の結果、32ある1人区のうち10の選挙区で勝利している。事前には苦戦が予測されていた選挙区も多く、それなりに健闘したと言える。結果として、与党と野党のうち改憲に前向きなグループを合わせた改憲勢力は、発議に必要な三分の二の議席を獲得できず、反改憲の野党側にも一定の手応えのあった選挙でもあった。

 こうみてくると、今回の選挙の意義を勝ち負けという観点から読み解くのは容易でない。むしろ、この選挙の焦点は議席数ではなく、5割を切った投票率の低さにあるのではないか。そこに見え隠れするのは、令和の日本政治が陥りつつある危うい実情である。

■「政治不在」をうかがわせる低投票率

 今回の参院選の投票率は、選挙区で48.80%、比例区で48.79%しかなかった。過去二番目の低さである。5割を切るということは、2人に1人は投票していないことになる。はたして2人に1人しか投票していない選挙を、民主的な意思の表明と呼ぶことができるだろうか。人々はそれほどまでに政治に対して関心を失っているのだろうか。

 「政治不信」ならば、まだ回復の可能性がある。政治にマイナスの目を向けているとはいえ、政治に対する関心が残っているからである。が、事態がここまで来ると、政治不信という以上に「政治不在」と言わざるをえない。

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参院選開票日、テレビのインタビューに答える安倍晋三首相=2019年7月21日、東京・永田町の自民党本部

 とりわけ深刻なのは若者の投票率である。速報値によれば、18・19歳の投票率は31.33%で、前回から15ポイントも下がっている。ここまでくると、もはや18歳選挙権の意義すら危ぶまれよう。日本の未来を担うべき若者の足は、なぜ投票箱からかくも遠のいてしまったのだろうか。

 言論NPOが参議院選前に行った世論調査によれば、「日本の代表制民主主義の仕組みを信頼しているか」という問いに「信頼している」と回答した人は(「どちらかといえば信頼している」を含む)、32.5%に過ぎない。実に三分の一の人しか、自らの選んだ代表による民主主義のあり方を評価していないことになる。

 20代と30代はさらに深刻である。現状の代議制民主主義を「信頼している」という人は、それぞれ20.2%、14.2%で、「信頼していない」を下回っている。「日本は民主主義の国か」という問いに肯定的な回答をした人の割合も、他の世代に比べて低い。20代、30代が日本の代議制民主主義に対して懐疑的、あるいは日本の政治や民主主義にリアリティーを感じていない様子が鮮明に浮かぶ。

 実際、筆者の身の回りの若者の声を聞いても、政治不信という以前に、そもそも「どこに投票していいかわからない」「政治と言われても、何も思いつかない」といった反応が目立つ。そこにあるのは、ある種の戸惑いや政治への絶対的な「距離」の感覚に思えてならない。

■世代で異なる「保守」「革新」の捉え方

 政党の捉え方にも、世代間で大きな違いが生じている。政治を「保守」と「革新」で分類する点は依然として変化していないが、内容においては驚くべき転倒が生じているのである。

 50代以上の有権者にとって、「保守」といえば自民党、「革新」といえば共産党を想像するのが一般的であろう。だが、50代未満、とくに20代や30代にとっては、これが完全に逆になる。各種の世論調査によれば、現在の若者にとって、「保守」といえば共産党、「革新」といえば自民党や公明党、あるいは維新の党を意味するという。

 考えてみれば、共産党が憲法擁護を掲げ、戦後民主主義の維持を訴えているのに対し、既存の枠組みの打破を訴えるのはむしろ、自民党や維新の党である。その限りにおいては理解できなくもないが、政治を語る基本的な語彙においてすら、世代を超えた共通の理解が難しくなっていることを暗示している。

 興味深いのは、こうした変化が50代を境に生じていることである。その原因を想像すれば、思春期を1989年のベルリンの壁崩壊以前に迎えた世代と、それ以降に迎えた世代の違いであろう。米ソ両大国による核戦争の脅威や、冷戦を反映した世界各地の政治状況を当たり前に耳にしてきた世代と、冷戦が終わり、「社会主義」と言われても実感を持って理解できない世代とでは、“常識”が大きく異なっても不思議ではない。肌感覚における政治体験が違うのである。

 くわえて1990年代以降、日本社会において「時代の言葉」になったのは「改革」であった。戦後社会の基本的なあり方は打されるべきであり、現状維持を主張する人間は「守旧派」であって否定されなければならない、という時代の空気は、その時代の若者に「つねに変化しなければならない」というプレッシャーとして感じられたはずである。

 その時期の若者にとって上の世代は、「日本型雇用」に守られ、年金をはじめとする社会保障においても有利な位置を占める「既得権者」に他ならない。その意味で、戦後社会の基本的なあり方の変更を阻む政党を指して「保守」と呼ぶ理解が次第に増していったのは、時代の空気の反映であったのかもしれない。

■「政党の座標軸」の空洞化が進む

 それでは、今回の参院選は、このような政党をめぐる座標軸の混乱にどのような影響を与えたであろうか。はたして、座標軸は回復されたのか、あるいは新たな座標軸が浮上したのか、はたまた座標軸をめぐる混乱が助長されただけなのか。

 各党の公約を比較してみる。かつて「マニフェスト(選挙公約)」が活発に論じられた頃には、しばしば「数値や目標を具体的に示す」ことが強調された。だが、いまや数値目標や達成時期を示した公約はきわめて少なく、公約の多くは実現性を党内できちんと議論しているのかさえ疑われる水準である。「マニフェスト」選挙の理念をこのまま葬り去っていいのか、真剣に問い直されなければならない。

 具体的な中身に目を転じれば、たしかに消費税増税や憲法改正に関しては、与野党の対立が明確なように見える。しかしながら、消費税増税に反対する野党の主張をみると、ではいかなる方法で財政を立て直すのか、さらに増大する社会補償費の負担を、誰がどのような形で担うのか、具体像を示せてはいない。

 憲法改正についても、与党の一角を占める公明党は否定こそしないものの、現行憲法の基本を維持したうえで必要な規定を加える(加憲)を主張するのみ。自衛隊の明記や緊急条項などを訴える自民党との温度差は明らかであり、与党としての本気度は伝わってこない。

 国民の多くが関心を持つ少子高齢化や人口減少についてはどうだろうか。抽象的な理念はあっても具体的な対策を示す政党は少なく、どこまでこの問題に真剣に向き合う覚悟があるのか、国民の間には疑念がいっそう深まったのではないか。参院選前にあれだけ盛り上がった「老後における2千万円不足」問題についても、議論が深められることはなかった。これだと、日本社会の未来像をいかに描くのか、具体的な提案に乏しい参院選であったと総括されても仕方がない。

 こう見てくると、選挙を通じて政党間の対立の座標軸は表面的には維持されているとしても、もう一歩突っ込んで考えてみれば、その実質はむしろ空洞化がさらに進んだというのが現実であろう。このような選挙戦を付き合わされた有権者にしてみれば、政治に対する距離感が増すことはあっても、リアリティーや「本気さ」を感じるには、あまりに中身の乏しい参院選ではなかったか。

 そんななか、現在の政治や経済状況において疎外を感じている人々にストレートに訴えかけた「れいわ新選組」の進出が見られたことは、決して意外ではない。ただし、れいわ新撰組にしても、今後、政権を目指して政策を練り上げ過程では、現在の主張をそのまま維持していけるとは思えない。すべては、今後の展開次第であろう。

 いずれにせよ、政党をめぐる座標軸は混乱したままである。実質的な議論が乏しいまま、与党は権力維持をますます自己目的化させ、野党は無限の分極化のループから出られないという意味で、いわば平成後期の選挙戦のあしき縮図が再現されたと言える。こうなると「政党の座標軸」という言葉自体が、なにか悪い冗談にも聞こえるかもしれない。政治をめぐる環境は悪化の一途をたどっているのである。

■民主的な社会にも存在する専制

 このような状況でふと思い出すのが、19世紀フランスの政治思想家トクヴィルである。

 トクヴィルは民主的な社会においてもなお、専制は存在すると主張した。その専制は力によって人々を支配することはないが、個人同士が相互に疎遠になり、人と人とをつなぐ共通の結びつきが存在しない状況を利用する。相互に議論したり協力したりしない個人は、無力になり、無気力となる。そのような人々は、柔らかいがそれでも確実に人を握り潰す力を持つ「権力」の手に、やすやすとして身を委ねる。トクヴィルはこれを民主的専制と呼んだのである。

 そのような権力を前にすると、人々はもはや抵抗の思いすら抱かない。自分自身で身の回りの状況をコントロールできない以上、そのような権力に従う以外にどのような道がありうるというのか、とあきらめる。

 もちろん、そのような柔らかい専制権力が、人々をどこに向かわせているかはわからない。とはいえ、日常生活ですら意のままにならない以上、長期的に自分がどこに押し流されようと、知ったことではない。人と人とのつながりを失った個人が無力感に圧倒され、結果として不透明な権力を生み出す危険性を、トクヴィルは警告したのである。

 トクヴィルの議論を継承するフランスの思想家ジャン=ピエール・ルゴフは、『ポスト全体主義時代の民主主義』(渡名喜庸哲・中村督訳、青灯社)で現代的な、新たな全体主義の特徴を次のようにまとめている。

 その全体主義は、かつての全体主義のように確固とした思想や理念を持つわけではないし、唯一絶対の党組織があるわけでもない。が、社会の既存の組織が力を失ってすべてが流動化するなかで、共通の意味が解体することで指針を失った個人は、メディアがたれ流す大量のパッチワーク的な情報の洪水に溺れてしまう。そこで個人は、政治参加を馬鹿にしながらも、相互に対立するイメージの断片に目を奪われ、踊らされる。

■諦観に身を委ねる余裕はない

 現代日本においてもまた、人々は流動化する社会の中で「共通の意味」を見失いつつある。「保守」も「革新」も意味がわからなくなり、人々をつなぐ価値も見いだせない。既存の政党や代議制民主主義を信じるわけではないが、それに代わる自らの意思表明の回路やスタイルがあるわけでもない。

 もし多くの人が、社会の動きは個人の力の及ぶところではなく、残されているのは、社会の大勢のおもむくままに流されていくことだけだと考えているとすれば、それはトクヴィルの「民主的専制」や、ルゴフの「新たな全体主義」に近いのではなかろうか。危険なレベルにまで低下した投票率と「政党の座標軸」の融解は、私にそのような危惧を抱かせる。

 換言すれば、「静かな全体主義」が日本で進行している。そして、それこそが特定の個人や組織の思惑を超えた、日本社会の趨勢である。

 とはいえ、そのような現状のただ追認するのであれば、それもまた「静かな全体主義」に対する従属に過ぎないだろう。諦観に身を委ねる余裕は、今の日本社会に残されていないように思われる。民主主義の立て直しのために、声を上げねばならない。「静か」になってはいけないのである。


筆者
宇野重規(うの・しげき) 東京大学社会科学研究所教授
1967年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。同大学社会科学研究所准教授を経て2011年から現職。専攻は政治思想史、政治学史。著書に『トクヴィル 平等と不平等の理論家』(講談社選書メチエ)、『〈私〉時代のデモクラシー』(岩波新書)、『保守主義とは何か』(中公新書)など。

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コメント1件

Ken Itoh
さすが、学者様のご意見ですね。上から目線と選民意識がお高い。
若者が失望しているのは、「政治家は当選することが目的で、国民の事など何も考えていない」「マスコミは真実をきちんと伝えていないのに、ネットの情報をフェイクと見下している」「学者や評論家は口先だけで、実効性のないことしか言っていないくせに、国民を愚民とバカにして見下している」ということがバレてしまったからです。
「北方領土も竹島も戦争で取り戻すしかない」と平気で言う政治家を野放しにし、拾ってしまう政党がある、そんな自浄作用も節操もない政治家に国民が期待するはずがない。政治離れではなく、政治家離れが今の状況です。それでも安部政権は若者の方が支持率が高い。
韓国との関係も民間レベルでは手を取り合う活動をしているところは沢山ある。国としては、国際法の遵守を求めるのは当然であるし国益を考えれば対立するのも仕方がない。口先だけで何もやっていないのが、マスゴミと評論家と学者。
それがバレてしまっていることに気づかないと、このようなご意見が出るのですね。教授の肩書きだけで話や意見を聴いてくれるのは自分の講座だけですよ、教授。

https://webronza.asahi.com/politics/articles/2019082900004.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/184.html

[政治・選挙・NHK265] 「教訓を現代に活かそう」・・・徴兵拒否・納税拒否を掲げて故郷を守った人々(レイバーネット)
徴兵拒否・納税拒否を掲げて故郷を守った人々
〜加須市でシンポジウム

甲斐淳二
Last modified on 2019-08-28 13:32:18


 田中正造が「利島・川辺の運動見事」と絶賛した、埼玉県・利島村と河辺村(現加須市)住民の、抵抗と勝利。8月25日、その勝利の理由を解き明かすシンポジウムが開かれた。(主催・渡良瀬川研究会)

 会場の埼玉県加須市北川辺、ここがまさに抵抗の舞台であり、勝利の舞台だ。地元の人々による朗読劇『北川辺を救った正造さん』、地元の郷土史研究家を含むシンポジウムは、充実した内容だった。講演では「田中正造さんの部屋」を持ち、田中正造の墓を校庭に持つ「北川辺西小学校の取り組み」を元校長が解説してくれたのも印象的だった。

●廃村・水没・遊水池化計画

 廃村・遊水池化計画は明治政府による鉱毒被害民の分断工作として画策されたと考えられる。対象は栃木県の谷中村、埼玉県の利島村、川辺村の三か村。

 谷中村は買収によって、または日本で初の土地収用法による強制執行によって村は破壊され、住民は追い出されて、戦後は渡良瀬遊水池となって水底に沈んだ。

 一方の利島・川辺の村民は1500人の両村村民の決起集会で「徴兵拒否・納税拒否」を決議し、徹底的な非暴力抵抗運動を展開し、ついに白紙撤回を勝ち取り、緑なす故郷を今日に残している。この闘いがなければ、加須市の北半分は水底に沈み、渡良瀬遊水地の一部になっていたはずだ。どうして故郷を守ることができたのか?

●日露戦争前夜の徴兵拒否・・・抹殺された抵抗運動勝利の歴史

 不思議なことにこの抵抗と勝利の歴史は公的文書には残っていない。シンポジウム主催者も何度も強調していたが、資料がほとんどないのだ。権力者にとっては屈辱的な不都合な事実、無かった事にしたいから、歴史だから抹殺されたのだろうか。しかし、様々な方面から歴史は掘り起こされている。

 日露戦争前夜の「徴兵拒否」の決議は明治政府にはショックだったろう。被害民がこういう強硬方針で政府と対決できたのは、やはり直訴後の世論の高揚という追い風があったからだろう。

 一方、政府にとっては、「徴兵拒否」が広がったら日露戦争どころではない。この運動に対し、暴力的弾圧ではなく、計画撤回で臨んだ背景には、計画が公式発表前だった事や、当時の世論状況があったろう。

●1902年という稀有な年

 田中正造天皇直訴(1901年12月10日)で、学生達がまず行動を開始した。12月27日、上野駅は千人を超える学生達で溢れかえる。鉱毒被害地現地調査を呼び掛けたら数倍の学生が参加した。帰ってくると日本で初めての学生運動「学生鉱毒救済会」が結成される。

 年が明け、1902年一月一日元旦から、路傍演説(街頭演説)が、大雪の中にもかかわらず、一斉に繰り広げられる。警官隊の妨害の中での神出鬼没の路傍演説が繰り広げられ、こうして始まる1902年という年は、日本近代史にまれに見る年だ。

 その第一は川俣事件(1900年2月)という山懸有朋内閣による被害民への刑事弾圧を、第二審で全面勝利した上に、差し戻し審で起訴無効の判決で完全勝利した事(12月25日)。検察のミス、敵失によるものがあるが、時効は成立していないので、再起訴は可能だった。しかし、それは直訴による「世論沸騰」の中で、火に油、火にガソリンを注ぐことになりかねないと、断念せざるを得なかったと言われる。

 その第二は、埼玉県の旧利島村、河辺村(現在の加須市北部)の廃村・水没計画を白紙撤回に追い込んだこと(12月27日)。日本の近代史でこれほど人民が大勝利した年は、他には思い当たらない。

 田中正造の闘いは連戦連敗と言って言い過ぎではないだろうが、その中での数少ない勝利の年だ。もっとも、利島・川辺村では勝利したが、これから焦点は谷中村の攻防戦に移り、田中正造は谷中村に移り住んで抵抗することになる。

●田中正造、直訴の影響

 これらは1901年12月10日の田中正造の天皇直訴をきっかけとする学生・青年の決起、「女押し出し」など、女性たちが運動の前面に出て闘ったことをはじめ、「世論の沸騰」が深くかかわっている。

 田中正造がなぜ直訴を決行したのか?直訴決行からの一年間に一体何がこの国に起きたのか?・・・講談「田中正造、直訴の真相」のテーマだ。その取材に来たが、今回のシンポは随分勉強になった。

 最後に主催者は「今も数万人の人々が避難生活を送っている」と福島第一原発事故についてふれ、教訓を現代に活かそうと訴えた。

 加須市は福島県双葉町の避難者が旧騎西高校で避難生活を送った。今もこの町に避難している人びとがいる。このシンポジウムの前夜、九回目の盆踊りが避難者と加須市の人々の合同で行われていた。

http://www.labornetjp.org/news/2019/0825kai
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/185.html

[政治・選挙・NHK265] 消費税引き上げ10% 増税は見合わせるべきだ

 10月1日に予定されている消費税率10%への引き上げまで1カ月を切った。だが家計の負担増や景気への悪影響が懸念され、慎重意見や反対論は根強いままだ。

 今回の引き上げは、外食・酒類を除く飲食料品などの生活必需品について税率を8%に据え置く軽減税率が導入されることが大きな特徴だ。商品によっては8%と10%の二つの税率が存在することになるが、税率区分などの制度は複雑であり、企業などの準備も十分とは言えないようだ。

 小売店は複数の税率に対応するためにレジを更新しなければならない。だがレジ生産が追い付かず、県内でも販売業者が注文受け付けを停止せざるを得ない状況だという。レジの更新が間に合わない場合、税率ごとに料金を計算しレシートや領収書は手書きで対応する必要がある。経理や税申告にも支障が生じる。

 さらに不安なのは来店客への周知、対応だろう。飲食料品は軽減税率の対象だが、例えば店内のイートインコーナーで飲食すると外食扱いで10%になる。みりん風調味料は食品で8%だが、本みりんは酒類扱いで10%だ。

 共同通信社が8月中旬に実施した全国電話世論調査によると軽減税率制度を「あまり理解していない」「ほとんど理解していない」の合計が約44%に上った。消費者に制度が浸透しているとは言えず、店頭での混乱も心配される。

 増税に伴う景気の腰折れ懸念も払拭できないままだ。

 2014年の8%への消費税率引き上げでは景気低迷が長引いた。政府は今回、経済の冷え込みを防ぐため、キャッシュレス決済時のポイント還元や低所得者ら向けのプレミアム付き商品券などの景気対策を実施する。

 これら景気対策には「大盤振る舞い」との批判があるが、一方でポイント還元策などの消費下支え効果を疑問視する見方もある。米中貿易摩擦に伴う輸出低迷や円高進行、人手不足など、さまざまリスクを抱える時期での増税の是非自体を問う声は消えない。

 消費者心理が冷え込めば本県の主力産業である観光への波及も避けられない。専門家は県内の賃金・雇用環境への影響にも警鐘を鳴らしており、留意する必要がある。

 政府は増税について年金などの社会保障費や幼児教育・保育の無償化の財源になると説明するが、そもそも消費税は低所得者ほど負担が重くなる「逆進性」の課題を抱える。軽減税率も高所得者ほど恩恵は大きい。困窮者らにさらなる家計負担を強いるような増税の在り方には大いに疑問がある。

 8月中旬の全国調査では10%引き上げに反対が51・3%と賛成の43・3%を上回った。野党は増税中止や減税を求めている。消費税を引き上げる状況にはない。増税は見合わせ、法人税や所得税とのバランスを含めて税制全体を議論し直すことが必要だ。


琉球新報社説 2019年9月2日
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-981843.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/213.html

[政治・選挙・NHK265] 自衛隊基地強化の宮古島でスラップ訴訟(アリの一言)
2019年09月02日
     

 「宮古島市、市民を提訴」―沖縄タイムスの1面(8月29日付)の見出しが目を引きました。市が市民を訴えるとは!?

 記事の内容はこうです。宮古島市が行った不法投棄ゴミ撤去事業(2014年度)に不正があるとして、市民6人が提訴した(16年1月)。しかし、那覇地裁で敗訴(18年3月)し、最高裁も上告を棄却(今年4月)。この6人の市民に対し宮古島市が「虚偽の主張で市の名誉を毀損した」として1100万円の損害賠償を請求する訴えを起こす方針であることが分かった―。

 6人の市民の1人は、「高裁では行政のずさんさが指摘された。行政をただす意義のある裁判だった」「(市の)提訴は市民の萎縮につながりかねず、理解できない」と驚き怒り、訴訟で住民側代理人を務めた喜多自然弁護士は、「名誉毀損などあり得ない。市民の意見を封じるための訴訟としか思えず、通常では考えられない」と批判。横田達弁護士も「東村高江のヘリパッド建設を巡り国が住民を訴えた訴訟と同じ構図で、市政に反する市民を弾圧したい意図が見え隠れする」と批判しています(29日付沖縄タイムスより)。

 まったくその通りです。政治権力をもつ側が市民に高額の損害賠償を要求して提訴し、市民を恫喝し住民運動を抑止する典型的なスラップ訴訟です。

https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/64/2c/dbbef4feec2549c12227dfa3985f36b1.jpg
https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/43/4c/3387f65134320a562c96c79d112b9fea.jpg
https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3a/d9/0a08a3aeb172e87fb17adbe3378d8066.jpg

 重要なのは、これが一般的な住民運動の抑止ではなく、明確な意図をもったものだということです。それは宮古島で住民の反対を押し切って強行されている自衛隊増強・ミサイル基地化に対する住民の反対運動を抑えることです(写真は宮古島に配備された自衛隊<左>、宮古島の自衛隊基地<中>、沖縄防衛局に自衛隊配備反対を申し入れる住民<右=8月27日付琉球新報>)。

 宮古島における自衛隊基地増強は、一貫して住民をだまして強行されています。たとえば、沖縄防衛局は住民説明会では「弾薬庫は造らない、ミサイルは置かない」と言い続けてきましたが、東京新聞(4月1日付)が「保管庫、実は弾薬庫 宮古島民だまし討ち」と1面トップで暴露しました。弾薬庫には迫撃砲や中距離多目的誘導ミサイルの弾薬が保管されます。

 さらに、宮古島と与那国島に配備された陸上自衛隊に、スパイ組織である情報保全隊が配置されていたことが、小西誠氏(軍事評論家・元自衛官)の情報公開請求で明らかになりました。情報保全隊は2003〜05年の自衛隊イラク派遣に際し、反対運動を行っていた団体・個人を監視していたことが問題になった前歴をもつ組織です。

 小西氏は、宮古、与那国に配置された情報保全隊も「住民を調査・監視し、島嶼戦争の対スパイ戦の任務に当たることが想定されている」(7月6日付琉球新報)と指摘しています。

 この情報保全隊の設置も、住民には秘密にされていました。それが小西氏によって暴露され、「防衛機密を盾にした自衛隊の隠蔽体質の一端が表出」(同琉球新報「解説」)しました。

 軍隊(自衛隊)は住民に真実を伝えない、住民に秘密にし住民をだますのが軍隊の本質です。実態を隠しながらミサイル基地化をすすめる。そのために住民監視を強め、反対運動を抑える。それがいま宮古島で進行している事態です。

 今回の宮古島市によるスラップ訴訟の動きは、この自衛隊と一体となり、市がその戦略・謀略に加担するものであり、絶対に容認することはできません。

 これはもちろん宮古島(沖縄)だけの問題ではありません。日米安保体制下での自衛隊と地方自治体の一体化の悪例であり、日本国民全体の重大な問題です。

https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/216.html

[政治・選挙・NHK265] 戦争発言再び 議員居座りは許されぬ

 衆院で全会一致の「糾弾決議」を受けながら、戦争による領土問題の解決を肯定するかのような発言を繰り返す。院の意思を冒涜(ぼうとく)する振る舞いであり、これ以上、議員への居座りを許してはならない。

 NHKから国民を守る党(N国)の丸山穂高衆院議員(大阪19区)が先月末、韓国の国会議員団の竹島上陸に関連して、自身のツイッターに「戦争で取り返すしかないんじゃないですか?」と投稿した。

 日本政府は竹島を固有の領土と主張しているが、1950年代から韓国が実効支配を続けている。丸山氏は外務省の韓国への抗議を「遺憾砲」と揶揄(やゆ)し、「朝鮮半島有事時を含め、自衛隊が出動し、不法占拠者を追い出すことを含めたあらゆる選択肢を排除すべきではないのでは?」とつぶやいた。

 憲法9条も国連憲章も、武力による国際紛争の解決を認めていない。この極めて重要な原則を、一顧だにしない発信を重ねることは、国会議員としてあるまじきことだ。

 丸山氏は今年5月、北方領土へのビザなし交流の訪問団に同行した際、元島民の団長に対し「戦争でこの島を取り返すのは賛成ですか、反対ですか」「戦争しないとどうしようもなくないですか」と詰め寄った。

 問題が発覚すると、「誤解を与える不適切な発言」として謝罪・撤回したが、所属していた日本維新の会から除名された。

 その後、衆院は与野党一致で「院として国会議員としての資格はないと断ぜざるを得ない」と、実質的に議員辞職を促す糾弾決議を可決した。だが丸山氏はこれを拒み、衆院議院運営委員会の理事会による聴取も体調不良を理由に応じなかった。

 日韓関係はいま、徴用工問題などを契機に、国交正常化以来最も厳しい状況にあるといわれる。両政権による応酬が、経済関係や市民交流にまで悪影響を及ぼす深刻な事態だ。

 そのとき両国の政治家に求められるのは、対立感情をあおることではない。これ以上の関係悪化を防ぐために知恵を絞ることだ。韓国に批判的な世論の受けを狙うかのような言説は、その妨げにしかならない。

 「議員失格」を衆院から宣告された丸山氏を、それと知って招き入れたN国の責任は極めて重い。立花孝志党首はきのう「表現の自由。問題提起の範疇(はんちゅう)」と述べたが、丸山氏の発言は言論の名に値しない。無責任な言いっ放しでもある。

 糾弾決議を足蹴にされた格好の衆院は、この事態を見過ごしてはならない。与野党が一致して、議員辞職を迫る意思を明確に示すべきである。


朝日新聞社説 2019年09月03日
https://www.asahi.com/articles/DA3S14162392.html?iref=comtop_shasetsu_02
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/242.html

[政治・選挙・NHK265] 米軍ヘリ事故 被害出るのを待つのか

 事故が起きたのが例えば東京の上空であっても、政府は同じ対応をとるのだろうか。

 沖縄の米軍普天間飛行場所属の大型ヘリCH53Eから、重さ約1キロのプラスチック製の窓が落下した。現場は本島東海岸沖だというが、詳細は不明だ。

 沖縄県などは、同型機の飛行を一時停止し原因を究明するよう求めた。だが岩屋毅防衛相は会見で、米軍にそうした要請をする考えはないとはねつけた。理由は「被害が生じたとの情報がない」からだという。

 国民の生命・財産を守るべき政府の姿勢とは到底思えない。

 昨年1月の衆院本会議を思い出す。沖縄で続発する米軍機トラブルを質問した議員に対し、当時の内閣府副大臣が「それで何人死んだんだ」とヤジを飛ばして、事実上更迭された。

 防衛相の発言は本質においてこのヤジと変わらない。基地に囲まれ、軍用機が飛び交う空の下で、激しい騒音と落下物の危険に日々さらされる県民の気持ちを踏みにじるものだ。

 普天間所属の同型機の事故は絶えない。17年10月に東村(ひがしそん)高江に不時着して炎上。2カ月後には宜野湾市の小学校の校庭に約8キロの窓を落とした。老朽化や整備不良が指摘されるが、日本政府は有効な対策を打ち出せていない。県の調べでは、在沖米軍所属の航空機による部品落下事故は、14年以降だけで今回を含め24件になるという。

 加えて著しい通報遅れまであった。事故の発生は先月27日午後5時半ごろとされるが、米大使館から防衛省に一報が入ったのは翌28日夜。沖縄防衛局経由で県が連絡を受けたのは、29日午後5時ごろだった。

 日米合同委員会の合意によると、落下事故があったとき、米側は日時、場所、被害状況などを速やかに日本政府に通報する取り決めになっている。あわせて、米軍から沖縄防衛局への直接ルートも用意されている。

 これらが機能せず、政府から県への連絡もほぼ丸1日を要した。確認作業に時間がかかったと政府は釈明するが、事故発生の事実だけでも、地元に急ぎ伝えるのが当然ではないか。

 普天間所属の部隊に絡んで問題が起きると、政権からは「だから辺野古移設を急がねばならない」との声が上がる。だがそれは、危険と不安を沖縄県内でたらい回しにするだけだ。

 7月の参院選でも、「辺野古NO」を訴えた無所属新顔が自民新顔らを破って当選し、民意に変わりのないことを示した。

 「普天間か辺野古か」ではなく、沖縄全体の基地負担をどうやって減らしていくかという根源的な課題に、政府は全力で取り組まなければならない。


朝日新聞社説 2019年09月03日
https://www.asahi.com/articles/DA3S14162391.html?iref=editorial_backnumber
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/243.html

[政治・選挙・NHK265] 『平成とは何だったのか 「アメリカの属州」化の完遂』 著・斎藤貴男 (長周新聞 書評)
2019年9月3日


 ジャーナリストの著者は、元号による時代区分は日本だけの決め事でしかないと断りつつ、1989年からの平成の30年間を、「バブルの終焉とNTT株の暴落」からはじめて主要な出来事とともに振り返り、そこに「アメリカの属州化の完遂」を見ている。

 平成の30年間、戦後の「平等」の建前を覆して格差と貧困大国化が進むとともに、戦争の反省を覆して戦争のできる国への転換が進んだことを私たちは経験してきた。

 第一は労働法制の改革で、日経連が1995年に発表した「新時代の日本的経営」というレポートが、改定労働者派遣法になり、その後対象が製造業に拡大されて非正規化が一気に進んだ。また「戦後50年、落ちこぼれの底辺を上げることにばかり注いできた労力を、できる者を限りなく伸ばすことに振り向ける」という考え方で教育改革を進めて、教育の機会均等を破壊した。

 さらに、農産物の輸入自由化を進める一方、農地法を改定して株式会社が農地を賃貸で借り受けることができるようにし、今後大企業による農地の集約化が進めば、戦前の寄生地主と小作の関係に逆戻りしかねない事態に至っている。大規模小売店舗法の廃止と消費税の導入によって、中小企業や零細商店を成り立たなくさせ、地方都市の商店街はシャッター通りと化した。つまり構造改革とは「富める者をより富ませ、貧しい者をもっと貧しくする」ものだった。

 著者は、こうした平成における新自由主義改革は、日本の政財官界が独自に進めたものではなく、アメリカが日本の非関税障壁を解体するために突きつけた「年次改革要望書」によるものであったと指摘する。「年次改革要望書」は、バブル期にアメリカの対日赤字が激増したことから、日米二国間協議の場がもうけられたことが発端となった。そして現在、日本の有力企業の外国人持ち株比率は50%をこえており、株主利益至上主義のもとで日本の富がアメリカに吸い上げられ続けている。

 もう一つは戦争をしないという国是の覆しだが、これをめぐって著者は、9・11ニューヨーク・テロ事件直後の日本政府とマスメディアの対応に注目している。9・11直後の朝日新聞は1面で、米大統領「これは戦争だ」という見出しをつけ、天声人語が「よし、戦おうじゃないか。さあ、姿をみせろ」と書いた。米軍がアフガニスタンへの空爆を始めると、朝日は社説で「限定的ならやむをえない」と書いた。イラク戦争では米軍が各国の記者を従軍取材させ、自分たちに都合の良い報道をさせたが、そのとき朝日の記者は「米軍のバズーカ砲が命中して民家がドカーンと爆発したとき、兵士とともにヤッターと歓喜の絶叫をした」と書いた。

 アメリカへの攻撃をみずからへの攻撃よりも敏感に受け止め、戦争だ戦争だと騒ぎ立てたところに、日本のメディアの本性があらわれている。しかも、イラクの市民数十万人が犠牲になり、イラクに大量破壊兵器はなかったことがはっきりした後も、政府もメディアも何の総括もしていない。

 もちろんこうした対米従属関係は平成に始まったことではなく、それを明らかにするには第二次大戦の性質の解明が不可欠だ。これについて著者は、明治、大正、昭和にかけてアジア諸国に対する侵略を重ね、それらの国の人人を不幸に陥れてきた日本が、第二次大戦で敗北すると、今度は占領者によって中ソに対するアメリカの防波堤、不沈空母としてのみ生存を許されてきたと指摘する。経済大国になったのはその見返りで、日本人の努力や勤勉さは否定しないが、アメリカが朝鮮戦争やベトナム戦争の特需を与えるとともに、自国のマーケットを日本に開放したからだった。それが今日、米国内で戦争に若者を駆り出されるのは御免だという空気が強くなると、アメリカは日本に、基地を提供するかわりに稼がせてもらうだけでなく、市場をよこせ、代わりに血を流して戦えと要求している。つまり、アメリカから見ると「豚は太らせてから食え」ということなのだ。

 見逃せないのは、日本の為政者が不沈空母に甘んじ、独立への模索をまったく放棄してきたことで、そこにはアメリカにひたすらひれふし、国民をアメリカが喜ぶように操ることの見返りで偉くなった一族ばかりが権力を世襲するという日本の政治の現状がある。

 これをめぐって著者は、グルーと岸信介の深い関係を示して、「CIAは1948年以降、外国の政治家を金で買収し続けていた。しかし世界の有力国で、将来の指導者をCIAが選んだ最初の国は日本だった」というニューヨーク・タイムズ記者の証言を掲載している。それだけでなく、戦前の天皇制政府の中枢にいた朝日新聞主筆の緒方竹虎と読売新聞社主の正力松太郎が、いずれも戦後はCIAのエージェントだったことも、別の研究者が明らかにしている。

 現在、日本社会が陥っている衰退の根源はどこにあるのか? それは、天皇制を形だけ残して、戦後の民主化をやったと見せかけて、アメリカが権力の最高の座に座り、日本の売国的な為政者を従えて日本国民をひき続き支配してきたことにある。著者はそれを「天皇制のしくみはそのままにしておき、みずからはあまり表に出ない方が、日本国民を統治するには都合がよいと、本当の支配者が判断した」と表現している。以上のことを解明しようとする立場が、真実を追求する知識人やジャーナリストのなかで共有されつつあると思う。

https://www.chosyu-journal.jp/wp-content/uploads/2019/09/saitou.jpg
 (秀和システム発行、B6判・292ページ、定価1500円+税)

https://www.chosyu-journal.jp/review/12985
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/244.html

[政治・選挙・NHK265] 戦後「象徴天皇制」の「天皇在位」に憲法上疑義 (アリの一言)
2019年09月03日

https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/23/1e/1db57474451260a03a931eb79b0c6df2.jpg
https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/27/80/ca59011789878588f0c0588a8f79a4d0.jpg
https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/28/7d/c3bbecade5f47fd0e2de4b2e151f5018.jpg

 天皇裕仁の「拝謁記」(田島道治初代宮内庁長官メモ、8月19日にNHKが一部を公表)に対してはさまざまな論評が行われましたが、その中で特に注目されたのは、小林武氏(沖縄大客員教授、憲法学)の次の指摘です。

 「新憲法の第1条は、『主権の存する日本国民の総意に基づいて』新しい天皇を『決定する』としているのであるから、国民による天皇選任の手続きを探るべきではなかったか。新憲法への理解も天皇としての戦争責任を果たす意思もない人物がそのまま、当然のごとくに天皇の地位に就き続けたことは、今なお問題にすべきことであると思う」(8月28日付琉球新報)

 以前「天皇代替わり」にあたって、憲法第1条にもとづいて、「新天皇の信任を問う国民投票を実施すべきだ」と書きましたが(2月19日のブログ)、小林氏の指摘はそれに通じます。

 先のブログでも紹介したように、この考えはけっして特異なものではありません。

 例えば、色川大吉氏(歴史学)は、「皇室典範によると、皇太子が即日践祚して位につくことになっていますが、厳密にいうと、憲法第一条によって本当は主権者たる国民の信任を得なければならないのです。…つまり、国民の総意に基づかなければ日本国の天皇になれない」(「天皇制イデオロギーと民衆のメンタリティー」、『沖縄・天皇制への逆光』社会評論社1988年所収)と指摘しています。

 また、憲法学者の小林直樹氏(東大教授=当時)も、「日本国憲法は、象徴としての天皇の地位を、主権者たる国民の『総意』にかかわらしめた。…憲法一条のその規定からすれば、国民の意思いかんによって天皇制の廃止も存続も自由に決められるのである。…そのためには、憲法の改正は必要ではなく、さし当たり国民投票法の制定をもって足りるはずである」(「現代天皇制論序説」、「法律時報」1976年4月号所収)と、国民投票による天皇制廃止の可能性を指摘しています。

 同じ敗戦国でもイタリアは、1946年6月に「王制か共和制か」を問う国民投票を行い、共和制支持54%、王制支持46%という結果に基づいて、王制を廃止しました。

 「拝謁記」であらためて浮き彫りになった裕仁の新憲法への無理解、戦争責任回避の無責任から、裕仁が新憲法制定後も天皇に居座り続けたことに小林武氏が大きな疑問を提示しているのはきわめて妥当です。

 小林武氏の論考でさらに注目されるのは、この裕仁在位疑義の問題はけっして過去のことではなく「今なお問題にすべきこと」だと指摘していることです。

 裕仁に続いて天皇になった明仁、そして徳仁は、いずれも「世襲」によってその地位を継承したものです。裕仁の天皇在位(継続)に疑義があるなら、明仁、徳仁のそれにも疑義があるのは当然です。

 小林武氏の指摘は(自身は明言していませんが)、現在の徳仁天皇の在位に対する疑義・異議申し立てでもあります。換言すれば、今日に続く戦後「象徴天皇制」は憲法(第1条)上疑義がある、憲法に反している疑いが濃厚だということです。

 この指摘はきわめて重要です。たとえば日本共産党は、憲法の「全条項を守る」という立場から「憲法上の制度である天皇に対して儀礼的な敬意を払うのは当然」(志位和夫委員長、6月4日付「しんぶん赤旗」)として徳仁即位の国会「賀詞」に賛成しましたが、徳仁の即位自体に憲法上疑義があるとする小林氏の指摘を同党はどう聞くのでしょうか。

 裕仁―明仁―徳仁と引き継がれてきた「象徴天皇制」は、憲法(第1条)に照らして正当なのか。検討しなければならない重大問題です。

https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/e/618d1ebefbb3e51151fa927039be3dca
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/245.html

[お知らせ・管理21] 2019年09月 削除依頼・投稿制限・等管理スレ。突然投稿できなくなった方も見てください。 管理人さん
3. 肝話窮題[6] isyYYouHkeg 2019年9月04日 00:58:15 : KzsKwpDjm2 : NEZCVnVxTW5zNjY=[51]

>>1の管理人さんへ

下記でのご対応に安心していたのですが・・・
正直言って戸惑いを禁じ得ません。

http://www.asyura2.com/13/nametoroku7/msg/831.html
 
http://www.asyura2.com/13/kanri21/msg/566.html#c3

[原発・フッ素51] 東電『デブリ回収』に関する物理学者入口紀男氏の見解(ちきゅう座)
2019年 9月 3日
<山端伸英>


1)デブリ回収について

毎日新聞デジタル版の2019年8月8日に、福島第一原発のデブリ回収計画についての報道があった。生活資金不足で予約購読者になれず全文は読めないのだが、書き出しは次のようである。

東京電力福島第1原発の廃炉作業を支援する原子力損害賠償・廃炉等支援機構は8日、2019年版の廃炉戦略プランの概要を発表した。炉心溶融(メルトダウン)した1〜3号機で核燃料が溶けて構造物と混じり合った燃料デブリの取り出しについて、「初号機を2号機とするのが適切」と明記した。これを踏まえ政府・東電は今年度中に、廃炉に向けた工程表を「21年に2号機からデブリ取り出しを始める」と改定する。

これについて即刻、物理学者の入口紀男氏に問い合わせをすると次のような返信を受けた。

   溶け落ちたデブリがどこにどうちらばっているかがわかっていません。
   取り出し方法もわかっていません。小さな塊でも、外に取り出すのは
   放射線が高すぎで誰も近づけないでしょう。微粉末の状態に削り取っ
   て水の中に懸濁した状態で少しずつ外に取り出すことなら可能でしょ
   う(スリーマイル島原発は炉心貫通しませんでしたが、圧力容器に水
   を満たして、15メートルの遠隔ドリルでこれをやって数年かかりまし
   た)。福島第一では、なんとかそれに近いことができても、何十年、何
   百年かかるか分かりません。それも見える範囲しか取り出せないでし
   ょう。ハイテクは使えず、ローテク、それも前近代的なローテクしか
   使えないでしょう。

この貴重な即答だけでデブリ回収が、汚染拡散などの危険を伴う非常な冒険であることはうかがえたのだが、そのあと8月12日に改めてFACEBOOK上に次の一文が入口氏自身によって掲載された。それを紹介する。

   2号機の圧力容器に残ったデブリ回収も困難を極める (入口紀男氏)

   福島第一原子力発電所では、2号機は 102トンの核燃料が溶け落ちて
   います。地震と津波は突然襲ってきたのでその半量が未使用であった
   と推定されます。その未使用の 51トンの核燃料にはウラン235が 2
   トン含まれていると考えられます。広島原爆は 800グラムのウラン
   235が爆発しましたので、溶け落ちたデブリはこれから再臨界して広
   島原爆 2,500個分の熱と放射能を放出する可能性が残っています(め
   ったに起こりませんが、アフリカ・ガボン共和国のオクロの天然原子
   炉は自然界のウラン鉱石が地下水中で再臨界したものであり、条件が
   そろえば起こり得ることです)。また、デブリには使用済みの核燃料も
   溶け合っていて、広島原爆 2,500個分の放射能をすでにもっています。

   したがって、一刻も早く取り出して安全な場所に安全な方法で保管し
   なければなりませんが、現在のところ取り出す方法がありません。デ
   ブリは、ロボットなどのハイテク技術では集積回路(IC)も高い放射
   線で壊れるので、使えないことが分かっています。ローテク、それも遠
   隔ドリルや遠隔ペンチなどの前近代的な道具しか使えそうにありません。

   2号機は、燃料デブリは圧力容器の底部に多く残っており、格納容器
   の底に漏れ落ちている量は少ないと考えられています。

   米国スリーマイル島原発では、炉心貫通は起こらず、圧力容器は無事
   でした(それは米国民への神さまからの贈り物と考えられています)。
   スリーマイル島では 138トンの核燃料のうち 62トンがメルトダウン
   (溶融)し、そのうち 20トンが圧力容器の底にたまりました。そこ
   で、先ず圧力容器に水を満たしました。デブリはすべて水中にありま
   したので圧力容器の上部に穴をあけてそこから遠隔カメラでのぞき込
   むことができました。15メートルの遠隔ペンチでデブリのかけらを少
   しずつ切り取りました。小容器を圧力容器の水の中に沈めて、遠隔ペ
   ンチで切り取ったデブリのかけらをその小容器の中に入れ、(中性子を
   遮断するため)水に沈めた状態で小容器のまま取り出しました。圧力
   容器の底にたまったデブリ 20トンは、水に沈めた状態で遠隔ドリル
   を用いて少しずつ削り、微細な粉末の懸濁液として 10年かけて取り
   出しました。

   福島第一原子力発電所では、圧力容器の底に残ったデブリを取り出す
   には、1〜3号機ともメルトスルー(炉心貫通)しており、圧力容器に
   水を満たすことができないので、遠隔ドリルや遠隔ペンチを上から挿
   入することが困難です。水を満たした小容器を送り込むことも困難で
   す。圧力容器の底からデブリのかけらを格納容器の底に落とすと、水
   の中で底にたまっているデブリと接触し、そこで一瞬にして連鎖反応
   を引き起こす恐れもあるでしょう。

2)石棺建設の可能性

デブリ回収の発表以前から、私的に入口氏とやり取りしており、それは続いているのだが、ソビエト連邦が、国家を犠牲にしてまでもチュルノブイリ原発を囲い込む石棺建設を行なったことに絡めて、ヨーロッパの研究団体の専門家が100兆円をかけて石棺建設を行なう以外ないという言明をしていることの内容にも入口氏との話題は及んでいる。しかし、それはまさしく人的犠牲の値段なのである。ソビエト連邦がそれだけの費用を投入したかどうかは定かではないが、少なくとも地球大の危機を防ごうとし、それは半ば成功している。日本の政府はそれさえも払おうとはしないだろうというのが入口氏の、あるいは小生の見通しのない見通しなのである。しかも、既に知られているように、チェルノブイリの英雄たちの大半は、放射線被爆の知識もなく英雄として命をささげた人たちであった。

福島から発生する現時点までの汚染は過度的な汚染に過ぎなく、無謀なデブリ回収などでさらに汚染は拡大する可能性すらある。実際、現状の汚染状況に対する外国側の関心も次のTHE NATIONの記事に見られるように高まりつつある。https://www.thenation.com/article/is-fukushima-safe-for-the-olympic-games/?fbclid=IwAR2fqvOv8qElw7lt_ITNW-MEjLSAcur4DGnEmgNg6hI-jIQjfaNqdGUo_8Q

いま国内では福島、福島と言われて済んでいるが、実際の国内の汚染状況は、国内の日本人が考えている以上に深刻なのではないか。いま、実にまさしく、日本人自身が誇る日本人の英知と技術を結集して、日本の国土を守ることを正面にすえて生きるべき現在という時間が存在しているのではないだろうか。 いまどき、ここでナショナリズムの問題を開陳するよりも、日本という国が存在しているその島々の姿を、その歴史を、無為のままに棒に振ってしまうのが日本の知性だったとは思いたくないものだ。しかも、海洋汚染を含めて、日本が国際社会に果たすべき責任は日増しに拡大し続けていると言える。

日本では、この件の議論が統制されているような状況が見えるが、出版社『緑風出版』は『東京五輪のもたらす危険』(東京五輪の危険を訴える市民の会編)と題する本をこの9月11日という象徴的な日に出版する予定でいる。現在の日本における人間的な営みを感じる。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion8970:190903〕

http://chikyuza.net/archives/96751
http://www.asyura2.com/19/genpatu51/msg/857.html

[政治・選挙・NHK265] 「いいかげん 偽装・インチキをやめろ」〜技能実習生除染・被ばく労働事件で提訴会見(レイバーネット)
Last modified on 2019-09-05 11:21:47


→動画(11分半)
https://www.youtube.com/watch?v=Kt1m5iOCSNU&feature=youtu.be

 「除染をたくさんやらされました。立ち入り禁止の場所(なみえ)でも働きました。将来、とても健康がしんぱ

いです」。今回提訴したベトナム人技能実習生・グェンさん(36歳)は、9月4日の厚労省記者会見にこう直筆

のメッセージを寄せた。(写真下)

http://www.labornetjp.org/image/2019/090406

 鉄筋施行の技術習得の目的で来日したはずなのに無関係の除染作業や被ばく労働を強いられた3人は

、全統一労組に加入して、福島県郡山市の建設会社「日和田」を訴えた。事件は2018年に3月に発覚し、会

社は行政処分を受けたが、組合との交渉で会社は「謝罪も補償」しなかったため、提訴にいたった。除染作

業手当は通常であれば1万〜1万3千円だが、実際には5700円しか払わず、そこでも搾取されていた。3人

で求めた総額は1230万円である。会見によれば、「こうしたことはごく当たり前に行われている。氷山の一

角」だという。

http://www.labornetjp.org/image/2019/090404

 移住連の代表理事・鳥井一平さん(写真上)は「いいかげん、偽装・インチキの制度による外国人労働者

の使い捨てはやめろ。私は裁判を起こした3人に感謝している。日本社会がかれらに感謝し、社会のあり方

を変えるべきだ」と語気を強めた。

http://www.labornetjp.org/image/2019/090405
http://www.labornetjp.org/image/2019/090402

 この日の会見室はテレビカメラの放列で満席、メディアの関心の高さが窺われた。2018年の技能実習生

は33万人、今後同数が増える予定だという。今回は日本の労働組合が関与したことで一端が明るみになっ

たが、闇は深い。(М)

http://www.labornetjp.org/news/2019/0904shasin
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/291.html

[政治・選挙・NHK265] 「本の発見」第124回 『核の海の証言−ビキニ事件は終わらない』(レイバーネット)
「週刊 本の発見」第124回
南の楽園は死の海にされた
『核の海の証言−ビキニ事件は終わらない』(山下正寿、2012年、新日本出版社)/評者:根岸恵子

レイバーネット
2019/9/5

http://www.labornetjp.org/image/2019/0905hon1
目次
序章 核被災に向きあう高校生たち
第1章 核の海の証言者たち
第2章 ビキニ「死の灰」世界へ
第3章 隠されたビキニ事件
第4章 放置されたビキニ被災船員の健康問題
終章 ビキニ事件と福島原発被災のこれから


 1946年から63年までアメリカが太平洋諸島で行った核実験は107回に上る。マーシャル諸島だけでも48年から58年まで67回。特に有名なのは、54年3月1日にビキニ環礁で行われた水爆ブラボーだ(写真)。ビキニ事件として知られる第5福竜丸の被ばくはこの最悪の水爆実験によるものである。しかし、第5福竜丸の被ばくは他の多くの漁船の被ばくを隠すためにアメリカ政府と日本政府によって利用されることになった。この隠蔽された事実の掘り起こしをしたのが、高知の「幡多ゼミ」の高校生たちだった。被災者のある漁師は「事件から30年経って初めて話を聞きに来たのは高校生だった」と語った。隠され続けてきた事実に日本政府は被ばく者としての認定さえしていない。

 この本は、1983年から、高校生たちが高知県のビキニ被災者たちから集めた証言をもとに、幡多ゼミの山下正寿先生がビキニ事件の背景と、マーシャルの人々の被害、福島原発事故までを含めてまとめたものである。

 今から2年前、私はニューカレドニアの文学を研究しているアミッド・モッデカムさんの話を聞く機会があった。ニューカレドニアはフランス領であるが、先住民族のカナックの人々の島である。彼らの物語は美しい海とは切り離せない。彼らは独立を目指して、フランス政府と対立してきたが、いまだに独立はしていない。アミッドさんの話から、私は太平洋の勢力圏がいまだに英仏米によって押さえられている意味を考えてみた。私たちは中国脅威論に敏感に反応するくせに、太平洋の脅威について考えてはいないのではないか。勢力分布図を見ると、中国の方が脅威に囲まれているのではないかと考えさせられてしまう。過去に英仏米が太平洋で行った核実験はいまだにアジア諸国への脅威になっているのではないか。フランスはポリネシアで211回、イギリスはミクロネシアで38回、3国で合わせて350以上の核実験を行っているのだ。

 広島・長崎での被ばく国でありながら、当時日本がこの核実験に対してどう考えていたのか。ブラボー実験のあと、核実験に対して当時の岡崎外務大臣は「水爆実験は自由国家の仲間入りをした日本としては、これに協力するのは当然である」と述べている。日本政府はアメリカ政府とともに、核実験で被災した被害事実の隠ぺいに奔走することになる。それは第5福竜丸の被害に集中させることで、ほかの多くの被災者はいないことにしてしまったのだ。そのことは第5福竜丸の被ばくを矮小化することにもなった。アメリカは「原因は放射能でなく、サンゴの塵による科学的影響」だとし、現在でも放射能が原因だと認めていない。

 幡多ゼミの調査で分明るみになったことは大きい。だがあまりにも遅すぎたのではないか。ブラボーの最初の犠牲者は吉岡洋さんという19歳の若者であることがわかった。彼はブラボー実験の後、4月27日に発病し、5月10日にパラオで亡くなった。彼は海水をよく被っていたそうだ。彼の病状に日本に帰るよりは早く病院に連れて行こうとパラオに向かった。しかし、彼は助かることがなかった。日本からの命令で彼の遺体は本国に戻すなということで、重りをつけて海に沈めたそうだ。その時のことを乗組員の仲間は覚えていた。海は澄んでいて、吉岡さんの遺体が沈んでいくのに手を合わせた。

 また、ある人は「人間の命より魚の方が大事だった」と当時を振り返り、被ばくしている自分たちに政府は何もしてくれなかったと話している。放医研は第5福竜丸の乗組員の被ばく記録を取り続けたが、発病しても治療はしなかったのである。「事件は解決済み。よって発病も被ばくとは関係がない」という一貫した姿勢だった。これは放医研の前身ABCCが原爆被害者に取った態度と全く同じである。被災した者たちはだれもが放射能の影響に怯えながら生きていかなくてはならなかった。日本はそんな被害者をしり目に原子力の技術を何とかアメリカから得ようとし、アメリカはそれを利用して、膨大になるはずの被害と補償をわずかな見舞金程度で済ませてしまった。被災者の切り捨てであった。

 「ニュークリア・サベージ」(2011年、アメリカ、アダム・ジョナス・ホロヴィッツ監督)というドキュメンタリー映画がある。マーシャル諸島の人々が、核実験で受けた被害、被ばくの問題を今も引き摺って生きている姿を描いている。この本でもビキニの人々がモルモットのように放射能実験に利用されたことが述べられている。人々は核実験の最中、島に留め置かれ被ばくさせられ、その後経過を見るだけのために生かされていたのだ。いま、アメリカは汚染された島に人々を戻そうとしている。楽園だった南洋の島は放射能が残る不毛な島となり、人々は被ばくしたために健康な生活は送れない。いったい何のために彼らがこんな目に合わなくてはいけないのだろう。

 当時、核実験による汚染状況を調べていた俊鶻丸に同乗していた「中部日本新聞」の谷口利雄記者は書いている。「南の楽園は本当に死の海になっている。国境のない魚は水爆の恐怖も知らずにこの海中で泳いでいる。人間ばかりではない。平和な南の魚をここまで脅かしているのはいったい誰だ。そしていったいどういうことなんだ」。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美、根岸恵子ほかです。

http://www.labornetjp.org/news/2019/0905hon
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/292.html

[政治・選挙・NHK265] 「表現の不自由」で問われているものは何か(アリの一言) 
2019年09月05日


 「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が開催3日で中止になった問題で、共同通信は「アート炎上 表現の不自由展を考える」と題した、5人のアーティスト・識者の論考を連載で配信しました(中国新聞は8月20日付〜24日付)。注目された指摘を紹介し、この問題で問われているものは何なのかをあらためて考えたいと思います。

 企画展に出品したアーティストの1人、小泉明郎さんは以前、韓国の公立美術館で旧日本軍の特攻隊を扱った作品を展示した際、保守派の猛烈な抗議を受けました。しかし、メディアや作品を通じて、これは軍国主義をたたえるものではないと伝え、理解されました。

   「検閲が横行した独裁政治を経験した韓国では、表現の自由は守るも
   のだという意識が浸透しているように感じる」

 同じく今回の企画展に出品した1人、吉開菜央さんは、かつて東京で、映像作品に対し「同和問題に抵触する」とクレームをつけられ、やむをえず黒塗りの「修正」を受け入れてしまった経験があります。

   「その後、作品はフランス・カンヌ国際映画祭に出品され、黒塗りな
   しの完全版が上映された。現地での公式上映に立ち会って分かったの
   は、いろいろな意見を表明する場が大切にされているということ。議
   論を途絶させてはいけないことを、権力者ほどよく分かっていた」

 武蔵野美術大教授(憲法)の志田陽子さんは、「表現の自由」に対する日本とドイツの違いをこう指摘します。

   「ドイツの法律には芸術の自由を保障する規定がある。背景にあるの
   はナチスドイツが前衛芸術などを『退廃的』と抑圧した歴史だ。芸術
   家を追い込み、芸術への感動を利用して国民の感情を、特定の方向へ
   統制した。戦後のドイツはこの行為を反省し、公金で文化、芸術を支
   援する際も、内容に政治介入しないというルールを定めた」

 今回の問題の背景には「安倍政権が『韓国敵視政策』を加速させている影響も大きい」という山崎雅弘さん(戦史・紛争史研究家)は、こう強調します。
 
   「現代の日本人が理解しておくべきことは、日本は敗戦を機に大日本
   帝国時代の人権軽視の価値観を捨て、基本的人権を尊重する日本国に
   生まれ変わったという自覚だ。大日本帝国と日本国は違う」

 日本が韓国や欧米諸国とくらべて「表現の自由」の際立った後進国なのはなぜか。それはたんに人権に対する認識が低いというだけでなく、憲法に「表現の自由」が明記された歴史的背景、すなわち戦前の大日本帝国(天皇制国家)が「表現の自由」を奪って侵略戦争・植民地支配を強行した歴史の教訓を、日本人が学んでいない、自覚していないからではないでしょうか。志田さんが指摘するドイツときわめて対照的です。
 
 かつて「あいちトリエンナーレ」の芸術監督を務めたこともある五十嵐太郎さん(建築評論家)は、今回の問題は「今の社会における最大の問題点を浮かび上がらせた」としながら、「だが、企画展の作品を引っ込めたままでは、表現の自由を狭める悪い前例となるだけだ。中止に至った経緯の説明や事態について議論の場を設けてほしい」と述べています。

 憲法に「表現の自由」が明記された歴史的背景・歴史の教訓こそ議論され、学ばれるべきでしょう。「天皇」「元慰安婦」をモチーフにした作品の「表現の自由」が奪われていることはけっして「理由」のないことではありません。

https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/293.html

[原発・フッ素51] 徹底検証 ・ 「100ミリ?健康影響なし説」のウソ =0〜10歳集団、100ミリ?被曝リスク、死亡率13%= (ちきゅう座)
2019年 9月 6日
<藏田計成(くらたけいせい):ゴフマン研究会>


はじめに

以下は読売新聞「社説」の引用である。「科学的には、100ミリ・シーベルト以下は被曝(ひばく)による健康への影響はないとされる。…放射線審議会で、国際的な考え方を改めて検討し、政府は法令に基づく明確な基準を打ち出すべきだ。」(2017年2月9日)

読売新聞「社説」はその前後にも同じような主張を掲載している。(2014年4月11日、2015年11月4日、2017年年6月26日)。この「100ミリ?以下健康影響なし説」(以下「100ミリ?影響なし説」という)は、一部のマスコミが世論を先行的に誘導する段階を経て、本格的に登場することになった。政府による広宣活動が始動したのは2017年12月12日、復興庁「風評払拭・リスクコミュニケーション強化戦略」がその号砲であった。その後、矢継ぎ早に歪んだ情報が発信された。

復興庁「放射線リスクに関する基礎的情報」。
放射線審議会(現規制庁諮問機関)「答申」。
復興庁『放射線のホント』(廃刊・撤回・署名運動展開中)。
文科省『放射線副読本』(全国小中高生へ配布、1450万部、回収自治体も)。
復興庁「風評払拭」の広報展開。
国・福島県は広告費240億円を「電通」経由でマスコミへ投入。

だが、その内容は露骨なウソを織り込んだ安全広報である。次のような記述は真っ赤な作り話であった。「日本は世界で最も厳しいレベルの基準を設定して食品や飲料水の検査をしている」(1)という。だが、この比較・引用は数字のトリックであった。日本の基準値は「平常時」の数字を、外国の基準値は「緊急時」の数字を並べて比較している。このような異なる基準で比較すれば「世界一」となるのは当り前である。注記するように(2)、これはほんの一例に過ぎない。原発事故の隠された現況を取り繕うには、このような露骨なウソ、ごまかしで人々を欺く他はないのである。

政府は被曝の実態解明を闇に葬り去ろうとしている。事故3年後に明らかになったことのひとつは放射性物質流出の実態であった。「最初の4日間で全体の25%、その後の2週間で残り75%が放出された」とされている(NHKスペシャル、2014年12月12日)。このような事故初期の集中的な放射能汚染は福島県をはじめとした東日本全域に及んだ。しかし、日本政府の広域被曝対応はわずか福島小児甲状腺ガンに限定されている。その多発事態も「原発事故とは無関係」とされている。他の被曝疾患に関しては、東日本全域の検証は対象外とされている。このような行政と加害当事者の無責任は人災史上例をみないほど悪質である。

原発立地自治体のひとつ大熊町では、町内40%の地域の避難指示を解除し、役場庁
舎や集合住宅を新築して行政の最前線拠点にしようとしている。その場所は第1原発事故現場から直線距離にして8qである。だが、同町内の「国道6号に近い地点は毎時4〜6マイクロシーベルト(年間35〜52ミリ?)、国道6号から福島第一原発に向かう道上は毎時8マイクロシーベルト(年間70ミリ?)前後にまで上昇」している(東京新聞2019年4月10日)。また、現地避難住民たちは累積被曝による危険からの避難という道を選択した。にもかかわらず、政府・福島県はうわべの除染を理由にして避難指示解除を強行し、住宅援助を打ち切り、汚染地への帰宅を強要している。

福島県2019年4月発表によると、県面積の70%を占める山林ポイントで測定した1300個所のうち362個所(28%)の年間空間線量率(単位時間当たりの線量だから「率」がつく)は、2011年8月の線量率の75%に低減したという。また、線量率も年間1ミリ?以下(毎時0.23マイクロシーベルト、この基準値も厳密ではない)になったという。しかし、これらの減衰の主因は自然減衰に過ぎない。いまも、手つかずの山林や原野では半減期30年の放射性セシウム137は、事故8年が過ぎても線量82%が累積被曝の線源となっている。いわば、山林原野は放射性物質(不溶性微粒子)の貯留庫である。決して外部・吸入・経口被曝の危険が去ったわけではない。メルトダウンした事故現場はたんに中性子衝突による「臨界」が止まっただけである。溶け落ちた超高濃度の核燃料(デブリ)の回収は目途さえたっていない。2号機の原子炉には42トン、溶け落ちた格納容器には195トンが確認できている。他の原子炉からも放射線の排出や汚染地下水流出は続いている。解体・廃炉への道は険しい。

いま、日本原子力ロビー(政府、原子力官僚、推進企業、原発専門家)は、公然と「100ミリ?影響なし説」(安全説)をまき散らし、偽りの線量、線量率操作を行っている。その意図の背後には、事故現場が制御下にあると見せかけて、福島復興を象徴する五輪開催の体裁を整える狙いがある。また、事故災害への無責任、除染を口実にした冷酷な棄民策、再稼働と核潜在力への野望という国策が隠されている。

だが、100ミリ?安全説は日本原子力ロビー固有の論理であり、世界の定説から大きくはみ出している。福島事故を口実にして世界に先駆けて理論を捏造しているに過ぎない。いわば、これは異次元の被曝防護体系である。この無謀は「世界の非常識」「新たな神話」(3)と論断されている。このような似非論理は原発事故が起きた日本において登場し得たとしても、いずれは立ち枯れになる代物である。

本稿の目的は、日本原子力ロビーが目論んでいる100ミリ?安全神話のウソを暴くことである。この虚構の全体構造をえぐり出し、そのなかから真実を取り出すことである。そのことによって、低線量被曝リスク論が内包する問題の本質を解明することにある。

第T部 リスク係数でみる危険度

1 100ミリ?の被曝リスクは、ICRPリスク係数でも1万人で50人

100ミリ?影響なし説の無謀さを明らかにするために、まず、被曝線量100ミリ?のリスク(危険度)をみていくことにしよう。ここで適用するリスク係数は、現行の「国際放射線防護委員会」(以下ICRPという)の係数である。これは一般住民を対象にした世界公認の公衆リスク係数とされている。

ICRP公衆リスク係数が対象とする集団は、老若男女を含む一般公衆である。この公衆1万人集団が、平均1ミリ?被曝したとして、その集団がこうむるガン・白血病などの生涯リスク係数は「0.5人」(成人のみでは「0.4人」)としている。(ただし、ICRPリスク係数は1?を単位としているが、本稿では1ミリ?=1000分の1のリスク係数で算定)。このICRPリスク係数を用いて線量100ミリ?(=0.1?)の放射線誘発ガン・白血病などの生涯にわたる死亡率を推計してみよう。「線量−反応関係(被曝線量とリスクの関係)」は正比例しているから、結論を先にいえば、100ミリ?の被曝リスクは、結局、被曝1ミリ?のリスクの100倍(50人)となる。

◇ 対象:一般公衆1万人集団。被曝線量:平均100ミリ?。リスク:生涯にわたってこうむる、ガン・白血病死者数=50人(0.5×100)。死亡率0.5%。また、事故前の福島県民人口約200万人規模で推計すれば、平均100ミリ?被曝したとして、死亡者数=1万人(50×200)のリスクとなる。

この被曝推計値は2つの問題点を浮き彫りにしている。

@100ミリ?影響なし説(安全説)は、一般公衆1万人中の50人、県民規模人口200万人中の1万人の犠牲を切り捨てることによって成り立つ論理であること。
Aこの1万人中の50人、200万人中の1万人は、リスクの過小評価が批判されているICRP公衆リスク係数に基づく数字である。実際のリスクはさらに高くなること。

とくにAのICRPリスク係数の過小評価を不問にすることは背理である。ICRP公衆モデルの対象は幼若男女をふくめた「一般公衆」であり、これは通常の人口構成集団(住民)を対象にしている。ところが、生体の被曝感受性に関するかぎり、年齢別、世代別集団でみると大きな落差がある。その被曝感受性はそのまま被曝リスク増に結びついている。感受性が最も高いのは子宮内胎児であり、リスクも高い。そのあとに続くのが幼児・子供・少年・青年である。あとの壮・老世代のリスクは低い。このように、ICRP公衆リスクはこの世代間のリスクギャップを無視する構造になっている。たんに、ICRPリスク係数はこのリスクギャップを素通りしている。「子どもは大人の2〜3倍」(ICRP2007年勧告)として補足扱いしているに過ぎない。

この年齢間の被曝感受性の違いから派生する被曝リスク差を、数値として明確にしたのはアメリカ放射線医学研究者ジョン・W・ゴフマンの年齢別・性別リスク係数である。(4)

ゴフマンは元国立放射線研究所副所長であった。在任中に既成のリスク評価を批判して自説を貫いた。職を辞した後も独自に研究を続けて、全年齢別、性別リスク係数を算定して、世界唯一の年齢別リスク体系を作り上げた。その妥当性はチェルノブイリ事故評価において実証され、高い評価を受けている。たとえば、世界の被曝防護機関や研究者によるチェルノブイリ事故の推計リスクは、最小値と最大値のひらきは概数で1対225(4000人対90万人)となっている。ゴフマン推計の被曝死者数(約47万人)は全推計値のほぼ中間に位置している。この推計値は人口動態統計による別な推計値に近似しており、決して実数らしきものとかけ離れてはいない。なお、そのゴフマンのリスク論については、後日別稿で詳述する。

ICRP公衆モデルとゴフマンモデルのリスク係数を対比すればどうなるか。先にみたようにICRP公衆モデルリスク係数は「一般公衆1万人・1ミリ?被曝・リスク0.5人」である。これをゴフマンモデルのリスク係数と比較すると大きな開きがある。結果だけいえば、ICRPリスク係数(一般公衆、1万人集団、1ミリ?被曝、死者0.5人)とは、ゴフマンモデルではほぼ「46歳集団」のリスク係数に等しいことになる。すなわち、同じ1万人集団、1ミリ?の被曝リスク=0.5人であっても、ICRPモデルの対象は「一般公衆」1万人であるが、ゴフマンモデルの対象は「46歳」集団1万人集団である。

このような年齢別リスク差の違いを鮮明にしてくれるのは、そのリスクを年齢集団別にみればよい。下記の表がそれである。ゴフマンモデル、年齢集団別1万人集団が、1ミリ?被曝したとした、各被曝集団のリスク差を示したものである。つまり、集団被曝線量=1万[人・ミリ?]当たりの、主要な年齢集団の被曝ガン死リスク係数である。

0歳 0歳時被曝集団 15.1人(件) 20歳時被曝集団 4.5人
5歳時被曝集団 13.3人 30歳時被曝集団 3.8人
10歳時被曝集団 10.5人 40歳時被曝集団 1.7人
15歳時被曝集団 5.1人 50歳時5 50歳時被曝集団 0.07人
表 ゴフマン著『人間と放射線』の「年齢別、性別ガン線量一覧」p.250以下を参考に作成

◇ ICRPのいう「一般公衆」という集団概念は、ゴフマンモデルでは「混合年齢集団」(ほぼ30歳集団)に相当する。このゴフマンモデルで集団リスクを推計すると、混合年齢集団1万人・100ミリ?被曝(100万[人・ミリ?])当たりの生涯リスク(ガン・白血病死亡率)=373人。ゆえに、両者(一般公衆と混合年令集団)のリスク係数比は、「50人対373人」(1対7.4)である。このリスク係数のひらき(7.4倍)が、ICRPリスク係数の過小評価を示している。

◇ ゴフマンモデルにおける世代間の被曝リスク構造をみれば、その違いが鮮明である。福島県民の事故前の人口構成のうち、20歳未満の人口集団は全体の19%に過ぎない。ところが、この20歳未満集団(19%)が引き受けるリスクは、県民全体リスクの59.8%である。つまり、等しい空間線量を浴びたとして人口上でみれば20%の若い世代が、リスク全体の約60%を占めていることになる。この事実は何を意味しているか。それはリスク係数を全世代一律に設定することの絶対矛盾を示している。このように、ICRP公衆リスク係数は実質的に世代間のリスクギャップを無視したリスク体系である。

◇ 一例を示しておくことにしよう。ゴフマンの年齢別リスク係数で推計すると、0〜10歳未満1万人集団が、100ミリ?被曝すると死亡者数=1300人(死亡率13%)である。ところが、ICRP公衆モデル係数では、この幼少1万人集団は一般公衆に解消され、リスクの実数は推計不能である。あえて推計すれば、その子供リスクも「一般公衆=50人」(26分の1)のなかに解消されている。また、10〜19歳1万人集団が100ミリ?被曝すると死亡者数 =670人である。だが、 これも「一般公衆=50人」(同13分の1)と計上される。

いずれにせよ、問題はたんに世代間リスクの多寡にとどまらない。世代別の集団1万人中の死者50人であれ、670人であれ、1300人であれ、これほどの犠牲を強いる線量「100ミリ?」を安全量とみなすこと自体が暴論である。まさに、線量100ミリ?とは〈合法的殺人線量〉というべきである。

2 線量100ミリ?は、事故前の年間自然空間線量率の333倍

線量「100ミリ?」のリスク(危険度)を、線量率「年間100ミリ?」のリスクと比較してみよう。この比較は「線量」と「線量率」の比較になるが、すくなくとも線量100ミリ?のリスクの度合いを知る目安にはなる。なお、ここで用いる線量率「年間0.30ミリ?」(政府は「年間0.4ミリ?」と高めに設定)とは、福島事故が起きる直前の国内実測値である。東京都健康安全センターが2011年3月1日〜11日までの11日間に実測した、1時間当たりの平均値を年間に換算したものである。測定場所:東京都新宿区百人町地上20m、線量率:毎時0.0345マイクロシーベルト、換算年間空間線量率「0.30ミリ?」に換算したものである(5)。

結論を先にいえば「100ミリ?影響なし説」がいう「100ミリ?」とは、自然空間線量率「年間0.30ミリ?」の「333倍」(100÷0.30)となる。この倍率は異常である。

補足すれば、日常的に浴びている日本の自然放射線(バックグランド)の線量率は、宇宙線や大地からの線量をふくめて「年間2.1ミリ?」(世界年間2.4ミリ?)とされている。線量100ミリ?とは、その自然放射線量率「年間2.1ミリ?」の「約47倍」となる。累積線量率では「47年分」となる。どうみてもこの線量100ミリ?は安全量とはほど遠い。

さらに、線量100ミリ?を医療被曝と比較してみよう。]線によるCT検査(コンピュータ断層撮影)に関しては定説がない。信頼度の高いオーストラリア(リンケージ研究、2007年、(6))によると、0〜19歳、68万人を対象にした、追跡期間9.5年の統計によると、CT検査一回の平均被曝線量は4.5ミリ?で、その人工放射線過剰発症率は24%である。

線量100ミリ?は、この1回平均「4.5ミリ?」の22倍分(100÷4.5)である。また、日本では1回当たり5〜30ミリ?とされているから、線量100ミリ?のリスクはCT検査の「3〜20倍」相当のリスクとなる。さらに、胸部]線撮影は側面撮影約0.25ミリ?(100ミリ?は約400倍)相当、正面撮影約0.06ミリ?(同約1600倍)相当のリスクとなる。さらに、医療被曝は日本人ひとり平均年間3.8ミリ?という。100ミリ?はその25.8倍相当のリスクになるという統計もある。

日本原子力ロビーは、これほど高い放射線を「被曝影響なし」「自然放射線被曝を除いた生活習慣病のリスクに紛れてしまう線量」(放射線審議会、後述)と強弁している。このように、線量100ミリ?は自然放射線や人工放射線と比べてみても大きな線量乖離をみせている。

これはどうみても安全線量とはいえない。これまでの環境中の生命体は長い進化の過程を経て自然放射線のリスクを受け入れ、それと折り合いをつけてきた。この自然の摂理に背いた過剰な人工放射線は、生命体の分子構造を脅かすに十分過ぎる犯罪的線量である。たとえ、20ミリ?や100ミリ?の線量が、一時的であれ、年間であれ、累積であれ、また、外部被曝や内部被曝をもたらす線量であれ、被曝ダメージをもたらすことに変わりはない。このような法外な線量、線量率、線量域の導入は、福島事故を口実にした便宜主義的・恣意的・犯罪的リスク論の導入であり、許し難い。

なお、自然放射線や人工放射線の人体影響や、その物理的性質には違いがあるかのような間違った論理構成の論文が掲載された。朝日新聞「WEB論座」2019年7月2日、国立天文台特任教授大石雅寿論文である。だが、放射線は自然であれ、人口であれ「受ける放射線の種類と量が同じであれば人体への影響の度合いは同じ」(東京都環境局(7))である。間違った論文の撤回と訂正、編集責任を問うべきである。

3 人類史が到達した被曝線量限度の100〜1000倍

線量100ミリ?の危険性は、別な比較によって浮き彫りにすることができる。それは線量100ミリ?と放射線被曝防護の人類史が長い年月をかけて到達した被曝受容線量(年間線量限度)との比較である。その違いは桁違いで、100〜1000倍となっている。

人類史における被曝防護の歴史は低線量限度を模索する歴史であった。世界の被曝防護機関は自然放射線(バックグランド)以外の過剰な人工放射線の被曝リスク(過剰相対リスク)の低減をめざした。その初期リスク防護の対象は作業者を対象にした「職業被曝」であった。その線量限度の出発点は「年間720ミリ?」とされた。その後、ICRPの前身「國際]線及びラジウム防護委員会」(IXRPC)は作業者「年間500ミリ?」(1934年)、「年間250ミリ?」(1935年)を勧告した。1940年代からはじまった核兵器開発期における被曝防護は野放しであった。いわば、空白の10年間である。とくに、核実験全盛期下の被曝兵士や原爆被爆者は被験者とされ、被曝防護体系の埒外におかれた。

やがて、「核の平和利用宣言」(1953年)を合言葉に原発開発が追加された。これを支えたイデオロギーは、資本主義エネルギー論と社会主義生産力論(電化社会主義論)の左右両体制イデオロギーであった。核科学は体制に深く組み込まれていった。反核運動と反原発運動は一個二重の関係にはなり得なかった。その核・原発開発過程のなかでICRPは被曝防護機関として再建された。その再建6年後、ICRP1956年勧告は作業者被曝線量限度「年間150ミリ?」とした。その2年後の1958年勧告では、作業者「年間50ミリ?」に引き下げた。あわせて、周辺人(公衆)「年間5ミリ?」(作業者の10分の1)を勧告した。この線量率「年間5ミリ?」は、一般公衆を対象にした人類史上初の放射線の被曝線量限度であった。

なお、一般公衆の被曝線量率を作業者の「10分の1」にしたとはいえ、この数字に明確な根拠はなかった。基準はたんに被曝労働の代償(賃金)を受け取っているか否かという、その一点であった。このことからもわかるように、被曝現場の労働者は命と引替えに被曝労働の代価を受け取っているに過ぎない。これが原発労働の本質である。

その後も低線量限度への志向は続いた。その際に、LNT直線モデル(後述する)は大きな駆動力となった。そして、ついにチェルノブイリ事故前年の1985年ICRP「パリ声明」は、線量率「年間1ミリ?」という科学史上の到達点にたどり着いた。さらに、世界のさまざまな被曝防護機関も後続し、低い線量限度を勧告した。

医療用放射線を例外として、「人類と核との共存」ははじめから虚構に過ぎなかった。とはいえ、人類は究極的に「年間0.1ミリ?」という極点にまで到達した。下記一覧はその象徴的な勧告の歴史である。一覧には各防護機関が勧告した年間線量率と、線量率「年間100ミリ?」との比較倍率も併記した。その比較倍率は100〜1000倍である。この数字の異様さが「100ミリ?影響なし説」の特徴のひとつである。

◇ 1985年ICRPパリ声明「年間1ミリ?」、100ミリ?との比較倍率は100倍(100÷1)。
◇ 1987年イギリス放射線防護庁(NRPB)「年間0.5ミリ?」、倍率は200倍(100÷0.5)。
◇ 2001年ドイツ放射線防護令(2016年令で再確認)「年間0.3ミリ?」、倍率は333倍(100÷0.3)。
◇ 2005年米国科学アカデミー(NAS)「年間1ミリ?」、倍率:100倍(100÷1)。また、医療被曝限度は「年間0.1ミリ?」。
◇ 2010年欧州放射線リスク委員会(ECRR)勧告(福島事故前年)、「原理と勧告」(第15・2節)「年間0.1ミリ?」、倍率は「1000倍」(100÷0.1)。

4 低線量限度設定の根拠

上記の低線量率の勧告は、最初に発したパリ声明を除いて、すべてチェルノブイリ事故後の検証を経た勧告である。これらの低線量率実現に至る歴史過程をみると、一貫して高い値から低い値への志向過程であった。以下、その低線量限度設定の論拠と背景となった歴史の一端をみてみよう。

@ 1956年、イギリス医師・疫学研究者アリス・スチュアートは、子宮内胎児に対するレントゲン照射の影響を12年間にわたって調査した。その結果、1回平均20ミリ?の]線を浴びた胎児は、生まれてから10年間にガン・白血病の発症率が50%(2人に1人)であることを明らかにした。これは世界初の妊婦のレントゲン撮影に対する警告であった。その後の追試で明らかにしたことは「妊娠後期に写真を撮った場合は、15ミリ?当たり小児がん及び白血病の発生頻度が2倍になることであった。さらに、妊娠初期の3か月間では、たった3.3ミリ?で、生後10年間に発生するがん及び白血病の発生頻度が2倍になる」(ゴフマン、タンブリン)(8)というものであった。

A 1975年、アメリカ・ロスアラモス研究所は、広島・長崎の放射線放出線量をあらためて分析し直したところ、従来の原爆線量評価の誤りが明らかになった。ガンマ線や中性子線の放出線量を2倍に過大評価していたことから、従来のリスク係数が過少評価であったことを突き止めた。その結果、原爆生存者寿命調査(LSSモデル:Life Span Study、T65D、1965年)にはじまった過去のリスク評価を改訂することにした。最後的には「DS86」(1986年、チェルノブイリ事故の年)の改訂を経て「DS02」(2002年)が確定した。この検証過程に関して、ある研究者は次のように総括した。「線量見直し問題は、低線量被曝の危険性を指摘する原発反対派と、これに対抗する推進派との科学的・政治的争いの中で生み出されたひとつの副産物であった」(中川保雄)(9)。

B 1976年、アメリカ公衆衛生研究者マンキューソも政府・原子力委員会の圧力に屈しなかった。10年間以上にわたる調査研究のすえにある結論に達した。それはアメリカ原子力委員会やICRPなどの従来の公認リスク評価は「10分の1も過小評価している」(10)というものであった。その根拠はアメリカ国内最大のハンフォード核再処理施設の被曝労働者約2万8000人に関する統計資料(ガン・白血病死約3500人・死亡率14%)であった。また、「ミラム報告」(11)は同じハンフォード核施設の労働者の死亡率は、他の核施設労働者よりも25%高いことを明らかにした。この他にも「ICRP、10分の1過小評価説」(温品淳一)もある (12) 。

C 1979年、アメリカ・スリーマイル島原子炉冷却材喪失事故(レベル5)が起きた。その7年後にチェルノブイリ事故(最上限レベル7)は起きた。その貴重な知見は低線量被曝リスク論の実現に多大な貢献をもたらした。旧ソ連現地研究者ヤブロコフらの『チェルノブイリ事故の全貌』(岩波書店)をはじめとした、多くの研究文献・資料が発表された。同書によれば、その数はスラブ語系出版物3万点以上、文書・資料数百万本がある。(Google:1450万点、YANDEX:187万点、RAMBLER:125万点が検索可能)。

D 1990年、「ガードナー報告」はイギリス・セラフィールド再処理工場周辺の小児白血病の多発を調査した。生まれる半年前に10ミリ?被曝した子どもの白血病罹患率はイギリス全国平均の7〜8倍増であった(13)。これらの知見を裏付けた論文は数多ある。

E 世界の研究者たちは低線量限度の実現をめざして研究を重ねた。そのなかには動物実験の他に人体実験もあった。アメリカ政府の公式発表によると1944〜1974年までの30年間に、政府支出資金による約4000件(年間平均130件)におよぶ放射線人体実験をおこなった(14)。また、アメリカアリゾナ砂漠核実験場では6500人の兵士が投下実験直後の仮設戦場に進撃演習した。低線量リスク論はこのような地獄をくぐり抜けて、線量率「年間1ミリ?」以下を実現したのである。

参考文献 (はじめに、第T部)
1 放射線被ばくを学習する会、パンフ『放射線のホント』の廃刊を求める申し入れ書
  http://anti-hibaku.cocolog-nifty.com/blog/2019/06/post-990dd8.html
2 厳密に飲料水で比較をすれば、1リットル当たりのセシウム、日本10Bq、EU8.7Bq、アメリカ4.2であり、日本は世界一ではない。
3 今中哲二「“100ミリシーべルト以下は影響ない”は原子力村の新たな神話か?」『科2011年11月、81巻、1152。 www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/etc/Kagaku2011-11.pdf
その他、核戦争防止国際医師会議(IPPNW)、ドイツ・スイス・フランス・日本「東京2020−放射能オリンピック」キャンペーン開始。
http://www.radioactive-olympics.org/information-in-japanese.html
4 アメリカ放射線医学研究者ジョン・ゴフマンは、生体への被曝影響を調査・研究する責任者として、ローレンス・リバモア原子力研究所副所長に任命された。報告書は「リスク評価を20倍に高める必要性がある」との検証結果であった。ゴフマンはアメリカ原子力委員会から「撤回」を求められたが拒否した。職を辞して大著『人間と放射線』を著した。『新装版 人間と放射線』(明石書店)、訳者伊藤昭好、小林佳二、小出裕章、小出三千恵、今中哲二、海老沢徹、川野真治、瀬尾健、佐伯和則、他、2011年。
5  東京都健康安全センター、新宿区百人町、地上20mで測定。2011年3月1日〜11日、毎時平均0.0345マイクロシーベルト、推計「年間0.30ミリ?」。『環境放射線測定結果 ? 大気中の放射線量/1日単位の測定結果(新宿)』。
 http://monitoring.tokyo-eiken.go.jp/mp_shinjuku_air_data_1day.html
6  ndrecovery.niph.go.jp/trustrad/ct_australians.html
 「小児や青年期にX線CT検査を受けた68万人でのがんのリスク」
7 自然放射線、人工放射線、東京都環境局
www.kankyo.metro.tokyo.jp
8 ゴフマン、タンブリン著『新版 原子力公害』p.148、 訳者 河宮信郎、明石書店。
9 中川保雄、前出、p.181。
10 中川保雄、前出、p.168。
11 「カール・ジーグラー・モーガンについて」。
http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/zatsukan/036/036.html
12 温品惇一、「ICRPは外部被ばくリスクを10分の1に過小評価している」。
anti-hibaku.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-d47e.html
13 セラフィールド再処理工場をめぐる動き。
www.rist.or.jp/atomica/data/dat?detail.php_Title_No=14..
14 「米国における人体実験と政策」。
www.lit.osaka-cu.ac.jp/user/tsuchiya/…/exp-lec5.html

第U部 ある定説

1 しきい値なし直線モデル(LNTモデル)

「100ミリSv影響なし説」が臆説であることを論証するには、別な視点からのアプローチが有効である。それは世界的な定説となっている「直線・しきい値なしモデル」(LNT直線モデル:Linear Non-Threshold) の存在事実である。この低線量被曝リスク論は、いまから42年前にICRP 1977年勧告(第26号)が採択したもので、現時点においても社会通念として厳存している。この事実は「100ミリSv影響なし説」が臆説であることへの有力な批判の論拠となり得る。

一般的に「しきい値」(閾値)とは境界線上の値とされている。ある値以上では影響(反応)が現れ、ある値以下では影響(反応)が現れない、というときの「境目の値」である。この「LNT直線モデル」の考え方を簡単に説明しよう。

ひとことでいえば「低レベル放射線による線量(被曝)と反応(影響)の間にはこれといったしきい値がなく、しかも、両者の間には直線的な比例関係が成り立つ」ということ。さらに、別ないい方をすれば「どんなに小さい線量でもリスクはゼロではない」(放医研広報の回答)、または「放射線にはがんのリスクがゼロで安全であるという線量は存在していないという合意が国際的に成立している」(アメリカ国立がん研究所)という。ただし、このLNT直線モデルの妥当性に関しては科学的に実証されていないので「LNT直線仮説」ともいわれている。(なお、ECRRなどによれば、この低線量リスクは、直線ではなく、極低線量域に急峻な上昇部のある2つの山となるという指摘もある)。

さらに、放射線による被曝傷害は確定的影響と確率的影響の2つに大別されている。一般的に、前者の高線量被曝は急性傷害をもたらし、被曝の反応は確定的である。これを「確定的影響」と称している。これに対して、後者は低線量放射線による誘発ガン・白血病・遺伝的影響などがある。これは被曝してもすぐには発症せず、一定時間を経て発症が臨床的に明らかになるので、これを晩発傷害と称している。この発症は確率的(個別的)であることから確率的影響という。ただし、この両者の間には明確な線量範囲が設定されているわけではない。

ところが、日本の原発推進専門家はこの確定的影響だけでなく確率的影響にも「しきい値がある」と主張している。「100ミリシーベルト程度よりも低い線量では発がんリスクの有意な上昇は認められない」(電力技術研究所)(1)という。また「人体に無害なしきい値以下の放射線が存在する」(IAEA・国際原子力機関I996年報告書)(2)と明記している。このように一部では線量100ミリ?をしきい値としていることから、この論理を「100ミリ?しきい値論」といいかえることができる。だが、この誤った論理は長い歳月をかけて築いてきた人類史的、科学的、経験的研究成果を全面的に否定するものである。その点で、この論理は世界の低線量被曝リスク論からの批判に耐えることはできないだろう。後述するが、いずれはあの原爆投下直前の予測値「100ミリ?以下は影響なし、調査の必要なし」と同じように立ち枯れになるだろう。

2 LNTモデルに対する評価

世界の主な被曝防護機関は、「100ミリ?影響なし説」に対しては否定的である。以下、3例をあげておく。

@ 2005年アメリカ国立科学アカデミー調査委員会「電離放射線の生物学的効果に関する報告」(BEIR-Z報告・ベアー第7報告)は次のように論断した。「低線量被曝による健康影響は科学的に証明された。…どんなに低い線量でもDNAの損傷が生じ、それは確率的に突然変異とがんとに関連することから、リスクと線量の関係はLNTモデルで記述できる」(3)という。これはしきい値なし直線モデル認定論である。この「ベアー第7報告」の目的は、2004年に出された「フランス科学アカデミー、フランス医学アカデミー共同報告」に対する批判であった。そのフランス両アカデミー共同報告は「100ミリ?以下の線量域で、LNTモデルを適用することはリスクを過大に評価することになる」とした。だが、この原発大国フランスアカデミーのリスク評価は世界の定説を歪めるものであった。

A 奇妙としかいいようがないが、ICRP2007年勧告(後に詳述)は、先のフランスアカデミー共同報告に対しては、アメリカ・ベアー第7報告同様に批判的立場を表明している。次の引用はICRP2007年勧告の本文冒頭「緒言」(いわば表看板)の一文である。このことからわかることは、ICRP2007年勧告はLNT直線モデルの堅持というその一点においてのみ、世界の定説と認識を共有していることになる。

「(ICRP)委員会が勧告する実用的な放射線防護体系は、約100 mSvを下回る線量 においては、ある一定の線量の増加はそれに正比例して放射線起因の発がん又は遺伝性影響の確率の増加を生じるであろうという仮定に引き続き根拠を置くこととする。この線量反応モデルは一般に“直線しきい値なし”仮説又はLNT モデルとして知られている。」(4)

さらに、冒頭「緒言」引用の数ページ後では次のように断定している。これはLNT仮説の立場そのものである。

「委員会は、本章で論じられた情報を考慮した上で、委員会が勧告する実際的な放射線防護体系は、引き続き、約100 mSv未満の線量でも、線量が増加すると、それに直接比例して放射線に起因するがん又は遺伝性影響の発生確率は増加するという仮説に基づくこととする。委員会は…LNTモデルを引き続き利用することが、放射線防護の実際的な目的、すなわち、予測的状況における低線量放射線被ばくによるリスクの管理に慎重な基盤を提供すると考える。」(5)

ただし、このICRP2007年勧告「緒言」を手放しで評価することはできない。同じICRP2007年勧告の別稿「付属書」では、いま引用した「緒言」(建前)の内容とは真逆の〈裏看板〉を、さりげなく、だが公然と掲げているからである。それは絵にかいたような自家撞着である。その点で、福島事故後の日本原子力ロビーの主張に関連づけていえば、ICRP2007年勧告は最悪の橋渡し役を演じた。つまり、ICRP2007年勧告の〈裏看板〉は「100ミリ?影響なし説」(安全説)の導入に有力な足掛かり(口実、論拠)を与えることになった。ICRP2007年勧告は被曝防護史上最悪であり、結果的には福島事故が悪の発信源となった。

B ある研究者の一文を引用しよう。福島事故2年後、2013年に出された世界保健機構(WHO)報告も、LNT直線モデルを高く評価した。

「(WHO2013年報告は)『…放射線防護の目的から、低線量放射線による発がんリスクが放射線量に比例するとして、このLNT仮説はつくられている。線量―影響関係の基礎は、しきい値無しの線量関係である』と明記している」(山田国廣) (6)という。さらに、同じWHO2013年報告(P.32)は、旧ソ連南ウラル核惨事などに関する12本の疫学研究を引用したドイツ「ヤコブ論文」(7)や、広島・長崎の原爆資料を対比させながら、線量−反応効果などの同一性を詳細に論証しているという。

以上概括したように、LNT直線モデルに対する世界の評価は、日本原子力ロビーが垂れ流している「100ミリ?影響なし説」(安全説)が臆説に過ぎない事実を明確に立証している。

3 画期的な放影研第14報

福島事故発生翌年の2012年、「100ミリ?影響なし説」(安全説)を実質的に否定する重要な論文が発表された。その論文は日米共同研究機関・放射線影響研究所(放影研)の原爆資料「生存者寿命調査(LSS)」第14報である。

ただし、この研究機関放影研の前身は「アメリカ原爆傷害調査委員会」(ABCC)である。「調査すれど、治療せず」が設立目的であった。その放影研が果たしてきた役割も、被爆者の期待に応えるものではなかった。さらに、1990年放影研理事長重松逸造はIAEA調査団長としてチェルノブイリ事故現地にはじめて国際機関として乗り込んだ。1年後の報告書では被曝影響を公然と否定し「精神的ストレス主因説」を世界に向けて発信(10年後に撤回)した(8)。

しかし、今回の放影研LSS第14報に関する限り、それ自体は科学研究の成果として評価することができる。その結論は「ゼロ線量が最良のしきい値(推定値)であった」というものである。これは究極の低線量リスク論といえる。(原文:Zero dose was the best estimate of the threshold)。

原爆生存者寿命調査(LSS)の対象者は約12万人、第14報の統計期間は1950〜2003年(53年間)である。だから、LSSは原爆投下初期の5年間の大量死者数を除外していることになる。とはいえ、投下5年後の国勢調査を基本データとした、長期間にわたる継続的な調査・研究に基づく疫学統計資料である。その意味で第14報の結論に異存はない。以下の引用は、日本語版和文(正文は英語)「要約」である (9) 。

「全固形がんについて過剰相対危険度(引用者注:自然放射線リスクを除いた人工放射線リスク)が有意となる最小推定線量範囲は 0―0.2 Gy (引用者注:0〜200ミリ?)であり、定型的な線量閾値解析(線量反応に関する近似直線モデル)では閾値は示されず、ゼロ線量が最良の閾値推定値であった。」

要約しよう。この引用は主に3つの部分から構成されている。

@ 人工放射線による低線量被曝リスクが有意差(明白な差)を示す最小推定線量域は0〜200ミリ?以下の範囲であった。
A 低線量しきい値直線モデルの解析では「しきい値」は示されなかった。
B LNT直線モデル(しきい値なし直線モデル)に関する解析結果「最良のしきい値はゼロ線量」であった。(注: 線量“dose”とは浴びる側の線量を意味する。だから、自然放射線が存在している限り「ゼロ線量」は空間的には存在しない。だが、概念としての「線量ゼロ」は存在しており、人工放射線の「ゼロ線量」も成立する)。

この放影研LSS第14報の画期的な意義は、これまでの低線量被曝リスク論(LNT直線モデル)からさらに発展させた論理だという点にある。とりわけ、被曝影響の有無を示す線量域は100ミリ?レベルではなくて、ゼロ線量として、これを認定したことにある。これはきわめて重要な意味をもっている。

たとえば、これまで「100ミリ?しきい値論」の立場から描いた線量−反応関係を表すグラフは、100ミリ?以下の範囲では実線ではなくて破線(点線)であった。その理由は、100ミリ?以下からゼロ線量までのリスクは実証されていない、だから仮説ということになる。また、これまでのLNT直線仮説の場合「どんなに少ない線量でも安全ではない」という場合の「少ない線量」と、このゼロ線量との間を結ぶグラフ上の直線は、実線ではなくて破線であった。さらに、ICRP2007年勧告も「破線」の意味を「ある有限のリスク」(10)と表現している。

ところが、放影研LSS第14報はこれら破線をすべて実線におき替えたことになる。実際に、放影研LSS第14報を額面通り解釈すれば、しきい値がゼロ線量であること から、次の立論が成立する。「閾値なしの直線モデルはゼロ線量から成立する」(私信、山田国廣)ということになる。つまり、人工放射線による過剰な被曝影響は〈ゼロ線量+α〉の瞬間からはじまることになる。これは被曝防護体系史上の快挙である。しかも、後述するようにこの結論は、広島・長崎原爆生存者寿命調査(LSS)における疫学的検証が到達した結論であるという点で二重に大きな意義がある。

ところが、ここでも異変が起きた。先に引用した放影研LSS第14報の日本語「要約」は、1年3ヶ月後(2013年6月10日)には書き換えられた。改訂版(改ざん)は、最初の第14報を訂正し、別な一行を書き加えた。以下は、その日本語改訂版「今回の調査で明らかになったこと」(11)からの引用である。

「総固形がん死亡の過剰相対リスクは被曝放射線量に対して直線の線量反応関係を示し、その最も適合するモデル直線の閾値はゼロであるが、リスクが有意となる線量域は0.20 Gy以上(引用者注: 200ミリ?以上)であった…。」

このように原文の「0〜200ミリ?」は、改訂文「200ミリ?以上」へと書き換えた。その表向きの理由(弁明)は「内容は変わらないが、前のままだと誤解が生じるから」(12)という単純な内容である。本稿筆者も放影研広報に直接問い合わせて回答を得たが、それ以上の内容ではなかった。

状況証拠から判断して、この改訂は政治が科学を歪めた典型例と思われる。改訂版LSS第14報では「ゼロ線量しきい値論」をそのまま残して、その線量域「0〜200ミリ?」を書き換えて「200ミリ?以上」とした。これは両論併記型のような奇妙な改訂版である。その背後で何が起きたのか。〈ナゾの1年3ヶ月〉である。

いづれにしても、第14報の2つの和文基本論旨の間には大きな違いはない。両者の違いは、たんに線量幅をかえて分析するという検定力にかかわる問題に過ぎない。「たいしたことではない」(13)とされている。その意味で「ゼロ線量しきい値論」の画期的な意義を損なうことにはならない。

このように、日本原子力ロビーがつくりあげた「100ミリ?影響なし説」(安全説)は、皮肉にも自ら依拠した放影研LSS疫学論文の第14報によって全面的に否定されたことになる。そのために第14報より前の疫学論に依拠した「100ミリ?影響なし説」は、自ずから論拠を失うことになる。その欠格理由を補完してくれるものが次の引用文である。「低レベル放射線によるがんのリスクを評価する場合は、主に広島・長崎の原爆被爆者集団の疫学調査の結果を用いている」(日本原子力学会、2009年論文)(14)という事実にある。この動かし難い過去の公認疫学論は、「ゼロ線量しきい値論」の新規登場によって立論上の根拠を失うことになる。

参考文献(第U部)
1 「LNT仮説について」電力技術研究所・放射線安全研究センター
criepi.denken.or.jp/jp/rsc/study/topics/lnt.html
2 「チェルノブイリから10年後の事故の影響のまとめ、ポスター発表 ? 第1巻」
原文One decade after Chernobyl:Summing up the consequences of the accident
Poster presentations ? Volume 1、 1 8?12 April 1996.、P.6  SESSION 1 XA9745442
www-pub.iaea.org/…/one-decade-after-chernobyl-sum…
3 AESJ−PS004 r1「低レベル放射線の健康影響」(日本原子力学会、2009年)www.aesj.or.jp/info/ps/AESJ-PS004r1.pdf
4 『国際放射線防護委員会207年勧告』(以下『ICRP2007年勧告』という。訳:日本アイソトープ協会)p.17(65)www.icrp.org/docs/P103_Japanese.pdf
5 『ICRP2007年勧告』p.23、抄録、判断と不確実性、(99)。www.icrp.org/docs/P103_Japanese.pdf
6 山田国廣『初期被曝の衝撃』(風媒社)に詳細、p.119。
7 ヤコブ論文名とタイトル(ウラル核惨事に関する疫学論文)、
Jacob P et al. Is cancer risk of radiation workers larger than expected?
(放射線・被ばく労働者の発がんリスクは想定されているよりどれくらい大きいのか?)。英文:Occupational and Environmental Medicine,2009,66(12).789-769.
(職業と環境の医学、2009年、66(12)、p.769〜789)
https://oem.bmj.com/content/oemed/66/12/789.full.pdf(Is cancer risk of radiation workers larger than expected?)
8 IAEA報告「被ばくによる健康影響はない。最も悪いのは放射能を怖がる精神的ストレス」。引用、今中哲二・原子力資料情報室編著「再刊『チチェルノブイリ』を見つめなおす」p.3。
9 寿命調査報告書シリーズ、第14報、RR 4-11「原爆被爆者の死亡率に関する研究」 (要約)、 小笹晃太郎 清水由紀子 陶山昭彦他6名、,掲載:Radiat Res 2012年3月。
10 『ICRP2007年勧告』p.9(38)www.icrp.org/docs/P103_Japanese.pdf
11掲載論文−放射線影響研究所【今回の調査で明らかになったこと】https://www.rerf.or.jp/uploads/2017/10/lss14.pdf
12 フクシマボイス「放射線影響研究所が論文の日本語概要を改ざん」http://fukushimavoice.blogspot.jp/2012/08/blog-post.html
13 濱岡豊論文 「科学」岩波書店 2015年9月号、p.875-888
14 日本原子力学会、保健物理・環境科学部会。  AESJ−PS004 r1「低レベル放射線の健康影響」(2009年)www.aesj.or.jp/info/ps/AESJ-PS004r1.pdf

第V部 歴史の逆動

1 「100ミリ?影響なし説」の元祖

人類が放射能を発見したのは19世紀末である。既述したように、その初期の時代の被曝線量限度は「年間500ミリ?」(IXRPC1934年勧告)であった。この線量率を出発点にして、実質的な被曝線量低減の歴史がはじまった。そして、人類史は1世紀以上の長い歳月を経て、ついに「ゼロ線量しきい値論」に到達した。

この長い過去の歴史過程をたどってみると、「100ミリ?影響なし説」が最初に登場した時期は、1945年の広島・長崎の原爆投下時にまでさかのぼる。すでにふれたように、アメリカ軍事調査団は原爆投下直後の現地調査に際して、次のような調査の枠組みを決定した。

「爆心地から半径2q以遠の被爆線量(遮蔽なし)は、100ミリ?以下であり、被爆の影響はない、調査の必要もない」とした(1)。

しかし、この事前の予測値は科学の領域ではいつの間にか立ち消えになった。その主な理由を推測すると、予測値が実態とかけ離れていたことにあるものと思われる。イギリスの原爆調査団もこの高い数値には早い時期から強い疑念を抱いていた。

結局、この「100ミリ?被曝影響なし説」は一過性に終わった。実際に、その予測値が果たした社会的政治的役割は限定的であった。アメリカによる原爆大量殺戮の犯罪性に対する非難の広がりを軽減し、ピカドン投下(現地の住民呼称)の過小評価と免責の一助に限られた。また、広島・長崎の被爆者に対する、日本政府の被爆補償を値切るための論拠に悪用された。そのために、被爆者は厚い壁に対する闘いを強いられた。

それとは別に、アメリカ原子力委員会(AEC)は旧IXRPCに代わる民間防護機関として民間被曝防護機関ICRPを改組・再建を主導した。ICRP1950年勧告、職業被曝「年間150ミリ?」が新たな出発点となった。その後、ICRP1958年勧告は作業者「年間50ミリ?」を勧告した。同時に、「周辺人」(一般公衆)の線量率「年間5ミリ?」を併せ勧告した。この公衆被曝「年間5ミリ?」は遅きに失したとはいえ、被曝防護史上初の試みとして重要な意味をもっていた。

その後、公衆被曝の線量限度は徐々に低減された。先にみたように年間1ミリ?、年間0.5ミリ?、年間0.1ミリ?を経て、ついに「ゼロ線量しきい値論」へと到達した。これらの低線量リスク論は究極の到達点であった。人類の放射能発見(1895年)以来の科学的検証を経た防護体系である。その意味で、不可逆的な線量目安であり、線量率であり、明白な歴史・科学事象である。

2 極悪−ICRP2007年勧告

このように、ICRPが歩んだ歴史は低線量限度実現の歴史であった。その一連の経過をたどれば、実行可能な低い線量という表現にはじまり、やがて、容易に達成可能な線量→合理的に達成可能な線量→科学的にを削除して経済的社会的へと変貌した。この過程がALAP原則(1959年)、ALARA原則(1965年)、新ALARA原則(1977年)を経て、正当化論や最適化論への変質過程であり、やがて、2007年勧告への逆動となった。それは自らの低線量被曝リスク論の骨抜きであり、民間独立防護機関としての基本理念の放棄であった。また、このICRP2007年勧告はチェルノブイリ事故21年後、福島事故発生4年前であった。この事実を時系列でみると、ICRP2007年勧告はチェルノブイリ事故に続くであろう、次の巨大過酷事故(福島事故)を想定していたことになる。このようなICRPによる事故に対する過去の教訓と未来をみすえた不気味な周到さは戦慄である。

チェルノブイリ事故被災住民たちはチェルノブイリ法をかち取った。線量率年間1〜5ミリ?未満の汚染域を「避難権利区域」に、年間5ミリ?以上の汚染域を「強制避難区域」に指定した。また、政府は被災者に対しては避難、移住、治療、就業、就学を保証した。その事故災害の莫大な財政負担の代償が、ソ連崩壊の引き金になったといわれている。ICRP2007年勧告はこのような社会的現実を見逃すことはなかった。

とはいえ、ICRPがチェルノブイリ事故から学んだ邪悪な教訓とは、体制崩壊をもたらすほどの厳格な低線量限度設定に手を加えることであった。それは正しい教訓を学ぶことではなくて、〈悪しき教訓〉と〈負の教訓〉を引き出すことであった。

福島事故はICRP2007年勧告の4年後に突発した。それは歴史の偶然とはいえ、ICRP2007年勧告が果たした役割は、必然の結果として用意されていたも同然であった。行政に好都合で、被曝住民には不利な犠牲を強いる勧告であった。

日本原子力ロビーは真っ先にICRP2007年勧告に飛びついた。居住可能な線量率を事故前「年間1ミリ?」から「年間20ミリ?」(20倍)へと緩和するというお墨付きを得た。それだけではない。日本原子力ロビーはICRP2007年勧告の一文を拡大解釈し、「100ミリ?影響なし説」(安全説)へと線量体系をつくり替えた。その結果、年間線量限度の基準値を実質100〜1000倍へと緩和することになった。この悪辣さを数字でみてみよう。

3 発信源:ICRP2007年勧告、3つの「被ばく状況」

ICRP2007年勧告は、以下3つの線量域を勧告した(2)。これがICRPの歴史的大転換の発信源であった。その線量範囲や定義・解説を知るには、環境省が作成した解説「防護の原則−被ばく状況と防護対策」(3) が簡潔である。【 】内には、問題点を併記した。

@ 「計画被ばく状況」(線量域の範囲:年間1ミリ?以下)/定義:「被ばくが生じる前に防護対策を計画でき、被ばくの大きさと範囲を合理的に予測できる状況。」

問題点:【「合理的に予測ができる状況」という定義は画餅に過ぎない。ICRPが「年間1ミリ?以下」を数字として残しているとはいえ、それは〈汚染地以外はこれまで通り1ミリ?ですよ〉というアリバイ証明に過ぎない。このたぐいの大義名分は事故が起きない限り面目を保つことができる。だが、いったん事故が起きると、本性を丸出しにする。これがICRPの本質的性格と実体である。】

A 「現存被ばく状況」(居住線量域の範囲:年間1〜20ミリ?)/定義:「管理についての決定がなされる時点ですでに被ばくが発生している状況」。

問題点:【この上限線量率設定の意味は深刻である。大規模原発事故が発生した直後の居住可能な線量率を「年間1ミリ?」から、上限値「年間20ミリ?」へと引き上げ、これを「正当化」「認定」している。これは汚染地域住民に対する、新たな被曝の過重である。この線量率「年間20ミリ?」は現行法定の職業被曝/放射線管理区域(レントゲン室、研究炉など)の線量率「年間5.2ミリ?(3ヵ月1.3ミリ?)」と比べると、その3.8倍(20÷5.2)である。この管理区域「年間5.2ミリ?」では、18歳以下立ち入り禁止、宿泊・飲食禁止、用具持ち出し禁止、外に出るときはシャワー使用を法的に義務付けている。だから、一般公衆に組み込まれた被曝感受性の高い若年世代にとって「年間20ミリ?」は〈煉獄値〉である。しかも、このような高い線量率を、居住可能な空間線量率と認定する合理的根拠はどこにも示されていない。ゴフマンモデル(累積被曝を含む)のリスク係数で算定すると、10歳1万人集団、20ミリ?被曝、リスク210人、死亡率2.1%となる。】

B 「緊急時被ばく状況」(線量域の範囲: 年間20〜100ミリ?)/定義:「緊急を要する、かつ、長期的な防護対策も要求されるかも知れない不測の状況」。

問題点:【このような上限「年間100ミリ?」を線量域として設定すること自体が無謀である。自然の気象条件(風向、降雨など)による汚染の地域的ばらつき、年齢別被曝感受性などの諸条件を考えると、有効な対応は実質的に不可能である。結果的に、上限年間100ミリ?の汚染地域の設定は、高濃度汚染地域に住民を閉じこめ、正当化するための行政基準に過ぎない。このリスクは10歳、1万人集団、死亡率10.5%の大量被曝死ゾーンとなる。】

4 悪の教典

ICRP2007年勧告における低線量被曝リスク論は、疑いもなく悪の教典である。本文とは別の「付属書A」(裏看板)のなかに、それとなく「100ミリ?無害説」を忍び込ませている。そのわずか数行に凝縮された回りくどい言いまわしは、アドバルーンを彷彿させる。結果的に、次のようなICRP2007年勧告「付属書A」の引用が、その4年後に突発した福島原発事故において、不条理な橋渡しの役割を果たすことになった。

「(A86)…委員会は 非常に広範な生物学的データと概念を考察する必要がある。 放射線の腫瘍形成効果から人を防護するための勧告を策定するに当たり…多くは現在議論が行われており、あるものは論争の的となっている。しかしながら、がんリスクの推定に用いる疫学的方法は、およそ100ミリ?までの線量範囲でがんのリスクを直接明らかにする力をもたないという一般的合意がある」(4)。

問題点1、そもそも「立証する力をもたないという一般的合意がある」というあいまいないい方は、判断主体が不明確である。この奇怪な伝聞話法は、言葉に責任が生じない間接的手法である。本稿冒頭でみた読売新聞「社説」の「100ミリSv影響なし説」と比べる、それは断定を避けた表現になっている。この欺瞞的手法はたとえ「合意」が存在しなくても、また、論理を捏造したとしても、立論が成立する言語表現上の便法となり得る。この間接的手法の狙いはどこにあるか。ICRPの世界的権威の下、それとなく一石を投じておけば、その時点でICRPの役割は終わる。あとは体制側に寄生し、原発産業の利権に群がる世界の原発推進専門家たちが次なる役割をひき受けてくれる仕組みになっている。「一般的合意」という文言を拡大適用して「100ミリ?以下健康影響なし説」へと作り替え、一般論へと仕上げてくれる。この手口たるや両者による暗黙の共謀作戦である。

問題点2、被曝影響の有無に関しても、引用の前半部分では「多くは現在議論が行われている」としている。ところが、後半部分では「100ミリ?までの線量範囲でがんのリスクを直接明らかにする力をもたないという一般的合意がある」と歪曲している。だが、この「立証力がない」といういい方は、別ないい方が可能である。つまり「無害性を立証する力をもたない」と置きかえることができる。だから、この立論の妥当な帰結は「影響の有無を立証する力がない」とするべきである。ところが、彼らはこのような単純な理屈を捨象した。都合のよい論理「リスクを立証する力がない、つまり無害である」と歪曲している。

問題点3、解釈の仕方によっては、このICRP2007年勧告「付属書A」の論理は、人類が歩んできた約1世紀以上にわたる被曝防護の研究成果を全否定するに等しい。繰り返せば、日本原子力ロビーの「100ミリ?影響なし説」(安全説)は、世界の多くの防護機関が勧告した低線量限度を無視してはじめて成立する論理である。

問題点4、ICRP勧告の本来の任務は、汚染地域における住民の安全・避難・移住の線量目安を勧告することであった。だが、いまやICRPにその資格はない。新たな任務たるや、事故時や緊急時を口実にして法外に高い汚染域のなかに、住民を閉じ込めるための《 殺戮認可証 》を交付することである。また、年間100ミリ?以下の被曝傷害に対して《加害免責認定証 》を発行することである。ICRPはその資格を取得した瞬間か ら、国策としての原発至上主義と便益主義を推進する原子力ロビーへとなり下がったことになる。

5 事実や論理のすり替え

民主主義という政治形態は、代議制・三権分立・多数決原理という形式論と、基本的人権という本質論を基底にすえている。だが、根源的には二面性をもっている。多数決原理を建前とする形式主義的原則から逸脱して「多数の専制」(全体主義)へと変貌する。多数決の下で正当を装い、事実をゆがめ、論理をすり替え、正義を偽造し、科学や学問を支配し、全体を体制化する。権力や権威はあいまいな理屈、推論、仮説、ときにはウソやデマさえも併呑して自己を増殖させ、やがて偽を真に転化させ、少数を異端に仕立て上げて、これを圧殺する。その典型例をICRP2007年勧告がもたらした福島の現況にみることができる。

実際に、福島小児甲状腺ガンは異常な多発をみせている。2018年3月時点で、当時0歳〜18歳以下38万人中、273人のガン疾患が確認された。事故7年後の累計では100万人で年間平均約710人となる。事故前は100万人で1〜2人(7年累計7〜14人)とされているから、7年後時点で事故前の約50〜100倍という概数になる。政府、福島県、検討委員会がこの多発事実と事故影響を否定するのであれば、この多発事実に関する別な原因を論証すべきである。にもかかわらず、多発事実を「事故影響とは考えられない」と決めつけている。これはクロをシロといいくるめる学術上の猿芝居である。科学の装いの下に欺瞞を押し付けている。このようにして、ICRP2007年勧告「付属書A」(A86)にはじまる筋書きは、思惑通りに進んだ。

たとえば、日本原子力ロビーは福島事故6年後の2017年、文科省諮問機関(現原子力規制委員会)「放射線審議会」において、本稿冒頭にみた読売新聞「社説」の提言を全面的に受け入れた。その導入の悪辣な手口を知るには、以下引用する「放射線審議会報告」をみればよい。この審議会報告と先のICRP2007勧告「付属書A」とを読み比べてみれば、共謀の手口がより鮮明になる。その捏造事実、論理のすり替え、勝手な憶説を定説にでっち上げていく立論過程がよくわかる。科学を装った詐術の本質がそこにある。

◇放射線審議会報告(2017年12月10日):「多くの調査において、線量とともに罹患率・死亡率が増加することが確認されているが、およそ 100 mSv 以下の、いわゆる低線量における影響の有無については、現在の科学的知見からは明確になっていない。この線量域では放射線によるがんの増加があったとしても、その程度は被ばくしない者と比べて疫学研究でも有意な増加として認められないほどわずかであり、生活習慣等の放射線以外の要因によるがんの変動に紛れてしまうために、低線量の影響の有無が明確でないからである。」(5)

この放射線審議会報告の引用からもわかるように、被曝影響の有無をめぐる論理のごまかしは、原発推進専門家の欺瞞と詐術を象徴している。あらためて、その手口を放射線審議会報告から読み取ってみよう。

@ 立論の始点は、ICRPがいう「100ミリ?以下の被曝影響を立証する力がないという一般的合意」という論理である。ところが、いまこの論理は「論争の的」になっているという。だとすれば、これは科学的論拠にはなり得ない。これを前提にすることは、合理性を欠いた論理に依拠することになる。
A この不合理な論理を補強するかたちで広島・長崎の原爆疫学資料を持ち出している。だが、この疫学資料は放影研第14報の「ゼロ線量しきい値論」によって否定された代物であり、疫学上の論拠にはなり得ないことが明らかになった。にもかかわらず、100ミリ?以下の被曝リスクは「生活習慣等の放射線以外の要因 (喫煙、飲酒、野菜不足等・引用者注) によるがんの変動に紛れてしまうくらいわずかである」と断定する。誰が、いつ、どこで論証したのか、裏付けはない。
B このような論証抜きの推論、反故にも等しい理屈、荒唐無稽なウソの論理を持ち出して、言葉のうえで「100ミリ?以下は被曝影響なし」という論理の正当化を試みている。常識的な低線量被曝リスク論の枠組みさえも飛び越えている。

いまや、このような粗雑な論理構成によって理屈に整合性を与えることが、原子力官僚や原発推進専門家の日常的役割と化している。彼らは科学的知見や事実を積み上げて論証するのではない。結論ありきの恣意的な論拠を仕立て上げるためである。数え上げればきりがない。事実の隠蔽、調査・統計のサボタージュ、針が振り切れるほどの体表面の汚染線量を測定・記録しないという証拠隠滅、数字のずさん・改ざん、計測・統計・検診規模縮小などを策動している。これは体制による科学の占有であり、底なしの学問の荒廃である。

補記
2019年9月現在、ICRPは大規模原発事故への対応策(Publication.109、111)を改訂して新しい勧告(ICRP1XX)を準備している。一般公衆への被曝線量限度年間1ミリ?を事実上投げ捨て、年間10ミリ?(10倍増)に引き上げようとしている。さらに、新勧告は参考レベル年間線量限度100ミリSvを認定しようとしている。それだけではない。放射線致死線量の下限値(1Sv=1Gy=1000ミリ?)(10%未満致死量)を被曝許容線量に記載しようとしている。消防士、警察官、医療関係者、作業員、市民ボランティアなどの事故への「対応者に対して…すべての実行可能な対策が1Gyを超えないようにすることを…勧告する」としている。この事故対応者(決死隊)への線量設定は、最大10%の死亡基準が前提である。このような大規模原発事故による犠牲をあらかじめ想定した被曝防護策への大転換は、公然たる大量虐殺の正当化である。もはや、安全神話崩壊後の大義名分は存在しない。残された道は公然とひらき直るだけである。その背後にあるものは何か。@次の大規模原発事故が切迫している、Aトランプの「使える核」を使った核戦争による兵士・住民の被曝被害が現実化している。B宇宙戦争と核爆弾の宇宙使用の結果としての「核の闇」(大停電と電力システムの崩壊)が多数の原発を制御不能にし、核戦争と原発事故が同時多発する、という3つの破局的事態が想定されていると考えざるを得ない(渡辺悦司私信)。

参考文献(第V部)
1 放影研広報出版室で確認済、2017年7月
2 ICRP2007年勧告』5.2. 被ばく状況のタイプ、p.44、(176)。同、p.75、(300)、表8。www.icrp.org/docs/P103_Japanese.pdf
3 環境省「防護の原則−被ばく状況と防護対策」
www.env.go.jp/chemi/rhm/…/h28kiso-04-01-04.html
4 『ICRP2007年勧告』p.131、付属書A、A.4.1.ICRP 放射線反応に関する基礎デー(A86)www.icrp.org/docs/P103_Japanese.pdf
5 2018年1月、放射線審議会「放射線防護の基本的考え方の整理」p.3。
www.nsr.go.jp/data/000216628.pdf
なお、福島事故発生の直後に「100ミリ?影響なし説」をいち早く公式表明したのはの「原子力災害対策専門家・内閣官房」(座長・長瀧重信)である。低線量被ばくのリスク管理に関する ワーキンググループ報告書」(まとめ)には以下の一文がある。主に依拠した論文は「原子放射線の影響に関する国連科学委員会」(UNSCEAR、アンスケア)報告である。「国際的な合意では、放射線による発がんのリスクは、100 ミリシーベルト 以下の被ばく線量では、他の要因による発がんの影響によって隠れてしまうほど小さいため、放射線による発がんリスクの明らかな増加を証明する ことは難しいとされる。」(2011年 12 月 22 日)
www.cas.go.jp/jp/genpatsujiko/info/twg/111222a.pdf

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔study1057:190906〕

http://chikyuza.net/archives/96841
http://www.asyura2.com/19/genpatu51/msg/860.html

[政治・選挙・NHK265] なぜ朝鮮人虐殺の記憶を否定したがるのか 虐殺否定論者の戦略(イミダス・集英社)
2019/09/06
加藤直樹(ノンフィクション作家)


 1923(大正12)年、関東大震災直後に自警団や軍などによって多くの朝鮮人が虐殺されたことは、中学の教科書にも載っている近代史上の大事件だ。ところが近年、ネット上に、「虐殺などなかった」と主張する人々が現れている。

 荒唐無稽にもほどがあるが、それで済む話ではない。なぜなら、そうした主張が実際に現実世界に侵入し、虐殺事件をめぐる教育や展示、犠牲者の追悼などを潰そうとする動きとなって現れているからだ。

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関東大震災時に広まった朝鮮人の狂暴などについてのデマに注意を呼び掛ける警視庁のビラ。東京都復興記念館所蔵資料より

■朝鮮人虐殺事件とはなんだったのか

 まずは、朝鮮人虐殺とはどのような事件だったのか振り返ってみよう。

 歴史の教科書、たとえば『中学社会 歴史』(教育出版)は、「混乱のなかで、『朝鮮人が暴動を起こす』などの流言が広がり、住民の組織した自警団や警察・軍隊によって、多くの朝鮮人や中国人が殺害され」た事件として説明している。

 関東大震災が発生したのは1923年9月1日の昼前。東京と横浜の中心部がほぼ全焼し、約10万5000人という死者・行方不明者を出す惨事となった。突然の厄災に不安と怒りが渦巻くなかで、「朝鮮人が暴動を起こしている」「朝鮮人が放火した」「朝鮮人が井戸に毒を入れた」といった流言が広まり、至るところで自警団などが朝鮮人を殺害した。「虐殺」と呼ばれるのは、無防備の相手を集団で取り囲み竹やりで刺す、火の中に投げ込むといった方法の残忍さのためだ。虐殺は1週間ほど続いた。

 この事態に対しては行政機関の責任が大きかった。警察は真っ先に流言を信じて人々に拡散させたし、戒厳令によって市街地に進出した軍隊の一部も、各地で朝鮮人を銃殺した。

 内閣府中央防災会議の災害教訓の継承に関する専門調査会が2008年に発表した報告「1923関東大震災【第2編】」は、以下のように書いている。

「関東大震災時には、官憲、被災者や周辺住民による殺傷行為が多数発生した。武器を持った多数者が非武装の少数者に暴行を加えたあげくに殺害するという虐殺という表現が妥当する例が多かった。殺傷の対象となったのは、朝鮮人が最も多かったが、中国人、内地人も少なからず被害にあった」
「特に(9月)3日までは軍や警察による朝鮮人殺傷が発生していた」

■流言を基にしたネットの虐殺否定論

 ところが冒頭に述べたように、ネット上に「朝鮮人虐殺はなかった」と主張する人々が現れている。正確に言うと、彼らが言っているのは、「朝鮮人テロリストたちが武装蜂起し、街に火を放ち、井戸に毒を入れたのは事実だ。自警団が朝鮮人を殺したのはこれに対する正当防衛であって、虐殺とは呼べない」ということである。つまり、朝鮮人の「暴動」「放火」「投毒」といった流言を、彼らは事実だったと考えるのである。

 その証拠として彼らが示すのは、当時の新聞記事の数々だ。

 たとえばこんな見出しの記事が、画像つきでアップされている。
「不逞鮮人1千名と横浜で戦闘 歩兵一個小隊全滅か」(「新愛知」1923年9月4日)

 同工異曲の内容の記事画像が、ネット上にはいくつもアップされている。「主義者と鮮人一味、上水道に毒を撒布」「鮮人浦和高崎に放火 高崎にて十余名捕わる」などなど。

 なるほど確かに、「朝鮮人暴動」を伝える当時の記事は無数に存在する。だがそれらは、震災直後の混乱期にあふれた流言記事として知られているものだ。当時、東京の新聞社のほとんどは焼失し、焼け残った在京紙と地方紙は被災者から聞き取った流言をそのまま書き飛ばしていたのである。その結果、朝鮮人関連以外でも、「伊豆大島沈没」「富士山爆発」「名古屋も壊滅」といった誤報が氾濫した。

 混乱が落ち着くころには、それらが虚報・誤報であったことは誰の目にも自明だった。著名な新聞記者の山根真治郎は、「在留朝鮮人大挙武器をふるって市内に迫る」などの虚報が氾濫したことを回想して「数えるだにも苦悩を覚える」と悔いている(山根『誤報とその責任』1938年)。

 ちなみに先の「不逞鮮人1千名と横浜で戦闘」という記事も、震災の3年後に内務省がまとめた『大正震災志』に典型的なデマ記事の一例として挙げられている。

 実際には当時、殺人、放火、強盗、強姦の罪で起訴された朝鮮人は一人もいなかったし、武装蜂起やテロ、暴動の存在についても司法省や警視庁、神奈川県知事、陸軍の神奈川警備隊司令官などが否定している。朝鮮人の暴動をこの目で見たという証言も(震災直後の流言記事以外には)全く存在しない。

■朝鮮人虐殺否定論の仕掛け人

 一方で、無防備の朝鮮人が日本の民間人や軍によって殺されたという記録は、公的な記録から目撃証言に至るまで無数に残っている。日本のまともな歴史学者で、「朝鮮人が暴動を起こした」とか「虐殺はなかった」などと言っている人は、左右を問わず存在しない。

 震災直後の流言記事の画像を見て「朝鮮人暴動」の証拠だと考えるのは、早合点なのである。

 だが、こうした流言記事を最初に「朝鮮人暴動」の証拠として掲げた人々がいる。彼らは、決して早合点だったわけではない。世の人々に「朝鮮人虐殺はなかった」と信じさせるために、分かった上でそのように喧伝してみせたのである。それは、彼らが「発明」したトリックであった。

 彼らとは誰か。ノンフィクション作家の工藤美代子・加藤康男夫妻である。

 工藤氏は『なぜノンフィクション作家はお化けが視えるのか』から『美智子皇后の真実』に至るまで、幅広いジャンルで旺盛に執筆してきた作家だが、日本会議系の団体の呼びかけ人を務めるなど、右派言論人の顔も持つ。夫の加藤康男氏も、1928年に起きた張作霖爆殺事件にコミンテルンが関与していたと主張する本などを出している人で、やはり右派言論人と言ってよい。

 2009年、工藤美代子氏の名前で『関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実』(産経新聞出版)が刊行される。これによって「朝鮮人虐殺否定論」が誕生する。5年後の14年には、同書の「新版」として『関東大震災「朝鮮人虐殺」はなかった!』(ワック)が刊行される。しかしこちらの著者名は「加藤康男」になっている。工藤氏の夫である。同じ本なのに著者が交代するとは奇妙な話だが、加藤氏による新版の後書きによれば、もともと妻との「共同執筆」だったので今回は自分の名義にしたのだという。共同執筆なのであれば、2人の名前を出して共著ということにすればよいはずだ。著者が「交代」するなど、前代未聞である。面倒なので、本稿では以下、この本を書いた人物を“工藤夫妻”とし、本のタイトルを“この本”としておく。

■虐殺否定論のトリック

 さて、工藤夫妻はこの本において以下のような主張をしている。

「震災に乗じて朝鮮の民族独立運動家たちが計画した不穏な行動は、やがて事実の欠片もない『流言蜚語』であるかのように伝えられてきた。(略)何の罪もない者を殺害したとされる『朝鮮人虐殺』は、はたして本当にあったのか。日本人は途方もない謀略宣伝の渦に呑まれ、そう信じ込まされてきたのではあるまいか」(加藤康男『関東大震災「朝鮮人虐殺」はなかった!』p20)

 つまり、朝鮮人テロリストたちが震災に乗じて暴動を起こしたのは流言ではなくて事実だった、自警団の行動はこれに対する正当防衛だったのであり、「虐殺」と呼ぶべきではないというのだ。

 その証拠として彼らが示すのが、震災直後の流言記事である。たとえば「朝鮮人が放火した」と書いてある記事を示して、それをそのまま朝鮮人が放火を行った証拠だとしてみせる。こうした主張の羅列が、この本の軸をなしていると言ってもよい。

 だがすでに触れたように、彼らが自らの主張を本当に信じているかといえば非常に疑わしい。なぜなら、この本を仔細に検証すればするほど、それが史料の恣意的な切り貼りをはじめとするトリックの上に成り立っていることが分かるからだ。奇術師が自分を超能力者だと思い込むことがないのと同様に、意図的なトリックを作り出して読者に何かを信じさせようとする著者自身が、それを信じているとは考え難い。

 工藤夫妻は、それらの記事の多くを姜徳相/琴秉洞編『現代史資料6 関東大震災と朝鮮人』(1963年、みすず書房)に収録されたものから“引用”している。
『現代史資料6』は、朝鮮人虐殺関連の資料を包括的に集めた本である。そこに収められている新聞記事は、震災直後の「朝鮮人暴動」記事だけではない。世の中が落ち着いて以降の、朝鮮人虐殺の凄惨な様相を伝える記事や、虐殺を行った自警団を裁く裁判の記事も収録されている。それらを読めば、震災から1カ月もたったころには誰も「朝鮮人暴動」を信じていなかったことも理解できるだろう。そして、『現代史資料6』を出典として繰り返し明記している工藤夫妻は、当然、そうした記事にも目を通しているはずである。ところが彼らは、朝鮮人暴動が事実ではなかったことが分かった震災翌月以降の新聞記事をすべて黙殺した上で、震災直後の流言記事だけを抜き出して「朝鮮人暴動」の「証拠」として読者に提示してみせているのである。

 この資料集には、新聞記事以外にも、公的な記録や数年後に書かれた手記なども収められている。工藤夫妻は、そうした手記からも“引用”を行っている。ところが、その切り取り方が作為的なのである。たとえば、朝鮮人暴動の噂を聞いていた人が実際に市街地に行ってみたところ、朝鮮人暴動どころか自警団の朝鮮人迫害を目撃したという内容の手記から、前半の「朝鮮人暴動の噂」だけを切り取って朝鮮人暴動があった証拠として読ませるといった具合である。また、“引用”に際して、至るところで「略」とも示さずに都合の悪い部分をこっそりブツ切りにしている。

 この本には、他にも大小のトリックがちりばめられている。初歩的な数字の詐術で朝鮮人犠牲者の数を極小化する、権威ある資料を出典として明記しながら、そこにまったく書いていないことを書いてみせる、などなどである。そうした作業の上に、空想をまぶして虐殺否定論を成立させているのである。詳しくは、ブログ「工藤美代子/加藤康男『虐殺否定本』を検証する」か、あるいは拙著『トリック 「朝鮮人虐殺」をなかったことにしたい人たち』(ころから刊)を読んでいただければと思う。要するに、虐殺否定論は仕掛けが分かれば脱力するようなレベルのトリックなのである。

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加藤直樹『TRICK トリック 「朝鮮人虐殺」をなかったことにしたい人たち』(ころから、2019年)

■差別が虐殺に行き着いたという史実

 だが、この本が生み出した「朝鮮人虐殺否定論」というトリックは、その後、確実に社会に広がり、現実を動かし始めている。

 まずはネット右翼、次いで政治家たちがこれに飛びついた。たとえば自民党文部科学部会の部会長である赤池誠章参院議員が自らのブログでこの本を讃え、「『朝鮮人虐殺』という自虐、不名誉を放置するわけにはいきません」と書く(14年9月1日「9月1日 防災の日 関東大震災を考える」)。憲法改正を掲げる「日本会議」は、ブックレット『緊急事態条項Q&A』(明成社、16年)の中で、この本を引用して「朝鮮人独立運動家」などがテロを行ったと記述し、憲法改正による緊急事態条項の必要性の根拠とした。

 この動きは行政の現場にも波及する。12年には、横浜の歴史を教える中学生向け副読本の中の朝鮮人虐殺の記述を自民党市議が市議会で批判。「虐殺」などという表現はおかしいと主張した。これを受けて教育長がその場で回収を明言し、実際にすべて回収するに至った。こうした動きのきっかけとなった産経新聞の記事(2012年6月25日)には、工藤美代子氏の「当時は朝鮮独立運動のテロがあった」とのコメントが添えられていた。

 17年には、東京都議会で自民党の都議が「小池知事にぜひ目を通してほしい本があります」として工藤美代子氏の本を紹介し、朝鮮人が震災に乗じて凶悪犯罪を行ったのは事実であり、歴代の都知事が行ってきた朝鮮人犠牲者追悼式典への追悼文送付をとりやめるべきだと小池都知事に迫った。これを受けて、小池都知事は実際に追悼文送付を取りやめてしまった。以来、18年、19年と送付を行っていない。

 トリックにすぎない虐殺否定論が現実の世界に侵入し、虐殺についての教育、追悼、展示を押し潰す武器となっているのだ。いくら荒唐無稽であっても、虐殺否定論を主張し続けていれば「朝鮮人虐殺の有無については諸説あるらしい」という雰囲気を社会に醸成することはできる。そうなれば、「諸説ある事柄について公共の場で教育するな、展示するな」といった圧力を加えることができるようになる。虐殺否定論を広める人々の「目的」はそこにある。つまり、虐殺の記憶を封印することだ。

 ではなぜ、虐殺の記憶を封印したいのか。そこには、民族差別をガソリンとする、排外的で歪んだナショナリズムの高揚がある。そうした傾向を煽りたい人たちにとって、差別が虐殺に行き着いた朝鮮人虐殺の史実は喉元に刺さった骨だからである。

 だが、朝鮮人虐殺の史実が本当に忘れ去られてしまったら、どうなるだろうか。

 先に紹介した内閣府中央防災会議の専門委員会報告「1923関東大震災【第2編】」は、朝鮮人虐殺の史実から受け取るべき教訓として、「民族差別の解消の努力」と災害時の「流言の発生」への警戒を挙げている。この教訓が忘れ去られ、むしろ災害時には外国人のテロや凶悪犯罪に備えよという「教訓」にすり替えられたとき、100年前の惨劇がかたちを変えて繰り返される。実際、東日本大震災のときは「被災地で中国人窃盗団が暗躍している」といった流言がネット上で広がったし、それを真に受けて、中国人を見つけたら殺してしまおうと武装して被災地に乗り込んでいった右翼団体もあったのである。

 虐殺否定論は犠牲者への冒涜であり、歴史への冒涜であるとともに、未来の惨劇を招き寄せかねない恐ろしさをもっているのだ。民族的な多様化が進む日本社会で、決して許してはならない「トリック」なのである。

https://imidas.jp/jijikaitai/f-40-189-19-09-g694
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/321.html

[政治・選挙・NHK265] 「嫌韓」あおり報道はやめよう ― 新聞労連が声明 (レイバーネット) 
Last modified on 2019-09-06 17:00:38


「嫌韓」あおり報道はやめよう

2019年9月6日 
日本新聞労働組合連合(新聞労連) 
中央執行委員長 南  彰  

 他国への憎悪や差別をあおる報道をやめよう。

 国籍や民族などの属性を一括りにして、「病気」や「犯罪者」といったレッテルを貼る差別主義者に手を貸すのはもうやめよう。

 先月末、テレビの情報番組で、コメンテーターの大学教授が「路上で日本人の女性観光客を襲うなんていうのは、世界で韓国しかありませんよ」と発言した。他の出演者が注意したにもかかわらず、韓国に「反日」のレッテルを貼りながら、「日本男子も韓国女性が入ってきたら暴行しないといかん」などと訴える姿が放映され続けた。憎悪や犯罪を助長した番組の映像はいまもなお、ネット上で拡散されている。

 今月に入っても、大手週刊誌が「怒りを抑えられない韓国人という病理」という特集を組んだ。批判を浴び、編集部が「お詫びするとともに、他のご意見と合わせ、真摯に受け止めて参ります」と弁明したが、正面から非を認めることを避けている。新聞も他人事ではない。日韓対立の時流に乗ろうと、「厄介な隣人にサヨウナラ 韓国なんて要らない」という扇情的な見出しがつけられたこの週刊誌の広告が掲載されるなど、記事や広告、読者投稿のあり方が問われている。

 日韓対立の背景には、過去の過ちや複雑な歴史的経緯がある。それにもかかわらず、政府は、自らの正当性を主張するための情報発信に躍起だ。政府の主張の問題点や弱点に触れようとすると、「国益を害するのか」「反日か」と牽制する政治家や役人もいる。

 でも、押し込まれないようにしよう。

 「国益」や「ナショナリズム」が幅をきかせ、真実を伝える報道が封じられた末に、悲惨な結果を招いた戦前の過ちを繰り返してはならない。そして、時流に抗うどころか、商業主義でナショナリズムをあおり立てていった報道の罪を忘れてはならない。

 私たちの社会はいま、観光や労働の目的で多くの外国籍の人が訪れたり、移り住んだりする状況が加速している。また、来年にはオリンピック・パラリンピックが開催され、日本社会の成熟度や価値観に国際社会の注目が集まる。排外的な言説や偏狭なナショナリズムは、私たちの社会の可能性を確実に奪うものであり、それを食い止めることが報道機関の責任だ。

 今こそ、「嫌韓」あおり報道と決別しよう。

 報道機関の中には、時流に抗い、倫理観や責任感を持って報道しようと努力している人がいる。新聞労連はそうした仲間を全力で応援する。

http://www.labornetjp.org/news/2019/1567756838357staff01
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/322.html

[政治・選挙・NHK265] 「野党系無党派」が野党を進化させる 組織化されない200万票余の潜在力(朝日新聞社 論座) 
木下ちがや 政治学者
論座 2019年09月06日 より無料公開部分を転載。

https://image.chess443.net/S2010/upload/2019090400002_1.jpg
投票日前夜、候補者の「最後の訴え」を聞く有権者たち=2017年10月21日

■野党共闘は失敗なのか?

 第25回参議院選挙は、与党がこれまで維持してきた参議院3分の2を割り、自民党も単独過半数を失った。

 その一方で、野党も候補者選定の遅れや重要複数区での取りこぼしなどの失策がみられ、与野党痛み分けと言える結果に終わった。2017年の希望の党への民進党の合流と分裂以後、野党は立憲民主党、国民民主党、社民党の間での会派統一と、日本共産党を含む選挙区一本化を焦点とする野党共闘の動向がマスコミで報じられてきた。しかしその報道の大半は「ゴタゴタ」、つまりある特定の政党や政治家、また支持団体の労働組合が共闘に反対だ、消極的だ、あるいは「この党は共闘をやる気がない」などの暴露報道に埋め尽くされ、国民目線からすると「たんに野党がもめているだけ」との印象を与えてきた。

 実際この「ゴタゴタ」は、野党に少なからぬダメージを与えている。本来なら与党との「一対一」の対決に向けるべきエネルギーが内部対立に削がれるだけではなく、とりわけSNS上での過剰な批判の応酬は、野党政治家や支持者を近視眼的な見方に陥らせ、長期的な視点で野党の変化を評価する視点を奪い去ってしまうからだ。だから今後の野党の戦略をみとおす上で重要なのは、目前のゴタゴタに与しない長期的なスパンで捉えた総括と検証である。

 実際、野党の動向を5年ほどの時間軸でみると、その協力関係は着実に進化している。

 二度の参議院選挙における全1人区の候補者一本化はいうまでもない。地方レベルでは、オール沖縄は県知事選以後の選挙で連勝を重ねている。東京都中野区では野党は都議選、区長選、区議選と連勝し、区議会多数派を握った。8月の仙台市議選では初めて全野党の市議が結集した決起集会が行われている。そして埼玉県知事選では、とても無理といわれていた当初の戦評を覆し、国民民主党系の大野もとひろ候補を、全野党が総力を挙げて支援することで当選させた。SNS上やメディアの評価とは逆に、リアルな世界では、全国、地方、地域と幾重ものレベルで野党間の共闘は着実に進化しているのである。

 野党間の共闘の動きを規定しているのは、政党や政治家ではない。共闘へと誘う力は、その支持層の性格と動向におおきくは規定されている。この支持層は、安倍長期政権の下で形成され、それが形づくる「重力の法則」によって、もはや共闘は必然的な流れになっているのだ。そしてこの重心をなしているのが、これから論じる「野党系無党派層」である。

■「革新共闘」の時代との差異

 戦後政治史において、与野党を問わず政党間の連携や連合は幾度もなされてきた。

 現在では自公連立政権がそれであるが、こうした連携あるいは連合の多くは、政党本体よりも支持団体の意向に大きく規定されてきたと言える。1960年代から70年代にかけての「野党共闘」もまたそうであった。日本社会党、日本共産党、公明党、民社党による「革新共闘」である。

 この革新共闘は、地方自治体において1963年に成立した横浜の飛鳥田市政を嚆矢に、東京都の美濃部都政をはじめ「革新自治体」を全国に叢生させた。高度経済成長がもたらす都市問題への対処を結節点としたこの共闘ではあるが、内実は政党間の連合にとどまり、支持団体、支持層が相互に交流することはなかった。現在のように無党派層が多くない当時の野党と支持団体の関係は「縦割り」だった。

 日本社会党は「総評=社会党ブロック」と呼ばれたように、労働組合のナショナルセンター総評の丸抱えだった。民社党もまたもうひとつのナショナルセンター同盟の丸抱えであり、公明党はいうまでもなく創価学会の丸抱えである。日本共産党はゆいいつ、政党主導で諸階層―少数派労働組合、住民運動、中小企業等―を組織化し、この時期勢力を増大させていくが、いずれにせよ各野党の支持層は縦割りで、協調的どころか対立的だった。

 比較的似た階層を組織していた日本共産党と公明党が、選挙戦において激烈に対立するのはこの時代からのことである。したがって1980年に日本社会党、公明党、民社党による「政権構想」が発表されて以後、「革新共闘」は崩壊し、日本共産党は独自路線を歩まざるを得なくなり、それに伴い野党支持層は分岐し、相互対立の関係に陥っていったのである。

https://image.chess443.net/S2010/upload/2019090400002_3.jpg
社会党の飛鳥田一雄委員長(右)は公明党の竹入義勝委員長と合意を交わし、「全野党共闘」から「社公民共闘」へと転じた=1980年2月12日

■「野党系無党派」とは何か

 この社・公・民による「政権構想」はその後、有為転変していく。

 ナショナルセンター総評・同盟は合同し「連合」を結成したが、日本社会党と民社党は消滅し、公明党・創価学会は自民党との連立に鞍替えした。また無党派層が増大していくなかで、かつてのような野党と支持団体の縦割りの関係はどんどんと崩れていった。2009年の民主党への政権交代劇は、この無党派層を一時的に喚起したことで成し遂げられたが、その後この無党派層は「眠り」につき、2012年以後、低投票率の下での安倍政権の長期化を許している。

 本稿が名指す「野党系無党派層」とは、この民主党政権交代後に眠りについた無党派層のことではない。2012年の第二次安倍政権発足後に、社会運動に強く関心を寄せ、SNSに熟練するも、特定の ・・・ログインして読む
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https://webronza.asahi.com/politics/articles/2019090400002.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/323.html

[政治・選挙・NHK265] 学校現場に押し寄せる「天皇奉祝」の波(アリの一言) 
2019年09月07日
     

 徳仁天皇の「即位礼正殿の儀」「パレード」(10月22日)へ向けて再び天皇制キャンペーンが強まろうとしています。メディアによる翼賛報道とともに、見過ごせないのは安倍政権(文科省)や保守団体による教育現場に対する「天皇奉祝」圧力の強まりです。

 安倍政権は今年4月2日、徳仁天皇即位に際し、「御即位当日における祝意奉表について」なるものを閣議決定しました。そこにはこう明記されています。

   「1、国旗を掲揚すること。2、地方公共団体に対しても、国旗を掲揚す
   るよう協力方を要望すること。3、地方公共団体以外の公署、学校、会社、
   その他一般においても、国旗を掲揚するよう協力方を要望すること」

 これに基づいて、総務省は地方自治体へ、経産省は商工会議所へ、そして文科省は全国の教育委員会へ「国旗掲揚」の通達を出しました。

 さらに文科省は、退位・即位直前の4月22日、「天皇陛下の御退位および皇太子殿下のご即位に際しての学校における児童生徒の指導について」と題する第2弾の通達を出しました。そこで「国民こぞって祝意を表す意義について、児童生徒に理解させるようにすることが適当に思われる」と念押ししました。

 学校に対する圧力は文科省だけではありません。

 明仁天皇・美智子皇后(当時)は4月23日、裕仁(昭和)天皇の墓に「退位の報告」を行うため武蔵野陵(八王子)を訪れました(写真中)。地元八王子では町会自治連合会を中心に「天皇奉迎実行委員会」がつくられ、その「奉迎」に八王子の3つの小学校の児童が動員されたのです。

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 以下、元中学教員で「君が代」の強制に不起立でたたかった根津公子さん(八王子在住)の報告(「靖国・天皇制問題情報センター通信」8月号)から。

    実行委は4月15日「八王子奉迎(沿道お迎え)対応について」とする
   文書を出し、「国旗小旗は当日沿道にて町会自治会連合会の方から配布し
   ます。沿道では、子どもたちが前列でお迎えできるよう御配慮方お願いし
   ます」と要求しました。

    八王子市教委はこの文書を甲州街道沿いの3小学校へ送るとともに、
   「参加の可否・参加人数」などの報告を求めました。校長のひとりは市
   教委の通知を、「(沿道に児童を)立たせろと命令はしないが、忖度しろ
   ということ」と受け止めました。

    3小学校とは別に、高尾沿道の浅川小学校は5、6年生を動員。校長は
   「連合会から話があって、あえてそれをやらないのは、反対の意思表明だ。
   (天皇に)敬意を持つのは、日本国のルールであり、文化だ。共産党も代
   替わりに賛意を表明している」。

    また、3校の校長は「教職員から奉迎に反対はなかった」とし、浅川小
   校長は「教職員も喜んだ」と述べた。


 ここには、テレビで繰り返し放映される沿道の「天皇・皇后歓迎」の舞台裏が垣間見られます。また、日本共産党を含めすべての政党が「天皇祝賀」で一致し翼賛化している中、教職員組合も黙認あるいは積極的に同調している実態も分かります。

 日本社会全体の天皇翼賛化は学校現場にも当然押し寄せます。それに加え、児童・生徒に天皇(制)賛美を刷り込むもうとする力が強まっています。それは今日における「皇民化教育」と言っても過言ではありません。きわめて重大な状況です。

 帝国日本の侵略戦争・朝鮮植民支配の重要なテコとなった「皇民化教育」。その歴史の教訓をあらためて想起し、広め、教育現場における天皇制圧力、「天皇奉祝」の波を押し返すたたかいが必要です。

https://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/352.html

[政治・選挙・NHK265] 宮古島市提訴 裁判を悪用する恫喝だ 
 
 沖縄県宮古島市が市民6人に対し、総額1100万円の損害賠償を求める訴訟の準備を進めている。市民が市長らを相手取って別途起こした住民訴訟で、「虚偽の事実を繰り返し主張して、市の名誉を傷つけた」というのが理由だ。

 市民による行政監視活動への意趣返しと言わざるを得ない。市は方針を撤回し、市議会もまた、首長部局の暴走をいさめてストップをかけるべきだ。

 発端は、不法投棄されたごみを撤去するために、市が14年度に業者と結んだ契約だ。これについて6人が、ごみの量を過大に見積もって不要な支出がされたとして、下地敏彦市長らに対し、相当額を市に返還するよう求める住民訴訟を起こした。

 訴訟に先立ち、市の担当職員と業者が、回収したごみの量を水増しして市や議会に報告していたことが明らかになり、市長自身が謝罪している。事業費の妥当性に市民が疑問をもってもおかしな話ではない。

 裁判所は「契約金額は市長の裁量権の範囲内だった」と判断して市民らの請求を退け、今年4月に確定した。だが判決理由の中では、業者に対する市の監督・検査のずさんさなどが指摘されている。裁判を通じて浮かびあがった課題を真摯に受け止め、今後の適正な行政運営に生かすのが、自治体としてとるべき態度ではないか。

 そもそも住民らが問題にしたのは、市長や市幹部による公金支出のあり方の当否だ。それがなぜ「市の名誉」を傷つけることになるのか。「市長や幹部は市そのものだ」という、ゆがんだ意識が透けて見える。

 監査請求や住民訴訟は、市民が自治体をチェックする重要な手段として、法律で定められている。実際に全国各地で、首長や議員の違法な支出を正し、他の自治体にも緊張感をもって執務に当たるよう、注意を喚起してきた歴史がある。

 その手続きを利用した市民が被告とされることになれば、当人らの負担はもちろん、「行政にものを言うと訴えられる」との不安を広く引き起こし、市民活動を萎縮させかねない。

 裁判を通じて正当な権利回復を図ることは、憲法で保障されている。だが、批判を抑え込んだり圧力をかけたりする目的で裁判を悪用するケースもあり、「恫喝訴訟」「スラップ訴訟」などと呼ばれている。

 正当か不当かの線引きは簡単ではないが、宮古島市の動きが本来の姿を逸脱しているのは明白だ。公的機関の行いに異議を唱えた住民に、その公的機関が矛先を向ける。そんなことが許されたら、地方自治や民主主義は機能不全に陥ってしまう。


朝日新聞社説 2019年9月7日
https://www.asahi.com/articles/DA3S14168597.html?iref=editorial_backnumber
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/353.html

[政治・選挙・NHK265] 丸山氏戦争発言 憲法への重大な挑戦だ 

 日本の領土が「不法占拠」されている状況は許し難いが、国会議員が戦争で取り戻せと軽々に発言することも聞き捨てならない。国際紛争解決の手段としての戦争を放棄した憲法への重大な挑戦だ。
 NHKから国民を守る党の丸山穂高衆院議員が、韓国の国会議員団が上陸した竹島を「戦争で取り返すしかないんじゃないですか」と自身のツイッターに投稿した。

 丸山氏は五月、北方領土へのビザなし交流訪問団に同行。酒に酔った状態で元島民の訪問団長に、北方領土の返還には「戦争しないと、どうしようもなくないですか」と述べた。それに続く、戦争による領土奪還発言である。

 議員の当落を決めるのは有権者による選挙であり、その地位は重い。しかし、選挙時に想定されていない言動があれば、その都度、議員の資格が問われて当然だ。

 外国の「不法占拠」が長年続く自国の領土を、武力によって奪還することは、国連憲章でも、日本国憲法でも認められていない。

 憲法は「国権の発動たる戦争」と「武力による威嚇又(また)は武力の行使」を「国際紛争を解決する手段として」は永久に放棄している。

 外国の「不法占拠」は許し難くても、武力でなく外交交渉で取り返すのが平和国家・日本の道だ。武力で領土を奪還しようとすれば相手国と戦争状態になるだけでなく、国際的に孤立し、国民の平穏な暮らしは脅かされる。そんな想像力もないのかと愕然とする。

 国会議員が戦争で取り返すしかないと公に発言することは、戦争放棄の憲法九条と、国会議員の憲法尊重、擁護義務を定めた九九条に反する。一私人のざれ言ならともかく、全国民の代表である国会議員としては不適切極まりない。

 憲法に背く発言を続けた以上、すでに議員としての適格性を失っている。丸山氏には議員辞職という判断を重ねて求めたい。

 衆院では、北方領土訪問の際の丸山氏の一連の言動を「憲法の平和主義に反する」「わが国の国益を大きく損ない、衆院の権威と品位を著しく失墜させた」などとして、進退判断を促す糾弾決議を全会一致で可決している。

 しかし、丸山氏は辞職を拒み、日本維新の会を除名された後、N国に入党した。N国の立花孝志党首は「表現の自由。問題提起の範疇」と述べたが、丸山氏の度重なる戦争発言は、問題提起の域を超えている。放置するのであれば、公党としての責任を自覚していないと指摘せざるを得ない。


中日・東京新聞社説 2019年9月7日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2019090702000150.html
https://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2019090702000115.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/354.html

[政治・選挙・NHK265] 丸山議員の戦争発言 一刻も早く厳しい対応を 

 北方領土を戦争で取り返すことを肯定するような発言を行い衆院で「糾弾決議」を受けた、NHKから国民を守る党の丸山穂高衆院議員が、今度は韓国の国会議員団が島根県・竹島に上陸したことを巡って「戦争で取り返すしかないんじゃないですか」とツイッターに投稿した。

 立憲民主など野党5党派は衆院議院運営委員会で丸山氏から事情聴取するよう求めている。問題とすべきは今回の件だけではない。丸山氏は北方領土に関する発言を撤回、謝罪し、さらに「国会議員の資格はない」とした全会一致の糾弾決議までなされているのだ。謝罪した事実や衆院の決議さえも無視している。

 発言は、武力による紛争解決を禁じる憲法や国連憲章を踏みにじった上、国権の最高機関である国会の権威をおとしめている。

 丸山氏を国会に居座り続けさせることは国際的にも誤ったメッセージを発することになりかねない。一刻も早く厳しい対応を取るべきだ。

 丸山氏は投稿に対する批判に「問題提起であって憲法上も法律上もなんら問題ない。言論封殺の圧力には屈しない」とツイートで反論。NHKから国民を守る党の立花孝志党首も記者団に「問題提起という意味では、何も発言しない国会議員よりいいと思う」と擁護した。

 しかし、「戦争で取り返すしかないんじゃないですか」という内容が丸山氏の言う「言論」の名に値するのかどうか。

 丸山氏は「疑問形の問いかけ」とするが、これは明らかに反語表現である。つまり、「戦争で取り返すしかない」と言っている。これが憲法や国連憲章に違反していることは明白である。だからこそ、選択肢どころか議論の俎上にも載せられていないのだ。

 それを踏まえた上で、言論だと主張するならば、憲法などとの関係をどうクリアするのかを示さなければならないが、その点は見当たらない。

 また、仮にクリアできたとして「戦争で取り返す」ことが現実的に可能なのか。少し考えれば分かるが、まずその戦争に勝ち、実効支配した状態で終戦に持ち込まなければならない。

 自ら戦争で取り返すという行為に踏み切った以上、韓国側にも同じ大義名分を与えることになり、常に反撃に備えなければならない。また、丸山氏が先に言及した北方領土にも同じように行動するならばロシアとも戦争状態に入ることになる。

 日米同盟も機能しなくなり、国際的にも孤立する。そんな状態が何年続くかも予想がつかない。

 「これまで決定権や交渉権をもつ歴代政治家は竹島について何をしてきたのか」などとする丸山氏のツイッターからは自分が大きなタブーに挑んでいるような陶酔感も漂う。だが、タブーではなく、検討、議論の対象にもなり得ない話を繰り返しているだけである。

 北方領土を巡る発言では世論の批判が高まると撤回、謝罪したものの、衆院議運委の聴取には体調不良を理由に応じていない。ほとぼりが冷めると、懲罰対象の「国会内の発言」にならないようツイッターで発信する。

 ずる賢く国会の品位を汚し、秩序を乱している。一部議員が主張する衆院議長権限で、除名などを決められる懲罰委員会に付すことも検討すべきだ。(共同通信・柿崎明二)


佐賀新聞社説 2019年9月7日
http://www.saga-s.co.jp/articles/-/423878
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/355.html

[原発・フッ素51] IPPNW(核戦争防止国際医師団会議)が日本政府に再勧告:日本政府は、許容できない放射線被曝から日本市民を守るために緊急措置を講じなければならない(ちきゅう座) 
2019年 9月 8日
<グローガー理恵:ドイツ在住>

はじめに

8月26日、IPPNWが日本政府に「政府は、放射線被曝から日本市民を守るために、緊急に被曝線量の許容量を『1mSv/年』に引き下げるべきである」と要請する声明を出した。IPPNWは声明の中で「被曝線量の基準を速やかに『1mSv/年』に低減せよ」と訴える日本の市民団体の要請を強く支持する」と言明している。さらにIPPNWは、「日本政府が、自国の市民を守るという自らの責務を果たす上で講じなければならないこれらの対策を、フクシマ大惨事から8年経っても、いまだに実行していないというのは許しがたいことである」と、躊躇なく厳しく日本政府を批判している。IPPNWはフクシマ大惨事から8年以上経った今も、被災者の方々を忘れることなく、フクシマ被曝問題を深く懸念しているのである。

この声明を和訳することについては、IPPNWブログの編集者・ジョーン・ロレッツ (John Loretz)氏が快諾してくださったことをお伝えさせていただく。

原文へのリンク: https://peaceandhealthblog.com/2019/08/26/radiation-exposure/

核戦争防止国際医師団会議(IPPNW)の勧告声明
〈日本語翻訳:グローガー理恵〉

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日本政府は、許容できない放射線被曝から日本市民を守るために緊急措置を講じなければならない

2019年8月26日

フクシマ核災害から8年以上が経った今、IPPNWは、日本の市民団体による「一般公衆の年間の電離放射線の被曝許容量を速やかに【20ミリシーベルト】から【1ミリシーベルト】に低減せよ」との要請を強く支持する。

2011年4月29日、IPPNWのリーダーたちは、日本政府に書簡を出した。書簡は、日本政府が数日前に、福島の子どもたちの年間の追加被曝線量を【1ミリシーベルト】から【20ミリシーベルト】に引き上げると決定したことに対するIPPNWの懸念を表明したものだった:
「私たちは医師として、『福島の子どもたちが有害なレベルの放射線量に晒されるのを許可する』という貴国政府の決定を容認できません。なぜなら私たちは『子どもたちが、そのような高い放射線量に晒されるのを許すということは、私たちの子どもたちや将来の世代に対する保護責任を廃棄することに等しいものである』と、みなすからです。」

その数ヶ月後の2011年8月22日、IPPNWの共同会長たちは当時の総理大臣・管直人首相に書簡を出した。書簡は下記の事項を要求するものであった: 〔*訳注]
「一般公衆の医療行為以外での付加的な被ばくの許容線量は、すべての放射性核種に対する外部被ばくと内部被ばくの両方を含めて、合計年間 1 ミリシーベルトに戻されるべきです。これは特に子どもと妊婦にとって重要であり、一刻も早く実施されるべきです。」
ここで再度、IPPNWは強調した:
「さる 4 月、 貴国政府は子どもや妊婦を含む公衆に対して年間 20 ミリシーベルトの放射線許容線量を設けましたが、このことについて私たちは依然として深く懸念しています。自国の一般公衆にふりかかる放射線に関連する健康上の危害をこれほどまで率先して受容した国は、残念ながらここ数十年間、 世界中どこにもありません。このような基準は、 受け入れがたい健康上のリスクを、避けることができるにもかかわらずもたらすものです。私たち医師には、このことを指摘する倫理的責任があります。」

日本政府が、自国の市民を守るという自らの責務を果たす上で講じなければならないこれらの対策を、フクシマ大惨事から8年経っても、いまだに実行していないというのは許しがたいことである。
2011年以来、大規模な研究調査が実施され、それらの研究調査によって、「年間の被曝線量が数ミリシーベルトおよび1ミリシーベルトという低線量であっても、放射線による健康リスクは、それ以前に (2011年以前に)推定されていたリスク度よりも高いこと」を明らかにした強力な証拠が新たに出現した。これらの研究調査の範囲は:「CTスキャンを受けた子どもたちを対象にした調査、バックグラウンド放射線量のレベルがそれぞれ異なった地域に住む子どもたちにおける白血病罹患率の調査、原子力産業に従事する労働者たちを対象にした長期的調査」などに及んでおり、大規模な研究調査となっている。
また、これらの研究調査は、「とりわけ小児、女性、少女が放射線に脆弱であること」そして「同じレベルの被曝線量を受けた若い女子と成人男子を比べると、若い女子における長期的がん発病のリスクが成人男子よりも8倍から10倍まで高いこと」を確認している。この確認は、「一般公衆の年間の放射線被曝許容量を1ミリシーベルトに戻すことによって、日本市民の健康と安全を守ることが如何に緊急に必要であるか」ということを実証したものである。

それゆえにIPPNWは、被曝線量の許容量を速やかに【 1mSv/年 】の基準に戻すことを要請するのである。この基準は、避難指令および放射能汚染された地域へ市民が帰還する場合も含めて、例外なしに、日本全国で確実に適用されるべきである。

* * * * * * * * * *
以上

〔*訳注] 2011年8月22日付のIPPNWから管首相にあてた書簡の日本語訳は公式和訳を参照:https://ippnweupdate.files.wordpress.com/2011/08/ippnwtokan-japanese1.pdf

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://chikyuza.net/
〔opinion8980:190908〕

http://chikyuza.net/archives/96889
http://www.asyura2.com/19/genpatu51/msg/867.html

[政治・選挙・NHK265] 内部留保 過去最高/なぜ賃上げに回せないのか 
 
 経済の循環がここで目詰まりを起こしているのではないか。財務省が2日発表した2018年度の法人企業統計によると、企業が蓄えた内部留保が過去最高の463兆円を超えた。過去最高額の更新はこれで7年連続となる。

 国内総生産(GDP)の1年分に迫るほど巨額の内部留保だ。これだけの額が積み上がった一方で人件費に回った割合を示す労働分配率は低いままだ。依然として賃上げに回せないのはなぜなのか。

 経済団体からは説得力ある理由が示されない。こうした状況が続くようでは、法人税の増税や内部留保税の新設など企業税制の在り方を改めて検討すべきではないか。

 政府税制調査会が月内に首相に答申する税制の在り方に関する提言では、社会保障制度と財政を維持するため何らかの増税策が必要と指摘するという。安定財源として消費税のさらなる増税の必要性を示唆するとみられる。

 しかし、10%を超えて消費税をさらに増税するのは、経済への影響が大きすぎる。GDPの6割近くを占める個人消費に深刻な打撃を与えるのは明らかだ。消費税を狙い撃ちにするのではなく、現在の経済状況を勘案しながら、あるべき税制を議論しなければならない。

 内部留保がこれだけ増えた大きな背景は、大規模な金融緩和によって為替が円安基調に転じ、輸出企業を中心に好調な業績が続いたためだ。米中貿易戦争の影響などで新たな設備投資を手控え、むしろ内部留保に回す企業が増え始めた状況もある。

 デフレ不況に加えて、08年のリーマン・ショックによる痛手から、多くの企業が防衛意識を強く持ってきたとされる。貿易摩擦などで企業経営は厳しさを増し、将来を見通しにくい環境とはいえ、それでもこの内部留保の額は尋常ではない。

 将来の危機に備えて手元資金を手厚くしておくという合理的な意味合いを既に超えているように見える。
 企業に対する新たな税制を視野に入れていい時期ではないか。日本の場合、法人税の名目上の税率はともかく、特に大企業が現実に負担している税額は、各種の優遇策によって諸外国と比較してもかなり低いといわれる。

 内部留保の増加に対し、麻生太郎副総理兼財務相は経済界の姿勢を批判してきた。法人税が引き下げられても賃上げや投資に慎重な企業に率直に不満を述べている。東京五輪後に予想される景気失速への不安など、企業側にも理由はあろうが、麻生氏の指摘は的を射ている。

 内部留保に対する新たな課税、企業規模や資本金によって税率を高くしていく法人税の累進税化、これまで減税を続けてきた法人税そのものの転換。巨額の内部留保を巡っては、検討すべき論点と選択肢は数多くある。


河北新報社説 2019年09月07日
https://www.kahoku.co.jp/editorial/20190907_01.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/399.html

[政治・選挙・NHK265] 「戦争」語る国会議員 不問に付してはならない 
 
 NHKから国民を守る党の丸山穂高衆院議員が韓国の国会議員団が上陸した島根県・竹島について「戦争で取り返すしかないんじゃないですか」とツイッターに投稿した。

 丸山氏は5月に北方領土を戦争で取り返すことの是非を元島民に質問し、発言を撤回、謝罪している。わびたのは口先だけだったのか。全く反省した形跡が見られない。

 衆院は、日本維新の会を除名された丸山氏に対し、自ら進退を判断するよう促す糾弾決議を6月に全会一致で可決している。だが同氏は辞職する考えなど毛頭ない。

 参院選の後、NHKから国民を守る党の立花孝志党首に請われ、N国に入党した。本来なら、北方領土を巡る言動の責任を取って辞職すべきところだが、居座っている。

 今回のツイッターでの発言は、日本と韓国の関係が悪化している中、自ら「炎上」を誘うことで存在感を示す狙いがあったのだろう。

 相次ぐ丸山氏の不適切な発言を、非常識な一国会議員の妄言として片付けるわけにはいかない。
 現行の憲法は悲惨な戦争を二度と起こしてはならないという深い反省の上に生まれた。9条は戦争の放棄を定め、武力行使をほのめかして威嚇することも禁じる。

 さらに99条は天皇、国務大臣、国会議員、裁判官、全ての公務員に、憲法を尊重し擁護する義務を課している。

 丸山氏は竹島を巡る発言への批判に、「問題提起であって憲法上も法律上もなんら問題ない。言論封殺の圧力には屈しない」と反論した。

 再び戦争の惨禍が起きることのないように全力を尽くすのは、国政に関わる全ての政治家の務めだ。たとえ問題提起であっても、領土問題を解決する手段として「戦争」を持ち出すなど、論外である。

 発言が不問に付されるのなら、今後、武力行使を公然と主張する国会議員が次々と現れる恐れがある。その結果、憲法の平和主義の理念がなし崩しにされ、戦前、戦中のような軍国主義体制へと逆戻りしかねない。

 日中戦争から敗戦までの日本人の戦没者は310万人。沖縄では全国で唯一、おびただしい数の住民を巻き込んだ地上戦が繰り広げられ、住民の4人に1人が亡くなった。

 人々に地獄の苦しみをもたらす戦争の実相に思いを巡らせるなら、「戦争で領土を取り返すしかない」などと軽々しく口にできるものではない。

 N国の立花党首は「問題提起という意味では、何も発言しない国会議員よりいいと思う」と丸山氏を擁護した。「戦争」への言及に拒否感を抱かないのか。見識が問われる。

 怖いのは、戦争を容認するような国会議員の発言に、国民が鈍感になってしまうことだ。国権の最高機関である国会が事態を傍観することは許されない。丸山氏の発言に対し、国会としての意思を明確に示すべきだ。
 
 
琉球新報社説 2019年9月5日
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-983748.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/400.html

[政治・選挙・NHK265] NHKから国民を守る党は法と人権を「ぶっ壊す」 ―N国党と現代社会の危険性−(レイバーネット) 
塚田正治(「教育産業」関係者)
Last modified on 2019-09-05 17:07:02

 NHKから国民を守る党(以下、N国党)所属の新宿区議・松田美樹氏が選管により当選無効とされた(https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190902-00000054-asahi-pol)。居住実態が否定されたからである。

7月開票の参議院選挙におけるれいわ新選組とN国党から当選者が出たことは、日本における本格的な「ポピュリズム時代」の到来を予感させる。この内、後者のN国党(当選者は立花孝志代表)については「変な人たち」「ふざけた政党」といった認識の人も多い。そのため、このニュースも「相変わらずいい加減だな」ぐらいに受け止められ、殊更、問題視されない可能性がある。特にデジタルデバイド(情報格差)を抱える高齢層はその傾向が強いようである。

しかし、後述のようにこの党の幹部は自分たちを「ヤクザ・チンピラ」と自称しており、基本的に「ゴロツキ」の集団と言わざるを得ない。「ふざけた政党」どころか、本来、政治の場にあってはならない存在である。

 本稿では同党の危険性について述べてみたい。なお、この党の危険性について既に多くの「市民」がネット上で警鐘を鳴らしてきており、本稿はその成果に依拠したものであることをあらかじめお断りしておく。

1. N国党は法と人権を「ぶっ壊す」―暴力・差別・違法―

 N国党の具体的危険性は、大別すれば@暴力体質A差別体質B違法体質に分けられる。いずれもググれば(ネットで検索すれば)いくらでも具体例が出てくると思うが、@については2018年の松戸市長選の事例が有名である(https://hbol.jp/167958)。N国党候補の政策を尋ねる市民記者に対して回答を拒否。それどころか、恫喝の上、「退去命令」を出し、挙句の果てに「私人逮捕」して暴行を加え、負傷させたというものである。上記記事によれば、この対応は候補者が凡そ政治家としての資質を欠いた人物であったためとされている。この中の「私人逮捕」は法的には無効とされるが(『週刊文春』8月29日号。134頁)、N国党の常套手段である。先月の柏市議選でも演説中にヤジを飛ばした聴衆が「逮捕」されており(https://note.mu/chidaism/n/nce4f13cff7e9)、暴力と恫喝による批判の弾圧はこの党では常態化している。

Aについては「ヘイト議員」の公認が顕著である。N国党の看板はNHKスクランブル化なので「ヘイト政党」という認識を持つ人は少ない。しかし、こちらの記事によれば(http://naomikubota.tokyo/blog/nkoku)、4月の統一地方選で従来の「ヘイト政党」でも公認しないような悪質な人物が公認され、当選したことが分かる(ただし、後に金銭問題がきっかけで党を離党)。その中の一人である杉並区議・佐々木千夏氏が杉並区議会で訴えているのは「屈強な隊員」で構成され車両でパトロールする「杉並機動隊」の創設(https://ameblo.jp/chinatsusasaki/entry-12466247331.html)。表向きの理由は犯罪の防止だが、この人物のブログは「朝鮮人」をはじめとする他のアジアの人々に対する「ヘイトスピーチ」のオンパレードである(https://ameblo.jp/chinatsusasaki/entrylist.html)。1923年のちょうど9月、関東大震災の際引き落こされた、自警団による朝鮮人をはじめとする虐殺事件を想起するのは筆者だけではあるまい。このような人物が、そうとは有権者に知られないまま議員になってしまうのが、N国党の危険性の一つである。

 Bは上記の新宿区議の事例に明らかだが、このような地方議会選挙における居住実態の無視も常套手段である(足立区議選の例が有名→https://note.mu/chidaism/n/nad3c3eaba17d)。そもそも同党が正当とするNHK受信料不払いが政府見解によれば違法なのだが(https://mainichi.jp/articles/20190815/k00/00m/040/141000c)、この例は同党が地方自治の精神・法の理念を何ら尊重しないことを示している。これでは法治国家自体が破壊されかねない。到底、「いい加減」で済む話ではないのである。

 上記の松戸市長選の記事にばっちり貼り付けられているが(https://hbol.jp/167958/3)、立花代表の「右腕」と言われる大橋昌信現柏市議は「立花代表はヤクザ 私はチンピラ」と「自称」している。上記の@〜Bから言っても、この党は「ゴロツキ」の集団と言うよりない。N国党が「ぶっ壊す」のはNHKではなく、法と人権である。本来、政治の場にあってはならない。

2. N国党とファシズムー危険性の直視―

 しかし、N国党の本質的な危険性はファシズムにつながることであろう。この点は上記の同党の体質からも明らかだが、より本質的な問題は社会・有権者の変質である。この点については「ノリで投票する『政治的非常識層』」の増大を指摘する見解がすでに提示されているが(https://news.yahoo.co.jp/byline/furuyatsunehira/20190722-00135151/)、N国党・同党候補への投票者の大半は投票結果に対する十分な想像力を持っているとは思われない。実際に同党に投票した人物のインタビュー(https://hbol.jp/197991/2)もこの点を裏付ける。「面白ければ中身はどうでもいいや」という社会がファシズム化の危険を内包することは言うまでもないであろう。今後、N国党がどうなるか分からないが、仮に消滅しても、類似の「政党」「政治家」が陸続と現れ、拡大していく可能性は指摘せざるを得ない。

筆者が本稿をレイバーネットに投稿しようと思ったのは、川柳班の8月句会報告で「N国とれいわが上げた政治熱」という句を見たからである(2点句。https://1000ryu.masaki-design.biz/archives/1091)。政治への関心の向上という点でN国党の意義を一定度、評価する句であろう。しかし、上記の諸点から筆者はこのような評価に同意できない。政治への無関心がいいとは言わないが、「この党から当選者が出るならまだ無関心の方がまし」という評価の方が正当と考える。「中身の是非は別としてもN国も貢献したのは事実」との講評には、正直、上記の有権者の認識と共通する傾向を感じるのだが。

ところで「リベラル層」には「N国党は黙殺すべき」との意見も多い。主な理由は「取り上げれば『炎上商法』に協力することになる」というものである。たしかに「炎上商法」に利用されることには注意が必要だが、黙殺は上記のような社会の変質に積極的に対応するものではない。上記の危険性の克服への寄与は限定的と言わざるを得ないのではなかろうか。

やはり、基本的には我々はN国党とそれを生み出す社会の問題を直視する必要があると考える。勿論、そのための情報を伝えるのはメディアの役割だが、現状では機能していない。とすれば、「市民」が知りえた情報を積極的に伝え、また知る努力が必要ではないだろうか。そもそもポピュリズムとは「大衆」「市民」が直接的に社会を動かす時代である。とすればその「負の側面」の克服も「大衆」「市民」の課題であろう。本稿も依拠してきたが、すでに多くの「市民」がこの課題に応える活動を行っている(ただし、「右寄り」の人も多い)。本稿もまたこの課題への対応の一助となれば幸いである。

※ N国党のウオッチ・批判で有名な「市民記者」としては「選挙ウオッチャー」の「ちだい氏」がおり、こちらで記事を読むことができる→ https://note.mu/hashtag/ちだい。ただしN国党以外の記事もある)。

※ またツイッターではハッシュタグ「#NHKから国民を守る党に投票してはいけません」などでN国党批判が集積されている。

http://www.labornetjp.org/news/2019/0905
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/401.html

[政治・選挙・NHK265] 米軍CH53飛行強行 沖縄の植民地扱いやめよ

 これでは県民の命や財産は守れない。実際に被害が出てからでは遅すぎる。

 8月27日に窓の落下事故を起こした米軍普天間飛行場所属CH53E大型輸送ヘリコプターの同型機が7日、飛行を再開した。宜野湾市に対し沖縄防衛局から飛行の一報が入り、米海兵隊は「点検した」と報告したが原因は究明されず対策も不明だ。安全を確保したとは到底言えない。謝花喜一郎副知事が言うように、米軍はどのような点検をしたのか報告すべきである。

 落下物を含む航空機の事故は一歩間違えば人命に関わる重大事故になる。原因を究明し再発防止策を徹底するまで同型機を飛行させないことは当然の対応である。このため県、宜野湾市をはじめ、県内与野党が飛行停止を求めている。県民の生命や財産を守るための妥当な要求を無視して飛行を強行したことは極めて重大な問題だ。

 米側に飛行停止や自粛を求めなかった日本政府も米軍の片棒を担いでいる。判断の根拠は曖昧で、県民の命や財産よりも米軍の運用を優先しているとしか思えない。

 岩屋毅防衛相は先月30日の会見で、自粛を求めない理由として被害が生じていないことを挙げたが、沖縄防衛局の田中利則局長は3日、社民党県連の抗議の場でそれを否定した。事案によって判断する点で両氏の説明は一致するが、被害の有無が根拠になるかどうかでは異なっている。

 被害がないと飛行停止や自粛を求めないという対応は言語道断だ。犠牲を未然に防ぐことで国民の生命や財産を守るという政府の当然の責務を放棄しているからだ。「その都度判断する」と言うのも、今回の事故を軽視する認識を露骨に表すものであり、断じて容認できない。

 県議会は「一歩間違えば人命、財産に関わる」と指摘する抗議決議と意見書を18日の本会議で全会一致で可決する見通しだ。

 両案の審議の中で、米海兵隊が所有するCH53Eのうち飛行が可能な機体はわずか37%にとどまるという米保守系シンクタンクの報告書が紹介された。財源不足の中、機体の老朽化と開発の遅れが背景にあるという。議員からは「飛行禁止を直ちに求めるべきだ」との声が上がった。同型機の部品落下事故が相次いでいることを踏まえれば、当然の要求である。

 謝花副知事は飛行自粛を求めない政府に対し、人身や財産だけでなく「不安も被害だ」と強調した。日米両政府が県民の命や財産、強い不安、県内自治体・政党の要求よりも米軍の運用を優先する状況を見ると、沖縄を植民地扱いしていると断じざるを得ない。県が抗議する際、米軍は呼び出しにも応じなかった。

 日米両国はこのような扱いに終止符を打つべきだ。県民も「植民地主義」という差別に打ち勝つ方法の探求に本腰を入れる必要がある。


琉球新報社説 2019年9月10日
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-986662.html
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/425.html

[政治・選挙・NHK265] 作家が抗議聞くコールセンターも 不自由展再開求め企画(朝日新聞)
朝日新聞デジタル 2019年9月10日20時52分
千葉恵理子

https://www.asahicom.jp/articles/images/AS20190910002879_commL.jpg
「表現の不自由展・その後」をめぐり、展示の再開を目指すプロジェクトを立ち上げ、会見を行うアーティストたち。(右から)卯城竜太さん、大橋藍さん、小泉明郎さん、ホンマエリさん、高山明さん=2019年9月10日午前11時42分、東京都千代田区の日本外国特派員協会、江口和貴撮影


 愛知で開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」(あいち)の参加アーティストらが10日、東京・丸の内の日本外国特派員協会で会見を開き、すべての展示の再開を目指すプロジェクト「ReFreedom Aichi」を始めると発表した。あいちでは「表現の不自由展・その後」の展示が中止されたことに抗議する形で、12組のアーティストがそれぞれの展示を変更・中止している。

 あいちに参加する90組余りのアーティストのうち、会見時点で国内外の34組が賛同。会見では5人のアーティストが登壇した。個別の動きをまとめ、協働することで、「アーティストと観客の声を交渉の場に届ける」としている。

 具体的には、演出家・高山明さん主導の「アーティスト・コールセンター」の設置を目指す。「不自由展」中止の理由の一つに、抗議電話が殺到し職員が対応に追われたことがある。高山さんは「我々アーティストが表現の自由を訴える一方、(県の職員ら)最前線で抗議の電話を受け続けてきた人がいる。抗議の声を我々アーティストが受けようと思った」と話す。法学者や抗議対応の経験者に話を聞き、ガイドラインを作ることなどを考えているという。

 また、あいちの来場者と共に「#YOurFreedom」も始める。「あなたの不自由」について紙に書いてもらい、展示中止になった部屋の扉に貼る予定だ。このハッシュタグを通じて、SNS上でも声を集める。資金はクラウドファンディング(https://camp-fire.jp/projects/view/195875)で募る。アーティストが作品を提供。この日から募集を開始し、10日午後8時時点で176万5千円が集まっている。

 賛同作家の1人、小泉明郎さんは「表現の自由は、言論の自由、知る権利、自分の人生を自分で決める自由に直結している。(展示再開の実現は)私たちの力だけでは足りない。関係者との協力、観客との連帯によって初めて可能になります」と訴えた。(千葉恵理子)

https://digital.asahi.com/articles/ASM9B5FGZM9BUCVL026.html?rm=499
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/426.html

[政治・選挙・NHK265] <蟋蟀よ 嵐の夜にも鳴け> ― 東京新聞の覚悟(澤藤統一郎の憲法日記)
 
昨日(9月8日)の東京新聞社説の表題は、「桐生悠々と言論の覚悟」である。桐生悠々を論じつつ、言論人としての自らの覚悟を語って格調が高い。その覚悟に敬意を表したい。それにしても、である。いつの間にやら、言論に覚悟を必要とする時代が再来してごとくの不気味さが感じられる。
その全文は、下記URLで読むことができる。

https://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2019090802000112.html

桐生悠々は、1933年8月に信濃毎日新聞の論説主幹として「関東防空大演習を嗤ふ」を執筆し、これが軍部の逆鱗に触れて同社を追われる。しかし彼は、その後も名古屋に拠点を移し、個人誌「他山の石」に拠って軍部や政権を厳しく批判する言論活動を続けたという。東京新聞社説はその「他山の石」に、悠々はこう書いていると紹介している。

   悠々は「他山の石」に「言いたいこと」と「言わねばならないこと」
   は区別すべきだとして「言いたいことを言うのは、権利の行使」だが
   「言わねばならないことを言うのは、義務の履行」であり、「義務の履
   行は、多くの場合、犠牲を伴う」と書き残しています。
   悠々にとって一連の言論は、犠牲も覚悟の上で、言うべきことを言う
   義務の履行だったのです。
   正宗(白鳥)が言う「いかに生くべきか、いかに死すべきかを、身を
   以つて考慮した」悠々の命懸けの言論は戦争への流れの中では顧みら
   れることはありませんでしたが、戦後再評価され、今では私たち言論、
   報道活動に携わる者にとって進むべき方向を指し示す、極北に輝く星
   のような存在です。

   <蟋蟀(こおろぎ)は鳴き続けたり嵐の夜>
 
   悠々のこの句作が世に出た35(昭和10)年は、31(昭和6)年
   の満州事変、32年の五・一五事件、33年の国際連盟脱退と続く、
   きなくさい時代の真っただ中です。翌36年には二・二六事件が起き、
   破滅的な戦争への道を突き進みます。

   もし今が再び<嵐の夜>であるならば、私たちの新聞は<蟋蟀>のよ
   うに鳴き続けなければなりません。それは新聞にとって権利の行使で
   はなく、義務の履行です。
   来る10日は悠々の没後78年の命日です。大先輩を偲ぶとともに、
   業績や遺訓を思い起こし、私たち新聞のなすべきことを考え続けたい
   と思います。

その言や大いに良し。権力や権威への無難な忖度か、弱い立場のものをあげつらって批判する論調溢れる中で、東京新聞はこう自らを戒めている。「私たちの新聞は嵐の中でも蟋蟀のように鳴き続けなければなりません」「それは新聞にとって権利の行使ではなく、義務の履行なのです」「大先輩を偲ぶとともに、業績や遺訓を思い起こし、私たち新聞のなすべきことを考え続けたいと思います」と。つまりは、「多くの場合犠牲を伴う」ことを覚悟した言論人の義務履行の決意を述べているのだ。

言うまでもなく、言論の自由とは、権力や強者や社会の多数派を批判する言論が抑制されることなく自由であることを意味する。権力や強者や社会の多数派に耳の痛い、内容の言論である。その表現が、権力や強者や社会の多数派から疎まれ憎まれる類の言論。「多くの場合犠牲を伴う」ことになる言論である。悠々の言葉を借りるなら、このような「言わねばならぬこと」「多くの場合犠牲を伴う」ことを、犠牲の心配なく、躊躇も萎縮もなく、言えることの保障が必要なのだ。嵐の夜に鳴き続ける蟋蟀は貴重な存在である。いかなる嵐が吹こうとも、いかに小さな蟋蟀であろうとも、その鳴き声を途絶えさせてはならない。

悠々には、正宗白鳥をして、「彼(悠々)はいかに生くべきか、いかに死すべきかを、身を以つて考慮した世に稀れな人のやうに、私には感銘された。」と言わしめた覚悟のほどがあった。嵐の夜に鳴き続けた蟋蟀として、その生涯を貫いた悠々の姿勢は尊敬に値する。

しかし、今大切なのは、一人の大悠々ではなく、無数のミニ悠々ではないだろうか。何としても嵐を防止しなければならない。一匹の蟋蟀では無理でも、無数の蟋蟀の大きな鳴き声は嵐を押し返すことができるのではないか。私も、悠々ほどの覚悟はないにせよ、ミニ悠々の一人になりたい。

また、どんなときにも萎縮することなく、セミもマツムシも蟋蟀も鳴き続けることのできる社会を作ることはできないだろうか。誰もが、自分なりの音色で鳴き続けることを当然とし、認め合う社会。それは、すだく虫の音色を止める嵐のない,居心地のよい社会なのだと思う。
(2019年9月9日)

http://article9.jp/wordpress/?p=13309
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/427.html

[原発・フッ素51] 柏崎刈羽原発の再稼働と廃炉

 日本の裏側であるアマゾンで大規模な森林火災が各地で発生しており、ブラジル国立宇宙研究所によると今年1〜8月の間に7万5千件以上の火災が発生して、昨年同時期の約4万件を大きく上回り、2013年の観測開始以降で最多と報じられている。アマゾンから3千キロ以上も離れたブラジル最大の都市サンパウロでは、煙が空を覆う被害も出ている。

 アマゾンの森林は「地球の肺」といわれるだけに、森林が消失すると地球温暖化への影響は大きい。

 日本は温暖化対策として、発電中に温暖化ガスの二酸化炭素を排出しない原発の総発電量に占める割合を約20%としており、原発再稼働は必須条件だ。

 東電の柏崎刈羽原発の再稼働要請に対して地元の桜井雅浩柏崎市長は、6・7号機の再稼働を認める条件として、1〜5号機の廃炉計画の策定を求め、東電は「再稼働後の5年以内に廃炉を想定するステップを踏む」と廃炉に関して言及した。

 柏崎刈羽原発の1〜5号機の原子炉はすでに25〜30年超で、原子炉の運転期間は原則40年と定められており、原子炉に高額な改修費用をかけても寿命は短く、1〜5号機は順次廃炉計画を立てるべきだろう。

 更に、再稼働を目指す6・7号機は事故を起こした福島第一原発と同型の原子炉(沸騰水型軽水炉)であることに注目すべきだ。

 原発を代替する火力発電所は、化石燃料を使い温暖化ガスを大量に発生させる。このため、クリーンな再生可能エネルギーの開発を加速し、脱原発の未来像を描くべきだろう。


滋賀報知新聞社説 2019年9月12日
http://www.shigahochi.co.jp/search.php?type=editorial&run=true&sort=open_time&sort_PAL[]=desc&
http://www.asyura2.com/19/genpatu51/msg/873.html

[政治・選挙・NHK265] 第4次安倍再改造内閣 何のための安定と挑戦か

 安倍晋三首相はきのう、内閣改造と自民党役員人事を行った。

 政権の骨格である麻生太郎副総理兼財務相、菅義偉官房長官、二階俊博幹事長を留任させ、初入閣は安倍内閣最多の13人に上った。

 知名度が高い小泉進次郎環境相や橋本聖子五輪相を目玉とし、政権浮揚を図る狙いのようだ。

 しかし、その内実は首相に近く保守的な思想・信条が色濃い議員の優遇や、派閥の入閣待機組に配慮した順送り人事である。

 首相は改造に際して「安定と挑戦の強力な布陣を敷きたい」と述べてきた。だが、その顔ぶれを見る限り、何のための安定で、何に挑む内閣なのかが判然としない。

 第2次安倍政権の内閣改造は6年連続となる。まるで年中行事のようだ。改造が課題に取り組む態勢づくりのためではなく、政権の求心力を維持する道具と化しているように見える。

 内外に難題を抱える中、緩んだ「1強政治」を継続することは許されない。

■問題が多い側近重用

 保守派の側近重用人事の象徴として見過ごせないのが、萩生田光一氏の文部科学相就任だ。

 萩生田氏は官房副長官在任中、加計学園問題で文科省に残されていた文書に名前が登場し、首相の意向として学園獣医学部の早期開設を同省幹部に迫ったとされた。

 萩生田氏は関与を否定するが、加計問題は国民の疑念が払拭されたと言える状況にはほど遠い。首相はその渦中にあった側近を、あろうことか文科相に起用した。到底納得できるものではない。

 麻生氏が、自殺者が出た森友学園問題を巡る財務省の決裁文書改ざんの政治責任を取らず、閣内に居続けているのも首をかしげる。

 麻生、二階両氏は主要派閥を率いる実力者だ。外せば政権のバランスを失う。だから残す―。国民不在の「安定」の内実だろう。

 総務相に再登板した高市早苗氏も、首相に近い保守派として知られる。前回の在任中、放送法4条を根拠に、政治的に公平でない放送を繰り返す放送局に電波停止を命じる可能性に言及した。

 メディアに対する政権の圧力とも受け取られかねない発言を忘れるわけにはいかない。

 派閥の意向以外に起用の理由が見当たらない閣僚も散見される。資質を度外視した順送り人事が無残な結果を招きかねないことは、4月に五輪相を辞任した桜田義孝氏で実証済みではないか。

■国会論戦が急がれる

 首相の自民党総裁任期は2021年9月までだ。総裁の連続4選を禁じた党則の改正がない限り、政権の残り時間は多くはない。

 急ぐべきは戦後最悪とされる日韓関係の改善だろう。河野太郎氏から茂木敏充氏への外相交代を機に対話の糸口を探るべきだ。

 ところが菅官房長官は8日に、関係悪化の「全責任」が韓国にあると強調した。一方的な非難は事態をさらに悪化させるだけだ。そういう認識を閣内で共有し、建設的な外交へ転換する必要がある。

 北方領土問題や北朝鮮による日本人拉致問題は一向に進展していない。茂木氏が経済再生担当相として取り組んだ日米貿易交渉も、農業を犠牲にして決着しようとしていることは看過できない。

 社会保障に関し首相はきのうの記者会見で、高齢者中心から現役世代にも給付を広げる「全世代型社会保障改革」の推進に向け検討会議を設置する方針を表明した。

 これは2年前の衆院選から掲げてきた政策だ。議論する時間はいくらでもあったのに、高齢者の負担増が想定されるため参院選後に先送りしたのが実情ではないか。

 米中貿易摩擦が激化する中で消費税増税が控えている。景気の先行きに暗雲が垂れこめている。政権の看板政策のアベノミクスは行き詰まりが一層顕著になろう。

 加えて問題なのは、これら内外の重要課題について国会でろくに論戦が交わされていないことだ。

 参院選から2カ月近くがたつが、政府・与党は臨時国会の召集を来月上旬としている。あまりに遅い。怠慢のそしりを免れまい。

■「私心」は許されない

 首相が「挑戦」に執念を燃やすのが改憲である。しかし首相が旗を振れば振るほど、野党ばかりか公明党も警戒感を強めている。

 国民もついてきていない。先月の共同通信社の世論調査では、安倍政権下の改憲に反対52%と、賛成の35%を上回った。

 7月の調査では優先して取り組むべき政策も「年金・医療・介護」と「景気や雇用など経済政策」が、改憲を大きく引き離した。

 首相は11月に、通算の在職日数が桂太郎を抜き歴代1位となる。

 国民が求めていないのに、改憲を長期政権の遺産として憲政史に刻みたい―。そんな私心は間違っても抱いてもらいたくない。


北海道新聞社説 2019年9月13日
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/343814?rct=c_editorial
http://www.asyura2.com/19/senkyo265/msg/510.html

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