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中川隆 koaQ7Jey コメント履歴 No: 100128
http://www.asyura2.com/acpn/k/ko/koa/koaQ7Jey/100128.html
[リバイバル3] 志田未来 名演技集 中川隆
2. 中川隆[-12666] koaQ7Jey 2018年5月30日 05:04:51 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14560]

世にも奇妙な物語 2011年 秋の特別編「いじめられっこ」(2011年11月、フジテレビ)


動画
https://www.youtube.com/results?search_query=%E3%81%84%E3%81%98%E3%82%81%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%A3%E3%81%93+%E4%B8%96%E3%81%AB%E3%82%82%E5%A5%87%E5%A6%99%E3%81%AA%E7%89%A9%E8%AA%9E+


堂島百合(志田未来)
永瀬日菜子(大後寿々花)
 
女子高生・堂島百合(志田未来)は、クラスメートからいじめにあっていた。ある日、百合はいつものようにいじめられているところを、クラスに転校してきた永瀬日菜子(大後寿々花)に助けてもらう。

百合は、かばってくれた日菜子に話しかけるのだが、無表情でリアクションは薄い。そして、いつしかいじめの対象は日菜子へ。日菜子はいじめられ続けても感情を表に出さない。百合はいつしか日菜子のことを…
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/862.html#c2

[不安と不健康18] 実は分かってた、本格的な糖質制限を続けた人たちの寿命は短かった てんさい(い)
2. 中川隆[-12665] koaQ7Jey 2018年5月30日 08:13:19 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14560]
なぜ江部康二みたいな詐欺師がこんなに持て囃されたのか不思議だね
http://www.asyura2.com/16/health18/msg/629.html#c2
[不安と不健康18] 実は分かってた、本格的な糖質制限を続けた人たちの寿命は短かった てんさい(い)
3. 中川隆[-12664] koaQ7Jey 2018年5月30日 08:18:16 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14560]
江部康二は
人類に穀物は合わないとか、人類は元々肉食だったとか
人類学や民俗学の常識に反する嘘を平気でマスコミに拡散していたね

自分では何も調べないで、そういうデマをすぐに信じるアホが多過ぎるんだ
http://www.asyura2.com/16/health18/msg/629.html#c3

[] 経験者としての意見です。
33. 中川隆[-12675] koaQ7Jey 2018年5月30日 08:34:36 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14572]

兵士の士気を揚げるため、恐怖心をやわらげるため。戦争に麻薬が使用された9のケース 2017年08月15日
http://karapaia.com/archives/52243839.html

 歴史を通じて、軍人は常に自軍の強化に余念がなかった。その手段の1つが薬物(麻薬)だ。かねてから戦争には麻薬が利用されてきた……その戦果はさまざまだ。



9. ギリシャとアヘン

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 ケシの実から採取されるアヘンは古代ギリシャにとって重要な物質だった。眠りの神ヒュプノス、夜の女神ニュクス、死の神タナトスの3柱の神々がケシのレースを持っている。

 僧侶はその多幸感を超自然的なものと考え、ヒポクラテスは「薬の父」と評している。ホメロスの『オデュッセイア』では、兵士が戦いで昂った神経を鎮めたり、戦争の恐怖を忘れるためにアヘン入りのワインを飲む姿が描写されている。

8. バイキングがベニテングダケを食べた可能性

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  “上着を着た者”あるいは”鎧を着ない者”が語源の”ベルセルク”は、バイキングの言葉で戦いにおける怒りによるトランス状態を意味する。

 ベルセルクとなった彼らは、体が震え、歯をカチカチ鳴らし、顔色まで変わり、まるで野生動物のように吠えながら鎧をつけることなく戦った。戦いが終わると、数日はだるさに襲われ、動けなかったという。

 このトランス状態がシベリアのある部族のそれに似ていると指摘する研究がある。その部族は儀式を執り行うにあたってベニテングダケという向精神作用のあるキノコを食べた。

 ここからバイキングもまたベニテングダケを食べて戦いに臨んだ可能性が推測されるのである。戦いが終わるとしばらく動けなくなるのは、ベニテングダケの毒性によるものだ。

 バイキングの時代、スカンジナビア半島にはベニテングダケが自生していた。またバイキングはアジア人とも接触していた。なぜならベニテングダケを主神オーディンの概念に導入したのはアジア人だからである。よって、ベニテングダケの幻覚作用をシベリアの部族から教わっていたと考えられるのだ。

 またバイキングの飲んだワインはベニテングダケで作られていたという説や、食べていたのはベニテングダケではなテングダケだという説もある。


8. ナポレオンの大陸軍は酒とハシシを利用

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 軍事作戦では兵士の士気を保つことが鍵となる。ナポレオンは兵士の食事にはそれほど気を使わなかったが、可能な限りワインを支給して士気を保った。

 1798年6月のエジプト遠征ではこれが問題となった。エジプトがイスラム教を信仰していたため、酒が手に入らなかったのだ。

 代わりに地元で嗜まれていたのがハシシだ。しかしこれでは兵士が横たわり、なんでもないことでクスクス笑う役立たずになってしまう。

 ナポレオンはエジプト到着後間もなくハシシの服用を禁止している。それでも兵士はハシシを止めず、フランスにまで持ち帰った。こうしてハシシはフランス文化に導入され、アーティストや文筆家までが利用するようになった。

7. コカの葉を噛んで戦ったインカの戦士

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 12世紀、南アメリカに登場したインカ人は勇猛であることで知られ、その力でやがて巨大な帝国を作り上げた。

 1499年、ヨーロッパ人が初めてインカを訪れたとき、彼らが緑の葉っぱを加えている姿が目撃されている。これはコカの葉であった。

 インカの戦士はこれを噛むことで、疲れ知らずで、痛みに強くなることができた。しかし、コカの葉の効果はヨーロッパ人の侵略を防げるほどではなかった。1533年、インカ帝国は滅亡した。

5. メタンフェタミンを使用した神風特攻隊

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 メタンフェタミン(覚せい剤)は1893年、日本人の科学者によって合成された。これがよく使用されるようになったのは、第二次世界大戦のことだ。

 日本ではヒロポンの名称で販売され、疲弊した兵士や腹をすかせた兵士に与えられた。また神風特攻隊のパイロットにも使用されている。

 彼らは小さなコックピットに閉じ込められ、数時間飛行した末に自爆攻撃を仕掛ける。そこで兵士の士気や注意力を保つために高用量のヒロポンが投与されたのである。

4. アンフェタミンを大量に使用したナチス

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 第一次世界大戦の経験を踏まえて侵攻計画を練っていたナチスの将軍は、開戦から数日後の兵士の疲弊を懸念していた。そこでアンフェタミン(覚せい剤)の一種であるペルビチンを投与することにした。

 1940年春のフランス、ベルギー、オランダ侵攻では、ナチスは3,500万錠ものペルビチンを常備していた。当初、いいアイデアに思われたが、やがて兵士は麻薬中毒になり、かえって回復に時間がかかるようになってしまった。

 そもそもこのアイデアが採用されたのは、指導者が麻薬中毒だったからかもしれない。一説によると、ヒトラーは主治医から鎮静剤やステロイドといった薬を定期的に処方されていたという。

 1944年には、強力なコカイン入り点眼薬まで処方されたというが、これなどは戦争末期のヒトラーの異常な行動を説明するかもしれない。ヒトラーの最後は自殺である。

3. ベトナム戦争で米兵にアンフェタミンを投与

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 第二次世界大戦後、アンフェタミンに関する研究はあまり行われなくなったが、それでもベトナムでの使用が止むことはなかった。

 1966〜1969年では米軍は2億2,500万錠の覚せい剤を使用したと言われている。そのほとんどはアンフェタミンから派生したデキセドリンで、海軍では1人あたり21.1錠、空軍では17.5錠、陸軍では13.8錠が服用された計算だ。兵士の証言によると、まるで飴玉かのように与えられていたという。

 アンフェタミンは兵士の疲労を抑え、集中力を向上させるために使用された。また攻撃性を増加させる効果もあった。

 薬の効果が切れてくると、強いフラストレーションを感じ、「街中の子供を射ちたくなる」という証言もある。ベトナム戦争は、米兵のベトナム人に対する残虐行為でも知られている。

2. シリア騒乱

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 2011年3月より現在まで続くシリア騒乱では40万人が犠牲となり、1,100万人もの難民を生み出している。

 この間混乱に乗じたISが勢力を拡大した。その原動力の1つが、IS兵が服用するカプタゴンだ。これは中東でのみ見られるドラッグで、テオフィリンというカフェインに似た物質と、覚せい剤のアンフェタミンで構成されている。

 服用した兵士は、集中力が向上し、食事も睡眠も少なくてすむようになる。効果自体はそれほど強いものではなく、60年代、70年代に注意欠陥・多動性障害の治療薬として販売されていたアデロールよりも弱い。

1. 現在の戦争ドラッグ

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 現在、米軍ではスーパー兵士を作り出す研究に莫大な資金が投じられおり、その一部は化学物質による強化の研究に使用されている。驚異のドラッグと評されることもある薬剤の1つが、モダフィニルだ。

 1998年、フランスで開発されたそれは米FDAでも認可された。覚醒を維持する精神刺激薬で、アメリカではプロビジル(日本ではモディオダール)という名称で販売される。

 記憶力や気分を改善し、これを服用した兵士は48時間起きていられるという。コカインやアンフェタミンとは違い、効果が切れたときのだるさのような副作用はない。

 また戦場に出た兵士はしばしば心的外傷後ストレス障害に苦しむことがあるが、その治療薬も開発されている。

 例えば、一般に高血圧の治療に使用されるプロプラノロールという”β受容体遮断薬”は、トラウマ的な記憶の抹消や軽減に役立つと考えられている。現在、プロプラノロールは記憶消去薬としての治験が進められている。

via:Drugs Have Been Utilized in Warfare Throughout History / translated by hiroching / edited by parumo

http://karapaia.com/archives/52243839.html
http://www.asyura2.com/0310/dispute13/msg/131.html#c33

[リバイバル3] 癌とは何か?文系の方にもわかりやすく説明します! BRIAN ENO
3. 中川隆[-12680] koaQ7Jey 2018年5月30日 09:01:38 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14578]

糖質制限すると癌死亡率が高くなる

また、米ハーバード公衆衛生大学院のTeresa Fung氏らが心臓病、がん、糖尿病ではない女性を26年間、男性を20年間追跡した結果に基づく論文では

高糖質食(総摂取熱量の60%程度)の人々と、低糖質食(35〜37%)の人々を比較したところ、

総死亡リスクは低糖質食の方が12%高く、さらに低糖質+動物性食品群では23%高くなりました。

低糖質+動物性食品群では、循環器疾患による死亡のリスクが14%、がん死亡のリスクも28%高くなっていました。

一方、低糖質+植物性食品群では、高糖質群より総死亡のリスクが20%、循環器疾死亡のリスクも23%低くなりました。

というデータがでています。低糖質、高タンパク質でも動物性タンパク質を多くとった群の死亡リスクが上がるようです。

これらを元に大西淳子氏は

糖尿病ではない一般人にとって、糖質制限食は、余命短縮に結びつく可能性が示唆されました。特に、糖質を極端に制限し、肉をたくさん食べ、バターやマヨネーズを好んで摂取する食生活では、リスクが大きくなると考えられます。

とまとめています。
http://blogs.itmedia.co.jp/sakamoto/2018/04/low-carbohydrate.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/544.html#c3

[リバイバル3] 志田未来 名演技集 中川隆
3. 中川隆[-12679] koaQ7Jey 2018年5月30日 10:19:44 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14578]

志田未来嬢が典型ですが、女優とか女性演奏家には10代の天才が目立って多いですね。

しかし、その殆どは 30歳過ぎると才能もオーラも霧の様に消えてしまうというのが不思議です。


http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/862.html#c3

[リバイバル3] 志田未来 名演技集 中川隆
4. 中川隆[-12678] koaQ7Jey 2018年5月30日 10:23:42 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14578]

男でも、画家のムンク、シーレ、キリコとか漫画家の つげ義春、花輪和一の様な統合失調症ぎりぎりの天才は持っても 40歳までですね。
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/862.html#c4
[不安と不健康18] 実は分かってた、本格的な糖質制限を続けた人たちの寿命は短かった てんさい(い)
5. 中川隆[-12677] koaQ7Jey 2018年5月30日 10:32:21 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14578]
絶対に食べてはいけない 小麦と植物油を使った食品すべて


高脂血症や髪が禿げる原因は小麦のグルテン


・グルテン入り小麦を大量に使った食品:

ラーメン、うどん、そば

食パン、ホットケーキ、ピザ、ケーキ、クッキー、スパゲティ、パスタ

ビール

天ぷら・コロッケ・フライの衣、カレー・シチュー


は絶対に食べちゃダメ


薄毛が気になったら小麦をやめるといいかも - NAVER まとめ
http://matome.naver.jp/odai/2146777359462864001

【驚愕】小麦を食べ過ぎると「ハゲ」になる!?パンや麺類を止めたら髪がフサフサに!円形脱毛症や炎症の恐れも
http://saigaijyouhou.com/blog-entry-12372.html

グルテンフリー生活で食べられない食事をまとめてみた
http://mrgreen.hateblo.jp/entry/2015/06/17/133345
http://www.asyura2.com/16/health18/msg/629.html#c5

[番外地6] グローバリズムの世界 中川隆
72. 中川隆[-12682] koaQ7Jey 2018年5月30日 10:51:29 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14584]

グローバリズムは民主主義よりも尊いのか? 2018-05-30


 3月の総選挙で(政党としては)五つ星運動と同盟(旧北部同盟)という、反グローバリズム政党が勝利し、両党の連立が模索されていたイタリアですが、両党が首相として推した法学者のコンテ氏を、マッタレッラ大統領が拒否。(イタリアでは、大統領は首相承認権を持ちます)


 理由は、コンテ氏が推薦した財務大臣候補のパオロ・サボナ氏が、EU懐疑派で、過去にユーロ圏からの離脱を表明していたためとのことです。


 つまりは、
「反EUの政権樹立は許さん」
 というわけで、五つ星運動と同盟は猛反発しています。


『イタリアは秋にも再選挙へ−大統領、財政規律派に暫定政権の組閣要請
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2018-05-28/P9FPVK6JTSEA01

 イタリアのマッタレッラ大統領は28日、エコノミストのカルロ・コッタレッリ氏に再選挙までの暫定政権の組閣を委ねた。ポピュリスト政党は連立政権樹立失敗について大統領への批判を強めており、早ければこの秋にも選挙となる可能性がある。
 元国際通貨基金(IMF)財政局長のコッタレッリ氏(63)は記者団に、イタリアはユーロ圏にとどまると明言。また、欧州連合(EU)との「建設的対話」を呼び掛けた。「大統領は私に、この国を新たな選挙に向かわせるプログラムを持って議会に臨むよう求めた」と語った。(後略)』


 同盟のサルビーニ書記長は、フェイスブックで、マッタレッタ大統領がイタリア国民の意思よりもEUを尊重した。民主主義にとって問題だ。

 と、猛烈な批判を展開しています。


 確かに、3月の総選挙でイタリア国民は「票」をもって、反EU色が強い五つ星運動や同盟を支持したのです。当然、反EU派の政権が樹立されるべきところを、大統領権限で「首相承認せず」とやるのは、民主主義に反しています。


 マッタレッタ大統領にとって、グローバリズム(EU)は民主主義よりも尊しなのでしょうか。


 今更ですが、母国語を話、その国から離れられない国民を中心とした国民主義(ナショナリズム)と、国境を意識せず、どこの国に住んでも構わず、グローバル言語(英語)を話し、共通する価値観は「カネのみ」というグローバリズムとは、利害が真っ向から衝突します。


 グローバリズムは、国家の制度を「自己利益最大化」のために「改革」しようとします。具体的には、規制緩和、自由貿易、緊縮財政というグローバリズムのトリニティを推進するのです。


 とはいえ、グローバリズムのトリニティは国民を貧困化させ、苦しめます。まともに民主主義で戦った場合、数に劣るグローバリズム側は敗北必至なのです。


 だからこそ、グローバリズムはマスコミを操り、情報をコントロールし、民主主義により「改革」を実現しようとするわけです。その際には、カリスマ的に人気がある政治家が巧みに利用されます。


 マーガレット・サッチャー、ロナルド・レーガン、ビル・クリントン、小泉純一郎、李明博、エマニュエル・マクロンなど、多くの政治家がグローバリズムの手先として活躍しました。


 もっとも、さすがに現在の欧州の状況、特にヒトの移動の自由というグローバリズム(移民問題)が、国民にとって耐えがたいレベルになっています。結果的に、イタリアで「民主的な選挙」により反移民、反グローバリズムの政党が勝利したと思ったら、大統領が待ったをかける。


 もちろん、違法ではないのですが、グローバリズムが民主的プロセスを尊重しないという現実が、如実に理解できます。


 グローバリズムが民主主義を尊重しないといえば、我が国は世界の先頭を走っており、経済財政諮問会議や規制改革推進会議、未来投資会議といった「首相の諮問機関」に入り込んだ民間人(民間議員ではありません)がトリニティの政策を提言し、それが閣議決定され、国会を通されるという、民主主義をパススルーする制度が成立してしまっています。


 上記を理解したとき、日本とイタリアが抱える問題の「根っこ」が同じであることがわかるはずです。


 グローバリズムが民主主義よりも尊いはずがありません。とはいえ、「いや、そんなことはないよ」と信じる連中が、手練手管を駆使し、国民を貧困化させるグローバリズムの政策を推進。ナショナリズムの方向に国家、政治が向かうのを阻止しようとするわけです。


 別に、わたくしは民主主義の全面的な信奉者でも何でもありませんが、少なくとも、
「主権の行使たる民主主義は、自己利益最大化追求のグローバリズムよりは尊い」
 ことだけは確信しています。
https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12379901612.html
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/711.html#c72

[昼休み53] 足立区にだけは住んではいけない

「足立区は本当にヤバイのか?」 
治安・貧困・学力・寿命…区役所職員がタブーを検証、ついに結論が出た! 5/30
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180524-00000001-withnews-l13

舟橋左斗子さんの新刊『足立区のコト。』
https://www.amazon.co.jp/%E8%B6%B3%E7%AB%8B%E5%8C%BA%E3%81%AE%E3%82%B3%E3%83%88%E3%80%82-%E8%88%9F%E6%A9%8B-%E5%B7%A6%E6%96%97%E5%AD%90/dp/4779124484



 本の帯には、堂々とこの言葉。「足立区は本当にヤバイのか?」。

書店に並ぶ新刊『足立区のコト。』の筆者、舟橋左斗子さんは、れっきとした東京都足立区の広報担当職員だ。こんなキャッチコピーを掲げて、自分の地元を本にするなんて、本当にヤバくないのか?(朝日新聞記者・伊藤隆太郎)


たけしさんも自虐、四つの命題で検証

 まさに、タブーに切り込む一冊。タレントのビートたけしさんも、昔から自虐ネタにしてきた。いわば足立区民にとっては、お馴染みともいえるこの「ヤバイのか問題」を今回、きちんと検証するために、舟橋さんは四つの命題を立てた。「治安が悪い?」「貧しい?」「学力が低い?」「寿命が短い?」……まさに、ストレートのど真ん中で勝負だ。

 さて、問いの真偽やいかに。本書の内容に沿って、それぞれの結論を見ていこう。



命題1「足立区の治安は悪いのか」

 舟橋さんは大阪の生まれ。結婚を機に、25年前から足立区で暮らしている。引っ越した当初は、さんざんに言われようだったと明かしている。「なんで足立なの?」「大丈夫?」「変わってますね」

 しかし実際に暮らしてみたら、印象は違った。実に安全で暮らしやすい町だという。ところが周囲はそうは見ずに、治安が悪いイメージがある。きちんと確認しようと、警察庁の「刑法犯認知件数」というデータを確かめた。

 すると結果は……。やっぱり都内ワーストだった。ああ。

 足立区は長年、この犯罪発生率で都内トップを走り続けていた。そこで区では、「割れた窓などを放置すると犯罪が誘発される」という割れ窓理論に基づいて、区内の美化などを徹底する。努力が報われ、2011年にはいったんワーストを脱却していた。だが最近、また最下位へと戻ってしまった。
.

命題2「足立区は貧しいのか?」

 年収についても比較した。内閣府がまとめている「納税義務者一人あたり課税対象所得」を検証している。

 すると結果は……やっぱり都内で最下位だった。あらら。

 データが整理されている最新の2013年のデータを舟橋さんが確認したところ、足立区は1人あたり324万円で、都内23区のなかで23位だった。22位の葛飾区=333万円や、21位の北区=343万円を下回っていた。

命題3「学力が低い?」 命題4「寿命が短い?」

 ……なんだか雲行きが怪しい。ここは残る二つをまとめて確認しよう。

 まず学力。舟橋さんは、早稲田大に入学した女子学生が「足立区からよく入れたね」と言われてショックを受けた、というエピソードを披露している。やれやれ。

 そこで、文部科学省の「全国学力・学習状況調査」の結果を検討した。すると最新の2016年の成績は、小学6年の「国語」「算数」と、中学3年の「国語」「数学」が、いずれも都内平均を下回った。

 では寿命についてはどうか。「えっ! 寿命にも差があるの?」と驚かれるかも知れないが、その通り、差があるのだ実際は。結果は……。

 健康で活動的に暮らせる「健康寿命」というデータを見たところ、足立区は東京23区中で男性が20位、女性が21位だった。
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やっぱり、ヤバイんじゃない?

 以上が4命題を検証した結果だ。こうしてみると、「足立区はヤバイのか?」という問いの答えは、残念ながら「はい、その通り」となりそうだ。

 しかし舟橋さんは力強く、こう言う。「ヤバくない。それが本書の結論です」
.

足立区は、ヤバくない!!

 新刊『足立区のコト。』の筆者の舟橋さんが、とくに強調するのは、命題2「貧しいのか?」だ。そして、逆にこう問いかける。

 「貧しいと、ヤバイのですか?」

 貧しいことが、そのまま不幸ではない。また、お金があることが幸福であるとも限らない。舟橋さんは「本当に克服すべき課題とは、『関係性の貧困』です」と言う。

 お金がなくても、しっかりした人間関係があれば、助けたり助けられたりできる。貧しくても、笑って暮らすことができる。しかし、人と人の絆がなければ、助け合うことも笑顔を交わすことも、関係性の貧困は、人を絶望させる。

 しかし足立区には、人と人の密接なつながりがあると、舟橋さんは言う。「私たちの街の魅力は、なんといっても住民が『おせっかいで、あたたかい』ということ」。本書には、そんなおせっかいであたたかな人たちが、てんこもりに登場する。

 10年来の空き家をコミュニティースペースに改造して子どもやママ達の立ち寄り場所にしたり、細い路地の商店街がオーケストラを呼んで「下駄履きで行けるコンサート」を開催したり。手作りの地域おこしに取り組む住民たちの活動が、あちこちにある。

 そして「サラリーマン、商売人、工場労働者、外国人……。いろいろな年齢層のさまざまな人たちがバラエティー豊かに暮らして、町らしい活気がある」と舟橋さん。

 そんな地域の魅力が再発見され、最近はある不動産会社が毎年発表している「住みたい街ランキング」のなかで、部門別の「穴場だと思う街」で4年連続トップだという。

 マイナスのイメージが強い足立区、しかしマイナスからの出発だからこそ、プラスに転化する期待度もまた大きい。そう舟橋さんは話す。区役所も防犯や教育、健康などの問題にさまざまな施策も打っている。

 ヤバイという事実を堂々と伝え、事実に堂々と向き合い、対処できる。それこそが最大の「ヤバくない理由」と言えそうだ。

http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/915.html

[昼休み53] 足立区にだけは住んではいけない 中川隆
1. 中川隆[-12681] koaQ7Jey 2018年5月30日 11:51:38 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14584]

東京足立区のテレクラ主婦売春をのぞいてみた (ゲンダイネット) 2006年3月22日

これが格差社会の現状なのか。文房具などの教材を自治体から支給されている就学援助児が42%もいる東京都足立区で、養育費や生活費欲しさの主婦がテレクラに殺到しているという。

ノンフィクション作家・佐野真一氏が「ルポ下層社会」(「月刊文春」4月号)で伝えた衝撃の現場、竹ノ塚のテレクラに入ってみた。

リーン、リーン……。平日の、まだ日暮れ前なのに、店内には間断なくコール音が鳴り響く。 「2時間2000円から」の料金を支払い個室で待つこと数分、電話機が最初の着信を告げた。

「ホテル代込みで2万円でどう?」。単刀直入な誘い方。

声の感じは20代後半か30代か。竹ノ塚に住むという主婦に境遇を聞き始めた途端、「話だけなら他でやって」とガチャン。 時間中に7人の女性と話したところ、全員が「目的アリ(援交)」だった。
相場は1万5000〜2万円、テレクラのすぐ近くにラブホテルがあって、そこに行くのが定番コースらしい。

小学生と幼稚園の子どもが2人いるという27歳のシングルマザーに会ってみた。やや太った体形に茶髪のA子さんは「区から毎月7万円の養育補助をもらってるんだけど、ダンナもいないし到底暮らせないから、エンコー(援助交際)は欠かせないの」。こう言いながら、1人前399円のカルビを焼いてくれる。

「この辺は私みたいな主婦が多いと思いますよ。“横の連携”があって、何曜日の何時ごろがいいとか、いろいろ情報交換している。でも最近は客の取れないデリヘル嬢とかプロが増えたし、私たち主婦の足元見て値切ってくる相手も少なくなくて困っちゃう。足立区の人妻は安いんだそうで、わざわざ静岡から遠出してきた男もいましたよ」


ケラケラ笑い、生ビールのジョッキをあおる姿からは、悲愴感(ひそうかん)とか後ろめたさは感じさせない。援交相場よりは安い取材謝礼を渡すと、

「あした二男の入園式なの。着せていく礼服選びを付き合って」とA子さん。買ったのはズボン・シャツ・ネクタイの一式で3000円の
セットだった。風俗ライターの村上行夫氏はこう言う。

「人妻の援交が増えているのは、足立区に限ったことじゃありません。郊外を中心に最近は都心でも援交主婦が参入し、テレクラはもはや主婦売春のメッカになっている。風俗業界では第2次テレクラブームと呼ぶ関係者もいます」

現代社会のキーワードのひとつとして定着した感のあるワーキングプア。 大きな社会問題となっているが、そんな厳しい世の中でも、若い女性たちにはまだ、奥の手が隠されていた。

「いざとなったらフーゾク」 行き場をなくして追い詰められたら、腹をくくればいい――。

ところが、女たちの最終手段であるエロ業界にも、同じようにワーキングプアたちが増殖し始めている。

とあるデリヘルの待機部屋。テーブルの上には、何台かのパソコンが置いてあり、女のコたちが熱心にキーボードを叩いている。彼女たちがアクセスしているのは、ライブチャットのサイトだ。

同店では、待機時間を有効に使ってもらうために、ライブチャットで小遣い稼ぎすることを勧めているのだ。 相手男性と仲良くなって店に引っ張れば、営業活動にもなって一石二鳥。しかしお店の思惑は、何よりお茶を引いた女のコの苦情を抑えることにある。不景気で客が減る一方で、女のコの数だけは増えたために、出勤しても客がつかないケースが少なくない。少なくなった仕事を奪い合うという、実社会と同じ現象がここでも起きているのだ。

よほど繁盛しているお店でない限り、こうした事情は変わらない。某フーゾク情報雑誌編集者によれば、ごく一部の人気嬢を除けば、フーゾク嬢の一人当たりの平均収入は、確実に激減しているという。

「在籍のコ全員を均等に働かせるために、出勤調整をしている店は多いですね。女のコは毎日でも働きたいのに、 週3日などに制限される。したがって、本指名が少ないコは収入が安定しない。不景気の中、ソープでも大衆店だけはそこそこ客の入りもいいですから、単価が安くても確実に稼ぎたいと考えて、移っていくんですね」


お店と女のコの取り分は、5:5または4:6が一般的。

客単価を平均1万5000円と仮定すれば、オプションの有無や時間によっても異なるが、女のコの取り分は7000〜9000円程度となる。1日数人をこなせば日当5万円程度。月20日の出勤なら月収100万円に達する。全盛期なら、この程度は当たり前だった。

だが現在、毎日確実に数人以上の客を相手にできるフーゾク嬢の割合は、決して多くない。さらには、需要と供給のバランスが崩れた今、立場の弱い女のコの取り分が折半以下というケースも。


「確かに面接に来るコは増えている気がしますね。でも、求人で来る女のコはほとんど使えないコばかり。十人並みなら即採用です。

いちいち断るのが大変なので、面接場所の喫茶店に行って、使えないと判断したら、会わずにバックレます。そうしないと無駄に手間ばかりかかってやってられないから。

経費節約のためと、スカウト禁止条例もあることから、外部スカウトマンへの依頼は避けて独自のルートで探しますが、女の子が友達を連れてくるパターンがいちばん多いかも。それでけっこうな人数は確保できてますから、人手に困るということはないですね」(デリヘル店店主)
https://plaza.rakuten.co.jp/miwatya041124/diary/200603250000/

http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/915.html#c1

[昼休み53] 足立区にだけは住んではいけない 中川隆
2. 中川隆[-12680] koaQ7Jey 2018年5月30日 12:17:53 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14584]

足立区の住環境
https://www.sutekicookan.com/%E8%B6%B3%E7%AB%8B%E5%8C%BA%E3%81%AE%E4%BD%8F%E7%92%B0%E5%A2%83


足立区(あだちく)は、東京都の特別区のひとつで、23区の東部に区分される。
区の木はサクラ、区の花はチューリップ。

東京23区の北東部に位置し、隅田川と荒川に挟まれた地区と、面積の大半を占める荒川以北の地区とに分かれている。

足立区内の駅は下記を参照。 常磐線(北千住駅、綾瀬駅)


東武電鉄伊勢崎線(堀切駅、牛田駅、北千住駅、小菅駅、五反野駅、梅島駅、西新井駅、竹ノ塚駅)
東武電鉄大師線(西新井駅、大師前駅)
京成電鉄京成本線(千住大橋駅、京成関屋駅)
東京メトロ日比谷線(北千住駅)
東京メトロ千代田線(北千住駅、綾瀬駅、北綾瀬駅)
つくばエクスプレス(北千住駅、青井駅、六町駅)
日暮里・舎人ライナー(足立小台駅、扇大橋駅、高野駅、江北駅、西新井大師西駅、谷在家駅、舎人公園駅、舎人駅、見沼代親水公園駅)


土地

北千住など交通利便性の高い割に、未だ割安感のあるマンションが買える区だと思います。

西新井は凄いことになってますね。足立区も坪250万円突入ですから。

足立区もついに坪200万円以上や5000万円以上のマンションが売られるようになりましたね。足立区を軽んじていた人達はどこを買うのでしょうかね。

江東区の次は足立区か!?ってくらい、地価が急騰していますね。昔から住んでいた人たちは、固定資産税が跳ね上 がって大変になるんでしょうね。

23区内のマンション価格も高くなり、いよいよ一般リーマンに買えるのが足立区駅遠物件に絞られてきましたね。

西新井はチャレンジ物件ということが定着しちゃったしそもそも5000万円〜7000万円が最多価格帯なんて足立区を知らなさ過ぎる。 再開発+新価格のご祝儀付けても70平米台2500〜3200、一番大きな部屋でも5000万までがせいぜい。

足立区に、西新井に住まなくてはならない特殊な事情がない人は中心価格帯が3500を越えるなら他を探すのが 吉と思う。足立区だからと言う要素の他、西新井という場所自体、環七の排気ガス、総○がらみの施設やら東武伊勢崎線の混雑ぶりと都内にはいると料金が別(※都内というのは北千住もしくは隅田川より都心よりのこ と)この地にゆかりのある人以外、購入する意欲はないと思うことが価格を決めていると思う。


23区内で20〜30歳代の一般的リーマンがマンション買えるのも足立区(ちょっと駅遠)しかありません。

足立区のマンション全般が苦戦しているようですがやはり足立区で新価格というのはチャレンジ失敗なのでしょうか?

足立区の駅遠物件は、後2年待てば安く買えます。今、23区の郊外の足立区で、しかも駅遠は資産価値がありませんからしばらくすれば中古でも激安でしょう。

都心から放射線状に線路が敷設されているため、どうしても足立区は駅遠物件が多くなってしまう。そして足立区クオリティと相まって中古は激安となるね。新築で買うなら永住するつもり(永久足立区民の覚悟)でないと大幅な損失となる。新新価格とやらで足立区物件を買うべきでない。


特に足立区物件の売れ行きが鈍ってきたような気がします。

23区でも一番最後に高値になり、一番最初に下落する。

駅近は無理な高値で売れず、駅遠は元来売れないところなので苦戦してしていると思いますが、足立区物件の復活はあるでしょうか?


なんか足立区というだけで、とても悪いイメージに書かれているところが多いのですがそういうデマに惑わされたり、根拠の無いウワサに先入観を持って判断してはいけないと、実際に自分で街を歩いて、自分の目で実際に確かめてきました。

「竹ノ塚」平日の昼間だというのに、駅から裏道に入ったとたんに主婦とおぼしき数人の中年女性(失礼!)が道の真ん中で堂々と売春だろうか、客を待っている。

話を聞いて見ると、子供の文房具を買うためにやっていると明るく笑っていた。

昼間の太陽とは裏腹に私の心は酷く沈んでしまっていた。

「北千住」駅の前にブルーシートの小屋が広がっている。酸っぱい臭いが鼻をつく。

ホームレスの男性に声を掛けられた。

「ここいらへんは物乞い強盗も多いから気ぃつけな」

学校に行かずに働いている子供も居る。

いつかテレビで見た北朝鮮の「コッチェビ」を思い出してしまった。気がつくと私は涙であふれていた。この現実を目の当たりにして・・・


・・・と言うデマを平気で流す人がいます。

ネットだけの噂を信じずキチンと下見しましょう。

確かに狭い路地に入れば怪しい店はありますが、女性自身で売春してる人など見たことありません。北千住の駅ビル周辺は小奇麗ですよ。



交通

面積は53.20平方キロメートルで大田区、世田谷区についで第3位の広さ。
そのくせ鉄道の駅も線も極めて少なかった。

千代田線は北綾瀬で止まっていて綾瀬というのは都内の人には地の果てと同義語だった。

いまで こそ半蔵門線とつながった東武伊勢崎線だが足立区というのは北千住以外に行き方のわからない地名が多すぎた。つくばエキスプレスで逆に、竹ノ塚だの西新井だのが存在が希薄になった。

平成19年度に日暮里・舎人線の開業が予定され、やっと都心部への交通手段が充実する。

「地下鉄8号線の亀有以北への延伸、竹ノ塚・王子・池袋をつなぐ地下鉄の導入、東京メトロ千代田線の北綾瀬駅からの北伸の可能性の検討などにより新たな鉄道網を形成し交通利便性を高めます。」と区は言っているがいつになるかわからない。

都心へのアクセスも早いですね。

今北千住の駅徒歩5分の集合住宅に住んでますが、ホントに都心に通勤するものには便利で、帰りに丸井やルミネで買い物できるので助かってます。以 前は東武伊勢崎線から走って乗り換えしていたので、引っ越した当初は日比谷線から降りた時、「ここが最寄り駅だ」とほっとしたものでした。

これから、日暮里・舎人ライナーができるし、北千住駅はルミネと反対側が再開発だというし、人口もかなり増えるのかな?!ずいぶん、イメージは変わったんだけど・・・。

足立区は交通の便が不便な場所があるからねぇ舎人ライナーとか出来るみたいだけど舎人から川 口駅までバス便で30分なんて立地もあるから…23区にこだわる方には、他の場所から圧倒的に価格の安いマンションもあるから足立区でも便利な場所はあるから、考え方は人それぞれじゃないのかな

ライナー開通直前に越してきました。(賃貸です)最寄り駅は竹の塚。通勤には基本的に東武線+地下鉄を使うつもりでいてライナー開通の件 は殆ど意識していなかったんですが、今は結局ライナー利用。8時ちょっと過ぎくらいに乗っていますが、東武線利用の頃と比べるとストレス はほとんど無く、かなり快適です。(座れる事もあります)日暮里までの所要時間もほぼ定刻通り。帰宅時は1本待てば確実に座れます。ライナー開通直前に越してきました。(賃貸です)最寄り駅は竹の塚。通勤には基本的に東武線+地下鉄を使うつもりでいてライナー開通の件 は殆ど意識していなかったんですが、今は結局ライナー利用。8時ちょっと過ぎくらいに乗っていますが、東武線利用の頃と比べるとストレス はほとんど無く、かなり快適です。(座れる事もあります)日暮里までの所要時間もほぼ定刻通り。帰宅時は1本待てば確実に座れます。

足立区は変わりそうな雰囲気はあるね。ただ、もうすこし交通機関が便利になるのがいいな。後は、歩行者道路を広くしてください。

2年ほど前に足立区へ移住しました。当初はバス便で東武線まで出て通勤していましたが、今は舎人ライナー利用。朝 8時台前半はかなり混んでますが(それより早い時間帯はもっとらしい)、何せ他の私鉄や地下鉄では毎朝当たり前の様に発生する「遅延」がほぼゼ ロ。これだけでかなりストレスが軽減されてます。もともとギュウギュウ詰めにはなりにくい車両構造ですし、立ち位置さえ確保できればJRまではアッという間。日暮里・西日暮里接続ならかなり快適だと思います。 舎人ライナーやTXができたのが最近ですから、交通の便が良くなったのは最近かと思います。徐々に人口は増えているので、さらに楽になれば良いですね。

住み始めた頃は電車利用に多少難がありましたが、舎人線が出来てからは 通勤もかなり快適になりました。(舎人線は朝夕の遅延が殆ど無い)

舎人ライナーは雪に超弱い事が証明されてしまった 先日の雪で臨時放送に「舎人ライナーストップ」って表示されびっくり。あら、使えないじゃない、足立区の足ってね。あのくらいの雪で乗車できないような弱小ライナーは荒川区〜足立区利用の方にはかなり面倒ですね。 通勤とか混雑時間に利用したことないけど、日常利用者っているのでしょうか?

安全第一だけど。あんまり止まると不便。



住環境

ディカプリオが登場する西新井や新田、千住のタワーなど 湾岸地域以外の23区では希少になりつつある大規模マンション分譲が今後もあります。 兎角良くない事を聞く足立区、実際のところの環境はどうなんでしょう?

足立区は、昔海辺に接していた低湿地帯の一部。松戸・国府台の台地と、上野・飛鳥山を結ぶ台地の間に横 たわっていた入江や湿原、また入り組んだ荒地と推定される。区内には丘らしい高地がほとんどない。全体が平らで、一番高いところは、人工によって築かれた高さ10メートルの荒川の堤防。なんかオランダか ニューオリンズみたいな土地だ。北西部はやや高く、南東部に行くに従って緩やかに傾斜しながら下っていることから、昔から農耕に適していた。川が多い。荒川(放水路)が、足立区を北西から南東へと流れ、区を二つに分断している。南に隅田川、西に荒川、新芝川、北に毛長 川、そして東に中川、綾瀬川、垳(がけ)川が流れ四方を川で囲まれている。町屋から北千住には電車ならすぐだがタクシーに乗るとえらく遠い。と にかく川に分断された腹立たしい地形だ。

マンション価格は安いしファミリー層にはよいのではないのかな。

あの素晴らしい荒川がある区ですから、都内でも最強に住環境のいいところです。おまけにマンションは広々お買い得価格。 その荒川があるからハザードマップが作成されているのです。 荒川は氾濫したりしませんよ。スーパー堤防ではない隅田川のほうがむしろ危険。その前に温暖化で標高0m地域が水没する危機のほ うが・・・

あまり知られていないけれど足立区の一部も0m地帯なんだよね。湾 岸のほうが最近の人工埋め立てなので高くなっている。どこでも同じだが、災害に対する日ごろからの準備は大切だね。
http://www.gsi.go.jp/WNEW/PRESS-RELEASE/2003/1127e.htm


今、一般リーマンが買えるのは足立区しかないでしょ。

ちなみに駅は近いですが、ホームのアナウンスや発車のベルが夜聴こえてくるぐらいでそれもうるさいほどでなく、天気のいい週末は戸をあけてぼーっとしてる のも気持ちのいいところです。ここは夫婦二人のかたには私は悪くない場所と思います。

足立区は、川に囲まれたというか堤防に囲まれた低地。丘陵と丘陵の間のでっかい三角州みたいなもの。昔はこの あたりまで海だったはず。下手したら海抜は江東区の方が高いかも。荒川の堤防が荒川区のなかでもっとも海抜の高い土地。

HPで情報を見られる先端の若手クリニックがごく少ないのがネックかな。

物価も安いし、人柄は気さくですね。 人柄は気さくって言うのかなあ・・・受け止め方は人それぞれ、その人のバックボーンによるんじゃないかと。
咥えタバコでジャージ姿のヤンママはある意味、気さくな足立区の風景となっています。

“気さく”っていうとポジティブな言葉だから誤解しちゃう。私は“粗野”“気配りがない”と思ってます。

足立区は都営住宅が多いです下町ですの大きく2つに分類できると思います結論はご想 像にお任せします私は、足立区在住なので気になりませんが外から来た方は、多少違和感みたいなのがあるかもしれません

以前中野、小金井等に住んでいた。3年前に足立区五反野梅島近辺に引っ越してきてものすごく驚いた。とにかく老若男女問わずガラが悪 い。チンピラ風な若者が異常に多い。服装、態度、言葉遣いなど民度が非常に低い。この街にきてはじめて近隣とのトラブルを経験した(もち ろん相手が悪い、ヤンママ)バイクの騒音が信じられないほどやかましい。家賃が安いので仕方なく住んでいるが、引越しできるな ら、2度と住みたくない。

足立区の駅遠なら春日部あたりのほうがいい


私は生まれも育ちも足立区だけれど、足立区ってながく住んでみて良さがわかる気がする。確かに昔は低所得者が多い区で知られ、スラム街とも言われていたらしいけど最近はそうでもないと思うよ。新しい街並みができ、大きな一軒家がひとつの街のように建ち並び、良い車に乗った上品な家族をよく見かける。

昔から住む人たちは気取ったところがなく(人によってはデリカシーがないと思うだろうが)ものをハッキリ言う人が多い。だからデリカシーがないと思わ れるのかもしれない。だから環境の良い所で子育てを・・とか、育ちの良い上品な子供を・・って人にはちょっとキツイ気がする。

子供を自由に育てたい・・とか学校は一番近い区立でじゅうぶんよ!って人の方が住みやすいと思う。

ちなみに私の住んでいる所は、おばちゃんも気さくで道ですれ違った初対面の人でも普通に話したり、小さな子供も良い意味で垢抜けていない子が多くて子供らしいかわいさがあるし、そんな所が気に入っています。あと地域を守るための団結力みたいなのもあるかな。

以上、私が感じた足立区の雰囲気でした。

足立区以外に住んだ経験のない人には、どれほど他地域と落差があるか絶対にわからないと思います。他地域から転入してはじめてわかるのですよ。それこそ天と地ほど空気が違います。

私は30年前には東京の静かな山の手地区に住んでましたが、その30年前の 居住環境に追いつくことも絶対無理だろうと考えています。また城南に劣る板橋区や北区など都内城北地区の雰囲気もよく知っていますが、足立とは比較にならない程平和で安全な街であることがわかりました。

大きな原因は、先般も指摘したように住民の質、民度の低さにあります。こちらはフツーに暮らしているのに、日々の周りの人々の粗暴な言動やバイクの騒音などが漠然とした不安を起こさせるのです。


私の場合育ちも足立区ですが足立区以外にも住んだことがあります。足立区は安全だとか平和だとか、全く思っていません。何かあるとやっぱり足立区だ、などいつも言われることなので多分足立区民は何を言われようが何とも思わないひとも多いと思います。

空気も他の地域とちょっと違うな、とも思っ ています。山の手地区にながく住んでいた人が足立区に馴染まないのは当然だと思うし、そういう人は劣ると言われている足立区の事は無視して早急に足立区から出たほうが良いですね。

足立区は良い意味でも悪い意味でも「のんびりした気取らない庶民」という感じです。それをどうとるかは人それ ぞれですが足立区を検討しているけど不安、という人は、北千住や西新井なんかを検討するのも良いかもしれませんね。その あたりは今までの足立区とは少し雰囲気も、住む人のタイプも違うと思うのでその地域で考えるのも良いかもしれません。私の周り では西新井に住み始めた人のほとんどが他の区から来た人です。

中央防災会議の洪水予測でも荒川ハザードマップでも足立区は水浸しですね。地名にも見沼代とか皿沼とかありますが、やはり低湿地の名残で水はけ とか悪いのでしょうか?そういう場所は地盤も緩いのでしょうか。数年前の茨城の直下型地震も足立区が日本中で一番震度大きかったですよね。 足立区に限らず城東+湾岸はゆれやすい。

女房とチビ(1歳)を連れて、先月隣県から足立区内に越してきた。仕事の都合で急いでいたので、建物の仕様と間取りと通勤所要時間だけを条 件に物件を選定。正直、昔から良いイメージは持っていなかった土地ではあったので引越が正式に決まった時はちょっとブルーになったけれ ど、女房は昔住んでた団地と雰囲気が似ているとかで、順応するのは早かった様子。俺は通勤電車の雰囲気がガラリと変わった事に、 まだちょっと戸惑ってる。帰りに深夜のATMコーナーで喧嘩してる若いカップルとか、ジャージ姿でコンビニに来てる親子連れとか、今まで あまり眼にしなかったような光景をよく見かけるようになった。

ガラが悪い、と言う点には今のところ何ひとつ疑いの余地は無いと思う。でも仕事から帰って話を聞くと、女房が毎日のように言うんだな。ここは案外住み良いところだよ、と。

一番近い大型スーパーまで歩いて10分ちょっとかかるけれど、そこに向かう途中近所の婆さんが挨拶をしてくれたり、同じくらいの歳の子をベビーカーに乗せた若いママさんが「手編みのベストかわいいですね」と声をかけてきたり。今日は初めて3人一緒に近所の食料品店に行ったんだが、レジを打っていたどこからどう見てもヤンキーだろうという姉ちゃんが、チビを見ると素晴らしい笑顔で手を振ってくれた。

思えば、俺だって「ガラ」というものを とやかく言えるような人間じゃない。どこに住んでも最終的には自分次第だ、という意見は全くその通りだと思う。自分達も、その土地の雰囲 気を構成するひとつの要素なのだから住み良い環境にできるかどうかは自分達にもかかってる、って事だよ。


西新井に単身居住、都心に通勤している者です。低層住宅が多く、都内にしては日当たりが良い物件が多い気がします。道路なども比較的整備 されており、車でも走りやすいと感じます。スーパーが点在し、買い物に便利であるほか、人が多すぎず人疲れしないのも気に入ってます。

一方、気になる点としては、歩きタバコや、服装や身なりに違和感を感じる人を見かけること等。

足立区は公園が多いのですが、これも一長一短あって、近所の公園ではときどきヤンキー風の中高生が夜間たむろしている姿も目撃します。

これについては、教育や家庭環境などに問題のある家庭が少なくないようにも感じます。もともと鉄道が未 整備だったため、ホワイトカラー層よりも、職人さん等、近隣で仕事をする職業の人が多い街で、そうした地域色や風土が強いものと思われます。

他地区からの転入者も増加しており、これから少しづつ、変貌していくような気がします。 元田畑だった土地柄ですからね。練馬や世田谷に緑が多いのも同じ理由ですし。


実際にはそうじゃない人達もいると思うけど、イメージが悪いんだって!「暗い・危険・汚い」いわゆる3Kだよね!い くら綺麗な新築マンションが出来ても区全体のイメージが悪いから何にも変わらない!

実際、取り締まらなきゃならないほど歩きタバコが多いわけだし暴走自転車だって野放し状態。外部の掲示板なんかじゃ、駅での異常とも言え る職質が話題になったりしてるね。北千住周辺住民の方たちだけが『自分たちは他とは違う』と思ってもマナーやモラルに関する実態 は大差ないんじゃないかな。

足立区は図書館が充実していますよね。千住の中央図書館は都内でも屈指の蔵書数かつ設備を有している し、遅くまで(夜八時)まで開館しているので利用しやすかった。(現在居住の中央区図書館は平日七時、日曜はなんと五時閉館です。)また、館数が多いためおのずと全体の蔵書数も 多く、予約した本の順番がまわってくるのが早かった!本好きには良好な環境でした。

北千住・西新井は足立区内でもかなり良い環境だと思いますよ 私の住んでいる梅島も悪くないですけど 足立区は広いので 地域によってかなり雰囲気が変わってくると思います

結局北千住と西新井だけ。住んでるとこ聞かれたら区名は言わないで、北千住と答える。その他は聞かれたら足立区って答えるのかな?

5年前まで、西東京の近辺に何十年と住んでいて、今は北千住近辺ですが、交通の便良し、買い物は大型店に商店街、飲食店と豊富です。区の行政もなかなか頑張っていて、良いです。家の場所にもよるでしょうけど、環境は余り良くないです。軽犯罪は多い方です。空気は悪い。地盤軟弱。まぁ、住環境の中で何を重要視するかではないでしょうか?ちなみに、足立区でも舎人公園周辺などは、舎人ライナーとバス便しかありませんが、平静な場所になります。

20歳まで鎌倉で育ち、その後東京23区内で色んなところに住みましたが、住みやすかったのは今住んでる足立区です。足立区に住んでから悪いうわさを聞いたんですが、多分聞いてたら足立区以外で探したと思います。都心まで近いし(勤務先が近い)、大型スーパーが多いし、物価安いし、温泉に行きたい!!と思ったら特急で日光や箱根にも1本で行けます。意外とディズニーランドにも近いですしね。(特に車だと)区長さんはいつも区役所の前の道路を掃除していたり、要所要所に頑張っているのが垣間見られます。

北千住に住んでますが、駅にはルミネや丸井もあるので買い物もしやすいですし商店街も大学も増えて生活しやすいですよ。ただスカイツリーが出来てから、電車が混むようになりましたが・・・。千代田線、日比谷線、半蔵門線、常磐線も通っているのでどこへ行くにも程々の距離で出やすいです。

度々行くわけには行かないのですが、竹ノ塚から歩いてみました。商店街やイトーヨーカ堂など地方都市の雰囲気でした。ただ、昼間歩いただけでは住んでからのことは分かりませんので住んでいる方の生の声を聞いてみたいのです。 いいよ〜。北千住。丸井はあるし、ルミネはあるし、ヨーカドーもあるし。丸井の中にはハンズもあるし。千代田線、半蔵門線、日比谷線が通ってるし、JR常磐線、東武線、つくばエクスプレスも!!どこにいくのも便利。確かに評判悪いけど、緑の街路樹がきれいな住宅街もあるよ。


竹ノ塚は下層社会の代表とか主婦売春のメッカとか言われているけれど住んでいる人間にとって普通に生活できる場所だよ。

足立というだけで貧民窟的な書き込みがあるとちょっと違うかなと思う。


現在北千住在住です。以前綾瀬よりの亀有に住んでいましたが、こっちに引っ越してきて良かったと思います。北綾瀬は住んだ事はありませんが、綾瀬から電車乗り継ぎで何も無いさびれたマイナーな駅と言う印象なのでちょっと住むには遠慮します。以前連続放火事件もあった記憶が。亀有も新しくなったな!と思うのは本当にアリオ周辺のみかと。アリオ周辺だけ見れば良い感じかも。それに葛飾とは言え物価は北千住より更に安いと思います。又、大学の関係でもう10年以上前ですが草加に住んでいました。隣が谷塚の駅。昔の印象だと何も無い。松原団地の方がまだ良いと言う感じでした。最近はマンション建ったで変わったかもしれないのですが。その隣の竹ノ塚には健康ランドがあって断然安くマッサージも上手かったんで半年前位までちょくちょく行ってましたが残念ながら閉館。

此処で何時も感じてた事はあっちの言葉が日本語より多く飛び交っていると言う事かな。でもお気に入りの健康ランドでした。

足立区北千住駅周辺の賃貸マンションに住んでます。怖いと言うのは何処を言っているのでしょうか?ちょっとわかりません。私も注意したいんで教えて下さい。

南千住の駅にもたまに足を運びます。若い夫婦が多くて皆最近越してきた人ばかりなのかな?と何時も思います。でも駅以外はマジ怖いんで賑わって居る所以外は行かないです。北千住って私は昔からイメージ悪くなかったけど、やはり昔の南千住のイメージを千住と付くだけで思う人っているんでしょうね。マルイ、ルミネがあるんでちょっとした買い物には非常に便利です。足立区北千住に関しては私はお薦めです。 『コワイ』エリアは特に何かあったからというのもあるでしょうが、これからあるかもしれないとかいうイメージや雰囲気的なところが大きいのではないでしょうか。

現に低所得エリアのほうが高所得エリアにくらべて犯罪が多い気がするのは一般的な感覚だと思いますし。実際に住んでしまうと慣れてしまい、感覚が鈍るように思います。蒲田在住ですが、住む前の印象よりは住んでからは慣れたせいか全く気になりません。でも周囲の知人は蒲田には住みたくないといいますからね。

足立区に住んでいるけど、特に住みにくいと感じたことないし・・・イメージは確かによくないのかも知れないけど下町の区とそう変わらないよ。どこの区だっていろんな人いるでしょ。

足立区に5歳から18歳まで住んでました。住んでいる間には別に嫌だと思ったことなかったです。引っ越しした後で、他の地域に住んでる人たちが、足立区を低く評価していることを知りました。ですから、住めば都、ということです。物価安いし。

社会人になってから10年住んでますが、危ない目にあったことはないし、おいしいお店多いし、住みやすい街です。子育てとか考える必要のないディンクスや、独身なら全然アリな街ですよ。便利だし。



教育・育児

来年度の足立区予算案では中学三年以下の子供や妊婦のいる世帯に区内64商店街で5%割引サービスが受けられ る「子育て支援パスポート」を発行するそうです。ちょっとだけど子育て家族に優しい配慮ですね。

都内19区が中学3年生まで医療費を無料にするみたいですが、やはり足立区はその他4区の未実施区なんですね。 払える人は払えばいいんですよ。足立区は保護すべき人に手厚く保護しているのだから、それでいいと思いますよ。

この前足立区の給食未納率が42%くらいで全国No1ということがテレビで言われていた。払えるのに払わない人もかなりいる区なんでしょうかね。 それは就学補助。給食未納率の高い上位は沖縄、北海道で、東京都は低く、足立区は1%未満だったはず。情報は正確なものに。煽るときもね。

足立高校の柄の悪さ以前僕の友人は駐車場の停めた車に牛乳がかけられていたとか

子育て支援も医療費補助も23区では最低だし、周りは就学補助、給食費未払いが 多いので、他所から来た子持ちファミリーが住むのは根性が要りますよ。ベビーカー押しながら咥えタバコのヤンママは、足立区の風景です。

日テレNEWSで学校格差の話題で足立区が取り上げられていた。教育再生委員会の答申で人気学校に予算配分を厚くするというもの。ますます教育の二極化が進みそう。 人気学校に予算を厚くって、その施策撤回じゃなかったんですか?インセンティブ与えて競争的な環境作りたいなら、前年度実績から何ポイン ト人気が向上したか、改善率に応じて予算つければいいのに。

足立区が23区平均に追いつくときは、23区平均も上がりますから心配ないでしょう。学校にたとえる なら、どんなレベルの高い名門校でも1番からビリまで順位が付くのですから仕方ないこと。全体のレベルが上がることがあれば、足立区のレベルも上がるでしょうがしかし世田谷区と足立区のレベルがが逆転する可能性は、今世紀中には考えにくいでしょう。

子供の教育を考えるファミリーなら足立区は微妙…まあ、どうせうちの子供は頭が悪いんだから…とあきらめているご家庭 ならいいかも。 教育環境だけではなく、子供の医療補助なども23区内で最低ですからね。赤字の区なので福祉も格差がありますからねぇ。他の区からわざわ ざ足立区に移住する人は少ないでしょうね。

咥えタバコでベビーカーを押すジャージ姿の茶髪ママは負のスパイラルの象徴。外見だけでなく子供をどやしつけるのは躾でなくむかつくから。一 般のそこそこの住宅街では、絶対にみられない光景が足立区では当然。公園で子供を遊ばせるとき他区からくるとビビリまくりですよ。 西新井周辺に40年も住んでますが、咥えタバコでベビーカーを押すジャージ姿の茶髪ママというのは、いるかもしれませんが一般的ではないと思います。少なくとも私は最近見た記憶ありません。公園で子 供遊ばせてるママたち、皆さんごく普通の人たちです。念のため。

中学生や高校生の子どもを新宿、池袋、渋谷に行かせたくないという教育方針ならば足立区から通わせるのがいい。開成、麻布、桜蔭、女子学院に通学するには、北千住乗換か秋葉原乗換。 都立日比谷高校も乗り換えなしで通学可能じゃないですか?

東京大学も乗り換えなしで通学可!! 1〜2年のうちは乗り換えなきゃいけないけど。

区のイメージが悪かったり、所得の少ない方が多かったり、教育レベルが低いって一面があるのは事実。

足立区が最近発表した平成20年度予算案によると竹ノ塚駅付近連続立体交差事業や教育関係に力を入れるようです。より暮らしやすい環境整備に期待します。
中学生の就学援助受給率が43%を超える東京都足立区。 区内で34年間中学校の教員を務め、昨年度退職した○○××さん(62)は、 家 庭訪問で「家で勉強できる環境にない」と感じることが少なくなかった。 狭い部屋で勉強机がなかったり、小さな弟が走り回っていたりする家庭も珍しくなかったからだ。

大谷さんが教えたある学校の3年生は、半数が就学援助を受給していた。 担任したクラスでは4人が不登 校。うち1人は就学援助を受け、両親が仕事のため多忙でほとんど家にいなかった。 家を訪ねると、生徒は最初、ドア越しに応答したが、じ きに反応しなくなった。 昼は清涼飲料水の販売、夜は居酒屋で働く母親が夕刻、夕食作りに帰るころを見計らい、週1回通った。 「行事だけでも出よう」と促した。仲間と力を合わせる喜びを感じてほしい。

教員たちで知恵をしぼり、運動会も大縄跳びのように集団で力を合わせる競 技を企画した。 しかし、母親が漏らした言葉はショックだった。  

「先生、勉強は小学校まででいいと思うんです」

○○ さんは言う。

「70年代の子はもっと貧しく、荒れて反社会的な行動もとったが、 エネルギーは外を向いていた。 今はひきこもって“没社会的”になってしまう。 親も子も希望をなくしていて、働きかけても反応が鈍い」

上記はある記事からの抜粋です。これが足立区の”現実”です。 貧困は悪とは言いませんが、あえて聞きます。 貴方は自分の子供をこういう学校に通学させたいですか?


昔足立区の住民だったものです。中学生でしたので参考になるかどうかはわからないけど、確かに教育環境とか23 区学力レベル的なことでいうと、足立区は下から数えることが多かったです。実際に20年前の話だから現状と違うかもしれませんが、学力テストみたいなので最下位というのを先生からも聞きました(公立)。

ただ当時と今は全く環境は子供たちの成長レベルとかも微妙に違うので、参考にはならないと思いますが、他区よりも劣っていたことは確かです。 お子さんのいるかたで足立区の物件を購入しようとしているのなら、行政の教育活動とか公立校の状況など調べたほうがいいですね。こ れは足立区のみならず他のエリアでもいえる当然のことですが。

足立区の子供は元気がいいイメージがありますね 広い公園が多いせいなのかもしれませんが、例えば小さなゲーム機を持って 歩いている子というのを比較的見かけません、元気すぎる子も多いことは否めませんけどね。

足立区の子供の虫歯割合が23区内で一番多いというのは親がしっかり子育てをしないせいでしょうね。 子造りはするけど子育ては苦手な足立区・・・

バイク盗難や引ったくりに関して足立区だけの話じゃないし・・・子育てに関してはすごくしやすいと思いますよ。少なくとも西新井周辺は・・・ですが。ヤンキーって見かけないけど、うち周辺だけなんでしょうか?幼稚園にもそういうご父兄いないし。

東京電機大は、千代田区神田錦町にあった神田キャンパスを今年度から足立区千住旭町に移転し、「東京千住キャンパス(100周年記念キャンパス)」を新設した。20日に開設記念式典があり、加藤康太郎理事長は「100年の歴史を引き継ぎ、国際社会で活躍できる人材の育成を誓う」と式辞を述べた。同大は1907年創立。100周年を機に、北千住駅前の新キャンパスに移転した。敷地は神田キャンパスの2・5倍の約2万6200平方メートル。キャンパスは建築家の槇文彦さんが設計し、ランドマークとなる14階建ての複合棟など4棟が建つ。埼玉県と千葉県にあるキャンパスと合わせ計5学部5研究科があり、東京千住キャンパスには工学部など3学部と関連する大学院の約5000人が通う。

姪がTGSに隣接する小学校に通っている。マンモス校だが特にイジメや学級崩壊の噂は聞いたことがない。

でも運動会を見に行って、校門周辺で喫煙&ポイ捨てする保護者の多さに驚いた。

金髪プリン頭やスウェット姿の保護者もチラホラ。

就学援助は「もらわないのは損」「もらえればラッキー」という雰囲気でみんな当たり前に申請しているらしい。
(給食費がただになるとか)ぶっちゃけあまりガラの良い地域ではないが、気取っていないし物価も安くて気楽に住めると思う。

子供の教育に対して税金をもらうのを当然と思う家庭では他人のものも自分のもの。「これ借りるから」ともっていかれるのは日常なんだけれど。工作でも洒落たものを持たすと自分が使う前にすぐ無くなってしまう。

下町ながらと我慢しているけど教育環境は最悪。子供が腐ったみかんに染まらないように別のところにマンションを探しています。


私は最近まで北綾瀬に住んでいましたが、その経験から言うと、少なくとも北綾瀬付近の教育面は、全くお勧めできません。

就学補助でパチンコ代払ってやっているようなところがあるの、問題じゃない?ほんとうに病気やその他の理由で貧しいのならしかたないけど、パチンコいって、男遊び女遊びしているような人も多そうだよ。給食費ももらっておいて、学校にそれを納めない人も多いらしい。ま、おれは子どもがいないからいいけど、そんなうちの子とクラスメートだと、悪い子に育っちゃう危険性が高いよね。

足立区で各小中学校の予算配分を成績によって決めることになりそうですね。

(朝日朝刊1面)都や区の共通テストで23位だったのが21位になったので上位を狙って益々成果主義に走る。全国に例の無い、学校の成績で予算配分を決めること自体問題が多いと思うが、差別され続けてきた足立区民の方が、区民の中の子供まで明確に差別化を図ることについての感想はどうなんでしょうね。 明確に差別化を図ることについての感想はどうなんでしょうね。逆なんじゃないですか?平均点を上げるためには、成績の悪い子中心の授業になると思います。迷惑なのは、黙っていても勉強する子ども。つまらない授業につきあわなければならない。

公立でも少なくとも数学・英語くらいは能力別クラス編成にしたらいいのに。わからない授業&つまらない授業は時間の無駄遣い。

基礎学力のついていない子どもを無理に点数アップさせようとすると必ず弊害が起こる。例えば今回の高校の必履修科目やってない事件もそういう背景から起こったこと。足立区の子どもは足立区なりに基礎からゆっくり確実に学習させることが重要だと思う。

二昔前に、足立区の公立中学の模擬試験の試験監督のアルバイトをしたことがあります。90%以上は、真剣にテストに取り組んでいたけど、試験を放棄してふらふらしている不良少年や不良少女を席に着かせるのが、試験監督補助の仕事でした。下町の中学生は、ずいぶん雰囲気が違うなと驚いたことを思い出しました。

学校の先生も朝ご飯食べてこない子にパン食べさせたり、運動会のゼッケンつけてあげたり給食費の請求のお電話や家庭訪問子どもの書いた落書き消し、その他諸々の雑用で授業の準備に裂く時間と体力と気力が失われていくのではないでしょうか。学校と言うよりも託児所? ほんとうですね。

学校の先生の第一の職務は、勉強を教えることであるはずなのに、勉強以外のことで学校の先生に頼りすぎだと思います。悪い子に関わってる間は、ほかの子の勉強がおろそかになるわけですし。あんまり酷い場合は特別のクラスや特別の学校で学んでもらうべきだと思います。



買い物・食事

私は世田谷、所沢、狛江、板橋、いろいろ引越しをし、結婚して足立に住んで6年になりますが、今まで住んだ中でも足立が住みやすいと感じています。(以前 は一人暮らし、今は主婦なので立場の違いもあるかもしれませんが。。)都心に出るのも便利だし、物価も安いし、商店街のおばちゃんきさくだし、足立大好きです。住環境も決して悪くないですよ。すみやすいです!

区内にアリオ(イトーヨーカドー)があって、なぜイオン(ジャスコ)がないの? なぜ無ければいけないのか、という理屈もよく解らんがAEONグループのスーパーがお望みなら「サティ」が有るよ。

イオンは車での来客を主体とした完全郊外型SCだからだね、都 市部での展開には向いていないんだ。その証拠にイオンは23区では出店していない。アリオはそれの近郊版と考えると分かりやすい かも。

徒歩圏内に買い物できる店が少ないところが不満と言えば不満ですが 日用品や食品を扱っているスーパーやドラッグストアなどはありますし 古くからあると思われる魚屋や豆腐屋などが、住宅地の一角で元気に営業して いたりもします。飲食店も、集中してはいないけれどそれなりに揃っています。 自転車やクルマで出掛ける場合は意外とアクセスの良い立地だと感じてます。

中田製菓のニューラスク、マジ美味いんで、ぜひ食べてみて!!

北千住って、シネコンはありますか。あと、大型書店はありますか。 シネコンはありません。映画は有楽町で見ることが多い。大型書店はどの位の規模を言っているかわかりませんが、ルミネの中にブックファストがありそこで殆ど用が足ります。行動範囲が銀座、大手町、上野の人にとっては便利な場所かと。

東京芸術センターの中に、賞(カンヌ、アカデミー、パル、、?)とかをとった作品ばかりシリーズで上映している小さな劇場があります。たしか1000円です。普通のはやり物ロードショーとかはないですね。

治安

うちは、まだ子供が居ないのですが、子育てにはあまりよくなさそうときいてます。警視庁に勤める友人は、「うち(警視庁)のHP見てみなよ(犯罪 マップ)真っ赤だから」綾瀬と竹ノ塚は特に酷いといってました(2年前の話)。家を買うなら足立区はやめたほうがいいと。配属されるのみんな嫌がってるといってました。実際うちは今まで何も被 害を受けたことはなにもありませんが。

足立はコンクリ詰めとか、何年かに一回ぐらいのペースで結構インパクトある事が起きるので警戒してる人が多いんじゃないのかな。やっぱ り、自分の奥さんや娘が犯罪に会ったら嫌だしね。実際に本当の犯罪率が、他地域に比べて多いかどうかなんて本気で調べる情熱も無 いしってとこでしょう。私も、そこまでして研究したいほど、逆に魅力がある訳でもないですし。でも知人は千住あたりに住んでて、 結構便利だとは言ってました。

他の区に住んでいると西新井も北千住も同じように思えます、区民の方は格差があるのでしょうか?共有点は、繁華街は夜の人通りが何だか怖い感じで す。慣れないせいか歌舞伎町や池袋よりそう感じます。

何も知らない普通のサラリーマンがたくさん足立に来てくれると治安もガラも良くなってくれそうで歓迎します。ネオン輝く繁華街も怖いが、街灯が暗く人通りが少なく道が広く、暴走族のマフラー音が轟く足立も怖いぞ

高校の頃友人宅に遊びに行って感じたんだけど、足立区のおまわりさんはいかつい、怖そうな人が多かった思い出がある。今は変わったのでしょ うか?確か友人の住所は亀有とか西新井、東和とかいう場所だった気がする。

生まれてから38才まで世田谷区と品川区に住んでいました。理由あって足立区北千住に来て1年。まわりの人には「なぜ!」とかなり言われましたが、最初は躊躇したものの試 しに住んでみました。すると、一般に言われるイメージはかなり大げさであるように思います。便利だし、人も商売もあまり違いはありません。駅から女性一人の帰りも山の手地域と怖さの違いを感じませんよ。 北千住なら、まともなほうでしょ。

私は以前世田谷や狛江などに住んでいましたが、5年ほど前結婚し、足立に移り住みました。確かに、最初住むまではちょっと危険で物騒なイメージが あり、ちょっと不安だったんですが、しばらく暮らしていたら、なんだ、今までと大して変わらないじゃん。と思うようになりました。確 かに、コンビニの前でたむろして座り込んでいる高校生が茶髪の子多いしガラが悪かったり、とかありますね。でも、ここに限らず今の時代だからなの かな、と思っています。

私は足立区弘道に住んでいたことがありますが、もう二度と足立区はごめんです。洗濯物を取られるという信じられない目に何度かあいました。ブラウスと かですよ。なんでそんなものとるの? うちも取られました。玄関(道路直に面している)の前に車が暫く止まった後、車が去ったと思ったら、鉢植えが・・・・・無い。よ くもまあ、あんなもの持ってくなあと驚いた。

横断歩道の手前でスモークグラスのの自動車がしばらく停まって、急発進したと思ったら車内の灰皿にあった吸殻を全部道路にぶちまけていま した。夜はまだ火のついたタバコを、窓から投げ捨てる・・・・・。ヤンキーの若者なら何となく理解も出来ますが、ファミリーがこんなこと するので驚きました。

足立区在住50年ですが、小学生のころこの辺も昼間は玄関の鍵をかけたことはありません。住 宅地には適さない駅20分超に住宅(団地も)ができるようになってからヤンキーが増えた気がします。

今から13年ほど前に綾瀬駅の居酒屋で連れと普通に飲んでいるだけで、恐いお兄さん方に絡まれました。それ以来、足立区には足を踏み入れていません。

竹ノ塚の飲食店で働いてます。先日酒のビンを持ち込もうとした未成年の客を注意したら「てめぇ名前なんてんだぁコラ!!今度殺しに来っか らな!!」と言われました。そもそも高校生がタバコを吸ってても警察も無視。それくらいはもう当たり前と思っているらし い。こんな所、住む必要が無いのなら住まないのが一番ですよ。

5年くらい前までに北千住駅から10分くらいのマンションに住んでいました。

サラリーマン生活で8年間の足立区民の間に、タクシー降りたところで拳銃で脅されたのが1回(銃を見てはいませんが「弾くぞ」と言って懐に手を入れられました)、千代田線の駅での男同士の血まみれの殴りあいを止めて証人として警察で調書をとられたのが1回、道でチンピラ に絡まれて危うく喧嘩というのが2回です。

嘘だと思うのはかってですが僕にとっては現実。

マンションにはいかがわしいビラがほぼ毎日入ります。

そのころ 「文化と緑あふれる足立区」という区報の感覚に愛想が尽きました。まあ最近はゼロだった大学も3つになるようですが・・・。  その後、子供が幼稚園に入る育児環境を考えて杉並区に引っ越しましたが、そういう怖い経験は一度もありませんね。

首都高加平インター近くの綾瀬川土手で21歳女性が他殺体で発見されたのは足立区の住環境を象徴する事件ですね。コピペすると著作権違反と騒ぐ人がいるので産 経新聞のネット版から当スレに関連ある住環境に関する部分を要点だけ拾い上げると現場は、

「ごみが不法投棄される場所の近く」
「ホームレスや暴走族がたむろする」
「人通りはほとんどない」

だそうです。物件価格や物価が安いのは足立区の魅力ですが、何より大切なのは家族の安全と安心ですよね?


「3歳園児と接触して2トントラック逃走」 (2007年12月4日) 4日午前10時20分ごろ、東京都杉並区上井草の西武新宿線踏切で、横断中だった保育園児の列に2トントラックが近づき、3歳ぐらいの男児と接触。トラックはそのまま北方向へ走り去った。男児は頭を切って病院に運ばれたが、命に別状はないという。 現場は西武新宿線上井草駅と井 荻駅の間の踏切。園児は近くの四宮保育園の園児で、警視庁荻窪署はひき逃げ事件として、トラックの行方を追っている。トラックは白色で足立ナンバーだった。 足立区、葛飾区、荒川区、台東区、墨田区、江東区、江戸川区は全部足立ナンバーなんだけどねぇ。

足立だからって特別事件が起こっているとは思いませんし、例えば(世田谷でも大田でも)残念ながら東京中、日本中どこでも凶悪な事件はしょっちゅ う起こってますよね。同じじゃないでしょうか。今や東京で安全な所を探すのは難しそうですね。でも足立だからってこんなにいろいろ言われ・・・他府県ではこんな事はないですね。足立云々より東京に来てこんな事にこだわる方が多い事に、モラ ルの低さを感じてとても残念に思います・・・。

スーパーの食品売り場のパンに縫い針を混入したとして、警視庁は、東京都足立区中川2丁目、元山崎製パンの男性社員山崎弘美容疑者(32)を偽計業務妨害容疑で逮捕したと、3日発表 した。 亀有署などの調べでは、山崎容疑者は昨年8月31日から翌日、葛飾区亀有のスーパーと足立区中川のコンビニの食品売り場で、山崎製パンのパン計6個に約3センチの縫い針を刺して入れ、業務を妨害 した疑い。開封後に客が気づくなどして、けが人はなかった。

「山崎製パンに勤めていたころ、同僚に暴力を受けた。上司に相談しても何もやってくれず、腹いせにやった」と供述しているという。 山崎容疑者は葛飾、足立両区の別のコンビニ5店のトイレで、電気コードをはさみで切断したとして、 器物損壊容疑で今年4月に逮捕、起訴された。スーパーなどの防犯カメラの解析から、縫い針混入についても聴いたところ関与を認めたという。

<殺人>組員撃たれ死亡 東京・足立の路上・4日午前1時45分ごろ、東京都足立区保木間4の路上で男性がピストルで撃たれたと近所の住民から110番通報があった。警視庁 竹の塚署員が駆けつけたところ、近くに住む指定暴力団松葉会益和睦系の岡田泰明組員(38)が胸などから血を流して倒れており、 約1時間後に死亡した。殺人事件として捜査している。

調べでは、岡田組員はパジャマ姿で、銃で撃たれた跡が1カ所、刃物のようなもので刺された跡が2カ所あったという。付近の路上には薬きょうと銃弾が落ちていた。発砲音の直後、近所の住民が白い乗用車で現場か ら走り去る2人を目撃したという。近所の女性は「携帯電話で怒鳴っている男性の声がしたので様子を見に行こうとしたら3 回発砲音がした。男性が倒れていて、2、3人が『大丈夫ですか』と声をかけていた」と話した。現場は住宅街で、約50メートル南には小学校が ある。

15日午前2時10分頃、東京都足立区南花畑で、「タクシー運転手と客が路上でけんかをしている」と住民から110番があった。  警視庁竹の塚署員が駆けつけたところ、埼玉県草加市谷塚上町、タクシー運転手刀根徳郎さん(59)が血を流してあおむけに倒れていた。頭などを殴ら れた跡があり、刀根さんは病院に運ばれたが、同日夕死亡した。 

同署員は、逃走した住所不詳、職業不詳佐藤賢吾容疑者(24)を現場から 約200メートル離れた場所で取り押さえ、傷害容疑の現行犯で逮捕。同署幹部によると、タクシーのメーターの運賃は2510円で、支払った形跡がないこと から容疑を強盗致死に切り替えて調べている。佐藤容疑者は「知らない」と容疑を否認しているという。(2009年2月16日01時33分 読売新聞)


昨日、足立区の飲食店で傘盗まれました。入口にあって、鍵とかかけれない傘立てで、なんか気になったけど、 昨日は、午前が強い雨。昼ごろ上がりだしたけど、予報は15時くらいまで雨っていってるし、傘持たないで出歩く人がない感じ。傘盗まれるのは、普通急な雨が降ってきた時だと思ってました。雨止んででも、さす必要なくても、欲しいだけで盗むんですね。こわい所。結構かわいい傘だった けど、欲しければちゃんと買って下さい。

前に足立区の(今回と違うエリアの)病院に雨の日に行った時も、帰りに傘盗まれてました。私は都内在住 で、今までに色々な区に、それなりに行ったりしてますが、…足立区、最低です。


自転車駐輪場の管理事務所に侵入し、現金を盗んだとして、警視庁少年事件課と竹の塚署などは21日までに、窃盗容疑で、東京都足立区の解体作業員の少年(16)ら4人を逮捕した。同課によると、少年らは昨年6月ごろから窃盗集団を結成し、神社からのさい銭泥棒や事務所荒らしを繰り返した。「映画『オーシャンズ11』にあこがれ、約60件で80万〜100万円を稼いだ」と供述している。逮捕容疑は昨年12月6日から20日にかけ、3回にわたり、東武伊勢崎線竹ノ塚駅近くの自転車駐輪場3カ所に、入り口の鍵をドライバーで壊して侵入し、精算機などから現金約42万5000円などを盗んだ疑い。同課によると、少年は「14歳のころ、親の知人の泥棒から事務所の侵入方法を聞いた」と話しており、盗んだ金は飲食費やゲーム代などに使ったという。

刑法犯認知率は確か新宿区が1位になったのではなかったっけ?足立区は窃盗が多いんですよね…。ビューティフルウインドウ運動とか頑張っているけど、効果は出ているのだろうか?

マンション住まいですが、入居後半年経たずして駐輪場からバイクが盗まれました。防犯カメラを増設しましたが、結構な出費です。

北千住のアーケードを我が物顔で通行する自転車 西新井歩道の自転車レーンを歩く歩行者・通らない自転車 横断歩道の自転車レーンを歩く歩行者・通らない自転車 また何も注意せずに、「見せかけ」だけの交通安全週間が始まりますね ビューティフル・ウィンドウと同じです こんな税金の無駄遣い、さっさとやめればいいのに

ヤンキーやチンピラは多い。。でも一見普通の身なりでも何かあると睨みをきかせ、なんか文句あるのかコラァっていう感じの人も多い。なんていうのかな、イラッときた時の出方が怖い思ったことは何回かある。品もないけど知性や理性もいまひとつという人多いと自分は思う。足立区民だけどね。あまり悪くは言いたくないけど西新井や北千住も一見よさそうな感じするけど昔から住んでいる人はあまり柄は良くない。 ヤンキーならまだ良いのでは?御存知の通り台東区や墨田区にはヤ○ザが幅を利かせているエリアがありますが。そちらの方が遥かに怖い。

竹ノ塚近隣の足立の友人が言っていました。万引きなんてのは日常茶飯事で泥棒も多いそう。そういうことを気にしなければ、土地もゆったりとした平坦な地域が多そうで、車を使えば商店も沿道に多く便利そうな場所です。

住んだことはないのだけど、治安の悪かった90年代前半のサンフランシスコには良く行ったことがある(最高で月に日本と3往復した)。当時は、英語話せない+無防備丸出しの出張者が空港からタクシーに乗ると、途中の暗がりに止められてナイフで金を脅し取られたというようなことは、別に珍しくなかった。でも、そういうことは、ちょっとしたことで防げるものだったりする、

男の場合はだけど。また、ダウンタウンには治安の悪いところも当然あった。でも、そういうエリアから1ブロック離れたら、別に若い女性に夜一人で普通に歩いている。足立の治安が、当時のSFのように悪いということではない。治安という意識さえ持てば、日本の治安レベルであれば、まだまだ世界でも最も安全な部類に入るのは間違いない。

海外に人を連れて行くことが多いけど、日本人の場合、海外では恥ずかしくなる位治安に対する理解の低い人が多い。パスポートから現金まで大事なものは全部ここに入ってますと言わんばかりのウェストポーチを三段腹に食い込ませてしているのに、両替した現金を空港の前でどうどうと数えてみたり、要するにピントがずれているのである。

まさに日本を震撼させた未解決の一家惨殺事件は世田谷区であった。TVがアメリカかどっかから超能力者と連れてきて犯人探しをしていた強姦殺人事件は杉並区だったように思う(ちがってたら、ごめんなさい)。日本橋の三越本店の直ぐ近くの金券ショップ店員刺殺事件も未解決のままのはず。それぞれ特殊要因がある事件かもしれないが、今や殺人鬼はどこにいてもおかしくない時代。ここで言ってる治安比較は、目くそが鼻くそ笑ってるのと同じと思う。

竹ノ塚の駅周辺は本当ガラ悪くて、中学生でも平気でタバコ吸ってるし、今時こんなのいるの!?って感じの暴走族みたいな奴等が駅前でたむろってナンパしてるのを見ると、本当足立区は下流階級だなと思う。

足立区の一番栄えてる?北千住駅前でおじさんが倒れていたのでまさか・・・死んでるのでは?と心配したくなるほど大の字になって倒れていましたがよく見れば隣に日本酒の空の一升瓶が転がってました・・・あれを見た時こんなところで寝転んでも警察も注意できないほど当たり前になっている地域なのかと唖然としました。

あといわゆるヤンキーの人達もなんというか20年前くらいに流行った?格好だった・・ヤンキーなんてどこにでも居ますがなんかここでは攻撃してきそうに感じるのですよね・・駅を離れれば離れるほど過去に遡った気分になります。女性の一人歩きは怖いと思います。私はどんなに安くても足立区はパス。

もと足立区付近に7年くらい住んでました。足立区といっても範囲は広いですが、「竹ノ塚」は発展しようとしてますが、相当ガラ悪いです。夜に駅から大通り帰るのは、はっきり言って怖い。色々事件もありましたし・・・西新井はまだ良い方な気がしますよ。

足立区に20年以上住んだ後、街を出た者です。学生時代はイジメにケンカにタバコ、飲酒、万引き、校舎の窓ガラスが割られる…事あるごとに全校集会が頻繁に開かれていました。授業中に生徒の授業態度が悪い為に転落事故をした教師がいるくらいです。中川や綾瀬川には身投げや水死体が数多く、某団地やマンションからは転落事故が相次ぎ、刺傷事件や窃盗も近所で何度も起きました。

もちろん足立区に住まう人々全てが被害者、もしくは加害者な訳ではないでしょう。私も足立区が全てそのような危険なスラム街的な環境とは言っておりません。良い人にも出会いましたし、荒川などは本当に心を癒されます。

ただ私が実際に体験した、あるいは私の目で見た真実と加えて朝鮮学校の存在や女子高生コンクリ詰め事件、北朝鮮拉致に関与した西新井病院など朝鮮色が強い街であること、または医療ミスを起こす病院が多い事。それらを総合的に吟味し個人的な判断による結果、私にとって二度と足を踏み入れたくない街であり、事実10年近く足立区には足を踏み入れておりません。

私の意見は足立区に対して悪い印象を与えたかもしれませんが、もしかしたら現在の足立区は私の知っている足立区より住みやすい良い街になっているのかも知れません。ならば是非とも具体的に「足立区はこんなに安全だ」「足立区はこんな人たちが生活している」など誇れる足立区を紹介して頂きたいです。


足立区は柄悪いよ。

商店街の十字路で車が互いに譲らず。ドアーを開け、片足を地面に付けて互いの運転手は半身でにらみ合い。お前がどけ!とののしりあっていましたが、通行人は無視。

自称、足立区出身の高卒契約社員のおばさんが居ましたが、足立区が柄悪いと宣伝ばかり。自慢しているのか?何なのか?頑張って勤めあげて正社員に昇格したようですが。船積み見学後、新入社員と2人きりになりたくて、「急ぐんだったらこの駅で降りて快速に乗ればいいよ!」と必死だった顔は今でも覚えています。
教養が無いというか何というか。。

この2件かな、足立区のイメージは。申し訳ない、悪いエピソードで。

足立区に住んでますが悪い奴等って実は葛飾、江戸川区から来てます(足立区民もいますが)理由がありまして、足立区は生活保護の申請が緩いからです。現に葛飾区の職員が足立区の方が緩いから足立区行ってくださいといってました。

また川口、八潮、草加には***、チンピラが多く足立区で騒ぎを起こしてます。

足立区は離婚率、生活保護費受給率、待機児童、都営住宅の数、偽装離婚(母子家庭の方が金額が高いため書面的には離婚)このような事が多く治安も悪化してます。

母子家庭の子供が中学校に通わず無免許でバイクのってたりしても教師は親がヤンキー、チンピラとかで手をやいていました。

足立区民、全ての方が当てはまるわけではありません一生懸命、汗水ながして頑張っていらっしゃる方が足立区にだって沢山います。



その他


足立区のメリット

1.交通の便が良い。北千住を起点にして、JR・東京メトロ・東武線に乗り換え可能。

2.地価をはじめとする物価が安い。


デメリット

1.ユースカルチャーが皆無。まともなデパートはマルイくらいしかない。

2.震災時の不安。地盤のゆるさが致命傷になりかねない。

3.大気汚染が 著しい地区がある。環七・4号線など慢性渋滞の幹線道路に加え、工場が多いため、空気がおいしくない。


人によってはデメリット

1.生活保護世帯が多い。結果として、税収よりも生活保護予算の方が多いといういびつな財政状況になっている。

2.給食費未納・免除世帯が多い。きちん と給食費を払っている人がわりをくう可能性がある。

区の赤字も気になります。公営住宅が多いから?働いている人はいいとして、ヤル気がないせいで生活保護受けてる人なんかは、同じ都内でも 奥多摩あたりに仮設住宅に毛が生えた程度の都営住宅建ててまとめて引っ越させればいいのにとすら思います。そうすれば治安も少しは良くなりそうだし。ファミリー層が生活するには、とっても住みやすい場所でいいところですよね。 区の赤字は低所得者層が多いこともあるでしょうが、あと以前共産党の区長の時代に、大赤字にを作ったらしいです。今の自民党の区長が努力して減らしてい る、と足立に長年住んでいる友人が話していましたよ。

健康・医療、教育、治安、行政基盤、行政サービスを評価した ある統計によると足立区の街力(まちりょく)は東京23区中最下位です。

残念ながら、これが足立区の現状です 「誹謗中傷」「不安を煽る」とすぐに感情的になる方は こういう現実を直視し、批判にも耳を傾けるべきです

また、記憶に残るような凶悪犯罪の多いイメージがあり 移住者・移住検討者は治安に不安を抱いていま す もちろん良いところも多くある区ではありますが こういう疑問や批判を抹殺するのでは、何の解決にもなりませんよ

環境と物件の長所。冷静に考えるとメリットは多いです。

1.庶民的な人達が多く、教育ママも多くなくのびのびしている教育環境。

2.国立、私立小学校がほとんどないのんで、「お 受験」などプレッシャーがない。

3.低地が多く河原などの自然環境が整っていて、小学校入学前までの子育てには良好

4.物価が安く暮らしやすい、駐車場も安く都内では珍しい車社会。

5.結婚年齢が低いのか、若い両親が多い。

6.地価が安く人気が高くないため全般に安いマンションが 多い(ローン返済が楽)

7.80u超の物件の割合が多くなくて、全般的に安い値付け。

8.内廊下でエアコン完備のマンションは少ないため、経 費もかからず管理費がエコノミー。

9.分譲価格に合わせて過度な豪華仕様はまずない。(作っても売りにくい?)

10.4畳の洋室など、細切れに 区切る物件が多く家族が多い人にはメリット

11.付加価値を付けないと売りにくいので、プール、共有設備の揃った大規模物件が可能

12.駅から遠 いマンションでは、不便で敬遠されるので来客が少なくて済みそう。(交際費軽減)

13.地方の親戚には、「都内」であることを自慢できる。県民から都 民への変身?子供も憧れの区立 中学や都立高校に進学可能。

14.経済的に豊かな、東京都のインフラを利用可能、弱者についても手厚い行政援助。

足立区のマンションを選択するメリット

1.飲食店や商業施設に駐車場が多い、「都内 の大半は最寄り駅から10分圏になった」という石原都知事の言葉が実感できない地方のような車社会

2.カー用品、バイク、中古車のショップが豊富 でドレスアップで自動車が趣味の人には最高。マンションの青空駐車場でも、ドレスアップの見本が多数あるので参考になる。・北千住など ターミナル駅があり、「成城石井」などの高級スーパーもあるのでハイソな生活も体験できる。

3.大規模で、格安なマンションが検討可能。 最近流行の過剰設備を排除し居室の質素な内装と豪華な共有設備という、理想のマンションを選択できる。床暖房がオプションというマン ションも選択できる。

4.生活するには無駄と思われる、二重床&二重天井や内廊下など少数派で合理的な構造設計。

5.河原を上手に利用した大 規模物件が多数、水害対策は完備なので駅から遠いことを除けばお買い得。

6.教育環境も充実して、手厚い行政援助もあるので強い子供に育ちそう

7.物価が安いので、都心と比較して30%は生活費が節約できる。

8.地盤は一般的に強くないので、杭打ちなど構造設計にはデベも細心の注意をしている ので安心。


千葉からマンション購入した足立区に来ました。
以下、住んでみて(1年)の感想です。ガラが悪いのとかはあまり気にしなきゃいいけど、うるさいのだけはツライです。マンション買いましたが、資金に余 裕ができたらもっとキレイで静かな街に引っ越したいです。


<イヤなところ>

1.タバコ マナーの悪い人が多い(路上喫煙・ポイ捨て率高し)

2.自転車危険(無灯火・3人乗り当たり前)

3.ヤンキー多し(深夜コンビニたむろ・公園 占拠・ロケット花火発射)

4.バイクうるさい(夏場最悪、5分間隔で改造車が通る)

5.空気悪い(24時間喚起フィルタすぐ真っ黒・日光街 道・環七)

6.団地多い(貧民層多くオツムレベルが低い人が多い)

7.歓迎されない施設多い(障害者・老人ホーム・宗教・清掃工場)

8.郵便局少ない

9.道路が狭い


<いいところ>

1.スーパーが多く値段が安い

2.銀座など丸の内近辺へのアクセスがよい

3.ガソリンが安い


上記の<イヤなところ>への感想です。


1.タバコマナーの悪い人が多い(路上喫煙・ポイ捨て率高し)…これはまあまあ。路上に設置してある灰皿の周り で喫煙する姿はよく目にするが、まあルールどおりなのだろう。ポイ捨ては見かける日もある。なお足立区内の歩行喫煙は全面的に禁止されているのだが、こちらも見かける日もある。(駅周辺のケース では、住人とも他地域の住民とも判断がつかないが…。)

2.自転車危険(無灯火・3人乗り当たり前)…無灯火は時々いる。幼児の3 人乗りのことは生活時間が違うのでわからないが、もし大人の3人乗りを意味しているだとすると目にすることは皆無。

3.ヤンキー 多し(深夜コンビニたむろ・公園占拠・ロケット花火発射)…これは私の周りでは見ない。

4.バイクうるさい(夏場最悪、5分間隔で 改造車が通る)…これも聞かない。時々は通っているのかもしれないが、気になったことはない。

5.空気悪い(24時間喚起フィルタ すぐ真っ黒・日光街道・環七)…荒川土手沿いはむしろ空気がよい気が…。田舎に来た感じがする。墨堤通りはよいとは言えないだろうが、 日光街道と比べればよい。

6.団地多い(貧民層多くオツムレベルが低い人が多い)…団地は千住東や日の出町にあるがそれほど多くな く、また会話をする限りオツムレベルが低いとは思われない。

7.歓迎されない施設多い(障害者・老人ホーム・宗教・清掃工場)… 老人介護施設は多くなってきた。こういうのはむしろ歓迎すべきもの。カルト系の宗教施設はないはず。

8.郵便局少ない… 少なくない。

9.道路が狭い…確かに狭い道は多い。まあこれはこの地域の味かな。


<デメリット>

1.やっぱりバイク・自転車の窃盗は多い

2.馬鹿は多い(区内の低偏差値高校に進学するのばっか)、うちの中学は日比 谷5人くらいいたけど

3.様々なマナーが悪い

4.新宿など山手線西側が遠い(新宿に出るのに一時間かかる)
https://www.sutekicookan.com/%E8%B6%B3%E7%AB%8B%E5%8C%BA%E3%81%AE%E4%BD%8F%E7%92%B0%E5%A2%83
http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/915.html#c2

[昼休み53] 足立区にだけは住んではいけない 中川隆
4. 中川隆[-12678] koaQ7Jey 2018年5月30日 12:32:30 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14584]

足立区 - アンサイクロペディア
http://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E8%B6%B3%E7%AB%8B%E5%8C%BA


足立区(あだちく)は、埼玉県の植民地であるとされる通称・東京のチベット。

一説によると、埼玉県鳩ヶ谷市足立区とも、埼玉県川口市足立区とも言われているボーダーラインな自治体である。

北千住駅を中心とする千住地区は、桜中学校(傑作テレビゲーム『3年Z組銀八先生』の舞台)や北千住人妻クラブで知られる。

また、NHKで放送されたアニメあずきちゃんの舞台になっていることや、尾崎豊が亡くなった民家(通称:尾崎ハウス)があることから、これらのファンにとって北千住は聖地とされている。

(才能的な意味で)勉強したくても勉強できない子供たちが増えていることが一番のなやみ。ここで育つ子供は必然的に天才になる。リアルな話、都内学力テストで最下位を取っている。このため、カンニングの方法を教える小学校さえ実在する。


鉄道で 荒川渡れば 埼玉県

この川柳にもある通り、足立区の荒川を挟んで北側は埼玉県の植民地となっている。なお、東京拘置所のある小菅はよく足立区にあると誤解されがちだが、小菅は葛飾区である。でも、足立区の方が小菅のイメージとしては違和感がないのも、これまた事実である。


MAD CITY
以下の通り、足立区全域は都内でも有数の犯罪発生率を誇る「揺れる危険地帯」である。通称「世紀末メトロシティ足立」


大きな出来事
女子高生コンクリート詰め殺人事件
他多数


足立区伝説
警官のいる交番なら大丈夫だろうと思っていたら、20歳の男と区内の都立高校生2人を含む19〜15歳の少年4人に消化器で襲われた[1]

小学校から50メートルの路上で暴力団員が銃撃され死亡[2]

若い女性が駅から100メートル歩く間にレイプ被害に遭う確立は50%

段ボールから異臭がしたので開けてみると死体が入っていた[3]

無免許で交通事故を起こして、おまけに事故った車を燃やして証拠隠滅[4]

71歳のじいさんが18歳の短大生をレイプ[5]

2夜続けてコンビニ強盗、しかも300メートルしか離れてない[6]


立派な区役所庁舎
足立区役所の庁舎は、都内の庁舎では都庁に次いで立派な作りになっているが、身の程知らずな公共施設(箱物)を建設しまくったおかげで、足立区の財政は火の車であり、庁舎の二階から上は発泡スチロール製の疑いがある。

夕張の次に倒産するのは、足立区かもしれない。

主な町

北千住
http://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E5%8C%97%E5%8D%83%E4%BD%8F

綾瀬
足立区にある綾瀬で女子高生コンクリート詰め殺人事件が起きたときには、神奈川県の同名の市が市名変更の検討に追い込まれるほどの風評被害を受けたという。

綾瀬駅の近くには立派なコンクリート造りの「東京武道館」という「日本武道館」とは似て非なる、というか大きさも威厳も全く桁違いにちいさい建物がある。 ここでは毎年「エクスストリームスポーツ」の祭典が行われているというがどうやら利用しているのは足立区民だけなようである。

また、東綾瀬中学校は葛飾区立綾瀬中学校の西にあり、池袋で見られる東西逆転現象がここでも起きている事が分かる。

西新井
西新井は足立区内にある朝鮮人による自治区として知られており、各地に点在する商店街には必ず一軒はキムチの専門店がある事も有名である。

名物は関東の三大師として知られる西新井大師だが、ここへのアクセスでは絶対に日暮里・舎人ライナーの西新井大師西で下車してはならない。

また、近年インド人勢力が強くなってきており、抗争への発展が懸念される。

隣接している自治体

東京都葛飾区
北区
荒川区
墨田区
埼玉県八潮市
草加市
川口市
鳩ヶ谷市

http://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E8%B6%B3%E7%AB%8B%E5%8C%BA

http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/915.html#c4

[昼休み53] 足立区にだけは住んではいけない 中川隆
5. 中川隆[-12677] koaQ7Jey 2018年5月30日 12:40:49 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14584]

綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件の背景

コンクリ事件は被害者も加害者も飯島愛も みんな在日、朝鮮部落出身者です:


神作譲( 帰化人 犯行時は小倉譲 )
足立コンクリート惨殺事件犯人 
親は三郷在日部落の名主
http://mikosuma.com/google/zainiti.txt


東京都の朝鮮人部落 足立区

足立の三大名物は、総連、民団、創価で、鮮人一色である。

荒川の北側、足立区本木〜足立区関原周辺に朝鮮部落があり、北方向の西新井駅付近まで広がっている。

特に西新井病院周辺は危険。西新井病院の保養所は北朝鮮による日本人拉致事件の際にアジトとして使用された他、調剤薬局が北朝鮮に医薬品を密輸していた。
また、ここから東方向の綾瀬駅界隈や、南方向の北千住駅界隈にも朝鮮部落がある。
https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=718528608178292&id=100000634780717


そして、朝鮮部落というのはこういう世界なのですね:


386: 忍法帖【Lv=20,xxxPT】 :2011/06/26(日) 12:20:48.52 ID:bh5xfPAE0

ヤクザの8割が部落出身者
これだけで十分だろ


423:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/26(日) 12:44:15.14 ID:s6SefZoz0

部落出身者と付き合うのは本当やめとけ
やーさんまがいの連中と繋がりあったりする


479:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/06/26(日) 13:42:31.41 ID:1r6sUsDL0

部落は川の傍に家がある
水のみ百姓と同じ原理ね。
川が氾濫して流されて
死んでも良いカスが住まわされてる。


指定暴力団の数:22

その内在日が代表を務める暴力団:8

暴力団の内、約4割が在日韓国朝鮮人に占められていることになります


元公安調査庁の菅沼光弘氏曰く

「ヤクザの6割が同和関係者、3割が在日韓国朝鮮人である」

という確かな情報もございますので、暴力団のほとんどを在日や同和などの犯罪者が占めていることは間違いないでしょう
http://asgijp.blog104.fc2.com/blog-entry-378.html


127. Posted by 以下、ゴールデン名無しがお送りします。 2008年11月06日 17:44

ヤクザの利点はただ一つ。落伍者のセーフティネットだよ。

自由競争?社会なんだから、ある程度落伍する人間は出てくる。ヤクザは落ちぶれて自殺しそうな人間を救う組織・・・だった、少なくとも江戸時代までは。

今は多分部落三割在日三割できな臭いから、本当に救ってるのかどうかは微妙だけど。

ヤクザは必要悪というより、必要な枠組みと捉えるべき。悪いと決め付けてるのは、単に恣意的な倫理観に過ぎない。


裏には裏の道があり  2011/2/25(金)


たまたま1月に新年のご挨拶ということで、工藤会系の事務所へ足を運んだ時、いろんな人と出会って話をさせてもらいました。その中にA氏はいました。


A氏は田川市の出身。部落差別の中で気が付いたら893のご職業をされているということだった。

残念ながら筑豊地方や北九州市内というのは無数の部落が存在している。15歳になって中学を卒業すると当たり前のように働きに出るのだが、もちろん仕事が無い。
部落出身ということを隠してうまく就職できても結局、後からバレてクビになる。

男性の場合はかなり働き口が狭いので、多くの人間が余ってしまう。それでしょうがないから裏社会へと入ることになる。

そちらのことはまた追々。今回は女の子の方の話。


とりあえず15歳になって中学を卒業したらお水商売の世界へ入るのが半ば、常識のようになってしまっている。在日の経営するパチンコ店などに働きに出るのもいいが、正直、稼ぎが段違いなのですぐに辞めてしまうという。


そのA氏は斡旋をする仕事をしてる。

中洲がもちろんメインではあるが、大阪の飛田新地、名古屋、札幌、東京などにも顔が広く通じていて、15歳になった女の子を広く斡旋しているということを話してくれた。


部落の地域だと常識なんて無い。 我々の考える常識とはかけ離れた世界がそこには存在している。暗く・・・絶望と悲観と・・・ 


A氏が、15歳になった少女と出会い、話を聞いてみると、

初体験は小学生の時で、部落の中でも何度も何度もレイプされたり、

時には父親にレイプされたり、祖父にレイプ、義父にレイプされたり、

さらにその全員に順番にレイプされたりして育つ。

ちょっとキレイめで可愛らしい子になると、15歳の時にすでに男性経験は500人というとんでもないのもいるのだそうな。


だから、中学を卒業したばかりの女の子に声をかけると、喜んでお水で働きたいと言うらしい。今までは襲われてもただ快楽を得るだけで、お金にはならなかったが、これからはセックスが金になると知って喜ぶのだそうだ。 私にはまったく信じられないが、それが部落の世界なのだそうだ。


15歳でいきなりソープデビュー。15歳という若さで本番ありということだから、料金は8万でも10万円にも設定しても客は殺到するという。ほとんど中学生のような少女と金を払えば合法的(?)にセックス出来ると聞いて金の使い道に困っている男達は群がる。1回10万円でも1週間に30回の予約を入れた強者もいたらしい。凄過ぎる。


本人の取り分は半額。それでも、中学を卒業したばかりの少女が1年でもの凄い金額を稼ぎ出す。


さすがにまだ本番までは抵抗があるという少女の場合はお触りだけのピンサロやキャバクラで働く。ソープにはかなわないが、やはり中学卒業したばかりの女の子がってことで固定客はいっぱい付くからなかなかの収入になるという。

入った金で整形をして綺麗にして、うまくいけばAVにでも出てまたそれなりのお金を稼いで部落出身の男と結婚してはすぐ離婚、また結婚してはすぐ離婚を繰り返す人生を送る。


娘が生まれると金になるってことで、金が欲しい父親は娘をレイプして子どもを産ませたりする。男の子だとガッカリし、女の子だと大喜びする。

私が出会ったことがある女性は、祖父との子どもを産み、義父との子どもを産んだことがあるって平気な顔で話してくれたから、驚いたことがありました。


精神病を患っている人も部落にはたくさんいて、産まれてくる子どももまた精神病に。


A氏が話してくれた悲惨な女の子の話。

産まれてすぐに精神病と分かり、父親が育児放棄。母親は自殺。

その後、祖父母が育てたが、小学校に行く頃からさらにおかしくなり、いつも下着姿でその辺を徘徊したりしてどうしようもなかったという。

で、部落の大人の男性たちが毎日レイプ。
集団で次から次へとレイプ。

中学生ぐらいの年齢の頃には2人の子どもがいたという。

そんな年齢でも服を着ないでその辺を徘徊しているものだから、男性が寄ってきては普通に道端でレイプされているとのこと。誰も止めないし、いつもの光景といった感じ。それで次から次へと精神病を患った子どもが出来たという話を聴いた。


A氏が言うには、その少女は部落の人間に毎日レイプされるためだけに生きている、とのこと。


なんだろうね・・・・悲惨を通り越して、言葉が出なかった。


A氏が言うには、そんな精神病患者でも植物を言われた通りに育てることぐらいは出来るのだそうだ。だから、大麻を育てさせては、少ない生活費を渡すということが行われているのも普通のことなんだそうな。たぶん、それが大麻だと知らずに育てるんだろう。育てるとお金がもらえるから一生懸命育てる。普通だったらおかしいと思うが、残念ながらそう思う回路を持っていない。


そんなことを繰り返しては、A氏は少女と大麻で組の中でものし上がっていったそうな。

やはり経済力を持った893は上からも当然重宝されるし、金を山ほど持ってる構成員は出世も早い。

「にいちゃん、金に困った時はいつでも電話ちょうだいな。金ならいくらでもあるからいつでも助けてやるわ」

って、にやっとしながら話してくれた。

「大丈夫、金には困ってないから」

そう伝えると、またにやっと笑いながら奥の部屋へ入っていった。
http://blogs.yahoo.co.jp/canon_beginner/64016850.html


朝鮮部落の朝は、酒の臭い。2011-01-03 | 日記


私は、この朝鮮部落に住んでもう8年ぐらいたちます。

あさは、ひとのさぐりあい、ひとのけなしあい、おまけに悪口大会、
そうして、つながりといえば、兄弟姉妹のセックス関係だけです。

あんまり近親相姦がおおいので、ちんば、いざりがたくさんいます。
それに、通名も当たり前で、年賀状も通名らしいです。

この朝鮮部落の臭いは、時にねこのしょんべんのにおい。
ときに、酒の発酵した、いやなにおい、または、たまに洗濯のいいかおり、

朝鮮人が昨年しんでいきましたが、内密に葬式をしたらしく、釣り目のあつまりはみれなかったです。

そのひとは、すこしおかしなひとでした。

いつも、のぞいてました、大家にうその通報はするは、本当にいやなひとでした。
「うえから、みえるんだろう」とか
「おいだしてやる」とか

困っていたら、しんでゆきました。北朝鮮のほうへたぶん灰はとんでいったのでしょうね。

朝鮮部落の若者は、結婚しませんというよりも、できません。
または、朝鮮部落同士まぐわります。

それで、ちかくにある産婦人科でおろします。
生めない子つまり、近親相姦のこどもだからです。

性の関係は、普通の人よりも、はるかにはげしいです。
結婚できないためなのか?

ストレスの多い環境のためなのか?
すごい、年齢まで、近親相姦または、デリヘルなどでやりまくりますね。

この町のいいところは、ひとのさぐりあいですので、
孤独死はありません。たぶん大家が勝手にさぐりますからね。

朝鮮人同士の仲のよさ、それはすごいです。
ほかのものをよせつけないし、臭い部屋でも平気ですね。

孫も、ちょうせんじんなら、かわいそうとしかいいようがないです。
人間のうじですね。

私の住む町は、●●朝鮮部落です。
しかし、みんなは、ひみつにしております。
http://blog.goo.ne.jp/ootomo0320/e/fc08fc45f24c9891f107bc50f2a03dd7


部落民は170万人。在日は100万人。

これらに「ロータススートラによる仏教連合」という法華経の思想が食い込んだために、創価学会員が多い。


創価学会は部落や在日なの?


12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/23(月) 13:06:22.58 ID:tukDQ+1q0

そのとおりです。


196 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/30(木) 23:07:36.51 ID:1zmFT9y2O
>>1
ちょうど半々。
そう覚えておけば、間違いないですね。


240 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/02/26(火) 23:15:52.34 ID:G2JxT4X5O

だいたい、そうだね。
幹部から末端まで、人員数も影響力も、ほぼ半々といったところでしょう。


163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/04(土) 23:12:20.35 ID:+HQnvZAFO

そうですね。
現在の影響力・支配力は、ちょうど半々といったところでしょう。


154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/07/23(月) 10:26:25.61 ID:V5Wwg8t/0

昔は部落民と朝鮮民に宗教の自由は無かった。

浄土真宗
これで婚姻など差別されていた為、創価学会などと訳のわからないチョウセン人を敬う集団となった


232 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/01/24(木) 03:20:39.92 ID:ugmYAY2E0

尼崎や神戸市長田区
朝鮮人の多い地域に創価の影あり


7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/23(月) 11:08:48.17 ID:AqVUHsL10

エタや在日に創価信者が多いのはまぎれもない事実だ。
知人のタクシー運転手が、言っていたが、
支部の総会があると、エタ家族がタクシーをいつも予約するそうだ。
あと、天理教信者にもエタや在日が多い。


175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/06(月) 11:33:24.23 ID:VlE3Ce750

就職や仕事もらったりするのも都合がいいんだろ。
そういうのもありかな


67 :可愛い奥様:2012/10/26(金) 14:35:24.02 ID:ykF5ym6R0

ソウカの組織も下部にも上層にも在日がいっぱい
早く後継者者争いで弱小化して欲しい


66 :可愛い奥様:2012/10/26(金) 14:31:48.25 ID:DfjzgNRF0

帰化してたらOKみたいなレスを見かけることあるけど そういう問題じゃないんだよね。

もう、血・DNA・脳細胞レベルで日本人とは違う。 日本で生まれ育ったって、親がZだと考え方や性格・躾など家庭での性格形成に影響があるからいくら日本の教育を受けさせて、日本の道徳を教えてもダメなんだよ。

苗字や出身地、顔つきでどうにか判断しようにも、母親や母方の祖父母
がZだと、もう見分けがつかなくなるよね。

本人も知らされてない事も多いだろうし(大人になって、祖母がZと知ってショックを受けたけど、自分のルーツと向き合うために葛藤したけど自殺した美人作家もいたよね)

結婚する時は、相手の両親だけでなく両親の祖父母やお墓参りをかねて相手のルーツを訪ねて、お墓に刻まれてる名など、自分の目と足で確認しないとダメだわ。


北九州監禁事件では


大便排泄を1日1回に限定し

全裸のままトイレに座らせることなく、がに股で排便させてそれを観察した

勝手に漏らした場合、大便は口で食わせた

言うことを聞かなければ通電といって性器に電極を取り付け電機拷問を行った

一瞬で皮膚が熱傷で破れ脳まで衝撃が来て記憶を失うほどの拷問であったそうだ


朝鮮民族はこういうことを好むのである

ゆえに、監禁されれば飲尿食糞を余儀なくされ、監禁された日本人は
拷問されながら大小便を食べるという地獄の監禁拷問生活をおくる羽目になります


朝鮮人が残酷なのは当然で大陸の人は日本人とは文化背景が違います

チンギスハーンの拷問好きは有名ですし、中国も拷問文化でした朝鮮人の李氏朝鮮もそうです。よって在日に監禁されると大変なことになります


殴る蹴るの基本的なものから、

タバコの火を押し当てる、

ハンダコテで体中焼く、

尿道にマッチ入れて火をつける、

在日が起こした北九州監禁事件のように電撃を与える

大小便を食べさせる


など拷問の種類には事欠きません


女性であれば、激しく輪姦・撮影されたあげく、

全身にピアスを通され

穴という穴は拡張され、


在日が起こした女子コンクリ事件では

鉄アレイを膣と肛門にいれ蹴飛ばしていた有様です


在日を日本人と同じと思ってはいけません、農耕民族と大陸の殺戮民族では文化が違うのです


かわいい娘がいるとこうなります

全裸首輪で性奴隷家畜便器として完全監禁

少しでも反抗したらタバコの火を押し当てたりしていうことを聞かせます

何回も犯されてガバガバになり腕が入るまで広がりきります

尻の穴もそうなります、

栗には太いピアスがされるでしょう

SMビデオやスカトロビデオ撮影もあるでしょう、

厳しい拷問生活で かわいい娘は大便と小便を喜んで四つん這いのまま食べるようになります

こうして肉便器になり、最後は利用価値がなくなったらスナッフビデオといって
拷問して殺すところを撮影してお金にしますので、それからドラム缶でコンクリ詰めにします


_____


古田順子さんの恋人が極東会と対立する住吉会の関係者だったかどうかはわかりませんが、古田順子さん自体もヤクザが身近に沢山いる世界に住んでいたのですね。

コンクリ事件というのはそういう在日ヤクザ関係者ばかりが住む特殊な地域で起きた出来事でした。

http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/915.html#c5

[昼休み53] 足立区にだけは住んではいけない 中川隆
6. 中川隆[-12676] koaQ7Jey 2018年5月30日 12:41:55 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14584]

綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件の詳細は


女子高生コンクリート詰め殺人事件
http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/458.html
http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/915.html#c6

[リバイバル3] 株で損した理由教えてあげる 新スレ 中川隆
34. 中川隆[-12675] koaQ7Jey 2018年5月30日 14:05:36 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14584]

株式市場と長期金利が急落、原因はイタリアではなく金融引き締め2018年5月30日
https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/7658#more-7658

もう去年からこういう相場になると言い続けているのだが、実際にそうなるまではなかなか理解されないものである。

さて、2月に世界同時株安を引き起こした原因であるところのアメリカの長期金利が面白い動きをしている。米国株も急落しているが、日本株や欧州株、新興国株などがそれよりも数日前から下落を始めているのは読者もご存知の通りだろう。

長期金利が暴落

先ずは長期金利の動きから見てみたい。

https://www.globalmacroresearch.org/jp/wp-content/uploads/2018/05/2018-5-30-us-10-year-treasury-note-yield-chart.png

かなりの急落である。債券の金利低下は価格上昇ということになるので、米国債に資金が流れ込んだことになる。他の市場から資金が流出して、米国債に流入したのである。

同じ日には米国市場が急落している。

https://www.globalmacroresearch.org/jp/wp-content/uploads/2018/05/2018-5-30-s-and-p-500-chart.png


しかし他の株式市場は数日前から下落を始めている。例えば日本株である。


https://www.globalmacroresearch.org/jp/wp-content/uploads/2018/05/2018-5-30-nikkei-225-chart.png


中国株も同じような動きになっている。市場全体から資金が引き揚げられるときにはリスクの高い市場から下落してゆくからである。米国株は通常最後となり、それは前回の記事で説明した通りである。中国株のチャートは次のようになっている。


https://www.globalmacroresearch.org/jp/wp-content/uploads/2018/05/2018-5-30-shanghai-composite-chart.png


こうして見ると、米国債への資金流入は米国株だけではなく、世界の株式市場からの資金流出に関連しているようである。また、理由は異なるが米国債と同じように円も買われており、ドル円もこうした動きに連動して下落している。


https://www.globalmacroresearch.org/jp/wp-content/uploads/2018/05/2018-5-30-usdjpy-chart.png


ドル円がこういう状況で下落する理由については前回の記事で説明してあるので、そちらを参考にしてもらいたい。

•2018年、円高ドル安の理由 (2018/5/22)
https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/7640


因みにドル円の下落はこの記事を書いた次の日に始まっている。

こうした状況はイタリアの政治不安が理由ではない。イタリアでは国民ではなく政治家によって選ばれた(象徴的で権限のあまりない)大統領が、選挙で勝った右派政党の選んだ反EUの経済相の承認を拒否し、右派政党は組閣に失敗したが、イタリアでは再選挙が行われ同じ政党が勝利するだろう。あるいは、国民の選んだわけでもない既存勢力派の大統領の権限を弱める方法を与党が見つけるかもしれない。

いずれにせよ、こうしたニュースでイタリア国債が売られるのは理解ができ、米国債の上昇がやや激しいのはイタリアからの資金流入分が追加されたからだが、それは米国株や日本株が下落する理由にはならない。下落相場は色々な短期的な口実を見つけながら下落してゆくものであり、本当の原因はマスコミが指摘する原因ではなく、別の所にあるのが普通である。

本当の原因

では何が起こっているのか? ここの読者には今更だが、何が起こっているかと言えば金融引き締めである。利上げもそうだが、アメリカのFed(連邦準備制度)が量的緩和の巻き戻しでバランスシート縮小を行い、量的緩和と同じ速度で市場から資金を吸い上げている。

2008年以降の上げ相場に慣れてしまった金融市場は、下落はないと高をくくり、金融引き締めの影響を事前に織り込むことを拒否したため、Fedが毎月吸い上げる一定の資金の量に応じて世界の金融市場から徐々に資金が流出しているだけのことである。ここでは去年からそうなると言い続けている。

因みに上記のチャートでトレード出来そうな部分はと言えば、米国債である。はっきり言うが、この程度の株式市場の下落でアメリカの金融引き締めが止まることはない。2.7%台の長期金利は低すぎると言うべきだろう。

https://www.globalmacroresearch.org/jp/wp-content/uploads/2018/05/2018-5-30-us-10-year-treasury-note-yield-chart.png

筆者ならばこの状況でオプションを売る。金利がこれ以上下がらなければ(つまり債券価格がこれ以上上がらなければ)利益の出る取引である。ボラティリティの高い状況ではオプション価格は高くなるので、高値で売れるというわけである。

こうした市場からの資金流出状況については去年より想定していた通りなので、あまりコメントはないが、引き続き世界市場の状況をフォローしてゆく。
https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/7658#more-7658
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/823.html#c34

[近代史02] イエスが殺された本当の理由 中川隆
19. 中川隆[-12674] koaQ7Jey 2018年5月30日 16:56:27 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14584]

新説!キリストを殺したのは誰だ? - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=ofZR13y20as
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/371.html#c19
[近代史02] 参考資料2 _ ユダの福音書 中川隆
4. 中川隆[-12673] koaQ7Jey 2018年5月30日 16:57:01 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14584]

新説!キリストを殺したのは誰だ? - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=ofZR13y20as
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/373.html#c4
[近代史02] 参考資料3 _ 聖イッサ伝   中川隆
3. 中川隆[-12672] koaQ7Jey 2018年5月30日 16:57:24 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14584]

新説!キリストを殺したのは誰だ? - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=ofZR13y20as
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/374.html#c3
[リバイバル3] 株で儲ける方法教えてあげる(こっそり) 新スレ 中川隆
64. 中川隆[-12671] koaQ7Jey 2018年5月30日 17:07:55 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14584]

2018年05月30日
売られ過ぎからのリバウンド投資で安く買う

マスコミが企業を叩いて株価が暴落したら、売られすぎの可能性が高い
画像引用:http://image.news.livedoor.com/newsimage/2/f/2f4d3_759_5f215b22_8eca8cfa.jpg

投資は安く買うが重要

投資のコツは安く買って高く売ることで、古今東西のあらゆる成功した投資家が力説しています。

とりわけ重要なのは「安く買う」のほうで、これさえ出来れば高い確率で勝ちは決まっています。

後は安く買ったものを「少し高く」売って少し儲けるか、「すごく高く」売ってたくさん儲けるかの違いです。



すると重要度において「安く買う」が最重要とすると、「高く売る」はそれほどでもないという事になります。

例えば仮想通貨ビットコインは2017年12月に200万円をつけたが、2018年2月には70万円まで下落しました。

約3分の1に下落したので大した違いに思えますが、2009年にビットコインは無料で配っていました。


その後も1ビットコイン0.1円や1円の時代が続き、2012年ごろから上昇し始めました。

無料や1コイン1円で手に入れた人にとって、200万円と70万円は大した違いではなく、ほぼどうでも良い誤差です。

重要なのはビットコインが安い時に買えたか買えなかったかで、100万円になってから買うような人は失敗したのです。


投資は安く買うが重要、高く売るは努力目標だというのは、こういうことです。

世間が騒いだら売られすぎ

ビットコインのように後に急上昇するものを非常に安く買えたら大成功ですが、滅多にあるものではないです。

2010年以前のビットコインは誰が見ても無価値だったから1円以下だったので、それを見抜くのは無理というものです。

後で振り返ると「あの時買っておけば安かった」銘柄は数多くありますが、皆その時点では適正価格だったのです。


もっと現実的に割安な投資商品を購入するには「売られすぎ」の銘柄を底値で拾う投資方法があります。

たとえば不祥事で経営危機に陥った東芝は、2016年12月に465円だったのが翌年には184円まで下げ、今は300円以上に回復しています。

後で振り返ると「なぜあんなに値下がりしたのだろう」という例が、不祥事を起こした企業などに多いです。


東京電力、オリンパス、三菱自動車、シャープなど大半の不祥事企業はその後株価が回復しています。

マスコミが騒ぐと実態以上に株が売り込まれて株価が下げる傾向があり、「売られすぎ」になりやすい。

冷静に企業価値を見れば、これらの企業が本当に倒産する可能性は、ゼロではないにしても非常に低かったはずです。


リーマンショックや3.11、超円高でも明らかにマスコミが騒ぎすぎて、実態以上に売り込まれていました。

こういうときに冷静でありさえすれば、世間が騒いでいるとき、安値で購入し値上がりを待つ戦略を取れた。
http://www.thutmosev.com/archives/76338844.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/822.html#c64

[昼休み53] 足立区にだけは住んではいけない 中川隆
7. 中川隆[-12670] koaQ7Jey 2018年5月30日 18:05:28 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14584]

都道府県別年収ランキング|年収ガイド
https://www.nenshuu.net/prefecture/pre/index_prefecture.php


都道府県別年収ランキング
47都道府県の年収データをランキングにして掲載


順位 都道府県名 平均年収

1位 東京都 615万5600円
2位 愛知県 539万8600円
3位 神奈川県 531万9000円
4位 大阪府 528万2800円
5位 京都府 498万7200円
6位 三重県 491万1400円
7位 茨城県 488万8900円
8位 広島県 486万6100円
9位 千葉県 486万2800円
10位 滋賀県 483万9200円
11位 兵庫県 481万7500円
12位 栃木県 478万5200円
13位 静岡県 476万8100円
14位 埼玉県 472万5600円
15位 奈良県 470万400円
16位 群馬県 460万900円
17位 山梨県 457万4600円
18位 和歌山県 453万3100円
19位 宮城県 451万2600円
20位 福岡県 450万1700円
21位 岐阜県 446万6000円
22位 石川県 445万4300円
23位 山口県 445万3100円
24位 香川県 441万8400円
25位 長野県 441万6900円
26位 徳島県 440万4500円
27位 福井県 436万3700円
28位 岡山県 431万9300円
29位 富山県 427万7300円
30位 北海道 415万1100円
31位 愛媛県 414万7500円
32位 福島県 414万6700円
33位 大分県 412万1300円
34位 新潟県 405万1000円
35位 長崎県 404万7000円
36位 島根県 404万1400円
37位 熊本県 401万2500円
38位 鳥取県 396万5000円
39位 高知県 394万3300円
40位 佐賀県 391万5600円
41位 山形県 386万2600円
42位 鹿児島県 383万5200円
43位 秋田県 373万5300円
44位 岩手県 371万8500円
45位 沖縄県 366万1900円
46位 宮崎県 365万7600円
47位 青森県 359万4600円


▲△▽▼


東京都市区町村 所得(年収)ランキング2017年【年収ガイド】
https://www.nenshuu.net/prefecture/shotoku/shotoku_pre.php?prefecture=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD

東京都の市区町村の所得・年収データをランキング掲載

東京都の市区町村の所得(年収)をランキングにして掲載しています。
以下のデータから東京都の各市区町村の収入状況・経済状況の序列を知ることができます。

順位 市区町村 平均所得(年収)

1位 港区 1115万755円
2位 千代田区 944万5294円
3位 渋谷区 801万1136円
4位 中央区 634万5647円
5位 文京区 610万272円
6位 目黒区 602万156円
7位 世田谷区 544万9547円
8位 武蔵野市 524万5957円
9位 新宿区 518万5806円
10位 杉並区 465万1942円
11位 品川区 462万9208円
12位 国立市 449万1064円
13位 三鷹市 439万8487円
14位 豊島区 429万90円
15位 小金井市 426万6495円
16位 国分寺市 423万9678円
17位 江東区 423万4898円
18位 大田区 422万6801円
19位 台東区 416万9282円
20位 調布市 414万5549円
21位 練馬区 414万596円
22位 中野区 412万9672円
23位 稲城市 399万4526円
24位 小笠原村 398万5706円
25位 町田市 389万5971円
26位 西東京市 387万2137円
27位 府中市 383万4200円
28位 小平市 383万27円
29位 狛江市 379万929円
30位 墨田区 371万3652円
31位 北区 368万4200円
32位 立川市 367万1635円
33位 多摩市 366万2823円
34位 日野市 364万5738円
35位 荒川区 362万570円
36位 板橋区 360万8186円
37位 江戸川区 357万8159円
38位 東久留米市 355万4285円
39位 八王子市 352万6453円
40位 青ヶ島村 351万3588円
41位 東村山市 347万5724円
42位 東大和市 346万3156円
43位 葛飾区 343万4163円
44位 清瀬市 340万7101円
45位 足立区 338万9533円


http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/915.html#c7

[昼休み53] 足立区にだけは住んではいけない 中川隆
8. 中川隆[-12669] koaQ7Jey 2018年5月30日 18:09:39 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14584]

足立区では子供がまともに育たない理由


2017年03月08日
家庭環境が貧しいと子どもの脳は「貧困脳」になる
http://gigazine.net/news/20170308-brain-on-poverty/


貧困が「子どもの脳の発達」に強い影響を与えることが研究により明らかになっていますが、コロンビア大学の神経科学者であるキンバリー・ノーブル氏が「貧困と脳の関係」を視覚化した画像を一般向けの科学雑誌としては世界最古のScientific Americanの中で公開しています。

This Is Your Brain on Poverty - Scientific American Blog Network
https://blogs.scientificamerican.com/sa-visual/this-is-your-brain-on-poverty/

貧困が脳に強い影響を与えることが明らかになっていますが、これはお金が脳の構造や機能に直接何かしらの影響を与えるわけではなく、貧困に伴う環境や遺伝的影響が合わさった影響が脳構造に出ている可能性が高いそうです。これは相関関係にあるのか因果関係にあるのかを解き明かすことが実質的に不可能なのではないかという問題でもあるのですが、ノーブル氏は現在利用可能なさまざまなツールを用いて「貧困と脳のつながり」を解き明かそうとしています。

「貧困と脳のつながり」をひもとく上で必要なのは、「貧困はどのように脳機能に影響を与えるのか?」を定義することです。そのためにノーブル氏はさまざまな社会経済的背景(SES)を持つ約150人の子どもを被験者として集め、脳の特定部分に関連する認知能力を評価するための標準的な心理テストを行いました。

心理テストの結果を示したのが以下のグラフで、横軸が被験者のSES(高いほど裕福な家庭であることを示す)、縦軸がテストのスコアを示しています。

グラフは左上から

「Language Skills(言語能力)」
「Perception of Spatial Relationships(空間的関係の認識)」
「Memory of Facts and Events(真実と出来事の記憶)」
「Cognitive Control(認知制御)」
「Short-Term Memory(短期記憶)」

を示しており、程度の違いこそあるものの、すべての認知能力で「貧しいほど認知能力が低い」という正の相関があることがわかります。


http://i.gzn.jp/img/2017/03/08/brain-on-poverty/s01.png


上記のグラフは「貧困はどのように脳機能に影響を与えるのか?」を明確に示していますが、「貧困が脳に物理的にどのような影響を与えるのか?」まではわかりません。そこで、ノーブル氏は約1100人の小児および青年の脳をスキャンし、SESに基づく差異を見いだそうとしました。

「貧困環境で育った子どもは脳の皮質の一部面積が減少している」ということを示したのが以下の図。

「皮質面積の減少」が見られる領域は帯状回・楔前部・下前頭回・上前頭回・下側頭回で、図では赤色に塗られています。


http://i.gzn.jp/img/2017/03/08/brain-on-poverty/s02.png


以下のグラフは横軸が家庭の年間収入、縦軸が脳の皮質面積を示したもの。

特に注目すべきなのは、年間収入が5万ドル(約570万円)以下の家庭の子どもは収入が低ければ低いほど皮質面積が指数関数的に縮小する傾向にあるという点。


http://i.gzn.jp/img/2017/03/08/brain-on-poverty/s03.png


最も低所得な貧困環境で育った子どもたちは、脳の発達において重度の損失を被っている、というわけです。
http://gigazine.net/news/20170308-brain-on-poverty/

米調査で判明。本が多い家ほど子供の読解力はグイグイ上がる 2017.06.23


算数の文章題を解くにしても、論理的な文章を書くにしても、とかく必要となってくるのが国語の読解力。そんないつの時代にも求められる「読解力」を簡単につけられるかもしれない方法があるようです。

無料メルマガ『システマティックな「ま、いっか」家事術』の著者・真井花さんが詳細に記してくださっています。


500で2.2!!

さて、本日は家にあるだけでOK! なもののお話。

以前、算数ができないという親戚の子に算数を教えていました。そのころ繰り返し解説しても、ぜんっっぜんひとっつも出来るようにならなかったのが「文章題」でしたorz 

こっちが悪戦苦闘して解説しても、全く出来ない。ポカ〜〜〜〜ンなその子を見ていて感じたのは、「こりゃ、算数がモンダイなんじゃないな」ということでしたね。なんていうか、少しでも抽象的だと概念そのものが理解できないんですよね。たとえば、「連続した3つの整数」という問題設定だと、「連続した」「3つの」「整数」はそれぞれぼんやり解るけど、これがくっつくと、もう完全にお手上げ(T-T)。本当に「ニホンゴ、解ってる?(`ー´;」なレベルでした。算数以前の、抽象的な語彙力、論理的な文章の読解力自体がモンダイだったんです。

算数が苦手なコドモは多いものですが、その真の原因が国語力だとすると、これはこれでタイヘンです。国語力って一朝一夕には、アップしないですからね。

ところがね(0_0)

家にあるだけでコドモの国語力がアップするモノがあるんです。そう、それは、想像どおり「本」なんです。アメリカでの調査によると、子供の読解力は


•100冊あると、1.5学年上の子供と同レベル
•500冊あると、2.2学年上の子供と同レベル


なんだそうです。読解力が1.5学年分ってどうやって測ったのかビミョーに不明ですが(^Д^)、ま、それでも納得の結果ですよね。

その調査では、「家にあるだけじゃだめで、ちゃんと親が本を読む環境で…」と注意書き(?)がありましたけど、本を読まない親が100冊分500冊分のお金とスペースを本に投資するとは思えません。フツー、その親、読書が好きでしょ。

また、この本は子供用でなくても良く、オトナが読むレベルのものでOKのようです。そうなるとグッと選べる本の範囲が広がりますね。要は、
•本が身近にある環境で、周囲の大人が本を読んでいる

ということを本の所有冊数から検証したということでしょう。

逆に、この調査からすると、数百冊単位の本を持っている家庭は学習環境としてトップ数パーセントに入っている可能性が高いんじゃないでしょうか。1.5学年2.2学年上の学力を持つ子供って、当該学年ではトップ数パーセントに入るはずですからね。

文庫本が1冊500円くらいとして、100冊で5万…。夏休みに塾に行かせたら、あっという間に吹き飛ぶ金額ですよね。ですが、そのお金を使って優れた学習環境を整えられるわけですからずいぶんカンタンに感じますね。

家には本をたくさん置く。なかなか上げられない国語力や算数の文章題が出来るようになるための、悪くない投資だと思いますよ。
http://www.mag2.com/p/news/254190


貧困家庭の子供が成長してもお金を稼げない本当の理由
http://diamond.jp/articles/-/162585
2018.3.8 松原麻依:清談社  ダイヤモンド・オンライン

『文化資本』とは金銭以外の個人的資本を指す言葉で、経済資本とは異なる意味を持つ。そして貧困の連鎖や子どもの貧困といった問題とも無関係ではない。そんな文化資本の側面から見た、日本の格差の構造とは?(清談社 松原麻依)

裕福になれるかどうかを決める
「文化資本」とは何か


幼い頃から読書や音楽、美術などに親しむ環境に身を置いていれば、「文化資本」は自然と身に付く。そしてこの文化資本は、大人になってからの「金を稼ぐ能力」とも密接に結びついている

 文化資本とは、金銭以外の個人的資本を指す言葉だ。フランスの社会学者、ピエール・ブルデューは「身体化された文化資本」「客体化された文化資本」「制度化された文化資本」の3つの形態に分類している。

「身体化された文化資本」とは、さりげない仕草や立ちふるまいから知識・技能にいたるまで、文字通りその人の身体に染み付いているものを指す。「客体化された文化資本」は、美術品や書籍といった物として獲得されるもの、「制度化された文化資本」は学歴などのように、目には見えないが社会的に「意味がある」と認められているものをいう。
 
 そして、これらの文化資本は、「金を稼ぐ能力」とも密接に結びついている。理屈上は、金持ちでない家に生まれた子どもであっても、ハイレベルの文化資本を身につけられれば、自分でしっかりと稼ぐことができるということになる。
 
 しかし、現実は残酷である。ブルデューは文化資本も経済資本同様、「主に親から子へと『再生産」されていく』と述べている。つまり、お金や土地などの資産同様、文化資本も親から子へ受け継がれていく性質が色濃いというのだ。

 しかし、たとえば本ひとつをとっても大衆小説から古典文学まで様々なジャンルが存在する中、なにをもってして「文化資本」と言えるのか。ライター、コラムニストの北条かや氏は、「ブルデューが活躍した1990年代のフランスと現代の日本では、文化資本の内容もやや異なってくるのかもしれません。ただし、両者とも基本的には『より中央に近い文化』を価値の高い文化とみなす点では同じです。すなわち、この社会を支配している層が有する文化が、文化資本として評価されるわけです」と話す。

金があるだけではダメ
文化資本を持てる家庭環境とは

 日本の場合だと、マンガよりも古典文学、仲間内でしか分からない方言よりも就職活動などで論理的に共通語を話す能力、ジャンクフードを早食いする能力よりも綺麗なテーブルマナー…といった要素が「文化資本」となりえる。

「文化資本を有する人が社会的な階層を上げやすくなっていることは確かで、それがいわゆる経済格差や貧困の連鎖に結びついていると考えられます。たとえば、『教科書を座って読む』という行為も身体化された文化資本ですから、学校教育自体が中央の文化を基準にして作られているとも言えます」

 家に本棚があれば、それが読書習慣へとつながる。座って文字を読む行為そのものは学校教育と親和性が高く、学校教育で評価されれば高い学歴を得やすくなる。これらの要素はすべて文化資本であり、それぞれがリンクして増大していくことが分かる。

「文化的再生産」、つまり文化資本が親から子へと受け継がれていくというのは、どのような構造なのだろうか?

「文化的再生産の過程では、地域や学校のコミュニティなど様々な要素と関わりがあります。その中でも、最も大きな役割を果たすのは家庭環境でしょう。文化資本の有無は幼少期の経験の積み重ねによるところも大きく、いつでも本が読める環境を用意したり、コンサートや美術鑑賞の経験などを子に与えるかどうかは、親の嗜好や経済状況に左右されるのです」

 仮に宝くじで3億円が当たったとしても、それだけで高い文化資本を持てるとは限らない。幼少期に親から文化資本を持てるような経験を提供してもらえるかどうかが、非常に大きなカギを握っているのだ。

 また、北条氏は「その人が文化資本的なものに価値を見出すかどうかは、属しているコミュニティに影響を受けやすい」と話す。たとえば、日本なら地方のヤンキーよりも都市部の富裕層のほうが、文化資本的なものに価値を見出しやすいコミュニティといえそうだ。

学校では強者のはずのヤンキーが
社会では通用しない理由

「好きな小説について語り合って交友を深めるコミュニティもあれば、拳で語り合うコミュニティもある。しかし、日本の支配者層が支持するカルチャーを文化資本とするなら、いわゆるヤンキー文化的なものは文化資本の範疇には入りません。地域によってはヤンキーがスクールカーストの頂点になる学校もありますが、社会という枠組みで見たら、彼らのほうが不利な状況に陥りやすくなるのです。もちろんヤンキー的なコミュニティーに属する人たちの全てが不利だと言っているわけではなく、あくまで社会的地位の取得において不利になりやすい人が多くなるという意味です」

 机に座って勉強することを『ダサい』と捉えるコミュニティより、学校教育に馴染みのあるコミュニティの出身者が高い文化資本を有することになり、後者のほうが社会的階層を上げやすくなる。社会的階層が上がれば、当然ながら経済的にも有利になりやすい。

 本来、優等生もいればヤンキーもいるというのは当然のこと。個人の差異はあってしかるべきで、逆に優等生ばかりの社会などというものが成立するはずもない。だが、この差異は単なる「違い」では済まされない。なぜなら、北条氏が指摘するように、その先にある「貧困」が問題だからだ。

「社会学の階層調査では、年代を重ねるごとに親の地位が再生産されやすくなっていることが分かりました。『ブルーカラーの子どもが医者になる』というような事例が極端に少なくなっているわけです。経済が急成長している時期なら、社会全体で賃金も底上げされているため、子は親の稼ぎを上回りやすい。しかし、今の日本は完全にマイナス成長で、身一つで階層を上げていくことが難しくなっているのです。そうなると、親の階層が子の階層に直接影響するようになってくるわけです」

 こうして経済格差が固定化されれば、貧困の問題はより深刻になっていくという。

文化資本を考慮に入れれば
安直な「貧困自己責任論」には陥らない

 このように文化資本の「格差」などというと、地方のマイルドヤンキーよりも都市部に暮らす富裕層の文化のほうがエライ、と言っているように聞こえなくもない。「文化資本」の存在を認めることは、ある種の差別とも感じられるのではないか。

 しかし、北条氏は「文化資本の格差が存在しない前提で貧困問題を語ると、『自己責任論』に陥りやすくなる』と指摘する。

「会社で評価されるようなコミュニケーション能力、マナーや作法、お金の管理能力、机に長時間座っていられるような持久力、それらもすべて文化資本と言えます。どれも今の日本社会で有利となる要素ですが、一昼夜で身につけられるものではなく、ましてや経済的な支援のみで解決できる話でもありません。スタートラインの平等を信じることは、ある意味危険なことだと思います」

 たとえば子どもの貧困対策を考えた時、子ども食堂や無料塾など、目に見える支援を行えば万事解決なのか。それでも将来貧困に陥ったら、その子自身に問題があると言えるのか。あるいは、なけなしの給料を毎月、酒につぎ込んでしまう人がいたとしたら、それは100%、その人の「自己責任」なのか。

 文化資本の有無は、その人の優劣でもなければ、ましてや良し悪しでもない。ただ、文化資本を持っていない人が割を食うような社会システムが存在することは確かなようだ。育ってきたコミュニティの違いで不平等が生じているのなら、「文化資本」の側面から貧困を考えてみることは無駄ではないはずだ。

____


貧乏な家の子どもがお金持ちになれない本当の理由と「思考格差」の正体=午堂登紀雄
2017年9月3日
http://www.mag2.com/p/money/293416


子どもに貧困が連鎖する本当の原因は「親の子育て」にあります。「所得格差が教育格差を生み、貧困が連鎖していく」という説は、厳密には正確ではありません


「親の経済格差⇒子の教育格差⇒連鎖する貧困」はどこまで本当か

相関関係はあっても、因果関係はない

雑誌やネットのコラムなどで、「親の所得格差が子の教育格差を生み、貧困が連鎖する」という記事がたびたび取り上げられます。

確かに相関関係はあると思いますが、私は直接的な因果関係はないと考えています。

昨今ではすでに、高等教育を受ければいい会社に就職もできて安泰という図式は崩れつつありますし、奨学金制度があるので大学に進学できないというケースは稀でしょう(私自身、高校・大学には奨学金で進学し、15年かけて完済しました)。

貧困が連鎖する本当の原因は、親の子育てではないかと私は考えます。

それは、低所得の親の思考パターンと行動パターンが子に伝わるからです。

低所得の親が抱える「本当の問題」とは

そもそも、なぜ親は低所得なのか。それはたとえば、難しい課題に取り組もうとしない、新しい仕事に挑戦しようとしない、困難にもくじけず耐えようとしない、逆境を乗り越えて目標を達成しようとしない、勉強して能力を高めてより成長しようという意欲が低いために起こることではないでしょうか。

つまり、親自身が勉強することの価値を理解していないのです。親自身が「学ぶこと、努力することによってのみ自分を成長させることができるのだ」と認識していなければ、それを子どもに伝えることはできません。

たとえば「勉強しろ」「早く宿題済ませろ」などというのは教育でも何でもなく、単なる強制です。

大人でも会社で上司から「仕事しろ」「さっさと終わらせろ」などと言われたら気分は良くないでしょう。

そして、そういうマインドは当然、日常生活の親の振る舞い、そして子供にかける言葉にも違いを生じさせます。

「自分にはムリ」と思っている親の口から出る言葉は、「お前にはムリ」ではないでしょうか。

貧困は「親の思考と行動」によって連鎖する

じっくり考えるのを面倒くさがる親は、子どもが「それどういうこと?」と聞いてきても「知らない」「どうでもいいよ」で終わってしまうかもしれません。

家族でテレビを見ていて、事故のニュースが流れた時に発するセリフも「怖いねえ」くらい。

そんな親の言葉、態度、何かに取り組むときの姿勢を見ていれば、子どもも当然それを見習います。そうして親と同じような思考パターン、行動パターンが形成されます。

虐待されて育った子どもが親になったとき、また子に虐待するというケースがあるのもそのためで、子にどう接していいかわからない親に育てられれば、本人もやはり自分の子にどう接していいかわからず、結局親と同じことをしてしまいやすいのです。

つまり、親自身が低学歴・低所得となるような思考と行動をしているわけで、それが子どもに伝わっていることが「連鎖する貧困」の原因と言えるのです。


高所得な親の「思考と行動」は何が違う?

反対に、高所得な親の思考と行動はどうでしょうか。

彼らは積極的に学習する姿勢を持ち、難しい問題に果敢に挑戦したり、スキルアップのために日々研鑽してきたからこそ高所得になったと考えられます。

そういう親は、学ぶことの意義を認識していますから、子どもにもそのように伝えます。親自身も積極的に学び、努力する姿勢を持っていますから、子もそんな親の姿を見て育ちます。

親自身が「努力が大切だ」と思っているから、「やってみろよ。失敗したってまた頑張ればいいんだから」と子にも挑戦することの大切さを教えます。「お前にはムリ」ではなく「お前ならできる」というところでしょうか。

子どもが「それどういうこと?」と聞いてきたら、「それはね、これこれこういうことで、こういう理由があるからなんだよ」と答えるか、わからなければ「なんでだろうね、一緒に調べてみようか」と答えるでしょう。

事故のニュースをテレビで見たら「こういう事故に遭わないようにするには、どう行動したらいいかな?」というセリフを発するかもしれません。

そういう親の態度に毎日毎日、何年間も接して育てば、子どもも親と同じような思考パターンや行動パターンを受け継いでいきます。

そのため、「勉強しろ」などと直接言わなくても、日々の会話の中から、親の論理的な考え方や勉強することの大切さは子に伝わるものです。

だからなのか、高学歴の親の子どももまた高学歴になりやすいですし、東大に合格した学生のほとんどは、子どものころから一度も親に「勉強しろ」と言われたことがないそうです。

子どもの人生を左右する「親の思考格差」

さらに、高所得の親は部下や組織をマネジメントしている立場である人が多いと考えられますから、「どうすれば人は動くか?やる気になるか?」という人間のモチベーションに配慮する姿勢を持っているでしょうそういうスキルを発動すれば、子どもがやる気になるように促すこともできると言えます。

逆に低所得者は末端従業員であることが多く、人のモチベーションがどうこうより自分が不平不満を言っている立場でしょうから、人間心理に疎い可能性があります。それはもしかしたら、子どもの学習意欲や進学意欲の適切な形成を損なっているかもしれません。

ただしこれは高所得家庭でも起こり得ることですが、たとえば親があれこれ先回りしすぎたり、支配的に押し付けるような子育てをすれば、子は自分の頭で考える機会を奪われ、それが子の貧困化につがることがあります。

後半はうがった見方かもしれませんが、いずれにせよ貧困の連鎖を生んでいるのは、親の所得格差ではなく、それに伴う教育格差でもなく、「親の思考格差」なのです(なお、結果的には同じなので、冒頭でも直接的な因果関係はないと表現したわけです)。

「鳶が鷹を生む」現象

そしてもちろん、どの世界にも例外はあり、貧困世帯からでも偉大な人物が出てくることもあります。

親を反面教師にして努力し大成した人もいれば、逆に立派過ぎる親に反発してドロップアウトする人もいますが、それらはほんの一握り。珍しいからこそ、そうした人がテレビや書籍で取り上げられるのです。

では、そんな「一握り」に子どもが育つ条件とは何でしょうか?


子どもの論理的思考を鍛えよ

「ではどうすればいいのか?」ですが、私のひとつの提案は、子どもの義務教育を変えることです。

本来は親がすべきことであっても、強制することはできません。そこで親ができないなら、学校教育を変えるしかないというわけです。

具体的には、まず理系科目のウエイトを高くすることが挙げられます。理系科目は論理的思考の基礎となるからです。

私が知る限り、低所得者の多くは数学や物理などの理系科目が苦手です(もちろん全員ということではありません)。

それはつまり、論理的思考が苦手であることを意味します。だから感情や思いつきで判断したり、自分の行動がどういう結果を招くのかという想像もできない。

ただ、現状でも授業数はいっぱいなのに、今後英語やプログラミングの授業も入ってくるとなると、これ以上コマ数を増やすのも難しそうですが……。

子どもが「自分で考える」習慣の大切さ

もうひとつは、学校の中で、自分で考える習慣をつけるような授業の頻度を増やすこと。

現在の学校教育の多くは、教師が知識を伝え、児童生徒は受け取るのみであり、そこに「自分の頭で考える」「自分の意見・主張を持つ」「自分の考えを発表し、他者との違いを認め合う」という場はほとんどありません。また、テストでは問いを与えられ、最初から答えが存在していることばかりですから、自ら問いを発する、つまり課題を発見する機会にも乏しい。

国語にいたっては、たとえば小説の問題でも「こういうふうに捉えなさい」と感じ方まで強制されます。むろん正確に読む書く話す能力は重要なので、それを否定するわけではありません。

そういう基本は押さえつつ、でも「そういう意見や考えもあっていい」という多様性が認められる場を盛り込もうという意味です。

そもそも低所得者は、現状に疑問を持つことが少なく、一方で「こうすべき」「こうしてはいけない」という強固な固定観念に縛られ、自由な発想ができません。

言われたことしかできないとか、標準化された仕事はできるけど創意工夫して変えることが苦手な人は、思い込みが激しく多様性を認めない傾向があります。そのような柔軟性がないため、環境変化にも適応できず、所得は下がっていきます。

そしてそれを「しつけ」と称して子にも教えている可能性があり、だから親のそういう根拠のない常識や思い込みから解放させ、自由に発想させる場が必要です。

それにはたとえば「あなたはどう考えるの?」「僕はこう思う」「私はこう考える」という一人一人の個性を発揮させる授業、たとえば討論やディベート、グループ研究・発表会などが考えられます。

ただ、これも前述と同様、現状の授業枠の中でそこまでの時間が取れるかどうか難しいですが……。

変わるべきは親自身

「自分は貧しかったから、子どもには良い教育を与えてあげたい」という親の気持ちは当然だとしても、やはり変わらなければならないのは親自身ではないか。

親が変われば子に接する態度が変わり、子も親の影響を受けて変わるはず。

そして親の手を借りずとも「大学ではなく専門学校に行く」とか「日本の大学ではなく海外の大学に行く。そのため給付型のスカラシップが取れるよう頑張る」などと、自己責任において進路を決めるようになるかもしれません。


子どもの人生に、本当に大切なこと

「親の経済力によって大学進学率に差がつくのはおかしい」「親が貧しく進学させてあげられないから教育格差が生まれ、子も貧しくなる」と考える人は、奨学金の無償化や、公的な教育投資を増やすよう働きかけています。

しかしそれは「大学に行けばすべて解決する」と言っているようなもので、本質とは言えません。

むろん、義務教育をちょっと変えるくらいで解決できるテーマではないし、集団の中ではどうしても差ができてきます。だから完全に格差をなくすことは不可能。

とはいえ大学以前に、子どもが自分の頭でしっかり考えるような教育をすれば、「雇われるため」の進学だけではなく、たとえば高校生で起業家デビューとか、多様な人生の展開ができるようになる人が増えるのではないでしょうか。


そういえば、お金に関する知識は学校教育では習わないですよね。生きる上ではとっても大切なことなのに。同様に、子育てに関する知識も学校では習わない。論理的な思考方法やコミュニケーション技術も習わない。

ということは、学校では教わらないことの方が、実は人生においては重要なのかもしれません。

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中国農村の子どもの半数、知力発育に遅れ、米経済学者が指摘―米メディア
http://www.recordchina.co.jp/b190840-s0-c30.html
2017年9月18日(月) 8時0分

2017年9月16日、米ボイス・オブ・アメリカは、中国の農村の子どもの半数が知力発育に遅れが生じていると指摘している。

米スタンフォード大の経済学者スコット・ロジール氏は、中国の河南省鄭州市にあるアップル社のOEMメーカーを視察した際、工場が採用したがるのは学歴が高くなく、しかも知的能力の高くない人ばかりだということに気づいた。

ロジール氏は「知的能力の低い高校中退者が好まれていた」とし、「応募してきた人たちに知能指数(IQ)テストを行い、成績が目立って高い人は採用しない」と、工場の採用について明かした。工場の単純なライン作業は10分程度で仕事が覚えられ、知性の高い人はその単純な反復作業がすぐにいやになってしまうからだという。

だが中国では、そうした単純作業に向く労働力があふれている。10年の国勢調査によると、高校卒業者は労働力全体の24%でしかなく、トルコやブラジル、メキシコ、南アフリカ、インドネシアなどよりも低い水準にある。経済協力開発機構(OECD)加盟国全体で見ると、全労働力のうち高卒以上の学歴を持つ人は74%もいる。

中国は、都市部では高校進学率が93%に上る。米国よりも高い水準だが、農村では37%と著しく低い。ロジール氏は「中国の農村に特有の現象だが、問題は根深い」と話す。

中国の3歳児は50%近くが貧困状態の農村で生活し、約25%は都市部の出稼ぎ労働者の住む貧しい地区で暮らしている。ロジール氏によると、農村の教育問題は、学校や教科書の不足だけでなく、栄養不足や健康面も多く、就学前から問題の種子が植えつけられるという。

ロジール氏を中心とする研究グループが14年から行っている調査によると、陝西省や河北省、雲南省の農村に住む生後18〜30カ月児の45〜53%がIQ85よりも低く、正常な水準を下回るという。他の地域でも同様の結果が出ている。

また遺伝子や栄養の問題以外に、成長の過程で大脳に刺激を与えて知能的発達を促すような育児が行われていないことも深く影響しているという。ロジール氏は、今後4〜5億人もの中国人が治る見込みのない知的障害を抱えて生きていくことになることになるかもしれないと話している。(翻訳・編集/岡田)

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甘い希望など持つな。貧困層の子供はもう抜け出せない現実

政治家の子供たちは大抵が政治家になっている。なぜか。政治家は儲かるからである。

金持ちの子供たちも大抵が金持ちである。遊び狂って財産を散財するだけの息子たちもいるが、こういった息子たちは、金があるから散財できる。

また金持ちの家庭の子供たちは高学歴が普通だ。なぜなら、子供の教育に金を出す余裕もあれば、安心して学業に励める快適な環境もあるからだ。親のコネや人脈で有名大学に入るルートもある。

現に、ハーバード大学やオックスフォード大学は世界各国の権力者の子弟を受け入れている。おまけに大学卒業後も、仕事や役職が約束されている。

端的に言うと、エリートや金持ちや権力者の子供たちというのは、最初から社会的な地位が用意されており、貧困家庭にはない多くのメリットを享受できる。

アメリカでは親の所得が高いほど子供の成績が良いのが確認されているが、その理由は言うまでもなく教育に最適な環境を整備できるからである。

子供が将来、社会的に成功しやすいかどうかというのは、本人の努力が問われる以前に、親の収入も影響する。世の中は公平ではない。それは冷徹な事実である。


極貧の家庭は、常に何らかのトラブルに追われる

これは別に社会学者が統計を出さなくても、普通の人ですら日常を観察してしみじみと思う現象でもある。

収入のある家庭では、子供にいろんな習い事をさせることができる。塾にも行かせることができるし、家庭教師を呼ぶこともできる。

また、親が精神的余裕も経済的余裕もあるので、子供に目をかけやすい。家族の団欒を持てたり、一緒に旅行ができたり、一緒に勉強したり遊んだりすることができる。

もちろん、すべての富裕層がそんな理想的な家庭ばかりではなく、それぞれ複雑な事情を抱えているのも事実だ。何の悩みもない家庭はひとつもない。

しかし一般的な比較で言うと、総じて富裕層は子供に最適な環境を与えることができる。それが、子供の能力を伸ばすので、富裕層の子供に社会的能力の高い子供が多いのは別におかしなことでも何でもない。

では、極貧の家庭で育つ子供たちはどうなのか。彼らは富裕層の子供たちが持つメリットは何もないだけでなく、大きなマイナスをも抱えている。

極貧の家庭は、常に何らかのトラブルに追い込まれている状態であると言ってもいい。親はストレスにまみれ、家庭そのものが破綻していることもある。

経済問題はありとあらゆる問題を先鋭化させるのだ。今を生きていくだけで精一杯であり、子供の教育などはすべて後回しにされる。

習い事をさせる余裕もない。塾や家庭教師など、とんでもない話である。義務教育が終われば、あとは一刻も早く社会に出て金を稼いで欲しいと考える家庭も多い。

そのように口に出して言わなくても、子供たちは親の貧窮ぶりを見て育っているので、悠長に教育を受けるよりも、さっさと社会に出て稼ごうと考える。

環境的に、低学歴で社会に出るしかない。

そうすると結局はそれが仇になって、低収入の仕事に甘んじるしかなくなっていく。もちろん、彼らに人脈やコネがあろうはずがなく、折に触れて助けてくれる人もいない。


貧困家庭に生まれたことから、すべてが始まっている

富裕層の子供たちが多くの良き助言者を持っているのに比して、貧困層の子供たちは多くの悪い友人を持っている。だから、マイナスの方向に引っ張られやすい。

そして、低学歴を余儀なくされた子供たちには、条件の良い仕事はあまりない。

低学歴でもできる収入の良い仕事というのは、極度に体力を使う仕事であったり、極度に危険な仕事であったり、反社会的なものであったりすることが多い。

その仕事に就いていること自体がトラブルの元になり、やがては自分の人生がトラブルによって潰される。しかし、そこから逃れられない。

良い仕事に就きたいと思っても、現実には低収入の仕事しかなく、将来の展望は見えてこない。

貧困家庭に生まれたことから、すべてが始まっている。「経済格差が遺伝する」というのは、こういった現象から言われているものだ。

日本は2000年代に入ってから、極度に格差が広がる社会になった。この「労働者使い捨て時代」に成人して社会に出た人々は今は30代から40代に入ろうとしている。

2017年、厚生労働省は20年間の国民生活基礎調査の家計所得を分析した結果を出した。

これによると「世帯主が40歳代の世帯では、単独世帯やひとり親世帯の増加で総所得が300万円未満の低所得世帯の割合が増加した」と報告している。

今「生活はやや苦しい、大変苦しい」が合わせて62.4%にまで増えた。

将来の展望もなく、低収入を余儀なくされているわけだから、結婚が激減して少子化が加速しても当然だ。しかし、それでも非正規労働のまま結婚し、将来の安定のない中で子供を持つ人たちも、もちろんいる。

重要なのは、こういった貧困を余儀なくされている人たちを社会が救済できなければ、彼らの子供たちもまた貧困層から抜け出せなくなる可能性があるということだ。


貧困層の子供はもう抜け出せない現実を知るべき

「6人に1人の子供が貧困状態にある」とはよく言われるようになっているのだが、この子供たちが助からない。貧困の子供たちを貧困のまま固定化させる現象が日本で生まれている。

2017年9月17日、総務省は65歳以上の高齢者人口が総人口の27.7%になったと報告した。そして90歳以上も初の200万人台に入ったことも合わせて報告している。

少子化も急加速で進んでいるのだが、超高齢化も止まらない。だから人口動態が日本の致命傷になっていくのは、もう結論的に分かっている。

経済大国としての日本は外国に抜かれていき、日本人が豊かになるチャンスも減少していく。内需が消え、社会が萎縮し、イノベーションを生み出す力も衰え、ありつけるパイがどんどん小さくなっていく。

その中で、富の大部分を富裕層がごっそりと持っていき、残りを大勢の貧困層が奪い合うという醜悪な社会になっていく。

いよいよ、そういった社会が見えてきている。

政府も無力になる。財政赤字が膨れ上がり、高齢者を養うために社会保障費の増大に苦しむ政府に余裕などない。余裕がないから、私たちからもっと税金を取り立てて奪ってくる。

隣人が何かしてくれるだろうか。それも期待できない。格差社会は、激烈な競争が生み出したものだからだ。助け合うのではなく、競争し合って他人を蹴落とす。

では、競争に勝つのは誰か。

もちろん最初から恵まれた富裕層の子供たちである。社会はフェアではない。フェアではない競争社会では、最初から何も持たない不利な貧困の子供たちは助からないのだ。

現実を見れば、すでにそんな強烈な社会になっている。そして、この問題は完全に放置されている。

だから、金があるかないかできれいに分離する一種の身分社会になって、ピラミッドの底辺が底辺のまま抜け出せない社会が到来する。

今の社会に甘い希望など持ってはいけない。貧困層の子供はもう抜け出せない現実を見る必要がある。この現実に気付いて危機感を持たないと、すべての日本人が不幸になる。
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2017/09/20170922T1712200900.html


貧困層が資産を持てない7つの理由とそれを克服する処方箋

世の中は恵まれている人ばかりではない。

知的能力が高くて論理的な思考ができていても、家庭が貧しすぎて学歴を得られなかった人もいるし、学業を途中で放棄せざるを得なかった人たちも数多く存在する。

それが将来的に自分の人生に不利な状況になってしまうことを分かっていても、貧困のために学歴を重ねられなかったという人もいるのである。

現代社会は学歴社会なので、学歴がないというのはそれだけで不利な立場に追いやられていく。

高度な仕事、あるいは正社員の地位の多くは高学歴の人たちのものであり、諸般の事情で学歴が得られなかった人は、それだけで就職の入口から排除されてしまう。そのため、学歴の欠如は貧困に直結しやすい傾向にある。

貧困層が貧困から逃れられないのは、学歴だけが問題なのではない。貧困の世界で生まれ、育ち、そこで生きてきた人たちの多くは「貧困思考」というものを持っている。

貧困思考というのは、貧困から抜け出すことができない思考法を指す。長く貧困で生きたことによって、それが貧困から抜け出せない思考に染まってしまうのである。具体的には、どんなものなのか。


浮かばれない人生の底には「貧困思考」がある

「貧困思考」の中で、最も危険なのは何か。それは「自暴自棄」であると言える。

貧困の中で暮らし、貧困に苦しめられ、貧困の中でもがいて抜け出せない地獄を味わい続けると、やがてその人の心は荒んでいき、その心の荒廃はひとつの傾向を示すようになる。それが自暴自棄だ。

希望を失い、失望を重ねたことによって、「もう自分なんかどうなってもいい」とすべてを投げ出してしまう。

自分に怒りを感じ、あきらめ、「もう何をしても無駄だ」と思って向上心をも捨て去り、流されて生き、まわりからの救済があっても「余計なことをするな」と拒絶する。

自暴自棄が自分の心に定着すると、もはや貧困から抜け出すどころではなくなってしまう。長く生きるということすらもできなくなってしまうのである。資産を形成するどころではないのは確かだ。

「貧困思考」は合理的思考の欠如をも含む。たとえば、いくつかの選択肢があった時、自分がどの選択肢を選べば利益を得られるのかを冷静に考えられない。あえて、選んではいけない方を選んだりする。

たとえば、意味もなく高額なものを買ったり、不必要なものに散財したりする人もいる。合理的に考えれば経済的に苦しい時こそ「貯める」という選択肢が必要なのだが、理由を付けて消費する。

それでいて、必要なところに金を回さないで、自業自得のように自分を追い詰める。こうした行き当たりばったりや衝動的な感情に振り回されて合理的な思考や決断をしないというのも貧困思考の特徴だ。

この衝動性は、ギャンブルに強い関心を持つことにも表れる。ギャンブルは勝てば大金を得られるのだが、一方で「勝つ確率が極度に低い」という見過ごせない一面がある。

勝つ確率が低いものに賭け続けていると、負けが込んですべてを失うのは目に見えている。しかし、貧困思考にとらわれていると、その最も重要な一面が見えないのである。

それだけではない……。
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2017/12/20171210T1639280900.html


「経済格差は知能の格差」という現実から目を背けるな[橘玲の日々刻々]
http://diamond.jp/articles/-/114447


 2016年に国際社会を揺るがした最大の事件は、イギリスのEU離脱を決めた6月の国民投票だと思っていたら、11月のアメリカ大統領選でそれを上回る衝撃が起きました。もうひとつの驚きはAI(人工知能)で、ディープラーニングによってコンピュータがチェスだけでなく、より複雑な将棋や囲碁でプロを圧倒する時代がやってきました。

 じつはこのふたつの出来事は、「知識社会化」という同じコインの裏表です。

『ワイアード』創刊編集長のケヴィン・ケリーは、人間がテクロジーを開発しているのではなく、テクノロジーが人間を利用して自ら進化しているのだという「テクニウム(テクノロジー生態系)」を唱えました。テクノロジーはまるで生物のように、さまざまな知を吸収して未知の領域へと自己組織化していくのです。

 社会が高度に知識化すれば、それに適応するにはより高い知能・技能が求められます。――パソコンを使いこなせないと事務の仕事すらできない、というように。仕事に必要とされる知能のハードルが上がれば、必然的に多くの労働者が仕事を失うことになるでしょう。これが「格差社会」とか「中流の崩壊」と呼ばれる現象です。

 しかし失業したブルーワーカーは、なぜ自分が虐げられるのかがわかりません。その怒りを動員するのがポピュリストの政治家で、今年はフランスやイタリア、ドイツなどでも同じ光景を見ることになるでしょう。なぜなら、知能の格差が経済格差を生み、社会を混乱させるのは、(新興国との競争にさらされる所得の高い)先進国に共通の問題だからです。

 AIがその驚くべき能力を示しはじめたとき、多くのひとが、人間がロボットに支配されるSF的なディストピアを予感しました。しかしその後、すこし冷静になると、AIは人間に取って代わるものではなく、人間の知能を拡張するツールだといわれるようになりました。脳(身体)とコンピュータは仕組みが本質的に異なっているので、AIがどれほど学習しても、人間のような認知能力や共感能力を持つことはできないからです。

 しかしこの事実も、あまり明るい未来は見せてはくれません。

 AIが知的能力を大きく引き上げるとしても、それはすべてのひとに平等に恩恵を与えるわけではありません。そこからもっとも大きな利益を得るのが、高度で複雑なテクノロジーを効果的に使いこなす、知的能力の高いひとであることは間違いないからです。同様のことはビッグデータ(統計解析)などの分析手法や、ビットコイン(ブロックチェーン)、3Dプリンタ、VR(ヴァーチャル・リアリティ)のような新しい技術にもいえるでしょう。

 このようにしてテクノロジーの「進化」がますます知能の格差を広げ、それによって富は局在化し、経済格差が深刻になり、社会は分断されていきます。これは知識社会化がもたらす必然ですから、人類がこの運命を避けることは(おそらく)できないでしょう。

 だとすれば、私たちはどうすればいいのでしょうか。

 そのこたえを私は持ち合わせませんが、ひとつだけ確かなことがあります。それは、「経済格差は知能の格差」という現実から目を背けるなら、私たちはグロテスクな「陰謀論」の世界に落ちていく以外の未来はない、ということです。


参考:ケヴィン・ケリー『テクニウム――テクノロジーはどこへ向かうのか?』
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4622077531/ref=as_li_tf_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4622077531&linkCode=as2&tag=mailmagazin0asyuracom-22


お金持ちが経験、お金がお金を呼ぶ「ゾーン」とは?
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170326-00000011-zuuonline-bus_all
ZUU online 3/26(日) 18:30配信

お金持ちは、お金を引き寄せる。
お金の性質を理解して、
お金がお金を呼ぶ「ゾーン」を体験せよ。

私は、よく「菅下さんはお金持ちでいいですね」と言われます。
自分の貯金額を明かしたことはないのですが、なぜかそう言われます。どうも、私は「お金持ち顔」なのだそうです。

(本記事は、菅下清廣氏の著書『今こそ「お金の教養」を身につけなさい 稼ぎ、貯め、殖やす人の”37のルール”』(PHPビジネス新書)の中から一部を抜粋・編集しています)

でも中学生で父が事業に失敗したあのころ、私はしばらくお金に嫌われてしまいました。大学生の頃もアルバイトをしていましたが、貯金をするほどの余裕はなかった。必死にアルバイトをしていた私と、いまの「お金持ち顔」の私。何が違うのでしょう。

私は「貧乏」も「お金持ち」もどちらも経験しましたが、明らかに違うことがあります。それは「お金が向こうから寄ってくるかどうか」です。

お金を持つと、お金がお金を吸い寄せ、さらにお金が集まります。なぜか。お金持ちの人には、お金儲けの話が集まるからです。

「あの人はお金持ちだから、おそらくいい頭脳と人脈をもっているに違いない。相談にいってみよう」

と、なるわけです。有益な相談もたくさんありますから、結果としていい人脈やお金が集まってきます。

よく考えたら、当然のことです。貧乏な人にお金儲けの案件を持ち込んでも、無駄ですから、貧乏な人には、人も金も集まってきません。

■お金がお金を呼ぶ「ゾーン」とは?

お金持ちは、一定額以上貯まったら、あえて貯金をしようとはしていません。お金が向こうから寄ってきて、よほど浪費しなければ結果として貯金できてしまうからです。

私も年収10年分貯まった頃から、「お金を貯めよう」という意識は無くなりました。10年分の貯金があれば、人間は気前が良くなります。すると、さらにいい人が集まってきます。ですから、もともとお金持ちの家に生まれた人は、お金が集まりやすいはずなんです。それでもお金が貯まらないということは、頭が悪いか、素行が悪い。どちらかです。

話を戻します。お金がお金を呼びはじめると、お金は勝手に増えてくれます。たとえば、1千万円をローリスクで利息10%の商品に投資すると、年間100万円になります。月8万円程度のお小遣いがもらえれば、これまで食事などに使っていたお金を、別のことに投資できるようになります。

でもこれでは、「お金がお金を呼ぶ」と言うほどではないです。まだ、少し甘い。本当に「お金がお金を呼ぶ」スパイラルをつくるには、5千万円、1億円クラスのお金が必要です。

1億円あれば、たとえ5%の運用であっても、年間500万円のキャッシュフローが生まれる。30代くらいの方の年収が、そっくりそのままもらえちゃうわけです。

こうなると、お金がお金を呼ぶ「ゾーン」に入ります。あなたに関係のない話をしているのではありません。1億円だって、今は夢のように思えても、貯まります。その「はじめの一歩」が、この本でおすすめしている「恒産」なのです。

お金というのは不思議なもので、10万円しかない人には減る一方、100万円くらいなら横ばい、1000万円になるともう減りません。1億円貯まったら、もう楽勝ゾーン。

■金融リテラシーや投資頭脳は、お金の量に比例

貯蓄が一定のレベルを超えると、貯金の利子もつきますし、お金につながる情報も自然に寄ってきます。おそらくあなたの頭には、最低限の金融リテラシーも備わっているでしょう。さらに一定額になると、「もう少し増やしたい」と思いはじめるから、自然と投資や金融の勉強をはじめます。

お金もリテラシーもないときは、勉強も苦痛です。でもお金が増えると、さらに知識量が増え、お金も増える。すると勉強が楽しくなるから、やっぱりお金も増えます。

金融リテラシーや投資頭脳は、お金の量に比例します。資産家ほど、実はとても勉強家なのです。やっぱり、樽に小銭を貯めていてもダメなんです。

■ピンチをチャンスに変えた経験

お金持ちは、素直。
浅はかな失敗をしても、すぐに方向転換できるかどうか。

エニグモの田中さんは、ピンチをチャンスに変えました。ピンチを機に、自身の人生を上昇気流に乗せました。でもピンチの渦中にいる時には、どうすれば上昇できるのか、一体なんで下降しているのか、わからないことが多いものです。私もそうでした。

私は大和証券時代、常にトップセールスを誇っていました。しかし、当時の日本企業は成果主義を導入していませんでしたから、どんなに頑張っても月給以上はもらえません。私は、転職を考えました。

私の先輩で、相場能力の優れた方がいました。営業成績が極めて高く、良質なお客さんをたくさん持っていた先輩は、大和証券を辞め、小さな証券会社の外務員になりました。

外務員になると、取引手数料の一部が収入になるので、成績が上がるほど手取りも増えます。証券会社に机と電話を貸してもらい、「身ひとつ」で営業します。頑張りによっては、年収1億円も夢ではありません。

その先輩から、「菅下君、一緒にやろう」と誘われたのです。まだ新人でしたが、「君の相場観は抜群だし、営業もできる。2人でチームを組めば、自分がいないときにお客さんを見てもらうこともできるから都合がいい」と言われ、うかつにも「やってやろう」と思ってしまいました。22歳か、23歳のころです。

大和証券という一流の証券会社に入社したわけですから、その後の人生も、一流で終えられる可能性があります。でも小さな証券会社に行ったら、先はないかもしれない。でも若いから思慮が浅く、新しい会社に「来週からお世話になります」と挨拶に行ってしまったのです。先輩の隣に、席が用意されていました。

こんな私を救ってくれたのが、当時私が勤めていた大和証券の大阪営業部長です。「思い立ったたが吉日」と私は大和証券にさっさと辞表を提出し、過去にお世話になったこの部長に挨拶に行きました。大阪の営業を仕切っている方で、めちゃくちゃ偉い人です。

その部長に、「『大番』のギューちゃんを目指して、相場で勝負します」と言ったら、すごい剣幕で怒られました。彼のデスクは、100坪くらいのフロアの一番前にありました。500人の部下のデスクが整然と並び、営業マンたちは忙しく電話をしています。その前で、飛び上がるほど怒られました。500人、ほぼ全員が私を見ました。

「目先の金儲けに目をくらませて、人生を誤るとは何事だ。辞表を提出してしまったのなら、しょうがない。俺が口をきくから、世界最大の証券会社に行け」

その言葉が、ピンチをチャンスに変えました。当時、世界最大の証券会社だったメリルリンチが、日本に進出したばかりだったのです。先輩も「同じ相場師になるなら、ちっぽけな大阪の相場師より、世界の相場師になれ」と言ってくれました。

私がメリルリンチに入社できたのも、先輩が大和証券の国際部門経由で、推薦してくれたからです。メリルリンチの採用担当者は「大和証券の推薦なら採ります」と言ってくれました。

些細なことで、ピンチはチャンスに変わります。特に若いと、人生経験が少ないから、判断も浅い。判断を簡単に誤り、人生を下降させます。私を叱ってくれた部長は、私にとって人生の神様です。彼はのちに大和証券の副社長になり、私がメリルリンチに行ったあともずっと応援してくれました。

いい先輩や上司に恵まれた方は、是非大切にしてください。そして先輩の言葉には、素直に耳を傾けましょう。もしも、悪い遊びに誘う先輩に恵まれてしまったら、それは悪い運です。さっさと断ち切って、遊びや飲みの時間を勉強に充てましょう。それが、幸運を呼び込む秘訣です。

菅下 清廣
スガシタパートナーズ株式会社代表取締役。国際金融コンサルタント、投資家。立命館アジア太平洋大学学長特別顧問。

http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/915.html#c8

[リバイバル3] 「住宅は資産」という幻想で誰があなたをカモにするのか? 中川隆
180. 中川隆[-12668] koaQ7Jey 2018年5月30日 18:59:53 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14584]
2018-05-30
安普請のアパートや欠陥マンションの蔓延で日本の国土が荒廃していく


株式会社レオパレス21は東証1部上場企業であり、大手不動産会社のひとつである。

この企業は2016年秋以降にサブリース契約で相次いで裁判を起こされている。サブリース契約というのは「転貸を目的とした一括借上」のことを言う。

レオパレス21が貸主から賃借した建物を、実際の入居者に転貸して家賃を徴収し、リース料を貸主に支払うという流れになっている。

サブリースを行う業者は、貸主にアパートを建てさせて金を儲け、家賃から管理費という名目で中抜きし、リフォームすると言ってまた貸主に金を出させてそれを中抜きし、空室が出たら家賃を減額させて貸主にダメージを与える。

サブリース業者は、ほとんど人がいないような地方の田んぼのど真ん中でも貸主をけしかけてアパートを建てさせる。だから、人口が減っているのにアパートが次々と建つという状況になっているのである。

レオパレス21もこのサブリース業をしていたのだが、貸主と多くのトラブルを起こして裁判だらけになっていた。


金儲けのためだけに建てられてた安普請アパート群

問題はそれだけではなかった。2018年5月29日、レオパレス21は「計206棟のアパートで施工不良を確認した。来年6月までに全3万7853棟を調査し、不備のある物件を改修する」と発表している。

レオパレス21はこれが「意図的な手抜き工事ではない」としているのだが、実はレオパレス21のアパートは隣の声が筒抜けするほど安普請であるというのは誰でも知っていた。インターネットではこのような「伝説」も出回っていたからだ。

「エアコンが勝手に切れる」

「チャイムが鳴らされたと思って玄関を開けたら、四軒隣の部屋だった」

「チャイムが聞こえ今度こそはと思ったけど、やっぱり隣の部屋だった」

「チャイムを鳴らしたら住人全員が出てきた」……。

このレオパレス21の安普請のアパートの問題は、グーグルで「レオパレス21・伝説」で調べたら大量に似たようなバージョンが出てくる。

壁が薄すぎるという悪評は凄まじく多いのだが、実際にはアパートの部屋の境界となる壁が天井に達していなかった。つまり、天井を開ければ、天井越しに隣の部屋でもどこの部屋でも移動できる状態だったのである。
https://darkness-tiga.blogspot.com/2018/05/20180530T1753250900.html#QtWHgNU.google_plusone_ninja_m
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/615.html#c180

[不安と不健康18] 実は分かってた、本格的な糖質制限を続けた人たちの寿命は短かった てんさい(い)
7. 中川隆[-12667] koaQ7Jey 2018年5月30日 20:12:22 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14584]
阿修羅には >>6 みたいな キ印 しかいないな
http://www.asyura2.com/16/health18/msg/629.html#c7
[昼休み53] 足立区にだけは住んではいけない 中川隆
9. 中川隆[-12672] koaQ7Jey 2018年5月30日 20:53:30 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14590]

☆年収「300万円未満」や「1000万円以上」の世帯がどの地域に多いのか一目で分かる「世帯の年間収入マップ」


URL http://gigazine.net/news/20151201-household-income-map/

総務省統計局が公開している平成25年住宅・土地統計調査の中には「世帯の年間収入階級(5区分)」というデータがあり、

「300万円未満、300万円〜500万円、500万円〜700万円、700万円〜1000万円、1000万円以上」の世帯

がどのくらいあるかが調査されているのですが、そのデータを地図上にマッピングしたのが「世帯の年間収入マップ」です。

画面左下から世帯年収を「300万円未満」「300万円〜500万円」「500万円〜700万円」「700万円〜1000万円」「1000万円以上」に設定可能で……

バーをスライドさせることで、指定した年収の世帯が地域に占める割合を変更できます。


☆世帯の年間収入マップ
URL http://shimz.me/datavis/mimanCity/

http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/915.html#c9

[近代史02] 白人はなぜ白人か _ 白人が人間性を失っていった過程 中川隆
134. 中川隆[-12671] koaQ7Jey 2018年5月30日 21:11:23 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14590]

2018年05月30日
拒否できないスターバックス / 誰でも滞在できる喫茶店
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68719028.html

(左: 米国で権利意識に目覚める人々 / 右: 理想的なアメリカ社会を構成する人々)

  「スターバックス」社と言えば、世界中にコーヒー・ショップ展開するグローバル企業として有名だ。シアトル風のお洒落な雰囲気を醸し出す店内には、香ばしいコーヒーがズラリと用意され、訪れたお客様は素敵な一時を楽しむ。ところが、米国本土のフィラデルフィアにある支店で、ある事件が起きてしまい、トンデモナい損失を蒙ることになったという。

  今年の4月12日、ラション・ネルソン(Rashon Nelson)とドンテ・ロビンソン(Donte Robinson)という二人のアフロ・アメリカ人が、フィラデルフィアの支店に現れ、店内のトイレを拝借したいと申し出た。しかし、このコーヒー・ショップでは来客のみが便所を使うことができ、お客以外の使用を断っていたのだ。店内の表示板にも“ちゃんと”記されていたので、文字を読める者なら誰にでも分かる。米国の事情に詳しくない日本人だと、「随分とケチだなぁ」と思ってしまうが、マクドナルドでも同じで、何かを買った人でないと使えない場合が多い。筆者が調査目的でニューヨークのマクドナルドに入ったとき、店員から特殊なコインをもらって便所を使った経験がある。これは、お客でない通行人とか浮浪者を排除するためだ。日本と違い、米国は排便する時にとても不便だ。米国の街には無料便所が少なく、マンハッタンで用を足すには、どこかのレストランとか百貨店に入るしかない。日本のコンビニみたいに、誰でも気軽に入れるトイレというものは珍しい。

Starbucks Rashon Nelson & Robinson 2Holly Hylton 1


(左: ABCの番組に出演したネルソンとロビンソン / 右: 店長だったホリー・ヒルトン)

  話を戻すと、何も注文しないのに、ネルソンとロビンソンが便所を使おうとしたので、店長のホリー・M・ヒルトン(Holly Marie Hylton)は、“規則通り”に二人を拒もうとした。そして、彼女は出て行くよう命じたのだが、彼らは店から去ろうとせず、友達と待ち合わせをしているから店内で待つと言い張ったらしい。言葉で説明しても埒が明かなかったので、マネージャーのヒルトンは警察に通報し、駆けつけた警察官は駄々を捏ねる二人の黒人を逮捕。本来なら、警官が黒人どもを連行し、説教するだけで事が済んだはずなのだ。

Kevin Johnson 2(左 / ケヴィン・ジョンソン)
  ところが、ヒルトン店長が白人であったことが不味かった。便所を借りたいと願い出る黒人を拒絶したのが、レイシズム的口調と解釈され、問題が人種差別にすり替わってしまったのだ。この逮捕劇は携帯電話で録画され、インターネットで拡散したから一般の黒人たちも激怒。店の前には憤慨した黒人たちが群がりはじめ、終いには「ボイコット・スターバックス(#BoycottStarbucks)」という抗議運動の発生にまで至ってしまった。この騒擾で最も顔面蒼白となったのは、最高経営者のケヴィン・ジョンソン(Kevin Johnson)だ。早速、彼はこの対応を非難し、二人の「被害者」に面会し、心から謝罪した。そして、このリベラル派の責任者は全米にある八千軒の支店を一旦閉鎖し、二度と店員に偏見を持たせないよう、5月29日から矯正トレーニングを施すと宣言した。(Hayden Field, "The 2 Men Wrongly Arrested at Starbucks Negotiate for a $ 200,000 Program to Support Young Entrepreneurs", Entrepreneur, May 3, 2018)

  ジョンソン社長がこうした措置を約束したのも無理はない。レイシズムが絡む事件となれば、世間の評判を気にする企業にとっては致命傷だ。それに、逮捕されたネルソンとロビンソンは、スターバックスを相手取って訴訟を起こしたので、裁判所がどんな懲罰的判決を下すか分からない。目の眩むような賠償金を請求されたら大変だ。最終的に、この黒人どもはスターバックス社との示談に応じ、彼らは象徴的な和解金1ドルを受け取ることにした。しかし、こんな端金(はしたがね)で済むはずがない。スターバックス社は若い企業家を育成するためのプログラムに20万ドル(約2千200万円)を提供し、ネルソンとロビンソンは、この支援金を与える委員会のメンバーになったそうだ。つまり、彼らが中心となって、申請者を吟味し、誰にお金を提供するのかを決めるという訳だ。彼らはABCの番組「グッド・モーニング・アメリカ」に出演し、不当な扱いに抗議する「被害者」としてインタビューに応じていた。

Starbucks protest 1starbucks protest 3


(写真 / スターバックスに集まり、抗議活動を行う黒人)

  それにしても、スターバックス社が蒙った被害は甚大だ。被害者ヅラの黒人に20万ドルをくれてやった上に、8千店舗を閉めて社員教育を施すんだから、一体いくらの出費になるのか。閉店中の損失も莫大で、営業利益がどれほど失われるのか想像もつかない。スターバックス社の損害もさることながら、詰め腹を切らされたヒルトンも可哀想だ。彼女は店の規則を守っただけなのに、その違反者がたまたま黒人で、注意した彼女が白人という構図から、実質的な解雇となってしまったのだ。これがもし、店長が黒人女性で、侵入者が白人であったら、マスメディアの反応はどうなっていたことか。たぶん、店に居坐る白人の方が「悪者」になっていたことだろう。そして、一般の黒人たちは不届き者の白人が連行される姿を見て喝采をあげるに違いない。彼らは「店の規則を守らない白人どもが傲慢なのだ!」と叫ぶだろう。

Laura Ingraham 001Robin Roberts 4Robin Roberts in GMA


(左ローラ・ンイングラム / 中央ロビン・ロバーツ / 右「グッド・モーニング・アメリカ」に出演するキャスター)

  一方、糾弾されたヒルトンは惨めだ。彼女は地方の大学を卒業し、大学院にまで進んで将来の経歴を考えていたのに、不埒な黒人のせいで店長の座を去ることになった。そもそも、ネルソンとロビンソンが強引に店内で留まったことが原因なのに、店を守ろうとしたヒルトンがクビになるなんておかしい。もし、彼女が同じ黒人なら、あれほどの騒動にはならなかったであろう。レイシズムを過剰に取り締まる国では、往々にして白人が逆差別を受ける立場になる。しかし、白人のために立ち上がろうとする白人指導者はいない。一般の白人も店に押しかけ、抗議活動をすることはないから、槍玉に上がったヒルトンは孤立無援だ。彼女の側に立って擁護したジャーナリストは、FOXニューズの保守派司会者ローラ・イングラハム(Laura Ingraham)くらいで、ABCやCBSといった大手メディアは圧倒的に黒人の肩を持っていた。例えば、「グッド・モーニング・アメリカ」のキャスターを務めるロビン・ロバーツ(Robin Robinson)なんか、最初から同情している表情で、ネルソンとロビンソンの話を熱心に聞いていたんだから、インタビュー映像を観ている白人視聴者は気分が悪くなる。つくづく思うけど、アフリカ系、アジア系、ヒスパニック系なら、異を唱える指導者がいくらでも居るのに、西歐系だと「白人至上主義者」の烙印を押され、社会的に抹殺されてしまう。こんな調子だから、アメリカ合衆国はいったい誰が建設したのか、と疑いたくなるじゃないか。

効果の無い矯正トレーニング

  今回の事件で一つ気になるのは、差別撤廃を目的とした社員教育に実質的な“効果”があるのか、という点である。確かに、特定人種への軽率な言葉や居丈高な態度は改善されるだろう。しかし、本当に侮蔑心や不快感が無くなったかと言えば、疑問を抱かざるを得ない。以前、829社を対象に、31年間にも亙る「偏見解消教育」が実施されたことがある。ところが、その調査報告書によれば、「多様性教育」がもたらした積極的効果は全く無かったという。(Peter Bregman, "Diversity Training Doesn't Work", Harvard Business Review, March 12, 2012) つまり、長年かけて「黒人を嫌ってはダメよ !」とか、「ヒスパニックやアジア人のお客にも平等な態度で接しなさい」、「有色人種に妙な表情を見てはいけません !」と教え込んでも、白人の従業員は心から悔い改めなかった、ということだ。なるほど、しつこく調教されれば、白人社員だって表面的には丁寧な対応をするだろう。しかし、こうした精神改造プログラムは却って受講者の反撥を招き、「何で黒人どもに媚びへつらわねばならないんだ ?! あいつ等の態度が悪いからじゃないか ! 私は普通に接しただけだ」と呟く。中には「じゃあ、もし乱暴で下品な客が来ても、そのままにしろとでも言うのか?!」と反論する者も出てくるだろう。

coffee shop 2Rashon Nelson 1

(左: お金を払ってコーヒーを飲むお客様 / 右: 便所だけを使いに入ってくるラション・ネルソン)

  「偏見」と「差別」を指摘されたヒラ社員や支店長は、上司から命令を受け、渋々ながら「講義」を受けているに過ぎない。人の心は強制で変えることは出来ないのに、最高経営者がマスコミの総攻撃に怯んでしまい、有色人種に土下座するから、下っ端の者はおもしろくない。黒人やヒスパニックの下劣な客が何かをしでかせば、「お前の対応が稚拙だからだ。もっと、上手に対応しろ !」と監督者から注意される。でも、事態の収拾を図るべく警察を呼べば、今度は「何で大袈裟な問題にするんだ、バカ野郎 ! 」と叱責され、「左遷だ ! 降格だ !」と言われる可能性もあり、最悪の場合「お前はクビだ !!」と宣告されてしまうのだ。大した給料をもらっているわけでもないのに、全責任を押しつけられる係長や部長は怒りをぶつける先が無い。自分の運命を恨むしかないのだ。それにしても、責任があるのに権能がない管理職って何なのか?

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(左: コーヒーを楽しむ普通のお客 / 右: スターバックスで働く店員)

  ヨーロッパでもそうだけど、リベラル派のアメリカ人というのは有色人種とか弱者に親切だ。何らかのレイシズム的事件が起こると、直ぐマイノリティー用の対策を講じてくれる。スターバックスも反省の態度を示し、これからは誰でも店内をうろつくことができるそうだ。(Gene Marks, " Starbacks Is Now Open for Loitering and It's a Terrible Business Decision", Entrepreneur, May 22, 2018) しかし、そうなればコーヒーとかケーキを注文しなくても、気軽に椅子に坐って友達を待っていてもいいし、待ち合わせた友達といつまでも雑談をしていてもいいことになる。記事を書いたジーン・マークス記者が述べていたけど、これは誰もがスターバックスをバス停のような場所と見なしてもいいし、浮浪者が遠慮無く居坐ってもいいことを意味している。彼はこうした「改善」を恐ろしいと思っているそうだ。まぁ、日本人も同じ意見だろう。例えば、何ヶ月も風呂に入っていない路上生活者が店内に入ってきて、便所に駆け込み、オナラを交えて小便や大便をしてもいいということだ。でも、こうした浮浪者がウンコをしたあとに、除菌を気にする女性客が入って用を足せるのか? もし、このような事態が常習となったら、コーヒーを注文してくれるお客が減る可能性は高い。おそらく、「ドトール」とかの他店に流れてしまうだろう。お金を落としてくれる顧客が減少して、臭気を漂わせる居候が増加すれば、店の経営は確実に赤字だ。

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(写真 / 「改善後」にやって来る新しい「お客様」)

  安全な国で脳天気に働いている日本人は、ヒルトンの解雇劇を見て、「あらぁ〜、運が悪かったのねぇ〜」としか思わない。日本なら同じような現象は起きないと確信している。何とも暢気だ。仮に、コーヒー店で働く日系日本人がいたとしよう。お金を落としてくれるお客様が減っているのに、何も注文しないでダラダラと雑談するだけの通行人が増えれば、店はどうなるのか? それに、薄汚い乞食が使った便器を毎回掃除する店員はどう思うのか? 便所掃除をしない最高経営者は、「寛大な心」で浮浪者を歓迎するけど、現場で床にばらまかれた糞尿を掃除する下っ端店員は涙が出てくる。支那人が使った後の便所みたいで、クラクラっと目眩がして卒倒するぞ。

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(左: スターバックスで講義を行う人々 / 右: 「スターバックス」で歓迎されるホームレス)

  今や、「静かなる移民政策」で異民族が続々と流入し、結婚や帰化を通して大量の外人が「日本国民」となっている。だから、日本の喫茶店やフランチャイズ店で、似たような騒動が起きても不思議ではない。もし、日本人の店長がアジア人客への対応でミスを犯したらどうなるのか? 例えば、支那人の客がやって来て、カタコトの日本語でモゴモゴと注文したので、日本人の店員が何度も聞き直したら、支那人が「バカにしているのかぁ!」と怒り出す可能性もある。また、朝鮮人の客が棚に並べてある商品をガサツに扱うから、店員が注意をすれば、「民族差別だ!! 日帝の名残だ!!」とわめき出すかも知れないのだ。

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(写真 / 昔のコーヒー店での風景)

  日本人のお客なら、幼い時から「日本人の感覚」を“肌”で学び取るから、日系の店員と揉めることは少ないが、日本人の常識を知らないアジア系国民や帰化したばかりの黒人、後進国からの観光客などは、侮辱されたと勘違いし、会社全体を訴えたりするのである。たとえ、この店長に悪気が無くても、お客が不愉快に思えば、本店の経営者に文句を垂れるし、SNSで動画を流せば、店の評判はガタ落ちだ。こうなれば、社長や重役が即座にやって来て、「不愉快な思いをされたお客様」に深く陳謝する。社長たちは記者会見でも深刻な謝罪を行うので、当事者の社員は言われなくても自主的に辞職を申し出るはずた。でも、こうしてクビになった社員が本当に悔やんでいるのは、お客への態度ではなく、自らの「不運」である。そして、「よりにもよって、なんで俺が・・・」という愚痴をこぼすのが普通だろう。もし、小学生や中学生の子供と女房、そして自宅やクルマの借金返済を抱えていれば、失業の痛手は更に厳しくなる。外国人労働者が流入して日本人の平均給与が下がった上に、人種・民族問題まで持ち上がるんだから、何も知らなかった庶民は踏んだり蹴ったりであろう。

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(左: アメリカで譴責されるタイプの人間 / 右: 差別を糾弾するタイプの人々)

  筆者が露骨な民族問題を紹介すると、世間の一般人は「右翼分子」とか「ネオナチ」と侮蔑するが、いざ自分が民族問題に巻き込まれると、俄(にわか)「右翼」や「外人排斥者」になるんだから、おかしなものである。そもそも、学者やマスコミが間違っているのだ。好ましい西歐人を受け容れ、嫌いなアジア人を遮断するのは、日本人の権利であり、選択の自由じゃないか。日本人が祖国で快適な生活を送って何が悪いのか? 不愉快な難民や移民を抱え込む難民条約など“さっさ”と破棄して、歐米諸国に「一緒に脱退しないかい?」と呼びかけるべきだろう。実際、イギリス人やカナダ人、フランス人、ドイツ人、スウェーデン人、西歐系アメリカ人も、異民族の流入にウンザリしており、なるべく排除したいと思っている。ハンガリー人やポーランド人はもっと率直で、ユダヤ人はもとより、シリア人とかイラク人の排斥を堂々と訴えている。不甲斐ないのは西歐人と日本人くらいである。我々は断固とした意思で黒人を叩き出すイスラエルのユダヤ人を見倣うべきだ。白い肌を自慢するアシュケナージムのユダヤ人は、イスラム教徒が大嫌いで、アラブ人との混血なんて夢にも思わない。同じ民族、一つの信仰、同胞だけの祖国を掲げるイスラエルのユダヤ人は立派である。でも、これってヒトラーの理想じゃないのか? まぁ、ホロコーストの犠牲者なんだから、ナチズムの復活くらい大目に見なくちゃね。
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68719028.html
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/390.html#c134

[昼休み53] 足立区にだけは住んではいけない 中川隆
10. 中川隆[-12670] koaQ7Jey 2018年5月30日 21:25:47 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14590]

東京都足立区ってどんなとこ? - 東京DEEP案内
https://tokyodeep.info/guide/adachi-ku/
http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/915.html#c10
[昼休み53] 足立区にだけは住んではいけない 中川隆
11. 中川隆[-12669] koaQ7Jey 2018年5月30日 21:28:51 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14590]

足立区 本木のバタヤ部落 - DEEP案内不動産部
https://deepestate.net/motoki-bataya-buraku/
http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/915.html#c11
[昼休み53] 足立区にだけは住んではいけない 中川隆
12. 中川隆[-12668] koaQ7Jey 2018年5月30日 21:37:02 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14590]
東京都足立区。東京特別区のうち最北端にある区。
http://www.wdic.org/w/GEO/%E8%B6%B3%E7%AB%8B%E5%8C%BA


面積: 53.20km²(23区中 第3位)

人口: 651,502人・304,968世帯(2007(平成19)年9月1日現在、住民基本台帳および外国人登録)

区役所所在地: 〒120-8510 東京都足立区中央本町1丁目17番1号、代表電話03-3880-5111


足立区周辺は、かつては武蔵国足立郡であった。

南部は東京府南足立郡→足立区ほか、北部は埼玉県北足立郡→さいたま市、川口市、北足立郡ほか、となった。

沿革

1932(昭和7)年10月: 東京市の市域拡張にともない、南足立郡(10町村)が足立区となる
1947(昭和22)年5月3日: 地方自治法施行
1975(昭和50)年4月: 区長の公選制
2000(平成12)年4月: 特別区が市に準ずる基礎的自治体となる

足立区は北の国府台台地や、南の上野飛鳥山台地の間にあり、ここに横たわる古代の荒川により、荒れた土地であったと考えられている。

後に人工的に築かれた堤防によって現在の荒川となる。

川によって土が肥えており、またほぼ平坦であった足立区は、農耕に向く地であった。


足立の三大名物
総連
民団
創価


朝鮮部落
足立区は、在日朝鮮人の多い区として有名である。


西新井病院
北朝鮮・朝鮮総連と関係が深く、北朝鮮拉致事件との関与も疑われた病院。
2005(平成17)年10月14日、警視庁公安部が家宅捜索した。
ちなみに、この南の方には朝鮮学校がある。


西新井警察署
西新井、江北周辺を管轄する、警視庁管轄の警察署。
拉致が騒がれてから渋々重い腰を上げて捜査を始める。
職務怠慢?いや、おそらくは頼りになる街の治安の要なのだと思われる。


陸の孤島

面積は特別区総面積の約一割にあたり、世田谷区、大田区に次いで第3位の広さがある。

そして特別区内の3陸運局の一つ、足立陸運局が存在する。「足立ナンバー」は足立区民を筆頭とするDQNドライバーが多いことから「ゲソナンバー」(足→ゲソ)などの蔑称を持っている。

足立区の北端、埼玉県との県境に近い足立区舎人(とねり)は鉄道方面からは東京23区内最後の陸の孤島と呼ばれていたらしく、救済のために尾久橋通りに新交通システムの日暮里・舎人ライナーが建設された。

実際には、区の殆どの地域が「陸の孤島」であり、陸の孤島が多すぎて既に孤島ではない。足立区の不動産物件情報の大半に「●●線●●駅 △△行きバス●分 △△バス停から停歩●分」あるいは簡潔に「●●線●●駅 バス●分 停歩●分」のように書かれており、バス利用前提の表記が、いかに鉄道が少ないかをよく表わしている。

西新井
足立の観光名所の代表は、西新井大師(真言宗 五智山 遍照院 總持寺)である。

しかし、東武大師線の大師前駅は、正月以外は改札に人がいない無人駅である。この駅の改札口は、西新井駅に設置されている。

日暮里・舎人ライナーが開業し、西新井に作られた駅は「西新井大師西」。確かに西には違いないが、寺からの距離が常識的な許容範囲を大幅に超えており、總持寺参拝のためにここで降りると必ず後悔する。

また、周辺の店の多くはハングルで書かれており、朝鮮人の多さをよく表わしているが、在日の大半は日常を日本語でするため、見分けが付きにくい。

治安状況
足立区は治安の悪い区としても有名で、刑法犯認知件数は、2006(平成18)年から3年連続で都内ワーストワンを記録しており、都内で最も治安が悪い街となっている。

度々凄惨な事件が起こることで知られ、区民にも、東京のスラム街ではないかと言う人がいる。

荒川から北に行くにつれ治安が悪化し、特に環七の外側は治安がとても悪い。

西新井、綾瀬、竹ノ塚地区あたりは、特に治安が悪い場所として知られる。いわゆる「女子高生コンクリート詰め殺人事件」は、足立区綾瀬で発生した。

「極悪人」は言うほど多くはないようだが、足立はDQNが異常に多いため、比例して軽犯罪が頻発している。

理由等
治安が悪い理由として、在日朝鮮人が多いという決定的問題はあるが、のみならず、移住者を呼び込む都営住宅が多いため、という説が有力である。悪さをするのは余所者、というのは、洋の東西を問わず今も昔も変わないようだ。

このため、役所も議会も都営住宅を減らしたがっているのだが、それを具体化しようとすると北千住駅前でビラ撒きが始まったりするため、なかなか行動に移せないらしい。

東京の大阪
大阪出身者は、足立区が住みやすいとされる。

まるで大阪なので、住み心地が良く、心も安らぐらしい。

唯一の不満は、トンボリが無いことだそうである。


その他の状況

荒川の南北で別世界

足立区は四方を河川で囲まれている。南部を荒川が横断するが、荒川の北と南で趣はかなり違っていて、荒川から北は埼玉県の植民地とも言われるほど雰囲気が違う。

これはかつて、この付近一帯が武蔵国足立郡で、足立郡は北はさいたま市や川口市付近までの範囲があったことに由来するものと思われる。

とは言え、埼玉県川口市とは仲が悪い。何しろ治安が悪くDQN率が他を圧倒するDQN区なので、嫌われてもやむを得ないところである。


教育現場

東京都は、公立小中学校対象の学力テストの実施を始めた。対象は小学5年生と中学2年生。日教組や共産党に汚染された教育現場の再生を目的とした。

2004(平成16)年の第一回のテストでは、足立区は何と、小中学校共にダントツの最下位(23位)であった。

これに危機感を持った区教育委員会は、2005(平成17)年1月に行なわれたテストでは、事前に区内の校長らに問題用紙の一部を配るという不正行動に出た。2007(平成19)年9月11日に問題発覚、同日記者会見した区教委の斎藤幸枝教育長が釈明をしている。

他にも、2006(平成18)年4月の時には、試験中に校長と教員が児童の答案を指さして誤答に気付かせる不正をするなど、学校ぐるみでの不正行為が相次いだ。


教育改善

足立区は、この学力テスト前から区の教育の腐敗に頭を悩ませており、様々な方策を講じてきた。

例えば、2000(平成12)年7月にはJR常磐線などの北千住駅から北、荒川近くに足立区生涯学習総合施設「学びピア21」が作られ、ここに中央図書館、生涯学習センター、放送大学東京足立学習センターなどが入っている。


あずきちゃん
少女まんが「あずきちゃん」の舞台のモデルは足立区である。
http://www.wdic.org/w/GEO/%E8%B6%B3%E7%AB%8B%E5%8C%BA

http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/915.html#c12

[昼休み53] 足立区にだけは住んではいけない 中川隆
13. 中川隆[-12667] koaQ7Jey 2018年5月31日 08:00:28 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14590]

足立区 風俗 - Google 地図検索
https://www.google.co.jp/search?lr=lang_ja&hl=ja&tbs=lrf:!2m1!1e2!2m1!1e3!3sIAE,lf:1,lf_ui:1&q=%E8%B6%B3%E7%AB%8B%E5%8C%BA+%E9%A2%A8%E4%BF%97&npsic=0&rflfq=1&rlha=0&rllag=35772048,139798396,2663&tbm=lcl&ved=0ahUKEwj7uqKExK7bAhXGF5QKHXVPDHQQtgMINQ&rldoc=1#rlfi=hd:;si:;mv:!1m3!1d60715.66995279789!2d139.7805905!3d35.7466468!2m3!1f0!2f0!3f0!3m2!1i288!2i225!4f13.1;tbs:lrf:!2m1!1e2!2m1!1e3!3sIAE,lf:1,lf_ui:1&spf=1527721092667


足立区 - Google マップ
https://www.google.co.jp/maps/place/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E8%B6%B3%E7%AB%8B%E5%8C%BA/@35.7780583,139.7271848,12z/data=!3m1!4b1!4m5!3m4!1s0x601891dc68347377:0xc180870e7f484240!8m2!3d35.7756644!4d139.8044788?hl=ja

東京都足立区中央本町1丁目17−1の地図 - Yahoo!地図
https://map.yahoo.co.jp/maps?lat=35.77563350&lon=139.80450090&ac=13121&az=&z=13&fa=pa&ei=utf8&p=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E8%B6%B3%E7%AB%8B%E5%8C%BA

マピオン 東京都足立区中央本町1丁目17の地図
https://www.mapion.co.jp/m2/35.77493974,139.80427231,16

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[昼休み53] 足立区にだけは住んではいけない 中川隆
16. 中川隆[-12664] koaQ7Jey 2018年5月31日 08:17:08 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14590]

「金に興味ある?1万円あげるから…」援交迫るもピンと来ず 足立区 2018年02月09日
http://www.hazardlab.jp/know/topics/detail/2/3/23712.html

当初、女子生徒は「エンコウ」の意味がわからなかった(イラストはイメージ/編集部)
 

 東京・足立区のアパートで今月7日、敷地内に侵入した男が帰宅してきた女子生徒に向かって、「お金に興味あるか?」と言葉巧みに援助交際を迫る事案があった。

 7日午後5時20分ごろ、足立区六木3丁目のアパートで、このアパートに住む女子生徒が帰ってきたところ、見知らぬ男が近づいて行く手をさえぎり、「お金に興味ない?」と声をかけた。生徒が黙っていると、男はさらに「1万円あげるから援交しない?」と誘ってきたという。

 女子生徒は当初「エンコウ」の言葉の意味がわからなかったが、男の態度に不審を感じて大声で叫んだところ、その場を逃走した。

 

 不審な男は、そのアパートの住民ではなく、年齢35歳前後、身長175センチくらい、メガネをかけていて、黒っぽい上着を着て、ズボンは白だったという。

 18歳未満の児童に対し、金銭を手渡して性交渉するのは、児童買春容疑で逮捕される。1990年代後半は、援助交際を行う少女が爆発的に増えたが、スマホ世代にとっては出会い系サイトやLINEなどのといったSNSを通じた形態に変わってきているため、声をかけられた女子生徒にとっては、ピンと来なかったのだろう。

【問合せ先】綾瀬警察署 03-3620-0110(内線2653)

http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/915.html#c16

[昼休み53] 足立区にだけは住んではいけない 中川隆
17. 中川隆[-12663] koaQ7Jey 2018年5月31日 08:23:49 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14590]

足立区ヤンキー事情
http://nnmqr4wj.blog1.mmm.me/mmmblog-entry-4.html

足立区に不良ヤンキーが多い理由 (改訂版)

1:名無番長:2010/05/09(日) 18:21:31 ID:0

新大久保みたいな朝鮮人の巣窟はともかくとして
足立区は何で不良ヤンキーが多くて
かつては第五学区の都立高校の進学実積が惨憺たるものであ
ったのだろうか


11:名無番長:2010/05/13(木) 21:29:09 ID:0

実際は足立区での犯罪が多い訳じゃなくて・・

自転車泥棒とか痴漢犯罪の検挙者の居住地が

際だって足立区民が多いだけらしいよ


12:名無番長:2010/05/13(木) 21:30:56 ID:0

やはり綾瀬かね


21:名無番長:2010/05/22(土) 14:26:17 ID:0

足立区だって真面目な奴はいるよ。
以前は東京マリンだってあって観光地みたいなもんだったんだから。

たまたま変な事件があってクローズアップされただけ。
例えば世田谷だって同じだろ?
一方では成城とかあって凄いお金持ちの上品な人が住んでるイメージがあるけど

片方では祖師谷で世田谷一家惨殺事件があったり野良猫虐待事件があったり
どこの地区でもそうだけど悪い奴もいるしいい奴もいる。
アメリカでも同じ州でも危険な地域があるのと一緒だ。


24:名無番長:2010/05/22(土) 18:04:58 ID:0

DQNが多い理由。

団地住まい→両親はアレが好き→兄弟多い→自分の居るスペースがない→オナニーもできない
→夜は公園でエロ雑誌見ながらオナニー→外の開放感に酔いしれ、くせになる。
同じような境遇の者同士で仲良くなる→コンビニが溜まり場→夜に未成年が集まって勉強するわけがない
→同じような境遇の異性と仲良くなる→頭の中はエロだけ。
→すぐやっちゃう→妊娠→結婚せざるおえない→土建屋で働く。
永遠にこの繰り返し。


26:名無番長:2010/05/22(土) 22:26:42 ID:0

西新井駅西側にまたショッピングモール 出来たのか。成城石井も入ってるし、 ニコタマを越えたな。


27:名無番長:2010/05/23(日) 12:07:32 ID:0

夜外出すると足立区の住民がどれだけ品がないかわかるよ。
女のくせにだらしない上下ジャージ姿のままビデオショップなんか
ウヨウヨしてる。
ウンコ座りしてビデオ眺めながら、通路塞いでもおかまいなし。
陳列してあるビデオも住民のカラーに合せて、極道物、ヤンキー、ハリウッド馬鹿映画
間違っても名作コーナーなんかない。


34:名無番長:2010/05/31(月) 12:36:04 ID:0

6月18日いよいよ完結

予約開始


38:名無番長:2010/06/02(水) 09:46:44 ID:0

892 名前: 東京都名無区 投稿日: 2010/05/30(日) 22:32:51 ID:Hb15PVKg [ i114-181-217-195.s04.a013.ap.plala.or.jp ]

>>850
足立区民って民度が低いから何処いってもワーワー騒いでいるのが居るよね。

最近みたレベルの低い人達を紹介すると
午後二時過ぎに公園の公衆トイレの壁に立ちションする老人。
早朝、荒川の河川敷で木刀を振り回しながらテェーイートーと寄生を上げていた50代の男性
夜9時頃河川敷で膝までズボンを下ろして立ちションする老人・・・
・・・その後、その老人はボックスのティッシュを何百枚と出し風になびかせて笑っていた。
午後4時頃、団地の横で車が通る度にタイヤを転がせぶつけて遊んでいた小学女子。
午後9時前、ドラッグストアーのレジでレジマチに耐えきれず三歳児位の子が一人で店外に出て行き
それを追いかけない母親。その母親(22〜23才)は子供に対して、勝手に外でてんじゃねえよ。
戻って来いよバカヤローって言ってた。

足立区では損得勘定をするのが大半をしめている。
スーパーの狭い所やコンビニの出入り口で譲ってあげると他所の区では
譲られた方は謙虚そうにすみませんと言うが足立区民は譲られて当然って言うか
自分勝手で自分中心の生き方なので平然と通る。 
他所から越してきた人はそうでは無いのですが昔から住んでいるのはだいたいそんな感じ。
足立区民は埼玉の悪口なんか言えません。埼玉に住んでいる人のが相手の事を思いやる
気持ちがあり、ゆとりの有る生活をしていると俺は思います。

40:名無番長:2010/06/03(木) 20:32:15 ID:0

足立・埼玉南部で車を持ってる奴は、
何故か全員要領が悪く、ちょっとでも道が狭いと詰まりが発生し、
ドライバーがタコみたいなツラしてる。

土地柄

家賃安い

頭悪い故にろくな仕事が出来ない奴が住んでいる(車持ちの正社員だとしてもろくな会社・社員でないだろう)

なんでも対向の通行者が邪魔で怒りをこみ上げる

普段でさえ頭悪いのに怒りで頭が混乱し、対処ができず、車は止まったまま

頭悪いから、対処せず、相手にガン飛ばす。

これ、足立・埼玉南部の車持ちが全員やってること。
もし、怪しい車を見つけたら、ナンバーを確認してみよう。
足立・大宮だったら要注意!!

いつ事故が起きてもおかしくない。
同区民の歩行者・自転車乗ってる人(特に年寄り)がかわいそうだよ。

>>38
埼玉南部も足立と同じ。
本当に民度が高いのは、杉並、世田谷、横浜市根岸といったとこでしょうか。
埼玉だと、浦和西部を含み、所沢を除く埼玉西部エリアあたりだと思う。


655:名無番長:2011/11/02(水) 01:22:31.00 ID:O

>>40
埼玉南部じゃなくて、埼玉東部だよガラ悪いのは。草加、八潮辺りは、足立区とあまり変わらないような気がする。
大宮ナンバーより春日部ナンバーの方がガラ悪い。

62:名無番長:2010/07/20(火) 08:11:19 ID:0

低所得家庭
低学歴人の巣窟だから


63:名無番長:2010/08/07(土) 07:10:04 ID:0

足立3中、北千極悪
足立6中、本木連合
足立8中、ジェロニモ
足立9中、梅島極悪 


65:名無番長:2010/08/21(土) 00:59:18 ID:O

足立区で有名な
女は誰ですか?


66:名無番長:2010/08/21(土) 01:01:45 ID:0

北野さき


67:名無番長:2010/08/21(土) 14:44:51 ID:O

しかし、芸能人が薬物で逮捕されるたびにTVに出て
薬物の恐ろしさをレクチャーするタンタンくん
薬物コメンテーターにでもなるのかな


68:名無番長:2010/09/15(水) 16:18:09 ID:0

コンクリ鬼畜メンバー
神作嬢


70:名無番長:2010/09/16(木) 02:30:49 ID:0

ここはB地区ですから、、、、、


71:名無番長:2010/09/16(木) 02:51:01 ID:O

足立区内
舎人ライナー
モノレール沿線
はド田舎だから
ヤンキーが住んどるんかのう
レディースとか
いる?


72:名無番長:2010/09/16(木) 03:50:44 ID:O

足立区出身と何回か仕事してるがオカシナ奴ばっかし。
孫がいるババアですらキチガイだから。


73:名無番長:2010/09/16(木) 13:41:11 ID:0


83:名無番長:2010/09/26(日) 13:46:20 ID:0

足立区でいったら、綾瀬〜竹ノ塚辺りだろ
そこらじゅう893や暴走族、中韓人しかいなかった
とはいっても、ピークは10年前くらいまでで
今はそういう輩はほとんど消えて 程度の悪い住民や移住者の
老若男女が残った
ま、低俗の負け組みの住む町としては今も昔も変わらないよ


by.元神龍総長 現在・六本木住まいのアパレル会社社長


86:名無番長:2010/09/26(日) 16:41:40 ID:0

足立は23区内で一番住みたくない街No.1

90:名無番長:2010/09/29(水) 03:19:12 ID:0

>>86
ざっくばらんに区分けしちゃえば

品川ナンバー地域=街並みも綺麗だし都会的でハイソな雰囲気が漂うところが多い
よっておのずとセレブやそれに近い人が多く住みDQNも比較的少ないところが多い

練馬ナンバー地域=中流階級の居住者が多く街並みもそれなりで可もなく不可もなしな雰囲気が漂う DQNも多くはないが少なくもない印象

足立ナンバー地域=低層階級が多く街並みもあまり綺麗とは言い難いところが多い 当然DQNも多く東京でありながら今だ暴走族も稀に見かけることもある

こういった位置づけかな

あくまでざっくばらんに区分けしちゃえばだから一部例外はあるが

101:名無番長:2010/10/07(木) 04:04:23 ID:O

「埼玉最強の中学生」恐喝手口はセコかった…

・賭けマージャンの負け金として現金1万円を脅し取ったとして、警視庁少年事件課は
 27日までに、恐喝の疑いで東京都板橋区の無職少年(16)を逮捕した。同課によると、
 少年は中学3年生だった昨年4月に埼玉県内から板橋区へ引っ越したが、中学生の間で
 「埼玉最強の男が板橋に来た」などと噂され、他校の生徒とけんかを繰り返して周囲に
 恐れられていたという。

 逮捕容疑は、今年2月21日、賭けマージャンで勝った金を支払わせるために、当時別の
 中学の3年だった板橋区内の少年(15)に電話をかけ「同級生が払えないならおまえが
 払え」などと脅し、同22日に少年の友人を通じて現金1万円を脅し取った疑い。

 同課によると、少年は昨年6月から今年3月までの間、別の中学に通う少年7人に
 ナイフを見せたり、暴行したりして賭けマージャンに参加するよう強要。賭けマージャンは、
 順番や役などを無視し、少年だけに有利なルールだったという。

 取り調べに対し、容疑を認め「マージャンで勝った金として受け取れば、恐喝にはならないと
 思った」などと供述。脅し取った金は、パチスロやキャバクラなどの遊興費に充てていた。

 支払いに困った被害者の少年ら4人が昨年7月、同区内でひったくりをしようとして窃盗未遂
 容疑で逮捕されていた。

 同課は、少年はこれまでに知り合った中学生5人から計40万〜50万円を脅し取ったとみて
 調べている。


102:名無番長:2010/10/07(木) 08:31:07 ID:0

足立区ってそんなに怖いところなの?
行ったことないもんで・・


103:名無番長:2010/10/07(木) 12:00:14 ID:O

昔、足立区の48歳のオッサンがウチの会社に面接きにたが、履歴書に元極悪と書いてあった。
もちろん不採用になった。

104:名無番長:2010/10/07(木) 12:01:58 ID:O

>>103
ワロタ

142:サゲ:2010/11/03(水) 00:11:32 ID:0

足立区でヤンキーぶって走ってる、ぞろ目とかいかついと思って走ってるけど。
車が大したことないwwww
最近黒(ア●スト)のFナンバー付けてないやつにあおられたけどww乗ってるやつくそガキだったw
そのあとしばかれてビービー泣いてたけどww


143:名無番長:2010/11/03(水) 00:33:13 ID:O

足立区なんて田舎でも都会でもないから平和な方だろ
足立区ヤンキーなんてバイクで遊ぶくらいしかしないし

ガイキチ率なら足立区寄りの埼玉のがヤバい


144:名無番長:2010/11/03(水) 09:14:40 ID:0

たぶんヤンキーは区民の0.001%ぐらいしか居ません。
 
やさしい人ばかりです。
 
ベリーグッドd><。イヒヒ


146:名無番長:2010/11/05(金) 01:07:04 ID:0

今はヤンキーなんていないけどね
お子さんは弱小だよ
 悪い 悪い言われてる中学も ただ内部で悪さしてるだけの
 今時の ゆとりさんたちです(聞いた情報だけど)
 喧嘩もなく平和そのものです

  アウトロー板ではこんな情報 マイナスなんだろうけど


147:名無番長:2010/11/05(金) 01:24:51 ID:0

息子の中学の卒業式いったらお友達はみんな特攻服でした
けど髪染めてるのはあんまいなかったし先生とも仲良かったですよ


167:名無番長:2010/11/27(土) 12:51:50 ID:O

足立区=コンクリ事件

足立区アウトロー=強姦監禁が大好き

こんなイメージが定着


169:名無番長:2010/12/16(木) 14:42:29 ID:0

前略の女子高生の足立区民ですらはっきり治安が悪いて書いてるんだから
異常


171:名無番長:2010/12/16(木) 16:34:38 ID:O

足立区は50代60代ですらオカシイからな


203:俺も足立区:2011/03/02(水) 23:25:17.50 ID:O

足立区在住のほとんどの先祖が皆さん島流しされてきたせいです。


204:名無番長:2011/03/02(水) 23:39:44.28 ID:0

これ見ると竹の塚最強だな
http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/toukei/yokushi/kushi/yoku_ks.htm?ah01

224:名無番長:2011/04/04(月) 07:24:12.58 ID:O

>>204
足立区が治安悪いわけじゃなくて
竹ノ塚が治安悪いんだね!
あれ?でも竹ノ塚って埼玉県・・・?

205:名無番長:2011/03/17(木) 21:51:37.84 ID:0

23区で「計画停電」足立区に集中←爆笑!!!

206:名無番長:2011/03/25(金) 07:29:30.77 ID:0

>>205
東京都23区が計画停電から外されるのは重要な施設が多すぎる
からであって、その目的からすれば、単なるスラム街である足立区
が外されるのは当然。

207:名無番長:2011/03/25(金) 18:53:38.72 ID:0

でも足立区民は激怒してるらしいけどなw

208:名無番長:2011/03/25(金) 21:17:49.97 ID:0

>>207
アダチとは世界でも有名な貧民街で、それこそハーレムやホシーニャ、
スモーキーバレー、バンリューなどと同じぐらい有名。これらの民度が
高いなんて聞いたことないだろ。それと同じ。

227:名無番長:2011/04/05(火) 19:22:25.72 ID:0

足立区や荒川区は東京じゃねえよ
低層低民の住む柄の悪い低脳な集まりしかいない
東京って東側と西側とでまるっきり違うよな


230:名無番長:2011/04/06(水) 12:48:37.90 ID:0

子がオカシイのは親がオカシイから。
親がオカシイのはその親がオカシイから。
こうやって連鎖していくんだよ。

足立区出身者で普通人を見たことがない。
えらいまともなアダチンだなと思ったら
地方の人だったりする。


236:名無番長:2011/04/09(土) 23:10:35.00 ID:0

生まれも育ちも足立の一般人だが、今まで人生で4回暴力的なトラブルにあった。
何もでしゃばったことしてないのに...。そのうちの一回は怪我もした。

そんなことがあって、俺は足立はよその区と比べりゃ治安悪いと思ってたが
最近海老蔵事件がきっかけで関東連合って組織調べてみたら、
杉並とか世田谷の方が足立よりよほど治安悪いわって思うようになった。


242:名無番長:2011/04/10(日) 00:48:26.55 ID:0

足立に暮らしてた時に気をつけたほうがいいってうわさ聞いてた族は
足立区内の族じゃなくて亀有にいた神龍會とかって奴らだった。
結構有名なの?亀有駅で暴れてるの見たけど。

244:名無番長:2011/04/10(日) 01:26:27.51 ID:0

>>242
で挙がってる怒羅ってのとかかわりが深い。
足立ん中でも亀有よりの地域だったら
この人らが起こした水元公園の殺人事件とか聞いたことあるでしょ?


247:名無番長:2011/04/10(日) 11:58:31.67 ID:0

>>242
青井高校に神龍の頭が通ってたからだろ
おれんちの近所だよ
ちなみに青井高校はミニスカポリスリーダーだった某女も通ってたぞw
学校帰りも女子生徒が自転車2ケツで交番前を余裕で通り
「おりなさい!!」とオマワリに言われても「お疲れ〜〜!」と手を振って終わり
これが足立区の標準仕様
西新井駅の階段でも当時eggモデルやってた麻○が
階段真ん中にしゃがんで友人と大勢で通行人の邪魔し放題
オバサンに「迷惑でしょ」と言われ「殺すぞババア!」と言い返してツバ吐く始末
eggに出てる女のほとんどは地元じゃ皆ヤンギャルだからしょうがないけどね
新宿の瓜田の彼女も当時eggの有名モデルだったよ、福●花●って言う可愛い子

246:名無番長:2011/04/10(日) 11:32:38.41 ID:0

「オヤジ狩り」って言葉は足立区が発祥の地

足立区の東綾瀬公園で起きたサラリーマン狙いの強盗事件で生まれた言葉


249:☆:2011/04/10(日) 16:43:18.15 ID:0

コンクリ事件主犯の宮野裕史(40才)は葛西の風俗店「葛西メルヘン」で
働いてるらしいよ。
またガセ情報かもしれないけどさ。


263:名無番長:2011/04/21(木) 21:30:41.00 ID:O

足立区は50〜60代のオヤジがシャブ 喰らっとるから笑えるよな。


307:名無番長 :2011/04/30(土) 10:31:18.31 ID:0

DQNの巣窟だわ。
一番の原因は貧困だろな。
23区内でも特別視されてるよ。

中央区や千代田区、港区なんかが優等生だとすると、
足立区は、いわば特別学級みたいな扱いを受けてる。


312:名無番長:2011/05/01(日) 08:37:36.20 ID:O

共産党区長になってから生活保護目当て(審査が緩い)の困窮者が転籍してきて受給する 
さすがに法改正されその地区に何年か住まないと受給資格が得られなくなった


319:名無番長:2011/05/06(金) 14:25:40.53 ID:0

足立区は23区から外そうぜ。
代わりに武蔵野市を加入させようぜ。

板橋や北なんかも要らないけど、まずは足立。


333:名無番長:2011/05/08(日) 16:11:43.55 ID:0

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/01/11(月) 23:19:13
足立区の元不良たちは
「俺たちはこんな伝説を残した」
とか言って迷惑行為を美化している連中が多い気がする
だって馬鹿だから。


338:名無番長:2011/05/09(月) 08:15:51.82 ID:O

昭和五十年代は彫り物入れた厨房もいた 
自分の知り合いは鯉が鯔になった


348:名無番長:2011/05/11(水) 17:21:24.90 ID:0

シカトに切れる 都立校1年生ら5人を恐喝容疑で逮捕 警視庁
産経新聞 5月11日(水)15時33分配信

若い男性から現金を脅し取ったとして、警視庁少年事件課は恐喝の疑いで、東京都足立区の都立高校1年生の少年(15)ら15〜19歳の計5人を逮捕した。

逮捕容疑は、昨年9月15日深夜、同区の路上で自転車にまたがって立ち話をしていたところ、
自転車で通りかかったアルバイトの男性(26)に「なにシカトしてんだよ」と因縁をつけた上、公園に連れ込み金を要求。
近くの現金自動預払機(ATM)で引き出させるなどして計1万4千円を脅し取ったとしている。
同課は、少年らが喫茶店内で寝ていた別の男性の財布から現金を抜き取るスリ事件などにもかかわったとみて、調べを進めている。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110511-00000578-san-soci

350:名無番長:2011/05/12(木) 09:12:52.13 ID:0

>>348
自転車乗ってただけなのに、なんという災難

351:名無番長:2011/05/12(木) 09:19:47.86 ID:0

足立区では19時以降に外に出るのは危険ですね
どうしても出かける場合は
・防犯ベルを握りしめて
・スタンガンを持って
そして暗い道を歩かないようにすることが大切


362:名無番長:2011/05/17(火) 20:03:03.87 ID:O

ヤンキーって普通は少数派の筈なのに足立区はヤンキーが大多数を占めてるよな
マジで東京やめてください


378:!:2011/05/21(土) 14:56:51.66 ID:0

東京都足立区千住大川町付近にて小型犬を数匹、連れてママチャリに乗っている
男に注意、犬を虐待し注意すると逆ギレ&ケリを入れてくるゲス野郎
千住警察署はそれどこではないと取り合わない
特長:身長170cm 太っちょ 坊主頭 30代前半 一重まぶた
    


416:名無番長:2011/06/09(木) 14:47:46.90 ID:0

警視庁交通執行課は7日までに、道交法違反(共同危険行為など)の疑いで、
東京都足立区の暴走族「西新井メンツ」のメンバーで、家業手伝い少年(17)ら15〜18歳の6人を逮捕した。

 交通執行課によると、少年らは「バイク10台が行ったり来たりして、うるさい」と自ら110番してパトカーを呼んでから暴走しており、「警察に追われるスリルを味わいたかった」と供述している。
パトカーを呼んでから暴走することを「PCゲーム」と名付け、「これまでに2、3回やった」と話している。バイクでの暴走行為は1年ほど前から始めていた。
逮捕容疑は昨年11月12日午後11時50分ごろ、足立区内で、バイク5台に分乗し、
蛇行運転や信号無視をしながら約1キロを集団暴走した疑い。


426:名無番長:2011/06/12(日) 17:44:00.33 ID:O

よく綾瀬のロータリーにネタ持って、不良少女ナンパしに行ったなぁ

433:名無番長:2011/06/18(土) 01:13:15.94 ID:O

>>426
なつかしす。S40〜S45年生まれだねw
そういやその頃って綾瀬の線路下にオカマのタチンボ居たような記憶あるけど、記憶違いかなぁ?


436:名無番長:2011/06/18(土) 21:53:59.34 ID:O

>>433 
ビンゴ(笑) 
ちょっといい車乗ってたら乗車率高かったね


438:名無番長:2011/06/19(日) 08:40:47.83 ID:O

>>433ニューハーフ・オナベ(性同一性障害者)や、ホモレズ(同性愛者)は、童話地区や在日部落にやたら多いからなぁ。
身体障害者、知的障害者、メンヘラーも多い。


439:名無番長:2011/06/19(日) 08:51:30.02 ID:O

>>438

サチヲ?ww
また訳のわからんことを得意げにww
本当に池沼だなハゲ財布親父www


441:名無番長:2011/06/19(日) 08:58:47.69 ID:O

>>439ユキヲは池沼×
ユキヲはキチガイで竹ノ塚クリップス元幹部のイケイケギャングスタ〇

504:名無番長:2011/07/12(火) 10:21:40.93 ID:0

所詮ここいらは親の代から貧乏くさく暗い不良の土地。
昔から大人数で悪さするようなうす汚いチンピラタイプが多い。
タイマンで勝負しその後はカラッと友達になるような東京っぽい
都会的な硬派なんぞ見たことが無い・・。


519:名無番長:2011/07/13(水) 17:22:26.74 ID:0

昔から足立のツッパリらは台東区の蔵前工定時通ってるの多かったからな
足立と台東区の付き合いは結構古いよ今は仲良いか知らんが


520:名無番長:2011/07/13(水) 19:37:44.94 ID:O

足立と台東は比較的仲良くないよ

育ちが違うからねぇ


530:名無番長:2011/07/14(木) 23:35:03.75 ID:O

とにかく足立区は最強だったよ。まぁ昔は、ゆとりは知らねーが粒ぞろいだったよ、ただ喧嘩ばかりだと体がもたないだろう


531:名無番長:2011/07/14(木) 23:43:08.86 ID:O

本木連合=六中だろ?


554:名無番長:2011/07/21(木) 18:11:04.44 ID:0

 集団でバイクに乗り信号無視などの暴走をしたとして、警視庁交通執行課は道交法違反
(共同危険行為の禁止など)の疑いで、足立区の解体工の少年(16)ら15〜17歳の少年8人を逮捕した。

 同課によると、少年らは「パトカーを見るとからかいたくなった」と供述しているという。

 逮捕容疑は、昨年11月14日午後6時ごろ、足立区の都道などで、バイク6台に分乗して
、約0・9キロにわたって、蛇行運転や信号無視などの集団暴走をしたとしている。

 同課によると、少年らは暴走族「幻流会」のメンバー。当日は同区内の都道を走行中に、
警戒中のパトカーを見つけて暴走を始めた。少年らはこうした暴走を自分たちで「いきなり暴走」
と名付けて昨年秋ごろから複数回行っていたという。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110721/crm11072112390007-n1.htm

568:名無番長:2011/07/24(日) 15:37:38.38 ID:O

>>554
横浜だと、30歳代〜40歳代なんだよな(笑)

572:名無番長:2011/07/24(日) 17:15:48.15 ID:O

足立は生活保護の審査を厳しくしろ! 
子供の給食費もろくに払わないんだから。 

全体の民度が低いのは否めない。


573:名無番長:2011/07/24(日) 17:54:21.94 ID:o

足立区西部地区の審査緩すぎ厳しくしろよ
国民の血税なんだからよ


579:名無番長:2011/07/30(土) 22:30:36.25 ID:0

足立区出身のヤンキーは
概ね松葉会に草鞋を脱いでいるよな。
特例として一部山口組系に流れてた者もいるが
やはり地元組織で渡世を張るのが一番


580:名無番長:2011/07/30(土) 23:30:43.48 ID:O

昔の極悪系は千住一家が多かったが

594:名無番長:2011/08/10(水) 23:04:52.14 ID:0

>>580
関東最強の武闘派として名を馳せた岸本一家の流れを汲む千住一家なのになんで弱いんだろぅ?


596:名無番長:2011/08/11(木) 18:20:55.84 ID:O

>>594 
イケイケが菱に移籍したから

581:名無番長:2011/08/03(水) 11:28:54.07 ID:0

足立 北千住極悪
荒川 南千住極悪
墨田 向島極悪
台東 三ノ輪極悪
文京 千駄木極悪
中央 月島極悪
板橋 板橋極悪
江戸川 小岩極悪


582:名無番長:2011/08/03(水) 14:22:51.22 ID:0

築地極悪
月島極悪
板橋極悪
新宿極悪
北千住極悪
南千住極悪
三ノ輪極悪
浅草極悪
向島極悪
町屋極悪
千駄木極悪
竹ノ塚極悪
西新井極悪
梅島極悪
五反野極悪
小岩極悪
横浜極悪
戸田極悪
和光極悪


583:名無番長:2011/08/03(水) 21:49:58.81 ID:0

足立区
本木連合VS極悪 


629:名無番長:2011/09/29(木) 18:10:40.47 ID:0

本当かどうかは知らないが
足立区って元々は環七から北が朝鮮Bで
南が日本のBだって聞いた事がある。足立区出身者から。
あと江戸の鬼門らしいよ。
俺は足立区出身者にまともな奴を見た事がない。
老若男女問わずだいたいイカれてる。


633:名無番長:2011/10/03(月) 14:36:44.19 ID:O

本木連合の9割が朝鮮だった。

淵江のタンタン(住吉→刺青ボクサー →住吉)の一回更正したが又逆戻り。


635:名無番長:2011/10/03(月) 16:39:37.69 ID:0

5年くらい前さ
鹿浜のファミマの前で20くらいの男が涙流しながら抱き合ってて
俺がコンビにに買い物して出たら「見てんじゃねーよ」
って2人に20分くらいタコ殴りにされた。感動の別れかなんかだったのかね??
鼻血でるわで痛かった。

636:名無番長:2011/10/03(月) 16:44:02.69 ID:O

>>635
でも今五体満足なんだろ?
アダチンコにしては良心的じゃね


637:名無番長:2011/10/03(月) 16:45:52.26 ID:0

>>635
K殺呼べよ


640:名無番長:2011/10/03(月) 22:21:55.11 ID:O

>>637
大師の近くだったかな?
女を男が5人くらいで囲んで手加減なしに殴る蹴るの暴行を加えててだな
「見てんじゃねえーよ」と調子にのってたから近くにいた人にに携帯を借りて警察を呼ぼうとしたら
「見捨てたほうが位いよ」
「何言ってるんですか?携帯貸してください」と言ってその人を見たらお巡りさんだったことがあったぞ

643:名無番長:2011/10/12(水) 12:37:29.93 ID:0

さすが足立って感じのニュース
↓↓↓↓↓↓↓↓↓

路上喫煙していた母親が注意され立腹、区職員の顔面殴打した息子を逮捕−足立区・竹の塚駅前
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/dqnplus/1318388838/


678:名無番長:2011/11/20(日) 02:13:47.64 ID:0

足立と町田は東京の中である意味一番カッコいい
たけし 高田順次の輩出地

680:名無番長:2011/11/20(日) 11:02:49.74 ID:O

>>678
たけしってなんで世界からチヤホヤされるか知ってっか?
障害者だと思われてんだぞ。


689:名無番長:2011/11/27(日) 00:11:26.74 ID:0

>>678
町田はおしゃれな高級住宅地だろう。
金妻の舞台にもなったし。
足立はとにかく汚いガラ悪い古臭いといいとこなし。
ビートたけしと大場正夫ぐらいか、出身有名人は?


694:名無番長:2011/11/29(火) 11:33:11.63 ID:O

>>689スマイリーは北千極悪OB。
布施博は梅島極悪OB。


697:名無番長:2011/11/29(火) 12:56:29.93 ID:O

>>694 
布施は西新井極悪


703:名無番長:2011/12/02(金) 00:06:52.05 ID:O

>>694
スマイリーが極悪なんて初めて聞いたw


706:名無番長:2011/12/02(金) 02:33:36.54 ID:O

>>703極悪の特服着た写真がTVで公開されてたじゃん?

688:名無番長:2011/11/26(土) 23:51:58.70 ID:O

足立は本当にゴミばっか、単独でケンカ売れないし。
現時点でもバイオレンスな事件ざらだし、警〇見てみぬふりだし。
世紀末

695:名無番長:2011/11/29(火) 11:36:36.03 ID:O

>>688大袈裟w
足立が北斗の拳並みに危なかったのは90年代まで。
2000年前後からはかなり平和になったぞ。

731:名無番長:2011/12/21(水) 18:44:55.52 ID:O

極悪の有名だったみんなは今は何をしてるのかなぁ?


732:名無番長:2011/12/21(水) 20:15:04.28 ID:O

本木連合のみんなは何してるかな


733:名無番長:2011/12/21(水) 21:15:41.42 ID:O

恐荒練の連中は何してるかなぁ?


747:名無番長:2011/12/26(月) 16:23:41.90 ID:O

西新●病院て伝説の病院があるとこだからね。

#伝説1
(昭和)日本で唯一病院内で暴動が起こった。
入院中の在日朝鮮人患者に複数の医師・看護婦が差別的対応を取ったために患者が激怒。
押し掛けた朝鮮人団体や入院中の在日患者、勤務中の在日看護師も参加し院内で暴れまわった為に機動隊が投入されたが、暴動に発展。
鎮圧に丸二日を要した。
#伝説2
(平成)北朝鮮への輸出が規制されている医薬品類を不正に輸出した。
中には覚醒剤の原料となる薬品や注射器も大量に輸出され、この不正行為には院長自らが関わっていた。

750:名無番長:2011/12/26(月) 18:35:08.39 ID:O

>>747
総連系の病院で何で差別があるんだ?


756:名無番長:2011/12/29(木) 03:25:00.29 ID:O

>>750
総連系だから院長自ら不正輸出してたん?

758:名無番長:2011/12/31(土) 14:24:04.19 ID:0

極端な言い方をすると
不良になるような人間は頭の回転が速く、物わかりがいい。自分の身の程を知っている。
自分の頭の悪さを自覚している。勉強の出来不出来じゃない。
ひきこもるような人間のほとんどは自尊心が強い、人と関わり合うことに喜びを感じることが出来ない。
自分を客観的に俯瞰で眺めることができないから、自分がいかにみっともなく、周りに迷惑をかけているかということに気づかない。
気づいているとしても、性格がだらしない、下手すれば不良より不真面目なため自分の弱い心を守ることしか頭にない。
特に比較的贅沢な生活をしてきた人はなかなか素直に認めようとしない。損だと思っている。
知的障碍、発達障碍の度合い、有無はほとんど関係ない。
自分のしていることを自覚した上で人の苦しみや悲しみ(人の気持ち)を理解出来るかどうか、
感性とか性格の善し悪しの問題。
その場しのぎで適当な嘘をつく奴も多い 嘘も方便 を勘違いしてる


784:名無番長:2012/01/10(火) 19:03:31.38 ID:O

足立区と言えば北千住極悪だな


798:名無番長:2012/01/13(金) 05:53:25.64 ID:0

最近の足立区は大人しいと思うよ。ずっと住んでるけどキチガイも見なくなったし。
母校も悪いどころか、逆に真面目(バカだけどw)で評判になっちゃってるし。
厨房とかの顔付きを見ても邪気が無い。純粋。これがゆとりパワーって感じ。
でもまあどんだけ治安が回復しても「東京のゴミ」呼ばわりは返上されないだろうw


799:名無番長:2012/01/13(金) 05:57:30.84 ID:0

南千住=部落はガチ。
後は肉屋と鞄屋とパチンコ屋だらけ。
チョンと部落のドリームチーム。


801:名無番長:2012/01/13(金) 16:55:47.87 ID:0

足立区は都内で2番目に在日が多い町。3番目は荒川区。
綾瀬5丁目のボロマンションで日本人とは思えないババアが
ギャーギャー喚き散らかしてる。

804:名無番長:2012/01/13(金) 17:02:14.86 ID:O

>>801
「在日外国人」なら足立区がダントツで多いよ
足立区は朝鮮、中国、フィリピン、アフリカと様々な国の人間が多いからな

805:名無番長:2012/01/13(金) 17:07:11.35 ID:0

早く引っ越そう。知らなかったとはいえ、とんでもない所に来てしまった。
そういや足立区出身者ってまともな奴いないや…。知ってる奴全員変だわ。

807:名無番長:2012/01/13(金) 17:28:11.50 ID:O

>>805 貧乏人が無理して東京住もうとするからだろ。早く帰れ田舎もんが(笑)


811:名無番長:2012/01/14(土) 08:21:21.04 ID:0

>>807田舎者が来てくれないと足立区は成り立たないし。
むしろ地元民が消えた方が平和になるだろ。


830:名無番長:2012/01/16(月) 17:03:43.35 ID:O

>>811それは足立に限らずどこも同じ。
地元民ばかりで地元意識が強い村社会ほど怖いもんない。
よそ者狩りモグリ狩りと称してすぐ絡まれるから目立つ事は出来なくなる。


838:名無番長:2012/01/18(水) 11:25:30.00 ID:0

>>830ここは足立区のスレだろ。

足立区はキチガイが住む街なんだよ。
キチガイとキチガイが結婚してキチガイが生まれる。
だから老若男女問わずキチガイが多いのさ。
ヨーカ堂の通路を集団で塞ぐババア達。
注意されても「買い物してるのよ」。
マンションの窓から顔を出して喚き散らすババア。
息子ほど歳の離れた相手に嫉妬するジジイ。
息子ほど歳の離れた相手にケンカを売るババア。
いい歳して社内ケンカ番付を語るおっさん。
何でもない話に突然キレるおっさん。
風俗嬢みたいな女子高生。
電車でシャカシャカ音楽を聴く兄ちゃん。
仕事の説明中キレるババア。
足立区はキチガイの街です。何度も言います。足立区はキチガイの街です。

835:名無番長:2012/01/17(火) 20:23:26.19 ID:0

貧乏な所に、不良が多い

金が無くて学が無い親に育てられ不良品に、あと下品

そしてその繰り返し・・・


861:名無番長:2012/01/24(火) 03:18:03.74 ID:0

俺足立に引っ越してきたばっかなんだけど
ヤンキーとか不良って言うより
ホント変なヤツが多い・・・
勘違いって言うか・・
なんか・・・ダサイよね・・・
見ていて恥ずかしい。。。弱いのに粋がってるっていうような。
格好わるいよね今更。。。


873:名無番長:2012/01/28(土) 10:48:49.75 ID:O

足立区だけだと思うなよ
葛飾区にも江戸川区にも、ビックリするような不良児が居る。
数じゃ足立に負けてても、質の悪さじゃ負けず劣らずだよ。
常識が無い、人の迷惑を考えられない、日本語が通じない。

在日韓国人にマナーも人間性も完敗。あいつらは日本人として認めたくないよ


875:名無番長:2012/01/28(土) 12:08:08.70 ID:O

コンクリ犯罪都市足立と葛飾とか江戸川みたいなただのカッペを比較されてもなあ


897:名無番長:2012/02/08(水) 13:18:50.51 ID:0

覚醒剤や大麻など売っている山口組系のシャブ屋と売春クラブはどこにありますか?
また窃盗団や盗品グループのアジトはどこにありますか??
どこかのマンション一室でしょうか?

899:名無番長:2012/02/08(水) 15:33:44.58 ID:O

>>897
窃盗団の元締め女ボスのアジトは江北にあるよ

(元スレ)
足立区に不良ヤンキーが多い理由

スゴイ!

9


2012-11-2(5:42) :
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無法

坂入 美々 
2017-9-16(12:28) :
ハナホ URL :
編集

無法

坂入 美々 
2017-9-16(12:28) :
ハナホ URL :
編集

No title

↓○田って上田だろ、ジュエリー?の会社やってるみたいだな、ヤクザにでもなってるかと思った。当時あいつらにボコボコにされたから思い出して腹立ってキタッー
2016-10-8(22:22) :
元梅島極悪 URL :
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東京のヨハネスブルグ
2014-11-22(20:0) :
名無しさん URL :
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給食は足立区が一番だぞ!
舐めんなよ?
2014-8-17(19:22) :
足立区民 URL :
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No title

北海道札幌にも在日(キチガイ系でまともな〜は除く)っぽいひとがバイト先にいた。ラーメン・チェーン店の副店長、店長がいたが、一方がゲイで両方ともSMプレイ趣向の持ち主だった。俺は目つけられて「かわいがり」食らってかなり精神病んだ。
何かめっちゃ怖かった。ラーメンもチャーハンもおいしいのに怖くてもう店に行けない…。当然、バックれた。

何であんなにひどい行動や発想になるんだろう、マジで住んでる世界が違いすぎる。在日にも色々いるけど、ヤバい人間がかなりいる。見分けほんとつかなくて怖い。高校にもヤバイのがいたし、最早全てが理解不能。
2014-5-24(16:40) :
名無しさん URL :
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No title

本当にメチャクチャな時代あったね

当時マッチに似ていた○田○弘君、凄く目立っていたけどカッコ良か

ったな❤・・・みんな憧れていたよネ♪
2014-3-31(1:16) :
ゆきママ URL :
編集

No title

怖い人多かったな、でも凄い人いたよね
2014-2-26(9:36) :
れいちゃん URL :
編集

No title

30年近く住んでる人間から言わせて貰えば、
在日が多いとか時代錯誤も良い所だな。
まあ事実、少なくは無いけど葛飾や荒川や江戸川のが多いし、どこでも同じ状況だよ。

足立区に不良やヤンキーが多いのは
地域として他の区と比べ物にならないくらい学校が多いし、
区自体が子供の育成補助金などを他の区より多くばら撒いてることから、
昔から子供を養う家族が多く住みやすい環境がある。
ベッドタウンとして東京の中央部にアクセスしやすい交通事情もあるし、
人が多いから食品などを扱うスーパーも密集してるので価格競争から物価が安いってのもある。
区の大きさも世田谷や大田区や練馬区などに匹敵するくらいの広さだし、
土地自体も安いので人口密度も高い。

つまり、低所得帯の人間が多く住みやすい環境があるので、
結果としてアホが多くいるように見えるだけ。
その上で、コンクリ事件とかでスポット的に悪い噂が回るのでマイナススパイラル的にアホが多くなりつつある。

上のコメントなんか世間知らずか意図的にネガキャンしてるのか、
それとも被害妄想に囚われてるメンタルに問題があるのか、
いずれにしろアホのコメントだろ。
参考にならないね。
2013-8-27(17:49) :
名無しさん URL :
編集

No title

失礼します。たしかにヤンキーといいますか、ヤンママやギャルママ、ギャル婆をよく見かけます。そしてみんな自転車で暴走して歩行者を邪魔そうにしています。自転車のせいか、路上はゴミやいぬのうんちだらけだということに皆さん気づいていないようで、いつまでたってもゴミもうんちも放置されていて汚いです。 スーパーでもぶつかっても謝らないし、生肉を素手でビニールにうつしかえる汚い行為をよく見ます。 腰の曲がったおばあさん がバスに乗るときに、こちらに梅干しのたねを口から飛ばして威嚇して割り込んできました。足立区にいると、チャラチャラしてるひとが普通で、まじめな容姿のひとが変わっているといわれる、ちょっと変わった感覚があるようです。なんか気味が悪いです。
2012-12-27(13:24) :
匿名希望 URL :
http://nnmqr4wj.blog1.mmm.me/mmmblog-entry-4.html


http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/915.html#c17

[リバイバル3] 「住宅は資産」という幻想で誰があなたをカモにするのか? 中川隆
181. 中川隆[-12662] koaQ7Jey 2018年5月31日 09:31:24 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14590]
#

2018.5.29
スクープ!レオパレス21”違法建築”疑惑が発覚:ガイアの夜明け
http://www.tv-tokyo.co.jp/plus/business/entry/2018/017205.html

現場で奮闘する人たちの姿を通して、さまざまな経済ニュースの裏側に密着するドキュメンタリー番組「ガイアの夜明け」。5月29日(火)の放送は、シリーズ「マネーの魔力」の第2弾。賃貸アパート大手・レオパレス21の物件に隠された、安心・安全を脅かす"違法建築"疑惑のスクープを伝える。

20年間も放置...防火壁のないアパートが全国で続々発覚


アパートのサブリース事業を手がけているレオパレス21。アパートのオーナーとの間で賃料保証を約束していたにもかかわらず一方的に減額するなど、契約をめぐるトラブルが各地で多発し、その実態を「マネーの魔力」第1弾として昨年12月に放送した。


大きな反響を呼んだ放送の後も、さらに追跡を続けてきた「ガイアの夜明け」取材班は、レオパレス21の内部文書を入手する。「ゴールドネイル」と呼ばれる木造アパートの物件リストで、その数は全国に約1000棟。「ゴールドネイル」は1994年に販売を開始し、バブル崩壊で大きく傾いた同社の業績をV字回復させたと言われる人気シリーズだ。


gaia_20180529_01.jpg


このリストをレオパレス21の関係者に見せたところ、ある重大な証言を得る。それは「ゴールドネイルの屋根裏には、本来あるべき防火壁がない」という驚くべき内容。


gaia_20180529_02.jpg


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防火壁は火災が発生した場合に火が広がるのを抑える役目があり、法律で設置が義務づけられている。さらに関係者は「同社はこの問題を発売当初から認識していたが、およそ20年間も放置してきた」とも語った。


今回、「ゴールドネイル」のオーナーの協力を得て、番組が物件の屋根裏を独自調査。設計図面とはまったく異なる、実際の屋根裏の様子をカメラに収める。その後、建築基準法を満たしていない"違法状態"の「ゴールドネイル」をめぐって、オーナー、自治体、さらには国土交通省も動き出す事態に発展していく。


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継続的な追及によって明らかになる、レオパレス21をめぐるトラブルや疑惑の数々。その実情をスクープした「ガイアの夜明け」は、今夜10時から放送。さらに番組は、女性シェアハウス「かぼちゃの馬車」を舞台にした不正疑惑を昨年秋から長期取材し、多くの一般ビジネスマンも陥った"落とし穴"を明らかにする。どうぞお見逃しなく!
http://www.tv-tokyo.co.jp/plus/business/entry/2018/017205.html


http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/615.html#c181

[リバイバル3] 「住宅は資産」という幻想で誰があなたをカモにするのか? 中川隆
182. 中川隆[-12661] koaQ7Jey 2018年5月31日 09:35:06 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14590]

CMが毎日のように流れ、誰もが知るレオパレス21
http://www.asyura2.com/18/senkyo245/msg/467.html

このレオパレス物件が建築基準法違反の疑いがあることが判明した
ので、全棟を調査するそうです。

レオパレス物件、建築基準法違反疑い 全棟調査へ
https://www.nikkei.com/article/DGXLASFL29HP0_Z20C18A5000000/

テレビCMは商品であろうと家であろうと良い事しか言いません。

それは夢を売るのが広告代理店の仕事だからです。

しかし、そうした夢と嘘のボーダーラインが、最近のイメージ戦略では
僕が広告をやってた頃以上に曖昧になりすぎているのです。

と同時に監視する側の責任も、企業の責任も曖昧になりつつあり

ます。

全国4万棟近くを調査するのは大変ですが、これは今まで放置して
きたツケが回って来た結果とも言えます。

レオパレスには以前から下のような奇妙な噂が付きまとっていました。


レオパレス伝説

・エアコンが勝手に切れる

・チャイムならされたと思って玄関を開けたら、四軒隣の部屋だった

・チャイムが聞こえ今度こそはと思ったけど、やっぱり隣の部屋だった

・チャイムを鳴らしたら住人全員が出てきた

・ティッシュを取る音が聞こえてくるのは当たり前、携帯のポチポチが聞こえることも

・爪切りの音も聞こえる

・納豆をかき混ぜる音も

・壁ドンしたら壁に穴が開いた

・というか、穴が開いたあとも開くまえと聞こえてくる音は変わらなかった

・壁に画鋲をさしたら隣の部屋から悲鳴が聞こえた

・隣二部屋を借り、「これで防音ばっちりだ」と思ったが、
さらにその向こうの部屋の音が聞こえてきた

・右の隣の部屋の住人が屁をこいたら、左の部屋の住人が壁ドンしてきた

・すかしっ屁の音が聞こえる、というか臭いもする

・だけど家賃6万

・業績悪化でさらに壁が薄くなる

・将来的には壁がなくなる可能性も

まさか、とは思ってましたが、しかし下のように、

棟の端から端まで筒抜けで、各部屋の天井の仕切りがないというのを
見れば納得できます。

これは例えば、構造的にはネットカフェのブースに天板つけただけとも
言えます。

もし火災が発生すれば完全にヤバイ物件ですね。

専門家は下のように警告を発していますが、

スクープ!レオパレス21”違法建築”疑惑が発覚:ガイアの夜明け
http://www.tv-tokyo.co.jp/plus/business/entry/2018/017205.html

当の会社側はというと、

という恐るべき無責任な返答です。

「認識はない」
「裁判で訴えられたのは別問題なので知らなかった」
「議論したこともない」
http://www.asyura2.com/18/senkyo245/msg/467.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/615.html#c182

[昼休み53] 足立区にだけは住んではいけない 中川隆
18. 中川隆[-12660] koaQ7Jey 2018年5月31日 12:16:21 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14590]

犯罪が多い足立区がやばすぎwww自転車に包丁が刺さってるwww - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=N9v9_A_v3IA

http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/915.html#c18
[昼休み53] 足立区にだけは住んではいけない 中川隆
19. 中川隆[-12659] koaQ7Jey 2018年5月31日 12:19:49 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14590]

足立区長屋奇譚 2016-05-31

子供の頃、足立区の長屋に一時期住んでたことがあった。そこに

引っ越して間もないある日、姉が遊びから帰るなりおかしなことを

言い出した。

「あのね、うちの下に赤ちゃんが埋まってるってマキちゃんに言われたよ」

母はその時、近所の新参者に対する意地悪かなー程度にしか

考えなかったらしい。ところがそれから暫らくした朝、父が目覚めるなり、

「この家の下には死体が埋まってるんじゃないか」

と言い出した。

なんでも、夜中に金縛りにあい、自分が寝ている三畳間の床下から

赤ん坊の泣き声が聞こえた、と。驚いた母が姉の話をすると、建築業を

営んでいた父はダイナミックな行動に出た。何と、大家に無許可で

畳を外して床板を剥がして調べやがった。ドラマならそこで死体が

見つかるとこだけど、結果は何も出ず(笑)

ただ、不審に思った母が後で近所に聞いて回ったところによると、

私達家族の前は若い身重の女性が暮らしていたそうで、女性は

その家で出産したらしい。暫らくは赤ん坊の泣き声がしてたのに

ピタリと静かになって、やがて逃げるように引っ越してしまったとの事。

その後も父は、頻繁に「夜中に赤ん坊の声が聞こえた」とぼやいてた。

もっとちゃんと探せば、もしかしたら死体は出てきたのかも知れないと

今でも思う。

同じく、長屋にいた頃の話。

長屋のすぐ傍に古いアパートがあって、そこの二階に若い女性が

一人暮らしをしていた。多分三〇代だった記憶がある。そのお姉さんは

近所の主婦とも気軽に立ち話するし、私達子供にも会えば挨拶してくれる

気さくな感じの人だった。お姉さんの部屋にはたまに男が出入りしていて、

近所では『ヒモ』だと囁かれてた。

母によれば、お姉さん自身が「彼がお金を無心にくる、生活がきつい」と

嘆いていて、それでも好きな男だったらしく、「今日彼が来るの」などと

嬉しそうにしてたらしい。そんなお姉さんが、そのうち近所で姿を見かけなくなり

「どうしたんだろうね」と近所で噂が立ち始めた頃、部屋で死体で発見された。

死因は餓死。

第一発見者は金の無心にやってきた男。「可哀想に……」と母がうなだれてたのを

今も覚えてる。やがて近所の噂も収まり、お姉さんの部屋にも新しい住人が

入るようになった。でも、皆一ヵ月もしないうちに出ていく。長く居る人は発狂する。

小学生の男の子が、窓から通行人に向かって鋏を投げて大怪我させたことも

あったし、自殺未遂騒ぎもあった。ちなみに、うちの長屋と同じ大家で、

困り果ててたらしい。最後はお祓いしてた。近所ではお姉さんの怨念だなんて

囁かれてたけど、個人的には怖い云々より、お姉さんのことを思うと心から

やりきれなかったです。

関係ないけど、その長屋とアパートの大家の娘さんがすぐ近所で暮らしてたのですが

鬱病だったそうで……自室で寝てた中学生の娘をメッタ刺しで殺害する、という

恐ろしい事件が起きました。あの土地には何か因縁があったのかも……

餓死事件が発生したのは、母の記憶によると平成2年〜3年(1990年〜1991年)

あたりの頃だったようです。

ただ、大家さんがいわゆる地元の有力者だったので、新聞には載らなかったかも。

そのアパートの一階に住んでいた中学教師が失踪する事件があったのですが、

その時も載らなかったので。少なくとも毎日新聞には載りませんでした。

私は子供だったのでもう記憶は薄いのですが、母によると、お姉さんは

「痩せ細ってたのに顔だけは綺麗に化粧してた」そうです。

お姉さんに合掌。

あと、「赤ちゃん埋まってる事件」ですが……

母の話では、父と姉だけでなく私も言ってたらしいです。本人記憶なし。

怖い話はまだある。

私達が暮らしてた隣の部屋というのが、頻繁に住人が入れ替わる部屋で、

ヤクザみたいなのやら、飼い犬を虐待する夫婦やら、ろくなのがいなかった。

その時は若い男が入居してました。ある深夜、母と私が起きていると、

外から砂利を踏みしめる音が。

私達家族が暮らしたのは道路から一番奥の部屋だったのですが、各家につながる

通路には砂利が敷いてあり、住人はその踏む音を聞くことで、どの家に人が来たか

分かる感じでした。その夜の足音はどうやら隣に来たらしく、「あ、人が来たね」

「こんな夜中にね」と二人で話してた。

ところがその後、ドアを開ける音も何もしない。ただ人の気配だけする。

数分後、何をするでもなく足音はまた道路に向かって去っていく。

「何だったんだろうね」と話しながらも、そのまま寝てしまった。

翌朝、外に出た姉と私はすぐ家に逃げ込んだ。

隣の玄関の前には、何と目をくり抜かれて腹を裂かれた白猫の死体が……

個人的には、幽霊云々よりこれが一番怖かった。

母はこれが一番怖かったそうです。

ある夜、砂利を踏む音が我が家の前まで来たと思ったらドアを叩く音が。

母がドアを開けず家の中から応対すると、男の声で一言、

「追われてる、匿ってくれ」

両親は顔を見合わせてたけど、丁重に断りました。

すると足音は我が家の庭を抜け、我が家の横にある裏へ抜ける通路にいったようでした。

翌朝、外に出た母が血相を変えて家に戻り、父を呼んでいる。全員で外に出て愕然とした。

砂利道に点々と血がついている。血は庭から裏へ抜ける通路に続いてて、どうやら夜の男は

そこに隠れたらしく、通路の土には大量の血が染み込んでいる。

そうして、それを踏み付けるような沢山の足跡……

まさに倒れてたのを、誰かが夜中の間にそっと運び出したような感じ。

警察には通報はしませんでした。

ただ、父が水を撒いて血痕を消し、母が植木用の土を持ってきて上から踏み固めてた。

もし匿ってたらどうなってたんだろう。

怖いというか、すごく後味の悪い話ですいません……

大家さんの家は旧農家で、当時その大きな家の前に畑がありました。

長屋から見ると真横。今でもあるらしい。大家さんの家と畑の前を細い私道が

通ってて、その私道は緩やかにカーブしてたんですが、丁度カーブする辺りに

『何もない変な土地』がありました。四畳半位の大きさで、植木も何もない。

中途半端過ぎて遊び場にもならない。

私道自体は子供の遊び場だったけど、なぜかその土地には足を踏み入れた

記憶があまりない。で、その土地のとこに電柱があって、足元に理由は

分からないけど*お祓いの棒が刺してあった。神主さんが手で持って

シャッシャッとやるアレ。

割箸と半紙で作ったアレのミニサイズが、電柱の下にいつも刺さってた。

haraegusi

ある日、皆で遊んでたら、同じ長屋に住むタケちゃんという悪ガキがそれを

引っ込抜いて遊び始めた。

「やめなよー呪われるー」

なんてワイワイやってたら、畑仕事をしてた大家のじいちゃんがすっ飛んできて、

全員ものすごい勢いで叱られた。

やったのはタケちゃんなのに……

で、近くにあった用水路跡(柵も何もない昔の生活用水路の名残)の傍に遊ぶ場所を変えたのだけど、普通に歩いてたタケちゃんが、いきなり横によろめいたと思ったらその用水路に転落。

浅かったので皆で助け上げたら、ヘドロまみれで半泣きのタケちゃんが、

「今押したの誰だよ!何で押すんだよ!!」

押すってあんた、一人で前歩いてたやんと笑ったのだけど。

じゃあ押したのは誰?って話になる。

今思えばほんのり怖い話。

最後に、後日談。

あの長屋にいた間、実は父がおかしくなって、家族はひどいDVに悩まされていました。
近所で鬼親父とあだ名がつく位。追い詰められた母もおかしくなり、家族はメチャメチャでした。

あの家に住んでいて良いことは何もなかったと思う。でも、引っ越してその土地を離れるとともに

あれだけ狂った父が少しずつ穏やかになったんです。今は当時が嘘みたいに、物腰の

柔らかい人になりました。不思議ですよね……

例のタケちゃんが落ちた生活用水路は江戸時代からあったそうで、後に区の史跡に

指定されました。地域で氏子になってる氷川神社もあったし、大家さん一家専用の

墓守寺もあった。土地の名前には、江戸時代の農村の名残が残ってる。

そういう古い土地だったから、因縁があってもおかしくはないのかも。
https://ameblo.jp/endurefear/entry-12263482447.html
http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/915.html#c19

[昼休み53] 足立区にだけは住んではいけない 中川隆
20. 中川隆[-12658] koaQ7Jey 2018年5月31日 13:08:25 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14590]

【足立区】下流喰いの街!東京23区最強のド底辺タウン「竹ノ塚」の酷い街並み (2010年) - 東京DEEP案内
https://tokyodeep.info/takenotsuka-2010/
http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/915.html#c20
[昼休み53] 足立区にだけは住んではいけない 中川隆
21. 中川隆[-12657] koaQ7Jey 2018年5月31日 13:47:54 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14590]

足立区の治安を徹底分析!事件が多い地域・起きやすい事件の種類は?2018/5/1
https://mansionmarket-lab.com/tokyo-security-adachi

足立区のゆるキャラ

足立区はいろいろなサイトで「東京23区で一番治安が悪い」と紹介されています。実際、年間の事件数ワースト1位を何回も記録しています。「足立区=治安が悪い」というイメージを持っている人は多いと思います。

足立区とひとことで言っても、いろいろな地域があります。また、犯罪とひとことで言っても、自転車盗難から殺人までいろいろな犯罪があります。どの地域で、どんな事件が起きているのか、治安の悪さの原因が気になるのではないでしょうか?

マンションくらし研究所では、足立区の地域や犯罪の種類を細かく分析し、どのような犯罪がどのくらいの頻度で起きているのかを紹介します。

足立区は4地域に分けられる

東京23区-警察管轄による地域分け

引用元:警視庁

足立区は、警察署の管轄地域をもとにすると4つの地域に分類することができます。それぞれの人口・面積は↓のようになっています。


エリア 人口 面積
西新井 237,667人 19.78km2
綾瀬 211,130人 14.22km2
竹の塚 152,086人 13.68km2
千住 73,228人 5.52km2

引用元:警視庁 犯罪発生状況


それぞれの地域にある駅や名所は↓です。

西新井
•東武スカイツリーライン − 西新井駅、梅島駅
•舎人ライナー − 谷在家駅、西新井大師西駅、江北駅、高野駅、扇大橋駅、足立小台駅
•西新井大師、荒川西新井橋緑地

綾瀬
•千代田線 − 綾瀬駅、北綾瀬駅
•常磐線 − 綾瀬駅
•つくばエクスプレス − 青井駅、六町駅
•東武スカイツリーライン − 小菅駅、五反野駅
•首都高速 加平IC

竹ノ塚
•東武スカイツリーライン − 竹ノ塚駅
•舎人ライナー − 舎人公園駅、舎人駅、見沼代親水公園駅
•舎人公園

千住
•千代田線 − 北千住駅
•常磐線 − 北千住駅
•東武スカイツリーライン − 北千住駅、牛田駅、堀切駅
•つくばエクスプレス − 北千住駅
•荒川千住新橋緑地


足立区で事件が多い地域


4地域の1年間の犯罪発生は↓のようになっています。地域ごとに面積がことなるので、平等に比較するために徒歩20分圏内で1年間に何件の事件がおきるかで治安の良さをランキングします。


エリア 事件
発生件数 徒歩
20分圏内 23区
77地域中
西新井 2,752件 777件 14位
綾瀬 2,187件 859件 20位
竹の塚 1,855件 757件 11位
千住 788件 797件 16位

引用元:警視庁 犯罪発生状況


徒歩20分圏内の事件数でいうと、どの地域も東京23区77地域の中で11〜20位、上位26%以上となっています。東京23区のなかではむしろ治安がいいほうだと言うことができます。

治安が悪い区というイメージとは真逆の結果です。

はたして本当にそうなのでしょうか?足立区の事件件数が多いのは、面積が広くて、人口が多いから事件がおきやすいだけで、身の回りで起きる事件の件数は少ないのでしょうか?


地域別 起きやすい事件の種類

パトロール中の警官

治安の良し悪しを判断するためには、どんな事件が多いのかを知っておく必要があります。自転車盗難も、殺人も、1件の事件は1件とカウントされます。しかし治安の良さを判断するときに自転車盗難と殺人を同じと考える人はいないと思います。

地域ごとに、どんな犯罪が、徒歩20分圏内で1年間に何件おきるのかを調査しました。

西新井

事件種別 事件
発生件数 徒歩
20分圏内 23区
77地域中
殺人 5件 1.4件 58位
強姦・わいせつ 41件 12件 57位
傷害 57件 16件 17位
暴行 55件 16件 15位
脅迫・恐喝 23件 6件 38位
強盗 8件 2.3件 44位
空き巣 113件 32件 16位
ひったくり・スリ 835件 236件 22位
自転車盗難 1,091件 308件 16位


殺人が徒歩20分圏内で年に1.4回もおきています。強姦・わいせつは年12回、月1回のペースでおきています。これは77地域の中でも多いほうです。女性にとって心配な事件が多い地域だといえます。事件の種類に合わせた適切な防犯対策が必要です。

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•事件の種類別 適切な防犯対策とは?

事故物件が多いかもしれないと心配な人もいると思います。一人暮らし向け物件は事故物件だとしても家賃はあまり変わりません。変に家賃が安いなぁと違和感を感じとれるケースは少なさそうです。安心して生活を送れそうか自分の目でしっかり見極める必要があります。

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•一人暮らし物件は、事故物件だとしても家賃は変わらない

綾瀬

事件種別 事件
発生件数 徒歩
20分圏内 23区
77地域中
殺人 1件 0.4件 32位
強姦・わいせつ 13件 5件 20位
傷害 62件 24件 42位
暴行 57件 22件 25位
脅迫・恐喝 22件 9件 50位
強盗 5件 2.0件 38位
空き巣 95件 37件 24位
ひったくり・スリ 645件 253件 28位
自転車盗難 870件 342件 23位


どのような種類の事件であっても、77地域のほぼ平均以下の件数しかおきていません。綾瀬という響きに悪いイメージを持っている人もいると思いますが、じつは足立区のなかでは治安が良いほうです。

東京23区の北側は家賃相場が安いエリアです。さらに治安が悪いイメージのせいで足立区のマンション相場は割安になるケースがあります。足立区のなかで治安がいい綾瀬エリアは、割安で住めるお得なエリアかもしれません。

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•東京23区の北側は家賃相場が安い

特に東京や大手町に通勤している人には綾瀬駅がオススメです。東京メトロ千代田線で電車1本で行くことができるからです。ほかにもJR常磐線も通っているので電車の利便性が良いです。

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•綾瀬駅は大手町まで電車1本で行ける

竹の塚

事件種別 事件
発生件数 徒歩
20分圏内 23区
77地域中
殺人 1件 0.4件 33位
強姦・わいせつ 12件 5件 15位
傷害 49件 20件 31位
暴行 39件 16件 17位
脅迫・恐喝 10件 4件 23位
強盗 1件 0.4件 13位
空き巣 106件 43件 33位
ひったくり・スリ 534件 218件 17位
自転車盗難 794件 324件 18位


こちらも、足立区のなかでは治安が良い地域です。とくに強姦・わいせつの件数が足立区のなかでは一番少ないです。そのほかの犯罪も綾瀬よりも少なく、足立区のなかでは一番治安が良い地域です。

東武スカイツリーラインと舎人ライナーしか走っていないので都心に出るのに便利とは言えませんが、足立区に魅力を感じていて、利便性よりも治安を重視する女性におすすめの地域です。


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千住

事件種別 事件
発生件数 徒歩
20分圏内 23区
77地域中
殺人 0件 0件 1位
強姦・わいせつ 17件 17件 71位
傷害 20件 20件 33位
暴行 34件 34件 41位
脅迫・恐喝 5件 5件 31位
強盗 2件 2.0件 40位
空き巣 36件 36件 23位
ひったくり・スリ 300件 304件 39位
自転車盗難 245件 248件 9位


全体的には事件の件数が少ない地域といえます。しかし、強姦・わいせつの件数がとても多い地域です。東京23区77地域のなかで71位となっています。女性はしっかり防犯対策をしたほうが良さそうです。

いっぽうそれ以外の件数は少ないです。足立区は家賃相場が安いので男性の一人暮らしにはお得でおすすめといえるかもしれません。

北千住駅に住めば東京や大手町に電車1本で通うことができます。北千住は通勤ラッシュで混みやすい駅ですが、大手町まで15分くらいで行くことができます。東京近辺に通勤している男性ビジネスマンにとってはお得な駅と言えます。

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•北千住は通勤ラッシュで混みやすい

まとめ

治安が悪いイメージの強い足立区ですが、細かく地域を分けてみると治安の傾向に違いがあることがわかりました。とくに綾瀬と竹ノ塚はイメージと現実とでギャップが大きかったのではないでしょうか。

足立区は東京23区の中で最も犯罪件数が減っている区です。しかも東京の住みやすい街ランキングで5位、住んでみたら意外とよかった街で1位になっています。東京都内から引っ越してくる人が多く、また区外に引っ越してしまう人が少ないのです。実際に住んでみたらイメージが変わったという人も多くいると考えられます。
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足立区 - Google マップ
https://www.google.co.jp/maps/place/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E8%B6%B3%E7%AB%8B%E5%8C%BA/@35.7780583,139.7271848,12z/data=!3m1!4b1!4m5!3m4!1s0x601891dc68347377:0xc180870e7f484240!8m2!3d35.7756644!4d139.8044788?hl=ja

東京都足立区中央本町1丁目17−1の地図 - Yahoo!地図
https://map.yahoo.co.jp/maps?lat=35.77563350&lon=139.80450090&ac=13121&az=&z=13&fa=pa&ei=utf8&p=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E8%B6%B3%E7%AB%8B%E5%8C%BA

マピオン 東京都足立区中央本町1丁目17の地図
https://www.mapion.co.jp/m2/35.77493974,139.80427231,16


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[リバイバル3] 敷金礼金ゼロで家賃半額も…超安値の「いわく付き」事故物件に人気殺到!首都圏にも多数 中川隆
21. 中川隆[-12656] koaQ7Jey 2018年5月31日 13:51:59 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14590]

事故物件の家賃は本当に安いの?事故物件に住む前に知っておくべきこと2017/10/29
https://mansionmarket-lab.com/stigmatized-property

立ち入り禁止

賃貸物件を探すときに「事故物件でもいいから家賃を安くしたい」なんて考えたことはないでしょうか?事故物件は人気がないので安そうなイメージがあります。はたして本当に安いのでしょうか。

ネット上では事故物件と思われる物件のマンション名を調べることができます。その事故物件と、同じようなマンションとを比較して、家賃がいくら安くなるのかを具体的に調べます。

そもそも事故物件とは?

事故物件とは、過去にそこで人が亡くなってしまった物件です。Wikipediaでは↓のように定義されています。


事故物件(じこぶっけん)とは、広義には不動産取引や賃貸借契約の対象となる土地・建物や、アパート・マンションなどのうち、その物件の本体部分もしくは共用部分のいずれかにおいて、何らかの原因で前居住者が死亡した経歴のあるものをいう。

引用元:Wikipedia

亡くなってしまった理由としては自殺や殺人などの凶悪事件も含まれます。賃貸物件の場合、清掃・洗浄・内装張替えなどをしてキレイな状態に戻して、また新たに貸し出されます。


新たに賃貸物件を探している人にとって、そこが事故物件かどうかはとても大きな問題です。まず気持ち的に「イヤだな」と感じる人がほとんどだと思います。過去に人が亡くなった部屋で毎日過ごすのは心地いいものではありません。

もし亡くなった原因が殺人だった場合、治安の面でも心配です。特に心配なのは強盗殺人の場合です。立地的に狙われやすい場所にある、周辺の環境的に侵入しやすいなど、治安のリスクが高い物件である可能性があります。


事故物件の調べ方

その物件が事故物件かどうか、どうやって調べればよいのでしょうか?


不動産屋が教えてくれるパターン

物件情報に「告知事項あり」という記載がある場合があります。借りる人にお伝えしなければいけない重要な事があるということです。この「重要な事」=「事故物件であること」という場合があります。「心理的瑕疵あり」と記載されている場合もあります。これも同じように事故物件である場合があります。

宅地建物取引業法ではそのような重要な事を借り手に説明するように告知義務が定められています。記載があった場合には必ず確認しましょう。


調べないと分からないパターン

事故物件だったら必ず不動産屋が教えてくれるかというと、そうではありません。宅地建物取引業法には告知をしなければいけない期間が決められていません。

例えば、事故があった後に別の人が住んで、その後にあなたが借りようとした場合、事故物件であることは教えてもらえない可能性が高いです。不動産屋としてはなるべく伝えたくない情報なので、明確な告知義務がないかぎり教えてくれない可能性があるのです。


自分で調べる方法

事故からどんなに時間がたっていても気になる!という人もいると思います。そんな人は自分で調べることをオススメします。大島てるというサイトが調べやすくて便利です。地図上で↓のような投稿情報を探すことができます。
・マンション名
・事故が起きた時期
・事故の内容


事故物件は家賃が安い?

事故物件に住むメリットとして期待できるのが、家賃の安さです。人気が無いから家賃が安いと想像できます。では具体的にいくら安くなるのでしょうか?実際の賃貸情報をもとに調査をしてみます。


調べ方

先ほど紹介したサイト「大島てる」で事故物件とされている物件のマンション名を調べます。そしてそのマンションの家賃、スペック(専有面積、階数、駅からの徒歩距離、築年数)を調べます。

同じ地域で、その物件と同じようなスペックの普通の物件を探します。そして家賃がいくらなのか、事故物件だといくら安くなるのかを調査します。


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一人暮らし向け物件

まず1つ目の例は池袋の物件です。具体的なマンション名は伏せますが、ある事故物件の家賃は8.5万円です。それと似たような物件の家賃をまとめたのが↓の表です。

家賃(万円) 専有面積(m2) 階数(階) 徒歩(分) 築年数(年)

事故物件
8.5 21.0 7 9 14

普通の物件
10.1 20.5 7 8 12
10.0 21.0 7 10 12
9.7 21.0 6 10 12
8.6 20.4 8 9 14
8.5 21.1 7 9 14
8.5 20.0 8 10 13
8.3 20.1 8 9 14
8.1 21.0 7 8 14
8.0 20.0 6 8 14

引用元:suumo

普通の物件と比べると、8.5万円という家賃は安いわけではないことが分かります。むしろ平均的な家賃です。似たようなスペックのマンションの家賃相場は8〜10万円です。事故物件だからといって、その範囲から大きく外れて安くなるということは無いようです。


1つの例だけだと信憑性が無いので、他のケースも調べてみます。2つ目は西日暮里の物件です。事故物件の家賃は6万円です。

家賃(万円) 専有面積(m2) 階数(階) 徒歩(分) 築年数(年)

事故物件
6.0 19.9 2 10 22

普通の物件
8.3 20.0 2 10 20
6.5 19.4 2 10 24
6.0 19.9 2 11 24

引用元:suumo

普通の物件の家賃相場はい6〜8万円です。事故物件の6万円は安いほうだとはいえますが、圧倒的に安いかというとそんなことはありません。その地域の家賃相場の範囲に収まっています。


一人暮らし物件の場合、事故物件だからといって家賃がものすごく安くなることは無いようです。少し安くなるケースはありますが、あくまで家賃相場の範囲の中です。事故物件だということが分かったら、別の物件を探したほうがよさそうです。似たようなスペックで同じくらいの家賃の物件はすぐに見つかるかもしれません。


家族向け物件

一人暮らし向けの物件では家賃が安くなりませんでしたが、家族向けの物件でも同じなのでしょうか?専有面積が広めの家族向け物件についても同じように調査します。

1つ目は池袋の物件、家賃は11.5万円です。

家賃(万円) 専有面積(m2) 階数(階) 徒歩(分) 築年数(年)

事故物件
11.5 39.8 5 9 14

普通の物件
14.4 37.9 6 8 11


家族向けの物件は数があまり多くなく、同じようなスペックの物件は1件しかありませんでした。たった1件なので家賃相場とは言い難いですが、普通の物件は14.4万円でした。事故物件はそれと比べて約3万円、20%安くなっています。


もうひとつ、五反田の物件についても調べてみます。事故物件の家賃は23万円です。

家賃(万円) 専有面積(m2) 階数(階) 徒歩(分) 築年数(年)

事故物件
23.0 64.4 15 12 13

普通の物件
30.5 63.4 14 14 14


こちらも同じようなスペックの物件は1件しかありませんでした。しかし先ほどと同じような傾向があることが分かります。普通の物件と比べると事故物件の家賃がとても安いのです。30.5万円と比べて23万円なので25%安くなっています。


事故物件の家賃の傾向

一人暮らし向けと家族向けとでは傾向が違う可能性があることが分かりました。調査の数が少ないので断言することは難しいですが、家族向け物件の場合、事故物件だと20〜25%家賃が安くなる可能性があります。


その理由として考えられるのは住む期間の違いです。一人暮らしと家族住まいでは、同じ物件に住み続ける長さが違います。

一人暮らしの場合、1つの物件に長く住まない人が多いです。2年契約が終わるとすぐに引っ越してしまったり、大学の4年間だけ住むというケースもあります。事故物件だとしても少しの期間だから気にしないという人がいると考えられます。

家族住まいの場合は、自分以外にも家族の生活に影響があるので簡単には引っ越しできません。そのぶん物件選びには慎重になります。事故物件だという事は無視できないくらい大きな事なってきます。避ける人が多いので家賃が下がりやすいと考えられます。

まとめ

事故物件は家賃が安そう!というイメージがありますが、一人暮らし向けの物件についてはそうでは無いということが分かりました。多少安くなる場合もありますが、圧倒的に安くなるということはなさそうです。

物件を探すとき、それが事故物件では無いと確認することをオススメします。もし一人暮らし物件を探しているのであれば、事故物件に住むメリットはほとんどなさそうです。一人暮らし向け物件は数が多いので比較的探しやすいです。視野を広げれば他にもいい物件が見つかるかもしれません。
https://mansionmarket-lab.com/stigmatized-property
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/662.html#c21

[昼休み53] 足立区にだけは住んではいけない 中川隆
22. 中川隆[-12655] koaQ7Jey 2018年5月31日 14:47:30 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14590]
>>15に追記


目的別出会い掲示板

足立区付近の書き込み一覧です。足立区近隣で募集している女性が表示されます。
当サイトは随時更新しており、すべて直接連絡可能な女性の書き込みをまとめています。
女性の画像をクリックすると女性が登録しているサイトに移動します。


足立区 神待ち掲示板
http://sefure-bbs.net/matome02/kanto/%e8%b6%b3%e7%ab%8b%e5%8c%ba/?sex=

足立区 貧困女子掲示板
http://sefure-bbs.net/matome15/kanto/%e8%b6%b3%e7%ab%8b%e5%8c%ba/?sex=

足立区 家出少女掲示板
http://sefure-bbs.net/matome03/kanto/%e8%b6%b3%e7%ab%8b%e5%8c%ba/?sex=

足立区 セフレ掲示板
http://sefure-bbs.net/matome01/kanto/%e8%b6%b3%e7%ab%8b%e5%8c%ba/?sex=

足立区 人妻出会い掲示板
http://sefure-bbs.net/matome39/kanto/%e8%b6%b3%e7%ab%8b%e5%8c%ba/?sex=
http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/915.html#c22

[昼休み53] 足立区にだけは住んではいけない 中川隆
23. 中川隆[-12654] koaQ7Jey 2018年5月31日 15:01:07 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14590]

【東京×援交】援交相場と援助交際相手の見つけ方2018
https://enkokeijiban.com/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD-%E6%8F%B4%E4%BA%A4.html

【埼玉×援交】援交相場と援助交際相手の見つけ方2018
https://enkokeijiban.com/%e5%9f%bc%e7%8e%89%e7%9c%8c-%e6%8f%b4%e4%ba%a4.html

【千葉×援交】援交相場と援助交際相手の見つけ方2018
https://enkokeijiban.com/千葉県-援交.html

http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/915.html#c23

[昼休み53] 足立区にだけは住んではいけない 中川隆
24. 中川隆[-12653] koaQ7Jey 2018年5月31日 15:05:56 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14590]

足立区で出会ったシングルマザーの売春婦
http://yabaimise.blog.fc2.com/blog-entry-65.html


託児所つきの風俗店が「セーフティネット」

クローズアップ現代で取り上げたシングルマザーの実態が話題になっている。
なんでも、20代のシングルマザーのうち8割が年収114万円未満。
寮や託児所つきの風俗店が彼女たちの駆け込み寺になっているという。

実際、風俗や売春で稼ぐシングルマザーは多い。
だが、いかんせん託児所の料金がハンパなく高い。


「夜も預けられる24時間保育だと、
最低でも15万円はかかる。
生活を考えると風俗で働くしかない。
それでも生活するのがギリギリだから
足りない分は援交でおぎなっているの」

こう漏らしていたのはテレクラで知り合った23歳のシングルマザーAさん。
足立区在住の彼女と落ちあったのは北千住駅近く。

電話では「5(千円)でいいので…子連れでもいいですか?」と聞いてきた。
冗談半分で受け止めていたのだが、
待ち合わせ場所にベビーカーを押してやってきたから驚いた。

「もちろんお金もあるけど、
日中はヒマだから誰か遊んでくれないかと思って…
でも、子連れで会ってくれる男性ってなかなかいないんだよねぇ」

ラブホテルは入れるだろうか…。
受付で止められるのでは…。
そう思ったものの、入ったラブホテルは子連れウエルカムだった。

部屋にはサービスの駄菓子が置かれ、
子供のための小さな部屋(待機室?)もあった。

しかしどうも気が乗らない。

「う〜ん、何もしないんじゃ…こっちが悪いし
あ、そうだ! じゃあ口でやったげる
先月まですぐ近くのピンサロで働いていたから」

結局、バスルームで情事におよぶ。
どうも勃ちが悪かったが、生フェラで抜いてくれた。

彼女とは今でもちょくちょく連絡を取り合っている。
今は昼間の仕事を見つけたという。
それでも生活費は足らず、気を許した数人の“常連客”に援交をもちかけている。
http://yabaimise.blog.fc2.com/blog-entry-65.html
http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/915.html#c24

[昼休み53] 足立区にだけは住んではいけない 中川隆
25. 中川隆[-12652] koaQ7Jey 2018年5月31日 15:10:57 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14590]

託児所つきの風俗店が「セーフティネット」 クロ現「シングルマザー」貧困特集に大反響 2014/1/30
https://www.j-cast.com/2014/01/30195542.html


NHKの「クローズアップ現代」で放送された内容が、大きな反響を呼んでいる。

10〜20代のシングルマザーには貧困状態にある人が多く、住居や託児所といった生活支援を売りにする風俗店が事実上のセーフティネットとして機能していることを浮き彫りにした内容だ。これまで、この事実はほとんど知られてこなかったため、衝撃を受けた視聴者も多かったようだ。

番組を通じて問題の根深さも明らかになった。番組では生活保護の受給を断念したことを背景に風俗店で勤務することになった女性のエピソードを紹介しているが、生活保護の申請を思いとどまらせようとする行政の対応は違法で「生活困窮者が活用できる制度について誤解を与える」といった指摘も出ている。

20代シングルマザーの8割が「貧困状態」

話題になっているのは、2014年1月27日に放送された「あしたが見えない 〜深刻化する『若年女性』の貧困〜」。番組では、高校卒業の女性の場合、48%しか正規の仕事に就くことができず、中でも20代のシングルマザーの約80%が年収114万円未満の貧困状態に置かれていることを指摘している。

最近では風俗店が託児所と提携したり、自前で託児所を運営しているケースもあるという。番組に登場した風俗店では、2013年に従業員用の寮を新設。産後直後から働かざるを得なかったという21歳のシングルマザーの従業員は

「私が頑張ったら託児所代が全部出ると思った」

と話し、経営者は

「(従業員に身寄りが)いても頼れない人が多い。家庭が崩壊しているケースも多い」

と、従業員の生活基盤がもろいことを明かす。

こういった事実は、これまでマスメディアではあまり報じられてこなかったこともあって、大きな反響を呼んでいる。J-CASTニュースの「テレビウォッチ」で番組内容を紹介した記事は100回以上ツイートされており、

「これでは日本の将来が危ない」
「日本経済を衰退させている原因は、実はこの現実」

といった声も出ている。


「水際作戦」批判しないと「生活保護利用できないと誤解する」

ただ、番組が重要な点を見落としているという指摘も出ている。風俗業から一度は別の仕事をしていた女性が、再び風俗店の従業員になろうとするエピソードで、ナレーションでは、

「生活保護を申請したが、『生活状況を細かく調べるのに時間がかかる』と言われ、断念した」

と説明している。ところが、この女性はVTRでは、

「市役所にいくら通っても『申請するまで2か月かかるよ、3か月かかるよ』って。待ってるわけにはいかないじゃないですか」

と述べている。ナレーションでは申請は行われたと説明しているが、女性の発言を文字通り受け止めれば、申請することすら断念したように理解できる。

ホームレスや生活困窮者に対する自立支援を行っているNPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」のブログでは番組そのものは、

「若年の単身女性やシングルマザーの貧困の実態を丁寧に描いた良質なドキュメンタリー」

だと評価するものの、今回の女性のケースは、生活保護を申請しようとする人を福祉事務所が窓口で追い返す違法な「水際作戦」にあたるとみている。番組では、福祉事務所の対応が違法だとして批判することはなかった。そのため、「もやい」のブログでは、

「そうした(編注:現に生活に困窮している人や、これから困窮する可能性がある)方々がこの番組を見た場合、『生活保護の申請に時間がかかる』という役所の説明を信じてしまい、生活に困窮しても生活保護制度は利用できないと誤解してしまうのではないでしょうか」

と疑問を投げかけている。



http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/915.html#c25

[昼休み54] 発電をすべて原子力にしなければ地球温暖化で地球の気温は250℃になる 中川隆
10. 中川隆[-12651] koaQ7Jey 2018年5月31日 18:04:33 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14590]

CO2濃度が過去最高に
国内3カ所、「歯止めかからず」
2018/5/31 17:41 一般社団法人共同通信社


 気象庁は31日、大気中の二酸化炭素(CO2)濃度について、国内の地上観測点3カ所の2017年の年平均値がいずれも過去最高となったと発表した。CO2は地球温暖化の原因とされ、担当者は「増加傾向に歯止めがかかっていない」としている。

 気象庁によると、地上観測点3カ所は岩手県大船渡市、小笠原諸島の南鳥島、沖縄県の与那国島。17年の年平均値は407.7〜409.5ppmで、前年比は2.0〜2.8ppm増。

 気象庁では1987年から岩手県大船渡市で計測を始め、その際は351.4ppmだった。濃度は各地点で年々増加している

http://www.asyura2.com/17/lunchbreak54/msg/140.html#c10

[昼休み54] アングロサクソンは悪い 中川隆
21. 中川隆[-12659] koaQ7Jey 2018年5月31日 20:19:12 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14590]
2018.05.31
米国の支配層が平和を望んでいるとは思わない方が安全



 リチャード・ニクソンは1972年2月にアメリカ大統領として中国を訪問した。ニクソン政権で外交や安全保障といった分野を任されていたヘンリー・キッシンジャーは1969年から中国側の首脳と接触しようと試みていた。そうした中、1970年12月にエドガー・スノーが毛沢東中国共産党主席と会うが、そこで中国側はアメリカ大統領の中国訪問を歓迎すると述べている。それを受け、1971年2月にニクソン大統領は外交教書で「中華人民共和国」という正式名称を使い、北京との対話を確立したいと述べた。そしてニクソンの訪中につながったわけだ。

 大統領になった最初の年からニクソンは中国との関係改善を模索、デタント(緊張緩和)を打ち出している。これだけ聞くと平和的な人物のようだが、そう単純ではない。大統領選挙では民主党にとって優位になるベトナム戦争の終結交渉を妨害し、チリでは民主的に選ばれたサルバドール・アジェンデ大統領を倒すために軍事クーデターを実行している。その黒幕もキッシンジャーだった。

 軍事クーデターは1973年9月11日、オーグルト・ピノチェトによって実行される。その際にアジェンデは死亡した。クーデターの目的はアメリカを拠点とする巨大企業の利権を守り、チリを食い物にし続けることにあった。そうした政策にとって邪魔な人々を殺害したり拘束したりしたうえで、シカゴ大学のミルトン・フリードマン教授が展開していた「経済理論」が実践される。新自由主義の導入だ。

 その政策によって富豪や巨大企業の経営者たちは「自由の尊厳」が認められて大儲けできたが、庶民は貧困化する。この政策を指揮したのはシカゴ・ボーイズと呼ばれるフリードマンの弟子たち。ピノチェト体制は輸入を促進するため、ペソを過大に評価させて輸入品の価格を下げている。

 その結果、贅沢な舶来品の消費ブームが起こるのだが、その一方で国産製品は売れなくなり、チリ国内の経済活動は破綻していく。1980年代の後半になると、チリでは人口の45%が貧困ラインの下に転落していたとされている。

 こうしたチリでの実験を肯定的にとらえた学者がフリードリッヒ・フォン・ハイエクで、親しくしていたマーガレット・サッチャー英首相にフリードマン理論を売り込む。このハイエクがフリードマンの「師」だった。サッチャーは1982年のフォークランド戦争で高揚した雰囲気を利用してイギリスに新自由主義を導入、イギリスの庶民も無残なことになる。

 新自由主義とは巨大資本に国を上回る権力を与えるもので、その延長線上にISDS条項を軸とするTPP(環太平洋連携協定)、TTIP(環大西洋貿易投資協定)、TiSA(新サービス貿易協定)はある。世界のファシズム化がその目的だとも言える。

 エリートの利益になるこの政策は中国やソ連にも広がっていく。中国では1976年10月に江青など「四人組」が粛清され、77年に復活したケ小平がそうした流れを促進していく。1980年にはフリードマンが中国を訪問、レッセフェール流の資本主義路線へと導いていった。フリードマン1988年に妻のローザとともに再び中国を訪れ、趙紫陽や江沢民と会談している。

 アメリカでは1989年にジョージ・H・W・ブッシュが大統領に就任しているが、この人物は本ブログで再三書いているようにCIAの非公然オフィサーである可能性が高く、74年から75年にかけて中国駐在特命全権公使を務めている。

 そのブッシュとエール大学時代から親しいと言われているCIAオフィサーのジェームズ・リリーが1989年に中国駐在大使に就任、中国乗取りの総仕上げを目論んだ。その手先と考えられていたのがジョージ・ソロスから資金が流れていたとされている趙紫陽だ。そのほか、NEDなどを通じてCIAの資金が「活動家」へ渡っていた。この目論見はケ小平が同調しなかったことなどから成功していない。

 ソ連でも似たことが行われ、こちらは成功してボリス・エリツィン時代の惨劇につながる。アメリカが示す「和平」に気を許すと最後には裏切られる。ジョン・F・ケネディ大統領は本当に平和な世界を目指したようだが、1963年11月22日に暗殺された。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201805310000/
http://www.asyura2.com/17/lunchbreak54/msg/109.html#c21

[リバイバル3] マルクスはやはり正しかった _ もうすぐ共産革命の嵐が吹き荒れる時代がやって来る 中川隆
180. 中川隆[-12658] koaQ7Jey 2018年5月31日 20:21:53 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14590]
2018.05.31
米国の支配層が平和を望んでいるとは思わない方が安全


 リチャード・ニクソンは1972年2月にアメリカ大統領として中国を訪問した。ニクソン政権で外交や安全保障といった分野を任されていたヘンリー・キッシンジャーは1969年から中国側の首脳と接触しようと試みていた。そうした中、1970年12月にエドガー・スノーが毛沢東中国共産党主席と会うが、そこで中国側はアメリカ大統領の中国訪問を歓迎すると述べている。それを受け、1971年2月にニクソン大統領は外交教書で「中華人民共和国」という正式名称を使い、北京との対話を確立したいと述べた。そしてニクソンの訪中につながったわけだ。


 大統領になった最初の年からニクソンは中国との関係改善を模索、デタント(緊張緩和)を打ち出している。これだけ聞くと平和的な人物のようだが、そう単純ではない。大統領選挙では民主党にとって優位になるベトナム戦争の終結交渉を妨害し、チリでは民主的に選ばれたサルバドール・アジェンデ大統領を倒すために軍事クーデターを実行している。その黒幕もキッシンジャーだった。


 軍事クーデターは1973年9月11日、オーグルト・ピノチェトによって実行される。その際にアジェンデは死亡した。クーデターの目的はアメリカを拠点とする巨大企業の利権を守り、チリを食い物にし続けることにあった。そうした政策にとって邪魔な人々を殺害したり拘束したりしたうえで、シカゴ大学のミルトン・フリードマン教授が展開していた「経済理論」が実践される。新自由主義の導入だ。


 その政策によって富豪や巨大企業の経営者たちは「自由の尊厳」が認められて大儲けできたが、庶民は貧困化する。この政策を指揮したのはシカゴ・ボーイズと呼ばれるフリードマンの弟子たち。ピノチェト体制は輸入を促進するため、ペソを過大に評価させて輸入品の価格を下げている。


 その結果、贅沢な舶来品の消費ブームが起こるのだが、その一方で国産製品は売れなくなり、チリ国内の経済活動は破綻していく。1980年代の後半になると、チリでは人口の45%が貧困ラインの下に転落していたとされている。


 こうしたチリでの実験を肯定的にとらえた学者がフリードリッヒ・フォン・ハイエクで、親しくしていたマーガレット・サッチャー英首相にフリードマン理論を売り込む。このハイエクがフリードマンの「師」だった。サッチャーは1982年のフォークランド戦争で高揚した雰囲気を利用してイギリスに新自由主義を導入、イギリスの庶民も無残なことになる。


 新自由主義とは巨大資本に国を上回る権力を与えるもので、その延長線上にISDS条項を軸とするTPP(環太平洋連携協定)、TTIP(環大西洋貿易投資協定)、TiSA(新サービス貿易協定)はある。世界のファシズム化がその目的だとも言える。


 エリートの利益になるこの政策は中国やソ連にも広がっていく。中国では1976年10月に江青など「四人組」が粛清され、77年に復活したケ小平がそうした流れを促進していく。1980年にはフリードマンが中国を訪問、レッセフェール流の資本主義路線へと導いていった。フリードマン1988年に妻のローザとともに再び中国を訪れ、趙紫陽や江沢民と会談している。


 アメリカでは1989年にジョージ・H・W・ブッシュが大統領に就任しているが、この人物は本ブログで再三書いているようにCIAの非公然オフィサーである可能性が高く、74年から75年にかけて中国駐在特命全権公使を務めている。


 そのブッシュとエール大学時代から親しいと言われているCIAオフィサーのジェームズ・リリーが1989年に中国駐在大使に就任、中国乗取りの総仕上げを目論んだ。その手先と考えられていたのがジョージ・ソロスから資金が流れていたとされている趙紫陽だ。そのほか、NEDなどを通じてCIAの資金が「活動家」へ渡っていた。この目論見はケ小平が同調しなかったことなどから成功していない。


 ソ連でも似たことが行われ、こちらは成功してボリス・エリツィン時代の惨劇につながる。アメリカが示す「和平」に気を許すと最後には裏切られる。ジョン・F・ケネディ大統領は本当に平和な世界を目指したようだが、1963年11月22日に暗殺された。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201805310000/

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/704.html#c180

[リバイバル3] 現生人類の起源 中川隆
25. 中川隆[-12657] koaQ7Jey 2018年5月31日 21:58:47 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14590]

ドキュメンタリー 歴史 ドキュメンタリー イヴ仮説 最初の女性 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=Y18TuC4Psq8
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/735.html#c25
[] 「男はなぜ彼女に男友達を持つことを許さないのか」 あっしら
2. 中川隆[-12662] koaQ7Jey 2018年5月31日 22:42:05 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14596]

これを見れば「男はなぜ彼女に男友達を持つことを許さないのか」納得できるよ:


テレビ朝日 テレビドラマ 秘密

動画
https://www.youtube.com/results?search_query=%E7%A7%98%E5%AF%86++%E5%B0%8F%E8%81%B0+


放送期間 2010年10月15日 - 12月10日(9回)

原作 東野圭吾
脚本 吉田紀子

キャスト
杉田藻奈美・直子 - 志田未来
杉田平介 - 佐々木蔵之介
橋本多恵子 - 本仮屋ユイカ
小坂洋太郎 - 橋本さとし
吉本和子 - 池津祥子
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%98%E5%AF%86_(%E6%9D%B1%E9%87%8E%E5%9C%AD%E5%90%BE)


秘密が、愛を、濃密にする。

ごく平凡な3人家族を襲った突然の“悲劇”。 すべてはその瞬間から始まった--。

妻と娘を乗せたバスが崖から転落。 妻は死亡し、娘は奇跡的に助かる。 ところが… そのとき誰もが想像すらしなかった事態が起こっていた。 助かった娘の体には妻の魂が宿っていたのだ!

その日から、一家の切なく奇妙な“秘密”の生活が始まる…。

大人気作家・東野圭吾氏がブレイクするキッカケとなった感動のロングセラー傑作長編ミステリー『秘密』。

母親の魂が宿った女子高生・杉田藻奈美を演じるのは志田未来。

そんな娘(=妻)の存在に大きく揺れ動く男・杉田平介役には佐々木蔵之介。

25歳差の演技派2人を迎えて珠玉の名作『秘密』が連続ドラマとなって蘇ります。

(C)原作 東野圭吾著『秘密』(文藝春秋刊)(C)テレビ朝日


1. 第1話
2007年夏。電機メーカーに勤務する杉田平介(佐々木蔵之介)は、いつもとさほど変わらない一日を過ごしていた。家の中では長野の実家に行くことになった妻・直子(石田ひかり)と娘・藻奈美(志田未来)が慌しく準備をしていた。平介はそんな2人を送り出した。さらりと、ごく普通に。そして、そんなありふれた日常の幸せを実感することもなく--。 しかし数時間後、そんなありふれた日常が一瞬にして消える事件が起こる。妻と娘がいない家でひとり晩酌をしていた平介に、耳を疑うようなニュースがテレビ画面から飛び込んできた。それは、直子と藻奈美を乗せたバスが崖から転落したことを知らせる緊急ニュースだった。 (C)原作 東野圭吾著『秘密』(文藝春秋刊)(C)テレビ朝日
48 分 初公開日: 2010年10月15日


2. 第2話
姿は藻奈美(志田未来)だが、その魂は亡くなったはずの母・直子(石田ひかり)--誰にも信じてもらえないであろう<秘密>を抱えた平介(佐々木蔵之介)と直子(=藻奈美)の新しい生活が始まった。ところが事故後、初登校した“直子”に衝撃的な出来事が降りかかる。なんと、クラスメートの相馬春樹(竜星涼)に突然キスされたのだ! 藻奈美から春樹のことなど聞いたこともなかった“直子”は凍りつき、春樹を突き飛ばして逃げ去る。 (C)原作 東野圭吾著『秘密』(文藝春秋刊)(C)テレビ朝日
48 分 初公開日: 2010年10月22日


3. 第3話
平介(佐々木蔵之介)と直子(石田ひかり)宛てに、大学のサークル同窓会の案内状が届いた。直子の魂は今も娘・藻奈美(志田未来)の体に宿っているが、世間的に直子は死んだことになっている。どう考えても、堂々と2人揃って同窓会に出席することは不可能だ…。平介は同窓会のことを直子に伝えるべきかどうか悩む。 一方、直子は藻奈美の彼氏・相馬(竜星涼)をきちんとふることを決意。春樹に「お父さん(=平介)に心配をかけるわけにはいかない。今はお父さんのそばにいて、身の回りのお世話や家事をしてあげたい」と告げ、別れを切り出す。 (C)原作 東野圭吾著『秘密』(文藝春秋刊)(C)テレビ朝日
48 分 初公開日: 2010年10月29日


4. 第4話
娘・藻奈美(志田未来)の魂と妻・直子(石田ひかり)の体を奪ったバス事故。あの事故を引き起こした亡き運転手・梶川幸広(吹越満)は、札幌に住むサワダミカコという女性に毎月10万以上の金を3年半にもわたり送金していた…。梶川の妻・征子(堀内敬子)からその事実を聞かされて以来、平介(佐々木蔵之介)はサワダミカコの正体と梶川の送金理由が気になって、頭から離れずにいた。 そんななか平介と直子は、事故の日に直子と藻奈美が向かうはずだった長野を訪れることに。 (C)原作 東野圭吾著『秘密』(文藝春秋刊)(C)テレビ朝日
48 分 初公開日: 2010年11月5日


5. 第5話
年が明けた。平介(佐々木蔵之介)、直子(石田ひかり)、藻奈美(志田未来)の3人で明るい食卓を囲んだ去年までの正月とは打って変わり、今年の杉田家には淋しい空気が漂っていた…。そんななか、“藻奈美”として生きることを決意した直子は受験に向け、元旦から猛勉強を開始する。 やがて新学期が始まり、藻奈美の担任・多恵子(本仮屋ユイカ)が杉田家を訪ねてきた。藻奈美のことで話があるという多恵子。なんでも、藻奈美が医学部を志望しているというのだ。本人から一度も相談されたことのなかった平介は、驚きを隠せない。 (C)原作 東野圭吾著『秘密』(文藝春秋刊)(C)テレビ朝日
48 分 初公開日: 2010年11月12日


6. 第6話
藻奈美(志田未来)の魂と直子(石田ひかり)の体を奪ったバス事故を引き起こした運転手・梶川幸広(吹越満)の妻・征子が心筋梗塞で亡くなった。平介(佐々木蔵之介)、そして藻奈美として生きる直子は通夜に参列する。その後、通夜から戻った平介に、征子の娘・逸美(日向ななみ)から電話がかかってきた。どうしても平介に渡したいものがあるという。直子の提案で、平介は逸美を自宅へ招くことに。やがて逸美が杉田家にやって来た。彼女が平介に差し出したのは、なんと梶川幸広がいつも身に着けていた懐中時計。しかも、蓋の裏には3歳くらいの男の子の写真が貼ってあり…。 (C)原作 東野圭吾著『秘密』(文藝春秋刊)(C)テレビ朝日
48 分 初公開日: 2010年11月19日


7. 第7話
札幌出張の際に、バス運転手・梶川幸広(吹越満)と前妻の息子・文也(田中圭)に会った平介(佐々木蔵之介)。しかし、文也は家庭を捨ててほかの女と逃げた父のことを恨んでおり、平介が渡そうとした梶川の形見も受け取ろうとはしなかった。藻奈美(志田未来)の魂と直子(石田ひかり)の身体を奪った事故を起こすほど身をすり減らして働きながら、前妻の姉・沢田美香子に送金していた梶川の意図は何だったのか。そして、美香子はなぜ送金の事実を文也には隠していたのか…。平介はもやもやとした気持ちが収まらないまま、東京へと戻る。 (C)原作 東野圭吾著『秘密』(文藝春秋刊)(C)テレビ朝日
48 分 初公開日: 2010年11月26日

8. 第8話
藻奈美(志田未来)の姿をした直子(石田ひかり)との生活が続くなか、平介(佐々木蔵之介)は急速に焦りを感じていた。直子が自分から離れていくような恐怖に襲われていたからだ。直子を繋ぎ止めたい--平介の一途な想いは、盗聴器を仕掛けたり、相馬春樹(竜星涼)と直子のデート現場に押しかけて邪魔をするなど、卑劣な行動となって表に出た。「お願いだから、私をこれ以上苦しめないで」--直子と平介の関係は、取り返しがつかないほどまでに破綻しようとしていた…。 (C)原作 東野圭吾著『秘密』(文藝春秋刊)(C)テレビ朝日
48 分 初公開日: 2010年12月3日

9. 最終話
身体は藻奈美(志田未来)だが、心は直子(石田ひかり)--バス事故以降、周囲には秘密で妻との奇妙な生活を送っていた平介(佐々木蔵之介)。ところが突然、ずっと消えたままだった藻奈美の魂が戻ってきた! それ以来、藻奈美の魂はたびたび戻ってくるようになる。状況だけ見れば、依然として奇妙であることには変わらなかった。だが、平介は久々に家族3人で暮らす幸せを噛み締め、この状態がずっと続けばいいと願う。 (C)原作 東野圭吾著『秘密』(文藝春秋刊)(C)テレビ朝日
48 分 初公開日: 2010年12月10日
https://www.amazon.co.jp/dp/B01LXZZ1ZN



http://www.asyura2.com/0403/dispute18/msg/339.html#c2

[] 「男はなぜ彼女に男友達を持つことを許さないのか」 あっしら
3. 中川隆[-12661] koaQ7Jey 2018年5月31日 22:43:54 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14596]

秘密 (文春文庫) – 2001/5/1 東野 圭吾 (著)
https://www.amazon.co.jp/%E7%A7%98%E5%AF%86-%E6%96%87%E6%98%A5%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%9D%B1%E9%87%8E-%E5%9C%AD%E5%90%BE/dp/4167110067


妻・直子と小学5年生の娘・藻奈美を乗せたバスが崖から転落。妻の葬儀の夜、意識を取り戻した娘の体に宿っていたのは、死んだはずの妻だった。その日から杉田家の切なく奇妙な“秘密”の生活が始まった。

映画「秘密」の原作であり、98年度のベストミステリーとして話題をさらった長篇


運命は、愛する人を二度奪っていく。

自動車部品メーカーで働く39歳の杉田平介は妻・直子と小学5年生の娘・藻奈美と暮らしていた。

長野の実家に行く妻と娘を乗せたスキーバスが崖から転落してしまう。
妻の葬儀の夜、意識を取り戻した娘の体に宿っていたのは、死んだはずの妻だった。
その日から杉田家の切なく奇妙な“秘密"の生活が始まった。

外見は小学生ながら今までどおり家事をこなす妻は、やがて藻奈美の代わりに 新しい人生を送りたいと決意し、私立中学を受験、その後は医学部を目指して共学の高校を受験する。

年頃になった彼女の周囲には男性の影がちらつき、 平介は妻であって娘でもある彼女への関係に苦しむようになる。

98年度ベストミステリーとして話題をさらい、広末涼子主演で映画化、志田未来主演で連続ドラマ化もされた東野圭吾の出世作。累計200万部突破の伝説のベストセラー。



3. 中川隆[-12640] koaQ7Jey 2018年5月27日 07:37:17 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14446]

▲△▽▼

「秘密/滝田洋二郎;1999年劇場公開作品」 
 雪山でバスの転落事故に遭った直子(岸本加世子)とその娘の藻菜美(広末涼子)は救急病院に収容されるが、直子は手当ての甲斐なく死亡し、藻菜美だけがかろうじて生き残る。しかし、昏睡から目覚めたとき、鏡を覗き込んだ直子の目に映ったのは藻菜美の顔だった。つまり、藻菜美が意識を取り戻したとき、その意識は直子のものだったのだ。夫の平介(小林薫)は事実を知って混乱するが、やがて直子は藻菜美としてその人生を全うすることを決意する・・・。

 登場人物の人格が入れ替わってしまうという設定の作品はけっこうある。代表的なものは大林宣彦の「転校生」だが、二人の人間の意識がそっくりそのまま入れ替わる、などという現象はさすがにフィクションの中だけに起こるものであるものの、一人の人間の意識が別の人格に取って代わられる、という現象は現実に起こりうる。解離性同一性障害、つまり俗に言う「多重人格」である。

 ある人間の「魂」が別の人間に乗り移り、その人を支配してしまう現象をオカルトの世界では「憑依」と呼ぶのだが、それも一種の解離性同一性障害として捉えることができる。通常の多重人格では、新たな人格は独自に創り出されることが多いが、当人が自らを他に実在する人物である、と思い込んでいれば、その人格が実は創作か否か判断することは難しい。現実に、ジョン・レノンを殺したマーク・チャップマンは一説によると自らをジョン・レノンであると思い込んでおり、殺害事件はその延長線上にあった(本物を殺害することで自らが世界に唯一のジョン・レノンになろうとした)とも言われている。

 基本的にファンタジー作品なので、登場人物はありえない話をあっさり信じてしまう。現実に自分の娘がこんなことを言い始めれば、普通ならまず統合失調症を疑って精神科医に診せるところだが、それでは物語が成り立たない。藻菜美(の中にいる直子)が話す二人の結婚前のエピソードを聞かされ、平介はいとも簡単にそれが直子だと確信するのだが、よく考えればそんな話は平介がいないところで母子の会話として話されていたかも知れず、藻菜美が母の話を自らの記憶だと誤認している可能性もなくはない。

 そう思いながら本編を観続けていると、広末の演技力の限界もあるのだろうが、やはりこの話はファンタジーとしてよりも、一種の解離性同一性障害の症例として観るべきではなかろうか、という気分が抜け切れなかった。

   

 娘の体内に宿る妻に触れられないジレンマに悩む平介を見かねて、直子がある決意をする中盤から物語は急展開を見せる。この手の「憑依」ものの定番は、憑依した何者かが結局は宿主に体を返し、自らは消え去っていくというものだが、本編もまた表面上はその通りの展開を見せる。ある日突然藻菜美は「藻菜美」本人として目覚めるのだ。藻菜美の人格は直子の人格と交互に現れ、やがて藻菜美の方が優位に立って直子の影は次第に薄くなっていく。

 やがて、完全にもとに戻った藻菜美はバス事故を起こした運転手の遺児である文也(金子賢)と結婚するのだが、このあたりの展開はやや唐突で、しかも結婚指輪を封入したぬいぐるみを唐突に伏線として登場させるなど、かなり無理のある話になってしまった。結局のところ直子は消え去ってなどおらず、元に戻った藻菜美はすべて直子の演技であり、それが表題の意味するところであったわけだが、正直言ってこのあたりの演出はあまりうまいとは思えず、定番の展開に酔いしれていた観客に冷水を浴びせるような結末になってしまった。

 原作ではこのあたりを映画ほど断定的に描いてはおらず、主人公の夫は憑依という現象それ自体をも完全には信じていないようなのだが、こうした曖昧さを受け入れる余地は、映画という何でも光と影で表現しなければならないジャンルには、存在しづらいのかもしれない。・・・
http://sky.ap.teacup.com/kasatosi/169.html

_____


東野圭吾 秘密 のあらすじ 妻が娘で娘が…???
2016年6月25日 [文学/あらすじ, 東野圭吾]
http://rhinoos.xyz/archives/20387.html


今回は現代日本屈指の人気作家、
東野圭吾さんのミリオンセラー
『秘密』(1998)で行ってみます。
 


もちろんこれ、2010年のテレビドラマ
(佐々木蔵之介、志田未来主演)の
原作ですし、その前には広末涼子さん、
小林薫さん出演、滝田洋二郎監督で
映画化もされています(1999)。

さて、一口に「あらすじ」を、といっても、
話の骨子だけでいいという場合から、
読書感想文を書くんだから分析・解説
つきの詳しいものがほしいという
場合まで、千差万別でしょう。

そこで出血大サービス((((((ノ゚听)ノ

「ごく簡単なあらすじ」と
「やや詳しいあらすじ」の
2ヴァージョンを用意しましたよ~~(^^)у


ごく簡単なあらすじ(要約)
まずはぎゅっと要約した
「ごく簡単なあらすじ」。


杉田平介の妻・直子はバスの転落事故で
死亡するが、その意識は身体だけ
生き残った11歳の娘・藻奈美の中で
生き続ける。

世間的には娘になりすます直子は、
成績優秀で私立中学を経て有名進学校へ
と進むが、男子との交際のことなどで
平介との間に波風が立つ。

  
やがて藻奈美の身体に藻奈美の
意識が復活し、直子の意識と交替
する「二重人格」の状態になる。

藻奈美と直子の2人格は交換日記の
ようなノートで意思を伝え合うが、
直子の意識は徐々に弱まる。

藻奈美は直子の指示通り、二人の
最初のデートの場所へ平介を誘い、
そこで……


どうでしょう?

え? これだけじゃ意味ない?

ハハハ、まあそうでしょうね。

本当は父娘以外にも多くの個性的な
登場人物が絡み合って進む本格的な
長編小説をムリヤリ凝縮し、
しかも一応、ネタバレを避けてますしね。

では、様子見にちょっとだけ
テレビドラマの方を覗いてみて
もらいましょうか。

ん? やっぱりよくわからん?

そういうわけでやはり「やや詳しい」
ヴァージョンのあらす」を読んでいただく
ことになるわけですね、ハイ;^^💦


やや詳しいあらすじ
では始めましょう。

わかりやすさのため「起承転結」の4部に分け、
もちろんラストまで包み隠さず完全ネタバレありで
参りますので、結末を知りたくない人は
読まないでくださいね;^^💦

ひっかかるかもしれない部分には【CHECK!】印で
注釈を入れていますが、うるさいと思う人は
飛ばしてください。

なお「 」内及び「”」印のグレーの
囲みは原文(上記文庫本)からの引用です。


🌓【起】
自動車部品メーカー社員、39歳の
杉田平介は愛妻・直子と11歳の娘・
藻奈美との3人で暮らしていた。

1985年冬、長野の実家に向かう
直子と藻奈美の2人が乗った
スキーバスが崖から転落。

2人は病院に運ばれたものの、
直子は死亡し、藻奈美は一時は
回復不能といわれながらも、
奇跡的に助かる。


が、意識を回復した藻奈美のその
意識は実は直子のものとわかる。

「あたしがあの子の
身体を奪っちゃった。
あの子の魂を追い出して……」

  2ac43d78d6bda892ba304df76eb43f04_s

この信じがたい事態に戸惑いながら、
平介と直子(身体は藻奈美)は、
世間にはあくまで父娘と見せかけて
生活していくことにする。

直子は仏壇の引き出しに入れてあった
結婚指輪を、かつて自分が作り
藻奈美が大切にしていた
テディベアの頭の後ろに縫い込む。

「正体は二人だけの秘密ね」

🌓【承】
直子は小学校に通い始め、平介は
バス事故の「被害者の会」に出席。

会には死亡した運転手の妻である
梶川征子が現れて謝罪するが、
相手にされない。

会の終了後、平介は新宿駅で征子を
見かけ、階段で彼女が倒れたので、
タクシーで自宅まで送る。


その後、連絡を取り合うようになり、
亡夫(梶川幸広)の超過労働や、
札幌にいる前妻とその子に仕送りを
していたことなどを知っていく。

     shame-799097__180

やがて直子に初潮があり、
「あっちのほう」どうする?
「我慢していられる?」と尋ねる。

「そんな……じつの娘と。
しかも小学生の」
「じゃあほかの女の人と
するってこと?」といった
微妙な会話が交わされる。


藻奈美に自分のようなただの
専業主婦になってほしくないと
思う直子は私立中学受験を目指し、
担任の若い美人教師、橋本多恵子と
平介との接触が増える。

その橋本に気があるのではと
直子はからかうが、それは事実で
平介は欲求不満のとき多恵子を妄想。

橋本の側でも運動会の日に弁当を
用意してくれるなど好意を示す。

    teacher

遺族会が一周忌に企画した事故現場への
慰霊旅行のあと、梶川征子が病死。

その葬儀に出た平介は娘の逸美から
父の遺品として古い懐中時計を
渡される。

蓋が開かないので専門店で開けて
もらうと、蓋の裏に幸広の子らしい
5歳くらいの男児の写真。


札幌出張の際に梶川の前妻、
根岸典子を訪ねるが、息子の
大学生、文也によって拒絶される。


🌓【転】
有名私立女子中学に進学した直子は
そこでも成績優秀で、医学部に
入りたいから、高校は共学の
進学校を目指すと宣言。

その動機には男への欲求も?
と平介は疑うが、ともかく
猛勉強して有名進学校へ進学。

 

高校では体力も必要だからと
テニス部に入り、練習で遅く帰って
食事の支度もするという多忙な生活。

不満がたまった平介はつい「男と
玉遊びをしてる」などと悪態をつき、
二人の間は気まずくなる。


お盆休み、十年ぶりに直子の実家に
帰省した平介は、義父の三郎に再婚
すればいいと言われ、直子自身にも
聞かれて「いいんだ」と答える。


テニス部の一年先輩、相馬春樹から
直子への電話が繁くなり、心穏やかで
なくなった平介はついに電話盗聴
セットを仕掛け、二人の仲を探る。

   クリスマスツリーkids_dragging_Christmas_tree_1914

クリスマスイブ、平介は盗聴で探知
した待ち合わせ場所にが姿を現し、
直子と相馬を驚かす。

「なぜだめなんですか」と問う相馬に
「世界が違うんだよ」と平介。
「私や娘が生きている世界と、
君のいる世界は、全く別物なんだ」


帰宅後、「あたしはふつうにしてた
だけよ」と訴える直子に、妻である
以上「ふつうにする権利なんかない」
と平介は言い放つ。

「若い身体を手に入れて、もう一度
人生をやり直せるような気に
なっているようだけど、それは
あくまで俺の許せる範囲内
だってことを忘れるな」

   dream-1308791_960_720

俺は今でも浮気もしていないし、
再婚のことも考えてない。

小学校の橋本先生が好きで
「交際したい」とも思ったが、結局
電話すらしなかったのは「おまえを
裏切りたくなかったからだ」


一月半ば、クラスで行くスキーの
チラシを破り捨ててみせた直子に
「俺のこと、憎んでるのか」と平介。

そうではなく「途方に暮れてるだけ」
「そうだな。俺もだよ」という会話の
あと、「ねえ、あれしようか」と直子。


二人はベッドでふれ合い「あれ」を
試みるが、平介の中の何かが拒否し、
「やめよう」…「そうね」…。

🌓【結】
別用で上京した根岸典子と会った平介は、
梶川は自分が実父ではないことを知り
ながら文也を愛し、大学進学後は毎月
必ず10万円を仕送りするように
なっていたのだと知る。

家族の幸せが自分の幸せだと語っていた
という梶川の生き様に打たれ、平介は
自分も、直子が藻奈美として生きて
いくことの幸せを願う気持ちになる。


帰宅して「長い間、苦しめて悪かった」
と詫びると、直子は泣いて自室へ。

眠って目覚めると、パジャマ姿で
庭を見下ろしていた直子が
「お父さん、あたし、〔中略〕
どうしてここにいるのかな」

 
藻奈美の意識が戻ったのだ。

その後、彼女の身体には直子の意識と
藻奈美のそれとが交互に出入りする。

「二重人格」の状態となったのだが、
直子の人格は出現頻度が徐々に減り、
二人の人格は交換日記のような
ノートで意思を伝え合う。


七月、就活で平介の会社に来た大学院
生の根岸文也が、平介に面会を求め、
以前の非礼を詫びる。

平介が是非にと誘って、夕食を家で
一緒にということなり、藻奈美に電話。

二人で帰宅し挨拶すると、文也と
藻奈美の「視線が空中で絡んだ」。

       097778

勉強も見てくれた文也を見送ってから、
藻奈美は、明日の土曜日、横浜の
山下公園に連れて行ってと頼む。

平介と直子が最初にデートしたこの
場所へというノートでの指示という。


その日、山下公園のベンチで海を
見ながら松任谷由実の曲を流すと、
直子の人格が現れ、「ありがとう。
さようなら。忘れないでね」。

数年後、25歳になった大学助手、
藻奈美と文也との結婚式。

梶川幸広の形見の懐中時計が動かないので
松野時計店へ行った平介は、9年前、
直子がテディベアに縫い込んだ指輪を
藻奈美が取り出して自分用に
作りかえさせたことを知る。

二人の「秘密」を知っていたことから、
直子は実は消えておらず、藻奈美の
演技を続けているだけなのでは
ないかと平介は考え始める。


文也を控え室に連れて行った平介は
「殴らせてくれ」「二発だ」と
拳を固めるが、振り上げる前に
涙があふれ、声がかれるほど泣く。


まとめ
さあ、いかがでした? 

さすがによく出来たミステリーで、
しかも主題は夫婦愛。

さらにそこに父娘間の情愛が微妙に
絡むので、これはもうグッと来て
しまう読者が多いのも頷けます。


直子の意識がほんとうはまだ生きて
いるのか…と匂わせて謎のまま閉じる
オープン・エンデイングもよい。

ただ私個人の感想として言わせてもらえば、
むしろそこ(45章)で終わってしまった
方がよかったのでして、ラストの
46章は蛇足の感が大きいですね。


なぜって、主人公が花婿に言う
「殴らせろ」ってのは、
あまりにも通俗的で古臭い
クリッシェ(決まり文句)。


これを使ってまとめようとしたことで、
作品全体の品性を下げてしまったのでは?
と東野氏のために憂える次第です。


いや、そこでこそ泣ける…という
意見もあるでしょうし、それは
それで結構なんですけどね。


さて、読書感想文を書こうという場合も
ネタはすでに十分ご覧に入れたと思います。

考えさせられる名言やポイントも
泣かされる展開も、いくつも
拾うことが出来ますよね。
http://rhinoos.xyz/archives/20387.html

http://www.asyura2.com/0403/dispute18/msg/339.html#c3

[] 「男はなぜ彼女に男友達を持つことを許さないのか」 あっしら
4. 中川隆[-12660] koaQ7Jey 2018年5月31日 22:47:41 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14596]

滝田洋二郎 秘密 1999年 東宝


動画
https://www.youtube.com/watch?v=W-N2h-q4Rl0


監督 滝田洋二郎

原作 東野圭吾

脚本 斉藤ひろし


キャスト
杉田藻奈美・直子 - 広末涼子
杉田平介 - 小林薫
杉田直子(入れ替わり前まで) - 岸本加世子

個人賞
第23回 日本アカデミー賞 優秀主演女優賞(広末涼子)
第23回 日本アカデミー賞 優秀主演男優賞(小林薫)
第23回 日本アカデミー賞 優秀助演女優賞(岸本加世子)
第33回 シッチェス・カタロニア国際映画祭 最優秀女優賞(広末涼子)
第33回 シッチェス・カタロニア国際映画祭 最優秀脚本賞(斉藤ひろし)
第4回 日本インターネット映画大賞 監督賞(滝田洋二郎)
第4回 日本インターネット映画大賞 主演女優賞(広末涼子)
第4回 日本インターネット映画大賞 主演男優賞(小林薫)

作品賞
第7回 フランス・ジュネーブ国際テレビ映画祭 グランプリ
第2回 イタリア・ウーディネ極東映画祭 最優秀作品賞
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%98%E5%AF%86_(%E6%9D%B1%E9%87%8E%E5%9C%AD%E5%90%BE)  

「秘密/滝田洋二郎;1999年劇場公開作品」 
 雪山でバスの転落事故に遭った直子(岸本加世子)とその娘の藻菜美(広末涼子)は救急病院に収容されるが、直子は手当ての甲斐なく死亡し、藻菜美だけがかろうじて生き残る。しかし、昏睡から目覚めたとき、鏡を覗き込んだ直子の目に映ったのは藻菜美の顔だった。つまり、藻菜美が意識を取り戻したとき、その意識は直子のものだったのだ。夫の平介(小林薫)は事実を知って混乱するが、やがて直子は藻菜美としてその人生を全うすることを決意する・・・。

 登場人物の人格が入れ替わってしまうという設定の作品はけっこうある。代表的なものは大林宣彦の「転校生」だが、二人の人間の意識がそっくりそのまま入れ替わる、などという現象はさすがにフィクションの中だけに起こるものであるものの、一人の人間の意識が別の人格に取って代わられる、という現象は現実に起こりうる。解離性同一性障害、つまり俗に言う「多重人格」である。

 ある人間の「魂」が別の人間に乗り移り、その人を支配してしまう現象をオカルトの世界では「憑依」と呼ぶのだが、それも一種の解離性同一性障害として捉えることができる。通常の多重人格では、新たな人格は独自に創り出されることが多いが、当人が自らを他に実在する人物である、と思い込んでいれば、その人格が実は創作か否か判断することは難しい。現実に、ジョン・レノンを殺したマーク・チャップマンは一説によると自らをジョン・レノンであると思い込んでおり、殺害事件はその延長線上にあった(本物を殺害することで自らが世界に唯一のジョン・レノンになろうとした)とも言われている。

 基本的にファンタジー作品なので、登場人物はありえない話をあっさり信じてしまう。現実に自分の娘がこんなことを言い始めれば、普通ならまず統合失調症を疑って精神科医に診せるところだが、それでは物語が成り立たない。藻菜美(の中にいる直子)が話す二人の結婚前のエピソードを聞かされ、平介はいとも簡単にそれが直子だと確信するのだが、よく考えればそんな話は平介がいないところで母子の会話として話されていたかも知れず、藻菜美が母の話を自らの記憶だと誤認している可能性もなくはない。

 そう思いながら本編を観続けていると、広末の演技力の限界もあるのだろうが、やはりこの話はファンタジーとしてよりも、一種の解離性同一性障害の症例として観るべきではなかろうか、という気分が抜け切れなかった。

   

 娘の体内に宿る妻に触れられないジレンマに悩む平介を見かねて、直子がある決意をする中盤から物語は急展開を見せる。この手の「憑依」ものの定番は、憑依した何者かが結局は宿主に体を返し、自らは消え去っていくというものだが、本編もまた表面上はその通りの展開を見せる。ある日突然藻菜美は「藻菜美」本人として目覚めるのだ。藻菜美の人格は直子の人格と交互に現れ、やがて藻菜美の方が優位に立って直子の影は次第に薄くなっていく。

 やがて、完全にもとに戻った藻菜美はバス事故を起こした運転手の遺児である文也(金子賢)と結婚するのだが、このあたりの展開はやや唐突で、しかも結婚指輪を封入したぬいぐるみを唐突に伏線として登場させるなど、かなり無理のある話になってしまった。結局のところ直子は消え去ってなどおらず、元に戻った藻菜美はすべて直子の演技であり、それが表題の意味するところであったわけだが、正直言ってこのあたりの演出はあまりうまいとは思えず、定番の展開に酔いしれていた観客に冷水を浴びせるような結末になってしまった。

 原作ではこのあたりを映画ほど断定的に描いてはおらず、主人公の夫は憑依という現象それ自体をも完全には信じていないようなのだが、こうした曖昧さを受け入れる余地は、映画という何でも光と影で表現しなければならないジャンルには、存在しづらいのかもしれない。・・・
http://sky.ap.teacup.com/kasatosi/169.html

http://www.asyura2.com/0403/dispute18/msg/339.html#c4

[] 「男はなぜ彼女に男友達を持つことを許さないのか」 あっしら
5. 中川隆[-12677] koaQ7Jey 2018年5月31日 22:53:52 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14614]

東野圭吾 秘密 の心理学的意味も解説しておきます:

直子の人格が藻奈美から消えていったのは、藻奈美の演技なんかではなく、ユングの死と再生の儀式そのものなんですね

死と再生というテーマ
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Icho/4875/kangae/kangae_02.htm

ユング心理学の本を読んでいて「死と再生」というテーマにたびたび出会うことに気がつきました。

ここでいう「死」は肉体的な死を意味するのではなく、象徴的な「死」のことです。

それは、「ひとつの世界から他の世界への変容を意味し、古い世界の秩序や組織の破壊を意味」しています。

象徴の世界の「死」は肉体の死と直接結びついているものではなく、ある人が象徴的な死を繰り返し体験しても、肉体的生命は生き続けていることが多いのだそうです。

ユング心理学では、たとえば「結婚」は娘にとっては処女性が失われるという死の体験であり、両親にとっては娘が失われる死の体験という、2重の死が含まれていると考えます。


肉体的な死と象徴的な死はかならず結びつくものではないですが、微妙なかかわりを持つものでもあるといいます。

生死をさまよう体験をしたときに、それを転機としてそれ以降の人生が大きく変わるようなことがそうです。

これは特別新しい考え方ではないですよね。夏目漱石が生死をさまよう大病をわずらったあとでその後の作品が変わっていった例、また精神科医であった神谷美恵子さんが若い頃結核になったが自分が死ななかったことが心の中で大きな部分を占めていたこと、作家の辻邦生さんも生死に関わる病気をしていたことがその後の作品に影響を与えていると思います。


このような死と再生のテーマを、河合隼雄さんが自殺との関わりについて述べたものがありました。

自殺しようとする人が、象徴的な意味での死の体験を求めていることについてです。

人は深い意味での死の体験によって、次の次元に生まれ変わることができる。
このような体験を求めたが、しきれなかった(死の体験をしそこなった)ために自殺未遂を繰り返すことになるというものでした。

深い意味での死の体験には充分な自我の力が必要になるといいます。自我の力がそのときに充分強いかどうかで、ひとりでその体験を行ったり、セラピストの力が必要であったり、または今はそのときではないとして、それが肉体的な死の体験へつながってしまうことを予防するのだそうです。

死の体験はいちどすれば終わるのではなく、その体験を繰り返しながら長い成長の過程をたどっていくものでもあるそうです。

自殺が精神の再生や新生を願って行われることもあるという考え方は、自殺がすべてそのようなものと考えるのではないですし、自殺をすすめるものでもありません。ここで私が伝えたかったのは

象徴的な死の体験が、次の次元へ生まれ変わる意味をもっていること、

そう考えることで自分自身の「死」についての考えに何かが加わったように感じたことです。

死と再生についてのテーマは私にはまだよくわかっていなくて説明できない部分も多いです。また、みなさんそれぞれのとらえかたもあると思います。このテーマについてもっとよく知りたい方は、ユング心理学やその他死と再生に関する本を読んでみてください。

私が参考にした本は、少し古い本ですが、

「絵本と童話のユング心理学」(朝日カルチャーブックス)山中康裕/大阪書籍/1986年
https://www.amazon.co.jp/%E7%B5%B5%E6%9C%AC%E3%81%A8%E7%AB%A5%E8%A9%B1%E3%81%AE%E3%83%A6%E3%83%B3%E3%82%B0%E5%BF%83%E7%90%86%E5%AD%A6-%E6%9C%9D%E6%97%A5%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9-%E5%B1%B1%E4%B8%AD-%E5%BA%B7%E8%A3%95/dp/4754810678


「カウンセリングと人間性」河合隼雄/創元社/1975年 
https://www.amazon.co.jp/%E3%82%AB%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%81%A8%E4%BA%BA%E9%96%93%E6%80%A7-%E6%B2%B3%E5%90%88-%E9%9A%BC%E9%9B%84/dp/4422110209


です。[10.Mar.2002]


_____


「死と再生と、象徴と/考える人 河合隼雄さん」 2008/01/12
大晦日だったか、元旦だったか、
新聞の広告に、大きな笑顔があった。

親しんだ、名前があった。

「さようなら、こんにちは 河合隼雄さん」
(新潮社 考える人 2008年冬号)


その中で、こんな話が出てきます――


今増えてきているのは、抑鬱症(デプレッション)ですね。それはわりと説明が可能なんです、人生が長くなったこととか、社会の変動が速くなったことで。つまり自分の獲得したパターンというのが、意味を持たなくなることが多いんですね。

今まで大丈夫だったものとか、
今まで大切にしてきたものとか、

もっというと、今までそうやって生きてきたものが、<意味を持たなくなる>。

あるいは、通用しなくなる。


たとえば、私が算盤(そろばん)のすごい名人になったとします。算盤さえあれば、と思っているときにコンピューターが出てきますね。そこで自分の持っていたシステムそのものが、まさに行き詰るわけです。そうすると、これはもう抑鬱症になりますね。

自分の大切にしてきたものが、突然、価値を持たなくなる。

いい悪いではなくて、ともかく、そうなる。

それではどうしようもなくなる。

(大丈夫だと思いたい、でも、現実、大丈夫じゃない)
(一部をとったら大丈夫、でも、総体として、危うくなる)
(大丈夫だといえば大丈夫、危ういといえば危うい)

状態というか、環境というか、
取り巻く状況が変化しているのに、
自分というものが取り残されてしまう。

(もちろん、それはいい悪いの問題ではない)

それは、例えば(ヘンテコリンな例だけど)、

厚着をしているうちに、春になり、夏になったようなもので、
薄着をしているうちに、秋になり、冬になったようなもので、

冬に厚着をするのは間違ってないのだけれど、
暖かくなったのに厚着のままでいると、さすがに暑い。
真夏となると、なおさら。

夏に薄着をするのはその通りなんだけれど、
寒くなったのに薄着のままでいると、さすがにつらい。
真冬となると、なおさら。

身体も壊す。
壊す前に、つらい。


ファッションだとか、生き様だとか、
それはその通りで、ある意味、個人の聖域だけど、

だけど、実際問題、
凍えたり、汗だくになったり、
困ったことになってしまう。


気温は測定できて、温度計とか、天気予報とかで、
それを確認できるけれど、

時代の流れとか、社会の流れとか、
己を取り巻く状況とか、
そういうものは、なかなか数字として測定できません。


人生観でもそうでしょう。たとえば節約は第一なんて考えているうちに、息子は全然節約せんで無茶苦茶やっているのに、あれはいい子だ、なんて言われる。そうなると自分の人生観をいっぺんつくり変えなきゃいかんわけです。

こういうことが、14歳(思春期)とか、中年の時期に問題化するのかもしれません。

思春期には、思春期なりの、<今まで積み重ねてきたもの>があって、
でも、それが行き詰ってしまう。

中年期には、中年期なりの、<今まで積み重ねてきたもの>があって、
でも、それが行き詰ってしまう。

いいとか悪いとかじゃなくて、
ともかく行き詰ってしまう。(*1

(理由なんかない。ないことはなくても、明確ではない)
(言葉を持たないから、納得も表現も、伝えることもできない)
(つまり、なかなか意識化できない)
(そういう風になっている)

ともかく、通用しなくなってしまう。

こうなると、壊すしかなくなる。


そこをうまく突破した人はすごく伸びていく人が多いんです。突破し損なった場合は、極端な場合は、死んでしまう、自殺するわけです。もう生きていても仕方ないと。抑鬱症というのは、常に自殺の危険性があります。それがわれわれとしても非常に大変なんです。

ここが難しいところで、
根本的な崩壊を防ぎながら、いかに壊すかということが、突破するための必然になるのだと思います。

言葉をかえると、
いかにうまく壊すか、ということになる。

もっと奥に突っ込むと、
いかに生命としての死を避けながら、象徴的な死を経験するか、ということになる。


我々は破壊や死を避けるあまり、<そこを突破すること>まで拒否してしまう。

それは一方で正しく、もっともでありながら、
もう一方では、それだけでは語れない部分がある。

何を壊し、何を殺すか、
生命としては壊さず、殺さず、
(むしろ、生かし、残し)
どうやって、壊し、変革させていくか。

そのために、互いにつながった、深い部分にある、内なるものを、
どう壊し、変容させていくか。

それには、どうしても悲しみというものと付き合わなければならない。

そして、象徴ということが、非常に意味を持ってくる。

実際には壊さず、実際には死なず、殺さず、

それでいて、殆どそれに近い、
それでしか語れぬもの、
それでしか代替が利かないものを、
経験し、経ねばならない。

(ここに象徴の魔法がある)

しかし、そのものは見えず、
(また、見たくないものである場合が多いし)
実際と同じくらいの、悲しみも経験する。

(ギリギリ、皮一枚を隔てて、あちらとこちらが隣接する)

ここに、象徴の意味が出てくる。

実際にはそうでなくて、
しかし、ほぼ実際に近く、

深いところでつながっていて、

実際と同等の悲しみを経験する。

そして、最終的に、実際に変容する。


これをうまく表現するには、
もっと言葉が熟さねばならないのだろうな…。

実際にやらずに、実際にやるというのは、
たいへん意味深い。


(それは安易な代替では行えんことだ)

(*1
環境の変化や、身体の変化が、
生じやすい時期でもありますね。
https://jungknight.blog.fc2.com/blog-entry-819.html

ユングは、「死後の生」のような神秘的な考えがもつ意味について、次のようにも述べます。
彼は母親が死ぬ前日に彼女が死ぬ夢を見ます。
悪魔のようなものが彼女を死の世界へとさらっていったのです。

しかし彼女をさらった悪魔は、じつは高ドイツの祖先の神・ヴォータンでした。ヴォータンはユングの母を、彼女の祖先たちの中に加えようとしていました。

この高ドイツの神・ヴォータンはユングによれば「重要な神」「自然の霊」であり、あるいは錬金術師たちが探し求めた秘密である「マーキュリー(ローマ神話の神)の精神」として、「われわれの文明」の中に再び生を取り戻す存在でした。しかしその「マーキュリーの精神」は歴史的にキリスト教の宣教師たちにより悪魔と認定されていました。

ユングにとってこの夢は、彼の母の魂が、「キリスト教の道徳をこえたところにある自己のより偉大な領域に迎えられたこと」を、そして「葛藤や矛盾が解消された自然と精神との全体性の中に迎えられたこと」を物語っていました。

母の死の通知を受け取った日の夜、ユングは深い悲しみに沈みつつも、心の底の方では悲しむことはできなかったと言います。

なぜなら彼は、結婚式のときに聞くようなダンス音楽や笑いや陽気な話し声を聴き続けていたからです。

彼は一方では暖かさと喜びを感じ、他方では恐れと悲しみを感じていました。

ユングはこの体験から、死の持つパラドックスを洞察します。

母の死を自我の観点から見たとき、それは悲しみになり、「心全体」からみたとき、それは暖かさや喜びを感じさせるものになります。

ユングは「自我」の観点からみた死を、「邪悪で非情な力が人間の生命を終らしめるものであるようにかんじられるもの」と述べます。

「死とは実際、残忍性の恐ろしい魂である。…それは身体的に残忍なことであるのみならず、心にとってもより残忍な出来事である。一人の人間がわれわれから引き裂かれてゆき、残されたものは死の冷たい静寂である。そこには、もはや関係への何らの希望も存在しない。すべての橋は一撃のもとに砕かれてしまったのだから。長寿に価する人が壮年期に命を断たれ、穀つぶしがのうのうと長生きする。これが、われわれの避けることのできない残酷な現実なのである。われわれは、死の残忍性と気まぐれの実際的な経験にあまりにも苦しめられるので、慈悲深い神も、正義も親切も、この世にはないと結論する」(下p.158)。

しかし同時に夢は、母をヴォータンの神が死を通じて祖先たち下へつれていったと教えます。死は、母にとって、またユングにとって、喜ばしいものであると夢は教えます。

「永遠性の光のもとにおいては、死は結婚であり、結合の神秘である。魂は失われた半分を得、全体性を達成するかのように思われる」(下p.158)。
https://blog.goo.ne.jp/vergebung/e/eea5611531d7f83630a078b001261c2c

http://www.asyura2.com/0403/dispute18/msg/339.html#c5

[] 「男はなぜ彼女に男友達を持つことを許さないのか」 あっしら
6. 中川隆[-12682] koaQ7Jey 2018年5月31日 22:58:28 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14620]

直子の人格が藻奈美に憑依したのは母娘の心理的な一体的関係の表現なんですね

娘が母に飲み込まれる母娘の一体的関係

2017.08.10
女性の心理的発達に関する一試論:過食症症例の面接過程と夢の分析を通じて (思春期青年期精神医学,5(1):63-76,1995.)
http://koteraclinic.jp/monograph/187


女性の心理的発達に関する一試論

─過食症症例の面接過程と夢の分析を通じて─

A STUDY OF FEMININE PSYCHOLOGICAL DEVELOPMENT : The Psychoanalysis of the Interviews and the Dreams of a Female Bulimia Case

小寺 隆史※

※浅香山病院精神神経科 〒590堺市今池町3-3-16

Takashi Kotera : Department of Psychiatry, Asakayama Hospital

抄録: 女性の心理的成長を考える上で、それが阻害されている多くの症例に、「娘が母に飲み込まれる母娘の一体的関係」というモチーフが散見される。このような状況は、女性の心理的発達の原始的な段階と考えられると同時に、かなり後まで残存し、その影響を背後から与える構造でもある。

一方、この母娘の一体的関係に割って入るものは男性性に他ならない、それ故、このような女性にとって「男性像は父親も含め侵入的、侵略的なものとして認識される」ことが多い。このモチーフはギリシャ神話のデメテルとコレーの物語にその典型を見ることができる。この侵略的男性像を受容することによって、女性は強固な母娘関係から脱することができる。今回、過食・嘔吐を主訴として来院した21歳の女性の面接過程と夢の過程について、以上の文脈からの分析を試みた。その中から母親との関係の編み直し、男性像の変遷、女性性の受容、といったテーマを抽出し、母娘の一体的関係から、次の段階に展開する移行期を見ることができた。

Key words: Primitive mother-daughter relationship,

Invading male image, Demeter and Kore, Hades, Bulimia


1.はじめに

臨床場面において、女性のクライエントと会っていると、母親との結び付きが強固で、そこに“娘が母に飲み込まれる母娘の一体的関係”というモチーフが見いだされる例に数多く出会う。それ故、このモチーフは女性の心理を考える上で重要な視点を与えるものの一つではないかと思われる。このような女性の状態に関して、Neumann,E.11)はそれを「女性の自我が、母性的な無意識や母性的な自己といまだ結ばれたままでいる自己保存の段階」と指摘している。Ne-umannは女性の発達と男性の発達との基本的差異について、男性の場合、最初の対象である母から異化することのなかに自己発見を達成するのに対し、女性の場合、母との同化のなかに自己を発見することができ、そのため「あの原初の関係にみられる母親との関係は引き続いて存続することがある。」と指摘している。そしてこの母娘の関係が母権制社会の中心的心理構造をなしていると考えている。つまり、彼のいう原初的母娘関係とは、単に女性の発達のprimitiv-eな段階という意味にとどまらず、母権制社会を支えるarchaicな心理構造でもある。この母権制社会の心理構造については、これに先立つBachofen,J.J. 2)の研究がある。

また、Freud,S.5)もこの構造に言及しており、「婦人の本質のかなりのものが、根源的な母親への愛着の中に残ったままになっており、男性の方向へ向かう、正しい変換をしないでしまうという可能性もある」と述べている。Freudは女性の愛の対象が母親から父親へと「性の変換を経なければならない」点が男性の発達と根本的に異なることを強調している。さらに「エディプス・コンプレックスは、女性の場合にはかなり長い発達の最終成果」であるとし、女児の発達においてはプレエディパールな母子関係が男児に比べて延長し、かなり後まで存続し続ける場合がありうることを示唆している。Freud派における女性の研究としては、Deutsch,H.4)によるものが重要である。彼女は思春期・青年期の女性の心理に関して、この時期に、幼児期の発達課題が再現することを指摘したうえで、「エディプス・コンプレックスを卒業するばかりではなく、思春期前期と早期思春期に始まった働き、すなわち母親との古くかつ根深く、いっそう原始的な絆を大人にふさわしいものに編み直すこと」が、その課題となることを述べている。Blos,P.3)も思春期女性の症状形成がその強力な母娘関係に起因していることを指摘している。また、中村10)は青年期女性の治療に関してエディプス的葛藤に先立つ「母子関係がさまざまの意味で問われる」と指摘している。 Deutsch、 Blos、 中村ら、これらの研究者は共通して、思春期・青年期の女性において、母娘関係の課題の比重が男性の場合より高いことを示唆している。このことと、上記のNeumannの指摘、F-reudの指摘は整合するものと思われる。即ち、女性の幼児期において残存しやすいこの関係は、その分、女性の思春期・青年期にも課題性の比重が高いものと考え得る。

さて、一方このような母娘関係が思春期・青年期に強固に存続している場合、“男性は父親も含め侵入的、侵略的なものとして認識される”ことが往々にして起こりやすいのではないかという臨床上の印象がある。このことに関して、Neumann,E.12)は、このような母と娘の一体感があるとき、「女性が心理的または社会的に母系集団のなかに留まり、(略)女性的なものとの一体化とそれへの接近は、男性的なものの排除とそれへの冷淡さを生まずにはいない。」「女性がそこで経験する男性的なものとは、敵対的な征服者にして否定的な略奪者ということになる。」と述べている。そしてこのような、侵害的な男性像を女性が受容し、それが肯定的で親和的な男性像に変容して行く中で、女性は強固な母娘関係を脱し次の段階へと展開して行くものと考えられる。この展開は幼児期の発達にも、思春期の発達にも、螺旋状にくりかえされるものであろう。また、その母娘関係の様態によって、その男性像の侵略性もさまざまなスペクトルをもつことが予想される。幼児期においては、最初の男性像として、父親が現出するだろうが、母との結び付きが未分化である場合、父親像は侵略的となり、その関係の中に入れず、除外されてしまう危険性がある。(母親との両価的関係を解決するものとしての父親の役割について、Abelin,E.1)の発達的研究がある。)また、思春期においては、“異性の受容”という大きな課題に直面しなければならず、それまでの展開性が不十分であればあるほど、男性像の侵略性は顕著なものとなるだろう。そして、それが展開するためには、男性像は一旦は侵略的なままで受け入れなければならないという、一つの筋道が考えられる。(このモチーフは後述するギリシア神話:デメテル・コレー・ハーデスの物語に、典型的に現れる。)その場合は、母娘関係は一旦切断されたうえで、新たな関係として編み直されるのではなかろうか。(もちろん、この筋道は巨視的な筋道であり、微視的には、男性の侵入と、母娘関係の改編は相補的に起こるものと考えられる。)また一方、母娘の結び付きが強く、男性が弾き飛ばされてしまう場合も臨床的に見受けられる。

以上のような観点から、本小論においては、過食・嘔吐を訴えて来院した21才の女性が、就職という一つの節目を乗り越えて行く過程を一例として提示し、その夢分析を含む面接過程のなかから「母への取り込まれとそこからの離脱」「そこに現出する侵略的な男性像とその変容」といったモチーフを抽出しようと思う。その二つの文脈を軸として青年期の女性の心理的成長について考察を試みたい。

2,症例の概略

◆症例:B子(21才 女性)

◆主訴と現病歴:過食・嘔吐を主訴として来院した。初診時大学の4回生在学中であったが、大学1年生のときより過食症状が出現し、大学3年生頃より太るのがいやになり過食後吐くようになった。過食はひどいときはほぼ毎日あった。このとき161 の身長に対し、体重は55 まで増えたが初診時は46 まで減少している。初診時過食は週1回程度であった。初診時の母親からの情報では、大学4年生になってから、実家に帰宅時、情動が高まり大声で泣き叫びつづけたり、ドアをたたきつづけるということが幾度かあったという。また、自殺をほのめかす発言が幾度かあったという。

◆生活歴:中学・高校と女子校。中学校の途中で親の意見により公立中学から私立の女子中学に転校している。初診時大学4回生在学中。大学の選択についても、主に母親の意見で決まっている。なお、B子の実家は大都市圏にあり、通っている大学は地方都市にある。◆家族歴:父、母、兄、本人、妹の5人家族。兄は境界例人格障害の診断にて、筆者の勤める病院に受診歴がある。

3,面接と夢の過程

面接は大学の夏休みを利用して行われた。筆者の勤める病院は、B子の実家の近くの大都市圏にあり、また、B子の兄もこの病院に受診歴があることから、当院に来院したと言う。この際、受診がB子の意思でなされたのか、母親の意向でなされたのか、あるいはその両方であるのかは、あまり明確ではないままに面接が開始された。この、本人の意向なのか母親の意向なのかが不明確であること自体が、この症例の特徴であることに筆者は後に気づくことになる。面接過程においては、主訴であった過食・嘔吐の訴えはあまり前面に出ないで、家族関係などに関する話題が中心となっていった。また、面接期間中に手首を尖ったもので刺すという自傷行為が出現した。(このとき手首は傷だらけになっていた。)面接は、一般外来にて予約制にて行った。予約はそのつど次回日時を決め、最初の4回は1週間間隔、少し安定してきた4回目以降は2週間間隔で、2カ月間に7回の面接を行い、一応の終結となった。ただし、夏休み中に終わるというような契約で始まったものではない。その間に全部で15の夢が報告され、今回はその中から重要と思われる5つの夢を選んで提出した。また、夢の分析については[考察]の欄でまとめて述べる。なお、治療の中で、夢の解釈を返すことはほとんどせず、夢についての本人の連想を聞いたり、夢を媒介として話し合うことが多かった。これは、筆者が夢自体に治癒力があると考えているためで、あえて治療者が夢の意味を解釈することをせず、夢を真ん中において、患者と治療者があたりを散策し、「夢自体に語らせる」というようなイメージで治療をすすめた。

なお、「」内はB子及び家族の発言、『』はB子がノートに記録して来た夢の内容、それらの内の()内は筆者による補足、内は筆者の発言である。

◎第1回面接

初回面接の最初に過食・嘔吐の問題が訴えられたが、初回面接の中でも、その後の面接の中でも過食・嘔吐の問題は重大なテーマとして繰り返されるということはなく、むしろ家族の話題が中心となった。筆者は受診の目的の明確化を図るよりは、B子の話について行く方向を選んだ。以下は面接でのやりとりである。

「過食症で受診したんですが、おかしいのはそれが一番ではなくて、食べるのは自分のすることがないときに食べ、そのあと太るのがいやで吐くんです。」

<何が一番問題なのかな?>

「わからないけど・・・今下宿している。家を出たかったから。おかしくなったのは3年前から。父は信用できない人で、私は母に守ってもらって育った。将来私が家族をささえないといけないと思って。将来に、私の夢がないのです。結婚も・・離婚しなかったらいいとか・・暴力ふるわなかったらいいとか・・・父は母に暴力をふるった。私にもふるった。警察を呼んだこともあった。私は無力感を感じた。生理は1年間止まっている。」

この回の最後で、この面接についてこれからどうしますかとの筆者の問いに対し、ここに通いますと言う。薬は飲みたくないとのことで不投薬にした。あなたの心の風景を知りたいのでと夢の記録と提出を提案するとB子は承諾し次回から夢の記録を持参してもらうこととする。本人退室後、母親が面会を求めて入室し、今までの経過をやつぎばやに述べて、薬をだしてほしいと言ったが、本人と話し合って決めたことだからと母親を説得し不投薬とした。これは、娘の不都合な点を羅列的に述べ、それを「除去してほしい」と訴える母親の姿勢の中に、母親の娘に対する支配性の強さを筆者が直感したため、少なくとも治療者が母親が娘を支配するための代理人とされないように、歯止めをかけておくというねらいもあった。

◎第2回面接(前回から1週間後)

1週間後、B子は夢の記録を持って受診した。過食の問題には触れずに母親との関係を語り出した。前回、守ってくれるものとして語られた母親が、今回はB子を困惑させるものとして語られた。

「1週間疲れました。毎日母の言葉にいちいち反応して、泣いてしまって目もはれている。どんどんいらいらがひどくなっている。

母は私の言ったことに間髪入れずに違うと言う。それで昔のすべてのいやだったことが思い出される。」

母親の言葉が直接的にB子の情動を刺激しているように語られ、問題の重心はむしろ母親に移されて語られている。ここに母親との間の自我境界の不鮮明さを筆者は感じていた。また、問題の重心の母親への移動は投影性同一視の問題を示唆していると考えられた。このことについては考察にて後述する。

また今回も、父親はいわば悪者として語られる。

「自分も母親と同じように満足できない人生を歩むのではないかと心配する。父親は信頼したくても信頼してはいけない人なのです。人間的に冷たい気持ちをもっている。あの人を理解しようとすると、こっちが変になる。私はあの人を自分から排除したい。父親は母、兄、私と一緒に電車に乗るときは自分だけ違う車両に乗る。生活費が乏しくても自分の小遣いは確保する。生命保険もすべて解約した。」 このような日常的な話題が一段落ついたところで、記録してきた夢を読んでもらい、それについて連想を聞くという方法をとった。[夢1]

『大きい部屋で、輪になって踊る。2人がペアになって踊る。私はうまく踊れない。少しの間1人の友人と輪から抜けて、へやのはしで踊っているのを見ている。後で輪の中に入れてもらったが私の右手にいる人(踊っている相手)が、前の人(B子の前にその人が踊っていた相手)の方が良かったと言い、心の中で、悲しい思いをするが、笑いながら、ごめんねと言う。私は上手に踊れるつもりだったが、また同じように踊れなかった。回りの皆は楽しそうに踊っている。』

(連想)

「今、彼がいるんだけれど、男の子との付き合い方が全くわからなくて。クラブに入っても男子と1年間しゃべれなかった。うわべだけならしゃべれたけれど。大学2年の終わりまではクラブの女子は私1人だった。2年の終わりに女子2人が入ってきた。仲の良い2人で、私は仲良くなれなかった。その2人の女の子はクラブの男の子とすぐに仲良くなってしまって、夜、下宿を行き来したり。心の中では嫉妬心、羨ましさ、劣等感でいっぱいだった。そのころ、私はクラブの1人の男子と付き合っていた。3年生でふられた。そして、その人は新しく入って来た女の子と付き合うようになって、それがとてもつらかった。そのころから生理が止まった。ふられた男の子と4カ月後によりをもどした。私は彼のことを好きじゃない。ずっと、初めから、今まで好きという感情がない。それより心おきなく思ったことをしゃべれる方がうれしい。」

◎第3回面接(前回から1週間後)

この回では友人に対する関係の取り方が話題となった。ここでも、B子の対象(ここでは友人)に依存している姿がうかがえる。ここで筆者は彼女の対象に依存している自らの姿を彼女自身が気づけるよう、また、対象(相手)が自分の期待どうりに動かないときに生じる葛藤を、自らの心の中に包含することが、実は対象からの独立性を確保することになることを、以下のような働きかけのなかで提示しようと試みている。いわばここで対象からの分離、自我境界の強化を働きかけのテーマとしている。

「落ち着いてきているような気もするけれど、立ち直れないような気もする。閉じこもったままみたいな。」

「自分の中でどうしても納得できないときどう処理してるんですか?例えば、友達が泣きながら電話して相談してきたら、私は次の日私からその子に電話する。でも、逆の立場なら、友達は私に電話してきてくれない。」

<相手はこちらの期待どうりに動いてくれないこと、多いよね。>「そうです。」

<そのとき悲しい情けない気持ち起こって来るでしょう。>

「そう、それです。」

<その気持ちは自分の中にあるもので、それを消そうとして相手を動かすとなってきたら、その分、相手に頼ってるということになってくるよね。>

「わかります。そのとおりと思います。結局、友達に頼ってることになるんですね。」

<もし、その気持ちを自分の中に置いとけたら・・相手から自由になれるんだけどね。>

◎第4回面接(前回から1週間後)

この回、自分が憎く、その自分を消してしまいたいという自傷行為が報告される。尖ったもので手首を突き、手首はそのため傷だらけであった。その反面、過食した日は1日すべてが悪いのではない、という発言がなされる。これは自傷行為にみられる極端化した思考に対し、程度感覚をふまえた思考が部分的にではあるが、可能であることを示している。筆者はその重要性を指摘し、印象に残すねらいの発言を入れている。 またこの回より、部分的にではあるが、落ちつくときがあることを報告している。現実状況についても、明るい展望が開けつつあり、就職について某公共機関の事務職の一次試験に合格したことが報告された。以下はそのやりとりである。

「起伏が激しい。落ちつくときは前より落ちつく。イライラするときは自分が憎くて・・・アーっとなる。」

<どうなるの?>

「怒りとイライラがたまらないほど噴き出してきて、自分をたたくとか、はさみで手首をついた。自分が嫌い、もう無くなればいいのにって。でも落ち着いたらなんでこんなことになったんだろうと・・・過食しても1日が全部だめなんじゃないと思える。」

<全部だめ、とならないのは、大切なことだよ。だめな部分もあるけど、いい部分もあるって思えるのはね。>

「就職試験の1次試験にパスした。うれしかったのは苦手な作文で通ったこと。でも、悪かったのは、就職の願書を出さないといけなくて、特技、本人希望が書けなかった。自分からアピールすることができない。」

[夢2]

『(略)妹を見ると、妹の前髪と後髪にカーラが巻いてあった。どうしたのかと聞くと、母にしてもらったと言う。私はまえからその髪型にしてみたいと思っていたので、怒りがこみあげ母親に抗議しに行った。どうして私の気持ちを逆なでするの、どうして私の気持ちを分かってくれないの、と私は大声をはりあげた。母親とは面と向かっていたが、母親がバケツに汲んだ水を持ち上げた。私にぶっかけるのかと思ったが、母はその水を自分からかぶった。

家族で奈良に旅行に行った。あるお寺に泊まることにしており、どんな所か見に行った。お坊さんが、寝る場所を案内してくれたが、そこはお寺の本堂で、大きい大仏さんがどーんと座っている。その大仏さんに向かい合って、ふとんが敷かれていた。でも、私だけ1人離れている。大仏さんの横に黄色い菊の花と、誰か亡くなった男の人の写真が飾られており、私は気持ち悪くなり、母親に、ここはいやだ、こわくて寝れそうにないと言った。母は私も小さいとき、そういう思いをしたことがあるよ、と言った。それから、お寺を出て、歩いて行った。そして、うどん屋さんが見えてきて、母親が食べて行こうと言った。私はお腹一杯だからいいと言ったが、母はそういうときもあるの。食べて行きましょうと言う。私は後ろを歩く兄と父に、行きたくないよねえと同意を求める。すると2人とも行かなくてもいいと言って、うどん屋を通りすぎようとした。そのとき、母は急に胸を押えて倒れそうになった。私は母が、私が健康でいるうちに早く自立しなさいと言っているように思えた。』

(連想)

「兄と父に同意を求めるのはめずらしいこと。家族の要は母親だった。兄妹同士の関係も希薄。」

[夢3]

『学校から帰る前の教室で、教室には私を含めて4人の高校生の同級生が残っている。(略)私が傘を持って教室を出ようとすると、1人の子が「Bちゃん」と呼んだ。私は振り返って、何か言われるのを待っていたが、クラスのもう1人の子がその子に耳打ちして、その子は「何でもないよ。ばいばい。」と言った。その子は何か言いたげな顔をしていた。私は呼びに来た友人と階段をかけ降りて、下足室に出た。私の下駄箱の横に大人の男の人が立っていて、私がごそごそ履きかえていると「乱暴だな。」とぼそっと言った。近くに、その大人の人の知り合いの男の子が立っていたので、私はその子に「私のことみたい。」と言った。「おまえのこと?」「うん、私の靴ね運動靴なんだから。」と言って、靴をポンとほうり投げた。まわりは黒い靴ばかりだが、私の靴だけ運動靴だった。男の子はへえーと言たげな顔をしていた。私は下足室から出た。さあ、帰ろうとしたとき、服の両脇のリボンがほどけているのを思い出し、しっかりと結びなおした。』

(連想)

「学校は高校。教室の3人は高校の制服を着た高校3年生。私と、私と一緒に帰った子と、下足室の男の子の3人は私服を着た小学校6年生。その男の子は小学校6年生のときの同級生。心理的に成長できてないのかなあと。小学校のときは活発でいたずらしていた。いたずらが一番楽しかった。一番思い出が生き生きしていた。Bちゃんと呼んだ子は高校の同級生。仲がよかった。高卒後も手紙のやりとりがあった。恋に悩む子。手紙で恋の葛藤を書いてきてたのに、私には、それが読み取れなかった。返事に何を書いてたんだろうかと思う。(彼女は、夢の中で)忠告のような、アドバイスのようなことを言おうとしていたよう。」

◎第5回面接(前回から2週間後)

この回から、B子の発言は落ち着きを取り戻して来たという内容に重点が移ってくる。それと同時に自己受容が幾許か可能となって来たことを示す発言も出現する。

「良くなって来ている。らくになってきている。しばられていたものから、放たれたような気がする。でもイライラしたら自分をたたいたりする。はさみで手首をつっついてしまった。包丁でも少しつっついた。」

「コンピューターの人生ゲームをしていて、大学入試で2浪してしまった。こんなこともあるんだ、望みをかなえられないときもある。やってみてできなかったら、それでもいいと思えるようになった。できることしかしなかったから。」

「家の周りを走っていて、中学校のときの運動クラブのことを思い出し、クラブはやっててよかったと思えるようになった。以前は否定していたが昔のことを否定しなくてもよいと思えるようになった。」[夢4]

『女の子が、一生懸命に、紙を探している。何をしているのかと聞くと、ある人の退部届けを探しているのだという。退部届が受理されないように抜き出すつもりのようだ。彼女はその人と以前つきあっていて、最近別れたばかりだが、クラブまでやめられるのは、いやだそうだ。彼女と一緒に、下へむかうエレベーターに乗った。エレベーターの中で会話を交わすが、そのとき、彼女は、彼がやさしかったこと、クラブに入ってすぐにまわりの人に内緒でつきあいだしたこと、でも一部の後輩に知られてしまって、その後輩が、やってられないと言ってクラブをやめたことを話してくれた。笑顔で話していたが、その表情には少し悲しみが感じられた。』

(連想)

「クラブは大学のクラブ。女の子は、私の彼がいったん私をふってつきあっていた子。この子のことは嫌いだった。日本人形みたいなきれいな子で、センスとか良くて。(夢の中での)話し方は、私の話し方と良く似ていた。悲しくても笑いながら話すところなど。やっと、彼女の存在を認めることができた。自分の中に受け入れられない面があった。」

<あなたに無くて、彼女にあったものって思い付く?>

「きれいなこと。物事にあまりこだわらない。感じがいい、生き生きした面。男の子と平気で話すし、男の子の家に押しかけて行ったりするし。お化粧もうまくて,セクシャルな彼女。」

◎第6回面接(前回から2週間後)

この回では就職の内定が出たり、また、失敗には終わっているものの、初めて父親との会話を持とうとしたことなど、現実場面の進展が語られる。

「事務職に内定した。でも、2次試験パスしたらの話。今までは自分の心の中に入り込んでいたけれど、今からは外を向いて行こうと思う。」

「お父さんに、私がいままでこうだったからと言うと、お父さんは自分は自分で立ち直った、お前は弱いと言った。これでは話にならないと思った。」

◎第7回面接(前回から2週間後)

この回で就職決定の報告がなされる。B子は某公共機関の事務職と、某官庁への就職試験の両方に合格する。母親は後者を勧めるがB子は自分で前者を選ぶ決心をする。

「就職が決まった。事務職の2次試験に受かったから。母親は官庁の方がいいと言った。いつも母に従ってきたが、やっぱり自分で決めた。自分で決めれたのが良かった。以前、自分では選択できないのではないかと思っていた。今の(在学中の)大学にしたのもそうだった。今回は自分で決めたから責任がある。」

「もう、手首も突いていない。こないだの診察から今日までアーっとなるのは1回だけだった。」

<ちょっとは自分のこと好きになれそう?>

「うん・・・死にたいと思い詰めることがなくなった。結局、自分で決められなかったから、その結果に責任を持てなかった。」

[夢5]

『私ともう一人の人が一緒に手をつないで逃げている。こわくて、こわくてたまらない。追いかけて来る人(男性)は、石をなげてくる。石が当たると体の中に入ってくる。骨の間を石が通過するのが分かる。前へ前へ逃げるときには、石が当たるときも当たらないときもある。でも、追いかけてくる人をかわそうと、後ろに下がると必ず2回続けて石が当たる。ズボッ、ズボッと石が体の中に入り込む鈍い音がする。しばらく休んでいると、石がお腹の前のほうに出てきた。肉と皮の間にはさまっている。私はこれから逃げて走るとき、邪魔だからと言って、皮がめくれるのも構わず、石を体から取った。横に母親がいて、大丈夫?と聞く。大丈夫だからと言って、パシッ、パシッと取る。私のお腹は赤くただれたようになった。』

(連想)

「本当に怖い夢だった。逃げているのもこわいけど、逃げても石が当たる。とりあえず前に逃げないと当てられる。石は直方体の石。グレー。石を取るとき痛かった。半分目をつぶって。投げてくる人は2個づつ連続で投げてくる。後ろに、と言うのは少し逃げてかわすこと。」

<当たると痛いの?>

「いや、ズボーって音がする。一緒に逃げている人はたぶん男の人。顔は見ていない。中性って感じ。女性でもない。(略)私は女の子してないし。昔から、自分自身を大切にしていない。自分を自分でかわいがることができないんです。今、考えると過食して吐くというのもおかしいな・・・」

<おかしいというのは?>

「自分がきらいで、吐くとすっきりするから。自分をかわいがっている行為ではない。赤くただれたというのは、吐いたときに母親に、食道が赤くただれると言われたことがある。吐くのは自分がいやなときしかしない。」

<吐くというのは自分を受け容れないことかもしれないね。>

「これはいらないって、放り出してるのかもしれない・・・私は・・例えば家族とか。 家族に感謝している。就職にしても、家族がささえてくれた。口出しもしないで、必要な援助はしてくれた。今からは自分の人生は自分の人生と。幸せになるかもしれないし、不幸せになるかもしれないし。今までは周囲に私を幸せにして欲しいと思っていたけれど、不幸でも自分で対処していけばいいと考えられるようになった。」

この回の面接では一段落がついたという雰囲気がB子と筆者の間に漂っていた。当初より、B子との面接では彼女の判断を引き出しそれを尊重することが治療的にも重要と考え、その姿勢をとってきたため、ここでも<ちょっと一段落ついたみたいだけれど、この面接はどうする?>とB子の意向を聞くと、「ええ、今日で一応おわりにしようかなと思います。」と答えたので、一応の終結となった。

4.考察

この症例について、様々な問題点を抽出することができると考えられるが、ここでは先述したように第一に母に取り込まれている娘、そこからの脱出というテーマ、第二にそこに現れる男性像の変遷という2つの視点から考察を進めたい。

1)母への取り込まれと離脱のテーマ

初回面接において、B子は「母に守ってもらって育った」と述べる一方、父親を迫害者としてとらえていることを述べた。しかし一方第2回面接においては、「毎日母の言葉に一々反応して泣いてしまって(略)母は私の言ったことに間髪入れずに違うと言う。それで昔のすべてのいやだったことが思い出される。」と述べ、母親の言葉に直接的に動揺させられてしまうことを語った。このことが、母親からの情報にあった「家の中で大声で泣き叫びつづける」という行為となっていたようである。初回面接で語られた母親像と第2回面接にて語られた母親像とは手のひらを返したように異なっており、2つの母親像は split している。さらに、第2回面接での発言では問題点の重心が母親の側にあるように語られている。このことは、自分の問題領域を相手の問題領域に移し替えているわけで、投影性同一視の機制が働いている可能性が考えられる。これらは重層的に母娘の境界の不鮮明さを示唆するものでもあろう。また、この来院自体が本人の意向であるのか、母親の意向であるのかが、不明確であったこともこのことと軌を一にするものであろう。母親は、初回面接において、B子が退出した後1人で入室し、B子の問題点を羅列的に並べて述べ、薬を出して欲しいと言っている。ここで母親は、娘の心の悩みを理解しようとはせず、すぐにそれを取ろうとしており、葛藤の共有が困難な人であることを示唆している。このことは母親が自らの心に生じた葛藤を娘に一方的に投影し、娘を操作することでそれを取り除こうとしている姿勢と捉えることもでき、ここに母親の側の、娘に対する投影性同一視の機制を読み取ることができる。葛藤を内面にしっかりと抱えることによって人間は対象からの自律性を獲得できることを考えると、母親の葛藤を内面に抱えられないこの傾向は、娘との間の自我境界の不全と平行しており、このことは鏡像的に娘にもあてはまる特徴となっていると考えられる。

さて、このような境界の不明確な母−娘関係がこの面接過程の中で、微妙に変容をとげる。それは、まず夢2で自分のことを分かってくれないと抗議する“夢の中の自分〃(以後、夢自我と表現する)に対して、夢の中の母親はバケツの水を娘にかけるのではなく、自ら被る。ここで夢自我は自分が水をかけられると思っているが、夢はそれと反対の展開となる。さらに、夢の後半、母親がうどん屋に入ろうと提案するにもかかわらず、夢自我はそれを拒否する。その際、現実場面では話もろくにしない関係にある、兄、父に同意を求めている。

明らかに、この夢は現実のそれまでの母−娘関係とは異なった関係の可能性を提示している。現実場面で母は娘にとって反抗できないもの、動かしがたいもの、「言い争うと、いつも母の方が正しい」ような存在であるが、その絶対性はこの夢では相対化されている。また、母親は正しくて、父親は誤っているという現実のB子のイメージはこの夢の中では逆転している。

Jung,C.G.はじめ多くの研究者が、夢が現実の自我に対して補償的な機能を果すと考えている。Jung,C.G.は、「夢はそのときの意識状態に対して補償的に行動する」7)と述べ、補償という概念を用いることについて「意識と無意識とは、(略)互いに補い合って一つの全体を形作るからである。」8)と説明している。この夢の補償的な機能を視野に入れることは必然的に夢の目的志向的観点を我々に要求する。Jungは「夢には前方への連続性もある(略)夢は意識的な精神生活に目に立つほどの影響を残すことがある」7)と述べている。この夢2の場合にも補償的、目的志向的な機能を考えることは的外れなことではないだろう。この夢が提示した新しい関係可能性は、その後現実のものとして展開する。即ち、第7回面接において、B子は母親の勧める就職をやめ、自らが選んだ職場への就職を決意する。そして「自分で決めれたのがよかった。自分で決めたのだから責任がある。」と述べている。またこの夢2の最後で、母は胸を押えて倒れる。これは飲み込む母の、ひいては母娘一体関係の象徴的死とも考え得る。ここで「母が早く自立しなさいと言っているように思えた」とB子が印象を述べているのは、この夢の本質をついている。

2)男性像の変遷

さて、ここでもう一つの視点としてこの症例にとっての男性像について考察を進めたい。Neumann,E.11)12)は母−娘関係が未分化で一体性の強い状態を「女性の自我が、母性的な無意識や母性的な自己といまだ結ばれたままでいる」状態として、これを女性の「自己保存の段階」と表現している。さらにこの状態の中に「女性の自分自身ならびに男性にたいする特有の関係の仕方を規定している母権的心理というものが、まざまざとうかがえる」と述べている。この状態が往々にして、「男性的なものの排除とそれへの冷淡さを生まずにはいない」とし、男性がその中では侵入者としてとらえられることを指摘している。このモチーフをギリシャ神話の女神デメテルとその娘コレー(ペルセポネー)の神話が象徴的に表現していると述べている。その物語りの概略は次のようなものである。

『デメテルは大地の守護神であり、豊饒と収穫の女神である。デメテルには愛しい娘、ペルセポネー(コレー)がいた。ある日、ペルセポネーは仲の良い娘たちと花畑で、思い思いに花を摘んでいた。そのとき、突然大地が割れ、冥界の主神ハーデスが、黒馬のひく戦車に乗って出現しペルセポネーを略奪する。デメテルは必死にペルセポネーを探し、この間デメテルの恨みのために、大地は枯れ果て飢餓が地上を覆う。これに手を焼いたゼウスの調停によって、ペルセポネーは母に会うことを許され、地上に戻る。しかしこのとき、ペルセポネーはハーデスが手渡したザクロの実を4粒食べてしまう。冥界のザクロは、もしそれを食べれば冥界の住人になるという「禁断の木の実」であった。このためペルセポネーは1年の内、4カ月だけ、冥界に住まなくてはならなくなった。その4カ月の間、地上は暗い冬に覆われる。その後、冥界にもどったときのペルセポネーはハーデスの妻となり、冥界の堂々たる王妃として君臨したという。』

(丹羽隆子著「ギリシャ神話」6)より抜粋)

この神話においては男性は冥界の主神ハーデスとして現れ、コレーを冥界に誘拐する。本症例においても第1回面接で「父は信用できない人で」「父は母に暴力をふるった。私にもふるった。警察を呼んだこともあった。私は無力感を感じた。」と語られるように、父親は侵害者、悪者としてとらえられている。父親像は男性像の一つの重要な柱となるものである。先述したようにこの悪い父親像は、夢2において補償的にとらえ直される。また、夢2において大仏の横に亡くなった男性の写真がおかれ、夢自我は家族と離れてその写真のそばで寝なければならなくなる。ここに、男性は冥界の存在として現出している。女性の夢に男性が死者として現れることはまれなことではない。Neumann,E.は母性世界という観点から見るとき、女性にとって男性の接近は常に分離を意味し、ひいては死としての意味を持っていることを指摘している。11)そして、それを「死の結婚」のモチーフとして取り上げ、この体験によって、少女は女性になると述べている。13)ハーデスが冥界の神であることの意味もここにある。この夢にも分離と死のテーマが織り込まれている。このとき、夢自我は母親に怖いと訴え、それに対して母親が「私も小さいときそういう思いをしたことがあるよ。」と言っているのが印象的である。現実の母親と父親の関係を考慮すると、母親にとって、今でも男性性受容の問題が解決していない可能性が濃厚である。そうだとすれば、夫が侵略者として現出するのも夫側の要因だけではないように思われる。Jung,C.G.9)は、「デメテル/コレーは男性に異質の、そして男性を寄せつけぬ母と娘の体験領域を表現している。」と述べている。しかし一方、この夢2はB子が母親との一体感を断ち切る男性像との本当の意味での出会いへの導入をも示しているように思われる。いわば、これから始まる長い物語の序章としての意味が考えられる。B子には現実にボーイフレンドがいるが、「好きだと思ったことはない」が「話をきいてくれてたら良い」というように、彼女にとっては部分対象としてしか立ち現れておらず、例えば夢に現れたような侵略者としての側面をも包含した全的対象とはなっていない。

一方、女性にとっての男性像の成熟は自らの女性性の受容と切り離して考えることはできない。それらは表裏をなす事象と言えるだろう。夢1では他の同級生がうまくダンスを踊っている中で、自分だけがうまく踊れず、ペアにおいて女性としての役割がうまくとれない。連想において、つきあっていたボーイフレンドが他の女性に取られるという経験を思い出している。この夢はいわば彼女の紹介夢としてとらえることができる。夢3の夢自我は小学校時代のおてんばな少女の段階に未だ留まっており、思春期の課題である女への脱皮を通過していないことを表現している。つまり彼女の靴だけが運動靴で周りは黒の革靴である。恋に悩む同級生が夢自我になにかを言おうとするのも印象的である。連想においてもB子は自らの心理的未熟性に言及している。しかし、この夢の最後で女性性を象徴するかのようなリボンを結び直しているのは、彼女における女性性の受容が前向きに動き出していることを暗示しているのではなかろうか。夢4においてB子が嫌っていた実在の女性が夢に登場する。この女性は夢1の連想にて述べられた彼女のボーイフレンドを横取りした女性である。B子によるとセクシャルな女性で、男性との交際も活発で、いわばB子とは対称的な女性である。ところがB子は夢の中のその女性の話し方が自分とどこか似ていたと言っている。つまりこの女性は、彼女が今まで発達させてこなかった彼女自身の半面を象徴しているのではなかろうか。しかもそれが、全く遠い存在としてではなく、かなり夢自我に近い存在として立ち現れている。また、彼女がこの夢をみることによって、その女性を初めて認めることができるようになったと語っていることはこの仮説の傍証となるものである。

彼女の女性性受容がこのように開示してくるとそれと平行して男性像も活動を開始する。夢5において夢自我は男性に追跡され、攻撃を受ける。夢2における冥界の存在(死者)としてあらわれた男性がありありと生き返って活動を開始したとも考られる。ここで夢自我はもう一人の中性的な男性と一緒に逃げているが、この男性には侵略的な側面はなく、去勢された男性といったおもむきで、現実の彼女とボーイフレンドとの関係を彷彿とさせる。この追いかけて来る男性と、一緒に逃げる男性とはどちらも部分対象的でありB子の中のsplitした男性像と考えることができる。Winnicott,D.W.14)は部分対象について「部分対象または部分対象としかいいようのないものとの関係は本能欲動が負荷されているわけだが、これは生のままの報復恐怖をひきおこす。」と述べている。

ここで追って来る男性は直方体の石を2つペアで投げて来る。この石については女性に侵入するものとしてphalicな象徴としての解釈も成立するだろう。またさまざまな解釈可能性があると思われるが、いずれにしてもこの石が何らかの彼女が受け取るべき課題を意味していることは確かなようである。彼女がそれを避けようとすればするほど石は確実に彼女に命中している。

また、彼女が自分の体内に入った石を自分で処理することができていることは重要なことと思われる。心配げに見守る母親を尻目に彼女は「大丈夫」と言いながら独自の対処をしているわけで、母が直面してきた問題を今度はB子が自分の問題として受け止めているかのようである。さらに、その石を取り出す際に生じた腹部の赤い瘢痕から、B子は自分の過食・嘔吐を連想している。彼女にとっての嘔吐が女性としての自分の受容困難という意味をもっていることは彼女自身がこの夢をみたあと連想していることからも確かであろう。しかしさらに一方でこの嘔吐には母親とは違う自分独自の対処という積極的な意味も考えることができるのではなかろうか。夢はそちらの意味をも示唆しているように思われる。

この最後の夢5は、彼女の男性像の変遷という文脈からも今後、多くの課題が山積していることを示している。例えば、夢自我は追いかけて来る男の顔も一緒に逃げている男の顔も見ることができていない。その分それらは未分化な位置に置かれている。当然のことながら追って来る男性は自我に親和的なものにはなっておらず、男性像が受容されたとは言い難い。この夢はむしろ問題提起の夢である。この意味からも筆者はB子の問題が解決したとは思っていない。いわば第1段落が終わったわけで、将来再び彼女が面接の再開を求めて来院する可能性は大きいと思われる。その際には第2、第3の段落が展開されることが予想される。

5.結語

この症例は女性の心理的発達過程における母娘の一体的関係という段階から一歩踏み出そうとする移行の段階にいるものと考えられる。その際この一体的関係に割って入ろうとするものは男性性に外ならない。それ故男性は侵略者、略奪者として立ち現れる。この症例の夢2において男性は、冥界の存在として出現した。その後の夢5では侵略者として、彼女を追いかける。女性にとって外的、内的になんらかの形でその侵略を受容することがこの段階から次の段階に展開するために必要となるが、彼女はまだそれを達成したとはいえず、将来の課題として残されている。しかし全くの拒否となっているのではなく、彼女が受容の方向に動き始めていることも事実である。またこれら男性像の活動と平行して、夢の中での彼女と母親との関係は、微妙な変化をとげており、これらのことは治療者に明るい展望を与えている。

最後に本小論を書くにあたり、さまざまな貴重な御意見を下さった大阪大学医学部精神医学教室の井上洋一先生と浅香山病院院長の高橋尚武先生に心から感謝の意を表します。


文献

1)Abelin,E.: The role of the father in the separation-individuation process, In: McDevitt, J.B. & Sttlage, C.F. (eds.): Separation-Individuation. International Universities Press, New York, 1971.

2)Bachofen,J.J.: Das Mutterrecht.Verlag von Krais & Hoffmann, Stuttgart, 1861. 岡 道雄,河上倫逸, 監訳: 母権論, みすず書房, 東京, 1991.

3)Blos,P.: Modification in Classical Psychoanalytical Model of Adolescence. In: Adolescent Psychiatry. Vol.7, The University of Chicago Press Ltd., London, 1979.

4)Deutsch,H.: Psychology of Woman. Vol.1, Grune & Statton, New York, 1944. 懸田克躬訳: 若い女性の心 理(1), 日本教文社,東京,1964.

5)Freud,S.: Female sexuality. (1931.) The Standard Edition of Complete Psychological Work of Sigmund Freud. Vol.21, The Hogarth Press, London, 1961. 懸田克躬, 高橋義孝他 訳: 女性の性愛について (フロイト 著作集5), 人文書院, 京都, 1969.

6)丹羽 隆子:ギリシャ神話, 大修館書店, 東京,1985.

7)Jung,C.G.: Allgemeine Gesichtspunkute zur Psychologie des Traumes. (1948.) Die Gesammelten Werke von C.G.Jung. Bd8,Walter-Verlag AG., Olten, 1967. 秋山さと子, 野村美紀子 訳: 夢の心理学(ユングの人間論 ), 思索社, 東京,1980.

8)Jung,C.G.: Die Beziehungen zwischen dem Ich und dem Unbewuβten. (1935.) Die Gesammelten Werke von C.G.Jung. Bd7, Walter-Verlag AG., Olten, 1964. 松代洋一, 渡辺学訳: 自我と無意識, 思索社, 東京, 1984.

9)Jung,C.G. und Ker nyi,K.: Einf hrung in das Wessen der Mythologie. Rhein-Verlag AG., Z rich, 1951. 杉浦忠夫訳: 神話学入門, 晶文社, 東京, 1971.

10)中村瑠木子:前青年期・青年期前期女子の精神療法の一技法,小此木啓吾編,青年の精神病理 2, 弘文堂, 東京,1980.

11)Neumann,E.: Zu seelischen Entwicklung des Weiblichen. Ein Kommentar zu Apuleius . Rascher & Cie. AG., Z rich, 1952. 河合隼雄 監修, 玉谷直實, 井上博嗣訳:アモールとプシケー ————女性の 自己実現———, 紀伊国屋書店, 東京, 1973.

12)Neumann,E.: Zur Psychologie des Weiblichen. Rascher & Cie.AG., Z rich, 1953. 松代洋一, 鎌田輝男訳: 女性の深層, 紀伊國屋書店, 東京, 1980.

13)Neumann,E.: Die Groβe Mutter. Bollingen Series XL . Phantheon, New York, 1955. Rhein-Verlag,Z rich, 1956. 福島章,町沢静夫,大平健一他訳: グレート・マザー, ナツメ 社, 東京, 1982.

14)Winnicott,D.W.: The Maturational Process and the Facilitating Environment. The Hogarth Press Ltd, London, 1965. 牛島定信訳: 情緒発達の精神分析理論, 岩崎学術出版, 東京, 1977.
http://koteraclinic.jp/monograph/187

http://www.asyura2.com/0403/dispute18/msg/339.html#c6

[] 「男はなぜ彼女に男友達を持つことを許さないのか」 あっしら
7. 中川隆[-12687] koaQ7Jey 2018年5月31日 23:07:55 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14626]

平介が娘離れできなかったのはロリコン・近親相姦願望ですね:


15年にわたる実父の強姦が黙殺された、「栃木実父殺し事件」の時代
http://www.cyzowoman.com/2013/02/post_7940_1.html


栃木実父殺し事件(尊属殺法定刑違憲事件)

 昭和43年10月5日3人の子持ちの女、浅川サチ(29・仮名)が、父親の政吉(52)を殺害したとして逮捕された。罪名は刑法200条にあった“尊属殺人”である。現在では聞きなれない罪状だが、当時は歴然と存在していた罪だ。名前の通り、自分または配偶者の直系尊属――父母、祖父母、曽祖父母――に対する殺害であり、通常殺人より重い<無期または死刑>という罪が科せられるものだった。今の感覚からは時代錯誤で、人権、平等といった法理念からかけ離れたものだ。しかし家父長制度、家庭という社会的基盤維持、儒教的考えなどから、当時親殺しは重罪とみなされていた。

 だがこの父親殺しの背景には、サチに同情すべき事実が存在した。サチと父親の間には長年にわたる近親姦関係の強要、その上での妊娠、出産といったおぞましくも悲しい事実があったのだ。そのためこの事件は「尊属殺の重罰規定は法の下の平等に違反する」と、憲法議論にまで発展していく。

■異常な執着を示す父親と実家に逃げた母親

 サチが初めて父親に犯されたのは昭和28年、サチが中学2年14歳の時だった。父親の政吉は勤勉とは言いがたく一家は貧困だった。当時の浅川家は栃木県内で、両親と長女サチを含む子ども7人の計9人が、狭い2間の借家に暮らしてた。

 ある夜、酒を飲んだ政吉はサチを無理やり犯した。突然のことで訳もわからないサチは大声を出すこともできず、近くで寝ていた母親のコウはこれに気づかなかったという。その後も政吉は母親の目を盗んでは頻繁に実娘の体を求めた。「母ちゃんに言ったら承知しない」。政吉は事あるごとにサチに口止めし脅した。

 それから1年、ついに堪えきれなくなったサチは母親にことの次第を打ち明ける。父に従順な母だったが、この時ばかりは驚き政吉を責め立てた。「実の娘によくもそんな恐ろしいことを」。しかし政吉は開き直り、刃物を持ち出し狂ったように暴れた。「自分の娘を自由にしてどこが悪い!」。娘を守ろうとする母親をボコボコに殴った。母はサチを親戚宅に逃がそうとしたが失敗、その後政吉の暴力はより一層激しさを増し、人が変わったようにサチに執着した。母親は堪え切れず、下の子ども2人を連れて北海道の実家に逃げるように帰ってしまう。

 母親が出て行った後も政吉は相変わらず酒を飲みサチを犯した。サチが17歳になった昭和31年、政吉はコウの実家に転がり込む形で、一家は再び共に生活するようになった。政吉はコウの実父に「サチに2度と手を出さない」と詫びた上だ。だが約束は守られることはなかった。政吉は夜毎にサチを求め、庇うコウを殴った。母屋に住む叔父(コウの兄)も止めに入るが、聞き入れないだけでなく、叔父へも殴りかかる始末だった。

 そんな生活続き、17歳のサチは妊娠してしまう。もちろん胎児の父親は政吉だ。混乱したサチは知り合いの男(当時28)と逃げ出したが、激昂した父は狂ったように探し回り、結局サチは連れ戻されてしまう。サチに異様な執着を示す政吉は、何度も騒動を起こした。2人の異常な関係は、自然と隣近所のうわさとなり知れ渡っていたという。

 昭和32年、政吉はサチとその妹を連れ栃木県の長屋に引っ越し、サチは長女を出産した。サチは出産したことで一層「父から逃れられない」と諦観したと同時に、いつか逃げるためにと密かに着物などを1つにまとめていたという。だが昭和30年代、学歴もない未成年の女性が、何の当てもなく逃げても生活は困難だっただろう。幼子を抱えてはなおさらだ。そんな時代がサチを縛り、父親から逃げられなくした。

 こうして父親と娘は、その後も12年間に渡り“夫婦同然”の生活を送るのだ。この間、サチは5人の子どもを産んだ。うち2人は夭折したが、3人の娘は元気に育った。だが5回の出産のほか、妊娠中絶を5回も繰り返している。政吉は避妊を許さなかった。父は執拗に娘を求め、娘はそれに応えるしかなかった。拒否すれば応じるまで殴られた。助けてくれる人はいない。

■半裸で逃げるも連れ戻され、2度目の家出も失敗

 昭和39年9月、25歳になったサチは、すでに子どもたちも手がかからなくなり近所の印刷会社で働くようになっていた。サチはこまめに働き、周囲からも「朗らかで明るい女性」と人気が高かったという。サチもこの時だけは、父親の呪縛から離れ“普通の女”として働けることが楽しくて仕方がなかった。社員旅行にも行った。

 そして昭和43年、29歳になったサチは7歳年下の工員と初めての恋をした。この恋がサチの自立心、そして父親に対する反発心を呼び覚ましていった。サチは仕事帰りに父親に嘘を言って工員と喫茶店でデートをした。遅くなると「浮気をしているのか!」と政吉に怒られたが、残業だと言いつくろった。2人の交際は続き、結婚を申し込まれるまでになった。相手はサチに子どもがいることも承知していた。サチは決心する。ある日、父親に「結婚してもいいか」と訊ねたのだ。しかし相手が年下だと知るや政吉は血相を変えた。「今から男の家に行って話をつけてくる。ぶっ殺してやる!」。サチは父の怒りを静めるため、男と別れて印刷所も辞めると言わざるを得なかった。

 だがサチは諦めてはいなかった。家出を決意したサチは準備をして家を出ようとした。が、偶然にもそこに政吉が酔って帰宅、サチを問い詰め洋服や下着を引きちぎるなど公衆の面前で大暴れを始める。騒動を聞きつけた近所の人が父親を取り押さえ、サチは半裸で走って逃げたが、結局は父親に連れ戻された。

 この騒動以来、サチはほとんど外出もできなくなった。そして政吉からの責め苦もエスカレートしていく。酔っては「一生不幸にしてやる」「逃げたら3人の子どもを始末する」と脅し、暴れた。子どものことまで持ち出されたサチは限界だった。このままでは自分が殺される。サチは愚痴や脅迫をグダグダ言い続ける政吉を押し倒した。目についた股引の紐で政吉の首を絞めた。

「さあ殺せ。お前に殺されるなら本望だ」

 その際政吉はこう言ったという。サチはさらに夢中で締めあげた。しばらくすると政吉はぐったりして布団の上に倒れた。政吉は、自分が犯し続けた実の娘に殺されたのだ。

 サチは子どもを連れ近所の雑貨商に駆け込んだ。「おばさん、父ちゃんを殺しちゃった」。サチはこう告げると声を上げて泣き出したという。その後、駆けつけた警官によってサチは逮捕された。昭和43年10月5日、29歳のサチにとって、無意識ではあるが1つの“決断”だったのだろう。

 父殺しの背景にサチと政吉の異様な関係が明らかになるにつれ、世間のはサチへの同情を寄せていく。と同時に“尊属殺人罪”へも目が向けられていった。刑法の尊属殺人条項は憲法の「法の下の平等」に合致するのか、違憲なのではないか。こうしてサチの父殺しの法廷は憲法議論にまで発展していった。だがしかし、それ以前にもっと根源的な怒りが、疑問が残る。サチが父親を殺すことになるまで、事態はなぜ放置されたのかということだ。
http://www.cyzowoman.com/2013/02/post_7940_1.html

世間と身内に隠され続けた女性と子ども――「栃木実父殺し」から現在へ
http://www.cyzowoman.com/2013/02/post_7970_1.html


 14歳の子どもが実の父親に無理やりレイプされた。そのことを母親は知っていた。それを阻止しようとするが、自身が暴力を振るわれ、子どもを人身御供のようにおいて家を出た。母親の親族も父娘の近親姦を知っていた。だが、政吉の剣幕の前に手をこまねくばかりだった。また政吉の親族も然りである。事件後の政吉の弟の供述調書には以下のような下りがある。

「実の父と実の娘が夫婦然として生活しており、世間に対していろいろ恥ずかしい行為をしていた。他兄弟や親戚の者も軽蔑して寄り付かなかった」

 サチが何かと頼り、父親殺害後に駆け込んだ近所の雑貨商もそれを知っていた。いや近所の多くの者がそれを知っていたと思われる。またサチが勤めていた印刷所の工場長もだ。サチとの結婚を考えた工員はサチが印刷所を辞めた後「深入りするな」とその事実を工場長から聞いたという。工員は「がっかり」したものの、彼女を救おうとする姿勢は皆無だ。

 サチの周囲の多くの人間が父娘の近親姦を知っていた。しかし無法者の父親に恐れをなしたとして、有効な手立てを打とうとした者はいなかった。

■家父長制と世間体の下、排除された女性や未成年者

 昭和30〜40年代、高度成長期で3種の神器といわれたテレビ、洗濯機、冷蔵庫が普及しはじめ、戦後民主主義が一般にも浸透し、団塊世代が青春を謳歌した時代でもある。そんな中、未成年期も含め、15年間にも渡る父親と実娘の関係は単に「マユを顰められる」ものだけだったのか。周囲の多くの大人がこの“異常な関係”を知っていた。だが1人でも未成年に対する“犯罪行為”“強姦”と認識し、少女を助けることはなかった。当時の未婚女性が何度も妊娠・出産・中絶しても医師は疑問を持たなかったのか(医師は『これ以上中絶すると母体が持たない』と避妊手術を薦めただけだ)。

 しかし実を言うと当時、いや現在においても“近親姦”に対する刑罰は存在しない。よって近親姦は違法ではない。近代において、日本では一度親族姦の規定ができたが1881年に廃止された。近親姦は法の概念ではなく道徳的なものとの解釈からだ。近親姦は時代や宗教、国家、風習、道徳観などにより時に公然と認知され、時にタブーとなる。

 現在では児童虐待防止法があり、保護者による18歳未満への性的虐待はこの対象になる。だが当時の児童虐待防止法は対象が“14歳未満”だ(サチが最初に父親に犯されたのは14歳)。また強姦罪は親告罪だが、当時サチが父親を訴えるなどという知識はなかったのだろう。また周囲にもそうした“退避”行動をとる者はいない。当時はまだ家父長的考えが色濃かった時代である。家族や親族のつながりが強く、世間体も今より比較にならないほど人々を縛った。それが逆に悪弊となった。政吉とサチの関係は「身内の恥」として公然の秘密となった。誰も本気でサチを救おうとしなかった。

 だが当時、誰かが警察や関連機関に相談しても「家庭の問題」として積極的に取り合うこともなかっただろうと推察できる(そもそもDVが犯罪として認識されたのもつい最近のことである)。女性や未成年者の人権など、ほとんど省みられない環境と時代にあったサチに逃げ場はなかった。

 そもそも、当時の司法関係者の認識もあまりにひどい。一審判決においては、「尊属殺人の重罰規定は憲法違反」として刑を“免除”するという画期的判決だった。しかし検察は控訴する。その控訴審で検察は「彼女はなぜ長年逃げなかったか。父と娘が夫婦然と仲良く平穏生活していたのだ」と立証しようとしたのだ。まったくもって噴飯ものだが、そうした認識は裁判官も同様だった。

 「父親と夫婦同然の生活をして、父親が働き盛りの年齢を過ぎた頃若い男と一緒になる。(それは)父親を弄んだことになると考えたことは?」と質問し、「(2人の関係は)大昔なら当たり前」「被告人(サチ)は父親の青春を考えたことがあるか」「働き盛りに何もかも投げ打って被告人と一緒に暮らした男の貴重な時間」など父親に同情的な発言さえあったという(『尊属殺人罪が消えた日』より)。

 「親は子どもの所有物」であり「父親をたぶらかした悪女」そんな裁判長の恐るべき認識――。現在でも裁判官という人種は世間知らずであり、時折かなりズレた発言、判決を出し世間を驚かせるが、その体質は今も昔も変わらないものだった。そして2審では懲役3年6カ月の実刑判決が下された。こうして裁判は最高裁に持ち込まれた。弁護人は「鬼畜のような父親にも子どもは服従し、尊属として保護してもいいのか」と子どもの人権を展開。尊属殺人罪の違法性を主張し続け世間の注目を浴びた。そして昭和48年4月4日、最高裁は尊属殺人規定は違憲として執行猶予付きの判決を下した。当時、この判断は「道徳革命」とまでいわれた画期的なものだったという。

■現代でも表面化しずらい親という名のモンスター

 それにしても親の子どもに対する暴力は性的、心理的も含み現在でも大きな問題として現存する。現在は昭和30年代に比べ猛烈に核家族化が進み、親戚近所のコミュニティも崩壊している。そんな環境下、家庭という密室で親権という凶器を持ったモンスターが存在したら――。

 児童虐待防止法、未成年者淫行条例など、子どもを守るさまざまな法や取り組みがなされ、サチの時代に比べて少しはまともになってはいるようには見える。しかし、それが万全と機能しているわけではない。現在でも幼児虐待、虐待の末の殺害も後を絶たない。性的虐待だけを見ても表面化するのはごく一部、しかも虐待者の4割近くが実父との報告もあるほどだ。そして虐待で逮捕された多くの親が平然と「しつけ」と抗弁する。

 現在においても女性や幼児、未成年者の人権や権利、安全が守られている社会とは言いがたいのも現実だ。サチのように“鬼畜のような親”の下に生まれてしまった子どもたちにとって親の存在、そして親権とは何なのか――。現在でも解決していない“古くて新しい問題”を考えさせられる事件でもあった。

 サチの事件審理で最高裁は「尊属殺人加重規定」は違憲と判断し、昭和48年以降この刑の適用はない。しかし尊属殺人罪の記載が刑法から削除されたのは、判決から22年がたった平成7年になってからだ。
(取材・文/神林広恵)

参考文献
『尊属殺人罪が消えた日』(谷口 優子著、筑摩書房)
https://www.amazon.co.jp/%E5%B0%8A%E5%B1%9E%E6%AE%BA%E4%BA%BA%E7%BD%AA%E3%81%8C%E6%B6%88%E3%81%88%E3%81%9F%E6%97%A5-%E8%B0%B7%E5%8F%A3-%E5%84%AA%E5%AD%90/dp/4480854088

エミナ


5つ星のうち5.0
被害者の女性としての人生は2008年3月8日
形式: 単行本


父親に犯されることで被告の女性としての人生が始まった、と当時の担当弁護士が表現している。実父との間に5人の子を生み、6人を中絶。実母はあきらめて娘を見捨てて実家へ逃げる。娘はあきらめて父との夫婦生活を10年以上続ける。

今では考えられないような展開を少しでも理解したいという思いから、本書を読んだ。
昭和28年に娘が犯されてから、父親を殺す昭和43年までの時代は、それ以降に生まれた私には想像できなかったからだ。

本書によると、当時の世の中は家父長制が色濃く残り、女性にとっての人生は今では考えられないくらい厳しいものだったらしい。

殺された父親は大正4年生まれ、母親は大正2年生まれ、栃木県の田舎で育った両親には、娘の人生を考える余裕がなかったのだろうか。

裁判の流れでも、一つびっくりさせられた事がある。東京高裁での裁判長は、このかわいそうな被害者である女性に

「30才から40才にかけての働き盛りに何もかも投げ打って被告人と暮らしたお父さんの青春を考えたことがあるか」

と言ったのだ。

「被告人とお父さんの関係は、いわば’本卦がえり’で、大昔ならあたりまえのことだった」

とまでも言っている。戦後26年経っても、この発言であることに衝撃を受けた。

あまりに救いようのない事件だが、すばらしい弁護士がこの事件を親子2代にわたり担当したこと、最高裁での違憲判決と執行猶予、そして被告人は理解ある人と再婚したらしいことを知ることができてよかった。

被害者の女性とその子供たちが、その後も幸せな人生を送ってくれているよう、祈りたい。
https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/RRQ6K5O2TR2WP/ref=cm_cr_dp_d_rvw_ttl?ie=UTF8&ASIN=4480854088

http://www.cyzowoman.com/2013/02/post_7970_1.html


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女性は父親と顔が似た男性を選ぶ【NewScientist】

この度行われた研究によると、女性は恋愛、結婚の対象として父親の顔に似た男性を選ぶ傾向があるということが明らかになった。

今回の研究を行ったハンガリー大学教授タマス・ベレシュキ氏によると、女性は男性を選ぶ際に、自身の父親の外見をそのひな形として男性を見る、「性的刷り込み(sexual imprinting)」と呼ばれるプロセスを経て男性を選んでいることが明らかになったという。

研究に参加したウェイン州大学人類行動学者のグレン・ワイズフェルド氏は、この発見が男女関係における顔などの類似性を説明するかもしかもしれないと話している。

それは例えば、しばしば夫婦や恋人同士で顔が似ているという現象があるが、博士によれば、こうした現象は人間のみならず動物全般で見られる現象であるという。

またこのように顔などが似ているという事は、そのままその恋人/夫婦間で類似性の高い遺伝子を有している可能性を示唆している為、その類似性が夫婦や恋人の仲をより良いものにするのではないかと推測するのである。

「遺伝的に似ている者同士が惹かれ合うのは動物にとって何かしらアドバンテージがあるのかもしれません。」

「ひとつの試論としては、例えばそれぞれ男女の両親が似ている場合、二人は共に似通った遺伝子の組み合わせを持っているという事は考えられるかもしれません。

また人間においてはそうした関係の方が流産の確率が低くなるというデータも存在しています。」

しかしまた、博士は遺伝的に近い者同士の結婚、即ち同系交配が遺伝的に良くない結果を生む事も考慮に入れ、そのバランスが問題であると指摘している。

「おそらく理想的なポイントが存在すると思います。
それはおそらく従兄弟、あるいは又従兄弟程度の関係なのではないかと思います。」


刷り込みか、遺伝か

「刷り込み」は動物が生まれて早い段階で行われる、いわば本能的な学習である。
最も分かりやすい例としては生まれたばかりのアヒルが初めてみたものにくっついて行くという現象がある。

しかし今回、研究チームは果たして女性が本当にこの「性的刷り込み」効果によって父親に似た男性を選ぶかどうかという事を確かめるため、26組の養子家族の写真を用いて実験を行った。

この実験の意味するところは即ち、この「性的刷り込み」が必ずしも実父実娘の関係以外、即ち遺伝的な影響によるものではないことを確かめるためのものである。

テストには凡そ250人の学生が参加し、26組の養子家族の写真から三種類の組写真を用意し、それぞれ外見上の判断から似ている人を指摘させる形で、女性の夫がどの男性であるかを予想させた。

写真のセットは以下のような構成である。

セット1:女性の写真1枚 / それぞれ異なる男性の写真4枚(うち1人は本当の夫である)

セット2:女性が2歳から8歳だった頃の義父の写真1枚 / それぞれ異なる男性の写真4枚

セット3:女性が2歳から8歳だった頃の義母の写真1枚 / それぞれ異なる男性の写真4枚

そして実験の結果、セット2、即ち女性の義父と男性の写真を見せた場合の正解率が最も高く、38%という正解率を示したのである。

また更にセット1、女性の写真と男性の写真の組み合わせが続いて高い正解率を示したものの、セット3、義母と男性の写真の場合は非常に低い正解率を示したのである。


幼年期の愛着

博士は今回の実験から、女性が遺伝的な繋がりを持つ実父のみならず、養父の「外見」に心情的な愛着を感じ、夫選びの基準にしているという結果が示されたことは予想外の発見であったと話している。

「今回の実験結果は、幼年期の心情的な愛着がその後の婚姻相手選びに影響を与えるという説をより確なものとするものだと思います。」

また博士は実験の結果から、幼年期の異性の親の外見が、その人が後に異性を選ぶ「心的概念(メンタルモデル)」を形成するとして結論している。

しかしまた、ワイスフェルド博士は、人間の婚姻相手選びは非常に複雑な要素 - 社会的、生物学的な要素が絡み合うものであることも指摘している。

ある実験においては、それぞれの持つ人間の匂いが婚姻相手選びに潜在的に作用しているという説も示されているのである。
http://x51.org/x/04/04/2928.php



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インセスト・タブーができた理由

39 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/03/29(土) 23:02:34


>家庭環境は娘の母親が勝手に出て行って

母親が父親を捨てて出て行って後に、父と娘に関係ができたと。

体験告白系でよくあるパターンですが、作り話ばかりではないんですね。

40 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/03/30(日) 11:18:10


父娘家庭で相姦になるというのは体験告白の王道パターンでその時点で信憑性を疑う(苦笑)。

ファザコン娘が母に捨てられた(又は亡くなった)父に同情して関係するという投稿を何回読んだことか。

ただ、このパターンの妄想で書く人が多いということは、そういう妄想を生み出す元となる事実があったのではとも思えるのです。


35 :家族とエッチしまくりたいさん:2007/12/09(日) 01:01:30

告白系の妊娠話は99%は妄想か釣りだけど、残り1%はガチなのかもしれない。

ま、頭が悪い俺にはどれが嘘でどれが真実かなんてわからないけど。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/movie/108/1180642354/


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[33789] おとうさん 投稿者:娘 投稿日:2010/10/11(Mon) 23:47


私のお尻の穴は、おとうさんのち×ぽ専用です。

お父さんは変態議員なので、おま×こには興味が無く、お尻の穴ばかりかわいがってくれます。

最初にお尻にち×ぽをいれられたのは、小学3年生の夏休みでした。

そのときは、おねいちゃんも妹も全員お尻にち×ぽを入れられました。

妹はまだ幼稚園だったので、お尻の穴が切れて血だらけになり大変でした。

おねいちゃんはチ×ポをぬくとうんこをしてしまい、お父さんにしかられました。

わたしのおしりの穴は切れなかったし、うんこもでなかったので、おとうさんにほめられました。

おかあさんも最初はお尻の穴でかわいがられたそうです。

おかあさんが子供が欲しいとお願いして、ようやくま×こに入れてもらったのよといっていました。

そうしたら、最初の子供が女の子だったので、おとうさんは、子供のお尻の穴をいじめることができると大喜びで、次々と子供を生ませるためにま×こにち×ぽ汁を注ぎ込んだそうです。

そうして生まれたのが、私たち三姉妹です。

おねいちゃんも妹も、もちろん私も、大学入学で家を離れるまで毎日のようにお尻の穴でち×ぽを喰わえてました。

おとうさんはお尻を可愛がるために、そんなにお金もないのにお風呂場をアナルプレー専用に改造してまで、私たちのお尻の穴をいじめました。

私たちが、お尻の穴にち×ぽを入れられても泣かなくなると、今度は浣腸や、拡張バルーンなどを使って、私たちが泣きわめくようにしました。

一度、マヨネーズとワインビネガーの連続浣腸で、おねいちゃんが意識不明になったことがあります。

妹はお尻の穴が緩くなり、おむつをして通学していた事もありました。その後はアナルプラグにかわりました。

私のお尻の穴は柔軟なのか、おとうさんのむちゃくちゃなプレーにもなんとか耐えることができました。

大学を卒業して家に戻ったのですが、おとうさんはまだ処女だった私を犯し、中だししました。

そうです、おとうさんは私を妊娠させて、女の子を生ませようとしているのです。

もう一週間毎夜おとうさんに犯されています。

妊娠するのは時間の問題です。

http://www.erotown.com/toupara/bbs/b04_2/index.cgi


パパとお風呂で…。

実は12歳になった今でもパパとお風呂に一緒に入ってるんです。

ママが病気で亡くなったその日の夜も、一緒にお風呂場へ。

パパと入るとあそこを指で丁寧に丁寧に洗ってくれて、気持ちいいんです。

まず指で私のクリクリした所をいじりながら、まだ洗ってない私のおしっこが出る所をペロペロ舐めるんです。

私が『パパ汚いよぉ』って言うと、パパは

『こんなに綺麗なピンク色をして汚いわけないだろう。
他の男には見せたらダメだぞ。』


と言ってハァハァ言いながら舐め続けるんです。

最初はくすぐったかっただけなのに私もだんだん気持ち良くなってきて、よく分からない気持ちになるんです。

パパが

『ほら、お前のおまんこからお汁が出てきたぞ。
まだ12歳なのにいやらしい娘だなぁ。』


って言って自分のおちんちんを触らせるんです。

パパのおちんちんはいつもと違って大きく硬くなってて、舐めてと言われるのでペロペロしました。


『パパはお前の事が好きだからこうするんだよ』


って言われて、私のあそこをパパのおちんちんでこすりつけるんです。

すでに私のあそこはすごく濡れていて、外側はヌルヌル。

思わず『パパ気持ちいいよぉっ』って言うと、パパが


『今まではお前のあそこにこするだけだったけど、もっと気持ちいいことをしようか。


お前がもう少し大きくなってからするつもりだったけど、パパはもう我慢できないよ』

って言われて、私は意味が分からなくて返事が出来ないでいると、私の中に急にパパのおちんちんが入ってきたんです。


『パパっ、何するの?』

訳が分からず聞くと、

『少しだけ我慢すれば良くなるよ』

って言われて私の中でおちんちんを出し入れするんです。

すでにヌルヌルだから、ちょっと痛かったけど気持ち良くて

『パパぁっ!パパぁっ!』

って叫んじゃいました。パパは何度も

『やらしい娘だ、やらしい娘だ』

って言っていつもは私の体にかける精子を中に出しました。

私のあそこからパパの出した精子がいっぱい垂れてきて、いつもより気持ち良くてびっくりしました。

それからと言うもの、お風呂場以外でもパパは私のあそこに夢中なんです。
夜お布団に入ってきては…。

http://plaza.rakuten.co.jp/reirei1988/diary/201008310040/


父に抱かれてしまいました。なんだか笑えてきます。…


嬉しそうに実の娘を相手にセックスしていた父が。

そして、そんな父にまったく抵抗する事無く抱かれていた私が。

高校を卒業して3年。

何もする事無く、無意味に近い生活をしてきた。

ひきこもりと言っても良いのかもしれない。

そんな私を、父は文句言う事無く保護してくれた。

もう二十歳を過ぎて、こんなことじゃいけないのに。

私の面倒をみてくれているんだ。

父には私を自由にする権利がある。

私が父のために出来る事は、父の望むことをすることくらい。

最初は、お風呂で背中を流してあげるくらいだった。

お互い照れあってた。慣れてきた頃、父が私の裸を見るようになった。

そして父の股間が男として立った。

かなり戸惑いました。

まさか実の父娘でそういう事があるなんて思ってなかった。

だけど私は、逃げませんでした。

そのうち父が、暑いから外で涼もうと言って私を外へ連れ出した。

外へ出たところで、私は父にキスされた。

生まれて初めてのキス。

ベッドへ連れて行かれ、色んな生まれて初めてのことをされた。

そして、生まれて初めてセックスを経験した。

少し悲しかった。

でも今は全然平気。

父が望んだんだから仕方ない。

私と父は、恋人になります。

人生が始まった。

お父さん、好きです。 (2010年06月27日)
http://plaza.rakuten.co.jp/reirei1988/diary/201006270007/


あの日から・・・私はオナる時、部屋で飼ってる小型犬のチェリーにアソコを舐めさせてます。


その日も、下半身裸になり舐め舐めさせていて、あまりの気持ちよさにバックの体勢で声を押し殺して感じていました。

その時です。ドアが開く音がしたかと思うと、いきなりパパが乱入してきて、

「お前はなんてことをしてるんだ!!なんでチェリーと・・・」

と取り乱し泣いていました。

私が布団で下半身を隠そうとした時、パパが信じられない行動に・・・。

パパは私のアソコにむしゃぶりついてきたのです。

そんなに気持ちよくなりたいならパパがやってやる!!と・・・。

指と舌の激しい動きに、ビクンッといってしまったのを確認すると、今度は執拗におっぱいを舐めたり揉んだり・・・。

もうだめ!!やめてーー!

と叫んだ瞬間、あっという間にパパが中に入ってきたのです。

それからは、すごい腰使いで、何度もいかされてしまいました。

ママが夜勤でいなかったから、朝まで3回も犯され続けて・・・。

後で聞いたら、以前からチェリーとのオナを覗いていたそうです。

ドアの向こうでパパもオナっていたんだと思うと変な感じですよね・・・。

今ではチェリーにアソコを舐めさせながら、パパのをフェラしたり、変態セックスを楽しんでいます。

ママには罪悪感があるけど・・・。

今度、ママをベッドに縛り付けて、アソコをチェリーに舐め舐めさせながら、私とパパがつながってるところを見せて、ママが我慢できなくなったところで一緒に犯してやろうと計画中です。

受け入れてくれるかな・・・。
http://plaza.rakuten.co.jp/reirei1988/diary/201009050001/


父と兄に私は昔、父と兄にやられてました。

父は私が小学生の頃から体を触ってきたりしてました。

最初はスキンシップぐらいの感じだったけど、中1の時私の寝てるベッドによく入ってきて ももとか撫で回してきました。

いつもは太ももくらいしか触ってこなかったけどある日私のアソコを撫で回し始めてそのま父はズボンを脱いで入れてきました。

処女は父に奪われました。父は

「俺は若い頃の母さんが大好きだった。

おまえは若い頃の母さんにそっくりだから我慢きなかった。ごめんな。」

と言われた。あの時の父の荒い息づかいは今でも忘れません。

ちょうど同じ時期に二つ上の兄は性に目覚めた頃で、押し入れになぜか2人で入って兄が大くなったアレを触ってみてと言って触らされたことがあった。

その時は触らされただけだったけど、それから数日後しばらく兄とセックスする日が続いた。

兄は付き合ってる彼女がいたのになんで私とするのか分からなかったけど、多分彼女の前で恥をかかないように?

私を練習にしてたっぽいです。

ちょうど兄としてる時に母親に見つかってしまい、もちろん母親は激怒しました。

その後父と母は離婚。

私は母親と2人で生活することになりました。

たまに父と会うとその都度体を求められました。

勿論断るんだけど、お小遣いをあげるからとお金でつってくるのです。

当時高校生だった私は色々買いたい物があったし、ついお金につられてやってしまいました。

親子で援交なんて今考えたらかなりヤバいことしてたなと思います。
http://plaza.rakuten.co.jp/reirei1988/diary/201009050004/


母似の私1ヶ月前、一人暮らししている私のマンションへ、田舎から父が突然やってきました。

私26歳、父51歳で、一人暮らしして4年が経っていました。

何でも父は出張だったらしく、2晩泊めてくれと言うんです。

私の彼氏も出張で、夜中やって来なかったのはよかったのですが、彼氏のシャツを見つかり父は激怒、私は「男物の服を干しておくと、泥棒や痴漢に入れないの。」と説明をし、何とか納得してもらいました。

しかしその夜、私が寝ているベッドに父がやって来て、

「本当に男はいないんだな。」と言い、私が「いないよ。」と言うと、

「だったら、寂しいだろ。」と言い、ベッドに入ってきたのです。


私も必死に抵抗しましたが、父の力には勝てず犯されてしまいました。

父は抵抗に疲れた私に覆いかぶさり、私の体を好き勝手にするのです。

私の体中を愛撫すると、正上位で繋がり、それに飽きるとバックから。

最後は何とか外に出してくれたんですが、私が泣いていると

「すまなかった。お前が死んだお母さんに似ていたから。」

と言って、部屋を出て行きました。

しかし、次の晩も私のベットにやって来たのです。

私はもう抵抗をする気にもなれず、父に背中を向けじっとしていました。

すると父は私を後ろから抱き、パジャマとショーツを脱がすと私の胸を揉みながら後ろから入ってきたのです。


「お前のお母さんもこの格好が好きだった。
この格好で一晩中繋がっていたこともあったよ。」

と言いながら、ペニスを出し入れするんです。

実は私も好きで、彼によくこの格好で抱かれながら寝るんです。

私もだんだん気持ちよくなってきて、いきそうになるのを必死に我慢していました。

しかしそれも父に分かってしまい、そうなると父の言うとおりにされてしまうんです。
父は私にペニスを咥えさせながら父の顔を跨げと言うんです。

私がしぶしぶ言う通りすると、今まで父のペニスが入っていてまんこを舐めてくるんです。

私はそれだけで父のペニスを離し、「いくうう、」と叫んでしまいました。

その後はもう何がなにやら分からず、父に身を任せてしまいました。

気が付くと朝になっていて、父が後ろから私を抱き、ペニスが私の中に入っているんです。

私は父を起こさないようにお尻を振り、ペニスを出し入れするのですがうまくいかず父を起こしてしまいました。

「お母さんと同じだ。お母さんもよくそうしてお尻を振っていたっけ。」

と言いながら、今度は勢いよくピストンしてくるんです。

その後お昼前まで、私は何度も何度も父にいかされ、最後には

「私の中に出して。」

と、叫んでいました。


今は彼とも別れ、お正月休みを実家で過ごしています。

実家には父だけなので、朝も昼も夜も関係なく毎日父と抱き合っています。

夕べは紅白と面白いテレビ番組があるので、夕方までに食事を済ませ、父と一緒にお風呂に入り、父の部屋で後ろから抱かれながらテレビを見ていました。

母の位牌もあるので気が引けますが、気が付くとテレビの事を忘れ、父に抱きついたりペニスを咥えていたり、父の腰に跨ってお尻を振っていたこともありました。

今、父は大きな鼾をかいて、私の隣で眠っています。

当然私も父も裸のまま。父のペニスに手を伸ばすと、だんだん硬くなってくるのが分かるんです。

実家に帰ってきて、私の気持ちに変化がありました。

それは、一人暮らしをやめて実家に帰ってこようかなと思っているんです。

父のペニスは挿入可能な堅さになって来ました。

父を起こさないように、いただきます。
http://plaza.rakuten.co.jp/reirei1988/diary/201009050008/


1 お父さんと関係 [えみか]


お父さんと関係を持っています。

お母さんは離婚して家出ていきお父さんと二人暮らしです。

ある日お父さんがオナニーしている所を目撃してしまい私もしばらくしてなかったし我慢出来なかったのでお父さんに告白しました。

するとお父さんは私をベットに押し倒してきました。

二人で全裸になり深いディープキスをしました。

お父さんは私のアソコ舐め私はお父さんのチンコ舐め一時間位舐めたり指マンされて何度もイカされました。

そして挿入の時ゴムはあったけど私はゴムが嫌いなのでそのまま生で挿入しました。
最後は中出しでした。

それから毎日お父さんとお風呂に入って寝るのも一緒で生理以外は毎晩愛し合ってました。

そして二年後女の子を産みました。

その子も今年で私がお父さんと関係を持った年になりました。

昨日お父さんはその子と関係を持ちました。

今日は3Pする予定です。

早く夜にならないかなぁ。

まてないからお父さん帰ってきたら襲ってしまうかなぁ。

子供は二人下の子も女の子です。
http://incest.ebo.jp/thread/79.html


1父と姉が目の前で [こう]


これは、私が小6の時に体験した話です。
とは言っても私自身の体験ではないのですが。

私が小4の時、父と母は離婚していて、当時中2の姉と三人の父子家庭でした。

夜寝る時、父の寝室で親子三人で寝ていました。

子供部屋もあったのですが、なんか父と一緒にいると落ち着くので私も姉も なんら抵抗もありませんでした。


ところがこの寝室で父と姉のとんでもない行為を目の当たりにする事になったのです。

ちょうど夏休みに入って間もない頃だったので今頃になります。

ある日の夜、隣の布団から異様な雰囲気が漂ってきました。

なんかが擦れるような音と共に、

『パパ、パパ、私ね…』

『優子、本当にかわいいぞ、パパは優子の事、大好きだぞ』

『私もパパが大好き…』…

それからは姉の子猫がなきじゃくるような、なんとも言えない喘ぎ声が低く聞こえてきました。

もちろん私には二人がどんな行為をしているのか充分理解していました。

目を凝らすと、薄明かりが点いているので二人の様子がはっきり見えました。

父の布団の中で二人は変な動きがしているのがはっきり見えました。


『ねえ、パパ暑いよ』

『そうだな、タオルケットをとるか』

そう言うとタオルケットを剥ぎ取り、枕もとの扇風機のスイッチを入れました。

私はそんな二人を布団を被った状態で観察していました。

『なあ、こう○は寝てるよな』

『うん、大丈夫よ』

そう言うと二人は下着姿で抱き合い始めました。

姉は白のスポーツブラに白黒のボーダー柄のパンティー、父は股間がモッコリと膨れあがっている、真っ黒のビキニを履いていました。


父と姉は、横向きに抱き合いながら、激しく足を絡ませていました。


私の視界には、姉のヒップをパンティーの上からマッサージするように愛撫する父の手がはっきりと見えました。


やがて、二人は正常位で重なると、お互いの下着をちょっと下にずらし、ガチでセックスを始めました。

二人は声はあまり出さずに、ディープキスをする音と、ピストンするたびに聞こえる『ギュッギュッギュッ』と言う音だけがテンポよく響いていました。

時折、姉の低くなきじゃくるような喘ぎ声も響いて来ました。


私自身もすごく興奮していました。

二人のセックスを直に見て、その場で初射精したくらいでしたから。

二人はセックスが終了すると何事もなかったかのように眠りについていました。

二人はその後も定期的にセックスを重ねていました。

この話には続きがありますので、また書きたいと思います。

約20年近く前の話でした。
http://incest.ebo.jp/thread/87.html


りみ [初投稿]

私の初体験は10歳です。 相手は父です。

夜中寝ていると体を触る手にきづきましたが、「体をなでられて気持ちいいな・・・」と思いました。

数日するとすべてを脱がされました。

股間を撫でられているうちに今までと違う気持ちよさが襲ってきて無意識に父にしがみつきいってしましました。

それからは、毎晩のように愛撫されました。

指だったのが唇で吸われ毎晩のように気持ちよくしてもらいました。

3週間もしたころでした。

「もっと気持ちよくなれる。最初は痛いけど我慢してごらん。」といわれました。

「うん」と頷くとすぐに父のおちんちんが入ってきました。

痛くて泣きそうになりました。

それでも股間を舐められるのが好きで毎晩父を待ちました。

たくさん舐めてもらって気持ちよくなった頃おちんちんが入ってきます。

痛みがなくなるとそれはそれで気持ちのいいものでした。

そして小学校を卒業する頃には愛撫され挿入されることが大好きになっていました。

成長するに従っていろいろなことをためしました。

中学入学式の晩は、おちんちんを舐めることを覚えさせられました。

「舌を出してごらん。」といわれて・・・

おちんちんが近づいてきた時はおどろきましたがソフトクリームを舐めることをすぐに覚えました。

「上手だ、いい娘だ。」とほめられ嬉しくなりました。

数週間の間、父が帰ってくるのを待っていてズボンを脱ぐとすぐに父のものをしゃぶりました。

「りみのおしゃぶりはパパのおちんちん。」と言いながら喜んでしゃぶりました。

うちは父子家庭なので誰の目も気にせずSEXできるのです。

気分のいい日は全裸で帰宅を待っていたりします。

誰に見せるわけでもないので、あそこの毛は剃ってもらっています。

そのほうが可愛い気がして・・・。

お尻の穴も少しずつ、刺激されて指が1本入り・・・2本はいるようになり気持ちよくなった頃おちんちんを挿入されました。

もちろん今はおまんこもお尻も両方気持ちよくなっています。

SEX大好き。気持ちいいこと大好き。毎日したいのです。

まだまだ父との生活は続くのですが・・・もっと刺激的なことがあれば試していきたいと思っている18歳です。
http://www.hi-ho.ne.jp/attsu/kindan/kindan412.html



▲△▽▼


お父さんの赤ちゃんを妊娠しました

1 :早苗:2007/06/01(金) 05:12:34

中2から、お父さんとセックスしてます。

お母さんが家を出て行ってから、関係が始まりました。

もう6年になります。これまでに、4回妊娠して、今回初めて産みます。

後悔はしてません。

これからも、お父さんの赤ちゃんを産んであげて、本当の家族を作りたいと思ってます。

信じられないでしょうが、本当のことです。


5 :早苗:2007/06/08(金) 09:10:01

お父さんは、38歳です。 若いでしょ?


8 :早苗:2007/07/24(火) 13:21:38

な、なんと、双子ちゃんでしたぁ。

一気に二児のママです。

女の子だろうって。

メッチャ嬉しいです。

9 :名無しさん@近親相姦が大好き:2007/08/01(水) 22:47:00

お父さんとsexする経緯なんて聞きたいなぁ


10 :名無しさん@近親相姦が大好き:2007/08/11(土) 00:41:16

お風呂で洗ってもらって気持ちよくなったから。


11 :名無し3:2007/09/08(土) 21:18:59

早苗ちゃん、その後の経過はどうなったのでしょうか?
最近のSEXの状況などを交えて、教えてください。


15 :早苗:2007/10/16(火) 23:51:46

10月1日無事生まれました〜!!!

双子の女の子ちゃんです。

パパもめちゃくちゃ喜んでくれて、生んでよかった〜。

今名前考え中なんです。


18 :早苗:2007/10/25(木) 14:46:58

・色々ありがとうございます。1日じゃなくて、10日って打ったつもりが間違ってました。

名前、私とパパが一人ずつ決めました。


19 :家族とエッチしまくりたいさん:2007/10/26(金) 11:51:00

これからは避妊するんだよ。君のためにも。

早苗さんにとって理想の男性が父親であっただけ・・・

それと早苗さんの体が父親のペニスと精液を求めていた。

これって一種の運命かな? 

けど4回妊娠は危なかったよ。子宮がだめになって不妊や後遺症が残るからね。

健康で清潔な精液は女性のホルモン増進効能があるけど妊娠は別だよ。

お父さんにもきつく言っておいてね。


20 :早苗:2007/10/27(土) 15:56:40

・これから相談しようと思います。

ありがとうです。「家族と〜」さん


21 :家族とエッチしまくりたいさん:2007/11/04(日) 13:06:22
パイプカットでもすれば良いと思う。


22 :SATIKO:2007/11/25(日) 22:52:01

早苗さん元気な赤ん坊、お誕生おめでとうございます。
これからは、お父さんと娘さん達と幸せに過ごして下さい。

私は、20代ときに、弟との間に子供が出来ましたが、結局堕胎することになりました。

お互い家庭があり、妊娠の発覚による家庭崩壊を防ぐ意味もありました。
しかし、今ではその事を少し、後悔しています。

それは、それ以降まったく私に妊娠の兆候がなく、今日まで何十年も過ごして来ました。

その間、夫は女を作り出て行き、弟は若くして交通事故で死んでしまいました。
もしあの時の子供が生まれていれば、と思います。

是非、早苗さんは愛する人と子供に囲まれて、元気に生きてください。


24 :家族とエッチしまくりたいさん:2007/11/29(木) 16:49:03
>>20
>>19だけど、パイプカットもよいかも?  女性にとって性交痛って嫌ですよ。

>>22
難しいですね。  私は25歳と19歳で自ら父親の子を産んだ女性を知っています。
兄の子2人産んだ女性も知っているけど弟の子を産んだ女性って少ないね。

25 :家族とエッチしまくりたいさん:2007/11/30(金) 07:22:05
>>24
>私は25歳と19歳で自ら父親の子を産んだ女性を知っています。
>兄の子2人産んだ女性も知っている

実話なら話を詳しく話してくれませんか。

その女性の方々が産んだ子供は障害はなかったんですか??


26 :家族とエッチしまくりたいさん:2007/12/06(木) 16:51:15
>>25
兄の子を産んだ女性の子供2人とも男性だけど遺伝性のてんかんで入退院繰り返している。

25歳で父の子を産んだ女性の子供は女の子で健康児、21才で産んだ女性の子供は生後2才で死亡。


27 :家族とエッチしまくりたいさん:2007/12/06(木) 16:53:49

そうそう19歳で父親の子を産んだ女性の子は健康児。男の子だった。

俺が出会った近親出産で一番多いのは、父娘姦だね。


33 :家族とエッチしまくりたいさん:2007/12/08(土) 14:01:42

叔父が産婦人科、同級生が精神病院と介護施設の理事 
その関係で近親相姦の実態を聞くことがあった。

実際にあった事もある。
21歳で父親の子を生んだ女性はちょっと苦手って言うか恐かったね。。。

やはり差別表現かもしれないけど、表に出にくいが養護及び介護施設や精神病院に行くと近親相姦で生まれた子供から施設生活50年以上の寝たきり老人まで本当にいるんだ。

しかし一般と変わらない生活をしている人まで色々いる。

無責任な妊娠出産は生まれてくる子供がかわいそうだ。  
最後まで育てる責任感があれば別だけど。


35 :家族とエッチしまくりたいさん:2007/12/09(日) 01:01:30
>>33
なるほど。合点がいきました。

あなたの言うことは信じますよ。

告白系の妊娠話は99%は妄想か釣りだけど、残り1%はガチなのかもしれない。

ま、頭が悪い俺にはどれが嘘でどれが真実かなんてわからないけど。

望んで性倒錯をしている側すれば責任をもって子作りするのはいいだろというだろうね。

必ず障害児が産まれるわけでないし、障害児だから産んではいけないわけではないし。


37 :匿名子:2007/12/29(土) 00:25:51

お母さんには悪いけど、たくましい父に抱かれたい
父の子供を妊娠したい


38 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/03/27(木) 19:26:28

上記で書いた19才で父親の子を合意で産んだ女性だけど、二人目を数年前に生んでいたらしい。

まあちょっと理解できない世界だけどね。

家庭環境は娘の母親が勝手に出て行って十数年行方不明。
父との関係は高校生からだって。


39 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/03/29(土) 23:02:34

>家庭環境は娘の母親が勝手に出て行って

母親が父親を捨てて出て行って後に、父と娘に関係ができたと。
体験告白系でよくあるパターンですが、作り話ばかりではないんですね。


40 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/03/30(日) 11:18:10

父子家庭で相姦になるというのは体験告白の王道パターンでその時点で信憑性を疑う(苦笑)。

ファザコン娘が母に捨てられた(又は亡くなった)父に同情して関係するという投稿を何回読んだことか。

ただ、このパターンの妄想で書く人が多いということは、
そういう妄想を生み出す元となる事実があったのではとも思えるのです。

38さん、その19歳で産んだ女性は現在では何歳なのでしょうか?


41 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/01(火) 12:58:18
>>40
どうもどうも。 どうなんでしょうね。。。?作話なのかどうかは本人達のみが知る事でしょう。


まだ三十にはなっていないと思います。
 
現実にどれだけの近親相姦による出産があるのか存じませんが存在するのも事実。  
結局永遠の謎かもね?


42 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/01(火) 13:01:37

産科から精神科に紹介されてわかった事実。
 
紹介された精神科医師は俺の高校時代の同級生。
やはり近親相姦がばれたら精神科受診するみたいだね。


43 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/03(木) 22:00:05
>>42
>産科から精神科に紹介

前に某巨大掲示板で産婦人科医が語るスレみたいのが立って、そこで自称“産婦人科医”が実際に近親姦による妊娠はあるよとコメしたことがありました。

本当かどうかはわかりませんが、体験告白でも産婦人科にちょくちょく近親相姦による妊娠の相談があるという話はでてきますね。

告白に書かれていることによると、医師は本人が出産を望んでいる場合はDNAと羊水検査をするだけで、強いて出産を止めることはないそうですが。
某掲示板の自称医師も同じことを言っていました。
だからって、それが本当かどうかは素人の僕にはわからないのですが。


44 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/03(木) 23:52:30

前に本サイトで投稿していた和子さんという方は現実話ですよ。

話が具体的で、女性しかまず使わない単語など書いていたのでネカマでは無い・

母子手帳やレントゲン撮影などを行い、出産までの経緯など医学的に見ても極めて正確な話をしてました。

母性本能がエスカレートして母と子の近親相姦に行き着くのが一番多いそうです。


45 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/04(金) 21:27:57
>>44
Blog「父に抱かれて 近親相姦」も妄想ではなく実話の可能性が高いように見えますよ。
父親の子供を妊娠していく過程がリアルすぎるんですよ。


46 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/08(火) 10:06:59
>>43
オ―ストラリアで父娘相姦の子が生まれて社会問題になっているらしい。
http://blog.goo.ne.jp/cheguerrilla/e/dd1b13af91917599bca5a1e670b2b99d


47 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/08(火) 16:37:05
>>46
読んだ。オーストラリアの田舎ならありそうな話だ。


48 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/08(火) 21:35:41
>オ―ストラリアで父娘相姦の子
一人目は心臓疾患があって死に、二人目は異常なしですか・・・。


49 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/10(木) 22:39:27
>>48
上記で紹介した21才で父親の子を産んだ女性の長女も2才で先天性心疾患で亡くなられましたね。

遺伝病はリスクが高いのでしょうね。
  
彼女は確か知り合いの話ですと流産も数度繰り返して結局は子供が出来ない体になったとか?

彼女は父親との関係を自ら受け入れているので後悔は無いかも?????

私は彼女に会った事があります。なかなかスタイルの良い女性でした。

が何か?普通と違う。

自分達の関係を否定される事に過敏になっていて恐かったです。 
 
もう30代ですね。
父親は知りません。父親の年齢は50代でしょうね?


50 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/11(金) 12:37:50

>遺伝病はリスクが高い

それでも異常がない子供が産まれる可能性もあるので、一部の女性は出産に踏み切るのでしょう。

>自分達の関係を否定される事に過敏

オーストラリアの父子相姦で妊娠した女性も父と関係を結んだことに過剰に肯定的ですね。
あの記事を読むと、体験告白の近親妊娠に関する投稿も実話が混じっているんじゃないかと思いました。

たまに妊娠を告白した投稿で真に迫っているのがあり、そういうのってオーストラリアの女性のように相姦に対して過剰に肯定的なんです。

マザコンや父子家庭に相姦が起こりやすいというのはよく言われているのでネカマやオタクをからかうのが好きな女性がそういう話を元にネタを書いて釣っているのもあるでしょう。

でも、オーストラリアの事件は実話を加工して投稿したのもあるんじゃないかと思わせました。


57 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/28(月) 14:26:47
>>50
お久しぶりです。

今日ネットで自分の娘を自宅の地下室の閉じ込めて子供を生ませていた父親がオ―ストリアで逮捕されたニュ―スを見ましたよ。

強要いかんね!   合意の無いセックスや出産は犯罪。

58 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/29(火) 14:43:32
>57
24年間監禁して7人の子供を産ませたそうですね。

こんな変態系掲示板にきておいてこんなことを言うのは偽善的ですが。
Fという父親がやった行為は鬼畜の所業としか思えません。

中絶させずに産ませたというのは何だかキリスト教社会独特の歪みを感じる。

アメリカのド田舎は近親相姦の問題が多いというのはよく聞く話ですが、オーストラリアの田舎も同じようですね。


59 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/29(火) 23:06:23
>>58
まあ合意があればすべてOKでもないですね。

生まれた子供が正常児でも、その子供は大きくなって自分の出生の秘密を知った時 問題がでる事もある。

結婚できない現実もあって、近親相姦は合意があろうが無かろうが生まれた子供の人生にも悪影響がある。

止めて無難だね。


61 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/30(水) 19:37:43

私の友人の病院に兄と妹の間に生まれた男の子が二人とも先天性てんかんで通院及び入院している。

やはり劣性遺伝が出やすいからね。

日本の正確な現状は???  作話ばかりで信憑性が薄いですね。

まともな資料がありません。


62 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/30(水) 20:39:59
>>59>>61
同意の場合ですが、僕は本人たちが望んでいるのなら妊娠は止めようがないと意見は違うのですが、産んだ後の問題が問われるのは仕方がないですね。

>日本の正確な現状は???作話ばかりで信憑性が薄いですね

NHKだったかで日本の性的虐待で明るみなったのは氷山の一角だみたいな報道を目にしたことがあります。

それに日本は近親による結婚は禁止していても、性交や妊娠は罪にならないので意外と実話もあるかもしれません。

日本の田舎なんか近親妊娠なんてありそうだなぁ。

まあ、ネット上に公開されている体験告白は作話が殆どだよね(苦笑)。

たまにディティールがリアルで「実話?」とどっきりする話がありますが。


63 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/30(水) 20:45:29

つけたしですが、日本の近親妊娠の実例は実話誌で度々取り上げられる娘が父を○害した事件がありますよね。


64 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/04/30(水) 20:56:25
>>62
個人的には警察や精神科医師より産婦人科医師が一番近親相姦の実態を把握していると思います。

がしかし患者の守秘義務と人権があって表に出ない。


65 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/05/01(木) 08:49:18
>>58
御存知ですか???アメリカの白人中産階級及び上流階級で意外と獣姦も行われています。

私達の印象評価では(精神異常の複雑な家庭環境で育った身なりの悪い男)が馬小屋や豚小屋に浸入して獣姦を行うと思い浮かべますが、

実はハイソで郊外の豪邸に住む身なりの良い独身白人女性及び夫婦が自宅で飼っている犬との獣姦を楽しんでいる実態もあるのです。

室内で大型犬を飼う家も珍しくも無い。アメリカってゲイも近親相姦も獣姦も日本より比率的に多いのは確実。

カトリック信者が日本の数倍で本来信仰に敬虔であるはずの韓国が日本の数倍の強姦発生率であるのもアメリカと同様何か社会の歪みと矛盾を感じます。

これは私の想像で表に出ませんが、中国の農村部や辺境及び少数民族社会における
近親相姦及び出産率もきっと高いと思います。


66 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/05/01(木) 16:22:18
>>58
根拠を出せと突っ込まれたら困りますが、合意及び強要虐待どちらであれ私の知り合いの病院でもネットのニュ―スでも、父娘相姦が一番多い???

と私は思っています。 
その次が兄弟姦?  最後に母息子姦?

どうでしょ?  調査資料が無いので想像の域を越えません。


67 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/05/01(木) 19:41:04
>>66
日本はマザコンが多いので母子姦が多いという俗説がありますが。

ほら、ココや他の体験告白掲示板も母子姦ネタが多いし(笑)


68 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/05/03(土) 23:16:17

大型犬を室内に入れて足袋をはかせて・・・、日本では都市部で結構あるみたいだし。

近親姦、特に母子相姦がハイソに多いのは日本も同じだよ。

マザコンもあるけど、子離れしたくない欲求不満の母親におもちゃにされてるって感じだけど。


69 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/05/05(月) 13:05:52
>>67
ここも他も作話だらけです。w

>>68
貧しく複雑な家庭環境に性的犯罪及び変態行為多いと言う神話が、実は綺麗でハイソな世界における変態行為を見落としますよね。

自分の娘を監禁して子供を生ませていたオーストリア男性も綺麗な住宅街に住む中産階級でしたし。


70 :家族とエッチしまくりたいさん:2008/05/06(火) 14:02:25
>69
>ここも他も作話だらけ

ははは、わかっていますって。

でも、絶賛休業中の「近親相姦研究所」ですが。
あそこの父子相姦に関する投稿の一部は父親と関係をもった理由が筋が通っていて妙なリアリティがあったな。

実話を元にしたフィクションじゃないかと思えるぐらい。

かすみ、リンコ、YUYUYU、大猫熊の投稿がそう。

あと、母親が実父に強姦されて産まれた子供の投稿もリアリティがあった。

73 :連続コピペ投稿スマソ:2008/09/08(月) 23:07:28

No.6769 2008-06-06
近親相姦、孫娘にも毒牙の手

嘉義県で中年の男が17年前から娘にセックスを求め、妊娠させて2人の孫娘を出産させ、さらにこの孫娘(7歳、娘でもある)にも手を出そうとしたことが分かった。

現在27歳のこの女性は今までじっと我慢していたが、孫娘にまで猥褻行為を働いたため、支援者団体に事実を公開した。

父親は現在、姿をくらませている。警察はDNA鑑定をして事実関係を調べる。
http://www.naruhodo.com.tw/news/search.php?page_num=0&no=6769

74 :孫娘への嫉妬かも:2008/09/09(火) 06:48:53

嘉義県っていうのは台湾の中部あたりの地域です。

この娘さんはお父さんが孫娘に手を出したことがきっかけで事実を公開したということになっていますが、もしかしたらホントはじっとガマンしていたのではなく実はお父さんのことを娘妻としてちゃんと愛していたかも知れません。

お父さんの子供を2人も妊娠して出産してるんですから。

ホントにお父さんのことを嫌いだったら27歳になるまで一緒に住んでいないですぐに逃げ出しているのではないかと思います。

10歳のころから17年間もお父さんの性愛を受けて開発されているんですから父娘夫婦としての情愛はきっとあるでしょう。

このお父さんがさらにエッチしようとしたのは7歳の孫娘ということですから娘さんが20歳の時に産んだ子ですよね。

はたして20歳になった女性が無理やりに犯されて子供を産むまでじっとしているでしょうか。

妊娠して出産するまでに1年近くあるんですから、その期間には妊婦検診にも行くでしょうし病院のお医者さんの検診や保健所の保健師さんの訪問とか母親学級なんかもあるでしょうから。

どこか未開の地ならともかく台湾ならば日本国内とかわらない状況のはずです。

もしかしたらこれまで自分にそそがれてきたお父さんの愛情が孫娘にうつってしまうことを嫉妬したのかも知れませんね。

でもこのニュースは今年6月のことなんですけど続報とか何もないのでしょうかね。

娘さんのその後とか、失踪したお父さんのその後のことだとか…。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/movie/108/1180642354/


▲△▽▼


父に抱かれて・・・

2005年05月31日
いまさら

父がSEXを求めてきたのを拒んだ。
何を今更とも思うけど。
別に嫌いになった訳じゃない。
最初は全然こわくなかったのに、今になって怖くなってきた。
お父さんは我慢してくれてる。


2005年05月27日
父は私を女としてしか見てない

私は内向的すぎた。
男の人とセックスすることで、何か変われれば良いなんて気持ちもあった。
そして一番身近にいたのが父。
っていうか私のまわりには父以外には男なんていなかったし。

いろいろ考えたけど、ちょっとでもタイミングとか意識の持ち方が違ってたら、近親相姦していなかったかも。
それとも、いずれこうなってた運命だった?
それなら諦めもつきやすいんだけどね。

もう父は私を女としてしか見れないらしいよ。
やっぱり私とセックスをやっちゃったからなんだろうね。
お父さんも被害者なんだよね。


2005年05月24日
距離をおこう

しばらく父とは距離をおこうと思う。
何か変だ。
父とはセックスするだけで、他は何もかわらないと思っていた。
でもそんなことはなくて、何もかもが変わってきてる。
全然落ち着けないよ。
父のいない時間が、なんとなく落ち着ける。


2005年05月22日
長かった

やっと朝になった。
すごく恥かしいおもいをした夜だったよ・・・。
裸をいっぱい調べられた。
さわられ、なめられ。
アソコも・・・中まで。
恥かしすぎて気絶したかもしんない。
あんまり長いこと調べてるんで、もうセックスしないのかと思ったら、挿入もされた。
すごくゆっくり入ってきて、ゆっくりと中で動いてた。
気持ちよかった・・・。
そして、だんだんはやくなっていって・・・。

これが今の現実ってことか。
私と父は、もう男と女なんだ。
こういうことをする関係なんだなって考えさせられた。


2005年05月19日
さいきん早いね

だんだん父が早く帰ってくるようになった。
それだけ私といる時間が長くなるんだけど。
そしてキスしたがるのよね。

キスはダメっていってるのに。
お父さんは恋人じゃなくて、やっぱり父親。
セックスは許しても、キスは許せないってやっぱり変?

確かにセックスのほうがすごいことなんだろうね。
だけど私の気持ち的なもんだから。
キスは本当に好きな人とするね。
・・・・って、そんな人、できるかな?
このまま、ずっと父と・・・っていう可能性のほうが高いかも(^_^;)
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2005-05.html


2005年06月27日
鏡の中の私

お風呂から上がって、なんとなく鏡を見た。
そこに映っているのは、裸の私。
父にすごく良い体だって言われた体・・・。

どうなんだろう?
自分では普通なんじゃないかなって思うんだけど。
太ってはいないけど痩せてもない。
胸は一応あるけど、巨乳でもない。

もうちょっと痩せたいって思ってるけれど、父は今のままで最高だからって言う。
きっと父好みの体なんだろうね。

これも父を私と本当に近親相姦させてしまった原因の一つなのかもしれない。
父好みじゃなかったのなら、こうならなかったのかも。

鏡に映ってるのは、血の繋がった父親とセックスを経験した女の体。
そして父親の性器を挿入された部分もある。
姿だけ見てたら、そんなことわからないのに。
人間って表面だけじゃわからないもんだよね。


2005年06月26日
すがしがしい朝

昨夜はあれほど暑かったのに、すがすがしい朝だ。
裸のまま、何もかけずに仰向けで朝を迎えた。
となりには、私の体を楽しんだ父がいた。

どうやら私の体をたっぷり鑑賞してたみたい。
すごく良い体だって言われた。
もう手放せないって。

嬉しいけど、素直に喜べないね。


2005年06月22日
父もまだ若い

父はまだまだ若い。
今は44歳だしオジサンなんだけど。

すごいパワーを感じる。
そのパワーが私を圧倒する。
セックスで私は圧倒されまくってる・・・。
普通にセックスしてても、とても気持ち良くされてる。

父以外とはセックスしたことないから、他の男性と比較は無理。
でもこんなに気持ち良いってことは・・・。
少なくとも相性は良いんだろうね。
父娘が体の相性良いなんて、超変なことだけど。


2005年06月19日
誓い

約束してもらおうと思った。
遊びじゃなく、本気で愛し続けることを誓うって。
もし誓うのなら唇にキスをして、遊びだから誓えないっていうならキスをしないでって言った。
もちろん、誓えないのなら近親相姦も終わり。

すると父の方からも、私に約束を求めてきたんです。
ずっとお父さんの女になって、他の男を好きになって離れていったら絶対にダメだって。

約束させるつもりが、逆に約束を返されるなんて思わなかった。
自分の首を絞めちゃったかな・・・?

でも自分から言い出したことだから、今更は引っ込められない。
私、まっすぐに立って目を閉じたよ。

イメージ的には結婚式でのキスを思い浮かべてた。
愛を誓わせるっていうのも、そんなイメージがあったから出たのかな。

目を閉じてるとき、父に言われた。
ずっと2人で暮らしていくんだぞ。わかったね。・・・って。

そして・・・・


唇と唇が重なった。


2人とも誓ってしまったんですね・・・。
なんだか本当に結婚してしまったみたいなキスだったよ。
キスの後、父に見つめられて緊張した。
そして再びキスされて、舌を入れられた。

もう誓ったんだからいいよね・・・ディープキス。
少しはそういうのあったけど、本当に解禁ってところかな。
こういうキスってなんだかエロいよね。

約束したから、セックスもなんだか安心して任せられた。
今まで相手がお父さんだったから、声を出すのも恥かしいし、ためらっていたけど、なんだか自然と声が出たよ。
お父さんにも言われてしまった。
今夜はすごく気持ち良さそうに声出してたねって(^_^;)

もう眠いから寝るけど・・・。
私、誓ってしまったんだね・・・。


2005年06月17日
考えてた

色々と今後のことを考えた。
父の女になるのを認めたといっても、実父と近親相姦をしている以上は不安は消えないし。

自分のひきこもり的な性格や今までの生活を考えたら、他の男性と出会って結ばれるなんて無いと思う。
今の状況から考えてもね。
たぶんこのまま父の女として関係が続いていくんでしょう。
そして今はまだ関係は浅いんだろうけど、どんどん深く深くなっていくんだろうね。

親子で愛し合っちゃいけないとは思わない。
父が私を女として愛するのなら、もうそれでかまわない。
ただ父娘同士だから、余計に冗談じゃ済まないんだよね。
冗談や遊びじゃ、近親相姦なんてやっちゃいけない。
だから私を愛するっていうんなら、父にもそういう気持ちじゃないとね。
私が欲しいなら、本気で愛してほしい。

安心してお父さんにセックスを許したいから・・・。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2005-06.html


2005年07月31日
諦めろって・・・

父に愛撫されてるときに言われた。
もう諦めろって。


諦めるって何を?
私はもう父の女になってるのに。
こんなに・・・父親相手にSEXをする女になってるのに。


でも父から見たら、まだまだなんだね。
確かにそうかも。
私は、まだ父の女だって思い込もうとしてる段階なんだね。
それに、父のことを男としてはまだ愛してない。
それって体は許してても、心をガードしてるってことかも。
父はそれを見抜いてるんだ。
やっぱりすごいよ。

セックスをしているんだから、やっぱり父のことは愛するようにならなきゃいけないんだとは思うよ。
相手に失礼だもんね。

父に出入りされながら、私が父のことを愛するようになってくのを想像してた。
もし想像通りになったら、もう今の私はいなくなるね。
その代わり、私のお腹には父との赤ちゃんが出来るよ・・・。


2005年07月29日
油断すると写される

ちょっと油断したら写される。
お風呂から上がったところを狙われた。

なんか嫌だ。
いくら想い出になるからっていっても。
そりゃ確かに私も10年後とかに今の自分を見たら、いろいろと思うんだろうけど。
この体が、父に愛されてセックスを許し始めたときの体なんだな・・・とか。

でもやっぱり裸とか、セックスしてるところが残るのって不安だよ。

Hなビデオとか撮影されてる人って、恥かしくないのかしらねぇ・・・。


2005年07月26日
父がパソコン使ってた

今まで父はあまりパソコンとか使うこと少なくて、ほとんど私が使ってた。
だけど父がパソコン使ってたよ。

なんかデジカメの画像とか扱うのにパソコンを使ったらしい。
ドキッとしたよ・・・。
これを書いてるのが父にバレるんじゃないかって。
これからは注意しなきゃいけないなぁ。

父がパソコンで見てた?画像がどんなものかは私もまだ知らない。
見せてっていったけど、まだ編集してないからって拒否された。
なんかコッソリとしてるなぁ・・・。

まあ見たい気持ちもあるけど、見るのも怖いから、気持ちは半々かな。


2005年07月25日
隠してるし

カメラの本体はあるけど中身がない!

さすがはお父さんだよ。
これじゃ何を写されたのかわからない。

こまったな・・・。


お酒のまされた

父にお酒を飲まされた。
まだ残ってて、なんか頭痛い。

昨夜はほんとフラフラ〜ってなったよ。
そしたらお父さん、カメラを準備しようとするし。

すごくやばいと思った。
だから撮影したいならキスシーンにしとこうよって言ったよ。

それから間もなく、ビデオカメラの前で、私は父に抱き寄せられキスをしたの。
これでも十分に父娘同士が愛し合ってる証拠になるね。
いっきに頭がクラッとしてきて、睡魔に襲われた。
キスしながら目を閉じてるのに、なんだか体全体がグルグルと回るみたいだったし。

キスが終わって、もう眠いからって寝させてもらった。


だけで気がついたら私、父に服を脱がされてた。
デジカメで撮られてる音もしてた。
ダメっていったけど抵抗力まったくなし。
父にゆっくりと股を広げられてくのに、それをなんとなく許してしまった。
撮影されてる音が聞こえてたよ・・・。

その後、セックスもされた。
私は、もう寝てるだけで、父のやりたい放題だったんだけど。
たぶんずっと正常位だったんじゃないかな。

たぶんセックスシーンも撮影されてしまったんだと思う。
父は近親相姦の証拠を自分で残してどーすんの?
見つかったら、むしろお父さんがヤバイんじゃないの?
私もヤバイけど。

お父さんのお宝ができちゃったな。
何を写したのか調べないといけないかな。

http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2005-07.html


2005年08月28日
父は迷っている

もうセックスは、以前のように戻った。
あれから父は、私に膣内射精をしていない。

あの旅行の時だけだったんだ。
もちろん、それが当たり前。
私も、理解している。

だけど私の記憶には残っている。
父と子作りをしたことが。

私は本気だった。
そして、今でも父がその気になったら受け入れるつもりでいる。
私は子供を作るとしたら、やっぱり早いほうが良いと思ってるから。

だけど、今は父の気持ちを尊重しよう。

父はまだ迷っているようだ。
気持ち的には、私を妊娠させたいらしい。
だけど、やはり近親相姦ということが、父を止めてる。

最近は子供の話をするようになって、父も戸惑い気味。
私が、そんなことを考えるなんて思ってもみなかったみたい。
それはそうでしょうね。
私自身も、子供が欲しいとこんなに思うなんてちょっとビックリ。

まだ先は長いし、どうなるかもわからない。


2005年08月21日
夢じゃない

どうしても思い出してしまう。
なんだか夢でも見ていたような。

だけど夢じゃないんだよね。

私、おとうさんとあんなすごいことしたんだ。
ぎゅっと抱きかかえられて、たぶん逃げようとしてもダメだったんじゃないかな?
事故なんかじゃなくて、お父さんが最初からやる気だったってことに意味があるよ。

口じゃいえないから、ここでこっそり書くね。
私、お父さんの子を産んでもいい。

たぶん安全日だったから、お父さんは私と子供作るようなことしたんだろうけど。
もう危険日でもいいよ。

なんだか、一気に私の中で盛り上がった。
今、本当にお父さんと子供作っていい気分なの。


2005年08月19日
超近親相姦

父と旅行しました。

そして私と父は、すごい世界に足を踏み入れたよ・・・。

出かける前に、墓参りもした。
そこで父は、お墓に謝った。
先祖に申し訳ないことをしてしまったって。
私も謝ったよ。

そして父は言ったよ。
もう本当に裏切ります。すみませんって。

すごい父の本気度が伝わった。
そして、この時、私は直感したよ。

その直感は当たった。
ほんと、私ってすごいと思ったよ。
これが女の感ってやつ?

すぐに旅行に出かけて、その宿泊先での最初の夜。
私と父は、そこで近親相姦をすることになります。
ただ今までと違ったのは、父がコンドームを付けなかったこと。

すぐに気付いたよ。
っていうか、付けないんじゃないかって思ってたら、本当につけなかったから。

私、そのまま続けさせた。
そして父に、運命を任せた。
すごい緊張したよ。ドキドキしたよ。

そして私の体に、永遠に残る記憶が刻み込まれました・・・。

忘れない。
どんどん私の中に入ってくる、あの暖かな感触・・・。
それが私の父親の精子だなんて。

ついにされてしまった膣内射精。
父は謝ったけれど、私は責めることなんてしなかった。

そして、すごかった2日目の夜・・・。
今夜も中で出すのかって聞いたら、出すって父はいうの。
だから、子作りするんだねって私は言ったんだ。
父は・・・そうだね。子作りしようねって・・・。

言葉だけでも、すごく動揺したよ・・・。

安全な日とかは父も知ってるし、そのへんは任せてるので、たぶん大丈夫な日を選んでるんだろうとは思う。
だけど、そんなこと関係なくなるくらい、あの言葉は強烈だった。

私、本気だったよ。
本当に子作りしてるつもりで、セックスしてた。
もちろん怖いって気持ちもあったよ。
でも、私は・・・お父さんの子供を産んで良いって気持ちになってた。

だから私のなかではすごいセックスだったよ。
また父に中出しされて、子供が出来たんだなって思えたよ。


今は、落ち着いてる。
すごいセックスしたんだなって、冷静に考えてるよ。
超近親相姦ってところかな?

だけど、お父さんもそのときは覚悟してるって言ってたけど、本当に子供が出来るかもしれない。
それほどのことをしたんだ。

そして、ひとつだけ確かなこと。
私達は、子作りしたんだ。
子供を作るつもりで、セックスしたんだ。
少なくとも、私はそう思ってるから。


2005年08月06日
おじさんの臭いをとろう

父の加齢臭ってのを、できるだけなくしてあげる。
夏は汗かくから、とくに気をつけないと。

ゴシゴシ洗い過ぎて、痛いって言われた〜。

そして反撃された。

よく泡立つタオルで、しっかりと洗われたよ。
すっきりした。

足を大きく広げられて、あそこもしっかりと洗われたけど。

その後、すごくなめられた・・・。
綺麗になってるから、たっぷり味わったんだね・・・。
石鹸の味しなかったかな?


2005年08月01日
パートナー

私達、いつもセックスばかりしてる訳じゃないんだよ。
確かに親子でセックスをするってことは、生活の全てに影響してるけどさ。

だけど一緒に生活していくことで大切なのは、心と心の繋がりなんじゃないかな。
気持ちが離れたらパートナーとしては終わるよね。

その点は、私達は繋がってると思う。
そのへんの夫婦に比べたらね。
ずっと暮らしてる親子なんだし。
たぶん父との関係を、夫婦として考えたら、良好なんじゃないかな。

私は元々はひきこもりぎみな、世間からちょっと離れた女。
これから父以上の相手と出会う可能性なんて、無いって思ってる。

お父さん・・・・これからももっとセックスしようね。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2005-08.html


2005年09月09日
将来

将来のことを考えてみる。

私はひきこもりニートのようなもの。
こんなんじゃダメだとは思う。
だけど父が私を守ってくれてる。
父の専業主婦に就職すれば、私はやっていける。
父もそれを望んでる。
その道は、永遠に父とセックスをし続ける道。

じゃ子供はどうする?
父とセックスをし続けるなら、やっぱり考えないといけないよね。
父がいらないっていうのなら、仕方ないって思う。
近親相姦で子供作るんだからね。

だけど、もし将来的には作りたいっていう気持ちがあるのなら・・・。
作るなら出来るだけ早く産みたい。
お父さんだっていつまでも若くないんだから。
子供のことを考えたら、お父さんは1つでも若いほうがいいよね。

でも母親になるなら、私ももっと頑張らないと。
社会勉強しなきゃ。
それためには、パートでもして仕事しようかな。
お父さんは心配するけど。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2005-09.html


2005年11月21日
好き

私の気持ちが、どんどん父の方へと流れていく。
以前よりも、もっと好きになってると思う。

もう近親相姦だっていい。
父に何回でもセックスしてもらいたい。

もう何をされてもいい。


2005年11月06日
やはり私は父の女

簡単な仕事だけど働きはじめて、だいぶ慣れてきていた。
まわりの人達も親切だし。

父と子供を作るってことも、非常識すぎるのが冷静になって思えてきてたし、父が決断しなかったのも理解できる。
近親相姦することも、だいぶ減っていた。

このまま普通の生活に戻っていくんだろうなって思うようになってた。
そしていつか、父以外の男性とセックスして、子供を作ることになるのかなって。
働きはじめてから、そういうのが感じられるようになってきていた。


だけど、やはり後戻りなんて出来ないみたい。
父も私を手放すつもりになってたらしいけど、やっぱりそれは無理なんだって。
とうとう父も我慢できなくなって、私を押し倒した。

そして近親相姦・・・。

セックスすれば、やっぱり私は父の女なんだって感じる。
父がその気なら、私は拒否することは出来ない。
前に誓ったとおりに、ずっと一緒だと言われた。

膣内射精もされた。

私にとっての現実は、他人とは逆なんだ。
父と近親相姦して暮らしてくのが私の運命なんだ。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2005-11.html


2005年12月25日
聖夜

とても素敵な夜だった。
こんなに愛してもらえるなんて・・・。

お父さんが私の体を優しく包み込み、とろけるようにしてくれた。
父娘だって、ここまでできるんだ。

これで、もう妊娠したかもしれないね。
私を愛してくれてありがろう。
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2007年11月26日
不安

私達はどうなるんだろうか?
漠然とした不安に包まれます。

見えない未来。
想像はする。
その想像がさらに不安を呼ぶこともある。
何も考えないほうが良いのだろうか?

久しぶりに自分で書いた過去を読んだ。
私達が初めて結ばれた日からずいぶん経ったんだね・・・。


やはり大変なことです。
子供を育てるということは。
父は今が一番大変な時期だからという。
もちろん私も頑張る。
母親なんだから。

むしろそれに加えて襲ってくる精神的なプレッシャーが、私を悩ますんだろう。
将来、父のことをどう説明すればいいのか・・・とか。
色々と・・・。

私は強くならなきゃいけない。
昔のような甘えは許されない。
だけどお父さん・・・私を安心させてください・・・。

いつお父さんがSEXを求めても受け入れるから。
なんでも許すから。
だから冷たくしないで。
私はお父さんだけが頼りだから。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2007-11.html


2007年12月31日
年越しですね

もう親戚付き合いとか無いんだろう。
私達は社会からは認められない家族なんだから。
でも、それはそれで良いね。
めんどくさいし。

だから、お正月は家族だけでのんびり。
父も仕事にいかないもんね。

3人で暮らしていこう。
後悔なんてないからさ。
それとも私をまた妊娠させて4人にしちゃう?
今度は、お父さんが欲しかった女の子かもしれないよ?
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2007-12.html


2008年01月28日
変化

父と私の関係は、以前とは変わってきたように思う。
悪化しているわけじゃない。
微妙な雰囲気の変化です。

子供が出来たからなんだろうね。
以前は男女としての関係。
今は父親と母親としての関係なんだろう。
近親相姦をしてしまう前の親子関係にも似てるね。
でもセックスはまだしてる。
やはり私達の関係を象徴しているのはセックス・・・。

結局、夫婦=セックスなのかな?
それなら私達は父娘でありながらやっぱり夫婦ですよね。


2008年01月17日
予言?の続き

父の予言は不思議と良く当たるんです。
だからちょっと考えてしまいました。
どれくらいでそういうことになる可能性が出てくるのかな?
男の子は何才くらいからセックスしたくなるんだろう?

中学生くらいになったら、もう出来るんだろう。
だけどはっきりいって中学生なんてまだ子供!
私のほうがなんとなく嫌だ。
実際には高校生くらいからだろうね。


父がこんなことも言うんです。
この子が相手というのなら許すって。
許すってのはセックスを含めて結ばれるということです。

冗談で言ってるのかも。
でも、そうなる頃には約15年ほどだし、父もそれだけ年齢を重ねてます。
自分が老いた時、私を託そうという気持ちがあるのでしょうか?

父に言われると、なぜかそうなってしまいそうな気がしてくる・・・。
確かにありえない。
でも、ありえないことを今まで父は何度も予言して当ててきた。
今の私達の存在そのものがありえない。

この子が成長した姿は想像できない。
だけど考えてしまいました。
この子とセックスしてしまっている自分を・・・。


2008年01月15日
予言?

父がこんなことを言った。

「この子とお前は、将来セックスすることになるかもな。」


私とあの子がセックス?
ふと、あの子の顔を見た。
現在の直感としては、まずあり得ないことですよ。
確かに私はこの子を愛してます。
だけど、この子の前で裸になり足を広げられ、父にされてるようなことするなんて・・・。
それに私は結婚できないとはいえ父と結ばれた関係なんですから。

でもまったく想像出来ない訳じゃない。
だって私達は、近親相姦で成り立った家族なんです。
普通の人達にはまったくないでしょうけど、私達の頭の中には常に近親相姦という意識がある。
もう感覚そのものが違うんですね。
する、しない、というのは別として、どうしても考えてしまう避けて通れないことなんだろう。

むしろ、まったく想像すらしないほうが不自然に思えるよね。

妊娠中は、私と父の関係をこの子にどう説明すれば良いのかということを考えてた。
その答えは今も出てない。
これからも、いろんな問題が出てくるんだろう。

もし、あの子が女の子だったとしたら、父とどうなってたの?
これから、また女の子が生まれたとしたら?
兄と妹で・・・ということもあり得るよね。

そして、この問題でもっとも重要なことがある。
それは私達は近親相姦を否定してはいけないということ。
近親相姦を否定することは、この子の存在をも否定することになるから。

もし将来、この子が私を望んだとしたら?
妹がいたとして、その妹と結ばれることを望んだら?
少なくとも近親相姦はダメだという理由で拒むことは出来ないのです。


もちろん、今は想像の話。
実際にこうなるなんてことはないかもしれません。
だけど親子で結ばれた現実もある以上、考えておかないといけないんでしょう。
かなり遠い話だろうけど。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2008-01.html


2008年02月28日

一人目の子の時は、お互いが求め合って本気で子作りをしてた。
私も当時は父にメロメロになってたし。
すぐに出来るもんだと思ってたけど、案外すぐには出来なかった。
そのぶん父にたくさん愛されたけど。
あの頃は本当にいけないことしてるんだなって気分でした。
そして、そのぶん父に出された時の刺激も凄かったよね。

今回はちょっと違うね。
個人的には子作りに関してそんなに乗り気じゃなかった。
あくまで父任せだったんだけど、避妊してセックスもしてた。

不思議なもんだ。
頑張ってたときは案外あたらなくて、そうでないときはすぐにあたるなんてね。

父の考えは違うかもしれないよ?
確かにあの時は父の希望で膣内射精を許した。
あの時のセックスは、父にしてみれば子作りだったのかも。

これも運命なのかな。
もちろん産むつもりです。


2008年02月26日
予想通り

検査へ行って来た。

やっぱり予想通り。
妊娠8週目。

私は父以外とはセックスしたことがない。
父との子供です。

さて・・・。


2008年02月22日
ほんとにヤバそう

前から感じてはいたけど・・・
体調がやっぱりおかしい。

もしかしたら?

ってゆうか、たぶんそうだろうね。
近いうちに検査にいってこなきゃ・・・。

http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2008-02.html


2008年03月30日
きもちわるい

ずっと気持ち悪いの続いてる・・・。
仕方ないけど、前と違ってもう一人の世話しなきゃならないから・・・。

ボールドのTVコマーシャル見てたら笑えてくる。

「いい香り」
「気持ちいい」

あの香り嗅ぐと、めちゃ気持ち悪いんですけど;


2008年03月12日
大切に

父は喜んでたよ。
それと、やっぱり妊娠させるつもりで出したんだって。
それで妊娠したのには驚いてたけど、よく考えれば驚くことじゃないんだよね。
男が女の中に出すってことは、そういうことなんだし。

しばらくは父とセックスしないよ。
それで流産とか嫌だもんね。
生まれたらいけない子だからとか思わない。
私の子供なんだから。
大切にしたいのね。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2008-03.html


2008年05月10日
久しぶりに

お腹がちょっと出てきた。
胎盤も出来たみたいで安心。

それで久しぶりに父とセックスした。
とうとう許したね。
ゆっくり・・・ゆっくりとしてもらった。
心地よかったよ。

お父さんはどうだんたんだろうね?
妊婦とのセックスはどんな感じなんだろう?
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2008-05.html


2008年07月30日
女の子です

かなりお腹が大きくなった。
女の子は確実なようです。
元気な子ならそれでいいです。
障害とかないか心配・・・・。

二人も子供を育てていくことが出来るんだろうか?
不安ばかりですよ最近は。

私と息子がいずれセックスする運命なんじゃないかとか、
娘が息子か父とセックスすることになるんじゃないか

とかは、大きく育ってからの話です。

今はこの子達をしっかり育てることが大事。
子供達がしっかり育ってくれさえすれば、息子とセックスしてしまう運命だとしても諦めもつく・・・そんな気分にすらなるよ。

まあね、まだわからないけど。
頑張って育てないと。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2008-07.html


2008年10月06日
産まれた

産んだよ。
女の子です。

お父さんとの事が心配?
今はそうでもないかな。
むしろ、これから二人も育てていく事を考えたら、そちらの方が心配です。

育児は大変だ。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2008-10.html


2009年01月09日
これでいい

やっぱり私は父の女。
これからもそうして続いていくんだろう。

それを嘆く必要もない。
自分で選んだ道だ。
子供もいる。
そこに幸せは存在する。

私は、実の父親とセックスしてしまった。
そして妻となった。
そして子供を設けた。

その事実は永遠に消えることはない。
悩んでも無駄なんだ。

父はこれからも私とセックスを続ける。
私はそれを許す。
それで良い。
私達の生活は、それでうまく行くんだ。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2009-01.html


2009年03月26日
生理

母乳をやってるので出産してからも生理はこなかったけれど、とうとう生理がやってきてしまった。
また痛い思いすることになるのか。

そして、また父に決められちゃうのかな・・・。
嬉々としながら私の中で出してさ。

父がそう望むのなら、それは運命と思って受け止めるしかない。
私達は、そのへんの夫婦以上に強く結びついた関係なんだから。

母乳やってるから、胸がパンパンに膨らんでる。
父は、その胸を喜んでる。
赤ちゃんのためのものなのにね。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2009-03.html


2009年04月09日
避妊

さすがに父も3人目となると躊躇っているようだ。
ちゃんとコンドームをつけてる。

これでしばらくは安心ですかね。
あとは子育てに専念といきますか。

子供が寝ている隣で、実の父親に抱かれる私・・・。
なんともいえませんね。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2009-04.html


2009年09月22日
仕事

仕事をする事を考えてる。
永遠に父に頼れる訳じゃないから。
これから、何が起きるのか分からない。
その時、子供達は守らなきゃいけない。

私は、変わらなければいけない。
母親になったんだから。

私は、社会から逃げていた。
そして、父の女になった・・・。
その先にあったものは、今の家庭。
それを後悔にしてはいけない。
間違いじゃなかったと言いたい。

この子供達の存在は、間違いじゃない。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2009-09.html


2009年10月12日
いつか・・・

子供の成長なんて早いものですね。
あっという間に大きくなる。
私も少しは成長してるのかな?
親として、妻として、一人の人間として・・・。

そうだよ。
近親相姦をしたって人間なんだから。
だから子供達も人間。

最近、よく考える。
このまま成長していけば、いずれ父親の事を聞く時がくるんです。
その時、何て答えるの?
正直に言うなら早い方が良いの?
それとも大人になってからの方が良いの?

誰にもわからないよね。
前例だってほとんどないしね。

もし怒るのなら、償いはする。
私に出来ることなら何でも。
もし償いとして、息子が私の体を求めたとしたら?


ふふっ・・・・。
許すよ。
そうなったら、好きなだけ私の体を奪えばいい。
気の済むまでね。
妊娠させられるのかな?
でも、それも仕方ないよね・・・。


そんなネガティブな事を考えてしまった。
私は近親相姦をした女。
その呪縛からは、もう逃げられないから。
逃げられないんだから逃げないよ。
今は、一番近くにいるのは父。

何もかも覚悟の上でこうなったんだよね?
お父さん・・・。

父は、当たり前の行為のように私を抱く。
強い人だ。
実の娘とのセックスに、何の迷いもないみたい。
頼りにしてるよ。
父であり、夫でもあるんだからね。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2009-10.html


2009年11月09日

実の娘に子供を産ませる。
世間からすれば、そんな父親は悪なのだろう。

妊娠させるだけでも常識外。(まだ堕胎する道がある)
父娘でのセックスだって、あってはいけない話。
父娘が唇を重ねてキスすることだって変態的なことなんです。

私達は、もう戻ることが出来ない。
産んだのだから。
父も悪なら、私も悪ね。


子供は悪じゃないけど。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2009-11.html


2010年01月07日
幸せ

子供の存在は、やっぱり幸せ。
笑顔を見るだけで元気になる。

産んで良かった。

誰もが近親相姦を間違いだと言うのでしょう。
でも、幸せはあった。

間違いなんかじゃないよ。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2010-01.html


2010年05月29日
仕事

仕事をすることにした。
その間、子供は保育園で預かってもらうことに。

将来の事を考えたら、私も今のままじゃダメだし。

父は最初は反対していました。
でも納得してくれたんで。
これから頑張らないと。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2010-05.html


2011年01月26日


汚れた

お父さん、ごめんなさい。

仕事先の人に、食事に誘われた。
そして、お酒飲まされました。

何なんだろう・・・。
気がついたら知らない部屋のベッドの上。
服は全部脱がされてた。

その人とセックスしていました。

私は人とは違う人生を歩いている。
なんでいまさら・・・。
近親相姦以外したくなかった。
知ってしまった。
他の人を。

泣いても「泣き顔も可愛い」と唇にキスされてしまうだけだった。
汚れました。
身体の隅々まで・・・。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2011-01.html


2011年02月26日


ダメ

ダメぇ・・・。
本当に堕ちちゃうよ・・・。

このままだと、あの人のものになるのを承諾しちゃう。
何も出来ない。
逆らえない。

ダメよ。
ダメなのに・・・。

puyopuyo_2 at 23:26|Permalink│

.

2011年02月19日


洗脳の儀式

許してしまったディープキスの代償はやっぱり大きかった。
もう止められない。
彼の求めるまま、唇を重ねる私・・・。
これは私にとって、まるで洗脳の儀式のよう。
分かってたんだ。
だから最後まで許さなかった。

「洗脳されちゃうよ・・・。」
ふと言ってしまった。
彼は「それじゃ洗脳してやる」とキスを続けた。
何度もしつこく・・・。

身体の力が抜けていったよ。
本当に洗脳されてるみたいだった。
もし、あのままセックスしていたら、私は本当の意味で彼のものにされていたかもしれない。
危ない所でした。

反省もこめて、父に抱いてもらおう。
私を元に戻して・・・。

puyopuyo_2 at 23:29|Permalink│

2011年02月17日


心が折れそう

このままだと心が折れてしまいそうです。

仕事中でもあの人にキスされる。
諦めてしまいました・・・。
大切なものを失った。
ディープキスを許してしまったんです。
何を今更と思うでしょうね。
もう何度もセックスを許してるのにと。
でも私にとっては違う。
セックスはしてしまってるけど、これは守りたかったの。

でも許してしまった。
なぜ?
わからない。
気が付くと彼の舌が入ってきてた。
終わったと思った。
諦めてそのままディープキスしてしまったよ。

あの人は喜んだよ。
嬉しそうに何度も私にキスをした。
仕事中なのに。

また放心状態になった。
弱い私。
仕事が終わると彼に連れていかれた。
そしてセックス・・・。

お父さん、許して・・・。

puyopuyo_2 at 23:45|Permalink│

2011年02月14日


やばい

近親相姦しかしたくなかった。
だけど私は、それ以外を経験してしまった。
もう取り返しの効かないものが、私の身体に残り続けるのね。

そのショックが今も尾を引いている。
無気力状態。
呆然としてばかり。
そんな私を彼は逃さない。
仕事中でも平気で唇を奪う。
もう抵抗する気力もない。

そして休日。
私は彼に身体を奪い尽くされた。
残念ながら父以外でも気持ち良い。
油断した時、あっという間にセックスにのみこまれる。
このままだと彼の女にされちゃう。


puyopuyo_2 at 00:39|Permalink│

2011年02月10日


どうなるの?

私はどうなるのだろう?
自分の弱さでこうなってしまった。
なんとかしないといけないのに。

私の体が汚れていく・・・。
あの人を止める事が出来ない。
応じてしまった私も悪いのね。
体を売ったようなものだし。

せめて父以外で気持ち良くされたくなかった。
ごめんねお父さん。
私も普通の女でした。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2011-02.html


2011年03月10日


ついに・・・

まさか、この私が・・・。
近親相姦しか興味なかったのに。
信じられないよ。
でも、これが現実なんだね。

私、とうとう堕ちました。
あの人のものになることを承諾してしまった。
その瞬間、私の気持ちを守っていた壁が溶けてなくなり、一気にあの人が私の気持ちを侵食した。
服従の証として、中に注ぎこまれました。

承諾してしまった以上は、彼に従うしかない。
全てをあの人に与えます。
あの人はどこまで求めるのだろう?
子供が2人もいる私を。

あの人のものになり、セックスが変わった。
今まで父に気を使って抱かれてた。
だけど遠慮なく抱かれたの。
あの人を求めて、大きい声で叫びながらイッちゃった。
すごかった・・・。

ごめんなさい、お父さん。
守れなかった。
堕ちてしまったの。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2011-03.html

2011年04月03日


父の決断

父に、母親としての自覚を持てと言われた。
子供の事を一番に考えるようにと。
まったくその通りだと思う。

そして子供の面倒をしっかり見れるのならば、私の好きにすれば良いと言った。
父にしても苦渋の決断だったでしょう。

全ては私次第。

puyopuyo_2 at 22:33|Permalink│

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2011年04月01日


気づかれた

ついに父に気付かれた。
いずれバレるとは思っていたけれど。

父は、あんな男を相手にしたらロクなことにならないからやめておけと言う。
父親を相手にしてる方がロクなもんじゃないでしょ!と言い返してやった。

父を怒らせるつもりじゃなかった。
追い詰める気もなかった。
悪いのは私。
父は怒りながら私を抱いた。
私は従った。
父は私の中に出しました・・・。

夢を見ていました。
あの人と結婚して、子供を授かる夢を。
でも、これが現実。
私は、また父との子を身籠る事になるのかもしれない。
父が怒るのは当然。
私は受け入れなければいけない。
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2011-04.html


2011年08月29日


戻っていく私

戻っていく・・・。
私が父のところに・・・。

まだ気持ちは全部整理出来ていない。
でもこれで良いのだろう。
子供達の母親にも戻れる。

私的には、正直、父との間に三人目の子供を作ろうとは思わない。
あの人との子供なら作りたいと思ったけれど。
その気持ちを父に見透かされている。
だから父は、必要以上に私を愛し、取り戻そうとする。

父も傷ついたのだ。
まだ怒っているのね。

父に私の本音を正直に伝えた。
彼への未練と、三人目は望んでいないことを。
ただ父の望み通りにするとも伝えた。

それから間もなく、父は私を妊娠させようとしました。
それを私は受け入れました。

父に愛される私。
ちょっと前のことなのに、随分懐かしい。
父との近親相姦、気持ち良かったよ。
少しづつ戻っていった。
昔の私に。
父が、あの人から私を奪い返しているんだね。


puyopuyo_2 at 23:47|Permalink│

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2011年08月20日


捨てられた

彼に捨てられました。
遊ばれただけだったんですね。
一番愛したのは君?
それも嘘にしか聞こえない。

悲しい・・・。

結局、私が戻る場所は父。
やはり運命みたい。
父は、本当に良いんだな?と私に尋ねた。
そして、覚悟を見せてもらうと言って、父は私に子作りセックスをした。

仕方ないです。
これも罰ね。
私は受け入れた。
そして膣内へ出されました。

父はこれからも続けるのだろうか?
もしそうなら、私は再び父の子を身籠ることになる。
父が望むのなら、それも受け入れよう。
puyopuyo_2 at 22:36|Permalink│
http://blog.livedoor.jp/puyopuyo_2/archives/2011-08.html



http://www.asyura2.com/0403/dispute18/msg/339.html#c7

[] 「男はなぜ彼女に男友達を持つことを許さないのか」 あっしら
8. 中川隆[-12686] koaQ7Jey 2018年5月31日 23:12:12 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14626]

幼児虐待が脳に及ぼす影響 _ 7歳児ザッカリー君の経験
 
ザッカリー君が2歳の頃、左の目の下にタバコを押しつけた火傷が発見されて、病院の緊急処置室に運び込まれた。

6ヶ月後今度は右前腕の火傷で病院に運び込まれた。

幼児虐待が疑われて、政府は彼を家から引き取る事を決定して、里親を探したが、3ヶ所転々として2000年の7月にやっと里親が現れた。

3歳になっていたが、既にザッカリー君は精神的ダメージを負っていて、表現する能力は2歳の幼児にも満たなかった。

目を合わそうとはせず、部屋の隅でもじもじしていて、泣いて不満を訴えた。

しかしザッカリー君を引きうけた家族は、暖かい愛情を差し伸べ、更に充分な地域サービスを受け、彼は新しい人生を歩む事になった。

「今日は楽しく学校でやっているようです」とマールボロに住む里親であるキャスリン・リゾッティさんは言う。

今までは、臨床精神科医は幼児虐待、無視が発達期にある幼児の脳に、どのような影響があるかは想像するしか無かった。

しかし、最近の10年、その方面の神経科学的研究は大いに前進し、このような精神的衝撃が子供の脳にどのような影響、変化を及ぼすか、詳しい部分にまで分かるようになった。

これらの研究結果によると、肉体的、性的虐待、無視は発達期の脳に構造的にも化学的にも重大な影響を与える事が分かった。

児童福祉施設に入っている子供達の4分の3に行動的、学習的問題が生じているのが判明した。


ハーバード大学の精神科教授であり、ベルモントにあるマックリーン病院の生物精神医学研究室主任であるマーチン・チーチャー氏は虐待が引き起こす脳波異常を報告した。

ある子供若者専門の精神病院の入院記録を調べて、虐待の経験を持つ患者には54%の割合で脳波異常が見つかった。

それに対して虐待を経験していないグループでは脳波異常は27%の割合であった。

特に肉体的、性的虐待を受けた患者ではその割合が72%にも上昇していた。


「一般的に、虐待の度合いが激しい程、脳に加わる衝撃も大きい。

被害者と加害者の関係も重要であり、加害者が家族である場合は、神父とかベイビイシッターによるものよりダメージが大きい」

とチーチャー氏は言う。

研究によると、虐待は合理的思考をつかさどる脳皮質、あるいは記憶と感情の中枢である海馬にダメージを与える。

両分野は学習にも重要な役割をしている。

1998年に発表されたチーチャー等による論文によると、15人の重大な虐待を受けた子供と15人の健康なボランティアに対してブレインスキャンを実施し調べた。

結果は、虐待グループの左脳皮質に成長停滞が見られた。

又、イェール大学のダグラス・ブレムナー氏とカリフォルニア大学サンディエゴのマリー・スタイン氏の研究では、虐待被害者では左の海馬が健康な人に比べて小さいと報告している。

虐待は海馬ばかりでなく、感情の中心である扁桃体をも重大な影響を与える。

扁桃体とは、例えば急に曲がってきた車を避ける動作を命令するのが扁桃体である。

しかし虐待が重なると、危険が迫っているわけでもないのに、扁桃体は危険を知らせるシグナルを出すようになる。

「扁桃体に問題が生じている虐待児童では、ちょっとした事で恐怖を感じて後ずさりをする」

とヒューストンにある子供トロウマ研究所(非営利団体)の神経科学者であるブルース・ペリー氏は言う。

発達期の脳に対する強い精神的衝撃は、脳の化学物質の分泌にも影響を与える。

例えば、ストレスを調節するホルモンであるコルチゾルや重要な神経伝達物質であるエピネフィリン、ドーパミン、セロトニン等に変化が生じる。

これら物質のバランスに問題が生じると、障害が起きる。

例えば、虐待はセロトニンのレベルを下げる効果があるが、それは鬱や衝動的攻撃の原因になる。

オールストンにあるトロウマセンターで医学部長をしていて国際的にもトロウマの権威でもある、ベッセル・バンデルコルク氏は、プロザックのようなSSRIと呼ばれる抗鬱剤が、虐待児の治療に有効である事を認める。

しかし、薬は部分的に効果があるだけだとも言う。

「虐待と言うマイナスの経験に対して、プラスの経験を子供にさせる事が重要。

例えば、その子供に対して

『悲しい経験をしたね。おじさんもとても悲しんでいる』

と言うだけで、衝撃を受けた脳を回復させる事が出来る」とバンデルコルク氏は言う。

トロウマセンターで児童福祉の責任者であるアレキサンダー・クック氏はサリーと言う名の5歳の少女の治療を開始した。

彼女の父は彼女を性的虐待をした疑いで逮捕され、一家はマサチューセッツに引越しした。

サリーちゃんは気分の変化が激しく癇癪を起こしたり、1日3時間も泣いている事があった。


「サリーちゃんの受けた虐待、裁判で父親が彼女に性的虐待をしたと自分で証言したショック、引越し等が彼女の脳と体の神経伝達物質のバランスを変化させたのでは、と私は推論します。

彼女の扁桃体はシグナルを出しっぱなしになったのです」

とクック氏は言う。

クック氏はサリーちゃんの情緒を安定させる為に、癇癪を上手く爆発させる方法を教えてやった。

例えば、クック氏の事務所のテーブルの回りを走り回る時には、そのままやらせた。

そして、サリーちゃんにに紙の上にぬたくるような、めちゃめちゃな絵を書かせた。毎週面接をしながら4ヶ月経過した後、サリーちゃんは大分落ち着きを取り戻し、彼女の脳は安定から記憶処理向上へと移った。

サリーちゃんはその後激しい心の動揺を見せないから、彼女の脳回路は大分修復したとクック氏は見ている。

「動物実験では、新しい経験は新しい脳細胞を作り出すと報告がある。しかし、人間では未だ分かっていない」とボストン医科大学の小児精神科医であるグレン・サックス氏は言う。

残念だが、ザッカリー君やサリーちゃんのように特別な治療を受けるのは希であり、100万人の子供が毎年虐待を受けているにも関わらず、その10%以下の子供しか適当な治療を受けていないと、アメリカ健康福祉省が推測している。

「虐待を受けて大人になった人の脳は、壊れたコンピューターのハードドライブのように虫食い状態になっている」

とグリーンフィールドにある、虐待かけ込み相談所の責任者であるストロング・オーク氏は言う。
http://saito-therapy.org/new_finding/abuse_damage_brain.htm

【参考】■心理学講座「エディプス/エレクトラコンプレックス」 | 精神分析基礎1より


女児が父親に強い性的愛着を感じ,母親に嫉妬するのは「エレクトラコンプレックス」と呼ばれる。

男児の場合は,愛情の対象が母親のまま変化しないが,女児の場合は,はじめ母親に向けていた愛情がこの時に父親に移る。

女児は自分にペニスがないことを発見し,男児と比べて劣っていると感じる。(ペニスは力の象徴) 

ペニスがないのは母親も同じであることを知って失望し,自分もペニスを持ちたいと願う。(男根羨望)

男児の場合は去勢不安からエディプスコンプレックスが終結するのに対し,女児の場合は男根羨望からエレクトラコンプレックスが生起する点で大きな違いがある。
http://x51.org/x/04/04/2928.php


エディプスコンプレックスには批判も多く、有名なものとしては


「それは外向的な人間に限ったもので内向的な人間においてはそれに限らない」


というカール・グスタフ・ユングの批判がある。

実際、エディプスコンプレックス理論は父性的な社会である西欧ではよく利用される理論であったが、母性的な社会である日本ではさほど感覚的に合わなかった。

また、エディプスコンプレックスは父親が強いという事が前提であり、ブロニスワフ・マリノフスキの「母権性社会」の話は、こういった事の反証として用いられる。

多くの学者が指摘しているが、強い近親相姦的欲望が多くの人にあるとフロイトが主張したのは、フロイト自身が母親との近親相姦的願望と父親への憎悪を自己分析によって発見したという点も見逃せない。

シングルマザーやワーキングマザーが多くなり、父親不在となった現代の社会では、エディプスコンプレックスの存在に懐疑を抱くようになった者も多い。

1980年代にはアメリカで記憶論争が相次いだ。

両親に性的被害を受けたなどの訴えが中心であり、フロイトの無意識の理論を忠実に掘り起こして行った問題の出来事と言われた。

1980年頃にアメリカでは、催眠などを用いた回復記憶セラピーにより、偽りの性的虐待の記憶(虚偽記憶/false memory)を植え付けられ、家族関係が崩壊し、それに加えて甚大な精神的苦痛を受けたとして、多くのセラピストやカウンセラーが訴えられ敗訴した。

これは精神分析への批判というよりも、フロイトの初期の理論を援用したある種の心理療法への批判である。

この時にもエディプスコンプレックスは実際の近親相姦などと比較されたが、患者の訴えと違い、実際にそのようなことが行われている例は少なかったと言われる。

しかし当時においては実際に多くの人が記憶回復によって、「性的な虐待をされた!」と親を非難したり、またそれによって家族が崩壊するような事が続発したため、精神分析自体に対する批判へとつながった。

このように実際の事件においてエディプスコンプレックスや近親相姦を元にする考え方は危険視された。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%97%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E5%88%86%E6%9E%90%E5%AD%A6#.E8.A8.98.E6.86.B6.E8.AB.96.E4.BA.89


過誤記憶

精神分析の創成期にフロイトは、ヒステリー患者の心的現実(mental reality)に着目したが、やがて近親姦の記憶などを訴えるクライエントが彼の予想をはるかに上回って増えてきたために、「こんなに近親姦が多いわけがない」とフロイトの中で理論の撤退が起こり、かつて彼が心的現実と呼んだものは幻想(fantasy)へと変化していった。

このプロセスと似たようなことが、1980年代以降のアメリカにおいて繰り返される。

家庭内暴力や近親姦の被害を訴えるクライエントたちに、一部のカウンセラーがアミタールなどの催眠系薬物を使用する催眠療法である回復記憶療法(RMT:Recovered Memory Therapy)を用いて、無意識の中から抑圧された記憶(Repressed Memory)を引き出し、意識の上に回復された記憶(Recovered Memory)として置きなおすことによって諸症状を治療しようと試みた。

1988年、エレン・バスとローラ・デイビスの共著『The Courage to Heal』(邦題『生きる勇気と癒す力』)のなかで、女性の原因不明の鬱は幼少期に受けた性的虐待の記憶を抑圧しているからである可能性が高いから、虐待されたと感じているなら虐待されていると主張するべきである、ということが述べられた。

これが発端となって、アメリカでは多くの女性クライエントが、引き出された記憶をもとに、加害者である家族(近親姦をおこなった父など)を被告に相手どって法廷闘争をくりひろげるようになる。

『Trauma and Recovery』(邦題『心的外傷と回復』)の著者として名高い精神科医ジュディス・ハーマン(Judith Herman)なども原告側の立場に立ったが、司法の場は彼女たちに冷たいとあるていど予見していた。

これに対して被告側の弁護に立った認知心理学者エリザベス・ロフタス(Elizabeth Loftus)が、「ショッピングモールの迷子」という実験をおこない、クライエントの訴える近親姦の記憶は、セラピストやカウンセラーが捏造した事件をクライエントに植え込んだものであると主張し、原告たちの一連の訴えを偽記憶症候群(にせきおくしょうこうぐん:FMS:False Memory Syndrome)と名づけた。

また、虐待加害者として訴えられた親たちも、このロフタスと連動して、症候群の名前に基づいて1992年、偽記憶症候群財団(FMSF:False Memory Syndrome Foundation)を設立し、財源的にも裁判を有利に闘っていく体勢をととのえた。


ロフタスの実験

実験「ショッピングモールの迷子」とは、家族から聞いたほんとうのエピソード3つに、ショッピングモールで迷子になったという虚偽のエピソードを1つ加えて、被験者がその4つともほんとうの話だと思い込むようになるかどうかを試すものである。

その結果、被験者の4分の1が、植え込まれた記憶もほんとうの自分の体験だと思い込んでいることを示した。

しかも、偽りであるはずの記憶は非常に詳細であり、のちにこれが偽りであった事を知らされた被験者たちは皆驚いたという。

この実験に基づいて、家族という密室で起こった虐待などの犯罪を、司法の場で追及しようとした原告たちは敗訴し、原告たちから抑圧された記憶を引き出したセラピストやカウンセラーは莫大な賠償金を払わされることになった。

また、これによって回復記憶療法も用いられなくなり、2000年までに完全に行なわれなくなってしまった。


現在の評価

法廷での実験のように、治療者がクライエントに捏造した事件を過去の外傷として植え込むことはできないとしても、クライエントが診察室で語ることすべてが、物証主義的観点から事実であるかといえば、そうではない。

限りある診察時間で治療者の理解を得ようとするあまり、自らが受けた被害を象徴化したり、簡略化したり、ときには拡大・誇張して述べることはあるであろう。
また、語っているうちに事件の脈絡を変えて、自分を気の毒な被害者として扱ってもらおうと努力することもあるであろう。

稀なケースとして、健忘(amnesia)の対極にある過剰記憶(hypermnesia)や作話(confabulation)が起こる場合もある。

しかし、これらは何ら、クライエントが過去に受けた外傷を「否定」するものではない。

むしろ、なぜ記憶の叙述に関して、そのクライエントがわざわざ労力を使って、それら誇張や作話を行なっているのかに、臨床的な関心は向けられるべきであるとされる。

もっとも、誇張や作話が行なわれるときには、クライエントの意識状態の変化や、神経系統の随伴症状が伴うので、臨床家がそれを見逃すことは現実的にあまりないが、それでもなお事実関係の審理は司法の仕事であって、臨床家は叙述の真偽を見極めるのが仕事ではない。

以上のような現在の評価がありながらも、前述したように回復記憶療法は停止されている。

外傷性のある出来事による記憶障害は精神障害の診断と統計の手引きのPTSDの診断マニュアルでは確認されるが、FMSのような症状は認められていない。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%8E%E8%AA%A4%E8%A8%98%E6%86%B6


今も生きるフロイトの影響


今も、アメリカには40位の精神分析医を養成する機関があるが、それ以外の一般社会では、フロイトは科学と言うより文学の人物として取り扱われている。

去年、ニューズウィークはある特集で、ダーウィンは今でも科学的妥当性を保っているのに対して、フロイトとカール・マルクスはその世紀は終わったと述べた。

フロイトの評価が最低にまで落ち込んだのは、多分1990年代の始めではないであろうか。

その当時、女性はテレビのトークショーに出て、子供時分に受けた性的虐待をしゃべったものだ。

子供時分の性的虐待とは、フロイト的手法により無意識から探り当てたものであったが、これがフロイトを窮地に陥れた。

このような場合、彼は何時も両方の立場支持するような言い方をする。

性的虐待をしたと非難を受けた親や兄弟の側に立つ人達は、フロイトが抑圧された性的虐待の記憶が神経症の原因になると言う、デタラメな理論を打ち立てたからとフロイトを非難した。

一方、性的虐待を受けた人達の側は、フロイトが臆病にも社会の圧力に負けて、幼児期の性的虐待の記憶は単なる子供時代の空想であると前言を翻したと非難した。

「フロイト派の精神分析医に女性を送るのはナチにユダヤ人を手渡すのとあまり違わない」

とグロリア・シュタイネム氏が当時言っていた。

フロイトの評価は未だ少しも改善していない。

抑圧された記憶をめぐる論争の結果、何十年も封印さえていたアメリカ議会図書館の中にある膨大なフロイトに関する文献が、専門家に公開された。

それにより、フロイトの嘘を裏付ける文献が次第に出てきている。

彼がしたとされる治療例の殆どが、希望的観測と意識的作り話の所産であり、彼の理論は循環論法の汚水溜めの上に成り立っているのが証明されつつあるのだ。

フロイトの理論を裏付ける為の、脳スキャンを含む各種の科学実験は、未だ始まったばかりであり、結果は出ていない。

「残念ながらフロイトが言った事は全て嘘であった。

こんな事を言うと裏切りになるが、エディプスコンプレックスからペニス願望、幼児期のセックス等、全てが間違っていた」

とフロイトの伝記を執筆しているピーター・クレイマー氏は言う。

一体どれほどの嘘曝露にフロイトは持ちこたえるであろうか。

シカゴ大学のジョナサン・リア−は、フロイト理論の中心コンセプトである、人間は基本的に葛藤していると言う考えが今の社会にも影響力を持っていると指摘する。

この葛藤は、欲望やら本能から出で来るものだから、水面下に隠されている。

欲望が親とのセックスを意味しているとは考えたく無いであろう。

何故なら我々はそんな欲望を認めるわけには行かないからである。

精神分析とは、この葛藤が何か別のシンボルの形を取って出現してきた時にそれを指摘して、解消するのが仕事であるとリアーは言う。

現在、精神分析用語は脳科学専門用語に取って代わられている。

例えば、エンドルフィンと言えば沈静を意味し、性急な人を”frontal”と呼ぶが如くで、ちなみにfrontalとは前頭前野皮質を意味し、衝動を抑える重要な脳の部分である。
http://saito-therapy.org/new_finding/freud_inour_midst.htm


精神分析は死んだ


恐らく歴史上の著名人でフロイトほど自分の言った事が全て誤りであった人物はいないであろう。 

フロイトファンにとっては1990年代は最も屈辱的な時代であった。

タイム誌はその表紙で「フロイトは死んだか」と大見出しを掲げた。

以前精神分析の本拠地であった”ニューヨーク書評”でさえフロイトを単なる思想家と酷評した。

1990年代はフロイト戦争の時代であり、精神分析運動の終焉でもあった。

2000年はどうなったか。

2000年はフロイトの”夢分析”が出版されてから100周年にあたり、フロイト派の人には勝利の年になるはずであったが、事実は祝賀どころか敗北であり葬式となった。

だから精神分析は21世紀になる前に終わっていたのであり、このタイム誌の問いかけに対する答えは

「そう、精神分析は実際に死んだ」

なのである。

知識人の中に莫大なお金と時間を使い、エゴ追求に身を費やした人が沢山いた。

これだけの努力を費やすと、おいそれと精神分析から身を引けない。

何故なら彼らは精神分析やその本の出版で名声を得ているからである。

今までに精神分析関連の膨大な書籍が出版され批評、論評、レクチャーも行われた。

しかしどれ一つとしてフロイトの限界を指摘したものは無い。

もちろんフロイト支持者も精神分析を止める気持ちは毛頭無いから、フロイト産業はそのまま生存し続けた。

フロイトは彼独特の世界にいる。

恐らく歴史の中で彼ほど自分の言った事の全てが間違っていたのは彼を置いていないはずである。

彼に幸いであったのは、精神分析の専門家が今もってフロイトの間違いを取り繕おうとしている事である。

しかし門外漢である一般読者は既にフロイトの築き上げた壮大な嘘に驚愕しているのだ。

フロイトの間違いの中で、20世紀中には分らなかったが21世紀には発見できるのは何であろうか。

フロイトは明らかに事実をでっちあげている。

例えば彼のコカイン使用を擁護する態度とその変遷や、患者アンナOに関する日和見主義的意見、誘惑理論に関する考え方の急変、彼の患者について語る時に毎回言っている事が変わる事実等、枚挙にいとまが無い。

例えばフロイトの患者の1人である狼男ことセルギウス・パンケジェフを調べると良い。

フロイトは彼を治したことにしているが、実際は彼はその後も60年間、精神分析を繰り返している。

当然ながらパンケジェフはフロイトに人生を駄目にさせられたと言っている。


又、フロイトは”暗示”を頻繁に言うがその割には暗示を真剣に扱って無い。

それ故に彼の臨床の報告の信憑世が怪しくなり、結果的に彼の理論を疑わしいものにした。

1890年の時点で既にこの”暗示”が多くの人に疑われていた。

暗示とは彼にとって都合の良い言葉であるが、暗示を受けるのはその体質的傾向がある人だけであり、彼の考えはおかしい。

このような疑いが既に存在していたにも関わらず、フロイトの言葉巧みな否定とその後の彼の名声の前に埋もれてしまった。

そして今、我々はもう一度出発点に戻った。

もう我々は過去の記憶だとか自由連想などを信用しない。大体こんなものは心理分析医と患者の馴れ合いの合作なのである。

そしてもう一つ、無意識理論がある。

無意識はフロイト全盛期には頻繁に使われた言葉でありフロイトが発見した事になっているが、これは嘘だ。

彼を溯る事かなり前に無意識が既に語られている。

キリスト教徒に乗り移った悪魔、分裂を引き起こす催眠術、18〜19世紀の二重、三重人格者、ビクトリア時代の文学作品に取り入れられた「二重」テーマ、今日ではくだらないハリウッドの映画の筋書きにあるいは心理療法にと皆無意識が取り上げられている。

この一連の流れを見ると、精神分析の霊媒(この場合は牧師、分析家、あるいは怪しい医者)が無意識を調べて心の暗い秘密の部分に到達できると主張しているのが分る。

そうだろう、貴重な代価を払えば我々の心の悪魔を追い出してくれるかも知れない。

しかし精神分析による治癒なんて言うものは悪魔払いの祈祷と大して違わなく、無意識世界と言う不確かな実体を信じ込む作業に過ぎない。

信じるの信じないのと言う議論になると、それは又暗示の世界に戻る。

現在での暗示効果は医療で良く使うプラセボ(偽薬)でありそれ以上のものでは無い。

しかし精神分析はカルトのようなものだから、人間の被暗示性を治療の為に利用するべきと強く我々に迫る。

カール・クラウスが随分前に述べているように、精神分析とは心の病を治すと言いながら、実際はそれ自身が毒になっている。

言わば欧米の魂を女性の男性器願望、エディプスコンプレックス、死の衝動等で汚染したのは精神分析そのものなのである。

このような精神分析流の考え方は何処かにあったものでは無いし、世界で何処にも存在しない。

正にフロイトの創作であった。
http://saito-therapy.org/new_finding/psychoanalysis_dead.htm


■フロイトの罪〜セクシャル・アビューズ〜
 ヴィクトリア朝時代に「精神分析」を提唱したジグムント・フロイトは、「勇気ある先駆者」だと思います。

 この時代は、厳重なキリスト教的・社会通念により、性的な話題を出すことが禁忌でした。

 そんな風潮のなか、フロイトは性的欲望に関する学問への切り口を与えました。

性的嗜好に関して初めて分類したのも、彼です。


 彼は人間の意識には


「超自我」と「自我」、

「エロス(生に対する欲求)」と「タナトス(死に対する欲求)」、

「リビドー(欲動)」


などがある、と説いています。


 フロイトはヒステリー(解離性障害・PTSD・パニック障害などの神経症)の原因が、抑圧と性的原因にある、と提唱しました。

 が、彼の言は、後に性的虐待(sexual abuse セクシャル・アビューズ)を子供の願望によるものとし、20世紀後半になるまで、虐待を受けた子供達を苦しめることになります。

 ヒステリーのある女性には幼児期に性的な体験があり、これを引き起こすのが「エディプス・コンプレックス」だとはフロイト言いました。


 「エディプス・コンプレックス」はギリシャ神話のオイディプス神話が由来です。


__________


 テバイの王ライオスは息子に殺されると予言を受け、妻・イオカステが無理矢理生んだ息子――つまりオイディプス――を山の中に捨てます。

オイディプスはコリントの王に拾われ、成長しました。

 が、オイディプスは「父を殺して母と結ばれる」と託宣を受け、両親(育ての親)を殺したくないとコリントから出奔します。

 道中、ある老人に出会い、道を譲る譲らないで喧嘩になってしまい、オイディプスは老人を殺してしまいます。

 実はこれが、実父のライオスでした。

 オイディプスがテバイにやってきた時、丁度テバイはスフィンクスに苦しめられていました。

 オイディプスはスフィンクスを退治し、王として迎えられ実母・イオカステと結婚してしまします。

 ところが数年後に疫病が流行り、オイディプスは「ライオスを殺した者を探し出し追放せよ」という託宣を授かります。

 ライオス殺しの犯人を探そうとするオイディプスに対し、預言者・ライオスが「おまえがライオスの息子」と告げられ、知らず知らずのうちに父殺しと母子相姦を起こしていたことを知りました。

 オイディプスは両目を潰してテバイを去り、イオカステは自害してしまいます。


_________


 フロイトは、最初は心的外傷(トラウマ)が女性をヒステリーに陥らせているのだと思いました。

が、親の罪――ひいては、男の罪――を認めたくないのか、オイディプス神話が人間の普遍的に抱いている願望だと感じ、その幻想が娘に実父や義父・親戚などを誘惑させたのだと論破しました。

 彼は、幻想は人間の無意識が造り上げるのだと説き、幼児には親と近親姦をしたい欲動があるから、親との情事の幻想をつくるのだと説きました。

 つまり、娘が無意識の欲動により、父親を誘ったと言いたいわけです。

 この発想は、うつ病者にカウンセラーが


「うつ病ではなく、それはあんたのわがままではないのか」

とか

「あんたはうつ病ではない」


と言うのと同じです。

 これは、ドクターハラスメントです。

 二次虐待を受けた女性は、傷を深くします。

現に、フロイトの診察を受けて治っていない人がいます。


「自分が悪いから、あんなことになったんだ」


と女性のなかの子供は自分を責めていたでしょう。

 幼い子供は親に支配されるものです。

子供にとって親しか頼れる人はおらず、親元が安全な場所なのです。

 だから、親から虐待を受ければ、深い傷を受け、居場所を無くしてしまいます。

 性的虐待を犯す父親は大人として未熟です。

幼児性愛やストレスなどにより、力でもって子供を踏み躙ります。


 それに対して母親は弱い人間で、何も言えない母親は夫と娘の関係を見守るだけです。

娘を女だと思って嫉妬したりする母親は、娘を罵り父親とともにさらに傷つけます。


 父親などの絶対者に


「これは夢だからね」

とか

「お母さんや他のひとに言っちゃだめだよ」


などといわれたら、子供は従わずにはおれません。


 こうして虐待は繰り返され、子供の傷は深く、潜在化していきます。


 幼い頃に受けた心的外傷はその人の人生を崩壊させます。

被害者(サバイバー)は人間不信に陥ってアダルトチルドレンとなってしまい、酷い場合だと自殺してしまう可能性もあります。


 また、幼い頃に受けてしまった傷を、人間は知らず知らずのうちに繰り返してしまったりします。

 虐待の現場が夢となって何度も現われ、またずっと続く現実に子供自身が順応してしまい、まるで愛人のような慣れた様相を見せてしまうこともあります。

 傷がトラウマになった事象を人生に再現させたりします。

が、傷が子供の自我をねじれさせてしまったために起こったことで、子供の真実の本意ではないのです。


 性的虐待は未熟な大人が起こすものです。

子供は被害者です。

どうか、そのことを忘れないで下さい。

 そして、被害を受けたひとは、なにも汚れていないです。

自分を責める必要はありません。


 また、過剰な精神分析は危険です。

信頼できるカウンセラーの力を借り、ありのままの自分を取り戻すため、嘆きと癒しの仕事を行なってみてください。

 フロイトが提唱したことは真実を得ているところもあります。

性的虐待と心的外傷の関連性を発見したことも、彼の抜きんでたところでしょう。


 が、彼が性的虐待だと気付きながらも、目を反らしたのは、過ちだというほかありません。
http://d.hatena.ne.jp/toyouke/20050427/1114594274


近親相姦の話はみんな本当だと思った方が良い:

生まれて初めて出来た彼女が父親に性的虐待されてた


所謂やらはた(二十歳を過ぎても童貞)だった僕に生まれて初めて彼女が出来た。

モデルみたいに可愛い年下の彼女。僕は幸せの頂点だった。

「この子の為なら死ねる」

そんな臭いセリフを脳内でつぶやいてみては悦に浸っていた。


性的虐待の事実を知る

そんな幸せは長く続かなかった。

彼女が父親に性的虐待を受けている事実を知った。

彼女は夜な夜な父親に犯されていたのだ。

何不自由なく育ってきたボンボン大学生の僕はどうしたら良いか見当も付かなかった。

父親から彼女を奪え!

気付いたら、彼女を自分の部屋にかくまっていた。

(最初高1だと言っていた彼女は、実は春に中学を出て高校に進学していなかった)

自分の手元から彼女が居なくなって、父親は半狂乱になって娘を探したらしい。

一週間で僕の家に乗り込んで来た、無断拝借したトラックで玄関の扉を破壊しながらw

彼女は連れ戻された。でも、このまま彼女を父親の元に置くなんて耐えられない。

次に彼女は、自分を置いて男と逃げた母親の元に向かった。

「しばらくこっちに来なさい」そう言ってくれたそうだ。

彼女に逃げ場なんて無かった

数日後、彼女は痣だらけになって僕の前に現れた。

母親と同居して居る間男に、サッカーボールのように蹴られる暴行を受けたらしい。

挙句の果て、寝て居る彼女の布団に潜り込んで性的な悪戯をしようとした。

それで、真夜中にタクシーを拾って逃げて来たらしい。


途方に暮れた。

僕の部屋は父親にバレて居る。

母親の元に行けば今度は間男から暴行を受ける。

父親の元に行けば父親から性的虐待を受ける。

どうしたらいいんだ?


彼女といっしょに駆け落ちすればいいのか?

パチンコ屋の店員にでもなれば、贅沢は出来なくても彼女と慎ましく暮らす事が出来るはずだ。


悩んだ末の結論、僕は逃げた

数日間悩んだ末(その間、彼女は友人の元を転々としていた)

僕は児童相談所に全てを話した。

何故かけおちしなかったのか?

白状すると、自分可愛さに逃げただけだ。


大学生としての自分、将来国家資格を得れば最悪食うには困らない。

そんなアドバンテージを彼女の為に手放すのが惜しかった。

「この子の為なら死ねる」そんな臭いセリフ、大嘘だった。


相談所の職員はそんな卑怯な僕に

「もう大丈夫、私達がなんとかするからね。君は十分がんばったんだ。」

と、優しい言葉をかけてくれた。

涙が出た。自分の将来が無茶苦茶にならなかった安堵の涙。

僕は汚い。


児童相談所と僕と彼女の嘘

すぐに児童相談所の職員が彼女の父親の家を訪れた。


彼女の父親は虐待の事実を全否定した。そして彼女自身もそれを否定した。


「自分を犯す父親でも世界でたった一人の家族、離れ離れで暮らすのは嫌。

だから、私の自作自演だったことにして。あなたも私達に口裏を合わせて。

そうすれば、全部全部元に戻るから。」


彼女にそう頼まれた。


僕は「分かったよ」とだけ答えた。でも嘘だった。


犯されても家族なんて理解できなかった、

何よりも僕は彼女が今後も夜な夜な父親に犯されるという現実から逃げたかった。

とりつかれたように彼女が虐待されている証拠を集めた。

その甲斐あって、虐待の事実は認められ、彼女の保護施設行きは決定した。


彼女の保護施設行きが決まって電話で彼女に罵倒された


「アンタに何の権利があって、私達父娘を切り裂くのよ!


アンタなんか赤の他人なのに!

永遠にずっと私を哀れんで、可愛がってさえいればそれで十分だったのに。

もう、友達だってひとりも居なくなる。

私はひとりぼっちだ。みんなみんなアンタのせいだ。」


体中の血が逆流したような感覚、怒りとも悲しみとも恥ずかしさとも、なんとも形容しがたい感情が僕を支配した。

それまで一度も彼女に向かって声を荒げたことがない僕は、ヒステリックにのどが痛くなるほどの大声で彼女に向かってわめき散らした。


「僕は、君の現実逃避の道具じゃない。

心があるんだ。

君を幸せにしたかったし、今でも君を幸せにしたい。

今のままじゃいつか君の心は壊れる。

これは全部君のためにした事なんだ。」


「全部君のため」なんて欺瞞だ、大嘘。

しょせんは単なる自己満足。

僕は一人の男として自分の所有する雌が、他の男に犯されるのが嫌だっただけだ。


「虐待された子供は、自分の子供にも虐待してしまうんだよ。

だから私は一生子供は産まない、産めない」


そう言っていた彼女は元気だろうか?
http://anond.hatelabo.jp/20090506000425


まあ、エディプスコンプレックスはデタラメだったけど、近親相姦の話は殆ど本当だと考えた方がいいですね。

http://www.asyura2.com/0403/dispute18/msg/339.html#c8

[] 「男はなぜ彼女に男友達を持つことを許さないのか」 あっしら
9. 中川隆[-12697] koaQ7Jey 2018年5月31日 23:14:35 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14638]
9 名前:きち 投稿日: 2004/05/07(金) 23:18

すごいといえば、30年代の名張ぶどう酒事件の村のようなフリーセックスとかもすごいですね。

10年ほど前、仕事で3年ほど住んでいた僻地の村では近親相姦やら夜這いもどきやらで全校50人ほどの中学に知的障害の生徒が8人もいました。

でもこの事件も周りの人が何時間も待っていたというのが笑えますね。


12 名前:あんず 投稿日: 2004/05/08(土) 23:17

日本は近親相姦(父→娘)が多いのはどうしてだ?

と外国人に聞かれたことがあります。なんでも彼の周りだけでも
4人の日本人の女性がそういう過去があるそうです。

そういう話を聞くと病的で嫌悪感を感じますが、もしかしたら日本は昔そういう奇習が普通(と言ったら語弊がありますが)だったのかもしれないですね。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2776/1073909229/


身近にある近親者からの性的侵入


 家族というのは実に不思議なものです。同じ屋根の下で暮らしていながら、夫婦の寝室では、性行為そのものが行なわれているのに、他の家族に対しては、その性行為は厳重に隠されてしまうのです。そして、性の匂いを拭い去った家族の生活が、延々と続いて行くのです。

このような日常生活の中で、ときとして、親と子の間の性的な境界がゆるみ、本来なら夫婦の間だけで表現されるべき性欲が、子供たちに向かって滲み出していくこともあるのです。そして、それが性的虐待と呼ばれるものへと、少しずつ発展していくこともあるのです。

これは会社の同僚のことなのですが、その話の中で、幼稚園に行っている娘さんのことで、奥さんからひっぱたかれたというのがありました。

幼い娘さんをお風呂に入れているときに、娘さんに自分のペニスを洗わせたというのです。洗ってもらっているうちに感じてきて、ペニスが勃起してきたのですが、気持ちがいいのでそのまま洗わせていると、突然、奥さんが浴室に入ってきて、思いっきり彼の顔をひっぱたいたのだそうです。

 では、このケースでは浴室でどういうことが行われたのか考えてみましょう。幼い女の子が、お父さんと一緒にお風呂に入ると、男と女の体の違いに興味を持つようになることがあります。自分の体にはないオチンチンというものに関心を持つようになるのは自然なことです。そして、その機会に親が適切な知識を与えてやるのも必要なことなのです。

しかし、子どもの好奇心を利用して、大人が性的な興奮を得るとなると、これはまったく違う話になってしまうのです。おそらく、彼は性的な興味から、面白半分で娘さんにペニスを洗わせたのでしょう。親子の間で性的なことが行われる場合には、普通は秘密のこととして隠されて行われるのですが、彼の場合には、自分のやっていることの意味を理解していないために、まったく隠そうともせずに、ましてや罪悪感を抱くこともなく、堂々と開けっぴろげにやっていたのでしょう。

子どもは、父親のペニスをいじることで、妙な高揚感があって、いわゆるはしゃいだような状態になったのではないでしょうか。そこで、大きな声で「オチンチン」とか「大きくなった」とか、意味も分からないままに叫んでいたのかもしれません。

その声を、台所にいた奥さんが聞きつけて、普段の夫の言動からして、浴室で不穏な事態が発生していると感じたのでしょう。そして、浴室のドアを開けてみると、その不穏な事態を目の当たりにすることとなり、思わず夫の顔を力まかせにひっぱたいてしまったのでしょう。そして、おそらく子どもをすぐに夫から引き離したことでしょう。

 果たして、このような出来事は、この一回だけで終わるのでしょうか。幼い娘さんは、こういう父親と大人になるまでの間、ずっと一緒に生活していかなければならないのです。その間に、さらにいろいろな出来事があって、そのたびに性的な境界が少しずつ曖昧にされて行くことでしょうし、その他にもさまざまな影響を受けていくことになると思われます。

 ここで、性的虐待という言葉の意味をはっきりさせておきましょう。性的虐待というのは、いま書いた二つのケースのように、親などの立場の強い人が、子どもなどの弱い立場の人を「性的に利用する」ということなのです。どうゆうふうに利用するのかというと、大人が性的な刺激を得るために利用するのです。しかし、子どもを利用するにあたっては、暴力や脅しを使うというパターンもありますが、近親姦のような性行為にまでは行かないような場合には、日常的な何気ない行動を装って行われることが多いのです。

たとえば、よくあるのが入浴の時に子供の体を洗ってやる場面です。まだ幼くて自分で体を洗えないような子どもは、たしかに親が洗ってやらなければならないのですが、ここに微妙な状態が発生することがあるのです。

親であるとは言っても、子どもの性器に多少は興味を持つこともあるでしょう。しかし、中には体を清潔にするという大義名分のもとに、必要以上に念入りに子どもの性器を洗ったりする人もいるのです。

浴室という、閉ざされた密室の中で、子供の体を清潔にするという言い訳のもとに、親が性的な刺激を得る目的で、自分の子どもの体を洗うのです。幼い子どもは、自分がされていることの意味をまだ理解出来ませんし、親の方も、ちょっとしたイタズラ、あるいはちょっとふざけてみただけ、というような軽い気持ちでやっているだけなのかもしれません。しかし、ここには、自分の子どもを、性的に利用しているという「虐待」の一面が顔を覗かせているのです。

 その他にも、子どもは成長するのに従って、さまざまな独り立ちを体験していきますが、それを妨げるような形で行なわれることもあります。たとえば、子どもが一人で寝るようになるとか、一人でお風呂に入るようになるとか、そういう自立的な行動が、親の寂しさを埋め合わせるために妨害されてしまうのです。そして、ときにはそれが性的な色彩を帯びてくることもあるのです。


 一人寝と同じように、一人でお風呂に入るようになるのも、自立へのひとつのステップとなるわけですが、ここにも自立を妨害をしようとする親がいるのです。

もう胸が膨らんできて、父親と一緒に入浴するのが不適切な年齢に達しているにもかかわらず、うまく言いくるめてしまうのです。娘の方でも、まだ世間知らずで、中学生や高校生になっているのに、風呂には父親と入るものだと思っていたりするケースも、ときにはあるのです。

しかし、学校の友達との会話で、お風呂の話題になったときに、父親と一緒に入浴しているということを、何の疑問も持たずに話してしまい、その結果、友達から、異常だとか、父親が変態だとか言われて、強いショックを受けたりすることになるのです。

たしかに、父親との入浴に性的な雰囲気は一切無かったとしても、父親の方としては、娘の成長してゆく肉体を眺めて、秘かに楽しんでいたわけです。つまり、自分の楽しみのために、娘をだまして利用していたことになるのです。

一方、娘の方は、世間の常識を知ったことでその異常性に気づき、裏切られたという思いを抱きます。子どもというのは、親は自分のためになることをしてくれるはずだという期待を持ちますが、ただ単にそれが裏切られたというだけではなくて、自分の体が親の身勝手な楽しみのために利用されていたのだということも分かって、二重に裏切られた気持ちになるのです。

 自立心が正常に発達していけば、友達からバカにされるという思いが出てくるようになって、適当な年齢になれば、自分の方から一人で入浴すると言い出したりもするのですが、親にうまく利用されている場合には、このような自立心がなかなか育たなかったりします。それに、自分の体なのに、いつまでも親に洗ってもらっていたりしますと、自分が自分であるという感覚もあいまいになっていきますし、成長に伴って発生してくる「性的なプライバシー」も歪められてしまうのです。

この、性的なプライバシーの発達は、自分といものを確立するための重要な要素となってくるのです。このような性的なプライバシーについても、親から尊重してもらえずに、侵害されてしまうこともあるのです。

よくあるのが、年頃になった娘の裸を見たがる父親が、「つい、うっかりと」浴室のドアを開けてしまうケースです。そして、「ごめん、ごめん」と言って、笑ってごまかしたりするのです。

父親の方としては、冗談の延長のような軽い気持ちでやったりするのですが、見られてしまった方としては不愉快な気持ちが残ります。思春期になれば、そういうわざとらしい行動の意味を理解するようになるからです。

 このような性的なプライバシーへの侵害は、娘が部屋で着がえをしているときにも行なわれます。「つい、うっかり」ノックするのを忘れてドアを開けてしまった、というようなパターンです。しかも、着がえをする時間を見計らったかのようなタイミングで、ドアを開けるのです。

さらに、もっと侵略的な親になりますと、子どものプライバシーを侵害するために、もっと強力な方法を使ったりします。家が狭くて収納場所がないという理由で、子供の部屋の押し入れなどに、親が普段よく使うような品物をしまっておくのです。そして、それを取りに行くという口実で、頻繁に子供の部屋に出入りするのです。これは、子どもにとってはたまったものではありません。こうなると性的なプライバシーだけではなくて、「自我」への侵略を受けることにもなるのです。

このような度重なる侵略は、自分というものの境界を確立できずに、自他の区別があいまいなまま成長することにもなっていくのです。

 性的なプライバシーへの侵害は、親が自分の性的な部分を露出するという形で行なわれることもよくあります。たとえば父親が風呂上がりに、腰に巻いていたタオルが「偶然」落ちてしまい、年頃の娘にペニスを見られてしまうというようなケースです。

たしかに、偶然そうなることもあるでしょう。しかし、親が性的な刺激を得るためにわざとそうしたのなら、意味は違ってくるのです。ここには、隠された露出症的な意味合いが含まれてくるのです。

父親が湯船につかってから、石鹸を忘れたとか、タオルを忘れたとか言って、娘に持ってきてもらい、ドアを開けたときに、自分の股間をさらけ出したりするのです。

 このような行為は、すべて正当な言い訳のものとに実行されるのです。実際に石鹸を忘れることもあるでしょうが、たとえ意図的に忘れたとしても、いくらでも偶然を装うことが出来るのです。しかし、ときには冷静になって考えてみれば、その不自然さが浮かび上がってくるようなこともあります。

父親が腰痛になって娘に湿布薬を貼ってもらうときに、必要以上にお尻を露出させるとかいうケースでは、果たして自分で鏡を見ながら貼ることが出来ないのかとか、そんなにお尻の方まで露出必要があるのかとかいう疑問も出てきます。

 これらの露出症的な行為に共通しているのは、性的な誘惑の存在です。しかし、親としてもあまり大胆な行動に出るにはためらいがあるのです。親子間の性的なタブーを犯そうなどという、そんな大それた考えはないのです。ですから、何気ないような日常の行動を装うのです。そうすればいくらでも言い訳が出来ますし、罪の意識も持たなくて済むのです。


 このような、もっともらしい言い訳というのは、立場を逆転するために使われることもよくあります。たとえば、父親が幼い娘とプロレスごっこをして遊んでいるときに、父親の手が妙に娘の性的な部分ばかり触っているのを、母親が不自然に思ってとがめたりしたしても、「これはただの遊びであって、お前がいやらしい目で見るから、そういうふうに見えるんだ」と言いくるめるのです。そして、さらに、「いやらしい目で見ているお前の方が、おかしいのだ」と反撃するのです。

 このような、反撃は、たとえば、「偶然」裸を覗かれて不愉快になっている娘に対しても、「裸は自然で美しいものなんだ。見られて恥ずかしがったり、不愉快になったりするのは、お前の方がいやらしいことを考えているからなんだ」と、逆に強引に押し切ったりするのです。

そして、性的なプライバシーの侵害が行なわれているにもかかわらず、まるでなんでもないような自然なことにしてしまうのです。このようなやり方は、イジメのやり方と同じなのです。あくまでもふざけているだけなんだ、ということにするのです。もしも、イジメではないのかと抗議しても、冗談の分からないヤツだと言うことで、ごまかしてしまうのです。性的な虐待も、これと同じようにして行なわれることが多いのです。こういう状態にさらされ続けていますと、性的な境界が混沌としたものになって行くのです。

 もちろん、このような性的な侵略は、言葉によるカラカイという形で行なわれることもあります。生理が始まった娘に、卑猥な冗談を言ってみたり、成熟していく肉体に対して「色気付きやがって」などというひどい言葉を浴びせたりするのです。このような言葉によって、自分の体に対する嫌悪感を植えつけられていくのです。

 それから、性的な露出で、子どもに非常に大きな影響を与えるものに、夫婦の性生活をそれとなく露出するというパターンがあります。寝室のドアを「うっかりと」閉め忘れたことにして、子どもたちに覗き見をする機会を与えるとか、自分達のセックスの声が聞こえるようにしたりするのです。

このようにして、覗かれたり、あえぎ声を聞かれたりすることで、自分たちの性的な興奮を高めようとするのです。日本の住宅事情を考えてみれば、たとえ意図的ではなくても、子どもたちへの配慮がおろそかになると、性行為の気配に気付かれてしまうこともあるでしょう。

このような性行為の露出は、子どもに非常に大きな影響を与えます。たとえば性に対する嫌悪感や、羨望、嫉妬、恐怖、あるいは自分だけが除け者にされて見捨てられたような感情などをあおったりするのです。そして、こういう強烈な感情が、子どもの性的な方向性をゆがめてしまうのです。

 しかし、こういったこととは逆に、表面的には性的な要素がまったく無いような形で子供が利用されることもよくあるのです。

たとえば、父親が娘に接するときに、まるで妻であるかのようにして接するのです。親子ではなくて、夫婦のような心の親密さを娘に求めて来るのです。

娘の方でも、父親の求めに応じて、まるで妻にでもなったかのように振る舞うことで、父親との間に、ある種の一体感のようなものを感じることが出来るのです。

別に性的なことをするわけではありません。親と子の立場の違いをなくして、まるで夫婦のような対等な口のききかたをしたり、あるいは、妻ように父親の身の回りの面倒を見てやったりするのです。

しかし、妻であるかのように振る舞ったとしても、現実には、父親には本物の妻がいるのです。父親が娘の方に寄りかかっているときはいいのですが、本物の妻の方へ寄りかかって行ったときには、娘はまるで見捨てられてしまったかのような寂しさと、母親への激しい嫉妬を覚えるようになるのです。

そして、このような三角関係は、やがて性的な色彩を帯びてくることもあるのです。こうなると、親子の役割や境界が混乱したものになってくるのです。このような混乱は、娘を妻の代用品として利用しようとした父親によってもたらされるのです。娘はこのような混乱の中で、本来の子どもとしての自分を失ってしまうのです。

 
 このような、代用品としての妻の役をやらされて、ずっと親から利用され続けていますと、やがて自分が何者なのか分からなくなっていきます。親としては、子どもを利用しているなどという意識はなくて、ただ寂しかったり、話し相手が欲しくて、子どもにべったりと寄りかかって行くだけなのです。

子どもの方は、薄々自分が利用されているという持つこともありますが、何とか親の期待に応えようとして、代用品ではなくて、本当の妻になりたいという願望を抱くのです。そして、現実にはかなうはずのないこのような願望が、さまざまな葛藤を作り出して行くのです。

 このように、性的な出来事が無くても、少しずつ「近親相姦」的な感情が、植えつけられていくのです。ですから、もしも、子どもの方から親に性行為を仕掛けていったとしても、それ以前の段階で、親からの長期間にわたる刷り込みが行なわれているのです。日々の暮らしの中で、境界が少しずつ緩んでいって、親に対して性的な願望を抱くようにと仕向けられて行くのです。表面的には「相姦」のように見えても、そこに至るまでの、代用品として利用され続けていた、長い長い日々の積み重ねがあるのです。

いずれにしても、性行為に至らなくても、家族内での役割が混乱したり、性的な境界があいまいなものになったりしますと、それがさまざまな影響を子どもに与えることになるのです。そして、もし実際に性行為にまで進んでしまった場合には、さらに複雑で強烈な影響を与えることになるのです。
http://homepage1.nifty.com/eggs/jitai/incest/1mijika.html

近親姦の実態について


 実際に起きている近親姦の実態とは、どのようなものなのかと言いますと、どうやら近親姦にはおおざっぱに言って、「虐待」的な要素と、「お気に入り」的な要素の、両極端の二つの要素があるように思います。虐待的な要素というのは、言葉の暴力や、肉体的な暴力などを伴いながら、強制的に行なわれる性行為のことです。もう一方の、お気に入り的な要素というのは、いわゆる「お父さん子」とか言われるような、親子の親密で良好な関係を利用しながら行なわれる性行為のことを言います。この二つの要素は、それぞれが単独で現われるケースもありますが、二つの要素が複雑に入り混じっているようなケースもたくさんあるのです。

 ではまず最初に、虐待的なケースから書いていきましょう。これは、いわば家庭内レイプのようなものなのですが、通常のレイプ事件と違う点は、被害者には逃げ場がないということです。通常のレイプ事件というのは、もちろん被害者にとって非常にショックな出来事であり、精神的にも非常に大きなダメージを被るわけですが、それでも被害者には帰る家がありますし、そこには自分の寝室があり、自分のベッドや布団があるのです。しかし、家庭内で発生するレイプの場合には、どこにも安全な逃げ場がないのです。夜、眠っているときに、父親が勝手に寝室に侵入してきて、脅迫しながら力ずくで強姦したりするのです。そして、通常のレイプと大きく違う点は、被害者は子どもであり、しかも犯人は、自分を育ててくれている実の親なのだということです。つまり、被害者である幼い子どもは、犯人である親と一緒に生活しなければならないのです。まだ幼い子どもは、衣食住のすべてを親に依存しなければなりませんので、このような逃げ場のない状況が、さらに大きなダメージを与えることになるのです。

 さらに、家庭内レイプには、虐待的な行為が含まれてくるのです。たとえば、父親が幼い娘の膣に、むりやりペニスを挿入しようとして、膣口が裂けてしまったケースの写真を見たことがありますが、いったい、この親はなにを考えているのかと言いたくなるようなことが発生したりするのです。虐待的な親たちは、こいう唖然とするような非常識きわまりない行為を、性的な衝動に駆られたままに、平気でやってしまうのです。

 虐待は、このような性交を強要するものばかりではありません。幼い子供に対しては、ペニスをマッサージさせたり、フェラチオを強要したり、精液を飲むように言ったりするのです。もしも、子供が性的なサービスを拒否したりしますと、罵詈雑言を浴びせて、子どもの心をズタズタにしたり、浴室に連れ込んで、頭から小便を浴びせたり、あるいはトイレに連れて行って、泣き叫ぶ子どもの頭を便器の奥へ押し込んで、その上から水を流して溺れそうにさせたりするのです。ほかにも、肛門にアイスピックを挿入して直腸に穴をあけたり、膣や肛門への異物の挿入、さらに殴る蹴るだけではなくて、裸にして縛って部屋に監禁したり、食事を与えないで放置したり、何回も妊娠させて、そのつど子どもに嘘をつかせて堕胎を繰り返させたりするのです。このようにして、虐待的なケースでは、子どもの人間としての人格は完全に無視されてしまい、性的なオモチャのように扱われたりするのです。

 こういうケースでは、親は教育という名のもとに、子供のあら探しをすることがよくあります。そして、子どものやることに難癖をつけて、子どもを罰しようとするのです。そして、そのつど罰として性行為を強要して行くのです。このような親は、あらゆる思考が性行為へと結びついていくのです。このような虐待的な親の特徴としては、言うことがコロコロと変わったりして、非常に気まぐれなところがあったり、あるいは突然、怒りを爆発させたりするようなところがあるようです。怒りが暴走してしまいますと、親は自分でも感情をコントロールすることができなくなってしまい、場合によっては激怒に駆られて、突然子どもの首を絞めたりするようなこともあるのです。そして、このようなケースでは、首を絞めている途中で子どもが静かになってから、はっと我に返ったりするのです。まさに、殺人の一歩手前まで行ってしまうのです。このような、親の衝動的な行動というのは、まったく予測不可能な面があるために、子どもはいつどんなことをされるか分からないままに、常に虐待の不安にさらされることになるのです。

 こういう虐待の被害者というのは、言っておきますが、まだ幼い子どもなのです。たとえ、大人がこのようなひどい扱いを受けたとしても、精神的に大きなダメージを被ることになりますが、まだ幼い子どもたちは、大人以上に大きなダメージを被ることになるのです。普通の家庭の子どもであれば、テレビで「ドラエモン」だとか「サザエさん」だとかいう、平和な家族を描いたマンガなどを見て、無邪気に楽しんだりするのでしょうが、同じ年頃の子供たちの中には、親からフェラチオを要求されたり、むりやり強姦されたり、便器の中に頭を突っ込まれたり、首を絞められて殺されそうになったりしている子供たちがいるのです。「家族」という閉ざされた扉の奥で、このような虐待行為が行なわれているのです。しかし、それでも、子どもたちは生きていかなければならないのです。どんなにひどい家族であっても、子どもたちはそこで生きていかなければならないのです。その環境の中で、なんとかして生きて行く方法を考えなければならないのです。

 そして、その生きて行くための方法のひとつが、「心を凍らせる」ということです。心が何も感じなくなってしまえば、もう苦しむこともないのです。たとえば、手術のときに麻酔をかけて、痛みの感覚を麻痺させてしまうように、子どもは、自分の心を凍らせて、感情を麻痺させてしまうのです。そうすれば、心をズタズタに切り裂かれたとしても、もう何も感じなくなってしまうのです。なにも感じなくなってしまえば、虐待にも堪えることが出来るのです。そして、卑劣な親から強姦されるという、こういう忌まわしい出来事は、すべて忘れてしまえばいいのです。心を凍らせて、何も無かったことにしてしまえばいいのです。そうすれば、もうそのことで苦しむこともなくなるのです。このように、心を凍らせてしまうという行為は、激しいショックによって自分が発狂してしまわないようにするための、ひとつの安全装置として作用するのですが、しかし、後で詳しく書きますが、これが大人になってから、さまざまな心の障害となって現われて来るのです。

 さて、虐待的なケースについて書いてきましたが、これとはまったく正反対の位置にあるのが、いわゆる親の「お気に入り」になるようなケースなのです。この、お気に入りタイプでは、言葉による暴力や、肉体的な暴力はほとんど見られません。なぜかといいますと、親は子どもとの良好な愛情関係をうまく利用しながら、性行為へと誘導するからなのです。子どもは最初は少し抵抗を示すこともありますが、最終的には消極的ながらも、親との性行為を受け入れてしまうのです。あるいは、このような消極的な態度ではなくて、時として子どもの方から積極的に親を誘惑するようなケースもあるのです。このようなお気に入りタイプの子どもというのは、親と性的な関係を持つことによって、家族内でさまざまな特権を獲得していくことになるのです。たとえば、親の愛情を独り占めにすることができますし、自分の欲しいものを優先的に買ってもらったり、親との肉体関係を利用しながら家族内の人間関係を操作したりして、自分が家庭の中で中心的な存在になったりするのです。

 このような、お気に入りになってしまう子どもというのは、親との性行為を楽しんでいるようにも見えますし、親との間に濃厚な恋愛感情があったり、あるいは、まるで夫婦のような状態になったりするのです。しかし、子どもが大人になってから、自分のしてきたことやされてきたことの意味を知って、そのショックから精神的にボロボロになったりすることもあるのです。あるいは、いつまでたっても親との性行為を断ち切ることが出来ずに、自立の問題で苦しむことになるのです。たとえば、自分に恋人が出来たときに、親から妨害されたりして、なかなか親離れをすることが出来なかったりするのです。あるいは、たとえ親との肉体関係を終了させることが出来たとしても、精神的な分離や自立の問題を抱えることになるのです。

 お気に入りタイプでは、なぜ親が性行為へと誘導したのかといいますと、親が自分の子どもを、性的に利用したかったからなのです。親が勝手な都合によって、自分の子どもを利用しているだけなのです。こういう親というのは、子どもの自立の問題だとか、近親姦によって生じる心の問題だとか、そういうことはまったく考えていないのです。親は、性教育だとか、子どもへの愛情表現だとか、いろいろなことを言ったりしますが、それは言い訳にしか過ぎないのです。親は、ただ自分の性的な願望が満たされれば、それでいいのです。そのために、子供をうまく利用するのです。ですから、子どもが大人になって、性行為の意味を理解できるようになると、それに伴って、親が自分の体を利用していただけなんだという事も、理解できるようになるのです。そして、親の裏切り行為を知ったショックから、精神的に苦しむことになるのです。

 たとえ親が、「子どもの方から誘惑してきたんだ」と言ったとしても、大人同士の関係ならばともかく、子どもと大人の間では、このような言い訳は成り立たないでしょう。もし子どもが「あんなヤツ、殺して」と言ったら、子どもに言われるままに人を殺してしまうのでしょうか。善悪の判断をつけなければならないのは大人であり、それを子どもに教える責任が、親にはあるのです。

 こういうお気に入りタイプの近親姦の中には、ときとして歪められてしまった愛情や性欲のままに、親やきょうだいとの関係をいつまでも続けていくケースもありますし、なかには、近親姦の体験が自分にとっては有意義だったと言う人や、近親姦による悪い影響は何もなかったと主張する人たちもいるのです。しかし、こういう人たちの実態というのは、まだほとんど分かっていません。

 このように、近親姦には、虐待を伴う悲惨なものもあれば、親のお気に入りになってしまうものもあるのです。そして、実際にはこのような両極端な二つの要素が、複雑に絡み合っているような、中間的なケースもたくさんあるのです。たとえば、児童相談所などでの事例を見ますと、性交を強要する親に対して嫌悪感を抱いているにもかかわらず、ときには欲しいものを買ってもらったり、あるいは、今までほとんど親と話をしたことがなかったのに、関係を持つようになってからは一緒に食事に行くようになったりして、憎いはずの親に対して愛着を抱いたりすることもあるのです。こういう家族内の人間関係には、正反対の矛盾した感情が非常に複雑に絡みあっていたりするのです。

 このような近親姦の発生状況を見てみますと、赤ん坊の頃からずっと行なわれていることもあれば、子どもが思春期になってから発生することもあります。一回だけで終わることもあれば、何回か繰り返されることもありますし、継続的に長期間続くこともあります。そして、両親がそろっている家庭よりは、片親の家庭の方が発生率は高くなります。

 加害者は父親だけではなくて、母親も重要な役割を果しています。たとえば、夫と娘の近親姦に感づいていながら、見てみぬふりをしていたり、あるいは、夫から見捨てられて離婚になることを恐れる妻が、夫を繋ぎ止めるための材料として、娘を夫に差し出したりするようなこともあるのです。そして、最近外国で取り上げられるようになってきた、女性の加害者の問題があります。調査によりますと、従来から言われているような、夫から強制されて、仕方なく息子や娘と性行為をするようなケースよりも、女性が単独で自発的に性的虐待をするケースの方が、どうやらずっと多いようなのです。そして、このような女性の加害者というのは、どうやら想像以上に多く存在しているようなのです。この問題は、後で詳しく取り上げます。

 両親以外の加害者としては、きょうだい、親戚、知人などがあげられます。近親姦が発生する家族というのは、性的な境界があいまいなために、被害者は、複数の加害者から同時に関係を強要されたりすることがあります。たとえば、父親との近親姦と、兄との近親姦が同時に平行に進行していたりするのです。そして、ときには家族全員が近親姦に加わって、家庭内乱交のような状態になるケースもあるのです。それに、近親姦は異性間だけではなくて、同性間の近親姦も結構たくさん存在するのです。こういう近親姦の組み合わせにつきましては、後でそれぞれ個別に取り上げてみたいと思います。

 さて、このような近親姦を犯してしまう親というのは、どんな親なのでしょうか。一般的なイメージとしては精神異常者を思い浮かべるかもしれませんが、実際にはそうではないのです。たしかに、分裂病による精神的な混乱から近親姦に及んだり、知的障害者が近親姦におよぶようなケースもあります。しかし、これらは全体の一部でしかないのです。大部分は、一見普通の人たちなのです。所得や学歴、社会的な地位などには関係なく、近親姦は発生しているのです。しかし、あえて言えば、加害者には境界例的な要素が多分にあるのではないかと思います。たとえば、加害者に見られる性的な境界のあいまいさや、感情の不安定さ、アルコールなどへの依存傾向などは、境界例に通じるものがあります。それに、近親姦の被害者の症状は、境界例の診断基準にあてはまることも多いですし、世代間連鎖によって、被害者がやがて加害者になってしまうことも多いのです。

 次に、近親姦の問題を分かりにくくさせている、「秘密の共謀」という問題について書いてみたいと思います。前回、近親相姦タブーでも書きましたように、人間は進化の過程で隠れて性行為をするようになりましたので、その実態というのはなかなかつかみにくいのですが、近親姦の問題になりますと、秘密の共謀によって、さらに厳重に隠されてしまうのです。つまり、親が近親姦の事実を隠そうとするだけではなくて、子どもも事実を隠そうとするのです。加害者と被害者が、まるで共謀しているかのようにして、近親姦の事実を隠そうとするのです。

 まず親の方ですが、親としてはタブーを犯しているわけですから、もちろんなにがなんでも近親姦の事実を隠さなければなりません。もし、こんなことが他人に知られてしまったら、大変なことになってしまいます。アメリカですと、すぐに警察や福祉機関が介入しますし、親は逮捕されて刑務所に入れられてしまいます。そして、子どもが施設に保護されたり、親の親権が剥奪されたりして、あっという間に家族がバラバラになってしまうのです。アメリカでは、子どもに接する職業の人に対しては、虐待の事実を知った時には通報しなければならないという、罰則の伴った義務が課せられているのです。さらに、そういう職業の人たちだけではなくて、一般の市民の間にも、子どもへの虐待とか性行為というのは犯罪なんだという認識が、広く行きわたっているのです。ですので、もしも近親姦の事実が知られてしまったら、親は法的な処罰を受けるだけではなくて、仕事や社会的な信用なども一気に失うことになったりするのです。日本でも、不充分な形ではではありますが、警察や児童相談所などが子どもの保護に乗り出しますし、それに、もしもこんなことが近所の人たちに知られたり、あるいは妙な噂を立てられたりしますと、異常者あつかいされたり、変態あつかいされて、もうそこには住んでいられなくなってしまいます。ですので、なにがなんでも隠さなければならないのです。

 隠さなければならないという気持ちは、子どもにもあるのです。その理由のひとつは、親からの脅しです。卑劣な脅しや暴力による口封じが行なわれたり、あるいは親がうまく言いくるめたりするのです。そして、子どもは親からの報復を恐れて、口を開かなくなるのです。それだけではありません、子供自身にしても、親からひどいことをされている惨めな自分、親に性行為をさせられている自分、タブーを犯している自分、そういう自分を知られたくないという気持ちもあるのです。さらに、こんな忌まわしいことは忘れてしまいたい、無かったことにしてしまいたいという気持ちもあるのです。

 みなさんの中には、そんなひどいことをされているなら、なんで近所の人とか、学校の先生とかに訴えないのかと、不思議に思う人がいるかもしれません。これは、ふたたびレイプと比較して考えてみれば、理解が得られるのではないでしょうか。とは言っても、レイプの被害者に対しても、単純に「なぜ警察に訴えないのか」と言う人がいますが、被害者にとっては、これは非常に気の重い事なのです。訴えることによって、忘れてしまいたいような出来事に、裁判になったときに正面から向き合わなければならなくなるのです。さらに、自分自身が周囲の人から「レイプされた人」という偏見の目で見られることにもなるのです。こういうことと戦いながら、犯人を訴えるというのは、勇気と決断を必要とすることなのです。もしも、あなたが男性であれば、同性の人からレイプされた場合を想像してみてください。同性からレイプされた人として、警察で事情聴取を受けたり、裁判を戦ったりする勇気がありますか。

 近親姦の場合では、被害者は大人ではなくて、子どもなのです。大人でも訴えるには辛い思いをしなければならないのに、子供の場合には、なおのこと辛い思いをしなければならないでしょう。それに、子供の場合には、子どもの目の高さで物を見る必要があるのです。訴える相手は、他でもない自分の親なのです。生活のすべてを依存している親を訴えるということは、子どもにとっては恐ろしいことなのです。訴えた後、自分の生活はどうなるのかとか、まだ世間というものを知らない子どもにとっては、不安でいっぱいなのです。ですので、自分を絞め殺そうとした親であっても、それでも食事を与えてくれるますので、訴えるなどという見通しの付かないことをするよりは、今のままで堪えていた方がいいのです。

 さらに、このような秘密の共謀には、周囲の人たちの無理解も関係してくるのです。たとえば、もし被害者たちが訴えてたとしてもそんなことがあるはずがないということで取り合わなかったりすることがあるのです。あるいは、大人が精神療法の治療の過程で、幼いころにあった近親姦の体験を語ったとしても、こういう問題に理解のないセラピストたちが、「それはあなたの空想であって、実際には、そんなことはなかったんだ」などと決めつけてしまって、近親姦の事実が闇に葬られてしまうようなことがよくあるのです。これは、考えてみれば実におかしなことなのです。たとえば、患者が「私は若いころ、シンナーをやっていたことがあります」と言ったとき、「それはあなたの空想にしか過ぎないんだ。実際にはそんなことはなかったんだ」などと言うのでしょうか。あるいは、男の患者が、「実は五年くらい前に、女子トイレの盗撮をしたことがあるんです」と言ったら、これも空想だと決めつけるのでしょうか。

 通常の患者への接し方というのは、患者は本当のことを言っているのだ、ということを前提として話を聞くのではないでしょうか。そして、もしも途中で不自然な点や、矛盾した点が出てきたときに、初めて患者の言っていることを疑うのではないでしょうか。しかし、近親姦の場合には、最初から疑ってかかるのはなぜなのでしょうか。その理由としては、次回に書く予定の「逆転移」の問題もあるのですが、他の大きな要因として、近親姦というものが、まだ一般的には「あり得ること」として理解されていないからではないでしょうか。アメリカでは、多数の虐待の通報の中に、近親姦もたくさん含まれているために、実際にあり得ることなんだと言う社会的な認識が作られているのです。そして、たくさんの親たちが、過去の近親姦を子どもたちから告発されて、裁判で裁かれたりしているのです。

 しかし、最近になってこのような行き過ぎた告発への反動として、「偽りの記憶」という問題が社会的に取り上げられるようなってきました。これは、未熟なセラピストたちが治療の際に、過去に近親姦の事実があったのだという方向へ、患者を誘導してしまうことによって発生している問題なのです。そして、裁判になったときに、近親姦の事実関係を巡って、非常に混乱した状況が生まれているのです。そして、無実を主張する親たちが、子どもの記憶に基づいた証言によって、証拠が乏しいにもかかわらず、有罪の判決を受けているのです。その一方で、「偽りの記憶」を主張する人たちの「科学的な実験」にも、いろいろな問題点がありますので、こういった「記憶」の問題に関しましては、次回に詳しく書くことにします。

 では、日本では近親姦は「あり得ること」として認識されているのでしょうか。たしかに七十年代ころから、女性週刊誌などを中心として、盛んに近親姦の告白記事が取り上げられてきましたが、まだまだ「実際に」あり得ることとしては認められていないようです。やはり、なにかの大きな事件などがあって、警察によって近親姦の事実が立証され、さらにそれをマスコミが大きく取り上げて報道したりするようなことがないと、なかなか一般的に認められたと言う状態にはならないのではないでしょうか。

 しかし、日本でも、今から二十年ほど前になりますが、近親姦が絡んでいるのではないかと思われる、非常にセンセーショナルな殺人事件が起きているのです。川崎市に住む、予備校生の一柳展也が、金属バットを使って両親を惨殺したという事件です。当時、この事件は、過酷な受験戦争の影響による殺人事件として、マスコミで大きく報道されたのですが、ジャーナリストたちが取材をしていくに従って、不可解な点が次々と出てくるのです。もちろん警察は公式にはそんなことは一言も言っていないのですが、ここに「近親相姦」というキーワードを当てはめてみますと、たくさんの不可解な点が、すべて理解できてしまうのです。

 たとえば、検視官が意味ありげなことを漏らしていたり、殺し方に異常とも言えるほどの残虐さがあったり、あるいは警察の内部情報として、母子相姦の事実が分かって、これを公表するかどうかで非常にもめたという話があったり、その他にも事件に至るまでの家族の動向に、いろいろな不可解な点があったりするのです。そして、このような謎を解くキーワードとして、母親と息子の間に「近親相姦」があったのだという説が、浮上して来たのです。この近親相姦説は、一部のワイドショーでも取り上げられられたこともあるのですが、しかし、警察が公式的に否定している以上は、この説はあくまでも推測でしかないと言うことになってしまうのです。

 日本では、最近、子供への虐待が注目されるようになってきて、マスコミでも大きく取り上げられるようになってきました。ですので、いずれは近親姦による虐待や事件なども、大きく報道されるようになるのではないかと思います。そして、将来的には、近親姦という虐待も、身近に「あり得る」犯罪として、認識されるようになっていくのではないかと思います。
http://homepage1.nifty.com/eggs/jitai/incest/3jittai.html

http://www.asyura2.com/0403/dispute18/msg/339.html#c9

[] 「男はなぜ彼女に男友達を持つことを許さないのか」 あっしら
10. 中川隆[-12696] koaQ7Jey 2018年5月31日 23:18:53 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14638]
>「男はなぜ彼女に男友達を持つことを許さないのか」


女性も同じですけどね:


異常に嫉妬深い彼女に別れ話を持ちかけた。

やさしい人だったが妙にネガティブでさびしがり屋だった。 本格的に付き合いだしてはじめて彼女の異常さに気付いた。

俺の携帯がなるたびに誰からなのか何の話だったか執拗に問い詰める。 休日には必ず自分と一緒にいるように強制。 やむをえない仕事などの理由で一緒にいられない特はそれこそ十分おきに連絡が来る。とにかく俺の行動のすべてを管理したがった。

また自分以外の女性と俺が会話するのを一切認めない。近所の人に挨拶もさせない。 レストランとかでも店員が女性のときは必ず彼女が注文をとった。 仲のよかった姉が急に連絡してこなくなったのも彼女がさまざまな嫌がらせをしていたからだと知った。

さすがにやばいと思って彼女の実家に相談してみたが

「うちの子は前の男にふられてからだんだんおかしくなった。あなたと付き合うようになって(あれでも)だいぶ落ち着いた。
少々変なところもあるがかわいそうだから見逃してほしい」

言外にこれ以上娘がおかしくなるようなことをするな(別れるな)といってきた。
警察にいる友人にも相談してみたが、警察は色恋沙汰には死人でも出ない限り関わろうとしないらしい。 しかしさすがにこれ以上面倒も見切れない。話し合うにも言葉が尽きた。 これ以上一緒にいると俺が狂う。

彼女のマンションに行き、できる限り穏やかに遠回りに別れ話を持ち出してみた。

とたんに人とは思えぬ形相でめちゃくちゃに俺につかみかかる彼女。 必死で抑えつつ説得を試みるも執拗に俺の眼球を引っかこうとするさまに恐怖をおぼえ突き飛ばす。 思いっきり転んだ彼女は飛び起きながら台所に走りこむ。 今までに感じたこともない悪寒を覚え彼女が台所にいるうちに靴を残して彼女の部屋を飛び出した。

エレベーターをそわそわしながら待ってると彼女がドアをぶち破るように部屋から出てきた。 裸足で、手には包丁を持っている。それだけ確認して、来ないエレベーターを見限り階段に走る。 マンションの階段を転がり落ちるようなスピードで駆け下りるが追いすがる彼女の声を引き離せない。

一階正面ゲートから駐車場に着くより早く彼女が追いついてくる。 必死で走っている耳に彼女の荒い息が聞こえてくる。 逃げ切れないと判断してぎりぎりまで彼女が追いすがってきたところで急にしゃがみこんで足を払った。

彼女は俺につまづく形で勢いよく顔面からアスファルトに突っ込む。包丁を落としたので柄を蹴って遠くに飛ばした。 彼女が起き上がるより早く自分の車に駆け寄りながらポケットを探りカギを取り出す。 カギを開けてドアを開け中に滑り込むのをほとんど同時にやってのけエンジンをかける。

バックして方向転換、駐車場の外に向かってアクセルを踏もうとしたとき運転席ががばっと開いた。

息を吸った弾みに「ひいっ」とかぼそい情けない悲鳴がこぼれる。彼女を正視できない。 ゴミ処理用の焼却炉を稼動中にのぞいて猛烈な熱気に顔を背けたことがあるが
今の彼女はあれに似ている。

ほとんど反射的にアクセルを踏み込んで車を走らせた。 彼女はドアにつかまって併走しながら俺の名前を絶叫していたがスピードが上がってついに手を離した。爪がはがれたようで運転席側のドアの内には血の線が残った。

夜の街を制限無視で走りながら俺は泣きじゃくっていた。その日のうちに荷物をまとめて実家に逃げ込んだがその日から二度と彼女を見ることはなかった。 彼女からも彼女の実家からもまったく音沙汰がないので自殺でもしたのかとおびえていたが件の友人がさりげなく見てきたところ何事もなく普通に暮らしていたという。

時間がたって楽観的になった俺はまた自分のアパートに帰った。 夕食でも作ろうと冷蔵庫を開けると小包が出てきた。 いやな予感がしたがあけてみると中からは手紙らしい封筒と、あの日マンションにおいてきた靴が短冊状にずたずたにされた物がでてきた。

それを見たとたんあの日の恐怖がよみがえった。 心臓が急に暴れだし、口の中がが干上っていやな味がしてきた。 ひゅーひゅーと荒い呼吸をなだめながら恐る恐る同封されていた封筒を開けてみる。

予想した手紙ではなく、硬い花びらのようなものが手のひらに散らばった。 それが根元からはがれた十枚の爪だとわかったとたんに声を上げて手の平から払い落とす。

慌てて友人に連絡を取ろうとするが家の電話機が動かない。よく見ると電話線がちぎられていた。 喉から変なうめき声をもらしながら充電中の携帯を手に取るのと同時に着信。彼女から。さっきの爪の時のように携帯を放り出してへたり込んだ。

腰が抜けて座り込んでいる俺の後ろから玄関の鍵を開けてドアを開く音がした。
「早くでてよ」
http://syarecowa.moo.jp/114/40.htm  

▲△▽▼


多重人格者だった恋人の話
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僕が実際に体験した不思議な恋愛についてお話します。

三年程前、僕はある一人の女性と付き合っていました。

彼女は僕よりもいくつか年上だったのですが、子供っぽい雰囲気を持つ人でした。
容姿から喋り方、仕草まで全てが幼い子供のような人でした。
今思うと、彼女は本当に子供だったのかも知れません。

付き合い始めた切っ掛けは、偶然にもお互いに一目惚れだったのです。

もちろん、初めて会った日から交際を始めたのでは無く、それから随分経ってから交際が始まりました。

最初はお互いに容姿から好きになったのですが、喋ってみると趣味などの共通点も多く、気が付くと彼女の全てを好きになっていました。

共通の友達がいたのですが、彼女の事を好きな友人がいた為、仲間内では内緒で交際をしていました。

友人に隠し事をするのはいい事ではありませんが、共有する秘密を持つ事でより親密な関係になっていったのだと思います。

極々普通のカップルで相思相愛、何の不満も無くお互いに幸せな日々を過ごしていました。

しかし、ある日を境に信じられない展開になります。

話の始まりは、彼女と付き合って半年ほど経ったある日の事です。
いつものように彼女が夕飯の支度を、僕はその横でお手伝いをしていました。
料理を作りながら二人で仲良く話をしていると…

何が切っ掛けか分かりませんが、突然、彼女は僕の事を忘れてしまったのです。
半年付き合っていて、今の今まで話していて、喧嘩したワケでも無く、唐突に

「あなた誰?」

と真顔で言われたのです。

僕には何が起きたのか理解できませんでした。
何を話しても僕の事を思い出してくれないのです。

何故、自分がここにいるのか?
何故、知らない貴方と料理を作っているのか?

彼女は僕に質問をマシンガンのように浴びせました。

しかし、状況を理解できず混乱している僕に彼女の問いに答える余裕はありませんでした。

最初はイタズラかと思いましたが、少し落ち着いてから順を追って話をしてみると、どうやら本当に僕の事を知らないみたいなのです。

そして、彼女の喋り方や仕草は明らかに僕の知っている彼女では無かったのです。
言うなれば完全に別人でした。

事態を把握できないまま、僕は自分自身の事や僕の知っている彼女の事などを彼女に話す事から始めました。

そして彼女の話を聞いている内に彼女が多重人格である事が分かりました。

今、話をしている彼女は僕の知らない人格の彼女だったのです。

つまり、彼女からしても僕とは初対面なので、まったく知らない人だったのです。
しかし、僕の事を知ったもう一つの人格の彼女はその後も頻繁に僕の前に出てくるようになりました。

これを境にごく普通の幸せな恋愛から現実離れした特異な恋愛に変わっていったのです。

後になって知った事なのですが、彼女は幼い頃に家族から受けた虐待が原因で人格が分離してしまったようです。

本当に極一部の人にしか当てはまらない事なのですが、そういった虐待などの経験を持つ人の中には、通常の思い出を記憶する場所とは別のところに辛い思い出を記憶してしまう人がいるのです。

簡単に言うと辛い事を記憶する場所が別に用意されているのです。

人の人格は経験…、つまり記憶から作られていると言っても過言ではありません。
辛い事を別の場所に記憶すると、その記憶が溜まるにつれて一つの別人格が生まれてくるのです。

言わば同じ一つの身体の中にまったく違う過去を持った二人の人間が存在するようになるのです。

一つの人格は普通の生活を送ってきた記憶しかないので、とても純粋な子供のような性格です。

社会に出すのが怖いほど純粋過ぎる性格でした。

もう一つの人格は、家族からの虐待など辛い事だけを味わってきた人格です。

精神的にはとても強いのですが、やはり辛い現実ばかりを見てきた為に、考え方が曲がった部分も多く、性格はツンツンしていて突っ張った印象を受ける人格でした。

しかし、彼女は自分が辛い思いをしてまで、もう一人の純粋な自分をずっと守ってきたのです。

気の強い人格の彼女は口調もきつく、多少接し辛いところもありましたが、今まで辛い思いをしてきたのだと思うと、僕は彼女のきつい性格を嫌いになる事はできませんでした。

元々はもう一人の自分を守る為に生まれてきた人格なので、きつい口調の中にたまに優しさを垣間見ることもあり、次第にその人格の彼女の事も好きになり始めました。

純粋な人格が妹だとすると、気の強い人格の彼女はまるでお姉さんのようでした。
知識も豊富なので、もしかしたら今まで殆どの時間は気の強い彼女が過ごしてきたのかも知れません。

それほどに辛い時間が多かったと言う事でしょうか…。

出会った頃の僕は、純粋な人格の彼女を好きだったのです。

気の強い彼女は付き合い始めの頃は、僕の前に出てくる事も無かったからです。

次第に僕は両方の人格を好きになっていたのですが、そこで問題が起きたのです。
気の強い人格の彼女が純粋な性格の彼女に対して嫉妬をし始めたのです。

それは僕が純粋な性格の人格の彼女をも好きだったからです。

それに対し気の強い人格の彼女は強く嫉妬しました。

僕にはどっちか一方の人格だけを好きになる事なんてできませんでした。
人格は二人であれ、身体は一つしかない一人の女性なのですから。

その一人の女性を人格によって好き・嫌いと別ける事など僕にはできません。
ただ僕自身もまるで二人の女性を愛しているような、そんな錯覚に陥っていたのも事実です。

そこで僕が導いた答えは二つの人格を一つにする、つまり多重人格を治すという事でした。

ここまで極端に違う性格を一つにしたらどういう人格になるかなんて想像できません。

しかし、一つにする事は今後の彼女の為を考えても必要な事だと思いました。

僕なりに色々と調べたのですが、多重人格と言うのは一度かかると癖になるらしいのです。

最初は辛い事だけを別の場所に記憶する事から始まるのですが、それに慣れてしまうと無意識に辛い事以外の思い出も複雑に記憶する場所を別けてしまうのです。
その場所が増えれば増えるほど人格も増えていきます。

それは彼女にとって日常で差し支えになる事は言うまでもありません。
僕は彼女の人格を一つに統一させる事を決意したのです。

人格を一つにするのに必要なのは、別々に別れた全ての記憶を繋げるという事です。

それぞれの人格から彼女の記憶を聞き出す事から始まりました。

彼女の記憶をたどって行くと、小学生の頃の親の離婚が原因で母親が暴力を振るうようになった事から人格が別れ始めた事が分かりました。
この時期を境に彼女の兄も暴力を振るい始めました。

背後を蹴られ階段から突き落とされたり、沸騰した鍋の中の湯に顔を突っ込まれそうになったりなど…
殺されてもおかしく無い程の酷い虐待だったようです。

本来ならば守ってもらえるはずの家族に殺されそうになるという、とても残酷な話でした。

頼れる相手のいない彼女は鏡の中の自分に相談して自分自身を慰めるようになっていったのです。

そして、鏡の中の自分が今の自分とはまったく違う人格だと信じ込み、その人格に憧れを抱くようになったのです。

当時、小学生であった彼女にはあまりに過酷な環境だったのでしょう。
行き場を無くした彼女は、自分を守る為に徐々に新しい人格を作っていったのです。

まるで鏡の中の自分を現実の存在にするように…。
この話は気の強い人格の彼女から聞いたものです。

純粋な人格の彼女はまったく知らない事実です。

しかし、その事実を彼女に話さなくては症状は改善されません。
純粋な人格の彼女は家族を愛していました。
家族にも優しかった時期があるのです。

それは両親が離婚する前でした。
全ての歯車は両親の離婚を境にずれ始めたのです。

離婚の事や女手一つで子供二人を養って行く厳しさが原因で、母の精神状態はストレスで限界に達していたのでしょう。

優しかった母は子供に暴力を奮うようになり、それまで仲良く遊んでくれていた兄も次第に彼女に対し暴力を奮うようになり、彼女は孤立していったのです。

純粋な人格の彼女はそんな虐待の記憶は無く、優しいお母さん、頼りになるお父さん、一緒に遊んでくれるお兄さんの記憶しかありません。

そんな彼女に真実を語る事は、家族との綺麗な思い出を壊してしまう事になるのだろうと思いました。

しかし、真実を知らないままでは彼女の症状は改善されないでしょう。

彼女の悲しむ顔を見るのは僕もとても辛かったのですが、ありのままを話す事にしました。

家族による虐待があった事から、中には第三者による性的な虐待を受けた話もありました。

その話を聞いた僕も辛かったですが、事実を知った彼女はもっと辛かった事でしょう。

それを物語るかのように、純粋な彼女は気の強い彼女に何度も入れ替わろうとしていました。

気の強い彼女が出てくる度に、僕は純粋な人格の彼女を出すように頼みました。
そういった事を繰り返しながら、ゆっくりとゆっくりと真実を彼女に伝えて言ったのです。

最初は僕の話を信じず、ただ泣くだけだった彼女も次第に信じ始めました。

時間はかかりましたが、最後には全ての事実を彼女は受け止める事ができました。
せめてもの救いが、家族と彼女は既に離縁しているので二度と虐待を受ける事は無いと言う事です。

彼女には身内がいません。

家族と離縁してからは、付き合っていた彼氏と同棲するなどして暮らしていました。

幸いにも彼女はかなりの美貌の持ち主であった為に、男性には困った様子も無く、恋人と別れたとしてもすぐに新しい彼氏を見つけ同棲をする事ができたようです。

中には多重人格の症状に気付いた彼氏もいたようですが、彼女のあまりの変貌振りについていけずに別れた人も多いようです。

治そうと試みた彼氏もいたのですが、結果的には失敗に終わり、精神的な辛さから別れてしまうケースが殆どでした。

その度に彼女は自分の居場所を探さなくてはいけないかったのです。
そういった不安定な生活が彼女を苦しめたのは言うまでもありません。

記憶の糸を繋げていくにつれて彼女に変化が表れ始めました。

今までは一人の人格が出ている時はもう一人の人格は暗闇の中に閉じ込められて身動きが取れないような状態であったようですが、症状が改善するにつれてその暗闇が無くなっていったのです。

暗闇が晴れる事によって、一人の人格が今何処にいて何をしているか、もう一人の人格が認識できる状態になったのです。

少なくともこれからは、それぞれの人格で記憶が違ってくる事は無くなったのです。

それから毎日のように彼女の記憶が分離しないように、一日の終わりに今日は何をしたかなど詳しく聞くようにしました。

普通の人には簡単な事でも彼女のように記憶障害を持つ人にとっては、一日全ての行動を正確に思い出す事は容易な事では無いのです。

それでも日が経つに連れ、彼女の症状が次第に良くなっていくのが分かりました。

そして、暫く経ったある日…。
ついに彼女の中の二つの人格が一つになる時が来たのです。

これほど突然に多重人格の症状に終止符を打たれるなど思ってもいませんでした。
もしかしたら、彼女の中の暗闇が取り除かれた時から、いつでも多重人格を治せる状態にあったのかも知れません。

あとは彼女の決意次第だったのでしょう。

彼女の話によると、多重人格を治すにはどちらかの人格が今後の人格のベースになる必要があるようなのです。

つまり、どちらか一方の人格は完全に消えてしまうという事です…。

もちろん、僕にはそれを選ぶ事はできません。
もし選ぶ事ができたとしても、僕には答えは出せなかったでしょう。

消えてしまう人格にとっては、それは永遠の眠りなのです…。

僕は二つの人格を共に同じくらいに好きでした。

二人の人格を愛していた僕にとって、どちらが選ばれるにせよ、それを受け入れる事ができそうにありませんでした。

僕の心の準備も出来ていない内に

「消えるのは私の方だよ。」

と、気の強い彼女が言いました。

気の強い彼女が今まで見せた事のないくらいに悲しい顔をしていました。
今思うと、彼女自身、どちらの人格がベースになるかなど選ぶ事はできなかったのでしょう。

ただ、僕に気を使って…、まるで彼女自身の意思で消える事を決意したかのように…

そう演じようとしていたのではないでしょうか…。

元々、彼女は純粋な人格を守る為に生まれてきた人格です。

自分の存在意義から残るのは自分じゃない…、そう自覚していたと思います。
僕は彼女との思い出など絶え間なく話し、最後の時間を過ごしました。

絶え間なく話しをした事は、彼女の気を紛らわす為でもありましたが…

何よりも、話を止めたら、すぐに彼女が消えていなくなってしまいそうだったからです。

彼女は何も言わずに話す僕の顔を見つめていました。

彼女に僕の声が届いているのか、それさえも分かりませんでした。
それでも僕は話を続けました。

しかし、彼女の意識が薄れていくのがはっきりと分かりました。
意識の限界を感じたのか、彼女は少し笑みを浮かべて

「ありがとう…。」

と、呟きました。
それが彼女の最後の言葉です。

彼女は小さな体を震わせ、大粒の涙を流していました。
気の強い彼女が見せた最初で最後の涙です。

僕は震える彼女の体を包み込む様に抱きしめました。
もっと話をしたかったけど言葉にする事もできず、そのまま静かに抱きしめていました。

本当にこれで良かったのか?
と、僕は何度も何度も自分の胸に問い掛けました。

そんな僕の想いとは裏腹に、彼女は苦しみから解放されたかのよう、まるで生まれたての赤ちゃんの様な表情を浮かべていました。

彼女を苦しめてきた全ての物を心の底から憎みました。
家族から愛を与えられず、虐待を受け、性的な暴行など受け、幼い心に深い傷を負い…。

何が起きているのか、誰に助けを求めてもいいかも分からない。
とても言葉では表せない程に、辛く悲しい体験をしてきたのでしょう。

「もう何も辛い事は無いよ…。」

せめて今だけでも気持ちよく眠りについて欲しいと願いました。

彼女が消えた後、彼女が存在した事を証明するものは何も残りません。

人の死は記録に残りますが、彼女のように人格だけの存在では何一つ記録には残りません。

彼女にとって、それは言い表せない程の孤独感だったと思います。

「体が二つあったらいいのにね。」

時折、彼女が言っていた言葉の意味の深さを改めて感じさせられました。

暫くすると、彼女の体の震えも収まり、彼女は深い眠りについた様でした。
僕は眠る彼女を静かに見つめていました。

このまま目を覚まさないかと思う程に静かに眠っていました。
それからどのくらいの時間が流れたのか、僕には分かりません。
ふと、彼女の体が動いたかと思うと、彼女は目をゆっくりと開けました。
その眼差しは、今まで僕と話していた彼女のものではありませんでした。

目を覚ました彼女は、幼さは残っているものの何処か垢抜けたような、そんな印象を受けました。

気の強い彼女とまではいきませんが、何処と無く大人っぽく見えました。
二つの人格が一つになったようです。
僕も彼女も望んだ結果です。

彼女が生きていく為、そして、僕と彼女が一緒にいる為。
そう信じてやまなかったから、二人で困難を乗り越える事ができたのです。
しかし、人格の統合は想像もしない結末を招いたのです。

一見、今までで言う純粋な人格の彼女なのですが…。
記憶が繋がり全てを知った彼女は、今までの彼女とは大きく違うところもありました。

記憶が繋がる事で人を知り、人を疑う事を覚えました。

人を疑う事は時には必要な事です。
しかし、僕は疑う事を知らない純粋な彼女に惹かれていたのも事実です。
望んだ結果であるはずなのに…、僕は不安を感じ始めていました。

彼女は、僕を含めたこの世の中に対する見方が変わりました。

疑う事を知った彼女が、僕だけ疑わないなどと都合の良い事はありません。
彼女には今まで経験してきた全ての記憶があるのです。

幼い頃にあのような辛い経験をした彼女が、そう簡単に人の事を信じれるはずは無いのです。

二つの人格を一つにすると言う事は二つの人格を失う事…。
そう気付いたのは僕と彼女の関係に終焉が迫っていた頃でした。

僕は彼女の多重人格を治す事に二人の未来があると盲目的に信じるあまり、一つになった彼女にどのような変化が起きるかなど考えもしなかったのです。

一時期は結婚という話も出ていたのですが、次第にそういった話をする機会も無くなってきていました。

そして時は経ち、僕と彼女は別れる事になりました。

別れた事は辛かったのですが、それでも月日が経つにつれ精神的にも落ち着きを取り戻し始めました。

あの時の状況の変化に耐えれる程に、もう少し僕に精神的な強さがあればと悔やみました。

しかし、多重人格が治った事で彼女の為になったのならそれは満足です。

あれから数年の月日が経ちました。

彼女が受けた幼い頃の心の傷は一生背負い続ける事でしょう。
だけど、せめて今は幸せな生活を送っている、そう信じ願います。
http://an.to/haru/


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 僕の実際に経験した変わった恋愛についてお話します。
http://an.to/haru/i/


2年程前に僕はある一人の女性と付き合っていました。

彼女は僕よりもいくつか年上だったのですが子供っぽい雰囲気を持つ人でした。
見た目も僕の方が断然年上に見られる事が多かったです。

容姿から喋り方や仕草まで全てが幼い感じでした。

よく真夜中に寝ている僕を強引に起こしてコンビニに一緒にアイスを買いに行こうと誘うなど少しワガママな面もありました。

都内でも近くにコンビニの無いところに住んでいるのでバイクに乗って一番近いコンビニまで行ってました。

寝ぼけた頭で二人乗りはちょっと怖かったですが…。(^^;

何だかんだ言っても彼女の事が好きだったのでどんな形であれ一緒に過ごす時間はとても幸せでした。

ワガママな面も含めて僕は彼女の事を愛していました。
最初は偶然にもお互いに一目惚れだったのです。

悪い言い方をすれば顔だけで好きになってしまったのですが喋ってみると趣味などの共通点も多く気が付いたら彼女の全てを好きになっていました。

ごく普通のカップルでお互いに幸せだったのですが,ある事を切っ掛けに意外な方向へ急展開するのです。

その話をする前に言ってしまうのですが最終的には彼女とは別れる事になります。
この事が無ければ彼女と別れる事は無かっただろうとまで言い切る事はできませんが少なくともその要因にはなった事は確かです。

それではその話をしていきます。

話の始まりは彼女と付き合って半年ほど経ったある日の事です。

二人で一緒にいる時に何が原因か分からないのですが、彼女はいきなり僕の事を忘れてしまったのです。

半年付き合っていて今の今まで話していて喧嘩したワケでも無く、いきなり「あなたは誰?」と彼女は言い出したのです。

僕には何が起きたのか理解できませんでした。
何を話しても僕の事を思い出してくれないのです。

最初はイタズラかと思いましたがどうやら本当に僕の事を知らないみたいなのです。

そして彼女の喋り方や仕草は明らかに僕の知っている彼女では無かったのです。
言うなれば完全に別人でした。

事態を把握できないまま僕は自分自身の事や僕の知っている彼女の事などを彼女に話す事から始めました。

そして彼女の話を聞いている内に彼女が多重人格だという事が分かりました。

今、話をしている彼女は僕の知らない人格の彼女だったのです。

つまり彼女からしても僕とは初対面なのでまったく知らない人だったのです。
この事を切っ掛けに僕の事を知ったその人格の彼女はその後も頻繁に僕の前に出てくるようになりました。

これを境にごく普通の幸せだった恋愛から特異な恋愛に変わっていったのです。

後になって知った事なのですが彼女は幼い頃に家族から受けた虐待が原因で人格が分離してしまったようです。

本当に極一部の人にしか当てはまらない事なのですが、そういった虐待などの経験を持つ人の中には通常の思い出を記憶する場所とは別のところに辛い思い出を記憶してしまう人がいるのです。

簡単に言うと辛い事を記憶する場所が別に用意されているのです。

人の人格は経験…つまり記憶から作られていると言っても過言ではありません。

辛い事を別の場所に記憶してその記憶が溜まるにつれて一つの別人格が生まれてくるのです。

言わば同じ一つの身体の中にまったく違う過去を持った二人の人間が存在するようになるのです。

一つの人格は普通の生活を送ってきた記憶しかないので純粋な普通の性格です。
無知すぎる程の純粋な性格でした。

もう一つの人格は家族からの虐待など辛い事のみを味わってきた人格です。
精神的にはとても強いのですが、やはり辛い現実ばかりを見てきた為に考え方が曲がった部分も多く性格はきつい印象を受ける人格でした。

しかし彼女は自分が辛い思いをしてまでもう一人の純粋な自分をずっと守ってきたのです。

気の強い人格の彼女は口調もきつく多少接し辛いところもありましたが、今まで辛い思いをしてきたのだと思うと僕は彼女のきつい性格を嫌いになる事はできませんでした。

元々はもう一人の自分を守る為に生まれてきた人格なのできつい口調の中にたまに優しさを垣間見ることもあり、次第にその人格の彼女の事も好きになり始めました。

純粋な人格が妹だとすると気の強い人格の彼女はまるでお姉さんのようでした。
知識も豊富なのでもしかしたら今まで殆どの時間は気の強い彼女が過ごしてきたのかも知れません。

それほどに辛い時間が多かったと言う事でしょうか…。
出会った頃の僕は純粋な人格の彼女を好きだったのです。

気の強い彼女は付き合い始めの頃は僕の前に出てくる事も無かったからです。

次第に僕は両方の人格を好きになっていたのですがそこで問題が起きたのです。
気の強い人格の彼女が純粋な性格の彼女に対して嫉妬をしはじめたのです。

それは僕が純粋な性格の人格の彼女をも好きだったからです。それに対し気の強い人格の彼女は強く嫉妬しました。

僕にはどっちか一方の人格だけを好きになる事なんてできませんでした。
人格は二人であれ身体は一つしかない一人の女性なのですから。

その一人の女性を人格によって好き、嫌いと別ける事は僕にはできません。
ただ僕自身もまるで二人の女性を愛しているような錯覚に陥っていたのも事実です。

そこで僕が導いた答えは二つの人格を一つにする、つまり多重人格を治すという事でした。

ここまで極端に違う性格を一つにしたらどういう人格になるかなんて想像できません。

しかし一つにする事は今後の彼女の為を考えても必要な事だと思いました。
僕なりに色々と調べたのですが多重人格と言うのは一度かかると癖になるらしいのです。

最初は辛い事だけを別の場所に記憶する事から始まるのですが、それに慣れてしまうと無意識に辛い事以外の思い出も複雑に記憶する場所を別けてしまうのです。
その場所が増えれば増えるほど人格も増えていきます。

それは彼女にとって日常で差し支えになる事は言うまでもありません。
ですから僕は彼女の人格を一つにまとめる事を決意したのです。

人格を一つにするのに必要なのは別々に別れた全ての記憶を繋げるという事です。
それぞれの人格から彼女の記憶を聞き出す事から始まりました。

彼女の記憶をたどって行くと小学生の頃の親の離婚が原因で母親が暴力を振るうようになった事から人格が別れ始めた事が分かりました。
この時期を境に彼女の兄も暴力を振るい始めました。

背後を蹴られ階段から突き落とされたり、沸騰した鍋の中の湯に顔を突っ込まれそうになったりなど…殺されてもおかしく無い程の酷い虐待だったようです。

本来ならば守ってもらえるはずの家族に殺されそうになるというとても残酷な話でした。

頼れる相手のいない彼女は鏡の中の自分に相談して自分自身を慰めるようになっていったのです。

そして鏡の中の自分が今の自分とはまったく違う人格だと信じ込みその人格に憧れを抱くようになったのです。

当時、小学生であった彼女にはあまりに過酷な環境だったのでしょう。

行き場を無くした彼女は自分を守る為に徐々に新しい人格を作っていったのです。
まるで鏡の中の自分を現実の存在にするように…。

この話は気の強い人格の彼女から聞いたものです。
純粋な人格の彼女はまったく知らない事実です。

しかしその事実を彼女に話さなくては症状は改善されません。
純粋な人格の彼女は家族を愛していました。
家族にも優しかった時期があるのです。

それは両親が離婚する前でした。
全ての歯車は両親の離婚を境にずれ始めたのです。

離婚の事や女手一つで子供二人を養って行く厳しさが原因で母の精神状態はストレスで限界に達していたのでしょう。

優しかった母は子供に暴力を奮うようになり、それまで仲良く遊んでくれていた兄も次第に彼女に対し暴力を奮うようになり彼女は孤立していったのです。

純粋な人格の彼女はそんな虐待の記憶は無く優しいお母さん、お父さん、お兄さんの記憶しかありません。

そんな彼女に真実を語る事は家族との綺麗な思い出を壊してしまう事になるのだろうと思いました。

しかし真実を知らないままでは彼女の症状は改善されないでしょう。

彼女の悲しむ顔を見るのは僕としても辛かったのですがありのままを話す事にしました。

家族による虐待があった事から、中には第三者による性的な虐待を受けた話もありました。

その話を聞いた僕も辛かったですが事実を知った彼女はもっと辛かった事でしょう。

それを物語るかのように純粋な彼女は気の強い彼女に何度も入れ替わろうとしていました。

気の強い彼女が出てくる度に僕は純粋な人格の彼女を出すように頼みました。
そういった事を繰り返しながらゆっくりとゆっくりと事実を彼女に伝えて言ったのです。

最初は僕の話を信じずにただ泣くだけだった彼女も次第に信じ始めました。

時間はかかりましたが最後には全ての事実を彼女は受け止める事ができました。
せめてもの救いが家族と彼女は既に離縁しているので二度と虐待を受ける事は無いと言う事です。

彼女には身内がいません。

家族と離縁してからは付き合っていた彼氏と同棲するなどして暮らしていました。
幸いにも彼女はかなりの美貌の持ち主であった為に男性には困った様子も無く恋人と別れたとしてもすぐに新しい彼氏を見つけ同棲をする事ができたようです。

中には多重人格の症状に気付いた彼氏もいたようですが彼女のあまりの変貌振りについていけずに別れた人も多いようです。

治そうと試みた彼氏もいたのですが結果的には失敗に終わり精神的な辛さから別れてしまうケースが殆どでした。

その度に彼女は自分の居場所を探さなくてはいけないかったのです。
そういった不安定な生活が彼女を苦しめたのは言うまでもありません。

記憶の糸を繋げていくにつれて彼女の症状が目に見えて改善されて行くのが分かりました。

今までは一人の人格が出ている時はもう一人の人格は暗闇の中に閉じ込められて身動きが取れない状態であったようですが、症状が改善するにつれてその暗闇と言うのが無くなっていったのです。

つまり暗闇が晴れる事によって一人の人格が今、何処にいて何をしているのかがもう一人の人格が認識できる状態になったのです。

これで今後はそれぞれの人格で記憶が違ってくる事は無くなったのです。

暗闇が取り除かれてから数日後、ついに彼女の中の二つの人格が一つになる時がきました。

想像では少しずつ症状が改善されていくものと思っていたのですがある日突然、多重人格の症状に終止符を打たれるとは思ってもいませんでした。
もしかしたら彼女の中の暗闇が取り除かれた時からいつでも一つになれる状態だったの知れません。

あとは彼女の決意次第だったのでしょう。

彼女の話によると多重人格を治すにはどちらかの人格が今後の人格のベースになる必要があったのです。

それはどちらか一方の人格が完全に消えてしまうという事らしいのです。
もちろん僕には選ぶ事はできません。答えは彼女自身の中で決められる事なのです。

もし選ぶ権利があったとしても僕には答えは出せなかったでしょう。

何故なら僕は二つの人格を共に同じくらいに好きだったわけですし、消えてしまう方の人格にとってはそれは永遠の眠りなのですから…。

二人の人格を愛していた僕にとってはどちらが選ばれるにせよ辛く悲しい事です。

僕の心の準備も出来ていない内に気の強い彼女が「消えるのは私の方だよ。」と言いました。

気の強い彼女は今まで見せた事のないくらいに悲しい顔をしていました。
元々彼女は純粋な人格を守る為に生まれてきた人格です。
自分の存在理由から残るのは自分じゃないと判断したのでしょう。

僕は彼女との思い出など絶え間なく話しました。
それは彼女の気を紛らわすためでもありましたが、話を止めたらすぐにでも彼女が消えていなくなってしまいそうだったからかも知れません。

彼女は何も言わずに話す僕の顔を見つめていました。
彼女の耳に僕の言葉が聞こえているのかも分かりませんでしたがそれでも僕は話し続けました。

しかし彼女の意識が薄れていくのがはっきりと分かりました。
意識の限界を感じたのか彼女は少し笑みを浮かべて

「ありがとう…」

とつぶやきました。

それが彼女の最後の言葉です。

彼女は小さな体を震わせ涙を流していました。
気の強い彼女が見せた最初で最後の涙です。
僕は震える彼女の体を包み込むように抱きしめました。

もっと話をしたかったけど言葉にする事もできずにそのまま静かに抱きしめていました。

本当にこれで良かったのか?と僕は何度も自分の胸に問い掛けました。
そんな僕の想いとは裏腹に彼女は苦しみから解放されたかのようにまるで生まれたての赤ちゃんの様な表情を浮かべていました。

彼女を苦しめてきた全ての物を心より憎みました。

家族から愛を与えられずに虐待を受け、性的な暴行なども受けた人生。
誰に助けを求めてもいいか分からない。
言葉では表せない程に辛かったのでしょう。

「もう何も辛い事は無いよ…」
せめて今だけでも気持ちよく眠りについて欲しいと心から願いました。

間もなく体の震えも収まり彼女は眠りについた様でした。

僕は横に眠る彼女をずっと見つめていました。
このまま目を覚まさないかと思うほどに静かに眠っていました。

暫くして彼女の体が少し動いたかと思うと彼女は目をゆっくりと開けました。
それは今まで僕と話していた彼女ではありません。

目を覚ました彼女は純粋な性格の人格を少しあか抜けさせたような雰囲気でした。
気の強い彼女とまではいきませんが、純粋な性格の彼女は何処となく見た目も大人っぽくなっていました。

どうやら二つの人格が一つになったようです。

もちろんそれは僕も彼女も願っていた事なのですが、僕にとっては失ったものも大きかったようです。

一見、今までで言う純粋な人格の彼女なのですが記憶が繋がり全てを知った彼女は今までの彼女とは大きく違うところもありました。

記憶が繋がる事で人を知り人を疑う事を覚えました。
確かに多少は人を疑う事も必要です。

しかし疑う事を知らない純粋な彼女を僕は好きだったのも事実です。
望んだ結果であるはずなのに何処か僕と彼女の歯車が噛み合わなくなっていました。

一時期は結婚の話もしていたのですが次第にそういった話をする機会も無くなっていました。

それから暫くして僕と彼女は別れる事になりました。
結局、最後まで僕は彼女に馴染む事ができなかったのです。

僕自身、精神力を使い果たしていた事もあり人格が一つになった彼女を見る気力も残っていなかったのです。

僕の精神的な弱さが仇になった別れでした。

最後の最後に僕自身で彼女を幸せにする事ができなかったのが悔やまれます。
せめて彼女が今、幸せな生活を送っている事を願います。
そして虐待で苦しむ人達が少しでも減ってくれる事を願います。
http://an.to/haru/i/

http://www.asyura2.com/0403/dispute18/msg/339.html#c10

[昼休み52] "新喜び組"は23歳以下の美女たち! 中川隆
122. 中川隆[-12707] koaQ7Jey 2018年6月01日 13:02:49 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14650]
日本語訳では伝わらぬ、北を震え上がらせたトランプ書簡の恐ろしさ 2018.06.01
http://www.mag2.com/p/news/360745

トランプ大統領から書簡で米朝首脳会談の中止を告げられるや強気な姿勢が一変、「大統領をずっと内心で高く評価してきた」」と突如態度を軟化させた北朝鮮。金正恩委員長を震え上がらせたと言われるその書簡、「日本語に訳されるとオリジナルの雰囲気が伝わらない」とするのは、AJCN Inc.代表で公益財団法人モラロジー研究所研究員の山岡鉄秀さん。山岡さんは無料メルマガ『日本の情報・戦略を考えるアメリカ通信』の中で、原文で読むと無遠慮で率直な印象を受けるというトランプ大統領の書簡のニュアンスを紹介しています。

米朝会談とトランプ大統領の英語

全世界のアメ通読者の皆様こんにちは。山岡鉄秀です。

一旦キャンセルされた米朝会談が、一転して予定通り6月12日に開催されそうです。私は特に驚かず「やっぱりなー」と思いました。あのトランプ大統領の手紙読んだら、十分予想できる結果です。

すでに日本語に訳されて拡散しているので、多くの方が読まれたと思いますが、日本語に訳すとどうしても丁寧になりすぎて、オリジナルの雰囲気がいまひとつ伝わらないですね。

英語で一読して、「きっと自分で書いたんだな」と思いました。外交文書というよりも、自営業の社長が書いた感じ。不動産王なんだから当たり前ですね。「気が変わったらいつでも連絡してねー」とフレンドリーな装いですが、ひとことで表現すれば、“blunt – 無遠慮で率直”という印象です。

あの手紙のメッセージは、


俺は軍事行動起こすことに全然躊躇ないんだよね。

ということ。


米国人捕虜を解放してくれてありがとう!(もう人質はいないぜ)


戦争になれば、韓国や日本に甚大な被害が出るかもしれないけど、もともと両国は米国にとっては前線基地だから、被害が出るのは当たり前。躊躇する理由にはならないんだよね。だから、会談の中止は君らにも全世界にとって損失だった。惜しいことしたね!

そんな圧力がひしひしと伝わってきます。金正恩総書記がびびって慌てたのは素人目にも明らかでした。

昨夜、テレビを見ていたら、トランプ大統領が喋っていました。

「いい方向へ向かいそうだ。うまく行けばいいし、行かなかったらそれでも構わない」

“構わない”=Fine!

さりげなく、駄目でもFine(ファーイン)と言っていました。これも、「俺としては軍事行動になってしまっても構わない」と言っているようなもので、何気ない言葉の端々にトランプ大統領の覚悟“determination”が伺えます。

それが伝わるから、北朝鮮も交渉に乗らざるをえないし、「この男ならやりかねない」とびびったわけですね。あんな北朝鮮の姿、初めて見ましたね。金正恩総書記、慌てて文在寅大統領を呼び出して、抱擁までしてました。よほど心細かったのでしょう。

でも、文在寅大統領はもはや頼りになりません。彼の訪米は大失敗でした。トランプ大統領との会談後の記者会見、ご覧になりましたか?

文大統領を横に置いたまま、トランプ大統領が独演会のようにしゃべりまくり、挙句の果てには

「文大統領の発言は訳さなくていいよ。どうせ過去に聞いた話だから」

これ、すさまじい無礼です。トランプ大統領、完全にキレてますね。「この北朝鮮の下僕めが!」と侮辱しているのと同じです。韓国の国民はわかっているのでしょうか。

一方、米朝会談の前に、日米会談を行うことが発表されました。これで、安倍首相が蚊帳の外ではなく、キープレーヤーであることがはっきりしました。ここは必死必殺で、核問題のみならず、拉致問題の解決を実現して頂きたいと思います。

それにしても、トランプ大統領と安倍首相の相性が良くて本当にラッキーでした。日本が戦後最大の国難を迎え、大勝負に出ている今、国会でモリカケなどで安倍首相の体力と気力を消耗させている場合では本当にないのです。

そんなわけで、私はトランプ大統領の英語はとてもわかり易く、フレンドリーながら“ドス”が利いていたと思います。
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/906.html#c122

[リバイバル3] 苗場スキー場の元高級リゾートマンションが遂に10万円になった 中川隆
465. 中川隆[-12706] koaQ7Jey 2018年6月01日 13:03:57 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14650]

2018年06月01日
若者の地方移住ブーム 四国や長野に子育て世代が移住

豊かな自然に惹かれて移住する若者が多い(山梨)
画像引用:https://www.klasic.jp/klasiccms/wp-content/uploads/2018/02/hokutotakane_001-1.jpg

若者の地方移住ブームは本当だった

都会から地方への移住がブームと言われているが、自治体が発表した移住者の統計にも表れてきています。

四国の香川県では2017年度に移住した人は1375人、971世帯で過去最高になった。

移住元は中国四国地方が3分の1で、近畿が27.6%のほかは各地から移住してきていた。



年齢別では20代が31.8%、30代が24%と30代以下が55%を占め、若者の地方移住が裏付けられている。

静岡県も県外からの移住者が1070人で前年比3割増加、移住元としては6割が首都圏からだった。

年齢別では40代までが8割を占め、いずれも農村部よりは静岡市など市部への移住者が多かった。


若い世代が地方都市に移住していて、農村で農業を始めているわけではないという実態が見えてくる。

長野県への移住者も2017年度は1274人で、5年連続増加し前年比2割近く増加しました。

やはり首都圏からの移住者が6割で、8割の人が市町村の移住推進窓口を通していました。

「仕事」「収入」を最優先で確保する

移住を推進している自治体では、住居や就職先のあっせん、育児や学校などの相談に乗っている。

移住推進のための優遇措置として、一定期間住居を無料や低家賃で提供している場合があります。

ただし「家族連れのみ」「30代や40代まで」などファミリー世代限定というのが多い。


この数年の人気移住先としては、毎年1位と2位を争っているのが長野県と山梨県で、豊富な自然に惹かれた若者が多い。

それだけでなくこの2県は移住者支援制度も充実していて、相談窓口の対応もきめ細かい。

3位グループは静岡や岡山、広島、新潟、福岡などで、九州や東日本の自然が豊かな県が人気です。


アンケート調査で移住先の検討で重視した項目は、1番目が就職、2番目は自然環境、3番目は住居の確保、以下は利便性や公的サービスとなっている。

このうち障害になるのは就職先と住居の確保で、特に就職先は田舎に行くほど希望する職業に就きにくい。

田舎で必要とされている職業能力は、意外にもIT関連がトップで、地方では人材確保が困難なことから人手不足が深刻です。


最も良いのはネットで完結する仕事を都会でしていた人で、居住先が変わっても同じように仕事ができる。

ネット関連でもなくITスキルも無い場合は厳しくなり、望む職種で希望の収入を得るのは難しいでしょう。

最優先するのは自然環境よりも「仕事」「収入」の確保だといえる。
http://www.thutmosev.com/archives/76352122.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/565.html#c465

[お知らせ・管理20] これが阿修羅に巣食う電通工作員 中川隆
151. 中川隆[-12705] koaQ7Jey 2018年6月01日 13:15:03 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14650]

「阿修羅」が陰謀論系「小沢信者」の巣窟であることはまぎれもない事実
mixiユーザー 2017年08月13日 15:24
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=6293696&id=83618076

kojitakenの日記 2011-11-26 12:41

「阿修羅」が陰謀論系「小沢信者」の巣窟であることはまぎれもない事実
阿修羅, 陰謀論
『vanacoralの日記』のコメント欄より。


http://d.hatena.ne.jp/vanacoral/20111123#c1322128303

a改めb 2011/11/24 18:51
「小沢信者・陰謀論者の巣窟であると同時に橋下信者の巣窟でもある阿修羅掲示板より。」

阿修羅に問題がないとは言わない。だが、この発言はあんまりだ。政権交代前後から小沢信者という人達が現れ始め、勢力が拡大したものの、民主党が国民の生活が第一路線から脱線し始め、東日本大震災、原発事故の不手際から離反者が続出している。

陰謀論についていえば、どこからが陰謀論でどこまでが陰謀論でないのか、人によって線引きが違う。前原のような新自由主義者からみれば、TPP反対論者すべてが陰謀論者だろう。米ウォール街の金融資本家たちと日本の松下政経塾出身のネオリベ政治家たちとの間には密接な結びつきがある。

橋下にいたっては、明らかに批判勢力のほうが強い。取り上げられたスレッドにおいてもコメント欄で思いっきり叩かれた。(かくいう私も該当スレッド内において何度も橋下を批判した。)

また、ダイナモ氏、gataro氏、AAA+氏などのような左派も存在する。

阿修羅よりも利用者が多く、新自由主義に批判的で反米リベラルな掲示板は存在するのだろうか。もし、あるのなら紹介してほしい。

あるいは「内政干渉」にあたるのかもしれないが、橋下! 小沢一郎にひれ伏したかいがあったな! - kojitakenの日記 で、

陰謀論系掲示板「阿修羅」
と書いたばかりの私がコメントしておこう。


「阿修羅」が陰謀論系小沢信者の巣窟であることは、私に言わせればまぎれもない事実だ。

当ブログや『きまぐれな日々』にコメントされる方の中にも、「阿修羅」の愛読者は多く、ひところはさる「小沢信者」によく「お前のブログは『阿修羅』でこう引用されて、こう言われてるのを知ってるだろ」と言われたものだ。だが、あいにく私はネット検索に引っかかった時以外、「阿修羅」を見に行く趣味はない。たまにネット検索で引っかかった時には見に行くが、毎回毎回陰謀論であふれ返っているのに辟易している。

「陰謀論」の何がいけないかといって、たとえば「小沢信者」系の陰謀論者の場合だと、「アメリカ」だとか「悪徳ペンタゴン」(笑)のように、とてつもなく強大で陰謀を張りめぐらせては自民党や民主党執行部系の政治家を「エージェント」に仕立て上げて陰謀を実行するというストーリーを描き、「そんな強大な力を持つアメリカ(あるいは『悪徳ペンタゴン』)に対抗できるのは小沢一郎だけ」という結論に結びつけることだ。つまり、「陰謀論者」は「強力なリーダー」を求め、その人物を神格化し、その人物による独裁を肯定する。ファシズムへの道を開くのは、勇ましいことを言う右翼ではなく、彼らのような陰謀論系の自称「リベラル」たちである。

明日投開票が行なわれる大阪ダブル選のうち大阪市長選に立候補している橋下徹を応援する「小沢信者」は多いが、上記の心理機制を考えれば、その理由は容易に理解できる。

そして、なぜ「小沢信者」の思考パターンがかくも「ネット右翼」と瓜二つであるのかも同様に理解できる。

「a改めb」氏も同様の思考パターンに冒されている。

米ウォール街の金融資本家たちと日本の松下政経塾出身のネオリベ政治家たちとの間には密接な結びつきがある。

という文章がその典型的な例だ。決して裕福ではない「野ダメ」こと野田佳彦は、「米ウォール街の金融資本家」の指示に従ってあんなバカな政策を実行しているのではなく、永田町と霞ヶ関の「空気」を読みながら、自分の意志によって悪政を敷いているに過ぎないのである。原発政策にしてもそうで、何もアメリカに言われて日本の政治家や官僚や電力会社は原発を推進してきて、今なおその維持や拡大に必死になっているわけではない。国内における「利権」や己の地位を守るために必死になっているだけである。

「a改めb」氏は、

阿修羅よりも利用者が多く、新自由主義に批判的で反米リベラルな掲示板は存在するのだろうか。もし、あるのなら紹介してほしい。
と書くが、ここからも「数の力」を信奉する、「小沢信者」によく似た思考パターンが読み取れる。世の「リベラル・左派」といわれる人たちが、「阿修羅」のような程度の低い掲示板に群がっていることこそ問題なのだ、という思考は、「a改めb」氏には持つことができないのだろうか。私は、「阿修羅」に入り浸って「陰謀論思考」に侵され切っている人間など「リベラル」でも何でもないと考えている。

何もネットだけではなくリアルにおいても、明らかな「原発推進派」であり、「TPP」では玉虫色の態度をとり、今では「減税新党」を作ろうとしている小沢一郎に対して腰が引けている人間が多い。その最たるものは社民党の政治家たちであり、私は現状の延長が続くなら、社民党は早晩消滅するだろうと予想している。きっぱり小沢一郎と縁を切ってこれを批判できない社民党など、今後の日本にとって必要ない政党だ。

あまり批判ばかりでは何なので、「阿修羅」よりは少しだけマシな掲示板を紹介しておこうか。

「小沢信者」が多数を占める掲示板ではあり、「政権交代総選挙」の直前には「小沢先生、植草先生、鳩山先生は政権交代の『三種の神器』だと思っています」だとか、「毎朝起きたら植草先生のブログを読むのが日課です」などという投稿であふれてはいたものだけれど、当時から小沢一郎及び「小沢信者」を批判しているリベラルな論者も(ごく少数とはいえ)存在する。

当ブログ及び『きまぐれな日々』で批判した「世直し大工」氏も常連投稿者だ。

累計アクセス数は5千万件を超える「阿修羅」の10分の1未満、430万件強しかないが、最盛期(「政権交代総選挙」の直前)には日に数万件のアクセスがあった。

その頃には一部では有名な「小沢信者」系陰謀論者の「SOBA」が入れ込んでいた掲示板でもある。説明が長くなったが下記である。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=6293696&id=83618076
http://www.asyura2.com/11/kanri20/msg/603.html#c151

[お知らせ・管理20] これが阿修羅に巣食う電通工作員 中川隆
152. 中川隆[-12704] koaQ7Jey 2018年6月01日 13:19:36 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14650]


2017年 安部政権 対 ?、?、コミュの 小沢一郎への阿修羅評価は異常に狂っている。
国民世論とも2chとも違うこの著しい乖離はなにゆえ生じているのか、謎だ!
2009 年 12 月 28 日 19:33
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=6293696&id=83618106


小沢一郎への阿修羅評価は異常に狂っている。
国民世論とも2chとも違うこの著しい乖離はなにゆえ生じているのか、謎だ! 2009 年 12 月 28 日 19:33

mixiユーザー 2017年08月13日 15:29

小沢一郎への阿修羅評価は異常に狂っている。国民世論とも2chとも違うこの著しい乖離はなにゆえ生じているのか、謎だ!
http://www.asyura2.com/09/dispute30/msg/139.html
投稿者 仁王像 日時 2009 年 12 月 28 日 19:33:15: jdZgmZ21Prm8E
 
 

(回答先: 小沢一郎の素早い仕掛けは功を奏するのか。急ぎ過ぎの感じがしてならない。 投稿者 仁王像 日時 2009 年 12 月 28 日 18:49:28)


 小沢一郎と副島隆彦の評価をめぐっては、当面進行中の2chの方がはるかに核心を突きレベルが高いと筆者は判断せざるを得ない。
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/eco/1256479278/l50

 この点において阿修羅は異常に狂っている。国民世論とも2chとも違うこの著しい乖離はなにゆえ生じているのか、謎だ。まず表の顔は小沢バンザイに染め抜かれている。善意の小沢信者でもこの異常性に気づいている人たちもあるのではないか。
 耕作君たちを放つ価値が2chより阿修羅のほうがはるかに高いということなのかも知れない。
 下のコメント氏の「どの板も汚染されて、つま先で歩かなければ、靴が汚れるほど」との悲鳴は深刻ではないか。その下のコメント氏は「工作員は、相当数入っている事は間違いない」と指摘する。阿修羅は見知らぬインベイダーに占拠されている疑いがある。

ここを訪れる多くの読者の注意を喚起したい。
http://www.asyura2.com/09/kanri18/msg/339.html

01. 2009年12月24日 15:54:58
管理人さん 提案です
全ての民主党に係わる話題の板として、「民主党信者」板を作ってはいかがでしょうか。
民主党信者のオカルト行為には、皆さん、困っていると思います。
私も泣きたいくらい困っています。

恐らく、御褒美欲しさの民団の連中が大多数でしょうが、どの板も汚染されて、つま先で歩かなければ、靴が汚れるほどです。

民主党信者の板を作ったら、賛同、非難で轟々できっと話題となり、アクセス数が伸び、売上に貢献すると思うのですが・・・。
いかがでしょうか?
http://www.asyura2.com/09/kanri18/msg/331.html


03. 2009年12月21日 17:49:52
工作員は、相当数入っている事は間違いないでしょう。
有力投稿サイトを狙いら打ちしてしてきていることからもいえます。

笑いネタですが、2CHで朝日新聞社からのアクセスを2CHの管理者が禁止にしたら、アクセスが半減したようです。

http://www.youtube.com/watch?v=cPagVfl6kzw


新聞社という中立性、客観性を重んじられるマスコミでさえこのような有様です。
世論誘導には、ネットは最大のツールになっているのではないでしょうか。

民団も組織的にネット工作をしている事は、民団のHPでも明らかになっています。
反民主、反参政権を唱えるブログは、ことごとくアクセスの異常な増加と、攻撃を受けています。
朝鮮系から攻撃を受けている、とはっきり言っているブログもあります。

参政権を勝ち取るための最終戦争と思っているのではないでしょうか。

自民、特に小泉、竹中の時には、ネット工作が行われていた事は、報道等でも明らかになっていましたが、現状においては、圧倒的な民主支持と反民主潰しの書き込みです。
世論調査における支持率が下げようとも、納まる気配がありません。
指摘の通り、機密費が使われている可能性が大です。  


コメント

01. 仁王像 2009年12月28日 20:44:05: jdZgmZ21Prm8E
(追加)
http://www.asyura2.com/09/kanri18/msg/331.html


04. 2009年12月19日 10:37:04
自民党政権のときも世論工作として雇われた<書き込み要員>が存在することがネットでは注目されてきました。おそらく官房機密費がネット世論工作として使われている可能性があります。民主党政権樹立後、今度は<民主党真理教>による<ネット書き込み>これも民主党による官房機密費による世論工作の疑いがあります。おそらく請け負っているイッターネット企業は同じかもしれません。何故ならその<特異性>が同じ文体の匂いがするからです。権力とは自由に国民の血税を自由に使いネット世論工作ができますから、恐ろしいですね。

わたしは民主党政権崩壊以後に注目しております。民主党政権崩壊とは日本の深部にあるマグマが沸騰しながら噴出するときです。阿修羅コメント欄には民主党の官房機密費に雇われた<書き込み工作員>とかさまざまな人間が投稿しておりますが、これが日本の混沌である沸騰マグマなのです。阿修羅コメント欄は民主党政権以後の日本が現出しているのです。ここでは強気の精神が必要です。


02. 2009年12月29日 14:48:19
「民主党バンザイ」は「自民党くたばれ」という反動。
機密費もらってないけど自民党くたばれ! と言いたい。
どんなに民主がぶれそうでも二度と自民は嫌!
イヤーーーーーーー!!!!!

(土壇場の2億5千万の機密費は民主へのネガキャンに使ったのですか?
自民さん。)


03. 2010年1月03日 15:38:00
純粋に小沢一郎を支持してるだけなんだけど。
彼は本物の大政治家です。
あなたも彼の本当の姿に触れてみればきっと考えが変わるはずです。
表面だけでなく、批判するのであれば彼の本を読むことをお勧めします。


04. 2010年1月11日 02:05:26
 小沢さんが毒か薬かの判断はできないけれども、行動力と物事を推し進めるタイミングは人間離れしていると思う。
 既得権益勢力が完全に没落する頃に小沢さんは引退される頃だと思います。小沢さんは借りを返すために政治をするか、自身が納得する形で政治をするか・・・


05. baka 2010年1月11日 14:50:28: RQJEnV9HbG4Tk
 小沢の真意など知る由もないが,外国人参政権がライフワークであれば,政界再編で小沢に消えてもらうしかない.誰か仕置き人を頼んでくれないか?


06. 2010年1月11日 21:30:58
世論や「にちゃんねる」と違ったら何がまずいのですか。
そういう考え方を持つことの方が、余程問題ではないのですか。


08. 2010年9月13日 23:51:59: UUoCHcAjes
1つの新聞社に20人ぐらいの工作員がいたら、スレを書き潰せるんじゃないですか。   あんまり酷いとネットも見なくなるよね。テレビのように。


09. 2010年9月16日 12:19:11: AiHEamI3zk
2ちゃんねるでさえ、あれなんだから
阿修羅掲示板だろうとどこだろうと同じことが行われていることくらいは想像できる。
>>07しかり。


10. 2010年12月29日 08:04:25: cNTQxcUeqA
小沢さんを支持する記事は深い洞察力が感じられるものがたくさんあります。
小沢批判の記事でそうだねと納得する記事を投稿してくださいよ、投稿者さん。

11. 2011年3月25日 12:43:43: 9kMSboacTk
あのー小沢一郎支持者の方に質問したいのですが?
支持されている理由が明確にある方はどのような理由で小沢一郎氏を支持するのかご教示いただきたいのですが?

たとえば、豪腕維新のP100ページにあるこの小沢氏の意見に感動したとか何か具体的なきっかけがあるなら宜しいのですが?

この掲示板で小沢支持者がどこを支持するのか分からないと本当に分からなくて質問しても「釣り」だとか、「アンチ小沢」とか罵倒されて終わりなんです。

俗に言う小沢信者といわれる方々は何故小沢氏を支持するのか格段支持していない人から見て分かりません。単に好きならそれでも良いのですが。そうでなく、具体的に理由があるかた参考文献なぞを提示していただけたら幸いです。


12. 2011年10月02日 16:26:05: ZXnjiCSqjU
双方のサイトに言論地雷がある
と言う事です。


1. 2017年4月12日 12:09:39 : Pj2gUNuH3E : XF134V8q@wI[3]

▲△▽▼

13. 2017年4月12日 12:09:39 : Pj2gUNuH3E : XF134V8q@wI[2]
頭の悪い岩手県民がハードワークしてんでしょ

コメント

1. 2017年4月12日 12:09:39 : Pj2gUNuH3E : XF134V8q@wI[3]

▲△▽▼

13. 2017年4月12日 12:09:39 : Pj2gUNuH3E : XF134V8q@wI[2]
頭の悪い岩手県民がハードワークしてんでしょ


http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=6293696&id=83618106
http://www.asyura2.com/11/kanri20/msg/603.html#c152

[お知らせ・管理20] これが阿修羅に巣食う電通工作員 中川隆
153. 中川隆[-12703] koaQ7Jey 2018年6月01日 13:21:33 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14650]

未だに「チェルノブイリ並みデマ」を拡散し続ける愚かな阿修羅掲示板をリアルタイムで除染中!
https://archive.is/Cngk4#selection-371.1-378.2

・阿修羅は馬鹿だね〜。

・我が投稿を削除したからだ。未だに放射脳の砦である。

・ただいま、「チェルノブイリ並み」がデマであることを、阿修羅信者に解説しているところです。


東京の汚染が「チェルノブイリ級」であるということが大袈裟でないことを確認した。
http://www.asyura2.com/12/genpatu27/msg/204.html

http://www.asyura2.com/11/kanri20/msg/603.html#c153

[お知らせ・管理20] これが阿修羅に巣食う電通工作員 中川隆
154. 中川隆[-12702] koaQ7Jey 2018年6月01日 13:23:59 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14650]
>>151, >>152, >>153

は要するに、

阿修羅掲示板の政治板・原発板に投稿・コメントしているのは殆どが電通工作員と中国・朝鮮の工作員

という事ですね。
http://www.asyura2.com/11/kanri20/msg/603.html#c154

[リバイバル3] CD/SACDプレーヤーからPC・ネットワークオーディオへ 中川隆
19. 中川隆[-12701] koaQ7Jey 2018年6月01日 16:54:40 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14650]

ネットワークオーディオのススメ
ハイファイ堂メールマガジン第748号 大須本店 越濱 靖人
http://www.hifido.co.jp/merumaga/osu/180601/index.html


最近どんどん普及しつつあるネットワークオーディオを特集します。

家のWi-Fiや有線LANケーブルを繋いで音楽を楽しむ事をネットワークオーディオと言います。最近ではハイレゾ人気の煽りでオーディオメーカー各社からネットワークプレーヤーがたくさん発売され人気が高まっています。ヤマハなどはCDプレーヤーにネットワーク機能を搭載した物もあり、とても乗り換えやすい時代になりました。IoT:Internet of Things(モノのインターネット)の流れでしょうか。使ってみると大変便利です。ハイレゾも楽に再生出来ます。


iTunesとの決別

皆さんもご存知のアプリiTunesですが残念な点があります。ファイル管理が独自規格であること、標準になりつつあるFLACフォーマットやDSDフォーマットが扱えない、手軽だが音質があまり良くないと言った点です。iTunesは使いやすさとAirplay機能で手軽ですが、残念ながら現在発売されているUSB DACやネットワークプレーヤーをフルスペックで使うことは出来ません。音質を求めるオーディオファンであれば、そろそろiTunesに見切りをつける必要があると思います。

音質は思ったより良い

ネットワークオーディオは厚みやパンチではCDプレーヤーにやや劣る面がありますが案外音が良いです。安いネットワークプレーヤーでもそこそこの音がします。特に中古品は狙い目です。どんどん新しい商品が出ているため1、2世代前のモデルが半値やそれ以下の金額で購入出来ます。多少古くてもスペック的には十分です。パソコン特有のデジタルくさい、きな臭い感じがなく自然で馴染みやすい音質だと思います。

外でも家のアルバムが全て聞ける

後で説明するNAS(ハードディスク)に入れた音楽は外に出てもスマホで聞く事が出来ます(NASの種類によります)。携帯電波やWi-Fiを使って家のNASに繋がるため自宅環境と同じ様に聞ける様になります。私は最近クルマの中で聞く音楽は全てこれを利用しています。また、今まで聞かなかったCDをなんとなく聞く様になり自分のコレクションのアーカイブにも役立っています。音楽の聞き方が変わる事、請け合いです。



導入編

最近、お客様より「何を買って良いのかわからない」とよく言われます。ここからは必要な3点セットほか、どの様に音が出るのか解説します。注:家にパソコンとインターネット環境があることが前提となります。


今回はお値打ちネットワークプレーヤーDENON DNP-720SE 中古価格15,000円(定価48,000円)を使ってみます。昔はLINN DSシリーズなど非常に高価な物が多かったですが今では激安で同じ事が出来る様になりました。音質こそDSとは違いますが、そこそこの音質ですのでとりあえずトライしたい人にはうってつけです。流行りのDSD再生は出来ないモデルですが192KHz/24bitまで対応してますので十分です。


ネットワークオーディオは基本的にNAS(ネットワーク・アタッチド・ストレージ)と呼ばれるハードディスクに音楽を溜め込んで鳴らします。パソコンで取り込んだCDやダウンロードした音源は全てNASに保存します。そうするとネットワークプレーヤーは自動的にNASを確認し音楽データーを引っ張ってきます。アルバムの選択や再生、停止といった操作はタブレット端末やスマホで行います。もちろんパソコンでも可能です。


ひとまず必要なのはこの3点です。

・ネットワークプレーヤー
・NAS(ネットワーク対応HDD)
・タブレットもしくはスマホ(無い人はパソコンでもOKです)

NASは30,000円前後で購入可能です。今回のネットワークプレーヤーが15,000円ですのでスマホさえ持っていればトータル50,000円以内くらいでスタート出来ます。ちょっと良い中古CDプレーヤーと同じくらいの金額です。



繋ぎ方は至って簡単です。プレーヤーとNASの背面にLANケーブルを刺して家のルーターやハブに各々を突っ込むだけでOKです。ここで注意したいのはプレーヤーとNASを直接LANケーブルで繋がない事です。直で繋いでも全く反応しません。あくまでもルーターやハブ、家の各部屋に付いているLANポートに繋いで下さい。


図の様にNASから各部屋のネットワークプレーヤーに音楽が配信されます。プレーヤーは複数台増えてもNAS一つでOKです。再生操作などはスマホやパソコンから指令します。指令はNASを通じて各ネットワークプレーヤに音楽を配信します。

ネットワークプレーヤーの利点はNASと直接音楽をやり取りする所です。パソコン、スマホを介さず直接データーが流れますので音が良いと言えます。特に大容量のハイレゾデーターは処理や通信にある程度のリソースを食いますので直接通信した方が良いわけです。操作にはそもそもパソコンを使う必要もなくタブレットなどで操作出来るため、重くならず軽快に操作できる点も魅力です。



オススメの NASメーカーは左上の QNAP(キューナップ)もしくは右上の Synology(シノロジー)です。どちらもアマゾンで購入出来ます。

日本にもバッファローや I-ODATA といったメーカーがありますがQNAP/Synologyは高度なサービスが受けられることや汎用性が高く処理スピードも速いです。また、世界中のクラウドストレージに柔軟なバックアップを組む事が出来ますので突然NASが故障しても復旧可能です(ストレージサービスに加入が必要)。

色々な NAS を使いましたが実際使い物になるのは上記2社かと思います。価格は20,000〜30,000円前後の物で十分です。私はQNAP TS-231p(左上写真)もしくは Synology DS218(写真はDS918+)をオススメしています。両方とも少し旧モデルですが最新モデルより安く、安定動作するベストセラーNASです。

NAS を購入してもハードディスクは入っていません。別途購入しスロットにマウントしないと使えません。オススメは WD WD30EFRX(ウエスタンデジタル・レッド3TB)が一般的だと思います。こちらはアマゾン価格11,000〜12,000円/個前後です。とりあえず1台で良いと思いますが不安な方は2台挿入しRAID1(ミラーリング)すると安全性が高くなります。

NASセットアップ編

機器の接続が終わったら今度はNASの設定をします。NASは見かけはただの外付けハードディスクの様に見えますが実際は一つのコンピューターとして動作しています。24時間絶え間なく動き音楽を配信する役割を担っています。


今回はQNAP画面で説明します。パソコンでNASの設定画面を開きます。「App Center」を開き下記アプリを手動インストールしてください。

・Minim Server
・Bubble Upnp Server

どちらもフリーウェア(無料)のアプリになります。Googleで検索すると各ホームページが出ますのでダウンロード→インストールして下さい。この2つのアプリを起動することによって初めて音楽データーがネットワークプレーヤーまで流れます。起動していないとタブレットやPCで全くアルバムが表示出来ず音も出ません。


Minim Serverは音楽を配信するアプリです。NASに入れた音楽はこのアプリが音楽を外へ配信してくれます。インストールが終わったらMinimServerアイコンを押して下さい。上記の様な画面が出るはずです。ここで音楽ファイルのある場所を指定する必要があります。

音楽ファイルは基本的にQNAPの「Multimedia」共有フォルダーに入れます。その際に写真や動画と交わらない様に「music」というフォルダーを作っておいた方が良いです。その場合「/share/Multimedia/music」という様に場所を指定します。入力が終わったらUpdateボタンを押して1分ほど待って下さい。


次にBubble UpnP Serverの設定をします。このアプリは安価なネットワークプレーヤーを高級プレーヤーの様に操作出来てしまう魔法のアプリです。デノン、マランツ、ヤマハ、パイオニアといったメーカーは自社アプリを使わないと操作出来ません。正直なところ操作性が悪くアルバム画像がパッと出せないなどイマイチ洗練されていません。

そこで、高級ネットワークプレーヤーLINN DSやLuminみたいに使用出来る様にします。これらの使いやすい洗練されたプレーヤーが対応する「Open Home」規格はデノン他日本メーカーはあまり対応していないので、このアプリを使って対応させてしまいます。これにより安いプレーヤーがたちまち高級プレーヤーの様に使えてしまいます。この優れたアプリのおかげでネットワークオーディオの素晴らしさを感じた人は多いのではないでしょうか。全くもって便利です。

設定は簡単でBubble UPnP Serverアプリを起動し「Media Renderers」を押し、赤い丸印で囲った「Create an OpenHome renderer」のチェックボックスを押します。これで設定は終わりです。

ネットワークプレーヤー再生編

準備が出来たら、いよいよ再生します。再生するにはコントロールアプリケーションが必要です。アプリケーションはインターネットでダウンロード出来ます。私が紹介するのは基本無料のアプリです。


パソコンで使用する場合

私は「LINN KAZOO」を使用しています。以前はKINSKYアプリを使っていましたが、プレイリストが簡単に操作出来る点が良いと思い使用しています。インターフェースも洗練されており綺麗です。画像表示が若干遅いかもしれませんが特にストレスは感じません。アプリは無料です。ダウンロードはリンジャパンのホームページから行えます。Mac/Windowsどちらも対応しています。
http://linn.jp/ds-manuals/

こちらはiPhone版LINN KAZOOです。画面も綺麗で洗練されており使い勝手も良いと思います。反応も良くお気に入りです。ただアルバム表示で一度に大量表示出来ないのが残念です。見やすい点では画像が大きく良いのですが・・

こちらもアプリは無料です。上記リンジャパンのホームページからアプリストアにジャンプしてダンロード可能です。

これが有名なLUMIN(ルーミン)アプリです。ネットワークプレーヤーを使用している方は必ずと言って良いほどこのアプリを使っていると思います。

このアプリは特徴があり起動時にアルバム写真、曲名などのタグ情報を一気にダウンロードする点です。スマホに記憶させる事で一瞬にして表示が可能です。抜群の操作性に加え親しみやすいインターフェースと至れり尽くせりの高級アプリケーションです。

さらにはMinim Server等のサーバー再スキャン機能も持ちパソコンを起動しなくても一発でアルバム更新出来る唯一の機能を持ちます。

残念ながらパソコン版はありません。Android携帯、iPhone版はどちらも無料です。ダウンロードはApp storeから行って下さい。

最後にI-ODATA(アイ・オー・データ機器)の「fidata」アプリ。海外勢のアプリばかりでしたが純国産アプリでも良い物があります。このアプリの特徴はアルバム写真がギリギリまで大きい事です。最近老眼になってきた私は非常に見やすいので気に入ってます。操作性は他者と同レベルで使いやすくレスポンスも良いです。

強いて言えば画面を横にスライドさせる時に反応がイマイチなのでそこだけが惜しいところです。

こちらも残念ながらパソコン版はありません。Android携帯、iPhone版はどちらも無料です。ダウンロードはApp storeから行って下さい。

今回は「手始めにやってみたい」方を対象に書きました。出来るだけ費用をかけずスタートするやり方を記載しています。初歩的な内容を中心に書いていますので、既にお使いの方はツッコミどころ満載かと思いますがその点をご留意下さい。

次回は初歩的な「CDリッピング〜どうやってCDを取り込むの?」と「アルバムが綺麗に表示されない」を特集します。
http://www.hifido.co.jp/merumaga/osu/180601/index.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/854.html#c19

[昼休み54] 日本の官僚は悪い 中川隆
44. 中川隆[-12700] koaQ7Jey 2018年6月01日 17:04:25 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14650]
2018.06.01
公的情報を隠し、国民の富を略奪する仕組みを守るのが検察の役割との声



 公文書の改竄や国有地の不適切な価格での売却は起訴に当たらないと大阪地検特捜部は決めたそうだ。公的な情報を公開せず、国民の富を略奪する新自由主義に浸食された日本では当然の結論だという声があがっている。

 庶民から高等教育を受ける権利を奪い、公的な年金や健康保険も廃止の方向へ動いている。そうした政策を具現化したのがISDS条項を軸とするTPP(環太平洋連携協定)、TTIP(環大西洋貿易投資協定)、TiSA(新サービス貿易協定)にほかならない。つまり、この協定を西側の支配層は放棄しないだろう。

 新自由主義で破壊された国は少なくないが、その典型例がボリス・エリツィン時代のロシア。本ブログではすでに書いたことだが、ソ連時代のどこかの時点でKGBの中枢は西側支配層と手を組み、ソ連を解体してエリツィン体制を樹立させた。1970年代からKGBの実質的なトップで、「KGBの頭脳」とも呼ばれたフィリップ・ボブコフも西側と組んだKGBグループに含まれていた。組んだ目的は、言うまでもなく、私利私欲。日本の場合、そうした浸食の歴史は少なくとも明治維新から始まる。ロシアより事態は深刻。

 今回、大阪地検は屁理屈をこねて不起訴を決めたが、鳩山由紀夫首相や小沢一郎を失脚させるため、屁理屈をこねて小沢を起訴する方向へ引っ張った可能性が高い。さすがに検察自体が起訴すると自分たちに傷がつくような話だったので検察審査会を使ったと見る人はすくなくない。審査会に疑惑の目が向けられていた。

 その後、審理が進む中で虚偽の調書や捜査報告書が作成されていたことが判明する。通常は作成しないらしい捜査報告書をわざわざ作ったこと自体不自然なのだが、その報告書も事実に反する内容。検察審査会を騙して小沢議員を起訴、つまり裁判で縛り付けるために検察官が仕組んだと思われても仕方がない。検察官の個人的な判断だったのか、あるいは組織の意向が反映されているのかは不明。そこまでメスは入れられなかった。

 財務省の問題も検察が安倍晋三政権の意向を忖度したわけではないだろう。政権にそれだけの力がないことは鳩山政権で何が起こったかを考えればわかる。

 かつて、日本には田中角栄という絶大な力を持つ政治家がいた。その田中に関するスキャンダル攻勢が1974年から激しくなる。その幕開けは「文藝春秋」誌の同年11月号に掲載された立花隆の「田中角栄研究」と児玉隆也の「淋しき越山会の女王」。その2年後、アメリカ上院の多国籍企業小委員会で明るみ出たロッキード社による国際的な買収事件で田中の名前が浮上し、その年の7月には受託収賄などの疑いで逮捕された。事件が発覚する切っ掛けは小委員会へ送られてきた資料だった。委員会が仕掛けたのではなく、資料を送った人物、あるいは組織が仕掛けたのだ。

 田中が逮捕される何カ月か前、アメリカで発行されていた高額のニュースレターに田中の逮捕が決まったとする記事が載ったと言われている。それを某財界人から知らされた人物が目白の田中邸を訪れて取材したところ、田中は検察も警察も押されているから大丈夫だと楽観していたという。が、実際は逮捕された。

 ロッキードによる賄賂工作の暴露はジョン・マックロイの調査から始まっている。アンゴラで革命が起こった後、アメリカ支配層は「制裁」に出るのだが、それを無視する形でガルフ石油はビジネスを継続しようとし、それに怒った支配層の意向でマックロイは動いたと言われている。その延長線上にロッキード事件もあるというのだ。このマックロイはウォール街の大物で、第2次世界大戦後、世界銀行の総裁を経てドイツの高等弁務官を務め、高等弁務官時代にはナチスの大物を守ったことでも知られている。

 ただ、起訴だけでは田中を完全に潰すことができず、中曽根康弘が首相になったときにマスコミは「田中曽根」と揶揄していた。こう呼ばれた最大の理由は中曽根政権に官房長官として田中の懐刀と言われた後藤田正晴が入ったからだが、これはスキャンダルで後藤田を失脚させることに失敗したからだった可能性が高い。その年、警察を揺るがすスキャンダルが発覚していた。政界の事情に詳しかった某氏によると、中曽根政権の実態は「岸影」。そこに田中の懐刀が監視役として入ったのだという。

 いずれにしろ、検察に何か「社会正義」的なことを期待するのは間違っている。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201806010000/
http://www.asyura2.com/17/lunchbreak54/msg/103.html#c44

[リバイバル3] マルクスはやはり正しかった _ もうすぐ共産革命の嵐が吹き荒れる時代がやって来る 中川隆
181. 中川隆[-12699] koaQ7Jey 2018年6月01日 17:05:39 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14650]

2018.06.01
公的情報を隠し、国民の富を略奪する仕組みを守るのが検察の役割との声


 公文書の改竄や国有地の不適切な価格での売却は起訴に当たらないと大阪地検特捜部は決めたそうだ。公的な情報を公開せず、国民の富を略奪する新自由主義に浸食された日本では当然の結論だという声があがっている。

 庶民から高等教育を受ける権利を奪い、公的な年金や健康保険も廃止の方向へ動いている。そうした政策を具現化したのがISDS条項を軸とするTPP(環太平洋連携協定)、TTIP(環大西洋貿易投資協定)、TiSA(新サービス貿易協定)にほかならない。つまり、この協定を西側の支配層は放棄しないだろう。


 新自由主義で破壊された国は少なくないが、その典型例がボリス・エリツィン時代のロシア。本ブログではすでに書いたことだが、ソ連時代のどこかの時点でKGBの中枢は西側支配層と手を組み、ソ連を解体してエリツィン体制を樹立させた。1970年代からKGBの実質的なトップで、「KGBの頭脳」とも呼ばれたフィリップ・ボブコフも西側と組んだKGBグループに含まれていた。組んだ目的は、言うまでもなく、私利私欲。日本の場合、そうした浸食の歴史は少なくとも明治維新から始まる。ロシアより事態は深刻。


 今回、大阪地検は屁理屈をこねて不起訴を決めたが、鳩山由紀夫首相や小沢一郎を失脚させるため、屁理屈をこねて小沢を起訴する方向へ引っ張った可能性が高い。さすがに検察自体が起訴すると自分たちに傷がつくような話だったので検察審査会を使ったと見る人はすくなくない。審査会に疑惑の目が向けられていた。


 その後、審理が進む中で虚偽の調書や捜査報告書が作成されていたことが判明する。通常は作成しないらしい捜査報告書をわざわざ作ったこと自体不自然なのだが、その報告書も事実に反する内容。検察審査会を騙して小沢議員を起訴、つまり裁判で縛り付けるために検察官が仕組んだと思われても仕方がない。検察官の個人的な判断だったのか、あるいは組織の意向が反映されているのかは不明。そこまでメスは入れられなかった。


 財務省の問題も検察が安倍晋三政権の意向を忖度したわけではないだろう。政権にそれだけの力がないことは鳩山政権で何が起こったかを考えればわかる。


 かつて、日本には田中角栄という絶大な力を持つ政治家がいた。その田中に関するスキャンダル攻勢が1974年から激しくなる。その幕開けは「文藝春秋」誌の同年11月号に掲載された立花隆の「田中角栄研究」と児玉隆也の「淋しき越山会の女王」。その2年後、アメリカ上院の多国籍企業小委員会で明るみ出たロッキード社による国際的な買収事件で田中の名前が浮上し、その年の7月には受託収賄などの疑いで逮捕された。事件が発覚する切っ掛けは小委員会へ送られてきた資料だった。委員会が仕掛けたのではなく、資料を送った人物、あるいは組織が仕掛けたのだ。


 田中が逮捕される何カ月か前、アメリカで発行されていた高額のニュースレターに田中の逮捕が決まったとする記事が載ったと言われている。それを某財界人から知らされた人物が目白の田中邸を訪れて取材したところ、田中は検察も警察も押されているから大丈夫だと楽観していたという。が、実際は逮捕された。


 ロッキードによる賄賂工作の暴露はジョン・マックロイの調査から始まっている。アンゴラで革命が起こった後、アメリカ支配層は「制裁」に出るのだが、それを無視する形でガルフ石油はビジネスを継続しようとし、それに怒った支配層の意向でマックロイは動いたと言われている。その延長線上にロッキード事件もあるというのだ。このマックロイはウォール街の大物で、第2次世界大戦後、世界銀行の総裁を経てドイツの高等弁務官を務め、高等弁務官時代にはナチスの大物を守ったことでも知られている。


 ただ、起訴だけでは田中を完全に潰すことができず、中曽根康弘が首相になったときにマスコミは「田中曽根」と揶揄していた。こう呼ばれた最大の理由は中曽根政権に官房長官として田中の懐刀と言われた後藤田正晴が入ったからだが、これはスキャンダルで後藤田を失脚させることに失敗したからだった可能性が高い。その年、警察を揺るがすスキャンダルが発覚していた。政界の事情に詳しかった某氏によると、中曽根政権の実態は「岸影」。そこに田中の懐刀が監視役として入ったのだという。


 いずれにしろ、検察に何か「社会正義」的なことを期待するのは間違っている。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201806010000/

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/704.html#c181

[リバイバル3] 阿修羅住民の小沢崇拝は CIA が扇動したものだった 中川隆
3. 中川隆[-12698] koaQ7Jey 2018年6月01日 17:07:46 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14650]

「阿修羅」が陰謀論系「小沢信者」の巣窟であることはまぎれもない事実
mixiユーザー 2017年08月13日 15:24
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=6293696&id=83618076


kojitakenの日記 2011-11-26 12:41

「阿修羅」が陰謀論系「小沢信者」の巣窟であることはまぎれもない事実
阿修羅, 陰謀論
『vanacoralの日記』のコメント欄より。


http://d.hatena.ne.jp/vanacoral/20111123#c1322128303

a改めb 2011/11/24 18:51
「小沢信者・陰謀論者の巣窟であると同時に橋下信者の巣窟でもある阿修羅掲示板より。」

阿修羅に問題がないとは言わない。だが、この発言はあんまりだ。政権交代前後から小沢信者という人達が現れ始め、勢力が拡大したものの、民主党が国民の生活が第一路線から脱線し始め、東日本大震災、原発事故の不手際から離反者が続出している。

陰謀論についていえば、どこからが陰謀論でどこまでが陰謀論でないのか、人によって線引きが違う。前原のような新自由主義者からみれば、TPP反対論者すべてが陰謀論者だろう。米ウォール街の金融資本家たちと日本の松下政経塾出身のネオリベ政治家たちとの間には密接な結びつきがある。

橋下にいたっては、明らかに批判勢力のほうが強い。取り上げられたスレッドにおいてもコメント欄で思いっきり叩かれた。(かくいう私も該当スレッド内において何度も橋下を批判した。)

また、ダイナモ氏、gataro氏、AAA+氏などのような左派も存在する。

阿修羅よりも利用者が多く、新自由主義に批判的で反米リベラルな掲示板は存在するのだろうか。もし、あるのなら紹介してほしい。

あるいは「内政干渉」にあたるのかもしれないが、橋下! 小沢一郎にひれ伏したかいがあったな! - kojitakenの日記 で、

陰謀論系掲示板「阿修羅」
と書いたばかりの私がコメントしておこう。


「阿修羅」が陰謀論系小沢信者の巣窟であることは、私に言わせればまぎれもない事実だ。

当ブログや『きまぐれな日々』にコメントされる方の中にも、「阿修羅」の愛読者は多く、ひところはさる「小沢信者」によく「お前のブログは『阿修羅』でこう引用されて、こう言われてるのを知ってるだろ」と言われたものだ。だが、あいにく私はネット検索に引っかかった時以外、「阿修羅」を見に行く趣味はない。たまにネット検索で引っかかった時には見に行くが、毎回毎回陰謀論であふれ返っているのに辟易している。

「陰謀論」の何がいけないかといって、たとえば「小沢信者」系の陰謀論者の場合だと、「アメリカ」だとか「悪徳ペンタゴン」(笑)のように、とてつもなく強大で陰謀を張りめぐらせては自民党や民主党執行部系の政治家を「エージェント」に仕立て上げて陰謀を実行するというストーリーを描き、「そんな強大な力を持つアメリカ(あるいは『悪徳ペンタゴン』)に対抗できるのは小沢一郎だけ」という結論に結びつけることだ。つまり、「陰謀論者」は「強力なリーダー」を求め、その人物を神格化し、その人物による独裁を肯定する。ファシズムへの道を開くのは、勇ましいことを言う右翼ではなく、彼らのような陰謀論系の自称「リベラル」たちである。

明日投開票が行なわれる大阪ダブル選のうち大阪市長選に立候補している橋下徹を応援する「小沢信者」は多いが、上記の心理機制を考えれば、その理由は容易に理解できる。

そして、なぜ「小沢信者」の思考パターンがかくも「ネット右翼」と瓜二つであるのかも同様に理解できる。

「a改めb」氏も同様の思考パターンに冒されている。

米ウォール街の金融資本家たちと日本の松下政経塾出身のネオリベ政治家たちとの間には密接な結びつきがある。

という文章がその典型的な例だ。決して裕福ではない「野ダメ」こと野田佳彦は、「米ウォール街の金融資本家」の指示に従ってあんなバカな政策を実行しているのではなく、永田町と霞ヶ関の「空気」を読みながら、自分の意志によって悪政を敷いているに過ぎないのである。原発政策にしてもそうで、何もアメリカに言われて日本の政治家や官僚や電力会社は原発を推進してきて、今なおその維持や拡大に必死になっているわけではない。国内における「利権」や己の地位を守るために必死になっているだけである。

「a改めb」氏は、

阿修羅よりも利用者が多く、新自由主義に批判的で反米リベラルな掲示板は存在するのだろうか。もし、あるのなら紹介してほしい。
と書くが、ここからも「数の力」を信奉する、「小沢信者」によく似た思考パターンが読み取れる。世の「リベラル・左派」といわれる人たちが、「阿修羅」のような程度の低い掲示板に群がっていることこそ問題なのだ、という思考は、「a改めb」氏には持つことができないのだろうか。私は、「阿修羅」に入り浸って「陰謀論思考」に侵され切っている人間など「リベラル」でも何でもないと考えている。

何もネットだけではなくリアルにおいても、明らかな「原発推進派」であり、「TPP」では玉虫色の態度をとり、今では「減税新党」を作ろうとしている小沢一郎に対して腰が引けている人間が多い。その最たるものは社民党の政治家たちであり、私は現状の延長が続くなら、社民党は早晩消滅するだろうと予想している。きっぱり小沢一郎と縁を切ってこれを批判できない社民党など、今後の日本にとって必要ない政党だ。

あまり批判ばかりでは何なので、「阿修羅」よりは少しだけマシな掲示板を紹介しておこうか。

「小沢信者」が多数を占める掲示板ではあり、「政権交代総選挙」の直前には「小沢先生、植草先生、鳩山先生は政権交代の『三種の神器』だと思っています」だとか、「毎朝起きたら植草先生のブログを読むのが日課です」などという投稿であふれてはいたものだけれど、当時から小沢一郎及び「小沢信者」を批判しているリベラルな論者も(ごく少数とはいえ)存在する。

当ブログ及び『きまぐれな日々』で批判した「世直し大工」氏も常連投稿者だ。

累計アクセス数は5千万件を超える「阿修羅」の10分の1未満、430万件強しかないが、最盛期(「政権交代総選挙」の直前)には日に数万件のアクセスがあった。

その頃には一部では有名な「小沢信者」系陰謀論者の「SOBA」が入れ込んでいた掲示板でもある。説明が長くなったが下記である。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=6293696&id=83618076



▲△▽▼

2017年 安部政権 対 ?、?、コミュの 小沢一郎への阿修羅評価は異常に狂っている。
国民世論とも2chとも違うこの著しい乖離はなにゆえ生じているのか、謎だ!
2009 年 12 月 28 日 19:33
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=6293696&id=83618106


小沢一郎への阿修羅評価は異常に狂っている。
国民世論とも2chとも違うこの著しい乖離はなにゆえ生じているのか、謎だ! 2009 年 12 月 28 日 19:33

mixiユーザー 2017年08月13日 15:29


小沢一郎への阿修羅評価は異常に狂っている。国民世論とも2chとも違うこの著しい乖離はなにゆえ生じているのか、謎だ!
http://www.asyura2.com/09/dispute30/msg/139.html
投稿者 仁王像 日時 2009 年 12 月 28 日 19:33:15: jdZgmZ21Prm8E
 
 

(回答先: 小沢一郎の素早い仕掛けは功を奏するのか。急ぎ過ぎの感じがしてならない。 投稿者 仁王像 日時 2009 年 12 月 28 日 18:49:28)


 小沢一郎と副島隆彦の評価をめぐっては、当面進行中の2chの方がはるかに核心を突きレベルが高いと筆者は判断せざるを得ない。
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/eco/1256479278/l50

 この点において阿修羅は異常に狂っている。国民世論とも2chとも違うこの著しい乖離はなにゆえ生じているのか、謎だ。まず表の顔は小沢バンザイに染め抜かれている。善意の小沢信者でもこの異常性に気づいている人たちもあるのではないか。
 耕作君たちを放つ価値が2chより阿修羅のほうがはるかに高いということなのかも知れない。
 下のコメント氏の「どの板も汚染されて、つま先で歩かなければ、靴が汚れるほど」との悲鳴は深刻ではないか。その下のコメント氏は「工作員は、相当数入っている事は間違いない」と指摘する。阿修羅は見知らぬインベイダーに占拠されている疑いがある。

ここを訪れる多くの読者の注意を喚起したい。
http://www.asyura2.com/09/kanri18/msg/339.html


01. 2009年12月24日 15:54:58
管理人さん 提案です
全ての民主党に係わる話題の板として、「民主党信者」板を作ってはいかがでしょうか。
民主党信者のオカルト行為には、皆さん、困っていると思います。
私も泣きたいくらい困っています。

恐らく、御褒美欲しさの民団の連中が大多数でしょうが、どの板も汚染されて、つま先で歩かなければ、靴が汚れるほどです。

民主党信者の板を作ったら、賛同、非難で轟々できっと話題となり、アクセス数が伸び、売上に貢献すると思うのですが・・・。
いかがでしょうか?
http://www.asyura2.com/09/kanri18/msg/331.html


03. 2009年12月21日 17:49:52
工作員は、相当数入っている事は間違いないでしょう。
有力投稿サイトを狙いら打ちしてしてきていることからもいえます。

笑いネタですが、2CHで朝日新聞社からのアクセスを2CHの管理者が禁止にしたら、アクセスが半減したようです。

http://www.youtube.com/watch?v=cPagVfl6kzw


新聞社という中立性、客観性を重んじられるマスコミでさえこのような有様です。
世論誘導には、ネットは最大のツールになっているのではないでしょうか。

民団も組織的にネット工作をしている事は、民団のHPでも明らかになっています。
反民主、反参政権を唱えるブログは、ことごとくアクセスの異常な増加と、攻撃を受けています。
朝鮮系から攻撃を受けている、とはっきり言っているブログもあります。

参政権を勝ち取るための最終戦争と思っているのではないでしょうか。

自民、特に小泉、竹中の時には、ネット工作が行われていた事は、報道等でも明らかになっていましたが、現状においては、圧倒的な民主支持と反民主潰しの書き込みです。
世論調査における支持率が下げようとも、納まる気配がありません。
指摘の通り、機密費が使われている可能性が大です。  

コメント

01. 仁王像 2009年12月28日 20:44:05: jdZgmZ21Prm8E
(追加)
http://www.asyura2.com/09/kanri18/msg/331.html


04. 2009年12月19日 10:37:04
自民党政権のときも世論工作として雇われた<書き込み要員>が存在することがネットでは注目されてきました。おそらく官房機密費がネット世論工作として使われている可能性があります。民主党政権樹立後、今度は<民主党真理教>による<ネット書き込み>これも民主党による官房機密費による世論工作の疑いがあります。おそらく請け負っているイッターネット企業は同じかもしれません。何故ならその<特異性>が同じ文体の匂いがするからです。権力とは自由に国民の血税を自由に使いネット世論工作ができますから、恐ろしいですね。

わたしは民主党政権崩壊以後に注目しております。民主党政権崩壊とは日本の深部にあるマグマが沸騰しながら噴出するときです。阿修羅コメント欄には民主党の官房機密費に雇われた<書き込み工作員>とかさまざまな人間が投稿しておりますが、これが日本の混沌である沸騰マグマなのです。阿修羅コメント欄は民主党政権以後の日本が現出しているのです。ここでは強気の精神が必要です。


02. 2009年12月29日 14:48:19
「民主党バンザイ」は「自民党くたばれ」という反動。
機密費もらってないけど自民党くたばれ! と言いたい。
どんなに民主がぶれそうでも二度と自民は嫌!
イヤーーーーーーー!!!!!

(土壇場の2億5千万の機密費は民主へのネガキャンに使ったのですか?
自民さん。)


03. 2010年1月03日 15:38:00
純粋に小沢一郎を支持してるだけなんだけど。
彼は本物の大政治家です。
あなたも彼の本当の姿に触れてみればきっと考えが変わるはずです。
表面だけでなく、批判するのであれば彼の本を読むことをお勧めします。


04. 2010年1月11日 02:05:26
 小沢さんが毒か薬かの判断はできないけれども、行動力と物事を推し進めるタイミングは人間離れしていると思う。
 既得権益勢力が完全に没落する頃に小沢さんは引退される頃だと思います。小沢さんは借りを返すために政治をするか、自身が納得する形で政治をするか・・・


05. baka 2010年1月11日 14:50:28: RQJEnV9HbG4Tk
 小沢の真意など知る由もないが,外国人参政権がライフワークであれば,政界再編で小沢に消えてもらうしかない.誰か仕置き人を頼んでくれないか?


06. 2010年1月11日 21:30:58
世論や「にちゃんねる」と違ったら何がまずいのですか。
そういう考え方を持つことの方が、余程問題ではないのですか。


08. 2010年9月13日 23:51:59: UUoCHcAjes
1つの新聞社に20人ぐらいの工作員がいたら、スレを書き潰せるんじゃないですか。   あんまり酷いとネットも見なくなるよね。テレビのように。


09. 2010年9月16日 12:19:11: AiHEamI3zk
2ちゃんねるでさえ、あれなんだから
阿修羅掲示板だろうとどこだろうと同じことが行われていることくらいは想像できる。
>>07しかり。


10. 2010年12月29日 08:04:25: cNTQxcUeqA
小沢さんを支持する記事は深い洞察力が感じられるものがたくさんあります。
小沢批判の記事でそうだねと納得する記事を投稿してくださいよ、投稿者さん。


11. 2011年3月25日 12:43:43: 9kMSboacTk
あのー小沢一郎支持者の方に質問したいのですが?
支持されている理由が明確にある方はどのような理由で小沢一郎氏を支持するのかご教示いただきたいのですが?

たとえば、豪腕維新のP100ページにあるこの小沢氏の意見に感動したとか何か具体的なきっかけがあるなら宜しいのですが?

この掲示板で小沢支持者がどこを支持するのか分からないと本当に分からなくて質問しても「釣り」だとか、「アンチ小沢」とか罵倒されて終わりなんです。

俗に言う小沢信者といわれる方々は何故小沢氏を支持するのか格段支持していない人から見て分かりません。単に好きならそれでも良いのですが。そうでなく、具体的に理由があるかた参考文献なぞを提示していただけたら幸いです。


12. 2011年10月02日 16:26:05: ZXnjiCSqjU
双方のサイトに言論地雷がある
と言う事です。


1. 2017年4月12日 12:09:39 : Pj2gUNuH3E : XF134V8q@wI[3]

▲△▽▼

13. 2017年4月12日 12:09:39 : Pj2gUNuH3E : XF134V8q@wI[2]
頭の悪い岩手県民がハードワークしてんでしょ

コメント

1. 2017年4月12日 12:09:39 : Pj2gUNuH3E : XF134V8q@wI[3]

▲△▽▼

13. 2017年4月12日 12:09:39 : Pj2gUNuH3E : XF134V8q@wI[2]
頭の悪い岩手県民がハードワークしてんでしょ


http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=6293696&id=83618106


http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/701.html#c3

[番外地7] 「面従腹背」に官邸疑心=加計問題、霞が関の不満影響か 中川隆
50. 中川隆[-12697] koaQ7Jey 2018年6月01日 18:50:11 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14650]
森友学園の問題で喚き散らしても、マスコミも野党もまったく何ひとつ安倍首相が関わったという根拠(エビデンス)を出すことができなかった。

朝日新聞の高橋純子編集委員は著書『仕方ない帝国』で『エビデンス? ねーよそんなもん』と書いているのだが、彼らにとって根拠など、どうでもいいことだ。

ただ安倍首相を攻撃できればそれでいいと考えている。

だから、朝日新聞の倒閣工作は凄まじいばかりだ。朝から晩まで、ひたすら安倍首相を攻撃し続けている。

安倍首相に対して根拠も示さずに「疑惑は深まった」「信用できない」と新聞でひたすら印象操作を行い続けて国民を離反させようと画策していた。

さらに中国・韓国・北朝鮮の工作員が混じった「市民団体」の声ばかりを取り上げて「アベ辞めろ」というスローガンを煽り立てていた。

圧倒的大多数の国民は日本の政治を安定させている安倍首相には辞めてほしくないと考えている。

しかし、そうした真っ当な国民の声は取り上げず、ただチンピラまがいの「市民団体」の声だけをメディアで増幅させてスローガンを煽り立てていた。

朝日新聞はこうした手口をグループ全体でぐるぐると回して、印象操作と反安倍政権スローガンをまきちらしている。

朝日新聞は社説や、天声人語みたいな愚文コラムや素粒子のような幼稚ポエムで自ら安倍政権攻撃を繰り広げている。

それだけではなく、自分たちの意見を代弁してくれる御用学者や御用ジャーナリストをしばしば登場させて、彼らの口からも安倍政権批判をさせる。

これは朝日新聞の手口なのだ。自分たちと異なる意見の学者や政治家や国民の声は絶対に取り上げない。つまり、こうした声は隠蔽する。

隠蔽した上で、自分たちの意見をそのままスピーカーのように話す従順な人間を紙面に出して語らせる。

たとえば、ジャーナリストの田原総一朗に「安倍首相はアウトなのに沈黙する自民党の愚」と語らせたり、同志社大学大学院教授の浜矩子に「いまや、記録が記憶に調子を合わせるという現象が起きている」と語らせたりしている。

これらの文章は「アエラ・ドット」というメディアで語られているのだが、このアエラというのは朝日新聞の関連グループであり、「なりすまし」の朝日新聞である。

朝日新聞という肩書が見えないところでも朝日新聞は倒閣工作を行い、ジャーナリストや大学教授が何かを語っているように見えて朝日新聞の世論誘導を「しゃべらせている」のである。

テレビでもラジオでも朝日新聞が掌握したメディアがやはり倒閣工作を朝から晩まで繰り広げている。
https://darkness-tiga.blogspot.com/2018/06/20180601T1815000900.html#Qti600E.google_plusone_ninja_m
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/114.html#c50

[リバイバル3] スキー場の選択は雪質だけで決めよう 中川隆
96. 中川隆[-12696] koaQ7Jey 2018年6月01日 19:36:57 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14650]

2018年06月01日
月山スキー場情報(山形県・西川町)
http://whatnew.sblo.jp/category/2464185-1.html

日時:H30年6月1日(金)(午前8時30分現在 リフト下駅情報)
天候:雨
気温:8℃
風速:8m
積雪:4m80p
リフト運行状況:通常運行(AM8:00〜PM4:30)

※今日の山頂方面、上駅周辺はガスが濃く視界が大変悪いです。
 登山を予定の方は、無理をしない方がよさそうです。

今朝の上駅の様子
2018-05-28.jpg

天候、雨
気温、7℃
積雪480cm
ゲレンデ状況○

おはようございます。
上駅は雨ですが、リフト、Tバーは通常通り運行する予定です。
ガスが濃く雪質は固いので気をつけてお滑り下さい☆
http://whatnew.sblo.jp/category/2464185-1.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/782.html#c96

[リバイバル3] スキー場の選択は雪質だけで決めよう 中川隆
97. 中川隆[-12695] koaQ7Jey 2018年6月01日 19:48:36 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14650]

月山山麓湧水群の14日間・1時間ごとのピンポイント天気 - Toshin.com 天気情報
https://www.toshin.com/weather/detail?id=74446

月山スキー場(積雪・天気) ‐ スキー場情報サイト SURF&SNOW
https://snow.gnavi.co.jp/guide/htm/r0747we.htm

一般国道112号のライブカメラ|国土交通省 山形河川国道事務所
http://www.thr.mlit.go.jp/yamagata/camera-road/s-map-112.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/782.html#c97

[昼休み54] 発電をすべて原子力にしなければ地球温暖化で地球の気温は250℃になる 中川隆
11. 中川隆[-12694] koaQ7Jey 2018年6月01日 20:38:54 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14650]

温暖化で河川洪水確率4倍「甚大な被害の恐れ」
6/1(金) 16:42配信 読売新聞


 地球温暖化で降雨量が増えることにより、1級河川で洪水が起きる確率がどの程度上がるのかを国土交通省が試算したところ、今世紀末には平均で4倍になるとの結果が出た。

 堤防やダムが現在のままなら甚大な被害が出る恐れがあるとして、同省は全国の河川整備計画を見直す検討を始めた。

 国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の推定では、温室効果ガスがこのまま排出され続けると、今世紀末には地球全体の平均気温が産業革命前より4度上昇するとされる。この場合、洪水が起きる可能性も高まるとみて、国交省は、国が管理する全国109水系の1級河川について、初めて試算を行った。

http://www.asyura2.com/17/lunchbreak54/msg/140.html#c11

[リバイバル3] フランスの音を聴く

銚子の散歩道草 - livedoor Blog(ブログ)


2018年05月12日
草いきれの頃 フランスの音を聴く
http://blog.livedoor.jp/thorens/archives/52286138.html

フランスのモノーラルレコードを最良な状態で聴いてみたい。 

http://livedoor.blogimg.jp/thorens/imgs/6/4/648d219e.jpg


それにはフランス製のスピーカで聴かなければ。 ただフランス製スピーカユニットにふさわしいエンクロージャを作るのは面倒だ。 作るのが面倒というより私の頭の中身、つまり英国製ヴィンテージスピーカの音を忘れて、フランスの感覚に基づいて感性そのものを変えるのが面倒なのだ。 英国ヴィンテージ再生のディープな音の世界も、フランスのレコードの闊達な音の世界も、まず本当に経験している方は少ない。 だから、これからフランスの再生音について書いてはみるが、理解してもらえはしないと思う。

英国の音が示すところは再生において過去・現在・未来が明確に時間軸として設定され、独自の音の世界が生じる。 過去はただ過ぎ去ったものではなく、現在の中に存し、今なっている音と音楽を充実させる。 ディープな英国の再生音が厚くかつ濃密に響くのは過去という時間に蒔かれた種子が結実したことによって成立する。 来るべき未来の音は自然的電気力によって高められ、エネルギを内部に宿し、現在に注ぎ込んでゆく。 その角度が鋭角であるとき、聴き手はイレギュラとして認識する。 聴き手は未来にあって安定した音を期待しているが思いがけず打ち破られてしまう。 そこで聴き手のこころは揺り動かされて、深い音楽的感動は生じる。 未来にと予測したのと違う音が過去に突き刺さるように感じられて、現在鳴っている音と音楽が実は真の安定ではなく深部に不安定要素を秘めているのを本能で感知する。 レコード演奏が終わり、音楽が消えていくと何かほっとした気分になる。 あまりに濃密な時間をすごしたからそう感じるのであるが、音楽はまだ終わってはいない。 空間に残り香が漂っている。 これを味わえるのが英国再生装置の面白さだと思う。


フランスの音はどうだろう。

英国再生装置のディープな回りくどさとは一切無縁だ。 音そのもので勝負する。 湿ったほの暗さはまず表現しない。 過去・現在・未来も無い。 在るのは今だけ。 今が連なっていって時間が吹きすぎる風のようにかなたへ去っていく。 音楽が終わったら、すべてが終わる。 ただ気持ちよく風が通り過ぎると感じるだけだ。 フランスの音は常に内に空を宿している。 そして聴き手に音楽的な渇きが生じる。 だから次のレコードをかけてみたくなる。 それが終わってもまたレコードをプレイヤに乗せる。 そうして聴き飽きるまで聴き続ける。 フランスのレコードとオーディオの組み合わせは聴き手をレコード中毒にしてしまうのだ。 
http://blog.livedoor.jp/thorens/archives/52286138.html

2018年05月14日
草いきれの頃 フランスの音を聴く その2
http://blog.livedoor.jp/thorens/archives/52286167.html


スピーカユニットの仕様と特性

使用するユニットは仏 Supravox社製 T-215S RTF 型 15 Ohm 、RTF(フランス国営放送)仕様 (1958-68)、口径 8 inch (20cm) ダブルコーン型、フィックスド・エッヂ。

メインコーンはしっかりした紙材で、かつ柔らかさを持ち合わせている。 フルレインジユニットとしてはやや厚手すぎるほどで、ウーファのようにも見える。 紙質は張りがあり、アルテック・ランシング 515 ウーファに似ていないこともない。 サブコーンも張りがあり、触るとカサカサと乾いた音がする。 コーンの絞りはやや深めにとられてホーンを連想させる。 ユニットの中音域の音伸びの良さはこういった形状と材質に関係している。 フレーム・マグネットカバーは緑青色ハンマーライト塗装仕上げ。

http://livedoor.blogimg.jp/thorens/imgs/6/1/6179de40.jpg
http://livedoor.blogimg.jp/thorens/imgs/c/7/c732cfbe.jpg


平面バッフルに取り付けて試聴してみると、低音域は普通に出るが中低域のエネルギが若干弱く、中高域が張り、最高音域は落ち気味だった。 マグネットの重量とコーン紙の質感、エッヂの形状からしてオーバーダンプタイプと判断しそうになるが、何かそうではないように引っかかるものがある。 同じ時代のRTF公式モニタスピーカ(球形エンクロージャ)にも、そうした特性を感じられたが、中低域は平面バッフルに取り付けた時よりずっと良好な特性であったし、中高音域の張り出し(エネルギが強くて荒さが感じられる)も少なく不自然さは感じられなかった。 そのかわり高域にピークを生じやすく、時として嫌な音を出すときもあった。 そのあたりから判断して、このユニットのエンクロージャを製作するにあたり、注意する点は中低音域の充実と中高音音域のアバレをどうするかにかかっていると直感した。 ここがうまくコントロールされれば低域から高域まで自然にあるべきところに収まってくれるはず。


http://livedoor.blogimg.jp/thorens/imgs/0/1/01bf55c7.jpg
http://livedoor.blogimg.jp/thorens/imgs/8/8/88d825aa.jpg


使用する個体の状態はヴィンテージであるにもかかわらず新品状態箱入りのもので、エンクロージャの出来次第ではスペックのとおり、25-23,000 c/s まで十分に再生してくれるように判断した。 

このユニットはフランスでは、ピエールクレマン製プレイヤと再生装置を組んでいる愛好家が多くおり、レコード買い付けで頻繁にパリを訪ねたA氏はフランス盤に刻まれた音楽の表現能力の高さに驚いたそうだ。
http://blog.livedoor.jp/thorens/archives/52286167.html

2018年05月16日
草いきれの頃 フランスの音を聴く その3
http://blog.livedoor.jp/thorens/archives/52286265.html


エンクロージャのデザインと製作

英Hi-Fi Year Book (1957) に掲載されたエンクロージャを基にしてデザインを考案した。一つ問題なのは当時のエンクロージャは突板仕上げを前提にしていたため、組み立てにネジや釘を多く使用していた。 しかし、今日では当時のような突板材が入手できないため製作にあたり納まり具合を充分に考慮しておかなければならない。 突板処理をしない板そのもの即ち外装になるからだ。 そのため原寸図を引くのに随分と手間がかかってしまった。

http://livedoor.blogimg.jp/thorens/imgs/4/c/4cb3b84b.jpg
上:平面断面図

http://livedoor.blogimg.jp/thorens/imgs/d/a/da88c97d.jpg
右:砂入りバッフル図 


4つの方形に砂が入る

側面が曲面となる形状であるため製作時は直角を出しにくく、また歪みが生じやすいため、中心部を一つの箱型エンクロージャとみなし、両サイドの半円部を接合するかたちをとった。

構造材は内部の骨組み部位はシナ合板、側部の曲面はシナ曲げ合板を使用した。 裏板は二重構造、フロントバッフルはスピーカ開口部を囲む四か所に方形穴を開け砂を入れて砂入りバッフルとした。 


フロントバッフルは接着剤を使わず、L字型木材を使用して左右4か所と天板一か所で両サイドの構造材にネジ締めした。 ユニットの開口部はバッフル板の真中に位置させた。

 これは Supravox社の手引き書の指示にそのまま従った。 ユニットのバッフルへの取り付け法は何度か音出しをして決定した。 

バッフル底部のスリット開口も指示どおりにした。 スリットの役割はダンプトバスレフに近いものであり本来であればもう少し奥行きを伸ばしたほうが効果が上がるともみえるが、使用ユニットはウーファでなくフルレインジである。 あまりダクトでダンプをかけるとユニットに必要以上の負荷がかかり、コーン紙の変形・ひずみが生じることがある。

 以上を考慮してスリットの奥行きはバッフル板厚だけとした。 後に試聴して不都合があればスペーサを取り付ければ良い。
http://blog.livedoor.jp/thorens/archives/52286265.html


2018年05月19日
草いきれの頃 フランスの音を聴く その4
http://blog.livedoor.jp/thorens/archives/52286357.html


完成後の再生音と調整

仏Schlumberger製RTF仕様プレイヤに Pierre-Clement L7B カートリッヂ、プレイヤ付属フォノイクォライザにORTF製ライントランスをかませ、アンプリファイアは英BEAM-ECHO社製DL7-35型(出力管EL34PP)に接続して試聴する。 

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まず、低音が出過ぎ、音の方向性が失われてしまっていた。 エンクロージャは完成したばかりで、こういう音が出ても何の不思議もない。 そもそも最初から良い音が出ることはヴィンテージ時代のユニット用にエンクロージャを制作する場合、まずありえない。 本来の力を発揮するのは一年ほど経過してから、というのが本当のところだ。 そのままエージングを行い、音の変化具合を注意して確認したのち、低域のダマを無くすために置台を作って乗せた。 直置きでは床から反射する低音エネルギが強過ぎると判断したから。 これでだいぶ良くなってきた。 まだ低音域の抜けが足りない。 

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台の足に鉄製玉(直径11o)を埋め込んだ。 小さな鉄玉を点接点にして台は床面から3oほど浮く。 低音域のダンゴはほとんど解消されたが、今度は中高域の突っ張りが耳につくようになり、大きめの音量を出すと音圧こそ得られるがエネルギ感が損なわれてしまっている。 この現象を解決するためエンクロージャ内部の縦構造板と曲線側部の型板を接続している木ねじを解除した。 これで双方の分割振動は自由になる。 この部位の木ネジは外形が仕上がれば必要ないもので、本来ユニットを取り付ける際に取り去ってしまってもよかったのだが、音を聴いてから判断することにしていた。 この部位は接着剤を使用していない。 それで分割振動が可能になる。 

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木ネジを解除することで、再生音はほとんど完成形に近づいた。 まず魅力ある音楽が再生され、なによりフランスの音はこういうことか、と入り込んでいけるようになった。 あとは音が安定して馴染むまで、エイジングに時間をかける。

数週間後、裏板ネジを増し締めした。 デリケイトなエンクロージャはネジ締めの強弱で音はずいぶんと変わる。 その後数日かけて本格的な試聴を開始した。 再生するレコードはもちろんすべてフランスプレスのフランス音楽である。
http://blog.livedoor.jp/thorens/archives/52286357.html

2018年05月21日
草いきれの頃 フランスの音を聴く 最終回
http://blog.livedoor.jp/thorens/archives/52286424.html


フランス盤を聴くという前提で製作したからには、試聴もフランス盤のみで実施した。 

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クラブ・フランス・デュ・ディスク/デュクレテ・トムスン/ディスコフィル・フランセ/アデス/仏コロムビアなどを数日かけてSchulumberger のターンテーブルに乗せてひたすら聴いた。 まず気が付くのは低音の驚くほどの粘り腰である。 このユニットからこうした低音が出るのをついぞ聴いたことがなかった。 粘り腰の性格は英国製システムのものとは大きく異なる。 英国システムの低音は懐が深く、信号をしっかりと受け止めてから守っていく性格を有する。 今回の Supravoxシステムは攻める低音である。 待ってはいない、寄っていく。 曖昧さが無い分、スピード感が際立って爽快である。 低音部は素早い動きをする、英国流の低音処理術に慣れ親しんだ耳がそばだつほど新鮮な驚きだ。 

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中音域はキレキレである。 力感たっぷりの T215SRTFユニットは、そのままでは荒さを伴って耳にキツイ音をさすことが多いようだが(聴いたことがある方のほとんどがハイ上がりのキンキンな音じゃないの、とのたまう)、クレマン社製カートリッヂと組み合わせ、こうしたエンクロージャに取り付ければ荒さやキツさはキレに変換される。 高域は自然にフェイドアウトしてゆくが、周波数帯域的には英 Wharfedale Super 8 のほうが伸びがあるように感じられた。 ただヴァイオリンから発生する倍音と音の引きの見事さは優っている。 まあ、こういう比較はそもそも無意味だ。  全体としては素晴らしく活気がある音と音楽が再生される。 ところどころデカダンスの匂いがするからたまらない。 音の響きを表面的と化すことを絶対にさせない。 今こうして聴いている音楽の色は『おフランス』の甘ったるいそれとは断じて違う。 大仰に言えばフランス人の内に流れる古代ガリアの血の成せるところではないか。


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試聴テストを通じて気になったのは、最高音圧レヴェル時に不満が残る。 本来ならもっと大きな音量かつ歪の少ない音でなるべきところが、もうひとつなのだ。 原因は試聴に使用した英Beam Echo 社製 DL7-35アンプリファイアにある。 EL34PPで出力30Wは、このユニットには不適正だ。 10Wほどのアンプリファイアで駆動しなければ、ユニット本来の味が出しにくい。 30Wという余計な出力がユニットの動作にブレーキをかけて抑えつけてしまうからだ。 ヴォリュームを上げれば上げるほど音は圧縮されて伸びることはない。 この現象は他のユニットにも当てはまることであり注意を要する。 米国製マッキントッシュやマランツ製アンプリファイアはヨーロッパ製8-12インチクラスのユニットを鳴らすべきではない。 本来はEL84 PPの10Wアンプリファイアで鳴らすほうが自然で伸びやかに音楽が再生される。 ただタンノイ社製システムは例外でEL34のような高圧パワーで駆動しなければ鳴らない、何故ならニブイからだ。 米国製大出力アンプでヨーロッパのスピーカを力任せに駆動すると大きく歪が生じる。 それをわからないレコード愛好家が大勢いるのは残念なことだ。 こうしてフランスのレコードをSupravox で鳴らしていると、圧倒的なダイナミクスの洗練、弱音でも崩れない肌理の濃やかさ、高域が中空に撒かれるときの蒸気感、リズムの跳躍感、スピーカ周辺に起きる臨場感、などなど英米システムとは異質な音楽の出方に耳を奪われる。 わが国ではフランスの初版レコードは人気が高く、高値が続いていると聞く。 果たして本当にフランスのレコードをうまく再生している方がどれだけいらっしゃるのか、ちょっとアブナイ気がしている。

 この項おわり
http://blog.livedoor.jp/thorens/archives/52286424.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/863.html

[リバイバル3] 中川隆 _ オーディオ関係投稿リンク 中川隆
123. 中川隆[-12693] koaQ7Jey 2018年6月01日 21:18:39 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14650]

フランスの音を聴く
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/863.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/451.html#c123
[リバイバル3] 志田未来 名演技集 中川隆
5. 中川隆[-12692] koaQ7Jey 2018年6月01日 22:07:37 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14650]

御法川修 泣き虫ピエロの結婚式 2016年 スールキートス


動画
http://video.9tsu.com/video/%E6%B3%A3%E3%81%8D%E8%99%AB%E3%83%94%E3%82%A8%E3%83%AD%E3%81%AE%E7%B5%90%E5%A9%9A%E5%BC%8F_2016
http://muryoueigadrama.com/?p=4341


監督 御法川修
原作 望月美由紀
脚本 田中洋史

劇場公開日 2016年9月24日


キャスト

志田未来 芹澤佳奈美
竜星涼 秋山陽介
高橋洋
おかやまはじめ
岩橋道子
佐藤恒治
粟田麗
新木優子 稲葉真紀
螢雪次朗 勝俣忍


日本感動大賞第4回大賞を受賞した実話を書籍化した望月美由紀の同名小説を志田未来と竜星涼の主演で映画化。幸せな結婚からわずか50日で最愛の夫の死という悲しい別れを経験した夫婦の出会いと純愛の行方を描く。共演に新木優子。監督は「人生、いろどり」「すーちゃん まいちゃん さわ子さん」の御法川修。

 みんなを笑顔にしたいと夢見る見習いピエロの佳奈美は、親友の真紀の紹介で重い腎臓病を患う透析患者の青年・陽介と出会い、恋に落ちる。自らの運命を嘆き、笑顔を忘れてしまった陽介だったが、佳奈美はどんなときでも笑顔を忘れないと決意し、懸命に彼を励まし続けた。そんな一途な佳奈美に、次第に心を許していく陽介。そして、ついに結婚を約束する佳奈美と陽介だったが…。
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/862.html#c5

[リバイバル3] 志田未来 名演技集 中川隆
6. 中川隆[-12691] koaQ7Jey 2018年6月01日 22:12:21 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14650]

望月美由紀と杉山一衛がアンビリバボーに!わずか50日の新婚生活! 2015/06/04
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今夜放送された「奇跡体験!アンビリバボー」では”悲劇により突然幕を閉じた新婚生活”と題して、道化師(クラウン)として活躍している望月美由紀氏と、彼女が恋したお相手の杉山一衛氏が紹介された。

結婚式からわずか50日後に夫を看取ってしまったという、望月氏の壮絶な過去とは?


出典:望月美由紀facebook
https://www.facebook.com/takeko.nicky/photos


道化師(クラウン)、望月美由紀とは?


プロフィール

出典:望月美由紀facebook


1977年 静岡県静岡市葵区に生まれる。

1994年 大道芸カレッジを受講して市民クラウンになる。

1998年 プロを目指し上京。プロエンターテイナーの白井博之氏に師事。

2002年 白井博之氏主宰のプロエンターテイナー養成講座を卒業。

2014年 「第4回日本感動大賞」で大賞を受賞。


・日本感動大賞とは?

日本感動大賞は、どなたでもご応募いただくことができるコンクールです。あなたご自身やご家族、ご友人の感動的なテレビドラマや映画で見るような体験を「ハガキ一枚」でお送りください。


望月美由紀氏の壮絶な過去とは?

望月美由紀氏の以外な性格

幼い頃から周りを楽しませるのが大好きだった望月氏は、高校2年生の時に大道芸ワールドカップで市民クラウンとなった。

明るい性格に思える望月氏は、以外にもネガティブな性格で、人と話すのも苦手な完璧主義だそうだ。

望月氏がクラウンとして演じているのは不器用な女の子「タケコ」。望月氏は不器用な女の子「タケコ」が素の自分で、「望月美由紀」は鎧を着て頑張っているとインタビューで語っている。

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出典:望月美由紀facebook

うつ病を発症

22歳でプロを目指して上京した望月氏は、2年たった頃から慢性的な頭痛に悩まされるようになり、引きこもりがちになってしまう。

「何もしたくない、生きていても周りの迷惑になるだけ」とまで思い始め、うつ病を発症してしまう。

受講していたプロエンターテイナー養成講座をなんとか卒業した望月氏は、療養のために実家がある静岡に帰ることになる。

カウンセリングを受けるうちに、原因は生い立ちにあると気付いた望月氏。望月氏の父は幼い頃からしつけに厳しかったそうだ。

父親や周りの期待に応えようと、知らず知らずのうちに「いい子」を演じてきたという自分への抑圧が原因だったと気付いた望月氏は、なんとか病気を克服する。



バーベキューで運命の出会い

静岡に戻った望月氏に、後の夫となる杉山一衛氏との運命の出会いが訪れる。出会ったきっかけは、バーベキューパーティーだった。

出会った当初はまだうつ病だったため、最悪な印象だったそうだが、彼も人を楽しませることに喜びを感じていた人だった。

時間が経つにつれ互いに惹かれあった2人は、交際へと発展。一度は別れてしまうが、望月氏がうつ病を克服した様子をブログに掲載したことをきっかけに、杉山氏から連絡があり、交際は再びスタートする。

望月氏がうつ病を克服する大きな力となったのは、杉山氏からの一通の手紙で、その手紙にはこう書かれていた。

「泣きたくなったら思い切り泣いてごらん!つらくなったら迷わず叫んでごらん!その全てを受け止めてあげるから…」

杉山氏からのプロポーズ しかし…

出会ってから7年、杉山氏からのプロポーズを受けた望月氏だったが、幸せな結婚式のわずか10日後に杉山氏が体調を崩し病院に運ばれてしまう。

元々腎不全の持病があった杉山氏だったが、それまでは元気に日常生活を送っていたそうだ。杉山氏は入院し、2週間意識が戻らない状態が続いた。

意識が戻った時は、結婚したことすら覚えていない状態だった。

杉山氏は原因不明の炎症性疾患、成人スティル病という難病であることが発覚した。

望月氏は泣きたい気持ちを必死にこらえ、「笑うと免疫力が上がるっていうから、笑ってごらん」と語りかけるが杉山氏は笑えない。

自分がうつ病だった時を思い出し、「体がつらいのに笑うなんて無理だ」と、思い直したという。望月氏は肉体的、精神的に限界だったが、杉山氏に接する時だけは笑顔でいようと決めていた。

「笑え、笑え、笑え、笑え、笑え!」毎日鏡の前で自分に語り、心から道化師になり、杉山氏を少しでも笑顔にしようと、毎日一生懸命な望月氏。

普段道化師としてやっていることを看病で実践した望月氏だったが、入院から40日後の2011年4月1日、杉山一衛氏は36歳という若さで亡くなった。わずか50日の新婚生活だった。

杉山氏のサプライズ

杉山氏は入院中に、望月氏に内緒で婚約指輪を手配していた。サイズを間違えていたようだが、人を喜ばせることが大好きだった杉山氏のサプライズは、最後に望月氏に笑顔をくれた。

その指輪はサイズを直し、望月氏の薬指に、2人の結婚指輪は望月氏の首に、ネックレスとして身につけられていた。

望月美由紀氏のその後

望月氏は自身の体験をはがき1枚にをおさめるコンクール「日本感動大賞」に「クラウンに魅せられて」というタイトルで応募し、第4回大会で大賞を受賞した。

望月氏の作品「クラウンに魅せられて」は、

『泣き虫ピエロの結婚式』
https://www.amazon.co.jp/%E6%B3%A3%E3%81%8D%E8%99%AB%E3%83%94%E3%82%A8%E3%83%AD%E3%81%AE%E7%B5%90%E5%A9%9A%E5%BC%8F-%E6%96%87%E8%8A%B8%E6%9B%B8-%E6%9C%9B%E6%9C%88-%E7%BE%8E%E7%94%B1%E7%B4%80/dp/4198641935


として書籍化された。


まとめ

望月氏は現在、辛く苦しい経験をした人達が、少しでも笑顔になってくれるよう笑いで免疫力を上げるセミナーをしたり、道化師としての活動を続けているそうだ。

望月氏はインタビューで、笑うことは副作用のない薬だと語っていた。

毎日忙しい生活を送っていると自分のことだけでいっぱいいっぱいになり、笑顔を作ることが難しくなってくる。

しかしそんな時こそ「笑顔」が必要なんだと思わせてくれた。
http://intergate.info/miyuki-kazue
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/862.html#c6

[リバイバル3] 志田未来 名演技集 中川隆
7. 中川隆[-12690] koaQ7Jey 2018年6月01日 22:46:05 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14650]

泣き虫ピエロの結婚式 インタビュー 志田未来&竜星涼が真正面から向き合った、命の尊さ - 映画.com
https://eiga.com/movie/84861/interview/

実話がベースになっている作品は、演じる側にも相応の覚悟が求められる。特に、命がテーマとなっていればなおさらだ。

「泣き虫ピエロの結婚式」の志田未来と竜星涼は密度の濃い撮影で集中力を維持し、命の尊さと真正面から向き合った。真摯に取り組んで重ねた愛の軌跡は、今を精いっぱい生きることの大切さが伝わる感動を生んだ。(取材・文/鈴木元、写真/江藤海彦)


共に1993年生まれ。所属事務所も同じで、竜星がデビューして間もない2010年にTBS「ハンマーセッション!」、テレビ朝日系「秘密」と続けて共演しているだけに、3度目の顔合わせには相通じるものがあった。

志田「安心感がありました。相手役が竜星くんと聞いた時に、良かったなってすごく思いました。熱い方だし、お芝居も取り組み方に関しても現場ですごく刺激を受けました」

 竜星「変に気負うことも格好つけることもなく、さらけ出せる唯一の女優さんって感じがするし、ずっといいものをくれるから僕も純粋に受けて返したいなっていう気持ちがありました」

人を笑顔にすることが好きでピエロの見習いをしている佳奈美は、親友の紹介で出会った陽介に恋心を抱く。だが陽介は、生まれながらにじん臓疾患のため週3回の人工透析が欠かせない。佳奈美はそれを理由に突き放されても、いちずな思いをぶつけ徐々に陽介の心を開いていく。望月美由紀さんの実体験をつづった同名ノンフィクションが原作で、志田は相当な心構えで台本を対じした。

「すごく重たく、悲しい話ではあるけれど読み終わった後に心が温かくじんわりするなと思いました。佳奈美は本当にまっすぐだし、太陽のような子だなと。その一生懸命さに涙が出てきました」

2人は交際を始め結婚の約束をするが、結婚式の前日に陽介の病状が悪化。医師からは残酷な宣告を受けるが、佳奈美は涙を一切見せず陽介のために人生をささげる。その気丈さが心を打つ。


「心から愛している人を幸せにしたいという佳奈美の気持ちは、完全ではないですけれど理解しようとしました。マイナスのことを考えずに、すべてプラスになると思って突っ走っていく姿は女性としてあこがれるし、格好いいなって思います。表情は笑っているけれど心で泣いていることが多い女の子なので、その切り替えを意識して演じました」

一方の竜星は透析に関する見識を深め、闘病のサイクルを疑似体験することから始めたという。その過程と撮影において、健常者であることのありがたさをかみしめたようだ。

「中途半端なことはできないなという作品だったので、陽介の核となる病気のことをよく知るというところから始めました。いろいろと調べたり、病院に行って話を聞いたり。(撮影の)1カ月くらい前からは、週に3回と決めて病院に通いました。別に何をするわけでもないのですが、普通の人がやれることを全くできないという日常の苦しさを、体に感じたいなと思ったので。お水を飲む時に量を考えたりしないですし、思うところがいろいろありましたね」

陽介は自身の病状をよく知っているがゆえに、人と深く接しようとしない。佳奈美に対してもぞんざいな態度を取り、時には辛らつな言葉も浴びせる。役の上とはいえ、心が痛まなかったのだろうか。


「僕が実際にそういう立場になったら、どれだけ好きになった人に対しても自分の先が分かっている状態の時に迷惑をかけられない、責任を持てないというところは共感できるなと思いました。そこが陽介の優しさだし、ジレンマ、葛藤(かっとう)がすごく多くて大変だなあと思いながらやっていました」

撮影中には望月さんが表敬訪問。初対面の2人はプレッシャーを感じ、緊張もしたそうだが、結果的にはプラスに作用しクランクアップ時には達成感、手応えを感じたという。

志田「すごく明るくて笑顔が素敵な方だったので、お会いしてあらためて佳奈美像が自分の中でしっかりでき上がったというところはあります。台本を読んだ時は大事なシーンがありすぎて、自分に務まるのかなと思った部分も正直ありましたが、本当に完成が楽しみでした」

 竜星「望月さんに、最初はちょっと格好良すぎるかなと思ったけれど、あの頃をすごく思い出しました。役の僕とリンクして生きている姿を見られてうれしかったと言ってもらった時に感慨深いものがありました」


役の上とはいえ、これほどまでに誠実な愛をはぐくんだことで、実際の恋愛観にも変化がもたらされたのではと推察してしまう。ここでは男女で意見が分かれた。

竜星「僕はもっと素直になろうかなって思いましたね(笑)。ちょっと似ている部分があるというか、男って格好つけちゃったり、言わない優しさみたいなところがあるじゃないですか。もうちょっと素直に、甘えるんだったら甘えるで自分の気持ちをもう少し分かりやすく表現する方がいいのかなと思いました」

 志田「佳奈美みたいな素敵な出会いをしたいなと思いましたし、まっすぐいちずにその人だけを思える愛があるんだということを知りました。憧れます」

撮影は昨年夏の10日間。炎天下でのロケがほとんどだったため暑さはもちろん、蚊などの虫にも悩まされゲリラ豪雨にも遭った。山場となるシーンが多かったこともあり、2人は「密度は濃かったですね」と声をそろえる。佳奈美と陽介の半生を凝縮して体現したことで、大きな糧を得たようだ。特に竜星は、意欲的に役の幅を広げている印象がある。


「イメージで生きているのが僕らの商売だとしたら、一定のものにしがみつかず挑戦していく。今はすごく充実していて勉強になるし、これからもこっちをやったら次は全然違う方にというふうにやっていけたらと思います。その分、課題も増えて大変ですけれど、自分がやり切れたと思えば思うほど、しっかり取り組めたと思える。ずっと必死に闘っている感じです」

対する志田には、6歳から積み上げてきたキャリアにおいて確固たる信念があることを明かしてくれた。

「ひとつの作品が終わるごとに、自分は何か成長しているなと思っています。それが何かは分かっていないけれど、次の作品をやる時にちょっとでも自信がついていたらいいなと思ってやっています。新しい作品に入る時は毎回緊張していますが、こんな大変な作品を乗り越えたから大丈夫! って言い聞かせています」

これから何度も現場を共にすることになるはず。互いに成長をし続け、次はいかなる関係性を見せてくれるのか楽しみになってきた。
https://eiga.com/movie/84861/interview/
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/862.html#c7

[] 日本人は文章を読むだけで外人より2倍頭を使っている - アメリカでは外国語映画がなぜヒットないのか(株式日記と経済展望) まさちゃん
2. 中川隆[-12689] koaQ7Jey 2018年6月01日 23:16:57 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14653]

実はとてつもなく古かった日本語 2018 05.01
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-3756.html#more

日本語は、もしかすると世界最古の言語であり、しかも世界で最も美しい言語かもしれません。


かつて谷村新司がロンドン交響楽団をバックにレコーディングをしたことがあります。
そのとき日本語の素晴らしさを再認識し、日本語を大切に歌っていくことを信念にしたそうです。

ディズニー・アニメの『アナと雪の女王』は、世界的ヒットとなったアニメ映画ですが、そのなかの挿入歌の『レット・イット・ゴー、ありのままで』は、世界25ヶ国語に翻訳され、それぞれの国の歌手が歌ったものが youtube で公開されました。

このとき、世界中の人たちが驚き、そして圧倒的な人気をはくしたのが日本語バージョンです。


『アナと雪の女王』/2014年3月14日(金)公開
公式サイト:http://www.disney.co.jp/movies/anayuki

ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン 配給 (C)Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.

Let It Go - Behind The Mic Multi-Language Version (from Frozen) - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=BS0T8Cd4UhA


松たか子ver(日本語吹替版)「Let It Go」 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=4DErKwi9HqM

それは、歌った松たか子さんの声の素晴らしさももちろんあるでしょうが、日本語による発声が、メロディに+αの効果をもたらしたのかもしれません。

どこの国でも、それぞれにお国自慢があります。
ここで日本語が世界一だと述べるつもりは毛頭ありません。
ただ、ひとついえることは、どうやら日本語には、他の言語にはない、不思議なところがあるということです。

ひとつは言霊(ことだま)です。
言葉に魂が宿る。

ではどうして言葉に魂が宿るのかというと、日本語が実はもともとそのように構造された言葉だからなのだそうです。

構造とは、日本語の文法や発音や語彙のことです。

つまり、自然との共生を大切に育くむこと、自然を征服したり、人と自然とどちらが上かのような上下構造をもとうとするものではない文化の下で、人と自然とが対等な関係を育んで来たのです。

2つ目はオノマトペ(仏:onomatopee)です。
オノマトペというのは擬声語を意味するフランス語です。

擬声語は、たとえば

わんわん、メーメー、ブーブー、ニャーオ、ホウホウといった動物の鳴き声を真似たものや、

ドキドキ、パチパチ、バキューン、チリーン、ドカン、カリカリ、バタン、ガタピシ、ガタンゴトン、パチバチ、ビリビリ、ジュージュー、グワァ〜ン、パタパタ、ボキポキなどなど、音を真似たもの、

あるいは、おずおず、おどおど、めろめろ、ふらふら、きゅんきゅん、きらきら、ぴかぴか、ぐずぐず、ツルツル、サラサラのように、本来音を発しない感情などを言葉で表現するものなどのことです。

おもしろいことに、擬声語(オノマトペ)は、言語ごとに、表現がまったく異なります。

冒頭にあるのは、その違いを示した絵本の抜粋で、クリックしていただくと当該ページに飛びますが、たとえば食事をするときは、日本では「PAKU PAKU」ですが、英語では「CHOMP」、フランス語では「MIAM」、イタリア語では「GNAMグナム」、Korea語では「NYAM」です。

キスは日本語では「CHU」ですが、英語では「MWAH」、China語では「BOH」です。
つまり言語によって擬声語(オノマトペ)は、まったく異なります。
ということは、それぞれの言語圏においては、音がそのように聞こえているということです。

そして日本語の擬声語(オノマトペ)は、China語やKorea語ともまったく異なるものです。

ということは、日本語はChinaやKorea半島からの輸入語では絶対に「ない」ということです。

それだけではありません。

日本語は、この擬声語(オノマトペ)が、他の国の言語と比べて著(いちじる)しく多いのです。
その数、なんと5千語です。

日本語の単語数は、たとえば『日本国語大辞典』の収録単語数が50万語です。
このことは、日本語の1%、およそ100語にひとつが擬声語(オノマトペ)であるということです。

そして単語の中には、日常生活でよく使われるものと、そうでない(たとえば学術用語)ものがあります。

オノマトペは日常的によく使われる語です。
早い話、今朝起きたとき、ご家族に「ぐっすり寝れた?」と聞く。
その「ぐっすり」というのがオノマトペです。

しかし睡眠は「ぐっすり」などという音は立てません。
ではなぜ「ぐっすり」というのかというと、「ぐうぐう、すやすや」寝ているからです。
その「ぐうぐう+すやすや」が短縮されて「ぐっすり」です。

「ぐうぐう」も「すやすや」も、なんとなく、そのような音を立てているといわれれば、なんとなくそうかもしれないと思われるかもしれません。
では、

 風が「そよそよ」と吹く
 太陽が「かんかん」に照る
 白い雲が「ぽっかり」浮かぶ
 星が「きらきら」光る

などはどうでしょうか。

風は「そよそよ」などという音をたてないし、太陽は「かんかん」なんてしゃべったりしません。

ではなぜこのようなオノマトペが使われているのでしょうか。

実は、自然がそのような音を立てているのではなくて、受け止める側が自然が発する音をそのように聞いているのです。

このことについて考古学者の小林達雄先生は、「人々が、人と人との間で行うコミュニケーションのための言語活動と同じか、あるいはそれに近いレベルで自然と向き合い、自然との間で活発な言語活動を行ってきた結果」(『縄文文化が日本人の未来を拓く』p.134)と述べておいでです。

つまり、日本語は「自然と対話しながら発達してきた言語」なのです。

だから欧米人にはただの雑音にしか聞こえないカエルの鳴き声や虫の声も、日本人には美しい秋の音色となって聞こえる。なぜ美しいのかといえば、それは人がカエルや虫たちとコミュニケーションしているからです。

では日本語は、いつ頃の時代から形成されはじめたのでしょうか。
言語の発達には、ムラの形成が欠かせません。
なぜならムラを営むには、言語が必要だからです。
そしてそれは磨製石器の登場と時期を同じにするというのが世界の考古学会の定説です。

世界の磨製石器は、おおむね7千年前以降のものです。
中には2〜3万年前のものもあります。

 シベリアの2万年前のもの
 ロシア南西部の紀元前1万6000年前のもの。
 オーストリア中部の2万9000年〜2万1500年前のもの。

など、ほんの数例です。

ところがこれらは、異常に早過ぎる磨製石器であって、作成経緯等はすべて不明です。
そして、その後に起こるおよそ7千年前の磨製石器の時代(新石器時代)と接続していないのです。

ところが日本の磨製石器は、3万年前の磨製石器だけが単独であるのではなくて、昭和48年に東京・練馬区石神井川流域の栗原遺跡で2万7000年前の地層から磨製石斧が発掘され、また同じときに千葉県三里塚からも磨製石斧が出土、以後、秋田から奄美群島まで、全国135箇所から400点余の磨製石器が発掘されています。

そして1万7千年前には縄文時代が始まるのですが、なんとものの見事に、その縄文時代の文化へと、磨製石器の時代が接続しているのです。

ちなみに長野県日向林遺跡から出土した60点、長野県の貫ノ木(かんのき)遺跡から出土の55点の磨製石器に用いられている石は、伊豆の神津島から運ばれてきた石です。

つまり当時の日本人は航海術に長け海洋さえも自在に往来していたことも伺わせています。

こうしたことから、英国のJ・ラボックという考古学者は、

「日本列島の住民は世界に先駆けること二万数千〜三万年前に新石器時代を迎えていた。」

と述べています。

言い方を変えると、これはつまり、日本は世界最古の文明を持っていたことが証明されている国である、ということです。

そして磨製石器の登場と言語の登場、そしてムラを営むための神話の登場が重なるものであるならば、日本語は、およそ3万年前には生まれ、そこから現代に至るまで、ずっと続いている世界的にも稀有な言語である、ということになります。
そしてそれが可能になったのは、日本人が殺し合いや、自然への征服を好まず、人と人、人と自然が常に調和することを好む民族であったからです。

というより、調和を好むという日本人の性質は、最低でも3万年という途方もない長期間のなかで、最終的に生き残ってきた性質である、ということができます。

おもしろいもので身勝手な文化、自分さえ良ければという文化は、一時的な成功を手に入れることができても、必ず最後に崩壊し、再起不能になります。
ところが調和を大切にする文化は、一時的にどん底に落とされても、必ずまた再生し復活します。

植物には一年草と多年草があります。

最近は品種の改良によって、どちらも美しい花を咲かせますが、もともとは一年草の多くは、だいたい派手な花を咲かせるのに対し、多年草の花は、わりと地味な花が多いです。
地味だけれど、ずっと咲き続けます。
まるで日本人そのもののようです。

日本人は、はっきりとわかっているだけでもおよそ3万年、ずっと自然と調和し共生する道を選んできました。

だから日本語には擬声語(オノマトペ)が圧倒的に多いのです。

コメント


新宿の縄文人は、どんな言葉を話していたか?

東京の新宿のど真ん中、皇居の御堀端から2q程の地点から、縄文時代中期や後期(5千年前〜4千年前)の人骨が多数出土した事がありました。

江戸時代の遺跡を調査すると、その下から縄文時代や弥生時代の古い遺跡が続いて出土する事がありますが、その場合、江戸時代以降の大開発等によって、無残に破壊されていてる場合が多いそうです。

僅かな貝殻の堆積が確認されたとはいえ、分厚い貝層が存在しない内陸の地域から、多数の人骨がまとまって出土すること自体が非常に珍しく、当時現場は大変な興奮に包まれたそうです。

当時、保存状態の良かった、40代ぐらいの男性の顔が復元されました。

やや長めの顔に、上下に潰れた長方形の眼窩、彫りの深い目元の頭蓋骨は、ヨーロッパ人の様な風貌、あるいは、若い頃の宇梶剛士さんに似たイケメン風に仕上がりました。

彼のミトコンドリアDNAのハプロタイプは北方系と言われるA、一方彼の近くに葬られていた別の人骨は、南方系と目されるM7aだったそうです。

様々な地域をルーツに持つ縄文人たちが、新宿の地で仲良く暮らしていたのですから興味深いです。

日本語が「どのように成立したか分からない」と言われる所以は、様々なルーツを持つ人々の言葉が、極めて長い時間をかけて、ゴチャゴチャに混じり合った結果ではないかと思います。
2018/05/14(月) 11:38 | URL | 疑問 #iydQorAY[ 編集]

外国人に日本語で話しかける時にこの擬声語は使わない方が良いそうです。

擬声語に相当する外国語がないので、彼らにはさっぱり分からないようです。

また、行けなくも無いなどの二重否定もダメ。

日本人なら、何とかすれば行けると理解できますが、外国人は
理解できないようです。

外国人にとって日本語は本当に難解のようですが、
この言語を意識せず使いこなしている
我々は本当、凄いのかもしれませんね。
2018/05/14(月) 13:40 | URL | 名無し #mQop/nM.


新宿に生きた縄文人〜市谷加賀町二丁目遺跡の発掘

新宿に生きた縄文人〜市谷加賀町二丁目遺跡の発掘
http://www.city.shinjuku.lg.jp/video/video_jm01.html
https://www.youtube.com/watch?time_continue=607&v=P7VUMR0Mvzo

これですね。
2018/05/14(月) 14:31 | URL | KI


加賀町二丁目遺跡の関連本が出版されています。>KIさん

KIさんへ

動画等のご紹介ありがとうございます。

加賀町二丁目遺跡に関しては、講談社から関連書籍も出版されています。

『おどろきの東京縄文人』(瀧井宏臣著)
https://www.amazon.co.jp/%E3%81%8A%E3%81%A9%E3%82%8D%E3%81%8D%E3%81%AE%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E7%B8%84%E6%96%87%E4%BA%BA-%E4%B8%96%E3%81%AE%E4%B8%AD%E3%81%B8%E3%81%AE%E6%89%89-%E7%80%A7%E4%BA%95-%E5%AE%8F%E8%87%A3/dp/4062870029

という本です。

この本は、考古学少年から考古学おじさん・おばさんまで、幅広い層の人々が興味深く読める内容になっていると思います。

映像で見るのと、写真で見るのとでは、復元された縄文人の顔の印象は少々異なりますね。

映像の方はバックが暗めで、陰影が強調されていますが、写真の方は細部まで鮮明に写っていますので、少し印象が違ったのかも知れません。
写真で見ると、かなり欧米風味の顔に見えます。

個人的に注目されたのは、12号人骨(復元された縄文人)が腰にぶら下げていた、イルカの下顎の骨のアクセサリーです。

縄文人は、イルカやクジラやサメやエイ等も捕獲していたことが分かっていますが、丸木舟しかない時代ですから、漁の腕前は、現代人と比較しても大したものだったと思います。
2018/05/15(火) 09:54 | URL | 疑問 #iydQorAY
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-3756.html#more


○○○ 世界で最も《 繊細 》な表現をもつ日本語 ○○○


 雨や風といった自然の気象を表現する言葉や、魚を分類する言葉などの具体例を調べてみるならば、日本語の中に存在するそれらの数の多さに誰もが唖然とすることでしょう。日本語は、外的な事物を対象にした場合のみならず、内的な世界に向かう場合であっても極めて繊細なのです。

 日本語、英語、中国語、台湾語の4ヶ国語を自在に語れる、台湾の李登輝・前総統は、「じっくり考えたい時、私は日本語で考えている」 と語っているそうです。

 私は中国語を話せませんが、100ページ分の中国語を日本語に翻訳すると、どうしても150ページになってしまうことを経験しています。中国語には現在・過去・未来という時制がないこと等も原因の一つですが、対人関係や周辺状況などによっておのずと表現の異なってくる日本語の繊細さが、中国語にはないのです。

 この言語的特長は、「日本人が中国人(外国人)に対して、相手を気づかった繊細な表現をしても無駄である」 ことを示しています。中国語には繊細な表現がないのですから、日本語の繊細さがおのずと生み出している 「日本人の謙虚な態度が、中国人(外国人)には伝わらない」 のです。また、「中国の政治的傲慢さの出所は中国語を話す民族であるから」 とも言えるのです。


○《繊細さ》 それは日本語の中に生きている横の秘儀である 【現実世界での日本の優位性】○

 認知心理学の表現を借りると、「認識できないものは存在しない」 ことになります。言い換えるならば 「言葉で表現できないものは存在しない」 ということです。つまり、「細やかな表現を持つ日本人にとって存在する世界が、細やかな表現を持たない外国人には存在しない」 のです。このことを逆の方向から表現するならば、「言葉で表現できない外国人に創れないものが、言葉で表現できる日本人には創れる」 ということになります。

 常に未知の領域を目指して開発されてゆく最先端産業技術の領域や、繊細な感情表現を背後に内包するアニメなどのストーリー展開において、日本語を話せる人のみが、常に世界の先頭に立って、開発し生産し表現し続けることになるのは必然的なことなのです。

 さて、次に 《繊細》 さ とは全く逆と思われる、《曖昧》 な 表現が活きる日本語の特徴を、その背景から探って見ましょう。


●●● 曖昧な表現が活きる日本語の背景 ●●●

 今日では、日本のアニメがもたらした 「カワイイ(可愛い)」 とか 「ビミョー(微妙)」 といった意味の曖昧な単語が、世界中に広がっています。輸入先の各国では、これらの言葉がいろんな場面によって、異なった意味に用いられているため翻訳できず、「日本語の音」 をそのまま印刷して出版しています。

 言うまでもないことですが、日本語を話す日本人どうしならば、曖昧語を用いた表現でも即座にコミュニケーションが可能です。その理由は、「細やかな感情表現」 や 「音が媒介する意味の広がり」 を言葉の背後で共有しているからです。


■ 細やかな感情表現を持つ日本語 ■

 細やかな感情表現の有無を比較するには、小説や映画のラブストーリーの描かれ方を見るのが例として相応しいでしょう。
 外国のラブストーリーの面白さは、階級や身分の異なる者どうしが、それらの障害を乗り越えて互いを求め合うという “ 状況の中 ” にある ものが殆どです。 故にストーリー展開に引き込まれる傾向があります。「ロミオとジュリエット」 や 台湾・中国でブレイクした 「寒玉楼」 など、みなこのパターンに分類されます。 一方、日本人が心打たれるラブストーリーとは、「相手を思いやる優しさ」 とか、「相手を労わる美しさ」 とか、「惻隠の情」 といった “ 情感の中 ” に見出されるものなのです。

 繊細な日本文学や、日本映画だけを対象にし日本人の審査員だけが選ぶ日本映画大賞の最優秀作品の良さ(美しさ)を、外国人が分るかどうか、日本語の特徴から考えて、かなり難しいと思うのです。


■ 音が媒介する意味の広がりをもつ日本語 ■

 具体例を挙げるならば、「神」と「火水」、「姫」と「秘め」、「松」と「待つ」、「結び」と「生す霊」、「日の本」と「霊の元」、「性」と「生」と「正」と「聖」と「誠」、「愛」と「天意」、「真剣」と「神権」 など、神道の世界では、一つの音を聞いて同音の単語を瞬時に複数思い浮かべることは、「一を聞いて十を知る」 ための大前提になっているのです。神道の世界はここから始まると言っても過言ではありません。

 派生的な事例ですが、日本語の特徴として、音で表現する擬態語や擬声語が非常に多いことが挙げられます。 「ヨタヨタ歩く」 と 「ヨロヨロ歩く」 の違いを日本人に説明する必要はありませんが、外国人にこの違いを理解してもらうためには、ややこしい単語を用いて説明することが必要になります。 前編に記述してきたように、古代の日本人は現代の日本人より遥かに音(言霊)に対して敏感だったようですが、現代の日本人であっても、音としての日本語の特徴に多くを依存して使い分けを行っているのです。

●《言霊》それは日本語の中に生きている縦の秘儀である 【精神(霊的)世界での日本の優位性】●

 音は言葉以前の原初的なものです。日本人が自然の美しさや自然に対する畏怖を感じた時、深い感情をともなって、「ああ」 とか 「おお」 等の母音の単音表現が出てくるのです。感情表現としての音、この原初的な音に細やかな感情表現が乗せられた時、日本語は繊細であるが故に強力なエネルギーをもった言霊となります。

 この原初的な音(母音)を日本語の中に持つが故に、日本は言霊を介して宇宙(神)へと通ずる回路を脳の中に保持している、世界で唯一の特殊な民族集団として<言霊の国・日本>を形成しているのです。
http://74.125.153.132/search?q=cache:Dsy-yxb-UusJ:blogs.yahoo.co.jp/bmb2mbf413/30487456.html+%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E8%AA%9E+%E6%84%9F%E6%83%85%E8%A1%A8%E7%8F%BE%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%81%AA%E3%81%84&cd=6&hl=ja&ct=clnk&gl=jp

日本語の母体のY-DNA「D」縄文語がホモサピエンスの祖語かもしれない
http://garapagos.hotcom-cafe.com/16-2.htm

  今朝の朝日新聞にまさしく日本学の研究者・マニアには衝撃的なニュースが小さく掲載されました。恐らく2012年の日本学最大のニュースの1つになるでしょう。

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The origin and evolution of word order

Murray Gell-Manna, Santa Fe Institute and Merritt Ruhlenb, Department of Anthropology, Stanford University
Contributed by Murray Gell-Mann, August 26, 2011

Abstract

Recent work in comparative linguistics suggests that all, or almost all, attested human languages may derive from a single earlier language. If that is so, then this language—like nearly all extant languages—most likely had a basic ordering of the subject (S), verb (V), and object (O) in a declarative sentence of the type “the man (S) killed (V) the bear (O).” When one compares the distribution of the existing structural types with the putative phylogenetic tree of human languages, four conclusions may be drawn. (i) The word order in the ancestral language was SOV. (ii) Except for cases of diffusion, the direction of syntactic change, when it occurs, has been for the most part SOV > SVO and, beyond that, SVO > VSO/VOS with a subsequent reversion to SVO occurring occasionally. Reversion to SOV occurs only through diffusion. (iii) Diffusion, although important, is not the dominant process in the evolution of word order. (iv) The two extremely rare word orders (OVS and OSV) derive directly from SOV.


Conclusion:

The distribution of word order types in the world’s languages, interpreted in terms of the putative phylogenetic tree of human languages, strongly supports the hypothesis that the original word order in the ancestral language was SOV. Furthermore, in the vast majority of known cases (excluding diffusion), the direction of change has been almost uniformly SOV > SVO and, beyond that, primarily SVO > VSO/VOS. There is also evidence that the two extremely rare word orders, OVS and OSV, derive directly from SOV.

These conclusions cast doubt on the hypothesis of Bickerton that human language originally organized itself in terms of SVO word order. According to Bickerton, “languages that did fail to adopt SVO must surely have died out when the strict-order languages achieved embedding and complex structure” (50). Arguments based on creole languages may be answered by pointing out that they are usually derived from SVO languages. If there ever was a competition between SVO and SOV for world supremacy, our data leave no doubt that it was the SOV group that won. However, we hasten to add that we know of no evidence that SOV, SVO, or any other word order confers any selective advantage in evolution. In any case, the supposedly “universal” character of SVO word order (51) is not supported by the data.

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  語順のルーツはSOVだと言うことがアメリカ科学アカデミー紀要(業界用語でPNAS=プロナス、当方の学生時代はProNASと呼んでいました)に発表されました。つまり日本語やチベット語などY-DNA「D」遺伝子集団の文法である語順、S(主語)・O(目的語)・V(述語)が欧米語等のSVOより古いことがわかり、しかもホモサピエンスの祖語だろう、との驚異的な言語学上の発見です。

  これは遺伝子の調査結果と完璧に合致します。我々古代シーラカンス遺伝子Y-DNA「D」は古代の出アフリカした当時のホモサピエンスの形態を留めていると言うのが欧米の研究者の結論です。特に「D*」100%のアンダマン諸島のOnge族、Jarawa族は出アフリカ当時の形態をそのまま残していると信じられています。ならば当然言葉も出アフリカ当時のままのはずです。言葉は生き物でその時代のリーダーの決断で言葉は採用されるため、ドンドン変わります。そして征服者の人口が多く、経済力もあれば非征服者の言語はあっという間に征服者の言語に変わってしまいます。

  ところがOnge族や、Jarawa族は外来者を殲滅するという古代習慣を強く持っていたため、遺伝子を保ってきたわけですが、当然言葉も保ってきたはずです。と言うことが今回の発表で間接的に証明されたことになります。

  日本語は長い間孤立語として扱われてきましたが、とんでもない、縄文語から熟成したY-DNA「D2」日本語こそがY-DNA「D1」チベット語と並んで、出アフリカした当時のホモサピエンスの言葉(文法)を維持し続けてきた由緒正しい言葉だと言うことが正にアメリカの研究者によって証明されたのです。

  マレー・ゲルマン博士のチームの仕事ですが、なんとマレー・ゲルマン氏は言語学者ではなく、1969年「素粒子の分類と相互作用に関する発見と研究」でノーベル物理学賞を受賞した物理学者でクォークの提唱者の一人です。恐らく筋金入りの言語学者ではないことが柔軟な発想を生んだのでしょう。西欧優越主義の言語学者なら絶対に欧米語のSVOを祖語として主張すると思われるからです。何はともあれ縄文文化・時代を矮小化したい「O3」御用学者に取っては目障りな発表となりました。

  このことは当然ながら日本人の行動様式こそがホモサピエンスとして本来持っている行動様式であり、ガラパゴス的民族性こそがホモサピエンスの本来の行動様式である事が間接的に証明されたことにもなるはずです。

  そーなんです。やはり日本がガラパゴス化を捨てるのではなく、世界をJaponization(日本化)することこそが人類にとって正しいことなのです。日本人よ自信を持って世界に向かって発言しよう!スティーヴ・ジョブズごとき「R1b」御用商人の日本人に対する悪口・たわごと等クソくらえだ。そしてJaponizationで世界を導こう!

  このニュースの重大さは、何故日本列島人はY-DNA「D2」縄文人の文法を守り続けてきたのか?という点です。「D2」縄文人が圧倒的な文化を確立し、技術者集団だった「C1」、「C3a」縄文人が土器つくりなどで「D2」の精神風土を支え、後からボートピープルとして断続的に韓半島から水田稲作農耕技術を携えて流れてきた呉系長江人「O2b」の子孫も圧倒的な多数派の「D2」と敵対せず、その精神風土を受け入れたため言語の文法も縄文文法を受け入れたのでしょう。

  「O」は「R」などと同じ新興遺伝子集団です。既にSVO文法だったはずです。我々日本人は語順が変わってもそれほど奇異に感じず意味が通じるような適当にあいまいな言葉になっているのはこの「O」の人口と、文化がしっかりと根付いているためです。基本は縄文語ですが、呉系の長江語も漢語の語順でもその中間でも日本人は融通を利かせて理解してしまうように共存してきたからなのです。そして或る動作を強調したい時、我々は平気でSVOになるのです。なぜならSVOの方がキツく聞こえるからです。SOVの方が聞こえ方がやさしいのです。これが縄文の精神風土なのです。

  そして更に後から侵略者として韓半島から暫時流れてきた大和朝廷族や武士団族などのSVO文法の「O3」集団も朝廷内や官僚エスタブリッシュメント階級の中ではSVO漢語を話していたにも関わらず、全国をまとめるために縄文語文法を受け入れることにしたのだと思われます。そして縄文語に翻訳するために開発したのが「かな」、「カナ」なのでしょう。もしこれがなければ、縄文人は漢語を全く理解せず、日本の統一は相当遅れ、日本列島は文化レベルが立ち遅れ西欧列強の植民地化していた可能性が大です。当時の大和朝廷の上層部の誰かが縄文語を認め、縄文人に指示命令するために「かな」「カナ」の開発を命じたのでしょう。この人物こそ本当は歴史に名を残すべきなのでしょうが......。

  またこのニュースは、最近の研究で、人類の祖先は50000年前頃に突然洗練された道具を使ったり、絵画などの芸術活動を始めた、とも書いていますが、これは当たり前のことです。中東でネアンデルタール人と遭遇し交配し、彼らの文化を遺伝子とともに受け継いだけに過ぎません。もしかするとSVO文法はネアンデルタール人の文法だった可能性が実は大です。

  ホモサピエンスは本来SOV文法
  ホモネアンデルターレンシスはSVO文法だったのしょう。
  
  なかなかおもしろくなってきましたね。当ガラパゴス史観が歴史の真実に迫っていることが、少しづつ実証されつつあります。やはりデータマイニング手法はマーケティングだけでなく、古代日本学にも有効なようです。
http://garapagos.hotcom-cafe.com/16-2.htm 

  日本語の祖先はこれまで書いたようにY-DNA「D2」の話していた縄文語です。現在世界でY-DNA「D」語を祖先にしているのは、わかっている範囲ではチベット語と「D*」100%のアンダマン諸島のJarawa族とOnge族だけです。Y-DNA「D」72%の雲南のPumi族は未調査です。つまりY-DNA「D」語は孤立言語です。

遺伝子調査で初めて理解できたことです。しかもY-DNA「D」は人類が出アフリカを果たした際の形質を最も残していると欧米の研究者は述べています。ということは縄文語が最も古いホモサピエンスの言葉を残している可能性もあるのです。Jarawa族やOnge族、Pumi族の語彙を徹底的に追いかければ解明できそうですが、日本の御用学者ではない欧米の気鋭の言語学者が研究してくれるとありがたいですね!

  現代アイヌも日本列島人と同じY-DNA「D2」85%の「D」民族ですが、残念なことにオホーツク文化時代に侵略者だった古代ニヴフ族に征服され、熊祭りなどすっかり古代ニヴフ文化(古住シベリア民文化)に変貌してしまっています。言語も恐らく古代ニヴフ語に変わっているでしょう。

丹念に追えば語彙には「D」語の痕跡が残っているかもしれません。日本列島のように「D2」が圧倒的な人口多数派だったなら「D」語が残ったかもしれませんが、人口そのものが少なかった北海道では文化も言語も語彙も古代ニヴフ語に変わってしまっている可能性が大です。
http://galapagojp.exblog.jp/i31/


日本の成功の秘密は日本語にあるのですが,欧米人や中国人にはそれがわからない.中国語も日本語も漢字を使っているから,日本語は中国語と同じ様なものだと思い込んでいるんですね:

一口に日本語と言っても、書き言葉と読み言葉がある。ここで取上げるのは主に前者、つまり書き言葉である。主に日本語は、漢字という表意文字と、ひら仮名・カタ仮名という表音文字で構成されている。さらに日本語の表記には、これらの他に句読点やローマ字、簡単な英語、西洋数字、ギリシャ数字そして特殊な記号まで雑多な文字を使う。最近、メールには絵文字まで登場している。

表記方法も、横書きだけでなく縦書きもある。通常、横書きは左から右に書くが、昔の看板なんかは右から左に書いたものがある。縦書きは世界的に見ても珍しく、外国人は日本人が縦書きで文章を書くのを見て驚いている。これらの雑多の表記方法を使っている日本語は、マスターをするのが難しい言語かもしれない。しかし一旦マスターすれば、これほど便利な言語はないと考える。これは筆者の偏見かもしれないが、日本語は世界の中で一番進化した言語であり、優れた言語と思っている。


漢字は象形文字が基になった表意文字であり、文字そのものが意味を持つ。しかし今日、表意文字として使われているのは漢字くらいである。漢字圏は、日本を除けば中国、台湾、シンガポールと朝鮮半島、そしてべトナムである。しかし朝鮮半島やベトナムは漢字離れをしているようだ。

表意文字である漢字は、文字自体に意味を持つので、言葉を速く理解することができるという利点がある。特に漢字はパターンで認識するので、文字とイメージが結びきやすい。「犬」という文字を見ると、犬のイメージが頭に直ぐ浮かぶ。「京都」という言葉に当ると、京都という文字から京都に関するイメージが自然と頭に浮かぶ。


高速道路の標識も、漢字だから速く、しかも正確に認識できる。これがアルファベットなら一瞬のうちに認識することは難しい。例えば長い地名がアルファベットで記されていたなら、車を停車させなければ、書いてある行き先を読むことはできないであろう。これは言語の特徴を考える場合、重要な点である。

日本語の文書は、斜読みによって、ある程度の意味を把握することができる。これも日本語に漢字が使われているからである。速読の達人と呼ばれる人がいるが、もし文章が全て「かな」で書いてあったなら、とても一瞬のうちに読むことはできないであろう。またアルファベットだけの英語も速読に向かない言語と思われる。


しかし漢字にも欠点がある。基本的に一文字がそれぞれ意味を持ち、世の中の現象を表現するためには、漢字がどんどん増えることである。新しい物が発見されたり、新しい概念の表記が必要になると、それに対応する漢字が必要になる。しかしそこを日本語は、熟語と「かな文字」の発明で、極力使う漢字が増えることを回避してきた。

熟語の登場は、文字と文字の組合せだから、漢字の数を増やすことなく新しい概念を表現することを可能にした。また「ひら仮名」と句読点を用いることによって、どれが熟語であるのか明示できる。さらに外来語をとりあえず「カタ仮名」で表記することで、漢字を増やすことを回避している。

中国語も最近は句読点を使ったり、また熟語も使うようになっているようだが、基本的には漢字ばかり並んでいるので、覚える必要な漢字の数は膨大である。仕方がないので、簡略体の漢字を多用している。またインターネットや新聞では、漢字を表意文字としてではなく、表音文字として使っているという話がある。ちょうど全て「ひら仮名」の文書と同じである。おそらく「話し言葉」をそのまま「書き言葉」に使って表現を行っているのであろう。それなら使われている漢字は発音記号のようなもので、わざわざ漢字を使う必要がないような気がする。

筆者は、まず難しい日本語をマスターし、日本語に翻訳された本や文献で勉強するのが一番効率的な学習方法という気がする。英語の本を一冊読む間に、日本語なら二冊の本が読めるのではないかと思う程である。もしこのような方面を研究している方がいれば、是非その辺の事情を教えていただきたいものである。


日本語と中国語
知人から中国語には文法がないという話を聞いたことがある。たしかに漢字ばかり並んでいるのに、どうして文章として理解できるのか不思議であった。そもそも我々が学んだ漢文は、返り点などがあるから読めたのである。

どうも昔の中国人は「四書五経」という基本文献の文章を徹底的にマスターし、「四書五経」と同じ解釈で他の文章を読んだり、新しい文章を作成しているようである。「四書五経」は「論語」「中庸」「春秋」「礼記」などの中国の古典である。「四書五経」を参考に、漢字の並び方をどのように解釈するのかが決まるようだ。しかしこれも絶対的なものとは思われない。いまだに「魏志倭人伝」の解釈が別れるのも、中国語の文法というものが、あやふやな面があるからと考える。


「四書五経」は膨大な文章の集合体である。中国の官僚の登用試験である「科挙」には、これらの暗記と決まった文章の解釈の知識が必要とされた。中国語は文法がはっきりしないから、とにかく全部覚える他はないのである。つまり「科挙」の試験制度は、とてつもなく厳しいものである。しかし行政を司るためには、文書を正しく読み、正しい文章を書く必要がある。たしかにこのためには「四書五経」を完全にマスターしておく必要があったのだ。

一方、日本においては、昔から、一般国民の中に文章を読める者は大勢いた。特に明治時代に義務教育が始まり、誰もが日本語を書いたり読んだりするのが当り前になった。少なくとも日本では、中国のように、国語というものが、極少数の超エリートしか操ることができないという代物ではなかった。

戦後、GHQが日本人を色々調査した。当時、米国人から見れば「日本人は人間より猿に近い動物」という認識であった(失礼な話である)。そのような日本人が、どうして短期間のうちに列強と対等の国力を持つことができたのか、不思議だったのである。しかし調査によって、日本では、どのような地方に行っても、またどれだけ年配の人でも、文字を知り、文章が読めることを発見した。これはGHQにとって驚きであり、これで日本を見直したのである。これも日本の教育制度が優れていたのと、日本語が誰にもマスターできる優れた言語であったからである。


言語は重要である。ところが中国語はそれほど進化していると思われない。しかし世の中が変わって、新しい概念を言語で表現する必要に迫られる。本当に全ての文章が「四書五経」の解釈を踏襲して理解できるのか疑問である。筆者は、「四書五経」の時代にはなかったようなIT関連のマニュアル類が、どのような記述になっているのか興味がある。

「四書五経」の時代にはなかった文章で、一番関心があるのが「法律」である。「法律」は中国にとって新しい文章の形態である。本当に「四書五経」の解釈で現代の「法律」を適切に解釈できるのか疑問である。たしかに中国では、よく条文の解釈を巡って侃々諤々(カンカンガクガク)の議論がなされるという話は聞く。もっともこれは中国の問題であり、我々日本人には関係がないが(中国の日系企業には関係するかもしれない)。


しかし世の中には「国際法」というものがある。「国際法」の基では、日本も中国と利害関係者となる。日本は、戦時中「捕虜の虐待」などで戦時国際法を破った経緯もあり、あまり偉そうなことはいえない。しかし今日国際的な利害を調整するものは、「国際法」とこれに附随する各種の取決めである。少なくとも今日の日本はこれを順守する姿勢である。

ところが最近、日本と中国や韓国の間で国際法上のトラブルや対立が頻発している。しかし中韓の主張が、とても「国際法」に乗っとって行われているとは思われない。中国や韓国は「国際法」を勝手に解釈しているのだろうか。さらに度々日本の要人発言が曲解されている。まるで「四書五経」の解釈を持込んでいるのではと思われるくらいである。


しかしこれほど優れた言語である日本語が、最近の教育現場では軽視されている。群馬の太田市では、全て英語で授業を行う小学校が開校した。例のくだらない特区である。

最近読んだ雑誌に、算数の学力を向上させるには、まず国語の教育を徹底的に行うことが重要という記事があった。特に小学生の低学年の授業は、全て国語で良いというのである。算数や理科・社会の教育は、国語の力をつけてからの方が好ましいという意見であった。これには筆者も賛成である。とにかく太田市の小学校の教育成果が注目される。


今日、国語教育が軽視されているのに、英語、特に英会話の教育が重視されている。筆者は、英会話は必要に迫られればなんとかマスターできるものであり、学校教育で行う必要はないと考える。また必要のない英会話の技能は簡単に失われる。

日本人がどうしても英語で会話する必要に迫られるのは、年間平均で3分間という話を聞いたことがある。筆者の経験でもその程度と感じる。年に一、二度、外国人に道を訪ねられるくらいのものである。しかし年間平均でたった3分間のために、日本人は多額の費用を使い、膨大な時間を割いている。必要なら通訳を雇った方がずっと安上がりである。むろんこのような労力は国語教育に注ぐべきと考える。
http://www.adpweb.com/eco/eco395.html



▲△▽▼

中身のない英語を話しても意味がない
日本育ちの子をインターナショナルスクールに入れるのは愚の骨頂だ
バイリンガルに育てるつもりが…
西宮 凛 同時通訳者・ESL英語講師
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54131


日本で日本人の家庭に生まれながら、インターナショナルスクールに入れる。それは経済的にも余裕があり、「子どもにインターナショナルな感覚を持たせたい」という思いを抱く家庭ならではのことでしょう。

しかし自らが海外で育った帰国子女でもあり、同時通訳者として働きながらアメリカの大学院で英語教授法の資格を取得し、多くの「早期英語教育を求める保護者」と「大人になってからきちんとした英語を学ぼうとしてきちんと身につけた大人」を見てきた私は、声を大にしていいたいのです。

「日本に生まれ育ちながらバイリンガルに育てたいのなら、絶対にインターナショナルスクールには入れないほうがいい」と。

母国語で考えることが最重要

日本人が算数が良くできる理由の一つを紹介しましょう。

1、2、3、4、5、6、7、8、9、10を3秒以内に、数字をきちんと耳で誰もが認識できる速さでだーーーーっといえることです。

では、英語で同じように、1~10まで言ってみてください。

One, two, three, four, ……日本語に比べてなんと時間がかかることでしょう。

これは、英語の教育では one, two, three, … をスぺリングから数字に入ってしまうからなのです。

この速さが、算数の四則計算に始まり、基礎力から応用力への発展への理解力スピードにも関係していきます。日本語での教育に素晴らしいところが十分あると理解していただけたらと思います。

では、言語習得能力についてのことを説明していきましょう。

一番大切なのは「絵本の読み聞かせ」

日本では、7歳から基本的に読み書きの習得、識字教育が始まります。この7歳までに子どもにたくさんの本を読ませるということがとても大切だと私は思っています(理想的には10000冊という説もありますが、繰り返し読むことも含めてできる限りでいいと思います)。

0歳からスタートして、お母さんやお父さん、周りの人たちが毎日子どもに読み聞かせをすることで、耳から、目から、自然に子どもが言葉に触れるので、言葉に対する感性が身につきます。


0歳児にお勧めのオノマトペ絵本の代表格『じゃあじゃあびりびり』から、ユーモアものから、大人も思わず涙する感動物語まで、「絵本」とひとことでいっても幅広い。大人も子どもと一緒に楽しもう。

そうして生まれたころから「文字」に目と耳で触れてきた子どもは、おそらく、文字を書く道具が周りにあれば3歳くらいから、ひらがなをしっかり目で追い、自分でも書きたがるようになります。それまで耳と目だけで入ってきた言葉が、文字で立体的に繋がっていきます。

就学年齢になる7歳から学校に入り、ひらがなの正しい書き方を学び、国語を体系的に学ぶことで、一気に子どもの知的好奇心は深まります。それまで受け身だった読み聞かせから、文字と言葉に対する理解が深まることで、その先にある楽しさに能動的に取り組むようになります。

本を読むこと、文字を書くこと、そして起承転結を捉えること、日本語の文章に「はじめ・中・終わり」というまとまりがあることを理解し、自分の思いを正確かつ適切に伝える行動を段階的にできるようになっていきます。文章のまとまりを読み取ることができると、国語のみならず算数、社会、理科などの他の科目も、また具体物に対する理解もどんどん深まります。


このようなやり方を7歳から10歳までに深めておくと、10歳くらいで手に触れることのできない抽象物への理解ができるようになるのです。ちなみに、目に見えないもの、人の感情や目の前で起きていない事象を深く理解でき始めるのは10歳以降と言われています。

言語獲得で特に大切なのはこの幼少期から思春期までの限られた時期であり、「言語習得の臨界期」に言語に触れることが一番の近道とする仮説は、1967年に研究者レネバーグが打ち出しました。その後も様々な研究が続けられています。

無理なインターは「セミリンガル」になる

近年「英語獲得は早い方がいい」という学校現場での取り組みも熱を帯び、また「だから小学校からインターナショナルスクールに入れれば、英語のネイティブになるでしょう」とおっしゃる方もいらっしゃるかもしれません。

でも日本に住み、日本の家族と暮らしている場合、最初に母国語(L1言語と言います)ができなければ、第二カ国語(L2言語)をマスターし、両方の言語を自由に操作出来る「バイリンガル」にはなりません。英語をある程度話せるようにはなりますが、日本人として使えるべき日本語が不自由になってしまいます。

また、近年外国人が日本にも増えてきたとはいえ、日本で学ぶ英語はどうしても「外国語」であり、「第二ヵ国語」ではないことにも注意をしたいものです。

1 本を通して就学年齢に到達する7歳までにできるだけ多くの母国語に親しませる

2 就学年齢である7歳から10歳までに正しい母国語を学び、具体物の理解を進める

3 10歳から抽象物の理解を深めていくことができるように、日本語の文章構造の理解を深める

この3つを受けて初めて、母国語を駆使して物事を理解し、他の言語システムを理解し、他文化、多様性の理解をでき、グローバルに活躍できる人材になる一歩を踏み出せるのです。

「これからの時代は英語が出来たほうがいい」とか「大人になった時に困らないように」という理由だけで、日本で生まれ育ったお子さんをインターナショナルスクールに入れている場合ではありません。

私の尊敬する同時通訳者の諸先輩方も、インターナショナルスクールにいきなり通わせる前に大切なのは、母国語である日本語の習得、と口を揃えておっしゃっていました。それくらい本末転倒なことなのです。


インターナショナルスクールはカリキュラムも含めて良さがたくさんあるが、日本ドメスティックな家庭対象に作られたものではない。photo by iStock

例えば、両親共に海外育ちであるとか、赴任帯同によりお子さんが海外の英語環境で育った等のバックグラウンドがある等の場合には、英語がそのお子さんの核となる言語になっているのでその方がお子さんにとっても幸せだと思います。ただそのような場合にもご家庭で日本語力の維持、特に漢字を読ませることにはみなさん努力していらっしゃるはずです。

バックグラウンドなしでインターナショナルスクールに入れるのであれば、セミリンガル/ダブル・リミテッドまっしぐらです。家族との会話や意思疎通もままならなくなるお子さんもたくさん見てきました。ちなみにセミリンガル/ダブル・リミテッドは「両方の言語において年齢に応じた言語習得度に満たない中途半端な二ヵ国語使用者」という意味です。


もちろん中には、2つの言語を同時期に習得し、二か国語を母語とする話者や「バイリンガル脳」を持つ方もいて、その研究も行われています。しかし一般的に日本で日本人の家庭に生まれたお子さんについては、母国語を習得し、母国語で論理的に考える力があるからこそ、バイリンガル、トライリンガルになる下地が出来ると考えます。

母国語を習得し、母国語で論理的に考える力があるからこそ、バイリンガル、トライリンガルになれるのです。

発音やアクセント習得は早期教育が効果的だが

ただし、「早期教育は効果がないのか」というと、そういうことではありません。

「英語セッティングの環境に入る年齢が早ければ早いほど、英語習得力は高まる」というのは「発音、アクセントにおいてはその通り」です。

これは脳の発達との関係も大いにあると主張する研究もあります。生理学でいう「側性」、つまり大脳の各種機能が左右両半球に分化する状態は、生まれてから思春期にかけて発達し、それがどちら寄りになるのかが決まるタイミングと、英語習得における臨界期に大いに関係があると、スコヴィルをはじめ心理言語学者が発表しています。

思春期の具体的な時期は、人によって違いがあることを前提に、大脳の各種機能の発達が大体落ち着く頃には、新しい言語の発音、アクセントを忠実に再現できる「柔軟性」が少しずつ失われることを主張したのです。脳神経の発達と発音は非常に密接に関わっています。発音、アクセントは口の筋肉の動きがあってこそうまくできるわけで、神経と筋肉の動きと発達が、発音とアクセントの良し悪しを左右することは間違いありません。

自分の目の前にいる第三者が話す英語の発音がきれいだったり、ネイティブの話す英語を聞き取れたりしている、という場面を見ると、「第二ヵ国語である英語習得に成功しているんだ」、と感じることでしょう。実際、大人になって英語を学ぶ日本人の多くは、読むことはできても、聞いたり話したりすることができないという直面に多く立たされ、「小さい時にやっておけば良かった」という声をよく聞きます。

「RとLの発音がきちんとできる!」「アクセントがネイティブ並み!」であると、それだけで「素人目にもわかりやすい」から、その点で「じゃあ早く子どもに英語の学習をスタートさせたほうがいい」という説が出やすいのではないでしょうか。

また、言語学習開始年齢が早ければ早いほど良い、とされる仮説に対し、ただ耳から、口から、の発音、アクセントの習得度合いをもって最終的な言語習熟レベルを図るのは適切ではないとする説もあります。


1995年にスラヴォフとジョンソンという研究者が、7歳から12歳の間に渡米し英語を第二ヵ国語とする中国人、日本人、韓国人、ヴェトナム人の107人の子供達を、7〜9歳の間に英語学習を始めたグループと、10〜12歳に英語学習を始めたグループに分けて実験を行いました。

英語学習の開始時期は早いほど良い、と言語獲得の臨界期仮説を謳う研究者にとっては驚きの結果が出ました。

構文の理解、文章の構造や比較的難しいとされる文法の理解においては、英語学習の開始時期が遅いグループが秀でていたのです。


中身のない英語を話しても意味がない

言語学習の獲得においては、まずその言語の正しい文法を理解できる年齢に到達してから、情緒的、社会的、動機的な要因が言語獲得に与える影響を踏まえて学習することが大切であり、年齢、早期学習が必ずしも最終的な習熟度に直接的な関係があるわけではない、と発表しています。

英語習得のどのレベルを「完成形」とするのか、教養も品格もある過去のアメリカ大統領(「過去」です、残念ながら)が話すような英語レベルを求めるのか、それとも、発音はネイティブ並みでも、とても実際のネイティブが落ち着いて聞いていられないようなスラングだらけの英語を話すレベルで良しとするのか、目標を見据えた学習も非常に重要です。

様々な研究者の発表や実験、また日本人や日本人以外のノンネイティブ学習者に対して本当に必要な英語を日本とアメリカの両方で指導してきた経験を踏まえると、私は以下のことが大切だと考えています。

・正しい文法の習得:

・修辞法の習得:

・論理的根拠を持つこと(ロジックの大切さ)

以上の3つに重きを置いた英語教育が出来るのは、「母国語があって母国語で論理的に考える言語能力あってこそ」、なのです。

子どもであればあるほど、言葉がもたらす社会的影響や価値には気づいていません。発した言葉が持つ影響をわからないまま、ただその言葉を流暢に話せる人間になることは非常に危険だと私は感じており、これが私の英語教育において大切にしている、「その言葉を使って世の中に何を発信する人間になるのか」、という「ロジック」の部分です。

日本人が「英語」を必要とする現場において、英語は出来るのだけれど、軸のない空っぽな会話では困るわけです。ですから幼少のうちから読み聞かせをすることで、豊かな語彙力、表現力、物事を深く考える力を養っておきたいと思うのです。

また、年齢と習熟度の関係だけではなく、年齢を重ねたからこそ「語学は難しい」という心理が働き、及び腰になるので、その分習熟が遅くなるという研究もあります。
しかしその時期を越えてからの語学学習においては、子どもが母国語をマスターする過程の学びプロセスを念頭に入れながら、コツを抑えた学習法をしていけば良いことなのです。その学習法については、別の機会にご紹介できればと思います。


今の小学生が大人になる頃には、現時点で存在しない仕事に就く子どもたちが40%になるとも言われています。

ネットも更に進化するでしょう。数多ある情報の中から、情報を素早く正確に理解し、吸収し、本当に自分にとって必要な情報なのか、また信頼できる情報なのかを判断し、それを仕事や生活に活かしていく力が更に求められると思います。

つまり、文章を読み、論理的根拠、分析力、物事を深く考える力を用いてさらに発展させる力が問われると思います。

国と国の間=inter-national(インターナショナル)ではなく、自分が何者であるのか、そのルーツとスピリットを踏まえた上で日本人として世界に出て、世界基準のものの考え方を出来てこそglobal(グローバル)になれる。

そのために、早期学習で得られる発音とアクセントありきの英語教育はしなくて大丈夫です。幼少期からの読み聞かせの持つ力、大人だからこそ深みのある英語学習ができるのはアドバンテージなのです。

母国語で深く思考できないことが一番、「バイリンガル」への道を遠ざけてしまうのです。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54131

グローバル企業が支援する愚民化政策 / 怨念を動機にする英語教育 (part 2)
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68691561.html

「お遊び」としての英語教科

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(左: 『個人教授』でのナタリー・ドロン / 右: 実際に英語を教える教師 )

  教育改革の理念はご立派だけど、実際、学校側はどのような「英語教育」を行ってきたのか? 「小学校英語活動実施状況調査」によると、公立小学校の総合学習において、約8割の学校が英語活動を実施しており、特別活動等も含め何らかの形で英語活動を実施している学校は、93.6%に及んでいるそうだ。第6学年では、英語活動を実施している学校のうち、97.1%が「歌やゲームなど英語に親しむ活動」を行い、94.8%が「簡単な英会話(挨拶や自己紹介など)の練習」に取り組んでいるという。また、73%が「英語の発音の練習」を行っているそうで、年間の平均授業実施時数は、第6学年で13.7単位時間(1単位時間は45分)であるらしい。


  「英語の授業」といっても、外人教師が子供たちと一緒に歌ったり、大袈裟なジェスチャーで挨拶する程度なんだから、実質的には「遊びの時間」である。文科省は具体例を挙げているので、ちょっと紹介したい。


  @ 例えば、自分の好きなものについて話すという言語の使用場面を設定して、実際に英語を使って、自分が好きな食べ物について話しあったりする(コミュニケーション)。その際、国語科の内容とも関連させながら、日本語になった外国語にはどのようなものがあるかを学習する(言語・文化理解)。また、apple, orangeなどの単語を通して英語の音声に触れてみたり、I like apples.などの表現例を使ってみたりする(スキル)。


  A例えば、友達を誘うという言語の使用場面を設定して、実際に英語を使って、自分が好きな遊びに友だちを誘ってみる(コミュニケーション)。その際、日本の遊びと世界の遊びについて比較対照してみる(言語・文化理解)。また、ohajiki, baseballなどの単語を通して英語の音声に触れてみたり,Let's play ohajiki.などの表現例を使ってみたりする(スキル)。

  もう、論じることすら馬鹿らしくなる。確かに、小学生なら教師の言葉を真似て、上手に「アップル」とか「オレンジ」と発音できるだろう。しかし、自分が欲する事や感じた事をそのまま文章にできまい。「リンゴが好き !」といった簡単な文章なら英語で表現できようが、気に入った服や玩具を買ってもらいたい時など、“微妙”な呼吸を必要とする場合には、慣れ親しんだ日本語となるだろう。例えば、母親と一緒に百貨店を訪れた少年が、「ねぇ、ママ、僕、あのオモチャがおうちにあったら、毎日ママに見せてあげられるんだけどなぁ」とねだることもあるし、父親に連れられた娘が「パパ、私このお人形が前から欲しかったんだけど、クリスマスまで我慢するね」と哀しそうな目をして、暗に買ってくれとせがむこともある。(賢い子供なら、“こっそり”とお爺ちゃんやお婆ちゃんに「おねだり」を考える。なぜなら、こうした小悪魔は祖父母が孫に甘いことを熟知しているからだ。) 子供は一番便利な言葉を選んで生活するものだ。両親が日本人なら、いくら学校で英語を学んでも無駄である。子供は親に向かって日本語を話すし、親の方も日本語で答えるはずだ。

特に、子供を叱る場合、「こらぁぁ、何やってんの!! そんなことしたらダメぢゃない !」と言うだろうし、オモチャを買ってくれとせがまれた時も、「泣いたってアカンで。無理なもんは無理や !!」と日本語で却下するだろう。したがって、日常会話の80%ないし99%が日本語なら、学校の授業なんか焼け石に水である。

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(左: フィリピン人の女中 / 右: ベイナム人の労働者 )

  「外国語専門部会」のメンバーは、机上の空論を弄ぶ連中だから単なる馬鹿ですまされるが、その方針を支持する経済界の連中には用心が必要である。彼らは「グローバル化に伴う英語の重要性」を看板に掲げているけど、本音ではアジア人労働者と一緒に作業が出来る日本人を求めているだけだ。英語を用いてコミュニケーションをはかる相手とは、教養と財産を持つ西歐白人ではない。稚拙な英語教育で低脳成人となった日本人は、工場や下請け企業でアジア系従業員と同列になり、カタコトの英語で仕事をする破目になる。大手企業が輸入するフィリピン人やマレー人、ベトナム人、支那人などに日本語を習得させるのは困難だから、簡単な「共通語」を職場の言葉にする方がいい。英語なら多少発音がおかしくても通じるし、移民労働者も多少の予備知識を備えているから、日本人の現場監督でも何とかなる。「グローバル化」と言えば響きが良いが、その根底には、日本人に対する待遇をアジア人並に引き下げ、低賃金労働者としてこき使おうとする目論見は明らかだ。子供の将来を案じ、私塾にまで通わせる日本人の親は、我が子をフィリピン人並に育てるべくお金を払っている訳ではない。しかし、お遊びの英語教育を受ける子供は、数学や理科、国語などの授業数を削られるから、総合的な学力低下は避けられず、卒業してから就く仕事は限られている。だいたい、望んでもいない低級な職種とか、厭々ながらの職業に就いた若者が、やる気と向上心を持って働くのか? 職場意識の低下は明らかだ。

どんな外人を雇うのか ?

  もう一つ、英語教育改革に伴う問題として挙げられるのは、どうやって充分なALT(Assistant Language Teacher / 外国語指導助手)を確保するかである。現在、英語の授業は日本人の教師に加えて、英語圏からの補助教員を用いて行われているから、各地方自治体は適切な外人のリクルートに手を焼いているそうだ。ベネッセ教育総合研究所の調査によれば、教育現場は英語を専門とする講師や、日本語がある程度話せるALTを獲得したいそうだが、実際のところ、こうした外人は稀で、日本人教師との意思疎通が困難なうえに、授業の打ち合わせができない。しかも、ALTが2、3で交替してしまうし、ALTによって方針や態度が違いすぎる。もっと悪いことに、指導力が身についていないALTが多いという。これは教師でない筆者も想像ができる。英語を話すアメリカ人やオーストラリア人だからといって、外国人に英語を教える能力があるとは限らない。日本語は文法や語彙、発音の点で英語と全く異なる。とりわけ、日本語を話す子供を相手にする場合、相当な根気と熱意が必要で、教育技術の無い外人を雇ったってトラブルが増すだけだ。もし、日本人教師がサウジ・アラビアに派遣されて、現地の子供に日本語を教える破目になったら、一体どのような事が起こるのか? 想像しただけで恐ろしくなる。

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(写真 / アジアへ派遣された英語教師 )

  充分な外人ALTを確保する場合、自治体が負担する費用も馬鹿にならない。仮にも教師だから、渋谷とか新宿で見つけた不良外人を雇うわけにも行かないので、多くの学校はJETプログラム(外国語青年招致事業 / The Japan Exchange and Teaching Programme)に頼んで、外人教師を斡旋してもらうことになる。しかし、上質な人材を招致するとなれば、それなりの給料や恩給を約束しなければならないし、待遇だって日本人以上に設定しないと承諾されない場合もあるだろう。小さな地方公共団体だと予算不足に悩んでいるので、ALTへの住居手当とか出張費を考えると頭が痛い。こうなれば、民間企業に頼らざるを得ないし、人材派遣業者だって甘い言葉を囁いてくる。ALTの増加要請は、地方自治体にとって財政的なピンチだが、「口入れ屋」にとっては儲けるチャンスだ。海外で安く仕入れた「外人」を日本に輸入して高く売りさばく。これを大手の人材派遣会社が全国展開のビジネスにすれば、大きな利鞘を得ることになる。ついでに不動産屋と結託し、外人教師の住宅もセットにすれば、更なる利益を摑むことができるだろう。

  一方、予算の確保に困った地方の役人は、まず中央に泣きつくから、巨額な補助金が各地に流れることになる。気前の良い中央官庁がバックにつけば、学校側は外人教師に高給を渡すことができ、口入れ屋もピンハネ額が多くなってニコニコ顔。これって、何となく、売春婦を斡旋する女衒(ぜげん)みたいだ。例えば、日本の派遣業者が不景気なアイルランドを訪れ、適当な「教師」を物色したとする。教師としての資質が不充分でも、英語を話す白人を物色できれば、日本で高く販売できるから、多少、交渉金が釣り上がっても採算が合う。どうせ庶民のガキに歌や絵本を教えるだけの「補助教員」だから、教養とか品格は問題じゃない。結局、損をするのは、「お遊び」の英語に時間を費やし、気位だけが高い愚民へと成長する子供たちと、巧妙に税金を吸い取られる親の方である。

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(左: 英語を話す黒人女性  / 右: カナダの白人女性 )

  凡庸な外人ALTをあてがわれる事態となれば、子供を預ける親も心配になるが、子供の方にも別の不満が募ってくる。学校教師は言いづらいだろうが、外人教師の人種や容姿が問題となるからだ。極端な例だが、もしAクラスを担当する外人ALTが金髪碧眼の若いイギリス人女性で、Bクラスを受け持つALTがブリテン国籍者なんだけどジャマイカ系の黒人男性であったら、どんな反応が起こるのか? もちろん、両者も英国で言語学を専攻し、教員免許を持っている。しかし、Bクラスの子供たちは、Aクラスの生徒を羨み、「僕もAクラスの先生がいい」とか「Aクラスの方に移りたい」と言い出す。さらに、保護者からも「どうしてBクラスはイギリス白人の先生じゃないの?」と抗議が来る。

  英語の教師を探す場合、イングランドやアメリカだけではなく、カナダとかオーストラリア、アイルランドも募集地となるが、事によってはインドやエジプト、ケニア、フィリピンだって候補地となり得る。外人講師への出費を抑えようと思えば、アジアかアフリカ出身者の方がいい。でも、子供たちの反応を考えれば、ブリテン連邦や北米出身の白人教師の方が“適切”と思えてくる。あり得ないことだけど、もし中学校の英語教師をイングランドから招くなら、ケンブリッジ公爵夫人となったキャサリン・ミドルトンのような女性の方が好ましく、やがでヘンリー王子と結婚するメーガン・マークルのような黒人女性じゃ二の足を踏んでしまうじゃないか。

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(左: キャサリン妃 / メーガン・マークル / エリザベス女王 / 右: フィリップ殿下)

  確かに、どちらも心優しい女性であるが、マークル氏がイギリス文化を解説するなんて、ちょっと抵抗がある。イギリス系のカナダ人が教えるんなら納得できるけど、支那系とかアフリカ系のカナダ人だと遠慮したい。やはり、英国の言葉や風習を教えてもらうなら、先祖代々イングランドに暮らすアングロ・サクソン系のイギリス人の方がいいし、パキスタン移民3世とかインド系帰化人5世の教師より、オランダ系やドイツ系の移民2世の方がマシだ。何しろ、イングランド王国では女王陛下がドイツ系だし、フィリップ殿下はギリシア出身のドイツ系貴族で、スコットランドのエジンバラ公爵になっている。日本の皇室とは大違いだ。

  ベネッセ教育総合研究所が行ったアンケートに、「英語教育で重要なこと」という項目があり、そこでは外国人との交流に関する質問があった。「とても重要」と答えた人は英語教育賛成派で55.4%を占め、反対派でさえ30.7%であった。最重要とは言えないが「まあ重要」と答えたのは、賛成派で41.6%、反対派では54.9%であった。ということは、賛成派と反対派を問わず、多くの人が外国人との交流に何らかの重要性を見出している訳で、子供たちが進んで外国人に接することを期待していることになる。だが、話しかける相手が西歐白人ではなく、イングランドに移り住んで来たインド人やパキスタン人、トルコ系帰化人の2世や3世、あるいはブリテン国籍を持つアラブ系イスラム教徒であったらどうなるのか? イギリス人とは思えない容姿の教師を前にして、日本の子供たちが積極的に話しかけ、英語やイギリス文化に興味を示すとは思えない。

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(左: インド系男性 / 中央: 英国のジャマイカ人女性 / 右: ムスリム男性 )

  もし、帰宅した息子に母親が、「今日、英語の時間はどうだった?」と尋ね、「う〜ん、別に」といった返事だけしか得られなかったら心配になる。それに、問い詰められた息子が、「あんまり面白くない」とか「あの先生イヤだ」と呟いたらどうするのか? 具体的な将来設計を描けない小学生は、教師によって好き嫌いができてしまい、好きな先生の授業なら喜んで学ぼうとするが、気に入らない教師に当たるとガッカリする。ある心理学の実験によれば、幼児だって美女を見ると自分から抱きつこうとするらしく、ブスだと顔を背け、抱きつこうとしないそうである。幼い子供は理性でなく本能で行動するから、大人は冷や冷やするらしい。こうした行動様式はともかく、高額所得者の親を持つ子供は有利だ。お金持ちの保護者は自由に私立学校を選択できるし、優秀な講師を揃えた英語塾にも通わせることができる。しかし、低所得の家庭だと公立学校へ通わせることしかできない。つまり、「選択肢」の無い親子は、どんな学校でも我慢するしかないのだ。

  「日本の学校における教育理念とは何なのか」については様々な意見があるけれど、「立派な日本国民を育成する」ということに関しては、異論はあるまい。いくら英語を流暢に話して歐米人と対等に議論できるといっても、外国人に対して卑屈なら日本人としては失格だ。英語を習得することだけに労力を費やし、大人になっても自国の文化を知らず、日本語さえも未熟なら、こうした人物は歐米人の小使いに過ぎない。まるでローマ人の将軍に飼われたユダヤ人通訳みたいなもので、便利だけど尊敬に値しない「下僕」である。日本人が思考する時に用いる言語は日本語であり、その性格を形成するのも日本語である。その大切な言葉遣いが幼稚で、日本の歴史についても無知な者が、祖国に誇りを持って生きて行けるのか? アメリカ人やイギリス人は、いくら英語が達者な日本人でも、揉み手すり手でやって来る小僧を「対等な者」とは思わない。現在の英語教育は歐米人に対する劣等感を植え付けるだけで、卑屈な日本人を大量生産する結果になっている。我々は英語が苦手なことで尻込みする必要は無い。もし、「英語を流暢に話せるんだぞ」と自慢するクラスメートに会ったら、「ああ、すごいねぇ。まるでフィリピン人みたい」と褒めてやれ。どんな顔をするのか楽しみだ。
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専門家が直言「TOEICが日本を滅ぼす」2018年4月20日 プレジデントオンライン


英語能力のテストとして、学校教育でもビジネスでも重要視されるTOEIC。しかし長年、企業の語学研修に携わってきた猪浦道夫氏は「TOEICは英語能力検定試験として欠陥がある。TOEIC対策講座に成り下がった英語教育を進めることで、母国語をふくめたそもそもの言語教育に悪影響が出ており、日本人の知的レベル低下を招いている」と警鐘を鳴らす――。

■TOEICハイスコアは成功への登竜門?

筆者は長年、語学教育にたずさわってきましたが、30年ほど前から学校の英語教育が「文法偏重から会話力重視へ」と急カーブを切り始めました。そのころからビジネス界でもグローバル化の標語のもとに、ビジネスピープルたるもの「誰もが英会話力は必須」のような雰囲気になってきて、どこか不気味な感じがしていました。

その象徴的な存在がTOEICの急成長です。昨今では、あたかもこれからの教育界、ビジネス界ではTOEICのハイスコアが成功への登竜門であるかのごとくみなされるようになってきています。

1990年ごろまで、英語力を認めてもらうには「実用英語技能検定(英検)」が一般的でしたので、この試験は英検に比べてさぞかし画期的な試験なのかと思いました。そこで、この試験の問題を分析してみましたが、そのときの正直な感想は、「これがビジネスに役立つ実践的な英語力とどういう関係があるのか。全体的に英検のほうがまだ数段優れているな」というものでした。

にもかかわらず、TOEICの浸透はやがて文科行政、企業教育にまで及んできて、いまや猫も杓子もTOEICという状況になりました。知人、生徒たちにTOEICの感想を尋ねてみると、その反応の多くは、TOEICなんてあまり意味がないけど上から受けろと言われたので、就職の書類にスコアを書く欄があるので、また若い世代の場合、大学受験で一定のスコアが求められているから仕方がない、という消極的またはやや否定的な意見でした。

いまや、小中学校から大学、大学院、そしてビジネスピープルに至るまで、なんでもかんでもTOEICで学習者の英語力を図ろうとしています。

しかし、TOEICで測れる英語の能力は、あたりさわりない英語トーク(しかも米語の発音)の聴き取りと、専門性の低い英文の理解力だけです。しかも、後者の場合、日本語をまたいでの翻訳力はまったく評価できません。この点では、いろいろな問題はあるにせよ、英検のほうが圧倒的に優れています。

しかるに、言語能力というものは多様でそんな単純なものではありません。「聞く」「話す」「読む」「書く」の4つの能力の区別はよく知られていますが、もう少しキメ細かく見ると、「聞く」「話す」の部分は「通訳能力」があるかどうか、「読む」「書く」の分野は「翻訳能力」があるかどうかの視点も考慮しなければなりません。

さらに、それらの能力はスピーチレベルというものを考慮しなければなりません。おおざっぱに分類しても、現地の人と日常のくだけた会話をするレベル、改まった場面で正式な話し方をするレベル、そして、専門分野の情報交換に必要なコミュニケーション能力です。文章にも、この区別が厳然としてあります。

■本当に英語力が必要な人、不必要な人

英語を学ぶ場合、学習者がどのような目的で学ぶのかによって、どこのゾーンの能力をどの程度まで伸ばすかを考慮しなければ時間の無駄になります。

例えば、日本の大学生がその専門分野の研究において必要としている英語能力とは何でしょう。それは英会話の能力ではなく、原書を読み理解する能力です。大学院レベルの研究(特に理系)においては、それに加えて英語で論文を書く能力が求められましょう。

一方、企業活動における英語力とはどうあるべきでしょう。実は90%のビジネスピープルは高度な英語力を必要としていません。国際化、グローバル化の掛け声のなかで「少しぐらい英語ができないとみっともない」といった曖昧なイメージだけが先行しているだけで、実際に現場にいるビジネスピープルの多くは英語を使う機会はありません。

英語を必要とするのは、海外とのやりとりがある部署の人間だけです。英語を必要としない社員にまで画一的にTOEICの勉強を強要しようとするのは、経理部で働く可能性のない社員に簿記の試験を受けろと言っているようなものです。企業活動のそもそもの目的を考えれば、ビジネスの現場でほとんど役に立たない英語力を少しぐらいアップさせる時間があったら、ビジネスの力を磨いたほうが会社にとってメリットが大きいはずです。

もしビジネスを目的として英語を学習するにしても、個々人の業務内容を考慮してターゲットを絞るべきです。例えば、英文メールが書ければよい、英語文献などを読んで情報分析できなければならない、頻繁に外国人ビジネスピープルと交渉事がある、といったものです。そのレベルによって求められる英語力は大きく異なります。漫然とオールラウンドに高度な英語力を身に着けたいと思っているならば、それは差し迫った必要性に迫られていない証拠です。

■国語ができなきゃ英語なんてできるわけがない

私は、最近、英語のみならず母国語である日本語も含めて、日本人のコミュニケーション能力、論理的思考力が変調をきたしているのではないかと思うようになりました。この傾向は、一般の人々や若者ばかりでなく、ビジネスピープルや知識人と呼ばれる人々のあいだでも顕著で、はたで他の人のトークを聞いていても話がかみ合っていないと感じることが多いのです。

私はこの度『TOEIC亡国論』という、あえて刺激的なタイトルの本を出版しました。それはなぜか。本稿でもこれまで、英語能力試験としてのTOEICの欠陥を示してきましたが、そんな試験が社会に当たり前のように受け入れられてしまったことで、英語にとどまらない言語教育そのものに悪影響を及ぼしはじめているという、強い危機感があるからです。

認知科学者で慶應義塾大学名誉教授の大津由紀雄氏は、文科省「教育の在り方に関する有識者会議(第3回)」において、大学での英語教育の現状を「TOEICの対策講座化に堕している」と評し、「TOEICでの高スコアは必ずしも英語の熟達度を示すものではな」いと喝破しています。

そしてその原因として、「そもそも日本語がきちんと使える人が非常に少ない」ことを挙げ、母国語教育と英語教育のあり方に同根の問題があることを指摘しています。

本来あるべき言語教育とは、英語という特定の言語に偏ることなく、言葉そのものに対する興味をさまざまな角度から養い、母国語と外国語をよく比較観察しながら「ことばの仕組みとか動き」を理解するものであるべきだと、大津氏は言います。

しかも、そもそも「比較観察」する前提となるのは国語力。国語力は思考と深く関連性があり、言語というものは思考した結果を表現するツールに過ぎません。だから、英語を学ぶ以前に、国語力に立脚した思考能力がなければ話にならないのです。

外国語の能力は母国語の能力を上回ることはないが、外国語を知ることは母国語を見直す契機となり、母国語の習熟度を高めます。英語学者の渡部昇一氏はこれを「知的格闘」と呼んでいましたが、外国語を知ることは、母国語と外国語両方に望ましい教育効果が期待できるのです。

■TOEICを目的とした教育で「母国語力」が低下している

ところが、TOEIC対策講座と化した外国語教育では、前述した通り、翻訳能力や通訳能力、そして実践的なスピーチ能力が、正しく身につくとはいえません。大津氏のいう「比較観察」も、渡部氏のいう「知的格闘」も磨かれず、外国語教育で求められる「母国語と外国語両方の習熟」という効果が期待しづらいと言えるでしょう。にもかかわらず、TOEICの点数さえよければいい、という教育を続けていれば、日本語力は磨かれず、当然ながら、日本語力を基盤とする思考力も育たない。

同時に、英語教育における学習者のレベルダウンは、言語学的見地から言えば、紛れもなく背景に国語力の欠如と、読み書き、文法学習の軽視に原因があることはまず間違いありません。つまり、日本語教育がうまく言っていないから、英語力も育たない。

他方で、TOEICの対策講座になった英語教育のせいで、日本語力が育たない。このような負のスパイラルは、基本的には学校教育での誤った教育方針が原因です。重ねて言いますが、そのあしき傾向を助長しているのがTOEICの存在で、その弊害はもはや看過できないレベルにまで達しています。

■日本語教育と外国語教育をセットで考え直すべし

その危機感は最近ますます強まっています。私はときどき国会の審議で答弁している官僚の話し方とか、テレビ番組に出ているコメンテーターと言われる人たちの会話や討論を聞くことにしています。そこで感じたことですが、意識的に論点をずらすとかある種の交渉術的な戦略があることを考慮しても、それ以前に日本語もおかしいというか、きちんとした日本語を話していない人も多い。

一方には、インテリを気取ってところどころ誰にもわからないような英語を交えて話す人もいて、そういう討論を聞いていると、そもそもこの人たちはコミュニケーションする気があるのだろうかという気さえしてきます。

今の世の中は殺伐といていて、子供殺しの親とか、モンスターペアレンツ、会社内での過労死など、痛ましい事件が後を絶ちませんが、これらの事件は、背景に日本語力の貧困によるコミュニケーションの欠如に遠因があるのではないかとすら思えてきます。唐突に思われる方もあるかもしれませんが、自分の考えを理解してもらえないと、人間というものはすごいフラストレーションを感じ、それが極限に達すると「切れる」ものなのです。

文科省の行政指導には、大きな問題があります。経済政策とか外交政策とか、およそ政策というものは、基本的には優れた専門家による検討を踏まえて決められていくものでしょう。ところが、文科省の(特に)英語教育に関しては、優れた専門家の諮問に耳を傾けているとはとても思えません。志ある立派な専門家がどれだけ主張しても、一向にそれが好ましい形で英語教育に反映されません。

浮ついた英語学習を改めて、そろそろ日本人の言語教育がどうあるべきか、国際社会での真のコミュニケーション能力には何が必要かを、国民ひとりひとりが原点に立ち返って考え直してほしいと思う今日この頃です。
http://news.livedoor.com/article/detail/14604971/


2018.4.3
英語を仕事で使う人の数は減少傾向という現実、むしろ必要な力とは
榎本博明:心理学博士、MP人間科学研究所代表+ 
http://diamond.jp/articles/-/165663

2020年東京オリンピックでの「おもてなし」に向けて、“英語ファースト”の時代が訪れている。「いまの時代、英会話ぐらいできないと」、「英語は早いうちから学んだ方がいい」と言われるが、

『その「英語」が子どもをダメにする』(青春出版社)
https://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4413045203/diamondonline-22/


の著者・榎本博明氏は、そんな思い込みが蔓延する英語“偏重”な教育現場に警鐘を鳴らす。

実際、仕事で英語は本当に必要?

 現在、日本人は仕事上どれくらいの頻度で英語を使っているのだろうか。仕事で英語を話す機会といえば、海外支店に転勤になった場合か取引相手が海外の企業だった場合ぐらいである。

 とはいうものの、これからグローバル化が進む時代で、実際は英語の必要度がどんどん増しているのではないかと考える人も多いだろう。

 これについては、実証的なデータがある。言語社会学者の寺沢拓敬が行った調査で、「日本で実際にどれぐらいの英語が使われているか」を検証した。2002年の調査結果では、仕事で英語を「よく使う」人と「ときどき使う」人を合わせた比率は12.7%だったのに対し、2008年は13.3%と6年間でほとんど変化はみられなかった。

 さらに、「過去一年間に仕事で少しでも英語を使った」という人の比率は、2006年21.0%に対し、2010年は16.3%と、むしろ減少傾向にあるのだ。

このようなデータを見るかぎり、これから先も日本で仕事する上で本当に英語が必要になってくるのか疑問になってくるだろう。

 また、企業が社員にもとめる能力を調査したところ、英語力よりもむしろ専門性や柔軟性、そして仕事ができること、だれとでもコミュニケーションがとれることだったという。(『週刊金曜日』2013年11月8日号)

 最近では、英語は入社後でも十分身につくという考えが広がり、企業では仕事を進める力や人間力が重視されているというのが実態である。

 やはり、子どもの将来を考えた場合、英語教育に先走るよりも、まずは日本語力や思考力の基礎をしっかり固めることが優先されるべきだといえるだろう。

就活で「コミュニケーション力」が重視されるワケとは?

 新卒採用で多くの企業が最も重視するのが、「コミュニケーション力」だ。これはもちろん日本語でのコミュニケーションのことを指す。例年、「主体性」や「意欲」などを抑えて「コミュニケーション力」が圧倒的に重要視されるのはなぜだろうか。

 これは、近年の大学生の日本語能力の低下が関係していると考えられる。たとえば「内向的」「情緒不安定」「引っ込み思案」などの言葉が通じなくなってきていると榎本氏はいう。

 多くの大学教員が、学生に対して心理検査やアンケート調査ができなくなってきたというが、それは質問項目の意味がわからないという学生が増えてきたからといわれている。

 最近の学生は、SNSでのやり取りで記事を投稿したり友達と会話するなど、言葉に触れる経験は豊富なのだが、本をあまり読まないため、読書体験で得られるはずの豊かな表現や抽象的な概念に触れる機会がないのだ。

このように、英語どころか日本語のコミュニケーションさえうまくできない若者が増えているため、企業としては何としても「コミュニケーション力」がある若者を雇いたいと思うわけである。

 さらに、2007年から日本語検定が行われるようになり、企業の採用試験や研修で使われているという。そのようなものが必要になったということは、それだけ日本語に不自由な若者が増えてきたことの証拠といえるだろう。

英会話ができても、外国人と対等にはなれない

 そもそも日本人の多くが、英会話を話せれば外国人と対等にコミュニケーションがとれていると勘違いしている。その勘違いゆえに、わが子に英会話を習わせたいという親が多いのだ。

 もちろん英会話を話せないより話せた方が、コミュニケーションは円滑に進むだろう。しかし、“話せる”ことだけに注力してしまうのは危険である。

 子どもの言語発達について、発達心理学者の岡本夏木氏は、日常生活の言葉である「一次的言葉」と授業の言葉である「二次的言葉」を区別している。

「一次的言葉」は、具体的なことがらについて、いわば、日常生活において身近な人たちとの間で会話するための言葉である。それに対し「二次的言葉」は、抽象的な議論にも使える言葉であり、そこには話し言葉だけでなく書き言葉も加わったものである。

要するに、日常生活の具体的な場面の会話で用いる言葉か、教室で授業を受ける時などのように抽象的思考や議論をする時に用いる言葉か、ということだ。

 日本語を不自由なくしゃべっていても勉強ができない日本人、知的活動が苦手な日本人がいくらでもいるように、大事なのは学習言語能力、つまり後者の「二次的言葉」を磨くことである。それができないと、授業についていけず、ものごとを深く考えることができない子になってしまうのだ。

 幼いうちから英会話に注力しすぎた結果、英語どころか日本語能力も低く、日本語の文章が読めなかったり抽象的な議論ができないとなれば、取り返しがつかないだろう。

 先述しているように、英語はある程度大きくなってからでも学ぶことは十分可能なのだから、小さいうちから焦る必要は何もないのである。

 英会話は勉学ではなくあくまで「コミュニケーションのツール」。子どもが大きくなって勉強や仕事で本当に必要な能力は何なのか。親には、目先の能力にとらわれず、子どもの将来を見越した教育を受けさせることを忘れずに、わが子と向き合ってほしい。
http://diamond.jp/articles/-/165663


内田樹の研究室 2017.11.03 大学教育は生き延びられるのか?
独立行政法人化から後、日本の大学の学術発信力は一気に低下しましたけれど、それも当然なんです。法人化があって、学部改組があって、カリキュラム改革があって、そこに自己評価や相互評価が入ってきて、次はCOEだとかRU11だとかグローバル人材教育とか、ついには英語で授業やれとか言われて、この15年くらいずっとそういうことに追い回されてきたわけです。

グローバル人材育成と称して、今はどこでも英語で授業をやれというプレッシャーがかかっている。どう考えても、日本人の学生相手に日本人の教員が英語で授業やることに意味があるとは思えない。

実際にそういう大学で働いている人に聞きましたけれど、オール・イングリッシュで授業をするとクラスがたちまち階層化されるんだそうです。

一番上がネイティヴ、二番目が帰国子女、一番下が日本の中学高校で英語を習った学生。

発音のよい順に知的階層が出来て、いくら教員が必死に英語で話しても、ネイティヴが流暢な英語でそれに反対意見を述べると、教室の風向きが一斉にネイティヴに肩入れするのがわかるんだそうです。コンテンツの当否よりも英語の発音の方が知的な位階差の形成に関与している。

これも英語で授業をしている学部の先生からうかがった話ですけれど、ゼミの選択のときに、学生たちはいろいろな先生の研究室を訪ねて、しばらくおしゃべりをする。その先生のところに来たある学生はしばらく話したあとさらっと「先生、英語の発音悪いから、僕このゼミはとりません」と言ったそうです。その方、日本を代表する批評家なんですけれど、学生はその名前も知らなかった。
そういうことが今実際に起きているわけです。ではなぜこんなに英語の能力を好むというと、英語のオーラルが教員の持っている能力の中で最も格付けしやすいからです。一瞬で分かる。それ以外の、その人の学殖の深さや見識の高さは短い時間ではわからない。でも、英語の発音がネイティヴのものか、後天的に学習したものかは1秒でわかる。

『マイ・フェア・レディ』では、言語学者のヒギンズ教授が出会う人たち一人一人の出自をぴたぴたと当てるところから話が始まります。『マイ・フェア・レディ』の原作はバーナード・ショーの『ピグマリオン』という戯曲です。ショーはヒギンズ教授の口を通して、イギリスでは、誰でも一言口を開いた瞬間に出身地も、職業も、所属階層も分かってしまうということを「言語による差別化」(verbal distinction)としてきびしく告発させます。ヒギンズ教授は誰でも口を開いて発語したとたんに、その出身地も学歴も所属階級もわかってしまうというイギリスの言語状況を批判するためにそういう曲芸的なことをしてみせたのです。すべてのイギリス人は同じ「美しい英語」を話すべきであって、口を開いた瞬間に差別化が達成されるような言語状況は乗り越えられねばならない、と。だから、すさまじいコックニー訛りで話す花売り娘のイライザに「美しい英語」を教えて、出身階層の軛から脱出させるという難事業に取り組むことになるのです。

でも、今日本でやろうとしているのは、まさにヒギンズ教授がしようとしたことの逆方向を目指している。口を開いた瞬間に「グローバル度」の差が可視化されるように英語のオーラル能力を知的優越性の指標に使おうとしているんですから。それは別に、英語がネイティヴのように流暢に話せると知的に生産的だからということではなく、オーラル能力で階層化するのが一番正確で、一番コストがかからないからです。

日本中の大学が「グローバル化」と称して英語教育、それも会話に教育資源の相当部分を費やすのは、そうすれば知的生産性が向上するという見込みがあるからではないんです。知的な生産性という点から言ったら、大学ではできるだけ多くの外国語が履修される方がいい。国際理解ということを考えたら、あるいはもっと現実的に国際社会で起きていることを理解しようと望むなら、英会話習得に教育資源を集中させるよりは、外国語履修者が中国語やドイツ語やトルコ語やアラビア語などに散らばった方がいいに決まっている。でも、そういう必要な外国語の履修については何のインセンティブも用意されていない。それは、英語の履修目的が異文化理解や異文化とのコミュニケーションのためである以上に格付けのためのものだからです。

TOEICはおそらく大学で教えられているすべての教科の中で最も格付けが客観的で精密なテストです。だからみんなそのスコアを競うわけです。競争相手が多ければ多いほど優劣の精度は高まる。前に申し上げた通りです。だから、精密な格付けを求めれば求めるほど、若い人たちは同じ領域にひしめくようになる。「誰でもできること」を「きわだってうまくできる」ことの方が「できる人があまりいないこと」を「そこそこできる」ことよりも高く評価される。格付けに基づいて資源分配する競争的な社会は必然的に均質的な社会になる。そうやって日本中の大学は規格化、均質化し、定型化していった。
http://blog.tatsuru.com/

内田樹の研究室 2018.01.31
『街場の文体論』韓国語版序文


これが韓国語訳されることになったわけですけれど、果たして僕がこの授業で取り上げたさまざまなトピックが隣国の読者たちにとっても同じような切実さを持つものかどうか、確信がありません。でも、一つ言えるのは、韓国でも日本でも、言語が遭遇している危機についてはおそらくそれほどの違いはないということです。それは母語が痩せ細っているということです。序文として、それについて少しだけ思うことを書いてみたいと思います。

母語が痩せ細っているというのは、現実的には英語が支配的な言語になりつつあるということです。すでに各種の学会ではそうなりつつあります。

自然科学系の学会ではしばしば日本人だけの集まりでも発表や質疑は英語で行われます。研究者たちは英語で論文を読んで、英語で論文を書いて、英語で議論する。

韓国でも事情は同じだと聞いています。どちらも英語での大学の授業数が増えています。

「留学生数」や「海外提携校数」や「英語で開講されている授業数」や「外国人教員数」が多い学校に助成金がたくさん分配される。

だから、どの大学も必死になって英語に教育資源を集中的に分配するようになっています。

日本では中学高校で英語の授業は英語で行うことが定められました。

こういう流れを「国際化」とか「グローバル化」といって肯定的に語る人がたくさんいます。でも、それはそんなに喜ばしいことなんでしょうか。

とりあえず日本において統計的に一つだけわかっていることは、母語の教育を疎かにして、限られた教育資源を英語に集中するようになってから英語力が低下したということです。

この現実に慌てた政府は日本人が英語ができないのは学習開始年齢が遅いからだという根拠のない解釈に飛びついて、英語教育の開始年齢をさらに引き下げて、小学校3年生からの英語教育開始を決めました。結果はまだ出ていませんが、英語力を含めてすべての学力が低下することになるだろうと僕は予測しています。

なぜそんなことが起きるのか。それは言語政策を起案している日本の政治家や官僚や学者たちが「言葉を使う」という営みの複雑さを知らないからです。

彼らは言語というものを自転車や計算機のような「道具」だと思っている。こちらに道具を操作する主体がいて、あちらに道具がある。性能のよい道具を手に入れ、操作技術に習熟すれば仕事が捗る。そう思っている。

でも、それは違います。言葉は道具じゃない。僕たちが言葉を使うというより、僕たち自身が言葉で作られているのです。僕たちが言葉を支配しているのではなく、むしろ僕たちが言葉によって支配されているのです。

言葉は僕たちの血であり、肉であり、骨であり、皮膚である。それがどのような質のものか、どのようなかたちのものか、どのような特性を持ったものかによって、僕たち自身のものの考え方も、感じ方も、生き方もすべてが影響を受ける。

英語を巧妙に操れるようになるということは、「英語を母語とする種族のものの考え方、感じ方」をわが身に刻み込み、刷り込んでゆくということです。そのことの重大さに人々はあまりに無自覚だと思います。

アメリカの植民地であったフィリピンでは英語が使えないとビジネスマンとしても公務員としても教師としてもジャーナリストとしてもよい職には就けません。だから、地位のある人たちはみんなみごとな英語を話します。

フィリピンの生活言語はタガログ語です。でも、タガログ語ではビジネスをすることも政治や経済について語ることもできません。そのための語彙が母語にはないからです。

フィリピン人のある大学の先生がこう語っていました。「英語で話せることは実利的(practical)であるが、母語では話せないことは悲劇的(tragical)だ。」

なぜ悲劇的であるのか。それはこのような言語環境に置かれている限り、フィリピン起源の政治理論や芸術運動が出現する可能性が絶望的に低いからです。

知的なイノベーションは(ほとんどの場合)母語による思考から生まれてくるからです。
母語が痩せ細っていれば、知的なイノベーションは始まらない。

例えば僕たちは母語でしか新語(neologism)を創ることができません。新語というのは、勝手に作れるわけではありません。条件があります。それは生まれて初めて耳にした語であるにもかかわらず、聞いた瞬間に母語話者たちにはその語義もニュアンスもわかるということです。だから、あっという間に広がる。これは外国語ではできません。自分で新語を作ってみても(例えば、不規則変化は覚えるのが面倒だからこれからは“I went”ではなく”I goed”にしようと僕が提案してみても)「そんな言葉はない」と冷笑されるだけです。

新しい言葉を創れないということは、新しい概念や新しいロジックを創ることができないということです。創造的なアイディアが思い浮かんだ時のことを思い出せばわかります。それは「喉元まで出かかっているのだけれど、まだ言葉にならない」というもどかしさを伴う経験です。アイディアは身体の奥の方から泡のように湧き出てくるのだけれど、まだはっきりしたかたちをとることができないでいる。最終的にそれなりの言葉になるのですけれど、それは手持ちの言葉を引き延ばしたり、押し拡げたり、これまでそんな語義で使った前例のない使い方をしたことでようやく達成されます。創造的な概念がかたちをとる時には母語もまた変容する。知的創造と母語の富裕化は同期する。

言葉を使うというのは、そういう力動的なプロセスなのです。道具を使うのとは違います。

鋏を手に持っている時にその新しい使い方を思いついたら、鋏がその思いに合わせて形状を変え、材質を変え、機能を変えるということはあり得ません。その「あり得ない」ことが母語においては起きる。それを考えれば、母語の運用がいかに生成的なものであるかが想像できると思います。そして、この知的創造は(例外的な語学の天才を除けば)母語によってしかできません。既存の言葉を引き延ばしたり、押し拡げたり、たわめたり、それまでにない新しい語義を盛り込んだりすることは母語についてしかできないからです。

ですから、母語が痩せ細るというのは、その言語集団の知的創造にとっては致命的なことなのです。

植民地帝国はどこでも自分たちの言語を習得することを植民地現地人たちに強要しました。

宗主国の言語は強国の言語であり、当然「グローバル」な言語であるわけですから、植民地化された人たちはそれを習得したことで、政治的にも経済的にも学術的にも実力をつけて、国際社会の中で以前よりは高い地位に達してよいはずです(日本の英語政策はまさにそのような発想に基づいて実施されています)。

でも、歴史はそのような実例を一つも教えてくれません。

なぜ宗主国は植民地に「グローバルな言語」の使用を強要するのか。

それは宗主国の言語を習得した植民地人たちには母語を富裕化する動機が失われるからです。そして、母語が痩せ細ると知的創造の機会が失われる。

植民地人たちは、自分たちの歴史的現実について語ろうとする場合でさえ宗主国のロジック、宗主国の歴史観、宗主国の世界戦略に即してしか語れないようになる。父祖伝来の「家産」的な生きる知恵と技術を伝え、それに即して生きることができなくなる。母語が痩せ細るというのはそういうことです。

僕が「クリエイティブ・ライティング」という授業を始めたのは、「グローバル化」潮流の中で日本語が痩せ細り始めているということに強い危機感を抱いたからです。

でも、母語を豊かなものにすることは集団の知的創造性において必須であるということが言語政策を考えている人たちには理解されていません。その結果、日本の知的生産力は21世紀に入ってから急激に劣化しました。

一昨年の秋にはForeign Affairs Magazine が昨年春にはNature がそれぞれ日本の研究力の劣化について長文の分析記事を掲載しました。それほど危機的な状況であるのにもかかわらず、日本の教育行政はすでに失敗が明らかになった「グローバル化に最適化する教育」をさらに加速させる政策をいまも次々と採択しています。これは日本の知的生産力に回復不能の傷をもたらす結果になるでしょう。

誤解して欲しくないのですが、僕は外国語教育の重要性を否定しているわけではありません。僕自身は最初に中学生で漢文と英語を習い、大学ではフランス語を集中的に学びました。その後は(どれもものにはなりませんでしたけれど)ドイツ語、ラテン語、ヘブライ語を独学しました。去年からは韓国語の勉強も始めました。新しい外国語を学ぶとは、異国の人々の自分たちとはまったく異なる宇宙観や倫理規範や美意識に触れることです。それによって自分の母語的偏見が揺り動かされることに僕はいつも深い驚きと喜びを経験しています。そして、これらの外国語との触れ合いは間違いなく僕の母語運用能力を高め、もし僕が母語においてなにごとか知的創造を果たしたとすれば、それに深く関与したと思います。

でも、いま「グローバル化」の名の下で行われているのは「母語的偏見を揺り動かされる」ような生成的で鮮烈な経験ではありません。「英語ができないと出世ができない、金が稼げない、人にバカにされる」というような怯えに動機づけられた外国語との出会いが生産的なものになると僕にはどうしても思えないのです。

この本は「母語が痩せ細っている」という危機感の中で行われた授業の記録です。きっと韓国にも自国語の豊かさと創造性について、僕に似た危機感を抱いている人がいるのではないかと思います。そういう人たちにぜひ読んで欲しいと思います。
http://blog.tatsuru.com/


チェスタトンの外国語論 早期英語教育は有害


グローバリストの奴隷育成

  文部科学省の中央教育審議会で子供に英語教育を施す環境作りを議論しているそうだ。(『日本の議論』「英語」は本当に必要なのか / 産経新聞 2014年12月20日) 平成28年度にも改定される新学習指導要領では、小学生高学年から英語が科目として導入されるんだって。高校生には英語で討論や交渉力を高めるような教育方針にするという。まったく役人ってのは、どうして余計なことだけでなく、邪魔な改定をするのだろう? 小学生に英語教育など不必要だし、他の教科の時間を削るから有害である。どうせ現場の教師はてんてこまいになって、やる気のない子供は無理強いされてふくれっ面するだけだ。多少興味を示す子供だって、たかが数時間の授業だから挨拶程度でおしまい。すぐペラペラ喋れると期待した子供は授業に失望するだろう。かくして英語の授業はお遊戯の時間となって、子供の学力はみるみる低下するだけ。したり顔のお役人様にいい英語を教えましょう。
Bloody fool, arsehole ! (アホんだら)

  文部官僚や学校教師は立場上の損得勘定をしているから脇に寄せといて、肝心の子供はどのような意見をもっているのか。ベネッセが6200人にアンケートした調査によれば、中高校生の90パーセントが仕事で英語を使うようになる、と予測していることが分かった。テレビや雑誌、学校などで英語の必要性が宣伝されているから当然だろう。しかし、「自分自身が英語を使うイメージがあるか」との問いに対しては、中学生44パーセント、高校生46パーセントが「ほとんどない」と答えたそうだ。具体的な仕事に就いていない生徒に、切迫した現実的必要性はないだろう。

  ところが、英語教育を推進したいのは財界だ。経団連からやって来た三宅龍哉委員は、海外に社員を派遣するときに企業が英語教育をせねばならぬ、と不満の意見を述べた。要は企業が英語教育費を負担することになるから、学校の方(税立施設)で費用と時間を持ってくれ、と要求しているのだ。虫のいい提案だろう。

  もっとけしからんのは、元入試センター教授の小野博・福岡大学客員教授だ。小野氏は「社会情勢の変化により日本企業のアジア進出が更に拡大したり、逆に移民を受け入れるなど、今後日本社会は変化を余儀なくされる可能性が高い。英語は必ず必要になる」と断言したそうだ。こういう馬鹿が教授になっているのだから、いかに大学が堕落しているか分かるだろう。イギリス人が日本に移住してくるわけがなく、おもに英語圏のアジア人を想定しているのだろう。たとえば、フィリピン人のためにどうして我が国の子供が英語を勉強せねばならぬのか。フィリピン人が移民せぬよう防ぐことの方がよっぽど重要である。「社会情勢の変化」という“まやかし”の言葉を用いるところなど、小野氏には如何にも詐欺師的匂いがする。まるで彼は国境を破壊してアジア人を引き入れようとするグローバリストの手先みたいだ。

  小野氏のような腰巾着を登用する財界と役人は、日本人労働者の生活水準をアジア人並(つまり奴隷状態)に下げて、低賃金でこき使いたいだけだろう。そのために小学生から低賃金労働者にすべく、税金を使って調教しようとする肚は見え透いている。国際企業にとりアジアはリスクが高い。社会インフラが貧弱だったり、政情不安で暴動を気にせねばならない。せっかくの投資がパーになったら大変だ。安全で便利な日本で製品を作りたい。日本にインドやシナ、フィリピンから安い労働者を輸入して、利益を最大限まで上げたい。その時、日本人労働者がアジア人と共同して作業できるために、共通語たる簡単な英語が必要なだけだろう。その英語だって簡単な単語を並べて、お互いに推理しながらの意思疎通だ。

  じゃあ聞くが、英語を社員に強要する社長や重役たちは本当に英語で会話しているのか? そんなに英語力が重要なら、英米の有能人物を雇えばよいだろう。そんなこと言ったらお偉方は沈黙。つまり、自分たちは“日本人社員”に向かって、“日本語”で言いたい放題の指図をしたいが、社員どもは雑談でさえ英語を使えと命令するのだ。ユニクロや楽天の社員はどう思っているのだろうか? 日本語では傲慢な態度の重役らは、英米の白人社員の前だと、そのお粗末な英語を披露せねばならぬから、態度が急変して作り笑顔になることがよくある。彼らは同期の重役仲間とは、日本語で会話しながら“のびのびと”ゴルフを楽しむ。ゴルフ場が会議室。英語で雑談などしない。二極分化している日本では、上流階級の子弟は、進学校で英才教育を受けながら日本語で会話をし、低能教育しか受けていない低賃金労働者は、社会の底辺から抜け出せぬ人生を送り、職場ではブロークン英語を強要される仕組みが出来上がる。

怨みのこもった英語教育熱

  日本人が「英語だ、英会話だ」と騒ぐ原因は、多くの国民に学校での英語教育に対する怨みがあるからだろう。十年間くらい勉強したのに、イギリス人やアメリカ人の前でちっとも流暢に喋れないどころか、外人の話を聴き取ることすらできない。そうした若者が親になったら、自分の子供だけは違った教育で英語を流暢に話せるようにさせたい、などと決意して欧米系のインターナショナル学校に入れたりするのだ。勉強が出来なかった親に限って、お金で環境さえ整えれば我が子は自分と違った秀才になると思っていやがる。ばぁーか。蛙の子はカエルだ。日本では英語が喋れるくらいで、自慢になり仕事がもらえる。日テレで英語を披露していた関根麻里という藝人(何の藝かな?)は、米国なら単なる小娘だからテレビに出られない。オヤジの関根勤のほうがよっぽど外国で通用する。だってカマキリ姿でギャグをする藝人の方がアメリカ人にとって面白い。(若きラビット関根の十八番。ただし娘の番組は一度しか観ていないので詳しく語れない。ゴメンなさい。) つまり、子供にはまづ中身のある教育を施し、立派な日本人に育てることが優先事項である。

  元NHKワシントン特派員だった日高義樹の英語なんて酷かった。テレビ東京のレギュラー番組で、ヘンリー・キッシンジャーにインタヴューしたとき、日高氏は、たんに自分の英語を自慢したいがために、通訳を附けずに対談していた。もともと教養がない日高氏が、不慣れな英語を使って鋭い質問など出来るはずがない。台本通りの質問を得意げに吐いていたから、視聴者はつまらないし、どうでもよくなってシラケてしまう。日高のアホは英語より先に政治や歴史を勉強しろ。むかしソニーが輝いていた頃、盛田昭夫会長の話は傾聴に値するものだった。彼の英語は拙(つたな)くても、思わず聞きたくなるようなモノだった。盛田氏の個人的魅力があったからかも知れないが、彼は米国で信念と情熱を込めて中身のある議論を交わしていたのだ。対話しているアメリカ人は、極東アジアから来た英語を喋る九官鳥ではなく、背骨の通った日本の国士を相手にしていたのである。

  つい最近、エアー・バッグ製造のタカタが、缺陷(けっかん)製品のリコール問題で社長が米国の公聴会に召喚され弁明していた。しかし、彼の英語はどちらかと言えば下手で、筆者は大企業の社長でもこの程度かと思った。(詳しく言えば、話す英語にリズムや強弱がないのだ) 大切なのは弁明の中身であり、誠意を示す表現なり態度である。見え透いた嘘を流暢な英語で語っても、アメリカ人は感心しないのだ。個人的魅力がない日本人がいくら英語を喋っても、そのへんのパンク野郎か乞食と同じだろう。日本人は人格形成を蔑ろにして、簡単な英語で空虚な会話を習得しようとしている。せっかく英語を習得したのに、アメリカ人から「へぇー、英語上手ね。あんた香港からの支那人?」て尋ねられたら、日本人は「何を無礼者」と怒るだろう。語学より大切なことがあるのだ。

英語学習より英国史が先

  数学教育についても言いたいことがあるが、今回は語学教育に限って述べたい。日本人が英語を勉強するときには、何らかの目的があってのことだろう。子供はいったい英語で何がしたいのかがはっきりしないまま、学校で英語を詰め込まれるのだから、英語嫌いになって当然だ。日本の公教育は子供に勉強が嫌いになるようプログラムされている。「そんなこととないぞ。こっちとら、一生懸命頑張ってるんだ」と教師は反論するだろう。でも、スクールがギリシア語の「スコラ(σχλη)」から由来することは周知の通り。つまりギリシア人は日常の雑用や仕事を奴隷にやらせて暇だから、みんなで集まって宇宙や地球の構造や摂理を探求するといった趣味に興じていたのだ。だから、幾何学や哲学、論理学といった学問をあれこれ討論しても、定期テストや入試なんか持ち出さなかった。もちろん最低限の基礎知識は必要だ。まったくの素人では議論にならない。ただ、船大工なら親方が新入り職人をテストすることはあっても、プラトンやソクラテスが哲学の議論で仲間に学期末試験なんて課さない。謂わば「オタク族」の集まりにそんなの要らないのだ。しかし、現在の学校では、子供を将来の労働者にすべく、効率的に職業訓練を施したいから、実力試験を課して達成度を測りたいのである。食肉にされるブロイラーが餌と抗生物質で効率的に飼育されるのと同じ要領。家庭で日本語を話している小学生や中学生が、いきなり外国語を強要され、試験でランクづけされたあげく、もっと勉強しろと命令されたら楽しいはずがない。一週間にたった数時間の授業で文法(syntax/grammar)や発音が全く違う言語を習得するなど無理。苦痛のみが増幅するだけだ。一方、ヨーロッパ人にとって英語は姉妹語だから簡単(gravy)である。

chesterton 1  ここで、英国の有名な偉人ギルバート・K.・チェスタトン(Gilbert Keith Chesterton)を紹介したい。筆者も大好きなイギリス人批評家で、日本でも人気の高い碩学の知識人である。チェスタトンは『デイリー・ニューズ』紙に『歴史VS.歴史家』という文章を掲載した。若いときに彼は、「学校に通っている児童には歴史のみを教えるべし」と喝破した。(G.K.Chesterton, History Versus the Historians, Daily News, 25 July, 1908, in Lunacy and Letters, ed. by Dorothy Collins, Sheed & Ward, London, 1958, pp.128-129) チェスタトンが暴論に思えるような意見を述べたのは、当時の古典科目ではラテン語の習得は必修であったからだ。そしてラテン語の教授方法に苦言を呈したのである。「少年は単にラテン語を学ぶだけではラテン語の重要性は分からぬ。しかし、ラテン人の歴史を学ぶことで、それが分かるであろう。」とチェスタトンは提案したのだ。(ラテン人とはローマ人を指す。)

  さすがチェスタトンの炯眼(けいがん)は鋭い。彼が言うには、アウステルリッツ(Austerlit)という地名を地理の授業だけで覚えることはナンセンスだ。単なる計算を学ぶ算数の授業だって同じこと。しかし、フランス皇帝ナポレオン1世が、アウステルリッツでオーストリア皇帝フランツ1世(神聖ローマ皇帝フランツ2世)とロシア皇帝アレクサンドル1世を相手に干戈(かんか)を交えた一大決戦(Bataille d'Austerlitz)となれば話が違う。子供だって大物武将三人が睨み合った三帝会戦(Dreikaiserschlacht)なら、教師の話を手に汗握って聞き入るだろう。日本の子供も桶狭間の戦いや川中島の合戦の話は面白い。弱小藩の織田信長が“海道一の弓取り”今川義元の首をとった逆転劇はスリル満載。智将の上杉謙信と猛将の武田信玄がぶつかった戦の講談は大人だって楽しい。砲兵出身の名将ナポレオンが計算をしたり、地図を見ながら策を練る姿を聞けば、子供たちも地理と算数に興味が沸くだろう。

  チェスタトンは一件無味乾燥な科目でも、その背景を教えてもらえば、子供が“知的好奇心(intellectual curiosity)”が芽生えることを指摘しているのだ。幾何学が嫌いな生徒でも、十字軍のロマンティクな物語やサラセン人の世界を知れば、そのへんてこな数字の羅列に興味を示すかも知れない。(ギリシアの「幾何学Algebra」は中東アジアを経由して西洋に導入されたから。) 英語では「何が何だか分からぬ(It's Greek to me.)」と表現して、ギリシア語などイギリス人には「ちんぷんかんぷん」だろうが、ギリシア人の文化藝術を知れば、その難解な言語を学びたくなる。チェスタトンは、「歴史はすべての学問を、たとえ人類学でも人間臭くする」と言う。「人類学」を人間に親しみのある学問にするとは、いかにもチェスタトンらしいヒューモアだ。

  日本人が外国語習得について考えてみれば、おかしな事に気づくだろう。朝鮮を統治していたのに朝鮮語を喋れる半島在住の日本人(内地人)がほとんどいなかった。朝鮮総督府の役人でさえ、朝鮮語を学ぼうとする者が滅多にいなかったのだ。理由は簡単。馬鹿らしいから。朝鮮人なんて不潔で下劣な民族の言葉をどうして一流国の日本人が学ぶ必要があるのか。初めて見る糞尿だらけの極貧国に、日本人が憧れるような文化はない。朝鮮に渡った日本の知識人だって、儒教を朝鮮人から学ぼうとは思わなかった。小便さえ自分でしなかった両班の姿を見れば笑ってしまうだろう。日本人にはアカンタレと乞食が何を話そうが興味ない。ロシア語なら陸軍将兵も必要を感じたから学ぶ者がいたし、ドイツ語は尊敬するドイツ陸軍とドイツ文化の言葉だから、強制されなくても日本人は進んで学んだのである。現在、支那語に人気がないのは、支那人を見れは納得できる。だって、支那人と話して嬉しいのか?

  我々日本人が英語を学ぶときは、まづ英国史を勉強すべきだ。特殊な職業を目指す子共は別だが、語学能力を本業とせぬ一般の日本人は、イギリス人が如何なる歴史を送ったのか、どんな功績を残したのか、彼らはなぜ大帝国を築くことが出来たのか、などを知るべきだ。そして興味をそそられた者が、イギリス人を自分で理解するために英語を専攻すべきだ。大学入試のためだけの英語とは違い、そこにはイギリス人が感じた事を彼らの言葉で自分も感じることができる喜びがある。こうした語学勉強なら一生続けられるだろう。「ハロー、レッツ・スピーク・イングリッシュ」なんて謳う幼児英会話教室は要らない。
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詐欺に引っ掛かる日本人 / 怨念を動機にする英語教育 (Part 1)
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詐欺師が得意とする人、苦手とする人


Robert Vaughn 1Jaime Murray 1Oceans Eleven
(左: 英国のTVドラマ『ハッスル』で詐欺師を演じるロバート・ヴォーン / 中央: 『ハッスル』で共演したジェイミー・マレー / 右: 映画『オーシャンズ11』で詐欺師を演じたブラッド・ピットとジョージ・クルーニー )

  世の中に詐欺師が多いのは周知の事実。ただ、ここで問題なのは、誰が本物の詐欺師で、どいつが“詐欺師もどき”なのか判らない点である。というのも、プロの詐欺師なら確信犯だから仕方ないけど、騙されていることに気付かぬまま詐欺師に協力する者や、嘘つきに唆(そそのか)されて共犯になる者、あるいは本気でそのホラ話を信じている者、さらに厄介なのは単なる馬鹿がいるからだ。

  世間のオっちやんやオバちゃんは、新聞やテレビで金融詐欺とか投資詐欺を目にすると、「こんな詐欺に引っ掛かるなんて、まったくどんな頭をしてやがんるだ? 」と嘲笑し、「愚かな奴だ !」と斬り捨てることがある。しかし、騙された者がみんなアホ・馬鹿・間抜けとは限らない。実際は、知能が高ければ高いほど、持ち掛けられた取引を自分の利益になるはずだと思い込み、虎の子のお金ばかりか、時には他人のお金まで流用して儲けを摑もうと試みる。事件が明るみに出た後で、「ああだった」「こうだ」と後知恵をつけることは可能だが、騙されている間は気付かぬものだ。「カモ」は現実と虚構の区別がつかない“世界”に放り込まれているので、何処までがフィクションで、どこが本当なのか判別できないのである。

  したがって、騙されるのは頭の善し悪しではない。犯罪に詳しい専門家によれば、詐欺師を手こずらせる程の切れ者でも、その人に適した手法を使えばすぐ乗ってくるという。頭の良い人は、最初、何となく不正な取引と勘ぐるものの、あれこれ考えた末、欲の皮が膨張するせいか、やっぱり“エサ”に食いつくそうだ。そして、意外なことに、ほとんどのカモは上流階級の出身者であるという。(デイヴィッド・W・モラー 『詐欺師入門』 山本光伸訳、光文社、1999年 p.127) アメリカたど、それは金を儲けた者とか、金目当てで結婚した者、誰かの財産を相続した人を意味するらしい。彼らは自然と優越感を持つような地位に就いており、とりわけ資金調達や投資話に対しては、しっかりつとした判断を下せると思っている。だが本当は、出世を狙っている友人がいたり、仕事仲間が手助けしてくれたお陰なのだ。ところが、こうした自惚れ屋は、自分が優れているから大金を手にできたのだ、と思い込む。こんな具合だから、自信や幻想を抱く者の中には、次第に自分を天才的人物と考える輩(やから)がいるそうだ。

  例えば、土地開発で50万ドルないし100万ドルを儲けた実業家は、自分が幸運であったことや、人を強引に丸め込んだことを綺麗さっぱり忘れ、自分には先見の明があるとか洞察力に富んでいると思ってしまう。詐欺師によると、不動産業者はカモの中でも最も“美味しい”獲物であるらしい。実業家も似たようなもので、彼らは儲け話しに敏感で、詐欺グループが雇った「おとり」や「インサイド・マン」に引っ掛かりやすく、擦り寄ってくる犯罪者の魅力に惹きつけられやすいそうだ。しかも、このカモは大博打に賭ける資金を豊富に持っているし、たとえ手元に現金が無くても何処からか資金を調達できるから、詐欺師にしたら笑いが止まらない。その他、銀行家や遺産を担当する遺言執行人、信託資金の管財人とか監督者も驚くほど簡単に騙されるという。例えば、「ビッグW」という詐欺師は、コネチカット州に住む敬虔な教会管財人を騙し、大金を巻き上げたことがあるそうだ。詐欺師の業界では、医者や弁護士、大学教授も例外ではないという。

  それにしても、詐欺師は心理戦の達人だ。彼らはカモの欲望や虚栄心、自尊心につけ込むのが上手い。詐欺師が狡賢いのは当然だが、彼らは見た目や感じが良く、どんな人とでも親しくなれる。15分もあれば誰とでも仲良くなれるし、1日か2日あれば親友の域にまで達することができるという。(上掲書 p.132) 彼らは全国をあちこち動き回っており、客船や列車の中でカモを見つけると、偶然を装って罠に嵌めようとするらしい。彼らはお金の嗅覚に優れており、狙ったカモに接近する“コツ”を心得ている。詐欺師は何よりもまず聞き上手になるらしい。そうすれば、相手の目的地や職業、および経済状況が直ぐに分かり、趣味とか家族、友人、浮気相手のことまで聞き出せるという。詐欺師はカモを見つけたその日に騙すこともあるが、完全に引っ掛かるまで“ゆっくり”と時間をかけたほうが安全、と踏むこともあるそうだ。

  詐欺師によると、世間には何度でも騙せる「旨いカモ」がいる一方で、なかなか騙せないタイプの人もいるという。カモには共通する特徴があるそうで、それは「みんな嘘つきである」ということだ。たいていのカモは、自分がどれくらい金があるのか、どんな投資を行っているのか、どれほど良い家柄の出身なのか、妻や子供がどれほど素晴らしいのか、について嘘をつくらしい。中には豊富な恋愛体験について長々と話す者もいるそうだ。ほとんどの場合、カモがこうした嘘をつくのは、自分の利益を図るためで、詐欺師は容易にカモの見栄を“見抜き”、そこをくすぐって仕事に取りかかる。一方、被害者は得意になって自慢話を語り、それが元で大損をする破目になるから実に憐れだ。しかも、カモにされたと判ったら、その経緯(いきさつ)についても嘘をつく。知識人とか社会的身分が高い者は、自分が間抜けだったことを認めたがらず、自己防衛のために適当な話をでっち上げ、次第に自分でもその捏造話を信じてしまうらしい。詐欺師によれば、これは致し方ないことであり、大目に見ているそうだ。

  では、騙されない人というのは、一体どんなタイプなのか? ズバリ、それは正直な人。詐欺師は何が誠実で何を不誠実であるかを知っている者に手を焼く。こうした人物は、静かに湧き起こる心の声に耳を傾けるので、絶対に誘惑に乗ってこない。大半の詐欺師は彼らに出逢っても、決して馬鹿にすることはせず、ただ困惑するだけである。ベテラン詐欺師はほとんど同じ言葉を口にするという。本当に正直者は騙せない。(上掲書 p.143) 象牙の塔で屁理屈を並べている大学教授より、現実の世界で詐欺を実行する犯罪者の意見の方が、よっぽど貴重であり、含蓄に富んでいる。

アジア人を理想とする英語教育

  前置きが随分と長くなってしまったが、英語教育の改革を検討し、提唱する人々を判断するうえで、詐欺師の見解はとても参考になる。なぜなら、高学歴を誇る保護者や知識人を気取る評論家が、いかに文科省の“甘い罠”に嵌まっているのか、が判るからだ。各マスコミの報道によれば、2020年から小学校で本格的な英語教育が実施されるそうで、3、4年生で英語の授業が「外国語活動」となり、5、6年生の段階で「教科」になるらしい。小学校とは縁の薄い大人だと、「どうして小学三年生から英語を始めるんだ?」と訝しむが、文科省には大義名分があるという。役人の「弁明」に一々文句をつけてもしょうがないけど、教育審議会とか外国語専門部会の連中が言うには、以下の様な理由がある。例えば、

  グローバル化により、個々人が国際的に流通する商品やサービス、国際的な活動に触れ、参画する機会が増大するとともに、誰もが世界において活躍する可能性が広がっている。

  さらに、IT革命の進展により、国を超えて、知識や情報を入手、理解し、さらに発信、対話する能力、いわゆるグローバル・リテラシーの確立が求められている。

  また、インターネットの普及や外国人労働者の増加などによって、国内においても外国語でコミュニケーションを図る機会が増えている。

  まったくもう、こんな「言い訳」を聴けば、「あぁ〜あ、また“グローバル化”かよぉ〜」とボヤきたくなる。何かと言えば、政治家や官僚は「グローバル時代だ、国際化社会になった」と騒ぐ。「グローバル(地球的)」と言ったって、要は歐米世界のことだろう。一般の日本人が「グローバル時代」と耳にして、アルバニアとかモルドバ、シエラレオネ、アンゴラ、モルディブ、トルクメニスタンなどを思い浮かべるのか? だいたい、一般の日本人が英語の地図を広げて、「ここがザンビアで、あっちがベニン」とか、「ウズベクスタンとカザフスタンはここ」と指すことは出来ない。地理どころが、どんな民族がいて、何語を話しているのかさえ判らないのだ。日本人が英語を用いて話す相手というのは、もっぱらアメリカやヨーロッパの白人である。つまり、英語を難なく喋るゲルマン語族の人々なのだ。

  将来、貿易商とか国際弁護士、科学者、旅行業者になろうとする人なら別だが、普通の日本人には英語の会話能力とか、文章作成能力は必要ない。確かに、こうした能力はあってもいいが、それを習得する時間と金銭を考えれば、本当にそれを身につける必要があるのかと首を傾げたくなる。一般人が漠然と思い描くのは、西歐白人と楽しく会話する自分の姿くらいだ。英会話スクールに通っている人の中には、ビジネス上やむを得ず勉強する破目になった者もいるが、流暢に喋れる日本人を見て憧れたとか、「白人と喋れるようになったらいいなぁ」という軽い気持ちで入ってくる人もいるはずだ。大半の日本人は口にしないけど、いくら英語を話すからと言っても、フィリピン人やインド人とコミュニケーションを取りたいとは思わない。アジア人と親しく会話するために、小中高大と学校で10年間も費やす者は居るまい。その証拠に、英会話学校の宣伝には、ユアン・マクレガーとかキャメロン・ディアスのような白人ばかりが起用され、ウィル・スミス(Will Smith)といった黒人とか、マレー・アブラハム(Fahrid Murray Abraham)のようなシリア系アメリカ人、あるいはジャッキー・チェンみたいな香港の支那人が採用される事はまずない。

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(左: ユアン・マクレガー / キャメロン・ディアス / ウィル・スミス / 右: マレー・アブラハム)

  筆者は日本人が西歐人と接触し、直に意見を交わしたり、彼らと親睦を深めることや、様々な活動を共にするといったことに異論はない。ただ、文科省の役人や霞ヶ関の議員が、我が国の子供をアジア人並みに格下げしようと謀っているから反対なのだ。察するに、教育行政を司る役人は、英語教育を用いて日本版のフィリピン人を生産したいのだろう。よく日本にやって来るフィリピ人とは、スペイン人に征服され、アメリカ人に売り飛ばされた南洋土人に過ぎない。彼らは形式的に独立してもアメリカの属州民で、国内政治に於いても支那系の華僑に支配されている。上流階級の支那人にとったら、ルソン島のタガログ族など「南蛮人」の類いで、マムシやトカゲと同じだ。彼らの「仲間」というのは、同じ言葉と文化を共有する華僑のみ。ゴミ捨て場に生まれ育ったフィリピン土人は、「エンターテイナー」と称してキャバレーで働き、裸踊りか売春が本業だ。彼女達も英語を話すが、日本人男性はコミュニケーションより“スキンシップ”を取りたがる。

  英語に夢中な日本人は、フィリピン人如きになるべく勉強している訳ではないが、役人たちは庶民の子供をアジア人と見なしている。「国際化時代だから、アジアの民に後れを取るな」と言いたいのだろう。文科省曰わく、

  国際的には、国家戦略として、小学校段階における英語教育を実施する国が急速に増加している。例えば、アジアの非英語圏を見ると、1996年にタイが必修化し、97年には韓国、2001年には中国が段階的に必修化を開始した。EUにおいては、母語以外に2つの言語を学ぶべきとし、早い時期からの外国語教育を推進している。例えば、フランスは2002年に必修化の方針を決定し、2007年から実施する方向で取組を進めている。

  日本の子供が目指す理想がタイ人とか朝鮮人、支那人とは恐れ入る。タイ人の一部が英語を習得するのは、上流階級に昇りたいとか、西歐人相手の商売で儲けたい、という後進国の悲願が基になっている。貧乏で薄汚い環境から抜け出す手段としての英語なんだから何とも憐れだ。南鮮人の場合はもっと切迫しており、「地獄と変わらない朝鮮(ヘル・コリア)」から脱出するため、寝る暇を惜しんで英語を勉強する者が多い。中には、米国の大学を卒業しなければ明るい未来が無いから必死で勉強する者もいる。科擧の因襲が色濃く残る朝鮮では、何でも試験、学歴、派閥、人脈だ。エリート・コース以外に楽しい人生は無いし、一旦そこからはみ出せば二度と戻ることはできない。大手の会社をクビになれば、屋台を引いて小銭を稼ぐしかないし、それがイヤなら天国に一番近い日本へ密入国だ。

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(左: タイ人の子供たち / 中央: フィリピン人の女性 / 右: 支那人の女性 )

  支那人が英語を学ぶのは一に「銭」、次に「金」、三、四が無くても五番目に「札」、と「お金」がすべてで、最初から最後まで利益が目的。キリスト教徒にとってイエズスが「アルファでありオメガである」ならば、支那人にとっての神様はキリスト教徒が唾棄する「マモン(強欲の神)」である。1億人か2億人がゼニの亡者となって英語を勉強するんだから、優秀な人物が出てくるのは当然だ。支那人は書物の中にゼニが隠れていると思っているんだから。日本の小学校で、先生が児童に向かって、「さあ、みなさん、英語の教科書を開いてくださぁ〜い。小判が見えますよぉ !」と教えるのか? アバ(ABBA)の曲「マネー、マネー、マネー」だって歌わないぞ。

  文科省の例は狡猾だ。フランス人が英語の授業を必須化したって不思議じゃない。英語の語彙にはフランス語やラテン語を語源とする単語が多いし、文法だって似ているから、フランス人の子供にしたら、ちょいとした方言を学ぶようなものである。一般の日本人は英語やドイツ語、スペイン語、イタリア語を話せるというフランス人を紹介されると、「わぁぁ、凄いなぁ」と感心するが、英語やドイツ語は姉妹語に当たる西ゲルマン語だし、スペイン語やイタリア語は同じロマンス語に属する言葉だから難しくはない。江戸っ子に津軽弁や名古屋弁、博多弁、薩摩弁を喋れと命じれば、即座には無理だが、時間をかければ不可能ではないだろう。日本人は気付かないけど、全国の方言を平仮名とかアルファベットで書き記すと、まるで外国語のように思えてくる。しかし、基本的な文法や語彙は同じだし、いくら発音やイントネーションが違うといっても、習得する速度を考えれば、ヨーロッパ人より日本人の方が早い。

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(写真 / フランス人の女性と子供たち)

  小学校からの英語教育となれば、その効果を疑って反対を表明する人もいるけど、普通の親は英語教育の導入に賛成しがちだ。というのも、自分が英語を上手に喋れないからである。一般国民の中には、「小さい頃から“ちゃんとした”英語教育を受けてこなかったせいで苦手なんだ」と恨む人が多い。中学生や高校生の頃、英語が不得意で、期末試験などで酷い点数しか取れなかった、大学受験で猛勉強したけど結局は失敗した、と様々な体験を持経て、後悔の念に駆られている人が親となっているんだから、「我が子には同じ苦痛を味合わせたくない」と考えても無理はない。だから、「まだ小学生では早いかな」と躊躇(ためら)う親でも、テレビに登場する大学教授や教育評論家から、「あなたのお子さんも小さい時から英語に慣れ親しめば、ネイティヴのように英語がペラペラと話せますよ」と聞かされれば、「そうよ。私が不得意だったのは、小さい頃から英語に触れていなかったせいだわ」と思ってしまう。自分で勉強しなかった親に限って、教育制度が悪い、学校の教師がネイティヴ・スピーカーじゃない、文法一辺倒で会話を軽視している、などと不満をぶちまける。自分の怠け癖を棚に上げて、政府の教育方針に異を唱え、自分の子供に「果たせぬ夢」を押しつけるんだから、英語教育への恨みは相当なものだ。

Watanabe Shoichi(左 / 渡部昇一 )

  英会話を等閑(なおざり)にしてきた学校に腹を立てる日本人はかなりいて、故・渡部昇一先生が喝破したように、「ルサンチマン(恨み)」の上に教育改革は成り立っている。上智大学で教鞭を執っていた渡部教授は、英文法の形成に興味を惹かれ、ドイツのミュンスター大学で博士号(PhD)を取得し、『イギリス文法史』、『英語学史』『イギリス国学史』といった名著を世に出していた。(ちなみに、渡部先生は上智大学で名誉教授になったけど、本当はミュンスター大学の名誉博士号の方がすごい。日本の名誉博士号は退職者への単なるプレゼントだが、ドイツの大学が授ける「エメリタス(emeritus)」は輝かしい業績のある者だけに贈られる称号なのだ。)

  ドイツ人の学者が「えっ、ドイツの大学で博士になったの?」と驚嘆する渡部先生によれば、日本の英語教育における目的は、流暢に喋る事ではなく、良い文章を書けることにあるそうだ。英語をペラペラと喋るだけなら乞食にでも出来るが、立派な論文を書くには“しっかり”と文法を勉強し、論理的な文章を構成できる知能を養わねばならない。 歐米の大学に留学したことがある者なら解ると思うが、教授たちは学生がどのような「論文」を書けるかで判断する。いくら授業中にテキパキと発言できても、肝心の学術論文が凡庸なら評価が低く、文法がいい加減で不明確な論述だと却下されてしまう。だから、英語の書物を読む日本人は、著者が何を述べているのか明確に理解せねばならず、その為には日本語で“はっきり”と意味が取れないと咀嚼(そしゃく)したことにはならない。簡単な日常会話なら“おおよそ”の意味さえ解ればいいけれど、学問の世界だと“ちょろまかし”は御法度だ。したがって、日本の英語教育は正確な読解力と作文能力を重視すべし、というのが渡部先生の持論である。もちろん、何らかの特殊な職業に就く人には英会話能力が必要だと述べていたが、一般の子供にまで会話能力の習得を押しつけるとなれば、ネイティヴ・スピーカーを教師に雇い、厖大な授業数を設けなければならない。もしそうなったら、教育現場は大慌てだ。
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68691413.html






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自ら発展途上国化しようとしている日本

英語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる (集英社新書) – 2015/7/17
施 光恒 (著)
http://www.amazon.co.jp/%E8%8B%B1%E8%AA%9E%E5%8C%96%E3%81%AF%E6%84%9A%E6%B0%91%E5%8C%96-%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%9B%BD%E5%8A%9B%E3%81%8C%E5%9C%B0%E3%81%AB%E8%90%BD%E3%81%A1%E3%82%8B-%E9%9B%86%E8%8B%B1%E7%A4%BE%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E6%96%BD-%E5%85%89%E6%81%92/dp/4087207951


我が国を長期的に亡国に導く可能性がある衝撃的なニュースが報じられていた。


『ホンダ、英語を公用語…日本人だけなら日本語も
http://www.yomiuri.co.jp/economy/20150705-OYT1T50040.html


 ホンダは2020年を目標に、英語を社内の公用語にすることを決めた。
原則として、外国人の社員が参加する会議や、本社と海外拠点で共有する文書では、英語を使う。自動車業界はグローバル化が進んでおり、英語の公用語化によって、社員同士の意思疎通を円滑に進めることを目指す。

 基本的には、外国人社員が一人でも会議に出席していたり、本社から海外拠点に指示したりする場合には英語を用いる。ただし、外国人社員が出席しない会議や、現地の従業員だけが共有する文書は、これまで通り日本語や現地の言葉を使うなど柔軟に対応する。

 現在、本社と海外の現地法人の電話会議は、主に日本語で会話しており、日本人の駐在員しか出席しない場合が多い。駐在員が会議の内容を英語に翻訳して外国人従業員に伝えるため、手間がかかり、本社の意図を正確に伝えられないこともあったという。』


 これで、ホンダは「日本企業」であることをやめたも同然です。そして、日本語環境で高度な思考を巡らせ、製品開発や販売戦略を練ってきた日本人社員が英語を強制されることで、意思疎通は更に悪化し、需要に応える自動車を作るという意味における、真の意味の「ホンダの競争力」は凋落していくことになるでしょう。


 ホンダを含む「英語の公用語化」などと愚かな実験を始めた全ての日本企業の経営者、社員に読んで欲しい一冊があります。7月17日に発売になる、施光恒先生の「英語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる (集英社新書) 」です。


自由、平等、そして民主主義の「基盤」となっているのは、何でしょうか。

国民の言語です。


 国民の言語が統一されていることで、人間は、
「多数の選択肢に実際にアクセスし、その中から選ぶことができる」
 という意味における自由を手に入れます。日本が、

「英語が公用語。日本語は現地語」

 といった状況だと、我々日本国民の人生の選択肢は相当に狭まってしまうでしょう。すでにして、「英語が分からなければ、ホンダで働けない」と、自由の制限が始まっているのです。


 また、言語が統一されていれば、
「グローバル言語(かつてはラテン語。今は英語)を話す人と、現地語(あるいは土着語)で話す人」
 といった格差が生じ、平等が破壊されることが防げます。そして、日常生活で使う言葉や語彙で「政治」を話し合うことができて初めて、民主主義が成立するのです。 


 施先生が本書で例に出されていますが、ベルギーは1830年の建国以来、異なる言語を使う人々の間で連帯意識をいかに醸成するか、苦労に苦労を重ねてきました。結局、言語が異なる国民同士の連帯意識を高めることは不可能に近く、現在は南部と北部の対立が先鋭化し、選挙のたびに国政が停滞する(政権が発足できない)状況が続いています。(最近では、言語問題に輪をかける形で、移民問題を抱えているわけです)


 母国語を捨てることは、自由や平等、そして健全な民主主義が存在する社会を諦めることなのです。
 
 そもそも、「グローバルな言語(現在は英語)」が公用語的になっており、人々が日常的に話す言葉が「土着語」「現地語」と呼ばれ、高等教育を母国語で実施できない国のことを「発展途上国」と呼ぶのです。


 ビジネス界のみならず、我が国では小学校の英語教育の早期化や、大学教育の英語化が始まっています。すなわち、自ら発展途上国化しようとしているわけで、これほど愚かな国は世界に類例を見ないのではないでしょうか。
 
 人類の進歩というものがあるとしたら、それは施先生も書かれていますが、「翻訳と土着化」で進んできました。欧州を近代化させたのは、間違いなくグローバル言語(ラテン語)で書かれた聖書の各国語への翻訳と土着化です。聖書が英語やフランス語、ドイツ語に翻訳され、概念に基づき語彙が増えていき、各地の「国民」は母国語で世界を、社会を、神を、人生を、哲学を、政治を、科学を、技術を考えられるようになったのです。結果、欧州は近代化しました。


 日本の近代化は、それこそ「明治産業革命」時代の翻訳と土着化により達成されました。外国語をそのまま使うのではなく、概念を理解し、日本語に翻訳する。適切な言葉がないならば、作る(日本語は漢字で表現されるので、非常に便利です)。


 科学、哲学、個人、経済、競争、時間といった言葉は、日本語に適切な訳語がないため、造語されました。自由、観念、福祉、革命などは、従来の漢語に新たな意味が付加されました。


 日本が先進国なのは、先人が「英語を公用語化する」(そういう話は何度もありました)という愚かな選択をせず、「総てを母国語で」を貫いたおかげです。結果的に、恐ろしく柔軟性(これも幕末以降の造語ですが)に富み、抽象表現が幅広く使える日本語により、世界に冠たる文明(これも造語)を築き上げることに成功したわけです。


 確かに、日本人は英語が下手ですが、当たり前です。そもそも日常生活で英語を使う必要が全くなく、母国語で素晴らしい文化(これも造語)を花開かせているのです。英語が巧くなるわけがありません。とはいえ、何度か書いていますが、「日本語」以外でワンピースやコードギアスやシュタインズ・ゲートが生まれると思いますか? 絶対に、無理です。


 逆に、「現地住民」が英語を学ばなければならない国は、母国語のみでは生活できない発展途上国なのでございます。この種の国の国民が、母国語のみで生きていけるようになったとき、初めて「先進国」になるのです。


 というわけで、施先生がメルマガなどでも書いて下さったように、我が国は各国が、
「英語が下手でも普通に生きていける国」

 になるよう、支援するべきなのでございます。それにも関わらず、我が国は自ら「英語を学ばなければ、生きていけない国」を目指しているわけで、このあまりにも愚かな動きに対し、断固反対していかなければなりません。
http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12047937948.html


【施 光恒】英語化と「国のかたち」 2015/07/10


7月17日に、『英語化は愚民化──日本の国力が地に落ちる』(集英社新書)という新しい本を出します。
http://www.amazon.co.jp/dp/4087207951/ref=zg_bs_492118_4


中身は、日本社会で進む英語偏重の流れや、その背後にあるグローバル化を筋道立てて批判したものです。

しかし、英語偏重の流れは、止まりませんね。三橋さんも先日触れていらっしゃいましたが、楽天、ユニクロだけでなく、ホンダも、企業内の公用語を英語にするらしいですね。

昨日もそれに関連する下記のような記事がでていました。

「ホンダ「も」導入した英語公用語化──「オフィスは英語」が日常の風景になるのか」(『日経ビジネス ONLINE』2015年7月9日付)
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/110879/070800028/?P=1

小学校での英語正式教科化も、2020年から始まる予定です。7月6日の『朝日新聞デジタル』では、小学校での英語教育推進の是非についてのさまざまな意見が特集されていました。

「早期の英語教育、改めて考える 反響をもとに取材」(『朝日新聞デジタル』2015年7月6日)
http://www.asahi.com/articles/ASH6T6486H6TUTIL03Y.html

日本語も覚束ないような幼い時から「英語、英語」ということには、上記の記事にあるように反対意見も多々出されているのですが、文科省など行政は、着々と、英語化を進めています。

小中学校で外国人教師を採用したり、小学校教員の採用試験を英語重視に改めたりするようです。

「教員採用試験でも広がる「グローバル化」──英語教育の充実で」(『Benesse教育情報サイト』2015年7月2日)
http://benesse.jp/blog/20150702/p1.html

私が「おっかないな」と思うのは、こうした英語偏重の「改革」が続けば、あるどこかの時点で「閾値」を超え、ダーッと日本社会の英語化が進んでしまうのではないか、ということです。

その「閾値」というのは、多くの日本人が、「英語ができなければ、子供たちが将来、よい教育を受けられないし、よい職業にもつけず、みじめな思いをしてしまうだろう」と実感してしまう時点だと思います。

この時点を迎えてしまえば、たとえ個々人が「ここは日本なのだから、英語よりもまず日本語が大切だ」と考えていたとしても、あまり関係ありません。自分の子供が将来、つらい思いをするかもしれないと心配になってくれば、大部分の人は、自分の考えはどうあれ、子供にともかく英語を身に付けさせるようになるでしょう。

この「閾値」となる時点は、すでにすぐそこまで来ているのではないかと思います。

今回のホンダの企業内英語公用語化のニュースも、この時点の到来を早めるものの一つでしょう。

それに政府は、小学校の英語正式教科化や、大学の授業の英語化など、英語偏重の教育改革に躍起になっています。

全国の小学校で英語が正式教科となってしまえば、当然、私立や国立の中学入試でも、英語が必須科目となります。

「コミュニケーション重視」「実用的英語力重視」のご時世ですので、中学受験で英語の面接などが導入されるところが増えるのではないでしょうか。

そうなれば、教育熱心な家庭では、小学生のときから、アメリカやイギリス、あるいはフィリピンなどの英語圏に留学させることが流行すると思います。少なくとも、夏休みに、小学生が語学留学するのは、ごく一般的になるはずです。

また、下村博文文科大臣は、平成25年の第四回産業競争力会議で、「世界と競う大学」を作るために、「今後10年間で、大学の授業の5割以上を英語で実施するようにすべきだ」という成果目標を提案しています。
(-_-;)

「人材力強化のための教育戦略」(「第4回 産業競争力会議配布資料 下村文部科学大臣提出資料」平成25年3月15日)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/skkkaigi/dai4/siryou7.pdf
(PDFファイルが開きます。上記の成果目標は、6ページに記載されています)。

「小学生の間にある程度、英語を身に付けていないと、よい中学に入れない」「英語ができないと、よい大学で学べない」「将来、良い仕事にも就けなくなってしまう」と思う日本人が、遅くても10年足らずの間に急速に増えることが予想されます。

財界の一部や、その意を受けた政府が、(日本人の税金を用いて)政策として日本社会の英語化を進め、「国のかたち」を変革しようとしているわけです。

この変革は、ある程度まで行ってしまい、「英語ができなければ、子供たちが惨めな境遇に追いやられる」と多くの人が実感するようになれば、それから先は、半ば自動的に日本社会の英語化は加速度的に進んでいくようになります。

その先に待っているのは、英語能力の格差が経済的なものに反映される著しい格差の拡大であり、「英語族」と「日本語族」との間の国民の分断であり、日本語があやしく日本人的な感覚も持ち合わせていない新世代の「エリート」による、よそよそしい政治であると思います。
(´・ω・`)

なぜ、日本社会の英語化というバカな流れが止められないのでしょうか。

一つの理由は、現代人の多くが、「グローバル化は時代の必然的流れであり、抗うことはできない」「英語化も時代の不可避の流れだから、しょうがない」というような奇妙な歴史観にとらわれてしまっていることにあるように思います。

拙著『英語化は愚民化』では、まず、この奇妙な歴史観の検討と批判から、話を始めています。

「グローバル化・英語化は時代の流れだから、しょうがない」という無力感にとらわれず、「たとえ英語ができなくても、子供たちは、高いレベルの教育をきちんと受けられ、よい仕事にも就ける。様々な機会を享受できる。惨めな思いなどしなくてもよい」という日本を守っていかなくてはならん。そういう思いから、拙著を書きました。

書店に並ぶようになりましたら、ぜひ手に取ってご覧くだされば幸いです。
http://www.mitsuhashitakaaki.net/category/seteruhisa/


本日は先日来ご紹介して、異様に反響があった施 光恒先生の「英語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる (集英社新書) 」発売日でございます。わたくしはゲラ段階で拝読させて頂き、献本いただいて再度読んだわけですが、つくづく「良書」でございます。

 というわけで、あまりネタバレしたくはないのですが、一つだけ、
「なぜ、現在の日本国において、曲がりなりにも民主主義が成立しているのか」
 について、施先生の考察を書きたいと思います。


 民主主義が成り立つためには、国民が政治的な概念、言葉、定義を共有し、議論をする必要があります。政治の語彙(ボキャブラリー)がない人は、政治について語ることはできません。


 例えば、現在の永田町では「防衛という安全保障」を巡る議論(一応、議論としておきます)が活発化していますが、これは「防衛」「安全保障」といった概念を、日本国民が日本語で語ることが出来なければ成り立たないのです。日本語に「防衛」「安全保障」という語彙がない場合、日本国民は防衛や安全保障について議論することはできません。


 その状況で、民主主義が成り立つでしょうか。もちろん、無理です。


 というわけで、民主主義をこよなく愛する(はずの)朝日新聞は、今こそ「反・英語化」の路線を採るべきなのです。日本の政治が「英語」なしでは議論できない状況になった日には、間違いなく我が国の民主主義は終わります。政治は、英語を解する一部の特権階級のものとなり、「土着語」である日本語を話すマジョリティの国民は、政治について語ることが不可能になってしまうのです。


 母国語で、つまりは日常的に使う言語で「政治」について、一般の国民が話し合うことが不可能な国では、民主主義は成り立たないのです(実際、成り立っていません)。我が国が「国民が主権を持ち続ける国」であるためにも、現在の「英語化」の動きには断固として反対しなければならないのでございます。


 日本国民は、江戸末期から明治初期にかけて、欧米から新たに入ってきた「概念」について、「翻訳と土着化」をして下さった先人に感謝するべきです。当時の日本人が、文化、文明、民主、自由、共和、経済、競争といった「概念」について、日本語を「造語」してまで翻訳して下さったおかげで、我が国は先進国になれたのです。すなわち、普通の日本人が文化やら文明やら、共和、民主、経済、競争といった「概念」を用いてコミュニケーション可能な国にしてくれたからこそ、日本は先進国となりました。


 無論、当時の日本人は概念の翻訳と土着化のみならず、より物理的な「技術」についても欧米から学び、「日本で生産可能」とするための投資を積み重ねました。まさに、その「遺産」こそが明治産業革命遺産なのです。
http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12051193178.html


施光恒・九大大学院准教授「英語押しつけで日本人は愚民化」
2015年8月3日 日刊ゲンダイ
http://www.asyura2.com/15/senkyo189/msg/878.html


■安倍政権は米国に追随したいだけはないか


 安倍政権は安保法制で何を守ろうとしているのか。根本的な問いかけをしている話題の書が、施光恒・九大大学院准教授が著した「英語化は愚民化」(集英社新書)である。米国の繁栄を前提に、とことん米国に追随しようとする安倍政権は安保政策やTPPで尻尾を振るだけでなく、ついには英語の事実上の公用語化に動き始めている。英語教育の充実は当たり前のように思われがちだが、それによって、強制的に国の形、文化、働き方が変えられてしまう恐れがある。その先に何があるのかを著者に聞いた。


――タイトルは非常に刺激的というか、英会話ブームの今の日本の風潮を真っ向から否定するものですね。この本を書かれた動機は?


 楽天やユニクロが社内の公用語を英語化したでしょう? 同じ頃、安倍政権が日本社会全体を英語化する政策を推進し始めた。たとえば、産業競争力会議の下にあるクールジャパンムーブメント推進会議は「公共の場での会話は英語のみ」という英語公用語特区をつくる提言をしました。日本国内であるのに日本語を「使ってはいけない」区域をつくるという信じ難い提案です。教育行政でも、英語による授業の割合を増やす大学には巨額の補助金を与えるようになり、文科省は一流の大学は10年後に5割以上の授業を英語化せよ、とまで一昨年言っている。その背景には、グローバル化の時代なのだから仕方がないという発想があるのですが、本当にグローバル化の流れは必然なのか、良いことなのか。その波に乗ることで、日本の強さの基盤が破壊されることはないのか。そうした根源的な疑問を持ったんですね。


――小学校でも間もなく英語が正式教科になりますね。


 そうなれば、中学入試の科目に英語が入ります。教育熱心な家庭は小学生を英語圏に短期留学させるでしょうね。父親は日本で稼ぎ、母子は外国で暮らす。そうやって英語が上達した子が、日本のエリートと目されるようになる。しかし、こうした英語偏重教育は当然、日本語の力に跳ね返ってくる。母国語である日本語が怪しいエリートたちに、果たして深い思考ができるのだろうか。英語はできるが思考力のない植民地エリートのような人々が仕切る政治や行政は、一般の国民が求めるものとはかなりずれたものになる。これが怖いのです。


――こうした英語化推進は「国家百年の計の過ちである」と書かれていますね。


 ビジネスや大学教育など日本の社会の第一線が英語化されてしまうと、どうなるか。英語がしゃべれるか否かという教育格差が、収入など経済的格差に直結し、究極の分断社会が誕生します。どんなに他の能力が高くても英語力を磨く余裕がないというだけで、中間層の人々は成長したり、能力を磨いたりする機会を奪われる。日本の誇る中間層が愚民化を強いられ、没落するのです。また、日本語が高度な議論の場で使われなくなれば、日本語そのものも最先端の用語を持たない遅れた言語となり、国民の愚民化に拍車が掛かる。一方で、英語がしゃべれるだけのエリートもまた、深い思考力や洞察力を持てないから日本全体が愚民化していきます。


――でも、英語がしゃべれるようになるのは悪いことじゃないでしょう?英語化に熱心な楽天の三木谷さんは「第2公用語を英語にしたら、日本の経済はシンガポールのように超強くなる」と言っていますよ。


 英語化によって日本の知的中間層が衰弱したら、日本経済の再生など不可能です。ちなみにシンガポールは超格差社会で、民主主義国家ですらないのです。グローバル化の流れに乗れば、国民が幸福になるというのは幻想です。


――今の日本を覆っているのが、米国流のグローバルスタンダードに従うべきだという風潮です。


 安保法制にしても、TPPや英語公用語化の動きにしても、何が日本の利益になるのかはっきり見えない。結局、米国に追従したいだけではないか。こうした問題への対応を見ていると、今の政府が、まるで自分たちをアメリカ人であるかのように錯覚しているのが分かる。すでに植民地エリートになっているのかもしれません。


■英語しかしゃべれない植民地エリートが国を壊す


「安倍政権に強い危機感」と訴える施氏(C)日刊ゲンダイ


――英語を公用語化すれば、グローバル企業が参入し、日本人もそこで働けるというのが狙いなのでしょうが、この発想も植民地的ですね。


「経済的利益のためなら日本語をないがしろにしてもかまわん。言語はしょせんツールだから」と英語化推進派は思っているようです。しかし、経済的利益などあまりないし、それよりも何も、言語は私たちの知性や感性、世界観をつくっているのです。例えば、日本語は私、俺、小生などさまざまな一人称がある。時には子供の前で自分を指して『お父さんはね』などとも言う。相手を呼ぶ場合もあなた、君、おまえから、先生、課長などいろいろです。日本人は常に相手との関係を考えて話をする。それが互いに思いやる文化をつくってきた。一方、英語の一人称は常にIだし、二人称もYouだけです。英語を母国語とする人は、最初から自分が中心にいるのです。


――日本人の気配り、欧米人の自己主張。そういう民族性の違いは言語に起因すると?


 我々は言葉から自由になれないし、その言語がつくり出す文化に縛られているのです。たとえ英語がペラペラになっても、彼らの文化やルールの上で、米国人や英国人と対等に勝負できるかというとそうではない。結局、日本人がグローバル資本の奴隷になるだけです。つまり、英語はそこそこ話せるけれども高度な思考はできないといった、安価で都合のいい現地雇いの労働者の量産が狙いでしょう。


 非英語圏の星である日本までが英語化すると、世界全体も不幸になります。英語圏諸国を頂点に置くピラミッドのような「英語による支配の序列構造」がさらに強固になるからです。つまり、英語のネーティブの特権階級が上にいて、その下に英語を第2公用語とする「中流階級」ができる。その下に英語を外国語として使う「労働者階級」が存在する。そういうピラミッドが不動のものになる恐れがあります。


――このピラミッドの下の方から、日本人が抜け出すことは難しそうですね。


 この言語による不公正な格差構造のある世界を、日本人はグローバル社会と呼び、称賛する。グローバル化って、マジックワードなんですよ。本当は違うのに、進歩した世界に聞こえてしまう。役所でも、グローバル化対応予算などというと、すんなり通りやすくなる。


――村より国家、国家より地域統合体、理想は世界国家みたいな考え方ですね。しかし、EUは地域統合で行き詰まっていますね。


「『ドイツ帝国』が世界を破滅させる」で話題のフランスの歴史学者のエマニュエル・トッドは、グローバル化の進展に伴って、EU各国内での民主主義が機能しなくなっていると警鐘を鳴らしています。


――EUの閉塞状況こそを参考にしなければいけないのに、日本は周回遅れのランナーのように、グローバル化と叫んでいる。


 安倍首相は当初、「瑞穂の国の資本主義」というスローガンを掲げていたのに、真逆の方向に進んでいます。安倍さんのナショナリズムというのは日本の文化や言語を大事にするのではなく、米国がつくった評価システムの中で日本のランキングを上げるという発想です。私はそれをランキング・ナショナリズムと呼んでいます。米国の覇権を前提にして、日本がなるべく米国に近い位置を占めようとする発想です。


 グローバル化の荒波からいかに国民生活や文化を守るかが問われているのに、国民経済の安定を目指すべき経産省がグローバル化をあおり、日本文化を守るための教育を担う文科省が日本を破壊する英語公用語化の旗を振っている。米国への従属から脱する気のない政府に強い危機感を覚えます。
http://www.asyura2.com/15/senkyo189/msg/878.html


英語化は植民地政策だ 施光恒
9月 28th, 2015 by 月刊日本編集部.


英語化は植民地化政策だ

―― 施さんは『英語化は愚民化』(集英社新書)を上梓し、英語化に警鐘を鳴らしています。


施 結論からいうと、英語化は植民地政策の一環です。安倍政権は様々な面で対米従属を深めています。経済面ではTPP、軍事面では日米ガイドラインと安保法案、そして文化面でも英語化という形で対米従属が進行しているのです。

 しかし言語の問題は政治や経済とは訳が違います。国語は国家、民族、歴史、伝統、文化の根源だからです。

 フランスの作家アルフォンス・ドーデの小説『最後の授業』では、普仏戦争後にフランスからドイツに割譲されることになったアルザス・ロレーヌ地方の小学校でのフランス語の最後の授業が描かれます。そこで教師は児童にこう語りかけます。「フランス語は世界中でいちばん美しい、いちばんはっきりした、いちばんしっかりした言葉である。だから君たちはこれを守りつづけ、決して忘れてはならない。なぜなら民族が奴隷になったとき、国語さえしっかり守っていれば、自分たちの牢獄の鍵を握っているようなものなのだから」と。

 現在の英語化は「英語公用語化」といっても過言ではないほどです。このまま英語が日本語を駆逐していけば、私たちは「牢獄の鍵」をうしない、対米自立の道が断たれます。日本的なるものは滅びるか、滅びないまでも再起不能になり、そのあと日本列島に残るのはアメリカの植民地ということになってしまうのです。


―― それでは英語化の現状から伺えますか。


施 現在、日本社会全体で英語化が進んでいます。企業では今年7月、ホンダが楽天やユニクロに続いて社内で英語を公用語とすることを決定しました。

 教育分野でも同様です。政府は早ければ2018年以降小学校5年生から英語を正式科目とする方針です。さいたま市や岐阜市のように小学校一年生から英語の正式教科化を進めている地方自治体もあります。英語のみで英語の授業を行う「オールイングリッシュ方式」はすでに高校では導入されていますが、今後は中学でも採用されます。

大学教育については下村文科相が一昨年、一流とされる大学は、今後、10年のうちに5割以上の授業を英語で行うようにすべきだと述べています。また、文科省も「スーパーグローバル大学」構想なるものを打ち出すなどして、授業の英語化を進めるよう各大学の尻を叩いています。

その結果、京大は一般教養科目の2分の1の英語化を目指していますし、東大理学部化学科に至っては昨年秋からすでに全授業を英語に切りかえています。各学会でも、最近は「研究発表は日本語ではなく英語でやるべきだ」という風潮が強まっています。

 行政も例外ではなく、近い将来、国家公務員から地方公務員まで英語化が進む恐れがあります。今年度からはキャリア官僚になるための国家公務員総合職試験ではTOEFLの活用が始まりました。またTPPには「政府調達(公共事業の入札)」という項目があり、TPPに加盟すれば国家レベルの公共事業だけではなく、地方自治体レベルの小規模な公共事業も国際入札で行われるようになり、行政文書も英語化されていくでしょう。

 さらにクールジャパンムーブメント推進会議という政府の有識者会議は、公用語を英語とする「英語特区」を企画し、「公共の場での会話は英語のみに限定する」「販売される書籍・新聞は英語媒体とする」と提案しています。いわば「日本語禁止特区」です。自ら「アメリカの租界」を作っているようなものです。


英語化で日本の国力は地に落ちる

―― しかしグローバル化の時代を生き抜くには、英語力を高める必要があるという声が大きい。


施 いや、逆に英語化は日本の国力を落とすでしょうね。まず日本人の学力が格段に落ちる。ノーベル物理学賞を受賞した益川敏英氏は、中国や韓国の研究者から「どうしてアジアで日本だけが次々と受賞者を輩出できるのか」と尋ねられ、「日本人は母国語で専門書を読むことができるからだ」と思い当ったと話しています。

 本来、人間の可能性は母語の中でこそ最大化します。どんなに上手でも日本人にとって英語は外国語です。外国語である以上、英語で日本語より深い思考をすることはできない。スーパーグローバル大学は「世界レベルの教育研究」を行うために「英語で授業を行う」と謳っていますが、英語化は日本の知的レベルを下げる一方でしょう。

また政府は「グローバル人材」を育てて経済力を上げたいようですが、GDPの上位五カ国はアメリカ、中国、日本、ドイツ、フランスです。一方、英語を公用語として使っているアジア・アフリカ諸国のGDPは低い。

 そもそも英語力と学術や経済の力とを結びつける発想が間違っています。……
http://gekkan-nippon.com/?p=7080


【施 光恒】グローバル化は中世化 2016/03/18


拙著『英語化は愚民化』(集英社新書)で述べたことの一つに、

グローバル化やその文化面での表れとしての英語化は、

なぜか一般的には「進歩」とか「歴史の必然的流れ」とか思われていますが、

その実、全く逆で、中世的世界への逆戻りと考えたほうがいいのではないか

ということがありました。


中世ヨーロッパでは、ラテン語を話す聖職者や貴族などの各地の特権階級が一種の「グローバル・エリート」層を形成していました。そして、各地の未発達の土着語(英語やフランス語、ドイツ語などの元になった語)しか話せない庶民を、社会の中心から排除していたのです。

近代社会とは、この状態が変わることを通じて成立しました。
宗教改革における聖書の翻訳は大きなきっかけでした。

ラテン語で書かれていた聖書を、ルターやティンダルらの宗教改革者が、ラテン語(あるいはギリシア語やヘブライ語など)から庶民の日常語である土着の言葉に聖書を翻訳していきました。

ラテン語などからの知的な用語が、各地の土着語に移植され、それによって、庶民の日常語が知的なものとなっていきました。

これに伴い、ラテン語ではなく日常の言語に根差した社会空間が各地に成立します。

ここでは、多くの普通の人々は、社会の中心から排除されることなく、自分たちの知的能力を磨き、発揮し、社会参加できるようになります。

こういう状態が生じてはじめて、多くの人々の力が結集され、活力ある近代社会が登場してきたわけです。


しかし、現在の世界で進む英語化は、英語をかつてのラテン語のような「グローバル・エリート」の言葉とし、英語が不得手な者を、社会の中心から排除していきます。

日本のような英語国ではない国では、「英語階級」と「非英語階級」(日本では「日本語階級」)といった形に国民が分断されます。

そして、おそらく大多数を占める「非英語階級」は、政治や経済の中心から排除されるわけです。ちょうど、中世のヨーロッパのような社会になってしまいます。

拙著『英語化は愚民化』では、こんな感じで、グローバル化や英語化は、実は、社会が良くなる「進歩」などではまったくなく、逆に、中世のような社会への逆戻り現象だととらえたほうがいいのではないかと書きました。


今回のメルマガで何が言いたいかといいますと、最近、やはり

「グローバル化は、進歩どころではなく、中世化に過ぎないのではないか」

とよく考えます。そう考えられる現象が多々あるのではないかということです。


この点で一つ興味深かったのは、

郭洋春氏の『国家戦略特区の正体――外資に売られる日本』(集英社新書、2016年)
http://www.amazon.co.jp/%E5%9B%BD%E5%AE%B6%E6%88%A6%E7%95%A5%E7%89%B9%E5%8C%BA%E3%81%AE%E6%AD%A3%E4%BD%93-%E5%A4%96%E8%B3%87%E3%81%AB%E5%A3%B2%E3%82%89%E3%82%8C%E3%82%8B%E6%97%A5%E6%9C%AC-%E9%9B%86%E8%8B%B1%E7%A4%BE%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E9%83%AD-%E6%B4%8B%E6%98%A5/dp/4087208206


という本のなかの農業改革についての記述です。

国家戦略特区のなかには、新潟市や兵庫県の養父(やぶ)市や秋田県の仙北市のように、農業改革を主眼として指定されたものがあります。これらの農業改革の試みで規制緩和のテーマとして挙げられているものの一つは、「農地の集積・集約、企業参入の拡大などによる経営基盤の強化」です。

つまり、米国のような大規模農業を日本にも導入して効率化を図り、日本の農業の国際競争力の強化を狙うものです。

こうした「農業の大規模化」について、著者の郭氏は、「世界史的に見ても、農地解放運動の歴史に逆行する行為」(107頁)だと指摘しています。

確かに、日本を含む多くの国では、農地解放、つまり大規模な土地を所有する地主の下で働かざるをえなかった小作農に土地を分け与え、自作農にすることこそ、農業の近代化であり、民主主義の社会にふさわしいものだと考えられてきました。

国家戦略特区構想などで進む農業改革は、株式会社の農業への参入が一つのテーマです。大企業が参入することによって、農業は大規模化し、効率化されます。

そこではもちろん、土地所有者ではない人々が、低賃金で働くことになるのでしょう。昔の「地主」と「小作人」の復活とも見て取れます。

郭氏は、

「効率化が目的とはいえ、日本の農業を再び大規模化するというのは、農地解放運動さらには民主主義の歴史に対する挑戦といってもいいだろう」(同頁)

と記しています。


このように、TPPなどグローバル化の中で進む日本の農業改革も、一種の中世化かもしれません。中世ヨーロッパで見られたような、大地主と農奴の再現といったら少々言い過ぎでしょうか。

こういう「中世化」というか、歴史の逆行のようなものは、他のところでもいろいろと見られます。

国家戦略特区でいえば、例えば「解雇規制の緩和」や「労働時間規制の緩和」(残業代ゼロ)などの労働規制の緩和の流れもそうでしょう。

高校生のころ、「現代社会」や「世界史」の時間に、労働者の権利や社会保障受給権などを総称して「社会権的基本権」ということを習いました。また、社会権的基本権は、20世紀になって定められたということで、「20世紀的人権」ともいうと学びました。

私の高校時代は、1980年代後半でまだ20世紀でしたので、「なるほど、社会権的基本権とは、新しい、現代的人権なのだな」と思っていました。

しかしこれ、21世紀になった今あらためて考えてみると、

「20世紀に徐々に認められてきたが、21世紀になるとだんだんと削減され、なくなっていく」

という意味で、労働者の権利などの社会権的基本権は「20世紀的人権」と呼ばれているのだと理解したほうがいいかもしれません。

経済のグローバル化が進み、資本の国際的移動が自由になると、各国政府は、資本の海外流出を避けるために、あるいは外資を呼び込んでくるために、グローバル企業が「ビジネスしやすい」環境を作ろうとします。つまり、グローバル企業に都合のいい環境を作っていきます。

そこで、各国は、労働者の権利や社会保障を徐々に削っていくのですね。
人件費も削減されますので、労働条件は、悪くなっていきます。

これも、「中世化」への流れの一つとみることができるでしょう。

こう考えてくると、最近、自民党が、「移民受け入れの議論を始めるべきだ」と言い始めているのも、この流れのもう一つの現れといえそうです。

近代社会とは、一般庶民が、社会の中心メンバーとなり、自分たちの言語や文化のうえに国を作り、民主主義の下、国を運営していく社会です。つまり、各国では、人々が「我々は同じ国民だ」という連帯意識を持ち、「自分たちこそ社会の主人公だ」と考え、政治を動かしていくわけです。

しかし、経済のグローバル化の名のもと、移民を大規模に導入すれば、こうはいきません。一般的に、国民の連帯意識は薄れ、団結が難しくなります。人々はバラバラになり、政府に意志を伝えにくくなります。

移民受け入れを推進する側の狙いの一つは、このように、移民を受け入れることによって、国民を分断し、連帯しにくくすることだともいえるでしょう。

国民の連帯を分断すれば、政治に文句がつけられることが減りますので、労働者の権利や福祉の削減、人件費の引き下げ、移民のいっそうの受け入れなど、国民に不人気な政策が、その後、やりやすくなります。

また、各種の社会保障などの福祉は、おおもとでは、国民の相互扶助意識に根差しています。つまり、人々のもつ「同じ国民だから、助け合おう」という意識こそが、福祉の基本にあるものです。

移民を大規模に導入することによって、国民の連帯意識を壊してしまえば、社会保障を減らしていくことは、ますます容易になっていきます。

実際、近代社会の成立の一つの前提は、国民意識の確立でした。
国民の連帯があってはじめて、民主主義や福祉(平等)も成り立つのです。

以上のようにみてくると、やはり、「グローバル化は中世化」と言えるでしょう。


一方には、英語を操り、土地に縛られず、愛国心も持たず、世界を飛び回って大金を稼ぐごく少数の「グローバル・エリート」がおり、

他方には、社会の中心から排除され、(英語で構築された)知的な世界から切り離されて自信を失い、低賃金でこき使われ、打ちひしがれ、バラバラの大多数の一般庶民がいる

という世界です。


「グローバル化」って言葉、本当に最近、ますますいやになってきました…

どうにかしないといかんですね
http://www.mitsuhashitakaaki.net/2016/03/18/se-73/


2014年11月14日「リカちゃん人形」と「いただきます」
From 施 光恒(せ・てるひさ)@九州大学


2週間ほど前のNHKのテレビ番組で面白いことを話していました。
http://www4.nhk.or.jp/masakame/x/2014-11-01/21/30135/

タカラトミーが出しているおなじみの「リカちゃん人形」ですが、今年で発売47年になるそうです。

このリカちゃん人形ですが、47年間、変わらない特徴があるとのことです。

リカちゃんの眼です。リカちゃんの眼は、まっすぐに前を見つめておらず、少し左上に視線が行くように作られています。

なぜかと言えば、子どもがリカちゃんで遊ぶときに目が合ってしまうと、圧迫感を感じてしまうので、それを避けるためだそうです。

タカラトミーは、いかにも日本の企業ですね。

アメリカのバービー人形は、まっすぐ前を見つめています。画像検索して、バービー人形の画像をみてみましたが、なるほど目が合いそうです。私なんかは、バービー人形で遊ぶ子どもは、確かに人形の目から圧迫感を感じてしまいそうだと思いますが、アメリカ人の子どもは別に気にしないのでしょう。

日米の文化の違いですね。

文化の相違といえば、先日、大学院のゼミの時間に学生と「いただきます」についての話をしました。私のゼミは、一応、政治理論・哲学のゼミなのですが、その日はカナダのあるベジタリアン(菜食主義者)の政治哲学者のことが話題に上りました。

その関係で、食事の際に何に感謝するかという話になりました。

日本では、「いただきます!」というときは、料理をしてくれた人とともに、これから食す食べ物(肉や野菜など)にも感謝をします。つまり生命を提供してくれた魚やトリ、ブタ、ウシ、野菜、穀物、果物などに感謝の意を込めて「いただきます」と言うわけです。

欧米では、「いただきます」とは言いませんが、食事の前に祈る場合があります。この際、個々の食材ではなく、キリスト教の神に感謝の念を捧げるのが普通のようです。

私は、キリスト教の中学校に通っていたので、中学時代、たびたびキリスト教のお祈りを唱えさせられました。いまでも覚えているのですが、「我らの日用の糧を今日も与えたまえ」という一節がありました。食物を与えてくれるのは神だと理解するわけです。

生命を捧げてくれた個々の食材に感謝する日本と、万物の創造主としての神を想定し、その神に感謝する欧米。この相違の根底にあるものは、食前の儀礼以外でもさまざまな面で見出すことができ、非常に興味深く感じます。

論者によって詳細は異なりますが、日本と欧米の文化の違いについて、よく次のような指摘がされます。

日本では、状況における他者の気持ちや期待、人々の関係性や社会的役割に注意を払う「関係重視の道徳」が優勢である。他方、欧米文化では抽象的な原理や非人格的なルールを尊重する「原理重視の道徳」が優勢である。

「リカちゃん人形」の件も、「いただきます」の件も、このような文化差から説明できるのかもしれません。

日本社会では、他の人々に敬意を払い、他者の気持ちを大切にしなさいと教えられます。あるいは、「もったいない」の精神に表現されるように、「万物に感謝の心を持ちなさい」などともよく言われます。

こう教えられるため、日本人は他者の気持ちに配慮するようになりますし、他者の視線に敏感にもなります。モノを大切にする文化も形成されますし、「いただきます」と食前にいう習慣も生じます。

当然ながら、日本と欧米の文化のどちらが優れているかという優劣の問題ではなく、文化の違いの問題です。

ただ、日本人は弱気なことが多いですよね。自分たちの文化の論理をうまく説明できず、主張されるがままに欧米の理屈を受入れてしまうことが少なくないようです。

このメルマガでよく取り上げる言語学者の鈴木孝夫氏が、ある本で次のように書いていました(鈴木孝夫『日本人はなぜ英語ができないか』岩波新書、1999年)。

アメリカ人の英語教師が、日本の学生たちによく要求することの一つに、人と話すときは相手の目を見つめながら話しなさいということがあります。会話の最中に目をそらすことは何か心にやましいことがある、何か良くないことを企んでいる、と解釈するのがアメリカの文化だからだそうです。

しかし、日本人の感覚からすれば、人の目をじっと見続けることは、失礼なことです。「ガンをつける」という言い方があるように、日本では相手の目を注視すれば見つめられる方は不快な気持ちになってしまう場合が多いでしょう。

ですが、日本人は、アメリカ人の先生に「相手の目を見て話しなさい」と言われると、照れくささや違和感を覚えながらも、おとなしく従うことがほとんどだと思います。

鈴木孝夫氏は、ここで黙って従ってしまうのはおかしい、それでは本当の国際的な相互理解は果たされないとします。国際的な相互理解という観点からすれば、この場合、日本人学生は、アメリカ人教員に日本の文化的見方をきちんと説明すべきだと鈴木氏は論じます。つまり、「相手の目を正面から見据えて話すことは、アメリカと異なり日本では相手を威圧することにつながりかねず礼儀正しいことではない」とはっきりと述べる必要があるというのです。

私もそう思います。日本では、他者の言い分を受入れ、自分を変えていくことが美徳だと考えられることが多いからか、どうも自分たちのものの見方の意味を言語化し、相手に説明し、納得させることをあまりしてきませんでした。日本人自身が日本的なものの見方は特殊だと思い込み、海外(特に米国)の基準に合わせようとしてきました。

近年は特にそうですね。いわゆる構造改革も、最近のTPP参加を見据えた国内の制度改革(例えば軽自動車の税制上の優遇措置の廃止など)も、そうでしょう。「グローバル化=英語」と言わんばかりのビジネスや教育での英語化の流れも顕著です。この調子でいけば、近い将来、日本人にとって生きづらい日本社会ができてしまい、我々の子孫は大変苦労することになりかねません。

何年かぶりに米国からメジャー・リーガーがやって来て、現在、日米野球が開催されています。近頃いつもそうですが、相変わらず、使用するボールの規格で日本人選手は苦労していると報じられています。

日本のプロ野球で使われているボールと、アメリカの大リーグで使用されているボールは、手触りや縫い目の高さなど細かいところで違うからです。

これなんかも私は、日本で開催するときは、基本的に日本のプロ野球が普段使っているボールを日米野球でも使用するべきではないかと素朴に考えます。あるいは、全試合中、半分は日本球、もう半分はメジャー球というふうに公平にすべきだと思います。

もちろん、メジャー・リーグ主催のWBCではメジャー使用球が使われるので、それに慣れるためという事情もあるのでしょう。

しかし、だったらWBCでも、あるいはメジャー・リーグ自体でも、品質がよりよいとされる日本式のボールを公式球として一部でも採用してもらうように日本野球機構などの上部組織は粘り強く交渉してもらいたいものです。

上に立つ者、あるいは組織が、相手方のルールや土俵を呑まされてしまい、現場の人間が苦労する。なんか最近の日本ってそういうことがやけに多い気がします。
https://38news.jp/archives/04679


2018.2.1 【国家を哲学する 施光恒の一筆両断】

リカちゃん人形の視線と日本文化

 先日、大学で学生たちと雑談していて知ったのだが、2月22日から福岡市博物館で「誕生50周年記念リカちゃん展」が始まるそうだ。タイトル通り、「リカちゃん人形」の発売50周年を記念する展覧会である。

 面白そうだ。リカちゃん人形は、その時々の流行をうまく取り入れてきた。世相の変化を映し出す展覧会となるだろう。現在のプロフィルによれば、リカちゃんの趣味の一つは「SNS更新」だそうだ。現代っ子のリカちゃんは、友達とラインしたり、「インスタ映え」する場所を探して、あちこちで出かけたりするのかもしれない。

 流行に敏感なリカちゃん人形だが、発売以来、変わらない特徴があるのを、ご存じだろうか。目である。リカちゃんの目は、まっすぐ前を見つめておらず、少し左上に視線が行くように作られている。子供がリカちゃんで遊ぶときに目が合ってしまうと圧迫感を覚えるので、それを避けるためだという。

 対照的に、米国のバービー人形は、真正面を見つめている。私などは、バービー人形で遊ぶ子供は人形の目に圧迫されないのかと心配になるが、米国の子供はあまり気にならないのだろう。日米の文化差である。

 言語学者の鈴木孝夫氏は以前、次のように書いていた(『日本人はなぜ英語ができないか』岩波新書)。米国人の英語教師が日本人学生によく要求する点の一つに、人と話すときは相手の目を見つめながら話しなさいということがある。会話の最中に目を逸(そ)らすのは何か心にやましさがあるからではないかと解釈するのが米国流だそうだ。

 しかし、日本人の感覚からすれば、人の目をじっと見続けることはあまり好ましくない。「ガンをつける」と言うように、日本では相手の目を注視し続ければ、見つめられる方は不快な気持ちになるか、当惑してしまう場合が多い。

 それでも日本人は、米国人教師に「相手の目を見て話しなさい」と言われると、照れくささや違和感を覚えながらも、おとなしく従うことがほとんどだろう。

 鈴木氏は、ここで黙って従ってしまうのはおかしい、それでは本当の国際的相互理解は果たされないと指摘する。この場合、日本人学生は、米国人教師に日本の文化的見方をきちんと説明すべきだ。つまり、相手の目を正面から見据え続けて話すことは、日本では相手を威圧することにつながりかねず、礼儀正しいことではないとはっきりという必要があるというのだ。

 私も同感だ。日本には「ことあげ(言挙げ)」を嫌い、謙譲の美徳を尊ぶ気風がある。そのため日本人は自分たちのものの見方の意味を言語化し、相手に説明し、納得させる努力を怠ってきた。こうした日本的なものの見方について、日本人自身が「特殊で劣っている」と思い込み、海外(特に米国)の基準に合わせようとしてきた。実際、ここ20年ほど「構造改革」の名の下に、日本社会を米国型に改造する動きが顕著であった。この調子でいけば、近い将来、日本人が違和感を覚え、生きづらく感じる日本社会ができてしまい、われわれの子孫が苦労することになりかねない。

 今後、日本でリーダー的立場に就く人々は、日本人の感覚や習慣をきちんと認識し、言語化し、外国人に向かってその意義を説明する能力と気概を身に付ける必要がある!

 …と、このように「リカちゃん人形展」の話題から、いつものように学生相手に長々と演説をしてしまった。「また始ったね〜」という具合に、学生たちが温かくも少々呆(あき)れた目でこちらを見ているのに気づき、気恥ずかしく思った次第である。
http://www.sankei.com/region/news/180201/rgn1802010033-n1.html

2018年2月2日【施光恒】リカちゃん人形の不易と流行
From 施 光恒(せ・てるひさ)@九州大学


昨日付の『産経新聞』(九州・山口版)のコラムに、次のような記事を書きました。

「リカちゃん人形の視線と日本文化」(2018年2月1日付)
http://www.sankei.com/region/news/180201/rgn1802010033-n1.html

リカちゃん人形は1967年生まれですので、昨年で50周年を迎えたそうです。それで、昨年3月の東京を皮切りに「誕生50周年記念リカちゃん展」が全国のいくつかの都市を巡回しています。

以前、このメルマガにも少し別の角度から書いたことがあるのですが、リカちゃん人形の目は、まっすぐ前を見つめておらず、少し左上に視線が行くように作られています。子供がリカちゃんで遊ぶときに目が合ってしまうと圧迫感を覚えるかもしれないため、それを避ける配慮だそうです。

リカちゃんの目のこの特徴は、発売以来半世紀、変わっていないとのことです。

その一方、リカちゃん人形は、そのときどきの流行を敏感に取り入れてもいます。産経のコラムにも書きましたが、例えば、現在のリカちゃんの趣味は、「SNS更新」だそうです。

設定では、リカちゃんは小学校5年生ということですので、「SNS更新」が趣味とは、昭和生まれの私からすると「ちょっとませてるなぁ」とか思ってしまうのですが、まあ今の子はそんなものなのかもしれませんね。

リカちゃん人形が半世紀にもわたってながく親しまれてきたのは、「不易流行」の理念をよく踏まえているというのが一因でしょう。「不易」、つまり「いつの時代にも変えてはならないもの」と、「流行」、つまり「そのときどきの状況に合わせて変化を重ねていくべきもの」のバランスがとてもよいのだと思います。

日本の子どもが、米国などの子どもに比べて、他者の視線に敏感で、あまりじっと見つめられると圧迫感を覚えやすいという特徴は、時代を経てもなかなか変わらない部分です。

日本の家庭や学校での子育てでは、「やさしい子」「素直な子」「人の気持ちによく気がつく子」を育てようとします。これはかなり昔から変わらない特徴だと言えます。

この子育ての特徴から、人の気持ちによく気がつく敏感な子が育ち、それが「おもてなし」「思いやり」の文化を生んでいます。また世界に誇るべき日本の治安の良さや整然とした秩序、清潔さの源でもあるでしょう。(むろん、悪い面を強調すれば、他者の顔色を窺いがちで、自己主張が苦手な日本人を生み出す要因ともいえるわけですが)。

人の気持ちや視線に敏感だという日本人のこうした特徴が変わりにくいことは、「やさしさ」という言葉の語源からもうかがえます。

「やさしい」の語源についてはいくつかの説がありますが、「現在もっとも説得的でほぼ定説化している説」は、「痩せる」という言葉と同根だという説です。

つまり、「やさしい」という言葉は、「人の見る目が気にかかって身もやせ細る思いがする」「やせるほどつらい」「身もやせるように感じる、はずかしい」というのが原義だそうです(参照、竹内誠一『日本人は「やさしい」のか──日本精神史入門』ちくま新書、1997年、76-77頁)。

面白いですね。「やさしい」ことと「人の見る目が気にかかって身もやせ細る思いだ」ということは、元来、表裏の関係にあるようです。「やさしさ」を持つこととは、同時に、他者の目を気にして、ときとして胃が痛くなるような思いもしがちだということなのでしょう。

上記の原義に今の「おもいやり」「細やかな配慮」という肯定的な意味合いが千年ほど前から徐々に付け加わってきたようですので、日本人の性格は、かなり昔からあまり変わらないんだなと思います。

他者の視線に敏感であるというのは、日本文化の根幹の一つで、そうそう変えられるものではありません。

これは、実際、子育ての習慣や言語習慣(人の呼び方や敬語表現など)に深く根差しているものであって、変えようとすれば、「文化大革命」的な日本文化の根本的かつ大規模な変革が必要となります。これは不可能でしょうし、望ましくもないでしょう。

リカちゃん人形は、日本人の子どもは他者の視線に敏感だという変化しにくい事柄に配慮しつつ、そのときどきの流行を積極的に取り入れることによって長い人気を保っています。

このリカちゃんの知恵は、日本の政治や社会、経済の「改革」を考えるうえでも大いに役立つはずです。「リカちゃんに学べ」です。

「やさしさ」に代表される日本人の心のかたちは、良くも悪くも、そう簡単に変わるものではありません。無理に変えようとすれば、どこか歪みが生じます。

例えば、日本人が最も動機づけられるのは、つまり仕事などへの「やる気」を感じるのは、今も昔も、周囲の他者の期待を受け、それに応えようとするときだと言われています。

「きみはわが社の大黒柱だ」「〇〇さんのおかげで皆、助かっているよ〜」といった言葉が、日本人を一番動機づけるのです。

近年、日本人ビジネスマンの仕事への熱意の低下がときおり話題になりますが、この一因は、やみくもな「構造改革」の結果、アングロサクソン型の組織のあり方や雇用制度を取り入れようとし、結果的に、日本の会社組織が日本人のやる気をうまく引き出せなくなってしまったことにあるのではないかと思います。
(この点については、以下の拙コラムをご覧ください。「『仕合わせ』な改革を」(【国家を哲学する 施光恒の一筆両断】2017年6月1日付))
http://www.sankei.com/region/news/170601/rgn1706010026-n1.html

日本社会をよりよくするためには、何よりも、日本人や日本文化の特徴をよく知り、それを前提としたうえで、よりよき形に伸ばしていくことを目標にすべきではないでしょうか。

人々や文化の性格を根本から大変革してやるというのは、傲慢かつ不可能であり、様々な副作用を招くものだと思います。

リカちゃん人形のように、不易と流行のよきバランスを探していきたいですね。
https://38news.jp/column/11584


http://www.asyura2.com/0401/dispute16/msg/643.html#c2

[] 日本人は文章を読むだけで外人より2倍頭を使っている - アメリカでは外国語映画がなぜヒットないのか(株式日記と経済展望) まさちゃん
3. 中川隆[-12691] koaQ7Jey 2018年6月02日 07:36:01 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14659]

中国に未来が無い理由


漢民族という民族は存在しませんし,中国語という言葉も存在しません.
中国は昔から川筋が一つ違えば完全な異民族の土地で言葉も通じなかったので,共通語として漢文(中国語)を作ったのですね.

漢文(中国語)は始皇帝の時代に完成し,それ以降は全く進歩していません:


中国語は、(上古において)それぞれ別の言語を話していた商人が中原地帯で取り引きを行う片言(かたこと)から生まれた人工的な言語。

しかも、漢末期からの混乱期に、本来の漢族は実質的に絶滅。その後の歴史で、大量に流入した北方民族が改めて中国語を形成した。

つまり、古代中国語と現代中国語には断絶がある。古くから続く漢文(文章中国語)は本来、片言を記録するための記号列であり、そのため品詞の区別や時制など文法の本質的要件を備えていない。当初から言語(話し言葉)とは別の、通信・記録の手段。現代中国語の古語ではない


知人から中国語には文法がないという話を聞いたことがある。たしかに漢字ばかり並んでいるのに、どうして文章として理解できるのか不思議であった。そもそも我々が学んだ漢文は、返り点などがあるから読めたのである。

どうも昔の中国人は「四書五経」という基本文献の文章を徹底的にマスターし、「四書五経」と同じ解釈で他の文章を読んだり、新しい文章を作成しているようである。「四書五経」は「論語」「中庸」「春秋」「礼記」などの中国の古典である。「四書五経」を参考に、漢字の並び方をどのように解釈するのかが決まるようだ。しかしこれも絶対的なものとは思われない。いまだに「魏志倭人伝」の解釈が別れるのも、中国語の文法というものが、あやふやな面があるからと考える。


「四書五経」は膨大な文章の集合体である。中国の官僚の登用試験である「科挙」には、これらの暗記と決まった文章の解釈の知識が必要とされた。中国語は文法がはっきりしないから、とにかく全部覚える他はないのである。つまり「科挙」の試験制度は、とてつもなく厳しいものである。しかし行政を司るためには、文書を正しく読み、正しい文章を書く必要がある。たしかにこのためには「四書五経」を完全にマスターしておく必要があったのだ。

一方、日本においては、昔から、一般国民の中に文章を読める者は大勢いた。特に明治時代に義務教育が始まり、誰もが日本語を書いたり読んだりするのが当り前になった。少なくとも日本では、中国のように、国語というものが、極少数の超エリートしか操ることができないという代物ではなかった。


言語は重要である。ところが中国語はそれほど進化していると思われない。しかし世の中が変わって、新しい概念を言語で表現する必要に迫られる。本当に全ての文章が「四書五経」の解釈を踏襲して理解できるのか疑問である。筆者は、「四書五経」の時代にはなかったようなIT関連のマニュアル類が、どのような記述になっているのか興味がある。

「四書五経」の時代にはなかった文章で、一番関心があるのが「法律」である。「法律」は中国にとって新しい文章の形態である。本当に「四書五経」の解釈で現代の「法律」を適切に解釈できるのか疑問である。たしかに中国では、よく条文の解釈を巡って侃々諤々(カンカンガクガク)の議論がなされるという話は聞く。もっともこれは中国の問題であり、我々日本人には関係がないが(中国の日系企業には関係するかもしれない)。


しかし世の中には「国際法」というものがある。「国際法」の基では、日本も中国と利害関係者となる。日本は、戦時中「捕虜の虐待」などで戦時国際法を破った経緯もあり、あまり偉そうなことはいえない。しかし今日国際的な利害を調整するものは、「国際法」とこれに附随する各種の取決めである。少なくとも今日の日本はこれを順守する姿勢である。

ところが最近、日本と中国や韓国の間で国際法上のトラブルや対立が頻発している。しかし中韓の主張が、とても「国際法」に乗っとって行われているとは思われない。中国や韓国は「国際法」を勝手に解釈しているのだろうか。さらに度々日本の要人発言が曲解されている。まるで「四書五経」の解釈を持込んでいるのではと思われるくらいである。

中国語も最近は句読点を使ったり、また熟語も使うようになっているようだが、基本的には漢字ばかり並んでいるので、覚える必要な漢字の数は膨大である。仕方がないので、簡略体の漢字を多用している。またインターネットや新聞では、漢字を表意文字としてではなく、表音文字として使っているという話がある。ちょうど全て「ひら仮名」の文書と同じである。おそらく「話し言葉」をそのまま「書き言葉」に使って表現を行っているのであろう。それなら使われている漢字は発音記号のようなもので、わざわざ漢字を使う必要がないような気がする。
http://www.adpweb.com/eco/eco395.html


現代日本語と中国語で最も大きな差異があるのは外来語の扱いです。

中国語が抱える問題は漢字しか使えないことであり、それが外来語を受け入れにくくしている。

中国には日本語の平仮名や片仮名にあたる文字がないので、音訳する場合も漢字を使用する。
本来表意文字である漢字の音だけを利用するのですが、漢字はそれ自体に意味を持っているので、音だけを表すには向いていない。

中国語の場合は外来語をとりあえずは読みが近い音の漢字を当てはめて使い、概念が固まったところで意味にふさわしい漢字が当てられるようだ。だからどうしても外来語の翻訳は時間もかかり、読みだけの漢字を当てただけの文字の氾濫は混乱をもたらすのではないだろうか? 「盤尼西林」も最初見ただけでは何のことか分からない文字だ。ペニシリンと分かるまで時間がかかる。

このような言葉のハンデが外国文化を吸収する際には大きな差となって出てきてしまうのだろう。日常的な小説ぐらいなら翻訳も出来るのでしょうが、理科系の専門書を中国語に翻訳するのは不可能に近いのではないかと思う。それよりかは英語をマスターして英語でIT関係の事を学んだ方が早い。

中国人や韓国人の海外への留学生の異常な多さもこのようなことが関係しているのだ。日進月歩の最新技術を取り入れながら改良を重ねて行かなければならない世界では、中国語のハンデは大きい。中国語も一時期はベトナム語のようにアルファベットを用いてローマ字表記も検討されましたが、それだと河一つ渡れば発音が異なる中国はバラバラになってしまう。

このように外来語一つとっても中国語は適用が難しく、何万もある漢字を覚えなければならないのだから使いこなせる中国人は一部に限られてしまう。かといってハングルのように表音文字を使えば誰もが使えますが意味を掌握するのが難しくなり、専門書などは分からない言葉を読み飛ばしてしまう。だから言葉の数も少なくなってきてしまう。

中国や朝鮮半島の近代化がなかなか進まないのも、近代資本主義や近代西欧文化を理解するには越えられない壁のようなものが存在するからだ。だから理解しようとすれば一気に欧米にまで留学して言葉から学びなおしていかなければならないのだ。
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/31f3ff231ae092df09a9a575c2058d6c

中国語を使っている人間は思考ができない,感情が発達しないんですね.
これは中国語が秦の始皇帝の時代から全く進歩していないのが原因です.
中国語を使っている人間は原始人と同じレベルだと思った方がいいですね:


中国語という言語は存在しません.
あるのは広東語とか北京語という全く異なる複数の言語です

今の中国人が使っているというのは漢民族と総称されている無数の民族の共通語として作られた人工語なんですね


自分の民族の言葉(中国語方言とは呼ばれているが実際にはそれぞれ系統の違う別言語)は未開民族の言葉と同じレベルで書き言葉も無い

共通語のはエリート以外には作文すらできない:

漢字のみの言語は致命的な欠陥言語だ。要するに大量な漢字を単に覚えさせるだけに子供の成長が費やされ会話の発達が遅れ高度理論の展開など更々不可能にしてしまうのだ。
無駄に大量な漢字を覚えさせることで多くの脳の記憶領域を費やしてしまい、一番重要な『 創造的 』な超高度理論を発展する頭脳領域の余裕などなくなるのだ。

▽明治日本に留学した清国留学生(年間8000人)がもっとも感動したのが、ひらがなとカタカナ 
 があって、誰でも漢字が学べて、すぐに読めるようになることであった

▽漢字の本場、中国では、二十世紀になるまで、漢字には発音記号がなく ただの表意文字だった

要するに,まともな言葉の無い中国人は永遠に原始人のレベルから抜け出せないんですね.

これなら中国語も自分の民族の言葉も両方捨てて英語にした方がましですね.

http://www.asyura2.com/0401/dispute16/msg/643.html#c3

[] 日本人は文章を読むだけで外人より2倍頭を使っている - アメリカでは外国語映画がなぜヒットないのか(株式日記と経済展望) まさちゃん
4. 中川隆[-12696] koaQ7Jey 2018年6月02日 07:40:48 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14665]

英語は声に出して話す事を前提にした言葉なんですね.
本来,本の様な書かれた文章を読むのには向きません.

なぜ外国映画はアメリカで字幕上映されない?

世界中ほとんどの国で、外国映画は吹き替え上映が普通。

日本みたいに字幕上映が多い国が例外。


1 :名無しより愛をこめて [sage]:2009/07/12(日) 13:22:19 ID:J3Qe6wQy
アメリカで公開される外国の映画は殆どが英語吹き替えで上映されたり、
映画の舞台が非英語圏でも堂々と登場人物が英語を喋ったりで、日本で言う
字幕厨なんていう奴は全くいなく、吹替厨だらけ。

なんでアメリカ人は外国映画を英語字幕で見ようとしないんだろ?


3 :名無シネマさん[sage]:2009/07/12(日) 14:18:47 ID:CKJtk7i/
英語は綴りを読まなくちゃならないからな
漢字は一文字の情報量が多いから流し読みしても意味が汲み取りやすい
日本語字幕が全部ひらがなで書かれてる位の読み難さじゃないかな>英語字幕


7 :名無シネマさん[sage]:2009/07/13(月) 14:18:50 ID:Y0rfQyei
>>3
何度か、英語字幕付きの日本映画を見たけど
登場人物が難しいことを言いだすと、長い単語が画面にズラズラと流れて
これは無理だと思ったよ。
8 :名無シネマさん[sage]:2009/07/19(日) 20:34:54 ID:ShU9guzs
ドイツに半年いたことがあったけど、
映画館は約8割はハリウッド映画を吹き替え上映してたよ。 
1日一本週4日、メジャーな映画(天使と悪魔、グラントリノ、ターミネーター等)の
英語のオリジナル(字幕なし)上映があってたけど。

>>4が最初のほうでいってるように、
吹き替え上映はアメリカに限らず、けっこういろんな国で多数派なのでは?


10 :名無シネマさん[sage]:2009/07/28(火) 18:02:21 ID:W/Jd8xzS

吹替えって結構徹底してるみたいです。
しかし一度「John Rabe」というドイツ映画を見に行ったことがあるんだけど、
これがドイツ映画でドイツ語が主言語のくせにせりふがすべて吹替え!
なぜかというと、
この映画はシンドラーのリストドイツ版?
日本軍の南京大虐殺から中国人を救ったドイツ人ビジネスマンの話。
なので、せりふもドイツ語のほか、英語、フランス語、中国語、日本語といくつかある。(IMDbで確認した)
日本人の将校役の俳優さんたちは日本語だな!と期待したらだめだった。
明らかにドイツ語でしゃべってる部分まで調整のため?かふきかえられてんだもん。
まじで徹底した吹替えっぷり。
これはドイツでの一例なので、ほかの国でどうなのかは未体験だが・・・
外国いって字幕で外国映画を見ようなんて、
アメリカに限らずどこの国いっても期待しないほうがいいぞ。


そして,その結果は:


 「アメリカでは大人の4人に1人が自分の名前程度しか読み書きできない」。新聞や雑誌で、こんな統計に出くわしてハッとする。

 ただそれは、ぼくが4人に1人という数に驚くからではなく、「やっぱりそうか、アメリカの非識字率ってそんなとこだったんだよな・・・・・」と改めて意識させられ、でもショックは受けず、危機感もイマイチわかず、「ま、別段新しい数字でもないし・・・・・」と片付けそうになる、とそこで気がつく。そしてハッとするのだ。慣れっこになってはならない、深刻な問題なのだ。

 しかしまったく、ぼくの母国はどこを見ても、危機的な統計がゴロゴロしている。

――国民健康保険の制度はなく、アメリカ人のおよそ6人に1人が無保険状態で、事実上、医療が受けられない。

――ブッシュ政権が1期目で実施した大型減税は、総額の半分以上が超富裕層のトップの1パーセントの懐に入った。

――米国人は世界人口の5%にも満たないが、世界の石油消費量の4分の1以上を、一国だけで燃やしている。

――マリア様がセックス抜きに、処女のまま妊娠してキリスト様を産んだという「処女懐胎」を、アメリカの成人の8割が信じている。

 25%の非識字率と、その他もろもろのトンデモ統計と、当然みんな地続きのものだ。字がうまく読めないと、テレビが主な情報源になってしまい、テレビ報道は、「処女懐胎」と同じくらい現実から掛け離れていることが多々ある。

では、もし一生懸命ABCを勉強し、どうにかディクショナリーと首っぴきで新聞が読めるようになったとして、それで確かな情報にありつけるかというと、そうはメディア屋が卸さない。

 例えば、二年前の古新聞を見てみると、『ニューヨーク・タイムズ』を始めアメリカの全国紙も地方紙も、妄想とイリュージョンの記事で埋め尽くされている。「死との隠れん坊・なおくすぶるイラクの核兵器の謎」「細菌博士・世界一の殺傷力を持つ女」―― 2002年の暮れは、イラクが隠し持っているに違いない生物兵器と化学兵器と核兵器と弾道ミサイルの脅威の話題で100%持ち切りだった。
http://www.web-nihongo.com/back_no/column_01b/041221/index1.html


◆米国民の知的劣化 

これは、米国民が、知的に劣化したせいだと考えられるのです。

 とにかく、米国の成人の5人に1人は天動説を信じていますし、26%しか進化論を信じていません。

そもそも、高卒以下の人々の約45%は聖書に書かれていることはすべて真実だと信じています。

それどころか、白人の原理主義的(evangelical)キリスト教徒の60%は、議会ではなく、聖書に拠って米国の法律が制定されるべきだと考えているのです。

 また、成人のたった57%しか年間に1冊以上ノンフィクションの本を読んでおらず、若い成人の3分の2はイラクがどこにあるか地図上で示すことができず、成人の3分の2は米国の3権を列挙することができず、同じく3分の2は1人の最高裁判事の名前も挙げることができません。

15歳の数学の力はOECD加盟29カ国中24位ですし、2007年の研究では読む力が男女とも、しかも教育レベルの相違にかかわらず、低下気味であることが明らかになっています。
http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu181.htm


アメリカ人のじつに68パーセントは、悪魔がいることを信じている、との統計がある。それに対して、進化論を信じている人は、28パーセント。神様が、聖書に書いてある通り、1週間で宇宙を創造した。われわれ人間はサルから進化したのではない。最初から特別な存在として、神様が創造したのだ、と信じている人の方が、はるかに多く、48パーセントもいる。

聖書には、この宇宙は、神が7日で創造したと書いてある。それをそのまま信じる。現在世界は、悪魔に支配されているから、この世の中には邪悪なものが充ち満ちている。しかし悪と闘い、福音を全世界にもたらすことが、世界を救う、と信じている。そして、やがてキリストが再びこの世に姿をあらわすこと(再臨)を信じている。

NHKの「クローズアップ現代」とNHK-BSで「ブッシュとキリスト教右派」の番組が放送されましたが、福音派の教会におけるミサの様子はまさしく、オーム真理教の様子とよく似ている。悪魔の存在を信じ、善悪の二元論で考える彼らの思想はブッシュの演説にもよく反映されている。彼らは今、オームがサリンをばら撒いたがごとく、イラクで劣化ウラン弾をばら撒いた。そのためにイランの子供達はその後遺症に苦しんでいる。

アメリカは共和党、民主党の二つに分かれているように、東北部と西海岸地区の人口の多い豊かな地域と、中西部と南部の過疎地域で貧しい地域に分かれている。福音派はこの貧しい地域が地盤でありそこから全土にテレビ伝道などで広がり始めている。民主党の地盤と共和党の地盤も同じように分布するのは、経済格差が原因だろうか。


アクエリアス氏はアメリカ南部のキリスト教について次のように書いている。

《聖書を重んじるあまり、それ以外の人類の知的営みをまともに受け止めない。哲学も歴史学も拒否する。自分らに都合よく書き直されたキリスト教史と、良いとこ取りのアメリカ建国史だけが、彼らの歴史である、科学も拒否する、ダーウィンの進化論は、南部の学校では教えることができない。聖書以外の知的営みを拒否し、対話をすることなく、説教師の話を聞き、聖書を読むという世界に自閉する。そういう点で、聖書主義は反知性主義である。インテリは嫌われ、特に大学教授は悪魔の手先だとされる。

 人間と世界を学ばず、先ほど書いた天国か地獄かの終末論だけに閉じこもるから、極端な善悪二元論に陥る。正義か悪か、救われるものか地獄行きか、黒か白かのどちらかであって、灰色の部分を許さない。一見正しいものにも問題があり、駄目なものも見所があり、救いようがある。人間には強いところも、弱いところもあり、そう単純にはいかない。そんな軟弱な考え方は、すでにサタンに誘惑された間違った考え方だと糾弾する。

http://www.asyura2.com/0401/dispute16/msg/594.html


1.スーパーのレジが異様に遅い。(日本の5倍くらいはかかってるw)

2.ファーストフードのセットメニューを頼むと、時々一品抜けてる。(3品しかないのにねw)

3.まともな運行時刻表すらないアメリカのバス・電車。(アメリカでは新幹線なんてとてもムリw)

4.殆どのアメリカ人って、外国に行った事も無い、外国語も話せない。要は、無知な田舎者w

5.レディーファーストなんてカッコつける割には、旦那の暴力が社会問題&驚異的な離婚率w

6.アメリカ人の運転マナーの悪さ・自分勝手度合い・・・ 日本人には『想定外』の連続ですw

7.何かを発注したとき、まず守られない納期。稀に納期を守る会社があるとビックリするw

8.議論は長いが何の結論も出ないアホな会議が、実は日本より多いw

9.必ず下らないギャクを入れるプレゼン。アメリカ人はプレゼン上手だと勘違いしてる模様w

10.テメーの稼ぐ金よりも、多くの金を浪費してる国・国民。愚かな・・・(以下省略w

11.コミュニケーションという言葉が好きみたいだが、要はペチャクチャ話して仕事せずw

12.自由を守る!テロとの戦いだ!などと他国に騒いでるが、要は、親米か反米か、それだけw

13.ミーティングでは“No Problem. We can do that” し か し・・・行動が伴わないw

14.ゴミの分別などお構いなし。誰も居ない週末のオフィスでも冷房ガンガン。環境を語る資格ナシw

15.駐車場で白線内にクルマを停めない馬鹿が多過ぎw、世間の程度が知れるw

16.セクハラ訴訟で何百億円、タバコ訴訟で何千億円・・・素晴らしい常識の国だよw

17.国民総肥満w、何食ってどれだけ怠惰に生活すれば、あんな肥満になるのか誰か教えてくれw

18.いまだにアメリカだけポンド・ガロン・インチ・・・の世の中w ま、彼らに国際単位系への変更なんて理解不能かw

19.終わってる製造業w 武器以外に輸出できるようなモノって一体何があるの?誰か教えてくれw

20.たかだか二百数十年の『アメリカ史』w なんせ白人は人々が暮らしているのにアメリカ大陸“発見”だからw
皮肉な事に、日本の負け組みに限って渡米希望w

イギリス社会の10大特徴

@とにかく犯罪が多い
スリ、置き引き、強盗、売春、ナイフ殺人…
このどれかに遭遇せずにロンドンからは出られねえぜヒャッハー!

A街中にハッテン場
ホモのレイプ魔がトイレや階段の陰で獲物を待ち伏せている。
公衆トイレでアナル強姦されてエイズになって死んだ日本人の大学教授がいる(実話です)。

Bメシが不味い
イギリス料理は脂肪と塩そのまんまの味がする。食事というより家畜のエサ。

C不細工・奇形だらけ
歯並びが悪かったり、顔が左右対称になってなかったり、足が異様に短かったり
日本人が持っている白人のイメージとは随分違った醜い容姿の人たちでいっぱい。

D原因不明の難病患者群
世界の奇病リストを見ると患者にイギリス人大杉。

Eイジメがすごい
幼稚園から大学、社会人まで陰湿極まりないイジメ文化が複雑・重層的に発達している。
人間関係の基本は陰口と嫌がらせ。人を騙す技術に長けた欲深い金持ちを紳士という。


F階級差別・人種差別
貧富の差が凄まじい。言葉づかいの差別が激しく、貧乏人の訛りがついてしまうと一生出世できなくなる。
日本人や中国人がものすごく嫌われている。また、ネオナチがインド人や黒人の移民を襲撃している。

G不潔
毎日風呂に入る習慣が確立していない。ジメジメかつ埃っぽく、どこへ行ってもカビの生えた毛布のような変な臭いがする。

H乱れた王室
王室関係者はスキャンダルまみれ。セックス・ドラッグ・不倫・公金横領・人種差別発言などやりたい放題。

Iウリナラ根性
そんな自分たちが世界をリードするべき人種で近代文明の産みの親だと信じて疑わない恐るべき傲慢ぶり


要するにアメリカの一般大衆は魔女狩りの時代から何も進歩していないのですね.

まあ,2000年前から何一つ進化していない中国語を今でも使っている原始人_中国人よりはましですが,仮に中国人が中国語を捨てて英語を母国語として採用したとしても,せいぜいこのレベルまでしか行けないのですね.

中国の時代が来る事は未来永劫無いという事がおわかりになりましたよね?

http://www.asyura2.com/0401/dispute16/msg/643.html#c4

[] 日本人は文章を読むだけで外人より2倍頭を使っている - アメリカでは外国語映画がなぜヒットないのか(株式日記と経済展望) まさちゃん
5. 中川隆[-12695] koaQ7Jey 2018年6月02日 07:41:46 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14665]

中国語の語彙の大半は日本から移入されたもの
日本語がなければ中国語は原始人の言葉そのもの:


現代中国語にあふれる日本語、「職場」「人気」など逆輸入
―シンガポール紙モバイル版
URL : http://rchina.jp/article/28577.html

2009年2月13日、シンガポール華字紙「聯合早報」は、現代中国語の社会や科学、文化の分野で日本語を由来とする言葉が7割を占めると報道。外来語である日本語が現代中国文化に大きな影響を与えてきたと説いている。

中国の漢字が日本に渡ると、日本人はこれを用いて日本独自の発想の下に新しい言葉を作った。その多くが中国に逆輸入されていることは中国ではあまり知られていない。芸能ニュースでよく目にする「人気」や「写真」「超…」といった言葉は日本からの外来語だ。

中国人が知らずに使っている言葉の多くが日本語である確率は高く、最近目にする「新人類」や「職場」「達人」なども日本語からの逆輸入。

また、日常的に使用される「健康」や「衛生」「文化」「時間」「労働」「生産」などの言葉もすべて日本語から来ている。

これら日本語の中国での浸透度はあまりにも深く、範囲も広い。今や日本からの外来語抜きで中国語は成り立たず、会話も出来ないほどだ。

一部の中国人はこうした状況を「日本語による文化侵略」や「中国語の災難」と批判しているが、それは彼らがあまりにも狭い立場からでしか物事を見ていない証拠であると同紙は指摘する。

現代中国語のなかにあふれる日本語は日中両国の文化交流と文化融合の結果であり、中国の現代化を推し進める原動力になっていると記事はまとめている。

http://www.asyura2.com/0401/dispute16/msg/643.html#c5

[] 日本人は文章を読むだけで外人より2倍頭を使っている - アメリカでは外国語映画がなぜヒットないのか(株式日記と経済展望) まさちゃん
6. 中川隆[-12694] koaQ7Jey 2018年6月02日 07:42:49 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14665]

中国人にこういう芸当ができるかな?:

当時、森有礼という人物がいた。日本の初代文部大臣である。文部大臣になったのは、38歳のときである。かれは明治3年(1870年)から3年間、少弁務使として駐米したとき、おそらく欧化しがたい日本に絶望したのであろう。日本はだめだという理由を日本語にもとめた。

この時期、医学や理化学用語の一部以外は日本語訳(漢訳)されておらず、西洋の諸概念さえとらえる能力を日本語はもっていなかったから、森の絶望もむりからぬことであった。森は、ついに、日本は日本語を捨て、英語を国語とすべきだと思いつめるまでになった」と述べている。

このような考えを持つ者は少なくなく、ほかにも前島密や、神田孝平、ローマ字論者の外山正一などがいた。

だがしかし、日本は何とか英語が国語にならずにすんだ。

明治の指導者たちが、西洋の衝撃にまともに対面したとき、多少の曲折はあったにしても、最終的には、日本語による高等教育に落ち着いた。今日の日本人が学術の全領域で日本語でいちおうは思索し、研究し、教育することができるのは当時の日本人が、新しいことばをつくりだすという苦労の多い作業を重ねながら開拓し構築したお陰である。
http://www.peoplechina.com.cn/zhuanti/2010-01/12/content_239219.htm


明治初期の大翻訳時代

 19世紀半ば以降の日本の近代化は、ある意味で当時の常識を覆す動きであり、世界史に残る偉業だとすらいえるだろう。そのなかで翻訳が少なからぬ役割を担ったのはたぶん確かなので、翻訳について考えるのなら、明治初期の翻訳に注目するのが当然だ。

 明治の翻訳というと、たとえば二葉亭四迷が先駆者として有名だ。有名な「あひヾき」が発表されたのは明治21年(1888年)だ。二葉亭は1864年に江戸で生まれたというから、教育を受けたのは明治に入ってからだ。この事実をみると、明治も半ばのこのころになれば、外国語の教育も進んで、ようやく翻訳もできるようになったのだろうと思える。

 だが、このように考えるのは、小説の翻訳を中心に考えるからなのかも知れない。翻訳の歴史を扱った本はいくつかあるが、たいていは小説や詩の翻訳をテーマにしている。たぶん、翻訳研究者に文学系の人が多いからなのだろう。日本の近代化に翻訳が役立ったとするなら、主戦場は自然科学や社会科学、思想などのはずである。

 文明開化の時期の翻訳を考えるとき、便利な資料に加藤周一・丸山真男校注『日本近代思想体系15 翻訳の思想』(岩波書店)がある。この本に紹介されている明治初期の翻訳は、詩や戯曲もあるが、思想、法律、歴史などの分野のものも多い。丁寧な解説もあるし、翻訳だけでなく原文もあわせて紹介しているので、当時の翻訳を知るには恰好の資料だ。

『翻訳の思想』は絶版になっているが、幸い、丸山真男・加藤周一著『翻訳と日本近代』(岩波新書)がある。『翻訳の思想』の編集過程での問答を記録したもので、いわば座談会のようなものなので、はるかに読みやすい。新書なので安いし、入手しやすい。

『翻訳と日本近代』を読んでいて、少々驚く話がでていた。『経国美談』で有名な矢野文雄(竜渓)の『訳書読法』(明治15年)を紹介した部分だ。明治15 年にはすでに「其ノ数幾万巻」の翻訳書が出版されていて、何をどう読めばいいのかが一般の読者には分かりにくくなっていた。そこで矢野は「内務省図書局ニ納本セル総訳書ノ目録」を調べ、「数千部ノ多キヲ一々精査シ」、読むべき翻訳書をこの本で紹介したというのだ。

 これを読んだとき、「幾万巻」とか「数千部」とかは白髪三千丈の類に違いないと思った。明治15年にそれほどの数の翻訳書がでているなどとは考えられないと思ったのだ。ほんとうはどれぐらいの翻訳書が出版されていたのか、調べてみようとも考えたが、そのころは調べる方法は見つからなかった。

 最近、国立情報学研究所が公開している大学図書館所蔵図書データベース、Webcat Plusで、ある程度までは調べられることに気づいた。これは全国の大学の図書館にある蔵書のデータベースだから、出版された図書の全数のデータベースではない。それでも、出版年別に一覧表を表示させることもできるので、翻訳書の点数を調べることがある程度まで可能だ。

 そこで1868年から1882年まで15年間に出版された和書の一覧表を作り、そのなかから翻訳書を選んでみた。結果は以下の通りだ。


総点数 翻訳書点数 翻訳書純点数
1868年 290     25    19
1869年 279     37    32
1870年 275     35    22
1871年 356     76    53
1872年 410     108    84
1873年 668     132    106
1874年 757     155    116
1875年 781     168    130
1876年 780     172    124
1877年 793     155    114
1878年 789     182    128
1879年 818     188    159
1880年 805     117    88
1881年 934     138    89
1882年 978     181    146
合計   9713     1869    1410
注:Webcat Plus(http://webcatplus.nii.ac.jp/)のデータより作成


 この15年に、データベースに収録されている和書・文書の総点数は9713点(かなりの数の文書が含まれているので、出版点数ではない)、そのうち翻訳書が1869点もある(翻訳書かどうかを書誌情報から確認できないものは除外した)。このうち、あきらかな重複を取り除くと、翻訳純点数は1410点である。簡単には確認できない重複もあるので、この1869点のうちの純点数はもう少し少ないだろう。だが、翻訳と銘打たない翻訳書も多かったし、これは当時の翻訳書の全数リストではないので、明治15年までの15年間だけで1500点以上の翻訳書が出版されているはずだ。『訳書読法』がいう「数千部」はそれほどの誇張ではないようだ。

『訳書読法』が書かれた経緯とその内容からも、当時の翻訳熱のすさまじさが分かる。『翻訳と日本近代』53ページ以下、『翻訳の思想』269ページ以下の内容をまとめると、こうなる。大分県の南端にある現在の佐伯市に「訳書周覧ノ社」、つまり翻訳書の読書会が作られ、佐伯藩出身の矢野竜渓に「有益ノ訳書ヲ送致センコトヲ請フ」。矢野は「有益ノ訳書」を送ると同時に、「之ヲ読ムノ順序方法ヲ誤テ之ヲ解スルニ苦シマンコトヲ恐レ、更ニ一篇ノ訳書読法論ヲ草セラル、則チ是書ナリ」という。

『翻訳の思想』の273ページ以下に「読ムベキ書目」が見事に分類されて並んでいる。地理、歴史、道徳、宗教、政治、法律、経済、礼儀、医学、心理、論理、物理、化学、生物、天文などの訳書を紹介し、その後に雑書として、進化論、文明史、社会、伝記、乱世史、紀行、小説をあげている。

 たとえば、歴史ではヒュームの『英史』、宗教では『旧約全書』と『新約全書』、政治ではトクビルの『自由原論』(『アメリカの民主主義』)、ベンサムの『立法論綱』、経済ではミルの『経済論』、生物学ではダーウィンの『人祖論』、社会学ではスペンサーの『社会学』、ミルの『利学』(『功利説』)と『自由之理』、伝記ではスマイルズの『西洋立志論』があげられている。

 小説は9点紹介されている。『経国美談』ももちろん入っており、それ以外に『イソップ物語』、ベルヌの『八十日間世界一周』と『月世界旅行』、デフォーの『ロビンソン漂流記』などがあげられている。

 明治15年までの15年間に翻訳出版された1500点近くのリストをみていくと、小説は意外なほど少なく、矢野があげた9点以外ではバニヤンの『天路歴程』が目立つぐらいだ。

 翻訳点数がとくに多いのは、医学、工業技術、農業技術、法律などの分野である。当時、必要に迫られていた分野で大量の翻訳が行われていたのだろう。また、初等中等教育の教科書や、各種の分野の入門書が多数翻訳されていることにも気づく。外国から学んで国民を教育するという目的がはっきりしていたことが、翻訳書のタイトルを眺めただけで読み取れる。

 繰り返すが、ここで対象にしているのは明治15年までの翻訳である。当時はまともな辞書もなかった(当時の翻訳書には『ウェブストル氏英語字書』などもあるが)。それよりも何よりも、欧米の考え方を理解するのがきわめて困難だった。そして、たとえ理解できてもそれを表現する語彙が日本語になかった。その時代に、よくここまで翻訳ができたものだと思う。

 明治初期の翻訳を読むと、当時の苦闘の様子がよく分かる。この時代には、ヨーロッパの言葉で書かれた欧米の本を、漢文という枠組みを使って何とか表現するために格闘したのだろう。翻訳のスタイルは直訳ではなく、意訳だといえる。

 たとえば、中村正直訳『自由之理』の冒頭部分をみてみよう。これは経済学者、哲学者として有名なジョン・スチュアート・ミルのOn Libertyの翻訳である。原著の出版は1859年、翻訳書の出版は1872年だから、ほぼ同時代に訳されている。


自由之理、序論
 リベルテイ〔自由之理〕トイヘル語ハ、種々ニ用ユ。リベルテイ ヲフ ゼ ウーイル〔主意ノ自由〕(心志議論ノ自由トハ別ナリ)トイヘルモノハ、フーイロソフーイカル 子セスシテイ〔不得已〔ヤムヲエザル〕之理〕(理學家ニテ名ヅケタルモノナリ、コレ等ノ譯後人ノ改正ヲ待ツ。)トイヘル道理ト反對スルモノニシテ、此書ニ論ズルモノニ非ズ。此書ハ、シヴーイル リベルテイ〔人民の自由〕即チソーシアル リベルテイ〔人倫交際上ノ自由〕ノ理ヲ論ズ。即チ仲間連中(即チ政府)ニテ各箇〔メイ/\〕ノ人ノ上ニ施シ行フベキ權勢ハ、何如〔イカ〕ナルモノトイフ本性ヲ講明シ、并ビニソノ權勢ノ限界ヲ講明スルモノナリ。(『明治文化全集』第5巻、日本評論社、1927年、傍点は太字で示した)

THE subject of this essay is not the so-called 'liberty of the will', so unfortunately opposed to the misnamed doctrine of philosophical necessity; but civil, or social liberty: the nature and limits of the power which can be legitimately exercised by society over the individual.(John Stuart Mill, On Liberty, Penguin Classics, p.59)


 たとえばliberty、society、individual、natureなどの訳に苦労している様子が読み取れるはずだ(この4つの語は柳父章が名著『翻訳語成立事情』〔岩波新書〕で取り上げた10の言葉のなかに入っている)。

 苦労したのは中村正直が英語をよく読めなかったからなのだろうか。あるいはミルの主張をよく理解できなかったからなのだろうか。『自由之理』を読むと、どちらでもないとしか思えない。英語力の点でも、内容の理解力の点でも、中村正直らの当時の翻訳者は間違いなく巨人だ。それと比較すれば、いまの翻訳者はせいぜい子供といえるほどの力しかない。

 当時の翻訳は、中村らの巨人にとってすら、いまでは想像もつかないほど困難な作業だったのだろう。たとえばsocietyやindividualという単語をどう訳していいのかが分からないのは、訳語が決まっていなかったからではない。話はそれほど単純ではない。たしかに訳語は決まっていなかった。だが、訳語が決まらないのは、これらの語で表現されている概念がそれまでの日本になかったからだ。概念がないのは、考え方が違っていたからだ。考え方が違っていたのはかなりの程度まで、現実が違っていたからである。

 そして、翻訳にあたっては、現実の違い、考え方の違い、概念の違いを理解するだけでは不十分だ。理解した結果を読者に伝えなければならない。欧米の現実、考え方、概念を知らない読者に原著の内容を伝えようとするとき、直訳調では何も伝わらない。意訳になるしかない。そして、意訳にあたっては漢文という枠組みを使って表現する以外に方法はなかったはずだ。漢文は中国の古典を取り入れるために作られた文体なので、日本語の文章体のなかで翻訳にとくに適している。

 その後、たとえばlibertyは「自由」、societyは「社会」、individualは「個人」、natureは「自然」という風に訳語が決まってくる。これらの語があらわす概念が理解されるようになったのではない。訳語が決まっただけだ。だがこうなると、たとえばひとつのセンテンスで socialを「人倫交際」と訳し、societyを「仲間連中」と訳すのは許しがたいと思えるようになったはずだ。まして「即チ政府」という注をつけるのは。こうして、明治初期の大翻訳時代の後に、原語と訳語の一対一対応を追求する直訳調の翻訳がはじまったのだろう。この点についてはいずれ、明治初期の翻訳とその後の翻訳を比較検討するなかで考えていきたい。
http://homepage3.nifty.com/hon-yaku/tsushin/ron/bn/maiji.html


新しい日本語はいかにつくられたか

「近世西洋文化をわが国語の中に伝えたるものも亦主として漢語たり」と山田孝雄は『国語の中に於ける漢語の研究』で述べている。つまり、日本は西洋文化を受け入れるためにどうしたかといえば、今のようにカタカナ語を当てるのではなく、漢語に翻訳した。もちろん新しい物だけではなく、見たことも聞いたこともない新しい文化や技術や概念であるから、そのような漢語は中国にも日本にもない。そこで、中国の古典にあることばを転用して当てたり、まったく新たにつくったりした。他にも中国が西洋文化を輸入したときに翻訳書に用いたものや、わが国が西洋文化を輸入するために中国の古典に典拠のあるものをわが国が選定したものがある、と述べている。当時の日本の武士階級には根底に教養としての漢文•漢語が備わっており、新しい文化や概念を読み解くにも「漢才」が縦横に発揮されたのである。

学術用語確定の努力が学問の広汎な領域で、明治の初年から20年代の半ばにかけて、意識的にまたきわめて精力的に行われていた。


横浜鉄道蒸気車通行の図。明治5年新橋―横浜間に鉄道が開通、わずか1時間で行けるようになった(神奈川県立博物館蔵)
新宿路上の禁煙マーク。中国語・ハングル・英語と日本語で表示されている。多少の違いはあれ、漢字はアジア語でもある


穂積陳重博士は、その苦労をつぎのように言っている。法政学者が法政学のことばをつくったときの苦心は一通りではなかった。明治10年(1877年)前後はまだ日本語で西洋の法律の説明がかろうじてできる程度で、明治20年ごろまでは日本語で法律の講義をするのは大変難しかった。したがって明治14年東京大学の講師となった時は、教科は英語の教科書を使い、英語で講義をしたという。

今や高級官僚、政治家やありとあらゆる分野で、日本の頂点を極めている人々を輩出している、東京大学法学部が自国語の日本語で講義さえできなかったほど、当時の日本語は貧弱であった。

大隈重信の『開国50年史』に藤岡勝二が書いた「国語略史」によれば、「江戸に初めて渡来した西洋の文物は維新後も続々輸入され、国語の内容も豊富になった。専門語はその国のことばを用いることが多く、日本語にも各国のことばが入り混じったが、とくに英語は著しく普及し、日常のことばにも数百ものことばがとり入れられ、看板や商標などもその字を使って表記している。数字もアラビヤ数字を知らぬものはまれで、さらに著しいのは日本語化した漢語で西洋語を翻訳したものが日を追って増えた。印刷術も長足の進歩をし、新しいこれらのことばが出版物に現れ、国民が等しくこれを理解するようになった」という。

私がなぜこのような話を長々と引用するかといえば、冒頭で述べたように日本語が歴史の中で三度にわたって大きく変化した姿が、時代の違いはあれ明治に映し出されていると思うからである。目を見張るような進んだ文化が日本に渡ってきたときの、人々の驚きと嘆息が伝わってくる。

鎌倉•室町時代に宋から新たな文化が伝来したときも、きっとこのような光景があったと思われる。いかにも新しい文化的な雰囲気を持つ「玄関」「暖簾」「箪笥」「椅子」や、日本の家屋にはなかった「炬燵」「行火」などの暖房、おいしそうな「豆腐」「納豆」「饅頭」「饂飩」「蒲鉾」、今では欠かすことのできない調味料の「味噌」「醤油」「砂糖」などがやってきたのである。日本文化は模倣文化といわれるが、よくぞ真似してくれたとご先祖に感謝すべきである。こんな素晴らしいものを伝えてくれた「宋」とは一体どんな国であろうか、と羨望と憧憬をもって新文化の伝達者である僧の説法に耳を傾けたに違いない。

日本から中国に移入された漢語


1873年(明治6年)5月1日、オーストリアのウィーンで開かれた博覧会に日本は初めて参加。 (『墺国博覧会参同紀要』より)

「散切り頭を叩いてみれば、文明開化の音がする」といわれた明治時代は、新しい制度と文化と技術の移入に、国を挙げて取り組んだ時代であった。「尊王攘夷」を標榜した倒幕派も、明治になると一転「文明開化」にいそしみ、殖産興業や富国強兵•脱亜入欧などの一連の政策を推進する。「鬼畜米英」と叫んだ戦前から、戦後一転して親米「民主主義」を導入するように、良し悪しは別として日本は、新しいものや変化にきわめて順応しやすい。西洋建築、髪型、洋装、洋食などから、郵便や電信 などにいたるまで西洋化が急ピッチで進められた。さらに植民地経営で莫大な富をアジア諸国から吸い上げていた西洋列強にならって、軍拡に走り、1894年と1904年にそれぞれ清国とロシアに戦争を発動し、莫大な賠償金と利権を得る。

まさにこのころ、西洋化にある程度の成果を得た日本から和製漢字が中国に移入されていく。中国に孫文(1866〜1925年)をはじめとする憂国の士が現われ、一足先に西洋の新しい技術や文化を得た日本から思想や近代科学とともにことばも移入する。それは科学技術、政治経済、制度や思想など多岐にわたっている。

科学や医学では、「科学•化学•現象•液体•蒸発•物質•材料•分析•実験•作用•伝播•電流•電話•反応•反射•医学•動脈•細胞•潰瘍•結核•手術•消毒•進化など」科学や医学の概念とそれを実験•証明する器具や論理を説明することば。

政治経済では「政治•経済•革命•政党•政府•主席•総理•議決•議案•議会•否決•政策•軍事•警察•財政•経理•企業•破産•投機•金額•消費•生産•商業•商品•不動産など」国造りに必要な基本的なシステムやその運営に欠かすことのできない概念。

制度や思想では「社会•身分•自治•主権•権利•法律•法廷•刑法•判決•批判•義務•反動•交渉•独裁•労働•代表•解放•情報•新聞•原則•現実•民主•共和•互恵•交通•軍国•命令•思想•唯物論•共産主義•抽象•概念•運動•積極•客観•観念•意識•目的•手段•要素•要点•判断•説明など」いわゆる社会科学的用語。

「教育•歴史•数学•物理•体育•保健•美術•哲学•文学•文明•文化•建築•学位•試験•環境など」の教育や人文科学に関する用語などである。

このようにみると、ほとんどのことばが現在も、日常的に使われている。それは中国においてもまったく同様に日常生活に欠かせないことばであり、現代の政治や経済においても重要なことばばかりである。

農文協の『図説 中国文化百華』の『漢字の文明 仮名の文化』で著者の石川九楊先生は、「大陸に生じた漢語が裏に西欧語を貼りつけて再び暴力的に里帰りした一面がないわけではない。むろん、そのことをもって東アジアの近代化に貢献したと言えるようなものではないが」といっている。

孫文の辛亥革命から毛沢東をはじめとする中国共産党の中華人民共和国成立にいたるまで、これらのことばが果たした役割は確かに大きい。とはいえ、これらのことばがもたらした代価も決して小さくはない。ただ、同じアジア人としてことばを共有し、文化を享受できたことを喜ぶべきなのかも知れない。
http://www.peoplechina.com.cn/zhuanti/2010-01/12/content_239219_2.htm

http://www.asyura2.com/0401/dispute16/msg/643.html#c6

[] 日本人は文章を読むだけで外人より2倍頭を使っている - アメリカでは外国語映画がなぜヒットないのか(株式日記と経済展望) まさちゃん
7. 中川隆[-12693] koaQ7Jey 2018年6月02日 07:43:33 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14665]
漢字漢文は不完全な言語である。情緒を表現することができない
論理とか道筋とかを正確に伝えることができない。 西尾幹二

◆訓読みの成功と日本文化の自立

『日本書紀』の編纂にあたっては、かなりの渡来帰化人の協力があるといわれている。ちょうどわれわれ現代人が英語をうまく書ける人につい頼ってしまうように、漢字漢文に練達である朝鮮からの渡来帰化人に依存するということがあったと思う。

日本人が外国語べただという性格は二千年前からつづいているという文化論に、あるいはまた文明の反省につながる話というふうにしてしまうと少し情けないし、間違える。そういう話ではない。古代の日本は他のアジアの国にはできなかったきわめて特異なことを行った。韓国が吏読という訓読みに近いやり方をいったん試みたが成功しなかった。

同じようなことは、ベトナムが字南という言語表記法を工夫し、開発するが、もちろんこれも成功しない。十五世紀につくられたハングルは一語一音表記の表音文字であるので日本の仮名に等しい。訓読みという中国漢字の自在の二重構造というものではおよそない。

韓国の場合、漢字漢文を正式書法とする上流階級の意向にあわせてハングルは軽蔑されたり、禁止されたりして二等級扱いされてきた。そして第二次世界大戦後、伝統となっていた漢字漢文の表記法もやめてしまい、ご承知のようにオールハングルに切り替えた。それで数世代を経て、今、非常に困った文化的局面に立ち至っていることは関係者の反省の言葉としてわれわれの耳に達しているとおりである。

古代の日本は何度も言いたいが、アジアの国で出来ないきわめて特異なことをやった、たった一つの国である。それは中国の文学を日本語読みし、日本語そのものはまったく変えない。中国語として読むのではなくて日本語としてこれを読み、それでいながらしかもなお、内容豊かな中国古代の古典の世界や宗教や法律の読解をどこまでもいじする。この決然たる意思であった。

今のフィリピンでは、公用語も新聞も英語である。しかし民衆はタガログ語を話している。アメリカに植民地として支配されたフィリピンの姿である。フランスに支配されていた旧フランス領アフリカでも同じことで、指導者はフランス語を話し、一般民衆は現地の言葉を話している。古代日本人は敏感にこのことのもつ危険を知っていたに違いない。

もし古代日本が中国語に接したときに、支配階級が中国人と同じように中国語を読み書き話す術を競い合い、他方、一般民衆は「倭語」を話しつづけていたらどうなっていたであろう。日本は中国の属州でありつづけ、日本そのものがすでに消滅してしまっていたであろう。

言語は民族の精神の核である。(P102〜P103)

◆漢字漢文における表現カの限界

いうまでもなく私の関心は日本語の起源問題そのものにはない。前項以来、現代のこの方面の最新学説を紹介することで、日本語は孤立言語とは断定できないまでも、歴史的由来をただすことがきわめて困難を言語の一つであり、したがって日本文化そのものがユーラシア大陸から独立した"栄光ある孤立"を守る正当な根拠をもっている一文明圏だということに、読者が納得してさえくだされば、それで十分なのである。

文字は間違いなく中国から来て、それはいちじるしく変形され、日本化された。だからといって日本が中国文明圏だということにはならない。前にも言ったとおり、言語と文字は違う。言語はより根源的である。日本語は周知のとおり、中国語とは縁戚語ですらない。

人類が音声を使っな言語を用い始めたのは、すなわちスピーキングは、確たることはわからないが約三百万年前に始まる旧石器時代である。それに対し文字の出現、すなわちライティングは最古のシュメール文字にしてもせいぜい数千年前である。現代でも文字を持たない言語がいくらも存在する。

また、優れた文字を持つ文明下に生きているとしても、喋ったことを完全に文字で表現できるとは限らない。言語と文字表現との間にはつねに隙間がある。隙間という程度ではすまないほどの埋められない深い淵があるのが宿命だと言ったほうが、あるいは正しいかもしれない。

「書くことが話すことよりも完壁であるととかく考える誤解が、世には存在する。なかには書くことと言語とを同一視するような行き過ぎた間違いを犯す者さえいる」 書物に取り巻かれている文明社会の知識人が陥りがちな自己錯誤である。

中国の全国人民代表大会には約三千人が一堂に会する。しかし参加者は誰も発言しない。一人一秒もない、という時間の問題だけではない。中国は多言語社会である。誰かが突然立って発言しても言葉が通ない。

江沢民が壇上で演説するのを聴いても理解できない参会者が少なくないそうだ。皆がワーツと拍手するだけである。そこで紙が配られる。書かれている漢字漢文を目で読んで納得する。各々が自分の国の音で読んで、理解はするが、隣の人にこれを朗読して聞かせたらもうわからないということだ。

中国のテレビではニュースキャスターが話している間、ものすごい速さで漢字のテロップが流れることがある。中国人同士でも、耳で聴くだけではまったく理解できない場合がある証拠だ。

「官吏」という言葉も中国から来たが日本とは意味が違う。「官」はキャリアの役人、中央から派遣され、しばらく勤務し栄転していく高級官僚である。「吏」は下積みのノンキャリア組で、それぞれの地方に縛られている。これは端的に通訳のことである。地方語のわかる人が「吏」である。そういう区別が多言語社会の実質を物語っている。

台湾人の文明評論家、黄文雄氏から聞いた話だが、事情は台湾でも同様であるそうだ。国慶節で蒋介石が演説するのを何度も聴いたが、分からない人が大部分だった。台湾には高砂族という原住民がいて、今でも九つの部族に分かれ、それぞれ独自の集団生活をしている。彼らは固有の儀式を行い、お互いに言葉が通じない。仕方がないので、今でも必要な時には日本語で意思疎通を図っていると言う話だ。

私は以上、政治的なテーマを語っているのではない。言語哲学的に非常に重要な事を言っているつもりだ。中国はヨーロッパみたいなものだと思えばいいでしょう、と黄氏はおっしゃった。

フィンランド人はイタリア人が話していることがわからない。アイルランド人はポーランド人が話していることがわからない。それでは文字に書いた文章を見せればいいかというと、中国語と違って、ヨーロッパの文字は表音文字だから、それぞれ相手の言語を勉強していなければ理解はできない。

表意文字としての中国語はこの点断然有利だ。漢字漢文だと相互理解がたちどころに可能になる。中ていさいとつくろ国が曲がりなりにも統一国家としての見せかけの体裁を取り繕うことができ、有機的な一つの文明だと思わせることに成功しているのは、ひとえに表意文字の有効利用のせいであるが、他方、この有利さには別ともなの面の不利が伴っている。

すなわち漢字漢文の伝達力には必然的に制約がある。きわめて大雑把な、決まりきった定型しか表現できないという欠点がある。漢字漢文は不完全な言語である。情緒を表現することができない。論理とか道筋とかを正確に伝えることができない。

だいたい品詞の区別がない。名詞、動詞、形容詞、形容動詞の区別がない。日本語の助詞として重要な役割を持っ「てにをは」がない。だから読みようによってどうにでも読めるし、厳密な伝達ができない。

ヨーロッパ語のように性とか数とか格とかがない。そもそも語と語のつながりを表す言葉がない。したがって大略の内容表現しかできないで押し通してきたことが、偉大な古代文明を持つ中国がその後の発展を阻まれてきた原因かもしれない。

魯迅も孫文もこのことを嘆いていた。毛沢東の文字改革はこの嘆きのうえになされたものだが、文字を簡略化しても根本問題の解決にはならない。それに比べ一語一音を廃し、訓読みを導入し、しかも二種の仮名文字を自由自在に混在させる知恵を発揮した日本語のほうが、言語の表記法としてははるかに進歩し、微妙に洗練され、かつ精緻正確な形態に発達していることは言をまたない。

過日、加地伸行氏という儒学の大家にたいへんに興味深いお話を伺った。日本語の助詞も持たず、ヨーロッパ語の格変化や人称変化も持たない漢字漢文で、語と語の連結はどのようにして行われているのですかという私の質問に、氏はふと思いついたように「端」という字をお示しになった。日本人はこの字を見ると端っこというイメージをまっ先に思いつく。そして、それ以上はなかなか意識に思い浮かぷものがない。われわれには漢字が依然として外来語である所以である。

加地氏によると、「端」はものごとを区切るということであり、礼儀正しいということであり、さらに、恭しく人に物を捧げ持ってさし出す様子などをさえ示す言葉だという。私は知らないことを初めて言われた驚きを覚えた。「つまり『端』はじつにきちんとしているということを言い表す言葉なんですよ。たとえば日本語でも、『端正な芸風』、『端整な顔立ち』、『端然と座る』などという使い方をするでしょう」。

そう言われて私は、なるほどと悟った。日本語では中国語の原義のもつ広い概念が、ばらばらの熟語として二字連結で入っている。「端的にいえば」はまさに「ものごとを区切る」という最初の語義に発している。「端厳な態度」、「端座する」は礼儀正しく、きちんとした姿勢を紡佛させる。

私のようなヨーロッパ系の言語を学ぶ者でも、日本語と対応させるうえでの概念のズレをつねづね経験している。constitutionは組織や構成のことであり、体格や体質のことであり、かつ憲法のことだ。She is weak by conatitutionは「彼女は生まれっき身体が弱い」の意で、憲法とはなんの関係もない。英語やドイツ語だと私はある程度の概念の広がりを当然視しているが、漢字となると、自国語として用いているので、かえって一語の持つ広い概念範囲に平生気がついていない。

しかし中国人は「端」という一語を見ただけで、広範囲のイメージをじかに表象している。そしてひとつの概念の円が次の概念の円と次々に重なって、それによって語と語の連結をつづけていく。助詞や格変化がなくても不自由しないのはそのせいである。

教養のある中国人は一つの概念の円が、当然大きくて広い。歴史的に使われていた中国語のありとあらゆる教養のうえで、大きな円を描き、そのつながりで意味了解がなされていくのが中国語の特徴であるから、古典の教養がなければ理解できないことがたくさん出てくると言われるのも、むべなるかなである。

加地氏は自作の漢字漢文を中国人の先生に見せると、たいてい、ここはいらない、これも不要だ、と文字を削られ、短くされてしまうという。一つの概念の円の範囲がたぶん中国人の先生のほうが広いためである。

中国の科挙がなぜ膨大な量の古典文学の学習を強いたかという謎もここにあるのかもしれないと思ったが、現代の大衆社会に適用できる話ではないので、漢字漢文の伝達力の限界という先の間いに解答を与えてくれる話ではない。(P131〜P135)


(私のコメント)
ゴールデンウィークも後半に入りましたが、相変わらずテレビの大リーグ中継を見て過ごしています。レッドソックスの松坂はストライクが入らずフォアボールで満塁にしてしまう。結局7点も取られてマウンドを降りましたが、明らかにフォ−ムを崩していた。どのように修正して立ち直るか分かりませんが、慣れるまで時間がかかるのだろう。

ゴールデンウィーク中はお休みのブログも多くて読む人も少ない。おまけに晴天だから外出している人が多いだろう。中には私のように金が無いので家でごろごろしているしかない人もいるだろう。このような時には本でも読んでいるのが一番いいのですが、月収が10万円しかないフリーターは本を買う金も無い。

私なども学生時代は金が無くて古本を買って読んでいましたが、今は古本も安くなって定価の十分の一ぐらいで買える。しかしフリーターは狭いアパート暮らしで本を置く場所も無い。最近ではマンガ喫茶で寝泊りしている人もいるようですが、こうなるとネットでしか知識を得られないことになる。

私のブログでは本の紹介もしているのですが、今回は西尾幹二氏の「国民の歴史」を紹介します。フリーター生活と「国民の歴史」とどんな関係があるのかと言うと、格差社会を作り出した政治を通じて若者がフリーター生活に追い込まれているのだ。なぜ政治が格差社会を生み出したのかと言うと、政治家達が日本の歴史と伝統を忘れて、アメリカの残していった教育を放置した事に原因がある。

安倍内閣は教育改革を推し進めていますが、憲法改正なども絡んで日本の歴史や伝統をどのように復活させるかが、これからの日本の大きな課題になる。日本の教育も一番直さなければならないのは歴史教育であり、戦後の自虐史観を正さなければ青少年の心に「日本は戦争犯罪を犯した悪い国」という歴史観が植えつけられてきた。

だからアメリカや中国や韓国などから歴史カードを突きつけられただけで日本は謝罪と反省を繰り返してきた。そうされていくうちに理不尽な要求を突きつけられても日本の政治家は受け入れざるを得なくなり、国民はいくら働いても富はアメリカに吸い取られていく仕組みになっていく。

あるいは中国に6兆円ものODAを援助しても中国に感謝される事はなく、国内の景気対策は放置されて、海外にばかり金は流れ出ていくようになってしまった。本来ならば世界一豊かな国のはずが、若者はフリーター生活を強いられて安アパートすら借りられない人が出てきた。

外国ならばこのような若者が出始めたらデモや暴動などが起きて社会問題化するのですが、日本の若者はデモをすることすら出来ないほど元気が無い。戦後教育で徹底的に政治に無関心になるように教育されてきたからだ。だから若者ほど選挙にも行かなくなっている。これは一種の愚民化政策なのだ。

特に戦後の歴史教育は徹底的に空洞化されて、日本の近代史はほとんど教えられていない。だから従軍慰安婦や南京大虐殺などの「歴史カード」を突きつけられると、何も分からないから謝罪と反省を繰り返すしかないのだ。このような反省に立って西尾幹二氏が「新しい歴史教科書を作る会」の会長となり教科書が作られましたが、採用する学校はまだ少ない。

とにかく中国や韓国やアメリカから歴史カードを突きつけられても反論できるだけの人材を育てなければなりませんが、60年に及ぶ戦後の洗脳教育は、ほとんどの日本人に自虐史観を植えつけてしまった。それに対して「国民の歴史」はその洗脳を解く為の解毒剤になるだろう。

連休期間中は「国民の歴史」をピックアップして注目すべき点を論じていってみたいと思います。その第一はなぜ日本だけがアジアで近代化に成功したかという点ですが、言語そのものに原因があるのではないかと思う。特に中国や韓国などについては何度か触れてきましたが、戦後の文字改革で歴史が断絶してしまった事だ。

中国では文字改革で漢字が極端に簡略化されて、表意文字なのに本来の意味が分からなくなってきている。だから中国語は中国の古典を読まなければ十分な意味が伝わらないのに、古典そのものが中国人は読めなくなっている。韓国にしてもハングル文字は表音文字であり戦前の漢文などが読めない。

それだけ中国や韓国は言語や文字に問題があり改革を必要としたのですが、日本だけは西洋の近代文化を取り入れることに成功した。現代においても中国はコピー文化に陥っていて、自立的な発展は難しいようだ。文化とは積み重ねで発展していくものだから、基礎となるような歴史がないと、いきなり近代文明を上に載せても基礎がしっかりしていないから発展は難しいのだ。

フィリピンなどのアジア諸国やアフリカ諸国などは、欧米に留学して欧米語を話す上流階級と、現地語を話す留学できない一般民衆の二つに分かれてしまって、これではいつまで経っても国が近代化できるわけがなく、欧米などに移民として移住するアジア・アフリカ国民が絶えない。中国や韓国もやはりアメリカに移住する事が唯一の道になってしまっている。

中国に関する限り英語を習うよりも日本語を習って近代化したらどうかと思う。現在でも中国から大勢の留学生が来ているが、日本語が読めるようになれば世界の翻訳された本を読むことが出来る。韓国にしても日本語教育を進めれば近代化のために役に立つだろう。

誇大妄想的にいえば、日本人と中国人と韓国人が日本語を公用語にすれば、英語以上の公用語人口となって世界に普及するかもしれない。
http://www.asyura2.com/07/bd48/msg/693.html

http://www.asyura2.com/0401/dispute16/msg/643.html#c7

[] 日本人は文章を読むだけで外人より2倍頭を使っている - アメリカでは外国語映画がなぜヒットないのか(株式日記と経済展望) まさちゃん
8. 中川隆[-12692] koaQ7Jey 2018年6月02日 07:44:21 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14665]
漢字と格闘した古代日本人
_/_/
_/ _/_/_/  外来語を自在に取り込める開かれた国際派言語・
_/ _/_/ 日本語は漢字との国際的格闘を通じて作られた。

■1.日本語と近代中国■

 中国の外来語辞典には、「日本語」とされているものが非常
に多い。そのごく一部を分野別に拾ってみると:

思想哲学: 本質、表象、理論、理念、理想、理性、弁証法、
      倫理学、倫理学、、、
政治軍事: 国家、国民、覇権、表決、領土、編制、保障、
      白旗、、
科学技術: 比重、飽和、半径、標本、波長、力学、博士、 
      流体、博物、列車、変圧器、冷蔵、
医学:   流行病、流行性感冒、百日咳、
経済経営: 不動産、労動(労働)、舶来品、理事、保険、
      標語、例会、

 博士などは、昔から中国にあった言葉だが、近代西洋の
"doctor"の訳語として新しい意味が与えられ、それが中国に輸
入されたのである。

 日本が明治維新後、西洋の科学技術、思想哲学を導入する際
に、各分野の概念、用語を表す数千数万の和製漢語が作られ、
それらを活用して、欧米文献の邦訳や、日本語による解説書、
紹介文献が大量に作成された。中国人はこれらの日本語文献を
通じて、近代西洋を学んだのである。

 軍事や政治の用語は、日露戦争後に陸軍士官学校に留学する
中国人が急増し、彼らから大陸に伝わった。後に国民党政府を
樹立した蒋介石もその一人である。当時はまだ標準的な中国語
は確立されていなかったので、各地の将校達は日本語で連絡し
あって革命運動を展開し、清朝打倒を果たした。

 さらに中共政府が建前としている共産主義にしても、中国人
は日本語に訳されたマルクス主義文献から学んだ。日本語の助
けがなかったら、西洋の近代的な軍事技術や政治思想の導入は
大きく遅れ、近代中国の歴史はまったく異なっていただろう。

■2.外国語を自在に取り込んでしまう日本語の柔軟性■

 日本人が文明開化のかけ声と共に、数千数万の和製漢語を作
りだして西洋文明の消化吸収に邁進したのは、そのたくましい
知的活力の現れであるが、同様の現象が戦後にも起きている。
現在でもグローバル・スタンダード、ニュー・エコノミー、ボ
ーダーレスなどのカタカナ新語、さらにはGNP、NGO、I
SOなどの略語が次々とマスコミに登場している。

 漢語を作るか、カタカナ表記にするか、さらにはアルファベ
ット略語をそのまま使うか、手段は異なるが、その根底にある
のは、外国語を自由自在に取り込む日本語の柔軟さである。

 漢字という表意文字と、ひらがな、カタカナという2種類の
表音文字を持つ日本語の表記法は世界でも最も複雑なものだが、
それらを駆使して外国語を自在に取り込んでしまう能力におい
て、日本語は世界の言語の中でもユニークな存在であると言え
る。この日本語の特徴は、自然に生まれたものではない。我々
の祖先が漢字との格闘を通じて生みだしたものである。

■3.文字のなかった言語■

 漢字が日本に入ってきたのは、紀元後2世紀から3世紀にか
けてというのが通説である。その当時、土器や銅鐸に刻まれて
「人」「家」「鹿」などを表す日本独自の絵文字が生まれかけ
ていたが、厳密には文字体系とは言えない段階であった。

 しかし、言語は本来が話し言葉であり、文字がなければ原始
的な言語だと考えるのは間違いである。今日でも地球上で4千
ほどの言語が話されているが、文字を伴わない言語の方が多い。
文字を伴う言語にしても、そのほとんどは借り物である。

 アルファベットは紀元前2千年頃から東地中海地方で活躍し
たフェニキア人によって作り出されたと言われているが、ギリ
シア語もラテン語もこのアルファベットを借用して書けるよう
になった。現代の英語やロシア語も同様である。逆に言えば、
これらの言語もすべて文字は借り物なのである。

 わが国においても文字はなかったが、神話や物語、歌を言葉
によって表現し、記憶によって伝えるという技術が高度に発達
していた。今日、古事記として残されている神話は、古代日本
人独自の思想と情操を豊かにとどめているが、これも口承によ
って代々受け継がれていたのである。

■4.古代日本にアルファベットが入っていたら■

 アルファベットは表音文字であるから、どんな言語を書くに
も、それほどの苦労はいらない。現代ではベトナム語も、マレ
ー語もアルファベットを使って表記されている。

 古代日本人にとっても、最初に入ってきた文字がアルファベ
ットだったら、どんなに楽だったであろう。たとえばローマ字
で「あいうえお」を書いてみれば、

a i u e o
ka ki ku ke ko
sa si su se so

 などと、「a i u e o」の5つの母音と、「k s 、、」など
の子音が単純明快な規則性をもって、日本語のすべての音を表
現できる。漢字が入ってきた頃の古代の発音は現代とはやや異
なるが、この規則性は変わらない。日本語は発音が世界でも最
も単純な言語の一つであり、アルファベットとはまことに相性
が良いのである。

■5.日本語は縁もゆかりもない漢語と漢字■

 ところが幸か不幸か、日本列島に最初に入ってきた文字は、
アルファベットではなく、漢字であった。「漢字」は黄河下流
地方に住んでいた「漢族」の話す「漢語」を表記するために発
明された文字である。そしてあいにく漢語は日本語とは縁もゆ
かりもない全く異質な言語である。

 語順で見れば、日本語は「あいつを殺す」と「目的語+動
詞」の順であるが、漢語では「殺他」と、英語と同様の「動詞
+目的語」の順となる。

 また日本語は「行く、行った」と動詞が変化し、この点は英
語も「go, went gone」と同様であるが、漢語の「去」はまっ
たく変化しない。発音にしても、日本語の単純さは、漢語や英
語の複雑さとは比較にならない。似た順に並べるとすれば、英
語をはさんで漢語と日本語はその対極に位置する。

 さらにその表記法たる「漢字」がまた一風変わったものだ。
一つの語に、一つの文字を与えられている。英語のbigという
語「ダー」を「大」の一字で表す。bigという「語」と、ダー
という「音」と、大という「文字」が完全に一致する、一語一
音一字方式である。さらに、英語では、big, bigger, bigness、
日本語では「おおきい」「おおきさ」「おおいに」などと語が
変化するのに、漢語はすべて「ダー」と不変で、「大」の一字
ときちんと対応している。漢字は漢語の特徴をまことに見事に
利用した最適な表記法なのである。

 たまたま最初に接した文字が、日本語とはまったく異質な漢
語に密着した漢字であった所から、古代日本人の苦闘が始まる。

■6.漢字との苦闘■

 漢字に接した古代日本人の苦労を偲ぶには、イギリス人が最
初に接した文字がアルファベットではなく、漢字であったと想
定すると面白いかもしれない。英語の語順の方が、漢語に近い
ので、まだ日本人の苦労よりは楽であるが。

 イギリス人が今まで口承で伝えられていた英語の詩を漢字で
書きとどめたいと思った時、たとえば、"Mountain"という語を
どう書き表すのか? 意味から「山」という文字を使えば、そ
れには「サン」という漢語の音が付随している。「マウンテ
ン」という英語の荘重な響きにこそ、イギリス人の心が宿って
いるのに、「山」と書いたがために「サン」と読まれてしまっ
ては詩が台無しである。

逆に「マウンテン」という「音」を大切にしようとすれば、
「魔運天」などと漢字の音だけ使って表記できようが、それぞ
れの漢字が独自の意味を主張して、これまた読む人にとっては
興ざめである。

 英詩には英語の意味と音が一体になった所に民族の心が宿る。
それが英語の言霊である。古代日本人にも同じ事だ。漢字は一
語一音一字という性質から、それ自体に漢人の言霊が宿ってお
り、まことに他の言語にとっては厄介な文字であった。

■7.言語と民族の心■

 こういう場合に、もっとも簡単な、よくあるやり方は、自分
の言語を捨てて、漢語にそのまま乗り換えてしまうことだ。歴
史上、そういう例は少なくない。

 たとえば、古代ローマ帝国の支配下にあったフランスでは、
4世紀末からのゲルマン民族の大移動にさらされ、西ゲルマン
系フランク人が定住する所となった。フランク人は現代のドイ
ツ語と同じ語族に属するフランク語を話していたが、文化的に
優勢なローマ帝国の残した俗ラテン語に乗り換えてしまった。
これがフランス語の始まりである。

 英語も1066年フランスの対岸からやってきたノルマン王
朝に約300年間支配され、その間、フランス語の一方言であ
るノルマン・フランス語が支配階級で使われた。英語はその間、
民衆の使う土俗的な言語のままだった。今日の英語の語彙の
55%はフランス語から取り入れられたものである。そのノル
マン人ももとはと言えば、900年頃にデンマークからフランス
北西岸に植民したバイキングの一派であり、彼らは北ゲルマン
語からフランス語に乗り換えたのである。

 こうして見ると、民族と言語とのつながりは決して固定的な
ものではなく、ある民族が別の言語に乗り換えることによって、
その民族精神を失ってしまう、という事がよくあることが分か
る。前節の例でイギリス人が漢語に変わってしまったら、「や
ま」を見ても、"mountain"という語と音に込められた先祖伝来
の言霊を全く失い、「山」「サン」という漢人の心になってし
まっていたであろう。

■8.カタカナ、ひらがなと訓読みの発明■

 漢字という初めて見る文字体系を前に、古代日本人が直面し
ていた危機は、文字に書けない日本語とともに自分たちの「言
霊」を失うかも知れない、という恐れだった。しかし、古代日
本人は安易に漢語に乗り換えるような事をせずに漢字に頑強に
抵抗し、なんとか日本語の言霊を生かしたまま、漢字で書き表
そうと苦闘を続けた。

 そのための最初の工夫が、漢字の音のみをとって、意味を無
視してしまうという知恵だった。英語の例で言えば、mountain
を「末宇无天无」と表記する。「末」の意味は無視してしま
い、「マ」という日本語の一音を表すためにのみ使う。万葉集
の歌は、このような万葉がなによって音を中心に表記された。

 さらにどうせ表音文字として使うなら、綴りは少ない方が効
率的だし、漢字の形を崩してしまえばその意味は抹殺できる。
そこで「末」の漢字の上の方をとって「マ」というカタカナが
作られ、また「末」全体を略して、「ま」というひらがなが作
られた。漢人の「末」にこめた言霊は、こうして抹殺されたの
である。

 日本人が最初に接した文字は不幸にもアルファベットのよう
な表音文字ではなく、漢字という表語文字だったが、それを表
音文字に改造することによって、古代日本人はその困難を乗り
越えていったのである。

 しかし、同時に漢字の表語文字としての表現の簡潔さ、視覚
性という利点も捨てきれない。mountainをいちいち、「末宇无
天无」と書いていては、いかにも非効率であり、読みにくい。
そこで、今度は漢字で「山」と書いて、その音を無視して、mo
utainと読んでしまう「訓読み」という離れ業を発明した。こ
うして「やま の うえ」という表現が、「山の上」と簡潔で、
読みやすく表現でき、さらに「やま」「うえ」という日本語の
言霊も継承できるようになったのである。

■9.日本語の独自性と多様性■

 こうして漢字との格闘の末に成立した日本語の表記法は、表
音文字と表語文字を巧みに使い分ける、世界でももっとも複雑
な、しかし効率的で、かつ外に開かれたシステムとして発展し
た。

 それは第一に、「やま」とか、「はな」、「こころ」などの
神話時代からの大和言葉をその音とともに脈々と伝えている。
日本人の民族文化、精神の独自性はこの大和言葉によって護ら
れる。第二に「出家」などの仏教用語だろうが、「天命」とい
うような漢語だろうが、さらには、「グローバリゼーション」
や「NGO」のような西洋語も、自由自在に取り入れられる。
多様な外国文化は「大和言葉」の独自性のもとに、どしどし導
入され生かされる。

 外国語は漢字やカタカナで表現されるので、ひらがなで表記
された大和言葉から浮き出て見える。したがって、外国語をい
くら導入しても、日本語そのものの独自性が失われる心配はな
い。その心配がなければこそ、積極果敢に多様な外国の優れた
文明を吸収できる。これこそが古代では漢文明を積極的に導入
し、明治以降は西洋文明にキャッチアップできた日本人の知的
活力の源泉である。

 多様な民族がそれぞれの独自性を維持しつつ、相互に学びあ
っていく姿が国際社会の理想だとすれば、日本語のこの独自性
と多様性を両立させる特性は、まさにその理想に適した開かれ
た「国際派言語」と言える。この優れた日本語の特性は、我が
祖先たちが漢字との「国際的格闘」を通じて築き上げてきた知
的財産なのである。
(文責:伊勢雅臣)
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h13/jog221.html

http://www.asyura2.com/0401/dispute16/msg/643.html#c8

[] 日本人は文章を読むだけで外人より2倍頭を使っている - アメリカでは外国語映画がなぜヒットないのか(株式日記と経済展望) まさちゃん
9. 中川隆[-12691] koaQ7Jey 2018年6月02日 07:46:15 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14665]
日本から中国へ伝来した和製漢語

1.日本から中国へ“和製漢語”が伝来した背景


 日中両国は、その長い歴史の中で、早くから文化関係を持ち、その交流が連続して繰り返し行われてきたことは日中両国の多くの国民が知るところであろう。だが、その交流が「中国から日本へ」の一方的なものと捉えられがちなのが実情である。

中国人だけでなく、日本人すら「日本から中国へ」伝えられた文化についてはほとんど知らない。

南ドンは「交流に一方通行はありえない」と一貫して考えてきた。例えその交流が征服者と奴隷の関係であったとしても、征服者側だって奴隷から受ける影響はゼロとは言えないはずだ。


 日中両国の"文字"交流史は、後漢の光武中元2年(57年)、漢の皇帝が日本へ「漢委奴国王」と彫られた金印を贈ったことから始まったと広く認識されており、「史記」によれば、秦始皇帝28年(219年)には徐福が日本へ渡った。また、三国時代には日本の邪馬台国が4回に渡って使節を魏に送り、魏もこれに応え、二回にわたり使者を送っている。

 晋の武帝太康5年(285年)、百済の王仁が「論語」と「千字文」を日本に朝鮮半島経由で伝え、日本も推古天皇が630年から200年あまりにわたり、遣隋使を派遣、仏教文化や中国律令制などを積極的に吸収、その結果、大量の漢字が日本へ輸入された。

このような過程の中で、日本は3世紀より漢字の使用を始め、7世紀には漢字の音と訓を利用して日本の発音を表現する方法を創出するに至った。この所謂「万葉仮名」が後の9世紀に登場する「カタカナ」と「ひらがな」の元となり、日本で皇族文化だけでなく、庶民の文化までもが発展する大きな原動力となった。


 894年の遣唐使廃止によって、日本の中国からの"漢語"摂取は一時休止したものの、鎌倉時代に入ると中国から朱子学が入り、江戸時代には朱子学は官学にまでなった。つまり、日本的価値観=武士道を誇る武士の時代になっても、日本の中国からの"漢語"摂取は已然として続けられていたと言ってもいい。


 この「中国から日本へ」の流れが大きく変わったのは19世紀後半である。

1868年に明治の新体制に突入した日本は1881年には詔勅により1890年に議会を開催することを世に知らせたが、中国は1907年にようやく清朝が立憲の詔勅を出し、26年の遅れをとった。また、日本は1889年に大日本帝国憲法を発布したが、中華民国臨時約法は1912年の発布であり、23年遅れている。そして、清朝末期から中華民国初期にかけてのこうした流れを促進させたのは言うまでもなく清朝の日清戦争での大敗北(1905年)である。


 日清戦争以後の中国は「北はロシア、西は英国、南はフランス、東は日本、四方を列強に囲まれ危機迫る」(*1)という状況で「救国のためには維新が必要であり外国に学ばねばならず、西洋に学んで成功を遂げた日本を中国も見習いたかった」(*2)。

そして当時の中国維新派は欧米の書籍だけではなく、日本のものを大量に翻訳したのである。  

特に、康有為は「維新から今に至るまでの30年で欧米の政治、文学、武備など新しい知識の良書が翻訳されている。(中略)

日本の書籍を翻訳したほうがいいのは、文字の8割がわれわれの漢字であり、翻訳が時間をかけずに簡単にできるからだ」(*3)と主張し、

梁啓超は「西洋の政治、経済、哲学などに関する書籍を読もうとするなら、速くとも5、6年を費やさなければならず、踏み込んでやろうとすれば更に10数年かかる」(*4)、

「日本語なら学ぶのに数カ月で初歩まで達することが可能であり、日本の学問はすぐにでも我々のものとなる」(*5)と日本語書籍の翻訳の重要性を説いている。


 1896年、日清戦争が終わって間もなく清朝は駐日大使の新任にあわせて13人の留学生を日本に派遣した。これがおそらく近代中国初の日本への公費留学生であろう。

また1898年には、張之洞が『勧学篇』の中で「留学先としてはその便宜性において西洋は東洋(日本)には及ばない。近いために旅費を節約でき、多くの留学生の派遣が可能であり、また視察にも便利である。そして日本語は中国語に似ており、容易に理解できる。

西洋の本は膨大過ぎて要領を得難いが、日本人はそれらを既に取捨選択してくれている。

日本の風俗も中国に似かよっており、模倣も容易で、これに勝るものはない。

それで尚、更に詳しい知識を得たいと考えるなら、その時に改めて西洋へ渡ればよいのである」(*6)と説き、清朝も1903年にこの意見を取り入れて『遊学卒業生奨励規定』を制定、結果、日本への留学が大ブームとなったのである。


当時の日本への留学者数について正確な数を知るのは困難だが、馬祖毅氏は「20世紀初め、日本への留学生は最も多かった」とし「1905年は8000人」、「1906年は13000人」と推定している(*7)。


 こうした背景もあって、清朝末期から中華民国初期にかけての中国国内の日本語書籍の翻訳本は西洋の書籍数を大きく上回った。

楊寿椿は『訳書経眼録』の目録に基づき、光緒年代末期(1902年〜1904年)に翻訳された533の書籍のうち60%以上の321が日本語書籍であったとしている。(*7)

そして、これらの翻訳書から日本で生まれた"和製漢語"が中国で広く使用されるに至ったのである。


________

2.現代中国語における“和製漢語”の重要性


 中国には1982年に出版された『漢字外来語詞典』という辞書がある。

この辞書は「劉正炎、高名凱、麦永乾などの学者が1960年から22年の歳月をかけて編纂した」(*8)もので約一万の外来語を収録しているが、日本語はその内、896で全体の10%を占めている。

この比率は、中国の漢語外来語吸収の歴史の長さや、英・仏・独・露などの外国語のみならず、朝鮮語・カザフ語・ウイグル語・モンゴル語といった少数民族の言語も含んでいることを考慮すれば、決して小さな数字ではないと言えよう。

ここで、『漢字外来語詞典』に紹介されている"和製漢語"896をその「成り立ち」から分析すると、次の六種に大きく分類し、南ドンが中国で中国人が使用したのを一度でも聞いたことがある"和製漢語"を中心に具体例を幾つかご紹介する。


)、漢字を利用して欧米の語彙の音訳が中国へ伝わったもの

瓦斯、基督、基督教、倶楽部、珈琲など


2)、漢字を利用して欧米の語彙の意訳が中国へ伝わったもの

亜鉛、暗示、意訳、演出、大熊座、温度、概算、概念、概略、会談、会話、回収、改訂、解放、科学、化学、化膿、拡散、歌劇、仮定、活躍、関係、幹線、幹部、観点、間接、寒帯、議員、議院、議会、企業、喜劇、基準、基地、擬人法、帰納、義務、客観、教育学、教科書、教養、協会、協定、共産主義、共鳴、強制、業務、金婚式、金牌、金融、銀行、銀婚式、銀幕、緊張、空間、組合、軍国主義、警察、景気、契機、経験、経済学、経済恐慌、軽工業、形而上学、芸術、系統、劇場、化粧品、下水道、決算、権威、原子、原則、原理、現役、現金、現実、元素、建築、公民、講演、講座、講師、効果、広告、工業、高潮、高利貸、光線、光年、酵素、肯定、小熊座、国際、国税、国教、固体、固定、最恵国、債権、債務、採光、雑誌、紫外線、時間、時候、刺激、施工、施行、市場、市長、自治領、指数、指導、事務員、実感、実業、失恋、質量、資本家、資料、社会学、社会主義、宗教、集団、重工業、終点、主観、手工業、出発点、出版、出版物、将軍、消費、乗客、商業、証券、情報、常識、上水道、承認、所得税、所有権、進化、進化論、進度、人権、神経衰弱、信号、信託、新聞記者、心理学、図案、水素、成分、制限、清算、政策、政党、性能、積極、絶対、接吻、繊維、選挙、宣伝、総合、総理、総領事、速度、体育、体操、退役、退化、大気、代議士、代表、対象、単位、単元、探検、蛋白質、窒素、抽象、直径、直接、通貨収縮、通貨膨張、定義、哲学、電子、電車、電池、電波、電報、電流、電話、伝染病、展覧会、動員、動産、投資、独裁、図書館、特権、内閣、内容、任命、熱帯、年度、能率、背景、覇権、派遣、反響、反射、反応、悲劇、美術、否定、否認、必要、批評、評価、標語、不動産、舞台、物質、物理学、平面、方案、方式、方程式、放射、法人、母校、本質、漫画、蜜月、密度、無産階級、目的、目標、唯心論、唯物論、輸出、要素、理想、理念、立憲、流行病、了解、領海、領空、領土、倫理学、類型、冷戦、労働組合、労働者、論壇、論理学など


3)、日本が独自につくった漢字が中国へ伝わったもの

腺、糎など


4)、漢字を使用してつくった日本語が中国へ伝わったもの

味之素、入口、奥巴桑(オバサン)、海抜、学会、歌舞伎、仮名、簡単、記号、巨星、金額、権限、原作、堅持、公認、公立、小型、克服、故障、財閥、作者、茶道、参観、支配、支部、実権、実績、失効、私立、重点、就任、主動、成員、銭、組成、大局、榻榻米(タタミ)、立場、単純、出口、手続、取消、内服、日程、場合、場所、備品、平仮名、広場、服務、不景気、方針、明確、流感、和服など


5)、古代漢文の中にあった語彙を使った欧米の語彙の意訳が中国へ伝わったもの

胃潰瘍(周礼)、医学(旧唐書)、意義、階級、綱領、労働(三国志)、意識、専売(北斎書)、遺伝、右翼、教授、共和、経費、交通、左翼、主義、侵略、生産、天主、博士、輸入(史記)、印象(大集経)、衛生(荘子)、演習、投機(新唐書)、演説(尚書)、鉛筆(東観漢記)、会計、具体、交際(孟子)、革命(易経)、科目、経済(宋史)、学士(礼儀)、学府(晋書)、課程(詩経)、環境(元史)、機関(易林)、記録、抗議、自由、柔道、神経、節約、分析、分配、理性(後漢書)、気質、身分(宋書)、気分(孔子家語)、規則(李群玉)、規範(孔安国)、偶然(列子)、計画、同情、理事(漢書)、現象(宝行経)、憲法(国語)、交換(魏志)、時事、信用、封建、保障(左伝)、思想(曹植)、事変(詩序)、資本(釈名)、社会(東京夢華)、主食(通鑑)、消極(周書)、条件(北史)、世紀(晋皇甫謐)、精神(庄子)、想像(楚辞)、相対(儀礼)、組織(遼史)、素質、白金(璽雅)、知識(孔融)、登記(斎民宝要)、道具(釈氏要覧)、能力(柳宗元)、発明(宋玉)、反対(文心彫竜)、美化(南史)、悲観(法華経)、標本(劉伯温)、服用(礼起)、物理(晋書)、文化(束哲)、文学(論語)、文明(易・乾)、分子(殻梁伝)、法則(周礼)、法律(管子)、保険(隋書)、民主(書・多方)、民法(書・湯誥)、予算(耶律楚材)、理論(鄭谷)など


6)、古代漢文の中にあった語彙を使い、日本が自ら創り出した概念が中国へ伝わったもの。

浪人(柳宗元)など

 "和製漢語"の掲載は全体の半分くらいにとどめたが、それでも今これらの言葉がもしなければ中国語での日常会話すらほとんど成り立たなくなることが分かる。

それほど"和製漢語"は現代中国人の日常生活に溶け込んでいると言えよう。


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3.「中華人民共和国」、「中国共産党」は“和製漢語

 多くの読者の方は前章における"和製漢語"の分類で「漢字を利用して欧米の語彙の意訳が中国へ伝わったもの」について、多くの社会思想用語が含まれていることにも気が付かれたことだろう。


 日本では1881年に早くもキリスト教の『六合雑誌』上にて小崎弘道が社会主義を紹介し、1897年には社会主義研究会が片山潜、幸徳秋水らによって設立された。そして1900年には社会主義協会が成立し、一年後には日本初の社会主義政党「社会民主党」が成立した。

1904年、マルクスの『共産党宣言』が幸徳秋水、堺利彦によって翻訳され、これが当時の革新的中国人留学生に啓蒙的影響を与えた。

呉玉章は「1903年、私は東京で幸徳秋水の『社会主義神髄』を読み、人間の平等、貧富の消滅などの大きな理想に感動を覚えた」(*9)と述懐している。


 こうした歴史から見れば、「中華人民共和国」、「中国共産党」という中国語も"和製漢語"がなければ成り立たないという状況も別段おどろくべきことではない。


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4.“和製漢語”を忘れた日本人


 中国人が現在に至るまで多くの"和製漢語"を使用し続けてくれている反面、皮肉にも日本ではカタカナによる外来語化が進んでしまっている。

先に紹介した「漢字を利用して欧米の語彙の音訳」などはその最たるもので瓦斯はガス、基督はキリスト、倶楽部はクラブ、珈琲はコーヒーと表記するのが今は普通になっている。

これら簡単なものならともかく、デフレーションは「通貨収縮」、インフレーションは「通貨膨張」のほうが分かりやすくないだろうか。


 日本では昨今、分かり難い外来語を漢字表記に戻そうと国立国語研究所が躍起になっていると聞く。中国ブームと言っても過言ではない今、日本人は対中投資だけに夢中になるのではなく、漢語の"再輸入"を検討すべき態度が必要なのかもしれない。

 同時に中国人読者の方には以上の歴史を通して、経済のみならず、身近な言語文化においても日中双方が“影響し合って”きたのだということを認識していただきたい。「交流に一方通行はありえない」…日中両国民は古(いにしえ)から今日に至るまで“相互”交流を続けてきた。そして将来も互いに影響を与え合い、共に成長していくべきなのである。


参考文献
*1 『康有為詩文選・強学会序』 陳永正 広東人民出版社 1983年
*2 『毛沢東選集(四)』より「人民民主独裁を論ず」 毛沢東 人民出版社 1991年
*3 『変法以致昇平―康有為文選』より「請広訳日本書派遊学折」 謝遐齢 上海遠東出版社 1997年
*4 『飲冰室合集(四)』より「東籍月旦」 梁啓超 中華書局 1936年
*5 『飲冰室合集(四)』より「日本語を学ぶ益を論ず」 梁啓超 中華書局 1936年
*6 『勧学篇』 張之洞 中州古籍出版社 1998年
*7 『中国翻訳簡史(上)』 馬祖毅 中国対外翻訳出版公司 1999年
*8 『漢字外来語詞典』 劉正炎、高名凱、麦永乾 上海辞書出版社 1984年
*9 『呉玉章回憶録』 呉玉章 中国青年出版社 1978年
http://freett.com/nandon/lunwen1.htm

http://www.asyura2.com/0401/dispute16/msg/643.html#c9

[] 日本人は文章を読むだけで外人より2倍頭を使っている - アメリカでは外国語映画がなぜヒットないのか(株式日記と経済展望) まさちゃん
10. 中川隆[-12690] koaQ7Jey 2018年6月02日 07:51:34 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-14665]
中国人は何故 3000年前の原始的な言葉を何一つ改善しないで、現在もそのまま使っているのか?


アホ・ボケ・カスしかいなかった中国人の歴史

それは首里城の「琉球貢表」から始まった。平成16年、那覇の首里城に行ったときのことである。展示のひとつに、乾隆帝時代の清朝に琉球王朝が朝貢として贈ったもののリストであるという「琉球貢表」があった。なんとその正文は満洲文字で書かれていたのである。印刷されたようにきれいに書かれた満洲文字。その隣に、ガリ版刷りのように粗末な漢字の文書がある。

 相手の公用言語に合わせて書かれたのが満洲語のものであり、漢文は琉球王朝用のものであったのは明白である。これを見ても何だろうと首を傾げるだけで見学者は誰もその意味を理解しないのであった。私は満洲文字というものがあり、清朝の第一公用語が満洲語であることは黄文雄氏らの著書で知っていたから、このことは論理的には当然のことのはずであった。

 だが眼前の満州文字で書かれた公文書は衝撃的だった。乾隆帝は1735年〜1796年の治世、清朝の中興の皇帝。18世紀である。太祖ヌルハチから100年以上後の人である。満州族は漢族に同化していったと言われることが多い。ところが王朝成立の100年後にも満洲語は生きていたのである。このことからは宮廷をはじめとする北京周辺では満洲語が使われていたと考える方が普通である。

 そして英語のmandarinは北京語のことであるが、北京官話とも訳され、元や清朝の宮廷で官吏が話していた公式言語だという。これらの事をつなぎ合わせると、論理的には北京語は満洲語であるという、従来の常識からすれば馬鹿馬鹿しい結論が導かれるのである。それを演繹するとそれには止まらない結論が導かれた。それが本論である。

 もちろん私は言語学は何も知らない。それどころか中国語のイロハも知らない。本書は言語学などから導かれた結論ではない。各種の公刊図書を論理により推測したものに過ぎない。それ故に常識にとらわれないですむ。その結論は奇妙なものであった。だが本書の結論は現在の「中国」世界の現状を説明する一助となると信じている。

 漢民族とは何者であるかを理解するのは、漢民族が少数民族を支配している、と言われる中国を理解するに益があると信じている。むしろ常識となっている中国の民族構成は、過去の歴史的経過やヨーロッパなど他の地域の歴史と現状と比較すれば、矛盾に満ちていると云わざるをないのである。

 遠い昔から、漢民族は周辺の異民族から攻撃を受け、時には支配される。しかし、永い間に蛮族である異民族は、高い文明を持つ漢民族の文化の影響を受け、次第に漢民族化されてしまう。常に大陸の中央には不変の文化文明を持つ「漢民族」がいて、周辺民族を同化してしまうというわけである。

 しかしヨーロッパなど他の地域が民族の争いを繰り返した歴史をみると、それはあまりに不自然なことではないか。外敵に繰り返し支配され、抗争を繰り返し民族の移動を繰り返しながらも、相変わらず不変の漢民族なるものがいる。支配されても支配しても、不変の漢民族がいる。そのようなことは歴史的にありえないのである。各種の民族に支配されたにもかかわらず、何の影響も受けず普遍の漢民族がいるなどということはありえない。

 中国四千年の歴史において漢民族が一貫して存在した。実はそのような主張はギリシア、ローマに始まる四千年の歴史に、一貫して不変の「ヨーロッパ民族」が存在したなどと言うのと同様に、荒唐無稽であると考えるのがむしろ自然である。

 なぜ漢民族に同化されるか。その答えを漢字に求める人がいる。しかしヨーロッパにしてもベースはアルファベットという共通の文字がある。漢字の表意文字という特殊性に注目する人もいる。しかし古典たる漢文を読めるのは古来支那人の中でも極めて例外である。現実に通用するのは北京語、広東語という漢字表記すら必要のない口語なのである。長い間、言語は表記手段がなかった。

 漢文は中国の古代の言語の文字表記ではないという。単なる意志伝達の手段であるという。大多数の支那人が読めもせず、支那のいずれかの言語の文字表記でもないものが「漢民族」の連続性の保証であるはずがない。漢民族という言葉は各時代において、政治的に利用されているのに過ぎない。ある民族が大陸に居住する他の民族を支配して政権を取るための錦の御旗に過ぎない。ある民族とは、血族を中心としたパンと呼ばれる結社かもしれない。そのグループがわれこそは、支那大陸を支配する正統たる漢民族なるぞ、といって支配権を主張するのである。

 異民族王朝とされる元や清の崩壊するときには必ずその手が使われた。しかし倒した当の本人たちは、単に現在大陸に居住するだけであって、漢民族であるという保証は何もないのである。単に現在の血族相続の王朝を倒して政権を奪おうという輩の集団に過ぎないのである。

 よく考えていただきたい。支那大陸の王朝は、必ず前の王朝の一族を絶滅している。これを易姓革命と言う。しばしば禅譲という建前が使われるが、これは事実ではないことがよく知られている。日本の政権移譲が、おおむね平和裏に行われるのに対して、支那大陸における、前王朝の粛清は民族性の相違として扱われる。ところが、これを異民族による政権奪取として考えれば何の不思議もない。政権を奪った、新しい民族が旧支配民族を粛清するのは当然でさえある。そして被支配層においても、新興民族は支配民族として、旧支配民族を弾圧する。まことに全ての「中国専門家」は盲目である。

 琉球貢表のことをもとに、北京語のルーツは満洲語ではないか、と言う説を要約して雑誌「正論」に投稿した。誰かの目に止まり何ら学問的根拠のないこの仮説を補強して、さらに発展させてくれる人がいないかと期待したのである。しかし反応は何もなかった。あまりに奇矯な説であったためであろうか。実は本論も同様なことを期待している。本論は公刊された図書を基に書いたもので、特別な研究や学識によるものではない。私はこの方面に何の学識のない者である。全て直感である。直感が正しいと信じているのみである。

 付言するが後に訪れた時には「琉球貢表」の展示はなかったので問い合わせたところ、臨時展示であったとのことであり幸運だったのである。「琉球貢表」の写真撮影などについて管理センター職員に問い合わせたところ、「琉球貢表」が満洲語であることを職員は認識していた。しかるに展示には満洲語であるという説明が全くなされていなかったので、不思議がっていた観光客もいたが、皆それから先を追求するのは私くらいなものであったろう。

 当時の支那が満洲人に支配されていたが故に満洲語が公文書に使われていたという事実は、中共政府は自慢したくない事実であろう。しかるに管理センターでは暗黙のうちに中共政府に配慮したのであろう。現代日本にはそのような中共政府に対する配慮で事実を隠蔽しようとする人間に満ちている。
http://www.ac.cyberhome.ne.jp/~k-serizawa/sub2.html


1章 支那

1.1 首里城の満洲文字

 平成16年、出張で沖縄に行く機会があった。那覇泊で時間が取れたので、ついでに首里城に行った。十年位前にも首里城を訪れたが、当時も首里城の再建は成っていて、余り変わらないだろうとは予想さ
れた。果たして風景は余り変わらないが、壮大で異様な形状に思えた石垣は左程とも思われない。最初の感動があまりに強いと、その印象が時間の経過とともに膨らみ、二度目に見た時は膨らんだ印象と現実の光景を比較することになるのでこのような印象の落差となって現れる。

 正殿に向かって右の南殿が展示スペースになっている。二階の展示に「琉球貢表」というものがあった。清朝の乾隆帝に琉球王朝より貢物を贈った際の貢物のリストを含む公文書だというのである。二種類あり一通は漢字で書かれているが、もう一通を見て驚いた。漢字とは似ても似つかぬ、アラビア文字に似た、ミミズがのたくったというしかないような奇妙な文字である。

 中国の王朝では文書に漢文を使っているに違いないという先入観からは意外であったが、黄文雄氏の著書に清朝の第一公用語は満洲語であったと書かれていたのが閃いた。これは満洲文字に違いないのである。今でも、条約などの公文書は相互の国の公用語で書かれるのが常だからである。

 日付は乾隆二十七年 (西暦1762年)十月である。後日首里城管理センターに問い合わせると満洲文字だとの回答があった。漢文のものはガリ版刷りのような雑なものである。するとこちらが琉球王朝のものなのであろう。当時、日本でも公文書は漢文で書かれていたから左程不思議なことではない。東京に帰り図書館で「世界の言語ガイドブック」という本の満洲語という項を引くと間違いなく満洲文字であっ
た。

 満洲文字で書かれた貢表は活字で印刷されたように美しく揃っている。満洲文字はモンゴル文字を真似て創られたものだそうである。私が新発見に興奮しているのに、他の観光客は貢表を見ても首を傾げるばかりで、満洲文字などとは思い至らないのであろう。清朝で満洲文字が使われていたということの意味は大きい。清朝の宮廷で話し、かつ書かれた言語は満洲語であるに違いないと思い至ったのである。

 序にも書いたように、このことは以前雑誌「正論」に投書した。投書はインターネットで公開されている。そのことを知ったのは「琉球貢表」というキーワードで何か新しい情報がないか探した。ところが引っかかったのは自分自身の投書だけだった。琉球貢表なるものに興味を持つものは私以外誰もいないのである。

1.2 支那とは

 支那について語る場合、まず用語について述べなければなるまい。本書では中国という言葉は現在の中華人民共和国の支配地域に対する歴史的概念としては用いないこととする。ここでは歴史的概念としての「日本」に対応する言葉としては「支那」という言葉を用いることにする。支那については親中派日本人は差別用語として忌避して、中国と言うべきだと主張している。

 しかし多くの論者が支那という言葉のほうが正当性があり、差別用語ではないと詳しく実証しているのでここでは、文献を紹介するだけにして(@)簡単に触れる。支那の語源は「秦」であり、これがヨーロッパでChina(英独語)でフランス語ではChineでシーヌと発音する。これが漢字で支那と表記されたものである。支那が差別用語なら欧米言語も変えなければなるまい。そして「中国」は中央の国という普通名詞であり、固有名詞にはふさわしくない。日本でも中部とか中国とは、位置関係からきた国内の呼称だから、日本から見て他国を中国という言葉を歴史的概念に当てはめるのはおかしい。

 また現在の中華人民共和国あるいは中華人民共和国成立以前の支那大陸政権、国民党政府の中華民国を省略した言葉として中国と呼ぶこともあることとする。現在の中華人民共和国についてだけ述べるときは、中共と呼ぶこともある。

1.3 支那はヨーロッパである

 支那大陸に国民国家は存在しない。現在の中国と言う国は多民族国家を自称している。国際法で認められた国家の中に多数の民族が居住しているという意味では、多民族国家といえよう。しかし米国のような意味での多民族国家ではない。

米国が多民族国家であるというのも、黒人奴隷を使った経緯を考えると多くの影がある。しかし現在の中国は漢民族を自称する民族の集団が、ウィグル、チベット、モンゴルなどの異民族国家を征服してできた帝国である。これに類似した最近の国家としては旧ソ連がある。

 ソ連はロシア帝国の遺産を継承して異民族国家をかかえると同時に、バルト三国を侵略して併合した。同様に清朝崩壊後、約50年の内戦を経て、清朝の帝国を継承しチベットなどを再侵略して併合するとともに、今まさに台湾を侵略せんとしている。

 支那大陸は古来、多数の民族による中原の支配競争と勝者による統一、再度の分裂と統一を繰り返している。ヨーロッパの歴史は複雑である。ギリシア、ローマの時代から現在に至るまで、ローマ帝国、神聖ローマ帝国などの統一と分裂を繰り返してきた。チンギス・ハーンによる支配もあった。ゲルマン民族の大移動があった。グレート・ブリテン島ですら先住のケルト族がアングロサクソンに滅ぼされて滅亡した。

 このような統一と分裂の結果が現在の国民国家群である。おおまかに言えば、ゲルマン、ラテン、スラブ、ケルトなどの諸民族がいるが一民族一国家ではなく、ドイツとオーストリアのように、一民族が複数の国家を形成している。ラテン系といってもフランス人とスペイン、ポルトガル人とは明らかに異
なる。

 このようなことは世界史の中ではむしろ自然である。支那大陸はそうではないのか。実は支那大陸もヨーロッパと同じなのである。漢王朝は周囲の異民族に滅ぼされて五胡十六国の時代が到来した。そのうち漢王朝の民族が形成した国家はわずかであった。支那大陸は非漢民族が主流となる国家群に分裂した。次の統一大王朝の隋は鮮卑族が樹立した王朝であるという。既に唐代に本来の漢民族の系譜は滅びたのである。

 支那大陸の変遷はこのようにして中央にある統一国家ないし国家群が常に周辺の異民族に滅ぼされて分裂するか、統一支配されるかの繰り返しである。実は完全な統一と言える期間は、支那大陸でもわずかである。このような多数の民族の入れ替わりの模様はヨーロッパ大陸と同じである。このことを詳述すると本論の結論になってしまうのでここでやめよう。

 ヨーロッパのように各種の民族が入れ替わり統一なり分裂なりした国家を作り、ある民族は駆逐されて別の地域で国家を形成するようなことを繰り返すのは、歴史としてごく自然なことである。あれだけの広大な地域に、漢民族という不変の民族が存在し、異民族支配をはねのけて常に「支那」あるいはいわゆる「中国」という国が存在するということは歴史的物理的に不可能である。それは幻想である。そう。支那というのはヨーロッパと同様地理的概念であって国家としての概念ではない。支那はヨーロッパである、と理解すれば現実が明瞭に見えてくる。

1.4 支那とヨーロッパの違い

 支那は国家の概念ではなく、ヨーロッパのような地域の概念であると言った。だから統一支那というのはあるべき姿ではなく、ローマ帝国のように強権で統一された仮の姿である。しかし現在の支那大陸の現状は、共産党政権により軍事支配されて、多くの民族が圧政に呻吟している。かの大清帝国ですらそんな事はなかった。清朝における満州族の支配は比較的緩く、モンゴル、「漢民族」、チベット、その他の各民族はハーン、皇帝、ダライラマなどの伝統的な統治を通じて間接支配されていた。

現在の支那は中央集権により、各民族を圧迫し異民族言語である北京語などの「漢民族」の文化を強制するために、「中華民族」なる言葉さえ発明した。多くの親中日本人は無頓着だが、これは異文化の強制と言う恐ろしい意図が隠されている言葉である。これらの強権政策は国家として多数の異民族を無理して、直接統治しているためである。これを解消するのは支那の分割しかない。その前に何故支那はいったん適正規模に分裂しても再び帝国のようになってしまい、ヨーロッパのように歴史的進化とともに、帝国の時代から、適切な規模の国民国家に移行しないのか考えてみる。つまり支那はなぜヨーロッパのように、適切な歴史的発展をせずに、帝国の時代と分裂の時代を繰り返し、今もって古代帝国の時代に停滞しているのか考えてみよう。


1.4.1 地理的要因

まず第一は地理的要素である。ヨーロッパを常識的に、ロシアを除いた、ウクライナやバルト三国以西の地域と考える。これらの国々は互いに連携抗争を繰り返してきた地域である。これと中共と比較すると、明白な地理的特徴がある。平面形から見ても、ヨーロッパはスカンジナビア半島、イベリア半島、などの多数の半島とグレートブリテン島などの島嶼があり、変化に富んでいる。中共の領土は半島は少ない。大きく半島のように突出しているのは、旧満洲だけである。大きな島といえば海南島だけに過ぎない。

次に三次元の形である。ヨーロッパにはアルプス山脈があり、中共にはチベット高原がある。アルプスはスイスが独立した地域を形成し、チベット高原はチベットが、中共の時代に至るまで、支那の政権から直接支配を受けていないことから、大きな地域的障壁と言える。朝鮮半島も属国支配を受けたとしても、朝鮮が直接統治されたことが少ないのも、半島という地理的障壁によるものであろう。チベットが中共により歴史上初めて統治されることになったのは、軍隊の近代装備が地理的障壁を超えるのに有効だったというのは、チベットの不幸であった。チベットが無防備だったのは支那の軍隊がチベット高原で活動出来まいという、油断もあったのかもしれない。

こう考えるとヨーロッパが適正規模の国民国家に収斂したのは、半島や島嶼、山脈などによる地理的障壁によることが一因だったのは、これらの障壁が国境を形成している事でも分かる。逆にポーランドが東西の大国から繰り返し蹂躙されたのも地理的障壁が少ない事によるのだろう。北アイルランドが未だに紛争地域であるのも、同じ島内で国境を接しているのも原因の一部である。台湾が歴史的に支那政権に服従したことがないのは、地理的障壁にもより、日本時代に開発されて国民国家を形成する基盤ができていた事にもよる。逆に海南島はそのような時代がなかったために、支那政権により、海軍基地として活用されているのに過ぎない。


1.4.2 漢字

 支那が帝国による統一支配を行う口実になっているもうひとつの要因は漢字である、と言ったら驚くだろうか。他の項でも言っている事も多いが、重複を恐れずに言おう。漢字を使うから漢民族、というのが日本では常識である。しかし考えてみれば、こんなインチキな民族の定義が大手をふってまかり通っているのが不思議ですらある。漢字を発明したのが漢民族で、それを継承しているから漢民族というのだが、それならばアルファベットを発明したのが古代ローマ人であるから、それを使っているのは古代ローマ人の直接の末裔だ、と例えればいかに馬鹿げているかがよく分かる。今ベトナムですら、便利さからアルファベットを使っている。

 そもそも古代と言ったのは現代に生きているローマ人とは別であることを意味している。この例えが分かるように、ある民族が発明した文化遺産を継承しているのは、必ずしもその民族の末裔ではない。何故漢民族にだけこのような奇妙な定義がまかり通るのであろう。それは漢民族と総称される人々が言語、文化、DNAなどあらゆる要素において共通項がないからである。つまりドイツ民族とか大和民族とかのように定義できないからである。定義できないのに、漢民族を自称する人たちがいるから無理やり定義せざるを得なかったのである。

 このように定義するのは、大和民族やドイツ民族というのと同様に、漢字を発明した漢民族が連綿と現在まで継続しているという幻想がある。他の項でも述べたが、日本の支那の専門家は、秦や漢といった漢字、漢文を発明した正真正銘の漢民族は、五胡十六国の時代の混乱で、事実上絶滅した。それなのに同じ漢民族が存在するかのように言う事自体おかしいのである。漢民族というものが、他の民族と同様な意味で定義できなければ、他の民族と同じ範疇での漢民族というものはない、というように考えるのが正しいのである。このように強引に漢民族を定義するから、支那大陸には漢民族の統一国家が必要だと考える、革命の指導者が輩出する。もちろん孫文や毛沢東もその輩である。

 毛沢東は一時不便な漢字表記を止めて、ローマ字表記にすることを考えたという。ところがローマ字表記にしたとたん、福建語、広東語、北京語など、従来漢語の方言と言われていたものが、すべて異なる言語であることが露呈する事を知ってこの企てを放棄した。漢民族というのが幻想にすぎないことがばれるのに気付いたのである。そうすれば、統一支那政権の夢は霧散するからである。このように大陸の支配者は、漢民族とひとくくりにすることによって、より広大な領土を支配する口実ができるというメリットを考えているのに過ぎない。これはさらに中華民族という観念を発明して、言語も文化もすべて異民族であることが明白な、チベットやウィグルを支配する口実としている現状と軌を一にしている。いわば中華民族とは漢民族の拡大版である。極言すれば世界支配の口実ともなる恐ろしい概念なのである。

 支那大陸に住む大多数の住人にとって、支配者が漢民族であろうが夷敵であろうが、日々の生活の安寧が守られれば良い。そうやって長い間彼らは暮らしてきた。清朝などはその典型である。ところがその時点での王朝打倒を画策した指導層などは違う。漢民族の統一国家が必要なのだと言うのだ。単に自らが大陸の覇権をとりたいのに過ぎない。嘘ではない。清末「漢民族」の知識階級は滅満興漢を唱えて清朝打倒を計画したのがその典型である。満州族の国家、清朝を倒して漢民族の国家を樹立するのだと。確かに彼らエリートは官僚になるための漢文の試験の科挙を通っていたから漢文に精通していた。

 しかし彼らは北京語、広東語、福建語など各種の言語を話していたからお互いの言葉は全く通じない。そこで日本やアメリカで打倒清朝の革命の密談を巡らすのに、日本語や英語を使っていたというのだ。明治維新の日本で薩摩、長州、土佐の藩士は、互いの方言であっても通じる日本語で話していたというのと事情が異なるのである。漢字の恐ろしさは現在残る唯一の表意文字だという事である。あらゆる文字は元来表意文字から長い時間を経て、抽象化の過程で転化して表音文字となった。でなければ人の話す言葉を表記できないからである。日本でも漢字を輸入しながら日本語を表記するために、漢字から表音文字の仮名を発明した。漢文は意志の伝達手段であっても、話し言葉を記録する手段ではないのである。

 だがなぜ漢字が現在まで表音文字にならなかったのだろうか。それは漢字が表音文字に熟成される前に、多数の古典が漢文によって書かれたからであろうと私は推定している。それは漢字が短時間で完成して、漢文という未熟な文章作成法のままに、それまで蓄積された思想が急遽記録されたからであろう。アルファベットのように表音文字に移行する以前に、四書五経と呼ばれる立派な古典が完成してしまったのである。だから支那大陸を支配した色々な民族は、ヨーロッパにおける公正の各民族が古代ギリシア・ローマの古典を文化文明の基礎として尊重したように、四書五経を尊重したのである。

 これは漢文で書かれた古典を受け入れたのであって、漢字漢文を発明した民族の言語を受け入れたのではない。この意味で構成の大陸の支配民族は漢民族化したのではない。それはラテン語で古代ローマの文明を受け入れて発展させて栄えたヨーロッパ人は、自らのドイツ語フランス語といった言語は維持したのであって、ローマ民族化したのではないのと同じである。現代ヨーロッパ人とて古代ギリシア・ローマ人とは断絶があり、その断絶を橋渡ししたのがオスマントルコなどのイスラム系の王朝であった。元代ヨーロッパですら古代ヨーロッパとは決定的な断絶がある。その点は支那大陸においても類似している。

 漢字を発明した漢民族が滅びて後、支那大陸を支配したいろいろな民族は、漢字を発明した民族とは言語も文化も関係ないのである。漢文が発明者の漢民族の使っていた言語とは異なることは、四書五経が古典として優れている事とは別な問題である。だから後の各支配民族がこれらの古典を尊重したとしても、彼らはオリジナルの漢民族の言語を習得して漢化したのではない。それどころか、外から来た異民族が北京などに首都を構えると、周辺の住民はこれに迎合して外来民族の言語風俗を習得した。考えてみれば支配者に大多数の被支配民族が迎合するのは世の常である。

そして弱体化した外来民族を打倒するのに、すでに定住していた民族の指導者は、自らを漢民族と自称して、現在の政権打倒の正当性の根拠としたのである。外来の民族が別な民族により、革命と称して支配の立場から追放されて大陸の一角に定住したとき、漢文は尊重しても、言語は元の民族言語を維持した。それは漢文が言語表記ではないため、いくら漢文を習得しても、自らの言語体系が壊れることがないためでもある。支那大陸を支配した外来民族が定住により漢化したというのは嘘である。現に北京語や京劇、辮髪、支那服というのは、満州族のオリジナルである。これが西欧では典型的な漢民族文化とみなされていたのは滑稽でさえある。

 このようにして周辺の民族がその前の王朝を倒すたびに、各地に知識層は文章は漢文を使うが、各住民が元の民族の言語を維持する地域の分布が出来上がっていった。同様の経緯を経て、ヨーロッパにもそのような民族分布が定着していった。ヨーロッパではそれが各民族による民族国家の基礎となっていったのである。しかしヨーロッパにおけるローマの古典は、単に古典に過ぎなかった。同じアルファベットを使って、各民族の言語を表記していったから、民族の相違が言語の上でも明らかにわかる。ところが支那大陸ではその間の事情が異なった。

 それは漢字が表意文字だったから、どの民族の言語を表記することはできなかったのである。多数の言語があったにもかかわらず、支那大陸では漢字以外はわずかに、チベット文字とモンゴル文字と、それに起源を発する満洲文字があるだけだった。その他の各民族は文字表記としては漢字による漢文しかなかった。しかも漢文は言語と関係がなく、文法がなく、習得が困難だったから、漢文を使えたのはわずかな知識層だったのである。つまり漢文を使う人たちが一部にいる「漢民族」とはいえ、漢字漢文が分かるのはごく一部だったのである。つまり自らの言語とは関係のない漢字を使う事は、庶民にとって何の意味もなかったし、漢字に代わる文字もなかったから、多数の民族のほとんどの庶民は文盲であるしかなかった。

 しかしほとんどの民族には、文字といえば漢字しかなかった。この人たちを漢民族と総称したのである。そして前述のように、夷言語を話す異民族の清朝末期の革命の志士は日米で、日本語や英語を話しながら、「漢民族」の同志として革命を論じるという奇妙な光景が生まれたのである。彼らの密談の結論は、満州族を追放して漢字を使う漢民族の統一国家を作るべきだ、ということであった。彼らは漢字を使うという共通項だけで、無理やり多数の民族を束ねて、統一国家を作るということに何の疑問を感じなかったのである。表音文字のアルファベットが、民族の個性を反映することができたのに対して、表意文字の漢字は各民族の言語の個性を反映できなかったために、かえって漢民族による統一国家という幻想を生んだ。

 しかし奇跡的なことが起こった。清朝末の白話運動である。まず北京語を漢字で表記するという運動である。その後広東語でも同様な事が起きた。漢文という異様な文章体系にだけ使用可能なはずの漢字で、話し言葉に近い文章を書くことを可能にしたのである。表音文字という漢字の特性からして、これはやはり奇跡に近い。しかし異言語は異言語である。広東語と北京語では漢字の読み方が違う。同じ漢字表記でも北京語と広東語では表記方法は同一ではないが、表意文字だけあって、全く違うわけではない。

 しかし北京語と広東語では漢字の読みが違う。それは元の話し言葉が異なるからである。だから奇妙な事が起こる。つまり話し言葉を文字に書いても、同じような漢字で書かれるのに、全く異なる発音で読まれるのである。ヨーロッパの各言語は、けっこう同一の語源、たぶんラテン語などからきているため、似たような単語が多い。しかし似たようなアルファベット表記であれば似たような発音になる。しかし支那の言語では、同じ文字で別な発音がされる。

 似た単語による異言語が多いヨーロッパでは多数の民族の国民国家に発展したのに、同じ文字で違う発音がされる支那大陸は、中共という唯一の中央集権国家に統一されている。それもこれも同じ漢字を使う、漢民族という幻想を共有しているためである。ために民衆は適正規模の国民国家を持てず、強権的な古代の帝国の支配に呻吟しなければならない。それもこれも、支那大陸の地理的特性とと、漢字というまれにみる不思議な文字の共有が原因である。

1.5 満洲と支那

 私はここで念のため満洲と支那の関係について説明しておいた方が良いように思われる。私にとっては満洲と支那とは別物であり、満洲がいわゆる中国固有の領土ではないことは既に常識の範疇であった。戦前の日本人にも自明のことであった。昭和13年に創刊された岩波新書にも明瞭に支那と満洲は区別されている。しかし多くの日本人にとって確かにそれは常識ではない。

 そして満洲と支那が民族的、地理的、歴史的にも別物であるという前提がなければ、前述した満洲文字が漢字と別であるという事実に対する理解も、それに対する衝撃もない。単に「中国」の一部地域で特殊な文字が使われていたこともあったという解釈に終わる。現に首里城で同じく琉球貢表を見ていた観光客親子は満洲文字を見て、変わった字だねの一言だけであった。ちなみに歴史的に満洲と呼ばれるのは、現在の中共の黒龍江省、吉林省、遼寧省の3省がほぼこれに相当する。清末にはアイグン条約などにより、ロシアに黒龍江省の北方の領域を奪われたから、この地域も歴史的には満洲である。

 分かりやすいのは黄文雄氏や岡田英弘氏あるいは宮崎正弘氏らの支那関係の著書であり、これらを参照されたい。ここでは「満洲事変の国際的背景」Aによることとする。

 満洲の地における固有民族はツングース族である。彼らは、紀元前四世紀頃から、すでにシナとは別個の勢力を持ち、粛慎、挹婁、夫餘、高句麗、靺鞨、渤海、契丹などの諸政権を樹立してきた。ことに一二世紀初頭、ツングースの一派女真が金を建国、長城を超えて北シナに侵入した。金は一旦元に追われたものの、元滅亡後、後金すなわち清国を興して全シナを征服、大移住を行った。以後三世紀にわたって全シナ四億の漢民族を支配したのである。

とある。長城とは万里の長城である。万里の長城は秦王朝以来支那の王朝の国境を定める防壁であった。支那においては殷周の都市国家以来、都市周辺に防壁を作って囲う習慣があった。万里の長城はこの延長で、北方民族の国との国境を意味していた。女真族とは満洲族とほぼ同義である。満洲族の王朝が粛慎や金という漢字で書かれているから、漢民族の一派だと誤解されやすい。

 これは後の漢文で書かれた支那の歴史書の呼称である。ヨーロッパで古典がラテン語で書かれるように、支那大陸とその周辺の歴史は漢字漢文で書かなければならなかったからこのように表記される。漢文が古代中国語の文字表記ではないことは2章で説明する。米国、英国と書いたところでこれらの国は日本や支那とは関係ない国であるように、漢字表記された金という国は漢民族の国ではない。

 ヨーロッパの言語が日本や支那の国を表記するのに、アルファベットを用いるのと同じことに過ぎない。現在の中共は確かにチベットや満洲を実効支配し、国際法上からもこれが認められている。しかしチベットや満洲が歴史的に支那の王朝の領土であるということはできないのは前掲書の通りである。

 中共は中華民国の時代を経て実力で満洲族の王朝の清朝の版図を引き継いだ。戦前の中華民国は国際連盟にも加盟して認められていた国ではあったが、実態は北京政府、広東政府、張作霖の満洲といった具合に群雄割拠しているのが実態であり統一政府の実態はない。このことは戦前の日本の新聞で広東政府の誰々が、などと当たり前のように使っていたことからもうかがい知れる。

 現在の日本人は忘れさせられたが、中華民国に統一の実体がないというというのは戦前の日本国民の等しく理解していた事実であった。だから1912年に清朝が滅亡して以来、1949年に中共が成立するまで支那に統一はなかった。蒋介石の中華民国は成立以来、一地方政権に過ぎなかった。そして台湾に移っても支那全土支配を主張したが、蒋経国、李登輝といった指導者を経て、実態は台湾共和国というべき国民国家が台湾に成立した。

 日本の教科書では満洲事変による侵略を非難したとして教えられる、リットン調査団が国際連盟に出したレポートBも基本的な認識は支那と満洲は別個のものであるというものである。これに言う。

 満洲ハ有史以来各種「ツングース」族居住シ蒙古韃靼人ト自由ニ雑居シタルガ優越セル文明ヲ有スル支那移住民ノ影響ヲ受ケ団結心ニ目覚メ数個ノ王国ヲ建設シ此等王国ハ時ニ満洲ノ大部分並ニ支那及朝鮮ノ北部地方ヲ支配セリ。殊ニ遼、金及清朝ハ支那ノ大部分又ハ全部ヲ征服シ数世紀間之ヲ支配シタリ。(原文は旧漢字使用)

 韃靼はリットン調査団の英文ではTartar である。従ってタタール人又は正確に韃靼でよかろうと思う。いずれにしても、日本の満洲侵略を批判したとして戦後引用されるリットン調査団の報告書ですら、満洲は支那とは別個のものであると述べているのは注目すべきである。そもそもこの報告書では常にManchuria(満洲)とChina(支那)という言葉を常に区別しているのだ。

 なおリットン報告書では次のように述べているのが注目される。

 ・・・又一国の国境が隣接国ノ武装軍隊ニ依リ侵略セラレタルガ如キ簡単ナル事件ニモ非ズ。何トナレバ満洲ニ於テハ世界ノ他ノ部分ニ於テ正確ナル類例ノ存セザル幾多ノ特殊事情アルヲ以テナリ。

 と説明する。何と満洲事変は侵略ではないとリットン報告書は語っているのだ。このことは一部では有名な事実であるが、多くの歴史家は原本を引用せずに一方的に侵略と決め付けている。リットン報告書による勧告は、日本の侵略を止めさせて無条件に満洲を中華民国に返還すべしというものではない。

中国の主権は認めるものの中華民国政府では安定した統治ができないということで、満洲の国際管理を勧告している。これは英米の意向に従った狡猾な話といわざるを得ない。それまで満洲の地には日露戦争で得た日本の権益しかない。国際管理ということは、満洲に権益を持たない英米、特に鉄道王ハリマンの満洲鉄道の共同管理を日本に拒否された米国としてはリターンマッチであったに違いない。

 脱線ついでにチベットについても言う。チベットも現在では、国際法上中共の支配下にある。しかし独立国チベットの侵略は狡猾にも朝鮮戦争のどさくさにまぎれて行われた。チベットの鎖国状態がなおさら国際社会に情報が伝達されず、朝鮮で手一杯の米国の介入も許さずやすやすと中共は広大なチベットを侵略した。チベットから中共の侵略を訴えにインドに行ったチベット政府代表の中国による侵略の報告についても、ネールは耳を貸さなかったというD。日本ではネール首相を持ち上げるが、所詮自ら独立を保持し得なかった国の人。アジアの独立にも奔走した日本人とは比較にならない。

 チベットは満洲族の王朝、清の版図であっても支那の王朝の歴史的領土であったことはない。むしろチベットが北京まで支配した時代もあったのである。清代には満洲族の皇帝がチベットの支配者や支那大陸の皇帝、モンゴルの支配者たる大ハーンを兼務していた。1877年英国のヴィクトリア女王はインド皇帝を兼ねて、英国のインド植民地化が完成したことと酷似しているではないか。

 この意味ではチベット、モンゴル、支那は満洲族の植民地であった。もし満洲族皇帝の支配する植民地たる支那が、歴史的に満洲を支配する権利があるというなら、インドは英国を歴史的に支配する権利があるというべきである。これは単なるアナロジーではない。事実である。繰り返す。満洲は支那ではないことが理解していただけたと思う。私は怪しむ。多くの良心的と自称する日本人の多くがチベットの侵略を非難しもしない。それどころか前掲書に書かれたような中共のチベットにおける目を覆うような残虐行為を無視する。日本の「残虐行為」を非難する巨大な中共の公式施設。これに比べればチベットの訴えはマイナーなものに過ぎない。

 誰の支援もないからだ。見よ東京芸大の元学長の平山郁夫画伯の中共政府に対する献身。日本に対する非難。その陰に多くのチベット国民が残虐な支配に苦しんでいる。彼らは誤った贖罪意識から、中共の暴虐に目をつむる。彼らには真の良心はない。前掲書に書かれた中共のチベット人に対する残虐行為は、私がここに書き得ないほどむごいものである。多くの日本人は目が曇っている。
http://www.ac.cyberhome.ne.jp/~k-serizawa/sub21.html


2章 支那の言語と文字

 2.1 北京官話

 mandarinを英和辞典でひくと、北京官話とある。北京官話とは清朝の時代に北京の宮廷で使われていた言葉であるという。要するに皇帝の使用した言葉である。王朝の皇帝がどのような言語を使っていたか。清朝は漢民族ではない満州族が支配していた。皇帝と重臣などの支配者は満州族である。皇帝は満洲語を話すはずである。もちろん皇帝の祖先は北京の外から来たのであるから、当時北京では満洲語以外の言語が使用されていた。そこに来た皇帝の先祖はどうしたか。わざわざ苦労して外国語である北京土着の言語を話すはずがない。

 北京土着の言語と断ったのにはわけがある。単純に漢語とは言わないのである。それは別項でも書くように、現在漢語とくくられる言語には、北京語、広東語、福建語その他いくつもの言語があり、それらの間にはドイツ語、フランス語、英語、スペイン語といった程度の差異があるということである。つまりこれらの漢語には方言とは言い得ない相違がある。そして満州族が支配を始める以前の北京では、漢語と総称されるもののうちのいずれが話されていたかわからないのである。漢語といってしまったら、ヨーロッパ語というがごときわけのわからないことになってしまうのである。だから満洲族支配以前の土着言語と断る。

 北京で皇帝は満洲語を強制した。当然であろう。周囲の土着民族は皇帝ととりまきの宮廷人と話すときは満洲語を話さなければならない。苦労して新しい言語を覚えなければならないのは、土着の支那の住人であって皇帝であるはずがない。土着の支那の住人と言ったのにも意味がある。後述のように明末の北京に住んでいたのは現在では漢族といわれるが、実際には殷周秦漢までの時代の本来の漢民族とは言い得ないからである。単純に当時北京に住んでいた人間を言うのである。

 これは英国や米国に支配されたインドやフィリピン人が、支配者である英米人と英語を話すのと同じことである。北京官話は北京だけではなく、出先に北京から派遣された中央官僚の共通言語となったという。これも自然なことである。英米に支配されたインド、パキスタン、フィリピンといった国の公用語は、現在でもヒンズー語、ウルドゥー語、タガログ語といった土着の言語ばかりではなく、英語も公用語である。それはヒンズー語、ウルドゥー語、タガログ語は多数言語であるにしてもインド、パキスタン、フィリピンにはこれらの言語とは全く異なる言語を使う民族がいるからである。

 これらの異言語を話す民族にとっては、ヒンズー語、ウルドゥー語、タガログ語を話すより英語を使うほうがプライドが傷つかないというのである。これは明治時代に日本に滞在した支那人同士が話すとき、日本語か英語を使ったという事情と似ている。支那には相互に通じない異言語が多数あるために、共通言語として皇帝の民族言語としての満洲語を使うことが便利だったのである。

とっくに結論が出ている。清朝における北京官話とは満洲語である。そして英和辞典のmandarinとは北京官話と同時に北京語ともある。北京語は満洲語であるという結論が論理的に導かれる。北京語は満洲語がルーツである。これを補強するのが1章で述べた首里城の琉球貢表の満洲文字である。清朝中興の祖、18世紀乾隆帝の時代でも満洲語が公用語として使われていたのである。満洲語は漢語の群れに消えたのではなかった。

 なぜ異民族言語としての満洲語が北京語として土着したか。それは満州族が最後に支那の外から来て残留したからである。正確には最後に異民族言語として残ったのは香港の英語であるのかもしれない。もっとも北京語が正確に満洲語を継承しているとはいえないのであろう。フィリピン人やパキスタン人の英語は公用語であるにもかかわらずなまりが強く、フィリピングリッシュやパキスタングリッシュなどとも言われる。日本人は日本なまりの英語のジャパングリッシュを堂々と話せばよいと推奨する人さえいる。

 最近のインド映画で「レッドマウンテン」というのがある。印パ紛争をインド側から描いたものである。言語はヒンズー語とDVDには表示されているにもかかわらず英語が混じる。下級兵士は数字以外は全く英語を使わないが、階級が上がると英語の混じり方が多くなり、幹部軍人に至っては完全な英語である。こんな言語の混淆の仕方もあるのだと考えさせられる。

 北京の土着民族は努力して満洲語を習得し、なまりながらも満洲語は北京語として定着した。これが実情であろう。満とmanの音の共通性から、西洋人ははじめから北京語が満洲語だと理解していたからmandarinと命名したのである。西洋人はなぜ私のように満洲語を支那の異民族言語と理解しないのだろう。それは西洋人にとってはマクロにみれば満洲人もその他の支那に居住する言語も民族も、等しく支那大陸に居住する民族と言語の一つに過ぎないのである。

 そして支那大陸の歴史と民族をヨーロッパのそれとアナロジーで見てみれば、むしろ正しいのだと思わざるを得ない。すると漢語と俗称される広東語、福建語、客家語なども実は単なる支那の土着言語ではなく北京語と同様の歴史的経過を経て土着して現在に至ったのであると。それは英語、フランス語、ドイツ語などヨーロッパの言語、ヨーロッパの民族が民族混淆の歴史的経過を経て、現在に至ったのと同様ではなかろうかと考えられるのである。

 ここでひとつだけ注釈しておかなければならない。北京語は場合によっては北京における方言とされる。現在の中国語は、オリジナルは北京語であるが、清朝滅亡後に日本語や英語の影響を受けて、漢文ではなく口語の漢字表記が発明されたことによりできた言語である。魯迅などの行ったいわゆる白話運動によってできた標準語というべきものである。

 この結果できあがったのが元は北京語ではあるが現在は「普通話」と呼ばれる言語である。この言語は口語の漢字表記ばかりではなく、改良された口語としても支那政府、当時の国民党政府に採用され、中共政府にも引き継がれて現在に至っている。日本における中国語の教科書では一般にこの関係を東京弁と標準語の関係になぞらえているが、この比喩は正しい。

 現在の日本語の標準語とその表記方法も明治の文豪たちが中心になって完成したものであり、その基礎は江戸弁つまり古典落語で使われる言葉である。東京弁と標準語の差はかなり少ない。北京官話と普通話すなわちいうところの、中国語の差異も僅かであろう。「普通話」と広東語や福建語などの差異が方言の程度ではなく異言語に等しいのと全く異なる。このことを頭の隅において本稿を読んでいただきたい。

2.2 康熙帝伝

 日本では、多くの場合、支那大陸に異民族が侵入して支配しても、いつの間にか漢民族の風習におぼれ、漢化していく、と言うのが一般的である。例えば代表的に中国ウオッチャーで中国にきわめて批判的な、宮崎正弘氏は「オレ様国家中国の常識」で次のように述べている。

 清王朝は北京に乗り込んだときから漢族の文化に魅せられ、満洲語を田舎の言葉と恥じたのか、宮廷では使わずに、むしろ被征服民族の漢語を喋り、自らの言葉を重視しなかった。現在の中国語というのは「普通語」(標準語)のことで、それは華北で通用した中国語を満洲族の訛りで発音したのが北京語である。北京語は日本にあてはめると江戸弁である。つまり北京語と普通語は江戸弁と標準語の違いがある。

 具体的にはこれから検証するが、華北で通用した中国語を満洲族の訛りで発音したのが北京語である、という見解は極めて不可解である。当時の北京とその周辺は『華北で通用した中国語」を話す人たちは満洲族より圧倒的に多かったであろう。満洲族が無理に中国語を話すのなら満洲語訛りがあっても当然だが、元々中国語を話す人たちが゛満洲語訛りになるのはあり得ない。まして満洲族は漢語に憧れているのだから、訛りは矯正されるのであって本来の中国語を話す人たちに影響を及ぼすことはあり得ない。さてこれから資料により、宮崎氏の主張を検証しよう。
 
 「康熙帝伝」Dはフランス人宣教師ブーヴェが康熙帝時代に北京に滞在して、主に実際に見聞したことを書かれた物語である。内容はフランス人の北京滞在記といってよい。解説にも書かれているように、支那で布教する宣教師という立場から、王朝に対して評価が甘くなるという傾向になりがちであろうと考えられるにしても、外国人だから王朝の公式記録よりはるかに客観性があると考えられる。

 康熙帝は1654年〜1722年の人である。康熙帝伝には清朝の宮廷でいかなる言語が使われていたか、生き生きと描かれている。康熙帝伝には韃靼という言葉がよく使われている。韃靼とは広辞苑(第三版)によれば「蒙古系の一部族タタール(塔塔児)の称。後、蒙古民族全体の呼称。明代には北方に逃れた元朝の遺裔に対する明人の呼び名。また、南ロシア一帯に居住するトルコ人も、もと蒙古の治下にあった関係から、その中に含めることもある。」とある。

 康熙帝伝における韃靼はタタールの訳語であろう。タタールとは一般にはロシア人の言う、タタールの軛(くびき)である。すなわちモンゴルの恐怖の支配である。従って一般にはタタールとは蒙古と考えられるが、支那大陸の北方民族一般の呼称で、康熙帝伝で意味するところは前後関係からして満洲族の意味であろう。皇帝は満洲人だから満洲語を話すはずである。そして皇帝は韃靼語を話したと書かれているからである。

康熙帝伝に次のような記述がある。P95の注に

 「宣教師の多くは漢語の研究に志したが、その至難なことに辟易して、この研究を放棄するのが常であった。しかるにヴィドゥルー師はこつこつ(漢字)として倦まず、ついに漢語を征服するに至った。」

とある。前段でみんな韃靼語は容易に習得したとあるが、これは前述のように満洲語のことである。現代でも西洋人にとって広東語などの「中国語」が満洲語より遥かに難しいとは考えられない。西洋人はもちろん支那人自身にすら習得が極めて難しいのは漢文である。つまり、ここでいう漢語とは漢文のことである。それはこの文に続いて

 「・・・殊に康熙帝の第一子は書経の一節を示して、ヴィドゥルー師の学殖を試験し、その学力に敬服し、絹本に賛辞を書いて送ったそうである。」

とあることでもわかる。当時漢字表記の口語文はありえず、書経は漢文で書かれている。次節以降で述べるように書経などの漢文は広東語などのような、口語のいわゆる漢語とは関係のない文章だけの体系である。だからここでいう漢語は間違いなく広東語などの口語ではなく、漢文である。つまりここでも満洲語以外の言語が宮中で話されていないことが証明された。強調しておくが、皇帝は漢文を読めたが、満洲語以外の北京の土着の話し言葉を話すことができたと言う証言は、康熙帝伝にはない。

 康熙帝は、書経の漢文を読んで見せたのであって、話し言葉としての漢語を喋ったのではない。この電気で分かるのは宮中では、漢人も含めて漢語は使われておらず、満洲語で会話がなされていたのである。康熙帝の時代は清朝中期である。段々満洲王朝の漢化が進んでいたのであれば、この時期既に皇帝は漢語を使っていなければならないがそうではなかった。ブーヴェはむしろ漢民族の満洲化が進んでいた事を示唆している。

 現在インドやパキスタンでは土着言語の他に英語が公用語となっている。インドに支配者としていたイギリス人は僅かであったのにもかかわらず、である。当然であろう。どうして武力で征服した民族が面倒な土着言語を憶えなければならないのか。土着民族に支配者の言語を強制する方がよほど自然なのである。

*康熙帝伝・東洋文庫155・平凡社・ブーヴェ

2.3 漢文とは何か

 日本では漢文について誤解がある。この誤解の糸を解きほぐすことが、支那大陸の歴史理解の重要な鍵である。結論から言おう。漢文は支那の言語ではない。漢文は支那の口語を文章化したものではない。古代中国語の文字表記でもない。最も原始的な表意文字という、誰にでも簡便に利用できる意思伝達手段である。

 岡田英弘氏の「この厄介な国中国」Eを見てみよう。

(P122)あるフランス人学者は「漢文とは書くための言語だ」と喝破したが、それは明察である。漢文は中国で話されている言葉(中国語)とは全く無縁の言語体系なのである。・・・
 たしかにラテン語は、はるか昔に廃れた言語ではあるが、漢文に比べればとても理解しやすい言語である。なぜなら、ラテン語には品詞の分類があり、活用語尾があり、また耳で聞いても理解できるからである。

 あえて類例を用いて比較するなら、漢文は古代エジプトのヒエログリフと言えるかもしれない。

 しかしそのヒエログリフにしても、当初は漢字のように表意文字として使われ続けていたけれども、やがてひとつの文字にひとつの音が対応するようになり、英語のアルファベットのように使われ、話言葉をそのまま表記することも可能になった。ところが漢文には、そのような変化が起きなかった。あくまでも孤立した「書き言葉」のままで、話す言葉とは無縁のものでありつづけたのである。

 そして漢文が進化して話し言葉の表記法となるのを阻止したのは秦の始皇帝である。悪名高い焚書とは、実はそれまで私家版の本などで不統一だった、漢文の表記や表現を政府公式に統一したというのが真実であると書く。つまり標準の漢文表記や表現の文書をひとつ選定し、それ以外のものを全て焼却処分したというのである。

 それは初耳の人には意外な事実かもしれないが、中国語の現代の書籍を読める現代中国人が全く漢文を理解できないことから意外なことではない。注意しておくが、現代中国人が漢文を読めないのは、ほとんどの現代日本人が源氏物語や枕草子を読めないのとは、全く意味を異にする。漢文の本質の理解は本書では重要なことだから、以下に敷衍する。実際に使われる漢文の表記の順序を無視して考えてみよう。「私」という単語と「行」という単語を使うものとする。ふたつの表意する意味を知っていれば、「行私」「私行」と書こうと「私は行く」と言おうとしているのはわかる。

 ところが正確に言えば「私は行った」のか「私は行こうとしている」のか「私は今行っている最中」なのか区別がつかない。いやそもそも品詞がないのだからF、行という文字は行くという行為の動詞的意味とは限らず、行く事という行為の名詞的意味かもしれないのである。漢文は時制も何もないのだから意味は多義に解釈できる。このような原始的な表記手段なのである。漢文の翻訳は原文の数倍になる。それは意味が多義なので前後から推定して日本語を補足しているからである。

 漢文の解釈がいくつか存在するのも、古代の文章のゆえではなく、漢文に文法がないことによるものである。そして科挙の試験のように難しい漢文の試験を行うのも、古典による文章例を記憶させることによる作文と解釈の統一を図るためであった。漢文が古代中国語でないとするならば、漢文による古典、いわゆる漢籍の位置づけも常識とは異なってくる。漢籍とは既に滅びた古代支那で作られた古典である。現代の漢民族と自称するひとたちと何の関係もないものである。

 これは現代西洋人における現代語とラテン語による古典の関係とよく似ている。西洋人の教養ある人たちはラテン語を習得する。これは彼らの現代語とは関係なく、古代の知恵を教養として習得するに過ぎない。だからルネッサンスの時代にはラテン語の古典がアラビア人によって受け継がれていて、アラビア語訳されていたものをさらにドイツ語、イタリア語などに翻訳して読まれていたのである。ラテン語の時代と現代ヨーロッパ語の間には、アラビア語という深い断絶がある。

 ずるい西洋人はそのことを無視して、あたかも古代ギリシア、ローマ時代と現代ヨーロッパが連続しているかのように「ルネッサンス」すなわち文芸復興であるという手品を発明した。実態は復興ではなく、異文明異文化を獲得したのである。支那大陸において本来の「漢民族」は古代ギリシア、ローマ時代の民族のように滅び去って漢籍という古典だけを残した。清朝においては皇帝はこの古典を普遍的教養として満洲語に全て翻訳した。これはラテン語の古典をアラビア語に翻訳した事業に似ている。

 満洲人の努力は無駄ではなかった。「世界の言語ガイドブック」Oという本によれば、現代に満洲語を習得するメリットは支那の古典を満洲語に翻訳されたものから理解できることである、というのだ。つまり漢文は誰にとっても難しいが、通常の言語体系である満洲語によって古典を習得できるというのだ。満洲語により支那の古典を理解することは、ルネッサンスの時代にヨーロッパ人がアラビア語からラテン語の古典を理解したのに似ている。

 ここでいう満洲語とは満洲文字で表記された本来の満洲語である。北京官話となって、その後白話運動により口語の漢字表記が発明された北京語とは、少し異なることは言うまでもない。漢文に文法も品詞もないということについては説明を要する。行という漢字は一般には動詞と解釈されやすい。それならば名詞があるはずである。だがないのだ。だから行という漢字は動詞でも名詞でもない。前述したように、行くという概念を表すのか、行くという行動を表す動詞なのかの区別はない。もちろん動詞ではないのだから、過去なのか未来なのか現在なのかの区別もない。

 英語でもドイツ語でも名詞と動詞が同じ単語はある。しかし名詞か動詞かは文型から置かれる位置と格変化でわかる。インチキ漢文で考えてみる。「私行山」とかけば英語からの類推でSVOと考えて行を動詞と考える人がいる。だが漢文では決してそう教えない。山が私の後に来るのは動詞だからではない。古典に書かれた先例から行はこの位置に置くべきだと判断できるのである。

2.4 漢字について

 漢字は現存する唯一の表意文字であろう。従って外国語を輸入する場合、表音文字ではアルファベットのように音声を一致させるだけだが、表意文字である漢字では音声を一致させるととんでもない意味の単語が出来上がることが多い。日本語のように「コンピュータ」とそもまま音で輸入するわけにはいかない。そして現在使われている「漢語」のうち、全てが漢字表記できるわけではない。例えば「世界のことば小事典」Nによれば、福建省や台湾、海南島で使用されている「福建語」には漢字表記がないという。しかも福建語を使っているのは四千万人もいるという。上海語の単語には音を借用した当て字として漢字を使っているために、単語の意味とは無関係な漢字を当てているものがあるという。

そもそも支那の口語の初めての漢字表記は中華民国初期の白話運動による北京語の漢字表記から始まった。多くの漢語で漢字表記がないのは、口語の漢字表記の困難さを示す。長い間漢字は漢文のために使われていたのであって、口語が漢字表記すなわち文字表記された歴史は百年程度しかない。口語で漢字表記がないものがあっても不思議ではない。繰り返すが、漢文は文章専用の漢字表記法であって、口語文に対する文語文ですらない。文語文のひとつである日本の漢字書き下し文体はあくまでも日本語の漢字仮名まじり表記法であって、日本語の一種である。漢文は中国における文語文ですらないのであることを銘記しておかなければならない。

 文字の国といわれた支那で大多数が文盲であったのはこのようなわけである。長い文明を持つ国の中では他の諸国に比べはるかに、言語の文字表記が遅れたという事実が浮かび上がる。奇妙だが漢字をはるかに遅れて学んだ後進国日本ですら、紫式部の時代には既に漢文ではなく、日本語の文字表記が行われていた。漢字が珍重されるのは、古典として優れていたゆえである。漢文は中国語ではないから、漢文を珍重することは中国語を珍重することではない。

  言語の文字表記という意味ではなく、古典という意味において漢文は西欧におけるラテン語のようなものである。ギリシア、ローマの文化はラテン語の古典がペルシアなどアラビア語文化を経由して現代ヨーロッパに伝わっているように、支那の文明にも断絶がある。唐、モンゴル、満洲などの各民族が間に入った断続がある。現代支那の言語は漢文とも古代支那語との連続性はない。ヨーロッパ言語がアルファベットを借用して各民族言語を表記するように、単に古代漢民族の発明した漢字を借用して、北京語、広東語などの現代支那言語を表記しているに過ぎない。ただ漢文が表音文字という抽象性を欠いた原始的表記法であったために、現代支那言語との落差が大きく、口語の漢字表記は困難であった。

 漢字が発明されて以後、支那では長い時間の経過があったにもかかわらず、文化的熟成がなかったために、日本のようにかな文字という表音文字を発明することができず、相変わらず漢字漢文をそのまま使うということを、わずか百年前まで行っていたのである。世界の文明が進歩している二千年の間に、何の変化もなく相変わらず漢字漢文をそのまま利用し続けるのは、相対的には退化である。簡体字は単に字画数を減らしただけで、本質に変化はない。漢字が何万字もあるのも当然である。漢字は一語一語が単語だからである。例えば嶋という言葉をつくるときには、山と鳥を組み合わせてひとつの漢字にするのである。

 山鳥と2字で書いてはならないのである。その点で嶋を島と略した日本人はあながち間違いではない。この点明治の日本人が西欧の概念を哲学、経済など2字の熟語にしたのは正統な漢字の使い方ではない。漢字の発明者ではない日本人は勝手にphilosophy、economyに対応する一字の漢字を作り出すことはできなかった。しかし複数の漢字表記により新単語を造語する手法は日本人の独創による新発明である。日本による造語の単語を直輸入している現代支那人は、漢字を発明した漢民族ではない無神経さで和製漢語を受け入れて恥じない。

2.5 漢文と支那の言語との関係

 言語は口語と文語に分離しやすい。江戸時代までの日本の文語は源氏物語のような大和言葉によるものと、漢文調のものがある。また多くの古典や論文が漢文そのもので書かれていたから、三種類の文語があったように思われる。漢文は日本語ではない別の言語である。ただ日本では漢文を日本語の音で読み、不足する音も補足して読むから、文字として見ると外国の言語であるが、読みを聞いていると日本語となるという奇妙なことになる。漢文を読むときの音声の順に漢字を並べ、ひらがなを補足すれば、漢文調の文章ができる。候文もこの範疇である。

 かつての日本語には複数の系統の書き言葉があったが、話し言葉と書き言葉に大きな乖離が生じていた。英語などの西洋の言語は書き言葉と話し言葉、すなわち口語と文語の差異は比較的少ない。そこで日本では明治時代に、西欧の言語が文語と口語の差異がないと考えて言文一致の運動がおきた。言文一致の文語のモデルとなったのが江戸時代の落語、古典落語である。言文一致の文章、つまり現代文語の成立の過程は二葉亭四迷の浮雲によく表されている。浮雲の最初は現代人からは違和感のある文章であるが、最後になるとほとんど現代の文章と変わりがなくなる。英語でも口語と文語は全く同じというわけではない。洋画の導入部の語りと本編のせりふの相違でそれがわかる。

 現代の中国語の文章は現代日本文と同じ意味での文語であって漢文ではない。中国語の文章はやはり明治時代に白話運動として、日本の言文一致運動の影響を受けて成立したもので、漢文ではない。正確に言えば漢文とは全く異なる。だから現代中国語を読めるからといって、中国人は論語などの漢文を読めるわけではない。漢文を特別に学んだほんの一部の専門家が漢文を読めるだけである。これは現代の日本人が源氏物語が読めないのとは全く意味が異なる。源氏物語がもともと日本語の話し言葉を基礎としているのに対し、漢文は意味の伝達のために表意文字を並べただけだからである。たとえば「行東京私」とランダムに漢字を並べて「私は東京へ行く」という意味を表していると主張してもよいのである。これが漢文の本質である。

 中国人が「私」「行」「東京」という漢字の意味を日本人と共有すれば、互いの話し言葉が理解できなくても意味は伝達できる。漢文のインターナショナルなゆえんである。日本人が中国に行って筆談が通じたと喜ぶ人がいるが、これは漢字発生時に使われていた原初的用法である。だが三つの単語だけだったからこんなでたらめができたが、ひとつの文章で使われる単語が多数になるとこんな芸当はできない。漢文が複雑な表現ができないひとつの理由である。

 漢文を北京語なり広東語なりの発音で読んでも中国語とはならない。それは「私」など個々の漢字の意味が北京語、広東語などと異なるというレベルの事象ではない。漢字は元来一つの文字はひとつの読みしかない。北京語と広東語では同じ漢字を違う発音をする。しかし原則として北京語のなかでは同じ文字がふたつの発音を持つことはないはずである。ところが白話運動で作り出された北京語では、名詞などはともかく接続詞などは、口語の発音をその意味の漢字であてるために、使い方によって発音が異なるということにならざるを得ないのであろう。表音と表意を常に一致させることはできないからである。ひらがなのような完全な表音文字ですら「は」を使われ方により「は」と読んだり「わ」と読んだり使い分けている。

 ここで漢字と漢文の面白い特性の例をひとつ。平成13年に佐世保の旧偕交社跡の記念館に行った時のこと。出征する兵士の遺書が漢字だけで書かれているものがあった。漢文かと思って読むとすらすら読める。私が漢文を読めるはずがない。よくみたら漢文ではない。漢文書き下しのような日本文の平仮名の部分を省略してあるのだ。だから一見漢文だが本来の漢文ではない。しかし日本人にはすらすら読める。しかしこれは漢字と漢文の特性を生かした漢字漢文の本来の使い方といってもよい。

 漢字は表意文字だからそれを日本語読みするのは正しい。そしてそれを日本語の語順に並べて日本人が読めるようにするのは、古代のグローバル文字たる漢字の本来的な使い方である。実は現代の北京語の漢字表記も同じことをしている。つまり漢字をアルタイ語系の読みとアルタイ語系の語順に並べたもので、本来の漢文の語順ではない。そして先の日本語漢文とは異なり、発音の必要があることから、省略した平仮名に相当する文字を漢字で補っている。従ってこれは漢字を現代日本文の漢字と平仮名の二役に使っているのだ。

 現代の漢字による漢文でない中国語の表記は、漢文ほどではないにしても口語を十分に表記できているものではないのであろう。例えば英語でも日本語でも、口語と文語に乖離があるのは事実である。しかし、インタビューやディスカッションの録音をともかくアルファベットなり漢字かな混じりの文に書き示すことは可能である。

 もちろんそれはきちんとした文章にはなってはいないのだが。ところが中国語の漢字表記ではこのようなことは不可能であろう。漢字では話した音をそのまま書き下せないから、表記するとしたら口語をきちんとした文語に書き改めなければならないであろう。それほどに漢字表記は不便なものである。前述のように発明以来原理が一切改良されていないことが原因である。発明当時最新のテクノロジーであっても何千年も経てば時代にはるかに遅れるのは当然である。漢字漢文の不幸はあまりに早く発明されたことである。発明当初は文字は、記録ができ言葉でなく意志の伝達ができるという革命的なものであ
った。

 初期の発明だから直感で分かりやすい絵文字から発展した象形文字であったというのは、発明の容易さからであろう。例えばメールで使う(^^)が「笑い」の意味であるのは洋の東西を問わず分かるようなものである。漢字は絵文字がある程度進化した段階で改良をやめてしまった。岡田英弘氏はそれを秦の始皇帝の罪だと指摘するのだが。

 ところが漢文自体は口語の言語に対応するものではないから、漢文で書かれたものは異言語の民族間でも意志伝達手段として便利である。漢文は特定民族のものではなく、インターナショナルなものとして使われていたのである。それこそ支那大陸では多数の民族が交易交流していたのである。漢文の表記法は四書五経などといわれる古典が書かれる時代に固定化した。古典は支那社会で普遍的なものとして尊重されることとなった。

古典が貴重なのは、本来伝えられている思想の内容であろう。だが支那では古典を尊重するあまり、漢文という表記法をも固定化してしまった。文字が発明されると初期の表記法が改良されて、民族の言語を表記する手段とはならなかった。日本ですら最初に漢字が紹介されて以来、万葉仮名など各種の苦闘を経て「日本語」を漢字仮名交じり表記するという画期的な改良をした。支那ではやっと明治時代に魯迅などの白話運動により、漢文を捨て口語である「漢語」を直接漢字表記するに至った。この間には絶対的な断絶がある。

 日本でも同時期に二葉亭四迷などの文学者により口語文が発明され、現代文に至っている。だがそれ以前に使われていた、漢字仮名交じり文や源氏物語などの古文は日本語の文字表記である。明治日本では欧米の言語が口語と文語に日本ほど差がないことに刺激を受け、文語と口語の乖離が大きい日本語の改良を目指したのであった。だから中国のような文章表現の断絶はないのである。

 漢字と支那の言語が関係ない事実を示そう。広東語四週間*に妙な記述がある。まず一ページ目に「音に対する漢字が無い場合には、□で示した。」とある。そこで巻末の「広東語語彙索引」を見ると確かに□が登場する。例えばbahngと発音する言葉の意味は「動詞で「もたれる」という意味だとあるのだが、漢字が□なのである。

 もたれるという言葉に対する漢字は無いのである。48ページある索引に対して34の□が登場する。1ページに平均25個の単語があるから、約3%の単語に漢字が存在しない。これは驚くべき数字である。例外的に漢字が無いのではない。そもそも漢字の国といわれる支那に漢字で書けない単語が存在するのが、これまでの常識を超えているではないか。

 予想されるのは動詞が多いだろうということである。その通りであった。しかし日本語の「場所」、「濃い」、「茎」などの形容詞や名詞にさえも対応する漢字が無いという奇妙なことになっている。これでも漢字が支那の言語と直接リンクするものではなく、強いて当てている文字に過ぎないことが分か
る。ちなみに北京語を学ぶにはピンインと呼ばれるローマ字表記の発音記号を使わなければならないのはご存知だろう。ヨーロッパ言語はアルファベットを基礎にした発音記号で発音を表す。日本語は仮名を使う。漢字王国の支那は全くの外来のアルファベットを使わなければならないのである。

 そして広東語はピンインは使えない。イェール大学が考案した「イェール式ローマ字表記法」が使われるというのである。そういえば中共政府の刊行する日本向け観光地図には、旧満洲、河北地域及び別章で述べる支那南方方言の使われる地域以外の大部分の地名表記はカタカナである。この地域には地名の漢字表記が無く、ローマ字表記しかないことを示している。

 私は広東語に漢字表記できない単語が多数あることに驚いた。引用したのは入門書だから高度な単語になったら、漢字で表せない単語の比率はさらに増えるだろうことは容易に類推できる。前述のように、福建語にはそもそも漢字表記自体がないのである。これらのことは素人の私には驚くべき事実でも、支那言語の専門家には常識なのに違いないのである。私はこのことに何の疑問も感じずに、中国は漢字文化の国などと語る「中国」専門家の見識を軽蔑する。


 余談だがレンタルビデオショップに行くと面白いことがわかる。ジャッキー・チェンなどの香港映画の言語である。音声に中国語と書いてあって、字幕に日本語の他に簡体字、繁体字と書いてある。または音声に北京語と広東語の二つが表記されているものがある。字幕はさきのものと同じ場合が多い。皆さんこの意味を理解できるだろうか。ビデオの言う中国語とは北京語のことである。そして北京語と広東語の二種類を併記する場合には中国語、広東語と書いては奇妙だから「北京語、広東語」と書く。字幕の簡体字とは北京語字幕のことである。同様に繁体字とは広東語字幕のことである。

 これは北京語が簡体字で、広東語が繁体字表記されるのが一般的だからである。ご存知のように簡体字とは漢字が難しいため、中共政府が推薦する簡略化された漢字である。しかし日本人の省略した漢字に比べ、簡体字なるものは漢字とは言いがたいくらいに崩れているとしか思われない。だが繁体字の字幕の漢字をそのまま簡体字の漢字に置き換えれば、広東語字幕が北京語字幕になるのではないのに注意していただきたい。北京語と広東語では漢字表記法も違うのである。

 だから広東語しか理解できないものにとっては、「中国語」の音声のビデオは繁体字すなわち広東語の字幕が必要なのである。ドイツ語のビデオに英語の字幕サービスのあるようなもので、北京語と広東語にはそれだけの言語の相違があることを意味する。そのことは両言語をローマ字表記するとさらに明瞭となる。ちなみにジャッキー・チェンは香港生まれで英語も話すが、母語は広東語である。そして巷間で売られている「中国語会話」のテキストとは例外なく北京語会話のテキストである。広東語を習いたかったら広東語入門の本を買わなければならない。


2.6 漢字が支那の歴史をわかりにくくしている

 「漢民族」なるものは言語風俗からはフィクションである。漢民族に共通する言語も風俗も存在しない。ところが一般にはそのフィクションが事実として通用している。その原因のひとつは漢字、すなわち漢文というマジックにある。例えば女真族が立てたのが金王朝と表記される。すると金は明、清、宋、元などの歴代王朝と並列に並ぶ。このように大陸に存在した王朝、すなわち国家の名称は漢文では漢字一字で表記するという慣習がある。

 こう表記してしまうと各王朝の支配民族が何であるかが、全く意識されなくなってしまうのである。今列記した民族の歴史は現在では漢文という文章言語で表されている。実はこれらの王朝の支配者がどのような言語を話していたかは不分明である。現在では「漢語」を使っていたということが暗黙の了解となっているが、事実とは異なるはずである。それは一般的に漢文が漢語の文字表記であるという誤解がなされていることによる。

 漢文は支那における話し言葉と何の関係もないことは前項までに述べた。漢文書き下しの日本文であっても、候文であっても、古文であっても口語の日本語との関連性がある。漢文と広東語などの口語との関係はこのような関連性が全くないことを想起してほしい。支那大陸の各王朝の歴史が漢文で書かれていたということと、王朝の口語での公用語が漢語系であったかどうかということは対応しないのであ
る。このことに気がついたのは、琉球王朝の琉球貢表であった。琉球貢表の正文は満洲文字で書かれていた。満洲文字は表音文字であったから口語と対応していたはずである。従ってこの時代の支那、清朝の公用語は満洲語であった。口語も文語も満洲語が公用語であったのである。

 このことは既に黄文雄氏ら多数が指摘していることだから新事実でも何でもない。清朝での第一公用語は満洲語で、第二がモンゴル語、漢文および漢語は第三公用語に過ぎないというのである。琉球貢表からは公文書は満洲語で書かれていたことがわかる。貢表が書かれていたのは乾隆帝の時代で、既に18世紀である。「康熙帝伝」の項で説明したように、満洲人が皇帝である清朝の宮廷では満洲語が話されていた。

 するとモンゴル人の王朝である元朝ではモンゴル語であったはずである。以前放送されていたNHKの大河ドラマでも、フビライ汗がモンゴル語を話していたから、現代中国でもそのことを認めているのであろう。漢民族の王朝とされる宋、明では何語が使われていたのであろうか。私の知る限りこれを説明する文献はない。謎なのである。

 その謎があたかも漢民族というフィクションを成立させている。福建語のように漢語と呼ばれるもののうちにすら、漢字表記できないものがある。しかも彼らは漢文なぞ読めないのである。漢字を使う民族が漢民族であるとしたら、現在漢民族と自称する人たちには漢民族ではない者が多数いるということになってしまうのではないか。

 北京語の漢字表記は西欧の進出を恐れ日本の勃興に刺激され、日本語や英語表記を参考にして白話運動により作られたものである。唯我独尊が二千年後崩壊したと悟ったときに始めて生まれた現象である。とすれば、白話運動以前の「漢民族」の大部分は口語の漢字表記もなく、漢文を読めなかった。漢文はごく少数の知識階級の独占物であった。とすれば支那大陸の大多数の住人に漢字というアイデンティティーはなかった。

 現在の中国語講座などがアルファベットの発音表記を用いざるを得ないところをみると、いずれ漢字表記だけでは済まなくなるだろう。しかし、その暁には中国の言語、ひいては中国社会に画期的変化を齎すであろう。そのときに大陸社会の近代化が始まる。中国は中世社会すら経験していない。古代社会のままである。古代から中世に変化ができないものが近代に脱皮できようはずがない。

 支那大陸は漢字に呪われている。漢文に呪われている。あたかも歴代王朝のほとんどが漢民族支配であり、例外的にモンゴルと満洲に支配されていたというフィクションに呪われている。現代では更にエスカレートして、チベットや満洲人まで含めて中華民族というフィクションまで作り出した。病は深くなるだけである。

 漢滅亡後起こった隋唐は明らかに外来の異民族である。なぜなら戦乱飢餓、疫病で死に絶えた地域には外から人が来て定着支配するしかないからである。その外来の異民族も次の外来民族から襲われて追いやられる。そのように以前に定住した異民族が、その後やってきた後発の異民族支配を脱却して再度勃興することもあった。例えば、清朝打倒の標語として使われていた「滅満興漢」の「漢」とは単に支那に先住していた満洲族以外の民族のことである。そのような抗争の繰り返しによって大陸における言語地図は完成していった。

 ところが漢王朝以前のいわゆる漢民族が牢固として中国全土に永住していて、そこに異民族が入ってきて漢民族に同化したり、異民族を追放して漢民族が復活して永遠に存在する、というのが支那大陸の公式の歴史である。そのようなことがありえないことはヨーロッパの歴史が示している。北京語、広東語、上海語といった支那大陸における多数の言語の分布は、大陸における民族抗争の結果を記録した年輪のようなものである。

 ヨーロッパ大陸との大きな相違は、漢字漢文という異様な表現手段である。それが唯一の表記手段として存在したために、漢民族というフィクションが生まれた。どの民族も歴史を語るのに、多くの場合漢文を用いたからである。その意味に限定すれば漢字を用いるのが漢民族であるというのは正しい。それならば漢民族は単一ではなく、いくつもの言語風俗に全く共通性のない異民族の複合といった方が正確である。大和民族といった意味での「民族」とは全く意味が異なると言わざるを得ない。

 異民族の痕跡を明瞭に残したのは元と清である。元は故地モンゴルに帰って現代まで存続し、固有の言語と固有の文字を持っているからである。清は現代に続く近い時間の出来事であり、まだ歴史の彼方に埋もれることはないからである。またモンゴル文字のまねとは言え固有の満洲文字を残したからである。漢王朝滅亡以後の外来民族は、広東語、福建語、上海語などの言語や料理、風俗などに民族の痕跡を残した。

 それではなぜ漢文だけがそれほど珍重され永続したか。一般に誤解されているが、蛮族とされる周辺民族は、固有の文字を持たずとも優れたテクノロジーを持っていたから定住していた既存の王朝を倒すことができたのである。しかし人間の道徳や哲学というものは、テクノロジーの進歩と必ずしも関係が
ない。現代人はテクノロジーは優れており、社会制度も経験により改善されているが個人の道徳や哲学という面で全て優れているとはいえない。むしろ退化していると言わざるを得ない面もある。道徳や哲学についての記述というのは古典で書き尽くしたと言えないこともないのである。必ずしも古典が書かれた時代に、その道徳や哲学が実践されていたというわけではない。

 そのような優れた古典が珍重されたとしても不思議ではない。まして漢文には異言語間の民族相互のコミュニケーション手段として優れているという特性がある。そのことが文字を持たない多数の民族の跋扈する支那大陸で重用されたのである。繰り返すがその原因は表意文字の故である。表意文字は即物的であり、表音文字のような抽象性が少ない。それ故、文字の歴史の初期に発生しやすい。発声しやすいが故に古いのである。最古の文明の一つである黄河文明に表音文字が生まれるのは、作るのが即物的で楽であったからに過ぎない。

 それは漢字の価値を低めるものではないが、表意であるゆえの障害も大きいのである。漢字に固執したことは現代に至るまで、漢民族といわれるひとたちに国民国家を発生させなかった一つの原因となり、古代国家の圧制の不幸を現在まで継続させている。


2.7 漢字の発音

 漢字は表意文字である。だから何と読んでもかまわない。猫を訓すなわち大和言葉で読めば「ねこ」と発音する。音すなわち「ある時代の」支那の発音では「びょう」と読む。これは便利な機能である。「猫」という漢字を「ねこ」を意味する、ある言語の発音で読めば使えるからである。だから猫をcatと発音してもよいのだ、というのは極端な例えではないことが理解していただけると思う。

問題は猫と書いても各人がどう読んでいるか分からないことである。だから中国語会話のテキストはローマ字を使っている。日本人は仮名を発明することでこれを克服した。表意文字になじまない「は」「である」などや動詞の語尾変化、例えば「行く」などに平仮名を使って補った。発音は仮名によるルビなどで指示できる。表音文字であるはずの英語でも発音は発音記号を使わなければ正確にはわからない。アルファベットが完全な表意文字ではないことは、同じスペルでも英独仏語で発音が明らかに異なることでもわかる。

 読みがわかりにくいのは日本文で使う際の漢字ばかりではない。特に英語の読みは独仏語より規則性が崩れている。英語でも母音の基本はa,e,i,o,uの5つしかない。なぜなら他に母音を表すアルファベットがないからである。aとeの中間母音があるが、中間母音はあくまでも中間母音であって、aとeとは全く別の発音ではない。

 日本語にしても中間母音は意識せず使われている。aufというドイツ語は日本語表記ではアウフとアオフの中間の発音であるが、日本語の青(あお)に近い発音だと教わったことがある。「言う」と書いて正確に「いう」と発音したら硬すぎて不自然だが、「ゆう」と発音したらだらしなく聞こえる。実際には前後の関係で「いう」と「ゆう」の中間のどこかの発音で使っている。これに気がついたのはラジオ英会話の日英バイリンギュアルの講師が「言う」を常に明瞭に「ゆう」と発音していたのをだらしなく感じたためであった。

 閑話休題。現代中国語の文字表記でも「私は」の「は」に相当するものを漢字で表記している。だから一見漢字だけで表記されているが、日本語の平仮名に相当する機能の漢字が使われている。漢文にはこのような機能をする漢字は一切使われていない。だから漢字表記の現代中国語と漢文とは全く別物なのである。

 重要な問題は漢字の読みである。岡田英弘氏によれば(*p85)後漢当時はサンスクリットのbrahmaは音訳を使って漢字で「梵」と表記されるという。だから当時は「梵」の発音はbramという二重子音で読んだ。漢字の読みにも二重子音があった。ところが隋王朝で編纂された「切韻」という漢字の発音辞典では二重子音がなくなっているという。

 切韻ではRで始まる漢字は全てLに変わっている。この原因はトルコ語、モンゴル語、満洲語などの北アジアのアルタイ語系の遊牧民族の発音が使われていたからだという。その後切韻は現在に至るまで、漢字の読みの基本となっているという。これは五胡十六国時代に漢語はアルタイ語化したという次節の黄文雄氏の説明と一致している。

 そればかりか切韻を編纂したのは漢民族とは明らかに異なる鮮卑人であるというのだ。だから岡田英弘氏は秦・漢の中国人は二世紀末にほとんど絶滅したので、隋・唐の中国人はその子孫ではないと結論
する。岡田氏は指摘していないが、発音は変わっても漢字が単音節で読まれるという伝統だけは維持されたのであろう。なぜならbrahmaでは2音節になってしまうからである。brahmaをbramと読み替えて発音した理由は、bramなら単音節になるからであろう。

 漢字一字を一単語と考えれば、単音節に限定するのは非常に発音の種類が少なくなり、同音の確率が高くなるからヒヤリングが困難となる。日本人の才覚はこの不便な原則を漢字の読みに導入せず、素直に大和言葉で読んだことである。例えば兎は英語ではrabbitであり単音節ではない。このように世界の言語では単語は単音節ではないのが主流である。in, atなどの接続詞に単音節が使われることが多いのは言葉の音の流れをスムーズにする機能があるためと思われる。

 岡田氏は隋唐がそれ以前の漢語とは隔絶した言語となったと指摘する際にひとつの誤りを犯していると私は考える。すなわち支那大陸の各方言がともに、一律にアルタイ語系の発音となり、その後の出発点になったという点である。これによれば方言とはいうものの支那大陸の言語が同一の基礎に基づくということになってしまう。これは支那の言語の均質論である。支那の言語は均質ではない。

2.8 漢字が一音節であることの意味

 漢字の発音は現在では読みが全く異なっても一音節という原則は変わらない。切韻の時代以前の四書五経の時代も全く読みが異なってもこの原則であるという。このことは漢字の古さに関わっていると思われる。漢字は基本的に一字一単語であると既に書いた。どの言語でも古くからある基本的な単語は一音節であるものが多い。英語のI、you、goなど。ドイツ語のIch、du、binなど。フランス語のJe、ne、pasなどである。

 言語が未発達の時代にアーとかウーとか言って意志を通じていた名残なのだろう。だが一音節だと漢字の日本の音読みの同音異義語が多くて混乱するように、単語の識別が困難だという不便さが発生する。しかし前述のように、日本語以外は母音も子音も多いから、日本語で一音節の単語を使うときのような、識別上の不便は比較的少ないのである。

 漢文は古代支那言語ではないとはいえ、個々の単語の発音が当時の古代支那言語と異なるはずはない。やはり古代支那言語の単語も一音節の同じ発音であったはずである。しかし現代「中国語」の漢字表記は漢文とは使い方の異なる文字を補って表記する。それは話し言葉を比較的忠実に再現しようとするからである。そこで現在過去未来や仮定法、その他の微妙な表現が可能になった。

2.9 アルタイ語化していた北方言語

 「世界のことば」Gにこのような記述がある。「たとえば、中国語は元来、動詞が先行する言語であり、『私は北京に行く』は『我去北京』というはずだが、北京語ではむしろ『我到北京去』と日本語のように動詞『去』が後置されるのがふつうである。」

 その通りだとすれば、北京語は日本語と同じ語順、すなわちアルタイ語系の語順を持つことになる。ただし、別項で述べるように北京語すなわち北京官話は多くの方言がある。「ふつうである」と書いてあるのは、そうでない北京語方言も稀にはあるということである。そして中国語の教科書、すなわち、ある普通話の教科書には、「他去北京」と書いて彼は北京に行くの意味だとある。これで行くと普通話を採用するときには稀な語順を持つ方言を採用したということであろうか。

 この著者の誤解は「征服者として君臨したものの、文化的には漢民族に劣る満州人は、次第に自らの言語を忘れ、中国語を学ぶようになる。」と書くことである。それでは満洲族の民族衣装である、支那服が典型的な中国の民族衣装とされ、満州族の演劇である「京劇」を中国の伝統芸能としているのはなぜか説明できない。

 もちろん満洲族の文化が優れ、それを中原に住む「漢民族」が競って取り入れたからである。このように満洲人やモンゴル人の文化はそれ以前の支那文化をほとんど追放してしまった。この著者の矛盾は「満洲語は中国語とは、全く構造の異なる、むしろ日本語に近い言葉である。」として、さらに北京語は満洲語の影響で日本語のような構造になってしまったと認めていても、北京語は満洲語ではなくあくまでも漢語だと主張する点にある。

 更に岡田英弘氏によれば漢字の読み方である切韻もアルタイ語系に完全に置き換わったという。語順も発音も満洲語化した言語、これを常識ある人は満洲語と判断するのではなかろうか。漢字で表記された北京語これは満洲語の漢字表記というのである。もちろんこれは「漢文」ではない。

 さらに黄文雄氏によれば H

 四百年にわたる天下大乱と五胡の侵入によって北方漢語の基礎構造は、アルタイ語系に変わり、「雅言」が五胡言語の音韻に変わった。古代漢語のアルタイ語化である。

 これは正しい。黄氏によれば、最初の漢語である「雅言」も夏人の言語を基礎として、各語族が物々交換するときに使った「市場語」。だから漢文もただの文字の不規則な羅列だけで、註解しないと意味がわからない、曖昧で不完全な表記文字体系であるという。

 3章で説明するように黄河以北の支那北方地域は、五胡十六国の時代に漢民族が、北方民族から駆逐されて匈奴、鮮卑といった北方の非漢民族の居住する地域となった。 五胡十六国時代、隋唐以後は杉山徹宗氏の説によればI、漢民族は絶滅したのであり、東洋史通論の通説によっても、五胡十六国時代に漢民族は黄河流域を追放され南下したのである。いずれの説でも中原に漢民族はいなくなったのである。非漢民族が漢語を話すはずがない。

 中原の言語は匈奴などの言語となり、アルタイ語系になったのである。ここにこの地域が同じアルタイ語系の満洲語を受け入れる素地はすでにあったのである。むしろ「南方中国語諸方言」(2.11 項)を押し付けられる方が受け入れ難かったであろう。北京官話すなわち北京語が満洲語をルーツとしているというのは奇矯なものではないのである。


2.10 支那の言語の種類

 北京語を母国語とする人間が、広東なり上海に行って仕事をする場合、言葉を覚えなければならないが、そのためには語学校に行かなければならないという。日本ではそのようなことはない。東北や鹿児島の田舎で老人と話すのは困難だが、慣れにより克服できる範囲である。それは方言だからである。中国語の場合はそうではない。異言語だからである。

 このような相違はどうして発生したのか。例えばフランス語とドイツ語はゲルマン系とラテン系の相違がある。異民族だから異言語である。英語は古ドイツ語から分化したものであるという。だが単に分化しただけではない。フランス語の影響を受けたのである。半分以上の単語はフランス語語源でもあるという。また英語への変化はそれだけが原因ではない。民族の相違がある。元々ベースとなる言葉がありそれを基礎に異民族が受け入れたために単なる方言ではなく異言語となったのである。すなわち異言語になるのは単に地域の隔離や時間の経過だけでは発生しない。元々の基礎となる部分に相違があるからである。

 時間や地域の隔離だけが原因なら、そこに生じるのは方言というべき相違だけである。だから北京語などの言語間の相違は、地域や時間の隔離によるものだけではない基礎的な違いがあると見なければならない。基礎的な違いとは各言語を話す人たちの出自の相違すなわち民族の相違である。北京、広東、上海、福建などの言語の相違は、その人たちの民族の出自の相違によるものである。このことを以下の項で見ていく。


2.11 南方中国語諸方言の分布

 現在の中共のいわゆる漢語圏とされる言語は、北方の「北京官話」と南方の「南方中国語諸方言」に大別される。まず南方中国語諸方言について検討する。「世界のことば」Gに漢語の分布図がある。これを現在の中華人民共和国の省と台湾の地図に重ねると面白いことがわかる。

呉方言;上海語・・・江蘇省南半分と浙江省

閩方言;福建語・・・台湾、福建省、海南島

粤方言;広東語・・・広東省、北部の一部を除く江西省

客家方言;客家語・・・広西省と湖南省の境界地帯、江西省南端の一部と福建省南端の一部

韓(字見つからず、仮字)方言・・・江西省と安徽賞南部

湘方言・・・湖南省北部

 この本には圧倒的に多くの面積を占める、残りの地域の言語には言及されていない。チベット、ウイグル、青海、甘粛、内モンゴルなどは明らかにチベット語、モンゴル語、ウイグル語などの非漢語が使われている。しかし河北、山東、山西、河南、寧夏、陝西、湖北、貴州、四川、雲南などの地理的には中共中央部の大部分を占める地域の言語の種類が書かれていない。まさか全てが一律に北京語が使われてるというわけではあるまい。また一般に黒龍江、吉林、遼寧の旧満州国に属する地域は北京語を話すとされているがこれについても言及されていない。

 またこの文献にも中国語の方言は言葉が異なり「もしも漢字という紐帯がなければ、中国はいくつかの言葉がせめぎあう今日のヨーロッパのような状態になっていただろう、と想像する人は多い。」と書く。これは認識の誤りである。支那が国民国家らしく統一されたのは歴史上現在が始めてである。黄文雄氏や岡田英弘氏らが指摘するように、統一帝国と言われる清朝や元ですら皇帝はモンゴル、チベット、満洲、「漢民族」地域などの複数の民族国家群の名目君主であって、統一的に支配していたわけではない。例えば清朝の皇帝とは支那に対しては清という王朝の皇帝であり、モンゴルに対しては大ハーンである。

 支那人はモンゴルや満洲には住めないのである。この支配形態はヨーロッパの神聖ローマ帝国に似ている。国境の無いひとつの神聖ローマ帝国があったのではない。正確ではないがドイツ、フランス、オーストリアという支配領域があり、それらの代表として神聖ローマ帝国があった。別な文献にも中共と台湾の言語分布が示されているJ。「世界のことば」は地図の描き方が正確ではないがこちらの文献では、現在の省区分と正確に対比されている。これによれば、先にあげた6種類の言語は包括して南方中国語諸方言と呼ばれている。この文献に示された南方方言と地理の関係を以下に示す。

呉方言;上海語・・・江蘇省南の一部と浙江省

閩方言;福建語・・・台湾、福建省、海南島と広東省の東の一部

粤方言;広東語・・・広東省西部、北部の一部を除く江西省

客家方言;客家語・・・江西省と広東、福建省の境界地帯、他に福建省に散在するほか広く周辺各省に散在する。

韓(字見つからず、仮字)方言・・・江西省と湖北省の南東部の一部

湘方言・・・北西の一部を除く湖南省

 以上のように両文献はほぼ一致する。後者の文献では省の区分と言語分布が重ね合わせてあり、より正確に読み取れる。Wikipediaによれば福建語の音は日本語の「音読み」に似ていて、北京語とは異なるために福建語は古中国語の残存が見られるという。例えば目・モクは北京語でイェン、福建語でバクという。走・ソウは各々パオ、ツァウという。子音からしても北京語は特異である。

 だがこれには注意を要する。日本語の訓は遣唐使の唐代に輸入された発音である。別項で述べたように隋、唐の漢字の読みすなわち切韻はそれ以前の漢字の読みと異なり、二重子音を持たない鮮卑系の音声である。つまり古中国語といっても隋唐の時代のものである。このように「中国語」の発音には少なくとも隋唐以前と以後、そして北京語の三系統はあることになる。民族にも最低限これに対応する数の種類があるはずである。現在の漢字表記に隠された発音には民族の分布が隠されている。ヨーロッパとのアナロジーでいえば漢字でも簡体字と繁体字に分かれる。

 例えばロシア語がキリル文字であり、同じアルファベットでもフランス語のアクサン・グラーブ、ドイツ語のウムラウトといった発音表記の若干の相違がある。発音に至ってはゲルマン系でもドイツ語のwが英語のvに相当するような相違がある。このように言語の表記発音分布でも複数の「中国語」とヨーロッパの各言語にはアナロジーがある。

2.12 北京官話の分布

 北京官話に移ろう。北京官話系の北方言語の分布は前項の残りの地域のうち

河北、山東、南の一部を除く江蘇、南部の一部を除く安徽、山西、河南、寧夏、陝西、南東の一部を除く湖北、貴州、四川の東部、雲南の東部、江西の北西部、甘粛である。また黒龍江、吉林、遼寧の旧満州国に属する地域は正確に含まれる。

 また北京官話はJ、

@北方官話・・・東北部すなわち旧満洲と北方(黒龍江、吉林、遼寧、河北)
 原著によっても河北はどこにも入れそうもないので仮にいれた。原著では北方官話は黒龍江、吉林、遼寧の旧満洲国領だけ。

A西北官話・・・黄土台地とその西方地域(甘粛、寧夏、陝西、河南、湖北、)

B西南官話・・・四川とその近隣地域(四川東部、貴州東部、雲南)

C東方官話・・・南京とその周辺(江蘇、安徽、山東)

 以上のように分布しているとされる。()内は私の推測である。北方官話がよりオリジナルの満洲語で、他の方言は満洲語が清朝支配以前の土着の言語の訛りで変化したものと私は推定する。フィリピン人のタガログ語訛りの英語が、タガログ語を母語としていた民族が英語を習得したためにできたようなものである。

2.13 支那大陸の言語分布と民族

 前項までに見てきた、北京官話と南方中国語諸方言の分布から、民族との関係に映ろう。これまで見てきた言語の地域分布は土着言語の相違を反映しているものと考えられる。また南方言語内の相違は異言語であるが、北京官話内の相違は方言の範囲に止まると記されている。両文献をさらに分析するとさらにこれらの言語分布は歴史的経過を反映していることが分かる。北京官話は満洲語である。「世界のことば」の閩方言の「閩」とは広辞苑によれば、五代の十国の一。後梁の世、王審知が福州を都として建てた国。三代を経て南唐に滅ぼされた。

 すると閩は10世紀初頭に福州を都とした国である。福州は現在の福建省の省都である。閩の言語が上海語のルーツとなる。その系統を探るには閩の民族を調べなければならない。いずれにしても漢王朝までの本来の意味での漢族が滅びた以上、これらの言語は古代漢語とは異なる言語であることは間違いない。呉方言の呉とは紀元前2世紀に蘇州を都とする蛮族の国の名称がルーツと中国の諸言語には書かれている。呉にはふたつあり、紀元前5世紀頃の春秋戦国時代に蘇州を都とする国と三国志の呉で南京が首都とある。

 いずれも時代は一致しないが、蘇州も南京も上海の近傍で江蘇省南部にある。南京は官話を話すので、上海語圏の蘇州とすれば蛮族と言われた紀元前の春秋戦国時代の呉ということになる。とすれば当時の蛮族の言語、非漢語をルーツとした言語であろう。しかし同じ地域に時代が変わっても同一名の国家があったというのは偶然ではない。

 例えば西フランク王国が後のフランスになったのはフランクがフランスの語源になったというべきである。ふたつの呉にもこのような歴史上の関連性があってもおかしくない。すなわち蘇州南京上海あたりの地域は「呉」と称されるべき地域であったのである。その意味でもし中共が分裂していくつかの国家群になったとしたら上海語を話す江蘇省南部の一部と浙江省に「呉共和国」ができてもおかしくはない。同一言語を話す国民国家という観点からは、コミュニケーションその他からもその方が住民にとって幸せである。

 広東語は三をサームと読むというから、必ずしも全ての漢字の読みが一音節ではないのではないか。このように漢字の読みの原則も「漢語」の各言語に相違があるのに違いないのである。だから「漢語」には複数の異なる系統の言語の集合である。だから広東語と北京語を比較すれば、南方系と北方系の相違がわかると思うのである。

2.14 支那の言語の現代表記法

 北京語広東語などの支那の言語の相違はドイツ語フランス語ほどのヨーロッパ言語の相違があり、方言と呼べるものではないと繰り返し述べた。これについて例証する。「私は日本人です」という言葉を北京語、広東語及び上海語で表記してみる。


@北京語(普通話)
・漢字表記
 我是日本人
・ローマ字表記
 Wo shi Ribenren.

A上海語
・漢字表記
 我是日本人
・ローマ字表記
 Gno zhi Zhakbnnin.

B広東語
・漢字表記
 我係日本人
・Ngoh haih Yahtbunyahn.

 ここでは語順ではなく、発音を見る。漢字表記はほぼ3言語とも同じだが、発音が全く異なることがわかる。確かに漢字は表意文字としてしか機能していないことが分かる。それどころか、「〜である」に相当する漢字も、是と係という二種類の漢字が使われている。これでは漢字は表意の機能さえしていないことになる。もし漢字を廃止してローマ字表記しても3つの言語は機能する。もともと支那における文語は漢文しかなかった。そして漢文は口語の漢字表記ではないと言った。

 ほとんどの支那大陸の住人は漢文が読めない。庶民は文字のない話し言葉だけの世界で生きてきた。ほとんどが文盲だったのはこのためてある。気の利いた一部の人が漢字の意味だけを知っていて、少しの字を並べて簡単な表現ができるといった程度であった。

 表意文字の原則を通せば、同じ漢字でも言語が違えば発音が違うのは当然である。元々支那の書く言語の発音も、漢字の読みからきているのではないから、ローマ字表記でも間に合う。この点は西洋言語と同じである。支那の言語は漢字漢文とは関係なく発達したから、発音さえ表記できれば良いから、支那の言語の表記には漢字よりローマ字の方が適しているという倒錯したことになる。

 一方日本語では多くの言葉を漢字の意味を使って作って取り入れてしまった。日本語の発音は母音も子音も圧倒的に支那やヨーロッパの言語よりも少ないから、漢字の「音読み」から作った日本語の単語の意味は発音だけでは認識しにくい。「貴社の記者が帰社した」というのは下手なジョークではない。従って日本語をローマ字表記すると意味が極めてわかりにくくなる。日本語には漢字仮名交じり表記が適しているのであって、ローマ字表記はなじまない。漢字を廃止した韓国でも同じことになると危惧している日本人識者がいるが、朝鮮語では日本語よりは母音も子音も多い。

 したがってハングルによる表音表記は馴染むのかも知れない。ただ漢字ルーツの単語は本来の意味が分からなくなる。しかし実用上は支障ないのであろう。このように「中国語」はむしろローマ字表記が適していることを理解した毛沢東はローマ字表記の運動を始めた。

 しかしすぐ気がついたのは、北京語、広東語、上海語などは別言語だということが明瞭になるということである。そしてこれらの言葉には地域性がある。するとこれらの異言語の地域はヨーロッパのように別の民族の別な国家であるべきではないかということになる。中華民族どころか、漢民族というのは複数の民族をまとめて呼称しているに過ぎない、いんちきな民族であることがばれるのだ。ちょうどヨーロッパ人と十ぱ一からげに呼ぶのと同じである。

 すぐに毛沢東はローマ字運動を中止した。先の三種類の支那の言語を漢ローマ字表記すると全く別言語だと分かるが、漢字表記だとあたかも同じに見えるのだ。そこで漢字を使う漢民族という空想に戻れる。そしてモンゴルやチベットなどだけは漢民族にあらざる「少数」民族であるということにした。多数派の漢民族にわずかな例外である少数民族を抱えた中華民族という幻想。その幻想を支えたのが漢字である。だから中共政府にはローマ字表記は好ましくない。

 しかし実態はローマ字表記の方が、はるかに実態にも合い便利である。従って支那の言語のテキストには発音を表記すると称してローマ字表記が使われている。このローマ字表記は英語などの発音記号とはやや性格が異なり、発音を表すばかりでなくベトナム語のように正規の文字表記となる可能性がある。永い間にローマ字表記が発音記号ではなく、本来の文字表記に移行する可能性すらある。漢字は簡体字を作らなければならないほど不便なものだからである。ローマ字表記は中共を解体する底辺からのきっかけになる。

 繰り返すが、日本語の「しあわせ」をsiawaseとローマ字表記しても意味は分かる。ところが漢字から発明した「幸福」をkoufukuとローマ字表記したら、降伏、幸福、降服、口腹などの区別が困難になる。もちろん文脈から分かる可能性はあるのだが、なぜしあわせのことを「こうふく」というのか不明になってしまう。それは「しあわせ」を意味する漢字の幸の支那の読み方のひとつの「音」から借りてきた読み方をしただけだからである。

 ところが支那で幸をkouと読むとすれば、支那のある言語でしあわせを意味する言葉をkouと発音していたから、しあわせを意味する漢字の幸をkouと読んだのに過ぎない。漢字がなくてもkouと話せば「しあわせ」の意味は通じていたのである。そして漢字の読みが支那の各言語で全く異なる。幸をどこかの支那の言語でkouと本当に発音するのかは知らない。これは単に例示として言っただけであることを付記する。

 日本語では多数の言葉を漢字の意味から合成して、音読みした単語を多数発明してしまって、本来の日本語たるやまとことばの単語よりはるかに流通している。従って現在の日本語の文字表記にこそ漢字は必要である。

 ところが支那大陸の言語の漢字表記はもともとの言語の発音に、該当する意味の漢字をあてているに過ぎないから、漢字が消えてローマ字表記となっても何ら支障ない。例えばコンピュータの訳語である「電脳」という言葉は、支那の各言語で発音が異なるのであろう。しかしどの言語で発音しても「電脳」は「電」という意味の単語と「脳」という意味の単語をくっつけたということは明瞭にわかる。だから「電脳」という漢字ではなく、ローマ字だけでも単語の発明者の意図は分かる。

 繰り返すが、このように支那の言語の漢字表記に必然性はなく、ローマ字表記でも足りるのである。それならばなぜ漢字表記がなぜまかり通るのか。それは前述のように一面は中共の統一政策、独裁のための政策である。しかしそれを支えているのは圧倒的な文盲の多さであろう。教養のない地方の庶民にまで漢字表記を行きわたれば、漢字表記の不便さがわかり、ローマ字表記の便利さがわかるであろう。漢字の発音はローマ字で表記して教えられるのだから、多くの漢字の上にローマ字も覚えるよりは、いっそローマ字だけでよいということになるであろう。

 現に漢字の不便さから簡体字が発明された。だが簡体字は表記の簡素化だけであって、何万という漢字を覚えなくても済むわけではない。これに比べ24文字覚えれば済むローマ字は一般庶民には何と楽なことか。また単音節が多い支那の言語では、ローマ字表記でもさほど長たらしくはならない。なぜ北京官話の文字表記の運動である、白話運動が満洲文字ではなく漢字表記によったのか検討する。辛亥革命をになっていたのは知識人だった。知識人は言語としてはメジャーな北京官話である満洲語を常用していたが、古典の教養として漢字漢文を理解していたのである。

 さらに辛亥革命は滅満興漢を標語に行われていた。満洲人王朝打倒後の文字は、満洲文字ではなく漢字でなくてはならないのである。革命同志の言葉が北京語以外にも広東語、上海語と言葉が違っていたからこそ、同志の連帯を作るのは漢字というアイデンティティーしかなかったのである。そして漢字はかつての「漢民族」の古典に使われていたという、いんちきでも都合良い誇りもある。

 実際には血統は本来の漢民族とは異なっていてもである。そのことは現代のヨーロッパ人が血統が繋がらない古代ギリシア、ローマの文化文明を自己のものであるかのように誇るのと同じ虚構である。実際には言語風習文化などで満洲人は支那の民族を同化したにもかかわらずである。なぜ満洲語ルーツの北京語が残ったのか。仕方ないであろう。

 風習と同じく300年にわたって支配されて言語も同化してしまったのである。既に母語となってしまったのである。なぜ満洲文字が消えて漢字になったのか。それには他の原因もある。満洲文字はモンゴル文字から作られた比較的歴史の浅い文字だからである。もうひとつは清帝国全体としての文盲率の高さである。漢字にしても満洲文字にしてもどのみち識字率は低かった。そこに西洋文明を導入するために漢字による白話運動が起き、広く学校教育が行われた。空白地帯に漢字が流れ込んだのに等しいのである。

2.15 科挙は清帝国全土で行われてはいなかった

 科挙は隋の時代に始められた。3章などで述べるように、本来の漢民族が絶滅した時代に始まったのには意味がある。官僚は文章の世界である。文章が書けなければ仕事にならない。支那王朝唯一の書き言葉は漢文である。四書五経の漢文を発明した民族にとって漢文はさほど難しいものではなかったのであろう。あるいは日常的には漢文で表しにくい、複雑な文章を作ることはしなかったのかもしれない。

 しかし漢民族は絶滅して外来民族がその言語文化とともに流入定着した。その民族が言語を表記する文字を持たなければ、命令を伝達して支配する手段として漢文は官僚文として必要である。こうして新たに漢文を読み書きできる官僚を育てるために科挙を行わなければならなかったのである。本来の漢民族ではない隋唐以後には、漢文は難しい科挙により育成しなければならなかったのである。あるいは官僚の文章として複雑な文章を頻繁に作らなければならないから、四書五経の古典の学習を必要としたのかもしれない。

 ところがモンゴル帝国の元が支配すると科挙を廃止してしまった。それはモンゴル文字を持っていたからだと私は推測する。モンゴル語を全土で使う第一の公用語としたからである。しかし漢文は旧隋王朝あたりの領域、元々漢字しかなかった地域では、第一公用語のモンゴル文字とあわせて、漢字が使われていたのであろう。その証拠に旧隋王朝の領域の支那に土着していた民族が宋を建国すると科挙は復活した。正確には元末からであるが。

 すると再び北方から侵入した清帝国の場合はどうだったのだろうか。別項で述べるように、元と同じく満洲人も領土の2元支配を行っていた。英国のヴィクトリア女王がインド皇帝を兼務していたように、モンゴルに対しては大ハーン、支那に対しては清朝皇帝を兼務して君臨していた。従って正確には清朝とは支那だけにおける国号というべきであるが、現在では満洲族の帝国を現す名称が残されていないために、便宜的に清朝と呼ぶしかないのである。

 そこでこの項ではモンゴルなどを含む満洲人の帝国を清帝国と呼び、支那に対する支配者としての王朝を清朝と呼ぶことにする。ここで使った「支那」とはどこを指すのであろうか。清帝国は明朝を倒して支那を支配する。支那に対しては明朝を継承したのである。従ってここでは支那は旧明朝の領土と民である。明朝では漢文が公用文として使用されていた。だから公文書に漢文を使うために科挙が行われていた。

 さてここで私の仮説に入る。本稿自体が全て仮説と言えるのだから、あらためて宣言することもないかも知れないのだが。清朝で科挙が廃止されずに継続されていたことは知られている。しかしモンゴル、チベット、満洲ではそれぞれの文字があったから漢文の必要はない。

 そして琉球貢表が立証しているように、対外的には第一公用語、公用文として満洲語と満洲文字が使用されていた。すると科挙が行われていたのは、漢文が使用されていた地域であり、清朝すなわち旧明朝の領土なのだというのが私の仮説である。それでは明朝の領土とはどの範囲か。

 逆に科挙が行われていなかったと考えられる地域を、現在の中共の省などの区分で列挙する。まず旧満州国領、黒龍江、吉林、遼寧の三省である。次に新疆ウイグル、内モンゴル、チベットと青海も明らかに科挙は行われていなかった。河北省も北京の清帝国直轄として行われていなかった可能性が高い。四川、雲南、貴州省もあやしい。清帝国が元帝国と異なり科挙を支那に残したのは、自治の幅が大きかったことの他に、モンゴル文字が比較的古いのに対して満洲文字がモンゴル文字を元に作った新しい文字であったことにもよるようにも思われる。

 ちなみに科挙の最高位として皇帝自らが行う殿試があるが、康熙帝伝でも康熙帝は満洲語を話すことができる他、漢文の読み書きができたことが書かれているから、殿試はできたのである。何も試験官は皇帝なのだから、受験者よりも漢文に熟達している必要がないのはもちろんである。

 他の項で述べるように当時の読みは既に四書五経が書かれた当時とは別の、切韻と呼ばれる読み方がなされていたから、考えて見ると奇妙なものである。これは類似の読みをする欧州言語ですら、ドイツ語で書かれた文章をフランス語風に読んだら奇妙なことになることを想像していただければわかる。ドイツ語の文をフランス語風に読んだら、ドイツ人が聞いてもフランス人が聞いても意味がわからないのである。

 Hitlerはよく知られているようにイットレルと発音する。ドイツ語では逐一発音するのに対してフランス語ではhを発音しないとか、末尾のtを発音しないとか様々な相違があるから、ドイツ語をフランス語風に発音すると滑稽なことになる。科挙はこのように四書五経を作った当時の漢民族が聞いたら笑い出すようなことを大真面目にしていたのである。

 康熙帝が漢文を学んだのは価値ある古典としての漢文で書かれた古文書を読むためである。それは現在ではほとんど使われていないラテン語を教養としてヨーロッパ人が学ぶのとよく似ている。ラテン語はローマ帝国の公用語として使われていたが、その後いくつかの異なる言語に分化していって、現在では直系に近いラテン語が使われるのはバチカン市国だけであるといわれる。

 現在ではラテン語は学術用語として使われている他、水族館をラテン語の水を意味するaquaからaquariumと造語したように新語を作るのに使われている。イギリス人とローマ帝国の住人とは血統も文化も本来関係がないのにもかかわらずである。これは日本人が特に明治時代に西欧の輸入言語を、漢字を使って造語したのと酷似している。

 そして康熙帝などにとっても漢文の古典は異文化であったが普遍的古典として尊重したのである。満洲族にとって漢文は異文化であることは、清帝国では漢文の古典の全てを満洲文字を使った満洲語で翻訳させたことからも証明される。漢文は発生が古く、表意文字という特性のために他の言語の文語に比べると極めて不完全な文章だから、解釈の幅が広く著者の真意を読み取るのが困難であり自ら書くことも困難である。だから科挙という困難な試験があったわけである。

 私がなぜ清帝国の全土で科挙が行われていなかったという仮説を強調するのか。それは科挙がチベットなども含めた全土で行われていたと漠然と考えると、既に清帝国の時代に清帝国の全土が漢字文化化されていた、すなわち漢民族化されていたという誤解がされかねないからである。

 また支那すなわち清朝は清帝国の一部に過ぎないことを明示したかったのである。あくまでも科挙は清帝国の一部地域の限定版であった。中共がチベットやウイグルなどの旧清帝国の領域を領有するのは単に軍事的暴力のゆえんであって、歴史的正当性のゆえではないというのである。すなわち植民地インドが英本土を呑み込んだようなものである。満洲人は支那人に比べわずかであったから、呑み込まれても仕方ないと言うなかれ。英本土の人口と植民地インドの人口の比率を考えたら、そんな理由は成り立たないことは明瞭である。

2.16 北京語とは支那言語訛りの満洲語である。

 2章の最初に述べたように、mandarinは北京官話と訳される。北京官話とは、北京の宮廷で使われる言語の事である。大雑把に言えば、現在の北京語すなわち、支那の標準語は北京官話をアレンジしたものであると言われている。北京官話が宮廷で使われている言葉であるとすれば、最後の北京官話は満洲語である。これまでに論じてきたように、少なくとも康熙帝の時代には宮廷では漢人といえども満洲化して、満洲語を話していた。康熙帝伝の宮中では、使われている言語と言えば満洲語と漢文しか登場しない。漢文とは繰り返し述べたように、四書五経のような書き言葉であり、広東語のような話し言葉とは何の関係もない。そして乾隆帝の時代の公文書は満洲文字を使った満洲語で書かれていた。

 さらに難解な漢文の四書五経などの支那の古典は全て満洲語に翻訳されていた。この意味するところは明瞭であろう。現在の北京政府が普及しようと努めている標準語、普通話とは、満洲語を基礎としたものなのである。満洲語を話す漢人が、魯迅などの白話運動によって漢字表記ができるように改良されたものである。この事は日本でも明治期に、二葉亭四迷などによって、これまでの文語体しかなかった文章が、落語などの江戸言葉を基礎として口語文に改良され、これが基になって標準語が出来た経緯と似ている。いや、白話運動とは日本語の口語文成立の過程に触発されたものなのである。

 繰り返し述べたように被支配民族は強制であれ自発的であれ、支配民族の言語を習得するものなのである。しかし土着の言語があるから、その言葉は土着言語の訛りがある。例えばフィリピンやパキスタンの英語はフイリピングリッシュとかパキスタングリッシュとか揶揄される。これはフィリピン訛りあるいはパキスタン訛りの英語、と言う意味である。我々が現在中国語と称している支那の標準語とは、支那訛りの満洲語を改良したものなのである。英語で北京官話の事をmandarinと書くのは満の音をなぞったものと私は想像している。

 康熙帝以後の北京で満洲語が使われていたことを証明する資料はない。しかし康熙帝時代まで北京を首都として百年近く経つ。このころまでに北京の宮廷では満洲化した漢人が当たり前になるほど、満洲文化は普及したのである。当然満洲化した漢人や宮廷に出入りする漢人によって、これらの満洲文化は周辺地域に広く普及していった。この事は言語ばかりではなく、支那服や京劇が満洲文化オリジナルであることからも証明されるように、満洲化の傾向は康熙帝以後強まる事はあっても弱まる事はないと考えるのが自然である。さらにその後の乾隆帝の時代にも、公文書が満洲語で書かれていた事は「琉球貢表」で証明した。満洲人が漢化したと主張する人に聞きたい。支那服や京劇をあたかも漢民族文化であるごとく主張する現代中国人の倒錯をいかに説明したらいいのか、と。

 東洋で英国やフランスの植民地だった地域は言語や文化まで宗主国に染まっていたのと同じことが支那大陸ででも起きていたのである。そう。支那は満洲人の植民地だったのである。孫文らが滅満興漢と叫んだのは、彼らの独立運動である、との意識の表れである。独立を果たしてもインドが公用語として英語を採用しなければならなかったのと同じ事情か中華民国や中共にも起きた。インドやパキスタンあるいはフィリピンではそれぞれ、ヒンズー語やウルドゥー語あるいはタガログ語がメジャーであるとはいえ、多言語国家国家である。そこでどの民族語に属さずに、既に習得もなされている外国語たる英語も共通言語としての公用語に採用されたのである。

 このアナロジーが支那大陸でも発生した。漢民族といっぱひとからげにいっても、広東語、上海語といった多言語の地域である。そこで共通語として採用されたのが首都北京周辺で一般化していた支那訛りの満洲語を採用したのである。同時に、孫文などの辛亥革命の指導者はそれこそ満洲文化にどっぷり浸かっていたのである。袁世凱にしても漢人とは言え、清朝の軍人であったから、宮廷に出入りしていたから満洲文化が当然身に付いていたのであろう。同じく支那大陸を支配していたモンゴル人との違いは何か。モンゴル人は帰る土地を持っていたのである。すなわち朱元璋が反乱を起こして、元朝を倒すとハーンはゴビ砂漠の北方に逃げ、そこに王朝を移動した。明朝成立以後でもモンゴルの皇帝のハーンは存在した。モンゴル王朝は支那の支配を止めて故地に帰ったのであって、消滅したわけではなかったのである。

 当然北京周辺には、モンゴル化した漢人はいたのであろう。しかし彼らは漢人の報復を恐れて家族ごとモンゴル人について行ったのである。モンゴル化した漢人のモンゴルへの帰属意識がいかに強かったかについては、明朝に投降を呼びかけられた南方の漢民族出身の元朝の軍人の多くが投降を拒否して処刑されたことからも分かる。彼らは南方にいたために皇帝ハーンと共にモンゴルについて行くことが出来なかったのであろう。一方清朝最後の皇帝の愛新覚羅溥儀は袁世凱に騙されて北京の紫禁城に残る道を選んだ。恐らくは故地の満洲の地がロシアに軍事占領されていたり、漢人が入植していたりして、もはや帰るべき土地ではなくなっていたからでもあろう。こうして満洲人は満洲化した漢人に混じって支那北部に土着していった。それがモンゴル語が内モンゴルという一部地域に限定される地方言語になったのとは逆に、標準語として採用されるようになったのは皮肉である。

 インドやパキスタンで英語が公用語であるとはいっても、英語が通用するのは首都などの大都市周辺だけである。実際には香港では広東語が話されているように、標準語による統一が成立するとは私は思わない。現に日本で発行されている中国の反体制新聞の「大紀元時報」(平成22年8月12日付け)は、広東語擁護を掲げ市民抗議デモ、という記事を書いている。ここには「広東語は、海外の華僑圏でも広く使われている言語であるとともに、最も古い中国語の要素が残っている方言として、北京語を基礎とした普通話(標準語)が代表する文化とは大きく異なる固有の文化を育んできた」という興味深い記事がある。さらに「彭氏は、普通話は満洲族の言語の影響なども受けた北方方言の一つであるのに対して、広東語は二千数百年前の春秋戦国時代からすでに存在しており、文化的基盤が深淵である上、広東語のほうが真の中原文化を伝える言語であると述べた」と書く。私はこの主張を「普通話は北方方言の影響を受けた満洲族の言語である」とひっくり返しているのである。

 大紀元時報の主張はあたかも、たかだか数百年の支配の歴史しかない満洲族の言語文化を拒否しているようではないか。そして滅満興漢の主張のようではないか。話を基に戻すと、支那大陸では二千年続いた北方民族の侵入の繰り返しにも拘わらず、言語の分化は強くなっているように思われるのである。そして北方民族の侵入と土着化による多言語化はむしろ満洲王朝は例外ではなく、多くの異民族王朝の崩壊に伴う一般的な現象なのである。つまり広東語や上海語などのいくつかの言語のうちの多くは、かつて倒れた王朝の民族の残滓である。つまり支那大陸の言語の分布はかなり民族分布を代表していると考えられる。その事はヨーロッパの現在とのアナロジーがある。つまりドイツ語を話すドイツとオーストリーはゲルマン民族であり、フランス人はラテン系の民族であると言ったように、言語と民族の分布には、全くイコールではないにしても相関関係がある。

 こう考えると支那大陸に侵入した北方民族の興亡としては、満洲人は標準的な過程を経過したのであって、モンゴル人が例外なのである。現在漢民族と呼ばれる人たちのほとんどは漢字文化を成立させたオリジナルの漢民族からいえば、侵入者たる異民族だったのである。その点で満洲族が漢民族の一部である、と言われるのも逆の意味では当り前であろう。私がオリジナルの漢民族と考えているのは客家と呼ばれる人たちである。しかし客家語は必ずしも広東語など他の言語のようのような明瞭な地域分布がない。あるいは客家と呼ばれて中国各地に分布している場合が多い。つまりオリジナルの漢民族は外来民族に蹂躙されて、大陸の各地に分散したのである。このことは、ユダヤ人と似ているともいえる。外来民族が定住の地を得たのに対して本来土着とも言える民族が定住の地を持てないというのは皮肉である。

 ちなみにモンゴル語だけが明瞭に非漢語であるとされるのは単純な理由である。前述のように、ともかくも北方に逃亡して支那大陸以外に民族国家を維持し続けたからである。だから内蒙古と書こうとも、支那にいるモンゴル人はモンゴル人であり漢民族ではない、とされるのである。別項でも述べたように支那大陸の歴史や言語はやはりヨーロッパとのアナロジーで考えるのが正しいのである。
http://www.ac.cyberhome.ne.jp/~k-serizawa/sub2-2.html

3章 漢民族滅びる

3.1 地形と国家

 国境はアフリカのように、植民地の旧宗主国が人工的に分割したのでない限り、山脈や河川により区切られている。日本の江戸時代の藩や現代の県境についても同様である。すなわち藩の境界にしても戦乱を繰り返したことにより確定したものである。天然の障害が、文化的交流を困難にするとともに、戦闘の際に越えがたい障害ともなってそこが妥協点となるからであろう。

 今、ヨーロッパの地図を見るとアルプスをはじめとする高山が多い。これに対して歴史的に漢民族が住んでいるとされる地域は、日本よりはるかに広大であるにもかかわらず、三千メートル級の高山は少ないばかりか、山脈と呼ばれるものはあるものの、連続していて障害となると考えられるものは少ない。これがヨーロッパに多数の国民国家が分裂して定着し、支那大陸が多数の国民国家に分裂して定着しない一因を成していると考えられる。同一言語の民族でもドイツとオーストリアが分かれているのも平地の民族と山岳民族という相違があるのであろう。山岳民族は地の利を生かして、平地民族の侵入を防ぐことができる。

フランスとドイツは異言語異民族であって、紛争が起こりやすいのは地形的障害が少ないからであろう。現に第二次大戦の際にドイツ軍は中立国のベルギー経由したのも地形的障害の少なさが電撃作戦を可能にするからである。朝鮮は半島という要因ばかりではなく、チャンパイ山脈などの障害があったことが、属国とは言っても中国に対する文化的独立性維持と異なる国家であることを可能にした。

 中国が統一と分裂を繰り返し、適正規模の国民国家に収斂しない不幸の一原因は「漢民族」居住区の平坦な地形にある。軍事技術の優れた周辺の蛮族が中原に侵入して豊かな富を手にすると、漢民族地域ではない周辺地域に一気に膨張した。かえって中原より統一を起こした国家、宋や明にはそのような活力はないから、かつての漢民族地域より大きく拡大することはない。

 唐や元、清といった周辺から起こった異民族国家が極端な膨張をして、世界帝国とも言える国家を樹立したのは偶然ではないのである。共産中国は、日本アメリカソ連といった国の軍事技術を利用して膨張し、再び清朝の版図を入手した。地形が中国を不幸にしている。

3.2 異民族の名前

 井沢元彦氏が、愛親覚羅という満洲人の姓を説明するのに漢民族に同化したと述べた。これはおかしい。一字の漢字姓にせずして同化したとはいわない。
 「東洋史通論」Kに次のような記述がある。

・・・異民族の侵入を招いた。まず西方の巴族(氏)の李雄が四川の地をとり、帝を称し国を成と号し、ついで山西北部に居住していた南匈奴族の首長で晋軍の将校であった劉淵が、山西南部の平陽によって国を漢(後趙)と号し帝を称した。

 まず気付くのは異民族であるにもかかわらず、名前が李雄や劉淵という漢民族風であることだ。実際に彼らが漢民族風の名前であった可能性は低いと考えるのが自然であろう。しかし、中国史に出てくる異民族の名前はほとんど漢民族風の名前で記録されている。これは漢字が表音文字ではないことにひとつの原因がある。

 アルファベットやカタカナなら不完全ながら、名前を言語の発音に近く表記できる。ところが漢字は表音文字であるために、音を合わせると奇妙な意味を持つことになる。漢語ではコンピュータを電脳と訳しているが、読みは英語と全く異なる。ややこしいことに漢字は意味を表すのが目的なので、電脳と書いても北京語と広東語では発音が異なる。

 中国で有名になったエドガー・スノーなどの西洋人も中国では漢字表記で呼ばれる。これはラフカディオ・ハーンが小泉八雲と自称したのとは少し意味が違う。日本では記録する際に元の名前と日本名を記録することができるが、漢語ではそのようなことは不可能である。あたかも漢民族風の名前をつけて歴史に記録するしかないのである。

 文字を持たない民族も漢文で歴史を残すとなるとこのような手法しかないのである。例外はモンゴル族であろう。チンギス・ハーンなどである。これはモンゴル人がモンゴル文字という表音文字を持ち、しかも現在も固有の国家を持っているからと考えられる。満州族も歴史には愛親覚羅溥儀などという漢民族らしからぬ漢字表記が使われている。

 だが彼らは本来固有の音の名前を持っていたのに違いないのである。だが満洲文字を失い、自らの固有の国家を失うことによって、漢民族と称される人たちの使う漢字表記に埋没してしまったのである。愛親覚羅溥儀という名前もいつか失われるのかも知れない。いつか溥儀などという名前だけで表記されるのかもしれない。

 そのときはあたかも溥が苗字で、儀が名前であるように理解される。このようにして漢文で記録される歴史では、漢民族風の名前で記録されることになる。そして満州族は漢化したなどという虚偽の歴史が語られることになる。漢文で記録された歴史上の異民族が漢民族風の名前で表記されるのは、必ずしも事実を反映しているとは限らないであろう。

 なるほど香港出身の中国人も、ジャッキー・チェンなどという西洋風の名前を本名以外に持っている中国人もいる。これは英国統治による影響であろう。それでも漢民族風の名前を失っているわけではない。漢文表記の歴史での人物が、漢民族風の名前を持っていることは必ずしも事実を反映していない。つまり当時そのような名前で呼ばれていたとは限らないのである。

 周辺の異民族が支那本土で暮らすうちに漢民族に同化したというのは事実ではない。歴史が漢文で記録されたということに過ぎない。彼らの名前も言葉も風俗も文化も失われたわけではない。むしろ漢字を発明した、本来の意味での漢民族は異民族に埋もれ、事実上絶滅したのに近いといえるのである。

 漢以前の記録の支那人の名前と隋唐以後の名前に差異はないか、漢以前は苗字二字以上ではなかったかを確認する必要があろう。現在の漢民族風の名前の付け方は漢王朝成立当時は蛮族と呼ばれていた周辺の異民族の風習ではないかを確認する必要がある。

3.3 清朝皇帝像の謎

 私は故宮博物院紫禁城出版社の出している「清代皇帝像」という絵葉書集を持っている。太祖ヌルハチから始まり溥儀で終わる清朝皇帝12人の肖像である。溥儀が写真である他は全て肖像画である。何人かは生存中に描かれ、何人かは没後のものである。ひとつの特徴はこの手の肖像画にありがちな顔つきをそれらしく美男子やら威厳のある顔に変えたという形跡が皆無であることである。ヌルハチは眠そうな細い目をしているし、道光帝は極端に頬のこけた浅黒い逆さラッキョウのような貧相な顔であるし、威豊帝、同治帝は狐のような目つきである。

 強いてよく描かれているとすれば、乾隆帝と次の嘉慶帝であろうか。それでも乾隆帝は目の落ち窪んだ様子までリアルに描かれている。とにかく皇帝らしく格好よく見せる誇張の様子が感じられないのである。もう一つの特徴はそれ以前の東洋絵画にあまり見られない写実さである。ヌルハチ像は線描を多用しているものの顔の立体感の表現がある。そして世代を経るに従って線描が徐々に陰を潜め、特に顔の立体感がよく描かれリアルになる。この変化が徐々に起きているところを見ると、生前描いていない像もそれほど後になって描かれていないことが推定される。

 有名な若き乾隆帝の馬上の像の乾隆帝大閲図は郎世寧(ジョゼッペ・カスティリオーネ)はイタリア人で有名な馬上の乾隆帝を描いている。帝自身や着衣は写実的だが馬や背景の風景になるとそれ以前の支那の絵画の形式的表現を残しているように思われる。郎世寧は西欧絵画と支那の絵画の融合を図ったとされることが原因であろう。

 画家は宮廷おおかえの絵師と説明されているから、絵師は必ずしも郎のような西洋人ばかりではないだろう。先に支那絵画との融合を図ったと書いたが、郎がベースとした支那の絵画は、それまでの支那のより細密で異なると思われる。郎は満洲族の絵画の伝統を引き継いだ可能性がある。

 それまでの支那の絵画がお粗末だったとは言わないが、これらの歴代皇帝像は絵具の製造など高度なテクノロジーに支えられているのである。すなわち満洲族が蛮人と呼ばれるような低い文明で、武力だけで支那大陸を支配したという常識は誤りであることを証明する。そして圧倒的少数で最大の版図を築いたのは軍事技術にも優れていたことも証明する。すなわちそれまでの明代の支配者よりも高度な文明を持ったのが満洲族であったのである。

 むろんこれらの絵画にそれまでの支那大陸の絵画との共通性があるのは、地域的近親性から不思議ではない。そして満洲族の文明が支那大陸の文明の発展形であったとしても不思議なことではない。現代の文明の覇者である米国の文明にしてもヨーロッパ大陸の発展形であるが、そのことが現代米国の文明の高さを否定するものではない。

 米国の優れた軍事技術の多くはヨーロッパ特にドイツの技術の継承である。しかしその上にコンピュータやインターネットと言った独自の技術を生み出した。ハリウッド映画も同様である。もちろんヨーロッパやロシア、日本などの優れている部分もあるが、マクロに見れば米国の優位は疑えない。当時の満洲族あるいは元朝のモンゴル族は世界にそのような地位を占めていたはずである。

 それどころか満洲族やモンゴル族は宋や明に侵入する以前から独自の優越した文明を涵養し、その力で宋や明を滅ぼしたのかもしれない。現に支那服や京劇などの中国文化とされるものは明らかに満洲族のオリジナルであり、むしろそれ以前の「漢民族」のオリジナルの文明文化の痕跡は少ないとさえ言える。

3.4 漢民族とは何か

 漢民族とは一般には漢字を使う民族であるとされる。考えてみれば、それは他の民族の区分と比較すると実に不思議なことである。ヨーロッパ大陸の民族は東方のキリル文字を使う民族を除けば、皆アルファベットを使用している。だが彼らはアルファベット民族とか、ヨーロッパ民族と呼ばれることはない。

 漢字は単に意志の伝達手段としての文字に過ぎない。アルファベットが表音文字としての普遍性を持ち、そのためベトナム語など全くの非ヨーロッパ民族の言語の表記にさえ使われる。同様に漢字も普遍性を持つために、朝鮮や日本などの異民族においても長い間公式文書に用いられてきた。単に表記手段として用いられてきたばかりではない。日本では漢字仮名交じりという簡易表記を発明していたにもかかわらず、公文書としては長く漢文そのものを用いていたのである。にも関わらず日本人や朝鮮人は漢民族とは異なる。漢民族を先のように定義するとこのような矛盾が生じる。

 ここでヨーロッパにはアルファベットを共通の文字を使用する、ラテン系、ゲルマン系などという異種の民族がいるということを支那大陸に演繹するとどのようなことになるか。明らかに異民族とされる中国の少数民族、チベット族、モンゴル族など以外にひとくくりされる漢民族とは何者だろうか。漢民族もアルファベットを使うヨーロッパと同様、事実は複数の異民族に分かれていると考えた方が自然である。すなわちフランス語、スペイン語、イタリア語などのラテン系の言語の民族、オーストリア、ドイツなどのゲルマン系の言語を使う民族、オリジナルはゲルマン系の言語である英語を話すイギリスなどと比較するとどのようなことになるか。

 漢民族といっても、北京語、上海語、広東語、福建語などの各種の言語がある。これらは一般には漢語の方言とされるが、その際は日本語などの方言と違い、先にあげたヨーロッパ諸民族の言語と同程度の差異があり、他の漢語方言の習得には慣れという程度では間に合わず、語学校に通わなければならないという。あるいはアメリカに居住すればネイティブの漢語ではなく、英語を共通の話し言葉として使用するほうが便利であるという。ヨーロッパの民族構成と言語も歴史の経過により複雑である。同様に複数の言語がある漢民族と呼ばれる集団においても、その民族構成は単純ではあるまい。

 そして多数の異民族の侵入と征服、定住や移動という、ヨーロッパ大陸と類似した歴史を持つ支那大陸において、漢民族という単一民族が存在するというのは、むしろ考えにくい。中国人の作家柏楊氏は「醜い中国人」(カッパブックス)で中国では、外部から侵入した民族は定住すると中国の漬物甕文化に溶かされて腐食して異物に変質同化していく、と批判した。

 これは倒錯した仮説である。この説によれば中国には古来、漬物甕のような不変のものが元々存在したということになる。つまり文明なり、文化が時間の経過とともに進歩しないで元の姿に戻るということだからだ。昔から不変の文明を持つ漢民族なるものがいて、異民族を同化するということだからだ。はヨーロッパの歴史からわかるように、このようなことはあり得ない。

 日本人でさえ狭い地域で、多年かかって多数の民族が日本語という共通言語を醸成して単一民族と言われるに至った。それでも一部の人たちに言わせれば、日本人が単一民族というのは幻想であると言う。まして多数の言語が融合しない漢民族が単一の民族であるというのは、漢字の不可思議さが醸成した壮大なフィクションである。まして先に挙げた多くの漢語と呼ばれるもののうち、漢字で表記することのできるものは、北京語、広東語などごく一部である。また現代の漢民族の大部分は漢文を全く理解できないというに至っては、漢字を使うのが漢民族という定義は意味をなさない。

 漢民族とは漢字を使用する民族である。とすれば単に漢字を借用して口語を表記しているだけの現代支那人は漢民族ではない。アルファベットを使用するヨーロッパ人がひとつの民族ではないのと同じである。ヨーロッパ人はギリシア文字から発達したアルファベットを借用しているのに過ぎないのと同様である。またベトナム語が現代ではアルファベットを使用しているのと同じである。アジアとヨーロッパの違いがあるというのは間違いである。ギリシア、ローマはアラビア文化を経由して隔絶している。

3.5 民族名の消えていく支那大陸史

 支那大陸の歴史にはヨーロッパの歴史と異なり、固有の民族名というものがめったに登場しない。例外は満州族とモンゴル族だけである。あるいは登場しても瞬時に消え去る。すなわちみな蛮族か漢民族に分けられてしまう。しかも女真族というのが満州族というように勝手に変化するので固有の民族の連続性がわからない。

 西洋史のようにアングロサクソンというように継続して存在しない。魏呉蜀などという異民族は後世の漢字名で呼ばれる。するとあたかも漢民族だけが普遍でその他は生まれてすぐ消えるように思わせてしまう。例えば北方の異民族が支那本土に侵入して魏という国を作る。そして周辺の国、呉蜀などと争う時代が来る。

 その物語が始まった頃は魏が漢民族ではないなどということは忘れられ、あたかも漢民族の国家の如くなってしまう。中国の王朝は一字の漢字で表されるというのだ。イギリスでケルトが追い出されて別な民族に置き換わったなどというような歴史は支那では書かれない。異民族の侵入にさらされている歴史を繰り返すのに、支那大陸の中原を支配するのは常に漢民族という奇妙な現象となる。

 そうではない。支那大陸では各民族は漢民族に同化したのではない。各民族は固有の言語風俗を維持しつつも漢民族を自称するようになったのに過ぎない。この点は各民族の出自を持つ皇帝が異民族を支配統一するのに都合がよかったのかもしれない。いずれにしても歴史が比較的新しい元や清においては満洲族やモンゴル族といった異民族支配の記憶が新しいために、異民族により支配された国家として正しく理解されているのはせめてもの救いである。

 モンゴル人は王朝崩壊とともに原郷に帰ったためにモンゴルなる民族名が残った。しかし清王朝は辛亥革命により倒れても、袁世凱にだまされて北京に残り、故地満洲に帰らなかったために、満州族の名前は中共政府により薄められて、漢民族に同化したなどと吹聴されている。事実は満洲語が北京語として支那全土に強制されることにより、支那大陸全土が満洲化されようとしているのだ。

 だから多くの異民族、広東、福建、上海などの民族は実は自らの民族言語を放棄せずにしたたかに生きていくであろう。支那大陸ではそのような歴史が繰り返されてきたのだ。だからチベットやウィグルなども含めた、統一中国における中華民族なる概念を創出しようなどという試みは失敗するだろう。いや失敗しなければ大陸住民にとって大いなる損失と不幸を現出する。ソ連ですらロシア人による異民族支配は失敗した。

 ここでヨーロッパと比較してみよう。フランス人、ドイツ人は民族名ではない。にもかかわらず、歴史の経過のなかで固有の言語と文化を形成してあたかも一民族であるかのようにして国民国家を形成した。西ヨーロッパの本来の民族名はゲルマン、ラテン、アングロサクソンなどである。

 支那においては越人、鮮卑、突厥など中原以外から侵入した民族が定住した。これらの名称は時代により異なる民族を指していることがあるから、ラテン、ゲルマンなどに比べると普遍性は少ないが、ともかくも支那の歴史においてはラテン、ゲルマンに相当する民族名と考えてよい。そして長い歴史の経過の中で広東語、上海語、福建語などの言語に分化するとともに、各々固有の文化を持ち、特定の地域に定住するようになった。例えば広東料理、北京料理など食文化の面でも固有のものに分化している。日本人はこの差異を軽視しすぎるのである。

 これらの言語と地域の関係は2章で詳説した。するとフランス人、ドイツ人と呼称するのと同様に、広東人、福建人と呼称することができるのである。さらにいえばヨーロッパとの類推からは広東国、福建国という国民国家が将来形成されても不思議ではないのである。現在の中共は清帝国と同様に多数の異文化地域を強制的に統合し、さらに清帝国でも行わなかったように、中華民族という概念を創出して巨大な国民国家を作ろうとしている。このことは徒労である。モンゴル、チベットはもちろん、「漢民族」が住んでいると言われる地域においてすら、前述のように広東、福建、上海といった異文化が融合せずに対立している。

 現在の中共の状況はヨーロッパにあてはめれば、国民国家出現前の神聖ローマ帝国のような統一ヨーロッパ帝国と似ている。本来の意味での漢民族が滅亡した後から現在までの支那大陸の千五百年の歴史は停滞と混乱の歴史であった。しかし停滞の底で秘かに固有の文化を持つ地域に分化して、将来の噴出を待つマグマを形成している。停滞は表面的なものであったのに過ぎないかもしれないのである。この意味でも支那はヨーロッパである。

3.6 満洲化した漢人

 日本には、支那大陸には漢民族が定住していて、外来の異民族が支配しても長い間に漢民族に同化されるという定説のごときものがある。例えば、評論家の石平氏は次のように書くP。

 大陸の漢民族は、その長い歴史において、侵入してきた外来民族によって支配されたことが何度もあるが、外来民族の建てた政権が崩壊してしまうと、漢民族自体は何も変わらず、そのまま生き延びてきたという実績がある。
 しかもその際、変わってしまったのはむしろ支配者としての外来民族の方である。たとえば満州から中国本土に入って清王朝を作った満州族の場合、数百年にわたって漢民族を支配しているうちに、彼ら自身はその文化的純粋さと原初性を失って完全に漢民族に同化されてしまった。気が付いたら、独自の文化を持つ満州族というものはもはや存在しなくなっているのである。

 昔から今までずっと漢民族が大陸にいる、という俗説を信じればこの主張は正しいかに聞こえる。だが、論理的に考えれば明らかにおかしい。紀元1世紀前後に漢民族なるものが成立したものとすれば、その時既に、漢民族なるものの、言語、風俗、文化なるものが完全に確立していて、その後全く変化がないのでなければこの説は成立しない。

 つまり二千年前に現代と同じ漢民族の文化、風俗、言語を持っていたという奇妙な主張になるのである。そんなことはあり得ないのは普通の頭脳の持ち主なら分かるはずである。この主張は支那人が尚古の精神、すなわち昔の昔の文物や制度を尊ぶことを言うのと類似の主張である。古代には理想が実現されていたというのである。これは幻想であって現実ではない。これが間違いであることを閲していく。
 康熙帝伝に次のような記述がある。

「朝廷の尊貴の子供達と韃靼人と『韃靼化した漢人』すなわち韃靼人の麾下に即する漢人の中で、・・・」 (P67)「パルナンは満洲人に仕える奉公人を二種類に分けて、次のように述べている。『これらの公子 (宗室の)たちに仕える奉公人を二種類があります。・・・かれらに賜わる満洲人、もしくは満洲人化した漢人であります。』」 (P182別注)

 つまり満洲人化した漢民族が満洲貴族に奴婢として使われているという驚くべきことが書かれている。一般には支那大陸の周辺民族は支那に定住することによって漢民族に同化するということが言われる。ところが黄文雄氏は逆に、「華化」は虚構、漢民族の夷化が真実、として漢人がモンゴル、日本、満洲などの風習に容易になじむ例をあげる。康熙帝伝はそれが事実であることをフランス人ブーヴェの証言で証明している。

 前述のように、北京語のルーツは満洲語である。すると康熙帝伝の証言を適用すれば、現在、北京語を話す中国人とは満洲人ないしは満洲化した漢人ということになる。ハワイにいる日系二世や三世はほとんど日本語を話せない。特に三世などは全くだめである。だが容貌は全くの日本人である。彼らは日系であるというのは人種上の区別だけで、英語を話しメンタリティーもアメリカ人である。完全にアメリカ化している。日系というのは容貌だけのことである。

 同様に満洲人化した漢人とは満洲人に等しい。康熙帝伝でブーヴェが奴婢でも満洲人と満洲化した漢人とを区別しているのは注目される。風俗と言語が満洲化していて外国人にもその区別がつく、という事は恐らく容貌上で区別がつくということしか考えにくい。つまり、同じ東洋人でも日本人とフィリピン人程度の容貌の差異が、当時はまだあったのではなかろうか。現在では同じ満洲語 (北京語)を話すもの同士が混血して区別がつかなくなっているのであろう。つまり北京語を母語として話すひとたちの居住する地域は、満洲人の居住区ということになる。ハワイの日系人と同様に、もとの民族のDNAは関係ないのである。

 常識では支那大陸では異民族が侵入して王朝を建てても、長く定住化しているうちに土着の漢民族に同化して漢民族化していく、ということになっている。しかし康熙帝伝の証言は、逆に土着の民族が外来の民族に同化していったことを証明している。これを敷衍すれば、支那大陸の歴史はこのことの繰り返しであったと考えられる。

 このように考えると、次のような仮説が成立する。中国には広東語、福建語、上海語など全くことなる言語を話す地域の区別が厳として存在する。歴史のかなたに忘却されているが、これらの地域は周辺から侵入した異民族が支那に王朝を作って、定住していった痕跡なのである。広東、福建、上海などの各地域に居住する漢語系の言語を用いる人たちを、通常、チベット、朝鮮、モンゴルなどのいわゆる少数民族と区別して、漢族と総称しているが、実は漢族などという民族は存在せず、それぞれの言語に対応した民族に分かれているのであろうと考える。

 漢語族言語とひとくちで言っても、アルタイ語、タイ語、ベトナム語系など多数の周辺民族の言語の系統に分かれているという。もし漢民族なるものがいて、異民族を同化してしまって漢化しているのなら、全て同一の系統の言語に収斂しなければならない。そうではないのだから、もともと漢民族なるものが中原にいたとしても、結局は地域ごとに異民族に同化されたと考えるのが自然である。

 それならばなぜ、分布した民族ごとにヨーロッパのように各々の民族国家を形成するように収斂しなかったかという疑問が残る。そのひとつの回答は、支那大陸ではヨーロッパのような封建制度が発生しなかったということであろう。封建制度とは日本の藩と同じで、統一国家だとしてもその中に、多数の半独立国を持つ、いわば中央集権の逆のいわば拡大した地方自治である。

 類似民族ごとに半独立国をある程度束ねて、適正規模の国家を作る。ゲルマン系、ラテン系、アングロサクソン系、ケルト系など。ヨーロッパではさらに同系統の民族も、スペイン、ポルトガルあるいはドイツ、オーストリアなどのように分裂している。ならば中国はなぜ封建制度が出来なかったか。それは支那の統一志向で説明されることが多いように思われる。それならば統一志向がなぜ起こったかということを検討しなければならない。

 それは地域の特性の相違に求めなければならない。現在でも支那大陸は地域格差がはなはだしい。上海、北京などで日本にもいないような高収入の者がいる反面、地方では極貧以下としか言えない地域が広がっている。一般には改革開放による外国資本の投資によるものとされている。しかしそれなら投資されるような好環境の地域と、そうでない地域の区別がはじめから存在したはずである。

 中原と呼ばれる地域は、もともと天候や運輸などの好条件が揃っていたのではないか。だから古代文明が発生したのである。各地域にそれぞれの個性があり、各々の特性を生かして個々に発展する条件があれば封建制度は成立する。少なくとも地域格差がある程度少なければ、人はその地域で努力して定住する。中国は改革解放以前から移動の自由がない。その当時から放っておけば中原に集まってしまうほどの格差があったからではないか。支那大陸の住民は常に生活に好条件の整った中原を目指した。チベット人ですら北京を占領した。よい生活の出来る場所を目指したのである。

 支那大陸の地形的生害の少なさが、それを容易にした面もあろう。これが中国における統一志向の正体ではないか。中原に行ってよい暮らしをしたい。そして中原にいたものを追い出して皇帝一族として居座るのだ。だから各々の地域で安住して封建国家を形成することはない。これがヨーロッパとの相違なのであろう。周辺地域にいるから文化文明が低いということではない。人は条件が悪ければ努力して技術開発する。そして戦争技術に長けた周辺民族が中原をめざすのである。

 中央で安定しきって武に衰えた民族を倒す。中原を占拠した支配民族はその地の利を生かし、さらに自らの生存を安定させるために周辺地域を併呑して拡大する。すると力が拡大するから領域も拡大して統一王朝なるものに拡大する。その版図は力次第であろう。中央から追放された民族はどこかに逃れて、一地方民族として存続する。

 その分布が現在のような多言語の地域として、例えば広東、福建等として存続している。中国の言語分布はこれほど統一されても混淆することはない。それは異言語すなわち異民族という対応がある程度あるからである。漢民族なるものがあり、異民族を漢化させるのであれば、ひとつの漢語になり、現在のように異なる系統の言語が常に存続するということはあり得ないのである。

 中国の統一志向の正体は中央志向ということである。中共政府はそれを知っているのではないか。だから賢くなった政府は国民の移動を制限する。そうしなければ自分たちは滅ぼされてしまう。歴史からそう学んだのではないか。つまり支那大陸は過去の歴史に起きたような分裂をすることはあり得るのであろう。しかしそのことがヨーロッパのような適正規模の国家群に収斂することになるのだろうか。

 ソ連はロシア帝国を継承した一種の帝国である。独立国を侵略併合して各共和国群を置く制度をとった。露骨に行われたのは第二次大戦のどさくさにまぎれて行われたバルト三国の併合やフィンランドやポーランド領の一部割譲である。この点は中共が清帝国を継承したのとよく似ている。朝鮮戦争のどさくさにまぎれてチベットを侵略し、最近ではフィリピンなどからスプラトリー諸島の領有を主張して一部を強奪した。

 ソ連は崩壊してバルト三国などの多くの独立国が解放された。もし中共が崩壊したら、という仮説はソ連の例とは異なる。ソ連の崩壊はチベットや内モンゴルが独立したようなもので、単なる帝国の崩壊である。中共がヨーロッパのように適正規模の国家群に分裂するという仮説は、現在「漢民族」の居住地域と言われる、広東、福建、江南などの普通の省の地域までが言語風俗などの共通性にあわせて独立するという意味である。

 現在のロシア共和国でもチェチェンなどの異民族地域をまだ抱えているが、その事情も中共の「漢民族」地域とは異なる。この地域はロシア共和国とは異なり徹底的に異なる「民族」の地域に等分されている。中共の解体とはこれらの地域毎に分裂するということであって、ご本尊のロシアを残したままチェチェンが独立することとは異なるのである。


3.7 中国文化のルーツ

 チャイナドレス、京劇、辮髪などはすべて清朝に起源を有する。京劇の化粧は明らかに明や唐、宋の時代とは異なるどぎつい趣味である。このように中国文化と理解している多くのものはほとんどが満州族のものである。そして現在中国古来の文化なり習慣として理解されているもののうち、本稿でいう本来の漢民族すなわち漢王朝以前に遡るものは少ない。有名な纏足は唐末に始まったといわれている。19世紀の支那人の風俗として有名な辮髪は満州族に強制されたものである。

 唐の始祖安禄山は父がイラン系ソグド人(胡人)、母がトルコ系突厥人(705〜757)であったというH。そして唐王朝は民族国家ではなく、複合民族国家であるという。すなわち纏足は異文化を受け入れたのである。このことから唐は実は元王朝、清王朝がモンゴルや満州族による多民族国家であったように、それこそアラビア系民族による多民族国家であったということになる。

 宦官のルーツではっきりしているのは秦王朝の趙高という者である。趙高は秦王朝の宮廷で権力をふるったとされる。宦官は珍しく漢民族ルーツであった。しかし宦官はそもそも家畜に対する去勢から始まったため、牧畜文化であるという説が強い。従って実は農耕民族であった漢民族のオリジナルではなかったのかも知れない。あるいは秦朝自身も西方から来た遊牧民族であるという説もある。

 火薬や印刷技術の発明についても中国人の発明と簡単に言われるが、むしろ異文化交流のなかから生まれたものと言える。支那大陸をヨーロッパに例えたが、これらの支那大陸から生まれた発明を単純に中国人の発明とするのはおかしいのである。現に火薬は元朝のモンゴルで武器として発明されたのである。モンゴルの軍隊が強かったのは、このオリジナルの発明によるのも一因である。何でも中国人の発明とするのは、一部中国人の自尊心を満たすだけで科学技術や文化史研究の観点からは正確ではないと言わざるを得ない。

 支那大陸がいかに異民族と言われる征服王朝の影響を絶大に受けているかを示す証拠がある。2章で述べたように中共の言語で北京官話を使う地域は、黒龍江、吉林、遼寧、河北、甘粛、寧夏、陝西、河南、湖北、山西、四川東部、貴州東部、雲南、江蘇、安徽、山東の16省にわたる。人口にいたっては「中共人民」の大多数であるとされる。

 北京語のルーツは2章で述べたように満洲語である。だから北京語は旧満州の3省と北京を中心とする北方地域に分布する。複数の異言語からなる「南方諸方言」が北京語とは異なる言語として残ることができたのは、清朝の首都北京からの距離が遠かったためもあろう。

 もうひとつ重要なのは、清朝皇帝とは満洲人に対しては「8部族の部族長会議の議長」であり、モンゴル人に対しては「大ハーン」であり、チベット人に対しては「チベット仏教の最高の保護者」、東トルキスタンには「ジューンガル帝国の支配権を受けついた者」、そしていわゆる漢字を使う「漢人」に対しては明朝皇帝の後継の「皇帝」という多元支配をしていたこととも関連するF。それは英国のヴィクトリア女王がインド皇帝としてインドを支配していたのと類似している。すなわち皇帝の直轄地域と漢字を使う人たちの地域は明瞭に分かれていたのである。だから北京の影響力が少なく、距離の遠さとあいまって南方では独自の言語が残存する要因があったのであろう。

 距離による中央の影響力の低下という事は、フィリピンでも英語の影響が強いのは首都周辺であり、地方に行くと、多数の言語が依然として残されていて、土着言語の主力であるタガログ語で統一することはできないのと同じ事情であろう。フィリピンでは地方になると英語の影響力が少なく土着言語が残りやすかったのは、アメリカの支配が50年と短かったためもあろう。

 それでも満洲語すなわち北京官話の影響は絶大であった。300年の長い支配があったため北京官話は比較的均質であり、4つの方言に分かれているだけだが、南方では6つの異言語が融合せずに残った。もとはいくつかの異言語の言語分布があったにもかかわらず、北京語の影響力で満洲語を基層とする方言という程度の言語差に統一されてしまったのである。方言は50年や100年では定着しないであろう。満洲王朝の影響は300年近くもあったのである。その影響の大きさの証拠が多数の話す「北京語」の均質性である。そのことは南方諸方言の方言とはいえない異言語性と比較すれば明瞭となる。

3.8 被支配民族が支配者の言語風俗を受け入れるのは当然

 清朝で満洲語が話され、地元の支那人に定着して行ったということは、考えてみれば自然なことである。満洲人は支配者とはいえ漢民族に対して圧倒的少数だといわれる。しかし、そのことは、言語の影響を及ぼしたか否かということと何の関係もない。欧米の旧植民地では上流階級と知識層は全て旧宗主国の言語を話せる。

 しかも植民地に滞在する宗主国の人間は圧倒的少数であった。それにもかかわらず宗主国の言語が植民地に普及したのは、ひとえに支配層の言語だったからである。米国は19世紀末にフィリピンを支配したが第二次大戦後独立するまで、わずか50年しかなかったにもかかわらず、英語はフィリピンの公用語のひとつになったのである。300年近く支配した満州族の言語が普及しないと考えるのがおかしい。満州族の少なさと北京への定住を言うなかれ。モンゴルは北京に定住し、少数であったにもかかわらず、モンゴルの言語風俗は「漢民族」化されなかった。

 ただしヨーロッパの植民地において宗主国の言語が残存しているのが、上流階級、知識層であり、首都なり大都会の周辺である。満洲語が北京語として旧満州と北京周辺で話されているのと事情は類似している。皮肉なことに北京政府は、満洲語を全国に普及させようとしているがなかなかそうはいくまい。それならばモンゴル語はどうした、という疑問がわく。モンゴルの支配が終えてから明、清という異言語民族の支配があり、モンゴルは元朝崩壊後祖地に撤退した。モンゴル化した北京の支那人はモンゴル人とともに逃亡したのであろう。ベトナム戦争に負けた南ベトナムの人々の多くがアメリカをはじめとする世界各地に逃避定住したのと似ている。

 しかも清朝でもモンゴル地域は支配され、中共時代にもモンゴル地域の半分は支配されたのであった。中国における異言語のひとつモンゴル語はモンゴル支配の残像として残った。満洲語も北京語として残った。満洲語が中国語の一部とされて、モンゴル語が明瞭に支那の言語と異言語とされるのはなぜか。モンゴル人が故地に帰り帝国を残存させたから、モンゴルという名前が支那の外に残ったから、モンゴル語は支那人の支配下にあってもモンゴル語なりモンゴル文化と指摘できるのである。そうすると満州族と同様に唐などの異民族支配時代の民族の言語風俗はどうなったのであろうか。

 それは必ず残っているのに違いないのである。すると支那大陸における多くの言語、福建語、上海語、広東語などはかつての支配民族の言語であったのではなかろうか。すなわちこれらの言語を話すのは、かつての支配民族すなわち大陸の東西南北周辺にいた異民族が大陸を支配して、その後別の周辺民族に滅ぼされて残った民族の末裔なのであろう。

 漢民族は漢王朝末に戦乱と疫病で民族としてはほぼ絶滅し、その後周辺から乱入したいわゆる蛮族に取って代わられている。すなわち漢民族はこのとき少数民族に転落した。その後は外来民族が支配し、その支配がまた周辺民族に取って代わられるという歴史を繰り返したのである。その結果、次々と各種の言語と風俗が各地に定着したのが現在の支那大陸の民族言語地図である。つまり支那大陸は各種民族の雑居する地域なのである。そして広東語の地域は広東語の地域であるごとく、決して地域が地域外と融合することはない。ヨーロッパの類似で言えば、広東語を話すのは広東族としかいいようがないのである。国民国家が成立するとすれば、広東国としかいいようがないのである。

 それらの国が合体して中華人民共和国という帝国を構成している。毛沢東が江南の出身であったように、支配者は各地から競って次々と現れる。漢民族はいない。正確に言えばわずかに客家として残った。これが一つの仮説である。それではなぜ異民族の言語が残存したのであろうか。欧米の言語が東南アジアに残ったのと同じである。かつての支配者の言語であったことと、優れた文明を持っていたと考えられることである。満洲語が北京語として定着したのは長期間支配されていたということで十分である。満洲語は北京官話として地方に派遣された官吏の共通言語としても使われていたから普及しないはずはない。

 北京語と広東語との相違は英語とドイツ語、フランス語ほどの大きな相違で、方言といえるものではないといわれる。だがヨーロッパ系のどれかの言語を話す者が、英独仏語を外国語として習得する事は、北京語広東語を習得するよりははるかに容易であろう。だからインド人やフィリピンが英語を習得するよりは、広東語を話す者が、北京語を習得する方が容易である。すなわち「漢民族」が満洲語を習得して満人化することは大いにありうるのである。

 満州族の方が文明として優れていたと支那の原住民が考えていた証拠もある。支那服は満洲人の服装である。支那服が衣服として、高度な技術を持って作られているのは明瞭である。京劇も紫禁城の中の文物も満州族のものである。支那人はこれらの文化風俗を中国の文化遺産として誇っている。すなわち優れたものと考えている。これらのものを取り入れた原住民が、満洲語を取り入れるのは当然であり、現在も残存するのは当然であろう。満洲民族が漢民族に同化したのではない。北京語を話す漢民族と自称する人々は満洲民族に同化した人たちである。

 そんなに満洲の支配がいやであったのなら、清朝を転覆したときに漢民族の言語風俗を取り戻せばよかったのではないか。それはできないのである。清朝転覆に奔走した孫文ら上流階級、白話運動を行った魯仁ら知識階級は何百年もの満洲人の支配で言語風俗まで完全に満洲化しており、取り戻すべき漢民族文化など既に持たなかったのである。地方の民衆はともかく、高度な知識を持ち学問に優れたもの、あるいは財力のあるもの、すなわち革命の原動力を担うことのできる者ほど満洲化していたのである。ちなみに辮髪は残らなかった。すなわち良いものと悪いものは選別されていたのである。

 だから彼らの支那訛りの満洲語を北京語とし、満洲服を支那服と偽り、満洲という単語を駆逐忌避するしか、自らのアイデンティティーを満洲文化と区別することはできなかったのである。漢民族という共通した民族は存在せず、異民族が侵入するたびにそれぞれの地域に定住していった、異民族の複合であると規定すれば、中国人なるものの性格は理解できる。チベット、モンゴルなどの少数民族以外、すなわち漢民族と称される人々は概して、個人主義でエゴが強く、他人を信用せず、血族だけを信用するという、ヨーロッパや日本の現代人にあるまじき性格である。すなわち人間不信の世界である。

 大陸の歴史は、常に異民族が侵入して王朝が交替することを繰り返した。元々は多数の民族の集合であり多少の戦乱はあっても、日本では多年の同化混淆の後に安定し一民族として融合する歴史を経過した。支那大陸で繰り返された戦乱は日本の戦国時代の比ではない。社会は安定する前にすぐに壊される、賽の河原の歴史を繰り返している。社会のルール、共通した常識やモラルというものが熟成されることがなかったのである。すなわち社会に埋没して安心して暮らせる社会が決してできることがなかったのである。もし漢民族という共通したアイデンティティーがあるならば、このような不幸な社会になるはずがないのである。

 せめて広東語、福建語といった共通言語を話す社会の中だけで排他的に安定する社会を作ることができたなら、そのようなことはなかったであろう。共通言語を話す民族同士でも戦乱と統一の繰り返しの中で、共通したアイデンティティーを持つことが妨害された。だから他人を信用せず、血族だけに頼るという事が不幸な「漢民族」の唯一のアイデンティティーとなってしまったのである。彼らが安定した社会を構成するには言語風俗を共通する人々だけで個別の国民国家を構成するしかないのであろう。

 しかし長い支那大陸の歴史を閲する限り、分裂したところでそこで安定することがなく、再び統一するといった歴史を繰り返している。すなわちヨーロッパのように国民国家を形成する方向に収斂するということはないように思われる。それならば、唯一あるべき姿は、いわゆる漢民族と自称する人たちの地域と、チベット、内モンゴル、ウイグルなどの非漢民族の地域を分離し、後者がいくつかの独立国となることである。自称「漢民族」の地域は勝手に戦乱と統一を繰り返していればいいと思うのである。


3.9 漢民族滅びる

 杉山徹宗氏は次のように書くI。

 時代は下がるが、特に三国時代 (三世紀)の末期、蒙彊の諸民族やチベット族が大挙して漢民族居住地に侵入し、いわゆる五胡十六国時代(四世紀から五世紀ごろ)を現出させるが、これによって、それまでの漢民族という人種をほぼ絶滅させ、異民族との混血による新たな漢民族を出現させたことは特筆すべきことであった。したがって隋(五八一〜六一九年)から始まる現在の中国人は、新種とも言うべき漢民族なのである。

 これは驚くべき記述である。秦の始皇帝や孔子といった人たちが活躍し、漢字を発明した時代の漢民族は隋成立以前に滅んで、もはやいないというのである。なるほど中国には孔子の何代目と主張する中国人はいる。雪舟の息子が英国に行き、現地で英国人と結婚したとする。そのようにして英国で代々結婚を繰り返して残った人がいて、一方で本国の日本民族が絶滅したとする。すると英国に行った人の末裔が雪舟の子孫だと主張することは勝手だが、民族としての連続性から考えれば何の意味もないのである。紅毛碧眼で日本語を完全に忘れ、風俗文化も継承しないそのような日本人の末裔が、日本人の子孫であると主張することに何の意味もない。孔子の末裔とはこのようなものであろうと想像する。

 「東洋史通論」Kには次のような記述がある。

 五胡とは匈奴、羯、鮮卑、氏、羌の五つの異民族のことで、これらは西晋の衰亡に乗じて華北に侵入し各々国をたてて互いに抗争し約百三十年間に前後十八国(国名は略)の興亡を見た。その中、西燕は存立期間がきわめて短いために、また後魏(北魏)はのち諸国を平定して江北を統一したので、この二国を除き他の国々を五胡十六国と称する。ただし前涼と西涼、北燕は漢族である。

 これは五胡十六国時代の説明である。18国あったうちのわずか3国が漢族であり、残りは漢民族以外の異民族だと言うのだ。その上、これら諸国を異民族の後魏という国が平定して、江北を統一したということなのである。ここにも漢民族の国家が滅びたことが書かれている。通論は杉山氏の著書と異なり定説をのせた教科書的なものである。通論には滅んだ漢民族国家の民はどうしたかと言えば、大量に南下して漢文化の南方への移植を果たしたとある。元来、揚子江流域は開発は進まず、土地は肥沃であったが農耕生産も少なかった、とある。

 農耕生産がすくなければ、当然人口は希薄であったに違いない。そして漢文化が南下したということは、当時の揚子江流域には漢文化はなかった、すなわち漢民族はいなかったということである。地図を見るに揚子江は河口付近が平地であるだけで、すぐ上流と揚子江南部は山地であり黄河周辺とは地形が異なり人口が少なかったと想像される。

 そして別項で述べるように、このころ南下したのは最初の「客家」と呼ばれる人たちである。そして客家は移住先に混じることなく、独自の文化を維持していたというのは定説である。つまり南部に新たに漢民族国家を形成することはなかった。つまり杉山徹宗氏の言う、漢民族も漢民族国家も絶滅したというのは正しいといえよう。漢民族は隋帝国以前に絶滅したということは、歴史を考える上で重大な事実である。漢字と古代中国文明を発明したあの漢民族は単に消えてしまったのか。その答えは次章にある。

 中原にいた本来の漢民族は五胡十六国の時代を経て、彼らの言う夷狄により滅ぼされて言語も文化も異なる北方系の新しい王朝、隋唐の時代となる。正確に言えば秦自体の出自も地理的に言えば、春秋戦国時代にかつての周の西の外れにあったから、夷狄というべき西戎出身といわれる。いずれにしても殷周の時代あるいは秦漢の時代に中原を支配した民族を漢民族とすれば、その後漢民族は絶滅して新しい文化に置き換わった。かろうじて残ったのは漢字だけである。この経緯はギリシアローマが滅びて、彼らの文字の発展形であるアルファベットだけが残って西欧近代世界となった経緯とも類似点がある。現在のイタリア人もギリシア人も古代ギリシアローマの末裔ではない。

 ちなみに古代ローマの末裔を主張しているのは文字通り現在のルーマニア、すなわちローメニアンである。宋の時代とて支那大陸に外から定住した非漢民族が前王朝を倒したに過ぎない。大事な点は、これらの非漢民族は支那で漢民族の言語風習を受け入れて漢化したのではないということである。漢民族は滅びて言語も風俗も絶えたのであるから。これらの民族は自らの言語風俗を維持したのは当然のことである。

 四書五経の読み方は、作成された当時の漢民族の読み方から切韻というアルタイ語系の読み方に変わっている。これは英語の文章を勝手にドイツ語読みしたりフランス語読みするのに等しい暴挙である。風俗風習も同様で、隋唐以後は非漢民族の各種の民族が入れ替わり立ち代り支配するたびに、彼ら自身の風俗風習を維持し定住していった。

 彼らは決して秦漢当時の言語風習を取り入れて漢化するなどということはなかったのである。こうして中国には各種の民族分布が出来上がっていく。モンゴルに支配された支那大陸はモンゴルが故地に帰ると、支那大陸に定住していたどれかの民族が有力となって、支那大陸を支配する。これが明王朝である。これを異民族を漢民族が追放したなどというのは間違いである。モンゴルにとって替わったのが滅びた漢民族でありうるはずがない。それは秦漢の時代に北狄、南蛮、西戎、東夷と呼ばれた民族が漢民族を滅ぼして中原と大陸を支配して定住したなれの果てである。漢民族の復興などというのは、支那大陸を支配するものの正統の象徴であって事実ではない。

 我こそ漢民族の復興をなしたる者なるぞ。我が支配に従えというときのせりふである。だから歴史書は支配民族の出自を漢民族と偽って書かされるというのは既に常識である。あれだけ民族の支配被支配が繰り返された支那大陸で、常に不変の漢民族がいて周囲の異民族が漢化されるというのは、ヨーロッパ史のアナロジーからもあまりに馬鹿げている。第一蛮族に滅ぼされるのは蛮族が、野蛮どころか実は文明文化が優れていたからである。現在の米国は軍事力でもテクノロジーでも、文化でも世界を席巻している。テクノロジーが優れているから軍事力が優れ、テクノロジーが優れているから、それにより新しい文化を生むことができる。ハリウッド映画の特殊撮影はテクノロジーに支えられている。

 王朝を倒したのは、倒した民族が優れたテクノロジーに支えられた軍事力があったからである。現に「漢民族」は征服者たる満洲族の民族衣装を支那服として取り入れてしまい、京劇として喜んでいる。征服者は優れているから征服者であった。2章でフランク王国とフランスの関係が支那史で関連のない王朝とされるふたつの呉王朝にもあるはずだと書いた。このような整理を行っていくと、支那大陸史は実はヨーロッパのような民族の離合集散が行われていることが発見されるはずである。

 このような整理を阻んでいるのは支那史における統一願望である。大帝国とされる唐、元、清にしても統一が保たれているのは建前の期間の半分にも満たない。そう考えれば統一されていた期間は十分の一にも満たないだろう。統一は願望であっても例外であった。そして統一といっても現在の世界各地で見られるような国民国家の統一とは全く異なる。

 元朝を例に取る。フビライハーンの帝国は元朝というから誤解される。フビライはモンゴルの元首である大ハーンである。そして支那の元朝の皇帝であり、チベットではダライ・ラマの庇護者として支配といった具合である。それぞれの領域に対して各々の伝統的支配形態をそのままにした君主として君臨したのである。このときの元朝の領域とは、2章で説明した南方方言の使われる地域と北方では河北、河南、山東、山西、江蘇あたりの各省の領域に限られる。そしてここに住む支那人は他の地域に住んではならないのであった。すなわち異国だからである。

さらに支那人の居住域ですら各地では言語が違う。言語が違うまま保持されるということはこれらの地域内の交流はなかったということである。モンゴルの帝国はこのような程度のものであった。さらに漢にしても隋唐にしても似たようなものであったし、各帝国が興ってから滅びる間の大部分は名目上も統一されていなかった。このように支那大陸の統一とは願望であって実態ではない。また2章のような現在の言語分布を考えると、奇妙なことがわかる。客家語は別かもしれないが、南方方言の地域は6つの互いに通じない異言語地域に分かれている。しかし北方方言の地域では地域内の言語の相違が希薄で、互いに何とか通じる範囲であるというのだ。

 この明白に区分された南北の相違になぜ疑問を持つ人がいないのだろうか。この区分を地図にしたものを見ると実に不自然である。北方は北京官話で統一されているのに、南方は互いに通じない言語地域に細分化されている。これが奇妙でなければ奇妙なことはない。北方の北京官話の地域とは満洲と首都北京の周辺が主である。北京官話とは満洲人の王朝で話されていた言葉である。そして宮廷には多数の満洲化された漢人がいると書いたことを思い出して欲しい。

 ハワイ旅行に行ったときに日系人のみやげもの売り場に若い日系人の若者がいた。普通に英語を話すが日本語は全くの片言。日本語で書かれたパンフレットを見せると漢字が面白いからくれないかといわれた。だが読めないのである。しかし容貌は全くの日本人だから日系人同士で結婚した何世かであろう。白人と混血してはいないから血統は完全な日本人である。しかしこの人は民族としては日本人ではないとしかいいようがない。言語も風俗も完全に米国化したのである。康熙帝伝でいう満洲化した漢人というのはこのような人たちであろう。

 すなわち首都近辺の満洲人の支配力の強い地域では土着の支那人−漢民族ではなく、かつて北方西方から来て定住した、鮮卑トルコ系などの人たち−は競って満洲化した。元の出自が各種あり、地域の隔離があるから必然的に方言が生起する。しかし宮廷の満洲人やそのとりまきと交流するから、言語と文化は一定の範囲に収斂する。互いに通じなければならないからである。このように満洲と満洲王朝の影響力の強い地域では、三百年の間に満洲化する。三百年は長い。彼らは満洲人の支那服を着る。満洲人の北京官話を話す。満洲人の京劇を演じ、鑑賞する。血統から言える満洲人がどれ位いるかは問題ではない。中共建国直後満洲族は2〜3百万人と言われた。

 それが満洲人を名乗ってもバッシングされないと分かると突然満洲人は一千万人を超えた。しかし彼らは言語風俗も漢民族と区別がつかないといわれる。そうではない北方の地域が満洲化したのだ。聞きたい。言語風俗のどこに孔子孟子の時代の漢民族の痕跡があるというのだ。すなわち現在、北京官話を話す人たちは満洲人である。南方の人たちは、はなから漢民族ではない。一部はベトナムなどの東南アジア系であろう。このことは言語にも証拠がある。繰り返して言う。漢民族は二千年近くの昔に滅びていない。四書五経を作った漢民族はいない。

 「世界の言葉」Gは「現在の中国語の南方諸方言の基層に東南アジアや南島語の要素があることを指摘する学者が間々ある。その説に従えば、かつてこのあたりに住んでいた非漢族が後に漢語を習得した結果できあがったのがこれら南方方言ということになる。」と書く。これは筆者の意図とは反してこれら南方方言を話す人たちは漢民族ではないということを言っている。そもそも言語の基層が漢語ではないのに、なぜ漢語を習得したと言えるのだろう。この本の筆者は牢固として中国に入ったら言語は漢語に支配されると信じている。しかしこれらの言語は南方民族が自らの言語を発展させた結果に過ぎない。

 例えば英語である。英語は古ドイツ語から発展したものである。言語の基層はドイツ語である。これはドイツ語と英語を比較することによって、両方の言語の理解に役に立つとされていることからもわかる。しかし英語は徹底的にフランス語の影響も受けている。英単語の60%までもがフランス語ルーツであるといわれている。これほどの影響を受けても文法の基本はドイツ語である。すなわち英語の基層はドイツ語にあるといえる。つまり言語の基層は失われないのである。

 この地域は中原ではない。漢語ははなからないのである。別項で述べたように漢語を話す客家は北方から逃げてきて、土着民とは混淆していないのだ。そして2章で述べたように客家語は広東福建江西の各省にまたがる地域にわずかに存在するに過ぎない。これがオリジナルの南方語を大きく変容する影響があるとは考えられない。南方方言を話す民族は北方と同じく漢民族ではなく、東南アジア系であると断定せざるを得ない。この地域でも漢民族は存在しないのである。

3.10 軍管区と言語と中共の分裂

 週刊誌・サンデー毎日の平成18年10月29日号の北朝鮮の核実験による金正日体制崩壊特集に面白い記事がある。金正日体制が崩壊した場合、中国は緩衝地帯を失いその影響で中国も分裂してしまうだろうというものである。分裂は人民解放軍の7つの軍管区の管轄に分裂するだろうというものである。軍管区は現在軍閥化して半独立国家になっていると言われるから、荒唐無稽なことではない。天安門事件の際も国際社会は各軍管区がどう動くかを注目したが、結局北京政府に従った。もしかすると北京以外の軍管区が離反して中国が分裂するのではないかと疑ったのである。

 ちなみに中国における軍閥とは戦前の日本軍を指して言う軍閥とは意味が異なる。中国の軍閥とは頭目が私兵を雇用して、軍事ばかりではなく農耕など全生活にわたって一体化して共同体もしくは半独立国家化したものである。戦前の支那大陸は実際には多数の軍閥が群雄割拠する社会であった。蒋介石も毛沢東も張作霖も実態は軍閥の頭目であった。

 蒋介石は英米から金をもらい私腹を肥やし、毛沢東はモスクワの指示で動く傀儡であったし、張作霖は日本の支援を受けて利用されていた。軍閥は戦争などで略奪して子分を養う、日本で言えば強盗集団であり、良くて戦国武将である。支那軍閥の様子はパール・バックの「大地」に描かれている。だが軍閥が分裂して独立するためには、言語との関係をチェックしなければならない。軍管区に異言語があまり混在するようでは、独立の条件としては厳しいからである。独立後、国内に複数の対等の勢力を持つ民族が並立するのは困難だからである。

 2章では北京官話の分布を次のように推定した。

@北方官話・・・東北部すなわち旧満洲と北方(黒龍江、吉林、遼寧、河北)

A西北官話・・・黄土台地とその西方地域(甘粛、寧夏、陝西、河南、湖北、山西)

B西南官話・・・四川とその近隣地域(四川東部、貴州東部、雲南)

C東方官話・・・南京とその周辺(江蘇、安徽、山東)

 一方「中国人民解放軍」Lによれば、中共の人民解放軍の軍管区は

@瀋陽軍管区・・・黒竜江省、吉林省、遼寧省

A北京軍管区・・・北京、天津、河北、山西省、内モンゴル

B済南軍管区・・・河南省、山東省

C南京軍管区・・・上海、浙江省、江蘇省、福建省、安徽省、江西省

D広州軍管区・・・湖北省、湖南省、広東省、広西省、海南島

E蘭州軍管区・・・陝西省、甘粛省、寧夏省、青海省、新疆ウイグル

F成都軍管区・・・四川省、雲南省、貴州省、チベット

 軍管区の区分で注目されるのは、となりに本国というべきモンゴルがあり、独立志向の強い内モンゴルが中共政府の直轄というべき北京軍管区に入れられて監視されていること、独立地域というべき広大な新疆ウイグルとチベットが単独の軍管区を構成せずに、他の軍管区に入れられて、これも監視されていることである。

 軍管区と言語の分布との比較でひとつの特徴は、2章で説明した漢語と呼ばれる言語のうち、北京語を除いた、南方中国語諸方言と呼ばれている6種類の言語、呉方言(上海語)、閩方言(福建語)、粤方言(広東語)、客家方言(客家語)、韓(字見つからず、仮字)方言、湘方言は、広州軍管区と南京軍管区に完全に包括されていて、軍管区の方がやや広い

 さらに詳細に見ると、海南島を例外とすれば、広州軍管区は広東語と湘方言の分布地域であり、南京軍管区には福建語、上海語、韓方言が含まれる。この境界は比較的明瞭である。客家語は両軍管区の中央にまたがって分布しているが、2章で述べたように客家語は土地との結びつきがやや薄いことを考えれば、客家語は例外と考えるべきであろう。

 軍管区独立説との関係を見よう。新疆ウイグル、チベット、青海省と四川省西部、雲南州西部などの北京語でも南方中国語諸方言でもない、いわゆる非漢語の地域は、軍管区とは関係なく各々別途独立すべきものと考える。残りの北京語を使う軍管区では、旧満洲の黒竜江省、吉林省、遼寧省の軍管区は他の軍管区と隔離されていること、方言としてもまとまりがあること、旧満州であることを考慮すると、これも分離独立する要素があると考えられる。

 さらに残った北京語を話す軍管区では方言という程度の差なので、長い間に軍閥としての軍管区内の結びつきが強くなっていれば、方言の区分ではなく軍管区での区分で独立する要素があるというのはおかしな話しではない。

 南方方言の2軍管区は軍管区内での言語の差異が大きいと考えられるので、軍閥としての軍管区内のまとまりが、言語の差異を超えることができるかにかかっている。このように考えると、中共の軍管区による独立説は荒唐無稽とは言えない。中共の分裂は歴史のあるべき姿としてのヨーロッパ化である。しかし多くの暴動が現在でも起こっていることを考慮しても、中共が近いうちに分裂するという徴候があるとは私には考えられない。

 中共の分裂は「あるべき姿」と書いたように、私の願望である。ソ連の場合にも私は同じ願望を抱いた。バルト三国などは明らかに第二次大戦のどさくさにまぎれて侵略されたのだし、ウクライナなどは明らかにロシアではない。だからいつか分離独立すべきだと考えた。ただ私が生きている間には到底あるまいと考えた点と、あそこまで多数の共和国が短期間に一気に分離独立した事は予想もできなかった。

 中共の分裂の願望もそう簡単には成立しまい。歴史的に見て支那の元、清といった征服王朝は300年近く支配を続けた。まだ中共の帝国は60年程度の歴史しかない。歴代王朝の転覆は内部崩壊の場合には白蓮教などと呼ばれる民間の秘密結社の反乱であった。しかし当時と比べると武器の発展が著しく、政府軍の持つ武器と民間の武器の格差が著しい。

 戦車や爆撃機の前に民間のライフルは無力である。実は秘密結社ともいわれる法輪功は簡単に弾圧されたではないか。軍管区分裂説の背景にはこのような武器の発展がある。軍管区は戦車どころか核兵器も持つから、軍管区が独立の意志を持つときは中共政府に対抗できる。民間による反体制運動より軍管区独立説の方が現実味はある。それどころか内モンゴルという内敵を抱える北京政府直轄の北京軍管区は、内部に反対勢力を抱える不安定勢力である。ただし現在の各軍管区には分離独立の動機が見当たらないのである。

 しかしいつの日か中共は分裂する。その日を私は見ることはできない。しかし中共の分裂は歴史の予言するところである。しかし分裂が従来の歴史的パターンと異なり、ヨーロッパのような国民国家化として定着すべきであると考える。従来の弾圧と搾取と反乱の繰り返しから脱却し住民が真の幸福を得られる唯一の条件だからである。それはひとえに言語の問題にかかっている。
http://www.ac.cyberhome.ne.jp/~k-serizawa/sub2-3.html


4章 漢民族の末裔

4.1 漢民族の末裔

 「客家」は広辞苑によれば、

 中国の広東省を中心に東南部の諸省において、かつて華北から南下移住してきた漢民族の子孫として、原住民とは区別されてきた集団。独特の風俗を保ち、言語も独特の方言をなす。

とある。この説明も注意して読めば、現在の常識からは実に奇妙であることがわかる。現在の常識では広東省にいる人々は漢民族そのもののはずである。ところがこの説明では漢民族とは異なる原住民がいたというのである。そして華北から来た漢民族は、「原住民とは区別されてきた集団である。

 独特の風俗を保ち、言語も独特の方言」を持ち続けたということだから、原住民と同化せず原住民も漢民族に同化せずに区別されて現在もそれを維持していると言っているのだ。それならば漢民族である客家とは現在でも異なる言語、風俗を持つ広東省の人たちは漢民族ではないという奇妙なことになる。

 「日本大百科全書」(小学館1995年)によれば客家とは、

 「原郷は黄河中流域の中原地方であることが知られる。紀元4世紀、東晋の時代以後、五胡乱華によって第一回の南渡を経験して以来、十九世紀後半の清朝同治年間まで五回(説によっては三回)南下移民を余儀なくされたとされる。」

とある。五胡の乱華とは五胡十六国の時代のことである。漢王朝が北方民族に滅ぼされて乱れた時代のことである。このとき南下したのは、間違いなく漢王朝支配下の民族、すなわち漢民族のことである。その後数回に渡って南下したのは純粋に近いのか、北方民族と混血、文化も混淆したのかは不明である。いずれにしても黄河中流の中原を原郷としたということは、漢民族の正統であると主張していることを示している。

 「世界大百科事典」(平凡社2005年)によれば客家とは

 「・・・独立心に富み団結力が強くて簡単に土着民と融和せず・・・もっとも代表的な客家語は、広東語と古い中原地方の漢語との2要素からなっている。」

とある。一方で中原とは広辞苑によれば、現在の河南、山東、山西の大部分と河北、陝西の一部の地域であるという。実はこれは実在が証明されている最古の支那王朝の殷の領域に等しい。漢民族とは殷、周、秦、漢の4王朝に渡る期間に熟成された民族で、最後の漢王朝の名をとったものと考えられる。周の領域も殷と重なって中原である。そして秦は戦国時代に周の一部、現在の河南あたりの領域を支配していた。

 秦の始皇帝の焚書坑儒は悪虐で有名だが、これは漢文の表記方法が各流派に分裂していたものを統一するために、始皇帝が決めた流派以外のものを処分したというのが一方の真相だという説がある。すると漢字漢文はこの時代に完成したことになる。秦は数十年しか続かないからこの成果は漢王朝にすぐに引き継がれる。だから漢字漢文漢民族というわけである。歴史上の支那の初の王朝ではないが、秦は初の中国「統一王朝」とも呼ばれる。

 それは現在のウィグル、チベット、四川、雲南、内モンゴル、甘粛などの諸省を除いた本来の支那本土を支配した初めての王朝であるということを意味している。すなわち漢民族の本土中原から一挙に支配を拡大したということである。しかし秦は現在のベトナム北部も支配していることになっており、ベトナムは明らかに言語文字なども明らかに異民族であり漢民族と同化していないことからもわかるように、これらの支配の拡大は中原の漢民族による異民族支配すなわち植民地に等しかったのである。そうでなければ広辞苑のように広東省に原住民がいて客家は独特の風俗を保ったということにはならない。

 さてこれらの知識と先の3種類の辞書の表現を総合する。大雑把に言うと客家は漢王朝が滅びて五胡十六国の時代となると大挙して広東の方面に逃げて独特の風俗を保つ客家となった。漢民族は中原から追放されて滅びた。三国時代(三世紀)末にモンゴルやウィグル、チベットなどの民族が侵入して五胡十六国の時代となり、漢民族なるものは戦乱と飢餓で数千万の人口が数百万に激減した。これは事実上の民族の滅亡である。

 五胡十六国の時代の18ヶ国のうち漢民族は3国に過ぎないといわれている。そして大多数は南方に逃亡した。中原に残った漢族はモンゴルやウィグル、チベットなどの異民族に吸収された。すなわち本来の漢民族としてかろうじて残ったのは客家である。正統の漢民族といえる資格のあるのは客家である。

 これは知る限り誰もとなえたことのない私の仮説である。常識はずれの仮説であるとは百も承知している。だが論理的にはそう結論せざるを得ない。客家語とは漢時代の本来の漢語を基層として広東訛りの混じった言語のことであろう。漢民族の末裔は客家である。客家が独特の言語と風俗を維持したのは、中原の文明の始祖という誇りなのであろうと思う。他の支那大陸の諸民族は北方、南方あるいは西方から来た蛮族の末裔であると。

 客家語とは地域との関係が、他のいわゆる中国語と異なる。例えば、北京、広東、上海、福建の各言語が主に使われている地域に定着しているから、言語の名称も地域名を使っているのに対して、客家語だけが客家というグループに使われていて、地域の名称を言語名に使っていない。そして客家は定住する地域を持たない。この点で客家はユダヤ人と似ていると言えなくもない。中原を追われ、かといってどこにまとまって定住するでもなく、新しく国を作るでもない流浪の民。

 華僑の多くは客家出身であるという。華僑は世界各地に商売をしに散っていった。この点でも客家はユダヤ人と似ている。想像をたくましくすれば、ユダヤ人がパレスチナの地をあくまでも原郷としてこだわったように、客家は中原の地にこだわっているのではあるまいか。

 私は客家を漢民族の末裔だと書いたのが奇矯な論理でないことを強調したい。通説に従っても、どれも客家は漢民族の発生した中原から北方の異民族に追放されて南方に逃げ、南方の土着民と混淆せず、独自の言語風俗を保ったと記している。それは単純に客家はオリジナル漢民族そのものの末裔だということではないか。

 ただし前出の世界百科事典にも記されているように、客家が中原から南下した時期は漢末ばかりではない。Wikipediaにも客家は「・・・唐から元のころに華北から移住してきた人々の子孫・・・」と書かれている。五胡十六国の時代で支那の民族が断絶しているとすれば、唐から元のころに南下した客家は別系統である。すなわち客家全てがオリジナル漢民族の末裔とは限らないということになる。してみると客家とは、中原から逃避していった流浪の民の総称であろう。

4.2 その他の民族のルーツ

 Wikipediaによれば福建語は発声、語彙、文法の面で古中国語の残存が見られるという。しかし2章で述べたように、福建語の発音は古中国語といっても隋唐代のものであって、それ以前のものではない。そしてWikipediaにはかつて中原にいた漢族が南遷したため、その時代の中国語が中国南部や海外に残されたものだと推定している。しかし前述のように正確にはオリジナルの漢族ではなく、中原を一時期支配した隋唐の鮮卑族系の人たちのはずである。

 Wikipediaによれば広東語は韻母のタイ語やチワン語などと共通する特徴があり、もともとはタイ語系の基層に古中国語がかぶさってできた言語であると推定している。そしてチワン語自体はタイ語と深い関係があり、雲南省、貴州省、広西省、ベトナム北部に住むチワン族の言語であるという。

 広東語自体は文字通り広東省を中心に分布する言語だから、広東語、チワン語の分布は支那言語の最南端に属する地域に分布していることから、これらを話す民族は中原から来た満洲族、鮮卑、漢族などの人々でもなく、南方から来た民族であろう。そして福建語や広東語に代表されるように、これらの民族は元の言語風俗を維持して定住している。つまり支那大陸における言語の分布は民族の分布地図となっていると考えられる。

4.3 近代支那の指導者のルーツ

 滅満興漢といわれるように、清朝崩壊以後は漢民族であると単純に考えられている。だが以上閲したように事はそれほど単純ではない。そこで清朝滅亡以後の指導者の出身地を確認してみよう。出典は「世界政治家人名事典」・日外アソシエーツ刊(亀戸図書館)である。また地域から言語も推定した。


@清朝末
康有為・・・広東省南海県、広東語または客家語

A国民党時代
孫文・・・広東省中山県、広東語または客家語・・・Wikipediaによれば客家
袁世凱・・・河南省項城県、北京官話
汪兆銘・・・広東省番禺県、広東語または客家語
蒋介石・・・浙江省奉化県、上海語

B共産党時代
毛沢東・・・湖南省、湘方言
林彪・・・湖北省黄岡県、北京官話
劉少奇・・・湖南省寧南県、湘方言
華国鋒・・・山西省交城、北京官話
ケ小平・・・四川省交安県、北京官話・・・Wikipediaによれば客家
胡耀邦・・・湖南省、湘方言
江沢民・・・江蘇省揚州、上海語
胡錦濤・・・上海、上海語

 指導者はトップ以外にも思いつくまま無作為に選んだが、この分布には明白な特徴がある。すなわち共産党以前と以後とに出身地の重複がただの一人もいないことである。共産党以前は広東省が主流であり、共産党支配になってから毛沢東の湖南省主流に移る。

 そして江沢民以後は上海を中心とした江蘇省に移るという傾向を読める。そして両方に共通するのはメジャーな広東省、浙江省(蒋介石)、江蘇省はともに海岸の豊かな地帯にあるということである。この経緯を要約すると辛亥革命は豊かな海岸地帯から生まれ、これに対する抵抗勢力の共産党は湖南省、山西省、四川省といった貧しい山間地から発生した。しかし改革解放で上海を中心とした海岸地帯が豊かになり、再び中心勢力となったのである。

 言語について言えば良好な関係にあった孫文と汪兆銘は同じ広東語か客家語を話し、これと対立した蒋介石はこの時代では例外的な上海語の指導者である。毛沢東が北京語を話さなかったから毛沢東の言葉はわからないといわれたのは有名である。袁世凱は清朝末の漢族出身の軍人である。しかし北京語を話したはずだから、康熙帝伝の言うところの満洲化した「漢民族」であろう。

 いずれにしても清朝滅亡以後、北京官話を話す有力な指導者が少ないというのは象徴的である。ケ小平は四川省出身だが四川省は北方官話と南方方言をも話さない地帯を多く抱えているので、北京官話を話さなかったのかもしれない。客家語の分布も少しあったので客家語を話した可能性もある。ちなみにWikipediaによれによればケ小平は客家だというから、それが事実ならば、間違いなく客家語を話したのであろう。

 共産党初期の指導者が北京官話というのは似つかわしくない。袁世凱は清朝の軍人官僚出身であったから北京官話は当然であり、従って辛亥革命の関係者としては当然異端であり、自ら皇帝にならんとして失敗した。やはり民族出自はともかく清朝の末席にあった。このように言語や地理に地域的特長が出るのは支那が血族社会だからであり、背後に祖先の民族の繁栄をになっていると考えてよかろう。

 共産党政権はかつての王朝のように世襲制度ではないから特定の民族支配は困難である。しかしやはり血族社会だからケ小平にしても江沢民にしても権力中枢にいる者たちは常に血族を国営会社の幹部にする措置を取るなど、かつての血族支配の伝統の残滓がある。しかしこのことが共産党政権の安定をもたらすものか否かは不明である。

 いずれにしても中共政権は民族出自という観点からも、分析し直す必要があると考える。なお私には公刊された資料から支那の各指導者の使った言語を確認できなかったから、上記のような稚拙な推定となってしまった。誰か彼らの使用言語を教えていただければありがたいと思う。

4.4 支那大陸のヨーロッパ

 これから中国の民族分布を大胆に推測する。現在の中共の領土のうち、新疆ウイグル、チベット、青海、内モンゴルは明らかに言語も民族もいわゆる漢民族ではないことは明白である。さらに2章で述べたように、四川省西部と雲南省西部もいわゆる非漢語地域である。

 すると残りのいわゆる漢語を話す地域の「漢民族」は均質なのであろうか。既に述べきたったように答えは否である。南方諸言語は客家語を除くと5つの言語分布地域に明瞭に分かれる。これらは歴史的経過で形成された国家内国家とでも言うべき領域に分かれているのである。客家語を話す人たちを除いたのは、客家語は地域との結びつきがやや薄く、人間に属すとでもいうべき性格から独立「民族国家」を形成しているとは言いがたいと考えたからである。

 残りは北京官話ないし北方諸方言が使われる地域である。北方諸方言のうち東北部すなわち旧満洲は北方官話が使われているとされる。地図を見ればわかるようにこの地域は他の北方諸方言の地域とは地理的に隔離していること、旧満州であることなどから満洲族であるといってよい。定説では満洲族は漢民族に同化して事実上消滅したとされる。ところが2章で説明したように、言語の面からも満洲語は生きている。そして康熙帝伝で例証したようにこの地域では漢族、すなわち清末に流入した支那人が言語も風俗も満洲族化したのである。アメリカに住む日系2世3世が日本人の風貌をしていても、完全に米国人化しているように、この地域の人間は満洲族化した人たちである。

 そして同じモンゴロイドだから混血しやすく、血統的にも混淆した新満洲族とでも呼ぶべき民族の地域である。残りの北方諸方言については推定する手段を持たない。しかし地域による方言の分布は3つに分かれて確かにあるのである。方言が発生して定着するには50年や100年では不可能であろう。

 清朝滅亡から現在まではわずかに100年に過ぎない。清朝滅亡後に形成され定着した方言ではない。清朝が支配して満洲語すなわち北京官話を300年にわたって普及した結果、形成されたものが残りの北方諸方言である。なぜ方言に分化したか。それが鍵である。北方諸方言の地域における、方言の形成には言語の基層の相違に起因するものがあるのに違いない。すなわち北方諸方言は、差異は少ないとはいうものの構造などにも若干の違いがある。

 その違いは北京官話を受け入れた元の民族の元の言語の差によるものである。受け入れた側の民族すなわち言語の相違が方言として残ったのである。同じ英語の訛りでもフィリピンとパキスタンとは異なる。フィリピングリッシュやパキスタングリッシュと呼ばれるゆえんである。それは英語を受け入れる側の元の言語に、タガログ語とウルドゥー語という違いがあったからであろう。それでも互いに英語としては通じるのである。このように北方諸方言の民族の差が方言の差として残ったのである。満洲族以外の3つの北方諸方言には3つの民族が潜んでいるというのが一つの結論である。

 次は、なぜ南方諸方言が満洲語化せずに残ったかである。第一の要素は距離と言語基層の遠さであろう。元々ベトナムやタイ語と共通する部分もある南方の諸方言は言語の基層が満洲語と異なることと、北京から遠いことによって北京から来た役人が官話を話そうと、土着民族の言語にはさほど影響を与えなかったのである。

 英国の女王がインド皇帝に就任したのと同様に、清朝の皇帝は単独の民族の長としてではなく、チベット、満洲、ウイグル、漢族、満洲族の五族の各々の皇帝なり大ハーンといった形態の異なる長に就任することによって五族を分割統治していたことは既に述べた。漢族すなわち漢文が使用される地域の民族、実は南方諸方言を話す6つの民族がまとめて自治区のようにして統治されていた。だからこの地域の言語は保存されたという側面もある。チベットが清朝に支配されながら満洲語を受け入れず、チベット語が保存されたのと同様な現象なのである。

 以上のように私は中国の民族分布を推定した。現在の中共政府は北京語を普通話として全土に普及させ、「漢民族」の文化で全土を覆うことにやっきとなっている。ところがこれらの言語や文化は、実はオリジナルの「漢民族」のものではなく、満洲族のものであることは縷々説明したとおりである。従って中共政府が行っているのは実は中共全土の満洲化である。この試みは恐らく成功しないだろうことは支那大陸の歴史が実証している。


4.5 漢民族均質説の欠陥(文献にみる漢民族)

 平成19年の1月に「漢民族とは何か」Mという著書を手にした。「漢民族はいなかった!?」という章があったので驚いたのである。もしかして私と同じ考え方の人がいるのではないかと考えたのである。私の従来の説に対する不満は次のようなものである。

 現在の支那大陸の住民、いわゆる漢民族が漢字漢文を発明した人たちとは言語もDNAも異なることはほぼ定説といっていい。しかしその後がいけない。多くの文献においては新しい均質な漢民族が現在定住しているかのようにいうのである。ここで均質というのはすべて同じ性格を持っているという意味ではなく、漢民族といっても言語や風俗が個人によって大きく幅があるということは認めるのだが、ヨーロッパの国々のような地域によるまとまりがなく、ある範囲に様々な人が雑多に住んでいるということである。

 多くの場合、チベット、モンゴル、ウイグルなどの従来より異民族と考えられている民族の居住する地域以外に住む者をまとめて漢民族と称して、雑多ではあるもののあたかも上記の意味において均質な漢民族がいるかのようである。

 例えば岡田英弘氏は次のように述べる。F

 つまり秦・漢の中国人は二世紀の末にほとんど絶滅したので、隋・唐の中国人はもはやその子孫ではなかったわけである。

 岡田氏らは以前よりこのような説を唱えており、私の説の重要なひとつの基礎になったのである。岡田氏らの説には、漢民族王朝の民が王朝崩壊の際の戦乱や飢餓、疫病で激減しそこに外部から異民族が入ってきて入れ替わるというのだから説得力がある。そして秦の始皇帝から清の宣統帝までの二千百三十二年間のうち明瞭に非漢人とわかる皇帝の在位期間の四分の三であると結論する。さらに

・・・皇帝制度は中国文明の本質ではあるが、その皇帝は非漢人のほうが圧倒的に多いのだから、中国文明は漢人の専売特許ではない。

 なるほど。でもどこかおかしくはないか。秦・漢の漢民族は絶滅したのだから、その後は漢民族ではないはずである。岡田氏は隋・唐以後の漢民族をどう定義しているのであろうか。岡田氏は明言しない。そこで文脈から読み取る限り、王朝の外部から侵入して王朝を倒したものを非漢人としているだけなのだ。

 そして王朝の内部に以前より定住していて王朝を倒した者を漢人と判断しているのに過ぎない。これはおかしいのである。外部から侵入しても長い間定住すると漢人になってしまうと言っているのだ。これはよく言われる漢民族に同化するという俗説を基礎にしているのに過ぎない。

 繰り返し述べたように、例えば清朝の持ち込んだ満洲民族の文明は、支那服や京劇など、明瞭にわかっているだけでもそれ以前の「漢人」の文明を駆逐して入れ替わっている。決して満洲族は漢民族に同化して漢人になったのではない。岡田氏の卓見も従来の説に引きずられている。黄文雄氏はさすがに漢民族文明が異民族を同化したのではなく、その逆であると述べる。しかしそこから先の展開がないのである。

 そこで私は安達氏の説を閲してみようと思う。この本は戦前から戦後の支那に関する文献を渉猟しているのに、現代中国にはおおまかには5つくらいの方言があると述べるような杜撰さがある。おそらく彼にはモンゴル語、チベット語、北京語、漢語といったおおまかな分類しかないのだろうか。これが間違いである事は既に述べた。

 「漢民族とは何か」は明らかに不定見である。「漢民族はいなかった」の章では冒頭で、「漢民族なるものはいなかった」というのが現在における小結論であるとし、漢民族という言葉は一種の記号論的用語であるとする。要するに漢民族という概念は実在のものではないというのだ。しかしそれに止まらず「漢民族とは何か」という本書のメインテーマを何と「現在の中国人を形成している人びととはだれだったのか」と問い直すというのだ。この言葉に多くの「中国」民族論の重大な欠陥がひそんでいる。

 これはソ連が崩壊した現在、「ソ連民族とは何か」という疑問を追及しているのと同じであると言えばわかりやすい。崩壊したロシア帝国に代わってロシア帝国の版図を回復しようとして、周辺のバルト三国やポーランドなどを次々と侵略して成立したソ連の住民をまとめて定義することの滑稽さは現在では容易に理解できるだろう。

 現在の中共の領土は、支那大陸の歴史のうちの一時期を占めるに過ぎない清王朝の版図を清朝崩壊後の50年近い内戦の時期を経て、チベット、ウイグルなどの周辺国家を侵略して成立した。中共の指導者は「漢民族」を自称するが、漢民族の支那王朝がチベットやウイグルを支配したことはない。このように周辺の民族を侵略して成立した現在の中共の民族を普遍的に自明な、中国人として定義しようなどというのは、ソ連民族とは何かを問うに等しい愚挙だということはわかるはずである。

あとがき

 やっとあとがきに達した。しかしこれは始まりであって終わりではない。何回も述べたように私から見れば、支那大陸の歴史は奇妙な理解をされているとしか言いようがない。私は以前から「中国史」は日本史のように単一民族と言えるような国の変遷の歴史ではなく、ヨーロッパの歴史に近いものではないかということを漠然と思っていた。

 常に漢民族なるものが大陸に存在していて周辺民族を同化していくというのは歴史の力学からもあまりに不自然だからである。そのことを簡単に「中国はヨーロッパのようなものである」と簡単に指摘する識者はわずかであるが、いるにはいた。しかしそのことを誰も掘り下げないのである。

 そして首里城で「琉球貢表」を見るに至り、一挙に疑問が吹き出た。中国史はおろか歴史の専門家ではない私が雑誌「正論」に投書すれば、この疑問を専門的に補強して展開してくれる人が現れると期待した。しかし期待は外れて私の考えに賛同してくれる人は誰もいなかったようである。それどころか反対意見の投書すらなかった。

 そこで自分で考えるしかなかったのである。その結果がこれである。しかし専門家でもなく時間もない私の「研究」はあまりに不完全で不整合で齟齬が多く荒削りなのは間違いない。だが私の直感は大筋において間違いないと確信している。だから私の考えを理解して引き継いでくれる人が出るのを望む。そんな人がいるとしたらその筋の専門家ではないだろう。専門家はあまりに常識に囚われ過ぎている。

 始まりであるというのにはもうひとつの意味がある。これを本格的に書き始めたのは平成18年の夏だった。この文章はそれと比較してすら内容もボリュームも大幅に変化している。今後も変化するはずである。その意味でも始まりの途中である。

引用文献

@雑誌「諸君」平成13年11月号「支那は差別語にあらず」高島俊男

A満洲事変の国際的背景・渡辺明・国書刊行会

Bリットン報告書・昭和7年・中央公論付録・訳及び原文

C中国はいかにチベットを侵略したか・マイケル・ダナム・講談社インターナショナル

D康熙帝伝・東洋文庫155・ブーヴェ・平凡社

Eこの厄介な国中国・岡田英弘・ワック文庫

F誰も知らなかった皇帝たちの中国・岡田英弘・ワック文庫

G世界のことば・「朝日ジャーナル」編・朝日選書・1991年

Hそれでも中国は崩壊する・黄文雄

I中国4000年の真実・杉山徹宗・祥伝社刊・平成11年

J中国の諸言語−歴史と現況・S.R.ラムゼイ著・高田時雄他訳・大修館書店・1990年

K東洋史通論

L中国人民解放軍・矢吹晋・講談社選書メチエ・1996年

M漢民族とはだれか・右文書院・2006年

N世界のことば小事典・柴田武・大修館書店・1993年

O世界の言語ガイドブック2(アジア・アフリカ編>東京外国語大学語学研究所編・三省堂1998年

P雑誌「正論」平成19年8月号・東方人記・石平
http://www.ac.cyberhome.ne.jp/~k-serizawa/sub2-4.html

http://www.asyura2.com/0401/dispute16/msg/643.html#c10

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