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チャンネル桜や正論で大活躍中のアホ右翼・アホ陰謀論評論家 まとめ
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/228.html
投稿者 中川隆 日時 2019 年 2 月 10 日 10:05:09: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: チャンネル桜の常連 西岡力 の悪質な詐欺の手口 投稿者 中川隆 日時 2019 年 2 月 05 日 11:48:55)


チャンネル桜や正論で大活躍中のアホ右翼・アホ陰謀論評論家 まとめ

チャンネル桜 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/results?search_query=%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB%E6%A1%9C

チャンネル桜 番組紹介『日本よ、今...「闘論!倒論!討論!」』
http://www.ch-sakura.jp/programs/program-info.html?id=1655

___


林原チャンネル - YouTube 動画
https://www.youtube.com/results?search_query=%E6%9E%97%E5%8E%9F%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB

___

amazon.co.jp 正論 本
https://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_noss_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&url=search-alias%3Dstripbooks&field-keywords=%E6%AD%A3%E8%AB%96&rh=n%3A465392%2Ck%3A%E6%AD%A3%E8%AB%96


amazon.co.jp HANADA 本
https://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_noss_2?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&url=search-alias%3Dstripbooks&field-keywords=HANADA


amazon.co.jp will 本
https://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_noss_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&url=search-alias%3Dstripbooks&field-keywords=will&rh=n%3A465392%2Ck%3Awill


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チャンネル桜の常連 西岡力 の悪質な詐欺の手口
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/216.html

従軍慰安婦問題で詐欺師 西岡力と櫻井よしこが流した悪質な嘘とデマ
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/133.html


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櫻井よしこ はその時点で一般大衆に受けそうな意見を受け売りしてるだけの無知蒙昧・無定見なオバサン
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/217.html


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田中英道のユダヤ陰謀論はどこまで本当なのか?
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/213.html

西洋美術史の専門家だった(?)田中英道は何時から頭がおかしくなったのか?
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/206.html


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朝鮮人認定された天才ジャーナリスト 本多勝一 vs. 詐欺師の似非学者 渡部昇一
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/130.html

保守論壇の重鎮・渡部昇一の「昭和史」のデタラメを読み解く。
http://www.asyura2.com/10/senkyo91/msg/261.html


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吉田清治が詐欺師だというデマを広めた秦郁彦は歴史学会では誰にも相手にされない、資料改竄・捏造の常習犯だった
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/136.html

今田真人「従軍慰安婦・吉田証言否定論を検証するページ」_ 吉田清治の話はやっぱり事実だった
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/132.html


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ゆとり教育を推進した三浦朱門の妻 曽野綾子がした事 _ これがクリスチャン
http://www.asyura2.com/09/bun2/msg/492.html


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詐欺師 曽野綾子と池田信夫に騙されるな
http://www.asyura2.com/09/bun2/msg/491.html

池田信夫の逝かれっぷり _ 数学も英語もできないで経済学の教科書を理解できたの?
http://www.asyura2.com/09/bun2/msg/543.html


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日本人を憎む被差別同和部落出身者 1 _ 橋下徹
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/114.html

「最も危険な政治家」橋下徹研究_ 橋下先生は上下同時責め3Pハーレムコースが大好き
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/452.html

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石原慎太郎の人生
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/478.html


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副島隆彦は本当にアホだね(嘲笑い)
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/343.html

副島隆彦先生は英語の達人 _ 日本語も少しは理解できる様になってね
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/366.html


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勝又壽良 _ 中国・朝鮮ヘイトでグローバリズム礼賛のアホ経済評論家
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/142.html


小笠原誠治 _ トランプの様な反グローバリストを必死で叩く元財務官僚のアホ経済評論家
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/143.html


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日本人を憎む被差別同和部落出身者 2 _ 竹中平蔵
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/115.html

竹中平蔵物語
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/301.html

平成バブル崩壊と ソロモン・ブラザース証券 相場師列伝3
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/258.html

御用学者 吉川洋が流した悪質な嘘とデマ
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/144.html

天下りをやらせて文科省をクビになった前川喜平が騒いでいる理由は「自分の方が総理大臣より身分が上だ」という事
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/150.html


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馬渕睦夫のユダヤ陰謀論はどこまで本当なのか?
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/212.html


馬渕睦夫 deep state の世界を語る _ 朝鮮戦争も東西冷戦もアラブの春も対テロ戦争もすべてヤラセだった
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/105.html

馬渕睦夫 ウイルソン大統領とフランクリン・ルーズベルト大統領は世界を共産化しようとしていた
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/145.html

馬渕睦夫 米国がつくった中華人民共和国
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/135.html

馬渕睦夫さんのユダヤ陰謀論はかなり説得力が有るのですが、実際には

金の亡者のユダヤ人が 今さえ、金さえ、自分さえ で一人一人独立に金儲けに走った結果が あたかも全員が示し合わせて陰謀している様に見えるだけでしょう。


 

 

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コメント
1. 中川隆[-12294] koaQ7Jey 2019年2月10日 10:08:49 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22234] 報告

チャンネル桜や正論はパラノイアや統合失調症患者の評論家が多いので、真に受けない様に気を付けて下さい


パラノイア・統合失調症患者の症状


妄想というのは,強固な信念で,明らかに間違っているのに決して訂正されず,
本人が確信しているものをいいます。私たちが,「あの人は私のこと嫌ってて
イジワルしているのかもしれない...」などと半信半疑に思っているのは妄想とは
言いません。

例えば,

「○○が自分の才能を妬んで様々な嫌がらせをしてきている。
電話は盗聴されているし,電子メールも全てハックされている。
このままでは私の発明は全て盗まれて先に特許をとられてしまうに違いない」,

こういうことを言っている人に「そんなことあり得ませんよ,大丈夫ですよ」

と忠告してあげると,

「いや,これは確実なことだ。証拠もある。さてはお前も〇〇の回し者だな!」

などと言われた場合,これはかなり妄想に近いと言えるでしょう。
http://www2f.biglobe.ne.jp/~yasuq/schizophrenia2.htm#14


パラノイアの例

ヴィルヘルム・ライヒ(Wilhelm Reich、1897年3月24日 - 1957年11月3日)は、
オーストリア・ハンガリー帝国のガリチア・ドブジャニツァ出身の精神分析家。
学生時代から精神分析について学び、敬愛するジークムント・フロイトからも指導を受けた。


オーストリア生れの精神分析学者。

ウィーン大学卒業後、ウィーン精神分析診療所で、精神分析とマルクス主義の統合を目ざして活躍する一方、精神分析技法ゼミナールを主宰して、研究と指導に専念した。

患者の態度やふるまいに現れる性格抵抗 (主要な抵抗) に注目した〈性格分析〉の理論と技法とを追求して、 《性格分析》 (1932) を発表し、古典的精神分析から現代の自我心理学的精神分析への発展の端緒を切り開いた。

社会学的見地に立ち、社会適応を重視した性格形成論、性を社会的抑圧から解放し、〈性器性欲の優位性〉を確立して、健康なオルガスムの体験能力を獲得することこそ健康の基盤であるとする性革命理論などが知られている。

著書はほかに《衝動的性格》 (1925)、 《ファシズムの大衆心理》(1933)、《セクシャル・レボリューション) 》(1945) など多数にのぼる。
 
ライヒは子供時代に関してあまり語らない人間だった。その理由として、父と母が共に自殺している点があげられる。

13歳の時、母・セシーリアが自分の家庭教師と性交している現場を目撃してしまう。ライヒはそのことを父・レオンに告げた。

精神バランスを崩した父は母を自殺に追いやった。そして自身は、わざと真冬の凍った池に何時間も立ち続け肺炎で死んだ。両親が自殺したのは自分のせいではないかと、ライヒは後悔し続けることになる。

こうした中で、全ての人間は「性欲」(リビドー)に支配されているというフロイトとの出会いは衝撃的であった。やがてライヒはユングが抜けた後の精神分析学会で精力的に活動を行う。

しかし晩年のフロイトも、さすがに「性欲理論」は無理があるとして放棄しつつあった。またユングはリビドーを「性」ではなく生命エネルギーと定義し、右脳と左脳のメカニズムにまで迫ろうとしていた。

 

しかしライヒは時代に逆行する形で、性欲理論を補強していった。

「全ての人間はオルガスム(性的快感)を求めて生活している」

彼は、神経症で悩むオールド・ミスの患者にマスターベーションを勧めた。自虐癖のある患者に「では実際に打ってみようか」と臨んだ。どれも確かに症状は好転した。

そして、性の解放と称し

・未成年の避妊教育の実践
・堕胎の権利の確立

遂には、性の全面的な解放を行えば、神経症や性倒錯、そして犯罪の一切存在しない理想郷が誕生すると主張した。

ライヒの思想は進歩的ともいえるが、いささか過激すぎる点も多い。

 

・・・ライヒの思想は禁欲を重んじる20世紀初頭のヨーロッパ社会で、当然受け入れられるような内容ではなかった。師匠フロイトも、この「明らかに行き過ぎた理論」に不信感を抱きつつあった・・・
 
 

共産主義者としても積極的に活動していたが、 33 年ドイツ共産党から、 ついで 34 年国際精神分析学会から除名され、ストックホルムやオスロ を経て、39 年アメリカに亡命した。ライヒが主張する「性の解放」を全ての人間が嘲笑したのだ。

そのころから精神に変調をきたし、「オルゴン(オルガスムの)・エネルギー」と名付ける宇宙エネルギーの存在を信じこれに熱中するようになった。

世界には至るところに「オルゴン・エネルギー」が満ちている。それが細胞を動かしているのだ。愛するものと別れるとオルゴン・エネルギーが不足して病気になる。しかし休養すればオルゴン・エネルギーが充電されて再び健康になるのだ・・・

このエネルギーを集める力を持った〈オルゴン・ボックス〉に入ると、すべての性障害が治ると称して、ライヒは金属箱を販売した。しかし、これがアメリカの薬事法違反に問われることになる。

それまでのライヒは、思想は別として精神科医として極めて優秀な評価を受けており、裁判に負ける可能性は低かった。しかし、ライヒは陪審員達にこういった。

「オルゴンエネルギーを暴発させて大洪水を引き起こしてやるぞ」

ライヒは裁判中、法廷侮辱罪で投獄され、不遇のうちに獄死した。

 

尚、ライヒの心身相互作用に着目した療法は、今日の心身医学やボディワークの始まりとされている。

http://www.d4.dion.ne.jp/~yanag/kora9.htm

初期フロイトの路線を強調した上で、精神分析に政治的な視点をもたらし、精神分析とマルクス主義を結びつけようと試みた。性的エネルギーの社会による抑圧からの解放を目指したが、その極端な思想や行動が嫌われ、後に精神分析協会からも共産党からも除名された。

1934年ナチス・ドイツのドイツ国からノルウェーに亡命、オスロ大学で性科学を
研究中滅菌した肉汁中の小胞バイオンと1939年バイオンの研究中オルゴンを発見、
アメリカ合衆国のテオドール・ヴォルフ博士の招きで渡米、ニューヨークに住む。

1940年メイン州レーンジュエリーに転居、支援者によりオルゴン研究所
「オルゴノン」でロバート・マッカローらとともにオルゴンの研究に取り組んだ。

1941年にはアルベルト・アインシュタインにオルゴノスコープ(オルゴン拡大鏡)
でオルゴンを見せている。よく知られている物としては、オルゴン蓄積器
(オルゴン・アキュムレーター、蔑称としてオルゴン・ボックス、セックス・ボックスなどとも呼ばれた)という箱と1951年にラジウムとオルゴンの研究中発生したというオラナーとデッドリーオルゴンの雲をなくすため発明したオルゴン放射器のクラウド・バスターなども作成していたことがあげられる。

1954年、UFOを目撃DORを利用した侵略者の宇宙人の宇宙船と直感しクラウド・バスターで撃墜の必要を訴える。1954年にFDAにオルゴン・アキュムレーターの販売が、がん治療機を不法製造販売にあたると裁判を起こされ、裁判所の命令に従わなかったため、有罪判決を受け1957年投獄された。

精神分裂病(統合失調症)の可能性が疑われ、精神鑑定が行われた。オルゴンに
まつわるいくつかの妄想的な言動がみられるが、その他の点では正常だったと
いわれる。出獄することなく、1957年11月3日コネチカット刑務所で心臓発作で死亡した。
http://musical7.org/83948342838B8377838B83808145838983438371/

身近に観察できるパラノイアの例


宇野正美講演会・傍聴記「反ユダヤ伝道師」かく語りき

7月20日(1995年)に、神田の日本教育会館・一ツ橋ホールで開かれた、
宇野正美氏の「1996年 国家存亡の危機が来る」という講演会を聴きに行った。

そうか。この人物が、H氏やA氏やY氏と並んで、「ユダヤによる世界支配の陰謀」
を唱えて、日本の言論界の一角で、異様な気炎をはいてきた宇野正美氏か。

この人が「ユダヤの陰謀」という恐ろしいテーマをひっさげて,もう二十年も言論
活動をやっている人なのか。もし本当に氏が「陰謀」なるものを暴いてしまった人
だったら、とっくの昔に殺されていないのはなぜだろうという疑問が脳裏をかすめた。

 宇野氏ら陰謀評論家は、世界の一般民衆を操る支配階級の人びとの、さらにそのまたごく少数の限られた人びとの秘密クラブの存在を確信することから、自分たちの言論活動を開始する。

「1990年にバブル経済が破裂したあとの5年間で、世界で、日本で、〇〇、〇〇の事件がありましたね。

これは、〇〇が〇〇して、〇〇になったものでした。その背後に、世界を操る〇〇〇〇の存在があるのです」。

要約するならば、宇野氏の話は、このスタイルに終始している。

「〇〇という事実がありました。これは、皆さんもご存知のとおり〇〇〇〇だったのですが、これも実は〇〇〇〇がからんでいるのです」。

 この語り口調は、なかなか小気味よいのである。そうか、あの事件も、この事件
も、やっぱり裏に秘密があったのか。自分もヘンだな、と思っていたんだ。

聴衆は、宇野氏の推理いつしかのめり込んでいく。開場は静まり返って、みんな真剣に聴き入っている。

いろんな厳しい人生経験を積んでそれなりの生き方をしてきたあとでも、人間はこの程度のホラ話に一気のめり込むことができるのである。


「この1月17日の関西大地震は、人工地震の可能性が、1%はあります」

「3月のオウム事件は、地下鉄サリン事件は、北朝鮮が裏で糸を引いているのです」

「最近起きたソウルのデパートの倒壊事件。奇妙でしょ。ビルの中央部分だけが、
一気に崩れ落ちるなんて。これは、低周波兵器でズーンと低周波をかけると、起こるのです」

 この三年ほどで、宇野氏の考えは二つの点で大きく変化している。かつて文芸春秋系のネスコ社から出していた本では、単純素朴な、ユダヤの秘密組織による日本征服説が説かれていた。これは、若い頃からの氏の聖書研究と愛国感情が混じり合った産物だった。

最近は、

「ユダヤ人には、アシュケナージ・ユダヤ人というニセものがおり、スファラディ・ユダヤ人という本物のユダヤ大衆を抑圧するためにイスラエルを建国したのだ。

そしてこのイスラエル建国主義者たちがシオニストであり、国際陰謀をめぐらす諸悪の根源である」

という考え方をしている。

 かつての論調ではフリーメーソン、ビルダーバーグ、イルミナティ、TC(米欧日三極会議)、CFR(外交問題評議会)などの秘密結社や国際機関と、ユダヤ人の秘密結社との関係がどうなっているのかはっきりしなかった。ところが、今回の講演では、「ザ・クラブ・オブ・アイルズ」というヨーロッパの旧来の王侯貴族達の裏結社が、これらすべての秘密クラブの上に君臨し、序列を作りそのずっと下の方で使われているのがユダヤ人たちである、という簡単な理論になっていた。


フリーメーソンやイルミナティなどの秘密結社の存在はさておくとして、TC
(トライラテラル・コミッション、米欧日三極会議)は公然と存在する。

私は、「陰謀」の存在自体は否定しない。世の中に「陰謀」の類はたくさんあると
思っている。世界覇権国であるアメリカ合衆国の、政治・経済の実権を握っている支配層の人びとの間に、多くの「陰謀」があるのは当然のことだと思う。

 そして、1990年以来の、日本のバブル経済の崩壊によって深刻な不況に陥っている現状は、やはりニューヨークの金融界が、日本の経済膨張を抑え込むために陰に陽に仕組んで実行したものであると信じないわけにはいかない。薄々とだが、ビジネスマン層を中心にこのような話は語られ広まっている。

 私の友人のなかに銀行員が何人かいる。昔、いっしょに『ニューヨーク・タイムズ』紙の早朝読み合わせ会という勉強会をやっていた友人のひとりは、ニューヨーク駐在勤務から帰ってきた後に、私にははっきりと語ってくれた。

「ニューヨークの金融センターは、ユダヤ系の人びとに牛耳られており、彼らの意思に逆らうと商売ができない恐ろしいところだ」

 彼は、宇野理論のような直接的なユダヤ陰謀論は説かないが、そのような傾向が
存在することを信じている。株式の大暴落を引き起こし、ついで地価の下落、そして円高による波状攻撃で日本の大企業の力を弱体化させ、日本国民の金融資産の
3分の1は、ニューヨークで解けて流れて、消失してしまった。日本の資産の運用先の大半は、その金利の高さゆえに、アメリカの政府債(TB、トレジャリー・ビル)や社債で運用されてきたからである。それが、円高で元金の方がやられてしまった。
http://soejima.to/souko/text_data/wforum.cgi?room=0&mode=new_sort

怪文書の宝庫!
 
 あ、そうそう。yahooの方で出くわした怪文書も一つ、ご紹介しましょう。sinobu_10という、静岡県にお住まいの男性の方がお書きになったものです。挙げられているURLもオススメ度大です。「神が推薦するパソコン…」なんて、もお、死にます。
 
      *
 
目を覚ませよ、国際連合の地下に核爆弾情報
投稿者: sinobu_10 (男性/静岡県)
メッセージ: 113695 / 116578
アメリカの精神の支柱である基督教の神であるヤーベ(八百重)は、
日本にいる事をアメリカの人達に伝えて欲しいのです。
以下の文書を真剣に考えて読んで下さい。そして、国際都市である
ニューヨーク市にある国際連合の地下に核爆弾情報が流れているの
です。爆発する前に友人や知り合いに伝え、引っ越すか警察に真剣に
取り扱う様に伝えて欲しいです。
 
初めまして、忍と申します。

現代科学のタブーである霊界の存在を考慮して、
今、現実問題として、イルミナティ共産主義問題を考えて置きたい
です。其れは、約2億人の虐殺があったのでは無いかという問題で
す。其れは、遠く遡れば、バビロンの時代まで遡れます。

近代は、イルミナティ教団が出来、フランス革命から始まって
一連の共産主義革命を起こした国際金融グループに対して何も
罪を問わない現状になっているのです。其れもユダヤ系列のマ
スコミと歩調を合わせて行動を執っているのです。但し此れは
戦略で行っているので、頃の見境を考えながらの行動であるか
ら、注意深く年数掛けての戦いなのです。

後、もう一つ大きな問題点はスカラー波の技術開発による武器
開発です。其れに関連してインターネットの通信問題も深く考
えなければならないのです。今、一番大きい
問題は、未だ科学が未完成の状態(物理学上の問題)を
解決しないで、それを前提とした意見が権威を持って発
表している所が問題なのです。

現実問題としては、テスラ波による武器開発です。別名「スカラー波」又は「気」
とも言っていますけれど、このテスラ波は物質の根源に
なすもので磁気的な性質を持っています。宇宙の構造
は、磁気法則で全てが成り立っているのです。

磁子の活動が電流を生み、そして力を発生するのです.「テスラ
波(スカラー波)」は、磁子の縦方向に振動している状
態を指しているのです。その悪用は、宇宙そのものがバ
ランス(平衡性)が無くなり、太陽系そのものが崩壊す
る危険性があり、又、精神作用にも動作するので、「洗
脳」にも使われる可能性があるのです。そしてDNAに
も作用するので、奇形児が出来る可能性があるのです。

又、マイクロ波の衛星通信の拡大は、電子レンジの中に
地球が入るという恐ろしい結果が待っているのです。それらの
問題をマスコミは真剣に考えていないのが現状なのです。
そして、環境問題の考え方も対処療法的で、物理療法的
に問題を考えていないのです。それが欠点なのです。
つまり、公害の原因を全て化学化合物で説明し、化学反応
の物理的説明を含んでいないのです。そこに免疫の問題を
考慮する事が出来ないのです。

 
神の言葉
http://page.freett.com/syouhou/kaminokotoba1.html
最後の審判の理由
http://page.freett.com/syouhou/reason_of_last_judgement.html
正しい性道徳とは
http://www.musesworld.co.jp/web2/syouhou/index.html
この侭だと本当に地球が崩壊する
http://page.freett.com/syouhou/index.htm
神が推薦するパソコンPC9821
http://page.freett.com/syouhou/suisennPC.htm
 
これらの問題を真剣に考えないと、やはり異星人は自衛の為に
最期の手段を使用されるのです。

 日本人が中心になって、神の言葉を、お伝えてこの問題を
解決する方向に考える必要があるのです。

神のいる場所
エルアール出版
〒150-0046 東京都渋谷区松濤1−4−9 サンエルサビル101号
TEL 03-5453-1870
 
アメリカ国内
HORKOM International Corp.
P.O.Box 282713
San Francisco, California 94128-2713
 
「人が全世界を儲けても、自分の命を損したら、何の得になろうか。又、
人はどんな代価を払って、其の命を買い戻す事が出来ようか。
邪悪で罪深いこの時代にあって、私と私の言葉とを恥じる者に対しては、
人の子も又、父の栄光の内に聖なる御使達と共に来る時に、
其の者を恥じるであろう。
(マルコ福音書第8章34節〜38節)」
http://www.ch-sakura.jp/oldbbs/thread.html?id=17590&genre=sougou

電波系というのは、つまりまあ頭の中で電波がささやくのでしょうから、分裂症か薬物中毒の系統になりましょう。sinobu_10さんの方は「パラノイア」系のように思われます。思考にまとまりがありますからね。
もっとも、「症例:G・W・F・ヘーゲル」などのレベルになりますと分裂症と見分けがつかなくなってまいりますが。

 チマタで見かける「ユダヤ陰謀史観」みたいなのと一緒で、いちおうの一貫性はあるのですね。ただその、決定的な証拠は? と言われると「ない!」となって、ならなんで? と言われると「証拠がないのも陰謀だ!」という形で無事に着陸。

こうなるともう誰が何を言っても聞き入れるもんじゃありません。
 
 実は、sinobu_10氏に関しては「教祖様」ではないのです。
「教祖様に疎んじられている一信者」らしいのです。彼が掲示板上で開いたトピックは、「千乃先生」なる教祖様の意を体したと称する信者各位がsinobu_10氏の信条の矛盾を突きまくり、それも彼らの「教義」に基づいてのことですから、さながら宗教戦争の様相を呈し、そこへ「ウォッチャー」を名乗る一般人が面白おかしくチャチャを入れるという展開になっておりまして、なかなかに楽しめる一大エンターテイメントになっておりました。
http://ime.st/members.at.infoseek.co.jp/serpent_owl/past-log/spring/log00000118.html

たこさんご紹介のサイトをちょこちょこ見て回った印象では明らかに病的、すなわち初期の分裂病もしくは妄想を伴う躁鬱病、痴呆などの傾向が感じられるのに対して、sinobu_10さんのはソノ分野に浸かっているヒトなりに理路整然に近く、文章の構成もしっかりしています。

一括りにして良いものかどうか。臨床精神病理は難しくて、実はまだ余り勉強してない分野です。
 
 電波受けるヒトを実際知っております。仕事ができ、礼儀正しく義理堅く、言葉使いが綺麗で、想像力・情緒・感性も豊かで、発明の才もあり、倫理観もしっかりしていて、善意に溢れている。難を言えば少しまじめ過ぎる。

そういう誠に好ましい人望のあるヒトなんですけど、電波が入るんですね。それを普通の事のように言うので、こちらも普通の事のように受け答えしております。

 随分昔からその状態のまま変化がないようで、さらに聞こえるのはドク電波ではなく、善意の宇宙人からの助言が中心だったりしますので、ま、様子を見ています。数年前まではサイババが夢枕に立って「来い」と言ったからというのでインドに行く計画を立てていましたが、現在はモンゴルの平原でUFOとコンタクトする計画を楽しげに語ってくれます。

まじ。ホントに聞こえてるらしいのです。それを蔭で笑う奴がいるのも自覚しているようなのです。

「目を覚ます」という類の話じゃなくて、これ、はっきり言って症例なのです。しかし長年進行してないし、生活に支障がある訳でもないから、無闇にいじらない方が良いのです。


じつは、stomachmanは見積書作成要領の見本を作ったんですが、うっかり本物と間違えられて無用の混乱を起こすことが絶対ないようにと思い、
 
「荒矢田産業株式会社」発行の「重力遮断板セット」の見積書
 
って見本にしまして、発注先に配布したんですよ。そしたら彼がやってきて「あなたなら理解してくれると思う」と語りだした訳でして…
 
理解はすれども、同意はせず。得意の奴で対応しております。


目を醒まさせてあげなくていいの?
念力も自分だけで使ってるぶんにはいいんだけど・・・
自分だけでとどまってないとこが厄介だぁ―!
もうそろそろ、目を細めて笑って見てるばかりでもいられない。

テレビが俺の悪口を流している!
あのCMは俺の事をあざ嗤うのが目的…
 
てのが、典型的な公共電波系電波系さんですが、こちらは公共デンパでナンパするのが怪しからんという、これもまた、割合論から言って、別物ですな。
 
最近、街ですれちがう美女という美女が皆、秋波を送ってくるので困っているstomachmanです。


症例ってのは、夢を壊さないで、みたいなアマイ話ではないんですよ。
 
この彼の場合には、多分初期で停滞している分裂病だと思われます。悪化させないように、stomachmanとしても注意を払っておる訳です。もちろん、症状に悪化が認められたら直ちに治療を開始するよう促す積もりでいます。すなわち、確かに聞こえる電波が、彼の集中力を乱すようになってくると、本当に生活に支障をきたしはじめ、ついには外部とのコミュニケーションが取れなくなってしまう。

2. 中川隆[-12293] koaQ7Jey 2019年2月10日 10:10:23 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22234] 報告


陰謀論やパラノイアの妄想は伝染病として感染する

チャンネル桜や正論で流行しているアホ陰謀論は憑依型の感応精神病 フォリ・ア・ドゥ folie à deux


1.精神病の感染

 果たして、精神病というのは伝染するものなのだろうか。

 人の心を操る寄生虫が出てくる小説(ネタバレになるのでタイトルは言えない)を読んだことがあるが、実際に見つかったという話は聞かないし、たとえ存在したとしてもそれはあくまで寄生虫病であって、「伝染性の精神病」とは言いがたいような気がする。

 実際には、たとえば梅毒のように伝染性の病気で精神症状を引き起こすものはあるけれど、純粋な精神病で細菌やウィルスによって感染する病気は存在しない。精神病者に接触しても、感染を心配する必要はないわけだ。

 しかし、だからといって精神病は伝染しない、とはいえないのである。

 精神病は確かに伝染するのである。細菌ではない。ウィルスでもない。それならなんなのか、というと「ミームによって」ということになるだろうか。

 妄想を持った精神病者Aと、親密な結びつきのある正常者Bが、あまり外界から影響を受けずに共同生活をしている場合、AからBへと妄想が感染することがあるのだ。

もちろんBはまず抵抗するが、徐々に妄想を受け入れ、2人で妄想を共有することになる。

これを感応精神病、またはフォリアドゥ(folie a deux)という。

Folie a deuxというのはフランス語で「ふたり狂い」という意味。

最初に言い出したのがフランス人なので、日本でもフランス語で「フォリアドゥ」ということが多い。もちろん妄想を共有するのは2人には限らないので、3人、4人となれば"folie a trois"、"folie a quatre"と呼ばれることになる。なんとなく気取った感じがしてイヤですね。

 AとBの間には親密な結びつきがなければならないわけで、当然ながらフォリアドゥは家族内で発生することが多いのだけど、オウム真理教などのカルト宗教の場合も、教祖を発端として多数の人に感染した感応精神病と考えることもできるし、以前書いたことのあるこっくりさんによる集団ヒステリーも広義の感応精神病に含めることもある。

 この感応精神病、それほどよくあるものでもないが、昔から精神科では知られた現象で、森田療法で知られる森田正馬も1904年に「精神病の感染」という講演をしている(この講演録が日本での最初の文献)し、その後も今に至るまでいくつもの論文が発表されている。


フォリアドゥの治療

 この例でもわかるように、実はフォリアドゥには、鉄則といってもいい非常に簡単な治療法がある。それは、2人を引き離すこと。もちろん最初に妄想を抱いた人物(発端者)は、多くの場合入院させて薬物などによって治療する必要があるが、影響を受けて妄想を抱くようになった人物(継発者)は、発端者から引き離されただけで治ってしまうことが多いのだ。

 ただし、引き離す、という治療法は多くの場合有効だが、そうすれば絶対に治るとはいえない。

 私がまだ研修医だったころのことだ。隣の家の朝鮮人が機械で電波を送ってくる、という妄想を抱いて入院しているおばあさんの治療を先輩医師から引き継いだことがある。「自分が治してやろう」という意気込みは精神科ではむしろ有害なことも多い、ということくらいは知っていたが、まだ駆け出しだった私には、どこかに気負いがあったのだと思う。

必死に薬剤を調整してみてもいっこうに妄想は改善しない。万策尽き果てた私が、永年同居生活を送っている兄を呼んで話をきいてみると、なんと、彼の方も「隣の家の朝鮮人からの電波」について語り出したではないか。

2人は同じ妄想を共有していたのだった。


 これはフォリアドゥだ! 私は、珍しい症例に出会ったことと、そして先輩医師が気づかなかった真実にたどりついたことに興奮し、さっそく「鉄則」の治療法を試みた。兄の面会を禁止したのである。

しかしこれは逆効果だった。面会を禁止してもおばあさんの妄想はまったく改善せず、それどころか2人とも私の治療方針に不信を抱くようになり、治療はまったくうまくいかなくなってしまったのだ。私は2人を一緒に住まわせるのはまずいと考え、兄のところ以外に退院させようと努力したのだが、2人とも態度を硬化させるばかりであった。

 今考えれば私の方針の間違いは明らかである。私は、妄想が残ったままであろうと、彼女を兄のところに退院させるべきであった。それが彼女の幸せであるのならば。私は「鉄則」にこだわるあまり、老人の住居侵入妄想はなかなか修正しにくいことを忘れてしまい、そして何よりも、永年2人だけで暮らしてきた兄に突然会えなくなった彼女のつらさに考えが及ばなかったのであった。


古いタイプの感応精神病

 続いて、古いタイプの感応精神病の例を紹介してみよう。最近の感応精神病は「宇宙語」の例のように、都会の中で孤立した家族で発生することも多いのだが、かつては圧倒的に迷信的な風土の村落で発生することが多かった。例えばこんな例がある。

 昭和29年、四国の迷信ぶかい土地の農家での話である。

あるとき、父親が幻覚妄想が出現し興奮状態になった。

そのさまを熱心にそばで見ていた長男は2日後、父親に盛んに話しかけていたかと思うと、次第に宗教的誇大的内容のまとまりのない興奮状態に発展し、互いに語り合い感応し合いながら原始的憑依状態を呈するに至った。

父親は妻、娘など一家のもの6人を裏山に登らせ裸にさせて祈らせ、大神の入来を待った。長男は家に残り夢幻様となって家に放火。一同は燃え崩れる我が家を見ながら一心に祈りつづけた。父親、長男以外も一種の精神病状態にあった。


 悲惨な話だが、どこかゴシック・ホラーの世界を思わせないでもない。

 これがさらに拡大すると、村落全体が感染するということもある。青木敬喜「感応現象に関する研究(第1報)」(1970)という論文に載っている例だが、これはフォリアドゥというよりむしろ、以前書いた


こっくりさん
http://homepage3.nifty.com/kazano/kokkuri.html


の例のようなヒステリー反応とみなすのが適当かもしれない。


 昭和11年、岩手県北部にある戸数40程度の集落での話である。

 発端となったのは35歳の農家の妻Aである。昭和11年5月、夫の出稼ぎ留守中、頭痛や喉頭部の違和感を感じるようになり、また身体の方々を廻り歩くものがあるような感じがするようになった。あちこちの医者を回ったがなんともないといわれるのみで一向によくならない。どうも変だと家人がいぶかしんでいる間に、患者はときどき

「鳥が来る。白いネズミのようなものが見える」

などといったり、泣いたり騒いだりするようになった。家人はこれは変だと患者の着物を見ると、動物のものらしい毛がついている。

これはイズナに違いない、と12キロほと離れた町の祈祷師K に祈祷してもらったところ、たちまち発作状態となり、さらに発作中に自分は集落の祈祷師Tのもとから来たイズナであると言い出したのである。その後もこの患者は発作を繰り返すようになり、多いときには一日のうちに数回起こすようになった。

 さてAの近所に住む農家の妻BとCも、昭和11年5月頃から喉の違和感を覚えるようになる。12月にはBの夫がBに毛が付着しているのを発見している。BとCは例の祈祷師Kのもとを訪れ祈祷してもらったところ、祈祷中に2人は急に騒ぎ出し、「Tから来たイズナだ。Tで育ったものだ」と言い出す。

 こうして昭和12年4月までの間に続々と同様の患者がこの集落に発生、ついにその数は10名にのぼった。事件は集落をあげての大騒ぎとなり、

「集落は悪魔の祟りを受けた。なんとかして悪魔を滅ぼさねば集落は滅んでしまう」

と不安と緊張が集落にみなぎるにいたる。

 こうしたなか、本当にTの祈祷のせいなのか確かめようじゃないか、という動きになり、昭和12年8月20日午後3時ごろ、集落の共同作業所に患者10名を集め、集落の各戸から1名ずつ、合計四十数名の男たちの立ち会いのもと、TとKのふたりの祈祷師の祈祷合戦が繰り広げられることになった。

まず疑いをかけられているTが祈祷をするが患者は何の変化も示さない。

次にKが祈祷すると、約10分くらいして患者たちはほぼ一斉に異常状態となり、

「Tから来たTから来た」と叫ぶもの、

「お前がよこした」と激昂してつかみかかるもの、

「命をとれといわれたが恨みのないものの命をとることができないからこうして苦しむのだ。苦しい苦しい」と泣き喚くもの、

ものもいえず苦しげにもがいているもの


など憑依状態となり、まったく収拾のつかない大騒ぎとなった。

このため、これは確かにTの仕業に違いないと集落のものは確信を抱き、Tに暴行を加え、T宅を襲って家屋を破壊した上、村八分を宣言したのである。

 さらにその約1ヶ月後のことである。集落の各戸から1人ずつ男たちが出揃ったところで副区長が

「イズナが出ないようにするにはイズナ使いの家に糞便をふりかければイズナは憑くことができないという話をきいた。どうであろう」

と提案した。すると、一同は一も二もなく賛成し、そのまま四十数名が暴徒と化し、大挙してT宅に押しかけ、雨戸を叩き壊して座敷になだれ込み、糞便をかけ、Tをはじめ家族の者を殴打、重傷をおわせてしまった。

 これまたものすごい事件である。ただ、「宇宙語」の家族は隣にいてもおかしくないように思えるが、こちらはわずか60年前の事件とは思えないくらい、私には縁遠く思える。集落全体が外部から遮断された緊密な共同体だった時代だからこそ起こった事件なのだろう。こうした共同体が減ってきた今では、このような憑依型の感応精神病はほとんど見られなくなっている。


家庭内幻魔大戦


 さて今度はまた篠原大典「二人での精神病について」(1959)から。家庭内の騒動が、宇宙的規模での善悪の戦いにまで発展していってしまうという、興味深い物語である。

 昭和31年5月、Kという呉服商が相談のため京大精神科を訪れた。

 彼の話によれば、昭和23年に妻と長女、三女が彼と口論をしたあと家出。しばらくして帰宅したが帰宅後はことごとく彼と対立、離婚訴訟を起こした上、妻と長女は前年から二階の一室にこもり、ときどき外出して彼の悪口を言い歩くが、一見正常に見えるから始末に困るという。なお、別居中の義母も妻とは別に彼を悪者扱いしているという。

 そこでこの論文の著者らはただちに母と娘を閉鎖病棟に収容した。現在の常識からすればこれくらいのことでなぜ、と思えるが、当時はそういう時代だったのだろう。入院後も2人が協力して反抗してくるのでただちに分離したという(「鉄則」の通りである)。

 さて母子の入院後、2人の部屋からは数十冊にも及ぶ膨大なノートが発見される。そのノートには、驚くべき母子共通の妄想体系が詳細に記されていたという。その記述によればこうだ。

 宇宙外にある「大いなるもの」から一分子が月に舞い降り、さらに地球に来て母の肉体に宿った。太陽を経て地球にきた分子は長女に、ある星を経て来た分子は三女に宿った。彼女らは肉体は人間の形をしているが、魂は大いなるものの一部であり、月や太陽の守護のもとに人類を救済する使命をもち、「宇宙外魔」の援助を受けて彼女らをおびやかす悪の根源である夫Kを撃滅せねばならない!

 家庭内幻魔大戦というか、家庭内セーラームーンというか、とにかくそういう状態なのである。ここで、仮に母を月子、長女を陽子、三女を星子と呼ぶことにし(実際、論文にそう書いてあるのだ)、2人が書いた手記をもとに、この妄想体系が完成されるまでの経過をたどってみる(以下斜体の部分は手記の記述による)。

 Kは苦労人で丁稚奉公のあと、月子と見合い結婚すると暖簾をわけてもらい東京で呉服店を開いた。一方月子は貿易商の長女で甘やかされて育ったせいもあり、派手でだらしなく浪費癖があり、夫とは常に対立していた。2人の間には4人の子どもが生まれる。長女陽子、長男、次女、三女星子の4人である。

 長女陽子は自然が好きな子どもだったが、人間は嫌いで、幼稚園の頃は太陽の絵ばかり描いていた。

「父は些細なことで怒り赤鬼のようになって母を叩き、耐えている母をみて母の尊いこと」を知った。

父と母の争いにまきこまれ、成績があがらず落胆し、学校も家庭も憎み、

「よく裏庭に出て月や星を仰いで」いた。5年生のときにH市に疎開、終戦までの1年間は父のいない楽しい生活を送ったが、終戦後父もH市で商売を始め、再び母との争いに巻き込まれることになった。

 しかも、中学から高校にかけては父の命令で、妹たちとは別に祖母のいる離れで寝なければならなかった。祖母は向かい合っていても何を考えているかわからない人で、

「父が悪事を企んでいる」と真剣な顔で陽子に告げるのであった。この祖母も分裂病だったと思われる。陽子の手記によれば

「父から物質的恩恵を受けながら父を愛せませんでした。そのことを深刻に苦しみましたが、誰も理解してくれませんでした。知らず知らず孤独を好み、しかし一方では自分が頼りなく誰かに頼らねば生きていられませんでした」。そして高校1年のときある事件が起き、それ以来彼女ははっきりと父を敵とみなすようになるのである。

 その事件については陽子の母月子の手記をもとに見ていこう。

 昭和25年、月子と陽子はKの弟の家で軽い食中毒を起こす。このとき月子の心に最初の疑惑が生じる。昭和27年、月子は夫の甥が陽子の部屋に無断ではいるのを発見し、夫に告げるが「夫は全然取り合わないのである。私は夫の仮面を見たような気がした」。

 昭和28年1月、陽子は腎臓疾患にかかり、月子は離れで陽子を看病するが、Kが離れに出入りしたあとは必ず容態が悪化することに気づいた。「ここに至っては夫が陽子に危害を加えていることは明らかである。私は夫と甥に警戒の目を向けた。家の中は自ら疑心暗鬼、一家をなさず私と陽子対夫と甥の目に見えない対立が生じ、間に入ったほかの子どもたちはおろおろするばかりである」。長男は中毒事件までは母についていたが以後父に従い、次女は最初から父の側、三女星子はほとんど母についていたが、終始母に批判的であったという。

 28年3月、月子は飼い犬のえさのことで夫とひどい口論をしたときに夫に「何か一種の妖気を感じた。私は今までの夫にないものを見たのだ。以後奇怪な事件は連続して起こっていった。私たちは身体に異常を感ずるが、くやしいことにその根源を科学的に実証できなかった。しかし害を加えられるところにとどまることはできない」

 彼女たち3人は家を出て警察などに訴えまわり、3ヶ月後に帰宅した。

「家に帰ると陽子は身体がしびれて動けぬという。奇怪だ。しかしある夜、私はその正体の一部を見た。私が陽子を看病していると、といっても病気ではない。

見守っていると、はなれとの境目の板塀の節穴からさっと私たちに向かって青白い閃光が走った。私も陽子もしびれるような異常を感じた。相手は見えざる敵である。あるときは右隣、あるときは左隣から来た」

 やがて29年になる。「私は陽子を連れて二階に引きこもることにした。疑いを持った人とともに生活することは無意味だからである。そしてこの不可解な事件をどう解決するかということに専念した」

 家出前後の事情は娘陽子の手記にも書かれている。

「腎臓炎になってから不思議なことが次々と起こり、布団が非常に重く感じられ、時計の音が大きく響きました」

「父が薬を飲ませたとき、味が妙だと思いましたが、あとで毒を入れられたのでそれで病気が治らなかったのだとわかりました」

「父に殺されるといったのは私で、家を出ようといったのは母です」

「隣の家から光線が出て2人とも気持ちが悪くなったこともあります」

「H先生(遠縁にあたる絵の先生で、彼女の片想いの対象)に何度も危険を訴え、殺されたら裁判所に訴えてくれと頼みました」。

 笑っちゃいけないのだが、月子の手記がなんだか妙にB級ホラーサスペンスタッチなのがおかしい。母子と父の戦いはいったいどうなるのか。

 昭和29年になると、母月子と長女陽子は2人で2階で暮らすようになる。陽子の手記によるとこうだ。「母と2階で生活し、父が来ると追い返し塩を撒きました」「私が買い物に出て家の周りのことを母に伝え、対策を考えてはノートで敵を攻撃しました」

 「ノートで敵を攻撃」というのがどういうことかというと、つまり呪文による攻撃なのである。母のノートには「神不可抗、我等と敵魔外魔との反発源を白光通像の中へ密着入せよ」などとあり、娘のノートには「さしもかたき暗黒の魔星、四方に砕けて、たちまち無くなれり。彼方より尊き神の御光、仰げ白光たえなる神を」とあった。

また、「敵撃滅敵撃滅敵撃滅……」という呪術的文句も延々と繰り返されていたという。ここにきて、事態は家庭内呪術戦争の様相を呈する。

 昭和30年、ついに2人は「大いなるもの」と接触する。

「『ご自身の世界に一度顔を出してください』と太陽から聞こえたり、大いなるものから『来たければおいで』と知らせてくれました。体がしびれたとき、目を閉じるとダイヤモンドのようにきらきら光るものが見え、母に話したら大いなるものだといいました」。

 きのう書いたとおり、困り果てた父親が精神科を訪れたのが昭和31年5月。そして2人は入院することになる。入院3日目より陽子は

「壁の後ろから父に命令されたものが電波をかける」

と訴え、母の名を叫びながらノートにも

「お母さんお月さんはありますね」

「お母さんを離れては私はありません」

「お母さんの心は私の心、一心同体とお母さんは言いましたね」


などと書いた。母と会わせると抱き合って

「月と太陽が……あいつと宇宙外魔が……」

と語り合っていた。


 入院第1週から月子は「私の伝記」を書き始める。これが今まで引用してきた手記である。

 第2週、娘は

「新しい素晴らしい世界ができる。その主となるのは私」

「地球も宇宙も月も捨ててしまう」

「月も太陽も出ない。宇宙を逆転させて、しめたといったのは誰だ」


と緊張病性興奮をきたし、父と面会させると

「あれは亡霊です人間ではありません」

と逃げ出した。主治医はつとめて妄想を肯定するように対応したが、すると彼女は主治医とH先生(きのうの記述にも出てきた、陽子が片想いしている絵の先生である)を人物誤認し、

「太陽は自由だった。太陽に飛んでいきたい。しかし地上にも幸福はある。それはH先生」

と書いている。この頃から興奮は鎮まり、第3週から手記を書き始めている。


 母の症状はなかなか改善しなかったが、第6週には娘は父の住む家に外泊、父は案外やさしい人だといい、逆に母を説得さえするようになった。

「入院はいやだったが、病気が治りかえって自由になった」

と書いている。第8週に母はなんら改善されずに退院。第10週に娘も母と別居し父と暮らす約束で退院した。

 しかし、話はここでは終わらない。陽子は1ヶ月ほど父と生活したが、H市の母のもとに手伝いに行ったのをきっかけに、ふたたび母と二階の一室で暮らすようになる。ときどき帰る父と母の緊張、H先生への恋を母に禁止されたことなどが誘引となり、10ヶ月後、再び陽子の症状は悪化してしまう。

 昭和32年4月、陽子は京都にH先生に似ているというある俳優の撮影を見に来ていたが、その俳優が殺されるシーンになると不安になり、ハンドバッグから持ち物を出し、次々と太陽にすかし池に投げ込んだ。かけつけた父を罵りますます興奮するので、主治医が呼ばれて行った。

「よい月が出ているから安心しなさい」

と主治医が言うと一応鎮まり、

「二次元と三次元の世界のどちらを選ぶべきですか」

と質問したという。

 かくして陽子は再入院。第1週には

「人間なんか信用できないから地球に未練はない。あの汚らわしいやつ。人間のできそこない、あいつは絶対に許されない。神でもないのに神のつもりでいるのだ。あいつは物質的恩恵を与えたつもりでいるけれど、太陽によって成り立った物質はあいつのものとはいわせぬ」

「私の元の世界は宇宙の外にある。お母さんが帰らなければ私だけH先生を連れて帰ってしまう」

などと話していたが、2週目以降はやや現実的になり、母親と離れることの不安やH先生への思いを語るようになっていった。


 入院2ヶ月後にLSDを服用させて妄想を発現させたところ(驚くべきことに、昔はそういう治療法があったのである)、1時間後強迫的に笑い出し、

「ケセラ・セラの歌は私がお母さんに頼っていたことに対する警告だと思います。お母さんを捨ててH先生と結婚します」

といい、2、3時間後には

「先生! オールマイティになってください」

と主治医に寄りかかる。一人で立たないといけないと突き放すと不安がつのり

「空に飛びたい。元の世界に帰る」と机の上に乗って飛ぼうとする。しかし飛べずに興奮し始め、「過去も現在もなくなってしまえ」

と叫びながら主治医にH先生になってくれと懇願する。主治医がうなずくと次第に静まっていったという。

 念のため言っておくが、これは今じゃとても考えられない荒っぽい治療法である。

 ともかく、入院4ヶ月目に陽子は退院。以来京都で父と暮らし洋裁学校に通うようになったという。

 論文の著者はこう結んでいる。

「母からH先生へ、そして主治医へ、退院の頃には主治医から父へと陽子の依存性は次々と移され、その程度も弱まり遂には精神的独立を決意するに至っている。かくて主治医を通じて父との新しい人間的結合を生じ、母から分離したのである」。

 つまり主治医は、陽子の分離不安をいったん自分で引き受けることによって治療を成功させたわけなのだけど、これも下手をすれば主治医が妄想に取りこまれないとも限らないわけで、けっこう危険を伴なう治療法だと思うんだけどなあ。ま、結果よければすべてよしですが。
http://homepage3.nifty.com/kazano/folie.html


という訳で、


創価学会による電波攻撃とか、

地震兵器、ムサシによる不正選挙とか

放射能汚染による病気の激増とか

相対性理論が間違っていたとか


阿修羅で実しやかに語られている陰謀論がどういうものか大体わかって来ましたね。

阿修羅掲示板は中世の人里離れて隔離された山奥の村落と同じで、すぐに憑依型の感応精神病が猛威をふるってしまうのです。

3. 中川隆[-11281] koaQ7Jey 2019年3月22日 15:12:59 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[725] 報告

比較敗戦論のために - 内田樹の研究室 2019-03-20
http://blog.tatsuru.com/2019/03/20_1437.html


それぞれの国は自国について、長い時間をかけてそれまで積み上げてきた「国民の物語」を持っています。これは戦争に勝っても負けても手離すことができない。だから、自分たちの戦争経験を、世代を超えて語り継がれる「物語」になんとかして統合しようとした。

 日本人は歴史について都合の悪いことは書かないと指摘されます。それは全くその通りなんです。でも、それは程度の差はあれ、どこの国も同じなんです。戦争をどう総括するかということは、まっすぐに自分たち自身に対する、世代を超えて受け継がれる「評価」に繋がる。だから、大幅に自己評価を切り下げるような「評価」はやはり忌避される。もし敗北や、戦争犯罪についての経験を「国民の物語」に繰り込むことができた国があるとすれば、それは非常に「タフな物語」を作り上げたということです。

 自分たちの国には恥ずべき過去もある。口にできない蛮行も行った。でも、そういったことを含めて、今のこの国があるという、自国についての奥行きのある、厚みのある物語を共有できれば、揺るがない、土台のしっかりとした国ができる。逆に、口当たりの良い、都合のよい話だけを積み重ねて、薄っぺらな物語をつくってしまうと、多くの歴史的事実がその物語に回収できずに、脱落してしまう。でも、物語に回収されなかったからといって、忘却されてしまうわけではありません。抑圧されたものは必ず症状として回帰してくる。これはフロイトの卓見です。押し入れの奥にしまい込んだ死体は、どれほど厳重に梱包しても、そこにしまったことを忘れても、やがて耐えがたい腐臭を発するようになる。

 僕は歴史修正主義という姿勢に対しては非常に批判的なのですけれども、それは、学問的良心云々というより、僕が愛国者だからです。日本がこれからもしっかり存続してほしい。盤石の土台の上に、国の制度を基礎づけたい。僕はそう思っている。そのためには国民にとって都合の悪い話も、体面の悪い話も、どんどん織り込んで、清濁併せ呑める「タフな物語」を立ち上げることが必要だと思う。だから、「南京虐殺はなかった」とか「慰安婦制度に国は関与していない」とかぐずぐず言い訳がましいことを言っているようではだめなんです。過去において、国としてコミットした戦争犯罪がある。戦略上の判断ミスがある。人間として許しがたい非道な行為がある。略奪し、放火し、殺し、強姦した。その事実は事実として認めた上で、なぜそんなことが起きたのか、なぜ市民生活においては穏やかな人物だった人たちが「そんなこと」をするようになったのか、その文脈をきちんと捉えて、どういう信憑が、どういう制度が、どういうイデオロギーが、そのような行為をもたらしたのか、それを解明する必要がある。同じようなことを二度と繰り返さないためには、その作業が不可欠です。そうすることで初めて過去の歴史的事実が「国民の物語」のうちに回収される。「汚点」でも「恥ずべき過去」でも、日の当たるところ、風通しの良いところにさらされていればやがて腐臭を発することを止めて「毒」を失う。

 その逆に、本当にあった出来事を「不都合だから」「体面に関わるから」というような目先の損得で隠蔽し、否認すれば、その毒性はしだいに強まり、やがてその毒が全身に回って、共同体の「壊死」が始まる。


カウンターカルチャーがアメリカの強さ

 なぜアメリカという国は強いのか。それは「国民の物語」の強さに関係していると僕は思っています。戦勝国だって、もちろん戦争経験の総括を誤れば、毒が回る。勝とうが負けようが、戦争をした者たちは、口に出せないような邪悪なこと、非道なことを、さまざま犯してきている。もし戦勝国が「敵は『汚い戦争』を戦ったが、われわれは『きれいな戦争』だけを戦ってきた。だから、われわれの手は白い」というような、薄っぺらな物語を作って、それに安住していたら、戦勝国にも敗戦国と同じような毒が回ります。そして、それがいずれ亡国の一因になる。

 アメリカが「戦勝国としての戦争の総括」にみごとに成功したとは僕は思いません。でも、戦後70年にわたって、軍事力でも経済力でも文化的発信力でも、世界の頂点に君臨しているという事実を見れば、アメリカは戦争の総括において他国よりは手際がよかったとは言えるだろうと思います。

アメリカが超覇権国家たりえたのは、これは僕の全く独断と偏見ですけれども、彼らは「文化的復元力」に恵まれていたからだと思います。カウンターカルチャーの手柄です。

 七〇年代のはじめまで、ベトナム戦争中の日本社会における反米感情は今では想像できないほど激しいものでした。ところが、一九七五年にベトナム戦争が終わると同時に、潮が引くように、この反米・嫌米感情が鎮まった。つい先ほどまで「米帝打倒」と叫んでいた日本の青年たちが一気に親米的になる。この時期に堰を切ったようにアメリカのサブカルチャーが流れ込んできました。若者たちはレイバンのグラスをかけて、ジッポーで煙草の火を点け、リーバイスのジーンズを穿き、サーフィンをした。なぜ日本の若者たちが「政治的な反米」から「文化的な親米」に切り替わることができたのか。それは七〇年代の日本の若者が享受しようとしたのが、アメリカのカウンターカルチャーだったからです。

カウンターカルチャーはアメリカの文化でありながら、反体制・反権力的なものでした。日本の若者たちがベトナム反戦闘争を戦って、機動隊に殴られている時に、アメリカ国内でもベトナム反戦闘争を戦って、警官隊に殴られている若者たちがいた。アメリカ国内にもアメリカ政府の非道をなじり、激しい抵抗を試みた人たちがいた。海外にあってアメリカの世界戦略に反対している人間にとっては、彼らこそがアメリカにおける「取りつく島」であった訳です。つまり、アメリカという国は、国内にそのつどの政権に抗う「反米勢力」を抱えている。ホワイトハウスの権力的な政治に対する異議申し立て、ウォール街の強欲資本主義に対する怒りを、最も果敢にかつカラフルに表明しているのは、アメリカ人自身です。のこの人たちがアメリカにおけるカウンターカルチャーの担い手であり、僕たちは彼らになら共感することができた。僕たちがアメリカ政府に怒っている以上に激しくアメリカ政府に怒っているアメリカ人がいる。まさにそれゆえに僕たちはアメリカの知性と倫理性に最終的には信頼感を抱くことができた。反権力・反体制の分厚い文化を持っていること、これがアメリカの最大の強みだと僕は思います。

 ベトナム戦争が終わると、ベトナムからの帰還兵が精神を病み、暴力衝動を抑制できなくなり、無差別に人を殺すという映画がいくつも作られました。ロバート・デ・ニーロの『タクシードライバー』(一九七六年)がそうですし、『ローリング・サンダー』(一九七七年)もスタローンの『ランボー』(一九八二年)もそうです。アメリカ人はそういう物語を商業映画・娯楽映画として製作し、観客もこれを受け入れた。僕たちはそのことにあまり驚きを感じません。けれども、もし日本でイラク駐留から帰ってきた自衛隊員が精神を病んで、市民を殺しまくるなんていう映画を作ることが可能でしょうか。まず、企画段階で潰されるだろうし、官邸からも防衛省からも激しい抗議があるでしょうし、上映しようとしたら映画館に右翼の街宣車が来て、とても上映できないということになるでしょう。それを考えたら、アメリカのカウンターカルチャーの強さが理解できると思います。彼らはベトナム戦争の直後に、自分たちの政府が強行した政策がアメリカ人自身の精神をどう破壊したかを、娯楽映画として商品化して見せたのです。同じことができる国が世界にいくつあるか、数えてみて欲しいと思います。

 アメリカではこれができる。ハリウッド映画には、大統領が犯人の映画、CIA長官が犯人の映画というような映画も珍しくありません。クリント・イーストウッドの『目撃』(一九九七年)もケヴィン・コスナーの『追い詰められて』(一九八七年)もそうです。警察署長が麻薬のディーラーだった、保安官がゾンビだったというような映画なら掃いて捨てるほどあります。アメリカ映画は、「アメリカの権力者たちがいかに邪悪な存在でありうるか」を、物語を通じて、繰り返し、繰り返し国民に向けてアナウンスし続けている。世界広しといえども、こんなことができる国はアメリカだけです。


歴史上の汚点を供養する

 米ソは冷戦時代には軍事力でも科学技術でも拮抗状態にありましたが、最終的には一気にソ連が崩れて、アメリカが生き残った。最後に国力の差を作り出したのは、カウンターカルチャーの有無だったと僕は思います。自国の統治システムの邪悪さや不条理を批判したり嘲弄したりする表現の自由は、アメリカにはあるけれどもソ連にはなかった。この違いが「復元力」の違いになって出てくる。

どんな国のどんな政府も必ず失策を犯します。「無謬の統治者」というようなものはこの世には存在しません。あらゆる統治者は必ずどこかで失策を犯す。その時に、自分の間違いや失敗を認めず、他罰的な言い訳をして、責任を回避する人間たちが指導する国と、統治者はしばしば失敗するということを織り込み済みで、そこから復元するシステムを持っている国では、どちらが長期的にはリスクを回避できるか。考えるまでもありません。

 もちろん、ソ連や中国にも優れた政治指導者がいました。個人的に見れば、アメリカの大統領よりはるかに知性的にも倫理的にも卓越していた指導者がいた。でも、まさにそうであるがゆえに、体制そのものが「指導者が無謬であることを前提にして」制度設計されてしまった。それがじわじわとこれらの国の国力を損ない、指導者たちを腐敗させていった。中国だって、今は勢いがありますけれど、指導部が「無謬」であるという物語を手離さない限り、早晩ソ連の轍を踏むことになるだろうと僕は思います。

 ヨーロッパでは、イギリスにはいくらか自国の統治者たちを冷笑する、皮肉な文化が残っています。カナダにも。だから、これはアングロサクソンの一つの特性かもしれません。アメリカの国力を支えているのは、自国について「タフな物語」を持っているという事実です。「タフな胃袋」と同じで、何でも取り込める。

アメリカ人は、自国の「恥ずべき過去」を掘り返すことができる。自分たちの祖先がネイティブ・アメリカンの土地を強奪したこと、奴隷たちを収奪することによって産業の基礎を築いたこと。それを口にすることができる。そのような恥ずべき過去を受け入れることができるという「器量の大きさ」において世界を圧倒している。

カウンターカルチャーとメイン・カルチャーの関係は、警察の取り調べの時に出てくる「グッド・コップ」と「バッド・コップ」の二人組みたいなものです。一方が容疑者を怒鳴り散らす、他方がそれをとりなす。一方が襟首をつかんでこづき回すと、他方がまあまあとコーヒーなんか持ってくる。そうすると、気の弱った容疑者は「グッド・コップ」に取りすがって、この人の善意に応えようとして、自分の知っていることをぺらぺらとしゃべりだす。映画ではよく見る光景ですけれど、メインカルチャーとカウンターカルチャー権力と反権力の「分業」というのはそれに似ています。複数の語り口、複数の価値観を操作して、そのつどの現実にフレキシブルに対応してゆく。

 だから、アメリカには「国民の物語」にうまく統合できない、呑み込みにくい歴史的事実が他国と比べると比較的少ない。「押し入れの中の死体」の数がそれほど多くないということです。もちろん、うまく取り込めないものもあります。南北戦争の敗者南部十一州の死者たちへの供養は、僕の見るところ、まだ終わっていない。アメリカ=メキシコ戦争による領土の強奪の歴史もうまく呑み込めていない。アメリカにとって都合の良い話に作り替えられた『アラモ』(1960年)で当座の蓋をしてしまった。この蓋をはずして、もう一度デイビー・クロケットやジム・ボウイーの死体を掘り起こさないといずれ腐臭が耐えがたいものになっている。いや、現代アメリカにおける「メキシコ問題」というのは、遠因をたどれば「アラモ」の物語があまりに薄っぺらだったことに起因していると言ってもよいのではないかと僕は思います。アメリカ=スペイン戦争もそうです。ハワイの併合に関わる陰謀も、フィリピン独立運動の暴力的弾圧も、キューバの支配がもたらした腐敗もそうです。アメリカがうまく呑み込めずにいるせいで、娯楽作品として消費できない歴史的過去はまだいくらもあります。でも、これらもいずれ少しずつ「国民の物語」に回収されてゆくだろうと僕は予測しています。アメリカ人は、統治者が犯した失政や悪政の犠牲者たちを「供養する」ことが結果的には国力を高めることに資するということを経験的に知っているからです。そして、どの陣営であれ、供養されない死者たちは「祟る」ということを、無意識的にでしょうが、信じている。彼らの国のカウンターカルチャーは、「この世の価値」とは別の価値があるという信憑に支えられている。


 淡々と記述し物語ることこそが最大の供養

 僕の父は山形県鶴岡の生まれです。ご存じでしょうか、庄内人たちは西郷隆盛が大好きです。庄内藩は戊辰戦争で最後まで官軍に抵抗して、力戦しました。そして、西郷の率いる薩摩兵の前に降伏した。けれども、西郷は敗軍の人たちを非常に丁重に扱った。死者を弔い、経済的な支援をした。一方、長州藩に屈服した会津藩では全く事情が違います。長州の兵はところが、会津の敗軍の人々を供養しなかった。事実、死者の埋葬さえ許さず、長い間、さらしものにしていた。

 薩摩長州と庄内会津、どちらも同じ官軍・賊軍の関係だったのですが、庄内においては勝者が敗者に一掬の涙を注いだ。すると、恨みが消え、信頼と敬意が生まれた。庄内藩の若者たちの中には、のちに西南戦争の時に、西郷のために鹿児島で戦った者さえいますし、西郷隆盛の談話を録した『南洲遺訓』は庄内藩士が編纂したものです。一方、会津と長州の間には戊辰戦争から150年経った今もまだ深い溝が残ったままです。

 靖国参拝問題が、あれだけもめる一因は靖国神社が官軍の兵士しか弔っていないからです。時の政府に従った死者しか祀られない。東北諸藩の侍たちも国のために戦った。近代日本国家を作り出す苦しみの中で死んでいった。そうい人々については、敵味方の区別なく、等しく供養するというのが日本人としては当然のことだろうと僕は思います。

僕の曽祖父は会津から庄内の内田家に養子に行った人です。曽祖父の親兄弟たちは会津に残って死にました。なぜ、彼らは「近代日本の礎を作るために血を流した人たち」に算入されないのか。供養というのは党派的なものではありません。生きている人間の都合を基準にした論功行賞でなされるべきものではありません。だから、僕は靖国神社というコンセプトそのものに異議があるのです。明治政府の最大の失敗は、戊辰戦争での敗軍の死者たちの供養を怠ったことにあると僕は思っています。反体制・反権力的な人々を含めて、死者たちに対してはその冥福を祈り、呪鎮の儀礼を行う。そのような心性が「タフな物語」を生み出し、統治システムの復元力を担保する。その考えからすれば、「お上」に逆らった者は「非国民」であり、死んでも供養に値しないとした明治政府の狭量から近代日本の蹉跌は始まったと僕は思っています。

「祟る」というのは別に幽霊が出てきて何かするという意味ではありません。国民について物語が薄っぺらで、容量に乏しければ、「本当は何があったのか」という自国の歴史についての吟味ができなくなるということです。端的には、自分たちがかつてどれほど邪悪であり、愚鈍であり、軽率であったかについては「知らないふりをする」ということです。失敗事例をなかったことにすれば、失敗から学ぶことはできません。失敗から学ばない人間は同じ失敗を繰り返す。失敗を生み出した制度や心性は何の吟味もされずに、手つかずのまま残る。ならば、同じ失敗がまた繰り返されるに決まっている。その失敗によって国力が弱まり、国益が失われる、そのことを僕は「祟る」と言っているのです。

 「祟り」を回避するためには適切な供養を行うしかない。そして、最も本質的な供養の行為とは、死者たちがどのように死んだのか、それを仔細に物語ることです。細部にわたって、丁寧に物語ることです。それに尽くされる。

司馬遼太郎は「国民作家」と呼ばれますけれど、このような呼称を賦与された作家は多くありません。それは必ずしも名声ともセールスとも関係がない。司馬が「国民作家」と見なされるのは、近代日本が供養し損なった幕末以来の死者たちを、彼が独力で供養しようとしたからです。その壮図を僕たちは多とする。

司馬遼太郎は幕末動乱の中で死んだ若者たちの肖像をいくつも書きました。坂本龍馬や土方歳三については長編小説を書きました。もっとわずか短い数頁ほどの短編で横顔を描かれただけの死者たちもいます。それは別に何らかの司馬自身の政治的メッセージを伝えたり、歴史の解釈を説いたというより、端的に「肖像を描く」ことをめざしていたと思います。

司馬遼太郎の最終的な野心は、ノモンハン事件を書くことでした。でも、ついに書き上げることができなかった。一九三九年のノモンハン事件とは何だったのか、そこで人々はどのように死んだのか、それを仔細に書くことができれば、死者たちに対してはある程度の供養が果たせると思ったのでしょう。でも、この計画を司馬遼太郎は実現できませんでした。それはノモンハン事件にかかわった軍人たちの中に、一人として司馬が共感できるが人物がいなかったからです。日露戦争を描いた『坂の上の雲』には秋山好古や児玉源太郎や大山巌など魅力的な登場人物が出て来ます。けれども、昭和初年の大日本帝国戦争指導部には司馬をしてその肖像を仔細に書きたく思わせるような人士がもう残っていなかった。これはほんとうに残念なことだったと思います。

「美しい日本」というような空疎な言葉を吐き散らして、自国の歴史を改竄して、厚化粧を施していると、「国民の物語」はどんどん薄っぺらで、ひ弱なものになる。それは個人の場合と同じです。「自分らしさ」についての薄っぺらなイメージを作り上げて、その自画像にうまく当てはまらないような過去の出来事はすべて「なかったこと」にしてしまった人は、現実対応能力を致命的に損なう。だって、会いたくない人が来たら目を合わせない、聴きたくない話には耳を塞ぐんですから。そんな視野狭窄的な人間が現実の変化に適切に対応できるはずがありません。集団の場合も同じです。

国力とは国民たちが「自国は無謬であり、その文明的卓越性ゆえに世界中から畏敬されている」というセルフイメージを持つことで増大するというようなものではありません。逆です。国力とは、よけいな装飾をすべて削り落として言えば、復元力のことです。失敗したときに、どこで自分が間違ったのかをすぐに理解し、正しい解との分岐点にまで立ち戻れる力のことです。国力というのは、軍事力とか経済力とかいう数値で表示されるものではありません。失敗したときに補正できる力のことです。それは数値的には示すことができません。でも、アメリカの「成功」例から僕たちが学ぶことができるのは、しっかりしたカウンターカルチャーを持つ集団は復元力が強いという歴史的教訓です。僕はこの点については「アメリカに学べ」と言いたいのです。
http://blog.tatsuru.com/2019/03/20_1437.html

4. 中川隆[-10383] koaQ7Jey 2019年5月09日 09:37:16 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1715] 報告

東海アマブログ
テレビや新聞がつまらない。ネットでもYouTubeに登場する言論は体制派右翼ばかり
2019年05月04日
http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-732.html


 YouTubeを見ていると、自分が選んだわけでもないのに勝手に表示されるのは、安倍政権ヨイショ、右翼系のコンテンツばかりである。

 その大半が、チャンネル桜と、虎ノ門ニュースであるが、いずれも強力な安倍政権応援、正当化メディアとなっている。

 YouTubeを見ているうちに、勝手に、この種の動画ばかりが目に入ることで、自然に右翼的洗脳を受ける仕組みになっている。
 これはYouTubeやグーグルが意図的に、安倍政権と共謀して行っている政治的作為であろう。

 頼んだわけでもなく勝手に掲示されるコンテンツとはどのようなものか?

 まずは反中国論陣である。私自身は、数十年前まで毛沢東思想にシンパシーを感じていたのだが、その後、クメールルージュのジェノサイドや文革、天安事件のジェノサイドを見て、完全に反中国に鞍替えしたのだが、YouTubeに出てくる反中国論者は、自民党の政治的思惑に沿った安倍信者ばかりである。
 おそらく日本会議の思惑なのだろう。

 最近、人気が出て有名になっている妙佛は、上海帰りの名古屋居住日本人という触れ込みで、内容が非常に面白いのだが、思想的基礎は、明らかに自民党安倍政権支持の新自由主義者のように見えるので、右より姿勢を評価され、優遇されているように思える。
 https://www.youtube.com/watch?v=32euRq7Brs4

 川添恵子は中国に留学経験があり、福島香織・有本香とともに日本有数の中国通ではあるが、中国の軍事的脅威を全面に出して、日本の核武装の必要性を水面下で推進する文脈ばかりだ。
 https://www.youtube.com/watch?v=UlP8OkwCaRM

 福島香織は、産経新聞中国支局出身で、具体的情報にかけては日本一の中国専門家(物知り)であるが、川添や有本、宮崎正弘とともに、チャンネル桜=日本会議の宣伝媒体の常連で、日本の核武装を推進するグループである。
 もうすぐ中国当局にスパイ罪で逮捕されるのでは?
 https://www.youtube.com/watch?v=i7I4a6IbvKI

 宮崎正弘も福島に並ぶ中国通だが、やはり右翼思想の持ち主で、チャンネル桜の常連である。彼らは、中国崩壊説を10年も前から繰り返しているが、残念ながら、これまで予測が当たったためしがない。
 現地調査を取材の基本にする姿勢は評価できるが、いずれ当局に拘束されて日本に戻って来られなくなるかもしれない。
 https://www.youtube.com/watch?v=4LkEifmpihE

 宮脇淳子は中国古代史の専門家であるが、武田邦彦と並んでチャンネル桜に登場し、天皇制の美化・神格化を前提にしていることにより、天皇家が秦氏・弓月氏の末裔であるツングース女真族であることなどを肯定せず、平泉澄の皇国史観に依った史実の歪曲を行う傾向がある https://www.youtube.com/watch?v=3aMilIlLcgQ&list=PLIL3IzoDnZkg6QBLzdm8ajRllsfHlK-PX

 チャンネル桜と並ぶ右翼メディア、虎ノ門ニュースの常連、藤井厳喜は外交的情報の専門家だが、やはり安倍政権の応援団。
 しかし消費増税や、移民受け入れ政策には反対していて、藤井聡とともに、官邸からは煙たがられるようになっているようだ。
 https://www.youtube.com/watch?v=zBIOWMdKM30

 YouTubeに勝手に登場する経済評論家たち

 藤原直哉と同じでウオール街、投資銀行社員帰りの及川幸久は、ソフトな語り口、分かりやすい論理的な分析で、最近、経済評論家として大きな人気を得ているが、その正体は、「幸福の科学」大幹部である。
 つまり文句なしの安倍政権応援団であり、トランプの支持者である。本人は、しきりに反グローバリズムを主張するのだが、私の目からは、金融資本主義者=グローバリストの典型にしか見えない。消費大増税にも反対しているフリをしているが、自民党の「今だけ金だけ……」思想は否定していない。
 これも、YouTubeが頼まれもしないのに露出頻度を増やしていて、つまりYouTube管理部門には幸福の科学のメンバーが入り込んでいるようにしか見えない。
 https://www.youtube.com/watch?v=cQYkBa7XnWQ

 ついでに言うが、いまや幸福の科学教団は、統一教会・創価学会とならんで、日本会議や右翼勢力の主力である。議員も着実に増やしていて、日本右翼政治連合の強力な一角になりつつあり、統一教会と同様、CIA機関としても活動していると噂されている。
 その思想は、どうみても金融グローバリズムであり、とうてい反グローバルには見えない。安倍とともにトランプの支持勢力としても侮れない。

 三橋貴明は、自民党員でありながら、現在は反安倍の急先鋒で、消費税の欺瞞を鋭く追求するようになった。
 これにより、YouTubeにおける三橋の露出は明らかに減らされている。彼の主張は、チャンネル桜に登場するような内容ではない。
 上念司とならんで、猛烈に頭が切れることでも知られる。
 https://www.youtube.com/user/mitsuhashipress

 上念司も猛烈に頭が切れる人物だが、幼い頃から情無用の競争主義に叩き込まれたせいか、他人に対する人情がカケラもなくて、戦争大好き主義者ともいえよう。
 人が金にしか見えないタイプで、底辺の生活者に対する同情が、まったく存在しない。自分の金儲けにしか興味のない人物である。
 https://www.youtube.com/watch?v=Rv52M2qT9n4

 武田邦彦は、チャンネル桜・虎ノ門ニュースの看板役者で、中部工大教授、うちの近所に住んでいるらしい。
 福島第一原発事故について、右翼系の評論家のほぼ全員が、放射能による人的被害を完全無視するなかで、たった一人、被曝被害の存在を認めている人物ではあるが、その思想は、天皇制絶対の皇国史観で、科学者であることを標榜しながら、こと天皇史観については、科学性が遠くに飛んでいってしまい、天皇家が満州=扶余=高句麗から来た史実を決して認めようとしないのは宮脇淳子と同じである。
 https://www.youtube.com/watch?v=LejBjefqxA8

 青山繁晴も、日本会議系の看板スターで、武田と同様に天皇制絶対、皇国史観の洗脳に染まりきっている。
 最近は、安倍の移民政策や消費増税に反対していて、いよいよ、右翼内での分裂が顕著になるのではと期待している。
 消費税反対派の核心にいるのは藤井聡であろう。
 https://www.youtube.com/watch?v=C0vYU7eYL30

 百田尚樹・須田慎一郎らは、取り上げる価値もない。

 ほんのわずかではあるが、上に紹介したのは右翼系メディアのスターたちである。彼らのコンテンツは、頼んでもいないのに、勝手にYouTubeの先頭に表示されるのである。
 私としては、金子勝や青木理。武田砂鉄などを視聴したいのだが、彼らはYouTubeから嫌われているようで、名前を直接、検索窓に入れない限り決して表示されない。
 これは、グーグルの検索でも同じことだ。

 このようなメディアの洗脳工作が、安倍のような阿呆政権を維持する上で、非常に大切な役割を果たしている。
 YouTube・グーグル・フェイスブック・ツイッターなどのSNSは、CIA・NSAと関係していると、スノーデンもアサンジも何度も暴露している。

 http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2017/09/cia-ceb8.html
 https://wired.jp/2010/07/30/google%E3%81%A8cia%E3%81%8C%E6%8A%95%E8%B3%87%E3%81%99%E3%82%8B%E3%80%8C%E4%B8%96%E7%95%8C%E7%9B%A3%E8%A6%96%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%A0%E3%80%8D/

 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/49507?page=3

 なお、ヤフーは、グーグル以上に体制=自民党べったりで、私のブログが連絡もないまま勝手に削除されることが続いたのでFC2に移転することにした。
 ライブドアやはてな、mixiも、自民党の支持機関のようだ。

 こうしたメディアによる若者たちの右傾化洗脳工作がなければ、安倍政権など、とっくの昔に吹き飛んでいるのだ。
 NHKや読売・産経などの自民党宣伝メディアが体制維持にとって、これほど重要な意味を持っている時代はない。

 もちろん、私のような言論も、大半の人々にとって、わざわざ検索しなければ出てこないようなブログでは、ほとんど社会的な意味を持たない。
 少しずつ、読者が増えることに期待をかけてはいるが、7万近くあったツイッターのアカウントを、まったく不可解に(5年前のツイートが自殺幇助と決めつけられて)永久凍結とされ、復活させてもらえないことで、私の力は極めて小さくなってしまった。
 
 ネットは、1995年頃から発信しているから、すでに24年、下手な鉄砲数打ちゃ当たると、たくさんの情報を発信するなかで、少しは知名度もあった。
 しかし、ツイッターのように反応速度が早くないので、原発事故時などに、有効な発言はできないのが残念だ。

 そこで、我々はCIAの作為を受けない、独自の反体制メディアを作らなければならないのだが、そもそも組織とは縁遠い、裏庭メディアの我々では組織力も資金力もなくて、個人力だけが頼りの現状である。

 まとまった金を工面する能力もないし、組織力もないので、当分は、このブログで細々と声を上げていくしかないと考えている。
 それでも、金に余裕がある人がいたなら、ぜひとも総合的な反体制メディアの確立に協力をお願いしたい。ツイッターのような機能があれば、非常時での情報提供の対応も的確に行えると思う。
http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-732.html

5. 中川隆[-10522] koaQ7Jey 2019年5月13日 10:40:43 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1764] 報告
2013年08月02日
息を吐くように嘘をつく宮崎正弘
http://murakusai.doorblog.jp/archives/30259519.html


産経新聞のウンコ記事。 

『(略)中国事情に詳しい評論家の宮崎正弘氏は「中国で5、6年前から、日本の高級木材がブームなのは間違いない。『マイクロソフト社創業者のビル・ゲイツ氏が、別荘にヒノキ風呂を設置した』という話が広まり、お金持ちがマネをしている」といいながら、別の見方も披露する。

 「中国人は息を吐くように嘘をつく人が多い。『高級木材が欲しい』といいながら、実は水源林などの土地を狙っている可能性はある。以前、米国の鉱山会社を購入した大金持ちがいたが、まったく開発しなかった。結局、自分の隠し資産を米国に動かすための口実だった。今回の動きも、水源林確保や土地買収、資産隠匿の隠れみのかもしれない」

(略)ただ、ノンフィクション作家の河添恵子氏は、夕刊フジの連載「断末魔の中国」で、「『収益率』『儲け』に強くこだわる中国系企業が、太陽光発電の効率が悪い地域であえて積極的になる理由は『大規模な土地が二束三文で簡単に手に入るため』」と指摘した。

 そのうえで、高級木材を山林ごと購入しようという動きについて、河添氏は「間違いなく怪しい。危ない」といい、こういう。

 「熊本で『アタッシェケースに札束を詰めた中国人が森林を買いに来た』という話は聞いている。北海道では未遂に終わったが、中国資本が海岸沿いの300ヘクタールもの土地買収を計画していた。福島第1原発に近い耕作放棄地を狙っているとの情報もある。中国は着々と日本の領土を買い足している」

 狡猾な中国人には十分警戒しなければならない。』

まず、宮崎正弘の件。ネトウヨが「韓国人は息を吐くように嘘をつく」なんて馬鹿丸出しで言っているのを、自称知識人が何の躊躇なく平気で特定の民族に対して使用するのはまさに信じられない。

ここで宮崎に都合の悪い記事を引用しよう。

中国語が理解できないのに、中国事情に詳しいとやらの宮崎とは大違い、本物の中国研究者である矢吹晋によるものである。

http://www25.big.jp/~yabuki/doc11/n-ec0203.htm

『書評・宮崎正弘著『本当は中国で何が起きているか』(徳間書店、2002年2月)

著者宮崎正弘氏は、九八年一一月『人民元大崩壊――中国発「世界連鎖恐慌」の衝撃』を書いた。曰く、

「世界が恐れる人民元切下げは、確実にやってくる」
「中国経済の破綻寸前の悲惨な状況を看破、不可避の通貨暴落が世界経済と日本にどんな衝撃を与えるかを詳説」と。

見通しは的中したであろうか。人民元の「暴落」は、起こったであろうか。
答えは明らかにノーだ。狼少年もどき(狼中年か)の予測は大外れに終わった。

著者は九五年三月には『中国大分裂』を論じている。
当時流行した「ポストケ小平期の大分裂」論に便乗したものだが、現実はどうか。
ケ小平は九七年二月に死去したが、「大分裂」なるものは起こらなかった。

大きな見通しを二つも間違えたからには、土下座して読者に謝罪するのが礼儀であり、なぜ間違えたかのかを真摯に反省し、顔を洗って出直すのが筋というものだ。

著者には、「倫理観もモラルも」まるで欠如している。
恬として恥じず、顧みて他を言う、

「中国は倫理もモラルも消失した」(二八〇ページ)と。

『本当は中国で何が起きているのか』と題された本を再読しても何が起きているか、まるで分からない。「マスコミの報じない中国情報」といいながら、ほとんどすべての情報源は、内外マスコミの旧聞だ。しかも間違いだらけの引用ときている。羊頭狗肉、盗人猛々しいとはこのことだ。

何清漣著『中国的陥穽』は九八年一月に出て、評者が内山書店『中国図書』に紹介したのは九九年一月のことだ。四年前の本をいまごろ騒ぐのはどうかしている(八六ページ)。

「中国の就労階層」なるものを英『エコノミスト』誌から引用しているが(八九ページ)、原書は陸学芸主編『当代中国社会階層研究報告』(社会科学文献出版社、二〇〇二年一月、四四ページ)で、その「中国社会階層結構的演変」の孫引きだ。

何清漣と陸学芸の本をごちゃ混ぜにしたのは、一知半解の一例にすぎない。

「中国のデッド・レーシォは、(中略)韓国よりも悪い数字」(九八ページ)だという。Debt Service Ratio, Liability Ratio, Foreign Debt Ratio は『中国統計年鑑』(二〇〇一年版二七〇ページ)で公表されている。

この基本データさえ把握できずに、デタラメ引用を重ねるばかり。

「上海・花東大学」は「上海・華東大学」のはず(二一六ページ)。
「軍事委員会主任」は「軍事委員会主席」(二六四ページ)の誤り。
「徐匡迪」に「じょ・きょうゆう」とルビを振る無知(二七五ページ)。

著者のセリフ「噴飯モノ」(二七六ページ)は、本書への評語として最適であろう。』

まさに、宮崎正弘は息を吐くように嘘をついているのである。

どうでもいいが、河添恵子の意見も滑稽だ。

「中国は着々と日本の領土を買い足している」んだって。

それがどうした?所有権は中国人のものになっても、日本の領土であることに変わりはないではないか。

バブル時代、日本人はアメリカ人に同様のことを言われたことを忘れているのだろうか。そういう言説は、民族差別が原因なのだ。つまり、間違いなく河添は中国人を差別しているのだ。

違うというならその根拠を示していただきたいものだ。
最後の産経新聞のコメントも失笑もの。

「狡猾な中国人には十分警戒しなければならない。」合法的なビジネスを行っている中国人の何を警戒するのか。

経営危機に陥っている自社の状況をもっと警戒しろよと言いたい。
http://murakusai.doorblog.jp/archives/30259519.html

6. 中川隆[-10521] koaQ7Jey 2019年5月13日 10:42:13 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1765] 報告
2016年04月04日
屈折した日本人の心 (前編) / 高山正之は朝鮮人に似ている?
黒木頼景
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68531273.html

白人社会への愛と憎しみ
white woman 33


  「ハートブレイカー(Heartbreaker)」という言葉は、よく歌の題名になりやすい。ちょっと記憶を辿れば、レッド・ツェッペリンやパット・ベネター、それにグランド・ファンク・レイルロードの名曲が思い浮かぶだろう。世間の歌手が恋に破れた者の気持ちをどう唄おうが勝手だが、国際政治で失恋の怨みに凝り固まって日本の国益が見えない人は困る。こんなことを言い出すのは、ちょっと前にチャンネル桜の「日いづる国より」を見ていたからだ。その番組では、コラムニストの高山正之がゲストに招かれていて、彼の発言を聞いてみたが、どうも気になって何となく違和感を覚えた。

Takayama2(左/高山正之)
  なるほど高山氏は左翼一色のマスコミ界では傑出しているが、悲しいかな、単純思考に嵌まったジャーナリスの域を出ていない。高山氏は無意識なのだろうが、白人に対して愛憎入り交じった感情を持っている。もしかしたら、ロサンジェルス勤務時代に白人ジャーナリストか、身近なアメリカ人に意地悪をされたのかも知れない。とりわけ、ジャーナリストには傲慢で卑劣なクズが多いから、高山氏はチンケな“黄色人種”と見なされたのではないか? 大した能力も無いくせに「白人」であることだけが唯一の自慢である新聞記者が、アメリカにはごまんと居るのだ。堅実な家庭に育った青年なら、ジャーナリストなんて職は選ばないだろう。それに、アジア人と似たような容姿を持つ日本人は、支那人か朝鮮人と一緒にされるからショックを受けることがある。こうした劣等民族と接して嫌な思いをしたアメリカ白人は、日本人に対しても侮蔑的な態度を無意識に取ってしまう。こう扱われれば、温和な日本人が腹を立てても当然だ。

  確かめたわけじゃないけど、普段の話し方を聞いた限り、高山氏は英語を流暢に話せるとは思えない。もしかしたら、現地のアメリカ人スタッフから馬鹿にされたんじゃないか。会社から派遣された日本人駐在員には、英語が苦手で周囲のアメリカ人にうまく反論できず、フラストレーションを貯め込む人が結構いたりする。また、たとえ英語を話すことが出来ても、アクセントおかしかったり、発音の強弱が下手でモゴモゴ話す日本人は、アメリカ人から相手にされなかったりするのだ。筆者もある大学でアメリカ人から孤立した日本人留学生を見たことがある。ある時、彼の水飴みたいにドロ〜とした英語の喋り方を聞いて納得してしまった。断っておくが、日本人は美しい日本語を話すことができれば良いのであって、英語が得意な支那人やフィリピン人になることが素晴らしいわけではない。しかし、英米に住むなら言語でハンディーキャップを背負うことになる。前もって会話で苦労することを覚悟すべきだ。それが嫌なら日本から出ない方がいい。

  筆者が何故こんなことを考えたのかと言えば、高山氏が朝鮮人的日本人に見えたからだ。朝鮮人が南鮮で日本の悪口を述べるのは彼らの自由だから構わない。朝鮮国内でぐちゃぐちゃ文句を垂れる蛙は放って置けばいいじゃないか。ただし、来日して我々を罵る朝鮮人がいたら、頭を傘バットで殴ってやれ。それが無い人は、靴下に小銭を入れて振り回し、勢いよく叩きつければかなりの効果を期待できる。でも、一般人は 「馬鹿な鮮人だ」と蔑んで相手にしないだろう。後進国から来たという事も弁えずに、勝手な理屈で日本を非難する朝鮮人は、身の程知らずの馬鹿であるからだ。日本に支えて貰っているくせに、その認識もないまま一等国民を気取る朝鮮人は、見ている我々の方が恥ずかしくなってしまう。一方、米国や西歐について辛辣に語る高山氏は、世間で好評を博す。たぶん、それは日本国民の奥底で燻る対米劣等感を癒やしてくれるからだろう。しかし、白人をことさら非難する日本人ほど、心の底で猛烈に白人を愛している。まるで、武家のご令嬢に片思いを寄せる町人か職人みたいだ。一目惚れの女から相手にされない男のヒステリーはみっともない。日本の知識人も同じだ。彼らは一生懸命歐米の学問を勉強しているから、日本に無関心だったり、日本について偏見や誤解を持っている西歐白人を目にすると、どうしても怒りが込み上げてくる。その気持ちは分かるけど、白人が日本について無知なのはしょうがない。だって、彼らが日本を勉強しなくても困ることはないじゃないか。

Burma British Colony 1Burma Vegetable_stand

(左: 植民地時代のビルマにいたイギリス人/右: 市場で物を売るビルマ人)

  ここで高山氏の見解が、どうして変なのかをいくつか例を挙げてみよう。まず、白人による植民地支配についてだ。高山氏は歐米列強がアジア・アフリカを支配したことを非難するが、それが日本にとってマイナスなのか、と問いたい。例えば、高山氏はイギリス人のビルマ支配を批判するが、日本は「植民地解放戦争」などせずに、英国のビルマ統治を継続させるべきであった。なぜかといえば、イギリス人が異民族を統治すれば、必ず民族対立が生じて無用な出費がかさむし、余計な人員をさかねばならず、植民地搾取で潤っても全体としてみれば、赤字経営になってしまう。しかも、半永久的ないざこざで常に悩まされるし、下層の白人から異人種混血が起こってイギリス人の肌が茶色くなる。強力な陸海軍を持つ日本なら、英国とビルマの仲をうまく調停する「善意のブローカー(honest broker)」を演じるチャンスが出てくるだろう。そうなれば、日本は両国に恩を売りながら、常に彼らがいがみ合うように仕組めばいいじゃないか。英国と対立するより、英国から技術や情報を貰った方がどんなに得なのか誰にでも分かるだろう。これは日露戦争で証明済み。ビルマ人が塗炭の苦しみを味わっても、我が国が有利な立場になるのなら、帝国主義を是非とも続けてもらいたい。高山氏はなぜ日本よりビルマの利益を優先するのか分からない。

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(左: 利用すべき白人男性/中央: 白人女性/右: 避けた方がいい黒人女性)

  日本人は米国の保守派白人を陰で支援すべきだ。高山氏は中南米移民を排斥するドナルド・トランプを賞讃せずむしろ批判的だが、日本を徹底的に制禦しようとする民衆党に比べればちよっとはマシだろう。それに、アメリカ人が人種的対立で揉めているなら、もっと騒ぎを大きくしてアメリカ社会が分裂するよう工作するのが、我が国の外政ではないのか。どうせ支援するなら、建国の民の子孫を応援し、日本人の味方につけた方がいい。白人保守派の方がメキシコ人や黒人より好ましいと思う日本人は多いはずだ。アメリカでは移民排除を主張する白人は少数派だから、なおさら日本政府は資金援助をして彼らを一大勢力にし、日本の擁護者にすれば慰安婦像撤去の運動で力強い味方となる。アメリカ人を仲間にするなら言論ではなく、札束でひっぱたくのが効果的だ。国土を神聖なものとみなす保守派は、穢らわしい朝鮮人の彫像など目障りと感じるだろう。だいたい、外交とは策略を用いるものだ。人種的亀裂を深めてやれば、白人を支援する日本人の株が上がり、日本研究を専攻する学生を確保しやすくなる。何はともあれ、アメリカ社会に日本の手下を増やすことが肝心だ。もし、アメリカ人を利用するなら、ハンサムな白人青年を見つけるべきだ。大衆は論理や演説内容で人を判断せず、外見や学歴で勝手な思い込みをするものだし、とくにオバはんのアメリカ人には色男の方が説得力をもつ。また、白人美女ならテレビ局が積極的に出演依頼をしてくるから、外務省の役人より数千倍も日本の国益を代表してくれるはずだ。高山氏のように白人を日本国内で非難したって、何の得にもならない。

  昔、アメリカ史を専門にしていた東大教授の猿谷要が、奴隷制度やインディアン撲滅を引き合いに出して、しょっちゅうアメリカ白人を非難していた。高山氏もこの左翼学者と同じような思考に染まっているのではないか。高山氏は白人がインディアンを虐殺したと騒ぐが、インディアンは無抵抗で殺されたわけではく、リトル・ビックホーンの戦いでも知られているように、勇敢に戦って敗れたのだ。皆殺しは可哀想だけれど、白人よりも強力な武器や兵力を用意しなかったのだから、負けたのはスー族やシャイアン族の不覚であろう。異文化を吸収しない戦闘民族は、戦場で惨敗しないと反省しないのだ。その点、日本は明治に近代化を成功させたから立派であった。家康がコ川家の安泰を優先させたため、日本が海軍を創設できなかったのは痛恨の極みである。幕末になって非常に苦しんだ事を思い起こせば、いかに鎖国政策がマイナスであったかが理解できるだろう。ついでに言えば、もし家康が西歐とのパイプを繋いでいれば、「グレート・ヘンリー(Henry Grace a Dieu)」とか「メアリー・ローズ(Mary Rose)」といったチューダー朝の軍艦を輸入し、日本海軍の建設が実現したかも知れない。(ヘンリー七世の建艦については別の機会に述べてみたい。興味のある方には、Geoffrey Moorhouseの「 Great Henry's Navy」という本をお勧めします。)

  日本人の研究者でも、白人入植者によるインディアンの虐殺を非難する人が多いが、日本史と違い世界史は残虐な戦争で満ちているから、アメリカ人を批判しようとすれば、たぶん世界の全民族を責めることになる。平和な日本の方が例外なのだ。高山氏は白人がインディアンの女子供を殺したことに言及するが、もしアメリカ人がインディアンの女子供を見逃していれば、再びインディアン戦士が白人に襲いかかったであろう。つまり、幼いインディアンは成長して、親兄弟の仇を討つはずだから、ジョージ・A・カスター中佐のようなアメリカ人であれば、将来の安全を確保するために鬼となるだろう。日本は同質民族というお陰で、みんな仲良く暮らしていたから、戦国時代でもそこそこ穏やかだった。敵軍を殲滅せずとも平和を保てたのだから幸せだ。「平和」とはある意味、徹底的な危険の排除である。脅威は芽のうちに摘み取ることが肝要だ。残酷なようだけど、地球ではこれが一般原則である。古代ローマを思い出せば分かるだろうが、宿敵カルタゴの土地に塩を撒いて荒れ地にしたのは、商業民族のカルタゴ人が二度とローマを攻めないようトドメを刺すためであった。また、戦地で強固な陣地を築いたのは、夜間でも安全を確保するためである。ところが、日本人ときたら鉄壁の兵営を戦地に建設しなかったし、工兵隊すらもたなかったというから呆れてしまう。安全に対する日本人の認識は甘いと言わざるを得ない。

  ただ、危機意識が低い日本人でも、戦国時代はちよっとマシで、冷徹なところがあった。家康はコ川家の将来を危うくする豊臣秀頼の存在を気にしていたから、何としても豊臣家を滅ぼす必要があったのだ。そこで難癖をつけて大阪冬の陣・夏の陣を無理やり起こし、豊臣家を徹底的に攻撃し、秀忠の将軍職を安定させたのである。戊辰戦争の時も、ちょっと残酷なところがあって、西郷隆盛はコ川慶喜の処刑にこだわっていた。大政奉還してもコ川家は依然として薩長にとり脅威で、いつ反撃されるか分からない。第一、強力な海軍力を誇る幕府軍は不安の種だ。慎重な大久保利通も慶喜の抹殺に賛成だった。しかし、勝海舟が断固として拒否したから慶喜公は命が助かったのである。高山氏は平和な日本人の感覚で白人国家を批判するが、日本の倫理基準で世界の民族を裁けば、どの民族も有罪となってしまうだろう。それでも、アメリカ白人を批判したいなら、日本人が彼らを攻撃し、アメリカ大陸から追い払うしかない。しかし、そんなことを妄想すれば、朝鮮人みたいになってしまうから、机上の空論は慎むべきだ。

アメリカが憧れだった日本人

  明治以来、日本人は妙にアジア人に肩入れし、ヨーロッパ人に反撥を覚えることが多かった。対米コンプレックスが強い高山氏も、やたらと白人優越主義を憎み、黄色人種という自己意識が根深い。しかし、日本人は白黒黄色の種族ではなく、「肌色人種」であるはずだ。外国で白人が何を言おうが、平然と構えていればいいのに、心に何らかの傷を持つ高山氏は、他の日本国民に同じような憎しみを持つよう焚きつける。日本で日本人差別が無ければ、欧米諸国やアジアの元植民地で人種差別があってもいいじゃないか。白人の縄張りで白人が威張っても当然だろう。モンゴル人がモンゴル帝國内で威張っていたり、イスラム圏でイスラム教徒が上流階級になっていても不思議ではない。レイシスト国家であるイスラエルでは、公然と黒人差別が横行し、パレスチナ人の虐殺はナチス並で、ユダヤ人とアラブ人との結婚を糾弾するラビでも普通に暮らしているのだ。しかし、日本人は気にしないだろう。白人がそんなに憎いのであれば、来日する白人を差別してやればいいじゃないか。これこそ相互主義だ。しかし、それを実行しないんだから、日本人の方が悪い。たぶん、西歐白人が来ないと寂しいから、アパルトヘイト政策を取れないんじゃないか。西歐人歌手やハリウッド俳優が来日しないと、商売が繁昌しないし、英会話講師が欲しい日本の学校も何かと困るから、ためらってしまうのだろう。

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(左: ユダヤ人 / アラブ人 / チンギス・ハン / 右: モンゴル人の朝青龍)

  日本では象牙の塔に閉じ籠もる知識人と、本音と建前を微妙に混ぜながら暮らす庶民は、色々な点で違っている。白人帝国主義を打倒して「大アジア共栄圏」をつくろうなんて幻想を抱く日本人は戦前にもいたけど、庶民はアジア人なんて本当は嫌いだった。アジア主義を唱えた頭山満や内田良平、安岡正篤(やすおかまさひろ)、細井肇(ほそいはじめ)なんかは、支那人の実態が分かっていなかったから、日本にとって有害だった。戦前は朝鮮総督府が「内鮮融和」とか「内戦一体」を謳ったが、朝鮮人の婿や嫁をとった士族などいなかったし、商人や勤め人、役人などでも朝鮮人と結婚する者はまずいなかった。朝鮮語を学ぶ者は稀だったし、総督府の役人ですら、給料の上乗せがあっても真剣に学ぶ者は少なかったのである。ましてや、ベトナム語とかマレー語を学ぶ日本人なんかいやしない。フィリピンに派遣された軍人だって、茶色のタガロク族女を好きになったからといって、婚約者にすべく郷里の両親に紹介するなんてことはきなかった。現地妻はあくまでも性慾の対象であって、実家の跡継ぎを産む母親ではない。

  日本の保守派知識人でも、戦前にアメリカ白人が日系移民を差別したことを恨んで、未だに批判する者が多い。西歐史に詳しい渡部昇一先生でも、日系移民への差別を非難していたが、肝心要な点を忘れていた。それは、日本人が自発的に米国へ渡ったという事実である。今では高齢者の日本人でも口にしないが、日系移民は出稼ぎ目的で渡米したのだ。彼らにとりアメリカは「憧れの地」あるいは「希望の国」であった。例えば、貧しい農家に生まれたニスケ・ミツモリさんは、高等学校に進学できず、授業料がタダの県立学校に進みたかったが、まだ17歳だったので入学できなかった。ところが、待っているうちに日露戦争が始まってしまい、兵隊になるのが嫌だったミツモリ氏は、進学を諦めアメリカに渡ろうと決心した。しかし、彼には明確な渡米目的はなかったという。それでも、ミツモリ氏はアメリカに着けば何とかなるだろうと楽観していたそうだ。(アイリーン・スナダ・サラソーン編『The 一世 パイオニアの肖像』 南条俊二 訳 読売新聞社 1991年15-16頁。)

  当時のアメリカは貧乏な日本と比較にならぬほど豊かで、大志を抱いた青年にとって夢を叶える国だった。リイチ・サトウ氏の父親は、若い頃かなり放蕩を重ねて財産を手放してしまったという。しかも、女房子供を抱えていたから、二進も三進も行かず地元で苦労していたらしい。そこで、彼は失ったものを取り戻すためハワイに渡って、サトウキビ畑で12年間働いたそうだ。ある程度のお金を貯めて帰国したサトウ氏の父は、失った田畑や山林を買い戻すことができた。そればかりか、彼は以前よりも財産を増やしたそうである。(上掲書 24頁。) 彼が持ち帰った2、3千ドルは、当時の日本人にとったら相当な大金で、日本に戻ってきた人は故郷で何でもできたらしい。例えば、家を建てたり田畑を買ったり、という具合。だから、アメリカに向かう人たちは期待で胸を膨らませていた。息子のリイチさんも村に残っていては埒が明かないと考え、日本より二倍の賃金がもらえるアメリカで働きたいと望んでいたそうだ。

  明治の頃の日本人は西洋の文化に驚きと魅力を感じていた。ある日、サトウ氏は村の表通りで、奥さんと赤ん坊を連れている牧師を見かけたという。その時、サトウ氏はビックリした。何と赤ん坊を抱いていたのは、一緒に歩いている奥方ではなく、旦那さん、つまり牧師の方だったからである。「そのような光景は、当時の日本では、まったく目新しく、珍しいことだったのです」とサトウ氏は語っていた。彼は家から飛び出し、その牧師を眺めたところ、「とてもモダンで西洋的、ハイカラだ」と思ったそうだ。彼はその頃から渡米を考え始めていた。儒教的倫理なら耳にタコができるほど聞かされていた日本人でも、女性に対する接し方には無頓着で、貴婦人に対する奉仕という概念が皆無だったから無理もない。今では道端でカップルがキスをしていても珍しくはないが、ひと昔前の日本人なら恥ずかしくてできないだろう。異性の友人同士が、送別会や引っ越しのときに抱き合って別れを惜しむなんてことは、普通の光景ではない。私的な体験談で申し訳ないが、筆者が学生寮を去る時、アメリカ人で女学生の友人が次々に抱きついてきて、別れを惜しんだことがある。その時、筆者は「日本とはかなり違うなぁ」と内心思った。でも、嫌じゃなかったことだけは確かだ。

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(左: 西歐人の幼児 /中央: フランス人の少女 / 右: 西欧系の白人女性)

  そういえば、明治か大正時代にフランスへ旅行をした日本人の紀行文を読んだことがある。彼がフランス人の知人宅を訪れ、その家族としばらく談笑して帰ろうとした時のことだった。この知人には幼い娘がいて、たいそう可愛らしい少女であったという。まるでフランス人形のようなこの幼女は、別れ際に客である日本人に抱きついて「さよなら」と告げたらしい。抱きつかれた日本人は、祖国では体験できぬ西洋風の行動にいささか戸惑ったようだが、まんざらでもなく、逆に感動して嬉しく思ったと述べていた。案外、日本人は西洋人の風習に好感を持っているのかも知れない。我々は支那風の偽善的な作法と歐米人の気さくな態度を比較・体験した時、どうも西歐の風習に魅力を感じる傾向がある。江戸時代までは諸文化を比較できなかったから、支那を必要以上に尊敬していたが、明治になって歐米に渡航できるようになると、両者を“比べる”ことが出来るようになった。現在の我々でも、当時の日本人が儒教文化をゴミ箱に捨てた気持ちがわかる。それに、支那人に抱きつかれたら気持ちが悪い。やはり、支那人とは離れて暮らしたいものだ。

  アメリカに移住した日本人の体験談は面白いので、次回も引き続き紹介したい。くどいようだけど後編に続きます。

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2015年06月25日23:49


日本を占領した赤いユダヤ人


占領軍に潜むニュー・ディーラー

  日本の保守派論客には、敗戦利得者の左翼を隠そうとする者がいる。この間、チャンネル桜に高橋史朗が出演し、アメリカ占領軍が我が国に対して行ったウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム(WGIP)について語っていた。アメリカ政府が奸計を用いて日本人に罪悪感を植え付けたのだ、と高橋氏は熱弁を振るっているが、何となく白けてしまう。もちろん原爆攻撃や焼夷弾虐殺は許しがたい。しかし、惨敗した日本に反撃のチャンスはなかったのも事実。昭和天皇は新聞記者から原爆投下について質問を受けた時、「戦争ですから」とお答えになった。さすが陛下は鋭い。核心を突いたご発言である。明治の頃から「勝てば官軍、負ければ賊軍」というのは常識だった。勝者のアメリカ軍が日本を賊軍扱いしたのは当然じゃないか。我が軍だって多くのアメリカ兵を殺したのだから、アメリカ人が日本人に復讐しようとするのは自然な感情だろう。戦国時代だと、戦に負ければ家門の取り潰しの目に遭ったし、時には家系が断絶する事さえあった。コ川家康だって大阪冬・夏の陣で勝利を収めた後、豊臣家を滅亡させている。勝利を確実なものにするため、危険な芽はすべて摘んでしまったのだ。そのうえ、参勤交代制をつくることで、有力大名の財力を削ごうと謀ったのである。コ川家は戦後支配体制を盤石なものにした。こんなことは庶民の子供だって知っている。日本の保守派がアメリカの戦後支配体制を非難するのは分かるが、戦後の罪悪史観を大切に保存したのはアメリカ人ではなく日本人の左翼であった。占領期間が終わったのに、米軍の悪行を隠匿しようと努力した日本人こそ日本の敵である。

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(左:高橋史朗 / 會田雄次 / 泉井久之助 / 右:山本五十六)

  江藤淳などの保守派知識人はアメリカ軍批判で矛を収めるので、占領軍の背後で甘い汁を吸った左翼を見逃しているのだ。日米開戦前から我が国は狂っていた。戦争計画を作成せずに大国アメリカとの戦争を決断した閣僚は、負けた時にどうなるのか考えていなかったのだ。極悪人の山本五十六など、1、2年暴れたあとに我が国がどうなろうと知ったこっちゃない、という態度であった。第一次世界大戦で、ドイツ皇帝ウィルヘルム2世が身の危険を感じ亡命したが、天皇陛下はどこかに亡命することが出来るのか? 一般には日本が軍国主義国と思われているが、ちっともミリタリズムの国家ではなかった。敗戦を想定しなかった政府首脳は怠慢である。立派だった會田雄次・京都大学教授がある思い出を語っている。昭和16年12月8日、會田先生はラジオで対米戦争が始まったという大本営発表を聞いたそうだ。先生はいつも通り京都大の西洋史研究室に通われ、進々堂で昼食を取ったという。そこには長大なテーブルがかあって、言語学の泉井久之助(いずい・ひさのすけ)教授がある人と一緒に坐っていた。泉井先生は海軍の招待で南洋委任統治の島々を回って帰国したところである。先生は土産話をかたったそうだ。

  サイパンもよい島ですが、マルタをくりぬいて大砲のように見せかけたのを葉っぱなどで要塞のように偽装し、グアムの方を向けて並べたりしている。あんな子供だましのようなことをしてアメリカを刺戟し戦争にでもなったら大変ですぜ。(會田雄次 『歴史家の立場』 PHP研究所 1997年 p.106)

  どうやら泉井先生とその友人はラジオのニュースを聞いていなかったらしい。そこで會田先生はもう戦争が始まった事を告げたのだが、泉井先生は「そんなことを言って脅かしちゃいけません」と相手にしなかったという。進々堂には話の邪魔になるのでラジオ等の音響機材を置いていなかったのだ。そこで、會田先生は泉井先生を近くの喫茶店まで連れ出し、大本営発表を繰り返しているラジオを聴かせたという。すると、泉井先生は「あっ」と小さく叫んで顔色を変えてしまった。みんな沈黙したままで、暗澹たる気持ちになったらしい。当時は、軍人でない一般人でも我が軍の戦闘能力を分かっていたのである。大学教師が分かるのに、前線で戦う将兵が米軍の実力を知らないわけないだろう。ましてや、戦略を日夜練っている参謀将校が知らぬ訳がない。惨敗を予想しても口に出せなかったのが実情だったのではないか。

  一方、敗戦によって共産主義革命を実現させようと大東亜戦争を起こした赤い軍官僚や政治家、知識人は対米戦争に勝つことよりも、現体制の崩壊とソ連による占領を望んでいた。敗戦で一番得をしたのは日本の共産主義者である。戦前は「天皇制打倒」なんて言ったら誰もついてこないし、むしろ離反者が増えて共産党が縮小してしまう。野坂参三だってその手段は遠慮していたのだ。しかし、日本が敗戦となれば帝政ロシアと同じ状態になって、共産主義革命がしやすくなる。だから、打倒すべき帝國日本が敗れたことは、日本人共産主義者にとって天佑(てんゆう)だった。日本にとって更に不運だったのは、占領軍に大勢の赤いアメリカ人、すなわちニューディールに共鳴する左翼分子が混じっていたことである。

  敗戦によって得をした日本人を述べる前に、アメリカ軍最高司令部に棲みついていた社会主義者やソ連シンパについて紹介したい。占領軍にはフランクリン・D・ローズヴェルト大統領と同じ種類の左翼分子が大量に流れ込んでいた。憎い敵国に送り込むのだから、行政官や軍人の人格検査などしていたかったのだろう。それに、ローズヴェルト政権内部には、赤い官僚やビンクの民間人がたくさん雇われていたから、各人が仲間を引きずり込んでいたのだ。左翼は自分の地位を最大限利用し、できるだけ多くの仲間にポストを与える。こうして出来たネットワークはとても頑丈になり、誰か一人が失脚したり退職しても赤い同志がすぐ後を引き継ぐのだ。保守的で立派な人間ほど徒党を作って権力を独占しようとしない。偉人は鶏群の一鶴(けいぐんのいっかく)、つまり凡人のなかに混じっている秀才みたいなものである。秀才の群れに凡人が一人混じっているなんて非現実的だ。立派な人は普通、鷲のように凜然(りんぜん)として存在するから、鳩や雀のように群れて行動しない。アメリカ軍でも事情は同じである。

日本に有害な占領軍のユダヤ人

Courtney Whitney 1(左/コートニー・ホイットニー)
  まず、左翼的アメリカ人の伏魔殿となっていたのがGHQの民政局(Government Section/GS)だ。局長のコートニー・ホイットニー(Courtney Whitney)准将は、共和党員だったが民衆党のニューディールを支持していた左翼的人物。彼はフィリピンでゲリラ組織を拡大すべく陸軍中佐としてマッカーサーの司令部に呼ばれた法律家であった。当時のアメリカでは不況を経験した民衆党支持者が多数派で、しかもインテリの間では社会主義が流行していたのだ。ホイットニーがローズヴェルト大統領の経済政策に惹かれていても不思議ではない。だが、こうした真っ赤ではないがピンク系の法律家が、責任者に就任すると人事的災厄が広がるものだ。ホイットニー准将はチャールズ・ケーディス(Charles Louis Kades)を次長に据え、国会課長にジャスティン・ウィリアムズ(Justin Williams)、法規課長にはマイロ・ローウェル(Milo Rowell)を配置した。その他アルフレット・ハッセー(Alfred Hussey)やジャック・ネピア(Jack Napier)といった人物を配下に据えて、日本の「民主化」に取り組んだのである。ホイットニーがこうした赤い軍人を排除せずに部下にしたのは、敵国日本がどうしようもないほど野蛮で遅れた劣等国という認識があったからだろう。容共主義者には進歩派を気取る知識人が多いので、ホイットニーも共産主義を軽く考えていた弁護士だったのであろう。

  アメリカ占領軍内でもケーディス民政局次長は最も有害な人物であった。彼はニューヨーク生まれのユダヤ人で、ハーバード・ロー・スクールを出た民事担当の軍人であった。「また〜ぁ、ユダヤ人なの」と嘆くなかれ。人口比率からすれば、アメリカではユダヤ人は少数民族なのに、知識層では多数派なのだ。ケーディスは激戦を経た武人ではなく、軍隊での事務をこなす役人といった方が適切である。彼は大学を卒業した後、公共事業局(Public Works Administration)のアシスタントを経て、ローズヴェルト政権下の財務省に入ったという。ということは、あのユダヤ人長官のヘンリー・モーゲンソー・ジュニア(Henry Morgenthau,Jr.)に仕えていたということだ。類は友を呼ぶ。左翼ユダヤ人同士、磁石のように引き合ったのか、あるいは財務省に巣くう赤い官僚の手引きで入省できたのか、実情はよく分からないまま。しかし、よりにもよってこんな左翼分子が、憲法草案の実質的指揮官になっていたのだから恐ろしい。

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(左けチャールズ・ケーディス/中央けヘンリリー・モーゲンソー/右けフランクリン・ローズヴェルト)

  ケーディスのような赤いユダヤ人が描く「民主化」と、日本を弱体化させようと目論む最高司令部の意図が合致したのだから、我が国にとっては不幸の始まりである。GHQの基本方針は日本の「民主化」にあった。その為の第一歩はポツダム宣言に盛り込まれた条項の実施。つまり、アメリカに刃向かった戦争犯罪人を処刑して、戦争協力者をすべての公職から追放する事である。公職追放は1946年1月4日、マッカーサー元帥の指令により開始され、政財官はおろか社会・大学・言論界にまで及んだのである。その後2年間で約20万人以上が追放されてしまう。注目すべきは、この追放により保守的な日本人が大勢、重要な職場から排除されたことである。戦前の日本は軍国主義に傾き、侵略を好む超国家主義が君臨していたと説明されるが、実際は共産主義に染まり、国家転覆を企む赤い軍官僚に支配されていたのだ。彼らとは別に、要職にいた者が一般的に、日本の政策を支持する国家主義者だったのは当然だ。むしろ、政府の方針に背いて邪魔をする方が異常である。

  これはドイツにも当てはまることで、ナチ党に従ったからといって、保守的なドイツ人を糾弾する戦後の風潮は間違っている。アメリカにも公職追放に該当する軍人は多かった。日本の空爆を指揮したカーチス・ルメイは大量殺戮者だったが、戦後になっても処刑されなかったし、驚くことに日本政府から叙勲される栄誉も受けたのだ。民間人大虐殺の共犯、ロバート・マクナマラはフォードの社長になって、ケネディー政権で国防長官にまで出世した。両者とも負ければ戦争犯罪人になることを自覚していたのだ。とにかく、公職追放は我が国にとって大打撃となった。優秀な保守派が粛正されて、凡庸で左翼がかった人物が後釜に坐ったのてある。彼らにとり戦後は利益をもたらす時代だから否定するはずがない。特に大学では左翼学者が伸び伸びと活躍でき、人事を独占したのだ。戦後の体制を固守しようと必死だったのは、こうした敗戦利得者であった。しかし、新聞やテレビで、占領軍の対日政策で得をした日本人のリストは一切現れない。保守派言論人でさえ、アメリカ批判で追求の手を止めているのだ。本当は、アメリカの占領政策を陰で支えた日本人こそ一番の敵である。

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(左:晩年のケーディス/中央:カーティス・ルメイ/右:ロバート・マクナマラ)

  ケーディス率いる民政局の左翼軍人たちは、「民主化」という口実のもと、彼らの「左寄り」ないし「社会主義的」政策の邪魔になる日本人を次々と追放したのである。GHQ内部からも民政局は優秀な日本人を取り除いてしまった、という批判が噴出したくらいだ。それに民政局の公職追放には、“身内贔屓(ひいき)”があった。社会党代議士の松本治一郎は東條英機の「翼賛選挙」で推薦議員になっていたから、当然追放の対象者になっていたはずである。しかし、民政局は松本が革新系議員であるから手心を加えたという。ケーディスは追放指令を出した覚えもないとシラを切り、松本を追放するつもりもないとまで公言したそうだ。ケーディスらの「民主化」とは社会主義的体制を目指した国家改造計画である。要するに、彼らは理想社会(実際は共産主義世界)を“計画”し、実行しようとする善人と自負していたのだ。馬鹿らしいが、知識人は自分の理性で社会を設計できると自惚れているから、社会を動かせる権力を握った瞬間、飛び上がって有頂天になる。責任を取らずにすむ地位に就くと、机上の空論を実行したくなるのだ。社会主義者ではないマッカーサーが彼らを許していたのは、当初日本人を兇悪な侵略主義者と見なしていたからである。日本をよく理解していなかった元帥は、極悪な日本の国家主義者を追放し、彼らの敵となっていた共産主義者を解放することは正しい政策だと思っていた。日本統治を成功させたいマッカーサー元帥は、占領政策を進めて行くうちに、次第にこの方針が間違いであったことに気づく。

  日本で権勢をふるっていたケーディスも、1948年になるとワシントンの対日政策が変化したことで失脚することになる。ソ連との対立を深刻に考えていたペンタゴンの将校たちは、日本を赤化しようとするケーディスの手法を批判していたのだ。しかも、ケーディスには弱点があった。彼は妻子持ちなのに、日本で元子爵夫人の鳥尾鶴代(とりお・つるよ)と不倫関係にあったのだ。これは彼を日本から追放しようとする者にとっては好都合のスキャンダルであった。このケーディスが失脚したことは、我が国にとって僥倖(ぎょうこう)である。それでも、ケーディスが残した爪痕は深い。マッカーサー憲法の草案、農地改革、選挙法改正、財閥解体など、日本社会をズタズタにしてしまったのだ。とにかく、日本は「民主的」ではなく、「軍国主義的」で「封建的」な遅れた国というのが、ケーディスら進歩的社会主義者の対日認識であった。軍人が国家の中枢にいたら「軍国主義」というならアメリカも同じだし、在郷軍人組織が全米各地にあるのはどう説明するのか? 武装して国土を守る民兵(ミリシア)という伝統がアメリカにはあるが、これを進歩派はどう解釈するのか? 騎士道精神がなかったユダヤ人は、テキサスやヴァージニアなどの南部白人が嫌いで、腕力で問題を解決しようとする西歐人にしばしば反発した。ユダヤ人は武藝よりも勉強を好み、軍隊よりも法律事務所に入りたがる。要は文弱なだけ。左翼系アメリカ人やユダヤ人は、「封建制」をも憎むが、そんなこといったら歐洲の貴族は軒並み遅れた思想の持ち主になる。特に英国の名門貴族はみな中世封建領主の子孫であり、有事になれば軍隊の統率者に様変わり。彼らの上に君臨する国王陛下はガーター騎士団の総長だ。しかも、アングリカン教会の首長も兼ねているから、国家宗教の頂点に立つ最高神祇官、封建貴族を束ねる武人の棟梁である。これでは天皇陛下みたいで、イングランド国王も、古くさい遅れた国の象徴になってしまう。

  日本の民主化を掲げる左翼イデオローグは、社会主義革命のためにその尖兵となる労働者を育成しようとする。赤いGHQスタッフが労働者の権利を強く推進するのは、何も日本人を助けるためではなく、革命の下ごしらえをするためであった。共産主義者が用意した「無産労働者/プロレタリアート」は、耳にするのも汚らわしい言葉である。左翼どもは憎しみを煽る言葉を次々と生み出す。資本家による労働者の搾取とか、暗いイメージの雇用関係を築き上げるのだ。こんな言い草を聞けば、江戸時代の日本人なら眉をひそめたくなるだろう。江戸の職人は宵越しの銭を持たないその日暮らしが多かったが、貧乏長屋に住む彼らが親方から搾取されているから、幕府もろとも雇用主を打倒しよう、なんて考えなかった。渡る世間が冷たくても、誰かが温かい手を差し延べてくれたし、職人を雇う親方だって無情な雇用主というわけでもない。職人や人夫を使う親方は、私生活に至るまで彼らの面倒をよく見たし、実の親みたいに慕われていた人物もいたのだ。

  役人にも立派な人物がいて、鬼平犯科帳で有名な長谷川平蔵(通称)はその代表格。火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらためがた)の長谷川宣以(のぶため)は、人足寄場(にんそくよせば)で、犯罪者の更生事業にも熱心だった。罪を犯した者が手に職を以て喰っていけるように再教育を施したのである。その当時の罪人も素直で、ふて腐れず真面目に技術を習得し、平蔵の温情に感謝しながら人足寄席場を出て行ったらしい。感動する江戸時代の一面である。日本人は本当に素晴らしい民族で、当時の江戸の犯罪率は信じられないくらい低かった。こんな清い日本に、あの穢らわしいユダヤ人マルクスの思想が浸透し、日本人の精神が汚染されたのだ。共産主義者は日本人の魂を腐蝕させる不逞の輩である。たとえば、皇室打倒などまともな日本人には恐ろしくて想像できなかった。昔なら、犯罪者だって「天子様がいらっしゃるぞ ! 」となれば、襟を正して土下座する。可笑しいのは、明治の日本人は営利誘拐を憎んだという。銭のために子供を攫うなんて酷え奴だ、と怒ったそうだ。たとえ犯罪者でも子供を拉致するなど不届き千万。子供は皆で大切にするのが常識以前の良識だったから、誘拐犯をとりわけ憎んだという。でも、犯罪者は元々不埒な者じゃないのか? 犯罪にも倫理を求めてしまうとは、いかにも日本人らしい。こうしたことから日本が、如何に倫理の高い国だったかが分かる。 

  脱線したから話を戻す。F.W.マーカット(F.W. Marqat)率いる経済科学局には赤いスタッフが潜んでいた。経済科学局で労働関係を担当していたアンソニー・コンスタンチーノ(Anthony Constantino)は、日本に派遣される前、長期間左翼活動を行っていた前科を持つ。米国ではアメリカ鉄鋼労働費用議会にオルグ(組織世話人)として雇われていたらしい。つまり、労働者をまとめ上げる専属活動家であったわけだ。彼は1940年から41年にかけて4回も逮捕されているのにもかかわらず、その地位に就くことができた。コンスタンチーノはその逮捕歴を隠していたらしい。こうしたセキュリティーの甘さを見れば、アメリカ軍が適当に日本を扱っていたことが分かる。日本改造が懲罰事業だったので、軍政官の人物検査が杜撰だったのだろう。1946年6月にに起こった読売新聞社のストで、コンスタンチーノはこの労働争議を沈静化するどころか、さらに悪化させたのである。ストは労使の話し合いで6月25日に解決されたのに、彼はストが再開されるようこの騒動に介入したのだ。コンスタンチーノは最高司令部の許可も無しに警察、社長、その他の関係者を喚問し、ストの実行者に総司令部の指示があるかのような幻想を持たせたのである。そのため、労働者はストを再開し、デモを繰り広げ、脅しを掛けたり暴力に訴えたりしたという。ついでに、デモの労働者たちは反米・反占領軍のプラカードを掲げたというから、GHQのお偉方も立腹。とばっちりを受けた読売新聞の社長、正力松太郎(しょうりき・まつたろう)は辞任する羽目になり、ついには戦犯指定になってしまった。(この経緯は別の機会に話す。)

  コンスタンチーノは確信的左翼だった。共産主義シンパの彼は、1946年5月に起きた日本赤十字病院の労使争議でも、スト実行者を支持するような態度に出たらしい。 彼は他の労働争議でも自分の職権を超えて、スト実行者に支持を与えたり、総司令部は彼らに介入しないだろう、という印象を与えてストを煽ったのだ。チャールズ・ウィロビー(Charles Willoughby)によれば、コンスタンチーノは日本の共産党と親密な関係にあったようだ。特に、悪名高い志賀義雄(しが・よしお)と個人的に接触していたという。コンスタンチーノに仕えていたアシスタントのスターリング・D・コレット(Staerling D. Collet)もマルキストであったらしい。その他、経済科学局で左翼的思想の人物と見なされた人物には、調査統計課のジュリア・マーガレット・ストーン、労働条件課長のレオン・ベッカー、統計研究課のハリー・ブルンナーが挙げられる。それにしても、労働問題になぜ左翼分子が多く集まるかといえば、保守的な優等生は大学で労使関係を専攻しないからだ。労働問題という分野は暗いし、第一つまらない。健康で前途有望な人物が専門にする科目じゃないだろう。常識的に考えてみて、労働関係の教科書を開いて嬉しいと思う奴がいるのか? 高貴な精神を持つ保守派青年なら、無味乾燥した内容の文章を暗記するなんて堪えられない。それなら、美しい自然の中で乗馬をしたり、愛国心に燃えて軍事訓練をした方が有意義に思える。言いづらいことだが、資本家や経営者に怨みを抱く陰湿な学生が労務関係研究者になりやすい。マルクス主義といった下品な思想に惹かれる学生は、たいてい根性が賤しい輩(やから)である。他人の懐を覗いて嫉妬するなど、躾の良い家庭の子供ならできない。

正力松太郎1馬場恒吾(左:正力松太郎/右:馬場恒吾)
  労使闘争の放火魔たるコンスタンチーノには同類の相棒がいた。経済科学局労働課長のセオドア・コーエン(Theodore Cohen)だ。1946年に読売新聞でストライキが発生した時、これを収拾すべきコーエンは逆の行動を取った。彼は警察官や馬場恒吾(ばば・つねご)社長を自分の事務所に呼びつけ、総司令部の政策と偽り、ストライキ側を奨励したというのだ。(C.A. ウィロビー『GHQ 知られざる諜報戦 ウィロビー回顧録』 延禎訳 山川出版者 2011年 p.203) コーエンに勇気づけられたストの連中は、デモを企てたうえに、暴力行為の騒ぎを起こしたという。相次いで起きたストライキやデモの背後には、コンスタンチーノとコーエンがいたらしい。ところで、社会主義に染まった労働者を煽ったコーエンとは一体何者なのか? 勘のいい方は、もう推測できますね。毎度お馴染みの回答です。そう、彼はユダヤ人でした。何か八百長のクイズ番組みたいだが、左翼にはユダヤ人が多すぎるのだ。(これって民族的病気なのか?)

  セオドア・コーエンは1939年、コロンビア大学院で日本の労働運動について論文を書き卒業した。この修士論文を買われてOSS(アメリカ諜報局)に入ったという。彼が最初に手掛けた仕事は、太平洋のマーシャル諸島やカロライナ群島海域における対日政治戦略であった。その任務を果たしたのち、ローズヴェルト政権で副大統領を務めていたヘンリー・ウォレスが直轄していた経済戦略局敵国課に、OSSから出向いて編入したのである。経済戦略局は間もなく外国経済局に編成されたのだが、コーエンはこの局内で『民政ガイド 日本に於ける労働組合と団体交渉』という戦略ペーパーを書き上げた。これが後にアメリカの対日労働戦略の基本となるのだ。驚くことに、合衆国政府はミッドウェー開戦やソロモン開戦に勝った(昭和17年)頃、既に対日戦争後の占領政策に取りかかっていたのである。コーエンの『民政ガイド』は、こうした占領政策ガイドラインの一環であった。

  日本とは直接係わりの無いコーエンだが、なぜ日本の労働運動を修士論文のテーマにしたのか? ジャーナリストの大森実のインタヴューで、コーエンは理由を述べていた。当時のアメリカで日本の労働運動についての資料を入手するなど非常に難しかったはずなのに、なぜ選んだのか? そうした大森氏の質問に答えて曰く、

  別に動機なんてありませんよ。学位をとるためには、なにかを選択せねばなりませんね。当時、日本の労働運動なんか誰も知らないテーマでした。英語で書かれた例も少ないし、まったくないといえる状態でした。・・・・研究テーマというものは、ある程度まで深く研究された問題ですと、かなりの努力が必要とされるものでしょうが、日本の労働運動は、米国でまったく研究されたことのない課題だったので、新聞のようなはっきりした公開材料でも資料として役立ったわけです。(大森実 『赤旗とGHQ』 講談社 昭和56年 p.269)

つまり、コーエンが日本の労働運動を論文テーマに選んだのは、簡単に学位が取れるという理由からだった。確かに、論文を審査する教授でさえ、彼の選んだテーマについては素人であろう。だから、少々いい加減な解釈や調査でも、修士号がもらえたのかも知れない。第一、日本語の資料など誰も読めなかったろうから、コーエンが使った資料を検証することなどできない。したがって、ちょろまかしが可能だ。これがヨーロッパの労働運動なら、膨大な資料の精読をしなければならないから大変になる。教授陣の死角を突いたコーエンは狡賢い。

  しかし、いくら楽なテーマ選んだとしても、やはり日本の労働運動に目をつけるというのは珍しい。コーエンは元々社会主義に惹かれていたから、外国の労働問題にも興味を示し、論文のテーマで日本を選んだのではないか? 赤い頭のユダヤ人だったから、社会主義に関連していれば未知なる日本でも良いと思ったのであろう。西歐人と違って、ユダヤ人は外国文化に対しての抵抗感がない。やはり、千年以上も他国にたかって暮らしてきた寄生民族は、馴染みのない文化でも調べてみようとする好奇心がある。誰も手をつけていない領域には、もしかしたらお金儲けのチャンスがあるかもしれない。だから、ユダヤ人は世界各地に進出して拠点を築き、物流や情報網を支配して大金持ちになれるのだ。片田舎でのんびり暮らすアメリカ白人は、そもそも外国文化に興味を持たない。馴染みのある生活で満足する。日本人なんか別の惑星に住むエイリアンだから、その言葉を理解しようとは考えない。怠惰なアメリカ人は、英語の姉妹語たるドイツ語やフランス語でさえ勉強を嫌がるのだ。日本語が必修科目になったらアメリカ人は全員不登校になる。だから、文法や表記がまったく異質な日本語を、自ら進んで学ぶなどあり得ない。

  こう考えると、日本語を習得するユダヤ人は特殊だ。そういえば、シカゴで育ったデーブ・スペクターが少年時代、日本の漫画に興味を持ったのもユダヤ人だったからじゃないか? 日本語を覚えたスペクター氏が、ハリウッド関連ニュースを独占的に日本で紹介し、大儲けしたのもうなづける。こうした発想はアメリカ白人に少ない。ついでにいえば、スペクターは日本人女性と結婚しているが、コーエンも日本人女性を妻に持っていた。ユダヤ人は外国人配偶者に対しても抵抗がない。有名なロック・バンド「メガデス」のギターリストだったマーティ・フリードマンは、ツアー中にも日本語を勉強して、ついに日本語を習得したという。日本に移住後、日本のテレビ番組に多数出演していたし、夫人も日本人女性だ。ハリウッドスターのスティーヴン・シガールも日本人女性と結婚していて、大阪弁も流暢に話せた。しかも当時、合気道に興味を示して習得するアメリカ人は珍しかった。彼がこの不思議な東洋武術をアメリカ人に披露して有名になった事はみんなが知っている。本当にユダヤ人は異質な文化の習得が早い。

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(左けデーブ・スペクター/中央マーティー・フリードマン/右けスティーヴン・シガール)

  日本での生活経験があるユダヤ人は、合衆国政府にとり何かと重宝な種族のようだ。戦後、国家安全保障法によって発足したばかりのCIAから日本に送り込まれたポール・ブルーム(Paul Charles Blum)もユダヤ人であった。彼はCIAから派遣された初代東京支局長である。彼の親友には、日本に帰化したドナルド・キーン教授がいた。キーン氏はアメリカ軍の諜報担当士官で、日本兵捕虜を尋問する際、通訳を務めていた経歴を持つ。キーン氏は友人ブルームの正体を知らず、国務省の外交官だと思っていたらしい。それというのも、マッカーサー元帥が占領時代の日本で、CIAの活動を認めなかったからだ。CIAとしては、マッカーサーに内緒でキャリア要員を送り込んでいたわけである。ただ、日本人で彼の正式な身分を知っている人物がいた。元海軍中佐の藤村義朗である。藤村中佐は戦時中、スイスでブルームと一緒に終戦工作に携わっていたので、ブルームが国務省の大使館員ではないことを分かっていたのだ。(春名幹男 『秘密のファイル(上) CIAの対日工作』 共同通信社 2000年 p.193)

  OSS(戦時諜報局)ベルン支局のアレン・ダレスの右腕として活躍したポール・ブルームは、横浜の外人居留地、山手に生まれたユダヤ人。父親のアンリはユダヤ系フランス人でアルザス地方の出身であったから、フランス人民戦線のレオン・ブルム首相とは遠縁に当たるそうだ。横浜のオッペンハイマー商会に務めた後、ウィトコフスキー商会の支配人になり、スイスの時計を輸入したり、絹や銀を扱っていたという。母親のローズはユダヤ系アメリカ人で、叔父の貿易商ステーツ・アイザックスを頼って来日したらしい。この叔父は根岸にある横浜競馬場を建てたことでも知られている。この両親から生まれたポールは横浜のセント・ジョセフ国際学校に通ったが、日本人の子供との交流はなかったという。当時の山手は普通の日本人と隔離されていたから、ポールは自然と日本語を学ぶことはなかった。アメリカのイェール大学を卒業後、第一次世界大戦が勃発すると、、アメリカ軍に志願し野戦衛生隊に所属したという。その後、ブルームはパリに居をを構え物書きになり、東京では三島由紀夫とも親しくなった。

Donald Keene 2(左/ドナルド・キーン)
ところが、ドイツ軍のパリ入城で、ブルームはニューヨークに逃れ羽目となり、コロンビア大学で日本語を学び直したのである。こうしたことから、偶然キーン氏に出逢ったのである。キーン氏は当時フランス文学を学んでいたが、ブルームは日本文学を薦めたという。 フランスで育ったアメリカ人はたくさんいるが、日本のことをよく知っているアメリカ人は少ないので、日本文学を専攻した方がキーン氏の将来にとって良かろう、と提案した。これまたユダヤ人らしい柔軟な発想だ。もっとも、キーン氏は日本人捕虜の尋問を行ったことで日本文学を目指したという。不気味な日本人だったのに、調べてみると繊細な感情を持つことが分かった。キーン氏は日本人青年が愚痴ばかりを手紙に記すアメリカ兵と違うことに気がついたという。彼は祖国で帰りを待つ両親を心配する一方で、国家に尽くすという純粋な気持ちに溢れた日本兵に感銘を受けたらしい。米軍が押収した日本兵の手記や手紙を読んで、キーン氏はとても感動したのだ。

  CIAの東京支局長になったものの、外交官を装っていたブルームには部下も少なかったし、マッカーサーの目を気にしながらの活動だから、どうしても情報収集には制約があった。そこで、彼は各界のリーダーと接触して、トップレベルの情報を集めようとしたのである。彼は毎月第二火曜日に著名人を集めた夕食会を開いたという。そこには、日本を代表する知識人が集まったのだが、あいにくこのメンバーは真っ赤であった。朝日新聞論説主幹の笠信太郎(りゅう・しんたろう)は、言うまでもなく近衛文麿が主催した「昭和研究会」の中心メンバーで「朝飯会」にも属していた。吉田茂に反して全面講和を主張し、日米安保闘争では岸信介に反対。絵に描いたような極左のジャーナリストである。しかも、世界連邦運動を提唱するなど、妄想もたくましく救いようのない馬鹿。日本をソ連に売り渡そうと頑張っていた頃の典型的朝日人だ。笠はまさしく左翼路線まっしぐらの黄金期を代表する人物。80歳代の朝日OBには懐かしいだろう。

松本重治2松方三郎松方正義2東畑精一 2


(左:松本重治 / 松方三郎 / 松方正義 / 右:東畑精一)

  国際文化会館理事長の松本重治は、明治の元勲松方正義の孫で、共産主義者の巣窟たる太平洋問題調査会(IPR)を通して国際活動を広げていた。彼も近衛の朝飯会に参加しており、近衛文麿や尾崎實秀、西園寺公一とも親しかったという。子だくさんの松方正義には妾の子がいて、松方三郎もその一人。共同通信社専務理事の松方もブルームの集会に顔を出していた。京都大学で河上肇の薫陶を受けたので、これまた真っ赤。彼もIPRに参加していた、国際派の隠れ共産主義者である。昭和研究会に属していた蠟山政道(ろうやま・まさみち)も、この火曜会に出席していたのだ。蠟山については以前述べたから省略。経済学者の東畑精一(とうはた・せいいち)も昭和研究会のメンバーで、社会主義かぶれの農業経済学者。戦後に活躍した経済学者はほとんどが左翼で、政治・経済での自由主義を掲げる学者などほぼ皆無だった。マルキストの大内兵衛(おおうち・ひょうべい)や都留重人(つる・しげと)など今となっては忘れ去られた過去の人で、彼らの著作は紙くず同然である。ブルームが集めた人物は左翼ばかり。ユダヤ人のブルームは任務として彼らと付き合っていたのか、それとも馬が合ったので交流していたのか、実際のところは分からない。彼は冷戦が深刻化した1950年代初期にCIAを辞めたらしい。ブルームは辞任後、親友の藤村義朗が経営する青山のジュピター社で非常勤取締役に就任したそうだ。

蠟山政道笠信太郎 2大内兵衛都留重人


(左: 蠟山政道 / 笠信太郎 / 大内兵衛 / 右: 都留重人)

  アメリカ占領軍の対日政策はソ連の台頭により、日本を懲罰することから、反共の砦にする方向へ舵が切られた。日本にとって幸運だったのは、GHQの参謀部G-IIにチャールズ・ウィロビーが配置されたことだ。左翼思想の持ち主が多いGHQの中で、反共思想を持つウィロビーは傑出していた。次回は彼について述べてみたい。
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68531273.html

7. 中川隆[-10520] koaQ7Jey 2019年5月13日 10:45:24 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1766] 報告

今週、チャンネル桜で大東亜戦争についての討論会があったけど、出演者の知的レベルがあまりにも低いので驚いた。

とりわけ酷いのは、小堀桂一郎や高山正之、田中英道、岩田温であった。

彼らは大東亜戦争を検討するにあたり、日本の「自存自衛」を強調していたが、これは戦後になってから偽装保守が吹聴した言い訳である。

かつての大日本帝国の行いを何とかして正当化し、美化したい人たちの中には、

「米英に対する日本の戦争(大東亜戦争)は、アジア人を欧米人の頸から解放する為の戦争だった」

と今なお強弁する人もいるが、もしそうなら、蒋介石政府と事を構える必要はなく、そのまま仏印や蘭印に攻め込めばよかった訳だし、韓国には「韓国人による韓国人の為の政府」を作るように促せばよかったのだ。

一般の兵卒は、大切な家族、郷里の先輩後輩、親友、祖国、皇室のためなら歯を食いしばって戦うが、見ず知らずの南方土人を救うために、自分の命を「鴻毛」の如く考えることはない。作戦参謀や政治家が、前線の若者に向かって

「可哀想なフィリピン人やビルマ人のために、女房子供、両親兄弟を諦めて命を懸けてください」

と言えるのか?

普通の日本人がアジア人に接すれば、「何だ、こいつらは !」と生理的な拒絶反応を抱いてしまうだろう。
例えば、漢文の教科書に登場する支那人は、君子とか詩人、大人(たいじん)といった立派な人物なのに、大陸で目にする支那人は、詐欺師よりも悪質な嘘つきで、弱者に対して残酷、強者に対して卑屈であったりする。
朝鮮人の場合は、もう救いようがないアカンタレで論外。小便で洗顔し、糞で作った薬を飲むような賤民には、なるべく近寄りたくない。

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【アホ右翼の討論】もし大東亜戦争の開戦が無かったら?[桜H30-8-11] - YouTube動画
https://www.youtube.com/watch?v=mZ0_wOxSUyY

◆もし大東亜戦争の開戦が無かったら?

アホ右翼のパネリスト:
 岩田温(政治学者・大和大学政治経済学部専任講師)
 上島嘉郎(元産経新聞社『月刊正論』編集長・ジャーナリスト)
 小堀桂一郎(東京大学名誉教授)
 山正之(コラムニスト)
 田中英道(東北大学名誉教授)
 西岡力(「救う会」全国協議会会長・モラロジー研究所歴史研究室室長)
 林千勝(戦史研究家)
 宮崎正弘(作家・評論家)
司会:水島総

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無敵の太陽 高山正之の異常な怨念 - 自存自衛を掲げて隷属国となった日本 2018年08月15日
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68729501.html


チャンネル桜の蛸壺会議
Takayama 1(左 / 高山正之 )

  保守派論客と称される知識人の中には、常識に欠ける人が珍しくない。今週、チャンネル桜で大東亜戦争についての討論会があったけど、出演者の知的レベルがあまりにも低いので驚いた。とりわけ酷いのは、小堀桂一郎や高山正之、田中英道、岩田温であった。彼らは大東亜戦争を検討するにあたり、日本の「自存自衛」を強調していたが、これは戦後になってから偽装保守が吹聴した言い訳である。もし、我が国の自存自衛を考えるなら、東南アジアにある西歐の植民地支配を攻撃せず、満洲を狙うソ連に向かって進撃すべきであった。つまり、「南進」という愚策を捨て去り、真に重要な「北進」へと舵を戻すべきであったのだ。

  ところが、小堀・高山・田中・岩田の四氏は、歐米諸国の人種差別を理由にして、日本軍の南進を正当化していたのである。南進や海軍の害悪については、中川八洋先生が『大東亜戦争と「開戦責任」』(第三章)と『山本五十六の大罪』(pp.225-253)で詳しく述べているから、ここでは立ち入らない。ただ、我々は大東亜戦争の本質を確認すべきだ。先の大戦は日本の独立や安全の為ではなく、祖国を英米とぶつけて疲弊させ、あわよくば壊滅的状態に持ち込み、共産主義革命を実現したいと願う左翼分子の画策であった。日本の軍部や政界、官界、学界などに潜む反日分子は、自分達が司令塔になって社会の隅々までをも支配したい、出来ればソ連の傘下に入って官僚主導の統制経済や全体主義を実現したいと望んでいたのだ。

  現在の日本人からすればアホらしく思えるけど、経済を知らない武闘派軍人や議会を嫌う革新官僚からすれば、自分達の命令通りに動く統制社会は素晴らしい。エリート意識の強い大蔵官僚とか観念型の中堅軍人は、自分の知能・知識で社会を設計できると思い込む。つまり、知的設計主義(intellectual constructivism)に流れる傾向が強い。共産主義に憧れる連中というのは、だいたいが試験秀才で、自惚れ屋というのが定番だ。彼らは「難しい試験に落ちた庶民は、優秀な俺たちの云う事を聞いていればいい!」という傲慢な態度に出やすい。しかし、生身の人間が暮らす社会を理性で設計なんて考えは最初から間違っている。だいたい、莫大な数の材料や商品を、役人が一つ一つ計画し、合理的に生産して流通させて行くことは現実的に有り得ず、失敗するのがオチだ。実際、ソ連の計画経済は破綻し、従った民衆が塗炭の苦しみを味わったじゃないか。

  保守派知識人の議論は本質と周辺部分をごちゃ混ぜにして議論するから、一般国民は何が何だか分からなくなる。日米開戦となった時、なるほど普通の日本人は祖国のためと思って闘ったし、アメリカの理不尽な圧力に対して怒っていたことも確かだ。しかし、その一方で、ソ連とその手先となった日本人が、日本を英米と戦わせ、漁夫の利を得ようと謀っていたのも事実である。近衛文麿や昭和研究会に集まった左翼知識人、「良識派」を装った海軍の極悪人である米内光政、陸軍の松村知勝・作戦部長、浅田三郎・情報課長などを思い出せば察しが付くだろう。本来なら、チャンネル桜に出演する言論人は、政府や軍部に蔓延る赤い人物を炙り出す役目を担っているのに、それを故意に避けているのか、それとも頭が悪くて見抜けないのか、ことさら国民の目を西歐の人種差別に向けさせる。こんな論調は一種の陽動作戦だ。

  外国人工作員にとって、反日左翼とボンクラ保守を操るのはいとも簡単。日本人が好む「エサ」を目の前にばらまけば直ちに食いつき、好きな方角に誘導できるからだ。日本人は本質的に西歐白人に憧れ、彼らと対等になりたいと望むから、その願望が打ち砕かれてしまうと、理性を失った変質者になってしまう危険性がある。戦前の日本人を見ていると、まるで「俺が愛していると告白したのに、あの女め、俺様に肘鉄を喰らわしやがった。おのれぇ〜、刺し殺して家に火をつけてやる !!」と憤慨するストーカーとそっくり。西歐人の白人至上主義とか植民地支配を非難する人ほど、白人に対する横恋慕が強い。だいたい、イギリス人やフランス人がアジアないしアフリカを征服したからといって、なぜ日本人が「解放」の天使になる必要があるのか? 何千、何万もの日本人が失う生命と、だらしないアジア人の独立が釣り合うとは思えない。たとえ、征服されたアジア人が日本の犠牲で白人支配から抜け出せても、我が国が帝國陸海軍を失い、米国の属州になってしまうのなら、何の為の戦争なのか分からなくなる。日本人は武士の伝統があるから「独立不羈」を渇望するが、アジア人は隷属が“自然状態”となっているので、独立しても少し時間が経つと、再び誰かの支配下になって元の木阿弥だ。第一、マレー人やインド人、ビルマ人、フィリピン人が真に自国の独立を望むなら、まず自分自身で強くなってから蹶起すべきで、日本人が流血を伴って支援すべき事柄ではない。

Colonial rule 1Colonial rule 2
(左: 西歐支配下のアジア人 / 右: 帝国時代のアフリカ人 )

  そもそも、安全地帯にいる作戦参謀や政治家が、前線の若者に向かって「可哀想なフィリピン人やビルマ人のために、女房子供、両親兄弟を諦めて命を懸けてください」と言えるのか? 一般の兵卒は、大切な家族、郷里の先輩後輩、親友、祖国、皇室のためなら歯を食いしばって戦うが、見ず知らずの南方土人を救うために、自分の命を「鴻毛」の如く考えることはない。機関銃を知らず鉛筆くらいしか持たない知識人は、勝手な「アジア人像」を拵えて、「アジア解放の大義に基づく聖戦」とか「東亜の新秩序」なる宣伝文句を口にするが、普通の日本人がアジア人に接すれば、「何だ、こいつらは !」と生理的な拒絶反応を抱いてしまうだろう。例えば、漢文の教科書に登場する支那人は、君子とか詩人、大人(たいじん)といった立派な人物なのに、大陸で目にする支那人は、詐欺師よりも悪質な嘘つきで、弱者に対して残酷、強者に対して卑屈であったりする。朝鮮人の場合は、もう救いようがないアカンタレで論外。小便で洗顔し、糞で作った薬を飲むような賤民には、なるべく近寄りたくない。

  日本国内で東南アジアを論じる知識人は、現地人の実態に触れず、もっぱら西歐白人に虐げられた憐れな東洋人と位置づける。しかし、実際に南方へ出向いた日本人には、違う感情が渦巻いていた。例えば、シンガポールには日本企業から派遣されたビジネスマンとか、ひと稼ぎしようと目論む商売人が結構住んでいた。当時の日本人居留者は、主に二つのグループに分かれていたという。一つは、「グダン族」と呼ばれる人々で、三井物産や台湾銀行、横浜正金銀行、日本郵船の支店などに勤めるエリート社員たちだ。もう一つは、「下町族」と呼ばれる人々で、南洋に骨を埋めるつもりでやって来た流れ者たちである。この移住者たちは、これといった学歴も無く、総領事やエリート社員たちとは違った世界に住んでいたようだ。つまり、一流企業に勤める「グダン族」とは口をきくような間柄ではなく、気心の知れた者同士で寄り添い合う庶民である。

  ただし、ほとんどの在留邦人は南洋に移り住んでも、おしなべて「日本的生き方」を貫こうとした。なぜなら、彼らは日本に帰っても幸せになれぬ人を除いて、誰しも日本に帰ることを希望していたからである。特に、エリート社員の日本人は、常日頃から「純粋なる日本人」を心掛けていたそうで、「現地の“土人”とは違うんだ」という意識が強かった。「グダン族」にはカイゼル髭を生やし、西洋帽子を被っていた者もいたらしい。中には、五つボタンが附いた詰襟の洋服を着ていた者まで居たというから驚きである。太陽が照りつけるインドシナの気候で、この服装だとかなり暑かったんじゃないか。現在でも、きちんとした服装を心掛けるサラリーマンは、真夏でも背広を着込んで山手線に乗ったりするけど、日本の気候でイギリス人紳士を真似るなんて馬鹿げている。敬虔なピューリタンでもないのに、ダーク・スーツを身に纏う日本人は滑稽だ。蒸し暑い日本なら、アロハ・シャツの方がよっぽどいい。

  もっとも、「南洋」支店に“飛ばされた”「本土族」の中には、「場末」に左遷されたと歎く者もいたそうで、日本人の見栄をかなぐり捨てて、だらしないステテコ姿になっていた人もいたようだ。しかし、選良族であれ下町族であれ、在留邦人が共通して持っていたのは、華僑や土民とはちがう「一等国民」という矜持(プライド)だった。スポーツを楽しむ時も、エリート社員はテニスやゴルフに興じ、下町族は野球や武道、相撲大会などを開いていたそうだ。確かに、立派な帝國海軍を持つ日本人には、アジア人とは違った上流意識があり、自分の身に何かあれば祖国の戦艦が助けてくれるという安心感と自慢があった。だから、「俺たちはヨーロッパ人の支配に甘んじている南洋土人なんかとは同類じゃない。日本は一等国だ。こんな茶色い連中と一緒にされては困る」と思っていた。こんな調子だったから、いくらインテリどもがアジア人との連帯を叫んでも、現地の日本人には通じなかったのである。

  世界の情勢に直面するとき、日本人の精神は矛盾と欺瞞に悩まされる。西歐列強のアジア支配に危機感を覚えてアジア民族との連携を考えるが、実際のアジア人を見ると、「こんな奴らが本当に頼りになるのか?」と不安になるし、「科学技術や生活水準で劣った民族」にしか思えないから、対等な民族とは考えない。むしろ、日本人にとって「お荷物」になる可能性の方が高いと見なしてしまう。実際、台湾は蛮族が棲息する島国だったし、朝鮮は乞食より貧乏なエタが住む後進国だった。日本の周辺を見渡すと、本当に情けない国ばかり。日韓併合なんて、腐った鶏肉を食べたようなものだ。いざ、朝鮮民族を統治してみると、支配による利益より、民度を高めるために投じた資金の方が大きく、税金の無駄遣いという後悔の方が強かった。今では常識になっているが、朝鮮半島に注ぎ込むお金があるなら、東北地方の日本人に投資した方がよっぽど有意義である。日本の議員や官僚は、幕府側についた日本人を無視するかのように、碌でなしの朝鮮に立派な学校や道路、橋、ダム、発電所など建設するんだから、冷血漢としか言いようがない。また、朝鮮に大量の税金を注ぎ込むことで、南満洲の防禦策が手薄になり、対ロシア戦略にとってマイナスとなった。

白人を憎むコラムニスト

  日本の保守派言論人は、こうした生々しいアジアを語らず、矢鱈と西歐白人に敵意を燃やす人が多い。例えば、ジャーナリストの高山正之は異様なくらいアメリカに憎悪を抱くが、日本の国益を考えればアメリカ人を味方につけた方が賢いはずだ。チャンネル桜の討論会に出演した高山氏は、セオドア・ローズヴェルト大統領が「白人の重荷」となる朝鮮を日本に押しつけたと憤る。(高山正之 / 藤井厳喜、 「新・大東亜戦争肯定論」、『WiLL』8月増刊号p.24) しかし、朝鮮半島を併合したかったのは、伊藤博文や陸奥宗光らを嫌った山縣有朋たちの一派だ。そもそも、なぜ伊藤博文が暗殺されたからといって、あの愚劣な朝鮮を吸収せねばならないのか? それに、伊藤が暗殺されたとき、兇弾の入射角度に疑問が湧き上がったが、なぜか調査は行われずうやむやにされてしまった。これはどう考えてもおかしく、普通なら納得できない。いくら何でも、総理大臣になった元勲が殺されたというのに、科学的検証が中止されたのだから、裏に何かあると思われても仕方ないだろう。筆者は陰謀論に組しないが、こうした“いかがわしい”事件が起きた場合、たいてい内部犯行という線が濃厚だ。(案外、伊藤を邪魔に思っていた山縣の差し金だったりして。)

Theodore Roosevelt 1Ito Hakubun 2Mutsu Munemitsu 1Yamagata Aritomo 1
(左: セオドア・ローズヴェルト / 伊藤博文 / 陸奥宗光 / 右: 山縣有朋 )

  高山氏は米国のフィリピン領有にも怒っていたけど、米国海軍がフィリピンに駐留することで我が国の背後が安全となったから良かったじゃないか。原始的なタガログ族とかイロカノ族を日本が統治したら、税金の浪費にしかならず、日本国民の方が搾取されてしまうだろう。でも、高山氏は日本がフィリピンを占領した方が国益に適うと考えているようだ。アメリカ白人に対し私怨でも抱いているのか、 高山氏は米国がハワイを占領・併合し、フィリピンまでも支配して、日本包囲網を構築したと述べていた。しかし、アメリカ国民に我が国への領土的野心があったのか? 合衆国政府にさえ日本占領の意思はなく、それどころか帝國海軍に対する脅威の方が強かった。日本だって米国との対決は望んでおらず、昭和天皇が英米との友好を望まれていたことは有名だ。日露戦争で苦労した帝國陸軍に至っては、ロシアが一番の敵であり、北進が伝統的な基本方針だったはず。しだかって、日本が英米を敵に回すのは愚の骨頂である。逆に、アメリカやブリテン、オーストラリアと組んでロシアに対抗するのが正論だ。「白人がアジア諸国を蹂躙したから、奴らを叩きのめせ !」というのは幼稚な書生論で、日本の国家戦略を考える大人の意見ではない。

  討論で熱弁をふるっていた高山氏は、西歐白人の植民地支配を激しく非難していたが、インドネシアやビルマ、インド、フィリピンが白人に征服されると、具体的にどんな被害が日本に及ぶのか教えてもらいたい。フランス人がベトナムを支配し、オランダがインドネシアで御主人様になってもいいじゃないか。日本の戦国時代を思い出せば分かると思うが、強い軍隊を持つ武将が他の領地に攻め込むのは当り前だった。現在の日本人は西歐列強の植民地を一方的に非難するが、植民地経営はそれほど儲からず、却って何かと出費が嵩むし、現地人の叛乱が起これば鎮圧部隊を派遣せねばならぬから、ひと苦労だ。日本人は根が真面目だから気付かないが、ビルマ人やインド人に手こずる英国の苦境は日本にとって好都合。中立的な日本が「善意の第三者」を演じて、叛乱軍と話をつければイギリス人に「貸し」を作ることができるし、現地人も非白人の日本人なら面子を保つことが出来るので妥協の余地が生まれてくる。日本の保守派知識人は無邪気にインドやビルマの独立を後押しするが、そうなると日本の重要性が減ってしまうので、我々にとってはマイナスだ。

  韓非子的な考え方になるけど、イギリス人に厄介者を持たせ続けて、「悩みの種」を増やすことは、日本人への依存度を高めることになるから、我々にとっては得策である。異民族支配に多額の税金を使う英国は、極東地域にまで艦隊を派遣する余裕が無くなるので、必然的に我が国と組もうとするはずだ。そこで、一流の諜報組織を持つ英国と昵懇になれば、日本にとって有益な情報が流れてくるから、我が軍の将兵の命が助かる場合も出てくる。また、オーストラリアを攻撃して反日感情を高めるなど暴挙としか言いようがなく、オーストラリアの白人を取り込んで英国社会に浸透する方が得である。西歐の上流社会にはお金を浪費するボンボンが多く、体面を保つためにお金で寝返る奴もいるから、そうした馬鹿を利用して人脈を開拓し、良質な情報を掴んだり、日本側にとって都合のいい情報を流すことも可能となるはずだ。「白人はケシカラン !」と興奮する高山氏は幼稚で、日本の為に友好関係を結ぶ方が遙かに賢明である。

Franklin Roosevelt 1Herbert Hoover 2Hamilton Fish 1
(左: フランクリン・ローズヴェルト / 中央: ハーバート・フーヴァー / 右: ハミルトン・フィッシュ )

  日本人は戦艦や戦闘機の製造・開発になると才能を発揮するが、宣伝戦や心理戦になると極端に能力が低下する。高山氏は合衆国政府の対日政策やアメリカのマスコミ界を糾弾するが、当時のアメリカ国民にはグローバリストが少数派で、自国優先主義に賛成する国民の方が多かった。したがって、日本政府は米国内の社会主義者や介入主義者を標的にした対外工作を実行すべきだった。日本の味方になりそうな保守派議員と民間団体を取り込み、彼らに赤いグローバリストを批判させれば対日戦争は回避できたし、米国内にジャパン・ロビーをつくれたはずだ。日米開戦となって日本兵が大量に死ぬことを考えれば、世論工作に大量の資金を投じた方が安上がりである。日本はローズヴェルト大統領や赤いニューディーラーに反対する保守的な大学生やキリスト教徒を育て、ハーバート・フーバー元大統領やロバート・タフト(Robert A. Taft)上院議員、ハミルトン・フィシュ(Hamilton Fish)下院議員、ジョン・W・ブリッカー(John W. Bricker)上院議員、ヘンリー・スタイルズ・ブリッジ(Henry Styles Bridge)上院議員などの政治家と連携すればよかった。特に、アメリカの内部には保守的な民衆党員が多かったので、ソ連を支援するようなユダヤ人官僚とか共産主義にかぶれたピンク左翼の正体を暴いて、民衆党員同士を反目させることも出来たはずである。

John Bricker 1Henry Styles Bridge 1Robert Taft 1
(左: ジョン・ブリッカー / 中央: ヘンリー・スタイルズ・ブリッジ / 右: ロバート・タフト)

朝鮮人並の感情論

  とにかく、アメリカ人やヨーロッパ人を酷評する高山氏の表情を見ていると、何らかの個人的な恨みでもあるのかと邪推したくなる。「白人だから悪い」とか「アメリカ人は根っからの悪党だ」との前提で国際政治を判断すると、物事の本質が見えなくなる。たとえ、日本人を嫌うアメリカ白人がいたとしても、どんな魂胆で反日言論を展開しているのか分からない。単に挑発的な記事や刺戟的なネタを書いて注目されたい記者かも知れないし、外国からお金をもらって故意に反日論評を書いているのかも知れないのだ。そもそも、日本人を称讃する良識的な記事より、残虐な日本人をテーマにして特集を組んだ方が編集部のウケがいい。また、アメリカの一般国民は驚くほど無知だから、嘘のような記事でも簡単に信じてしまう癖がある。

  高山氏が念頭に置く「アメリカ白人」とは、日本を貶すことで快感を得る下郎のジャーナリストか、地理を勉強したこともない底抜けの馬鹿、白人であること以外に自慢が無いクズ、「日本批判なら問題なし」と思っているリベラル派とかじゃないのか。産経新聞社時代、高山氏はロサンジェルス支局に勤めていたというが、どのようなアメリカ人と接触し、如何なる情報を貰っていたのか? 優秀なジャーナリストであれば、上質なネタを仕入れるために、ワシントンの政界やウォール街に詳しいアメリカ人と個人的に親しくなるはずだが、高山氏には何人くらい現地の友人がいたのか? もし、白人の友人が一人もいなくて、アジア系やヒスパニック、黒人ばかりだとネタが偏ってしまう危険性がある。アメリカで良質な情報を得ようとすれば、やはり上流階級にコネを持つ白人の存在が不可欠で、上院・下院議員はもちろんのこと、連邦政府の高級官僚、ペンタゴン勤務の軍人、政党の中堅職員、国際金融業界や軍需産業に顔が利くビジネスマン、大手シンクタンクの上級研究員などの人脈が必要だ。ジャーナリストが情報源を隠すのは分かるけど、高山氏は過去にどんな人物と会っていたのかを告白すべきだろう。

  これは筆者の勝手な推測だが、高山氏には個人的に親しいアメリカ白人が居なかったんじゃないか。日本での取材なら、仕事を離れた場所でも人脈を築くことができる。それに、いくら口の堅い官僚や議員といえども、長く付き合っていれば情が湧いてくるから、時折、上等なネタをリークしてくれるし、酒場で雑談しながら内部情報を聞き出すことも可能だろう。しかし、アメリカだと日本国内のように簡単ではない。まず、言葉と容姿が違うから、西歐系アメリカ人に近づくのが難しいし、たとえ接触できても親しくなるまでが大変だ。だいいち、高山氏にアメリカ人を籠絡するほどの英語力があるとは思えない。外人訛りの発音だと聞き取りづらいので、日本人と話していると鬱陶しく思うアメリカ人は結構多いのだ。でも、いくら日本人記者だからとはいえ、プロのジャーナリストであれば、「道具」としての英語は身に付けておくべきだろう。最もキツイのは、日本人に興味の無いアメリカ人を振り向かせるために、ユーモアのセンスを磨き、アメリカ人が好みそうな笑い話やジョークを予め仕込まねばならない事だ。落語家のように普段からネタ話を練習し、英語であっても流暢に披露できるよう準備せねばならない。官僚の留学なら気楽だが、民間企業から派遣される日本人は、現地で人脈を広げるために相当苦労する。

Korea old times 9Korea old time 4
(写真 / 貧乏時代の朝鮮人)

  これは言いづらい事だが、白人の植民地支配にケチを附ける高山氏を眺めていると、日本を激しく罵る夜郎自大な朝鮮人に見えてくる。外国の歴史や冷徹な国際政治を知らない朝鮮人は、国内で勝手な意見を吐くことで有頂天になるが、いざ日本に留学してみると、自分の愚かさと視野の狭さに気づくことがある。朝鮮の若者は同胞の教師から「日帝は朝鮮人の国土や文化、名前、言語を奪った。しかも、日本兵は朝鮮の少女を攫って性奴隷にしたんだ」と習う。ところが、先進国の日本に留学し、一次資料を調べてみると、朝鮮人教授の話が嘘っぱちだと分かる。また、アメリの名門校に留学すると、朝鮮人など全く相手にされず、朝鮮が何処にあるのかも知らないアメリカ人が多い事に驚く。朝鮮が「世界五大文明の一つ」という“歴史”は明らかな妄想である。

  日本にやって来て目が覚める朝鮮人はまだマシな方で、日本語が苦手で日本人との交流が少ない朝鮮人は、思い出に残るような喜びを味わえず、日本人の友人すら作れず日本を去ることになるる。こうした朝鮮人は、日本での孤独感や屈辱感を抱いたまま帰国するので、朝鮮に戻ってからも反日言論を繰り返し、冷たかった日本人への復讐に燃えてしまうのだ。もし、憧れの日本で優しい友人を持ち、日本人との親睦を通して朝鮮の過去を調べれば、朝鮮人の不甲斐なさに気付き、一方的な反日史観に疑問を抱くようになるだろう。高山氏はふて腐れた朝鮮人と似たような心情を抱き、邪悪なアメリカ人を主流とする合衆国を思い描いている。確かに、合衆国政府の閣僚や補佐官などには、他国を征服し、裏から操って覇権を握ろうとする連中がいるのも事実だが、その一方で、米国の介入主義と帝国主義に反対する保守派が少なくない。

Robert E. Wood 1(左 / ロバート・E・ウッド)
  とにかく、国際社会は弱肉強食の世界で、認識の甘いボンクラ国家が強国の餌食になってしまうのは常識だ。もし、米国が宣伝工作で日本の権益を脅かすなら、日本も米国社会に(第五列の)工作員を浸透させ、ワシントンの政界を攪乱すればいい。高山氏は支那人を使った反日宣伝を非難するが、それなら我が国も保守的アメリカ人を買収して、民衆党政権に反撃を企てればよかった。日本の知識人は米国の心理戦を批判するばかりで、積極的な対策や攻撃を提案しない癖がある。1930年代とか40年代には、国際介入を目論むグローバリストに反対する保守派がいたから、日本政府は国内優先主義(アメリカ・ファースト)の勢力を支援すべきだった。例えば、共和党系の軍人であったロバート・E・ウッド(Robert E. Wood)将軍、シカゴの名門家族出身で「シカゴ・トリビューン」紙の発行者であったロバート・R・マコーミック(Robert Rutherford McCormic)、毛沢東の共産党に反対していたウィリアム・ノウランド(William Knowland)上院議員、「ミスター・リパブリカン」と呼ばれたロバート・タフト上院議員、さらにネバダ州の有力者であったパトリック・マッカラン(Patrick A. McCarran)上院議員、ミシシッピー州の大物ジェイムズ・イーストランド(James Eastland)上院議員などを加えてもいいだろう。

Robert McCormic 1William Knowland 1Patrick McCarran 1James Eastland 2
(左: ロバート・マコーミック / ウィリアム・ノウランド / パトリック・マッカラン / 右: ジェイムズ・イーストランド )

  感情的にアメリカを批判する高山氏は、パワー・ポリテックスを知らない朝鮮人と同じで、もし、高山氏が軍事大学の教授や欧州貴族の外政官を前にして、自説を披露すれば大爆笑間違いなしだ。地政学や核戦略を勉強する日本人が高山氏を見れば、同胞として恥ずかしくなり、「日本では言論の自由があるので、ああいう人も存在可能なんです」と言い訳するしかない。昭和初期における日本の軍事力や経済力、ソ連の侵掠的脅威、庶民の生活水準を熟知している人は、英米との衝突を避けるべきと考えるはずだ。亡くなった岡崎久彦大使は、若い頃から歴史に詳しく、戦後ケムブリッジ大学で英国の教養人と接触した外政官だから、日英の格差をよく判っていた。しかも、特命全権大使として活躍し、自衛隊の装備や米軍との関係にも精通していたから、アングロ・サクソンとの協調が日本の安全保障になると確信していた。

  戦前もそうだったが、敗戦後の日本人は戦国時代の思考を忘れている。生死を賭けた戦(いくさ)に邁進した大名たちは、決戦はもちろんのこと、小競り合いにまで細心の注意を払い、敵陣の籠絡、情報攪乱、内部分裂の工作活動などにも熱心だった。秀吉や家康は「戦わずして勝つ」ことを狙って、他の武将を自陣に寝返らせたり、スパイを送り込んで偽情報を流していたという。心理戦に長けた秀吉は猜疑心も強く、軍師の黒田官兵衛にさえ疑念を抱き、豊臣家の安泰を考えていた。家康の方も用心深く、自分の軍事力が強大になるまで辛抱を貫いた。若い頃は今川家や織田家に服従していたし、秀吉が天下人になれば、その傘下に入って機会を伺っていたんだから狡猾だ。領地と家臣を守る為に、家康は多くの屈辱に耐え、将来を見据えていたから凄い。中国の覇者だった毛利家も「おしん」の典型で、コ川時代に領地を激減され、萩に暮らす羽目になっても爆発しなかった。コ川家のイジメによく200年以上も堪えたものである。支那事変の頃の日本人も、世界情勢を考慮して、どの国と妥協して、如何なる同盟を組み、誰を敵とするかを考えるべきだった。高山氏が好きな「植民地解放の為に西歐と戦う」という戯言(たわごと)を秀吉や家康が聞いたら、「この、たわけ者 !」と怒るに違い。戦国武将なら必ずや英米を味方につけ、ロシアの東進に対抗しようとするはずだ。戦争は国家の命運を賭けた外政だから、軽率なスローガンで始めてはならない。「歐米諸国の植民地統治を完全にひっくり返したから、政治的に勝ったのは日本だ」(上掲対談 p.21)と発言する高山氏には附ける薬が無い。米軍の補助部隊に零落れた自衛隊を毎日見る自衛官に意見を聞いてみたいもんだ。
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68729501.html


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2018年12月29日
古谷経衡は元「ネット右翼」? / 有名になりたかった変節漢
黒木 頼景
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68747412.html

本籍は左翼でも有名になりたいから、保守派メディアに潜り込んでくる奴は多い。中西輝政などは三重大学や静岡県立大学にいた頃、岩波の『世界』や『月刊社会党』に招かれる同志だったのに、冷戦終結間際になると「ヤバい!」と思ったのか、『正論』や『諸君!』に鞍替えして「保守派論客」に成りすましていた。

加地伸行も同類で、支那人に媚びるチャンコロ屋なのに、保守派雑誌で知られる『月曜評論』に登場し、メジャーな紙媒体である『正論』、『WiLL』、『産経新聞』に進出して「伝統保守」を名乗っていた。小粒ながら古谷氏も同系の著述家だ。


チャンネル桜を踏み台にした元「保守派」の著述家

Furuya 1  今月27日の朝、偶然テレビをつけていたらテレ朝の『モーニング・ショー』が映っていて、以前チャンネル桜に出ていた古谷経衡(ふるや・つねひら)がゲストに呼ばれていたので、「あれっ!」と少々驚いた。筆者は古谷氏の意見に興味が無かったので、彼の著作を購入したり、新聞に掲載したコラムを熱心に読んだことはない。ただ、チャンネル桜の水島社長が朝日新聞に載った彼の記事を紹介していたので、「左翼陣営に鞍替えしたんだなぁ」と思う程度だった。古谷氏がどんな著述活動を展開しようが筆者の知ったことではないが、『モーニングショー』に出演し、玉川徹を前に「ネット右翼」なるものを語っていたので、「何だ、こいつ!」と思ってしまったのが正直な感想である。

  調べてみると、古谷氏は今回の番組以外でも民放の番組に出演し、評論家としてコメントを述べているようだ。チャンネル桜の「さくらじ」でキャスターをしていた頃と比べれば、「随分有名になったんだなぁ」と思えてしまう。あの頃はまだ駆け出しの素人で、大した知識も無く、ネットで話題になった社会問題を論じるくらいだったのに、今では政治問題のご意見番を気取って、「ネット右翼」や保守派言論人を批判しているんだから大したものである。最近まで知らなかったんだけど、古谷氏は「オフィス・トゥー・ワン」というタレント事務所に所属しているそうだ。ここには久米宏とか長谷川幸洋、森永卓郎が所属しているから、古谷氏がテレ朝に出演できた理由も納得が行く。昔、久米宏がキャスターを務めていた「ニュース・ステーション」は、オフィス・トゥー・ワンが仕切っていたから、テレ朝とは今でも太いパイプがあるんだろう。古谷氏は以前からテレビの世界に憧れていたというから、こうした事務所に入ったのは当然なのかも知れない。

  古谷氏がテレビ番組に登場して何を評論しようが勝手だが、元「ネット右翼」の著述家で、保守論壇に通じているとは笑止千万だ。彼の分析によると、「ネット右翼」と呼ばれる人々は、平均年齢が40歳から50歳くらいで、零細企業の経営者とか管理職、医者などが多いらしい。一般的に想像されているような、引きこもりの若者とか低所得者のブルー・カラーではなく、比較的お金に余裕がある人々であるそうだ。どのような調査で判明したのか分からないが、「ネット右翼」の人口は約200万人くらいらしい。そして、彼らには特定の思想とか主義主張は無く、保守派知識人の言説を鵜呑みにして盲従するのが特徴であるという。古谷氏が最も強調していたのは、「ネット右翼」の「韓国、中国、朝日新聞嫌い」という点である。この三つの内、一つでも好きなものがあれば「左翼」か「パヨク」になるそうだ。

  まぁ、一生懸命お勉強して、大所高所から「ネット右翼」を批判しているんだろうげど、南鮮と支那と朝日新聞を嫌いだと「ネット右翼」になってしまうなら、健全な日本人はほとんど「ネット右翼」になってしまうだろう。ただし、パソコンを使わない人でも、この三つを嫌いな人はいるから、“ネット”右翼ではなく「通常右翼」となる。古谷氏の定義に従えば、筆者も「ネット右翼」に分類されてしまうが、筆者は根拠も無しに朝鮮人や支那人を「嫌い」なんじゃない。ちゃんとした理由があるから嫌いなだけだ。たとえ、朝日新聞の支持者から「右翼」とか「極右」と呼ばれても、不愉快な連中は“嫌い”だし、はっきりと「キライだ!」と言っても赦される日本社会は素晴らしい。

  一方、朝日新聞の社員は一般国民のように、朝日の記事を「変だ!」「偏っている!」「間違っている!」と公言できるのか? 彼らの中には、上司や重役の目を気にしながら自分の意見を押し殺し、「生活と給料の為だ」と自分に言い聞かせたり、「出世が第一」と割り切って会社の方針に隷従している者もいるはずだ。朝日の社員だって内心では「おかしい」と気付いているだろう。例えば、在日朝鮮人とか帰化鮮人が罪を犯して逮捕されたとき、テレ朝や朝日新聞は通名だけを報道し、本名を隠すことがよくあった。若い社員だと、「どうして朝鮮人には特別なんだ?」と一般人から訊かれ、答えに詰まってしまうだろう。また、テレ朝の社員は私生活で不愉快な朝鮮人とか図々しい支那人と出逢って「何だ、あの野郎!」と思っても、「朝鮮人や支那人の全員が悪い訳じゃない!」と自己抑制している。だが、自分の祖国で生まれ育ち、故郷や東京で働き、言論の自由まで保障されているのに、支那人や朝鮮人に遠慮して本音を公言できないなんておかしい。案外、テレビ朝の局員とか朝日新聞の社員の中に、支那人や朝鮮人を嫌う「ネット右翼」がいて、匿名でネットに書き込みをしているかも知れないぞ。あるいは、「ネット右翼」を装って、わざと「ヘイト文言」を書き込み、「みなさん、ヘイト・スピーチを行うネット右翼が急増中です!」とヤラセ記事を書く社員がいないとも限らない。「サンゴ事件」を想い出せば分かるだろう。

  昭和の頃、戦前の意見を戦後になって翻した「変節の知識人」というのがいた。もしかすると、古谷氏は平成の変節漢なのかも知れない。チャンネル桜に出演していた頃は、借りてきた猫よりもオドオドして、慎重に保守派路線をなぞっていたけど、チャンネル桜から離れてオフィス・トゥー・ワンに入ってからは、テレビ局が好む左翼路線に変更したようだ。彼は「ネット右翼」と訣別し、過去を反省するかのように保守派を批判する。例えば、古谷氏は小林よしのりの『戦争論』を論評したとき、作者がネタ本にしていた渡部昇一先生の『かくて昭和史は甦る』を取り上げていた。渡部先生の著書を批評するのはいいけど、「渡部史観」なるものを作り上げ、幼稚な視点で酷評していたのは赦せない。

  例えば、渡部先生が示していた朝鮮統治の評価についてである。古谷氏によると、渡部先生は日本の帝国主義的傾向と植民地支配からの利益に言及していないそうだ。明治国家にとって台湾支配は「金のなる木」であったという。例えば、台湾銀行などは植民地経営の余剰金を日本に送っていたから、日本は利益を得ていたそうだ。この若手批評家によると、朝鮮統治も同様らしい。確かに、朝鮮支配は日本からの持ち出しの方が多かったが、大陸への進出にとって重要な軍事的橋頭堡になっていたから、植民地における収奪の多寡を以て善政・悪政と判断するのは「論外」らしい。(古谷経衡「ネット右翼の『思想的苗床』となった『戦争論』と再検証する」 ネット右翼十五年史 (3) 1998年夏」、現代ビジネス・オンライン、2017年10月3日) 朝鮮統治の検証をすると長くなるので省略するが、仮に「植民地支配」であっても、支配された朝鮮人にとっては、朝鮮史に類を見ない黄金時代であり、日本人による“収奪”なんて微々たるもんだ。こんな「植民地支配」ならインド人やアフリカ人は、「俺たちの国も日本の植民地にしてくれ!」と懇願するだろう。

  古谷氏の見解に一々反論するのは馬鹿らしいけど、もう一つだけ紹介する。彼は渡部先生の歴史用語にもイチャモンをつけていた。古谷氏は次のように述べる。

  この本で渡部氏は、一貫して中国大陸の人々を「シナ人」と呼称し、冒頭の付記でも「中国という語は、東夷、西戎、北狄、南蛮といった蔑称に対する概念として用いられる美称であり、日本においては拒否されるべき」と記している。・・・この理屈は、現在のネット右翼の間でも「シナ人が〜」の呼称が一般的なように、極めて普遍的にみられる倒錯した用法である。既にこの時点で、のちにネット右翼につながる無根拠なヘイト的世界観の片鱗が存分に伺えるのである。(古谷経衡 「『日本は負けたけど勝った』 現実を見ない『自称保守』の淵源」、現代ビジネス・オンライン、2017年10月12日)

  「支那」という呼称については筆者も『支那人の秘史 朝鮮人の痴史』(第4章, pp.174〜189)で詳しく述べたから、ここでは繰り返さない。古谷氏に説明しても理解できないだろうが、そもそも日本人が「中国」と呼べば、広島や島根、山口あたりを思い浮かべるのが普通だろう。そもそも、日本人が日本の慣習で話して何が悪いのか。「中国」というのは「日本」にある地域だ。例えば、日本人のドライバーが中国自動車道を利用するからといって、パスポートを用意してクルマを運転するのか? また、「中国銀行」といっても岡山県にある“日本”の地方銀行で、決して北京や上海を拠点(本店)にする金融機関ではない。以前、関東銀行とか九州銀行があったから、中国銀行という名称もおかしくはなかった。一般国民が「支那」を蔑称と考えてしまうのは、外務官僚や左翼学者のせいで、彼らが北京政府に阿(おもね)ったからである。

  「鮮人」禁止も同じ理由で、在日朝鮮人が「チョーセン」という響きを極端に嫌ったから、マスコミや学者が「禁句」にし、何も知らない一般人が追従しただけだ。冷戦時代、東西ドイツを呼ぶ際に「西独」や「東独」という略称は許されていたのに、なぜ朝鮮に関しては「南鮮」と「北鮮」をタブーにするのか? 常識的に考えて納得できない。マスコミの鮮人贔屓は念入りで、「朝鮮語」を避けて「韓国語」を愛用しているが、言語名は国名と一致するとは限らない。例えば、イラン人が喋る言葉は「ペルシア語」だし、スイス人はフランス語やドイツ語、イタリア語を話している。ドイツ人が使っている言語は、第三帝國時代でもワイマール共和国時代でも、大正時代でも「ドイツ語」だ。ドイツに詳しかった森鷗外が「ワイマール語」と呼んだことがあるのか? オーストラリアの国民が喋っているのも「オーストリア語」じゃなく「ドイツ語」だ。「オーストリア・ハンガリー語」なんて呼ばないぞ。こんな事くらい冷静に考えれば直ぐ解るじゃないか。だいたい、朝鮮人はドイツ人と違って“どこ”が「特別」なんだ? マスコミは理由をはっきりと述べるべきだろう。

  一端の評論家気取りなんだろうが、古谷氏の言論には軽薄なところが非常に多い。例えば、最近、彼は文化放送のラジオ番組に出演し、ゲストの竹田恒泰と一緒に皇室問題について語っていた。司会者が皇位継承問題に触れたとき、古谷氏は「女系天皇でもいいんじゃないか」とか、「女性宮家の創設には賛成」と述べていた。チャンネル桜の視聴者が聞けば、「おい、何だ、その考えは!」と憤慨するだろう。こんな見解なら巷の左翼評論家と変わらないじやないか。個人的な意見だから仕方ないけど、それならチャンネル桜に出演したとき、水島社長の前で堂々と持論を表明すればよかったじゃないか、と言いたくなる。また、竹田氏が陛下の宗教的側面について言及したとき、古谷氏は「天皇は宗教的な存在なんですか?」と尋ねていた。聞くところによると、現憲法では天皇が宗教的存在との記述は無く、「国民の象徴」としか書かれていないからだという。

  もう、馬鹿らしくて反論する気にもなれない。彼に西歐の憲政史を説明しても無駄だから言わないけど、簡単に言うと、当り前過ぎることは憲法に書く必要は無いのだ。例えば、イングランドの君主がキリスト教徒であることは“当り前”だから、カトリックとかプロテスタントの宗派に関して記述しても、貴族院や士族院の議員が自国民の誤解を懸念して、制定法にわざわざ「王様はキリスト教徒なんですよ!」と明記することはない。子供だって女王陛下がアングリカン教会の首長であることは知っているし、国家元首であることも承知している。日本人だと「自衛隊は軍隊なのかなぁ?」とか「国家元首は天皇か、それとも総理大臣なのか?」と迷ってしまうが、イギリス人なら「英国軍の総帥は国王で、誰が見ても国家元首」と分かっている。占領憲法を半世紀以上も温存している国民とは違うのだ。アメリカ人だって憲法の基本は分かっている。古谷氏にアレクサンダー・ハミントンやジェイムズ・マディソンの憲法観を話しても解らないから、結局は馬の耳に念仏になってしまうだろう。それでも説明すれば、憲法に記すのは基本的な事柄に限る。日本国憲法のように、個人の結婚についてまで明記する根本法なんて異常だ。

  左翼メディアで重宝されている著述家なんて論評する価値も無い。しかし、こうした男が「若手の保守派」を装って、チャンネル桜に出ていたんだから腹が立つ。結論を言えば、水島社長は古谷氏に利用されたということだ。つまり、古谷氏は無名人から有名人になるため、テレビ番組を運営する有力者に取り入り、顔と名前が世間に知れるや、“頃合いを見計らって”ポイ捨てにした、ということだろう。昔、西部邁も宮崎哲弥に利用されていた。まだ、無名の若造だった宮崎は、有名だった西部氏に近づき、彼が喜びそうな言論を吐いて可愛がられていた。宮崎は「ジジイ殺し」のコツを摑んでいたから、西部氏に同調し、「保守派」を名乗って左翼知識人を批判していただけだろう。筆者は準備号から西部氏の『発言者』を購読していたので、いかがわしい宮崎の正体が直ぐに判った。

ちなみに、『発言者』は保守派雑誌とは程遠く、常連執筆者は三流知識人ばかり。無味乾燥な文章を書き連ねる佐伯啓思とか、「パンク右翼」を自称する福田和也、憲法学の業績が無い憲法学者の八木秀次、民主党を支持する官僚上がりの榊原英資などウンザリするような面々だった。そこに、根暗の歴史家、保阪正康が連載を持っていたんだから、雑誌が行き詰まるのも当然だ。

  チャンネル桜の水島社長は、若者を育てるつもりで古谷氏にチャンスを与えていたのだろうが、本人は水島氏を踏み台にしただけだった。

本籍は左翼でも有名になりたいから、保守派メディアに潜り込んでくる奴は多い。中西輝政などは三重大学や静岡県立大学にいた頃、岩波の『世界』や『月刊社会党』に招かれる同志だったのに、冷戦終結間際になると「ヤバい!」と思ったのか、『正論』や『諸君!』に鞍替えして「保守派論客」に成りすましていた。

加地伸行も同類で、支那人に媚びるチャンコロ屋なのに、保守派雑誌で知られる『月曜評論』に登場し、メジャーな紙媒体である『正論』、『WiLL』、『産経新聞』に進出して「伝統保守」を名乗っていた。小粒ながら古谷氏も同系の著述家だ。

  ただし、古谷氏の場合、一般的に云う「知識人」とか「言論人」とはちょっと違う。彼がテレ朝の番組に起用されるのは、「こんな若い人が朝日路線に賛同してますよ!」と視聴者に仄めかすためだ。進歩的文化人の没落と左翼知識人の老齢化に悩む朝日にしてみれば、フレッシュな左翼世代は大歓迎。有名人になりたがっている古谷氏はまさに適役だった。社会問題を取り上げるワイドショーには、教養のカケラも無い幼稚な藝人が雁首を並べているから、俄(にわか)仕込みの知識を披露する古谷氏でも結構“知的”に見える。たぶん、古谷氏は一端の「知識人」に見えるよう計算しながら喋っているのだろう。彼が出演したある番組の動画をYouTubeで見たけど、その中で彼が軍事問題を論じていたので笑いそうになった。「出演前に一生懸命お勉強したんだねぇ〜」と思えるような説明だったから反論する気にもなれなかった。まぁ、目くじらを立てずに「憧れの職業に就けたんだから良かったじゃないか」と温かく見守ってやるのが“大人の対応”なんだろう。

今回、筆者が古谷氏のようなテレビ藝人を取り上げたのは、水島社長に同情したからだ。水島社長は自分の財産と時間を使ってインターネット放送を運営し、各地で政治活動や抗議デモを行っている立派な日本人である。このような人物を利用して出世した古谷氏を一般国民はどのように考えるのか? 筆者は日本に害をなす支那人や朝鮮人をちょくちょく批判するが、もっと嫌いなのは古谷氏のような日本人の方である。
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4. 中川隆[-10420] koaQ7Jey 2019年5月02日 08:51:53: b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1670] 報告
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教科書に載せて全日本人に知らせたい現代史 支那人の卑史 朝鮮人の痴史
黒木 頼景
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どのツラ下げてモノを言っているのか

  先週、チャンネル桜の『夜桜亭』を観ていたら、視聴者からの質問をSayaさんが読み上げ、水島総社長が答えるコーナーがあり、昔キャスターを務めていた古谷経衡(ふるや・つねひら)の話になった。筆者は同番組の『さくらじ』をたまに観ていたので、古谷氏を覚えていたが、番組降板後の活動は気にしていなかったので、彼が何をしていたのか知らなかった。しかし、チャンネル桜を去った後、彼が同番組と出演者に対し陰口を叩いていたことを聞いて、少々不愉快になった。そこで、ちょいとインターネットで調べてみると、傲慢不遜な発言があったので「イヤな奴だなぁ」と思った次第である。  

  古谷氏は『文藝春秋』2017年10月号で、辻田真佐憲を相手に「ネトウヨが保守論壇をダメにした」という題目で対談を行っていた。彼はインターネット上の言論に詳しいようで、「ネット右翼」と政治をネタにしていたようだ。例えば、


  新聞やテレビを見ない若者へのネットの影響力は見過ごすことはできません。ネット右翼の基本的な傾向は「嫌韓」「嫌中」「嫌マスコミ」。安倍政権が韓国に対して厳しい態度を取ると大喜びします。たとえば円とウォンの通貨スワップが継続されずに終了したときなどは「ついに安倍総理がキレた」などと大変な盛り上がりようでした。

  古谷氏が言う「ネット右翼」とやらが、朝鮮や支那を嫌いなのは何も不思議なことじゃないだろう。まともな日本人なら昔からそうだ。逆に、朝鮮人や支那人が大好きな進歩的知識人とか朝日新聞などが異常なだけ。それに、マスコミが嫌いな人は、ネットユーザー以外にも大勢いるだろう。朝から晩まで下らない「森友問題」を取り上げているマスコミに、好意を抱いている国民の方が頭がおかしいんじゃないか。安倍政権が南鮮に厳しい態度を取るのは正常行為で、もしもNHKが喜ぶような「甘い態度」を取るなら安倍政権の評価はもっと下がるだろう。そもそも、南鮮に特別な「心配り」をする議員の方がおかしく、冷たく突き放すのが良識的な日本人である。我が軍の将兵を強姦魔とか侵掠者と侮辱する民族に優しくする義理は無い。

  そもそも、「ネット右翼」って誰のことなのか? 古谷氏の定義によれば、「保守系言論人や文化人の理論に寄生する烏合の人々」らしい。しかし、不特定多数から成る「烏合の衆」なら、節操も無く誰にでもタカるだろうし、こうした大衆は気紛れだから、何かの拍子で興味を失えば蜘蛛の子を散らすように離れて行くだろう。無節操な連中というのは、左翼が勢いづけば左翼知識人の理論に寄り添うし、自民党が多数を握れば、「寄らば大樹の陰」とやらで“俄仕込み”の自民党支持層となる。信念の無い大衆は小泉劇場が人気を博せば、小泉政権支持者となり、民主党が与党になれば、「政治改革だぁ〜」と浮かれて反日議員に靡く。たぶん、「ネット右翼」なる者は、状況次第で「ネット左翼」になるんじゃないか。烏合の衆はイワシの群れと似ていて、昨日の左翼も時勢に阿って右に傾くし、風向きが左に流れれば、また左翼に戻る。希望の党を支持した者が、小池百合子の没落を目にして失望し、願望を抱えて立憲民主党に傾く、なんてのはよくあることだ。

  筆者には断定する“これ”といったデータは無いが、所謂「ネット右翼」なる名称は、主要メディア、すなわち全国紙や地上波テレビを支配する左翼分子が、危機感を募らせて創り出した用語じゃないのか? 「ネット右翼」なる人々は“偉い”論説員の主張に従わず、別の情報源で勝手に判断するから、焦った左翼ジャーナリストが「あの連中は右翼だ !」と言い放ったのが起源かも知れないぞ。「ネット右翼」なる呼称が誕生した真相を是非知りたいものだ。元々、日本の国柄や日本人の精神を改造したい極左分子は、伝統的価値観や世間の常識で判断する庶民が大嫌いだ。日本の一般人は謙虚というか、自分の判断材料に自信がないから、どうしても偉い学者や高名な専門家の意見を求めたがる。しかし、こうした知識人が一体どんな指導教授に附き、如何なる勉強をしたのか不明なんだから、最初から信じるのは危険だ。たとえ恩師が偉大でも、弟子が碌でなしという場合も多い。小室直樹先生に附いて学んでも、宮台真司や副島隆彦みたいな弟子が生まれてくるんだから。

  ところで、「私はネット右翼です」といって言論を発信する人は、具体的に誰なのか? 筆者は「ネット右翼」に疎いので、現実社会の右翼しか知らない。例えば、古くは頭山満の「玄洋社」や内田良平の「黒龍會」、昭和の「蒼龍會」などは有名で、一般人でも耳にしたことがあるはずだ。マスコミ関係者なら「一水会」の木村三浩とか鈴木邦男を思い浮かべるだろう。だが、右翼を“脱した”鈴木邦男などは誠におぞましく、本当に元「右翼活動家」だったのか、と首を傾げたくなるような人物だ。今では社民党の福島瑞穂と「仲良し」で、福島は自分の対談番組に鈴木氏を呼び、「今日は、敬愛する鈴木さんをお招きしました !」と笑顔で述べていた。これには彼の右翼仲間もさぞかし驚いたんじゃないか。要するに、鈴木は昔から左翼体質の人間なのだろう。産経新聞に入社したのも「一水会」に属したのも、愛国者を演じたかったからじゃないのか。「右翼」を辞めた鈴木が極左分子の福島と昵懇なのは、元々あった“自分らしい”姿に戻ったからだろう。

  「右翼」の定義はともかく、古谷氏が云う「ネット右翼」は、自然発生的なものらしい。彼は次のように述べていた。

  ネット右翼のそもそもの始まりは自然発生的なものでした。2002年の日韓共催のサッカーワールドカップで、韓国代表の試合で、あまりにも酷い誤審が続き、世界ランク上位のイタリアとスペインに勝った。これは審判の買収などの陰謀があったに違いないという意見がネットでは噴出しました。一方で、既存のマスコミは、そうした声を報じることは一切なく「ワールドカップ万歳」「日韓友好」で押し切った。それが今に続く「嫌韓」「嫌マスコミ」につながっていきます。

  もしも、古谷氏が説明するように「ネット右翼」が「自然発生的なもの」ならば、それは日鮮友好を“ゴリ押し”するマスコミへの“自然な”反撥なんじゃないか。電通とNHKが裏で結託し、民放各局を巻き込んで「韓流ブーム」を仕掛けたんだから、敏感な国民が反感を抱いたのも当然だろう。2008年前後はこの「ブーム」の押しつけが最も激しく、各局とも南鮮人の歌手や俳優を番組に招き、不自然なほど彼らを持ち上げていた。例えば、笑福亭鶴瓶なんかは、深夜番組の「きらきらアフロ」で何回も鮮人歌手を褒めていた。でも、あれは番組プロデューサーやフジテレビへの「ゴマすり」だと思う。全部の歌番組を調べた訳じゃないから伝聞でしかないけど、いくつかの番組では“お抱え藝人”に「韓流ファン」のフリをさせ、「提灯持ち」の役を演じさせていたようだ。

  しかしこれって、詐欺師が安物の壺とか羽毛蒲団を売りつける手口とソックリじゃないか。例えば、お金を巻き上げようと謀る詐欺師が、アホな一般人の「カモ」を高級ホテルの大広間に招く。そこには「サクラ」が仕込んであり、彼らは口々に「えぇぇぇ、安い ! 買った ! 二つくれ!」と叫ぶ。すると、何も知らない客も焦りだし、「私にも一つ頂戴 !」と言い出す。詐欺師は「しめしめ」と呟いて笑顔がこぼれる。一般人というのは、みんながこぞって買い始めると、それが必要でなくても、「買わなきゃ損 !」とか「きっとお買い得なんだわ !」と勘違いし、我先にと求めてしまうのだ。悪党どもはこうした群衆心理を上手く突いて利益を手にする。フジテレビがつまらないK-POPをイチ押ししたのは、鮮人歌手のCD販売権を持っていたからだろう。この凋落したテレビ局は、儲けを出すためになり振り構わず、必死で鮮人ミュージシャンを称讃し、ネギを背負ってやって来る日本人を絶好のカモにしてきたんだから悪質である。

  そもそも、日本人は朝鮮文化が好きなのか? TBSとかフジテレビは南鮮のダンサー歌手やアイドル・グループを招いて「今、人気沸騰中の◯◯さんでぇ〜す」と紹介していたが、本当に話題の鮮人なのかどうか判らず、何となく怪しかったのを覚えている。不思議な事に、彼らは英語、あるいは拙い日本語で歌を披露し、朝鮮語の歌詞で唄うことは少なかったと思う。筆者が知らないだけで、実際は朝鮮語の歌が流行っていたのかも知れない。しかし、一体、どれ程の日本人が朝鮮語で彼らの歌を聴き、朝鮮語で一緒に唄っていたのか? そもそも、日本人で朝鮮語を理解する者が、そんなに多いとは思えない。朝鮮ドラマだって人気があった訳じゃないだろう。例えば、TBSは2010年に『アイリス』という南鮮ドラマを夜9時台に放映したが、視聴率は惨憺たるものだった。毎回、6%から7%をうろつくだけで、良心的なサラ金業者の金利みたいだ。

  もっとも、TBSの社員だって高視聴率は期待していなかたはず。彼らも私生活で外国ドラマを観るなら、アメリカ・ドラマの『24』や『プリズン・ブレイク』の方を選ぶだろう。毎日新聞の社員も、自腹で買うなら「東スポ」か「スポニチ」なんじゃないか。産経新聞社は系列の雑誌『正論』を読者に勧めているが、産経社員でそんなつまらない雑誌を読む奴がいるとは思えない。 『正論』を買い支えているのは真面目な高齢者くらいで、若者はそっぽを向いている。せいぜい月刊雑誌の『Hanada』を買うくらいだろう。話を戻すと、筆者は「話題沸騰」の南鮮ドラマを一度も観たことはないが、世間の噂でその惨状を想像できる。BS放送では今でも下らない南鮮ドラマを垂れ流しているが、こんな番組を観ている日本人は暇を持て余して死にそうなカウチ・ポテト族くらいだろう。 おそらく、他に流すコンテンツが無いから、BS放送局は仕方なく「時間潰し」として放送しているんじゃないか。もし、有料放送局のWOWOWで週末のゴールデン・タイムに南鮮映画を流したら、苦情が殺到し、解約者が出るだろう。無料放送局の視聴率は当てにならない。

  古谷氏は「チャンネル桜」が誕生したことで、ネット右翼が増大し、中堅以下の保守系言論人が世間の注目を集めるようになったと述べていた。


  古谷 / 今振り返ると2004年は、ネット右翼にとって大きなエポックメイキングだったと思います。右派系独立放送局の「チャンネル桜」がこの年に誕生しました。そして2007、8年頃から同番組はYouTubeとニコニコ動画へ転載されるようになり、爆発的に広まっていきます。このときから保守系の言論人と自然発生的に生まれたネット右翼の共依存関係が始まったんです。それまで、保守系言論人は『正論』などに原稿を載せても大した反響をもらえなかった。ところが、YouTubeに中韓の悪口を載せると3万回再生されたり、「先生のいうことは素晴らしい」などと反響が書き込まれる。櫻井よしこさんや故渡部昇一さんのような大御所ではなく、中堅以下のほぼ無名だった「保守系言論人予備軍」たちが一躍脚光を浴びるようになっていったのです。彼らは支持を増やすためにより過激によりわかりやすい「敵」への批判を繰り返していった。

  ここで古谷氏に尋ねたいのは、「中堅以下」の「保守系言論人予備軍」とは誰なのか、ということである。一般国民からすると、「予備軍」といった曖昧な表現ではなく、具体的に実名を挙げて説明してもらいたい。渡部昇一先生よりも格下で、支持者を増やすために「中韓」を過激に批判する保守系言論人の卵って誰なのか? また、古谷氏が「支那人や朝鮮人に対する悪口」という意見も、別の人にとったら「まともな批判」ということも有り得るだろう。誰のどんな「悪口」なのか知りたいところである。

  古谷氏が言う「保守言論人」には、彼自身も含まれているんじゃないか、と思えてならない。(ただし、彼が保守派言論人であるか否かは別問題。) 彼はこう述べていた。


  ネット右翼200万人のうちの0.5パーセントでも本を買ってくれれば、1万部売れることになります。書き手も出版社も儲かるからその手の本が粗製乱造されるわけです。

  確か、古谷氏は初めての著書をチャンネル桜で宣伝していたが、彼は同局の視聴者をどんな人々と考えていたのか? たぶん、彼の対談番組を観ていた人達だけは「非ネット右翼」で、自分の著書は高品質の本だと思っているのだろう。しかし、当時、まだ駆け出しの著述家だった古谷氏は、チャンネル桜の視聴者を主要な購読者層にしていたはずだ。水島社長の支援を受けて有名になった事は明らかで、古谷氏が自分一人の力だけで本を売ったとは到底思えない。筆者は貧乏なので古谷氏の著書を買う余裕が無いが、彼の意見を信じるなら、古谷氏の著作は中身の濃い高品質な本なんだろう。

  『夜桜亭』で水島社長が呆れていたけど、古谷氏は「喧嘩別れ」をしたチャンネル桜を小馬鹿にしていたそうだ。同局の世話になった古谷氏によれば、チャンネル桜に集まった人々はたいそう知的レベルが低いそうで、「偏差値38」程度であるらしい。彼は幻冬舎の新春対談で、従来の街宣右翼が衰退し、その代替として「ネット右翼」が台頭したと述べていた。そして、ここから派生したのが、「チャンネル桜」と「在日特権を許さない市民の会」であるそうだ。ただし、古谷氏はチャンネル桜のキャスター達とは違うらしい。彼はこう述べていた。

  僕自身はと言えば、チャンネル桜とは喧嘩別れしましたし、どこが本籍地ということはありません。でも、チャンネル桜に集まった人々と何年かつきあってみて、僕が彼らを過大評価してたと思い知らされました。渡部昇一さん(上智大学名誉教授)や長谷川三千子さん(埼玉大学名誉教授)をはじめ、名の通った論客が顔を揃えているから、まともな集団だと思ってたんですよ。 ・・・・でも実際にそこで仕事をしてみると、ファクトに基づいて議論するといった、メディアとして最低限の作法も身についていない。要するに「陰謀論」と「トンデモ」の巣窟なんです。偏差値61どころじゃない、言ってしまえば偏差値38だったんですよ。

  では、古谷氏が糾弾する「陰謀論」や「トンデモ」論を吐く人物とは誰なのか? まず思いつくのは、毎日の番組を担当するキャスターの面々だろう。具体的に言えば馬淵睦夫大使や渡邉哲也、有本香、高山正之、宮崎正弘、福島香織などだ。筆者はこうしたキャスターの偏差値がどれほどあるのか判らない。古谷氏がどのような方法で彼らの「偏差値」を測定したのかも不明だが、きっと「根拠」のある尺度で測ったのだろう。水島社長は番組の中で古谷氏の出演を呼びかけていたから、高い偏差値を誇る古谷氏はキャスター討論会に出演すべきだ。是非とも、目の前に坐る「トンデモ」論客の発言を指摘し、具体的な批判を加えてもらいたい。そうすれば偏差値の低い視聴者も納得するだろう。古谷氏がどれほど深い教養を持っているのか、皆の前で堂々と披露すべきだ。その時は偏差値の低い筆者も必ず拝見する。

後編へ続く。
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5. 中川隆[-10419] koaQ7Jey 2019年5月02日 08:59:28: b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1671] 報告
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2016年08月02日
桜井誠の奇蹟 / 魂の独立記念日とチャンネル桜の魂が沈んだ日
黒木頼景
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そもそも、チャンネル桜は保守派の草莽は、既存の左翼政治が嫌で保守運動を始めたのに、集団の成功を目指すあまり、批判してきた政治家に擦り寄ってしまった。

カメレオンのように態度を変える小池氏との同衾(どうきん)では、何の為に努力してきたのか分からない。移民問題や外国人労働者の政策に関し、水島社長は小池氏の回答に満足しいていたが、実際はどうだったのか。

そういえば、安倍晋三は保守派国民にとって期待の星だった。ところが、今や移民推進派の旗手になってしまい、チャンネル桜の支援者を裏切った。もっとも、側近が左翼議員ばかりだから、仕方ないという見方もある。だが、金貨で裏切るユダは他にもごまんといた。

チャンネル桜はバック・アップした政治家に裏切られてきた。野党時代の松原仁をゲストに迎えていたが、与党になった途端、掌を返して知らぬ顔。民主党で役職に就くと顔を合わせなくなった。

以前、日本の素晴らしさを讃えていた馬渡龍治は好印象だったが、落選して細川護煕の都知事選を手伝うようになると、原発反対派になってしまった。

更に酷いのが西田昌司。レギュラー・ゲストにしてやったのに、政治的妥協から有田芳生と協調し、言論弾圧法を作ってしまったのだ。


ヘイト・スピーチへの怯え
(写真 / 秋葉原で最後の演説する桜井誠)


  東京都知事選挙が投票日を迎え、予想通り小池百合子が約291万票を獲得して当選した。案の定、増田寛也の知名度は、終盤戦に於いても絶望的なくらい低く、自民・公明党の推薦があったにもかかわらず、獲得数はたった179万票しかなかった。これは一般の自民党支持者のみならず、動員をかけられた党員にも裏切り者が多く居たということだ。表面では仕方なく増田を応援していたものの、裏ではこっそり小池氏に投票したのだろう。だいたい、増田寛也の顔を見て自民党婦人部のオバちゃんたちが奮い立つのか? ダメ亭主みたいな風貌に加えて、演説に魅力が無く、何を言っても心に響かず、退屈であくびが出てしまう。中には、「増田」という名前さえ覚えられない高齢の有権者がいたり、応援演説に立った石原伸晃まで彼の名前を「増田たくや」と間違える始末。慎太郎の愚息が名前を呼び間違えるから、他の議員も伸晃につられて、「増田タクヤをよろしく」なんて叫んでしまった。宣伝カーの上で側に立つ増田氏は立つ瀬がない。こんな調子だから、党員でもない一般都民になるともっと酷い。ある人は増田氏と握手しながら、本人に向かって「増田さんはどこ?」と尋ねるんだから参ってしまう。選挙公約云々以前の問題だ。

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(左: 小池百合子 / 増田寛也 / 石原伸晃 / 右: 石原慎太郎)

  自民党は巨大な組織だが党員は人間だ。感情が入らなければ、支援している方だって辛い。党本部からの号令で動いている連中だけど、渋々手伝っているのは傍から見ていても分かる。彼らだって増田が当選するとは信じていなかったはずだ。「弾(タマ)が悪いよなぁ〜」というのが本音だろう。だって、増田なんかどう見たって、市役所の用務員みたいじゃないか。都知事というより庶務課の係長程度だ。鳥越俊太郎に至ってはもう論外。単に原発反対と憲法遵守くらいが公約で、後は「ガンに負けない」という健康キャンペーンをしているだけ。厚労省の宣伝キャラクターにでも応募した方がいいんじゃないか。こんな二人がライバルなら、小池氏は楽勝だとほくそ笑んだはずだ。彼女は師匠の小泉純一郎を真似て、巨大な自民党に一人で立ち向かう「ジャンヌ・ダルク」を演じればいんだから。公約なんかどうでもいい。どうせテレビを見て投票を決める有権者なんか、大した見識を持っている訳じゃないから、エンターテイメントを重視すりゃOKだ。当選が決まれば彼らは紙屑同然となり、いくらでも騙せる。したがって、小池氏はテレビ映りだけを注意すればいい。竹下登じゃないけれど、演説なんか「言語明瞭、意味不明」で充分。さらしを巻いた女任侠(にんきょう)を気取って、彼女が啖呵を切れば、オッちんゃんオバちゃんらは「よっ ! 大統領。じゃなかった、小池の女将 ! やっぱり粋だねぇ〜。小池の姐(あね)さんシビれちゃう !」と感心する。あとは褌(ふんどし)かパンティーを締め直せば勝利したのも同然だ。

Sakurai Makoto 3(左 / 選挙演説中の桜井誠)
  今回の選挙で最も輝いていたのは桜井誠である。有権者に媚びず、自らの信念を貫く姿が凜々(りり)しい。久しぶりに、演説らしい演説を聴いた気分である。たぶん、明治の頃は自らの本音を真摯に語っていた代議士がいたんだろうな。しかし、敗戦後に民衆政治が強化され、国家意識よりも銭の分捕り合戦に焦点が移ったから、選挙は地盤・看板・地盤と、議員の評判を守る為だけの行事に堕ちてしまった。ところが、桜井氏の公約は福祉のバラ撒きではなくかった。東京のみならず、日本全国へ向けてのチャレンジだ。国家意識を喪失した日本人への処方箋を示したのである。さらに、その鋭い舌鋒は、日教組教育で鈍くなった日本人の魂を覚醒させたのである。マイクを握って民衆を叱責する桜井氏は沖天(ちゅうてん)の勢い。日本人が抱く支那人や朝鮮人に対する遠慮を粉砕し、日本人の利益ならびに祖先への敬意、子孫への配慮を訴えていた。自分の国を愛せない左翼が、他人への愛を説くなど笑止千万。「日本第一主義」を嘲(あざ)笑う者こそ、「私益第一主義」という魂胆を持っている。NHKの受信料が視聴者の為ではなく、優雅な生活を送るNHK職員の為になっていることを思い出せば分かるだろう。

水島社長の懸念と誤謬

Mizushima 1(左 / 水島総)
  先週、チャンネル桜の水島総社長のコーナーを視聴した。どうやら、桜井氏の選挙活動をチャンネル桜が取り上げなかった事に不満を持つ番組視聴者がいるらしい。しかし、チャンネル桜が誰を支援しようが、それはチャンネル桜の自由だ。水島社長に文句を言うのはお門違いである。同番組に不満があるなら、自ら体を動かし、桜井氏の選挙活動を支援すれはいい。ただ、番組内で水島氏が殺人鬼の植松聖(さとし)と桜井氏をダブらせていたことには異議がある。過去に行われた在特会のデモ行進で、桜井氏が「朝鮮人をぶっ殺せ ! 朝鮮人を叩き出せ!」と叫んだのは確かである。実を申せば、筆者も民主党政権時代に、在特会の反鮮デモに参加したことがあるからだ。筆者には実際に在特会がどんな集会で、如何なる人達が参加しているのかに興味があった。実態を目にすることは重要である。もちろん、朝鮮人に対する抗議の意図もあった。

  筆者が見たところ、在特会は共産党や創価学会のような鉄の掟で束ねられた組織ではなく、素人の一般人が不満や理念を持って集まるクラブみたいなものであった。在特会の幹部を別にすれば、誰でもデモに参加でき、これといった資格を要求されない緩やかな団体である。したがって、会員や参加者の中には、純粋に朝鮮人への怒りを抱く者や現状の政治を憂える者、朝鮮人への優遇を打破したい者など様々である。もちろん、オープンな市民団体だから、悪意を持った人物や下品な者ばかりではなく、朝鮮人の回し者や在特会を内部から攪乱したい左翼分子が混じってくる危険性もあった。もともと豊富な活動資金を有する政治団体ではないから、有害な人物を摘発・排除したり、密かに監視を行う幹部を持っている訳ではない。したがって、在特会はいつ人的爆弾を仕掛けられてもおかしくはない状態であった。当時、筆者は過激分子で在特会が窮地に陥るだろうと危惧していた。なぜなら、在日鮮人がこうした組織を潰したければ、送り込んだ会員に不祥事を起こさせるはずだ、と推測できたからだ。もし、鉄砲玉がちょっとでも事件を起こせば、マスコミに潜伏した同志がそれを大々的に報道するだろう。そして、事情を知らぬ大衆は、在特会を「ならず者」が集まる極右団体と見なし、決して同調しなくなる。これは多少謀略工作を学んだ者なら分かるはずだ。

  それでも、在特会は左翼マスコミに少なからずショックを与えた。なぜなら、若者がタブーとなっていた朝鮮人特権に堂々と抗議し始めたからだ。テレビと新聞、雑誌を牛耳っていた左翼は、自分たちの縄張りを超えた領域で、新たな世代が誕生したことに焦った。つまり、インターネットの普及だけは、彼らのコントロールが利かなかったのだ。テレビ番組に満足しない若者は、動画の中に毅然として朝鮮人を批判する桜井氏を目にした。それは新鮮であり、かつ衝撃的であった。桜井氏は闇に葬られた歴史を地上に引き揚げ、政府による犯罪統計を根拠とし、常識に基づく正論を貫いたのである。とりわけ、兇暴な顔つきの朝鮮人に対し、一歩も退かなかった。むしろ、自ら進んで挑戦状を叩きつけた。桜井氏が放つ言葉の槍は、朝鮮人に媚びる役所にも向けられたから、観ている者は役所の不正が分かって憤りを隠せない。一般人なら決して気づくこともない、役所の闇を明るみに出したから痛快である。例えば、役人たちは年金受給の資格無き朝鮮老人に、「生活補助金」の名目で実質的な年金を渡していたのだ。また、地方議員による理不尽な圧力や、朝鮮人や支那人といったアジア系外人に対する特別配慮も浮き彫りになった。まったく以て腹立たしいが、「人権」という名の下で、外国人に生活保護が与えられていたのだ。

  水島社長が在特会メンバーによる下品な言葉遣いや殺人教唆めいた煽動を嫌うのは分かる。だが、それを以て桜井氏と植松を同一視することには納得できない。植松に関しては様々な評論がなされており、「ヒトラー思想」を持っていたとか、フリーメイソンの信者だった、障害者を侮蔑する精神の持ち主など、次々と情報が出てきた。しかし、表に出てきた情報のみを考察すれば、この植松は単なる卑怯者で社会のクズでしかない。精神科の医師や心理学者がテレビに登場し、あれこれ専門知識やご託を並べているが、植松は“憂さ晴らし”で大量殺戮に及んだのではないか。植松は大学時代に教師を目指したが、刺青を彫ったので教員にはなれなかった。ということは、世間の常識も知らない馬鹿が教職を目指していたということで、教員になるための知識さえあったのか疑問である。しかも、在学中から脱法ハーブに手を伸ばし、挙げ句の果てに大麻にも手を出していたという。教員になれなかった植松は、運送業の会社に入って運転手をしていたそうだ。これは単に生活の為だけだろう。

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(写真 / 色々な顔の植松聖)

  本気で好きな職業ではないから長続きしなかったのも当然だ。そこを辞めて次に目指したのが、障碍者を世話する福祉施設というんだから呆れる。身体障碍者や智慧遅れ、寝たきりの老人などを看護する職業は、崇高な使命感を持つ人でなければ務まらない。西歐で修道女が養護施設やホスピスを運営できるのは、天主への信仰心が人一倍厚く、不幸な人々への愛に溢れているからだ。キリスト教会の聖職者には人に仕えるという気高い意思がある。そういえば、イエズス・キリストが殺される前に、弟子たちと食事を共にしたことがあった。その時、予想外の出来事があった。師と仰がれているイエズスは、手拭いを腰にまとい、たらいに水を汲んできて、弟子たちの足を洗ったのである。当時、このような足洗いは奴隷がやる仕事で、決して高位の人物がする行動ではない。イエズスは弟子たちの足を洗い終わると、彼らにこう告げたという。

  ・・・主であり、師である私があなたがたの足を洗ったのだから、あなたがたも互いに足を洗い合わねばならない。(ヨハネによる福音書第13章14節)

  つまり、イエズスは弟子に模範を示したということだ。偉い者が敢えて卑しい仕事をするのは、謙虚になるための試練なのかも知れない。高位のラビ(ユダヤ教徒の教師)なんかは、偉そうにふんぞり返って他人に指図するのが常で、自分は上品にタルムード(教典)のお勉強に勤しむだけ。足を洗わず赤ん坊のチンチンを吸うことくらいが趣味という奴も珍しくない。日本の女性は気持ち悪くなるが、ユダヤ教では伝統的儀式だからしょうがない。それはともかく、自活できない他人を介護するのは並大抵の決意がないとできない。それが無いと途中で心が折れてしまう。だいたい、思いつきで就職する奴が真剣に働くのか? 植松に高尚な職業倫理かあるとは思えない。給料目当てで勤めたんじゃないか。だから、嫌な仕事を続けているうちに、身体障碍者への侮蔑が芽生えてきて、「こんな奴ら生きてる価値があるのか?」と考え始めたのだろう。しかし、これは障碍者への差別ではなく、不本意な仕事しか見つからない自分への不満があったからじゃないのか? 惨めな自分を「偉人」にするために、障碍者の抹殺を思いつき、その私慾を隠すために「国家への貢献」とか「ヒトラー思想」を持ち出したんだろう。おそらく、低俗な雑誌か雑学本を読んで感激し、格好をつけたかったんじゃないか? いかにも低能児がやりそうなことだ。

Uematsu 5Uematsu 6(左写真 / 植松の刺青)
  植松が腕や背中に刺青を彫ったのも、みんなに見せびらかして自慢したかったからだろう。これといった能力の無い奴ほど、簡単なことをやらかして格好をつけるもんだ。例えば、タバコを吸って大人のふりをする中学生がそうである。タバコなんて誰だって買えるし、吸ったからとて偉くなるわけじゃない。時間が経てば誰もが二十歳になるのに、それを先に行ったからとて自慢にならないだろう。それよりも、勉強やスポーツに精魂を注ぎ、偉業を達成できるような人物になる方が素晴らしい。ただ、これは地道な努力の積み重ねが必要で、直ぐに披露できる結果に結びつかないから、意気地無しや半端者には不可能だ。植松のようなクズには理解できぬ事柄である。テレビに登場する評論家や藝人は、植松の心理や過去をあれこれ推測するが、そんなのは時間の無駄である。空っぽの頭をした単細胞が、殺人を英雄的行為と錯覚しただけの話である。しかし、この下郎はちゃんと「心神喪失」を前提に犯行を実行していた。つまり、逮捕されても精神喪失を訴えて、刑期を短くしてもらおうと企んでいた。だから、大島衆院議長へ宛てた手紙の中で、刑罰は二年くらいの懲役刑にしてください、と頼んでいたのだ。呆れた奴だが、馬鹿は馬鹿なりに計算していたのである。こんな奴は死刑にすべきで、精神鑑定など税金の浪費に過ぎない。

  水島社長が桜井氏を応援しなかったのは、チャンネル桜の方針だから構わない。しかし、水島社長が気違いの植松と立候補した桜井氏を結びつけるのは、強引な“こじつけ”としか思えず、かなり無理がある。いくら在特会に同意できぬ水島社長でも、桜井氏が「朝鮮人をぶっ殺せ」と叫んだからといって、本気で朝鮮人を殺すとは思っていないだろう。むしろ、桜井氏の周辺に集う仲間の中に過激派が潜んでいる可能性がある。もし、在特会のメンバーや賛同者が朝鮮人に危害を加えるような傷害事件を起こせば、マスコミはこぞって桜井氏との関係を報道するし、朝鮮人排除が刑事事件に結びついた点を協調するだろう。だから、水島社長は桜井氏たちの暴言に警告を発したに違いない。マスコミは国益を考える在特会の意見は無視するが、針ほどの事件を起こせば棒や電柱くらいの扱いで報道するだろう。よくマスコミはテレビ番組や新聞で使わないのに、在特会のデモを撮影したりしているが、それは在特会メンバーが事件を起こした時に特集を組むためだ。左翼は在特会が暴力集団であることを広めたいし、この鮮人差別団体が自滅するよう願っている。

辛いが「大人」の政治運動

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(左: 都知事選挙での田母神俊雄と水島社長 / 右: 小池百合子)

  水島社長が桜井氏と距離を置くのは、その過激な発言への嫌悪感だけではなく、チャンネル桜という組織を防衛するためだろう。もし、気軽に桜井氏を支援すれば、在特会や元会員が起こすかも知れない事件に巻き込まれるからだ。どんな連中が紛れ込んでいるかも分からぬ在特会に肩入れすれば、チャンネル桜へも火の粉が飛んでくるし、局の存続にも影響が出てくる。したがって、制禦できない在特会とは係わらないという水島社長の判断は妥当である。それに、今回の都知事選ではどうしても勝ち馬に乗りたくなるだろう。前回の都知事選では田母神氏を擁立し、大やけどを負ったから、もう二度と危険なギャンブルはできない。当初から桜井氏が当選できないことは明白だ。いくら一部の保守派に人気を博したからとて、東京という巨大な票田では一滴の清涼剤に過ぎない。それよりも、当選確実な小池氏を応援し、貸しを作って後で何らかのお願いを聞いて貰った方が得である。桜井氏を支援したって何の得にもならない。権力者に寄り添った方が悧巧である。

  今回、チャンネル桜で水島社長が、いきなり桜井氏の排外主義と植松の刺殺事件を関連づけたのは、桜井氏を応援しないための口実なのではないか。たぶん、チャンネル桜の視聴者から「なぜ小池氏を応援し、桜井氏を取り上げないのか」という意見が多数寄せられたのだろう。保守派のチャンネル桜としては、反朝鮮感情を持つ視聴者が多いから、彼らを納得させるため、何らかの正当な理由が必要だ。そこで、「風が吹けば桶屋が儲かる」式の論理を組み立てたのだろう。だからこそ、一部の視聴者はその“こじつけ”に気づき、チャンネル桜へ批判を送り、チャンネル桜はそれを撥ねつけながら、断固たる方針を貫いたのかも知れない。国益を重視する保守派なら誰だって、小池氏より桜井氏の主張に共感するはずだ。しかし、現実は損得計算に基づく「大人の論理」で動いている。チャンネル桜の苦悩を理解すべきだ。それに、批判のコメントの中には、チャンネル桜を困らせる絶好の機会と捉え、視聴者の攪乱や保守派の分断を狙った連中がいたから、一概に水島社長を責めることはできない。大きくなった団体を守るのは大変である。小さな組織のうちはリスクを我慢できるが、影響力を行使できるくらい大きくなった組織だと、それを運営するだけでも骨が折れる。だから、気が進まなくても小池氏を担ぎ、惨敗のリスクを回避したかったのだろう。

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(左: 安倍晋三 / 松原仁 / 馬渡龍治 / 右: 西田昌司)

  しかし、ここにジレンマがある。勝ち馬に乗れば利益が大きいが、その代わり不満が鬱積してくるからだ。そもそも、保守派の草莽は、既存の左翼政治が嫌で保守運動を始めたのに、集団の成功を目指すあまり、批判してきた政治家に擦り寄ってしまった。カメレオンのように態度を変える小池氏との同衾(どうきん)では、何の為に努力してきたのか分からない。移民問題や外国人労働者の政策に関し、水島社長は小池氏の回答に満足しいていたが、実際はどうだったのか。そういえば、安倍晋三は保守派国民にとって期待の星だった。ところが、今や移民推進派の旗手になってしまい、チャンネル桜の支援者を裏切った。もっとも、側近が左翼議員ばかりだから、仕方ないという見方もある。だが、金貨で裏切るユダは他にもごまんといた。チャンネル桜はバック・アップした政治家に裏切られてきた。野党時代の松原仁をゲストに迎えていたが、与党になった途端、掌を返して知らぬ顔。民主党で役職に就くと顔を合わせなくなった。以前、日本の素晴らしさを讃えていた馬渡龍治は好印象だったが、落選して細川護煕の都知事選を手伝うようになると、原発反対派になってしまった。更に酷いのが西田昌司。レギュラー・ゲストにしてやったのに、政治的妥協から有田芳生と協調し、言論弾圧法を作ってしまったのだ。でも、こうした例を挙げてチャンネル桜を批判するのは酷だろう。これまで築いてきた同局の功績を考えれば、政治家の裏切りなど些細な事だ。

桜井誠の栄光と伝説

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(左: 硫黄島での海兵隊員の記念碑 /右: 星条旗を掲げるアメリカ軍人)

  筆者の私的な感想で申し訳ないが、秋葉原で行われた桜井陣営の最終演説会を聴いて、心からの感銘を受けた。今まで数々のデモ行進に参加したが、桜井氏のグランド・フィナーレに集まった聴衆は格別だ。確か平成8年(1996年)頃だったと思う。筆者は竹島奪還・韓国への抗議デモに参加ししたことがある。当時はまだインターネットが普及しておらず、参加者募集も困難で、よほど熱心な保守派でない限り来ない。たまたま筆者は「国民新聞」や「月曜評論」、「動向」などを定期購読していたから、抗議デモの情報を掴んでいた。当日、筆者は大通りを行進しながら韓国への反対を叫んでいたが、デモ参加者の中には気恥ずかしそうな人も見られたし、大声を張ることに馴れていない女性もいたりで、今のような堂々としたデモ行進ではなかった。国旗を掲げることさえ躊躇する人がいたくらいである。偶然だけど、筆者は中学生の時、朝礼の国旗掲揚係を務めていたから違和感が無い。第一、戦勝国のアメリカ人が意気揚々と星条旗を振っていたのだ。これを知っていたから、いくら子供とはいえ別段恥ずかしいとは思わなかった。1980年代ならびに1990年代の左翼時代を目撃したから、チャンネル桜のデモに参加した時、みんなが当然の如く日の丸を掲げているのを見て、しみじみ「時代の変化」を感じたものだ。もちろん、桜井氏のような候補者が現れるとは予想していなかった。

Koike Uriko 12(左 / 当選した小池百合子)
  チャンネル桜の支援者や視聴者の中には、小池百合子の最終演説会が行われた池袋に赴いた人もいるだろう。しかし、彼らに本物の“感動”があったのか? なるほど、開票特番で即座に当確が出たから、支持者は歓喜に沸いたに違いない。自分の支持者が当選したから自然な反応である。でも、その感動は二、三日もすれば希薄になるんじゃないか。たぶん、勝利に酔いしれた支持者は、今は何事も無かったかのように暮らしているはずだ。 一般人は堅気の庶民だから、お祭りが終われば、いつもの仕事が待っている。一方、桜井氏のもとに馳せ参じた支援者は彼らと違う。勝ち馬が放つ権力の香りを求めたのではない。既存の候補者なら絶対に口にしない“自爆的”発言を聞きに来たのだ。桜井氏の落選は百も承知である。だが、それでも彼のもとに行きたい。何か心の底から湧き上がるものがある。我々の肉体に燻っている「情熱」だ。祖国への愛だ。これといった権力を持たない草莽は、敗北必然の桜井氏に喝采を送りたかった。当選しなくたって負けじゃない。マスメディアが無視しようが、桜井氏のオーラは消えないし、益々その輝きを増している。なぜか? それは桜井氏が日本を心から愛する草莽の心に火をつけたからだ。そして、彼らの胸にともった炎が桜井氏の雄姿に注がれたからだ。チャンネル桜と水島社長が逃したのは、この眩しい愛国的草莽の輝きである。

Sakurai Makoto akiba 1Sakurai Makoto akiba 5

(写真 / 秋葉原に集まった桜井氏の支持者)

  いかなる団体にも栄枯盛衰がある。保守派と見なされた雑誌の『諸君』は廃刊となり、生き残った『正論』や『Voice』、『WiLL』なども昔ほどの魅力は無い。『文藝春秋』に至っては菊池寛もピックするほど左傾化した。残念ながら、やがてチャンネル桜にも衰退がくるだろう。しかし、チャンネル桜の視聴者やスタッフの中に、「オレも池袋じゃなく、秋葉原に行きたかったなぁ」とか「本当は桜井の方がいいよなぁ」とつぶやく者がいたら、少しは没落を先延ばしにできるんじゃないか。繰り返すが、チャンネル桜は独立した組織だから、誰を応援するかは桜の勝手だし、小池氏を支援するのを非難することは筋違いだ。桜井氏を応援したい者は、たとえ独りでも応援すればいいじゃないか。世間は小池氏が291万票以上獲得したとはしゃいでいる。そして、左翼どもは桜井氏がたった11万4171票しか取れなかった、と言って喜んでいた。しかし、桜井氏へ票を投じた11万4171名は、彼の激しい魂に共鳴し、確信を持って投票したのだ。そして、勇気と希望を体現してくれた桜井氏に感謝したのである。「テレビによく出ていたから」とか「自民党だから」、「一番勝ちそうだから」、「女性都知事を見たいから」との理由で小池氏に投票した連中とは明らかに違うのだ。負け戦にあえて挑戦する桜井氏に票を投じた都民は、本気で日本を考える人々だった。

  桜井氏の最終演説に馳せ参じた者は、彼の「荒ぶる魂」に触れたはずだ。集まった聴衆は不甲斐ない政治に腹を立て、座して死ぬことができない庶民であろう。何の得にもならない集会なのに、桜井氏に喝采を送っていたのは、心臓の鼓動が高まったからじゃないのか。秋葉原での感動は永遠に皆の心に残るだろう。熱い感動は無益じゃない。桜井氏が喝破した「魂の独立記念日」は聴衆の心を突き刺し、彼らの脳裡に深く刻まれたはずだ。桜井氏が問いかける言葉の一つ一つは、聴衆の魂を根底から揺さぶり、日本人として生まれた事実を覚醒させ、一歩も二歩も前進させたのだ。秋葉原の駅前広場に響き渡った「魂」の歓声は、決して消滅することはない。たとえ権力者が押さえつけても、その都度浮かび上がってくる。歴史に刻まれた言葉は誰も消すことはできない。勝ち馬に喜ぶチャンネル桜の支持者は、本心から小池氏の当選に感動したのか? 駆けつけた池袋で、桜井氏の叫びを超える言葉を聞いたのか? 心が揺れたのか? 小池氏の勝利宣言は、心臓を鷲づかみにしたのか? 筆者の勝手な感想だけど、チャンネル桜は僅かに沈没した。しかし、心配ご無用。たった花びら一枚ほどの深さである。しかし、小池氏への虚しさが何万枚も降り積もれば、手のひらに感じるほどの重さとなるだろう。桜井支持派にとって秋葉原の集会は、「魂の独立記念日」になった。一方、小池支持に便乗した国民にとっては、「衰退への晩鐘」だ。チャンネル桜の魂が沈まないことを望む。
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68565382.html

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