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2010年8月22日16時47分 〜
記事 [近代史02] 白人はなぜ白人か _ 白人が人間性を失っていった過程

1. 白人は何故あんなに美しくなったのか

白人が美しいというのは厳然たる事実

なにしろ白人は遊牧・牧畜民で遺伝子操作のプロですから.

劣った遺伝子はすべて淘汰する. これが白人の考え方.


白人が他民族を征服した場合はいい女だけ残して他は女と男は全員殺す.

魔女狩りでもいい女だけ残してブスは全員殺した.


これを1万年の間 毎日毎日繰り返して やっと今の美しい金髪碧眼の白人ができたんですね.


一方、農耕民のアジア人やアフリカ人には遺伝子操作ができないから不細工な人間も淘汰されないで生き延び、サル人間の姿から変わらなかった.


我こそが真の神なるぞ!


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白人はなぜ白人か

「白人」は白人の自称である。これに対して、黒人、黄色人種等は、白人による他称である。

では、白人はなぜ白人か。 まず第一に、遺伝によってである。

彼らは日本の一般人以上に、はっきりと血統を重んずる。

さらに、伝統的に、日本人よりはるかに「容貌」にこだわってきた。

血統と婚姻関係と容貌とが、ずっと昔から、大のおとなの男子によっても強く意識されてきたのである。

そのような意識の下で、彼らは交配を繰り返し、半ば人為的に現在の「白人」を作り上げてきたのである。

さらに、その自らの人為について、誇りすら持っている。

これは白人に直接に接してみればわかることだが、彼らは容貌について実に細かいところを気にしている。

日本人のように、鼻が高いか、目が二重であるか、顔が小さいかというような大雑把なものではない。

彼らは、高級飼猫や競走馬の毛並みを気にするような目で、人間の容姿をも見るのである。

日本人が、金があるのに歯並びなどの容姿を修正しようとしないのを、彼らは奇異に感じている。

日本人が自然であることを評価するのとは全く違った容姿に対する感性を彼らはもつ。


そもそも彼ら自身が(理性による)人工的な製作物なのだ。

彼らの「血統」と「伝統文化」と「容貌」のコングロマリットに関する強烈な意識は、たとえばトーマスマンの「ブッデンブローク家の人びと」のような小説にもその率直な表現を見ることができると思う。

彼らの先祖はイラン高原(またはロシア南部)を出てヨーロッパに広まったといわれる。またインドにも侵入し先住民の文明を滅ぼした。

彼らはヨーロッパにおいては先住民の文化を消滅させ、人口稠密であったインドにおいてはカースト制度を考案し、これを先住民に課して苛烈な支配収奪を行なった。

このようにヨーロッパ白人は、「征服して根絶やしにする」こと、すなわち「ホロコースト」「民族浄化」によって自らを確立した人種なのである。

すなわち白人は、その人種としての成立においてすでに、「ホロコースト」の刻印をもつ。

白人はその遺伝的な貪欲さ、攻撃性、粗暴さ、征服欲の強さ、そして他者を顧慮しないで平気でいられる傍若無人な特性によって、その覇権を拡大したのである。

白人はこのような遺伝的素質によって人種的な版図を拡大した後、彼らのうちの特権層・貴族階級が、自らの眷族の中において、牧畜経営で覚えたとおりの人工的な交配を繰り返すことによってその血統的なアイデンティティおよびある種のブランド価値を確立していくのであるが、白人「市民」革命は、この特権貴族層の血統的アイデンティティ即ち身分的「優越」の意識を、「白色人種」の人種的アイデンティティ即ち人種的「優越」の意識へと移行・拡散させ、これを全白人に平等に共有せしめたのである。


その背景にはいうまでもなく、新大陸の「発見」と植民地支配と奴隷制とがあった。

「世界の拡大」にともなう新しい他者たる「新しい野蛮」の発見と、新植民地および「奴隷」の獲得とが、物質的にのみならずイデオロギー的にも、白人全体のある種の貴族化・特権層化を可能にした。

「野蛮」と「奴隷」との現出が、白人全体の「市民」化を可能にしたのである。(「市民」とは昔から有産者のことであり、城塞で保護された都市・市場の中に「特権的な地位を有する者」のことである。

ただし必ずしも城塞の内側に住む必要はない。都市の原型ともいうべき塀で囲まれた小さな市場は、夜は鍵をかけられて閉鎖され無人になるのが通例である。)

即ち、白人「市民」革命は、イデオロギー的にも、「野蛮の再発見」と植民地支配および人種的奴隷制なくしては成立し得なかった。

「自由な市民」は常に「野蛮」と「奴隷」とを要件とするのである。


彼ら白人には、われわれ日本人が普通に考えるような「人間的な」感情はない。

根が極端にセルフィッシュなので、彼らがまともな社会を築くためには、外から強力な道徳規範を特別に叩き込まれる必要があった。

そうされないと何でもやってしまうDNAだからである。

この外から叩き込まれなければならない道徳規範が、キリスト教であったり、現在の人権思想や環境保護思想だったりするのである。

白人は、われわれにとっては自然な感情のように思われる道徳規範さえ、宗教的権威によってドグマとして与えられなければならなかった。

彼らは「自然な」罪の意識というものを持たない。

キリスト教の教義によって教えられた「罪」しか持たないのである。

日本人にはホンネとタテマエの区別があるといわれる。それは、日本人がしばしばホンネを漏らしてしまうということにすぎない。白人にその区別がないように見えるとすれば、それは彼らが言葉ではタテマエ以外は決して語らず、ホンネの部分は有無を言わさず強力に実行し、永久に隠蔽してしまうからである。


彼らのホロコーストの後には何も残らない。
したがってホロコーストもなかったことになる。

アジアにおいてはさまざまな系統の言語が錯綜していて日本語のような系統不明の言語も散見されるのに対し、ヨーロッパは、後に侵入したモンゴル系の言語やバスク語などごくわずかな例外を除き、ほとんどが「インドヨーロッパ語族」一色である。

このこともまた、ヨーロッパ人種がその始原において「ホロコースト」「民族浄化」を要件として成立したことを意味する。

「ホロコースト」「民族浄化」の衝動は、白色人種の持って生まれた刻印(性格)なのである。

http://iscariot.cocolog-nifty.com/journal/cat6354425/index.html


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2. 白人はコーカソイドを品種改良して生まれた新人類


コーカソイドの品種改良は何故行われたか


長い間、北ヨーロッパの諸民族は、北方に起源をもつ「純枠種」であるという神話が、定説であるかのように、語りつづけられてきた。
  
しかし、形質人類学、つまり、人類の生物学的研究が進むにつれ、北欧神話はくずれはじめた。

たとえば、アメリカの人類学者、クーン、ガーン、バードセル(以下、クーンを代表とする)の3人の共著による、『人種』という本では、北ヨーロッパ人の中にみられる高身長で鼻の細くとがった骨格は、「紀元前5000年をこえないある時期に、おそらくイランから農耕民・牧畜民としてユーラシアの草原に入ってきた」人々がもたらしたもの、と説明されている。
  
では、その当時、イラン高原にいた人々はどんな肌色をしていたかというと、クーンは、「淡褐色の皮膚、褐色の眼」をしていたと考えている。

そして、イラン高原からインドに侵入した、いわゆるアーリア人についても、従来主張されてきたようなブロンド人種ではなかった、と説明している。

では、淡褐色の肌色、褐色の眼の人々は、どういう時期に北ヨーロッパに移住し、ブロンド型になっていったのであろうか。
  
 「その頃ウラル山脈の氷河の融解によって地表をあらわした地域は曇りがちであった。

彼らは紀元前2000年代に中央および北西ヨーロッパに到達した。
彼らがここに来たのは雲多い時代の終末期であった。

彼らは第一には原住民との混血により、第二には環境的淘汰によって、あるいはこの2つの経過にしたがって、皮膚、毛、眼に関するブロンディズムの遺伝子を獲得したのだろう」(『人種』、p.114)

  
では、「原住民」は、どんな人種的特徴を持っていたのであろうか。
そして、ブロンディズムとは、どのようなものであり、どのような自然環境の中で発生したものであろうか。
  
ブロンディズムは、雲や霧の多い、氷河期の北ヨーロッパ特有の気候の中で発生した。

基本的には「白皮症」である。つまり、色素細胞の機能消滅である。
この現象はどの地方でも発生するが、太陽光線のとぼしい環境の中では、これが、かえって有利な条件となった。


しかもこの環境はほぼ、紀元前の2200年までつづいた。
ホメーロスも、北ヨーロッパについて、霧多き国とうたっていたほどである。
  
   このことからすれば、北ヨーロッパ人の「純粋性」を主張する際には、もっとも色素沈着のすくない住民をあげなくてはならないだろう。事実、クーンは、こう書いている。
  
   「灰色ブロンドの毛はバルト海地方の東方および南方の中部ヨーロッパの、皮膚の青く、灰色の眼をした住民の間ではもっとも普通である」(同前、p.113)
  
   つまり、いわゆる金髪青眼ではなくて、銀髪灰眼の方が、北ヨーロッパの古くからの現住民だった。

バルト海は北ヨーロッパの中心部であり、凍りついた海の上には、ツンドラ草原がひろがっていた。曇りがちな空の下で、狩猟民が紀元前3000年もしくは2000年頃まで、つまり古代エジプト帝国がアフリカ大陸からオリエントに進出していたころまで、氷河期と同じ生活をつづけていた。

現在のバルト海沿岸には、「白眼」とよばれる人々さえいる。
  
   では、この銀髪灰眼の人々は、どんな骨格をしていたのだろうか。
  
   「この種の色素をもつ人々の多くはずんぐりしており、顔は幅ひろく獅子鼻である。

彼らはモンゴロイドが完成した寒地適応の路を部分的にたどってきたのであった」(同前、p.113)
  
   つまり、人類そのものの生物学的な研究によれば、ずんぐりした身体つきの方が、表面積が少なくて、体熱の発散をふせぐ。この方が寒地適応型なのだ。

もちろん、ここでモンゴロイドの典型とされているのは、氷原の狩猟民族、エスキモー人のことである。
  
   結論として北ヨーロッパの原住民は、銀髪灰眼、ずんぐり型であったと考えられる。
  
   高身長、細鼻の骨格形質は、クーンによれば、イラン高原に由来する。
  http://www.jca.apc.org/~altmedka/shoten-afmag-45.html

78 :名無しさん@お腹いっぱい[]:04/09/16 19:51:23 ID:UHhOaVTt

印欧語族の起源は、中央アジアだと思われます。
紀元前数千年前に現在のイラク地方から農耕が伝わりました。
この農耕から牧畜が発生しました。
中央アジアは馬の原産地でもあります。
騎馬の技術を発明したのも印欧語族が最初です。

本来の印欧語族は、現在のイラン人のような容貌をしていたと考えられます。
髪の毛も目の色も黒かったと思われます。

そして、人口の増加と騎馬により、印欧語族は東、西、南へと拡散することになります。

紀元前2千前のことだと思われます。

東に向かった印欧語族はタリム盆地あたりまで進みますが、そのころ黄河文明を起こしつつあったモンゴロイドの漢民族がいたため、それ以上、進むことは出来ませんでした。

南に向かった印欧語族はアフガニスタンからパキスタンに入り(紀元前1700年ごろ)、インダス文明を興していたドラビダ系民族を滅ぼしました。

西に向かった印欧語族は、無人の野を行くが如く、欧州を駆け抜けて行きました。
北ヨーロッパにいた、ブロンデイズムを獲得していたコーカソイドを征服し、彼らと混血していったのです。


82 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/10/01 22:14:49 ID:cN0KVvfg

トルコ系、モンゴル系などの中央ユーラシア遊牧民族は、もともとが、モンゴロイドなのか、そうでないのかわからない。

そもそも草原の道とかいう中央アジアなどは、インド・ヨーロッパ語族のベースとなった、アナトリア(今のトルコのあるところ)とも関係が深い。

でもって、アナトリアよりもちょっと上、黒海、カスピ海となると、カフカスであり、これぞコーカソイドとよばれていたりするわけだが、結局、いま、人種という概念がなくなったのは、こういうアジア系とヨーロッパ系などと分けることが無意味になったからだ。

どうやら、紀元前1000年ごろに、地中海民族(イタリアとか)が大挙して、アジアにやってきたらしいのもわかっている。

紀元前500年ごろまでには、中国各地にこういう人々がいた可能性がある。
いまのところ、彼らの存在が確認されているのは、中国の西域(例のローランの少女ミイラ)や、山東半島だ。

山東半島は、完全にヨーロッパ系ばかりが紀元前500年ごろには、住んでいたことが判明している。

そのほか、考古学的にわかるのは、遊牧民族の文化が違いにあまり区別できないということだ。カフカス系のスキタイの文化は、あきらかに、中国まできているどころか、朝鮮半島南部まで来ている。

もちろん、日本にきた証拠はないものの、朝鮮半島南部、いわゆる任那ともよばれた加羅や新羅までは来ている。

とすれば、これらは、ステップ民族であり、この系統がアジア系とか、ヨーロッパ系(いわゆるコーカソイド)とか区別できるもので はない。
ようするに、2000年前の民族がどういう系統かとか論じるのがそもそも無意味に近い。
http://www.unkar.org/read/academy6.2ch.net/geo/1093685431

80:名無しさん@お腹いっぱい。[] /05/08 08:51 ID:aXAhx3AV(1)

インド人の一部がコーカソイドと言えども、イギリス人の植民地統治は容赦がなかった。

インド人は黒または褐色の有色人種でアフリカのニグロに対する扱いと基本的に同じだった。

気に入らないインド人を射殺するのは白人の自由であり、動物と間違って 撃ったと言えば無罪放免であった。

インド人がインド・ヨーロッパ語族であろうと、アラブ人がコーカソイドであろうとほとんどのヨーロッパ人からみて彼らが「白人」ではないことは明白な事実である。


87:名無しさん@お腹いっぱい。[] /05/09 15:36 ID:q1J7uQci(1)

イタリア人はアメリカ移民当初、白人認定されず、かなりの差別を受けてたみたいだ。
だからアル・カポネのようなアウトローが出てきたとも言える。

イタリア人でもローマから北は白人っぽいが、南は刑事コロンボやイタリア語講座の先生のように、もろ地中海系。

狭義ではアルプス以北というか、地中海に飛び出たイタリアとイベリア半島はヨーロッパでも別格だね。


195:名無しさん@お腹いっぱい。[] /07/27 20:55 ID:9l8nU5QU(1)

インドのガンジーは若き弁護士時代を南アで過ごすが、完全に ニグロ(黒人)扱いを受けた。

いくらコーカソイドでくくって、インド人やアラブ人を欧米系と同じ人種と定義しても、当の欧米系はインド、アラブ系とははるかかなたに分かれたのであって、意識上他人種と考えている。

115 + 1:名無しさん@お腹いっぱい。[] /05/21 00:21 ID:cvT+ciN3(1)
白人は自分に近くて似ているけど異なる者が嫌いなんだよ。
アラブ人のことも大嫌い。

317 + 1:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 05/05/21(土) 14:17:44 ID:W+akTwxs(3)

戦前に両親の都合でポーランドの奥地に送られたドイツの子供(髪も目も黒)が 金髪碧眼しかいない小さな農村で苛められる話があります。

そのポーランドの田舎は千年このかた、髪の黒い人など見たこともなくこいつは白人ではない、ユダヤ人かアジア人に違いないと言われます。

もちろん少年はふつうのドイツ人で、ユダヤ人やジプシーではないのですが髪が黒いというだけで人間あつかいされない。

外の世界など見たこともない金髪碧眼の村で、テレビもない時代ですからね。
彼らは安物アメリカ映画ふうの、差別はいけないなどという考えもない。

生活も千年前そのままで、女が浮気すると、相手を斧で殴り殺し目をえぐりだす
まさにキリスト教伝来前、ローマ時代のヴァイキングの生活。
二十世紀でこんな村があることが不思議におもえますが、広大なポーランドのこと、
領主は税さえおさめれば農民など一切かまわなかったのでしょう。
古いヴァイキングの血は、不毛の島とか、ポーランド内陸の田舎などに保存されて
のこってる。


320:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 05/05/21(土) 17:02:39 ID:W+akTwxs(3)

北欧ではフィンランド人が古い人種でしょう。
スウェーデン人に次第に北に押しやられて凄い差別を受けてました。
そのスウェーデン人は南方から来たわけで・・・

スウェーデンやノルウェーには内陸に差別を受ける少数民族がいます。
かれらが本当の北欧原住民で、非キリスト教徒として迫害され、ほとんど滅んだ。
http://read2ch.com/r/geo/1036574273/

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3. コーカソイドの品種改良はどの様にして行われたか

コーカソイドとは元々アナトリア〜コーカサス〜イランあたりに定住していた薄褐色系の人達が本流

ヨーロッパの肌の白い系はその亜種

コーカソイドとは本来バングラデシュ人のように色はかなり濃い。

「自称」白人はコーカソイドの奇形。

なぜヨーロッパの各人種が、人類の進化の速度としては、かくも最近かつ急速に白い肌、青い目、ブロンドの髪を持つようになったのかは、長年の疑問であった。

このような変化が通常の進化の過程(自然淘汰)で起こったのであれば、約85万年の歳月が必要となった筈である。

しかし現代の人類は、アフリカからヨーロッパまでの移住を成し遂げるまでに、僅か3万5000年から4万年の期間しか費やしていない。


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1) 白皙


ヨーロッパ人の皮膚は黒かった「5万年前」


人類の旅は5万年前、東アフリカのサバンナにいた5000人の集団のうち、150人がアフリカを出たことに始まる。

人類の皮膚の色。祖先の皮膚は当初青白かった。

アフリカでは日光が葉酸を破壊し生殖能力を低下させるのを防ぐため、黒い皮膚になった。

2万年前からヨーロッパ人とアジア人は濃淡の皮膚に変化した。日光によく当たればビタミンDの生成効率が向上する。

人類は農耕を開始する前に定住していた。1万年前に氷期が終わり、現在の完新世になり、定住が始まった。

トルコ南東部から地中海東岸あたりで、麦類が栽培化された。

Y染色体の分析によると、新石器時代トルコ中南部から農民がヨーロッパに入り地元の集団と混血していった。

近東からヨーロッパに移住して農耕を伝えた人々は実は少人数で、ヨーロッパの先住民は彼らの農耕技術と言語を取り入れた。
http://blogs.yahoo.co.jp/yuuutunarutouha/21701503.html

ペンシルバニア州立大学のChengらは、ヒトのSLC24A5という遺伝子の1アミノ酸変異がヨーロッパ人の肌色を薄く(白く)しているらしいと報告した(Science (2005)310, 1882-1786)。

Chengの研究室の大学院生だったNortonは、アリゾナ大学の遺伝学者Hammerの研究室に移ってから、この遺伝子内部および近辺の遺伝子の変異の頻度を調べた。

そして、その変異速度から問題のSLC24A5の変異が1.2万年前〜6千年前に生じた、と推定した。

そうすると、1.8-1.4万年前の旧石器時代末期にアルタミラの見事な洞窟壁画を残した人たちは、色の黒い人たちだったということになる。

現生人類の祖先は約4万年前にアフリカを出て、ユーラシア大陸に進出した。

ヨーロッパに進出した一派は、進出後すぐに色白になった、というのが今までの通説であった。

それに比べるとNortonの推定は、エジプトで古代王朝が始まるころにようやくヨーロッパ人の肌色は褐色から白色になったというのだから、その進化の新しさに驚く。

4万年前に色白になったというのは古すぎる、という意見は以前からあった。

ヨーロッパ人は長い間、狩猟主体の生活だったのでその獲物の内臓から充分なビタミンDを摂っていた、だから肌色は黒いままでよかった、というのである。

この場合は、農耕主体の生活になってから、あるいは、衣類が発達して皮膚表面の大部分を覆うようになってから、始めて皮膚の色は白くなった、と考える。
http://www.res.titech.ac.jp/~seibutu/yoshida/blackandwhite.html


2) 碧眼

★青い目の人は全て1万年前の共通の祖先の子孫、デンマーク人研究者

【Technobahn 2008/2/1 19:12】

デンマーク人研究者によるDNA調査によって青い目の人は今から6000〜1万年前に突然現れた青い目を持った祖先の子孫であるということが1月31日までに明らかとなった。。

 この研究を行ったのはデンマークのコペンハーゲン大学のハンス・アイベルク(Hans Eiberg)教授を中心とする研究グループ。

 研究グループではメラニン色素の生成に関与するOCA2遺伝子に着目。
その上でこの遺伝子の部分的に機能しなくなったことにより青い目のを持つ人が誕生したこと、更に、OCA2遺伝子の追跡調査により、青い目を持つ人は6000〜10000年前に現れた共通の祖先から枝分かれした子孫であるということ突き止めた。

 現在、ヨーロッパの全人口の20〜40%は青い目を持つ。

6000〜1万年前に生まれた青い目の祖先からここまで青い目の人口が拡大したことに関して、研究グループでは、この祖先が持っていた遺伝子は青い目を形成するOCA2遺伝子以外に、別の面で子孫を繁栄させる面で何かしら有利となる特徴を持っていたのではないかと、述べている。

 研究グループでは恐らく6000〜1万年より以前には青い目をした人は居なかったとも述べている。
http://kousyoublog.jp/?eid=1423


3) 金髪


最近の遺伝情報学に基づけば、ヨーロッパにおいて金髪の人口がはっきりと増加しだしたのは、最後の氷河期である約1万1000年前から約1万年前のことである可能性が高い。
これ以前のヨーロッパ人は、他の人種の支配的な特徴である焦茶色の髪と暗い色の瞳を持っていた。

『The History and Geography of Human Genes』(1994年)によれば、金髪は紀元前3000年頃に現在リトアニアとして知られる地域において、インド・ヨーロッパ祖語族の間でヨーロッパの支配的な頭髪の色となった(現在においても、リトアニアは金髪人口の比率が最も高い国として知られている)。

金髪(ブロンド)は人間には比較的に稀にしか見られない髪色で、全人口の内で1.7パーセントから2パーセントしか見られず、天然の金髪の大部分は白人のものである。

金髪は北ヨーロッパ、特にオランダ、北欧諸国、ドイツの人々の典型的な特徴であり、このため非常に明るい金髪は、しばしば「ノルディック・ブロンド(北欧のブロンド)」と呼ばれる。

これより暗い色合いの金髪は、ヨーロッパ全域はもちろん、現在のシリア人やレバノン人、ペルシャ人、クルド人や、イラン、アフガン、パキスタンのイラン人などの、中東の様々な地域でも見られる。

ただし北欧三国(ノルディック)を除けば概ねどの地域もブロンドは少数に過ぎず、ロシアで10%、イギリスに至っては3%しか存在しないとするデータも存在する。

男性が金髪の女性を魅力的であると見なすようになったために、この特徴はスカンジナビアへの移住が行われた際にも、性淘汰によって急速に広まったのであると考えられる。

なぜヨーロッパの各人種が、人類の進化の速度としては、かくも最近かつ急速にこのような高確率で金髪(と多様な虹彩の色)を持つようになったのかは、長年の疑問であった。

このような変化が通常の進化の過程(自然淘汰)で起こったのであれば、約85万年の歳月が必要となった筈である[1]。しかし現代の人類は、アフリカからヨーロッパまでの移住を成し遂げるまでに、僅か3万5000年から4万年の期間しか費やしていない[1]。

セント・アンドルーズ大学の後援を受けたカナダの人類学者ピーター・フロストは、最後の氷河期の終わりにおいて金髪の人種が急速な発生を見たのは、性淘汰の結果であるとの説を、2006年3月に Evolution and Human Behavior において発表した。

この研究によれば、多くのヨーロッパの地域において金髪と青い瞳を持つ女性は、乏しい数の男性を相手にした過酷な配偶者獲得競争において、彼女らの競争相手より優位に立てたのである。

ヨーロッパ圏において食糧不足の為にクロマニヨン人の人口が低下していた1万1千年前から1万年前の時期において、金髪は増加を見たのであると、研究は主張する。

ヨーロッパ北部におけるほとんど唯一の食料源は放浪するマンモスやトナカイ、野牛、野馬の群れのみであり、それらの獲物を発見するためには長く困難な狩りのための遠出が必要であり、狩りの間に多くの男性が命を落としたために、生き残った男性と女性の比率の不均衡が生じた。

この仮説では、金髪の女性はその際立った特徴が男性を獲得する際に役立ったために、その結果として金髪の人口の増加につながったのであると主張されている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E9%AB%AA

要するに、異民族だけでなく同族であっても容姿が醜い人間は容赦無く抹殺していって、現在の美しい金髪碧眼の白人が誕生したという事ですね。


白人は遊牧・牧畜民で遺伝子操作のプロ

劣った遺伝子はすべて淘汰する. これが白人の考え方.

白人が他民族を征服した場合はいい女だけ残して他は女と男は全員殺す.

たとえ自分の身内であっても劣った遺伝子を持った人間には容赦しない。

これを1万年間 毎日毎日繰り返していたのです.

コーカソイドの中から白い肌、青い目、ブロンドの髪を持った見た目の良い品種だけが残された。

不細工な人間はみんな殺され、ホロコーストを 生き延びた人間が白人種になった。

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4. 白人女性の品種改良 _ こういう品種改良なら大歓迎

いい女だけ残してブスは全員殺した西洋の魔女狩り

魔女狩りも単なる白人女性の品種改良運動でキリスト教とは無関係だったのです。

白人種は性を敵視し、母性的な女性を魔女のイメージとして定着させ、魔女狩りによって抹殺した。


一般に

ブスは子供だけが生きがいだから母性的になる
美人は子供をほったらかして色々な男と遊びまわる


なので
母性的な女性を淘汰する = ブスを淘汰する

という事になります。

メデタシ、メデタシ


キリスト教が社会的に力を持ち、文化的に大きな基盤となっていくと、性については厳しい管理が行われるようになった。特に中世においては、性行為のできる日、できない日までも細かく規定していた。

厳格的な禁欲体制が行われていたのである。とはいえ、売春制度があったので、男性のみが禁欲体制を回避する手段を持っていたといえるかも知れない。 娼婦でもない限り、女性が性的行為に能動的であるのは非常に問題視された。

教会は性生活に関して、厳しい規則を作り上げた。そして、魔女妄想が始まると、淫蕩な女性も目をつけられることとなったのである。魔女妄想と女性の性が結びついて作り上げられたのが、「サバト」と考えられる。ここにおいて、悪魔と交わると考えられていた。
  
魔女に仕立て上げられた女性は、寡婦や薬草などの知識に長けた女性が多かったようである。中には、共同体からはみだされた女性が巻き込まれることもあったようである。
女性が憎んでいる女性を告発することもあったようである。
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Shikibu/1460/colum/e-middle.html


魔女に具体的なイメージを与えたのは、中世ヨーロパで「産婆」として活躍した女性たちでした。

まだ医者という専門職がなかった時代、彼女らは村人の出産を助けただけでなく、病を治し心を癒しました。イギリスでは「Midwifery」と名付けられ、フランス(sage femme)やドイツ(weise frau)では「賢い女」と呼ばれました。

彼女らの治療法は薬草を使うもの。教会が「産みの苦しみはイヴに下された正当な罪」などと言っていたとき、彼女らは陣痛に麦角(ergot)を利用しました。ジギタリス(digitalis)は今でも心臓疾患の治療に欠かせませんが、もともと彼女らの薬草リストの一つ。真夜中に薬草を摘みに出かけたのも、明け方の植物が一番薬草として効果が高いことを経験的に知っていたから。

彼女たちはその有能さゆえ、周囲から神秘的でマジカルな存在と見なされるようになりました。「賢い女」たちは尊敬されると同時に恐れられるようになりました。教会もまた、彼女らが調合する薬草の効果があればあるほど脅威に感じました。そしてある時村に天災が襲い、作物の不作が続くとそれは彼女らの「魔術」のせいではないかと考えるように。

『魔女の槌』(魔女裁判の手引き書)は「教会にとって産婆ほど有害なものはない」と説きました。魔女狩りの最初のターゲットが「産婆」たちだったことはよく知られています。13世紀にイスラム世界から医療教育が伝わり、医療の専門職が男性によって独占されると、産婆たちは真っ先に火あぶりにされました。
http://history.husigi.com/VHv2/koneta61.htm


それらの責めを負う人間は、女性に、特にもっとも年老いたもっとも貧しい者の中に求められた。それらの人々は、口伝えの経験的な(薬草等の)治療法の知識を受け継いでおり、病気を治す秘法を知っていたが、同時に呪いのかけ方にも通じているのではないかと疑われたのである。

夫を亡くした女性も孤立していた(当時の神学者は、生まれつき男性より悪魔の幻覚に惑わされやすいとされる女性の弱点について、とかく問題にする傾向があった)。

その他不意に起こった死、病気、事故はすべて妖術のせいとされる可能性があった。
こどもを何人も死産したり、梯子の天辺から仰向けに墜落したり、口論の最中に「悪魔にさらわれてしまえ」と言ったり、特殊な性習慣の持ち主だったり、頻繁に転居したり、これ見よがしに教会に行ったり等々ということは、すべて疑いを招く原因となった。
http://www.ne.jp/asahi/happy/jollyboy/akuma02.htm

こうして、魔女狩りの時代を生き伸びる事ができたのは 見た目は良いが母性の欠如した感情の無い女性だけだったのです。


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5. 有色人種も白人種によって品種改良されて現在の姿になった

ミトコンドリアDNAが母系で受け継がれるのに対し、Y染色体は父系で受け継がれる。

ミトコンドリアDNA解析は過去10万年の人類の移動を明らかにしたが、正確には女性の移動なので、ヨーロッパ人のアメリカ大陸侵略のような男性主体の移動は検知することができない。男性の移動を明らかにするにはY染色体の解析が必要である。

 女性は妊娠によってしかDNAを残せないのに対し、男はその場限りのセックスで子孫を残せるので、Y染色体はミトコンドリアDNAよりも寡占が起きやすい。

ミトコンドリアDNAのハプロタイプを図であらわすとクラスターがきれいに並ぶのに対し、Y染色体のクラスターは不揃いで不規則だ。

大半のY染色体は途中で失われ、少数のY染色体のみが栄えるというのがY染色体の現実なのだ。

サイクスの本には900年前に死んだサマーレッドという武将のY染色体が40万人に、チンギス汗のY染色体は1600万人に受け継がれているとか、南アメリカのインディオのY染色体はヨーロッパ系ばかりだとか、恐ろしいことがたくさん書いてある
http://booklog.kinokuniya.co.jp/kato/archives/2010/04/y.html

分子遺伝学を研究した人間はY染色体もしくはミトコンドリアどちらかのDNAばかりに気を取られてふたつの違いについて注目しようとしなかった。

『イヴの七人の娘たち』でブライアン・サイクス博士はミトコンドリアの研究によって母系図をたどってさかのぼった。今回は父系祖先をたどるためにY染色体ツリーを書き上げた。

サイクス博士はカヌーでの海を渡り、ハワイ、イースター島、ニュージーランドにまで定住を広げたポリネシアの人々を調査をしていた。

ラトロンガ人の血液サンプルによるとポリネシアの女性史を解明してみると、彼女たちのほとんどが東南アジアを起源としており、南米からの移住説は消えた。

ところがポリネシア人の男性史をたどると女性よりもバラエティ豊かなY染色体を持っていることが判明した。 それは主に3つのクラスターに分けられた(その3つをA,B,Cと呼ぶ)。

一番数の多かったAクラスターは島々に最初に入植したポリネシア人の末裔だった。

Bクラスターは数は少ないもののAクラスターに非常に近かった。
最初の入植者のまた別の染色体セットだと考えられた。

CクラスターはA・Bとは近い関係にないことが解った。
Cクラスターはヨーロッパ男性のY染色体だったのである。


wikipedia クック諸島

普通、このことを純粋な男女の混血だとして描写されることはないだろう。
これをヨーロッパ人の到着を男女の出会い、精子と卵子の出会いと考えるようにする。

ヨーロッパの卵子はそこに届かず精子だけがポリネシア女性と出会った。

これが遺伝子としての戦いだとするとヨーロッパのY染色体はポリネシア固有のY染色体をもつ男から3分の1を奪って勝った。

ヨーロッパ人の植民地化はY染色体の繁殖において大きな影響を及ぼしている。


ペルーでは自分達は純血のアメリカインディアンだと考えているパスコーとリマの住民に対して調査が行なわれた。

結果は95%以上のミトコンドリアDNAがアメリカインディアンの末裔であるのにY染色体の半分がヨーロッパのものであると判明した。

スペインが一番最初に入植した南米の地アンティオクイアではY染色体の94%がヨーロッパ、5%がアフリカ、たった1%がアメリカインディアンだった。

奴隷貿易によって大西洋からもたらされたアフリカのY染色体の方が多い。

ミトコンドリアDNAは90%がアメリカインディアンのもので、残りがヨーロッパとアフリカのものだった。

つまりヨーロッパとアフリカの精子が大量のアメリカインディアン女性の卵子に受精し、アメリカインディアン精子は生き残りの上で敗者となったのである。

アフリカ系アメリカ人やアフリカ系カリブ人における母系祖先がアフリカからのミトコンドリアDNAなのに対してY染色体はヨーロッパ父系がいる。

こういった遺伝的名残は植民地の歴史を物語る。

細胞内のY染色体には独占欲が刻み込まれているようである。

http://renzan.org/columnist/nishida/adam5.html

>最新のDNA調査技術を駆使し、南米でサンプル検査を行なったところ、先住民のDNAはミトコンドリアDNA(母から子に継承)では82.8%、Y染色体(父から男子へ継承)は8.6%だったそうです。(ソースはNHK教育『サイエンスZERO』)

 インカ文明やマヤ文明やアステカ文明を滅亡させたスペイン人が南米で何をしでかしたのか、実際のところはよく伝わっていません。

しかしDNA検査が示す結果によると、どうやら先住民族の男は事実上皆殺しにあったようです。

先住民のY染色体が8.6%というのは、衝撃的ですね。

Y染色体8.6%のデータを発表するさい、NHKはわざわざこのデータは過疎の山間部まで含まれていると断りを入れていました。

スペインは原住民男子を完全抹殺を徹底的かつ緻密に行なったものの、完全リセットできなかったモレの部分が8.6%ということなんでしょうね。

それにしてもDNAは嘘をつきませんね。


 >ロシア人は南米の逆のような気がしています。

 ロシア人はスラブ人だということで、ウィキペディアなんかを読んでも、ロシア人の正体はよくわかりません。しかしイワン雷帝とかモスクワ大公とか、ロシアの支配階層をたどっていくと、完全にモンゴル(タタール)にたどりつくんですよね。

ロシア人は、一見見かけ上はヨーロッパ人のようです。おそらく母方でヨーロッパの血が入っていったのでは?と推定しています。


 羊の雄というのは哀れなもので、そのほとんどが殺されるか去勢され、群れはおおよそ雄1:雌20の比率で構成されるそうですが、モンゴルはロシア平原に於いてロシア人に対し、それに類したことをなしたのではないのでしょうか。

雄1とは無論モンゴル兵のことで、雌20とはロシア女のことです。


 オスマントルコも似たようなことをしたのかもしれませんね。

事実、元々キリスト教徒の子供であったイェリチェリはどんな戦功をあげようとも、その栄華は一代限りのもので子を残すことは許されませんでしたし、ハーレムの女たちのその多くがキリスト教徒だったことは有名な話ですよね。

トルコ共和国の人間の外形はヨーロッパのそれによく似ていますが、templeさんのことばを借りるならば、"母方でヨーロッパの血が入って行ったのでは"ないのでしょうか。そしてそれは、小アジアだけではなくギリシャやブルガリアも同様でしょうね。
http://temple.iza.ne.jp/blog/entry/1126896/


インドへのアーリア人侵入説

「アーリア人侵入説」は、言語学の分野から持ち上がってきたものだ。

「インド・ヨーロッパ語族」という分類から、北インドのヒンズー支配層は、BC3000〜8000年に、欧州・中東・小アジア・コーカサスから移動してきた西ヨーロッパ人ではないか、と推理されるようになった。

つまり「白人、金髪、青い目」の侵略者たちが、先住民のドラヴィダ語族の民族を南に押しやり、北インドではカーストの支配者となったのではないか、という話なのだ。


アメリカのユタ大学とインド南部のアンドラプラデシュ大学による共同研究

インドのカースト別のDNA分析から、侵攻したのは「コーカソイドの男子」であり、先住民の下層階級の女子と混血してきたことが証明された。


インドのカースト制度は、「4階層+不可触民」で、実質5階層になっている。

1930年にイギリスがとった人口統計によれば、


1)バラモン(僧侶)・・・・5%
2)クシャトリア(武士)・・・・7%
3)ヴァイシャ(商人)・・・・3%
4)シュードラ(農民工民)・・・・60%
5)アンタッチャブル(穢多非人)・・・・15%

という比率で、これにイスラム教、シーク教、キリスト教、ゾロアスター教などの「異教徒10%」をたすと、100%になる。

1930年以来、1度も統計調査がないというも驚きだが、不可触民(穢多非人)の「15%」という比率は、実際はもっと高いと言われている。

DNA分析の共同研究では、

上層カースト(バラモン+クシャトリア+ヴァイシャ)、
中層カースト(シュードラ)、
下層カースト(アンタッチャブル)

に分類し、アフリカ人、アジア人、ヨーロッパ人のDNAと比較している。

表内の数字は、小さいほど関係性の距離が短い(先祖の共通性が高い)ことを示す。
http://jorde-lab.genetics.utah.edu/elibrary/Bamshad_2001a.pdf


■Y染色体のSTR分析

  アフリカ人  アジア人   ヨーロッパ人
上層カースト 0.0166 0.0104 0.0092
中層カースト 0.0156 0.0110 0.0108
低層カースト 0.0131 0.0088 0.0108


日本の皇位継承問題でもおなじみの「Y染色体」だが、これは男系の遺伝を示す。
インド人の「男系遺伝子」は、ヨーロッパ人とアジア人と同じぐらいの距離にある。

カースト別でいうと、上層カーストとヨーロッパ人の関係がもっとも近い。

低層カーストはアジア人にもっとも近い。

■ミトコンドリア染色体のHVR1分析

  アフリカ人  アジア人   ヨーロッパ人
上層カースト 0.0179 0.0037 0.0100
中層カースト 0.0182 0.0025 0.0086
低層カースト 0.0163 0.0023 0.0113


ミトコンドリアのDNAは、母親のものだけが子供に伝わり、父親のものは次世代にはまったく関与しない「母系遺伝」になっているので、母系分析に使われる。

この分析によると、インド人の「先祖の女性」は、歴然とした数値をもって、アジア人に近い。
低層カーストがもっとも近く、上層になるにつれて距離が離れていく。


以上の研究から、インド人の母系と父系に明らかな「系統」が生じており、

1)「アーリア人の男性」が「ワンランク下の先住女性」と混血を繰り返した、
2)「低いカーストの男性」が「高いカーストの女性」と結婚するケースはほとんどなかった、

という結論になる。
http://www.mypress.jp/v2_writers/hirosan/story/?story_id=1354332


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6. アボリジニーの品種改良


ハクジンの作り方

先日、アボリジニー女性と長く話をする機会があった。
彼女は推定40歳弱のアボリジニー女性。明日、生まれて以来一度もあったことのない姉に会うのに、とても緊張している、と言う。

私は、家庭の事情か、とちょっと思ったけれど(馬鹿な私)、よく聞いてみると、まだ一度もあっていない弟もいて、母親とは、3年ほど前、生まれて初めて会えた。という。

ベルギーに住んでいる弟もいるのよ。と写真を見せてくれた。

ヨーロッパ政府の先住民政策のことを少しでも知っている人ならすぐにわかると思うが、そう、これは、イギリス政府 (後にはオーストラリア政府)の先住民同化政策のひとつで、アボリジニー女性から生まれた赤ちゃんを出産後 母乳をやるのも許さず、すぐ取り上げ、ハクジン夫婦のもとで育てさせる。というもの。

こうすることにより、アボリジニーのこども達は、親から文化を継承せず、イギリス人化する と考えたのだ。

私は知識としては知っていたけれど、まさか、こんな若い人がまだ、その政策の当事者として存在していることが、驚きだった。

私の勉強不足のせい、なのですが、ただ、この事実を豪州政府は公にはしない。
事実をしるためには、アボリジニーから聞いた話をドキュメンタリーにした本やビデオしかないのだ。

彼女曰く、この政策は、1980年まで続いた。だから今26歳以上のアボリジニ−は、みんな親を知らないで育った。

「そんな最近まで!!」私には衝撃だった。

自分のこどもが、政府によって取り上げられ、2度と会えないのだ。親は子供の写真を見ることも、消息を知らされることも この制度が廃止されるまではなかったという。

たとえ、海外に行っても、死亡しても、知らされなかったのだ、と言う。

これだけでも、悲しいのに、彼女の話は終らない。

この制度は、ただアボリジニーを先祖から引き離し、イギリス人文化に馴染ませるためだけのものではなく、アボリジニーを抹殺するかわりに、彼らの肌を白くする政策でもあったのだ。


アボリジニーをひきとる親のほとんどは、女児を好む。

女児なら大きくなれば強姦し放題だからだ。

そして妊娠させる。

そしてその赤ちゃんの肌は母親より少し白くなる。

だから、政府はそれをよしとしたのだ。


強姦したいハクジンの父親は、早ければ8歳くらいには、強姦すると言う。

彼女の周りでも、たくさんのアボリジニー女性がまだ幼い頃に強姦され、12、13歳で妊娠した人がいっぱいいたはずだ、と言う。

もちろん 強姦された挙句生んだ赤ちゃんは、すぐ政府によって取り上げられるのだ。

そしてその子も女児なら、運が良くなければ、強姦される運命だ。

男児はどうなるのか。

地方や役人によっては、男児は、何の役にも立たないので、(アボリジニー女性は、ハクジン男性の性の遊びの役に立つが、アボリジニー男性がハクジン女性とセックスするのは、許されないし、アボリジニー女性と性交渉をすると、二人の赤ちゃんの肌の色は白くならない) 不必要として、生まれた直後 近くの壁にたたきつけて殺したのだ と言う。

私には、言葉も出なかった。

彼女は自分を育ててくれたハクジン両親はいい人で、とても幸運だったという。

統計などなくてわからないけれど、幸運なアボリジニーは少ない と言った。

彼女は自分の父親が誰だか知らないという。あるとき、病気で医者に行った時、医者から、両親にその病気をしたことがあるか、聞いていらっしゃい、それが予防に役立つと言われ、母親に父親の所在を聞いた。

母親が インド人の男性だ、と教えてもらい、会いに行く直前、母親から止められて、何事かと思ったら、よく考えたら違うと言う。

笑いながら、インド人だったら、あなたの肌はこんなに白くないわよね、と娘の肌をさすりながら言った と言う。で、父親は、アイルランド人、ハクジンだと言って、でも死んだのだ、と。

彼女は 父親に会うのはあきらめた、と言った。母親が話したがらないから。と。
考えてみればこのお母さんも 親から引き離されて、ハクジンの親の元、苦労して育ったわけだから、何があったかは、想像にかたくない。

彼女は、自分の肌をさすりながら、豪州政府はこの肌でもまだ白さが足りない、と言うわ。といった。肌の白さ、をこれほどまでに気にしながら生きていかなければならのは、信じられないほど理不尽だと思った。

彼女は言う。過去も悲しいけれど、今も悲しい。

なぜかと言うと、時折話す、オーストラリア人(ハクジンだと思うけれど)は、総じてこの話を信じないと言う。

政府がそんなことするはずない、と。

彼女は、じゃあ、なぜ多くのアボリジニーがこんな都市に住んでいるの?

各地にあった、トライブにいないの?

なぜアボリジニーの言葉が話せないの?

と聞くのだそう。


私には、ハクジンオーストラリア人が政府の行ったこの蛮行をしらないのはありえるとして、その本人からこういうことをされた、と言われて、政府がするわけない、と否定するその気持ちがよくわからない。

それほどまでに、政府を信じきっている気持ちが。いや、政府というか、ハクジンがそんな残酷なことをするわけない、とおもっているのかもしれない。

イギリス政府が行った数々の蛮行、植民地支配も何もかも習わず、海賊も彼らの誇り、アメリカ大陸の”発見”と勉強するし、あの土地の近代化をひたすら美化し、第一次大戦も、その後のすべての戦争も (ベトナム戦争、湾岸、今の戦争も)ひたすら、正義の戦いとして教わってきているからね。

彼らは。ベトナムは、やるべきでなかった、とはいうけれど、政府には、ちょっと批判的でも、自国の兵士への同情だけ(ベトナムへはなし、)。

反省の”は”の字もない。

ここまで、国際社会の中で(おそらく、対非ハクジン国、民族にかぎって)イギリス系の自分達が間違っているわけない、という、強い信仰があるのだろうな。

一般の日本人が、沖縄の人から、占領された後、こういうひどいことを日本政府から、組織的にされた、と言われたら、頭から否定するかな。

特に、強姦とか、殺人とか、そういうものは、抑圧につきものだし、あるかも、と思うのが、普通だと考えてしまう。

まあ、それはともかく、私はこの話をきいて、この国にいまでもひたすら起こりつづけている、先住民女児への、先住民男性からの強姦、性暴力事件の深層が、こういうところにあるのではないかと感じました。(下の方に投稿してあります。)

また、アボリジニー女性が強姦された事件で、容疑者がハクジン男性、アボリジニー男性にかかわらず、裁判員に女性が複数いても(ハクジンのみ裁判員)、裁判で有罪にならず、釈放されてくる事実を見て、アボリジニー女性らが、「私達が強姦されても、とにかく、ハクジン達は、彼らが女性であるか、男性であるかにかかわらず、同情はけっしてされない。どういうわけか、私達は、強姦されてもいい生き物と思われている」、と言った言葉の裏の意味が、今少し理解できる。

さらに、大学時代、クラスで見た(女性学の授業、フェミニスト系の女性教授の中には、アボリジニーのことを理解しようとする人はいる)まだ、上陸したばかりのイギリス軍がアボリジニ−を虐殺する物語のビデオですが、クライマックスは、偶然に森に入っていた9歳くらいの少女は殺されるのをまぬがれ、じっと木の陰から、自分の親、兄弟、姉妹を含む、部族全員がイギリス軍の手によって銃殺されるのを目撃する というような話だったのですが、悲しすぎて、涙がとまらなかった。

明かりがついて、60人くらいの生徒の誰ひとり(私以外全員ハクジン女性(一応見た目ですが)、涙ひとつ、うるうるした様子ひとつないのには、映画の内容以上に驚いたことを覚えています。が今、その理由がわかります。

ついでに書きますが、こちらでは、もちろん、ハクジンが全員ひどいのではありません。何とかしようとするハクジンだっているのです。

最近こういう不満がハクジンから出され、報道されました。

今では、アボリジニーの赤ちゃんが母親から強制的に奪われることはなくなりましたが、アボリジニー家庭はすさみ、アルコール中毒やら暴力やらで、親としてきちんと子育てできない家庭が多く、中には、ハクジン夫婦が 好意で親が落ち着くまで預かる制度があります。(これは、ある程度管理されていて、強姦などはできないようですが)
そのハクジンの親で、それは 自分の子供のように一生懸命面倒見る人もいるわけです。

その中で、学校にきちんと行かせ、宿題をさせ、ドラッグをすわないように ある意味愛情こめてしつけている親がいました。政府はその親に対し、こういう”質のいい”子育てをするのは、契約違反だから、すぐ止めないと、告訴する、というのです。

腹を立てた親が、テレビ局に話して公になったわけです。

政府いわく、先住民のこどもはいずれ、ドラッグを吸い、しつけもろくにできない親元に返るのだから、かけ離れたことをするのは だめ。ということです。

ハクジン親は、親がたとえ吸っても、あなたは自分の身体のため、やめなさい。と教えて何が悪い、また、勉強に興味を持ち、学校に行く習慣ができれば、その子の将来の利益になる、と主張しました。

また、別の アボリジニーの子供をあずかった親からも こんな政府への不満がテレビ局にとどきました。

このこどもが自分のこどものように可愛く、将来は頑張って欲しいから、その子と別れる時、将来大学に行きたくなったら私に連絡しなさい。援助してあげる、と言ったそうです。

それを知った政府にそんなことはするなと言われた、と。不公平だと。

あづかった親は、言う。政府は他の子に対し不公平だというが、本当の理由は違う。
彼らは、アボリジニーに、その地位を向上してほしくないのだ。
http://www.asyura2.com/0601/social3/msg/428.html


 ●谷底に突き落とす殺し方で…

 オーストラリアが近代の歴史に顔を出すきっかけとなったのは、1776年の米国の独立戦争だった。

 それまで米国というか、アメリカ大陸にあった英国植民地は、開拓民の送り込みの地としてだけでなく、本国でさんざん悪さをした犯罪者の流刑地でもあった。

 それが英本国の財政逼迫につき、アメリカの植民地に印紙税をかけたのが発端となってついには独立戦争にまで発展した。

 そして米国は独立する。英国は植民地を失ったのも痛手だが、それ以上に困ったのが流刑地を失ったことだった。

 それでオーストラリアが急浮上し、1776年以降、新しい遠流の地とされた。
 しかし行ってみると気候はいい、冬の寒さも本国英国よりはるかにしのぎやすい。先住民アボリジニはいるものの、いたって穏やかだし、最大の害獣が野生化した大ディンゴくらいで、毒蛇とか致死性の風土病とか、生活を舜かすものは何もなかった。

 こんないいところを、犯罪人専用とするのはもったいない。英政府は1801年、ここを安全で有望な移住地に切り替えた。

 移住してきた人々は、それまでの流刑者とは違うという意味で「1801年以降の市民」と名乗った。

 しかし、彼ら移住者の程度は流刑者よりもお粗末たったことを歴史は伝えている。

 彼らは奥地に向かって開拓を始めるが、それば先住民の虐殺と同義語だった。

 彼らはあらゆる殺し方をした。

アボリジニの集落の飲み水に毒薬を入れたり、米大陸のインディアン殺戮と同じに襲撃しては撃ち殺したりした。

 しかし、最もポピュラーな殺し方は、丘陵地に住む彼らをI人ずつ谷底に突き落としていくというものだった。

羊と同じ、抵抗することを知らないアボリジニは黙って突き落とされていった、という。



 ●強姦されて混血児を生む母親

 20世紀に入っても、オーストラリア人は虐殺をやめなかった。

アボリジニ狩りの日を決めてはハンティングを愉しんだ。

 ニュー・サウスウェールズ州の図書館にはその狩りの記録が残されている。

1928年のある目の記録には狩りの成果として「アボリジニ17匹」とある。


 歯止めない殺戮は、例えば約50万人のアボリジニが住んでいたタスマニア島ではわずか四半世紀で彼らを根絶やしにした。最後の何百人かは岩だらけの孤島に移し、全員を飢え死にさせている。

 300万人というのが、1801年当時のアボリジニの控えめな人口だが、20世紀の半ばでそれは30万人に減り、今も決して増えてはいない。

 それは表向き社会保障制度の充実という形を取る。アボリジニは農地も奪われ、かといって街では就職口もない。それで政府は失業手当(Dole)を与え、施設に収容する。
 というと聞こえはいいが、収容施設は米国のインディアン居留地と同じ、鳥も通わぬ辺鄙な場所に作られ、そこに押し込まれればもう外の世界には戻れない。ナチスが民族浄化に使ったゲットーと大差はない。

 先住民の女性はもっと過酷な生き方が強いられる。彼女たちは実にしばしば白人の慰みものにされ、混血児を生まされる。

しかし子供の父親ははっきりしない。つまり強姦されているのだ。

 そうすると政府が出てきて、混血児は母親から引き離され、白人の里親のもとに送られて教育と生きる権利を与えられる。

 有色人種は虐殺か淘汰だが、一滴でも白人の血が入れば彼らは生かされる。

かつてメキシコを征服したスペインは原住民の男は殺したが、女を強姦して子供を生ませた。

メキシコはその混血のメスチゾが国民の過半を占める。それと同じことを今、やっている。


 そのオーストラリアで、シドニー五輪が聞かれた。大会のテーマは友愛と和解だった。

豪州の暗い過去、つまりアボリジニヘの非人道的な対応はやめた、今は白人と先住民は和解し、友愛が生まれたという主張だ。

 それを象徴するように混血の女性アスリートが聖火ランナーを務め、開会式の祭典では多数のアボリジニの男女が会場いっぱいに踊りまわってみせた。

 しかし、それは彼らのいう「Bull shit(たわごと)」でしかなかった。

 和解の象徴のように扱われた女性アスリートは自分の生母がだれかも知らない。白人の血が混じったというだけで、彼女もまた生母から無理やり引き離されたひとりだった。

 開会式で踊った先住民も、実は白人が体を黒く塗ったニセ者だった。本物の彼らは出演を拒否し、華やかな会場の外で「私たちを減ばさないで」と座り込み抗議をしていた。
 APもロイターもそれは流さず、彼らの声はかき消された。
http://ayarin.iza.ne.jp/blog/entry/562736/


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7. インディオの品種改良


ブラジルの人種混交


大航海時代における、アメリカ大陸の異文化との接触においてブラジルは特異な状況にあった。インカ帝国のように高度な文明を保持した国はその文化への反発から壊滅され、何もない状態から文化を植え付ける作業を行われたが、ブラジルの先住民インディオは十分な文明を持っていないと認識されたことによって、文化の壊滅的な破壊を免れることになった。

ジョゼー・デ・アレンカールが記したセアラーの伝承「イラセマ」に記されたように、ブラジル人は混血によって生まれたのだといわれている。

ブラジル人が混血によって誕生した原因は、ポルトガルが植民の際に女性を連れてこなかったことに起因する。

また、純真なインディオがかつてのヨーロッパ人のように、旅人への好意として女性が体をささげるという習慣があったためでもあり、また性行為に対する感覚も白人とは違っていた。

インディオのもつ純真さに対して、ポルトガル植民は邪心に満ちていた。

何より、初期のポルトガル植民に犯罪者や追放者、冒険家などのごろつきが多かったのである。

当初は一時の肉体関係のみであったが、広大な大地を征服するためにポルトガル王朝が混血を推進したこともあり、インディオの一夫多妻の習慣はポルトガル植民にすぐに受け入れられインディオの女性は性的な搾取の対象となった。

この悪習はイエズス会が介入するまで続けられていた。そのために多くの混血が生まれ、ジルベルト・フレイレがブラジル的家族の母としてインディオを挙げる要因となったのだ。

それぞれ言葉が違うインディオを統率するためにポルトガル人は人工の言語を作り、教育を施すために教会はインディオの子どもを森から連れてきて学校に押し込んだ。子どものレベルから教育を施し、それが大人へと伝わっていくことを目論んでいたのである。

しかし、インディオの経済基盤を確保せずに混血を勧め、文化を押しつけたために混血児やインディオが生活出来なくなるという弊害が現れることになったのだ。そして、ヨーロッパからの疫病や、虐殺などによってインディオ自体の数が減ってしまったのである。

そのため、インディオに代わって黒人奴隷が投入されるようになったのだ。

黒人奴隷もやはりインディオの奴隷と同じ道をたどり、男性は労働力として、女性は性的搾取の対象として扱われた。

黒人女性は家事を行ったり、白人の子どもに乳を与えて育てたり、言葉を教えたりする一方で、農園の主の妾として働いた。そのため、黒人は白人の異常な性愛と家庭生活に強く影響したのだ。

大農園の家父長制や奴隷制は、支配階級にある白人達に倒錯した性生活を与えた。

若い頃から性的な関係を持ち、親が子に金を渡してでも女を抱かせ、次々と奴隷に手を出していったことで性病が広まり、一方で性病を治すには若い処女とセックスすることが一番の治療であるという迷信まで広まった。

奴隷制の主従関係はまた、白人にサディズムを植え付けるという効果をもたらした。

白人の子どもに与えられた奴隷の遊び相手は、殴られるだけのサンドバッグのようであり、そこからはぐくまれたサディズムは、時に黒人に対しての不条理な行為となった。
http://www.cruzados.info/caminhos/brasil/brasil_00.html


 メキシコ南部、チアパス州の山間にあるマヤ族の村チョモラスは妙な言い方だが、人工の村である。

密林の奥深く、焼き畑農業を営んできたマヤの人々に住む家を提供し、手に職を与え、子供たちは学校に通わせて、というメキシコ政府の定住化政策で生まれたモデル村、という経歴をもつ。

 その村の中央にはキリスト教会がそびえる。あの栄光のマヤ文明を生んだ彼らのための新しい村というよりはスペイン辺りの村を模したようにも見える。

 教会の中は、しかし少しもスペイン風ではなかった。祭壇には十字架ではなく聖母子像が置かれているのはともかく、礼拝の広間は中央通路(Aisle)を挟んで左右に連なる礼拝席がない。まるで体育館のようにただのタイル張りの床が広がるだけなのだ。

 その日はたまたま日曜日で、マヤの人々のミサを見ることができた。彼らは申し合わせたように大きな袋をかつぎ、ヤギかあるいは鶏を抱えていた。

袋の中身は松葉だ。広間のどこかに場所を決めると、その松葉を床に敷く。一家族で畳二枚分ぐらいのスペースだろうか。そして周囲を縁取るようにロウソクを立てて火を灯す。薄暗い聖堂の底がロウソクの火で満たされると、そこここから低音の“読経”がわきだしてくる。

 声の主はチャマンと呼ばれるマヤ人の福音読みで、彼らは十ペソほどの祈祷料をもらって各家族のもとでマヤ語で福音を語る。

 家族は松葉のじゅうたんに座り、チャマンの言葉を聞きながらポッシュという強い地酒を飲み回す。小さな子供もその輪に加わっていた。

長い読経が終わると家族は連れてきたヤギや鶏の喉をナイフで切る。

マリアさまに捧げる生け贄というわけだ。

この礼拝の景色はマヤ信仰と多くの類似性をもつ。

有名な生け贄の儀式では生け贄にされる者も、その家族も司祭もすべてがポッシュを飲み、今は麻薬に指定されているメキシカンマッシュルームも併せ噛んだ、という。

神の声はそういう陶酔の中で聞く。

マヤの伝統を見る思いだった。

この村は排他性が強い。

よそ者にはうるさく、写真撮影でもしようものなら警棒をもった自警団に袋だたきにされる、と同行した民族学研究家N氏が忠告する。

一見、白人にも見える彼はスペインの血が混じるメスティソで、マヤの風俗や言葉に精通している。

 彼は「村人の気持ちは複雑だ」という。

ここにスペイン人がきたのは十六世紀。

ラス・カサスの「インディアスの破壊についての簡潔な報告」にあるようにスペイン人はここでもマヤの人々を冷酷に殺しまくった。

 ラス・カサスは三百万の島民が六十年足らずで殺され尽くしたエスパニョラ島やキューバについて、

「黄金のありかを白状させるためにローストチキンのように火で何日もあぶった」。

「スペイン人の上官がそのうめき声がうるさいからと部下に命じてインディオに猿轡をさせた」、

「腹をすかせた猟犬のためにインディオの赤ん坊をちぎって食べさせた」
などと描写する。

 しかし、この地に至ったころにはスペイン人は皆殺しを少し緩和した。

略奪と殺戮であとはペンペン草も生えないという方針から、いわゆる植民地化へと移行し始めた。

先住民の教化と引き換えに荘園の使役に使うエンコミエンダ(委託)である。

それこそペンペン草も生えなくなったエスパニョラ島などでは死滅した先住民に代わって黒人奴隷を入れて砂糖などの生産が行われている。


 無差別には殺されなくなったものの、先住民、インディオの地獄は続いた。

男は重労働を強いられるだけでなく社会的断種、自分たちの子孫を残すことは認められず、女はスペイン人の強姦の対象とされた。

 この強姦は植民地支配の政策として実行されていたことがトーマス・クック章を受賞した英国人紀行家ノーマン・ルイスの東ティモール紀行の中に書かれている。

「(ティモール軍の)古参兵は色は黒いけれど、目鼻立ちは西欧人のそれを思わせるのはポルトガル人の兵団がここに子孫を残したことを示す。

新たな植民地を防衛するのに必要な兵力を自分の息子でまかなうべく現地の娘と進んで結婚せよ、との命令に兵士たちは喜んで従った結果である」。

先住民の女に子供を産ませる強姦を国家が積極的に奨励していたのだ。

 そうして産まれてきたハーフカスト(混血児)はその血筋を栄誉として本国(白人)に忠誠を誓い、植民地防衛の先兵として敵と戦うことが期待された。

その敵には当然、植民地支配を拒絶する人々、つまり彼らの血の半分を共有する先住民もいた。

 混血児にこういう苛酷な義務を負わせる政策を征服者側はInterfaith Marriageとか通婚政策と今でも美しく表現する。

ポルトガルの好敵手だったスペインもこれにならった。

延べにして十万単位ほどのスペイン人が二百年間にわたって行った強姦政策の結果が今、メキシコ人口の六割約五千万人に及ぶメスティソになる。

それがいかに徹底して行われたかを示している。


 このときマヤの民は抵抗し山に逃れた。

シナカンテコス、ラカンドニス、そして九〇年代、NAFTA調印に抵抗してチアパスで蜂起したトホラワレスはその末裔になる。

 彼らの祖先は山に逃れて彼らの文化と純血を守ってきた。

今、彼らは定住化政策で山を下りてきて、そこで見た現実に戸惑った。

N氏が「複雑な気持ち」と指摘したのはその戸惑いを言う。

 メキシコ社会は一割の白人を頂点に、その下に八割のメスティソが位置する。

メスティソも白人度の高い者、つまり白人の血が濃いほどいい学校に入れ、いい会社に就職でき、社会的に高い地位も入手できる。

逆に白人との混血度が低ければ社会的地位も下がる。

 しかしマヤの民には白人の血は一滴も入っていない。

定住村から先の現代社会に入ろうにも現実は拒絶の壁が立ち塞がる。

それが命懸けで純血を守った代償だった。

 なぜ自分たちの祖先を蔑み、なぜ野蛮な征服者の血に憧れるのか、と彼らはN氏に語るという。

その一方で、ポッシュに酔った勢いで若い娘たちがなぜ祖先は山に逃げ通婚政策を拒否したのか、その残酷さを受け入れていてくれれば私たちは村を降りられたのにと愚痴るのも聞かされた。

重い言葉で、返す言葉もなかったという。

 「私たちメスティソ、それも白人に近い方のメスティソにもこの村の人々には絶対聞かせられない悩みがある」。

N氏は結婚して八年になる。

子供が産まれるたびにその恐怖がわいてくるという。

「産まれてくる子が何色なのか、それが白いと分かるまで眠ることができない」。

二つの血のどっちが強くでるか。

それは心の中で自分の本来の祖先の血を呪っていることにもなる。

 頭ではそうした差別はいけないと考えてもわが子となると話は別になる。

「メキシコ・シティのハードロック・カフェに入ろうとしたメスティソの兄弟の兄が入店を断られた。

遺伝子のいたずらで白人ぽくなかったからだ。

でも私たちはそれを批判したり笑ったりする気にはならない」。


 メキシコの純血の民は今、一千万人いる。

中米グアテマラも南米ペルーもコロンビアも状況は同じだ。

アルゼンチンは一八七〇年代、「国家の近代化」という名の下に組織的にインディオを虐殺した。

それでもパタゴニアなどに祖先の血を全うする人々がひっそりと生き延びている。
http://www.tenri-u.ac.jp/tngai/americas/files/newsltrs/41/no41takayama.html

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8. 黒人奴隷の品種改良


アメリカでの黒人奴隷制度は1705年のヴァージニア奴隷法により確立されました。

「海路または陸路によって、本植民地に輸入されたサーヴァントであり、その出身地での非キリスト教徒はすべて奴隷とされる。彼らは以後キリスト教徒に改宗しても売買の対象とする」

また、その子供は「奴隷の子どもの身分が自由か不自由かは、その母親の身分に従うもの」とされました。 つまり、

黒人奴隷間に産まれた子供は奴隷(親を所有しているプランターの所有物)、
更に白人男が黒人女に産ませた子供も奴隷としました

勿論白人と黒人の結婚は禁止されていました。

奴隷貿易が禁止されていく中で、奴隷の再生産は奴隷の出産によって行われるようになりました。

白人プランターは家畜を種付け・交配するような感覚で黒人奴隷に子を産ませていたこと、

特に「混血は肌の色が薄いゆえに純粋な黒人より高く売れる」という価値観から、プランターが黒人女性奴隷をレイプし(これは「奴隷は人ではない」がゆえに犯罪とすらされなかった)て産ませるという事態が頻繁に見られたことは忘れられてはならないでしょう。
http://oshiete.eibi.co.jp/qa997815.html


アメリカにおける黒人差別には、聖書やコロニアリズムに由来する黒人差別とは異なるアメリカ特有の歴史的背景がある。

アメリカで白人が黒人を差別する理由は、 黒人の8割が白人との混血だから。

正確にいうと、ほぼ100%に白人の血が入っている。

黒人奴隷の時代に、奴隷を増やして売るための種付け専門の白人男がいた。

つまり女奴隷を何人も買い込み、セックスする仕事。

白人農場主は、子供から仕込んだほうが素直であるとよろこんだ。

そして白人との混血女だと値が上がった。これは夜の奉仕の為。

農場主は黒人メイドに種を仕込んで子を産ませ、それで生産量、財力をふやした。
アメリカ大統領ジェファーソンも、その趣味に打ち込んでいたといわれる。

人の少ない開拓地では人口=財力。


これを嫌ったのは妻の白人女性で、それで東部は奴隷解放を支持した。

アメリカ東部はアイルランドやドイツ人を満載した移民船がぞくぞく着いて白人労働者が余り、もはや黒人奴隷になど頼る必要はなかった。

ただ田舎では深刻な人不足、女不足に悩んでおり、黒人奴隷も家族のように大切という違いがあった。

つまりアメリカ黒人は生まれが卑しく、先祖をたどればすべて種付け男と奴隷のアイノコだと白人延いてはアフリカの黒人からもしばしば罵倒されるのだ。

公民権ムーヴメント以来様々な理論武装を試みてきたアメリカの黒人達も、これについてばかりは全く反論できない。


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アメリカという国は、過去に何百万という黒人をアフリカから強制連行してきて、奴隷としてこき使った国です。

若い女の奴隷は、所有者である白人農場主の性的な慰みものになり、文字通り、性奴隷として扱われました。

黒人の女奴隷が生んだ白人農園主の子供はやはり奴隷にされたといいます。

白人の農場主は黒人の女奴隷とセックスすることで、性的な楽しみを得ると同時に、彼女たちとセックスして子供を産ませることで奴隷という自分の財産を増やすという二重の利益を得ていたのです。

アメリカの第二代と第三代の大統領であったトーマス・ジェファーソンは、アメリカ史上に残る立派な大統領という評価を得ているそうですが、彼は多数の奴隷を所有する裕福な農場主で、黒人の女奴隷に何人もの子供を産ませたことで知られています。

みずから奴隷を所有し、女奴隷に子供を産ませた人間が大統領になっている国は、世界広しといえど、アメリカぐらいなものでしょう。
http://jack4afric.exblog.jp/4997042/


1813年にノースカロライナで奴隷の家庭に生まれたハリエット・ジェイコブズの例を挙げてみよう。

彼女は12歳の時にジェームズ・ノーカムに売られ、彼はほどなく彼女に対して性的交渉を持ち始めた。その後ジェイコブズが彼女のメモワールで回顧しているように、ノーカムは彼女に「私は彼の持ち物だった;全てにおいて彼の意志に服従しなければならない」と告げたのだ。


そして、彼女はそうした。ジェイコブズは時には所有者の手をなんとか逃れる事が出来たとはいえ、彼は確かに彼女を所有していた。

彼女とセックスをする為に、ノーカムは時には彼女に新しい洋服や他のプレゼントを約束した。時には単純に彼女の喉元に剃刀を突き付けた。

そしてそれは、我がアメリカの同胞よ、我々がレイプと呼ぶ行為だ。

算数をしよう。1850年から1860年の間に、黒人奴隷の数は約20%増加した。

だが、歴史家のジョエル・ウィリアムソンが計算した通り、奴隷にされた「ムラート(混血奴隷)」の数は驚きの67%も増加したのだ。もっと率直に言えば、黒人奴隷の肌は色が薄くなっていった。

白人の所有者達が彼等をレイプしたからだった、という事だ。
本当に単純な事だ…そして、酷い事だ。

偉大なるアフリカ系アメリカ人奴隷廃止論者フレデリック・ダグラスが自伝で物語った通り、黒人女性奴隷は「彼女の所有者の父親、息子、もしくは兄弟のなすがまま」だったのである。

黒人女性は奴隷商人にも虐待され、彼等は次の白人に彼女達を売り飛ばす前によくレイプした…

そして、次の性的強制劇に入る。

疑いの余地もなく、所有者とセックスする為に選ばれたかもしれない奴隷はいただろう。だが、間違った選択肢が自分を売り飛ばしたり、酷い時には殺されたりすると知っている場合に、セックスを「選択する」とはどういう意味なのか?

所有者の中には生活スペースを共有したり、この関係から産まれた子供達を可愛がったりして、奴隷を伴侶のように扱った所有者達も中にはいるようだ。

だが、もっと頻繁には、彼等は何事もなかったように振る舞っただけだった。
自分達の鼻先で起こっている事態を無視した所有者の白人の妻や娘も同じだった。

そのようなわけで、我々もやっている。

何人のアメリカ人の子供が独立宣言の父であるトマス・ジェファーソンが彼の奴隷に子供を産ませた事を知っているだろうか?

そして、どれだけのアメリカ人の両親が子供達にこれを知って欲しいと思っているのだろうか?
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/7253a111def132e53dc3d00f01e92977


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9. 白人の起源

1) ヨーロッパ人の遺伝子


@ Y染色体(男系遺伝子)による分類


Y-DNAは、父から男子にしか伝わらない為、基本的に父と子のDNAは同じものが遺伝する。

同一グループの遺伝子であれば、男系は同一の祖先を持つ。
突然変異した遺伝子の一部が突然変異を起こすことが有るため、亜種が存在する。


• B, E:サハラ砂漠以南にアフリカの家系に見られ ます。
• E, G, H, I, J, R :ヨーロッパ、中東、西アジアの家系から見られます。
• C, D, N, O, Q, R:アジアの集団で見られます。
• P, Q, F:インディアンの家系に見られ ます。

http://www.rocus.co.jp/roots/dnaroots.htm

Y-DNA ハブログループの時系列変化

• K => 40,000 years ago (probably arose in northern Iran)
• T => 30,000 years ago (around the Red Sea)
• J => 30,000 years ago (in the Middle East)
• R => 28,000 years ago (in the Central Asia)
• E1b1b => 26,000 years ago (in southern Africa)
• I => 25,000 years ago (in the Balkans)
• R1a1 => 21,000 years ago (in southern Russia)
• R1b => 20,000 years ago (around the Caspian Sea or Central Asia)
• E-M78 => 18,000 years ago (in north-eastern Africa)
• G => 17,000 years ago (between India and the Caucasus)
• I2 => 17,000 years ago (in the Balkans)
• J2 => 15,000 years ago (in northern Mesopotamia)
• I2b => 13,000 years ago (in Central Europe)
• N1c1 => 12,000 years ago (in Siberia)
• I2a => 11,000 years ago (in the Balkans)
• R1b1b2 => 10,000 years ago (north or south of the Caucasus)
• J1 => 10,000 years ago (in the Arabian peninsula)
• E-V13 => 10,000 years ago (in the Balkans)
• I2b1 => 9,000 years ago (in Germany)
• I2a1 => 8,000 years ago (in Sardinia)
• I2a2 => 7,500 years ago (in the Dinaric Alps)
• E-M81 => 5,500 years ago (in the Maghreb)
• I1 => 5,000 years ago (in Scandinavia)
• R1b-L21 => 4,000 years ago (in Central or Eastern Europe)
• R1b-S28 => 3,500 years ago (around the Alps)
• R1b-S21 => 3,000 years ago (in Frisia or Central Europe)
• I2b1a => less than 3,000 years ago (in Britain)

http://www.eupedia.com/europe/origins_haplogroups_europe.shtml

ヨーロッパと近東に於ける新石器時代・青銅器時代の民族移動
http://www.eupedia.com/europe/neolithic_europe_map.shtml

Y染色体ハブログループの移動
http://www.kerchner.com/images/dna/ydna_migrationmap_%28FTDNA2006%29.jpg

Aミトコンドリア遺伝子による分類


ミトコンドリア遺伝子は母親のモノしか伝わらない為、母系を調べる事が可能。
ミトコンドリア遺伝子が同一であれば、先祖は必ず同じ母親にたどり着く。


• L1, L2, L3--サハラ砂漠以南のアフリカの家系
• H, I, J, K, T, U, V, W, X--ヨーロッパ、北アフリカ、西アジアの白人グループ。
• A, B, C, D, E, F, G, M--アジア人、オセアニア、およびインディアン


世界中のDNAに関する研究から編纂されたこのDNA移動パターンマップは、
最初の人類がおよそ13-18万年前にアフリカで生まれたことを示しています。


a)アフリカではmtDNAマクロ家系L
b)ユーラシアとオーストラリアではmtDNAマクロ家系MとN
c)西ユーラシアではmtDNA家系H, I, J, K, T, N, U, V, W, X
d)アジアとオセアニアではmtDNA家系A, B, C, D, E, F, G, M, P, Q, Z
e)アメリカ大陸ではmtDNA家系A, B, C, D, X

http://www.rocus.co.jp/roots/dnaroots.htm

ミトコンドリアDNAハブログループの時系列変化


• N => 75,000 years ago (arose in North-East Africa)
• R => 70,000 years ago (in South-West Asia)
• U => 60,000 years ago (in North-East Africa or South-West Asia)
• pre-JT => 55,000 years ago (in the Middle East)
• JT => 50,000 years ago (in the Middle East)
• U5 => 50,000 years ago (in Western Asia)
• U6 => 50,000 years ago (in North Africa)
• U8 => 50,000 years ago (in Western Asia)
• pre-HV => 50,000 years ago (in the Near East)
• J => 45,000 years ago (in the Near East or Caucasus)
• HV => 40,000 years ago (in the Near East)
• H => over 35,000 years ago (in the Near East or Southern Europe)
• X => over 30,000 years ago (in north-east Europe)
• U5a1 => 30,000 years ago (in Europe)
• I => 30,000 years ago (Caucasus or north-east Europe)
• J1a => 27,000 years ago (in the Near East)
• W => 25,000 years ago (in north-east Europe or north-west Asia)
• U4 => 25,000 years ago (in Central Asia)
• J1b => 23,000 years ago (in the Near East)
• T => 17,000 years ago (in Mesopotamia)
• K => 16,000 years ago (in the Near East)
• V => 15,000 years ago (arose in Iberia and moved to Scandinavia)
• H1b => 13,000 years ago (in Europe)
• K1 => 12,000 years ago (in the Near East)
• H3 => 10,000 years ago (in Western Europe)

http://www.eupedia.com/europe/origins_haplogroups_europe.shtml


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2) 前インドヨーロッパ人


前期旧石器時代(Lower Paleolithic、250万年前〜12万年前)
この時代の人類はホモ・ハビリスおよびホモ・エレクトスが主流であった。


中期旧石器時代(Middle Paleolithic、30万年前〜3万年前)


ネアンデルタール人が広がった。

極東アジアの中期石器文化はヨーロッパから来たネアンデルタール人に依ったものではなく、アジアの原人から進化した古代型新人によって形成された。

後期旧石器時代(Upper Paleolithic、3万年前〜1万年前)

クロマニヨン人(ホモ・サピエンス)が主流となり、他の化石人類は急速に姿を消した。

クロマニョン人は後期旧石器時代にヨーロッパに分布した人類で、現代人と同じホモ=サピエンス(Homo sapiens)に属し、白色人種に入ると考えられる。 身長は男性で180cm前後。

クロマニョン人はそのままヨーロッパ人へと遺伝的に繋がっている。
クロマニョン洞窟での発見以来、同種の人類化石がヨーロッパ各地で発見された。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%9E%E3%83%8B%E3%83%A8%E3%83%B3%E4%BA%BA


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最初期の現生人類 — ホモ・サピエンス・サピエンス — がヨーロッパへ入ったのはおそらく50,000年ほど前、長い間氷期のとくに気候が穏やかな、ヨーロッパが比較的温暖で、食料が豊富だった時期の間である。

南フランスにあるラスコーの洞窟壁画のような、世界最古の芸術作品のいくつかはこの移住から程ない時期であると年代測定可能である。

ネアンデルタール人はすでに約15万年もそこにいたと考えられているが、おそらく寒冷期に現代人との争いに敗れ、約30,000前に絶滅したようである。

最後の氷期にヨーロッパははるかに寒冷で厳しい環境となり、北部の大部分は荒涼たる氷河に覆われた。氷河が後退し始めた、およそ20,000年前[14]、人類は再び北方へ移住した。

ヨーロッパにおける中石器時代は、更新世終期(約10,000年前)に始まり、農業の開始(世界の地域により時期が異なる)までで終わる。

近東地域(地中海沿岸のシリア、エジプト、小アジアなどの地域)では、更新世終期には農業は始まっていた為、中石器時代は短い、或いは無いと分類されており、一般にはヨーロッパの西・北部の文化が典型とされている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E7%9F%B3%E5%99%A8%E6%99%82%E4%BB%A3

紀元前7千年紀中石器時代のヨーロッパで新石器時代の文化がアナトリアからヨーロッパに入り始めた。

もし新石器時代のヨーロッパへの移民が本当にインド・ヨーロッパ語族であったなら、非インド・ヨーロッパ語族を話す人々は明らかに中石器時代の生き残りの候補である。
ピレネー山脈のバスク人が最も強力な事例を提示している。

なぜならば彼らの言語は世界の他のどの言語とも関係なく、バスクの人々には類のない遺伝的特徴があるからである。

北東ヨーロッパの、ウラル語族を話す人々(たとえばフィン人)が中石器時代の人々の生き残りであることも示唆されている。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E7%9F%B3%E5%99%A8%E6%99%82%E4%BB%A3%E3%81%AE%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%83%E3%83%91


ヨーロッパ ヨーロッパの多くの地域の定住は、西アジア起源の農牧に基礎をもつものです。

西アジア起源の農牧導入以前にあった採集・狩猟・漁労による移動生活と入れ替わって農耕を基礎にした定住生活が定着したのです。

ヨーロッパで最初に定住生活が始まるのは、7500〜8000年前のバルカン半島です。
ここが西アジアに近く、気候条件も似ているからでしょう。

農牧に伴う定住は、1000年ほどバルカン半島に留まります。
ここでヨーロッパの森林地帯に適応できるように体制を整えていたのでしょう。

6500年ほど前にダニューブ川からライン川沿いに大西洋岸まで一気に農牧を基にした定住が広がります。

ダニューブ文化と呼ばれています。

家畜はヤギ・ヒツジからウシに替わっています。

同じ頃、貝殻文土器文化が地中海沿いに広がりますが、農耕の要素は希薄で、定住は疑問です。

5000年前には北ヨーロッパを除く広い地域に西アジア起源の農牧を基にした定住が定着します。

 北アフリカ、南・中央アジア この3地域はヨーロッパと同じように西アジア起源の農牧を基にして定住します。

それまでの生業を西アジア起源の農牧に置き換えて定住するようになります。

ナイル川流域では、オオムギの栽培とウシの飼養が独自に開始された可能性があります。
土器も独自に作られたと思います。

採集・狩猟・漁労に栽培と飼養を組み合わせた半定住的な生活があったと考えられています。
これが西アジア起源の農牧に置き換わります。

北アフリカの他の地域は採集・狩猟・漁労に西アジア起源の農牧を組み合わせた半定住的な暮らしが3000〜4000年前まで続きます。

この時期の乾燥化を契機にオアシス周辺で農耕による定住、乾燥地で牧畜という生活に変化します。

インダス川流域では独自の定住は明らかではありません。西アジア起源の農牧により定住したと考えられます。

他の地域の様相はよくわかりませんが、ガンジス川流域ではイネの独自の栽培化で定住したものと思われます。

中央アジアは西アジアの農牧の波及でオアシス周辺が定住化したものと考えられます。
乾燥地には牧畜だけの生活があります。4000年前にはここで遊牧が誕生したと思われます。

 西アジア起源の定住の波及 西アジア起源の農牧は、ヨーロッパ、北アフリカ、南・中央アジアに定住をもたらします。

ナイル川、インダス川流域ではそれを基にして個性ある文明を出現させます。
http://www.mahoron.fks.ed.jp/kancyou/19kancyou4.htm


新石器時代のヨーロッパ


新石器時代のヨーロッパは、およそ紀元前7000年(初めて農耕社会がギリシアに現れたおよその時期)から紀元前1700年(北西ヨーロッパで青銅器時代が始まった)までの時代である。


• 南東ヨーロッパではおよそ4000年間(紀元前7000年–紀元前3000年)
• 北西ヨーロッパでは3000年以下(紀元前4500年–紀元前1700年)

新石器時代の人々は西南アジアからヨーロッパへと拡大していき、インド・ヨーロッパ語の話者の導入と同時に中石器時代の文化に取って代わった。

氷河期の終わりに西南アジアのレバント地域で初めて食料生産社会が出現し、紀元前8千年紀に地域的に独特な多数の文化へ発展した。

エーゲの食料生産社会の遺跡は放射性炭素でクノッソス、フランキティ洞窟(en:Franchthi Cave)、およびテッサリアの多数の大陸の遺跡は年代がおよそ紀元前6500年であると測定された。

そのすぐ後、新石器時代のグループがバルカンと南中央ヨーロッパに現れた。

南東ヨーロッパ(バルカン、イタリア、およびエーゲ)の新石器時代の文化は、西南アジアやアナトリア(たとえばチャタル・ヒュユク)のグループとある程度の連続性を示している。

現在の証拠は新石器時代の物質的文化が西アナトリアを経由してヨーロッパに伝わり、そして北アフリカや黒海の草原地帯の文化との類似点はヨーロッパ「から」の伝播によるものであることを示唆している。

放射性炭素年代測定による解析は、中石器時代と新石器時代の集団は1000年程度ヨーロッパの多くの部分、とくにイベリア半島と大西洋岸沿いで、並んで共存していたことを明確に示している[3]。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E7%9F%B3%E5%99%A8%E6%99%82%E4%BB%A3%E3%81%AE%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%83%E3%83%91

ストーンヘンジ

   やはり紀元前3000年頃、アフリカ大陸からジブラルタル海峡をわたって、西ヨーロッパにひろがった人々の存在が確かめられている。

彼らは、イベリア半島、フランスのブルターニュ、ブリテン諸島などに、有名な巨石文化(イギリスのストーン・へンジなど)や農業遺跡を残している。
  
   このアフリカ起源の人々は、イベリア半島を第二次の起点としたので、イベロ族とか、イベリア人とかよばれている。

そして、イギリスの歴史学者、モートンは、彼らについてつぎのように書いている。
  
   「コーンワル、アイアランドおよびウェールズとスコットランドの海岸にそって、紀元前3000年から2000年のあいだにブリテンに移住したイベリア人ないし巨石文化人の残した遺跡が群がっている。
  
   ……かれらは、短身、暗色の皮膚、長頭の人種で、……かれらの遺跡の大きさとみごとさとは、かれらが多数のよく組織された人びとであったことを物語っている。

なん千人もの人びとが、大きな土塁を盛りあげるのに共同で労働をおこなったにちがいない。

そして、輸送路が、整然たるやり方で定住地と定住地とを結んでいるのである。
したがって、イクニールド路は、ノーファクのブレクランドにある大規模な火打石採集場たるグライムズ・グレイブズという産業の中心地とエイヴベリの宗教的中心地とをつないでいるのである。

丘原地帯の段々は、鍬や鋤で集約的な農業がおこなわれたことを示している。……

  
   イベリア人の社会構造のより直接的な証拠は長い塚である。しばしば長さ200フィート《約60メートル》をこえるこれらの塚は、埋葬地であって、明確な階級区分が存在したことを示している」
(『イングランド人民の歴史』、p.16〜17)
  

この民族は、最初は、新石器文化の段階にあったようだ。
この時代に、輸送路、火打石鉱山、宗教的中心地(ストーン・ヘンジのこと)、段々畑の集約農耕がみられ、しかも、その起源はアフリカに求められている。
おそらくは、サハラ農業文化地帯の出身者であろう。
  

西アフリカにも、同様な巨石文化があった。
現在のガンビアにある巨石の遺跡は、イギリスのストーン・へンジよりは小さいが、同じ型のものである。

そこには古墳もある。そして、同じような古代遺跡が、ニジェール河中流域にもみられる。
    
イベリア人のほかにも、やはりイベリア半島の南端から西ヨーロッパにひろがった人々がいる。

彼らは、全属精練用のルツボを各地に残した。

このルツボが、つり鐘(ベル)をさかさまにしたような形なので、ベル・ビーカー人とよばれている。

彼らも、おそらくアフリカ大陸の出身者であろう。

  
イベリア人やベル・ビーカー人のあとから、ケルト語を使用する民族がやってきた。
そして、現在の調査においても、「ケルト語族とくにウェルシュ人は小さくて皮膚も濃色であることが明らかになった」(『人種とは何か』、p.182)。

つまり、イングランド南部、ウェールズ地方の住民には、かつてアフリカ大陸からわたってきた先住民の特徴が、残されている。
http://www.jca.apc.org/~altmedka/shoten-afmag-44.html

イベリア人

イベリア人(Ibero)は先史、古代からイベリア半島に住んでいた前インドヨーロッパ人(Pre-Indo-European)の人々を指す。

西ヨーロッパ巨石文明の人々、子孫(遺伝学的に証明されている)。

ケルト人に紀元前1000年紀に征服されたアイルランド、ブリテン、フランスの人々と同じで、アルカディア人、ピクト人、イタリアのエトルリア人などと同じ、前インドヨーロッパ人に属する。

紀元前3000年期(紀元前4000年近く)地中海東部、或は北アフリカから来たとされる。
よって最初にスペイン東部沿岸に定着し、イベリア半島地域に分布したと考えられる。
ケルト人は紀元前1000年紀に2度に渡ってスペインを訪れ、イベリア人が南部に住む一方、ケルト人は北部と西部に定住した。

その結果、中央部で文化がミックスされた、ケルト・イベリア文化ケルティベリアが生まれ、東部沿岸にも広まった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%99%E3%83%AA%E3%82%A2%E4%BA%BA

バスク人


スペインの北東からフランス南西部のピレネー山脈周辺にかけて居住する。

バスク人は85%がRh-型の血液である。このことから、バスク人はヨーロッパで最も古い種族ではないかと推測されている。

現在最も有力な仮説とされているのは、イベリア半島における現生人類の第一居住民とされるイベリア人(イベリア語)集団がローマ化されないままに現在のバスク地方に残り、彼らの話していた言語が語彙的に周辺のオック語やカスティーリャ語などの影響を受けたのではないかという説である。

現在のバスクの領域には、後期旧石器時代から人間が住み続けてきた。アルタミラ洞窟(スペイン・カンタブリア州)やラスコー洞窟(フランス・ドルドーニュ県)同様、フランコ・カンタブリア美術に属する洞窟絵画の遺跡が、バスク地方から見つかっている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%B9%E3%82%AF%E4%BA%BA


38 :出土地不明:04/06/12 06:14 ID:xlNkTUS9

ケルト進出前のストーンヘッジなどの文化はエジプトのハム系の文化です。
彼らはイベリア人と呼ばれる。

39 :出土地不明:04/06/12 06:23 ID:xlNkTUS9

インドヨーロッパ語族のギリシア人やラテン人が南欧に進出したのが紀元前2千年前頃からといわれているよね。

それより少し前にアルプスやフランス、スペイン、イギリスに進出したのがインドヨーロッパ語族ケルト人。

それ以前は南欧ではフェニキア人などのセム系が都市国家を構築していたと言われている。

問題はアルプス以北の地域だが少数のハム系や原始コーカソイドが住んでいるだけで人がほとんど住んでいなかったと思う。


42 :出土地不明:04/06/13 10:36 ID:kvy3Iwbn

アイスマンの例にみられるように、ヨーロッパには紀元前3、4千年前から北欧人が住んでいたのだとおもう。

しかし当時もっとも先進的だったハム人がヨーロッパへの進出を試みたが結局中途半端なものに終わり、ストーンヘッジなどの遺跡を残す程度に終わった。

南欧ではフェニキア人に代表されるセム系の人々が大活躍をしラテン人やギリシア人の進出以後も色黒セム人の遺伝は色濃く残った。

68 :カミル:2005/07/09(土) 16:52:25 ID:gJzUHUQv

ドナウ文化はハム系じゃなく印欧語族ですよ。

紀元前7500年ごろから定住を始めています。
これが印欧語の形成期です。

東方から農耕と牧畜の両方の技術を持つ集団が進入してきて、ドナウ河畔の豊かな土地で人口を増やしました。

ここから印欧語族は各地に部族ごとに順々に移動分化していったわけです。
現在の印欧語族集団の分化時期もそれぞれかなりはっきりわかっています。

印欧語族の形成期以前から西欧に現在クロマニヨン人と呼ばれる狩猟採集文化の人々がいました。

バスク人はクロマニヨン人とイコールではありません。
バスクはドナウ文化が形成される前に東方から進入した原始的農耕集団とクロマニヨン人との混血です。
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/archeology/1068222807/


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3) アーリア人


前2000年紀の人口移動

 前5000年から前3000年の間、地球はこの1万年間でもっとも温暖だったといわれている。

現在と比べ、サハラでは1〜2℃、スカンジナビア半島は2〜5℃、チベットでは4〜6℃も気温が高かった。

海面は今より2mほど高く、関東平野の大部分は海の下にあった。

この時期、世界各地で人口が増加し、農耕・牧畜を中心とする生活が北へ拡大した。
 その中で注目されるのが、ドナウ川下流や黒海北岸の地域である。

ここに住む人々は小アジア方面から伝わったムギやヒツジ・ヤギを取り入れると同時に、馬を飼育しはじめたのである。

  さて、前2000年頃になると地球の気候は大きく変化した。

気温が下がりはじめ、北に広がっていた農耕地帯の多くが危機におちいった。

 黒海北岸や中央アジアでも、気温の低下と降水量の減少によって生活が維持できなくなり、人々は馬を連れて四方に移動していった。

西へ向かったギリシア人やイタリア人、ケルト人などをはじめ、インドに侵入したアーリヤ人や、イラン高原に定着したイラン人(ペルシア人)などがそれにあたる。


ヨーロッパやイラン、北インドで話される言語はインド・ヨーロッパ語族と分類され、共通の祖語から枝分かれしたとされている。

印欧祖語の故郷は、確証はないものの、ドナウ下流や黒海北岸と思われる。

ここには最古の馬飼育の跡(前4000年頃)があり、最初に馬が家畜化された場所でもある。

ここで、印欧語のひとつヒッタイト語の問題がでてくる。

ヒッタイト人は前2000年頃コーカサスから小アジアに移住してきたとされることが多いが、根拠はない。

遺物の関連から、ドナウ方面の出身ともいわれる。

しかし、ヒッタイト語は前2000年よりはるか前に分岐したことが確実であり、その時期に小アジアからドナウへ農耕が伝わっていることから、次のように考えた方が自然ではないだろうか。

すなわち、印欧祖語はもともと小アジアで話されていた。

前4000年以前の温暖な時期、その話者の一部がムギやヒツジを持ってドナウやウクライナに移住し、馬と出会ってこれを家畜化した後、前2000年以後の寒冷化で各地に散らばっていった。

ヒッタイトは、小アジアに残った集団がつくった国である。

ヒッタイト人がもともと馬を知らなかったことから考えても整合的な気がする。

http://homepage3.nifty.com/ryuota/earth/history07.html


元来ヒッタイトあるいはハットゥサというのはヒッタイト人が支配する前からいた原住民が称した名と考えられる。その言語はやはりヒッタイトの文書の中に用いられているが、ヒッタイト語とは全く別系統であり、区別するためにハッティ語(原ハッティ語)などと呼ばれる。
 
 実は、(原)ハッティ語を使っていたハッティ族こそが、本来のアナトリア高原の現住民族でした。 旧約聖書に出てくるヘテ人、もしくは、アッカド語のハッティも本来はこの民族とその言語のことだったのです。
http://homepage1.nifty.com/teruminasu/gaiyou.html


インド・ヨーロッパ語族


2003年にニュージーランド・オークランド大学のラッセル・グレー博士らが、分子進化学の方法(DNA配列の類似度から生物種が枝分かれしてきた道筋を明らかにする系統分析)を応用して印欧語族の87言語を対象に2449の基本語を調べ、言語間の近縁関係を数値化しコンピュータ処理して言語の系統樹を作った。

その結果紀元前6700年ごろヒッタイト語と分かれた言語がインド・ヨーロッパ語族の起源であり、ここから紀元前5000年までにギリシャ語派やアルメニア語派が分かれ、紀元前3000年までにゲルマン語派やイタリック語派が出来たことが明らかになったという。

インド・ヨーロッパ語族の起源として考古学的には、紀元前4000年頃の南ロシアのクルガン文化と、紀元前7000年頃のアナトリア農耕文化の2つの説が有力視されていたが、以上の結果は時代的にはアナトリア説を支持するものである(Russell D. Gray and Quentin D. Atkinson, Nature 2003, 426(6965):435-9.)。

ただし従来ヒッタイト人は紀元前2000年頃に黒海方面から南下したというのが通説であり、彼らが一貫してアナトリアにいたという証拠はない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%88%E8%AA%9E


クルガン仮説 (Kurgan hypothesis) は、ロシア南部に存在した「クルガン文化」がインド・ヨーロッパ祖語の話し手であったとする仮説である。

クルガン(кургáн, kurgan)は、ユーラシア大陸中緯度のステップ帯に分布する、青銅器時代の土による墳丘を伴う墓もしくは積石塚のマウンドを伴う墳墓である。

ギンブタスは、明確な墳丘「クルガン」を伴う墳墓を持った「文化」を仮に「クルガン文化」と呼び、クルガン型の墳丘墓がヨーロッパへの伝播していったことをつきとめた。

ステップを越えてひろがるクルガン文化は、高度に発展した文化となり、紀元前2500年前後では、西方ではバルカン半島に住み着くことになる原ギリシャ人の球状アンフォーラを伴う文化となり、東方では、インド・イラン系の遊牧民文化を形成した。

馬の家畜化は、馬を使用した戦車を生み出すことになり、クルガン文化を大きく変貌させ、クルガン文化がヤームナヤ地方全域に波及するのを促進させた。

「原郷 (Urheimat) 」と考えられている場所は、地図上は、ヴォルガ川の近くであって、最初に乗馬という習慣が発生したと考えられる場所とされている。

そしてこれは、最初のインド・ヨーロッパ語族ないし先行インド・ヨーロッパ語族の核をなす民族の発生した紀元前5千年紀に対応するものと考えられている。


クルガン文化の担い手の遺伝的特徴

Y染色体ハプロタイプSNPマーカーR1a という特殊な遺伝的形質をもつ人々は、いくつかの点でクルガン文化と関連性がある。

この遺伝的形質は、中央アジアから西アジア、インド、イラン、東ヨーロッパのスラヴ人、ヨーロッパ中部や北部のゲルマン人に見られる特徴である。

全般的にR1aが最も顕著に出る民族集団はスラヴ人である。

一方、このR1aはヨーロッパの最西端にあたるバスク地方、イベリア半島西部、ブリテン島西部までは広がらなかったようである。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%B3%E4%BB%AE%E8%AA%AC


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4) コーカソイドの歴史


36 :24=31 :02/09/07 12:32 ID:xdhlp+le (3 回発言)

まずは、現世人類のアウトオブアメリカを果たした約10万年前から約5万年前の時代で
す。

アフリカからアウトオブアフリカを果たした人類は、中近東から、中央アジア、そして東南アジア、そしてオーストラリアまで、亜熱帯の海岸づたいに一気に進みます。

そして、地理的隔離により、大まかに分けて、中東・中央アジアおよび東南アジアさらにオーストラリアにおいて人種分化が進行したと思われます。

そして、中近東・中央アジアにおいては、高緯度地方への進出による寒冷対応や高地対応による淘汰や遺伝的浮動により、原コーカソイドとも呼ぶべき人種形質が形成され、その影響は、アフリカ北部にも影響が及んだと考えられます。


一方、東南アジア(南方モンゴロイド)やオーストラリア(オーストロイド)においては、アフリカ進出時とあまり変わらない環境が維持されたため、外見の形質は比較的保たれたままであったようです。

で、前記のような状況の中、中東・中央アジアで分化した原コーカソイドは大型動物の狩猟技術および暖房技術を手に入れヨーロッパ、およびシベリア、チベットなどの広大なエリアに進出しそれとともに形質分化が少しずつ進行していったと思われます。

そして、約2万年前前後の氷河期(最寒冷期)による気候変動が人口の減少とともに人種分化は一気に促進され、原コーカソイドはいくつかのグループに分かれたと思われます。

大まかに地理的に分けると、

西ヨーロッパ人、
北欧ヨーロッパ人、
中近東人、
中央アジア人、
チベット高原人、
シベリア人、
北方中国人、 そして氷河期中にアメリカ大陸に進出した
原アメリカ人、

てな感じです。

※北方中国人については、前記の東南アジア(南方モンゴロイド)が北に進出し形質を変化させたものかもしれません。

そして、氷河期が開けた後、約1万年前に農業・牧畜が発明され耕地や牧草を求めた、人口増加を伴う人類移動により、ヨーロッパ・中近東エリアとアジアエリアにおいて人類のシャッフル(混血)が促進されます。

ヨーロッパエリアにおいては、西ヨーロッパ人、北欧ヨーロッパ人、中近東人、中央アジア人が、混じりあった(一部北アフリカ人)と思われます。
(それらの人々をひっくるめて現在は、コーカソイドと呼んでいることが多い)

一方、アジアエリアにおいては、氷河期開けと共に、シベリア人の南下、チベット高原人の拡散が起こり、(チベット高原人は後に大きな移動を伴う遊牧を確立しヨーロッパにも影響を与えた。)

また、農業の発明と共に、北方中国人が南下及び拡散したと思われます。しかしながら、北方中国人の南下はヨーロッパに比べ緩やかなもので、大きな影響を与えたのはベトナムあたりまでであった思われます。
また、しかしながら、北方中国人の一派は約5000年くらい前に太平洋の島々に進出、その過程で形質を大幅に替え、ポリネシア人の遺伝子的基層をなしていると考えられています。

(これらの人々と、前記の東南アジア人、原アメリカ人をひっくるめてかつてモンゴロイドと呼んでいた。そして近年では、チベット高原人、シベリア人、北方中国人を新モンゴロイドと呼んで区別している。)


40 :名無しさん@お腹いっぱい。 :02/09/08 08:36 ID:h2uwlZMu (2 回発言)

オレの考える人類拡散のストーリーもちょっと書いておくよ。

出アフリカ後の現世人類はまず東に移動した。

オーストラリア大陸に渡ったのは5万年ほど前で、ヨーロッパや北アジアに現世人類が出現するより早い時期である。

この時代、アラビアからペルシャ湾、インド、東南アジアにかけて似たような人々が分布していた。

一方、北へ移り住むのは東へ移るよりもずっと時間がかかった。これは防寒対策が必要だったため。

コーカソイドや新モンゴロイドは寒冷適応しているといわれるが、それより防寒具の開発が不可欠。靴ひとつなくても北へは行けない。

そして、寒冷地に適応した後は速やかに東西に拡散した。
この時点で、ユーラシア大陸の人種は大きく北方系と南方系に分かれていた。

北方系は氷河時代に居住地域が分かれた結果、西の連中がコーカソイドの先祖、東の連中がモンゴロイドの先祖となった。

また、北方系は拡散が終わると、今度は南方へ逆流し始めた。
歴史を見ればその動きが一貫していることが分かる。

東アジアを見ると、まず北方系民族(モンゴル、トルコ、ツングース)の華北への流入があり

漢民族の華南への流入(ここにはビルマ系やタイ系、ベトナム系の諸民族がもともと住んでいた)

ビルマ、タイ、ベトナム、オーストロネシア系(もと台湾居住)は東南アジアに移り住んだ。


それぞれの地域で混血が行われた。東南アジア人は北方系と南方系の混血。

インドにおいても、印欧語系の民族はイラン方面からやってきたが、ドラビダ語を話す人たちもやはりイラン方面からやってきたと言われている。
原住民である南方系と混血した結果が今のインド人。

日本人の先祖も、北か、もしくは西からやって来た。

一部の人類学者が主張するような、縄文人はスンダ大陸(今の東南アジア)から来たという説は誤り。
逆の動き(南→北)がなかったのは、やはり寒冷地への適応の難しさからだろう。


166 :40 :2006/01/15(日) 18:14:09 ID:FgxDCVlB (2 回発言)

さて、出アフリカ後の現人類はまず東に拡散したということを>40に書いた。
その後のDNA調査ではそれを裏付けるような結果が出てきた。
http://medical.tanabe.co.jp/public/science/2005_5_13/sci_jap.shtml#research
Science誌 '05.5.13号

Single, Rapid Coastal Settlement of Asia Revealed by Analysis of Complete Mitochondrial Genomes

全ミトコンドリアゲノム解析から、人類のアジアへの移住は一度に急激に海岸地域におこなわれたことが判明した

内容は、現世人類の出アフリカはインド洋沿岸沿いの移住だったというもの。
インドやマレーシアの少数民族、あるいはアンダマン島民のDNA調査により判明した。

「まず東に拡散した」理由は防寒具の発明が不可欠だったから。

ユーラシア大陸には裸で住めるような地域は、 アラビア半島やインドの南端やマレー半島などごく一部。 ほとんどの地域では靴一つ無くても冬が越せない。

最近の大雪のニュースを聞いてもわかると思うが、 気候の異なる地域、特に北国で暮らすためにはいろいろな知識・技術の積み重ねが不可欠で人類の拡散が東西南北で同じ方向に行われたはずがない。

だから、現世人類はまず東に拡散し、オーストラリア大陸に到達するのも早かった。

北に拡がるのはずっと時間がかかったはずだが、 いったん北国で生活が出来るだけの生活の知識や技術が確立されたら次は適応できた緯度で東西に速やかに拡がった。

これがコーカソイドとモンゴロイドの祖先だろう。


「寒冷適応」という観点で見ると、ネアンデルタール人や東アジアのホモ・エレクトス(いわゆるジャワ原人や北京原人)は「裸のサル」だったのか、あるいは有毛だったのか、というのは興味深い。

上記のように、もし無毛だったら防寒具を開発していたはずだが、一口に防寒具といっても簡単じゃない。 例えば、針と糸がいるが、どちらも技術の積み重ねが無いと出来ない。

それには現世人類に近い高度な言語能力が不可欠だ。

ちょっと整理すると

ネアンデルタール人やホモ・エレクトスが

 高度な言語能力がない → 防寒具が作れない → 有毛だった

一方

 高度な言語能力があった → 防寒具が作れた → 現世人類同様、無毛だった可能性がある。


個人的には、ネアンデルタール人の使っていた道具が、クロマニョン人に比べてかなり原始的だったらしいことから彼らは有毛だったんじゃないかと考えている。

それから、ネアンデルタール人もホモ・エレクトスも、3万年前頃まではまだ生息していて 現世人類とは共存していたらしいことがわかってきたんだが、 ということは、昔の人はネアンデルタール人やホモ・エレクトスを見かけていたはずだし伝説として残っていても不思議じゃないな。
http://logsoku.com/thread/kamome.2ch.net/geo/1031221220/


93 + 2:名無しさん@お腹いっぱい。[] /05/12 11:12 ID:f4Ye4oL/(1)

漢代から唐代における古代中国の資料には中央〜北方アジアにその時代コーカソイド的特徴をもった遊牧系民族のことが記されている(匈奴、古代キルギス、突厥、烏孫など)。

最近の(特にロシアの手による)モンゴルから中央アジアの多数のクルガン(古代遊牧民族の墓)で発見された匈奴・突厥などの人骨のDNA調査などから、これらの民族が北欧型コーカソイドに属していた可能性が考古学・人種学の分野で補強されている。

さて、匈奴や突厥などはテュルク系に属していたと考えるのが一般的であるがそれはあくまで古代文献調査をベースとする言語学のみに拠った結果であり、人種についてはほとんど考慮されていなかった。

しかし先述した考古学・人種学分野でのこれらの民族の調査から、フン襲来以前からすでにヴォルガ地域に散在していたフィン系(マジャールやモルドヴィン人、ジリアン人 チェレミス人などー総称してヴォルガフィン系という)にあてはめられる「ウラル人種」ときわめて酷似していることもわかってきているのである。

マジャール人に ごく稀に出る蒙古斑はむしろアヴァールや他のプロト・テュルク人(フン族)との混血の結果であり、原マジャールは「朱髪、高身、長頭型)の中央アジア型北欧人種に帰属すべきと考えられている。

つまり古代中央・北方アジアにおける北欧型コーカソイドの普遍性という史実と、「ウラル人種」とそれとの人種的類似という点よりマジャールは元来白色人種、それも北欧型、またはそれに近いコーカソイドではなかったか、とされている。


346:名無しさん@お腹いっぱい。[] 05/06/10(金) 00:16:29 ID:iTgvt+Xx(1)

中国の西域を 支配してきたコーカソイドは殆どイラン系だからね。

目の青い人や高い鼻の率は西方に近づくにつれて高くなる。

ウィグルよりもウズベクの方がずっと白人より。イラン系のタジクはコーカソイドそのものに近い。

ウィグルはほぼモンゴロイド。単にウィグルが人種の交わる最東端 なだけ。
証拠にウィグルに近づくにつれてモンゴロイドの特徴が 断然強くなるからね。

351:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 05/06/11(土) 11:35:50 ID:qH4/f2qw(1)

ウクライナから中央アジアにかけては 昔はイラン系が主力だった

それが現在スラブ化、あるいはトルコ化してる

ウクライナは2000年ぐらい前はイラン系、スラブ系、ゲルマン系、フィン・ウゴル系など いろんな言語グループが住んでいたようだ

そう考えるウクライナから中央アジアには もともといろんなグループがいてイラン系が一番強力だったということかも
http://read2ch.com/r/geo/1036574273/


94 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/06/26(金) 21:09:57 ID:B9Kqx+Zw (4 回発言)

最近のミトコンドリアDNAの研究によると

コーカソイドには中東から地中海、南欧州に分散したものと、カシミール、中央アジアから東欧、北欧に分散した二つの系統があることが明らかになっている。

96 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2009/06/26(金) 21:39:23 ID:B9Kqx+Zw (4 回発言)

コーカソイドの形成はイランのザグロス山脈。

初期のネグローオーストラロイドからコーカサス的な形式を持った集団が分化したのだろう。

隔離された寒冷な気候と推測する。

現在この初期型に近いのがアルメノイドから地中海人。
アルメノイドがカシミールで分化して中央アジアを通って北欧人が形成された。
http://logsoku.com/thread/kamome.2ch.net/geo/1172577304/


74 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/09/16 11:44:33 ID:jyIeMGT7

ラップ人とかフィン人は北方ゲルマン・北方スラブ・北方バルト(すべて北方人種=ノルディック)との混血。
民族的にはとくに北方ゲルマンとの混血。スカンジナビア人は純潔民族ではない。

http://www.unkar.org/read/academy6.2ch.net/geo/1093685431


320:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 05/05/21(土) 17:02:39 ID:W+akTwxs(3)

北欧ではフィンランド人が古い人種でしょう。
スウェーデン人に次第に北に押しやられて凄い差別を受けてました。
そのスウェーデン人は南方から来たわけで・・・

スウェーデンやノルウェーには内陸に差別を受ける少数民族がいます。
かれらが本当の北欧原住民で、非キリスト教徒として迫害され、ほとんど滅んだ。
http://read2ch.com/r/geo/1036574273/


307 + 1:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 05/05/19(木) 04:14:49 ID:DXBpxITD(8)

ノルディック至上主義者などは、サクソン人というのは本来スカンジナビア人と同類でその民族集団が徐々に南下して北ドイツなどに定住したと考えたいようです。

これはそれほどおかしな意見ではなくて、特定のイデオロギーに 染まって無くてもそのように考える方が普通かもしれません。

でもそうではなくて、住民の移動は殆どなくて北ドイツ周辺の住民がゲルマン語化の波にさらわれたとしたら、味気ないですね。

北ドイツとスカンジナビアは人種的にやや異なる。

この原因をどー捉えるか。それは人種の混交というより、地域的、気候的な人種の差であるのか。

人種の混交であるならば、それは特定の民族集団(ゲルマン人)がやってきてゲルマン人の移動と人種の変容は比例的に行われていたのか。

それとも、北方系の人種とその他の人種との混交は、民族の移動とは関係なく進められていたのか?

が気になります。


308 + 1:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 05/05/19(木) 11:44:23 ID:3kw3wqIZ(9)
>>307
それは全部当てはまると思いますよ

ゲルマン語を話す集団が北方の先住民と同化してバルト海沿岸に定住して
これは大体5千年ぐらい前だと思いますがその後も緩慢に周辺諸民族と混合しただろうし
ゲルマンの母集団はノルディツクではなかったと思います

後、住む地域によって形質が変わっていくのも非常に緩慢だけど進んでいきます

大体3000年ぐらい前から先住民と同化したゲルマン人はこれまた緩慢に南下していき今の南ドイツから黒海沿岸まで広がっていきます
ゲルマン人大移動のの頃のゲルマン人はノルディツクからアルプス人種、東欧人種まで含む人種的には多様な混合体だっと思います

ただ混血があったことは確実ですがどの程度か判別するのはそれは地域や時代によって異なるでしょうし
欧米の研究論文でも読みあさってもわかるかどうか

323 + 1:名無しさん@お腹いっぱい。[] 05/05/22(日) 01:46:31 ID:QxrA3Zgm(4)
>>308
アングロ・サクソン人に関してはユトレヒト半島くらいまで遡れるらしい。
これは推測なのか歴史的証拠があるからかはしらないが、彼らは一応スカンジナビア半島辺りから南下したと考えられている。

ブルグンド族やヴァンダル族(アフリカまで行ってる)も原住地はスカンジナビア半島とされてるけど、これはちゃんとした証拠があって言ってるのだろうか?

ゴート族にいたって東ヨーロッパから中央アジア一帯まで広がってるけど、ここまで広がっていると、どこから来たのか分かりにくい。

ただスウェーデン人の研究によると彼らの原住地はスウェーデンの島と特定されているのだが。

バルト海沿岸、スカンジナビア半島が 原住地でいいのでは?


324:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 05/05/22(日) 02:05:48 ID:QxrA3Zgm(4)

ゴート、ブルグンド、ヴァンダル辺りの原住地は結局推測となってしまうのかな。

考古学的に生存が決定付けられる地域から様々な条件を考え合わすと、バルト海やスカンジナビア周辺と考えた方がずっと自然ということではなかろうか。

まあ北欧の学者がそれなりに信頼性があるのではないかと思う。


ところで印欧語族のプロトタイプ人種はどのようなものか?

という記事をネットで読んだのですが 学者の間ではイスラム化する前のイラン系が最も近かったのではないかという意見が主流になっているそうです。

現在で言うと、南スラブ人やコーカサス人などがそれに当るとか。
今のイラン人ともやや違うと思われます。もちろん金髪碧眼は 多くなかったでしょうけど。


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10.「ホロコースト」,「民族浄化」は遺伝子操作による人類の品種改良運動だった


中東の生活環境は日本と異なり牧畜的、遊牧的である。

牧畜を営む民族にとって重要なことは不純な血が混じることである。

アラブ民族ばかりかユダヤ民族においても血の純潔は集団世界を維持する唯一の方法である。

彼らがその人生において最も神経を使うことは結婚であり、男女の交わりだ。
ユダヤ教、イスラーム教ともに男女の中を規制する律法の厳しさは群を抜いている。

不義密通をしたものは石打の刑が科せられ死罪を免れない。


最も重い犯罪として裁かれる。

 このような感覚は遊牧、牧畜の生活にとって最も重要な方法であり、それが生存の道であった。

悪い血を持つ家畜は間引きされ、その子孫が生まれ、集団が破壊されるのを防いだ。
それは遊牧、牧畜民の知恵であった。

中東で生まれたキリストは「汝の敵を愛せよ」と説いたが、それはユダヤ世界には理解できないものであった。

ヨーロッパに渡ったキリスト教がそこで根付くことができたのは、中東ほどではないにしろヨーロッパ世界もまた牧畜的世界であったからであろう。
http://www.fusoujyuku.jp/lectures/islam/vol07.html


1 ) 古代ギリシア・ローマ時代から存在し続けた「優生学」

「優生学とは、遺伝的原理を適用することによって人間集団の質を改善する研究である」

最初に目にしたときには、この定義はよい科学的定義がつねにそうでなくてはならないように、無害で、特別の価値判断を交えてはいないように思える。

だがよく見ると、そこにはひづめの割れた悪魔の足先がのぞいている「人間集団の質」という言葉にである。

どのように人間の“質”を定義すればよいのか? 誰がそれを定義するのか? 

それは、遺伝病の場合には簡単なことのように思える。
色盲や血友病、ハンテントン舞踏病といった病気を根絶し、その拡大を防ごうとすること自体に誤りや批判はないだろう。

このような優生学、すなわち身体的・精神的障害の除去の研究は「消極的優生学」と呼ばれる。

これに対して「積極的優生学」は、人間集団の中でより望ましい性質の出現頻度を高めようとするものである。

これは、特定のタイプの人間を生み出すことを目的にする一種の“生殖プログラム”ということができる。


「消極的優生学」は、人類社会においては決して目新しいものではない。

ローマ人は、著しい奇形や不治の病をもって生まれた赤ん坊をローマ広場の近くにある切り立ったタルペイア岩から投げ落とした(罪人もここで同じようにして処刑された)。

スパルタ人にも同様の慣習があった。

多くの原始的な社会でも同じ理由から子殺しが行なわれていた。

ギリシア人やローマ人だけでなく、中世ヨーロッパのキリスト教社会ではどこにおいても、社会的に望まれない子どもが大規模に遺棄された。

通常、このような子どもたちは、両親に彼らを食べさせていくだけの余裕がない、あるいは私生児であるがゆえに社会に彼らの居場所がないなどを理由に捨てられた。

その多くは、誰かに拾ってもらえるのではないかと願う親たちによって公共の場に置き去りにされた。

だがそれとわかる異常のある子を拾おうとする人はおらず、彼らはたいてい置き去りにされたままになった。


今日でも、ロシアやインド、中国、その他多くの国々では先天的障害をもつ子どもの遺棄が続けられている。

これらの国では、親たちに障害をもつ子どもを世話するだけの経済的余裕がない。


他方、「積極的優生学」にもまた長い歴史がある。

古代ギリシアの哲学者プラトンは、理想の社会として哲学者の王たちが支配する独裁的エリート社会を構想した。

プラトンは、理想社会の支配者たるガーディアン(守護者)は、ひそかに、“望ましい男女”が交合するように手配すべきであると示唆した。

ガーディアンたちは、戦争で並はずれて勇敢に振る舞う男がセックスにおいても余分の機会が得られ、それによって彼らが可能なかぎり多くの子を残せるようにすべきである──。

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2)「優生学」を強く支持した20世紀初頭のアメリカ


優生学の支持者であることを自ら公然と任じていたのが、20世紀初頭のアメリカ大統領でノーベル平和賞を受賞してもいるセオドア・ルーズベルトである。

彼は、アングロサクソン人の系統の男女が十分な数の子どもを残すことができなければ、それは“人種的自殺”につながると警告した。
 

セオドア・ルーズベルトが優生学的な理想を支持したのは、今世紀前半を通じて優生学が人々に及ぼしていた影響力の反映であった。

1905〜10年の間、優生学はアメリカで発行されていた一般雑誌で2番目によく取り上げられたテーマであった。その支持者には、保守派もリベラル派も、そして革新派も自由主義者もいた。

アメリカは連邦レベルでは「断種法」を成立させたことはないものの、約30の州が、精神疾患や精神遅滞の人々を対象にする強制的な断種法を制定した。

1907〜60年までの間に少なくとも6万人がそれらの法律の適用を受けて不妊にさせられた。

この政策の全盛期にあたる1930年代に断種された人の数は平均して毎年約5000人に達した。


ダニエル・ケブルズの非常によく読まれた本『優生学の名のもとに』では、バージニア州のある目撃者が1930年代にどうやってこの法律が施行されたかを記述している。

彼は、州の不妊政策当局が山岳地帯に住む“不適合の”家族全員を摘発したときのことを次のように思い起こしている。

「そのころ生活保護を受けていた者は全員が“そうされる”のではないかとおびえていた。
彼らは山々の間に隠れ住んでいたため、保安官とその部下たちは彼らを追って山を登らねばならなかった。」


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3) 優生学者のスポンサーとなっていたのは 「ロックフェラー財団」だった


ヨーロッパ各国で成立した「断種法」とナチスの「安楽死計画」

いくつかの国もアメリカの例にならった。カナダのアルバータ州は、1928〜60年まで同様の積極的計画を採用し、その法律に従って数千人が不妊化されることになった。

ヨーロッパで最初に「断種法」を成立させたのは1929年のデンマークであり、ついで1933年にドイツが法案を成立させ、1934年にはノルウェー、1935年にスウェーデンとフィンランド、1936年にエストニア、さらに1937年にはアイスランドが続いた。

子ども好きだったヒトラーはアーリア人種の純血保存に力を注いだ。


1920年代のドイツでは優生学的制度はまだ強い反発を招くものだった。
実際、1925年に、遺伝的理由で盲目だったり耳が聞こえない人、てんかん患者、精神薄弱者に対する強制的断種を規定した法案が提出されたが、ドイツ国会ではまったく賛意を得られなかった。
 
それが劇的に変化したのは1933年にナチ党が政権を握ってからである。


WASP勢力の中心に君臨しているロックフェラー一族
ドイツの優生学者に資金援助をし、ヒトラーの人種純化政策を支援していた 

ドイツの優生学者のスポンサーとなっていたのは、アメリカのロックフェラーやハリマンなどの一族である。

彼らは1834年に死去したトーマス・マルサスの理論の信奉者であった。

ダーウィンの血を受け継ぐマルサスは、非白人種や“劣等な”白人種を、家畜のようにえり分けることを提唱していた。

マルサスは、経済学者仲間のジョン・スチュアート・ミルとともに、「金髪碧眼のアーリア人種は、この世界へと贈られた神からの賜物である」と言っている。

優等な白人種が無知な有色人種を支配するべきである、と彼ら二人は言うのである。

結局、ナチスも英米のエスタブリッシュメントも、言うことに違いはない。

彼らは同じ穴のムジナなのだ。

◆アメリカとドイツの緊密な関係を支えていたのは、ドイツの優生学研究を確立させようと企てたアメリカの財団の熱烈な資金援助だった。

もっとも重要な後ろ盾は、ニューヨークの「ロックフェラー財団」だった。

1920年代初期に、「ロックフェラー財団」はドイツの人種衛生学者アグネス・ブルームの遺伝とアルコール中毒の研究に資金援助を行なっている。

1926年12月に財団の職員がヨーロッパへ赴き、その後「ロックフェラー財団」はヘルマン・ポール、アルフレート・グロートヤーン、ハンス・ナハツハイムといったドイツの優生学者に資金援助を開始した。「カイザー・ヴィルヘルム精神医学研究所」、「カイザー・ヴィルヘルム人類学・優生学・人類遺伝学研究所」など、ドイツの重要な優生学研究所の設立と資金援助に関して、「ロックフェラー財団」は中心的な役割を演じている。

〈中略〉
1928年、研究所を新築するために「ロックフェラー財団」は32万5000ドルを寄贈した。

「ロックフェラー財団」がミュンヘンの「精神医学研究所」に資金提供をしたために、アメリカの他のスポンサーもあとに続くことになる。

実際、ベルリンにあった「カイザー・ヴィルヘルム人類学・優生学・人類遺伝学研究所」の建物の一部もロックフェラー財団の援助金で建設されたものだった。
〈中略〉

世界が大恐慌に陥ってから数年間、「カイザー・ヴィルヘルム人類学・優生学・人類遺伝学研究所」は深刻な財政問題を抱え、閉鎖の危機に追い込まれたが、「ロックフェラー財団」は赤字が出ないよう資金援助を続けた。

所長のオトマール・フォン・フェアシュアー男爵は重要な局面に何度か「ロックフェラー財団」の代表者と会見している。

1932年3月、「ロックフェラー財団」のパリ支部に宛てた手紙のなかで、彼はさらに6つの研究計画に対する資金援助を依頼した。2カ月後、「ロックフェラー財団」は肯定的な返事をする。

「ナチス」がドイツ科学を支配してからもなお、「ロックフェラー財団」はドイツの優生学者に資金援助を続けた。

我こそが真の神なるぞ!

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       ミ;;;;;;;;、;:..,,.,,,,,
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   ∧   (二二ノ||      /;;;;;;
    ∧       ||    /;;;;;
     ∧      | |  /;;;

1934年、アメリカの優生学者ハリー・ハミルトン・ローリンのモデル法案にもとづいてドイツの「人種衛生法」が起草された。

この法案が「強制断種」への道を開いた。

地域の医師や精神疾患施設の責任者は、断種法の適用候補者をリストアップして当局に提出した。

これにもとづいて、「遺伝衛生判定所」が対象者を断種するかどうかを決定することになった。

もし断種が承認されれば、たとえ本人の意志に反していても不妊化させられた──必要なら国家警察の手をも借りて。

この法律の施行後、最初の2年間でナチの「遺伝衛生判定所」は8万人近くの断種の適用候補者を審査した。

彼らは申請のうちのかなり多くを承認し、その結果ドイツではたった2年間で、アメリカで60年間に行なわれたより遥かに多くの人々が断種されることになった。


この初期の時代(1934〜38年)には、ナチの不妊化政策は、第一義的には遺伝子プールを改良しようと試みていたわけではなかった。

それは“無駄めし食い”、すなわち生産には何ら貢献せず、資源を消費するだけの人々を社会から排除することを目的としていた。

だがドイツの優生的政策は次第にエスカレートしてより忌まわしいものになっていき、ついには精神遅滞者、精神病患者、その他の“望ましくない人々”を大量殺害するまでに至った。

1939年、当局はドイツの病院に入院していた精神疾患および身体障害をもつ特定の分類の人々に対して「安楽死計画」を開始した。

約7万人もの患者が安楽死の対象として選ばれた。
初期のグループは単純に銃殺され、後には犠牲者たちは一部屋に集められてガス死させられた。

この安楽死計画は基本的に、後に何百万人ものユダヤ人を殺戮したガス室の原型であったといえる。

にもかかわらず、1930年代を通して、ドイツの優生学施策はしばしば他の国々の模範例となっていた。
  

スウェーデンが「不妊法」を取り入れたのは1935年だったが、その前にスウェーデン国会が、不妊化に関する委員会を編成すると、委員たちは優生学の調査のため、ドイツを視察した。

http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_hb/a6fhb700.html


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4) 人類の未来の為に日夜闘い続ける欧米のエリート達


ヘルマン・ミューラーの言葉を借りれば、優生学にはより遠い目標がある。

それは「社会が意識的に目指すべき人間の生物的進化の方向性」だというのである。

だがそれは強制によって達成されてはならない。「改良優生学」と呼ばれるこの見方のある代弁者はこう述べた。

「優生学の進展は、解放された男性と女性による自発的冒険であるべきであり、それ以外の何ものでもない。

これを成し遂げるための基本的な方法──それは、才能あるすぐれた男性の精子を用いた人工授精であろう。

このような生殖プログラムは、第1に人間の大多数を占める平均的な人々と劣った人々を現在の優秀な人々のレベルに引き上げ、第2に現在もっとも優秀な人々を超人へと進化させることになろう。」

 
X線を照射された生物の遺伝子に突然変異が生じることを発見してノーベル賞を受賞したヘルマン・ミューラーは別の観点をもち込んだ。

「おそらく人口の20%近くが遺伝的欠陥を受け継いでいる。

もしこの推定が正しければ、人類の遺伝的劣化を阻止するために、その20%の人々は子孫を残すことを許されるべきではない。」


このミューラーは率直な発言で知られる社会主義者であり、1930年代の数年間、ソ連(当時)で研究をしていた。

彼の生涯にわたる関心事は人間社会の改善と遺伝学にあり、彼は自分がその目標に対して重要な責務を果たしたと信じていた。


彼の同僚であるジョシュア・レーダーバーグは細菌遺伝学の研究でノーベル賞を勝ち得た人物だが、レーダーバーグもまた同様の考えを示した。

「人間の出産状況は暗い。

もし我々が遺伝的な改良という創造的可能性を無視するなら、我々は罪深くも、知識の宝庫を無駄にすることになるのではなかろうか?」

彼はこう問いかけ、次のように結んだ。

「最近の分子生物学の進展は、人類がこの目的に到達するためのすぐれた優生学的手段を提供してくれる。」


これらの男たちはいずれも(現在生きている者もすでに死んだ者も)傑出した科学者であり、その分野をきわめた専門家であり、高い名声を勝ち得ている。

フランシス・クリックをはじめとするこれらの生物学者たちは「優生学」について肯定的に論じている。

トランジスターを発明してノーベル賞を受賞したウィリアム・ショックリー
黒人の知能の劣等性を主張する運動を展開した

 
アメリカでは遺伝主義者側が議論を一歩進め、そこに「知能」の問題をもち込んだ。
それは、知能には人種にもとづく違いが存在するのかということだった。

この論争は1969年、カリフォルニア大学バークレー校の教育学教授アーサー・ジェンセンによって引き金が引かれた。

彼は黒人の知能指数(IQ)が白人のそれよりも低いことを示す研究結果を発表した。
それによれば、黒人の知能テストの成績の平均値は白人のそれより15点も低かった。

そこでジェンセンは、知能の遺伝性は高いと考えられることから、知能テストの成績における人種間の違いについて「遺伝的因子が部分的役割を果たしているかもしれない」と結論した。

 
1970年代はじめ、スタンフォード大学の物理学者ウィリアム・ショックリーは、アーサー・ジェンセンの研究にもとづき、黒人の知能の劣等性を主張する運動を展開した。

ショックリーはトランジスターを発明してノーベル賞を受賞したが、彼はまた「社会工学」という基本的に優生学的な政策を提案したことでも知られている。

この論争はその後20年以上もたった1995年に再燃した。
リチャード・ハーンスタインとチャールズ・マレイが『ベル曲線』を発表したのである。

彼らはこの本の中で、貧困で大家族の家庭では知能の低い者が平均を上回って多いと論じた。

一方、知能指数が最高レベルの人々(彼らはまた今日の技術社会では最上の階級に属していることが多い)は子どもの数がもっとも少ないとも指摘した。

ハーンスタインとマレイはさらに、別々の環境で育てられた一卵性双生児について行なった知能の遺伝的研究を引用した。
これらの研究は、人間の知能の40〜80%は遺伝的要素によるものだと結論している。

これらの研究や世界各地で行なわれた知能に関する研究をもとにして彼らは、知能指数の高い男女がより多くの子どもをもつよう奨励する一方、知能指数の低い男女の子どもの数がより少なくなるような何らかの政治的措置を講じないかぎり、アメリカ人の平均知能指数は10年ごとに約1%ずつ低下していくだろうと警告したのである。

ハーンスタインとマレイは貧困層の女性の出産に対するさまざまな補助を打ち切るべきだ──いいかえれば、福祉やその他の社会保障制度は廃止すべきだと主張したのである。
 http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_hc/a6fhc550.html


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11. 人類の未来の為にはサル人間の遺伝子を抹殺しなければならない


1) サル人間は無意識でも識別できる


サブリミナル実験から、白人の潜在意識では「黒人≒類人猿」であることが判明(米研究)


「Not Yet Human: Implicit Knowledge, Historical Dehumanization and Contemporary Consequences(人間未満:暗黙知、非人間化の歴史、そして現代への影響)」と題された研究レポートは、スタンフォード大学、ペンシルバニア州立大学、カリフォルニア大学バークレー校の心理学者らによる6年にわたる共同研究の集大成である。

それによると、多くのヨーロッパ系アメリカ人(白人)は意識下でアフリカ系アメリカ人(黒人)を類人猿と結びつけて見ていることが判明した。


サブリミナル実験に参加した被験者のほとんどは、白人の男子学生だ。

実験は、彼等に黒人男性あるいは白人男性の顔をスクリーン上でほんの一瞬見せた後、ぼやけた類人猿のスケッチを見せて、それが何か識別させるというもの。

黒人男性の顔のフラッシュを先行して見せられた場合、白人男性のそれを見せられた場合に比べ、被験者はずっと早くそのスケッチが類人猿のものであることを識別したという。

次セクションで少し詳しく説明するが、米国ではかつて黒人を類人猿になぞらえ、黒人差別を正当化していたのだが、被験者たちはこの黒人ー類人猿アソシエーションを知らない。

にもかかわらず、被験者たちの潜在意識の中にはこのアソシエーションが存在していることが、同実験から判明したわけである。


「黒人はいまだに人間として認められていないのです。

この国では、我々は今でも類人猿と同列に見られているのです。」


同研究では米ローカル紙の一つ『Philadelphia Inquirer』が1979年ー1999年の20年間に掲載した数百のニュースを調べているが、極刑の有罪判決を受けた黒人は、同じく極刑判決を受けた白人に比べて「野蛮な」「けだもの」「凶暴な」「残酷な」「気の荒い」等、類人猿と関連性のある言葉で表現される頻度が4倍もあったという。

また、「これらのニュースで、暗に類人猿であるかのように描写された者たちは、そうでない者たちに比べ、州政府により処刑されやすい傾向にあることも判明している。


「黒人≒類人猿」と本人が考えているというのではなく、無意識にそう捉えているというのは、差別される側にとって、かなり厳しい現実である。

意識下ということは、本人もコントロールしにくい領域であるからだ。
http://omoroid.blog103.fc2.com/blog-entry-177.html

恐怖の人体実験


アラバマ州タスキギーで行われたことからタスキギー研究と呼ばれる人体実験は1932年秋から1972年まで行われた。

米公衆衛生局の医師たちは被験者である貧しい黒人小作農夫600人に梅毒を注射した。

医師たちは、399人を「実験」、201人を「コントロール」に分け、「実験」の399人には治療を行わず、梅毒の進行過程を観察した。

タスキギー梅毒人体実験とも呼ばれるこの行為が40年間にわたって行われたのだ。

無料で治療を受けられるとの宣伝で集められた600人の被験者は、まず胸部レントゲン写真と心電図などを取られ、完全な健康診断をされた。血液検査が繰り返された後で、全員が「血液に悪性の病気があり、治療のため長期にわたって注射をしなければならない」と申し渡された。「治療」の名の下に梅毒が注射されたのである。

こうして始まった研究は、日常的には地元の郡保健省と公衆衛生看護婦が維持した。
地元の人間で、被験者の生活を知っていた看護婦たちは、医者と被験者とのコミュニケーション役でもあった。医者と被験者たちの言葉が通じないこともあったのだ。

注射は25年間打ち続けられた。人体実験の観察は40年間続いた。人体実験の期間中、注射を打ちに来た被験者たちには食事、鎮痛剤のような付随的な薬物か偽薬が無料であてがわれた他、最終的に50ドルが渡された

1950年代にはペニシリンが簡単に利用できるようになったし、実際に使用されたが、「実験」に分類された399人、タスキギー400と呼ばれる人々にペニシリンは使われなかった。

人体実験のため梅毒で死んだのは100人。これははっきりと確定できる数だ。
彼らは梅毒の症状で苦しみぬいて死んでいった。

1936年には治療を受けた「コントロール」の39%が発病し、「実験」の84%が発病していた。1942年には治療を受けていた被験者の13.9%が死亡し、「実験」の24.6%が死亡していた。1952年には「コントロール」の20%、「実験」の40%が死亡していた。生きていた被験者たちの多くが病苦の中にあった。

毎年、血液検査をされていた人々が、こうした状態にあり、放置されていただけではなく、治療を阻止されていたのである。

人体実験の目的は、梅毒の進行過程の観察であった。医師たちは治療をしなければどうなるか知りたかったのだ。

1969年に公衆衛生局の調査団は、タスキギー研究からは医学的な知識は得られないと報告した。タスキギー研究は、医学的には無価値であると公衆衛生局の調査団が認定したのだ。しかし、報告書にはそれでも被験者の治療はされるべきでないとあった。

1996年には、タスキギー梅毒人体実験の生存者は11人だけとなっていた。

アメリカ政府と大統領は謝罪を拒否し続けて来た。実験そのものにくわえて、政府の姿勢が黒人や少数民族の不信を深めた。

タスキギー研究は黒人の大量虐殺だったという噂が絶えない。

今でも黒人たちの多くが内科治療を避ける傾向があるのも、この人体実験のせいだという。

http://homepage.mac.com/ehara_gen/jealous_gay/medical_experiments.html

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2) 人類の未来の為にサル人間とゴキブリは絶滅させなければならない


西洋人の日本人観

チャーチル 「日本人は中国娘と猿との野合の末に生まれた類人猿のようなもの」
ルーズベルト「日本人は獣である」

「マンハッタン計画」をスタートさせたフランクリン・ルーズベルト大統領は、日本人を“劣等人種”として激しく差別していたことで知られている。

一般のアメリカ人の間にも、日本人に対する人種差別意識が蔓延していた。 当時のアメリカの雑誌にはこう書かれていた。

「アメリカ人はドイツ人を憎むことを学ばなければならないが、日本人に対しては憎しみが自然と湧いてくる。これはかつてインディアンたちと戦ったときと同様に自然なものだ。」


「普通の日本人は知性が低く、無知である。
たぶん人間なのだろうが、人間であることを示すような点はどこにもない。」
 

当時、トマス・ブレーミー将軍も、こう演説していた。

「諸君らが闘っているのは奇妙な人種である。
人間と猿の中間にあると言っていい。
文明存続のために我々は最後まで戦いぬかねばならない。
日本人を根絶しなければならない!」


ウィリアム・ハルゼー海軍元帥

 日本軍との戦闘に際し

「敵を殺せ!敵をもっと殺せ!猿肉をもっと作れ!」

など度々過激な発言を繰り返したことで知られている。
http://inri.client.jp/hexagon/floorA4F_ha/a4fhc700.html#ex15

ハイドパーク協定

1944(昭和19)年9月18日

フランクリン・ルーズベルト米大統領とウィンストン・チャーチル英首相が
米ニューヨーク州ハイドパークで会談し、日本への原爆投下と将来の核管理について
申し合わせた秘密協定

1972(昭和47)年に初めて公開された

ニューヨーク州ハイドパークの大統領私邸でルーズベルトと会談した英国の
ロナルド・キャンベル大使がルーズベルトから「劣等アジア人種」の品種改良と
いうとんでもない提案を受けたと本国に宛てた書簡に書き残している。

「インド系、あるいはユーラシア系とアジア系を、さらにはヨーロッパ人とアジア
人種を交配させ、それによって立派な文明をこの地に生み出していく。

ただ日本人は除外し、もとの島々に隔離して衰えさせる」


ハル・ノート:日本が対米開戦を決断した無理な米国側の要求。

米国に潜伏するソ連スパイが日米を衝突させるために作成した。
http://mikomo.hp.infoseek.co.jp/a-f2.htm#03

トルーマンのカバートへの返事

1945年8月11日

日本人の理解する唯一の言語は、彼らを爆撃することのように思われます。

獣と相対したときは、獣として扱う他はありません。
http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/RE_sammuel_1945_8_11.htm

トルーマン回想録

"Japanese are beast. So are treated as"(「日本人は獣だ。だから、そのように扱った」)

アメリカからみると対独戦より対日戦の方が、はるかに「人種戦争」という面が濃厚であった。

ダワー教授によれば、アメリカ側の、日本人に対するステレオタイプの典型は「猿」であり、野蛮人、劣等人間、人間以下、害虫、と続いた。それは、個性もなく次々とわいてくるものであったという。

ところがアメリカのヨーロッパでの敵は、ドイツ人自体ではなくヒトラー一派であり、ジャーナリズムも、日本軍の残虐行為については盛んに報道したという。

ダワー教授は、このような相手を人間以下とみなす発想は、日本人に対して初めてではなく、歴史上繰り返してきた非白人に対する蔑視、具体的にはインディアンと黒人に投げつけてきた表現が噴出したものにすぎないとしている。
http://inri.client.jp/hexagon/floorA4F_ha/a4fhc700.html#ex15


原爆の対日使用は「人体実験」だった。


被爆者治療せず 50年代の米公文書

原爆投下後に広島、長崎に設置された米国の原爆傷害調査委員会(ABCC)をめぐり、米政府が「原爆は特別な兵器ではない」との主張が揺らぐのを避ける意図で、被爆者の治療をさせなかったことが50年代の米公文書で明らかになった。

ABCCは被爆者を検査してデータを収集したが治療はせず、被爆者の間に批判があった。 http://homepage.mac.com/ehara_gen/jealous_gay/atomic_bomb.html

「広島・長崎への原爆攻撃の目的は何だったのか。1つには戦後世界でのアメリカ
の覇権確立である。そしてもう1つは、原爆の効果を知るための無数の人間への
『人体実験』である。

だからこそ、占領後にアメリカ軍が行なったことは、第1に、原爆の惨状について
の報道を禁止し、『人体実験』についての情報を独占することだった。

第2に、史上前例のない火傷、放射能障害の治療方法を必死に工夫していた広島・
長崎の医者たちに治療方法の発表と交流を禁止するとともに、死没被爆者の
ケロイドの皮膚や臓器や生存被爆者の血液やカルテを没収することだった。

第3に、日本政府をして国際赤十字からの医薬品の支援申し出を拒否させることだった。たしかに、『実験動物』を治療するのでは『実験』にならない。そこでアメリカ軍は全力を尽くして被爆治療を妨害したのである。


第4に、被爆者を『治療』せず『実験動物』のように観察するABCC

(原爆障害調査委員会と訳されたアメリカ軍施設)を広島・長崎に設置することであった。加害者が被害者を観察するというその目的自体が被爆者への人権蹂躙ではなかったか。」

広島で女学生(14歳)のときに原爆にあい、現在も原爆後遺症で苦しむ詩人の橋爪文さんは、「ABCC」(原爆傷害調査委員会と訳されたアメリカ軍施設)について、次のような恐ろしい事実を述べている。


「私は広島の生き残りのひとりです。 〈中略〉 

ここで、ひとつ触れたいことは『ABCC』についてです。

これは日本でもほとんど知らされていないことですが、戦後広島に進駐してきたアメリカは、すぐに、死の街広島を一望のもとに見下ろす丘の上に『原爆傷害調査委員会』(通称ABCC)を設置して放射能の影響調査に乗り出しました。

そして地を這って生きている私たち生存者を連行し、私たちの身体からなけなしの血液を採り、傷やケロイドの写真、成長期の子どもたちの乳房や体毛の発育状態、また、被爆者が死亡するとその臓器の摘出など、さまざまな調査、記録を行ないました。

その際私たちは人間としてではなく、単なる調査研究用の物体として扱われました。

治療は全く受けませんでした。

そればかりでなく、アメリカはそれら調査、記録を独占するために、外部からの広島、長崎への入市を禁止し、国際的支援も妨害し、一切の原爆報道を禁止しました。日本政府もそれに協力しました。

こうして私たちは内外から隔離された状態の下で、何の援護も受けず放置され、放射能被害の実験対象として調査、監視、記録をされたのでした。

しかもそれは戦争が終わった後で行なわれた事実です。

私たちは焼け跡の草をむしり、雨水を飲んで飢えをしのぎ、傷は自然治癒にまかせるほかありませんでした。

あれから50年、『ABCC』は現在、日米共同の『放射線影響研究所』となっていますが、私たちはいまも追跡調査をされています。
http://inri.client.jp/hexagon/floorA4F_ha/a4fhc700.html


 
英語教育の先生が、今日本でやられている英語教育について書いていたが、南北アメリカ大陸で7000万〜8000万人いたインディアンの皆殺しをやり、残った者は同化政策で、子どもを親から切り離して寄宿舎に入れて英語教育をやり、言葉も歴史も全部奪っていったのにそっくりだと指摘している。

民族の歴史も文化も言葉も奪っていく絶滅作戦だ。

第二次大戦から「イエローモンキー」といって人間扱いではないが、それはインディアンのときから続いている。

民主主義というのは白人の為のもので、黄色人種や褐色人種を従わせるのが民主主義だ、それを受け入れるのが未開の者の務めで、従わない者は殺してもいいという考えだ。

「これは神の明白な運命」というのが、清教徒がアメリカ大陸に渡り、東部から西部に行くうえでの基本理念だ。

それでアメリカ全土のインディアンを皆殺しにし、生き残った者は囲い込む。その後太平洋まで来てハワイ、フィリピン、日本、中国と全部アメリカの基準で支配するのが使命だというのが一貫している。だからフィリピンでも相当殺された。

 この理念でフィリピン人も日本人も遊び感覚で殺しまくる。インディアンのときには「頭皮狩り」といって、戦利品として耳を切りとり、頭蓋骨を集めた者が最も偉大な民主主義者だとやってきた。

第二次大戦でも日本に対して「インディアンと同じようにやれ」とハルゼーなどがかなりやっている。

アメリカの若い兵隊はフロンティア精神とかカウボーイみたいな感覚で、日本の子どもらが逃げまどっているのに、グラマンで笑いながら撃ち殺す。

人道主義というが、ハルゼーも「捕虜はとらなくていい。とにかく殺せ」とやっている。

「死んだインディアンがいいインディアンだ」というのをもじって、

「6カ月前に死んだジャップがいいジャップだ」

といった。

これは単にハルゼー個人の考えではなく、当時アメリカのマスコミや新聞、雑誌などで強烈にやっていたことだ。

戦争体験者がテニアンに行ったときホテルに飾り物として日本人の頭蓋骨が金粉を塗られて飾ってあった。
http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/genzainitudukunihonminzokuzetumetusakusen.html


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3) 人類のアセンションを目指して


ロスチャイルドは、スマートにおしゃれに、ナイスに振舞いながら、人生をゲームとして謳歌し、微笑みながら、人間大量虐殺の報告のみを、部下より聞く。

とってもナイスな人物に世間では映る。

唯、感覚が違うのだ。

ロスチャイルドの瞳には、自分達以外の人間が、チェスの駒としか映らないのだ。


かつてベルギー領であったアフリカのコンゴでは、ベルギー国王レオポルト2世の経営する無数の大規模ゴム農園で、黒人が凄まじい奴隷労働を強制された事実があります。

この奴隷農園を経営していた実働部隊が、ロスチャイルド一族とその盟友・銀行ソシエテ・ジェネラル・ド・ベルジックです(拙稿「核兵器の密売人フランス」参照)。
本書p28には、ロスチャイルドによって手首を切り落とされた黒人の少年の写真が掲載されております。

黒人には1日に採集するゴムの量が1人1人割り当てられていました。

1日でもその割り当てノルマが達成できないと、ロスチャイルドはその黒人奴隷の手首をオノで切断し、制裁を加えたのでした。

相手が少年であっても容赦などされなかったのです。

本書に掲載されている写真が残されている事は、「写真という技術が登場し、しかもアフリカの奥地にまで持ち込める携帯用のカメラが開発・販売されるようになったつい近年まで、ロスチャイルドによる黒人奴隷の手首切断が実行されていた」事実を指し示しています。

この有色人種を奴隷とし人間とも思わない一族が、今後、中国を支配し、原発と核兵器を大量生産する事になるでしょう。

原発の事故が起こり、核戦争が起こり、アジア人=有色人種が死のうとロスチャイルドが「何とも思わない」事、むしろ不要な人種が死んで喜ぶ事を、この写真は事実として示しているとおもいます。

今後、国連の中心となり、国連という国際機関を「動かす」中心国となるベルギーとロスチャイルドによる、この黒人・有色人種虐殺の犠牲者は、数百万人に上ります(p33)。

国連が平和維持活動と称しPKO部隊を送り込み、有色人種の国々で虐殺を繰り返している事実は、このベルギーとロスチャイルドによるコンゴでの大虐殺に「同一起源・源流」を持つと考えられます。

p79にも、切り落とされた黒人奴隷の手首を持つ黒人の写真が掲載されており、ロスチャイルドは、逆らった黒人、病気・ケガで働けなくなった黒人を射殺する事を農園の監督人に命じました。

しかしライフル銃の弾丸を節約するために、殺害に使用した弾丸の数と同一の数の黒人の手首を持ち帰る事を監督人に要求したのです。

殺害された黒人1名につき弾丸1個しか使用してはならない、という弾丸の節約命令が出されていた訳です。

黒人の命より、弾丸1個の方が「もったいない」という事でしょう。

一方、監督人は木の棒等で黒人を撲殺し、弾丸を未使用のまま残し、「黒人が逆らったので銃殺した」とウソの報告を行い、弾丸を銃器販売店に「横流しし」、その利益を「小遣い」として着服する事が常態化していたらしいのです。

つまり逆らってもいない黒人を撲殺し、弾丸を横流し販売する事で「小遣い」が得られたのです。

ロスチャイルドの監督人達は、ビール1杯を飲む小銭のために、逆らってもいない黒人を殴り殺し続けて来た事になります。

このベルギー国王(英国王室と同族のザクセン・コブルク・ゴータ一族)とロスチャイルドの行った大虐殺を知り、写真を撮り世界に知らせた勇敢なジャーナリストが三名おりました。

最初の告発者ワシントン・ウィリアムズは、わずか32歳の若さで何者かに毒殺されてしまいました。

盟友の毒殺にも屈せず政府とロスチャイルドの告発を行ったジャーナリスト、ロジャー・ケースメントは「国家反逆罪」で、ベルギー政府の手で逮捕され「絞首刑」となり処刑されてしまいました。

3人目のE・D・モレルも逮捕され、ケースメントと同一の刑務所に収監され、出獄後、病死しています。

こうした写真は、この勇敢なジャーナリスト達が自分の命と引き換えに撮影してきたものです。

p142には、南アフリカで絞首刑にされ、「さらし者」にされている3名の黒人奴隷の木に吊り下げられた死体の写真が掲載されています。

裁判抜きで、白人が「気に入らない黒人を自由にリンチ処刑している」。

同時に、リンチにされた黒人の姿を「満足気に葉巻を吸いながら眺めている白人達の姿」も撮影されています。

有色人種をリンチ殺害する事は、大好物の葉巻を吸いながらそれを眺める程、「最もリラックスできる楽しい時間」であった事を、この写真は物語っています。

これは、携帯用の小型カメラが世界中に販売されるようになった時代のリンチであり、「つい最近」の出来事である事を、写真撮影という事実が示しています。

そしてコンゴだけでなく、南アというロスチャイルドの支配下に入った国・地域では、どこでもリンチ殺人が行われていた事実を、こうした写真は示しているのです。

コンゴは、ゴムだけでなく核兵器原料のウランの最大手の生産国であり、ロスチャイルドの核兵器原料企業ソルベイ社が、コンゴでのウラン採掘と世界への販売を担当してきた。

このソルベイ社とベルギー国王が「国連所在地のブリュッセル」で3年に1度開催する「ソルベイ会議」は、世界中の核兵器メーカーと核物理学者が集まり、今後の核兵器販売計画を密談する、ソルベイ社から招待された者だけが参加可能な、マスコミにも情報を出さない「隠密会議」となっているようです。

かつて、第5回ソルベイ会議に出席したアインシュタインが、ソルベイ社に説得され、米国のルーズベルト大統領に書簡を送り、原爆開発の推進を「提言」した事実は有名である。著名であったアインシュタインの書簡であれば米国大統領も「核兵器開発を認め、説得されるであろう」と計算したソルベイ会議は、アインシュタインを「上手に誘導し説得した」のでした。

このソルベイ会議が無ければ、日本の広島・長崎への原爆投下も原爆開発も無かったでしょう。

この会議を開催している者が、ロスチャイルドとベルギー王室、つまりコンゴの奴隷虐殺者達。

日本人という有色人種を大量に虐殺した広島・長崎への原爆投下と、コンゴでの有色人種=黒人大虐殺が、同じ「論理」、同じ企業・人間達によって行われてきた事実が浮かび上がってきます。


その論理とは「有色人種虐殺」である。


この企業・人間達が、今後アジアの盟主として中国の政権中枢を担当することになるのです。

その金融面での動きがアジア統一通貨の形成であり、それは欧米・ロスチャイルドの新しい支配戦略です。

アジア通貨の誕生をドル支配からのアジアの独立である等という寝呆けた主張は、国際情勢への無知か、自分がロスチャイルドの「手先」である事を自白していることになります。

なお、ベルギーによるコンゴ支配を描いた小説「闇の奥」の作家ジョセフ・コンラッドは、「ベルギーのような遅れた国がこうした虐殺を行うが、自分達、英国人であれば、こうした虐殺は行わない」と英国人を自画自賛しています。

英国王室とベルギー王室が同一一族である事実を知識人コンラッドが知らないはずは無く、悪質なデマをコンラッドは流している事になります。

こうした悪質なデマを流し、真実を隠す作家でなければ「大作家」「人種差別に最初に気付いた知識人」などと言う「名誉ある称号」は手に入らないのでしょう。


またコンラッドの小説を映画化し「地獄の黙示録」を製作した映画監督・「巨匠」フランシス・コッポラは、ベルギー政府とロスチャイルドの行った、この残虐な黒人奴隷の手首切断をベトナムに舞台を移し、「ベトナム共産軍の行った野蛮な行為」として描き出しています。

ベトナム戦争でベトナム共産軍を敵として戦争を行った米国政府の「ご機嫌を伺うために」、ベルギー政府の行った虐殺を「ネジ曲げ」、米国政府の敵=共産軍が行った野蛮な行為として手首切断を、「巨匠」コッポラは描いています。

手首切断を行ったロスチャイルドの米国支部はロックフェラーであり、そのロックフェラーこそがベトナム戦争を行った米国政府中枢である事を、無知からか意図的にかコッポラは無視し、デマを世界中にタレ流しているのです。

こうした悪質なデマを流し、真実を隠す作家でなければ「巨匠・映画監督」にはなれないという事なのでしょう。


真実を語るものは絞首刑になり、デマを「タレ流す」者だけが「大作家」、「巨匠」になる。

現代世界と芸術界は、ニセ者だけが表通りを歩く事の出来る肥溜めと化しているのか?
http://www.studiosugi.com/blog/labels/44Ot44K544OB44Oj44Kk44Or44OJ.html


● 人類のアセンションに必要なのは地球人口を減らす事


有色人種は地球環境を汚染し貴重な資源を食い尽くすサル人間です。

人類のアセンションの為にはどうしてもサル人間を抹殺しなければいけないのです。

 ロスチャイルドは、環境に優しい地球人口を10億人としており、世界大戦を起こしてサル人間を抹殺すべしと考えています。

サル人間の居なくなって初めて地球は神が祝福する新しきエルサレムとなるのです。

我こそが真の神なるぞ!

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ヨハネの默示録 第21章

21:1我また新しき天と新しき地とを見たり。これ前の天と前の地とは過ぎ去り、海も亦なきなり。

21:2我また聖なる都、新しきエルサレムの、夫のために飾りたる新婦のごとく準備して、神の許をいで、天より降るを見たり。

21:3また大なる聲の御座より出づるを聞けり。曰く『視よ、神の幕屋、人と偕にあり、神、人と偕に住み、人、神の民となり、神みづから人と偕に在して、

21:4かれらの目の涙をことごとく拭ひ去り給はん。今よりのち死もなく、悲歎も號叫も苦痛もなかるべし。前のもの既に過ぎ去りたればなり』

21:5かくて御座に坐し給ふもの言ひたまふ『視よ、われ一切のものを新にするなり』また言ひたまふ『書き記せ、これらの言は信ずべきなり、眞なり』

21:6また我に言ひたまふ『事すでに成れり、我はアルパなり、オメガなり、始なり、終なり、渇く者には價なくして生命の水の泉より飮むことを許さん。

21:7勝を得る者は此等のものを嗣がん、我はその神となり、彼は我が子とならん。

21:8されど臆するもの、信ぜぬもの、憎むべきもの、人を殺すもの、淫行のもの、咒術をなすもの、偶像を拜する者および凡て僞る者は、火と硫黄との燃ゆる池にて其の報を受くべし、これ第二の死なり』

21:9最後の七つの苦難の滿ちたる七つの鉢を持てる七人の御使の一人きたり、我に語りて言ふ『來れ、われ羔羊の妻なる新婦を汝に見せん』

21:10御使、御靈に感じたる我を携へて大なる高き山にゆき、聖なる都エルサレムの、神の榮光をもて神の許を出でて天より降るを見せたり。

21:11その都の光輝はいと貴き玉のごとく、透徹る碧玉のごとし。

21:12此處に大なる高き石垣ありて十二の門あり、門の側らに一人づつ十二の御使あり、門の上に一つづつイスラエルの子孫の十二の族の名を記せり。

21:13東に三つの門、北に三つの門、南に三つの門、西に三つの門あり。

21:14都の石垣には十二の基あり、これに羔羊の十二の使徒の十二の名を記せり。

21:15我と語る者は都と門と石垣とを測らん爲に金の間竿を持てり。

21:16都は方形にして、その長さ廣さ相均し。彼は間竿にて都を測りしに一千二百町あり、長さ廣さ高さみな相均し。

21:17また石垣を測りしに、人の度すなはち御使の度に據れば百四十四尺あり。

21:18石垣は碧玉にて築き、都は清らかなる玻璃のごとき純金にて造れり。

21:19都の石垣の基はさまざまの寶石にて飾れり。第一の基は碧玉、第二は瑠璃、第三は玉髓、第四は緑玉、

21:20第五は紅縞瑪瑙、第六は赤瑪瑙、第七は貴橄欖石、第八は緑柱石、第九は黄玉石、第十は緑玉髓、第十一は青玉、第十二は紫水晶なり。

21:21十二の門は十二の眞珠なり、おのおのの門は一つの眞珠より成り、都の大路は透徹る玻璃のごとき純金なり。

21:22われ都の内にて宮を見ざりき、主なる全能の神および羔羊はその宮なり。

21:23都は日月の照すを要せず、神の榮光これを照し、羔羊はその燈火なり。

21:24諸國の民は都の光のなかを歩み、地の王たちは己が光榮を此處にたづさへきたる。

21:25都の門は終日閉ぢず(此處に夜あることなし)

21:26人々は諸國の民の光榮と尊貴とを此處にたづさえ來らん。

21:27凡て穢れたる者また憎むべき事と虚僞とを行ふ者は、此處に入らず、羔羊の生命の書に記されたる者のみ此處に入るなり。

ヨハネの默示録 第22章

22:1御使また水晶のごとく透徹れる生命の水の河を我に見せたり。この河は神と羔羊との御座より出でて都の大路の眞中を流る。

22:2河の左右に生命の樹ありて十二種の實を結び、その實は月毎に生じ、その樹の葉は諸國の民を醫すなり。

22:3今よりのち詛はるべき者は一つもなかるべし。神と羔羊との御座は都の中にあり。その僕らは之に事へ、

22:4且その御顏を見ん、その御名は彼らの額にあるべし。

22:5今よりのち夜ある事なし、燈火の光をも日の光をも要せず、主なる神かれらを照し給へばなり。彼らは世々限りなく王たるべし。

22:6彼また我に言ふ『これらの言は信ずべきなり、眞なり、預言者たちの靈魂の神たる主は、速かに起るべき事をその僕どもに示さんとて、御使を遣し給へるなり。

22:7視よ、われ速かに到らん、この書の預言の言を守る者は幸福なり』

22:8これらの事を聞き、かつ見し者は我ヨハネなり。かくて見聞せしとき我これらの事を示したる御使の足下に平伏して拜せんとせしに、

22:9かれ言ふ『つつしみて然すな、われは汝および汝の兄弟たる預言者、また此の書の言を守る者と等しく僕たるなり、なんじ神を拜せよ』

22:10また我に言ふ『この書の預言の言を封ずな、時近ければなり。

22:11不義をなす者はいよいよ不義をなし不淨なる者はいよいよ不淨をなし、義なる者はいよいよ義をおこなひ、清き者はいよいよ清くすべし。

22:12視よ、われ報をもて速かに到らん、各人の行爲に隨ひて之を與ふべし。

22:13我はアルパなり、オメガなり、最先なり、最後なり、始なり、終なり、

22:14おのが衣を洗ふ者は幸福なり、彼らは生命の樹にゆく權威を與へられ、門を通りて都に入ることを得るなり。

22:15犬および咒術をなすもの、淫行のもの、人を殺すもの、偶像を拜する者、また凡て虚僞を愛して之を行ふ者は外にあり。

22:16われイエスは我が使を遣して諸教會のために此等のことを汝らに證せり。我はダビデの萠蘗また其の裔なり、輝ける曙の明星なり』

22:17御靈も新婦もいふ『來りたまへ』聞く者も言へ『きたり給へ』と、渇く者はきたれ、望む者は價なくして生命の水を受けよ。

22:18われ凡てこの書の預言の言を聞く者に證す。もし之に加ふる者あらば、神はこの書に記されたる苦難を彼に加へ給はん。

22:19若しこの預言の書の言を省く者あらば、神はこの書に記されたる生命の樹、また聖なる都より彼の受くべき分を省き給はん。

22:20これらの事を證する者いひ給ふ『然り、われ速かに到らん』アァメン、主イエスよ、來りたまへ。

22:21願はくは主イエスの恩惠なんぢら凡ての者と偕に在らんことを。
http://bible.salterrae.net/taisho/xml/revelation.xml


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記事 [昼休み41] 2、小沢氏を起訴相当とした議決は「昨日の交通費を今日精算したから逮捕」みたいな無茶苦茶な理由のようです。
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/giin/1282438503/l50
626 :無党派さん:2010/08/22(日) 16:29:47 ID:9Rm3Ah0d
小沢氏が検察審査会の第1回目で起訴相当とされた虚偽記載容疑は
深沢の土地の本登記が2ヶ月ずれた件だけ。

買った当時の地目が畑だったから、
秘書の寮用地として土地を本登記するには、仮登記をした後
農地法の規制に従って、地元の農業委員会に宅地への地目変更の届出をする必要があり
年末年始を挟んでの2ヶ月の登記のズレに何も怪しい点はない。

このような農地法の規制について、田舎の人間は当然知ってるが
都市住民はほとんど知らないから、検察と弁護士の誘導でおかしな議決になったのだ。


http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/668.html

コメント [医療崩壊3] 現代医学の土台「細胞分裂説」に迫る異端論(転載) 寅蔵
10. 2010年8月22日 17:06:29: O511otWCcI
薬害問題とはレベルの違うこれ程のデマを信じてしまうということは、義務教育に問題ありだな..
中学の理科で、造血器官が骨髄だ位のことは学ぶだろうに。
それとインターネットにはデマ情報が多いことも一緒に教えて、免疫を付けさせないと駄目だ。
http://www.asyura2.com/09/iryo03/msg/329.html#c10
記事 [昼休み41] 「読売、なぜデモ飛行隠した」(UFOとかネッシーとかろくろ首とかブシュカイダの正体がだんだん分かってきました)

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なぜデモ飛行隠した…6管会見は二転三転(読売新聞)
http://www.asyura2.com/10/senkyo92/msg/832.html
投稿者 赤かぶ 日時 2010 年 8 月 22 日 14:28:50: igsppGRN/E9PQ

 乗員5人が死亡した第6管区海上保安本部広島航空基地のヘリコプター「あきづる」の墜落事故では、6管の組織ぐるみの情報隠蔽(いんぺい)が次々に明らかになった。

 事故が司法修習生向けのデモンストレーション飛行の合間に起きたことについて、林敏博・本部長らは事故当日の18日夜、非公表を決定。21日の記者会見で謝罪はしたものの「隠蔽ではない」とした。22回に及んだ記者会見で訂正や撤回を繰り返し、説明が二転三転する異常な事態。海上保安庁は、事故原因解明の一方で、報道担当者を6管に派遣し、経緯を検証している。

 「デモ飛行は事故と関係ないので公表しなくていいのではないでしょうか」

 18日夜、6管本部7階に設けられた事故の対策会議室。林敏博本部長ら幹部数人が集まり、公表するかどうかを協議した。ある幹部の発言に、林本部長は「それで結構です」と承諾し、公表しないことが決まった。

 21日午後3時35分から行われた事故後、22回目の記者会見。あいまいな発言が続くなどして質疑がかみ合わなかったため、中断を挟んで午後6時頃まで続いた。林本部長は情報の隠蔽を指摘されると、「デモ飛行は一般業務であり、公表しないことに疑問は感じなかった。申し訳ない」とようやく謝罪した。

 6管が事故発生後開いた計21回の記者会見で対応したのはほとんど畑口一樹総務課長だった。

 当初、畑口課長は飛行目的を「通常のパトロール」と発表。このため、デモ飛行を見せる司法修習生が乗船した巡視艇「みずなみ」と無線交信していたことを公表した19日夕の会見では、「ヘリと巡視艇が連携してパトロールする予定だった」とうその説明をしていた。さらに報道陣の指摘でデモ飛行を明らかにした同日夜の会見では、「司法修習生に配慮して、自分の判断で発表しない方がいいと考えた」と説明、林本部長らが協議して非公表を決定したことを隠していた。

 海上保安庁のある幹部は、記者会見に畑口課長が出ずっぱりだった様子をテレビで見て、違和感を覚えたという。「総務課長は情報収集や本庁との連絡をこなす任務があり、発表を担当するのは荷が重い。本部次長や部長が会見に応じるべきだった」と指摘する。

 デモ飛行は、岡山地検が水島海上保安部に例年と同様、体験乗船を依頼したのをきっかけに、同保安部が広島航空基地に都合をつけるよう要請していた。

 なぜ、デモ飛行を隠したのか。別の海上保安本部の関係者はこう明かした。「海保は事件処理を巡って検察庁に遠慮がある。後から『なぜ名前を出したのか』と怒られたくなかったのだろう。『発表していいですか』とおうかがいを立てることもできない空気がある」(広島総局 児玉圭太、高松総局 黒川絵理)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100822-OYT1T00341.htm?from=navr
 

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コメント
01. 2010年8月22日 15:33:02: 3G548nc0fY
連日連発炸裂の
赤かぶさんについて想像してみました。
1熱心な善意の投稿者
2単なる愉快犯
3釣り師
4狡猾な世論誘導目的
5ネット調査のデータ取り
6板流し目的
7暇もてあまし
8その他


http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/669.html

コメント [雑談専用38] この世を良くするアイデアを募集します。 地には平和を
17. 2010年8月22日 17:12:30: HkmYDwQp22
16さま
お答えいただきありがとうございます。

私たちもも稼いだお金は、ちゃんと税金もおさめているのにそれの配分を決める席には、出ることも許されません。
出ることが許される女は爺さんたちに従順な女だけです。

学力がどうのこうの。。
本気で思うのならさっさとフィンランドをまねをしたらいいのに日本語の
パンフができるほど爺さんたちも視察に行っているのにまねようともしない。
日本は40人学級、あちらは、25人に6人の教師。習熟度で3グループに
わけそれぞれ教師がふたりづつつくそうです。
本気度が違いますよね。
爺さんたちが自分の地位と利益を守るために税金を教育に配分しようとしません。
勉強を見るのも親まかせ。

子育ては、子どもの家庭教師に栄養士にスポーツインストラクター、安全に
遊べる場所の確保、安全に食べれるもの確保、最近はうっかりしていたら
学校でワクチンやフッ素うがいまでさせられる。
医学から、行政を動かす政治学から、たくさんのことを勉強しなければ
なりません。
それをただ仕事?
13000円でごまかそうとするなんてあんまりです。

家で介護をしている人、子どもを見ている人には直接お金を渡すべきです。
ゼロ歳児を保育所で見れば一人当たり5万円以上かかります。
理屈で行けば、5万円とまではいいませんが、それに近いお金を配るべきでしょう。
http://www.asyura2.com/09/idletalk38/msg/693.html#c17

コメント [経世済民69] 貨幣特権を廃止せよ〜その1 資本主義から新たな経済へ JPLAW
01. 2010年8月22日 17:12:49: h69tTYryng
アポな考え。
http://www.asyura2.com/10/hasan69/msg/557.html#c1
記事 [昼休み41] 5大新聞は、看板である一面と社説面を、犬のウンチを消臭し、トイレで流せる素材にすべきです。

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朝日新聞よ、こんな社説しか出せないのならもうおしまいだ! (かっちの言い分)
http://www.asyura2.com/10/senkyo92/msg/834.html
投稿者 判官びいき 日時 2010 年 8 月 22 日 14:46:49: wiJQFJOyM8OJo

http://31634308.at.webry.info/201008/article_20.html
今日のブログは最初、小沢批判広報担当の渡辺恒三が小沢氏の代表選挙出馬を牽制して、
『「小沢首相なら、指揮権発動よりひどい」民主・渡部氏
http://www.asahi.com/politics/update/0821/TKY201008210083.html』の記事を題材に、政党人、しかも同じ政党の仲間としては言ってはいけないことまで言いだしたことについて書こうと思っていたが、最大購読数を持つマスコミの一つである朝日新聞の昨日の社説に看過出来ない記事が載っていたので、これについて意見を述べることにした。

この21日付け社説に入る前に、同じく16日付けの朝日新聞の社説『党首選のあり方―政権交代時代にあわないhttp://www.asahi.com/paper/editorial.html#Edit1』で、菅氏が首相に選ばれたのだから、9月にまた代表選挙をして首相を変えることは時代に合わないという意見であった。それに対して本ブログで反論の意見を述べた(http://31634308.at.webry.info/201008/article_15.html)。

今回また小沢氏の出馬が濃厚になってきたことを受けて、前回社説よりさらに一歩踏み込んだ小沢批判を展開し出した。以下がその社説である。

民主党代表選―なんのために戦うのかhttp://www.asahi.com/paper/editorial.html#Edit1
『この人たちはいったい何をやっているのか――。少なからぬ有権者があきれているに違いない。9月1日の民主党代表選告示に向け、党内各グループの駆け引きが激しくなってきた。困難な時代のかじ取りを担う指導者選びだというのに、あまりに内向きな主導権争いである。鳩山由紀夫前首相のグループが開いた研修会は、衆参両院議員約160人が集まり、小沢一郎前幹事長に立候補を促す決起集会のようであった。「反菅」だ、「脱小沢」だと、自民党政権時代にさんざん見せられた派閥中心の総裁選びを思い起こさせる。政権交代で民主党が手を切ったはずの「古い政治」そのものではないか。菅直人首相は就任わずか3カ月である。参院選敗北の責任はあるにしても、実績を残すだけの時間がたっていないし、退かなければならないほどの失政もない。民意も続投支持が多い。なにより首相交代は総選挙による、という政権交代時代の原則をまたぞろないがしろにするべきではない。それでも、民主党が代表選をするのなら、その意味はどこにあるのか。政権担当後の迷走でぼやけてしまった政策路線を定め直し、再出発の土台固めをすることにしかあるまい。具体的には、財源不足で行き詰まった昨年の衆院選マニフェストを大胆に見直すのか、それとも文字通りの実現にこだわるのか。菅首相が提起した消費税の引き上げ論議に踏み出すのか、それとも棚上げするのか、である。互いに相いれない二つの潮流を整理できないままでは、だれが首相であっても力強い政権運営はおぼつかない。ねじれ国会の下で不可欠な、野党との話し合いに臨む足場も定まらない。 2週間にわたる代表選で、党員・サポーターも参加して徹底した政策論争を行う。そのうえで勝敗が決すれば、あとは一致結束して政策を遂行する。民主党が進むべき道はそこにある。寄り合い所帯で出発した民主党は、亀裂を恐れるあまり外交・安全保障など意見が割れるテーマで党内論議を怠ってきた。もう逃げは許されない。菅首相はマニフェストや消費税に対する考えを封印し、争点をぼかそうとしているふしがある。これはいただけない。正式な立候補表明では対立をいとわず、堂々と信念を語ってほしい。小沢氏周辺では「小沢首相」待望論が勢いを増しているという。しかし、政治とカネの問題や強権的な政治手法で政権交代への幻滅を招き、今の苦境を招いたのは小沢氏ではないか。政治資金では、いまだに国会で何の説明もしていない。検察審査会の判断次第では強制起訴の可能性も残る。けじめをつけないままの立候補は、民主党政権からの民心のさらなる離反を招くだけだろう』

この社説は、いろいろ脚色がなされているが、一番言いたいことは首相は菅氏のままでよく、小沢氏はいろいろ問題があるから代表選挙に出るなということである。これが朝日新聞の総意である。朝日新聞も随分と落ちたというか、耄碌(もうろく)したものである。それこそ今民主党の中、というか日本の中でグズグズ煮えたぎっているマグマの動きが分かっていない。きっとその動きがわかっているからこそマグマに水を掛けるが如く、このような社説を書いていると思う。

このようなことをやったら新聞もおしまいであると言っておく。我が家では朝日新聞を購読していたが、このような自分(朝日新聞)が偉く、頭の悪い国民は記事を読んで言う事を聞けという「思い上がった」論調に嫌気がさして購読を止めた。まさに正解であったが、まだこういう社説を読まされて、騙されている読者は不幸である。

上記の社説の中で、「この人たちはいったい何をやっているのか――。少なからぬ有権者があきれているに違いない。」と言っているが、再度言うがこのようなことを言う新聞社に呆れを通り越して怒りを感じる。9月に党員・サポーターを含めた正式の代表選挙をやることは既定の事実として、菅氏が代表に選ばれたときから分かっていたのである。

田中真紀子氏が菅氏のことを9月までの暫定首相でしょうと言ったことに現れている。これは正論である。35万人の党員・サポーターはやっと自分達が参加出来る選挙に胸を膨らましているはずである。つまり、それで選ばれた人が本当の民主党の代表で、首相であると。

朝日新聞が「少なからぬ有権者が呆れている」と代表選挙直前の今の時点でこんなことを言うなら、菅氏が代表になった時点で、9月の代表選挙は意味が無いので止めるべきと言うべきである。さらに言えば、この社説は35万の党員・サポーターへの冒涜である。怒りを感じる。

この「少なからずの有権者」とは誰のことか?これは朝日新聞の首脳陣だけでないのか?民主党が与党になってから35万人の党員サポーターも初めて参加する正真正銘の代表選挙である。逆に言えば今までの選挙自体が不完全なものでないか。「反菅」、「脱小沢」と言って争っているのは自民党時代と同じというが、「反菅」、「脱小沢」と言って勝手にマスコミが騒ぎ立ているだけはないか。

また対立候補がそれぞれ当選するために数を競うのは民主主義の常道ではないか?朝日新聞は何をしろといいたいのか?また菅氏が選ばれるように波風を立たせないように無名な対立候補を立ててお茶を濁せばいいと言っているのか。社説の中でいろいろ屁理屈を言っているが、結局言いたいのは「菅直人首相は就任わずか3カ月である。

参院選敗北の責任はあるにしても、実績を残すだけの時間がたっていないし、退かなければならないほどの失政もない。民意も続投支持が多い。」だから代表選挙は行わず無投票で穏便に菅氏を代表に選べと言っているだけである。

極めつけは、小沢氏は、「政治資金では、いまだに国会で何の説明もしていない。検察審査会の判断次第では強制起訴の可能性も残る。 」と言って、菅氏の対抗馬に出るなということである。少なくとも小沢氏以外なら文句は言わないということである。要するに小沢氏が原点に戻る政治をやると言っていることが余程恐ろしいし、また社の利益に適わないということである。

政治資金の話は検察で3回も事情聴取して起訴出来ないことは明らかにされている。またこの資金の流れはネット社会では十分な説明がついている。マスコミが国民に正確に説明していないのは、マスコミがいつまでも小沢氏に対して「政治とカネ」の攻撃ネタを手放したくないからである。これが正義面したマスコミのずるさである。

小沢氏も国会で必ずしも説明したくないとは言っていない。昨日も書いたが代表選挙に勝って4回目の事情聴取を受けて、首相になる前に何らかを説明すると思われる。そうしてほしい。検察審査会と小沢氏の出馬と結び付けることは憲法の下では許されない。なぜなら、万歩下がって素人集団の検察審査会が例え起訴相当と議決しても「推定無罪」である。

これは憲法の下で「推定無罪」の人の出馬を拒むことは出来ない。これは万人に保障されている。言論を最重要とするマスコミがこのような常道を隠ぺいすることは日本もおしまいである。

また小沢氏の支持率が低いから首相になるべきではないというのも当たらない。マスコミの世論調査の支持率の操作も国民に分かってしまった。マスコミは支持率を金科玉条の如く、また葵の印籠のごとく使っているが、支持率が低いから政権を交替すれという考えは使い尽されてしまった。

今回の代表選挙は、朝日新聞は敢えてやる意味がないような世論を作ろうとしているが、全く逆である。今回の代表選挙は、昨年の夏の政権交代の原点に戻すか、またそれまでの延長政治に戻すかどうかの総選挙に匹敵する選挙である。余談だが菅氏が35万人の党員サポーターが参加するから世論を代表する投票がなされると言ったという。確かにその通りである。マスコミが1000人程度の電話調査でお茶を濁している調査とは違う。

朝日新聞が上記のように菅氏への支持の方向に世論を操作したいのは分かるが、今回投票する党員サポーターの多くはマスコミが急に鳩山・小沢政権を叩き出してから危機感をもって党員サポーターになった人が多いはずである。言わんとすることは、マスコミの卑劣さをもっともよく学習した人達が怒りを持って投票するということを一言付け加えておく。つまりマスコミが書きたてていることと真逆の行動を取る事を!

 

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コメント
01. 2010年8月22日 15:38:06: BDDFeQHT6I
こんな記事を読まされると小沢さんが政権を取ったら「いの一番に」マスコミ利権の剥奪を実行しなければと心底思う、小沢さんも心の中は煮えくり返る臣だろう。
記者クラブ制度の廃止、クロスオーナーシップの禁止、電波利権のオープン化による電波使用料の適正化と放送業界の参入障壁の排除、新聞テレビ広告の2社寡占状態の排除、新聞・書籍の再販価格の廃止、新聞発行部数の水増し排除などなど徹底的にやる必要がある。
日本のこのひどい状況の元凶は報道機関の情報操作である、権力側の不正や不都合が報道機関により意図的に国民に知らされないことにある。
放送倫理検証委員会(BPO)の下部組織に偏向番組を監視する機関を設ける必要もありそうだ。

02. 2010年8月22日 15:46:23: JiuafC5wMQ
菅総理と大手マスメディアの狙いは、既得利権確保である。社会の木鐸としての機能が大手マスメディアから消え去ってしまっている。国民はマスメディア報道を信用してはいけない。すべてではないと思うが各社は競って創作して大嘘を報道しているのである。第二次世界大戦に突入してしまったのも社会の木鐸を失い暴走してもっともらしく煽ったのである。菅総理と大手マスメディアの日本は本当におかしな国になってしまった。

03. 2010年8月22日 15:49:29: kbjD6Oqr1Y

電通のコメント推奨者だけが、テレビに出ます。
政治屋の特Aは、こいつと生方に、レンホー。

昨日のテレビ東京の収録を電通が、
他局に通知して、終了後にインタビュー。

仕切りは、朝日の渡部インタビュー。

電通と朝日の連携です。

このように、談合で、世論を作る。

電通は、諸悪の根源。


04. 2010年8月22日 15:54:09: MdWuVphD6M
菅・小沢ではない第三の候補の出馬を望む。
原口総務相、小沢鋭仁環境相らは、出馬せよ。

もっと、若手(40代)が出馬してもよい。

数人くらい出て、代表戦を実施し、経済政策や社会保障政策などを語ってほしい。


05. 2010年8月22日 16:11:35: oKnKZaxOzs
マスコミが民主党・小沢元代表を批判するのは良いが 印象操作が多すぎるのと
頭が悪すぎるというか同じパターンが多いのには呆れる。
日本の談合マスコミだけだろ、重箱の隅を楊枝でほじくり大事な問題をおろそかに
させているのは。
何故 菅直人がダメで小沢総理待望論があるのか、という内容に踏み込まない。

5年前の小泉竹中の郵政選挙でも内容に踏み込まず 改革派 vs 抵抗勢力
の馬鹿げた構図で旧勢力=小泉自民マスコミが旨くB層ら有権者をだました。
旧勢力は、この歪んだ成功体験が忘れられないのだろう。



06. 2010年8月22日 16:17:01: lFtrGPhedw
朝日とかその変節が笑える。
以前のマスゴミは無投票再選は民主主義的でないと叩きまくってただろ?
だから、対抗馬立てて民主主義的にやろうと言ってるだけ。


07. 2010年8月22日 16:18:39: WxCuzEvGcI
小沢さんに対する朝日をはじめとするマスコミのネガキャンがひどくなってくるのは、小沢さんが出馬すると圧勝すると読んでの危機感の表れ、地に墜ちたマスコミの最期の悪あがきであろう。

08. 2010年8月22日 16:23:37: E76UyhDxMM
NHKに対して総務大臣の原口はこの1年なにをしてたのか?
ロシアのプーチンのように真っ先にマスゴミを押さえるのが政権交代の筋であり
本筋なのだ。
アメリカは政権交代すると、官僚もすべて入れ替えるのが当たり前で、そうでなければうまくシステムとして機能しないのは明らかになった。

今まで60数年間自民党に独裁的に支配され、官僚、マスゴミ、警察、公安、すべては未だに自民政権の息がかかった人事で政治家だけが交代しても、それは本当の意味での政権交代にはならないのを国民は深く認識しなければならない。

マスゴミを変えるににはまずNHKから始めないといつまでたっても同じことを繰り返すだけだろう。 我々ができることは声を上げることである。
国民一人一人がNHKに対して偏向報道の抗議の声を上げることが、NHKにとって一番
困るのは国民の抗議の声ではないだろうか?

 国民一人一人が声を上げることに民主主義の意義がある。


09. 2010年8月22日 16:23:41: lFtrGPhedw
まあ、小沢氏が首相になれば鳩山内閣で続けていたように会見はフルオープンになるだろう。
もちろんそれは各省庁の閣僚や党側も全てフルオープンになり記者クラブはなくなるだろう。
小沢氏は記者クラブがないのが当たり前と思ってる(こんなのがあるのは日本だけだし)
マスゴミもガクブルだな。
しかも、小沢氏は幹事長時代官房機密費は全てオープンにし国民に公開すべきと言ってるのでマスゴミと金の問題が怖い(笑)

10. 2010年8月22日 17:10:20: dqzcJZhVIc
官房機密費まみれの大手マスゴミの連中は小沢さんが総理大臣になるのが死ぬほど
怖いのだろう

11. 2010年8月22日 17:10:26: fEYiVE3nvI
今日、ファミレスで食事をしたのですが、レジの脇に読売新聞が積まれていて「グッドモーニングキャンペーン“ご自由にお持ち帰りください”無料お試し1週間受付中!」ですと。
もはやマスゴミ新聞は、お金を払って買うのではなく、無料になりました。


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http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/670.html

記事 [昼休み41] トロイのコ−ゾーや空き缶七奉行は、眼球に輝きが無く、死んだ魚の目か覚醒剤中毒患者のようになっている事に気付くべきです。

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売国裏切り議員たちがヤバくなるとマスゴミが放映し出す「水戸偽黄門」聞きづてならぬ発言<宴Cジング・サン(甦る日本)
http://www.asyura2.com/10/senkyo92/msg/841.html
投稿者 行雲流水 日時 2010 年 8 月 22 日 16:50:59: CcbUdNyBAG7Z2

     画像 ライジング・サン(甦る日本)より

http://ameblo.jp/kriubist/day-20100822.html
2010年08月22日 11:19

売国裏切り議員たちがヤバくなるとマスゴミが放映し出す「水戸”偽”黄門」


売国裏切り議員たちが劣勢になってしまっている現在、誰にも相手にもされなかった偽黄門こと”渡辺恒三”が、マスゴミの要請を受けて「正義」(小沢氏)を倒すために「水戸”偽”黄門」として再々再々再々登場し出しました。


この”偽”黄門は、昨日のインタビューでも劣勢に劣勢を重ね自滅しつつある仲間を助けるために、「推定無罪」の原則を無視し、聞きづてならぬ発言をして本性を自ら暴露してしまった。

聞いてしまった以上、この”偽”黄門もさっさと政界から抹殺すべきである。


(転載貼り付け開始)


産経

(中略)

衆院副議長は21日のテレビ東京の番組で、「首相になると検察は小沢氏を起訴できなくなる。彼が今、首相になるというのは、悪いことをした人間を政治がかばうことになる」と述べた。


(後略)


(転載終わり)

 

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コメント
01. 2010年8月22日 17:08:02: lFtrGPhedw
で、マスゴミの政治コントロールが始まるよ。
首都圏の500人に電話調査とか言ってね(こいつらのうち民主党代表選の有権者は何人か?)
しかも、首都圏の人の意見でたった500人(大爆笑)
そして、20人の推薦人があれば誰がでようが自由なのに小沢氏は出るべきですかとかマスゴミが一政党の代表選にまで介入して来る。
必死なのは分かるが。
それなら菅氏はこの参院選が管政権の信任選挙だと言いながら信任を得られなかったのに出馬しますが出るべきですか?と聞くべきだ。
それから、マスゴミは以前は無投票再選は非民主主義的と批判してたのに今回は無投票再選にこだわるんだね変節しすぎ。



02. 2010年8月22日 17:18:39: kbjD6Oqr1Y

電通から他局や新聞社に、テレビ東京の収録を通知。
朝日仕切りで、各社のインタビュー。

電通のマスコミ操作。


03. 2010年8月22日 17:31:30: Gudwc1b4iQ
ハトポッポは缶支持とラッパ吹いてるが、必ずやドデンしますよ!
霞ヶ関官僚機構は小沢じゃなきゃ倒せない!!!


http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/671.html

コメント [雑談専用38] パチンコ&スロットはなぜ合法なのか!(社会板) 愛国改善党
11. 2010年8月22日 17:43:44: 96dBduo6BI
考えてみると、FX、デリバティブ投資、先物などは、国家公認の賭博ですね。
さらに、株式投資も賭博には違いない。
産業への資金調達とか、株式・穀物・資源価格の安定、価格変動のヘッジなどの
理由付けをしていますが、現状はその規模を大きく越えて、バクチになっている。
デイトレーダー、高レバレッジのFX、デリバティブは完全に賭博であること
は誰も否定できないでしょう。

http://www.asyura2.com/09/idletalk38/msg/691.html#c11
コメント [経世済民69] 雇用環境も福祉も欧米以下!  日本は「世界で一番冷たい」格差社会  (ダイヤモンドオンライン hou
23. taked4700 2010年8月22日 17:43:55: 9XFNe/BiX575U: rkz36ijLqn
記事本文の最後は次のようにして終わっている。

> しかし、日本企業もいつまでインサイダー保護を続けられるかというと、限界がある。製造業にしても正規社員が増えるわけではないし、これまでのやり方では社会保障などのコストが高くなりすぎる。正規社員が減れば厚生年金加入者も減り、受給者とのつじつまが合わなくなる。高度成長の時代ではないので、何が持続可能なのかをよく考える必要がある。最終的には日本人がどういう社会で生きたいのかということだ。(談)

 いかにもアメリカの著名な社会政治学者が言いそうなことだが、問題は、日本の政治家、マスコミ、官僚などがほとんど植民地の傀儡化されてしまい、本当のことを言わなくなっていることだ。何が本当のことかも知らされず、しかも、一般市民は植民地化が隠れて進展していることさえ知らない。自国の政治家や官僚がだめなのだと思い込んでいるのが現状なのだ。
 そして、多分、アメリカも同じような状況のはずだ。あれだけ豊かだった国で中間層がどんどんいなくなっているのだから、本当は何が起こっているか、著名な社会政治学者であるのなら、分かっているのだと思う。
 そのうえで、こういう発言しかできないというのが、アメリカの病根の深さなのだろう。
http://www.asyura2.com/10/hasan69/msg/550.html#c23

記事 [昼休み41] 2、国民は、世論調査の数字が、ハゲタカと宦官とマスゴミによる創作料理である事にとっくに気付いています。
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/giin/1282438503/

680 名前:無党派さん :2010/08/22(日) 17:41:31 ID:mxj5CFhn
日本国民は消費税増税に賛成
日本国民は小沢一郎が代表選に出るのは反対

この世論調査の数字は意味の無いものである

http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/672.html

記事 [昼休み41] 40、密室でヤメ検に誘導される素人11人よりも、十万〜百万票の民意を背負っている民主議員400人の判断の方が重いです。
http://www.asyura2.com/10/senkyo92/msg/782.html
40. 2010年8月21日 21:34:25: gydDAt2CFw
>>21投稿者へ
小沢氏は不当な捜査を続ける検察・検察審査会に対峙するためにも代表選に出馬すべきでしょう。小沢氏が代表選で選ばれた結果、検察審査会がくじから選ばれた「民意」によって起訴できなくなるのも、これは民意の総意の現れでしょう。肛門のじじいなんかがとやかく言うことではないでしょう。
小沢氏は起訴を逃れるために総理大臣になるのでは無く、総選挙などで選ばれた代議士を中心とした民主党員たちによって選ばれるので、恐ろしいことでもなんでもありません。

それよりも、小沢氏の代表選への立候補を妨げようと画策する肛門の爺(じじい)やあなたのような投稿が、この国を旧来の自民党政治にねじ曲げる意図をもった恐ろしい投稿ではないでしょうか。


http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/673.html

記事 [昼休み41] 「alternative、東京大空襲を計画した組織」(全人類でこの組織を退治した時に、世界に平和が訪れます)
http://alternativereport1.seesaa.net/article/160171608.html
2010年08月21日
アメリカ・オバマ政権内部で実権を握った勢力の「日本ツブシ」戦略の実態

アメリカ・オバマ政権内部、そしてCIAの資金調達部門で、

昨今、実権を握り、オバマ政権内部の主導権を握ったグループは、

第二次世界大戦中、日本への東京大空襲を計画した組織そのものである。

アメリカが選択し始めた、「日本ツブシ」の戦略。

詳細は、メールマガジン版オルタナティヴ通信、バックナンバー3月号。


「アメリカ議会のトヨタ自動車叩きの背後で動く、中国=アメリカの、日本挟み撃ち戦略」



http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/674.html

コメント [戦争b5] <アフガン>手製爆弾に化学肥料急増 独軍分析で明らかに  あややの夏
03. 2010年8月22日 18:03:54: EyzbvHWRdk
>>01
>また爆発させるには雷管が不可欠です 雷管付きのダイナマイトでもいいでしょうが

肥料硝安に軽油や鋭感剤を混入して「アンホ爆薬」を作っているのかもしれませんね。
それでも、ダイナマイトクラスの衝撃がないと起爆出来ないでしょう。


>みなで作り方を研究しましょう!

妄想だけにしておかないと「お縄」になりますよ。


http://www.asyura2.com/10/warb5/msg/523.html#c3

記事 [昼休み41] 「j-cast、缶けりって、何?」(ハゲタカ・宦官・マスゴミに寝返った空き缶七奉行を蹴飛ばして民主党から追い出す遊びです

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【話題】「缶けりって、何?」 缶けりをやらないどころか、存在すら知らない子どもたち
1 :影の軍団ρ ★:2010/08/22(日) 10:10:41 ID:???0
かくれんぼや鬼ごっこと並んで、子どもの遊びの定番と言えば缶けりだろう。
ところが今、缶けりをやらないどころか、存在すら知らない小学生が出てきたというのだ。

遊び場の減少や少子化が進む一方、特に室内での遊びが多様になってきたため、
外遊びを避ける子どもが増えていると見られる。昔ながらの大勢で楽しむ遊びが廃れると、
子どもにとっては、コミュニケーションのとり方や社会の規範を守ることの「学習機会」が
減ることにもつながるようだ。

「缶けりって、何?」

こんな子どもが最近増えている。UCC上島珈琲は2010年6月11日、
都市部とそれ以外に住む小学生100人を対象に実施した缶けりに関するインターネット調査の結果を発表した。

それによると、回答した小学生の4分の3が缶けりを経験したことがなかったという。
さらに、缶けりそのものを知らないと答えた小学生も1割を超えた。

缶けりを含めた外遊びは、育ち盛りの子どもにとってはいい運動だ。

体を動かす機会が少なくなれば、体力も落ちるだろう。財団法人日本レクリエーション協会は、
文部科学省が実施している「体力・運動能力調査」をもとに、1978年当時の11歳児と、
2008年の11歳児の体力測定記録を比較した。50メートル走やソフトボール投げで、
08年の11歳児の方が男女とも記録が劣っている。

最近では、スキップもできないほど体を動かす力そのものが低下している子どもがいるようだ。

外遊びの機会が減った背景として、空き地や安全な路地といった手ごろな遊び場が昔と比べて少ないこと、
ゲームをはじめ屋内で遊べる選択肢が増えたこと、少子化により一緒に遊べる仲間そのものが減っていることが挙げられる。
さらに、子どもが忙しすぎるのが大きな要因のようなのだ。
http://www.j-cast.com/2010/08/22072857.html


2 :名無しさん@十一周年:2010/08/22(日) 10:12:58 ID:gyUHw5XhO
2


3 :名無しさん@十一周年:2010/08/22(日) 10:12:58 ID:HiLz3ScL0


4 :名無しさん@十一周年:2010/08/22(日) 10:13:54 ID:/deIJqco0
正直、「だから何?」


5 :名無しさん@十一周年:2010/08/22(日) 10:14:51 ID:GYRsXlTb0
          ,l     ヽ
          /      /
       /      |:::
      / ,   /   lノ:       まだだよ!>
    /// ,  ,   i::
   (__(__(_`/- ,_, ノ
     /::::::::::::::::::::::"ヘヽ
    /:::::::::::::::::::::::::ノ  ヽヽ
   /::::::;;;;...-‐'""´´   |;;|
   |::::::::|  ─  。 ─ |;ノ
   ,ヘ;;|   -・‐  ‐・- |  1・2・3・もーいいかい
   ヽ,,,,    (__人__) /
    | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
    |二二二二二二|
    |         |
    |         |
    |    缶    |
    |         |
    |         |
    |______|

これ貼って欲しいだけだろ?w

http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/675.html

記事 [ペンネーム登録待ち板6] 木卯正一氏による名誉毀損に抵触するタイトルの投稿です。対処願います。
「小沢一郎の代表選出馬問題 容疑者を民主党は首相にするのか?(日本よ何処へブログ)」http://www.asyura2.com/10/senkyo92/msg/826.html
は、以下のコメントのとおり「容疑者」という表記は名誉毀損に当たると意見したものです。

たとえどんなに辛辣でも主義主張は大いに結構ですが、名誉毀損表現まで用いて事実をねじ曲げ批判や攻撃をする記事は放置しておくわけにはいかないと思います。
これでは捏造や歪曲、偏向で批判の嵐に晒されているマスゴミと同じです。

管理人さんにも判断して頂き対処をよろしく願います。

__________________________
26. 2010年8月22日 18:03:38: Zuo9mHMINl
どこの馬の骨のクズブログがしらんが、記事タイトル容疑者という表現は、名誉毀損に当たるぞ。
容疑者(法的正式には被疑者)というのは、捜査対象になっており提訴されていない者、すなわち「捜査当局による取り調べなど捜査中であり起訴か不起訴かまだ決まってない状態の者」を指す。従って小沢氏の場合はすでに当局により不起訴となっているから最早容疑者でもなんでもない。

容疑者とは捜査当局におけるものであり、当局の不起訴が不服だとして検察審査会へ申し立てしたからといって、容疑者と考えるのは間違いだからな。

記事投稿者は、こういう名誉毀損に当たるタイトルの記事の投稿は控えるか、またはブログ主に名誉毀損にあたる「容疑者」とか「被疑者」という表現は修正してもらいそれから投稿せよ。

なお、本掲示版の管理者さんもこのような明らかな事実と異なる名誉毀損表現がされている記事は削除するか投稿者に訂正を求めるべきだ。

一応管理人さんにこの記事は不適切な記事と報告しておく。
http://www.asyura2.com/10/nametoroku6/msg/555.html

コメント [戦争b5] 「イラク戦争の七年半で、アメリカは何を失ったのか?」  冷泉彰彦  JMM [Japan Mail Media]  愚民党
03. 2010年8月22日 18:39:35: gnHMPagO0N
イラク戦争は過去になっただと?
イスラムとの和解だと?寝言こきやがるな。
アメ公の戦車が打ち込んだ砲弾から汚染された土壌の付近で暮らしているイラクの民衆の深刻な健康被害、奇形児や癌の発病率が異常に高いことなど、劣化ウラン弾には毒性は極めて薄いと言っておきながら、そうとは思えない事態が次々現れていることを無視して終わったこと扱いか?
アメリカが南部と東部で考えが違うだのなんだのそんなことはアメリカの理屈でありイラクの民衆にはまったく関係のない話だ。
オバマが殺されようとペイリンが人気が出ようと知ったこっちゃない。
アメリカの理由なんて知らん。イラク人は侵略国家アメリカをイラクの地から実力でたたき出した、そういって過言ではあるまい。
要するに戦闘に勝ったということだ。だからイラク人はアメリカに対してこういう権利がある。
「おまえたちが壊したものすべて、おまえたちが殺したものすべて、元に戻して出てゆけ!」
「無理だというなら補償と保証、どちらもおまえたちがイラクに対して負った義務であり我々が請求する正当な権利だ。それを果たしてから失せろ!」と。
http://www.asyura2.com/10/warb5/msg/522.html#c3
コメント [経世済民69] 米国は日本のようなデフレにはならない(富士通総研) gataro
05. 2010年8月22日 18:48:09: g6DT8nixac
 アメリカはドル安、日本は円高。そしてヨーロッパもユーロ安。
この関係がさらに円高傾向になれば企業が生き残るためのコスト競争になり、そこでは削られるものとして人件費ということになるのではないか。

 円高こそデフレ要因ではないかと考える。流通業にとっては円高還元セールということでさらに商品を安くしていく競争にはまり込んでいる。当然消費者はこの先物価が下がることを見越して買い控えに入る。

 ここでもし円安に入る要因が出てくれば輸入に頼っている流通業にとっては値下げ競争は避けなければならない。むしろ円安要因からの商品値上げに踏み込まざるを得ない。

 結果、先行き物価の値上がりが起こると想定すれば消費は動くはずである。賃金だけではデフレ要因として動かないと考えるが。

 また高齢者がいままでの貯蓄を崩さなくてはならない状態では、買いたい物があってもその欲望を抑制しなくてはならない社会では消費はこの先伸びないと考える。

 賃金だけでインフレ、デフレを論じ、アメリカと日本を比較するのは滑稽な話だと考えるが。米国はドル安傾向が続けばこの先輸入物価は上がるはずであり、上がる前に買うという心理が働くのは当たり前だと考えるが。
http://www.asyura2.com/10/hasan69/msg/556.html#c5

コメント [雑談専用38] この世を良くするアイデアを募集します。 地には平和を
18. 地には平和を 2010年8月22日 18:49:18: inzCOfyMQ6IpM: 0J5kruD3Wk
>17. 2010年8月22日 17:12:30: HkmYDwQp22さん

日本政府は教育に対して冷た過ぎますね。

>私たちもも稼いだお金は、ちゃんと税金もおさめているのにそれの配分を決める>席には、出ることも許されません。

そうですね。自分が払った税金の使い道について意見を言う場を確保しないといけませんね。それは議員の役割なんですが、遠いですね。貴方が立候補できるようにしていきたいですね。

>出ることが許される女は爺さんたちに従順な女だけです。

ですね。

>学力がどうのこうの。。
>本気で思うのならさっさとフィンランドをまねをしたらいいのに日本語の
>パンフができるほど爺さんたちも視察に行っているのにまねようともしない。

何しに行ってんでしょうね。視察レポートをちゃんと公表してますか?税金で行ってるのならちゃんと報告していい所はマネないとね。

>日本は40人学級、あちらは、25人に6人の教師。習熟度で3グループに
>わけそれぞれ教師がふたりづつつくそうです。
>本気度が違いますよね。

教育に力を入れる事が将来の国を決定するって事が分かっているからですよ。日本はまだまだ分かっていない。

>爺さんたちが自分の地位と利益を守るために税金を教育に配分しようとしません。
勉強を見るのも親まかせ。

全然ダメですね。

>子育ては、子どもの家庭教師に栄養士にスポーツインストラクター、安全に
>遊べる場所の確保、安全に食べれるもの確保、最近はうっかりしていたら
>学校でワクチンやフッ素うがいまでさせられる。
>医学から、行政を動かす政治学から、たくさんのことを勉強しなければ
>なりません。
>それをただ仕事?
>13000円でごまかそうとするなんてあんまりです。

まあ、それでも配るだけマシですけど。何も考えていないから一番簡単な金を配って終わりにしようって事ですね。怠惰もいい所だ。お仕事しなさい!って事ですな。

>家で介護をしている人、子どもを見ている人には直接お金を渡すべきです。

はい。

>ゼロ歳児を保育所で見れば一人当たり5万円以上かかります。
>理屈で行けば、5万円とまではいいませんが、それに近いお金を配るべきでしょ>う。

はい。おっしゃる通りです。

この阿修羅掲示板では今まで女性の為の議論はあまりして来なかったと思います。これをきっかけにやっていきましょう。女性が社会進出してこそいい世の中になると考えます。
http://www.asyura2.com/09/idletalk38/msg/693.html#c18

記事 [文化2] 大島渚と朝鮮    西岡昌紀
*

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1565611429&owner_id=6445842

大島渚監督の『戦場のメリー・クリスマス』(1983年)は、第二次大戦中の日本軍捕虜収容所を舞台にした映画です。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1030948378&owner_id=6445842
(関連する日記です)

物語は、その捕虜収容所で、連合軍捕虜の世話係をして居た朝鮮人軍属カネモト(ジョニー大倉)が、オランダ人捕虜に性的虐待を加えた事が発覚し、それを知った日本軍軍曹ハラ軍曹(ビートたけし)が、イギリス人捕虜ローレンス(トム・コンティ)の立ち会いの下で、その朝鮮人軍属カネモトに自決をさせようとする場面から始まります。

この映画は、もちろんフィクションです。しかし、この冒頭の当惑させられる様なエピソードには、第二次大戦中、軍属として日本軍に従軍した朝鮮人軍属の状況が、かなり反映されて居るのではないか?と、私は、思ひます。

即ち、日本軍は、従軍した朝鮮人軍属に連合軍捕虜の世話係をさせる事が、実際、多々有った事、そして、それらの朝鮮人軍属が、しばしば、捕虜と成った連合軍兵士との間で、戦後、捕虜虐待の嫌疑を受ける様な問題を起こす事が有った事を、『戦場のメリー・クリスマス』の冒頭のこの逸話は、かなり反映して居るのではないか?と、私は、思ふのです。

それらの事例の中には、連合軍捕虜による誤解や誹謗も含まれて居たと思はれます。しかし、とにかく、実際に捕虜たちと接する事の多かった朝鮮人軍属が、そうした理由から、戦後、BC級戦犯として連合軍によって訴追され、時には、冤罪の事例を含めて、処刑される事が有った事は、しばしば語られて居る通りです。


思へば、大島渚監督は、この冒頭のエピソードにおいて、随分と挑発的な題材を描いて居ます。朝鮮人軍属による連合軍捕虜への性的虐待と、それに対する日本軍の自決強要とは、随分刺激的なテーマです。今思へば、この映画のこの部分を「朝鮮人差別」と見なす人が居なかったのかどうか、いささか気に成るところです。そして、当時、韓国では日本映画を見る事が出来ませんでしたが、日本映画が解禁された今、DVDなどでこの映画を見た韓国人が、この映画のこの冒頭部分をどう見、感じたかも、興味の有る所です。

その冒頭のエピソードにおいて、日本軍軍曹であるハラ軍曹(ビートたけし)が、上官であるヨノイ大尉(坂本龍一)に、事態を説明する際、語る台詞(せりふ)は、この様な物です。


  「これは処刑ではありません。軍属カネモトは、自分が犯した
   罪を恥じて自分で自決しようとして居るのです。」

  「これは武士の情けであります。勤務中の事故死とすれば、
   カネモトの遺族には恩給が下がります。カネモトの家族も
   食ふや食はずの生活をして居るに違いありません。」


初めてこの映画を見た時、ハラ軍曹(ビートたけし)が語るこの台詞に強烈な印象を受けた事を覚えて居ます。捕虜に同性愛的感情を抱き、性的虐待を加えた朝鮮人軍属に自決を強要しようとする鬼軍曹が、実は、同時に、朝鮮に居るであろうその軍属の家族に恩給が下りる事を考えてその様な過酷な処罰をしようとして居るこの場面に、私は、戦前の朝鮮の貧しさを思はずに居られませんでした。たとえこの軍属が、不名誉な出来事に対する処罰で命を絶たれても、彼の遺族が日本の恩給をもらえるのであれば、どれだけ助けに成るか分からないと言ふこの絶望的な貧しさ。それが、当時の朝鮮の貧しさだったと言ふ事です。


初めてこの映画を見た時、大島渚監督が、朝鮮民族に対して抱いて居た感情の深さが、私には印象的でした。大島監督が、このスキャンダラスなエピソード(朝鮮人軍属によるオランダ人捕虜への性的虐待とその朝鮮人軍属に日本軍が強要した自決)を通じて、当時の朝鮮の貧しさを、観る者に想起させようとして居る事が、強く感じられたからです。


小松川事件を題材にした『絞首刑』もそうでしたが、大島渚監督は、朝鮮と朝鮮人にこだわり続けて来た映画監督です。それが、この映画(『戦場のメリー・クリスマス』)にもこうした形で現れて居ると私は思ひますが、その一方で、大島渚監督は、しばしば、朝鮮人(韓国人)に対して、厳しい態度を取る事が有りました。

1980年頃、筑紫哲也氏なども同席した日韓フェリー上の日韓の対話番組の収録中、同席した韓国人出席者に向かって「バカ野郎!」と言った事が「問題」に成った事も有りました。又、もっと後に成って、『朝まで生テレビ』において、韓国人たちの日本への批判について、「聞き飽きた」と言って、切り捨てた事も有りました。

大島渚監督は、日本の政治的区分では「左翼」とされて来た人ですが、韓国・朝鮮については、朝鮮民族を温かい目で見る一方で、日本の普通の「左翼」からは外れた、非常に厳しい事を言ふ事も有った点が興味深いと思ひます。


菅さんの今回の「談話」と『戦場のメリー・クリスマス』でビートたけしが口にした上の台詞を較べるのはおかしいかも知れません。しかし、韓国の人々は、菅首相や仙石官房長官の様な、ただ相手(韓国人)が喜びそうなリップ・サービスを口にするだけの日本人と、時には「バカ野郎!」と言ったり、「(韓国人の言ふ事には)聞き飽きた」と言ったりしながら、あの時代の朝鮮の貧しさを、こんな挑発的な物語を通して、世界に向かって語った大島監督の様な日本人のどちらが、真の友人であるのか、『戦場のメリー・クリスマス』のDVDでも見ながら、ゆっくり考えてみてはどうだろう?と、思はずに居られません。

平成22年8月21日(土)


                 西岡昌紀

http://nishiokamasanori.cocolog-nifty.com/blog/

(関連するミクシイ日記)

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1095339310&owner_id=6445842

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1030948378&owner_id=6445842

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配慮で関係良好 高まらぬ反日
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1316243&media_id=4


関係良好、高まらぬ反日=併合条約、22日で締結100年―韓国
(時事通信社 - 08月21日 15:03)


 【ソウル時事】日韓併合条約の締結から22日で丸100年。韓国人は国を失った日韓併合を「国恥」とみなしており、29日の同条約発効100年までの間、歴史を振り返る市民団体の集会や学術会議などが開催される。ただ、歴史問題で韓国を刺激しない日本の民主党政権の配慮もあり、両国関係は最近良好な状況が続いており、懸念された反日感情の高まりは見られない。


 併合条約により、朝鮮半島は第2次世界大戦で日本が敗戦した1945年8月までの35年間、日本の植民地支配下に置かれた。その間、姓名を日本式とする創氏改名などの同化政策が取られ、多くの人が日本本土で働くことを余儀なくされた。韓国人の中には、併合に対する恨みが今もくすぶる。


 21日付の韓国紙・東亜日報は特集記事で、「日本式の居酒屋で日本酒を楽しむ若者たちがウェブサイトへ日本への憎しみをつづった文章を載せている」と指摘。「韓国人にとって日本は歴史的加害者として憎悪の対象だが、経済大国として依然学ばねばならない点が多い国だとの認識も共存している」と韓国人の複雑な対日感情を分析している。


 植民地支配については、かつて日本の閣僚らが支配を正当化する発言をし、韓国で反日感情が高潮、日韓関係が悪化するという構図が繰り返されてきた。民主党政権は歴史問題で韓国を刺激しないよう配慮しており、現在の日韓関係は「1965年の国交正常化以来最良」(韓国政府幹部)といわれるほどだ。


 菅直人首相が10日発表した植民地支配への反省とおわびを盛り込んだ談話に対し、李明博大統領は「踏み込んだ努力だと評価したい」と応じた。 


http://www.asyura2.com/09/bun2/msg/415.html

記事 [近代史02] 日本の朝鮮統治は全てが悪であったのか?    西岡昌紀
*

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1566060678&owner_id=6445842


日本が朝鮮(韓国)を併合し、統治した時代、日本人がした事は、全て悪だったのでしょうか?

以下に引用するのは、その日本統治下の朝鮮で、教師として朝鮮に赴任し、朝鮮の子供たちを教えた教師に関する逸話です。

相川先生と言ふその日本人教師が、朝鮮でどの様に生きたか、そして、その先生のみならず、多くの日本人教師が、朝鮮の子供たちの為に、教育者としてどれだけ努力をし、感謝されたか、韓国人の回想から御紹介したいと思ひます。−−これは、1929年に朝鮮(当時)の慶尚北道で生まれ、日本に留学した後、ヴァイオリン製作者と成った韓国人、陳昌鉉氏の著作の一節です。

−−現在の大韓民国大統領・金大中も、商業高校の学生だったころ
  に、やはり日本人の先生に大事にかわいがられたそうだ。また、
  それは前大統領の金泳三も同じである。1920年代の半ば以
  降生まれの彼らと同じ世代の人々は、みな日本の小学校・中学
  校を出ており、日本人教師の恩に浴していた。金泳三は大統領
  になる以前の国会議員時代でも、自分の恩師に対しては自らが
  韓国見物に連れ添ったり、韓国料理でもてなしたりと国賓以上
  と言っても過言ではない扱いをしていた。大統領に就任してか
  らも、恩師が訪れるときには必ず官邸の玄関まで出迎えること
  を忘れず、どれだけ恩師が年老いたとしてもその丁重な応対は
  変わらなかった。こと旧日本軍に関しては、戦時中に朝鮮で行
  った蛮行についてたびたび取り沙汰されるが、それとは対照的
  に、日本人の先生に対してはよい思い出を持っている人が多い
  ように思う。反対に、軍隊と同じように横暴を働いていたのは
  警察だった。交番には通常、日本人と朝鮮人の警官が一人ずつ
  駐在していた。主任は必ず日本人、その下に朝鮮人の警官が付
  くというかたちである。この朝鮮人警官たちがまた乱暴で、誰
  かれかまわずに当たり散らす。そうすると、人々は何が起こる
  のかと恐れて警官に金を包んで渡す。暴力警官はこれでやっと
  満足して、意気揚々と引き上げてゆくということが日々繰り返
  されていた。アメリカのB級映画には悪徳警官がよく登場する
  が、まさにあれを少しおとなしくさせたようなものだと考えて
  もらえばよい。あとで聞いた話では、日本人の主任警官が、民
  衆の上にスムーズに居座れるように、少し民衆を脅かしておく
  ように命令を出していたらしい。当時はこのようなことが日常
  的に行われていたのである。それとは正反対に、自分の給料を
  投げ出して生徒を思いやる先生もいた。当時、朝鮮人の小学校
  教諭の給料は25円。ところが、日本人の先生はいわゆる外地
  手当があったため、その倍の50円もらっていた。単にそれで
  余裕があったからというだけの理由ではないだろうが、相川先
  生も、町にでかけては、帳面を自転車に山ほど積んで帰ってき
  た。私は、何事かと目を白黒させて聞いた。
  「そんなにどうするんですか?」
  自転車のスタンドを立てながらも、先生は詳しくは教えてくれ
  ない。何も言わなかった。
  「まあ、いいじゃないか」
  そう言って荷物をかつぎ上げ、自分の部屋に運んでいった。
  どうしても気になった私は、先生の部屋の開いた戸口に立って
  また聞いた。
  「そんなにたくさん勉強しないと先生になれないんですか?」
  すると、先生は声を上げて笑いだした。
  「君はおもしろいな。これはな、帳面を買えない子のためだよ」
  先生は、帳面をいくつかの山に分けながら言った。
  「君は帳面をいつも持っているけど、持ってない子もいるから
  な」
  私は知っていた。私のクラスにも、帳面はおろか靴下さえはい  
  ておらず、垂れた鼻水であぜ道を作っている子が何人もいた。
  先生は続けた。
  「そういう子は帳面もなくて、黒板に書いてあるのをただぽか
  んと見てるだけだ。それじゃどうしようもないじゃないか。せ
  めて何か書いてもらわないとな。これがほんとの几帳面だ。
  あはは」
  「あはは」
  とつられて笑ってみたものの、冗談の意味があまりわからない
  私は、あまり心からは笑えず、そのまま、じっと先生が整理す
  るのを突っ立って見ていた。先生は、そうやって自腹を切って
  は生徒に帳面などを買って与えていた。
  (中略)
  学校に通うようになった当初、私は今でいう「いじめ」にあっ
  ていた。というのも、私は体が極端に弱かったからである。子
  供の世界は残酷なもので、弱い者を投げ飛ばしてみたり、おも
  ちゃにすることで楽しむ乱暴者は必ずいるものだ。それが驚い
  たことに、相川先生が私の家に滞在するようになってからとい
  うもの、私をいじめるものはいなくなったのである。
  学校の帰り道などで、たまたまばったりいじめっ子に出くわし
  たりすると、こんなことを言い出した。
  「お前のうちには相川先生が泊ってるから、もうお前を投げ飛
  ばしたり、蹴飛ばしたり、殴ったりしねえよ。残念だけど先生
  に怒られるからな」−−

  (陳昌鉉著『海峡を渡るバイオリン』河出書房新社/200
   2年/69〜72ページより)


私は、日本の朝鮮統治に、日本人がやった事の全てが正しかったと言ふ積もりは有りません。

心無い差別をする日本人や、立場を利用して傲慢に振る舞った日本人も居た事でしょう。又、3・1運動の際の鎮圧で、人命が失はれた事など、反省すべき点は多々有ったと思ひます。私は、日本の朝鮮統治のそうした否定的側面を全否定する者ではありません。

しかし、その一方で、いや、そうした否定的側面をはるかに上回る形で、多くの日本人が、この先生(相川先生)の様に、朝鮮の子供や人々を愛し、無私な心から、自分の人生を朝鮮の近代化に捧げた事を、在日を含めた韓国人(朝鮮人)はどう思ふのか?私は、聞きたいと思ひます。

貧しい朝鮮の子供たちに、自腹でノート(帳面)を買って与えたこの先生(相川先生)の様な日本人が居なかったかの様にあの時代を語る者は、日本人であれ韓国人であれ、朝鮮を愛し、朝鮮の為に生きた日本人を冒涜する人間だと私は思ひます。

そして、そう言ふ者たちは、歴史の真実を冒涜する人間だと、私は、思ひます。


平成22年8月22日(日)


              西岡昌紀

http://nishiokamasanori.cocolog-nifty.com/blog/


(関連するミクシイ日記)

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1565611429&owner_id=6445842

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1095339310&owner_id=6445842

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「植民地歴史の負の遺産を克服」、日韓両国学生が「共同宣言」を発表
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1316350&media_id=97


「植民地歴史の負の遺産を克服」、日韓両国学生が「共同宣言」を発表
(サーチナ - 08月21日 17:23)


 日韓両国の大学生と高校生30人が20日、ソウルの青少年メディアセンターで「日韓学生共同宣言」を発表した。日韓併合100年を迎える2010年を新たな歴史出発点とするために、慰安婦問題などの直視や共同の歴史教科書の発行と採択を求める内容が盛り込まれた。韓国メディアが報じた。

 日本からは立命館大学と立命館宇治高の学生15人が参加。19日に慰安婦問題や教科書のわい曲など日韓両国の歴史葛藤の解消および関係改善のための実践策を、そして20日には「日韓学生共同宣言」を発表した。共同宣言の発表については、7月16日に立命館大学で開催された「第2回日韓青少年平和シンポジウム」の第1回会議で合意していたとのこと。

 韓国メディアは「宣言文は、両国の学生が植民地の歴史について白熱した討論を行い、作成した」と伝えた。共同宣言では、「日本による植民地支配の負の遺産は、いまだに克服されていない」とし、「青少年の平和な未来を構築するためには過去の歴史を直視することは必要不可欠だ」と指摘した。

 具体的には、政府レベルで歴史教科書問題の対策に取り組み、客観的で開かれた共同教科書の発行と採択を要求。そして、次世代を担う若者たちには過去の歴史を学び、平和的な未来を作る「平和責任」があると明記し、「歴史教科書問題の解決をめざす努力も平和責任を果たす一つの方法だ」としている。

 共同宣言文は立命館大学の小沢かおりさんが読みあげた。小沢さんは討論会前までは慰安婦問題について漠然としか知らなかったとしたうえで、「学校で習った歴史教科書には客観的事実のみが羅列されているだけで、日本が韓国人にどんなことをしたのか教えてくれない」と述べ、間違った歴史認識を正す努力をもって、両国の関係改善に努めたいとの意向を示した。(編集担当:金志秀)


*

http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/391.html

コメント [雑談専用38] この世を良くするアイデアを募集します。 地には平和を
19. 地には平和を 2010年8月22日 19:06:09: inzCOfyMQ6IpM: 0J5kruD3Wk
貨幣を無くすのではなく貨幣を人間や自然の為に使うという事が大事なんじゃないかと思います。通過発行権を県とか市とか小さい単位で行えるようにするというのも検討していい方法でしょう。江戸時代には藩札というものがあったワケですし。発行し過ぎたら信用を無くすのでそこは適度に発行するという事が必要ですが。各地方自治体は発行した通貨を低所得者層に配ればいい。それで地域経済は活性化するでしょう。教育費と保育費と医療費は無料にするべきです。社会に安心感が生まれたら消費は伸び税収も増えるでしょう。
http://www.asyura2.com/09/idletalk38/msg/693.html#c19
コメント [Ψ空耳の丘Ψ58] 異常気象は天罰か?  気象兵器が壊した「自然」が牙を剥いた!?  行政調査新聞 愚民党
02. 2010年8月22日 19:10:00: OU45NNHkXI
>>01
南極の氷は、海水面には影響するでしょうが、気象にそれほど影響するとは思えません。


地球の水の量  14億km3
http://www.kaijipr.or.jp/mamejiten/shizen/shizen_7.html
南極の氷の量  2400km3
http://takedanet.com/2007/04/post_cefe_1.html

水面からの気化は、水面の面積、水温、風速などの関係すると思われるが、

地球全体の水の量に対する南極の氷の量の比率 ほとんど0.00000%  大きな影響はない?
地球の水面面積が、温暖化で増加する割合? 海の面積が極端に増加しているか?

太平洋の島々は成長を続けており、海面が上昇しても沈むことはない
http://milfled.seesaa.net/article/152846054.html

という説もあり、海水面が増加していないかも知れません。また、
現時点で、南極の氷がすべて解けたわけではないので、すでに解けた氷の影響は上記の推定
よりもさらに小さいでしょう。

さらに、地球の内部との水の出入りが、結構な量であるよう
http://www.osk.janis.or.jp/~mtl-muse/subindex02-73salt-rock.htm

昔、地球が熱かったころは、地表へ運ばれる水のほうが多かったのですが、
7億5千万年前に減少に転じました。
現在、年間で、
・海溝から地球内部へ:−11.2億トン
・沈み込み帯の火山から大気と海へ:+1.5億トン
・中央海嶺から海へ:+0.75億トン
となっており、年間8.95億トンの海水が地球内部に吸収されています。
減り方は徐々に加速しており、10億年後に、海水はすべてなくなります。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q109603445

南極の氷が水になった影響が、直ちに(急激に)そんなに気候の変動に結びつく
のでしょうか。さらに南極の気温は、温暖化でも結構低く抑えられているようです。

「南極は充分に低温であるため、数度の温度上昇があったとしても概して依然、氷の融点以下である。」
南極は北極と違って大陸であり、気候は気温の上下が大きい大陸性である。また、内陸のほとんどが分厚い氷河の上にあり標高も高いため、標高の低い北極点付近に比べ気温が更に低くなる。
それに加え、南極は周囲の大陸から孤立し、南極点を中心に位置している。このため、南極付近の冷たい空気と、その周囲の海上・陸上にある暖かい空気の温度差が非常に大きくなり、気圧差も大きくなる。高気圧側の南極(極高圧帯)から吹き出す風は、南極海で発達する低気圧や前線を通って上昇気流となり、上空で南極に戻っていく循環コースをたどる。低気圧が発達するとジェット気流や偏西風も発達するため、南極と北側の温かい空気はこの強風帯によって隔てられる。また、同じように海流も南極を取り巻くように流れており、暖かい海水が南極付近に流れ込みにくい構造となっている。これら、海と大気両方の壁によって、南極の寒さが保たれている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E6%A5%B5%E3%81%AE%E6%B0%97%E5%80%99



http://www.asyura2.com/10/bd58/msg/554.html#c2

コメント [雑談専用38] この世を良くするアイデアを募集します。 地には平和を
20. 地には平和を 2010年8月22日 19:10:03: inzCOfyMQ6IpM: 0J5kruD3Wk
>14. 2010年8月22日 09:34:23: mq4QlbQhA2
>この世を良くするアイデアを募集します。
>http://www.asyura2.com/09/idletalk38/msg/693.html
>投稿者 地には平和を
>子供会というか、お子ちゃまレベルのおはなしをよーやるよな、アンタ。
>おくめんもなく!

単純な問いから始まって様々な意見交換をしていこうとしているのです。これは対話の王道なのです。そんな事も分かりませんか?もっと勉強しなさいよ。
http://www.asyura2.com/09/idletalk38/msg/693.html#c20

コメント [エネルギー2] 電気自動車の普及は日本の自動車産業を追い込む手段でもある。日本は自動車産業の生き残りを賭けてバイオ燃料生産へ sagakara
08. 2010年8月22日 19:19:05: O1Q1wzV3Tz
今語られている電気自動車の優位性はわかるが
それらを支えるインフラ部分での経済性があるかは充分に検討されていないのでは?

バッテリー交換スタンド経営で利益が出るかどうか?
バッテリーのリサイクルって
昔の瓶のようにデポジット制で必ずお金になるのか?
充電で利益が出るのか?
充電システムのコストはどれほどで回収できるのか?
リサイクルと言うことは、バッテリーを運搬しなければならず。
そのバッテリーを運ぶこと自体にもエネルギーが必要で
そのエネルギー自体も含めて、本当に環境に良いのか?
(牛乳パックのリサイクル時のエネルギー収支と同じ)
内燃機関で消費するエネルギーを電気エネルギーに変えることだが
電気エネルギーに変えたときに
発電所や電力制御、送配電設備投資はどのぐらい必要なのか?

バイオ関連のエネルギーを支えるインフラにも困難な課題があるが
電気自動車でも同じように課題が山積である。
固定したエネルギーだけではなく、多様性があるエネルギーとして
バイオ関連のエネルギー検討候補に入っても良いと思いますよ。
http://www.asyura2.com/09/eg02/msg/238.html#c8

コメント [経世済民69] 米国は日本のようなデフレにはならない(富士通総研) gataro
06. 2010年8月22日 19:19:11: fTxVQXG3o6
>>05
非正規社員が1000万人を超えてるのだよ
生活必需品を上がる前に買うって? お笑いだね

食品類を大量に買うか?

日々の生活に必要な物を上がる前に買うって
富裕層が考える消費行動だよ

http://www.asyura2.com/10/hasan69/msg/556.html#c6

コメント [昼休み41] 「読売、なぜデモ飛行隠した」(UFOとかネッシーとかろくろ首とかブシュカイダの正体がだんだん分かってきました) 小沢内閣待望論
01. 2010年8月22日 19:19:43: swlnfR07HU
>デモ飛行は事故と関係ないので公表しなくていいのでは:

警察と同じで身内の起こした事故には随分と甘い。検察が絡んでるので余計に。
http://www.asyura2.com/10/lunchbreak41/msg/669.html#c1

記事 [カルト7] 『私の来歴を誰も知らない』 〜モルモン教の履歴書



エドマンド・ウィルスン『死海文書 〜発見と論争 1947-1969〜』より抜粋

 それにしても、人間がこれまでいかに無造作に「神がかり的な」指導者を受け入れてきたか、その実態を認識してみれば、ある程度の軽蔑感を感じないではおられない。十八世紀の末にニューヨーク州北部に入植者が定住したとき、その大半はニューイングランド地方からきた人たちであった。そしてかれらはこの広大な田舎地帯に移住すると、父祖たちの厳格なカルヴィニズム神学の拘束をかなぐり捨ててしまった。それでもやはりかれらは宗教を必要としたので、まもなく自分たちの宗派を創り出した。そのなかには、キリストの再臨がすでに起こっていると信じたジョン・ハンフリー・ノイズ(アメリカの社会改良家。 1811-86)の建設になるオナイダ共同体の完全主義があり、これまたみずからをキリストの再来とし、不死なる者と公言したジェミマ・ウィルキンソン (アメリカの狂信的宗教家。1752-1819)の信者たちがいた。しかしそうした宗派のなかで、最も強力で持続力があったのは、ニューヨーク州フィンガー湖群のすぐ北にあるパルミラの町に起こったジョーゼフ・スミスのモルモン教であった。フォーン・M・ブローディ夫人(アメリカの伝記作者、歴史家。 1915-)が書いた『私の来歴を誰も知らない』という標題のジョーゼフ・スミスの伝記がある。この種のものでは唯一の書物に違いない。この本で、この新興宗教の起源に関する誠実で実証的な記録を読んでみると奇妙な感じにうたれる。著者のブローディ夫人は、預言者スミスに起こった不思議な出来事やその聖職に関する伝説を聞かされながらモルモン教の村に育った人だが、彼女は後年そのいっさいの不合理や醜聞を含めて、ことの真相を解明する仕事を自らに課した。この書物には、私たちのいわば目と鼻の先で、私たちが慣れ親しんできたアメリカの西部で、しかもついこの前の正規に進展した一つの事実が語られている。それは、一人のペテン師、山師であり、節操もなく、飽くことをしらぬ好色家であった男への崇拝、またその崇拝にもとづき、強固な基盤と体面を保つ教会の設立のことだ。現在この教会は、一つは大会堂(ターバナクル)、一つは神殿(テンプル)とよばれる巨大で醜悪な聖堂を維持して繁栄し、愚にもつかぬいかさまな経典と殉教者ジョーゼフ・スミスの伝説、またスミスの後継者ブリガム・ヤングの貢献になる有能な経営と教義説教にもとづく特異な教化組織、そして国際的な伝道活動とを持っている。

 ジョーゼフ・スミスは1805年に生まれ、十歳のときヴァーモント州からニューヨーク州北部に連れていかれた。ブローディ夫人が引用する、モルモン教と無関係な文書によると、彼は近所の人びとの間では、いかさま魔術や宝堀りに熱中し、嘘つきで人に迷惑ばかりかけている子供として通っていた。二十一歳のとき、彼は「治安を乱す詐欺師」として法廷に引き出された。だが反面、彼は人好きのする、たいへん想像力豊かな男でもあった。モルモン教の活字を組む仕事を手伝った同じ町民の一人は、彼について次のように言っている。「ジョーほど無知で、それであれほど想像力の豊かな男には出会ったことがない。彼は日常ありふれた出来事でも自分の想像力で潤色してからでないとけっして人に話さなかった。それでもいつか、リード牧師に、嘘ばかりついていると地獄落ちだぞと言われ、悲しんでいたのを覚えている」と。若い頃のジョーゼフ・スミスはインディアンの墓塚に興味をいだき、それがただの墓所であることを知らず、かつてここで大戦争があって多くの死者が出たのだと思ったりした。およそ二十二歳のころ彼は、「えもいわれぬ白さの薄衣」をまとい、モロニと名のる天使が神につかわされてあらわれ、黄金の板に書かれた聖なる啓示の書を自分に示したと偽りの主張をした。スミスはこの黄金の板はひとふりの剣と胸当てと共に石の箱に収めてあったとも主張し、その胸当てにはノアの方舟に積み込まれていた謎のウリムとトンミムがくくりつけえあったと言った。はじめのうち彼は誰にもその黄金板を見せず、それを見れば即座に死ぬと言った。そしてこの記録はインディアンの起源の問題を解決すると言明した。元来アメリカには二つの民族が住んでいたが、たがいに千年間戦いあい、これらの塚はその戦いを記念するものだと彼は言った。彼は黄金板の包みをほどきもしないで、その内容はすでに口述筆記させてあると偽った。後には、自分と筆記者との間に衝立を立て、天使モロニから授かった眼鏡をかければ、黄金板に書かれてある彼のいう「改良エジプト語」なるものが翻訳できるのだと説明した(当時古代エジプト文字はまだ解読されていなかった)。スミスは自分の話に確証を与えようと、事実彼のいう聖なる黄金板を制作した。だが、そこに書かれていた言葉は、コロンビア大学のさる古典文学の教授が言明するところによれば、意味をなさぬ言葉の寄せ集めにすぎず、「ギリシャ文字、ヘブル文字、逆さまか横むきのローマ文字、十文字、飾り文字などが垂直な欄に配列されており、その全体は粗末な円形の図で終わる。その円はまたさまざまの奇妙な符号で飾った小区画に分割される。明らかにこれはフンボルト(ドイツの自然科学者。1769-1859)の伝えるメキシコの暦を模写したもので、ただのわたごとの寄せ集めで、それもわざわざ典拠のわからぬように模写してある」という。スミスのいう「翻訳」なるものは、ただのたわごとの寄せ集めで、そのうちなにほどかでも品格を備えているものは欽定訳聖書から借用した部分だけだ。それも念入りに修正して原典とは別のもののように見せかけてある (以前『ニューヨーカー』誌に載せた私の記事のなかで、ジョーゼフ・スミスがモルモン教書を「口述した」と述べたところ、これを検閲したモルモン教の事務局が、ここを「翻訳した」と改めるべきだと主張しようとしたことがある)。モルモン教書によると、預言者リーハイは、当時北アメリカ大陸で見られたはずの全動物の標本を屋形船に乗せて、エルサレムからアメリカに渡ったことになっている。これには、馬、豚、羊のような、実際はヨーロッパ人が移入した動物も数種含まれている。私はパルミラにあるジョーゼフ・スミス記念館の案内所で、スミスの黄金板は現在どこに保存されているかたずねたことがある。答えは天国へ持ち替えられたということであった。

 マーティン・ハリスという金持ちの農場主で、すでにいくつかの宗派に首をつっこんだ経験のある男が熱狂的なモルモン信者になった。その男はこう証言している。ブローディ夫人を引用すると、「ハリスは鹿の姿をしたイエスに会い、人と人とが親しく話をするように、主と語りながら二、三マイルいっしょに歩いたことがあった。彼が言うには、悪魔ははつかねずみのように、短くなめらかな頭髪をし、雄ロバに似た姿をしていた。彼はパルミラの町は1836年までに壊滅するが、1838年までにジョーゼフの教会はアメリカ合衆国の大統領が無用になるほど大きなものになると預言した」という。ニューヨーク州では、その他にも不思議な出来事が目撃された。夜中に三人の見知らぬ人がやってきて畑を耕し、他の畑には肥料をまいていったというもの、乳しぼりをしていた農場の主婦の前に白いひげの老人があらわれて、あなたは疲れはてている。私はあなたの信仰を強くするためにつかわされたと言ったというもの、などである。

 ジョーゼフ・スミス自身についても、彼がある男から悪魔を追い出してやったという話があるが、この男は若いころから今でいう神経衰弱にかかり、当時よくあったように、自分が地獄に落ちることを病的に恐れていた男だった。スミスは1830年に六名の会員で教会を創立し、それは一ヶ月で四十人に増えた。しかし彼は改宗しなかった人たちの間では悪評を受けつづけた。群衆に襲われ、二度逮捕され、二度とも無罪放免になった。彼はみずからをキリスト教の殉教者と同一視し、死海文書のある筆記者たちのように、新しいエルサレム建設を口にするようになった。彼はオハイオ州のある福音伝道者のところへ数人の宣教師を送り込んだ。この伝道師はクリーブランドからほど遠くないカートランドに小さな共産村を建てていたが、ほとんど即座にモルモン教書の福音に賛同した。そこでスミスはみずからカートランドに移住し、彼に従った六十人の信徒に、ここが約束の地の東の辺境であると語った。さらに多くの改宗者が彼のもとに集まった。そしてモルモン教は・・・元来はユダヤ教の預言の遺産だが・・・当時流行していた千年王国思想によって活気づけられた。この思想は十九世紀前半にアメリカの他の多くの宗派にも推進力を与えたものである。スミスは自派にも大祭司を任命し十二弟子を選んだ。奇跡を行う自負も持ったが、これに対して人びとの信頼はやや薄かった。ある腕のなえた婦人について、その治癒に成功したという話もあるが、他の場合この種の試みは失敗に終わっている。あるキャンベル派の牧師にその手並みを求められたときは、この不信心者め、腕を一本なえさせてもらいたいか、聾唖者にしてもらいたいかと言って逃げを打ったという。スミスはオハイオの土地は聖化されていないから奇跡を行うにはむかぬと釈明したが、この州でさんざリンチを受けたあげく、当時の新興都市、ミズーリ州インディペンデンスへ移動し、ここに神殿の礎石を据えて聖都を設立した。多くの改宗者を説得し、彼の運動に寄付をつのり、財産を彼の教会に喜捨させた。

 モルモン教徒はいたるところで迫害された。かれらはカートランドに幽霊銀行を作っていた。その銀行は神に後援されているということになっており、スミスはこの銀行の信用を抵当にあつかましく借金をした。この銀行の金庫に一千ドルのラベルをはった箱がたくさん入れてあったが、実のところこれは表層にだけ本物の五十セント銀貨を敷きつめ、その下には石や砂や古鉄の屑しか入っていなかった。債権者の取り立てがきびしくなると、この銀行は新しい紙幣を製造し、ときにはそれを本物の通貨と交換した。しかしやがて銀行の不正が紛れもなく明白なものになってくると、かれらは続く訴訟に打撃を受け、スミスには逮捕状が下りた。モルモン教徒はたえず西へ移動を続けなければならなかった。そしてスミスは、1844年、三十九歳のとき、イリノイ州の獄中で射殺された。当時彼はモルモン教に敵対的な新聞社を焼いたかどで投獄されていた。もちろんこういう不幸な事件は、すべて言い伝えによって殉教的な行為に祭り上げられた。ジョーゼフ・スミスにはどこか人を引きつけて催眠状態に誘う、なにか超自然的なものを思わせる力があったことは明らかで、他の点でいっさいを容赦しない彼の伝記作者も、この点については、あながちそれが感じられぬでもないと言っている。とくに女性には説得力を持っており、ブローディ夫人によれば、一夫多妻制を思いついたのも、彼がたまたま魅力を感じた女性は、同僚の妻君もふくめて誰とでも床入りしたいという彼の願望のせいであるという。この制度はモルモン教の不評に大いに貢献したが、彼は公には常にこの制度を否定していた。ジョーゼフ・スミスその生涯の大半を誇大妄想的な空想の中に生きた男にちがいない。しかし一面での彼は、自分の弟子たちを「まぬけなカモ」と呼んだことがあるほど醒めた男で、たじろぐことを知らぬペテン師であった。彼がイリノイ州で殺害されたあと、弟子たちはブリガム・ヤングに導かれ、当時「デズレット」(モルモン教徒が西部の約束の地として名づけた造語。ユタ州を意味する)と呼ばれた無人の荒野ユタ州に入った。ここで、師以上に抜け目なく実務にたけたスミスの腹心ブリガム・ヤングは、安定した自足の共同体として、末日聖徒イエス・キリスト教会を設立した。


エドマンド・ウィルスンの『死海文書 〜発見と論争 1947-1969〜』は、死海文書を理解する上で非常に勉強になる本ですが、その末尾にあった文章で、これも実に面白い(ウィルソンの政治的、或いは思想的スタンスの問題については、差し当たり切り離して置きます)。

昔、自分のホームページにあったものですが、参考になるかと思われるので転載して置きます。


http://www.asyura2.com/09/cult7/msg/637.html
コメント [雑談専用38] この世を良くするアイデアを募集します。 地には平和を
21. 2010年8月22日 19:26:46: HkmYDwQp22
あのー
子ども会でもたとえ年会費200円とか500円とかでも
規約をつくり、活動計画、会計報告をしています。
また、活動の内容は、子どもの意見を重視し、安全面や
参加しやすいことなどに配慮しています。
また、どんな活動をしたかもだれにみられてもわかるように
きちんと記録もしています。活動に使う費用も予算内でおさまるように
足を使いあの店この店とまわって購入しました。

わが市の議員さんの調査報告書、情報公開で見たことがありますが、
そのとき野党だった人たちは、多少の報告はあったものの、なんの
目的でこれをしたのやら不明なもの、自民の議員さんは、視察先で
もらったパンフレットをそのまま、報告書にしていました。
後は、居酒屋の飲食代や、電子辞書が2個とか意味不明なものもありましたよ。
子ども会が、ずっとましだと思いました。
http://www.asyura2.com/09/idletalk38/msg/693.html#c21

コメント [経世済民69] 米国は日本のようなデフレにはならない(富士通総研) gataro
07. 2010年8月22日 19:35:18: eJpJR4SFmM
>>05
>>円高こそデフレ要因ではないかと考える。

インフレになったら円安になる。
デフレになったら円高になる。

円安がインフレの原因ではないし、円高がデフレの原因ではない。

因果関係は逆だ。

デフレが元凶であり、デフレは国内の消費不足からきている。

消費不足の原因の一つが、賃金の減少であり、その原因が同一労働同一賃金が守られない派遣法の改正である。

したがって円高を止めるための為替介入などは対処療法でしかない。
長続きしない。

円高を止めるにはデフレを止める以外になくそのためには、賃金減少などの消費不足の原因を一つ一つ取り除き、内需を拡大する以外ない。

http://www.asyura2.com/10/hasan69/msg/556.html#c7

コメント [口蹄疫・新型インフル02] どうしてサボタージュが行われたかを国は調査すべきであり、サボタージュの原因追及を棚上げして法の不備(?)を主張する知事に taked4700
13. 2010年8月22日 20:02:30: 54xcDDTIxs
>>12
>誰が「taked4700氏を訴えたい」と言っているの。
>>10は、taked4700氏の思い込みによる誹謗中傷が気に入らないのだろう?
当事者なら訴訟すれば済む事だと書いているが、読解力が無いのか?

>こういう人の主張は信用出来ないと言っているだけです。
じゃ、記事を書いているすべての人間はクリーンなのか?おめでたい香具師だな。
機密費をもらっているマスコミやピックル等の世論操作もクリーンなのか。
ちなみに知事は前科持ちだが?彼もクリーンか?
信用出来ないと思うのは勝手だが、ここは「証拠出せ!」って詰め寄る場じゃないだろ。
ソースの提示を求める場所であって、それ以上でもそれ以下でもない。
場を弁えなさい。

http://www.asyura2.com/09/buta02/msg/770.html#c13

コメント [Ψ空耳の丘Ψ58] 異常気象は天罰か?  気象兵器が壊した「自然」が牙を剥いた!?  行政調査新聞 愚民党
03. 2010年8月22日 20:15:11: fTxVQXG3o6
偏西風が蛇行する理由は分からない
エルニーヨが起こる理由も分からない

アメリカの気象兵器実験は確実に有る。
ブレジンスキーの論文に出ている。

http://www.asyura2.com/10/bd58/msg/554.html#c3

コメント [スポーツ1] 鬼武氏と川淵氏、協会に問う。賞金を返還させるなら、チケット代も返還すべきだろう。
105. 2010年8月22日 20:25:53: Wqf9svAehs
アメリカ=米国女子プロサッカーWPS試合結果[Ⓤⓝⓘⓣⓔⓓ Ⓢⓣⓐⓣⓔⓢ=ⓊⓝⓘⓣⓔⓓⓈⓣⓐⓣⓔⓢ ⓖⓘⓡⓛ ⓟⓡⓞⓕⓔⓢⓢⓘⓞⓝⓐⓛ ⓢⓞⓒⓒⓔⓡ ⓌⓅⓈ ⓖⓐⓜⓔ ⓡⓔⓢⓤⓛⓣ]【AA日[ⓐⓤⓖ.AA]】[ⓊⓈⓐ ⓌⒹ@]【ⒻⓉ(=ⒺⓝⓓⓄⓕAⓝⓓⒽ⒜ⓛⓕ)・⓪E:⓪D〜(Ⓒⓞⓝⓝⓔⓣⓘⓒⓤⓣ)】ボストン・ブレーカーズ(ⒷⓄⓈ) A:B アトランタ・ビート(ⓐⓉⓁ)(ⒽⓉ:⓪:@)
http://www.asyura2.com/09/sports01/msg/180.html#c105
記事 [アジア13] 流出した朝鮮古美術、買い戻し続けた男
流出した朝鮮古美術、買い戻し続けた男
http://news.tbs.co.jp/20100821/newseye/tbs_newseye4507047.html
http://megalodon.jp/2010-0822-2005-54/news.tbs.co.jp/20100821/newseye/tbs_newseye4507047.html
http://www.youtube.com/watch?v=0blWjVwyQVI

澗松(カンソン)美術館「朝鮮亡国100周年追悼絵画展」
http://www.innolife.tv/list.php?ac_id=19&ai_id=6776
http://www.asyura2.com/09/asia13/msg/662.html

記事 [アジア13] 韓国人元徴用工の写真集「恨」が完成 広島で被爆の韓国人
韓国人元徴用工の写真集が完成
http://news.rcc.jp/?i=MTI0NDk=&#a
http://megalodon.jp/2010-0822-1918-18/news.rcc.jp/?i=MTI0NDk
mms://stream.rcc.ne.jp/news/12449_L.wmv

元徴用工訴訟の記録写真集 広島で被爆の韓国人
http://www.47news.jp/CN/201008/CN2010080301000172.html

築く平和’10夏:韓国人徴用工、足跡に焦点 来月6日に写真集「恨」広島
http://mainichi.jp/area/hiroshima/news/20100731ddlk34040389000c.html
http://megalodon.jp/2010-0822-1926-53/mainichi.jp/area/hiroshima/news/20100731ddlk34040389000c.html

韓国人徴用工被爆者の写真集出版 広島
http://sankei.jp.msn.com/region/chugoku/hiroshima/100805/hrs1008050244000-n1.htm

強制連行・被爆・訴訟…韓国人元徴用工 写真集に
http://www.hiroshimapeacemedia.jp/mediacenter/article.php?story=20100728125306194_ja

三菱の韓国人徴用工被爆者の記録・写真集出版
http://hiroshima.moe-nifty.com/blog/2010/08/post-b7e4.html

http://www.asyura2.com/09/asia13/msg/663.html

記事 [国際4] 豪州総選挙 揺れる二大政党制 「緑の党」に不満票
8月22日7時57分配信 産経新聞

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100822-00000096-san-int

 【シドニー=宮野弘之】21日に行われたオーストラリアの総選挙では与野党の二大勢力がともに過半数を獲得できない公算が大きくなり、両陣営はそれぞれ、無所属議員らとの連立交渉に入る考えを明らかにした。

 もともと今回の選挙では労働党、保守連合の二大勢力の政策に大きな違いがなく、そのことが有権者の選択を難しくした側面がある。事実上の二大政党による政権交代の仕組みを維持してきたオーストラリアだが、今回緑の党が健闘したように、従来の政党に飽き足らない層が出てきているのも事実だ。

 労働党のギラード首相は、左派学生運動の活動家で「マルクス主義者」(オーストラリアン紙)。一方、アボット氏は学生時代には右派の学生運動にかかわり、カトリックの熱心な信者でもあるため、人工中絶に反対するなど保守派として知られる。

 ところが、今回の選挙戦で両者は、イデオロギーを感じさせないばかりか、政策では中道寄りの姿勢に終始した。

 その理由について、西シドニー大学のデビッド・バーチェル教授は「二大政党制では、より多くの支持を得るために、政策は中道寄りにならざるを得ない」と指摘する。

 たとえばギラード氏の場合、ラッド前首相が「中央集権的」で党内の反発を招いたことから、党内の意見調整をはかり、支持を集めるために左派を切り捨て、中道・右派寄りの路線を取ることを優先したという。

 一方、アボット氏も政権獲得に向け、妥協を重ねた。政治の師とあおぐハワード元首相が目指した全国レベルの労使関係法「ワークチョイス」の導入も選挙戦で国民の評判が悪いとわかると期間中に断念を表明。温暖化対策など議論を呼ぶ問題は、選挙戦では触れるのを避けた。

 もっとも、こうした両党の姿勢に不満がないわけではない。とくに今回、下院でも初めて議席を得た緑の党には労働党ばかりか保守連合からの票も流れたとみられる。

 緑の党が今後、下院でも大きな勢力になるかどうかは不透明だが、今回のように二大勢力のどちらも過半数をとれず、少数政党や無所属議員が政権づくりで主導権を持つ事態が続けば、選挙制度を含め、二大政党制のあり方をめぐる議論が高まりそうだ。


http://www.asyura2.com/09/kokusai4/msg/870.html

コメント [雑談専用38] この世を良くするアイデアを募集します。 地には平和を
22. 地には平和を 2010年8月22日 20:49:58: inzCOfyMQ6IpM: 0J5kruD3Wk
21さん 議員の活動を監視する市民団体が必要ですな。差し支えなければ何市にお住まいかお教えだけませんでしょうか?
http://www.asyura2.com/09/idletalk38/msg/693.html#c22
コメント [雑談専用38] この世を良くするアイデアを募集します。 地には平和を
23. 地には平和を 2010年8月22日 20:54:24: inzCOfyMQ6IpM: 0J5kruD3Wk
死刑を廃止して受刑者にビデオカメラに向かって反省の弁を述べる事を死ぬまで続けさせてそれを公開すればいいと思います。それを見たら犯罪を犯す人も減るだろうと思います。
http://www.asyura2.com/09/idletalk38/msg/693.html#c23
コメント [口蹄疫・新型インフル02] どうしてサボタージュが行われたかを国は調査すべきであり、サボタージュの原因追及を棚上げして法の不備(?)を主張する知事に taked4700
14. 2010年8月22日 21:01:54: EyzbvHWRdk
>>13
>当事者なら訴訟すれば済む事だと書いているが、読解力が無いのか?

馬鹿に付ける薬はないとはよく言ったもんだ。
別に訴訟なんかしなくても「taked4700氏」が間違っていたことを認めれば済むことでしょう。
現に「taked4700氏」は間違いを認めていますし、それ以降、批判は書かれていないでしょう。


>じゃ、記事を書いているすべての人間はクリーンなのか?おめでたい香具師だな。
 以下引用省略

「一事が万事」という言葉の意味すら出来ない人がいるとは思いませんでした。
おそらく、日本人では無いのでしょう。少なくとも、日本人なら「子供」でもこんな曲解は出来ないでしょう。


http://www.asyura2.com/09/buta02/msg/770.html#c14

コメント [医療崩壊3] インフルエンザ・ワクチンの作り方 (ワクチン関連 ケム関連NEWS海外(日本語訳)動画ピックアップしてます人類終わるぞ? shiryu星
05. 2010年8月22日 21:04:51: WN8uG74119
日本の医療統制は完璧です。教科書にはじまって幼児から大人まで完全洗脳教育を施しています。
文部科学省、厚生労働省その他関連省庁の幹部は徹底的に教育されたエージェントで占め、報道はまずNHKを傘下におさめ、民間はほとんど主要報道社は抑えております。

したがって、後はインターネットのゲリラ抵抗勢力を殲滅することが肝要です。
真実が大衆の目に触れてはいけません。真実は市民には徹底的に隠蔽することです。
これが少しでも知られて情報拡散されたら大変なことになります。

以上。医療大本営政策統制局より公布。

なんてあり得ないかな?
http://www.asyura2.com/09/iryo03/msg/324.html#c5

記事 [近代史02] 間違いなく日本の朝鮮統治は全てが悪

朝鮮人が反日になった理由

1.飢餓輸出させた
2.農民の土地を奪った
3.日本に連れてきてタダ同然で強制労働させた
4.朝鮮の財産をすべて奪った
5.朝鮮女性を性奴隷にした

_______


1.飢餓輸出させた


日本で米が足りなくなったのは日清戦争がきっかけでしたが、それが日露戦争のとき顕著になったと東京外語大の大月先生は語っていました。

   それ以降は米不足が慢性的になり、1918年にはそれが頂点に達し「米騒動」が起き政権が揺らぎました。

この時、政府は次の三つの対策案を練りました。

 1。タイなどから外地米を輸入する。
 2。国内産の米を増産する。
3。朝鮮や台湾など植民地で米を増産する。

第1案のタイ米はパサパサしてまずく評判がさんざんで話になりませんでした。

私も数年前にはタイ米をけっこう食べましたが、カレーやチャーハンにでもしないとなかなか箸が進みませんでした。

   第2案ですが、内地米の増産はその余地があまりなく効果は期待薄でした。

そこで結局、第3案の植民地での産米増殖計画が本格的に採用され、1920年から始まりました。

朝鮮総督府は巨費を投じ、ダムや灌漑設備をつくったり、輸送用の鉄道や港湾などインフラの整備を始めました。

また米の品種も、早神力など日本人好みのものを奨励し、あわせて化学肥料を勧めました。さらに栽培技術も「正条植え」による田植えなどを巡査を動員してまで指導しました。(早神力を番組では「わせしんりき」と発音していました)

こうした努力の結果が、朝鮮の食生活を少しでも豊かにしたのであれば、かの江藤元長官の問題発言「日本は植民地に少しは良いこともした」という考えをある程度私も認めたいところです。

   しかし、事実は残念ながら忘暮楼さんの指摘通り、米の生産量は増えても朝鮮人一人当たりの消費量は逆に減り、「飢餓輸出」の現実が朝鮮農民を苦しめました。

   その実状を、番組は具体的にある農家の回想をとりあげ紹介していました。

秋に農民が米を70俵収穫しても、水利税や肥料代などもろもろ差し引かれ手元には15俵くらいしか残らないそうでした。

   しかも、これはかなりましな方で日本人の金融組合などに借金のある人は高利のかたにお米をとられ、手元にはせいぜい2、3俵しか残らないそうでした。

   これではとうてい食べていかれないので、農民は知恵を絞って米を土の中に埋めたり隠したりしたのですが、冷酷な借金取りもさるもの、針金で地面をつついてまでそれを見つけだし有無を言わせず持ち去ったとのことでした。

   このように、朝鮮の農民を苦しめた「産米増殖計画」は勢い余って日本の農家をも苦しめました。

安くてしかも品質の向上した朝鮮米の大量導入は内地米の暴落を引き起こし、これに世界的な恐慌が重なり農村では深刻な「娘の身売り」や、はては新たな植民政策「満蒙開拓団」を生み出しました。
http://www.han.org/a/half-moon/hm007.html#No.61

当時の生活しやすさの基準として「米」の消費量を取り上げるのが最適と思われます。

米はいうまでもなく日本・朝鮮ともに主食で、当時は白米を食べることが「ごちそう」でした。したがって、米の消費量は当時の生活水準のバロメータになるので、この統計をみることにします。

         朝鮮の米穀輸出・消費量

年次 日本に輸出 朝鮮人一人当た   日本人一人当た
    (1000石) りの米消費量(石) りの米消費量(石)

1912 │ 2,910 │ 0.7724 1.068
1917 │ 1,296 │ 0.7200 1.126
1920 │ 1,750 │ 0.6301 1.118
1922 │ 3,316 │ 0.6340 1.100
1924 │ 4,722 │ 0.6032 1.122
1926 │ 5,429 │ 0.5325 1.131
1928 | 7,405 | 0.5402 1.129

'31-34 8,456 0.4059 不明 (年平均)*

資料は、飯沼二郎著『朝鮮総督府の米穀検査制度』(未来社)、ただし
  *印は『朝鮮米穀統計要覧』1936年版


この表から、朝鮮人の米消費量は年々減る一方で、逆に日本人は人口増加にもかかわらず朝鮮米輸入のおかげで僅かずつ増加傾向にあることがわかり、植民地経営の恩恵に浴しているのが歴然としているのではないかと思います。

これからもうかがえるように、植民地の政策はほとんど日本内地本位で決定されました。その典型的な例が1920年、朝鮮での「産米増殖計画」でした。

  日本内地では1918年の米騒動や、1923年の関東大震災など米が慢性的に不足し、米価の値上がりが社会不安になっていました。
それに加え、タイなどからの米の輸入は貿易収支の悪化を招きました。

  こうした事態を打開する政策として、朝鮮での産米増殖計画を本格化し「更新産米増殖計画」として、1925年から10カ年計画で資本金2億8500万円を投下し約30万町歩の土地改良を行い、農事改良により800万石の米を増産するというプロジェクトにとりかかりました。

朝鮮総督府は巨費を投じ、ダムや灌漑設備をつくったり、輸送用の鉄道や港湾などインフラの整備を始めました。また米の品種も、早神力(わせしんりき)など日本人好みのものを奨励し、あわせて化学肥料を勧めました。さらに栽培技術も「正条植え」による田植えなどを巡査を動員してまで指導しました。

   こうした努力の結果が、朝鮮の春窮・絶糧農家を救ったのであれば、かの江藤元長官の問題発言「日本は植民地に少しは良いこともした」という考えをある程度私も認めたいところです。

   しかし、事実は残念ながら米の生産量は増えても朝鮮人一人当たりの消費量は逆に減り、「飢餓輸出」の現実が朝鮮農民を苦しめました。


こうした日本の収奪政策のもと、朝鮮農民は窮乏化していき、わずかばかりの土地を持っていた農家も次第にそれを手放さざるを得ませんでした。

その実体を表すのが次の表です。これは米どころの全羅北道において、土地所有が産米増殖計画による水利組合の設立の前後でどのように変化したかを示すものです。

          全羅北道、五水利組合の土地移動
                       (単位は町歩)
      日本人所有  朝鮮人所有   その他    合計
 1920年    3,674    4,181    2,694    10,549
 1931年    8,999    3,545    7,292    19,836
(東畑精一「朝鮮米穀経済論」)

  この表のなかで、その他としているのは東拓など日本人の土地会社などを含みます。東拓とは1910年代、「土地調査事業」で国有地とされた土地を総督府から安く払い下げてもらって成長した国策会社です。

  この表からすると、朝鮮人所有の土地は減っても、逆に日本人の土地は倍増以上の伸びを示しました。朝鮮全体でみても、1920年から1927年にかけて日本人の土地所有は25万町歩から40万町歩へと、1.6倍に増大しました。

  灌漑施設やインフラなど朝鮮の富は増えても、その恩恵に浴するのは支配者である日本人であり、それとは対照的に多くの朝鮮農民はやせ細っていったのが植民地の現実でした。
http://www.han.org/a/half-moon/hm023.html#No.187

要するに、日本人が酷使する農奴の数が増えただけ.

できた米はすべて日本に持って行かれる.

李朝時代は独立農だったのが食うや食わずになった.

感謝するバカは一人もいない.


_________

1.農民の土地を奪った


1910年の併合強行後、日本は朝鮮の植民地化を進めるが、その第1歩は、
土地の所有権の確定を目的とした土地調査事業であった。

国内における地租改正がそうであったのと同じように、それは植民地財政の基盤を固める意図からでたものであったが、その過程で耕作関係があいまいな多くの土地が、総督府に奪われることになる。

国有地に編入された耕地面積は朝鮮域内の全耕地の20分の1に達し、その多くは日本人に安価に払い下げられ、大規模な日本人地主が誕生した。

土地を失った朝鮮の民衆は、小作農化するか、あるいは日本や中国大陸へと流失していく。

民族の自立を損なう弾圧的な植民地か政策の展開は、第一次大戦後になると、
激しい独立運動の展開による抵抗に遭遇することになった。

1919年3月1日に朝鮮では独立を宣言して蜂起した民衆運動によって、それまでの植民地支配の枠組みを見直さざるを得なくなる。

 歴史上、「文化統治」への転換と評される斉藤総督の統治政策は、一方で「同化政策」を柱とする「民族としての抹殺」を意図するものであると同時に、農業振興政策による民衆生活の改善によって、日本による支配への不満を融和させようとするものであった。


朝鮮からの人口流失    人  

  日本へ 中国へ

1914 4,179 10,631
1915 5,046 13,281
1916 7,225 13,501
1917 17,463 18,911
1918 27,640 36,627
1919 35,975 44,344
1920 40,759 22,210


産米増殖計画の推進には、日本市場に適した品種の米を生産するという、輸出志向型の農業への切り替えが必要であり、この品種転換の強制と輸出志向は、朝鮮域内での食糧供給の不足、つまり「飢餓輸出」に帰結する。

日本国内では、1920年代に入って、つまり産米増殖計画が軌道に乗って、日本向けの米の輸出(移出)が増加しはじめるころには、当初の思惑とは異なって米の価格は低迷していたからである。

こうした農業振興政策の展開は、植民地を日本経済の一環に組み込み、日本への食糧供給基地化するという役割を果たすものであった。

しかも、このような飢餓輸出を生むような食糧供給基地化は、代替的な食料としての粟や高梁などの供給を、満州に求めることによって、東アジアにおける独自の経済圏を形成させることになる。
http://www.e.u-tokyo.ac.jp/~takeda/gyoseki/GAKU00-06.htm

1918年6月18日は、朝鮮総督府が植民統治の基盤を固めるために
1910年から8年間にわたり全国を対象に行った土地調査事業が終わった日だ。

同事業で大韓帝国の皇室と政府が所有する土地、村または門中の公有地、
そして荒蕪地はすべて総督府の所有になり、土地を奪われた農民ら数百万人は小作農に転落した。

大地主になった総督府は土地を東洋拓殖株式会社をはじめとする不二興業など土地会社と移住者に安価で譲った。

官吏の制帽と圓衫(韓国女性固有の礼服)で身を装った年老いた新郎・新婦(写真=独立記念館所蔵)は、当時朝鮮に渡って大地主になった日本人夫婦だ。

2人は伝統的な両班(ヤンバン 朝鮮時代の特権的な官僚階級)の地主とは異なる顔の「吸血鬼」だった。

当時の日本による帝国主義は領土を略奪したドラキュラだったというのが、韓国市民社会の普遍的な歴史の記憶だ。

ドラキュラに吸血されていなければ一世紀前の開化期にすでに自力で近代化を成し遂げたはずなのに、
日本の帝国主義のために実現できなかったということだ。
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=116883&servcode=100§code=140


日本の土地調査事業であぶり出された農民たちが職を求めて日本へ渡った。
具体的にはこの政策で新しく地主になった日本人の所有する鉱山や工場の労働者としていったり、先に渡って生活基盤を作った親戚を頼って渡った。

世界史で習った土地の「囲い込み政策」を。あれとほぼ同じ現象だ。

日本に来るきっかけとなった「土地調査事業」は、明治43年に朝鮮を植民地にした日本が、その直後から朝鮮全土で実施した、地形、所有権、地価などについての調査である。それまで朝鮮には土地の登記制度が確立していなかった。そこに登記制度を導入し、税収入の増加を狙ったのである。

 朝鮮の村では、共同所有地など所有権がはっきりしない土地が多く、急に登記せよといわれても無理だった。

また、手続きは複雑で、農民が自分で申請することは難しかった。
登記をしなかった土地はすべて、朝鮮総督府のものとなった。


耕していた農民は、追い出されるか、高い小作料に泣かされることになった。
多くの農民が、貞鎬さんの父母のように生活に困り、日本へ出稼ぎに行くことになった。

総督府に取り上げられた土地の多くは、後で国策会社である東洋拓殖株式会
社に払い下げられた。

東洋拓殖はさらに、日本からの移住者に土地を売り、日本の農家の二男、三男らがこの土地を買って、農業を始めた。

朝鮮の村には日本人の地主が増え、土地を取られた朝鮮人が日本人を恨み、今も消えない根強い反日感情が残った。

 朝鮮では、明治43年の日韓併合から、昭和5年までの20年間に、人口
が約30%増えた。土地調査事業と人口の増加により、慶尚南道など南部の人
を中心に、日本に出稼ぎに行くようになった。その数は昭和五年までで40万
人近くにのぼる。

総督府に接収された土地は、山本有造『日本植民地経済史研究』(名古屋大学出版会)によれば、約12万町歩に及ぶ。又定められた期間に申告しなかったり、所有権を証明する書類がないため接収された耕地が約2万7千町歩あり、接収された耕地は合計14万7千町歩である。当時の全耕地面積は 450万町歩であり、約3%である。

 これに正当な売買により取得した土地を加えた、1922年(大正11年)末の日本人農業者所有土地面積は、一般地主17万5千町歩、東洋拓殖8万町歩、合計25万5千町歩で、全耕地面積の6%弱である(朝鮮総督府『調査資料2ー7朝鮮における内地人』)。

__________


3.日本に連れてきてタダ同然で強制労働させた


朝鮮人戦時労働動員
著者:山田昭次、出版社:岩波書店

 朝鮮人が戦前、日本に渡ってきたのは自発的なものであって、強制されたわけではないという主張があるが、それは次のような調査結果からすると、まったく机上の観念論でしかない。

 1940年から始まった穀物供出制度により、朝鮮の農民は自家の飯半分まで取り上げられたので、貧困は一層激しくなり、農民の離村は強められた。

下層農民の衣服はボロ着で、着換えもなかった。
農民の主食は粟・稗・高梁・どんぐり・草根木皮そして副食物は野菜と味噌だけだった。

1939年と1942年の旱害のときには、餓死者や栄養不良による行路死亡者が多数発生した。

 そのような状況のなかで、ある農民は毎日ひもじい思いの生活を送り、妻子が栄養不足のために死ぬことを恐れ、1939年11月にすすんで募集に応じた。

すると、就業する職場も告げられないまま、日本に連行された。

 実は、私の亡父も三井の労務課徴用係として朝鮮に出向いたことがあります。
京城の総督府に出頭すると、既に三井から連絡が行っていて、
列車で500人ほどを連行してきたというのです。

三井の職員9人で500人もの大勢の朝鮮人を日本へ連れてきたというのですから、
なかには「自発」的な朝鮮人も少なくなかったと思います。
亡父は、やっぱり朝鮮では食えなかったからね、と自分たちの行為を正当化していました。

ところが、食べられないようにし向けたのは日本の政策だったわけです。

昭和14年(1939年)から昭和16年までの3年間に、日本へ渡航した朝鮮人は 107万人。

「募集」制度によって日本へ渡った朝鮮人は15万人。

 このように大量の出稼ぎ渡航者の存在と、強制連行者の併存が、戦時期の植民地朝鮮からの人口移動の実態だった。

つまり、日本の責任は重いということです。

 1939年に朝鮮に「募集」に言った人の体験談が紹介されています。

 当時、朝鮮はどこへ行っても失業者ばかりで、「募集」への希望者が殺到して断るのに苦労した。

 1941年2月、内務省警保局保安課長は、日本へ連れてきた朝鮮人が逃亡しないよう、
家族も日本へ呼び寄せることを促進するよう命じた。日本の官憲や企業は、家族呼び寄せを朝鮮人の逃亡などの防止手段として利用した。

その結果、特高月報によると呼び寄せた家族数は、1943年12月現在で4万158人になった。

貧しさという朝鮮人の生活条件の形成に日本が大きく関与していれば、朝鮮人の決断をそのような方向に導く条件をつくった日本の責任が問われねばならず、朝鮮人の対日渡航が自らの意志によると、単純に言えない。

そして、農民の貧窮化の発端は、総督府による土地調査事業に出発している。

 朝鮮人戦時労働動員は戦時下の植民地他民族抑圧の一つの形態だった。

朝鮮を日本の植民地としていた。

植民地下にあっても、朝鮮人は朝鮮人であって、日本人ではなかった。
日本人は、きちんとした事実認識をもつべきである。
http://www.fben.jp/bookcolumn/2007/02/post_1347.html

___________

3.朝鮮の財産をすべて奪った

1910年に朝鮮は完全に従属させられた。
公式には、日本は一つの『共栄圏』の創設を通して、東南アジアを西欧の植民地主義から保護すると称した。

 実際には大日本帝国はこの国の組織的な略奪、黄金と美術品(価値の高い陶磁器)の窃盗を監督した。文化的な遺産(仏教寺院)を破壊し朝鮮のアイデンティティを消し去る明らかな意図を持って、である。


______________

5.朝鮮女性を性奴隷にした

これを読んで下さい:

戦争に行ったら こんな事もしてみたい あんな事もやってみたい__わくわく どきどき
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/313.html

従軍慰安婦は売春婦ではあり得ません。

未成年者はたとえ本人が同意していても売春婦にしたら犯罪です。


http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/392.html

コメント [経世済民69] 5年以内に米ドルはその地位を人民元に譲ることになるだろう(ファーガソン教授)―始動する人民元の国際通貨化― DOMOTO
02. taked4700 2010年8月22日 21:12:29: 9XFNe/BiX575U: rkz36ijLqn
準備制度自体をやめてしまうという可能性はないのでしょうか?準備制度は必要不可欠なものではないと常々思っていたのですが、どうなのでしょうか?

変動為替相場制も、ビックマックのような実質的な通貨価値を表す指標を幾つか選び、それらの平均でのみ為替相場を決めるようにすればいい。そうすれば、為替介入はできないので、準備制度のかなりの役割は終わってしまう。

A国でビックマックが200ZA(ZAはA国の通貨単位)、B国では30ZB(ZBはB国の通貨単位)というような場合、ビックマックは同じ価値を持っていると仮定して、A国とB国の為替レートは、200ZA=30ZBとなる。

こちらのほうがよっぽど単純明快で、政治的な介入の余地がなく、世界全体にとっていいと思う。
http://www.asyura2.com/10/hasan69/msg/548.html#c2

コメント [口蹄疫・新型インフル02] 「病原体は体内で発生」 (転載記事)音声読み上げつき 寅蔵
08. 2010年8月22日 21:16:03: w9V9gyfKAn
07さん
どこかに投稿かコメント覧に出ていたと思いますよ。自分で捜してください。
あと、本でもあったと思います。
それも自分で捜してください。
捜す気になったら必ず見つかりますよ!!
http://www.asyura2.com/09/buta02/msg/784.html#c8
コメント [経世済民69] 米国は日本のようなデフレにはならない(富士通総研) gataro
08. 2010年8月22日 21:18:35: g6DT8nixac
>06 なぜ円高になるのか?
単なるマネーゲームではないのでは?
原因を探ること、ましては為替介入とは論じてはいない。為替介入をしたとしても一時のことでしかないし、米国財務省証券を大量に持つだけでしかない。

 円高の原因を探ってはいかがか。
http://www.asyura2.com/10/hasan69/msg/556.html#c8

記事 [音楽3] Adrian Belew --- Fish Head

http://www.asyura2.com/10/music3/msg/274.html
コメント [雑談専用38] 事業を公開します 日
04. 日 2010年8月22日 21:33:47: IR1H95zbmUf8k: N412ZjBqfw
>>03
リサイクルと自給自足は表裏一体、其処にマネー教を介在させるわけには行きません。

http://www.asyura2.com/09/idletalk38/msg/690.html#c4
コメント [近代史02] 間違いなく日本の朝鮮統治は全てが悪 中川隆
01. 2010年8月22日 21:34:48: MiKEdq2F3Q

昔の日本はアメリカ並みのあくどさ:


1895年に王妃閔妃が、伝説的な頭山満に率いられた国粋団体である玄洋社の殺人グループによって、生きながら焼き殺された。この作戦は朝鮮政府を不安定化させることを狙ったもので、頭山のヤクザたちと共謀した日本の諜報機関による征服戦略の一部分をなすものである。

『事故』を装った王妃暗殺は朝鮮に対する段階的な侵略を正当化させた。1905年にこの国は日本の保護領に変わった。複数の国粋主義団体が略奪作戦を開始し同時に窃盗団の首領たちが主要な地位を占めた。帝国政府の援助を受けて、頭山の右腕である黒龍会の首領内田良平が、朝鮮の裕福な家族をゆする作業にあたる戦闘員を組織した。

 1910年に朝鮮は完全に従属させられた。軍の責任者である山縣将軍は寺内を雇って黒龍会によって作られた秘密警察の活動を発展させた。憲兵隊が頭山と内田の手下たちの協力を得て各地域での略奪を戦術的に組織化していった。公式には、日本は一つの『共栄圏』の創設を通して、東南アジアを西欧の植民地主義から保護すると称した。

 実際には大日本帝国はこの国の組織的な略奪、黄金と美術品(価値の高い陶磁器)の窃盗を監督した。文化的な遺産(仏教寺院)を破壊し朝鮮のアイデンティティを消し去る明らかな意図を持って、である。

http://www.asyura2.com/0601/bd45/msg/571.html


第二次世界大戦後、日本に進駐して来た米軍GHQには、冶金(やきん)課という部署が設けられた。金塊を生産する国ではない日本に、金塊、貴金属を扱う専門部署が設けられた事は、極めて奇妙であった。

 日本軍は第二次大戦中、中国大陸や朝鮮半島で中国、朝鮮の人々を多数殺害し、その財産を略奪し、また中国においてアヘンを密売し、その莫大な利益を蓄積していた。

 戦争終結間際、日本軍はその莫大な利益を金塊、プラチナ、ダイヤモンドに代えて飛行機で日本本国に持ち帰っていた。その莫大な貴金属は日本各地に隠され、また日銀の地下金庫に保管されていた。

 その隠された財産を摘発、没収するため、GHQには貴金属担当の専門部署が設けられていた。
http://alternativereport1.seesaa.net/article/49605569.html


遼東半島・山東半島・満州そして上海租界地では、日本陸海軍の特務部が、治外法権の特権を利用して阿片の密売を公然と進めた。医薬品や中毒是正の目的とは無関係となり、中国人相手の阿片・麻薬販売の利益を得ることと、中国民衆の阿片中毒による弱体化が主目的となったのである。このとき陸海軍の手先として活躍したのが笹川良一、児玉誉士夫たちだ。戦後右派の黒幕となり日本を動かしていく曲者たちは阿片で莫大な財産を手中にする。自民湯なんぞ阿片の金で動いていた麻薬党なのである。

拡大した市場は、もはやイギリスの阿片密売の比ではなく、大規模なものとなっていった。

植民地朝鮮半島でも、中国への阿片輸出のため、3万〜8万人が従事して、毎年、約8千haのケシを栽培し、毎年、約4万キロもの阿片を製造することとなった。
http://www.asyura2.com/07/bd50/msg/347.html


http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/392.html#c1

記事 [口蹄疫・新型インフル02] 子宮頸癌ワクチンはいらない(リンク) 三原順子様は広告塔にされたの?

心に青雲」様ブログより

    子宮頸癌ワクチンはいらない


http://blog.goo.ne.jp/hienkouhou/e/bcae8457aecf22601aee11cb6836eef6
http://blog.goo.ne.jp/hienkouhou/e/0d20546e241a07b9fd152d7a5b77d2e9
http://blog.goo.ne.jp/hienkouhou/e/40b6a45146bea25d4c6c2ba3a5cda918
http://blog.goo.ne.jp/hienkouhou/e/98e99a70ef412725fcb5cbaffdf20098

空手道という武道家が医療もんだいの本質を鋭く突く。
 さすが武道家、奥の奥を見透かす心眼で子宮頸癌ワクチンの嘘を暴く。

コメント覧もおもしろいです。

その中より
■ 欧米医薬会社の子宮頸がんワクチン営業は特許切れ対策だった!
http://www.nikaidou.com/archives/4847

■ 子宮頸がん予防の黒幕
http://www.nikaidou.com/archives/3916

■ 子宮頸がんワクチン利権
http://www.nikaidou.com/archives/4755

■ 子宮頸がんワクチンは民主党利権確定!
http://www.nikaidou.com/archives/3968

ワクチン産業の祖、ルイ・パスツール  欺瞞だらけの栄光
http://www.asyura2.com/09/buta02/msg/634.html

パスツールの遺言より、疫学思想を読み解く
http://www.asyura2.com/09/buta02/msg/626.html

医学系と生物学系では微生物の見方が正反対。どちらが正しいのか?どちら狂信者なのか?
http://www.asyura2.com/09/buta02/msg/627.html

「現代医学教」の四つの聖水のひとつが予防接種だとすると、あらゆる感染症にまつわる事象が見えてくる
http://www.asyura2.com/09/iryo03/msg/297.html

決定版 プロも知らない「クスリの正体と真の免疫学講座」 テキスト&音声転載
http://www.asyura2.com/09/iryo03/msg/297.html


http://www.asyura2.com/09/buta02/msg/785.html

コメント [経世済民69] 米国は日本のようなデフレにはならない(富士通総研) gataro
09. 2010年8月22日 21:41:44: fTxVQXG3o6
>>08
崩れやすい順番に過ぎない

1:東欧通貨
2:南欧通貨
3:米ドル
4:ドイツとか
5:円
現時点で日本は債権国で日本国債は95%くらい国内で
保持しているので、円は直ぐに崩れない

http://www.asyura2.com/10/hasan69/msg/556.html#c9

コメント [雑談専用38] パチンコ&スロットはなぜ合法なのか!(社会板) 愛国改善党
12. 2010年8月22日 21:46:17: Wpa39bsErw
国がやってる競馬では八百長が日常です。
出走馬全員に賞金がでるので、
1)毎回1着を狙って馬を仕上げると故障して
  生涯賃金が激減するので、普通は適当に走らせ
  狙ったレースのみ仕上げる。
2)1着になると、上の階級に昇格するので、
  能力の無い馬は、そこそこの所で2着や3着などを
  たまに獲って、チンタラやって行くのが生涯賃金を
  確実に上げる方法だ。
ゆえに競馬では、真剣に走ってる馬は数えるほどしかいない。
これがレースと呼べるだろうか。
http://www.asyura2.com/09/idletalk38/msg/691.html#c12
コメント [口蹄疫・新型インフル02] 医学系と生物学系では微生物の見方が正反対。どちらが正しいのか?どちら狂信者なのか? 寅蔵
13. 2010年8月22日 21:48:37: w9V9gyfKAn
12さん。
批判論はどんどん書いてくださいね。どこが固定観念なのか熊さんでも理解できるようにお願いいたします。
私はコメント11ではありませんが、同意ですので、同じく「熟読せよ」と。
本文の引用文は寅蔵が書いたものではありません。
その道のいわゆるみなさんの好きな「専門家」が書いた文です。
歴とした医学者です。

その人に「固定観念」だと言ってやりましょ。(笑い)

もっとも、医学世界は8,9割が固定観念に取り憑かれていると言っても過言でないでしょう。
その固定観念が新しく出てきた事実を肯定できないのです。医学は老化現象を起こしています。いつまでも古い観念で真実を潰す。まるで中世の宗教裁判を取り仕切っていた司祭連中の様なものです。

http://www.asyura2.com/09/buta02/msg/627.html#c13

記事 [経世済民69] 田中康夫さんにツイッターをフォローしてもらいました。
ベーシック・インカムを是非実現しましょうと書きました。
ベーシック・インカム議員連盟結成の提案とベーシック・インカム党を作って新党日本と共闘したいと書きました。
いやあ、ツイッターは便利ですね。
有名人とすぐに対話できるチャンスですな。
http://www.asyura2.com/10/hasan69/msg/564.html
コメント [雑談専用38] パチンコ&スロットはなぜ合法なのか!(社会板) 愛国改善党
13. 2010年8月22日 21:59:54: vhFeh0tEjQ
パチンコはギャンブルではありません。
アミューズメントです。
ギャンブルマシーンの定義は健常者も障害者も平等の「当たり」に巡りあう事が出来る。これがギャンブルの基本の定義です。
パチンコで強く打つ弱く打つことで、手や指でコントロールできる人と目が見えない人では平等では無くなる。
スロットマシーンで絵柄を見ながらストップボタンを押しコントロールができる人と出来ない人で差が生じる。
これは不平等になるのでギャンブルマシーンではありません。
ギャンブルマシーンの当たりは店で調整できません。
従って日本のパチンコ・スロットはギャンブルではありません。
特殊景品に換えて替え場で現金に交換するのは、法律に明記されていません。
ですから、法律上は違法です。
景品交換→特殊景品→現金化。この3点方式は風営法の何処にも明記がありません。
ラスベガスなどのスロットマシンを日本でやればお客は来ません。
何故か判りますか?
判らない人は「判らない」とコメントしてください。お答します。

http://www.asyura2.com/09/idletalk38/msg/691.html#c13
コメント [経世済民69] ここにきて注目度が増してきた菅・白川会談! 地には平和を
06. 2010年8月22日 22:00:16: gcDCXE3kGo
白川のカスは前に「日銀の金融政策はデフレと関係ない、構造改革が足りてないからデフレが続く。海外に売れるものを作れるようになればデフレは脱却できる」みたいなこと言ってたが
な ら 日 本 銀 行 券 作 れ や
滅茶苦茶大人気で売れてんだからよ
http://www.asyura2.com/10/hasan69/msg/554.html#c6
コメント [口蹄疫・新型インフル02] 宮崎口蹄疫騒動始末記より  これほどの騒動を起こした元凶は人間ウイルスだった!? 寅蔵
16. 2010年8月22日 22:03:05: w9V9gyfKAn
動物を食うという事を否定するものではありません。
また感情論を出すのは「感染で死亡した家畜を悼む」側です。

むしろ、そんな感情論を抜きにして冷静に見た場合全殺処分がおかしいと言っているのです。
幼蓄が死に絶えてしまうーーーという根拠は無いと思いますが。それは「そう言われている」とか「そういう獣医学上の常識」だと言っているだけで、実際にそうなっているのか疑問ですね。

では家畜感染と言っている獣医学は人間にウイルスが付着してとか空気伝搬とか言っているけど、そちらはまさか殺すわけにはいかないでしょうし、空気の流れを止める事も不可能、そんな伝搬があるなら土台ハナから拡散防止など無理なこと。

それを家畜だけ殺せば防げるなどというその教育思想はどこから来ているか?
まったく頭の固いというか、融通の利かない方法でしょ。

よく産業が成り立たないとか言う金看板を掲げて、これをたてにして正当化しようとしますが、そんなのは嘘偽りにしか思いません。

日本の教育レベルと言うよりも洗脳教育がよく行き届いて、モノの本質が見え無くされてしまった教育効果じゃないですか?

だいたい、生き物を食料とすること自体が残虐行為だと問題をすり替える様ではまったく論点をすり替える手法です。
畜産業をこんな方法で守るという正義など国民には通用しません。
多額の税金を使っているわけでから、無益無駄無法なやり方を強行すれば必ず国民の不審と反発を招きます。
http://www.asyura2.com/09/buta02/msg/768.html#c16

記事 [自然災害16] 東海地震予知、二つの考え方
http://www2s.biglobe.ne.jp/~aaihara/earthquake.htmよりコピー:
なお、このリンクにはほかの記述もある。

以下コピー:

東海地震予知ー@
 1944年の東南海地震の際には駿河トラフは動かなかったと言われているので、元弘地震から安政地震までについての資料から予知を考える。
安政地震  1854年 + 最短発生間隔 102年 =1956年 今年西暦2001年ですから、通過している。
安政地震  1854年 + 平均発生間隔 131年 =1985年 今年西暦2001年ですから、通過している。
安政地震  1854年 + 最長発生間隔 167年 =2021年 今年西暦2001年ですから、一番長い間隔を考えても残り少なくなった。
 過去の東海地震間隔から東海地震を予知するのは大変難しい。微小地震の観測や土地の隆起、沈降などの観測網が密に設置されているので、東海地震が近くなると観測資料から、直前の前兆現象がキャッチできると思われる。例えば御前崎周辺における年間約5mmの沈降が止まる。大きい地震の前にその震源域で地震の活動が低下し(空白域)、その周辺で逆に活動が増加する(ドーナッツパターン)などである。

東海地震予知ーA(楽観的な考え)
 東南海地震(1944年)の当日、たまたま国土地理院が静岡県掛川市付近で測量をしていて、前日の値と比べて、6mm/kmを超えるような誤差を観測した。この誤差は、御前崎のほうが持ち上がり、地殻が傾いたためである。すでにゆっくりとした東南海地震の動きが始まっていたと考えられる。駿河トラフは東南海地震によって動いたのではないかと考えるのである。もし東南海地震で駿河トラフの蓄積されたひずみが解消されたとすると、次の東海地震が発生するのは、東南海地震 1944年 + 平均発生間隔 123年 =2067年となり、当分、東海地震は起きない事になる。 


http://www.asyura2.com/09/jisin16/msg/367.html

記事 [口蹄疫・新型インフル02] 宮崎口蹄疫騒動を検証する(第17回)転載記事ーーワクチン接種と山田農相
【以下転載記事】

http://www.melma.com/backnumber_90715_4942869/
宮崎口蹄疫騒動を検証する(第17回)

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 宮崎口蹄疫騒動を検証する                原田 和明

第17回 口蹄疫特措法に反対だった赤松農水相の失脚

東国原知事は「リングワクチンは、何の罪もない人から全てを奪うから、二度
としてはいけない」と言う。それを可能にした口蹄疫特措法はどのような経緯
で成立したのでしょうか? 本来の責任者である鳩山首相と赤松農水相(当時)
は最初からリングワクチンに反対でした。しかし、二人はマスコミのバッシン
グを受け、失脚してしまいます。そして入れ替わりに、ワクチン推進派の山田
副大臣が台頭してきたのです。

「そのまんま日記」(7月17日)より以下引用。

 リングワクチンは二度としてはいけない。確かに、あの時は蔓延防止・拡大
 阻止のために致し方無かった。言葉に語弊があるかも知れないが、これは、
 何の罪もない人から全てを奪う無差別攻撃なのである。この悲劇は経験した
 者でなければ分からない。二度と経験してはいけない、させてはいけないこ
 となのだ。

 だから、山田大臣が良く言う「もし、次にリングワクチンを打つような事態
 になったとき・・・」というのは、地元の気持ちを考えれば、軽々しく言っ
 てはいけないことなのだ。それは、僕にとっては、(例えは不適切かも知れ
 ないが)「もし、次に原爆を落とすような事態になったとき・・・」と国民
 に言われているような気がして、到底受け入れられるものでは無いのだ。そ
 れは、絶対にあってはいけないことなのだ。(引用終わり)

対する山田大臣はリングワクチンの必要性に対し、一点の疑念もないようです。
これでは交渉になるはずがありません。山田正彦のブログ「薦田さんの種牛6
頭の殺処分に、心から感謝。」(2010年7月18日(日曜日) )より以下引用。

 例外を認めていては再びワクチン接種しなければならない場合に応じる人が
 いなくなるおそれがある。ここは譲れない。
 法令上もワクチン接種地区の偶蹄類はすべて殺処分することになっている。
 「・・・どうしてもやれないなら、国としては地方自治法のもとづいて代執
 行も辞さない」
 「・・・」

 東国原知事との会談は物別れに終わった。
 もともと、このことは当初から心配されていた。
 薦田さんは、熱心に種牛の育成に取り組んだ地元でかなり知られた方で、民
 間でも品評会で優勝するなどの実績を上げていた。

 ところが宮崎県は薦田さんの種牛をこれまで宮崎牛のブランドとすることも
 認めず、精液の扱いも差別されて県とも裁判をするなど複雑な状況にあった。
 当時、現地対策本部長として、燃え盛る口蹄疫を封じ込めるにはワクチン接
 種するしか他に方法がないと決断したときに、私が一番気になったのが薦田
 さんの種牛だった。
 果たして薦田さんは、県の説得に応じてワクチンの接種に応じて殺処分して
 くれるだろうか。

 そのためにも、必要がないという赤松農水大臣に、薦田さんの種牛6頭の話
 を持ち出して、強制殺処分ができる法案「口蹄疫対策特別措置法」を急遽、
 先の国会で成立させたいきさつがあった。(引用終わり)

当事者のブログには、新聞記事からは伺い知ることのできない情報が詰まって
います。私が注目したのはワクチン接種を決断したのは鳩山首相でも、赤松農
水相でもなく、山田副大臣だったという告白です。そう言えば、そのまんま日
記(7月17日)に、

 現地対策本部長の山田氏が「僕がここに来たのは、ワクチンを打ちに来たん
 だよ」と嬉しそうに、まるで宮崎が実験場であるかのように仰られた。

というくだりがあります。しかし、決断したといっても、財産である家畜をす
べて殺されてしまう地元農家に対して、自ら説得を試みるといった一番苦労し
そうな部分はハナから考えていなかったようで、知事に丸投げで、しかも、知
事を恫喝するという最低の手法でした。そのまんま日記(7月17日)より 以下
引用。

 5月18日、ワクチン接種を 山田大臣(当時まだ副大臣)に迫られた。「知事
 さん、このリングワクチンを地元に説得出来なければ、あんたのリーダーと
 しての資質は無いんだ。知事として失格だな」と低い声で言われた。国の責
 任でやると言っておいて、地元や農家さん達への説得・同意等は地元首長達
 に押し付けるのだ。その高圧的な物言いにも到底納得が行かなかったし、貴
 方なんかに言われる筋合いは無いと思ったが、あの時、そんなことをとやか
 く言っている時間的余裕は無かった。(引用終わり)

それにしても、どうして、首相、大臣を飛び越えて副大臣が決断したのでしょ
う? 副大臣は首相、大臣の指示に従う立場です。それなのに山田副大臣(当
時)は赤松大臣を「薦田さんの種牛を引き合いに出して説得した」というので
すが、そんなことは 越権行為ではないのでしょうか? 現在の 篠原副大臣は
「薦田さんの種牛について、固体検査はしてもいいのではないか?」と山田大
臣に意見は言っても、それ以上の行動は控えています。(第13回)それが組織
というものです。(以下引用)


 赤松広隆農相は5月18日の閣議後会見で、(中略)家畜伝染病予防法の改正や
 特別措置法の必要性については「今、とりたててやらなければいけないとい
 うことはない」と否定的な考えを示し、「この方針で行こうと(17日に鳩山
 由紀夫首相と)下打ち合わせの話ができた」と明かした。(5月18日毎日新聞)

赤松農相だけでなく、鳩山首相も特措法には否定的だったようです。その理由
は「人の財産権を侵す話で、物理的にも無理がある」(産経新聞5月18日(火)
15:14)と述べています。一定エリア内にいる というだけで、健康な家畜を全
頭殺処分というのは、憲法29条「財産権は、これを侵してはならない」に抵触
するというわけです。そして、10万頭以上の家畜を殺して埋めるための労力や
場所の確保、そのための補償のことなどを考えると「物理的にも無理」と判断
したのだと思われます。

二人は「リングワクチンは、何の罪もない人から全てを奪うから、やってはい
けない」という立場だったと考えられます。

これでは、「清浄国に復帰することの重要性」をいくら山田副大臣が説いたと
ころで、議論がかみ合うはずがありません。しかし、「赤松大臣は『だから殺
せと言ったんだよ』と笑って発言された」(そのまんま日記7月17日)との証言
もあり、赤松大臣がどこまで財産権の侵害について考えていたかはよくわかり
ません。

実際に成立した口蹄疫特措法は、その無理難題をすべて宮崎県に押し付けて、
農水省は宮崎県にやれと命令するだけでよいというものでしたが、二人が「そ
れならOK!」と言うとも思えません。

ところが産経新聞は、赤松大臣が「人の財産権を侵す話」と言っているにも関
わらず、「感染家畜が出ていない農場も含めた予防的な全頭処分の可能性に言
及した」とかなり強引な 印象操作を行なっています。産経新聞(2010年5月18
日(火)15:14)より以下引用。

 赤松広隆農水相は18日午前の閣議後の記者会見で「(感染拡大防止のため)
 あらゆることを含めて検討している」と述べ、発生地域内でのワクチンの使
 用や、感染家畜が出ていない農場も含めた予防的な全頭処分の可能性に言及
 した。

 農水省が検討している全頭処分は、感染が確認されている地点から一定の半
 径内が対象。県内全域など、一部で要望が出ている広域での全頭処分につい
 て農水相は「人の財産権を侵す話で、物理的にも無理がある」と述べ、否定
 的な見解を示した。

 農水相は一定地域内での全頭処分について「限定された地域で所有者の了解
 を得ながらなら、今の法律でもできる」と述べ、現行法の枠内で対応可能と
 の認識を表明。家畜伝染病予防法の改正や特別措置法の制定は必要ないとの
 考えを示した。家畜伝染病予防法では、口蹄疫の陽性反応が出た家畜と、同
 じ農場内の家畜が殺処分の対象となる。(引用終わり)

その後、口蹄疫特措法は、鳩山首相や赤松大臣がマスコミの力により発言権を
奪われる形で成立していきました。2010年5月18日(火)8時0分 配信 産経新聞
より以下引用。

 赤松氏は4月20日に感染が確認されていたにもかかわらず、30日から9日間、
 中南米を訪問した。この間、殺処分対象の牛と豚は4369頭から一気に14倍以
 上の6万2426頭に跳ね上がった。しかし、5月8日に帰国した赤松氏が 真っ先
 に向かったのは栃木県。民主党衆院議員の後援会会合出席のためだった。

 赤松氏がやっと宮崎県を訪れたのは10日になってから。鳩山首相は対応の遅
 れについて、「必要以上にさまざまな風評が立つと、農家の方が困る」と釈
 明したが、すでに感染は拡大しており、風評被害を気にする段階は過ぎてい
 た。赤松氏は17日昼、首相との会談後も記者団に「対応が遅れたとは思って
 いない」と自己正当化を試みた。

 国会周辺では17日、「口蹄疫被害拡大は政府のテロに等しい」と題し、「政
 府が備蓄した消毒薬を民主党幹部が地元に流した」とするビラがまかれた。
 農水省は「国は消毒薬を備蓄する仕組みになっていない。ましてや『横流し』
 なんて完全な作り話だ」と否定するが、政府の対応の遅れが疑惑を招いたと
 もいえる。

 首相は今回、赤松広隆農水相がトップの同省対策本部では対応できない事態
 と判断し、自ら指揮を執る選択をした。背景には、被害拡大の中、現地から
 の悲鳴をよそに外遊や政治活動を優先した赤松氏への批判の高まりもあると
 みられる。(引用終わり)

東京では民主党幹部が消毒薬を横流しというデマが流されたようですし、赤松
大臣は、ネット上で「赤松口蹄疫」なる言葉が飛び交ったように、「大臣の外
遊が感染を拡大させた」かのような言われ方をされ、まるで犯人扱いのようで
した。そして、地元・宮崎県では道休誠一郎議員(民主党・宮崎二区)が口利
きした韓国人研修生が感染源だとする噂が流されたり、とこの時期、民主党に
対するかく乱情報が飛び交っていました。

鳩山首相は普天間問題 5月末決着の期限切れを控えて、5月4日に沖縄を訪問、
普天間基地の県外移設断念を表明して、轟々たる非難を浴びていました。とて
も口蹄疫の陣頭指揮を執れる状態ではありませんでした。それでも赤松大臣を
トップに据えられないほどバッシングが酷かったのだろうと考えられます。既
に内閣の意見など聞く必要がないとばかりの雰囲気作りがマスコミによって醸
成されていたと考えられます。その中で鳩山首相は責任を追及されています。

 首相公邸前で記者団が「政府、県の対応に問題はなかったか」と質問したの
 に対し、「一定の部分はあると思う」と答えた。(2010年5月18日(火) 12時
 23分配信 読売新聞)

このように、憲法29条の財産権に抵触しかねない口蹄疫特措法を鳩山首相や赤
松大臣に呑ませたのは、マスコミの力であって、山田副大臣の説得によるもの
ではありません。特措法も議員立法という形ではありますが、農水官僚の作文
であることは第12回(GEN765)で言及しました。つまり、口蹄疫特措法の成立
は農水官僚とマスコミが協力して「財産権の侵害はできない」という赤松大臣
を追い落とした成果なのです。(産経ニュース2010.5.25 12:52)より以下引用。

 赤松広隆農水相は5月25日午前の 衆院農林水産委員会で、宮崎県で被害が拡
 大している口蹄(こうてい)疫問題について、「私としては誠心誠意、必要
 と思うことをやってきたつもりだが、結果としてこれだけ広範囲に口蹄疫が
 広がったことについては大変申し訳ない気持ちでいっぱいだ」と陳謝した。
 自民党の谷公一氏の質問に答えた。

 これまで赤松氏は「結果責任はある」としていたが、初動対応に遅れがあっ
 たとの指摘には「反省するところはない」と語っていた。一方、赤松氏は同
 委員会で、被害拡大の最中に外遊に出かけたことについては「私が行ったこ
 とで急に発症が大きくなったということはない」と述べた。(引用終わり)

赤松広隆農水相の失脚とともに、5月22日、ワクチン接種が始まっています。

ーーーーーーーーーーー以上ーーーーー
http://www.asyura2.com/09/buta02/msg/786.html

コメント [経世済民69] 米国は日本のようなデフレにはならない(富士通総研) gataro
10. 2010年8月22日 22:29:16: g6DT8nixac
>現時点で日本は債権国で日本国債は95%くらい国内で
保持しているので、円は直ぐに崩れない

 ただそれだけの要因?
円高になっても貿易黒字を出しているのが原因ではないのか?
なぜ貿易黒字が減らないのか、お聞きしたい。

6月貿易黒字は6870億円、前年比+41.1%=財務省
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100726-00000322-reu-bus_all
貿易黒字と円高の関係は、いくら円高になっても輸出は止まらない、なぜか?
http://www.asyura2.com/10/hasan69/msg/556.html#c10

記事 [口蹄疫・新型インフル02] 「国の口蹄疫対策検証委が聞き取り 宮崎県の対応に厳しい声」というが、どこが厳しいのか??
http://www.47news.jp/CN/201008/CN2010081801000631.htmlよりコピー:

国の口蹄疫対策検証委が聞き取り 宮崎県の対応に厳しい声

 農水省で開かれた口蹄疫対策検証委員会=18日午後
 宮崎県の口蹄疫問題で、国や県などの対応を検証する農林水産省の「口蹄疫対策検証委員会」が18日、同省で開かれ、宮崎、鹿児島両県の担当者らへの初動対応の聞き取りなどを行った。宮崎県の担当者に対し、委員からは厳しい声が相次いだ。

 宮崎県に対して「10年前の発生時の教訓が生きていないのではないか」、「症状が出ているのになぜ国への報告が遅れたのか」といった批判が出された。

 現地調査に当たった国の担当者などからも聞き取りを実施。現地で感染経路の調査を行っている国の疫学調査チームは、現在までに判明した内容や今後の防疫上の課題を報告した。口蹄疫の早期発見方法やオーストラリアなどの封じ込め策を研究すべきだとの意見もあった。

 委員会は8月中にあと数回開催する見込みで、被害農家や現場で作業にあたった獣医師などからも話を聞き、9月前半に中間報告をまとめる予定。

2010/08/18 21:59 【共同通信】

以上コピー終わり。

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しかし、

>宮崎県に対して「10年前の発生時の教訓が生きていないのではないか」、「症状が出ているのになぜ国への報告が遅れたのか」といった批判が出された。

というのは、あまりにも当たり前の、多少でも報道を気にしていれば誰でもが感じる疑問点だ。まあ、この記事自体が報道なのだから、こういった一般受けのする内容になってしまうのかもしれない。

そうであっても、このような批判に宮崎県は何と答えたのか???まさか、「持ち帰って検討します」とでも答えたのではあるまい。ここら辺の報道がされていないのが、今回の口蹄疫騒動のもっともおかしな点だ。普通の人が読んだら、「ああ、ちゃんと原因追及がされている」と思ってしまうだろう。しかし、原因追及は、これらの批判に対して回答を得るところまでしないとほとんど意味がない。

中間報告が待たれるところだ。
http://www.asyura2.com/09/buta02/msg/787.html

記事 [雑談専用38] 虚構経済に巣食うマネー教の縮図
それはパチンコやカジノ
世界経済丸ごとこれに置き換えても同じ
胴元が振り出す鉄の玉やコインがマネー
景品(地域通貨)も結局は換金目的になる
誰かに衣食住を代行させている限り
自分は台でそのコインを調達することが仕事のつもり
貧困に喘ぐ敗者が叫ぶ
もっと玉を出せ(ベーシックインカム)!
だから気付かねばならぬ
そのパチンコ屋から出でよ
http://www.asyura2.com/09/idletalk38/msg/695.html
コメント [口蹄疫・新型インフル02] 宮崎口蹄疫騒動を検証する(第17回)転載記事ーーワクチン接種と山田農相 寅蔵
01. 2010年8月22日 22:35:03: w9V9gyfKAn
ワクチン打ちたい一心でヤマダさん?
そのワクチン。備蓄解消の為に使われたのかも?
金科玉条「清浄国死守」で誰が利益を得るのか?
その清浄国を守るためには国民は犠牲になって貰いましょ?
日本の畜産を守るために・・ウソつけ。
自分たちの利権利益を守るためだったんだろう!
嘘の上塗りが数々の矛盾点を産み出して、それを誤魔化すためにいろいろ理屈をこねたが、最後には肝心の調査の要点は隠して非公開にすることにした。

国民の税金で穴埋めをするから文句言わないで畜産農家さん。
じゃあ、最後のツケは国民に泣いて貰って終わりか?

殺さなくてもよい健康な家畜の方が圧倒的に多かったのではないのか?
これが人間だったら、一割の感染確認者が出たら残りの9割は処分しちゃえというのと同じ理屈。
これが家畜の問題だと思っているとそのうち人間にも使われるかも知れない。

彼らは利益利権の為なら動物の命などどうも思っていないようだ。相手が家畜ばかりか・・・・日本の教育システムは無慈悲で野蛮な脳衰症を作り上げたのではないのか?
そして、ほとんどの日本人が異議を唱えないのも不思議というか、魂が抜かれた様なこの国の貧各。



http://www.asyura2.com/09/buta02/msg/786.html#c1

コメント [口蹄疫・新型インフル02] 宮崎口蹄疫騒動を検証する(第17回)転載記事ーーワクチン接種と山田農相 寅蔵
02. 2010年8月22日 22:44:08: w9V9gyfKAn
マスコミの大罪
という言葉はまだまだ生きていますね。
日本国民はマスコミの意のままに動かされ、政治家までマスコミの好餌食にされてしまう。
この国を潰す役割がマスコミか!
天下のNHKまで肝心な所を占領されたのか? のちのちの歴史に残るかも知れない、マスコミの天下かく乱の罪。
ジャーナリストは猛省せよ。と言っても無駄な呼びかけか・・

http://www.asyura2.com/09/buta02/msg/786.html#c2
コメント [戦争b4] 天安事件に対する 韓国・朝鮮・中国・日本・国連 の反応  【チャイナネット】 hou
01. 2010年8月22日 22:51:29: 4CMfrZ8wXY
チャイナネットは記事を無断で使ってはいけないと言っています。
http://www.asyura2.com/10/warb4/msg/630.html#c1
コメント [医療崩壊3] 医薬品医療機器総合機構のHP 小児等への接種10歳未満の小児に対する有効性及び安全性は確立していない(経験がない) shiryu星
13. 2010年8月22日 23:01:23: F4NTX71yhw
>12
相当ヒステリックになっておられますね。

各種ワクチンの副作用は、PMDAのHPに行けばしっかり報告してありますよ。
毎年医療機関からの報告をまとめています。

「基本的な理解」は、「その」を受けていますので、「医薬品は00000、000利用することこと」を分かった上でということです。

予防ワクチンは、罹患してからでは意味がありません。健康な時にするから意味があるのです。

医薬品というものの理解を深め、もう少し色々なことを探索してから、投稿された方がいいと思います。
http://www.asyura2.com/09/iryo03/msg/332.html#c13

記事 [経世済民69] 日本の地熱発電はなぜ普及しないのか
日本の地熱発電はなぜ普及しないのか というビデオ:

http://www.dailymotion.com/video/x9hv4n__news

多分、テレビ東京でやっているビジネスサテライトの2008年の特集でやったもの。

以下、内容の要約:

1.日本の地熱資源量は世界第3位。インドネシア、アメリカに次ぐ。
2.九重にある八丁原地熱発電所は11万キロワットで約4万世帯分、 1kwhのコストは9円から22円。石油火力より高く太陽光よりかなり安い。建設費は370億円。
3.地熱発電の稼働率は70%、風力は20%、太陽光は12%
4.地熱発電のコストが高いのは、ボーリングに当たりはずれがあることが原因。ボーリングして熱源に当たる確率は60%。
5.政府による補助率も太陽光などが最高50%なのに、地熱は20%の補助率しかない。
6.指宿市では10年ぶりに地熱発電の開発が新日本科学という会社により行われている。方式はバイナリー方式。田中清仁氏が担当で、地熱開発についての情報公開を地元にしてきた。
7.地熱発電が広まらないわけの一つに地熱開発有望地の8割が国立公園内にあり、様々な規制を受けることがある。

*****************

指宿市にある山川地熱発電所は国立公園内ではないそうだ。また、バイナリー方式とは、地中から熱蒸気を取り出さず、代わりにペンタンなどの沸点の低い、40度ぐらいで沸騰する液体を使って地中の熱を取り出し、タービンを回すもの。地熱資源があまり高温でなくても発電できるほか、熱水を地下へ戻すので資源が枯渇する可能性がほぼないなどの利点がある。欠点は、熱交換をするので、それだけ効率が下がりコストが上がること。普通の地熱発電はフラッシュ発電という。こちらは熱源から出てくる蒸気を使ってタービンを回し発電する。途中で熱交換をしないので効率がよく、バイナリー発電よりコストが安い。
http://www.asyura2.com/10/hasan69/msg/565.html

コメント [雑談専用38] パチンコ&スロットはなぜ合法なのか!(社会板) 愛国改善党
14. 2010年8月22日 23:15:01: FBwig7MUHR
判らない。
http://www.asyura2.com/09/idletalk38/msg/691.html#c14
コメント [Ψ空耳の丘Ψ58] 異常気象は天罰か?  気象兵器が壊した「自然」が牙を剥いた!?  行政調査新聞 愚民党
04. 2010年8月22日 23:16:42: sUpHQ8Q75g
以前阿修羅のHAARP関連の投稿に
アメリカとロシアが相互に地震兵器を使わない条約を締結した
というものがありました

HAARPが地震兵器としても機能するかどうかは別として
すでにその種の兵器が配備されていることを示唆するものです

同条約に拘束されるのが地震兵器の領域だけであれば
洋上のある領域にエネルギーを加えて
偏西風の蛇行の原因を作ったとしても(国際法上)何ら問題はないでしょう
人道上は大問題ですが「○○の耳に念仏」でしょう

ロシアの小麦作付け面積の25%が壊滅したそうですが
HAARPによる攻撃と判断すればロシアはアメリカに報復するでしょう
似たような手口で
http://www.asyura2.com/10/bd58/msg/554.html#c4

コメント [雑談専用38] 虚構経済に巣食うマネー教の縮図 日
01. 地には平和を 2010年8月22日 23:19:38: inzCOfyMQ6IpM: TEJUaLM2oY
貨幣自体が問題なのではなく、貨幣の使い方が問題なのだと私は思っています。
例えば貨幣が貨幣を生み出す利子という制度がおかしいのです。
巨額のマネーを持っていたら利子だけで食っていけるという制度がおかしい。
むしろ、ゲゼルが提案したような減価する貨幣の方が本来の貨幣のあるべき姿でしょう。
それから発行した貨幣の流通のさせ方が問題であって発行したものをまず貧乏人に配るようにしたらまず貧乏人の生活を成り立たせた上で貧乏人が使った金で経済全体が回るようにしたら生産活動もまずは貧乏人の生活の為の生産になりいいと思います。
貨幣悪玉論ではせっかくの便利な道具を使わない事になってしまいます。
貨幣の質を変える事でよりよき経済を作るべきだと考えます。
http://www.asyura2.com/09/idletalk38/msg/695.html#c1
コメント [お知らせ・管理19] 申し訳ありませんが、削除をお願いします。 愚民党
02. 愚民党 2010年8月22日 23:21:12: ogcGl0q1DMbpk: ykO8xTODqw
お手数をおかけいたしました。

ありがとうございました。
http://www.asyura2.com/10/kanri19/msg/129.html#c2

コメント [経世済民69] 日本の地熱発電はなぜ普及しないのか taked4700
01. 2010年8月22日 23:41:49: eJpJR4SFmM
>>地熱発電はなぜ普及しないのか

 原油が枯渇する。
 温暖化している。

これが『嘘』だということをみんな分かっているからだ。

いくら危機を煽っても無駄である。

みんな分かっているのだ、真実を。


http://www.asyura2.com/10/hasan69/msg/565.html#c1

コメント [口蹄疫・新型インフル02] 「病原体は体内で発生」 (転載記事)音声読み上げつき 寅蔵
09. 2010年8月22日 23:55:11: EyzbvHWRdk
>どこかに投稿かコメント覧に出ていたと思いますよ。自分で捜してください。

大体、こうやって根拠を突っ込まれると「自分で探してください」などと、馬鹿馬鹿しいレトリックを振り回す。
こういう、根拠の無いインチキ捏造情報を撒き散らす「カス」と言ってもいい連中が多すぎますね。


http://www.asyura2.com/09/buta02/msg/784.html#c9

コメント [雑談専用38] 虚構経済に巣食うマネー教の縮図 日
02. 日 2010年8月22日 23:57:18: IR1H95zbmUf8k: N412ZjBqfw
貨幣の目的を理解していないでしょう。そうした方が大多数ですから、すり替え詐欺が通用する虚構経済も存在しているわけです。
代理、代行、代表というすり替え詐欺の成立基盤が貨幣の目的です。

便利な道具とは弱肉強食の競争原理から生み出さた物より、それを作るのが楽しくて好きで作った道具から生み出される物の方が、もっと便利で快適な物になります。
経済でそれを流通するのではありません。
http://www.asyura2.com/09/idletalk38/msg/695.html#c2

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