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中川隆 koaQ7Jey コメント履歴 No: 100081
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[リバイバル3] 無痛で安らかに1分で確実に死ねる『サルコー(Sarco)』と名付けられたマシンが完成した 中川隆
1. 中川隆[-5863] koaQ7Jey 2018年1月24日 11:41:54 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

「ぼくのほうは、なぜ人間があえて自殺しようとしないのか、その原因を探求しているんで、それだけのことなんです。でも、こんなことはどうでもいい」

「あえてしないというのは?自殺が少ないというわけでも?」

「非常に少ないですね」

「ほんとうにそうお考えですか?」


彼はすぐには答えず、立ちあがって、何か考えこみながら部屋の中を行ったり来たりしはじめた。


「あなたの考えだと、人間に自殺を思いとどまらせているのは何なのです?」

私はたずねた。


私たちが何を話していたのかを思い出そうとでもするように、彼はぼんやりとこちらを見た。


「ぼくは……ぼくはまだよくわかりません……

二つの偏見が思いとどまらせていますね、二つのこと。二つきりです。

一つはたいへん小さなことで、もう一つはたいへん大きなことです。

でも、その小さなことも、やはり大きなことにはちがいない」


「小さなことというと?」

「痛いことです」

「痛いこと?そんなことが重要ですかね……この場合に?」

「いちばんの問題ですよ。二種類の人があって、非常な悲しみや憎しみから自殺する人たち、でなければ気がちがうとか、いや、なんでも同じだけれど……

要するに、突然自殺する人たちがいます。この人たちは苦痛のことはあまり考えないで、突然です。

ところが思慮をもってやる人たち――この人たちはたくさん考えますね」


「思慮をもってやる人なんかがいるものですかね?」

「非常に多いですね。もし偏見がなければもっと多いでしょう。非常に多い。みんなです」

「まさかみんなとはね」


彼は口をつぐんでいた。


「でも、苦痛なしに死ぬ方法はないものですかね?」


「ひとつ想像しててみてください」

彼は私の前に立ちどまった。

「大きなアパートの建物ほどもある石を想像してみてください。

それが宙に吊るしてあって、あなたはその下にいる。もしそれがあなたの頭の上に落ちてきたら、痛いですかね?」


「建物ほどの石?もちろん、こわいでしょうね」

「ぼくはこわいかどうかを言ってるんじゃない、痛いでしょうかね?」

「山ほどの石、何十億キロのでしょう?痛いも何もあるものですか」

「ところが実際にそこに立ってごらんなさい。

石がぶらさがっている間、あなたはさぞ痛いだろうと思って、ひどくこわがりますよ。

どんな第一流の学者だって、第一流の医者だって、みんなこわがるにちがいない。だれもが、痛くはないと承知しながら、だれもが、さぞ痛いだろうとこわがる」

「なるほど、では第二の原因は、大きいほうは?」

「あの世です」

「というと、神罰ですか?」

「そんなことはどうでもいい。あの世、あの世だけです」

「でも、あの世なぞまるで信じていない無神論者だっているでしょうに?」


彼はふたたび押し黙った。


「あなたは、たぶん、自分に照らして判断されているんじゃありませんか?」

「だれだって自分に照らしてしか判断できませんよ」

彼は赤くなって言った。

「自由というのは、生きていても生きていなくても同じになるとき、はじめてえられるのです。これがすべての目的です」

「目的?でも、そうなったら、だれひとり生きることを望まなくなりはしませんか?」

「ええ、だれひとり」

彼はきっぱりと言いきった。

「人間が死を恐れるのは、生を愛するからだ、ぼくはそう理解しているし」

と私が口をはさんだ。

「それが自然の命ずるところでもあるわけですよ」

「しれが卑劣なんです、そこにいっさいの欺瞞のもとがあるんだ!」

彼の目がぎらぎらと輝きだした。

「生は苦痛です、生は恐怖です、だから人間は不幸なんです。いまは苦痛と恐怖ばかりですよ。

いま人間が生を愛するのは、苦痛と恐怖を愛するからなんです。

そういうふうに作られてもいる。いまは生が、苦痛や恐怖を代償に与えられている、ここにいっさいの欺瞞のもとがあるわけです。

いまの人間はまだ人間じゃない。幸福で、誇り高い新しい人間が出てきますよ。

生きていても、生きていなくても、どうでもいい人間、それが新しい人間なんです。

苦痛と恐怖に打ちかつものが、みずから神になる。そして、あの神はいなくなる」


「してみると、いまは神がいるわけですね、あなたの考えだと?」

「神はいないが、神はいるんです。

石に痛みはないが、石からの恐怖には痛みがある。神は死の恐怖の痛みですよ。

痛みと恐怖に打ちかつものが、みずから神になる。

そのとき新しい生が、新しい人間が、新しいいっさいが生まれる……

そのとき歴史が二つの部分に分けられる――ゴリラから神の領域までと、神の領域から……」


「ゴリラまでですか?」


「地球と、人間の肉体的な変化までです。

人間は神になって、肉体的に変化する。

世界も変るし、事物も、思想も、感情のずべても変る。

どうです、そのときは人間も肉体的に変化するでしょう?」


「生きていても、生きていなくても同じだということになったら、みんな自殺してしまうだろうし、それが変化ということになりますかね」

「それはどうでもいい。欺瞞が殺されるんです。

最高の自由を望む者は、だれも自分を殺す勇気をもたなくちゃならない。

そして自分を殺す勇気のある者は、欺瞞の秘密を見破った者です。

その先には自由がない。ここにいっさいがあって、その先には何もないんです。

あえて自分を殺せる者が神でう。

いまや、神をなくし、何もなくなるようにすることはだれにもできるはずです。

ところが、だれもまだ一度としてそれをしたものがない」


「あのときはまだ自分が幸福なことを知らなかったんです。

きみは葉を見たことがありますか、木の葉を?」

「ありますよ」

「ぼくはこの間、黄色い葉を見ましたよ、緑がわずかになって、端のほうから腐りかけていた。風で舞ってきたんです。

ぼくは十歳のころ、冬、わざと目をつぶって、木の葉を想像してみたものです。

葉脈のくっきり浮き出た緑色の葉で、太陽にきらきら輝いているのをです。

目をあけてみると、それがあまりにすばらしいので信じられない、それでまた目をつぶる」

「それはなんです、たとえ話ですか?」

「いいや……なぜです? たとえ話なんかじゃない、ただの木の葉、一枚の木の葉ですよ。木の葉はすばらしい。すべてがすばらしい」

「すべて?」

「すべてです。人間が不幸なのは、自分が幸福であることを知らないから、それだけです。これがいっさい、いっさいなんです! 

知るものはただちに幸福になる。その瞬間に。あの姑が死んで、女の子が一人で残される——すべてすばらしい。ぼくは突然発見したんです」

「でも、餓死する者も、女の子を辱めたり、穢したりする者もあるだろうけれど、それもすばらしいのですか?」

「すばらしい。赤ん坊の頭をぐしゃぐしゃに叩きつぶす者がいても、やっぱりすばらしい。叩きつぶさない者も、やっぱりすばらしい。すべてがすばらしい、すべてがです。

すべてがすばらしいことを知る者には、すばらしい。

もしみなが、すばらしいことを知るようになれば、すばらしくなるのだけれど、すばらしいことを知らないうちは、ひとつもすばらしくないでしょうよ。

ぼくの考えはこれですべてです、これだけ、ほかには何もありません」


「きみは自分がそんなに幸福だということをいつ知ったのです?」

「先週の火曜日、いや、水曜日です、もう深夜をすぎて水曜日になっていたから」

「どんなきっかけで?」

「覚えていません、自然とです。部屋の中を歩いていて……これはどうでもいいことだな。ぼくは時計を止めましたよ、二時三十七分でした」

「時が静止するしるしにですか?」

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/794.html#c1

[リバイバル3] 無痛で安らかに1分で確実に死ねる『サルコー(Sarco)』と名付けられたマシンが完成した 中川隆
2. 中川隆[-5862] koaQ7Jey 2018年1月24日 11:43:54 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

凍死で自殺、北海道なら…


凍死で自殺、はっきり言って北海道の冬であれば楽勝ではないでしょうか。

管理人は生まれが道東、現在地は札幌ということで よく考えてみれば冬期間であれば凍死自殺は楽勝かもと思ったので ここに思いついた方法を残しておきます。

北海道ではなかなか良い仕事がなく不景気ということもあり自殺願望者は多いと思います。

北海道なら、凍死自殺が一番良いのではないでしょうか。


自殺する気のないホームレスは夜寝ない

北海道のホームレスは日中に睡眠して夜に歩き続けるらしいのですが、これは夜に寝てしまうと凍死するためからということです。

外部リンク:北国のホームレスの参考ページ
http://web.archive.org/web/20130512004545/http://ep.blog12.fc2.com/blog-entry-1668.html


たしかに駅が空いている日中に寝ているホームレスを見たことがありますし、夜に歩いているホームレスも見たことがあります。

昔、コンビニで深夜の仕事をしていた時に、寒さに震えたホームレスが来たことも覚えています。

凍死自殺は北海道なら簡単

北海道に住んでいる人は冬ならば簡単に凍死できるでしょう。

よくよく思い返してみれば管理人が道東に住んでいた時に、酔っ払って道端で寝ていたために凍死した、という話を聞いたことがあります。

北海道の冬ならば、最後の有り金を使って酔っ払ってしまい、公園に一晩寝ていればそれだけで OK なのかもしれません。

注意点としては

-すぐに見つかると助かるかもしれない
-発見に時間がかかると腐ってしまう

という点ではないかと思います。

凍死自殺を具体的に考えてみる


方法としては

——————-

1.人気のない小さい公園を見つけておく。

2.有り金を使ってたくさんお酒を買っておく(飲み放題のお店に行くのもいいかも)

3.自分の部屋などに自殺場所を書いた遺書をおく。もしくはだれかに郵送する。

4.そして自分自身も遺書を持っておく。(殺人などに間違われないよう)

5.後はあるだけ酒を飲んで、酔っ払って人気のない公園で夜に寝る

——————-

これだけでよいのかもしれませんね。

遺書は自分の部屋に置くよりも、だれかに郵送することで1〜2日で発見されるでしょう。

それだけあればきっと十分自殺できると思います。
その人を第一発見者にしたくないのであれば、

「○○公園で自殺していると思うので、警察に連絡してください。」

とでも書いておけばよいのではないでしょうか?

札幌なら11月〜2月にやれば大丈夫ではないでしょうか。

難しいのは酒を買ったりするお金がない人の場合です。

酔っ払わないと、とてもじゃないけれど寒さ耐えれずに起きてしまう気がします。
https://drkiriko.wordpress.com/toushihokkaido/

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/794.html#c2

[リバイバル3] 無痛で安らかに1分で確実に死ねる『サルコー(Sarco)』と名付けられたマシンが完成した 中川隆
3. 中川隆[-5861] koaQ7Jey 2018年1月24日 11:45:35 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

雪国ならこういう方法で簡単に死ねる


2018年01月24日
車内のCO中毒に注意 1月射水で死亡事故


 今月中旬の大雪で、射水市では車の中にいた男性が一酸化炭素(CO)中毒で死亡する事故が起きた。車のマフラーが雪でふさがれ、車内に排ガスがたまったことが原因とみられる。県内では25日にかけて再び大雪となる恐れがあり、日本自動車連盟(JAF)富山支部は「車内で過ごすときはエンジンを切るか、除雪が必要」と注意を促す。 (社会部・久保智洋)

 射水署によると、12日午後2時35分ごろ、射水市奈呉の江(新湊)のアルミ製品加工会社の駐車場で、氷見市の同社嘱託職員の男性(60)が軽乗用車内でぐったりしているのが見つかった。男性は死亡し、司法解剖の結果、死因はCO中毒だった。男性は同日午前6時までの夜勤後、車内にいたとみられる。車の周辺には約50センチの積雪があり、同署は車のマフラーが雪でふさがれ、車内に排ガスが流れ込んだことが原因とみている。

 「異常な積雪だった」。別の男性社員が当時を振り返った。12日朝の同社の駐車場は、車が雪に埋まり「車体がほとんど見えない状態」。車を動かすこともできず、ほとんどの従業員は社内で待機していたという。

 積雪時の車内でのCO中毒事故は、全国で起きており、北海道では2013年3月、暴風雪により車内に閉じ込められた母子4人が亡くなっている。昨年2月には、京都府で除雪作業後に車内で休憩していた男性が死亡した。

 JAFが行ったユーザーテストによると、車がボンネットまで雪に覆われた場合、排ガスは車の床下にたまって車内に流れ込む。同様の状態でマフラー周辺を除雪した場合、車内でCOがほとんど検知されなかったのに対し、除雪しなかった場合は約20分で死亡の危険があるCO濃度に達した。JAF富山支部は「雪が積もったとき、車中に長時間いる場合はなるべくエンジンを切ってほしい。スコップや毛布を常備しておくことも大切」と呼び掛けた。


http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/794.html#c3

[リバイバル3] 無痛で安らかに1分で確実に死ねる『サルコー(Sarco)』と名付けられたマシンが完成した 中川隆
4. 中川隆[-5860] koaQ7Jey 2018年1月24日 11:56:41 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

死ぬ時に飲みたいお酒


カルヴァドス _ 一番香りの良いお酒


カルヴァドス画像 - Google 検索
https://www.google.co.jp/search?q=%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%89%E3%82%B9&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=YCBNU8GbDYH38QWytYHgBg&sqi=2&ved=0CDYQsAQ&biw=1024&bih=924#q=Calvados&tbm=isch

Calvados
http://www.youtube.com/watch?v=sbMYZ1tOufc

りんご ブランデーのレシピ 643品
http://cookpad.com/search/%E3%82%8A%E3%82%93%E3%81%94%20%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%BC

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カルバドス(ブランデー)の通販・ネットショッピング - 価格.com
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【楽天市場】 カルヴァドス ブランデー :通販・インターネットショッピング
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カルヴァドス
カルヴァドス (Calvados) とは、フランスのノルマンディー地方で造られる、リンゴを原料とする蒸留酒である。なお、この地域以外で作られる同様の蒸留酒がカルヴァドスを名乗ることはできず、アップル・ブランデーと呼ばれ、区別される。

原料としてリンゴの他に、10 - 30% 程度のセイヨウナシを使用する事が多い。

カルヴァドスは、AOC(原産地呼称規制)の対象である。

「カルヴァドスAC」 (Appellation Calvados contrôlée) 地区は、カルヴァドス、マンシュ (Manche) 、オルヌ (Orne) の各県の全域に加えて、ウール (Eure) 、マイエンヌ (Mayenne) 、サルト (Sarthe) とウール・エ・ロワール (Eure-et-Loire) の一部を含む。

より限定された「カルヴァドス・ペイ・ドージュAC」 (Appellation Calvados Pays d'Auge contrôlée) の地区は、カルヴァドス県の東端と、その幾つかの隣接地域に限られる。


製法

シードルアップル(リンゴの醸造酒)にはスイート、ビター、ビタースイート、サワーと4つの種類があるが、バランスの良いカルヴァドスを造るためのブレンドには熟練の技と知識が必要とされる。天然製法で発酵を行い、良く乾燥させたオーク材で作られた樽で最低5年間熟成ののち、2回の蒸留を行い造られている。


ポム・プリゾニエール - カルヴァドスに林檎1個を丸のまま漬け込まれたものが販売されている。たいていは瓶の口よりも大きな林檎で、春先から小さい林檎に瓶をかぶせて成長させることで作り出す。このようなカルヴァドスを「ポム・プリゾニエール (La Pomme Prisonnière) 」(閉じ込められた林檎)と呼ぶ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%89%E3%82%B9


カルバドス(Calvados)について

カルバドス(calvados)とは、フランスのcalvados地方で作られている、りんごから作った発泡酒であるシードル(cider)から作る、蒸留酒です。

ぶどうから作ったワインを蒸留して作れば、ブランデー。
リンゴから作ったシードルを蒸留して作れば、カルバドス。
ですから、カルバドスとはブランデーのように、お酒の種類を示す言葉であり、特定の銘柄を示している言葉ではありません。

また、カルバドスという名称を使うには、フランスでの取り決めがあります。
フランスのCalvados地方で、2年以内の若いシードル(つまり香りが強いシードル)を蒸留して作ったものだけが、カルバドスという名称を使うことができます。

このような取り決めからわかるように、カルバドスは香りを大切にしたお酒で、飲んでからも口の中がリンゴの香りに満たされます。味は、ブランデーと同じ40度の度数ですので、若いカルバドスほど刺激的な感じがあります。

カルバドスの飲み頃は10年くらいからではないでしょうか?カルバドスはあまり保存に耐えないので、100年クラスになるとお酒としての状態が悪いものがあります。50年くらいまでであれば、問題は無いでしょう。

他の地域でリンゴから作られた蒸留酒は、アップルブランデーと呼び、カルバドスとは区別されています。有名なアップルブランデーには、アメリカのアップルジャックがあります。カルバドスとは異なり、甘い味が強い、アップル.リキュールという趣があります。カルバドスベースとして有名なジャックローズというカクテルは、本当はアップルジャックベースのカクテルです。アップルジャックは、上品な味を指向するものが増えてしまい、その特徴が失われつつありますが、一部には昔からのアップルジャックが作られているようです。ただ、日本には輸入されていませんし、アメリカでも見つけることは困難です。

日本でもかつてニッカが作っていたXOの白ボトルは、アップルブランデーでした。ただ、日本のリンゴは味はいいのですが香りがほとんどしないため、カルバドスとはまったく趣の違うお酒でした。
http://www.calvadoshof.com/Tunnel/aboutcalvados.html


Calvados カルヴァドス

カルヴァドスは、りんごを原料にしたブランデーで、フランスのノルマンディー地方の特産酒である。

なかでも、中心部の優良産地、ペイ・ドージェ地区で生産されるものは、別格扱いされ、ボルドー・ワインやコニャックなどと同様に、アペラシオン.ドリジーヌ・コントローレ(略称AC)法の規制を受けてっくられ、製品には、カルヴァドス・デュ・ペイ・ドージェACの表記をする。これが、一般にカルヴァドスと考えられている酒のなかの一級品といえる。蒸留には、コニャックと同型の単式蒸留器の使用が義務づけられている。

このペイ・ドージェ地区周辺の10の地区で生産されるりんごブランデーも、ACの規制を受けるが、ペイ・ドージェとは違って、半連続式蒸留器の使用が認められている。そして、生産地区が例えばコタンタン地区であれば、カルヴァドス・デュ・コタンタンというAC表記になるが、複数地区の原酒をブレンドしたものは、単にカルヴァドスというACで売られる。

熟成年数表記は、コニャックの場合とやや相違点がある。

コント3(約四年熟成)でヴィユー・レゼルヴ。
コント4でヴィェーユ・レゼルヴ。
コント5でVSOP(コニャックはコント4)。
コント6で、エクストラ、ナポレオン、オル・ダージュなどの表示が認められる。

カルヴァドス生産地域の外辺のノルマンディー、ブルターニュ、メーヌの各地方でも、りんごのブランデーをつくっているが、こちらのほうは連続式蒸留機の使用が認められている。酒名は、オー.ド・ヴイー・ド・シードルとなる。

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エリック・ボルドレ社
E・ボルドレは、ソムリエからシードルづくりに転身した注目すべき新鋭。左は、彼の慧眼で発掘された南ノルマンディー産20年熟成のヴィンテージ品。
エリック・ボルドレ1974 40度500・\18,000


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テユボン家
ペイ・ドージェ地区ドジュレ町近郊のデュポン家が、自園内で蒸留、5年以上熟成させたもの。このような単一農園産のカルヴァドスは、"Production fermiere"(自家農地製品)と呼ばれる。
デュポン・ヴィェーユ・レゼルヴ42度700・\7,800


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レ・力ーヴ・ド・ノルマンディ
ラベルにあるLCDNは、レ・力ーヴ・ド・ノルマンディの略。オルヌ県レーグル町のカルヴァドス生産者。左掲のモーリス・ブランドのものは、いずれもカルヴァドス・デュ・ペイ・ドージェACをもっている。
VSOPは、正式肩書はヴィェーユ・レゼルヴで、約5年熟成の品。
オル・ダージュは、コニャックのエクストラ級の品。
1971は、71年に蒸留してから長期熟成させたヴィンテージ品で、枯淡の味わい。
ほかに1967(1万5000円)、1972(2万6000円)もある。(各700・)

モーリス・VSOP43度\3,500
モーリス・オル・ダージュ42度\5,000
モーリス197141度\14,000

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カルヴァドス・フラー社

フラー社は、カルヴァドス最良の産地、ペイ・ドージェ地区の中心地にあるコカンヴィリエ町に本社をおいている。1825年、ピエール・フラーによって設立された。
同社製品は、ペイ・ドージェACを名乗る優良品揃い。120種のりんごを使っでつくられている。

グラン・ソラージュは316年、XOは8〜40年熟成させた原酒をそれぞれブレンド。
1977は、オーク樽のフレーバーが霞郁と香るヴィンテージ品

ブラー・グラン・ソラージュ40度 750・\4,000
ブラー・XO 40度 700・\8,000
ブラー1977 43度 700・\14,000

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カル ヴァドス・ビュネル社

ビュネル社は、1820年、カルヴァドス最良の産
地、ペイ・ドージェ地区の中心ポン・レヴェツク村
で創業。以来、品質向上につとめ優良大手企業に成
長したが、1971年以来、フランス最大の酒類企
業グループ、ベルノ・リカール社傘下に入り、さら
に販路を伸ばした。左はいずれもペイ・ドージェA
Cをもつ優良酒。フィーヌは樽で2年以上熟成のう
え、秘蔵古酒をブレンド。VSOP、オル・ダージュ
は、それぞれ熟成感が深い。(各700・)


ビュネル・フィーヌ40度\2,500
ビュネル・VSOP40度\5,000
ビュネル・オル・ダージュ43度\9,500


_____


シードルリー・デュ・カルヴァドス社

シードルとカルヴァドスの大手メーカー、略称CC
LFの製品でカルヴァドス・ラ・トラックのセカン
ド・ラベル的商品・カクテルや、製菓用に適してい
る。VSOPはペイ・ドージェACの6年もの。15
年はカルヴァドスAC品。(各700艘)


エキ ュソン.VSOP40度\5,400
ヴィユー.カルヴァ下スー5年40度\14,200

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シードルリー・デュ・カルヴァドス社

製造元は略称CCLF。シードルとカルヴァドス生
産の最大手メーカーである。カルヴァドスはエキュ
ソンというブランドと、このラ・トラック("狩猟"の
意)の2シリーズを出している。ラ・トラック・シ
リーズはカルヴァドス・デュ・ペイ・ドージェAC
の上級品。VSOPは6年熟成品。オル・ダージュ
は7年以上熟成させた高級品。30年はオーク樽で30
年以上熟成させた超高級カルヴァドス。(各700・)


ラ・トラック・VSOP40度\7,400
ラ・トラック・オル・ダージュ40度\11,300
ラ・トラック30年42度\28,700

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ガブリエル&アンドリュー社

パリの有名レストラン、マキシム・ド・パリが選ん
だカルヴァドス。口当たりはソフトで華やか。りん
ごとプラム の香りが広がる。


マキシム・ド・パリ・プレステージ 40度500・\3,000

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アドリアン・カミュ

カルヴァドスの小規模生産者、A・カミュ家が自家
蒸留している製品。同家はウール県フー.スヴィル町
近くに、ドメーヌ・ド・セマンヴィルというりんご
園をもっている。酒はすべてカルヴァドス・デュ・ペ
イ・ドージェAC品。蒸留はコニャックで使われてい
るシャラント式の蒸留器で2団連続して行い、オー
ク樽で熟成させる。415年熟成の若飲み型から長
期熟成古酒まで、製品の幅は広い。(各700・)


ペイ・ドージュ6年40度\7,000
ペイ・ドージュ12年41度\10,000
ペイ・ドージュ・プレステージュ40度\50,000


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カルヴァドス・コクレル社

1937年、カルヴァドス地方マンシュ県ミリー町
のジルベール家が興した家族経営会社。コニャック
式とアルマニャック式蒸留器を併用。年間9000
トンのりんごを蒸留、熟成している。フィーヌは、
2年から6年のあいだオーク樽で熟成した原酒をブ
レンド。ヴィユーは、8年間から15年間熟成させた
原酒をブレンドしてある。XOは、10年から40年熟
成酒のブレンド。(各700・)


バロン・ド・ラ・ドック・フィーヌ40度\3,400
バロン・ド・ラ・トツク・ヴィユー40度\4,900
バロン・ド・ラ・ドック・XO4 度\7,000

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ドメーヌ・ド・コクレル社

酒名は"イヴのりんご〃の意。りんごを瓶の中で100g
まで生長させ、2回にわたりカルヴァドスを
入れて熟成させ、製品化。年産約1万本。


ポム・ド・イヴ40度600・ \7,500

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ドメーヌ.ド.コクレル社

カルヴァドス地方ミリー町の生産者が、りんごの実
入りでつくる。瓶内の酒は、カルヴァドスAC酒。
上段ポム・ド・イヴと同系列の商品。


ラ・ポムレ40度700・ 10,000

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シャトー・デュ・ブルイユ社

ブルイユ社はペイ・ドージェ地区のブルイユ村に、
シャトーを所有し、そこでこのカルヴァドスをつく
っている。ペイ・ドージェ地区およびその周辺の農
家から直接買い入れたりんごの果汁を自然発酵させ
単式蒸留器で蒸留。リムーザンかトロンセの森のオ
ーク材でつくった樽で、熟成させる。熟成初期には
新樽を使い、のち古樽に移す。製品には、ペイ・ド
ージェACと、カルヴァドスAOがある。全体的に、
なめらかな味わいが特徴。(各700・)


ビゾアール41度\4,600
シャトー・デュ・ブルイユー5年42度\9,400
シャトー・デュ・ブルイユ35年41度 25,000


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ロジェグルー社

ペイ・ドージェ地区のほぼ中央、オルベック村で古
くからりんごのブランデーづくりに携わってきたの
が、グルー社。ムフでも同村のクロ・ド・ラ・コルヴ
アニエールの敷地内で、ペイ・ドージェAOの酒を
つくり続けている。左端のヴエネラブルは"古い年
代を経た"の意で、20年以上の熟成古酒をベースに
していることを示す。(各700・)


ロジェ・グルー8年41度\7,400
ロジェ・グルー15年41度\11,400
ロジェ・グルー・ヴェネラブル41度 14,400

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クリスチャン・ドルーアン社

1979年にリリースされた最良ブランド。ゴヌヴ
ィル.シュール・オンフール村の産。すべて、同村
で収穫されたりんごを使っている。村は、ペイ・ド
ージェ地区内にあり、製品はすべてペイ・ドージェ
ACをもつ。ブランド名のクール・ド・リヨンは、
"獅子の心"の意。レゼルヴは樽熟5年以上の品。V
SOPは、8年もの。オル・ダージュは15年熟成品。
19,b7は、67年に蒸留したもの。ポム・プリゾニ
エールは、りんご入り。実が小さいうちに枝のまま
瓶に入れ、成熟してから瓶に切り落として酒を詰め
る。酒は5年熟成品。(*は1・、他は700・)


クール.ド.リヨン・レゼルヴ42度\5,000
クール・ド・リヨン・VSOP42度\7,500
クール・ド・リヨン・オル・ダージュ42度\10,000
クール・ド・リヨン196742度\25,000
*クール・ド・リヨン・ポム・プリゾニエール40度 15,000

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レリティエ・グヨ社

ブルゴーニュ地方ディジョン市の酒造の名門グヨ社
が、カルヴァドスに進出しての製品。カルヴァドス
各地の原酒を使用。気軽に楽しめる味、価格だ。


グヨ・カルヴァドス40度700・ \3,770

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ミシェル.ユアール

カルヴァドスの11の産地のうち、ドンブロンテ地区
産のりんごを使って、1985年に蒸留。最初は新
樽、のち古い大樽で熟成。まろやかさのある酒だ。


ミシェル・ユアール・ヴィユー1985 40度700・ \8,000

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ピエール.コエット社

ピエール.ユエット社は、ペイ・ドージェ地区の中
心地ガンブルメール村で、100年にわたりカルヴ
ァドスをつくっている。高品質、少量生産主義をと
っており、タイユヴァンなどの名門レストランでも
使われている。また、イギリス王室御用達もっとめ
ている。製品には、ペイ・ドージェACのものと、
カルヴァドスACのものがある。(各700・)


カルヴァドス・ヴィユー5年
40度\3,500★岡永\7,500★大業産業
※ガルバヴァドス・ヴィエーユ・レゼルヴ9年40度\6,000
*ピエール・ユエット.・ト一ブディション40度\11,700
※ピエール・ユエット.・オル・ダージュー5年40度\9,000
※ガルバヴァドス・ヴィエーユ・アルジャン20年40度\14,OOO
ピエール・ユエット・ゴルドン・オール30年
40度\23,000★岡永\23,700★大業産業
※ピエール・ユエット ・プレスティージュ50年40度\47,000

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ジェラール・ペリゴール社

製造元は、ペイ・ドージェ地区に帽伯のりんご園を
もち、1930年以来、シードルとカルヴァドスを
生産している。蒸留新酒は、新樽で3年熟成、のち
古樽に移して熟成。注文に応じて瓶詰め、出荷する。


ペイ・ドージュ30年40度700・ オープン価格

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レオン・デブリーシュ・ェ・フィス社

酒名は"ジュールおじさん"の意。ペイ・ドージェ
地区のサン・デシール・ド・リズユー村で、法定の
50種類に近いりんごからつくるブランデー。芳醇な
香りと、りんご由来の果実風味とが、バランスよく
溶けあっている。ほかに20年(1万8670円)、
40年(3万7720円)も入荷。(各700・)

 
ル・ペール・ジュール3年45度\5,340
ル・ペール・ジュール10年45度\9,150

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レルーヴィエ家

オルヌ県ラ・フエルテ・マセ村のレルーヴィエ家の
製品。カルヴァドス各地から新酒を購入し、オーク
樽で独自に熟成。コクがあり、かつデリケートな果
実味をもった酒に育て上げている。製品はすべてカ
ルヴァドスAOの品。(各700・)

   
レルーヴィエ・VSOP40度\4,500
レルーヴィェ・XO40度\10,000
レルーヴィェ・ヴィエーユ・レゼルヴ197140度\15,000
レルーヴィ エ・トレ・ヴィエーユ195340度\40,000

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ヴィクトール・ゴンティエ社

蒸留80年の歴史をもつヴィクトール・ゴンティエ社
の自家蒸留酒。手づくり感覚のヴィンテージ品。


フェルミエール・デ ュ・ドンブロソテ199042度700・\5,O00

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フォンティニイ社

ペイ・ドージェAOをもつカルヴァドス。約15種の
認定品種りんごを2回蒸留。年に数回樽を換えて
熟成。VSOPは5年、ナポレオンは6年以上熟成。
芳醇さとりんごの果実味が溶け合う品。(各700・)

 
ペイ・ドージェ・VSOP42度\8,000
ペイ・ドージェ・ナポレオン42度\12,000

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ディスティルリ・フランセーズ社

モン・カルヴァとは、"私のカルヴァドス〃の意。各
地でとれたりんごを原料に、りんごのフルーティー
さを生かしてつくられた 製品。


モン・カルヴァ40度700・\3,774

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ノルベール・レニョー

カルヴァドス生産者ノルベール・レニョー氏は、1
950年まで操業していた。左は、その最後の年の
酒。両種のりんごを使用、伝統的な味わい。


レ・クロ・デ・ラ・ルーエ42度700・\35,000

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ルモルトン

カルヴァドス・デュ・ドンブロンテ地区の農園ルモ
ルトン家自家蒸留の品。当主は4代目。西洋梨のブ
レンド比率が高く、デリケートな味わいをもつのが
特徴。タイユヴァンやトゥール・ダルジャンに納入。

 
ルモルトン195540度700・\25,000
ルモルトン192640度700・\38,500


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A・E・ドール社

カンタータとは、"大声楽曲"の意の音楽用語。優良
コニャックを生産するドール社が、カルヴァドスに
進出して発売したもの。カルヴァドス・デュ・コタ
ンタン地区の原酒を中心に レンド。


カンタータ40度700・\3,500

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フェルミ・カルヴァドス社

りんごの実を効果のうちに枝のまま瓶に入れ、成熟させる。育った実を切り落とし、オーク樽で把年熟成のACカルヴァドス酒を詰めたもの。

フェルミ・カルヴ ・オル・ダージュ40度600・オー プン価
http://breeze-surfers.jp/buranndei/buranndei_17.HTML


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1. グヨ カルバドス


L'HERITIER GUYOT - Google 画像検索
https://www.google.co.jp/search?q=%EF%BC%A1%EF%BC%A4%EF%BC%B2%EF%BC%A9%EF%BC%A5%EF%BC%AE%E3%80%80%EF%BC%A3%EF%BC%A1%EF%BC%AD%EF%BC%B5%EF%BC%B4%E3%80%80&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=6BJTU6Vz0_rxBdnJgPAJ&ved=0CCkQsAQ&biw=1024&bih=924#q=+L%27HERITIER+GUYOT&tbm=isch&imgdii=_

カルバドス グヨ(ブランデー)の通販・ネットショッピング - 価格.com
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http://kakaku.com/search_results/%83J%83%8B%83%94%83%40%83h%83X+%83O%83%88/?category=0016%2C0034%2C0002&l=l&sort=priceb&nameonly=off&lid=ksearch%5Fsearchbutton&act=Input&n=30

【楽天市場】グヨ カルバドス の検索結果
http://search.rakuten.co.jp/search/mall?sitem=%E3%82%B0%E3%83%A8+%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%89%E3%82%B9&g=0&v=2&s=1&p=1&min=&max=&sf=0&st=A&nitem=&grp=product&myButton.x=34&myButton.y=3


グヨ社のカルヴァドスは、樽貯蔵最低5年のシードル(アップルワイン)を2回蒸留したもので、純粋性を誇るアップルブランデーの最高級品。この種のアップルブランデーは各国にあるものの、フランスのノルマンディー地方で造られるカルヴァドスが最高級とされています。
http://www.dover.co.jp/popup.php?prdid=4071010070


グヨ カルヴァドス 700ml 40度

最安値 3,866円 送料別
http://product.rakuten.co.jp/product/-/5d1c3e7a5fcc06db77f0f5057d4369cb/?l2-id=sd_product_item

価格 3,400円 (税込 3,672 円) 送料別
http://item.rakuten.co.jp/spirits/558075/

歴史と文化が生み出したフランスノルマンディを代表する名酒
グヨ カルバドス/レリティエ グヨ社(フランス)

自然の恩恵が文化を育むフランス、ノルマンディ
美しい稜線と豊かな大河に恵まれ、フランスでも有数の酪農地帯として知られるノルマンディー地方。8世紀末に北方のバイキング(ノルマン)がノルマンディ公国を建国したことにその歴史ははじまり、古都ルーアンの街並みやモン・サン・ミッシェルのベネディクト派修道院、バイユーのノートルダム大聖堂など名所をあげれば枚挙にいとまがなく、先の大戦では上陸作戦の舞台としても有名になりました。また、カマンベールチーズの産地としても知られます。

甘美なる人生を過ごすためにリキュールをたしなむことは、彼の地ではごく日常的なことで、ジャムやパン・ド・エピス(ジンジャーブレッド)とならんで、昔から各家庭で受け継がれてきた伝統のひとつです。13世紀頃、商業船の往来によりシードルアップルの挿し木が伝わると、ノルマンディーを中心にフランス全土でシードル(りんごを原料とした醸造酒)が造られるようになります。

そして同地方カルバドスでは16世紀頃には、シードルを蒸留したブランデー、すなわちアップルブランデーが作られていたと、当時の日記からも知ることができます。このノルマン・アップル・ブランデーはフランス革命後の市場の自由化にともない、フランス国内に広く知られることとなりましたが、首都に近い有名産地の名に由来し「カルバドス」の名称で呼ばれることとなりました。アップルブランデー、カルバドスの誕生です。

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あまりにも有名なメーカーのもう一つの顔、カルバドス

レリティエ・グヨ社。言うまでもなくフランス最大手のリキュールメーカーで、カエルのマスコットとともに「クレーム・ド・カシス ド・ディジョン」はあまりにも有名ではないでしょうか。

グヨ クレーム ド カシス ド ディジョン 700ml
カシスの本場ディジョンを代表する最上級のノワール ド ブルゴーニュ種の黒すぐりのみを使用した深い厚みのある風味の本格カシスです。グヨ社はフランスのカシス市場の45%を占有し、フランスのバー、レストラン等どこでも見かける最も定着したリキュールです。
価格 3,230円 (税込 3,488 円) 送料別
http://item.rakuten.co.jp/kashizairyo/sake-03902/

カエルのマスコットは1950年、ミネラルウォーターでおなじみヴィッテル社の「ヴィッテル(に混ぜて)カシスを飲もう」という広告キャンペーンに対し、レリティエ・グヨ社がユーモアとウィットに富んだアイデアで応戦し「純粋な水はカエルに残して、クレーム・ド・カシスを飲もう」という広告を打ち出したのですが、その時のポスターに数匹のカエルが描かれていたことから、パリジャン達に好意を持って受けいれられ、今日では当時のポスターが文化遺産として認定され、ノベルティの灰皿とともに博物館に保存されるほど、文化的にも高い評価を得ています。

第二次世界大戦のレジスタンスの英雄であり、1945年、ディジョン市の市長に就任したキャノン・フェリックス・キール枢機卿のレセプションや公式行事でアペリティフとして飲まれ、一躍世界に広まる事となった「キール」、白ワインの代わりにシャンパンを使った「キール・ロワイヤル」。

これらのカクテルの材料となるクレーム・ド・カシスの製造において、ヨーロッパでナンバーワンのシェアを持つレリティエ・グヨ社は、1845年、ジャン・バプティスト・レリティエとその妻、クロディーヌ・グヨによって創設されて以来、一貫して高品質のリキュールの製造に携わってきました。

そしてこの、フランス屈指のリキュールメーカー、レリティエ・グヨ社のクレーム・ド・カシスにならぶもう一つの顔が、先にお話ししたノルマン・アップル・ブランデー「カルバドス」なのです。


文化遺産となっているポスター。
レリティエ・グヨ社のカエル。
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比類なき純粋性を誇るカルバドスのアロマ
レリティエ・グヨ社のカルバドスは、原産地統制呼称制度(A.O.C.)で制定された地域で育った原料のみを使用します。過去において、数百種類にものぼるりんごの品種から作り出されたシードルアップルにはスイート、ビター、ビタースイート、サワーと4つの種類がありますが、バランスの良いカルバドスを造るためにはこれらの種類を巧みにブレンドしなければならず、ここにも熟練の技と知識が息づきます。
こうした行程ののち天然の手法で発酵させ、良く乾燥させたオーク材で作られた樽で、最低5年もの間熟成させたシードルを使い、さらに2回の蒸留をへてカルバドスは作られます。
木に含まれるタンニン類の成分により着色され、セラー内の空気と交わることで酸化され、ゆっくりと時間をかけて香りとふくよかさを増していきます。この行程からも察せられるとおり、カルバドスは香りを非常に大切にしたお酒で、飲んだあとも、さわやかなりんごのアロマが口の中いっぱいに残り、何とも言えない幸せな気持ちへと誘います。
そして、その長い歴史と独特のアロマゆえ、製菓の世界においても多大なる人気と信頼を博しているのも、至極当然のことと言えるでしょう。特産のリンゴをカルバドス風味にしてから、生地に混ぜて焼いたノルマンディー地方発祥の「ガトゥ・ノルマン」、タタン姉妹が間違えてタルト生地を上にのせてしまったという挿話でおなじみの「タルト・タタン」などはあまりにも有名です。

メイプルシロップ、レモンジュース、オレンジジュースでシェークした「ジャックラビット」、グレナデンシロップ、レモンジュースでシェークした「アップルジャック」など、カクテルの世界でも、その繊細で爽やかなアロマが好まれ使用されています。カルバドスにカマンベールチーズをつけ込んだ「カマンベール・ド・ノルマンディ」は、チーズ好きはもちろんワイン好きにも愛されている逸品です。

創業当時の技術者たち。
かつてのレリティエ・グヨ社 社屋。

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日本でのシェアが物語る高品質、信頼の証明

 ここ日本においてカルバドス、なかでもレリティエ・グヨ社のカルバドスは一般にも広く認知されたフルーツブランデーと言えます。製菓店のアトリエの棚に並んでいるのはもちろんのこと、バーカウンターのブランデーのコーナーを見れば、すぐにそれとわかるでしょう。
肩の張ったシャープなラインが特徴のボトルに濁りのない琥珀色の液体。白地のラベル、そしてそこには程良い大きさの真っ赤なリンゴのイラスト。"DEPUIS1845"の文字はその長い歴史と信頼され続けてきた品質の証と言えます。普段口にしているケーキやカクテルの香りづけに、カルバドスはそっとその真価を発揮しているのです。
また、料理の世界においてもその実力は高く評価され、豚肉をつけ込みソテーしたり、ラム肉を加え煮込んだりとフレンチを中心に独特の世界を作りあげています。
フランスが生んだ逸品のひとつ、今では不変の文化と言えるほどに昇華されたレリティエ・グヨの名酒カルバドス。先人の知恵と手間を惜しまずゆっくりと造り出されるこの丁寧なお酒が、現代に生きる私たちの心にほんのひとときの至福の時間を与えてくれるのも、素直に納得のいくことでしょう。
http://www.dover.co.jp/discovery/?vol=23

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2. ブラー

Calvados Boulard - Google 画像検索
https://www.google.co.jp/search?q=%EF%BC%A1%EF%BC%A4%EF%BC%B2%EF%BC%A9%EF%BC%A5%EF%BC%AE%E3%80%80%EF%BC%A3%EF%BC%A1%EF%BC%AD%EF%BC%B5%EF%BC%B4%E3%80%80&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=6BJTU6Vz0_rxBdnJgPAJ&ved=0CCkQsAQ&biw=1024&bih=924#q=Calvados+Boulard&tbm=isch


カルバドス ブラー(ブランデー)の通販・ネットショッピング - 価格.com
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【楽天市場】カルヴァドス ブラー の検索結果
http://search.rakuten.co.jp/search/mall/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%89%E3%82%B9+%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%BC+/-/?l-id=s_search&l2-id=shop_header_search&x=47


アップルブランデーの代名詞 「カルヴァドスブラー」
アップルブランデーは古くからフランス北部の各地で作られており、 なかでもカルヴァドス地方のものはその品質の高さからアップルブランデーの代表的存在になった。
『グランソラージュ』とは最良のりんごを生み出す“偉大なる土壌”という意味。

ブラーカルヴァトスは1825年の創業以来現在に至るまで、ブラー家によりその製法が厳然と守られています。
ブラー社はノルマンディーの中心であるペイ・ドージュの豊かな土に自社農園を所有する唯一のカルヴァドスメーカーで、そこで収穫される上質のりんごのみを使って原酒を造っています。
http://item.rakuten.co.jp/sakemitsui/bra-0123/


1)ブラー 1981 デキャンタ 700ml
43度 

ミレジメ(ヴィンテージ)品は、ラベル記載の年に収穫された良質なリンゴからつくった原酒を長期熟成させた希少な限定品。
香味は、新鮮なリンゴと熟した果実のアロマ。
長い余韻。
【BOULARD 1981 DECANTER】


最安値 14,430円 送料込
http://product.rakuten.co.jp/product/-/aaf6426ed6dd82c2085af3cffe20646f/?l2-id=sd_product_item
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価格 14,194円 (税込) 送料別
http://item.rakuten.co.jp/chagatapark/3248-454799/


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2) ブラー X.O. 【カルバドス】 700ml

最安値 4,811円 送料別
http://product.rakuten.co.jp/product/-/d8e66e272408f41d1cba404c8e7e6b05/?l2-id=sd_product_item


4,180円 (税込 4,514 円) 送料別
http://item.rakuten.co.jp/kawachi/502760/

ブラー XO はフランス・ノルマンディー地方カルヴァドス地域の中でも最上のリンゴ産地ペイ・ドージュ産のリンゴのみでつくられた最上級の120種類のリンゴを使用。

◆ 味わいの特徴
8〜40年熟成の原酒をブレンド。華やかなトップノート。熟したリンゴのフルーティな香りと熟成感との絶妙なバランス。絹のようになめらかな口当り。
ストレートまたはオンザロックでお楽しみ下さい。
http://www.suntory.co.jp/brandy/lineup/calvados/


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3) ブラー V.S.O.P. 【カルバドス】 700ml
4〜10年熟成の原酒をブレンド。フルーティな香りと軽やかなウッディの味わいが特徴。
トーストナッツやブリオッシュを想わせる飲み口です。


◆ おいしい飲み方
1.ブラートニック:ブラー V.S.O.P. 40ml、トニックウォーター 135ml、ライム又はレモンを搾り入れる。
2.ロック:ブラー V.S.O.P. 40ml、氷 適量。
http://www.suntory.co.jp/brandy/lineup/calvados/02.html

3,600円 (税込 3,888 円) 送料別
http://item.rakuten.co.jp/sakemitsui/bra-0123/


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4) ブラー グランソラージュ カルヴァドス 
40度 700ml

最安値 2,242円 送料別
http://product.rakuten.co.jp/product/-/acd5ee4bd53e61a2c0ac77500c0ec37d/?l2-id=sd_product_item
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価格 2,150円 (税込) 送料別
http://item.rakuten.co.jp/ricaoh/203093/


3〜5年熟成のフレッシュな原酒由来のリンゴを連想させるフルーティな香り。オーク樽での熟成香とのバランスの取れた味わい。
カクテルベースとしても頻繁に使われています。定番ジャックローズからコーヒーに入れて飲むホットカクテルまでいろいろなカクテルが楽しめるお酒です。

◆ おいしい飲み方
【ブラー トニック】
ブラー グランソラージュ 45ml 、トニックウォーター 135ml 、ライム又はレモンを搾り入れる。
http://www.suntory.co.jp/brandy/lineup/calvados/01.html


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5)ブラー ソラージュ 【カルバドス】 1000ml 40度

最安値 2,575円 送料別
http://product.rakuten.co.jp/product/-/60e300947e4c5ddc6877e59914ec41b1/?l2-id=sd_product_item

価格 2,360円 (税込 2,548 円) 送料別
http://item.rakuten.co.jp/sakemitsui/bra-0021/

価格 1,934円 (税込) 送料別
http://item.rakuten.co.jp/axas-co/alokh-3152900008178/?scid=af_pc_etc&sc2id=67889001

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6)ブラー カルヴァドス ポモー ド ノルマンディー 700ml 17度
正規品 Calvados Boulard Solage
価格 1,880円 (税込 2,030 円) 送料別
http://item.rakuten.co.jp/kawachi/3152900850708/


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3. デュポン カルヴァドス

DOMAINE DUPONT / ドメーヌ デュポン
http://www.calvados-dupont.com/

Calvados DUPONT - Google 画像検索
https://www.google.co.jp/search?q=%EF%BC%A1%EF%BC%A4%EF%BC%B2%EF%BC%A9%EF%BC%A5%EF%BC%AE%E3%80%80%EF%BC%A3%EF%BC%A1%EF%BC%AD%EF%BC%B5%EF%BC%B4%E3%80%80&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=6BJTU6Vz0_rxBdnJgPAJ&ved=0CCkQsAQ&biw=1024&bih=924#q=Calvados+DUPONT+&tbm=isch

【楽天市場】デュポン カルヴァドス の検索結果 -
http://search.rakuten.co.jp/search/mall/%E3%83%87%E3%83%A5%E3%83%9D%E3%83%B3+%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%89%E3%82%B9/-/p.1-s.1-sf.0-st.A-v.2

名門デュポン家のカルヴァドス
ペイドージュ地区に約27ヘクタール、6000本のりんごの樹を所有し、その収穫からボトリングまで、全てを「デュポン」ファミリーが管理しているまさに家族経営のブランドです(自家農地製品)。
特に1980年にエティエンヌ・デュポン氏が父から代を受け継いでからは、蒸留や熟成の技術革新に取り組み、見事に最高級品のカルヴァドスへと進化させました。
世界中の高級レストランやバー、ホテルが取り扱っており、フランス国内ではタイユヴァンやトゥールダルジャンを始めとしてミシュラン3つ星レストランの半数以上がオンリスト、イギリスでは高級百貨店として名高いハロッズやフォートナム&メイソンなども扱っています。
その生産量の少なさゆえに、特にヴィンテージ表記品はなかなか数多く出回らないこのデュポン・カルヴァドスですが、今回生産者のデュポン・ファミリーのご好意により、スタンダード品から同家秘蔵の希少なヴィンテージ品、ニューリリースのカスクストレングス、りんごがそのまま入った"キャプティブ"、そしてノルマンディー地方の名産ともいえるポムドノルマンディーまで、全部まとめてご紹介できることになりましたと輸入元から嬉しいコメントがありました。
その中でも特にお薦めは新商品の24年以上熟成、38年以上熟成、1977ヴィンテージです。
この3種類は何れもつい最近ラインナップに加えられたもので、ノンチルフィルターのカスクストレングスです。
まさに皆様の好奇心をくすぐる逸品ではないでしょうか。
デュポン・カルヴァドスは熟成には内側を焦がしたオーク樽を使用していますので、色も比較的濃く、異色の高級カルヴァドスです。、
http://maltnavi.com/cgi/list.cgi?ctg_id=dupon


デュポン CAPITE APPLE(リンゴ入りカルヴァドス) 40% 600ml
Domaine Dupont Calvados

A.O.C. Calvados du Pays d'Auge 40% 60cl
Pomme Captive=「捕えられたリンゴ」

春、小さなリンゴが現れるとカラフを木の枝に吊り下げます。
リンゴが熟してからカラフごと収穫し、70%の若いカルヴァドスで満たされます。
数週間後、リンゴは柔らかくなり、カルヴァドスを補充します。

穏やかな刺激、大きく芳しい強さのある香り。一貫してやや激しく、最初の味わいはやや青いリンゴ。


デュポン CAPITE APPLE(リンゴ入りカルヴァドス) 40% 600ml
9,970円(税込)

世界中のホテルや高級レストランから支持される
高品質な家族経営のカルヴァドス


製造元のデュポン家は、ペイ・ドージュ地区に27haのりんご園を所有し、収穫から瓶詰めまで一貫して家族があたっています。
もともと現オーナーのエティエンヌ・デュポン氏の祖父が、カルヴァドスを自家生産して、樽で販売。
そして1980年にエティエンヌが父から代を受け継いで、「デュポン」ブランドを正式に立ち上げました。
彼は、蒸留や熟成の技術革新に取り組み、見事に最高級品のカルヴァドスへと進化させました。

現在は、第3世代となるエティエンヌの息子、ジェロームと共に、日々徹底した品質管理を行なうと同時に、ユニークで斬新な新商品の開発にも力を注いでいます。
熟成には内側を焦がしたオーク樽を使用し、新樽への移し替えを頻繁に行なうことにより、熟成が進むにつれ色も比較的濃くなっています。

その生産量の少なさゆえに、特にヴィンテージ表記品はなかなか数多く出回らないこのデュポン・カルヴァドスですが、現在スタンダード品から同家秘蔵の希少なヴィンテージ品、人気のカスクストレングス、日本市場向け限定商品、りんごがそのまま入った“キャプティブ”、ジブレなどが購入可能となっています。

界中の高級レストランやホテルで取り扱われており、フランス国内ではタイユヴァンやトゥールダルジャンを始めとしてミシュラン3つ星レストランの半数以上がオンリスト、イギリスでは高級百貨店として名高いハロッズやフォートナム&メイソンで販売されています。

■ ビクトー・ポンフォルでの生産者 - エティエンヌ・デュポン
エティエンヌ・デュポンは、1980 年に父のルイと祖父のジュールのあとを継ぎこの領地の主となりました。
彼は、昔からある果樹園を改良するとともに、さらに10 ha にわたって小さな林檎のきを植えました。
金休で、27 ha の 土地に代表的な品種の林檎のき 6000 木植えられています。

彼は、コニャックへ行き、そので 2 回蒸留の技事を進めました。
エティエンヌ・デュポンは林檎の収穫からカルヴァドスの熟成まで、最高品質のものを造り出すことに全勢力を注ぎ込みました。
ある雑誌「エティエンヌ・デュポンはこの醸造所の未来そして新時代を象徴し、大きな役割を果たしている。」とコメントしています。

■ オジュ地区のカルヴァドス

オジュ地区は「カルヴァドス・ドヴ・ベイ・ドージュA.O.C.」という持別な名称を持っており、原産地を明記することが出来ます。この名称を得ることが出来たのは、蒸留酒の味を良くする2 回蒸留の地に、土地の均質性や林檎の性質のおかげです。オジュ地区のカルヴァドスガ上質と言われるのは、そのためです。
ドメーヌ・ファミリアッル・ルイ・デュポンの私有地はオジュ地区の中心部にあります。

■ オジュ地区の林檎

オジュ地区の代表的な品種として、サイ・マルタン、ビネ、ノエル・デ・シャン、メテ、ドヴ ・ノルマンディなどが挙げられます。
これらの林檎の持色は、甘さと古さのバランスがとれていることです。

良い香りの秘密は林檎の大きさにあります。林檎が小さければ小さいほど、香りは強くなるのです。
ここでは、林檎の香りを良くし、林檎そのもの無傷に保つためにあらゆることが施されています。

オジュ地区の地質は、泥灰土であり、泥灰質堆積岩でやせているので、樹木や果実は、大きくはなりません。
ここでは、果汁を多く残すために使われることのある窒素肥料を使用しません。

林檎傷がつかないように、手でもぎとっていきます。以前のように屋根裏部屋に貯蔵するとひっくり返して傷を付けてしまいます。
現在は「パロックス」と呼ばれる通気のための隙間がある木箱で貯蔵します。林檎は、その理想的な状態で3〜4週間寝かされます。
その間呼吸して水分が無くなり、そして熟すのです。それが林檎の香りが最も強く、果汁を絞るのに適した時なのです。

■ 圧搾

香りがするのは、果肉からではなく、皮からです。林檎を加工する程は、皮の中にある香りを最大限に抽出すためのものなのです。
一旦擦りおろされた林檎は、そのまま2時間置かれます。すると、皮がやわらかくなります良い香りがしてきます。

林檎を搾るのに、薄い仕切り薄の付いた圧搾機が使われます。2時間以上かけて、果汁は低圧力でゆっくりと絞られます。
圧搾された林檎の皮と果肉は、10分毎にかきまぜられます。
香りのすべてを果汁の中に集めるためにゆっくと10分に時間をかけて皮も果肉も林檎のすべての部分が絞られます。
圧搾が終る頃には、果汁は既にシードルのあの美しい琥珀色をしています。
香りが損なわれないように、シードルは、2 ケ月間、その澱とともに寝かされます。

■ 蒸留

ルイ・デュポンノ使用した鋼の蒸留機は柔軟かつ正確に蒸留ができる精巧な装置で蒸留酒は繊細で柔らかく光沢のある品質になります。

蒸留機に関して重要なことは、白鳥の首のような部分の直径と高さ、そしてもちろん火加減にあります。
香りの粒子やアルコールは大量の蒸留によってはじけ飛びますが。蒸気は火が強く白鳥の首が短ければ勢いがよくなります。

シードルは最初に、"petite eau" と 呼ばれるもの集めるために蒸留されます。
これはアルコール含有度が28% 〜 30%の薄い液で、未来のカルヴァドスの重要な 要素がすべて含まれています。

2 度目は"bonne chauffe" と呼ばれ最初に集めた液体を蒸留し、カルヴァドスにします。
最初に流れ出る液体は香りが強くぎ、最後のほうは、繊細さにかけアルコール度数も60% 〜 80%のカルヴァドスのみを残します。
この時の加熱は、香りの粒子を最大限に引き出すため勢いがよくなければなりません。

■ 熟成

大樽の選択は香りの複雑さや良い熟成の基本となります。
オーク材のものが好まれますが、どのオーク材でも良いというの味のするもの選びます。

まだ新しい大樽での熟成は、カルヴァドスに木のバニラ風味が移るのに10 分な期間(約3ケ月)が心要ですが本来の味、強さ、バランスを保つため、長過ぎてもいけません。
カルヴァドスは、より古い大樽で熟成と続けます。
木の気孔を通して空気と触れることでアルコール分が蒸発し、カルヴァドスはゆっくりと熟成します。

エティエンヌ・デュポンは通常行われるように水を加えず、カルヴァドスを空気に触れさせることで、自然にアルコール分蒸発するようにしています。
これは、カルヴァドスの輝きと香りを守るため3 年に渡って行われます。

植物のサイクルにおいては、果実というのは、樹木のあとに来ます。
ところが蒸留酒の熟成においては。逆です。熟成するにしたがって、果実の香りはオークの木や鉱物の香りに変わります。

蒸留機から出る時は無色の蒸留酒も琥珀色になります。
熟成に心要不可次な糖や植物精油、酸味などの増加により、次第に丸みをおび密度が増し完全なものになっていきます。

若いカルヴァドスは軽い食事の後に飲んだり、氷を入れて飲むと良いでしょう。
年代ものの場合は、手の込んだ料理とおいしいソインを味わった後でいただきたいものです。
その複雑な味わいと香りの巧妙さが高く評価されることでしょう。
http://www.osake.co.jp/item/dupont_capite_apple/

1) カルヴァドス・ヴィエイユ・レゼルヴ
最安値 7,408円 送料別
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ドメーヌ デュポン
土壌は粘土質。収穫は手摘み。熟成は400Lのバリック(25%新樽)を使用。
このカルヴァドスはフィルタレーションしていない。受注があったときに瓶詰めしている。やわらかいアタックに続いて非常に豊かな香りがする。青リンゴ、ゼラニウム、メントールの香り。わずかに苦味があり、はじめに青リンゴのフレイヴァーがする。余韻には植物的なフレイヴァーがする。粘着性が高い。
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4.アドリアンカミュ アドリアン 
ADRIEN CAMUT RESERVE D’ADRIAN

ADRIEN CAMUT 画像 - Google 検索
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【楽天市場】アドリアン・カミュ の検索結果
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35〜40年熟成ブレンド品

アドリアン・カミュは16世紀から自家蒸留している名門で、同社の製品は全て優秀酒をうむペイ・ドージュ規格品。
リンゴの収穫時のみ臨時の手伝いを頼むが、それ以外は全て家族が手作業で行っている。
蒸留はコニャックで使われているシャラント式蒸留器で2回連続して蒸留し、オーク樽で熟成。
アドリアンは35年〜40年熟成をブレンド。
http://smart.chagata.com/cathand/detail-183548.html


1)アドリアン・カミュ 12年 700ml 40度

アドリアン・カミュ ペイ・ドージュ 12年 700ml
価格 8,380円 (税込 9,050 円) 送料別
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アドリアン・カミュ 12年 700ml 40度 (Calvados Adrien Camut 12YO)
価格 7,554円 (税込 8,158 円) 送料別
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5. ニッカ アップルブランデー

ニッカブランデー|ブランデー|商品紹介|NIKKA WHISKY
http://www.nikka.com/products/whisky_brandy/brandy/nikkabrandy/

リンゴ ブランデー ニッカ(ブランデー)の通販・ネットショッピング - 価格.com
http://kakaku.com/search_results/%83%8A%83%93%83S+%83u%83%89%83%93%83f%81%5B+%83j%83b%83J/?category=0016%2C0034%2C0002&l=l&sort=priceb&nameonly=off&lid=ksearch%5Fsearchbutton&act=Input&n=30

【楽天市場】ニッカ ブランデー
http://search.rakuten.co.jp/search/mall/%E3%83%8B%E3%83%83%E3%82%AB%E3%80%80%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%BC/-/?l-id=s_search&l2-id=shop_header_search&x=36


ニッカが作っていた XO の白ボトルは、アップルブランデーでした。ただ、日本のリンゴは味はいいのですが香りがほとんどしないため、カルバドスとはまったく趣の違うお酒でした。
http://www.calvadoshof.com/Tunnel/aboutcalvados.html

1) ニッカ アップルブランデー弘前 500ml
アサヒビールから「ニッカアップルブランデー弘前」の通販です。

弘前市を中心に青森県において限定販売されました。
弘前市は言うまでもなく、りんごの一大生産地です。
その生産量は13万トン超、全国の生産量の約13%を占め、日本一を誇ります。
「ニッカアップルブランデー弘前」は弘前工場で蒸溜し、樽で長期熟成されたアップルブランデーです。
その味わいは、
「やわらかい口当たりとエレガントで甘いりんごの味わい、
フルーティーで華やかな香りが特長で、ほのかな酸味の漂う、甘く軽やかな余韻が心地よく持続」するというメーカーコメント。

実際に味わってみると、香りも非常によく、 甘み、酸味とてもしっかりと味わい濃く、口の中でじわーっと広がっていく味わいが心地よいです。
なかなかのうまさと思います。

アルコール度 40%
価格: 5,122円 (本体 4,743円、 税 379円)
http://www.sakaya1.com/smp/item/brn003.html

価格 4,743円 (税込 5,122 円) 送料別
http://item.rakuten.co.jp/seisensijyoutamai/blan-01/?scid=af_pc_etc&sc2id=1127630


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2)ニッカ ブランデー XO(陶器ボトル) デラックス 白 40度 660ml

最安値 4,514円 送料別
http://product.rakuten.co.jp/product/-/8403632f61e48770b0f532e60c05aec7/?l2-id=sd_product_item

3,919円 (税込 4,232 円) 送料別
http://item.rakuten.co.jp/liquorsbest/105202001/

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3)ニッカ ブランデー X・O 白 [660ml]

最安値 2,800円 送料別
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価格 2,648円 (税込 2,859 円) 送料別
http://item.rakuten.co.jp/sakeishikawa/jan-4904230201250/

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4)ニッカ・ブランデー「VSOP白」40度720ml

青森県産のりんごを使用。
国産ではニッカだけのりんごブランデーV.S.O.Pです。


最安値 2,149円 送料別
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価格 2,181円 (税込 2,355 円) 送料別
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ニッカ ブランデー V・S・O・P 白(ポム)
価格 2,160円 (税込 2,332 円) 送料別
http://item.rakuten.co.jp/syurui-2/2613/


因みに、死ぬ予定が無い時にはアルコールは止めておいた方がいいです:


酒を飲むとバカになる
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/723.html

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/794.html#c4

[リバイバル3] 酒を飲むとバカになる 中川隆
20. 中川隆[-5859] koaQ7Jey 2018年1月24日 12:08:40 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

カルヴァドス _ 一番香りの良いお酒
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/794.html#c4
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/723.html#c20
[リバイバル3] 中川隆 _ 医療・健康関係投稿リンク 中川隆
142. 中川隆[-5858] koaQ7Jey 2018年1月24日 12:09:16 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

カルヴァドス _ 一番香りの良いお酒
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/794.html#c4
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/454.html#c142
[リバイバル3] 無痛で安らかに1分で確実に死ねる『サルコー(Sarco)』と名付けられたマシンが完成した 中川隆
5. 中川隆[-5857] koaQ7Jey 2018年1月24日 12:33:43 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

【HTBニュース】”自殺目的で会った”男女で旭岳へ・・・男性不明 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=ab44Qaor8Bw

2018/01/03 HTB北海道テレビで放送されたニュース動画です。

ツイッターで知り合い冬山へ 男性と連絡取れず 北海道・大雪山系旭岳 (18-01-04 1200) - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=HYsuxbIk9mY

北海道大雪山系旭岳に1月2日に入山した20代とみられる男性が行方が分からなくなり、警察が4日朝から捜索を再開しています。

 行方不明になっているのは、20代とみられる男性で、おととい、10代の女性と一緒に旭岳に入山しました。

 2人はテントなどの装備を持たずに旭岳に1泊したとみられ、3日午前11時頃、1人で下山した女性が、旭岳ロープウェイの山麓駅にいた警察官に「一緒に山に入った男性が動かなくなった」と、助けを求めました。

 警察によりますと男性とは連絡が取れておらず、山岳救助隊が4日午前8時ごろから姿見駅から山頂にかけて捜索を再開しています。

 女性の話では、2人は本州の出身でツイッターを通じて知り合い、「自殺しようと山に入ったが死にきれなかった」と話しているということです。

 男性はまだ見つかっていません。

_____

SNSで自殺目的で会った男女が大雪山で遭難!女性のみ救出される 2018/1/4
https://koji.tech/?p=14918



上川の大雪山系旭岳でおととい山に入った20代とみられる男性1人が行方不明となりました。

3日昼前、大雪山系旭岳で下山してきた10代の女性が「一緒に山に入った男性が動かなくなった」と警察に救助を要請しました。行方不明になっていたのは道外出身の20代の男性とみられ、警察によりますと救助された女性は、男性とはSNSを通じて知り合い、「自殺目的で会った」などと話しているということです。2人は、冬山登山の装備はなくテントなども持っていませんでした。


<北海道>”自殺目的で会った”男女で旭岳へ 男性行方不明に(HTB北海道テレビ放送) - Yahoo!ニュース

上川の大雪山系旭岳でおととい山に入った20代とみられる男性1人が行方不明となりま - Yahoo!ニュース(HTB北海道テレビ放送)

ヒドイね
一緒に死んでやれよ
死ぬ約束は守れ


自殺目的で冬山登山とか迷惑にもほどがある。

史上最強の迷惑


下山した女死ぬ気全くないだろw
わろた

男女逆ならバッシングの嵐だろな


ぎりぎりまで追い込まれると
意志に反して強靭な生命力を発動してしまうタイプ


気が変わったで草


自殺目的で山に入って片方が動かなくなったから通報て何で?


「先に死なないで!」

自殺ひとつすら人様に迷惑かけるとか。


女は自分だけ意識がなくならないから怖くなったのか?


実際女性の自殺者って男と比較して多くないんだよね
メンヘラでいつも死にたいとか言ってても案外強く生きてたりする

これは完全犯罪狙いなのでは


てかこの女人、強すぎ


それ思った。
冬の大雪山から、碌な装備も持たず生還したんだから。

>>2日昼過ぎに10代の女性 と一緒に旭岳に入山

>>2人は旭岳で1泊し、3日午前11時頃、1人で下山 した女性

なんか遭難とか凍死にしてはサイクルが速すぎるな

真冬の大雪山最高峰だぞ
少しは想像力を働かせろよ
日本で最も寒さが過酷な場所


山岳救助隊が吹雪の中、捜索に行ったらしい
https://koji.tech/?p=14918
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/794.html#c5

[リバイバル3] 無痛で安らかに1分で確実に死ねる『サルコー(Sarco)』と名付けられたマシンが完成した 中川隆
6. 中川隆[-5856] koaQ7Jey 2018年1月24日 13:24:39 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

大雪山系旭岳で不明の男性死亡 SNSで知り合い自殺目的で山に入った 北海道・東川町 (18-01-04 1900) - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=UoWUBqpXBjg


670名無しさん@1周年2018/01/04(木) 14:26:21.64ID:f0Z5o83s0

発見された

旭岳で遭難の男性発見、死亡確認 SNSで知り合い自殺図る?
01/04 13:54

 【旭岳温泉】道警山岳救助隊は4日午前11時20分ごろ、上川管内東川町の大雪山系旭岳(2291メートル)の旭岳ロープウェイ姿見駅(1600メートル)から約1・5キロ地点で、心肺停止状態の男性を発見した。

男性はヘリで搬送されたが、死亡が確認された。旭川東署は2日に入山し、その後行方不明になっていた道外の20代の男性とみて身元や死因などを調べている。

683名無しさん@1周年2018/01/04(木) 14:34:22.86ID:6SIPxMAM0

昨日の昼前に下山だからおそらく
一晩寝て早朝に目を覚ましたら
男は起きてこなくて慌てて降りてきたんだろう

700名無しさん@1周年2018/01/04(木) 14:43:20.31ID:XsX7/gCW0

酒飲んでこれで二人で一緒に死ねるねと眠ったら
女は目が覚めて隣で男は動かなくなっててビビって逃げ戻ってきたってとこかな

870名無しさん@1周年2018/01/04(木) 16:56:09.84ID:T0zog3DR0>>874

冬山だと眠る様に死ねるらしいね


950名無しさん@1周年2018/01/04(木) 18:11:13.37ID:mRq8iOwH0

生き残ったら凍傷で耳、鼻、手足の指がなくなって最悪だけど
死ねたら苦しまずに死ねそうだわな


640名無しさん@1周年2018/01/04(木) 14:13:25.93ID:CdxaTp5h0

雪山でストロング一気飲み(⌒▽⌒)
即死寝る☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

724名無しさん@1周年2018/01/04(木) 14:56:06.64ID:N6gdssvM0

言わせてもらうけど雪山なんかいかなくても一晩外にいたら確実に死にます


725名無しさん@1周年2018/01/04(木) 14:57:16.46ID:6SIPxMAM0
>>724
だよな
道外の人だから道北の気候を知らないのだろう
平地ならみんなの処理も楽だったのに

728名無しさん@1周年2018/01/04(木) 14:58:46.25ID:BgJ+JS0y0
>>724
外で酒盛りしてりゃ楽しく死ねたのにな

588名無しさん@1周年2018/01/04(木) 13:53:53.11ID:8O+Apjt20

すすきので酒のんで、道路に寝るだけで良いのに。


621名無しさん@1周年2018/01/04(木) 14:05:17.68ID:RAazb2Zn0>>993

>>588だよなw
北海道ならわざわざ大雪登らずとも酒と薬飲んで軽装でその辺に寝れば死ねる。


594 名無しさん@1周年2018/01/04(木) 13:55:49.37ID:0H1z2aYK0
>>588
実際にそれやって中々死ねなくて結局警察に見つかって保護された奴いるけどな


593名無しさん@1周年2018/01/04(木) 13:55:11.95ID:BfExm4rS0

男が動かなくなったから怖くなったんやろね
死体になりかけの横で自分は全然死ぬ気配なかったとか


956名無しさん@1周年2018/01/04(木) 18:16:26.53ID:6hCkijMU0

死にたい女は死ぬ気ないって白石も言ってたけど本当なんだな


541名無しさん@1周年2018/01/04(木) 13:40:17.36ID:29sj1tkK0

まぁ女はメンヘラ構ってちゃんが多いから殺されない限り
死ぬのは男ばかりってのは納得だわ


634名無しさん@1周年2018/01/04(木) 14:10:57.21ID:H1jW/2qL0

男の「死にたい」は金がないだけ。
女の「死にたい」はかまって欲しいだけ。

579名無しさん@1周年2018/01/04(木) 13:51:30.85ID:29sj1tkK0>>592

まぁ途中でビビって男を見捨てて逃げてきたけど
後から警察にバレた方がヤバイと思って先に救助名目で通報したんだろうな
その辺のこズルい立ち回り見ても生きる気マンマンだわ


587名無しさん@1周年2018/01/04(木) 13:52:54.07ID:o5NCPsDi0>>615

女は飽きっぽいつーか移り気だよな
もう死にたい!から
寒いよ〜お腹空いたよ〜って変わり身早過ぎ


558名無しさん@1周年2018/01/04(木) 13:42:51.55ID:zDYvm3/v0

10代の女が本気で死にたがってると思う方がアホ


856名無しさん@1周年2018/01/04(木) 16:48:54.69ID:ioOR7vOi0

こういうネットで自殺したいから連絡する女の人って死にたいんじゃなく男の人に優しくされたい人が多い
座間も本気で死にたい人いなかったと証言しているし
自分もメールきて色々話してたら私が女とわかったらメールこなくなった


672名無しさん@1周年2018/01/04(木) 14:28:21.36ID:ZuxapnIa0

男「あっ、どうもよろしく(うわっ!顔がブサイクだなあ、こりゃ死にたくなるわ)」

女「はい、よろしく(あー、キモいな、こいつ明らかにモテない童貞だろ)」


女「さむっ、ムリ、下山しよっ」

女 「やっぱ寒みーから帰るわ」


女「え、うそ、やだ、こいつマジで死んでる・・・帰ろ」


女 「うわ…こいつマジで死にやがった。ヤッベに〜げよっ♪」

女「死にたいけど寒かったから下りてきた」


550名無しさん@1周年2018/01/04(木) 13:41:33.09ID:vDhN3/+h0

男「え?お前死ぬって言ってたじゃん」

女「言ったっけ?あ、そうそう思い出した」

男「は?お前さあ、ふざけんなよ!」

女「(無言で化粧直し始める)」

男「おい、お前さ、聞いてんの?」

女「ごめん、やっぱ降りる」

男「は!?え?お前!いい加減にしろよ」

女「だって」

男「だって、じゃねえよ!死ねよ!お前ちゃんと死ねよ!」

女「(スタスタと雪山を降りていく)」


977名無しさん@1周年2018/01/04(木) 18:34:45.56ID:UjXL5VGv0>>978

男もビュー!ュゴー!ていう闇夜のなか

○○子ー!死に場所もうすぐだぞー!!て叫んで
後ろ向いたら誰もいなかったらビビるわなw

978名無しさん@1周年2018/01/04(木) 18:35:49.68ID:XgVP5u3e0
>>977
んで自分の足下を見たら脚がなかったでござる
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/794.html#c6

[原発・フッ素49] 背骨・腰骨を圧迫骨折する人が増えている  魑魅魍魎男
3. 中川隆[-5855] koaQ7Jey 2018年1月24日 13:49:16 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
阿修羅の原発板と自然板には精神分裂病患者の投稿が多いので、真に受けない様に気を付けて下さい
http://www.asyura2.com/13/kanri21/msg/505.html

真実を知りたければ:


反原発派は知恵遅れ _ 原発再稼動で温室効果ガスが減少 再生可能エネルギーの限界
http://www.asyura2.com/16/genpatu47/msg/781.html

反原発運動は中国・朝鮮工作員が扇動していた
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/702.html

http://www.asyura2.com/17/genpatu49/msg/362.html#c3

[政治・選挙・NHK238] 日本は原発輸出も 世界で普及が進む再生可能エネルギー 金子勝の「天下の逆襲」(日刊ゲンダイ) 赤かぶ
3. 中川隆[-5854] koaQ7Jey 2018年1月24日 13:56:40 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2017年07月06日
欧州の自然エネルギー、全部うそだった?

欧州が言っている発電コストは、補助金をたっぷり受け取り、設備や送電費用は除外した数字
引用:http://www.newsweekjapan.jp/stories/assets_c/2017/07/reuters20170701120426-thumb-720xauto.jpg


自然エネルギーのミステリー

自然エネルギーのコストが大幅に下がったというニュースを頻繁に目にするが、内容を調べるとどれも信憑性が無く、確認できない話ばかりだった。

自然エネルギーのコストは非常に分かりにくく、従来エネルギーより大幅に安いとも高いとも言われている。

アメリカは1kw当たり太陽光11円、風力3.8円、原発8円から10円とされていたが、もっと安いという数字もあります。

アメリカでは太陽光が1キロワット当たり6.5円、風力が1.6円という数字もあり、原発はやはり8から10円になっている。

          

日本は石炭9.5円、天然ガス10円、太陽光32円、風力22円、原発10円とされていて(2015年頃)アメリカよりかなり高い。

欧州は洋上風力10円程度、陸上風力が7円程度、太陽光発電は10円程度と見られるが、日米のようにコストの明示をしていなかった。

欧州のこれらのコストも業者の「入札価格」に過ぎないので、実は発送電にかかったコストではない。


日本に比べて欧米の自然エネルギー発電コストは4分の1程度であり、日本は遅れているのは常識として言われている。

だがこれらの数字とは矛盾するニュースが当の欧州委員会から出され、今後大半の自然エネルギーが赤字になるという。

自然エネルギーへの補助金は段階的に廃止されるのが決まっているが、ニューズウィーク紙によると欧州の風力発電は発電収入の半分を補助金で得ている。


つまり風力発電コストが7円/1KWだとしても実際には14円かかっていて、政府が7円を補填している事になる。

太陽光もこの方式で、ドイツの太陽光は安いといっても半分は政府補助金を出している。

一方日本は固定買取制度で大手電力会社に買い取らせ、最終的に大手電力利用者に全額支払わせています。


「コスト」とは何か

日本と欧米では「コスト」そのものの定義が違い、日本の数分の1の発電コストと言っても、それは補助金で補填した後の数字です。

さらに自然エネルギーのコストには不自然な点があり、日本では発電した後の設備費用や送電費用を、全て大手電力に負担させています。

太陽光は発電したらそれで終わりだが、その送電費用は原発や火力発電に上乗せされています。


欧米も同じで太陽光や風力は発電したらそれで終わり、原子力や火力が自然エネルギーの送電費用を負担させられています。

「そのくらい良いじゃないか」と思うでしょうが、日本中のすべての送電設備を再建築するとGDPと同額くらいかかるとされています。

「そのくらい」では済まない話であり、太陽光や風力にも設備負担を上乗せしたら、コストは数倍違ってくるでしょう。


仮にドイツのすべての発電を太陽光と風力だけにしたら、もう送電費用を従来発電に転嫁できないので、本当の「コスト」が現われてきます。

アメリカの場合は風力発電コストが1.6円になったと言っていますが、これも業者の販売価格であって「コスト」ではない。

補助金をたっぷり支給して土地は無償提供、業者が負担するのは風車そのものの建設費だけの費用が「1.6円/kw」なのでした。


アメリカのメガソーラーは一つの都市ほどの巨大さですが、費用の大半を自治体や政府、従来発電が負担しています。

太陽光発電の事業者が負担しているのは、パネル代と設置費用だけだと言われています。

自然エネルギーの「本当のコスト」は原子力潜水艦の性能並みに秘密にされていて、まるで国家機密のように守られています。

少なくとも日本と欧米の「コスト」は、自分で言ってるほどは違わない筈です。
http://www.thutmosev.com/archives/71652182.html


想定超える電力揺らぎ発見
再生エネ、取引が影響
2018/1/9 01:02 ©一般社団法人共同通信社


 家庭や事業所に供給される電気の周波数は電力需給の変動に伴い、わずかに揺らぐ。その揺らぎが大きくなる確率が従来の想定を上回っていることを見つけたと、合原一幸東京大教授(数理工学)やドイツ・ドレスデン工科大などのチームが8日付の英学術誌ネイチャーエナジーに発表した。

 風力など再生可能エネルギーや電力取引が揺らぎをもたらすことも分かり、合原教授は「大きな揺らぎは電力供給の信頼性の低下につながりかねない。電力網を効率よく、安定して運用する上で、今回の結果は役立つ」と話している。

クリーンエネルギーと称しての風力発電がありますが、あれを間近で見たことがある人がどれ程居られますでしょうか?
あの、圧倒的な威圧感、不快な風切り音、そして、小さなことではありますが、渡り鳥の事故死なんてのもあります。

一番クリーンな様な気はしますが、あの巨大風車はあるべき姿だとは思え無いのですけどね・・・。

風力を利用するにしても、もっと他のやり方があるのではないかと。

そして、太陽光発電でありますが、以前にも書いたのですが、あれに使われている化学物質の処理には多額の費用がかかるのです。

耐用年数は約30年とのことですから、後25年ぐらいすると、とんでもない量の太陽光パネルのゴミが生み出されるのです。

それまでの間に処理技術は進むとは思うのですが、果たしてその費用は誰が払うのか・・・。

それと、メガソーラーの近くに行くと分かるのですが、周囲が反射熱でとんでもない事になっているのですよね・・・。

直射を受けている家なんて住みようがない位に加熱されて居たりしますし、本当にこれは温暖化を防止しているのか?と。
http://ssoubakan.com/blog-entry-2586.html

2017年12月31日
ソーラー利権 電気代の1割が太陽光補助金に使われていた

太陽光発電を増やすほど電気代は上がり、原発を稼動させないとCO2排出量も増える
引用:http://www.enecho.meti.go.jp/about/special/shared/img/pq0g-26imiecn.png


電気代の1割が太陽光補助金

日本では電気料金を政府が決めているので、全国どこに住んでいても大きな違いは無いことになっています。

多くの家庭の電気料金は1kWhあたり27円前後と思われますが、現在その1割が『再生可能エネルギー発電促進賦課金』(賦課金)に使われています。

賦課金を決めているのも政府で、2012年度0.22円/kWhだったが、2017年度は2.64円/kWhに増加しました。

これはそのまま太陽光など再生可能エネルギーの買い取りに使われていて、太陽光発電が増えるほど賦課金も増額されます。

賦課金が必要になったのは再生エネルギー特に太陽光電力の買い取り価格が異常に高いからで、最初42円でした。

太陽光買い取り価格は現在28円/kWhに下がり、将来は20円以下になると予想されているが、売電価格はほとんど変わらない。


なぜなら政府は契約時の買い取り価格を20年間変えないとしているからで、2012年に契約した事業者は2032年まで42円/kWhで買い取ります。

さらに政府は、太陽光発電の新規申し込みを制限する方針で、これ以上太陽光発電を増やしたくないと言っています。

再生可能エネルギーは4.7%で、内訳は4%近くを太陽光が占めているとみられます。


再生可能エネルギーをたった5%弱に増やしただけで、標準家庭で月に792円、年間9504円の電気代を余計に支払っています。

国全体では2017年に年間2.1兆円の賦課金を支払い、2030年には3.6兆円に増えると試算しています。(電力中央研究所)

しかも「太陽光や再生エネルギーでco2が削減され地球を保護している」は真っ赤な嘘で、CO2排出量は増えました。


原発事故が作った利権

CO2排出量が増えた理由は原発を停止しているからで、原発が発電していた分は太陽光ではなく、主にLNGで発電しています。

2011年に原発が停止するとLNG発電が倍増し、原発の発電量をすべて引き受けたので、新たにCO2を排出しています。

LNG発電を補うために石炭発電も増加したが、石炭はLNGよりもっと多くのCO2を排出します。


こういう状況なのに国民と政府は「太陽光発電が増えたから環境に良い」と喜んでいました。

電気代については原発の発電コストは事故処理や保証金、廃炉費用などすべて込みで10円/kWhと言われています。(諸説ある)

事故処理などの費用を含めないと原発の発電コストは推定5円から7円、天然ガス10円、石炭9.5円、太陽光28円などとなっています。


事故前は原発7円以下、天然ガス10円、石炭9.5円でほとんどの電力を発電していました。

これが事故後は天然ガス10円、石炭9.5円、太陽光42円から28円になり電気料金を多く支払う羽目になりました。

電力会社は発電した電気を家庭に送電し、予備電力も必要なので、さらに15円/kWh前後のコストがかかっています。


自由化で参入した小売電力は発電するだけで、予備電力や送電設備を負担せず、「安全コスト」を大手電力が負担しているだけです。

原発が停止しても停電しないのを見て「やっぱり原発は要らない。火力も廃止して100%太陽光発電にできる」と言っていた人が居ました。

本当に再生エネルギーだけにすると、電気料金は事故前の数倍に値上がりし、しかも再生エネルギーは発電量を調整できないので停電が多発します。


実際太陽光や風力への依存を高めたドイツやカリフォルニアでは、停電が多発して夏に冷蔵庫の中が腐る事態が多発しています。

しかも太陽光発電は建設や製造、保守管理、廃棄に多くの工業製品や人手を要するので、トータルで本当に「地球に優しい」のか疑問が持たれています。
http://www.thutmosev.com/archives/74293927.html

2017年07月02日
孫正義のメガソーラーのせいで、 家計負担が年間2兆円 

孫氏に乗せられて多くの自治体や企業がメガソーラーを建設した
引用:http://ironna.jp/file/a58fb78470410a4f64315b7cfa3d3761.jpg


孫正義が語らない成功談


孫氏がマスコミへの自慢話で決して語らないのが、2011年に熱心に推進していた太陽光やメガソーラーの事です。

孫氏は原発を廃止して全ての発電を太陽光にし、しかも東電を解体して無料で払い下げを受ける計画を進めていると、当時盛んに報道されていました。


孫正義は管直人と共謀し、東電をタダで払い下げる計画だったと、当時報道されていた
引用:https://i2.wp.com/moneypress.net/wp-content/uploads/2016/08/15c0f424.jpg?fit=823%2C553


太陽光で稼いだ金

2011年以前、ソフトバンクは電力事業に進出したがっていたが、業界の壁は厚く食い込む事が出来ずに居た。

そこへ降って沸いた『嬉しい話』が東日本大震災と福島原発事故で、日本中が東電を批判し倒産させろ、解体しろという声が高まった。

孫氏と当時の総理大臣管直人は非常に親密な関係で、孫氏の秘書が民主党員だったほか、頻繁に会合を重ね、孫正義入閣も検討されていた。


太陽光買取制度は孫氏が管首相にごり押しして実現させたのは周知の事実で、当時孫氏は「自分が実現させた」と大威張りだった。

その太陽光買取制度は総額7兆円、2017年だけで2兆円の赤字を出し、全額を電気料金として国民に負担させています。

ところがソフトバンク自体は1円も払わずに、太陽光発電買取制度で巨額の収入を受け取り続けています。


太陽光買い取りは最初42円だったが今後は20円以下になり、最初に契約した事業者は買取金額が20年間保証されます。

この42円という買取価格は発電コストの2倍という破格であり、発電事業としては世界で最も儲かる仕組みです。

しかも太陽光買取では送電や変電などの設備一切を東電など大手電力が負担し、売電企業は「発電するだけ」なのです。


孫氏は「日本の発電は全て太陽光になる」と法螺話を吹聴し、地方自治体や企業や個人に金を出させ、メガソーラーなどを推進させました。

はっきり言えば最も儲かったのはソフトバンクと孫正義だけであり、国民は孫氏の金儲けの為に7兆円を払わされました。

太陽光発電の赤字はソフトバンクの資産を没収して支払わせるべきではないのか。
http://www.thutmosev.com/archives/71605697.html


FIT 発電税の導入を! 2017-07-01


 さて、ザ・レントシーカー(政商)といえば、竹中平蔵氏でございますが、ザ・ショックドクトリンといえば、我が国では文句なしでFIT(再生可能エネルギー固定価格買取制度)でございます。


 FITは、文字通り東日本大震災、福島第一原発の事故という「ショック」を利用し、成立させられた再生可能エネルギー特別措置法に基づき始まりました。


 FITの問題点は、今更ですが、以下の通りです。

●一般の家計・企業の所得をメガソーラなどの事業者、投資家に貢ぐレント・シーキングの構造になっている

●外国企業、外国投資家にも、日本の家計・企業の賦課金として所得が移転されている

●制度開始時点の再生可能エネルギーの固定買取価格が、諸外国と比較して高かった(太陽光10Kw以上の単価は、当初は1Kwあたり42円(現在は21円)。

●一度、決定した価格は、最長20年間固定(途中で下げることはできない)

●固定買取価格が発電時点ではなく、認定時点で決まる(これはようやく是正されました)

●太陽光パネルを製造している日本企業にすら、ほとんど恩恵がない

●再生可能エネルギーにより発電された電気を、需要を無視して既設の送電網に送り込むため、電力サービス全体が不安定化する

●電力会社の送電網のキャパシティに不足が生じても、FIT事業者はインフラ増強の負担をしない

●再生可能エネルギーを拡大しても、現在の日本のエネルギー安全保障は強化されない(原発を動かせば済む話)

●風力と比べても不安定な太陽光に投資が集中する。電力会社は発電の不安定性をカバーするため、火力発電を待機させなければならない

 安定電源(原子力発電所)を止め、電力不足を不安定電源(FIT)で補おうという狂った政策のために、わたくし達の所得からメガソーラの事業者にチャリ〜ン、チャリ〜ンとおカネが移転していっています。


 FITは電力「不安定化」の政策であり、所得格差を拡大し、さらに一般の国民に「増税効果」があるデフレ化政策でもあります。


 醜い太陽光パネルが並べられることで、日本の美しい景観が破壊されていっています。


 しかも、需要と無関係に固定価格で長期間、買取を保証される。これほどまでに市場原理に反した政策を、わたくしは他に知りません。


 なぜ、常日頃は「市場!市場!」と言っている皆様は、わたくしのようにFITを批判しないのでしょうか。


 要するに、儲かれば何でもいいんでしょ。という話。

『負担は2兆円超へ 太陽光のいま
http://www3.nhk.or.jp/news/business_tokushu/2017_0629.html

 月々の電気料金の明細を詳しく見ていますか?
 「再エネ発電賦課金」という項目がいくらになっているか確かめてみてください。

 再生可能エネルギー(再エネ)の太陽光発電が増え、買い取り費用が膨らんでいることで、私たちの負担がいま急増しています

 その額、実に年間2兆円! それが、毎月の電気料金に上乗せされているのです。地球温暖化への対応のためにも太陽光発電に期待する人は多いと思いますが、あなたは普及のためにどれだけ負担できますか?(後略)』


 今更という感じですが、FITにより日本国民は、標準的な家庭の「再エネ発電賦課金」として約700円。年間で8000円を超す負担を強いられています。


 再エネ賦課金の総計も、ついに2兆円を突破しました。


 2兆円の所得が、一般国民や企業から、FITに投資する余裕がある投資家(外資含む)に支払われているわけです。対GDP比0.4%ですから、結構、半端ない額です。


 日本のエネルギー安全保障を弱体化させ、美しい田園を醜いパネルで埋め尽くし、所得格差拡大効果、デフレ化効果があるFITは、即座に廃止するべきです。


 もっとも、廃止したところで、すでに発電を始めている事業者からは、長期間(最長20年)、「固定価格」で電気を買い取り続けなければなりません。現在、FITの買取価格は太陽光発電で導入当初の半分にまで下がっていますが、これは「今から認定を受ける事業者」に対してであり、すでに発電を始めている事業者の買取価格は引き下げられません。


 というわけで、彼らから所得を国民が取り戻すためにも、FIT「発電税」が必要なのです。実際、スペインは電力会社の赤字をカバーするために、発電税(エネルギーサステナビリティ税)を導入し、既存の事業者の買取価格を(実質的に)引き下げています。


 FITを廃止するとともに、既存の事業者から所得を「取り戻す」ためにも、発電税の導入を一日本国民として強く望みます。
http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12288575244.html

http://www.asyura2.com/18/senkyo238/msg/799.html#c3

[政治・選挙・NHK238] 日本は原発輸出も 世界で普及が進む再生可能エネルギー 金子勝の「天下の逆襲」(日刊ゲンダイ) 赤かぶ
4. 中川隆[-5853] koaQ7Jey 2018年1月24日 13:59:58 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
風車騒音の健康影響  北海道大学大学院 工学研究院教授 松井利仁 2017年7月28日
https://www.chosyu-journal.jp/shakai/3979

 北海道石狩市では、石狩湾周辺に3000`h以上の風車四六基(総出力16・7万`h)が建設されようとしていることに、市民が粘り強い反対運動を起こしている。先日、本紙に石狩湾岸の風力発電を考える石狩市民の会のメンバーから大量の資料が送られてきた。そのなかで5月13日に開催したシンポジウムでの、北海道大学大学院工学研究院教授・松井利仁氏(工学博士)の講演「風車騒音による健康影響と石狩湾新港周辺三事業の影響評価」が地元で大きな反響を呼んでいることも記されていた。講演内容は専門家の見地から低周波音の人体への影響をとらえたもので、同じように風力発電と向き合っている下関市民にとって、もっとも知りたい内容を含んでいることから、松井氏に直接連絡をとり講演要旨を紹介することに快諾を得た。松井氏は北海道や札幌市の環境影響評価審議会委員も務めた。なお、最近下関市の安岡沖洋上風力発電を計画する前田建設工業が松井氏を訪ねて意見を求めており、「周辺人口が多すぎるので、この計画では健康影響が出る」と伝えたことを本人が明らかにしている。以下、その講演要旨を紹介する。


騒音で人が死んでいる


 風力発電がもたらす環境影響は、一つは自然破壊、漁業環境破壊、それと今からお話する人への影響、健康への影響、この二つが大きなものだ。
 まず札幌市を対象にした騒音、交通騒音の健康影響について見てみたい。札幌市で環境要因でもっとも人が死んでいるのは騒音だ。騒音で人が死ぬというメカニズムは風車騒音も共通している。この交通騒音の健康影響というのは世界的に、とくにヨーロッパでは常識になっている。6年前の2011年、フィンランドの研究所がおこなった研究で、フィンランド、ドイツ、ベルギーなど欧州六カ国で粒子状物質、交通騒音、ベンゼン、ダイオキシン、ホルムアルデヒドなどでどのぐらい健康損失が生じているかの推定値を明らかにした。100万人当たり1年間でどのぐらい損失しているかという数値で、ある人が1年早く死んだら1年損失である。明らかにトップは粒子状物質(6,000〜10,000)だ。これは日本でも全体的に見ればトップで、健康損失は年間3万人といわれている。ただし北海道はそれほど汚染されていない。


 二番目が実は交通騒音(500〜1,000)だ。粒子状物質とはひと桁違う。一方、最近豊洲で話が出てきたベンゼンは2〜4で、さらに桁がちがう。ホルムアルデヒドは0〜2。交通騒音は粒子状物質に次いで二番目に高いのだが、よくマスコミをにぎわすのはベンゼンとかダイオキシン、ホルムアルデヒド。実際には交通騒音はそれより三桁ぐらいリスクが高い環境要因である。


 従来、騒音は不快感を及ぼしたり生活妨害を起こす環境要因にすぎないと主張する人が多い。しかし現在WHOをはじめ騒音の健康影響を研究している者の常識は、「聴取妨害は不快感を及ぼすけれども、睡眠妨害はさまざまな身体的健康影響を及ぼしている」というものだ。


 WHOの資料だが、複数の地域で住民を対象に道路交通騒音と心筋梗塞の発症リスクとの関係を調査した。騒音が80デシベルで1・5倍になっている。つまりその地域に住んでいると、他の地域よりも1・5倍、心筋梗塞の患者が多い。増えた分の50%は騒音が心筋梗塞の発症につながっている。日本の騒音の環境基準は、三大死因の一つである心筋梗塞の患者が15%増加するところに設定されており、けっして住民の健康を保護していない。これが騒音の環境基準の現状だ。


 札幌市でこのWHOの計算方法をそのまま用いて試算した。毎年45,000人(札幌市の50人に1人)が道路交通騒音で軽度の睡眠障害を起こし、毎年150人が道路騒音で心疾患を発症し、そして毎年20人が道路騒音による心疾患で死亡することになる。これを札幌市の主要道路周辺に限って見てみると、道路交通騒音による生涯死亡リスク(死因)は100人に1人。これはとんでもなく高い数値で、たとえばベンゼンの環境基準は100,000人に1人の生涯死亡リスクを採用している。


 他の死因と比べてみた。札幌市の各種年間死亡率で見ると、道路騒音による心疾患で100,000人当たり毎年30人が亡くなっている(高い数値の場所)。もちろん一番多いのはがんで、100,000人当たり年間278人、脳血管疾患で71人だ。しかし不慮の事故23人、自殺22人、腎不全21人よりも騒音で亡くなっている人の方が多い。低周波音も同様に危ない。このことが余り知られていない。


低周波音とその発生源


 低周波音とはどういうものか? 環境省は100ヘルツ以下の音を低周波音と呼んでいる。超低周波音は20ヘルツ以下で、これは国際的に決められている。国によっては200ヘルツ以下を低周波音としているところもある。私もその方がいいと思う。苦情を見ているとその範囲の苦情がけっこうあるからだ。ところが国はどうしたかというと、これすら関係のないものにしてしまった。今年5月、環境省は「風力発電については、耳に聞こえない超低周波音(20ヘルツ以下)には健康影響との関連は見られないので、低周波音に注目して評価するのでなく、聞こえる騒音レベル(A特性)で評価せよ」という実に非科学的な内容の通達を出した。


 低周波音の発生源は、高架道路(橋が揺れると一種の大きなスピーカーになり、揺れる振動数によって低周波音が出る)、風力発電、室外機(ヒートポンプ、エコキュート)などさまざまなものがある。日本で最初に低周波音事件が起こったのは西名阪自動車道路という高架道路だった。


 西名阪自動車道路の問題がマスコミで話題になったのは昭和50年頃。「朝起きてみたら位牌の位置が動いていた」ということで話題になった。次に平成9年頃から家庭用ヒートポンプ(エコキュート)が普及しはじめた。寝室のすぐ横でエコキュートがずーっと回っていて寝られない。電気で回るエコキュートはまだましで、ガスで回る場合、50ヘルツの原付エンジンが寝ている部屋のすぐ横で夜中にずーっと回っているのと同じだ。


低周波音の物理的特徴


 低周波音は普通の騒音と違う特徴がある。
 まず、低周波音は遠くまで届く。4,000ヘルツの騒音は2`離れると音の大きさにして200分の1以下にボーンと下がる。これと比べ63ヘルツとか125ヘルツなどの音は、2`離れてもほとんど減衰しない。1`、2`離れたら影響は減るだろうというのは甘い考えで、人間の耳では差がわからないぐらいだ。遠くまで届いてしまうのが低周波音だ。


 低周波音がやっかいなのは建物に入ってきやすいことだ。高い音は窓を閉めれば音の大きさは落ちる。デンマークでの実測例だが、100ヘルツをこえるとある程度減衰するが、50ヘルツあたりだと窓を閉めても変わらないか、窓を閉めると室内のレベルが上がった。どうしてそうなるかというと、一番の理由は共鳴だ。日本の家屋の場合に起こっているのは、天井と床の間での共鳴だ。天井と床の間が2・5bぐらいで、床面と天井面でレベルが上がる。床に布団を敷いて寝るとレベルの高いところで寝ているということになる。床ではとても寝られないので、簡易ベッドをつくって枕を上げたら寝られるということも起こっている。


 低周波音でどんな影響が出るか。40年前の1977年、西名阪自動車道の周辺で低周波音の健康影響が出る事件があった。周辺住民が「頭痛・頭重」「不眠(睡眠障害)」「イライラ」「肩こり」「めまい」(多い順)という症状を訴えた。注目すべきはパーセンテージで、周辺20bまでのところに77人が住んでいたが、そのうち2人に1人が「頭痛・頭重」「眠れない」という症状を訴えた。また4人に1人が「めまい」を訴えた。これは健康影響以外のなにものでもない。「頭痛・頭重」「肩こり」「めまい」というのは音で生じる影響とは考えられない。そうではなくて内耳の前庭という所で空気の振動を検知することによる障害だ。これはいわゆる風車病と同じ症状だ。


 低周波音で風車病の症状が起こるというのは、日本では40年前に知られていた。海外よりも早かった。それなのにいまだに低周波音を否定する人がいるのが私にはわからない。とくに騒音専門家といわれている人たちがこれを知らない。


健康被害が起る仕組み


 人間の耳は、鼓膜があって中耳があって、蝸牛というところで音を分析して脳に伝える(図1)。そこには前庭という機関があって、頭の傾き、頭の振動を検知して体の平衡機能を保っている。音は鼓膜から入ってきて、まず前庭窓を刺激し、中のリンパ液を振動させて、一部は蝸牛に伝わって音として感じる。前庭窓から蝸牛の間に卵形嚢(のう)、球形嚢という二つの器官があり、ここが振動を感じる感覚器官だ(図2)。入ってきた振動はまずこの二つを振動させてから蝸牛に入る。卵形嚢・球形嚢は低周波音でしか反応しない。

 

 低周波音による「公害病」はいくつかに分類できる。一つは低周波音が聞こえることによって「小さい音」でも気になって眠れない環境性睡眠障害。中・高周波音では小さい音は気にならない。「小さな音」が気になるかどうかは個人差があり、騒音計で評価することは困難だ。もう一つは今紹介した前庭への刺激で、耳に聞こえる音としてではなく圧迫感・振動感を感じることによって眠れなくなるのと、振動によってめまい、頭痛、肩こりを起こしていわゆる風車病となる。「音が気になる」かどうかより、物理刺激との関係が強い。さらにもう一つ、上半規管裂隙症候群(SCDS)という障害を持っている方がいる。1998年に発見されたもので、有病率は1〜5%。その方は低周波音、とくに超低周波音の感受性が極めて高い。この三つが発症機序である。


 風車騒音と風車病・睡眠障害との因果関係について。風車病(風車症候群)と名前をつけたのはヨーロッパの研究者ニーナ・ピアポントだが、彼女が風車の近くに住んでいる人を調査して「転居したら治る」ということを調べた。それはきわめて強い因果関係を証明している。関連の可逆性という。2000年代のことだが、この時点で疫学関係者は風車病というのは低周波音で起こると確信していたはずだ。ところがいまだにそう思わない人がいる。耳鼻科ではもっと前から、音が前庭を刺激して「めまい」が起こるというのはチュリオ現象として教科書に書いてある。実はチュリオ現象は前庭器官の診断に使われている。


 もう一つ、低周波音による「環境性睡眠障害」については、すでに複数の疫学調査結果(環境省を含む)で風車騒音と「睡眠障害」との関係は明らかにされている。にもかかわらず環境省は「睡眠障害」という言葉を使わない。家庭用ヒートポンプ(エコキュート)による「睡眠障害」に関しては、2年前の2015年に、参照値以下のレベルでも睡眠障害が起こるということを消費者庁が認めている。低周波音で睡眠障害が起こることは明らかで、これを否定する人は科学者ではない。


環境省の対応と問題点


 環境省は実に非科学的なことをやっている。WHOは1999年に低周波音についての知見を出した。「A特性騒音レベルによる評価は不適切である」「低周波音が多く含まれる騒音に対しては、より低いガイドライン値が推奨される」「低周波音は低い音圧レベルでも休息や睡眠を妨害する可能性がある」ということをいっていた。


 低周波音について環境省は、寄せられた苦情に対して2004年に参照値という目安をつくった。参照値というのは、10人に1人が寝室で「気になるレベル」を調べたものだ。そして環境省は参照値を目標値にしないよう通達した。住民の1割に影響が出るような値では住民を保護できないからだ。また、参照値は室外機など定常的な低周波音を対象としており、風車の風切り音のような規則的な変動がある場合はもっと「気になる」からだ。ところが事業者は通達を意図的にねじ曲げて、「環境省は参照値を使うなといった」といって、もっと緩い「環境基準値」や「気になる―気にならない曲線」、5割の人に影響が出るような数値を目標値にした。これは倫理観のある人間の行為ではない。利益追求しか考えない事業者やコンサルタント会社による公害犯罪だと思う。


 先にのべたように環境省は今年5月、「風力発電から発生する騒音に関する指針」を出した。環境省が選んだ専門家は「風車騒音の影響は“聞こえる音”による生活妨害や不快感である」「“聞こえる音”なら騒音レベルで評価できる」「“聞こえる音”なら風車以外の騒音のある地域では基準値を緩めるべき」というものだ。なぜこういう論理を環境省が採用したのか、信じられない。これに対して選ばれなかった専門家、私だが、「環境省の研究でもすでに睡眠障害との因果関係が示されている。それを生活妨害とか不快感という言葉で矮小化するな」「WHOは20年前に騒音レベルでの評価を否定している」「前庭への影響は低周波音だけであり、人間は低周波音を聞き分けて“気になる”のだ」と反論している。


石狩の住民はどうなる


 石狩湾新港周辺に計画されている風力発電事業について、人体への健康影響を評価してみた。影響の評価方法は「圧迫感・振動感」に注目したもので、事業者が提出している準備書をもとに、H特性音圧レベルから圧迫感・振動感を優先的に感じる住民の症状発生率を算出した。「圧迫感・振動感」の優先知覚率は「気になる曲線」より控えめである。


 まず、石狩コミュニティウインドファーム(3,200`h×7基)だが、発症率1%以上のところに住宅地、住宅街がある。300人以上の周辺住民に健康リスクが生じる可能性がある。さらに風車は工業団地の真ん中にあるが、工業団地内では発症率は20%、30%、つまり3人に1人、場所によっては2人に1人が圧迫感・振動感を優先的に感じ、睡眠障害などの健康リスクが生じる可能性がある。仮に工業団地に1,000人働いていたとすると、30人ぐらいは圧迫感・振動感を感じ、その半数以上は就労困難になる可能性がある。


 次に銭函風力発電(3,400`h×10基)だが、工業地帯からは少し離れている。石狩市樽川地区、札幌市手稲区山口団地のあたりで0・5〜1%ぐらいの人に健康リスクが生じる可能性がある。計算すると300人以上に健康リスクが生じる可能性がある。全員が発症するとはいわないが、ゼロになることはありえない。


 そして一番問題の石狩湾新港洋上風力(4,000`h×26基、図3参照)だが、石狩市のほとんんどの住宅地と札幌市北区屯田、手稲区の大部分、小樽市銭函市街地で0・5〜1%をこえる住民に影響が出る(図3のだ円で囲った部分)。個人のリスクは小さくても人口が多いので、トータルとして約2,000人に健康被害の発症リスクがある。これだけ人口密集地の近くに大規模洋上風力発電がつくられるところは他にない。


低周波での科学の限界


 さて、水俣病の場合を考えてみたい。「経済成長にブレーキがかかるから」「原因は厳密に特定できない」という理由で水俣病は約10年間放置され、企業は有機水銀の垂れ流しを続けた。それをサポートしたのが科学者だ。彼らは「原因はまだはっきりわかっていない」ということをいい続けた。のちにそれは「非科学的」と裁判で否定されたが、残念ながら彼らはその後も何の痛みもない。それにマスコミも協力した。「中央の権威がこういっている」という報道をして国民を納得させた。熊本大が解明した「有機水銀説」は闇に葬られた。御用学者には鹿児島大学長というポストと研究費が与えられた。


 風車騒音被害の場合はどうなるか? 「パリ協定の目標を達成しようと思ったら再生可能エネルギーを増やさなければならない」といって、住民が睡眠障害や風車病を訴えているのに聞き入れない。そして水俣病の場合は個人の科学者が住民の健康被害を否定したが、低周波音の場合は日本騒音制御工学会という学会自体が否定している。原子力学会が原発の推進をやっているようなものだが、実際には原子力学会に加入している研究者で反対している学者もいる。ところが騒音制御工学会は低周波音について非科学的な発表を続けている。それはこの学会が環境省からの委託研究がないとやっていけないからだ。現状は半分以上が委託研究だ。なので私は去年、騒音制御工学会をやめた。


 世界的には騒音・低周波音の健康影響についてかなりわかってきている。欧州では2002年にEUが環境騒音指令を出し、2009年にはWHOが夜間騒音ガイドラインを定め、騒音対策が進められている。六月に国際会議があるが、心疾患だけでなく、脳血管疾患、糖尿病、がん、精神疾患など、睡眠障害に起因するさまざまな疾患との関係が医学的に明らかにされつつある。低周波音は欧州WHOが風車騒音のガイドラインを策定中である。


 しかし日本ではどうなっているか。国の法律は40年前の知識にもとづいたもので、国民の健康は保護されない。さらに地域差がある。騒音は地域指定されているところしか法律が適用されない環境基準だ。もし大気汚染で「ここの地域に住んでいる人には基準を適用しない」というようなことをいったら大騒ぎになるが、それをやっている。


 1999年と2009年のWHOガイドラインにある健康影響を無視している。
 また司法も、国の法律が定める基準値にもとづいて判断をおこなっている。私も裁判の証言にかかわってきたが、健康影響、睡眠障害をとり上げてくれる裁判官はいるが、最高裁までいくとWHOガイドラインすら科学的根拠なく否定している。裁判所はここまでできるのかと思う。


 騒音・低周波音の健康影響が無視され続ける理由は、地球環境問題と同じ構図だと思うが、資本主義の下で利益追求を目的としているからだ。騒音・低周波音で人が死ぬと思っていないので、健康保護より利益追求を第一にしている。被害者が訴えても他人事だ。また、騒音・低周波音はほとんどの事業に関連し、どんなアセスメントでも騒音が出てくるため、利益追求には厄介な環境要因になり、何とかなきものにしたいと考えている。そのために騒音専門家を起用する。一番の責任者は東京大学名誉教授の橘秀樹氏で、環境省の環境審議会騒音振動部会などで約20年間、環境行政を歪めてきた。


 最後に石狩湾岸の風力発電事業に対してだが、国はそもそも睡眠障害・風車病を認めておらず、そうしたなかで住民が因果関係を立証するのは困難だ。騒音・低周波音については法律で住民は保護されていない。そして事業者は「不特定多数の住民への加害」という、自分の家族にもいえない恥ずかしいことをやっている。私は、事業者はこの恥を理解できないが、その家族、出資者といわれる住民、マスコミは理解できるかもしれないと思っている。もう一つは騒音規制法による停止命令を自治体の長に出させることだ。風力発電は国が国策として進め、科学者がそれをサポートしているもので、水俣病と同じ構図なのだということを知ってもらいたい。
https://www.chosyu-journal.jp/shakai/3979

http://www.asyura2.com/18/senkyo238/msg/799.html#c4

[政治・選挙・NHK238] 日本は原発輸出も 世界で普及が進む再生可能エネルギー 金子勝の「天下の逆襲」(日刊ゲンダイ) 赤かぶ
5. 中川隆[-5852] koaQ7Jey 2018年1月24日 14:01:43 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

電力サービスとは、周波数を一定に保たなければ安定供給が保てない、極めてナイーブなサービスです。周波数を一定に保つためには、電力の需要と供給をバランスさせなければなりません。電力サービスの場合は、供給が需要よりも大きければ、という「大は小を兼ねる」の考え方は通用しないのです。
発電部門が切り離されると、送電部門は自らの意志で供給をコントロールすることが不可能になり、日本の電力サービスの不安定化は免れないでしょう(特に、落雷や震災など非常事態発生時に)。

そもそも、発送電分離や電力小売り自由化など「電力自由化」を過去にやった国で、電気料金が値下がりした国などありません。これは、電力自由化を主導した経済産業省自身が認めている事実です。

なぜ、「自由競争」の原理を導入したにも関わらず、電気料金が下がらないのか。

理由は、電気料金のほとんどは「エネルギー価格」によって左右されてしまうためです。電力を自由化しようがしまいが、原油、LNG、石炭といったエネルギー価格が上昇すれば、電気料金は値上がりします。逆に、エネルギー価格が下がれば、電気料金も落ち着きます。

ただ、それだけの話です。日本が電気料金を引き下げたいのであれば、とりあえず原発を再稼働し、外国からのエネルギー依存を引き下げなければなりません。

今回の愚劣な発送電分離が、なぜ推進されるのか。表向きは「電気料金を引き下げるため」などと言っていますが、実際には違います。単に、発電部門を「ビジネス」と化し、新規に事業に参入したい投資家、企業がいるだけの話です。単に一部の企業のビジネスの話であり、そこに「公」の考え方はありません。

しかも、昨日のチャンネル桜の番組で、
「せめて、外国資本の規制を入れて欲しい」
と、希望を述べましたが、実際には最終的に成立する法律には「外資規制」は入らないでしょう。法律案を読みましたが、やはり入っていません。

一応、外国資本の発電事業への投資は、外為法で「審査付届出制」の適用を受けます。とはいえ、過去に日本では風力や太陽光などの発電事業に対し、相当数の外資の届け出が行われたのですが、例外的な1件を除き、全て審査をクリアしました。というわけで、メガソーラーの分野でアメリカ資本(GSなど)、中国資本、韓国資本、ドイツ資本などが参入し、我々から再エネ賦課金を徴収していく「外国資本のレント・シーキング」が実現してしまったのです。

発送電分離も、このままでは同じ話になるでしょう。何しろ、電気事業法改正案に外国企業やその子会社が発電事業者になることを禁止、ないし制限する規定はないのです。さらに、外国企業による土地取得も事実上、規制されていないため、我が国の発電部門が「外資の草刈り場」となることを防ぐ仕組みは存在しません。

総理は6月16日の規制改革会議で、
「規制改革に終わりはないという精神で取り組んでいきたいと思います」
と、発言しました。
という事は、我が国の発電事業が全て外国資本になっても、規制改革は終わらないということになります。

日本を壊す気なのでしょうか?

分かりませんが、とりあえず上記の事態を食い止めることができるのは、法律を審議する「国会議員」しかいません。というわけで、わたくしは現在、農協改革という「亡国の法」の真実を暴露する本を書いており、刊行直後に全国会議員に送付(わたくしのコストで)する予定になっています。

とりあえず、日本国民や国会議員が発送電分離や農協改革といった「亡国の法」について正しく知らなければ、事態は改善しようがありません。皆様も、どうかご支援くださいませ。
https://38news.jp/archives/05791

http://www.asyura2.com/18/senkyo238/msg/799.html#c5

[番外地6] 米ネオコンとは? 中川隆
61. 中川隆[-5852] koaQ7Jey 2018年1月24日 14:30:50 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
2018.01.24
自由と民主主義を破壊し続けるアメリカが中東に執着する理由(その2:シリアのクーデター)


ジョン・F・ケネディ大統領(1961年〜63年)の甥、ロバート・F・ケネディ司法長官(1961年〜64年)の息子にあたるロバート・F・ケネディ・ジュニアはアメリカがシリアの体制転覆を目論む理由としてパイプライン建設の問題があると指摘している。民主的に選ばれたシリアの初代大統領シュルクリ・アル・クワトリは1949年3月、サウジアラビアの石油をシリア経由で運ぶトランス-アラビアン・パイプラインの建設に反対する。この建設計画の背後にはロックフェラーの利権が存在していた。

そこでアメリカはアル・クワトリの排除を決断、CIAがクーデター計画を始動させ、その月の29日にはフッスニ・アル・ザイムの独裁体制ができあがるが、パイプライン建設を承認する前、1949年8月にこの体制は倒された。再び民主的な政権が誕生するのは1955年のこと。この時もアル・クワトリが大統領に選ばれた。

それに対し、CIAは新たなクーデター計画を作成、1957年4月に指揮官としてカーミット・ルーズベルトとロッキー・ストーンがダマスカスへ入る。この際、ストーンはシリアの軍人や政治家を買収するために300万ドル持ち込んだという。クーデターにはムスリム同胞団が協力した。

ところが買収工作は失敗、シリア軍はアメリカ大使館を襲ってストーンを拘束、テレビを通じてイランでのクーデターやシリアでのクーデター計画について「告白」させられている。ドワイト・アイゼンハワー政権はストーンの話を拷問による虚偽の告白だと主張したが、後に事実だということが判明している。その後、シリアでは親米派の政治家がパージされ、クーデターに加担した軍人は処刑された。

1958年にはエジプトとアラブ連合共和国を結成するが、61年に分離。混乱を経て1970年に無血クーデターでハーフィズ・アル-アサドが実権を握り、71年3月に行われた国民投票でアル-アサドの大統領就任が承認された。この政権は宗派や民族の宥和を図り、体制は安定する。その息子がバシャール・アル-アサド。現在、シリアの大統領は選挙で選ばれている。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201801240000/



自由と民主主義を破壊し続けるアメリカが中東に執着する理由(その3:イランのクーデター)


シリアでCIAがクーデターを目論む4年前、1953年にカーミット・ルーズベルトとロッキー・ストーンはイランでクーデターを成功させている。同じことをシリアでも行おうとしたわけだ。

イランはイギリスにとって重要な植民地で、ここでの略奪は国を支える重要な柱だった。そのイランで民主化が進み、イギリスの重要な利権だったAIOC(アングロ・イラニアン石油)の国有化をイラン議会は1951年に決定する。

それに対し、イギリスではアン・キャサリーン・スウィンフォード・ランプトンという学者が1951年3月22日付けのタイムズ紙に匿名で、AIOC国有化はイラン国内で高まっている緊張を外に向けるために行われたとする記事を書いた。(Stephen Dorril, “MI6”, Fourth Estate, 2000)

そうした圧力もあってムハマド・モサデク首相は7月16日に辞任、アーマド・カバム・サルタネーが後任になる。これは国民の意思に反することだったことから5日間で色を辞することになる。21日にはモサデクが再び首相に選ばれた。

当時、ソ連は中東を中立地帯にし、アラブ人に統治させようと提案していたが、これをアメリカやイギリスは拒否する。自分たちの利権を手放すことになるからだ。

それに対し、イギリスはクーデターを計画、秘密工作を始める。その責任者としてランプトンが推薦した人物はオックスフォード大学で講師をしていたラビン・ゼーナー。1943年から47年までテヘランのイギリス大使館で広報の仕事をしていた。イギリスの対外情報機関MI6はブート作戦を作成、都市部の組織や南部の族長たちを使ってテヘランを支配下におこうとした。

その一方、イギリスは単独でクーデターを成功させることが難しいと考え、アメリカに接触する。イランの利権が欲しいアメリカは協力することを決める。米英両国がモサデクの後継者と考えた人物はファジオラー・ザヘディ将軍。第2次世界大戦中、ナチスとの協力関係が問題になり、イギリスによって拘束された経歴の持ち主である。(Richard J. Aldrich,"The Hidden Hand," John Murray, 2001)

計画が動き始めるとモサデク派と見られていた主要な将校が誘拐され、殺害され、7月19日にになると、カーミット・ルーズベルトが「ジェームズ・ロックリッジ」の名前でイラクからイランへ入り、山間部の隠れ家から作戦を指揮することになった。

アメリカでイランでの秘密工作を主導したのはジョン・フォスター・ダレス国務長官とアレン・ダレスCIA長官の兄弟。ふたりともウォール街の大物弁護士だった。

1953年3月にアレンはNSC(国家安全保障会議)で革命の危機を訴え、それを阻止しないと全世界で算出されている石油の60パーセントをコミュニストに握られると主張したのだが、出席者の約半数はクーデター計画に反対する。アイゼンハワー大統領もモサデクの政策に反対していなかったようだ(David Talbot, “The Devil’s Chessboard,” HarperCollins, 2015)が、ダレス兄弟の意思は固く、3月中にアイゼンハワー大統領は計画を承認、5月中旬にアレン・ダレスは部下をキプロスに派遣して現地のMI6要員と情報交換させている。

ダレス兄弟にはモサデクを排除しなければならない事情があった。ふたりはサリバン・アンド・クロムウェルという法律事務所の共同経営者だが、この法律事務所の顧客リストにはAIOCも含まれていたのである。アメリカという国ではなく、法律事務所の利益のためにクーデターを成功させる必要があった。

6月25日にモサデク政権を転覆させる準備の許可を弟のアレン、そしてカーミット・ルーズベルトに出している。モサデクを倒す目的で「エイジャクス(アイアース:トロイ戦争の英雄)作戦」が練り上げられたのはこの頃である。(Richard J. Aldrich,"The Hidden Hand," John Murray, 2001)

このクーデターはきわどいところで成功、米英の傀儡だったムハマド・レザー・パーレビを国王とする独裁体制を復活させることができた。1954年にAIOCは社名をBPに変更している。このパーレビ体制は1979年にイスラム革命で崩壊するまで続く。

このイランをアメリカはイスラエルやサウジアラビアと共同で属国化、略奪の場にしようとしている。2011年にシリアへ侵略部隊を送り込んだ勢力の中にはこの3カ国以外に、サイクス-ピコ協定(オスマン帝国の領土分割などを定めた秘密協定)の中心だったイギリスとフランス、オスマン帝国の復活を夢見たトルコ、天然ガスのパイプライン建設をシリアに拒否されたカタールなどが含まれる。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201801240001/
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/751.html#c61

[昼休み52] 意図的な世論誘導報道で悪魔呼ばわりされているシリア アサド大統領 富山誠
42. 中川隆[-5851] koaQ7Jey 2018年1月24日 14:35:02 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2018.01.23
自由と民主主義を破壊し続けるアメリカが中東に執着する理由(その1:ウォール街の利権)

日本にはアメリカを「自由と民主主義の旗手」と呼ぶ人もいるが、そのアメリカを支配してきた人々は民主的に選ばれた政権を軍事力、あるいは破壊活動で破壊してきた。つまり「自由と民主主義の破壊者」がその実態であり、彼らのターゲットのひとつがシリアにほかならない。アメリカによる侵略、破壊、略奪は大統領の個人的な資質によるのでなく、構造的な問題なのである。大統領を交代させても問題は解決しない。公的な情報の全面公開、巨大企業や富豪から特権を剥奪し、資本の移動を制限、オフショア市場を禁止するなど民主的な「レジーム・チェンジ」が必要なのだ。

シリアに限らず、欧米諸国は世界規模で植民地化を進めていた。言うまでもなく植民地は露骨な略奪の仕組みであり、その仕組みがなければ欧米の資本主義体制は維持できなかった。当然、植民地では人々の意思が暴力的に封印され、富は奪われていく。

植民地化は戦争から始まる。そこで、アメリカ海兵隊の伝説的な軍人、スメドリー・バトラー少将は戦争を不正なカネ儲けの手段だと言ったわけだ。有り体に言うなら、押し込み強盗だ。

しかし、アメリカでは1932年の大統領選挙でこうしたカネ儲けに反対する人物が当選してしまう。ニューディール派のフランクリン・ルーズベルトだ。そこでウォール街の住人たちはニューディール派を排除するためにクーデターを計画する。この計画を議会で明らかにしたのがバトラー少将。クーデターを成功させるためにはバトラーを抱き込む必要があったのだが、その工作に失敗したということだ。バトラーはクーデター派の中心はJPモルガンだとしている。

接触してきたクーデター派に対し、バトラーはカウンター・クーデターで対抗すると警告、またバトラーの話を聞いて取材したポール・フレンチは議会によると、クーデター派は「コミュニズムから国家を守るため、ファシスト政府が必要だ」と答えたという。

JPモルガンは関東大震災以降、日本の政治経済に大きな影響力を持った巨大金融機関。そのJPモルガンの総帥と結婚した相手のいとこ、ジョセフ・グルーをハーバート・フーバー大統領はアメリカ大使として日本へ送り込んだ。その前年に日本軍の奉天独立守備隊に所属する河本末守中尉らが南満州鉄道の線路を爆破、いわゆる「満州事変」を引き起こし、1932年には「満州国」の樹立を宣言している。

当然のことながら、植民地やファシズムに反対する姿勢を見せていたルーズベルト政権が日本の中国侵略に対して厳しい姿勢で臨むことになる。日本はアメリカの情勢変化に対応できなかった。日本の支配層はウォール街の傀儡だからだ。

植民地やファシズムに反対していたルーズベルトはドイツが降伏する前の月、1945年4月に急死、第2次世界大戦が終わると欧米諸国は植民地の継続支配と目論むのだが、それに異を唱える人物がアメリカの上院に現れた。1957年7月にジョン・F・ケネディ上院議員がアラブ世界の自己統治とアラブ諸国に対する帝国主義的な介入の終焉を訴えたのだ。

ケネディは1961年に大統領となり、軍や情報機関の好戦派が目論んだソ連に対する先制核攻撃を阻止、63年6月にはアメリカン大学の学位授与式(卒業式)でソ連との平和共存を訴える「平和の戦略」を宣言する。

テキサス大学のジェームズ・ガルブレイス教授によると、1960年10月から62年9月までJCS議長を務めたリーマン・レムニッツァーやSAC司令官だったカーティス・ルメイを含む好戦派は1963年の終わりに奇襲攻撃を実行する予定だったという。その頃になればアメリカはICBMを配備でき、しかもソ連は配備が間に合わないと見ていたのだ。そのために偽旗作戦のノースウッズも作成されたが、この目論見の前にもケネディ大統領が立ちはだかった。そのケネディは1963年11月22日にテキサス州ダラスで暗殺される。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201801230001/

2018.01.24
自由と民主主義を破壊し続けるアメリカが中東に執着する理由(その2:シリアのクーデター)

ジョン・F・ケネディ大統領(1961年〜63年)の甥、ロバート・F・ケネディ司法長官(1961年〜64年)の息子にあたるロバート・F・ケネディ・ジュニアはアメリカがシリアの体制転覆を目論む理由としてパイプライン建設の問題があると指摘している。民主的に選ばれたシリアの初代大統領シュルクリ・アル・クワトリは1949年3月、サウジアラビアの石油をシリア経由で運ぶトランス-アラビアン・パイプラインの建設に反対する。この建設計画の背後にはロックフェラーの利権が存在していた。

そこでアメリカはアル・クワトリの排除を決断、CIAがクーデター計画を始動させ、その月の29日にはフッスニ・アル・ザイムの独裁体制ができあがるが、パイプライン建設を承認する前、1949年8月にこの体制は倒された。再び民主的な政権が誕生するのは1955年のこと。この時もアル・クワトリが大統領に選ばれた。

それに対し、CIAは新たなクーデター計画を作成、1957年4月に指揮官としてカーミット・ルーズベルトとロッキー・ストーンがダマスカスへ入る。この際、ストーンはシリアの軍人や政治家を買収するために300万ドル持ち込んだという。クーデターにはムスリム同胞団が協力した。

ところが買収工作は失敗、シリア軍はアメリカ大使館を襲ってストーンを拘束、テレビを通じてイランでのクーデターやシリアでのクーデター計画について「告白」させられている。ドワイト・アイゼンハワー政権はストーンの話を拷問による虚偽の告白だと主張したが、後に事実だということが判明している。その後、シリアでは親米派の政治家がパージされ、クーデターに加担した軍人は処刑された。

1958年にはエジプトとアラブ連合共和国を結成するが、61年に分離。混乱を経て1970年に無血クーデターでハーフィズ・アル-アサドが実権を握り、71年3月に行われた国民投票でアル-アサドの大統領就任が承認された。この政権は宗派や民族の宥和を図り、体制は安定する。その息子がバシャール・アル-アサド。現在、シリアの大統領は選挙で選ばれている。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201801240000/

自由と民主主義を破壊し続けるアメリカが中東に執着する理由(その3:イランのクーデター)


シリアでCIAがクーデターを目論む4年前、1953年にカーミット・ルーズベルトとロッキー・ストーンはイランでクーデターを成功させている。同じことをシリアでも行おうとしたわけだ。

イランはイギリスにとって重要な植民地で、ここでの略奪は国を支える重要な柱だった。そのイランで民主化が進み、イギリスの重要な利権だったAIOC(アングロ・イラニアン石油)の国有化をイラン議会は1951年に決定する。

それに対し、イギリスではアン・キャサリーン・スウィンフォード・ランプトンという学者が1951年3月22日付けのタイムズ紙に匿名で、AIOC国有化はイラン国内で高まっている緊張を外に向けるために行われたとする記事を書いた。(Stephen Dorril, “MI6”, Fourth Estate, 2000)

そうした圧力もあってムハマド・モサデク首相は7月16日に辞任、アーマド・カバム・サルタネーが後任になる。これは国民の意思に反することだったことから5日間で色を辞することになる。21日にはモサデクが再び首相に選ばれた。

当時、ソ連は中東を中立地帯にし、アラブ人に統治させようと提案していたが、これをアメリカやイギリスは拒否する。自分たちの利権を手放すことになるからだ。

それに対し、イギリスはクーデターを計画、秘密工作を始める。その責任者としてランプトンが推薦した人物はオックスフォード大学で講師をしていたラビン・ゼーナー。1943年から47年までテヘランのイギリス大使館で広報の仕事をしていた。イギリスの対外情報機関MI6はブート作戦を作成、都市部の組織や南部の族長たちを使ってテヘランを支配下におこうとした。

その一方、イギリスは単独でクーデターを成功させることが難しいと考え、アメリカに接触する。イランの利権が欲しいアメリカは協力することを決める。米英両国がモサデクの後継者と考えた人物はファジオラー・ザヘディ将軍。第2次世界大戦中、ナチスとの協力関係が問題になり、イギリスによって拘束された経歴の持ち主である。(Richard J. Aldrich,"The Hidden Hand," John Murray, 2001)

計画が動き始めるとモサデク派と見られていた主要な将校が誘拐され、殺害され、7月19日にになると、カーミット・ルーズベルトが「ジェームズ・ロックリッジ」の名前でイラクからイランへ入り、山間部の隠れ家から作戦を指揮することになった。

アメリカでイランでの秘密工作を主導したのはジョン・フォスター・ダレス国務長官とアレン・ダレスCIA長官の兄弟。ふたりともウォール街の大物弁護士だった。

1953年3月にアレンはNSC(国家安全保障会議)で革命の危機を訴え、それを阻止しないと全世界で算出されている石油の60パーセントをコミュニストに握られると主張したのだが、出席者の約半数はクーデター計画に反対する。アイゼンハワー大統領もモサデクの政策に反対していなかったようだ(David Talbot, “The Devil’s Chessboard,” HarperCollins, 2015)が、ダレス兄弟の意思は固く、3月中にアイゼンハワー大統領は計画を承認、5月中旬にアレン・ダレスは部下をキプロスに派遣して現地のMI6要員と情報交換させている。

ダレス兄弟にはモサデクを排除しなければならない事情があった。ふたりはサリバン・アンド・クロムウェルという法律事務所の共同経営者だが、この法律事務所の顧客リストにはAIOCも含まれていたのである。アメリカという国ではなく、法律事務所の利益のためにクーデターを成功させる必要があった。

6月25日にモサデク政権を転覆させる準備の許可を弟のアレン、そしてカーミット・ルーズベルトに出している。モサデクを倒す目的で「エイジャクス(アイアース:トロイ戦争の英雄)作戦」が練り上げられたのはこの頃である。(Richard J. Aldrich,"The Hidden Hand," John Murray, 2001)

このクーデターはきわどいところで成功、米英の傀儡だったムハマド・レザー・パーレビを国王とする独裁体制を復活させることができた。1954年にAIOCは社名をBPに変更している。このパーレビ体制は1979年にイスラム革命で崩壊するまで続く。

このイランをアメリカはイスラエルやサウジアラビアと共同で属国化、略奪の場にしようとしている。2011年にシリアへ侵略部隊を送り込んだ勢力の中にはこの3カ国以外に、サイクス-ピコ協定(オスマン帝国の領土分割などを定めた秘密協定)の中心だったイギリスとフランス、オスマン帝国の復活を夢見たトルコ、天然ガスのパイプライン建設をシリアに拒否されたカタールなどが含まれる。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201801240001/

http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/816.html#c42

[番外地6] ヒラリー・クリントンの正体 中川隆
88. 中川隆[-5850] koaQ7Jey 2018年1月24日 14:37:40 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2018.01.24
ロシアゲートが作り話だということをFBI幹部が認めている電子メールを米下院司法委員会が入手


2016年のアメリカ大統領選にロシア政府が介入したと同国の民主党や有力メディアは主張してきた。いわゆるロシアゲートだ。その疑惑を調査するとして司法省はロバート・ムラー元FBI長官を特別検察官に任命した。2017年5月17日のことである。

しかし、そうした疑惑が事実ならその証拠を電子情報機関のNSAが持っているはずで、特別検察官を任命するまでもない。FBIはNSAにそのデータを提出するように求めれば良いだけのこと。それができないということはこの疑惑がインチだということを示している。

ムラーのチームに所属していた​ピーター・ストルゾクは同僚のリサ・ペイジと電子メールの遣り取りをしているが、その中でストルゾクは自分自身がドナルド・トランプを嫌っていることを明らかにしている​。2016年8月6日にペイジは「反乱」を促していた。

このふたりがやりとりしていた電子メールのうち、2016年12月14日から17年5月17日までの期間のものが行方不明になっていた。勿論、行方不明になったというストルゾクとペイジの電子メールもNSAはそのコピーを保有している。

ここにきて話題になっているのは​2017年5月19日付けの通信文​。ストルゾクはペイジに対し、ふたりには勝ち目がないと書いている。つまりロシアゲートは作り話だということを認めている。そこで、ストルゾクはムラーのチームに入ることを嫌がっていた。

ストルゾクはヒラリー・クリントンの電子メールに関する捜査も担当していた。2016年7月にWikiLeaksは民主党全国委員会(DNC)を中心に遣り取りされていた電子メールを公表する。その中にはバーニー・サンダースが同党の大統領候補になることを妨害するよう民主党の幹部に求めるものがあり、サンダースの支持者を怒らせることになった。民主党幹部たちが2015年5月26日の時点でヒラリー・クリントンを候補者にすると決めていたことを示唆する電子メールもある。

民主党の候補者選びが公正でなかったことを示すもので大きな問題なのだが、民主党や有力メディアは「ロシアがハッキングした」という宣伝を始める。これは嘘だが、​その嘘を流し、ロシアとアメリカとの関係悪化を目論んだのはCIA長官だったジョン・ブレナン​だと調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュは語っている。ワシントンDC警察やFBIの報告書を見たとした上で、電子メールをWikiLeaksへ渡したのはDNCのコンピュータ担当スタッフだったセス・リッチだともいう。

WikiLeaksの流した電子メールは外部からのハッキングでなく内部で入手されたと語る専門家がいる。そのひとりがNSAの不正を内部告発したウィリアム・ビニー。NSA史上、最高の分析官のひとりと言われている人物だ。

​民主党がクリントンを候補者に選ぶ方向で動いていたことはDNCの委員長だったドンナ・ブラジルも認めている​。彼女はWikiLeaksが公表した電子メールの内容を確認するために文書類を調査、DNC、ヒラリー勝利基金、アメリカのためのヒラリーという3者の間で結ばれた資金募集に関する合意を示す書類を発見したという。その書類にはヒラリーが民主党のファイナンス、戦略、そして全ての調達資金を管理することが定められていた。その合意は彼女が指名を受ける1年程前の2015年8月になされた。

この問題ではクリントンによる電子メールの扱い方や削除が問題になった。彼女は公務の通信に個人用の電子メールを使い、3万2000件近い電子メールを削除していたのだ。ジェームズ・コミーFBI長官(当時)は彼女が機密情報の取り扱いに関する法規に違反した可能性を指摘、情報を「きわめて軽率(Extremely Careless)」に扱っていたとしていた。

この「きわめて軽率」は元々「非常に怠慢(Grossly Negligent)」だと表現されていたのだが、それをFBIのピーター・ストルゾクが書き換えていた。後者の表現は、罰金、あるいは10年以下の懲役が科せられる行為について使われるという。クリントンが刑務所行きになることを防ぐために書き換えた疑いがもたれている。

​ヒラリー・クリントンの電子メールに関するFBIの捜査を司法省の監察局は2017年1月から調査​、その過程でストルゾクとペイジとの間で交わされた数千件の通信を発見する。2015年8月15日から16年12月1日のもので、そのうち375件が下院司法委員会へ渡された。

行方不明のものは含まれていないが、NSAはコピーを保有している。NSAも支配システムの一部であり、そのシステムを動かしている権力者の意向に沿って活動する。つまり、権力者のプランにとって邪魔な存在を監視、そうした人々を脅す材料を集めることが主な任務であり、権力者にとって都合の悪い情報は隠す。そうしたシステムから情報が漏れてくるのは権力抗争が起こっているときだ。今、アメリカでは支配層の内部で抗争が起こっている。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201801240002/
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/719.html#c88

[リバイバル3] 無痛で安らかに1分で確実に死ねる『サルコー(Sarco)』と名付けられたマシンが完成した 中川隆
7. 中川隆[-5849] koaQ7Jey 2018年1月24日 15:10:39 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2018年01月22日
西部邁の死をめぐって / 敗戦国に感じた怒りと悲しみ

大衆社会に腹を立てた知識人

Nishibe 1 1月21日の早朝、西部邁が亡くなった。現時点の報道によれば、遺書が発見されたというから、「自殺」が死因であると言えよう。つい最近、チャンネル桜で中山恭子議員と対談していたから、西部氏の自決はまだ先だろうと思っていた。中山氏と楽しく昔話を語っていたから、人間の内心というのは部外者には解らぬものである。ただ、筆者は長いこと彼の言論を聞いたり、著書を何冊か読んできたから、畳の上で静かに死ぬとは考えていなかった。「きっと、いずれかの機会を捉えて、自らの始末をするんだろうなぁ」と想像したものである。

  筆者が西部氏の講演を始めて聴いたのは、まだ平成になる前の昭和60年代であった。その頃、日本人はやれ国際化時代だと騒ぎ、株式投資に浮かれ、用もないのに不動産物件を購入していものである。西部氏の講演は抽象的な政治論や民主主義批判が大半で、大して面白くなかったが、「僕は国際化時代って言葉が大嫌いなんです !」という発言だけは珍しく頭に残っていた。まだ、世の中の景気が良かったので、民間企業が歐米諸国に進出し、自動車会社などは円高傾向や貿易摩擦を解消するために現地に工場を建てていた。今では信じられないが、バブル時代の銀行は勢いが良く、お金も相当余っていたので、海外に支店を展開するとともに、無茶な貸付でも「まぁ、何とかなるだろう」という感じだった。こんな調子なので、政治家も企業家も、「これからは国際化の時代だ ! 日本人は内向き思考を止めて、積極的に海外へ飛び出し、外国人と対等に渡り合わねばならない !」と息巻いていた。日本語そっちのけで英会話に勤しむビジネスマンとか大学生が多かったし、幼児からの英会話まで流行るといった狂乱振りだったのを覚えている。

  こんな世相を目にした西部氏は、腹に据えかねたのか、癇癪を爆発させていた。彼は時代の流行に乗って栄華を極めようとする商売人や政治家が愚かに見えたし、唾棄すべき知識人がちょくちょく露呈する“軽薄さ”を嫌っていたのだ。日本人はまさしく「流行」に流されやすい。敗戦前、歐洲で共産主義や社会主義が台頭すれば、「そうだ、日本の未来は社会主義にある ! マルクスが予言したような時代が来るんだ !」と考え、我先に一番乗りを目指そうとする。だから、勉強の出来る秀才はほとんど“アカ”にかぶれ、左翼学生となっていった。若い頃、社会主義に傾倒した長谷川慶太郎が回想していたけど、あの頃はちょっと優秀な若者はみんなそうだったらしい。谷沢永一先生も、若い頃マルクスに“かぶれ”て、共産主義の理論を熱心に勉強していたというから、本当なんだろう。しかし、その赤い思想と訣別し、世間に流布する有害思想を徹底的に攻撃した谷沢先生は偉かった。たぶん、御母堂の躾が素晴らしかったからだろう。偉人の陰に賢母ありだ。

  ところが、戦後になってもこの国民病は治らず、ソ連型の計画経済を素晴らしいと考える学者も多かったし、原爆反対運動が起これば直ぐさま参加するといった知識人が蟻のように群れていた。国連などアジアやアフリカの後進国を利用した大国の操り人形なのに、大江健三郎みたいな“進歩的”知識人は、外国に合わせるのが正義で、日本の国益を優先させる奴は「悪」と考えていた。こうしたアホどもは、貧乏国ですら持っている国防軍を侮蔑し、みんなで平和を願えば平和になるとか、自衛隊に入る若者は同世代の恥さらし、と発言していたのだ。現在の若い日本人が進歩的文化人の著作を読めば、「バッカじゃねぇの」と言って笑い出すか、「読む価値は無い」と評して投げ出すかのどちらかだろう。誰も知らないだろうげと、一応「進歩的知識人」の具体例を挙げてみる。東京大学に巣くっていた江口朴郎は原水爆禁止に熱心な「赤旗」シンパだし、勝田守一は外国人学校法に大反対、草野信男は細菌兵器に反対する赤い教授だが、ソ連や北鮮への非難は無し。山口省太郎などはロシア人の回し者みたいな輩(やから)で、ソ連は平和勢力だが、米国は「平和の敵」と評していた。紹介するとキリがないので、別の機会に廻したいが、今の学生で彼らの論文や批評を読む者はまずいないだろう。共産党員だって時間の無駄と思うくらいだから、一般人で「赤旗」を読み返す者など皆無だ。

  西部氏はこうした左巻きの学者が盤踞する東京大学に勤務し、教養学部がある「駒場村」で教鞭を執っていた。世間のオッちゃんオバちゃん達は、「東大」の名前を聞いただけで平伏(ひれふ)してしまうが、そこで教えている教授達のクズ論文を目にすれば、「なぁ〜にぃ〜、このつまんない印刷物 !」と驚くに違いない。筆者も以前、よく法学部の図書室に通っていたので、ちょいと教授連中の論文を読んでみたけど、本当につまらなかった。まぁ、各大学が発行する紀要とか学術雑誌に掲載される論文など、一般書店で発売できない粗悪品で、誰も手にしない紙屑である。適当に引用文を載せてゴチャゴチャと書いているが、執筆者の真意が不明確で、肝心な部分には、「これから真剣に考えて行かねばならない」とか、「更なる検討が必要だ」といった結論でお茶を濁しているものが多い。こんな論文は、ハンバーグの無いハンバーガー「擬(もど)き」で、購入者はどこに牛肉があるのか、レタスやピクルスを摘まんで探したくなる。しかも、挟んでいるパンが干からびた低級品じゃ、誰だって頭にくるだろう。図書館の本棚に、埃をかぶった豪華本が多いのは、タイトルからして“魅力の無い”「押し紙」であるからだ。

  西部氏が民主主義と共に批判していたのは、軽佻浮薄な知識人と彼らに追従する大衆であった。全学連で活躍していた西部氏が転向して夢中になったのが、ギルバード・K・チェスタトンやホセ・オルテガ、フリードリッヒ・ハイエック、エドマンド・バークといった保守思想の巨人で、西部氏の著作には彼らを意識した論述が目立つ。例えば、西部氏の大衆批判はオルテガの著作に啓発されたものだ。オルテガは大衆社会の到来に警鐘を鳴らしていた。このスペイン人哲学者によれば、大衆とは甘やかされた子供の心理を有し、その欲望には限りが無い。このタイプの人間には、一切のことが許されており、何に対しても義務を負っていないように見える。自分自身の限界を知らず、周囲にある全ての圧力や、他者との衝突を一切取り除いているから、世界に居るのは自分だけと考えてしまう。自分より優れている者がいると感じるのは、自身よりも強い人間が自分の欲望を断念させ、引っ込んでいるよう強いる時だ。(オルテガ 『大衆の反逆』 桑名一博 訳、白水社、 1991年 p.102)

  簡単に言えば、オルテガの「大衆」とは、自分自身に満足しきっている“お坊ちゃん”で、他人からの厳しい意見には耳を貸さず、好きなモノだけを見て、快適な声だけを受け容れる自己中心的な自惚れ屋ということだ。昔の庶民だと知識は少ないが、自分の至らない点と生まれ育ちの分際を弁え、偉い人の意見に従ったものである。ところが、近代の大衆人は環境に無理強いされない限り、決して自分以外のものに頼ることはない。オルテガ曰わく、優れた人間は自分自身に多くを課し、凡庸な人間とは自分自身に何も課さず、ありのままの状態に満足し、自分自身に陶酔している者を指す。(上掲書 p.107) こういった大衆人といえば、朝日新聞を読んで教養人ぶっている人を思い浮かべてしまう。斜(はす)に構えて“したり顔”の学校教師とか、銀行員、技術者、弁護士、研究員など、高度専門職の人に多かった。彼らは北鮮や支那との軍事的対決に反対で、お互いに話し合って“歩み寄れ”ば、きっとわかり合える、と信じていたのだ。こうした高学歴馬鹿は救いようがない。

  西部氏は東大の助教授を務めていたから、愚劣な左翼学者をたくさん目にしてきたはずだ。したがって、オルテガの知識人批判には、実体験に基づく共感があったのだろう。鋭い洞察力を持つオルテガは、科学者に傲慢な知識人の典型を見ていた。彼は第20世紀に顕著となった専門家の精神構造に言及し、その意外な本質について述べている。オルテガははっきりと、「専門家は知者ではない。というのは、自分の専門以外のことをまったく何もしらないからである」と喝破した。(上掲書 p.161) だからといって、専門家が無知という訳でもない。なぜなら、彼は「科学者」であり、自分が専攻する宇宙の小部分については詳しく知っているからだ。問題なのは、こうした「専門家」が自分の知らないこと、不得意な分野についても口を挟む事である。この御仁はアマチュアとして振る舞わず、あたかも「専門分野の知者」であるかの如く発言するのだ。オルテガはこの「傲慢さ」に危険性を感じていた。

  日本でも専門家の愚行がよくある。例えば、ノーベル賞をもらった益川敏英教授は“専門分野”においては天才だが、“専門外”の政治や軍事においては初心者で、憐れなくらいに幼稚だ。いくら憲法九条を叫んでも、日本の防衛にはならない。同じ物理学者でノーベル賞を授与された湯川秀樹博士と朝永振一郎博士も天才であったが、その意見は稚拙であった。「量子力学」については炯眼の持ち主でも、「政治力学」に関してはズブの素人に過ぎない。世界に向けて「平和」をアピールしても、そんな呼びかけは空虚であり、極悪人のスターリンや毛沢東には通用せず、こうした独裁者は「便利な馬鹿め !」とせせら笑うだけだ。ソ連には優秀な科学者が多くいたが、みんなスターリンの「実力(弾圧)」に怯え、抵抗することなく平伏していた。スターリンや毛沢東なんて学歴が無くても「博士号」を簡単に取れてしまう。教授連中の前に立ち、腰にぶら下げた拳銃を見せればいいだけだ。「PhD」でも「名誉博士号」でもお望み次第。もし、博士論文が必要ならゴーストライターに書かせればいいし、出来上がったら文字通り「幽霊」になってもらえばいい。報酬が弾丸なんて嫌だけど。

  西部氏は生来「反抗心」が強かったのであろう。全学連で先頭に立ったのも、敗戦後の日本人が米国人に復讐せず、それどころか卑屈なまでに恭順を示し、自分だけは豊かになりたい、と考えたからだ。しかし、そんな西部氏にも脛に傷があった。安保反対を大声で叫んでいても、その内容については詳しく知らなかったんだから、何とも呆れてしまうじゃないか。それでも、西部氏には同胞の態度が赦せなかったのであろう。東大を辞めてから知識人批判を展開したのも、口先だけで空論を弄ぶ連中がごまんといたからだ。彼らは自分で信じてもいない教義を滔々と喋り、その欠陥や矛盾を指摘されれば激昂し、ちっとも恥ずかしいとは思わない。「蝶(長)」になりたい芋虫の如き大学教授や評論家が大半だった。彼らにとっては「学部長」、「総長」、「会長」、「所長」といった役職が第一目標で、「高貴な義務」なんて玉葱の皮以下だ。「知識人」を気取ったテレビ藝者も同じ穴の狢(ムジナ)である。例えば、NHKや民放が贔屓とする政治評論家などは、選挙制度を中選挙区から小選挙区に変えれば政治が良くなると公言していたし、新しい政党が誕生すれば、それが自民党政治を打破し、市民の意見を反映するようになると豪語していたのだ。日本新党や新進党、民主党による新党ブームが湧き起こった時、どれほど多くのコメンテイターがはしゃいだことか !

  社会評論家となった西部氏がイライラしていたのは、偽善的な知識人に一般国民が易々と騙され、彼らの言説に引っ掛かっていたからだ。西部氏がいくら進歩主義の危うさを訴え、知識人の無責任さを警告しても、一般人は地上波テレビや全国紙の意見に靡いてしまう。西部氏が熟慮を重ねた見解より、簡単で解りやすく、“キャッチー”な解説の方に飛びつく。晩年の言動や態度を想い出すと、西部氏が国民に愛想を尽かしていた様子がよく分かる。人間は年を取るとどうしても短気になりがちで、堪(こら)えどころが無くなって怒りっぽくなるし、やたらと説教が長くなるから、若者に敬遠されることも多い。ただ、そうなってしまうのも“ごもっとも”で、「大衆」となった日本国民は、何度注意されても、同じ過ちを繰り返すんだから、警告している方が疲れてくる。

  分からず屋の「大衆」を相手にしていると本当に馬鹿らしい。論理的に喋ると「くどい」と思われるし、簡潔に述べれば誤解が生じる虞(おそれ)がある。それでも、西部氏は言論活動を続けていたから、何らかの使命感があったのだろう。しかし、その足は茨の道を歩んでいた。筆者は西部氏の意気込みを買っていたから、半分「義理」であっても、彼が刊行する『発言者』を予備号から購入し続けていた。でも、そのレギュラー執筆者に不満が無かった訳ではない。何しろ、補佐役の佐伯啓思(さえき・けいし)が投稿する文章は毎回つまらないし、内容がスカスカで仔猫のすかしっ屁みたいだ。学生運動の残党なのか、絓秀美(すが・ひでみ)という人物の文章も載っていたけど、最初の数行を読んだだけで厭になる。西部氏が可愛がっていた宮崎哲弥も酷かった。宮崎の評論は色々な理屈を附けていたが、斜め読みにも値しない雑文だった。自分で「俺は十年に一度の逸材」と評する者に碌な奴はいないだろう。宮崎はテレビ局のプロデューサーに取り入るのが上手いだけの評論家に過ぎない。

  酒の席で気が合ったのか、西部氏は元財務省官僚の榊原英資を登庸していた。しかし、こんな恥知らずが書いた社会評論なんてまっぴら御免だ。この役人は昭和天皇の記念硬貨で金の含有量をケチり、偽コインが横行したのに、その罪を悔いて蟄居するどころか、テレビ番組に堂々と出ていた。榊原は「どのツラ」下げて国民に説教しようというのか。昭和天皇を敬愛し、「記念」と思って10万円金貨を購入した国民は、無責任な官僚が誰かも知らず、事件報道に驚くだけだった。今では産経新聞や教科書運動で有名になった八木秀次もレギュラー執筆者の一人で、憲法論を書いていたが未だに本格的な著作が無い。皇室問題にも熱心に係わっていたが、これまた本格的な皇室論を書いていなかった。確か、八木氏は大学で研究生活を送っていたはずだが、「新書」や「解説書」程度の本が代表作だなんておかしい。福田和也に至ってはもう読む気もしない。自称「パンク右翼」の福田氏には、固定ファンがいるのだろうが、どんな点で「保守主義者」なのか教えてもらいたいものだ。 西部氏は保守思想を以て言論活動を続けていたが、その周りに集まる仲間には、ガッカリするような人物ばかりだ。保守派雑誌に保守派論客が居なかったとは、冗談半分にしても痛すぎる。

  インターネット番組でも活躍していた西部氏だが、夫人に先立たれてかなり寂しい思いをしていたんじゃないか。西部氏は随分と奥様に支えられていたそうだから、その存在を失ってしまうと生きる気力が萎えてしまっても当然だ。もし、夫人が生きていれば、自殺を思い留まり、もう少し長生きしていただろう。女房に先立たれた男鰥(やもめ)は、本当に意気銷沈するというから、西部氏が人生に見切りをつけたとしても不思議ではない。彼の遺書に何が記されているのか判らないが、生よりも死への誘惑が大きかったのは確かだろう。西部氏の訃報に驚き、その喪失を悲しむファンは大勢いるだろうし、その死を惜しむ人も多いはずだ。しかし、筆者は西部氏の決断を尊重したい。彼は言うべき事は充分述べてきた。あと10年長生きしても、その発言は以前と変わらず、不満と憤慨だけが募ったと思う。

  筆者には「どうしてお前らは、俺の言っている事が解らないんだ !」と腹を立てている西部氏の姿が目に浮かぶ。西部氏が愚鈍な同胞を「ジャップ」と罵った裏には、鈍感な国民に対する苛立ちがあったのだろう。西部氏は「長いものに巻かれろ」といった屈服主義や、「面倒な課題は先延ばし」という無責任体質に怒っていた。西部氏の生き様を簡単に述べれば、反骨精神を貫きたかった人と言えるんじゃないか。日本人に対して言うべき事は散々述べてきたから、「後はお前達が勝手にしろ !」というのが、西部氏が本音だろう。天邪鬼の西部氏だから、「じゃあな !」というのが最後の捨て台詞でもおかしくはない。もっとも、家族に対しては別の言葉があるだろう。ただ、西部氏は甘ったるい同情心を好まないと思うので、第三者の筆者としては西部氏に向かって「その決断、諒解しました」と言うほかない。あの世の西部氏がニヤリと笑ってくれれば、それだけで満足だ。
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68697135.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/794.html#c7

[昼休み52] 日本人女性2人、リゾート地・セブ島で知り合った韓国人の男2人と飲酒→集団強姦される…フィリピン 中川隆
176. 中川隆[-5848] koaQ7Jey 2018年1月24日 15:20:55 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]


2018年01月18日
内側に腕の曲がる朝鮮人 / 公共心に欠ける劣等民族 (前編)
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68696160.html

朝鮮文化を嫌う日本人

Korean protest 3Korean protest against Japan
(左: 「従軍慰安婦」を言い立てる朝鮮人 / 右: 反日デモに参加する朝鮮人)

  普段の生活で不快なものは数々あるが、朝鮮人問題ほど“しつこい”宿痾はない。確かに、靴底にこびり附いたガムとか、上空から落ちてくる鳩の糞、終電に乗った時に嗅いでしまう酔っ払いの息、真夏の肉まんとデブの汗など、出来れば避けたい災難だが、まぁ何とか容認できよう。しかし、朝鮮人の難癖とか支那人の横暴は我慢できない。「従軍慰安婦」とか「性奴隷」なる常套句を叫びながら、我が国を罵倒する南鮮人を見つけると、尖った鉛筆を持って、その鼻孔に突き刺したくなる。思いっきり右や左に揺さぶって、100mくらい引きずり廻したら気分爽快なのに、残念 ! 他方、図々しい支那人には、アンディー・フグ伝来の「踵(かかと)落とし」か、ランディー・クゥートゥア仕込みのクリンチ・アッパーがいい。か弱いご婦人がたには、日傘で片目を突くとか、ストッキングに硬貨を入れて振り回すという方法もある。ゴリアテに立ち向かうダビデ王みたいだ。(サムエル記上の第17章を参照。) 井上陽水じゃないけど「傘がない」女性は、朝日新聞にでも行ってゲバ棒でも借りるしかない。赤いベテラン社員なら、先輩が残していった兇器を受け継いでいるかも知れないぞ。ただし、どこに閉まったのか忘れている場合もあるので、その時は「火炎瓶はないかしら」と訊くのも乙である。(井上陽水ファンの人にはピンとくるけど、解らない人は陽水のアルバム『二色の独楽』を聴いてね。) とにかく、あの「朝日」だと「モロトフ・カクテル」を上手に作れる人がいたりして・・・。

  朝鮮人が大好きなNHKは、事ある毎に「お隣の韓国」を口にするが、一般の日本国民はガミガミ怒鳴り立てる「迷惑な隣人」としか思っていないし、付き合いたいとも思わない。「朝鮮文化」と聞けば、暗いイメージしかないし、触れてはいけない吹き出物みたいな感じがする。明治時代に我が国は日韓併合を行ったが、庶民の私的生活においては、「融合」も「親睦」もほとんど無かった。日本人女性が朝鮮人に嫁ぐ事は稀だったし、朝鮮人の服装を真似したり、キムチが普及することも無かったので、日鮮は水と油のような状態であった。また不思議な事に、朝鮮風住宅を建てようとする日本人すら居なかった。日本の裕福な商人や知識人は、西洋風の邸宅を建てたり、和洋折衷の建築様式を選んだりしたが、オンドル附の家屋を建てようとする人は皆無。第一、恥ずかしい。洋風住宅といえば、美智子皇后陛下が御幼少の頃にお住まいになった正田邸が有名だ。英国風の洋館で、近所の人々がうっとりする邸宅であったらしい。いかにも、上流階級のお嬢様が住んでいそうな豪邸で、その美しい外観は周辺を照らし、歴史的建造物に指定されてもおかしくはないのに、現存しないのだ。我が国の役所は固定資産税を口実にして、この正田邸を存続不可能にし、解体へと追い込んていった。これって、皇室破壊の余興なんじゃないか。 今では、跡地が「ねむの木の庭」となっている。何とも侘しい。

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(左: あばら屋の前に立つ朝鮮人 / 右: 昔の朝鮮にあった街並み)

  明治維新で海外渡航が許されるようになり、多くの日本人が朝鮮半島に渡るようになると、朝鮮人の悲惨な生活が明らかになった。とにかく、朝鮮は不潔で汚く、文化水準が低い。「低い」というより、言語に絶する貧困に喘いでいる。わざと未開にしているんじゃないか、と疑ってしまうくらいだ。その原因は色々と考えられるが、何よりもまず、朝鮮人には「公共心」が悉く欠けているのだ。支配者の両班はふんぞり返って平民を搾取するだけ。一方、虐げられる庶民は只ひたすら圧政を堪え忍ぶ。日本人からすれば卑屈極まりないが、朝鮮人にとっては至って普通だ。反抗すれば容赦無い仕置きが待っているし、周りの同胞は助けようともせず、“とばっちり”を受けぬよう見て見ぬ振りをする。当ブログは様々な朝鮮の歴史を述べてきたので、ここでは繰り返さない。(参考のため、ブロク例1や例2を読んでみてね。)

Pantheon 1Colosseum 2
(左: ローマにあるパンテオンの内部 / 右: ローマにあるコロッセウム )

  李氏朝鮮と帝政ローマを比較するなんて、古代ローマ人に失礼だから言いたくないけど、両者の違いに光を当てれば、何が文明国の特質なのかを知ることができよう。世界史に燦然と輝く大帝國を築いたローマ人は、ギリシア人のように藝術の才能に恵まれていなかたものの、各地に残した立派な公共建築物でその名を轟かしている。ローマン・コンクリートで建てられた聖堂「パンテオン」や円形劇場の「コロッセウム」、何千キロにも及ぶ上水道や網の目のように張り巡らされた街道を見ればよく判る。「すべての道はローマへ続く」と言われるように、ローマ人の土木建築技術は素晴らしく、道路舗装の方法を調べてみると、その重層構造に驚いてしまう。表層の切石の下に、煉瓦片と砂を石灰とまぜて固めた基礎があり、そのまた下にも砕石と石灰を結合させて作った基盤がある。さらに、その下には割石とモルタルと粘土で固めた路盤があるのだ。アッピア街道とかフラミニア街道は、二代の馬車がすれ違えるほどの幅が確保されており、その両脇には歩道も完備されていた。敷石で舗装された道路は、中央がやや丸みを帯びていて、ちょっとだけ高くなっている。これで道路に降り注ぐ雨水を両端の溝に流していた。夏の雷雨で泥濘(ぬかるみ)と化す、江戸時代の街道とは比べものにならない。歐洲を視察した大久保利通が衝撃を受けたのも当然だ。もっとも、朝鮮人には“異星”の話だから、最初から論外。

Roman Aqueduct 1Roman roads 2
(左: ローマの上水道 / 右: ローマ人が敷設した道路)

  アジア大陸にも壮大な文明があったが、その主要なエネルギーは支配者の城塞や宗教施設などに注がれていた。支那やインド、あるいはアラビアにある巨大な寺院とか神殿は確かに豪華だ。皇帝が美女を囲う宮殿や別荘も贅を尽くした藝術品である。ところが、庶民の暮らしはどうか? 中華民族を誇る支那人は、あばら屋で蚤や南京虫と同居し、どんな物でも食える時に口に頬張り、危険と隣り合わせで生きていた。戦乱が起これば掠奪、放火、強姦は当り前。面白半分の虐殺もあって、逃げ延びることが出来たら、それだけでもラッキーだ。もし、捕まったら切り刻まれて、バーベキューの食材になってしまうかも知れず、あの世での成仏だってままならない。

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(左: 処罰を受ける支那人 / 右: 野外でくつろぐ朝鮮人)

  支那人の子分を気取る朝鮮人も、突然の災難と毎度の不幸に慣れている。「綺麗な朝鮮」なんて「痰壺に注がれるビール」と同じでナンセンス。彼らは糞尿が染み込んだ井戸水を飲んでも平気だし、動物や人間の糞を煎じて薬にしているくらいだから、衛生観念とは元々無縁な民族だ。オンドルが設置されたボロ屋は温かいけど、夜になると兇暴な虫が現れて、寝ている住人の体を貪る。朝起きたら脚が腫れ上がっていた日本人もいたそうだ。現在の女子高生なら失神か絶叫で間違いなし。夜中はもちろん、昼間の便所だって恐怖の館である。鼻が機能不全になるくらい強烈な異臭があるんだから。朝鮮人が放った大便の臭気を嗅いだら、肺が汚染されそうだ。朝鮮料理の店だって衛生観念が無く、キムチの使い回しは普通だし、日本人の客にはウェイターが唾を吐きかけて持ってくるかも知れないのだ。もしかしたら、奥の調理人も同類で、便所のタイルの上で牛タンを叩いて、「日本人用に肉を柔らかくしてやったぞ !」と豪語するかもね。厨房の床でも便所の床でも同じだからさぁ。

Roman roads 4Arch of Septimius Severus in Rome
(左: ローマ人による道路建設の方法 / 右: セプティミウス・セヴェルスのアーチ)

  一方、首都ローマには立派な上下水道が造られていた。 紀元前312年に敷設されたアッピア水道を始めとして、11本の幹線水道があったのだ。水道幹線の総延長は約500kmであり、最長のものは91.2kmもあるマルキア水道である。ローマに建設された水道は地表に出ているものもあるが、水質管理や外敵侵入時を考えて、大部分はトンネル内に造られていた。ローマには下水道も完備されていて、湿地帯の地下に溜まる水を排水すると同時に、生活排水も処理できるよう造られていたという。石材や煉瓦で造られた「クロアカ」が排水路であり、頑丈な造りでアーチ状の天井をもっている。クロアカは多くの支線を有し、公共浴場、公共便所、その他の公共施設、個人住宅などから輩出される汚水をテヴェレ河に流していた。古代の公共便所は一種の水洗トイレだったから驚きだ。使用者は孔が開けられた石のベンチに腰掛け、隣の人と話しながら排便し、下の溝に落ちた糞尿は、流れる水によって処理されたという。(詳しくは、「中川良隆『水道が語る古代ローマ繁栄史』鹿島出版会、2009年」を参照のこと。)

Roman Sewerage Cloaca 1Roman toilet
(左: ローマの下水道 / 右: ローマの公共便所)

  日本人はアジア大陸を旅行して、現地に残存する古代文明の遺蹟や歴史的建造物を見て、「うわわぁぁ、すごいなぁ !」と感動し、日本ではお目にかかれない絢爛豪華な寺院や巨大な彫像にわくわくする。しかし、庶民の食事風景とか市場の衛生状態を覗いたり、日に何度か必ず入る便所を体験して、その凄まじさに辟易するはずだ。こんな国は数日間だけ見物する魔界で、毎日暮らす場所ではない。日本の方が遙かにマシだ。御飯を食べる時に蠅が集(たか)ってこないし、便器がきれいで温かい便座にウォシュレットが普通ときている。道路を歩いていても安全だし、イベント会場に子供を連れて行く事ができ、薬局では偽薬が排除されているのだ。ところが、アジア諸国では事情が一変する。支那の道路は突然陥没するし、朝鮮の百貨店は新築なのに全面崩壊。エレベーターに乗って無事に降りることができたら幸運だ。インド人の衛生観念も我々の意識とはかけ離れている。母なるインダス河には、動物の死骸や人間の糞尿、プラスチック製の廃棄物、訳の解らぬ汚染物質が流れ込む。それなのに、インド人はその穢い水に飛び込み、爪先から頭までをゴシゴシ洗って笑顔になっている。これで病気に罹らないんだから、インド人は相当強靱な肉体を持っているのだろう。日本人なら死んでしまう人もいるんじゃないか。

India river 2India Mysore-Palace
(左 : ゴミが漂うインドの河 / 右: インドの豪華な宮殿)

公共心が存在しない朝鮮社会

Koreans in old times 12
(写真 / 餅つきをする朝鮮人)

  本当の文明国とは、庶民が豊かで快適な暮らしを享受する社会であるはずだ。いくら貴族が優雅な生活を送っていても、彼らを支える庶民が惨めな生活に喘いでいるなら、その国家の繁栄は表面的な虚飾に過ぎない。朝鮮社会の不甲斐なさや不潔さ、怠惰、停滞、圧政、貧困などは昔から知られており、朝鮮に関する紀行文を書いたイザベラ・バード(Isabella Bird Bishop / ビショップ夫人)の著書『朝鮮とその隣人(Korea and Her Neighbors)』を読めばよく解る。この英国婦人のみならず、漢陽大学の名誉教授、金容雲も朝鮮社会の悪弊を歎き、祖国を批判する本を出版していた。同教授によれば、朝鮮人の国家は、近代的な統治形態を成しておらず、首都ソウルの周りに「村」という共同体がくっ附いているだけの集落に過ぎないという。つまり、市民(公民 / 国民)精神が欠落した前近代的社会ということだ。

  しかし、その「村」にだって公徳心が存在せず、あるのは血縁に基づく身内意識だけだ。朝鮮人が外国人に自慢するソウルだって「大きな田舎」がせいぜい。王権に寄生するために人々が群がる都と評した方がいい。(金容雲 『韓国人、大反省』 徳間書店、1993年、 p.57) 朝鮮人は普段から利己主義と家族主義が入り混じった生活を送っており、国家意識とか公共精神が全く無い。こうした心理を増大させている一因は、国家権力を有する階級に「腕を内側に曲げる」人々が多数を占めていることにある。中央政府の官僚や地方自治体の役人は、権力を笠に着て色々な規制を庶民に課すが、国民の福祉や権利に関しては知らん顔。人治主義の歴史が長かったせいか、法の支配など全然理解されず、責任の所在がはっきりしないばかりか、平等な義務や権利の行使なども滅多に無い。現在はどうか知らないけど、1990年代のソウル事情に関して、金教授は怒っていた。朝鮮の国民は泥棒被害に遭っても、官庁や公共機関に頼らず、自ら防禦するしかないと諦めていたそうだ。何らかの問題が起こった時、官庁に相談するのは「愚か者」であるらしい。(上掲書 p.55)

  息が詰まる因襲社会に住む朝鮮人にとり、困った時に頼れるのは家族だけ。役人なんか所詮「冷たい他人」だ。親身になってくれるはずがない。朝鮮人が血縁主義や家族主義に傾くのも当然だ。自分勝手な朝鮮人の集合体だから仕方ないが、こうした人物が高位高官に就くと厄介だ。依怙贔屓が「常識」の役人は、まず自分の家族と親戚に便宜を図るから、頑丈な腐敗構造が瞬く間に構築され、その撲滅は100パーセント不可能になる。民間企業だって私益主義、学閥主義、族閥主義、派閥主義で凝り固まっているのだから不思議じゃない。もっと深刻なのは、族閥の中にある序列だ。「もう少し腕の曲がる」人がいると、又従兄弟よりも従兄弟を優遇するし、従兄弟よりも自分の兄弟、その兄弟よりも親子関係を重視するという。こうした縁故主義は、サムソンやロッテを引き合いに出さなくても理解できる。金教授曰わく、朝鮮人は公権力の物理的な力と、血縁関係というタテ意識だけが強く、市民の倫理観というヨコの意識は希薄であるという。在日朝鮮人の間でも、先輩後輩の序列は厳格だからねぇ。朝鮮系の藝能人が「兄貴」と慕う人が、これまた朝鮮系だったりする。朝鮮人の社会はドロドロしているというか、癒着・粘着で雁字搦(がんじがら)めなんだろうなぁ。

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(左: 人力車に乗る朝鮮人 / 右: 荷車を押す朝鮮人の親子)

  朝鮮人の特徴として、よく「ウリ(自分 / 我々)意識」が挙げられる。彼らは「俺様が一番」という原理で動く。でも、日本人の小学生が「ウリ」と口にする朝鮮人を見かければ、「ギャハハ、ウリだって !!! ウリ、うり、ウリ、きゅウリぃぃぃ〜」と笑いながら馬鹿にするだろう。在日朝鮮人のオヤジが、「ウリ(自分の)女房」と言うのは分かるが、ちょっとまともな朝鮮人でも「ウリ村」とか、「ウリ国」を言い出すと客観性が失われ、「自分側」の意識ばかりが強くなるらしい。こういう思考が通常になってしまうと、仲間内には甘くなり、外部の者に対しては殊のほか厳しくなる。金教授によれば、朝鮮人は身内に対してなら厚い人情を示すそうで、「口の中に入れたものでも、取り出して分かち合う」そうだ。(まっ、これは冗談だろうけど、ちょっと気持ちの悪い譬えである。朝鮮人って、自分の口に入れた焼き肉でも、可愛い息子とか後輩がいれば、「遠慮すんな。ほら、食べてもいいよ !」と吐き出すのだろうか? 現実的にそうとは思えない。ただ、日本人だと顔を背けてしまうし、もし本当なら、「あっ、急用を想い出した」と述べて逃げたくなる。赤ちゃんパンダは、母親のウンチを食べるそうだけど、朝鮮人も似たよう習性があるのかも。)

  身内に優しい朝鮮人なら、まあ角を立てずに赦そう。ところが、赤の他人となるや、朝鮮人は別人格になるらしい。金教授は“人情深い”警察官の例を挙げていた。以前、厳しい拷問を行う事で有名な警官がいたそうで、ある時、彼の息子が入学試験で身体検査を受けることになったという。その当日、この父親は心配でたまらず、一日中ソワソワし、拷問すらろくすっぽ手につかなかったそうだ。金教授はこの話を聞いて、笑ったらいいのか、泣いたらいいのか、複雑な気持ちになったらしい。(上掲書 pp.58-59) 日本人なら、子煩悩なヤクザを考えてしまう。他人の娘に対しては残忍で、シャブ中にした挙げ句、ソープランドで働かせ、その上前をハネるようなヤクザでも、自分の娘には優しく、「覚醒剤なんか絶対ダメだぞ。タバコもディスコも禁止だ。繁華街のナイト・クラブなんか、チンピラどもがウヨウヨしているし、親切を装ってタダの大麻を吸わせてやる、と近寄ってくるんだから注意しろ。悪い奴だと、栄養剤と称してヘロインを渡したりするんだからな ! それに、刺青もアカンで ! いいとこに嫁に行けんようになるからな !」、と説教したりして。元暴走族の父親だって、幼い娘を持つと交通事故に敏感となる。乱暴な運転手を見つけると、「テメェ、危ねぇだろう ! うちの娘が登校中ってことが分かってんのか、ボケ ! 気をつけて運転しろ ! しばくぞ !」と怒鳴ったりする。昔の自分を棚に上げての叱責は可笑しい。

  金教授はもう一つの具体例を挙げていた。彼が『韓国数学史』を出版するちょっと前の事である。ある日刊紙に、名門大学で李朝末期の球面三角法に関する本が見つかった、という記事が出た。さっそく、金教授はそれを保管している大学に赴き、例の本を閲覧させてくれと頼んだ。ところが、そこの館長は拒否した。しかも、断った理由がすごい。曰わく、「ウリ(うち)の大学に属する教授にしか見せられない」というのだ。そこで金教授は次のように問い質した。「じゃ、どうして新聞に発表したんだ? 新聞記者に見せても、専門家には見せられないというのか? 訳が解らないじゃないか」、と。この押し問答には埒が明かなかったので、金教授は時間のムダと判断し、閲覧を諦めたそうだ。高価なものは「公(おおやけ)」にせず、「私的」に貯蔵するのが朝鮮流「ウリウリ主義」なんだろう。その後、“貴重な”本に関する研究は誰一人行っていないそうだから、「幻」の稀覯本になっているんじゃないか。まぁ、朝鮮人の数学書なんて盗作か複製の類いだから、熱心に研究するほどの代物ではないのだろう。“世界に冠たる”朝鮮人の「歴史遺産」として、大切に金庫にでも「保存」しておいた方が無難だ。もし、外国人が調査して「クズ本」と判ったら、“偉大な”朝鮮民族の顔に泥を塗ることになるからさぁ。
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朝鮮人は忠誠心よりも親孝行 / 公共心に欠ける劣等民族(後編)
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父親の葬儀を優先

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(左: 古代のパルテノン神殿を想像して描いた絵画 / 右: 理想的なギリシア人を描いた絵画)

  古代ギリシア人は公共精神に富んでいた。都市を構成する公民は、自分達こそが国家の支柱であるとの自負を持っていたから、外敵襲来となれば、命懸けで守ったそうである。自由を尊ぶギリシア人は、誰かの意思に従属することを好まず、自分の運命は自分で決めるのを「良し」とした。だからこそ、人の支配ではなく、法の支配に服するのである。自由人とは明確なルールに従って生きる公民であり、奴隷とは次に何が起きるのか判らず、不安な日々を送る下僕である。両班という主人(ドミヌス)に隷属する朝鮮の民は、いつ支配者の“気紛れ”で投獄されたり、処刑されたりするのか分からない。法が鞭となる支那でも同じだ。支那の皇帝が布告する法律は、民衆を管理するための道具に過ぎず、家畜を制禦する棍棒とよく似ている。したがって、支那に於ける「法の支配」とは「恐怖の支配」に等しい。皇帝が法の“下”ではなく“上”にある支那では、いつも臣民の首に匕首(あいくち)が突き立てられている、ということだ。

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(左: スパルタ人の戦士 / 右: 凱旋するアキレスの絵画)

  日本人は親孝行よりも主君への忠義を重んずる。しかし、朝鮮人は親孝行の優先が当り前。彼らが国王の権力に服するのは利益があるからで、公(おおやけ)に仕えることが名誉であるからではない。支配者はいつも暴力装置の管理者で、民衆の安寧を願って存在する訳じゃないから、臣民としては面従腹背で充分と考える。時の権力者は天下の經綸に勤しむ護民官というよりも、むしろ民衆の搾取を楽しむ匪賊の親玉といったところだ。その結果、民衆は権力への警戒心を常に持ち、血縁だけを頼りとする。身内の相互援助が行動規範となってしまえば、親孝行が最高倫理になるのも当然だ。彼らが異常なまでに先祖供養を重要視するのも、一族の繁栄こそが最大の安全保障になっているからだろう。朝鮮人と結婚した日本人女性が仰天するのは、夫の親兄弟とか親戚一同が祖先の墓に熱狂していることだ。生きている嫁をそっちのけで、寝ても覚めても死体を崇めているんだから呆れて物が言えない。虐げられた日本人妻なら、「こいつら全員、北鮮のミサイルであの世に行っちゃえ !」と願ってしまう。(クズ野菜を用いたキムチの漬け方くらいで、姑からギャアギャア怒られたら、「死ね、この糞ババァ !」と思ってしまうじゃないか。)

  前回紹介した金容雲教授は、朝鮮民族が国家の一大事より、自分の「家」と「親」を選んでしまうことを歎いていた。彼は著書の中で、李朝末期に義勇兵を率いた李麟栄(リ・インヨン)の話を述べている。李大将は1907年、日本人による閔妃殺害に憤慨し、日本に対して兵を挙げたという。彼は壮大な宣言文を掲げたそうだ。

  同胞よ ! 我々は団結して祖国のために身を捧げ、我が独立を回復せねばならない。我々は全世界に向かって野蛮な日本人の不正と乱暴を訴えねばならない。奴らは狡猾で残忍だ。進歩と人類の敵である。
  我々は全ての日本人と、そのスパイの親日へつらい分子、および野蛮人の軍隊を斬り捨てるために全力を尽くさねばならない。(金容雲 『韓国人大反省』 p. 75)

  この檄文が発せられると、全国各地で活動していた義兵が、漢江上流の揚州に集まり、最も人望が高かった李将軍は、将兵の推薦を受けて全国13道を束ねる総司令官に就任したそうだ。西洋式の銃を持つ李朝の旧軍人三千が立ち上がり、彼らを含む約1万の兵力が、朝鮮の天敵である日本に戦いを挑もうとしたというが、そんなのは無謀というか、集団自殺の一種じゃないのか。金教授には気の毒だけど、1万人の軍隊といっても、そんなのは不平分子の寄せ集めで、西洋式の軍事訓練を積んだ兵隊ではあるまい。どちらかと言えば、烏合の衆と呼んでいい。いくら反日闘争に燃えたといっても、尚武の精神で鍛え上げられた日本人の前では、五月蠅(うるさ)いだけのガマ蛙ていどで、斧を振り上げる蟷螂(カマキリ)といい勝負だ。朝鮮兵と比べれば、会津藩士の娘の方が強いんじゃないか。

  「憎い日本人を倒せ!」と威勢はいいが、朝鮮人というのは「肝心」な時に“とんでもない”失態をやらかすから、日本人はしばしば唖然とする。朝鮮兵がまさに蹶起(けっき)しようとした“その時”、李大将のもとに父親の訃報が届けられたという。彼は直ぐさま出兵中止を命じ、その日のうちに慶尚北道にある故郷の聞慶(ムンギョン)に向かい、父の葬儀を執り行ったそうだ。ここまでなら、彼の部下も納得できた。人情として理解できるからだ。ところが、次の行動が如何にも朝鮮人らしかった。恙(つつが)なく葬儀を終えた李大将は、麾下の参謀達に向かってこう述べたという。

  国に対し不忠なる者は父に対して不孝であり、父に不孝なる者は国に不忠であるから、道は一つだけだ。それゆえ私はこの国の孝の基準に沿って三年間喪に服する。その後再び十三道の倡義軍を集め、日本軍を掃滅する。(上掲書 p.76)

  日本人がこんな宣言を聞けば驚いてしまうが、朝鮮軍の将兵は儒教で雁字搦めとなっていたから、指揮官の言葉を正しいと思ったそうだ。戦(いくさ)のタイミングを見事にハズすところなど、「なるほど、朝鮮人らしいなぁ」と妙に感心してしまうが、金教授はこの発想を朝鮮人の原型に深く根ざした「伝統的倫理感」と評していた。また、金教授は李大将を「愛国者」と呼んでいるものの、決定的な瞬間に「国家」ではなく「家門」を選んでしまった、と惜しんでいる。朝鮮人というのは権力を握る独裁者から、掘っ立て小屋に暮らす貧民に至るまで、自分の事しか考えない。「独立闘争?」の勇士と思われている李承晩も、朝鮮的思考で亡命していたから、ある意味“伝統主義者”なんだろう。

Korean funeral 3Korean funeral 2
(写真 / 故人を偲ぶ朝鮮人 )

  日本人の役人にも公金を横領する者や、合法的に浪費する奴がいるから、朝鮮人のことを一方的に馬鹿にできないが、朝鮮人の公金流用には少々驚かされる。例えば、彼らは会社のお金を横領して祖先の墓を建ててしまうそうだ。日本ではさすがに“これ”は無いだろう。盆暮れ正月にだって墓参りを忘れる者がいるし、休暇を利用して海外旅行に出掛けてしまう者もいるくらいだから、日本人に墓地への執着は無い。(落語家の笑福亭鶴瓶は、頻繁に師匠の墓参りをするそうだけど、こうした日本人は稀だ。最近の坊さんなんか、クリスマス・イヴにディズニーランドを訪れ、恋人とデートする者がいるというから、修行や成仏は二の次で、「煩悩」ばかりに熱心なのか、と思えてしまう。) 金教授は全斗煥(ぜんとかん)・元大統領の例を挙げていた。全斗煥は大統領に就任するや否や、故郷にいる両親の墓を仰々しく建てて、そこに軍を動員し、ヘリコプターの着陸場まで造ってしまった。(上掲書 p.77) もう、目眩がしてくる。そんなに墓が大切なのか? 他人のゼニを使って両親と先祖を敬うなんて異常だ。しかも、それを「倫理的善」と思っているんだから、まったく朝鮮人は救いようがない。

Korean funeral 1Korean professional mourner
(左: 南鮮での葬式 / 右: 葬儀の時に雇われるプロの泣き女 )

支配者の空虚な約束

  様々な人種や欲望が渦巻くニューヨークで、ちょいとクセのあるアメリカ人が「俺を信用しろ(Trust me !)」と言ったら、決して信用せぬことが肝心だ。これなら、キャバクラの姉ちゃんに入れ上げている日本のオっさんだって解る。妖艶な酌婦が「ほかの人とは付き合ってないの! あなただけ !」と囁いても、それを真に受けると痛い目に遭うから用心する。だって、こうした女性が本当に愛しているのは、福澤諭吉の顔が載っているお札だけなんだから。支那人はもっと猜疑心が強い。普通の人間がコロっと詐欺師に変身する暗黒大陸では、クロ詐欺、シロ詐欺、鵺(ぬえ)的な鷺(さぎ)までいるから油断大敵、支那用心。朝鮮も同じで、特に民衆は権力者の言葉を信用しないそうだ。役人を頭から信じているのは日本人くらい。TVドラマだからしょうがないけど、刺青をした遠山の金さんが庶民の味方なんて、アメリカ人もビックリだ。アメリカの裁判官で刺青を彫った人が現れたら、ロシアン・マフィアの親戚みたいに思われちゃうから。

申性模 1(左 / 申性模)

  「困った時のお上頼み」は日本だけ。朝鮮人には想像できない。鮮戦争の時など、北鮮軍を目の前にしたソウル市民は、ずっと不安に苛(さいな)まれていたという。当時、国防省の申性模(シン・ソンモ)という責任者が、ラジオを通して何回も「ソウルを絶対死守する。安心せよ !」と繰り返したそうだ。しかし、財産と権力のある者は一足先に逃げていた。(まさしく、支那人の舎弟は俊敏だ !) 憐れなのは一般の民衆である。彼らは逃げようにも行き場が無く、この空虚な大言壮語を信じるしかなかった。一方、太鼓判を押した連中は、ソウル市民を見棄てて、自分だけ助かろうと逃げてしまった。しかも、自らの保身を考え、退路に当たる漢江(ハンガン)の橋まで爆破してしまったのだ。さぁ〜すが、朝鮮の為政者はやることがひと味違う。彼らは「死んでも命が助かりますように !」と祈るんじゃないか。いくら「同胞」と言ったって、「他人」は所詮「他人」だからさ。

  言っちゃ何だが、朝鮮の大衆はいつも不幸だ。百貨店を建てれば崩壊するし、国家を創れば混乱となる。北鮮軍に追い詰められた人々の中には、人民軍に虐殺されるのを避けるため、漢江に身を投げる者もいたという。悲劇が年中行事となる朝鮮ならではの光景だ。とても信じられない話だが、後にソウルに戻ってきた政府高官らは、ソウル市民に謝罪するどころか、逆に残っていた人々を叛逆者扱いにしたそうだ。朝鮮人の権力者に「恥知らず」という叱責は通用しない。だって、最初から恥の意識が無いんだもん。この罵倒は名誉心を叩き込まれた人に向けての非難で、「生きてこそナンボ」と考える人には馬耳東風である。戦乱の卑怯者たちは、呆れたことに脱走仲間と絆を深めるべく、「渡江派」とか「残留派」なる派閥を形成したそうだ。

  日本の高級官僚と似ているが、アジア人の権力者に失態の責任を自ら取ろうする者は極めて少ない。とりわけ、朝鮮戦争の時は皆無だった。ただし、激昂する世論を宥めるために、一人の高級将校を生け贄にしたそうだ。命令に従って橋を爆破した軍人は、屠殺を厭がる羊のように抵抗するが、あっけなく銃殺刑へ。後年、「命令を執行しただけなのに !」と悔しさを滲ませる遺族は、国を相手取って訴訟を起こしたそうだが、その結果は曖昧にされてお終いなった。(上掲書 p.83) いやぁ〜、「デス・イズ・コリア」を象徴するような話だ。我々は朝鮮に生まれなくて良かった。どおりで在日朝鮮人が帰国しない訳だ。

  「ソウルを死守する」と喝破した申性模(シン・ソンモ)は、首を括ってお詫びするどころか、例の「裏切り」が露呈した後も健在であった。それどころか、彼は悪名高い「居昌(コチャン)事件」を隠蔽しようとしたのだ。1951年2月に起きたこの事件は、南鮮軍による民間人の大殺戮で、今でも南鮮国民は恨みを抱いている。南鮮軍の第11師団に属する第9聯隊から派遣された第3大隊は、共産ゲリラや共匪パルチザンを根絶やしにするため、驚くべき軍事行動に出た。倫理観を喪失した将兵は、居昌郡の村人を強制的に山へと追い込み、怯える民衆に集中射撃を加え、一人ずつ確認しては殺しまくったそうだ。朝鮮兵による民間人の嬲(なぶ)り殺しには年季が入っている。日本人の我々にも、容赦無く攻撃する姿が目に浮かぶじゃないか。か弱い女子供が相手だと、朝鮮人は勇ましくなるからねぇ。

  共産ゲリラの掃討作戦と言っても、一掃したのは丸腰の民間人である。犠牲者のうち10歳未満の子供が313名で、11歳から50歳までの者が340名、60歳以上の老人が66名であったという。実に、700名以上の一般人を殺したことになる。それなのに、当時の国防長官であった申性模は失脚しなかった。なぜか? それは、彼の特技にあった。申長官は「嘘泣き」の名人であったそうで、大統領の前でも必ず感激の涙を流したそうだ。(上掲書 p.84) たぶん、彼は上官の歓心を買うため、見事なまでに憂国の涙を流し、自分が如何に真摯な愛国者なのかをアピールしたのだろう。もしかすると、ルイ13世に仕えたリシュリュー枢機卿(Cardinal de Richelieu)も顔負けの名演技を披露したんじゃないか。

  だいたい、共産軍のパルチザンが居たのなら、一般人を保護してから掃討作戦を実施すべきだ。どうして無辜の民を纏めて虐殺するのか。日本人のような文明人には解らない。後に明らかとなったが、当時の村には、壮年男子がほとんど居なかった。つまり、どうみてもゲリラに見えない女子供と老人ばかりであったのだ。息を吐くように嘘をつく朝鮮人なので、倫理的に責めてもしょうがないが、ある虚偽報告は注目に値する。住民の中には軍人や警察の家族も居たのだが、一人の警察官がある軍人の妻を暴行したらしい。そこで、村人が彼を責めると、この暴行魔は後の処罰が怖くなり、村人全身を「アカ」であると報告したそうだ。その結果は推して知るべし。朝鮮人の「性奴隷伝説」を信じている愚かな日本人は、よくよく肝に銘じるべきである。朝鮮人の「証言」には嘘がたくさん混ざっているのは“毎度”のことだ。「混ざっている」というより、嘘の大海に「真実」らしき「小さな嘘」が混じっていると考えた方がいい。朝鮮人の考え方だと、10リットルの水に1mgのレモン汁を垂らしたら、もう「精力絶倫、ビタミンCが豊富な栄養ドリンク」になってしまう。そもそも、大金を貯めていた「性奴隷」なんて、信じる方が馬鹿である。

  朝鮮の悲劇は人気ドラマのように続く。1960年の4・19騒動で民衆政の風が吹き荒れ、各地で虐殺された者の家族が遺族会を結成したそうだ。ところが、1961年の5・16クーデタで、遺族たちが思わぬ被害に遭ってしまった。というのも、遺族会の幹部らが全員「赤」のレッテルを貼られてしまい、検証もされず処刑されてしまったのだ。盧泰愚大統領の時になって、ようやく事件の一端が明らかとなったが、肝心の部分は隠されたままで、実質的な反省は無かったという。「真相」を徹底的に究明すると、責任者が炙り出されてしまうから、狡猾な連中は先手を打って真実を揉み消そうとする。これだから、庶民はいつも泣き寝入りとなる。金教授はこうした蛮行を行う将校を取り上げ、彼らの潜在意識を分析していた。曰わく、絶対権力を持つ者は常に他人を粛清することができる。そうなると、自分と関係無い村人などは“赤の他人”だから、自分の都合で「敵」と見なしても構わない。我々にはびっくり仰天の思考様式だが、ぶっきらぼうな朝鮮人を見れば納得できる。彼らの国では「諦めること」が生きることの基本なのだ。

Korean war weeping women(左 / 戦争で家族を亡くした朝鮮人たち)


  日本人は“無意識的”に隣人や同胞を「ひと様」「よそ様」と呼んで、「気配り」や「気遣い」を心掛けるが、朝鮮人には我々が“当然”と思う“感覚”が無い。同じ村に暮らす住民同士でも、姓や本貫(宗族集団)が異なれば赤の他人だし、両班と常民、奴卑との間にも歴然とした身分格差がある。日本人には解りづらいが、朝鮮人だと同じ姓の「金」でも本貫が違えば「よそ者」だ。例えば、金海金氏と善山金氏は別々の祖先を持つし、単に「李」氏といっても、慶州李氏なのか全州李氏なのか判らない。本貫が違えば同じ「金」という氏族名を持つ男女は結婚できるが、同じ本貫だと近親相姦みたいで忌み嫌われてしまい、恋愛に発展しない場合がある。日本人は恋人同士が「佐藤」とか「鈴木」という同じ姓でも気にせず、「結婚しても名字が変わらなくて良かった」くらいにしか考えない。

  朝鮮人には賤民や白丁(ペクチョン)の子孫が多いのに、それを隠して系譜を自慢するのが大好きだ。金容雲教授も述べていたが、朝鮮人の中には、大した祖先でもないのに、尊大に振る舞って矢鱈と他人を小馬鹿にする奴がいるそうだ。こんな頭を持った人間が権力の座に就けば、どんな事をしでかすか容易に想像がつく。偉くなると、たちまちその差別意識を覚醒させ、地位と財力を背景にして競争相手や民衆を弾圧するそうだ。朝鮮人はこうした権力濫用に何ら良心の呵責を持たない。彼らは割と簡単に容疑者を拷問に掛けられるし、罪無き農民を虐殺できる。金教授によれば、死体の数で出世しようと考える輩(やから)もいるらしい。日本人だと、「おいっ! それはネェだろう !」と叫んでしまうが、済州島でも光州でも、大量虐殺を犯した指揮官が勲章をもらっているくらいだから、朝鮮人の「常識」は我々の理解を超えている。金教授曰わく、「朝鮮民族は、病的意識のせいで、互いに殺し合った」そうだ。(上掲書 pp.88-89)

  つくづく思うけど、日本人は朝鮮に生まれなくて本当に良かった。あんな国に生まれ落ちたら、幸せな生活どころか、人間の尊厳すら維持できない。日本の軍人は国家国民の為に命を捧げたし、守られた国民は心の底から英霊に感謝した。天皇陛下に至っては、まさしく生き神様。朝鮮人や支那人が自慢する聖人君子など、日本的価値観で測れば、詐欺師か偽善者の類いだ。孔子だって漢字を沢山知っている知識人程度で、人格的には日本の庶民くらい。「まごころ」の試験を課せば落第生となる。日本人は上手な漢詩を詠めなくても、人間観察の名人だから、孔子や老子に逢っても感動しないだろう。大阪のオバちゃんなら「なぁ〜に、あの人。偉そうにしちゃってさぁ。イヤねぇ〜」で終わり。さすが、世界最強の人間通は違う。オレオレ詐欺にも引っ掛からない。電話越しに偽息子が「お金を振りこんでくれ !」と頼んできても、「そんなの知らん ! うちが貰いたいくらいやわぁ!」と切り返すんだから、詐欺集団もガッカリする。それでいて人情に厚いときてるから、支那人にはチンプンカンプン。まぁ、馬鹿な大学教授が支那人のホラ話に騙されているだけだ。

  何だか訳の解らぬ話になったげと、とにかく朝鮮人が朝鮮人と共に国家を創れば、蟻地獄しか誕生しないということだ。北鮮は「地上の楽園」と称した生き地獄であり、隣の南鮮は独裁国に面した煉獄である。朝鮮人はそのどちらにも住みたくないから、海を隔てた敵国(桃源郷)に逃れようとするのだ。もっとも、こんな異邦人を迎える我が国は大迷惑である。公徳心が欠落した賤民を、税金を使って「国民」にしなければならないからだ。嫌いな「日本国民」になりたがっている朝鮮人は雲霞の如く存在するが、「南鮮国民」になりたがっている日本人は何名いるのか? 南鮮に帰化したいと望む日本人の数を教えもらいたいものである。たぶん、韓国政府は「秘密」にするんだろうなぁ。南鮮車の販売台数より少なかったら恥だもんね。
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/

http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/334.html#c176

[昼休み54] 「『財務省が日本を滅ぼす』を書いた三橋貴明、 財務省に嵌められる 中川隆
34. 中川隆[-5847] koaQ7Jey 2018年1月24日 15:23:28 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
>>26の続き

2018年01月18日(続) 三橋貴明のDV疑惑について

本人登場の釈明会見

  前回(1月11日のブログ)、DV(家庭内暴力)で逮捕された経済評論家の三橋貴明について書いた。その時、筆者には詳しい内情が判らなかったので、勝手な憶測と邪推で評論し、三橋氏の容疑を晴らすには、本人が公の場で説明するか、三橋夫人が何らかの声明を直接発するしかないと提案した。すると、要望が叶えられたかのように、三橋夫人がチャンネル桜に出演した。彼女が「事件」の経緯を説明してくれたので、筆者としてはちょっと嬉しい。やはり、当事者が画面に現れて直に弁明しないと世間は納得しないよねぇ。

三橋夫人は顔を伏せての釈明だったが、それでも話し方や受け答えの様子で、三橋氏の「暴力」が強烈なものではなかったと安心できた。新聞の報道だけでは事件の発端や経緯が分からないので、不特定多数の人が「DVの常習者だ !」と断定したり、「少女趣味のロリコンだ!」と揶揄していたから気になっていた。ただし、三橋夫人の話だけで納得しない人もいるはずで、「それなら、第一夫人と第二夫人の場合はどうだったのか?」との疑問を投げかけられれば、擁護派の人も唸ってしまうだろう。本当に夫婦間の揉め事は判りづらい。

  説明対談は有り難いが、それで全員が納得する訳ではない。ある人々は「もしかすると、三橋夫人は何かを隠しているのかも知れないし、知られたくない事実を隠すために、敢えて気さくに答えたのだろう」と勘ぐるひともいるからだ。一緒に連れてきた赤ん坊を見れば解るけど、幼い子供を育てる母親としては、父親の名誉を守りたいし、過去にあった色々な夫婦喧嘩を話したくないと断っても不思議じゃない。意地悪な見方をすれば、「真相」をうやむやにする為に夫人が嘘をつくことだってあるだろう。今回の事件で夫の仕事が減ってしまったから、家庭を支える妻としては、夫の容疑を晴らし、以前のような活動を再開してもらいたいと考えるのも妥当だ。これから幼い子供を育てて行くわけだから、養育費を心配する妻であれば、夫の収入が激減するのは避けたいし、自分のせいで事件が大きくなってしまったという罪悪感もあるはずだ。

  今回の釈明でチャンネル桜の視聴者は、一応の納得できたはずだし、三橋氏を堪忍してやろうと考える人も出てくるだろう。ただ、依然として疑惑の目を向けたり、「それでも赦せない !」と頑なに拒絶する人もいるはずだから、一度犯した過ちは中々消せるものではない。たぶん、三橋氏のテレビ出演は激減するだろう。彼は何度かテレ朝の『TVタックル』に出演していたが、同番組制作者は三橋氏をもう呼ばないんじゃないか。一旦、DV疑惑の汚点がついてしまった人物を起用するのは、局としてもリスクが高いし、視聴者からの抗議も予想されるから、再び招くとしたら数年後になるだろう。漫才師とか有名俳優なら、暴行事件を起こしても復帰できるだろうが、知識人枠で出演する評論家だと難しい。だって、殴った相手が男ならいいけど、女性で女房とくればイメージが悪いじゃないか。

  水島社長の質問に答えていた夫人が認めていたけど、過去二回の通報は本当だった。筆者の感覚からすると、夫婦喧嘩くらいで警察に通報するなんて愚かだが、19歳のお嬢さんだと「普通」なんだろう。これは推測だけど、夫婦間の口論が過熱して、取っ組み合いの喧嘩となり、激昂した夫人が“勢い”で警察に電話を掛けた、というケースも想像できるのだ。世間の視聴者は「たかが夫婦喧嘩くらいで警察沙汰にするなんて、頭がどうかしている !」と叱責するだろうが、舅や姑と暮らさない核家族の夫婦だと、他に頼る人や仲裁してくれる人がいないので、怒りにまかせて通報することもあるだろう。確かに「警察は便利屋じゃないぞ !」と言えるけど、若い子には「何かあれば警察に」という考えがあるのかも知れない。昔と違い、役所や交番への距離が精神的に近くなったことは確かだ。

  自分から進んでチャンネル桜に赴いた三橋夫人には勇気がある。水島社長との会話で、少々アホな回答があったけど、正直に答えているという印象を受けたので、全体的に見て良かった。「留置場」と言うところを「刑務所?」と言い間違えるところなど、今風のお嬢さんらしくて笑える。三橋夫人は夫婦関係を修復し、これからも共に暮らす意思を表明していたので、深刻なDV疑惑は晴れたんじゃないか。ただし、三橋氏が酒を呑んでの暴行と判ったので、別の欠点がバレてしまった。家の外では温厚で陽気な人物でも、一旦お酒が入ると大胆になり、態度が豹変する人もいるから、三橋氏はこのタイプなのかも知れない。アルコールが入って態度がデカくなる人は、本質的に「気が小さい」と考えられる。普段の生活では意識的に「謙虚」となり、本性を抑圧しているから、酔っ払うとその箍(たが)が外れてしまうのだろう。居酒屋などで酔っ払った場合、三橋氏は男性に対しても大胆になるのだろうか? もし、女房に“だけ”としたら、内弁慶みたいで情けない。

  三橋氏にとって、これからの試練は、チャンネル桜に再び現れるのか、という点である。彼は一緒にキャスターを務めた浅野久美さんと「また」コンビを組めるのか? 女性キャスターと女性の視聴者は厳しいぞ。適当な謝罪だと赦してもらえないし、彼女達の信頼を回復するには相当な努力と時間を要する。雪印乳業だってスキャンダルから立ち直るまで、相当な苦労をしたはずだ。「信頼」を築くのは何年もかかるのに、それを壊すには一瞬でいい。男性視聴者なら、「まぁ、カミさんが赦してくれたんだから、いいんじゃないか」と寛容な見方をするけど、一般的に、女性は女房に手を挙げる亭主を憎み、なかなか赦さない。筆者は「甘い !」と叱られそうだけど、三橋氏には赤ん坊もいることだし、再起を図ってもらいたい。ソッポを向いた読者やファンを取り戻すことは難しいけど、チャンネル桜に再登板して謝罪すれば赦してくれる人もいるかもよ。テレビ・カメラの前に立って、醜態を晒すのは本当に屈辱的で、死ぬほど恥ずかしいけど、我が子の将来を考えれば、じっと堪え忍ぶべきなんじゃないか。格好つけてブログの執筆と講演活動に立て籠もるなら、だんだんと人気に翳りが生じ、「忘れ去られた評論家」になってしまうぞ。余計なお世話かも知れないが、三橋氏の才能を惜しむ筆者は、彼に勇気を持ってもらいたい。(もっとも、三橋氏が筆者のブログを読むとは思えないけどね。)
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68696534.html
http://www.asyura2.com/17/lunchbreak54/msg/112.html#c34

[昼休み53] 千葉県にだけは住んではいけない 中川隆
176. 中川隆[-5846] koaQ7Jey 2018年1月24日 15:29:13 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2018年01月11日 三橋貴明のジレンマ / 弁明と復活の狭間で
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68695235.html


チャンネル桜の甘い対応

  『水戸黄門』の主題歌に、「人生、楽ありゃ苦もあるさぁ〜」という歌詞あったけど、人生には「上り坂」と「下り坂」に加えて「まさか(魔坂)」がある。順風満帆の出世街道でも落とし穴は附き物だ。ましてや、世間の注目を浴びる人物なら、墓穴を掘るようなことは謹まなければならない。普段は芸能記事とか三面記事に興味の無い筆者でも、三橋貴明の逮捕劇には目が止まった。偶然、ライブドア社のニュースを見たら、三橋氏の名前が載っていたので「何事か?」と思い、事件の一報を読んでみると、意外な騒動だったので驚いた次第である。最初、「10代妻への傷害容疑」との報道であったから、自宅に招いた知人の女房でも殴ったのかと思った。だって、ひと様の夫人をぶっきらぼうに「妻」と呼ぶ記者は“おかしい”だろう。記事を書く記者が「うちの妻が・・・」と言うなら分かるが、よその「奥様」を自分の嫁みたいに扱うなんて変だ。まぁ、他人の「自家用車」を「マイカー」と述べるアナウンサーとか、「長屋」を「マンション(一戸建ての豪邸)」と呼ぶ警察官がいるくらいだから仕方ないけど。

Mitsuhashi 2  本来、「傷害事件」は警察が取り扱う案件で、被害者の三橋夫人と三橋氏が解決すべき問題と言えよう。筆者のような第三者が“どうこう”言う事案じゃない。しかし、今回は「お節介」と「野次馬根性」で述べてみたくなった。というのも、三橋氏がチャンネル桜でレギュラー・キャスターを務め、同局の討論番組でも常連であり、地上波テレビとラジオ番組にも出演していたので、多少興味があるからだ。それに、今週放送された水島総社長のコメントが、いつもと違い妙に甘かったので違和感があった。三橋氏の一件が私生活でのトラブルとはいえ、彼の読者や支援者は、番組での姿と家庭での姿を重ねてしまうから、三橋氏は何らかの声明を直に発しなければならなくなるだろう。

  三橋ファンの中には、彼の夫人が10代であったことに驚いた者もいたようだが、男女の関係は十人十色で、“意外な組み合わせ”も多いから、三橋氏の夫婦関係もおかしくはない。だって、世間には元の教え子と結婚する教師がいるし、80歳の老婆と結婚する20歳の青年もいるんだから。例えば、40歳代の高校教師が自分のクラスにいる女子校生徒と恋仲となり、卒業後すぐ結婚しちゃう場合もある。また、資産家のオバはんと結婚する財産目当ての若者もいて、「夜の営み」を想像すると震えが来るが、コレばかりはしょうがない。米国ではヨボヨボの石油王と結婚した美女もいるんだからさ。ちなみに、尾崎秀実と一緒に捕まったソ連のスパイ、リヒャルト・ゾルゲ(Richard Sorge)は、恩師の元女房と結婚していたのだ。ゾルゲがアーヘンで博士課程にあった時、彼の指導教授がカート・アルベルト・ゲルラッハ(Kurt Albert Gerlach)博士で、この赤い学者はクリスチアーネ(Christiane Gerlach)夫人と別れてしまった。その後、教え子のゾルケは「先生の別れた女房」と結婚する。しかも、驚くべき事に、弟子と師匠との友情は失われなかった、というから共産主義者の頭は我々の常識を越えている。(マーティン・ジェイ 『弁証法的想像力』 荒川幾男 訳、みすず書房、1975年、 p.13) 恩師と離婚した女性を娶るなんて筆者にはとてもできないし、両親や友人だって「それは・・・、ちょっと・・・、何だかなぁ」と困惑するはずだ。でも、自分の同級生が母親の再婚相手になった場合を想像すれば、そっちの方が「まだ“マシ”かなぁ」と思ってしまう。

暴行の常習者なのか?

Mitsuhashi 1(写真 / 選挙でコスプレ姿になった三橋氏とさかき漣さん)
  ともかく、三橋氏の現夫人が何歳であれ、それはとやかく言うものではない。一番の問題は、三橋氏に“常習的な”DV(家庭内暴力)の傾向があると噂された事だ。三橋氏自身、ブログで平手打ちの事実を認め謝罪しているから、感情的に夫人を殴ってしまったのだろう。多少の夫婦喧嘩はどこの家庭にもよくあることだから一々咎めないが、警察沙汰になるというのは尋常ではない。報道によれば、三橋夫人は2017年の9月と11月にも暴力を受けていたというので、今回で3回目の災難となる。しかし通常、夫婦の口論くらいでは逮捕されないだろう。普通なら「とりあえず、喧嘩はやめなさい!」で済むんじゃないか。警察が度重なる通報を受け、連行・逮捕したとすれば、警察官が「またやったのか!」とか「悪質だ!」と考えたのかも知れないし、また、裁判所がなぜそう判断したのかの理由も知りたい。三橋氏のブログによれば、口論が起こったのは1月5日の夜だったそうで、警察に連行されたのが6日の早朝ということだから、随分と長く喧嘩をしていたことになる。三橋夫人が長時間の苦痛に堪えられなくなって110番したとも考えられるので、事の真相は夫人と警察にしか分からない。

  今回の事件で厄介なのは、三橋氏がブログで簡単な「お詫び文」を掲載しただけで、具体的な経緯を述べず、一般人の勝手な推測が飛び交ってしまった事だ。曖昧なインターネット情報によれば、作家のさかき漣さんが三橋氏の二番目の夫人で、離婚していたという話もある。漣さんのお姿は筆者もチャンネル桜で拝見したことがあるので、彼女が三橋氏の事務所に勤務し、彼と共著で本を出版していたことも知っていたが、夫婦関係にあることは知らなかった。どんな理由で離婚に至ったのかは不明だが、彼女が書いた過去のブログが再浮上して三橋氏の疑惑が更に深まっている。2015年6月28日附のブログで、彼女は「なぜ被害者は加害者から逃げ出せないのか」という文章を書いていた。その中で、DV被害者の状況について述べている。


  ・・・加害者から長年にわたり身体的虐待と共に「役立たず」「バカ」「きちがい」「俺以外には誰もお前に優しくする人間はいない」「他人は絶対にお前を助けない」「俺だけがお前を理解している」などの罵倒や甘言を交互に受けてきた経験から、被害者は、自分の思考を加害者からコントロールされているに近い状態にあり、加害者以外の他人の言葉を素直に受け止めることも困難となっている。

  さかき漣さんの表現によると、被害者は「カルトの洗脳が完了した」状態に近いようだ。だから、DVを受けた妻が、虐待を世間に訴えかけようとしても、夫にバレたら叱られる、と怯えてしまい、病院で怪我の治療だけ済ませ、そのまま帰宅してしまうケースもあるそうだ。たとえ、警察から何度も「被害届を出しなさい」、「シェルターに逃げるという方法もある」と説得を受けても、「ここで私が我慢すれば、“何もなかった”ことになるのだ」と思い込み、やはり帰宅してしまうらしい。そこで、漣さんは、次のように勧告する。

  もしも暴君のコントロール下から抜け出したいのなら、被害者には、「もしや自分は加害者から利用されていたのではないのか」との疑念を持ち始めることが肝要だ。

  こんなブログを一般人が読めば、「もしかしたら、さかき漣さん自身の体験を基にした分析なのか?」と疑ってしまうだろう。事実、漣さんは家庭内暴力に関心があるようなので、彼女の主張と見解には何となくある種の重みがある。チャンネル桜の水島社長は、番組内で「いずれDVについても討論してみたい」との旨を語っていたので、さかき漣さんをゲストに迎えてみたらいいんじゃないか。彼女は「夜桜亭」とか「討論! 討論! 討論!」にも出演したことがあるので、水島社長とも面識があるはずだ。だだし、「漣さん、ご自身がDVを受けた経験がありますか?」との質問には答えないだろうから、その時に彼女が見せる表情で判断するしかない。

  今回の逮捕劇で三橋氏のイメージが損なわれたのは確実だ。保釈後、三橋氏はブログを更新し、その中で、マスコミが大々的に報道する程の事件か、と呆れていたが、ベストセラーを世に送り、テレ朝の『TVタックル』を始めとする討論番組に出演する売れっ子評論家ともなれば、マスコミが放って置く訳がないだろう。藝人のつまらない色恋沙汰でさえ何日も垂れ流すマスコミだ。そこに、普段からマスコミ批判を繰り返す三橋氏が「傷害事件を起こしたぞ !」とくれば、血に飢えたサメのように群がり、容赦無く噛みつくのは当然だろう。しかも、三橋氏は初犯でなく、2015年(平成27年)9月にも、神奈川県の小田原署に逮捕された「再犯」である。三橋氏はこの事件をどう説明するつもりなのか? 2015年というと、二番目の夫人である「さかき漣」さんへの暴力かも、と推測できる。この件に関しては三橋氏に訊くしかない。水島社長はこの「逮捕」について、三橋氏に問い質したのだろうか。原因や内容を聞き出せなくても、事件の確認くらい電話で訊けるだろう。

疑惑を晴らす手段

  今回の事件を三橋氏がどうするのか、無関係な筆者には全く分からない。彼はレギュラー・キャスターを務めるチャンネル桜に今後出演するのか。もし、三橋氏が今回の騒動を「単なる夫婦喧嘩」と判断するのであれば、彼は来週にも再登板すべきだ。なぜなら、自分にDVの性癖が無く、夫人との和解ができていると言うなら、視聴者の前に出て堂々と話すべきだし、皆が持っている疑念を払拭すべきである。このままチャンネル桜から消え去り、講演巡業や著述活動に専念するなら、視聴者の多くが「やっぱりねぇ〜」と彼のDV疑惑を認めてしまうだろう。私生活での醜態をインターネット・テレビで語るのは恥ずかしいだろうが、家庭内暴力に関する猜疑心はいつまでも人々の記憶に残るから、三橋氏の将来にとって大きなマイナス要因となることは確実だ。したがって、「当分のあいだ謹慎する」と言って雲隠れすれば、彼の立場はますます不利になるだろう。伊藤詩織に対する「強姦疑惑」を持たれた山口敬之さんも、月刊『Hanada』で反論文を投稿し、花田氏のインターネット動画にも出演したから、自身の疑惑を晴らすことができたのだ。あのまま沈黙を守っていたら、現在のようには活動できない。警察沙汰が一件落着しても、世間の不信感は解決できないのだ。

  もし、三橋氏が疑惑を晴らしたければ、被害者の三橋夫人が何らかの声明をネットで発表するか、声だけでもいいからチャンネル桜で流してもらうべきだ。警察への被害届を取り下げたといっても、世間はそれを「恐怖による撤回」としか考えない。本当に三橋氏が謝罪し、夫人からの赦しを受けたのなら、三橋夫人としても旦那のために一肌脱ぐべきじゃないのか。夫の仕事に影響が出てしまい、ファンの数も何名かは減ってしまうのだから、窮地に立った夫を助けるのも妻の役目だろう。愛人騒動で騒がれた山崎拓は、勇気ある夫人に助けられたし、浮気を繰り返すビル・クリントン元大統領もヒラリー夫人に掩護されたじゃないか。ただ、三橋夫人が「そんなの絶対にイヤ」と突っぱねる場合も想定できるので、こうした提案は非現実的かも知れない。それに、まだ彼女が恨みを抱いている場合、夫への復讐心が消えていないので、三橋氏の窮状を見て「ざまあみろ!」と思っている可能性もある。

  この事件を当ブログで論じることには、少なからぬ抵抗感があった。まるで藝能週刊誌が得意とする中傷記事になってしまいそうで気分が重くなったからだ。元々、筆者は三橋氏に対して悪意は無い。私的な事だけど、彼が2010年に参議院選挙へ出馬した時、彼に献金をしたことがある。筆者は最初から、「まだ政界進出には早い。しかも、知名度や組織票が無いから駄目だなぁ」と思ったけど、藝人議員よりは“まし”だろうと考え、三橋氏を支持することにした。だって、元柔道家の田村亮子やプロレスラーの馳浩などと比べれば、三橋氏の方が「まとも」に思えるじゃないか。しかし、三橋氏の選挙参謀になった宇田川敬介との「いざこざ」や、三橋氏の未熟さを耳にして嫌気が差したのも事実だ。宇田川氏から「女と選挙戦、どっちを取るんだ?」と迫られた三橋氏は、「女」と答えたそうだから実に情けない。ある会話で三橋氏は選挙のために1500万円も巻き上げられ愚痴をこぼしていたけど、権力を目指す者には色々な人間が群がってくるのを分かっていなかったのか。宇田川氏から選挙の挨拶回りが出来ていない、と叱責されてふて腐れていたが、政治家になる場合には、不愉快な人物に対しても愛想を振りまき、何度も頭を下げねばならないものだ。それがイヤなら最初から出馬しない方がいい。個人の人気だけで当選できる候補者は限られている。

  今回のブログは曖昧模糊となってしまったが、「三橋氏には頑張ってもらいたい」というのが筆者の願いである。ただし、読者から「能力があれば、そして良い意見を主張するなら、DV癖を寛恕できるのか !」と詰問されれば、答えに窮するから筆者も反論するのが辛くなる。それゆえ、三橋氏にはカメラの前で堂々と説明してもらいたい。世間は彼の態度や表情で判断するだろう。でも、傷つきやすい三橋氏のことだから、「ギャアギャア言う連中は相手にしない ! テレビの仕事が無くても食って行けるから」と言いそうだ。目下のところ、引く手あまたの経済評論家なので、チャンネル桜や地上波での仕事を失っても、それほど痛くはないだろう。しかし、いくら人気者といっても、しょせんは三橋事務所は個人商店だ。巨額の資産を保有する大企業じゃないから、信用が失墜すれば徐々にその名声にも翳りが出てくるだろう。ダメージに対する初期対応を怠れば、必ずやそのしっぺ返しが来るぞ。被害届が取り下げられたから、今回起きた事件の解明はうやむやとなり、三橋氏へのネガティヴな印象だけが残ることになる。余計な世話だけど、三橋氏の失脚を惜しむから、筆者は敢えて意見を述べる事にした。これから世間の反応がどうなるか、ちょっと気掛かりだ。
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68695235.html


2018年01月18日(続) 三橋貴明のDV疑惑について


本人登場の釈明会見

  前回(1月11日のブログ)、DV(家庭内暴力)で逮捕された経済評論家の三橋貴明について書いた。その時、筆者には詳しい内情が判らなかったので、勝手な憶測と邪推で評論し、三橋氏の容疑を晴らすには、本人が公の場で説明するか、三橋夫人が何らかの声明を直接発するしかないと提案した。すると、要望が叶えられたかのように、三橋夫人がチャンネル桜に出演した。彼女が「事件」の経緯を説明してくれたので、筆者としてはちょっと嬉しい。やはり、当事者が画面に現れて直に弁明しないと世間は納得しないよねぇ。

三橋夫人は顔を伏せての釈明だったが、それでも話し方や受け答えの様子で、三橋氏の「暴力」が強烈なものではなかったと安心できた。新聞の報道だけでは事件の発端や経緯が分からないので、不特定多数の人が「DVの常習者だ !」と断定したり、「少女趣味のロリコンだ!」と揶揄していたから気になっていた。ただし、三橋夫人の話だけで納得しない人もいるはずで、「それなら、第一夫人と第二夫人の場合はどうだったのか?」との疑問を投げかけられれば、擁護派の人も唸ってしまうだろう。本当に夫婦間の揉め事は判りづらい。

  説明対談は有り難いが、それで全員が納得する訳ではない。ある人々は「もしかすると、三橋夫人は何かを隠しているのかも知れないし、知られたくない事実を隠すために、敢えて気さくに答えたのだろう」と勘ぐるひともいるからだ。一緒に連れてきた赤ん坊を見れば解るけど、幼い子供を育てる母親としては、父親の名誉を守りたいし、過去にあった色々な夫婦喧嘩を話したくないと断っても不思議じゃない。意地悪な見方をすれば、「真相」をうやむやにする為に夫人が嘘をつくことだってあるだろう。今回の事件で夫の仕事が減ってしまったから、家庭を支える妻としては、夫の容疑を晴らし、以前のような活動を再開してもらいたいと考えるのも妥当だ。これから幼い子供を育てて行くわけだから、養育費を心配する妻であれば、夫の収入が激減するのは避けたいし、自分のせいで事件が大きくなってしまったという罪悪感もあるはずだ。

  今回の釈明でチャンネル桜の視聴者は、一応の納得できたはずだし、三橋氏を堪忍してやろうと考える人も出てくるだろう。ただ、依然として疑惑の目を向けたり、「それでも赦せない !」と頑なに拒絶する人もいるはずだから、一度犯した過ちは中々消せるものではない。たぶん、三橋氏のテレビ出演は激減するだろう。彼は何度かテレ朝の『TVタックル』に出演していたが、同番組制作者は三橋氏をもう呼ばないんじゃないか。一旦、DV疑惑の汚点がついてしまった人物を起用するのは、局としてもリスクが高いし、視聴者からの抗議も予想されるから、再び招くとしたら数年後になるだろう。漫才師とか有名俳優なら、暴行事件を起こしても復帰できるだろうが、知識人枠で出演する評論家だと難しい。だって、殴った相手が男ならいいけど、女性で女房とくればイメージが悪いじゃないか。

  水島社長の質問に答えていた夫人が認めていたけど、過去二回の通報は本当だった。筆者の感覚からすると、夫婦喧嘩くらいで警察に通報するなんて愚かだが、19歳のお嬢さんだと「普通」なんだろう。これは推測だけど、夫婦間の口論が過熱して、取っ組み合いの喧嘩となり、激昂した夫人が“勢い”で警察に電話を掛けた、というケースも想像できるのだ。世間の視聴者は「たかが夫婦喧嘩くらいで警察沙汰にするなんて、頭がどうかしている !」と叱責するだろうが、舅や姑と暮らさない核家族の夫婦だと、他に頼る人や仲裁してくれる人がいないので、怒りにまかせて通報することもあるだろう。確かに「警察は便利屋じゃないぞ !」と言えるけど、若い子には「何かあれば警察に」という考えがあるのかも知れない。昔と違い、役所や交番への距離が精神的に近くなったことは確かだ。

  自分から進んでチャンネル桜に赴いた三橋夫人には勇気がある。水島社長との会話で、少々アホな回答があったけど、正直に答えているという印象を受けたので、全体的に見て良かった。「留置場」と言うところを「刑務所?」と言い間違えるところなど、今風のお嬢さんらしくて笑える。三橋夫人は夫婦関係を修復し、これからも共に暮らす意思を表明していたので、深刻なDV疑惑は晴れたんじゃないか。ただし、三橋氏が酒を呑んでの暴行と判ったので、別の欠点がバレてしまった。家の外では温厚で陽気な人物でも、一旦お酒が入ると大胆になり、態度が豹変する人もいるから、三橋氏はこのタイプなのかも知れない。アルコールが入って態度がデカくなる人は、本質的に「気が小さい」と考えられる。普段の生活では意識的に「謙虚」となり、本性を抑圧しているから、酔っ払うとその箍(たが)が外れてしまうのだろう。居酒屋などで酔っ払った場合、三橋氏は男性に対しても大胆になるのだろうか? もし、女房に“だけ”としたら、内弁慶みたいで情けない。

  三橋氏にとって、これからの試練は、チャンネル桜に再び現れるのか、という点である。彼は一緒にキャスターを務めた浅野久美さんと「また」コンビを組めるのか? 女性キャスターと女性の視聴者は厳しいぞ。適当な謝罪だと赦してもらえないし、彼女達の信頼を回復するには相当な努力と時間を要する。雪印乳業だってスキャンダルから立ち直るまで、相当な苦労をしたはずだ。「信頼」を築くのは何年もかかるのに、それを壊すには一瞬でいい。男性視聴者なら、「まぁ、カミさんが赦してくれたんだから、いいんじゃないか」と寛容な見方をするけど、一般的に、女性は女房に手を挙げる亭主を憎み、なかなか赦さない。筆者は「甘い !」と叱られそうだけど、三橋氏には赤ん坊もいることだし、再起を図ってもらいたい。ソッポを向いた読者やファンを取り戻すことは難しいけど、チャンネル桜に再登板して謝罪すれば赦してくれる人もいるかもよ。テレビ・カメラの前に立って、醜態を晒すのは本当に屈辱的で、死ぬほど恥ずかしいけど、我が子の将来を考えれば、じっと堪え忍ぶべきなんじゃないか。格好つけてブログの執筆と講演活動に立て籠もるなら、だんだんと人気に翳りが生じ、「忘れ去られた評論家」になってしまうぞ。余計なお世話かも知れないが、三橋氏の才能を惜しむ筆者は、彼に勇気を持ってもらいたい。(もっとも、三橋氏が筆者のブログを読むとは思えないけどね。)
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68696534.html

http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/390.html#c176

[政治・選挙・NHK238] 日本は原発輸出も 世界で普及が進む再生可能エネルギー 金子勝の「天下の逆襲」(日刊ゲンダイ) 赤かぶ
8. 中川隆[-5845] koaQ7Jey 2018年1月24日 17:13:51 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
>>7
地球が人間の住めない星になるよりはましだろ:


早く発電は原発だけにしないと地球は灼熱の世界になる:


「地球の気温は250度まで上昇し硫酸の雨が降る」ホーキング博士
2017年7月4日(火)19時01分 ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

理論物理学者のスティーブン・ホーキング博士 Toby Melville-REUTERS

<アメリカのパリ協定離脱を批判したホーキング博士が、地球の「金星化」を予言。さらにこれを裏付けるデータも>

著名な理論物理学者スティーブン・ホーキング博士が、人類に警告を発した。地球上の気温はいずれ250度まで上昇し、このままだと手遅れの状況になる可能性があるという。

7月2日に母校のケンブリッジ大学で行われた75歳の祝賀記念講演でホーキング博士は、アメリカの「パリ協定」からの脱退が原因で、地球上の気温上昇が加速するとの見方を示した。人類にとっての最善策は、他の惑星を植民地化することだと語った。

ホーキング博士は「地球温暖化は後戻りできない転換点に近づいている」と指摘し、ドナルド・トランプ米大統領によるパリ協定脱退の決断がさらに地球を追い詰めることになると非難した。気温は250度まで上がって硫酸の雨が降るという、まるで金星のように過酷な環境だ。

さらにこれを裏付けるような調査結果が出た。アメリカ気象学会の衛星データから地球表面と地球全体の温度が連動してどんどん暑くなってきていることが確認されたとワシントン・ポストが報じた。

【参考記事】イーロン・マスク「火星移住は生きている間に可能だと知ってほしい」
【参考記事】リッチな人々の火星移住は近い

不可逆的な状況になる前に

トランプは6月1日にホワイトハウスで声明を読み上げ、パリ協定から離脱すると発表した。同時に、自ら離脱するにもかかわらず「(パリ協定に署名する194カ国と)再交渉を始めて公正な協定を結びたい」とも提案。これを受け、ドイツ・メルケル首相とフランス、イタリアの首相は即座に連名で声明を発表。「パリ協定は再交渉できない」とトランプの提案を拒んだとニューヨーク・タイムズなどが報じた。

トランプの掲げるアメリカ第一主義に則って、離脱は「米国の雇用を守ることにつながる」と主張したが、アップル、フェイスブックなどの企業から批判を浴びる結果になってしまった。アップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)はツイッタ―で、「パリ協定脱退は間違った決定」だと投稿した。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/07/250-1.php


http://www.asyura2.com/18/senkyo238/msg/799.html#c8

[番外地7] ビットコインの暴騰・暴落 _ 自国通貨が信用できない人間がバブルを作り、日本人が本気になって買ったらバブル崩壊 中川隆
5. 中川隆[-5844] koaQ7Jey 2018年1月24日 17:42:25 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

ビットコイン(Bitcoin)価格・相場・チャート 【bitFlyer】
https://bitflyer.jp/ja-jp/bitcoin-chart

ビットコイン - 日本円 チャート
https://zaif.jp/chart_btc_jpy
https://cc.minkabu.jp/pair/BTC_JPY

2018年01月24日
ビットコインで損をした投資家のパターン

レバレッジを掛けていた投資家は全滅した筈
引用:日本経済新聞https://www.nikkei.com/content/pic/20180118/96959999889DE0E7EAE2E0EBE5E2E3E5E2E3E0E2E3EA9793E0E2E2E2-DSKKZO2580216017012018EA2000-PB1-1.jpg

ビットコイン投資家の負けパターン

ビットコインなど仮想通貨が2018年1月16日から7日にかけて下落し、多くの個人投資家が損失を出した。

1月15日には1万3500ドルくらいだったのが、16日の最安値は9940ドル、さらに17日は9231ドルをつけました。

1月20日には1万3000ドルに回復したものの、23日にはまた1万ドル割れを試す水準に下がっています。


ビットコインは2017年12月17日に史上最高値の1万9891ドルを付けたが12月22日には1万700ドルに下がり、1月6日にはまた1万7000ドルを回復していた。

1週間ごとに4割も上下し、この場合よほど上手く立ち回らないと、安値で買って高値で売る短期売買は成功しない。

ビットコイン投資で負けるパターンその一は短期売買で、多くの場合短期売買ではレバレッジを掛けます。


日本政府が認可した正規取引所でも最大25倍程度のレバレッジが掛けられるようで、仮に10倍だとしても途方もない値動きになる。

レバレッジなしでさえ1週間で4割上下するのだから、10倍なら毎週400%の値動きになり、1週間以内に破産するか資産を4倍にするかどちらかです。

レバレッジを掛けるトレードで問題なのは、負けにははっきりと(強制決済など)終わりがあるのに、勝ちには終わりがないことです。


レバレッジ10倍なら10%値下がりしただけで自動的に全額を失いますが、10%値上がりした時には「自動的に上がり」にはならない。

このため短期トレードの投資家は常に決済のタイミングを失敗し、「高く買って安く売る」結果になりがちです。

レバレッジを掛けているので含み損に耐える事はできず、僅かな利益で決済するが、逆に利益を伸ばそうとして反転し損失を出すパターンが多いです。

長期トレードの落とし穴

では短期売買ではなく長期トレードなら必ず勝てるかというと、アメリカの例でこんなニュースがありました。(ニューズウィークより)

29歳の兄は値上がりする前のビットコインを、1万5000コインも持っていたが、早く売りすぎてしまった。

もし1万5000コインを最高値の200万円で売れば300億円だが、おそらくその1万分の1くらいで売ってしまった。


兄はこの投資で利益を上げたはずだが、人生に絶望し、早くしてなくなってしまった。

弟は逆に高値でビットコインを買ってしまい大きな損失を出し、いくらかは書かれていないがやはり人生に絶望している。

弟は損をしたのに生きていて、兄は利益を出した筈なのに先に人生を放棄したのだが、合理的に考えれば逆の筈です。


兄はビットコインがタダ同然だった時に購入し、いくらかは分からないが儲けた筈だが、人間の心理としてそうは思わない。

例えば何かの投資で10万円利益を上げたとして、その後その銘柄を持ち続けていたら20万円の利益になっていた筈だとします。

こういう時投資家の頭では「おれは10万円損をしてしまった!」という後悔で一杯になります。


実際には10万円利益が出ているのに、逆に10円損をしたと思い込み、ましてやそれが300億円だったら絶望的な気持ちになるでしょう。

弟は兄とは逆に多額の損をしたが、おそらく数百万円か多くても家を抵当に借りれる程度の金額でしょう。

この場合兄は「300億円損をした」と思い込み、弟は数百万円の損で済んだ事になり、彼らの認識の中では弟の方が軽い損失で済んだ。


投資家の心理はこのように不合理で、必ず判断を間違えるので、最終的に9割以上の人が負けるのです。
http://www.thutmosev.com/archives/74627981.html

しかし、ビットコインのチャートはエリオット波動の教科書通り正確に動いているのに、損したアホがいるんだ(呆れ)
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/314.html#c5

[近代史02] 株で儲ける方法教えてあげる(こっそり) 中川隆
539. 中川隆[-5843] koaQ7Jey 2018年1月24日 17:44:24 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

ビットコイン(Bitcoin)価格・相場・チャート 【bitFlyer】
https://bitflyer.jp/ja-jp/bitcoin-chart
ビットコイン - 日本円 チャート
https://zaif.jp/chart_btc_jpy
https://cc.minkabu.jp/pair/BTC_JPY


2018年01月24日
ビットコインで損をした投資家のパターン


レバレッジを掛けていた投資家は全滅した筈
引用:日本経済新聞https://www.nikkei.com/content/pic/20180118/96959999889DE0E7EAE2E0EBE5E2E3E5E2E3E0E2E3EA9793E0E2E2E2-DSKKZO2580216017012018EA2000-PB1-1.jpg


ビットコイン投資家の負けパターン

ビットコインなど仮想通貨が2018年1月16日から7日にかけて下落し、多くの個人投資家が損失を出した。

1月15日には1万3500ドルくらいだったのが、16日の最安値は9940ドル、さらに17日は9231ドルをつけました。

1月20日には1万3000ドルに回復したものの、23日にはまた1万ドル割れを試す水準に下がっています。


ビットコインは2017年12月17日に史上最高値の1万9891ドルを付けたが12月22日には1万700ドルに下がり、1月6日にはまた1万7000ドルを回復していた。

1週間ごとに4割も上下し、この場合よほど上手く立ち回らないと、安値で買って高値で売る短期売買は成功しない。

ビットコイン投資で負けるパターンその一は短期売買で、多くの場合短期売買ではレバレッジを掛けます。


日本政府が認可した正規取引所でも最大25倍程度のレバレッジが掛けられるようで、仮に10倍だとしても途方もない値動きになる。

レバレッジなしでさえ1週間で4割上下するのだから、10倍なら毎週400%の値動きになり、1週間以内に破産するか資産を4倍にするかどちらかです。

レバレッジを掛けるトレードで問題なのは、負けにははっきりと(強制決済など)終わりがあるのに、勝ちには終わりがないことです。


レバレッジ10倍なら10%値下がりしただけで自動的に全額を失いますが、10%値上がりした時には「自動的に上がり」にはならない。

このため短期トレードの投資家は常に決済のタイミングを失敗し、「高く買って安く売る」結果になりがちです。

レバレッジを掛けているので含み損に耐える事はできず、僅かな利益で決済するが、逆に利益を伸ばそうとして反転し損失を出すパターンが多いです。


長期トレードの落とし穴

では短期売買ではなく長期トレードなら必ず勝てるかというと、アメリカの例でこんなニュースがありました。(ニューズウィークより)

29歳の兄は値上がりする前のビットコインを、1万5000コインも持っていたが、早く売りすぎてしまった。

もし1万5000コインを最高値の200万円で売れば300億円だが、おそらくその1万分の1くらいで売ってしまった。


兄はこの投資で利益を上げたはずだが、人生に絶望し、早くしてなくなってしまった。

弟は逆に高値でビットコインを買ってしまい大きな損失を出し、いくらかは書かれていないがやはり人生に絶望している。

弟は損をしたのに生きていて、兄は利益を出した筈なのに先に人生を放棄したのだが、合理的に考えれば逆の筈です。


兄はビットコインがタダ同然だった時に購入し、いくらかは分からないが儲けた筈だが、人間の心理としてそうは思わない。

例えば何かの投資で10万円利益を上げたとして、その後その銘柄を持ち続けていたら20万円の利益になっていた筈だとします。

こういう時投資家の頭では「おれは10万円損をしてしまった!」という後悔で一杯になります。


実際には10万円利益が出ているのに、逆に10円損をしたと思い込み、ましてやそれが300億円だったら絶望的な気持ちになるでしょう。

弟は兄とは逆に多額の損をしたが、おそらく数百万円か多くても家を抵当に借りれる程度の金額でしょう。

この場合兄は「300億円損をした」と思い込み、弟は数百万円の損で済んだ事になり、彼らの認識の中では弟の方が軽い損失で済んだ。


投資家の心理はこのように不合理で、必ず判断を間違えるので、最終的に9割以上の人が負けるのです。
http://www.thutmosev.com/archives/74627981.html

しかし、ビットコインのチャートはエリオット波動の教科書通り正確に動いているのに、損したアホがいるんだ(呆れ)


あなたのトレード判断能力を大幅に鍛えるエリオット波動研究– 2017/7/16
一般社団法人日本エリオット波動研究所 (著) ¥ 3,024
https://www.amazon.co.jp/dp/4775991523/

http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/430.html#c539

[昼休み54] 「『財務省が日本を滅ぼす』を書いた三橋貴明、 財務省に嵌められる 中川隆
35. 中川隆[-5842] koaQ7Jey 2018年1月24日 18:01:48 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2018年1月24日【三橋貴明】その後 From 三橋貴明@ブログ

先日、皆様にご心配をおかけした件につきまして、
現在、夫婦カウンセリングを継続的に受け、
家庭の立て直しを目指しておりますので、ご報告いたします。

具体的には、心理カウンセラーの川畑のぶこ先生
及び離婚カウンセラーの岡野あつこ先生
のカウンセリングを、夫婦で受け続けているのです。

川畑先生からは、
二度と夫婦喧嘩を興さないためのテクニックを、
岡野先生からは夫婦生活を円満にする
「コミュニケーション」について重点的に学んでいます。

夫婦カウンセリングについて、正直、
それほど効果があると思っていなかったのですが、
思いのほかに凄いです。

例えば、「現実ではない思い込み」をめぐり、
夫婦が喧嘩になるケース(よくあると思いますが)。

現実ではないことを「現実」と思い込んでいる方が、

1. 明らかに事実か?
2. 自分の命や健康を守るか?
3. 目標を達成するために役立つか?
・・・・・

などなど、五つの項目について自問自答し、
三つ以上がNOになるならば、「不健全思考」
ということで、「健全思考」への切り替えを図る。

そうすることで、「現実ではない思い」を
巡る争いを減らしていくなど、非常に
合理的で吃驚してしまったのです。

あのような事件を二度と起こさないように、
今後もカウンセリングを受け続け、本ブログで
ご報告していきたいと思っておりますので、
今後ともよろしくお願いいたします。
https://38news.jp/economy/11553
http://www.asyura2.com/17/lunchbreak54/msg/112.html#c35

[昼休み53] 千葉県にだけは住んではいけない 中川隆
177. 中川隆[-5841] koaQ7Jey 2018年1月24日 18:02:17 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]


2018年1月24日【三橋貴明】その後 From 三橋貴明@ブログ


先日、皆様にご心配をおかけした件につきまして、
現在、夫婦カウンセリングを継続的に受け、
家庭の立て直しを目指しておりますので、ご報告いたします。

具体的には、心理カウンセラーの川畑のぶこ先生
及び離婚カウンセラーの岡野あつこ先生
のカウンセリングを、夫婦で受け続けているのです。

川畑先生からは、
二度と夫婦喧嘩を興さないためのテクニックを、
岡野先生からは夫婦生活を円満にする
「コミュニケーション」について重点的に学んでいます。

夫婦カウンセリングについて、正直、
それほど効果があると思っていなかったのですが、
思いのほかに凄いです。

例えば、「現実ではない思い込み」をめぐり、
夫婦が喧嘩になるケース(よくあると思いますが)。

現実ではないことを「現実」と思い込んでいる方が、

1. 明らかに事実か?
2. 自分の命や健康を守るか?
3. 目標を達成するために役立つか?
・・・・・

などなど、五つの項目について自問自答し、
三つ以上がNOになるならば、「不健全思考」
ということで、「健全思考」への切り替えを図る。

そうすることで、「現実ではない思い」を
巡る争いを減らしていくなど、非常に
合理的で吃驚してしまったのです。

あのような事件を二度と起こさないように、
今後もカウンセリングを受け続け、本ブログで
ご報告していきたいと思っておりますので、
今後ともよろしくお願いいたします。
https://38news.jp/economy/11553
http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/390.html#c177

[リバイバル3] 無痛で安らかに1分で確実に死ねる『サルコー(Sarco)』と名付けられたマシンが完成した 中川隆
8. 中川隆[-5840] koaQ7Jey 2018年1月24日 20:02:23 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

西部邁さん 最後の「保守と死」論 自裁の10日前に言及
毎日新聞 2018年1月23日



 保守派の評論家で社会経済学者、西部邁さん(78)が21日、東京都大田区の多摩川で入水し亡くなった。

その10日前、毎日新聞の取材を受けた際に

「数週間後には(自分は)生きていない」。

神経痛で痛む腕をかばいながら、近年繰り返していた自らの自殺の話をした。しかし語りはあくまでも冷静。取材後は午前4時過ぎまでバーをはしごする元気さをみせていた。【鈴木英生】


 西部さんは、知的、道徳的な人間の不完全さを強調し、歴史的な慣習とそこから導かれる伝統の意義を説いてきた。

 今回の取材は新刊「保守の真髄(しんずい)」(講談社現代新書)についてのインタビュー。11日夜、東京都内のホテルのバーで1時間半、同書で展開した保守論と死について持論を語った。

 西部さんにとっての保守は、保守政治や「伝統文化」の擁護を直接は意味しない。「慣習の奥底に示唆されている歴史の知恵を自分の力で発見し、自分が納得できる間はそれを仮に伝統とみなす。そうした論陣を張るのが保守というもの」だという。

 そこから、新しいものにばかり飛びつきたがる戦後日本への懐疑、米国的なものの否定などが紡ぎ出されてきた。

 伝統を「危機においてバランスを取るための知恵」とも。大学では学生運動で逮捕起訴され、仲間の死にも遭遇している。人生における危機に直面してきたからこそ、保守思想を唱えだしたことをうかがわせた。

 他方、「(自分の)死は、急に考えると怖い。『死生論』を書いた二十数年前から、繰り返し考えるうちに、段々と平気になった」。2000年の「私の死亡記事」(文芸春秋編)にも、精神的な衰えが見通されたら自殺すると予期した文章を寄せている。

 新刊では、病院で死に行く際の心身の苦しみを身近な人に見せるよりも、「自裁死」を選ぶことを示唆した。「連れ合いがいる間はなかなか死ねないものだ」とも。8年間看病した妻の満智子さんは14年に死去している。

 一般論として「今の病院がイノベーションのおかげで痛みをとれるようになったのは確か」と病院での死を否定せず、「やりたいことをやり尽くしたら死ねばいいと簡単には言えない」と断りを入れたうえで、自らは「自裁死がいい」と話していた。

 憲法改正への動きなど、表面は「保守派」に勢いがある昨今。だが、西部さんの絶望してきた日本の対米追従や大衆社会状況は変わらない。「絶望に立つ希望」を唱え、約200冊の本を出し続けた西部さんは、自らの体調や年齢を考え、長年検討してきた死を選んだのだと思う。

 取材中、ポケットからものを取り出すのに苦労し、グラスは両手で持ち上げた。とはいえ、早朝まで弁舌はよどみなく、学生時代やテレビ出演での思い出などを話し続けた。そのさまに、当面は本当に自殺することはないと記者は思った。

 自らの主張とかけ離れた現代の言論、社会状況に絶望しながらも、数十年の間、絶えず発言を続けてきた西部さん。バーからバーへと夜道を歩きながら、「俺の絶望の深さが分かったでしょ」とつぶやいていたのが印象的だった。

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/794.html#c8

[リバイバル3] 無痛で安らかに1分で確実に死ねる『サルコー(Sarco)』と名付けられたマシンが完成した 中川隆
9. 中川隆[-5839] koaQ7Jey 2018年1月24日 20:08:58 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

西部邁 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/results?search_query=%E8%A5%BF%E9%83%A8%E9%82%81
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/794.html#c9
[リバイバル3] 無痛で安らかに1分で確実に死ねる『サルコー(Sarco)』と名付けられたマシンが完成した 中川隆
10. 中川隆[-5838] koaQ7Jey 2018年1月24日 20:43:21 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

追悼・西部邁先生|参議院議員 西田昌司 オフィシャルブログ 2018-01-24
https://ameblo.jp/j-shoujinishida/iine_entry-12347100568.html

本日、西田先生は恩師である西部邁先生とお別れのご挨拶をするために、お亡くなりになった多摩川に行って参りました。

https://ameblo.jp/j-shoujinishida/image-12347100568-14118176148.html

西部先生が選んだ場所。とにかく寒かったです。探すのには、そう時間は掛かりませんでした。なぜ、この付近なのか。全て用意周到に選んだのか。何となく分かった気がした、と西田先生は話されていました。

西部先生への想いを巡らせながら、その場にしばらく佇んでおりました。


https://ameblo.jp/j-shoujinishida/image-12347100568-14118176211.html


土手を歩きながら、西部先生は大好きな「ダンチョネ節」を唄いながら、「あばよ!」と言って、この世とお別れしたのかなあ、と西田先生はポツリと呟いていた、とたぬ吉さんは言っておりました。合掌

西田先生が献花されていた頃、都内の斎場で西部先生の亡骸は荼毘に付されていたようです。

西部先生は最後の著書となった


保守の真髄 老酔狂で語る文明の紊乱 (講談社現代新書) – 2017/12/13
西部 邁 (著)
https://www.amazon.co.jp/%E4%BF%9D%E5%AE%88%E3%81%AE%E7%9C%9F%E9%AB%84-%E8%80%81%E9%85%94%E7%8B%82%E3%81%A7%E8%AA%9E%E3%82%8B%E6%96%87%E6%98%8E%E3%81%AE%E7%B4%8A%E4%B9%B1-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E8%A5%BF%E9%83%A8-%E9%82%81/dp/4062884550


の中で、自らの死生観について語っておられます。同書の中で、死について考え続けてることで死に対する恐怖を感じないようになったと述べられ、病院で死に行く姿を身近な人達に見せるよりも、自裁を選択することを示唆しておりました。
https://ameblo.jp/j-shoujinishida/iine_entry-12347100568.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/794.html#c10

[政治・選挙・NHK238] 日本は原発輸出も 世界で普及が進む再生可能エネルギー 金子勝の「天下の逆襲」(日刊ゲンダイ) 赤かぶ
15. 中川隆[-5837] koaQ7Jey 2018年1月24日 21:08:55 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
大規模太陽光発電のコストはKW当たり2円程度というのは、補助金をたっぷり受け取り、設備や送電費用は除外した数字


しかも曇った時には火力発電で発電する必要がある

原発と同じ土俵なら20円、30円かかるよ

http://www.asyura2.com/18/senkyo238/msg/799.html#c15

[政治・選挙・NHK238] 日本は原発輸出も 世界で普及が進む再生可能エネルギー 金子勝の「天下の逆襲」(日刊ゲンダイ) 赤かぶ
17. 中川隆[-5836] koaQ7Jey 2018年1月24日 22:35:35 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
俺は極左アナーキストなんだけど、っまいいや

真実は

電気代については原発の発電コストは事故処理や保証金、廃炉費用などすべて込みで10円/kWhと言われています。(諸説ある)

事故処理などの費用を含めないと原発の発電コストは推定5円から7円、天然ガス10円、石炭9.5円、太陽光28円などとなっています。


事故前は原発7円以下、天然ガス10円、石炭9.5円でほとんどの電力を発電していました。

これが事故後は天然ガス10円、石炭9.5円、太陽光42円から28円になり電気料金を多く支払う羽目になりました。

電力会社は発電した電気を家庭に送電し、予備電力も必要なので、さらに15円/kWh前後のコストがかかっています。

http://www.asyura2.com/18/senkyo238/msg/799.html#c17

[政治・選挙・NHK238] 日本は原発輸出も 世界で普及が進む再生可能エネルギー 金子勝の「天下の逆襲」(日刊ゲンダイ) 赤かぶ
20. 中川隆[-5836] koaQ7Jey 2018年1月25日 07:46:04 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
そもそも民主党政権でなければ原発事故なんか起きなかったからな

特殊な例を持ち出してこれだけ廃炉費用がかかったとか言っても意味無いんだよ
http://www.asyura2.com/18/senkyo238/msg/799.html#c20

[環境・自然・天文板6] 氷河期状態 : ヨーロッパのほぼ全域に「北極からの寒気」が直撃し、異常な寒波が各地に到来。少なくとも60人以上が寒さで… お天道様はお見通し
23. 中川隆[-5835] koaQ7Jey 2018年1月25日 07:54:22 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
先日オーストラリアで +46度! 記録更新だね。

工作員乙。死ぬ迄言ってろ。

http://www.asyura2.com/15/nature6/msg/454.html#c23

[番外地6] 米ネオコンとは? 中川隆
62. 中川隆[-5834] koaQ7Jey 2018年1月25日 09:00:43 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
2018.01.25
自由と民主主義を破壊し続けるアメリカが中東に執着する理由(その4:世界制覇)


イランで王制が崩壊した1979年、アメリカのジミー・カーター政権はアフガニスタンで秘密工作を始めていた。計画の立案者は国家安全保障補佐官だったズビグネフ・ブレジンスキー。ソ連軍をアフガニスタンへ引き込み、CIAが編成、武器/兵器を供給し、戦闘員を訓練した武装勢力と戦わせるという内容だった。この目論見通り、1979年12月にソ連軍の機甲師団がアフガニスタンへ入ってくる。​CIAから訓練を受けた戦闘員、いわゆるムジャヒディンのコンピュータ・ファイルがアル・カイダ(データベース)​だ。「自由の戦士」も「テロリスト」も編成時にはこのファイルが活用される。

地政学的な側面からイラクを重視していたのがネオコン(シオニスト)。イラクに親イスラエル体制を樹立、トルコ、イラク、ヨルダンの親イスラエル国帯を築いてシリアとイランを分断、中東をイスラエルの支配下に置こうというわけだ。

そのネオコンで中心的な存在だったポール・ウォルフォウィッツが1992年2月に作り上げた国防総省のDPG草案はそうした戦略が反映されている。本ブログでは何度も書いてきたが、そのウォルフォウィッツは1991年にウォルフォウィッツはイラク、シリア、イランを殲滅すると語っていた。これはウェズリー・クラーク元欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)最高司令官が2007年に語っている。(​3月​、​10月​)

イギリスやアメリカで作成された世界制覇プランはウォルフォウィッツ・ドクトリンの前にも存在する。中でも重要なものが1904年に発表されたハルフォード・マッキンダーのハートランド理論。彼は世界を3つに分け、ひとつはヨーロッパ、アジア、アフリカの世界島、ふたつめはイギリスや日本のような沖合諸島、そして最後に南北アメリカやオーストラリアのような遠方諸島と名付けた。世界島の中心がハートランドで、具体的にはロシアを指している。

また、ユーラシア大陸を囲むように、西ヨーロッパ、パレスチナ(1948年にイスラエル建国を宣言)、サウジアラビア(サウード家のアラビアを意味するサウジアラビアが登場するのは1932年)、インド、東南アジア諸国、朝鮮半島をつなぐ内部三日月帯が、またその外側に外部三日月帯が想定されている。イギリスと日本は内部三日月帯の両端にある外部三日月帯とされている。イギリスが明治維新を支援した理由を考える場合、この戦略を無視することはできない。時期的にマッキンダーの理論は後から発表されているが、考え方としては存在していた可能性がある。イギリスにとって日本はアジア侵略の拠点であり、日本人は侵略の手先ということ。現在の中東に当てはめるならば、日本はアル・カイダ系武装集団やダーイッシュに近い。

アメリカがアジア侵略の拠点にしたのはフィリピン。1898年にキューバのハバナ港に停泊していたアメリカの軍艦メインが爆沈、アメリカはスペインが爆破したと主張して宣戦布告、スペインと戦争を始めた。

この戦争で勝利したアメリカはスペインにキューバの独立を認めさせ、プエルトリコ、グアム、フィリピンを買収することになる。つまりこうした国々を植民地化した。ハワイも支配下におく。

1901年に出版された『廿世紀之怪物 帝国主義』の中で幸徳秋水はアメリカの行為を帝国主義だと批判している。「米国にして真にキュバ叛徒の自由のために戦えるか、何ぞ比律賓人民の自由を束縛するの甚だしきや。」「それ他の人民の意思に反して、武力暴力をもって強圧し、その地を奪い富を掠めんとす。」

この記述は基本的に今でも通用する。アメリカは帝国主義の国であり、フランクリン・ルーズベルトやジョン・F・ケネディは例外的な人物だった。現在のアメリカにこうした例外的人物が登場することは不可能に近いだろう。アメリカは「自由と民主主義の旗手」でなく、「民主主義の伝道師」でもない。(了)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201801240002/


http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/751.html#c62

[昼休み52] 意図的な世論誘導報道で悪魔呼ばわりされているシリア アサド大統領 富山誠
43. 中川隆[-5833] koaQ7Jey 2018年1月25日 09:01:57 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
2018.01.25
自由と民主主義を破壊し続けるアメリカが中東に執着する理由(その4:世界制覇)

イランで王制が崩壊した1979年、アメリカのジミー・カーター政権はアフガニスタンで秘密工作を始めていた。計画の立案者は国家安全保障補佐官だったズビグネフ・ブレジンスキー。ソ連軍をアフガニスタンへ引き込み、CIAが編成、武器/兵器を供給し、戦闘員を訓練した武装勢力と戦わせるという内容だった。この目論見通り、1979年12月にソ連軍の機甲師団がアフガニスタンへ入ってくる。​CIAから訓練を受けた戦闘員、いわゆるムジャヒディンのコンピュータ・ファイルがアル・カイダ(データベース)​だ。「自由の戦士」も「テロリスト」も編成時にはこのファイルが活用される。

地政学的な側面からイラクを重視していたのがネオコン(シオニスト)。イラクに親イスラエル体制を樹立、トルコ、イラク、ヨルダンの親イスラエル国帯を築いてシリアとイランを分断、中東をイスラエルの支配下に置こうというわけだ。

そのネオコンで中心的な存在だったポール・ウォルフォウィッツが1992年2月に作り上げた国防総省のDPG草案はそうした戦略が反映されている。本ブログでは何度も書いてきたが、そのウォルフォウィッツは1991年にウォルフォウィッツはイラク、シリア、イランを殲滅すると語っていた。これはウェズリー・クラーク元欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)最高司令官が2007年に語っている。(​3月​、​10月​)

イギリスやアメリカで作成された世界制覇プランはウォルフォウィッツ・ドクトリンの前にも存在する。中でも重要なものが1904年に発表されたハルフォード・マッキンダーのハートランド理論。彼は世界を3つに分け、ひとつはヨーロッパ、アジア、アフリカの世界島、ふたつめはイギリスや日本のような沖合諸島、そして最後に南北アメリカやオーストラリアのような遠方諸島と名付けた。世界島の中心がハートランドで、具体的にはロシアを指している。

また、ユーラシア大陸を囲むように、西ヨーロッパ、パレスチナ(1948年にイスラエル建国を宣言)、サウジアラビア(サウード家のアラビアを意味するサウジアラビアが登場するのは1932年)、インド、東南アジア諸国、朝鮮半島をつなぐ内部三日月帯が、またその外側に外部三日月帯が想定されている。イギリスと日本は内部三日月帯の両端にある外部三日月帯とされている。イギリスが明治維新を支援した理由を考える場合、この戦略を無視することはできない。時期的にマッキンダーの理論は後から発表されているが、考え方としては存在していた可能性がある。イギリスにとって日本はアジア侵略の拠点であり、日本人は侵略の手先ということ。現在の中東に当てはめるならば、日本はアル・カイダ系武装集団やダーイッシュに近い。

アメリカがアジア侵略の拠点にしたのはフィリピン。1898年にキューバのハバナ港に停泊していたアメリカの軍艦メインが爆沈、アメリカはスペインが爆破したと主張して宣戦布告、スペインと戦争を始めた。

この戦争で勝利したアメリカはスペインにキューバの独立を認めさせ、プエルトリコ、グアム、フィリピンを買収することになる。つまりこうした国々を植民地化した。ハワイも支配下におく。

1901年に出版された『廿世紀之怪物 帝国主義』の中で幸徳秋水はアメリカの行為を帝国主義だと批判している。「米国にして真にキュバ叛徒の自由のために戦えるか、何ぞ比律賓人民の自由を束縛するの甚だしきや。」「それ他の人民の意思に反して、武力暴力をもって強圧し、その地を奪い富を掠めんとす。」

この記述は基本的に今でも通用する。アメリカは帝国主義の国であり、フランクリン・ルーズベルトやジョン・F・ケネディは例外的な人物だった。現在のアメリカにこうした例外的人物が登場することは不可能に近いだろう。アメリカは「自由と民主主義の旗手」でなく、「民主主義の伝道師」でもない。(了)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201801240002/

http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/816.html#c43

[近代史02] 君はアジアを解放する為に立ち上がった昭和天皇のあの雄姿を知っているか? 中川隆
105. 中川隆[-5850] koaQ7Jey 2018年1月25日 09:43:40 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
イギリスやアメリカで作成された世界制覇プランはウォルフォウィッツ・ドクトリンの前にも存在する。中でも重要なものが1904年に発表されたハルフォード・マッキンダーのハートランド理論。彼は世界を3つに分け、ひとつはヨーロッパ、アジア、アフリカの世界島、ふたつめはイギリスや日本のような沖合諸島、そして最後に南北アメリカやオーストラリアのような遠方諸島と名付けた。世界島の中心がハートランドで、具体的にはロシアを指している。

また、ユーラシア大陸を囲むように、西ヨーロッパ、パレスチナ(1948年にイスラエル建国を宣言)、サウジアラビア(サウード家のアラビアを意味するサウジアラビアが登場するのは1932年)、インド、東南アジア諸国、朝鮮半島をつなぐ内部三日月帯が、またその外側に外部三日月帯が想定されている。イギリスと日本は内部三日月帯の両端にある外部三日月帯とされている。イギリスが明治維新を支援した理由を考える場合、この戦略を無視することはできない。時期的にマッキンダーの理論は後から発表されているが、考え方としては存在していた可能性がある。イギリスにとって日本はアジア侵略の拠点であり、日本人は侵略の手先ということ。現在の中東に当てはめるならば、日本はアル・カイダ系武装集団やダーイッシュに近い。

アメリカがアジア侵略の拠点にしたのはフィリピン。1898年にキューバのハバナ港に停泊していたアメリカの軍艦メインが爆沈、アメリカはスペインが爆破したと主張して宣戦布告、スペインと戦争を始めた。

この戦争で勝利したアメリカはスペインにキューバの独立を認めさせ、プエルトリコ、グアム、フィリピンを買収することになる。つまりこうした国々を植民地化した。ハワイも支配下におく。

1901年に出版された『廿世紀之怪物 帝国主義』の中で幸徳秋水はアメリカの行為を帝国主義だと批判している。「米国にして真にキュバ叛徒の自由のために戦えるか、何ぞ比律賓人民の自由を束縛するの甚だしきや。」「それ他の人民の意思に反して、武力暴力をもって強圧し、その地を奪い富を掠めんとす。」

この記述は基本的に今でも通用する。アメリカは帝国主義の国であり、フランクリン・ルーズベルトやジョン・F・ケネディは例外的な人物だった。現在のアメリカにこうした例外的人物が登場することは不可能に近いだろう。アメリカは「自由と民主主義の旗手」でなく、「民主主義の伝道師」でもない。(了)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201801240002/

http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/312.html#c105

[リバイバル3] 本当のオーディオファイルは「ミニマリスト」を目指す 中川隆
21. 中川隆[-5849] koaQ7Jey 2018年1月25日 10:44:40 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

大型システムの出番が少ない理由 - 「音楽&オーディオ」の小部屋 2018年01月25日


大雨や大雪、そしてよほどの台風が来ない限り、毎日きまって午前中に団地の中を30分ほどかけてウォーキングしている。

巡回コースもきっちり決まっているので、通りすがりのそれぞれのお宅の駐車場にはどんなクルマが置いてあるか自然に目に映ってしまい、否が応でもナンバーとともに頭に入り込んでいる。

そういう中、ベンツと軽乗用車(以下「軽」)の2台が仲良く並んで駐車しているお宅があって、その対比が何となくおかしくて道路脇を通るたびにひときわ関心を持って眺めている。

両車の駐車している割合となるとこうである。

10日間で均したとすると、5日間は両車ともにあり、4日間は「軽」だけが無く、1日はごくたまにという感じでベンツだけがない。

つまり、「軽」の出番がとても多くて、ベンツの出番となるとごくわずかである。おそらく「軽」のほうが手軽に乗り回しやすいし、駐車も楽だしで需要が多いのだろうと推察している。

まあ、都会ならいざ知らず田舎で買い物程度の近距離にベンツを乗り回すおバカさんもいないだろうから、そんなことなら高価なベンツなんか何も必要ないのにと、おいらのようなビンボー人はつい思ってしまう。

まあ、ベンツとなると乗るよりも持つ楽しみという要素があるのかもしれないが(笑)。

実は、我が家のオーディオシステムにも似たような現象があることに気が付いた。

「軽」に相当するのが3系統の中型スピーカーであり、ベンツに相当するのが比較的大型の「D130(イン・ウェストミンスター)+AXIOM80」である。

   

先日お見えになったYさんが「この大型システムさえあればもうほかは必要ないでしょう」と、太鼓判を押されるほどの「いい音」が出る。

不遜だが自分もそう思う。歯切れが良くて制動力を伴った本格的な低音が苦も無く出るし、中高音域の抜けの良さはAXIOM80だけあってとても素晴らしい。まったくベンツ並みの高性能を誇っている(笑)。

ところが、日常聴くとなるとこの大型システムのスイッチをオンするのが何となく億劫になってしまい、自然に中型スピーカーに手が伸びてしまうのが我ながら何とも不思議。

改めて、このおかしな心理状況について自己分析してみた。

1 オーディオマニアとして完成された音にはあまり興味が湧かない。逆にいえば未完成な音ほど意欲が湧いてきて生き生きとしてくる。

2 2ウェイマルチで鳴らしているので、チャンデバとアンプ2台のスイッチを入れるのが少々面倒くさい。

3 とてもいい音だと思っているのに音楽ソースによっては変な音が出たりすると幻滅する可能性があるのでそれが怖い。機器の故障にたいする不安も常に頭の片隅にある。

4 どんなに「いい音」が出たとしても大型システムにはそれなりの大味な部分があるのは否めない。「壺中の天」(後漢書)という言葉があるが、中型システムで「小天地」を楽しむのが自分の性に合っている。

以上の4点を思いつくままに書き出してみたが、こうして冷静に眺めてみると一番もっともな理由はやはり4だろう。

これまで、よそのお宅でも大型システムを何度か聴かせてもらったことがあるが、その時点では感心するものの時間が経ってみるといつのまにか印象が薄くなって忘却の彼方に去っていく音ばかりだった。

スケールの小さい「ちまちま」した自分の性格がどうしてもオーディオに反映されるのかもしれない(笑)。

ただし、昨年(2017)12月のブログ「音楽とオーディオを通じて人生の質を高めよう」の中で、村上春樹さん(作家)がこう言ってたことを紹介した。

「微妙な小さな差を識別できることで”人生の質”が違ってくるし、価値判断の絶え間ない堆積が人生を作っていく」

これからすると、「小天地」だからこそ微妙な差を楽しむことができるともいえそうだ。

と、ここまで書いてきて、我ながら適切な表現を思いついた。

毎日食べるとなると淡白な和食が一番いい、こってりしたビフテキはときどき味わうだけで十分だ(笑)。
http://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/6602022eef64c8b97121c93768ba0140

オーディオ愛好家のご来訪〜2018・1・8〜 - 「音楽&オーディオ」の小部屋

この8日(月)、久しぶりに本州からのお客様がお見えになった。

それぞれ岡山と京都からお二人のオーディオ愛好家さんだったが、当方のブログを拝見され「ぜひ聴かせてください」とのことで、日程が決まったのは先月(12月)の中旬だった。

わざわざ遠路はるばるお見えになるのに(我が家のサウンドに)失望させては「末代までの恥になる」と思い(笑)、昨年末にかけオーディオルームの音響空間の拡大を兼ねて大掃除(10日間程)に余念がなかったのも実はそのためだった。

クルマでお見えになるとのことで、当日は時節柄、降雪を一番心配していたのだが何と気温が10度以上にも上昇しての降雨になったので一安心だったが、逆に濃霧が発生してしまい前方が見えにくくて、これでは高速道路が不通になるかもしれないと大いに心配したが、どうにか予定通りカーナビをたよりに午前9時半に到着された。

前日は福岡のオーディオ愛好家を訪問されたとのことで、その方面で一泊されてのご来訪だった。

いやあ、どうもはじめまして〜。

いくら初対面とはいえ、お互いに極めてマイナーな趣味の愛好家同士なので打ち解けるのにさほど時間は必要なかった。

和気あいあいの中、談論風発、とても楽しい時間を過ごさせてもらった。

「オーディオは奥が深くてまったく飽きがきませんね〜。こんなに面白くて楽しい趣味に巡り会えて私たちは幸せ者ですよ。」で、見事に一致(笑)。

今回の試聴のテーマは我が家の3つのシステムを真空管アンプを交換しながら音の違いを楽しんでいただくことだった。

聴いたシステムの順番は次のとおり。

<スピーカー>

1番目 AXIOM80(最初期版) 2番目 JBLの変則3ウェイシステム 3番目 JBL「D130」(イン・ウェストミンスター)+AXIOM80(復刻版)

<真空管アンプ>

1番目 WE300B (1951年製)シングルアンプ 2番目 「PP5/400」(英国マツダ)シングルアンプ 3番目 171(トリタンフィラメント)シングルアンプ 4番目 TRアンプ+2A3シングルアンプ

試聴盤は「ケニーGのソプラノサックス」、「マルサリスのバロック・デュオと自由への誓い」、「エラ&ルイ」、「ヴァイオリンによる間奏曲」(アーヴェ・テレフセン)、「フラメンコ」その他

お客さんたちからの総評について結論から言うとおおむね好評だった。

まあ、訪問した先でシステムの悪口を面と向かって言う人も珍しいので幾分かは割り引く必要があるが(笑)、それにしても上出来という感じで、終わってからほんとうにホット一息。

近頃、こういう風に大役を果たしたような気分になったのも珍しい(笑)。

いろいろ詳細な話を述べるとキリがないので省略するが、これらアンプ群の中で「ぜひ持って帰りたいと思ったアンプはPP5/400アンプです。響きがとても美くてふわっと広がってきますね。音の出方が違いますよ。」とのことだった。

   

「英国系の真空管は聴く機会が少ないです。」とのことで、とても珍しがられたし、その一方、定評のある「WE300B」については音を遠くに飛ばすための劇場用の真空管なので、そもそもオーディオ用に向いてないのではとの否定的なコメントだった。

お二人さんとも、JBLの38センチを2発使ったり、ウェスタンの15Aホーンを使ったりされているベテランの方々からこういう言葉を聴くと「WE300B」への評価も様々といったところ。

自分も含めて猫も杓子も「WE300B」だが、実力に比べるとお値段の方がちょっと先走りしているかもしれませんねえ(笑)。

もう一つ、特筆しておきたいことはJBLの「変則3ウェイシステム」を聴いていたときのこと、「恐れ入りますがLE8T単独で聴かせていただけませんか。」とのご要望があった。

「ハイ、いいですよ。」とツィーター(075)とサブウーファー(D123)の結線を難なく外して試聴してみた。LE8T単独で聴くのは久しぶりだったが、実はこれがとても良かった(笑)。

周知のとおり「LE8T」(口径20センチ)という比較的小ぶりのユニットなのでこじんまりとしたサウンドを想像しがちだが、流石は定評のあるユニットだけあってどうしてどうして〜。

鳴らすアンプ(PP5/400)次第でこうも変身するのかと我が耳を疑った。

「外す前と後でも、どちらもいいですよ〜。音楽ソースに応じて使い分けしたらいかがですか。」との、お客さんの言葉だったが、自分には「シンプル イズ ベスト」の印象を強く受けた。

自分で工夫して取り付けたものはこだわりが出来て、こういう要望でもない限りなかなか取り外せないものだが、ほんとうにいい機会になった。

物凄く熱い時間があっという間に過ぎて昼食をはさんで13時過ぎになった。これから岡山、さらには京都までとなるとたいへんな時間になるので、どうか長い道中お気を付けくださいと家内ともども見送った。

無事のご到着が大いに気になっていたところ、午後8時過ぎに次のメールが届いた。

「本日は、楽しい時間を過ごさせていただきました。岡山から行かせていただいた甲斐がありま した。システムを複数所有されている理由、ツイーターやウーファーを足されている理由とテクニック、納得させられました。

一番の収穫は、「オーディオを楽しまれてる姿を拝見させていただいた」ことです。オーディオは趣味です。「いかに楽しむか」が大切だと思いますから。」

続いて、翌日になって京都の方からも次のメールが届いた。

「充実した楽しいひと時をありがとうございました。アキシオム80の朗々とした鳴りっぷり、年季の入ったマニアでないと出せない音と感じました。

当方が聞いた今までの経験では、もっと神経質でソロのバィオリンとかヴォーカルしか聞けないユニットと勝手に決め付けておりましたが認識を新たにいたしました。

関西方面に来られる時はお声掛下さい。マニア宅にご案内いたします。」

ご両名ともどもたいへんお疲れさまでした。おかげさまで当方にも大きな収穫がありました。詳細は後日、ブログでご報告します。

今後ともお互いに心行くまでオーディオを楽しみましょうねえ(笑)。
http://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/105cfecc1c8134b0fcf96e569cfa76a1

九州遠征 別府編 - ゴン蔵の気まぐれ日記 - Yahoo!ブログ
https://blogs.yahoo.co.jp/kaigo_2000/14871051.html


 九州遠征2日目は別府へ移動しておりました


訪れたのは


「音楽&オーディオ」の小部屋
http://blog.goo.ne.jp/jbltakashi  

このブログを書いておられる方です


AXIOM80に惚れ込み、日々進化を続けておられる方です

詳しくはご本人さんのブログをご覧ください


このユニット、今までは神経質な鳴り方しか経験しておりませんでしたが

ここでは、朗々と鳴らされ編成の大きなものも破綻する事はありませんでした


さすがに年季の入ったオーディオマニアです。
 充実した2日間でした


九州の方は熱いと感じました
当方も精進いたします。
https://blogs.yahoo.co.jp/kaigo_2000/14871051.html


世の中、お金と暇を持て余しているアホが沢山いるんですねえ。
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/691.html#c21

[医療崩壊5] 糖尿病の新たな合併症「糖尿病性認知症」の症状と治療法(日刊ゲンダイ) 赤かぶ
4. 中川隆[-5848] koaQ7Jey 2018年1月25日 11:30:04 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
糖尿病や認知症の原因を知らないで対症療法しかやらない医者がバカなんだよ

糖質制限やっても糖尿病は治らないしね
http://www.asyura2.com/16/iryo5/msg/689.html#c4

[番外地7] 「しょぼくれたアメリカ」への怒りが より過激なトランプ新大統領を生み出した 中川隆
45. 中川隆[-5848] koaQ7Jey 2018年1月25日 14:15:22 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
2018.01.25
トランプを大統領の座から引きずり下ろそうとしていた司法省とFBIが一転して窮地に(その1)


FBIの幹部だったピーター・ストルゾクが親しい友人のリサ・ペイジへ出した電子メールが司法省とFBIを揺るがしている。1月23日には上院国土安全保障委員会のロン・ジョンソン委員長が司法省とFBIの幹部が大統領選で当選したドナルド・トランプを引きずり下ろすための秘密会議を開いていたとテレビ番組の中で語っている。

NSA史上最高の分析官のひとりと言われ、NSAの不正を内部告発したことでも知られているウィリアム・ビニーも指摘しているが、司法省やFBIが有力メディアとタッグを組んで進めてきた「ロシアゲート」が事実ならNSAから通信の傍受記録を取り寄せるだけで決着が付く。特別検察官を任命する必要はないということだ。特別検察官を任命したということはロシアゲートがインチキであることを示しているとも言える。いずれにしろ、ロシアゲートが作り話だということは最初から明白だった。

トランプ陣営への攻撃で最初のターゲットは国家安全保障補佐官に内定していたマイケル・フリン中将。この人物は2012年7月から14年8月まで軍の情報機関であるDIA(国防情報局)の局長を務めていた。その間、2012年8月にDIAは「穏健派支援」を進めるバラク・オバマ大統領に対し、​反シリア政府軍の主力はサラフィ主義者、ムスリム同胞団、そしてアル・カイダ系武装集団であり、そうした支援を続ければ東部シリア(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配国が作られる可能性があると警告​している。

その警告は2014年に現実となった。この年の1月にダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)はイラクのファルージャでイスラム首長国の「建国」を宣言、6月にファルージャを制圧したのだ。

その際、トヨタ製の真新しい小型トラックのハイラックスを連ねたパレードを行い、その様子を撮影した写真が配信されたことも有名になったが、そうした行動をアメリカの軍や情報機関はスパイ衛星、偵察機、通信傍受、人から情報を把握していたはず。ハイラックスの車列は格好のターゲットだが、アメリカ側は何もしていない。8月にはジェームズ・フォーリーの首をダーイッシュが切ったとする映像が公開され、ダーイッシュの凶暴さが伝えられた。

その凶暴な武装集団を殲滅するという口実でアメリカは突如、動き始める。配下の国々を引き連れ、2014年9月23日にシリアを攻撃しはじめたのだが、その様子を取材したCNNのアーワ・デイモンは翌朝、​最初の攻撃で破壊されたビルはその15から20日前から蛻の殻​だったと伝えている。ダーイッシュはアメリカがシリアへ軍事侵攻する口実に使われたということだろう。

その後、アル・ヌスラ(アル・カイダ系)やダーイッシュはシリアで勢力を拡大していくが、その理由は連合軍が本気で攻撃していなかったからにほかならない。その後、アル・カイダ系武装集団やダーイッシュは支配地を拡大、アメリカ主導軍はインフラを破壊、住民の犠牲が増えていく。つまり、DIAの警告通りになった。こうした展開の中、2014年8月にフリンDIA局長は解任される。

退役から1年後の2015年8月、フリン中将はアル・ジャジーラの番組へ出演、ダーイッシュの出現が見通されていたにもかかわらず阻止できなかった理由を問われる。それに対し、自分たちの任務は提出される情報の正確さをできるだけ高めることにあり、その情報に基づいて政策を決定するのは大統領の仕事だと答えた。​ダーイッシュの勢力が拡大したのはオバマ政権が決めた政策による​というわけだ。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201801250001/
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/105.html#c45

[戦争b21] 「命が削られる音がした…」沖縄水上特攻・生還者たちの証言 時代遅れの巨大戦艦「大和」とともに(現代ビジネス) 赤かぶ
1. 中川隆[-5847] koaQ7Jey 2018年1月25日 16:06:03 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
八百長戦争だと見破られると困るから真剣に戦った様に見せたかったんだよ:


日本最大の売国スパイ=暗号名「ヨハンセン」

太平洋戦争の前夜に日本の対米英戦争を決定した1941.9.6の「帝国国策遂行要領」に関する所謂「御前会議」の内容を細大漏らさず、敵米国の駐日大使に通報していた、日本最大の売国スパイ=暗号名「ヨハンセン」とは吉田茂。
元自民党総裁選=麻生太郎の祖父。

また吉田茂元首相の再軍備問題のブレーンだった辰巳栄一元陸軍中将(1895〜1988年)も、米中央情報局(CIA)に「POLESTAR―5」のコードネーム(暗号名)で呼ばれていた。


アメリカから昭和天皇への指示は国務大臣、グルーによって日本の吉田、牧野、樺山、白州のヨハンセングループを通じ貞明皇后に伝わっていた。

____


アメリカはアジアを侵略した日本を懲らしめるため、そして国民が好戦的であるから原爆投下をして戦争を終わらせ、いく百万の人命を救ったと、みずからを平和主義者であるかのように宣伝してきた。

だが実際は、日本を侵略し、単独で占領して属国にする計画を、ずっと以前から持っており、それを実現するチャンスと見なして緻密な計画を持って望んだ戦争であった。日本支配にあたっては、天皇を傀儡(かいらい)とする政府をつくることも計画していたし、戦時中も天皇や皇族を攻撃してはならないという命令を米軍将兵に厳守させていた。それは天皇側にも知らされており、近衛文麿や吉田茂などはその線で動いていた。東京大空襲でも皇居は攻撃されていない。

アメリカの国立公文書館で発見された「米国陸軍軍事情報部真理作戦課『日本プラン』」

日本プラン」は1941(昭和16)年12月、すなわち日本軍の真珠湾攻撃の直後に作成が開始されたもので、「天皇を平和の象徴(シンボル)として利用する」戦略が明記されていた。すべての戦争責任を、「軍部」に押しつけて天皇を免罪し、「象徴天皇制」のもとで日本を占領支配するという計画を立てていた。1942(昭和17)年5月には「皇室に対するすべての攻撃は避けられなければならない」とする「英米共同指針計画」を出し、皇居への爆撃の禁止命令を厳格に実施させた。戦後駐日大使となったライシャワーはその当時、「日米戦争勝利後の“ヒロヒトを中心とした傀儡(かいらい)政権”」を提言し、「天皇は100万の軍隊駐留に匹敵する」と主張していた。

三井、三菱、住友、安田の4大財閥は、太平洋戦争中の4年間に重工業においては全国投資額に占める割合を18・0%から32・4%にふやし、金融では25・2%から49・7%へと急膨張を遂げており、「三菱は戦争のたびに大きくなった」と三菱電機社長はのべている。

____


詳細は

君はアジアを解放する為に立ち上がった昭和天皇のあの雄姿を知っているか?
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/312.html

http://www.asyura2.com/17/warb21/msg/582.html#c1

[番外地7] 特攻隊員は「志願して死んでいった」のか 中川隆
2. 中川隆[-5846] koaQ7Jey 2018年1月25日 16:10:15 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

「命が削られる音がした…」沖縄水上特攻・生還者たちの証言 時代遅れの巨大戦艦「大和」とともに(現代ビジネス)
http://www.asyura2.com/17/warb21/msg/582.html
2018.01.24 栗原 俊雄  現代ビジネス


「何とか生きて帰ろう」と思ったが…

「燃料は半分。飛行機の護衛はない」

今から73年前の1945年4月、駆逐艦「雪風」の寺内正道艦長は、西崎信夫さん(91)たち乗員にそう話した。「特攻だ」と。

「母親から『是が非でも生きて帰ってきなさい。それでこそ立派な兵隊ですよ』と言われていました。だから、『何とか生きて帰ろう』と思っていました」

実際、西崎さんは1944年、かつて世界最強を謳われた、連合艦隊の機動部隊が壊滅したマリアナ沖海戦、その連合艦隊自体が事実上壊滅したフィリピン沖海戦、さらには護衛していた巨大空母「信濃」が米潜水艦に撃沈された海戦からも生きて帰った。しかし「特攻」と聞いた時は「『いよいよこれはダメだ』と」。

第二次世界大戦末期、劣勢の大日本帝国陸海軍が進めた特別攻撃隊=「特攻」について、筆者は昨年3回、現代ビジネスに寄稿した。いずれも戦闘機や爆撃機などが爆弾もろとも敵艦に突っ込む「航空特攻」について取り上げたものだ。

しかし、特攻にはそれ以外にも水上の軍艦による特攻(水上特攻)や小型潜水艦などによる特攻(水中特攻)があった。

ドラマや小説、ノンフィクションでも繰り返し描かれてきた航空特攻ほどは知られていないだろう。だが、これらの特攻では航空特攻に匹敵するほど多くの兵士たちが死んでいった。

「水上特攻」の代表は、戦艦「大和」など10隻による沖縄水上特攻がそれである。筆者はこれまで、「大和」を中心にこの特攻から生還した人たち30人近くに取材をしてきた。本稿では、この「特攻・大和艦隊」のことを振り返ってみたい。

「世界最強」のはずが…

1941(昭和16)年12月に始まった米英などとの戦争で、大日本帝国は当初、勝利を重ねた。だが連合国軍が体制を整え本格的な反攻を始めると、劣勢に転じた。決定的だったのは1944年。ことに7月、サイパンやグアムなどマリアナ諸島を米軍に占領されたことだ。米軍がここを拠点に、大型爆撃機B29による日本本土爆撃が可能になった。

そのことを、日本の為政者たちは知っていた。だが、戦争をやめなかった。そのため被害は拡大した。戦争による日本人死者310万人のうち、実に9割が1944年以降と推算されている(『日本軍兵士――アジア・太平洋戦争の現実』吉田裕著・中公新書)。

同年10月には、フィリピン戦線で航空特攻が始まった。「大和」など連合艦隊の主力が、フィリピン・レイテ島に上陸した米軍を撃退すべく、航空機の援護がないままに出撃した乾坤一擲の戦いであった。

「大和」は開戦間もない1941年12月16日に竣工した。全長263メートル、全幅38・9メートル。基準排水量6万5000トン。「世界最大」の戦艦であった。また戦艦の存在価値は主砲で決まる。「大和」の主砲は四六センチ砲九門で、最大射程距離は四二キロ。同時代の、他のどの国の戦艦より主砲が大きく、射程距離は長かった。


【PHOTO】gettyimages

「大和」は「アウト・レンジ」戦法、つまり敵艦の砲弾が届かないところから、その巨砲で一方的に攻撃することができるはずだった。「世界最強」と謳われた所以である。

これは、敵味方の戦艦が主砲を打ち合って雌雄を決する(たとえば1905年、日露戦争の日本海海戦)という戦術思想に基づくものである。また、航空機は戦艦を沈められない、という前提もあった。ところが航空機の発達により、海戦の主力は戦艦から航空機とそれを積む航空母艦(空母)を中心とした機動部隊に移っていった。

「大和」は、誕生した時点で時代遅れの巨大兵器だった。帝国海軍が期待したような、アウト・レンジで敵艦隊を撃滅することはなかった。そもそも、「大和」にはそういう戦闘場面すらなかった。

「大和」が期待された戦果を挙げられなかったのは、海軍が使い道を対水上艦隊にこだわり続けたせいでもある。たとえば早くから機動部隊の護衛として、あるいは上陸した米軍を艦砲射撃で叩くことに使用されていれば、それなりの戦果を挙げただろう。

水上部隊だけ何もしないわけには

ともあれ戦局の大きな節目となった1944年は、帝国海軍にとっても最悪の年になった。まず7月、前述のマリアナ諸島を守るべく出撃したマリアナ沖海戦で米海軍に惨敗。かつて世界最強だった機動部隊が壊滅した。さらに10月には、前述のレイテ島を巡る海戦で連合艦隊そのものが事実上壊滅した。「大和」とともに「浮沈艦」と言われた姉妹艦の「武蔵」も撃沈された。

為政者たちがずるずると勝ち目のない戦いを続けるうち、敵は日本本土に近づいてきた。そして1945年4月1日、米軍が沖縄に上陸した。この米軍を撃退するために出撃したのが「大和」特攻艦隊である。「大和」以下、軽巡洋艦「矢矧」、駆逐艦「磯風」「濱風」「朝霜」「霞」「冬月」「涼月」「雪風」「初霜」からなる「第二艦隊」の10隻であった。

航空機の援護を持たない艦隊は、敵の機動部隊には勝てない。勝てないどころか惨敗を喫する。そのことは、ほんの半年前、フィリピン近海で学んでいたはずだ。

さらに沖縄近海を遊弋する米海軍の戦力は、機動部隊以外でも「大和」艦隊を桁外れに上回っていた。たった10隻でそこに殴り込んでも、勝算はほとんどない。そもそも沖縄にたどり着くことすら極めて難しい。無謀そのものの「作戦」だった。

このため海軍内部では反対論が強かった。第二艦隊でも伊藤整一司令長官以下、なかなか賛成しなかった。

こうした、失敗の可能性が極めて高い特攻が発令されるには、いくつかの背景がある。まず、底が見えてきた燃料事情だ。開戦直後に侵攻した、東南アジアの石油産出地域は占領を続けていた。しかしそれを運ぶ補給路を連合国軍に押さえられているため、運ぶことができない。備蓄の燃料が少なくなる中、膨大な燃料を消費する巨艦は「厄介もの」扱いされつつあった。

さらに連合艦隊参謀長だった草鹿龍之介の証言によれば「一部の者は激化する敵空襲に曝して何等なすところなく潰え去るその末期を憂慮し、かつまた全軍特攻として敢闘している際、水上部隊のみが拱手傍観はその意を得ぬというような考えから、これが早期使用に焦慮していた」(『聯合艦隊』)という雰囲気があった。

つまり、このままでは敵の空襲でなにもしないままやられてしまう。あるいは航空特攻を初めとして「全軍特攻」を標榜する中、水上部隊だけがなにもしないというわけにはいかない、といった危機感だ。

昭和天皇への「忖度」

さらに、昭和天皇の影響もあった。

2014年9月、宮内庁が公開した『昭和天皇実録』(『実録』)には以下の記述がある(1945年3月26日の項)。

「御文庫において軍令部総長及川古志郎に謁を賜う。なおこの日午前十一時二分、聯合艦隊司令長官は天一号作戦の発動を令する」と記されている。「天一号作戦」とは、沖縄方面での航空特攻を主体とするもの。及川が作戦の詳細を説明したとみられる。

さらに4日後の30日、天皇は及川に会い「天一号作戦に関する御言葉への連合艦隊司令長官よりの奉答を受け」(『実録』)た。

及川が答えを言うからには、昭和天皇から何か質問されたはずだ。『実録』はその内容を記していない。しかし、その会話をうかがうヒントがある。宇垣纏(まとめ)海軍中将の日記『戦藻録』だ。1945年4月7日、つまり「大和」が撃沈されたその日に以下の記述がある。

「抑々(そもそも)茲(ここ)に至れる主因は軍令部総長奏上の際航空部隊丈の総攻撃なるやの御下問に対し、海軍の全兵力を使用致すと奉答せるに在りと伝ふ」

宇垣によれば、沖縄の作戦に関し及川から説明を受けた天皇は「航空部隊だけか」という趣旨の「御下問」をした。「水上部隊はどうするのだ。『大和』は出撃しないのか」と催促したわけではない。しかし、及川は大元帥=昭和天皇の意志を忖度した。それが第二艦隊の特攻につながったとみられる。

とはいえ、昭和天皇の言葉だけで特攻が決まったわけではない。前述のように、もともと海軍の一部には、「大和」を特攻させたい勢力があった。昭和天皇の一言は、そうした勢力を後押ししたのだ。

しかし、第二艦隊は特攻に納得しなかった。連合艦隊からは説得のため、草鹿龍之介参謀長(中将)を山口県・徳山沖に停泊する「大和」に向かわせた。納得しない伊藤らに対し、草鹿は言った。

「要するに、一億総特攻のさきがけになってもらいたい」

一億=国民すべてが本当に特攻したら、国家も民族も消滅する。それでは戦争を続ける意味がない。「一億総特攻」は比喩でしかない。草鹿の言葉はおよそ論理的ではないが、論理を超えた説得力があったようだ。「とにかく特攻したほしい」。そういう連合艦隊の本音に対し、伊藤は「そうか、それなら分かった」と応じた。

自分の命が削られていく音

1945年4月6日、午後3時45分。豊田連合艦隊司令長官は第二艦隊に電文を発した。

「(前略)帝国部隊ハ陸軍ト協力 空海陸ノ全力ヲ挙ゲテ沖縄島周辺ノ敵艦船ニ対スル攻撃ヲ決行セントスル。

皇国ノ興廃ハ正ニ此ノ一挙ニアリ 茲ニ殊ニ海上特攻隊ヲ編成 壮烈無比ノ突入作戦ヲ命ジタル(後略)」

この「特攻」を「命令」していることを確認しておきたい。というのは戦後、特攻を指揮した将官などが「特攻は兵士たちの意志だった」といった旨の発言をし、今日に至るまでそう信じられているむきがあるからだ。

自らの意志で特攻に飛び立った兵士は、確かに多かった。しかし、そうではない兵士もたくさんいた。

筆者はこれまで、実際に特攻で出撃した兵士30人に取材してきた。この中に、特攻するかしないか選択を任された者は1人もいなかった。特攻「大和」艦隊の人々がそうであるように、初めから特攻と決まった「作戦」に送り出された者がいたのだ。

根拠もなく「意志だった」と言い張る将官は、そうでないと自分の責任が追及されることを恐れてのことか、そうでなければ自分に催眠術をかけて罪の意識から逃れようとしたのだろう。

艦隊による「特攻」を知った「雪風」の西崎さんは、居住区で瞑想していた。

「父の形見の腕時計をしていたんです。ふだんは聞こえない、『カチカチ』という音、秒針の音が聞こえました。自分の命が削られていく気がしました」

1942年に海軍特別年少兵一期生として入団した西崎さんはこのとき19歳。「酒も女も知らないで死ぬのか」と戦友に話すと「俺は国のためではなく、家族のために戦う」と言った。「おれも家族、それに友だちのために戦おう」と応じた。

同4月6日、前述の10隻からなる第二艦隊が沖縄を目指して山口県・徳山沖を出撃した。開戦前、米英とならぶ世界屈指の軍事力を誇った帝国海軍が、最後に送り出した艦隊となった。沖縄の陸軍は米軍に押されつつあったが、翌日反転攻勢に出る計画であり、特攻「大和」艦隊はこれに呼応する狙いもあった。

連合艦隊の方針では、航空機による援護はしないことになっていた。だが翌7日、かつて「大和」に乗っており、この時は鹿児島県鹿屋を基地とする第五航空艦隊司令長官だった宇垣は、自身の判断で特攻「大和」艦隊の直衛機を出した。しかしわずか10機。時間は午前6時から10時までだけだった。

そのわずかな護衛機がいなくなるのを見計らったように、米軍機の空襲は正午ごろから始まった。それ以降の凄惨な戦闘については、拙著『戦艦大和 生還者たちの証言から』(岩波新書、2007年)を参照して頂きたい。

水上特攻の成果は…

「世界最強」と謳われた戦艦「大和」は実質2時間程度の戦闘で撃沈された。乗員3332人のうち、伊藤司令長官ら3056人が戦死した。生還者は276人。一割にも満たなかった。軽巡洋艦「矢矧」と駆逐艦「磯風」、さらに「濱風」「朝霜」「霞」も沈んだ。艦隊全体では4044人が死んだ(前掲『戦艦大和 生還者たちの証言から』)。たった。

この水上特攻で米軍が直接的に被ったのは戦闘機3、爆撃機4、雷撃機3の計10機の損失と戦死が12人。これが「大和」以下六隻と、4044人の命と引き替えた、直接的な戦果である。鉄板に卵を投げつけたような戦いだった。沖縄を取り巻く米軍を蹴散らすどころか、敵艦の陰すらみることはなかった。

無残な失敗の責任は、もちろん4044人にはかけらもない。この「作戦」を進めた海軍上層部にこそある。そしてその責任を負うべき者たちは、決して第一線には行かなかった。さらに陸軍が予定していた4月7日の反転攻勢は延期された(12日に実施し失敗した)。

宇垣は、この戦いについて海軍上層部を激しく批判した。

「全軍の士気を高揚せんとして反りて悲惨なる結果を招き痛憤復讐の念を抱かしむる外何等得る処無き無謀の挙と云はずして何ぞや」(前掲『戦藻録』)

士気を高めるためだったが、悲惨な結果となった。「復讐してやる」という気持ちを抱かせただけで、何も得るところがない無謀なことだった。そういう意味だ。

さらなる苦難

さて沈没する「大和」などから離れ助かった兵士たちには、さらなる苦難があった。

「大和」大爆発の後、あたり一面は重油の海となった。生き延びるためには、その海を漂いながら駆逐艦に救助されなければならない。疲れ切り、あるいは負傷した兵士たちには酷に過ぎた。駆逐艦側も、敵の制空権内に長く留まるのは極めて危険だった。

西崎さんの乗った「雪風」は舷側からロープを下ろして兵士たちを収容した。人間一人をひっぱりあげるのは相当な苦労だ。しかも、西崎さんは戦闘中、機銃弾が左足を貫通する傷を負っていた。それでも「火事場の馬鹿力」を振り絞った。

助けられる方は「疲れているし、重油ですべるからなかなか上がってこられない」。1本のロープに2人がぶらさがった。とても引き上げられない。「そういう時は、棒で一人の腕を叩きました」。叩かれた兵士は海に落ちた。その後どうなったのかは分からない。「そういう業(ごう)があるんですよ……」。西崎さんは70余年前のその光景を今も脳裏に刻んでいる。

特攻「大和」艦隊のように、船もろとも沈んだ遺体はほとんどの場合、回収されない。第二次世界大戦ではおよそ30万人もの日本人がこうした「海没遺骨」となった。無謀な作戦を遂行した者たちが、陸地で寿命を全うし、人によっては国会議員などになり再び国策遂行に関わったことを考え合わせると、戦後日本のありようが立体的に見えてくるだろう。

さて昭和天皇は敗戦後、この「大和」特攻について語っている。沖縄戦を振り返る中で、「とつておきの大和をこの際出動させた、之(これ)も飛行機の連絡なしで出したものだから失敗した」とし、「作戦不一致、全く馬鹿馬鹿(ばかばか)しい戦闘であつた」と断じた(『昭和天皇独白録』)。

筆者に特殊な能力があったら、4000人以上の死者たちにこの評を知らせたいものだ。



http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/309.html#c2

[番外地7] 特攻隊員は「志願して死んでいった」のか 中川隆
3. 中川隆[-5845] koaQ7Jey 2018年1月25日 16:18:21 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
特攻作戦を主導した昭和天皇


特攻第一号神風隊の関大尉の別れの杯、

特攻隊員に対する昭和天皇の「よくやった」というお言葉

を隊員に紹介する隊長、「見事に死んでもらいたい」と訓示する上官、そして

昭和天皇は大元帥であったことを再確認する馬に騎乗し閲兵する姿
http://anarchist.seesaa.net/article/49087839.html

最初の特攻であった、海軍神風特別攻撃隊の隊長である関大尉。

戦後出版されてきた、捏造戦記では、特攻を命ぜられて、すぐに

「ぜひ、私にやらせてください」

と答えたなどと都合よく書かれていたが、実際は違った。

「一晩、考えさせてください」

と言ったのが真実。今も昔も変わらない。上司からの命令は絶対であった。雪印や三菱のような不祥事が続く悪しき温床は、昔から続いている。

艦爆乗りで腕に自信があった彼としては、戦闘機零戦に乗ること自体が納得いかず、特攻は新婚の兵士に命ぜられることはないと聞いていたので、がっかりしたというのが本音であった。

実際、彼は同盟通信特派員につぎのように語っている。

「ぼくのような優秀なパイロットを殺すなんて、日本もおしまいだよ。やらせてくれるなら、ぼくは体当たりしなくとも500キロ爆弾を空母の飛行甲板に命中させて帰ることができる。

ぼくは明日、天皇陛下のためとか日本帝国のためとかでいくんじゃなくて、最愛のKA(妻)のためにいくんだ。日本が敗けたら、KAがアメ公に何をされるかわからん。ぼくは彼女を守るために死ぬんだ。」


まったくもって無念であったろう。彼は、戦死するが、みごと軍神となった。残された貧しい母は軍神の母となって、絶望的な戦局の中、国民を欺くプロパガンダに利用された。敗戦となると、あれほど近所から尊敬された『軍神の母』は、周りから罵声を浴びせられ、ひどい仕打ちを受けたそうだ。
http://www.asyura2.com/0406/war57/msg/880.html

 


特攻作戦の人間学:戦艦大和の場合

1945年4月6日,第二艦隊司令長官・伊藤整一中将座乗の巨大戦艦「大和」は,9隻の艦艇をしたがえて徳山沖を出航,沖縄本島西部海域をめざす征途についた。連合艦隊の生き残りをあつめた最後の艦隊出撃である。作戦計画では航空機による護衛は皆無。燃料は全艦片道分しか搭載せず,生還を期さない海上特攻であった。

作戦構想の内容とは,はじめ敵迎撃機の攻撃を吸収する海上の“囮”となって特攻機の突撃を助け,次に敵上陸地点へ殴り込んで徹底的な艦砲射撃を加え,最後に銃をとって陸上戦をたたかう,というものであった。しかしこんな計画が実行できるはずはない。実際,南西海域の制空権と制海権はすでにアメリカ側に握られている。その海域を,わずか10隻の残存艦隊が航空機による護衛もなく進攻すればどうなるかは問うまでもない。出撃命令の下命以前から,伊藤・第二艦隊司令長官は断固反対との意見具申をおこなった。

伊藤中将の頑強な反対を異例の事態と認めた中央は,説得のための特使として,連合艦隊参謀長・草鹿龍之介中将を派遣, “説得”は成功した。しかしそれは,「一億総特攻の模範となるよう,立派に死んでもらいたい」という言葉によってであった。

本作戦発動の一週間前,及川軍令部総長が沖縄方面の戦況ついて,「航空機による特攻攻撃を激しくやります」と天皇に報告した。

すると天皇から重ねて,

「海軍にはもう艦はないのか。海上部隊はないのか」

と“御下問”があった。及川総長はこれを

「水上部隊は何をしているのか」

という叱正の言葉と解した。

及川総長から連絡を受けた豊田連合艦隊司令長官は,さっそく

「畏レ多キオ言葉ヲ拝シ恐懼二堪エズ」

にはじまる緊急電を発し,あくまで作戦の完遂を期すべし,と呼びかけた。

「海上部隊はあるか?」

という疑問の言葉は

「あるなら使ってはどうか」

という間接的・暗示的命令として解されうる。

「海上部隊はないのか?」

という否定疑問文では,こうした間接的・暗示的命令性がいっそう強まるだけではなく,

「あるのになぜ使わないのか!」

という“叱正”のニュアンスまでが加わってくる。


こうして及川総長と海軍首脳部は

「海軍にはもう艦はないのか。海上部隊はないのか?」

という“御下問”を深読みし,そこにまず

「あるなら使ってはどうか?」

という間接的・暗示的な命令を発見する。連日出動してゆく特攻機群にくらべて,空しく係留・温存されている海上部隊は顔向けができない。天皇に対しても,特攻機に対しても面子まるつぶれではないか。間接的・暗示的な命令は

「あるのになぜ使わないのか!」

という“叱正”と解され,“恐懼”の感情を誘発し,海上部隊活用への「焦り」を生む。

海軍上層部の空気は変化し,ついには海上特攻艦隊という構想へ到達したと推定されるのだ。それだけではない。天皇の発言を契機として生じた海軍上層部の空気のこうした変化こそが,草鹿特使の“説得”の真の内容であったと推定することによって,伊藤中将の態度急変の謎も初めて解けるのだ。

こうして,戦艦大和がひきいる10隻の特攻艦隊は,死の南西海域へ向って出撃して行った。
http://www.okayama-u.ac.jp/user/hasep/yh-seminar/2002/Fukushima_20425.html

http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/309.html#c3

[昼休み52] 日本人女性2人、リゾート地・セブ島で知り合った韓国人の男2人と飲酒→集団強姦される…フィリピン 中川隆
177. 中川隆[-5845] koaQ7Jey 2018年1月25日 16:30:58 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
2018-01-25
韓国に行くのは大間違いだと国民は安倍首相に伝えるべきだ

安倍首相が2018年2月9日の平昌オリンピック開会式に出席したいと言い出し始めている。これは完全に間違った判断であり、日本人には許せない決断でもある。

「首脳会談を行い、日韓の慰安婦合意について日本の立場をしっかりと伝えていきたい」というのだが、韓国に話が通じると思っているところがそもそもの間違いだ。

韓国は日韓合意を事実上の破棄に持っていこうとしている。それならば、日本がやらなければならないのは徹底した報復外交であり国交断絶である。

それをわざわざ韓国と関わって平昌オリンピック開会式に出席するというのであれば、「日韓合意を破っても日本は韓国の言いなりになる」と宣言しているに等しい。

安倍首相が韓国に行って「日本の立場」をしっかり伝えても、意味がない。事実、韓国は日韓合意が決まっても約束は何一つ履行せず、「慰安婦問題についてもっと謝罪せよ」と言い続けているではないか。

つまり、客観的に見ると日韓合意を結んだところからして間違っていたわけで、そこが間違っているのだから「日本の立場を説明する」という部分もまた間違っている。

「日本の立場をしっかり伝えたい」のであれば、報復外交と国交断絶しかない。それをしない限り、日本の立場は永遠に回復されることはない。

韓国は「日本が我が国に屈服した」と捉えるはずだ

韓国は今、経済的に追い詰められている。本来であれば、日本は韓国を突き放して崩壊させることもできる。

しかし、日本の政界は民主党系(民進党・立憲民主党・希望の党)、社民党、共産党の議員や、自民党の一部議員、たとえば河野洋平や二階俊博や石破茂を見ても分かる通り、売国奴と工作員で満ち溢れている。

本来であれば韓国とは報復外交と国交断絶をして、現在の反日政策が続く限り徹底的に放置しておくべきだが、売国議員の働きかけによってそれができないでいる。

今回の安倍首相の決断も二階俊博や公明党が働きかけたものである。本来であれば、安倍首相のまわりにいる議員が「絶対に韓国に行くべきではない」と言うべきなのだが、売国議員がうろうろしているので逆になってしまう。

本来であれば、「日本に謝罪しろとわめき立てる韓国には、絶対に何があっても行くな」と止めるのが当たり前だ。国益を考える議員は、安倍首相を行かせるべきではない。それは日本のためにならないのである。

安倍首相が平昌オリンピック開会式に出席するという一点で、韓国は「日本が韓国に屈服した」と捉えるはずだ。実際にはそうでなくても、そのように演出される。

韓国は「日本に勝った」ことにしないとメンツが立たないと考えているので、安倍首相にその気がなくても、あたかも安倍首相が韓国に屈服したような捏造報道が為される確率はとても高い。韓国は何重ものワナを仕掛けて待っている。

日本のマスコミも些細な部分を取り上げて日本が韓国に屈したという報道をすることも充分に考えられる。文在寅は反日をやっていないと死んでしまう大統領なのである。だから、間違えても「未来志向」にならない。

文在寅は日韓合意を守る気はさらさらないし、北朝鮮の経済制裁も強化することはない。


日本から金を毟り取るツートラックが文在寅の目的

文在寅が安倍首相を平昌オリンピック開会式に呼びたがったのは、自分が日本を屈服させたと見せかけたいだけではない。ボロボロになった韓国経済に手を打つために、「日本から金を毟り取る目的」もあるからだ。

韓国は中国市場にのめり込んだ。しかし、中国は韓国がサードミサイルを配備したことに激怒して、韓国に対して事実上の報復外交を行っている。

そのため、中国に進出していた韓国企業は中国政府の嫌がらせによってまったく利益を上げることができなくなってしまった。また、中国人観光客も韓国に行かなくなった。

また、文在寅は財閥を格差拡大の元凶として締め付けを厳しくしており、無能大統領だった朴槿恵がダメージを与えた韓国経済がますます悪化している。

そこで文在寅は最低賃金の引き上げにかかったのだが、それによって起きたのは必要人員の首切りだった。韓国の中小企業は最低賃金を上げたが、その代わりに雇用を減らすことでコスト削減したのだ。

文在寅は経済の活性化に失敗して追い詰められつつある。文在寅はどうするつもりなのか。こうした中で文在寅が画策しているのが「日本から金を毟り取る」ことだ。

韓国は反日で燃え上がっている国だが、自分たちの都合に合わせて日本の援助や支援を当てにする。日本を自分たちの都合に合わせて利用することを朴槿恵は「用日」と言ったが、文在寅は「ツートラック」と呼んでいる。

ツートラックとは「歴史問題で日本を責めるが、経済では日本を利用する」というのを短く言った言葉である。そんな言葉があるほど、韓国人の社会には「日本にたかる」ことが一般化しているということだ。

いかに日本が舐められているのかが分かる。

自分たちが苦境に落ちたら「日本が助けろ」という都合の良いものが「ツートラック」である。今まで韓国は苦境に落ちたらいつも日本の金に頼ってきた。

驚いたことに、これだけ反日を剥き出しにされているというのに、日本はその都度この反日国家である韓国に金を払って助けていたのである。


韓国に行くのは間違いだと国民は安倍首相に伝えよ

韓国はアジア通貨危機でデフォルトした際も、日本から金を引き出させていた。そして立ち直ったら「別に日本に助けて欲しくなかった」と言った。さらに時間が経ったら「日本には助けてもらっていない」と言い出した。

恩を仇で返すのは韓国の気質なのである。

日韓通貨スワップも、自分たちが好調になれば「そんなものは必要ない」と言って自らそれを破棄した。

2009年から2012年の民主党政権による日本の混乱で、韓国は日本は死んだと考えた。

だから、もう用済みだと言わんばかりに日韓通貨スワップ協定も破棄したのだ。韓国は、それで日本を見下した気分になっていたのである。

しかし、死んだのは売国政権であった民主党政権であり、日本そのものは死ななかった。死ぬどころか、安倍政権になってから円安・株高の政策が行われ、再び復活に向けて歩み出すようになった。

そして日本の復活とは裏腹に、韓国の方は朴槿恵の無能もあってずるずると経済苦境に落ちるようになり、今は再び「日韓通貨スワップは必要だ」とツートラックに動き出すようになっているのである。

日韓通貨スワップの締結も、彼らにとっては「日本タカリ」でしかなくツートラックのひとつだ。

韓国は価値感を共有しない国であり、信用できない国であり、関わってはいけない国なのである。日韓合意すらも守れないのが韓国だ。

慰安婦問題を何度も何度も蒸し返し、竹島を奪い取って自分たちのものだと強弁し、旭日旗を戦犯旗と言い換え、日本海を東海と言い換え、日本の文化を何でも自分たちが起源だと捏造主張し、靖国神社を戦犯神社と侮蔑し、反日教育を徹底する。それが韓国なのだ。

そんな国に行って日本の立場を説明したところで何が変わるわけでもない。いいように利用されて終わりだ。安倍首相が韓国に行くのは完全に間違った判断であり、日本人には許せない決断でもある。

その決断はまったく支持できない。韓国に行くのは大間違いだと国民は安倍首相に伝えるべきだ。ぜひ、声を上げてほしい。

ご意見募集(首相官邸に対するご意見・ご感想)

https://www.kantei.go.jp/jp/forms/goiken_ssl.html
もしくは、
http://www.kantei.go.jp/jp/forms/dokusha_ssl.html

韓国には「非韓三原則」を適応すべきだ。韓国に行って日本の立場を説明したところで何が変わるわけでもない。いいように利用されて終わりだ。安倍首相が韓国に行くのは完全に間違った判断であり、日本人には許せない決断でもある。
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2018/01/20180125T1437510900.html
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/334.html#c177

[リバイバル3] 厳寒が人体に与える影響

米大寒波:厳寒が人体に与える影響 2014.01.08

 アメリカを襲っている極寒の中でジョギングしようとする人がいたら、その前にこの記事を読んだ方がいいだろう。 氷点下の気温は、短時間で人体に多くの影響を与える場合がある。専門家によると、摂氏マイナス45度の風の中では5分で凍傷を引き起こすおそれがあるとのこと。これはアパラチア山脈中部の今の状況だ。

 カナダ北部で発生した寒気の渦(極渦)が南下し、アメリカを襲っている。幸いこの厳しい気温は、水曜日以降は収まる見込みだ。

 しかし専門家の話では、アメリカ人は、たとえプロのスポーツ選手であっても、この寒波を真剣に受け止めなければならないという。

 野外医療の専門家であるヘンダーソン・マクギニス(Henderson McGinnis)氏と、ニューヨーク市内の病院で緊急医療部に務める医師マイケル・ラニガン(Michael Lanigan)氏に話を聞いた。

◆極寒の状況で人体に何が起こるのか?

 骨まで凍るような寒さの中では、生命維持に不可欠な器官をあたため機能させるために全血液がそこへ集中するので、「四肢が他の部位を守るためにダメージを受ける」とラニガン氏は説明する。

 末梢への血流が減少すると、手脚の動きが鈍くなる。長時間外にいると体温は低下し始め、代謝も下がり、精神錯乱を引き起こす。

「寒さで人は馬鹿になる(cold makes you dumb)」ということわざが意味するのは、寒さの中でハイキングコースの選択など重大な決断を迫られる場面が特に危険ということだ、とマクギニス氏は述べる。

 また肌を長時間露出していれば、凍傷や皮膚損傷を引き起こす結果となる。

◆極度の寒さで危険なことは何か?

 厳しい低温に長時間さらされることが「本当の危険」だとマクギニス氏は警告する。

 寒さにどれだけ耐えられるかは、健康状態と年齢による。

 もう一つの要因は風の有無で、風があると急速に体温が奪われる。

 さらに重要なのは、「エベレストのような超極寒環境でなくとも」長時間外に出ていれば寒さの影響を受けることだ。

◆プロのスポーツ選手、特に厳しい寒さの中でプレーするフットボール選手の場合は?

 摂氏マイナス7度以下の気温でフットボールをすることは「賢明ではない」とマクギニス氏は言う。

 サンフランシスコ・フォーティナイナーズは1月5日、体感温度マイナス23度のウィスコンシンで、グリーンベイ・パッカーズに勝利した。NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)史上最上級の寒さの中での試合となった。

 この寒さの中でも半袖を着た選手が多数いたが、ほとんどの選手は寒さに備えてグローブを着け、場外ではハンドウォーマーで肌を覆っていた。

 一般にスポーツ選手は、寒さの中で普通の人以上の影響を受けるおそれがある。スポーツ選手は常に動いているので、どうしても四肢に血液が多く送り込まれ、生命維持に必要な器官に送られるべき分まで流れてしまうのだ。

 また筋肉は極端な低温にさらされると、肉離れ、捻挫、痙攣を起こしやすくなる。

◆この寒波を乗り切るためのアドバイスは?

 なにより長時間外に出ないようにすること。外出する予定があるなら肌、特に顔の露出を避け、事前に何か食べ、水を飲む。食べることで寒さに耐えるための体の燃料が蓄えられる。また、ウィンドブレーカーは極寒の突風が体温を奪うのを防いでくれる。

 痛みを感じたり感覚が無くなってきたら、もしくは肌が青白くなっているのに気づいたら、一刻も早く屋内に入ること。凍傷の初期症状かもしれない。

 なにが一番重要なアドバイスか? 誰かが常にそばで見ているということ。少なくとも誰かに居場所を伝えておくことだ、とマクギニス氏は語る。
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/795.html

[リバイバル3] 厳寒が人体に与える影響 中川隆
1. 中川隆[-5844] koaQ7Jey 2018年1月25日 17:00:12 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

マイナス40℃の町で人々はどう暮らしているのか?
1/25(木) 12:14配信 ナショナル ジオグラフィック日本版

シベリア、ヤクーツクの街角にたたずむ人影。(STEEVE IUNCKER, AGENCE VU/REDUX)


 1年のうち少なくとも3カ月間は気温マイナス40度前後の日が続くというシベリア東部のヤクーツクは、世界一寒い町と言われている。もちろん、ここよりもさらに寒い地域はある。ヤクーツクから東へ約900キロ離れた人口500人の集落オイミャコンは、最近の寒波でマイナス67度を記録したし、南極の冬の平均気温もマイナス60度である。

ギャラリー:マイナス40℃の町に暮らす人々 写真11点
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/gallery/012400124/?P=2

 だが、そのいずれもヤクーツクのように町としての機能を全て備えてはいない。ヤクーツクの人口は28万人余り。地面は永久凍土で、ほとんどの建物は高床式になっている。そうでない建物は、暖房の熱のおかげで建物の下の永久凍土が解け、少しずつ沈下している。

 寒さは厳しいが、ヤクーツクの魅力は地下に眠る豊富な天然資源だ。この地方で採れるダイヤモンドの量は、世界の生産量の約5分の1を占め、他にも天然ガス、原油、金、銀、その他需要の高い鉱物が産出する。

 12月から2月までの平均気温がマイナス4度というスイスアルプスで育ったスティーブ・イウンカー氏は、ヤクーツクの厳寒が人間の体や心、社会生活にどのような影響を与えるのか、実際に自分の目で見てみたいと思い、2013年、現地へ飛んだ。到着すると、空港で出迎えてくれた滞在先の家の娘がイウンカー氏の頭からつま先まで目を走らせ、矢継ぎ早に質問した。「帽子は?」「あります」「手袋は?」「あります」「マフラーは?」「あります」「ブーツは?」「あります」
.

「ただ外に出てタクシーを拾うだけなのに、そこまでしなければならないなどと、誰が考えるでしょうか」と、イウンカー氏は当時を振り返って語った。ヤクーツクでは、外に出るときはいつでも入念な準備が必要だ。不必要な回り道も、散歩も、ウィンドーショッピングもできない。「ここでは、全てが寒さに支配されています。というよりも、自分の体が寒さにどう反応するかで、自分の行動が決まります」

 例えば、イウンカー氏は地元の人々が近所の家を頻繁に訪れていることに気づいた。ただし、滞在時間はほんの数分程度。「家に入ると、上着だけを脱いで熱いお茶を飲み、ジャムを塗ったトーストをいただくと、また上着を着て外へ出て行きます。近所の家は、旅の途中の休憩所のような役割を果たしているようです」

 彼らと同じように、イウンカー氏も天気に合わせて作業時間を調節しなければならなかった。持参した二眼レフカメラは、15分ほどしか撮影できない。それ以上になると、巻き上げ機構が凍り付いて、フィルムが損傷する危険がある。いずれにしても、その頃までには指の感覚がなくなっていた。

 長い時間屋外に出る者は誰もいないので、イウンカー氏の写真に写っている人間の姿はどこか幻想的だ。氷の世界で毛皮に身を包む地元住人は、まるで神話に登場する冒険者を思わせる。町に張り付いてあらゆるものをかき消してしまう濃い霧に覆われると、その姿はますます幽霊か何かに見えてくる。

 だが、どんなに神秘的に見えようとも、勘違いしてはならないとイウンカー氏は警告する。ここは、夢の銀世界などではない。命の危険すらある極寒の地なのだ。「10メートル先も見えず、通りはどれも似たり寄ったりなので、あっという間に迷ってしまいます」

 イウンカー氏は、毎年10日間、同じ予算で世界各地の「記録を持つ町」を訪れている。ヤクーツクを訪れたのも、そのプロジェクトの一環だった。これまでに、東京(人口密度が最も高い)とイランのアフワーズ(大気汚染が最もひどい)を訪れた。これらの経験から、その土地の環境にどう対応するかを学んだ。ホテルに泊まるか。屋外でどれくらいの時間過ごすか。それが自分の仕事にどう影響するか。そのなかで再確認したことは、「シベリアの人々も、私たちと同じように寒さを感じるということです。ただ、私たちよりもずっと備えができているというだけです」
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/795.html#c1

[リバイバル3] 厳寒が人体に与える影響 中川隆
2. 中川隆[-5843] koaQ7Jey 2018年1月25日 17:03:34 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]


2009年07月27日
低体温症の対策 予防的なウエア、装備
https://www.yamareco.com/modules/diary/990-detail-3787


 今回(2009年7月16日)のトムラウシ山、美瑛岳の10人の死亡事故は、低体温症の怖さ、また、それが多くの登山者に知られていない現実を、まざまざと示しました。

 登山を続けてきた1人として、私が大事にしたいと思っているのは、自分、友人、そして多くの登山者の遭難や失敗の経験から、しっかり学ぶということです。今度の事故は、個人的にはもちろんですが、山登りをする多くの人に、衝撃的な印象を残しました。(私の日記・プロフィールへのこの9日間のアクセスは2800人に達しました。)

 その点で残念なことは、私はこの件の最初の「日記・ブログ」から書いてきたことですが、最近はマスコミ関係者に登山の経験が十分な記者がめっきり減ったため、原因にかかわる具体的な調査・取材がまだ不十分なことです。

 以前(1980年代ころまで)であれば、当時はまだ「疲労凍死」という原因が不十分な把握ではありましたが、生存者・死亡者のとくに服装を詳しく調べ、報道する記事がありました。とくに生死が分かれる遭難では「疲労凍死」の原因の一番のポイントとして、下着の問題が浮き彫りになりました。

 つまり「疲労凍死」は原因ではなく結果の外見的な状態であり、体温を奪われることによる低体温症こそ、生死を分けた直接の原因であることが明確になってきたわけでした。

 今回は、低体温症が直接の原因であることが早い段階から問題にされてきたにもかかわらず、ウエアを徹底的に調べた記事がありません。この件での報道は断片的で、なにより全体像がわかる比較検討の視点がありません。

 ある死亡者の下着が濡れていたことを伝えた記事はありました。しかし、肝心のその素材は示されていないし、遭難報道で大事になポイントである全数調査、その点での生存者と死亡者の比較もありません。おそらく、実物を見せられても素材に思いが及ばない登山経験での取材になっているのではと思います。

 とくに下着は、濡れた部位も今回は問題です。北沼があふれた沢渡渉がありましたし、下半身だけが濡れたのか、雨で袖口や首周りが濡れたのか、全体にわたって濡れたのか、その部位と個々人の雨具の関係など、どれも今後に生かす大事な注目点です。現行のゴアテックス雨具は、強い風雨にたいする性能そのものの見直し問題や、盲点もあるかもしれません。

 その雨具も、素材(材質)、雨天用か、冬の着用も考慮したウエアかなど、きちんと調べて比較した報道はありません。軽装というが、実態が不明。

 帽子と手袋も大事ですが、帽子の防水性や保温性にも全数調査的な報道はありません。

 山岳雑誌等の今後の報道、また自分でも山に登る記者の今後の報道に期待しているところです。
 
 低体温症に備える服装・装備は、特別なものではないと思います。

 登山用品店では、夏場は「通気性」や「汗抜け」をメインに宣伝してきます。

 ポイントはこれと区別して、下着などに非常用を用意し、状況に応じて着分けすることだと思います。

 一方、山行中ずっと着るズボンとシャツは、天候や目的地に応じて選び、必要な場合は通気性より保温を考えた用意をします。

 大雪・十勝連峰の夏は、北アなどの6月、9月など(盛夏を除く)の時期を想定した雨天・防寒対策で対応可能と思ってきました。現に北海道の登山者は、見かけ上、本州の登山者とあまり変わらない服装で登っています。晴天ではなおさらです。大事なのは、悪天候時の備えです。

 まず雨具は、撥水機能が落ちていないゴアテックス素材等の防水透湿のもの(構造はラミネートされた布地のシングル縫製)が、この時期は普通に使われています。

 問題は、寒いときにはこれだけでは不十分であり、アンダーウエアなどの対応がいることを、知って使うことがポイントと思います。

 服装では、これも本州の対策と基本的に共通で、加えて非常用がいります。風雨の稜線をどうしても歩かねばならないとき、あるいは幕営などの朝晩の冷え込み対策に、薄手のポリプロピレン、あるいはアクリル素材の上下肌着(登山用品店にある冬用下着の薄手タイプ)を状況に応じて着用し、その上に寒いときは夏用の下着(素材はポリエステルが多く保温性が弱い、綿が入った素材は危険)、山シャツ、山ズボンを着用します。

 この種の薄地の冬用肌着はとても小さくたため、軽量。非常用にじゃまになりません。断熱性が高く、濡れても体温を保持してくれ、濡れても乾きやすい。厚地のものは、夏は使えません。

 本州の山ではこの薄地の冬用下着の用意があれば、夏は朝晩のフリースはいらないくらいです。フリースは、北海道では雨具を暖かく着る(ゴアテックスでも中が濡れ、寒い場合)ため、薄手でもあった方がいいと思います。

 頭部は、帽子か頭をタオルで包むようにすると、雨具からの冷えこみから頭部を守れます。

 うちのカミさんは防水性のある帽子と、手袋をセットで使っています。

 スパッツは、夏のロングスパッツは、私はどうしても抵抗があり、過剰装備と思ってきました。あれは雪山用です。百名山ブーム以後に登山を始めた方が、なぜか夏の暑い時期にも、そして雪がまったくない山でも、使うようになりました。それまでは夏は持って行っても、短スパッツでした。

ロングスパッツは、山靴の7割ほどを覆い、靴の通気性を著しく阻害します。昔は登山靴の防水性が悪い時代があり、残雪や雪山でそれを補う目的もあって、スパッツは使われたのです。通気性を悪くすれば、夏場は足の皮膚をふやけさせるし、豆の原因にもなるでしょう。

ただ、今回の風雨と沢渡渉を見ると、枝沢を越えるたり、沢沿いルートの場合、短スパッツは携行したいと思いました。条件によって適切に適時に使用することで、足首からの濡れや風を遮断できます。

 次に、非常用の装備。稜線に小屋が連なる山でなければ、以下の用意がいります。

 パーティー人数分を収容するツエルト、テント等は必須。

私の友人は、ツエルトと別に、ホームセンターで特大のポリ袋(透明で長さ120センチほど)を求めて、1枚常時携行しています。ツエルトやポリ袋は、体をつつんで荷造りベルトで固定して、風除けの行動にも使うそうです。

ツエルトは、信じられないくらい小さな1人用もあり、日帰りでも低山でも持ち運ぶのをクセにしてしまうといいと思います。私は2人用をいつも携行しています。

 それから、ガイド役の場合は、行き先に応じて、携行用の手もみカイロをもって行くと、非常時にもっとも有効に脇の下から保温することができますね。脇の保温は、行動不能におちいりだしたメンバーをツエルトに収容して保温する方法としてもっとも有効です。個人山行ではカイロまではちょっとできません。

 いろいろ書きましたが、一番大事なことはこうした用意や装備の選定を通じての、低体温症にたいする警戒心だと思います。

 (写真左は9月下旬のトムラウシ、右は8月の熊野岳)

(今回の遭難についてのニュース、検討は引き続き下記に追加の記述をしています。)
http://www.yamareco.com/modules/diary/990-detail-3691

トムラウシ山遭難。山岳ガイド協の中間報告にみる「低体温症」の実際
http://www.yamareco.com/modules/diary/990-detail-5521

2009/7/29
RE: 低体温症の対策) 下着、具体的事例

 具体的には、どのメーカーのどの商品? ということに、次になるわけですが、私は1つに絞って宣伝する立場にないのですが、しかし、山の装備は商品の経験を交流するのは普通のことなので、控えめな範囲で。

 夏用(3シーズン)の、非常用防寒下着は、ヘリーハンセンのこれを使っています。
http://goldwinwebstore.jp/shop/ProductDetail.aspx?sku=HY98807_N_L&CD=S0900515&WKCD=S0900508-S0900509

 ポロプロピレン(ポリ塩化ビニル)100%。購入は4年前でロングセラーもの。冬用の4分の1くらいの厚さしかなく、肌ざわりはドライです。通気性があり、真夏のアプローチなどでは死ぬほど暑いですが、稜線に出ればずっと着用可能。沢遡行や、真冬の低山でも使えます。

 ICIとかゴールドウィンで以前、白いやや厚めのTシャツタイプを同素材で出していて、これも家族用に2着ありますが、これは夏には暑い。肌あたりもちくちくします。完全に非常用。それにくらべ、ヘリーハンセンのは着やすい。

 タイツ(やはり超薄手)は、以前にノースフェイスが出していた同素材のグレーのものを、家族で2着、3シーズンに使っています。これも、履き心地が良いです。
 形は、下記に似てます。これも同素材。
http://goldwinwebstore.jp/shop/ProductDetail.aspx?sku=HY93807_N_L&CD=S0900515&WKCD=S0900508-S0900509

 カミさんは、タイツは下記と同じアクリル素材のもの(メーカーは別)を使っています。
http://www.greenlife.co.jp/item/under/mush-nukuitaitu-w.html

 これらはいずれも、とても小さく収納できるのがミソで、その分、フリースなどを薄地にできます。

 それから、ポリプロピレンは吸水性がゼロなので、すぐ乾くし、気温がほどほどなら絞って、ついで振り回し脱水をして、そのまま着ることができることです。

 大事なことは、汗抜け、通気性をうたった夏用素材には、化学繊維という点は同じでも、断熱性・保温性にひどく劣るもの、保温とは逆の目的をもたせたものが多いことです。

 中には、綿を混紡しているものもあります。

 店によっては、区別が甘い場合や、そもそも夏の薄地の保温用は念頭にない場合もありえますので、素材をしっかり把握して入手するのが大切と思います。

 そして、機能を良くおさえて、現場でそれぞれ着分けするのが大事と思います。

 本格的な純冬用の下着は厚手ですので、店でふれればわかります。あれは、寒い山でしか使えません。羊毛を使った製品(メリノ・ウールなど)も、冬ないし秋・春はいいですが、夏にもつかうのは条件が限られそうです。他にないときに何かの用意にはいいですね。

 夏や3シーズンに薄地の保温下着を現場で着分けする場合も、天候や条件を考えて、意識的に使うことになります。先日の南アではテントを張って夕刻を待って、着替え、翌日もそのままテントに下山するまで使いました。その分、フリースはカット。

 使用頻度でいうと、夏は非常用ですが、風や雨の稜線では力を発揮します。春・秋は常用になります。

 ネット上では、山用の保温下着として、ユニクロのヒートテックが注目されていますね。

「素材アクリル39%・ポリエステル33%・レーヨン20%・ポリウレタン8%」
 素材的にはいいですし、このなかでポリウレタンは伸縮性があり、断熱性が高い。

 問題は、登山用ではないので、山で汗をかく場合のドライ性能でしょうか。ヘリーハンセンのものは、ある程度快適です。

 ヒートテックも着やすければ、目的地に応じてこの季節に使えるかもしれません。

 なお、下着のことではないですが、今回の生存者のなかに雨具の下に軽羽毛服を着用した方がいたことから、テレビなどでこの角度の報道もされています。ちょっと違うんじゃないかなと思います。マスコミのみなさんには、今回の件についても、ウエア問題にしてももっと全貌をとりあげ、比較検討する態度がほしいと思います。ダウンジャケットは、みな持って北海道へ行くわけじゃないし、地元の定番でもない。吸水性もきわめて大きく、大雨のもとで着用するのは、是非論が出ると思います。うわっつらを見ずにこの方の服装全体をきちんと取材してほしいと思います。

 「下着は化繊なら大丈夫」という取り上げ方もネットに出回っていますが、こういう状況でいいのかと思います。

(低体温症についての関心ですが、この日記もさっそくGoogleで40位台に掲示されました。今回の遭難は痛苦な出来事でしたが、登山者の多くが強い関心をもち、情報を求めていることは大事なことだと感じています。)
 


RE: 登山家の野口さんが

 今日(8月3日)、夕方にカミさんいわく。

 「登山家の野口さんが、今日見た美容室の女性週刊誌に書いていたよ。みんな上着やジャケットのことばかり言ってるし、登山者もそこだけ気を配るけど、ほんとに生死を分けるのは下着もなんだって。
 ユニクロにだっていい下着があるって。」

 おお、さすが! と思いました。
 なんて週刊誌なのか? 誰か読まれた方はいませんか?

 それにしても、ちゃんとした記事が出ない。
 山の店も、新聞も、なかなか正確な情報が提供できない時代になりました。
 今度の事故は、あまり期間をおかずに、また同類のケースで繰り返すのではないか、と危惧してます。
https://www.yamareco.com/modules/diary/990-detail-3787

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/795.html#c2

[リバイバル3] 厳寒が人体に与える影響 中川隆
3. 中川隆[-5842] koaQ7Jey 2018年1月25日 17:05:46 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

カロリー収支の角度から装備と行動食を見る
https://www.yamareco.com/modules/diary/990-detail-35253


 低体温症は、究極のところ、カロリー収支の結果が、事態をおおもとから左右することになります。

 カロリーの「収入」の方は、食べて行動することによる熱の産生です。
 「引き算」されるのは、外界へ熱が奪われることです。

 体温の限度以下への低下(体幹部で35度未満)は、この熱の出入りと、登山者がその拮抗のレベルをどれだけの時間、耐えて行動し続けられるか、という継続時間の問題も加味されて、左右されてくると考えられます。

 たとえば、たとえ体熱を奪われやすい気象条件で行動し、そのうえ装備の一部に弱点があっても、登山者が対抗できるだけ食べ、また行動による発熱量が、失われるカロリーと同等レベルであれば、行程の長さ如何によっては、 生還が可能です。

 つまり、装備、あるいは天候という1つの角度だけから、○×式には、実際の問題を把握しがたいのが、低体温症の問題です。

 

過去の記録には、気象条件としては低体温症の発症の危険が大きくあるなかで、行動し生還した登山者の、関連するデータも、参考にできるものがあります。

 これらから、「カロリー収支」を定量的につかみことはできませんが、身を守る対応の様子と考え方は、見えてくる問題があるように思います。

 以上のようなアプローチで、ケーススタディとして考えながら、低体温症にどう対応したのかを、考えていきたいと思います。

 なお、設定する問題としては、

「始めから悪天候では行動しなければいい」
「入山しなければいい」

というご意見もあると思います。 これは私も通常は、そう努めたい単純明快な処方です。 でも、これを原則として固めてしまって済ませられないのも登山です。

 登山者は、悪天候の中で、あるいは装備が不足するなかで、生還を期して行動する局面に、ときには立たされます。引き返し覚悟の登山もある。大雨のもと翌日の晴天を確信して目的地に入る登山もある。悪天時には退避する用意をしながら、数日かけて目的を遂げる登山もあります。

 ヤマレコでも、雷雨や吹雪はもちろん、登山道からの転落、雪渓下の沢に転落、道迷いなど、所持してだけの装備と判断とで、予想外の災難に遭遇し、生還したケースが様ざま報告されてきました。とくに積雪期やエリアによっては、不測の怪我などが事態を悪化させる場合があります。
 なんでもない、一般ルートであっても。

 そのときに、用意した装備や食料を活かしながら、低体温症は、用心の大事な対象です。

 山には絶対的な安全圏はないのですから、私も、できるだけ多くの事例から、学んでいこうと思います。


コメント

低体温症に限らすカロリー収支の考査。

小生・登山はもちろんですが、冬季になるとハーフ・フルマラソン(時に駅伝等)を中心にやっておる市民ランナーでもあります。

行動規範のパターンこそ違うなれど、やはりランニングのレースの時にもこのカロリーコントロールは重要な要素であってその辺の摂取配分を見誤ると、即正直にタイムに影響をきたす事間違いないです。

ここでスレ主の方の言われている消耗カロリーと摂取カロリーのバランスの事を書かれておりました。

内容的には「全くもって」という感触なのですが、問題はその摂取した食料が吸収されてカロリーと変換するのに、若い20代で30分程。
私のような40代のシニア(マラソンの世界では40歳超はシニア部門)
2時間程というタイムラグがあるセオリーがございます。


要するに、そのような理想的カロリー摂取は自分の体にエネルギーとして変換されている状態にのタイムラグを考えて、事前に補っていかないと天候の急変等の憂い目に遭ってから摂取しても間に合わず、また時間経過を追うごとに体力的に吸収能力が衰えて、ますます悪循環に嵌ことになります。

(コレはマラソンレースでも同様。フルマラソンの時スタート5K・10Kの補給が一番重要であって、疲れた30K・35Kで補給しても今度は体が受け付けない。)

詰まりは、今回の場合、小屋でお弁当を受け取った時点で食しておれば結果はあるいは変わったかも知れません。燃焼系や即エネルギー系のアミノ酸粉末等も水と一緒に飲んでいれば尚良かったかも知れません。

どうしても年齢を追うごとに、心肺機能や吸収機能の劣化は避けられない生理的事実と、ココの処の天気図に載らない「上空の寒気団」の存在をマークするという、情報収集も欠かせなくなってきていると思います。

平たく記述するとお腹が減ってから食べては遅く、のどの渇きを感じた時に飲んでも遅いという、事はマラソンのコーチにも良く言われる程です。

RE: 検証 白馬岳低体温症遭難2)カロリー収支の角度から装備と行動食を見る

 私も最近の山行で、行動中の計画的なカロリー補充と給水が、個人の能力を最大限に発揮する為にとても重要であることを実感しました。

 一方で、国際山岳連盟が推奨する十分なカロリーを摂取することは、比較的若い私でもなかなか困難です。たとえ、低山であっても行動が長時間に及ぶとカロリー収支をゼロに持っていくのは難しいでしょう。

 ”いわんや悪天候をや”

 行動食についての情報は不明ですが、二人前の弁当だけでは明らかに不十分でしょう。

 実は低体温でヒヤリとしたことがありますが、比較的早期にカロリー補充と給水を行い歩き続けることで切り抜けました。

 きちんとした装備により体温喪失を少しでも減らすことも大事なのですが、以前よりご指摘の通り、体温を維持するのは骨格筋の運動、そして運動するにはカロリーが必要。また末梢循環を維持するためにも脱水は避けなくてはいけない。これらは全て軽量化とは相反する事ですが、リスク回避の為には避けられないのではないかと考えます。


朝ごはんと昼ごはんの摂取と、行動経過

>問題はその摂取した食料が吸収されてカロリーに変換するのに、若い20代で30分程。
私のような40代のシニア(マラソンの世界では40歳超はシニア部門)
2時間程というタイムラグがある

 食べたばかりの食料は、カロリー変換までにタイムラグがあるということですが、その間は、糖分や脂肪分など体に蓄えてきた分を、順次カロリーに変換しながら運動を維持し、つないで行くと考えればいいのですね。

 しかも、高齢者ほど、この消化・変換は時間がかかる。

 普通の街の生活でも、朝食べても、4、5時間もすれば腹がへる。

 山登りでは、糖分、脂肪分などを行動食として随時、摂っていくことが大事になりますね。


>今回の場合、小屋でお弁当を受け取った時点で食しておれば結果はあるいは変わったかも知れません。燃焼系や即エネルギー系のアミノ酸粉末等も水と一緒に飲んでいれば尚良かったかも知れません。


 今回の天候のもとでは、行動中のカロリー、水分補給は、ほんとに大切だったと思います。


摂取すべき必要カロリーと、水の問題

>国際山岳連盟の推奨するだけのカロリーを摂取することは、比較的若い私でもなかなか困難であると思います。

 トムラウシ遭難の事故調査報告書でも、同じ見地で、この遭難パーティーが摂取すべきだった必要カロリーを、計算しています。

 体重76キロの男性Cさんの場合、3日目にトムラウシ温泉まで 8時間で歩ききるための行動時間(8時間)のエネルギー消費量は、2300〜2700キロカロリー。

 さらに残る16時間の安静時の代謝量が、 1040キロカロリー。

 必要カロリーは、合計3350〜3750キロカロリー程度。

 ところが、実際の食事を調べたところでは、1日分の食事で 1000キロカロリー台の半ばのメンバーが大半で、2000キロカロリーを超えている人はほとんどいないようだ、とのことでした。

 トムラウシのツアー・パーティーは粗食だったことが、小屋の同宿のパーティーにも目撃されていますが、そこまでいかなくとも、必要なカロリー摂取はなかなかたいへんですね。

 おにぎりだと、1個200キロカロリーにしかなりません。

 水分摂取は、寒さを感じている条件では、テルモスに特別の飲み物を用意するなどしないと、体に入りませんね。

RE: 検証 白馬岳低体温症遭難2)カロリー収支の角度から装備と行動食を見る

 expedition(遠征登山)においては1日あたり 4000kcal + 3L の水の摂取を国際山岳連盟は奨めています。これだけのカロリーを歩きながら摂取するには”弁当”スタイルでは無理でしょう。

 私は経験も浅くまだ分からないことだらけではありますが、夏も冬も行動食の一部であるはずの食事を”弁当”スタイルで提供する小屋、受け取る登山者の双方が、”必要な熱源の確保”についてリスクを抱えているのかもしれません。

 条件の厳しい山域にある小屋では、登山者の年齢、性別、体格、予定コースから必要エネルギー量を推計した上で、

 ・そのカロリーに見合うチョコバー
 ・ビタミンやミネラル(+アミノ酸)などのサプリメントのセット

 上記セットを、弁当ではなく 1日分の行動食セットとして提供する、あるいは登山者にアドバイスするといった科学的なアプローチが必要な時代なのかもしれません。小屋番やガイドは登山者の食事量の観察も欠かせないことになります。また、テン泊であれば、日数に応じた必要カロリーを概算して、持ち歩くか現地調達できることがテン泊の条件になります。また、悪天候で停滞することは、エネルギー消費を抑えるという点でも有用です。トムラウシの場合は摂取カロリーの観点からも、停滞することが正しい、ということになりますね。

 大変質の良い食事を提供する山小屋の存在や、ヤマレコでも冬山の夕食で美味しそうな料理をガッツリ食べているレコを散見します。スタイルはどうあれ、”必要なエネルギー源の確保”という点でとても大事なことなのだと認識を新たにしました。


食料と摂取カロリーを検討することの大事さ

>1日あたり4000kcal + 3Lの水の摂取を国際山岳連盟は奨めています。これだけのカロリーを歩きながら摂取するには”弁当”スタイルでは無理でしょう。

 このデータは、海外のより本格的な登山と思われる方もおられると思います。とくに水分については、高度障害の対策が若干加味されている数値ですね。
しかし、トムラウシの遭難報告では、向かい風15m、登り、という条件では、通常の登山のさらに2倍近いカロリー摂取が必要(8時間の行動中の必要カロリーとして)、と検討しています。

 おにぎりに敢えて例えれば、10個ずつを朝、昼とっても、まだ足りない。
 ですから、


>トムラウシの場合は摂取カロリーの観点からも、停滞することが正しい、ということになりますね。

 まさにそうでした。

 しかし、あのパーティーは、あの日やってくる同じツアー会社の後続パーティーのために、避難小屋を空けるしかなかったのです。また、迎えのバスはトムラウシ温泉側へ、すでに回送中。

 ガイドに判断できる裁量は、実質的になかったといえます。

RE: 検証 白馬岳低体温症遭難2)カロリー収支の角度から装備と行動食を見る


体の熱産生は主に筋肉で、単位時間当たりの熱産生量には限界があり、年と共に衰えます。みぞれで衣服が濡れ、そこに強風の吹雪が吹付け満足な防寒防風対策をとらなければ、奪われる熱の方が多くなり低体温症に至るでしょう。

私は、食事を摂ったかどうかはあまり関係ないと思います。元々グリコーゲンの体内備蓄は普通の生活レベルで数時間分しかありません。普通の人で脂肪だと1ヶ月分以上の備蓄があります。

ちなみに私はここ2年間、行動食は食べていません。登山前と登山後にアミノバイタル1袋づつ飲んで、行動中は水かお茶、夏は塩分補給をします。(岩塩/味噌/マヨネーズ)+きゅうりなど。下界でも朝晩の2食のみです。


判断する時間の余裕と、発症と

カロリー摂取は、予防・緩和役。着衣と相まってのもの

>私は、食事を摂ったかどうかはあまり関係ないと思います。元々グリコーゲンの体内備蓄は普通の生活レベルで数時間分しかありません。普通の人で脂肪だと1ヶ月分以上の備蓄があります。


 これまで議論されてきたことで、登山者が、急に大量のカロリーを要求される(奪われる)事態になっても、それを短時間に、あるいはリアルタイムで供給することは難しいことが、明らかになってきたと思います。

 一方で、悪天候のなかで、大量の熱を奪われる、そのハンディを知り、低体温症に備えるためにも、出発前の食事でのカロリー補給や、即効性のある行動食、水分の補給が、緩和に役立つことも。

 退却やビバーク、安全な小屋への逃げ込みの際は、重要な備えになると思います。

 さらに、ここまででまだ議論になってこなかった下着を含めた服装の問題があります。

 真冬の山で、このようなケースで低体温症になるのは、むしろ少ないように私は思う。

 それは、始めから−15度、−20度の気温と強い風とに備えて、着衣と食事が根本的に違うからだと、私は思います。

 GWや6月、そして秋の山での備えは、その応用問題でもあると思いますが、冬と異なるのは濡れですね。


補いきれないながらも、食べて生還したケース

 コメントでも、人間が用意でき、その場で使うことができるエネルギー源は、多くない、というご意見がありました。

 低体温症の実体験者でもある北海道の医師のサイトには、次のような解説もあります。

「人間が貯蔵できるグリコーゲン

􀂄 通常は摂取カロリーの 60% 2000kcal×0.6=1600kcal しか肝臓と筋肉に貯蔵できない。

⇒従って、繰り返し行動中に摂取することが必要。」


 しかし、予防には限度があるなかでも、そのときに懸命に食べ、あるいは少しでも食べる努力を重ねて、大事を回避したり、生還した事例があります。
 いくつか紹介していきます。


◇2009年 トムラウシ遭難の生還者の証言から。
 (同遭難調査報告書から)

○私は持参したカロリーメイトや魚肉ソーセージ、きな粉棒をたべたり、アミノバイタルやアリナミンV などを飲んだり、何分かおきに、何かを口に入れるようにしていました。

○「猛烈にお腹が空いたので食べた」「アメ玉1 個を食べただけで、こんなに違うのかと驚いた」

○「悪天時なので、身体を動かすために食べなければならないと判断して食べた」

○「(非常食として食べたもの)アミノバイタル3袋、これは天沼から日本庭園の間に立て続けに食べました。カロリーメイト2箱、全部たべました。」

○「トムラウシ公園の手前に来て、登山道脇の草むらに座り込んでビバークを覚悟した。生還した理由として、ビバーク地点にマットを敷いたことが断熱になり、体温を下げなかった、と語った。

 どこで着たのか特定できないが、雨具の下にフリースを重ね着したこと、時々チョコレートなどを食べていたこと、南沼を過ぎたころには雨風が止んでいたこと、ビバークで体力を温存できたこと、もともと体力があったこと、などが生還できた主な理由と思われる。」(これは報告書執筆メンバーの医師の記述)


◇トムラウシ遭難の同じ日に、旭岳から白雲小屋まで行動したヤマレコのユーザーの体験。

 「昨年7月16日のトムラウシ山での大量遭難が起きた日に,私は旭岳〜白雲岳避難小屋のコースを歩きました。

 強い風雨の中,旭岳を目指して歩き出したものの,7合目を過ぎたところでかつて経験したことのないような猛烈な風に危険を感じ,一旦避難小屋まで退避。しかしながら,天候は回復するとの予報が出ていたことから,少し風が収まったところで無謀にも再度スタートし,強風に吹き飛ばされそうになりながらも,なんとか白雲岳避難小屋まで歩き通しました。

 でも,本当は自重すべきだったと,今でも反省しています。・・・

・・・なんとか頑張ってここをやり過ごし, 白雲岳避難小屋を目指しますが, 徐々に体力が落ちていく感じがしました。手袋をしていても指がこごえて,うまく動きません。ゴアテックスの雨具を着ていても, 霧状の雨が中の衣類を濡らします。

 途中の岩陰で休憩をとり, ウェストバッグに入れておいたアメ玉を頬張ってエネルギー補給です。ザックを開けて食料を食べるような余裕はありませんでした。
小屋に入ってザックをおろした途端,寒さと安堵感で全身が震えました。

 また,行動中は一度も震えを感じませんでした。ところが,避難小屋の中に入ってから 2〜3分で体中が震え出しました。文字通り歯がガチガチと音をたてて震えました。

これは,行動が終了したことで発熱がなくなり,急激に体温が低下したためと考えています。

 私が思うに,低体温症への最も有効な対策は,常に行動し続け,発熱を維持することではないかと思います。

そこで重要なのは,行動を継続できるだけの体力と,発熱を維持できる量のカロリーの摂取です。

私の場合,登山途中で避難小屋に戻り,十分なカロリー摂取ができていたことが,その後の行動維持に寄与したと思います。」

RE: 検証 白馬岳低体温症遭難2)カロリー収支の角度から装備と行動食を見る

 国際山岳連盟医療部会のガイドラインでは、行動中のカロリー摂取スケジュールについての記述も(やや曖昧ですが)あります。

体重 75kgの私ですと、最初の 30分に凡そ 400kcal、以後 4-6 時間の間はは 2時間ごとに(おそらく)400kcalの補給が必要です。

これは expedition における基準のようですが、素人が自身の限界にチャレンジするような場合にも参考にして良いかと思います。


>低体温症への最も有効な対策は,常に行動し続け,発熱を維持

 無事に生還した今だからこそ白状しますが、3月の雲取山で本当に危ない目に遭いました。

 芋の木ドッケの巻き道で息子が行動不能に陥いりかけたのですが、その後あめ玉程度ですが行動食を与え続け、白湯を飲ませ、暖かい乾燥した装備への交換を行ったところ、山荘までの 10時間余りを歩ききりました。新雪のラッセルであったために大人の歩行速度が落ちた結果、皮肉にも子どもには無理の無い移動速度となったことも大きかったと思います。

(冬も山行を継続していたので、歩いていれば寒くないことを息子は体で覚えていました。樹林帯であったことや 3月で気温も -5度程度であったことも幸運でした)
 息子の意思表示はいつもギリギリなので、その山行以後は以前にも増してよく観察し、しつこいくらいに声をかけるようにしています。

tanigawa様の結論に敢えて付け加えさせていただくならば

 ”無理の無い移動速度で” 行動を持続させる

こちらのほうが better かと考えますが、いかがでしょうか。


RE: 検証 白馬岳低体温症遭難2)カロリー収支の角度から装備と行動食を見る

> ”無理の無い移動速度で” 行動を持続させる
こちらのほうがbetterかと考えますが、いかがでしょうか。

 おっしゃる通りと思いますが、大前提としては、生死にかかわる深刻な状況に遭遇しないように、また、それに準ずる場面でも、着衣やカロリー補給で、登山者が状況にたいして用意で負けない対応を先手先手ですすめることだと思います。

 気象条件の厳しさや登山者の側で基本的な防御体制が欠けているときは、行動をするのは事態を悪化させる場合があります。

 トムラウシがまさにそうでした。

ロックガーデンの手前でハイ松帯を生かしてビバークし、シェルパのいるヒサゴ沼に伝令を出していれば、犠牲者はかなり減ったと思います。

 しかし、彼らは人数分のテントがなかった。

 とくにパーティーを組んでいる場合は、この優位性がしばしば、個人差が出てきて、瓦解の糸口になる。

 その点で、紹介いただいた体験は、息子さんの体調との連携がうまくコントロールされていたケースと思います。

 


装備面のデータ 関連するもの
 関連するものを、上げておきます。

◇やはりスコップは役立つ

 同じ5月4日、白馬岳に別ルートで登って、ビバークした男性(61歳)がいました。(「読売」5月6日)

 テントのそばに、高さ1・5mの雪の防風壁を作って、一晩しのいだとのこと。
 「5日未明まで吹雪が強かった」と話しています。

 この時期の稜線を、不安定な天候で行動するなら、やはり軽量スコップはビバークの必須装備になります。
https://www.yamareco.com/modules/diary/990-detail-35253

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/795.html#c3

[リバイバル3] 厳寒が人体に与える影響 中川隆
4. 中川隆[-5841] koaQ7Jey 2018年1月25日 17:07:35 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2012年05月22日 検証 白馬岳 低体温症 遭難 3)
持参した保温衣料はなぜ使われなかったのか?
https://www.yamareco.com/modules/diary/990-detail-35495

 ここまで見てきてどうしても不可解なのは、6人は全員が軽ダウンジャケットをザックに用意していながら、なぜ、それを着込むことができないまま、低体温症にすすんだのか? ということです。

 「日経」5月9日付夕刊は、こう伝えていました。

 見出しは、「防寒具は持参 身守れず」。
 4個のザックは、記事に写真があります。

 「遭対協によると、7日現場から回収されたリュックは4個で、容量はいずれも60リットル程度。全てに薄いダウンジャケットが入っていた。現場にはツェルトと呼ばれる簡易テントが残っていた。回収した山岳関係者は「全然軽装じゃない」と言い切った。」

 ここには、低体温症の遭難に特徴的な状況が、はっきりと現れています。
 なぜ、用意した装備を使うことなく、亡くなっていったのか?

 9人が亡くなった2009年のトムラウシ遭難では、その調査報告書に次のような記述があります。

 「生還者のコメントを見ると、自主的にフリースやダウンのジャケットを着たり、レスキューシートを身に着けた人が何人かいる。このような人では、それをしなかった人よりも体温の低下を防ぐことができ、生死を分ける要因となったことも考えられる。」

 このトムラウシの遭難の場合は、過度な軽量化によって、出発時に小屋で着込もうにも、その用意のない参加者が多かった点で、今回とは異なる状況がありました。

 一方、8人が亡くなった1989年10月の立山遭難では、現場の発見者が次のように証言しています。

 「8人は翌朝、発見。男女1人ずつは発見時に息が あり、男性は「救助隊の方ですか?」としゃべった。

 死亡したうち他の6人のザックにはセーターがあったが、いずれも使われていなかった。」

 この立山遭難は、ザックの防寒装備が役立てられなかったという点で、今回の白馬岳と共通点があります。

 以下、この問題を検討しながら、低体温症の進行の独特の様相を考えていきます。


体感温度の問題。保温性能と濡れの有無とが、むしろ影響大

 本論に入る前に、幾つか基本データと情報を掲げておきます。
 まず、低体温症の角度から見た「体感温度」について、書いておきます。

 登山者の体の熱の奪われ方には、大きく分けて、「乾性寒冷」(冬山)と、「湿性寒冷」(3季の風雨)とがあります。

 風速が1m増すごとに1度ずつ体感温度が下がる、という「算出法」でいえば、冬山では、「体感温度マイナス30度」は、ごく普通の条件。

 それよりも「体感温度」がはるかに高い春や秋山などで、低体温症の遭難事故が起こるのか、数字のうえでの疑問が出るところです。

 トムラウシ遭難調査報告書で、調査チームの医師は、「乾性寒冷」よりも「湿性寒冷」の方が、実は熱を奪われやすいと述べています。

 これは、水の気化熱が1ccあたり約350カロリーもあることから、濡れた衣類と体からは大量の熱が逃げていくため。

 さらに

「風が強ければ、体温の下がる速度は加速度的で、低体温症の悪化が早い。」、

「体温の放射を防ぐには、乾いた衣服を重ね着して、肌との間に空気層をつくることが重要。」

としています。

 また、この報告書では、従来言われてきた「体感温度」は、裸の人体の条件でのもので、保温衣料を用いることで大きく条件は緩和されるとしています。

 低体温症の危険がありうる条件では、保温用の衣類をタイムリーに用いることが、死活的になってきます。自分は、この衣類で保温するということで、しっかり用意し、臨機に使う。

 この際に、セーターやフリースとともに、肌に接する下着がかなり肝心であることを強調したいです。

 またゴアテックスなどの雨具や冬用ジャケットなどの防水性能をしっかり確認して、濡れに備えることが必要になると思います。

 下着については、私の下記の日記に。

低体温症の対策) 予防的なウエア、装備
http://www.yamareco.com/modules/diary/990-detail-3787 


3つの遭難の、気象条件と行動―立山の場合

 検討する前提として、まず低体温症による3つの遭難の、気象条件と経過を掲げておきます。

 白馬岳については、このシリーズの1)目撃者の証言から、のスレッド末尾に、天候の推移と行動経過を記しています。

/////////////////////////////

○1989年10月8日 立山・真砂岳

 遭難場所の真砂岳付近では、風速10メートル、気温はマイナス10度。猛吹雪。
 10人パーティー。8人死亡、2人救助。

 40歳から60歳代。
 一行のほとんどは、冬山経験はなかった。 

 室堂出発時、天気は快晴。気温はマイナス6度。風はほとんど無し。
 冬型の気圧配置となり、一ノ越から雪が降りだす。

 全員が雨具を着用。

 12時ごろ、雄山山頂で1人が足を痙攣。風雪。

 14時ごろ、富士の折立手前で追い抜いた2人組の登山者が、このパーティーを目撃する。男性1人が抱えられ、女性2人が立っていられずに座りだしたりする。
 パーティーは2つに分かれる。

 16時ごろ、真砂岳付近で、10人がいったん合流。
 風速10メートル、気温はマイナス10度。猛吹雪。

 男性2人が内蔵助山荘へ救助へ向かうが、視界がなく雪で道わからず、剣御前小屋へ向かい、途中の別山付近でビバーク。翌朝、登山客に発見される。

 8人は翌朝、発見。
 男女1人ずつは発見時に息があった。

 他の6人のザックにはセーターがあり、使われていなかった。
 付近には、コンロや食糧が散らばっていた。

3つの遭難の、気象条件と行動―トムラウシ山の場合

○2009年7月16日 トムラウシ山
    (データは、同遭難事故調査報告書による)

 ツアー登山。
 一行はガイド・スタッフ3人、メンバー15人の計18人。
 ガイド1人をふくむ9人が低体温症で死亡。
 自力下山は5人。

 前日に低気圧が通過して、北海道東方で発達。
 16日の山の天候は気温 6℃、風速 20m/secだった。(新得警察署 遭難対策本部)

 入山3日目、5時30分、ヒサゴ沼避難小屋出発。
 雨は出発時、弱くなった。
 6時10分、稜線のヒサゴ沼分岐。
 風強まる。ガイドが耐風姿勢を教え、風の弱まる瞬間を狙って前進するほどに。

 8時30分、大岩を上がるロックガーデン。
 男性客 M(66歳)さんが、しばしば座り込むようになる。
まっすぐに立って歩けない風になる。

「札幌管区気象台の高層観測によると、16日 9 時の 1900m 付近の気象は、気温が8.5℃と急下降し、風速も 19m/secを記録している。

また、風向は西北西に変化している。12時の天気図では、従来の低気圧の隣にもう一つ小さな低気圧が発生して、この低気圧の発達が大雪山の天気回復を遅らせたことも考えられる。」

 北沼周辺で亡くなった人の内 2〜3名は、北沼以前(ロックガーデン周辺)から発症していたと思われる徴候があった。

 10時00分ごろ、北沼渡渉点。 
 渡渉後、動けない人が出て待機。

 女性客K(62 歳)さんが嘔吐し(何も出ない)、奇声を発していた。
 女性客J(68 歳)の意識が薄れる。

 行動の指示がないままでの強風下の待機。
 メンバーは小さな岩陰に三々五々座り込んでいたが、風に曝されていた。

 10時30分ごろ。
北沼分岐ですでに低体温症になった人たちが、待機から行動に移った。
 以後、パーティーはばらばらになる。

 リーダーA(61歳)は渡渉地点近くで、動けなくなる。(第一ビバーク地点)

 11時30分ごろ。
 ガイドB(32歳)とともに歩行不能な女性客 3人と付き添いで男性客D(69 歳)1人は、第二ビバーク地点でテントに収容。 

 ガイドC(38 歳)が引率して歩行可能と思われるメンバー 10人の引率役で下山再開。

 13時30分、南沼キャンプ場。
 パーティーはばらばらになり、さらに行動不能のメンバーが出る。
 
 15時5分。
前トム平で、女性客G(64歳)が携帯電話で自宅を通じて、110番通報。

17日、
9人の遺体が収容。生存者が救助される。

 「多くの遺体が下腿に打撲痕があった(転倒したためだろう)。」

・・・・・・・・・・・・・・


体温の低下と、症状の現れ

 もう1つ、低体温症による体温の低下と、症状の段階的な進展についての目安を上げておきます。


 「IKAR (国際山岳救助協議会)による低体温症の現場での治療勧告 1998, 2001編」によると、低体温症の症状は、体温の低下と症状の進行ごとに、次のように規定されています。
(一部訳文あり。http://www.sangakui.jp/medical/ikar/

段階
HT1 35−32度。 震えあり。意識清明。
HT2 32−28度。 震えなし。意識障害。
HT3 28−24度。 意識なし。
HT4 24−15度。 生命兆候なし。
HT5 15度以下。  死亡。

 それから、トムラウシの遭難事故調査報告書でも、体温と症状を、次のように示しています。

36 ℃
 寒さを感じる。寒けがする。

35 ℃
 手の細かい動きができない。皮膚感覚が麻痺したようになる。しだいに震えが始まってくる。歩行が遅れがちになる。

35 〜 34 ℃
 歩行は遅く、よろめくようになる。筋力の低下を感じる。震えが激しくなる。
 口ごもるような会話になり、時に意味不明の言葉を発する。無関心な表情をする。眠そうにする。軽度の錯乱状態になることがある。判断力が鈍る。

 *山ではここまで。これ以前に回復処置を取らなければ死に至ることあり。

 * 34 ℃近くで判断力がなくなり、自分が低体温症
になっているかどうか、分からなくなっていること
が多い。この判断力の低下は致命的。


34 〜 32 ℃
 手が使えない。転倒するようになる。
 まっすぐに歩けない。感情がなくなる。
 しどろもどろな会話。意識が薄れる。
 歩けない。心房細動を起こす。

32 〜 30 ℃
 起立不能。思考ができない。錯乱状態になる。震えが止まる。筋肉が硬直する。不整脈が現れる。意識を失う。

30 〜 28 ℃
 半昏睡状態。瞳孔が大きくなる。脈が弱い。呼吸数が半減。筋肉の硬直が著しくなる。

28 〜 26 ℃
 昏睡状態。心臓が停止することが多い。

 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 以上のデータに、実際の遭難での経過にそくして、

「6人がザックの防寒具を役立てられずに亡くなっていったのは、なぜなのか?」、

私の見方を以下に述べてみます。

低体温症の危険信号は、本人には自覚しにくいことも?

 「何故、ザックの中のダウンジャケットを生かすことができなかったのか?」

 それは、これまで言われてきたよりも早いピッチで、体温低下が進行し、危険認識や防衛本能などを麻痺させる次のフェイズに進んでいるからではないか?

 低体温症による遭難事故の経過を見ていて、こんなことを思っています。

 そう思う根拠は、単純なことです。

 体温低下は、低体温症の症状を一段一段、時間的余裕をもってゆっくり下がっていくわけではない。

 とくに薄い防備で強風にさらされた場合は、症状の各段階を短時間で駆け抜けてしまうからです。

 だから、自分や周囲が「危うい」と自覚できる瞬間は、実際にはしばしば見逃されてしまう。


 例えば、体温の低下が進みだしたとき、低体温症の危険を本人が察知できるのは、激しい寒さの感覚と猛烈な震えです。

 この猛烈な震えは、自分で低体温症におちいりかけていることに気づく、最初で、そして最後の関門になっています。

 ここを過ぎると、寒さの感覚や震えによる熱の産生という自己防衛反応はなくなる。

 救助にあたっても、

 「活発な震えは熱産生に最も重要な手段である。糖分を含む飲物でカロリーを補給し、震えを促進する(糖分を含む事は温かい飲料より重要)」(アラスカ州寒冷障害へのガイドライン2003(2005改訂))
http://www.sangakui.jp/medical/alaska/alaska02.html

 とされるほど、大事な指標になっています。

 ところが、その大切な局面で、保温が不備だったり、パーティーの事情があって行動を停止・あるいは制限するなどして、熱の産生が負けていると、体温の降下は、「激しい寒さの感覚と猛烈な震え」の体温水準を、短時間で通り過ぎて、より下がってしまう。

 トムラウシ山遭難事故では、15分当たりコア体温1度低下という、猛烈な体温低下も検証されています。

 その体温降下の途中の段階で、「激しい寒さの感覚と猛烈な震え」という段階は短時間で突破され、寒さを感じなくなり、危険に無関心になる無防備な段階にいたってしまう。

 こうして、登山者は、本人らは大丈夫だと思っているうちに、もはや自分一人では後戻りできない感覚や意識障害の段階に入って行ってしまう。

 つまり、低体温症の一連の症状の中には、ここが、地獄の三丁目! という「震え」のフェイズが多くの場合にあるのですが、

 ところが、防寒が不備で気象条件が激烈なときは、そこを本人が自覚しないうちに通りすぎてしまうのではないか、ということです。

 「震え」のフェイズがかならずあるかといえば、これには個人差があります。ない場合もある。

 しかし1つのパーティーのなかで、1人にこの関門のスルーがあると、パーティーは行動不能になるメンバーを、次の段階でかかえることになる。

 また、同じ条件で行動してきたメンバーは、やはり体温低下の過程に入り込んでおり、ここからも行動不能が広がる条件が生まれてしまう。

 今回の白馬岳の6人パーティーの場合、少なくとも、11時に白馬大池を出発する前の、大池到達時点あたりまでは、体温低下は始まっていなかったと思われます。

 コースタイムからすでに2時間20分遅れですから、大池での長い休憩などがあれば、そこから体温低下が始まっていた可能性を残します。

 大きなカロリーの喪失は、天候急変で周辺の山岳にとりついていたヤマレコ・ユーザーらが撤退を開始した、12時前後から。

 13時30分、小蓮華岳の手前で、「1人が疲れた様子で、その人のザックを別の人が担いでいた」様子が目撃されています。

 この時刻が、パーティーのメンバーに「最初の関門」越えが始まった段階と思います。


○HT1 35−32度。 震えあり。意識清明。

○35 ℃
  手の細かい動きができない。皮膚感覚が麻
 痺したようになる。しだいに震えが始まって
 くる。歩行が遅れがちになる。


 しかし、「先生どうしましょうか?」という相談の結果は、さらなる前進でした。
 ここで、「震え」のフェイズの突破があったのかもしれません。症状はもっと進んでいた可能性があります。

 いずれにしても、低体温症のシグナルは見すごされました。

 白馬のパーティーは、さらに1キロほど登って、稜線の三国境の手前で行動を停止しています。

 ペースから見て、さらに1時間以上、吹きさらしの向かい風のなかを行動。

 この時点では、体温低下はメンバーにさらに広がり、複数の行動不可能者が出た可能性があります。

 ザックを開けてテントを取り出し、みんなにかぶせようと努めた、それだけの体力と危機の判断力とを残していたメンバーもいました。

 「周囲は踏み固められ、ツェルトをリュックから出して使おうとした形跡があった。」(「日経」5月9日付夕刊)

 しかし、稜線の吹きさらし、強風・吹雪のもと、体温低下が進むなかでは、それが最後の防衛行動だったのかもしれません。


体温の急激な低下についてのデータ

◇体温の急激な低下のデータとしては、トムラウシの事故調査報告書に記述があります。

 「低体温症が始まると、前述したとおり、体温を上げるために「全身的な震え」が 35 ℃台で始まるのが特徴的であるが、今回の症例ではこの症状期間が短く、一気に意識障害に移行した例もある。あまりにも早い体温の下降で人間の防御反応が抑制され、30 ℃以下に下がっていったと思われる。」
 
 「マイクル・ウォードは『高所医学』という本の中で、

「低体温症になると 2 時間以内に死を来すことがある」

と述べている。この遭難事故でも、発症から死亡まで 2 時間と思われる症例がある。条件が揃えば、人体の核心温が一気に下がり、死に至る温度の 30 ℃以下に、急激に下がるのに 2 時間とかからない、ということになる。

 なぜ急激な体温低下を来したのかは、体力、気象条件、服装を含めた装備、エネルギー源としての食料摂取などを、総合的に検討してみる必要がある。」
 
 「体温の下降は 1 時間に約 1 ℃ の割合で下がった計算になるが、本人によるとストーンと下がるような状況で意識を失った、と証言している。」

 「小屋を出発した時の体温が 37 ℃に近い温度だとして、心停止の温度が 28 ℃以下だとすれば、体温が 9 ℃下がるのに 2 時間と要していなかったことになる。これは単純に計算すると 15 分で 1 ℃下がったことになり、この急激な下がり方であれば、「震え」で体温を上げることはとても間に合わないことになる。」


◇別の資料から

「震え(shivering)を唯一のT°の指標とすべきでない。」
(IKAR (国際山岳救助協議会)による低体温症の現場での治療勧告 1998, 2001編)


RE: 検証 白馬岳 低体温症 遭難 3)持参した保温衣料はなぜ使われなかったのか?

 以下は、ヤマレコ日記であるにコメントしたものです。
 ここにも張り付けておきます。

//////////////////////////////////////

Gさん、予兆から軽度の低体温症の発症までを範囲とする「予防」の段階を超えて、登山者の備えや対応をテーマにすると、なかなか微妙な問題がありますね。

 以下、提起されている問題に即して、ちょっと長めになりますが、コメントします。

(1)中度より重い低体温症の現場での対応、搬送されて以後の医療の対応は、かなり基本的な処置の点で、医学的にも探究途上だったり、不一致の面があります。症状によってもかなり違う。そもそも、そこまでの問題になると、医師にも知識がない方が大勢です。

 具体的には、同じ中度の患者の場合でも、種々の検査をして症状とどこが危ういかをつかまないと、その処置が良く出ることもあれば、致命的になってしまうこともある。

 例えば、加温による心房細動の誘発があります。これは、どこまでが急加温かが、むずかしい。実際には、意識を失うまでに体温が下がった場合に、山という条件では、あらゆる加温措置が動員されても、まだ足りない場面が予想されます。

 逆に、低体温症の患者が低体温になることで、脳の活動を抑え、血液と酸素供給が少なくとも、命だけは守り、搬送後に的確な措置で蘇生する事例が幾つもあります。この場合は、穏やかな加温であっても、脳の活動を再開させてしまって、それによって脳が酸欠となり、死亡してしまう場合がある。

 雪崩に長時間埋まっていたり、低体温症にかかって体温が大きく低下した人を救護する場合は、脳を守るために、加温せず保温(保温材やシートなどによるラッピング)だけで搬送されることもあります。

 できるだけ早くその場から安全なエリア移送して、専門医師の処置を受けるしかありません。

 これは、救助隊なども、実際にルールとしているのではないかと思います。

 低体温症の場合、心臓も、低いレベルで活動を続けている場合がありますから、脈拍を短時間見ただけで、心臓マッサージをすることなども、医師の判断なしには避けたいところです。

 登山者が何ができるかは、中度以上(意識喪失以下)にまで進行してしまった低体温症では、他の怪我などにくらべて、むずかしい問題があります。


(2)その一方で、蘇生の手立てが限られる山の条件でも、患者の様子によっては、心房細動の危険を度外視して加温する場合も、判断としてはあります。多くは、そのことまで考えないで、とにかく必死で加温されて助かる例があります。

 実際に、トムラウシ山遭難では「第2ビバーク地点」で、助かった女性への処置がそうでした。彼女は、意識を喪失していました。男性の参加者が懸命の保温と加温の措置をとって助けました。

 新田次郎の「芙蓉の人」(基本は実話)では、富士山山頂の観測小屋から瀕死の容態で退却して、八合目の小屋に担ぎ込まれた男性主人公が、必死の加温と摩擦によって命をつないでいます。

 いずれの場合も、意識喪失とはいえ、まだ中度の症状の入り口あたりだったから、生還できたとも言えます。


(3)私たちとって大事なことは、意識喪失以下にまで進行した段階のことではなくて、やはり予防だと思います。

その一線にいたる前に予防する。

 低体温症では、1人でも症状が進んだら、パーティー全体の行動が困難になりますから。

 具体的には、震えの時期を通り越してしまう前に対応する。つまり、体温がさらに低下し、当人が保温に無関心になる、足がふらつきだすような段階の前に、震えの段階までに先手で手立てをとってしまう。

 震えの段階までに、着込み、カロリー補給、天候判断と退却などの対応を、すすめることです。

 その前提として、震えには個人差があり、進行速度にも個人差があることを、知る。
これはリーダーと当人が、低体温症の独特の進行の怖さを認識していないと、手遅れもありえます。

 そして、予防の根本は、天候と行動のそもそもの判断、下着や濡れ対策、食糧計画など、出発時の用意と判断だと思います。

 
 私は、予防の上では、「低体温症」という言葉を要所でパーティー内で口にして、互いに注意し合い、観察し合うことも、大事なことだと思います。

 トムラウシの遭難では、出発時も行動中にも、遭難に至ってからも、誰一人、「低体温症」という言葉を発しなかったことが、生存者全員の聞き取りと証言から判明しています。

 言葉が発せられなかっただけでなく、ガイド1人を除いて、そもそも知らなかった。

 その気象条件で最大の脅威であったはずの対象が、最後までノーマークだったのです。(これも証言から)

 雪崩の危険個所や岩場などでは、パーティーは必ず相互に声をかけあいますが、低体温症については、意識的に努めないと、そこまでマークがいかない。
ここにこの難題に特有の「穴」があります。
https://www.yamareco.com/modules/diary/990-detail-35495
 

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/795.html#c4

[リバイバル3] 厳寒が人体に与える影響 中川隆
5. 中川隆[-5840] koaQ7Jey 2018年1月25日 17:12:54 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

奇跡体験!アンビリバボー:山の恐怖 〜トムラウシ山遭難事故〜 - フジテレビ動画
http://www.dailymotion.com/video/x4oagj9_%E5%A5%87%E8%B7%A1%E4%BD%93%E9%A8%93-%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%93%E3%83%AA%E3%83%90%E3%83%9C%E3%83%BC-%E5%A4%8F%E5%B1%B1%E3%81%AB%E6%BD%9C%E3%82%80%E6%81%90%E6%80%96sp-8%E6%9C%8811%E6%97%A5_fun

トムラウシ遭難事故
https://www.youtube.com/watch?v=sodw39L6jhM

2009年12月10日
トムラウシ山遭難事故。山岳ガイド協会の中間報告書にみる「低体温症」の実際
https://www.yamareco.com/modules/diary/990-detail-5521

 12月7日に発表されたこの中間報告書は、7月のトムラウシ遭難事故について多くの証言やデータをもとに専門家も参加して詳しい状況を報告・分析しています。

(日本山岳ガイド協会 トムラウシ山遭難事故調査特別委員会の「中間報告書」)

 これまでの遭難事故報告書に比べて、この中間報告の一番の特徴は、大量遭難事故の犠牲者の直接の死因を「低体温症」ととらえ、その様相と、そこに至った原因を多角的に検証しようとしていることです。

 そこには、これまで認識されてこなかった「低体温症」の脅威と進行の様子が、おそらく史上初めてのことと思いますが、多数の証言で明らかにされています。

 中間報告は、次のように書いています。

 「今回の生還者も、「疲労凍死」という言葉については多くの人が知っていたが、「低体温症」という言葉は、ほとんどの人が知らなかった。したがって、低体温症に関する正しい知識を啓蒙することは、今後の遭難防止にとって重要なことだろう。」

 ガイド協としてはこの報告書の全文をWEB上に掲示していませんが、ぜひ全文を読めるようにし、多くの登山者に読んでほしいと思っています。

 なお、この問題では、私の事故翌日昼の次の日記のスレッドも、比較検討していただくことを希望します。

 「トムラウシ山遭難――低体温症とツアー登山、2つの問題」
http://www.yamareco.com/modules/diary/990-detail-3691

 以下、中間報告から、この角度での要点をツリー形式で紹介していきます。
 

 まず、低体温症の今回の現れ、です。
 報告書は次のように記述しています。

「北沼周辺で亡くなつた人の内2-3名は、北沼以前(ロックガーデン周辺)から発症していたと思われる徴候があった。ロックガーデンを登り終え北沼に降りる時点で、ほかの人の力を借りなければならないような歩行状態は、すでに症状が進んでいたと推定できた。発症は待機が始まった時間(北沼に到着した時間)の 10時30分にした。」

 「北沼分岐ですでに低体温症になった人たちが、待機から行動に移った瞬間から低体温症は急激かつ加速度的に進行し、症状が悪化する。これは静止状態から運動状態に移つたことで、冷たい血液が体内に一気に流れ出し、脳や筋肉の機能障害が急速にきたためと思われる。インタビューした多くの人が、この北沼分岐を出発したと同時に「意識が朦朧とした」「つまずいて歩けなかった」と証言したことで証明できる。」

 「北沼からトムラウシ分岐までの20分間という短い距離と時間の間に、低体温症で次々に倒れていった事実に注目しなければならない。

 発症から死亡するまでの時間(推定)は、

 2〜4時間以内:5名 、
 6〜10時間半以内:3名

 (6〜10時間半以内の死亡者の中には、テント内でビバーク
した2名を含む)

 死亡者の半数以上が2〜4時間以内で亡くなっていることは、低体温症が加速度的に進行、悪化したものと思われる。これは急性低体温症といえる。

 低体温症が始まると、前述したとおり、体温を上げるために全身的「震え」が35℃ 台で始まるのが特徴的であるが、今回の症例ではこの症状期間が短く、一気に意識障害に移行した例もある。あまりにも早い体温の下降で人間の防御反応が
抑制され、30℃ 以下に下がっていったと思われる。」

 今回の低体温症は、北沼のずっと手前で症状が現われたこと、そして、続いて報告しますが、参加者の全体に大なり小なり発症していたことが、一つの驚きでした。

(以下で、参加者への低体温症の現われを見ていきます。写真は9月下旬のトムラウシ)

2009/12/11 18:34

どんな気象条件だったのか?
 証言に入る前に、7月16日の遭難事故当日は、どういう気象条件だったのかというデータを、事故調査「中間報告」から紹介します。


○現地調査班のレポート

 「16日の山の天候は気温6℃、風速20m/secだった。」(新得
警察署)

○気象担当者のレポート

 「遭難日の7月16日について見てみると、15日に通過した低気圧は、16日未明に宗谷海峡を東進した。この低気圧は閉塞化が進み、閉塞前線が形成されているが、大雪山系では、当日未明から寒気とともに強い西風が吹きつける状況であった。
 この低気圧はゆつくりと東進したため、大陸から吹き出す寒気も強

い状況が維持された。札幌の高層観測によると、16日9時の1900m付近の気象は、気温が8.5℃ と急下降し、風速も19m/secを記録している。また、風向は西北西に変化している。」

 「大雪山・五色観測サイトにおける気象観測からの推測

 大雪山の高山帯では、北海道大学大学院地球環境科学研究院GCOEが無人気象観測装置を使って気温、風向風速、降水量などの気象観測を行っている。・・・今回の遭難現場の気象を推測するのに適したデータ
であるといえる。

【気圧】0時から8時にかけて780hPa前後と低い値が続くが、8時以降、上昇に転じた。気圧の変化から推測するとパーティが出発した5時30分は、まだ悪天候のピークの真っただ中であったと思われる。

【気温】パーティが出発した5時30分の時点で7℃ であった。その後、パーティが稜線に出た6時から14時頃にかけて6℃ 前後で推移し、14時になるとさらに低下し始めた。17時30分に日最低気温3.8℃ を記録、17時30分以降、気温は上昇に転じた。」

 「【風速】パーティが出発した5時30分から21時頃にかけての平均風速は15〜18m/secであった。このことからパーティ出発後、強風は夜中まで収まらなかつたことが分かる。特にパーティが稜線に出た6時頃から14時頃にかけて、最大風速が連続して20m/secを超えており、歩行困難に陥るほどの強い風が、持続的に吹いていたことが窺える。

【降水量】夜間の2時から3時にかけて、時間雨量が12mmに達するかなり強い雨が降っていた。しかし、3時以降雨は弱まり、8時になると止んだ。
パーティが強い雨に打たれたのは、出発直後から8時までの2〜 3時間程度であったと推測される。」


 「トムラウシ周辺の気象状況の推定

 ・・・主稜線に出てから8:30頃にロックガーデンを通過するまでの間、風速20m/sec以上の強風が吹き荒れていたことが窺える。最大瞬間風速は平均風速の1.5〜 2倍に達するといわれるので、この間の最大瞬問風速は30〜 40m/secにも達したと考えられる。台風の暴風圏の中を登山していたような状態である。

 一方、この間の雨に関する証言はあまり多くない。出発時くらいまでは降水量が多かったが、その後は風が主体で、降水量は減少していたと考えられる。

 10:00の北沼渡渉点でも強風が続いた。北沼が風で大きく波打っていて、これが水位上昇に関与したことも考えられる。12:00頃には、北沼分岐や南沼キャンプ場で風も弱まり、雨も止んでいた。これから午後にかけて天気は回復傾向にあった。

 トムラウシ山南斜面の前トム平では、16:00頃雨も上がり風も弱まっていた。そして19:00頃には、南沼キャンプ場付近でも月明かりが見えるほど天気は回復して、晴れとなる。」


○運動生理学の分野からの検討レポート

 「今回のトムラウシ山遭難の当日は、気温が終日10℃ 以下(最低では5〜 6℃ 程度)まで低下していることから、低体温症が起こる可能性は十分にあったことになる。

 以前は「低体温症」という用語が一般的ではなく、「疲労凍死」という言葉が使われていた。「凍死」というと、環境温が0℃以下の時に起とるというイメージを与えるが、そうではなく、低体温症は夏山でも起こり得ることを知る必要がある。」


低体温症で亡くなられた方についての、生存者の証言(1)
 

 この遭難で亡くなられた方は8人です。(他に単独行の男性が1
人死亡)

 亡くなられた地点ごとに分けて、同行して生還した参加者の証言
を掲示します。
 (以下、参加者の略記号などは「中間報告」の通り。文の頭に※印
は、tanigawaによる注記)


≪北沼渡渉点 第一ビバーク地点≫ 2名死亡

◆女性客J(61歳)さん
 ※北沼渡渉点の手前から、ガイドCが肩を貸して支えられて登
高。
 
※北沼渡渉のあと、ガイドCは、ガイドBに、女性客Jさんの様
子がおかしいことを告げる。

 「ガイドC(38歳)の呼び掛けに対する反応が薄く、体を動かそう
としない状況だった。」(ガイドB(32歳))

 「直前の渡渉地点では典型的な前兆がなく、空身とはいえ自分で
歩いて渡っていたので、本当に驚いた。あまりにも急激だった。」
(ガイドB)

 「スタッフ3人は懸命に女性客Jの体をさすったり、声を掛けて励
ましたり、暖かい紅茶も飲ませたりしたが、次第に意識が薄れて
いった。」(報告書)


◆リーダーA(61歳)
 
「リーダーAが『俺が看るから』と言うので、『それじゃ、お願い
します。私は本隊を追い掛けますので』と言って別れた。彼は男性
客D(69歳)が貸してくれたツェルトで女性客Jを包んでさすってあ
げていた。風が強いので、ツェルトを巻こうにも巻けない状態
だった。その頃の彼の表情は、どこか虚ろだったように思う」(ガ
イドC)

 ※翌朝4時。
「ガイドB(32歳)が第1ビバーク地点まで行く。リーダーA(61歳)は
うつ伏せで、雨具の上下を着たまま女性客」(61歳)と倒れていた。
ツェルトは風で飛ばされ、近くの岩に引っ掛かっていた。その場は
ツェル卜だけを回収して戻る。第2ビバーク地点からは、空身でわ
ずか5分ほどの距離だった。」(報告書)

 ※この「第一ビバーク地点」について、現地調査報告では、次の
ように記しています。

 「川を渡った所は大きな石がゴロゴロした地帯で、風を防げるよ
うな所ではない。・・・強風に対して無防備でここに滞在したら、低
体温症になることは想像できただろう。・・・岩がゴロゴロした遮
蔽物が何もない場所で、プロのガイドがビバーク・サイトとして選
ぶ場所ではない。」

 ※このビバーク地点選定の判断をみても、パーティーが相当なショック
と混乱、判断不能の状態におちいり出していたことが推測されます。
そのことは、すぐその先の第二ビバーク地点で、はっきり現れてきま
す。

低体温症で亡くなられた方についての、生存者の証言(2)
≪北沼分岐の先 第2ビバーク地点≫5人ビバーク、2名死亡

 同行して生還した参加者の証言を、続けて掲示します。
 (参加者の略記号などは「中間報告」の通り。文の頭に※印
は、tanigawaによる注記)

 ※ここは第1ビバーク地点から、通常なら5分のところで
す。頂上へ登らず、西面をトラバースするルート上。

 「北沼分岐ですでに低体温症になった人たちが、待機から行
動に移った瞬間から低体温症は急激かつ加速度的に進行し、症
状が悪化する。・・・インタビューした多くの人が、この
北沼分岐を出発したと同時に「意識が朦朧とした」「つまずい
て歩けなかった」と証言したことで証明できる。」(報告書)

 ※症状が広がったうち、歩行不能の女性客N、女性客H、女性
客I(59歳)が、動けなくなり、男性客D(独自にビバークを判断?)、
ガイドBが付き添って5人がビバークします。

 ※女性客N、女性客Iが亡くなりました。


◇女性客H(生還)
 ※第2ビバーク地点では、3人の女性が動けなくなり、残る。
「北沼渡渉点を過ぎて立ち上まった所で、体が一気に冷え込んで
きた。パーティの後方にいたので休むスペースがなく、少し離れ
たところでがたがた震えて座っていた。腕で押えても上められな
いほど全身が震え、歯ががちがら嗚った。その時一時、『あぁ、
これで私は死ぬんだろうか』と思った。(本人の証言)

 「とにかく寒くて気がついたら、テントの中で女性2人と並ん
で寝かされていた。夕方だったから19時頃か? ガスコンロが一晩
中、燃えていた。それでも寒いのでダウンを着て、さらにガイド
Bさんがレスキューシートを貸してくれた。それでもなお、自分
は低体温症だとは思っていなかった」(本人の証言)

◆女性客N(62歳)
 ※第2ビバーク地点。
「北沼分岐付近では、女性客Nさんの後ろを歩いていたが、彼女
は何ごとか叫びながら、四つん這いで歩いていた。私も同じよう
な状熊で、やがて記憶を失くした。どこで倒れたか記憶にない。
最初の停滞地点から5分くらいの場所だと思う」(女性客H)

 ※18時ごろ、ガイドBらによって収容されたテント内で。
「その時点で女性客Nが危険に見えたが、声を掛けたら反応があった
ので、急いでガスコンロに火を点けた。再度声を掛けたら反応が
ないので、心臓マッサージを20分くらい行ったが蘇生せず。」
(ガイドB)

◆女性客I(59歳)
 ※第2ビバーク地点。
 「持っていたツェルトでは5人は十分に入りきれないので、男
性客D(69歳)にも手伝ってもらってマットを敷いて、女性客I(59歳)、
女性客N(62歳)、女性客H(61歳)を寝かせ、ツェルトを被せるように
する。ガイドB(32歳)も一緒に入って、添い寝するようにして、体
をさすり保温に努める。泣き出したり、大声で叫んだりする女性
がいた」(ガイドB)

 ※女性客Nさんが亡くなられた後。
 「ガイドB(32歳)は、女性客2人(※IとH)にお湯を飲ませた
り、ガスコンロの火に手をかざしてあげたり、抱きかかえて保温
に努めたりした。やがて、2人の状態が落ち着いてきた」(報告
書)

 ※ガイドBは、救援の連絡を終え、夜7時すぎ、テントに戻
る。
「女性客I(59歳)が20時30分頃、意識不明になったという。10分ほ
ど心臓マッサージを施したが、蘇生せず。」(ガイドB)


 ※このビバークで使ったテントとガスコンロは、ガイドBが南沼のキャンプ指定地で見つけてきたものでした。この時点で、ツアーのテントは、下山を続行した参加者を引率する役目のガイドCがザックに担いだまま先行してしまい、最後まで使用されていません。

 ※ガイドBと、男性Dは、3人の女性の介抱のために大きな役目
を発揮しています。男性Dは、リーダー・ガイドらが第一ビバーク地点でとどまった際に、自分のツエルトを提供しています。また、ガイドBとともに、3人の行動不能の女性の、ツエルトへの退避、テント設営後の移動、テント内の保温などを協力してすすめています。資料では、装備していたザックの重量も17キロ近くと最大です。

 男性Dがかなりの余力を残しながら、なぜビバークを決め、ガイドBと協力したか、本人の証言は示されて
いません。登山経験年数だけをみると、50年以上の方ですが、この方も次のように証言しています。

 「低体温症で疲労し、意識が朦朧としている人を担いでテントに
入れる場面は、いくら考えても何が原因か、摩訶不思議だった。」(本人)

 ※結果論ですが、パーティー全体が2つのテントを使って、風をよけられる場所で早い段階でビバークしていれば、午後には風雨が落ち着きだしたこともあり、犠牲者はさらに減ったように思われます。

 しかし、実際にはガイドが携行したテントは使われず、ガスバーナーとテントのデポ品を発見して、初めてビバーク体制が本来の形になり、テント内の加温も開始されます。

 それは、北沼での最初の発症から8時間後の18時ごろのことでした。


ガイドが次々と低体温症にかかった

 ※ここで、以降の経過を把握しやすくするために、下山を引率する役
目のガイドCの状況を、中間報告から紹介します。その前に、全体を把
握しやすいように、ガイドの体制について、紹介します。

(文の頭に※印は、tanigawaによる注記です)

 ※第2ビバーク地点から下山を開始した10人の参加者のなかから、
次々と犠牲者が広がりました。なぜそうなったのか。そもそも引率役を
任されたガイドC自身が低体温症に襲われていたことが、全体を制約す
ることになったと見られます。

 ※第1ビバーク地点でリーダー・ガイドが残り、第2ビバーク地点
で元気だったガイドBが残るという、パーティーとしての統率・一体性
の崩壊が、さらにそのおおもとの問題としてあります。そうなったの
も、リーダー自身が北沼からの沢の渡渉と1時間の現場での介抱のなか
で、すでに低体温症にかかり、全体の指揮やビバーク地点の選定を含め
てあらゆる適切な判断ができなくなっていたことが、根本にある可能性
があります。

 ※中間報告は、ガイドの体制について、次の記述をしています。

 「ガイドの選び方に問題はなかったか。ガイドの選定方法としては、
参加者の多い支店からガイドを出すことがアミューズ社の方針になって
おり、今回、広島と名古屋からそれぞれリーダーとサブガイドを出して
いる。ただ、2人とも今回のコースは初めてで、しかもスタッフ3人とも
各々面識がなからたという。コース経験の有無は、ガイドの絶対的条件
ではないが、万が一を考えると不安な構成である。今回のようなロング
コースでは、接客力優先ではなく、危機対応能力を中心に、厳しく選定
する必要があったのではないか。」(事故要因の抽出と考察)


 「ガイドの力量に問題はなかったか

 *登山歴、ガイド歴はそれなりにあったと思うが、危急時における対応
経験はどこまであったのか、また、危険予知能力(参加者の状況把握、天
候変化予知、時間経過判断など)をどれほど持ち合わせていたか、疑問が
残る。今回、特にスタッフの判断の迷いや遅れによって対応が後手後手
に回り、パーテイ全体をどんどんピンチに追い込んでいったと思われるふ
しがある。

 *リーダー・シップとフォロアー・シップに関して認識が薄く、シビア
な状況下でのパーティ行動の経験が、不足していたのではないか。

 *夏山といえども危急の事態を想定し、その対応についてスタッフは事
前にどれだけ真剣に打ち合わせをし、緊張感を共有していたか。また、危
急時の連絡方法についての共通認識を持ち合わせていただろうか。」(事
故要因の抽出と考察)

 ※ともかくガイド全体がこの時期の危機対応に低体温症を想定せず、
リーダーも最終引率役のガイドも低体温症になっては、パーティーとし
て存立できません。


10人を引率するガイドCが低体温症だった。本人と生存者の証言(3)
(文の頭に※印は、tanigawaによる注記です)

 ※ガイドC(38歳)についての調査委員の医師の報告(中間報告に
添付)の記述を紹介します。

 「北沼分岐を出発時に低体温症を発症」。

 「北沼分岐手前で渡渉中に転倒、全身ずぶ濡れになる。このことは後
に「最大のミス」だった、と証言している。」

 「出発した時から全身的震えが始まった(35℃ 台)。トムラウシ分岐まで
20分ぐらいで着いた。ここで参加者2名が遅れたが、捜すだけの気力はな
く、遭難の通報を入れることだけを考える。

 死を覚悟して早足で歩き、歩ける所まで歩こうとする。人を救う体力と
気力はなく、次第に足が棒のようになって膝が曲がらなくなり、転倒を
繰り返した。」

 「トムラウシ公園付近では意識が薄れ出した(34℃以下)。
 前トム平に就き、携帯で電話する。・・・このとき一緒だった女性客G
は、彼の返答は呂律がまわらなかった、と証言((33℃以下に下降し始め
る)。」

 「前トム平より巨石のあるトラバースぎみの下山路(当時はこの辺に雪
渓があった)を下り、ザックを降ろして携帯を出そうとして、そのまま前
のめりにハイマツの中に転倒、意識を失う。・・・その時の体温は33℃ 、
あるいはそれ以下だったと思われる。」

 「以後、救助隊に発見されるのが17日の10時44分、病院に収容された
のが11時35分で、意識が正常に戻ったのが12時50分頃になる。この間、
約21時間意識を消失していたことになる。帯広厚生病院の入院時の所見
によれば、・・・大声で呼びかけたり強く揺さぶると開眼する程度の意識
で、直腸温は34.7℃ であった。」

 ※前トム平。
 「彼が(※携帯で)なんとか答えたが、ほとんどもう呂律がまわらない
状態で、盛んに『ポーター、ポーター』と叫んでいた」(女性客G)

 「本人によるとストーンと下がるような状況で意識を失った、と証言し
ている。なお、低体温症は言葉では知っていたが、自分でもこんなに早く
意識障害がくるとは想像していなかった、とも述べている。」(調査した
医師の記述)


低体温症で亡くなられた方についての、生存者の証言(4)
≪南沼キャンプ場手前≫ 1名死亡

(文の頭に※印は、tanigawaによる注記)

 ※ガイドによる引率、パーティーとしてのまとまりが崩壊したもとで、低体温症を発症した参加者のあいだに、さらに犠牲が広がってゆきます。

◆男性客M(66歳)さん 死亡
 ※男性客M(66歳)さんは、もっとも早くから発症した人の1人。
  以下、時系列でMさんの状況。

 ※8時30分すぎ。
 「口ックガーデンの登りで、男性客M(66歳)さんが脚を空踏みし出
して、ふらふら歩いていた。支えて歩かせていたが、次第に登る気力
が失せたのか、しばしば座りこむようになった。これでは自分の体力
が持たないと考え、ガイドに任せた」(女性客G)

 ※第2ビバーク地点を出発。
 「ガイドCが引率して歩行可能と思われる10人を下山させること
に。」(行動概要)
 
 ※12時すぎ。南沼キャンプ地手前。男性客Mさんが遅れた。
 「引き返してみると、Mさんが直立不動で立ち上まっているのが見え
た。岩場の通過ではMさんを抱えて歩かせ、ほかの女性たらを先に行か
せた。さらにMさんをなんとか歩かせようとするが、脚を出せと言って
も、左右の区別ができない。平らな場所でもしゃがみこんで、立ち上が
れない。なぜ歩けないのか、自分には分からなかった」(男性客F)

 ※13時30分〜50分ごろ。

「男性客Fは男性客Mを歩かせようとするが動かせず、やむなく諦
める。」(行動概要)

 ※翌朝5時45分。

 「道警ヘリが南沼キャンプ場付近で意識不明の男性1人を収容する。」
(行動概要)

低体温症で亡くなられた方についての、生存者の証言(5)
≪第3ビバーク地点 トムラウシ公園上部≫ 
 4人が取り残され、3人死亡
(文の頭に※印は、tanigawaによる注記)

 ※現場は主稜線からトムラウシ温泉側へ下降しだした地点。ここまできて、取り残され、亡くなられた方の中には北沼付近ですでに低体温症を発症していた方もいました。

 ※中間報告は、便宜の上で「ビバーク地点」としていますが、テントは使われず(ガイドCが担いだまま)、2人はそのまま行動中に倒れ、残る2人は岩にもたれただけでした。

 ※発症した時点からの、証言を見て行きます。


◆女性客K(62歳) 死亡
 ※北沼で。
 「北沼渡渉後、その先で皆で休んでいたが、女性客K(62歳)さんが嘔吐し、奇声を発していた」(女性客G)

 ※南沼キャンプ場の手前で。
 「女性客K(62歳)さんが意味不明の言葉をしゃべり出した。そこで『Kさん、何か食べないと、歩いて下山できないわよ』と励ました。何か少し食べたようだ。ここで初めて死にたくない!と思った」(女性客G)

 「女性客Kさんはぐったりしていた」(男性客F)

◆女性客L(69歳) 死亡
 ※南沼キャンプ場の手前で。
  「衰弱していた女性客Kと女性客Lも歩行が覚束なくなる」(行動概要)

 ※南沼キャンプ場の先?
  「女性客Lさんは奇声を発していた」(男性客F)

 「トムラウシ分岐を過ぎると緩い下りのトラバース道となり、トムラウシ公園に続く。その公園の上部で、男性客Fに見守られながら、女性客Kの意識が次第になくなり、続いて女性客Lも静かになった。」(ガイドC)

 ※2人が倒れた場所のすぐ下では、女性客Oさんと、女性客Bさんが、ビバークを決めます。

◆女性客O (64歳) 死亡
 ※トムラウシ公園。

 「登山道の脇に草むらがあり、大きな岩もあって休めそうな感じだった。自分でなんとなく、とっさに判断して、女性客Oさんに『ここで救援を待った方がいいんじゃない?』と声を掛けたが、それまでしっかり歩いていたのに、何も反応がなかった」(女性客B)

「自分のシュラフを女性客○に掛けて介抱していたが、18時30分頃、冷たくなった」(女性客B)

◇女性客B(55歳)さん(生還)
 ※本人の証言。

 「北沼分岐の待機時間に寒さを感じた。立ち上がって歩き始めた時から意識
が朦朧とし始めた(35℃ 以下)。隊列を組んで歩いていたが、ほかの人がうまく
(真っ直ぐ)歩いていないなと思った。しかし、自分もよろよろと歩く状態だった。

 南沼の途中の雪渓で思わずつまずいてしまい、ハッとして体勢を整えた時に、
今まで朦朧としていた意識が「我に返った」ようになった。 トムラウシ分岐
付近の歩行はよろよろした状態で、ストックで支えながら歩いた(35℃ 台)。」

 ※18時30分すぎ。

 「自力下山を考える。しかし、もうすぐ暗くなって道に迷うことも考えられるので、ここで初めてビバークを決意する。・・・翌日早朝からの下山に備えて自分のシュラフとマットに横たわる。」(行動概要)

 ※翌午前3時40分。

 「女性客Bが・・・ビバーク地点から歩き出し、前トム平へ下降する。」(行動概要)


 ※午前5時16分。

  「道警ヘリが前トム平で自力歩行可能な女性客Bと、さらに意識不明の女性客1人(O)を収容する。」(行動概要)
 


低体温症からの生還。発症後の手立ての大事さ

 証言の紹介を終えて、ここからは通常の書き込み形式で、2、3の大事な問題を「中間報告」をもとに書いていきます。

 今回の遭難では18人パーティー(ガイド3人、参加者15人)のうち、10人が生還していますが、このうち少なくとも次の3人は、いったん低体温症の明確な症状が出たものの、助かりました。

 従来は、登山時に低体温症を発症すると、歩行・会話・意識障害などにまで症状が進んだ場合、あるいは自分で体温を上げられない段階にまで症状がすすんだ場合、山では「患者」にたいする積極的な加温の手立てがとれないため、回復はきわめて困難であるというのが、低体温症の怖さとして強調されてきました。

 今回は、この問題について、悪条件のもとでも可能な対応をすすめるなかで、新しい可能性が確認されてきたと思います。


◇女性客H(61歳)
 北沼で発症。第2ビバーク地点で、意識を失う。症状から推定体温は33度。岩陰に運ばれ風をよけ、次いで3人の意識不明の女性の1人として、テントに収容。このとき、ガイドBと男性Dは、3人を保温するように体を寄せ、また、ガスバーナーでテント内部を保温。19時過ぎに意識が戻る。ダウンの防寒具を着、スープなどを飲み、夜を明かし、救出。Hさんは、雨具の下は濡れはなかったと証言している。

 (同じテント内で女性2人が死亡しているが、うち1人はいったん夕方に意識をとりもどしたあと、急変、亡くなっている。)

◇女性客B(55歳)
 北沼の出発時点で、意識朦朧、よろよろと歩く(35度以下)。南沼でつまづき、我に返る。トムラウシ公園上部の岩のたもとでビバーク。このとき風は弱まりだし、雨があがっていた。マットレスを敷き、シュラフに入って、そのまま3時過ぎまで眠らず過ごす。自力で1時間下山し、救助ヘリに発見される。本人はどこで着用したか覚えていないが、雨具の下にフリースを着用していた。また、ガイドCと同じく、チョコを行動食として食べてきた。

 「自力判断でビバークした参加者は、この1名だけである」(医師の調査報告)

◇ガイドC(38歳)
 3人の中ではもっとも症状が重く、翌日昼前、意識をなくした状態で救出(前項に詳述)。自力生還ではないが、テント、ツェルトなしで一晩倒れたままで生存。体温は推定で33度かそれ以下まで低下。服装等に保温性があった可能性。また、倒れる前にチョコなどの行動食をとっていた。

 以上の内容から、低体温症の典型的な兆候、自覚症状などが出た場合も、リーダーがただちに、風よけのできる場所への退避、ビバーク、そのためのテント、ツエルトの用意とガスバーナーによる保温対策、重ね着の実施、温かい飲み物、など、可能な手立てを尽くすことが、一定程度の効果を発揮することが確かめらるように思います。

 この点で、中間報告が、症状が出る危険がある場合に、そのまま体温保持(熱産生維持)のために、緩やかに行動を続けるという対応が適切でない場合があることを指摘しているのは、とても大事だと思います。

 今度のような特別の悪条件下では、行動することで生まれる熱量よりも、体から奪われる熱量の方が、上回っている人が多かった。(着衣、食事内容、運動能力等により個人差あり。) そのような場合は、適切な場所でビバークし、保温・加温とカロリー補給に努めることが大事だということです。

 発症するメンバーが出たら、なおさらただちに、ということです。

 実際上は、突然の意識・運動障害、判断力の喪失を想定して、この対応は早めにすすめることが大事になります。

 同時に、何よりも登山者本人が、低体温症を想定した非常時の対策、保温性のある下着、重ね着の用意と着用をおこなうことが、重要だと思います。晴天・好条件用とは厳密に区別して。加えてツエルトの用意も。

 そして非常時にこそ、非常食・行動食の用意と行動中の摂取が決定的であることも、確認できるように思います。 あえて言えば、非常食は山で飢えないためだけにあるのではなく、非常事態で行動を支える用意として、備えるだけでなく、積極的に食べるためのものである、ということでしょうか。

 それにしても、Hさんは前日も体調不良(高山病)から吐いてばかりで、2日間十分な食事をとれていなかったのに、ここまで回復できたのは、周囲の救護の力の大事さを示しているように思います。

貧弱な食糧計画では低体温症を予防できない

 今回の「中間報告」は、驚きと発見が幾つもあり、登山者の1人として学ぶことが多いものでした。

 その1つに登山時の食事の問題がありました。

 本州の、施設が整った山小屋を使う登山の場合、ツアー登山も山小屋の、ある意味では多面的な保護の恩恵を受けます。食事では、北アや八ツでは、途中の山小屋で昼食やおやつを食べることもできます。

 ところがトムラウシ山の縦走の場合は、無人の避難小屋を使ったとしても、大きな制約があります。今回も、濡れたソックスや雨具は乾かないし、就寝中も風雨の吹き込みでシュラフが濡れたりする。何かほしいと思えば、その分、自助努力がいるし、総じて必要な装備は増えることになります。

 そのしわ寄せのなかで、非常時の服装や装備を、携行できない、という参加者もいました。

 そして、しわ寄せが、もう一つ及んだ分野が、食事だったということを、私は、中間報告の「運動生理学的見地から」の調査と考察を読んで、認識させられました。

 ツアー登山の場合、個人がそれぞれ参加するため、報告にあるようにアルファ米とレトルト食品のおかず(カレーなど)のように、かなり簡素な食事が続きます。

 またコンロも個人ではもたないことが、普通のようです。(第二ビバーク地点で使用できたコンロは、南沼の他人のデポ品でした。)

 コンロはシェルパ役の場所取りガイドが共同利用で用意しています。そして、ガイドが沸かしてくれたお湯を、参加者に配るという方式で、各自の食事の準備が進められます。

 自前のコンロなしの条件では、メニューが制限されます。

 また、濡れたものは乾かせません。初めて知る実情でした。

 私のこれまでの山の経験では、幕営などの際の食事はもっとも楽しく、好きな素材やメニューを用意しておなかいっぱい食べることに集中する、そういうイメージがありました。そこではコンロは大活躍します。家族の山行でも、同じ。食糧計画は、共同の準備と調理がその食事の基本条件になっています。

 施設が完備した山小屋を使えない山域に入る場合、ツアー登山では個々人が自分の体力と相談しながら、食事を制限するということが、起こっていたことになります。少なくとも、今回の会社の体制ではそうでした。

 この我慢と制限は、ツアー会社が参加者に示した荷物の目安にも、現れていました。パンフレットでは「山行に支障を来たさない範囲で背負える最大荷重の目安」として、女性の場合、「50歳では12キログラム、60歳では8キログラム」と、ほとんど非現実的な数値(日帰り登山並み!)を基準に示しています。

 これは、お手軽登山ツアーのお誘い以外の何物でもありません。

 しかし、3日間40キロの無人の行程を行く大雪山の縦走は、このような装備と食糧の携行で対応できるものではありませんでした。

 実際に参加者の食事はどうだったのか?
 中間報告によると、3日間のこのツアーの食事は次のようなものでした。

 「生還者が食べていた内容を大まかに言うと、朝食としては、インスタント・ラーメン、アルファ米(前夜の残りの半分という人もいた)、スープなどの回答が多かった。行動食については、カロリーメイト、ソイジョイ、ゼリー飲料、バナナ、チョコレート、アメなどを食べていた。また夕食では、アルファ米とカレー、調理済みのアルファ米(半分だけ食べるという人もいた)、スープ、野菜といった内容だった。

 これらのエネルギーの総和は、多めに見積もったとしても1000kcal台の前半から後半にしかならず2000kcalを超えている人はほとんどいないように思われた。」

 この考察の筆者は、本来必要な参加者の1日の必要カロリーは、女性で2500キロカロリー弱、男性で3500キロカロリー弱だったと算出しています。しかもこれは、気象条件が理想的に良い場合です。

 これに事故があった日のような低温、風雨のなかでは、必要カロリーは「この値の数割増し」と算出しています。

 つまり参加者のカロリーは、必要量から見て、「摂取量が大幅に少なかった」と書いています。前日の雨中の行動と含めて、半分のカロリー程度しかとれていません。

 熱源的に、カスカスの状態を続けて、低温・強風・雨の稜線にとりついていたことになります。

 「中間報告」のこの考察では、今回のように「風に逆らって歩く場合には莫大なエネルギーを使い、疲労を早める」と、述べています。

 そして、「今回の低体温症の発症が非常に急激だったことを考えると、寒さや風といった気象要因だけではなく、その前段階として、体力の非常な消耗が関係していた可能性がある。」としています。

 低体温症に抵抗するための熱の産生が、1)激しい行動でカロリーが早い段階で失われただけでなく、2)粗食3日目という条件で早々と補給源が尽きてしまった(個人差あり)という考察です。こうした場合、筋肉のたんぱく質を分解してカロリー源とする防御反応も、起こりうるという指摘も記述されています。

 関連は不明ですが、医師の報告では、精密な検査が行われたガイドCの場合、代謝面や、肝臓の異変を示唆する可能性をはらむ、幾つもの異常な数値が検知されています。

 多くの登山者は自己防衛的に、本能的にも、食事の量とともに、行動中のカロリー補給には気をつけています。

 しかし、低体温症という課題に向き合う形で、食事の面からのフォローを改めて見直す必要を感じさせられました。前コメントで書いた、非常食をこういう場合に積極的に食べることも、その1つです。


「中間報告書」への私の注文

 この遭難事故調査特別委員会の座長のS氏は、私も一度、少人数で食事をする機会があった方です。山へ入る修行僧を思わせる風貌をもつ、一本気な方という印象を持ちました。

 座長としての巻頭の文言では、今回の「中間報告書」は、登山者の目線で事故原因を明らかにする、という立場からまとめあげたと述べられています。私もこの位置づけには、賛成できますし、調査と考察の内容はその目的に応えるものがあると感じます。

 登山の愛好者と岳人のなかに、この「報告書」の中身が広く認識され、討論・交流されることが大事になると思います。

 私のここでの一連のコメントも、そういう趣旨でおこなってきたものでした。

 その立場から、最後に、「中間報告書」について、私の意見を述べることにします。


1、低体温症の脅威と対応を登山界全体が認識できる体系的な構成に。

 最初の私の書き込みにあるように、この「中間報告書」の一番の特徴、日本の登山・遭難の歴史のなかでの新しい特徴は、大量遭難の直接の死因を「低体温症」ととらえ、そこにいたった経過と原因を多くの生還者の証言をもとに多角的にとらえて教訓化しようとしていることにあります。

 調査に参加した複数の専門家の記述も、大量の犠牲者を出した直接の原因は低体温症だったことを的確に規定しています。パーティーが生死の際で直面したのは、まさに低体温症との戦いでした。

 ところが、この「中間報告書」を第一報したマスコミ報道は、「ガイドの力量不足、判断ミス」に焦点を置いた内容になっていました。ここには、書いた記者の認識の段階も反映していると思います。

 しかし、「中間報告書」の構成を見ると、全体を通して読み解けば低体温症の問題がくっきりするものの、たとえば事故にいたった原因の総括的な考察は、総ざらい的に問題を列挙するものになっています。先入見なしに、末尾までしっかり読みこまないと、何が起こったのかが体系的につかみにくい構成になっていることも、関係しているように思えます。

 この大量遭難は、8人の犠牲者が滑落や落雷で亡くなられた事故ではありません。ヒグマに襲われたわけでも、沢の鉄砲水に呑み込まれたわけでもありません。
 パーティー自身は「無自覚」だったけれど、彼らを襲ったのは報告書が指摘するように、低体温症でした。個々人の経験と技量、ガイドの力量はまさにその点で問われました。

 そして、低体温症の危険を予測し、予防し、出発前と行動開始後、さらに発症後のあらゆる局面でこれと闘いぬくためには、従来の登山者の認識の水準を超えるような、総合的な判断、認識が問われた事件でした。生死を分けた勘所も、気象、運動生理学、装備と食事、救護の在り方など、多面的に検討されるべきものだったことは、中間報告書が示す通りです。

 私が今回の事故でもっとも大事だと思ったのは、18人の全員が、低体温症に無警戒だっただけでなく、言葉として低体温症を現場で頭に思い浮かべた人もガイド1人だけで、かつその認識も現場の進行と対応させて考えるにいたらない、おぼろげな水準のものだったことです。

 現場では、3日間の全行程を通して、何より、症状が出てからさえも、「低体温症」という言葉そのものが、ガイドと参加者の誰からも発せられることはありませんでした。

 参加者には30年、50年という登山の経験者もいました。それだけの登山者が集まってもなお、低体温症は現実の脅威として現場で認識されることはなかったのです。介護を続けながら「摩訶不思議な出来事」と最後まで思っていたというベテランの参加者の証言が示すとおりです。

 これは、例えて言えば岩場に取り付いている登山者が、何が危険か、どう安全確保するか、予測も認識もしなかったようなものです。これでは、ガイドも参加者も対応・備え・回避のしようがありません。
 
 不幸なことに、低体温症は、人の判断力、行動力そのものを突然、奪うものでした。リーダーガイドが「力量不足」の焦点に立たされていますが、彼のパーティーを襲ったものが低体温症でなければ、彼は長年の経験と判断とを生かして、事に対処していた可能性もあります。低体温症の認識がなかったからこそ、ガイドと登山者側の対応も後手に、あるいはなすすべもないところに、追い込まれた可能性が強くあります。

 今回の大量遭難事故の最大の問題がここにあります。

 (関連して言えば、私が遭難直後のツリーで書いていたことですが、北沼の渡渉も、低体温症との関係でより力点をおいてほしいことです。雪渓に半ば埋まった北沼の水温はほぼ零度です。急激な発症者が直後に複数出たのは、この水に漬かったことと深い関連があります。そのうえ1時間、待機させられ、発症が拡大した。低体温症への無警戒の顕著な現われと思います。北沼は現場の判断の最終関門でした。「もう引き返せない」という証言の通りです。)

 そうした問題であることが把握しやすい構成、原因論の論じ方になっていれば、記者のみなさんもああいう記事の中身にはならなかったでしょうし、何よりも多くの登山者にとって、これは新しい、深刻な問題が提起されていることが、受けとめられることにもなります。

 私は、今度の遭難の最大の問題は、日本の登山界でその程度にしか低体温症の怖さが認識されてこなかったこと、そのことにあると思っています。そこを広く指摘し、その問題を根幹にすえて、体系だった報告書、とくに原因究明をすすめることが、事故報告書として大事ではないかと考えます。

 それこそが、広く登山者の目線で原因と教訓を明らかにする方向ではないかと思います。


2、ガイドの水準、認識を向上させ、ガイドが参加者の命にかかわる問題で的確な判断を保障しうる制度の提案。

 2つめの問題は、いま述べたことを本当に実行するには、解決策として何がかなめか、ということです。

 報道のようにガイドの力量不足がかなめだというならば、個々のツアー会社と個々のガイドの今後の努力に委ねるという策が基本になってしまいます。
 そのことで、解決がなしうるのでしょうか?

 パーティーがあの気象条件とパーティーの構成で、足の揃った静岡のパーティーでさえ夜7時半にようやく十勝側に下山できたような行程に出発せざるを得なかったのは、行くしか選択肢がない立場にあったからでした。

 麓の温泉は予約済み、バスも待っている、飛行機の便も団体で予約済み、当日は同社の別のパーティーが避難小屋に入ってくる、もしかしたら、下山後はすぐ次のガイド番にふりあてられていたのかもしれません。

 そして、3人のガイドの構成そのものが、ルートの未経験者が2人もいる、非力なものでした。中間報告書がいうように、ガイドの構成、予備日なし、出発の判断も自分の裁量が限られる、そういう条件で、この登山は始まったのです。

 小屋にサポート役と、テントとガスコンロを、その日に入れ替わりでやってくるパーティーのために残しておくという、無防備な体制でです。

 制度としては、ガイドが会社とは独立に安全最優先の判断をおこないうる、そうした体制・制度に改善されることが第一の問題です。それでこそ、ガイドの力量は発揮されます。

 そして、その制度化と併せて、ガイドの力量の向上が必要です。

 人の命を預かるのですから、会社から独立した立場でこうしたツアーに、専門的なガイドを配置することを義務付け、ガイドの判断によってその地位や生活が脅かされない立場を保障する。

 そのうえで、ガイドが行った判断には、ガイドは会社とともに、全面的なそれぞれ独自の責任を負う。もちろんガイドは、接客役とは区別して、有資格者でなければなりません。ガイド協会が雇用形態の面で、会社側と専門ガイドとの間を仲立ちする仕組みづくりも一案と思います。

 こうした制度が創設されないかぎり、コスト優先のガイド配置とツアーの運営が手つかずになり、事故はこれまで通り、繰り返されることになると思います。
 ガイドの力量・判断の問題は、いまに始まったことではなく、長年の野放しの結果、今があるということが大事と思います。
 


RE: 「山渓」3月号掲載の証言

 「山と渓谷」2010年3月号で、3たび、トムラウシ遭難事故の特集をおこなっており、そのなかで、ツアーに参加した方の新しい証言を載せています。

 経過の全体は、ここまでの「報告書」の分析で書いてきた通りです。

 今回の証言で新しくわかったことは、最初に行動に支障をきたす参加者が出たのは、ロックガーデンではなくて、ヒサゴ沼から縦走路に上がる雪渓、また縦走路に出てすぐの地点だったことです。2人が介助されなければ歩けなくなった。

 北沼までかなり長い時間がかかった理由は、すでにこの段階で、行動が困難な参加者が出たためだったことになります。

 先の行程の長さ、気象条件を考慮すれば、そのまま北沼へと進んだ「判断」が問題ですが、ガイドの間にはこの状況でも、相談・検討はなかったと、レポートされています。

 先への行動に駆り立てたものは、なんだったのか。ガイドをふくこの会社の状況が背景にあるとしか思えません。
https://www.yamareco.com/modules/diary/990-detail-5521

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/795.html#c5

[リバイバル3] 厳寒が人体に与える影響 中川隆
6. 中川隆[-5839] koaQ7Jey 2018年1月25日 17:15:49 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

北海道移住始めました(^^

北海道の弟子屈、奥春別の原野に古い家を購入し移住しました。
仕事をやりつつですからなかなか進みませんが、少しづつコツコツと手直ししつつ、過ごしやすい家にしていきます(^^
http://ameblo.jp/gts1000tdm850/


生きてますよん(^^)v|北海道移住始めました(^^ 2016年02月25日


生きてます(笑)


こんなことやって遊んでますので、ご安心ください。


バナナで釘を打ってみた。 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=k9vylCLO1Zc


ちなみにバナナをだいぶ前に用意していたので、熟しきっており、結構フニャフニャでした。
それでも充分釘を打てましたから、モービルのCMも嘘じゃなかったということですね(^^


なお、薔薇をバラバラにするのは薔薇を買いに行くのが面倒ですのでやりません(笑)

その代わり沸騰したお湯が一瞬にして雪の結晶になるマジックはこの後載せます(^^)v

(この後、スタッフが責任持ってバナナを食べました!!)
http://ameblo.jp/gts1000tdm850/entry-12132714271.html

楽しんでますよん(^^)v|北海道移住始めました(^^ 2016年02月25日


今日は今季一番の冷え込みになりました。マイナス23度位です。


で、以前テレビで見て面白かった実験をいろいろとやってみました。


そのひとつは先に上げたバナナで釘を打つというものですが、こういうのもやったのです!!


マイナス20度を下回ると熱湯が一瞬で凍りつきます。 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=SHCnA2_Tt1o


面白いでしょ?


沸騰したお湯を振りまくと一瞬にして雪の結晶となって雲のように真っ白になります。

今度はかき氷のイチゴシロップを買ってきて、シロップ入りのお湯を振りまいてみたいと思います(笑)
http://ameblo.jp/gts1000tdm850/entry-12132716688.html

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/795.html#c6

[リバイバル3] 厳寒が人体に与える影響 中川隆
7. 中川隆[-5838] koaQ7Jey 2018年1月25日 17:19:13 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
北海道へ移住するとこういう目に遭う


初凍結。 2015年12月31日
http://ameblo.jp/gts1000tdm850/entry-12112035988.html

温泉行ったあとにタオルをぐるぐる回すと、こうなります。

http://ameblo.jp/gts1000tdm850/image-12112035988-13526933300.html


28日の夜は18度弱(マイナスですよ)まで冷え込み、トイレと洗濯機の水道が凍結。

台所の水道は凍結防止帯が巻かれているので大丈夫なのですが・・・。


ということで、トイレはお湯と凍結防止帯を巻いてパネルヒーターを設置して凍結対策を実施。

http://ameblo.jp/gts1000tdm850/image-12112035988-13526933313.html


で、洗濯機のほうはと言うと・・・
凍結防止帯は巻いたものの、なかなか復旧はせず、ストーブを水道管のある浴室(現在は食料庫として使用)へ。

http://ameblo.jp/gts1000tdm850/image-12112035988-13526933334.html


一晩つけっぱなしにして放置したあと、ようやく今日の朝に復旧しました。
http://ameblo.jp/gts1000tdm850/entry-12112035988.html


北海道へ移住するとこういう目に遭う

水道凍結悲話

1 :こっそりだどー:2001/01/19(金) 23:39 ID:UsUvUzlU [ p0a35b8.spprcc01.ap.so-net.ne.jp ]

今週3回目の凍結。水落とししてるのに。
もうお金がありません。


2 :こっそりだどー:2001/01/20(土) 00:37 ID:im38hctY [ e209026.ap.plala.or.jp ]

うちもトイレ凍った。配水管がそとにむきだしになってるんで。
トイレは近所の公園言ってます…


3 :こっそりだどー:2001/01/20(土) 00:37 ID:im38hctY [ e209026.ap.plala.or.jp ]

うちもトイレ凍った。配水管がそとにむきだしになってるんで。
トイレは近所の公園行ってます…


4 :すもも:2001/01/20(土) 00:53 ID:2lHMhd.E [ h020.p110.iij4u.or.jp ]

大昔、ポットントイレの頃。

毎朝、やかんに熱湯を入れて、げんのうを持って、父はトイレに入った。

凍って山盛りになったウンチの固まりをお湯で溶かしながら、げんのうで叩いていた。そうしないと・・トイレがはみだしてくるからです。(爆)

これ現実の話です。

5 :こっそりだどー:2001/01/20(土) 20:45 ID:/m.Af.dc [ 211.18.98.49 ]

1.洋式のトイレの水がたまるところが凍り、
便器が割れる。→5万円


2.お風呂のガス釜が凍り付き中で破裂。
修理代10万円。


3.水道が凍結するも、業者を呼んで解氷するお金(1万円)もなし。

とりあえず洗髪だけでもと、人目を忍んで丑三つ時に近くの洗車場へ。
シャンプー、リンス、洗顔クリームを洗面器に入れ、持参。
人がいないのを確認し洗い始めると、洗ったそばから凍り始め、リンスについては断念。


4. 家に帰っても水は出ずトイレをしようにも流せない。
さっきの洗車場に戻るとトイレはあったが、1回100円の文字・・・。
ゴミ袋いっぱいに雪を集め、鍋で解氷6時間。
やっと大きいのが流せました。

学生時代がなつかしいなぁ・・・。

9 :こっそりだどー:2001/01/21(日) 03:03 ID:8L8R2M2o [ p15-dn01tesikaga.hokkaido.ocn.ne.jp ]
>>4
山になった上から新聞紙かけて上から棒でつつく生活の知恵?


7 :こっそりだどー:2001/01/20(土) 22:01 ID:izJnhL1Q [ p0a3046.spprcc01.ap.so-net.ne.jp ]
>>5 (;_;)
冷害に私たちはいったいどこまでお金を費やすのでしょうか


8 :うけお:2001/01/20(土) 23:30 ID:FXuqZSDw [ g047050.ppp.asahi-net.or.jp ]

北海道にきて10年+@で、はじめての凍結(?)。

おとつい、外出から帰り、シャワー浴びようとしたら出ませんでした(苦笑)。
実家住まいの彼女のところにいって、おふろ借りました。

そして、きのう。
業者に聞いてみると1万円〜とのこと。
「まじかよー」
で、ホーマックに行き、ガストーチ購入。

自分の借りてる車庫に管が通っているのであぶってみる。
すると火災報知機が作動し、大慌て。。。

どこで止められるのかわからず、右往左往、近所のひとが出てくる(苦笑)。
結局、覚悟して業者を呼ぶと2時間くらいできてくれた。

結果、凍結は凍結でも、管の凍結ではなく、市で設置したメーターが凍結で破裂、そんで出なかったらしいです。
業者さんにお金はいらない、といわれてラッキーではありましたが
なんか、非常に消耗した一日でした。。。


13 :こっそりだどー:2001/01/21(日) 09:58 ID:ANO/rhCU [ p8bc784.spprcc01.ap.so-net.ne.jp ]
>>8
あ、今うちがその状態。メーターのガラス割れてます。
早く来て−。

アパートだと設計が甘いってことも多分にあると思います。
水道管の埋設が市の規定より浅かったのが原因で上のような状態になったんじゃないかって業者に言われましたし。

いやー、それにしてもうんこしたい。


11 :こっそりだどー:2001/01/21(日) 03:21 ID:w896iULE [ L064037.ppp.dion.ne.jp ]

仕事柄、水道凍結等の解氷作業もしている者です。
はっきり言って、凍結は皆さんの注意不足以外のナニモノでもありません。

水は0℃以下で固体に変化し始めるということを肝に銘じてください。
夜中に叩き起こされ出動するのはもうたくさんです。
この時期は毎日水を落とす、これだけで余計な出費が押さえられるのですから。
どうかよろしくお願いします。


12 :こっそりだどー:2001/01/21(日) 08:21 ID:c224eeOk [ N01cc-01p65.ppp.odn.ad.jp ]
>>11
でも、たまに止めてても凍ってるんですわ、これが(^^;


34 :こっそりだどー:2002/01/01(火) 20:45 ID:AsDfXCj6 [ p0391-ip02sapodoori.hokkaido.ocn.ne.jp ]

帰省先から自宅に帰ったら、水落としてるのに、何故か凍ってること、あったり。
今年はあまり冷え込み、厳しくはないけど、ちょっと怖いんで、


35 :こっそりだどー:2002/01/01(火) 21:11 ID:zLGjwM06 [ SAPba-08p44.ppp13.odn.ad.jp ]

数年前、あるアパートの一階に住んでいたときの話。
帰省から帰ってきた1月2日、部屋に入ると、第一歩目で足元から「ぴちゃ」という水の音。

俺じゃなく、上の住人が凍結させさらに破裂させたらしい。。。
メゾネットタイプという半地下にもぐる部屋だったのだが、上のほうはもちろん、下のほうはもっとすごかった。
水深10cmほどのプールが(ーー;)

2日だから当然不動産屋は連絡付かず。
電話警察にかけてみたり消防にかけてみたり。
まぁ、パニックでしたね(笑)

風呂場は下の部屋に付いていたんだけど、次の朝、風呂場に氷張ってたもんなぁ。。。
風呂場のドアを開けるとき「ばりばりばり」っていう氷の音、聞いたことはありますか?(笑)


36 :こっそりだどー:2002/01/01(火) 22:00 ID:whq.yOAQ [ SODfi-01p4-222.ppp11.odn.ad.jp ]

四年前くらいに3、4日間部屋を空けてたんですよ。
そしたら案の定、すべての水道から水がでませんでした。
とにかく、コンビニでウォーターを買い、やかんで沸かして、台所の蛇口からは水が出るようになりました。

それから、洋式トイレの便器の氷を溶かし、とりあえずはバケツで水を流し、トイレを使うことができました。
あとは、風呂のシャワーとかトイレの水道管は凍ったままでした。
一週間くらいこの状態でした。

業者に頼んだら結構お金がかかったと思います。
しかし、水道管は破裂しませんでした。
ただ、トイレの水道管は曲がりましたけどね。
ちなみにアパートの2階の部屋です。
メゾネットのアパートでも凍った経験があります。


37 :旭川在住:2002/01/02(水) 00:33 ID:Jni2WC8Q [ P061198170144.ppp.prin.ne.jp ]

うちはボロアパートだが、構造的に水道管が冷えやすい所を走っている為、最初の冬はよく水道を凍らせた。
寒波が来たときには寝る前に凍ってしまうんだから、もうどうしようもない。
最終的に水を常に細く流しておくことで解決をみた。
ほんとに、水はなくなって初めてそのありがたさがわかる。みんなも気を付けよう。


38 :こっそりだどー:2002/01/02(水) 07:43 ID:sbWCXk2w [ SAPba-08p44.ppp13.odn.ad.jp ]

そういや、普通に昼間、部屋に居る間に凍りついたこともあったな。
築10年前後だから、「ぼろ」ってわけではないが、やはり構造的に問題があったんでしょうね〜

18 :こっそりだどー:2001/03/24(土) 04:29 ID:3FAYqqEg [ SAPcd-03p50.ppp.odn.ad.jp ]

うちは一度も凍った事ないですが
やかんに水ためればいいんですよね。


20 :こっそりだどー:2001/09/21(金) 21:43 ID:OQararC2 [ a037172.ap.plala.or.jp ]
>>18
やかんに水溜めてどうするの?


23 :ぐり:2001/09/21(金) 22:42 ID:nR5fHkPE [ p3138-ip03sapodoori.hokkaido.ocn.ne.jp ]
>20
水道・凍ったらお湯沸かして蛇口にタオル巻いてお湯掛けて解凍するのよ


14 :正式な水おとし方法って:2001/01/22(月) 00:59 ID:tvfCv1Ho [ ASAca-0116p86.ppp.odn.ad.jp ]

水落としの方法教えてください。
関西から引っ越してきたものですが水落としという言葉もこっちに来てから聞きました
水落としって蛇口を全部あけてから元栓を締めるのですか?
それとも元栓を閉めてから蛇口をあけるのですか?

来週帰省するので水落としをしなければならないのですが
会社の人に聞いても意見がばらばらなんです・・・

ちなみに、旭川で魔だ水落とししたことはありませんが水道管が凍ったことは今のところありません。
ただ長期に家を空けるときは水落とし絶対にするようにと言われています。
よろしくお願い致します。


15 :11:2001/01/22(月) 02:02 ID:218JkRV2 [ H016023.ppp.dion.ne.jp ]
>>14
全ての蛇口をフルオープン→元栓をクローズ
コレでOKだと思います。
元栓クローズの時、蛇口の先を指でさわり、吸われる感覚があれば成功です。


17 :こっそりだどー:2001/01/23(火) 22:38 ID:0GGC3FTQ [ p8bc745.spprcc01.ap.so-net.ne.jp ]

14さん、ひねれるもんは全部ひねり、出せるもんはすべて出し尽くしてください。最後の一滴まで。
部屋が氷点下になる可能性もありますから、帰ってきて「さあ洗濯♪」と思っても、蛇口や洗濯機のホースの接続部が凍って手間取ったりします。 
それから忘れがちなお風呂のシャワーホースもよく水抜きしてください。

16 :14>11さん:2001/01/22(月) 02:22 ID:tvfCv1Ho [ ASAca-0116p86.ppp.odn.ad.jp ]

ありがとうございます。
洗濯機とかもバケツを受けて蛇口をあけなければいけないのかなー
湯沸し機は勝手にヒーターが入るタイプなんだけど悩みは尽きません
北海道って冬はやっぱり大変ですね
でも関西人には雪降ったりするのは魅力的なんですよね
でもだれも雪だるま作ってませんね
もっったいないなー
ぼくらが子供の頃はちょっとでも雪が積もると真っ黒の雪だるま作りました
北海道なら真っ白な雪だるまできるのになー


32 :29:2001/11/23(金) 11:28 ID:gJWOM.kM [ ntthkid01116.ppp.infoweb.ne.jp ]

水を落とすのにもだいたい2通りのパターンがあります。
1.通常、寝る前に落とす場合
2.長期間、部屋を空ける場合

いずれの場合でも、配管により、落とし方は違います。
地元の人に部屋に来てもらい、教えてもらうのが一番です。

※アパート住まいと一軒家で異なります。通常一軒家はストーブを消しません。
水道管凍結が凍結しますと、最悪の場合(いつもこうなるわけではない)

1.水道管が破裂、そのまま放置すると、部屋中水浸し
2.瞬間湯沸かし器破損
3.水洗トイレ便器破損


25 :こっそりだどー:2001/11/21(水) 03:02 ID:CpFSsulQ [ SAPba-12p78.ppp13.odn.ad.jp ]

もう水落とし始めたほうがいいんでしょうか。
凍結の注意報っていつぐらいからでるんですか?
初めての札幌の冬なもんで、不安でいっぱいです。


26 :こっそりだどー:2001/11/21(水) 03:05 ID:ys.i/qbc [ Chrsm6DS09.hrs.mesh.ad.jp ]

4月から北海道人になるんですが、凍結は日常茶飯事なんでしょうか?
部屋が氷点下になるなんて考えられません。


27 :こっそりだどー:2001/11/21(水) 04:30 ID:sx6ybqgk [ hokkaidoa0012-073029.zero.ad.jp ]
>>26
部屋は氷点下にならない(w むしろ断熱材が入ってる分、本州の部屋より暖かいし騒音も遮断されて快適。
でも凍結が心配なら鉄筋で2階以上にしな。水落とし要らないから。


28 :26:2001/11/21(水) 21:06 ID:oFd1vuUk [ Chrsm8DS17.hrs.mesh.ad.jp ]

>凍結が心配なら鉄筋で2階以上にしな

貴重なご意見ありがとうございます。
2F以上の部屋は家賃が倍増するなんてことはありませんか???


31 :こっそりだどー:2001/11/23(金) 06:10 ID:s5Tju2Vw [ hokkaidoa0013-073074.zero.ad.jp ]

2階になったからって家賃は上がらないよ。
基本的に家賃の相場は本州より安いし、漏れのいた京都みたいに敷金の更新もない(w
鉄筋なら安パイだって。2階といったのは、それも念のため。


33 :26:2001/11/23(金) 22:17 ID:8j4ipCVo [ Chrsm8DS18.hrs.mesh.ad.jp ]

鉄筋マンションの2F以上の階なら通常は安全ということですね。


29 :こっそりだどー:2001/11/21(水) 21:33 ID:Ki7TEZug [ ntthkid08158.ppp.infoweb.ne.jp ]

ちょっと待てー!
北海道も地域によっては、全然水落とさなくてもよいところもあるぞ。

函館はあんまり落とす必要ないかも?
札幌は、年に数回そういう日がある!テレビで水道凍結のお知らせやるぞ!
旭川は、頻繁に落とす必要があるぞ!
釧路だと、稀に日中でも落とす必要があるぞ!

いずこも基本的には寝る前に落とす!

木造ボロアパートは凍りやすいが、築10年以内の建物であれば、あんまり凍らん。
鉄筋コンクリートだと、ほとんど凍らん!

内地で水をちょろちょろ流しっぱなしにして凍らないようにする方法あるが、北海道でお勧めできない!

部屋を長期間空ける場合は、トイレの水たまりに不凍液を入れると良い!
瞬間湯沸かし器の水抜きは難いので、業者に教えてもらうこと!種火つけっぱなしでも良い!

配管が複雑な場合は、途中に上を向いた変な蛇口があるが、それは通気ようだ!注意しないと、頭から水をかぶってしまうのだ!

結論は、札幌でボロアパートでないならそれほど気にしなくて良い。
http://mimizun.com/log/machi/hokkaidou/979915183/

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/795.html#c7

[リバイバル3] 厳寒が人体に与える影響 中川隆
8. 中川隆[-5837] koaQ7Jey 2018年1月25日 17:20:33 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

水道凍結悲話
http://mimizun.com/log/machi/hokkaidou/979915183/

----- 北海道冬の風物詩・水道凍結 ------
http://mimizun.com/log/machi/hokkaidou/1041212267/

【水落し】水道凍結 パイプ4本目【忘れないで】
http://machi.to/bbs/read.cgi/hokkaidou/1325250377/

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/795.html#c8

[近代史02] 株で儲ける方法教えてあげる(こっそり) 中川隆
540. 中川隆[-5836] koaQ7Jey 2018年1月25日 17:39:55 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
>>490 に追記

日本たばこ産業 (2914)
市場: *東京 1部
配当利回り 3.80%


相場の極意


389 鉄人28号&鉄腕アトム! 1月25日 16:04


信用で買ってる弱小投資家 JT の板にいるのか?
(笑)

普通現物長期が当たり前だろ〜

下がったら買い増し
上がったら買い増しした分利食い
また下がったら買い増し

この繰り返しでわしは、儲けさせてもらってるぞ

他の御仁達もそうしてるんじゃないのか?
(o^^o)
https://textream.yahoo.co.jp/message/1002914/a3ja3t


http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/430.html#c540

[近代史02] 株で儲ける方法教えてあげる(こっそり) 中川隆
541. 中川隆[-5835] koaQ7Jey 2018年1月25日 17:49:59 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

日本たばこ産業(JT)が絶対に潰れない理由

JT、安倍政権で財務省の「天下り」復活…揺らぐ経営の独立性
http://biz-journal.jp/2018/01/post_22062.html
2018.01.21 文=編集部 Business Journal


 日本たばこ産業(JT)は、海外統括子会社であるJTインターナショナル(JTI、スイス)副社長の寺畠正道氏が社長に昇格した。寺畠氏は2018年1月1日付で執行役員社長になり、3月27日の定時株主総会を経て代表取締役社長に就く。寺畠氏は52歳で、JT民営化後、最年少の社長だ。

 小泉光臣氏は17年12月31日限りで社長を退任しており、株主総会の終結をもって代表取締役も退く。そのほか、海外M&A(合併・買収)を担当する新貝康司副社長も退任する。両氏は顧問や相談役にも就かない。一方、元財務次官の丹呉泰健会長は留任する。財務省は天下りポストを守ったといえる。

 日本専売公社が民営化して発足したJTは大蔵省(現財務省)の直轄地で、歴代トップは大蔵官僚の指定席だった。

 初代社長・長岡實氏(在任1985〜88年)は日本専売公社最後の総裁で、元大蔵事務次官。2代・水野繁氏(88〜94年)は元大蔵省証券局長、元国税庁長官を歴任した。3代・水野勝氏(1994〜2000年)は元大蔵省主税局長、元国税庁長官である。

 4代・本田勝彦氏(00〜06年)は初の内部昇格で、その後も5代・木村宏氏(06〜12年)、6代・小泉氏(12〜17年)と内部昇格が続いた。

 民主党政権が錦の御旗に掲げた「天下り根絶」によって天下り組は冬の時代を迎えた。JTは12年に木村会長と小泉社長の体制となり大蔵省・財務省出身の取締役は一人もいなくなった。

 だが、民主党から自民党に政権が回帰し、安倍晋三首相の誕生で潮目が変わった。財務省は有力な天下りポストを奪還した。

 14年6月の定時株主総会で丹呉氏が会長に就任。同氏は東京大学法学部を卒業し、旧大蔵省に入省。首相秘書官、理財局長、主計局長、事務次官などを経て、安倍政権の内閣官房参与を務めていた。JTの取締役に財務省出身者が就くのは2年ぶりのことだった。自民党が政権に戻った産物である。

 JTの経営トップは6年務めるのが慣例だ。そのため、丹呉氏は20年まで会長にとどまり、その後は財務省出身者に席を譲ることになるとみられる。

■海外M&A組が社長の登竜門

 新社長になった寺畠氏は、民営化後のJTに入社した世代だ。この世代から初めて経営トップに就く。

 同氏は広島県出身で、1989年に京都大学工学部を卒業してJTへ入社。在籍28年のうち12年強を海外で過ごした。30代前半には経営企画部のメンバーとして米RJRナビスコから米国事業以外の海外のたばこ事業、RJRIを9420億円で買収したディールに携わった。執行役員を経て13年に取締役、JTインターナショナル副社長に就いた。

 JTでは海外M&Aを担当することが社長への登竜門となっている。寺畠氏はそのコースを歩み、40代で次期社長候補と目されてきた。JTは計3兆円以上を投じた海外M&Aでグローバル企業に転身した。

 JTによるRJRI買収は、総責任者が4代社長になった本田氏、実務執行責任者は5代社長の木村氏。さらに、6代社長の小泉氏と7代社長に就く寺畠氏が買収プロジェクトのチームに加わっていた。

 RJRIの事業を母体に、JTの海外事業を統括するJTIが設立された。

 一連のM&Aで主導的役割を担ったのが木村氏だ。社長時代に英ギャラハーを2兆2000億円で買収した。12年、木村氏は会長に就き、社長、会長とも生え抜きという体制になった。しかし、財務省の巻き返しで、この体制は長く続かなかった。14年6月、木村氏は会長を退き、後任に丹呉氏が天下ってきた。

 木村氏は“完全民営化”を悲願としてきた。JTの筆頭株主が国(名義上は財務大臣)ということと、国内葉たばこ農家を抱えていることで、社員の多くは「潰れることはない」という安心感に浸っている。官公庁と同じで緊張感はなかった。

 JTの“お役所体質”を克服し、経営のフリーハンドを得るためにも、完全民営化はぜひとも実現しなければならない経営課題だった。

 13年3月、政府は東日本大震災の復興財源のためJT株式の一部を売却した。それでも財務大臣が33.35%(17年6月中間期)を保有する筆頭株主であることに変わりはない。

 JTの16年12月期の営業利益5933億円のうち、海外たばこ事業は56%を占める。しかし、健康志向の高まりを受けて、17年の国内紙巻きたばこの販売数は13%も激減する見込みだ。加熱式たばこで巻き返しを図っているが、国内事業の大幅な減益は避けられない。

 そのため、海外事業への依存度が一段と強まることになるだろう。

「グローバル企業」JTIと「ドメスティック企業」JT――。双頭のモンスターとしてJTグループは今後も存在し続けることになる。

 そのアンバランスの象徴が、天下りの慣行だ。


http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/430.html#c541

[番外地7] 「しょぼくれたアメリカ」への怒りが より過激なトランプ新大統領を生み出した 中川隆
46. 中川隆[-5834] koaQ7Jey 2018年1月25日 18:28:14 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
2018.01.25
トランプを大統領の座から引きずり下ろそうとしていた司法省とFBIが一転して窮地に(その2)


アメリカとダーイッシュとの関係を指摘した人物はマイケル・フリン中将以外にもいる。例えば、空軍の​トーマス・マッキナニー​中将は2014年9月、アメリカがダーイッシュを作る手助けしたとテレビで語った。また​マーティン・デンプシー​統合参謀本部議長(当時)はアラブの主要同盟国がダーイッシュに資金を提供していると議会で発言、10月には​ジョー・バイデン​米副大統領がハーバーバード大学で中東におけるアメリカの主要な同盟国がダーイッシュの背後にいると語っている。2015年には​ウェズリー・クラーク​元欧州連合軍最高司令官もアメリカの友好国と同盟国がダーイッシュを作り上げたと述べた。

ダーイッシュはアル・カイダ系武装集団から派生したのだが、その​アル・カイダとはロビン・クック元英外相が指摘したように、CIAから軍事訓練を受けた「ムジャヒディン」のコンピュータ・ファイル​。こうした訓練は1970年代の終盤にジミー・カーター政権の大統領補佐官だったズビグネフ・ブレジンスキーが考えた戦略に基づいて始められた。

CIAをはじめとするアメリカの好戦派とアル・カイダ系武装集団/ダーイッシュの関係をフリンは熟知、しかも背後にはDIAが存在している。こうした人物が国家安全保障補佐官に就任することは侵略戦争を推進している勢力にとって余りにもリスクが大きい。そうしたことから最初にフリンがターゲットになったのだろう。

こうした攻撃を続けてきた反トランプ陣営は現在、逆襲されている。タイミング的には、トランプ大統領が12月6日にエルサレムをイスラエルの首都だと認め、アメリカ大使館をそのエルサレムに建設する方針を示してからだ。

この決定を撤回するべきだとする決議案が国連総会で12月21日に賛成128カ国、反対9カ国、棄権35カ国で採択されているが、アメリカの状況は全く違う。この国には「1995年エルサレム大使館法」という法律があり、エルサレムをイスラエルの首都だと承認し、99年5月31日までにエルサレムにアメリカ大使館を設置すべきだとしている。

しかも、昨年(2017年)6月5日に上院はその法律を再確認する決議を賛成90、棄権10で採択している。アメリカとはそういう国であり、パレスチナ問題を公正な立場で仲裁することなど不可能な立場にある。エルサレムをめぐる問題の責任をトランプ個人に負わせるのは正しくない。

イスラエルのロビー団体であるAIPACがアメリカで大きな影響力を持っていることは広く知られている。有力メディアに大統領候補として取り上げられていたトランプ、ヒラリー・クリントン、バーニー・サンダースのうち、トランプとクリントンはAIPACの会合でイスラエルを支持している。サンダースはこの団体の招待を断ったが、エルサレムをイスラエルの首都だと承認し、アメリカ大使館を設置すべきだとする法律を再確認する決議には賛成している。

一般にユダヤ系富豪からの寄付はクリントンが多かったと言われているが、トランプも多い。タイムズ・オブ・イスラエル紙によると、​クリントンの高額寄付者の上位5位まではユダヤ系、トランプの場合は上位2位までがユダヤ系​で、トランプもイスラエルの影響を受けていると言える。

クリントンの上位5位までの寄付者は、ドナルド・サスマン(2080万ドル)、JBとマリー・カトリン・プリッツカー(1500万ドル)、ハイムとチェリル・サバン(1250万ドル)、ジョージ・ソロス(1180万ドル)、そしてS・ダニエル・エイブラハム(960万ドル)で、いずれもユダヤ系。そのほかフィルムメーカーのスティーブン・スピルバーグ、ファッション・デザイナーのラルフ・ローレン、Facebookのダスティン・モスコビッツなども高額寄付者だ。それに対し、トランプに対する最大の寄付者はカジノ経営者のシェルドン・アデルソン。第2位はロシア系ユダヤ移民の息子であるバーナード・マーカスである。

アデルソンは日本でカジノを経営させろと要求している人物だが、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と親しいことでも知られている。ネタニヤフの友人のひとり、チャールズ・クシュナーはトランプとビジネス上のつながりがあり、その息子であるジャレド・クシュナーの結婚相手はトランプの娘イワンカであり、サウジアラビアのモハマド・ビン・サルマン皇太子とも親しい。勿論、この人脈はエルサレムをイスラエルの首都とすることに賛成だ。

ネタニヤフの父であるベンシオンはウラジミル・ジャボチンスキーの秘書だった人物。ジャボチンスキーは大イスラエルを主張する修正シオニストの祖であり、ハガナ(後のイスラエル軍)を創設した人物でもある。この一派は軍だけでなく情報機関とも関係が深いのだが、イスラエルの電子情報機関8200部隊はアメリカの情報機関とも深く関係、NSAが集めた情報も入手できると言われている。ストルゾクからペイジへの電子メールだけでなく、ヒラリー・クリントンの通信も把握しているだろう。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201801250002/
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/105.html#c46

[近代史02] 中国人のこういう所が大好き 中川隆
102. 中川隆[-5833] koaQ7Jey 2018年1月25日 19:21:56 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2018年01月25日
中国の住宅価格が下落 共産党大会終えて買い支え終了


650万人民元は1億1千万円にも相当する
引用:https://1.bp.blogspot.com/-scGm0cDrRTY/VvCSzM6EPZI/AAAAAAAAAiw/6pnk5fhn66wn-yuBikCkxqGSwr2UMUGnA/s1600/img_7d12b10ceeb8c0bf388c1b2eabd77b56276854.jpg

上海の中古マンションが値下がり

中国の住宅市場は過去2年間上昇していたが、再び下降局面にはいっています。

北京と上海の住宅価格は約2年間、年2桁の成長を続けていたが2017年12月は前年比0.3%のマイナスだった。

上海では3ヶ月で8%も新築住宅価格が下落し、最近発展している深センなど人気の地域も新築価格が下がった。


中国にはバブル期の日本の「土地神話」のようなものがあり、絶対に値下がりしないと信じられていた。

マンションを購入しローンを払っても、払った以上の金額で売れるので、無理をして購入したし銀行は金を貸した。

住宅を購入するための債務が積みあがっていて、もし返済不能になれば大規模な経済危機につながる可能性がある。


過去にも何度かこういう危機はあったが、その度に中国政府は住宅市場に投資して価格上昇を起こさせ、崩壊しないようにしていました。

ムーディーズによると中国の住宅市場はGDPの3割を占めていて、他の産業にも経済効果をもたらしている。

数年前に新築で買った2000万円前後のマンションが、当たり前だが経年によって値下がりしていて、購入した人は損失を被っている。


中国は新築で買ったマンションが中古になって値上がりする異常事態が続いたため、多くの人はそれを当たり前だと思っていました。

祭りの後には借金残る

この住宅価格下落は2017年10月18日に行われた共産党大会と関係があり、毎回党大会前には「数字の盛り付け」が行われる。

2017年の経済成長率は予想を上回る6.9%だったが、国中でこのように「大盛り大会」が行われ数字を競い合う。

不動産価格も党大会までは好調だったが、大会が過ぎると祭りが終わったように、意図的な相場上昇も終わった。


共産党大会は5年に一度の大イベントなので、5年に一度はこうしたミニバブルが起きる。

党大会後にはビットコインへの締め付けも強化され、中国の全ての取引所は閉鎖され、採掘も禁止されていました。

政府や国営公営企業による大盤振る舞いで株式市場も上昇し、景気は良くなり消費は拡大したが、こんな事は続かない。


後に残るのは「祭り」にかかった借金であり、中国はGDPの3倍近い公的債務を抱え込んでいる。

中国では地方政府が不動産開発をして、デベロッパーに払い下げるが、共産党や地方幹部の息が掛かっている出来レースです。

中央政府は住宅市場を買い支えるため地方政府に指示を出し、近所の住民をマンションに入居させる政策を実施している。


その差額は地方政府の負債になる筈なのだが、公式な借金の数倍も地方政府の借金が存在すると言われている。

2017年に中国で販売された住宅の24%が、政府の助成金で政府機関が買い入れていた。
http://www.thutmosev.com/archives/74635103.html

http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/289.html#c102

[リバイバル3] 無痛で安らかに1分で確実に死ねる『サルコー(Sarco)』と名付けられたマシンが完成した 中川隆
11. 中川隆[-5832] koaQ7Jey 2018年1月25日 19:30:24 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2018-01-25 記憶に残る西部邁
https://ameblo.jp/j-shoujinishida/entry-12347394363.html

東京事務所きょんです

今朝関東では今期最強寒気の影響で強烈に冷え込み、東京各地の気温はマイナスを記録、平成で一番の寒さになったようです。聞くところによると1月25日は“日本最低気温の日”なのだとか。

昨年末の忘年会で西田先生から様々な修行の仕方を教わりましたがその中で、

「無常。人間は変化したがらないが悲しいけれど変わる。いつまでもこのままはないから政権もいつかは変わるし人だっていつかは死ぬ。儚い。でも仕方ない。」

人間の本質・宇宙の本質についてお話しいただきました。

「それに対して、どう受け入れるか。変わるから、どうするか。これ、恐ろしい修行だよ〜。」

そう先生は続けました。
ここ数日はこの言葉がふとした時に頭をよぎります。

昨日西田先生は西部邁先生との最期のお別れに多摩川を訪れる前、週刊現代の取材を受け西部先生の思い出話等をされたようです。

こちらは来週月曜・29日発売の週刊現代に掲載予定です。

本日収録のチャンネル桜でも西部先生を偲び、
西部先生との出会いや思い出、多摩川へ行った時のことについて等お話しされました。

カメラマンとも思い出話です。
今夜中にこちらからご覧いただけます。

https://www.youtube.com/user/SakuraSoTV/videos

昨年の11月、佐伯啓思先生を講師にお迎えし開催された東京セミナーでは、西部先生から大きなお花が届いていました。

開場前、西部先生からのお花をしばらく見つめていた西田先生。


お花の前に立ち、お越しいただいたお客様を笑顔で迎える西田先生。

セミナー終了後、このお花を大きな花束に変えて持ち帰り、国会事務所やそれぞれの自宅に飾ったことを思い出します。

人は二度死ぬ そう聞いたことがあります。

一度目は肉体が無くなったとき。二度目は、人の記憶から消えて無くなったとき。
水曜に配信された

週刊西田(https://www.youtube.com/watch?v=2OszHRfJIUA&feature=youtu.be

の中で西田先生が仰っていたように、西部先生からは残された映像や書籍を通しこれからも変わらずヒントやメッセージをいただけるのだと思います。
そして私たちの記憶の中に、心の中に、ずっとずっと生き続けるのだろうと思います。

西部先生、すべてを見渡せるその場所から、この国の行く末を見守っていてください。
https://ameblo.jp/j-shoujinishida/entry-12347394363.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/794.html#c11

[不安と不健康15] コンビニ弁当やお握りは辞めた方がいいです。『拡散』 (カズちゃんのブログ)  赤かぶ
243. 中川隆[-5831] koaQ7Jey 2018年1月25日 19:35:58 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

1日1本のたばこでも心臓発作のリスク大、英大学の研究
1/25(木) 17:52配信 AFP=時事

【AFP=時事】喫煙本数を1日20本から1本に減らしても心臓発作や脳卒中が起こる確率が大幅に低下することはなく、20本の場合と比べて約50%のリスクが残るという研究結果が25日、英医学誌ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル(BMJ)で発表された。


 論文の筆頭著者である英国のロンドン大学ユニバーシティー・カレッジ(UCL)のアラン・ハックショウ(Allan Hackshaw)教授は、「1日に吸う本数を20本から1本に少なくすればリスクも20分の1、つまり5%に低下すると直感的に考えがちだ」と指摘。

 その上で、「これは肺がんのケースでは当てはまるようだが、心臓発作や脳卒中の場合は違う。1日1本の喫煙でも1日1箱分の50%程度のリスクが生まれる」と述べた。

 ハックショウ教授は、喫煙本数を1日数本に減らせば長期的な健康被害のリスクがほとんどなくなる、または完全になくなると勘違いすべきではないと強調している。

 世界保健機関(WHO)の統計によると、喫煙が原因で毎年約700万人が死亡しており、うち約200万人は心臓発作や脳卒中など循環器系の疾患によるケースだという。
http://www.asyura2.com/09/health15/msg/764.html#c243

[番外地6] 牧野田 彩(AYA)が AV に出演させられた理由とは 中川隆
49. 中川隆[-5830] koaQ7Jey 2018年1月25日 20:23:10 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

身内に優しい朝鮮人だけれども赤の他人となるや、朝鮮人は別人格になるらしい。

金教授は“人情深い”警察官の例を挙げていた。

以前、厳しい拷問を行う事で有名な警官がいたそうで、ある時、彼の息子が入学試験で身体検査を受けることになったという。その当日、この父親は心配でたまらず、一日中ソワソワし、拷問すらろくすっぽ手につかなかったそうだ。

金教授はこの話を聞いて、笑ったらいいのか、泣いたらいいのか、複雑な気持ちになったらしい。(上掲書 pp.58-59)

日本人なら、子煩悩なヤクザを考えてしまう。

他人の娘に対しては残忍で、シャブ中にした挙げ句、ソープランドで働かせ、その上前をハネるようなヤクザでも、自分の娘には優しく、

「覚醒剤なんか絶対ダメだぞ。
タバコもディスコも禁止だ。

繁華街のナイト・クラブなんか、チンピラどもがウヨウヨしているし、親切を装ってタダの大麻を吸わせてやる、と近寄ってくるんだから注意しろ。

悪い奴だと、栄養剤と称してヘロインを渡したりするんだからな !

それに、刺青もアカンで ! いいとこに嫁に行けんようになるからな !」、

と説教したりして。

元暴走族の父親だって、幼い娘を持つと交通事故に敏感となる。乱暴な運転手を見つけると、

「テメェ、危ねぇだろう ! うちの娘が登校中ってことが分かってんのか、ボケ ! 気をつけて運転しろ ! しばくぞ !」

と怒鳴ったりする。昔の自分を棚に上げての叱責は可笑しい。
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68696160.html
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/190.html#c49

[戦争b21] 「命が削られる音がした…」沖縄水上特攻・生還者たちの証言 時代遅れの巨大戦艦「大和」とともに(現代ビジネス) 赤かぶ
4. 中川隆[-5829] koaQ7Jey 2018年1月25日 20:57:53 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
>>3
>海軍の 沖縄水上特攻 陸軍の インパール作戦 軍国体制が いかに馬鹿で愚かで救いようのない無能であったか
>如実に判る 作戦と戦術と言えよう。


全然わかってないな

真実は


大本営は兵隊をわざと死なせるような作戦をやった

まともな戦争ではなかった――ほとんどが餓死か病死だった

武器も食糧も持たせず死ぬとわかった輸送船に乗せて送り出した

敗戦したとたんに、天皇も財界も官僚、政治家も平和主義者のような顔をした

そして日本はアメリカの属国になった


あれだけ鬼畜米英でやっていながら、その後の占領は、今から見てもスムーズすぎる。アメリカは日本を侵略・占領するための戦争をやっていたのだ。

日本の全土を焼き払って攻撃して、民間非戦斗員をぶち殺している。一般国民は自然の感情として、国を守らなければと思う。特攻兵士の心情などが端的だ。アメリカや天皇は、それが次にはアメリカの占領とそれに従っていく自分らに反対して向かっていくのが怖いわけだ。「本土決戦」を叫んでいるが、真実がばれたらその矛先が自分に向く関係だ。

だから、国民には竹槍を与えるが、鉄砲で武装させるということはなかった。「鬼畜米英」のインチキはそのへんにある。精神主義とかいっているが、その気じゃないのだ。マッカーサーが日本に上陸するのが8月15日から2週間後の30日だ。司令官がすぐ乗り込めるのだ。


丸ごと米単独占領 支配階級・日本を米国に売る

占領軍には1発も銃弾は飛ばなかった。

あれほどスムーズにやれたのは、天皇がやったことと、そのために本土空襲や飢餓作戦で地獄の状況を作り、国民をへとへとに疲れさせたことによる。それをアメリカが計画的に作り出したし、日本の支配階級も望んだ。国内は戦意喪失で、軍隊は独断で解散していく。集団でも離隊していく。占領軍への抵抗なども起こりようがない。かなりの男は外地に行ってしまっていない。武装解除をさせて、しかも権力の空白ができないように、そこは米軍が来て占領する。そのうえマッカーサーは民間の銃剣をすべてとりあげる徹底した「刀狩り」までやった。

マッカーサーが無条件降伏から二週間後に上陸できたのは、安心しきっていたのだ。ずっと以前から日本の対応がわかっていて、武装解除の進行具合を把握していた。占領された敗戦国でこれほど組織的な抵抗がなかったところは世界的にもまれだ。

ドイツの場合は行政機構は壊滅しており、官僚機構も軍隊も解体したが、日本は軍隊は解散させるが、官僚機構はすべてそのまま残した。日本は空襲でも官庁がやられていない。国会議事堂はそのままきれいに残った。大蔵省や日銀も戦前からの建物がそのままだ。

ドイツは戦争に協力したマスメディアなどはすべて廃刊になった。日本は違った。悪かったのは軍部だけで、天皇はじめ、官僚機構がそうだし、独占企業、マスコミ、全部が元元平和主義者のような顔をして生き残った。それが単独占領を保障したわけだ。みなアメリカに協力して民族的な利益を売り飛ばしていった。

アメリカは日本占領に50万人の兵力を用意していた。しかし20万人でよいといって削った経緯がある。戦前の体制がそっくりアメリカの配下になったからできたことだ。いかに日本の支配階級が売国的かがわかる。
http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/aratanabaikokutosennsounosyuppatutenn.htm

日本は海外に巨大な権益を持つ帝国主義国であるがアメリカの屈辱的な植民地的隷属下にあるという特質を持っている。

 このような日本社会のさんざんな崩壊状況は第二次大戦に根源がある。
あの戦争では320万人が犠牲となった。あらゆる家族で親類に戦死者がいないところはないというほど殺された。

あの戦争は天皇を頭とする独占資本集団が、国内をさんざんに搾取収奪して、
狭隘な国内市場から海外に求めて侵略につぐ侵略、戦争につぐ戦争を繰り返し、
最後に中国への全面侵略戦争を引き起こし、米英仏蘭列強の植民地争奪戦に突入して敗戦となったものであった。

 ところがアメリカの対日参戦は、アジアをファシズム国の侵略から解放するためでも、社会主義ソ連とともに日独伊ファシズムとたたかって民主主義の世界を実現するためでもなかった。

アメリカは中国市場を奪う野望とともに、日本をたたきつぶし単独で占領するという明確な計画を持って臨んだものであった。

 そして天皇をはじめとする独占資本集団、政治家や官僚、大新聞など、戦争を指導してきた支配層は、人人には「鬼畜米英」「一億総玉砕」などとあおり立てながら、実際には「国体の変革」すなわち人民の革命を恐れ、米英に救いを求めていった。

自らすすんでアメリカによる日本支配を担うこと、日本の民族的な利益のすべてを売り飛ばすことによって、自分たちの支配の地位を守ってもらう道を進んだ。


現在むき出しにあらわれた日本社会の植民地的隷属状態は、日本の政財官界から新聞界などあらゆる支配勢力が、アメリカの利益のために自ら進んで日本の民族的利益を根こそぎ売り飛ばしてきたことによって進行した。

かつて旧満州を統治するのに六〇万余の軍隊を必要とした。

かつてマッカーサーは「天皇は一〇〇万の軍隊に匹敵する」といったが、
四万人ほどの米軍で日本を隷属支配しているのは、アメリカの意向をくんで自分から進んで働いて地位を得るという売国的な支配勢力の存在があるからである。
http://www.h5.dion.ne.jp/~chosyu/anpokaiei50nensengo65nenwotyokusi.html


http://www.asyura2.com/17/warb21/msg/582.html#c4

[リバイバル3] 厳寒が人体に与える影響 中川隆
9. 中川隆[-5828] koaQ7Jey 2018年1月25日 21:50:26 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

凍死で自殺、北海道なら…


凍死で自殺、はっきり言って北海道の冬であれば楽勝ではないでしょうか。

管理人は生まれが道東、現在地は札幌ということで よく考えてみれば冬期間であれば凍死自殺は楽勝かもと思ったので ここに思いついた方法を残しておきます。

北海道ではなかなか良い仕事がなく不景気ということもあり自殺願望者は多いと思います。

北海道なら、凍死自殺が一番良いのではないでしょうか。


自殺する気のないホームレスは夜寝ない

北海道のホームレスは日中に睡眠して夜に歩き続けるらしいのですが、これは夜に寝てしまうと凍死するためからということです。

外部リンク:北国のホームレスの参考ページ
http://web.archive.org/web/20130512004545/http://ep.blog12.fc2.com/blog-entry-1668.html


たしかに駅が空いている日中に寝ているホームレスを見たことがありますし、夜に歩いているホームレスも見たことがあります。

昔、コンビニで深夜の仕事をしていた時に、寒さに震えたホームレスが来たことも覚えています。


凍死自殺は北海道なら簡単

北海道に住んでいる人は冬ならば簡単に凍死できるでしょう。

よくよく思い返してみれば管理人が道東に住んでいた時に、酔っ払って道端で寝ていたために凍死した、という話を聞いたことがあります。

北海道の冬ならば、最後の有り金を使って酔っ払ってしまい、公園に一晩寝ていればそれだけで OK なのかもしれません。

注意点としては

-すぐに見つかると助かるかもしれない
-発見に時間がかかると腐ってしまう

という点ではないかと思います。

凍死自殺を具体的に考えてみる


方法としては

——————-

1.人気のない小さい公園を見つけておく。

2.有り金を使ってたくさんお酒を買っておく(飲み放題のお店に行くのもいいかも)

3.自分の部屋などに自殺場所を書いた遺書をおく。もしくはだれかに郵送する。

4.そして自分自身も遺書を持っておく。(殺人などに間違われないよう)

5.後はあるだけ酒を飲んで、酔っ払って人気のない公園で夜に寝る

——————-

これだけでよいのかもしれませんね。

遺書は自分の部屋に置くよりも、だれかに郵送することで1〜2日で発見されるでしょう。

それだけあればきっと十分自殺できると思います。
その人を第一発見者にしたくないのであれば、

「○○公園で自殺していると思うので、警察に連絡してください。」

とでも書いておけばよいのではないでしょうか?

札幌なら11月〜2月にやれば大丈夫ではないでしょうか。

難しいのは酒を買ったりするお金がない人の場合です。

酔っ払わないと、とてもじゃないけれど寒さ耐えれずに起きてしまう気がします。
https://drkiriko.wordpress.com/toushihokkaido/



雪国ならこういう方法でも簡単に死ねる

2018年01月24日
車内のCO中毒に注意 1月射水で死亡事故


 今月中旬の大雪で、射水市では車の中にいた男性が一酸化炭素(CO)中毒で死亡する事故が起きた。車のマフラーが雪でふさがれ、車内に排ガスがたまったことが原因とみられる。県内では25日にかけて再び大雪となる恐れがあり、日本自動車連盟(JAF)富山支部は「車内で過ごすときはエンジンを切るか、除雪が必要」と注意を促す。 (社会部・久保智洋)

 射水署によると、12日午後2時35分ごろ、射水市奈呉の江(新湊)のアルミ製品加工会社の駐車場で、氷見市の同社嘱託職員の男性(60)が軽乗用車内でぐったりしているのが見つかった。男性は死亡し、司法解剖の結果、死因はCO中毒だった。男性は同日午前6時までの夜勤後、車内にいたとみられる。車の周辺には約50センチの積雪があり、同署は車のマフラーが雪でふさがれ、車内に排ガスが流れ込んだことが原因とみている。

 「異常な積雪だった」。別の男性社員が当時を振り返った。12日朝の同社の駐車場は、車が雪に埋まり「車体がほとんど見えない状態」。車を動かすこともできず、ほとんどの従業員は社内で待機していたという。

 積雪時の車内でのCO中毒事故は、全国で起きており、北海道では2013年3月、暴風雪により車内に閉じ込められた母子4人が亡くなっている。昨年2月には、京都府で除雪作業後に車内で休憩していた男性が死亡した。

 JAFが行ったユーザーテストによると、車がボンネットまで雪に覆われた場合、排ガスは車の床下にたまって車内に流れ込む。同様の状態でマフラー周辺を除雪した場合、車内でCOがほとんど検知されなかったのに対し、除雪しなかった場合は約20分で死亡の危険があるCO濃度に達した。JAF富山支部は「雪が積もったとき、車中に長時間いる場合はなるべくエンジンを切ってほしい。スコップや毛布を常備しておくことも大切」と呼び掛けた。


http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/795.html#c9

[リバイバル3] 厳寒が人体に与える影響 中川隆
10. 中川隆[-5827] koaQ7Jey 2018年1月25日 22:16:45 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

731部隊の凍傷実験

凍傷実験(黒い太陽) - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=wJJ2en75guk


吉村寿人(1907−90)Yshimura Hisato(Toshinndo?)
1930京大医学部卒
・京大講師(1936、生理学)
・731部隊凍傷研究班長(1938)
・1945帰国
・1950−52英文日本生理学会誌に論文発表
・日本学術会議南極特別委員会委員
・生気象学会長
・1967京都府立医大学長
・1972兵庫医大教授
・1980神戸女子大教授/1978勲三等旭日中授賞


吉村班(凍傷研究/班長:吉村寿人==>京都府立医科大学学長・日本学術会議南極特別委員・生気象学会会長)

憲兵隊「特移扱」文書
「凍傷ニ就テ(第15回満州医学会哈爾濱支部特別講演)」
満州第731部隊陸軍技師 吉村寿人 国立公文書館アジア歴史資料センター所蔵

 昭和17年(1942年)春のことだった。入営以来の住み馴れた
東満国境の部隊から関東軍防疫給水部に転勤になったとき、私に与えられた職務は
教育部付きとして各支部に配属される衛生兵の教育だった。
それが終了した後、第一部吉村班に出向ということになった。

 ここは主として凍傷に関する研究を担当していて、私が行ったとき、たまたま
喝病〔原文ママ〕の生体実験が行われている最中だった。

それまでこの部隊は防疫給水、特に濾水機の製造補給が主な任務と聞いていた私には、
初めて接する部隊の隠された側面にただ驚くばかりであった。

堅牢なガラス張りの箱に全裸の人間を入れ、下から蒸気を注入して人工的に
喝病にかかりやすい気象条件を作り出して罹患させ、臨床的、病理的に観察し、
その病因を究明するためのものだった。

 時間が経過するにつれ全身が紅潮し汗が滝のように流れ出る。
いかに苦しくとも束縛されていて身動きもできない。

やがて発汗が止まる。苦渋に顔が歪み、必死に身悶えする。
耐えかねて哀訴となり、怒号となり、罵声となり、狂声と変わっていく
あの凄まじい断末魔ともいえる形相は、今もって脳裏にこびりついて離れない。

私は初めて見るこの凄惨な光景をとても直視するに忍びず、一刻も早く逃げ出したかった。
それにしても平然としてこのような実験に取り組んでいる人たちは、果たしてどんな神経の持ち主なのであろうか。……
http://hide20.blog.ocn.ne.jp/mokei/2008/05/post_44a5.html


実験その1。

厳冬の厳しい真冬の寒さの中に「マルタ」を長時間置き、凍傷を作りその治療をするという人体実験。

この場合限界まで外に置き完全に凍傷をさせる死の直前まで外に置く。

死んでは治療が出来なくなためです。そして体に出来た各部の凍傷を治療するという人体実験。

零下40度cの中に、長時間置かれるだけでも苦痛なのに。凍傷しているかを試すのに、
角材で、手、足を殴り、痛いうちはまだ凍傷になって
いないため更に、長時間、外に凍傷するまで置かれたという。

凍傷の人体実験では、極寒の零下40度に長時間放置し、冷凍人間に近いものを作って
人体実験をした部分は記載中涙が止まらなかった。何故そのような事が行われたのか?

答えは、かってシベリア出兵の時日本軍は凍傷に悩まされた経験を持っていました。
この凍傷の克服のために731部隊では、凍傷実験が行われたのです。

この実験で手足を無くした「マルタ」の身体は、かろうじて残された頭部だけです。
そして最終的には毒ガス実験などに「再利用」されたという
http://homepage2.nifty.com/yocyan1854/ikari4.htm

731部隊の真実 前編
生理学的実験
http://www.geocities.jp/ns2ganta/731sen009.html

731部隊では、凍傷実験、ガス壊疽実験、銃弾実験などのように、人体を極限まで破壊すると、人体はどのくらいの期間持ちこたえることができるのか、あるいはそこからどのように治療すれば回復させることができるのか、といった生理学的な研究も頻繁に行われた。こういった実験は、731部隊以外の陸軍病院などでも行われた[29]。

731部隊の憲兵班の曹長であった倉員サトルは、ハバロフスク裁判において、凍傷実験を目撃した様子について次のように証言している。 「生きた人間を使用する実験を私が初めて見たるは、1940年12月のことであります。第1部員である吉村研究員がこの実験を私に見せてくれました。(中略)私が監獄の実験室に立ち寄リました時、ここには長椅子に5人の中国人の被実験者が座っていましたが、これらの中国人の中2人には、指が全く欠け、彼らの手は黒くなっていました。三人の手には骨が見えていました[30]。」

731部隊の「ロ号棟」で衛生伍長をしていた大川福松は2007年4月8日、大阪市で開かれた国際シンポジウム「戦争と医の倫理」に出席し、子持ちの慰安婦を解剖した時のことを次のように回想している。「子どもが泣いている前で母親が死んでいった。子どもはどうするのかと思っていると、凍傷(の実験台になった)。それをざんごうに放り込んで埋める。本当に悲惨なことがたくさんあった[31]。」

さらに、同じく731部隊の印刷部員だった上園直二は、「2人の白系ロシア人の男性が零下40度から50度の冷凍室の中に素裸で入れられていました。研究者たちが彼らが死んでいく過程をフィルムに撮影していました。彼らはもがき苦しんでお互いの体に爪をめり込ませていました。」という証言をしている[32]。

石井部隊長の施設秘書的存在として活動していた、731部隊の郡司陽子は、同じく731部隊の隊員であった弟の友人から次のような証言を聞き出している。「ときには、マルタが3、4人ずつで中庭の散歩を許された。この時は、手錠だけで足枷は外されたようだ。自分が見た中で忘れられないのは、この中庭の周りを、土のうを背中にくくりつけられたマルタが、食事も睡眠も与えられないで、走らされている光景だ。何日生きておれるか、という実験をしているとのことだった[33]。」

1935年から1936年にかけて背陰河の東郷部隊に傭人として勤めた栗原義雄は、水だけを飲ませる耐久実験について、「自分は、軍属の菅原敏さんの下で水だけで何日生きられるかという実験をやらされた。その実験では、普通の水だと45日、蒸留水だと33日生きました。蒸留水を飲まされ続けた人は死が近くなると『大人、味のある水を飲ませてくれ』と訴えました。45日間生きた人は左光亜(サコウア)という名前の医者でした。彼は本当にインテリで、匪賊ではなかったですね[34]。」と語っている。


細菌爆弾の効果測定

731部隊では、単なる生物兵器に留まらず、ペスト菌や炭疽菌を砲弾や爆弾に詰め、大砲や飛行機で都市に散布するための研究が行われた。731部隊は、細菌爆弾や砲弾の改良や性能を調べるための屋外実験場を安達に持っていた。マルタを使用した安達実験場での爆弾実験は、新型爆弾の開発が追い込みにかかる1943年末以降に活発化したことが資料や証言で明らかになっている[35]。731部隊の第4部細菌製造部第1班班長であった柄沢十三夫は、ハバロフスク裁判の判決準備書面で「昭和18年末あるいは19年の初めに安達付近演習場にて人体および動物に関する実験が行われたり」と述べている[36]。この時は炭疽菌爆弾の実験が行われ、犠牲となったのは10〜20人であり、その他に馬20頭についても実験が行われたという[37]。炭疽菌爆弾の場合、マルタは榴流弾の弾子で負傷し、血だらけとなる。マルタは担架で部隊に運ばれ、どのような傷であれば感染が起こるか、何日間で発病するか、そしてどのように死んでいくかが観察された。多くの場合、全員が感染し、数週間以内に死亡している。最後には内臓のどの部分が最もダメージを受けたかを明らかにするために、解剖された[38]。

石井部隊長の施設秘書的存在として活動していた、731部隊の女性隊員郡司陽子は、同じく731部隊の隊員であった弟から、安達実験場での細菌爆弾の効果測定にマルタが使用されていたことを示す次のような証言を聞き出している[39]。


「やがて特別出入口から、その日の「演習」に使用される「丸太」たちが、特別班の看守に護衛されて出てきた。一列に数珠つなぎにされている。だいたい、1回に2、30人だった。中国人、ロシア人、ときおり女性の「丸太」も混じっていた。服装は私服のままだった。(中略)

覆面トラックから降ろされた「丸太」たちは、いましめを解かれ、一人ひとりベニヤ板を背に立たせられた。後ろ手に縛られ、ベニヤ板にさらに縛りつけられる。足は鎖で繋がれていたように思う。胸にはられた番号と位置とが確認されていく。「丸太」たちの表情はまったく動かず、抵抗もなかった。なかには、目隠しを拒否する「丸太」もいた。毅然と胸を張ってベニヤ板を背に立っている「丸太」の水色の中国服の色が、いまだに瞼にやきついている。(中略)

「標的」と化した一団の「丸太」たちを、幾人かが双眼鏡を目にあてて観察している。まもなく鈍い爆音とともに黒点があらわれ、みるみるうちに大きくなってきた。低空で近づいてくる双発の九九式軽爆撃機だ。爆撃機は「標的」の中心の棒をめがけて、20キロ爆弾、30キロ爆弾を投下した。「ドカーン」という爆発音が、黒煙を追いかけるように、自分たちの耳にひびいてきた。爆撃機が飛び去り、黒煙が収まると、すぐに現場にかけつける。防毒衣、防毒マスクで完全に防護された自分たちが見た現場は、むごたらしいものだった。

そこは、「丸太」の地獄だった。「丸太」は、例外なく吹きとばされていた。爆撃で即死した者、片腕をとばされた物、顔といわず身体のあちこちからおびただしい血を流している者‐あたりは、苦痛のうめき声と生臭い血の匂いとで、気分が悪くなるほどだった。そんななかで、記録班は冷静に写真や映画を撮り続けていた。爆弾の破片の分布や爆風の強度、土壌の情態を調べている隊員もいた。自分たちもまた、てきぱきと「丸太」を収容した。あとかたづけは、実験内容の痕跡を残さないように、ていねいに行われた。「丸太」は死んだ者もまだ生きている者も一緒にトラックに積みこまれた」


--- 群司陽子『【証言】七三一石井部隊 今初めて明かす女子隊員の記録』(1983年8月31日初版、徳間書店、94-97頁 ---
http://www.geocities.jp/ns2ganta/731sen009.html

731部隊の真実 後編 
性病実験と女性マルタ
http://www.geocities.jp/ns2ganta/731sen010.html

また731部隊では、性病実験も頻繁に行われた。戦時中の性病治療法は極めて限られており、主な方法は注射しかなかったが、性病の蔓延は陸軍内部で深刻なほど拡大していた。例えばシベリアでは多くの日本兵が現地のロシア人女性を強姦したために性病が蔓延し、1個師団相当の兵力が失われたとされ、軍紀が乱れる大きな原因となった[40]。司令部は、731部隊がこの問題を解決するよう期待したのである。

当初、731部隊では注射で女性マルタに梅毒を感染させていたが、現実に即した実験結果が得られなかったため、マルタを強制して性行為を行わせることで梅毒を感染させ、梅毒にかかった男女を小部屋に入れて再び性行為を強制した。性病に感染すると、その経過を丹念に観察して、1週間後、3週間後、1ヶ月後における病気の進行状態を確認した。研究者は性器の状態など外部的兆候を観察するだけでなく、生体実験を行って様々な内部器官の病気がどの段階に達しているかを検査した[41]。また、731部隊の研究員だった吉村寿人(のちの京都府立医大学長)が戦後に発表した論文には、乳児を氷水の中に漬けた際の温度変化が記録されていることから、実験中のレイプにより生まれた乳幼児、あるいは731部隊に捕えられる前から妊娠中だった女性マルタが出産した多くの乳幼児が凍傷実験に使用されたものと考えられている[42]。

元731部隊員の胡桃沢正邦は、生体解剖時の麻酔から目覚めた女性マルタの様子について次のように証言している。


(インタビューワーの女性) 「眼は開いているの?」

(胡桃沢正邦) 「眼は開く場合もある。」

(インタビューワーの女性) 叫んだりする人もいた?.....何と言ったの?」

(胡桃沢は力なく泣き始め) 「そのことは2度と思い出したくない!」

(胡桃沢は謝罪し、数秒後しゃくりあげながら答えた) 「『私は殺されてもよいが、子供の命だけは助けてください』と言った」。


--- ハル・ゴールド「証言・731部隊の真相―生体実験の全貌と戦後謀略の軌跡」廣済堂出版、2002年、45-46頁 ---

手術演習[編集]

中国大陸の陸軍病院で幅広く行われていたという「手術演習」という名の生体解剖も、731部隊で頻繁に行われていたと考えられている。拡大を続ける中国戦線において、傷病兵を素早く治療して戦場に送り返すためには軍医が外科手術の腕をあげる必要があり、そのために中国人の生体解剖が頻繁に行われたのである。

731部隊員ではなかったが、軍医として中国に滞在した3年半の間に、14人の中国人を生きたまま解剖して殺したという湯浅謙は、最初に経験した手術演習の様子を次のように語っている。


「手術演習は外科医を速成させるための練習だった。今思って異様なのは、その場にいた皆が2人の中国人を見てニヤニヤ笑い、普通の顔をしていたことだった。集まっていたのは、軍医、衛生兵そして看護婦だった。(中略)1人はもしかしたら八路軍の兵士だったろう、堂々として悠然と自分でベッドに横たわった。部屋の中には手術刀、ノコギリそれにメスなどがあり、自分の運命は分かっていた。彼の心の中は日本に対する憎しみで溢れていただろうが、自分たちは皆、日本軍の威厳に八路軍の兵士が屈したと変な満足感を覚えていた。その彼の胸を開け、内臓を次々に取り出していった。もう1人は本当に近所の農民だったろう、ベッドに行こうとせず、「アイヤー、アイヤー」と泣きわめいた。看護婦は、「麻酔をする、痛くない」と下手な中国語で言い含め、麻酔を打った。その時、彼女はニヤと私を見たのだった[43]。」


--- 常石敬一 『七三一部隊 生物兵器犯罪の真実』 講談社現代新書 1995年、99頁 ---

なお、731部隊との関連性が疑われている、1989年に7月東京都新宿区戸山で発見された大量の人骨には、四肢が様々な位置で切断された形跡が残っている。11個の頭蓋骨と長骨のほとんどには、鋸で引いた跡やドリルで穴を開けた跡があった。頭蓋骨には銃撃されたものがあり、鋭利な刃物で刺された頭蓋骨も1つあった[44]。

そして1992年4月、札幌学院大学教授の佐倉朔の鑑定結果により、人骨について次のような事実が明らかになっている。


1. 人骨は100体分以上のものである。

2. 人骨は一例を除き人種的にはモンゴロイド(アジア系の人種)だが、単一の人種からなるものではない。

3. 10数個の頭蓋骨には人為的な加工の跡がある。

4. いくつかの頭蓋骨その他には、拳銃で打ち抜かれた孔や刀で切られた跡が残っている。

5. 骨が現地に埋められたのは1890年〜1940年頃までの間である。

6. 人骨は四股の骨の多くは何ヶ所かで切断された形跡がある。


--- 常石敬一 『七三一部隊 生物兵器犯罪の真実』 講談社現代新書 1995年、107頁 ---

以上の理由から常石敬一は、凍傷や壊死など、四肢の切断を必要とする手術の練習台に、これらの人骨が使用されたのではないかと指摘している[45]。
http://www.geocities.jp/ns2ganta/731sen010.html


731部隊の真実  〜エリート医学者と人体実験〜
NHKスペシャル 2017年8月13日 170813 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/results?search_query=731%E9%83%A8%E9%9A%8A%E3%81%AE%E7%9C%9F%E5%AE%9F+%E3%80%80%EF%BD%9E%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%88%E5%8C%BB%E5%AD%A6%E8%80%85%E3%81%A8%E4%BA%BA%E4%BD%93%E5%AE%9F%E9%A8%93%EF%BD%9E


BS1スペシャル「731部隊 人体実験はこうして拡大した/隊員たちの素顔
2018.01.21 by Kenhasejp - Dailymotion
http://www.dailymotion.com/video/x6dhev7
http://www.dailymotion.com/video/x6dhg47

映画 731部隊 黒い太陽731 悪魔の飽食:復号731 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=c3aL9XqmvHw

unit731 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=BUJsksb6b34


http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/795.html#c10

[リバイバル3] 厳寒が人体に与える影響 中川隆
11. 中川隆[-5826] koaQ7Jey 2018年1月25日 22:29:43 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

▼凍傷実験


体の凍り具合

●凍傷は日本軍が極寒の地を征服するためには、どうしても克服しなければならない課題だった。

以前は、凍傷に対する最も有効な治療法は、患部をわらでこすることだった。凍傷実験を担当した吉村寿人(ひさと)班では、以下の手順で実験を行った。

1、零下20度以下の屋外に被験者をしばりつけ、腕などに塩水をかけて人工的に凍傷を作る

2、棒でたたいて、凍り具合を確認する

出典
この世の地獄!!731・原発・南京!! - 731からフクシマまで!!
http://blog.goo.ne.jp/bu0007/e/de17f754f05e78aa2f5651bb3697c6c4

棒で叩くと凝った肉がそげ落ちて、骨だけになったという記録がある。

画像
http://blog-imgs-36.fc2.com/n/o/b/nobu51g/201302132134223cd.jpg

▼低温実験

日本人は中国の被害者の手を超低温の冷凍庫(おそらく零下数十度から百度ほど)に入れ、急速冷凍した。

完成後、中国の被害者が両手を取り出すと灰白色になっていた。

表面には霜の層ができており、完全に人間の体ではないようだった。
ある日本人が棍棒で打つと、つららのように砕けてしまった。
中国の被害者の指を一本ずつ打ち落とし、音を鳴らしていた。

中国の被害者は絶望と恐怖の叫び声をあげ、傍観していた日本の実習生は目を閉じたりしていた。
だが目を閉じることは許されない命令が下された。


凍傷にかかった手の画像
https://matome.naver.jp/odai/2148958394707910601/2148958507408930403

出典
中国の反応ブログ
https://matome.naver.jp/odai/2148958394707910601




http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/795.html#c11

[リバイバル3] 厳寒が人体に与える影響 中川隆
12. 中川隆[-5825] koaQ7Jey 2018年1月25日 22:34:55 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

【狂気の戦時医学】ナチスの人体実験まとめ【ヒトラー・ドイツ】
http://3rdkz.net/?p=250


低体温・冷却からの蘇生実験


冷却実験の様子
http://3rdkz.net/?p=250


ラッシャーとその協力者たちは、ダッハウにて更に人体実験を行うことにした。

今度は海難事故などにより寒冷下に晒された人体を、いかに蘇生・回復できるか、といった実験である。

やはりパイロットを救出することを前提とした実験であったが、実際にはダッハウの囚人300名を4〜12℃に冷却した水の中につけ、体を極限まで冷やしたのち、いかにすれば効率よく回復できるかを試すもので、この実験で90名が死亡。

今日においてもこの実験結果が国際的専門誌に引用されているという。


この実験は当初よりライヒスフューラーの関心を買った。

ヒムラーは冷え切った肉体を温めるためには、同じ人間の皮膚の接触。つまり、裸の女性による抱擁が効果があるのではないか、と考えた(ヒムラーはしばしばこのようなロマンチズムに基づく推測を実践させた)。

ラッシャーはヒムラーの意向に沿ってダッハウ収容所より若い女性4名を召喚。そのうちの一人があまりにも見事なアーリア人種の肉体的特徴を備えていたため、ラッシャーは彼女を実験に使用することを拒否したという。つまり、被験者は下等人種とみなされたスラブ人やソ連兵捕虜であり、これを裸で温める乙女がアーリア系であってはならないというのである。

この逸話からもわかる通り、人体実験は激しい人種差別の賜物であった。ちなみに女性の体で温める方法は非効率で到底実用に耐えないものであったという。

この実験は、場所を変えてアウシュビッツ収容所でも行われた。アウシュビッツのほうがより寒く、広大で実験が目立たなかったからだという。つまり、被験者は多くの場合、「苦しみにより悲鳴をあげた」からである。

ラッシャーは被験者に麻酔をかけることを禁止し、なんら苦しみを緩和するための努力をしなかった。

ある実験では、ソ連軍将校2名がアウシュビッツで、水桶の中に裸で入らされた。

通常なら60分程度で意識を失い、死亡するのだが、このソ連将校2名は3時間経過した頃に「同志…銃殺してくれないか」と頼んだという。

その後、二人は握手を交わし、「さよなら、同志よ」と言った。

ポーランド人の助手が見兼ねてクロロフォルムで二人に麻酔をかけようとしたが、ラッシャーはピストルを突きつけ、これを制止した。二人は5時間後にようやく死亡し、死体は解剖するためミュンヘンに送られた。

ラッシャー夫妻は子供に恵まれず、子供を誘拐、金銭で買い取って自らの子であるとして育てていた。これが明るみに出るとライヒスフューラーは激怒。ラッシャーは多くの囚人を殺害したダッハウにおいて、自らも処刑された。

戦争が終わる直前だった。よって戦後もラッシャーは裁きにはかけられず、協力者たちは全ての責任を、同じく死亡したヒムラーとラッシャーにかぶせることに成功。この非道な人体実験で裁かれた者は結局誰一人としていない。
http://3rdkz.net/?p=250
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/795.html#c12

[番外地7] 「しょぼくれたアメリカ」への怒りが より過激なトランプ新大統領を生み出した 中川隆
47. 中川隆[-5824] koaQ7Jey 2018年1月26日 09:01:57 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2018.01.26
トランプを大統領の座から引きずり下ろそうとしていた司法省とFBIが一転して窮地に(その3)


ドナルド・トランプもヒラリー・クリントンも親イスラエル派であることに変わりはないが、背景の色合いは違う。トランプがウラジミル・ジャボチンスキーからベンヤミン・ネタニヤフ首相につながる流れであるのに対し、クリントンにはジョージ・ソロスやリン・フォレスター・ド・ロスチャイルドのように著名な富豪がついている。上院議員時代からクリントンはロッキード・マーチンのような戦争ビジネスの代弁者としても知られ、大統領選ではマイク・モレル元CIA副長官も公然と支援していた。

モレルは2016年8月8日、テレビのインタビューでロシア人とイラン人に代償を払わせるべきだと語り、司会者からロシア人とイラン人を殺すと言うことかと問われるとその通りだと答えている。その後、同年11月にアメリカの領事館で副領事の死体が発見され、12月にはアンカラでトルコ駐在大使が射殺され、ロシア外務省ラテン・アメリカ局の幹部がモスクワの自宅でやはり射殺されている。翌年1月になるとギリシャでロシア領事が死亡し、インド駐在大使が心臓発作で死亡した。2月には国連大使が急死、心臓発作だと言われている。外交官ではないが、2015年11月にはロシアの放送局RTを創設した人物がワシントンDCで死亡、16年12月にはKGB/FSBの元幹部の死体が自家用車内で発見された。また、2016年9月にはウラジミル・プーチンの公用車がモスクワで暴走車に激突され、大統領専属の運転手が死亡している。

モレルが言うところの代償とは、アメリカの中東支配戦略をロシアが崩壊させ、そのロシアにイランが協力したことに対する償いを意味している。本ブログでは何度も指摘していることだが、アメリカ、イスラエル、サウジアラビアの三国同盟を中心とする勢力はリビアやシリアの自立した体制を倒すため、サラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団を中心にした傭兵部隊を送り込んだ。

これは1970年代の終盤、ジミー・カーター政権で大統領補佐官を務めたズビグネフ・ブレジンスキーの戦術を踏襲したもの。ブレジンスキーはイスラム武装勢力を編成し、ソ連をアフガニスタンへ誘い込んで戦わせるという計画を立て、そうした秘密工作をカーター大統領は1979年7月に承認している。

その2カ月後、アメリカに留学、コロンビア大学などで学んだ経験のあるハフィズラ・アミンがモハメド・タラキ首相を暗殺して実権を握るが、クーデターの直前にアミンが首都のカブールでCIAの工作員と会っていたとする説も流れている。

アミンが最初にコロンビア大学へ入ったのは1957年。一旦アフガニスタンへ戻った後、1962年には博士号を取得するため、同大学の大学院で学び始めている。ブレジンスキーがコロンビア大学で教鞭を執り始めたのは1959年のことだ。

ブレジンスキーの思惑通り、ソ連の機甲部隊がアフガニスタンへ軍事侵攻したのは1979年12月のこと。アミンは暗殺され、バブラク・カルマルが新たな大統領になる。

1979年7月上旬にエルサレムで「国際テロリズム」に関する会議が開かれている。参加したのはアメリカとイスラエルで情報機関に関係していた人々。イスラエル側からは軍の情報機関で長官を務めた4名を含む多くの軍や情報機関の関係者、アメリカからの参加者にはジョージ・H・W・ブッシュ元CIA長官(後の大統領)やレイ・クライン元CIA副長官が含まれていた。会議の参加者は「テロの黒幕」はソ連だと主張、そこから反ソ連キャンペーンが始まる。

本ブログでは繰り返し書いてきたが、この当時、アフガニスタンでCIAはイスラエルやサウジアラビアのほか、パキスタンなどの協力を受けて傭兵部隊を組織している。CIAの訓練を受けた戦闘員の登録リストがアル・カイダ。アメリカやイスラエルはソ連を「テロの黒幕」だと宣伝する一方、テロリストを養成していたわけだ。

なお、エルサレムでの会議を主催した「ヨナタン研究所」はベンシオン・ネタニヤフによって創設されたシンクタンク。名称のヨナタンはベンシオンの息子、ベンヤミンの兄にあたるヨナタン・ネタニヤフに由来する。ヨナタンは1976年にウガンダのエンテベを襲撃したイスラエルの部隊を率いていた人物で、そのときに死亡している。

ヒラリー・クリントンを支える人脈にはブッシュ一族もつながっているが、その一族のひとりであるジョージ・H・W・ブッシュがネタニヤフと関係の深いシンクタンクが主催した会議に参加していた。両グループは1980年代にイラクのサダム・フセインをめぐって対立するような時もあるが、手を組む時もあるわけだ。同床異夢とも言えるだろう。

トランプは逆襲に転じる過程で政策を変更している。エルサレムをイスラエルの首都だと認めたのは周辺の人脈を見れば必然であり、これはアメリカ政界の総意でもある。大統領選の際にはロシアとの関係修復を訴えていたが、それは影を潜め、ウォルフォウィッツ・ドクトリンに基づく世界制覇プランに従っているように見える。アメリカの巨大資本との関係を改善しようとすれば、TPP(環太平洋連携協定)、TTIP(環大西洋貿易投資協定)、TiSA(新サービス貿易協定)の復活もありえるだろう。

ドルが基軸通貨の地位から陥落すればアメリカ中心の支配システムは崩壊、その後の世界は多極化するか巨大資本が国家を支配するシステムになるかだと見られている。後者はファシズムと言い換えることもできるが、そのためにはTPP、TTIP、TiSAを成立させ、ISDS条項によって巨大企業のカネ儲けを阻むような法律や規制を政府や議会が作れないようなシステムを築く必要がある。そうなれば健康、労働、環境など人びとの健康や生活を守ることは困難。すべて巨大資本の「御慈悲」にすがるしかない。

多極化を推進しているのはロシアや中国を中心とする勢力で、巨大資本はロシアや中国を屈服させるか破壊するしかない。これはクリントン陣営の政策でもあり、だからこそトランプのロシアとの関係修復を激しく攻撃したのだ。その点でトランプは妥協した可能性がある。(了)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201801260000/
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/105.html#c47

[番外地6] ヒラリー・クリントンの正体 中川隆
89. 中川隆[-5823] koaQ7Jey 2018年1月26日 09:03:06 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
2018.01.25
トランプを大統領の座から引きずり下ろそうとしていた司法省とFBIが一転して窮地に(その1)

FBIの幹部だったピーター・ストルゾクが親しい友人のリサ・ペイジへ出した電子メールが司法省とFBIを揺るがしている。1月23日には上院国土安全保障委員会のロン・ジョンソン委員長が司法省とFBIの幹部が大統領選で当選したドナルド・トランプを引きずり下ろすための秘密会議を開いていたとテレビ番組の中で語っている。

NSA史上最高の分析官のひとりと言われ、NSAの不正を内部告発したことでも知られているウィリアム・ビニーも指摘しているが、司法省やFBIが有力メディアとタッグを組んで進めてきた「ロシアゲート」が事実ならNSAから通信の傍受記録を取り寄せるだけで決着が付く。特別検察官を任命する必要はないということだ。特別検察官を任命したということはロシアゲートがインチキであることを示しているとも言える。いずれにしろ、ロシアゲートが作り話だということは最初から明白だった。

トランプ陣営への攻撃で最初のターゲットは国家安全保障補佐官に内定していたマイケル・フリン中将。この人物は2012年7月から14年8月まで軍の情報機関であるDIA(国防情報局)の局長を務めていた。その間、2012年8月にDIAは「穏健派支援」を進めるバラク・オバマ大統領に対し、​反シリア政府軍の主力はサラフィ主義者、ムスリム同胞団、そしてアル・カイダ系武装集団であり、そうした支援を続ければ東部シリア(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配国が作られる可能性があると警告​している。

その警告は2014年に現実となった。この年の1月にダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)はイラクのファルージャでイスラム首長国の「建国」を宣言、6月にファルージャを制圧したのだ。

その際、トヨタ製の真新しい小型トラックのハイラックスを連ねたパレードを行い、その様子を撮影した写真が配信されたことも有名になったが、そうした行動をアメリカの軍や情報機関はスパイ衛星、偵察機、通信傍受、人から情報を把握していたはず。ハイラックスの車列は格好のターゲットだが、アメリカ側は何もしていない。8月にはジェームズ・フォーリーの首をダーイッシュが切ったとする映像が公開され、ダーイッシュの凶暴さが伝えられた。

その凶暴な武装集団を殲滅するという口実でアメリカは突如、動き始める。配下の国々を引き連れ、2014年9月23日にシリアを攻撃しはじめたのだが、その様子を取材したCNNのアーワ・デイモンは翌朝、​最初の攻撃で破壊されたビルはその15から20日前から蛻の殻​だったと伝えている。ダーイッシュはアメリカがシリアへ軍事侵攻する口実に使われたということだろう。

その後、アル・ヌスラ(アル・カイダ系)やダーイッシュはシリアで勢力を拡大していくが、その理由は連合軍が本気で攻撃していなかったからにほかならない。その後、アル・カイダ系武装集団やダーイッシュは支配地を拡大、アメリカ主導軍はインフラを破壊、住民の犠牲が増えていく。つまり、DIAの警告通りになった。こうした展開の中、2014年8月にフリンDIA局長は解任される。

退役から1年後の2015年8月、フリン中将はアル・ジャジーラの番組へ出演、ダーイッシュの出現が見通されていたにもかかわらず阻止できなかった理由を問われる。それに対し、自分たちの任務は提出される情報の正確さをできるだけ高めることにあり、その情報に基づいて政策を決定するのは大統領の仕事だと答えた。​ダーイッシュの勢力が拡大したのはオバマ政権が決めた政策による​というわけだ。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201801250001/



2018.01.25
トランプを大統領の座から引きずり下ろそうとしていた司法省とFBIが一転して窮地に(その2)

アメリカとダーイッシュとの関係を指摘した人物はマイケル・フリン中将以外にもいる。例えば、空軍の​トーマス・マッキナニー​中将は2014年9月、アメリカがダーイッシュを作る手助けしたとテレビで語った。また​マーティン・デンプシー​統合参謀本部議長(当時)はアラブの主要同盟国がダーイッシュに資金を提供していると議会で発言、10月には​ジョー・バイデン​米副大統領がハーバーバード大学で中東におけるアメリカの主要な同盟国がダーイッシュの背後にいると語っている。2015年には​ウェズリー・クラーク​元欧州連合軍最高司令官もアメリカの友好国と同盟国がダーイッシュを作り上げたと述べた。

ダーイッシュはアル・カイダ系武装集団から派生したのだが、その​アル・カイダとはロビン・クック元英外相が指摘したように、CIAから軍事訓練を受けた「ムジャヒディン」のコンピュータ・ファイル​。こうした訓練は1970年代の終盤にジミー・カーター政権の大統領補佐官だったズビグネフ・ブレジンスキーが考えた戦略に基づいて始められた。

CIAをはじめとするアメリカの好戦派とアル・カイダ系武装集団/ダーイッシュの関係をフリンは熟知、しかも背後にはDIAが存在している。こうした人物が国家安全保障補佐官に就任することは侵略戦争を推進している勢力にとって余りにもリスクが大きい。そうしたことから最初にフリンがターゲットになったのだろう。

こうした攻撃を続けてきた反トランプ陣営は現在、逆襲されている。タイミング的には、トランプ大統領が12月6日にエルサレムをイスラエルの首都だと認め、アメリカ大使館をそのエルサレムに建設する方針を示してからだ。

この決定を撤回するべきだとする決議案が国連総会で12月21日に賛成128カ国、反対9カ国、棄権35カ国で採択されているが、アメリカの状況は全く違う。この国には「1995年エルサレム大使館法」という法律があり、エルサレムをイスラエルの首都だと承認し、99年5月31日までにエルサレムにアメリカ大使館を設置すべきだとしている。

しかも、昨年(2017年)6月5日に上院はその法律を再確認する決議を賛成90、棄権10で採択している。アメリカとはそういう国であり、パレスチナ問題を公正な立場で仲裁することなど不可能な立場にある。エルサレムをめぐる問題の責任をトランプ個人に負わせるのは正しくない。

イスラエルのロビー団体であるAIPACがアメリカで大きな影響力を持っていることは広く知られている。有力メディアに大統領候補として取り上げられていたトランプ、ヒラリー・クリントン、バーニー・サンダースのうち、トランプとクリントンはAIPACの会合でイスラエルを支持している。サンダースはこの団体の招待を断ったが、エルサレムをイスラエルの首都だと承認し、アメリカ大使館を設置すべきだとする法律を再確認する決議には賛成している。

一般にユダヤ系富豪からの寄付はクリントンが多かったと言われているが、トランプも多い。タイムズ・オブ・イスラエル紙によると、​クリントンの高額寄付者の上位5位まではユダヤ系、トランプの場合は上位2位までがユダヤ系​で、トランプもイスラエルの影響を受けていると言える。

クリントンの上位5位までの寄付者は、ドナルド・サスマン(2080万ドル)、JBとマリー・カトリン・プリッツカー(1500万ドル)、ハイムとチェリル・サバン(1250万ドル)、ジョージ・ソロス(1180万ドル)、そしてS・ダニエル・エイブラハム(960万ドル)で、いずれもユダヤ系。そのほかフィルムメーカーのスティーブン・スピルバーグ、ファッション・デザイナーのラルフ・ローレン、Facebookのダスティン・モスコビッツなども高額寄付者だ。それに対し、トランプに対する最大の寄付者はカジノ経営者のシェルドン・アデルソン。第2位はロシア系ユダヤ移民の息子であるバーナード・マーカスである。

アデルソンは日本でカジノを経営させろと要求している人物だが、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と親しいことでも知られている。ネタニヤフの友人のひとり、チャールズ・クシュナーはトランプとビジネス上のつながりがあり、その息子であるジャレド・クシュナーの結婚相手はトランプの娘イワンカであり、サウジアラビアのモハマド・ビン・サルマン皇太子とも親しい。勿論、この人脈はエルサレムをイスラエルの首都とすることに賛成だ。

ネタニヤフの父であるベンシオンはウラジミル・ジャボチンスキーの秘書だった人物。ジャボチンスキーは大イスラエルを主張する修正シオニストの祖であり、ハガナ(後のイスラエル軍)を創設した人物でもある。この一派は軍だけでなく情報機関とも関係が深いのだが、イスラエルの電子情報機関8200部隊はアメリカの情報機関とも深く関係、NSAが集めた情報も入手できると言われている。ストルゾクからペイジへの電子メールだけでなく、ヒラリー・クリントンの通信も把握しているだろう。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201801250002/


2018.01.26
トランプを大統領の座から引きずり下ろそうとしていた司法省とFBIが一転して窮地に(その3)

ドナルド・トランプもヒラリー・クリントンも親イスラエル派であることに変わりはないが、背景の色合いは違う。トランプがウラジミル・ジャボチンスキーからベンヤミン・ネタニヤフ首相につながる流れであるのに対し、クリントンにはジョージ・ソロスやリン・フォレスター・ド・ロスチャイルドのように著名な富豪がついている。上院議員時代からクリントンはロッキード・マーチンのような戦争ビジネスの代弁者としても知られ、大統領選ではマイク・モレル元CIA副長官も公然と支援していた。

モレルは2016年8月8日、テレビのインタビューでロシア人とイラン人に代償を払わせるべきだと語り、司会者からロシア人とイラン人を殺すと言うことかと問われるとその通りだと答えている。その後、同年11月にアメリカの領事館で副領事の死体が発見され、12月にはアンカラでトルコ駐在大使が射殺され、ロシア外務省ラテン・アメリカ局の幹部がモスクワの自宅でやはり射殺されている。翌年1月になるとギリシャでロシア領事が死亡し、インド駐在大使が心臓発作で死亡した。2月には国連大使が急死、心臓発作だと言われている。外交官ではないが、2015年11月にはロシアの放送局RTを創設した人物がワシントンDCで死亡、16年12月にはKGB/FSBの元幹部の死体が自家用車内で発見された。また、2016年9月にはウラジミル・プーチンの公用車がモスクワで暴走車に激突され、大統領専属の運転手が死亡している。

モレルが言うところの代償とは、アメリカの中東支配戦略をロシアが崩壊させ、そのロシアにイランが協力したことに対する償いを意味している。本ブログでは何度も指摘していることだが、アメリカ、イスラエル、サウジアラビアの三国同盟を中心とする勢力はリビアやシリアの自立した体制を倒すため、サラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団を中心にした傭兵部隊を送り込んだ。

これは1970年代の終盤、ジミー・カーター政権で大統領補佐官を務めたズビグネフ・ブレジンスキーの戦術を踏襲したもの。ブレジンスキーはイスラム武装勢力を編成し、ソ連をアフガニスタンへ誘い込んで戦わせるという計画を立て、そうした秘密工作をカーター大統領は1979年7月に承認している。

その2カ月後、アメリカに留学、コロンビア大学などで学んだ経験のあるハフィズラ・アミンがモハメド・タラキ首相を暗殺して実権を握るが、クーデターの直前にアミンが首都のカブールでCIAの工作員と会っていたとする説も流れている。

アミンが最初にコロンビア大学へ入ったのは1957年。一旦アフガニスタンへ戻った後、1962年には博士号を取得するため、同大学の大学院で学び始めている。ブレジンスキーがコロンビア大学で教鞭を執り始めたのは1959年のことだ。

ブレジンスキーの思惑通り、ソ連の機甲部隊がアフガニスタンへ軍事侵攻したのは1979年12月のこと。アミンは暗殺され、バブラク・カルマルが新たな大統領になる。

1979年7月上旬にエルサレムで「国際テロリズム」に関する会議が開かれている。参加したのはアメリカとイスラエルで情報機関に関係していた人々。イスラエル側からは軍の情報機関で長官を務めた4名を含む多くの軍や情報機関の関係者、アメリカからの参加者にはジョージ・H・W・ブッシュ元CIA長官(後の大統領)やレイ・クライン元CIA副長官が含まれていた。会議の参加者は「テロの黒幕」はソ連だと主張、そこから反ソ連キャンペーンが始まる。

本ブログでは繰り返し書いてきたが、この当時、アフガニスタンでCIAはイスラエルやサウジアラビアのほか、パキスタンなどの協力を受けて傭兵部隊を組織している。CIAの訓練を受けた戦闘員の登録リストがアル・カイダ。アメリカやイスラエルはソ連を「テロの黒幕」だと宣伝する一方、テロリストを養成していたわけだ。

なお、エルサレムでの会議を主催した「ヨナタン研究所」はベンシオン・ネタニヤフによって創設されたシンクタンク。名称のヨナタンはベンシオンの息子、ベンヤミンの兄にあたるヨナタン・ネタニヤフに由来する。ヨナタンは1976年にウガンダのエンテベを襲撃したイスラエルの部隊を率いていた人物で、そのときに死亡している。

ヒラリー・クリントンを支える人脈にはブッシュ一族もつながっているが、その一族のひとりであるジョージ・H・W・ブッシュがネタニヤフと関係の深いシンクタンクが主催した会議に参加していた。両グループは1980年代にイラクのサダム・フセインをめぐって対立するような時もあるが、手を組む時もあるわけだ。同床異夢とも言えるだろう。

トランプは逆襲に転じる過程で政策を変更している。エルサレムをイスラエルの首都だと認めたのは周辺の人脈を見れば必然であり、これはアメリカ政界の総意でもある。大統領選の際にはロシアとの関係修復を訴えていたが、それは影を潜め、ウォルフォウィッツ・ドクトリンに基づく世界制覇プランに従っているように見える。アメリカの巨大資本との関係を改善しようとすれば、TPP(環太平洋連携協定)、TTIP(環大西洋貿易投資協定)、TiSA(新サービス貿易協定)の復活もありえるだろう。

ドルが基軸通貨の地位から陥落すればアメリカ中心の支配システムは崩壊、その後の世界は多極化するか巨大資本が国家を支配するシステムになるかだと見られている。後者はファシズムと言い換えることもできるが、そのためにはTPP、TTIP、TiSAを成立させ、ISDS条項によって巨大企業のカネ儲けを阻むような法律や規制を政府や議会が作れないようなシステムを築く必要がある。そうなれば健康、労働、環境など人びとの健康や生活を守ることは困難。すべて巨大資本の「御慈悲」にすがるしかない。

多極化を推進しているのはロシアや中国を中心とする勢力で、巨大資本はロシアや中国を屈服させるか破壊するしかない。これはクリントン陣営の政策でもあり、だからこそトランプのロシアとの関係修復を激しく攻撃したのだ。その点でトランプは妥協した可能性がある。(了)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201801260000/


http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/719.html#c89

[近代史02] 小沢一郎先生を襲った恐怖とは 中川隆
65. 中川隆[-5822] koaQ7Jey 2018年1月26日 09:15:53 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
ドナルド・トランプもヒラリー・クリントンも親イスラエル派であることに変わりはないが、背景の色合いは違う。トランプがウラジミル・ジャボチンスキーからベンヤミン・ネタニヤフ首相につながる流れであるのに対し、クリントンにはジョージ・ソロスやリン・フォレスター・ド・ロスチャイルドのように著名な富豪がついている。上院議員時代からクリントンはロッキード・マーチンのような戦争ビジネスの代弁者としても知られ、大統領選ではマイク・モレル元CIA副長官も公然と支援していた。

モレルは2016年8月8日、テレビのインタビューでロシア人とイラン人に代償を払わせるべきだと語り、司会者からロシア人とイラン人を殺すと言うことかと問われるとその通りだと答えている。その後、同年11月にアメリカの領事館で副領事の死体が発見され、12月にはアンカラでトルコ駐在大使が射殺され、ロシア外務省ラテン・アメリカ局の幹部がモスクワの自宅でやはり射殺されている。翌年1月になるとギリシャでロシア領事が死亡し、インド駐在大使が心臓発作で死亡した。2月には国連大使が急死、心臓発作だと言われている。外交官ではないが、2015年11月にはロシアの放送局RTを創設した人物がワシントンDCで死亡、16年12月にはKGB/FSBの元幹部の死体が自家用車内で発見された。また、2016年9月にはウラジミル・プーチンの公用車がモスクワで暴走車に激突され、大統領専属の運転手が死亡している。

モレルが言うところの代償とは、アメリカの中東支配戦略をロシアが崩壊させ、そのロシアにイランが協力したことに対する償いを意味している。本ブログでは何度も指摘していることだが、アメリカ、イスラエル、サウジアラビアの三国同盟を中心とする勢力はリビアやシリアの自立した体制を倒すため、サラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団を中心にした傭兵部隊を送り込んだ。

これは1970年代の終盤、ジミー・カーター政権で大統領補佐官を務めたズビグネフ・ブレジンスキーの戦術を踏襲したもの。ブレジンスキーはイスラム武装勢力を編成し、ソ連をアフガニスタンへ誘い込んで戦わせるという計画を立て、そうした秘密工作をカーター大統領は1979年7月に承認している。

その2カ月後、アメリカに留学、コロンビア大学などで学んだ経験のあるハフィズラ・アミンがモハメド・タラキ首相を暗殺して実権を握るが、クーデターの直前にアミンが首都のカブールでCIAの工作員と会っていたとする説も流れている。

アミンが最初にコロンビア大学へ入ったのは1957年。一旦アフガニスタンへ戻った後、1962年には博士号を取得するため、同大学の大学院で学び始めている。ブレジンスキーがコロンビア大学で教鞭を執り始めたのは1959年のことだ。

ブレジンスキーの思惑通り、ソ連の機甲部隊がアフガニスタンへ軍事侵攻したのは1979年12月のこと。アミンは暗殺され、バブラク・カルマルが新たな大統領になる。

1979年7月上旬にエルサレムで「国際テロリズム」に関する会議が開かれている。参加したのはアメリカとイスラエルで情報機関に関係していた人々。イスラエル側からは軍の情報機関で長官を務めた4名を含む多くの軍や情報機関の関係者、アメリカからの参加者にはジョージ・H・W・ブッシュ元CIA長官(後の大統領)やレイ・クライン元CIA副長官が含まれていた。会議の参加者は「テロの黒幕」はソ連だと主張、そこから反ソ連キャンペーンが始まる。

本ブログでは繰り返し書いてきたが、この当時、アフガニスタンでCIAはイスラエルやサウジアラビアのほか、パキスタンなどの協力を受けて傭兵部隊を組織している。CIAの訓練を受けた戦闘員の登録リストがアル・カイダ。アメリカやイスラエルはソ連を「テロの黒幕」だと宣伝する一方、テロリストを養成していたわけだ。

なお、エルサレムでの会議を主催した「ヨナタン研究所」はベンシオン・ネタニヤフによって創設されたシンクタンク。名称のヨナタンはベンシオンの息子、ベンヤミンの兄にあたるヨナタン・ネタニヤフに由来する。ヨナタンは1976年にウガンダのエンテベを襲撃したイスラエルの部隊を率いていた人物で、そのときに死亡している。

ヒラリー・クリントンを支える人脈にはブッシュ一族もつながっているが、その一族のひとりであるジョージ・H・W・ブッシュがネタニヤフと関係の深いシンクタンクが主催した会議に参加していた。両グループは1980年代にイラクのサダム・フセインをめぐって対立するような時もあるが、手を組む時もあるわけだ。同床異夢とも言えるだろう。

トランプは逆襲に転じる過程で政策を変更している。エルサレムをイスラエルの首都だと認めたのは周辺の人脈を見れば必然であり、これはアメリカ政界の総意でもある。大統領選の際にはロシアとの関係修復を訴えていたが、それは影を潜め、ウォルフォウィッツ・ドクトリンに基づく世界制覇プランに従っているように見える。アメリカの巨大資本との関係を改善しようとすれば、TPP(環太平洋連携協定)、TTIP(環大西洋貿易投資協定)、TiSA(新サービス貿易協定)の復活もありえるだろう。

ドルが基軸通貨の地位から陥落すればアメリカ中心の支配システムは崩壊、その後の世界は多極化するか巨大資本が国家を支配するシステムになるかだと見られている。後者はファシズムと言い換えることもできるが、そのためにはTPP、TTIP、TiSAを成立させ、ISDS条項によって巨大企業のカネ儲けを阻むような法律や規制を政府や議会が作れないようなシステムを築く必要がある。そうなれば健康、労働、環境など人びとの健康や生活を守ることは困難。すべて巨大資本の「御慈悲」にすがるしかない。

多極化を推進しているのはロシアや中国を中心とする勢力で、巨大資本はロシアや中国を屈服させるか破壊するしかない。これはクリントン陣営の政策でもあり、だからこそトランプのロシアとの関係修復を激しく攻撃したのだ。その点でトランプは妥協した可能性がある。(了)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201801260000/

http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/296.html#c65

[不安と不健康15] コンビニ弁当やお握りは辞めた方がいいです。『拡散』 (カズちゃんのブログ)  赤かぶ
244. 中川隆[-5821] koaQ7Jey 2018年1月26日 10:15:33 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

養殖魚を食べるとアレになる


女性の早熟化、男性の草食化、乳癌の増加を結ぶものとは?
https://www.bllackz.net/blackasia/content/20180126T0159150900.html


人類は、食糧を大量に供給するために、プランテーションを作り、ブロイラー工場を作り、養殖システムを開発してきた。

しかし、それでも需要をまかない切れなくなっており、効率化を加速させるために「禁じ手」まで使って食糧生産をまかなおうとしている。

食糧生産を増やすための「禁じ手」は様々なものがある。たとえば、遺伝子組み換え作物はよく知られているものだ。

これは、超大規模農業を維持するために、とにかく無駄を省き、効率的に農作物を作り出すという観点から産み出された科学である。

普通、農業では種を撒いただけで仕事は終わらず、雑草むしりや害虫の駆除を毎日のように行って、狙った作物だけが育つようにしなければならない。それは非常に手間であり、コストもかかる。

そこで、雑草も害虫も皆殺しにする農薬を開発し、その農薬で死なない作物を遺伝子組み換えで産み出して育てれば「効率的」に農業が維持できる。それで巨大な収益を上げていたのが「モンサント」だった。

遺伝子組み換え作物は、今も大きな問題をはらんでいる。

(問題なかったはずの小麦でさえも、危険なものになった理由)
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2017/02/20170227T1927010900.html


大量の「抗生物質」や「成長ホルモン」が含まれる

アジアにおける魚介類の最大の養殖大陸は中国だが、中国では養殖産業で利益を上げるために、狭いところで大量の魚を養殖する。

コスト削減のために水も替えないので、非常に汚染された水の中で魚を育てるのだが、そのままにしておくと魚は次々と病気で死ぬ。

だから、水の中に大量の抗生物質を投げ込み、さらに「効率的」に育てるためにエストロゲン等のホルモン剤を養殖魚に与えている。

エストロゲンは女性ホルモンの一種で、これを与えると生物が早く、大きく育つので、養殖には欠かせないものになっている。

もはや私たちの食べているものは、「自然に育ったものを採って売る」というやり方ではまったく追いつかない。

だから、禁じ手を使おうが何をしようが、とにかく「低コスト」で「効率的」に食糧を作ることが暗黙の了解となっており、それが世界人口74億人を支える基盤になっている。

「そうやって、食糧がまかなえるのならいいことだ」
「他に方法がないのだから、仕方がない。必要悪だ」

そのような割り切った声も生産者側にはある。

また、この問題を是正させると、結果的には世界的飢餓が発生するかもしれないので、消費側も見て見ぬふりをしている。

そこで何が起きているのか。

禁じ手で生産された食糧が大量に出回ることになって、「抗生物質」や「成長ホルモン」が大量に含まれた、有害な食糧が圧倒的に増えてしまった。

「魚を食べると健康になる」というのは、天然魚の話をしているのであって、中国の養殖魚を食べて健康になれると思う人がいたらどうかしている。

エストロゲンで無理やり成長させられた養殖魚を食べたらどうなるのだろうか。魚に含まれている女性ホルモンは、そのまま人体に取り込まれていく。


「魚を食べると健康になる」というのは、天然魚の話をしているのであって、中国の養殖魚を食べて健康になれると思う人がいたらどうかしている。


『メス化する自然―環境ホルモン汚染の恐怖』

BBC放送の科学担当プロデューサーだったデボラ・キャドバリーは、『メス化する自然―環境ホルモン汚染の恐怖』という書籍の中で、現代社会の生物全体が大量のエストロゲンの蔓延によって「メス化」している事実を明らかにしている。

狭いところで大量の魚を養殖していくと、魚はどんどんメス化していく。

それはメスの尿には大量のエストロゲンが含まれており、それが取り込まれると、女性ホルモンを取り込んだのと同じになるからである。

養殖産業は、そこにエストロゲンをさらにまき散らして無理やり魚を成長させようとする。

中国では養殖魚にエストロゲンを使っているので、たとえば中国産のウナギにも大量のエストロゲンが含まれている。

だから、こういったエストロゲンが大量に含まれた食品を取ると、メスがよりメス化していく。人間で言うと、少女の女性としての発達が急激に促進されていく。

具体的には、胸がどんどん成長して巨乳になっていったり、初潮が低年齢化したり、性的早熟が早まっていく。

社会的な常識や判断力がつく前に、身体だけが成長して性的な活動が活発化していく。

少女の性的な活動は、往々にして出会い系による援助交際という名の売春や、未成年を雇う裏風俗として社会問題化していくのだが、その原因としてエストロゲンまで思いを馳せる人はほとんどいない。

アメリカではどうか。アメリカでは、やはり食肉の牛を早く成長させるためにエストロゲンを使っている。

大量の食牛を消費するアメリカで、子供たちが性的早熟が多くなっているのは、牛に含まれているエストロゲンが原因なのではないかとはもう10年以上も前から言われている。

さらに、このエストロゲンに似た「環境ホルモン」と呼ばれる化学物質が殺虫剤にもプラスチックにも含まれて、生物の体内で「内分泌撹乱物質」として働くことも分かっている。


養殖産業は、そこにエストロゲンをさらにまき散らして無理やり魚を成長させようとする。中国では養殖魚にエストロゲンを使っているので、たとえば中国産のウナギにも大量のエストロゲンが含まれている。


需要を満たすため、供給を止めるわけにはいかない

『メス化する自然―環境ホルモン汚染の恐怖』では、フロリダ州のある湖で見つかった雄のワニの多くに生殖器異常があった事実を冒頭で紹介している。

雄のワニのペニスが短小であったり、ペニスそのものがなかったのである。この湖はかつて殺虫剤「DDT」の原液が垂れ流しになっていた湖だった。「内分泌撹乱物質」として機能するDDTが原因だったのだ。

人間の少年もまたエストロゲンに似た内分泌撹乱物質を摂取し続けると、体内でエストロゲンが過剰になり、その結果としてペニスが短小になったり、性同一性障害が引き起こされる。

要するに、心も身体も「女性化」していく。

全世界の男たちから精子の減少が見られており、行動的にも性に活発でなくなっている。それは「草食化している」と表現されるようになっている。この草食化は「内分泌撹乱物質」の大量流入と無関係なのか。

セクシャルマイノリティであるLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)の存在が顕在化されているのだが、こうした現象と「内分泌撹乱物質」の大量流入は無関係なのか。

また日本では乳癌が30年で3倍に増えているのだが、大人の女性がエストロゲンを過剰摂取すると、ホルモンバランスが崩れていき、乳癌や子宮癌を増やすことも知られている。乳癌の増加と「内分泌撹乱物質」の大量流入は無関係なのか。

自然ではない育て方をした食糧が人間の体内に摂取されて、人間もまた自然ではない身体になっているのではないか。

私たちもまたエストロゲンの脅威から逃れられない。爆発する世界人口に対処するために、化学物質がばらまかれ、それが私たちの身体の中に取り込まれていく。

人類は増え続ける世界人口を養うため、「抗生物質を大量に使う」とか「成長ホルモンを大量に使う」とか「生産植物の遺伝子を勝手に変える」等の、ありとあらゆる禁じ手に手を出している。

増え続ける需要を満たすため、供給を止めるわけにはいかない。だから、汚染が暴走して止まらない。そんな中で、私たちの人生は育まれている。


内分泌撹乱物質でメス化していくワニの存在もある。私たちもまたエストロゲンの脅威から逃れられない。爆発する世界人口に対処するために、化学物質がばらまかれ、それが私たちの身体の中に取り込まれていく。
https://www.bllackz.net/blackasia/content/20180126T0159150900.html
http://www.asyura2.com/09/health15/msg/764.html#c244

[リバイバル3] 養殖魚を食べるとアレになる

養殖魚を食べるとアレになる


女性の早熟化、男性の草食化、乳癌の増加を結ぶものとは?
https://www.bllackz.net/blackasia/content/20180126T0159150900.html


人類は、食糧を大量に供給するために、プランテーションを作り、ブロイラー工場を作り、養殖システムを開発してきた。

しかし、それでも需要をまかない切れなくなっており、効率化を加速させるために「禁じ手」まで使って食糧生産をまかなおうとしている。

食糧生産を増やすための「禁じ手」は様々なものがある。たとえば、遺伝子組み換え作物はよく知られているものだ。

これは、超大規模農業を維持するために、とにかく無駄を省き、効率的に農作物を作り出すという観点から産み出された科学である。

普通、農業では種を撒いただけで仕事は終わらず、雑草むしりや害虫の駆除を毎日のように行って、狙った作物だけが育つようにしなければならない。それは非常に手間であり、コストもかかる。

そこで、雑草も害虫も皆殺しにする農薬を開発し、その農薬で死なない作物を遺伝子組み換えで産み出して育てれば「効率的」に農業が維持できる。それで巨大な収益を上げていたのが「モンサント」だった。

遺伝子組み換え作物は、今も大きな問題をはらんでいる。

(問題なかったはずの小麦でさえも、危険なものになった理由)
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2017/02/20170227T1927010900.html


大量の「抗生物質」や「成長ホルモン」が含まれる

アジアにおける魚介類の最大の養殖大陸は中国だが、中国では養殖産業で利益を上げるために、狭いところで大量の魚を養殖する。

コスト削減のために水も替えないので、非常に汚染された水の中で魚を育てるのだが、そのままにしておくと魚は次々と病気で死ぬ。

だから、水の中に大量の抗生物質を投げ込み、さらに「効率的」に育てるためにエストロゲン等のホルモン剤を養殖魚に与えている。

エストロゲンは女性ホルモンの一種で、これを与えると生物が早く、大きく育つので、養殖には欠かせないものになっている。

もはや私たちの食べているものは、「自然に育ったものを採って売る」というやり方ではまったく追いつかない。

だから、禁じ手を使おうが何をしようが、とにかく「低コスト」で「効率的」に食糧を作ることが暗黙の了解となっており、それが世界人口74億人を支える基盤になっている。

「そうやって、食糧がまかなえるのならいいことだ」
「他に方法がないのだから、仕方がない。必要悪だ」

そのような割り切った声も生産者側にはある。

また、この問題を是正させると、結果的には世界的飢餓が発生するかもしれないので、消費側も見て見ぬふりをしている。

そこで何が起きているのか。

禁じ手で生産された食糧が大量に出回ることになって、「抗生物質」や「成長ホルモン」が大量に含まれた、有害な食糧が圧倒的に増えてしまった。

「魚を食べると健康になる」というのは、天然魚の話をしているのであって、中国の養殖魚を食べて健康になれると思う人がいたらどうかしている。

エストロゲンで無理やり成長させられた養殖魚を食べたらどうなるのだろうか。魚に含まれている女性ホルモンは、そのまま人体に取り込まれていく。


「魚を食べると健康になる」というのは、天然魚の話をしているのであって、中国の養殖魚を食べて健康になれると思う人がいたらどうかしている。


『メス化する自然―環境ホルモン汚染の恐怖』

BBC放送の科学担当プロデューサーだったデボラ・キャドバリーは、『メス化する自然―環境ホルモン汚染の恐怖』という書籍の中で、現代社会の生物全体が大量のエストロゲンの蔓延によって「メス化」している事実を明らかにしている。

狭いところで大量の魚を養殖していくと、魚はどんどんメス化していく。

それはメスの尿には大量のエストロゲンが含まれており、それが取り込まれると、女性ホルモンを取り込んだのと同じになるからである。

養殖産業は、そこにエストロゲンをさらにまき散らして無理やり魚を成長させようとする。

中国では養殖魚にエストロゲンを使っているので、たとえば中国産のウナギにも大量のエストロゲンが含まれている。

だから、こういったエストロゲンが大量に含まれた食品を取ると、メスがよりメス化していく。人間で言うと、少女の女性としての発達が急激に促進されていく。

具体的には、胸がどんどん成長して巨乳になっていったり、初潮が低年齢化したり、性的早熟が早まっていく。

社会的な常識や判断力がつく前に、身体だけが成長して性的な活動が活発化していく。

少女の性的な活動は、往々にして出会い系による援助交際という名の売春や、未成年を雇う裏風俗として社会問題化していくのだが、その原因としてエストロゲンまで思いを馳せる人はほとんどいない。

アメリカではどうか。アメリカでは、やはり食肉の牛を早く成長させるためにエストロゲンを使っている。

大量の食牛を消費するアメリカで、子供たちが性的早熟が多くなっているのは、牛に含まれているエストロゲンが原因なのではないかとはもう10年以上も前から言われている。

さらに、このエストロゲンに似た「環境ホルモン」と呼ばれる化学物質が殺虫剤にもプラスチックにも含まれて、生物の体内で「内分泌撹乱物質」として働くことも分かっている。


養殖産業は、そこにエストロゲンをさらにまき散らして無理やり魚を成長させようとする。中国では養殖魚にエストロゲンを使っているので、たとえば中国産のウナギにも大量のエストロゲンが含まれている。


需要を満たすため、供給を止めるわけにはいかない

『メス化する自然―環境ホルモン汚染の恐怖』では、フロリダ州のある湖で見つかった雄のワニの多くに生殖器異常があった事実を冒頭で紹介している。

雄のワニのペニスが短小であったり、ペニスそのものがなかったのである。この湖はかつて殺虫剤「DDT」の原液が垂れ流しになっていた湖だった。「内分泌撹乱物質」として機能するDDTが原因だったのだ。

人間の少年もまたエストロゲンに似た内分泌撹乱物質を摂取し続けると、体内でエストロゲンが過剰になり、その結果としてペニスが短小になったり、性同一性障害が引き起こされる。

要するに、心も身体も「女性化」していく。

全世界の男たちから精子の減少が見られており、行動的にも性に活発でなくなっている。それは「草食化している」と表現されるようになっている。この草食化は「内分泌撹乱物質」の大量流入と無関係なのか。

セクシャルマイノリティであるLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)の存在が顕在化されているのだが、こうした現象と「内分泌撹乱物質」の大量流入は無関係なのか。

また日本では乳癌が30年で3倍に増えているのだが、大人の女性がエストロゲンを過剰摂取すると、ホルモンバランスが崩れていき、乳癌や子宮癌を増やすことも知られている。乳癌の増加と「内分泌撹乱物質」の大量流入は無関係なのか。

自然ではない育て方をした食糧が人間の体内に摂取されて、人間もまた自然ではない身体になっているのではないか。

私たちもまたエストロゲンの脅威から逃れられない。爆発する世界人口に対処するために、化学物質がばらまかれ、それが私たちの身体の中に取り込まれていく。

人類は増え続ける世界人口を養うため、「抗生物質を大量に使う」とか「成長ホルモンを大量に使う」とか「生産植物の遺伝子を勝手に変える」等の、ありとあらゆる禁じ手に手を出している。

増え続ける需要を満たすため、供給を止めるわけにはいかない。だから、汚染が暴走して止まらない。そんな中で、私たちの人生は育まれている。


内分泌撹乱物質でメス化していくワニの存在もある。私たちもまたエストロゲンの脅威から逃れられない。爆発する世界人口に対処するために、化学物質がばらまかれ、それが私たちの身体の中に取り込まれていく。
https://www.bllackz.net/blackasia/content/20180126T0159150900.html

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/796.html

[リバイバル3] アメリカ人には食べ物の味がわからない 中川隆
12. 中川隆[-5820] koaQ7Jey 2018年1月26日 10:23:51 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

アメリカでは食肉の牛を早く成長させるためにエストロゲンを使っている。

大量の食牛を消費するアメリカで、子供たちが性的早熟が多くなっているのは、牛に含まれているエストロゲンが原因

女性の早熟化、男性の草食化、乳癌の増加を結ぶものとは?
https://www.bllackz.net/blackasia/content/20180126T0159150900.html


人類は、食糧を大量に供給するために、プランテーションを作り、ブロイラー工場を作り、養殖システムを開発してきた。

しかし、それでも需要をまかない切れなくなっており、効率化を加速させるために「禁じ手」まで使って食糧生産をまかなおうとしている。

食糧生産を増やすための「禁じ手」は様々なものがある。たとえば、遺伝子組み換え作物はよく知られているものだ。

これは、超大規模農業を維持するために、とにかく無駄を省き、効率的に農作物を作り出すという観点から産み出された科学である。

普通、農業では種を撒いただけで仕事は終わらず、雑草むしりや害虫の駆除を毎日のように行って、狙った作物だけが育つようにしなければならない。それは非常に手間であり、コストもかかる。

そこで、雑草も害虫も皆殺しにする農薬を開発し、その農薬で死なない作物を遺伝子組み換えで産み出して育てれば「効率的」に農業が維持できる。それで巨大な収益を上げていたのが「モンサント」だった。

遺伝子組み換え作物は、今も大きな問題をはらんでいる。

(問題なかったはずの小麦でさえも、危険なものになった理由)
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2017/02/20170227T1927010900.html


大量の「抗生物質」や「成長ホルモン」が含まれる

アジアにおける魚介類の最大の養殖大陸は中国だが、中国では養殖産業で利益を上げるために、狭いところで大量の魚を養殖する。

コスト削減のために水も替えないので、非常に汚染された水の中で魚を育てるのだが、そのままにしておくと魚は次々と病気で死ぬ。

だから、水の中に大量の抗生物質を投げ込み、さらに「効率的」に育てるためにエストロゲン等のホルモン剤を養殖魚に与えている。

エストロゲンは女性ホルモンの一種で、これを与えると生物が早く、大きく育つので、養殖には欠かせないものになっている。

もはや私たちの食べているものは、「自然に育ったものを採って売る」というやり方ではまったく追いつかない。

だから、禁じ手を使おうが何をしようが、とにかく「低コスト」で「効率的」に食糧を作ることが暗黙の了解となっており、それが世界人口74億人を支える基盤になっている。

「そうやって、食糧がまかなえるのならいいことだ」
「他に方法がないのだから、仕方がない。必要悪だ」

そのような割り切った声も生産者側にはある。

また、この問題を是正させると、結果的には世界的飢餓が発生するかもしれないので、消費側も見て見ぬふりをしている。

そこで何が起きているのか。

禁じ手で生産された食糧が大量に出回ることになって、「抗生物質」や「成長ホルモン」が大量に含まれた、有害な食糧が圧倒的に増えてしまった。

「魚を食べると健康になる」というのは、天然魚の話をしているのであって、中国の養殖魚を食べて健康になれると思う人がいたらどうかしている。

エストロゲンで無理やり成長させられた養殖魚を食べたらどうなるのだろうか。魚に含まれている女性ホルモンは、そのまま人体に取り込まれていく。


「魚を食べると健康になる」というのは、天然魚の話をしているのであって、中国の養殖魚を食べて健康になれると思う人がいたらどうかしている。


『メス化する自然―環境ホルモン汚染の恐怖』

BBC放送の科学担当プロデューサーだったデボラ・キャドバリーは、『メス化する自然―環境ホルモン汚染の恐怖』という書籍の中で、現代社会の生物全体が大量のエストロゲンの蔓延によって「メス化」している事実を明らかにしている。

狭いところで大量の魚を養殖していくと、魚はどんどんメス化していく。

それはメスの尿には大量のエストロゲンが含まれており、それが取り込まれると、女性ホルモンを取り込んだのと同じになるからである。

養殖産業は、そこにエストロゲンをさらにまき散らして無理やり魚を成長させようとする。

中国では養殖魚にエストロゲンを使っているので、たとえば中国産のウナギにも大量のエストロゲンが含まれている。

だから、こういったエストロゲンが大量に含まれた食品を取ると、メスがよりメス化していく。人間で言うと、少女の女性としての発達が急激に促進されていく。

具体的には、胸がどんどん成長して巨乳になっていったり、初潮が低年齢化したり、性的早熟が早まっていく。

社会的な常識や判断力がつく前に、身体だけが成長して性的な活動が活発化していく。

少女の性的な活動は、往々にして出会い系による援助交際という名の売春や、未成年を雇う裏風俗として社会問題化していくのだが、その原因としてエストロゲンまで思いを馳せる人はほとんどいない。

アメリカではどうか。アメリカでは、やはり食肉の牛を早く成長させるためにエストロゲンを使っている。

大量の食牛を消費するアメリカで、子供たちが性的早熟が多くなっているのは、牛に含まれているエストロゲンが原因なのではないかとはもう10年以上も前から言われている。

さらに、このエストロゲンに似た「環境ホルモン」と呼ばれる化学物質が殺虫剤にもプラスチックにも含まれて、生物の体内で「内分泌撹乱物質」として働くことも分かっている。


養殖産業は、そこにエストロゲンをさらにまき散らして無理やり魚を成長させようとする。中国では養殖魚にエストロゲンを使っているので、たとえば中国産のウナギにも大量のエストロゲンが含まれている。


需要を満たすため、供給を止めるわけにはいかない

『メス化する自然―環境ホルモン汚染の恐怖』では、フロリダ州のある湖で見つかった雄のワニの多くに生殖器異常があった事実を冒頭で紹介している。

雄のワニのペニスが短小であったり、ペニスそのものがなかったのである。この湖はかつて殺虫剤「DDT」の原液が垂れ流しになっていた湖だった。「内分泌撹乱物質」として機能するDDTが原因だったのだ。

人間の少年もまたエストロゲンに似た内分泌撹乱物質を摂取し続けると、体内でエストロゲンが過剰になり、その結果としてペニスが短小になったり、性同一性障害が引き起こされる。

要するに、心も身体も「女性化」していく。

全世界の男たちから精子の減少が見られており、行動的にも性に活発でなくなっている。それは「草食化している」と表現されるようになっている。この草食化は「内分泌撹乱物質」の大量流入と無関係なのか。

セクシャルマイノリティであるLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)の存在が顕在化されているのだが、こうした現象と「内分泌撹乱物質」の大量流入は無関係なのか。

また日本では乳癌が30年で3倍に増えているのだが、大人の女性がエストロゲンを過剰摂取すると、ホルモンバランスが崩れていき、乳癌や子宮癌を増やすことも知られている。乳癌の増加と「内分泌撹乱物質」の大量流入は無関係なのか。

自然ではない育て方をした食糧が人間の体内に摂取されて、人間もまた自然ではない身体になっているのではないか。

私たちもまたエストロゲンの脅威から逃れられない。爆発する世界人口に対処するために、化学物質がばらまかれ、それが私たちの身体の中に取り込まれていく。

人類は増え続ける世界人口を養うため、「抗生物質を大量に使う」とか「成長ホルモンを大量に使う」とか「生産植物の遺伝子を勝手に変える」等の、ありとあらゆる禁じ手に手を出している。

増え続ける需要を満たすため、供給を止めるわけにはいかない。だから、汚染が暴走して止まらない。そんな中で、私たちの人生は育まれている。


内分泌撹乱物質でメス化していくワニの存在もある。私たちもまたエストロゲンの脅威から逃れられない。爆発する世界人口に対処するために、化学物質がばらまかれ、それが私たちの身体の中に取り込まれていく。
https://www.bllackz.net/blackasia/content/20180126T0159150900.html

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/765.html#c12

[リバイバル3] 輸入肉を食べると癌になる 中川隆
5. 中川隆[-5819] koaQ7Jey 2018年1月26日 10:28:12 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

アメリカでは食肉の牛を早く成長させるためにエストロゲンを使っている。

女性がエストロゲンを過剰摂取すると乳癌や子宮癌になる
アメリカ女性の巨乳や初潮の低年齢化もエストロゲンが原因
レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーが増えたのもエストロゲンが原因

女性の早熟化、男性の草食化、乳癌の増加を結ぶものとは?
https://www.bllackz.net/blackasia/content/20180126T0159150900.html


人類は、食糧を大量に供給するために、プランテーションを作り、ブロイラー工場を作り、養殖システムを開発してきた。

しかし、それでも需要をまかない切れなくなっており、効率化を加速させるために「禁じ手」まで使って食糧生産をまかなおうとしている。

食糧生産を増やすための「禁じ手」は様々なものがある。たとえば、遺伝子組み換え作物はよく知られているものだ。

これは、超大規模農業を維持するために、とにかく無駄を省き、効率的に農作物を作り出すという観点から産み出された科学である。

普通、農業では種を撒いただけで仕事は終わらず、雑草むしりや害虫の駆除を毎日のように行って、狙った作物だけが育つようにしなければならない。それは非常に手間であり、コストもかかる。

そこで、雑草も害虫も皆殺しにする農薬を開発し、その農薬で死なない作物を遺伝子組み換えで産み出して育てれば「効率的」に農業が維持できる。それで巨大な収益を上げていたのが「モンサント」だった。

遺伝子組み換え作物は、今も大きな問題をはらんでいる。

(問題なかったはずの小麦でさえも、危険なものになった理由)
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2017/02/20170227T1927010900.html

大量の「抗生物質」や「成長ホルモン」が含まれる

アジアにおける魚介類の最大の養殖大陸は中国だが、中国では養殖産業で利益を上げるために、狭いところで大量の魚を養殖する。

コスト削減のために水も替えないので、非常に汚染された水の中で魚を育てるのだが、そのままにしておくと魚は次々と病気で死ぬ。

だから、水の中に大量の抗生物質を投げ込み、さらに「効率的」に育てるためにエストロゲン等のホルモン剤を養殖魚に与えている。

エストロゲンは女性ホルモンの一種で、これを与えると生物が早く、大きく育つので、養殖には欠かせないものになっている。

もはや私たちの食べているものは、「自然に育ったものを採って売る」というやり方ではまったく追いつかない。

だから、禁じ手を使おうが何をしようが、とにかく「低コスト」で「効率的」に食糧を作ることが暗黙の了解となっており、それが世界人口74億人を支える基盤になっている。

「そうやって、食糧がまかなえるのならいいことだ」
「他に方法がないのだから、仕方がない。必要悪だ」

そのような割り切った声も生産者側にはある。

また、この問題を是正させると、結果的には世界的飢餓が発生するかもしれないので、消費側も見て見ぬふりをしている。

そこで何が起きているのか。

禁じ手で生産された食糧が大量に出回ることになって、「抗生物質」や「成長ホルモン」が大量に含まれた、有害な食糧が圧倒的に増えてしまった。

「魚を食べると健康になる」というのは、天然魚の話をしているのであって、中国の養殖魚を食べて健康になれると思う人がいたらどうかしている。

エストロゲンで無理やり成長させられた養殖魚を食べたらどうなるのだろうか。魚に含まれている女性ホルモンは、そのまま人体に取り込まれていく。

「魚を食べると健康になる」というのは、天然魚の話をしているのであって、中国の養殖魚を食べて健康になれると思う人がいたらどうかしている。


『メス化する自然―環境ホルモン汚染の恐怖』

BBC放送の科学担当プロデューサーだったデボラ・キャドバリーは、『メス化する自然―環境ホルモン汚染の恐怖』という書籍の中で、現代社会の生物全体が大量のエストロゲンの蔓延によって「メス化」している事実を明らかにしている。

狭いところで大量の魚を養殖していくと、魚はどんどんメス化していく。

それはメスの尿には大量のエストロゲンが含まれており、それが取り込まれると、女性ホルモンを取り込んだのと同じになるからである。

養殖産業は、そこにエストロゲンをさらにまき散らして無理やり魚を成長させようとする。

中国では養殖魚にエストロゲンを使っているので、たとえば中国産のウナギにも大量のエストロゲンが含まれている。

だから、こういったエストロゲンが大量に含まれた食品を取ると、メスがよりメス化していく。人間で言うと、少女の女性としての発達が急激に促進されていく。

具体的には、胸がどんどん成長して巨乳になっていったり、初潮が低年齢化したり、性的早熟が早まっていく。

社会的な常識や判断力がつく前に、身体だけが成長して性的な活動が活発化していく。

少女の性的な活動は、往々にして出会い系による援助交際という名の売春や、未成年を雇う裏風俗として社会問題化していくのだが、その原因としてエストロゲンまで思いを馳せる人はほとんどいない。

アメリカではどうか。アメリカでは、やはり食肉の牛を早く成長させるためにエストロゲンを使っている。

大量の食牛を消費するアメリカで、子供たちが性的早熟が多くなっているのは、牛に含まれているエストロゲンが原因なのではないかとはもう10年以上も前から言われている。

さらに、このエストロゲンに似た「環境ホルモン」と呼ばれる化学物質が殺虫剤にもプラスチックにも含まれて、生物の体内で「内分泌撹乱物質」として働くことも分かっている。

養殖産業は、そこにエストロゲンをさらにまき散らして無理やり魚を成長させようとする。中国では養殖魚にエストロゲンを使っているので、たとえば中国産のウナギにも大量のエストロゲンが含まれている。


需要を満たすため、供給を止めるわけにはいかない

『メス化する自然―環境ホルモン汚染の恐怖』では、フロリダ州のある湖で見つかった雄のワニの多くに生殖器異常があった事実を冒頭で紹介している。

雄のワニのペニスが短小であったり、ペニスそのものがなかったのである。この湖はかつて殺虫剤「DDT」の原液が垂れ流しになっていた湖だった。「内分泌撹乱物質」として機能するDDTが原因だったのだ。

人間の少年もまたエストロゲンに似た内分泌撹乱物質を摂取し続けると、体内でエストロゲンが過剰になり、その結果としてペニスが短小になったり、性同一性障害が引き起こされる。

要するに、心も身体も「女性化」していく。

全世界の男たちから精子の減少が見られており、行動的にも性に活発でなくなっている。それは「草食化している」と表現されるようになっている。この草食化は「内分泌撹乱物質」の大量流入と無関係なのか。

セクシャルマイノリティであるLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)の存在が顕在化されているのだが、こうした現象と「内分泌撹乱物質」の大量流入は無関係なのか。

また日本では乳癌が30年で3倍に増えているのだが、大人の女性がエストロゲンを過剰摂取すると、ホルモンバランスが崩れていき、乳癌や子宮癌を増やすことも知られている。乳癌の増加と「内分泌撹乱物質」の大量流入は無関係なのか。

自然ではない育て方をした食糧が人間の体内に摂取されて、人間もまた自然ではない身体になっているのではないか。

私たちもまたエストロゲンの脅威から逃れられない。爆発する世界人口に対処するために、化学物質がばらまかれ、それが私たちの身体の中に取り込まれていく。

人類は増え続ける世界人口を養うため、「抗生物質を大量に使う」とか「成長ホルモンを大量に使う」とか「生産植物の遺伝子を勝手に変える」等の、ありとあらゆる禁じ手に手を出している。

増え続ける需要を満たすため、供給を止めるわけにはいかない。だから、汚染が暴走して止まらない。そんな中で、私たちの人生は育まれている。

内分泌撹乱物質でメス化していくワニの存在もある。私たちもまたエストロゲンの脅威から逃れられない。爆発する世界人口に対処するために、化学物質がばらまかれ、それが私たちの身体の中に取り込まれていく。
https://www.bllackz.net/blackasia/content/20180126T0159150900.html

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/733.html#c5

[リバイバル3] 厳寒が人体に与える影響 中川隆
13. 中川隆[-5818] koaQ7Jey 2018年1月26日 10:39:08 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

ナチスは人間を冷凍保存して一定の時間後に蘇生させるという実験にも、異常な関心を持っていた。これが成功すれば、優秀な人材を冷凍保存して、国家が必要な時に蘇生させ、ナチス千年帝国の存続を確実なものにできるからであった。

この実験に利用されたのはダッハウ収容所に捕らわれていた人々で、被験者を凍らせて死なせたり、凍って死にそうになった人間をまた蘇生させたりした。

この「医学的実験」を担当したのは、ジグムンド・ラッシャー博士(ドイツ空軍の軍医)であった。 


ダッハウ収容所で行われた低温実験の様子

この実験で多くの囚人が死んだ
http://inri.client.jp/hexagon/floorB1F_hss/b1fha900.html


低体温実験画像
https://ameblo.jp/kageyama182n/image-11420796220-12317497133.html

囚人たちは、耐寒飛行服を着せられて氷水のタンクに3時間漬けられるか、凍てつく戸外に裸で9時間から14時間さらされたあと、さまざまな方法で体を温められました。

この実験を強制されたほとんどの人間は死亡したそうです、
https://ameblo.jp/kageyama182n/entry-11420796220.html

低体温実験

 空中戦で撃墜されパラシュートで脱出した後、北海に落ちたパイロットは、冷たい海水にさらされて凍死することがありました。そこでドイツ空軍軍医中佐G. A. ヴェルツ医師はラッシャーと協力して、低体温状態に陥った人間を蘇生させる実験を、ダッハウ強制収容所で1942年の8月頃から1943年の5月頃まで行いました。

囚人たちは、耐寒飛行服を着せられて氷水のタンクに3時間漬けられるか、凍てつく戸外に裸で9時間から14時間さらされたあと、さまざまな方法で体を温められました。

被験者の体温測定や血液の採取が行われ、死亡した被験者の解剖も行われました。

温める方法は、熱い湯につけるほか、親衛隊元帥ヒムラーの命令でラヴェンスブリュック強制収容所から4人のロマ(いわゆる「ジプシー」)の女性囚人を呼び寄せ、裸にさせて被験者を2人ずつの間にはさんで体温で温めさせるということまで行われました。この実験で約90人の囚人の生命が奪われています。

 実験結果は1942年10月にニュルンベルクで行われた医学会議で、ラッシャーにより「低体温の防止と治療」と題して、またヴェルツにより「危険な点にまで冷却した後の温め直し」と題して、それぞれ発表されています。
http://www.lit.osaka-cu.ac.jp/user/tsuchiya/class/vuniv99/exp-lec3.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/795.html#c13

[リバイバル3] 厳寒が人体に与える影響 中川隆
14. 中川隆[-5817] koaQ7Jey 2018年1月26日 10:46:57 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]


低温実験 画像
http://bstxinc.sakura.ne.jp/wp2/wp-content/uploads/2015/07/teion.jpg
https://www.google.co.jp/search?q=%E3%83%8A%E3%83%81%E3%82%B9++%E8%98%87%E7%94%9F%E5%AE%9F%E9%A8%93&lr=lang_ja&hl=ja&tbs=lr:lang_1ja&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ved=0ahUKEwjT6sfFv_TYAhVEXLwKHZhYAYwQsAQIRQ&biw=1124&bih=651


ナチスは人間を冷凍保存して一定の時間後に蘇生させるという実験にも、異常な関心を持っていた。これが成功すれば、優秀な人材を冷凍保存して、国家が必要な時に蘇生させ、ナチス千年帝国の存続を確実なものにできるからであった。

この実験に利用されたのはダッハウ収容所に捕らわれていた人々で、被験者を凍らせて死なせたり、凍って死にそうになった人間をまた蘇生させたりした。

この「医学的実験」を担当したのは、ジグムンド・ラッシャー博士(ドイツ空軍の軍医)であった。
http://inri.client.jp/hexagon/floorB1F_hss/b1fha900.html

1941年、低体温症の予防と治療の手段を発見する目的で、凍結実験が行われた。

1つの実験で、被験者はタンク1杯分の氷水で、最大5時間漬けられた。

他の実験では、凍てつく屋外に、10時間以上裸で置き去りにした後で蘇生処置された。

約100名が、これらの実験により命を落としたと報告されている。
http://bstxinc.sakura.ne.jp/wp2/dr-mengele

凍結および低体温症実験

ナチスは、寒冷地帯での戦闘準備が整っておらず、
何千人もの兵士が死亡しました。

そこで、

人間の体は何時間で低体温症になるのか、
凍死状態の人間を生き返すことはできるのか、

という実験を行いました。

被験者は氷点下の水の中に入れられ、ほとんどが死亡しましたが、
意識を失った人は蘇生処置の実験が行われました。

肌を燃やす、沸騰した水を飲ませるなどの方法が行われましたが、

最も効果的だったのはお湯に入れる、でした。
http://share-ranking.com/archives/2415/2

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/795.html#c14

[番外地6] 人類の「脱アフリカ」は定説より早かった!? 現代人は13万年前にヨーロッパに到着していた 中川隆
6. 中川隆[-5816] koaQ7Jey 2018年1月26日 11:01:35 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

アフリカ以外で最古の現生人類化石、イスラエルで発掘
2018年1月26日 9:49 発信地:マイアミ/米国
http://www.afpbb.com/articles/-/3160040?cx_part=topstory&cx_position=4


イスラエル・カルメル山にある先史時代のミスリヤ洞穴で見つかった顎骨の化石(2017年1月25日提供)。(c)AFP PHOTO / ROLF QUAM/BINGHAMTON UNIVERSITY

アフリカ以外で最古の現生人類化石、イスラエルで発掘

【1月26日 AFP】アフリカ以外で最古の現生人類化石がイスラエルで発掘された。現生人類がアフリカを出て移住した「出アフリカ」の時期をめぐっては、過去の遺伝学的研究で従来考えられていたより約5万年早かったことが示唆されており、今回の発見はこれを裏付ける証拠となり得る。

 今回見つかったのは、顎骨と数本の歯を含む顔の骨片の化石。発掘現場は、イスラエルのカルメル山(Mount Carmel)に位置する先史時代の洞窟遺跡の一つであるミスリヤ洞穴(Misliya Cave)遺跡だ。化石は「ミスリヤ-1(Misliya-1)」と命名された。

 26日の米科学誌サイエンス(Science)に発表された論文によると、骨は17万4000年〜18万8000年前のものとみられるという。アフリカ以外で発見された現生人類の化石では、推定年代が9万年〜12万年前のものがこれまで最古とされていた。

 論文の共同執筆者で、米ビンガムトン大学(Binghamton University)のロルフ・クアム(Rolf Quam)教授(人類学)は「ミスリヤは非常に興味深い発見だ」としながら、「われわれの祖先が最初にアフリカを出て移住した時期が従来考えられていたよりはるかに早かったことを示す、これまでで最も明確な証拠を提供している」と述べた。

 見つかった化石について論文は、「歯の大きさが現生人類にみられる歯のサイズ範囲の上限にあるが、その他の点では現生人類の形態と特徴を明確に示している」と指摘している。

 また今回見つかった他の考古学的証拠は、洞窟居住者らが大型の動物を対象に狩りを行っていたことや火を使用していたことを示唆しているという。さらに、刃を鋭利にするために所々を打ち砕いた石器も近くで見つかっており、「(岩を打ち欠いて先のとがった剥片石器を作る)『ルバロア(Levallois)技法』とこの地域の現生人類化石との間における、知られている中で最も古い関連性」を示すものとなった。

 アフリカでは、これよりさらに古い現生人類化石が発見されている。だが、イスラエルでの今回の発見は、現生人類の出アフリカの移動経路に新たな光を当てるもので、現生人類の進化に関するさらなる理解の一助となる。

 古代DNAの分析に基づく過去の研究では、現生人類がアフリカを出た時期はさらに早く、22万年前までさかのぼることが示唆されていた。(c)AFP

http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/471.html#c6

[リバイバル3] 厳寒が人体に与える影響 中川隆
15. 中川隆[-5815] koaQ7Jey 2018年1月26日 11:04:56 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

低温実験

第二次世界大戦中、ドイツ空軍が飛行機から脱出した際に冷たい海水にさらされて死亡することが多く発生していました。

そのため軍司令部が低体温症の予防や治療方法を探すように指示し、この悪名高い低温実験が行われました。

被験者は主にロシア人捕虜でした。理由は「ロシア人たちはドイツ人よりも寒さに適応する力が強い」と考えられていたためです。

実験では氷水を入れたタンクに5時間も浸からされたり、マイナス6度の屋外に置き去りにされたりしました。

さらに、その状態からいきなり温かいお風呂に入れたり、お湯を体内に注いだりする復温実験も行われました。

体が低体温症になるほど冷やされた状態から、急激に温められたため、多くの被験者たちはショック死しました。

それだけでは終わらず、死亡した被験者は解剖され、内臓の状態がどうなっているのかなど詳細に調べ上げられました。

最終的に100人以上の人々がこの実験によって殺される悲しい結果となりました。
http://r-dynamite.com/danger/jintaijikken5/
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/795.html#c15

[リバイバル3] 厳寒が人体に与える影響 中川隆
16. 中川隆[-5814] koaQ7Jey 2018年1月26日 11:14:19 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

>>15
>体が低体温症になるほど冷やされた状態から、急激に温められたため、多くの被験者たちはショック死しました。

 入浴中立ち上がれず、「ヒートショック」ご注意
http://www.yomiuri.co.jp/science/20180110-OYT1T50050.html?from=ytop_main7


 一年で最も寒さが厳しくなるこれからの時期。

 家で温かい風呂に入って、ほっとしたいところだが、気を付けたいのが「ヒートショック」だ。急激な温度変化で血圧や脈拍が大きく変動し、脳出血や心筋梗塞こうそくなどを引き起こし、命の危険につながる。

家庭の浴槽で亡くなった人のうち、65歳以上が9割を超すとのデータもあり、高齢者は特に注意したい。

 昨年11月、滋賀県内在住の80歳代の男性が入浴中に足腰に力が入らなくなった。いつまでたっても上がってこないので、家族が心配して見に行くと、男性は意識はあるものの立ち上がれずにいた。すぐに119番し、事なきを得た。

 ヒートショックは風呂や脱衣所で起こることが多い。暖房のある部屋から寒い脱衣所に移動して服を脱ぎ、続けて熱い風呂に入ると、血圧が乱高下し、心臓に負担をかける。

 厚生労働省の人口動態統計によると、2016年に家庭の浴槽で溺死した人は過去10年で最多の5138人。うち65歳以上が4756人と全体の90%以上を占めており、その多くがヒートショックの可能性が高いとみられている。

 また、同年に県警に変死体として届け出があり、検視が行われた1417件のうち、139件は場所が風呂場だった。中でも、11、12月は各16件、1月20件、2月22件と、冬場に増える傾向がある。

 ヒートショックを防ぐにはどうすればいいのか。

 大津市消防局は、入浴時の急激な温度変化を避けるための注意点をホームページで紹介している。

〈1〉脱衣所を暖房で暖める

〈2〉入浴前に湯船の蓋を開けておく。またはシャワーで湯をためる

〈3〉風呂の温度を41度以下にする


――などだ。

 また、風呂で倒れている人を見つけた時はすぐに119番する。

もし浴槽から出せない場合は風呂の栓を抜いて、あごを風呂の蓋に乗せるなどして安全を確保するよう呼びかけている。

 「高齢者入浴アドバイザー協会」(東京)の鈴木知明代表理事の話では、寒暖差がすぐ確認できるよう浴室や脱衣所などに温度計を置くことや、入浴時に家族に一声かけておくことも有効という。

「ほんの少し気を付けることが、命を守ることにつながる。ぜひ実践してほしい」と強調している。(西海直也)  

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/795.html#c16

[番外地7] ビットコインの暴騰・暴落 _ 自国通貨が信用できない人間がバブルを作り、日本人が本気になって買ったらバブル崩壊 中川隆
6. 中川隆[-5813] koaQ7Jey 2018年1月26日 13:18:04 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

S氏の相場観 考えて利益を狙う  01月26日 


ヤマダ電機が仮想通貨で決済という記事を目にして、最近ちょっと忘れかけていたビットコインを思い出しました。

値動き的には少し落ち着いてきたようで、一時の様な大幅安騒ぎは収束して来たのかな?とは思っているのですが、そもそもこの仮想通貨ですが、通貨とは名ばかりであるという事には皆さん気付いて居られるのでしょうか?

と言いますのは、利益が出れば雑所得となり、高額な税(最高55%)となるのですから、この時点で通貨ではなく商品扱いである事が明白です。

ですから、例えばヤマダ電機で決済で使った時にビットコインを売却したとの扱いになりますので、利益が出ていれば、それは課税対象になる訳です。

例えば10万円のテレビを買うと、10万円分のビットコイン売却が行われる訳です。

ですから、単純にビットコインで決済と思っていたら、課税対象の商品を売却しての購入という事になる訳です。

そして、本当に怖いのはこの先で、翌年にビットコインが値下がりしていたとしても課税は行われるのですが、値下がりしている手持ちのビットコインを売却して納税しようとした場合には損金が出る事になり、本当は売りたくないとしても売らざるを得ないとします。

これが株であれば、損金が出たら3年間繰越することが出来ますが、ビットコインの損失は繰越することが出来ないので、本当に不利です。

ですから、ビットコインで決済という話は、一見便利になったと思うかも知れませんが、下手に使うと面倒な事になりかねないものであるのです。

ビットコインが値上がりし続けるとか、課税対象ではないとするならば、これは便利だと思いますが、そうは問屋が卸さないという事です。

特に若い世代は今は株より仮想通貨と思われているかも知れませんが、税制や法整備がしっかりしている株の方が良い投資対象であると思います。

ただ、株も利益に対する課税が20%でありますから、高すぎる感は否めません。

数年前までは軽減税率で10%になっていたのですが、あれを廃止して20%に戻してからは特に個人投資家の動きが悪くなりました。

本来は税率10%を恒久措置にすべきだったと思うのですが、それをやらなかった結果が今の個人投資家離れの根幹ではないかと思うところです。

まあ、問題はこれだけではないのですが、それにしても仮想通貨よりは株の方が値動きが分かりやすいですし、結果的には儲け易いだろうと思います。

さて、仮想通貨よりは分かりやすい株の世界でありますが、誰でも簡単に儲ける事が出来る訳ではありません。


溢れる情報に翻弄され、何をどうしたら良いか分からない投資家も多く居られるかと思いますが、順を追って勉強して行けば大丈夫だと思います。

考える事を捨て、上か下かの丁半博打をしたいならば、別に株をやる必要はないと思いますが、考えて利益を狙って行きたいならば、やはり株だと思うところです。
http://ssoubakan.com/blog-entry-2716.html
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/314.html#c6

[経世済民125] 株・仮想通貨・不動産…バブル崩壊が怖い人の「たった1つの避難先」(ダイヤモンド・オンライン) 赤かぶ
1. 中川隆[-5812] koaQ7Jey 2018年1月26日 13:45:56 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
この人、ド素人だろ

これ見て考えた方がいいよ:


S&P 500のエリオット波動カウント

スーパーサイクル波 (T), (U), (V), (W), (X), (a), (b),(c)

サイクル波 T, U, V, W, X, a, b, c

プライマリー波 @, A, B, C, D, Ⓐ, Ⓑ, Ⓒ

インターミーディエット波 (1), (2), (3), (4), (5), (A), (B), (C)

マイナー波 1, 2, 3, 4, 5, A, B, C


S&P 500 Elliott Wave Technical Analysis by Lara - 24th June, 2015 - Grand Supercycle Elliott Wave Stock Market
http://elliottwavestockmarket.com/2015/06/24/sp-500-elliott-wave-technical-analysis-24th-june-2015-grand-supercycle/

S&P 500 Elliott Wave Analysis Warns Of Wave 5 Top See It Market
https://www.seeitmarket.com/sp-500-elliott-wave-analysis-warns-wave-5-top-17557/

S&P 500 Elliott Wave Technical Analysis
https://www.fxstreet.com/analysis/sp-500-elliott-wave-technical-analysis-201712060628

S&P 500 Elliott Wave Technical Analysis - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=S%26P+500+Elliott+Wave+Technical+Analysis


http://www.asyura2.com/17/hasan125/msg/622.html#c1

[リバイバル3] 厳寒が人体に与える影響 中川隆
17. 中川隆[-5811] koaQ7Jey 2018年1月26日 14:19:04 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

【映画】 八甲田山  出演:高倉健、北大路欣也、三國連太郎 - YouTube
https://www.youtube.com/results?search_query=%E3%80%90%E6%98%A0%E7%94%BB%E3%80%91+%E5%85%AB%E7%94%B2%E7%94%B0%E5%B1%B1+%E7%B7%A8
https://search.yahoo.co.jp/video/search?p=%E6%98%A0%E7%94%BB+%E5%85%AB%E7%94%B2%E7%94%B0%E5%B1%B1&ei=UTF-8


監督 森谷司郎
脚本 橋本忍
原作 新田次郎『八甲田山死の彷徨』
音楽 芥川也寸志
配給 東宝
公開 1977年6月4日
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E7%94%B2%E7%94%B0%E5%B1%B1_(%E6%98%A0%E7%94%BB)

八甲田雪中行軍遭難事件 - Wikipedia

八甲田雪中行軍遭難事件は、1902年(明治35年)1月に日本陸軍第8師団の歩兵第5連隊が青森市街から八甲田山の田代新湯に向かう雪中行軍の途中で遭難した事件。

訓練への参加者210名中199名が死亡(うち6名は救出後死亡)するという日本の冬季軍事訓練における最も多くの死傷者が発生した事故であるとともに、近代の登山史における世界最大級の山岳遭難事故である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E7%94%B2%E7%94%B0%E9%9B%AA%E4%B8%AD%E8%A1%8C%E8%BB%8D%E9%81%AD%E9%9B%A3%E4%BA%8B%E4%BB%B6


八甲田雪中行軍遭難 - Google 画像検索
https://www.google.co.jp/search?q=%E5%85%AB%E7%94%B2%E7%94%B0%E9%9B%AA%E4%B8%AD%E8%A1%8C%E8%BB%8D%E9%81%AD%E9%9B%A3&lr=lang_ja&hl=ja&tbs=lr:lang_1ja&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ved=0ahUKEwiIz4n17vTYAhVFpZQKHSLvBmoQiR4IhgE&biw=1124&bih=651

八甲田山は東北、青森市の南側にそびえる火山群の総称。
「八甲田山」と名がついた単独峰は存在しない。岩木山と同様 本州最北部にある火山群。


八甲田雪中行軍遭難事件がどれくらい悲惨だったかというと....


小便をしたくても手が凍傷にかかり動かせず、尿意に負けて垂れ流しをするが、それが瞬時に凍って凍死する者

極限状態の中で雪の中で泳ぐ者

発狂して裸で雪の中に飛び込む者の姿があった

余りに凍りついていたため、粗略に扱うと遺体が関節の部分から粉々に砕ける

大尉は全身凍っていたうえ、帽子も手袋も着けておらず雪に首まで埋まっていた

軍医は腕に気付け薬を注射しようとしたが、皮膚まで凍っていたため針が折れてしまった

村松伍長は四肢切断の上、一時危篤状態
https://matome.naver.jp/odai/2133474002183837301
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/795.html#c17

[リバイバル3] 厳寒が人体に与える影響 中川隆
18. 中川隆[-5810] koaQ7Jey 2018年1月26日 14:24:21 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

「八甲田山」雪中行軍が教える低体温症の恐怖
http://www.tanken.com/hakkoda.html

「八甲田山」雪中行軍遭難事件
八甲田山雪中行軍遭難資料館の模型

 日本百名山のひとつである八甲田山は、青森市の南側にそびえ、十和田八幡平国立公園の一部をなしています。長野県と山梨県の境にある「八ヶ岳」もそうですが、じつは八甲田山という名前の山はありません。

 1902年(明治35年)の冬、この山域で青森の歩兵第5連隊が雪中行軍を行い、猛吹雪で210人中199人が凍死する事件が起きました。いわゆる「八甲田山死の彷徨」です。


八甲田山
青森市を流れる堤川から見た八甲田山(1934年)

 第5連隊は、1月23日から1泊2日で約20キロを行軍する予定でした。天候がよければ、2泊3日で約30キロまで延期する計画です。

 しかし、あまりに深い雪で方向を見失い、しかも運搬用のソリが邪魔になり、一行は次々に凍死していきます。

 山に入る前日、地元住民の何人もが「明日から『山の神の日』だから入ってはいけない」といさめました。1月24日前後は山の天候が荒れるので、地元では外出を避ける習わしだったのです。

 しかし、第5連隊はかまわず山に入り、ほぼ全滅するのです。


八甲田山雪中行軍遭難
中央「サイノ川原」あたりが遭難地点

 実は、第5連隊が入山する3日前から、弘前・第31連隊の一行38人もこの山域にいました。

 弘前隊は1月20日に駐屯地を発ち、十和田湖と八甲田山をぐるりと回って224キロを行軍し、1月29日に下山します。青森隊の捜索が難航する悪天候の中、弘前隊は全員無事に任務を終えたのです。

 この違いについては、さまざまな原因が指摘されています。

 青森隊は指揮官が未熟だった、隊が急造の大所帯だった、事前準備が足らなかった、外部の助けを使わなかった、そして度重なる命令の変更……などなど。
  
 しかし、一番大きな原因は、弘前隊の隊長だった福島泰蔵大尉が徹底的に準備を行っていた点です。

 福島大尉は、雪中行軍の2年前から地道に雪中演習を繰り返し、データを集めていたのです。


八甲田山雪中行軍
弘前隊の行軍初日(1月20日、黒岩山通過)

 ここで、どうして青森隊と弘前隊が雪中行軍をしたのか、背景をまとめておきます。

 1895年、日清戦争に勝利した日本は、清から2億両(テール)の賠償金を奪うとともに、遼東半島、台湾、澎湖諸島を割譲させることに成功します。

 ところが、ロシア・ドイツ・フランスによる三国干渉が起こり、遼東半島は清に返還。

 そして、極東への野心を隠さないロシアは、東清鉄道の敷設権を手に入れ、さらに遼東半島にある旅順・大連の租借に成功します。

 日清戦争後、日本は軍備拡張のため6個師団を新設し、近衛師団を含め、一気に13師団体制にします。このときできたのが東北の第8師団で、隷下に青森第5連隊と弘前第31連隊が設置されました。1898年(明治31年)のことです。

 日本国内で反ロシアの気運が高まるとともに、陸軍はロシアとの戦争を想定し、第8師団に寒冷地での訓練を命じます。

 日本のスキーの歴史は、1911年(明治44年)、オーストリア・ハンガリー帝国の軍人レルヒ少佐が新潟高田連隊に指導したときに始まります。つまり、この時点では防寒具などの知識はまったくありません。


八甲田山雪中行軍
弘前隊(1月21日、琵琶平付近。先頭は道案内の木こり、2番目は竹舘村の村長)

 陸軍は、ロシアと戦争が起きると、軍備の手薄な八戸が最大の鍵になると判断していました。

 八戸占領の経過は次のように想定しています。


 @ロシアが津軽海峡を封鎖。陸奥湾から侵入し、青森に艦砲射撃を行い、青森に上陸

 A弘前〜青森間と青森〜八戸間の幹線を封鎖

 B孤立した八戸に上陸。津軽海峡が封鎖されているので、海路の支援はできない

 C夏なら山越えできるが、冬だと山越えできず、日本軍は動けない。そのすきにロシアは南下開始

 こうした想定の下、青森第5連隊と弘前第31連隊は、厳冬期でも八甲田山越えできるのか、調査することになったのです。

福嶋泰蔵が持ち歩いた地図
福嶋泰蔵が雪中行軍に持ち歩いた地図(赤線が踏破ルート)


福島泰蔵(福嶋泰蔵)
福島泰蔵大尉

 弘前隊の福島大尉は、着任後まもなく、雪中訓練を開始します。地元民から天候の見方や凍傷の防止法などを聞いてはデータを集積していきます。

 福島大尉が、行軍後に提出した報告書には、事前のアドバイスとして、凍傷対策だけで30カ条も記録されています。

 たとえば「出発の前日に入浴し、皮膚、特に四肢を清潔にしておけ」「足はよく洗って爪を切り、脂を塗る」などです。公式の報告書なので、若干形式ばっていますが、実際は、

●水筒の中にはアルコールを少量入れ、凍結しないようにときどき振れ
 ●小便は風に向かってせず、最後の一滴まで絞れ
 ●唐辛子の粉を足にこすりつけて凍傷を防げ

 など具体的なアドバイスが続きました。


八甲田山雪中行軍遭難
明治33年の雪中露営訓練(弘前隊)

 さて、弘前隊の「雪中行軍手記」によれば、1月24日は

《午前、暴風吹き、降雪は樹木の凝雪と共に乱舞す。午後に至り一層拡猛を極め、気温最も低く、天候も亦(また)甚(はなは)だ悪し》

 という状況です。気温は零下16度と記録しています。

 一方、青森隊が後に公開した「第5聯隊遭難始末」では、気温は《測候所の報告によれば最低気温12度》となっています。すでに寒さのあまり、気温を測って記録することができなかった証拠です。

《露営を去る約2里許(ばか)り行進せる間に、不幸にも前頭の兵士、路を失して沢に下りたれば、始めて方向を誤りたるを知り、再び上り来りしも、 手足悉(ことごと)く凍へて非常の惨状を極めたり》

 道を何度も間違え、兵士は疲労と寒さで体力を落としていきます。一行は軍歌を歌いながら、全員で足踏みしつつ露営します。

 腹に巻いていた米は凍りませんでしたが、ほとんどの兵は背嚢に食糧を入れており、それは即座に凍ってほとんど食べられません。缶詰は指が凍っているので開けられず、開けられても他人の手を借りないと食べられない人もいます。

 薪がなく、火もおこせません。なんとか火がついても、米は生煮えです。

 スコップを放棄していたので、雪壕を掘れず、30人ほどの兵士は「屏風を倒すように」死んでいきました。
 
 ズボンのボタンが外せず、そのまま大便をした兵士もいます。大便より悲惨なのが小便で、放尿した瞬間に凍ってしまうため、陰部も凍って悶絶しながら死んでいきました。


八甲田山雪中行軍遭難資料館
兵士の荷物(八甲田山雪中行軍遭難資料館)
左端から右回りに行灯、指揮刀、えんび(スコップ)、金かんじき、かんじき

 低体温症になると、さまざまな幻覚を見たり、精神錯乱を起こします。

 たとえば2009年7月、北海道のトムラウシ山で、9名が低体温症で死にました。そのときの報告書には、

《女性客N(62歳)さんの後ろを歩いていたが、彼女は何ごとか叫びながら、四つん這いで歩いていた》

《Mさんをなんとか歩かせようとするが、脚を出せと言っても、左右の区別ができない》

《ガイドC(38歳)さんが、ハイマツの上で大の字になっていた》

 などと書かれています。

 似たような状況は、八甲田山でも起きました。新田次郎の『八甲田山死の彷徨』では、道を間違えて隊を混乱に陥れた人物が、錯乱のあまり、川に飛び込んで凍死したシーンが書かれています。生存者の証言によれば、ほかにも奇声を上げたり、突然ヤブに突進する者も現れたといいます。

 また、隣にいる戦友を怪物だと思い込んで恐怖に駆られる兵士も出ました。

 生き残った伊藤格明中尉は、後に講演でこう語っています。

「行軍するうち、はるか向こうの山から四列縦隊の兵が元気よくやってくるのが見えた。応援が来たものと全員が喜んだ。しかし、いつまでたってもやってこない。飢えと疲れで視力に異常を来したもので、後で枯れ木だとわかったときの落胆ぶりはひどかった」


八甲田山雪中行軍遭難
明治天皇も見た「2等兵が大尉を介護しつつ、ともに凍死した」写真
(国会図書館所蔵『歩兵第五聯隊史』より)

 青森隊が予定日までに戻らないので、連隊本部は捜索隊を出します。

 1月27日、立ったままの仮死状態で、後藤房之助伍長が発見され、その証言で初めて遭難事故の一端が判明します。

 悪天候の中、捜索が続けられ、続々と死体が見つかっていきます。死体の様子は次のように記録されています。

《いずれも手をかがめ、足を伸ばして仰向けになり、目を開いているものが多く、ひどい場合は眼から出血している。口は呼吸を吸うときのようにすぼめていて、みな手袋もせず裸足というありさまだった。なかにはパンを握ったまま倒れている死体もあった》(『第5聯隊遭難始末』より抄訳)

 遺体は4時間以上かけてゆっくり溶かし、ようやく納棺できました。


後藤房之助伍長の立像
後藤房之助伍長の立像(八甲田山雪中行軍遭難資料館)

 実は、弘前隊は下山寸前に青森隊の凍死体に遭遇しています。

 2本の銃が雪の中に立ててあるのを見て、そこの雪を掘ると、2体の死体が現れました。その顔を見ようと帽子を取ると、頭の肉片が帽子に付着していました。それを見て弘前隊の兵士は慄然とするも、死体を運ぶことはできませんでした(『時事新報』明治35年2月1日)。


 弘前隊の福島泰造大尉は、その後、山形32連隊に所属します。1904年(明治37年)、日露開戦で部隊は遼東半島の大連に上陸します。そして、1905年1月28日、激戦で有名な「黒溝台の会戦」で、敵に突っ込んで戦死しました。享年38。雪中行軍から、ちょうど3年目のことです。


黒溝台の会戦
黒溝台の会戦で死んだロシア兵

 福島は、日露開戦の翌月、『露国に対する冬期作戦上の一慮』という論文を書いています。そこには雪中での行動指針などが書かれているのですが、「周到な準備をしておけば予想外の出来事を防げる」として、結論はこう結ばれています。

《平常に於ける準備の良否と注意の深浅とは、少なからざる関係を有するものなるべし》
 

※福島泰蔵大尉が残した膨大な報告書や手記は、2012年、親族から陸上自衛隊の幹部候補生学校(福岡県久留米市)に寄贈されました。本サイトはその資料を関係者から独自に入手し、公開しています。興味ある人は、ぜひ久留米の資料館を訪れてみてください。


 
 福島が雪中行軍に出発する前、部下に与えた30カ条のアドバイスをすべて現代語訳しておきます。 

 
1 軍靴は大きめで、靴底などに破損がなく、十分手入れをして脂を塗布したものを使用すること。水が入るものは決して使うな

2 藁靴は新品で乾燥したものを携帯せよ。軍靴の代わりに使用した場合は、宿営地に到着後、必ず乾燥させよ

3 靴下はなるべく新品を使い、乾燥して清潔で、破損やシワのないものを選べ。毛製なら特によい

4 手袋も同じように乾燥して清潔で破損してないものを使え。予備としてもう一組持つ。毛製なら特によい

5 各自、乾燥した手ぬぐいまたは半布を忘れるな

6 出発の前日に入浴し、皮膚、特に四肢を清潔にしておけ

7 足はよく洗って爪を切り清潔にして、脂を塗るのがいい。どんなに小さい部分も直接雪に触れないように

8 手足が冷えて知覚を失ったときは、よく布で摩擦して、徐々に温めよ。決して火のそばで一気に暖まらない

9 川は裸足で渡り、よく水分を拭き取って靴下をはけ。決して濡れたまま靴を履かない

10 襯衣(しんい=肌着)が濡れたら、予備に着替えろ

11 必ず腹巻を着用せよ

12 水筒には一回沸騰させたお湯を入れること

13 食事のときは、必ずお湯やお茶を飲め

14 汗をかきすぎて、のどが渇いたときでも、急に多量の水は飲まない

15 雪や氷を食べ過ぎて胃を冷やさない

16 行軍中の飲酒は禁ずる

17 空腹で疲労したときは、将校の許可を得て予備の餅を食べよ

18 寒さが厳しい中で睡眠を取ると、凍死する可能性があるから、小休止のときに寝るのは禁止する

19 宿営についたら、なるべく1時間以内に入浴せよ

20 放尿後は、ふんどしと袴下(こした=ズボン下)で陰部を包み、軍袴(ぐんこ=ズボン)のボタンを拭いておくのを忘れるな

21 大便は宿営地で行い、行軍中はしないよう注意せよ

22 日光が雪に反射するときは眼病になりやすい。予防には眼簾(遮眼布=すだれ状の遮光用の布)、もしくはサングラスを用意せよ

23 露営時に暖を取るとき、生木を燃やした煙が眼に入らないようにせよ。眼が炎症になる可能性がある

24 休憩中に雪の上に座るときは、桐油紙を敷くこと

25 皮膚、ことに耳鼻手指が濡れたときは、各自携行した手ぬぐいや半布で拭くこと

26 各自、宝丹や精心丹などの薬を携帯しておくのもよい

27 空腹は雪中行軍でもっとも恐ろしいものなので、出発前の食事は十分に摂れ

28 雪中露営で危険なのは凍凝(凍傷)なので、もし足に冷えを感じたら足踏みを行え

29 露営にしろ宿営にしろ、新しい炭を一気に焼いて身体を急に温めない

30 行軍中に凍傷や風邪などの徴候が見られたら、随行医の診察を受けること

八甲田山雪中行軍(弘前隊、1月22日。十和田湖の渓谷を下りていくところ)
http://www.tanken.com/hakkoda.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/795.html#c18

[リバイバル3] 厳寒が人体に与える影響 中川隆
19. 中川隆[-5809] koaQ7Jey 2018年1月26日 14:27:24 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

八甲田雪中行軍遭難事件の医学的研究 - 日本医史学会
http://jsmh.umin.jp/journal/54-3/215.pdf

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/795.html#c19
[リバイバル3] 厳寒が人体に与える影響 中川隆
20. 中川隆[-5808] koaQ7Jey 2018年1月26日 14:45:10 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

ドキュメンタリー八甲田山 (2014年)予告編 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=hMnMG6_d6Gc

【事件】八甲田雪中行軍遭難事件 
http://kmpjt1.blog.jp/archives/8940154.html


1902年(明治35年)1月。
日本陸軍第8師団の歩兵第5連隊が、青森市街から八甲田山の田代新湯に向かう雪中行軍(訓練)の途中で遭難した事件。

訓練への参加者210名中199名が死亡(うち6名は救出後死亡)するという、日本の冬季軍事訓練における最も多くの死傷者が発生した事故であるとともに、近代の登山史における世界最大級の山岳遭難事故である。


冬の八甲田山

遭難事故であると同時に、認識・準備不足、面子、身分差別など様々な要因がからんだ人災でもあるため、事件として認識される。


【当時の状況及び雪中行軍とは?】

・当時の日本陸軍にとって冬季訓練は緊急の課題であった。
1894年の日清戦争で冬季寒冷地での戦いに苦戦したあげく、さらなる厳寒地となる対ロシア戦を想定し準備する必要があったためである。。
(遭難事件の2年後、1904年に日露戦争が勃発している)

・この時の雪中行軍に参加したのは青森歩兵第5連隊210名、弘前歩兵第31連隊37名と民間の新聞記者1名。

【行軍の目的】

・青森歩兵第5連隊はロシア軍侵攻で青森の補給路が立たれた場合を想定し、冬場に「青森〜田代〜三本木〜八戸」のルートで、ソリを用いての物資の輸送が可能かどうかを調査することが主な目的であった。
行軍ルートは田代街道、現在の青森県道40号青森田代十和田線である。

最大の難所である青森〜田代温泉間の雪中行軍演習は片道約20km。


・弘前歩兵第31連隊の計画は「雪中行軍に関する服装、行軍方法等」の全般に亘る研究の最終段階に当たるもので、3年がかりで実行してきた雪中行軍の最終決算にあたる。
「弘前〜十和田湖〜三本木〜田代〜青森〜浪岡〜弘前」の総距離224kmのルートで1月20日より11夜12日の行程。

・両連隊は、日程及び互いの雪中行軍予定を知らされていなかった。
小説・映画等における「行軍競争」があったという説はあくまで創作である。

(但し、弘前連隊の行軍予定については1月17日の新聞紙面上で報道されており、青森側に気づいていた者がいた可能性もないとはいえない)

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【行軍の準備】

・弘前第31連隊
弘前第31連隊が行軍命令を通知したのは実施の1月前の1901年12月。
隊は志願者37名の少数精鋭に従軍記者1名を加えた計38名で編成された。

出発に先立ち、同隊は行軍途中の村落や町役場に手紙で食料・寝具・案内人の調達を依頼していた。
また、農家等冬の山を熟知する人々から情報収集し、冬山では汗をかかないようすること・足の指を油紙で巻き唐辛子をまぶし靴下を3枚履くなどの知識を得て実践し、行軍中は麻縄で隊員同士を1列に結んでいた。


・青森第5連隊
青森第5連隊の第2大隊は1902年の1月18日、神成大尉の指揮で予行演習を行っているが、これは遭難事故の4日前である。
予行演習とはいえ、小隊規模(約40名)の将兵とソリ1台で屯営〜小峠間(片道約9km)を往復したものであり、天候にも恵まれて成功した。
(秋田出身の神成大尉自身は雪中行軍の経験なし。実施の約3週間前に突然指揮を任命された)

これを受け、大隊長の山口少佐は屯営〜田代間は1日で踏破可能と判断。
1月21日、山口少佐は行軍命令を下し、23日に出発することを定めた。

行軍隊は210名の大編成となり、1日分の食料・燃料・大釜と工具など合計約1.2tをソリ14台で引く計画だった。ソリの重量は1台約80kg。荷物と合わせると約2tとなる。

出発前日には同行する軍医から凍傷予防と処置に関する事前注意があったが、そこで指示された内容は手指の摩擦・足踏、露営ではなるべく「睡眠セザル様注意スベキコト」であった。

初めから、本格的な休息は想定してなかったうえ、参加する隊員達も軽く考え過ぎていた節がある。


部隊の指揮を執るのは、第2大隊第5中隊長で陸軍歩兵大尉の神成文吉、叩き上げの平民の出身である。
他にも第1大隊や第3大隊からも長期伍長が一部選抜され、同行した。
また、大隊長で陸軍歩兵少佐の山口ユが随行し、神成大尉の上官である山口ユが最終的な責任者といえる。
(山口は幕臣の子孫)

だが、これらの将校・伍長らの認識は互いにすれ違っており、初めから指揮系統の混乱は避けられなかった可能性が高い。

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【遭難及び捜索の経緯】


第1日
・1月23日午前6時55分に歩兵第5連隊は青森連隊駐屯地を出発。
田茂木野において地元村民が行軍の中止を進言し、もしどうしても行くならと案内役を買ってでるが、これを断り地図と方位磁針のみで厳寒期の八甲田山踏破を行うことを決定。


【天候悪化】
・途中小峠までは障害もなく進軍できたものの、ソリ隊が遅れ始めたため大休止とし昼食を摂った。

この時天候が急変。
永井軍医の進言により将校の間で進むか退くかの協議が行われる。
装備の不安と天候悪化から駐屯地への帰営の検討であったが、結局は行軍続行が決定された。

悪化する天候と強風・深雪などの困難を極めながらもようやく大峠から6kmの馬立場まで進軍。

ここからは鳴沢に向け積雪量が格段に深くなったため、行軍速度が落ち食料と燃料などを積んだソリ部隊は本隊より2時間以上遅れをとる。

神成大尉は第2、第3小隊計88名をソリ隊の応援に向かわせると同時に、設営隊15名を田代方面に斥候を兼ねた先遣隊として先行させた。

・夕方5時頃、馬立場から鳴沢へ向かう途中でソリの放棄を決定。ソリの荷物については、各輸送隊員が分散して持たせられた。
このとき炊飯用の銅釜を持たされた兵士が一番悲惨だったという。

先遣隊として先行していた設営隊も道がわからなくなり、その後運良く本隊と合流した。
再び第2の斥候部隊を派遣したが、日没と猛吹雪により田代方面への進路も不明となり、やむなく部隊は露営場所を探すこととなる。


【第1露営地】 (現在の青森県県道40号の脇。地跡が残っている)
・午後8時15分、田代まであと1.5kmの平沢の森まで進出した地点で最初の露営地をとる。
2M程雪を掘り、数ヵ所に豪をつくったものの狭い上に何の覆いもなく、立ったままの露営となった。

・夜9時頃、輸送隊員が到着。食糧及び木炭を分配したが、各豪40人にしては不足であり、それぞれ炉火を1つずつ起こし、交代で火に当たる。(さらに点火に1時間程かかっている)

並行して炊事用の壕も掘開されたが、2M以上掘っても地面には届かなかったため、無謀にもそのまま壕の底の雪上に竈と釜を据えて炊飯作業を始めることになる。

火が着火しづらく、水は雪を解かさなければならない。
当然ながら床の雪が火熱で溶けて、器具が傾くなど問題が続出し、作業は極めて難航した。

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第2日

【帰営決定】
・1月24日午前1時頃、ようやく1食分の半熟米が支給された。
その後酒も温められて分配されたが、異臭を帯びて飲めなかった。

将兵は雪壕の側壁に寄り掛かるなどして仮眠を取ったが、気温が零下20°C以下まで下がり、眠ると凍傷になるとして軍歌の斉唱や足踏が命じられる。
このため長くとも1時間半程度しか眠れなかったとみられる。

・出発は午前5時の予定だったが、多くの将兵が寒気を訴え凍傷者が続出する恐れがあるとして、午前2時頃には山口少佐ら協議の結果、行軍の目標は達成されたと判断し部隊の帰営を決定。

これを受けて、部隊は午前2時半に露営地を出発。


【遭難】
・部隊は馬立場を目指すが午前3時半頃に鳴沢付近で峡谷に迷い込む。

前露営地へ引き返すこととなったが、この時佐藤特務曹長が田代への道を知っているとの言を山口少佐が聞き、独断で案内を命じる。
しかし佐藤特務曹長は道を誤り、結果として部隊は駒込川の本流まで沢を降りていった。

その頃には全員が疲労困憊しており、隊列も整わず統制に支障が出始めたという。
山口少佐は、駒込川に至ったことで誤りに気付くが、引き返す道は吹雪により消されており、部隊は完全に遭難した。


・驚くべきことに、部隊は崖をよじ登ることを決定。
だがここで、崖を登れず落伍する兵が出る。

この時、華族である紀伊新宮藩藩主水野忠幹の長男で第4小隊の水野忠宜中尉が凍死している。


・崖を登って高地に出た部隊は、改めてすさまじい暴風雪に曝された。
そこから今度は鳴沢上流の山陰に向けて進む。以後、部隊は安全な場所を求めて彷徨することとなる。

この間を通じて総員の4分の1が凍死または落伍した。
特に荷物の多かった輸送隊員は数名しか残らず、残った者も荷物を投棄。
夕刻になっても大釜を背負っていた山本徳次郎一等卒(生還)などは、見かねた倉石大尉が釜を捨てさせている。

記録による推測だが、この日の現地は風速29m/s前後、気温零下20〜25°C以下、積雪は渓谷の深い場所で6〜9mという悪条件だったらしい。


【第2露営地】 (現在青森県県道40号脇)
・この日の行軍は14時間半に及んだが、直線距離にして約700mの移動であった。
夕方頃に鳴沢付近にて凹地を発見し露営地とする。

(2015年現在、青森県県道40号沿いに第1第2露営地跡があるが、この間は徒歩で約10分ほどの距離)

部隊は統制が取れなくなっていた上、雪を掘る道具を所持していた輸送隊員は全員行方不明となり、悪天候の吹きさらしの中で露営しなければならなかった。
食料は各自がわずかに携帯していたが、凍結して食べることは不可能だった。

凍傷者を内側に囲むように固まり、軍歌や足踏み、互いに摩擦するなどして睡魔と空腹に耐えたが、猛吹雪と気温低下、前日よりほとんど不眠不休で絶食状態であるため、ここで多数の将兵が昏倒し凍死していった。

この遭難で最も多くの犠牲者が発見された場所である。

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【青森屯営】
・一方、青森では帰営予定日時になっても帰営しない行軍隊を迎えに行くため、川和田少尉以下40名が田茂木野まで出迎えに行き24時まで待ったものの消息がなかった。

この時はまだ、事態の深刻さがわかっておらず、他の将校の転属の送別会なども開かれていた。

第3日
・翌1月25日も夜明けを待って出発の予定であったが凍死者が続出したため、午前3時頃に部隊は馬立場方面を目指して出発する。

この時点で死者、行方不明者合わせて既に70名を超えている。
その他の兵士も多くは凍傷にかかっていた。

方位磁針は凍りついて用を成さず、地図を頼りにほぼ勘に頼っての行軍となっていた。


【彷徨】
・部隊は鳴沢の辺りまで一度は辿り着いたものの、風が強く断崖に達したため引き返す。
その後再度反対方向に進行するも、今度は前方を山にさえぎられて道を見失う。

のちの生還者の証言によれば、大隊本部の将校である神成大尉らが協議の上「ここで部隊を解散する。各兵は自ら進路を見出して青森または田代へ進行するように」と命令したという。

それまで何とか落伍せずに頑張っていた、多くの兵士のタガがこの時に外れた。

発狂する者、川に飛び込む者、服を脱ぎ捨てて裸になる者。
凍傷で手が効かずボタンを外せぬまま放尿し、その凍結が原因で凍死する者。
死者が続出した。

但し、生存者の1人である伊藤中尉は晩年まで「部隊が途中で解散した」話を否定し続けている。

この彷徨で興津大尉以下約30名が凍死。
さらに十数名が行方不明となる(後の生存者も含む)。


【斥候隊】
・午前7時頃、多少天気が回復する。
大隊本部所属の倉石大尉は斥候隊を募り、田茂木野方面に高橋他一伍長以下7名、田代方面に渡辺幸之助軍曹以下6名の計13名を送り出した。

この日、残された部隊は遠目に見える樹列を救援隊と見違えている。
喜んだのもつかの間、勘違いを知るとさらにひどく士気が消沈した。


ついに、斥候隊の高橋班に属する佐々木霜吉一等卒が帰路を発見。

・午前11時30分頃高橋斥候長が自ら戻ってきて、帰路を発見し田茂木野方面へ進軍中と報告。
本隊は正午頃出発し、斥候隊と行動をともにする。
この時点で人員は60〜70名。

・午後3時頃馬立場に到着。
もう片方の渡辺幸之助軍曹らの班の合流を待ったが、彼らはついに戻らなかった。

(また、馬立場付近で帰路を発見した佐々木一等卒と高橋伍長は、その後重なり合うようにして凍死して発見された。)


・以後行軍を再開したが、中ノ森東方山腹に達したところで薄暮を迎え、更に午後5時カヤイド沢東方鞍部に着いた頃には完全に部隊はばらばらになっていた。
倉石大尉はカヤイド沢に降りて露営地を定め、伝令を送ったが、部隊は集まらなかった。


【第3露営】
・この日の露営でも多数の兵士が凍死した。
記録や証言などに食い違いがあり詳細は不明。


【青森屯営】
・古閑中尉以下40名は炊飯具を携行して幸畑で粥を作って待機。
その一部は田茂木野村の南端でかがり火を作って夜まで待った。

しかし夜中になっても到着しないことから、屯営では行軍隊が三本木方面に抜けているのではと考え、三本木警察に電報を出したが確認がとれず、翌日から救援隊を派遣することを決定。

第4日
・1月26日。
記録では、午前1時頃に人員を呼集すると約30名になっていた。
前日の露営で山口少佐が再び人事不省となり、少佐は兵卒に担がれる状態で行軍する。

隊列は乱れに乱れ、先頭こそ神成大尉、倉石大尉と自然に決まっていたが、それ以外は所属も階級も関係なく、将兵が後から続く形となっていた。
神成大尉らは前方高地を偵察する形で前方を行き、倉石大尉は後方を進んでいた。

天気は一日を通じて時々晴れ時々雪だった。


・部隊は夕方までに中の森〜賽の河原の間(所在不明)に到着し露営した。

この日進んだ距離は通常なら2時間で進める程度だったが、激しい疲労と飢えのため1日を要したのである。


【救援隊による捜索】
・この日、軍医を含む60名の救援隊が屯営を出発。
途中村民を案内人として雇い大峠まで捜索活動を行ったが、田茂木野出発が手間取り時刻が遅れ、またこの日の気温は−14°Cであり、風雪も厳しかった。

案内人および軍医の進言により捜索を断念して田茂木野へ引き返す。

第5日
・1月27日、生き残った部隊は協議し、二手に別れた。

青森に向かって左手の田茂木野を目指す神成大尉一行数名と、同右手の駒込澤沿いに進行し青森を目指す倉石大尉(ほとんど自力で動けなかった山口少佐含む)の一行約20名である。
(注 この日付けも証言と記録の食い違いがある)


【倉石大尉の一行】
・駒込川方面を進むが、途中青岩付近で懸崖にはまり進むことも戻ることもできなくなった。
そのまま日没となり崖の陰に寄って夜営するも、今泉三太郎見習士官が下士1名を伴い、連隊に報告すると告げ、裸になって川に飛び込んだ。
彼らは3月9日に下流で遺体となって発見された。


【神成大尉の一行】
・比較的正確に道を進んではいたが、倉石大尉らと異なり猛吹雪をまともに受けたため落伍者が続出した。
残り4人の中から鈴木少尉が高地を見に行き、そのまま帰らなかった。
残された3人のうち、及川篤三郎が危篤となり死亡。
やむを得ず神成大尉と後藤伍長の2人は雪中を進むが、今度は神成大尉が倒れた。

この時に神成大尉は後藤伍長に「田茂木野に行って住民を雇い、連隊への連絡を依頼せよ」と命令した。
後藤伍長は命を受け、朦朧とした意識の中で危急を知らせるために1人で田茂木野へ向けて出発する。


【救援隊による捜索と後藤伍長発見】
・救援隊は捜索活動を再開。
嫌がる案内人を説き伏せての行進だった。

午前10時半頃、三神少尉率いる小隊が大滝平付近で雪中に佇立する後藤房之助伍長を発見。
ここで初めて雪中行軍隊が遭難したことが明らかとなった。

後藤房之助伍長の発見時の様子については複数の説があり、そのひとつに「目を開けたまま仮死状態で立っており、近付いて救急処置を施して約10分後に蘇生した」というものがある。
この説は以後『仮死状態で歩哨の如く立っていた』とされ、後に銅像が建立された。


【神成大尉らの遺体発見】
・意識を取り戻した伍長が「神成大尉」と洩らしたため、付近を捜索すると約100m先で神成大尉が発見された。大尉は全身凍っていた上、帽子も手袋も着けておらず雪に首まで埋まっていた。
軍医はその腕に注射しようとしたが、皮膚まで凍っていたため針が折れた。その後何とか口腔内に針を刺したものの、蘇生せずそのまま凍死。

すぐ近くで及川篤三郎の遺体も発見。
2人の遺体は運ぶことができず、目印を付けてその場に置き、後藤伍長と重度の凍傷で倒れた救援隊員1名のみ救護して田茂木野へたどりついた。


【本部への報告】
・19時40分、三神少尉が後藤伍長の発見、雪中行軍「全滅の模様」であること、更に2時間の捜索で「救助隊60余名中、約半数が凍傷で行動不可かつ1名が重度の凍傷で卒倒」となったことを本営に報告。

報告を受けた上官の顔色は真っ青になったという。

第6日
・1月28日。
倉石大尉の一隊では、佐藤特務曹長が下士兵卒を連れ川に飛び込み、岩に引っ掛かりそのまま凍死した。
これに関して倉石大尉は「連隊に連絡せんとて行きしまま行方不明」と述べている。

倉石大尉ら数名は崖穴に入っており、山口少佐がいる川岸の場所と2つに分かれて兵士がいた。
倉石大尉は山口少佐にこちらに来るよう勧めたが、山口少佐は頑として拒否したという。
この頃、山口少佐に水を与える役目になったのは、比較的体の動けた山本徳次郎であった。


【弘前隊の通過】
・この日の朝、八甲田山を逆方向から行軍してきた弘前隊は田代付近の露営地を発ち、鳴沢〜大峠経由で田茂木野を目指した。
この行程は青森隊の遭難地を通過しており、その際に遭難者を見たという説がある。

だが、この28〜29日の2日間の関しては箝口令が敷かれており、詳細は不明。

翌29日の早朝、午前2時過ぎ、前日より昼夜を徹して強行軍した弘前隊は田茂木野に到着している。

第7日
・1月29日、救助隊が神成大尉および及川伍長の遺体を収容し、各哨所も完成した。

第8日
・1月30日。
後藤惣助一等卒が倉石大尉らの場所に合流。


【救援隊】
・救助隊は賽の河原で中野中尉ら36名の遺体を発見した。
この場所は倉石大尉らが駒込川の沢に降りていった道に当たる。
「賽の河原」という地名は、以前にもここで凍死した村人が多数いたことに由来する。

第9日
・1月31日午前9時頃、鳴沢付近で捜索隊に加わっていた人夫が偶然炭小屋を発見した。
小屋の中には2人の生存者がおり、三浦武雄伍長と阿部卯吉一等卒を救出。
朝まで生きていたというもう1人の遺体も発見した。

この2名は軍医の質問に対し、25日朝に露営地から出発したところまでは覚えているが、それ以降は分からず、気づいたら小屋に飛び込んでいたと証言している。小屋周辺では16名の遺体が発見された。
三浦伍長は救出後の入院中に死亡した(3月14日)。

鳴沢では他に水野忠宜中尉以下33名の遺体を発見し、大滝平付近で鈴木少尉の遺体が発見された。


【倉石大尉らの発見】
・午前9時頃、倉石大尉らが崖をよじ登りはじめる。
15時頃に250mほど進んだ所で倉石大尉、伊藤中尉ら4人が救援隊に発見され、生存者計9人が救助された。だが、高橋房治伍長、紺野市次郎二等卒は救出後死亡した。

この際に山口少佐も発見されたが、足場の悪さなどで救出に手間取り、応急処置を経て病院に収容されたのは翌2月1日の夜であり2日に死亡している。


【弘前隊の帰営】
・この日、弘前隊は弘前市郊外の連隊屯営に帰営し、雪中行軍の全日程を終えた。


第10日
・2月1日、賽の河原付近にて数名の、按ノ木森から中ノ森にかけ十数名の遺体を発見した。


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第11日
・2月2日。
捜索隊が大崩沢(平沢)付近で見付けた炭小屋で、長谷川特務曹長、阿部寿松一等卒、佐々木正教二等卒、小野寺佐平二等卒の4人の生存者が発見された。
しかし佐々木二等卒、小野寺二等卒は救出後に死亡。

最初この炭小屋には8名の生存者がいたが、比較的元気な3名は屯営を目指して小屋を出発したのち全員凍死し、軍医は付近から聞こえた助けを求める声を探して小屋を出たきり戻らなかったという。

・15時頃には、最後の生存者となる村松伍長が、古館要吉一等卒の遺体とともに田代元湯近くの小屋で発見された。
村松伍長は四肢切断の上、一時危篤となったがかろうじて回復した。

村松伍長らは25日朝に本隊からはぐれ、青森を目指したが進路を誤り、26日午後にこの小屋を見付けた。
中には茅が積まれていたが火を起こすことができず、翌日古館一等卒は死亡した。

村松伍長は付近で見付けた温泉の湯を飲んで命をつないだが、30日以降は立てなくなり、以後はただ横臥して雪を食べていた。


【生存者】
・倉石一大尉
・伊藤格明中尉
・長谷川貞三特務曹長
・後藤房之助伍長
・小原忠三郎伍長
・及川平助伍長
・村松文哉伍長
・阿部卯吉一等卒
・後藤惣助一等卒
・山本徳次郎一等卒
・阿部寿松一等卒

11人全て東北出身の人間である


また、救助されたが、治療の甲斐なく死亡した者は6名。
・山口ユ少佐
・三浦武雄伍長
・高橋房治伍長
・紺野市次郎二等卒
・佐々木二等卒
・小野寺二等卒


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生存した将兵も、倉石大尉・伊藤中尉・長谷川特務曹長以外の全員が、凍傷により足や手の切断を余儀なくされた。
指の切断ですんだ者もあれば、四肢切断となった者もいる。


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余談だが、倉石大尉は日露戦争の黒溝台会戦で1905年1月27日に戦死。伊藤中尉、長谷川特務曹長も重傷を負った。

遭難の詳細は生存者の証言がそれぞれ異なる箇所がある。

当時の軍国主義により軍部の圧力もあったと考えられており、救助後病院で亡くなった山口ユ少佐の死因についても多くの噂や憶測が飛び交った。

また、情報操作により、戦争に向けて民間人の軍部への批判をかわすことを目的に、真実が隠されたり歪曲された部分も多いと思われる。

記録では、上官である将校らが帰営や中止を提案したのに対し、東北出身が多かった下官ら兵士が続行を訴え、仕方なく強行したとある。
天候の悪い冬山で、無謀にも夜明け前に行動を起こしたのも、凍死を避けるためだったという。

他にも、士気をあげるために軍歌を歌うようにとの命令もあった。
ラッパを吹きつづけた者は唇の皮が剥がれ、凍死している。

当時はゴムは貴重品であり高級品であった。
そのため、偶然ゴム長靴を履いていた倉石大尉は比較的行動できたといえる。
下官卒には、冬山に地下足袋で行軍した者もいた。


当時、弘前隊・救援隊ともに近くの村民に案内をさせているが、天候の悪さに強く抵抗されている。


計画通りに雪中行軍を成功させた弘前隊だが、実際には遭難しかけており、とくに青森隊とすれ違った28日には全員が疲労困憊していた。
そのため、もし遭難した青森隊の者を発見したとしても、救助の余裕はなかったと思われる。

距離の長い弘前隊は、案内人の1人を人質にとることで、村民(案内人)達にかなりの無理を強要しての強行突破だった。動けなくなった村民達を雪の山中に置き去りにしての成功であった。

置き去りにされた村民はほとんどが悲惨な運命をたどっている。

「八甲田雪中行軍...」の画像検索結果


八甲田山の雪中行軍はその後も実施され、成功をおさめた。


この事件は映画や小説にもなり、現在はYou Tubeでのまとめ映像も多い。


が、あえてこちらを掲載する。

ドキュメンタリー八甲田山 (2014年)予告編 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=hMnMG6_d6Gc


実際に現地で再現しつつ、生還者の証言も収録したドキュメンタリーである。

日本の事件であるにも関わらず、何故字幕なのかはお考えいただきたい。
たった標高600m地点でこれだけの惨劇が起こった事件は、世界中で八甲田山だけである。
http://kmpjt1.blog.jp/archives/8940154.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/795.html#c20

[リバイバル3] 無痛で安らかに1分で確実に死ねる『サルコー(Sarco)』と名付けられたマシンが完成した 中川隆
12. 中川隆[-5807] koaQ7Jey 2018年1月26日 15:28:30 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]


2018年1月26日 追悼 西部邁先生
From 上島嘉郎@ジャーナリスト(『正論』元編集長)

戦後日本の欺瞞と虚無に抗い続けた「思想の侠客」西部邁先生が「自裁」されました(「思想の侠客」とは、記者・編集者として先生の謦咳に接するようになって二十数年を過ごした筆者の印象です)。

西部先生の遺作は昨年12月刊の『保守の真髄―老酔狂で語る文明の紊乱』(講談社現代新書)になります。同書のあとがきの前半部分は、口述筆記をつとめた娘さんへの「遺書」になっています。
先生は〈ある私的な振る舞いの予定日〉を決めていたのですが、衆議院選挙が行われることになったので繰り延べ、予定を決行したのが1月21日ということになります。
週刊誌などが報じる「拳銃もあるから」云々の話は、筆者も酒場で杯を重ねながら幾度か先生に聞かされましたが、先生は、早朝、多摩川に飛び込み、厳寒の流水に果てました。仄聞するに、ご家族や警察などにかける厄介を十分に考え、周到に「自裁」のための準備をされたようです。

正直、今の筆者に整理された話は書けそうもないのですが、思い出すまま西部先生の発せられた言葉をご紹介し、先生への追悼と敬愛の念に代えたいと思います。

思えば、昨年6月刊の『ファシスタたらんとした者』(中央公論新社)のあとがきに〈利き腕である右手が動かせなくなり、これが私の書記としては最後のものになると思われる。……私のあれこれの著作に目を通して下さってこられた読者諸賢に「有り難いことでした」と挨拶させて頂く〉と述べられたのは、「自裁」が明瞭なる形で先生の前に像を結んでいたのでしょう。

同書は、〈(大東亜戦争の)「敗北」を目の当たりにした少年の「鬱勃たる憂鬱」〉から始まります。
書き手ははじめ「少年」を描き、次いで「青年」、「壮年」、「熟年者」、さらに「この男」と、「この老人」が混在して、生を受けてからの歩みを率直に、世の出来事と己の思惟とを重ね合わせて描いてゆきます。それはあたかも西部邁の人生譜を絵巻物のように、具体的な描写によって読む者の頭に映像を結びます。
そこには筆者が編集者として立ち合った現場も幾つかあり(恐縮ながら西部先生と議論したことも一再ならず…)、同時代の群像の端役の一人ではあっても、自らを確認出来る喜びがありました。

西部先生の著述にはカタカナ文字がたくさん出てくるので、敬遠する読者もいるでしょうが、それは先生の「言葉の定義」へのこだわり故で、「思想が言葉」であることを揺るがせにできないという姿勢であったと思います。
『ファシスタたらんとした者』は、「武士道」の潔さ、「任侠」の世界、「夫婦の情愛」などを描いた日本的な小説の趣もあり、つねに周囲を巻き込む魅力と磁力を持っていた先生とその時代の群像劇でもあります。
小林秀雄はかつて吉田満の『戦艦大和の最後』に寄せた跋文で〈正直な経験談の出来ぬ人には、文化の批評も不可能である〉と述べました。この意味で、ファシスタたらんとした男は、「正直な経験談」を綴り、物議を醸し続けた所以を語って、それを「最後のメッセージ」としたのだと思います。ご一読を乞うものです。

西部先生が『保守の真髄』で〈自然死と呼ばれているもののほとんどは、実は偽装〉で、その実態は〈病院死〉であり、〈生の最期を他人に命令されたり弄(いじ)り回されたくない〉と述べられたのは、単に肉体の始末に関わることではなく、生涯かけて貫こうとした「価値」を守ることであったと筆者は確信しています。
それは何か――。

お付き合いのあった方々が同様に語るように、西部先生が「自裁」について言及されるようになったのは最近ではありません。保守思想を自らに迎え容れられてからずっとそれは内包していました。
21世紀を目前に控えた平成12(2000)年、筆者は『正論』誌上に「ニヒリズムに立ち向かう心」と題して一文書いていただきました。先生は当時61歳、そこには〈生涯かけて貫こうとした「価値」〉が語られています。長文ですがどうかお付き合いください。

〈今からちょうど四十年前、私は一介のニヒリストであった。正確には能動的(アクティブ)ニヒリストを気取って、いくつかの政治的犯罪に加担し、さらにはそれらを率先するといった振る舞いに明け暮れていた。(略)
その翌年に政治から離れて独りになって、三つの裁判所に八年間かかわり、経済学をはじめとするいくつもの専門の社会諸科学に広く浅く触れてみても、私に巣食ったニヒリズムは、能動的なものから受動的なものに退歩しこそすれ、一向に衰える気配はなかった。(略)

今からちょうど二十年前の厄年のとき、私は、自分のニヒリズムを思想の次元で健康なものに転換すべく、保守思想を迎え容れようと決意した。
つまり、信じ望み愛する対象も方法もまだみつからねども、自分の感性や理性には何ほどか確かな根拠がありうるのだということ、その根拠を私ごときものにまで運んでくれるために歴史が(そして、その実体化としての慣習とそこに内蔵されている英知の形式化としての伝統とが)あったのだということ、歴史・慣習・伝統への解釈は真や善や美にかんする疑念と信念の相克という形で進むであろうこと、その相克を経巡るうちにニヒリズムからの脱出口が仄見えぬともかぎらぬこと、などを私は知るに至った。

それから二十年、限られた心身の能力をほぼフルに稼働させて私はニヒリズムと戦ってきた。で、ニヒリズムからの脱出口はすぐそこにあると判明したのであるが、そこに実際に達するのが不可能であるとも判明した。なぜといって、時代状況がますます深くニヒリズムにのめり込んでいるからである。(略)

かくて私は、新世紀の初頭、たぶん十年かそこらで終わるのであろうが、ニヒリズムにたいする最後の戦いを、負けるとわかっていながら仕掛ける以外に生き方も死に方もみつからぬといった仕儀に立ち至っているわけである。(略)

「死に値する徳」が具体的に何であるか、それは、ある戦争状態では特攻であり、ある平和状態では家族に迷惑をかけないことであるというふうに、具体的状況が与えられなければ論じ切れないものではある。はっきりしているのは、尊重に値する生命は、(動植物のを含めた)生命一般などではありえようがなく、精神的動物としての人間の生命だという一点である。そして精神なるものの結構が「死に値する徳」によって保たれているとするならば、生命の尊重は自死の選択と表裏一体となる。

「死に値する徳」が簡単にみつかるなどといおうとしているのではない。(略)明白なのは、そうした徳は伝統の精神の精髄たるの位置にあるということ、そして歴史慣習のなかにそれが発見されるのである以上、「ナショナルなもの」への配慮なしにその最高位の徳への接近は不可能であるということである。

ナショナリティ(国民性)を超えた普遍的な徳への考察が不要だといっているのでもない。国際関係は、昔も今も、相手のナショナリティへの配慮なしには安定しえず、その配慮が「人権をはじめとする」普遍的な徳への考察を促す。ただそうした普遍性は無限遠の抽象的な理想として夢想されるのがつねであり、具体性を帯びたものとしての徳は、強かれ弱かれ、ナショナリティに結びついている。

逆にいうと、グローバリズムは徳の観念からの、あるいは抽象的な徳への、逃避という意味で、不徳の思想なのである。そうと察知すればこそ、大衆人たちはこぞって国境を超えようとしている。いや、たまの旅行ややむをえぬ仕事を除いては、国境を超えて生きることなど叶わぬようなちっぽけな存在であるにもかかわらず、自分が国境を一またぎで超えることのできる巨人であるかのように偽装し、そして自分の帰属する国家(国民とその政府)に忘恩の徒よろしく反逆の言葉をあびせかけている。

こうした大衆の挙動は、新世紀初頭の十年間くらい、ますます猛威をふるうであろう。ナショナリティとモラリティを失っているのであるから、彼らはサイボーグ(人造人間)にしてサイコパス(人格破綻者)である。この不気味な軍団が徳ある生にたいする大がかりな出征を企てているのであるから、それへの一撃のためには、当方も自死の覚悟でいかざるをえないのではないか。

自死のことをいうからといって、政治的テロルのことを連想しないでいただきたい。私にはそんな大仰なこと、もしくは酔狂なことを企てる気力も能力もない。
私がいっているのは、生き延びるために徳に眼をつむるのは、とくに十二分に長生きした私のような人間にあっては、「現代における最も気味の悪い訪問者」(ニーチェ)たるニヒリズムを生の奥座敷に招じ入れるようなものだということである。ニヒリズムは、自死よりもはるかに恐ろしいものを、つまり自分の精神が生きながらにして錆びついたり腐ったりしていくという状態を当人に強制する。一回かぎりの自分の生がそのような死と張り合わせになっていると知るのは戦慄に値することである。〉

ニヒリズムとグローバリズムとの関係性をも喝破して、それに抗う西部先生の姿がここにあり、その後二十年近く戦い続けられたことになります。先生は二十世紀初頭の十年かそこらと書かれましたが、〈現代における最も気味の悪い訪問者〉との戦いは終わる気配を見せません。筆者は、西部先生の「遺志」を受け止め、心に刻みたいと思っています。
https://38news.jp/media/11560
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/794.html#c12

[昼休み52] 日本人女性2人、リゾート地・セブ島で知り合った韓国人の男2人と飲酒→集団強姦される…フィリピン 中川隆
178. 中川隆[-5806] koaQ7Jey 2018年1月26日 16:26:39 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2017年04月20日
朝鮮からの難民は大量破壊兵器 ?! / 今、そこにある別の危機


(左: 日本にやって来そうな朝鮮人 / 右: 顔面工事で変身する朝鮮人 )


  「強いアメリカ」を掲げるトランプ政権は、「圧倒的武力による解決」を目指す。というより、それを「優先」せざるを得ない。なぜなら、外国の兵隊、傭兵、テロリスト、ゲリラよりも、国内のマスコミが最大の敵であるからだ。大統領選挙で煮え湯を飲まされたCNNやABC、ワシントン・ポスト、ニューヨーク・タイムズが、ここぞとばかりに手ぐすね引いて、トランプの失敗を期待しているから、トランプは彼らに“弱み”を摑まれたくない。したがって、妥協や弱腰を嫌うドナルド・トランプは、世界最強の軍隊を最大限に利用するはずだ。中東アジアのシリアでISISが暴れれば巡航ミサイルを叩き込み、極東アジアで小生意気な北鮮が挑発行為を見せれば、その近くに空母カール・ビンソンを派遣して圧力をかける。米軍にしたら北鮮軍など鎧袖一触、片足で踏み潰すことなど朝飯前だ。

  金正恩は日本人が相手だと、猛虎の如き形相で「おいっ、こら!」と睨み付けるが、米国人が現れると急に大人しくなり、「なんちゃって」と愛嬌を見せる。可愛くないけど仔猫と同じだ。違いといったら、正恩の方が太ってるというだけ。安倍首相に向かってはヤクザまがいに脅しを掛けるくせに、皇帝トランプの前じゃ“ニャン”とも言えなくなる。情けないけど日本人はかなりナメられてる。我々だって本当は金正恩の頭を金属バットで殴りたい。これならスランプのイチローも立ち直れるんじゃないか。でも、できる事なら承太郎のスター・プラチナムでボコボコにしてもらいたい。鼻血が出るまで朝鮮人を殴り続けるスタンドなんて最高だ。それが無理なら、せめてポルナレフの剣で串刺しに、と願いたいが、アニメの世界だから妄想になってしまう。だから現実の自衛隊で何とかしなきゃ。アントニオ猪木も北鮮に行ってゴマスリばかりしていないで、北鮮人に卍固めでも決めてやれ。そうすれば株が上がるぞ。ところが、ビンタ一発すらしないんだから、炎の闘魂も単なる税金泥棒だ。ミッキー・ローク(Mickey Rourke)の猫パンチが懐かしい。(そう言えば、今の子供は来日したロークのボクシング試合を知っているのかな? ユー・チューブで伝説の試合を見てね。)

Kim 3Mickey Rourke 1Mickey Rourke 2
(左: 金正恩 / 中央: 昔のミッキー・ローク / 右: ボクシングの試合に出たミッキー・ローク )

  北鮮の核開発に怒ったトランプは、親分格の支那に「何とかしろ!」と圧力を掛けているんだろうが、正恩の野郎が素直に言うことを聞くくらいなら苦労はしない。金正男が死んでしまった現在だと、朝鮮労働党の首をすげ替えるにしても、適当な「替え玉」がいないから大変だ。それに、米軍の攻撃で北鮮が崩壊すれば、こんどは習近平の立場が危うくなるから、主席の習も他人事では済まなくなる。必ずや敵対勢力が粛清の復讐に立ち上がるだろう。共産党内部には、習近平を失墜させてのし上がろうとする奴がうようよいるから、習も「落としどころ」を準備せねばならない。なにせトランプが相手だと、奥の手を使って本気で核戦争をしそうだから、いくら支那人でも震えてしまうだろう。まさしく「トランプ(切り札)」を切る大統領だ。

  米国は北鮮にトマホーク・ミサイルを撃ち込めば気分爽快だろうけど、近くに住む日本人には「イャ〜な」気がしてらない。というのも、米軍の爆撃でボロボロになった北鮮から、大量の難民が上陸するかも知れないからだ。日本人の中には、「たとえ金王朝が打倒されても、難民が乗る船が無いから来ないよ」と言う者がいるかも知れないが、問題は難民船の有無ではない。我々が憂慮すべきなのは、北鮮人を招き入れる日本の政治家が存在するということだ。例えば、北鮮人が38度線を越えて南鮮側に雪崩れ込んだとする。そうなると、いくら反撃を試みる南鮮側もタダでは済まない。北鮮からの攻撃を受けて被害を蒙った場合、南鮮人と北鮮人の両方とも困ってしまう。そこで、鮮人贔屓の議員や記者どもが人道主義を掲げて、「日本は戦争で苦しむ韓国人や朝鮮人を助ける“義務”があんだ」と言い出しかねない。「それならお前が自宅で養ってやれ」と言い返したいが、「良い事は他人のゼニで」というのが彼らの信条なので、正論を述べても無駄である。

  預言者イザヤによれば、人間の正義は女性の生理用ナプキンと同じであるそうだ。となれば、マスコミの正義なんてそれ以下に違いない。たぶん、ジジイの褌(ふんどし)くらいじゃないか。しかも、小便で黄ばんでいたりして。何はともあれ、朝鮮半島で戦争が勃発すればワイドショーが一番に騒ぎだし、「幼い子供や女性が犠牲になっています!!!」と悲鳴を上げるだろう。きっと番組の司会者が悲痛な表情を浮かべて、「私たちに出来ることはないのでしょうか?」なんて白々しいセリフを吐くに違いない。さらに、番組のディレクーから指示を受けたゲスト評論家や斜(はす)に構えた御用学者、したり顔の藝人たちが、視聴者に向かって綺麗事を並べ立てるだろう。たぶん、宮根誠司が神妙な面持ちで「何かできんとちゃうの?」と発言するだろうし、小倉智昭だとカツラを正して「本当に悲惨な出来事です。日本政府は何をしているんでしょうかね〜ぇ」と非難するはずだ。「悪徳」という枕詞が似合うフジテレビのことだから、ユダヤ人のデイブ・スペクターなんかを招き、戦禍で苦しんだユダヤ人の身の上話を紹介するんじゃないか。恒例の「お涙頂戴話」はもう飽き飽きだ。しかし、こんなコメントでも効果はある。陸(おか)に上がった金魚みたいに、口をぽか〜んと開けたオバちゃんたちは、「あら〜可哀想ねぇ」とおせんべいを食べながら、つい同情してしまうんだから。でも、まさか自分の隣に朝鮮人が住みつくなんて考えない。「考えない」というより「想像できない」のである。

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(写真 / 色々な朝鮮人 )

  戦争が起きれば難民が発生するということは昔から解っている。米国は戦争する度に異質な難民を受け容れてきた。例えば、第二次世界大戦後、ヨーロッパでは多くの人々が故郷や住んでいた家屋を失い、臨時キャンプに身を寄せる流浪難民(Displaced Persons)となった。そこで、トルーマン大統領やリベラル派議員たちは、この哀れな外国人を引き取るべく法案を作成し、反対派を押しきって連れ込んでしまったのだ。1949年7月から1951年6月までにやって来た難民は、総勢約30万2500人である。これ以降も難民は続々と入国してきたし、終戦後からユダヤ人も難民と称して米国に移住することを希望し、1945年から毎年毎年、途切れることなく浸透し始めたのである。1949年の入国者数を見てみれば、何と3万7700名ものユダヤ人が難民として上陸したのだ。一旦国家の門を開けてしまうと、外国人を塞き止めることはできない。1952年のマッカラン・ウォルター法が制定されても移民・難民の流入を防ぐことが出来なかったし、ジョンソン政権時代に成立した1965年の移民法は人種規制を全廃してしまったから、アジアや南米から洪水の如く異民族が雪崩れ込んで来た。(前者はパトリック・マッカラン上院議員とフランシス・ウォルター下院議員が中心となって作られた制定法。)

Harry Truman 2Patrick McCarran 1Francis Walter 1Lyndon_Johnson 1
(左: ハリー・トルーマン / パトリック・マッカラン / フランシス・ウォルター / 右: リンドン・ジョンソン )

  外国人の流入は更に続く。カストロの共産主義革命でキューバからヒスパニック難民がやって来るし、ベトナム戦争が終われば大量のインドシナ難民が流れてきた。米軍がアフガニスタンやソマリア、イラクに軍事介入すれば、その都度現地から有色人種がやって来て、アメリカ社会は異民族でいっぱいだ。ソ連の崩壊を以てアメリカ国民は「冷戦に勝ったぞ !」と有頂天になっていたが、ロシアからは兇暴なマフィアがやって来るし、迫害を受けたと称するロシア系ユダヤ人は、「迫害を受けた難民」と称して渡ってきた。これは国内のユダヤ系団体の手引きである。(昔から「ヘブライ移民支援協会Hebrew Immigrant Aid Society」という組織が移民や難民を呼び寄せているのだ。) ソ連を脱出したユダヤ人というのは図々しい奴らで、イスラエルに移住すればいいのに、パレスチナのユダヤ人国家は“ユダヤ人だらけ”厭だという。それよりも、豊かで美しいアーリア人が住むアメリカ社会を選んだそうだ。こうして西歐系アメリカ人は、ユダヤ人、朝鮮人、支那人、アフリカ人、アラブ人と共存を余儀なくされ、望んでもいない「多民族国家」に暮らす羽目になった。

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(アメリカ社会を構成する民族 / 左: ユダヤ人 / 支那人 / アラブ人 / 右: アフリカ系ゲルマン人 )

  冷戦時代の難民受け容れには問題があった。ソ連による占領を恐れて逃亡した人は確かに可哀想だが、彼らに混じって左翼思考の「碌でなし」や、アメリカ社会に適合できない「下層民」、移住先に反撥を覚える「ひねくれ者」が舞い込んできたのは、アメリカ国民にとって不幸だった。イギリス風の文化と雰囲気を大切にする保守派からすれば、がさつで下品な移民が増えれば毎日が不愉快だし、自分の国を奪われたような気になるだろう。一般人は防諜活動を知らないから仕方ないけど、国内治安に当たる警察官やFBI捜査官にしたら、多民族社会というのは非常に厄介なものである。教育機関やマスコミ、政界などに不穏分子が溢れるし、外国の工作員は協力者を得やすくなる。元から左巻きのユダヤ人だと自ら進んでエージェントになったりするから危険だ。また、赤いリベラル派は「人権」を楯にして矢鱈とマイノリティーを庇うから、怪しい外国人を捜査するFBIの邪魔をすることがしばしば。日本でも朝鮮系移民が増えれば、極秘捜査を行う警察官の苦労は計り知れぬほど難しくなる。

  日本でも難民を引き込む左翼学者や市民活動家が跋扈しているけど、巷の庶民が気づいていない点が幾つかある。まず、我々には「選択の自由」が無くなるのだ。「えっ!」と思う人は筆箱で頭を叩いてみろ。左翼教育の後遺症が残っているのかも知れないぞ。紛争で逃げてきた北鮮人を歓迎する人々は、多民族国家になって嬉しいだろうが、日本人だけで暮らしたいと望む国民の意志は無視されてしまうのだ。もし、左翼議員の画策で大量の北鮮難民がやって来れば、当然、どこかの自治体に「定住先」が割り振られることになるだろう。でも、政府から朝鮮人を押しつけられた市町村の住民は戸惑うはずだ。なぜなら、自分の敷地の隣に朝鮮人が引っ越してくれば不気味だし、町内会に迎え入れようにも言葉が通じないから、一々通訳を介しての会話となる。それに、朝鮮語の通訳がいつまで駐在するのか分からない。

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(左: 記念写真を撮る朝鮮人娘 / 右: 泥酔した顔に落書きをされた朝鮮人女性)

  さらに厄介なのは、子連れの北鮮難民だ。彼らの子供たちは地元の小学校、あるいは中学校に入ることになるから、面倒を見る教師だって困ってしまうだろう。学校では地元の子供が鮮人の編入生を嫌うし、授業の質も低下するはずだ。一方、除け者にされた朝鮮人たちは徒党を組んで日本人生徒に対抗するだろう。民族の違いが原因で起こるイジメ問題で悩む教師は、「なんで政府は俺たちに余計な仕事を押しつけるんだ」と泣きたくなる。日本人保護者も学校の“格”が下がって不満が爆発するし、子供の受験が心配になってくるだろう。校長先生だって、「何もオレの退職間際にこんな問題が起きなくったって・・・。人生山あり谷ありでも、長いものには巻かれろだ。恩給を貰うまで万事穏便に我慢する、がモットーだったのに、うっうぅぅ!」と涙がこぼれてくる。悪い時に悪い事は重なるものだ。下劣な難民が群がったことで、周辺地域の地価は暴落。住宅ローンを抱えた平民は、引っ越そうにも資金が無い。自宅を売却しようにも、思ったような高値が付かないし、かといって二束三文で売り払えば、残金という負債を抱えて貧乏暮らしが目に見えている。夢の一軒家を購入して悪夢に悩まされるなんて、冗談じゃない。歯を食いしばって働いてきたきたお父さんは惨めだ。泣く泣く自宅を売り払っても、引っ越し先には四畳半のボロ長屋しか見つからないんだから。「イヤだ、あんな狭いアパートに住みたくない!」とゴネる妻子に向かって、「しようがないだろう。父さんが悪いんじゃないんだ。文句なら議員どもに言ってくれ。俺だってつらいんだ」と愚痴る父親は惨めである。各家庭のオっちゃんたちは、「こんな日本に誰がした! オレは承知してないぞ!」と怒っても後の祭りだ。

  という訳で、秕政(ひせい)に苦しむのはいつも庶民である。命からがら逃げ出してきた貧乏賤民が、東京や京都にある高級住宅地に配属されることは絶対無い。白銀台よりも板橋区か荒川区が適地となる。普通の日本人でも住めない一等地に、難民収容施設が建設されるなんてあり得ない。難民に同情的なテレビ局や新聞社があっても、その重役たちは貧民が寄りつかない別世界に住んでいる。彼らの子供たちは難民を知らずに名門私立学校に通い、小中高さらに大学までエスカレーター式に進んでしまう。彼らのご学友は同じ毛並みの「御曹司」や「ご令嬢」ばかり。英語で白人の友達と話すことはあっても、朝鮮語で北鮮人と会話を楽しむなんてことは一切無い。育ちの悪い朝鮮人や慣習の異なる外人と「同級生」になるのは、私立学校を「選択」できない庶民の子供である。高額所得者なら我が子を朝鮮人のいない少人数精鋭クラスに入れて、しっかりと勉強させるだろう。庶民の子供は中学生になっても授業内容は小学校と同じ。難民の子と一緒に「数学」じゃなくて「算数」の復習だ。中三でも台形の面積とか速度の計算が分からぬ子が集まるクラスだと進学は絶望的。アルファベットを全部書けたら満点、じゃぁ先が暗い。

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(左: 公立学校に通う日本人が友達とする朝鮮人のタイプ / 右: 名門学校に通う日本人が親しくなれる西歐人のタイプ )

  一方、公立学校では自分の好きな者を級友に選べない。例えば、小学五年生や中学二年生の子供なら分かるだろうが、学年が変わってクラス編成となるや、仲良しグループがバラバラにされ、別々のクラスになっていたという経験は珍しくないはずだ。高額な授業料を「お客様」から頂く私立学校なら、いくらでもお客の「ご要望」に応えるから、親友と離れ離れになることはないし、新たに級友となった子供でも、一生涯の親友に相応しい人物だったりする。親の所得や身分で子供の選択肢が左右されるんだから、「選択の自由」が無い家庭に生まれた子供は、親と社会を恨んでしまうだろう。しかも、彼らが成人する頃には国民皆保険や国民年金の掛け金が増えているだろう。中流家庭の日本人世帯が年に50万ないし70万払うのに、低所得の鮮人家庭は年数千円か免除だったりするのだ。子沢山の母子家庭になればもっと楽。「国民年金」と称しても、「国民」が「地球人」と同義語になっていたりする。また、その実態は「掛け捨て保険」で、長生きすればちょっとは得だが、過労で早死にする人は払い損になるだろう。日本人の勤労者がもらう年金額は雀の涙ていどなのに、途中から割り込んできた朝鮮人は、「福祉補助金」という名目で対等の「年金」をもらうんだから、汗水垂らして納税する日本人は馬鹿らしくなる。あれやこれやと、様々な間接税を取られる日本人は哀れだ。いくら温厚な日本人でも限度があるぞ。

肉体が変質する日本人

  異民族が混在する社会では、必然的に様々な混血児が増えてしまいがちだが、それでも混血を避ける人々がいて、純血を守った集団と雑婚をした集団が分離する階層社会だってある。ただし、「純血」といっても漠然としたもので、西歐なら白色系ヨーロッパ人同士とか、ケルト系とゲルマン系、あるいはスラヴ系との雑種的純血などまちまちだ。でも、白人という種類を維持しているという点で「純血」と言えよう。日本でも日鮮混血児が増えると思うけど、日本人の血統を守った者が朝鮮人と交わった者を差別する、という時代が来るかも知れない。戦前でも朝鮮人と結婚する日本人は稀で、普通の日本人は朝鮮人との婚姻を避けた。見合い結婚が半分だった頃、世話好きのオバはんが、年頃の娘に「いい人がいるんだけど会ってみない?」と持ちかける事はよくあった。しかし、その見合い相手が朝鮮人男性なんて事はまず無い。そんなことをすれば娘の両親が憤慨するし、跡継ぎの一人娘なら祖父母だって黙っちゃいないだろう。昔気質のお爺ちゃんだと、「無礼者」と叫んで伝家の宝刀を抜くかも知れない。だいたい、朝鮮人との縁組みなんて世間に知られたら恥ずかしいし、生まれてくる孫が朝鮮人なんて考えただけでも厭だ。それに、いくら縁結びが趣味のオバはんでも、そんなアホなことはしないだろう。だから、朝鮮人と結婚した日本人は肩身が狭かったし、日本人同士で結婚したカップルとは何となく違う世界に属しているような気分になったものである。

  美容整形の専門家である高須克弥院長じゃないから分からないけど、日本人で朝鮮的容姿に憧れる人は何割くらいいるのか? 朝鮮人との結婚数が増えれば、当然、朝鮮人のツラをした日本人が増えるはずで、地理的には玄界灘で隔てられていても、人種的には陸続きとなってしまうだろう。西歐系アメリカ人だって、朝鮮人移民と混血するようになれば、朝鮮風の人相になってしまい、ヨーロッパ人の祖先とは違った容姿になる。既にアフリカ系黒人との混血児もいて、有名人を挙げるとすれば、女優のタエ・ヘッカード(Tae Heckard)やソーニャ・ソーン(Soja Sohn)が思いつく。ソーンはTVドラマの「ボディー・オブ・プルーフ」や「ザ・ワイヤー」に出演していたから、日本人でも知っている人は多いだろう。黒人はどう思うか分からないけど、朝鮮人はこうした混血児が大嫌いだ。それなら、アメリカ白人が朝鮮人を嫌ってもいいハズなんだけど、それは駄目らしい。また、ドラマの「デクスター」で日本人役をしていたC.S.・リー(Charlie S. Lee)や、「スター・トレック」で日本人的キャラクターを演じていたジャクリーン・キム(Jacqueline Kim)を覚えている人もいるんじゃないか。数名の日本人は「おいっ! あいつらは日本人じゃねぇぞ」と不愉快になるだろうが、西歐人からすれば朝鮮人と日本人の違いは無い。朝鮮からの移民が続けば、やがて国内の日本人も両者の違いに鈍感となるだろう。

Tae Heckard 2Sonja Sohn 23Jacquline Kim 1Charles S Lee 1
(左: タエ・ヘッカード / ソーニャ・ソーン / ジャクリーン・キム / 右: C.S. リー)

  米国には、朝鮮戦争や経済不況のせいもあって、意外なほど朝鮮系移民が多く、藝能界でも近年非常に目立つようになってきた。例えば、NHKが放送するABCの「ナイトライン」でキャスターを務めるジュージュー・チャン(Juju Chang)や、ヒット作作品なったドラマ「ザ・メンタリスト」で刑事役を演じたティム・カン(Tim Kang)、同じくドラマの「グレイズ・アナトミー」で医者を演じたサンドラ・オー(Sandra Oh)である。ただし、彼らは実力というより、有色人種優遇制度でチャンスを摑んだとも考えられる。ジュージュー・チャンはCBSでアンカーとなった支那系のコニー・チャンと同じような立場だし、ティム・カンはレギュラー出演者だったけど、主役のサイモン・ベーカーに及ばない。それどころか、ゲスト出演者の影にも隠れて霞んでしまうのだ。たぶん、ドラマの監督は誰でもいいからアジア人を「指定枠」に埋めて、テレビ局側のOKを取りたかったのだろう。

Sandra Oh 992JujU Chang 1Tim Kang 2Simon Baker 998
(左: サンドラ・オー / ジュージュー・チャン/ ティム・カン / 右: サイモン・ベーカー)

  ハリウッドにおけるアジア人には「個性」がなく、支那系、朝鮮系、日系、フィリピン系と別れていても、どの役者が誰なのか区別がつかない。みんな同じように見えてしまうのだ。朝鮮人俳優なんてドラマの途中で交替しても文句は無い。例えば、「ハワイFive-0」や「ロスト」に出演したダニエル・キム(Daniel Dae Kim)なんてどうでも良いし、「ウォーキング・デッド」に出ていたスティーヴン・ユン(Steven Yeun)が消えたって寂しくはない。白人層に無視される朝鮮系役者が、アジア系アメリカ人の中でどれほどの人気を誇っているのか分からないが、日系アメリカ人の間で人気があるとは思えない。日本人でも「グレイズ・アナトミー」でサンドラ・オーの恋人役を務めたケヴィン・マクキッド(Kevin McKidd)の方に関心があるんじゃないか。彼は大作「ローマ」(TVドラマ)で人気役者となったから、サンドラよりも遙かに知名度がある。西歐系女性が彼女をどう思うか定かではないが、いくら豊胸手術を受けた日系人女性でも、サンドラ見たいな容姿に憧れて、美容整形を希望する人はいないだろう。でも、日系人男性がサンドラと結婚すれば、娘が母親に「生き写し」となる可能性はある。

Daniel Dae Kim 1Steven Yeun 2Kevin McKidd 2Margaret Cho 2009
(左: ダニエル・キム / スティーヴン・ユン / ケヴィン・マクキッド/ 右: マーガレット・チョー)

  朝鮮系アメリカ人には色々なタイプがいるけど、マーガレット・チョー(Margaret Cho)の印象は強烈だ。彼女は無名以上有名未満の女優だが、どちらかと言えば、バイセクシャル(男女両方と恋仲になることができる人間)として有名である。ある時は刺青のデブ、またある時はレズビアン、なんて説明を聞いても感心しないよね。キューティー・ハニーならうっとりするけど、マヨネーズの容器みたいな体型じゃぁ、秋葉原のオタク男性だって萌えないだろう。如月ハニーが変身する時に見せる裸体ならいいけど、チョーが見せる変身では目を蔽いたくなる。それにタイツ姿が不気味だ。彼女はパンサークローの手下が似合っている。(高校生の読者には分からないだろうけど、「パンサー・クロー」はハニーを狙う悪党なんだよね。また、アニメのオリジナル版だと、ハニーの七変化に「ルンペン」や「せむし男」があった。どおりで、再放送が無かった訳である。愚痴になってしまうけど、現在よりも放送禁止用語が許されていた昭和の方が自由だった。)

Margaret Cho 934Nicky Connolly 1Ali Larter 5
(左: マーガレット・チョー / 中央と右: ハニー役が似合いそうなニッキー・コノリーとアリ・ラーター)

  脱線したので話を戻す。日本で生まれ育つ朝鮮系の子供は、日本の子供と全く同じ発音で日本語を喋るから、実質的に日本人と朝鮮人の区別は無くなってしまう。短気で見栄っ張りな朝鮮人でも、それは民族的というより個人的性格となるし、街を歩いているだけの朝鮮人だと、その姿から祖先を想像することはではない。名前だって日本人と結婚することで日本風になるから、朝鮮人の素性を「洗浄」したことになる。(ただし、それを「ネーム・ロンダリング」と呼ぶかどうかは知らないよ。朝鮮人の系譜は油絵みたいなもので、絵の具を重ね塗りするように、自分の過去を次々と塗り替えてしまうから、下地に何が描かれていたのか、日本人の第三者には分からない。) ところが、世間というのは不思議なもので、朝鮮人が血筋を隠そうとすればするほど、日系国民は彼らの素性を知りたくなるし、その家系が判明すると「やはり、あの人は朝鮮系だったのか!」と納得する場合がある。こうなると、朝鮮系国民は「日本人だって朝鮮人みたいな顔つきじゃないか!」とか、「オレと何が違うって言うんだ? 差別だ、赦せない。日本人なんか、みんなレイシストで右翼だ!」と憤慨するだろう。

Korean kids 23Korean mothers 1
(左: 日本に避難すれば日本国民に なってしまう朝鮮人の子供たち / 右: 日本への帰化を許されそうな 朝鮮人の親子)

  こうした非難が湧き起こることで反省する日本人もいるだろうが、その反面、朝鮮人との同化(assimilation)が進むにつれ、平等主義者を偽装(dissimilation)し、本音を隠す日本人が増えてしまうのは皮肉なものである。たとえ、学校教師や公務員が熱心に「差別を無くしましょう」と呼びかけたところで、日鮮間の憎しみは見えない所で深まるし、私生活の部分でもっと強力な嫌悪感が熟成されるだろう。おそらく、朝鮮人との混血児は親が何と言おうが自分の血統を忌み嫌うだろうし、日系日本人は偽善を装いながら「朝鮮人の血が混じってなくて良かった」と安堵するはずだ。したがって、将来の日本では民族的分離が一層拡大するかも知れない。かつて、日本人は無意識のうちに国民的紐帯で繋がっていた。しかし、北鮮難民を受け入れれば、その絆はもっとズタズタにされ、いつの間にかお互いがギスギスとした間柄になり、日本は猜疑心に満ちた社会となってしまうだろう。

  日本人は北鮮のミサイル打ち上げに一喜一憂しているが、本当の大量破壊兵器は半島からの大量難民だ。北鮮は日本に向けて核ミサイルを撃ってこないだろう。国民より自分の命が大切な朝鮮労働党の幹部は、自殺行為となる核戦争の前に逃走するし、いざとなれば金正恩をみんなで刺し殺すかも知れない。米軍だって在日アメリカ人を守る為に先制攻撃を仕掛けるだろう。合衆国大統領は日本人が百万人死んだって気にしない。週末のフットボール試合の方が大切だ。でも、日本各地に散らばっているアメリカ人の命は見過ごせない。核の被害でアメリカ国民を死なせるわけには行かないので、その前に北鮮人を皆殺しにする。米国は拉致被害者を見棄てる日本人とは違う。だから、命が惜しい日本人はアメリカ国民の近くに住むことだ。それがむりなら、せめてトランプ大統領の著書を購入して、「私はあなたの大ファンです」と訴えるしかない。日本のパスポートを持っていたって助けてもらえないぞ。

Abe shinzo 3Donald Trump 14
(左: 頼りにならない日本の首相 / 右: 頼もしい米国の大統領 )

  日本人は朝鮮報道には敏感だが、金王朝が「どうしたこうしたと」いう三面記事ばかりで、我々はどんな軍事行動を取るべきなのかを議論しない。「日本は独自で防衛ができない」と判れば、もっと真剣な国会討論となるだろう。専守防衛なんて無意味だ。第一攻撃を受けた日本人は既にあの世行きじゃないか。朝日や毎日新聞の社員と家族が先ず始めに三途の川を渡ってくれ。もう、朝鮮問題をいつまでもグズグス答弁する国会風景はたくさんだ。それよりも、朝鮮難民を排斥する方策を討議すべきである。毎回そうだけど、優先事項を後回しにするんだから、国会議員は怠慢だ。しかも、問題が深刻になった頃には、移民受け容れの決定を下した議員は引退しているんだから腹が立つ。肝心な時に責任者が責任を取らないのは日本の特徴である。貧乏くじを引くのはいつも庶民だ。「責任者出てこい!」との決め台詞を吐いていた、漫才師の人生幸朗(じんせいこうろ)が亡くなって久しい。一般有権者は早く代議士に向かって明確に「難民はイヤ」との意見を表明すべきだ。
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68639691.html
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/334.html#c178

[昼休み52] 日本人女性2人、リゾート地・セブ島で知り合った韓国人の男2人と飲酒→集団強姦される…フィリピン 中川隆
179. 中川隆[-5805] koaQ7Jey 2018年1月26日 16:29:38 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2015年01月28日
狡猾な朝鮮の官吏と奸計 天使のような日本人が降臨するまでの暗黒時代
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68305807.html

燦然たる文明の使者日本

  在日朝鮮人は精神的に強い。日本人と違って知性が低いので、根拠を持たずに他人を非難できる。日本人は驚くほど教育水準が高く、珍しいほど倫理が厳しいので、ちょっとした不正でも許せない。だから、朝鮮人が何の検証作業もせずにわめき散らす、「正しい歴史認識」とやらを真面目に受容してしまう。朝鮮人にとっては歴史の事実や真相はどうでもいい細事で、現在の利益のためならどんな歪曲・捏造だって平気なのだ。五千年の朝鮮文化とか、“世界五大文明”の一つコリア文明、あるいは「ソクラテスやイエズス・キリスト、アリストテレスが朝鮮人であった」、と気違い学者が言えば、夜郎自大な朝鮮人は信じてしまうのだ。ドラエモンやポケモンだって朝鮮人のオリジナルと言えてしまう。だって、六千年前は野蛮人だった倭人(わじん)は、栄光の朝鮮民族に服属していたのだから、弟分の発明はすべて兄貴分たる朝鮮人のものである。こんな妄言を信じる日本人はいないが、日本人は普通に狂っている劣等民族を隣にもつことを忘れてはならない。

  日本統治は地獄より暗い朝鮮に、文明の光をもたらした。だって、地獄だって炎で明るいが、汚い豚小屋に住む朝鮮人には、薪(たきぎ)しかなかったのだから。朝鮮人は普段しょんぼりしているか、キセルを吹かしてぼんやり空を眺めるくらいしか、人生の意義が無かった。しかし、何らかの揉め事で喧嘩になれば、人格が変わったかのように狂乱し、手のつけようがない。争い事の調停に裁判があったようだが、正義や公正といった概念がないから、司法の意味を成さなかった。弱い者が一方的に処罰され、強い者はどんなに悪くても処罰を逃れることが出来たのである。酷刑や拷問が当り前の朝鮮人は、日本人の支配により初めて公正な裁判や適正な刑罰というものを知ったのである。日本の司法制度を述べると煩雑になるので、李朝での司直事情を少しだけ紹介したい。

残酷でいい加減な朝鮮裁判

  朝鮮では守令(しゅれい)が民事裁判訴訟を担当する裁判官であった。村の長老らよる和解が成立せず、当事者たちが訴訟に固執すれば、両者は地方官の前に出頭する。刑事事件は武官によって裁かれた。時には文官が事件の性格から予審を開くこともあったが、たいていは武官の判断に委ねられたらしい。法廷には捕庁(ほちょう/または捕盗庁)といって、証人を尋問して事件を調査し、被告に対して自白を強制する種類があった。

  もう一つは、刑曹(けいそう)といって、補庁の決定に基づいて判決を下す判事から構成される法廷である。形式的には、もっともらしい裁判制度があったように思えるが、支那人の裁判と同じく、朝鮮人の司法組織はいい加減であった。こうした腐敗裁判についてシャルル・ダレ(Claude Charles Dallet)神父が、興味深い話を紹介している。もっとも、その話は神父が直接見たものではなく、朝鮮で布教活動したダヴリュイ司教の資料を基にして、一冊にまとめた書物に記されたエピソードである。(『朝鮮事情』 金容権 訳 東洋文庫 平凡社 1979年)

  文官である守令は地方長官であると同時に、治安判事、予審判事、徴税官で、しかも関税、治水、教育、山林、治安等の監督官も兼ねていた。しかし、これらすべてに目を光らせていたなんて信じてはならない。仕事はほとんど部下に丸投げ。ダレによれば「守令の生活ほど暇で怠惰なものはない」という。(p.114) 彼らは酒を飲んでは物を喰い、煙草を吹かしては遊興にふけって歳月を送っていたのだ。法廷といっても、一週間に2、3回顔を出して、2、3時間開いたら終わり。お裁きだって、二言三言何か喋って、手下に棍棒で罪人を殴らせりゃ、「これにて一件らくちゃ〜く」だ。武官にしても似たり寄ったりで、如何なる種類の法廷でも、下級の胥吏(しょり)に任せてしまう。もし、朝鮮の庶民が「遠山の金さん」を知ったら、このお奉行様はお釈迦様か弁天様か、いや大天使ミカエルの生まれ変わりか、と驚嘆するだろう。(ご存じ「金さん」は北町・南町奉行をつとめた遠山景元である。ちなみに有名な桜吹雪の刺青は嘘。)

  朝鮮のお白洲を実質的に取り仕切っていた胥吏(しょり)について、ダヴリュイ司教がその実態を示す具体例を述べている。文官に仕える刑吏は一般に衙前(がぜん)と呼ばれ、守令の輔佐(ほさ)役で法廷を構成していた。刑事裁判を担当する武官には、補卒(ほそつ)という手下がいて、この下っ端が犯人をお縄にするのだ。補卒は衙前のように独立した階層を形成し、世襲の役職なのだが、同じ職務に従事するわけではない。彼らは必要なときに募集され、数が多いときもあれば少ないときもある。雇用期間だって定まっていない。彼らには刑罰を受ける側の不届き者が混じっていたりする。それに罪を免れるために補卒になる輩もいたというから、もうメチャクチャというか、「朝鮮的雇用形態」としか言いようがない。

  こんな補卒に犯罪者がいてもおかしくはない。彼らの中で最も奸智に長け、最も傲慢で、しかも最も恐れられているのは各邑の刑事法廷補卒である。この刑吏には定まった報酬がないため、横領で生計を立てていた。自分が気に入ったものは、何でも百姓から強奪する。ある者は軍卒を務め、ある者は守令の家で召使いか、旦那様が外出時のお供、となった。彼らは泥棒などの犯罪者を見つけ出すことにかけては、信じられない程の能力を発揮する。目ざとい彼らが本気で捜査すれば、どんな犯人だって、そう長いこと潜伏していることは出来ない。しかし、コソ泥なんかは捕まえて処罰したところで、何の利益にもならないから、通常は目もくれない。たいていは大物の強盗か悪漢を捕まえる。そうはいっても、これらの兇悪犯は補卒の密偵を務めていたりするので、やむを得ないときだけ、守令に引き渡したのである。(p.118)

  大きな邑には補卒からゼニを貰っている盗賊の頭目が数人いて、人々がこの悪党どもに耐えられなくなった時か、守令がいつになく強い圧力をかけた時に、補卒はしかたなく法廷に突き出すのだ。彼らを逮捕する時にも、比較的軽い罪の場合、あらかじめ合意が出来ていて、補卒が告発し被告が是認する。重大事件に関しては、すべて固く沈黙が守られており、真犯人が相応の懲罰を受けることは稀である。役人は何か必要なときに備えて、便利な駒として泥棒どもを確保していた。だから、官吏たちは普段からその悪漢どもを自由にさせてしていたのである。漢城(ソウル)には当局から黙認された泥棒集団がいて、彼らの掠奪行為は罰せられなかったという。(p.119) もし、盗難被害者が三日以内に官衙(かんが/役所)に提訴すれば、たいていの盗品は返還された。しかし、三日過ぎると、泥棒が盗品の所有者になってしまい、故買業者に安い値段で売却してしまったらしい。(何か通信販売のクーリング・オフ制度みたい。やぁ〜、未開部族の朝鮮人は意外と近代的だったのかも、ねぇー。)村人はこの公認無頼漢を分かっていたが、捕まえて役所に突き出したら、後のお礼参り(報復)が怖い。止めといた方が利口だ。

悪知恵がはたらく下っ端役人

  衙前(がぜん)という役職には様々な権能があり、普段は守令の下僕のように使われるが、守令の目を盗んで自分の意のままに事を運んでいる。したがって、この衙前は一つの階層を形成していて、自分たちの間で通婚している。まるで江戸時代の同心みたいだ。いかにもアジア人らしく、衙前はあらゆる手練手管、策述、計略に巧みであり、民百姓を搾取する一方、守令から身を守る術を見事に心得ている。守令によって罷免されたり放逐されたり、あるいは籐(とう)の杖で打ちのめされても、彼らはじっと堪える。そして、ねばり強く復活の機会をうかがうか、さもなければ守令を追放する奸計を練ったりするのだ。ダレ神父はこうした陰謀の例を一つ挙げている。

  ある大きな邑(ゆう/村とか集落)に清廉で有能な守令が赴任してきた。彼は部下が忠実に職務を果たしているかどうかを調査したばかりでなく、彼らがこれまで犯してきた瀆職(とくしょく)行為をすべて洗い出して処罰しようとした。大部分の者が巻き添えにされ、死刑の危機にさらされる者まで現れた。さあ大変。腐敗や瀆職なんて当り前の朝鮮で、こんな綱紀粛正は大迷惑。しかし、この大掃除はありきたりの方便や策術では食い止めることが出来なかった。困った〜ぁ、アイゴ〜ぉ〜。

  ところが、嘆く彼らに名案が浮かんだ。暗行御使(アメンオサ)という国王の隠密特使が変装して彼らの地方を通過するという情報が入ったのである。地方官吏の横暴や腐敗を調査する密偵だが、見つけ出すのは容易だったらしい。(もしかしたら豪華な身なりでもしていたんじゃないか。見栄張りの朝鮮人だから、行商人に扮装する「忍び」みたいな真似はできなかったのだろう。)衙前らはこの御使(オサ)を尾行して監視していた。当時、御使に化けて強奪をはたらく無頼漢がいたから、衙前らは守令に本物の御使を偽者の盗賊と信じ込ませようとした。国王の使者を逮捕すれば死刑はほぼ免れない。もしそうならなくても、守令が立派な政治を行っていれば、その高官を公然と逮捕するような醜態をまねくことはないから、守令はきっと地位を剥奪されるに違いない。悪徳役人はこう踏んでいた。

  そこで、衙前らは守令に訴状を提出した。衙前らは、「あんな詐欺師を野放しにしていたら、守令自身の重大責任になりましょうし、かりに落ち度があった場合、我々も命を危うくすることになりましょう。ですから、僅かな疑念すら生じる訴状を提出するはずは御座いませぬ」と言い切ったのである。当初は、訴状の受諾を渋っていた守令も、彼らがしきりに説得するものだから、ついに折れてしまった。その日の夕刻、抽選で任に当たった岡っ引き役の衙前は、令状を携えて御使の宿泊所へ向かう。彼は宿に踏み込むと、その隠密に飛びかかって罪人のように縛りあげてしまった。お縄になった御使は、自分の姓名と官職を明らかにし、玉璽(ぎょくじ)の捺印された証明書を呈示した。そこで、この岡っ引きは仲間に合図を送り、補佐役や使令たちが現場に集まってきた。彼らは驚いたフリをし、逃げ回ったりの演技をする。また、ある者は御使の前に跪いて、「全く知らぬ事とはいえ、たいそうな罪を犯してしまいました。なにとぞ死刑にしていただきたい」と白々しいセリフを吐いた。激怒した御使は彼らを詰問し、その処刑を命じておいて、さっそく大勢の供を連れて郡衙(ぐんが/役所)へ向かったのである。郡衙へ乗り込んだ御使は守令を罷免するや放逐してしまった。衙前のうち幾人かは不具にされたり流刑の処分を受けたが、誰一人死刑になった者はいなかった。これで彼らの目的は達成されたのである。新しく赴任してきた守令は、前任者の顛末に驚いて、正義のために情熱を注ぐことはしなかったという。

  正義の女神(Themis/テーミス)は目隠しをして、片手に剣もう一方の手に秤(はかり)を持っているとされる。しかし、朝鮮における正義の執行者は、目を剥きだしにして、ゼニを愛している。これじゃあマモン(Mammon/強欲の神)だ。朝鮮人の高官、大臣、王妃などの邸宅には、保護を求めて無報酬で仕える従者や召使いが大勢いた。中には金品を差し出してまでお世話をしたいと願い出る者もいたという。この輩(やから)は多くの事件において、仲介者となり手数料を懐にして蓄財する。依頼された訴訟について、自分の主人から令状を取り付けて守令に提出する。この手続きを踏まれると、守令は無碍(むげ)に却下することができず、こうした圧力を受けた訴訟では、いくら不当なものでも堂々と勝訴する。不正裁判は日常茶飯事だ。たとえば、債務者から借金を取り戻すことが出来ない債権者は、有力者にその返済金の半分を提供すると約束すればいい。そうすれば守令宛てに一筆書いてくれる。それを読んだ守令は、問題となっている要求の正否を吟味することなく、債務者に有罪を宣告し、無理矢理にでも払わせるのだ。それを躊躇う守令は有力者から敵視され、必ずや失脚してしまう。(p.120) 朝鮮においては正義の女神は、明き盲(めくら)ではないが、欲に目が眩んでいたのである。しかも、その剣は弱者に向けられるばかり。秤はゼニが載せられた方に傾く。日本人による司法がどれだけ有り難かったことか。

  朝鮮人は口を開く度に日本帝国主義の罪を責めるが、彼らが指摘する日帝の罪悪とは李朝の悪習である。いまでは日本人の多くが朝鮮人の嘘に詳しくなった。しかし、問題なのは「日本の植民地支配」とマスコミが繰り返す呪文に対して、毅然と否定して反撃できる精神を持っていないことだ。とくに地方の役人や県会・市会議員、学校教師などは、全くといっていいほど朝鮮史に無知である。日々の仕事でくたくたになり、読書の時間は無いだろう。仕事が終われば、酒場か野球場、カラオケボックスに直行するのが関の山。新しい世代が社会の中堅層になるまでは、在日朝鮮人に対する卑屈な態度は消えないだろう。「鮮人駆除」を素直に口に出来るようになれば、日本社会はもっとましになるかも知れない。
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68305807.html

http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/334.html#c179

[昼休み52] 日本人女性2人、リゾート地・セブ島で知り合った韓国人の男2人と飲酒→集団強姦される…フィリピン 中川隆
180. 中川隆[-5804] koaQ7Jey 2018年1月26日 16:38:21 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2015年11月06日
朝鮮語なんて嫌いだ / 憧れの「日本」と忌まわしい「朝鮮」 (前編)
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68467890.html

朝鮮語の歌はヒットしない

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  一般社団法人ペットフード協会の調べによると、日本人はペットとして犬を1153万4千匹飼っており、猫だと974万8千匹になるそうだ。ペットの保有数では犬が上回っているが、「どちらが好きか ?」というアンケートでは、猫好きが60.3%、犬好きが39.7%という結果になっている。しかし、意外だったのは、和歌山県で猫好きが88.9%もいたことだ。(J-タウンネットの調査を参照。) さらに、秋田県でも猫好きが75%だったのにはショック。「紀州犬」や「秋田犬」の産地なのに。でも、養老孟司先生の「マルちゃん」を見れば、猫好きが多いのも納得できよう。(狭い敷地の都会で犬を飼うのは可哀想だし。) とまぁ、ペットについて語ることは楽しいが、日韓関係と聞けば気分が悪くなる。マスコミは安倍首相と朴大統領の日韓首脳会議を書き立てているが、日本の庶民にしたら「な〜んか嫌な感じ」といった印象は拭えない。昔、フジテレビで「やっぱり猫が好き」というコメディー番組があったが、日鮮関係について言えば、「やっぱり朝鮮人が嫌い !」というのが日本人の本音だろう。とにかく、道端で犬の糞を踏んだ時みたいに不快なのだ。

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(左の猫 / 養老孟司先生のマルちゃん)

  悪夢のような民主党政権時代に、テレビや新聞は「韓流ドラマ」とか「K-POP」をやたらと持ち上げていた。フジテレビなど、1時間番組や特番を丸々CMのように使って、南鮮人の歌手を宣伝していたのは周知の事実。もっとも、K-POPの代理店と化していたフジテレビだから、「ごり押し・だめ押し・押し売り」は仕方ないのかもね。しかし、不思議だったのは、来日する朝鮮人歌手は、日本語か英語混じりの変な言葉で歌っていたような記憶がある。真剣に聴いたことがないから正確なことは言えないけど、彼らがすべて朝鮮語で歌っていたのか疑問である。来日するアメリカ人ミュージシャンが英語で歌うのは当然だが、フランス人だってフランス語で歌っていたのだ。例えが古いけど、イヴ・モンタン(Yves Montand)は日本でも人気があって、「パリの空の下(Souls le Ceil de Paris)」のレコードを聴いた人も多いだろう。また、映画ファンならダリダ(Dalida)がアラン・ドロン(Alain Delon)と一緒に「Paroles, paroles」を歌っていたことも覚えているだろう。

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(左: ダリダ / 中央: アラン・ドロン / 右: イヴ・モンタン)

  新しいところだと、ジェーン・バーキン(Jane Birkin)の「L'Aquoiboniste」かな。ちょっと寂しいけれど哀愁のあるメロディーは、繊細な日本人女性の感性に合っていた。日本でヒットしたかどうか定かでないけど、筆者はケリー・ジョイス(Kelly Joyce)の「Vivre la Vie」やララ・ファビアン(Lara Fabian/ベルギー人)の「Je suis Malade」が好きだし、英語で歌っているけど、フランス黒人スカンク・アナンシー(Skunk Anansie)が歌っている「トゥイスティド(Twisted)」も気に入っている。筆者は最近の流行歌に疎いので、日本でどんな外人ミュージシャンが人気なのか分からない。ハード・ロックなら詳しいけど、ポップ・シンガーは苦手。もしかしたら、現在の高校生や大学生はJ-ポップに夢中で、フランスのポップ・ミュージックには興味がないのかも知れない。「時代遅れ」とか「カビくさい」と言われるかも知れないが、筆者が子供の頃よく聴いていたサントラにはフランス映画も多かった。特に映画『個人授業(La Lecon Particuliere)』の挿入歌『Where Did Our Summers Go』は今でも耳に残っている。この曲を歌っているニコール・クロワジール(Nicole Croisille)は、フランス語ではなく英語で歌っていたが、どちらの言葉で歌われたとしても名曲であることに変わりはない。当時レコードの雑音も含めて、スピーカーに耳を近づけていた頃が懐かしい。この映画に出演していたアラン・ドロンの夫人、ナタリー・ドロンの魅力も素晴らしかった。彼女のような家庭教師なら、フランス語を学びたいという男性も多いだろう。でも、フランス語を学ぼうと張り切って大学の外国語学部に入っても、いかつい顔したオッサン教授が出てきたりするから、現実は甘くないことがよく分かる。

Alain Delon 2Nathalie Delon 2Nathalie Delon 4
(左: アラン・ドロン / 中央: ナタリー・ドロン / 右: 結婚当時のアランとナタリー)

  ハリウッドの恋愛映画はほとんどハッピー・エンドだから深みが無い。最初から結果が分かっている映画など単純だ。フランス映画だと、悲劇的結末で幕を閉じるといったケースが結構多い。例えば、『隣の女(La Femme d'àcôte)』は、既婚者の主人公(ジェラルド・ドパルデュー)の隣にかつての恋人が引っ越してきて、昔の感情に火がつく、という不倫物語。その結末は、彼を諦めきれないこの元恋人が、主人公を殺して自分も命を絶つといったシーンになっている。中学生の時にこの映画を見たから今でも印象に残っている。当時、筆者の友人はアイドルの映画を観ている者がほとんどだったから、フランス映画を観ているなんて異端だった。今でも不思議なんだけど、アイドルのファンはお金を出してまで素人の演技を見たいものなのか。テレビをつければタダで観られるのに。例えば、有楽町の映画館に出掛けて、銀幕に映るのがナタリー・ドロンなら納得するけど、そこら辺の小娘が「役者」の真似事をして、一端の女優気取りじゃ白けてしまう。はっきり覚えていないけど、松田聖子も確か映画に出ていたぞ。今では、フランス人監督も大半がリュック・ベッソンみたいになって、ハリウッド映画と変わらぬ作品を手掛けるようになった。フランス人歌手も世界市場を目指すから、どうしても英語で歌うことが多い。ここで知りたいのは、マスコミで話題になった朝鮮人歌手は、朝鮮語で歌っていたのかどうかだ。 一説では、日本市場を考えて、所属事務所が朝鮮語を控えていたという噂もある。商業的見地からすれば、朝鮮人歌手に日本語を覚えさせた方が得だ。やはり、コンサートに出向いた日本人の観客が、南鮮人歌手と一緒に朝鮮語で合唱するとは思えない。しかし、最近だと朝鮮語に抵抗がない日本人がいるから、それもあり得るのかな、と考えてしまう。

Lara Fabian 2Nicole Croisille 1Jane Burkin 2Gérard Depardieu 1
(左: ララ・フェビアン / ニコール・クロワジール / ジェーン・バーキン / 右: ジェラルド・ドパルドュー)

  以前、眉を顰めたくなる「韓流ブーム」とやらで、日本のテレビ局と結託した朝鮮人歌手が続々と来日していたが、その何人かは英語混じりの日本語で歌っていたと記憶している。ただし、筆者には誰が誰やら判別がつかないし、どんな曲なのか興味が無かったので断定できない。しかし、彼らが全曲朝鮮語で歌ったら、どうなっていたか? たぶん、日本人の聴衆は興味を失い、コンサートに行く観客は減ってしまうだろう。だって、何言ってるのかてんで分からないし、朝鮮人歌手が格好つけて歌っていても、朝鮮語の響きで笑ってしまうからだ。以前、ある子供たちに朝鮮語版『キューティー・ハニー』を聴かせたら大爆笑。若い朝鮮人の女の子が一生懸命歌っていたけど、滑稽な言葉と発音でどうにもイケない。朝鮮語は全く分からないけど、朝鮮人歌手が「ぶたかけ〜、ぶたかけ〜、サティチュディアキル・・・ハートがドゥング・ドゥング○◇■△・・・ナシロ、ナシロ、ナシロ、チャドボメシロ〜、ハニー・フラッシュ !」じゃ笑っちゃうじゃないか。やっぱり、前野陽子じゃなきゃ。(昔のアニメが再放送されないのは、「政治的正しさ」の検閲があるせいかも。如月ハニーは「せむし男」にも変装していたからマズいのだろう。ディズニー・アニメでも『ノートルダムのせむし男』という原題はNGなんだって。『ノートルダムの鐘』じゃ、おかしいよねぇ。)

キューティー・ハニーマッハ・バロンXボンバー2井上大輔
(左: キューティー・ハニー / マッハ・バロン / X-ボンバー / 右: 井上大輔)

  昔のアニメ・ソングはすごかった。例えば、『スペース・コブラ』の主題歌は前野曜子だし、チャーリー・コーセーが歌っていた『ルパン三世』のエンディング・ソングはもう名曲(クラッシック)だ。かつての日本では、子供用番組だからといって手抜きはなかった。『スーパーロボット・マッハ・バロン』のオープニング曲は、売れっ子の井上大輔が作曲していて、ベースの演奏が特徴的だった。(井上大輔は郷ひろみの「2億4千万の瞳」を作曲したミュージシャンと紹介すれば分かる方も多いかも。機動戦士ガンダムの「哀・戦士」にも曲を書いていたから印象深い。その他、様々な歌手に曲を提供していた人物。) 『サンダーバート』を真似たような人形劇で、永井豪原作『Xボンバー』の主題曲を歌っていたのは、英国でもコンサートを開いたバウワウ(Bow Wow)だったから驚き。日本の代表的ロック・バンドが子供向け番組に係わっているなんて日本ならではの現象だ。それより豪華なのは、 ルパン三世の『ロシアより愛をこめて』である。あの実力派歌手しばたはつみが主題歌の『Golden Game』を歌っていたんだから。今のJ-ポップ歌手など霞んでしまうじゃないか。忘れてはならないのが、愛国者のすぎやまこういち先生。すぎやま先生は『サイボーグ009』や『伝説巨人イデオン』のテーマ曲を手掛けていたんだから、日本の子供は世界一の幸せ者。こうして日本のアニメ界を見渡すと、朝鮮のアニメなんか200光年遅れているというより、公衆便所の紙くずだ。

前野曜子すぎやまこういち2しばたはつみ2
(左: 前野曜子 / 中央: すぎやまこういち / 右: しばたはつみ)

朝鮮語を習得して給料アップ

  アニメを語ると長くなるので話を戻す。日本が朝鮮を統治していたことは、多少なりとも歴史を習った中学生なら知っていよう。しかし、当時の日本人がどれくらい朝鮮語を話せたのかは不明である。録音盤があったら聴いてみたい。そもそも、日本人は朝鮮語を勉強したのか? 我々のご先祖様は、あのだらしない朝鮮人に学校や病院、工場などを建ててやったけど、積極的に朝鮮語を学んだわけではなかった。日韓併合で朝鮮は日本の一部になったから、二重言語社会にするわけにもいかず、かといって急に日本語だけにするというわけにもいかなかったらしい。しかも、当時は官民挙げて「内鮮融和」というスローガンが謳われていたから、併合された朝鮮人が一方的に日本語を学ぶのではなく、統治者たる日本人も彼らの言語を学ぶべし、という考えに至ったという。こんな姿勢は世界中どこを探しても、日本人しか見当たらない。中華思想の支那人なら、死んでも朝鮮語を学ばないし、華夷秩序に凝り固まった支配民族は、朝鮮人を「東夷」と見下すのが常識だから、支那語だけで通す。全世界を支配すると自惚れている民族が、豚の鳴き声を真似ることは絶対ない。殺戮の常習犯たる支那人は、劣等民族に対して決して容赦はしないし、全世界の民族が支那を崇めるものと信じている。支那人なら、土下座した朝鮮人の頭を思いっきり踏みつけて、誰が支配者かをじっくり教えるはずだ。日本人には理解できないが、どんな屈辱を受けても抵抗しない朝鮮人は支那人が大好き。朴槿恵が習近平に寄り添う姿を見ても、まだ日韓友好を口にする日本人は、支那の地下水を飲め。死ぬかも知れないが、きっと目が覚めるだろう。

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(写真/日本統治前の朝鮮)

  日本の左翼は朝鮮統治を「植民地支配」と呼んでいるが、実際はアカンタレの劣等国を一から教育する「国家創成事業」だった。日本の子供は朝鮮を搾取したと教えられているが、事実は逆で、日本の庶民が日本政府によって搾取されたのだ。最大の受益者は朝鮮人。ドリーム・ジャンボ宝くじの一等に連続10回当選するようなものだ。10億ないし100億円もらったのに、やれ「不幸だ」とか「屈辱だ」といった文句を垂れるバカはいないだろう。例外は朝鮮人のみ。日本政府は巨額な税金を浪費したばかりか、優秀な人材まで惜しみなく朝鮮に注ぎ込んでしまった。日本の東北はどうでもいいのか? 「賊軍(幕府側)の領地にはインフラを整えてあげない」、と意地悪をしたのかもしれない。江戸や明治の頃は、まだ士族的雰囲気が残っていたから、朝鮮に派遣される役人や警察官、判事、教師には立派な人物が多かった。今から考えれば、腹立たしいほど“もったいない”人材の大盤振る舞いを行っていたのだ。たかだか30年ちょっとで、蠅より汚い貧民を一人前の人間に育てたんだから、日本の統治は世界史の奇蹟である。イエズス・キリストでも、水をワインに変えるとか、盲(めくら)や聾(つんぼ)を治すくらいの小さな奇蹟しか行っていないのだ。神様だって「えっ ! 朝鮮人はちよっと勘弁してよ」と逃げてしまうだろう。

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(写真/日本統治時代以前の朝鮮人たち)

  朝鮮に渡った日本人の中で、最も朝鮮語習得の必要性に迫られたのが警察官である。特に、3・1独立騒擾の後、朝鮮総督府は治安維持の強化を図り、その一環として日本人警官の言語能力を向上させようと考えたのだ。事件の調査や犯罪者の検挙、治安維持において、警察官が朝鮮語を知っていれば、民衆の誤解を招くことが少なくなるし、聞き込み調査だってしやすくなる。そこで、総督府は巡査や憲兵、官吏に朝鮮語を習得するよう尻を叩いた。日韓併合前だと、朝鮮語を話せる日本人は非常に少なかったので、朝鮮人相手の仕事が大変だったそうだ。そんなこともあって、警察官や教員、官吏などを対象にした大規模な試験制度を導入したという。これが、いわゆる朝鮮語奨励試験である。

  朝鮮語試験にまつわる経緯を述べると、やたらと複雑で長ったらしいので、かいつまんで紹介したい。まず、基本的な事から。本音を述べれば、日本人にとって朝鮮語は魅力に乏しい。誰だって糞尿まみれの朝鮮を目の当たりにして、その言語を学びたいとは思わない。しかし、行政機関からすれば、朝鮮語を話せる日本人が増えた方がいい。そこで、飴を鼻先に吊すことにした。つまり、お金をちらつかせて、朝鮮語をマスターするよう促したのだ。朝鮮語奨励試験には等級があって、簡単に言えば、一番上が「甲種」(後に「一種」とか「二種」に改変)で、次に乙種(後に「三種」となる)といった資格になっていた。「甲種」とか「一種」は、朝鮮語の通訳になれるくらい上手とか、朝鮮語で自分の意思を表現できる程度だったという。「乙種」とか「三種」は日常で使われる朝鮮語を理解したり、簡単な会話が出来る程度のものだった。時代が経つにつれ、等級が細かくなるが、それは特別手当と関係があったからだ。政府としては、一般の警察官を簡単な等級の試験と手当金で満足させたくない。なるべく多くの警官が更なる手当のアップを目指し、次の等級にチャレンジするよう仕向けるには、等級を増やしてちょっとづつステップ・アップさせるしかなかった。当初は、「甲種」に1から3等、「乙種」にも1から2等、の二種5等級だったのが、「一種」(1から2等)、「二種」(1から2等)、「三種」(1から3とう)という三種七等級になったり、三種四等級へ変わったかと思うと、二種二等級に再編されたという。

  検定試験や資格の等級に色々な変遷があったものの、要は日本人の朝鮮語能力を如何に向上させるかに重点が置かれていたのである。特別手当が難易度に応じて定められていたのも、日本人の尻を叩くためであった。1級の資格を有する者は50円をもらえて、10級の者は3円だけとかになっていたそうだ。手当の金額も時代によって変更されていたという。1921年から28年までは下は5円から、上は50円までが支給され、1921年から38年になると5円から30円のグレードに減らされ、1931年から37の間には5円から20円と更に減額。財政的に苦しくなる1937年から43年の間には、5円から10円の幅にまで落とされたという。現在の我々にとって当時の物価を知ることは少々難しい。明治30年から40年代だと、当時の1円は今の3800円くらいの価値があったという。例えば明治38年、木村屋のあんパンは1個で1銭という値段だった。うどんや蕎麦は一杯2銭ほどで、ビールの大瓶だと1本20銭であったそうだ。次に、大阪朝日新聞の購読料を見てみよう。明治40年頃は1ヶ月で45銭の値段だった。それが、大正9年くらいになると90銭から1円10銭に値上となり、昭和20年では2円7銭くらいになっていた。したがって、特別手当を5円もらえた役人は、今で言うと2万円前後を手にしたことになるのかも知れない。

  特別手当の金額が分かれば、次に朝鮮統治時代の給料を知りたくなるだろう。大正時代の1924年頃、巡査の給与は本俸で38円から75円、加俸や加給、宿舎料などを合わせると、最低でも70円はもらえたそうで、最高は138円だった。平均すれば90.5円になる。簡単に言えば、こうした基本給に、努力次第で特別手当が加わったのである。しかし、たいていの警察官は読み書きより会話を重視。そもそも、朝鮮人を指導するためとか、容疑者の尋問を行うときに便利であるから、というのが当初の目的だった。したがって、簡単な朝鮮語会話ができれば良いとされたのだ。なにも学者になるわけじゃないから、日本語の論文を的確な朝鮮語に訳す必要はない。こうした事情があったので、最低等級の三種合格者のうち警官が約80%を占めていた。二種合格者では約66%、一種合格者になると、わずか28.2%しかいなかったらしい。(山田寛人 『殖民地朝鮮における朝鮮語奨励政策』 不二出版 2004年 p.141)

  朝鮮語検定に関して、朝鮮史の研究者は日本人警官や総督府の役人が、朝鮮人の言葉を学ぶことに不熱心だった、と非難する。でもさぁ、日本人にとって「朝鮮語」は有益なのか? 朝鮮語の習得なんて、どちらかと言えば、憂鬱な勉強だろう。朝鮮語を学んで、一体どんな恩恵があるって言うんだ? 明治維新によって海外渡航が許され、初めて朝鮮半島に訪れた日本人はびっくり仰天。道路にはウンコや小便が垂れ流され、住民は乞食か穢多(えた)にしか見えない。貧乏な上に覇気が無い。科学技術が一切無いのは当然だし、金融制度はゼロ。市場では魚や肉が売られているけど、蠅がたかっていて汚いし、余りにも臭いので市場に寄りつくことさえ嫌だ。掘っ立て小屋しかない朝鮮ではホテルなんて望めない。不潔な宿でも我慢しなければならないが、オンドルで暖められた部屋には南京虫や蚊がうようよ出てくる。とても眠れたもんじゃない。支配階級の圧政に慣れてしまった民衆は、自らの生活を改善しようとは思わないし、また出来るだけの資本も無ければ技術もないときている。しかも、こうした庶民を見ている両班(やんばん)は何もしないのだ。高度な文明を当り前と思っていた日本人が唖然としたのも無理はない。こんな惨状を見た後に、朝鮮語を勉強したいと思う日本人はいないだろう

正義の使者だった日本人

  朝鮮人は日本人の支配を恨んでいるが、日本の朝鮮経営は稀に見る曠古(こうこ)の偉業である。だいたい、貧乏国にひしめく無知蒙昧な朝鮮人に教育を授けたことだけでも驚異的だ。また、朝鮮人の子供を育成するに当たって、父兄とも意思の疎通を図ろうとしたのだから感心するじゃないか。日本人は弾圧者として非難されているのに、実際は家畜以下の扱いしか受けていなかった朝鮮人に、宝石みたいに高価な近代文明を授けたのだ。それだけではない。きめ細やかな教育を当然とする日本人は、子供の親にまで気配りをする、といった方針を取っていた。また、警察官が朝鮮語を学んだのは、なにも効率的に朝鮮人を逮捕するためだけではない。実は、朝鮮人の権利保護を目的としていたのである。朝鮮統治の初期、日本人の警察官は朝鮮人警察官あるいは朝鮮人通訳を伴って、治安維持を図ったり、事件の捜査していたという。ところが、通訳を務める朝鮮人警官の品性に問題があった。韓国内部警務局編『顧問警察小史』によれば、朝鮮の事情に疎い日本人警察官は、「通訳ニ従事スル者ノ品性野卑ナルコト」に困惑したそうだ。つまり、警察官の倫理を有しないばかりか、一般人としても許せない不正を行っていたのである。

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(写真/伝統的な朝鮮の刑罰)

  では、この朝鮮人通訳官は何をしたのか? 具体的に言えば、故意か無意識か分からぬが、警察の秘密を外部に漏らしたり、他人から贈賄や依頼を受けたというのだ。例えば、容疑を掛けられた者あるいはその家族が、朝鮮人警官に贈り物で「手心」をくわえるよう依頼する事があった。賄賂文化が社会の隅々にまで浸透している朝鮮では当り前。逆に、金品などの「袖の下」を渡さぬ者に対しては、不利になるような通訳をしていた、というから誠にけしからん。これは支那人や朝鮮人の特徴なのだが、「正義の天秤」は純金が載せられた皿の方に傾く、という常識がある。賄賂が少なかったり、気に入らない相手だと、いい加減な通訳をして有罪に導いたりする一方で、充分な賄賂を渡した相手には、無罪になるよう翻訳してあげたというのだ。取り調べをする日本人が朝鮮語を理解できなければ、通訳担当の朝鮮人を信じるしかない。朝鮮人通訳が適当な翻訳をしても日本人が見抜けないのは当然である。したがって、冤罪事件が増えてしまう。そこで、こうした不正を防止するために、総督府は日本人警官に朝鮮語習得を促したのだ。裁判官だって朝鮮語を学んだのだから、八百長法廷しか知らぬ朝鮮人にとって、日本の判事は天から舞い降りた正義の番人、といっても過言ではない。現在の朝鮮人は日本人の憲兵や警官を極悪人に仕立てているが、実際に悪かったのは朝鮮の両班であり、同胞をカモにする朝鮮人官吏の方だ。

  朝鮮統治が天の恵みだったことは、ちょっと調べれば分かるはずなのに、現実には秕政(ひせい)と思われている。なぜか? それは朝鮮史研究者が、ほぼ100パーセント近く左翼だから。だいたい、成績優秀な若者が朝鮮語を学んだり、朝鮮の政治や歴史を学ぶわけないだろう。朝鮮贔屓のNHKやTBSなどは、「韓流ブームで韓国語を学ぶ人が今増えています !」と宣伝していたが、「ホンマか ?」と疑いたくなる。なるほど、南鮮人相手の商売を行っている商社や旅行代理店だと、朝鮮語が堪能な人材が必要だから、朝鮮語学科を卒業した若者を求めているのだろう。しかし、その需要は少ないはずだ。実際、朝鮮語学科を設けている大学は多くない。明治維新により開国した日本では、西洋の言語を学びたいという若者なら、全国各地にいて選抜試験も盛んだった。帝國陸軍だって若い士官をフランスやドイツに留学させたし、帝國海軍も教官を英国から招いて軍事訓練を助けてもらっていたのだ。帝國大学はお雇い外国人を高給で招いていた。有名なラファエル・ケーベル(Raphael Koeber)は、ドイツ語なまりの英語で、カントやヘーゲルの哲学を教えていたという。その他、ケーベル博士はラテン語やギリシア語の知識だって怪しい日本人に、プラトンやホメロス、ヴェルギリウス、ホラティウスについての講義を行っていたのだから、いかに当時の若者が西洋の学問を欲していたかが分かる。その一方で、漢籍は落ち目になって人気がない。支那語を学ぼうとする若者が減っているのに、その属国たる朝鮮の言葉を学ぼうなんて思う奴は居らんやろ。チッチキチー。

  それでも、日清戦争前には朝鮮と交渉することがあったから、朝鮮語を理解できる日本人を養成しておく必要があった。朝鮮語の教育機関としては、高等商業学校本科がまず挙げられよう。この学校では英語のみならず、フランス語やドイツ語が必修科目とされていたが、その後スペイン語やロシア語のを第二外国語として教えるようになり、1894年に朝鮮語が加えられたという。しかし、第二外国語としても朝鮮語を専攻する者がほとんどいなかったので、朝鮮語学科の必要性は薄れるばかり。もともと人気が無かったのだからしようがない。こうした事情から、1897年になると朝鮮語クラスが消えていたそうだ。しかし、高等商業学校から朝鮮語学科が無くなったからとて、全滅したというはけではない。1897年には高等商業学校附属外国語学校が創設され、「英、仏、独、露、西(スペイン)、清(支那)」の他に、朝鮮語が加わった七つの学科が設置されたという。この付属校は2年後の1899年に独立し、我々が知っている東京外国語大学の前身となった。しかし、その東京外語学校でも朝鮮語の人気はパっとせず、1927年に朝鮮語学科は廃止されたという。それまでに卒業していった学生の数は130名だった。新入生は1915年度の4名が最後で、その4名が卒業した1918年度でお終い。わびしい最後だった。

  東京外語の他で有名なのは、地理的に朝鮮に近いことから設置された山口県や長崎県の高等商業校とか、台湾協会学校を母体とする東洋協会専門学校くらいだろう。朝鮮語というのはマイナーで特殊な言語であったため、朝鮮語学科を備える教育機関は少なかった。それに日露戦争以後、いくら満韓との関係が緊密になったとはいえ、すぐさま朝鮮の専門家になりたいという日本人が増えたわけではない。朝鮮語のコースを用意したものの、志願者の確保には苦労したようだ。例えば、山口の高等商業学校における、朝鮮語志望の生徒数を眺めると面白い。

年度 /   1906 1907 1908 1909 1910

       韓語  清語  韓語  清語  韓語  清語   韓語  清語  韓語  清語
第1学年 3 109 0 127 32 82 48 67 13 123
第2学年 2 80 3 97 2 108 31 78 22 86
第3学年 non non 2 67 3 87 2 92 21 75

全体の傾向として、まず1年生で朝鮮語を選択する生徒の数が少ない。次に、学年が2年、3年となるにつれ、脱落する者が多くなる。特に気になるのは、1907年の新入生で、朝鮮語を選択した者がゼロということだ。ところが、1908年から急に増えだした。しかし、これは朝鮮語に「人気」が出たためではなく、「生徒の志望」に任せたままだと選択者数が増えない、と危惧した学校側の措置が効を奏したものと思われる。つまり、学校側が半ば強制的か、熱心に勧誘した結果と推測されるのだ。同じく、長崎の高等商業学校も生徒獲得に苦労したようである。両校とも朝鮮語教育に力を入れたようだが、日韓併合で朝鮮語学科は衰退し、やがて廃止されることになったという。表向き、朝鮮は併合により「外国」ではなく、「日本の一部」になったという建前ができ、朝鮮語を外国語として扱うのは「不適切」となった。でも、本音はお荷物になっていた朝鮮語学科を、品良くお払い箱にしたかったのではないか? 併合したって朝鮮人は依然として外人だ。日本人は本心を殺して建前を押し通すから、自ら窮地を招くことがある。とりわけ、同一国内にある様々な言語は、「方言」と見なすべきだと提唱する者がいたというから驚く。なるほど、日本には津軽弁や薩摩弁のように、発音からすれば「外国語」みたいな「方言」はあったが、言語学的立場から言えば両方とも同じ日本語である。したがって、いくらなんでも朝鮮語の「方言化」は暴論だろう。まぁ、無茶な“辻褄合わせ”はいつの時代にもあるものだ。

朝鮮語は「蔑称」か?

  朝鮮語教育について述べる時、どうしても気になるのが“言語名”である。以前、このブログでも朝鮮語の「名称」について述べたことがある。朝鮮人にやたらと“配慮”を示す日本のマスコミは、同一語なのに南鮮の言語を「韓国語」と言い換えて、北鮮の言語を「朝鮮語」と呼んでいる。でも、おかしいじゃないか? たかが半世紀前に分断された民族の言葉を二通りに呼ぶなんて。200年前に分離したブリテンとアメリカで使われている言葉は、どちらも「英語」である。確かに、発音や綴りの問題から「米語」と「英語」と区別することはあるが、特殊な言語学者以外は通常「英語」という名称で統一しているはずだ。もし、「韓国語」にこだわるのであれば、「カナダ語」や「オーストラリア語」があるのか、と尋ねたい。 「オーストラリアなまり」ならあるが、別な言語ではない。NHKは南鮮人と北鮮人の両方に気兼ねして、「朝鮮語」ではなく「ハングル講座」という奇妙な講座名にしているから、誰だって異常なことに気づくだろう。左翼思想のマスコミによる刷り込みのせいか、一般人は「朝鮮語」を差別用語と勘違いしている。支那語も同様で、「支那人」とは侮蔑語と定義され、テレビや新聞で使用されることがない。そのくせ、「高麗」から由来する英語の「コリア」はOKだという。李氏朝鮮は差別的で、その前の高麗だと“適切”なのか? だいたい、朝鮮史学界が「極左」学者で占められているから、こうした疑問さえ意識されないのだ。

  歴史家の頭ばかりが異常なのではない。言語学者や教育者、さらに大学経営者まで狂っているから厄介なのだ。例えば、大学における学科名を見てみれば分かるだろう。東京外語大学の言語文化部や大阪大学の外国語学部では、「朝鮮語」としているから我が国の慣習や言語分類の伝統を守っている。しかし、獨協大学の国際教養学部や明治大学の商学部では、「朝鮮語」だと響きが悪いのか、「韓国語」を用いている。奇妙なのは京都大学だ。国際高等教育院では、従来の「朝鮮語」という名称で教えているのに、文学部では「韓国語」と称して教えている。もっとも、京都大学は伝統を弊履の如く捨て去ることで有名だから仕方がない。「京都支那學」と言えば、内藤湖南(ないとう・こなん)や狩野直喜(かの・なおき)、桑原隲藏(くわばら・じつぞう)を直ぐ思い浮かべるだろう。戦前は、こうした京都帝國大学の名物教授だちが「支那學」を堂々と掲げていたのに、戦後になると「中国学」に看板を掛け替えてしまった。死んだ長老教授を何時までも有り難く思っていても利益は無い。死人に口なし。草葉の陰で泣いていようがお構いなしだ。それよりも、北京で歓迎してくれる支那人の方が大切である。支那人様の御機嫌を損ねたら、支那渡航のヴィザを頂けないかも知れない。また、国内外でもらえる支那人からの便宜は魅力的。その上、天下の岩波書店が支那にへつらっているのだ。昔は、津田左右吉みたいに「支那」で通した硬骨漢もいたが、戦後の支那学者は軒並み腰砕け。ついでに言うと、津田博士は敗戦をモノともせず、当時権威のあった雑誌『世界』で、事もあろうに皇室擁護論を書いてしまった。岩波書店は真っ青。まさか、大御所の津田先生に「おい、書き直せ !」なんて言えないから、編集部は渋々その論文を掲載したそうだ。

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(左: 内藤湖南 / 狩野直喜 / 桑原隲藏 / 右: 津田左右吉)

  京都帝國大学が平気で伝統を踏みにじる、と分かってショックを受ける国民もいるだろうが、学界の本丸、東京帝國大学もひどかった。教養学部では朝鮮語を「韓国朝鮮語」と呼んでいる。これは作り話ではない。(「まさか、そんな」と思う方は電話かホームページで確かめてね。) たしか、どこの大学でもドイツ語は「ドイツ語」と言っているよなぁ。「東西ドイツ語」とか「ドイツ・オーストリア語」なんて呼ばないよ。ただし、「低地ドイツ語」と「高地ドイツ語」と区別する場合があるけど、一般には「ドイツ語」で通っている。戦前の日本人はドイツ第二帝政が崩壊して、ワイマール共和国になったのを知っていたが、誰も「ワイマール語に変更しよう」なんて呼びかけなかった。ドイツに恩がある帝國陸軍だって、「ワイマール語」とは言わなかったじゃないか。「韓国朝鮮語にしましょう」と提案した教授は誰なんだ? 東大は情報公開してくれるのか? もしかしたら、NHKみたいに教授陣が南鮮派と北鮮派に別れて対立しているのかも知れない。 どうせ、朝鮮語や朝鮮史を教えている教授なんて、みんな和田春樹の仲間なんだろう。もしかしたら、北鮮人よりも北朝鮮を愛していたりして。

  我が国の学界には、「朝鮮語」という言語名を「侮蔑的」と考えている学者が実に多い。先ほど紹介した山田寛人もそうだが、「鮮人」とか「鮮語」も蔑称だと思っている。まったく、朝鮮を研究している者は、どいつもこいつも左翼か朝鮮シンパだ。恐らくこれは、朝鮮学に魅力が無いことに原因があるのかも知れない。朝鮮語を学ぶために進学する受験生や、朝鮮学を専攻する大学には、何らかの特殊な理由があるからだろう。西歐言語を習得し、欧米の歴史や政治を研究できるほどの学力が無い、とのアカデミックな問題から、血筋が朝鮮系だとかいう個人的事情が絡んでいる場合まで様々ある。欧米に関する学問だと、論文を綿密に書かねばならないし、業績評価も厳しい。悪戦苦闘のすえ書いた論文でも、審査基準の高い国際競争に曝されるから、変な論文を発表すると内外から物笑いにされてしまう。能無し学者にとって競争は悪だ。有能な西洋学者なら民間の研究機関でお招きがあるだろうが、日陰者の朝鮮学者には大学しかない。赤い研究者ばかりが集う狭い学界で、若い講師が長老教授に楯突くなんて自殺行為。大御所教授に倣って、「“鮮人”は蔑称です」と合唱すれば、退職まで安泰だ。それに、有力教授の娘でも娶れば、待望の「教授」になれるんだから。

  翻って、支那や朝鮮を専攻する学者はどうなんだ? 大半は研究費だけもらって、昼寝でもしているのだろう。何とも気楽な商売だ。研究論文なんていい加減で大丈夫。本場の支那や朝鮮では捏造が当り前。朝鮮では「韓国5000年の歴史」とか「韓国は世界五大文明のひとつ」と叫ぶ学者がいるんだから。手前勝手な理論や解釈、根拠の無い論文を発表したって恥ずかしいとは思わない。「有る」と念じれば、日本軍による「性奴隷」や「従軍慰安婦」だって存在するのだ。一方、日本の物理学会でスプーンを念力で曲げられると信じる学者はいないだろう。また、いくらアニメ好きの学者でも、人間がサイボーク009みたいに瞬間移動が出来るとは思っていない。でも、朝鮮人相手の学界には、捏造学者がひしめいている。朝鮮人には史実と空想の区別が無い。一次資料に「軍」と「売春婦」という文字を見つけたら、その内容はどうでもよく、願望と妄想を足して「真実」を創り上げてしまう。アメリカ人が朝鮮人の虚構を信じてしまうのは、朝鮮語を読めないからというのもあるが、大勢の学者が協調して嘘をつくとは想像できないからだ。100人中2、3人が偽りを述べることがあっても、99人が嘘を突き通すとは通常考えられない。朝鮮人の歴史雑誌は、宇宙人やピラミッド・パワーを特集するオカルト雑誌『ムー』と同じ。宇宙人に拉致されて金星に行ったことがある、と語った元首相夫人の鳩山幸(はとやま・みゆき)と大差が無いから笑ってしまう。

  そもそも、大学の「紀要」に掲載されたクズ論文など、一般人は誰も読まないから安心。同僚学者だってお互いに批判しないのが暗黙の掟だ。みんなで仲良く穏便に大学生活を送れば、毎年きちんと給料がもらえるし、退任となればたんまりと高額な恩給がついてくる。しかも、子飼いの弟子たちが貧相な論文をかき集めて、全集や著作集、あるいは退任記念論文集を作ってくれるのだ。出版社だって笑顔で話に乗ってくる。もし、一般書店で売れなくても、各地の図書館が買ってくれるから心配ご無用。教授の心得は「おしん」の一言。これといった業績が無くても、朝鮮人にゴマをすり続ければ、左翼スタッフの目にとまり、テレビ出演の機会もある。そうなりゃ女房子供は大はしゃぎ。「うちの亭主はテレビに出たのよ !」とご近所に自慢できて鼻高々だ。学者と乞食は三日やったらやめられぬ、というのは本当である。

  日本の庶民は本当に朝鮮人と口も利きたくもない。事ある毎に難癖をつけてくる朝鮮人は鬱陶しいが、気違いに「理性を持て」と諭すのは無理な注文だ。朝鮮半島の賤民は相手にしないこと。五月蠅(うるさ)く纏わりつく朝鮮人には、上品に「君子のの交わり淡き水の如し」と言ってやれ。後は棍棒で殴ればいい。問題なのは、日本国内にいる朝鮮人とその追従者である。我が国に潜む在日鮮人は、日本の国益を邪魔することで快感を得る、ひねくれ者だ。彼らは日本の首脳が韓国大統領に謝罪する姿を見ると溜飲が下がる。反日学者は日鮮問題がこじれた方がいい。揉め事が大きくなれば、世間の注目を浴びる機会も増えるし、「弱者」の在日鮮人を擁護する“良心的”学者を演じてヒーローになれる。かつて「進歩的文化人」かいたように、現在は「良心的人権派」が大威張りできる時代である。無名だったジャーナリストの安田浩一が、参議院議員の有田芳生(ありた・よしふ)と共に、世間の脚光を浴びるようになったことを考えれば、いかに左翼が朝鮮問題を利用したかが分かるだろう。ついでに言えば朝鮮人に辛口の評論で知られている筑波大学の古田博司も怪しいぞ。彼は以前「朝鮮語」と呼んでいたのに、『正論』や『WiLL』に登場するようになってから、「韓国語」にすり替えた学者だ。どうして同じ言語なのに急に名称を変えたのか? 中西輝政氏同じで、世間の風向きが変わったから、朝日・岩波方面から産経側に流れてきたのだろう。

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(左: 安田浩一 / 古田博司 / 植村隆 / 右: 若宮敬文)

  朝日新聞は「言論の自由」を掲げるが、それは“自分の”自由であって、日本国民が持つ「表現の自由」ではない。「鮮人」という言葉を禁止して、日本人が抱く朝鮮人への「嫌悪感」を抑圧するのが仕事だと思っている。日本人から購読料を取って、朝鮮人に媚びるのが朝日やNHKの本性と気づかぬ国民が多い。朝日やNHKで飯を喰う左巻きの社員は、朝鮮人が何時までも日本に居坐ることを望んでいる。在日朝鮮人がみんな強制送還されたら、彼らの支援者は激減するし、国内で日鮮対立のデモが盛り上がらない。一般人の幸福は彼らにとって損になる。平穏な国民生活は許せない。放火魔の消防士は、楽しい火事を仕組めば、消火活動で英雄にもなれるから、二重の喜びがある。「従軍慰安婦」を煽った植村隆(うえむら・たかし)や、日帝支配への謝罪を叫んだ若宮敬文(わかみや・よしぶみ)を思い出せば納得できるだろう。朝鮮人を庇っている朝日新聞こそ、最も朝鮮人に対して偏見を持っている。悪事をはたらいた朝鮮人が逮捕されると、本名ではなく「通名」で報道するのは、朝鮮人に対する偏見を助長しないためだ、との言い訳をするが信用できない。朝日の連中は、誰よりも早く「犯罪」イコール「朝鮮人」と連想するからじゃないか? 「あ〜ぁ、また朝鮮人が犯罪をしでかしたぞ」と思うから、朝鮮人犯罪者の素性を隠そうとするのだろう。そもそも、朝鮮人には犯罪者が多いと判断することは各個人の自由だし、朝日新聞が検閲者になるのは傲慢だ。「朝鮮人が嫌い」と発言できる日本の方が健全である。もっとも、「金日成が憎い !」と公言できない北鮮が“理想”の朝日では、“日本国民”の自由は理解できまい。
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68467890.html

2015年11月11日
目玉を抉られた朝鮮人官吏 / 憧れの「日本」と忌まわしい「朝鮮」 (後編)
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68471973.html

選択の自由はいけません

Chiara Ferragni 1Blake Livel 3
(左: キアラ・フェラーニ / 右: ブレイク・ライヴリー)

  「カ〜ラ〜ス〜、なぜ鳴くの ? カラスの勝手でしょ〜ぉ」と幼稚園児が歌ったら、「カラスは山に〜」ですよ、と母親が直すだろう。しかし、「ママ、どうしてチョンコは大阪にいるの ?」と子供が尋ねたら、母親は「チョンコの勝手でしょ〜ぉぉ」と歌って誤魔化したくなる。だって、なぜ朝鮮人が日本に住みついているのか、大人だって分からないからだ。この原因を探れば答えが見えてくる。まず、朝鮮人に興味が無い。どうしてか ? 魅力に乏しいから。突き詰めれば、「朝鮮人が嫌いだから」、となってしまうだろう。一般人は嫌いなことに時間を費やすことはない。仕事場から疲れて帰ってくるのに、書斎に閉じ籠もって朝鮮語を勉強するとは想像できない。ストレスの溜まる仕事を終えたら、野球中継を観たり、恋人とデートをする方が普通だ。産経新聞の記者だって、喫茶店で読むのは雑誌『正論』じゃなくて、娯楽がいっぱいの『東京スポーツ』だったりするんじゃないか? 本音を言えば、筆者も朝鮮にまつわる文献を読むのは苦痛である。でも、学校で洗脳された日本国民を正常に戻すため、一肌脱いで“うんざり”するような朝鮮史を勉強しているんだから。(どうせなら、美女が一肌脱ぐのがいいよねぇ。)

  前回、朝鮮に渡った日本人官吏で、朝鮮語を勉強する人が少なかったと書いた。朝鮮での治安維持のため仕方なく勉強した人が多かったみたいだが、戦後はその必要性も無くなったから、朝鮮語を勉強する人はほぼ消滅。だいたい朝鮮語なんて学ぶ価値があるのか? 確かに、貿易会社の通訳者とか外交官なら分かるが、一般国民にとったら苦役以外の何物でもない。英語は必修科目だから説明するまでもない。問題はその他の外国語である。大学で第二外国語を取るとしたら、たいていの学生はドイツ語かフランス語を選ぶだろう。英語の姉妹語だから文法や語彙が似ているし、学んでいて楽しいこともいっぱいだ。西ゲルマン語を選ばない者の中には、支那語をとる者もいるだろうが、それは旅行代理店や総合商社に勤める時、ちょっとは有利になると踏んでのことだろう。「北京語」や「上海語」をマスターして、支那人と友達になりたい、とか支那大陸を見物したい、と願う受験生がいたら会ってみたい。学校で習う支那人しか知らない少年が、実際の支那人と接すれば、その生々しい現実と机上の幻想との違いに驚くだろう。せっかく勉強する言語なら、事前にその言葉を話している民族を調べないと。我々は加工食品を買う時に、その材料や成分を調べるじゃないか。

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(左: 腕白な朝鮮人の子供 / 中央: お酒が好きな朝鮮人女性 / 右: 怒り狂う朝鮮人運転手)

  在日朝鮮人や帰化鮮人にとって、「選択の自由」は敵である。なぜなら、朝鮮人の民族性や文化の品定めが行われるからだ。それに、“憧れ”の日本人が振り向いてくれないから寂しい。半島の朝鮮人が矢鱈と日本人を憎んだり、毎回「いちゃもん」をつけてくるのは、日本人が気になって夜も眠れないからであろう。本当に嫌いなら無視すればいい。洗練された日本人に会うと胸が高鳴るから、朝鮮人は執拗に突っかかってくる。朝鮮人は何かと日本人を「ライバル」視するが、日本人は彼らを対等な民族とは思っていないから相手にしない。朝鮮人に対する印象といえば、せいぜい、酒場で絡んでくる酔っ払いか、路上で物乞いをする浮浪者ていど。一方、朝鮮人は日本人に激しく片思い。ちょうど、迷惑なストーカーと同じ種類である。日本人に対して鼻水垂らしながら、「歴史を直視しろ !」とか「植民地支配を謝れ !」と怒鳴るのに、移住したい国は日本とか、学びたい外国語は英語を除いたら「日本語」、と笑いたくなる矛盾に満ちている。一方、日本人は南鮮に移住するつもりは毛頭無いし、売春婦だって嫌がる。南鮮の受刑者だって、日本の刑務所に入りたい。大学で朝鮮語を勉強したい高校生はまずいないし、朝鮮語学科の偏差値だって、英語科や仏文科に比べればかなり低いはずだ。いくら日鮮関係が重要です、とマスコミが宣伝しても、一般の大学生は自分の時間を下らない言語の習得に当てないだろう。

  正確には覚えていないが、冷戦時代、ポーランドからある中年のオバちゃんが来日したことがあった。彼女は帰国日時が近づくと、祖国に帰りたくないとダダを捏ねたそうだ。その理由とは、日本の豊かさだったという。彼女がスーパー・マーケットに行った時、ポーランドでは想像もできぬほど様々な商品が並んでいたからだ。共産圏だと政府が配給する粗悪品ばかり。腐りかけの牛肉とか、黒くなったバナナとかを、極寒の中列に並んで購入するんだから泣けてくる。日本では普通のオバタリアンが色々な商品を見比べて自由に選んで買うことができる。ネコ用の缶詰だって「へこみ」があったら買わないとか、やたらと消費者の目が厳しい。ちなみに、日本企業に雇われ、猫の餌を缶詰にしていたベトナム人労働者は、日本人のペット愛に驚いていた。それというのも、彼らの昼飯代はペット・フードより安かったから、猫の餌を食べる方が贅沢なのだ。

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(左: 本当の朝鮮人 / 右: 虚構の朝鮮人男女)

  とにかく、朝鮮語を専攻するなど時間の浪費だし、苦労して覚える価値も無い。宮脇淳子さんも指摘していたが、朝鮮における近代学術用語はみんな日本人がつくったものである。支那の冊封国(さくほうこく)だった朝鮮には「四書五経」の語彙しかないから、近代化の語彙は日本から輸入するしかなかった。見栄を張ることが生き甲斐の朝鮮人にとって、日本人からの恩恵に浴しているなんて認めたくない。しかし、ハングルで表した朝鮮語を漢字に直せば、日本人が考案した言葉ということがバレてしまう。それが嫌だからハングルで通しているそうだ。宮脇氏によると、「約束」は「ヤクソ」で、「先輩」は「ソンベ」なんだって。(宮脇淳子 『韓流時代劇と朝鮮史の真実』 扶桑社 2013年 p.168) 支那人だって口に出して言わないが、「憲法」「哲学」「共産」などの学術用語は日本製だ、ということを知っている。その劣等感を隠すために、「中国は日本人に漢字を教えてやったのだ」と高飛車に説教するのだ。

  こう言われると学校教師やご意見番の評論家は、「ごもっとも」と頷(うなづ)いてしまうから情けない。大昔には国境とか知的所有権の概念は無かったから、知識や技術は簡単に外へ流れてしまったし、それを防ぐ手段など無かった。日本人が漢字を輸入したのは確かだが、支那の文字を取り入れても、日本人はそれを鵜呑みにせず、自分の言語に合うように改造したんだからすごい。品性下劣な支那人が何と言おうとも、我々は支那人にひれ伏すことはないのだ。イギリス人を見てみよ。彼らはアルファベットを使っているが、その基になったのはギリシア文字であることくらい子供でも知っている。もっと遡れば、アルファベットはフェニキア人の楔(くさび)形文字から由来する、と分かるだろう。そこで、イギリス人は現代のギリシア人やレバノン人に感謝すべし、と日本人が勧告したら、彼らは何と言うだろうか? 「アホか、お前は」と一喝されて終わりだ。世界言語たる英語を自慢しているイギリス人が、古代フェニキア人の末裔たるレバノン人の皆様に感謝します、と宣言するのか? レバノン人だって馬鹿らしいから、そんなことは要求ないだろう。「無駄で元々、日本人が怯めば得」と考える支那人だから、日本国民は絶対に頭を下げてはならない。相手が弱みを見せれば、とことん付け込むのが支那人の性質だ。「骨までしゃぶるヤクザと同じやん」、と気づかぬ日本人が多くて困る。

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(左: 抗議するギリシア人の群れ / 右: レバノン人たち)

  現在の朝鮮人は、かつて両班が「諺文(おんもん)」と蔑んでいた文字を、知らぬ顔して「偉大な文字」と称賛しているんだから呆れてしまう。NHK「ハングル講座」の講師は、朝鮮の伝統を尊重し、「ハングル」を「諺文」と呼べばいいのに。こんな言語を日本人が学ばないのは当然である。それに、我々が外国語を学ぶ時は、ただその言葉を口まねするのではなく、その言語を話している民族や、その言葉で書かれている文学、さらにその精神文化や古典まで尊敬できないと、勉強する気が起きない。フランス語やドイツ語を専攻したり、第二外国語として選択する日本人には、西歐人に対する尊敬がある。「スタンダールの小説は味わいがある」とか「ウィット(機知)に富んだフランス人との会話は刺戟的だ」と思う者が多かったし、「ドイツ民族の精神は立派で、日本人も見習うべきだ」といった意見や、「シュタウフェン朝の歴史は活力があって魅力的」と感じる者も多かった。小説家で陸軍軍医だった森鷗外が、ドイツ文化を高く評価していたことは有名だし、ドイツに留学していた乃木希典大将が、ドイツ軍人に感銘を受け、帰国後豹変したことはよく知られている。ところが、朝鮮人を見た日本人の反応はどうか? 鼻をつまんで「臭くてたまらんのう」といった感想がほとんど。朝鮮語を学びたい日本人がいてもいい。しかし、ありのままの朝鮮を事前に教えておくべきだ。

悲惨な朝鮮の過去

  常々不思議なんだが、在日朝鮮人はなぜ「朝鮮語」や「鮮人」という言葉に過剰な反応を示すのか? 文字を見れば「朝」と「鮮(あざ)やか」が組み合わさっているから、侮蔑語でも何でもない。元をたどれば、「東方まず明けて、万物鮮やかなれば、聖人出でて開花におもむける」から「朝鮮」という国号が生まれたのだ。それでも嫌がるのは、その言葉に潜む暗い過去に原因があるのだろう。ちょうど、アメリカ黒人が「ニグロ(Negro)」という言葉を嫌うのと似ている。英語の「ニグロ」はラテン語の「niger」から由来する言葉で、特別に黒人を侮辱する用語ではない。高名な黒人指導者のマーティン・ルーサー・キング牧師だって、堂々と演説の中で使っていたのだ。しかし、黒人は「ニグロ」と耳にすると、悲惨な奴隷時代を思い出すので、その言葉を嫌ったらしい。そこで、「政治的正しさ(poltical correctness)」の観点から禁止されという。「朝鮮」も南鮮人および北鮮人にとって嫌な言葉になっている。だが、韓国の陸軍士官学校は、「南朝鮮国防警備士官学校」として発足したんだから、あながち侮蔑語ではなかろう。ところが、どうしても日本人が口にした「不逞鮮人(ふていせんじん)」とか「チョーセンジーン」を忘れることができない。しかも、在日朝鮮人が抱く不快感は、日本人による軽蔑ばかりではなく、心臓が張り裂けそうになる朝鮮の歴史にあった。朝鮮人は日本の図書館が憎い。恥ずかしい朝鮮社会を記した随筆や回顧録がたくさん所蔵されているからだ。在日朝鮮人の親なら、子供に見せたくない本が大切に保管されているので悔しくて堪らない。アレクサンドリアの図書館みたいに燃えてしまえば良いと願うだろう。それが出来ない場合は、“けしからん”本を借りてきて、気にくわないページを破り捨てるという手段に訴えるかも知れない。図書館に来る朝鮮人には注意が必要だ。

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(左: 哀しむ超前人女性 / 右: スイカを食べる朝鮮人労働者)

  在日南鮮人の中には、朝鮮半島に郷愁を抱く者がいる。しかし、それは日本という現実の桃源郷に住んでいるからだ。玄界灘を隔てた遠くの祖国だからこそ懐かしいのであって、そこから脱出できない彼らの同胞にとっては「生き地獄」に過ぎない。これは何も日本人による中傷ではなく、南鮮人がインターネットで公開している表現である。名づけて「地獄の朝鮮(Hell Chosun)」。セ・ウン・コーという南鮮人は、「コリア・エクスポゼ」に寄稿した記事の中で、「南鮮に生まれることは地獄に入るのと同じで、そこでは人生に於けるすべてのコースが雁字搦(がんじがら)めのシステムによって定められている。したがって、南鮮で誕生した者はその制度によって奴隷にされるのだ」と述べていた。(Se-Woon Koo, Korea , Thy Name Is Hell Josen, Korea Exposé, September 22, 2015) 悲惨な韓国経済は日本でも報道されているから、南鮮の若者が祖国から逃げたいという気持ちはよく判る。貧富の格差と身分差別が密接に絡み合い、その上おぞましい朝鮮の陋習(ろうしゅう)と一緒に固まっているのだ。まるで、ドロドロした熱いタールの中に放り込まれた赤ん坊が、真っ黒いタールの中で溺れているようなものだ。いくら藻掻(もが)いても、冷えて固まるタールの中では無駄である。死んでもその中から救出されることはない。

  豊かで有名な者は、その資産や人脈を使って地獄のシステムをすべて回避できるのに、フランス革命当時の「第三身分」みたいな現在の朝鮮人は、社畜という奴隷になるか、公務員試験を受けて官僚機構の中に逃げ込むしかないという。(Steven Denney, Is South Korea Now ‘Hell Chsun’?, The Diplomat, September 25, 2015) こんな朝鮮では「努力」という言葉が詐欺用語になっている。朝鮮社会の支配者は、やれ「仕事には意義がある」とか「出世は可能で、公正も期待できる」と庶民に言い聞かせるが、そんなのは都合良く利用するためのトリックに過ぎない、とセ・ウン・コーは嘆く。『朝鮮が嫌い』という小説を書いたヤン・カン・ミュンによると、地獄のような朝鮮には「金のスプーン」をくわえた階級と、「土のスプーン」しかない階級があるそうだ。(Cho Han-Dae, Author expounds on ‘Hell Joseon’, Korea Joong Ang Daily, October 12, 2015) これは英語の「豊かな家」に生まれたことを意味する「銀の匙(silver spoon)」から得た表現だろう。資産家や政治家の家庭に生まれた子供は、順調に支配階級の梯子(ハシゴ)を登り、貧しい平民の家庭に生まれ落ちた子供は、隷従の道を道を歩むしかない。貧民の小倅(こせがれ)が奴隷的人生から抜け出そうと思えば、青春を犠牲にして受験勉強をするしかない。学歴と肩書きが幅を利かせる蛸壺(たこつぼ)ならではの悲劇だ。つまり、無意味で息が詰まるような現代版科挙に合格するため、ひたすらガリ勉して名門大学に進まねばならない。ドジョウが登龍門に挑戦するんだから大変だ。

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(左: 警官に袋叩きにあう朝鮮人 / 中央: 海女の鮮人老婆 / 右: ジュースを飲む朝鮮人)

  こうした嫌な朝鮮になったのも、朝鮮の統治者が民衆をまったく大切にしなかったからである。日本の藩主には名君が多かったのと比べると、朝鮮の両班はヤクザ並かそれ以下だ。朝鮮の貴族など傲慢なくせに、からっきし能が無い穀潰しときている。朝鮮で宣教活動をしていたシャルル・ダレ(Claude Charles Dallet)神父は、朝鮮の支配者たる両班を「暴君」と評している。(ダレ 『朝鮮事情』 金容権訳 東洋文庫 平凡社 1979 p.192) このアカンタレどもは、金が無くなると手下を派遣して、商人や農民からお金を強請り取ろうとした。捕まった者はおとなしく金を出せば釈放されたというが、出さない者は両班の家に連行され、食べ物を与えられず、要求された金額を払うまで笞で打たれたらしい。日本でも小銭持ちの子供がカツアゲに遭うが、恐喝する不良どもだって拉致監禁は滅多にないし、木刀はおろか笞さえ使わないだろう。両班たちは農民から田畑や家を買い上げる時は、ほとんどの場合、支払いをしなかったそうだ。借りたものだって返したことがない両班だから、代金など最初から渡すつもりはない。もっと酷いのは、こうした強奪行為を阻止できる守令(民事裁判の判事)が一人もいなかったことである。

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(左 / 駕籠に乗る朝鮮人)

  両班はアンタッチャブル(untouchable)だった。これは、インドの不可職賤民とか、日本の漫才師じゃないぞ。米国では、マフィアも手出しができぬFBI捜査官とか、財務省のシークレット・サーヴィスみたいな人物がアンタッチャブルと呼ばれるが、朝鮮では正義のカケラも無い尊大な支配者を意味する。両班に対しては、金持ちや貧民、知識人を問わず、誰もその身体に触れることはできず、もし誤ったとしても、一旦触れれば即厳罰。両班の住居は神聖なものとされ、女を除いて、その庭に入っただけでも罪となる。女は動物並だから許されたのであろう。日本の武士や豪農が見れば両班なんぞ弱虫の下郎にしか思えないが、意気地無しが当然の朝鮮では、ふんぞり返ることができたらしい。馬に乗って旅をする一般人が、両班の家の前を通り過ぎる時には、必ず馬から下りねばならなったという。また、馬上の両班と出逢った常民は、馬に乗っていれば直ちに下りなければならなかった。もし、すすんで馬から下りぬ常民は、無理やり馬から引きずり下ろされ、反抗した場合には、ゴミや泥の中に叩き込まれたという。馬で移動する両班は、数人の従者を伴っていたから、タチの悪い取り巻き連中は、さぞ大いばりで街を闊歩していたに違いない。

  傲慢を絵に描いたような両班は、自分の特権について非常に敏感でうるさかった。少しでも敬意を示さぬ者には残忍な報復を下したそうだ。ダレ神父はあるエピソードを述べている。

  或る惨めで、みすぼらしい風体をした一人の両班が、郡衙(ぐんが/役所)の近くを通っていた。そこへ泥棒を捜していた四人の補卒(ほそつ/岡っ引きみたいな者)が、その両班と出逢い、その外見が怪しかったので、この者は自分たちが捜している下手人ではないかと疑い、ぶしつけな尋問をしたそうだ。すると、両班は答えた。「はい、そうです。私の家にまで来て頂ければ、共犯者も教えますし、盗品を隠している場所も教えましょう」と。そこで、補卒たちが附いて行ったところ、この両班は家に着くなり、召使いの者たち数人と友人らを呼んで、この補卒たちを捕らえてしまった。ここからの仕置きがすごい。拘束された補卒たちは、ボコボコに殴られ、そのうちの三人は両眼を抉(えぐ)られ、残りの一人は片目だけを潰された。つまり、盲(めくら)の三人を引き連れて帰る役目を負わされたということだ。冷酷な両班は、叩き出す時に言い放ったという。「この野郎ども、わかったか。これからはよ〜く見て歩け。お前らが郡衙に帰れるように、目玉一つだけ残してやったんだからな」。(上掲『朝鮮事情』p.194)

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(写真 / 刑罰を受ける朝鮮人受刑者)

  いやはや、残酷というか何というか、朝鮮人ってのは、こういう事だけは一人前(いっちょまえ)なんだから。それよりも恐ろしいのは、こんな野蛮な仕置きをしておいて咎め無し、とはどういうことだ? 荒唐無稽な時代劇では、武士の刀に触れた百姓が「斬り捨て御免」に遭った、とされるが、実際にそんなことはなかった。我が国の江戸時代は平和で、武士が乱暴狼藉をはたらけば必ず厳罰が待っていた。北町や南町の代官が、お白洲で犯罪者を半殺しにするなんてあり得ない。遠山の金さんが下手人の目玉をくりぬくなんて、ドラマ作家でさえ想像できないだろう。こんな調子で、冷酷な両班の支配に何百年も隷従していた朝鮮人なら、その根性が歪んで“ねじ曲がって”いるのも当然だ。昔、故・岡崎久彦大使が南鮮に赴任した時、兪鎮午(ゆちんご)という朝鮮人に師事したという。彼は京城帝國大学に鮮人として初めて合格し、終始一番という頴才(えいさい)だったので、戦後、大統領に担ぎ出されそうになったらしい。その兪鎮午が言うには、日本人は朝鮮人に愛国心がないと批判して、朝鮮人を軽蔑するが、それぞれの民族は違っているから、「違う」ことに善悪是非はない。朝鮮人にも愛国心はある。しかし、政府というものを信用していないだけだ。歴史上、朝鮮の民は政府に騙されてばかりで、政府を信頼するとロクなことがない。日本人は政府を信用して一緒になって、何かをやろうとするところが違うのだ、と述べた。(「近代史百年曇りなき歴史常識」 『諸君 !』 2003年2月号 p.197)

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(左: アルファ君 / 中央と右: シバ君)

  兪鎮午の見解はもっともだが、どの王朝になっても民衆の搾取がなくならないというのは、朝鮮人支配者と朝鮮社会に本質的な缺陷(けっかん)があるという証拠だ。仮に、平民が官僚や王族に出世したとしても、彼は民衆のために献身せず、旧来の支配者として君臨し、かつての仲間を弾圧するに違いない。支那で天安門事件が勃発した時、北京政府に抗議する支那人の「民主主義」活動家を、台湾人の黄昭堂(こう・しょうどう/昭和大学教授)は冷ややかに見ていた。支那人の兇暴性を身に沁みて分かっていた黄教授は、「ケ小平を非難する彼らが権力を握れば、彼らもまた独裁者になるだろう」と予測していたのだ。なるほど、支那人や朝鮮人にも“愛国心”があるのだろう。ただし、それは「支配者」として、自分が私物にした国家を大切にすることを意味するから、日本人や欧米人が抱く祖国愛ではない。とにかく、朝鮮の支配層がロクで無しの集団であるとこだけは確かだ。朝鮮人は毎日棍棒で撲られる犬と変わらない。虐待された犬は、人に対して攻撃的だし、反抗的なのに臆病で、暗い表情をするものだ。日本人は愛嬌のある看板犬に近い。鈴木たばこ店のシバ君(東京都小金井市)や平田たばこ店のアルファ君(大阪府富田市)のように、笑顔で客を迎えるのを見れば、いかに飼い主から愛情を注がれているかが分かる。日本人なら、亡くなった主人の墓前をいつまでも離れない犬を見て、涙を流して感動するし、飼い主と忠犬の絆に感銘を受けるだろう。犬を天井に吊して、棒で滅多打ちにすれば美味しい犬肉になる、と考える朝鮮人とは違うのだ。(朝鮮人の理屈では、殴られた犬が「恐怖心」で何らかの分泌液を出して、肉が旨くなるという。朝鮮人相手に「ぎぁぁぁ、残酷 !!」と非難しても無駄。)

伝統的にたかり根性の朝鮮人

  乞食の髪から落ちるフケやシラミに終わりがないように、朝鮮人が嫌われる理由にもキリが無い。余りにも多いから、そのうちの一つだけ述べてみたい。明治の頃、朝鮮に渡った日本人は朝鮮人が“ぐうたら”なのに呆れたが、他人に対する依存心が強いことにも驚いた。希望を持って一生懸命働く者はほとんど居ないが、道端でぽか〜ん、と口を開いてしゃがんでいる若者や、キセルを吹かしてぼんやり空を眺める老人など、まったく「活気」が見られなかった。自分で努力するより、他人に頼って利益を得ようとする。日本人なら、有力者や両班の家に群がってくる親戚や食客が多いことに眉をひそめるだろう。でも、朝鮮だと他人にたかることは恥ではない。両班が首尾良く何らかの官職にありつけば、彼の親戚縁者、たとえ遠縁の者まで面倒を見る羽目になる。朝鮮の風俗慣習では、出世した者が一族全体を扶養する義務があるからだ。運良く両班が守令(判事)になったら、意地汚い連中がうようよ集まってきて、甘い汁を吸おうとする。もし、職を得た両班が充分な誠意を示さなければ、この貪欲な者たちは、様々な手段を用いて金儲けを企んだ、というから始末に悪い。例えば、守令が留守の時、たかり屋どもは徴税官のもとに行き、幾ばくかの金を要求する。もちろん、徴税官は金庫に一銭もないと答える。すると、彼らは徴税官を脅し、手足を縛って手首の方を天井に吊し、拷問にかけたという。まんまと金銭を奪い取った親戚どもはホクホク顔。後に守令がこの掠奪行為を知ったとしても、たいていは目をつむるだけだった。なぜなら、その両班だって官職に就く前は、このゴロツキどもと同じような事をしていたからだ。

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(写真 / 日本統治前の朝鮮人たち)

  両班は汗水垂らして働く事をしなかったし、ちょっとした「労働」でも卑しいと考えたから、官職が名誉を保つ唯一の職業だった。どこかに書いてあったが、両班どもはテニスをする日本人や欧米人を見て、どうしてわざわざ汗をかいて動き回るんだ、と不思議がって、使用人のすることだ、と馬鹿にしたらしい。それはともかく、朝鮮人はチンケな奴でも見栄を張るから、両班ともなると太っ腹なところを見せなくてはならない。そんな見栄っ張りの屋敷には、寄食者や請願者、不運な者、官職を漁る者が、続々と昼夜を問わず押し寄せる。大臣や人事権を持つ大官の舎廊房(さらんばん/書斎や応接間)には、こうした乞食の群れが居坐っていた。彼らは大臣たちの気持ちをくすぐって、何らかの利益を得ようとするのだ。偉い人間の注意を引くためなら、甘言を用いることもあるし、粘り強く食い下がって、多少なりともお零(こぼ)れに預かろうとしたそうだ。こうした品性下劣な連中のうち、得に有力者の舎廊房に出入りする、暇人でスカンピンの貧乏人は、「門客(もんかく)」と呼ばれた。この者は両班や大臣、あるいは官僚の邸宅に出掛けては、勝手に勤労奉仕を行い、その代償として何らかの官職を得ようとしたらしい。

  朝鮮の地で殉教したプールティエという宣教師が、この寄食者について面白いことを述べていた。他人の家に出入りする門客など、砂糖に群がる蟻みたいなもんだ。もっともらしい口実を設けて、一旦有力者の家に潜入できたら、ただ一つの事に没頭する。それは、狙いをつけた“旦那”の性格や嗜好、癖などを注意深く観察し、細部に至るまで調べることである。なぜなら、そうすることで門客は自分の才知を披露したり、相手の御機嫌を窺いながら、迎合する機会を得ることができるからだ。また、この門客は献身の誓いを何度も繰り返していたという。そうすれば、いつかは主人の好意を得ることができるんじゃないか、と期待していたからだ。まったく、口先だけの輩(やから)には吐き気がする。アジア人だから仕方ないが、この野心家は支那人と同じ性質をもつ。すなわち、自分の腹を絶対悟られぬよう、偽ることに長(たけ)けている。彼は出入りする場所の雰囲気を細心の注意を払い研究していたという。彼は失態を犯した時でも、泰然とした顔つきを保ちつつ巧みに順応する。こいつは口を噤(つぐ)んでいたい時には、却ってベラベラ喋りまくるし、家計が苦しくなって悲惨な状態になっても、顔を輝かせて満足そうにしていたらしい。喜びや幸福感で心が浮いていれば、逆に悲しみを見せて涙を流す。妻子が飢えで苦しんでいるというのに、舎廊房に着けば、他の人々と一緒になって笑い、遊びに興じなくてはならない。(『朝鮮事情』 p.197)

  支那や朝鮮といった暗黒社会では、自分の感情を素直に表すことできない。もし、相手に対して自分の弱みを曝すことになれば、命を落とすことだってある。支那人だと政治家や商売人はもとより、単なる平民でもちょっと賢い奴は、息子にすら死ぬまで本音を漏らさない。本当の心は墓の中に持って行くのが支那人だ。こんな支那人を師匠と仰ぐくらいだから、朝鮮人も心の底に深い闇を持つ。彼らが礼儀作法や社交辞令を重視するのは、愉快な会話をしながら相手を油断させ、その弱点を探ることにある。門客が地方や都の宮中に入り込めば、内部の寄聞や醜聞など、あらゆる事件を嗅ぎ回り、貪欲に情報を貯め込んだという。ある者は移動新聞とも言えるほど、様々な党派の抗争や陰謀に精通し、政界で蠢(うごめ)く官僚の姓名と地位をこと細かく記憶していた、というからすごい。何としても出世したい朝鮮人は、忍耐も超一流。白髪の老人になっても、20回30回さらに50回、と何度でも科挙に挑戦するんだから。名門大学に入ろうと、必死で勉強する現代の朝鮮人受験生を見れば、朝鮮はちっとも変わっていないことが分かる。

  朝鮮人は、理論的思考や尚武の精神は丸っきり乏しいが、旨い話となれば驚くほど敏感で、後先考えずに直ぐ飛びつく。チャンスを見つければ、なり振り構わず手にしようとするから、観ている方が恥ずかしくなる。宣教師プーティエは、あるエピソードを語っていた。黄海道(こうかいどう)に一人の進士(科挙の合格者)がいて、3、4年前からある大臣の舎廊房へ熱心に通っていたそうだ。妻子持ちの彼は、まだ官職に就いていなかったので、運を掴むためには如何なる事も厭わなかった。ある日、地方の役人を選ぶ事で頭を悩ませていた大臣は、偶然この進士と二人だけになったという。そこで大臣は、「かくかくの地方は、良い役職であろうか ?」と彼に問いかけた。すると、その進士は突然立ち上がり、大臣の足下に跪いたという。彼は感激した面持ちで、「大臣様は、本当になんとご親切な。大臣様は私めに、いかなる處であれ、一地方を与えようとなさるのですから、そのご恩にはいたく感謝いたします」と答えたそうだ。大臣は彼にちょっと尋ねただけなのに、そのような返答をされたら、どうしてよいのか分からない。大臣は訂正できずに狼狽。しかし、この優柔不断な大臣は、哀れな門客につれない態度を取るわけにもいかなかったので、しぶしぶ彼にその地方を与えることにしたそうだ。( 上掲書 p.200) 呆れるほど厚かましい奴だ。図々しいにも程がある。

仲間にするのが嫌になる朝鮮人

  在日朝鮮人は何かにつけ「日本人からの差別」を訴え、自分たちの地位を守ろうとする。日本人から不当な差別を受けて悔しいのなら、なぜ朝鮮へ戻らないのか不思議である。祖国を「殖民地」にして、女子供を「性奴隷」にしたという極悪民族の国に、親子2代のみならず、3代、4代、5代と居続けるなんて異常だろう。強制連行で日本に来たなら、命懸けで脱出を図るはずだ。いったいぜんたい、釜山を目指すボート・ピープルがいないのはどういう訳なんだ? つまり、彼らは朝鮮が地獄で、日本が楽園ということを認めたくないのだ。来日の経緯を白状すれば、密入国者だということがバレるし、根拠のある歴史を学べば、自らの劣等性が白日の下に晒されるから悔しくて堪らない。日本人から「チョンコは帰れ !」と言われれば、まともに反論できないから、「強制連行だ !! 何とかスミダァ〜」と怒り狂って騒ぐだけ。理性のカケラも無い朝鮮の婆さんは、「哀号、アイゴ〜ぉ〜ぉう」と子供みたいに泣きじゃくるから、慈愛に満ちた日本人はお手上げだ。こんな朝鮮人を間近に見た日本人なら、「やれやれ、朝鮮人ってのはどうしてこうも人に迷惑をかけるんだ?キムチを喰ってさっさと帰れ !」と思うのが普通である。

  在日朝鮮人が帰化することだって腹立たしいのに、特別永住者が重罪を犯しても強制退去とされないのはもっと腹が立つ。内乱罪とか外患誘致罪じゃないと追放できない、では甘すぎる。強姦罪でも排除すべきだ。最近、殺人や放火の罪で無期懲役を受けていた朴龍晧(ぼく・たつひろ)と青木恵子が釈放されて、マスコミは祝福ムードで満ちていた。平成7年7月22日に起きた火災で、青木恵子の娘、めぐみさんが死亡した事件には不審な点が多い。車庫に止めた朴の車からガソリンが漏れて、風呂釜の種火に引火したという、弁護側の主張には納得できないが、警察側の自白調書がいい加減だったので、裁判所は弁護側の訴えを支持するようになった。弁護側の再現実験にも疑問がある。それに気づかず騙されてしまう裁判官は、やはり常識知らずの学校秀才だ。今回の報道で最も憤慨するのは、マスコミが朴による強姦に触れなかったことである。青木恵子の内縁の夫である朴が、当時11歳だっためぐみさんを強姦したことは、本人も後悔して認めており、母親の恵子も知っている。朝鮮人の朴は謝罪しているが、娘の膣内から朴の精子が検出されたことを聞いて、母親の恵子は何とも思わないのか? だいたい借金を抱えた親が娘に1500万円の死亡保険を掛けてるなんておかしいだろう。血の繋がっていない娘を犯した朴が、火事に見せかけて殺したと勘ぐる方が普通じゃないか。警察の杜撰な取り調べで、真相が闇に葬られてしまったのは誠に残念である。しかし、テレビ局が少女強姦の事実を素通りしたのは許せない。彼らの「人権」とやらは、死者に適用されないようだ。

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(左: 殺害されたと推測される青木めぐみ / 中央: 朴龍晧 / 右: 青木恵子)

  日本にやって来た朝鮮人は、下層階級が多かったせいか、やたらと犯罪者が多い。敗戦後の闇市で幅を利かせていた朝鮮人が、粗暴で尊大なのは卑しい生まれに原因の一部あるようだ。祖国では、屠殺業者が白丁(ペクチョン)と呼ばれて蔑まれていたし、官吏や有力者の家には、売り買いされる奴婢(ぬひ)がいた。ところが、不思議なことに、残虐非道な日本人官吏は朝鮮の伝統的奴隷を所有しなかった。本来なら、日本人家庭に数名の朝鮮人奴婢が居てもおかしくはない。日本人の旦那様が気晴らしに、朝鮮女の召使いを台所や玄関で押し倒し、尻をまくって強姦したなんていう話がなかったのは何故か? 在日朝鮮人の子供でも、祖父母から聞いていないとは、どうも合点が行かない。しかし、朝鮮人による日本人女性への強姦が多発していることならよく耳にする。虐げられた下層民が多い朝鮮では、犯罪で失うものが少ないし、見つからなければやってしまえ、という考えが強い。とりわけ、日本人は朝鮮を殖民地にしたから、日本の女を犯すことは民族的復讐にもなる。サッカーの試合で見られる、日本人選手が相手なら、どんな反則でもしていいという心理と同じだ。それに、がさつな朝鮮女と比べたら、洗練された日本人女性は高級品で、羞じらいや可愛さがあるから、朝鮮人強姦魔は益々昂奮するし、やり甲斐のある娯楽となる。

  どんな民族にも強姦魔はいるが、聖職者に性犯罪者が多いというのは、朝鮮ならではの特徴である。新政治民主連合の朴南春(ぼく・なんしゅん)議員は、警察から提出された資料から、過去5年間で起こった専門職従事者による性犯罪に注目した。医者や弁護士、教授、藝術家、聖職者などによる性的暴行や強制猥褻(わいせつ)は3,050件で、そのうち最も多く性犯罪をしでかしたのは、聖職者だったというから驚きだ。具体的には、聖職者が442件、医者が371件、藝術家が212件、教授が110件とのことだった。(「韓国、専門職従事者による性犯罪、『聖職者』が最大」 レコードチャイナ 2015年8月31日) 神様に仕える者が強姦魔では、聖職者ではなく「性慾者」と訂正せねばなるまい。そもそも、朝鮮人が宗教家になるのは、貧しい下層民を救うためではなく、金銭や権力を求めるからじゃないのか? 朝鮮人の牧師なんか怪しいぞ。聖ヨハネは福音書の中で、イエズスが弟子たちの足を洗った話をしている。過越際(Passover)というユダヤ教の祭りが始まるまえのこと。弟子たちと食事をしていたイエズスは、席を立って上衣を脱ぎ、手拭いを取ると盥(たらい)に水を汲んで弟子たちの足を洗ったという。一番弟子の聖ペトロ(シモン)は何故そんなことをするのか師に尋ねた。みんなの足を洗い終わった後、イエズスは答えた。「師であるわたしがあなたがたの足をあらったのだから、あなたがたも互いに足を洗わなければならない。わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするようにと、模範を示したのである」と。(ヨハネによる福音書13章14-15節)

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(左: 金保 / 左: 朝鮮人強姦魔の徐一)

  朝鮮人が自らへりくだって他人の足を洗うなど、かつての奴婢みたいじゃないか。人一倍偉くなって、「大物」呼ばわりされたい朝鮮人が、神様の言いつけとはいえ、奴隷の仕事を進んで行うとは想像しがたい。他人を踏み台にしても、社会的地位を手にしたい朝鮮人だから、「牧師」の職は本性を隠す仮面に過ぎない。イエズスを「神様の子にしてマリアの息子(Christus, Filius Dei, est Filius Mariae)」と習っているヨーロッパ人の子供にとって、神様の奴隷(servus Dei)とう言葉に違和感はない。だって、ローマ教皇の聖グレゴリウス1世が、自らを「天主に仕える僕(しもべ)たちの下僕(Serus serorum Dei)」と称していたのだ。しかし、朝鮮人牧師が平民のキリスト信徒を前にして、「私は皆さんの下僕です」とは言わないだろう。どちらかと言えば、「私に仕えることは、神様に仕えることなのです !」と力説し、「さあ、あなたがたの服を脱ぎなさい」と勧めるんじゃないか。スケベ牧師は、信者の足を洗わずに、若い娘の乳房を洗いたい、というのが本音だろう。亀仙人の爺ちゃんが「オッパイをぱふぱふした〜い」と言えば、「まったく、しょうがないジジィめ !」で済むが、朝鮮人の「聖職者(生殖者?)」が同じ事を言えば、巨大なナメクジみたいで気持ちが悪い。聖神中央教会の金保(きん・たもつ/偽名 : 永田パウロ保)は、100人近くに猥褻な行為を行ったとして逮捕されたが、こいつは牧師というより、聖職者と偽った変態と呼ぶべきだ。スケベ心いっぱいで小学六年生の少女を犯すなど、「卑劣」という言葉さえ上品に感じてしまうじゃないか。

朝鮮人の顔にはなりたくない

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(写真 / 整形手術前後の朝鮮人)

  朝鮮人の悪行と正体をひたすら隠すマスコミと、朝鮮人に対する罪悪感を植え付ける教師のせいで、多くの日本人が朝鮮人に対して弱腰になっている。ところが、敗戦後間もない頃は、朝鮮人に対してのイメージが非常に悪く、率直に自分の感情を表明する日本人が多かった。以前、東大教授の泉靖一(いずみ・せいいち)らによって調査された朝鮮人のイメージを紹介したことがある。日本人の嫌いな異民族大地委に選ばれたのが朝鮮人だった。また、1967年に我妻栄と米山俊直が調査したところによると、朝鮮人に対する印象は、まず「不潔」が67.3%と一番多く、次に「醜い」が28.8%となっていた。(『偏見の構造』 NHKブックス 1967年) その他のイメージとして、「ずるい」(43.7%)とか「無礼」(14.7$)、「腹黒い」(15.8%)という結果がある。こうした意見が大半だったから、当時の日本人は朝鮮人との結婚に反対する者が多かった。左翼の大学教授やテレビ曲の御用評論家は、日鮮友好とか多民族共存を説くが、義理の息子が朝鮮人じゃ日本人の親は肩身が狭いし、朝鮮人の嫁から生まれた孫が、朝鮮人の祖父母や叔父伯母を持つとなれば不憫である。赤の他人なら「気にするな」と簡単に言うだろうが、毎日朝鮮人の顔を見る羽目になった日本人は堪ったもんじゃない。

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(左: サイモン・ベーカー / チャーリー・ハナム / ブラッド・ピット / 右: 田村正和)

  朝鮮人の祖先を持たない日本人でも、在日朝鮮人や帰化鮮人と結婚する人が多くなったが、日本人って「朝鮮人の顔」が好きなのか? 「異民族との共存」となれば、毎日学校や職場で顔をつきあわせる外人が増えることになるし、交際する確率も高くなるはず。若いOLがセクハラを訴える時、たいていの加害者は冴えない顔したオっさんばかり。田村正和や福山雅治みたいな上司じゃないぞ。会社の宴会で盧武鉉や李明博みたいな上司に、肩を叩かれればセクハラと感じるだろうが、俳優のサイモン・ベーカーやチャーリー・ハナム、ブラッド・ピット並の男前なら、腰に手を廻してもらいたいと願うし、“気さくでフレンドリー”な上司となって問題にならない。他人に対する評価を外見で下すことに異論はあろうが、お見合いでも相手男性の顔写真を見てから、会うかどうか決める女性もいるんだから、そんなに目くじらを立てることもなかろう。

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(左: 盧武鉉 / 中央: 福山雅治 / 右: 李明博)

  朝鮮人が帰化を申請する時、仲間として迎える日本国民に賛否を問わないのは、どう考えても納得できない。趣味のクラブのみならず、会社だって社員を募集する時、その者をじっくり調べてから受け容れるじゃないか。しかも、日本国民の遺伝子プールに朝鮮人の精子や卵子が混ざるのだ。帰化鮮人が母国語や祖先の文化を捨てたとしても、朝鮮人の遺伝子は濃厚に残っている。犬だって、ラブラドールとパグを掛け合わせれば、生まれてきた雑種犬はラブラドールと違った顔になるだろう。もしかしたら、飼い主が見つからず、売れ残るかも知れない。最近、日本人女性はどんな顔が好きなのかが気になって、インターネットで調べてみたことがある。すると、リクルート・スタイルが調査した結果にたどり着いた。2014年のアンケートでは、1位が北川景子、2位が石原さとみ、3位が佐々木希(のぞみ)という順位。彼女たちのプロフィールによると、女優をしているそうで、たいそう人気があるようだ。しかし、こうしたランキングは藝能事務所の圧力や、利害による裏工作があるから信用できない。

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(左: 北川景子 / 中央: 石原ひとみ / 右: 綾瀬はるか)

  そんなわけで、別の調査も参考にしてみた。オリコン・スタイルの調査によれば、1位が北川景子、2位が綾瀬はるか、3位が石原さとみ、となっている。こうした女優が、どんな才能を持っているのか分からないので、何とも言えないが、一様に美人であることには間違いない。たぶん、化粧品か何かのモデルもしているんだろうなぁ。彼女たちを美人と呼ぶことに異論もあろうが、ともかく、一般女性が憧れる理想美が彼女たちあるのは確かなようだ。一方、朝鮮人のような顔になりたくて、整形手術をする日本人はいるのか? そもそも、データがあるのかさえはっきりしないのだ。日本人が朝鮮人の容貌を侮蔑すれば、朝鮮人だって反発したくなるだろうが、当の朝鮮人が自らの遺伝子を嫌っているのだから、日本人が嫌っても当然じゃないか。人間には憧れる者を真似たいという欲求がある。ブルボン王朝時代のフランスで、ヴルサイユ宮殿に集まる貴婦人たちはファッション・リーダーになっていた。田舎貴族の奥方のみならず、裕福な商人の娘たちも、宮廷で光り輝く王妃のマリー・アントワネットやデュバリー夫人(Comtesse du Barry)のドレスや帽子とかに夢中になったそうだ。有名なポンパドール夫人はその美貌でルイ15世の公妾になれて、侯爵夫人(Marquise de Pompadour)にまでなれたし、ヴォルテールやフォントネルらと交流する社交界の人気者だった。

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(左: 佐々木希 / マリー・アントワネット / デュバリー夫人 / 右: ポンパドゥール夫人)

  現代でも一般女性が憧れる美女は有名人になる。日本人女性にも人気があるオリヴィア・パレルモ(Olivia Palermo)は、アメリカ社交界の華だし、彼女をモデルにしたTVドラマ『ゴシップ・ガール』は大ヒット。そのドラマに出演していたブレイク・ライヴリー(Blake Livelly)も若い女性にとっては憧れの的である。彼女たちがパーティーに招待されるだけで、お金持ちを含めて大勢の人が集まるし、マスコミの話題にもなるから大したものだ。もっと驚くのは、キアラ・フェラーニ(Chiara Ferragni)というイタリア人のお嬢さんである。単なるブログ書きだったのに、その美貌とフッション・センスから世界的な人気者となり、広告収入も増えて高額所得者になったという。「えぇ〜ぇ、そんな。うらやましい」というのが筆者の感想。やっぱり、美人は得だよなぁ。フェラーニ氏がウィンクすれば100ドルくらい貰えるかも知れないが、ブスが瞬きをしても1円にもならないし、せいぜい眼科医で診療費を払うのが関の山。女性だから社会で損をするという思想は間違いだ。「男尊女卑はけしから〜ん」と叫んでいたフェミニストはみんなに謝罪しろ。パレルモやライヴリー、フェラーニたちは、「男性社会」を最大限に利用した受益者ではないか。彼女たちに憧れる日本女性は、自分の好みに忠実なだけで、人種差別を考えているわけではない。

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(左: オリヴィア・パレルモ / 中央: ブレイク・ライヴリー / 右: キアラ・フェラーニ)

  日本人は朝鮮人や支那人を見下している、とアジア主義者は批判するが、自分の“憧れ”を自由に表明できる日本社会は素晴らしい。鉱山労働者の作業着であったジーンズを穿くブルック・シールズを「格好良い」と称賛し、乳出しチョゴリを着た朝鮮女を「恥ずかしい」と評価することのどこに、倫理的罪悪があるのか? 日本人はミロのヴィーナスを製作した彫刻家を差別主義者とは思わないし、むしろ敬意をもって評している。日本人が「美しい」と思った西歐人に接することは、自然で非難されるべきことではないし、「醜い」と感じた朝鮮人に「いっちへ行け」と拒絶するのも悪くはない。以前、美人コンテストに出場する朝鮮人が、みんな同じ顔をしていることに、ヨーロッパ人が驚いた、という記事を読んだことがある。よほど親から受け継いだ容姿が嫌いなんだろう。娘に整形を勧める親もいるくらいだから、「ブスは損で、美人は善」と考えているのかも知れない。確かに、朝鮮人の顔面工事は世界的に見ても高い比率を誇っている。現在、南鮮経済は停滞しているから、人気の顔面工事を政府が奨励すれば、景気刺戟策になるかも知れない。南鮮国民だってケインズ経済学に賛成かもよ。顔面の修復改造工事は、ピラミッド建設みたいに、公共事業になるだろう。日本人としては、朝鮮人が自らの容姿を偽造する方が有り難い。朝鮮統治の歴史を捏造されるよりマシじゃないか。

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(左: 乳が見えそうな朝鮮人女性 / 中央と右: ブルック・シールズ )

卑怯な鮮人は日本から出て行け

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(写真 / 格好をつけている秋山成勲)

  日本人は朝鮮人の容貌に嫌悪感を抱くが、帰化した朝鮮人の性格にも気に入らないところがある。例えば、柔道の国際大会に出場したいから、日本国籍を取った在日4世の秋山成勲(あきやま・よしひろ/本名チュ・ソンフン)は、日本人の挌闘技ファンから嫌われている。彼は柔道家時代に、世界柔道選手権に出場したが、中村謙三選手から非難を受けた。対戦相手の中村氏は、秋山の柔道着がスベルとの抗議を行ったらしい。秋山は洗濯のせいにしていたが、通常は考えられない。柔道家を辞めて総合挌闘家に転身するようになっても、秋山の“いかがわしさ”さは無くならなかった。挌闘技大会「K-1ダイナマイト2006」に出場した秋山は、桜庭和志と対戦したが、足にクリームを塗っており、桜庭氏から「スベるよぉ !」とか「絶対許さない」との猛烈な抗議をうけ、公の席で謝罪したことがある。前代未聞の悪質な反則だ。こうした挌闘技大会には、外国人選手もかなり多く出場していたが、秋山のような反則は聞いたことがない。日本人選手は、オリンピックでも反則をしないで堂々と戦うことで知られている。ドーピング違反をしてまで金メダルを取ろうとする日本人はいなかった。発覚しなければ「違反じゃない」と考える朝鮮人とは違うのだ。

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(左: 秋山のスベる両脚を掴む桜庭 / 右: 秋山に殴られた桜庭和志)

  こうした品性下劣な秋山は、大ブーイングが湧き起こる日本を後にして、米国のUFCという有名な挌闘技大会に参加した。世界の大舞台に立てた秋山は、朝鮮人らしく鼻高々で大いばり。英語も話せないのに、記者会見で自らを「セクシーヤマ」と紹介していた。「アキヤマ」と「セクシー」を重ねて、米国人に覚えてもらおうと考えていたのだろうが、意味不明で誰もも相手にしないし、記憶にも残らない。「セクシーヤマ」なんて日本人なら恥ずかしくて口に出来ないが、センスの悪い秋山には可能だった。いかにも、朝鮮人らしい野暮ったい発想である。そんな秋山の対戦成績は無惨なものだった。ビクトー・ベイフォードやマイケル・ビスピン、ジェイク・シールズ、クリス・レーベンに惨敗。もっとも、UFCの主催者は満足だろう。なぜなら、米国や日本に住む朝鮮人が試合中継を見てくれるし、同胞を応援する朝鮮系アメリカ人は、高価なチケットを買ってくれるからだ。UFC側も朝鮮系観客を取り込みたいから、秋山に目をつけたんじゃないか。グローバリストの米国人は、常に世界市場を意識しているから当然だ。ところで、秋山は日本出身選手と紹介されていたが、果たして何人の在米日本人が秋山を応援していたのか? 日本では悪役の秋山だが、南鮮ではヒーローだ。米国の試合会場だと、朝鮮系アメリカ人が駆けつけて、同胞の晴れ舞台を見守りながら太極旗を振って応援するじゃないか。

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(左: 南鮮の太極旗がよく似合う秋山 / 右: 試合後の秋山)

  秋山が米国のUFCに移籍する前、三崎和雄と対戦したことがある。日本人観客は、オイル・クリームででヌルヌルた反則王の秋山が、メチャクチャに叩きのめされるところを観たい。秋山がリングへ向かう時には、日本人から大ブーイングが起こった。応援していた日本人は、野球選手の清原和博やみのもんたくらいだろう。TBSで番組を持っていたみの氏は、ことさら秋山に肩入れをしていたし、番組内でも熱心に励ましていた。朝鮮人礼賛のTBSに媚びたのだろう。試合は見事な三崎選手の勝利に終わった。三崎のパンチでリングに崩れた秋山が、ヨロヨロっと立ち上がりかけたところで、三崎が秋山の顔面に思いっきりキック。鼻を蹴られてダウンする秋山を見て、日本人観客は大絶賛。「ざまあみろ、朝鮮人!」と言いたいところだが、そこを黙ってこらえるのが日本人。しかし、鼻血を流して意識朦朧の秋山を観たら、みんなが気分爽快になった。試合終了後、三崎はリングの上で観客に向かい、「日本人は強いんです !」と叫んだ。思わず拍手。パチパチパチ。いいこと言うねぇ〜。座布団10枚くれちゃおう。まさに名言だ。日本政府も在日朝鮮人の顔面を蹴飛ばして、「お前ら朝鮮に帰れ !」と言ってやったらどうなんだ? 日本国民はスッキリするぞ。秋山がいくら日本国籍を取得したからといって、日本人が秋山を仲間と認めた訳じゃない。紙切れを額に貼っても日本人にはなれないのだ。

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(左: 三崎和雄に殴られノックダウンする秋山 / 右: 三崎から顔面を蹴られた秋山)

  日本で嫌われている秋山には、日本人妻と娘がいる。娘のチュ・サランは祖国南鮮で人気者だというから良かったじゃないか。やはり、日本で育てるより祖国で育てた方がいい。もともと、南鮮人枠で柔道大会に出場できなかったから、秋山は嫌いな日本国籍を取ったのだ。それに、日本で憎まれ役になった秋山は、祖国で「英雄」扱いだという。日本人を恨む南鮮人にとって、日本人から嫌われる秋山は「日本で迫害される同胞」となる。「敵の敵は味方」という論理だ。秋山はいっそのこと、家族揃って南鮮国籍を取ったらどうだ? 挌闘技を身につけた秋山なら、徴兵に取られても立派に軍隊で生きて行けるだろう。祖父や父が怠った兵役を秋山が果たせば、「チョッパリ野郎」と罵る同胞も許してくれるんじゃないか。秋山の愛国心は憎い日本ではなく、先祖が暮らした朝鮮にあるはずだ。B級映画のポルノ男優に見えてしまう秋山は、祖国に帰れば「野暮天」を「クール」と評してもらえるし、温かく迎えてくれる南鮮人が大勢いるんだから、南鮮国籍でもいいんじゃないか。それに、祖国朝鮮で子供に柔道を教えれば尊敬されるだろう。ただし、たっぷり石鹸を附けて柔道着を洗いなさい、と勧めてはイケナイぞ。

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(写真 / 秋山と娘のチュ・サラン)

  辺境に生まれた乞食でも、放浪するのは都会であり、慣れ親しんだ故郷の田舎ではない。都会に住めば冬でも暖房がきいた場所がいくつもあって、こっそり寝泊まりができるし、ファスト・フード店の生ゴミ袋を漁れば、まだ食べられるハンバーカーを手にすることがてきる。お酒が飲みたくなれば、銀座や新宿を徘徊し、バーの裏口に回って空き瓶を見つけりゃいい。少量でも残った酒をかき集めれば、コップ一杯くらいにはなるだろう。朝鮮人もこうした乞食と同じで、貧しい朝鮮に留まるよりも、光り輝く日本に渡り、浮浪者になった方がマシである。たとえ、低賃金でも炭鉱や工場で働けば、多少なりとも貯金ができたり、出世のチャンスを掴むことができるのだ。重労働だって何のその。“絶望”という未来しか残っていない朝鮮で一生を終えるなんて嫌だろう。蜉蝣(かげろう)の幼虫だって、羽化するなら日本を選ぶだろう。朝鮮の空を飛んだら幼虫時代の苦労が虚しくなる。朝鮮の風景を見ると、アニメ『はじめ人間ギャートルズ』のエンディング曲『やつらの足音のバラード』を、ちょいと変えて歌いたくなるから不思議。(ちゃんとした歌は、作詞園山俊二/作曲かまやつひろし/唄ちのはじめ)

  なんにもない、なんにもない、まったく何にもない
  生まれ〜た、生まれ〜た、風がうまれ〜た
  星がひとつ〜、暗い〜朝鮮に生まれ〜た
  ドブに人が浮き〜、それをボクが助けた〜
  何にもない朝鮮に、日本人がいた〜
  ああ、日本人がいた〜、住んでいた〜

ギャートルズ妖怪人間


(左: はじめ人間ギャートルズ / 右: 妖怪人間のベム・ベラ・ベロ)
  
  いくら日本人が朝鮮人を差別するからといっても、朝鮮社会の差別に比べれは、子供の悪戯(いたずら)程度である。日本人は心が優しいので、徹底した弾圧者になれない。それを見越して朝鮮人は甘えてくる。例えば、“非国民”なのに「国民健康保険に入れろ}と叫ぶ。人情溢れる日本では、スネてゴネれば誰かが助けてくれる。悪臭と蠅くらいが財産の朝鮮人にとって、日本は百貨店や映画館、遊園地まである、きらびやかな黄金郷だし、歩いているだけでも胸がときめく。日本は「幸福」が降ってくる希望の大地だ。祖国では、糞まみれになりながら死んで行く朝鮮人でも、日本に居坐り続ければ、奴婢(ぬひ)や白丁(ペクチョン)の子孫だって「人間」になれる。妖怪人間のベロは、「良いことをすれば、いつか人間になれる」と言うベムの教えを信じて、人間に尽くそうとした。妖怪少年のベロだって努力しようとしたのに、紙切れ一枚で単なる人間以上の、高級な「日本国民」になろうとする朝鮮人は図々しい。「チョンコは帰れ !」と怒号する日本人には、排斥するだけの充分な理由があるのだ。カラスだって山に帰るのに、祖国に帰らぬ朝鮮人は本当に哺乳類なのか?

「追撃編」はまた今度。
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68471973.html
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/334.html#c180

[昼休み52] 日本人女性2人、リゾート地・セブ島で知り合った韓国人の男2人と飲酒→集団強姦される…フィリピン 中川隆
181. 中川隆[-5803] koaQ7Jey 2018年1月26日 16:41:18 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2015年11月18日
恥辱で震える朝鮮人 朝鮮人は出て行け 「追撃編」
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68474226.html

嫌いな国にやって来る朝鮮人

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(写真 / デザイナー・ベイビーのサンプル)

  四角四面の世の中で、意地を通せば角が立つ。丸く収めりゃ腹が立つ。木の葉が沈んで、石が浮く。恨みつらみは色々あれど、じっと堪(こら)えて、いち、に、さん。石の上にも三年だ。空を眺めりゃ、涙もとまる。きっといつかはいいことあるさ。渡る世間にゃ鬼ばかり、とは限らない。人情あふれる日本なら、袖振り合うも何かの縁。神様だって情けはあるさ。鮮人、変人、異邦人、と嫌われ者でも拾ってもらえる。日本に優(まさ)る国はなし。差別も区別も紙一重。世間を恨むな。自分を磨け。とまぁ、こんな調子で説教しても、分からないのが朝鮮人。朝鮮半島の南鮮人が、どんなに我が国を憎んで呪っても、我々は静観すべきである。彼らにだって表現の自由はあるだろう。南鮮国内なら、どんな醜態を晒そうがお構いなしだ。バカは死ななきゃ治らない。日本の庶民は、捏造歴史で教育された鮮人が、怒り狂って反日宣伝を繰り返す事に文句を垂れるが、糞尿まみれの後進国にふさわしい民族なんだから、放っておけばいい。我々にとって問題なのは在日朝鮮人である。日本国民の精神を汚すので取り締まらなくてはならない。そして、文明人が住む欧米だけには、正しい知識を授けてやることが肝要だ。日本人にとって対等な民族は、西歐人だけなんだから。しかしその前に、我々も在日朝鮮人の異常性を再認識する必要がある。

久保田早紀1(左 / 久保田早紀)

  昭和のニュー・ミュージック時代に、久保田早紀が歌っていた『異邦人』という曲が流行っていた。「あなたに、とって私ただの通りすがり〜、ちょっと振り向いただけの異邦人」くらいなら許せるが、日本の自由と福祉を享受しながら、我々に怨念を抱く朝鮮人は見逃せない。便器洗浄剤のCMで、「臭いニオイは元から絶たなきゃダメ」というフレーズがあった。それに倣えば、「うるさい鮮人は元から根絶しなければダメ」となる。在日朝鮮人が繁殖し、傲慢にも日本人に刃向かうようになったのは、彼らの民族性もあるが、一番の責任は日本人にある。甘やかしたツケが廻ってきたのだ。在日朝鮮人すべてを批判できないから、とんでもない考えを抱えた有名鮮人を二三挙げてみたい。

  皆様ご存じ、朝鮮人の巣窟となったTBS。日曜日の朝はゆっくりくつろぎたいのに、テレビをつければ左翼の奴らが雁首並べてピーチク・パーチク喋っている。関口宏の『サンデー・モーニング』には、左翼コメンテーターばかりが出演し、ことさら日本を貶め、中高年の血圧を高めているから、日本人に害を及ぼす不健康番組と言えよう。関口宏の横でふんぞり返る張本勲(はりもと・いさお)も目障りだ。こんな朝鮮人が公共の電波に乗って、毎週喋っているなんて不愉快以外の何物でもない。彼の(本名/張勲)両親は昭和15年に、3人の子供を連れて日本に渡ってきた。四人目の子供である勲は、昭和15年の日本生まれである。4歳の時、川辺で焚火(たきび)遊びをしていたところ、突然トラックが突っ込んできて、彼は焚火の中に押し倒され、右手の薬指と小指がくっついたようになってしまったそうだ。右手に火傷を負った時、彼の母親は勲少年を抱えて、病院を3、4軒廻ったが、どこも「朝鮮人のベッドはない」と断わってきたという。彼の母親はたいそう困ったそうだ。(『現代』昭和57年2月号 ) その後どうやって治療したのか分からぬが、張本氏は過去を回顧して、彼の母親とその世代の在日朝鮮人は、こうた差別による「痛み」を肌で感じていたという。

張本勲1(左 / 張本勲)

  だが、張本氏を断った病院にも、治療を「拒否」するだけの理由があったのではないか? 昭和19年当時の日本には、貧乏な朝鮮人が多かったから、病院側が治療費を請求しても、朝鮮人たちが払うとは限らない。現在のアメリカだって、治療に訪れた患者がまず訊かれるのは、保険に加入しているかどうかだ。保険無しの患者は追い返されるのが普通である。国民皆保険制度のある日本では考えられないだろうが、中流階級のアメリカ白人は、同情が湧かない有色人種のために余計な税金を払いたくないのだ。健康管理もできず、ジャンク・フードで肥え太る黒人や、だらしない生活が日常の南米移民が、税金の補助で高額医療を安く受けられるなんて許せない。日本だって、親切心からアジア人を介抱してやったのに、治療費を踏み倒されて泣き寝入りした病院だって多い。移民推進派は外人の為に余計な税金を払うと約束できるのか? そういえば、日本テレビはアナウンサーたちの給与を大幅にカットしたというが、アジア移民のために更なる給料カットを断行し、移民への治療費に充てるつもりはあるのか? そんなことはまずないだろう。では、NHKやフジテレビ、テレ朝はどうなんだ? 具体的なお金となれば腰が引けるだろう。移民輸入を支持する在京テレビ局は、大企業のスポンサーに1兆円くらいの「ご寄付」を募るべきだ。張本氏は冷酷な日本の病院を非難するが、彼の祖国南鮮では平民に対する医療福祉が、そんなに充実していたのか? 日本人によって“殖民地化”されるまでの朝鮮だと、牛の小便や人糞が治療薬であったから、まともな医学は皆無に等しかった。憎いはずの「日帝」によって、どれほどの朝鮮人が救われたことか。張本勲は日本人の野球にどうこう文句をつける前に、日本人による多大な恩恵を勉強しろ。

  在日朝鮮人は事ある毎に、日本人からイジメや差別を受けたと、幼い頃の思い出をよく話す。しかし、学校や近所の子供から「チョーセンジン」とからかわれても、学校がなかった朝鮮に留まるよりマシだろう。日韓併合で“日本国民”に昇格したから、貴重な義務教育を受けることができたのだ。日本国民なのに無知蒙昧ではいけない、という日本政府の方針により、近代文明に浴することができたのである。第三世界では今だってこんな“贅沢”は期待できない。例えば、日本人なら算数で分数とか体積、速度を習うが、アジアやアフリカの子供だと、その概念さえ掴めない者がいる。3分の1はどんな数量なのか見当もつかないし、トポロジーやアルゴリズムなんて宇宙人の言語にしか思えない。朝鮮人の若者が日本の教育を受けられたことは、スペースシャトルに搭乗できたくらいの感動になる。当時、朝鮮の庶民など、両班にとって家畜と同じ扱いだった。日本統治時代、医学を学ぼうとした朝鮮人に、日本人が「心臓の位置は?」と尋ねたところ、胸のあたりをグルグル触って戸惑っていた、という逸話がある。絶望しかない朝鮮だから、張本氏の親は日本に移り住んだのである。しかし、勲少年は日本人からの侮蔑に憤慨したのだろう。念願の甲子園出場を果たせなかった張本氏が、浪華商業学校で頑張ったのは弁論大会だった。5歳の時広島で被爆したことから、1年生の時に原爆について語り、3世になると同和問題を演説したという。いずれの大会でも優勝したそうである。(小林靖彦編 『在日コリアン・パワー』 双葉社 1988年 p.108) 朝鮮人が同和問題を取り上げれば、そうとうなパンチが効いてるから、日本人生徒の演説が霞んでも当然かもね。

  張本氏はプロ野球界に入った年に、パ・リーグ新人王を獲得し、以後は広角打法を編み出して、昭和45年には3割8分3厘4毛の高打率で首位打者になった。昭和55年には、前人未踏の3千本安打も達成し、23年間に及ぶプロ野球生活で数々の記録を打ち立てたそうだ。終身通算打率でも3割1分9厘を記録し、川上哲治の3割1分3厘を抜いた。首位打者通算7回というのも、長嶋茂雄の6回を上回る最多記録であったらしい。しかし、張本氏の人気は川上氏や長島氏を上回ったのか? 長嶋茂雄監督は一旦引退してからも、ファンの要望で監督に復帰し、王貞治監督率いるダイエー・ホークスを破って、日本リーグ優勝を果たしている。脳梗塞で倒れてからは、テレビに登場しない長嶋氏だが、野球ファンは今でも長嶋氏の雄姿を忘れていないし、その人気は依然として高い。日本人は日本人のヒーローが欲しいのであって、日本を恨む朝鮮人を敬仰したくないのだ。それに、日本人は台湾人の王貞治選手を尊敬していたから、あながち民族差別主義者ではない。筆者も小学生の時王選手の一本足打法を真似て、王選手はやっぱり「すごいなぁ」と尊敬していたものである。子供だったが王選手が日本人ではないことを知っていたが、漫画の「王選手物語」を読んでいたので、勤勉で努力家のホームラン王を好きだった。当時、プロ野球は最も人気のあるスポーツで、王・長嶋時代は巨人の黄金期と今でも思っている。日本人が張本氏を心から好きになれないのは、彼が醸し出す朝鮮人独特の“反日”オーラのせいかもしれない。我々は本能的に、張本氏から滲み出る悪臭を感じているのだろう。日本が好きで陽気な王監督とは対照的である。

ダサい朝鮮人はあっちへ行け

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(左: ザ・ノーランズ<右端がバーニー> / 中央: シェリル・ラッド / 右: リンダ・カーター)

  粋な江戸っ子は“野暮”なことが大っ嫌い。群馬の暴走族、埼玉の不良、茨城の田舎者、を馬鹿にするのはしょうがないのかも。華のお江戸に住まない者に、長年に亘って培われてきた感覚を理解せよ、と言っても無理な話だ。筆者は中学生のとき、アイドル歌手の「追っかけファン」を見て、ダサ〜いと思ってしまった。声楽の知識さえ無い音痴の小娘に入れ上げるなんて、郭(くるわ)の女郎に惚れ込んだ駕籠(かご)かきみたいで情けない。鉢巻き締めて、お揃いの法被(はっぴ)を羽織るなんて御免蒙る。とはいっても、筆者だって小学生の時、貯金箱の小遣いはたいて、ザ・ノーランズ(The Nolands)やシェリル・ラッド(Cheryl Ladd)のLPを買ったことがあるから、似たようなものかもしれない。ちょっと前、ノーランズの筆頭歌手バーニー(Bernadette T. Nolan)が亡くなってので、非常にショックだった。来日した時の動画を何回も観て、しばらく感慨に耽ってしまったことがある。最近はついナツメロに走ってしまい、小学生の時によく聴いたシェリル・ラッドの「ダンス・フォーエバー」や「テイク・ア・チャンス」が懐かしい。(ちなみに『チャーリーズ・エンジェル』に出ていたシェリル・ラッドの吹き替えをやっていた声優は、小川茉美さんで、アニメ『Dr.スランプ』で則巻きアラレの声を担当していた人物だ。また、TVドラマ『ワンダー・ウーマン』で主演していたリンダ・カーターの吹き替えを担当したのは由美かおるだった。昔は、人物に合った声優が選ばれていたので良い時代だった。) ザ・ローリング・ストーンズのチケットを高価でも買うファンの気持ちがよく分かる。キース・リチャードの亀みたいな皺を見ると、過ぎ去った日々の長さが偲ばれよう。

白竜1(左 / 白竜)
  ナツメロを話すと長くなるのでやめておくが、朝鮮人のファッション感覚や音楽センスには“ダサい”ものが多い。藝名「白竜」で知られる田貞一(偽名は高山貞一)は、朝鮮人らしくヤクザとかゴロツキがよく似合う。池上遼一の漫画『HEAT-灼熱』が実写化された時、白竜は「関西山王会」四代目第項の石倉を演じたという。筆者は漫画の映画化には原則反対なので観ていないが、たふん彼にはヤクザ役が似合っていたのだろう。(ついでに言えば、池上氏のヒット作『クライング・フリーマン』も実写化されたが、正直言って余りにもお粗末で、原作を台無しにしている。) ガラの悪い極道と悲惨な乞食を朝鮮人が演じたら超一流だ。これだけは日本人が敵(かな)わない才能である。やはり、下品な家庭で育った子供には勝てないよなぁ。朝鮮人の家庭では、酔っ払って手に負えないオヤジとか、ゴロツキのオジさんが家に出入りしたり、で幼い朝鮮人は肌で“穀潰し”を理解するからだ。それに、朝鮮学校へ通えば、愚連隊の不良どもがうようよいるし、少年刑務所みたいな教室だから、粗暴なしぐさが直ちに身につく。今は俳優として有名な白竜だが、元々は歌手として芸能界に進出したという。彼のデビュー曲は、自ら作詞作曲した『アリランの唄』であった。

  白竜は曲の前半で在日1世の悲哀を語り、一転して激しいビートにのせて2世3世たちの情熱を唄いあげているそうだ。YouTubeで彼のライブ映像を観たが、本当につまらない歌である。だいたい歌詞が笑ってしまうじゃないか。

  アリラン・アーラーリーヨ
  アーアーリラン
  アリラン峠を 越えて行く
  酒を飲んだアボジの歌うたう
  それは故郷のメロディ あの時の玄界灘か
  ・・・・・
  過去をあまりりり話さぬ アボジの青春物語
  それは九州からカラフトまでの苦い青春
  夜汽車の窓から眺めた異国の町
  ・・・
  (註/「アボジ」とは朝鮮語で「父親」を意味する。)

喜納昌吉(左 / 喜納昌吉)
  こんなダサい歌詞を書いて、ロックン・ローラーを気取っているから馬鹿にされるのだ。この白竜はデビューする前、吉祥寺あたりでライブ活動を行っていたという。そんな売れない頃、自信をなくして九州に帰ったとき出逢ったのが、あの沖縄の極左議員、喜納昌吉(きな・しょうきち)である。「類は友を呼ぶ」というが、日本を激しく呪う朝鮮人と、本土に対する怨恨で飯を喰う沖縄人が、共に差別される同類として意気投合したのだ。喜納昌吉は民主党の参議院議員になり、我が国の国益を阻害する「朝鮮半島問題研究会」の幹事を務めていた。日本に対する憎悪感で結ばれているんだから恐れ入る。本土の日本人が困ることで快感を得る沖縄人なら、民族差別に苦しむ朝鮮人に同情を抱いてもおかしくはない。ちなみに、この喜納はかつて麻薬不法所持で逮捕された前科を有し、沖縄刑務所帰りであるそうだ。沖縄の米軍基地にケチをつけることで、左翼の沖縄県民にアピールしたかと思うと、その一方で、アイヌ問題にまでしゃしゃり出ていた。要は、日本人から嫌われたり差別された人間と連携して、反日行動を展開するのが仕事なんだろう。こんな奴に税金から議員報酬が支払われていたのだ。

朝鮮人には特別配慮をする大学

辺真一(左 / 辺真一)
  南鮮や北鮮で何らかの問題が起きた時、テレビ局はしばしば元『コリア・レポート』編集長の辺真一(ピョン・ジンイル)をゲスト解説者として招く。彼の両親は済州島(さいしゅうとう)の出身だという。朝鮮人は日本人からの侮蔑に腹を立てるが、その朝鮮人だって国内差別が激しい。朝鮮人がよく口にする「人はソウルへ、馬は済州島へ」などもその一つだ。歴史的に流刑地だった済州島だから、そこに住む朝鮮人は京城(けいじょう/ソウル)の都会人(?)から馬鹿にされたのだろう。民族意識の強い家庭に生まれた辺真一は、自然な成り行きとして朝鮮小学校に入り、朝鮮高校にまで進んだが、朝鮮大学に行くことはなかった。彼は英文科志望だったので、英文科のない朝鮮大学に進みたくなかったという。でも、かりに英文科があったら、アメリカに潜入するスパイの養成機関になっていたかもしれない。日本人は朝鮮人の民族学校を日本の学校みたいに考えているが、実態は民間人が勝手に「学校」との看板を掲げているだけで、個人の塾みたいなものである。学校法人によって運営されているが、「一条校」、つまり学校教育法の第一条で定められた教育機関ではなく、各種学校扱いなのだ。しかも、朝鮮総連の傘下にあるから、実質的に反日分子の製造工場である。有名な話だが、下関朝鮮初中級学校の校長をしていた曹奎聖(そう・けいせい)は、覚醒剤密輸の容疑で国際指名されてしまった。学校の責任者が北朝鮮から密輸される覚醒剤を扱っていたなんて、普通の日本人は腰を抜かして驚くだろう。しかし、朝鮮学校はテロリスト養成機関という一面をもつので驚くには値しない。

  英語を学びたかった辺氏は、青山学院大学を選んで、受験の申し込みをしたそうだ。しかし、受験日の前日に、彼のところに大学側から電話が掛かってきたので、辺氏は大学の事務局に行ってみた。すると、大学側は願書は受けいれられないので、受験料の返金を行うと言い出した。大学が誤って願書を受理してしまった、というのだ。つまり、高校卒の資格が無い辺氏には受験資格が無かったのである。正式な学校ではなく、単なる朝鮮人の集まりを“卒業”したって、何の学歴にもならない。中卒のみならず小卒ですらないのだ。したがって、朝鮮高校の「卒業生」は、堅気ならパチンコ屋か朝鮮料理店(いわゆる「焼肉屋」)に就職で、能無しの不良なら暴力団か朝鮮総連に転がり込むしかない。まともな民間企業が、朝鮮学校の卒業生を雇うわけないじゃないか。手榴弾でキャッチボールをしないのと同じことだ。朝鮮人を雇って後悔している積水ハウスを思い浮かべれば分かるだろう。(積水ハウスの朝鮮人社員が、顧客と揉めて問題になった事件は有名である。)

  青山学院を門前払いとなった辺氏は、しかたなく明治学院大学を受験したそうだ。彼は試験に合格したが、大学の事務局は彼に受験資格が無いことを問題にしたという。当然だ。日本人の受験生は、ちゃんと合法的な高校を卒業して願書を提出していたのである。受験の条件を満たしていない辺氏を問題としてた事務当局に対し、教授会は彼を特例として認めてくれたそうだ。これが前例となって、翌年から朝鮮高校の後輩も1、2名づつ入学できるようになったという。(『在日コリアン・パワー』 p.221) また、朝鮮人特権が発生したのだ。朝鮮人だと“特別な配慮”がなされるというのは逆差別である。左翼が牛耳る教授会だから、日本人から「虐げられる」在日朝鮮人は、保護しなければならない、と考えたのであろう。これはいかにも、「弱者」に味方することが格好いいと思っている大学教授がやりそうなことである。世間の噂では、TBSの社員募集には「朝鮮人枠」があるらしい。たしかに、在日南鮮人の李民和は「在日」という身分を活用して、まんまとTBSに入社したようだが、採用試験に落ちた日本人応募者は、どう思っているのだろうか?

血統から来る日本人への恨み

  「帰化鮮人は日本人なのか?」という質問に、はっきりと答えられない日系国民は多いと思う。在日朝鮮人が日本国籍を取る理由は、結婚とか就職、進学などの節目によるものから、外国旅行が便利だからというものまで様々。“日本国民”になることは、国家に忠誠を誓い、日本人を同胞と思うことだ。しかし、帰化鮮人はこれに抵抗を覚えるし、日本人だって彼らを仲間と思いたくない。朝鮮人は日本人が民族差別をするから、朝鮮人が日本人を嫌うのだ、という理屈を持ち出す。しかし、血族意識の強い朝鮮人は、我々が崇敬する皇室を敬愛することを躊躇(ためら)う。ひねくれ鮮人には、天皇陛下を「あのジジィ」とか「無駄飯喰い」と呼び、「日帝の親玉」あるいは「侵略者の頭目」という認識しかない。それもそのはずで、在日2、3、4世は日本で生まれるが、「非日本人」として育つのだ。しかも、生まれた時から下等民族の屈辱を味わう羽目になっているので、毎日毎日、「劣等感」という大海の中で浮かんでいるようなものである。したがって、日本を愛するより、憎む気持ちが強くなるのも当然であろう。

  在日朝鮮人は外国人だからいいとしても、帰化鮮人は日本国民になったのだから、高度文明国に属する、という意識をもたねばならない。朝鮮半島の気違い国民が、日章旗を燃やしたり、総理大臣の写真を引き千切りながら、「殖民地支配と侵掠の歴史を謝罪せよ !」と叫んでも、彼らの自由。我々はゴミ溜の中でゴキブリが踊っても気にならないじゃないか。しかし、自宅の台所に忍び込んだゴキブリはスリッパで叩き潰すか、ゴキブリ・ホイホイを設置して捕まえるしかない。我々は国内を綺麗になするため、不逞鮮人の国籍を剥奪するか、帰化した朝鮮人を再教育しなければなせないのだ。つまり、日本国民になった朝鮮人は、捏造の歴史ではなく、一次資料に基づく“学問”としての歴史と、そうした事実を日本人の目で“解釈”する、という点を覚悟せねばならない。まず、密入国してきた在日1世の祖父母が拵(こしら)えた嘘や、その作り話を鵜呑みにした両親の戯言(たわごと)を、きれいさっぱり削ぎ落とす必要がある。日本人は朝鮮人の子供に「可哀想だから」と遠慮するが、立派な日本国民に育てたいのであれば、厳しく躾けるべきだ。劣等国の朝鮮にいる時はいいが、文明国の日本に住むなら、事実の捏造はダメなんだよ、と教えなければならない。

  朝鮮人の家庭では嘘の歴史を子供に教えることは珍しくない。朴聖姫(ぼく・せいひ)というシャンソン歌手がが、家庭で伝えられた日鮮の歴史を披露していた。彼女の父親、朴啓秀(ぼく・けいしゅう)は、李朝時代に宮廷の幼稚舎に勤める両班の父を持っていたそうだ。しかし、日韓併合に抗議して職を辞した後、これといった職に就かなかったので貧しくなった。それで、徐々に所有地を食いつぶし、家財を売り食いしながら暮らす羽目に陥ったという。そんな没落両班の家庭に育った朴啓秀は、弁護士になりたくて昭和の初め18歳の時、日本にやって来た。この例でも分かる通り、極貧の朝鮮に生まれた若者は、憎いはずの「日本」に“希望”を見出して渡ってきたのである。実家からの送金が途絶えて学業を断念した朴氏は、役所の前に早朝から並んで順番を待つ、日傭い労働に従事したという。1日働いても1円40銭しかもらえず、1週間に1回仕事が回ってくれば良い方だった。戦後は朝鮮人仲間と色々なことをしてお金を溜め、かなり裕福になったらしい。恐らく闇市で儲けたんじゃないか。そんな朴氏は、娘の聖姫に厳しい民族教育と躾を授けたようだが、クラッシック音楽のレッスンも与えたという。朝鮮戦争で同胞が血みどろの民族対立を繰り広げているのをよそに、自分の娘(当時6歳)にはピアノの稽古をさせていたのだから、朴氏は日本に住めることが、どれほど有り難いことか分かっていたはずだ。

朴聖姫(左 / 朴聖姫)
  幼い頃からクラッシック音楽の勉強が出来るという、夢のような暮らしをしていた聖姫は、とんでもない歴史を親から聞かされていたのだ。彼女によれば、日本に併合された頃の朝鮮人は、「まったくの文明民族」で、「あまりにもお人好し」だったそうだ。(『在日コリアン・パワー』 p.151) おいおい、なに寝ぼけたこと言ってやがんだ? 「文明民族」だと? 日本人なら、「お前、李朝時代の写真を見たことがないんだろう」と言いたくなる。まぁ、「朝鮮は日本に儒教を教えてやった文明国だ」、とジイさんかオヤジから教わったんだろう。その“お人好し”の朝鮮に、伊藤博文をはじめとする野蛮な日本人が、朝鮮の宮廷に乗り込んできて、「日本刀で脅かしながら」無理やり併合に調印させてしまったのだ、と彼女は信じている。この作り話は、たぶん三浦梧楼(みうら・ごろう)公使による閔妃暗殺疑惑の話が、何かの噂とごちゃ混ぜになって出来上がったものだろう。ちなみに、「乙未(いつび)の変」と呼ばれるこの事件で、閔妃(みんぴ)を実際に殺したのは訓練隊を率いた李斗璜と禹範善たちと言われている。(中村粲 『大東亜戦争への道』 転展社 平成2年 p.70) 閔妃殺害の実行犯と目された三浦公使は、裁判で証拠不十分で無罪となった。

  一般の朝鮮人にとって歴史学は縁の無い学問だし、朝鮮の歴史的事実はみじめ過ぎて学ぶ気になれない。朝鮮人が感情的に日本を憎む原因として、まず個人的な経験がまず挙げられる。困窮した家庭で育った朴聖姫は小学生の頃、税金滞納で両親や祖父が日本の役人に侮辱されたことを恨んでいた。滞納した税金を取り立てに来た日本人は、彼女の祖父に向かって「キサマ、コノヤロー」と言ったそうだ。その侮蔑語に怒った聖姫は、その役人に食ってかかったという。すると、その役人は「キサマ」とは「貴い様」と書くから悪口じゃない、と言われ、反論できず悔しさを噛みしめたらしい。だが、我々はここで注意せねばならぬことがある。朝鮮人の昔話には事実の省略や、勝手な解釈および断片的記憶が渾然となっているから、そのまま信じることはできない。もしかしたら、役所が何度も納税を催促したのに、一向に応じなかったのかも知れないし、役人に対して無礼な口を利いたのかもしれない。また、屁理屈をこねて拒絶する場合だったあるのだ。例えば、朝鮮人や支那人は納税のことで窮地に立てば、日本の侵掠を持ち出して、自分が税金を払わない理由にすげ替えることもある。それに、朝鮮人の態度が傲慢だったり、普段から素行が悪いと、日本人の役人だって、つい「このチョーセン野郎」と怒鳴りたくなってしまう。とにかく、朝鮮人と「理性的」に話すことはできない。日韓首脳会談を何度行っても、歴史問題に終止符を打てないのは、朝鮮人にとって議論とは、相手を屈服させるための行為であるからだ。真面目な日本人が呆れてしまうのも無理はない。

金哲彦1(左 / 金哲彦)
  朝鮮人の怨念が経験に由来する例をもう一つ挙げてみたい。昔、早稲田大学の陸上部に、金哲彦(きん・てつひこ/偽名は「木下哲彦」)というマラソン選手がいた。彼は在日北鮮人で中学生の時は、日本名の「木下」で過ごしていたという。しかし、高校三年生の夏休みに朝鮮総連系の集まりに参加し、全国からやって来た朝鮮人青年と合宿を行ったそうだ。彼は新潟の朝鮮中学で寝泊まりしたり、あの「万景峰号」に乗船し、会食を交えて朝鮮人同胞と議論したことがあるという。金氏は同年代の朝鮮人と交流し、彼らに在日鮮人の苦しみや悩みを打ち明け、互いに批判することで民族意識に目覚めたらしい。その合宿を経て学校に戻った時、陸上部の仲間の前で、「本名宣言」ならぬ「朝鮮人宣言」を行った。(上掲書 p.136) 部活の日本人たちは静かに彼の話を聞き、みんなが「ガンバレ」と言って励ましてくれたそうだ。そんな彼は早稲田大学に進んで、箱根駅伝に「朝鮮名」で出場し、「山登りの木下」という異名を得るくらい良い成績を残したという。

  そんな金氏は小・中・高と日本人の学校に通い、勉強に励んだようだが、社会科の時間は辛かったという。中学時代は朝鮮人の本名と出自を隠していたので、級友たちは彼が在日朝鮮人3世であることを知らなかった。歴史の授業になれば、日韓併合とか朝鮮人問題が教科書に出てくるから、苦しみながら授業を受けたという。彼は回想している。

  ものすごく嫌でした。だから、その部分は聞かないようにするんです。それから、日本の子供がよく使う“チョーセン”という罵倒の言葉。ホント、嫌だった。相手を殴りたいけど、殴るとバレるでしょう。もう、ぶるぶるふるえていましたよ。子供ながらに、心臓が締め付けられる思いだったですね。(上掲書 p.135)


いまでも朝鮮人の素性を隠している帰化鮮人は、テレビ局の報道番組で北朝鮮や嫌韓デモを耳にすると、心臓が締め付けられるような苦しみを味わうんじゃないか。もし、自分の素性を知らない友人が、「韓国人って本当に鬱陶しいよなぁ」とか「朝鮮人って嫌い」とか口にすれば、ムっとくるし、即座に反論したいけど、帰化鮮人問というのがバレるのが怖いから黙るしかない。日本人男性を好きになった朝鮮娘が、恋人を自宅に招きたくないことだってあるだろう。両親や兄弟に会わせたり、自宅にある朝鮮風の装飾品を見られたら恥ずかしい。親は朝鮮民族の誇りをしつこく語るが、娘からすればチマ・チョゴリなんてダサくて着られないし、朝鮮由来のもので自慢するものがあるのか、と反駁したくなる。 彼女たちにとって一番嫌なのは、「朝鮮人であっても全然気にしないよ」と言ってくれる友人が、何かの出来事でほんの一瞬、朝鮮嫌いを垣間見せた時である。差別心など全く持っていないと公言する日本人が、心の奥底で押しつぶすように持っている「侮蔑心」を見せた時、在日朝鮮人はいたく傷つく。朝鮮人に味方する“リベラル派”の日本人は、朝鮮人を「格下の弱者」と見なしているから、「保護」せねばならない、という使命感が生まれてくるのだ。

朝鮮人の容姿が嫌い

  もし、外国人に生まれるならイギリス人やフランス人がいい、と母親に嘆く朝鮮人の子供を以前紹介したことがある。子供は正直だ。大人がいくら建前を述べても、すぐさまその偽善性に気づく。朝鮮人の子供をクラスメートにもつ日本人児童も、ソリが合わない異民族を排斥したいという拒絶反応を示す。子供だからなぜ朝鮮人を受け容れたがらないのか、理路整然と述べることは出来ないし、大人から叱られれば依怙地になって、更に朝鮮人が嫌いになる。朝鮮人を差別してはならない、と説教する大人だって、朝鮮人の遺伝子は出来れば避けたいと考えてしまう。他人の家庭についてなら、人類愛や民族平等主義を口にできるが、自分の家庭となったら話は別。自宅で毎日毎年365日、理想論を突き通すことはできない。もし、朝鮮人が息子の嫁とか娘の亭主になった場合、日本人の親はどう思うのか? また、もし家門を継ぐ養子を取る場合や、朝鮮人の子供で納得するのか? それに、子供をつくれない日本人のカップルが体外受精を選ぶ時も本音が現れる。仮に、自分たちの精子と卵子が使えない場合、朝鮮人の卵子や精子を勧められて了承するのか?

Vivek KohliJagatjeet Singh
(左: ヴィヴェク・コリ / 右: ガジード・シン)

  欧米では人種の好き嫌いは建前上タブーとなっている。しかし、自分の子供となれば、真剣に人種のことを考えてしまうのだ。例えば、自分の子供を持てない人物は現実を直視する。不妊治療を受ける高所得の白人女性や、子供に恵まれない裕福な白人カップルだと、他人の精子や卵子を使って赤ん坊を得ることがあるが、その際、自分たちが望む容姿の赤ん坊を選んでしまうのだ。いわゆる「デザイナー・ベイビー」である。広い世の中には、「あなたが望む通りの赤ん坊を設計できますよ」というキャッチ・コピーで、赤ん坊を製造販売する業者が存在するのだ。こういったビジネスを営む一つが、インドに拠点を置く「ワイザックス・代理出産コンサルタント(Wyzax Surrogate Consultancy)」である。インドのデリーで代理出産仲介業を営むヴィヴェク・コリ(Vivek Kohli)とジャガジート・シン(Jagatjeet Singh)は、子供に恵まれない裕福な西歐人相手に、赤ん坊を斡旋して儲けていた。彼らは不妊に悩む夫婦ばかりではなく、同性愛カップルからも、赤ん坊の注文をとって生産ししていたのである。彼らは顧客からの要望に応え、自分に似ている赤ん坊が欲しいという者から、金髪で青い目の赤ん坊を欲しいという人にまで対応していたそだ。まあ、ペットの犬を購入する時と同じ要領である。

  ワイザックス社はまず材料となる卵子を獲得するため、ウクライナやリトアニア、グルジア、ウクライナ、ベラルーシといった比較的貧しい白人国で捜すことにした。西欧社会では薬品を使って卵子を取り出すことに応募してくれる女性は少ないし、ましてやゲルマン系の白人女性となればもっと難しくなる。それなら、経済が思わしくない白人居住地で、若くて美しい女性を捜した方が楽だ。卵子提供者は誰でもいいわけではない。ワイザックス社は提供者の容姿はもちろんのこと、遺伝病を持っていないかとか、知能指数は高いのかとか、さまざまな要素を精密に検査してから、契約を交わすという。契約が決まったら、医療設備の整ったアメリカのボストンやカルフォルニアに女性たちを送って、そこの医療クリニックで卵子を取り出し、精子を注入して受精卵を作る。ちなみに、ひと束(カップ?)750ポンド(約13万9千900円)の値段になるという。それを冷凍して、こんどはインドに輸送するのだ。先進国のアメリカでは代理母になる女性は滅多にいないし、仮にいたとしても高額な手数料を要求するので割に合わない。だから、後進国のインドで代理母を募集し、彼女たちの子宮に解凍した受精卵を埋め込むのである。貧乏なインドならお金に釣られて、子宮を貸す女性に不足しないし、出産までの費用だって相当安くなる。こうやってグローバル・ベイビーが誕生するのだ。(David Jones, The designer baby factory, Daily Mail, 4 May 2012)

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(写真 / 理想的な白人の赤ん坊)

  日本だと赤ん坊を受注生産して販売するなと、倫理に反するとして非難する人も多いだろうが、ビジネスの世界では本音の欲望に企業が応えているのだ。それに、子供を欲しいと熱望する西歐人カップルが、白人の赤ん坊を希望しても不思議ではなかろう。やはり、アジア人や黒人の赤ん坊より、白い肌のヨーロッパ人に見える子供の方が問題は少ないし、より大きな愛情が生まれてくる。毎日だっこしオムツを取り替える赤ん坊が自分と違った人種では気が滅入ってしまうじゃないか。黒人はもちろんのことユダヤ人などは、こうした白人の赤ん坊を好む傾向に警鐘を鳴らすが、それは彼らの嫉妬心から湧き起こる反対論だろう。自分たちが憧れても手にできないゲルマン的容姿を白人たちが重要視すれば、ユダヤ人の中東アジア的肉体が浮き上がってしまうからだ。ナチ・ドイツがアーリア人の赤ん坊を増やそうとしたレーベンスボルン計画を思い出し、ユダヤ人蔑視が再発するのでは、と騒ぎ出す。しかし、西歐人が自分の種族を増やすことが悪いというのは納得できない。西歐人が金髪や青い瞳、ゲルマン的顔立ちに高い価値を置いても、それは彼らの勝手である。人生色々、人種も色々だ。「蓼(たで)喰う虫も好き好き」と言うじゃないか。ゲルマン的容姿を称賛することに懸念を示すユダヤ人だが、それならユダヤ人はエチオピア人やガーナ人が黒い赤ん坊を増やすことに反対なのか? もし、アフリカ人が縮れ毛で大きな鼻の赤ん坊を望んだら、人種主義の台頭である、と非難するのか? そんなことはないだろう。ユダヤ人はイスラエルで鷲鼻(わしばな)の赤ん坊を増やせばいいじゃないか。こう考えれば、日本人が朝鮮人の赤ん坊を嫌い、日本人の遺伝子を持つ赤ん坊を望んでも異論はあるまい。

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(可愛らしい子供たち / 左: アフリカ黒人の子供 / アメリカ黒人の幼女 / 朝鮮人と黒人の混血児 / 右: 朝鮮人の赤ん坊)

  移民や難民を受け容れるかどうか議論する時、日本人は他人事として取り扱うので、簡単に「いいんじゃないの」と考えてしまう。同化というのは、朝鮮人が日本語を話し日本の習慣を身につけるだけを意味するものではない。日本国民の遺伝子プールの中に、朝鮮人の精子や卵子が混じり、新たな種族が誕生することになるのだ。こうして、地理的に離れた日本と朝鮮が遺伝子で融合し、両国の間に血の架け橋ができてしまう。選択権もなく生まれてくる混血児は、何万何億人もの朝鮮人を祖先に持つようになる。あの吐き気がする朝鮮人の群れが親戚になるのだ。日本人の両親から生まれた子供は、昭和天皇や明治大帝と苦楽を共にした祖父母の蘇(よみがえ)りとなり、日本の歴史を体全体で感じることができる。ところか、日鮮混血児は大統領の李承晩や李王朝の高宗どころか、テロリストの金玉均や独裁者の金日成までもが同胞になってしまうのだ。朝鮮の実態を知らない軽率な日本人は、将来を考えずに惚(ほ)れた朝鮮人と結婚し、日鮮混血児を産んでから後悔することになる。日本人妻は朝鮮人亭主とセックスしても朝鮮人の遺伝子は伝染しないが、子宮にできた受精卵にはちゃんと朝鮮人のDNAが組み込まれてしまうのだ。生まれれば当然朝鮮人の父親に似てくるだろうし、場合によっては舅や姑の面影を持つことだってあり得る。

Korean face 4Korean rapist Joe Son
(左: 朝鮮人の目を真似る西歐女性 / 右: 逮捕された朝鮮人の強姦魔)

  物心がつくようになれは、さらなる悲劇が湧き起こる。成長してから自分の家系や日鮮関係を調べれば、自分が闇市で横暴を極めた第三国人の側に繋がっていることも分かってしまう。日本に於ける朝鮮人の過去といったらロクなものがない。「朝鮮人」と耳にすれば、神戸や博多で麻薬を捌く密売人とか、高利貸しや賭博業でのし上がった成金、暴力団組織で組長にまで出世した在日ヤクザ、といった人物がまず頭に思い浮かぶだろう。だからこそ、朝鮮人の子供は自分の出生を友達の前で隠したいのだ。恋愛感情だけで朝鮮人と結婚してしまった日本人は、子供が恥ずかしい思いをしてから、取り返しのつかない事態に気づく。日本人の親はたいてい、我が子が素直で明るく育って欲しいと望む。しかし、屈辱で顔が引きつる思いをした混血児は、普通の日本人として大人になることはない。彼らは朝鮮半島で日章旗を燃やしながら、日本人を呪う気違い鮮人を見ても、どこか憎めず、却って日本人に反発を覚え、朝鮮人を被害者と考えてしまうのだ。本人も、気づかぬうちに同胞愛が生まれ、日系国民と一緒になって「不逞鮮人は日本から出て行け !」と叫べなくなる。

  日鮮混血児は鏡に映った顔の中に朝鮮人を見るという日々を送るから辛くなる。新大久保やソウルで見かける朝鮮人の群れに、「自分も同じ顔した朝鮮人」との意識が芽生えれば、「あんな奴らと一緒にされたくない」という別の感情が生まれてくる。日本で育ってしまうと、大きな甕(かめ)にキムチを仕込む朝鮮の婆さんや、朝鮮の民族衣装を着て、杖鼓(チャンゴ)や太鼓(ブク)といった楽器を演奏する朝鮮人から目を背けたくなるのだ。日鮮混血児は親から朝鮮語を教えてもらっても、友達の前でその言葉を自慢することはない。ところが、日本人は戦犯とされるドイツ人を尊敬し、ドイツ音楽にも愛好者が多く、ドイツ語を熱心に学ぶ者さえいるのだ。一方、元皇民だった朝鮮人の文化には、全く魅力を感じないどころか毛嫌いする。例えば、「日帝時代」、多くの日本人が朝鮮半島に住んでいたのに、戦後は誰も朝鮮風住宅を建てようとしなかった。不潔な掘っ立て小屋を写真で見れば、なぜ日本人が朝鮮文化を懐かしく思わないのかが分かるだろう。日本人はかつてアメリカ人やイギリス人を「鬼畜米英」と呼んでいたのに、やれクリスマスだ、ヴァレンタイン・デーだとはしゃぎ、最近だとハロウィーンまで祝っている。それなのに、朝鮮の祭りは一切なし。また、朝鮮人の顔に憧れて、あのようになりたいと美容整形しようとする女性は皆無ときている。朝鮮人がかろうじて自慢できるとものといったら、「焼き肉」くらいだ。後は、「ポッキー」や「かっぱえびせん」を無断で真似る泥棒文化しかない。

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(左: 戦犯国で減少するゲルマン系女性 / 中央多民族主義の混血系朝鮮人少女 / 右: 日本で増える朝鮮人の赤ん坊)

  先進国の教育は、立派な国民を育成するのが目的である。しかし、左翼思想が強烈な日本では、国民形成という目的は却下されているから、国民意識は各自が任意で持つしかない。それでも、立派な先人が築いてくれた社会を引き継いでいるので、なんとか常識的判断を有している。しかし、朝鮮人移民や帰化鮮人がこのまま増え続ければ、それに応じて日鮮混血児が増えてしまうだろう。これは日本人の肉体が2分の1、4分の1と少なくなるだけではない。「日本国民」という意識も希薄になるのだ。朝鮮人を始めとするアジア人の遺伝子が混じった者は、住民票や国民番号を持っているが、自らの命を犠牲にしてまで邦人を救う国民ではない。国籍は運転免許証かスポーツ・ジムの会員証程度になる。現在のところ、日本人が多数派だから、帰化鮮人に日本へ同化しろと要求できるが、やがて朝鮮系国民が多くなれば、日系国民が逆に“朝鮮化”することになる。かってあった国民的絆が崩壊し、日本が朝鮮的身分社会に変貌し、他人を踏みつけても自分の利益を確保するアジア的国家になってしまうのだ。日韓併合で朝鮮人は日本人の管理下に置かれたが、多民族主義の台頭で、今度は日本人が朝鮮人の支配に服することになるだろう。未来の日本では首相官邸が、大韓民国から指令を受ける「日本総督府」となるんじゃないか。皇室も廃止されて、「李氏日本」とか「朴氏日本」といった時代になったら恐ろしいよね。
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68474226.html
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[昼休み52] 日本人女性2人、リゾート地・セブ島で知り合った韓国人の男2人と飲酒→集団強姦される…フィリピン 中川隆
182. 中川隆[-5802] koaQ7Jey 2018年1月26日 16:44:39 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2017年10月31日
北鮮の難民がやって来る ?! / 日本国民になってしまう定住朝鮮人
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68679896.html


ミサイル攻撃よりも怖ろしい難民

  総選挙というお祭りが終わって、日本国民一段落したと安堵しているが、議員選びよりも重要な問題が待ち構えている。すなわち、北鮮危機だ。保守系雑誌は「北朝鮮が我が国に向けてミサイルを発射するんじゃないか」とか、「米軍による北朝鮮への攻撃が始まりそうだ」と騒ぎ立て、各誌が特集を組んでいる。だが、本当の国難はそんなものではない。日本政府が自発的、あるいは渋々ながらも、大量の北鮮難民を受け容れてしまうことなのだ。

  確かに、トランプ大統領は強硬な態度を取り続ける金正恩に対し、安易な妥協を見せず、武力制裁を行う可能性がある。そもそも、ロナルド・レーガン大統領に憧れるトランプとしては、ジミー・カーターのように人権外交を標榜して失敗したくない。イランの人質奪還作戦で大失態を犯した大統領は惨めなもので、現在でも語り草になっている。やはり、「強いアメリカ」を前面に出して、自分に刃向かうゴロツキ国家を倒してこそ、偉大なる大統領として歴史に名が残るんじゃないのか。だから、ソ連よりも遙かに劣る北朝鮮に、自ら譲歩して核保有を許してしまうなんて想像できない。もし、トランプが何らかの裏取引で北鮮の核保有を黙認したら、国内の共和党保守派からの突き上げが噴出し、四面楚歌のトランプは益々孤立化を深めてしまうだろう。

Jimmy Carter 1Ronald Reagan 1Donald Trump 14Kim Jong Un 1
(左: ジミー・カーター / ロナルド・レーガン/ ドナルド・トランプ  / 右: 金正恩)

  ただ、国際政治には不確定要素が多いから、正確に未来を予測することは難しい。したがって、我々は最悪のシナリオを想定し、あらかじめ「腹」を決めておく必要がある。例えば、核ミサイルに対する防禦を整備してこなかった日本人は、多くの同胞が死んでも「仕方ない」と諦め、残った国民が復讐心と克己心を持って国家を再興することだ。まぁ、現実的には日米同盟があるから簡単に核攻撃は受けないと思うが、自国を自力で守ろうとしない国民なんだから、同盟国に裏切られて消滅しても文句は言えまい。国際政治で「他力本願」は愚の骨頂だ。少なくとも米国は日米同盟を守ろうと“努力”するが、法の抜け穴を突いて日本を助けない場合だってある。また、そうじゃなくても、日本を軍事的に助けてやる代わりに、経済協力を“水増し”して求めてくることもあるだろう。どっちみち、我が国は苦難に陥るということだ。

左翼分子を披露するテレ朝

  北鮮問題を扱うテレビ番組はいくつもあるが、テレ朝の『ビートたけしのTVタックル』は支那や北鮮を擁護する番組として知れ渡っている。いつもは下らない内容なので観ることはないが、10月29日の放送では、防衛評論家の桜林美佐と経済評論家の三橋貴明、軍事アナリストの西村金一が出演していたので、仕事をしながら片手間で議論を聴くことにした。しかし、制作スタッフの真意は、これらの評論家が発する警告ではなく、極左ジャーナリストの青木理(おさむ)や「アジアプレス」の石丸次郎を世間に紹介することにあった。ワイドショーで常連客の青木はともかく、北鮮を熱心に取材する石丸には用心が必要だ。例えば、彼の北鮮難民に関しての発言は聞き捨てならない。石丸は戦争に伴って「北朝鮮が特殊部隊を送るなんてあり得ない !」とか、「武装難民が日本に押し寄せるなんてナンセンスですよ !」と言いのけた。石丸の考えによれば、「北朝鮮が消滅してしまうのに、特殊部隊が闘う理由なんてあるんですか?」という訳だ。そんなの特殊部隊員が気にすることではない。戦争が始まる前後に特殊部隊への指令が発令されれば、部隊員は命に代えても自分の任務を遂行しようとするし、日本に上陸した部隊は祖国との連絡が無くても暴れ回るものである。

Ishimaru Jiro 2(左 / 石丸次郎 )
  一般の日本人には軍事が解っていない。特殊部隊員は命令を実行することのみに専念する。だから、国際政治とか任務を終えてからの出世は考えない。たとえ、日本人が「北鮮兵士の皆さん、あなた方の祖国は崩壊しましたよ。もう意味が無いので投降して下さ〜い !」とメガホンで呼びかけても、北鮮の特殊部隊員は出頭しないだろう。だいいち、日本国政府は命令の解除コードを知っているのか? 日本に潜入した北鮮兵は、上官からの正式な停戦命令を受けない限り、死ぬまで戦い続けるんだから、日本人による「降伏勧告」なんて「策略」としか思わない。彼らは日本の自衛隊に殲滅されるまで、殺戮や破壊をやめないだろう。

  仮に、特殊部隊が投入されなくても、北鮮難民の中に便衣兵、つまり民間人を装ったゲリラ兵や長期滞在を目論む工作員が紛れ込んでいる場合だってあるのだ。ところが、日本政府は偽装難民と一般難民を区別できないから、どうしても悪質な北鮮人を国内に招き入れてしまう虞(おそれ)がある。たとえ政府が難民を一時的に離島へ収容し、ゲリラ兵の摘発に乗り出しても、国内の反日勢力が政府に圧力を掛け、「人権無視の隔離だ !」とか「人道主義に反する !」「朝鮮人への差別だ !」と騒ぎ立てるから、いつまでも孤島に閉じ込めておくことはできない。ちょっと考えれば朝鮮人を支援しそうな連中など、直ぐ思いつくじゃないか。 例えば、共産党、立憲民主党、民進党、自民党に潜む左翼議員、帰化鮮人の活動家、韓国民団、朝鮮総聯の残党、全共闘崩れの老左翼、人権派弁護士、移民・難民支援団体など、彼らはマスコミと結託して一大勢力を形成し、北鮮難民を本土に迎入れようと手引きするはずだ。

日本に根づく朝鮮人

  難民というのは、いつまでも難民ではない。日本にやって来た北鮮難民は、必ずや「日本国民」となる。金王朝の下で呻吟(しんぎん)した朝鮮人は、豊かで快適な日本に驚いてしまうから、絶対に“あの”悲惨な半島に帰ろうとは思わない。たとえ言葉が不自由で無職の状態であっても、気前の良い日本政府が食事を与えてくれるし、衣服や住居まで手配してくれる。しかも、子供の教育、職業訓練、医療保障に加えて、お小遣いまでくれるんだから至れり尽くせりだ。難民としてやって来た大人が日本国籍を取ることが無理でも、その子供たちは日本の学校に通い、日本語を覚えるわけだから、成人すれば帰化を申請するし、日本人と結婚してしまえば自動的に日本国民になれる。北朝鮮の崩壊を一番喜ぶのは、日本に定住できた北鮮難民だろう。

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( 写真 / 貧困に喘ぐ北鮮人)

  日本人にとって怖ろしいのは、北鮮から発射される核ミサイルではなくて、大量に雪崩れ込む忌まわしい北鮮人だ。北鮮軍による武力攻撃を受けるのは嫌だが、脳天気な日本人が目覚めるのは、本当に目の前で同胞が殺された時でしかない。いくら国会で政治家が軍事的脅威を議論したって、そんなのは所詮「どこか余所の国」で起こる他人事に過ぎないから、大多数の日本国民はたいして関心を示さず、藝能ニュースの方に耳を傾けるはずだ。したがって、いくらJアラートを鳴らしても、有権者は真剣に考えないから、日本国政府に有効な防衛策は無い。日本人は合衆国政府の意向を黙って拝聴するのがせいぜいだろう。

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(写真 / 1950年代、戦争を逃れる朝鮮人)

  問題なのは、戦場と化した朝鮮半島、とりわけ崩壊した北鮮で“厄介者”となる大衆である。もし、米軍が斬首作戦を真剣に実行すれば成功するかも知れない。だが、その後が大変だ。誰が北鮮の後始末をするのか? 本来なら、同胞の南鮮人だろう。しかし、只でさえ不景気に喘ぐ南鮮人が、大量の貧民を新たに抱きかかえることができるのか? 当然、南鮮政府は米国と日本に支援を要請するはずで、堂々と物資や金銭を恵んでくれとせがむだろう。老朽化した工業施設とか、未熟なインフラしかない北鮮が自力で経済復興できる訳がないので、ケチな米国はお金を貯め込んでいる日本に「お前が助けてやれ !」と命令するんじゃないか。結局、拉致被害を受けた日本が、加害者側の北朝鮮に税金を貢ぎ、負担でしかない朝鮮人を国内に引き受けて面倒を見る破目になるのだ。

  日本人はシリア難民を背負い込んだドイツやアメリカに、もっと目を向けるべきだ。ドイツの惨状は頻繁に報道されたから多少は知られているが、アメリカの状況も似たようなものである。例えば、2013年、米国は69,926人の中東アジア難民を受け容れてしまったが、国務省に設置された人口・難民・移民局(Bureau of Population, Refugees and Migration)は、難民を定住させるために3億1千万ドル(約341億円 / 1ドルを110円で換算)もの予算を使ったそうだ。 (Steven A. Camarota and Karen Zeigler, " The Hight Cost of Resettling Middle Eastern Refugees", Center for Immigration Studies, November 2015) シリアなどからの難民に対して、合衆国は手厚い福祉を与えたそうで、個人への社会保障補助金(SSI)は平均で年間13,494ドル(148万4千340円)となり、一世帯当たり最初の五年間で平均21,658ドル(238万2千380円)も支給されていたのである。困窮家庭への臨時給金(TANE)だと、一年に月平均5,061ドル(55万6千710円)となり、一世帯当たり9,287ドル(102万1千570円)となっていた。難民の91.4%が受け取っていた食券プログラム(SNAP)だと、個人としては年間4,039ドル(44万4千290円)貰っていて、一世帯当たり平均18,458ドル(203万380円)が支給されていたのである。

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(写真 / 米国にやって来たシリア難民)

  難民支援者は「人道主義」を掲げて北鮮人を受け容れろと叫ぶが、その親切な人々は自分のお金を使おうとは思わない。「善きこと」は「他人のゼニ」で行う、というのが彼らのモットーであるから、難民が定住するための費用は総て税金である。難民が受け取る支援金は厖大な額なのに、彼らが払うかも知れない税金は勧めの涙程度。金王朝下で奴隷並みの生活をしていた北鮮人には、先進国で必要とされる技術者などはいないし、大多数が未熟練労働者か、潰しの利かない半端者、何をやらせてもダメな木偶の坊、無教養のタダ飯喰らいで、後はチンケな泥棒か、ひねくれ者、殺人鬼、強姦魔、犯罪予備軍くらいである。日本語も解らず、“コレ”といった特技も無い朝鮮人が、日本で出来る仕事といったら筋肉労働くらいしかない。だが、それとて難しいのだ。というのも、朝鮮人に土方をやらせても、現場監督と意思疎通が出来ないから、どんなヘマをやらかすか分かったもんじゃない。したがって、常に目を光らせておかないといけないから、現場監督は精神が休まることはなく、神経が参ってしまうのだ。それに、鮮人人夫が建設工事でヘマをやらかせば、通行人とかに怪我をさせるかも知れないし、場合によっては大事故を引き起こして多数の死傷者を出すかも知れないのだ。雇い主の建設会社は、こうした時の責任を背負う覚悟があるのか? 安くコキ使えるはずの外人労働者が、結果的には「高くついた」なんて事態も考えられるのだ。

  もっとウンザリするのは、北鮮を併合したことで更なる不景気に陥った南鮮から、没落した南鮮人が脱出を図り、手軽に渡航できる日本を目指すことだ。労働移民を歓迎する日本企業と、人口減少に悩む日本政府は、定住目的の南鮮人を排除しないから、益々日本の朝鮮化が進むことになるだろう。多民族主義の脅威に気付いていない日本人にはピンとこないだろうが、定住型の朝鮮人が増えるということは、日本国民の遺伝子プールの中に朝鮮人の精子や卵子が混入し、朝鮮人の肉体を持つ日本人が増えてしまう事を意味する。昭和の頃までなら、大半の日本人にとって朝鮮は“外国”であったが、平成の日鮮混血児にとっては“ご先祖様の郷里”となってしまい、別の形で日韓併合が再現されてしまうのだ。大都市のみならず、全国各地に朝鮮人が拡散し、“朝鮮顔”の日本人が激増してしまうんだから、考えただけでも怖ろしい。

  保守派の知識人や一般国民は、皇室問題や教育問題、農業問題、グローバル経済化などに直面すると、口を揃えて日本文化を守れと訴えるが、「誰が」守るのかに言及しない。大抵の国民は「我々国民が」と述べるが、その日本国民は「日系」なのか「朝鮮系」「支那系」「フィリピン系」「タイ系」なのかを考えず、全国民に呼びかければ“自然と”賛同するはずだと思っている。しかし、日本の文化や伝統、神社仏閣を守るのは、日本人の両親と祖父母を持つ「日系日本人」だけである。もし、朝鮮人の片親を持つと、日本人としての意識が希薄になり、縦糸の「血統」がぼやけてしまうのだ。確かに、日鮮混血児であっても、「日本が好き」と答えるだろう。だが、その「日本」とは「現在だけの日本」あるいは「住み慣れた土地」を意味し、何千年も前から続く「神州」でも「皇国」でもない。朝鮮人や支那人との混血児が、明治の頃の日本人と同じ「国民意識」を持つのか? 彼らは「ナショナリズム」を否定的に捉えるだろう。なぜなら、自分の肉体の中に異質で恥ずかしい遺伝子が含まれていることを自覚しているからだ。日系日本人が「鮮人駆除」を叫ぶと、彼らが嫌悪感を覚えてしまうのは、体内の朝鮮的血統が反応してしまうからである。

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(左: 朝鮮人の生徒 / 右: 「Kポップ」を宣伝する朝鮮人)

  こうした日鮮混血児が増える事は本当に深刻である。昔は、日教組が“日本人の”子供を「反日分子」に改造するため苦労した。しかし、朝鮮系の子供に関しては、そうした努力や洗脳は要らない。帰化鮮人の子供や日鮮混血児は、洗脳せずとも“自然と”日系国民に反感を覚えるし、自ら進んで反日運動に加わったりする。日系日本人なら、たとえ左翼史観や反皇室教育を受けたとしても、何らかの切っ掛けで間違いに気付き、皇室伝統の素晴らしさを理解し、正常な日本人へと戻ることができる。ところが、朝鮮人や支那人の遺伝子が混じった子供は、天皇陛下を目にしても畏敬の念が湧くことはなく、却って「なんだ、あんな奴。いつも威張りやがって。いったい、どこが偉いんだ? 税金泥棒じゃないか !」と思ってしまうのだ。帰化鮮人の全員が反皇室とは限らないが、帰化鮮人の子孫や日鮮混血児で、いったい何人の尊皇主義者がいるんだ? 敗戦から半世紀以上経って、帰化した朝鮮人の子孫はかなりの数に上るはずだ。しかし、彼らの中から立派な伝統主義者とか愛国者が輩出されたとは聞いたことがない。朝鮮系の評論家とか大学教授で、心から日本の歴史や皇室、伝統文化を愛している人物がいたのか? あれだけ多くの朝鮮人が日本の教育を受け、日本人と結婚して子供をもうけ、親子代々日本に住み続けているのに、著名な愛国派知識人すら出現しないのだ。

国内に潜む敵

  先ほど述べた石丸次郎が、特殊部隊の侵入を否定したが、北鮮人工作員を使うのは何も金王朝だけとは限らない。たとえ、彼らの祖国である北朝鮮が崩壊しても、北鮮人が抱く反日感情は消滅しないし、支那人やロシア人が背後で操ることだって考えられるのだ。日本の支那専門家は北京政府の動向ばかり説明しているが、ロシア人とのパイプを隠している北鮮人がどれほど居るのか述べる事はない。もともと、北朝鮮はソ連が創った傀儡国家で、金日成(金聖柱)を首領に据えたのはスターリンである。この独裁者が若き金日成を選んだのは、彼が一番業績が無く、他と比べて操りやすい小僧と踏んだからだ。なるほど、北京政府が北鮮を軍事・経済の面で支援・保護しているが、ロシアが手を引いたとは考えにくい。ロシア人はマフィアと同じだから、一度摑んだ駒は絶対に放さず、徹底的にしゃぶり尽くすし、残りカスまで利用するはずだ。

  したがって、民間人を装って日本に潜入する北鮮工作員の中には、支那人やロシア人の手先が紛れていると考えた方がよい。彼らは直ぐに暴れ回るゲリラ兵とならず、「忍び」として日本に根を下ろし、パトロンの指令を待ちながら「一般人」として暮らすだろう。こうした連中の子供や孫は、やがて日本の官庁や企業、軍隊に浸透し、こっそりと極秘情報を盗み取るかも知れないし、上級幹部になって日本の国益を損なう人材になっているかも知れないのだ。(支那・朝鮮系の警察官や裁判官なんて、考えただけでも身震いする。) それ以上に危険なのは、朝鮮系の子孫が国会議員になって、朝鮮や支那、ロシアのために尽くすことである。現在でさえ、白真勲や福山哲郎といった朝鮮系議員が暗躍しているのに、更なる帰化鮮人議員が増えれば、国防計画でさえ困難な状況になるだろう。例えば、いくら自衛隊が最新鋭の戦闘機やイージス艦を購入しても、こうした反日議員が実戦使用を禁止すれば、単なる模型に過ぎない。つまり、北京政府は日本の議員を最良の「部下」として保有しているわけで、実弾を用いずとも日本の領土を征服できる。

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(左: 北鮮人 / 右: 支那人)

  また、自衛官の中にも支那やロシアに配備された「スリーパー(忍びの草)」がいるから、いざという時は攪乱部隊として起動するはずだ。それに、支那人と結婚した自衛官の息子が自衛隊に入れば、防諜活動にとって別の問題が生じてくる。日本人は建前として民族差別を行わないことになっているから、支那系自衛官への監視が難しくなるだろう。しかし、北京から派遣された工作員は、同じ血を有する「同類」に接触を謀ってスパイに仕立てることが多い。実際、FBIに食い込んだスパイも支那系アメリカ人であったから、支那人の諜報機関は必ず混血児に目を附けてくる。たとえ、日支混血児が最初からスパイでなくても、支那人外交官に対しての抵抗感が薄いので、食事やカラオケの誘いについ乗ってしまうこともある。片親が支那人だと何かと共通点が多い混血児は、何となく支那人工作員に親近感を覚え、交際を続けているうちに“いつの間にか”情報提供者になってしまうのだ。特に、女の工作員が肉体を武器に男性の支那系あるいは朝鮮系自衛官を誘惑したら、結構その手口に嵌まってしまう者も多いだろう。

  難民の受け容れは、日本社会の隅々に損害を与えるものである。我が国の防衛力を低下させるばかりでなく、普段の生活まで食い散らかしてしまうのだ。例えば、難民がもたらす利益などは“ほぼゼロ”に近いが、医療費だけは一人前にかかるし、中には持病持ちもいるから、特別治療を受ける奴もいる。北鮮なら重病に苦しみながら死亡するだけの貧民でも、豊かな日本に来れば最新鋭の医療機器と高度な外科手術で治療して貰えるのだ。また、虫歯だらけの朝鮮人でも、「歯が痛い」と泣きつけば、即座に治療して貰えるんだから、国民健康保険をきちんと払っている日本人は激怒するだろう。日本国民が親子代々長年に亙り、高い保険料を納めながら維持してきた制度なのに、横滑りしてきた朝鮮人が“ちゃっかり”その恩恵に浴しているんだから、頭にきても当然じゃないか。もう説明するのも厭だけど、日本の刑法は犯罪者に甘く、日本の「囚人生活」ですら北鮮の「市民生活」よりも遙かに素晴らしく、“安心して”暮らせる日本の刑務所はサマー・キャンプに近い。

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(左: 朝鮮人女性 / 右: 朝鮮人の少年)

  貧しい外人の到来は、医療費の問題だけではない。難民は子供連れで来るから、日本の人権派は鮮人の児童に対して義務教育を与えろと叫ぶはずだ。しかし、難民の子供は上流階級の私立学校に入ることができないので、必然的に庶民が通う公立学校に配置されることになる。しかし、日本語が不充分な鮮人児童が混入されれば、日本人の児童は大迷惑だ。異民族混淆クラスは、大抵の場合、学力低下に悩む。ドイツでも移民・難民の子供が多く住む地区では、学校の質的レベルが低下し、国家規模の問題となっている。国語(ドイツ語)が分からない移民の子供が、算数や数学、理科を苦手科目とするのは当り前だ。こうなれば、公立学校しか選択肢の無いゲルマン系の親は、移民・難民の流入に不満を募らせ、民族対立の火種となってしまう。日本の親だって、我が子には良い環境で最善の教育を与えたいと望むはずだ。それなのに、政府が勝手に鮮人の児童を日本人クラスに混ぜるから、日本人の親はブツブツと愚痴をこぼすようになる。毎度の事だけど、おっとりした日本の庶民は、自分が招いたわけでもない難民によって苦しむ事になるのだ。(ついでに言えば、日本の給食は北鮮人にとって高級料理と映る。毎日が豪華ディナーとなるから、大人だって学校に通いたくなるだろう。)

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(写真 / 大進化を遂げる朝鮮人女性 )

  難民問題で最大の障壁となっているのは、国内で沸き起こる「人道主義」だ。ユダヤ人が勝手につくった難民条約を締結するから、日本人はその害悪に苦しむ破目になるのだ。国家の将来や国民の日常生活を守るなら、難民条約など廃棄すべきだし、難民がボロ船に乗ってやって来るなら、躊躇せず砲撃で沈めるべきである。国家防衛とは国益を優先することで、流血を見るのが嫌だから、自滅を選ぶというのは愚者の考えだ。撃沈して溺れる難民を見て気の毒に思うのは一瞬の事である。ところが、その苦痛に耐えられないからといって難民を受け容れてしまえば、百年以上、つまり三世代以上の激痛を味わうことになるだろう。現在の日本人は死刑を「忌まわしい」と考える平安貴族のような臆病者になっている。現実の社会には悪人がいるので、社会を維持しようと思えば、犯罪者に温情を示すべきではない。容赦無く斬首刑にすべし。国家への害悪が予想できるなら、躊躇無く北鮮難民を海の藻屑にすべきである。もし、人権派が文句を言うなら、「じゃあ、お前が日本国籍を捨てて、朝鮮半島で人道支援をすればいいじゃないか !」と言ってやれ。こうした左翼に限って、決して日本から出ようとせず、国内で快適な生活を送りながら「善人」の振りをしているものだ。大量の“みすぼらしい”北鮮人が到来した時、「難民を養いたい」と手を挙げる左翼が何人出てくるのか? 本当に楽しみである。
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68679896.html
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/334.html#c182

[昼休み52] "新喜び組"は23歳以下の美女たち! 中川隆
92. 中川隆[-5801] koaQ7Jey 2018年1月26日 16:45:13 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2017年10月31日
北鮮の難民がやって来る ?! / 日本国民になってしまう定住朝鮮人
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68679896.html


ミサイル攻撃よりも怖ろしい難民

  総選挙というお祭りが終わって、日本国民一段落したと安堵しているが、議員選びよりも重要な問題が待ち構えている。すなわち、北鮮危機だ。保守系雑誌は「北朝鮮が我が国に向けてミサイルを発射するんじゃないか」とか、「米軍による北朝鮮への攻撃が始まりそうだ」と騒ぎ立て、各誌が特集を組んでいる。だが、本当の国難はそんなものではない。日本政府が自発的、あるいは渋々ながらも、大量の北鮮難民を受け容れてしまうことなのだ。

  確かに、トランプ大統領は強硬な態度を取り続ける金正恩に対し、安易な妥協を見せず、武力制裁を行う可能性がある。そもそも、ロナルド・レーガン大統領に憧れるトランプとしては、ジミー・カーターのように人権外交を標榜して失敗したくない。イランの人質奪還作戦で大失態を犯した大統領は惨めなもので、現在でも語り草になっている。やはり、「強いアメリカ」を前面に出して、自分に刃向かうゴロツキ国家を倒してこそ、偉大なる大統領として歴史に名が残るんじゃないのか。だから、ソ連よりも遙かに劣る北朝鮮に、自ら譲歩して核保有を許してしまうなんて想像できない。もし、トランプが何らかの裏取引で北鮮の核保有を黙認したら、国内の共和党保守派からの突き上げが噴出し、四面楚歌のトランプは益々孤立化を深めてしまうだろう。

Jimmy Carter 1Ronald Reagan 1Donald Trump 14Kim Jong Un 1
(左: ジミー・カーター / ロナルド・レーガン/ ドナルド・トランプ  / 右: 金正恩)

  ただ、国際政治には不確定要素が多いから、正確に未来を予測することは難しい。したがって、我々は最悪のシナリオを想定し、あらかじめ「腹」を決めておく必要がある。例えば、核ミサイルに対する防禦を整備してこなかった日本人は、多くの同胞が死んでも「仕方ない」と諦め、残った国民が復讐心と克己心を持って国家を再興することだ。まぁ、現実的には日米同盟があるから簡単に核攻撃は受けないと思うが、自国を自力で守ろうとしない国民なんだから、同盟国に裏切られて消滅しても文句は言えまい。国際政治で「他力本願」は愚の骨頂だ。少なくとも米国は日米同盟を守ろうと“努力”するが、法の抜け穴を突いて日本を助けない場合だってある。また、そうじゃなくても、日本を軍事的に助けてやる代わりに、経済協力を“水増し”して求めてくることもあるだろう。どっちみち、我が国は苦難に陥るということだ。

左翼分子を披露するテレ朝

  北鮮問題を扱うテレビ番組はいくつもあるが、テレ朝の『ビートたけしのTVタックル』は支那や北鮮を擁護する番組として知れ渡っている。いつもは下らない内容なので観ることはないが、10月29日の放送では、防衛評論家の桜林美佐と経済評論家の三橋貴明、軍事アナリストの西村金一が出演していたので、仕事をしながら片手間で議論を聴くことにした。しかし、制作スタッフの真意は、これらの評論家が発する警告ではなく、極左ジャーナリストの青木理(おさむ)や「アジアプレス」の石丸次郎を世間に紹介することにあった。ワイドショーで常連客の青木はともかく、北鮮を熱心に取材する石丸には用心が必要だ。例えば、彼の北鮮難民に関しての発言は聞き捨てならない。石丸は戦争に伴って「北朝鮮が特殊部隊を送るなんてあり得ない !」とか、「武装難民が日本に押し寄せるなんてナンセンスですよ !」と言いのけた。石丸の考えによれば、「北朝鮮が消滅してしまうのに、特殊部隊が闘う理由なんてあるんですか?」という訳だ。そんなの特殊部隊員が気にすることではない。戦争が始まる前後に特殊部隊への指令が発令されれば、部隊員は命に代えても自分の任務を遂行しようとするし、日本に上陸した部隊は祖国との連絡が無くても暴れ回るものである。

Ishimaru Jiro 2(左 / 石丸次郎 )
  一般の日本人には軍事が解っていない。特殊部隊員は命令を実行することのみに専念する。だから、国際政治とか任務を終えてからの出世は考えない。たとえ、日本人が「北鮮兵士の皆さん、あなた方の祖国は崩壊しましたよ。もう意味が無いので投降して下さ〜い !」とメガホンで呼びかけても、北鮮の特殊部隊員は出頭しないだろう。だいいち、日本国政府は命令の解除コードを知っているのか? 日本に潜入した北鮮兵は、上官からの正式な停戦命令を受けない限り、死ぬまで戦い続けるんだから、日本人による「降伏勧告」なんて「策略」としか思わない。彼らは日本の自衛隊に殲滅されるまで、殺戮や破壊をやめないだろう。

  仮に、特殊部隊が投入されなくても、北鮮難民の中に便衣兵、つまり民間人を装ったゲリラ兵や長期滞在を目論む工作員が紛れ込んでいる場合だってあるのだ。ところが、日本政府は偽装難民と一般難民を区別できないから、どうしても悪質な北鮮人を国内に招き入れてしまう虞(おそれ)がある。たとえ政府が難民を一時的に離島へ収容し、ゲリラ兵の摘発に乗り出しても、国内の反日勢力が政府に圧力を掛け、「人権無視の隔離だ !」とか「人道主義に反する !」「朝鮮人への差別だ !」と騒ぎ立てるから、いつまでも孤島に閉じ込めておくことはできない。ちょっと考えれば朝鮮人を支援しそうな連中など、直ぐ思いつくじゃないか。 例えば、共産党、立憲民主党、民進党、自民党に潜む左翼議員、帰化鮮人の活動家、韓国民団、朝鮮総聯の残党、全共闘崩れの老左翼、人権派弁護士、移民・難民支援団体など、彼らはマスコミと結託して一大勢力を形成し、北鮮難民を本土に迎入れようと手引きするはずだ。

日本に根づく朝鮮人

  難民というのは、いつまでも難民ではない。日本にやって来た北鮮難民は、必ずや「日本国民」となる。金王朝の下で呻吟(しんぎん)した朝鮮人は、豊かで快適な日本に驚いてしまうから、絶対に“あの”悲惨な半島に帰ろうとは思わない。たとえ言葉が不自由で無職の状態であっても、気前の良い日本政府が食事を与えてくれるし、衣服や住居まで手配してくれる。しかも、子供の教育、職業訓練、医療保障に加えて、お小遣いまでくれるんだから至れり尽くせりだ。難民としてやって来た大人が日本国籍を取ることが無理でも、その子供たちは日本の学校に通い、日本語を覚えるわけだから、成人すれば帰化を申請するし、日本人と結婚してしまえば自動的に日本国民になれる。北朝鮮の崩壊を一番喜ぶのは、日本に定住できた北鮮難民だろう。

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( 写真 / 貧困に喘ぐ北鮮人)

  日本人にとって怖ろしいのは、北鮮から発射される核ミサイルではなくて、大量に雪崩れ込む忌まわしい北鮮人だ。北鮮軍による武力攻撃を受けるのは嫌だが、脳天気な日本人が目覚めるのは、本当に目の前で同胞が殺された時でしかない。いくら国会で政治家が軍事的脅威を議論したって、そんなのは所詮「どこか余所の国」で起こる他人事に過ぎないから、大多数の日本国民はたいして関心を示さず、藝能ニュースの方に耳を傾けるはずだ。したがって、いくらJアラートを鳴らしても、有権者は真剣に考えないから、日本国政府に有効な防衛策は無い。日本人は合衆国政府の意向を黙って拝聴するのがせいぜいだろう。

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(写真 / 1950年代、戦争を逃れる朝鮮人)

  問題なのは、戦場と化した朝鮮半島、とりわけ崩壊した北鮮で“厄介者”となる大衆である。もし、米軍が斬首作戦を真剣に実行すれば成功するかも知れない。だが、その後が大変だ。誰が北鮮の後始末をするのか? 本来なら、同胞の南鮮人だろう。しかし、只でさえ不景気に喘ぐ南鮮人が、大量の貧民を新たに抱きかかえることができるのか? 当然、南鮮政府は米国と日本に支援を要請するはずで、堂々と物資や金銭を恵んでくれとせがむだろう。老朽化した工業施設とか、未熟なインフラしかない北鮮が自力で経済復興できる訳がないので、ケチな米国はお金を貯め込んでいる日本に「お前が助けてやれ !」と命令するんじゃないか。結局、拉致被害を受けた日本が、加害者側の北朝鮮に税金を貢ぎ、負担でしかない朝鮮人を国内に引き受けて面倒を見る破目になるのだ。

  日本人はシリア難民を背負い込んだドイツやアメリカに、もっと目を向けるべきだ。ドイツの惨状は頻繁に報道されたから多少は知られているが、アメリカの状況も似たようなものである。例えば、2013年、米国は69,926人の中東アジア難民を受け容れてしまったが、国務省に設置された人口・難民・移民局(Bureau of Population, Refugees and Migration)は、難民を定住させるために3億1千万ドル(約341億円 / 1ドルを110円で換算)もの予算を使ったそうだ。 (Steven A. Camarota and Karen Zeigler, " The Hight Cost of Resettling Middle Eastern Refugees", Center for Immigration Studies, November 2015) シリアなどからの難民に対して、合衆国は手厚い福祉を与えたそうで、個人への社会保障補助金(SSI)は平均で年間13,494ドル(148万4千340円)となり、一世帯当たり最初の五年間で平均21,658ドル(238万2千380円)も支給されていたのである。困窮家庭への臨時給金(TANE)だと、一年に月平均5,061ドル(55万6千710円)となり、一世帯当たり9,287ドル(102万1千570円)となっていた。難民の91.4%が受け取っていた食券プログラム(SNAP)だと、個人としては年間4,039ドル(44万4千290円)貰っていて、一世帯当たり平均18,458ドル(203万380円)が支給されていたのである。

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(写真 / 米国にやって来たシリア難民)

  難民支援者は「人道主義」を掲げて北鮮人を受け容れろと叫ぶが、その親切な人々は自分のお金を使おうとは思わない。「善きこと」は「他人のゼニ」で行う、というのが彼らのモットーであるから、難民が定住するための費用は総て税金である。難民が受け取る支援金は厖大な額なのに、彼らが払うかも知れない税金は勧めの涙程度。金王朝下で奴隷並みの生活をしていた北鮮人には、先進国で必要とされる技術者などはいないし、大多数が未熟練労働者か、潰しの利かない半端者、何をやらせてもダメな木偶の坊、無教養のタダ飯喰らいで、後はチンケな泥棒か、ひねくれ者、殺人鬼、強姦魔、犯罪予備軍くらいである。日本語も解らず、“コレ”といった特技も無い朝鮮人が、日本で出来る仕事といったら筋肉労働くらいしかない。だが、それとて難しいのだ。というのも、朝鮮人に土方をやらせても、現場監督と意思疎通が出来ないから、どんなヘマをやらかすか分かったもんじゃない。したがって、常に目を光らせておかないといけないから、現場監督は精神が休まることはなく、神経が参ってしまうのだ。それに、鮮人人夫が建設工事でヘマをやらかせば、通行人とかに怪我をさせるかも知れないし、場合によっては大事故を引き起こして多数の死傷者を出すかも知れないのだ。雇い主の建設会社は、こうした時の責任を背負う覚悟があるのか? 安くコキ使えるはずの外人労働者が、結果的には「高くついた」なんて事態も考えられるのだ。

  もっとウンザリするのは、北鮮を併合したことで更なる不景気に陥った南鮮から、没落した南鮮人が脱出を図り、手軽に渡航できる日本を目指すことだ。労働移民を歓迎する日本企業と、人口減少に悩む日本政府は、定住目的の南鮮人を排除しないから、益々日本の朝鮮化が進むことになるだろう。多民族主義の脅威に気付いていない日本人にはピンとこないだろうが、定住型の朝鮮人が増えるということは、日本国民の遺伝子プールの中に朝鮮人の精子や卵子が混入し、朝鮮人の肉体を持つ日本人が増えてしまう事を意味する。昭和の頃までなら、大半の日本人にとって朝鮮は“外国”であったが、平成の日鮮混血児にとっては“ご先祖様の郷里”となってしまい、別の形で日韓併合が再現されてしまうのだ。大都市のみならず、全国各地に朝鮮人が拡散し、“朝鮮顔”の日本人が激増してしまうんだから、考えただけでも怖ろしい。

  保守派の知識人や一般国民は、皇室問題や教育問題、農業問題、グローバル経済化などに直面すると、口を揃えて日本文化を守れと訴えるが、「誰が」守るのかに言及しない。大抵の国民は「我々国民が」と述べるが、その日本国民は「日系」なのか「朝鮮系」「支那系」「フィリピン系」「タイ系」なのかを考えず、全国民に呼びかければ“自然と”賛同するはずだと思っている。しかし、日本の文化や伝統、神社仏閣を守るのは、日本人の両親と祖父母を持つ「日系日本人」だけである。もし、朝鮮人の片親を持つと、日本人としての意識が希薄になり、縦糸の「血統」がぼやけてしまうのだ。確かに、日鮮混血児であっても、「日本が好き」と答えるだろう。だが、その「日本」とは「現在だけの日本」あるいは「住み慣れた土地」を意味し、何千年も前から続く「神州」でも「皇国」でもない。朝鮮人や支那人との混血児が、明治の頃の日本人と同じ「国民意識」を持つのか? 彼らは「ナショナリズム」を否定的に捉えるだろう。なぜなら、自分の肉体の中に異質で恥ずかしい遺伝子が含まれていることを自覚しているからだ。日系日本人が「鮮人駆除」を叫ぶと、彼らが嫌悪感を覚えてしまうのは、体内の朝鮮的血統が反応してしまうからである。

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(左: 朝鮮人の生徒 / 右: 「Kポップ」を宣伝する朝鮮人)

  こうした日鮮混血児が増える事は本当に深刻である。昔は、日教組が“日本人の”子供を「反日分子」に改造するため苦労した。しかし、朝鮮系の子供に関しては、そうした努力や洗脳は要らない。帰化鮮人の子供や日鮮混血児は、洗脳せずとも“自然と”日系国民に反感を覚えるし、自ら進んで反日運動に加わったりする。日系日本人なら、たとえ左翼史観や反皇室教育を受けたとしても、何らかの切っ掛けで間違いに気付き、皇室伝統の素晴らしさを理解し、正常な日本人へと戻ることができる。ところが、朝鮮人や支那人の遺伝子が混じった子供は、天皇陛下を目にしても畏敬の念が湧くことはなく、却って「なんだ、あんな奴。いつも威張りやがって。いったい、どこが偉いんだ? 税金泥棒じゃないか !」と思ってしまうのだ。帰化鮮人の全員が反皇室とは限らないが、帰化鮮人の子孫や日鮮混血児で、いったい何人の尊皇主義者がいるんだ? 敗戦から半世紀以上経って、帰化した朝鮮人の子孫はかなりの数に上るはずだ。しかし、彼らの中から立派な伝統主義者とか愛国者が輩出されたとは聞いたことがない。朝鮮系の評論家とか大学教授で、心から日本の歴史や皇室、伝統文化を愛している人物がいたのか? あれだけ多くの朝鮮人が日本の教育を受け、日本人と結婚して子供をもうけ、親子代々日本に住み続けているのに、著名な愛国派知識人すら出現しないのだ。

国内に潜む敵

  先ほど述べた石丸次郎が、特殊部隊の侵入を否定したが、北鮮人工作員を使うのは何も金王朝だけとは限らない。たとえ、彼らの祖国である北朝鮮が崩壊しても、北鮮人が抱く反日感情は消滅しないし、支那人やロシア人が背後で操ることだって考えられるのだ。日本の支那専門家は北京政府の動向ばかり説明しているが、ロシア人とのパイプを隠している北鮮人がどれほど居るのか述べる事はない。もともと、北朝鮮はソ連が創った傀儡国家で、金日成(金聖柱)を首領に据えたのはスターリンである。この独裁者が若き金日成を選んだのは、彼が一番業績が無く、他と比べて操りやすい小僧と踏んだからだ。なるほど、北京政府が北鮮を軍事・経済の面で支援・保護しているが、ロシアが手を引いたとは考えにくい。ロシア人はマフィアと同じだから、一度摑んだ駒は絶対に放さず、徹底的にしゃぶり尽くすし、残りカスまで利用するはずだ。

  したがって、民間人を装って日本に潜入する北鮮工作員の中には、支那人やロシア人の手先が紛れていると考えた方がよい。彼らは直ぐに暴れ回るゲリラ兵とならず、「忍び」として日本に根を下ろし、パトロンの指令を待ちながら「一般人」として暮らすだろう。こうした連中の子供や孫は、やがて日本の官庁や企業、軍隊に浸透し、こっそりと極秘情報を盗み取るかも知れないし、上級幹部になって日本の国益を損なう人材になっているかも知れないのだ。(支那・朝鮮系の警察官や裁判官なんて、考えただけでも身震いする。) それ以上に危険なのは、朝鮮系の子孫が国会議員になって、朝鮮や支那、ロシアのために尽くすことである。現在でさえ、白真勲や福山哲郎といった朝鮮系議員が暗躍しているのに、更なる帰化鮮人議員が増えれば、国防計画でさえ困難な状況になるだろう。例えば、いくら自衛隊が最新鋭の戦闘機やイージス艦を購入しても、こうした反日議員が実戦使用を禁止すれば、単なる模型に過ぎない。つまり、北京政府は日本の議員を最良の「部下」として保有しているわけで、実弾を用いずとも日本の領土を征服できる。

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(左: 北鮮人 / 右: 支那人)

  また、自衛官の中にも支那やロシアに配備された「スリーパー(忍びの草)」がいるから、いざという時は攪乱部隊として起動するはずだ。それに、支那人と結婚した自衛官の息子が自衛隊に入れば、防諜活動にとって別の問題が生じてくる。日本人は建前として民族差別を行わないことになっているから、支那系自衛官への監視が難しくなるだろう。しかし、北京から派遣された工作員は、同じ血を有する「同類」に接触を謀ってスパイに仕立てることが多い。実際、FBIに食い込んだスパイも支那系アメリカ人であったから、支那人の諜報機関は必ず混血児に目を附けてくる。たとえ、日支混血児が最初からスパイでなくても、支那人外交官に対しての抵抗感が薄いので、食事やカラオケの誘いについ乗ってしまうこともある。片親が支那人だと何かと共通点が多い混血児は、何となく支那人工作員に親近感を覚え、交際を続けているうちに“いつの間にか”情報提供者になってしまうのだ。特に、女の工作員が肉体を武器に男性の支那系あるいは朝鮮系自衛官を誘惑したら、結構その手口に嵌まってしまう者も多いだろう。

  難民の受け容れは、日本社会の隅々に損害を与えるものである。我が国の防衛力を低下させるばかりでなく、普段の生活まで食い散らかしてしまうのだ。例えば、難民がもたらす利益などは“ほぼゼロ”に近いが、医療費だけは一人前にかかるし、中には持病持ちもいるから、特別治療を受ける奴もいる。北鮮なら重病に苦しみながら死亡するだけの貧民でも、豊かな日本に来れば最新鋭の医療機器と高度な外科手術で治療して貰えるのだ。また、虫歯だらけの朝鮮人でも、「歯が痛い」と泣きつけば、即座に治療して貰えるんだから、国民健康保険をきちんと払っている日本人は激怒するだろう。日本国民が親子代々長年に亙り、高い保険料を納めながら維持してきた制度なのに、横滑りしてきた朝鮮人が“ちゃっかり”その恩恵に浴しているんだから、頭にきても当然じゃないか。もう説明するのも厭だけど、日本の刑法は犯罪者に甘く、日本の「囚人生活」ですら北鮮の「市民生活」よりも遙かに素晴らしく、“安心して”暮らせる日本の刑務所はサマー・キャンプに近い。

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(左: 朝鮮人女性 / 右: 朝鮮人の少年)

  貧しい外人の到来は、医療費の問題だけではない。難民は子供連れで来るから、日本の人権派は鮮人の児童に対して義務教育を与えろと叫ぶはずだ。しかし、難民の子供は上流階級の私立学校に入ることができないので、必然的に庶民が通う公立学校に配置されることになる。しかし、日本語が不充分な鮮人児童が混入されれば、日本人の児童は大迷惑だ。異民族混淆クラスは、大抵の場合、学力低下に悩む。ドイツでも移民・難民の子供が多く住む地区では、学校の質的レベルが低下し、国家規模の問題となっている。国語(ドイツ語)が分からない移民の子供が、算数や数学、理科を苦手科目とするのは当り前だ。こうなれば、公立学校しか選択肢の無いゲルマン系の親は、移民・難民の流入に不満を募らせ、民族対立の火種となってしまう。日本の親だって、我が子には良い環境で最善の教育を与えたいと望むはずだ。それなのに、政府が勝手に鮮人の児童を日本人クラスに混ぜるから、日本人の親はブツブツと愚痴をこぼすようになる。毎度の事だけど、おっとりした日本の庶民は、自分が招いたわけでもない難民によって苦しむ事になるのだ。(ついでに言えば、日本の給食は北鮮人にとって高級料理と映る。毎日が豪華ディナーとなるから、大人だって学校に通いたくなるだろう。)

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(写真 / 大進化を遂げる朝鮮人女性 )

  難民問題で最大の障壁となっているのは、国内で沸き起こる「人道主義」だ。ユダヤ人が勝手につくった難民条約を締結するから、日本人はその害悪に苦しむ破目になるのだ。国家の将来や国民の日常生活を守るなら、難民条約など廃棄すべきだし、難民がボロ船に乗ってやって来るなら、躊躇せず砲撃で沈めるべきである。国家防衛とは国益を優先することで、流血を見るのが嫌だから、自滅を選ぶというのは愚者の考えだ。撃沈して溺れる難民を見て気の毒に思うのは一瞬の事である。ところが、その苦痛に耐えられないからといって難民を受け容れてしまえば、百年以上、つまり三世代以上の激痛を味わうことになるだろう。現在の日本人は死刑を「忌まわしい」と考える平安貴族のような臆病者になっている。現実の社会には悪人がいるので、社会を維持しようと思えば、犯罪者に温情を示すべきではない。容赦無く斬首刑にすべし。国家への害悪が予想できるなら、躊躇無く北鮮難民を海の藻屑にすべきである。もし、人権派が文句を言うなら、「じゃあ、お前が日本国籍を捨てて、朝鮮半島で人道支援をすればいいじゃないか !」と言ってやれ。こうした左翼に限って、決して日本から出ようとせず、国内で快適な生活を送りながら「善人」の振りをしているものだ。大量の“みすぼらしい”北鮮人が到来した時、「難民を養いたい」と手を挙げる左翼が何人出てくるのか? 本当に楽しみである。
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68679896.html
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/906.html#c92

[昼休み52] 日本人女性2人、リゾート地・セブ島で知り合った韓国人の男2人と飲酒→集団強姦される…フィリピン 中川隆
183. 中川隆[-5800] koaQ7Jey 2018年1月26日 16:47:22 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2017年08月05日
朝鮮人に補助金だって?! / 愚劣な裁判官の法解釈
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68661767.html


間抜けな密売人

 日本の大学で「法学部」と言えば、人文系の花形みたいに思われているが、実質的には「洗脳学部」とか「宣伝学部」と呼んだ方が理に叶っている。大学教授や評論家は「法理学(jurisprudence)」とか「法実証主義(Rechtpositivismus / 「人定法主義」のこと)といった大袈裟な手法を用いて法律を小難しく説明するが、結局のところ、自分の都合に合わせて法文をいじくり廻し、一般人を丸め込もうとしているだけだ。憲法学者などは最も邪悪な連中で、自分のしている政治工作を「国家学」と称するが、憲法は解釈次第でどうにでもなるし、自分の野心を隠すための「道具」に過ぎない。世間の「常識」で生きている庶民は、分厚い六法全書を読んで勉強するのが面倒だから、その法典を暗記した「学者先生」にとりあえず平伏(それふ)しているだけである。でも、よくよく調べてみると「高学歴詐欺師」だと解るから、こうした学者たちは自分の正体がバレないように、“なるべく”難しい表現や用語で一般人を煙に巻こうとするから小賢しい。もし、簡単明瞭に話したら、世間のオッちゃんオバちゃんたちが「な〜んだ、テメエらアホじゃねぇか」と判ってしまうからだ。ゆえに、法学者は極力「ややこしい」説教に終始する。

David Blackmon(左 / デイヴィッド・ブラックモン)
  法律は自分の権利を守ってくれるが、時として使い方を間違えると身の破滅となる。つい最近、アメリカで間抜けな事件が起こった。場所はフロリダ州。黒人のデイヴィッド・ブラックモンは、自家用車の中からコカインの袋と幾らかの現金が無くなっていることに気づいた。「あっ、どうしよう。オレの大切なコカインが盗まれちまった!!」と焦ったブラックモンは、直ぐさま警察に電話したという。この「被害者」は、「お巡りさん、オレ麻薬の売人なんだけど、駐車中のクルマに置いてあったコカイン(約7g)と50ドルがねぇんだよ ! 誰かがクスねたに違いねぇんだ !」と訴えたらしい。そこで、通報を受けた警察官は現場に直行し、ブラックモンのクルマを調べた。すると、彼が捜していたコカインは、車内に備え付けてある「物入れ(console)」の上にあり、勘違いであることが判ったという。さらに、この親切なお巡りさんは、車内に転がっていた吸引器まで見つけてくれたそうだ。(Elizabeth Koh, "His cocaine was stolen. So this Florida man called the cops", Miami Herald, July 19, 2017)

  しかし、ここで一件落着とは行かなかった。ブラックモンは現行犯逮捕。「えぇぇぇ、どうして !」と驚くのは、通報した密売人だけ。盗難品が麻薬なんだから当り前だろう。「盗難被害者」のブラックモンには“不条理”でも、麻薬の販売や使用は“違法”なのだ。それにしても、この黒人は底抜けの馬鹿なのか。自分の「職業」くらい覚えておけ。ヤクの吸い過ぎで頭がラリっていたのだろう。もし、偽造紙幣を所持する犯罪者がいたとして、百万円分のニセ札が盗まれても、警察に被害届を出すことはしないだろう。また、そのニセ札を盗んだ泥棒だって、「お巡りさん、あの野郎はどんでもない奴で、貨幣を偽造していましたぜ!」とは訴えない。犯罪者だって多少は脳味噌があるからだ。でも、アメリカでは信じられない訴訟があったりするから、日本人常識が通用しない場合がある。いずれ機会があったら紹介するが、アメリカ人は法議論の前に常識を身につけろ、と言いたくなる。

朝鮮人学校は問題外

  アメリカの犯罪者に間抜けがいても不思議ではないが、我が国には“非常識”な裁判官がいるから、アメリカ人を笑うことができない。「大阪朝鮮高級学校」の朝鮮人どもが、「オレたちにも授業料無償化を適用しろ」と叫んで訴訟を起こしていた。学校を運営する学校法人の「大阪朝鮮学園」は、「平等に教育を受ける権利の侵害だ」とわめき、国に対して処分取り消しを求めていたのだ。「それなら、さっさと北鮮に帰れよ !」と普通の日本人なら思うだろう。我が国において「教育を受ける権利」を有するのは、国家に忠誠を誓う「日本国民」だけだ。金王朝に従う朝鮮人は、故郷に戻って「教育を受ける権利」とやらを訴えればいい。ただし、北鮮に我々が有する「権利」と同じような「宝」があればの話だが。

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(左: 西田隆裕 / 右: 朝鮮人の生徒)

  日本人にでもなったつもりの朝鮮人が裁判所に訴え出ても、「どアホ !」と門前払いにするのが正常な裁判官なのに、大阪地裁の西田隆裕・裁判長は「教育の機会均等とは無関係の外交的、政治的意見に基づく処分で違法、無効だ」、と述べて朝鮮人に「勝訴」をもたらした。(「高校無償化、朝鮮学校除外は違法、大阪地裁判決」2017年7月28日附「讀賣新聞」) なんで朝鮮人が授業料無償化の対象になるんだ ? おそらく、西田裁判長は彼らを「日本国民」と思っているのだろう。確かに、外国人が通うインターナショナル・スクールには、日本人も入学しているから無償化の恩恵を受けている者がいる。しかし、こうした学校は国の認可を得ているし、日本への憎しみを植え付ける教育施設ではない。日本人は口に出して言わないが、外人学校といっても歐米系のミッション・スクールを念頭に置いているから、無償化の対象校にしているのだ。英米仏のインターナショナル・スクールで日本を敵視する教育プログラムはないし、未来の工作員や左翼活動家を育成している訳でもない。大抵の親は我が子の将来を考えて、有益な英語やフランス語を学ばせたいと考え、できれば歐米系の白人と仲良くさせたいと思っているだけだ。純粋な日本人の親で、娘や息子に下らない朝鮮語を学ばせ、金王朝に忠誠を誓う反日分子にしたいと考える者はいないだろう。支那人学校や韓国人学校が無償化の対象校になっているのは、建前の「公平性」を保つためで、支那人や南鮮人が好きだからではない。

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(左: 勉強するイギリス人の子供 / 右: 登校する朝鮮人の子供)


  朝日・毎日新聞、TBS、NHKは「朝鮮人生徒にも授業料無償化を適応してやれよ」と説教するが、彼らは補助金というのが国庫から出ていることを忘れているのだ。なるほど、在日鮮人や帰化鮮人も税金を払っているから朝鮮学校に公金を投入しろ、と叫ぶ左翼がいるのは解る。しかし、どれほど長く日本に住んでいようが、在日鮮人は「外国人」で日本国民ではない。税金を払ったから「国民」になるというのは暴論だ。商売や勉学でアメリカに滞在している日本人が現地で指定された税金を払ったからといって、「合衆国公民」になれる訳じゃないのと同じである。在日朝鮮人といえども、日本で暮らしている以上、様々な恩恵を受けているから何らかの税金を払うのは当然だ。道路や橋ばかりではなく、屎尿処理や上下水道、環境保全、安全対策、治安維持などのお陰で朝鮮とは比べものにならぬ「快適な生活」を送っているはずだ。もし、日本人が北鮮で数万円の税金を払ったら、素晴らしい日本と同じクォリティーの生活を楽しめるのか? そもそも、在日朝鮮人というのは一時的な滞在者であったはず。昭和三十年代には全員半島へ帰っていたはずなのに、非合法な朝鮮人が密入国したことで、逆に在日鮮人の総数が増えてしまった。だから、こんな連中の子孫を大切にするなんて言語道断だ。

朝鮮人には日本国民の権利が無い

  占領軍憲法の重視は日本人の宿痾(しゅくあ)だ。敗戦によって“やむを得ず”採用した懲罰文なのに、「不磨の大典」と崇めているんだから重症である。正常な日本人にとっては、マッカーサー憲法より「常識」の方が大切で、憲法の内容が日本人の慣習に反するなら、その法律の方が間違っていると考えるべきなのだ。例えば、多くの私立大学や専門学校が受け取っている「私立大学等補助金」だって違憲だろう。それなのに法学部の教授たちは、「補助金を返還せよ!」とか「憲法違反を容認する学長や理事長を解任せよ!」とは叫ばない。みんな黙って知らぬ顔を決め込んでいる。学生だって「授業料が2倍、3倍、4倍になろうとも構わない!」とは言わないじゃないか。なぜ、国民の大半がこうした「憲法違反」を容認しているのかと言えば、私立大学の存在が日本の為になっているからだ。我が国の未来を担う若者を育成しているから、納税者たる国民も「いいんじゃない」と納得しているのである。

  よくよく考えてみれば、この「憲法違反」はすごい。具体的に言うと、566校の大学と308校の短大、877校の高等専門学校が対象校となっている。そして、平成27年度の資料によれば、補助金の総額は3,174億2千49万9千円となっているのだ。一番多くもらっているのは日本大学で、95億2092万7千円となっている。二番目が早稲田大学で90億2179万9千円、三番目が慶應義塾大学で82億4501万3千円、以下東海大学、立命館大学と続いている。平均すれば、1校当たり5億1957万9千円の補助金を受けており、大学生1人当たりで換算すれば、15万4千円をもらっているらしい。これほど巨額の税金が投入されている「違反行為」など、どう考えてみてもおかしいだろう。憲法89條を読めば誰だって違反と解るが、補助金交付が公益に沿っているから、暗黙の諒承を国民から得る事ができたのだ。

  朝鮮人は事ある毎に「民族差別」を口にするが、どこの国でも多少の差別や区別はあるものだ。例えば、アメリカの州立大学だと、地元民の子弟は安い授業料で通えるが、外国からの留学生は割増料金を請求されている。しかし、外人の留学生はこれに文句を垂れないし、そもそも、高い授業料に不満なら米国にやって来ない。外国人は合衆国で教育を受ける「権利」など持っていないから、高額な授業料の請求が「違憲」であるとは思わないし、アメリカ人の裁判官だって「帰れ、馬鹿 !」と怒鳴りつけて門前払いにするだろう。しかし、日本の裁判官は大学で真っ赤に染め上げられているので、日本人の常識を弁えていないのだ。西田裁判長が違法判決を下したのは、日本政府が朝鮮人に対する民族差別を行っていると思っているからだろう。朝鮮人の親が民族教育を望み、朝鮮学校という「私塾」に子供を通わせることは勝手である。だが、日本の役所がそんな民間組織に公金をくれてやる義務は無い。もし、朝鮮学校に無償化をするんなら、日本各地にある零細の学習塾や全国規模な予備校まで、全ての私塾を対象とせねば“不公平”になるじゃないか。だいたい、本国の北鮮から指令を受け、反日教育を施す朝鮮学校が、文科省の指定校になるわけないだろう。

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(左: 朝鮮人の生徒 / 右: 朝鮮人の少年)

  朝鮮人や左翼分子は目くじらを立てるけど、世の中には「格差」などいくらでもある。例えば、有名なゴルフ・クラブなら、創立メンバーやその子供、兄弟は特別扱いだし、多額の寄附をする者はVIP待遇になれる。大学の医学部だって、高額な寄付金をした人物の子供には特別な「入り口」を用意するし、入学してからも“それとなく”寄付金の「催促」や「おねだり」をする。老舗の高級料亭でも、長年の常連客は大切にされ、初めて来たお客とは別格だ。特に、祖父の代から贔屓にしている「お得意先」だと、料亭の女将はニコニコ顔で出迎えてくれるし、女中も「上客」として接してくれる。こう考えれば、ドブネズミのように潜り込んできた朝鮮人が、他の外国人と比べて「格下扱い」になっても当然だろう。在日北鮮人は日本で暮らせるだけでも幸せ者だ。本来なら、日本から叩き出されて、北鮮に強制送還になっていてもおかしくはない。密入国者の子孫が持つ日本での権利とは、一体何なのか? 世界中の人間が持つとされる「人権」なんか、日本ではたいして意味が無い。日本は高度先進国で一人一人の国民が尊重される国だから、アジアやアフリカの貧乏国とは質と桁が違うのだ。

  北鮮に住む大勢の貧民と比べたら、日本人家庭で飼われている犬や猫の方がよっぽど幸せである。可愛い猫ちゃんはソファーで仰向けになって昼寝が出来るし、冷暖房完備の部屋で遊び放題。お腹が空けば缶詰めの生肉や魚を毎日もらえるし、太りすぎの猫だと低カロリーのペット・フードが用意されたりする。風を引いたり怪我を負えば、設備の整ったペット病院に連れて行ってもらえるし、予防注射までしてもらえるのだ。場合によっては、綺麗な女性スタッフが猫ちゃんの伸びた爪を切ってくれたりする。一方、北鮮の「庶民」はどうなのか? 彼らは社会保障も無く、奴隷のようにこき使われ、理不尽な理由で銃殺されたり、恣意的に投獄されたりする。日本では猫ですら1缶500円もする餌を食べられるのに、北鮮の人民は日本の乞食程度だ。日本の浮浪者だって、ひもじいからドングリやカエルを食べるなんてことはない。

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(写真 / お昼寝する猫)

  なぜ、日本には朝鮮学校があるのかを話せば長くなるので、ここでは述べないが、金日成は日本における工作員や活動家を育成するために、巨額な「補助金」を送金していたのだ。1950年代の北鮮は今よりも遙かに貧乏なのに、日本に住む朝鮮人の子供に多額の教育資金を与えたのは、日本人のように見える民間スパイを養成したかったからである。日本語の拙い朝鮮人を送り込むより、日本で生まれ育った朝鮮人の方が動きが早い。また、日本人の協力者を獲得するなら、日本人の心情を理解する在日鮮人の方が上手いだろう。それに在日朝鮮人なら、たとえ優秀な工作員になれなくとも、ゴロツキやヤクザ、持て余し者、貧乏人、強盗、殺人鬼になって日本国内で暴れ回り、平穏な日本の治安が悪くなるから北鮮側にとっては悦ばしい。またそうじゃなくても、朝鮮人がプロ市民活動家になれば、日本の共産革命が一層促進されるし、反米闘争の手助けにもなる。北鮮の国家戦略にとっては、まさに好都合だ。

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(左: 姜英紀 / 中央: 南鮮人の代理人たる白真勲と北鮮人の協力者になった菅直人 / 右: 日本でスパイ活動をしていた辛光洙 )

  日本国民は朝鮮学校にばかり注目するが、本当に注意すべきなのは、帰化した朝鮮人の子供や日鮮混血児が公立学校に通うことだ。血統的に日本への憎悪を抱く朝鮮系の子供が、日系日本人の子供と毎日接触したらどうなるのか。朝鮮系の子供が日本人化するというより、日系人の子供が“朝鮮化”したり、“左翼思想”に感染する危険性の方が大きい。日系人の子供は同胞の子供と一緒に育てるべきで、アジア人との混淆教育は国民意識への毀損でしかない。無償化適応に関する法議論より、日本人の子供をどう守るかが、国家的課題なのだ。日本政府が反日分子を育成するために補助金を出すなんて、どう考えてみても愚行である。日本にとって有害なのは北鮮人だけではない。在日南鮮人や帰化した南鮮人だって危険なのだ。帰化鮮人の子供は日本国籍を有していても、肉体的には朝鮮人なので心の奥底で恨みを抱いている。最近だと、元NHK職員の姜英紀(かん・ひでき)が民進党から衆院選に出馬するというから危険だ。この朝鮮系候補者は蓮舫の二重国籍問題を受けて、日本の戸籍制度を廃止しようと訴えている。(彼は「NHK」の経歴を前面に出して、肩書きに弱い日本人を欺こうとするはずだ。) こういう合法的な「内なる敵」は、日本の学校で教育を経て、もっと増えてくるだろう。

  朝鮮人は日本で教育を受けても、愛国心に満ちた日本人にはならない。親から受け継ぐ血と肉が異なっているからだ。それにだいたい、何十年も存続してきた朝鮮人学校からは、どんな「偉人」が輩出されたと言うのか? パチンコ屋みたいな賭博業者が、社会に貢献する立派な成功者なのか? 「暴力団の組長になった在日鮮人」なんて、日本人が思う「サクセス・ストーリー」じゃないぞ。実際どうなのか解らないけど、ひょっとしたら朝鮮人学校の卒業生は、刑務所の中で同窓会を開催できるんじゃないか。警察による前科者ファイルが、そのまま卒業名簿だったりしてね。おっと、刑務所の運営費も税金なんだよねぇ〜。
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68661767.html
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/334.html#c183

[昼休み52] 日本人女性2人、リゾート地・セブ島で知り合った韓国人の男2人と飲酒→集団強姦される…フィリピン 中川隆
184. 中川隆[-5799] koaQ7Jey 2018年1月26日 16:50:01 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2017年08月01日
日本語教育は移民導入の口実なのか?
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68661850.html


朝鮮人の気持ちを「忖度」する国会議員

  反日議員というのは大勢いても、「私は日本を破壊します」という名札をぶら下げてないから、一般国民には判別しにくい。しかし、言葉ではなく行動を調べることによって分かる。その実例が民進党の中川正春だ。この政治家は日本で選出されているが、とても日本の国益を優先しているとは思えない。なぜなら、中川氏は日本語教育を口実にして、大量の外国人を輸入しようとしているからだ。「日本語教育推進議員連盟」に属する中川議員は、外国人労働者を引き入れる為に、我が国は語学教育を以て支援すべし、と提唱している。かつて、「外国人材交流推進議員連盟」が1千万人の移民を受け容れようと提案していたが、その旗振り役は自民党の中川秀直(ひでなお)であった。労働者不足を理由にしてアジアから大量の労働者を輸入し、経済界から支援を受けようとした売国奴である。ちなみに、彼の息子が“あの”重婚問題で揺れた中川俊直(としなお)であり、父親と同じくスケベ心でスキャンダルを起こした。父の秀直は世襲議員に反対していたのに、自分が引退するや息子に地盤を継がせたのだから、言葉と行動が一致していない典型例である。

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(左: 中川正春 / 中央: 中川秀直 / 右: 中川俊直 )

  外国人への「日本語教育」に言及する前に、民進党の中川にちょっとだけ触れてみたい。この衆院議員は我が国の名誉より、南鮮人の気持ちを優先させる反日主義者である。慰安婦騒動については沢山の報道がなされたので、今さら詳細に述べる必要はないが、長嶺安政(ながみね・やすまさ)駐韓大使の帰任については述べねばなるまい。慰安婦像の設置・撤去に関して日本政府と南鮮政府が揉めているのは周知の事実で、南鮮側があまりにも不誠実なのは誰にでも解る。だから、駐韓大使が引き上げてきてもおかしくはない。ところが、中川議員の考えでは、日本側が長嶺大使を召還したので、南鮮国民の感情的な反撥を助長してしまい、日韓合意を反故にしようとする世論が南鮮で形成されてしまった、というのだ。4月7日の外務委員会で質問に立つ中川議員は、こうした外政判断をした岸田外務大臣を非難し、「落胆をもって」事態を見ていたそうである。彼の見解によれば、日本政府による日韓合意の訴え方が間違っており、日本側は南鮮国民にちゃんと理解されるよう、気配りの行き届いた手段を考えるべきなのだ、という。

  普通の日本国民なら「えぇっ !? 何を言ってんの ?」と目を丸くして当惑するだろう。 何度も無礼を繰り返す南鮮人に対し、日本政府は馬鹿丁寧に話し合い、必要も無い譲歩に譲歩を重ね、お金まで差し出したのに、南鮮人は慰安婦像撤去に文句を垂れていたのだ。長嶺大使の帰任くらい当然だろう。そもそも、日韓合意だって噴飯物で、お金を払うなら捏造元の朝日新聞が払えばいいだけの話である。それなのに、中川議員は大使の召還を「間違い」と断罪し、南鮮政府の立場をより苦しくしてしまったと歎いていた。こんな発言を聞けば、一般国民は「えっ !! 俺たちが悪いの?!!」と聞き返したくなるだろう。悪いのは「嘘」を信じている朝鮮人の方で、日本側が南鮮国民の気持ちを配慮する義務など更々無いのだ。朝鮮人というのは、日本側の瑕疵(かし)になると針小棒大に扱い、イチャモンをつけては金銭を要求するタカリ屋である。ただし、こうした難癖に応じる日本人も悪い。しつこい鮮人は蠅叩きでピシャリと頭を殴るに限る。言葉で説得し宥(なだ)めようよう、と思うから日本人は甘いのだ。三流民族に討論は無用。支那人の仕置きを見倣うべし。もし、ゴチャゴチャ言ってきたら、ペンチで朝鮮人の瞼(まぶた)を捻りあげて、キムチを目玉と瞼の間に詰め込んでやればいい。瞼は敏感な部分だから結構痛いし、唐辛子が目玉に沁みれば目が覚めるだろう。(「残酷」と思う方は拙書『支那人の卑史 朝鮮人の痴史』の134-170頁を読んでね。ただし、女子高生の良い子は読まないように。ママとか先生にバレると叱られちゃうから。別にエロ本じゃないんだけど、内容が刺戟的だから、大人になってから読むように。)

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(左: 「慰安婦」問題で日本に抗議する朝鮮人の老婆 / 右: 近藤昭一)

  朝鮮人の「気持ち」を忖度すようとする中川議員は、どこの国から来ているのか分からないが、所属する政党と団体を見れば、その思想の大半が分かるような気になる。最初は自民党に属していたが、そこから離れて日本新党に入り、新進党に移ると、「国民の声」と「民政党」を経て民主党に属するようになった。今の高校生や大学生は「国民の声」なんて党名は聞いたことも無いだろうが、1998年の1月4日から同月の23日の間にちょっとだけ存在していた、蜉蝣(かげろう)のような政党である。また、中川議員が入っている団体がすごい。「日朝友好連盟」とか「民主党日韓議員交流委員会」は、日本の国益を犠牲にして南鮮の利益を優先するという組織である。特に後者の「委員会」には白真勲や蓮舫、福山哲郎といった外人系議員が幹事となっているし、事務局長には朝鮮人の手先と呼ぶべき近藤昭一が就いていた。近藤議員は元「中日新聞」記者で、パチンコ屋から支援を受ける政治家なので、実質的には在日朝鮮企業の代理人と考えた方がよい。中川正春もパチンコ屋の支援者で、在日鮮人の「地位向上」に励んでいるそうだ。

財界の為に国家を献上する

  こんな朝鮮人ベッタリの議員が、外国人に向けての日本語教育を推進しているんだから、その裏にどんな意図が隠されているのか、保守派国民なら容易に理解できるだろう。そして、この議員を支援しているのが毎日新聞とわかれば、どのような構図になっているのか、おおよその想像がつく。とにかく、アジアからの外国人を引き込みたい毎日新聞は、日本を目指すアジア人に親切だ。「日本語教育推進議員連盟」が創設されると、早速お得意の提灯記事を載せ始めた。毎日新聞は外国人に対する一貫した制度が「整備されていない」と、文化庁国語科や外務省、文部科学省高等教育科を批判する。日本語教育は外人受け容れの重要なインフラなのに、肝心の所管官庁が無い、と毎日側はご不満なのだ。

  一般の日本人は来日する「外国人」と聞けば、歐米諸国からの白人を思い浮かべるが、日本語を学びに来る外国人の大半はアジア人である。観光で来日する外国人を紹介するテレビ局は、まず西歐系の旅行者や職人を取材するから、一般国民は騙されてしまうが、本当は支那人や朝鮮人を主体とするアジア人が主流で、テレビ局の左翼制作者は白人を使ってアジア移民のイメージを曖昧にしようと図っている。もし、支那人で溢れる京都の観光地を見せてしまうと、普通の日本人はゾッとしてまうからNGだ。奈良だって同じようなもので、鹿の親子なら可愛いけれど、支那人の群れじゃアース製薬のゴキブリ・スプレーを吹きかけたくなる。「千客万来」というのは、日本人や欧米人の観光客向けの言葉であって、支那人や朝鮮人に呼びかけるフレーズじゃない。京都を愛する日本人なら分かると思うが、お寺や神社の前で猫が居眠りをしていれば微笑ましいけど、がさつな支那人がウンコ坐りをしていると景観が台無しである。旅館の女将だって支那人が来れば、「招き猫」を押し入れに隠して、ニンニクと十字架を置いてしまうだろう。

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(左: 日本にやって来そうな支那人カップル / 右: 勉強に励むベトナム人の子供たち)

  日本政府は労働人口の不足を口実に低賃金労働者の輸入に躍起だが、それと並行して「留学生30万人計画」にも力を入れているという。法務省の統計を見てみると、外国人留学生の数は年々増えており、2016年だと約25万7,000人もいるらしい。この「留学生」増加で刮目すべきは、ベトナムやネパールからの留学生が増えている点だ。過去6年間でベトナム人留学生は、18倍の約1万5,000人に増えており、ネパール人だと7.5倍の約6,300人に増えている。今まで多かった支那・朝鮮・台湾からの留学生が頭打ちなのに対し、東南アジアからの留学生は増加傾向にあるという。しかし、彼らが全員「学問」としての日本語を学んでいる訳ではない。実際問題として、アジア人留学生の多くは勉強より「アルバイト(労働)」に勤しんでいる。そもそも、貧乏国から来ている「留学生」が日本語で学術論文を書くために来日するとは思えない。表向きは「留学生」でも、本質的には「労働者」として来日しているのだろう。

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(左: 学問に打ち込みそうな英国人の大学生 / 右: 日本語を勉強しそうもないアジア人女性)

  移民問題に関しては、日本も歐米諸国と同じ運命を辿っている。東南アジアからの「留学生」は、日本語が覚束なくても居酒屋とかファスト・フード店いった飲食店や、日本人が集まらない中小零細の企業に“勤め”ることができるし、その多くが学問を脇に押しやって“本業”に熱心だ。しかし、毎日新聞はこうした裏家業を軽く見なし、不法就労を繰り返す留学生の生活を心配しているんだから、本当に腹が立つ。彼らが通う日本語学校は、学校法人の専門学校ではなく単なる株式会社なので、授業料に消費税がかかってしまうし、通学定期の学割も利かないという。だから、アジア人に親切な毎日新聞は、こうした「株式学校」に通う留学生がお金を節約できるよう、公的支援を受ける「学生」にしてあげたいのである。でも、なぜ「出稼ぎ外人」が「学割」という恩恵を受ける権利があるのか? 日本に昔から住む「日本国民」が正規の運賃を払って電車通勤をしているのに、アジア人労働者への「割引制度」を導入せよ、と訴える毎日新聞はどこの会社なんだ? 本社が北京にあるのか? そんなにアジア人を可愛いと思うなら、毎日新聞の月額購読料を5千円にして、その儲けからアジア人支援を行えばいい。それでも足りなければ、日本国民に負担をかけないで、広告企業に留学生への奨学金と生活費を出すよう要求すればいいじゃないか。左翼勢力は何故か「良きことは税金で !が合い言葉になっている。

  日本を多民族社会にしたい毎日新聞は、「移民情報機構」の石原進・代表を「聞き手」にして、中川正春議員にインダビューを行わせていた。元文科大臣の中川氏曰わく、

 グローバルな時代になり、さまざまな形で外国人が日本に入って来ている。これからますます人の移動は加速していく。ところが日本語という言葉が外国人は余り理解されていない。だから日本の存在感がない。これから国を開いていこうという時、日本語が大きなポイントになるのでは。企業の海外進出の時にも、言葉がまず大事だということが分かってきた。文科相をやって日本語教育関係者と接して危機意識を持っている人がいることもわかった。 (「日本語教育 超党派「日本語貴養育推進議員連盟」が旗揚げ」 2017年1月10日附「毎日新聞」)

  日本に外国人が入ってくるのは事実だが、その外人が日本語を習得していないのは、彼らの「不勉強」であり我々の「落ち度」ではない。ベトナム人やマレー人が日本で勉強したいとか、働きたいというなら、まず自国で日本語を勉強すべきだし、その際の費用も自腹で賄うべきだ。迷惑を蒙る日本人ではなく、現地の富豪が奨学金を出せばいいじゃないか。日本人や日本企業が歐米諸国に進出しようとすれば、自分で勉強してから渡航するはずだ。例えば、ドイツに留学したい日本人なら、ある程度の基礎知識を日本で習得してから留学するし、最初からドイツ政府の税金を当てにはしないだろう。また、フランスに進出する日本企業なら、フランス語を習得した人材を雇って、現地の仕事を任せるはずだ。明治初期、近代化を目指す日本人は高額な給料を払って「お雇い外国人」を招聘し、熱心に西歐語を学んでいたじゃないか。ベトナム人が日本語を学びたければ、ベトナム政府が高給を払って日本人の教授を雇えばいいだけ。わざわざ日本政府が税金を使うべきではない。「グローバル時代」を口実にして税金を使おうなんて不届きである。「可哀想な」アジア人留学生を助けたいのであれば、まず中川議員の俸給と政務活動費、議員年金を削減すべきだ。

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(左: 日本語を覚えて欲しい支那人? / 右: 支那ではなく日本で出産か?)

  石原代表は中川議員に、「日本語教育推進基本法」制定の“狙い”を尋ねていた。 とりあえず中川氏は「日本語を普及していくこと」を挙げていたが、もう一つ、「日本語教育の質の保証、教育の質を高めること」に真の「狙い」があった。「留学生や専門的な職で働く外国人、日本に定着している生活者、技能実習生にも質の高い日本語教育の機会を提供する必要がある」という。つまり、本国に帰らず日本に住みついているアジア人、「技能実習生」と称する低賃金労働者に、日本語教育を授けようというのだ。しかし、彼らを雇っている企業がお金を出す訳ではない。例えば、日本人を募集するなら時給1,000円のところを、アジア人を雇って700円とか600円に抑えたのに、一コマ数千円の授業料を払ったのでは赤字である。だから、日本語の授業は公費負担(税金)にするという訳だ。中川氏はこう述べている。

  基本法ではこの問題に対し、国や地方自治体がどのような責任を担っていくのか、どの省庁が責任を持つかを確定させ、基本計画を策定することを盛り込んでいきたい。(上掲インタビュー)

 中央政府や地方自治体が「責任を担っていく」とは、簡単に言えば「国民の税金を使いましょう」ということだ。そして中川議員は、こうした公金を浪費するにあたって、外人を引き込みたい反日勢力や利益を貪りたい財界と結託すると暗に述べている。

  まずは日本語の教育や普及に携わる方や団体、学会、日本語学校の関係者などから幅広く話を聞きたい。団体や業界としての考えもあるでしょう。さまざまな意見があるはずだ。(上掲インタビュー)

  中川議員は関係団体から意見を聞くというが、その特殊権益団体は、自らの資金で留学生や定住外国人に「異国の言語」を教えるというのか? たぶん、そんなことはないだろう。また、税金で日本語を習得した外国人を雇う企業は、税金で訓練された「社員」を安く使って利益を上げようとしているのではないか? 外人労働者を歓迎する企業というのは、高い給料を求める日本人を排除して、半ば奴隷のように扱き使える「形式的社員」を雇いたいだけだろう。もし、こうした企業が外人社員のために医療費、住宅手当、交通費、扶養家族への特別手当て、家族への日本語教育費、その他の社会福祉費用を負担するとなれば、絶対に彼らを雇わない。日本人を雇った方よっぽどがマシだから。

日本語を世界に普及させる?

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(左: 日本語を流暢に話すナタリー・エモンズ / 中央: 日本語が得意なアレグザンドラ・ハーニー / 右: 日本語を話さない朝鮮人の乙女)

  中川議員は海外への日本語普及を口実にしているが、その「海外」というのは北米や西欧ではない。明言を避けているが、アジア諸国がターゲットになっている。もし、白人のアメリカ人やカナダ人、西ヨーロッパ人が対象であるならば、日本語を教える「人材」に大きな能力が要求されるし、教員への給料だって馬鹿にならない。だいいち、“まともな”職業を望むイギリス人やスウェーデン人、ベルギー人、オランダ人、ドイツ人の学生が、日本語を学びたいという理由は何なのか? イタリア人やフランス人のアニメ・漫画「オタク」なら分かるが、為替トレーダーや貿易商、コンピューター技術者、国際弁護士とかで、ぜひ日本語を学びたいという者がたくさんいるのか? 「トリバゴ」のCMで有名なナタリー・エモンズ(Natalie Emmons)やジャーナリストのアレグザンドラ・ハーニー(Alexandra Harney)のような西歐人は稀だぞ。普通の西歐人なら、日本でしか通用しない複雑怪奇な言語を10年以上かけて学ぼうとはしないし、自国内に魅力的な職場があるので、極東の日本に赴任しようとは考えない。一方、中川議員が語る「高度人材」とは、餃子作りが得意な支那人とか、絨毯販売のアラブ人、エスニック料理店のトルコ人などが含まれているはずだ。そして、日本語を普及させたい相手とは、家政婦や介護師としてやって来るフィリピン人やマレー人だろう。

  中川氏はこうした現実をちゃんと認識している。彼はこう述べていた。

  ここ数年、外国人が私たちの日常社会に深く浸透していることを実感する場面が増えてきました。グローバル企業を中心に「高度人材」と呼ばれる外国人が活躍し、コンビニエンスストアや飲食チェーンなどでも外国人留学生がアルバイトとして働いています。一方、中小・零細企業や農家などでは多くの技能実習生が汗を流し、国際結婚が増え、日系の方が移民先からUターンするなど、日本への定住化が進んでいます。日本の産業を支えてくれる外国人が、着実に増えています。(「日本在住の外国人向け日本語教育を強化する法案制定か・・・・世界での日本語普及を目指す」 2017年7月27日附「ビジネス・ジャーナル」)

  全部の現場を調べたわけではないから断言できないけど、西歐諸国からの白人留学生が深夜のコンビニとか居酒屋で働いているのか? もし、前川喜平が通っている「ガールズ・バー」に白人娘がいるなら、それらの女性は東歐諸国からの出稼ぎ娼婦だろう。オックスフォード大やプリンストン大、ケルン大からやって来る白人の女子大生は、フィリピン人がいそうなストリップ劇場やナイト・クラブでは働かないぞ。ベルギーやオランダは酪農が盛んだが、牧場主の白人娘が日本人の農家に嫁ぐなんて話は滅多に聞いたことがない。日本で野良仕事に従事する西歐人留学生は何人いるのか? 法務省か文科省に訊いてみたい。

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(左: フィリピン人の看護婦 / 右: サウジ・アラビアで働くフィリピン人の出稼ぎ看護婦)

  ところが、アジア人留学生だと、怪しい人物が非常に多い。特に、支那からやって来る「高度人材」なんて北京政府からの工作員か、犯罪予備軍、海外脱出組くらいだ。また、「日本国籍」を求めて我が国にたかってくるのは、コンビニで働く現代版「苦力(クーリー)」のような外人労務者である。豊かな日本に馴れた外人は、ビザが切れたからといって貧乏な本国に帰らず、何とかして日本に留まろうと考えるのが普通だ。その手段として有効なのが、日本人との「国際結婚」である。例えば、フィリピンから来た家政婦が日本語を覚えるのは、日本での永住が目的になっているからである。しかし、日本語の読み書きは難しいから、勉強するにしても専ら話し言葉だけ。その話し言葉さえ習得できず、カタコトの日本語で通すフィリピン人は、滞在期間を延ばすため、女の体を求める中高年男性と結婚しようとする。たとえ結婚できなくても、首尾良く妊娠すれば、日本生まれの「我が子」と一緒に永住できるからしめたものだ。フィリピン人は既婚者との不倫でも平気で、日本人の男から私生児の「認知」をもらえば、「日本人」の赤ん坊を得たことになるので、あとは手切れ金の交渉だけが問題となる。そして、こうした混血児の日本語能力が足りなければ、中川議員が「日本語教室」を提供してくれるのだ。

  低賃金労働者を日本語教育の「対象」とする中川議員は、歐米諸国での「日本語普及」など眼中になく、専ら日本にやって来る外国人の教育を考えている。彼は以下のように述べていた。


  外国人の受け入れについては、留学生、技能実習生、日系人など、入り口がさまざまあります。技能実習生は期限が来れば帰国し、留学生は「日本で働きたい」と希望すれば卒業後に就労ビザが付与されます。なかには帰国する方もいるでしょう。しかし、日系人などのように日本に残り、「日本に永住したい」と希望する方は、条件を満たせば永住資格が付与されます。しかし、その後の外国人のケアについては地方自治体任せです。

 なかには20〜30年と滞在する外国人もいますが、その子どもの日本語教育も大切です。外国人の子ども同士で固まって母国語のみの会話だけで完結する地域もありますが、それは望ましくありません。

  中川氏は「日系人」を引き合いに出して、アジア人主体の移民導入を隠しているが、彼が持つ“グローバル”な視点はアジアの特定地域に集中しているようだ。留学を「切っ掛け」にして日本で就職し、永住したい外国人なんて大半がアジア人だろう。たまに日本語が流暢なアメリカ白人を見かけるが、彼らは国籍を変えないし、たとえ日本人と結婚しても帰化しないケースが多い。支那人やタイ人といったアジア人の配偶者なら、ほぼ100%日本国籍を取るだろう。「外国人の子供同士が固まって母国語のみ」で暮らすのは、アジア系か南米系の子供に多い。西歐人の子供なら、やがて本国に帰るから母国語だけで暮らしても差し支えない。

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(左: 日本語教育を必要としないドイツ人少女 / 右: 来日したら日本語教育が必要なアジア人の少女 )

  安倍政権が移民推進派だからしょうがないけど、中川議員の目標は外国人が大量に混じる多民族社会としての日本である。彼は日本人と外国人が交わることなく並行して暮らす社会に反対していて、「日本人も外国人も統合へと向かうべきです」と訴えていた。 さらに、中川氏はこう述べていた。

  社会統合という視点からも、日本に住む外国人の人権を守り、子どもの教育、生活、労働環境を整備する必要があります。まずは、「日本語を勉強したい」という外国人に対して、その環境を与えられるように整えなければなりません。それには、「日本語教育振興基本法」が必要です。(上掲「ビジネス・ジャーナル」記事)

  こんな意見を聞けば、「ちょっと待て」と言いたい。どうして一般国民が求めていない外国人を受け容れて、彼らのために「環境」を整えてやらねばならないのか? 今までの選挙で「アジア移民の輸入」が争点となったのか? マスコミは都合の良い時だけ「住民投票」を持ち出すが、町内会で最も紛糾しそうな「アジア人受け容れ」については住民投票や国民投票を訴えず、存在しないかのように沈黙を守っている。劣等国からの外国人が続々と近所に住みつけば、普段は政治に無関心な一般人でも、資産価値に係わるリアルな問題を認識し、感情的に怒り出す。例えば、日本人の入居者が少なくなったアパートメント(俗に言う「マンション」とか集合住宅を含む)に、インド人やパキスタン人、あるいは支那人やフィリピン人が住みつけば、同じフロアーに住む日本人は引っ越してしまい、いつの間にか「アジア人ハイツ」、すなわち日本人が寄りつかない「租界団地」になってしまうの。たとえ、同じアパートに住んでいなくても、近所にアジア人地区ができれば街の雰囲気が一挙に悪くなって、自宅の価値が下がってしまうだろう。もし、アパートの前に茶色のパキスタン人が数名たむろっていたり、建物から香辛料のキツイ臭いがすれば近所迷惑だ。また、支那人が群れるだけでも不気味なのに、訳の解らぬ言葉でアヒルみたいに喋っていたら不愉快になる。もし、こんな連中が目黒や六本木、代官山にあるお洒落なカフェの周辺にいたら、日本人のお客や経営者は「どう」思うのか?

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(左: お洒落な街で好まれる西歐系の女性 / 中央: 日本に永住しそうなフィリピン人美女 / 右: 日本のアパートで好まれないタイプのアジア人)

  まともな日本人ならアジア人の定住に猛反対するのに、中川氏はそれを気にせず受け容れを推進する。

  現状、日本の社会には多くの外国人が入ってきています。外国人を受け入れやすい社会環境をつくるには、成功体験をつくることが大切です。(上掲記事)

  「成功体験」だって? 日本人は朝鮮を併合してどうなったのか、痛いほど分かっているはずだ。朝鮮総督府が「日鮮結婚」を奨励したら不幸な日本人妻が増えてしまったし、内地に大量の朝鮮人が流入したらドヤ街ができてしまった。「内鮮一体」のスローガンを掲げたものの、日本人と朝鮮人は宥和するどころか反撥し合い、とりわけ上流階級の日本人は交わろうともしなかったじゃないか。華族の何割が朝鮮人と結婚したのか? しかも、敗戦となったら喧嘩はもちろんのこと、半島では朝鮮人が強姦と掠奪を始めたし、国内では「第三国人」と称して横暴の限りを尽くした。朝鮮学校を出た在日鮮人はまともな会社では雇われなかったから、彼らの就職先といったら、土方、パチンコ屋、朝鮮料理屋がせいぜいで、個人業だと密造酒製造かクズ鉄拾い、養豚業、屠殺業などくらいだ。“成功した”朝鮮人というのは、本籍と本名を隠した在日藝人とか自営業者で、最初から正体を明かして「成功」した者は少ない。「外国人を受け容れやすい社会」では、「日本国民」という意識が根絶やしにされることが前提条件となる。国民意識や民族の連帯感が残っていると、侵入する部外者への抵抗が激しくなるので、外国人が住みづらくなってしまうのだ。こうした異民族共生の社会では、国家を支える公民の質が劣化してしまい、グルメやセックス、スクリーンが人生における最高の価値となる。そして国民の堕落や悖徳は止めどなく進み、国家への義務は最小限でも、要求する権利は最大限にするのが「賢い国民」と見なされてしまうのだ。

日本がもつ真の魅力とは?

  日本人は生まれた時から日本に住んでいるし、両親祖父母とも日本人だから、あまり日本の有り難さを意識していない場合が多い。ところが、悲惨な生活環境や息苦しい社会からやって来るアジア人にとって、日本は地球上で一番の楽園だ。普通の会社に勤めて、平凡な生活を送るだけでも、本国では味わえない幸せを実現できるから、日本は本当にすごい。したがって、日本国籍はアジア人にとったら垂涎の的である。例えば、フィリピン人が自国で介護師になっても安月給でこき使われるだけだ。しかし、日本で同じ仕事をすれば、それなりの給料をもらえるし、たとえ収入が低くても福祉が充実しているから、フィリピンでは得られない「特典」となる。しかも、故郷から家族を呼び寄せれば、その両親と兄弟姉妹、配偶者、子供まで、それぞれが公的福祉の恩恵を受けられ、快適に暮らすことも可能だ。扶養家族が増えれば納税時の控除額も増えるし、少ない掛け金で国民健康保険にも加入できる。もし、フィリピン人の扶養家族が持病持ちとか難病持ちだと、信じられぬくらいの医療費がかかるが、「人権」重視の日本が提供する福祉制度なら使い放題だ。

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(左: フィリピン人の看護婦 / 右: フィリピン人の子供たち)

  だだ、そのツケは核家族の日本人が負担するから、我々にとっては面白くない。身体障害や難病を抱えるフィリピン人の老人、あるいは先天的障害をもつ子供へジャンジャン税金が投入され、フィリピンでは考えられぬ「高度技術医療」を受ける事ができる。他方、一生懸命働いて高額所得者になった日本人は、高い掛け金を巻き上げられたうえに、所得税やら市民税をむしり取られる。努力して健康を維持している日本人は、ぐうたらな生活をするアジア人の為に高い掛け金を払っているようなものだ。(単身なのに年間80万円近くの保険料プラス介護料なんて異常である。) たぶん、アジア諸国では「病気になったら日本へ行こう」が合い言葉になるだろう。

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(左: 元気な支那人の少年たち / 右: 可愛らしい支那人の赤ん坊)

  中川氏のような反日議員は、「少子化で労働者不足になるぞ」「介護師が足りなくなるぞ」「景気が低迷するぞ」と脅かして、移民賛成派を増やそうとするからズルい。なるほど、少子化問題の切り札となるアジア人が余計な家族を連れてくれば、人手不足の企業は助かるし、日本の総人口が増えたことで政治家は喜ぶ。ところが、そのアジア人と随伴家族だって、いずれは高齢化となるから、またもや多くの介護師が必要となるだろう。馬鹿らしいけど、その年老いたフィリピン系国民を世話するために、マレーシアやタイから更なる介護師を招き入れれば、無制限の移民導入になってしまうだろう。新たな介護師だって日本に永住するから、日本にはアジア人があふれ出し、まさしく「アジアの一部」になる。日本の将来など眼中に無い中川議員は、目先の経済的利益しか頭に無いのだ。彼はこう宣言している。


  「日本で働きたい」と願う外国人の方々に対して、日本の魅力を高めたり日本語教育にアクセスしやすい環境をつくったりすることは、日本の経済にとっても大きな活力となるはずです。(上掲記事)

  中川議員はアジア人の労働者が増えて、日本の経済が活性化するから万々歳なのだろう。しかし、日系日本人はそんな祖国を望んではいない。いくら景気が良くなったからといって、日本がシンガポールみたいな国になったら嫌だ。もし、「日本人だけで暮らしたい !」とか「お爺ちゃんやお婆ちゃんたちが生きていた頃と同じ日本に住みたい !」と欲する日本人がいたら、中川氏はどう答えるのか? 日本人は気づいていないが、きれいな空気や水があるだけでも、我が国は魅力的なのだ。支那では金持ちでも有害な空気を吸っているし、そこら中に「SARS」のようなウィルスが蔓延しているから、黴菌と添い寝をしているようなものである。しかも、支那人は“がさつ”で粗野、下品で傲慢、無礼で恥知らずだから、側にいるだけでも虫酸が走る。日本にやって来た支那人観光客が驚くのは、日本人の民度の高さであり、平民なのに繊細な心遣いや道徳心を兼ね備えている点だ。支那では書物の中にしか存在しない聖人でも、日本人並みの「正直さ」とか「素直さ」を持っていないので、支那人来訪者は一様に驚く。

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(左: 日本に来て欲しくないタイプの支那人 / 右: 魅力的なフィリピン人女性)

  日本は日本人が住んでいるから素晴らしいのであって、伝統的な日本社会にアジア人が混在したら、我が国の魅力は激減するだろう。もし、美味しいササニシキが詰まった米俵の中に小石や糞尿を混ぜたら、高級米がくず米に変質し、おむすびにして食べたいとは思わない。たとえ、小石や大便で米俵の重量が増えても、お米としての価値は無くなってしまうだろう。日本語を習得して日本で働きたいというアジア人には注意せねばならない。彼らは日本人や日本国のために働くのではなく、祖国を捨てて日本に永住するために必死で日本語を勉強するのだ。日本人はアジア人が日本語を学ぶと聞いて嬉しがるが、彼らは祖先が遺してくれた国家的遺産を横取りしようと企んでいる連中である。日本人の祖先が築いた国家は、その子孫が相続人となるべきで、支那や朝鮮、ないし東南アジアの「よそ者」を“対等”で“合法的”な相続人にすべきではない。アジアからの移民や多民族社会を望む左翼分子は、まず自分の家にある世襲財産や預貯金、土地家屋をアジア移民と均等に「相続」してみることだ。そうすれば移民に反対する日本人の気持ちが分かるだろう。案外、左翼的人物に限って自分の財産となれば、驚くほど「ケチ」になる人がいたりして。人は見かけによらないからね。
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68661850.html
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/334.html#c184

[リバイバル3] マルクスはやはり正しかった _ もうすぐ共産革命の嵐が吹き荒れる時代がやって来る 中川隆
140. 中川隆[-5798] koaQ7Jey 2018年1月26日 19:33:10 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
学歴重視の社会はグローバル化でより強化されて極端化する


2018年1月22日。国際NGOオックスファムは「世界人口の1%にあたる富裕層が1年間に生み出された富の82%を独占した一方、所得の低い人口の約半分は財産が増えなかった」という報告を出している。

相も変わらず、格差は広がり続けている。

この弱肉強食の資本主義では、貧しい家庭に生まれるか、豊かな家庭に生まれるか。貧困国で生まれるか、先進国で生まれるか。それだけで人生はまったく違ってしまう。

先進国の富裕層の家庭で生まれれば、経済的な苦労はしない。親の資力や人脈をフルに使って、親と同様に豊かで実りある人生を築き上げることができる確率が高い。

しかし、その逆も然りである。貧困層に生まれれば、親と同様に、貧困の中で喘ぎ、這い上がりたくても這い上がれないことが多い。

これを「貧困の悪循環」というが、国の貧困、親の貧困は、子供にも引き継がれやすい。

もちろん、最初は貧困状態であっても、一生懸命努力し、アイデアと、実行力と、不屈の精神で金持ちに成り上がっていく人も、世の中にはたまにいる。

そういった人の人生は、多くの貧困層を力づけ、大きなモチベーションの元になる。アメリカ人は特にそういった「成り上がり」の物語が大好きだ。

子の世代が親の世代と同じ階層にとどまる確率

アメリカ人の持つ人生観は、最初は何もなくても、そこから自分の才能や努力でポジティブに成功をつかみ取っていくという「アメリカン・ドリーム」で成り立っている。

しかし、このアメリカン・ドリームは、どんどん難しくなっているのだと経済学者は指摘するようになっている。

ウィートン大学の経済学者であるジェイソン・ロング氏もそのような主張をする人のひとりである。

アメリカは、貧困世帯の子供たちが中流層や富裕層に移動する割合が高いと思われているが、実際に「世代間所得弾力性」を数値化してみると、子の世代が親の世代と同じ階層にとどまる確率の方が高かった。

つまり、親が貧困であれば子供もまた貧困で終わる。

もう、アメリカはチャンスの国ではなくなっている。親が貧困層でも、子供が中流になる確率は、現代ではむしろ、中国、インド、南米諸国のような新興国の方が高いというのが、ジェイソン・ロング氏の分析だった。

「米国人は今でも自分たちは移動性が極めて高いと信じているが、それは真実ではない」

ここで発言されている「移動性」というのは、貧困層から中流以上に「移動」する世代間移動を指している。主要先進国の中では、イギリスが最も世代間移動が低い。

すなわち、イギリスでは、貧困層の子供は中流に成り上がるのはとても難しい。イタリアもまた、そのような硬直した社会である。

アメリカン・ドリームという言葉によって希望に満ち溢れていたはずのアメリカもまた、現代では貧困の固定化が進んでいて、成り上がれない社会になりつつある。

資本主義がグローバル化すればするほど、そして企業の合理化と効率化が進めば進むほど、その傾向が高まっていく。


学歴社会がアメリカン・ドリームを難しいものに

ここで注意しなければならないのは、資本主義そのものは別に階級を固定化させているわけではないので、今でもアメリカン・ドリームを実現する人たちは存在するということだ。

貧困層が中流に成り上がっていく物語は、今も消えていない。

しかし、かつては努力と根性で何とかなったアメリカン・ドリームは、もうそれだけではどうにもならないほど難しいものになっているのが現状なのだ。

これには、多くの理由がある。

その理由のひとつとして経済学者の誰もが指摘するのは、アメリカが明確な学歴社会と化して、学歴のない人間は「良い仕事」を見つけるのは絶望的に難しくなっていることが挙げられる。

良い仕事に就くためには、良い大学に行く必要がある。とにかく大学を卒業するのが必須だ。しかし、その大学に行くためには莫大な費用がかかる。

アメリカの有名大学では、だいたい年間600万円以上かかるので、4年間通えば2400万円以上も必要になる。これだけの金を出せる家庭は中流階級でもなかなかいない。奨学金制度もあるが、誰もがもらえるわけではない。

そこで学生ローンを利用して大学に通うことになるのだが、貧困家庭では、そもそもその学生ローンですら組めない。

かくして貧困層は大学から閉め出され、良い仕事から閉め出され、努力と根性で何とかなったアメリカン・ドリームは遠くに消え去ってしまった。

ちなみに、中流階級でも、無理して学生ローンを組んで大学を卒業しても、たまたま不景気でまともな仕事が見つからないと、借金を抱えたまま首が絞まって「成り上がる」どころか、貧困層に堕ちていく確率が高まる。

アメリカではアメリカン・ドリームを実現する人たちよりも、貧困層に堕ちる人たちの方が増えている。


どこの国でも、アメリカと同じ傾向が進んでいる

実は、グローバル化した社会では、アメリカだけではなく、どこの国でも同じ傾向が進んでいる。人々は国境を越えてビジネスを行い、外国企業に就職し、異国で生活するのが当たり前になっている。

多国籍企業は、その人材の良し悪しはまずは学歴を見る。有名大学、ブランド大学の卒業であれば優秀であると、だいたい学歴を見れば判断できる。

だから、世界的に学歴社会がこれから進んでいき、それが標準になっていく。

この傾向が進めば、経済的な理由や、家庭環境によって学歴が持てなかった人間は、どんどんドリーム(成り上がり)から排除されていくことになる。

「貧しい者は、貧しいまま終わる」という身分の固定化が進み、それが格差となり、長い格差の時代は階級(クラス)の固定化につながって「身分制度」同様になっていく。

(1)資金力の欠如で大学に行けない。
(2)好待遇・高賃金の仕事に就けない。
(3)低賃金の仕事を余儀なくされる。
(3)結果として貧困に落ちる。
(5)貧困に落ちたらそれが固定化される。

社会はより高度に複雑化していく。そのため、今までも珍しくなかったこのような格差は、グローバル化した社会でより強化され、徹底され、先鋭化し、極端化する。

日本でもそうだ。資金力の欠如で大学に通えず、低賃金の仕事から抜けられず、貧困層のまま推移し、貧困の固定化が身分制度のようになりつつある。

好待遇・高賃金の仕事に就けた者はその資金を投資に投じてますます資産を膨らませ、一方で貧困層は資産を増やす元手すらも貯まらない。

かくして、「世界人口の1%にあたる富裕層が1年間に生み出された富の82%を独占した一方、所得の低い人口の約半分は財産が増えなかった」という社会が出現したのだ。

私たちは、いつの間にかその中で生きていることに気付かなければならない。


良い仕事に就くためには、良い大学に行く必要がある。良し悪しに限らず、とにかく大学を卒業するのが必須だ。しかし、その大学に行くためには莫大な費用がかかる。
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2018/01/20180126T1725560900.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/704.html#c140

[リバイバル3] スキー場で遭難した時の対処方法

スキー場で遭難した時の対処方法

Q. スキー場で遭難した時の対処方法とは?

今度の冬休みにスキー旅行の予定を立てています。初めて本格的なスキー場に行くのですが、スキー場では遭難するのは稀なケースなのでしょうか?結構広いスキー場に行くので、みんなとはぐれてしまわないか心配です。もし、遭難した場合はどのような対処をすればよいのでしょうか?


A. 「立ち入り禁止区域」には絶対に入らないようにしましょう。

スキー場のコース内を滑っていて遭難するケースは稀だと思います。しかし、悪天候などで視界が悪くなり、コース内を滑っていると思いこんでいるうちに遭難しているケースは起こっています。遭難がいかに恐ろしいかをお伝えするために私の経験をご紹介します。

私が最初に遭難しかけたのはフランスのスキー場でした。ワールドカップのために訪れたスキー場で、ハーフパイプでの練習を終え、少しだけパウダースノーを滑りたいという欲求もあり、気づくとコース外へ入って行ってしまいました。

誰かが滑ったラインをたどれば大丈夫とどんどん進んでいくと、不思議なことにラインが1つもなくなってしまい、ふと転倒したその先は、横100m高さ10mの崖でした!

足は震え横に移動するさえできず、恐る恐るバインディングを外し、崖の切れ目を見つけて、何とか滑り降りました。

遠くに町の光が見えるものの、コースは見えません。慎重に山を下っていくと、幸運にもコースに出ることができました。すでに暗くなりかけていたので、あの時もしも崖から滑落しケガをして動けなくなっていたらと思うと今でもぞっとします。

私の経験はゲレンデ内であったので、ケガなどをして動けなくなったとしても、救助を知らせやすい場所であるかもしれません。しかし、もしこれがスキー場の端であったら、大事故に繋がっていたかもしれません。

日本では入ってはいけない場所に“立ち入り禁止区域”という標識としっかりした網が張ってあることが多いです。海外では“ここからはパトロールが来ない区域で、自分のリスクで滑って下さい”という小さい標識が立っています。

海外の方が自由に感じますが“自分のリスクで”という言葉がずっしり感じられます。みなさんは自分のリスクで滑っていますか?本当に遭難をしてしまったら、山の知識や、トラブルに対する準備がないと生死に関わる大問題と認識した方がよいでしょう。

一般的に言われている雪山での遭難時の対処方法をご紹介します。

@携帯電話は使える環境ならば、すぐに救助を求めます。
必要時以外は電源を切り、体で温めるなど保温して充電の消耗を避けます。

A明るいうちに雪洞(横穴・かまくら)を作ります。
体力を温存・体温温存のため、慌てずに明るいうちに雪洞を作り、体力・体温を保持しながら明るくなるのを待ちます。明るくなったら、救助者から見えやすい開けた場所を探し、救助を待ちましょう。


また、遭難しないための工夫としては


・単独行動を避ける

・家族へ行き先を伝える

・「立ち入り禁止区域」には絶対に入らない

などが上げられます。

スキー場のルールをきちんと守って、スキー・スノーボードを楽しみましょう。
http://faq.sjnk.dga.jp/trouble/faq_detail.html?id=500152  



冬山遭難事故防止の心得
http://www.bousai.pref.aomori.jp/kokoroe/sounan/sounan_huyuyama.htm

冬山での遭難事故が発生しています

毎年、八甲田山、岩木山などで、登山、スキー、スノーボーダー等による遭難事故が発生しています。

吹雪のため視界が悪く、スキーコースから外れて沢に入り込んで遭難するケースがほとんどです。

山での遭難は、残る家族の悲しみはもちろんのこと、地域の方々に迷惑をかけることになります。冬山遭難事故防止の心得を遵守し、遭難には十分注意してください。

 

1 冬山遭難事故防止の心得

(1)入山前

○ 悪天候の日は、晴れた日とは全く違う姿を見せる恐ろしい山となります。入山は絶対に止めましょう。

○ 家族に行き先、帰宅時間を知らせて出かけましょう。

○ 防寒装備は十分にして出かけましょう。

○ 携帯電話やペットボトル、チョコレート、あめ玉、梅干しなど2〜3日分の食料を持ちましょう。

○ 自分の体力や体調にあわせて、無理をしないようにしましょう。

○ できるだけ二人以上で出かけましょう。

○ コンロ(ガス燃料は不適)など、厳寒でも使用できる物を多めに携行しましょう。

○ ガスライターではなく、オイルライター、マッチなど、厳寒でも使用できる物を携行しましょう。

○ 登山者名簿に必ず記入してから出かけましよう。

 


(2)入山時

○ 入山時に再度気象情報をよく確かめ、天候の急変が予想される場合は入山を控えるなど十分注意しましょう。

○ 入山場所の地形を確かめ、大木等の目標物を定めましょう。

○ 沢には入り込まないようにしましょう。

○ 滑走中に視界が悪くなったら動き回らずに天候の回復を待ちましょう。

○ スキー、スノーボードを滑る場合は、設定コースからはずれ、冒険してみようなどと冬山を甘く見ないようにしましょう。

○ 無理だと思ったら、引き返すことを決断しましょう。

○ 携帯電話等は体で温めて消耗を防ぎ、必要なときに使用できるようにしておきましょう。

 


(3)万が一迷ったら

○ テントや木の根本などに雪洞を作ってその中で寒さをしのぎ、携行したコンロ等で暖をとり、救助隊の助けを待ちましょう。

○ 捜索のヘリコプターの音が聞こえたら、高台まで行きタオルなどを振って合図をしましょう。

○ 携行した携帯電話で救助を求めるとともに、現在地の地形など知る限りの情報を連絡しましょう。


冬山よりも大切な命、遭難には十分気をつけましょう。

雪崩の原因となる雪庇の箇所や大きさは、その年の天候や地形によって異なっています。

また、南八甲田山、猿倉岳周辺では、突風によるものと思われる複数の倒木のある箇所が発見されています。このように、その時々や場所によって山々は様相を異にしますので、入山の際には、くれぐれも天候や地形などをよく調べてから楽しむようにしてください。

 

2 冬山遭難者の生還事例

(1)遭難事例1

  ア 概 要

この事例は、八甲田山冬山登山に出かけた遭難者2名が、8日間もの間、真冬の八甲田山で猛吹雪と厳寒に耐え無事生還を果たし命が救われた事例です。

平成13年2月15日午後5時頃、遭難者の家族から「母が勤務する会社から電話があり、青森県の八甲田山に行くといって休暇を取ったが、休暇を過ぎても出勤していないので、遭難しているのではないか。」との通報が青森警察署に寄せられた。警察署では、遭難の可能性があるとして八甲田山付近の旅館等を調査したが、遭難者の足取りがつかめずにいた。このような中、酸ヶ湯温泉から「駐車場に数日前から放置されている車両がある」との情報が寄せられ、2名が同温泉に宿泊し登山に出かけたことが判明した。

県防災消防課では、直ちに陸上自衛隊第9師団に自衛隊派遣の要請を行うとともに、陸上自衛隊・警察・消防など約250名体制で捜索を開始した。しかし、山は猛吹雪で荒れ狂い、数メートル先が見えない中での必死の捜索となったが1日目は発見することができなかった。

捜索の2日目。再び猛吹雪の中で捜索隊は必死で八甲田山を探し回ったが、なかなか発見できないでいた。その日も発見できないまま捜索を打ち切ろうとしていた午後4時35分、遭難者から救助を求める携帯電話が鳴った。遭難してから8日目のことである。しかし、もう1名の遭難者が山の中腹に設営したテントの中で救助を待っており、一刻も早く救助しなければならなかったが、二次災害の危険もあるため夜間捜索を中止し、翌日の捜索に備えてテント設営場所の特定を急いだ。翌日、テントの設営場所を特定した捜索隊は、一気に遭難地点に向かい、見事18日無事救助、保護した。


 

  イ 無事生還した要因

ア 2〜3日分の食料を小分けにして食べていたこと。

イ 冬用のテント、コンロ、装備品等を準備していたこと。

ウ 携帯電話の電源を必要以外はOFFとし、バッティリーが消耗しないように体で保温していたこと。

エ テントは、木立に囲まれた場所に設営したほか、風に飛ばされないよう両端をスキーで固定していたこと。

オ 万が一に遭難した場合に備え、捜索隊が発見しやすい、風上の高台を選んでテントを設営していたこと。

カ 冬山に精通した者を同行していたこと。 

いくら充実した装備品や食料を準備していたとしても、絶対安全ということはありません。登山者名簿に登山ルート等を記入してから登山していたならば、発見が早まったのではないかと考えます。登山届、家族への行き先等の連絡は絶対に守ってください。奇跡はそう簡単には起こらないのだから。

 

 

(2)遭難事例2

  ア 概 要

この事例は、八甲田スキー場のコースで沢に迷い込んだスキーヤー4名が携帯電話で遭難を早く知らせたことから、無事生還を果たし、命が救われた事例です。

平成13年2月19日午後4時35分頃、八甲田スキー場フォレストコースで寒水沢に迷い込んだ岩手県の男性スキーヤー4名が、携帯電話で遭難を知らせたことから捜索が始まった。

通報を受けた県消防防災課は、直ちに陸上自衛隊第9師団に自衛隊派遣要請を行うとともに、翌日の2月20日、警察・陸上自衛隊・消防団など約200名体制で、地上隊と自衛隊ヘリにより捜索を行ったところ、午前7時18分、通報した遭難場所と違う場所で自衛隊ヘリが遭難者を発見、保護した。

 

  イ 無事生還した要因

ア 携帯電話を所持していたこと。

イ 動き回らず、雪洞を掘ってビバークしたこと。

ウ 八甲田山を知っていた者が同行していたこと。

一旦荒れ狂った山の景色は、似たような地形が次々と出てくるため、自分の位置がわからなくなりやすく、冬山の猛威は豊富な経験による判断力を鈍らせることになります。悪天候の日の山は、晴れた日の山と全く違う姿を見せる恐ろしい山であることを肝に銘じておきましょう。いくら八甲田山を知り尽くしたベテランが一緒であっても、また、十分な装備品や食料を持参していたとしても、油断は禁物です。基本は絶対に守ってください。

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雪山で遭難したら?国立登山研修所に聞いてみた!   [2013/03/03]
http://news.mynavi.jp/c_career/level1/yoko/2013/03/post_3210.html

この時期は雪山のハイキングで遭難する人が多いそうです。では、実際に遭難してしまった場合は、どうすればいいのでしょうか? 遭難救助研修などを行っている、日本スポーツ振興センターの国立登山研修所にお話を伺いました。


■雪山では自分がどこにいるのか把握することが大事

――この時期、雪のハイキングを楽しむ人が多くいますが、こうした雪山の登山で遭難しないようにするには、どんなことに注意しないといけないのでしょうか?

雪の山は夏の山と異なり、雪がすべてを隠しています。道はもちろん、道しるべや目印の赤いテープなども雪に覆われて、認識が難しくなります。地図を頼りに自分の進むべき方向と自分がどこにいるのか正確に把握できるナビゲーション能力が不可欠です。

休日ともなれば人の歩いた跡があることもありますが、むやみに足跡をたどれば、分岐点で自分の行きたい方向と異なる道に進んでしまい、目的地にたどりつけないことも十分にあります。

――ほかの人がそっちの方に進んでいるから、と安易に同じ道をたどるのは危険なのですね。

不幸な遭難事例に、初心者が登りやすい山に行くつもりが、180度反対の踏み跡をたどってしまい、ピッケル・アイゼンを駆使する尾根に踏み込んで滑落したという事例があります。

――上級者向けのコースに進んでしまったのですか。

また、天気予報が晴れの予想であっても、山では強い季節風や寒気の影響で山だけが雲に覆われ、強風・雪・濃い霧となることも多々あります。少しでも天候が安定しないときや、降雨・降雪・寒気の流入が登山をするすぐ次の日に予想されるときは、予想以上に早く天候が悪化する可能性があるので登山は中止にするべきです。

――わずかでも天候に不安があれば避けた方がいいのですね。

そうですね。きれいな雪山も晴天があればこその美しさです。

――その方が気分もいいでしょうね。遭難しないために所持しておいた方がいいという道具はありますか?

読図能力があり、夏の山などで使用法に習熟していることが前提ですが、GPSは自分の現在位置を把握するのに有効です。雪山では、天候が急変して降雪や濃霧となることが多く、遠くに見える山や尾根、谷の様子を地図で読み取ることが困難になります。

そうなると、現在位置を割り出すことができず、夏の山で培った読図能力を十分に活用できないことがあります。

――なるほど。そういった場合に、GPSが有効になるのですね。

■雪山ではとにかく冷静に

――もし、雪山で遭難してしまった場合は、どうすればいいのでしょうか? 最初にやるべきことなどを教えてください。

遭難してしまった場合は、

・その場を動かない。
・状況を冷静に分析する。
・リーダーを中心にして、無事に帰る方法や対処法をメンバー全員で確認する

といったことが大事です。単独行の場合、独り善がりな判断を下して、事態を深刻化させる可能性が多くあります。この点からも単独登山は避けるべきです。

連絡を取ることが可能な場合は、警察・消防に連絡を取り、状況を正確に伝え(このためにもメンバー全員で状況分析・対処法を話し合う必要がある)諸機関の指示に従う。連絡が取れない場合は、その場所を動かず、付近に安全に待機できる場所を見つけて避難・待機する、などが重要です。

――雪山で遭難してしまった際に役立つ道具、またその使い方などを教えてください。

雪山で身動きが取れなくなった場合、一番の危機となるのは風と寒さです。これらを防ぐために、「ツエルト」(ツェルト)と呼ばれる簡易テントを雪山では必ず携行すべきです。樹木帯であれば、木の枝などを利用して簡易テントを設営し、そこに避難することで体力の消耗を防ぐことができます。

――テントが設営できない場所だった場合はどうすればいいですか?

その場合は、なるべく風を避けることができる場所、例えば岩陰や樹木の根元には空洞があり、ここを利用すれば比較的安易に安全な空間を手に入れることができます。ここでリュックサックに腰かけてツエルトを上からかぶり、風が入ってこないようにすそをたくし込みます。

――とにかく風が直接当たるのを防ぐのですね。

ツエルトに加えて、ロウソクや登山用コンロを常に持参して、ツエルトの中で使用すれば、暖かな空間を作り出すことができます。また、日帰りの登山であっても、着替え(手袋や靴下も含めて)・防寒具・非常食・ヘッドランプを携行するようにしましょう。

これは雪山に登山する者の最低限の心得です。

■遭難の原因は準備不足と認識不足

――日本では毎年どれくらいの人が遭難しているのでしょうか?

警察庁の発表では、2010年で2,396人(死者・行方不明者294人)、2011年は2,204人(死者・行方不明者275人)となっています。

――毎年多くの人が遭難しているのですね。遭難の原因はどんな理由が多いのでしょうか?

道迷い・転滑落・雪崩などが主な遭難の原因です。しかし、これらは事前の準備で防ぐことが可能です。言い換えれば、事前の準備不足や認識不足がすべての遭難の原因といえるでしょう。

――準備不足や認識不足ですか……。

そうですね。登山をする者、自然界に分け入る者はすべて自然を学び、危険を理解して、安全に人間界に戻る義務があると考えています。自然の危険さや帰ってくる義務を認識した上で、心身の鍛錬や登山の技術の訓練など、しっかりとした準備をすることが必要です。

自然に対して真摯(しんし)に取り組む者でないと、登山をする資格はないといえるほど、山は途方もなく奥の深い世界です。こうした真摯(しんし)に取り組む心や山に対する認識を持って、登山に臨んでもらいたいと思います。

ブームだから、と安易に始める人も多い昨今。山で遭難しないためにも、登山というのは危険と隣り合わせということをちゃんと認識し、しっかりと事前の準備をして山に臨むようにしないといけませんね。

(貫井康徳@dcp)

【日本スポーツ振興センターHP】
http://www.jpnsport.go.jp/

【国立登山研修所HP】
http://jpnsport.go.jp/tozanken/
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/797.html

[リバイバル3] 中川隆 _ 日本文化関係投稿リンク 中川隆
73. 中川隆[-5797] koaQ7Jey 2018年1月26日 20:04:28 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

スキー場で遭難した時の対処方法
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/797.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/466.html#c73
[リバイバル3] スキー場で遭難した時の対処方法 中川隆
1. 中川隆[-5796] koaQ7Jey 2018年1月26日 20:11:08 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

関連投稿


相次ぐ“バックカントリー”事故
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/695.html

厳寒が人体に与える影響
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/795.html

2015年 かぐらスキー場スノボ遭難 雪洞に2晩ビバークして奇跡の帰還 _ 練子広寿は只者ではない
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/718.html

そして5人は帰らなかった 吾妻連峰・雪山遭難を辿る
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/716.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/797.html#c1

[リバイバル3] 厳寒が人体に与える影響 中川隆
21. 中川隆[-5795] koaQ7Jey 2018年1月26日 21:39:55 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

冬の八甲田雪中行軍ゆかりの地探訪 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/results?search_query=%E5%86%AC%E3%81%AE%E5%85%AB%E7%94%B2%E7%94%B0%E9%9B%AA%E4%B8%AD%E8%A1%8C%E8%BB%8D%E3%82%86%E3%81%8B%E3%82%8A%E3%81%AE%E5%9C%B0%E6%8E%A2%E8%A8%AA


八甲田山雪中行軍を語り継ぐ会 - ホーム Facebook
https://www.facebook.com/%E5%85%AB%E7%94%B2%E7%94%B0%E5%B1%B1%E9%9B%AA%E4%B8%AD%E8%A1%8C%E8%BB%8D%E3%82%92%E8%AA%9E%E3%82%8A%E7%B6%99%E3%81%90%E4%BC%9A-895912190451256/


八甲田山雪中行軍遭難事件サイト掲示板
http://www2.rocketbbs.com/101/whiteout.html


7名無しさん2012/12/05(水) 20:51:18.08ID:RZEQASNB0

史実に関しては、いろいろな本・サイトで理解しました。

8月に青森に行きましたが、青森で勤務するかたとの話で

「史実と映画はいろいろ違うんです。」

と言うと、その方は映画は史実通りじゃないんですか?とおっしゃるので、下の3点は説明しました。


@山田少佐は物語の中でのみ悪役であって、神田大尉を悲劇のヒーローにするために悪役にされているだけ。史実の山口少佐は温厚ないい人だったそうです(完全にキンコさんのサイトの受け売り)。

A映画の最後で

「5連隊で五体満足だった人と31連隊の兵士は日露戦争で全滅した」

というテロップが出ていますがウソ800で、ちゃんと伊藤中尉と長谷川特務曹長は生き残り、31連隊の方も生き残られた。

ホンマに、ああいうテロップは正確でないとあきませんね。


B徳島大尉は生まれが津軽と映画ではセリフがありますが、史実では群馬の生まれです。

また、青森市の食堂で食事をしていても「観光の方ですか?」と相席の方から聞かれ、なぜか映画の話になり、その方も「映画って史実の通りじゃないんですか?」と言われるので、相当の方がノンフィクション映画と思っておられる可能性があると思いました。

9名無しさん@お腹いっぱい。2012/12/09(日) 02:25:49.97ID:YD02J6BQ0

つーか。この事件の影響って実はかなーりでかいと思う。

それは、軍のトップの人間が現場指揮官に口を出さない方が良いというきっかけになったと思うからだ。

この事件以降、トップの人間の理想像は、細かいコトは現場指揮官に任せて、どんな突発的なコトにも慌てずに「そこにいる」ことが重視されるようになったからだ。

その後の戦記物も記述で、トップを褒めたり理想化したりするようになった。その根源がこの事件。

結局それが、現場指揮官の戦術のみの判断で突っ走ったり、猪突猛進で大局を見ない判断のみが、幅をきかせる結果となったのは事実。
http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/history2/1353253626


http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/795.html#c21

[リバイバル3] 厳寒が人体に与える影響 中川隆
22. 中川隆[-5794] koaQ7Jey 2018年1月26日 22:43:54 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

八甲田山雪中行軍

明治35年に起きた八甲田山雪中行軍遭難事故の史実を、解説を添えて紹介します。組織経営を考える参考になるでしょう。
http://web.thn.jp/kimijima/body/Hakkoudasan/00hakkoudasan.htm


http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/795.html#c22

[番外地6] ヒラリー・クリントンの正体 中川隆
90. 中川隆[-5801] koaQ7Jey 2018年1月27日 00:46:48 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
2018.01.26
破滅への道から抜け出せないアメリカとその巻き添えになる世界の悲劇(その1:投票操作)

アメリカでは2000年の大統領選挙で投票操作が指摘されている。例えば、勝利者を最終的に決めたフロリダ州での投票では怪しげなブラック・リストの存在や正体不明の「選挙監視員」による投票妨害があった。有権者に関する怪しげなブラックリストが作られ、正体不明の「選挙監視員」が徘徊、投票を妨害する行為があった。旧式の機械やバタフライ型投票用紙で投票が正確にカウントされていない可能性が指摘され、出口調査と公式発表との差も疑惑を呼んだ。ジョージ・W・ブッシュ候補の当選を確定させたのは、12月に連邦最高裁が出した判決によってである。

2016年の大統領選挙でも事前に投票マシーンへの信頼度が揺らいでいた。2000年の選挙でブッシュを担いでいた勢力の中心にはネオコンがいたが、今回の占拠で彼らはヒラリー・クリントンの周辺に集まっていた。2015年6月の段階でクリントンを勝たせることが内定したとする噂が流れたが、その理由は​同月の11日から14日かけてオーストリアで開かれたビルダーバーグ・グループの会合​にジム・メッシナというヒラリー・クリントンの旧友が出席していたからだ。ビルダーバーグ・グループについて本ブログでは何度か説明しているので今回は触れないが、欧米支配層が築いているネットワークを構成する機関のひとつだとは指摘しておく。

こうしたことから、大統領選の前からクリントンを当選させるために投票数が操作されるのではないかと噂された。投票のコンピュータ化が進んだことから操作は2000年より簡単になっていたことは事実で、DESI(ダイボルド・エレクション・システムズ/現在の社名はプレミア・エレクション・ソリューションズ)の機械が実際の投票数と違う数字を集計結果として表示することを大学などの研究者が指摘されている。ハート・インターシビックという会社とミット・ロムニー家との関係も明らかにされた。(例えば、​ココ​、ココ、ココ、ココ)

2016年にはWikiLeaksがヒラリー・クリントンらの電子メールを公表、その中にはバーニー・サンダースが同党の大統領候補になることを妨害するよう民主党の幹部に求めるものがあり、サンダースの支持者を怒らせることになった。民主党幹部たちが2015年5月26日の時点でヒラリー・クリントンを候補者にすると決めていたことを示唆する電子メールもある。

民主党がクリントンを候補者に選ぶ方向で動いていたことはDNCの委員長だったドンナ・ブラジルも認めている。彼女はWikiLeaksが公表した電子メールの内容を確認するために文書類を調査、DNC、ヒラリー勝利基金、アメリカのためのヒラリーという3者の間で結ばれた資金募集に関する合意を示す書類を発見したという。その書類にはヒラリーが民主党のファイナンス、戦略、そして全ての調達資金を管理することが定められていた。その合意は彼女が指名を受ける1年程前の2015年8月になされた。

こうしたクリントンを当選させる流れに変化が生じていることを暗示するような出来事があり、話題になっている。2016年2月10日にヘンリー・キッシンジャーがロシアを訪問し、ウラジミル・プーチン露大統領と会談して22日にはシリアで停戦の合意が成立したのだ。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201801260001/


2018.01.27
破滅への道から抜け出せないアメリカとその巻き添えになる世界の悲劇(その2:シリア侵略)


2011年3月からアメリカ、イスラエル、サウジアラビアぼ三国同盟を中心とする勢力がシリアへの侵略戦争を始めたことは本ブログで何度も指摘してきた。2003年3月のイラク、2011年2月のリビアに続く侵略で、サラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団を中心とする傭兵部隊がその先陣を切った。そうした傭兵の登録リストがアル・カイダだということも本ブログでは繰り返し書いてきた。

当初、アメリカを中心とする西側の政府や有力メディアは「独裁者による民主化運動の弾圧」という構図で宣伝したが、宣伝の裏側が明らかになって説得力をなくす。2012年には住民虐殺が伝えられ、西側はシリア政府の責任を押しつけるが、実際はサラフィ主義者など外国人傭兵だということが判明する。現地を調査した東方カトリックのフランス人司教もその事実をローマ教皇庁の通信社を通じて報告している。

「​もし、全ての人が真実を語るならば、シリアに平和をもたらすことができる。1年にわたる戦闘の後、西側メディアの押しつける偽情報が描く情景は地上の真実と全く違っている。​」とその司教は書いている。

これは現在でも通用する話。​2012年8月にはアメリカ軍の情報機関DIAがシリアで政府軍と戦っている戦闘集団について、その中心はサラフィ主義者、ムスリム同胞団、そしてアル・カイダ系武装集団のAQI(DIAはアル・ヌスラと実態は同じだとしている)だと指摘​した。バラク・オバマ大統領が言う「穏健派」は事実上、存在しないということだ。オバマ政権が進める政策は東部シリア(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配国を作ることになるとも警告していた。この当時のDIA局長がマイケル・フリン中将だ。

その警告は2014年にダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)の台頭という形で現実になる。1月にファルージャで彼らは「イスラム首長国」の建国を宣言、6月にはモスルを制圧している。その際にトヨタ製の真新しい小型トラックのハイラックスを連ねた「パレード」を行い、その様子を撮影した写真が配信されたことも有名になったが、パレードを含め、ダーイッシュの行動をアメリカの軍や情報機関はスパイ衛星、偵察機、通信傍受、人から情報を把握していたはず。ところが静観していた。

その間、オバマ政権の中でフリンはダーイッシュ派を使っているグループと対立、2014年8月にDIA局長を辞めさせられている。退役後、この問題を​アル・ジャジーラの番組で問われたフリン中将は、ダーイッシュの勢力が拡大したのはオバマ政権が決めた政策によると語っている​。

売り出されたダーイッシュは人質の首を切り落とすパフォーマンスをするなど残虐さを前面に出し、そのダーイッシュと戦うと称してシリア政府の承諾を得ないまま空爆を始める。その空爆のターゲットがダーイッシュやアル・カイダ系武装集団出なかったことも本ブログでは書いてきた。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201801270000/
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/719.html#c90

[昼休み52] 意図的な世論誘導報道で悪魔呼ばわりされているシリア アサド大統領 富山誠
44. 中川隆[-5800] koaQ7Jey 2018年1月27日 00:48:28 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
2018.01.26
破滅への道から抜け出せないアメリカとその巻き添えになる世界の悲劇(その1:投票操作)

アメリカでは2000年の大統領選挙で投票操作が指摘されている。例えば、勝利者を最終的に決めたフロリダ州での投票では怪しげなブラック・リストの存在や正体不明の「選挙監視員」による投票妨害があった。有権者に関する怪しげなブラックリストが作られ、正体不明の「選挙監視員」が徘徊、投票を妨害する行為があった。旧式の機械やバタフライ型投票用紙で投票が正確にカウントされていない可能性が指摘され、出口調査と公式発表との差も疑惑を呼んだ。ジョージ・W・ブッシュ候補の当選を確定させたのは、12月に連邦最高裁が出した判決によってである。

2016年の大統領選挙でも事前に投票マシーンへの信頼度が揺らいでいた。2000年の選挙でブッシュを担いでいた勢力の中心にはネオコンがいたが、今回の占拠で彼らはヒラリー・クリントンの周辺に集まっていた。2015年6月の段階でクリントンを勝たせることが内定したとする噂が流れたが、その理由は​同月の11日から14日かけてオーストリアで開かれたビルダーバーグ・グループの会合​にジム・メッシナというヒラリー・クリントンの旧友が出席していたからだ。ビルダーバーグ・グループについて本ブログでは何度か説明しているので今回は触れないが、欧米支配層が築いているネットワークを構成する機関のひとつだとは指摘しておく。

こうしたことから、大統領選の前からクリントンを当選させるために投票数が操作されるのではないかと噂された。投票のコンピュータ化が進んだことから操作は2000年より簡単になっていたことは事実で、DESI(ダイボルド・エレクション・システムズ/現在の社名はプレミア・エレクション・ソリューションズ)の機械が実際の投票数と違う数字を集計結果として表示することを大学などの研究者が指摘されている。ハート・インターシビックという会社とミット・ロムニー家との関係も明らかにされた。(例えば、​ココ​、ココ、ココ、ココ)

2016年にはWikiLeaksがヒラリー・クリントンらの電子メールを公表、その中にはバーニー・サンダースが同党の大統領候補になることを妨害するよう民主党の幹部に求めるものがあり、サンダースの支持者を怒らせることになった。民主党幹部たちが2015年5月26日の時点でヒラリー・クリントンを候補者にすると決めていたことを示唆する電子メールもある。

民主党がクリントンを候補者に選ぶ方向で動いていたことはDNCの委員長だったドンナ・ブラジルも認めている。彼女はWikiLeaksが公表した電子メールの内容を確認するために文書類を調査、DNC、ヒラリー勝利基金、アメリカのためのヒラリーという3者の間で結ばれた資金募集に関する合意を示す書類を発見したという。その書類にはヒラリーが民主党のファイナンス、戦略、そして全ての調達資金を管理することが定められていた。その合意は彼女が指名を受ける1年程前の2015年8月になされた。

こうしたクリントンを当選させる流れに変化が生じていることを暗示するような出来事があり、話題になっている。2016年2月10日にヘンリー・キッシンジャーがロシアを訪問し、ウラジミル・プーチン露大統領と会談して22日にはシリアで停戦の合意が成立したのだ。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201801260001/


2018.01.27
破滅への道から抜け出せないアメリカとその巻き添えになる世界の悲劇(その2:シリア侵略)


2011年3月からアメリカ、イスラエル、サウジアラビアぼ三国同盟を中心とする勢力がシリアへの侵略戦争を始めたことは本ブログで何度も指摘してきた。2003年3月のイラク、2011年2月のリビアに続く侵略で、サラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団を中心とする傭兵部隊がその先陣を切った。そうした傭兵の登録リストがアル・カイダだということも本ブログでは繰り返し書いてきた。

当初、アメリカを中心とする西側の政府や有力メディアは「独裁者による民主化運動の弾圧」という構図で宣伝したが、宣伝の裏側が明らかになって説得力をなくす。2012年には住民虐殺が伝えられ、西側はシリア政府の責任を押しつけるが、実際はサラフィ主義者など外国人傭兵だということが判明する。現地を調査した東方カトリックのフランス人司教もその事実をローマ教皇庁の通信社を通じて報告している。

「​もし、全ての人が真実を語るならば、シリアに平和をもたらすことができる。1年にわたる戦闘の後、西側メディアの押しつける偽情報が描く情景は地上の真実と全く違っている。​」とその司教は書いている。

これは現在でも通用する話。​2012年8月にはアメリカ軍の情報機関DIAがシリアで政府軍と戦っている戦闘集団について、その中心はサラフィ主義者、ムスリム同胞団、そしてアル・カイダ系武装集団のAQI(DIAはアル・ヌスラと実態は同じだとしている)だと指摘​した。バラク・オバマ大統領が言う「穏健派」は事実上、存在しないということだ。オバマ政権が進める政策は東部シリア(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配国を作ることになるとも警告していた。この当時のDIA局長がマイケル・フリン中将だ。

その警告は2014年にダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)の台頭という形で現実になる。1月にファルージャで彼らは「イスラム首長国」の建国を宣言、6月にはモスルを制圧している。その際にトヨタ製の真新しい小型トラックのハイラックスを連ねた「パレード」を行い、その様子を撮影した写真が配信されたことも有名になったが、パレードを含め、ダーイッシュの行動をアメリカの軍や情報機関はスパイ衛星、偵察機、通信傍受、人から情報を把握していたはず。ところが静観していた。

その間、オバマ政権の中でフリンはダーイッシュ派を使っているグループと対立、2014年8月にDIA局長を辞めさせられている。退役後、この問題を​アル・ジャジーラの番組で問われたフリン中将は、ダーイッシュの勢力が拡大したのはオバマ政権が決めた政策によると語っている​。

売り出されたダーイッシュは人質の首を切り落とすパフォーマンスをするなど残虐さを前面に出し、そのダーイッシュと戦うと称してシリア政府の承諾を得ないまま空爆を始める。その空爆のターゲットがダーイッシュやアル・カイダ系武装集団出なかったことも本ブログでは書いてきた。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201801270000/

http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/816.html#c44

[不安と不健康18] 白い砂糖は悪者ではなかった!なぜか根強い「白い食べ物は有害」説(wezzy) 赤かぶ
1. 中川隆[-5799] koaQ7Jey 2018年1月27日 11:01:15 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
NPO法人癌コントロール協会会長(アメリカ癌コントロール協会日本支部)代表 森山晃嗣

☆砂糖も要注意

食品添加物や保存料にも目を向けないといけません。

アメリカ・ニューヨークの子供たちの学力テストのデータがあります。
1970年代にニューヨーク市で小中学校の給食から脂肪を9割、砂糖・食品添加物・防腐剤・保存料を全部カットしたところ、全米の学力試験でニューヨーク州100万人の子供たちの平均点が4年間で16点も上がった。これは全米のレコードとなり、いまだに破られていません。

 ニューヨーク市は、「教師の数を増やしたわけでもカリキュラムを変えたわけでもない。生徒の数を減らしたわけでもない。ただ学校の給食を変えただけだ」とコメントしています。

「給食はまずくて嫌だ」とハンバーガー屋なんかで買って食べているグループと学校の給食をきちんと食べていたグループでは、成績の上位は全部学校の給食を食べているグループでした。

 児童・生徒に落ち着きがないといったことが日本では問題になっていますが、こうした学校給食の問題をもっと考えた方がいいのではないでしょうか。


―砂糖や油もよくないのですか。


白砂糖がなぜいけないのかというと、要するにビタミンやミネラルが含まれていないからです。黒砂糖やメープルシロップ、精製していない蜂蜜ならまだいい。蜂蜜でも、加熱してしまったものは酵素などが死んでしまうからダメです。

 実はがん細胞は白砂糖のような他の栄養物質がない「純粋な砂糖」をエネルギー源にしていることがわかっています。
最近、CTやMRIよりももっと詳しくがんを調べることができるPET(ペット)という検査機械が出てきました。このペットというのは、がん細胞が砂糖を餌にしているという考え方をもとにした検査器具です。

患者さんに放射性同位元素をくっつけた砂糖を点滴する。そうするとがん細胞がその砂糖を摂取するからがんの部分に放射性同位元素が集中し、それがペットで検出されるのです。

 こうしたがん検出器具があるということは、がん患者には砂糖の多い高カロリー食はダメだと分かるわけではないですか。
ところが日本の病院では、手術したあとのがん患者さんに朝からプリンやアイスクリームを食べろと言う。これではがんは再発してしまう。


[癌のエサになるものは食べない事]

それは白砂糖と精白した小麦粉を原料とするパン、うどん、パスタ等です。

白砂糖や精白した小麦粉(白米も)は体内で消化されブドウ糖としてエネルギーの原料として全身に配達される訳ですが、このブドウ糖が細胞内、ミトコンドリアでエネルギーに変わる為には酸素とミネラルビタミンが必要となります。
白砂糖などはすでにミネラルビタミンは除外され単なる空のカロリーです。この空のカロリーは無酸素でもエネルギーになることができるので一時的に疲れがとれたように感じます。

特に脳は欲しがります。

そしてこの無酸素のエネルギーをエサに生きるのが癌細胞のようです。
(すでにノーベル賞受賞の博士が発表)癌になられた方はこの白砂糖や精白した小麦粉を原料とする加工食品と食べないようにする事が一番目のアドバイスです。


・ オーガニックの全粒小麦粉でつくられたパン等はOKです。

・ 少々の黒砂糖(完全に黒砂糖)もOK

・ 蜂蜜は精製、熱処理した品が売られていますのでこれも白砂糖と同じく食べない事をおすすめします。
(無精製で熱処理していない蜂蜜か黒砂糖をゲルソン療法では使っていました。)
http://www.npo-gancon.jp/shoukai.html

http://www.asyura2.com/16/health18/msg/605.html#c1

[番外地7] 「しょぼくれたアメリカ」への怒りが より過激なトランプ新大統領を生み出した 中川隆
48. 中川隆[-5798] koaQ7Jey 2018年1月27日 12:25:52 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
2018.01.27
不正行為が発覚して窮地の司法省とFBIはトランプ大統領の事情聴取で罠を仕掛け、逆転を狙う


​ドナルド・トランプ大統領がFBIの事情聴取を受けることに疑問を持つ人​がいる。民主党や有力メディアがキャンペーンを続けてきたロシアゲート、つまりロシア政府が2016年の大統領選でトランプを勝たせるために介入したという話だが、その主張を裏付ける証拠は示されていない。本ブログでも指摘してきたが、この主張が正しいなら電子情報機関のNSAが証拠を握っているはずで、特別検察官を任命する必要はなかった。

遅くとも2015年6月にはヒラリー・クリントンを当選させることを支配層が決めたという噂が流れていた。2016年にWikiLeaksが公表したヒラリー・クリントンらの電子メールには、民主党幹部たちが2015年5月26日の時点でヒラリー・クリントンを候補者にすると決めていたことを示唆する電子メールもある。そうした「陰謀」で最初に狙われた人物がバーニー・サンダースであり、トランプは2番目だ。

そうしたクリントンを担いでいた勢力の陰謀を露見させる上で重要な役割を果たしたのがWikiLeaksの公表した電子メールだが、民主党や有力メディアは自分たちに都合の悪いその内容を封印する一方、ロシアがハッキングしたという宣伝を始めた。

かつて、毎日新聞の記者だった西山太吉は「沖縄返還」にともなう復元費用400万ドルを日本が肩代わりする密約の存在を明らかにした。これが事実だということは後に確認されているが、この件でマスコミが攻撃した相手は西山記者だった。バッシングで使われたフレーズは「ひそかに情を通じ」だ。国民全てが関係する「公」の話が、個人的な「私」の問題にすり替えられたのだ。しかも、この「私」の問題もきちんと検証されたようには見えない。こうしたキャンペーンが毎日新聞の経営にダメージを与え、倒産の一因になったと見る人もいる

クリントンのケースも同じパターンだ。有力メディアは問題の本質には触れず、人々を嘘で誤誘導している。調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュによると、​その嘘を流し、ロシアとアメリカとの関係悪化を目論んだのはCIA長官だったジョン・ブレナン​。ワシントンDC警察やFBIの報告書を見たとした上で、電子メールをWikiLeaksへ渡したのはDNCのコンピュータ担当スタッフだったセス・リッチだともしている。ハッキング話はインチキだということだ。

そうした「陰謀」に早い段階からFBIや司法省の幹部が加担していたことを示す電子メールの存在が明らかになっているのだが、それを議員が公開するかどうかは不透明。全ての通信を傍受、記録しているNSAに弱みを握られている議員は少なくないだろう。好ましくないことをするように仕向けられ、それを記録されている人もいると言われている。買収も行われているだろう。

イスラエル・ロビーに逆らうと次の選挙で当選できないことも常識になっている。1975年から76年にかけて、アメリカ上院では政府の情報活動を調査する特別委員会が設置され、秘密工作や監視システムの一端が明らかにされた。その委員会の委員長を務めたフランク・チャーチは次の任期を目指した1980年の選挙で落選、84年に59歳で死亡した。

バラク・オバマ政権がサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団を中心とする武装勢力を使ってシリアを侵略、ダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)を編成した内幕を熟知しているマイケル・フリン元DIA局長をトランプが国家安全保障補佐官に任命すると、民主党や有力メディアは激しくフリンを攻撃、辞任させた。

CIA、司法省、FBIの幹部には反トランプ派が多いが、そのひとりで司法長官代理を務めたサリー・イェーツはトランプの政策に反対、そのイェーツの発言を電子メールで賞賛していたアンドリュー・ワイツマンはロバート・ムラー特別検察官の側近だ。

イェーツはフリンから事情聴取、ロシア大使との会話について質問しているが、その内容を知りたかったわけではない。その内容はNSAが盗聴し、記録していたからだ。その記録にある話を捜査官にしなかったとして偽証罪に問うたのだ。何も違法なことをしていないフリンを陥れるため、イェーツはトラップを仕掛けたということ。同じことをFBIはトランプに対して仕掛けようとしていると考えている人がいる。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201801270001/
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/105.html#c48

[昼休み52] 意図的な世論誘導報道で悪魔呼ばわりされているシリア アサド大統領 富山誠
45. 中川隆[-5797] koaQ7Jey 2018年1月27日 12:29:10 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
2018.01.27
破滅への道から抜け出せないアメリカとその巻き添えになる世界の悲劇(その3:核戦争の危機)


2014年2月22日にウクライナではビクトル・ヤヌコビッチ大統領がクーデターで排除されている。このクーデターが始動したのは2013年11月。​ウクライナのオレグ・ツァロフ議員が議会で行った演説​によると、クーデター計画は11月14日と15日に話し合われ、NGOがその手先として動くことになっていたという。ソーシャル・ネットワーキングを使って世論を誘導し、組織的な政権打倒運動を展開しようと目論んでいると同議員は主張していた。

実際、ツァロフ議員が議会で演説した翌日にユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)で抗議活動は始まるが、当初はカーニバル的なもの。EUは話し合いで解決しようとするが、そうした方針に怒ったのがアメリカのジェオフリー・パイアット大使やビクトリア・ヌランド国務次官補。ヌランドはEUの遣り方が手ぬるいと不満で、「EUなんかくそくらえ」と口にしたわけだ。そして、パイアット大使やヌランド次官補を中心に、抗議活動は暴力的な方向へ誘導されていく。ヌランドはヒラリー・クリントンと親しい。

​ヌランドがEUを愚弄する言葉を口にした会話の音声​は2014年2月4日にインターネット上へアップロードされている。合法的に選ばれた大統領を暴力で排除した後に作られる次期政権の人事がその会話では語られている。その中でヌランドが強く推していた人物がアルセニー・ヤツェニュクで、クーデター後、首相に選ばれた。

その音声が公開された頃からキエフでは暴力が激しくなるが、その中心にいた集団はネオ・ナチ(ステファン・バンデラ派)で、2月18日頃から棍棒、ナイフ、チェーンなどを手にしながら、石や火炎瓶を投げ、ピストルやライフルで銃撃を始める。ネオ・ナチは広場へ2500丁以上の銃を持ち込んでいたともいう。

当時、広場をコントロールしていたのはネオ・ナチの幹部として知られているアンドレイ・パルビー。この人物はソ連が消滅した1991年にオレフ・チャフニボクと「ウクライナ社会ナショナル党(後のスボボダ)」というネオ・ナチ系の政党を創設、クーデター後には国家安全保障国防会議(国防省や軍を統括する)の議長に就任、2014年8月までその職にあった。

広場では無差別の狙撃があり、少なからぬ犠牲者が出ているが、スナイパーはパルビーの管理下にあったビル。西側の政府やメディアは狙撃をヤヌコビッチ政府側によるものだと宣伝したが、2月25日にキエフ入りしたエストニアのウルマス・パエト外相は事実が逆だと報告している。反大統領派で医師団のリーダー格だったオルガ・ボルゴメツなどから聞き取り調査をした結果だという。狙撃手は反ヤヌコビッチ派の中にいるとする調査結果を26日にEUの外務安全保障政策上級代表(外交部門の責任者)だったキャサリン・アシュトンへ電話で報告する。

「全ての証拠が示していることは、スナイパーに殺された人びと、つまり警官や街に出ていた人たち双方、そうした人びとを同じスナイパーが殺している。同じ筆跡、同じ銃弾。実際に何が起こったかを新連合(暫定政権)が調査したがらないほど、本当に当惑させるものだ。​スナイパーの背後にいるのはヤヌコビッチでなく、新連合(クーデター派)の誰かだというきわめて強い理解​がある。」としている。

2014年2月7日から23日にかけてロシアのソチでは冬期オリンピックが開催されていた。この時期を狙ってアメリカの好戦派はウクライナでクーデターを実施したと見られている。オリンピック前、アメリカが何らかの軍事作戦を実行すると推測する人もいた。ウクライナはロシアとEUの中間にある。ロシアとEUの関係を分断し、経済的にロシアを締め上げたいアメリカ支配層はウクライナでのクーデターを準備していたようだが、2014年2月が選ばれたのは、ロシアがオリンピックで動きにくいと考えてのことだと見られている。

このクーデターでEUとロシアとの関係促進を妨害することに成功したが、この後にロシアは中国へ接近、アメリカの本性を見た中国もロシアとの関係を強める方向へ動き出した。今では戦略的パートナーになっている。アメリカの「陰謀」は裏目に出た。

ウクライナではクーデターに反発する人も少なくなかった。特にヤヌコビッチの地盤だった東部や南部ではそうした傾向が強く、クリミアではロシアの構成主体になるかどうかを問う住民投票が3月16日に実施された。投票率は80%以上、そのうち95%以上が加盟に賛成した。国外からの監視団も受け入れ、日米に比べれば遥かに公正なものだったが、西側は今でも「民意」を受け入れようとしていない。

クリミアを制圧しそこなったことはアメリカの支配層にとって大きな痛手。ここは黒海に突き出た半島で、セバストポリは黒海艦隊の拠点になっているからだ。クーデター後、西側の政府やメディアはロシア軍が侵攻したと宣伝したが、そうした事実はなかった。ソ連消滅後の1997年にロシアはウクライナと条約を結び、基地の使用と2万5000名までの駐留がロシア軍に認められていたのだが、これを侵略部隊だと主張したのだ。この条約は1999年に発効、その当時から1万6000名のロシア軍が実際に駐留していた。

2014年4月10日にアメリカ海軍はロシアを威嚇するために黒海へイージス艦のドナルド・クックを入れ、ロシアの領海近くを航行させた。それに対してロシア軍のSu-24が近くを飛行したのだが、その際にジャミングで米艦のイージス・システムを機能不全にしたと言われている。その直後にドナルド・クックはルーマニアへ緊急寄港、それ以降はロシアの領海にアメリカ軍は近づかなくなった。

アメリカはウクライナでの戦乱を拡大、ロシア軍を引き込もうとした可能性もある。クーデター後に西側の有力メディアはロシア軍が侵攻してきたという事実に反する「報道」を展開するが、これは「予定稿」だったのではないだろうか。ロシア政府が自重したため、西側の「報道」は単なる嘘になった。

そのロシア政府は2015年9月30日、シリア政府の要請を受けて空爆を開始、アメリカ軍とは違い、ダーイッシュやアル・カイダ系武装勢力を本当に攻撃して戦況を一変させた。空爆だけでなく、早い段階にカスピ海の艦船から26基の巡航ミサイルを発射、全てのミサイルが約1500キロメートル離れた場所にあるターゲットに2.5メートル以内の誤差で命中したとされている。その後、地中海に配置されている潜水艦からもミサイル攻撃を実施したという。こうした巡航ミサイルをロシアが保有していることを知り、アメリカ側は震撼したという。ロシアが供給したT90戦車も威力を発揮している。潜水艦から発射され、海底1万メートルを時速185キロメートルで航行、射程距離は1万キロに達する遠隔操作が可能な魚雷の存在をリークして警告するということもロシアは行った。

CFR/外交問題評議会が発行しているフォーリン・アフェアーズ誌の2006年3/4月号に掲載されたキール・リーバーとダリル・プレスの論文では、​アメリカ軍の先制第1撃でロシアと中国の長距離核兵器を破壊できるようになる日は近いと主張​されている。アメリカはロシアと中国との核戦争で一方的に勝てると見通している。

これはネオコンの考え方と同じだが、これが間違っていることをシリアでロシア軍は明確に示した。アメリカは意外と弱い、昔の表現を使うと「張り子の虎」だという見方が政界に広がっている。こうした現実を見てヘンリー・キッシンジャーは2016年2月10日にロシアを訪問したのだろう。そこでロシアとの関係修復を訴えるドナルド・トランプの勝機が生じた。

そうした流れをアメリカの好戦派は引き戻そうとしている。情報と資金を独占し、国という機関が巨大資本に対抗できないシステム、つまりファシズム体制を構築しようとしているのだ。そうした流れの中、TPP(環太平洋連携協定)、TTIP(環大西洋貿易投資協定)、TiSA(新サービス貿易協定)を復活させようという計画が動き出しても不思議ではない。

トランプが当選した後、アメリカではCIA、司法省、FBIなど情報機関や治安機関、あるいは有力メディアを使って選挙結果をひっくり返し、戦争体制へ入ろうとする動きが本格化した。そうした動きの内幕を明らかにする電子メールの存在が明らかになっているが、民主党だけでなく共和党の議員も動きは鈍い。好戦派に楯突く度胸はないのだろう。

かつて、ソ連のミハイル・ゴルバチョフはアメリカの脅しに屈し、ソ連を消滅させる道筋を作ったが、ウラジミル・プーチンに同じことを期待することはできない。21世紀に入り、アメリカの好戦派は1992年2月に作成された予定を実行するため、成功体験にすがり、全てが裏目に出ている。ロシアに対する脅しは核戦争を誘発させかねない。そうした展開を回避しようとしたのがトランプだったが、今ではクリントンやオバマと似た方向へ動き始めている。FBIゲートは破滅への道から抜け出すチャンス。まだチャンスが残っているかどうかはわからない。(了)
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201801270002/
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/816.html#c45

[リバイバル3] マルクスはやはり正しかった _ もうすぐ共産革命の嵐が吹き荒れる時代がやって来る 中川隆
141. 中川隆[-5796] koaQ7Jey 2018年1月27日 12:32:59 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

2018年01月27日
アメリカの貧困者を寒さが直撃 ホームレス54万人

NYのホームレス用シェルター
引用:https://sites.psu.edu/allielong/files/2016/08/HomelessShelter-1nhfdl9.jpg

低所得者層が固定化している

アメリカは8年間好景気が続き、国民の「平均収入」や「合計資産」ではより豊かな国になった。

だが内容を見ると上位1%の富裕層が総所得の19%、上位10%の富裕層が総所得の50%を占めている。

収入より資産を見るともっとえげつない事になっていて、上位3人の資産が下位50%の資産を超えている。(フォーブスより)


上位10%の富裕層で米国の個人資産のほとんどを所有し、下位の50%は負債があるため資産がマイナスになっている。

大きく分けて「下位50%」「中間40%」「上位10%」は違う国に住んでいると言っても良い。

上位10%を除いた所得は好景気にも関わらず増えていないし、下位50%に至っては減少している。


「中間40%」に入れば人間らしい生活ができるが、下位50%の下のほうに一度なってしまうと、そこから上がるのは難しい。

アメリカの貧困率は17.5%で高齢者に限ると20%、貧困率とは平均所得の50%以下の収入しかない人の割合です。

アメリカ人の5.7人に1人(約5660万人)が貧困だが、日本の貧困率16.1%と比較してそう酷いわけではない。


アメリカの物価上昇率は年3%程度が多いが、賃金上昇率はこの何年か平均3%以下しかないので、実質賃金上昇はゼロかマイナスだった。

ここでも富裕層や高所得者は収入の伸びが大きく、低所得者層ほど賃金の伸び率は低かった。

こういう社会で階級を「上に上がる」のは大変だというのが想像できます。

ホームレスと路上生活者

統計によるとアメリカ人の1割はインターネットが繋がらない地域に住んでいて、アメリカ版「限界集落」が存在している。

アメリカではホームレスがNY州8万6000人、カリフォルニア州で11万人、フロリダ州の3万3000人などが多い。

アメリカ全体では2016年の集計で54万人が、一定期間以上ホームレス状態だった。


日本と違うのはホームレス=路上生活者ではない事で、多くの人はシェルターと呼ぶ施設で収容されたり保護されている。

日本では何にせよ住居内で生活していればホームレスに数えていないが、アメリカの路上生活者はホームレスの3分の1程度です。

NYマンハッタンだけで7万7000人のホームレスが居て、市はシェルターの他に民間ホテルも借り上げて収容している。


このマンハッタンを寒波が襲い、路上生活をしている3000人ほどを直撃している。

路上生活者の中にはシェルター入りを拒否している人達が居て、シェルターの中は治安が悪く路上より危険だと言われている。

路上に『家』を作れば最低限のプライバシーがあるが、シェルターでは自分の部屋がないのを嫌う人も多い。


NY市がホームレスのために支出するホテル代は一日(1年ではない)6400万円に達していて、税金の無駄遣いという批判も出ている。

一度ホームレスになってしまうとそこから上がるのは困難で、就職したくても「着ていく服や靴がない」というジョークのような状態になる。

ホームレスの多くは家を失う前は働いていたり、現在もホームレスをしながら働いている人が多い。

アメリカの都市では好景気で賃貸価格や住居費用が高騰し、働いて収入があるのに家や部屋を失う人が多い。
http://www.thutmosev.com/archives/74647002.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/704.html#c141

[不安と不健康16] “早死にする人”ランキング 短命にある共通点とは…(ZAK×SPA!)  赤かぶ
31. 中川隆[-5795] koaQ7Jey 2018年1月27日 13:05:31 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

女性の早熟化、男性の草食化、乳癌の増加を結ぶものとは?
https://www.bllackz.net/blackasia/content/20180126T0159150900.html


人類は、食糧を大量に供給するために、プランテーションを作り、ブロイラー工場を作り、養殖システムを開発してきた。

しかし、それでも需要をまかない切れなくなっており、効率化を加速させるために「禁じ手」まで使って食糧生産をまかなおうとしている。

食糧生産を増やすための「禁じ手」は様々なものがある。たとえば、遺伝子組み換え作物はよく知られているものだ。

これは、超大規模農業を維持するために、とにかく無駄を省き、効率的に農作物を作り出すという観点から産み出された科学である。

普通、農業では種を撒いただけで仕事は終わらず、雑草むしりや害虫の駆除を毎日のように行って、狙った作物だけが育つようにしなければならない。それは非常に手間であり、コストもかかる。

そこで、雑草も害虫も皆殺しにする農薬を開発し、その農薬で死なない作物を遺伝子組み換えで産み出して育てれば「効率的」に農業が維持できる。それで巨大な収益を上げていたのが「モンサント」だった。

遺伝子組み換え作物は、今も大きな問題をはらんでいる。

(問題なかったはずの小麦でさえも、危険なものになった理由)
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2017/02/20170227T1927010900.html

大量の「抗生物質」や「成長ホルモン」が含まれる

アジアにおける魚介類の最大の養殖大陸は中国だが、中国では養殖産業で利益を上げるために、狭いところで大量の魚を養殖する。

コスト削減のために水も替えないので、非常に汚染された水の中で魚を育てるのだが、そのままにしておくと魚は次々と病気で死ぬ。

だから、水の中に大量の抗生物質を投げ込み、さらに「効率的」に育てるためにエストロゲン等のホルモン剤を養殖魚に与えている。

エストロゲンは女性ホルモンの一種で、これを与えると生物が早く、大きく育つので、養殖には欠かせないものになっている。

もはや私たちの食べているものは、「自然に育ったものを採って売る」というやり方ではまったく追いつかない。

だから、禁じ手を使おうが何をしようが、とにかく「低コスト」で「効率的」に食糧を作ることが暗黙の了解となっており、それが世界人口74億人を支える基盤になっている。

「そうやって、食糧がまかなえるのならいいことだ」
「他に方法がないのだから、仕方がない。必要悪だ」

そのような割り切った声も生産者側にはある。

また、この問題を是正させると、結果的には世界的飢餓が発生するかもしれないので、消費側も見て見ぬふりをしている。

そこで何が起きているのか。

禁じ手で生産された食糧が大量に出回ることになって、「抗生物質」や「成長ホルモン」が大量に含まれた、有害な食糧が圧倒的に増えてしまった。

「魚を食べると健康になる」というのは、天然魚の話をしているのであって、中国の養殖魚を食べて健康になれると思う人がいたらどうかしている。

エストロゲンで無理やり成長させられた養殖魚を食べたらどうなるのだろうか。魚に含まれている女性ホルモンは、そのまま人体に取り込まれていく。

「魚を食べると健康になる」というのは、天然魚の話をしているのであって、中国の養殖魚を食べて健康になれると思う人がいたらどうかしている。


『メス化する自然―環境ホルモン汚染の恐怖』

BBC放送の科学担当プロデューサーだったデボラ・キャドバリーは、『メス化する自然―環境ホルモン汚染の恐怖』という書籍の中で、現代社会の生物全体が大量のエストロゲンの蔓延によって「メス化」している事実を明らかにしている。

狭いところで大量の魚を養殖していくと、魚はどんどんメス化していく。

それはメスの尿には大量のエストロゲンが含まれており、それが取り込まれると、女性ホルモンを取り込んだのと同じになるからである。

養殖産業は、そこにエストロゲンをさらにまき散らして無理やり魚を成長させようとする。

中国では養殖魚にエストロゲンを使っているので、たとえば中国産のウナギにも大量のエストロゲンが含まれている。

だから、こういったエストロゲンが大量に含まれた食品を取ると、メスがよりメス化していく。人間で言うと、少女の女性としての発達が急激に促進されていく。

具体的には、胸がどんどん成長して巨乳になっていったり、初潮が低年齢化したり、性的早熟が早まっていく。

社会的な常識や判断力がつく前に、身体だけが成長して性的な活動が活発化していく。

少女の性的な活動は、往々にして出会い系による援助交際という名の売春や、未成年を雇う裏風俗として社会問題化していくのだが、その原因としてエストロゲンまで思いを馳せる人はほとんどいない。

アメリカではどうか。アメリカでは、やはり食肉の牛を早く成長させるためにエストロゲンを使っている。

大量の食牛を消費するアメリカで、子供たちが性的早熟が多くなっているのは、牛に含まれているエストロゲンが原因なのではないかとはもう10年以上も前から言われている。

さらに、このエストロゲンに似た「環境ホルモン」と呼ばれる化学物質が殺虫剤にもプラスチックにも含まれて、生物の体内で「内分泌撹乱物質」として働くことも分かっている。

養殖産業は、そこにエストロゲンをさらにまき散らして無理やり魚を成長させようとする。中国では養殖魚にエストロゲンを使っているので、たとえば中国産のウナギにも大量のエストロゲンが含まれている。


需要を満たすため、供給を止めるわけにはいかない

『メス化する自然―環境ホルモン汚染の恐怖』では、フロリダ州のある湖で見つかった雄のワニの多くに生殖器異常があった事実を冒頭で紹介している。

雄のワニのペニスが短小であったり、ペニスそのものがなかったのである。この湖はかつて殺虫剤「DDT」の原液が垂れ流しになっていた湖だった。「内分泌撹乱物質」として機能するDDTが原因だったのだ。

人間の少年もまたエストロゲンに似た内分泌撹乱物質を摂取し続けると、体内でエストロゲンが過剰になり、その結果としてペニスが短小になったり、性同一性障害が引き起こされる。

要するに、心も身体も「女性化」していく。

全世界の男たちから精子の減少が見られており、行動的にも性に活発でなくなっている。それは「草食化している」と表現されるようになっている。この草食化は「内分泌撹乱物質」の大量流入と無関係なのか。

セクシャルマイノリティであるLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)の存在が顕在化されているのだが、こうした現象と「内分泌撹乱物質」の大量流入は無関係なのか。

また日本では乳癌が30年で3倍に増えているのだが、大人の女性がエストロゲンを過剰摂取すると、ホルモンバランスが崩れていき、乳癌や子宮癌を増やすことも知られている。乳癌の増加と「内分泌撹乱物質」の大量流入は無関係なのか。

自然ではない育て方をした食糧が人間の体内に摂取されて、人間もまた自然ではない身体になっているのではないか。

私たちもまたエストロゲンの脅威から逃れられない。爆発する世界人口に対処するために、化学物質がばらまかれ、それが私たちの身体の中に取り込まれていく。

人類は増え続ける世界人口を養うため、「抗生物質を大量に使う」とか「成長ホルモンを大量に使う」とか「生産植物の遺伝子を勝手に変える」等の、ありとあらゆる禁じ手に手を出している。

増え続ける需要を満たすため、供給を止めるわけにはいかない。だから、汚染が暴走して止まらない。そんな中で、私たちの人生は育まれている。

内分泌撹乱物質でメス化していくワニの存在もある。私たちもまたエストロゲンの脅威から逃れられない。爆発する世界人口に対処するために、化学物質がばらまかれ、それが私たちの身体の中に取り込まれていく。
https://www.bllackz.net/blackasia/content/20180126T0159150900.html

http://www.asyura2.com/13/health16/msg/134.html#c31

[リバイバル3] 酷い音のインチキ・レプリカを量産して伝説の評価を落とした Goodmans Axiom80 中川隆
26. 中川隆[-5794] koaQ7Jey 2018年1月27日 13:08:43 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
大型システムの出番が少ない理由 - 「音楽&オーディオ」の小部屋 2018年01月25日


大雨や大雪、そしてよほどの台風が来ない限り、毎日きまって午前中に団地の中を30分ほどかけてウォーキングしている。

巡回コースもきっちり決まっているので、通りすがりのそれぞれのお宅の駐車場にはどんなクルマが置いてあるか自然に目に映ってしまい、否が応でもナンバーとともに頭に入り込んでいる。

そういう中、ベンツと軽乗用車(以下「軽」)の2台が仲良く並んで駐車しているお宅があって、その対比が何となくおかしくて道路脇を通るたびにひときわ関心を持って眺めている。

両車の駐車している割合となるとこうである。

10日間で均したとすると、5日間は両車ともにあり、4日間は「軽」だけが無く、1日はごくたまにという感じでベンツだけがない。

つまり、「軽」の出番がとても多くて、ベンツの出番となるとごくわずかである。おそらく「軽」のほうが手軽に乗り回しやすいし、駐車も楽だしで需要が多いのだろうと推察している。

まあ、都会ならいざ知らず田舎で買い物程度の近距離にベンツを乗り回すおバカさんもいないだろうから、そんなことなら高価なベンツなんか何も必要ないのにと、おいらのようなビンボー人はつい思ってしまう。

まあ、ベンツとなると乗るよりも持つ楽しみという要素があるのかもしれないが(笑)。

実は、我が家のオーディオシステムにも似たような現象があることに気が付いた。

「軽」に相当するのが3系統の中型スピーカーであり、ベンツに相当するのが比較的大型の「D130(イン・ウェストミンスター)+AXIOM80」である。

   

先日お見えになったYさんが「この大型システムさえあればもうほかは必要ないでしょう」と、太鼓判を押されるほどの「いい音」が出る。

不遜だが自分もそう思う。歯切れが良くて制動力を伴った本格的な低音が苦も無く出るし、中高音域の抜けの良さはAXIOM80だけあってとても素晴らしい。まったくベンツ並みの高性能を誇っている(笑)。

ところが、日常聴くとなるとこの大型システムのスイッチをオンするのが何となく億劫になってしまい、自然に中型スピーカーに手が伸びてしまうのが我ながら何とも不思議。

改めて、このおかしな心理状況について自己分析してみた。

1 オーディオマニアとして完成された音にはあまり興味が湧かない。逆にいえば未完成な音ほど意欲が湧いてきて生き生きとしてくる。

2 2ウェイマルチで鳴らしているので、チャンデバとアンプ2台のスイッチを入れるのが少々面倒くさい。

3 とてもいい音だと思っているのに音楽ソースによっては変な音が出たりすると幻滅する可能性があるのでそれが怖い。機器の故障にたいする不安も常に頭の片隅にある。

4 どんなに「いい音」が出たとしても大型システムにはそれなりの大味な部分があるのは否めない。「壺中の天」(後漢書)という言葉があるが、中型システムで「小天地」を楽しむのが自分の性に合っている。

以上の4点を思いつくままに書き出してみたが、こうして冷静に眺めてみると一番もっともな理由はやはり4だろう。

これまで、よそのお宅でも大型システムを何度か聴かせてもらったことがあるが、その時点では感心するものの時間が経ってみるといつのまにか印象が薄くなって忘却の彼方に去っていく音ばかりだった。

スケールの小さい「ちまちま」した自分の性格がどうしてもオーディオに反映されるのかもしれない(笑)。

ただし、昨年(2017)12月のブログ「音楽とオーディオを通じて人生の質を高めよう」の中で、村上春樹さん(作家)がこう言ってたことを紹介した。

「微妙な小さな差を識別できることで”人生の質”が違ってくるし、価値判断の絶え間ない堆積が人生を作っていく」

これからすると、「小天地」だからこそ微妙な差を楽しむことができるともいえそうだ。

と、ここまで書いてきて、我ながら適切な表現を思いついた。

毎日食べるとなると淡白な和食が一番いい、こってりしたビフテキはときどき味わうだけで十分だ(笑)。
http://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/6602022eef64c8b97121c93768ba0140


オーディオ愛好家のご来訪〜2018・1・8〜 - 「音楽&オーディオ」の小部屋

この8日(月)、久しぶりに本州からのお客様がお見えになった。

それぞれ岡山と京都からお二人のオーディオ愛好家さんだったが、当方のブログを拝見され「ぜひ聴かせてください」とのことで、日程が決まったのは先月(12月)の中旬だった。

わざわざ遠路はるばるお見えになるのに(我が家のサウンドに)失望させては「末代までの恥になる」と思い(笑)、昨年末にかけオーディオルームの音響空間の拡大を兼ねて大掃除(10日間程)に余念がなかったのも実はそのためだった。

クルマでお見えになるとのことで、当日は時節柄、降雪を一番心配していたのだが何と気温が10度以上にも上昇しての降雨になったので一安心だったが、逆に濃霧が発生してしまい前方が見えにくくて、これでは高速道路が不通になるかもしれないと大いに心配したが、どうにか予定通りカーナビをたよりに午前9時半に到着された。

前日は福岡のオーディオ愛好家を訪問されたとのことで、その方面で一泊されてのご来訪だった。

いやあ、どうもはじめまして〜。

いくら初対面とはいえ、お互いに極めてマイナーな趣味の愛好家同士なので打ち解けるのにさほど時間は必要なかった。

和気あいあいの中、談論風発、とても楽しい時間を過ごさせてもらった。

「オーディオは奥が深くてまったく飽きがきませんね〜。こんなに面白くて楽しい趣味に巡り会えて私たちは幸せ者ですよ。」で、見事に一致(笑)。

今回の試聴のテーマは我が家の3つのシステムを真空管アンプを交換しながら音の違いを楽しんでいただくことだった。

聴いたシステムの順番は次のとおり。

<スピーカー>

1番目 AXIOM80(最初期版) 2番目 JBLの変則3ウェイシステム 3番目 JBL「D130」(イン・ウェストミンスター)+AXIOM80(復刻版)

<真空管アンプ>

1番目 WE300B (1951年製)シングルアンプ 2番目 「PP5/400」(英国マツダ)シングルアンプ 3番目 171(トリタンフィラメント)シングルアンプ 4番目 TRアンプ+2A3シングルアンプ

試聴盤は「ケニーGのソプラノサックス」、「マルサリスのバロック・デュオと自由への誓い」、「エラ&ルイ」、「ヴァイオリンによる間奏曲」(アーヴェ・テレフセン)、「フラメンコ」その他

お客さんたちからの総評について結論から言うとおおむね好評だった。

まあ、訪問した先でシステムの悪口を面と向かって言う人も珍しいので幾分かは割り引く必要があるが(笑)、それにしても上出来という感じで、終わってからほんとうにホット一息。

近頃、こういう風に大役を果たしたような気分になったのも珍しい(笑)。

いろいろ詳細な話を述べるとキリがないので省略するが、これらアンプ群の中で「ぜひ持って帰りたいと思ったアンプはPP5/400アンプです。響きがとても美くてふわっと広がってきますね。音の出方が違いますよ。」とのことだった。

   

「英国系の真空管は聴く機会が少ないです。」とのことで、とても珍しがられたし、その一方、定評のある「WE300B」については音を遠くに飛ばすための劇場用の真空管なので、そもそもオーディオ用に向いてないのではとの否定的なコメントだった。

お二人さんとも、JBLの38センチを2発使ったり、ウェスタンの15Aホーンを使ったりされているベテランの方々からこういう言葉を聴くと「WE300B」への評価も様々といったところ。

自分も含めて猫も杓子も「WE300B」だが、実力に比べるとお値段の方がちょっと先走りしているかもしれませんねえ(笑)。

もう一つ、特筆しておきたいことはJBLの「変則3ウェイシステム」を聴いていたときのこと、「恐れ入りますがLE8T単独で聴かせていただけませんか。」とのご要望があった。

「ハイ、いいですよ。」とツィーター(075)とサブウーファー(D123)の結線を難なく外して試聴してみた。LE8T単独で聴くのは久しぶりだったが、実はこれがとても良かった(笑)。

周知のとおり「LE8T」(口径20センチ)という比較的小ぶりのユニットなのでこじんまりとしたサウンドを想像しがちだが、流石は定評のあるユニットだけあってどうしてどうして〜。

鳴らすアンプ(PP5/400)次第でこうも変身するのかと我が耳を疑った。

「外す前と後でも、どちらもいいですよ〜。音楽ソースに応じて使い分けしたらいかがですか。」との、お客さんの言葉だったが、自分には「シンプル イズ ベスト」の印象を強く受けた。

自分で工夫して取り付けたものはこだわりが出来て、こういう要望でもない限りなかなか取り外せないものだが、ほんとうにいい機会になった。

物凄く熱い時間があっという間に過ぎて昼食をはさんで13時過ぎになった。これから岡山、さらには京都までとなるとたいへんな時間になるので、どうか長い道中お気を付けくださいと家内ともども見送った。

無事のご到着が大いに気になっていたところ、午後8時過ぎに次のメールが届いた。

「本日は、楽しい時間を過ごさせていただきました。岡山から行かせていただいた甲斐がありま した。システムを複数所有されている理由、ツイーターやウーファーを足されている理由とテクニック、納得させられました。

一番の収穫は、「オーディオを楽しまれてる姿を拝見させていただいた」ことです。オーディオは趣味です。「いかに楽しむか」が大切だと思いますから。」

続いて、翌日になって京都の方からも次のメールが届いた。

「充実した楽しいひと時をありがとうございました。アキシオム80の朗々とした鳴りっぷり、年季の入ったマニアでないと出せない音と感じました。

当方が聞いた今までの経験では、もっと神経質でソロのバィオリンとかヴォーカルしか聞けないユニットと勝手に決め付けておりましたが認識を新たにいたしました。

関西方面に来られる時はお声掛下さい。マニア宅にご案内いたします。」

ご両名ともどもたいへんお疲れさまでした。おかげさまで当方にも大きな収穫がありました。詳細は後日、ブログでご報告します。

今後ともお互いに心行くまでオーディオを楽しみましょうねえ(笑)。
http://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/105cfecc1c8134b0fcf96e569cfa76a1


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 九州遠征2日目は別府へ移動しておりました


訪れたのは


「音楽&オーディオ」の小部屋
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このブログを書いておられる方です

AXIOM80に惚れ込み、日々進化を続けておられる方です

詳しくはご本人さんのブログをご覧ください

このユニット、今までは神経質な鳴り方しか経験しておりませんでしたが

ここでは、朗々と鳴らされ編成の大きなものも破綻する事はありませんでした


さすがに年季の入ったオーディオマニアです。
 充実した2日間でした


九州の方は熱いと感じました
当方も精進いたします。
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[不安と不健康16] “早死にする人”ランキング 短命にある共通点とは…(ZAK×SPA!)  赤かぶ
32. 中川隆[-5797] koaQ7Jey 2018年1月27日 14:08:42 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

香港が長寿世界一になった意外な理由 【前編】
中島恵 (ジャーナリスト)


 香港といえば、何を思い浮かべるだろうか?


 きらびやかなネオンや夜景、林立する高層ビル、おいしい広東料理、ショッピング……。世界中から観光客が集う観光都市には、そんな華やかなイメージがピッタリ合う。


香港の夜景は世界の観光客を魅了している(iStock/danielvfung)

 だから、香港が長寿世界一だというと、皆びっくりする。そもそも東京都の半分ほどの面積に800万人もの人口がひしめき、空気もあまりよくない大都会に住む老人が世界一長生きしている、という事実は、どうもピンとこない。香港には「普通の人々が暮らしている」というイメージすら、日本人はあまり持っていないからだろう。

 厚生労働省の発表によると、2016年、香港は男女とも平均寿命が世界1位になった。男性は81・32歳、女性は87・34歳で、女性は2年連続1位だ。かつて、女性の平均寿命は日本が世界一だった時代が長く続いたが、今ではその栄光も香港に追い抜かれてしまった。ちなみに、世界銀行が発表した2015年のランキングでは(1)香港 (2)日本 (3)マカオ (4)イタリア (5)スペインの順となっている。

生活の隅々にまで浸透する「医食同源」の考え方

 なぜ香港は世界一の長寿都市になったのか?

 さまざまな理由が考えられる。私自身、かつて香港で暮らしていた経験があるが、その当時の生活を振り返りつつ、今の香港の事情も取材して、原因を検証してみたい。

 第一に挙げられるのは「医食同源」の考え方が生活の隅々にまで浸透していて、香港の人々は「身体にいい食べ物」を常に意識的に食べていることだ。

 グルメ大国・香港だが、意外にも、食事は豪華でおいしければいい、というわけではなく、食事で病気を予防するという意識が強い。香港の街を歩いていて目につくのは漢方薬の店だ。香港島には漢方街というエリアがあり、そこには100軒近い漢方店があるが、香港では「普通の人々」がこうした店に頻繁に出入りしている。具体的な病気にかかっていなくても、「冷え性に効く漢方」や「更年期の症状にいい漢方」を処方してもらい、ふだんから飲んでいるという人が多い。クスリという感覚ではなく、健康のために習慣的に飲んでいるという感じだ。


街中にある漢方店(iStock/danielvfung)


漢方を食事に取り入れているのも香港の特徴で、たとえば「例湯」がそのひとつ。日本でいうと「本日のスープ」に当たる。レストランで提供される日替わりスープのことで、香港では「例湯」で店の実力がわかるという人すらいる。


 香港にはスープ専門店もあり、地元の人と食事にいくと、料理とともに必ずスープを注文する。スープには漢方の食材が使われていることが多く、クコの実や松の実、羅漢果、ナツメ、冬瓜、干し貝柱など、季節ごとに具材や味付けは変わるが、香港ではどこに行っても、栄養豊富なスープが手軽に食べられる。


香港では料理と一緒にスープも注文する人が非常に多い(iStock/joxxxxjo)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/11589?page=2

 もちろん、家庭でもスープは作られている。いわば「お母さんが毎日作る具だくさんのお味噌汁」のようなものだが、これがけっこう手が込んでいる。私も何度も友人の自宅でスープをごちそうになったことがあるが、家庭用のスープマシンを使ってグツグツ煮込んだスープは、素人が飲んでも「滋養がありそう」と感じるほどコクがあり、季節ごとにさまざまな具材が入っていた。日本では味噌汁のおかわりはあまりしないと思うが、香港では2杯、3杯とスープをたくさん飲む人もいる。レストランでも大きな壺に入れられたスープは「おかわり」するのが基本。香港人の食卓に欠かせないスープこそ、健康の秘訣だ。

冬は身体を温める「蛇のスープ」が人気

 今の季節の風物詩といえば「蛇のスープ」だ。蛇は冬によく食べる食材で、滋養強壮によく、貧血の人は血が増えるといわれている。私も冬に香港に行くと、なぜか蛇のスープを食べたくなる。見た目は鶏のささ身を細かくした感じで、蛇だといわれなければまったくわからない。高級料理店でも提供されるが、庶民的な店もある。食べた人は「身体がポカポカと温まって元気になる」ので、人気メニューだ。

 広東省の市場などに行くと、蛇だけでなく、檻に入れられたさまざまな小動物が生きたまま“食材”として売られていてびっくりするが、それらは「珍味」や「ごちそう」と認識されている上、多くが滋養強壮のため、といわれている。「食は広州にあり」という言葉は日本でも広く知られているが、香港を含め、中国の広東省一帯では「四つ足は机以外、空飛ぶものは飛行機以外、何でも食べる」といわれており、その通りだ。

 「珍味」ではないが、香港の市場でも、鶏などは生きたまま売られるのが普通だ。食べる前日か当日、市場で「元気な鶏」を物色し、それをさばいてもらって持ち帰る(あるいは、生きたまま持ち帰って、自宅でさばく)のだが、これも滋養強壮にいいとされ、香港ではパックに入った切り身の肉は「新鮮ではない」として、好まれない。ちなみに、香港には「街市」という伝統的な市場があちこちにあり、そこでも肉類は部位によって量り売りされている。肉も魚も野菜も新鮮であればあるほどいいので、香港の人はほぼ毎日、「街市」に通って少しずつ食材を仕入れる。スーパーもたくさんあるのだが、生活習慣なのか、食材を買いだめする人は少なく、その日の夕食のおかずはその日に必要な分だけ買う、という人が多い。

 「街市」に行くと、年老いた女性や男性が買い物をしている姿をよく見かける。スーパーやデパートと違い、「八百屋」や「肉屋」のように、自分の目で食材の鮮度を見極め、店主と会話しながら量り売りで買うところだが、毎日市場に買い物に行き、店主とコミュニケーションを取ることは、精神的な健康にとってもいいことだろう。

苦くても食べ続けられている「亀ゼリー」


気軽に飲まれている漢方茶(iStock/chinaview)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/11589?page=3

 飲み物という点でいうと、香港の街でよく見かけるのは「涼茶」という漢方茶だ。「涼」という文字が入っているが、温かい飲み物で、体内の熱や炎症を取り除く解毒作用がある。ドリンクのスタンドといった感じで、店先で気軽にカップ1杯、飲めるものだ。苦いので私はあまり飲んだことがないが、香港では若い女性でも「今日は身体の調子がよくないので、ちょっと涼茶を飲みたい」という。「涼茶」を始め、漢方茶の多くは1杯10香港ドル〜15香港ドル(約150円〜220円)程度なので、毎日、出勤時や退勤時にスタンドに立ち寄って飲む、という人もいるほど生活に根づいている。中国でも同様だが、香港の人々は夏でも冷たい飲み物はほとんど飲まない。「冷たいものは身体を冷やすので健康によくない」といわれているからだ。

 もうひとつ、気軽な食べ物で身体にいいとされているのは、亀の甲羅から取ったコラーゲンと漢方を混ぜた「亀苓膏」(亀ゼリー)だ。香港や台湾観光で食べたことがあるという人もいるかもしれないが、肌荒れやシミ予防にもいいとされ、苦くて食べにくいにもかかわらず、女性に人気がある。これも街の至るところに小さな店舗があり、他のデザート類といっしょに食べられる。あまりおいしくないゼリーなのに長年食べ続けられているという点からも、いかに香港人が食事を重視し、健康を意識しているかがわかるだろう。

 「医食同源」の食生活が長寿を下支えしていることは間違いない。【後編】では香港の老人の生活習慣や運動、地域や家族とのコミュニケーションについて紹介する。隣接する中国と比べて、香港では老人の「孤食」が比較的少ないといわれ、行政による高齢者支援も進んでいる。香港の老人はどんな日常生活を送っているのか。中国でも「医食同源」の考え方はあるし、お年寄りを大事にする文化は残っているのだが、中国の平均寿命は76・11歳で、前述したランキングではなんと55位に沈んでいる。(2015年の統計)。

 香港と中国の違いは一体どこにあるのか。実情を知れば、きっと驚くに違いない。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/11589?page=3

香港が長寿世界一になった意外な理由 【後編】
中島恵 (ジャーナリスト)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/11615


 「毎朝ここに来るのが日課なんですよ。友だちの顔も見られて楽しいし、家にいてもつまらないから」

 香港の九龍公園は有名なペニンシュラホテルや観光地などにも近く、観光客も訪れる“都心のオアシス”だが、早朝、ここで太極拳しているのは地元の老人たちだ。70〜80代を中心に男女数人が集まり、精神を統一して、ゆっくり動作している姿が目に飛び込んでくる。よく見ると、いくつものグループに分かれていて、それぞれに思い思いの服装で楽しんでいるようだ。

朝は公園で運動してから
仲間と飲茶に繰り出す


香港の公園は朝早くから老人たちでにぎわう(iStock/monkeybusinessimages)

 太極拳とは中国武術の一派で、東洋哲学の重要概念である太極思想を取り入れた拳法。武術ではあるが、健康法として取り入れている人が多く、血流をよくする、内臓のバランスを整える、筋力アップ、リラックスできる、などのメリットが指摘されている。ほかにも、独特の音楽を流しながらダンスをする人、ひとりで鉄棒などの運動器具を使って身体を鍛えている人など、とにかく香港の早朝の公園は老人たちでにぎやかなのだ。

 彼らは運動で一汗流した後、それぞれの仲間と飲茶(ヤムチャ)に繰り出すのが「定番コース」になっている。飲茶はその名の通り、お茶を飲みながらシューマイやえび餃子などの点心を食べる広東地方独特の食文化。香港の飲茶は世界中の観光客を惹きつける魅力があり、主にランチで食べる人が多いが、香港や広東省では「早茶」(ジョーチヤ)といって、地元では朝から飲茶を楽しむ人もいる。

 老人たちにとっては、お茶や点心だけでなく、“おしゃべり”が楽しみの中心だ。円卓でそれぞれの顔を見ながら、思い思いの点心を注文。ここでのおしゃべりタイムが延々1〜2時間は続く。会話の内容は息子や娘、孫の自慢話や家族の健康問題、他の友だちのウワサ話など、たわいないことだが、とにかく大きな声でよくしゃべる。「早茶」が終わったら自宅に戻るか、再び公園へ。あるいは麻雀に繰り出す人も……。

 香港の老人の行動に共通しているのは「適度な運動」と「コミュニケーション」、「ストレス発散」、そして、何といっても大事なのは「コミュニティ」が存在することだ。


 家にいても息子夫婦や娘夫婦は働きに出ていていないし、香港のマンションの部屋は狭い。東京のような一軒家はほとんどなく、庭もない。だから、必然的に「外へ、外へ」と出ていかざるを得ないのだが、それが返って健康には功を奏している。マンションの敷地内にある小さい広場や公園、【前編】にも出てきた街市(市場)に行けば、必ず誰か知り合いがいて、老人同士の会話が弾む上、必然的に自分の足で歩くことになる。斜面に建つマンションだと階段が多いが、その上り下りだけでもかなりの運動量だ。


老人の「孤食」が少ない理由

 週末になれば、家族とともに、また飲茶に出掛けるという人がとても多い。香港の週末は、どこのレストランでも、5人以上の家族連れで満席だ。記念日でもないのに、10人以上でワイワイ食事している姿もよく見かける。土地が狭い香港では、両親と一緒に暮らしていなくても、実家の至近距離に住んでいるのが普通。週末は親孝行のため「一家で食事をすること」を前提に暮らしているという人もいる。だから老人の「孤食」が少ないのだ。いわば「週に一度は子どもが里帰りしてくれる」ようなもので、家族間のコミュニケーションがある。狭い土地でゴミゴミしているという印象もあるが、それが逆にいいことでもあり、こじんまりとしていて、古くからの付き合いやコミュニティが壊れないまま残っているのだ。


週末は家族で飲茶を楽しむ人が多い(iStock/ctktiger1018)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/11615?page=2

 中国でも家族や老人を大事にする習慣はあるが、中国の場合、農村から都市に出稼ぎに行けば、帰省できるのは1年に一度くらい。経済的、距離的な問題から、2〜3年に一度しか親に会えないという人もいる。同じ都市に住んでいても、中国の都市は巨大なので、子ども夫婦の家は遠く、週に一度、親の顔を見に帰ることができない人も多い。中国でもマンション内に老人のためのサークルがあるが、急激に経済成長したことにより、建設工事のための立ち退きも多く、横丁が取り壊されたり、引っ越しを余儀なくされることによって、老人同士のコミュニティが断絶しているところもある。中国の公園でもダンスや太極拳をしている人はいるが、ひとりでポツンと椅子に座っている老人も少なくない。

 このように、とにかく香港の老人は誰かと会話していたり、誰かと一緒に食事をする機会が多いのが特徴といえる。これが精神的な健康の秘訣になっているといってもいいだろう。

手厚い老人生活手当、充実した医療


 また、老人の日常生活とは別に、香港政府は2000年から健康促進プロジェクトを行ってきた。老人が運動できる公共施設や体育館を増やしたり、禁煙運動を行っている。実は、香港は1997年の中国返還の頃は、平均寿命が今ほど高かったわけではない。男性76歳、女性81歳と、現在より5歳以上も低かった。そのため、政府が同プロジェクトに乗り出し、高齢者支援を積極的に行ってきたという経緯がある。

 香港では65歳以上を対象に「長者カード」というものを発行するようになった。高齢者のためのカードで、一定の条件をクリアしていれば、誰でももらえる老人生活手当だ。条件とは(1)カードの申請前の1年間、継続して香港に居住していること (2)香港居民として7年以上経過していること (3)資産や月収額など一定の条件をクリアしていること(資産が多すぎないこと)。これらを満たしていれば、積み立てなどしていなくても、誰でも月額2490香港ドル(約4万円)を支給してもらえる。

 それ以外にも、70歳以上を対象に、「生果金(くだもの代)」と呼ばれる手当もあり、これは(1)と(2)をクリアしていれば支給される。「長者カード」との二重取りはできないが、こちらも月額1290香港ドル(約2万円)ほどもらえるため、老人同士、頻繁に飲茶にも通うことができるだけのお小遣いになる。

 そのほか、政府は年間(1人当たり)2000香港ドルの「医療チケット」を配布したり、75歳以上の低所得の老人には基本的な医療費を無料にしてきた。香港の医療水準は高く、【前編】で紹介したように、街中の漢方店も充実している。公共住宅への優先的な入居や家賃補助なども行っている。政府の地道な取り組みと、もともとの生活習慣がうまくマッチしたことが「長寿世界一」という“快挙”へとつながったのだろう。

 私自身は、何といっても日々の生活でストレスが少ないこと、医療が発達していることが、香港人の寿命に大きく関係しているように感じている。

 陸続きの中国では、とにかく人間関係に頭を悩ますことが非常に多い。システムや社会的な制度がまだ完全に整っていない中国では、個人的な人間関係やコネで問題を解決しなければならないことが多く、いつも人に気を遣って生活するのが普通だ。相手のメンツを重んじたり、重んじられたりする機会が多く、人間関係が常に生活の中心にある。医療水準も、近年は急激によくなってきているものの、人口が多すぎるため、評判のいい病院では順番待ちが長すぎて、VIP待遇の人以外は、適切な医療をすぐに受けられないこともある。

 だが、香港では97年の返還以前、150年以上もの間、イギリスの植民地だったため、システムや制度はイギリス流に整えられており、ビジネスや日常生活も適度に西洋化されている。地域のコミュニティを残しつつ、人間関係が中国ほど濃すぎないのも、香港のよいところ。むろん、中国の影響も強く受けており、「医食同源」の考え方は残っているが、西洋と中国、どちらも程よくミックスされているのが香港なのだ。こうしたことが香港の長寿を支えているのではないだろうか。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/11615?page=3  

http://www.asyura2.com/13/health16/msg/134.html#c32

[リバイバル3] スキー場で遭難した時の対処方法 中川隆
2. 中川隆[-5796] koaQ7Jey 2018年1月27日 16:23:08 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]


妙高ロッテリゾートで親子遭難 2018年01月24日

 妙高市のロッテアライリゾートで、スキーをしていた親子が遭難している。

 1月24日、妙高のロッテアライリゾートで、スキーをしていた滋賀県の60代の医師の男性と40代の息子が、スキー滑走中にコースから外れ道に迷い遭難した。

 二人は、スキー場へ救助を要請したが、悪天候のため発見に至っていない。携帯の位置情報により、二人のいる位置はほぼわかっているようだが、視界不良や雪崩の発生など二次遭難の心配があるため、今日の捜索は中断された模様。

 なお、二人とは携帯電話で連絡が取れていて、今夜は雪洞を掘りビバークしているとのこと。

 最強の寒波の影響で、現在、妙高市には大雪警報が発表となっており、今後、暴風雪警報が発表される可能性もある。

 非常に厳しい天候となっている模様だが、雪洞で動かず救助を待ってほしい。

 なお、ロッテリゾートでは1月3日にもボーダー2人がバックカントリーに出て遭難騒ぎを起こしている。
https://rindow33kai.grupo.jp/blog/2055463


妙高の親子心肺停止状態で発見 2018年01月25日

 新潟県妙高市のロッテアライリゾートで、スキーをしていて遭難した親子が心肺停止状態で発見されました。

 1月24日、妙高市のロッテアライリゾートでスキー中に遭難した滋賀県の60代の医師の男性とその息子で同40代の男性は、本日(1/25)、沢の中で雪に埋もれた状態で発見されましたが、2人とも心肺停止状態だった。

 昨日は発見できなかったため、電話で、雪洞を掘ってリバークするよう指示を受けたようですが、結果的に捜索が間に合わなかったことになります。

 現場は大雪のため、まだ二人を救出できていないとのこと。

 数年に一度という寒波が来ている状況で、2人には寒さを防ぐ手立てがなかったことになります。

 遭難した医師の男性は、滋賀県でも有名な医療機関の院長を務め、滋賀県医師会の会長を務める名医の男性と思われます。
https://rindow33kai.grupo.jp/blog/2056535

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ロッテアライリゾート - YouTube 動画
https://www.youtube.com/results?search_query=%E3%83%AD%E3%83%83%E3%83%86%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%AA%E3%82%BE%E3%83%BC%E3%83%88

スキー ロッテアライリゾート公式ウェブサイト|LOTTE ARAI RESORT
https://lottearairesort.com/ski-slope/

Lotte Arai Resort ロッテアライリゾート - ホーム フェイスブック
https://ja-jp.facebook.com/lottearairesort/

ロッテアライリゾート - Google マップ
https://www.google.co.jp/maps/place/%E3%83%AD%E3%83%83%E3%83%86%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%AA%E3%82%BE%E3%83%BC%E3%83%88/@36.9908969,138.1814128,15z/data=!4m5!3m4!1s0x0:0x40dcfb9a8588279a!8m2!3d36.9908969!4d138.1814128?hl=ja
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/797.html#c2

[番外地7] ビットコインの暴騰・暴落 _ 自国通貨が信用できない人間がバブルを作り、日本人が本気になって買ったらバブル崩壊 中川隆
7. 中川隆[-5795] koaQ7Jey 2018年1月27日 17:29:04 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
2018-01-27
コインチェックと取引があるのなら脱兎の如く逃げるが勝ち


2018年1月26日、仮想通貨取引所大手「コインチェック」で、取り扱っていたアルトコインのひとつ「NEM(ネム)」が約580億円分、外部からの不正アクセスによって消失したと発表している。

不正アクセスはどのように行われたのか、そして犯人は誰なのかは、今のところまったく分かっていない。盗まれた580億円分を取り戻せるのかどうかも分かっていない。

金融庁は2017年から仮想通貨取引所を登録制にしているのだが、コインチェックは、その仮想通貨交換業者の登録が終わっておらず、「みなし仮想通貨交換業者」として運営していた。

申請がもたついていたのは、扱う通貨があまりにも多いからだと同社は説明していた。

仮想通貨はその代表としてビットコインが取り沙汰されるが、現在は1500以上もの仮想通貨が群雄割拠しており、ビットコイン以外の仮想通貨のことを「アルトコイン」と呼ぶ。

コインチェックは、このアルトコインを13種類扱っていた。

取引所というのは自分の資産を預けるところなので、信用があるところに預けるのが筋だ。そうでなければ、仮想通貨の上げ下げの前に取引所の存続に神経を使わなければならない。

ブロックチェーンよりも取引所にリスクがあった?

ビットコインにおいては、2014年に「マウントゴックス」という取引所でビットコインが「消滅した」という前例もある。マウントゴックスはフランス人マルク・カルプレスが2009年に渋谷で始めた会社だった。

ビットコインが突如として消失するという事件が起きた時、マルク・カルプレスは「不正アクセスされた」と主張した。

しかしその言動に不審な点が多く、結局はマルク・カルプレスが顧客のビットコインを横領していたということが発覚して、この男は2015年には逮捕されている。

マウントゴックス事件では、盗まれたビットコインは顧客に戻らなかった。顧客の資産は文字通り仮想空間の中で雲散霧消してしまったのである。

ビットコインの基盤となっているブロックチェーンがいかに堅牢であっても、資金を預けたり通貨を売買するための取引所の方にリスクがあったのだ。

さらに最近では、経済制裁に苦しむ北朝鮮が国家ぐるみで仮想通貨の取引所をサイバー攻撃して所有する仮想通貨を盗んで回っている。

2017年には韓国の主要な仮想通貨取引所が次々とハッキングやフィッシングの被害に遭い、12月には取引先のひとつユービットがユーザー資金の5分の1を盗まれて破産するという事件が起きていた。

仮想通貨取引所は非常に危険な状態に置かれていたのだ。

そうであれば、日本でも仮想通貨の取引をするのであれば、すでに仮想通貨交換業者の登録が終わっている取引所と契約するのが安全だったはずだ。

ところが、コインチェックは、まだ「みなし仮想通貨交換業者」だったのに派手な宣伝を流していたので、ビットコインのバブルの中で顧客がここに殺到していた。

今回、580億円分の被害が出ているのだが、コインチェックのサイトで会社概要を見ると資本金は9200万円でしかない。資本金が1億満たない新興企業が580億円を盗まれているのだから、そのインパクトは甘く見るべきではない。


盗まれた仮想通貨は戻って来ない可能性が高い

仮想通貨とは言えども、それを買うためには本物の現金が必要だ。それを担っているのが「コインチェック」のような仮想通貨取引所である。

仮想通貨取引所は顧客の資金を預かり、それを保全する義務がある。

だから金融庁は、爆発的に増えていく仮想通貨の取引に対して野放しであることに危機感を覚え、仮想通貨取引所を登録制にして顧客の資金保全を徹底するように指導し始めていた。

2018年1月26日の事件は、そんな矢先に起きた。

今回の事件の全貌はまだ分かっていない。コインチェックの経営陣は、いったい何人の顧客が被害に遭ったのか、その総数でさえも26日夜の時点でつかんでいなかった。

また、被害に遭ったのはNEM(ネム)だけなのか、それとも他の通貨にも影響があったのかも、情報としては錯綜している。金額についても、580億円から620億円の間で情報が流れており、今のところは正確に分かっていない。

もちろん、ハッキングがどのような手法で行われたのかも分かっていないし、どこからアクセスがあったのかも不明だ。そのため盗まれた仮想通貨が戻ってくるのかどうかも、まったくの未知数である。

今までの経験則で言うと、盗まれた仮想通貨は戻って来ない可能性が非常に高い。

盗んだ仮想通貨を他の仮想通貨に変換するのは非常に容易なのだが、そうやって「仮想通貨ロンダリング」をしたら、その取引は匿名で暗号化されているのだから、すぐに足取りが追えなくなってしまう。

2017年で頻発していた取引所に対するハッキングでも、取引所は盗まれた通貨を取り戻すことができずに破産しているのだから、コインチェックから盗まれた通貨も取り戻せない確率の方が高いはずだ。

そして、資本金9200万円のコインチェックが580億円分を補填できるはずもない。


脱兎の如く、コインチェックから逃げる必要がある

事件が起きたばかりなので、まだ確定的なことは何も言えないが、コインチェックでNEM(ネム)を取引をしていた人たちは最悪を覚悟しておいた方がいい。

盗まれた通貨は戻ってこない確率が高いし、取引所であるコインチェックの補填はないか、あっても限りなく小さなものになる可能性も高い。

他の通貨の取引をしていた人は助かったのかと言われれば、実のところその部分も楽観するのは早すぎる。今回の盗まれた金額は、コインチェックの資本金の約630倍の金額である。

「資本金が吹き飛ぶ」というレベルではない。「信用が吹き飛んだ」というレベルでもない。「会社が吹き飛ぶ」というレベルである。

現在、コインチェックでは各取引も停止されているが「出金することも停止」されている状態にある。場合によっては、コインチェックに預けている他の通貨も日本円の残高も、すべて引き出せなくなるリスクも高い。

コインチェックが今回の事件を乗り越えていくと楽観的に思ってはならない。そこに資金を預けている人は、むしろ「すべてを失う」覚悟をした方が現実的でもある。

コインチェックと取引がある人がやらなければならないことはただ一つだけだ。

「もし運良く出金可能になったら、全資産をコインチェックから引き上げて逃げる」ことである。絶対に、この部分で躊躇してはいけない。

脱兎の如く、他の誰よりも早く、自分の資金を1円残らず引き出さなければならない。会社が吹き飛ぶかどうかの瀬戸際にあるのだから、ぐずぐずとしていると自分が泣きを見る。

自分の資金は、可能性があるのなら絶対に取り戻さなければならない。また、セキュリティ・ホールの可能性もあるので、口座はすぐに閉じる必要がある。

顧客の資金を保全できない会社なのだから、顧客の個人情報も保全できない可能性もある。そんなところに個人情報を残してはいけない。

コインチェックはもう終わったと見るべきだ。


顧客の資金を保全できない会社なのだから、顧客の個人情報も保全できない可能性もある。そんなところに個人情報を残してはいけない。コインチェックはもう終わったと見るべきだ。
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2018/01/20180127T1619290900.html
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/314.html#c7

[リバイバル3] 厳寒が人体に与える影響 中川隆
23. 中川隆[-5794] koaQ7Jey 2018年1月27日 17:59:55 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

山口大隊長は救出後自決したと伝えられているが、実際には現地で死亡していた

170名無しさん@お腹いっぱい。2015/01/31(土) 09:43:22.92ID:AcOh2EA40

第二露営地

明治35年 1月24日 :  1902年
午後 5:00

結論を先に申し上げると
大隊長は翌25日の夜明けを待って田茂木野方向に出発することを命じた

しかし1月25日 午前 3:00 大隊長は倒れてしまい
青森5連隊は再び夜明け前の帰営を決断する


24日午後5:00から25日午前3:00までの第二露営地は以下の通り

@
夜のブリザードは昼間と変わらない
暖を取りたくても炭薪はなく食料もない
わずかに各自携帯する2〜3個の餅と牛缶詰があるだけ
しかれども餅は氷結し石のように固く缶詰切り開くに困難な状況
糒(ほしいい)などを食べたくとも凍傷にかかる手ではどうにもできず
人の助けがなくては口にすることもできない
喫食するものは稀であった

A
大隊長は火に当たると凍傷がひどくなるであろうと火は一切焚く事を許さず
夜通し足踏みをして暖みを取るよう厳命する

B
概に食尽き、空腹はますます迫り来たり
いかんともすべからざれど翌朝の天候に望みを抱き、
各人団輪を作り最も凍傷にかかった者を取り囲み露営を為したり

C
各小隊は、手指を摩擦したり軍歌を唄い睡魔を破り
指揮を鼓舞し体温を保ち以て凍傷を防がんことをつとめたり
昏睡して倒れた者は体をこすり蘇生を試み
睡気を催す者は高呼してその覚醒を図れり

D
行軍部隊は夜間寒気との戦いに一睡もせず足踏みしたが
雪が靴の下の凍りつき高下駄のように氷柱が発生
それが折れて倒れた者は再起不能となり水中に没するが如く深雪の中に姿を没して
死んでいったという

午後9:00までに将校を含む20数名が死亡
午後1:00将校たちは集合し対策を論じた
結果、翌25日の夜明けを待って出発することを命じた
しかし前述のとおり大隊長は倒れてしまう

この鳴沢第二露営地付近では最も多くの遺体が発見されている

第二露営地出発

明治35年 1月25日 :  1902年
午前3:00頃

神成大尉は各小隊を呼集し人員の状況を確認
三分の一は既に倒れ
三分の一は凍傷にて運動の自由を失い、三分の一のみ比較的健全
との報告あり

行軍隊は一列縦隊をもって鳴沢渓谷を下る
ブリザードの影響は少なくなるが昨日同様に寒さは厳しく
再び駒込川の本流と断崖に路を阻まれ進退困難な状況となり
先刻出発した第二露営地に引き返す事となる

この状況下、神成大尉は悲嘆のあまり絶叫した
:天はわれわれを見捨てたらしい
:俺も死ぬから、全員昨夜の露営地に戻って枕を並べて死のう

行軍して二日目ごろから精神に異常をきたすものが出てい
カンジキ隊が雪を固めて路を拓き進軍したのだが
周囲の何メートルもの深い積雪に向かい
わけのわからない叫び声をはりあげて突進するものがいた
とたんに身体がズボッとはまって見えなくなる
手をあげて助けを求めると、雪が頭に落ちて完全に埋まってしまった
それでも助けようというものはなかった

一行は、錯乱状態の中、暗中模索に喘ぎ、堂々巡りに陥った

1月25日 午前 5:30
2時間30分という時間と30名の犠牲を払って行軍隊は第二露営地に到達する


大隊長が倒れるという件は正史では
山口少佐、倉石、神成両大尉は先頭にありて進路を定め・・・・・

1月25日午前 5:30 第二露営地に行軍隊再び到達後
大隊長人事不省となる

と、遭難始末に記録されています

しかし
なぜ朝を待たずに夜に第二露営地を出発したのか?

実は大隊長が倒れたからでは?
と、この行軍の書物を読めば読むほど考えざるを得ない印象を受けます

172名無しさん@お腹いっぱい。2015/01/31(土) 16:42:49.29ID:AcOh2EA40

興味深い記事があります

後藤伍長の弁によれば、大隊長が倒れたのは
第二露営地を出た後、駒込川の本流と断崖に路を阻まれ
再び第二露営地に着く前で、しかも着いた時には既に絶命していたという

第5連隊遭難始末より  後藤伍長の談話


行軍を率いる大隊長の死は大隊の全滅を意味する
それゆえ後の青森5連隊本営での遭難に関する聞き取り調査の際に
大隊長は生きて救出されたという事を原則とし
聞き取り調書が調整された可能性もあるのではないでしょうか?

しかし本行軍は正史では
大隊長は3度人事不詳になり3度蘇生し青森本営に生還しています


174名無しさん@お腹いっぱい。2015/02/02(月) 13:44:37.96ID:74tefAbz0
>>172
興味深い指摘だな
山口大隊長は救出後自決したと伝えられているが
現地で死亡していたとなると話はまるっきり違ってくる

175名無しさん@お腹いっぱい。2015/02/02(月) 22:37:34.58ID:INcnm4BK0

第二露営地出発 → 迷走 → 再び第二露営地へ

明治35年 1月25日 :  1902年

再び前露営地に引戻ることとなってしまった
この時、山口大隊長は人事不省となり軍帽すらも吹雪に吹き飛ばされてしまっていた
軍帽は見つからないので凍死せる兵士の軍帽を取りてこれを大隊長にかぶらせ
しばらく介抱して前露営地に運び込んだのだが
大隊長はこの時既に絶命せり

第5連隊遭難始末より  後藤伍長の談話


1月25日 午前 7:00

時に午前七時なり、天は我々をしてますます悲運に陥らしめぬ
この時、山口大隊長はまた人事不省となりければ
将校数名は相抱きて樹下に風雪を凌ぎ、生木を集めて火を点ぜしに
じゅうじゅうと音するのみにて暖をとる能はず
これにおいて万事の望を没し去られたり

我々の心中は今語らんとするも形容するに言葉なし
わずかに背嚢の板片のあるを思い出し
死者の背嚢を集めて焚火をなし、大隊長を暖めたり

されど大隊長は蘇生せず。

第5連隊遭難始末より  倉石大尉の談話


1月25日 旭川にて 零下41度を記録 :他文献より


177名無しさん@お腹いっぱい。2015/02/03(火) 02:05:04.08ID:+zi1+b7l0

山口少佐は山中で絶命か…45歳死亡だが、写真見るに還暦を過ぎた爺さんに見えるよな。
いくら将兵に丁重に扱われていたとはいえ、こんな爺さんが若い兵士より過酷な山中で生存できたとは思えない。

福山雅治と同じ年齢なんだがな、その父親世代に見える。当時の45歳っていうのはそんな年齢なんだろうな

179名無しさん@お腹いっぱい。2015/02/03(火) 02:13:14.18ID:+zi1+b7l0

山口少佐の遺体を山中に遺棄していくことも出来ず、駒込川付近にて救助される。
陸軍は、蘇生により回復したが、責任を負って自害したと言うことにして師団は責任を逃れたのだろうか…

180名無しさん@お腹いっぱい。2015/02/03(火) 18:59:46.97ID:tvryDbmS0

山口少佐ってのは幕臣の子弟で、徳川が駿府へ移って作った沼津の兵学校かなんかの出身なんだよな。

184名無しさん@お腹いっぱい。2015/02/04(水) 18:22:22.68ID:VBsJH0AN0

第二露営地出発 → 迷走 → 再び第二露営地へ 2
明治35年 1月25日 :  1902年

本スレでは大隊長は死んでしまったという共感を得ました
しかし
行軍を率いる大隊長の死は大隊の全滅を意味する
大隊長の死を秘匿したまま行軍は進んだのではないでしょうか

青森5連隊大隊長のプロフィール
山口ユ やまぐちしん
少佐  東京出身 士族 安政3年( 1856年 )12月27日生まれ

明治4年 東京で外国語学校で語学を学ぶ :15歳
明治13年1月士官学校に入り :24歳
明治14年12月士官学校を卒業陸軍歩兵少尉となる :25歳

明治15年1月歩兵第18連隊に着任  正8位受勲
名古屋鎮台 歩兵第18連隊( 豊橋 ) 明治21年に第3師団に改称

明治18年5月
陸軍歩兵中尉となる 従7位受勲 :28歳

明治19年5月 歩兵第19連隊に着任 従7位
名古屋鎮台 歩兵第19連隊 ( 敦賀 )   
明治21年に第3師団に改称 :29歳

第3師団 歩兵第19連隊 (敦賀) 
連隊大隊副官を任ぜられる
明治25年12月 山口姓となる :34歳

明治26年3月1日想定
陸軍歩兵大尉となる 歩兵第19連隊中隊長に任ぜられる :36歳

明治27年9月 日清戦争着任 遼東半島に戦う :37歳

明治28年6月 大連湾を出発し7月宇品に凱旋 :38歳
同11月受勲 従6位勲5等功5級 軍功旭日章 瑞宝章    
功5級金鵄勲章 (日清戦争従軍軍人 2000名が受勲 )

明治29年12月 仙台第2師団17連隊 中隊長に任ぜられる :39歳
明治30年5月 京城守備隊長をして渡韓 8月従6位受勲 :40歳
明治32年3月1日 : 想定
戸山学校入校( 戦術科 )着任:東京
同年 12月
陸軍歩兵少佐となり山形32連隊着任、中隊長だったと想定 :43歳
弘前第8師団歩兵第32連隊

明治34年2月
弘前第八師団青森歩兵第五連隊第二大隊長となる :45歳

明治35年1月
八甲田雪中行軍にて亡くなる :46歳
正史の記録では 2月2日死去
倉石大尉 後藤伍長 の弁では 1月25日死去


176名無しさん@お腹いっぱい。2015/02/02(月) 22:55:45.89ID:INcnm4BK0

余談ですが日清戦争でも渡河作戦を行った四国の部隊が
濡れた軍靴のため凍傷にかかるという件

八甲田雪中行軍前に冬の北海道演習で部隊が遭難した件
これは最後の救出者は縦穴1人分の雪濠を掘り2週間後に発見され
脚を切断という顛末

日清戦争の件と北海道の件が
帝国陸軍内部で情報共有されていたかどうかは不明です


181名無しさん@お腹いっぱい。2015/02/03(火) 22:42:35.59ID:jpsSMNRg0
>>176
北海道の冬季演習事故や5連隊の遭難により陸軍の防寒対策が
急に改善した訳ではなくて、5連隊を救助しようとした救援部隊の
8師団の兵士に凍傷者が続出した上に吹雪の中を前に進む事もできず、
救助活動が大幅に遅れて死者を増やした為、軍はマスコミや国民や帝国議会の
糾弾を浴び、衣服や装備の改善の急務が認識された、というのが現実です。

日清戦争でも満州の冬の寒さに陸軍兵士は大きなダメージを受けていますが
当時のマスコミは「勝った、勝った」しか書かなかった為、陸軍首脳には
寒さに対する危機意識はありませんでした。

182名無しさん@お腹いっぱい。2015/02/04(水) 00:15:08.44ID:g139EkHLO

事故・犠牲→検証・反省→改善

という流れを生んだ訳だ。
日露戦争では少なからずこの犠牲を無駄にせず、寒冷地対策を行った事は意義深い。

或意味で「実験」だった訳だからな。

183名無しさん@お腹いっぱい。2015/02/04(水) 01:16:22.53ID:R+Kr63Vf0

>事故・犠牲→検証・反省→改善

いや、遭難発生で大規模な救助活動が行われ、
その救助活動でも凍傷者続出で、救助活動すら満足にできない体たらくが
大々的に報道され、死者遺族を始め各所から非難を浴びまくって、
ようやく寒冷地の恐ろしさを認識した。典型的なバカ役人体質

よく似ているのが脚気。海軍は脚気を克服していたのに、陸軍は克服できず
日露戦で数万の死者を出したからな。自軍の兵士を数万人殺して、
日本を存亡の淵に追いやりながら、森鴎外を始めとする陸軍衛生課で
責任を取った者は1人もいない

基本的に帝国陸軍は学習能力が非常に低く、責任を取りたがらない保身だけの
バカ役人体質で、自らを滅ぼした


185名無しさん@お腹いっぱい。2015/02/04(水) 23:36:37.79ID:7jUMK16EO
>>183
海軍が責任を取る体制であったかのような物言いだが、そうなのか?


186名無しさん@お腹いっぱい。2015/02/05(木) 16:44:22.68ID:oFg4WhyG0
>>185
本来、遠洋航海などで陸軍より脚気になりやすい海軍が
完全に脚気を克服していたんだから、海軍に習ってパン食にしたり、
麦飯にすれば良かったんだよ

森鴎外のように「陸軍衛生部のメンツ」に拘って、数万の兵を殺して
日本国を危うくするのが、帝国陸軍の本質だな。
インパールなんか牟田口や辻のメンツの為に数万の兵士を殺して
日本敗戦の原因を作りながら牟田口も辻も何の罰も受けていない。


173名無しさん@お腹いっぱい。2015/02/01(日) 21:27:28.16ID:fLSt16e80>>233

でもこの演習による日本軍の耐寒能力把握がなかったら
満州に渡った日本軍将兵は、ソビエトに侵攻したナチスドイツ軍がモスクワ戦線で経験したのと同じ轍を踏んだ可能性が大なんだよな。

日露戦争で、冬季でもロシア軍に渡り合えたのは、この貴重な教訓があったからだとおもうな。
http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/history2/1353253626
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/795.html#c23

[不安と不健康16] 牛乳はカルシウムを奪い骨を弱める。毒素をだし、血液を汚す。タバコの害どころではない。政治的圧力や宣伝攻勢で洗脳 てんさい(い)
85. 中川隆[-5793] koaQ7Jey 2018年1月27日 19:29:48 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]


2017年7月4日健康のために「優先して食べたい食品」とは?
佐藤達夫 (食生活ジャーナリスト)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/10011

優先的にとるなら牛乳・乳製品と卵

 昨年の7月にこのコラムをスタートさせた。1年を通して「健康にいい食事」も「健康に悪い食事」も、「食べ物」にあるのではなく「食べ方(食習慣)」にある、ということを伝えてきたつもりだ。しかし、それだと、話はけっこうまどろっこしくなる。先日、読者でもある知人から「先月の食中毒予防みたいに『1つだけ勧める食品』を教えてよ。ここだけの話」と問い詰められた。

 ここだけの話でなくてもいいのだが、「そういうニーズもあるのか」と改めて考えてみた。「これだけを食べていれば健康になれる」というわけではなく、栄養的に不完全な場合に「優先的に摂取したい」という食材ならあげることはできる。

 それは、牛乳・乳製品と卵だ。


iStock

 乳は「これだけで赤ちゃんが育つ」ことから考えてもわかるように、完全といってもいいくらいに栄養バランスが優れている(もちろん「完全食品」などはどこにも存在しない)。「牛乳はウシの赤ちゃんのためのもの」という人もあるようだが、それは「ヒトが食べてはいけない」理由にならないし、「栄養的に優れてはいない」根拠にもならない。牛乳は、私たちヒトにとっても、栄養的に相当に優れた食材である。

 乳製品の代表はヨーグルトとチーズ。バターは牛乳(ウシ以外の乳もあるが)の脂肪分だけを固めたものなので栄養的にはきわめて偏っている(おいしいけどネ)。バターは「油脂類」であって「乳製品」ではない。

 バターに比べてヨーグルトは「乳の栄養成分」がほとんど丸まま含まれている。また、ヨーグルトは、牛乳に含まれている糖分(乳糖)が酵素によって分解されてあるために、乳糖不耐症の人(牛乳を飲むとおなかの具合が悪くなる人)でも、心配なく飲める。また、牛乳に比べて水分量が少ないので、保存や持ち運びに便利。

 チーズは(ヨーグルト同様に)牛乳の栄養成分をほとんど含んであるにもかかわらず、ヨーグルトよりもさらに水分量が少ないため、牛乳の栄養素をきわめて効率よくとることができる。ただし、チーズは食塩含有量が高いので、多量に食べることはお勧めできない。塩分量が多いだけ、牛乳やヨーグルトに比べて保存性が圧倒的に高い。

鶏卵も牛乳同様に「優先して食べたい」食材

 卵(鶏卵)も、その栄養成分だけで受精卵がひよこまで育つのだから、相当に栄養バランスの優れた食材だといえる。イメージ的には、白身よりも黄身のほうが栄養素がたくさんあるかのように見えるが、大きな差はない。普通に両方ともを食べるのがよかろう。

 鶏卵は、卵を産む鶏に与えるエサの成分が、比較的すんなりと卵に反映される。栄養素だけではなく、黄身の色もエサに強く影響を受ける。たとえば、カロテン(黄色い色素)をたくさんエサとして与えると黄身の黄色い卵ができるなど。そのため、様々な特徴を持った、いろいろな価格の鶏卵が誕生することになる。しかし、「価格ほどに健康効果のある卵はない」というのが筆者の評価。普通の価格の普通の鶏卵をおすすめする。


卵の摂取で(栄養的に)気になることはコレステロールだろう。一時(今でも?)「鶏卵は(血中)コレステロール値を上げるので食べないようにしましょう。食べても一日1個以下にしましょう」という情報(栄養指導)が広まった。しかし、この栄養情報は、少なくとも日本人には当てはまらないようだ。


 明らかな疾病を持っていて、かつ、主治医から「食事制限を指示されている人」以外は、食べた卵のコレステロールがその人の血中コレステロール値を上げることはまずなさそうだ。仮に少し上げたとしても、それがその人の健康を害することには(どうやら)ならないらしい、ことが明らかにされつつあるからだ。普通の人は「鶏卵を一日に1個」食べることは、むしろ好ましい食習慣であると考えてよい。

食品の価値は栄養素だけではなく、総合的に判断しよう

 食べ物の価値は栄養だけでは、もちろんない。おいしさ・利便性・価格など、総合的な判断が必要だ。おいしさは「個人の好み」なので触れずにおくとして、ここでは「食べやすさ」について考えてみる。

 牛乳・乳製品と卵は「食べやすさ」は、群を抜いている。牛乳は何も調理せずに「そのまま」飲める。こんな食材はそうあるものではない。卵も似たところがあり(これは日本人に限るようだが)生でも食べられる。煮ても焼いても茹でても揚げても食べられ、しかもいずれの場合でも調理にそれほど手がかからない(手をかけてもおいしく食べられるが)。

 この点は、栄養的には価値が高くても、獣肉のように加熱しなければいけなかったり、魚介類のように生で食べるには高度な技術や知識が必要だったりする食材との、大きな違いだ。

 「手に入りやすさ」も日常的食材としての重要なポイント。牛乳はきわめて悪くなりやすい食材なのだが、近年では生産・流通・販売過程での衛生管理が高度に発達したおかげで、コンビニでも安心して買うことができる(むしろ、心配なのは消費者が購入後に扱いを間違うことだろう)。その分のコストはかなりかかっているはずだが、それでもつねに安定した価格で購入することができる。

 卵は「賞味期限が長い生鮮食品」の代表ともいえよう。販売してある鶏卵には賞味期限が書いてあるが、あれは「生で食べられる期限」だ。加熱するのであればもっと長期間食べられる(ただし、卵の賞味期限は殻を割ったり調理したりせず「そのまま」の状態で冷蔵保存した場合)。

あの女子栄養大学の「イチのおすすめ」

 栄養が豊富、入手しやすい、調理が簡単、価格が安定、おいしい等々、「食材」としての適性をたくさん持っている牛乳・乳製品と卵は、「優先して摂取する食品」のトップ! コレは何も筆者の個人的独断ではない。日本の栄養分野をリードする女子栄養大学が提唱する

四群点数法
http://4fgmethod.jp/about/

という食事法がある。


 エビデンスがそこそこあり、考え方がシンプルで理解しやすく、日常生活の中で実践しやすい「食事法」だ。ビジネスパーソンにとっても取り入れやすい食事法なので、いずれここでご紹介したい。この中で牛乳・乳製品と卵は「まず優先的に摂取したい食品」と明確に位置づけてある。数え切れないほどある食材の中から「牛乳・乳製品」と「卵」だけを特別扱いしてあるのだ。

 しかも、「けっして食べ忘れることのないように」と、牛乳・乳製品と卵(の少なくともどちらか)を朝食で食べるように強く推奨してある。この考え方を「他にやること・考えることが山ほどあって、食生活のことなどに長時間を費やすヒマがないビジネスパーソン」が利用しないテはない。

 牛乳・乳製品と卵は、ビジネスパーソンが常備しておく食材のトップである。

http://www.asyura2.com/13/health16/msg/629.html#c85

[不安と不健康16] “早死にする人”ランキング 短命にある共通点とは…(ZAK×SPA!)  赤かぶ
33. 中川隆[-5792] koaQ7Jey 2018年1月27日 19:30:49 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
2017年7月4日健康のために「優先して食べたい食品」とは?
佐藤達夫 (食生活ジャーナリスト)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/10011

優先的にとるなら牛乳・乳製品と卵

 昨年の7月にこのコラムをスタートさせた。1年を通して「健康にいい食事」も「健康に悪い食事」も、「食べ物」にあるのではなく「食べ方(食習慣)」にある、ということを伝えてきたつもりだ。しかし、それだと、話はけっこうまどろっこしくなる。先日、読者でもある知人から「先月の食中毒予防みたいに『1つだけ勧める食品』を教えてよ。ここだけの話」と問い詰められた。

 ここだけの話でなくてもいいのだが、「そういうニーズもあるのか」と改めて考えてみた。「これだけを食べていれば健康になれる」というわけではなく、栄養的に不完全な場合に「優先的に摂取したい」という食材ならあげることはできる。

 それは、牛乳・乳製品と卵だ。


iStock

 乳は「これだけで赤ちゃんが育つ」ことから考えてもわかるように、完全といってもいいくらいに栄養バランスが優れている(もちろん「完全食品」などはどこにも存在しない)。「牛乳はウシの赤ちゃんのためのもの」という人もあるようだが、それは「ヒトが食べてはいけない」理由にならないし、「栄養的に優れてはいない」根拠にもならない。牛乳は、私たちヒトにとっても、栄養的に相当に優れた食材である。

 乳製品の代表はヨーグルトとチーズ。バターは牛乳(ウシ以外の乳もあるが)の脂肪分だけを固めたものなので栄養的にはきわめて偏っている(おいしいけどネ)。バターは「油脂類」であって「乳製品」ではない。

 バターに比べてヨーグルトは「乳の栄養成分」がほとんど丸まま含まれている。また、ヨーグルトは、牛乳に含まれている糖分(乳糖)が酵素によって分解されてあるために、乳糖不耐症の人(牛乳を飲むとおなかの具合が悪くなる人)でも、心配なく飲める。また、牛乳に比べて水分量が少ないので、保存や持ち運びに便利。

 チーズは(ヨーグルト同様に)牛乳の栄養成分をほとんど含んであるにもかかわらず、ヨーグルトよりもさらに水分量が少ないため、牛乳の栄養素をきわめて効率よくとることができる。ただし、チーズは食塩含有量が高いので、多量に食べることはお勧めできない。塩分量が多いだけ、牛乳やヨーグルトに比べて保存性が圧倒的に高い。

鶏卵も牛乳同様に「優先して食べたい」食材

 卵(鶏卵)も、その栄養成分だけで受精卵がひよこまで育つのだから、相当に栄養バランスの優れた食材だといえる。イメージ的には、白身よりも黄身のほうが栄養素がたくさんあるかのように見えるが、大きな差はない。普通に両方ともを食べるのがよかろう。

 鶏卵は、卵を産む鶏に与えるエサの成分が、比較的すんなりと卵に反映される。栄養素だけではなく、黄身の色もエサに強く影響を受ける。たとえば、カロテン(黄色い色素)をたくさんエサとして与えると黄身の黄色い卵ができるなど。そのため、様々な特徴を持った、いろいろな価格の鶏卵が誕生することになる。しかし、「価格ほどに健康効果のある卵はない」というのが筆者の評価。普通の価格の普通の鶏卵をおすすめする。


卵の摂取で(栄養的に)気になることはコレステロールだろう。一時(今でも?)「鶏卵は(血中)コレステロール値を上げるので食べないようにしましょう。食べても一日1個以下にしましょう」という情報(栄養指導)が広まった。しかし、この栄養情報は、少なくとも日本人には当てはまらないようだ。


 明らかな疾病を持っていて、かつ、主治医から「食事制限を指示されている人」以外は、食べた卵のコレステロールがその人の血中コレステロール値を上げることはまずなさそうだ。仮に少し上げたとしても、それがその人の健康を害することには(どうやら)ならないらしい、ことが明らかにされつつあるからだ。普通の人は「鶏卵を一日に1個」食べることは、むしろ好ましい食習慣であると考えてよい。

食品の価値は栄養素だけではなく、総合的に判断しよう

 食べ物の価値は栄養だけでは、もちろんない。おいしさ・利便性・価格など、総合的な判断が必要だ。おいしさは「個人の好み」なので触れずにおくとして、ここでは「食べやすさ」について考えてみる。

 牛乳・乳製品と卵は「食べやすさ」は、群を抜いている。牛乳は何も調理せずに「そのまま」飲める。こんな食材はそうあるものではない。卵も似たところがあり(これは日本人に限るようだが)生でも食べられる。煮ても焼いても茹でても揚げても食べられ、しかもいずれの場合でも調理にそれほど手がかからない(手をかけてもおいしく食べられるが)。

 この点は、栄養的には価値が高くても、獣肉のように加熱しなければいけなかったり、魚介類のように生で食べるには高度な技術や知識が必要だったりする食材との、大きな違いだ。

 「手に入りやすさ」も日常的食材としての重要なポイント。牛乳はきわめて悪くなりやすい食材なのだが、近年では生産・流通・販売過程での衛生管理が高度に発達したおかげで、コンビニでも安心して買うことができる(むしろ、心配なのは消費者が購入後に扱いを間違うことだろう)。その分のコストはかなりかかっているはずだが、それでもつねに安定した価格で購入することができる。

 卵は「賞味期限が長い生鮮食品」の代表ともいえよう。販売してある鶏卵には賞味期限が書いてあるが、あれは「生で食べられる期限」だ。加熱するのであればもっと長期間食べられる(ただし、卵の賞味期限は殻を割ったり調理したりせず「そのまま」の状態で冷蔵保存した場合)。

あの女子栄養大学の「イチのおすすめ」

 栄養が豊富、入手しやすい、調理が簡単、価格が安定、おいしい等々、「食材」としての適性をたくさん持っている牛乳・乳製品と卵は、「優先して摂取する食品」のトップ! コレは何も筆者の個人的独断ではない。日本の栄養分野をリードする女子栄養大学が提唱する

四群点数法
http://4fgmethod.jp/about/

という食事法がある。

 エビデンスがそこそこあり、考え方がシンプルで理解しやすく、日常生活の中で実践しやすい「食事法」だ。ビジネスパーソンにとっても取り入れやすい食事法なので、いずれここでご紹介したい。この中で牛乳・乳製品と卵は「まず優先的に摂取したい食品」と明確に位置づけてある。数え切れないほどある食材の中から「牛乳・乳製品」と「卵」だけを特別扱いしてあるのだ。

 しかも、「けっして食べ忘れることのないように」と、牛乳・乳製品と卵(の少なくともどちらか)を朝食で食べるように強く推奨してある。この考え方を「他にやること・考えることが山ほどあって、食生活のことなどに長時間を費やすヒマがないビジネスパーソン」が利用しないテはない。

 牛乳・乳製品と卵は、ビジネスパーソンが常備しておく食材のトップである。

http://www.asyura2.com/13/health16/msg/134.html#c33

[不安と不健康16] “早死にする人”ランキング 短命にある共通点とは…(ZAK×SPA!)  赤かぶ
34. 中川隆[-5791] koaQ7Jey 2018年1月27日 19:36:51 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

NPO法人癌コントロール協会会長(アメリカ癌コントロール協会日本支部)代表 森山晃嗣
http://www.npo-gancon.jp/shoukai.html


がん患者減少に成功したアメリカ  


がん治療という点でいえば、「がんにならないこと」、つまり予防が一番大事。

日本でのがん患者の増え方はひどい。現在毎年30万人ががんで死んでいます。 一方、がん患者が増え続けていたアメリカで、この7〜8年、がん患者が減り始めました。がんによる死亡者も一時は60万人を超えそうだったのがどんどん減って、50万人ぐらいになっています。

がんの治療から予防へと、抜本的に考え方を変えたからです。

 13年ぐらい前にアメリカでは、がんの早期発見・早期治療をやめています。発見して治療しても全然がん患者が減らなかったからです。

さらに7〜8年前から、アメリカの国立がんセンターは、「がんの予防」を言い始めました。がんを予防するために無農薬有機栽培の野菜・果物・穀類を1日600グラム以上食べろという指針を出した。そうすれば健康な人はもうがんにならない。
リスクはほとんどゼロ。がんの人でも死亡率は15%はすぐに減ると発表したわけです。


具体的な食べ物として筆頭にあげたのがニンニク。
ニンニクは毎日食べろと言う。


2番目が十字葉野菜。十字葉野菜というのは、ブロッコリーのように茎が十字の形になっている野菜です。キャベツの芯も十字に交差しているでしょう。こういう野菜が2番目にいい。

アメリカ国立がんセンターががん予防の指針を具体的に出してから、アメリカのがん療法がガラッと変わったのです。


――どうして日本ではがん患者が減らないのでしょうか。


一つには日本とアメリカの健康保険制度の違いがあります。
アメリカの健康保険は、日本の国民健康保険や社会保険と違って、利益目的の保険会社が運営しています。企業が保険会社と従業員の健康保険の契約を結び、毎月保険料を払う。ドクターは患者さんをできるだけ早く治さないと保険会社との契約が切れてしまう。だからドクターは薬を選ぶのと同時に患者に必要な健康食品までも処方するわけです。患者さんはその処方箋を持ってスーパーマーケットに行き、ビタミンや健康食品を買う。そのレシートを出すと保険会社から保険が下りる。治さないと治療費がかさんでしまうから、本気になって早く治そうとするのです。

 それに対して日本の場合、ご存じのように国民健康保険や社会保険です。厚生労働省が決めた薬が処方され、治っても治らなくても保険からいつまででもお金は出ます。医者や製薬会社にしてみれば治らない方がもうかる。
実際、日本の薬屋さんの売り上げを調べると、25年前がだいたい卸価格1兆円規模だったのが、20年経ったらもう5兆になっている。そういう違いがあるのです。

 がん患者など、難しい患者さんが出た場合には、保険で決められている内容だけではない治療法も取り入れてやらないとうまくいかない。ところがそれが日本では問題を生んでしまうのです。

 例えば東北大学に、アメリカのテキサスのアンダーソン・キャンサーセンターに留学して代替療法のやり方をよく知っている梅津さんという先生がいます。ところがこの先生も、病院でたとえば代替療法としてビタミンのB17を治療に使うのは大変なんです。

まず病院ではビタミンB17を買ってくれない。それで患者さんが個人輸入という形でアメリカから輸入しました。このB17というのは、アンズのエキスを抽出したものですが、がん細胞に対してものすごくうまく働くのです。点滴に入れただけで、ガッチガチになっていた喉頭ガンの人が4日ぐらいで柔らかくゆるんでくる。

 ところが病院の看護婦さんたちが、厚生省で決まっていない薬入れて、医療ミスでも起きたら大変だと報告書を出してしまった。それでこの先生はつるし上げられた。「アンズのエキスだよ」と説明してもだめなのです。ビタミンB17には保険は効きませんから別途有料になってしまう。

また日本の保険制度ではそういう特殊な医療法はやってはいけないことになっていて、「保険医指定を取り消しますよ」なんて指導がくる。だから日本のお医者さんは、今の薬だけでは間に合わないと思っても、それにかわる治療法をいろいろ試してみることができない。その結果、日本のがん患者のほとんどが、手術をされ、放射線を浴び抗がん剤を投与され、再発を待って死んでいくだけなのです。この壁を壊さないといけない。


☆ミネラルたっぷりの野菜を食べよう


――具体的には何を食べ、何を食べてはならないのですか。


食事というのは何のためにするのでしょうか。
日本的な栄養学では、食事というのは私たちが頭を働かせたり体を動かしたりするためのカロリーを摂取するためのものとして扱われています。ところが本当は食事というのは私たちの体を構成する細胞そのものが正常に分裂して体を再生産するためにとるものなのです。

細胞が正常に分裂するのに必要な栄養というのはカロリーではありません。カロリーももちろん必要なのですが、その前に必要なのがミネラルです。ミネラルがなければビタミンが働かない。ビタミン剤がいっぱい売られていますが、ミネラルがなければビタミンは働かないのです。

現代人はこのミネラルが不足しています。

日本では無農薬有機栽培の作物は虫が食うといいますよね。ところがカリフォルニアで無農薬有機栽培でOKになっている野菜をみると、ほとんど虫が食べていないのです。ぼくは最初、これは偽物ではないかと思った。ところが農場まで見に行って、本物であることがわかりました。

 実はカリフォルニアでは、40種類以上ミネラルが土に戻った畑で栽培された作物でないと有機栽培と言わないのです。日本にはそうした基準はありません。無農薬で有機のたい肥を使っていればそれだけで有機栽培と認めてしまう。

 では、いつから日本の畑の土からミネラルが無くなってしまったのか。
アメリカもそうですが、窒素リン酸カリの化学肥料のせいです。日本では戦後、とにかく化学肥料を大量に畑にまいた。作物が大きく育ち、収穫が増えるからと。ところがその結果、土のなかのミネラルが足りなくなってしまったのです。
作物の柄は大きいけれど虫が食うようになってしまった。それで大量の農薬を散布するという悪循環に陥ってしまったわけです。

 ミネラルがきちんと含まれていれば、虫は作物を食べられない。

人間も同じです。ミネラルが十分とれている人はアトピーなどには絶対になりません。ミネラルを十分にとるためには、無農薬有機栽培の野菜・果物・穀類を食べることです。また海藻や小魚も20種類から30種類のミネラルがとれる可能性があります。

それから二つ目は、僕のいう植物栄養素をとることです。ビタミンAやBやC、それぞれ重要なのですが、そうしたビタミンを支えている栄養というのがあるのです。
たとえば50〜60グラムのレモン一個にビタミンCが50ミリとか60ミリ含まれています。だいたいレモン一個の1000分の1がビタミンC。では1000分の999は何かというと、ほとんど水分です。しかし水分と言っても、たんなるH2Oとは違う。様々なミネラルなどが含まれているのです。

だから栄養的に言えば、違う栄養がいっぱいあった上でビタミンCが存在しているからビタミンCがビタミンCの働きをするのです。

 ビタミンC自体は、分子構造から合成できます。今、ビタミンCはほとんどジャガイモから作っている。そのジャガイモもほとんど遺伝子組み替えなんです。ビタミンA、B、Cとかいうのは、もちろん大事な働きをするのですが、それが働くためには「環境」が必要です。それを支える物質を「植物栄養物質」と呼んでいます。

 現在、2000種類の植物栄養物質がわかっています。
そのうちニンニクには216種類が含まれています。だからアメリカがんセンターはニンニクを食べることを奨励しているわけです。

安全な野菜・果物・穀類を、とにかく何でもたくさん食べることです。
ただしその場合、電子レンジの問題があります。


――エッ、電子レンジはいけないの……。

電子レンジにかけるとタンパク質の元であるアミノ酸の型式が変わってしまうのです。地球上にあるアミノ酸というのはL型。私たちの体も、肉も魚も全部L型のアミノ酸でできています。ところがそれを電子レンジにかけるとD型に変化してしまう。そうすると、私たちはいくらD型のアミノ酸を摂取しても髪の毛も皮膚も血液も作れない。酵素も遺伝子も作れないわけです。

お弁当買ってきて電子レンジでチーンすると、お弁当の中のお魚・ご飯・お肉の中のアミノ酸の一部がD型に変化してしまう。一度変化してしまうと、L型に戻せる酵素を人間は持っていない。

これは深刻な問題ですね。 若い人にアルツハイマーが増えていますが、アルツハイマーの若者の脳の血液の中に、なんかくずみたいなものがいっぱいウヨウヨしていると言うのです。ぼくはこれはD型のアミノ酸ではないかと思っているのです。 便利だからと、みんな平気で電子レンジでチンしている。

電子レンジをやめただけで病人は15%〜20%ぐらい減るのではないか。環境問題と同時に食事の環境も問題にしてほしい。「自然が一番」とかいいながら電子レンジでチンというのはどうですかね。


☆砂糖やあぶらも要注意

食品添加物や保存料にも目を向けないといけません。

アメリカ・ニューヨークの子供たちの学力テストのデータがあります。
1970年代にニューヨーク市で小中学校の給食から脂肪を9割、砂糖・食品添加物・防腐剤・保存料を全部カットしたところ、全米の学力試験でニューヨーク州100万人の子供たちの平均点が4年間で16点も上がった。これは全米のレコードとなり、いまだに破られていません。

 ニューヨーク市は、「教師の数を増やしたわけでもカリキュラムを変えたわけでもない。生徒の数を減らしたわけでもない。ただ学校の給食を変えただけだ」とコメントしています。

「給食はまずくて嫌だ」とハンバーガー屋なんかで買って食べているグループと学校の給食をきちんと食べていたグループでは、成績の上位は全部学校の給食を食べているグループでした。

 児童・生徒に落ち着きがないといったことが日本では問題になっていますが、こうした学校給食の問題をもっと考えた方がいいのではないでしょうか。


―砂糖や油もよくないのですか。


白砂糖がなぜいけないのかというと、要するにビタミンやミネラルが含まれていないからです。黒砂糖やメープルシロップ、精製していない蜂蜜ならまだいい。蜂蜜でも、加熱してしまったものは酵素などが死んでしまうからダメです。

 実はがん細胞は白砂糖のような他の栄養物質がない「純粋な砂糖」をエネルギー源にしていることがわかっています。
最近、CTやMRIよりももっと詳しくがんを調べることができるPET(ペット)という検査機械が出てきました。このペットというのは、がん細胞が砂糖を餌にしているという考え方をもとにした検査器具です。

患者さんに放射性同位元素をくっつけた砂糖を点滴する。そうするとがん細胞がその砂糖を摂取するからがんの部分に放射性同位元素が集中し、それがペットで検出されるのです。

 こうしたがん検出器具があるということは、がん患者には砂糖の多い高カロリー食はダメだと分かるわけではないですか。
ところが日本の病院では、手術したあとのがん患者さんに朝からプリンやアイスクリームを食べろと言う。これではがんは再発してしまう。


 普段気をつけなければいけないものにもう一つ油があります。
食べすぎてはならないのは、オメガの6と言うリノール酸が入っている油です。
普通のサラダ油はみんなそれです。これを炒め物に使うのは絶対ダメです。自然の脂質型からトランス型って変わって炎症を引き起こす原因になる。

 それから最初からトランス型になっているマーガリンやショートニングは、絶対食べてはいけません。

ショートニングというのはマクドナルドなどのポテトフライの油です。それからクッキーにも入っています。炒め物をするならオリーブオイル以外は使わないことです。オリーブオイルはオメガの9という油で、そんなにダメージはありません。
いずれにしても極力油の量は減らさなければいけませんね。


☆がんとのたたかいは総力戦


――代替療法だけでがんの予防や治療ができるのですか。


通常療法(手術・放射線・抗がん剤)と代替療法を両立させることが必要でね。それを「統合療法」と呼んでいます。

 お医者さんの力をいっさい借りないで食事療法や温熱療法といった代替療法だけでガンを治療するというのは、かなり厳しい。患者さんや家族の負担が大きくなってしまう。例えば、にんじんジュース一つ作るのでも、1週間は持ちますが、2週間目からは家族がみんな疲れてしまう。

 しかし、抗がん剤に放射線使った治癒では、国立ガンセンターの発表でも5%の患者しか治癒していません。あとの95%には今のがん治療は有効ではないのです。とにかく今、がん患者とがんによる死が増え続けている。だから通常治療がいいか代替医療がいいかではなく、総力戦でがんと闘わなければならないと思うのです。

 ところが日本のお医者さんの場合、代替療法に理解のない人がほとんどです。だいたい大きな病院のドクターたちは頭からノーです。

「そんなのがうまくいくんなら俺たちは苦労しない」と。

患者さんがだいぶ弱ってきてはじめて代替療法もやってみたらいいと言い出す先生も多い。お医者さんは忙しすぎて情報を得たり勉強をしたりする暇がない。

最近の特筆すべきこととして、今年金沢大学の高橋豊という先生が『癌の休眠療法』という本を出版しました。抗がん剤を使うのですが通常100ミリ使うところを4分の1とか5分の1しか使わない。だから副作用はあまりでない。翌年になったらまた4分の1の抗がん剤を使う。がん細胞を根絶できなくても生きていられればいいという考え方です。

 こうした高橋先生の「休眠療法」について、杉村隆さんという国立ガンセンターの名誉総長と武藤鉄一郎さんという癌研究病院の副院長が『医学界新聞』で絶賛しています。自分もがん細胞を全部殺せるはずがないと常々思ってきた、「医者が絶対読むべき本だ」と奨励しています。これは画歴史的なことです。

 とにかく今の日本のがん患者の増大は相当深刻です。
生まれたばかりの赤ちゃんが子宮がんなんていう事例もありました。何のために産まれてきたんだろうということですよ。お母さんの栄養が足りなかったのかしれない、ダイオキシンの問題もあったかもしれない。

 ロジャー・ウィリアムスという栄養学の先生の本を読むと、胎内でほぼ10才までに起きる病気は決まってしまうと言うのです。お母さんの血液の質が問題だからです。

 だから女性にはきちんと栄養を摂取して生理痛も生理不順もない状態で妊娠してもらいたい。それではじめて子どもが産める環境が整うのです。特に若い女性には、おいしいものではなく、体にいいものを食べてほしいと思います。


[癌のエサになるものは食べない事]

それは白砂糖と精白した小麦粉を原料とするパン、うどん、パスタ等です。

白砂糖や精白した小麦粉(白米も)は体内で消化されブドウ糖としてエネルギーの原料として全身に配達される訳ですが、このブドウ糖が細胞内、ミトコンドリアでエネルギーに変わる為には酸素とミネラルビタミンが必要となります。
白砂糖などはすでにミネラルビタミンは除外され単なる空のカロリーです。この空のカロリーは無酸素でもエネルギーになることができるので一時的に疲れがとれたように感じます。

特に脳は欲しがります。

そしてこの無酸素のエネルギーをエサに生きるのが癌細胞のようです。
(すでにノーベル賞受賞の博士が発表)癌になられた方はこの白砂糖や精白した小麦粉を原料とする加工食品と食べないようにする事が一番目のアドバイスです。


・ オーガニックの全粒小麦粉でつくられたパン等はOKです。

・ 少々の黒砂糖(完全に黒砂糖)もOK

・ 蜂蜜は精製、熱処理した品が売られていますのでこれも白砂糖と同じく食べない事をおすすめします。
(無精製で熱処理していない蜂蜜か黒砂糖をゲルソン療法では使っていました。)


(注意・Attention)A

[癌細胞の代謝スピードを上げない為に]

塩、禁止です。特に塩化ナトリウムは最悪です。

細胞の内と外のミネラルバランスの観察から癌のほとんどの方にみられるのはカリウムが少なくナトリウムが多い状態です。細胞内にカリウム、外にナトリウムというバランスが狂い細胞内にナトリウムが過剰になってしまうと、細胞分裂スピードが早くなります。

癌細胞の分裂スピードはなるべくゆっくりできれば止めてしまいたい訳です。その為には塩つまりナトリウムをとる事は禁止すべきです。そして反対にカリウムを多く食べる事が必要です。


生野菜・果物など無農薬の作物を毎日手に入れる事ができるアメリカ、南米諸国、ヨーロッパなどの人々はカリウムを安心してとり入れることができるので幸福です。

私は今日まで癌の方の食事相談は3千数百人の方にさせていただきましたが、この塩禁止!を守れる人程回復、延命率はとても高いと言えます。

時々、自然塩なら使ってもいいですか?という質問をいただきますが私はノーとお答えします。

体内の過剰なナトリウム少ないカリウムのバランスを逆転させるには少なくても1年から3年間位はカリウム優勢の食事をする事が必要だと感じます。その後癌も消え、腫マーカーも正常に戻ったならば自然塩を少々使い始めてもいいかな・・・と思います。

無農薬、有機栽培の作物を食べることが出来たならばその中に自然にナトリウムは存在します。塩気という味がしないだけです。


余計な話

そもそも日本中がミネラル欠乏になりこの様に癌やさまざま難病が増えた原因の一つはこの専売公社によって売られた塩化ナトリウムであると私は思っています。
最初から自然塩を使い自然塩を使った味噌、しょう油、つけものという生活をしていたならば、これ程多くの癌患者さんに成ってはいないだろうと推測します。


注意・Attention)B

[油の禁止そして必須脂肪酸を入れる事]

フライパンを加熱しサラダ油を入れ油煙が昇る中に野菜を入れたり卵を焼いたり・・・日本での料理番組をみて下さい。NHKですらこのような配慮のない放映をします。

国営テレビのようなNHKがフライパンを加熱しサラダ油を小さじ一杯・・・などとやる訳ですから国民の健康意識レベルが上がる訳無いと思うのは私だけでしょうか!

不飽和脂肪酸(オメガ3.6の脂肪酸)は非常に酸化しやすい不安定な脂肪酸です。フライパンで加熱し充分酸化させ更に加熱によってシス型をトランス型に変化させてしまう。そのアブラを癌の方や心臓病の治療をしている方に食べさせるというのはどういう事でしょうか。悪いものを食べさせても薬が治してくれると信じ込んでいるのでしょうか?


癌の方も心臓病の方も加熱したアブラは禁止することが必要です。
不飽和脂肪酸オメガ3とオメガ6(γリノレン酸)は自律神経を調整したり、ホルモンの材料として必要なアブラですから酸化させないで体内に必要量とり入れることが大切になります。

アメリカ、ドイツの代替療法医師達はFLAXOIL(亜麻仁油)を1日20〜30cc飲ませたりサラダのドレッシングに使わせたりします。亜麻仁油は昔から強力な自然食として使われて来ました。インドのガンジーが断食していた時でもこの亜麻仁だけを食べていた事やお釈迦さまも常食としていた亜麻仁の脂肪酸は人体の自律神経の調整材料として最適なバランスを与えてくれます。

しかし、日本人にとっては同じような調整材料として代謝するかどうかが問題となります。オメガ3のγリノレン酸はこの亜麻仁や、くるみなどにたっぷり入っていますがこのγリノレン酸が代謝して代謝して代謝してEPA(エイコサペンタエン酸)に成るまでの代謝酸素が日本人にはほとんど無いと思います。日本や韓国、フィンランド等々元々魚を食べてきた民族はすでにEPAを直接食べて来た訳です。
この様なことから私は癌患者の方が油を禁止した上でEPA(DHA)とγリノレン酸を共にサプリメントで補うようおすすめします。もちろん抗酸化のビタミンEを一緒に必ずお飲みになることが良いと思います。


※ 肉類・乳製品は避けること。

ガン患者さんのなかには体力をつけるために肉を食べる方がいますが、これは逆効果だと思います。ポパイが食べたのはほうれん草であってステーキではありませんでした。ガン患者の方の体内では、大変な戦いが行われています。免疫細胞はガンをやっつけるために必死に頑張っています。

そこに肉や乳製品が入っていくと十分に消化されなかったタンパク質が摂取され、このタンパク質を免疫は敵と見なして攻撃をする可能性があるといわれています。
ガンと戦わなければならないときに、自分が食べたものとも戦い始めたら、とても免疫に勝ち目はなくなってしまのではないでしょうか。


※ 電子レンジは使用しないこと。

※ 白砂糖、精白小麦粉、塩、油、肉類、乳製品ご注意ください。
そして食品添加物、農薬、よけいな薬等にも注意して身体の負担を少なくして免疫力を何上させることの機能が充分働 く環境をつくる事が大切です。

さて次は何を食べるのか?ということになります。

なるべく素材に素材を味わう!

玄米、豆類、イモ類、野菜、果物を中心に。腹八分という言葉がありますが腹六分という食事が良いと思います。


※ 主食の玄米は無農薬のものにして下さい。

私達NPO癌コントロール協会では不耕期栽培18年の田んぼからとれた玄米を紹介していますのでご連絡下さい。

注:すでに毎月200名位の方の予約が入っていますので生産が追いつかなくなった場合はお許し下さい。できる限りご用意します。

※ サツマイモ、ジャガイモ、豆類、ニンニク、玉ネギ、ブロッコリー、キャベツ、カリフラワー、人参、もやし、トマトその他等々。

※ リンゴ、バナナ、イチゴ、スイカ、みかんその他等々。

※ ドレッシングの工夫


酢にリンゴをすったり、レモンを混ぜたり、みかんやオレンジ等いろいろな組み合わせをしていろいろな味を作って下さい。コショー、トウガラシ、ニンニクを加えるとより豊かなドレッシングがつくれます。

ここまでの食事内容でかなり体内環境が良くなると思いますが充分ではありません。玄米菜食的な食事に欠けている点が二点あります。


先ずミネラルは充分かどうか・・・・先程紹介しました不耕期18年の田んぼの玄米はたぶん50種類位の微量ミネラルがあると推測しています。

田んぼの中のメダカ、たにしそして飛ぶ赤トンボ稲が害虫に食われることはありません。ミネラルが40種以下の場合中が弱々しくなる為に害虫にやられてしまう事を考え合わせるとたぶんOKです。

一般的に玄米を食べてます。だけではミネラルの欠乏を疑う必要があります。癌の患者さんがなるべく時間をかけずに回復ベースに戻る為にはミネラルが必要です。


二点目を言います。

ビタミンB12の欠乏があると思います。

玄米、菜食で肉類、植物性のものを完全にとらないように指導されるようですがドイツのマックス・ゲルソン博士の療法では完全無農薬、有機栽培の野菜、果物、穀類を患者一人当たり9s位使いますが、必ず子牛のレバーを飲ませます。
このレバーの補給で血液の質は血上し赤血球、ヘモグロビンの酸素補給が充分実行できるようになります。
http://www.npo-gancon.jp/shoukai.html

http://www.asyura2.com/13/health16/msg/134.html#c34

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