★阿修羅♪ > 中川隆 koaQ7Jey > 100334
 
g検索 koaQ7Jey   g検索 3bF/xW6Ehzs4I
 前へ
中川隆 koaQ7Jey コメント履歴 No: 100334
http://www.asyura2.com/acpn/k/ko/koa/koaQ7Jey/100334.html
[近代史3] 人類進化史 中川隆
5. 中川隆[-8655] koaQ7Jey 2019年8月27日 06:53:49 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4096]

2019年08月27日
中国史の画期についての整理
https://sicambre.at.webry.info/201908/article_51.html


 画期という観点から、一度短く中国史を整理してみます。そもそも、「中国」とはどの範囲を指すのか、どのように範囲は変遷してきたのか、という大きな問題があります。また、この記事では更新世における人類の出現以降を扱いますが、もちろん、更新世に「中国」という地域区分を設定することは妥当ではありません。考えていくと大きな問題を多数抱えているわけですが、以前から一度整理しようと考えていたので、とりあえず、ダイチン・グルン(大清帝国)の本部18省を基本にします。更新世から叙述の始まる日本通史が珍しくないように、一国史の呪縛は未だに根強く、凡人の私では適切な区分は困難です。今後は少しずつ、より妥当な地域区分や名称を考えていきたいものです。紀元後に関しては、おもに『近代中国史』(関連記事)、『世界史とつなげて学ぶ中国全史』(関連記事)、『中国経済史』(関連記事)を参照しました。なお、西暦は厳密な換算ではなく、1年単位での換算です。

●人類の出現(212万年以上前)

 中国における現時点での人類最古の痕跡は212万年前頃までさかのぼり、陝西省で石器が発見されています(関連記事)。これは現時点では地理年代的にほぼ完全に孤立した事例で、どのように人類がアフリカから中国北西部まで到達したのか、まったく明らかになっていません。また、この石器をもたらした人類系統も不明です。おそらく、アフリカからユーラシア南岸を東進してきた、ホモ・ハビリス(Homo habilis)のような最初期ホモ属が、中国に到達して北上したと思われるので、今後、中国南部で220万年前頃の石器や人類遺骸が見つかる可能性は高い、と予想しています。

●「真の」ホモ属の拡散(170万年以上前)

 雲南省では、170万年前頃の初期ホモ属遺骸(元謀人)が発見されています。(関連記事)。陝西省では、上記の212万年前頃の石器が発見された近くの遺跡でホモ・エレクトス(Homo erectus)に分類されている藍田人が発見されており、その年代は165万〜163万年前頃と推定されています(関連記事)。河北省では170万〜160万年前頃の石器が発見されていますが、その製作者は不明です(関連記事)。212万年前頃の石器を製作した人類が、これら170万〜160万年前頃の中国の人類集団の祖先なのか、現時点では不明ですが、そうではなく、180万年前頃以降に新たにアフリカからおそらくはユーラシア南岸を東進してきた「真の(アウストラロピテクス属的ではない)」ホモ属だった、と私は考えています。人類史において、アフリカからユーラシアへの拡散は珍しくなかっただろう、というわけです(関連記事)。

●後期ホモ属の拡散(60万年前頃以降?)

 現生人類(Homo sapiens)が拡散してくる前まで、中期〜後期更新世のアジア東部には多様な系統のホモ属が存在した、と考えられます(関連記事)。中国各地では中期〜後期更新世のホモ属遺骸が発見されていますが、その分類については議論が続いています。最近、チベット高原東部で発見された16万年以上前となる下顎骨が、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)と確認されました(関連記事)。この下顎骨と中期〜後期更新世の中国のホモ属遺骸の一部とが類似しているため、中国には広くデニソワ人が存在したのではないか、とも指摘されています。しかし、デニソワ人の形態はまだほとんど明らかになっていないので(関連記事)、中期〜後期更新世の中国のホモ属遺骸がすべてデニソワ人系統に分類されるのか、現時点では不明です。デニソワ人系統と現生人類系統との分岐年代に関しては諸説ありますが、早ければ80万年以上前と推定されています(関連記事)。したがって、上述の170万〜160万年前頃の中国のホモ属とは異なる系統が、中期更新世に中国へと拡散してきた可能性はきわめて高そうです。ただ中国では、170万〜160万年前頃のホモ属系統が中期更新世まで存続し、アフリカから新たに拡散してきたホモ属と共存し、交雑していた可能性もあると思います。

●現生人類の拡散(5万〜4万年前頃?)

 中国における現生人類の拡散には、不明なところが多分にあります。中国における石器技術の画期は、35000年前頃となる、石刃をさらに尖頭器や削器などに加工する石刃石器群の出現との見解もあります(関連記事)。しかし、中国北部に関して、石器技術では様式1(Mode 1)が100万年以上前〜2万年前頃か、もっと後まで続き、石器技術の変化は少なく、中国では現生人類の出現と石器伝統の変化が必ずしも対応していないかもしれない、とも指摘されています(関連記事)。じっさい、4万年前頃となる現生人類遺骸(田园男性)が、北京の近くで発見されており、DNAが解析されています(関連記事)。アジア東部におけるデニソワ人と現生人類との交雑の可能性も指摘されており(関連記事)、中国における現生人類拡散の様相には不明なところが多分に残っています。

●農耕・牧畜の開始(10000〜8000年前頃)

 中国の現生人類集団は、農耕・牧畜開始の前後で南方系から北方系へと大きく変わった可能性が指摘されています(関連記事)。これは頭蓋データに基づくものですが、4万年前頃の田园男性に関しては、現代人には遺伝的影響を残していない可能性が指摘されています(関連記事)。しかし、この南方系集団と北方系集団がいつどの経路で中国に到来したのか、現時点では不明です。これと整合的かもしれないのは、現代漢人のミトコンドリアDNA(mtDNA)研究です(関連記事)。その研究では、漢人の遺伝地理的な区分として、南北の二分よりも黄河(北部)と長江(中部)と珠江(南部)の各流域という三分の方がより妥当で、この遺伝地理的相違は早期完新世にはすでに確立されていた、と推測されています。もちろん、核DNAやY染色体DNA、とくに後者ではまた違った遺伝的構成が見られるかもしれませんし、この問題の解明には古代DNA研究の進展が必須となりますが。

●青銅器時代〜鉄器時代(紀元前1700〜紀元前220年頃)

 この間、ユーラシア西方から家畜や金属器などが導入され、中国社会は複雑化していきます。その具体的指標として、性差の拡大が指摘されています(関連記事)。都市国家から領域国家、さらには巨大帝国の出現には、そうした社会的背景があるのでしょう。

●集住から散居(紀元後3〜4世紀)

 それまで、中国の聚落形態は集住(都市国家)が主流でしたが、散居(村の誕生)へと変化し、商業も一時的に衰退します。城郭都市は、それ以前とは異なり行政・軍事に特化していました。またこれ以降、「士」と「庶」の二元的階層が確立していきます。

●唐宋変革(10世紀)

 温暖化により中国社会は経済的に大きく発展し、無城郭商業都市である「市鎮」が出現します。中国では南部の発展が著しく、経済・人口で北部を逆転して優位に立ちます。

●伝統社会の形成(14世紀)

 中国における伝統社会は、14世紀以降に形成されていきます。モンゴルによる中国も含むユーラシア規模の広範な統合は、14世紀の寒冷化により崩壊します。これ以降、「士」と「庶」の間の中間的階層も台頭し、社会はますます複雑化していきます。そのため、中央権力の支配は社会の基層にまで及びませんでした。またこれ以降、南北の格差は前代よりも縮まり、東西の格差が拡大していきます(西部に対する東部の優位)。これは、物流において海路が重要になっていったことと関連しています。また、ダイチン・グルン後期には、沿岸部各地域がそれぞれ外国と結びつくなど、経済の多元化がさらに強くなっていきました。

●中華人民共和国の成立(1949年)

 1840〜1842年のアヘン戦争と1894〜1895年の日清戦争は、ともに中国にとって大きな転機となりました。とくにアヘン戦争は中国近代史の起点として重視されてきましたが、アヘン戦争以後も中国の伝統的な社会経済構造は堅牢で、直ちに大きく変わったわけではありませんでした。中央権力の支配が社会の基層まで届かず、多元的な社会経済構造は、一元化への志向にも関わらず、容易に解消しませんでした。この牢乎として存続する中国伝統社会を大きく変えたのが、共産党政権の中華人民共和国でした。土地革命と管理通貨の実現により、基層社会へと中央権力が浸透し、経済は一体化していき、統合的な国民経済の枠組みが生まれました。中国共産党政権は、まさに革命的でした。


 以上、中国史の画期についてざっと見てきました。現在の私の関心・見識から、更新世の比重が高くなってしまいました。農耕・牧畜開始以降については近年ほとんど勉強が進んでいないので、かなり的外れなことを述べているかもしれず、少しずつ調べていきたいものです。なお、中国共産党政権は革命的と評価しましたが、もはや現在は、「革命的」が直ちに肯定的に評価される時代ではありません。冷戦構造の進展という時代背景はあったにしても、中華人民共和国と「西側」との経済関係はきわめて希薄となり、対外貿易から得られるはずだった先進技術や外国資本を失うことにより経済の活力が衰えた、とも言えます。一方で、そうした事情が、中華人民共和国における強力な金融管理体制と通貨統一を実現させました。「西側」との経済関係が希薄化するなか、共産党政権は物質的な統制を進め、大衆動員型政治運動により反対意見を抑え込んでいきました。物質・思想両面の統制が厳しくなるなかで、逃げ場を失った多くの中国人には、共産党による統治を受け入れるしか選択肢は残されていませんでした。

 そう考えると、統合的な国民経済の枠組みが多くの中国人にとって本当に幸福だったのか、大いに疑問が残ります。購買力平価ベースのGDPでは、第二次世界大戦前はもちろん、その後の1950年でも、中国が日本を上回っていました(関連記事)。本来ならば、購買力平価ベースのGDPで中国が日本を下回るようなことはほとんどあり得なかったはずです。それが、20世紀後半の一時期とはいえ日本に逆転されてしまったのは、明らかに共産党政権の失政だと思います。中国共産党の側に立つ人に言わせれば、「西側」の「敵視政策」が原因となるのでしょう。しかし、政治においては結果責任が厳しく問われるべきで、冷戦が進行していく中だったとはいえ、共産党政権の責任は重大だと思います。

 共産党政権が、中国近現代史において最悪もしくはそれに近い選択肢だったとは思いません。選択を誤れば、中国は今でも内戦に近い状態が続き、経済の発展が妨げられていたかもしれません。当然、現在よりも生活・技術・学術の水準は随分と見劣りしたでしょう。しかし、だからといって、共産党政権が中国近現代史において最良に近い選択肢だったかというと、かなり疑問が残ります。1980年代以降の中国の経済発展には目覚ましいものがあります。これを根拠に中国共産党の統治の正当性を称揚する見解は珍しくないかもしれませんが、現実的な別の選択肢では中国は現在もっと発展していたのではないか、との疑問は残ります。大躍進に代表される中国共産党政権の大失策がなければ、少なくとも、購買力平価ベースのGDPで比較的短期間とはいえ中国が日本を下回るようなことはなかっただろう、というわけです。その意味で、中国共産党、とくに毛沢東の責任は重大だと思います。毛沢東こそ、一時的とはいえ、中国を決定的に没落させた最大の責任者だろう、と私は以前から考えています。率直に言って、共産党政権は近現代中国において、むしろ悪い方の選択だったのではないか、と私は考えています。

 もちろん、中国近現代史において、史実よりも都合のよい選択肢はほとんどなく、中国は一度どん底を経験し、社会・経済を統合する必要があり、毛沢東の功績は大きかった、との見解もあるとは思います。私の見解はしょせん素人の思いつきにすぎないわけですが、大躍進や文化大革命などのような大惨事は本当に不可避だったのだろうか、との疑問はどうしても残ります。1980年代以降の中国の経済発展は確かに目覚ましいのですが、もともと経済規模で日本に劣るようなことはほとんどあり得ない中国が、比較的短期間だったとはいえ、共産党政権下で日本を下回ったという事実は、やはり無視できないように思います。こうした疑問は、中国共産党政権の評価、さらにはその公的歴史認識(体制教義)の検証にも関わってくる問題だと思います。最後に、以下に中国の土地改革について、日本での近年の見解を取り上げます(関連記事)。

 まず、中華人民共和国における土地改革の必然性とされてきた帝国主義および地主からの搾取という認識にたいしては、中華民国期の農家経営について、商品経済化や小農による集約的経営を通じて土地生産性が向上した、との見解が提示されています。また、世界恐慌下の地主による土地の兼併は、全国的かつ長期的にわたる趨勢として確認できるわけではない、とされています。共産党が土地の分配により農民の支持を獲得して内戦に勝利した、との見解も見直されつつあるそうです。1920年代末〜1930年代前半、共産党は土地改革により勢力拡大を図りましたが、当時の共産党組織の脆弱さにより、国民党の反撃や在地の武装勢力の抵抗に遭って根拠地は短期間に崩壊しました。また、土地の分配を受けた農民が必ずしも積極的に共産党軍に加わったわけではなく、既存の雑多な武装人員が傭兵的に編入され、共産党の軍事力を担ったそうです。第二次世界大戦後、国民党と共産党の内戦が再発すると、共産党は土地改革を強く打ち出すようになります。この土地改革で地主・富農からの収奪だけではなく、中農の財産の侵犯が発生し、農業生産は大打撃を受けたそうです。共産党が短期間で多数の兵の徴募に成功した東北地区にしても、土地の分配により農民の自発的な支持を獲得したこと以上に、「階級敵」からの食糧・財産の没収を通じて、新兵の募集や雇用に必要な財を共産党が独占したことを重視する見解が提示されているそうです。
https://sicambre.at.webry.info/201908/article_51.html
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/581.html#c5

[近代史3] フランク・ダラボン ミスト(The Mist, MGM 2007年) 中川隆
1. 中川隆[-8654] koaQ7Jey 2019年8月27日 06:56:48 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4097]

ハリウッド・エンディングに挑戦した男 〜フランク・ダラボンとスティーヴン・キング『ミスト』の問題〜
紀平照幸 2013/12/13
https://news.yahoo.co.jp/byline/kihirateruyuki/20131213-00026150/



この文章では2007年の映画『ミスト』および原作小説「霧」のラストについて触れています。

スティーヴン・キングの小説の映画化と言えば、数少ない例外(『キャリー』『スタンド・バイ・ミー』)を除いては改変・改悪が当たり前で(なにしろ、ご本人が自ら監督した『地獄のデビル・トラック』にしてからにトホホな出来でしたから)、もはや誰も期待していなかった頃に登場したのがフランク・ダラボン監督の『ショーシャンクの空に』でした。原作(「刑務所のリタ・ヘイワース」)に忠実でありながら、映画的ダイナミズムも併せ持った佳品は批評家や観客に愛され、「EMPIRE」誌が選んだ映画オールタイム・ベストではなんと数多の名作を抑えて1位を獲得しています。続く『グリーンマイル』もヒットし、キング原作=ダラボン監督のコンビは映画ファン安心のブランドとなっていた、そんなダラボンが満を持して発表したのが『ミスト』でした。

まずはいつものように映画の解説から。激しい嵐が町を襲った翌朝、主人公デヴィッドは8歳の息子を連れてスーパーマーケットへ買い物に行きます。しばらくすると周囲に不穏な雰囲気が立ち込め、白い霧がマーケットを覆い尽くしてしまいます。「霧の中に何かがいる!」そう絶叫しながら店に駆け込んでくる血まみれの男も。やがて、本当に霧の中から不気味な化け物が次々と出現し、店の中に立てこもった人々を次々に襲ってくるのでした…。

恐怖のポイントは2点。まずは霧の中から出現する怪物たちです。あるものは軟体動物風、あるものは昆虫風と、まるで悪夢の中に出てくるような奇怪なデザインの、生理的に嫌悪感を催すような怪物が次から次へと出てくるのですから。ちなみに原作者のスティーヴン・キングは大の蜘蛛嫌い。したがって蜘蛛のようなモンスターはひときわ不気味に描写されています。もうひとつは、閉じ込められた人間たちの心理描写。一団の中には狂信的な女性ミセス・カーモディがいて、これがハルマゲドンの始まりだ、と唱えます。最初は冷ややかな目で見ていた生存者たちが、追いつめられるにつれて彼女に同調していき、ついには幼い子供を生け贄に捧げようとさえしてしまう展開にはぞっとしました。あえてスター俳優を使わず、デヴィッドにトーマス・ジェーン、カーモディにマーシャ・ゲイ・ハーデンと、地味ながら実力派のキャストを起用しているのも、物語に迫真性を与えています。

さて、問題はラストです(ここからネタバレです。注意!)。原作版では、デヴィッドが息子や彼に同調したわずかな者たちとマーケットを脱出し、車で走り去るところで終わっています。霧は一向に晴れる様子もなく、どこまで広がっているのかもわからない。世界は終わってしまったのか? という含みを残しながらも、一片の希望を残した終わり方でした。

しかし、映画版は「その先」に踏み込んでいます。車の燃料は尽き、周囲からは異様な物音が迫る中、デヴィッドたちは決断を迫られます。「このまま奴らに食われるよりは…」彼らが下した結論は、自決。デヴィッドは息子や仲間を射殺、弾がなくなったため、死を覚悟して外に飛び出しました。その時彼が見たものは…? なんと火炎放射器や自走砲で怪物たちを退治している軍隊、そして次第に晴れゆく霧の彼方には、最初の方で彼の制止も聞かずに店の外に飛び出した人々が避難民と共にいる姿も見えました。デヴィッドにできるのは、ただ絶叫することだけ…。

どうです? 見事なまでのバッド・エンドでしょう? この変更は脚本も担当したダラボン監督のアイディア。これを聞かされたキングは「衝撃的な結末」と絶賛しましたが、あまりと言えばあんまりな展開に一般のファンの間では賛否両論。「真のホラー映画」と褒める人がいれば、「後味が悪すぎる」と否定する人も存在します。

ではなぜ、このエンディングが人々の拒絶反応を呼び起こすのでしょうか? ここで他の映画の場合を考えてみましょう。例えば『ダイ・ハード』や『007』シリーズなどのアクション映画を。追いつめられた主人公は、とっさの判断で手近にあったものを使って反撃したり、目の前の穴に飛び込んだりします。そしてその選択は大抵の場合正しく、主人公を救い、悪を倒してくれます。しかしこの『ミスト』で行なわれたことは、その真逆なのです。デヴィッドが良かれと思い、自分の家族や友人を救おうとして下した決断は、すべて間違っています。彼に従った者たちは例外なく悲惨な末路を迎えてしまうのです。さらに、撮影スケジュールが理由で実現しませんでしたが、ダラボンはラストでデヴィッドが見る生存者の中に、彼と喧嘩別れした隣人や、マーケットに残った人々なども登場させたかったそうです。つまり「デヴィッドを信じた者は死に、信じなかった者だけが生き残った」と言いたかったのですね。この徹底ぶり! 『ミスト』こそは、「主人公の行動は常に正しい」というハリウッドの公式に真っ向から「NO!」を突きつけた映画だったのです。

原作が大変よくできた小説ですから、そのまま映画化してもそれなりの傑作になったはずの『ミスト』。しかしこの付け加えられたラストのおかげで、心に刺さったトゲのように一種忘れられない強い印象を残した作品になったではないでしょうか。それこそが、反対意見が多数出ることも覚悟の上でダラボンが目指したものなのだと思います。

(付記)

この映画の発表後、ダラボンは劇場用の映画を撮っていません。彼は2010年からTVシリーズの「ウォーキング・デッド」を製作。ゾンビがうろつきまわる世界でのサバイバルを描き、今までのTVの常識を超えた物語を展開中です。
https://news.yahoo.co.jp/byline/kihirateruyuki/20131213-00026150/

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/588.html#c1

[近代史3] フランク・ダラボン ミスト(The Mist, MGM 2007年) 中川隆
2. 中川隆[-8653] koaQ7Jey 2019年8月27日 07:07:37 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4098]

2015-02
衝撃のラストをネタバレ解説!観た人全てが鬱になる映画『ミスト』はここが凄い!
https://type-r.hatenablog.com/entry/20150205

■あらすじ

『嵐の翌日、デヴィッドは異様な霧に懸念を抱きながら息子と共にスーパーマーケットへ買い出しに出掛けた。すると、その濃い霧は間もなく買い物客でごった返すマーケットに迫り、ついには町全体を飲み込むように覆っていく。人々がマーケットに缶詰状態となる中、霧の中に不気味な怪物を発見したデヴィッド。一方、骨董品店の女主人カーモディは狂信めいた発言で人々の不安を煽っていく。その夜、突如として霧の中のモンスターたちが襲撃を開始、店内は大混乱に陥った!原作者スティーヴン・キングとフランク・ダラボン監督が「ショーシャンクの空に」「グリーンマイル」に続いて再びコンビを組んだ驚愕のホラー・ミステリー。霧(ミスト)の中に待っていたものは何か?映画史上かつてない、震撼のラスト15分!』


「後味の悪い映画」、「バッドエンド」、「最悪の結末」、「鬱映画」などで検索すると、かなりの高確率でヒットする作品、それがスティーヴン・キング原作・フランク・ダラボン監督の『ミスト』です。

本日の午後のロードショーでは、そんな『ミスト』が放送されるので、観る際はそれなりに覚悟してご覧ください(笑)。ちなみに、他のバッドエンド映画の代表格としては、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』と『セブン』がツートップと言われています(^.^)


「観ると鬱になる映画」の代表格。ただし作品の評価は「最高!」と「最低!」が見事に真っ二つに分かれています。

この『ミスト』、僕は映画館で観たんですよ。『ショーシャンクの空に』の原作者スティーヴン・キングとフランク・ダラボン監督が再びタッグを組んで新作を撮った!という触れ込みに釣られてノコノコ観に行ったわけです。で、観終わった直後の感想は、皆さんの予想通り「うわあああ、こ、これはヒドい…!」って感じでしたねえ(笑)。

いや、映画がヒドいんじゃなくて、物語の結末がヒドいんです。映画自体はとても良く出来ていると思いました。クリーチャーの造形や恐ろしい雰囲気、極限状態に追い詰められた人間達の愚かな行動など、キャラクターの描き方やドラマ展開、映像表現の数々は実に見事です。ただ、ラストがヒドい…

ストーリー的には物凄くシンプルなんですよ。ある日、街に霧が発生した → やがてその霧はどんどん大きくなり、街全体を覆い尽くす → たまたまスーパーマーケットに買い物に来ていた主人公 → すると突然お爺さんが「霧の中に何かいる!」と叫びながら飛び込んで来た → 霧の中から”見た事も無い不気味な生物”が出現 → 全員、スーパーマーケットに閉じ込められてしまう……と、ここまでが序盤の展開。

この後はひたすらスーパー内部での描写が続き、「出て行こう!」、「いや、ここにいるべきだ!」など異常な事態に直面した”人間同士の醜悪な言い争い”に終始します。

そして徐々に精神的に追い詰められた人々は、「神の裁きが下されたのよ!」と煽る宗教かぶれのオバサンの言う事に耳を傾け始める。この辺の展開がちょっとダルいんですよね。特にオバサンの”演説”が長くて苦痛(このオバサンが撃ち殺された瞬間、アメリカの劇場では盛大な拍手が湧き起こったそうなw)。

まあ、スーパーのガラスを破って”でかい昆虫”みたいなものが飛び込んでくるハラハラドキドキシーンもあるんですが、『スターシップ・トゥルーパーズ』のバグズの大群に比べたら全然大した事なかったり。

”霧の中のもの”を描くのではなく、”得体の知れない何かに翻弄される人間の姿”を描くことがメインなので当然なんですが、これだけなら「ふ〜ん、まあ割と普通のパニック・ホラーだよね」という評価で終わっていたでしょう。

だがしかし!この映画の真価は、キャッチコピー通り「ラスト15分の衝撃的な展開」によって初めて発揮されるのです!徹底的に追い詰められた主人公のデヴィッドたちは、スーパーからの脱出を決意。車へ乗るまでの僅か数十メートルで数人が化け物に食い殺され、残ったのはデヴィッドと息子を含め5人だけ。

一行はデヴィッドの家へ向かうも、既に化け物の巣窟と化しており、奥さんも死亡していました。あてもなく彷徨ううちにガソリンも底を尽き、救援の道を断たれた彼らが最後に選んだ道は…

拳銃には弾が4発しか残っていなかったため、デヴィッドは息子を含めた仲間4人を射殺。そして半狂乱となったデヴィッドは車を飛び出し、化け物に喰い殺されようと大声で叫び続けます。

ところが、あれほど大量に発生していたモンスターの姿がどこにも見当たりません。いったいどういうこと…?その数分後、急に霧が晴れ、辺りが鮮明になっていきました。そこでデヴィッドが目にしたものは…

おびただしい数の難民と兵隊、アメリカ陸軍のジープ、戦車の姿でした。陸軍は火炎放射器で怪物を焼き払い、スーパーも無事に解放されていたのです。茫然と立ち尽くすデヴィッド。

そんな彼の前をトラックが横切ります。その荷台にはスーパーを飛び出した子供とその母親が乗っていました。あともう少し耐えていれば、デヴィッドと彼の息子も助かっていたのに…。結局、デヴィッドは無事に救助されましたが、彼はいつまでも絶叫し続けたという…

とまあ、こんな映画を観たら気分が落ち込むのも当然ですよねえ(苦笑)。物語の中で息子がデヴィッドに対し、「僕を化け物に殺させないで」と語りかけるシーンがあるんですけど、普通に解釈すれば「化け物から守って」になるところを、「化け物ではなく、デヴィッド自身の手で殺させる」という感じに歪めて描いているところが凄い皮肉(^_^;)

このラストシーンに対する意見としては、「ふざけんな!」とか「思ってたのと違う!」とか、様々な感想が出ていたようですが、概ね「嫌な気分になった」という評価が大勢を占めていると思われます。

こういった反応は『セブン』と同様に「後味の悪さを追求したエンターテイメント」としては完全に正しく、作り手側にしてみればまさに「してやったり!」という感じなのでしょう。すなわち、怒ったり鬱な気持ちになった時点で監督の思うつぼなんですよ、トホホ。

この物語のポイントって何かと言うと、「あともう少しだけ待っていれば助かったのに!」と観客に思わせているところなんですね。でもそれは”結果”を知っているからであって、登場人物が置かれた状況を考えた場合、もう少し待てば助かるかどうかなんて分かるはずもありません。そういう状況をわざと作った上で、主人公に最悪の選択を実行させるという、シナリオの意地の悪さが秀逸すぎるでしょコレ(苦笑)。

つまり、映画『ミスト』の凄いところは、何が正しくて何が間違っていたのか、明確な正解を提示していないところなんですよ。トラックに乗った親子を見ると「あ〜、すぐにスーパーを出ていれば助かったのか〜」と一瞬思ってしまいますが、それはあくまでも結果論であって、正解は誰にも分からない。そういう曖昧さを残しているところがミソなのです。

曖昧な点と言えば、この映画って事態がどうなっているのかもさっぱり分からないんですよね。そもそも霧の中から出てきた化け物は何なのかと。米軍が秘かに実験していた「アローヘッド計画」って何やねん?実験中に異次元の世界と繋がってしまい、霧と共に化け物が穴から溢れ出した…みたいな噂話が漏れ伝わってくるだけで状況が一切わからず、ラストも軍が穴を塞いだのか、問題は解決したのかしていないのか、その辺の事情が全く不明なままで終了してしまうのです。

そういう、モヤモヤした幕切れまで含めて「後味の悪い映画」と評されているのだとは思いますが、それにしてもこのラストはなあ…。原作小説はここまで悲惨な終わり方ではなく、主人公たちは無人のガソリンスタンドで燃料と食料を補給した後、車に乗って再び走り去る…という結末になっていました(助かったかどうかは分からないまま)。


スティーヴン・キングの原作
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4150410968/ichineneiga-22/ref=nosim/

はもう少し救いがある

これはこれでいいと思うんですけど、フランク・ダラボン監督は「もう少しインパクトが欲しい」と考え、映画版オリジナルのラストを思い付き、原作者のスティーヴン・キングに電話で内容を伝えたところ、「素晴らしい!僕が思い付いていたら、絶対にそのアイデアを採用してたよ!」と絶賛したそうです。ダラボン監督によると、この結末は「どんなに絶望的な状況になっても最後まで希望を捨てるな」という前向きなメッセージだったらしい(う〜む……本当だろうか?)。

ちなみに、本作は当初、ダラボン監督の意向でモノクロ版での製作・上映が検討されていました。「原作の不気味な雰囲気を再現するには、カラーよりもモノクロの方が相応しい」と考えた監督は映画会社に提案するものの、「今の時代にモノクロ映画なんて作っても客が来ないだろ!」と却下されてしまったそうです。

しかし、どうしてもモノクロ版を諦め切れなかった監督は、公開後にカラーからモノクロへと再編集しました。そしてDVD化の際に本編はカラー版、特典映像としてモノクロ版が収録されることになったのです。つまり、モノクロ版こそが監督が本来作りたかった『ミスト』であり、真のディレクターズカットなのですよ。残念ながらブルーレイには入っていませんが、DVDの『コレクターズ・エディション』には特典ディスクとしてモノクロ版『ミスト』が付属しています。興味がある方はぜひどうぞ(^.^)
https://type-r.hatenablog.com/entry/20150205
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/588.html#c2

[近代史3] 社会主義マジック _ 中共が GDP 世界第二位の超大国になれた理由 中川隆
16. 中川隆[-8652] koaQ7Jey 2019年8月27日 07:51:27 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4099]
2019年08月27日
中国史の画期についての整理
https://sicambre.at.webry.info/201908/article_51.html

 画期という観点から、一度短く中国史を整理してみます。そもそも、「中国」とはどの範囲を指すのか、どのように範囲は変遷してきたのか、という大きな問題があります。また、この記事では更新世における人類の出現以降を扱いますが、もちろん、更新世に「中国」という地域区分を設定することは妥当ではありません。考えていくと大きな問題を多数抱えているわけですが、以前から一度整理しようと考えていたので、とりあえず、ダイチン・グルン(大清帝国)の本部18省を基本にします。更新世から叙述の始まる日本通史が珍しくないように、一国史の呪縛は未だに根強く、凡人の私では適切な区分は困難です。今後は少しずつ、より妥当な地域区分や名称を考えていきたいものです。紀元後に関しては、おもに『近代中国史』(関連記事)、『世界史とつなげて学ぶ中国全史』(関連記事)、『中国経済史』(関連記事)を参照しました。なお、西暦は厳密な換算ではなく、1年単位での換算です。


●人類の出現(212万年以上前)

 中国における現時点での人類最古の痕跡は212万年前頃までさかのぼり、陝西省で石器が発見されています(関連記事)。これは現時点では地理年代的にほぼ完全に孤立した事例で、どのように人類がアフリカから中国北西部まで到達したのか、まったく明らかになっていません。また、この石器をもたらした人類系統も不明です。おそらく、アフリカからユーラシア南岸を東進してきた、ホモ・ハビリス(Homo habilis)のような最初期ホモ属が、中国に到達して北上したと思われるので、今後、中国南部で220万年前頃の石器や人類遺骸が見つかる可能性は高い、と予想しています。


●「真の」ホモ属の拡散(170万年以上前)

 雲南省では、170万年前頃の初期ホモ属遺骸(元謀人)が発見されています。(関連記事)。陝西省では、上記の212万年前頃の石器が発見された近くの遺跡でホモ・エレクトス(Homo erectus)に分類されている藍田人が発見されており、その年代は165万〜163万年前頃と推定されています(関連記事)。河北省では170万〜160万年前頃の石器が発見されていますが、その製作者は不明です(関連記事)。212万年前頃の石器を製作した人類が、これら170万〜160万年前頃の中国の人類集団の祖先なのか、現時点では不明ですが、そうではなく、180万年前頃以降に新たにアフリカからおそらくはユーラシア南岸を東進してきた「真の(アウストラロピテクス属的ではない)」ホモ属だった、と私は考えています。人類史において、アフリカからユーラシアへの拡散は珍しくなかっただろう、というわけです(関連記事)。


●後期ホモ属の拡散(60万年前頃以降?)

 現生人類(Homo sapiens)が拡散してくる前まで、中期〜後期更新世のアジア東部には多様な系統のホモ属が存在した、と考えられます(関連記事)。中国各地では中期〜後期更新世のホモ属遺骸が発見されていますが、その分類については議論が続いています。最近、チベット高原東部で発見された16万年以上前となる下顎骨が、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)と確認されました(関連記事)。この下顎骨と中期〜後期更新世の中国のホモ属遺骸の一部とが類似しているため、中国には広くデニソワ人が存在したのではないか、とも指摘されています。しかし、デニソワ人の形態はまだほとんど明らかになっていないので(関連記事)、中期〜後期更新世の中国のホモ属遺骸がすべてデニソワ人系統に分類されるのか、現時点では不明です。デニソワ人系統と現生人類系統との分岐年代に関しては諸説ありますが、早ければ80万年以上前と推定されています(関連記事)。したがって、上述の170万〜160万年前頃の中国のホモ属とは異なる系統が、中期更新世に中国へと拡散してきた可能性はきわめて高そうです。ただ中国では、170万〜160万年前頃のホモ属系統が中期更新世まで存続し、アフリカから新たに拡散してきたホモ属と共存し、交雑していた可能性もあると思います。


●現生人類の拡散(5万〜4万年前頃?)

 中国における現生人類の拡散には、不明なところが多分にあります。中国における石器技術の画期は、35000年前頃となる、石刃をさらに尖頭器や削器などに加工する石刃石器群の出現との見解もあります(関連記事)。しかし、中国北部に関して、石器技術では様式1(Mode 1)が100万年以上前〜2万年前頃か、もっと後まで続き、石器技術の変化は少なく、中国では現生人類の出現と石器伝統の変化が必ずしも対応していないかもしれない、とも指摘されています(関連記事)。じっさい、4万年前頃となる現生人類遺骸(田园男性)が、北京の近くで発見されており、DNAが解析されています(関連記事)。アジア東部におけるデニソワ人と現生人類との交雑の可能性も指摘されており(関連記事)、中国における現生人類拡散の様相には不明なところが多分に残っています。


●農耕・牧畜の開始(10000〜8000年前頃)

 中国の現生人類集団は、農耕・牧畜開始の前後で南方系から北方系へと大きく変わった可能性が指摘されています(関連記事)。これは頭蓋データに基づくものですが、4万年前頃の田园男性に関しては、現代人には遺伝的影響を残していない可能性が指摘されています(関連記事)。しかし、この南方系集団と北方系集団がいつどの経路で中国に到来したのか、現時点では不明です。これと整合的かもしれないのは、現代漢人のミトコンドリアDNA(mtDNA)研究です(関連記事)。その研究では、漢人の遺伝地理的な区分として、南北の二分よりも黄河(北部)と長江(中部)と珠江(南部)の各流域という三分の方がより妥当で、この遺伝地理的相違は早期完新世にはすでに確立されていた、と推測されています。もちろん、核DNAやY染色体DNA、とくに後者ではまた違った遺伝的構成が見られるかもしれませんし、この問題の解明には古代DNA研究の進展が必須となりますが。


●青銅器時代〜鉄器時代(紀元前1700〜紀元前220年頃)

 この間、ユーラシア西方から家畜や金属器などが導入され、中国社会は複雑化していきます。その具体的指標として、性差の拡大が指摘されています(関連記事)。都市国家から領域国家、さらには巨大帝国の出現には、そうした社会的背景があるのでしょう。


●集住から散居(紀元後3〜4世紀)

 それまで、中国の聚落形態は集住(都市国家)が主流でしたが、散居(村の誕生)へと変化し、商業も一時的に衰退します。城郭都市は、それ以前とは異なり行政・軍事に特化していました。またこれ以降、「士」と「庶」の二元的階層が確立していきます。


●唐宋変革(10世紀)

 温暖化により中国社会は経済的に大きく発展し、無城郭商業都市である「市鎮」が出現します。中国では南部の発展が著しく、経済・人口で北部を逆転して優位に立ちます。


●伝統社会の形成(14世紀)

 中国における伝統社会は、14世紀以降に形成されていきます。モンゴルによる中国も含むユーラシア規模の広範な統合は、14世紀の寒冷化により崩壊します。これ以降、「士」と「庶」の間の中間的階層も台頭し、社会はますます複雑化していきます。そのため、中央権力の支配は社会の基層にまで及びませんでした。またこれ以降、南北の格差は前代よりも縮まり、東西の格差が拡大していきます(西部に対する東部の優位)。これは、物流において海路が重要になっていったことと関連しています。また、ダイチン・グルン後期には、沿岸部各地域がそれぞれ外国と結びつくなど、経済の多元化がさらに強くなっていきました。


●中華人民共和国の成立(1949年)

 1840〜1842年のアヘン戦争と1894〜1895年の日清戦争は、ともに中国にとって大きな転機となりました。とくにアヘン戦争は中国近代史の起点として重視されてきましたが、アヘン戦争以後も中国の伝統的な社会経済構造は堅牢で、直ちに大きく変わったわけではありませんでした。中央権力の支配が社会の基層まで届かず、多元的な社会経済構造は、一元化への志向にも関わらず、容易に解消しませんでした。この牢乎として存続する中国伝統社会を大きく変えたのが、共産党政権の中華人民共和国でした。土地革命と管理通貨の実現により、基層社会へと中央権力が浸透し、経済は一体化していき、統合的な国民経済の枠組みが生まれました。中国共産党政権は、まさに革命的でした。


 以上、中国史の画期についてざっと見てきました。現在の私の関心・見識から、更新世の比重が高くなってしまいました。農耕・牧畜開始以降については近年ほとんど勉強が進んでいないので、かなり的外れなことを述べているかもしれず、少しずつ調べていきたいものです。なお、中国共産党政権は革命的と評価しましたが、もはや現在は、「革命的」が直ちに肯定的に評価される時代ではありません。冷戦構造の進展という時代背景はあったにしても、中華人民共和国と「西側」との経済関係はきわめて希薄となり、対外貿易から得られるはずだった先進技術や外国資本を失うことにより経済の活力が衰えた、とも言えます。一方で、そうした事情が、中華人民共和国における強力な金融管理体制と通貨統一を実現させました。「西側」との経済関係が希薄化するなか、共産党政権は物質的な統制を進め、大衆動員型政治運動により反対意見を抑え込んでいきました。物質・思想両面の統制が厳しくなるなかで、逃げ場を失った多くの中国人には、共産党による統治を受け入れるしか選択肢は残されていませんでした。

 そう考えると、統合的な国民経済の枠組みが多くの中国人にとって本当に幸福だったのか、大いに疑問が残ります。購買力平価ベースのGDPでは、第二次世界大戦前はもちろん、その後の1950年でも、中国が日本を上回っていました(関連記事)。本来ならば、購買力平価ベースのGDPで中国が日本を下回るようなことはほとんどあり得なかったはずです。それが、20世紀後半の一時期とはいえ日本に逆転されてしまったのは、明らかに共産党政権の失政だと思います。中国共産党の側に立つ人に言わせれば、「西側」の「敵視政策」が原因となるのでしょう。しかし、政治においては結果責任が厳しく問われるべきで、冷戦が進行していく中だったとはいえ、共産党政権の責任は重大だと思います。

 共産党政権が、中国近現代史において最悪もしくはそれに近い選択肢だったとは思いません。選択を誤れば、中国は今でも内戦に近い状態が続き、経済の発展が妨げられていたかもしれません。当然、現在よりも生活・技術・学術の水準は随分と見劣りしたでしょう。しかし、だからといって、共産党政権が中国近現代史において最良に近い選択肢だったかというと、かなり疑問が残ります。1980年代以降の中国の経済発展には目覚ましいものがあります。これを根拠に中国共産党の統治の正当性を称揚する見解は珍しくないかもしれませんが、現実的な別の選択肢では中国は現在もっと発展していたのではないか、との疑問は残ります。大躍進に代表される中国共産党政権の大失策がなければ、少なくとも、購買力平価ベースのGDPで比較的短期間とはいえ中国が日本を下回るようなことはなかっただろう、というわけです。その意味で、中国共産党、とくに毛沢東の責任は重大だと思います。毛沢東こそ、一時的とはいえ、中国を決定的に没落させた最大の責任者だろう、と私は以前から考えています。率直に言って、共産党政権は近現代中国において、むしろ悪い方の選択だったのではないか、と私は考えています。

 もちろん、中国近現代史において、史実よりも都合のよい選択肢はほとんどなく、中国は一度どん底を経験し、社会・経済を統合する必要があり、毛沢東の功績は大きかった、との見解もあるとは思います。私の見解はしょせん素人の思いつきにすぎないわけですが、大躍進や文化大革命などのような大惨事は本当に不可避だったのだろうか、との疑問はどうしても残ります。1980年代以降の中国の経済発展は確かに目覚ましいのですが、もともと経済規模で日本に劣るようなことはほとんどあり得ない中国が、比較的短期間だったとはいえ、共産党政権下で日本を下回ったという事実は、やはり無視できないように思います。こうした疑問は、中国共産党政権の評価、さらにはその公的歴史認識(体制教義)の検証にも関わってくる問題だと思います。最後に、以下に中国の土地改革について、日本での近年の見解を取り上げます(関連記事)。

 まず、中華人民共和国における土地改革の必然性とされてきた帝国主義および地主からの搾取という認識にたいしては、中華民国期の農家経営について、商品経済化や小農による集約的経営を通じて土地生産性が向上した、との見解が提示されています。また、世界恐慌下の地主による土地の兼併は、全国的かつ長期的にわたる趨勢として確認できるわけではない、とされています。共産党が土地の分配により農民の支持を獲得して内戦に勝利した、との見解も見直されつつあるそうです。1920年代末〜1930年代前半、共産党は土地改革により勢力拡大を図りましたが、当時の共産党組織の脆弱さにより、国民党の反撃や在地の武装勢力の抵抗に遭って根拠地は短期間に崩壊しました。また、土地の分配を受けた農民が必ずしも積極的に共産党軍に加わったわけではなく、既存の雑多な武装人員が傭兵的に編入され、共産党の軍事力を担ったそうです。第二次世界大戦後、国民党と共産党の内戦が再発すると、共産党は土地改革を強く打ち出すようになります。この土地改革で地主・富農からの収奪だけではなく、中農の財産の侵犯が発生し、農業生産は大打撃を受けたそうです。共産党が短期間で多数の兵の徴募に成功した東北地区にしても、土地の分配により農民の自発的な支持を獲得したこと以上に、「階級敵」からの食糧・財産の没収を通じて、新兵の募集や雇用に必要な財を共産党が独占したことを重視する見解が提示されているそうです。
https://sicambre.at.webry.info/201908/article_51.html

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/203.html#c16

[近代史02] 中国最後の皇帝 毛沢東 _ 共産革命とは一体何であったのか? 中川隆
24. 中川隆[-8651] koaQ7Jey 2019年8月27日 07:59:36 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4100]
2019年08月27日
中国史の画期についての整理
https://sicambre.at.webry.info/201908/article_51.html

 画期という観点から、一度短く中国史を整理してみます。そもそも、「中国」とはどの範囲を指すのか、どのように範囲は変遷してきたのか、という大きな問題があります。また、この記事では更新世における人類の出現以降を扱いますが、もちろん、更新世に「中国」という地域区分を設定することは妥当ではありません。考えていくと大きな問題を多数抱えているわけですが、以前から一度整理しようと考えていたので、とりあえず、ダイチン・グルン(大清帝国)の本部18省を基本にします。更新世から叙述の始まる日本通史が珍しくないように、一国史の呪縛は未だに根強く、凡人の私では適切な区分は困難です。今後は少しずつ、より妥当な地域区分や名称を考えていきたいものです。紀元後に関しては、おもに『近代中国史』(関連記事)、『世界史とつなげて学ぶ中国全史』(関連記事)、『中国経済史』(関連記事)を参照しました。なお、西暦は厳密な換算ではなく、1年単位での換算です。


●人類の出現(212万年以上前)

 中国における現時点での人類最古の痕跡は212万年前頃までさかのぼり、陝西省で石器が発見されています(関連記事)。これは現時点では地理年代的にほぼ完全に孤立した事例で、どのように人類がアフリカから中国北西部まで到達したのか、まったく明らかになっていません。また、この石器をもたらした人類系統も不明です。おそらく、アフリカからユーラシア南岸を東進してきた、ホモ・ハビリス(Homo habilis)のような最初期ホモ属が、中国に到達して北上したと思われるので、今後、中国南部で220万年前頃の石器や人類遺骸が見つかる可能性は高い、と予想しています。


●「真の」ホモ属の拡散(170万年以上前)

 雲南省では、170万年前頃の初期ホモ属遺骸(元謀人)が発見されています。(関連記事)。陝西省では、上記の212万年前頃の石器が発見された近くの遺跡でホモ・エレクトス(Homo erectus)に分類されている藍田人が発見されており、その年代は165万〜163万年前頃と推定されています(関連記事)。河北省では170万〜160万年前頃の石器が発見されていますが、その製作者は不明です(関連記事)。212万年前頃の石器を製作した人類が、これら170万〜160万年前頃の中国の人類集団の祖先なのか、現時点では不明ですが、そうではなく、180万年前頃以降に新たにアフリカからおそらくはユーラシア南岸を東進してきた「真の(アウストラロピテクス属的ではない)」ホモ属だった、と私は考えています。人類史において、アフリカからユーラシアへの拡散は珍しくなかっただろう、というわけです(関連記事)。


●後期ホモ属の拡散(60万年前頃以降?)

 現生人類(Homo sapiens)が拡散してくる前まで、中期〜後期更新世のアジア東部には多様な系統のホモ属が存在した、と考えられます(関連記事)。中国各地では中期〜後期更新世のホモ属遺骸が発見されていますが、その分類については議論が続いています。最近、チベット高原東部で発見された16万年以上前となる下顎骨が、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)と確認されました(関連記事)。この下顎骨と中期〜後期更新世の中国のホモ属遺骸の一部とが類似しているため、中国には広くデニソワ人が存在したのではないか、とも指摘されています。しかし、デニソワ人の形態はまだほとんど明らかになっていないので(関連記事)、中期〜後期更新世の中国のホモ属遺骸がすべてデニソワ人系統に分類されるのか、現時点では不明です。デニソワ人系統と現生人類系統との分岐年代に関しては諸説ありますが、早ければ80万年以上前と推定されています(関連記事)。したがって、上述の170万〜160万年前頃の中国のホモ属とは異なる系統が、中期更新世に中国へと拡散してきた可能性はきわめて高そうです。ただ中国では、170万〜160万年前頃のホモ属系統が中期更新世まで存続し、アフリカから新たに拡散してきたホモ属と共存し、交雑していた可能性もあると思います。


●現生人類の拡散(5万〜4万年前頃?)

 中国における現生人類の拡散には、不明なところが多分にあります。中国における石器技術の画期は、35000年前頃となる、石刃をさらに尖頭器や削器などに加工する石刃石器群の出現との見解もあります(関連記事)。しかし、中国北部に関して、石器技術では様式1(Mode 1)が100万年以上前〜2万年前頃か、もっと後まで続き、石器技術の変化は少なく、中国では現生人類の出現と石器伝統の変化が必ずしも対応していないかもしれない、とも指摘されています(関連記事)。じっさい、4万年前頃となる現生人類遺骸(田园男性)が、北京の近くで発見されており、DNAが解析されています(関連記事)。アジア東部におけるデニソワ人と現生人類との交雑の可能性も指摘されており(関連記事)、中国における現生人類拡散の様相には不明なところが多分に残っています。


●農耕・牧畜の開始(10000〜8000年前頃)

 中国の現生人類集団は、農耕・牧畜開始の前後で南方系から北方系へと大きく変わった可能性が指摘されています(関連記事)。これは頭蓋データに基づくものですが、4万年前頃の田园男性に関しては、現代人には遺伝的影響を残していない可能性が指摘されています(関連記事)。しかし、この南方系集団と北方系集団がいつどの経路で中国に到来したのか、現時点では不明です。これと整合的かもしれないのは、現代漢人のミトコンドリアDNA(mtDNA)研究です(関連記事)。その研究では、漢人の遺伝地理的な区分として、南北の二分よりも黄河(北部)と長江(中部)と珠江(南部)の各流域という三分の方がより妥当で、この遺伝地理的相違は早期完新世にはすでに確立されていた、と推測されています。もちろん、核DNAやY染色体DNA、とくに後者ではまた違った遺伝的構成が見られるかもしれませんし、この問題の解明には古代DNA研究の進展が必須となりますが。


●青銅器時代〜鉄器時代(紀元前1700〜紀元前220年頃)

 この間、ユーラシア西方から家畜や金属器などが導入され、中国社会は複雑化していきます。その具体的指標として、性差の拡大が指摘されています(関連記事)。都市国家から領域国家、さらには巨大帝国の出現には、そうした社会的背景があるのでしょう。


●集住から散居(紀元後3〜4世紀)

 それまで、中国の聚落形態は集住(都市国家)が主流でしたが、散居(村の誕生)へと変化し、商業も一時的に衰退します。城郭都市は、それ以前とは異なり行政・軍事に特化していました。またこれ以降、「士」と「庶」の二元的階層が確立していきます。


●唐宋変革(10世紀)

 温暖化により中国社会は経済的に大きく発展し、無城郭商業都市である「市鎮」が出現します。中国では南部の発展が著しく、経済・人口で北部を逆転して優位に立ちます。


●伝統社会の形成(14世紀)

 中国における伝統社会は、14世紀以降に形成されていきます。モンゴルによる中国も含むユーラシア規模の広範な統合は、14世紀の寒冷化により崩壊します。これ以降、「士」と「庶」の間の中間的階層も台頭し、社会はますます複雑化していきます。そのため、中央権力の支配は社会の基層にまで及びませんでした。またこれ以降、南北の格差は前代よりも縮まり、東西の格差が拡大していきます(西部に対する東部の優位)。これは、物流において海路が重要になっていったことと関連しています。また、ダイチン・グルン後期には、沿岸部各地域がそれぞれ外国と結びつくなど、経済の多元化がさらに強くなっていきました。


●中華人民共和国の成立(1949年)

 1840〜1842年のアヘン戦争と1894〜1895年の日清戦争は、ともに中国にとって大きな転機となりました。とくにアヘン戦争は中国近代史の起点として重視されてきましたが、アヘン戦争以後も中国の伝統的な社会経済構造は堅牢で、直ちに大きく変わったわけではありませんでした。中央権力の支配が社会の基層まで届かず、多元的な社会経済構造は、一元化への志向にも関わらず、容易に解消しませんでした。この牢乎として存続する中国伝統社会を大きく変えたのが、共産党政権の中華人民共和国でした。土地革命と管理通貨の実現により、基層社会へと中央権力が浸透し、経済は一体化していき、統合的な国民経済の枠組みが生まれました。中国共産党政権は、まさに革命的でした。


 以上、中国史の画期についてざっと見てきました。現在の私の関心・見識から、更新世の比重が高くなってしまいました。農耕・牧畜開始以降については近年ほとんど勉強が進んでいないので、かなり的外れなことを述べているかもしれず、少しずつ調べていきたいものです。なお、中国共産党政権は革命的と評価しましたが、もはや現在は、「革命的」が直ちに肯定的に評価される時代ではありません。冷戦構造の進展という時代背景はあったにしても、中華人民共和国と「西側」との経済関係はきわめて希薄となり、対外貿易から得られるはずだった先進技術や外国資本を失うことにより経済の活力が衰えた、とも言えます。一方で、そうした事情が、中華人民共和国における強力な金融管理体制と通貨統一を実現させました。「西側」との経済関係が希薄化するなか、共産党政権は物質的な統制を進め、大衆動員型政治運動により反対意見を抑え込んでいきました。物質・思想両面の統制が厳しくなるなかで、逃げ場を失った多くの中国人には、共産党による統治を受け入れるしか選択肢は残されていませんでした。

 そう考えると、統合的な国民経済の枠組みが多くの中国人にとって本当に幸福だったのか、大いに疑問が残ります。購買力平価ベースのGDPでは、第二次世界大戦前はもちろん、その後の1950年でも、中国が日本を上回っていました(関連記事)。本来ならば、購買力平価ベースのGDPで中国が日本を下回るようなことはほとんどあり得なかったはずです。それが、20世紀後半の一時期とはいえ日本に逆転されてしまったのは、明らかに共産党政権の失政だと思います。中国共産党の側に立つ人に言わせれば、「西側」の「敵視政策」が原因となるのでしょう。しかし、政治においては結果責任が厳しく問われるべきで、冷戦が進行していく中だったとはいえ、共産党政権の責任は重大だと思います。

 共産党政権が、中国近現代史において最悪もしくはそれに近い選択肢だったとは思いません。選択を誤れば、中国は今でも内戦に近い状態が続き、経済の発展が妨げられていたかもしれません。当然、現在よりも生活・技術・学術の水準は随分と見劣りしたでしょう。しかし、だからといって、共産党政権が中国近現代史において最良に近い選択肢だったかというと、かなり疑問が残ります。1980年代以降の中国の経済発展には目覚ましいものがあります。これを根拠に中国共産党の統治の正当性を称揚する見解は珍しくないかもしれませんが、現実的な別の選択肢では中国は現在もっと発展していたのではないか、との疑問は残ります。大躍進に代表される中国共産党政権の大失策がなければ、少なくとも、購買力平価ベースのGDPで比較的短期間とはいえ中国が日本を下回るようなことはなかっただろう、というわけです。その意味で、中国共産党、とくに毛沢東の責任は重大だと思います。毛沢東こそ、一時的とはいえ、中国を決定的に没落させた最大の責任者だろう、と私は以前から考えています。率直に言って、共産党政権は近現代中国において、むしろ悪い方の選択だったのではないか、と私は考えています。

 もちろん、中国近現代史において、史実よりも都合のよい選択肢はほとんどなく、中国は一度どん底を経験し、社会・経済を統合する必要があり、毛沢東の功績は大きかった、との見解もあるとは思います。私の見解はしょせん素人の思いつきにすぎないわけですが、大躍進や文化大革命などのような大惨事は本当に不可避だったのだろうか、との疑問はどうしても残ります。1980年代以降の中国の経済発展は確かに目覚ましいのですが、もともと経済規模で日本に劣るようなことはほとんどあり得ない中国が、比較的短期間だったとはいえ、共産党政権下で日本を下回ったという事実は、やはり無視できないように思います。こうした疑問は、中国共産党政権の評価、さらにはその公的歴史認識(体制教義)の検証にも関わってくる問題だと思います。最後に、以下に中国の土地改革について、日本での近年の見解を取り上げます(関連記事)。

 まず、中華人民共和国における土地改革の必然性とされてきた帝国主義および地主からの搾取という認識にたいしては、中華民国期の農家経営について、商品経済化や小農による集約的経営を通じて土地生産性が向上した、との見解が提示されています。また、世界恐慌下の地主による土地の兼併は、全国的かつ長期的にわたる趨勢として確認できるわけではない、とされています。共産党が土地の分配により農民の支持を獲得して内戦に勝利した、との見解も見直されつつあるそうです。1920年代末〜1930年代前半、共産党は土地改革により勢力拡大を図りましたが、当時の共産党組織の脆弱さにより、国民党の反撃や在地の武装勢力の抵抗に遭って根拠地は短期間に崩壊しました。また、土地の分配を受けた農民が必ずしも積極的に共産党軍に加わったわけではなく、既存の雑多な武装人員が傭兵的に編入され、共産党の軍事力を担ったそうです。第二次世界大戦後、国民党と共産党の内戦が再発すると、共産党は土地改革を強く打ち出すようになります。この土地改革で地主・富農からの収奪だけではなく、中農の財産の侵犯が発生し、農業生産は大打撃を受けたそうです。共産党が短期間で多数の兵の徴募に成功した東北地区にしても、土地の分配により農民の自発的な支持を獲得したこと以上に、「階級敵」からの食糧・財産の没収を通じて、新兵の募集や雇用に必要な財を共産党が独占したことを重視する見解が提示されているそうです。
https://sicambre.at.webry.info/201908/article_51.html

http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/537.html#c24

[近代史3] 人類進化史 中川隆
6. 中川隆[-8650] koaQ7Jey 2019年8月27日 09:00:29 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4101]

2019年06月30日
mtDNAに基づく漢人の地域的な違い
https://sicambre.at.webry.info/201906/article_61.html

 ミトコンドリアDNA(mtDNA)に基づく漢人の地域的な違いを報告した研究(Li et al., 2019)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。漢人は現代中国人の約91.6%を占める巨大な人類集団です。以前の研究では、漢人の遺伝的多様性の高さが観察されています。mtDNAとY染色体DNAと核ゲノムのデータに基づくと、漢人の間では南北の遺伝的違いが観察されます。しかし、とくにmtDNA研究は、部分的な配列もしくは限定された地域の標本に基づいており、広範な漢人の間で同様のパターンが観察されるのか不明だ、と本論文は指摘します。そこで本論文は、中国のほぼすべての省および同水準の行政区の21668人の漢人のmtDNAの、4004ヶ所の多様体を解析しました。

 漢人のmtDNAハプログループ(mtHg)では、D4が16.46%と最多で、11.19%のB4、9.46%のF1、8.13%のM7、7.12%のA 、6.49%のD5、4.95%のB5、4.29%のN9と続きます。この頻度は中国およびその周辺でも地域により異なります。mtHg-D4は北部および北東部で高頻度となり、B4はおもに南部に分布しています。F1は南部および南西部において比較的高頻度で、北部の一部地域でも高頻度です。M7はおもに南部で見られ、そのうちM7bがおもに広西チワン族自治区と広東省で見られるのにたいして、M7cは台湾で比較的高頻度で見られます。Aは北部と北西部において最も頻度が高く、南部の一部地域でも比較的高頻度です。

 興味深いことに、北部で優勢なmtHgのサブクレードのいくつか、たとえばD4a・D4e・A5は、南部においてより高頻度です。一方、南部で優勢なmtHgのサブクレードのいくつか、たとえばM7aやB4bなどは北部において高頻度で見られ、南北の漢人集団の遺伝的混合を表しているようです。他の比較的稀なmtHgの分布でも、地域差が見られます。M8・Z・Yは寧夏回族自治区において高頻度で見られ、F4は江蘇省と雲南省に分布しています。ユーラシア西部で一般的なmtHg- N2・R1・R0・Uは、中国ではおもに北西部で見られ、ユーラシア東西の遺伝的混合との見解と一致します。方言とmtHgとの強い相関は検出されませんでした。しかし本論文は、Y染色体DNAハプログループ(YHg)と方言の間で、より強い相関が見られる可能性を指摘しています。

 mtDNAデータからは、漢人の遺伝的構成が中国の南北で異なる、との以前からの見解が改めて確認されました。しかし、常染色体のDNAデータに基づく地理的分布とはやや異なり、これは女性の特定の移動に起因するかもしれない、と本論文は指摘します。また、中国中部地域の南方漢人は、北方漢人とより密接に関連しています。一方、南方漢人でも、珠江流域の集団は一つのまとまりに分類されます。これは、漢人を遺伝地理的に区分する場合、南北で二分するよりも、黄河(北部)・長江(中部)・珠江(南部)という3河川流域の集団として三分する方が適していることを示唆します。具体的に漢人のmtHgと中国における地理的分布との相関では、D4は北部、B4は中部、M7は南部において高頻度で確認され、それぞれ黄河・長江・珠江流域の一とよく一致しています。

 本論文は、こうした大河により異なる分布がいつ確立されたのか調べるため、D4・M7・B4に分類される4859人のmtDNAの全配列データを集め、各mtHgの合着年代を推定しました。その結果、D4は41760〜20160年前頃、B4は61490〜29790年前頃、M7は54110〜37560年前頃と推定されました。一方、それらのmtHgのサブハプログループの推定合着年代は、46950〜220年前頃となり、後期旧石器時代から歴史時代への継続的な人口拡大を示唆します。これらのサブハプログループの推定合着年代は、約6割が11500〜5500年前頃となる早期完新世で、2000年前頃以降では4.24%でした。本論文は、とくに黄河・長江・珠江という主要3河川流域の漢人集団の母系の遺伝的構成は、早期完新世には確立していた、と推測しています。

 また本論文は、mtDNAの全配列データセットに基づき、漢人の人口史を推定しました。漢人は全体的に、18870年前頃以降に増加しました。これは、最終氷期極大期(LGM)後の気候改善に伴うと推測されています。その後、漢人で最も急速な増加は9430年前頃に見られます。これは早期完新世における第二の人口増加を反映し、漢人を南北に二分した場合でも、黄河・長江・珠江という主要3河川流域に三分した場合でも同様です。本論文はこれを、黄河・長江・珠江流域における初期農耕の3タイプを反映している、と認識しています。中国の初期農耕では、長江流域のコメや黄河流域のキビがよく知られていますが、6000年前頃となる稲作導入前の、珠江流域を含む中国南部の温帯湿潤地域農耕も近年確認されるようになっています。中国におけるこれら3タイプの初期農耕はそれぞれ、1万年前頃の3河川(黄河・長江・珠江)流域に起源があり、12800〜11600年前頃となるヤンガードライアス期後の気候改善が契機になった、と本論文は推測します。本論文の推定では、この期間に3河川流域で急速な人口増加が見られます。農耕の潜在的な人口増加力は普遍的なのでしょう。本論文は、3河川流域の遺伝的相違は古代農耕の拡大の結果と推測しています。本論文で観察された黄河流域と他の河川流域との遺伝的類似性は、黄河流域からのキビ農耕の北方拡大により説明されています。

 本論文はこれらの結果から、漢人の遺伝地理的な区分として、南北の二分よりも黄河(北部)と長江(中部)と珠江(南部)の各流域という三分の方がより妥当で、この遺伝地理的相違は早期完新世にはすでに確立されていた、と指摘します。本論文はこれに関して、中国における初期農耕との関連を指摘しています。また本論文はこれらの結果から、河川が人類集団の移住の障壁となった可能性を示唆します。現代漢人は母系では、黄河・長江・珠江という主要3河川流域における早期新石器時代農耕民の遺伝的痕跡を基本的に保持しており、本論文は主要3河川流域それぞれの古代農耕の重要性を強調しています。しかし、これは母系遺伝のmtDNAデータに基づいているので、父系遺伝のY染色体DNAデータにより、たとえば中国の初期農耕民の拡大が性的に偏った過程だったのかどうかなど、より詳細な人口史が明らかになるだろう、との見通しを本論文は提示しています。

 本論文は現代人のmtDNAデータに依拠しているので、さらに詳細な人口史を明らかにするには、古代DNAデータが必要となります。しかし、ユーラシア東部の古代DNA研究はユーラシア西部と比較して大きく遅れており、現時点では、大規模データを扱う場合、現代人が対象となるのは仕方のないところだと思います。本論文は、これまでの漢人のmtDNAデータの、部分的な配列や地理的に限定されていたという制約を超えたという意味で、たいへん意義深いと思います。今後、中国をはじめとしてユーラシア東部でも古代DNA研究が進展していくでしょうが、人口史の推測には、古代人のDNAだけではなく現代人のDNAデータも重要となります。本論文は、漢人のmtDNAデータに関して、今後長く基準となりそうな重要な成果を提供したと思います。

 もちろん、本論文が指摘しているように、あくまでも現代人を対象とした母系遺伝のmtDNAデータに基づいた漢人の人口史推定なので、Y染色体DNAデータやゲノムデータ、とくに前者では、また違った人口史が見えてくる可能性が高いと思います。まだ確定的とはとても言えませんが、人類史において、征服的な移住では男性が主体となり、そうではない移住では性差があまりなかったのではないか、と私は考えています(関連記事)。ヨーロッパに関しては、最初に農耕をもたらしたアナトリア半島起源の集団では大きな性差がなかったものの、後期新石器時代〜青銅器時代にかけてのポントス-カスピ海草原(中央ユーラシア西北部から東ヨーロッパ南部までの草原地帯)からの移住集団は男性主体だった、と推測されています(関連記事)。中国でも、初期農耕集団の拡大では大きな性差がなく、後の魏晋南北朝時代や五代十国時代などでは、男性に偏った大規模な移住があったのかもしれません。

 本論文は、母系における漢人の遺伝地理的相違が、すでに早期完新世に成立していた、と推測しています。これは、漢人系統においての短くとも1万年近くとなる、一定以上の遺伝的継続性を示唆します。今後、現代人と古代人のゲノムデータの蓄積により、漢人系統が早期完新世集団の遺伝的影響をどれだけ保持しているのか、といった問題も解明されていくでしょう。もちろんこれは、早期完新世に漢民族が成立していたことを意味するわけではありません。そもそも、民族は遺伝的に定義できるわけではありません。任意の2集団間、もしくは特定の集団と他集団とを比較すると、遺伝的構成が異なるのは当然です。民族に関しても同様で、ある民族を他の民族と比較すると遺伝的構成は異なり、その民族に固有の遺伝的構成が見出されます。しかし、それは民族という区分を前提として見出される遺伝的構成の違いであって、遺伝的構成の違いが民族を定義できるわけではありません。

 その意味で、漢民族に限らずどの民族でも、現代に近い遺伝的構成の集団の確立時期をもって、民族の形成期と判断することはできない、と思います。前近代において民族という概念を適用して歴史を語ることには問題が多い、と私は考えていますが、民族が近代の「発明」ではなく、各集団によりその影響度が異なるとはいえ、前近代の歴史的条件を多分に継承していることは否定できないでしょう。その意味で、前近代において多様な民族的集団の存在を認めることには、一定以上の妥当性があると思います。ただ、漢民族のような巨大な集団ほど、前近代における民族の存在を前提とすることには慎重であるべきとは思います。それは、民族成立の指標として、高い比率での構成員の自認が必要と考えているからです。これは、漢民族ほどの規模ではなくとも、「ヤマト(日本)民族」も同様でしょう。漢民族の成立を本格的に論じられるのは精々近代になってからで、「ヤマト(日本)民族」に関しても、どう古く見積もっても江戸時代後期までしかさかのぼらないだろう、と私は考えています。ただ、この問題を本格的に勉強したわけではないので、とても断定的に主張できるわけではありませんし、優先度はさほど高くないので、今後も自信をもって主張できそうにはありませんが。


参考文献:
Li YC. et al.(2019): River Valleys Shaped the Maternal Genetic Landscape of Han Chinese. Molecular Biology and Evolution.
https://doi.org/10.1093/molbev/msz072

https://sicambre.at.webry.info/201906/article_61.html
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/581.html#c6

[近代史02] 弥生人の起源 _ 自称専門家の嘘に騙されない為に これ位は知っておこう 中川隆
261. 中川隆[-8649] koaQ7Jey 2019年8月27日 09:01:01 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4102]

2019年06月30日
mtDNAに基づく漢人の地域的な違い
https://sicambre.at.webry.info/201906/article_61.html

 ミトコンドリアDNA(mtDNA)に基づく漢人の地域的な違いを報告した研究(Li et al., 2019)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。漢人は現代中国人の約91.6%を占める巨大な人類集団です。以前の研究では、漢人の遺伝的多様性の高さが観察されています。mtDNAとY染色体DNAと核ゲノムのデータに基づくと、漢人の間では南北の遺伝的違いが観察されます。しかし、とくにmtDNA研究は、部分的な配列もしくは限定された地域の標本に基づいており、広範な漢人の間で同様のパターンが観察されるのか不明だ、と本論文は指摘します。そこで本論文は、中国のほぼすべての省および同水準の行政区の21668人の漢人のmtDNAの、4004ヶ所の多様体を解析しました。

 漢人のmtDNAハプログループ(mtHg)では、D4が16.46%と最多で、11.19%のB4、9.46%のF1、8.13%のM7、7.12%のA 、6.49%のD5、4.95%のB5、4.29%のN9と続きます。この頻度は中国およびその周辺でも地域により異なります。mtHg-D4は北部および北東部で高頻度となり、B4はおもに南部に分布しています。F1は南部および南西部において比較的高頻度で、北部の一部地域でも高頻度です。M7はおもに南部で見られ、そのうちM7bがおもに広西チワン族自治区と広東省で見られるのにたいして、M7cは台湾で比較的高頻度で見られます。Aは北部と北西部において最も頻度が高く、南部の一部地域でも比較的高頻度です。

 興味深いことに、北部で優勢なmtHgのサブクレードのいくつか、たとえばD4a・D4e・A5は、南部においてより高頻度です。一方、南部で優勢なmtHgのサブクレードのいくつか、たとえばM7aやB4bなどは北部において高頻度で見られ、南北の漢人集団の遺伝的混合を表しているようです。他の比較的稀なmtHgの分布でも、地域差が見られます。M8・Z・Yは寧夏回族自治区において高頻度で見られ、F4は江蘇省と雲南省に分布しています。ユーラシア西部で一般的なmtHg- N2・R1・R0・Uは、中国ではおもに北西部で見られ、ユーラシア東西の遺伝的混合との見解と一致します。方言とmtHgとの強い相関は検出されませんでした。しかし本論文は、Y染色体DNAハプログループ(YHg)と方言の間で、より強い相関が見られる可能性を指摘しています。

 mtDNAデータからは、漢人の遺伝的構成が中国の南北で異なる、との以前からの見解が改めて確認されました。しかし、常染色体のDNAデータに基づく地理的分布とはやや異なり、これは女性の特定の移動に起因するかもしれない、と本論文は指摘します。また、中国中部地域の南方漢人は、北方漢人とより密接に関連しています。一方、南方漢人でも、珠江流域の集団は一つのまとまりに分類されます。これは、漢人を遺伝地理的に区分する場合、南北で二分するよりも、黄河(北部)・長江(中部)・珠江(南部)という3河川流域の集団として三分する方が適していることを示唆します。具体的に漢人のmtHgと中国における地理的分布との相関では、D4は北部、B4は中部、M7は南部において高頻度で確認され、それぞれ黄河・長江・珠江流域の一とよく一致しています。

 本論文は、こうした大河により異なる分布がいつ確立されたのか調べるため、D4・M7・B4に分類される4859人のmtDNAの全配列データを集め、各mtHgの合着年代を推定しました。その結果、D4は41760〜20160年前頃、B4は61490〜29790年前頃、M7は54110〜37560年前頃と推定されました。一方、それらのmtHgのサブハプログループの推定合着年代は、46950〜220年前頃となり、後期旧石器時代から歴史時代への継続的な人口拡大を示唆します。これらのサブハプログループの推定合着年代は、約6割が11500〜5500年前頃となる早期完新世で、2000年前頃以降では4.24%でした。本論文は、とくに黄河・長江・珠江という主要3河川流域の漢人集団の母系の遺伝的構成は、早期完新世には確立していた、と推測しています。

 また本論文は、mtDNAの全配列データセットに基づき、漢人の人口史を推定しました。漢人は全体的に、18870年前頃以降に増加しました。これは、最終氷期極大期(LGM)後の気候改善に伴うと推測されています。その後、漢人で最も急速な増加は9430年前頃に見られます。これは早期完新世における第二の人口増加を反映し、漢人を南北に二分した場合でも、黄河・長江・珠江という主要3河川流域に三分した場合でも同様です。本論文はこれを、黄河・長江・珠江流域における初期農耕の3タイプを反映している、と認識しています。中国の初期農耕では、長江流域のコメや黄河流域のキビがよく知られていますが、6000年前頃となる稲作導入前の、珠江流域を含む中国南部の温帯湿潤地域農耕も近年確認されるようになっています。中国におけるこれら3タイプの初期農耕はそれぞれ、1万年前頃の3河川(黄河・長江・珠江)流域に起源があり、12800〜11600年前頃となるヤンガードライアス期後の気候改善が契機になった、と本論文は推測します。本論文の推定では、この期間に3河川流域で急速な人口増加が見られます。農耕の潜在的な人口増加力は普遍的なのでしょう。本論文は、3河川流域の遺伝的相違は古代農耕の拡大の結果と推測しています。本論文で観察された黄河流域と他の河川流域との遺伝的類似性は、黄河流域からのキビ農耕の北方拡大により説明されています。

 本論文はこれらの結果から、漢人の遺伝地理的な区分として、南北の二分よりも黄河(北部)と長江(中部)と珠江(南部)の各流域という三分の方がより妥当で、この遺伝地理的相違は早期完新世にはすでに確立されていた、と指摘します。本論文はこれに関して、中国における初期農耕との関連を指摘しています。また本論文はこれらの結果から、河川が人類集団の移住の障壁となった可能性を示唆します。現代漢人は母系では、黄河・長江・珠江という主要3河川流域における早期新石器時代農耕民の遺伝的痕跡を基本的に保持しており、本論文は主要3河川流域それぞれの古代農耕の重要性を強調しています。しかし、これは母系遺伝のmtDNAデータに基づいているので、父系遺伝のY染色体DNAデータにより、たとえば中国の初期農耕民の拡大が性的に偏った過程だったのかどうかなど、より詳細な人口史が明らかになるだろう、との見通しを本論文は提示しています。

 本論文は現代人のmtDNAデータに依拠しているので、さらに詳細な人口史を明らかにするには、古代DNAデータが必要となります。しかし、ユーラシア東部の古代DNA研究はユーラシア西部と比較して大きく遅れており、現時点では、大規模データを扱う場合、現代人が対象となるのは仕方のないところだと思います。本論文は、これまでの漢人のmtDNAデータの、部分的な配列や地理的に限定されていたという制約を超えたという意味で、たいへん意義深いと思います。今後、中国をはじめとしてユーラシア東部でも古代DNA研究が進展していくでしょうが、人口史の推測には、古代人のDNAだけではなく現代人のDNAデータも重要となります。本論文は、漢人のmtDNAデータに関して、今後長く基準となりそうな重要な成果を提供したと思います。

 もちろん、本論文が指摘しているように、あくまでも現代人を対象とした母系遺伝のmtDNAデータに基づいた漢人の人口史推定なので、Y染色体DNAデータやゲノムデータ、とくに前者では、また違った人口史が見えてくる可能性が高いと思います。まだ確定的とはとても言えませんが、人類史において、征服的な移住では男性が主体となり、そうではない移住では性差があまりなかったのではないか、と私は考えています(関連記事)。ヨーロッパに関しては、最初に農耕をもたらしたアナトリア半島起源の集団では大きな性差がなかったものの、後期新石器時代〜青銅器時代にかけてのポントス-カスピ海草原(中央ユーラシア西北部から東ヨーロッパ南部までの草原地帯)からの移住集団は男性主体だった、と推測されています(関連記事)。中国でも、初期農耕集団の拡大では大きな性差がなく、後の魏晋南北朝時代や五代十国時代などでは、男性に偏った大規模な移住があったのかもしれません。

 本論文は、母系における漢人の遺伝地理的相違が、すでに早期完新世に成立していた、と推測しています。これは、漢人系統においての短くとも1万年近くとなる、一定以上の遺伝的継続性を示唆します。今後、現代人と古代人のゲノムデータの蓄積により、漢人系統が早期完新世集団の遺伝的影響をどれだけ保持しているのか、といった問題も解明されていくでしょう。もちろんこれは、早期完新世に漢民族が成立していたことを意味するわけではありません。そもそも、民族は遺伝的に定義できるわけではありません。任意の2集団間、もしくは特定の集団と他集団とを比較すると、遺伝的構成が異なるのは当然です。民族に関しても同様で、ある民族を他の民族と比較すると遺伝的構成は異なり、その民族に固有の遺伝的構成が見出されます。しかし、それは民族という区分を前提として見出される遺伝的構成の違いであって、遺伝的構成の違いが民族を定義できるわけではありません。

 その意味で、漢民族に限らずどの民族でも、現代に近い遺伝的構成の集団の確立時期をもって、民族の形成期と判断することはできない、と思います。前近代において民族という概念を適用して歴史を語ることには問題が多い、と私は考えていますが、民族が近代の「発明」ではなく、各集団によりその影響度が異なるとはいえ、前近代の歴史的条件を多分に継承していることは否定できないでしょう。その意味で、前近代において多様な民族的集団の存在を認めることには、一定以上の妥当性があると思います。ただ、漢民族のような巨大な集団ほど、前近代における民族の存在を前提とすることには慎重であるべきとは思います。それは、民族成立の指標として、高い比率での構成員の自認が必要と考えているからです。これは、漢民族ほどの規模ではなくとも、「ヤマト(日本)民族」も同様でしょう。漢民族の成立を本格的に論じられるのは精々近代になってからで、「ヤマト(日本)民族」に関しても、どう古く見積もっても江戸時代後期までしかさかのぼらないだろう、と私は考えています。ただ、この問題を本格的に勉強したわけではないので、とても断定的に主張できるわけではありませんし、優先度はさほど高くないので、今後も自信をもって主張できそうにはありませんが。


参考文献:
Li YC. et al.(2019): River Valleys Shaped the Maternal Genetic Landscape of Han Chinese. Molecular Biology and Evolution.
https://doi.org/10.1093/molbev/msz072

https://sicambre.at.webry.info/201906/article_61.html
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/547.html#c261

[近代史02] 中国大好き 中川隆
86. 中川隆[-8648] koaQ7Jey 2019年8月27日 09:01:31 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4103]

2019年06月30日
mtDNAに基づく漢人の地域的な違い
https://sicambre.at.webry.info/201906/article_61.html

 ミトコンドリアDNA(mtDNA)に基づく漢人の地域的な違いを報告した研究(Li et al., 2019)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。漢人は現代中国人の約91.6%を占める巨大な人類集団です。以前の研究では、漢人の遺伝的多様性の高さが観察されています。mtDNAとY染色体DNAと核ゲノムのデータに基づくと、漢人の間では南北の遺伝的違いが観察されます。しかし、とくにmtDNA研究は、部分的な配列もしくは限定された地域の標本に基づいており、広範な漢人の間で同様のパターンが観察されるのか不明だ、と本論文は指摘します。そこで本論文は、中国のほぼすべての省および同水準の行政区の21668人の漢人のmtDNAの、4004ヶ所の多様体を解析しました。

 漢人のmtDNAハプログループ(mtHg)では、D4が16.46%と最多で、11.19%のB4、9.46%のF1、8.13%のM7、7.12%のA 、6.49%のD5、4.95%のB5、4.29%のN9と続きます。この頻度は中国およびその周辺でも地域により異なります。mtHg-D4は北部および北東部で高頻度となり、B4はおもに南部に分布しています。F1は南部および南西部において比較的高頻度で、北部の一部地域でも高頻度です。M7はおもに南部で見られ、そのうちM7bがおもに広西チワン族自治区と広東省で見られるのにたいして、M7cは台湾で比較的高頻度で見られます。Aは北部と北西部において最も頻度が高く、南部の一部地域でも比較的高頻度です。

 興味深いことに、北部で優勢なmtHgのサブクレードのいくつか、たとえばD4a・D4e・A5は、南部においてより高頻度です。一方、南部で優勢なmtHgのサブクレードのいくつか、たとえばM7aやB4bなどは北部において高頻度で見られ、南北の漢人集団の遺伝的混合を表しているようです。他の比較的稀なmtHgの分布でも、地域差が見られます。M8・Z・Yは寧夏回族自治区において高頻度で見られ、F4は江蘇省と雲南省に分布しています。ユーラシア西部で一般的なmtHg- N2・R1・R0・Uは、中国ではおもに北西部で見られ、ユーラシア東西の遺伝的混合との見解と一致します。方言とmtHgとの強い相関は検出されませんでした。しかし本論文は、Y染色体DNAハプログループ(YHg)と方言の間で、より強い相関が見られる可能性を指摘しています。

 mtDNAデータからは、漢人の遺伝的構成が中国の南北で異なる、との以前からの見解が改めて確認されました。しかし、常染色体のDNAデータに基づく地理的分布とはやや異なり、これは女性の特定の移動に起因するかもしれない、と本論文は指摘します。また、中国中部地域の南方漢人は、北方漢人とより密接に関連しています。一方、南方漢人でも、珠江流域の集団は一つのまとまりに分類されます。これは、漢人を遺伝地理的に区分する場合、南北で二分するよりも、黄河(北部)・長江(中部)・珠江(南部)という3河川流域の集団として三分する方が適していることを示唆します。具体的に漢人のmtHgと中国における地理的分布との相関では、D4は北部、B4は中部、M7は南部において高頻度で確認され、それぞれ黄河・長江・珠江流域の一とよく一致しています。

 本論文は、こうした大河により異なる分布がいつ確立されたのか調べるため、D4・M7・B4に分類される4859人のmtDNAの全配列データを集め、各mtHgの合着年代を推定しました。その結果、D4は41760〜20160年前頃、B4は61490〜29790年前頃、M7は54110〜37560年前頃と推定されました。一方、それらのmtHgのサブハプログループの推定合着年代は、46950〜220年前頃となり、後期旧石器時代から歴史時代への継続的な人口拡大を示唆します。これらのサブハプログループの推定合着年代は、約6割が11500〜5500年前頃となる早期完新世で、2000年前頃以降では4.24%でした。本論文は、とくに黄河・長江・珠江という主要3河川流域の漢人集団の母系の遺伝的構成は、早期完新世には確立していた、と推測しています。

 また本論文は、mtDNAの全配列データセットに基づき、漢人の人口史を推定しました。漢人は全体的に、18870年前頃以降に増加しました。これは、最終氷期極大期(LGM)後の気候改善に伴うと推測されています。その後、漢人で最も急速な増加は9430年前頃に見られます。これは早期完新世における第二の人口増加を反映し、漢人を南北に二分した場合でも、黄河・長江・珠江という主要3河川流域に三分した場合でも同様です。本論文はこれを、黄河・長江・珠江流域における初期農耕の3タイプを反映している、と認識しています。中国の初期農耕では、長江流域のコメや黄河流域のキビがよく知られていますが、6000年前頃となる稲作導入前の、珠江流域を含む中国南部の温帯湿潤地域農耕も近年確認されるようになっています。中国におけるこれら3タイプの初期農耕はそれぞれ、1万年前頃の3河川(黄河・長江・珠江)流域に起源があり、12800〜11600年前頃となるヤンガードライアス期後の気候改善が契機になった、と本論文は推測します。本論文の推定では、この期間に3河川流域で急速な人口増加が見られます。農耕の潜在的な人口増加力は普遍的なのでしょう。本論文は、3河川流域の遺伝的相違は古代農耕の拡大の結果と推測しています。本論文で観察された黄河流域と他の河川流域との遺伝的類似性は、黄河流域からのキビ農耕の北方拡大により説明されています。

 本論文はこれらの結果から、漢人の遺伝地理的な区分として、南北の二分よりも黄河(北部)と長江(中部)と珠江(南部)の各流域という三分の方がより妥当で、この遺伝地理的相違は早期完新世にはすでに確立されていた、と指摘します。本論文はこれに関して、中国における初期農耕との関連を指摘しています。また本論文はこれらの結果から、河川が人類集団の移住の障壁となった可能性を示唆します。現代漢人は母系では、黄河・長江・珠江という主要3河川流域における早期新石器時代農耕民の遺伝的痕跡を基本的に保持しており、本論文は主要3河川流域それぞれの古代農耕の重要性を強調しています。しかし、これは母系遺伝のmtDNAデータに基づいているので、父系遺伝のY染色体DNAデータにより、たとえば中国の初期農耕民の拡大が性的に偏った過程だったのかどうかなど、より詳細な人口史が明らかになるだろう、との見通しを本論文は提示しています。

 本論文は現代人のmtDNAデータに依拠しているので、さらに詳細な人口史を明らかにするには、古代DNAデータが必要となります。しかし、ユーラシア東部の古代DNA研究はユーラシア西部と比較して大きく遅れており、現時点では、大規模データを扱う場合、現代人が対象となるのは仕方のないところだと思います。本論文は、これまでの漢人のmtDNAデータの、部分的な配列や地理的に限定されていたという制約を超えたという意味で、たいへん意義深いと思います。今後、中国をはじめとしてユーラシア東部でも古代DNA研究が進展していくでしょうが、人口史の推測には、古代人のDNAだけではなく現代人のDNAデータも重要となります。本論文は、漢人のmtDNAデータに関して、今後長く基準となりそうな重要な成果を提供したと思います。

 もちろん、本論文が指摘しているように、あくまでも現代人を対象とした母系遺伝のmtDNAデータに基づいた漢人の人口史推定なので、Y染色体DNAデータやゲノムデータ、とくに前者では、また違った人口史が見えてくる可能性が高いと思います。まだ確定的とはとても言えませんが、人類史において、征服的な移住では男性が主体となり、そうではない移住では性差があまりなかったのではないか、と私は考えています(関連記事)。ヨーロッパに関しては、最初に農耕をもたらしたアナトリア半島起源の集団では大きな性差がなかったものの、後期新石器時代〜青銅器時代にかけてのポントス-カスピ海草原(中央ユーラシア西北部から東ヨーロッパ南部までの草原地帯)からの移住集団は男性主体だった、と推測されています(関連記事)。中国でも、初期農耕集団の拡大では大きな性差がなく、後の魏晋南北朝時代や五代十国時代などでは、男性に偏った大規模な移住があったのかもしれません。

 本論文は、母系における漢人の遺伝地理的相違が、すでに早期完新世に成立していた、と推測しています。これは、漢人系統においての短くとも1万年近くとなる、一定以上の遺伝的継続性を示唆します。今後、現代人と古代人のゲノムデータの蓄積により、漢人系統が早期完新世集団の遺伝的影響をどれだけ保持しているのか、といった問題も解明されていくでしょう。もちろんこれは、早期完新世に漢民族が成立していたことを意味するわけではありません。そもそも、民族は遺伝的に定義できるわけではありません。任意の2集団間、もしくは特定の集団と他集団とを比較すると、遺伝的構成が異なるのは当然です。民族に関しても同様で、ある民族を他の民族と比較すると遺伝的構成は異なり、その民族に固有の遺伝的構成が見出されます。しかし、それは民族という区分を前提として見出される遺伝的構成の違いであって、遺伝的構成の違いが民族を定義できるわけではありません。

 その意味で、漢民族に限らずどの民族でも、現代に近い遺伝的構成の集団の確立時期をもって、民族の形成期と判断することはできない、と思います。前近代において民族という概念を適用して歴史を語ることには問題が多い、と私は考えていますが、民族が近代の「発明」ではなく、各集団によりその影響度が異なるとはいえ、前近代の歴史的条件を多分に継承していることは否定できないでしょう。その意味で、前近代において多様な民族的集団の存在を認めることには、一定以上の妥当性があると思います。ただ、漢民族のような巨大な集団ほど、前近代における民族の存在を前提とすることには慎重であるべきとは思います。それは、民族成立の指標として、高い比率での構成員の自認が必要と考えているからです。これは、漢民族ほどの規模ではなくとも、「ヤマト(日本)民族」も同様でしょう。漢民族の成立を本格的に論じられるのは精々近代になってからで、「ヤマト(日本)民族」に関しても、どう古く見積もっても江戸時代後期までしかさかのぼらないだろう、と私は考えています。ただ、この問題を本格的に勉強したわけではないので、とても断定的に主張できるわけではありませんし、優先度はさほど高くないので、今後も自信をもって主張できそうにはありませんが。


参考文献:
Li YC. et al.(2019): River Valleys Shaped the Maternal Genetic Landscape of Han Chinese. Molecular Biology and Evolution.
https://doi.org/10.1093/molbev/msz072

https://sicambre.at.webry.info/201906/article_61.html
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/287.html#c86

[近代史3] 欧米のキリスト教徒全員の行動指針となっているヨハネの默示録 中川隆
2. 中川隆[-8647] koaQ7Jey 2019年8月27日 09:16:07 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4104]
フランク・ダラボン ミスト(The Mist, MGM 2007年)

動画
https://www.youtube.com/watch?v=Cey5i6C9apM


監督 フランク・ダラボン
脚本 フランク・ダラボン
原作 スティーヴン・キング『霧』
音楽 マーク・アイシャム
撮影 ロン・シュミット
配給 MGM/ワインスタイン・カンパニー
公開 2007年11月21日

キャスト

記載は「役名、俳優(日本語吹替)」。

デヴィッド・ドレイトン
演 - トーマス・ジェーン(堀内賢雄)主人公の画家。
息子ビリーとスーパーマーケットに閉じ込められてしまう。

アマンダ・ダンフリー
演 - ローリー・ホールデン(日野由利加)最近町に越してきた新任の女教師。
ドレイトン家とも顔馴染みでビリーの面倒を見てくれている。婚約者から自衛用に拳銃を渡されている。

ビリー・ドレイトン
演 - ネイサン・ギャンブル(佐藤利奈)デヴィッドの息子。8歳。

オリー・ウィークス
演 - トビー・ジョーンズ(茶風林)スーパーマーケットの副店長。
特技は射撃。デヴィッドの話をよく理解してくれる。

ミセス・カーモディ
演 - マーシャ・ゲイ・ハーデン(宮寺智子)狂信的なキリスト教信者の中年女性。
極端な言動ゆえ、当初は客たちから避けられていたが、徐々に信者を増やしていく。

ジム・グロンディン
演 - ウィリアム・サドラー(辻親八)機械工の作業員。
ミセス・カーモディの信者になっていく。

ブレント・ノートン
演 - アンドレ・ブラウアー(古澤徹)ドレイトン家の隣に住む著名な弁護士。
妻帯者。過去にデヴィッドと境界線についてのトラブルを起こした。
デヴィッドたちが外にいる謎の生物の話をするも一向に信じようとしない。何人か仲間を連れて外へ助けを呼びに出て行ってしまう。

ダン・ミラー
演 - ジェフリー・デマン(佐々木敏)
序盤に霧の中にいる何かに襲われ、鼻血を出しながらスーパーに逃げてきた年配の男性。多くの人間がミセス・カーモディに洗脳される中、デヴィッド側に同調した考えを持つ。

アイリーン・レプラー
演 - フランシス・スターンハーゲン(羽鳥靖子)
ビリーが通う小学校で教師をしている白髪の老女。同じくデヴィッドらに同調。

バド・ブラウン
演 - ロバート・トレヴァイラー(小室正幸)スーパーマーケットの店長。
デヴィッドから怪物の話を聞いた時は嘲笑っていたが、切り落とした触手の先を見て事態を把握。

サリー
演 - アレクサ・ダヴァロス(うえだ星子)スーパーの若い女店員。
ジェサップとは恋仲。

ウェイン・ジェサップ
演 - サム・ウィットワー休暇中の軍人。階級は二等兵。サリーとは恋仲

アンブローズ・コーネル
演 - バック・テイラー髭が特徴的な老男。

マイロン
演 - デヴィッド・ジェンセン(ふくまつ進紗)機械工の作業員でジムの同僚。
デヴィッドたちとシャッターを確認しに行った一人。

ノーム
演 - クリス・オーウェン(中野光貴)スーパーの若い店員。
デヴィッドの言葉を聞かずに、外の機械を調べにシャッターを開けてしまい、生物の触手に捕まり霧の中に引きずり込まれる。

MP
演 - アミン・ジョセフ(魚建)軍の憲兵。

バイカー
演 - ブライアン・リビーバンダナを巻いた初老男性。
ノートンが外へ出るタイミングでアンブローズの車に置いてある銃を取りに出て行く。

家に子供を残してきた女性
演 - メリッサ・マクブライド店が霧に覆われた直後、二人の子供が待つ自宅まで車で送ってくれる人を探すが誰も呼応せず、皆が止めるなか一人で店を出て行く。

ハティ
演 - スーザン・ワトキンス(新田万紀子)レプラーの友人でビリーの世話をしてくれる短髪の初老女性。

ステファニー・ドレイトン
演 - ケリー・コリンズ・リンツ(加納千秋)デヴィッドの妻でビリーの母。家で留守番をしている。


怪物

霧に覆われた後、突如現れた怪物達。霧が立ち込める場所に入り込み人々を襲う。そのため霧が入らない密室であれば比較的安全は保障される。 斧で切れたり、火炎スプレーで対処は出来る程度の耐久力だが、大きさや数の多さが厄介。ムカデやハチ、蜘蛛や蟹のような多足類から翼竜のような種など様々。

アラクニ・ロブスター(Arachni-Lobster)

体長50フィートにもなる、クモとカニとカマキリをミックスさせたような肉食生物。

上から見た姿はクモにそっくりである。 リンチを受けて外にいけにえとして摘み出されたジェザップ二等兵を襲って食い殺した。また、終盤にも再登場し、副店長を食い殺している。

テンタクルズ・フロム・プラネットX(Tentacles from Planet X)

イカの触手に似た肉食の生物で、腹側に吸着カップ状の口がある。

店員のノームを包み込んで肉をはぎ取って致命傷を負わせ、最終的には霧の中に引きずり込んで食い殺した。なお、本体からちぎられた肉片は霧となって消滅する。

グレイ・ウィドワーズ(Gray Widowers)

犬ほどの大きさのクモによく似た肉食生物。

尻から出る強酸を伴った糸も厄介だが、それ以上に怖ろしいのは人間を苗床にして繁殖するというその生態である。人間の体に数百個以上卵を産み付け、一日後に孵化した幼体は人間の体を食べながら成長する。しかも苗床にされてしまった人間は意識があるようで、主人公の妻はこれの被害にあったらしく窓際に繭にされた状態で発見された。

スコーピオン・フライズ(Scorpion-Flies)

サソリとスズメバチを合わせたような紫がかった甲殻を持つ飛行生物。夜になってからスーパーの照明に引き寄せられてきた。

尻尾には人間を一撃で殺すほどの強力な神経毒を持っており、それでレジ係だったサリーを殺した。なお後述するプテロ・バザードが天敵の模様。

プテロ・バザード(Ptero-buzzard)

スコーピオン・フライズを狙って現れた翼竜とタカを合わせたような容姿の四枚羽の飛行生物。

肉食で、人間も普通に襲う。ただ、拳銃弾数発で殺せるほどなので、落ち着いて対処すれば問題ないだろう。

ベヒーモス(Behemoth)

甲殻類のような六本足を持つ巨大生物。大きさは240フィート(約73メートル)で、

原作小説では「シロナガスクジラが鱒ほどの大きさに見えるほど」と形容されるほどの威容である。スコーピオン・フライズを引き連れた状態で終盤に突如出現した。主人公たちに目もくれず霧の中に去っていったが、その後どうなったかは不明。

キラー・カイト(Killer Kite )

原作小説に登場する「生きた凧」。クライマックスに森を車で通るシーンに登場した。

容姿はつるつるした被膜と黒目が複数ある、イカによく似た巨大生物。映画には登場しなかったが、上記の特徴を含んだコンセプトアートは執筆された。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%82%B9%E3%83%88_(%E6%98%A0%E7%94%BB)
 

▲△▽▼

ハリウッド・エンディングに挑戦した男 〜フランク・ダラボンとスティーヴン・キング『ミスト』の問題〜
紀平照幸 2013/12/13
https://news.yahoo.co.jp/byline/kihirateruyuki/20131213-00026150/

スティーヴン・キングの小説の映画化と言えば、数少ない例外(『キャリー』『スタンド・バイ・ミー』)を除いては改変・改悪が当たり前で(なにしろ、ご本人が自ら監督した『地獄のデビル・トラック』にしてからにトホホな出来でしたから)、もはや誰も期待していなかった頃に登場したのがフランク・ダラボン監督の『ショーシャンクの空に』でした。原作(「刑務所のリタ・ヘイワース」)に忠実でありながら、映画的ダイナミズムも併せ持った佳品は批評家や観客に愛され、「EMPIRE」誌が選んだ映画オールタイム・ベストではなんと数多の名作を抑えて1位を獲得しています。続く『グリーンマイル』もヒットし、キング原作=ダラボン監督のコンビは映画ファン安心のブランドとなっていた、そんなダラボンが満を持して発表したのが『ミスト』でした。

まずはいつものように映画の解説から。激しい嵐が町を襲った翌朝、主人公デヴィッドは8歳の息子を連れてスーパーマーケットへ買い物に行きます。しばらくすると周囲に不穏な雰囲気が立ち込め、白い霧がマーケットを覆い尽くしてしまいます。「霧の中に何かがいる!」そう絶叫しながら店に駆け込んでくる血まみれの男も。やがて、本当に霧の中から不気味な化け物が次々と出現し、店の中に立てこもった人々を次々に襲ってくるのでした…。

恐怖のポイントは2点。まずは霧の中から出現する怪物たちです。あるものは軟体動物風、あるものは昆虫風と、まるで悪夢の中に出てくるような奇怪なデザインの、生理的に嫌悪感を催すような怪物が次から次へと出てくるのですから。ちなみに原作者のスティーヴン・キングは大の蜘蛛嫌い。したがって蜘蛛のようなモンスターはひときわ不気味に描写されています。

もうひとつは、閉じ込められた人間たちの心理描写。一団の中には狂信的な女性ミセス・カーモディがいて、これがハルマゲドンの始まりだ、と唱えます。最初は冷ややかな目で見ていた生存者たちが、追いつめられるにつれて彼女に同調していき、ついには幼い子供を生け贄に捧げようとさえしてしまう展開にはぞっとしました。
https://news.yahoo.co.jp/byline/kihirateruyuki/20131213-00026150/


▲△▽▼

2015-02
衝撃のラストをネタバレ解説!観た人全てが鬱になる映画『ミスト』はここが凄い!
https://type-r.hatenablog.com/entry/20150205

■あらすじ

『嵐の翌日、デヴィッドは異様な霧に懸念を抱きながら息子と共にスーパーマーケットへ買い出しに出掛けた。すると、その濃い霧は間もなく買い物客でごった返すマーケットに迫り、ついには町全体を飲み込むように覆っていく。人々がマーケットに缶詰状態となる中、霧の中に不気味な怪物を発見したデヴィッド。

一方、骨董品店の女主人カーモディは狂信めいた発言で人々の不安を煽っていく。

その夜、突如として霧の中のモンスターたちが襲撃を開始、店内は大混乱に陥った!原作者スティーヴン・キングとフランク・ダラボン監督が「ショーシャンクの空に」「グリーンマイル」に続いて再びコンビを組んだ驚愕のホラー・ミステリー。霧(ミスト)の中に待っていたものは何か?映画史上かつてない、震撼のラスト15分!』


「観ると鬱になる映画」の代表格。ただし作品の評価は「最高!」と「最低!」が見事に真っ二つに分かれています。

この『ミスト』、僕は映画館で観たんですよ。『ショーシャンクの空に』の原作者スティーヴン・キングとフランク・ダラボン監督が再びタッグを組んで新作を撮った!という触れ込みに釣られてノコノコ観に行ったわけです。で、観終わった直後の感想は、皆さんの予想通り「うわあああ、こ、これはヒドい…!」って感じでしたねえ(笑)。

いや、映画がヒドいんじゃなくて、物語の結末がヒドいんです。映画自体はとても良く出来ていると思いました。クリーチャーの造形や恐ろしい雰囲気、極限状態に追い詰められた人間達の愚かな行動など、キャラクターの描き方やドラマ展開、映像表現の数々は実に見事です。ただ、ラストがヒドい…

ストーリー的には物凄くシンプルなんですよ。ある日、街に霧が発生した → やがてその霧はどんどん大きくなり、街全体を覆い尽くす → たまたまスーパーマーケットに買い物に来ていた主人公 → すると突然お爺さんが「霧の中に何かいる!」と叫びながら飛び込んで来た → 霧の中から”見た事も無い不気味な生物”が出現 → 全員、スーパーマーケットに閉じ込められてしまう……と、ここまでが序盤の展開。

この後はひたすらスーパー内部での描写が続き、「出て行こう!」、「いや、ここにいるべきだ!」など異常な事態に直面した”人間同士の醜悪な言い争い”に終始します。

そして徐々に精神的に追い詰められた人々は、「神の裁きが下されたのよ!」と煽る宗教かぶれのオバサンの言う事に耳を傾け始める。この辺の展開がちょっとダルいんですよね。特にオバサンの”演説”が長くて苦痛(このオバサンが撃ち殺された瞬間、アメリカの劇場では盛大な拍手が湧き起こったそうなw)。


http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/506.html#c2

[近代史02] 白人はなぜ白人か _ 白人が人間性を失っていった過程 中川隆
199. 中川隆[-8646] koaQ7Jey 2019年8月27日 10:14:33 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4105]

2018年06月17日
人類史における移住・配偶の性的非対称
https://sicambre.at.webry.info/201806/article_35.html

 人類史において、移住・配偶で性的非対称が生じることは珍しくありません。そもそも、有性生殖の生物種において、雄と雌とで繁殖の負担が著しく異なることは一般的で、大半の場合、雄よりも雌の方がずっと負担は重くなります。もちろん人類もその例外ではなく、人類史における移住・配偶の性的非対称の重要な基盤になっているのでしょう。とはいっても、それらが繁殖負担の性的非対称だけで説明できるわけではないのでしょうが。当ブログでも、人類史における移住・配偶の性的非対称についてそれなりに取り上げてきましたので、一度短くまとめてみます。

 霊長類学からは、人類の旅は採食だけではなく繁殖相手を探すものでもあり、他の類人猿と同じく人類の祖先も、男が生まれ育った集団を離れて別の集団に入り配偶者を見つけるのは難しかっただろうから、ゴリラのように男が旅先で配偶者を誘い出して新たな集団を作るか、チンパンジーのように旅をしてきた女を父系的つながりのある男たちが受け入れることから集団間の関係を作ったのではないか、との見解が提示されています(関連記事)。人類系統がチンパンジー系統と分岐した時点で、すでに配偶行動において何らかの性的非対称が存在した可能性は高いと思います。

 初期人類については、「華奢型」とされるアウストラロピテクス属や「頑丈型」とされるパラントロプス属において移動の性差が見られる、と指摘されています(関連記事)。具体的には、アウストラロピテクス属ではアフリカヌス(Australopithecus africanus)、パラントロプス属ではロブストス(Paranthropus robustus)です。240万〜170万年前頃のアフリカヌスとロブストスのストロンチウム同位体含有比の分析の結果、小柄な個体のほうが、発見された地域とは異なるストロンチウム同位体組成を有している割合が高い、と明らかになりました。初期人類では体格の性差が大きかった(性的二型)との有力説を考慮すると、初期人類においては、女性は男性よりも移動範囲が広く、出生集団から拡散していくことが多かったのではないか、と言えそうです。つまり、父方居住的な配偶行動があったのではないか、というわけです。ただ、初期人類の性的二型については、大きかったとの見解が有力ではあるものの、異論もあるので(関連記事)、体格の違いによる性別判断の信頼性は高くない可能性もあると思います。

 ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)についても、父方居住的な配偶行動の可能性が指摘されています(関連記事)。イベリア半島北部のエルシドロン(El Sidrón)遺跡で発見された49000年前頃のネアンデルタール人遺骸群のミトコンドリアDNA(mtDNA)解析の結果、3人の成人女性がそれぞれ異なるハプログループに分類されるのにたいして、3人の成人男性は同じハプログループに分類されました。もっとも、これは父方居住的な配偶行動の証拠となり得るものの、そうだとしても、あくまでもイベリア半島の49000年前頃の事例にすぎず、ネアンデルタール人社会全体の傾向だったのか、現時点では不明です。

 ただ、現代人への遺伝的影響はほとんどなかったとしても、同じホモ属で現代人と近縁なイベリア半島のネアンデルタール人と、現代人とは属が違い、おそらくは現代人の祖先ではなさそうなアフリカヌスやロブストスにおいて、父方居住的な配偶行動が存在したのだとしたら、人類系統において父方居住的な配偶行動が一般的だった可能性は高い、と思います。元々人類社会は父系的な構造だったものの、ある時期から社会構造が多様化していったのではないか、というわけです。それが、現生人類(Homo sapiens)の出現もしくは現生人類系統がネアンデルタール人系統と分岐した後なのか、ホモ属が出現してネアンデルタール人と現生人類の共通祖先が存在した頃なのか、あるいはもっと古くアウストラロピテクス属の時点でそうだったのか、現時点では分かりませんが、早くてもホモ属の出現以降である可能性が高いかな、と考えています(関連記事)。

 現生人類とネアンデルタール人との交雑についても、性的非対称の可能性が指摘されています(関連記事)。現代人のミトコンドリアでもY染色体でも、ネアンデルタール人由来の領域は確認されていません。したがって、母系でも父系でも、現代人にネアンデルタール人直系の子孫はいない可能性がきわめて高そうです。しかし、現代人のゲノムにおけるネアンデルタール人の遺伝的影響は、X染色体では常染色体の1/5程度であることから(関連記事)、現生人類とネアンデルタール人との交雑では、現生人類の女性とネアンデルタール人の男性という組合せの方が多かったというか、一般的だったのではないか、とも指摘されています。現生人類女性とネアンデルタール人男性の組合せでは、その逆よりもネアンデルタール人のX染色体が交雑集団に伝わりにくい、というわけです。

 しかし、配偶行動の性的非対称だけで、現代人のX染色体と常染色体においてネアンデルタール人の遺伝的影響が大きく異なるとも考えにくく、適応度の低下も関わってくるのではないか、と思います。ネアンデルタール人のゲノムは領域単位で現代人に均等に継承されているのではなく、現代人において排除されていると思われる領域も存在します。ネアンデルタール人のX染色体上でも、繁殖に関連すると思われる遺伝子を含む領域の排除が指摘されています(関連記事)。また、Y染色体の遺伝子における現生人類とネアンデルタール人との違いから、遺伝的不適合が原因となって、ネアンデルタール人由来のY染色体が現代には継承されなかった可能性が高い、との見解も提示されています(関連記事)。現生人類と種区分未定のデニソワ人(Denisovan)との交雑でも、X染色体と精巣に関わる遺伝子領域では、現代人にデニソワ人の痕跡がひじょうに少ない、と指摘されています(関連記事)。現時点では、現生人類とネアンデルタール人やデニソワ人など古代型ホモ属との交雑において、性的非対称があったのか、推測は難しいと思います。

 現代人では多様な移住・配偶行動が見られ、その中には強い性的非対称が存在する事例もあります。たとえば、15世紀末以降、アメリカ大陸にはヨーロッパから多数の人々が移住してきて遺伝的にも大きな影響を及ぼしましたが、この事例では大きな性的非対称が見られます。現代パナマ人は、mtDNAでは83%がアメリカ大陸先住民系ですが、Y染色体DNAでは約60%が西ユーラシアおよび北アフリカ系、約22%がアメリカ大陸先住民系、約6%がサハラ砂漠以南のアフリカ系、約2%がおそらくは中国またはインドの南アジア系となります(関連記事)。これは、単身男性を中心としたイベリア半島勢力によるラテンアメリカの征服という、歴史学など他分野からの知見と整合的です。

 ヨーロッパの事例と併せて考えると、大規模な征服活動では、移住・配偶行動に性的非対称が見られる傾向にある、と言えるかもしれません。青銅器時代のヨーロッパにおいては、ポントス-カスピ海草原のヤムナヤ(Yamnaya)文化集団から精巧な武器やウマに牽引させる戦車が拡散し、埋葬習慣の変化が広範に確認されるなど、大きな文化的変容が生じ、古代ゲノム解析からも大規模な移動が推測される、と指摘されています(関連記事)。さらに、このヨーロッパにおける青銅器時代の大きな文化的・人的構成の変容にさいしては、男性人口拡大の可能性も指摘されています(関連記事)。精巧な金属器とウマを用いての、機動力に優れた男性主体の集団による広範な征服活動がヨーロッパで起きたのではないか、というわけです。

 ヨーロッパにおける青銅器時代と新石器時代初期の大規模な移住を比較した研究では、青銅器時代の大規模な移住は男性主体で、女性1人にたいして男性は5〜14人と推定されているのにたいして、新石器時代初期にはそうした性差はなかった、と推測されています(関連記事)。ヨーロッパの新石器時代は中東からの農耕民集団の移住により始まりましたが、外来の農耕民集団と在来の狩猟採集民集団とがじょじょに融合していったと推測されているように(関連記事)、征服的な移住ではなかったのかもしれません。

 ヨーロッパにおいては、青銅器時代の征服活動的な大規模移住において、男性が主体になって広範に拡散していった様子が窺えますが、それは例外的な事例だったかもしれません。上述したように、人類史において父方居住的な配偶行動が一般的だった可能性は高い、と思います。後期新石器時代〜初期青銅器時代の中央ヨーロッパにおいても、成人女性が外部から来て地元出身の男性と結婚し、地元の女性は他地域に行って配偶者を得たのではないか、と推測されています(関連記事)。mtDNAの解析の結果、時間の経過とともに母系が多様化していき、同位体分析の結果、大半の女性は地元出身ではなく、一方で男性と未成年では大半が地元出身である、と明らかになりました。また、地元出身ではない女性の子孫は確認されませんでした。

 中世初期のバイエルンにおいても、男性よりも女性の方が遺伝的に多様で、女性は婚姻のために外部からバイエルンに移住してきたのではないか、と推測されています(関連記事)。ヨーロッパに限定しても一般化できるのか、まだ確定したとは言えないでしょうが、征服的な移住では男性が主体となり、そうではない移住では性差があまりなく、安定期には人類史の古くからの一般的傾向が反映されて、男性が出生集団(地域)に留まる一方で、女性は配偶のために他集団(地域)に移住する、という傾向があるのかもしれません。こうした傾向が人類史全体に当てはまるのか、現在の私の知見ではとても断定できませんが、今後、そうした観点から色々と調べていこう、と考えています。
https://sicambre.at.webry.info/201806/article_35.html
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/390.html#c199

[近代史3] 人類進化史 中川隆
7. 中川隆[-8645] koaQ7Jey 2019年8月27日 10:14:53 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4106]

2018年06月17日
人類史における移住・配偶の性的非対称
https://sicambre.at.webry.info/201806/article_35.html

 人類史において、移住・配偶で性的非対称が生じることは珍しくありません。そもそも、有性生殖の生物種において、雄と雌とで繁殖の負担が著しく異なることは一般的で、大半の場合、雄よりも雌の方がずっと負担は重くなります。もちろん人類もその例外ではなく、人類史における移住・配偶の性的非対称の重要な基盤になっているのでしょう。とはいっても、それらが繁殖負担の性的非対称だけで説明できるわけではないのでしょうが。当ブログでも、人類史における移住・配偶の性的非対称についてそれなりに取り上げてきましたので、一度短くまとめてみます。

 霊長類学からは、人類の旅は採食だけではなく繁殖相手を探すものでもあり、他の類人猿と同じく人類の祖先も、男が生まれ育った集団を離れて別の集団に入り配偶者を見つけるのは難しかっただろうから、ゴリラのように男が旅先で配偶者を誘い出して新たな集団を作るか、チンパンジーのように旅をしてきた女を父系的つながりのある男たちが受け入れることから集団間の関係を作ったのではないか、との見解が提示されています(関連記事)。人類系統がチンパンジー系統と分岐した時点で、すでに配偶行動において何らかの性的非対称が存在した可能性は高いと思います。

 初期人類については、「華奢型」とされるアウストラロピテクス属や「頑丈型」とされるパラントロプス属において移動の性差が見られる、と指摘されています(関連記事)。具体的には、アウストラロピテクス属ではアフリカヌス(Australopithecus africanus)、パラントロプス属ではロブストス(Paranthropus robustus)です。240万〜170万年前頃のアフリカヌスとロブストスのストロンチウム同位体含有比の分析の結果、小柄な個体のほうが、発見された地域とは異なるストロンチウム同位体組成を有している割合が高い、と明らかになりました。初期人類では体格の性差が大きかった(性的二型)との有力説を考慮すると、初期人類においては、女性は男性よりも移動範囲が広く、出生集団から拡散していくことが多かったのではないか、と言えそうです。つまり、父方居住的な配偶行動があったのではないか、というわけです。ただ、初期人類の性的二型については、大きかったとの見解が有力ではあるものの、異論もあるので(関連記事)、体格の違いによる性別判断の信頼性は高くない可能性もあると思います。

 ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)についても、父方居住的な配偶行動の可能性が指摘されています(関連記事)。イベリア半島北部のエルシドロン(El Sidrón)遺跡で発見された49000年前頃のネアンデルタール人遺骸群のミトコンドリアDNA(mtDNA)解析の結果、3人の成人女性がそれぞれ異なるハプログループに分類されるのにたいして、3人の成人男性は同じハプログループに分類されました。もっとも、これは父方居住的な配偶行動の証拠となり得るものの、そうだとしても、あくまでもイベリア半島の49000年前頃の事例にすぎず、ネアンデルタール人社会全体の傾向だったのか、現時点では不明です。

 ただ、現代人への遺伝的影響はほとんどなかったとしても、同じホモ属で現代人と近縁なイベリア半島のネアンデルタール人と、現代人とは属が違い、おそらくは現代人の祖先ではなさそうなアフリカヌスやロブストスにおいて、父方居住的な配偶行動が存在したのだとしたら、人類系統において父方居住的な配偶行動が一般的だった可能性は高い、と思います。元々人類社会は父系的な構造だったものの、ある時期から社会構造が多様化していったのではないか、というわけです。それが、現生人類(Homo sapiens)の出現もしくは現生人類系統がネアンデルタール人系統と分岐した後なのか、ホモ属が出現してネアンデルタール人と現生人類の共通祖先が存在した頃なのか、あるいはもっと古くアウストラロピテクス属の時点でそうだったのか、現時点では分かりませんが、早くてもホモ属の出現以降である可能性が高いかな、と考えています(関連記事)。

 現生人類とネアンデルタール人との交雑についても、性的非対称の可能性が指摘されています(関連記事)。現代人のミトコンドリアでもY染色体でも、ネアンデルタール人由来の領域は確認されていません。したがって、母系でも父系でも、現代人にネアンデルタール人直系の子孫はいない可能性がきわめて高そうです。しかし、現代人のゲノムにおけるネアンデルタール人の遺伝的影響は、X染色体では常染色体の1/5程度であることから(関連記事)、現生人類とネアンデルタール人との交雑では、現生人類の女性とネアンデルタール人の男性という組合せの方が多かったというか、一般的だったのではないか、とも指摘されています。現生人類女性とネアンデルタール人男性の組合せでは、その逆よりもネアンデルタール人のX染色体が交雑集団に伝わりにくい、というわけです。

 しかし、配偶行動の性的非対称だけで、現代人のX染色体と常染色体においてネアンデルタール人の遺伝的影響が大きく異なるとも考えにくく、適応度の低下も関わってくるのではないか、と思います。ネアンデルタール人のゲノムは領域単位で現代人に均等に継承されているのではなく、現代人において排除されていると思われる領域も存在します。ネアンデルタール人のX染色体上でも、繁殖に関連すると思われる遺伝子を含む領域の排除が指摘されています(関連記事)。また、Y染色体の遺伝子における現生人類とネアンデルタール人との違いから、遺伝的不適合が原因となって、ネアンデルタール人由来のY染色体が現代には継承されなかった可能性が高い、との見解も提示されています(関連記事)。現生人類と種区分未定のデニソワ人(Denisovan)との交雑でも、X染色体と精巣に関わる遺伝子領域では、現代人にデニソワ人の痕跡がひじょうに少ない、と指摘されています(関連記事)。現時点では、現生人類とネアンデルタール人やデニソワ人など古代型ホモ属との交雑において、性的非対称があったのか、推測は難しいと思います。

 現代人では多様な移住・配偶行動が見られ、その中には強い性的非対称が存在する事例もあります。たとえば、15世紀末以降、アメリカ大陸にはヨーロッパから多数の人々が移住してきて遺伝的にも大きな影響を及ぼしましたが、この事例では大きな性的非対称が見られます。現代パナマ人は、mtDNAでは83%がアメリカ大陸先住民系ですが、Y染色体DNAでは約60%が西ユーラシアおよび北アフリカ系、約22%がアメリカ大陸先住民系、約6%がサハラ砂漠以南のアフリカ系、約2%がおそらくは中国またはインドの南アジア系となります(関連記事)。これは、単身男性を中心としたイベリア半島勢力によるラテンアメリカの征服という、歴史学など他分野からの知見と整合的です。

 ヨーロッパの事例と併せて考えると、大規模な征服活動では、移住・配偶行動に性的非対称が見られる傾向にある、と言えるかもしれません。青銅器時代のヨーロッパにおいては、ポントス-カスピ海草原のヤムナヤ(Yamnaya)文化集団から精巧な武器やウマに牽引させる戦車が拡散し、埋葬習慣の変化が広範に確認されるなど、大きな文化的変容が生じ、古代ゲノム解析からも大規模な移動が推測される、と指摘されています(関連記事)。さらに、このヨーロッパにおける青銅器時代の大きな文化的・人的構成の変容にさいしては、男性人口拡大の可能性も指摘されています(関連記事)。精巧な金属器とウマを用いての、機動力に優れた男性主体の集団による広範な征服活動がヨーロッパで起きたのではないか、というわけです。

 ヨーロッパにおける青銅器時代と新石器時代初期の大規模な移住を比較した研究では、青銅器時代の大規模な移住は男性主体で、女性1人にたいして男性は5〜14人と推定されているのにたいして、新石器時代初期にはそうした性差はなかった、と推測されています(関連記事)。ヨーロッパの新石器時代は中東からの農耕民集団の移住により始まりましたが、外来の農耕民集団と在来の狩猟採集民集団とがじょじょに融合していったと推測されているように(関連記事)、征服的な移住ではなかったのかもしれません。

 ヨーロッパにおいては、青銅器時代の征服活動的な大規模移住において、男性が主体になって広範に拡散していった様子が窺えますが、それは例外的な事例だったかもしれません。上述したように、人類史において父方居住的な配偶行動が一般的だった可能性は高い、と思います。後期新石器時代〜初期青銅器時代の中央ヨーロッパにおいても、成人女性が外部から来て地元出身の男性と結婚し、地元の女性は他地域に行って配偶者を得たのではないか、と推測されています(関連記事)。mtDNAの解析の結果、時間の経過とともに母系が多様化していき、同位体分析の結果、大半の女性は地元出身ではなく、一方で男性と未成年では大半が地元出身である、と明らかになりました。また、地元出身ではない女性の子孫は確認されませんでした。

 中世初期のバイエルンにおいても、男性よりも女性の方が遺伝的に多様で、女性は婚姻のために外部からバイエルンに移住してきたのではないか、と推測されています(関連記事)。ヨーロッパに限定しても一般化できるのか、まだ確定したとは言えないでしょうが、征服的な移住では男性が主体となり、そうではない移住では性差があまりなく、安定期には人類史の古くからの一般的傾向が反映されて、男性が出生集団(地域)に留まる一方で、女性は配偶のために他集団(地域)に移住する、という傾向があるのかもしれません。こうした傾向が人類史全体に当てはまるのか、現在の私の知見ではとても断定できませんが、今後、そうした観点から色々と調べていこう、と考えています。
https://sicambre.at.webry.info/201806/article_35.html
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/581.html#c7

[近代史02] 弥生人の起源 _ 自称専門家の嘘に騙されない為に これ位は知っておこう 中川隆
262. 中川隆[-8644] koaQ7Jey 2019年8月27日 11:25:25 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4107]

2019年02月17日
ユーラシア東部の現生人類集団の2層構造
https://sicambre.at.webry.info/201902/article_32.html


 ユーラシア東部の現生人類(Homo sapiens)集団の起源に関する研究(Matsumura et al., 2019)が公表されました。現生人類(解剖学的現代人)のユーラシア東部への拡散は65000〜50000年前よりもさかのぼる可能性があり、本論文もその見解を基本的には支持していますが、提示されている複数の証拠については、それぞれ疑問も呈されています(関連記事)。本論文は、ユーラシア東部への現生人類拡散の様相を、ユーラシア東部およびオセアニアの合計89集団からの現生人類の頭蓋計測データに基づき頭蓋データから検証しています。対象となったのは、現代人および後期更新世〜1700年前頃の古代人で、後期更新世の現生人類頭蓋は、47000〜16000年前頃のものです。

 本論文はその結果、オセアニアも含むユーラシア東部の現生人類集団が、北方系と南方系に明確に二分されることを見出しました。北方系には寒冷適応の可能性も指摘されています。現代人との比較では、北方系はシベリア集団と強い類似性を示し、南方系はアンダマン諸島・オーストラリア先住民・パプア人と密接に関連しています。モンゴルや中国北部の現代人は北方系に分類されます。ユーラシア東部の現生人類集団の形成過程の検証において重要となるのは、古代人の頭蓋ですが、後期更新世に関しては、中国北部の周口店上洞(Upper Cave at Zhoukoudian)遺跡および南部の柳江(Liujiang)遺跡からインドネシアのワジャク(Wajak)遺跡まで、現生人類頭蓋は南方系の範囲に収まりました。本論文は、後期更新世のユーラシア東部には、まず南方系現生人類集団が拡散してきたと推測し、これを「第1層」と呼んでいます。中国南部でもやがて農耕が始まりますが、5000年前頃までは、狩猟採集民集団が広範に存在していたようです。これら中国南部の14000〜5000年前の狩猟採集民集団は、依然として「第1層」の特徴を保持していました。日本列島の「縄文人」も南方系に区分されます。

 北方系が中国北部以南のユーラシア東部に出現するのは、農耕開始以降です。新石器時代・青銅器時代・鉄器時代のユーラシア東部集団では、「第1層」たる南方系から北方系への置換が確認されます。本論文はこの北方系集団を「第2層」と呼んでいます。「第2層」の拡大に関しては、農耕開始による人口増大が大きな役割を果たしていたのではないか、と推測されています。中国の黄河および長江流域では、9000年前頃に農耕が始まり、キビなどの「雑穀」やコメが栽培されるようになり、やがて複雑な社会構造を形成していき、ついには「国家」が出現します。中国の初期農耕集団は南北ともに、北方系との頭蓋の類似性を示します。黄河および長江流域の最初期の農耕に関して、本論文は「第2層」集団との関連を推測しています。

 アジア南東部において4500〜4000年前頃に顕著な文化的変化が生じた、とされてきました。この見解は、本論文の頭蓋データで改めて補強されます。国南部の5000〜4000年前の新石器時代集団と、アジア南東部の4000年前頃以降の集団と、もっと後のオセアニア(オーストラリア先住民系はパプア系を除いた、ポリネシア系など)集団は、北方系たる「第2層」との類似性が見られます。中国南部の農耕民集団がアジア東南部へと拡散し、やがてはアジア南東部の本土と島嶼部を経て、ついにはポリネシアまで拡散した、という有力説と整合的と言えるでしょう。ただ、アジア南東部の状況は複雑だったようで、「第2層」の拡散が遅れたことと、頭蓋形態に関しては地域差があり、それは「第1層」と「第2層」の混合比率の違いを反映している可能性がある、と指摘されています。日本列島の「弥生人」も「第2層」である北方系に分類されていますが、分析対象となったのは、土井ヶ浜(Doigahama)遺跡など「渡来系」とされる遺跡の頭蓋なので、「縄文系」要素が強いとされる弥生時代の人類遺骸も対象とすれば、また評価も変わってくるでしょう。また、この北方系はアメリカ大陸先住民との類似性も指摘されています。

 本論文は、広範な地域における「第2層」集団の強い類似性から、気候・食性などに起因する収斂ではなく、共通の遺伝的基盤がある、と推測します。つまり、「第1層」と「第2層」は遺伝的に明確に区分でき、早い時期に分岐したのではないか、というわけです。本論文はこれに関して、二つの仮説を提示しています。一方は、「第1層」集団が南方からシベリアへと拡散して寒冷地に適応して「第2層」が形成された、というものです。もう一方は、「第2層」の起源はアジア西部またはヨーロッパにあり、ユーラシア北部を東進してきた、というものです。本論文は、現時点では人類遺骸の少なさのためにアジア北東部の古代人の形態が不明確なので、どちらの仮説が有効なのか、解決できない、と慎重な姿勢を示しています。

 ただ本論文は、さまざまな証拠を考慮に入れて、北方系の「第1層」と南方系の「第2層」は早期に分岐し、前者はヒマラヤ山脈の北を、後者は南を東進してきた可能性が高い、と推測しています。北方経路はあまり明確ではありませんが、「第2層」は45000年前頃にユーラシア西部からシベリアを経由してユーラシア東部へと移住してきて、その考古学的指標は細石刃伝統ではないか、と本論文は想定しています。つまり単純化すると、(中国北部以南の)ユーラシア東部においては、元々は南方系の「第1層」が拡散しており、農耕開始とともに北方系の「第2層」が南下していき、ついにはポリネシアにまで拡散した、というわけです。日本列島も、このユーラシア東部の大きな流れの中に位置づけられます。同じく頭蓋計測データに基づいた研究では、現生人類の出アフリカは複数回で、ユーラシア東部へは、オーストラリア先住民系が最初に拡散した後、ユーラシア東部の多くの現代人の祖先集団が拡散してきた、と推測されており(関連記事)、本論文の見解と大きくは矛盾しないと思います。

 本論文は、これらの見解が遺伝学的研究とも整合的である、と指摘します。アジア南東部に関しては、狩猟採集民集団を基層に、中国南部から、まず農耕をもたらした集団が、次に青銅器文化をもたらした集団が南下してきた、と遺伝学的研究では推測されています(関連記事)。これは、アジア南東部では、南方系を基層に北方系が南下してきて現代人が成立した、とする本論文の大まかな見通しとおおむね整合的です。ただ、本論文でも指摘されているように、アジア南東部の状況は複雑で、後期更新世の中国北部以南のユーラシア東部の現生人類集団は、「第2層」集団による「第1層」集団の置換とはいっても融合が多く、その比率は各地で異なっていたのでしょう。遺伝学的研究では、本論文が南方系の「第1層」とするホアビン文化(Hòabìnhian)集団と、北方系の「第2層」とする中国南部から南下してきた農耕集団との混合比率はほぼ半々だった、と推測されています(関連記事)。本論文でも、アジア南東部本土のオーストロアジア語族集団と、オセアニアにまで拡散したオーストロネシア語族集団は、それぞれ北方系と南方系の中間に位置づけられています。

 私は日本人なので、日本列島における人類集団の形成過程も気になります。本論文は、「縄文人」を「第1層」の南方系、「弥生人」を「第2層」の北方系と位置づけており、有力説である「二重構造モデル」と整合的です。「二重構造モデル」とは、更新世にアジア南東部方面から日本列島に移住してきた人々が「縄文人」となり、弥生時代にアジア北東部起源の集団が日本列島に移住してきて先住の「縄文系」と混血し、現代日本人が形成されていった、とする仮説です。ただ、「縄文人」に関しては、ミトコンドリアDNA(mtDNA)解析(関連記事)でもゲノム解析(関連記事)でも北方系と南方系との混合が指摘されており、単純に南方系とは言えないでしょう。日本列島も含めてユーラシア東部の現生人類集団の形成過程をより詳しく解明するには、やはり古代DNA研究の進展が必要で、この分野の進展は目覚ましいだけに、今後の研究成果が大いに期待されます。


参考文献:
Matsumura H. et al.(2019): Craniometrics Reveal “Two Layers” of Prehistoric Human Dispersal in Eastern Eurasia. Scientific Reports, 9, 1451.
https://doi.org/10.1038/s41598-018-35426-z

https://sicambre.at.webry.info/201902/article_32.html
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/547.html#c262

[近代史3] 人類進化史 中川隆
8. 中川隆[-8643] koaQ7Jey 2019年8月27日 11:25:47 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4108]

2019年02月17日
ユーラシア東部の現生人類集団の2層構造
https://sicambre.at.webry.info/201902/article_32.html


 ユーラシア東部の現生人類(Homo sapiens)集団の起源に関する研究(Matsumura et al., 2019)が公表されました。現生人類(解剖学的現代人)のユーラシア東部への拡散は65000〜50000年前よりもさかのぼる可能性があり、本論文もその見解を基本的には支持していますが、提示されている複数の証拠については、それぞれ疑問も呈されています(関連記事)。本論文は、ユーラシア東部への現生人類拡散の様相を、ユーラシア東部およびオセアニアの合計89集団からの現生人類の頭蓋計測データに基づき頭蓋データから検証しています。対象となったのは、現代人および後期更新世〜1700年前頃の古代人で、後期更新世の現生人類頭蓋は、47000〜16000年前頃のものです。

 本論文はその結果、オセアニアも含むユーラシア東部の現生人類集団が、北方系と南方系に明確に二分されることを見出しました。北方系には寒冷適応の可能性も指摘されています。現代人との比較では、北方系はシベリア集団と強い類似性を示し、南方系はアンダマン諸島・オーストラリア先住民・パプア人と密接に関連しています。モンゴルや中国北部の現代人は北方系に分類されます。ユーラシア東部の現生人類集団の形成過程の検証において重要となるのは、古代人の頭蓋ですが、後期更新世に関しては、中国北部の周口店上洞(Upper Cave at Zhoukoudian)遺跡および南部の柳江(Liujiang)遺跡からインドネシアのワジャク(Wajak)遺跡まで、現生人類頭蓋は南方系の範囲に収まりました。本論文は、後期更新世のユーラシア東部には、まず南方系現生人類集団が拡散してきたと推測し、これを「第1層」と呼んでいます。中国南部でもやがて農耕が始まりますが、5000年前頃までは、狩猟採集民集団が広範に存在していたようです。これら中国南部の14000〜5000年前の狩猟採集民集団は、依然として「第1層」の特徴を保持していました。日本列島の「縄文人」も南方系に区分されます。

 北方系が中国北部以南のユーラシア東部に出現するのは、農耕開始以降です。新石器時代・青銅器時代・鉄器時代のユーラシア東部集団では、「第1層」たる南方系から北方系への置換が確認されます。本論文はこの北方系集団を「第2層」と呼んでいます。「第2層」の拡大に関しては、農耕開始による人口増大が大きな役割を果たしていたのではないか、と推測されています。中国の黄河および長江流域では、9000年前頃に農耕が始まり、キビなどの「雑穀」やコメが栽培されるようになり、やがて複雑な社会構造を形成していき、ついには「国家」が出現します。中国の初期農耕集団は南北ともに、北方系との頭蓋の類似性を示します。黄河および長江流域の最初期の農耕に関して、本論文は「第2層」集団との関連を推測しています。

 アジア南東部において4500〜4000年前頃に顕著な文化的変化が生じた、とされてきました。この見解は、本論文の頭蓋データで改めて補強されます。国南部の5000〜4000年前の新石器時代集団と、アジア南東部の4000年前頃以降の集団と、もっと後のオセアニア(オーストラリア先住民系はパプア系を除いた、ポリネシア系など)集団は、北方系たる「第2層」との類似性が見られます。中国南部の農耕民集団がアジア東南部へと拡散し、やがてはアジア南東部の本土と島嶼部を経て、ついにはポリネシアまで拡散した、という有力説と整合的と言えるでしょう。ただ、アジア南東部の状況は複雑だったようで、「第2層」の拡散が遅れたことと、頭蓋形態に関しては地域差があり、それは「第1層」と「第2層」の混合比率の違いを反映している可能性がある、と指摘されています。日本列島の「弥生人」も「第2層」である北方系に分類されていますが、分析対象となったのは、土井ヶ浜(Doigahama)遺跡など「渡来系」とされる遺跡の頭蓋なので、「縄文系」要素が強いとされる弥生時代の人類遺骸も対象とすれば、また評価も変わってくるでしょう。また、この北方系はアメリカ大陸先住民との類似性も指摘されています。

 本論文は、広範な地域における「第2層」集団の強い類似性から、気候・食性などに起因する収斂ではなく、共通の遺伝的基盤がある、と推測します。つまり、「第1層」と「第2層」は遺伝的に明確に区分でき、早い時期に分岐したのではないか、というわけです。本論文はこれに関して、二つの仮説を提示しています。一方は、「第1層」集団が南方からシベリアへと拡散して寒冷地に適応して「第2層」が形成された、というものです。もう一方は、「第2層」の起源はアジア西部またはヨーロッパにあり、ユーラシア北部を東進してきた、というものです。本論文は、現時点では人類遺骸の少なさのためにアジア北東部の古代人の形態が不明確なので、どちらの仮説が有効なのか、解決できない、と慎重な姿勢を示しています。

 ただ本論文は、さまざまな証拠を考慮に入れて、北方系の「第1層」と南方系の「第2層」は早期に分岐し、前者はヒマラヤ山脈の北を、後者は南を東進してきた可能性が高い、と推測しています。北方経路はあまり明確ではありませんが、「第2層」は45000年前頃にユーラシア西部からシベリアを経由してユーラシア東部へと移住してきて、その考古学的指標は細石刃伝統ではないか、と本論文は想定しています。つまり単純化すると、(中国北部以南の)ユーラシア東部においては、元々は南方系の「第1層」が拡散しており、農耕開始とともに北方系の「第2層」が南下していき、ついにはポリネシアにまで拡散した、というわけです。日本列島も、このユーラシア東部の大きな流れの中に位置づけられます。同じく頭蓋計測データに基づいた研究では、現生人類の出アフリカは複数回で、ユーラシア東部へは、オーストラリア先住民系が最初に拡散した後、ユーラシア東部の多くの現代人の祖先集団が拡散してきた、と推測されており(関連記事)、本論文の見解と大きくは矛盾しないと思います。

 本論文は、これらの見解が遺伝学的研究とも整合的である、と指摘します。アジア南東部に関しては、狩猟採集民集団を基層に、中国南部から、まず農耕をもたらした集団が、次に青銅器文化をもたらした集団が南下してきた、と遺伝学的研究では推測されています(関連記事)。これは、アジア南東部では、南方系を基層に北方系が南下してきて現代人が成立した、とする本論文の大まかな見通しとおおむね整合的です。ただ、本論文でも指摘されているように、アジア南東部の状況は複雑で、後期更新世の中国北部以南のユーラシア東部の現生人類集団は、「第2層」集団による「第1層」集団の置換とはいっても融合が多く、その比率は各地で異なっていたのでしょう。遺伝学的研究では、本論文が南方系の「第1層」とするホアビン文化(Hòabìnhian)集団と、北方系の「第2層」とする中国南部から南下してきた農耕集団との混合比率はほぼ半々だった、と推測されています(関連記事)。本論文でも、アジア南東部本土のオーストロアジア語族集団と、オセアニアにまで拡散したオーストロネシア語族集団は、それぞれ北方系と南方系の中間に位置づけられています。

 私は日本人なので、日本列島における人類集団の形成過程も気になります。本論文は、「縄文人」を「第1層」の南方系、「弥生人」を「第2層」の北方系と位置づけており、有力説である「二重構造モデル」と整合的です。「二重構造モデル」とは、更新世にアジア南東部方面から日本列島に移住してきた人々が「縄文人」となり、弥生時代にアジア北東部起源の集団が日本列島に移住してきて先住の「縄文系」と混血し、現代日本人が形成されていった、とする仮説です。ただ、「縄文人」に関しては、ミトコンドリアDNA(mtDNA)解析(関連記事)でもゲノム解析(関連記事)でも北方系と南方系との混合が指摘されており、単純に南方系とは言えないでしょう。日本列島も含めてユーラシア東部の現生人類集団の形成過程をより詳しく解明するには、やはり古代DNA研究の進展が必要で、この分野の進展は目覚ましいだけに、今後の研究成果が大いに期待されます。


参考文献:
Matsumura H. et al.(2019): Craniometrics Reveal “Two Layers” of Prehistoric Human Dispersal in Eastern Eurasia. Scientific Reports, 9, 1451.
https://doi.org/10.1038/s41598-018-35426-z

https://sicambre.at.webry.info/201902/article_32.html
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/581.html#c8

[近代史02] 中国大好き 中川隆
87. 中川隆[-8642] koaQ7Jey 2019年8月27日 11:26:42 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4109]

2019年02月17日
ユーラシア東部の現生人類集団の2層構造
https://sicambre.at.webry.info/201902/article_32.html


 ユーラシア東部の現生人類(Homo sapiens)集団の起源に関する研究(Matsumura et al., 2019)が公表されました。現生人類(解剖学的現代人)のユーラシア東部への拡散は65000〜50000年前よりもさかのぼる可能性があり、本論文もその見解を基本的には支持していますが、提示されている複数の証拠については、それぞれ疑問も呈されています(関連記事)。本論文は、ユーラシア東部への現生人類拡散の様相を、ユーラシア東部およびオセアニアの合計89集団からの現生人類の頭蓋計測データに基づき頭蓋データから検証しています。対象となったのは、現代人および後期更新世〜1700年前頃の古代人で、後期更新世の現生人類頭蓋は、47000〜16000年前頃のものです。

 本論文はその結果、オセアニアも含むユーラシア東部の現生人類集団が、北方系と南方系に明確に二分されることを見出しました。北方系には寒冷適応の可能性も指摘されています。現代人との比較では、北方系はシベリア集団と強い類似性を示し、南方系はアンダマン諸島・オーストラリア先住民・パプア人と密接に関連しています。モンゴルや中国北部の現代人は北方系に分類されます。ユーラシア東部の現生人類集団の形成過程の検証において重要となるのは、古代人の頭蓋ですが、後期更新世に関しては、中国北部の周口店上洞(Upper Cave at Zhoukoudian)遺跡および南部の柳江(Liujiang)遺跡からインドネシアのワジャク(Wajak)遺跡まで、現生人類頭蓋は南方系の範囲に収まりました。本論文は、後期更新世のユーラシア東部には、まず南方系現生人類集団が拡散してきたと推測し、これを「第1層」と呼んでいます。中国南部でもやがて農耕が始まりますが、5000年前頃までは、狩猟採集民集団が広範に存在していたようです。これら中国南部の14000〜5000年前の狩猟採集民集団は、依然として「第1層」の特徴を保持していました。日本列島の「縄文人」も南方系に区分されます。

 北方系が中国北部以南のユーラシア東部に出現するのは、農耕開始以降です。新石器時代・青銅器時代・鉄器時代のユーラシア東部集団では、「第1層」たる南方系から北方系への置換が確認されます。本論文はこの北方系集団を「第2層」と呼んでいます。「第2層」の拡大に関しては、農耕開始による人口増大が大きな役割を果たしていたのではないか、と推測されています。中国の黄河および長江流域では、9000年前頃に農耕が始まり、キビなどの「雑穀」やコメが栽培されるようになり、やがて複雑な社会構造を形成していき、ついには「国家」が出現します。中国の初期農耕集団は南北ともに、北方系との頭蓋の類似性を示します。黄河および長江流域の最初期の農耕に関して、本論文は「第2層」集団との関連を推測しています。

 アジア南東部において4500〜4000年前頃に顕著な文化的変化が生じた、とされてきました。この見解は、本論文の頭蓋データで改めて補強されます。国南部の5000〜4000年前の新石器時代集団と、アジア南東部の4000年前頃以降の集団と、もっと後のオセアニア(オーストラリア先住民系はパプア系を除いた、ポリネシア系など)集団は、北方系たる「第2層」との類似性が見られます。中国南部の農耕民集団がアジア東南部へと拡散し、やがてはアジア南東部の本土と島嶼部を経て、ついにはポリネシアまで拡散した、という有力説と整合的と言えるでしょう。ただ、アジア南東部の状況は複雑だったようで、「第2層」の拡散が遅れたことと、頭蓋形態に関しては地域差があり、それは「第1層」と「第2層」の混合比率の違いを反映している可能性がある、と指摘されています。日本列島の「弥生人」も「第2層」である北方系に分類されていますが、分析対象となったのは、土井ヶ浜(Doigahama)遺跡など「渡来系」とされる遺跡の頭蓋なので、「縄文系」要素が強いとされる弥生時代の人類遺骸も対象とすれば、また評価も変わってくるでしょう。また、この北方系はアメリカ大陸先住民との類似性も指摘されています。

 本論文は、広範な地域における「第2層」集団の強い類似性から、気候・食性などに起因する収斂ではなく、共通の遺伝的基盤がある、と推測します。つまり、「第1層」と「第2層」は遺伝的に明確に区分でき、早い時期に分岐したのではないか、というわけです。本論文はこれに関して、二つの仮説を提示しています。一方は、「第1層」集団が南方からシベリアへと拡散して寒冷地に適応して「第2層」が形成された、というものです。もう一方は、「第2層」の起源はアジア西部またはヨーロッパにあり、ユーラシア北部を東進してきた、というものです。本論文は、現時点では人類遺骸の少なさのためにアジア北東部の古代人の形態が不明確なので、どちらの仮説が有効なのか、解決できない、と慎重な姿勢を示しています。

 ただ本論文は、さまざまな証拠を考慮に入れて、北方系の「第1層」と南方系の「第2層」は早期に分岐し、前者はヒマラヤ山脈の北を、後者は南を東進してきた可能性が高い、と推測しています。北方経路はあまり明確ではありませんが、「第2層」は45000年前頃にユーラシア西部からシベリアを経由してユーラシア東部へと移住してきて、その考古学的指標は細石刃伝統ではないか、と本論文は想定しています。つまり単純化すると、(中国北部以南の)ユーラシア東部においては、元々は南方系の「第1層」が拡散しており、農耕開始とともに北方系の「第2層」が南下していき、ついにはポリネシアにまで拡散した、というわけです。日本列島も、このユーラシア東部の大きな流れの中に位置づけられます。同じく頭蓋計測データに基づいた研究では、現生人類の出アフリカは複数回で、ユーラシア東部へは、オーストラリア先住民系が最初に拡散した後、ユーラシア東部の多くの現代人の祖先集団が拡散してきた、と推測されており(関連記事)、本論文の見解と大きくは矛盾しないと思います。

 本論文は、これらの見解が遺伝学的研究とも整合的である、と指摘します。アジア南東部に関しては、狩猟採集民集団を基層に、中国南部から、まず農耕をもたらした集団が、次に青銅器文化をもたらした集団が南下してきた、と遺伝学的研究では推測されています(関連記事)。これは、アジア南東部では、南方系を基層に北方系が南下してきて現代人が成立した、とする本論文の大まかな見通しとおおむね整合的です。ただ、本論文でも指摘されているように、アジア南東部の状況は複雑で、後期更新世の中国北部以南のユーラシア東部の現生人類集団は、「第2層」集団による「第1層」集団の置換とはいっても融合が多く、その比率は各地で異なっていたのでしょう。遺伝学的研究では、本論文が南方系の「第1層」とするホアビン文化(Hòabìnhian)集団と、北方系の「第2層」とする中国南部から南下してきた農耕集団との混合比率はほぼ半々だった、と推測されています(関連記事)。本論文でも、アジア南東部本土のオーストロアジア語族集団と、オセアニアにまで拡散したオーストロネシア語族集団は、それぞれ北方系と南方系の中間に位置づけられています。

 私は日本人なので、日本列島における人類集団の形成過程も気になります。本論文は、「縄文人」を「第1層」の南方系、「弥生人」を「第2層」の北方系と位置づけており、有力説である「二重構造モデル」と整合的です。「二重構造モデル」とは、更新世にアジア南東部方面から日本列島に移住してきた人々が「縄文人」となり、弥生時代にアジア北東部起源の集団が日本列島に移住してきて先住の「縄文系」と混血し、現代日本人が形成されていった、とする仮説です。ただ、「縄文人」に関しては、ミトコンドリアDNA(mtDNA)解析(関連記事)でもゲノム解析(関連記事)でも北方系と南方系との混合が指摘されており、単純に南方系とは言えないでしょう。日本列島も含めてユーラシア東部の現生人類集団の形成過程をより詳しく解明するには、やはり古代DNA研究の進展が必要で、この分野の進展は目覚ましいだけに、今後の研究成果が大いに期待されます。


参考文献:
Matsumura H. et al.(2019): Craniometrics Reveal “Two Layers” of Prehistoric Human Dispersal in Eastern Eurasia. Scientific Reports, 9, 1451.
https://doi.org/10.1038/s41598-018-35426-z

https://sicambre.at.webry.info/201902/article_32.html
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/287.html#c87

[近代史3] 日本を二等国にした反日売国奴の平成天皇 中川隆
1. 中川隆[-8641] koaQ7Jey 2019年8月27日 14:14:41 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4110]

私の父が朝鮮の方々に迷惑をかけたのは十分承知しております。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
          ._,___
        ./   __`ヾ),_          ,,. --――、_、_
        /〃 (⌒゛`ヾv"ヽミ、     / : : : : : : : : ::)ノ: : ヽ
       i / /´ _ニ=-=ニ .i l|    / : : : : : : ソ⌒゙ヾ"ヾ、 : :ヽ
       | 彳  〃_.   _ヾ!/    ! : : : : : : ) ⌒   ⌒ヾ :(_,
       | _ !"  ´゚`冫く´゚`l     | : : : : :(,  _ )  __ )!:_ノ 
       (^ゝ "  ,r_、_.)、 |     ヽ :(aイ  ´゚   i | . ゚`〈
        ヽ_j   、 /,.ー=-、i リ      \:_|  " . ノ 、_)、 ゙.ノ
       __/\_ "ヽ  ^ )ソ__       (_ソ人   l ー=‐;! ノ
      |ヽ. |  |` ー--ィ´i |          /\ヽ__,ノ
      |   > |、/□、/| < |    /⌒l─‐(_/_/‐⌒ヽ
      |  i \|   / |  |o/i |   ..{  |   \ノ §i ノ
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/580.html#c1
[リバイバル3] CD プレーヤーは進歩しているのか?  中川隆
90. 中川隆[-8640] koaQ7Jey 2019年8月27日 16:12:40 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4111]
2011/10/16
日曜の午後は優雅にJAZZなど聞きながら・・・最新技術でレトロを再現する https://green.ap.teacup.com/applet/pekepon/msgcate11/archive

 

■ デジタルオーディオの薦め ■

80年代、90年代に青春時代を過ごした男子ならば、
オーディオセットに大枚を叩いた経験があるでしょう。
かつて日本のオーディオ機器は、世界を席捲しました。

AKAI
AIWA
Aurex(東芝)
DENON
DIATONE(三菱)
KENWOOD
Lo−D(日立)
MARANTZ
Nakamichi
ONKYO
PIONEER
SANSUI
SONY
TEAC
Technics(松下)
YAMAHA
Victor

さらに
OTTO(サンヨー)
OPTONICA(シャープ)


こんな小さな国に、結構規模の大きなオーディオ・ブランドが
ひしめいていたのです。

■ プラザ合意と日本製品 ■

日本のオーディオーメーカーが世界ブランドになったのは
1970年代後半からではないかと思いますが、
これは、日本車が世界市場に受け入れられていく時期と重なるかと思います。

かつて1ドル360円だった為替レートは、
1971年のニクソンショック以来円高になり、
1985年プラザ合意で、240円から一気に120円となりました。
そして、現在は1ドル80円代が当たり前の時代となりました。

1) 360円時代・・・戦後、繊維産業が輸出産業として外貨を稼ぐ
2) 240円時代・・・1970年代前半までは、鉄鋼・造船・化学が輸出産業として成長
3) 120円時代・・・自動車、電機産業が輸出を延ばす
4)  80円時代・・・材料・部品 (円建て輸出も多い)

これはイギリスやアメリカの経済成長の歴史ともリンクしますし、
現在のアジアの経済成長の姿とも被ります。

■ 戦後は米英、その後は日本、そしてアジアへ・・ ■

プラザ合意後で日本のオーディオと自動車は明暗を分けます。
自動車は実用品的価値を持つので、ある意味、
コストバリューが適当であれば、売れます。

アメリカではプラザ合意後の日本車は、決して安い車ではありませんでした。
サニーやカローラーだって、アメリカでは外車です。
それでも故障の少ない日本車は、アメリカで人気がありました。

大柄のアメリカ人が、体を畳む様にして、
ちょっと年代物の日本車に乗っている光景を良く目にしました。


一方、オーディオは嗜好品でありステータスシンボルです。
ライフスタイルの変化と共に、オーディオの需要は変化をします。
かつては大型のオーディオセットを所有する事は男のロマンでしたが、
現在はiPodやiPhonにその座を奪われてしまいました。
或いは、大型TVとホームシアターに変化したとも言えます。

戦後の経済成長で、最初にオーディオを楽しむ余裕が生まれたのは米欧でした。
アメリカにもヨーロッパにも色々なオーディオメーカーが誕生しましたが、
ガレージメーカーが多いので、新旧のメーカーが目まぐるしく入れ替わりながら、
全体のパイとしては、どんどん縮小しています。

日本はさらに衰退が激しく、80年代に全盛を極めた大手メーカーは、
今ではラジカセかホームシアターシステムをメインに生産しています。
(一部高級オーディオも残っていますが、趣味みたいな規模です)

一方、新興国では、ちょっとしたオーディオブームが発生している様です。
シンガポールでちょっとオーディオ店を覗いてみましたが、
BOSEと並んで、アジアの名前は知らないけれども、
デザインも造りも悪く無いシステムが販売されていました。
(もしかすると、欧米でデザインしてアジアで生産かも知れません)

■ 「質より量」が生きている新興国市場 ■

SONYはアフリカやインドなどの市場に力を入れている様で、
それらの国では圧倒的なブランド力を維持しています。

それらの国では未だに「質より量」の文化レベルなので、
スピーカーユニットが沢山付いていて、低音がガンガン出るシステムが売れる様です。
ちょっと大型のミニコンポを想像すると良いかも知れません。

■ オーディオ機器からPCへ ■

一昔前なら、コンピューターのデータを再生するデジタルオーディオは
オーディオファンからは冷たい目で見られていました。
デジタルノイズだらけのPCからは、良い音は得られないと思われていたのです。

ところが、1千万円もする高級オーディオに
iPodを繋いでみた人が現れました(外人)
マークレビンソンというメーカーの数百万円するCDシステムと聞き比べると・・・
何と、iPodの方が音が良いように感じてしまったのです。

このオーディオ記者のレポートがサイトに載ってから、
ジワリ、ジワリと、PCを音源にするデジタルオーディオが浸透し始めました。

■ 高音質を再現できなかったCDプレーヤー ■

CDは1980年代のオーディオ全盛期に、
高音質を売り物に、華々しくデビューします。

それまでレコードしか聞いた事が無かった人々は、
針音のしない「無音の曲間」や、「クッキリした音」にビックリしました。
「これがデジタルの音なんだ・・・」と。

ところが、アナログレコードのマニアは根強く残りました。
彼らは「CDの音は何か変だ」と主張します。
「サンプリングレートが44KHzなので、
20KHz以上の可聴域以上の音が再生出来ないのが原因だろう」
そうオーディオメーカーの開発者も考えました。

ところが、サンプリングレートを高くした高音質CDも
やはり「何かが違った」のです。

アナログレコードの音を追い求めて、
CDの読み取り部分ーとDAコンバータ部分を別々の機材に分けたり、
CD読み取り部を鉄の塊で固めて防振を徹底するなど、
だんだんとアナロぐレコードの様なアプローチが試みられるようになり、
最後には100万を軽々と越える鉄の塊の様なCDプレーヤーまで出現しました。

■ ジッターというデジタル揺らぎ ■

一方で「ジッターと呼ばれるデジタル特有の時間的な揺らぎが音を濁す」と主張する人も居ました。

CDプレーヤーのピックアップ(光学読み取り部)は、
振動などの外乱に抗してサーボ(調整)を掛けながら、
微細な音楽信号(ピット)を読み取るっていきます。
この時、サーボによる電圧変動がCDのクロック信号を乱す為に、
クロックのタイミングに微細な時間変動が生じる事が確認されています。
クロックのタイミングの揺らぎは、ジッターと呼ばれ、
音質に影響を与えると考えられています。

現在でも、測定すらも難しい微細なデジタルの時間変動が、
どうして音質に影響するのかは、正確には解明されていません。

■ ローテクでジッターを減らしていたフィリップス ■

CDの開発者はフィリップスとソニーです。

直系12cmのCDを東京ドームのグラウンドの大きさにすると、
CDのピックアップがデジタル信号の溝(ピット)をトレースするスピードは、
マッハ4の速度で砂粒を数え上げる事に等しいと言われています。

ちょっとの揺れでも、ピックアップは砂粒の列を見失ってしまいます。
その為にCDプレーヤーは絶えず溝の真ん中にピックアップが来る様に、
ピックアップを制御し続けています。

SONYなど日本のメーカーは技術力が高かったので、
ピットの真ん中と左右をトレースする3本のレーザービームの反射光の出力差を
サーボ回路に瞬時にフィードバックしてモターを駆動し、
ピックアップが絶えずピットの中心をトレースするという技術を生み出しました。

一方、フィリップスは3ビームの技術が開発出来なかったので、
何とレコードプレーヤーのアームの様なスイングする機構の先端に、
ちょっと「おもり」を付けたピックアップを搭載しました。
何と、外的振動を重さで吸収してしまおうというローテク作戦だったのです。

さらに初期のフィリップスのDAコンバーターは、
CDの16Bitのうち14Bitしか処理で出来ませんでした。

ところが明らかに技術的に劣るフィリップスのCDプレーヤーは音が良かったのです。
日本のメーカーがデンドン、シャリシャリと今思えば拷問の様な音を出していたのに対して、
フィリップスのCDプレーヤーの音は「まろやか」で「弾力に富み」
それでいて「絹の様な肌合い」の音を出していました。

永年アナログレコードに慣れ親しんだ、耳の肥えたファン達は、
フィリップスのメカニズムが搭載されたCDを買いました。

日本のメーカーはスペック重視ですから、
エラーの発生率をピックアップの優劣と考えていました。
ですから強力にサーボを効かせてトレース精度を高めていましたが、
その結果、サーボによる電圧変化が電源からクロック信号に周り込んで、
悲惨な音を作り出していたのです。

一方フリップスはレコードメーカーでもあったので、
徹底した視聴でCDプレーヤーを作り上げたのでしょう。
その結果、トレース制度が落ちてもサーボが弱い方が音が良い事に気付いたのでしょう。
そこで彼らは「重り」という慣性重量をサーボの変わりに用いたのでしょう。

■ iPodは音が良かった ■

CDの音を汚すのは「ジッター」の存在では無いかと気付いた海外の技術者達は、
実にスマートな方法でジッタを解決していきました。

元々、レコーディングスタジオでは、デジタル機器間のクロックの同期を取る為に
精度の高い外部クロックを使用していました。
正確なクロックが機器の誤動作を防ぎ、音質向上に繋がる事は常識でした。

これらの事実を知る技術者達が、クロックとバッファーメモリーを搭載した
小さなDAコンバーターを開発し始めました。

CDからのデジタル信号を、一旦バッファーメモリーに貯め、
メモリーの読みだ出しと、DACのチップを同じクロックで動作させたのです。

2000年頃、日本の若いオーディオファンは住宅事情もあって、
高級ヘッドホンで音楽を楽しんでいました。
DAコンバーターとヘッドホンアンプを合体させたヘッドホンアンプは、
「音が良い」と評判になり、若者達に浸透して行きます。


■ 光ケーブルこそが音質を損なっていた ■

ところが、私はどうもこれらの製品の音も馴染めませんでした。
なんだか、音がクッキリし過ぎてウソクサイ・・・。

これらの機器の音楽信号はPCから取り出す場合が多かったので、
多くの機器では同軸ケーブルか、光ケーブルでDACとPCを繋いでいました。

光ゲーブルは、PCとオーディオ機器との間のアースを切り離せるので、
PCのデジタルノイズがアース経由でオーディオに混入する事を防げる為、
オーディオ的には最適と考えられていました。
・・・しかし、「光ケーブルは音が悪い」と言うオーディオマニアは沢山いました。

これは光ケーブルの内部の乱反射によって、クロックのタイミングがズレル事が原因とも、
「電気 - 光」、「光 - 電気」という複雑な変換が原因とも言われています。
「電気 - 光」、「光 - 電気」でデータにエーラーが生じては、光通信は成り立ちませんので、
私は原因は前者のクロックの揺らぎにあると思っています。
光ファイバーの内部反射で、デジタル信号のエッジが鈍るので
ちょっとした電圧の変動でも、時間的揺らぎは大きくなってしまうのでしょう。
要は、光ケーブル接続は「ジッター」が大量に発生するのです。

■ さらにUSBケーブルでも音質は劣化していた ■

最近のデジタルオーディオ機器にはUSBケーブルを用いる物が多いのですが、
実は最近になってUSBケーブルは70cmを超える長さになるとエラーが増える事が分かって来ました。
ハードディスクやプリンターの接続に便利なUSBケーブルですが、
コンピューターの接続では、エラーチェックを常時しながら、
信号がやり取りされますので、
ケーブルの長さによるエラーの増大は、通信時間の差となって表れますが、
データーに損傷は起こりません。

ところが、オーディオフォーマットのUSBケーブル転送では、
PCはデータを送りっぱなしという方式を取られています。
USBケーブルは70cm程度まではエラーが少ないそうですが、
それを過ぎると、エラーの発生率が増大します。

CDの書き込みデータは、非常にエラーに強い変換方法が採用されていますが、
PCから出力される音楽データは時系列のデータですから、
エラーには弱くなっています。
当然、補完によるエラー訂正が頻発する事が予想されます。

■ ジッター解決の最適解であった、iPod ■

ここで先に紹介した「iPodは数百万のCDプレーヤーよりも音が良かった」に戻ります。

iPodはPCからデータ通信で、内臓HDか内蔵メモリーにデータを転送します。
この転送は当然コンピューター間のデータ転送ですからエラー訂正され、
iPodには正確なデジタルデータが転送されます。

次にiPodは携帯プレーヤーですからHDのデータは随時メモリーに記憶され、
そこから再生する事で、振動などによるHDの読み込みエラーを防止します。

バッファーメモリーの吸い上げられたデータは、DAコンバーターに送られますが、
メモリー駆動用のクロックと、DAコンバーター動作用のクロックは同一です。
さらに、iPodは小さいので、クロックとメモリーやDAC間の配線は最短の長さです。
ですから、外的要因による時間揺らぎは、ほぼ発生しません。

この様な理由から、何とiPodは理想的なCDPの要件を満たしていたので音が良かったのです。

■ 昔のAppleには音の分かるエンジニアが居た ■

しかしiPodの素晴らしいのはそれだけではありません。

ヘッドホン出力用のアナログ回路の音が良いのです。

国産のMP3プレーヤーはドンドン・シャリシャリという音がしていましたが、
iPodの音は「ふくよか」で「弾力に富」、「なめらか」な音でした。
専用イヤホンも、帯域を欲張らずに、中域を厚く再生します。

これは生演奏の音を良く知っている技術者が開発に携わっていたからだと言われています。

■ iTunesこそが最高のプレーヤーだった ■

iPodは音が良くないと言われる方の多くは、
iTunesにCDなどの音源を録音する際に、データを圧縮して取り込んでいます。
その方が、iPodに大量の音楽が入るからです。

ところが、iPodに取り込む時、非圧縮のWAVデータやACCデータで取り込むと、
iPodから聞こえる音は激変します。
特にクラシックなどでは情報量が圧倒的に増えて、弦が滑らかに再生されます。
(ロックやポップスでは圧縮音源の方が、低音の輪郭がはっきりしてノリが良いです)

しかし非圧縮データはデータサイズが大きいので、
iPodに大量のデータを格納する事が出来ません。

そこで、PCのiTunesから、直接音楽信号を取り出そうとする試みが為されました。
PCのサウンドボードかUSB音楽プレーヤーを使用するのが一般的です。

Appleから「Airmac exples」という小型の無線LANのターミナルが発売されています。
何と、このAirmacにはDAコンバーターが内臓されるのです。
PCから無線LANで音楽信号を飛ばし、Airmacで受信した部屋で好きなように音楽が聴ける
そんな目的で造られた商品ですが、これが思いの他、便利だったのです。

AirmacにはUSB入力とLANケーブルの入力もあります。
さらに、ヘッドホンジャック(ミニピンジャック)と光デジタル出力まで付いています。

始めにAirmacに注目した人達は、無線LANと光出力で、
PCとオーディオの間のアース回路を完全に分離出来る事に着目しました。
PCからのデジタルノイズを、オーディオ機器と分離する手段としたのです。
彼らはAirmacの光出力を、高額なDACのデジタル入力として活用しました。

ところが、Airmacのミニピンジャックの出力を、直接オーディオに繋いで見ると、
iPodよりも、厚い音がして、アナログファンを唸らせてしまった。

さらに、無線LNAでは無く、LANケーブルでPCと繋いで、
接続の設定をちょっと細工してあげると、
データ転送エラーは発生しない事が分かってきました。

(Airmacの表示LEDを緑色点灯さる事がミソ。

 1) AirmacとPCをLANケーブルd接続する
 2) Airmacの管理ソフトを立ち上げる
 3) 無線LNAをオフにする
 4) AirmacのIPアドレスを手動で入力する
    IPアドレスは、管理ソフト立ち上げ時に表示しあれたアドレス。
 5) IPアドレスの自動取得をオフにする。 
 この手順で、Airmacの「緑色点灯」が確立出来ます。)


■ Airmac Expres は高音質なのでは無く、低音質だから良い ■

ここまで読むと、Airmac Expres は高音質だと思われるでしょう。

実は逆です。
Airmac Expresは実は音質が悪いのです。
先ず、上限のレンジが狭い。
さらに、左右のチャンネルのクロストーク(音の混入)が多いのです。

「なんだ、全然ダメダメじゃん」とお思いでしょう・・・。

いえいえ、これこそがアナログの音なのです。
アナログレコードは1本の溝に左右の信号を刻んでいます。
当然、左右のチャンルは音が混ざり合います。(これをクロストークと呼びます)

さらに、レコード針が樹脂のレコードに溝を引っかきながら音を再生するので、
歪みを低減する事は、根本的に困難です。
ところが、レコードの音は、人の耳には自然に聞こえます。
これは「生音」と同じ肌合いの音・・・そう言い変える事も出来ます。
ですから生のコンサートに足を運ぶ人程、レコードファンが多いのです。
(1/f揺らぎが自然な歪みだとか、
 偶数次の歪みは、人間を心地よくさせるという説があります)

私も経験的に、イギリスの小型アンプなど、クロストークの多いアンプは、
充実した音がする事を知っています。
さらに、左右のスピーカーを重ねて設置すると、
ステレオの音場こそ消失しますが、
生の演奏会に近い音の勢いが得られる事も経験していました。

ですから、Airmac Expresの音の良さは、
アナログ的な歪みの多さと、クロストークによるものでは無いかと思っています。

さらにはジッターという、人間の聴覚ではどうしても不自然に感じる
ノイズ元が無い事も大きいでしょう。

■ 崩壊する録音環境 ■

オーディオマニアはイコライザーの使用を嫌います。

「レコードやCDには生の音源が入っているのだから、手を加えるのは言語同断」という
原音至上主義の方達が多くいらっしゃいます。
最高の録音であれば、良い音源は優れた再生音を生み出してくれます。

ところが実際には「録音」は千差万別です。
クラシックでも酷い録音は存在しますが、それでもバランスは取れています。

これが、80年代以降のロックやポップスやJ-POPSでは悲惨な録音状態です。
CDの登場によってオーディオ機器は小型化し、ラジカセ全盛の時代になりました。

CDを購入する多くの人々が、ラジカセで音楽を聴くので、
当然、録音スタジオではラジカセで格好良く聞こえる様な録音をする様になります。

ミキシングスタジオから大型スピーカーが消え、
YAMAHAの10Mという、白いウーファーの小型スピーカーが大増殖して行きました。
ラジカセは大型スピーカーの様には低音が出ませんので、
ミキシング時に低音を思い切り持ち上げて録音される様になりました。
さらには、小型スピーカーではあまり聞こえない重低音は、
管理されていないような録音も現れ始めました。

80年代前半のアナログレコードに時代までは、
それでも多くの人が大型のオーディオスピーカーを使用していたので、
録音はそれを考慮して、まともなバランスを保っています。

しかし、90年代以降はPOPSやROCKはそれこそ「悲惨」な状況です。

■ 曲毎、アルバム毎にイコライザーカーブをプリセットできるiTunse ■

イコライザーを使用すれば、部屋の音響特性と録音バランスを補正できるのですが、
録音バランスの違うCDにあわせてその都度イコライザーを操作するのは面倒です。

しかし、iTunseには、曲毎にイコライザーを設定する機能が付いています。
iTunesにプリセットされているイコライザーは、派手な演出でクソですが、
iTunseはバンド数が少ないながらも、自分で複数のイコライザーカーブを作って登録できます。

もう、これを使ってしまったら、病み付きになります。
古いジャズも、最新のロックも、最適なバランスに調整する事が出来ます。

■ ルームアコースティックを機材で調整する愚 ■

私は先日、コンクリートにクロス直貼りのマンションから、
ボード貼りのマンションに引越しました。

コンクリートにクロス直貼りの部屋では、低音がだぶ付いて始末に負えませんでした。
iTunseのイコライザーが無ければ、大型スピーカーは絶対に使えません。
ところが、ボード貼りの部屋では、ボードが丁度良いアンバイに低音を吸収してくれます。

これが、木造の和室では、今度は低音が不足するかも知れません。

このようなルーム・アコースティックの違いを機材で調整する事は至難の業ですが、
イコライザーでは比較的容易に調整できます。

■ 大型スピーカーの衰退 ■

AMラジオの様なフルレンジの小型スピーカーは
高音も低音も出ませんが、ストレスの無い聞きやすい音がします。

今な無き長岡鉄夫というオーディオ評論家は、
小さなフルレンジユニットを使って、高効率の自作スピーカーを発表し続け、
一部のオーディオマニアから神的な扱いを受けていました。

長岡鉄夫のファンはらはオーディオマニアと言うよりは、音楽マニアが多く、
高効率のスピーカーからは、生きた音楽が聞こえる来る事を知っていました。

一方、所謂オーディオマニアはJBLのマルチユニットのモニタースピーカーなどに嵌りますが、
これは上手く鳴らす事が非常に難しいシステムで、まともに鳴らした人は少ないでしょう。

大型のマルチユニットではユニット間の繋がりで、周波数特性が乱れ、
さらには日本人はタンスの様な巨大スピーカーを6畳間に押し込んだりしていましたから、
ユニット間の音が混じる事も無く、音場再生などという概念もハナから無視していました。

一時期、録音のワイドレンジ化に伴って導入されたJBLのマルチモニターは、
その後、UREIの同軸2ウェイユニットにその座を奪われます。
ホーン先端の青色のスポンジも鮮やかなUREIのモニターは、
同軸2ウェイ故に、音の繋がりも良く、大型ながら音場再現にも優れていました。

JBLはその後、2ウェイのモニターシステムに移行すると同時に、
UREIを買収して、UREIモニターを市場から消し去りました。(アメリカ人の発想ですね)

ところが、時代はラジカセの時代になり、
大型モニターは少なくなり(当然、楽器個々の録音確認には使用されますが)、
YAMAHAの10Mが大増殖し行きます。

■ 小型スピーカーブーム ■

1985年頃だと思いますが、イギリスのセレッションというメーカーが
SL600という小型密閉方スピーカーを発売します。
(マーシャルのギーターアンプのスピーカはセレッション製です)

SL6という、中級スピーカーのユニットはそのままに、
箱の共振を抑える為に、航空機に用いられていたアルミのハニカム材を
エンクロージャーに用い、レーザー解析で振動を最適化するという
現代的スピーカー設計の原型とも言える製品でした。

SL600は鳴らし難いスピーカーとして名を馳せました。
非力なアンプでは全く鳴らないのです。
ところが、マークレビンソンなどアメリカの純A級のパワーのあるアンプで鳴らすと豹変しました。

スピーカーの存在が消え、そこであたかも演奏していうかの様な空間が生まれたのです。

■ 地獄の一丁目、小型低能率ワイドレンジ・スピーカー ■

SL600の登場までは、スピーカーの効率は90dB以上はありました。
ところがSL600以降は、80dB程度の効率しか無いスピーカーが続々と登場します。

低音が出難い小型のスピーカーなので、
低音の効率に、システムの効率を揃える事で、帯域のバランスを確保したのです。

さらに小型スピーカーで低音を得る為に、ウーファーのユニットは重くなり、
さらに強力な磁気回路の中に設置されました。

これでは、非力なアンプでは、ウーファーから逆流する電流に押されて
まともな再生が出来ません。

さらに、ハイパワーでウーァーを叩き出さなければ、音に勢いが生まれません。

NFBを最小に抑えながらも、出力インピーダンスを小さくして駆動力を稼ぐ為に、
現代の高級アンプは、出力段のトランシスターを多数並列にして、
スピーカーの駆動力を確保しながら、低インピーダンスに対応しました。

小型低能率スピーカーの登場は、アンプの巨大化と高価格化をもたらしましたが、
住宅事情から、大音量の出せない日本のオーディオマニアの多くは、
結局、スピーカーとアンプの実力を出す事なく、買い替えを繰り返していきました。

(この時代のパワーアンプの最高傑作が、初期型KRELLのKSA50やKSA100でしょう。
 2Ωまでを楽々と駆動しながら、繊細で力強く、さらにマッタリとクリーミーな味わい。
 しかしながら、陽炎が立つ程の発熱と、月の電気代が3000円アップに耐えなければなりません。
 エコを目指し、クラーの無い我が家では、半年で売りに出されました。

 でも、人生で最後に聞きたい音を挙げろと言われたら、
 私は間違い無く「初期型のKSA50の音を聞きたい」と答えます。
 スピーカーは・・・SL600・・・いや、APOGEEのフルリボンか・・・)

■ 小型スピーカーが悪いわけでは無い ■

小型スピーカーの先鞭を付けたセレッションですが、
SL3という非常に鳴らしやすい小型スピーカーを発売していました。
今でも実家で使っていますが、FMラジオを聞き流すには最適なスピーカーです。

SL3の上位機種の、SL600の原型であるSL6も素晴らしいスピーカーでした。
小型密閉型のスピーカーですが、低音も結構出たので、
これをどう料理するかが、鳴らす人の腕の見せ所でもありあました。
LINNの黒箱に繋いで鳴らすと、弦楽器は張りがあって、艶やか、躍動感一杯に鳴ります。
又、この組み合わせの、ビートルズは絶品でした。
アメリカのスピーカーでは鳴らし難いビートルズですが、
イギリスのスピーカーとアンプの組み合わせでは、生き生きと鳴ります。

最近ではKEFFのiQ3などは、とても良く出来たスピーカーです。
DALLIのロイヤル・メヌエットも、音楽がとても楽しく聞こえるスピーカーです。

これらの小型スピーカーを使っている内は、オーディオマニアも幸せで居られます。
高音がどうの、低音がどうのと、細かい事も気になりません。

■ 38cm小型2ウェイという選択肢 ■

ご存知の方も多いと思いますが、名古屋のProcableという通販ショップが、
iPodやiTuneのオーディオ活用に一役買いました。

ホームページが強烈なので、アンチ・プロケーブルを量産しましたが、
そこに書かれている事は、技術的には間違いも多いのですが、
結構、従来の常識を外れると、楽しいオーディオライフが返って来る事を証明しています。

先ず、高効率スピーカーを使う事。
問題はほとんどコレで解決します。
生き生きとした音楽が聞こえてきます。

38cmのPAスピーカーを推奨しているので、
私もエレクトロボイスの「Foce i」という比較的小さなPAスピーカーと、
クラウンの25Wの小型アンプD45を購入してみました。

これが意外と素性が良いのですが、
38cmと言えども箱が小さいので低音が出ない。
小型スピーカーよりも低音は少ないのでは無いでしょうか?

ただ、103dBという高効率スピーカーなので、
25Wのアンプで軽快に鳴ります。
とにかく、ドラムなどの音の立下りは早い。
ロックのドラムが、パッシっと決まるのは快感です。

低音を出す秘訣は・・・
私はスピーカーケーブルをステージ用の端子を用いずに
スピーカーのネットワークに直接半田付けしたら、低音のバランスが取れました。

ネットワークとユニットの間も、スピーカーケーブルと同じケーブルで半田付け。
多分、半田の適度な抵抗が、スピーカーに丁度良い負荷になったのではと考えています。
(某サイトでは、電線(Fケーブル)を何百メートルも使ってバランスを取る人も居ましたが、
 単に、それって抵抗じゃなイカ?)
昔からJBLなどの大型SPに抵抗を繋ぐと鳴らしやすいというウワサは聞きます。

因みにスピーカーケーブルはウェスタンエレクトリック社の14Gという錫メッキ線です。
高域が適度にシャラシャラして、ホーンのキツサを抑えてくれます。
クラシックまで聞こうとするならば、錫メッキ線は便利です。

ALLEN&HEATHというイギリスのDJミキサーをプリアンプ変わりに使うと、
帯域を程よく真ん中に集めてくれて、さらにALLENマジックとも言える
独特の艶と響きが加わって、ちょっと手放せなくなります。

使いこなしのミソは、とにかくミキサーで音を絞らずに、
パワーアンプのボリュームで絞る事。
ミキサーのLEDインジケーターはオレンジがチョコチョコ点滅するくらいが、
音が生き生きします。

結局、一般のオーディオでは、パワーアンプに入力する前で
音楽信号を絞ってしまうので、SN比も落ちてしまいますし、
微小信号を扱うプリアンプが、理想的な動作範囲で再生出来ていない事が良く分かります。

■ iTunseはVer7.6 , Windows Xp はSp2 がベスト ■

さて、なんでオーディオの話を長々と書いたかと言うと、
一昨日、出来心で、iTunseのバーションを10.3に上げてしまったのです。

色々なバージョンを試した結果、Ver7.6以降は、中域が薄く、
CDプレーヤーの様なすっきりした音になるのは分かっていましたが、
Appleがあまりに執拗にバージョンアップを薦め、
とうとうiTunseストアーにも入れななくなり、
iTunseの操作画面の下半分もバージョンアップの広告に占拠されるという
Appleのイヤガラセに、とうとう根負けしてのバージョンアップでした。

ところが、何と今度はXPのサービスパック2ではiTunesの10.3は外部スピーカーに音だし出来ない。
XPのサービスパック3は、やはりスカスカの音になるので、
オーディオ用のPCは、苦労してSP3をSP2に戻していました。

結局、HDを一台買い足して、オーディオ用にXPのSP2環境とiTunseのver7.6を再構築する事に。
これが、バックアップファイルを流すだけでは上手く行かず、
結局一晩かけて、ようやく先程、アナログの様なふくよかな音が戻って来ました。

その感動が、ここまで長文を書かせる原動力でしたが・・・そろそろ指が痛いです。
では、秋の夜長を、ビルエバンスの枯葉でも聞きながら・・・。


42


Twitterで共有 はてなブックマークに登録

投稿者: 人力
詳細ページ - コメント(16) | トラックバック(1)
2009/10/21

i-Podオーディオの決定版  オーディオ

■ オーディオの夢の時代 ■

私達が中学、高校の頃は、オーディオのフルセットを揃える事が夢でした。
80年代日本は、オーディオ天国でした。

\79,800のプリメインアンプは激戦区でした。
サンスイのAU−607シリーズを筆頭に、
各社がこの価格帯に利益度外視の様な物量を投入していました。

クリックすると元のサイズで表示します

\59,800のスピーカーも熾烈な争いでした。
30cmのウーファーをベースにした3ウェイが基本でしたが、
大体、前述の\79,800のプリメインアンプで鳴らしていました。
ONKYOのD-77が分野の先駆者でしょうか。

クリックすると元のサイズで表示します

CDというデジタルソースの出現で、
ひたすら広帯域、低歪という測定データ重視、
「物量=価値」という単純な時代でした。

■ BOSEという選択肢 ■

その頃、カフェバーのスピーカーと言えばコレ。

クリックすると元のサイズで表示します

BOSE 301。
白いカフェバーに、白いBOSE。
何となく軟派なイメージがしてヘビーデュティー嗜好の私などは、
あまりBOSEが欲しいとは思えませんでしたが、
友人達の部屋で聞くBOSEは、101も、301も、楽しい音で鳴っていました。

「この高音が」とか、「コンバスの弦の解像度が」などという点ではダメなのですが、
音楽を聴いていて楽しいスピーカーでした。
音楽の「うねり」の様な物を良く表現し、
ボーカルの表情が良く伝わる。

当時を振り返ると、
音楽好きはBOSEや自作フルレンジ(長岡式)を選択し、
機械好きは、国産をカタログスペック重視で選んでいた様に思います。

さて、時代が30年経ち、どちらが優れていたかは自ずと結論が付いていると思います。
国産オーディオはほぼ絶滅の状況にあり、
ミニコンポと一部愛好家向けの高級機だけの市場になってしまいました。

一方、BOSEはホームシアターというフィールドにも進出し、
今でも楽しい音を鳴らし続けています。

■ ハイファイは疲れる ■

私もオーディオに随分と散財しました。
しかし、結局行き着く先はラジオの音。

先日までは、仕事用のデスクトップシステムに、
カナダのスタジオ用のアンプ(BRYSTON B−60)と
イギリスのMONITOR AUDIOの小型スピーカーを組み合わせていましたが、
結局、殆ど使用しませでした。
何故か・・・眼前にミニチュアの音像が並ぶと、煩わしいのです。

そもそも、ステレオ自体が擬似音場でしかありません。
脳は多分、その擬似的な音場を補正して尤もらしく聞かせる為に、
結構な労力を使うのでしょう。

低音も高音も、現実のものとは違います。
すると、脳は又イコライジングでこれに対応しようとします。

ですから、仕事中になまじなハイファイ(死語ですが)を聞くと、
仕事に集中出来ません。

■ yahooオークションで間違って落札したギターアンプ ■

クリックすると元のサイズで表示します

いきなりギターアンプです。
yahooオクでオーディオのアンプのコーナーに間違って出展されていました。

何の気無しに\3,000で入札したら、落札してしまいまいした。
息子にでもあげようと思い、送金したら、商品が届きました・・・。
日本フェンダーの小型のギターアンプです。
5インチのスピーカーが2個搭載されています。
何と、これがセレッションです。

かつて、マーシャルのギターアンプはセレッションを使用していました。
セレッションはイギリスの老舗のスピーカーメーカです。
レーザーによる振動解析を駆使して開発されたSL−600は、
現代スピーカーの原点と言っても過言ではありません。

私もセレッションの音は大好きです。
今でもSL−3を所有していますし、
SL−6とLINNの黒箱で鳴らすビートルズは最高です。

決して鳴りすぎる事が無く、されど聞きたい音は聞こえて来る。
それがセレッションです。

現在は台湾当たりのメーカーに商標を売却してしまって、
名ばかりセレッションですが・・・何となく嬉しい。

さらに、このアンプ、RCAのライン入力が付いている。
スピーカーが2発だから、ステレオ入力に対応する様です。

さらに、ディストーション回路を搭載している。
早速、息子のエレキギターを拝借して、ギュイイイーーンとやったら、
超気持イイ(ギター、弾けません・・・。)
ギュイーーンとアメリカ国家を下手ながら弾けば、気分はジミヘンです。

■ 最高のi-Pod用オーディオ ■

さて、せっかくRCA入力が付いているのでi-Podを繋いでみました。
コードは自作のベルデンのマイクケーブルと、ノイトリックの端子の物です。
ギターアンプでは音量調整出来ないので、i-Pod側で音量調整をします。

・・・イイ・・・凄くイイ・・・。
楽器の音も、ボーカルも自然で聞きやすい。
レンジが狭いので、最近のJ−POPSも破綻無く再生できる。
ボーカルと演奏とのバランスも絶妙。
何と言っても、ギターの音が艶っぽくてGOOD。(そりゃーギターアンプですから)

という事で、フェンダーのギターアンプは私の愛用品となってしまいました。



4


Twitterで共有 はてなブックマークに登録

タグ: i-Pod オーディオ


投稿者: 人力
詳細ページ - コメント(0) | トラックバック(0)
2009/6/6

iPodを侮るなかれ  オーディオ

画像が削除されました

最近は秋葉原はアニメオタクの街になってしまいましたが、
私が学生の頃は、オーディオの専門店が沢山ありました。
大学生になるとオーディオセットを揃えるのが夢でした。

そんな青春時代を過ごしたオヤジの現在のオーディオがこれ。
サブシステムですが、PC用としては結構良い音がします。

■iPodを侮るなかれ■

ソースは何とiPodです。
iPodって実は侮れないんです。
同じ音をCDプレーヤーで再生しようとすると、
もしかすると100万円を越えてしまうかも知れません。

ウッソーとお思いかも知れませんが、
私はWADIAのDAコンバーターを使用していましたが、
iPodをオーディオに繋いだ瞬間売り払いました。

バッファーから読み出される信号を、最短距離でDAコンバーターに送り込み、
それぞれが同じクロックで作動するメリットは絶大です。

デジタル信号の最大の敵はジッターという時間的揺らぎです。
高価なCDプレーヤーやDAコンバーターはジッターをいかに抑えるかが技術の鍵です。

ところが、iPodはモーターの様な駆動部がありません。
ハードディスクモデルも殆どメモリーから再生していて、
モーターが回転している時間は一瞬です。
電力消費を低減させるアイデアがジッターの低減に寄与しています。

さらに、ピックアップやモーターの回転をサーボで制御する必要もありません。
これも電源を揺さぶる要因から開放されています。

そして、最大のメリットはバッテリー駆動である事。
オーディオの電源は電源の揺らぎの無いバッテリー駆動が理想です。
バッテリー駆動は、電源からのノイズの混入とも無縁です。

高級CDプレーヤーが100万以上を費す対策を、
iPodは1万円くらいで出来てしまっています。

■WADIAが認めたiPodの高性能■

日本のオーディオ屋さんは、「iPodなんてオモチャですよ」って切り捨てていましたが、
アメリカ人は合理的で、良いものは良いと認めるようです。
高級CDPの専門メーカーのWADIAがiPodをトランスポートとするシステムを発売してしまいました。

DACはWADIA製で高価ですが、
従来50万以上していたトランスポートをiPodで代用してしまいました・・・。
WADIAの魅力は、輪郭の明確な揺ぎ無い低音ですが、
CDトランスポートよりもiPodの方がジッターが無いのでWADIAの理想とする音になるのでしょう。

これには、専業オーディオメーカーは参ってしまいます。
しかし、将来的に音楽ソースがネット配信に置き換わって行く事を考えると、
CDというフォーマットがかつてのアナログレコードのような立場になります。
WADIAの選択は、実は将来を考えれば、正しい判断です。

■非圧縮ファイルの実力■

iPodに音楽を転送する時、あるいはiTunesに音楽を取り込む時、
ファイルサイズを節約する為にMP3など圧縮ファイルを選択する事が一般的です。

しかし、iPodの実力を発揮する為には、
ファイル形式は非圧縮のWAVファイルが必須条件です。
CD一枚で1Mくらいのファイルサイズになってしまうので、
ハードディスクの容量を浪費しますが、現在の大容量のハードディスクなら、
1000枚程度のCDも入ってしまいます。

非圧縮ファイルで、質の良いヘッドホンでクラシックを聞いてみて下さい。
iPodの高性能に驚愕する事必至です。


■高音質の為のケーブル■


さて、こうして高音質の再生環境が簡単に手に入りました。
ネットでは、「iPod内蔵のアンプは低音質だから、
音楽信号はiPodのヘッドホン端子からオーディオに繋いでも低音質」という人も居ます。

騙されたと思って、BELDENの88760というマイクケーブル使用してみて下さい。
密度の高い、素晴らしい音がします。
私は秋葉原でケーブルを購入して、ノイトリックの端子で自作しましたが、
ネットで評判(賛否両論ですが)の、プロケーブルのネット通販で、
5000円くらいで手に入ります。
https://green.ap.teacup.com/applet/pekepon/msgcate11/archive
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/842.html#c90

[リバイバル3] 最近のオーディオ業界の状況 中川隆
119. 中川隆[-8639] koaQ7Jey 2019年8月27日 16:13:21 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4112]
2011/10/16
日曜の午後は優雅にJAZZなど聞きながら・・・最新技術でレトロを再現する https://green.ap.teacup.com/applet/pekepon/msgcate11/archive

 

■ デジタルオーディオの薦め ■

80年代、90年代に青春時代を過ごした男子ならば、
オーディオセットに大枚を叩いた経験があるでしょう。
かつて日本のオーディオ機器は、世界を席捲しました。

AKAI
AIWA
Aurex(東芝)
DENON
DIATONE(三菱)
KENWOOD
Lo−D(日立)
MARANTZ
Nakamichi
ONKYO
PIONEER
SANSUI
SONY
TEAC
Technics(松下)
YAMAHA
Victor

さらに
OTTO(サンヨー)
OPTONICA(シャープ)


こんな小さな国に、結構規模の大きなオーディオ・ブランドが
ひしめいていたのです。

■ プラザ合意と日本製品 ■

日本のオーディオーメーカーが世界ブランドになったのは
1970年代後半からではないかと思いますが、
これは、日本車が世界市場に受け入れられていく時期と重なるかと思います。

かつて1ドル360円だった為替レートは、
1971年のニクソンショック以来円高になり、
1985年プラザ合意で、240円から一気に120円となりました。
そして、現在は1ドル80円代が当たり前の時代となりました。

1) 360円時代・・・戦後、繊維産業が輸出産業として外貨を稼ぐ
2) 240円時代・・・1970年代前半までは、鉄鋼・造船・化学が輸出産業として成長
3) 120円時代・・・自動車、電機産業が輸出を延ばす
4)  80円時代・・・材料・部品 (円建て輸出も多い)

これはイギリスやアメリカの経済成長の歴史ともリンクしますし、
現在のアジアの経済成長の姿とも被ります。

■ 戦後は米英、その後は日本、そしてアジアへ・・ ■

プラザ合意後で日本のオーディオと自動車は明暗を分けます。
自動車は実用品的価値を持つので、ある意味、
コストバリューが適当であれば、売れます。

アメリカではプラザ合意後の日本車は、決して安い車ではありませんでした。
サニーやカローラーだって、アメリカでは外車です。
それでも故障の少ない日本車は、アメリカで人気がありました。

大柄のアメリカ人が、体を畳む様にして、
ちょっと年代物の日本車に乗っている光景を良く目にしました。


一方、オーディオは嗜好品でありステータスシンボルです。
ライフスタイルの変化と共に、オーディオの需要は変化をします。
かつては大型のオーディオセットを所有する事は男のロマンでしたが、
現在はiPodやiPhonにその座を奪われてしまいました。
或いは、大型TVとホームシアターに変化したとも言えます。

戦後の経済成長で、最初にオーディオを楽しむ余裕が生まれたのは米欧でした。
アメリカにもヨーロッパにも色々なオーディオメーカーが誕生しましたが、
ガレージメーカーが多いので、新旧のメーカーが目まぐるしく入れ替わりながら、
全体のパイとしては、どんどん縮小しています。

日本はさらに衰退が激しく、80年代に全盛を極めた大手メーカーは、
今ではラジカセかホームシアターシステムをメインに生産しています。
(一部高級オーディオも残っていますが、趣味みたいな規模です)

一方、新興国では、ちょっとしたオーディオブームが発生している様です。
シンガポールでちょっとオーディオ店を覗いてみましたが、
BOSEと並んで、アジアの名前は知らないけれども、
デザインも造りも悪く無いシステムが販売されていました。
(もしかすると、欧米でデザインしてアジアで生産かも知れません)

■ 「質より量」が生きている新興国市場 ■

SONYはアフリカやインドなどの市場に力を入れている様で、
それらの国では圧倒的なブランド力を維持しています。

それらの国では未だに「質より量」の文化レベルなので、
スピーカーユニットが沢山付いていて、低音がガンガン出るシステムが売れる様です。
ちょっと大型のミニコンポを想像すると良いかも知れません。

■ オーディオ機器からPCへ ■

一昔前なら、コンピューターのデータを再生するデジタルオーディオは
オーディオファンからは冷たい目で見られていました。
デジタルノイズだらけのPCからは、良い音は得られないと思われていたのです。

ところが、1千万円もする高級オーディオに
iPodを繋いでみた人が現れました(外人)
マークレビンソンというメーカーの数百万円するCDシステムと聞き比べると・・・
何と、iPodの方が音が良いように感じてしまったのです。

このオーディオ記者のレポートがサイトに載ってから、
ジワリ、ジワリと、PCを音源にするデジタルオーディオが浸透し始めました。

■ 高音質を再現できなかったCDプレーヤー ■

CDは1980年代のオーディオ全盛期に、
高音質を売り物に、華々しくデビューします。

それまでレコードしか聞いた事が無かった人々は、
針音のしない「無音の曲間」や、「クッキリした音」にビックリしました。
「これがデジタルの音なんだ・・・」と。

ところが、アナログレコードのマニアは根強く残りました。
彼らは「CDの音は何か変だ」と主張します。
「サンプリングレートが44KHzなので、
20KHz以上の可聴域以上の音が再生出来ないのが原因だろう」
そうオーディオメーカーの開発者も考えました。

ところが、サンプリングレートを高くした高音質CDも
やはり「何かが違った」のです。

アナログレコードの音を追い求めて、
CDの読み取り部分ーとDAコンバータ部分を別々の機材に分けたり、
CD読み取り部を鉄の塊で固めて防振を徹底するなど、
だんだんとアナロぐレコードの様なアプローチが試みられるようになり、
最後には100万を軽々と越える鉄の塊の様なCDプレーヤーまで出現しました。

■ ジッターというデジタル揺らぎ ■

一方で「ジッターと呼ばれるデジタル特有の時間的な揺らぎが音を濁す」と主張する人も居ました。

CDプレーヤーのピックアップ(光学読み取り部)は、
振動などの外乱に抗してサーボ(調整)を掛けながら、
微細な音楽信号(ピット)を読み取るっていきます。
この時、サーボによる電圧変動がCDのクロック信号を乱す為に、
クロックのタイミングに微細な時間変動が生じる事が確認されています。
クロックのタイミングの揺らぎは、ジッターと呼ばれ、
音質に影響を与えると考えられています。

現在でも、測定すらも難しい微細なデジタルの時間変動が、
どうして音質に影響するのかは、正確には解明されていません。

■ ローテクでジッターを減らしていたフィリップス ■

CDの開発者はフィリップスとソニーです。

直系12cmのCDを東京ドームのグラウンドの大きさにすると、
CDのピックアップがデジタル信号の溝(ピット)をトレースするスピードは、
マッハ4の速度で砂粒を数え上げる事に等しいと言われています。

ちょっとの揺れでも、ピックアップは砂粒の列を見失ってしまいます。
その為にCDプレーヤーは絶えず溝の真ん中にピックアップが来る様に、
ピックアップを制御し続けています。

SONYなど日本のメーカーは技術力が高かったので、
ピットの真ん中と左右をトレースする3本のレーザービームの反射光の出力差を
サーボ回路に瞬時にフィードバックしてモターを駆動し、
ピックアップが絶えずピットの中心をトレースするという技術を生み出しました。

一方、フィリップスは3ビームの技術が開発出来なかったので、
何とレコードプレーヤーのアームの様なスイングする機構の先端に、
ちょっと「おもり」を付けたピックアップを搭載しました。
何と、外的振動を重さで吸収してしまおうというローテク作戦だったのです。

さらに初期のフィリップスのDAコンバーターは、
CDの16Bitのうち14Bitしか処理で出来ませんでした。

ところが明らかに技術的に劣るフィリップスのCDプレーヤーは音が良かったのです。
日本のメーカーがデンドン、シャリシャリと今思えば拷問の様な音を出していたのに対して、
フィリップスのCDプレーヤーの音は「まろやか」で「弾力に富み」
それでいて「絹の様な肌合い」の音を出していました。

永年アナログレコードに慣れ親しんだ、耳の肥えたファン達は、
フィリップスのメカニズムが搭載されたCDを買いました。

日本のメーカーはスペック重視ですから、
エラーの発生率をピックアップの優劣と考えていました。
ですから強力にサーボを効かせてトレース精度を高めていましたが、
その結果、サーボによる電圧変化が電源からクロック信号に周り込んで、
悲惨な音を作り出していたのです。

一方フリップスはレコードメーカーでもあったので、
徹底した視聴でCDプレーヤーを作り上げたのでしょう。
その結果、トレース制度が落ちてもサーボが弱い方が音が良い事に気付いたのでしょう。
そこで彼らは「重り」という慣性重量をサーボの変わりに用いたのでしょう。

■ iPodは音が良かった ■

CDの音を汚すのは「ジッター」の存在では無いかと気付いた海外の技術者達は、
実にスマートな方法でジッタを解決していきました。

元々、レコーディングスタジオでは、デジタル機器間のクロックの同期を取る為に
精度の高い外部クロックを使用していました。
正確なクロックが機器の誤動作を防ぎ、音質向上に繋がる事は常識でした。

これらの事実を知る技術者達が、クロックとバッファーメモリーを搭載した
小さなDAコンバーターを開発し始めました。

CDからのデジタル信号を、一旦バッファーメモリーに貯め、
メモリーの読みだ出しと、DACのチップを同じクロックで動作させたのです。

2000年頃、日本の若いオーディオファンは住宅事情もあって、
高級ヘッドホンで音楽を楽しんでいました。
DAコンバーターとヘッドホンアンプを合体させたヘッドホンアンプは、
「音が良い」と評判になり、若者達に浸透して行きます。


■ 光ケーブルこそが音質を損なっていた ■

ところが、私はどうもこれらの製品の音も馴染めませんでした。
なんだか、音がクッキリし過ぎてウソクサイ・・・。

これらの機器の音楽信号はPCから取り出す場合が多かったので、
多くの機器では同軸ケーブルか、光ケーブルでDACとPCを繋いでいました。

光ゲーブルは、PCとオーディオ機器との間のアースを切り離せるので、
PCのデジタルノイズがアース経由でオーディオに混入する事を防げる為、
オーディオ的には最適と考えられていました。
・・・しかし、「光ケーブルは音が悪い」と言うオーディオマニアは沢山いました。

これは光ケーブルの内部の乱反射によって、クロックのタイミングがズレル事が原因とも、
「電気 - 光」、「光 - 電気」という複雑な変換が原因とも言われています。
「電気 - 光」、「光 - 電気」でデータにエーラーが生じては、光通信は成り立ちませんので、
私は原因は前者のクロックの揺らぎにあると思っています。
光ファイバーの内部反射で、デジタル信号のエッジが鈍るので
ちょっとした電圧の変動でも、時間的揺らぎは大きくなってしまうのでしょう。
要は、光ケーブル接続は「ジッター」が大量に発生するのです。

■ さらにUSBケーブルでも音質は劣化していた ■

最近のデジタルオーディオ機器にはUSBケーブルを用いる物が多いのですが、
実は最近になってUSBケーブルは70cmを超える長さになるとエラーが増える事が分かって来ました。
ハードディスクやプリンターの接続に便利なUSBケーブルですが、
コンピューターの接続では、エラーチェックを常時しながら、
信号がやり取りされますので、
ケーブルの長さによるエラーの増大は、通信時間の差となって表れますが、
データーに損傷は起こりません。

ところが、オーディオフォーマットのUSBケーブル転送では、
PCはデータを送りっぱなしという方式を取られています。
USBケーブルは70cm程度まではエラーが少ないそうですが、
それを過ぎると、エラーの発生率が増大します。

CDの書き込みデータは、非常にエラーに強い変換方法が採用されていますが、
PCから出力される音楽データは時系列のデータですから、
エラーには弱くなっています。
当然、補完によるエラー訂正が頻発する事が予想されます。

■ ジッター解決の最適解であった、iPod ■

ここで先に紹介した「iPodは数百万のCDプレーヤーよりも音が良かった」に戻ります。

iPodはPCからデータ通信で、内臓HDか内蔵メモリーにデータを転送します。
この転送は当然コンピューター間のデータ転送ですからエラー訂正され、
iPodには正確なデジタルデータが転送されます。

次にiPodは携帯プレーヤーですからHDのデータは随時メモリーに記憶され、
そこから再生する事で、振動などによるHDの読み込みエラーを防止します。

バッファーメモリーの吸い上げられたデータは、DAコンバーターに送られますが、
メモリー駆動用のクロックと、DAコンバーター動作用のクロックは同一です。
さらに、iPodは小さいので、クロックとメモリーやDAC間の配線は最短の長さです。
ですから、外的要因による時間揺らぎは、ほぼ発生しません。

この様な理由から、何とiPodは理想的なCDPの要件を満たしていたので音が良かったのです。

■ 昔のAppleには音の分かるエンジニアが居た ■

しかしiPodの素晴らしいのはそれだけではありません。

ヘッドホン出力用のアナログ回路の音が良いのです。

国産のMP3プレーヤーはドンドン・シャリシャリという音がしていましたが、
iPodの音は「ふくよか」で「弾力に富」、「なめらか」な音でした。
専用イヤホンも、帯域を欲張らずに、中域を厚く再生します。

これは生演奏の音を良く知っている技術者が開発に携わっていたからだと言われています。

■ iTunesこそが最高のプレーヤーだった ■

iPodは音が良くないと言われる方の多くは、
iTunesにCDなどの音源を録音する際に、データを圧縮して取り込んでいます。
その方が、iPodに大量の音楽が入るからです。

ところが、iPodに取り込む時、非圧縮のWAVデータやACCデータで取り込むと、
iPodから聞こえる音は激変します。
特にクラシックなどでは情報量が圧倒的に増えて、弦が滑らかに再生されます。
(ロックやポップスでは圧縮音源の方が、低音の輪郭がはっきりしてノリが良いです)

しかし非圧縮データはデータサイズが大きいので、
iPodに大量のデータを格納する事が出来ません。

そこで、PCのiTunesから、直接音楽信号を取り出そうとする試みが為されました。
PCのサウンドボードかUSB音楽プレーヤーを使用するのが一般的です。

Appleから「Airmac exples」という小型の無線LANのターミナルが発売されています。
何と、このAirmacにはDAコンバーターが内臓されるのです。
PCから無線LANで音楽信号を飛ばし、Airmacで受信した部屋で好きなように音楽が聴ける
そんな目的で造られた商品ですが、これが思いの他、便利だったのです。

AirmacにはUSB入力とLANケーブルの入力もあります。
さらに、ヘッドホンジャック(ミニピンジャック)と光デジタル出力まで付いています。

始めにAirmacに注目した人達は、無線LANと光出力で、
PCとオーディオの間のアース回路を完全に分離出来る事に着目しました。
PCからのデジタルノイズを、オーディオ機器と分離する手段としたのです。
彼らはAirmacの光出力を、高額なDACのデジタル入力として活用しました。

ところが、Airmacのミニピンジャックの出力を、直接オーディオに繋いで見ると、
iPodよりも、厚い音がして、アナログファンを唸らせてしまった。

さらに、無線LNAでは無く、LANケーブルでPCと繋いで、
接続の設定をちょっと細工してあげると、
データ転送エラーは発生しない事が分かってきました。

(Airmacの表示LEDを緑色点灯さる事がミソ。

 1) AirmacとPCをLANケーブルd接続する
 2) Airmacの管理ソフトを立ち上げる
 3) 無線LNAをオフにする
 4) AirmacのIPアドレスを手動で入力する
    IPアドレスは、管理ソフト立ち上げ時に表示しあれたアドレス。
 5) IPアドレスの自動取得をオフにする。 
 この手順で、Airmacの「緑色点灯」が確立出来ます。)


■ Airmac Expres は高音質なのでは無く、低音質だから良い ■

ここまで読むと、Airmac Expres は高音質だと思われるでしょう。

実は逆です。
Airmac Expresは実は音質が悪いのです。
先ず、上限のレンジが狭い。
さらに、左右のチャンネルのクロストーク(音の混入)が多いのです。

「なんだ、全然ダメダメじゃん」とお思いでしょう・・・。

いえいえ、これこそがアナログの音なのです。
アナログレコードは1本の溝に左右の信号を刻んでいます。
当然、左右のチャンルは音が混ざり合います。(これをクロストークと呼びます)

さらに、レコード針が樹脂のレコードに溝を引っかきながら音を再生するので、
歪みを低減する事は、根本的に困難です。
ところが、レコードの音は、人の耳には自然に聞こえます。
これは「生音」と同じ肌合いの音・・・そう言い変える事も出来ます。
ですから生のコンサートに足を運ぶ人程、レコードファンが多いのです。
(1/f揺らぎが自然な歪みだとか、
 偶数次の歪みは、人間を心地よくさせるという説があります)

私も経験的に、イギリスの小型アンプなど、クロストークの多いアンプは、
充実した音がする事を知っています。
さらに、左右のスピーカーを重ねて設置すると、
ステレオの音場こそ消失しますが、
生の演奏会に近い音の勢いが得られる事も経験していました。

ですから、Airmac Expresの音の良さは、
アナログ的な歪みの多さと、クロストークによるものでは無いかと思っています。

さらにはジッターという、人間の聴覚ではどうしても不自然に感じる
ノイズ元が無い事も大きいでしょう。

■ 崩壊する録音環境 ■

オーディオマニアはイコライザーの使用を嫌います。

「レコードやCDには生の音源が入っているのだから、手を加えるのは言語同断」という
原音至上主義の方達が多くいらっしゃいます。
最高の録音であれば、良い音源は優れた再生音を生み出してくれます。

ところが実際には「録音」は千差万別です。
クラシックでも酷い録音は存在しますが、それでもバランスは取れています。

これが、80年代以降のロックやポップスやJ-POPSでは悲惨な録音状態です。
CDの登場によってオーディオ機器は小型化し、ラジカセ全盛の時代になりました。

CDを購入する多くの人々が、ラジカセで音楽を聴くので、
当然、録音スタジオではラジカセで格好良く聞こえる様な録音をする様になります。

ミキシングスタジオから大型スピーカーが消え、
YAMAHAの10Mという、白いウーファーの小型スピーカーが大増殖して行きました。
ラジカセは大型スピーカーの様には低音が出ませんので、
ミキシング時に低音を思い切り持ち上げて録音される様になりました。
さらには、小型スピーカーではあまり聞こえない重低音は、
管理されていないような録音も現れ始めました。

80年代前半のアナログレコードに時代までは、
それでも多くの人が大型のオーディオスピーカーを使用していたので、
録音はそれを考慮して、まともなバランスを保っています。

しかし、90年代以降はPOPSやROCKはそれこそ「悲惨」な状況です。

■ 曲毎、アルバム毎にイコライザーカーブをプリセットできるiTunse ■

イコライザーを使用すれば、部屋の音響特性と録音バランスを補正できるのですが、
録音バランスの違うCDにあわせてその都度イコライザーを操作するのは面倒です。

しかし、iTunseには、曲毎にイコライザーを設定する機能が付いています。
iTunesにプリセットされているイコライザーは、派手な演出でクソですが、
iTunseはバンド数が少ないながらも、自分で複数のイコライザーカーブを作って登録できます。

もう、これを使ってしまったら、病み付きになります。
古いジャズも、最新のロックも、最適なバランスに調整する事が出来ます。

■ ルームアコースティックを機材で調整する愚 ■

私は先日、コンクリートにクロス直貼りのマンションから、
ボード貼りのマンションに引越しました。

コンクリートにクロス直貼りの部屋では、低音がだぶ付いて始末に負えませんでした。
iTunseのイコライザーが無ければ、大型スピーカーは絶対に使えません。
ところが、ボード貼りの部屋では、ボードが丁度良いアンバイに低音を吸収してくれます。

これが、木造の和室では、今度は低音が不足するかも知れません。

このようなルーム・アコースティックの違いを機材で調整する事は至難の業ですが、
イコライザーでは比較的容易に調整できます。

■ 大型スピーカーの衰退 ■

AMラジオの様なフルレンジの小型スピーカーは
高音も低音も出ませんが、ストレスの無い聞きやすい音がします。

今な無き長岡鉄夫というオーディオ評論家は、
小さなフルレンジユニットを使って、高効率の自作スピーカーを発表し続け、
一部のオーディオマニアから神的な扱いを受けていました。

長岡鉄夫のファンはらはオーディオマニアと言うよりは、音楽マニアが多く、
高効率のスピーカーからは、生きた音楽が聞こえる来る事を知っていました。

一方、所謂オーディオマニアはJBLのマルチユニットのモニタースピーカーなどに嵌りますが、
これは上手く鳴らす事が非常に難しいシステムで、まともに鳴らした人は少ないでしょう。

大型のマルチユニットではユニット間の繋がりで、周波数特性が乱れ、
さらには日本人はタンスの様な巨大スピーカーを6畳間に押し込んだりしていましたから、
ユニット間の音が混じる事も無く、音場再生などという概念もハナから無視していました。

一時期、録音のワイドレンジ化に伴って導入されたJBLのマルチモニターは、
その後、UREIの同軸2ウェイユニットにその座を奪われます。
ホーン先端の青色のスポンジも鮮やかなUREIのモニターは、
同軸2ウェイ故に、音の繋がりも良く、大型ながら音場再現にも優れていました。

JBLはその後、2ウェイのモニターシステムに移行すると同時に、
UREIを買収して、UREIモニターを市場から消し去りました。(アメリカ人の発想ですね)

ところが、時代はラジカセの時代になり、
大型モニターは少なくなり(当然、楽器個々の録音確認には使用されますが)、
YAMAHAの10Mが大増殖し行きます。

■ 小型スピーカーブーム ■

1985年頃だと思いますが、イギリスのセレッションというメーカーが
SL600という小型密閉方スピーカーを発売します。
(マーシャルのギーターアンプのスピーカはセレッション製です)

SL6という、中級スピーカーのユニットはそのままに、
箱の共振を抑える為に、航空機に用いられていたアルミのハニカム材を
エンクロージャーに用い、レーザー解析で振動を最適化するという
現代的スピーカー設計の原型とも言える製品でした。

SL600は鳴らし難いスピーカーとして名を馳せました。
非力なアンプでは全く鳴らないのです。
ところが、マークレビンソンなどアメリカの純A級のパワーのあるアンプで鳴らすと豹変しました。

スピーカーの存在が消え、そこであたかも演奏していうかの様な空間が生まれたのです。

■ 地獄の一丁目、小型低能率ワイドレンジ・スピーカー ■

SL600の登場までは、スピーカーの効率は90dB以上はありました。
ところがSL600以降は、80dB程度の効率しか無いスピーカーが続々と登場します。

低音が出難い小型のスピーカーなので、
低音の効率に、システムの効率を揃える事で、帯域のバランスを確保したのです。

さらに小型スピーカーで低音を得る為に、ウーファーのユニットは重くなり、
さらに強力な磁気回路の中に設置されました。

これでは、非力なアンプでは、ウーファーから逆流する電流に押されて
まともな再生が出来ません。

さらに、ハイパワーでウーァーを叩き出さなければ、音に勢いが生まれません。

NFBを最小に抑えながらも、出力インピーダンスを小さくして駆動力を稼ぐ為に、
現代の高級アンプは、出力段のトランシスターを多数並列にして、
スピーカーの駆動力を確保しながら、低インピーダンスに対応しました。

小型低能率スピーカーの登場は、アンプの巨大化と高価格化をもたらしましたが、
住宅事情から、大音量の出せない日本のオーディオマニアの多くは、
結局、スピーカーとアンプの実力を出す事なく、買い替えを繰り返していきました。

(この時代のパワーアンプの最高傑作が、初期型KRELLのKSA50やKSA100でしょう。
 2Ωまでを楽々と駆動しながら、繊細で力強く、さらにマッタリとクリーミーな味わい。
 しかしながら、陽炎が立つ程の発熱と、月の電気代が3000円アップに耐えなければなりません。
 エコを目指し、クラーの無い我が家では、半年で売りに出されました。

 でも、人生で最後に聞きたい音を挙げろと言われたら、
 私は間違い無く「初期型のKSA50の音を聞きたい」と答えます。
 スピーカーは・・・SL600・・・いや、APOGEEのフルリボンか・・・)

■ 小型スピーカーが悪いわけでは無い ■

小型スピーカーの先鞭を付けたセレッションですが、
SL3という非常に鳴らしやすい小型スピーカーを発売していました。
今でも実家で使っていますが、FMラジオを聞き流すには最適なスピーカーです。

SL3の上位機種の、SL600の原型であるSL6も素晴らしいスピーカーでした。
小型密閉型のスピーカーですが、低音も結構出たので、
これをどう料理するかが、鳴らす人の腕の見せ所でもありあました。
LINNの黒箱に繋いで鳴らすと、弦楽器は張りがあって、艶やか、躍動感一杯に鳴ります。
又、この組み合わせの、ビートルズは絶品でした。
アメリカのスピーカーでは鳴らし難いビートルズですが、
イギリスのスピーカーとアンプの組み合わせでは、生き生きと鳴ります。

最近ではKEFFのiQ3などは、とても良く出来たスピーカーです。
DALLIのロイヤル・メヌエットも、音楽がとても楽しく聞こえるスピーカーです。

これらの小型スピーカーを使っている内は、オーディオマニアも幸せで居られます。
高音がどうの、低音がどうのと、細かい事も気になりません。

■ 38cm小型2ウェイという選択肢 ■

ご存知の方も多いと思いますが、名古屋のProcableという通販ショップが、
iPodやiTuneのオーディオ活用に一役買いました。

ホームページが強烈なので、アンチ・プロケーブルを量産しましたが、
そこに書かれている事は、技術的には間違いも多いのですが、
結構、従来の常識を外れると、楽しいオーディオライフが返って来る事を証明しています。

先ず、高効率スピーカーを使う事。
問題はほとんどコレで解決します。
生き生きとした音楽が聞こえてきます。

38cmのPAスピーカーを推奨しているので、
私もエレクトロボイスの「Foce i」という比較的小さなPAスピーカーと、
クラウンの25Wの小型アンプD45を購入してみました。

これが意外と素性が良いのですが、
38cmと言えども箱が小さいので低音が出ない。
小型スピーカーよりも低音は少ないのでは無いでしょうか?

ただ、103dBという高効率スピーカーなので、
25Wのアンプで軽快に鳴ります。
とにかく、ドラムなどの音の立下りは早い。
ロックのドラムが、パッシっと決まるのは快感です。

低音を出す秘訣は・・・
私はスピーカーケーブルをステージ用の端子を用いずに
スピーカーのネットワークに直接半田付けしたら、低音のバランスが取れました。

ネットワークとユニットの間も、スピーカーケーブルと同じケーブルで半田付け。
多分、半田の適度な抵抗が、スピーカーに丁度良い負荷になったのではと考えています。
(某サイトでは、電線(Fケーブル)を何百メートルも使ってバランスを取る人も居ましたが、
 単に、それって抵抗じゃなイカ?)
昔からJBLなどの大型SPに抵抗を繋ぐと鳴らしやすいというウワサは聞きます。

因みにスピーカーケーブルはウェスタンエレクトリック社の14Gという錫メッキ線です。
高域が適度にシャラシャラして、ホーンのキツサを抑えてくれます。
クラシックまで聞こうとするならば、錫メッキ線は便利です。

ALLEN&HEATHというイギリスのDJミキサーをプリアンプ変わりに使うと、
帯域を程よく真ん中に集めてくれて、さらにALLENマジックとも言える
独特の艶と響きが加わって、ちょっと手放せなくなります。

使いこなしのミソは、とにかくミキサーで音を絞らずに、
パワーアンプのボリュームで絞る事。
ミキサーのLEDインジケーターはオレンジがチョコチョコ点滅するくらいが、
音が生き生きします。

結局、一般のオーディオでは、パワーアンプに入力する前で
音楽信号を絞ってしまうので、SN比も落ちてしまいますし、
微小信号を扱うプリアンプが、理想的な動作範囲で再生出来ていない事が良く分かります。

■ iTunseはVer7.6 , Windows Xp はSp2 がベスト ■

さて、なんでオーディオの話を長々と書いたかと言うと、
一昨日、出来心で、iTunseのバーションを10.3に上げてしまったのです。

色々なバージョンを試した結果、Ver7.6以降は、中域が薄く、
CDプレーヤーの様なすっきりした音になるのは分かっていましたが、
Appleがあまりに執拗にバージョンアップを薦め、
とうとうiTunseストアーにも入れななくなり、
iTunseの操作画面の下半分もバージョンアップの広告に占拠されるという
Appleのイヤガラセに、とうとう根負けしてのバージョンアップでした。

ところが、何と今度はXPのサービスパック2ではiTunesの10.3は外部スピーカーに音だし出来ない。
XPのサービスパック3は、やはりスカスカの音になるので、
オーディオ用のPCは、苦労してSP3をSP2に戻していました。

結局、HDを一台買い足して、オーディオ用にXPのSP2環境とiTunseのver7.6を再構築する事に。
これが、バックアップファイルを流すだけでは上手く行かず、
結局一晩かけて、ようやく先程、アナログの様なふくよかな音が戻って来ました。

その感動が、ここまで長文を書かせる原動力でしたが・・・そろそろ指が痛いです。
では、秋の夜長を、ビルエバンスの枯葉でも聞きながら・・・。


42


Twitterで共有 はてなブックマークに登録

投稿者: 人力
詳細ページ - コメント(16) | トラックバック(1)
2009/10/21

i-Podオーディオの決定版  オーディオ

■ オーディオの夢の時代 ■

私達が中学、高校の頃は、オーディオのフルセットを揃える事が夢でした。
80年代日本は、オーディオ天国でした。

\79,800のプリメインアンプは激戦区でした。
サンスイのAU−607シリーズを筆頭に、
各社がこの価格帯に利益度外視の様な物量を投入していました。

クリックすると元のサイズで表示します

\59,800のスピーカーも熾烈な争いでした。
30cmのウーファーをベースにした3ウェイが基本でしたが、
大体、前述の\79,800のプリメインアンプで鳴らしていました。
ONKYOのD-77が分野の先駆者でしょうか。

クリックすると元のサイズで表示します

CDというデジタルソースの出現で、
ひたすら広帯域、低歪という測定データ重視、
「物量=価値」という単純な時代でした。

■ BOSEという選択肢 ■

その頃、カフェバーのスピーカーと言えばコレ。

クリックすると元のサイズで表示します

BOSE 301。
白いカフェバーに、白いBOSE。
何となく軟派なイメージがしてヘビーデュティー嗜好の私などは、
あまりBOSEが欲しいとは思えませんでしたが、
友人達の部屋で聞くBOSEは、101も、301も、楽しい音で鳴っていました。

「この高音が」とか、「コンバスの弦の解像度が」などという点ではダメなのですが、
音楽を聴いていて楽しいスピーカーでした。
音楽の「うねり」の様な物を良く表現し、
ボーカルの表情が良く伝わる。

当時を振り返ると、
音楽好きはBOSEや自作フルレンジ(長岡式)を選択し、
機械好きは、国産をカタログスペック重視で選んでいた様に思います。

さて、時代が30年経ち、どちらが優れていたかは自ずと結論が付いていると思います。
国産オーディオはほぼ絶滅の状況にあり、
ミニコンポと一部愛好家向けの高級機だけの市場になってしまいました。

一方、BOSEはホームシアターというフィールドにも進出し、
今でも楽しい音を鳴らし続けています。

■ ハイファイは疲れる ■

私もオーディオに随分と散財しました。
しかし、結局行き着く先はラジオの音。

先日までは、仕事用のデスクトップシステムに、
カナダのスタジオ用のアンプ(BRYSTON B−60)と
イギリスのMONITOR AUDIOの小型スピーカーを組み合わせていましたが、
結局、殆ど使用しませでした。
何故か・・・眼前にミニチュアの音像が並ぶと、煩わしいのです。

そもそも、ステレオ自体が擬似音場でしかありません。
脳は多分、その擬似的な音場を補正して尤もらしく聞かせる為に、
結構な労力を使うのでしょう。

低音も高音も、現実のものとは違います。
すると、脳は又イコライジングでこれに対応しようとします。

ですから、仕事中になまじなハイファイ(死語ですが)を聞くと、
仕事に集中出来ません。

■ yahooオークションで間違って落札したギターアンプ ■

クリックすると元のサイズで表示します

いきなりギターアンプです。
yahooオクでオーディオのアンプのコーナーに間違って出展されていました。

何の気無しに\3,000で入札したら、落札してしまいまいした。
息子にでもあげようと思い、送金したら、商品が届きました・・・。
日本フェンダーの小型のギターアンプです。
5インチのスピーカーが2個搭載されています。
何と、これがセレッションです。

かつて、マーシャルのギターアンプはセレッションを使用していました。
セレッションはイギリスの老舗のスピーカーメーカです。
レーザーによる振動解析を駆使して開発されたSL−600は、
現代スピーカーの原点と言っても過言ではありません。

私もセレッションの音は大好きです。
今でもSL−3を所有していますし、
SL−6とLINNの黒箱で鳴らすビートルズは最高です。

決して鳴りすぎる事が無く、されど聞きたい音は聞こえて来る。
それがセレッションです。

現在は台湾当たりのメーカーに商標を売却してしまって、
名ばかりセレッションですが・・・何となく嬉しい。

さらに、このアンプ、RCAのライン入力が付いている。
スピーカーが2発だから、ステレオ入力に対応する様です。

さらに、ディストーション回路を搭載している。
早速、息子のエレキギターを拝借して、ギュイイイーーンとやったら、
超気持イイ(ギター、弾けません・・・。)
ギュイーーンとアメリカ国家を下手ながら弾けば、気分はジミヘンです。

■ 最高のi-Pod用オーディオ ■

さて、せっかくRCA入力が付いているのでi-Podを繋いでみました。
コードは自作のベルデンのマイクケーブルと、ノイトリックの端子の物です。
ギターアンプでは音量調整出来ないので、i-Pod側で音量調整をします。

・・・イイ・・・凄くイイ・・・。
楽器の音も、ボーカルも自然で聞きやすい。
レンジが狭いので、最近のJ−POPSも破綻無く再生できる。
ボーカルと演奏とのバランスも絶妙。
何と言っても、ギターの音が艶っぽくてGOOD。(そりゃーギターアンプですから)

という事で、フェンダーのギターアンプは私の愛用品となってしまいました。



4


Twitterで共有 はてなブックマークに登録

タグ: i-Pod オーディオ


投稿者: 人力
詳細ページ - コメント(0) | トラックバック(0)
2009/6/6

iPodを侮るなかれ  オーディオ

画像が削除されました

最近は秋葉原はアニメオタクの街になってしまいましたが、
私が学生の頃は、オーディオの専門店が沢山ありました。
大学生になるとオーディオセットを揃えるのが夢でした。

そんな青春時代を過ごしたオヤジの現在のオーディオがこれ。
サブシステムですが、PC用としては結構良い音がします。

■iPodを侮るなかれ■

ソースは何とiPodです。
iPodって実は侮れないんです。
同じ音をCDプレーヤーで再生しようとすると、
もしかすると100万円を越えてしまうかも知れません。

ウッソーとお思いかも知れませんが、
私はWADIAのDAコンバーターを使用していましたが、
iPodをオーディオに繋いだ瞬間売り払いました。

バッファーから読み出される信号を、最短距離でDAコンバーターに送り込み、
それぞれが同じクロックで作動するメリットは絶大です。

デジタル信号の最大の敵はジッターという時間的揺らぎです。
高価なCDプレーヤーやDAコンバーターはジッターをいかに抑えるかが技術の鍵です。

ところが、iPodはモーターの様な駆動部がありません。
ハードディスクモデルも殆どメモリーから再生していて、
モーターが回転している時間は一瞬です。
電力消費を低減させるアイデアがジッターの低減に寄与しています。

さらに、ピックアップやモーターの回転をサーボで制御する必要もありません。
これも電源を揺さぶる要因から開放されています。

そして、最大のメリットはバッテリー駆動である事。
オーディオの電源は電源の揺らぎの無いバッテリー駆動が理想です。
バッテリー駆動は、電源からのノイズの混入とも無縁です。

高級CDプレーヤーが100万以上を費す対策を、
iPodは1万円くらいで出来てしまっています。

■WADIAが認めたiPodの高性能■

日本のオーディオ屋さんは、「iPodなんてオモチャですよ」って切り捨てていましたが、
アメリカ人は合理的で、良いものは良いと認めるようです。
高級CDPの専門メーカーのWADIAがiPodをトランスポートとするシステムを発売してしまいました。

DACはWADIA製で高価ですが、
従来50万以上していたトランスポートをiPodで代用してしまいました・・・。
WADIAの魅力は、輪郭の明確な揺ぎ無い低音ですが、
CDトランスポートよりもiPodの方がジッターが無いのでWADIAの理想とする音になるのでしょう。

これには、専業オーディオメーカーは参ってしまいます。
しかし、将来的に音楽ソースがネット配信に置き換わって行く事を考えると、
CDというフォーマットがかつてのアナログレコードのような立場になります。
WADIAの選択は、実は将来を考えれば、正しい判断です。

■非圧縮ファイルの実力■

iPodに音楽を転送する時、あるいはiTunesに音楽を取り込む時、
ファイルサイズを節約する為にMP3など圧縮ファイルを選択する事が一般的です。

しかし、iPodの実力を発揮する為には、
ファイル形式は非圧縮のWAVファイルが必須条件です。
CD一枚で1Mくらいのファイルサイズになってしまうので、
ハードディスクの容量を浪費しますが、現在の大容量のハードディスクなら、
1000枚程度のCDも入ってしまいます。

非圧縮ファイルで、質の良いヘッドホンでクラシックを聞いてみて下さい。
iPodの高性能に驚愕する事必至です。


■高音質の為のケーブル■


さて、こうして高音質の再生環境が簡単に手に入りました。
ネットでは、「iPod内蔵のアンプは低音質だから、
音楽信号はiPodのヘッドホン端子からオーディオに繋いでも低音質」という人も居ます。

騙されたと思って、BELDENの88760というマイクケーブル使用してみて下さい。
密度の高い、素晴らしい音がします。
私は秋葉原でケーブルを購入して、ノイトリックの端子で自作しましたが、
ネットで評判(賛否両論ですが)の、プロケーブルのネット通販で、
5000円くらいで手に入ります。
https://green.ap.teacup.com/applet/pekepon/msgcate11/archive
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/845.html#c119

[リバイバル3] EAR の真空管アンプ 中川隆
25. 中川隆[-8638] koaQ7Jey 2019年8月27日 16:23:12 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4113]
E.A.RアンプもKT-90を搭載したEAR890の音は迫力があり太く逞しい音がするし、EL-34が搭載されたEAR534は切れのある洗練された聴き味で透明感がある。
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/947.html#c25
[リバイバル3] マッキントッシュ 中川隆
43. 中川隆[-8637] koaQ7Jey 2019年8月27日 17:21:39 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4114]
6L6族は穏やかで優しい音。MC240なんて完全にそんな音です。
MC240はMC275にない繊細さや瑞々しさや麗しい美音があるのです。本当にそんな音がします。

MC240は音の弱点が少なく平均点も高い、MC275は低域の迫力満点(!!!) のドスの効いた図太い低音だが、惚けたような低音で、どうしても細部が甘くなる。

MC240はとにかく素晴らしいアンプで、褒めているけれど、自分では買っていない理由は @駆動力がない A温度感がやや低い。という二点に尽きる。

Mcintosh C22ならMC240が相性が良くて、C20ならMC30とかMC60とマッチするそうです。


Mcintosh MC240はすっきりしたフォルムで全高が低めの6L6GCで設計されているので横に出っ張って背が高い6L6Gは使えない。

WE124はWE350Bで設計されていて6L6族はどれでも使えるけど、6L6Gで設計されたアンプは350Bは使えない。

MC240に大きな6L6Gを差してる光景を見ない訳。MC240はRCAとGE 6L6GCが指定管


http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/627.html#c43

[文化2] ゆとり教育を推進した三浦朱門の妻 曽野綾子がした事 _ これがクリスチャン 中川隆
202. 中川隆[-8636] koaQ7Jey 2019年8月27日 17:54:19 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4115]
2019.08.27
社会が崩壊した米国には自国の企業を受け入れる能力がなくなっている


 カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、イギリス、アメリカの7カ国とEUの首脳がフランスのヌーベル・アキテーヌにあるビアリッツで8月24日から26日にかけて会議を開いた。経済、外交、軍事などあらゆる分野で影響力が低下しつつあるアメリカとそのアメリカに従属する国々の集まりにしか見えない。

 親分とも言えるアメリカの大統領、ドナルド・トランプはアメリカ企業に対して中国から出るように訴えたというが、似たことをバラク・オバマは2011年2月に言っている。当時、オバマは大統領だった。

 オバマはサンフランシスコを拠点とするエレクトロ産業、いわゆるシリコン・バレーの幹部たちと食事をともにしていたのだが、その際、アップルのスティーブン・ジョブスに対して同社のiPhoneをアメリカで生産しないかともちかけたのである。同社はiPhoneだけでなく、iPadやほかの製品の大半を中国など国外で作っている。

 しかし、ジョブスの返事はつれないものだった。​アメリカへ戻ることはない​と言われたのだ。アジアでは生産規模を柔軟に変更でき、供給ラインが充実、そして労働者の技術水準が高いという理由からだという。

 新自由主義に支配されるようになった1970年代の後半からアメリカでは投機家が目先の私的な利益を増やすために製造業を解体して売り飛ばし、仕事は国外へ移動した。1980年に中国が新自由主義へ舵を切り、その中国を支配できると考えたのかもしれない。エリートの子どもがアメリカの大学へ留学するようになったこともアメリカの支配者を安心させたかもしれない。

 アメリカの支配層はターゲット国に手先を作り上げるため、エリートの子どもを留学させてきた。アメリカに従えば地位とカネと快楽が約束されるとすり込むわけだ。そうした快楽には違法行為も含まれ、その行為は記録され、後に脅しの材料に使われる。

 留学先になる大学の水準は維持されているかもしれないが、アメリカでは庶民が通う公的な学校は崩壊状態にある。思考力のある庶民は危険であり、忠誠心だけを養っておけば良いということ。そのための「道徳」である。

 アメリカと同じように日本でも公教育が破壊されているが、その結果、生産現場で必要な中間レベルの技術を持つ人が消滅した。いや、日本でトップクラスと言われる大学を卒業した学生の水準低下もかなり前から指摘されている。

 アメリカ企業が自国へ引き上げても企業を支える基盤が崩壊している。中国から高度な製品を生産する工場を移転させられる国は思い当たらない。教育システムが崩壊しただけでなく、職人の技術が継承されずに韓国や中国などへ流出した日本も無理だ。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201908270000/

http://www.asyura2.com/09/bun2/msg/492.html#c202

[近代史3] 日本の官僚やアメリカへの留学生はこういう手口でアメリカのエージェントにされる 中川隆
5. 中川隆[-8635] koaQ7Jey 2019年8月27日 17:56:52 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4116]
2019.08.27
社会が崩壊した米国には自国の企業を受け入れる能力がなくなっている

 カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、イギリス、アメリカの7カ国とEUの首脳がフランスのヌーベル・アキテーヌにあるビアリッツで8月24日から26日にかけて会議を開いた。経済、外交、軍事などあらゆる分野で影響力が低下しつつあるアメリカとそのアメリカに従属する国々の集まりにしか見えない。


 親分とも言えるアメリカの大統領、ドナルド・トランプはアメリカ企業に対して中国から出るように訴えたというが、似たことをバラク・オバマは2011年2月に言っている。当時、オバマは大統領だった。


 オバマはサンフランシスコを拠点とするエレクトロ産業、いわゆるシリコン・バレーの幹部たちと食事をともにしていたのだが、その際、アップルのスティーブン・ジョブスに対して同社のiPhoneをアメリカで生産しないかともちかけたのである。同社はiPhoneだけでなく、iPadやほかの製品の大半を中国など国外で作っている。


 しかし、ジョブスの返事はつれないものだった。​アメリカへ戻ることはない​と言われたのだ。アジアでは生産規模を柔軟に変更でき、供給ラインが充実、そして労働者の技術水準が高いという理由からだという。


 新自由主義に支配されるようになった1970年代の後半からアメリカでは投機家が目先の私的な利益を増やすために製造業を解体して売り飛ばし、仕事は国外へ移動した。1980年に中国が新自由主義へ舵を切り、その中国を支配できると考えたのかもしれない。エリートの子どもがアメリカの大学へ留学するようになったこともアメリカの支配者を安心させたかもしれない。


 アメリカの支配層はターゲット国に手先を作り上げるため、エリートの子どもを留学させてきた。アメリカに従えば地位とカネと快楽が約束されるとすり込むわけだ。そうした快楽には違法行為も含まれ、その行為は記録され、後に脅しの材料に使われる。


 留学先になる大学の水準は維持されているかもしれないが、アメリカでは庶民が通う公的な学校は崩壊状態にある。思考力のある庶民は危険であり、忠誠心だけを養っておけば良いということ。そのための「道徳」である。


 アメリカと同じように日本でも公教育が破壊されているが、その結果、生産現場で必要な中間レベルの技術を持つ人が消滅した。いや、日本でトップクラスと言われる大学を卒業した学生の水準低下もかなり前から指摘されている。


 アメリカ企業が自国へ引き上げても企業を支える基盤が崩壊している。中国から高度な製品を生産する工場を移転させられる国は思い当たらない。教育システムが崩壊しただけでなく、職人の技術が継承されずに韓国や中国などへ流出した日本も無理だ。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201908270000/

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/322.html#c5

[近代史3] 情けない植民地 日本 _ 日本が世界に誇れないワースト1位の事象 中川隆
7. 中川隆[-8634] koaQ7Jey 2019年8月27日 17:58:20 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4117]
2019.08.27
社会が崩壊した米国には自国の企業を受け入れる能力がなくなっている

 カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、イギリス、アメリカの7カ国とEUの首脳がフランスのヌーベル・アキテーヌにあるビアリッツで8月24日から26日にかけて会議を開いた。経済、外交、軍事などあらゆる分野で影響力が低下しつつあるアメリカとそのアメリカに従属する国々の集まりにしか見えない。


 親分とも言えるアメリカの大統領、ドナルド・トランプはアメリカ企業に対して中国から出るように訴えたというが、似たことをバラク・オバマは2011年2月に言っている。当時、オバマは大統領だった。


 オバマはサンフランシスコを拠点とするエレクトロ産業、いわゆるシリコン・バレーの幹部たちと食事をともにしていたのだが、その際、アップルのスティーブン・ジョブスに対して同社のiPhoneをアメリカで生産しないかともちかけたのである。同社はiPhoneだけでなく、iPadやほかの製品の大半を中国など国外で作っている。


 しかし、ジョブスの返事はつれないものだった。​アメリカへ戻ることはない​と言われたのだ。アジアでは生産規模を柔軟に変更でき、供給ラインが充実、そして労働者の技術水準が高いという理由からだという。


 新自由主義に支配されるようになった1970年代の後半からアメリカでは投機家が目先の私的な利益を増やすために製造業を解体して売り飛ばし、仕事は国外へ移動した。1980年に中国が新自由主義へ舵を切り、その中国を支配できると考えたのかもしれない。エリートの子どもがアメリカの大学へ留学するようになったこともアメリカの支配者を安心させたかもしれない。


 アメリカの支配層はターゲット国に手先を作り上げるため、エリートの子どもを留学させてきた。アメリカに従えば地位とカネと快楽が約束されるとすり込むわけだ。そうした快楽には違法行為も含まれ、その行為は記録され、後に脅しの材料に使われる。


 留学先になる大学の水準は維持されているかもしれないが、アメリカでは庶民が通う公的な学校は崩壊状態にある。思考力のある庶民は危険であり、忠誠心だけを養っておけば良いということ。そのための「道徳」である。


 アメリカと同じように日本でも公教育が破壊されているが、その結果、生産現場で必要な中間レベルの技術を持つ人が消滅した。いや、日本でトップクラスと言われる大学を卒業した学生の水準低下もかなり前から指摘されている。


 アメリカ企業が自国へ引き上げても企業を支える基盤が崩壊している。中国から高度な製品を生産する工場を移転させられる国は思い当たらない。教育システムが崩壊しただけでなく、職人の技術が継承されずに韓国や中国などへ流出した日本も無理だ。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201908270000/

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/325.html#c7

[近代史3] 日本を滅ぼした日本人エリートの事なかれ主義、先延ばし主義 中川隆
23. 中川隆[-8633] koaQ7Jey 2019年8月27日 17:58:49 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4118]
2019.08.27
社会が崩壊した米国には自国の企業を受け入れる能力がなくなっている

 カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、イギリス、アメリカの7カ国とEUの首脳がフランスのヌーベル・アキテーヌにあるビアリッツで8月24日から26日にかけて会議を開いた。経済、外交、軍事などあらゆる分野で影響力が低下しつつあるアメリカとそのアメリカに従属する国々の集まりにしか見えない。


 親分とも言えるアメリカの大統領、ドナルド・トランプはアメリカ企業に対して中国から出るように訴えたというが、似たことをバラク・オバマは2011年2月に言っている。当時、オバマは大統領だった。


 オバマはサンフランシスコを拠点とするエレクトロ産業、いわゆるシリコン・バレーの幹部たちと食事をともにしていたのだが、その際、アップルのスティーブン・ジョブスに対して同社のiPhoneをアメリカで生産しないかともちかけたのである。同社はiPhoneだけでなく、iPadやほかの製品の大半を中国など国外で作っている。


 しかし、ジョブスの返事はつれないものだった。​アメリカへ戻ることはない​と言われたのだ。アジアでは生産規模を柔軟に変更でき、供給ラインが充実、そして労働者の技術水準が高いという理由からだという。


 新自由主義に支配されるようになった1970年代の後半からアメリカでは投機家が目先の私的な利益を増やすために製造業を解体して売り飛ばし、仕事は国外へ移動した。1980年に中国が新自由主義へ舵を切り、その中国を支配できると考えたのかもしれない。エリートの子どもがアメリカの大学へ留学するようになったこともアメリカの支配者を安心させたかもしれない。


 アメリカの支配層はターゲット国に手先を作り上げるため、エリートの子どもを留学させてきた。アメリカに従えば地位とカネと快楽が約束されるとすり込むわけだ。そうした快楽には違法行為も含まれ、その行為は記録され、後に脅しの材料に使われる。


 留学先になる大学の水準は維持されているかもしれないが、アメリカでは庶民が通う公的な学校は崩壊状態にある。思考力のある庶民は危険であり、忠誠心だけを養っておけば良いということ。そのための「道徳」である。


 アメリカと同じように日本でも公教育が破壊されているが、その結果、生産現場で必要な中間レベルの技術を持つ人が消滅した。いや、日本でトップクラスと言われる大学を卒業した学生の水準低下もかなり前から指摘されている。


 アメリカ企業が自国へ引き上げても企業を支える基盤が崩壊している。中国から高度な製品を生産する工場を移転させられる国は思い当たらない。教育システムが崩壊しただけでなく、職人の技術が継承されずに韓国や中国などへ流出した日本も無理だ。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201908270000/

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/318.html#c23

[近代史02] 弥生人の起源 _ 自称専門家の嘘に騙されない為に これ位は知っておこう 中川隆
263. 中川隆[-8632] koaQ7Jey 2019年8月27日 18:57:33 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4119]
縄文人・アイヌ人は 「第1層」D1b2b でアイヌ語を話していた

四川省の涼山に住むイ族・九州縄文人・西北九州弥生人・現代日本人は「第1層」 D1b1 で日本語を話していた

弥生時代後半から古墳時代に朝鮮から日本に移住してきた渡来人は「第2層」 O1b, O2 で百済語、高句麗語を話していた

四川省の涼山に住むイ族=九州縄文人 は「第1層」で Y-DNA は D1 だけど、農耕を取り入れていたからややこしく見えるのですね

埴原和郎の「二重構造モデル」 では

「縄文人」=「第1層」の南方系で寒冷地適応していない古モンゴロイド、狩猟民
「弥生人」=「第2層」の北方系で寒冷地適応した新モンゴロイド、農耕民

としている。

しかし、九州の縄文人=四川省のイ族 は「第1層」の南方系で寒冷地適応していない古モンゴロイドだけど焼畑農耕をやっていたので「3重構造モデル」が正しい
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/547.html#c263

[リバイバル3] 卵の白身を生で食べるとハゲになる

卵の白身を生で食べるとハゲになる

卵かけごはんがハゲの原因だった!!

日本人のソウルフードとも言える卵かけごはんを食べると薄毛や抜け毛の原因になることが判明。髪を気にせず食べられる卵かけごはんレシピも紹介。
更新日: 2014年11月07日
https://matome.naver.jp/odai/2141534105165502501

生卵のぶっかけご飯は健康の害に!!

生卵のぶっかけご飯や納豆に生卵を混ぜて食べるのは、日本の朝食の定番。確かにタマゴは100点満点、最高のタンパク源ですが、生卵は御法度!卵黄を生で食べるはいいのですが、卵白は不透明になる程度まで加熱調理が絶対に必要です。

これは、生の卵白には"アビジン"という物質があり、腸内でビオチンと結合。これが水に溶けないため、腸管から吸収されずにトイレ行きに…。

ビオチンは卵黄をはじめ、牛乳や牛のレバー、大豆、ビール酵母などに含まれており、腸内細菌もビオチンを作っていますが、これら腸内にあるビオチンは、根こそぎアビジンにつかまって、排泄されてしまいます。

出典
怖いぞ!ビオチン不足 生卵にはご注意!│ナターシャ・タイムズ 最新のホリスティック/酵素栄養学をベースにした健康管理&ダイエット情報-

原因は生卵の白身

県立広島大学名誉教授 加藤秀雄氏によると、卵の黄身には育毛に効果のあるビタミンの一種、ビオチン(ビタミンH)が含まれているそうです。ビオチンは糖代謝を促し、毛根や毛髪の成長を助けます。しかも卵の黄身のビオチン含有量は、一般的な食材の中でベスト3に入るほど多く、まさに絶賛育毛中の方にはお勧めの食材といえます。

出典
TKG(卵かけごはん)って育毛を妨げる残念な食べ方なの!? | 育毛・発毛あるある雑学

張氏は「生卵の白身には “ビオチン” を破壊する物質が含まれています。ビオチンが破壊されたり、欠乏すると白髪や抜け毛の原因になるのです」と話しているという。

出典
【要注意】卵の健康的な食べ方はやっぱり “ゆで卵” ! 専門家「ただし半熟卵はハゲを招く」 | ロケットニュース24

卵の白身にはタンパク質の一種であるアビシンが含まれています。実はこのアビシン、せっかく摂取したビオチンの吸収を妨げてしまうんです。アビシンとビオチンをかき混ぜると、2つはすぐに結合し、熱や酸に強い物質に変化します。この物質は胃や腸では吸収されず、摂っても摂っても体外に排出されてしまうようになります。

出典
TKG(卵かけごはん)って育毛を妨げる残念な食べ方なの!? | 育毛・発毛あるある雑学

火を通せば大丈夫

白身に含まれるアビジンは、生で食べるとビタミンHの吸収を阻害するばかりか、卵を攪拌(かくはん)すると黄身のビタミンHと結合し、体内で吸収されなくなる。
その結果、ビタミンH不足になり、脱毛や血糖値上昇の引き金となる。卵がよくないのは、攪拌して焼く卵焼きや、生卵のこと。ゆで卵や目玉焼きなら、問題なくいいとこ取りができるわけだ。

出典
日刊ゲンダイ

卵かけごはんを食べるときは黄身だけ使うのがオススメ

アビジンとは

卵白に含まれるタンパク質で,ビオチンと強く結合する性質がある.生卵白を連続して多量に食べるとビオチン欠乏を起こす原因となる.ビタミン拮抗剤の一種.ビオチンとの特異的な強い結合を利用して,生化学研究での標識などの目的に用いられている.

出典
https://kotobank.jp/word/%E3%82%A2%E3%83%93%E3%82%B8%E3%83%B3-761138

ビオチンとは

卵の黄身にに多く含まれるビオチンという成分は、髪の元となるたんぱく質を合成するアミノ酸の代謝を促進する働きがあります。

出典
店長ブログ - え!? 卵の食べ方によってはハゲやすくなる?

ビオチンは、ビタミンB群に分類される成分で、抜け毛・白髪防止作用もある他、美肌効果もある、極めて万能な栄養素と言われています。

出典
健康な髪を作る万能食材【卵】のご紹介『薄毛改善!フサフサクラブ』: 【発毛希望者必見!】自力で始める”激安・激増”法

ビオチン不足でこんな症状も!

ビオチンは細胞の成長を助けるほか、炭水化物・脂肪・タンパク質の正常な代謝に必要で、ビタミンB群の有効利用などにも関与している重要な栄養素です。欠乏すると、

顔や体の湿疹はじめとする皮膚のトラブル
疲労の激化
脂肪の代謝障害
不眠症
筋肉の痙攣
血糖値の上昇

出典
怖いぞ!ビオチン不足 生卵にはご注意!│ナターシャ・タイムズ 最新のホリスティック/酵素栄養学をベースにした健康管理&ダイエット情報-

ビオチンが不足するとアミノ酸の代謝が減り、たんぱく質が十分に作られなくなることから毛髪などにも影響が出てくると言われています。

出典
店長ブログ - え!? 卵の食べ方によってはハゲやすくなる?

超半熟卵も要注意

温泉卵レベルの超半熟卵はトロッと食感もいいがハゲを招きかねないというのだ。

とにかく、超半熟卵の髪の毛への影響は、加熱することで解決するよう。気になる人は白身が固まるまでしっかりと加熱した方が良さそうだ。

出典
【要注意】卵の健康的な食べ方はやっぱり “ゆで卵” ! 専門家「ただし半熟卵はハゲを招く」 | ロケットニュース24

研究結果

ハツカネズミに毎日、大量の卵白を食べさせると、皮膚炎や脱毛が起こり、これを研究することによって、発見されたのがビオチンです。

人間でも生卵を大量に食べると、ハツカネズミと同じような症状が起こりますが、ビオチンを摂取すると、皮膚炎や脱毛、白髪が少なくなることが知られています。

出典
ビオチンの働き・作用

体験談

私自身も卵かけご飯が好きで
若い頃毎朝食べていた時期がありますが、

その頃の一番の悩みは抜け毛が増える事。。

なぜか理由が全く分かっていなかったのですが、
師匠に生卵を食べることをやめるようアドバイスされ、
ストップしてから、髪の毛のコツや強さも回復しました。

出典
生卵は食べすぎ危険
https://matome.naver.jp/odai/2141534105165502501



▲△▽▼
▲△▽▼



卵の黄身と白身は掻き混ぜてはいけない

2015.11.10
その「卵」の食べ方は、育毛に逆効果です!
https://kayseydo-ikumou.com/ikumou-tamago/

育毛といえば育毛剤やシャンプーなどにばかり目がいってしまいがちですが、実は育毛で重要なのはバランスの取れた食事をとり、しっかりと栄養素を摂取することが大切なのです。育毛に必要な栄養素には、「亜鉛」「ミネラル」「ビタミンE」「タンパク質」などがあります。その中で特に重要なのはなんといってもタンパク質になります。そして、そんなタンパク質を効率よく摂取するのに必要な食材が「卵」なのです。

優等生な栄養食品「卵」とは

卵は体に必要な栄養素がビタミンCと食物繊維以外すべて含むとされる食品です。主成分のタンパク質には、食事からとらなければならないアミノ酸「必須アミノ酸」がバランスよく含まれています。

卵の主成分(可食部100g中)
•エネルギー・・・・・・・・・151kcal
•タンパク質・・・・・・・・・12.3g
•鉄・・・・・・・・・・・・・1.8mg
•ビタミンA(レチノール)・・140μg
•ビタミンE・・・・・・・・・1.0mg
•ビタミンB2・・・・・・・・・0.43mg

アミノ酸がバランスよく含まれている食品を評価するのに「アミノ酸スコア」というものがあります。それはアミノ酸の構成を比較、栄養価を評価する指数で、たんぱく質の量や9種類の必須アミノ酸の量と種類などのバランスを評価し、それが100に近いほどアミノ酸のバランスが良いとされています。卵のアミノ酸スコアはなんと、最高点の100なのです。

食事での育毛は「卵」が鍵になる

「卵」といえば、家庭料理でもレパートリーが多く、お財布にもやさしいので、日常的に食べる機会が多い食材の一つです。

「卵」が育毛に効果があることを知っている方も多いと思いますが、「卵」には「ビオチン」という成分が多く含まれていて、ビオチンはタンパク質を構成しているアミノ酸の代謝を促してくれる効果があり、育毛に効果がある栄養素の中でも髪の毛に直接効果がある、数少ない栄養素となっています。さらに「卵」には、髪の毛を健康に保つために必要な「ミネラル」「セレニウム」「亜鉛」「硫黄」なども含まれています。中でも「硫黄」はタンパク質を構成するアミノ酸の中でも一番重要な「含硫アミノ酸」と密接に関係しています。含硫アミノ酸が不足していると、いくら他のタンパク質があっても髪の毛は育たないので、「卵」は育毛には欠かせない食材と言えるのです。また、ビオチンには育毛効果の他にも、血行促進、白髪の防止、美肌効果、寝付きを良くする効果などがあり、美容の面から見ても非常に効果的な成分なのです。

ビオチンが含まれている食べ物
•卵
•チーズ
•いわし
•レバー

ビオチンは上記の食べ物などに多く含まれていますが、その中でも「卵」は特に身近な食べ物で、食べる機会が多いのではないかと思います。ビオチンは”卵の黄身”に多く含まれています。ですが、レシピによっては育毛効果どころか、逆に抜け毛の原因になってしまう場合があるのです。

育毛に逆効果になってしまう「卵」の食べ方

yudetamago

「卵」特に”卵の黄身”には育毛に効果のある「ビオチン」が多く含まれているのですが、”卵の白身”には「アビジン」という成分が含まれています。このアビジンという成分が曲者なのです。アビジンはビオチンと混ざると育毛に効果のあるビオチンが体内に吸収されるのを妨げてしまうのです。さらに、アビジンをとりすぎてしまうと、他の食べ物で摂取したビオチンも吸収されなくなるので、どんどん育毛効果がなくなっていくだけでなく、逆に抜け毛などの原因になってしまうこともあるのです。

日本人の大好きな卵料理「卵かけごはん」はNG

「ビオチン」を摂取するために「卵」を食べる場合は、黄身と白身が混ざってしまうレシピがNGなのです。なので日本人が愛して止まない「卵かけごはん」は極力避けるようにした方がいいでしょう。どうしても「卵かけごはん」が食べたいという場合は、白身は我慢して黄身だけで「卵かけごはん」を作ると、アビジンを摂取するのを避けることができるのでオススメです。


「ビオチン」を邪魔する「アビジン」は熱に弱い

黄身だけを食べるなら気にしなくてもいいのですが、どうしても白身も食べたいという場合は、生ではなく加熱してください。白身に含まれている「アビジン」に熱を加える事で、ビオチンと結合することを防げますので、火を通した卵料理ならビオチンを効率よく摂取することができます。ただし、同じ火を通した卵料理でも、熱を加える前に黄身と白身を混ぜてしまう料理は、混ぜた段階でアビジンとビオチンが結合してしまうので、熱を加えてもアビシンとビオチンの結合を防ぐことが出来ませんので注意してください。

効率よく摂取できる卵料理
•ゆでたまご
•目玉焼き

効率よく摂取できない卵料理
•卵焼き
•スクランブルエッグ

「ゆでたまご」や「目玉焼き」もしっかりと火を通してください。温泉卵や半熟玉子は危険です。

育毛に効果があると言われていている「レシチン」は熱に弱い

また、卵の黄身には「レシチン」という成分も含まれています。この成分も育毛に効果があると言われています。ただレシチンは加熱してしまうとダメになってしまうので、生で食べるのがいいとされています。レシチンには卵の黄身に含まれている「卵黄レシチン」と、大豆に含まれている「大豆レシチン」の2種類あり、育毛の効果があるのは「大豆レシチン」の方だと言われています。卵の黄身に含まれている「卵黄レシチン」は、あまり育毛には効果がないので、卵を食べる際にはビオチンの摂取を優先して、加熱した卵を食べるようにした方がいいでしょう。

「卵」といえば「コレステロール」が気になるところですが

cholesterol

この様に「卵」は育毛に非常に効果がありますが、「卵」といえば「コレステロール」が気になるところ。しかし、実際には「卵」の過剰摂取でコレステロール値が上がったという実験結果は存在しないのです。

「卵」を食べ過ぎるとコレステロール値が上がり、動脈硬化の原因になるという話は、1913年にロシアでウサギに卵を食べさせる実験を行ったところ、コレステロール値の上昇や動脈硬化の症状が出たことから始まります。その後、この実験を行ったロシアの研究機関が、実験は間違っていたことを認めるのですが、世間では間違いを認めたことは話題にならず、実験から100年以上経った今でも、実験が間違っていたことが認知されていません。そもそも、草食動物のウサギに、動物性の食べ物である「卵」を食べさせているのですから、実験結果が正しいわけがありません。ですので、「卵」の食べ過ぎでコレステロール値が上昇したり、動脈硬化の原因になったりはしませんので、安心して「卵」で育毛を実践しましょう。

ですが、何事にも限度というものはありますので、いくらなんでも1日に何十個も「卵」を食べるのはやめておいたほうがいいでしょう。一日1〜2個ぐらいがおすすめです。もし少し多く卵を食べる時は、食事バランスを考えて、野菜も沢山食べることをおすすめします。

「卵」には育毛以外にも効果がある成分が入っています

卵には育毛以外にもいろいろな素敵な効果があります。

卵に含まれる「コリン」で脳の活性化

「コリン」は、記憶・学習に深く関わる神経伝達物質「アセチルコリン」を生成するために必要な栄養で、「コリン」が不足すると「アセチルコリン」が減少し、学習能力の低下や記憶障害の原因となってしまいます。コリンを食べることで学習能力がアップしたとい実験もあります。またアルツハイマー予防にも注目されている成分なのです。コリンは卵の卵黄に多く含まれています。大豆やナッツ類、肉や魚にもコリンは含まれていますが、卵黄のコリンは食品の中でも吸収されやすいと言われています。

卵に含まれる「メチオニン」には抗酸化作用

老化の原因といわれている「活性酸素」。卵には必須アミノ酸のメチオニンが含まれており、メチオニンから作られた抗酸化物質が体の老廃物を排除し、代謝を良くする働きがあります。メチオニンは他にも肝臓を守ったり、がん予防に大きな働きがあることが分かってきています。

育毛に必要な栄養素

育毛に必要な栄養素は他にもあります。
•亜鉛
•ミネラル
•ビタミンE
•タンパク質

これらの栄養素が育毛に必要な栄養素となっています。女性の髪には特に必須となっていますので、これらの栄養素をバランスよく摂取するようにしましょう。

では、これらの栄養素にどのような効果があり、どんな食材を食べれば摂取することが出来るのかについて1つずつ説明していきたいと思います。

亜鉛

亜鉛には新陳代謝を高めてくれる効果があり、髪の毛を作る毛母細胞の分裂や再生を促してくれますし、髪の毛を守るキューティクルを作るためにも欠かすことのできない栄養素となっています。亜鉛は、納豆、アーモンド、ピーナッツなどの豆類や、海苔、ごま、いわし、豚レバー、高野豆腐などに多く含まれています。より高い効果を得るためには、ビタミンCやクエン酸を一緒に摂取することをオススメします。

ミネラル

ミネラル、または鉄分は、髪の毛に栄養素を運んでくれる成分で、いくら育毛に効果的な栄養素を摂取しても髪の毛まで届かなければ意味が無いので、育毛には必須な成分となっています。ミネラル(鉄分)は、レバーやほうれん草などの他に、干しエビ、マグロ、牛肉、干しひじき、ピーマンなどにも多く含まれており、こちらもビタミンCと一緒に摂取することで、吸収を助けてもらうことができ、より高い効果を得ることができます。

ビタミンE

ビタミンEは、抜け毛の原因と言われている過酸化脂質が生成されるのを抑えてくれる効果や、女性ホルモンの分泌をスムーズにしてくれる効果があり、過酸化脂質が抑えられることによって、毛母細胞へ血液が流れやすくなり、頭皮の血行促進、果ては育毛へと繋がっていきます。ビタミンEは、オリーブオイルやアーモンド、ごま、ピーマン、うなぎ、アボカドなどに多く含まれています。

タンパク質

髪の毛の成分は99%が、約18種類ものアミノ酸が結合して作られたケラチンというタンパク質だと言われており、このタンパク質が不足してしまうと髪の毛が細くなり、抜け毛や髪の毛が千切れてしまう原因となってしまいます。そんな髪の毛にとって一番重要だと言っても過言ではないタンパク質は、豆腐などの大豆製品、チーズ、牛乳などの乳製品、鶏肉、卵、まぐろなどに多く含まれています。抜け毛が気になる方、特に女性の方は上記の栄養素をバランスよく摂取することで、育毛効果を期待することができます。


こうして見てみると、育毛に必要な栄養がたくさん入っている卵は、育毛食材と言えるでしょう。なので料理の仕方次第なのです!ですがオムライス、茶碗蒸し、卵焼きなども美味しいんです。。。食べれないストレスがかからない程度に、ちょっと気にしてみてはいかがでしょうか。


まとめ

•卵には育毛にいい「ビオチン」という成分が入っている。

•卵には他にも「ミネラル」「セレニウム」「亜鉛」「硫黄」など髪に必要な成分が入っている。

•ただし、食べ方には注意!育毛どころか逆に抜け毛の原因に。生卵は、白身と黄身を混ぜないように!
https://kayseydo-ikumou.com/ikumou-tamago/



▲△▽▼



髪にいい食べ物1位は卵!ゆで卵は育毛効果が期待され、あの食べ方はNG!?
2016.12.10

 アメリカで多くの人に見られているサイトに「TOP TEN OF CITY」というのがある。ここで「Top 10 Foods for Healthy Hairs」、つまり「髪にいい食べ物トップ10」が発表され、1位に選ばれたのがなんと卵だったという。

 卵かけご飯や納豆というのは、日本人の朝食でごく一般的な風景。毎日卵かけご飯という人もいるだろう。ところがそう聞いて、「毎日、卵かけご飯を食べているのに、薄毛が解消されない」と怒る気持ちもわかる。確かに、卵を食べたからといって毛が増えたという実感はなさそうだが、フードコンサルタントで栄養士の中川貴子氏はこう言うのだ。

「卵には、髪が生成されるために必要となるほとんどの栄養素が含まれています。髪の材料となるタンパク質も豊富。また、黄身には『ビタミンH』と言われるビオチンも豊富に含まれている。ビオチンは髪の毛を作るアミノ酸の代謝を促進する働きがあり、育毛効果が高い成分で、卵は発毛・育毛効果の高い食べ物です。しかし、食べ方を間違えると発毛、育毛効果は得られません」

 その間違った食べ方というのが「卵かけご飯」なのだという。

 中川氏がさらに説明する。

「生卵の状態で食べること、白身と黄身をかき混ぜることがダメなのです。その理由は、白身にあります。白身にはアビシンというタンパク質が含まれており、これが黄身の中にあるビオチンと結合すると、ビオチンが体内に吸収されるのを妨げてしまう。ですから、卵をかき混ぜれば混ぜるほど、育毛効果はなくなってしまうのです」

 それでは、このビオチンを効果的にとるためにはどうすればいいのか。

「ズバリ、ゆで卵です。『かき混ぜない状態で過熱している料理』が最適で、目玉焼きもいい」(前出・中川氏)

 今や学会では、卵を多く取ってもコレステロール値が上がることはない、と断言している。ゆで卵と目玉焼きなら、これは手軽だ。
https://www.asagei.com/excerpt/71778


http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/986.html

[リバイバル3] 卵の白身を生で食べるとハゲになる 中川隆
1. 中川隆[-8631] koaQ7Jey 2019年8月28日 07:56:33 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4120]
【業務用】 18-0 黄身 取り 器 C-9613
パール金属(PEARL METAL)
セール特価: ¥415
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B003BVJQPK/ref=ppx_yo_dt_b_asin_title_o00_s00?ie=UTF8&psc=1

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/986.html#c1
[リバイバル3] 音がわからないアホ・オーディオマニアが良く引用する「オーディオの科学」の何処がおかしいか 中川隆
34. 中川隆[-8630] koaQ7Jey 2019年8月28日 08:01:01 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4121]
ケーブルの差は、電源ケーブルとSPケーブルに一番大きな差が生まれます。
電源ケーブルは、そこまでどのような経緯を経て電源が供給されていようと、一番最後のケーブルに音は支配されると言うことです。

GRFのある部屋 2019年 08月 26日
https://tannoy.exblog.jp/30756863/

田舎に里帰りしていたのびーさんが、日曜の夕方寄ってくれました。前回来られたのは、5月の末でしたからその間も、お仕事では来られているのでしょうが、拙宅にはほぼ三ヶ月ぶりですね。相変わらずのフルスケージュールの間を縫ってきていただきました。


今回は、よく効く空調のほかは、銀端子ぐらいしか差はありませんが、早速お聞きいただくと、音が全く違っているとすぐに言われました。今回は、比較のために何時ものMITのSPケーブルも外して、全部銀コーティング線と銀コーティング端子にして聞いていただきました。

私自身は、後方の40は最初は外して比較していただくつもりでしたが、後方のSPもなっているのに気がつかず、比較試聴していたぐらい、後ろのSPもなじんでいました。怪我の功名的ですが、後方のSPの自然さが証明されたようです。

しかし、四本全部を銀ケーブルにすると、音がなめらかすぎて、何かが物足らなくなります。そこで、アンプからDDDのネットワークまでの線を何時ものMITに戻しました。その変化にはのびーさんも驚き、型番を写真に撮ると、猛然と世界中のサイトにアクセスして探し始めました。すると似たようなケーブルとか後継機種のケーブルは見つかりますが、私が使っている初期のMITはやはり見つかりません。のびーさんは今更のようにMITケーブルの根強い人気に驚かれていました。

Oさんも、そうして粘り強く探されて見つけているので、そのうち見つかると励ましました(笑)。気をつけなければ行けないのは、後継機種と同じ番号ででている事もあります。初期のタイプでないと、このマジックは生まれません。また、その前のインターコネクトケーブルも同じレベルのグレードにしないと音の品位が揃わないのです。

ようやく見つけたと、写真も見せてくれましたが、やはり型番はまったく同じの後期の製品です。気をつけなければなりませんね。初期型は、型番の表示が地味なのです。後期になるほど、ブランドを強調するロゴになりますが、その分、音が変わっていきます。スペクトラルのアンプ類には、MITが純正ケーブルに指定されていますが、それさえも初期型で無ければなりません。

返還前の香港にそのMITケーブルを買いに出かけた話は、以前もしましたが。そういえば、電源の違いを比較するときも、最後はケーブルの差の方が大きいということになりました。ケーブルの差は、電源ケーブルとSPケーブルに一番おきな差が生まれます。電源ケーブルは、そこまでどのような経緯を経て電源が供給されていようと、一番最後のケーブルに音は支配されると言うことです。また、SPからのフィードバックの影響を最小にしたMITのケーブルは、先日実験したSA回路などと同じ効果が認められます。すなわち音のバランスを整えるのですね。

f0108399_12035511.jpg

MITに戻したので、ケーブルが一つ空き、それは後方のTroubadour40用に使ったところ、その差も大きく、コンサートホールの響きの一体感がましました。音の整合性が合ったのでしょう。面白い物です。

そのあたりまで、進んだところで、パグ太郎さんも参戦。後方SPの実験はパグ太郎さん邸でも行っているので、同じ実験効果が得られたそうです。また、HRS-130のDDDとウーファーの別の端子を結ぶ、ジャンパー線も銀ケーブル、銀端子に変えたところ、めざましい進展が合ったそうです。バイワイアーも試されたそうですが、こちらの短い線の効果の方が大きいと言われました。

家のT4も同じ結果です。HRS-130のジャンパー線は、線ではなくWBTのプレートせいが付いていてのですが、それを銀線・銀ケーブルに変えたら、うれしくなるほど音楽性が増したそうです。揃ったところで、よく冷えたPoully Fuisseを出してきました。最近は、開けると飲みきらなければいけないワインを控えて、ひとりでちびりちびりやれる日本酒を氷で割って飲んでいるので、こうしてお酒を飲まれる方が来られないとワインが開けられません。


f0108399_10445782.png


ジャンパー線の効果を確かめていただくため、先日もパグ太郎さんに聴いていただいた、アバド・ルツェルンのマーラーとクリス・ボッティーのボストン、RIOのダイアナ・クラール等々を見てから、桑田佳祐の一人紅白のBlurayを見始めました。前回とは全く違う音にパグ太郎さんもご機嫌です。

のびーさんとは前回はブルゴーニュの赤ワインを開けましたが、今日の二本目は、その日本酒、「七田 純米吟醸 雄町50」の一升瓶を開けました。このフランスでグランプリを取ったフランス人好みの酒は、淡麗辛口の反対ですので、夏には美味しい氷でロックで飲むと凄く飲みやすくお薦めです。

一人紅白の迫力ある音も、T4は軽々と再生します。ケーブルと端子、ジャンパー線でこれほど変わると驚きますね。一連の銀端子騒動は、大変良い結果をもたたらしてくれました。残っていたワンペアーの銀端子は、そのままロンドンにお持ち帰りになりました(笑)。

今年の夏の最後の会はこうして楽しく終わり、お二人を表まで見送ると、空気は乾燥して秋の気配を感じることが出来ました。美味しいお酒と楽しい音楽、これが出来るオーディオは本当に楽しいですね。
https://tannoy.exblog.jp/30756863/

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/881.html#c34

[経世済民133] 画期的「折りたたみ洗濯機」が話題に…8千円台、持ち運びも楽チン(Business Journal ) 赤かぶ
4. 中川隆[-8629] koaQ7Jey 2019年8月28日 08:12:54 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4122]

コンパクト 洗濯機 小型 脱水 自動 容量1.8kg
[クツも洗える小型洗濯機
価格: ¥7,780
https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%91%E3%82%AF%E3%83%88-%E5%AE%B9%E9%87%8F1-8kg-%E3%82%AF%E3%83%84%E3%82%82%E6%B4%97%E3%81%88%E3%82%8B%E5%B0%8F%E5%9E%8B%E6%B4%97%E6%BF%AF%E6%A9%9F-%E4%B8%80%E4%BA%BA%E6%9A%AE%E3%82%89%E3%81%97-%E4%BB%8B%E8%AD%B7%E3%80%90%E5%9B%BD%E5%86%85%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%83%BC12%E3%82%AB%E6%9C%88%E4%BF%9D%E8%A8%BC%E3%80%91/dp/B07VV7N72D/ref=pd_lpo_sbs_265_t_0?_encoding=UTF8&psc=1&refRID=NVRFWGH66YJ21GV8TXQK

■コンパクトなのにしっかり機能
コンパクトサイズながら、通常の洗濯機と同じく「洗う」「すすぐ」「脱水」が可能です。
付属のホースで水道に繋いで、後は排水可能なバケツなどを用意すればどこでも洗濯をする事ができます。

機能
・洗う
・すすぐ
・脱水

洗濯時容量:最大 (約)1.8 kg
脱水時容量:最大 (約)1.0 k


http://www.asyura2.com/19/hasan133/msg/106.html#c4

[リバイバル3] 電子レンジで油やタンパク質を加熱してはいけない 中川隆
5. 中川隆[-8631] koaQ7Jey 2019年8月28日 09:10:11 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4120]
ヘルシオ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%82%AA


ヘルシオ(Healsio)は、2004年(平成16年)にシャープが大阪府立大学と共同開発した家庭向けウォーターオーブンの名称。同社の登録商標(日本第4880212号ほか)である。2005年(平成17年)、産学官連携功労者表彰を受賞。2012年(平成24年)に「ヘルシオ炊飯器」を発売したことでキッチン家電(調理家電)のブランド名称に発展している。

電子レンジのようにマイクロ波で調理するのではなく、300度以上に加熱した過熱水蒸気で調理するのを特徴とし(シャープは「水で焼く」と表現[1])、ぱさつかず、しっとり仕上がると同時に脂が落ちて減塩ができるというのが売りである。名前の由来も「ヘルシー」と「減る塩」からネーミングされた[2]。

当製品の発売前までは、過熱水蒸気オーブン(ウォーターオーブン)は、ホテルなどの業務用でしか使用されていなかったが、100V電源(商用電源)での使用に成功した当製品の発売と同時に、家電業界に大きな反響を呼んだ。発売直後の売れ行きは好調で、後に各社からスチーム機能搭載のオーブンレンジが発売されるようになり、スチームオーブン市場を広げるきっかけとなった。

初代は、電子レンジ機能がついていなかったため温める機能が弱く、冷めたご飯を温めるのにも15分以上が必要だった。ユーザーからの電子レンジ機能に対する要望は強く、また調理時間についても、もっと短縮してほしいという声が強かった。そのため、第2世代以降は電子レンジ機能が搭載され、水蒸気を加熱するヘルシオエンジンも改良されて調理時間が短縮された。2代目、3代目に付属していた過熱水蒸気調理用の皿(第5世代以降は廃止された)を電子レンジ機能で使うと、本体の破損の恐れがあったため注意が必要だった。

「暮しの手帖」誌の商品テストでは、焼き物ではガス器具での調理より風味の点で劣り、蒸し物はおいしく出来るが、健康面での効果は余り期待できないなど、「調理器具としては完成度は低い」という結果が掲載されたこともある。しかし、使い手の感想はおおむね蒸し物や肉料理、魚料理に対して良好である。ただ、魚を調理した場合、匂いが庫内に残ることが気になる点として挙げられているが、脱臭スプレーを使った拭き掃除により除去は可能である[3]。

なお、脱油・減塩・ビタミンC保存・栄養素保持・細胞破壊抑制・酸化抑制効果は第三者機関によって証明されており、油の付着やニオイを防ぐ「脱臭クリーンコート」を採用し清潔面も強化されている。また、蒸気の力で汚れを溶かし、サッとふき取るだけの「庫内クリーン機能」を搭載している。

世代ごとの特徴

発売時期は#機種参照。

第5世代

フラッグシップモデルのAX-X1に3.5型のカラー液晶を搭載すると共に、従来別売りだった蒸気排気ダクトを本体に内蔵したことで上部10cm以上のスペースがあれば設置が可能に。また、大量の蒸気を生かし、食器類やキッチン類を手軽に除菌できる「除菌機能」が追加された。また、この代より名称を再び「ヘルシオ」に統一すると共に、スタンダードモデルのAX-S1と普及モデルのAX-L1の3機種をラインナップする。

第6世代

前世代同様の3機種のラインナップだがAX-X1の後継モデルのAX-X2では業界最多の288の自動メニューをもち、健康状態から5つの項目から料理を選べる「健康サポートメニュー」を追加。豊富なメニューから素早く選べるように検索機能も加わった。また、前世代では上級モデルのみであった内蔵型蒸気排気ダクトを全機種に拡大。また、ホワイトバックライト液晶と118の自動メニューを搭載するスタンダードモデルのAX-G1と容量26Lのコンパクト設計と厳選した42種類の自動メニュー、野菜をイメージした3色のボディカラーを設定したシンプルモデルのAX-M1をそろえた。


第7世代

ラインナップを刷新。上級モデルのAX-PX1ではさらに大きくなった4.3型ASVカラー液晶をタッチパネル式とし、直感操作ができる「ヘルシオタッチ」を可能にした上、基本的な操作方法や入門メニューの調理方法などを画面で解説する「ヘルシオ教室」も搭載した。また、家庭では調理が難しかった70~95℃の温度帯で蒸気を自動コントロールする「ソフト蒸し」調理機能を搭載し、自家製ハムや温泉卵も簡単に調理できるようになった。さらに、調理時間の短縮を図るため、庫内上面と左右側面から蒸気を噴射するトリプル噴射方式を採用した。普及モデルのAX-GX1は庫内奥面と右側面から蒸気を噴射するダブル噴射方式にすると共に、液晶サイズを3.0型に大型化。シンプルモデルのAX-MX1も液晶サイズを3.0型に大型化すると共にホワイトバックライト液晶になった。なお、AX-PX1とAX-MX1には最近のキッチンのトレンドに合わせた新色「ステラホワイト」をラインナップした(AX-GX1にもホワイト系を設定)。さらに、2011年1月には追加モデルとして、小型冷蔵庫のトップテーブルにも設置できる奥行40cmのコンパクトモデルAX-CX1を発売。AX-CX1にもレッド系のほかに、ホワイト系の「ステラホワイト」が設定される。この世代以降、電子レンジ機能では出力1000Wに設定した場合、加熱時間の上限が3分に制限され、また庫内灯は点灯しない。

第8世代

第7世代と同じラインナップ(PX・GX・MX・CX)としているが、フラッグシップモデルのAX-PX2では携帯電話やスマートフォンで撮影した写真を赤外線通信を利用して本体へ送信した後、手書きのメニュータイトルや加熱条件と共に最大25件までオリジナルメニューを登録できる「マイヘルシオ」を搭載し、魚を骨まで柔らかく調理し、丸ごとカルシウムを摂取できる「骨まで柔らか」機能を追加。さらに、トリプル噴射エンジンはエンジンそのものを薄型化し、過熱水蒸気の発生効率を高めたことで過熱水蒸気の熱量をPX1比10%アップし、調理時間の短縮を実現。普及モデルのAX-GX2にはPX系に搭載されていた「ソフト蒸し」機能を新搭載し、ダブル噴射エンジンはダブルヒーターエンジンと新型ファンの搭載により調理時間の短縮を実現。1段調理タイプのAX-MX2には新たに除菌機能を搭載。一人暮らしに最適な18LコンパクトモデルのAX-CX2は液晶部をホワイトバックライト液晶に変更し、本体色にはピンク系の「スウィートピンク」を追加した。

第9世代

第7・8世代と同じラインナップ(PX・GX・MX・CX)としているが、全機種共通で、食材を角皿にのせ、ボタンを押すだけで手早く同時調理できる「カンタン焼き/カンタン蒸し」を搭載。フラッグシップモデルのAX-PX3はタニタ食堂の「500kcal定食」10メニューと美容に効果があるとされる栄養素を多く含む「美容サポートメニュー」51メニューを追加。「500kcal定食」は1食分のメニューを簡単に同時調理ができ、さらに、過熱水蒸気を用いるためメニューによっては通常調理よりも更なるカロリーダウンが可能となっている。また、スマートフォン専用に開設した「ヘルシオサイト」から、本体には搭載されていない旬の食材を使ったメニューや歳時メニューをダウンロードし、赤外線通信を利用して送信することで最大25メニューを追加で登録でき、一度登録すれば、次回からはメニューから選んで調理をスタートすることができる。さらに、エンジン部分に「スイングダンパー方式」を採用した「ターボ直噴エンジン」を搭載。上段だけの一段調理時にダンパーを閉めることで上段の空間に過熱水蒸気を集中噴射することが可能になったことで調理時間の短縮が可能となった。普及モデルのAX-GX3は断熱構造エンジンの採用により過熱水蒸気の発生効率をアップし、庫内温度の上昇を早めたことで調理時間を短縮。自動メニューに「美容サポートメニュー」17メニューを追加した(「美容サポートメニュー」17メニューは1段調理タイプのAX-MX3、コンパクトタイプのAX-CX3にも搭載)。コンパクトモデルのAX-CX3はディスプレイを2.6インチに大型化した。


第10世代

ラインナップを刷新。PX3後継のプレミアム・ファミリータイプであるSP1は大量の水蒸気を発生させる「パワーアップ1,350Wエンジン」とPX3との体積比で約28%小さくすることで過熱水蒸気の発生効率を高めた「薄型過熱水蒸気ダクト」からなる「エコ技ターボ噴射エンジン」の採用により、過熱水蒸気をすばやく集中噴射させることで調理時間をPX3に比べて最大約40%短縮。例えば、鶏の照り焼き(4人分)の場合、第1世代のHC1で約29分かかっていたのが、第10世代のSP1では半分以下の約12分で調理ができるようになった。さらに、「ココロエンジン」も搭載され、癒しの言葉を話したり、タイミングよく操作のアシストを行ううえ、自動メニューの対象メニューに「聞いて」ボタンも配置し、料理にあわせた役立つ提案を音声で知らせてくれる。この他、GX3後継のスタンダードタイプGA1は「カンタンお菓子メニュー」を新たに搭載し、ディスプレイを3.5インチに大型化。プレミアム・アクティブシニアタイプの位置づけとなったMX3後継のSA1はディスプレイを4.3インチに大型化してタッチパネルを搭載。さらに、トップ画面はボタンや文字を大きめにして操作しやすくし、SP1同様、癒しの言葉を発したり調理終了を知らせる「ココロエンジン」も搭載。魚を骨まで柔らかく調理し、丸ごとカルシウムを摂取できる「骨まで柔らか煮」機能も追加し、ボディカラーも新たにブラウン系を追加した。CX3後継のコンパクトタイプCA1はメニュー数(クックブック・自動)を増やしたマイナーチェンジ程度である。

第11世代

SP1後継のプレミアムモデルXP100において、大量の水蒸気を発生させる「パワースチームジェネレーター」、天板と背面にある3つのヒーターで過熱水蒸気を発生させる「トリプルウォーターヒートシステム」、回転数や回転方向をきめ細かく制御できる「回転ファン」、上下段の気流を仕切る「スウィングダンパー」で構成された「3ドライブハイパワーエンジン」を搭載。これにより、「2段均一加熱」、第9世代以降で可能となった「上段集中加熱」に加え、下段はスチームを満たして蒸し調理、上段は過熱水蒸気を噴射した焼き調理の「上下2段別加熱」が可能となった。さらに、庫内幅をSP1に比べて5cm長くしてワイド庫内にする一方、SP1に比べて設置面積を約22%縮小してコンパクト化した。さらに、液晶ディスプレイは「でかボタン」への切り替えが可能なほか、「でかボタン」設定時のみ、背景色を黒に変更できるうえ、ボタンの並び替えも可能となった。また、ファンデリーの管理栄養士との共同開発による「ヘルシー食メニュー」を新たに搭載した。この「ヘルシー食メニュー」はXP100のみならず、GA100・SA100・CA100にも搭載される(機種によりメニュー数が異なり、XP100は30メニュー、SA100は15メニュー、GA100は10メニュー、CA100は6メニューを搭載する)。これにより、全機種で自動メニュー数・クックブック掲載メニュー数ともに増加した。2015年2月には、プレミアムモデルのXP100をベースに、本体のドアを開ける又はスマートフォンアプリ「ココロボ〜ド」からメニューを提案し、選択したメニューの食材リストから必要な食材を選択して自動作成する「買い物リスト」、「ヘルシオレシピ」に掲載の新着メニューや特集メニューをスマートフォンから本体へダウンロードし、トップ画面に「新着メニュー」を表示して、すぐに調理を開始できるクラウド機能「ともだち家電」に対応したXP1WFを追加発売した(本機種は受注生産で、「ともだち家電」を利用するには、プッシュボタン方式を採用した無線LANルーターなどの無線LANアクセスポイントとスマートフォン又はタブレット端末(Android/iOSどちらでも可能)を用意し、常時接続のブロードバンド回線(光回線を推奨、インターネットに接続する度にID認証が行われる方式では不可)が必要。また、スマートフォンアプリ「ココロボ〜ド」のダウンロードと「SHARP i CLUB」の会員登録も必要である。必要な準備が整ったら宅内無線LANでスマートフォン又はタブレット端末と接続し、ダウンロードした「ココロボ〜ド」を起動して「SHARP i CLUB」のシャープIDとパスワードでログインし、ともだち家電として登録し、「ココロボ〜ド」のボードに招待することで利用可能となる)。

第12世代

最上位モデルのXP200において、「ウォーターヒート技術」・「温度センサー」に加えて、庫内天面に配置した「赤外線ムーブセンサー」を組み合わせた自動調理機能「まかせて調理」を日本国内の家庭用100Vオーブンレンジで初めて搭載。この機能は温度が低い食材により多くの熱を与える加熱水蒸気の特性、「赤外線ムーブセンサー」による食材の温度検知(右・中央・左のエリア別検知)、「温度センサー」による食材の量検知により、好みの食材や分量を角皿に並べて、4つの調理方法(網焼き・揚げる、焼く、炒める、蒸す・ゆでる)から選択するだけで、温度(冷凍・冷蔵・常温)が異なる食材が混在しても、分量の多少があっても関係なく自動調理ができるようになった。また、予熱温度まで一気に素早く加熱することによってウォーターオーブンと熱風コンベクションオーブンの2種類の手動オーブン機能で300℃のハイパワー設定が可能となり、上段集中加熱により8〜10分で調理できる「スピードメニュー」は100種類に増やし、上段を過熱水蒸気加熱、下段をパワースチーム加熱で調理する「焼き・蒸し同時メニュー」には「カンタンスイーツ」やファンデリーの管理栄養士との共同開発メニューを追加。GA100後継のSP200は噴射方式が庫内天面と奥面2箇所のトリプル噴射方式となり、「焼き・蒸し同時メニュー」、「スピード100メニュー」、最高300℃まで設定できる2種類の手動オーブン(熱風コンベクションオーブン/ウォーターオーブン)機能を搭載。さらに、「せいろ蒸し」・「骨までやわらか煮」・「サックリ解凍/全解凍」も追加され、「蒸し物セットメニュー」と「自動モーニングセット」が2段調理に対応した。SA100後継のMP200はディスプレイをタッチパネル式カラー液晶から大型ドット文字を採用したホワイトバックライト液晶に変更し、「サックリ解凍/全解凍」を搭載した。なお、XP200/SP200/MP200の3機種は横幅49cm・奥行43cm(MP200は43.5cm)のコンパクト設計ながら庫内幅41cmのワイド庫内を実現した。高さ34.5cmのコンパクトモデルCA200には全解凍機能を搭載した。2015年10月には、XP1WF後継の「ともだち家電」対応モデルXP2WFを追加発売した(XP1WF同様に受注生産となっており、「ともだち家電」を利用するための必要環境もXP1WFと同じである)。

第13世代

XP200の後継機種となる最上位モデルのXW300には、音声認識機能と無線LANモジュールが搭載されており、対話形式で献立の相談をすると、AI(人工知能)が季節や天気の情報と調理履歴などを考慮しながら、クラウド上に保存されているメニューから提案するクラウドサービス「COCORO KITCHEN(ココロキッチン)」に対応(なお、利用の際は、プッシュボタン方式の無線LANアクセスポイント機器を用いた無線LAN接続が必要)。また、クラウドサービスと同名のスマートフォン専用アプリから調理データのダウンロードが可能で、ヤフーのスマートフォンアプリ「myThings」との連携にも対応している(連携利用の際は事前に「Yahoo! JAPAN ID」が必要)。また、AIが献立の相談内容や利用状況によって家族の嗜好を自動的に学習し、一定のルールに従った対話を行えば、食材の異なる表現なども対話をしながら学習し、次回からその表現も用いてその食材の入ったメニューの提案も可能である。また、自動メニューに関してはXP200ではメニューごとに都度設定していた分量や仕上がり具合を、2回目に使用するときに前回設定した内容を自動反映して音声で知らせることで、設定作業を簡素化した。「まかせて調理」も改良され、上段でのおかず調理に加えて、「網焼き・揚げる」又は「焼く」を選択した場合に限り、下段で炊飯(最大2カップ分まで)の同時調理が可能となった。2016年10月には、家電向けに開発したクラウドシステムを介し、管理栄養士によるワンポイントアドバイスや食品メーカーの広告(広告を視聴するとポイントが付与され、貯まったポイントを景品に交換できるサービス「ポイント家電」も開始される)などを受けることが可能なキッチン向け情報配信サービスを開始した。本サービスを受けるには、XW300を無線LANでインターネットに接続する必要がある。

本世代では、MP300の上位機種にあたる庫内容積26Lのアクティブシニア向けモデルAP300を追加。AP300は第12世代の最上位モデルXP200に搭載されていた「ココロエンジン」や「まかせて調理」を搭載するほか、角皿にアルミ素材を用いて軽量化した「ラクラク軽量角皿」を採用した。

さらに、全機種においてドライフードが作れる機能が追加され、油で揚げない「チップス」(MP300/CA300は手動メニューで搭載)が作れるほか、SP300とXW300は「セミドライ」や「おつまみ」も可能な3モード仕様である。

また、CA200後継のコンパクトモデルCA300はカラーバリエーションが変わり、CA200のレッド系に替わり、ブラック系が新たにラインナップされた。


第14世代

XW300の後継機種であるXW400は、高火力ヒーターで強力に加熱した過熱水蒸気を庫内天板から食材に直噴射することで食材の表面に短時間で焦げ目をつけることが可能なあぶり焼き機能を日本国内の家庭用100Vオーブンレンジで初めて搭載した。

AP300の後継機種であるAW400は、第13世代の最上位機(XW300)で搭載した「まかせて調理」、音声認識機能、無線LANモジュールを搭載し、「COCORO KITCHEN」にも対応。ディスプレイは4.3型に大型化・カラー化し、タッチパネルも搭載した。XW400とAW400には、ドアを閉める際の衝撃を少なくし、静かにやさしく閉まるソフトダンパーを採用した。

第15世代

XW400・AW400の後継機種となるXW500・AW500は既対応の「COCORO KITCHEN」においてスマートスピーカーによる音声対話に対応(第13世代のXW300、第14世代のXW400/AW400でも対応している)。

XW500は「まかせて調理」が改良され、上段で「まかせて調理」を行いながら下段で惣菜のあたためを行うことが可能となり、上段が「網焼き・揚げる」、「焼く」、「炒める」の場合は揚げ物惣菜のあたため、上段が「蒸す・ゆでる」の場合は蒸し物惣菜のあたためが可能である。また、高温と低温を組み合わせた「あぶり芳醇焼き」が搭載され、まず、過熱水蒸気で一気にあぶって表面を焼き固め、その後庫内を蒸気で満たして温度を下げ、低温でじっくり加熱。これにより、大きさにバラつきがあるかたまり肉(350g〜800g)の自動調理が可能となった。

AS400の後継機種となるAS500は新たに「まかせて調理」が搭載された(なお、AS500では、調理法の選択に加え、冷凍食材の有無を手動で選択する必要がある)。

8月には、13世代のSP300以来となる2段調理対応の普及モデルXS500を追加設定。XS500は「ヘルシオ」では初となる手動のウォーターオーブンやウォーターグリル調理での過熱水蒸気量調節機能が新たに搭載され、加熱前と調理中で3段階に調節可能となった。また、XW500同様に「まかせて調理」が搭載されており、下段で惣菜のあたためを同時に行うことが可能だが、XS500ではAS500同様に冷凍食材の有無を手動で選択する必要があり、下段の惣菜のあたためは「冷凍なし」で、上段が「網焼き・揚げる」、「焼く」、「炒める」のいずれかを選択した場合に、揚げ物惣菜のみ可能である。

また、CA400の後継機種となるコンパクトモデルのCA450も同時に設定された。

第16世代

XWとAWをモデルチェンジ。AIoTクラウドサービス「COCORO KITCHEN」の進化により、食材と手段を声で伝えると調理方法が、調理履歴や使い方に応じて話しかけなくても「ヘルシオ」側から使いこなしのワザが音声でアドバイスする機能が搭載された。また、大量の蒸気を用いて80℃前後の低温で包み込むように青野菜類やキノコ類を蒸し、100g〜300gまでの自動調理に対応した「低温蒸し青野菜」機能と、絶対湿度センサーによって食材の蒸気から食材の仕上がり状態を見極めることで耐熱容器に食材と調味料を入れてスタートするだけで自動調理が可能なレンジ機能「レンジで1品」を搭載。副菜向けの「5分おかず」、煮物向けの「かんたん煮物」、乾麺の状態から調理可能な「カンタンパスタ」など15種類のメニューが用意されている。

機種

第1世代(2004年発売) ヘルシオ AX-HC1 ... 26L、自動126メニュー

第2世代(2005年発売) ... 酸素濃度1%、電子レンジ機能追加 ヘルシオ AX-HC2 ... 26L、カラー液晶
ヘルシオ AX-HT2 ... 20L

第3世代(2006年発売) ... 酸素濃度0.5% ヘルシオプロ AX-1000 ... 30L、2段調理
ヘルシオ AX-HC3 ... 26L
ヘルシオ AX-HT3 ... 20L

第4世代(2007年9月発売) ... 酸素濃度0.1% ヘルシオプロ AX-2000 ... 30L、自動245メニュー、クックブック345メニュー、2段調理
ヘルシオ AX-HC4 ... 26L、自動210メニュー、クックブック257メニュー
ヘルシオ AX-HT4 ... 20L、自動165メニュー、クックブック203メニュー

第5世代 (2008年9月発売) ... 全機種 2段調理 ヘルシオ AX-X1 ... 30L、自動275メニュー、クックブック369メニュー、除菌機能、蒸気ダクト内蔵、カラー液晶
ヘルシオ AX-S1 ... 30L、自動126メニュー、クックブック247メニュー
ヘルシオ AX-L1 ... 30L、自動82メニュー、クックブック189メニュー

第6世代(2009年発売) ... 全機種 蒸気ダクト内蔵 ヘルシオ AX-X2 ... 30L、自動288メニュー、クックブック381メニュー、2段調理、除菌機能、カラー液晶
ヘルシオ AX-G1 ... 30L、自動118メニュー、クックブック223メニュー、2段調理、除菌機能
ヘルシオ AX-M1 ... 26L、自動42メニュー、クックブック78メニュー

第7世代(2010年8月発売、CX1は2011年1月発売)... 全機種 蒸気ダクト内蔵 ヘルシオ AX-PX1 ... 30L、自動293メニュー、クックブック372メニュー、2段調理、除菌機能、カラー液晶
ヘルシオ AX-GX1 ... 30L、自動136メニュー、クックブック232メニュー、2段調理、除菌機能
ヘルシオ AX-MX1 ... 26L、自動71メニュー、クックブック97メニュー
ヘルシオ AX-CX1 ... 18L、自動49メニュー、クックブック82メニュー

第8世代(2011年8月発売)... 全機種 蒸気ダクト内蔵 ヘルシオ AX-PX2 ... 30L、自動299メニュー、クックブック351メニュー、2段調理、除菌機能、カラー液晶
ヘルシオ AX-GX2 ... 30L、自動145メニュー、クックブック229メニュー、2段調理、除菌機能
ヘルシオ AX-MX2 ... 26L、自動76メニュー、クックブック103メニュー、除菌機能
ヘルシオ AX-CX2 ... 18L、自動51メニュー、クックブック82メニュー

第9世代(2012年8月発売)... 全機種 蒸気ダクト内蔵 ヘルシオ AX-PX3 ... 30L、自動352メニュー、クックブック429メニュー、2段調理、除菌機能、カラー液晶
ヘルシオ AX-GX3 ... 30L、自動145メニュー、クックブック254メニュー、2段調理、除菌機能
ヘルシオ AX-MX3 ... 26L、自動94メニュー、クックブック143メニュー、除菌機能
ヘルシオ AX-CX3 ... 18L、自動75メニュー、クックブック122メニュー

第10世代(2013年8月発売)... 全機種 蒸気ダクト内蔵 ヘルシオ AX-SP1 ... 30L、自動381メニュー、クックブック431メニュー、2段調理、除菌機能、カラー液晶、ココロエンジン、エコ技ターボ噴射エンジン
ヘルシオ AX-GA1 ... 30L、自動195メニュー、クックブック276メニュー、2段調理、除菌機能
ヘルシオ AX-SA1 ... 26L、自動124メニュー、クックブック161メニュー、除菌機能、カラー液晶、ココロエンジン
ヘルシオ AX-CA1 ... 18L、自動88メニュー、クックブック135メニュー

第11世代(2014年8月〜9月、2015年2月発売)... 全機種 蒸気ダクト内蔵 ヘルシオ AX-XP1WF ... 30L、自動403メニュー、クックブック446メニュー、2段調理、除菌機能、カラー液晶、ココロエンジン、ともだち家電
ヘルシオ AX-XP100 ... 30L、自動403メニュー、クックブック446メニュー、2段調理、除菌機能、カラー液晶、ココロエンジン
ヘルシオ AX-GA100 ... 30L、自動209メニュー、クックブック307メニュー、2段調理、除菌機能
ヘルシオ AX-SA100 ... 26L、自動156メニュー、クックブック213メニュー、除菌機能、カラー液晶、ココロエンジン
ヘルシオ AX-CA100 ... 18L、自動102メニュー、クックブック165メニュー

第12世代(2015年7月、同年10月発売)... 全機種 蒸気ダクト内蔵 ヘルシオ AX-XP2WF ... 30L、自動430メニュー、クックブック488メニュー、2段調理、除菌機能、カラー液晶、ココロエンジン、ともだち家電
ヘルシオ AX-XP200 ... 30L、自動430メニュー、クックブック488メニュー、2段調理、除菌機能、カラー液晶、ココロエンジン、まかせて調理
ヘルシオ AX-SP200 ... 30L、自動246メニュー、クックブック350メニュー、2段調理、除菌機能
ヘルシオ AX-MP200 ... 26L、自動122メニュー、クックブック206メニュー、除菌機能
ヘルシオ AX-CA200 ... 18L、自動102メニュー、クックブック166メニュー

第13世代(2016年7月〜9月発売)... 全機種 蒸気ダクト内蔵 ヘルシオ AX-XW300 ... 30L、自動421メニュー、クックブック464メニュー、2段調理、除菌機能、カラー液晶、無線LAN、COCORO KITCHEN、まかせて調理
ヘルシオ AX-AP300 ... 26L、自動166メニュー、クックブック249メニュー、除菌機能、ココロエンジン、まかせて調理
ヘルシオ AX-SP300 ... 30L、自動245メニュー、クックブック348メニュー、2段調理、除菌機能
ヘルシオ AX-MP300 ... 26L、自動139メニュー、クックブック212メニュー、除菌機能
ヘルシオ AX-CA300 ... 18L、自動108メニュー、クックブック171メニュー

第14世代(2017年8月発売)... 全機種 蒸気ダクト内蔵 ヘルシオ AX-XW400 ... 30L、自動442メニュー、クックブック478メニュー、2段調理、除菌機能、カラー液晶(タッチパネル)、無線LAN、COCORO KITCHEN、まかせて調理
ヘルシオ AX-AW400 ... 26L、自動219メニュー、クックブック263メニュー、除菌機能、カラー液晶(タッチパネル)、無線LAN、COCORO KITCHEN、まかせて調理
ヘルシオ AX-AS400 ... 26L、自動140メニュー、クックブック214メニュー、除菌機能
ヘルシオ AX-CA400 ... 18L、自動111メニュー、クックブック173メニュー

第15世代(2018年6月、同年8月発売)... 全機種 蒸気ダクト内蔵 ヘルシオ AX-XW500 ... 30L、自動431メニュー、クックブック466メニュー、2段調理、除菌機能、カラー液晶(タッチパネル)、無線LAN、COCORO KITCHEN、まかせて調理
ヘルシオ AX-XS500 ... 30L、自動87メニュー、クックブック175メニュー、2段調理、除菌機能、まかせて調理
ヘルシオ AX-AW500 ... 26L、自動227メニュー、クックブック264メニュー、除菌機能、カラー液晶(タッチパネル)、無線LAN、COCORO KITCHEN、まかせて調理
ヘルシオ AX-AS500 ... 26L、自動144メニュー、クックブック182メニュー、除菌機能、まかせて調理
ヘルシオ AX-CA450 ... 18L、自動115メニュー、クックブック160メニュー

第16世代(2019年6月発売)... 全機種 蒸気ダクト内蔵 ヘルシオ AX-XW600 ... 30L、自動382メニュー、クックブック378メニュー、2段調理、除菌機能、カラー液晶(タッチパネル)、無線LAN、COCORO KITCHEN、まかせて調理
ヘルシオ AX-AW600 ... 26L、自動202メニュー、クックブック207メニュー、除菌機能、カラー液晶(タッチパネル)、無線LAN、COCORO KITCHEN、まかせて調理

関連製品

ヘルシオIHセンター

※現在は生産を終了している。

KH-AX6B/AX6W/AX7B/AX7W
2009年8月発売。グリル部にウォーターヒート技術を搭載したビルトインタイプのIHクッキングヒーター。60cmトップタイプと75cmワイドトップタイプの2タイプ、それぞれにトッププレートと前面部が異なる3パターン(トッププレート部がブラック系・グリル部がレッド系、トッププレート部がブラック系・グリル部がシルバー系、トッププレート部がホワイト系・グリル部がシルバー系)がラインナップされる。


ヘルシオグリル

※現在は生産を終了し、後述する「ヘルシオ グリエ」へ継承されている。

KF-AX1
2009年10月発売。焼き魚を中心としたグリル用途に特化したモデル。フラット庫内によりお手入れが容易な上、過熱水蒸気調理で発生した蒸気を冷却して水へ還元し、つゆ受けに排出される「蒸気カットシステム」と「背面ピタ置き設計」を採用したことで、当製品よりも設置性を高めている。


ヘルシオ(ビルトイン型)

※現在は生産を終了している。

RSR-30HO(取付部材 RSR-30HO-BXとのセット品)
こちらはシャープと技術供与契約を結んだうえで主要部品の供給を受け、ガス機器メーカーのリンナイが生産・販売するビルトイン型タイプ。「ヘルシオ」の商標使用許可も得ている(カタログ等には"「ヘルシオ」はシャープ(株)の登録商標です"の記述がある)。ビルトイン型ガスオーブンの取替需要に応えて開発されたモデルである。なお、既設のビルトイン型ガスコンロを残して新たにビルトイン型「ヘルシオ」を設置する(取替える)場合、ガスコンロの機種によっては取付不可の場合があるので注意が必要である。


ヘルシオ炊飯器

※現在は全機種生産を終了している。


KS-GX10A/PX10A
2012年10月発売。水の抵抗を低減するペンギンの後退翼と衝突を抑制する魚群の習性を応用し、日本国内の家庭用IHジャー炊飯器として初めて「かいてんユニット」を搭載。先端を内側後方にカーブし、内側に30度の傾斜を設けて攪拌することで、内側の周囲(回転水流)、中心部(上昇水流)、水面と底面(湧き出し・吸い込み水流)で異なる3つの水流を生み、吸水工程では米一粒一粒をしっかり引き離すことで米粒に触れる表面積が増え、吸水を促進する「匠の浸し技」、加熱工程では水面と底面の温度差をなくし、デンプンを糖分に変える糖化酵素が最も活性化する温度帯(約60℃)をキープしたまま加熱することで甘み成分をアップさせる「匠の加熱技」、沸騰行程ではユニットのウイングが収納し、沸騰によって大量に吹き上がるおねばを切り、吹きこぼさずに釜内に戻すことで高火力の連続沸騰を実現する「匠の連続沸騰技」の3つの技の相乗効果でごはん表面の呈味成分(旨みや甘みなど味を感じさせる成分)を向上させた。なお、通常の炊飯だけでなく、おかゆ(「極美(きわみ)がゆ」コース使用時)や炊き込みご飯(「炊きこみ(かいてん有り)」コース使用時)でも攪拌を加えることが可能である。また、洗米機能「匠の洗米技」も搭載されており、「かいてんユニット」の攪拌が作り出す水流で洗うことで白米表面のサブアリューロン層の削れを抑制し、手洗い洗米時に比べて栄養素の残存率を向上するとともに、水温と抵抗の2つのセンサーによってユニットの回転時間や回転数をコントロールし、手洗い洗米では難しい微妙な調整も自動制御で行う。さらに、肉じゃがやカスタードクリーム、クリームシチューなどこまめなかき混ぜや焦げ付きを気にしながら微妙な火加減が必要な料理に、自動で攪拌する「混ぜ技クッキングメニュー」も搭載されている。GX10Aは内釜に厚さ2mmの「ハードガラス鉄釜」を採用し、3.7インチ高反射型液晶を搭載したスタンダードモデル。PX10Aは外側に中空ビーズを追加して3mmに厚くした「ハードガラス鉄釜」を採用し、4.3インチホワイトバックライト液晶に触れると文字が光る静電タッチキーを追加し、蒸し板を追加同梱したプレミアムモデルである。

KS-MX10B/MX18B/PX10B
2014年4月〜5月発売。既存の3つの技(匠の浸し技・匠の過熱技・匠の連続沸騰技)に加えて、沸騰したタイミングで重なり合った米を「かいてんユニット」で大きく混ぜることで一粒一粒に沸騰水を一気に吸い込ませてふっくらとした大粒のご飯に炊き上げる「匠の米粒返し技」を追加。また、プレミアムモデルのPX10Bは内釜を改良し、底面にダイヤカット状の凹凸を加え、発熱面積を広げることで火力を向上し、内面にガラス片でコーティングすることでフッ素を剥がれにくくするハードフッ素コートを加えた「極美ダイヤカット鉄釜」を採用。さらに、当製品第10世代の一部機種に搭載されている「ココロエンジン」が本機種にも搭載され、旬の食材・祭事のおすすめ・健康サポートといったメニューの提案や使いこなしのコツなどを音声で知らせてくれる。一方、GX10Aの後継機種となるスタンダードモデルのMX10BはGX10Aに搭載されていた「混ぜ技クッキングメニュー」を省いて炊飯器の基本性能に特化した仕様となり、内釜は材質をステンレスに変更し、厚さを3mmに厚くして底面にダイヤカット状の凹凸を加え、内面にハードフッ素コートを施した「極美ダイヤカット釜」に改良。また、これまでは5.5合炊き(1.0L)のみだった「ヘルシオ炊飯器」では初となる大容量1升炊き(1.8L)モデルのMX18Bが新設された。

ヘルシオジュースプレッソ/グリーンプレッソ

EJ-CP10B
2013年4月発売。樹脂製のスクリューで低速回転し、石臼のようにゆっくりと食材を押しつぶす「低速圧縮絞り(コールドプレス)」方式を採用することで、一般のジューサーミキサーでは不向きな桃やキウイなどの果肉が多い果物、コーンや大豆の水煮などの粒状の食材、生姜などの固い食材といった幅広い食材に使うことができるスロージューサー。2012年6月に発売した初代モデル(EJ-CP10A)では「ジュースプレッソ」の愛称だったが、2代目発売時に「ヘルシオ」を冠した愛称に改称された。初代「ジュースプレッソ」からの改良点として、フィルター・スクリュー・タンククリーナーの3点を一体化し、フィルター外搾り方式に変更したフィルター 一体型スクリューを採用し、運転音が抑えられた。


EJ-ST1/CF10A
2015年4月発売。2年ぶりにモデルチェンジした3代目(「ヘルシオ」を冠してからは2代目)のEJ-CF10Aでは、スクリューを分離型に変更してフィルターの取り外しができるようになり、新たに付属したフローズン用アタッチメントに付け替えることで冷凍した野菜や果物を使用したフローズンデザートやフローズンサラダをつくることができるようになった。なお、フローズン用アタッチメントなしのスタンダードモデルEJ-ST1を新たにラインナップして2機種となり、カラーラインナップはビタミンカラーをイメージした5色(CF10A:3色、ST1:2色)展開となった。


EJ-CP1/GP1
2016年6月発売。「ヘルシオジュースプレッソ」の新機種となるCP1はモーターの低騒音化によりCF10Aに比べて運転音が低減された。また、上位機種となるGP1も設定されたが、本機種では「ヘルシオグリーンプレッソ」の愛称を名乗る。切り替えダイヤルの搭載で絞りかす出口のパッキンの圧力を変えることが可能で、葉物野菜の場合に圧力を低くすることで繊維かすの詰まりが軽減され、絞りかす出口の大きさをCF10A比約2.2倍とし、絞りかすを出しやすくしたことで、細かく刻まずにそのまま投入することが可能となった。予備洗浄機能も搭載されており、ジュース出口を付属のストッパーで塞ぎ、食材投入口から水を入れて運転することでタンク内部についた搾りかすを洗い流すことが可能である。


ヘルシオ真空ブレンダー

EM-SB1/SB1A
2019年4月発売。真空ポンプを搭載したブレンダー。ブレンダー容器から空気を抜き食材を空気に触れさせずに攪拌することで、栄養成分の酸化や泡立ちを抑えることが可能である。また、ブレンダー容器や付属のドリンクボトルには哺乳瓶などに用いられている「トライタン」素材が採用されており、ドリンクボトルでそのまま飲用するためのドリンクフタも同梱している。EM-SB1Aでは「トライタン」素材を採用した3サイズ(S/M/L)の保存容器が付属しており、食材の真空保存や真空調理も可能である。

ヘルシオお茶プレッソ

TE-GS10A
2014年4月発売。茶道で使われる道具を手本に、挽く・沸かす・点てる行程を1台で再現したお茶メーカー。挽く工程では抹茶を作る際に使われる石臼に倣い、セラミック製の小型臼を低速回転することで摩擦熱を抑え、約20μmの粉末に挽くことができる「お茶うす」を採用。沸かす工程では本体背面の水タンクで一度沸騰させてカルキ成分を取り除いた後、粉末茶に適した温度(約80℃〜90℃)に調整。点てる行程では茶筅を参考に挽いた粉末茶とお湯を丁寧にかき混ぜる「回転はね」を搭載した。「お茶うす」で引いた粉末茶はクロロフィルや食物繊維も摂取でき、茶殻も出ない。また、日本茶(煎茶・碾茶(抹茶の原料)・玉露・ほうじ茶など)はもちろん、紅茶(ダージリン・セイロン・アッサムなど)、中国茶(烏龍茶・ジャスミン茶など)、ルイボスティーも挽くことが可能(「お茶うす」に入らない長い茶葉はあらかじめ短くしてから使う必要がある)。また、水タンクを使わず、お茶容器でかき混ぜる「ラテ」モードにすることで冷たいお茶やお茶ラテも作ることができるほか、市販のインスタントコーヒーや粉末ココアを用いてカフェラテやココアラテを作ることも可能。また、挽き方の調節も可能で、挽き方調節ダイヤルを「粗」にすることで料理や菓子にも活用することができる。発売当初はブラック系とホワイト系の2色展開だったが、2014年9月に当製品のフラッグシップカラーであるレッド系を追加発売。さらに、茶葉に合わせて使い分けができるように、専用ケース付きのお茶うす単品(TH-GU1)も同時発売された。


TE-GS10B/TS56V
2015年4月発売。「お茶うす」を改良し、臼の溝(紋様)に粉末を留める「ふくみ」部分を設けたことで粒度を約15〜20μmに細かくなり、新たに設けた茶葉引掛け突起により不揃いの茶葉を引き込むことで挽き時間がGS10A比20%短縮。また、前面パネルと「お茶うす」のセット箇所に帯電防止樹脂を採用したことで茶葉の飛散や粉末の付着を抑制。「お茶うす」とお茶容器の投入口も大きくなった。新たにラインナップされた上位機種のTS56Vは、沸かす工程でカルキ分を取り除いた後、空冷方式で約70℃まで下げてから点てる「湯冷まし機能」を新搭載し、置き台とつゆ受けトレイは取り外して丸洗いができるようになった。なお、別売りの「お茶うす」単品も2015年モデルに対応した新型のTH-GU2となり、同時発売された。専用茶葉(XZ-TNB01A)の発売

2015年11月にはお茶メーカー専用茶葉「ヘルシオお茶プレッソで飲む抹茶(XZ-TNB01A)」が発売された。都度必要な分だけ茶葉を挽けるお茶メーカーの特性を生かし、粉末状の抹茶にする前の碾茶の状態となっているため、空気の酸化などによる風味や香りの劣化を抑え、必要な分だけ挽きたての抹茶にすることができる。茶葉は日光を遮りながら栽培された京都府・宇治産地の一番茶(宇治茶)を使用している。パッケージは黒を基調としたシンプルデザインで、贈答用にも対応できるように、外箱には「SHARP」のコーポレートロゴを表示しない代わりに、縦書きで「シャープ株式会社」と記されている。

ヘルシオホットクック

KN-HT99A
2015年11月発売。日本国内の家庭用電気鍋において初めて無水調理(水を使わずに野菜などの食材に含まれる水分を活用した調理方法)が可能な電気無水鍋。蓋の内側には円盤状の突起「旨味ドリップ加工」を施しており、食材から出た蒸気を水滴にして鍋の中を循環させることで、調味料を味付けなどの必要最低限にとどめて食材本来の旨みを活かした調理が可能である。また、メニューに合わせて最適なタイミングでかき混ぜる「まぜ技ユニット」を搭載するほか、温度と蒸気のダブルセンサーで火加減も自動調整するため、メニューを選択して食材をセットしておくだけで良く、料理の際にかき混ぜや火加減調整のためにそばにいる必要もない。さらに、空いた時間に食材をセットして設定時間に合わせて仕上げるタイマー予約機能「食べごろ予約調理」を搭載しており、ワンキー操作で一旦冷めた料理の温め直しも可能。残ってしまった場合でも付属の保存専用ふたをすることで内鍋ごと冷蔵庫に保存することが可能で、保存専用ふたがフラットなため、上に密閉容器などの小物も載せることができる。「まぜ技ユニット」や内ぶたは取り外して水洗いが可能である。内鍋は単品(TJ-KN1)でも発売されており、用途に応じて使い分けることも可能である(なお、内鍋は当初、本体との同時発売が予定されていたが、事情により発売日が約1ヶ月延期となり、同年12月発売となった)。


KN-HT24B
2016年12月発売。直径216mm・深さ147mm・容量2.4Lの広口深鍋となっており、魚1匹を切らずにそのまま投入するなど、食材を丸ごと投入して調理することが可能となり、最大6人分まで一度に調理可能な大容量サイズとなった。また、付属のメニュー集に掲載のメニュー数を143種類(HT99A比43種類増)、自動調理メニュー数を119種類(HT99A比34種類増)、「食べごろ予約調理」対応メニュー数を35種類(HT99A比19種類増)とメニュー数を拡充。「温め直し機能」はメニューにより「まぜる」機能の選択が可能となった。HT99A同様、HT24B専用の内鍋単品(TJ-KN2)も同時発売される(ただし、内鍋単品には保存専用ふたが同梱されない)。


KN-HW24C
2017年10月発売。前述のHT24Bの上位機種にあたるもので、無線LAN機能が搭載され、AIoTクラウドサービス「COCORO KITCHEN」に対応。これにより、本体と無線LAN接続を行うことでメニュー集の内容をディスプレイ表示と音声読み上げで行うほか、本体の「聞いて」キーを押すことでメニュー提案を行ったり、ダウンロードによる自動調理メニューの追加も可能となった。ディスプレイは3インチに大型化するともに、メニュー表示が番号表示から文字表示となり、メニューの検索も可能となった。そのほか、自動の「お手入れ」メニューが新たに搭載され、予約調理可能時間を15時間に延ばした。

KN-HW16D/HT99B
HW16Dは2018年7月、HT99Bは同年9月発売。初代となる1.6Lタイプが約3年ぶりにモデルチェンジされ、無線LAN機能搭載・「COCORO KITCHEN」対応モデルのHW16Dが追加設定された。HW16Dでは、液晶がHW24C同様にフルドット液晶となるほか、新たに3種類の火加減(強火・中火・弱火)、4種類のまぜかた(まぜない・たまにまぜる・よくまぜる・高速にまぜる)、時間が設定可能な「好みの設定加熱」やふたを開けたままでの加熱が可能な「煮詰め」機能が搭載された。なお、HT99Bは従来のHT99Aでは付属されていたふたが付属されなくなった。


ヘルシオ グリエ/グリエレンジ

AX-H1
2016年10月発売。当製品と同じ過熱水蒸気エンジンを搭載しつつ、コンパクトサイズとし、過熱水蒸気のパワーを弱・中・強の3段階で切り替える「過熱切替」ボタンとダイヤル式タイマーのみのシンプル操作としたウォーターオーブン専用機。当初はレッド系のみだったが、2017年5月にホワイト系とブラック系を2万台の限定生産で追加発売した。また、同年4月には、トレイにシリコンコーティングを施した「ヘルシオ グリエ」専用の別売部品「コーティングトレイ(YX-H1CT)」も発売された。

AX-H2
2017年11月発売。庫内の清掃性向上のため、AX-H1では別売部品での対応だったシリコンコーティング仕様のトレイが付属品となり、扉の内側にもガラスが装着された。また、カラーバリエーションもAX-H1では限定生産だったホワイト系が追加され、2色展開となった。


AX-HR2
2017年12月発売。AX-H2にレンジ機能が搭載されたウォーターオーブンレンジで「ヘルシオ グリルレンジ」の愛称を名乗る。レンジ機能の搭載に伴って庫内容量が8Lに拡大され、直径24cm未満のお皿や高さ13cm未満のマグカップも入れられるようになった。付属品のトレイは過熱水蒸気・レンジ機能兼用のセラミックに、過熱水蒸気専用の焼き網はホーローになった。レンジ機能は、オート・600W・500W・解凍(200W相当)の切り替えが可能で、絶対湿度と温度の2つのセンサーが搭載されている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%82%AA
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/919.html#c5

[近代史02] 弥生人の起源 _ 自称専門家の嘘に騙されない為に これ位は知っておこう 中川隆
264. 中川隆[-8630] koaQ7Jey 2019年8月28日 10:03:38 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4121]

2018年03月07日
縄文時代と現代日本
https://sicambre.at.webry.info/201803/article_7.html


一つ前の記事で取り上げた、バヌアツにおける人類集団の形成史に関する研究は、日本列島における人類集団の遺伝的構成の変遷と言語の形成過程に関する議論にも参考になりそうだという点でも、大いに注目されます(

関連記事
https://sicambre.at.webry.info/201803/article_6.html


日本列島の人類史における縄文時代の位置づけについては、まだ不明なところが多分にある、と言わざるを得ないでしょう。現代日本社会の「愛国的な見解」においては、縄文時代から現代まで継続する一貫した「日本」が措定され、現代日本社会の「確たる基盤・源流」として縄文時代が賞賛される傾向にあるように思います。現代日本社会の「愛国的な見解」は、皇国史観とも共通する要素を有しているものの、皇国史観において縄文時代はほとんど視野に入っていなかったことを考えると、縄文時代の評価は現代日本社会の「愛国的な見解」と皇国史観との大きな違いと言えるでしょう。そもそも、山田康弘『つくられた縄文時代 日本文化の原像を探る』によると、縄文時代という時代区分が定着したのは第二次世界大戦後で、その前には縄文時代と弥生時代は石器時代として一括して区分されることが多かったそうです(関連記事)。

 現代日本社会の「愛国的な見解」における縄文時代像は、たんなる妄想というよりは、「一国史」的枠組みを前提とした近代歴史学から生じた、偏った一つの方向性を表している、とも言えそうです。この「一国史」的枠組みを前提とした日本史像への反省として、とくに1980年代以降、「開かれた日本列島」という歴史像が提示されてきました。そうした歴史像では、たとえば、朝鮮半島と縄文時代の九州北部との交流が強調されたこともありました。しかし、『つくられた縄文時代』では、両者の交流が一部で想定されたよりも少なく、その理由として言語の違いがあったかもしれない、と指摘されています。東野治之『遣唐使』では、「開かれていた日本」という発想は、常識化した鎖国史観への批判として有効であり、傾聴すべきではあるものの、それに偏ると、日本の潜在的鎖国体質を無視してしまうことになる、と指摘されています(関連記事)。「開かれていた日本(列島)」の強調に、開かれた日本であるべきだ、との願望・思い込みが過剰に投影されていないか、慎重に検証すべきでしょう。

 「開かれていた」縄文時代の日本列島(の一部)という歴史像に行きすぎもあったかもしれないとはいえ、とくに弥生時代以降、日本列島がユーラシア東部の影響を大きく受けてきたことは否定できないでしょう。その具体的な様相は、狩猟採集社会から農耕社会への移行において、人間の移動が大きな役割を果たしたのか、それとも人間の移動をあまり伴わないような文化伝播が重要だったのか、という世界史において普遍的な議論の一部と言えるでしょう。漠然とした印象にすぎませんが、「愛国的な見解」では人間の移動をあまり伴わないような文化伝播が、「愛国的な見解」や「一国史」的枠組みに批判的な「(進歩的で)良心的な見解」では人間の移動が、それぞれ支持される傾向にあるように思います。

 20世紀後半には、弥生時代以降におもに朝鮮半島から多数の人間が日本列島に渡来してきた、との見解も提示され、「(進歩的で)良心的な見解」の側では支持されてきたように思われます。この問題の解決にたいへん有効になるのが、古代DNA研究です。古代DNA研究は、DNAの保存に適した環境であることからも、ヨーロッパが中心地となってきました(近代化がヨーロッパで始まった結果としてのヨーロッパ中心主義という社会的要因もありますが)。古代DNA研究によると、ヨーロッパにおける狩猟採集社会から農耕社会への移行はアナトリア半島の農耕民のヨーロッパへの拡散によるもので、全体的には先住の狩猟採集民集団との交雑・同化がゆっくりと進行していったものの、地域によっては交雑・同化が早期に進行した、とされています(関連記事)。西アジアでは、少なくとも一部地域において、人間の移動をあまり伴わないような文化伝播が農耕の拡大に重要な役割を果たしたのではないか、と示唆されています(関連記事)。狩猟採集社会から農耕社会への移行の具体的様相は、各地域により異なっていた可能性が高そうです。

 本格的な水稲耕作など弥生時代の新規要素の多くがユーラシア東部起源であることは否定できないでしょうが、では、縄文時代〜弥生時代への移行の具体的様相はどうだったのでしょうか。重要な手がかりとなる古代DNA研究では、日本列島の縄文時代の住民は遺伝的には現代日本人に大きな影響を与えていない(アイヌ人と沖縄の人々を除く現代の「本土日本人」に継承された縄文人ゲノムの割合は推定で15%程度)、と推測されています(関連記事)。もちろん、現時点では縄文時代の日本列島の人類の古代DNA解析数は少なく、縄文時代とはいっても、地域・時代による違いはあったでしょうが、縄文時代の日本列島の人類集団よりも、弥生時代以降に日本列島に渡来した人類集団の方が、現代日本人に及ぼした遺伝的影響はずっと大きい、という可能性が高そうです。

 これは、上述した、弥生時代以降におもに朝鮮半島から多数の人間が日本列島に渡来してきた、という20世紀後半に提示された見解と整合的と言えそうです。弥生時代以降に日本列島に渡来してきた人類集団が、縄文時代の先住民をおおむね遺伝的に置換したとなると、縄文時代に現代日本社会の「確たる基盤・源流」を想定する「愛国的な見解」にたいして、「(進歩的で)良心的な見解」の側からの、時として嘲笑や冷笑も伴うような否定論が提示されるかもしれません。

 しかし、上述したバヌアツにおける人類集団の形成史に関する研究は、縄文時代の日本列島の人類集団の遺伝的影響が現代日本社会において小さくとも、言語に代表される文化的影響は小さくない可能性が想定され得ることを示唆しています。バヌアツの最初期の住民はオーストロネシア系集団でしたが、現代バヌアツ人は遺伝的にはパプア系集団の影響力がたいへん大きくなっています。しかし、現代バヌアツ人の言語は、パプア諸語ではなく、オーストロネシア諸語のままです。バヌアツにおいては、遺伝的にはオーストロネシア系からパプア系への置換が起きたものの、言語では置換が起きなかったのではないか、というわけです。バヌアツにおける遺伝的置換がある時期の急激なものだったのか、それとも漸進的なものだったのか、まだ確定的ではありませんし、言語の転換が起きなかった理由については不明です。しかし、これは、日本列島における人類集団の遺伝的構成の変遷と言語の形成過程に関する議論にも参考になるのではないか、と思います。

 上述したように、現時点での古代DNA研究からは、弥生時代以降におもに朝鮮半島から多数の人間が日本列島に渡来してきた、という見解が支持されそうです。しかし、別の解釈もじゅうぶん可能だと思います。弥生時代以降におもに朝鮮半島から渡来してきた集団は日本列島の縄文時代以来の先住民集団よりも小規模で、交易などの必要性から先住民集団の言語が大きな影響力を維持したものの、弥生時代以降の渡来集団は、自分たちが新たに導入した本格的な水稲耕作や戦争文化などにより縄文時代以来の先住民集団よりも人口増加率が高かったため、後に日本列島における遺伝的影響力で縄文時代以来の先住民集団を圧倒した、とも考えられます。弥生時代の開始年代に関する議論は決着がついていないようですが(関連記事)、紀元前300年前頃という一昔前(二昔前?)の有力説よりもさかのぼる可能性は高そうです。そうすると、弥生時代の期間はじゅうらいの想定よりも長くなるわけで、短期間で区切った場合の日本列島への移住者数はさらに少なく推定することも可能ですから、小規模集団の言語が在来の先住民集団の言語を置換する可能性は低いだろう、とも考えられます。

 この想定は現時点では思いつきにすぎず、検証するには、縄文時代および弥生時代以降の日本列島の人類集団のみならず、朝鮮半島も含めてユーラシア東部の人類集団の古代DNA解析数を蓄積していくしかないわけですが、少なくとも現時点では、無視してよいほど低い可能性ではない、と確信しています。もちろん、現代日本語の形成において縄文時代の日本列島(の一部地域?)の言語が大きな影響力を有しているとしても、その言語と現代日本語とは大きく違うでしょうし、弥生時代以降に漢文などから大きな影響を受けた可能性はじゅうぶん想定されます。

 なお、日本語が「系統不明」とされるのは、現代人(Homo sapiens)が現生種のなかで特別な存在とも言えるところがあることと多分に共通しているのではないか、と思います。ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)などの他のホモ属各種や、それ以前に存在したアウストラロピテクス属各種など、現代人の近縁種がことごとく絶滅してしまったので、現代人は現生種のなかで特異的なところのある存在になったのではないか、というわけです(関連記事)。現在、消滅しつつある言語が少なくないようですが(関連記事)、過去にも絶滅した言語は多数あったのでしょう。日本語と近縁な言語はユーラシア東部に少なからず存在したかもしれませんが、それらが絶滅してしまったため、日本語は「系統不明」とされているのかもしれません。
https://sicambre.at.webry.info/201803/article_7.html


2018年03月06日
バヌアツの人類集団の形成史
https://sicambre.at.webry.info/201803/article_6.html

バヌアツの人類集団の形成に関する二つの研究が公表され、報道されました。『ネイチャー』のサイトには解説記事が掲載されています。これらの研究はオンライン版での先行公開となります。これら二つの研究は、バヌアツやその周辺地域の人類の古代および現代のDNAを解析し、ゲノム規模のデータを得て、バヌアツの人類集団の変遷を検証しています。両方の新研究の間で共通認識もあるものの、相違も見られます。

 バヌアツで最初の人類はオーストロネシア諸語を話していたと推測されているラピタ(Lapita)文化集団で、最初の移住の年代は3000年前頃と推定されています。これは、5500年前頃に台湾から始まったと考えられるオーストロネシア諸語集団の拡大の一部となります。現代バヌアツ人は遺伝的には、4万年以上前にニューギニア島やその周辺地域に拡散してきたパプア人集団の強い影響を受けていますが、言語はパプア諸語ではなく、オーストロネシア諸語のままです。この遺伝子構成と言語の「不一致」について、言語学や考古学や遺伝学などさまざまな分野で推測されており、今回取り上げる両方の新研究でも検証されています。

 リモートオセアニアの最初の人類集団とされるラピタ文化集団は、台湾から東南アジア諸島を経由してオセアニアへと拡散してきた、と考えられており、両方の新研究においても改めてその見解が支持されています。現代人の遺伝的構成から推測すると、ラピタ文化集団はニューギニア島を経由したさいにパプア系集団の遺伝的影響を受けた、と考えられます。しかし、バヌアツとトンガの古代DNA解析の結果、初期のバヌアツ人とトンガ人には、パプア系集団との交雑の痕跡がほとんどまったくない、と明らかになりました(関連記事)。

 両方の新研究は、新たなDNA解析やすでに刊行されているデータの高品質化により、バヌアツにおける人類集団の遺伝的構成の変遷を改めて検証しています。一方の研究(Posth et al., 2018)は、バヌアツ・トンガ・フランス領ポリネシア・ソロモン諸島から19人のゲノム規模のデータを得ることに成功し、気候条件から古代DNAの解析が困難な熱帯地域でのデータだけに、意義は大きいと言えるでしょう。

 Posth et al., 2018でも改めて、3000年前頃となる最初期のバヌアツ人集団はパプア系集団の遺伝的影響をほとんど受けていない、と明らかになりました。一方で、早くも2500年前頃には、バヌアツにおいてパプア系集団の遺伝的影響を強く受けた個体が確認されています。しかし、パプア系集団の遺伝的影響の強化は唐突というよりも漸進的でした。2500〜2000年前頃には、バヌアツ人集団においてパプア人の遺伝的影響が大きくなりますが、現代人よりは小さく、1500〜1000年前頃にはさらにパプア人の遺伝的影響が強くなり、現代では多少ながらもそれ以上にパプア人の遺伝的影響が強くなっています。これらパプア系集団は、バヌアツにより近いソロモン諸島ではなく、ビスマルク諸島からバヌアツに到来したのではないか、と推測されています。

 Posth et al., 2018では、バヌアツにおけるオーストロネシア諸語集団からパプア系集団への遺伝的置換は、1回の大規模移住でによるものはなく継続的なものであり、ニアオセアニアとリモートオセアニアにおける集団間長距離ネットワークが持続していたのではないか、と指摘されています。また、バヌアツへのパプア系集団の移住には性的偏りがあり、南太平洋の現代人のDNA解析に基づいて推測されていたように、パプア人男性がオーストロネシア諸語集団女性と交雑する傾向にあった、と指摘されています。

 もう一方の研究(Lipson et al., 2018A)は、バヌアツのエファテ(Efate)島とエピ(Epi)島の14人の古代DNAが解析され、ゲノム規模のデータが得られました。このうち、11人分のデータは新たに報告されるもので、3人分は以前に刊行されていたデータのより高品質なものとなります。年代別では、2900年前頃が4人、2300年前頃が1人、1300年前頃が2人、500年前頃が1人、150年前頃が6人となります。これら古代のゲノム規模のデータは、185人の現代バヌアツ人のゲノム規模のデータと比較されました。

 Lipson et al., 2018でも、2900年前頃となる初期には、パプア系集団の遺伝的影響がたいへん小さい(4人のうち最大でも3.9±3.5%)、と明らかになりました。しかし、2300年前頃の1人では、パプア系集団の遺伝的影響は95.8±1.1%となります。バヌアツにおいては、オーストロネシア諸語集団による最初の人類の定着の後、少なくとも一部の島では、急速にパプア系集団への遺伝的置換が生じたのではないか、というわけです。このパプア系集団の直接的な起源地は、地理的にバヌアツにより近いソロモン諸島ではなく、ビスマルク諸島だと推測されています。パプア系集団の遺伝的影響は、1300〜500年前頃の3人ではおおむね90%前後、150年前頃の6人ではそれよりやや低くなり、70〜90%程度です。これは、ポリネシアからメラネシアへ「戻って来た」集団との交雑により、パプア系集団の遺伝的影響がやや低くなったことを表しているのではないか、と推測されています。

 Lipson et al., 2018では、これらの解析結果を踏まえて、バヌアツとその周辺地域では少なくとも4回の大きな移住があったのではないか、と推測されています。第一は、この地域最初の人類であるラピタ文化集団です。第二は、2300年前頃までにこの地域に拡散してきて、先住集団を遺伝的にはほぼ置換した、ビスマルク諸島起源のパプア系集団です。第三は、ポリネシアへと拡散した、第二のパプア系集団とは異なるパプア系集団です。第四は、ポリネシアからバヌアツに「戻って来た」集団です。

 これら両研究には、共通認識も見られます。まず、バヌアツの最初の人類集団は、台湾を直接的な起源地(その前にはおそらく華南、もちろん、究極的にはアフリカにまでさかのぼるわけですが)とする、パプア系集団の遺伝的影響をほとんど受けていないオーストロネシア諸語集団で、バヌアツにラピタ文化をもたらした、ということです。次に、このオーストロネシア諸語集団は、遺伝的にはビスマルク諸島起源のパプア系集団にほとんど置換されたものの、言語的には現代バヌアツ諸語もオーストロネシア諸語集団に区分される、ということです。

 両研究の相違点は、バヌアツにおけるパプア系集団による遺伝的置換の過程です。 Posth et al., 2018では、1回の大規模な移住ではなく、持続的な交流による交雑の結果、パプア系集団の遺伝的影響がバヌアツで漸進的に増加したのではないか、と推測されています。一方、 Lipson et al., 2018では、バヌアツに最初の人類であるオーストロネシア諸語系のラピタ文化集団が3000年前頃に到来し、その後に遅くとも2300年前頃までには、少なくとも一部の島ではほぼ全面的な遺伝的置換が生じるほどに、パプア系集団の大規模な到来があった、と推測されています。

 この食い違いは、この地域の古代DNA解析数の増加により、将来解決されるかもしれません。また両研究では、最初期のバヌアツ人はパプア系集団の遺伝的影響をほとんど受けていない、と推測されていますが、そうだと推測するにはまだデータが少なすぎる、とストーンキング(Mark Stoneking)氏は指摘しています。さらにストーンキング氏は、バヌアツなど熱帯地域における古代DNA解析の成功は貴重な事例なので、過剰解釈される傾向にあるのではないか、と注意を喚起しています。

 バヌアツにおける遺伝子構成と言語との「不一致」については、議論が続いているようです。バヌアツの現代の諸言語にはパプア諸語の影響が見られる、との見解も提示されています。しかし、この見解に否定的な言語学者もいるようです。バヌアツの最初期の人類集団は、バヌアツへの拡散前の相互作用の結果、オーストロネシア諸語と非オーストロネシア諸語の双方を話していたかもしれない、との見解も提示されています。また、オーストロネシア諸語集団の後にバヌアツへと到来したパプア系集団にとって、当時はまだ未分化なところのあったオーストロネシア諸語は、交流の持続していた多様な人類集団間にあって共通語として生き残ったのではないか、との見解も提示されています。

 これら二つの研究は、遺伝学のみならず、考古学・言語学などとの学際的研究の重要性を改めて浮き彫りにした、と言えるでしょう。また、日本列島における人類集団の遺伝的構成の変遷と言語の形成過程に関する議論にも参考になりそうな研究成果という点でも、大いに注目されます。つまり、縄文時代までに日本列島に到来した集団は、遺伝的には現代日本人に大きな影響を与えていないものの(関連記事)、言語では、弥生時代以降に到来した集団よりも現代日本語に大きな影響を及ぼしたかもしれない、ということです。

 これは、弥生時代以降に朝鮮半島などユーラシア大陸東部から日本列島に到来した集団の直接的人数はさほど多くなく、先住集団の言語が大きな影響力を維持したものの、本格的な水稲耕作や戦争文化などにより弥生時代以降の到来集団の方が人口増加率は高かったため、現在では縄文時代までに到来した集団をかなり高い割合で遺伝的に置換した、という想定です。もちろん、縄文時代の日本列島の(おそらくはかなり多様な)言語と、現代日本語とでは、大きく違うのでしょうが。


参考文献:
Lipson M. et al.(2018A): Population Turnover in Remote Oceania Shortly after Initial Settlement. Current Biology, 28, 7, 1157–1165.e7.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2018.02.051

Posth C. et al.(2018): Language continuity despite population replacement in Remote Oceania. Nature Ecology & Evolution, 2, 731–740.
http://dx.doi.org/10.1038/s41559-018-0498-2

https://sicambre.at.webry.info/201803/article_6.html
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/547.html#c264

[近代史3] 人類進化史 中川隆
9. 中川隆[-8629] koaQ7Jey 2019年8月28日 10:26:10 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4122]

2018年03月06日
バヌアツの人類集団の形成史
https://sicambre.at.webry.info/201803/article_6.html

バヌアツの人類集団の形成に関する二つの研究が公表され、報道されました。『ネイチャー』のサイトには解説記事が掲載されています。これらの研究はオンライン版での先行公開となります。これら二つの研究は、バヌアツやその周辺地域の人類の古代および現代のDNAを解析し、ゲノム規模のデータを得て、バヌアツの人類集団の変遷を検証しています。両方の新研究の間で共通認識もあるものの、相違も見られます。

 バヌアツで最初の人類はオーストロネシア諸語を話していたと推測されているラピタ(Lapita)文化集団で、最初の移住の年代は3000年前頃と推定されています。これは、5500年前頃に台湾から始まったと考えられるオーストロネシア諸語集団の拡大の一部となります。現代バヌアツ人は遺伝的には、4万年以上前にニューギニア島やその周辺地域に拡散してきたパプア人集団の強い影響を受けていますが、言語はパプア諸語ではなく、オーストロネシア諸語のままです。この遺伝子構成と言語の「不一致」について、言語学や考古学や遺伝学などさまざまな分野で推測されており、今回取り上げる両方の新研究でも検証されています。

 リモートオセアニアの最初の人類集団とされるラピタ文化集団は、台湾から東南アジア諸島を経由してオセアニアへと拡散してきた、と考えられており、両方の新研究においても改めてその見解が支持されています。現代人の遺伝的構成から推測すると、ラピタ文化集団はニューギニア島を経由したさいにパプア系集団の遺伝的影響を受けた、と考えられます。しかし、バヌアツとトンガの古代DNA解析の結果、初期のバヌアツ人とトンガ人には、パプア系集団との交雑の痕跡がほとんどまったくない、と明らかになりました(関連記事)。

 両方の新研究は、新たなDNA解析やすでに刊行されているデータの高品質化により、バヌアツにおける人類集団の遺伝的構成の変遷を改めて検証しています。一方の研究(Posth et al., 2018)は、バヌアツ・トンガ・フランス領ポリネシア・ソロモン諸島から19人のゲノム規模のデータを得ることに成功し、気候条件から古代DNAの解析が困難な熱帯地域でのデータだけに、意義は大きいと言えるでしょう。

 Posth et al., 2018でも改めて、3000年前頃となる最初期のバヌアツ人集団はパプア系集団の遺伝的影響をほとんど受けていない、と明らかになりました。一方で、早くも2500年前頃には、バヌアツにおいてパプア系集団の遺伝的影響を強く受けた個体が確認されています。しかし、パプア系集団の遺伝的影響の強化は唐突というよりも漸進的でした。2500〜2000年前頃には、バヌアツ人集団においてパプア人の遺伝的影響が大きくなりますが、現代人よりは小さく、1500〜1000年前頃にはさらにパプア人の遺伝的影響が強くなり、現代では多少ながらもそれ以上にパプア人の遺伝的影響が強くなっています。これらパプア系集団は、バヌアツにより近いソロモン諸島ではなく、ビスマルク諸島からバヌアツに到来したのではないか、と推測されています。

 Posth et al., 2018では、バヌアツにおけるオーストロネシア諸語集団からパプア系集団への遺伝的置換は、1回の大規模移住でによるものはなく継続的なものであり、ニアオセアニアとリモートオセアニアにおける集団間長距離ネットワークが持続していたのではないか、と指摘されています。また、バヌアツへのパプア系集団の移住には性的偏りがあり、南太平洋の現代人のDNA解析に基づいて推測されていたように、パプア人男性がオーストロネシア諸語集団女性と交雑する傾向にあった、と指摘されています。

 もう一方の研究(Lipson et al., 2018A)は、バヌアツのエファテ(Efate)島とエピ(Epi)島の14人の古代DNAが解析され、ゲノム規模のデータが得られました。このうち、11人分のデータは新たに報告されるもので、3人分は以前に刊行されていたデータのより高品質なものとなります。年代別では、2900年前頃が4人、2300年前頃が1人、1300年前頃が2人、500年前頃が1人、150年前頃が6人となります。これら古代のゲノム規模のデータは、185人の現代バヌアツ人のゲノム規模のデータと比較されました。

 Lipson et al., 2018でも、2900年前頃となる初期には、パプア系集団の遺伝的影響がたいへん小さい(4人のうち最大でも3.9±3.5%)、と明らかになりました。しかし、2300年前頃の1人では、パプア系集団の遺伝的影響は95.8±1.1%となります。バヌアツにおいては、オーストロネシア諸語集団による最初の人類の定着の後、少なくとも一部の島では、急速にパプア系集団への遺伝的置換が生じたのではないか、というわけです。このパプア系集団の直接的な起源地は、地理的にバヌアツにより近いソロモン諸島ではなく、ビスマルク諸島だと推測されています。パプア系集団の遺伝的影響は、1300〜500年前頃の3人ではおおむね90%前後、150年前頃の6人ではそれよりやや低くなり、70〜90%程度です。これは、ポリネシアからメラネシアへ「戻って来た」集団との交雑により、パプア系集団の遺伝的影響がやや低くなったことを表しているのではないか、と推測されています。

 Lipson et al., 2018では、これらの解析結果を踏まえて、バヌアツとその周辺地域では少なくとも4回の大きな移住があったのではないか、と推測されています。第一は、この地域最初の人類であるラピタ文化集団です。第二は、2300年前頃までにこの地域に拡散してきて、先住集団を遺伝的にはほぼ置換した、ビスマルク諸島起源のパプア系集団です。第三は、ポリネシアへと拡散した、第二のパプア系集団とは異なるパプア系集団です。第四は、ポリネシアからバヌアツに「戻って来た」集団です。

 これら両研究には、共通認識も見られます。まず、バヌアツの最初の人類集団は、台湾を直接的な起源地(その前にはおそらく華南、もちろん、究極的にはアフリカにまでさかのぼるわけですが)とする、パプア系集団の遺伝的影響をほとんど受けていないオーストロネシア諸語集団で、バヌアツにラピタ文化をもたらした、ということです。次に、このオーストロネシア諸語集団は、遺伝的にはビスマルク諸島起源のパプア系集団にほとんど置換されたものの、言語的には現代バヌアツ諸語もオーストロネシア諸語集団に区分される、ということです。

 両研究の相違点は、バヌアツにおけるパプア系集団による遺伝的置換の過程です。 Posth et al., 2018では、1回の大規模な移住ではなく、持続的な交流による交雑の結果、パプア系集団の遺伝的影響がバヌアツで漸進的に増加したのではないか、と推測されています。一方、 Lipson et al., 2018では、バヌアツに最初の人類であるオーストロネシア諸語系のラピタ文化集団が3000年前頃に到来し、その後に遅くとも2300年前頃までには、少なくとも一部の島ではほぼ全面的な遺伝的置換が生じるほどに、パプア系集団の大規模な到来があった、と推測されています。

 この食い違いは、この地域の古代DNA解析数の増加により、将来解決されるかもしれません。また両研究では、最初期のバヌアツ人はパプア系集団の遺伝的影響をほとんど受けていない、と推測されていますが、そうだと推測するにはまだデータが少なすぎる、とストーンキング(Mark Stoneking)氏は指摘しています。さらにストーンキング氏は、バヌアツなど熱帯地域における古代DNA解析の成功は貴重な事例なので、過剰解釈される傾向にあるのではないか、と注意を喚起しています。

 バヌアツにおける遺伝子構成と言語との「不一致」については、議論が続いているようです。バヌアツの現代の諸言語にはパプア諸語の影響が見られる、との見解も提示されています。しかし、この見解に否定的な言語学者もいるようです。バヌアツの最初期の人類集団は、バヌアツへの拡散前の相互作用の結果、オーストロネシア諸語と非オーストロネシア諸語の双方を話していたかもしれない、との見解も提示されています。また、オーストロネシア諸語集団の後にバヌアツへと到来したパプア系集団にとって、当時はまだ未分化なところのあったオーストロネシア諸語は、交流の持続していた多様な人類集団間にあって共通語として生き残ったのではないか、との見解も提示されています。

 これら二つの研究は、遺伝学のみならず、考古学・言語学などとの学際的研究の重要性を改めて浮き彫りにした、と言えるでしょう。また、日本列島における人類集団の遺伝的構成の変遷と言語の形成過程に関する議論にも参考になりそうな研究成果という点でも、大いに注目されます。つまり、縄文時代までに日本列島に到来した集団は、遺伝的には現代日本人に大きな影響を与えていないものの(関連記事)、言語では、弥生時代以降に到来した集団よりも現代日本語に大きな影響を及ぼしたかもしれない、ということです。

 これは、弥生時代以降に朝鮮半島などユーラシア大陸東部から日本列島に到来した集団の直接的人数はさほど多くなく、先住集団の言語が大きな影響力を維持したものの、本格的な水稲耕作や戦争文化などにより弥生時代以降の到来集団の方が人口増加率は高かったため、現在では縄文時代までに到来した集団をかなり高い割合で遺伝的に置換した、という想定です。もちろん、縄文時代の日本列島の(おそらくはかなり多様な)言語と、現代日本語とでは、大きく違うのでしょうが。


参考文献:
Lipson M. et al.(2018A): Population Turnover in Remote Oceania Shortly after Initial Settlement. Current Biology, 28, 7, 1157–1165.e7.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2018.02.051

Posth C. et al.(2018): Language continuity despite population replacement in Remote Oceania. Nature Ecology & Evolution, 2, 731–740.
http://dx.doi.org/10.1038/s41559-018-0498-2

https://sicambre.at.webry.info/201803/article_6.html

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/581.html#c9

[近代史3] 人類進化史 中川隆
10. 中川隆[-8628] koaQ7Jey 2019年8月28日 10:51:06 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4123]

2018年03月28日
農耕の起源と拡散
https://sicambre.at.webry.info/201803/article_43.html


 農耕の起源と拡散については当ブログでも度々取り上げてきましたが、一度それらを短くまとめてみます。本当は、当ブログで取り上げた記事を網羅し、整理したうえで、新たに本・論文を読まなければならないところですが、今はそこまでの気力はないので、まずはさほど時間を要さずにできることからやっていき、気力を高めていこう、と考えています。

 現在では、農耕・牧畜(植物の栽培化・動物の家畜化)は、年代は異なりつつも世界の複数の地域で独自に始まり、周辺地域に拡散していった、と考えられていて、この問題に関しては4年近く前の総説的論文が有益だと思います(関連記事)。なお、英語では植物の栽培化・動物の家畜化ともに「domestication」とされていますが、新石器革命論で想定されていたような、動物の家畜化と植物の栽培化とを単一の概念で把握するような認識は根本的に間違っており、家畜化と栽培化は異なる認知能力に依拠している、との指摘もあります(関連記事)。

 上記の総説的論文では、完新世の農耕や牧畜につながるような植物や動物の利用は12000年前頃まで、明確な植物の栽培化・動物の家畜化は11000〜10000年前頃までさかのぼる、とされています。これは南西アジアの事例で、他地域ではもっと年代がくだってから植物の栽培化・動物の家畜化が始まるわけですが、南西アジアは近代以降、とくに考古学的発掘の進んだ地域なので、今後の他地域での発掘の増加により、この差が縮まったり、逆転したりする可能性も考えられます。

 農耕というか植物の栽培化には、植物資源の管理という発想があるのではないか、と私は考えています(関連記事)。植物を「栽培する」と言われているアリも存在しますが(関連記事)、人類系統に限って言うと、現時点で植物の栽培・農耕が確認されているのは現生人類(Homo sapiens)だけです。ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)も現生人類と同様に雑食性で(関連記事)、穀類も含めて(関連記事)植物も食べており、薬用植物の効用をよく理解して治療のために使用していたのではないか、とさえ推測されていますが(関連記事)、現時点ではネアンデルタール人による植物の栽培または植物資源の管理の証拠は確認されていません。

 上述したように、現代の農耕へとつながるような植物の栽培化の萌芽は12000年前頃までさかのぼりますが、植物資源の管理の痕跡はもっと前までさかのぼります。農耕が、年代は異なりつつも世界の複数の地域で独自に始まったとすると、現生人類にとって植物資源の管理は容易な発想であり、どんなに遅くとも非アフリカ系現代人の主要な祖先集団の出アフリカ(6万〜5万年前頃?)の頃までには、そうした発想を可能とする認知能力を有していたことになりそうです。

 具体的には、65000〜60000年前頃のアフリカ南部において低木地の草木を計画的に焼くことによって根菜類の収穫量を5〜10倍増加させた可能性(関連記事)と、49000〜36000年前頃のニューギニア島高地において、初期の住人が有用な植物の成長を促すために森林の一部を切り開いた可能性(関連記事)とが指摘されています。もっと強い証拠としては、年代が下りますが、レヴァントにおいて23000年前頃の穀物の耕作の痕跡が確認されています(関連記事)。更新世において植物資源を管理して収穫するという行為は、おそらくそれなりの頻度で存在したのではないか、と思います。

 ただ、本格的な栽培化ではなく、おそらくは狩猟採集への高い依存度を伴う小規模な耕作・資源管理であり、更新世の不安定な気候では長期間持続しなかったため、現在では考古学的に検出しにくいのではないか、と思います。現代に続くような植物栽培というか農耕は、完新世になってからのことなのでしょう。もっとも、完新世になってからの農耕も、地域により違いはあったでしょうが、とくに最初期の農耕は、当初から生計依存度の高い本格的なものではなく、狩猟採集への高い依存度を伴いつつの小規模な試行錯誤で、近隣地域で農耕が始まっても、狩猟採集生活を続けた地域も少なくなかったのではないか、と考えられます(関連記事)。

 農耕の拡散が人間の大規模な移動(およびその後の先住民集団の置換もしくは先住民集団との交雑)を伴うようなものだったのか、それともおもに文化伝播だったのか、という人類史における普遍的な問題については、現時点では、地域により具体的な様相は異なる、と考えるのが妥当でしょう。古代DNA研究によると、ヨーロッパにおける狩猟採集社会から農耕社会への移行はアナトリア半島の農耕民のヨーロッパへの拡散によるもので、全体的には先住の狩猟採集民集団との交雑・同化がゆっくりと進行していったものの、地域によっては交雑・同化が早期に進行した、とされています(関連記事)。西アジアでは、少なくとも一部地域において、人間の移動をあまり伴わないような文化伝播が農耕の拡大に重要な役割を果たしたのではないか、と示唆されています(関連記事)。

 日本列島においては、すでに縄文時代に植物栽培は始まっていたものの(関連記事)、本格的な農耕社会への移行は弥生時代になってからだと思われます。縄文時代から弥生時代への移行において、「縄文人」の現代日本社会における遺伝的影響は小さい(アイヌ人と沖縄の人々を除く現代の「本土日本人」に継承された縄文人ゲノムの割合は推定で15%程度)と推定されていることから(関連記事)、本格的な農耕社会への移行において、先住民集団は渡来系集団におおむね置換されてしまった、とも考えられます。

 しかし、弥生文化の伝播はゆっくりとしたものであり、「縄文の壁」がその前に立ちはだかったという指摘もあるように(関連記事)、近年では、本格的な農耕の受容に関して、「縄文人」の主体性を強調する傾向が強くなっています(関連記事)。こうした本格的な農耕をもたらした集団に関しては、困窮のあまり日本列島へと移住してきたのではなく、ある程度以上の社会的地位、たとえば親から領域を継承できないような首長の子供たちを含んでいた可能性も指摘されています(関連記事)。

 それでも、現代日本社会における「縄文人」の遺伝的影響は2割にも満たないのだから、縄文時代の文化はその後の日本列島において大きな影響を及ぼさなかった、との見解もあるかもしれません。しかし、他地域の事例からも、日本列島において、遺伝的構成の劇的な変化があったとしても、言語をはじめとして先住民集団の文化が後世に少なからぬ影響を及ぼした可能性はじゅうぶん想定される得ると思います(関連記事)。もちろん、「縄文人」とはいっても、地域・年代によりかなり多様だった可能性があり、それは「縄文人」の言語も同様なのでしょう。
https://sicambre.at.webry.info/201803/article_43.html
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/581.html#c10

[近代史3] 人類進化史 中川隆
11. 中川隆[-8627] koaQ7Jey 2019年8月28日 12:24:29 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4124]

2018年11月25日
文化変容・継続と遺伝的構成の関係
https://sicambre.at.webry.info/201811/article_49.html

 古代DNA解析が飛躍的に発展していくなか、次第に明らかになってきたのは、文化の変容・継続とその担い手である人類集団の遺伝的構成との関係は一様ではない、ということです。この問題については、以前にも農耕の起源と拡散との関連で述べました(関連記事)。文化変容が、時には置換とも言えるような、その担い手である人類集団の遺伝的構成の大きな変化を反映している場合もあれば、文化変容はおもに文化のみの伝播で、その担い手はさほど変わらない場合もあります。逆に文化的継続は、その担い手の遺伝的構成の継続を反映している場合が多いのでしょうが、そうとは限らないかもしれません。たとえば、ユーラシア東部における中部旧石器時代〜上部旧石器時代にかけての考古学的連続性は、人類集団の遺伝的連続性を反映しているのではなく、外来の人類集団による置換でも起きることかもしれません(関連記事)。まあこれは、種の水準で異なる可能性の高い人類集団間のことなので、以下に述べていく事例とは異なる、と言えるかもしれませんが。

●担い手の置換もしくは遺伝的構成の一定以上の変化による文化変容
 ヨーロッパにおける農耕の拡散はアナトリア半島からの移住民によるものですが、全面的な置換ではなく、在来の狩猟採集民集団と外来の農耕民との交雑が進展していき、全体的には先住の狩猟採集民集団との交雑・同化がゆっくりと進行していったものの、地域によっては交雑・同化が早期に進行した、とされています(関連記事)。ヨーロッパにおいては、青銅器時代にポントス-カスピ海草原(中央ユーラシア西北部から東ヨーロッパ南部までの草原地帯)の遊牧民集団が大きな文化的・遺伝的変容をもたらした、とされていますが、その度合いは地域により異なり、イベリア半島と中央ヨーロッパでは遺伝的影響が限定的だったのにたいして、ブリテン島ではほぼ全面的な置換が生じたようです(関連記事)。レヴァント南部では、新石器時代から銅器時代を経て青銅器時代へと至る過程で、文化の変容が住民の遺伝的構成の大きな変化を伴っている、と明らかになっています(関連記事)。

●担い手の遺伝的継続を伴う文化変容
 西アジアにおいては、少なくともレヴァント南部・ザグロス・アナトリアの3地域では、農耕社会への移行の担い手は在来の狩猟採集民集団と推測されています(関連記事)。アフリカ北西部でも、少なくとも一部の地域では、狩猟採集社会から農耕社会への移行にさいして担い手の遺伝的構成は大きく変わらなかった、と推測されています(関連記事)。ユーラシア東方草原地帯の牧畜の始まりも、おもに在来集団による文化受容と推測されています(関連記事)。現代日本人であれば、日本の近代化における大きな文化変容と遺伝的継続性の事例をすぐ想起するでしょうか。

●担い手の遺伝的変容・置換と文化の継続
 想定しにくい事例ですが、担い手の置換もしくは遺伝的構成の一定以上の変化による文化変容の事例でも、外来集団による先住民集団の文化の一部の継承は、珍しくなかったと思われます。ここでは、そうした一部の要素ではなく、最重要とも言える言語の継続性を想定しています。バヌアツの現代人の遺伝的構成ではパプア人集団の強い影響が見られますが、言語はオーストロネシア諸語です。最初期のバヌアツ人は遺伝的にはオーストロネシア諸語集団で、パプア人集団の遺伝的影響がほとんど見られません。つまり、バヌアツでは、遺伝的には全面的な置換に近いことが起きたにも関わらず、言語は最初期の住民のものである可能性が高い、というわけです(関連記事)。その理由については不明ですが、他の地域でも同様の事例は想定されます。たとえば縄文時代の日本列島の住民の遺伝的影響は、現代日本人では15%程度と大きくなく、弥生時代以降に置換に近いことが起きた、と言えるかもしれません。しかし、弥生時代以降に日本列島に渡来してきた集団は、一度に大量に移住してきたのではなく、何度かの大きな波はあったとしても、長期にわたる少数の集団で、後に人口増加率で遺伝的影響力を高めていった、と考えられますから、バヌアツの事例からも、言語も含めて縄文時代の文化が、後の時代に強く継承されていった可能性は低くないと思います(関連記事)。もちろん、現代日本語は弥生時代以降に渡来してきた集団の言語が主要な起源となっており、ユーラシア東部では日本語と近縁な言語が消失した、という可能性もじゅうぶん考えられます。文字資料が期待できない以上、この問題の重要な手がかりとなるのは古代DNA解析で、日本列島も含めてユーラシア東部における古代DNA研究の進展が期待されます。またそれにより、中国、とくに華北において、文字文化の継続性と大きな遺伝的変容が明らかになるのではないか、とも予想しています。
https://sicambre.at.webry.info/201811/article_49.html

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/581.html#c11

[近代史02] 弥生人の起源 _ 自称専門家の嘘に騙されない為に これ位は知っておこう 中川隆
265. 中川隆[-8626] koaQ7Jey 2019年8月28日 13:08:08 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4125]

2015年05月17日
松本直子「縄文から弥生への文化変化」
https://sicambre.at.webry.info/201505/article_20.html

 西秋良宏編『ホモ・サピエンスと旧人3─ヒトと文化の交替劇』所収の論文です(関連記事)。本論文は縄文時代から弥生時代への移行の様相とその要因について検証しています。近年の一般向け書籍でも強調されているので、すでに広く知られつつあるかもしれませんが、弥生文化は縄文的要素と外来要素との融合により成立しました。本論文でもその点は強調されており、さらに、その前提として縄文時代において九州北部と朝鮮半島との間で継続的な交流があり、九州北部をはじめとして西日本側が朝鮮半島の文化要素を選択的に受容していたことが指摘されています。

 狩猟採集社会と農耕社会とでは世界観に大きな違いがあるので、狩猟採集社会が農耕を受容するのは容易ではない、と本論文は指摘します。そこで、なぜ九州北部を先頭に日本列島において水稲耕作という本格的な農耕(縄文時代においてすでに、豆類などの栽培は行なわれていました)が受容されたのか、ということが問題となります。この問題に関しては、まだ明快な解答ができるという段階ではないようですが、本論文では気候の寒冷化が指摘されています。

 弥生時代の始まりには、それ以前の選択的受容と違い、農耕文化の要素が一揃いで出現する劇的な変化が生じたので、朝鮮半島から北部九州への人々の移住があっただろう、と本論文は推測しています。ただ、朝鮮半島からの移住者のみで構成されていると確認できる弥生集落はないので、移住者が縄文集落に入り込む形で本格的な農耕へと移行していったのではないか、とも指摘されています。人骨の分析・比較からも、日本列島の在来の住民が農耕文化を受容していった様相が推測されています。

 朝鮮半島においては、九州北部で弥生時代の始まる前の青銅器時代後期の前半に稲作が普及していき、集落の大規模化や階層化が進行していった、と推測されています。そこに寒冷化が進行したことで、すでに交流もあり情報もある程度以上得ていた九州北部へと新天地を求めて朝鮮半島から人々が移住した、という可能性を本論文は提示しています。さらに本論文は、そうした移住者たちは困窮のあまり九州北部へと移住したのではなく、ある程度以上の社会的地位、たとえば親から領域を継承できないような首長の息子たちを含んでいた可能性もある、と指摘しています。


参考文献:
松本直子(2015A)「縄文から弥生への文化変化」西秋良宏編『ホモ・サピエンスと旧人3─ヒトと文化の交替劇』(六一書房)P110-123

https://sicambre.at.webry.info/201505/article_20.html
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/547.html#c265

[近代史3] 哲学者だった西尾幹二は何時から頭がおかしくなったのか?

哲学者だった西尾幹二は何時から頭がおかしくなったのか?


西尾幹二 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/results?search_query=%E8%A5%BF%E5%B0%BE+%E5%B9%B9%E4%BA%8C


西尾幹二の著書
https://www.amazon.co.jp/%25E8%25A5%25BF%25E5%25B0%25BE-%25E5%25B9%25B9%25E4%25BA%258C/e/B001JOSZU8?ref=dbs_a_def_rwt_hsch_vu00_taft_p1_i0



▲△▽▼


ユーラシア大陸と日本
http://www5a.biglobe.ne.jp/~hampton/020.htm

 

初めに

 大げさな感もする表題だが、今回は西尾幹ニ『国民の歴史』(扶桑社1999年)の読後感を書いてみようかと思う。

国民の歴史 – 1999/10/1
西尾幹二 (著)
https://www.amazon.co.jp/%E5%9B%BD%E6%B0%91%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2-%E8%A5%BF%E5%B0%BE-%E5%B9%B9%E4%BA%8C/dp/4594027814

この本は随分と売れたようで、そのためこれを取り上げた雑誌も少なからずあった。世間の評価は賛否両論で、著者の西尾氏への支持もあれば厳しい糾弾もあった。

 そうした雑誌の記事やネット上の各種掲示板での投稿から同書の内容の一部は窺い知ることができ、その主張について疑問も感じたので、ヤフー掲示板などで同書について少々批判的なことを書いてしまった。

 実際に読んではいないのにそうしたことを書いたのは軽率だったと今では反省しているが、ずっと貸し出し状態だった同書を漸く図書館で借りることができ読み終えたので、ここで一度同書に対する私の雑感を書いてみようかと思うのである。

 同書には、実際に読む前から少なからず疑問を持っていたが、いざ読んでみると、あまりにも多くの問題点があるのには驚いてしまった。勿論、西尾氏は私などと比較しては失礼なほど博学で読書量も豊富なのだろうから、私の方が的外れな見解を抱いているのかとも思ったが、どうにも納得できなかった。

 だが、私の抱いた違和感はどうも私の独り善がりというものではなく、専門家からも色々と批判がなされており、最近になって『徹底批判 国民の歴史』(「教科書に真実と自由を」連絡会編、大月書店2000年)という、専門家による一般向けの本格的な『国民の歴史』批判本が出版された。

 全面的に同意できないとはいえ、私の疑問点も多くは同書の中で述べられており、今更私が『国民の歴史』に対する疑問点を述べることに意味はないかもしれないが、表題の「ユーラシア大陸と日本」という問題意識で、『国民の歴史』についての私の雑感を述べていこうかと思う。そうした意識で自分の見解を述べていこうと考えた理由は以下の通りである。

 西尾氏の『国民の歴史』での主張は 

@日本は東洋に属さないばかりではなく、ユーラシア大陸と対峙する独立した高度な一文明圏である。 

A戦争に正義と不正義との区別はあり得ず、日本が人類や世界に対して戦争責任を負う必要はない。 

B世界史の必然として起きた遠い過去の出来事に対して、我々は罪の意識を抱く必要も謝罪の必要もなく、沈黙すべきである。それは、日本による韓国の植民地化にも当て嵌まりる。 


の三点に分類されると私は思う。西尾氏は『国民の歴史』において様々な主張をされており、一見するとこれら三点に当て嵌まらないものもあるが、それらは概ね上記三点の直接・間接的な証明や補強だと私は思うのである。

 @ABは独立別個の主張ではない。Aでは、世界における普遍的な絶対的正義の存在への懐疑がその重要な根拠となっているが、それは、従来の正義は特定の集団による異質な集団への価値観の押し付けに過ぎないのではないか、との西尾氏の論理から導き出されたもので、日本は全く異質な西洋の価値観で戦争責任を問われたのだから、これは無効だというわけで、@にも繋がるのである。Bでは、西欧列強の世界制覇の中で、東アジアとは異なる独自の一文明圏を形成していた日本が東アジア諸国とは異なり近代化を達成し、日清・日露戦争に勝利するという情勢の中、日本が韓国を植民地化したのは歴史の必然であるとされており、やはり@にも繋がる。

 これらの点と全体を読んでの印象から、私は、西尾氏の主眼は@の主張にあるのではないかと思う。ABを正当化せんがために西尾氏は@を主張された、とする人もおられるかもしれないが、私はそうは思わない。そこで今回は、@に絞って西尾氏の主張に対する私の見解を述べていこうかと思うのである。

 尚、『国民の歴史』からの引用は紫色で示した。()内の数字は引用箇所のページ数である。

 

世界における日本の位置付け

 私は、ユーラシアを一つの文明圏とする見解も成立し得るのではないかと考えている。恐らく、記録に残らない段階よりユーラシア東西の交流は少なからず行われており、相互に影響を及ぼしていたと推測され、基本的に時代が下るほど相互の交流は盛んになっていったから、ユーラシアを一つの文明圏と認めてもよいのではないかと思うのである。この場合、質量で匹敵するか否かはさて措き、ユーラシアと対峙し得る文明圏は16世紀以前の先スペイン期のアメリカだと思う。

 だが、こうした区分も成立し得るとはいえ、実際にはそれほど意味のある概念とは言えないだろう。先スペイン期のアメリカ文明は食文化を除いて現代世界にほとんど影響を与えておらず、ユーラシア文明圏とはほとんど人類文明と言っているのに等しいからである。故に文明圏を考える際には、ユーラシアを複数の文明圏に区分する方が歴史理解にも役立つのではないかと思う。

 その場合様々な考えがあろうが、私は、大きく区分する際には、欧州と西アジアからなる西洋・インドと東南アジアからなる南洋・東アジアからなる東洋の三つに区分しようかと思う。この他、内陸アジアを独自の文明圏とすべきかとも思うが、自信はなく現時点では留保しておきたい。

 以上は私の考えだが、こうした大きな区分では西洋と東洋とに二分されることが多い。西尾氏もそのようだが、果して西アジアが西洋と東洋のどちらに区分されるのか、いま一つ掴みづらかった。どうも、東洋に区分されているようなのだが、まあこの点を曖昧にしておいても、西尾氏の主張も以下に私が展開する議論も混乱し困るということは特になさそうなので、このまま進めていきたい。

 普通、日本は東洋に属すとされているが、西尾氏の考えはそうではない。西尾氏は第1章において「ユーラシア大陸と対峙する一文明圏」という小見出しを付けられ、次のように述べられている。

 日本文化は東洋と西洋との二大文化が対立するそのなかの東洋文化の一翼ではない。西洋、東洋問わず、両方ひっくるめたユーラシア大陸の文化全体と日本の文化とがあい対しているのである。(39)

 西尾氏はその根拠を色々と述べられているのだが、決定的な根拠は言語である。

 その決定的な要因は言語である。現代言語学の達成した成果によると、日本語は、ユーラシア大陸のどの語族にも属さぬことだけは明らかになったようだ(39)

 比較言語学によると、日本語はどの語族に所属するか不明な言語とのことで、一見すると日本の独自性を証明しているかのようである。もっとも、比較言語学で提唱される言語系統論、更には言語の分岐年代を推定する言語年代学が果してどこまで有効か疑問はあるのだが、一先ずそれは措く。

 さて、所属の不明な言語は日本語だけではなく、朝鮮語やアイヌ語などもそうであり、日本語だけが特例というわけではなく、西尾氏も第5章でこの点には触れられている。朝鮮は普通は東洋に属すとされ、西尾氏もそう主張されているが、その朝鮮も系統不明の言語なのである。つまり、日本はユーラシア大陸と対峙する一文明圏という西尾氏の主張は、そもそもその根拠が甚だ脆弱であることが分かるのである。

 だが西尾氏は、朝鮮語が系統不明の言語であることの意味を掘り下げようとはなさらず、ひたすら日本語、延ては日本の独自性を主張されていくのである。西尾氏によると、朝鮮は時代が下るにつれ中国専制国家体制へ傾斜していき、独立した文明圏たり得なかったとのことで、西尾氏にとって、朝鮮の中国への従属と主体性や独自性の希薄さは自明の理なのだろう。 

 日本が西洋と異質だという主張は理解されやすいので、西尾氏の議論は勢い日本と東洋との異質さの強調に向けられる。上述したように西尾氏にとって、朝鮮は中国の従属下にあるようなもので独立した文明圏ではないから、独立した一文明圏としての日本という主張の証明は、日本と中国との相違の強調と、日本が中国から受けた影響は小さいか表面的なものに留まった、という方向で展開される。

 そこで以下では、西尾氏の主張される中国論や日中比較と日中関係を通じた日本論について見ていきたい。ユーラシア大陸と対峙する一文明圏としての日本、という西尾氏の主張の説得力を確かめるには最適のはずである。

 

中国史認識

 『国民の歴史』を読んだ印象では西尾氏は大変な読書家のようで、中国史に関しても相当な量の本を読まれたようである。内藤湖南のような大家の論考から近年の若手研究者の論考まで幅広く読まれたようだが、それにも関わらず西尾氏の中国史認識には多々疑問を覚えてしまう。

 西尾氏は、日本人による従来の中国論や中国史認識は中華思想に忠実で中国を崇拝する傾向にあるとして大いに不満をお持ちで、宮崎市定氏のような大家に対しても容赦ない。西尾氏は従来の中国史像に対して、近年の若手研究者の論考を引用しそれにも依拠しつつ、御自身の中国史像や中国論を展開されている。一見すると、時代遅れの中国史像に対して新鮮で魅力的な説得力のある見解を提示されているようだが、私には西尾氏の見解はどうにも疑問なのである。

 西尾氏の中国史像は、早い段階で高度な文明を築き周囲に影響を及ぼしたが、殷以来の専制国家体制の下で早い時期に停滞に陥り、長期に亘って基本的に発展や変化はなかった、というものである。また西尾氏は、唐代までの中国の影響力についてはある程度評価されているが、以後の中国の影響力は唐代までには遠く及ばないとされ、更には、一国の民族史としての中国史は唐滅亡以降は存在せず以後の中国の歩みは王朝交替史にすぎない、と主張される。それに対して、日本の内的発展が強調されるのである。

 こうした主張は特に目新しいものではなく、明治以降、特に高度経済成長期以降の日本人の中国への一般的な認識と通ずるところが多いように思われる。以前には日本よりも先進的な文明を誇った中国は停滞して半植民地状態に陥り経済も発展しないのに対し、発展性に富む日本は西欧列強に抗して独立を保持し、一旦は敗北を喫したがすぐに復興して高度経済成長を達成した。停滞の老大国中国に対して順調に発展してきた日本という図式で、中国に対する優越感も多分に感じられるものである。

 西尾氏は、異質な集団間での「追いつけ追い越せ」史観や先進・後進といった枠組みは成立し得ないとされる。異質な集団同士はどんなに発展しても相互に異なる社会となるのだから、そもそも論の立て方が間違っているというわけだが、少々都合のよい解釈に思える。第19章「優越していた東アジアとアヘン戦争」では、異質な集団間での優劣関係を認めておられ、発展度合いの差や優劣関係、具体的には例えば、古代における中国の日本に対する優越を認められているようである。先進・後進というのも一般には優劣関係の意味で用いられるのだから、たとえ異質な集団間といえども、先進・後進という枠組みで語っても問題はないように思う。

 明治以降の日本の中国に対する優位を自明のものとされている感のある西尾氏は、古来より独立した高度な一文明圏としての日本、という重要な主張の証明のためにも、できるだけ早い時期に日本が中国に優位に立ったと主張されたいようで、そのために中国の停滞を強調されているように思われる。西尾氏が中国の発展を認められているのは基本的に唐代までで、漢の時代から二千二百年間、あの大陸はほとんど何も変わっていない(214)という記述から推測すると、本音では漢代以降の中国は停滞していたとされたいようである。

 専制国家体制が継続し、中国は何等変化のない停滞した社会というわけだが、私にはこうした枠組みの方こそ時代遅れに思われる。専制国家体制とはいっても、果して漢と唐と宋との体制は同質のものとして認識してよいのだろうか。果して漢〜清までの社会の実態を停滞と認識してよいのだろうか。

 そもそも、多数の中国史関連の論考を読まれたはずなのに、西尾氏の中国理解には甚だお粗末な点が見受けられる。中国の王朝交替劇はおおむね「禅譲」ではなくて「放伐」であった。(201)とされているが、前漢の滅亡から宋の成立に至るまで、多くの王朝交替が禅譲によるものである。そうした禅譲の多くは分裂状態の中統一王朝ではなかったから意味がないという理解なのかもしれないが、殷以降を一貫した専制国家体制とされているのだから、漢末〜唐の統一までの長期の分裂状態も前後の時代と同列に認識されているわけで、分裂時期は除外して考えるというのも説得力に欠ける話である。

 また、なぜいったん皇帝が即位すると、あれほどの広大な領土の全エネルギーが一人の皇帝に結集して、豪族や地方分権の貴族などの登場を許さず(201)とされているが、漢滅亡から宋の成立に至るまで、京都学派の言うところの中世において、豪族や貴族の勢力は強大なものがあり、皇帝権力を掣肘する傾向が強く、そのために皇帝側が新たな直属機関を置くものの貴族がこれを制圧するという構図が繰り返され、こうした動きの中から貴族・豪族の没落と近世における皇帝独裁政治の成立を見るのだが、これらの点は軽視されているようである。確かに地方分権の貴族は一見すると存在しなかったように思われるが、中世において、豪族は地方に広大な私領を有して強い勢力を保ち、中央政府に出仕した者は貴族と呼ばれた。彼等は中央政府にて形勢不利と見れば所領に帰って好機到来を待つことが屡々あり、地方分権的貴族という性格も認められる。西尾氏のこの見解はどうにも的外れに思えてならない。

 西尾氏の中国史認識は、自説の主張の都合上、中国をできるだけ変化のない停滞した社会・国家体制と描くのに腐心するあまり、非常に古めかしく歪んだものになったように思われる。

 

中国の影響力と日本

 中国の影響力軽視というのも、西尾氏の中国観の特色の一つである。唐滅亡以降に関しては特にそうである。日本への中国の影響も、唐代までは表面的なものに留まったとしつつも認めておられるが、唐滅亡以降はもはや決定的な影響は受けていないとされる。

 春秋戦国期(前七七一−前ニニ一)にヤスパースのいわゆる「軸の時代」の、人間としての限界の自覚と精神の跳躍を経験し、つづいて漢唐の大帝国の統治方式、歴史伝承の様式などを革新的に創造したあとではもはや、なにが起こっても、過去を超えることは二度とできない。周辺文明に、新鮮かつ衝撃的な理念の「型」を提示し、印象づけることはもはや起こりえないのだ。(330)

 一応、新鮮かつ衝撃的な理念の「型」と断わっておられるが、果してこのような理解は妥当なのだろうか。西尾氏の言う理念とは、律令制度などに代表される専制国家体制や儒教など唐滅亡以前に達成されたもので、日本への影響としては漢字も挙げられているが、果して歴史の原動力や社会へ根本的な影響を及ぼしたものをこうした点に留めておいてよいものだろうか。どうも私には、一面的・表層的な側面もあるように思えてしまう。宋以降の中国はそれ以上の影響力を周囲に及ぼしたのではないか、西尾氏の言われる理念の「型」以外のものも提示する必要があるのではないか、という疑問を私は抱いているのである。

 西尾氏には、社会の基盤や実態にはあまり着目されない傾向があり、中国を長期に亘る専制国家体制と捉えられているのもそのためなのだろうが、特に社会基盤への重視には、唯物史観的だとして敵意剥き出しのように思える。確かに全てを下部構造で説明しては偏向していると批判されても仕方なかろうが、かといってこちらを軽視した歴史像も甚だ一面的と言わざるを得ない。社会基盤の軽視は民衆軽視に繋がっており、『国民の歴史』で民衆が描かれることはあまりない。西尾氏の提示される理念の「型」に表層的なものを感じてしまうのはそのためだろうか。

 宋代以降の中国の世界への影響については、枚挙に遑がない。火薬・羅針盤・印刷術・絵画・石炭利用に伴う陶磁器と製鉄の発展・茶・朱子学などである。正直なところ、中国の世界への影響に関しては、唐以前よりも宋以降の方が遥かに強いと思う。

 それらは理念の「型」ではないとのことだが、果して、西尾氏の言われる理念の「型」が周辺地域に及ぼした影響と、宋代以降の上記影響とでは、どちらが衝撃的で根本的なものだったのだろうか。そうした理念の「型」には、例えば日本における律令制度がそうであるように、中国社会との大きな差によりすぐには決定的に根付かなかったものも少なからずあるのではなかろうか。これに対して朱子学は、唐以前の支配理念よりも強力な影響を及ぼしたと思われるのである。

 モンゴルを頂点とする、10〜15世紀における内陸・東アジアの遊牧民族の活発な活動の一要因は、中国における宋代の製鉄革命にある。廉価な鉄製品の大量生産が可能となったため、これら遊牧民族の戦闘力は飛躍的に増大したのであり、また彼等の活動の主目的の一つに高度に発展した中国経済の支配があり、支配に成功した場合には中国がその経済的活動基盤となるのである。宋以降の漢民族王朝が遊牧民族に対して劣勢傾向だったことが西尾氏の宋以降の中国低評価に繋がっているのだろうが、寧ろ中国における経済発展やナショナリズムの勃興など、中国の総合的発展と影響力増大が、これら遊牧民族の活発な活動を齎した要因なのではないかと思う。

 こうした影響を西尾氏は理念の「型」とは認められないだろう。だが、仮に西尾氏の提示される理念の「型」という概念を認めるにしても、それらは社会経済の在り様により形成されるという側面が大で、この時期の中国の周辺地域には中国の影響大なるを認めるのが妥当である。更には、西アジアや欧州にも、絵画や陶磁器などを通じて唐以前よりも中国の影響が強く及んでいる。総体的に見て、中国の世界への影響が宋代以降に更に強くなったとするのが妥当と思う。

 日本についても同様である。西尾氏は、九〇七年の唐帝国の崩壊より以降、日本はもはや中国大陸文明から決定的影響は受けていない(23)とされるが、日本が中国より決定的な影響を受けたのは寧ろ唐の崩壊以降だと思われる。

 鎌倉新仏教や朱子学などはその好例である。これらが日本に与えた影響は甚大なものがあり、その後の日本の枠組みが形成されていく上で重要な役割を果たした。西尾氏が高く評価される武士道にしても、朱子学と鎌倉新仏教の影響大である。

 そして何よりも、14〜16世紀における日本の大変動への影響力である。この時期が日本史における大転換期だったことを否定する人はまずいないだろうし、西尾氏もそれは認められている。この大変動は日本列島内だけで自己完結的に説明されるべきものではない。10世紀以降に次第に発展してきた中国を中心とする東アジア交易圏の一員であることにより、朝鮮や中国から齎された諸技術や物産や銅銭なども大きな影響を及ぼしていると考えるのが妥当であろう。この大変動を経て日本に成立した村社会において、物質面だけではなく、精神面においても、朱子学や鎌倉新仏教など中国の影響の強い思想も庶民の規範意識に大きな影響を及ぼしているものと思われる。ただ江戸時代の朱子学に関しては、直接的には朝鮮からの影響が強いとするのが妥当かもしれない。

 果して、唐滅亡以前において中国が日本にこれだけの影響を与えたと言えるだろうか。確かに漢字の影響は甚大だったが、その派生文字である仮名も含めて広く浸透したのは後代で、中国の影響もあっての社会発展がその要因となっていることも公領に入れる必要があると思う。仏教や儒教については、現代日本に重大な影響を与えているのは鎌倉新仏教であり朱子学である。朝鮮経由のものも含めて技術の伝播は唐以前より盛んだったが、灰吹法や明代の中国から学んだ農業技術の浸透など、宋以降もそれ以前と比較して決して劣らないほどの影響を日本に与えている。

 律令制度については、やや詳しい説明が必要かもしれない。西尾氏は、律令制度の導入は表面的なもので、日本風に翻案されており、中国的な支配理念はすぐに崩壊したとされている。確かにそうかもしれない。西尾氏は、その理由を中国と日本との異質さに求めておられ、先進・後進という枠組みでの説明は否定されている。だが、近年有力になりつつあり、西尾氏も認められているが、律令体制はすぐに崩壊したとされるが、寧ろ律令理念は時代が下り日本が発展するにつれ浸透していくという見解が提示されている。確かに律令制度が表面的な導入に終わったのは日本と中国との異質さのためだが、この点からその異質さを追求すると、結局日本が中国よりも後進的だったという見解に帰着させるのが妥当だと思われる。律令理念の浸透は確かに過小評価はできないが、日本の在り様を規定した要素として、果して宋代以降の中国から齎された様々な要素よりも根本的な影響を与えたと言えるかというと、私はそうではないと思う。少なくとも、律令制度に匹敵するような新鮮で衝撃的な理念の「型」が、宋以降の中国から齎されなかったとは言えないように思う。

 日本への、唐以前の中国と宋以降の中国との影響を比較すると、後者の方が圧倒的に強くまた根本的な変化を齎したとするのが妥当と思われる。確かに西尾氏が指摘されるように、唐以前の中国から齎された根本的な文化や諸制度は表面的な受容だったり、日本の状況に応じて大幅に改変されたのかもしれない。しかし、宋以降に関しては、決定的影響を受けていないとする西尾氏の見解は的外れだと思う。

 或いは西尾氏もその点に薄々気付かれており、だからこそ、ユーラシア大陸と対峙した独立した高度な一文明圏としての日本という主張をされる西尾氏にとって、宋以降の中国の日本への影響力は徹底的に軽視されねばならないのかもしれない。またそのために、宋以降の中国の停滞性を強調されているのかもしれない。  

 

日本文明圏という枠組み

 以上、主に『国民の歴史』における西尾氏の中国への見解に対して私見を述べてきたが、次に、ユーラシア大陸と対峙した独立した高度な一文明圏としての日本、という西尾氏の主張に対する私の意見を述べておきたい。

 確かに西尾氏の指摘される通り、日本と中国とは古代より現代に至るまで相互に異質な存在である。だが、凡そ全ての集団、更には個人同士は相互に異質な存在であり、民族や文化や文明などは、全員を対象にして類似性と異質性とを抽出して比較し、その強弱の度合いによって様々な区分がなされているわけで、決して自明のものでも固定不変的なものでもない。

 さて古代より現代に至る日本と中国とを、両者の異質性と相互の影響力とを理由として、一貫して相互に別個の文明圏だったとする見解を取ることは可能だろうか。私は、確かにそうした見解も成立し得ると思う。だが、日本と中国との異質さを理由に両者をそれぞれ異なる文明圏とする場合、世界各地に多数の文明圏を設定しなければならないのではなかろうか。

 西尾氏は朝鮮を中国を中心とする東洋文明圏に属すると自明の如く主張されているが、上述したように言語系統学では朝鮮語は中国語と異なるばかりか系統不明なのだから、西尾氏の論理では独自文明の最重要ともいえる構成要件を備えているのである。李朝以降の、儒教の受容を誇ったことや事大主義が朝鮮の独自性を軽視させるのだろうが、前者は陸続きの大国に対する配慮であり、後者にしてもそれが中国と同様の儒教浸透の在り様かは検討を要するであろうし、儒教が古来の基層文化を消滅させたとは言えず、それは民衆芸術などに噴出していた。語り物であるパンソリや農楽などがそうである。朝鮮は時代を下るにつれ中国への傾斜を強めていったとされるが、政治制度や社会全般の点での中国との根本的類似性が本当に認められるのか、慎重な検討の必要があると思う。また、18世紀以降にはハングル表記の民間文学も盛んとなっていく。

 朝鮮については、今後ホームページに掲載予定の「朝鮮史」の中で詳しく考察していきたいが、現時点での私の考えでは、仮に日本と中国とを別個の文明圏とするなら、朝鮮と中国とも別個の文明圏とするのが妥当であるし、そうすると世界各地に設定する文明圏は10程度では到底足りないということになるのである。故に、西洋・東洋・日本といった文明圏の設定には無理があるように思われる。

 異質さという観点から日本と中国の対峙関係が成立するなら、朝鮮と中国に関しても同様なのではないか、という私の見解は或いは妥当性に欠けるのかもしれないが、次は類似性という観点から見ていきたい。

 欧州諸国の類似性を以って西洋という枠組みを提示する一方で、東洋という枠組みを提示する時、果して日本は東洋に属さないほど、例えば東洋の中の朝鮮や中国との類似性に乏しいのだろうか。実は、西尾氏は次のように述べられているのである。

 最近痛切に感じるのだが、中国を南と北に分けると、南の文化、すなわち揚子江流域の稲作地帯には、日本や東南アジアにもつながる自然に開かれた感性、天地万物との共生感覚があって、われわれはおのずと共感を覚えるし、広い意味でのアジア的特性をわれわれと共有しているような気がする。これに反し北京政府に代表されるところの北中国は、およそ精神風土を異とするように思える。ここには、むしろイスラエルの砂漠の民と共通したきわめて抽象性の強いカミの概念があり、その意味では北中国はアジアではないのではないかとさえ、むしろ違和感を感じることがときとしてある。つまり、黄河以北など北方が代表するところの中国は、元来、西洋的思考にむしろ近いものを持っているのではないかということなのだ。(175)

 西尾氏も、西洋に対するアジアの温暖湿潤地域における共通性を認められている。私も、日本は江南など東アジア南方の文化と共通する特徴が多々見受けられるように思う。それは単純化して言うと、稲作農耕文化圏ということで、高床式建築を初めとして、日本の生活文化は南方的要素が多分に認められるのである。勿論、日本を南方要素だけで説明することはできず、弥生時代の青銅器文化やシャーマニズムを初めとして、北方的要素も大いに認められる。日本はその地理的環境からアジアの吹溜りとなる傾向にあり、遺伝的にも文化的にも雑多な要素からなる混合社会という点に最大の特徴があり、日本の独自性とは、東アジア、広く見ればユーラシアにおける様々な要素が認められる点にあると思う。

 ただ、日本の基底文化となると、漠然とした印象だが南方的要素が強いように思われ、西尾氏もそうした印象をお持ちのようである。だが西尾氏の場合、ユーラシア大陸と対峙した独立した高度な一文明圏としての日本、という主張が前提条件となっているため、華南よりも日本とは異質な華北を以って中国、更には東洋を代表させ、その特徴を強調することで、日本と東洋とは別個の文明圏と区分すべきほど異質だ、という議論を展開されていくのである。

 西尾氏は中原一元論的立場のようで、中国の多様性についてはさほど考慮に入れられていないようである。停滞史観もそうだが、一見すると従来の東洋史学に大いなる疑問を投げかけ新しい中国史像を提示されているように見えても、実際には、偏見や蔑視が混じっていると思われても仕方のない伝統的な中国観の提示に留まっているという側面が多分に認められるように思われる。

 そうした中国観に基づく文明区分論にはやはり疑問で、私はユーラシア大陸において東洋と西洋という文明区分を採用する場合は、日本を独立一個の文明圏とするのではなく、東洋の一端を担うとする方が妥当と思われる。

 

結び

 大変な読書家で博学なはずの西尾氏が『国民の歴史』で展開された議論にはあまりにも多くの問題点があり、説得力に著しく欠けるように思われる。何故こうなったのかと考えると、ユーラシア大陸と対峙した独立した高度な一文明圏としての日本、という無理のある主張を証明せんとしたためではないかと思われる。

 西尾氏は宮崎市定氏の「東洋史の上の日本」について、なにがなんでも中国が日本よりも先進国で、古代だけでなく現代史においてもそうだと言い張りたいための支離滅裂に陥って、十五、十六世紀以後の同氏の日中比較は見るも無残な内容であるが(341)と述べられている。別に宮崎氏は現代史においても中国が日本より先進国だとは主張されておらず、意図的かどうかはさて措き明らかな誤読なのだが、私が同様の言辞で西尾氏の『国民の歴史』を評すると、次のようになる。

 何が何でも、ユーラシア大陸と対峙した独立した高度な一文明圏としての日本、と主張されたいがために、西尾氏の比較文明論は支離滅裂に陥っていて、特に中国論と日中比較論は見るも無残な内容である。

 西尾氏の、西洋の日本に対する人種的偏見と植民地支配の問題、中国と朝鮮の日本への伝統的蔑視が日清戦争や朝鮮支配の要因となった、中国と朝鮮の腐敗と停滞、といった見解は、10代の頃の私の考えに近いものがある。これらは新鮮な見解であるかのように描かれているが、実は明治以降の日本の伝統的な主流見解で、私も特に選り好みせずに本を読んでいると、自然にそうした考えを抱いたのである。その後読書量が増えるにつれてこうした見解に疑問を抱き、現在ではかなり異なった考えになっているが、私よりも遥かに読書量が豊富で勉強されているはずの西尾氏がこうした見解を未だに強く主張されるのは、理由は分からなくもないが不可解な面もある。今回『国民の歴史』を読んで、一体読書や勉強とは何なのか、改めて考えさせられた。

 この他にも、縄文時代における日本列島外と区別されるような文化的同一性の形成と連続性の保持、西欧像、明治維新と近代化論など、『国民の歴史』への疑問はこの他にも多々あるが、これ以上書く気力はないので、今回触れなかった問題については、『徹底批判 国民の歴史』と共に、歴史に関心のある方の批評に期待したい。 
http://www5a.biglobe.ne.jp/~hampton/020.htm
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/589.html

[近代史3] 哲学者だった西尾幹二は何時から頭がおかしくなったのか? 中川隆
1. 中川隆[-8625] koaQ7Jey 2019年8月28日 14:33:32 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4127]

西尾 幹二(にしお かんじ、1935年(昭和10年)7月20日 - )は、日本のドイツ文学者、評論家。


東京府に生まれる。東京都立小石川高等学校を経て、1958年(昭和33年)東京大学文学部独文科卒。

1961年(昭和36年)同大学院修士課程を修了。
指導教官は手塚富雄であった。


1961年静岡大学人文学部講師、1964年電気通信大学助教授、1975年教授。

1979年に「初期のニーチェ」により東京大学より文学博士を授与された

1994年正論大賞受賞。1999年電通大を定年退官、名誉教授。2015年春、瑞宝中綬章受勲。


文化人としての軌跡


論壇・文壇への登場

「ニイチェと学問」(静岡大学『人文論集』13号)、「ニイチェの言語観 ―― 初期の作品をめぐって」(『ドイツ文学』28号)、「論争と言語 ――ニイチェをめぐって」(『Neue Stimme』創刊号)により、1963年(昭和38年)第3回ドイツ語学文学振興会賞を受賞[2]。また、1965年(昭和40年)には論文「私の『戦後』観」(『自由』1965年2月号)にて雑誌『自由』の新人賞を受賞。

1965年から67年(昭和40年から42年)にかけ、ミュンヘン大学近代文学科のヘルマン・クー二ッシュ教授研究室の客員助手として西ドイツに留学し[3]、この経験をもとに執筆した論考が、三島由紀夫など論壇に注目された[4][5]。論考集は処女作『ヨーロッパ像の転換』として刊行され、三島由紀夫の推薦文が付された[5]。ついで発表した『ヨーロッパの個人主義』も、梅原猛が「一人の思想家の登場をみた」と同著のカバーで推薦文を寄せている。

ほぼ同時期、文芸評論家として文壇にもデビューする。論壇・文壇への登場は、西尾の才覚を早くから認めていた三島由紀夫や福田恆存の推挙による面も大きく、2人が関与していた楯の会関連雑誌『論争ジャーナル』にも寄稿していた[6]。西尾は福田恆存の思想にも影響を受け、福田が没するまで深い交流があった(「西尾幹二のインターネット日録」参照[いつ?])。批評家として小林秀雄論をはじめ様々な作家論を発表、また三島由紀夫の自決(三島事件)に際し、三島論「不自由への情熱」を月刊文芸誌『新潮』に掲載した[7]。後述するが生前の三島と西尾は交友があった。晩年の小林秀雄と会った際、西尾はブルクハルトについて小林と議論している[8][注釈 1]。


ドイツ哲学・ドイツ思想の専門家から独自の哲学者・思想家へ

アカデミズムの世界にはニーチェの研究と翻訳で登場する。『悲劇の誕生』、『偶像の黄昏』、『アンチ・クリスト』、『この人を見よ』などのニーチェの書の翻訳や、『ニーチェとの対話』をはじめとする様々なニーチェ論を発表。ニーチェ以外のドイツ哲学者については、中央公論社「世界の名著」シリーズ『ショーペンハウアー 意志と表象としての世界』の翻訳と、ショーペンハウアー論(「ショーペンハウアーの思想と人間像」)などがある。

1990年代後半に至ると、こうしたドイツ哲学研究・ドイツ思想研究の蓄積を、江戸期の日本思想への関心と連関させた独自の思想研究を開始、21世紀に入って開始された数年に渡る雑誌連載の論考を『江戸のダイナミズム』(文藝春秋社)にまとめた。

モラリスト的思索に徹した哲学論考や哲学エッセイも数多く執筆しており、それらを『人生の価値について』(新潮社)、『人生の深淵について』(洋泉社)などにまとめた。小浜逸郎は西尾の哲学論考・哲学エッセイについて、「・・・日常で出会うふとした経験の数々からの一瞬の感知を自ら過たず捕捉し、それを若き日に積んだ読書体験による確乎たる人間観に結合させていく巧みな氏の手法は並大抵のものとは思われない」[12]としている。

マルティン・ハイデッガー研究者の川原栄峰と親交があった。たとえば川原の長男が登山で遭難死したのち、毎月川原が息子の墓参りをする帰路に西尾の自宅に立ち寄り、そこで哲学的議論をするのがお互い楽しみであったというエピソードを述べている[13]。中島義道も西尾の著書『ニーチェとの対話』を、「この本は日本の人文科学の一つの大きな財産である」と評している[14]。


政治的論客として

以上のような論壇・文壇・アカデミズムでの活動とパラレルな形での政治的言論活動を1970年代後半以降、旺盛に展開しはじめる。経済評論家の草柳大蔵は、政治的論客としての西尾の論理回転の早さについて「知的超特急」と形容している(『労働鎖国のすすめ』カッパブックスのカバー推薦より)。

冷戦時代後期では、自身のヨーロッパ文明論を論理的武器に、冷戦最中のソ連を訪問、現地の文学官僚と様々な議論を行う(『ソ連知識人との対話』に所収)。冷戦崩壊後直後には、精神的荒廃に直面している東欧各国を訪れ各国知識人と、自由その他の思想的テーマをめぐり対話・論争を展開し、共産社会の想像を絶する残忍な過去、急激な自由化がもたらした多面にわたる困難の両方を明らかにした(『全体主義の呪い』など所収)また冷戦後の西ヨーロッパについて、行き詰まりにまで至った自由の飽和とそれがもたらす停滞、荒廃を批判している(『自由の悲劇』など所収)。この時期の西尾は、「自由」ということへの深刻な問題認識を前提にして、楽天的なグローバリズムや単純な西側優位論を排する論陣を張っていた[6][15]。

また後述のように、ドイツと日本の戦後責任論が安易に比較されているとして、「ドイツは謝罪したが日本は謝罪していない」という進歩派文化人の戦争責任論に対しては、「ドイツは自国民に謝罪しているが交戦国には謝罪していない」「ドイツはナチスという危険団体を選んだことに謝罪しているだけである」「ナチスの戦争犯罪のスケールは国家そのものが犯罪集団と化した桁違いのものであって、戦時下の日本との比較はそもそも不可能である」等の反論を行い、ナチスの戦争犯罪を「人類そのものへの犯罪」としたドイツの哲学者ヤスパースの分類を紹介しこれを支持している(後述)

さらにこれらの問題論争と前後して外国人労働者受け入れ問題での受け入れ懐疑派の急先鋒として、受け入れ賛成派の石川好などとテレビ番組などで激しい論戦を展開、外国人労働者の受け入れによって日本文化に試練を与えるべきだとする石川の見解を、「安易なセンチメンタリズム」と批判、西ヨーロッパの例をひいて外国人労働者の大量受け入れは国民文化の根幹を瓦解させる危険性があることを指摘した(『労働鎖国のすすめ』など所収)また中教審委員として教育問題にも積極的にコミットし、メディア全体によく知られるようになった(『教育と自由』など所収)。

このような言論活動から政治図式的には保守派論客として取り上げられることが多いが、党派的な保守主義やナショナリズムに対しては警戒心を絶えずもっており、『保守の怒り』などの近著において硬直化した保守派やナショナリストの一部に対し、「カルト右翼」や「神社右翼」などと厳しく罵倒している。一例として、台湾独立運動について保守派の多数が唱えている一面的な台湾賛美とは一線を画す議論を展開している。「台湾も所詮は中国と同根の反日集団の面をもっており、かならずしも擁護に値しない」と雑誌『正論』などで主張し、親台湾派の金美齢や小林よしのりらから非難された。特に小林は、「まるで、後ろから斬りつけるような卑怯な姿勢だ」と西尾を強く非難した。しかし小林はその後まもなくして、著書『台湾論』を台湾内の反日勢力によって問題にされ、台湾政府から一時的に入国禁止になった。

協調・賛同できる面では一般的な保守主義陣営と共同行動している。2007年には南京大虐殺虚構論を唱える映画「南京の真実」に西部邁たち多くの右派・保守系知識人と共に賛同、西尾は製作記者会見に出席し、東京裁判の不当性を訴えた。これはNHK批判運動や人権擁護法批判運動に関しても同様である。


つくる会での活動

新しい歴史教科書をつくる会の設立人の一人である。1996年(平成8年)8月、西尾と藤岡信勝が出会い、各界有志に呼びかけを行ったことで、「つくる会」が発足した。翌1997年(平成9年)1月30日、「つくる会」の初代会長に就任、大著『国民の歴史』を執筆、つくる会運動のオピニオンリーダーの地位を得て教科書運動の前面で活躍した。2001年(平成13年)に会長の座を田中英道に譲り、名誉会長となった後も「つくる会」の中心人物であった。その後2006年(平成18年)1月17日に、「その精神活動をよく知らない新しい理事が多数入ってこられて、立派な方も勿論おられるが、私とは話があわなくなってきた人が増えてもいる。言葉が通じなくなってきた」という言葉を残し「つくる会」を離脱、教科書運動の第一線から退いた。


小泉政権時代の自民党への評価

小泉内閣に関しては、政権中期までは好意的で、2003年(平成15年)9月に小泉が自民党総裁に再選された際には、北朝鮮に対する融和姿勢への懸念を除けば評価していた。1990年代の自民党の左傾化に終止符を打ち派閥政治の象徴だった竹下派支配と派閥順送り人事を小泉が徹底的に破壊しつくし、その直後に安倍晋三を幹事長に据え自身の後継候補として育て上げたと礼賛していた。西尾の小泉への評価は第二次訪朝あたりから批判的なものに転じた。

西尾は自著、雑誌論文、ブログなどを通じ、小泉という人間は首相になる以前は実は、靖国神社公式参拝に何の関心も払っておらず、「面倒くさいのでいかない」という理由で参拝していなかったのに、首相就任後に、中国・韓国に批判を受けたことで意固地になって参拝問題に固執して公式参拝しただけであるという事実を指摘し、小泉の立場は政治的保守主義と何の関係もない小泉の個人的感情の反映だと主張した。また自著『<狂気の首相>で日本は大丈夫か』で、小泉の大学時代の同輩親友で、国会議員時代も一時期交友のあった栗本慎一郎の証言を引用し、小泉自身の信じがたいほどの人間的・知的無能ぶりを暴露指摘している。郵政民営化問題についても批判し、小泉のやっていることは、「民営化」ではなく、「公営のおろかしい強化」であって、郵貯貯金を財務省が悪用することに、小泉自身がよくわからないまま乗っかっているだけだとした。小泉の親米的安全保障政策についても、小泉自身が自分が何をやっているのか認識できていないままアメリカに乗せられているだけだとし、小泉のことを「狂人宰相」、小泉の政策を「国家犯罪」とまで形容するに至った[16]。2005年(平成17年)9月の総選挙では、保守系内の郵政民営化反対派である城内実、衛藤晟一、古川禎久などへの応援演説にて小泉を批判した(「西尾幹二のインターネット日録」参照)。

この一連の小泉批判に関しては自身も反論を受けるが(→小泉訪朝における空白の10分間事件を参照)これについて本人は「小泉政権の陰謀」だと再批判している。安倍晋三については、第一次内閣で真正保守主義的政策を期待されながら、反対勢力に妥協した甘さ、弱さを非難し、以来、安倍の政治的手腕に関しては懐疑的立場を堅持している。


皇室に関する発言

皇室の現状を憂慮しており、皇太子徳仁親王に対して月刊誌『WiLL』2008年5月号から「皇太子さまに敢えて御忠言申し上げます」と題して連続的に執筆をおこなった。これらの論考は実質的に皇太子徳仁親王妃雅子についての問題を扱ったものであった。「雅子妃は健康であり、公務を欠席しているのは仮病である」と『WiLL』 (「皇太子さまに敢えて御忠言申し上げます」)で主張、さらにこの雅子妃の問題は、皇室の日本的伝統に、安易に欧米的価値観を侵入させてしまうことの是非の問題でもあるとも論じた。

これら一連の論考以外に、「朝まで生テレビ!」(2008年8月30日) 「たかじんのそこまで言って委員会」(2008年8月17日)などのテレビメディアでも繰り返し同様の主張を展開した。西尾のこの雅子妃への批判的な主張に対しては、『WiLL』(久保紘之など)や『正論』に批判的な論考掲載され[いつ?]、またこれが遠因となって(教科書運動・憲法論議で共同活動した)日本会議や日本青年協議会らの国民運動団体とも袂を分かつことになった。なお、女系天皇の是非の問題に関しては、男系天皇論を一貫して強力に主張している。皇室論では、橋本明(明仁上皇同級生)とも対談している。

皇室論をタブー視していた言論界で西尾があえてそれに踏み切った意志の背景には、かつて西尾が私淑していた三島由紀夫が皇室論のタブーに少しも怯まなかったことへの深い敬意が影響している[6][11]。それは三島の提唱していたある意味、天皇にとって最も過酷で徹底していた皇室論のことを指しているもので[11]、三島は、天皇が近代的な快適で便利な生活(電話やテレビを部屋に設置すること)をするのも好ましくないと主張し[17]、一般のセレブのように扱われる皇室(三島曰く“週刊誌天皇制”)を否定していたこと[17][18]に関連するものである[11]。三島は、「天皇はあらゆる近代化、あらゆる工業化によるフラストレーションの最後の救世主として、そこにいなけりゃならない」「天皇というのは、国家のエゴイズム、国民のエゴイズムというものの、一番反極のところにあるべきだ」「天皇は尊いんだから、天皇が自由を縛られてもしかたがない。その根元にあるのは、とにかく“お祭”だ、ということです。天皇がなすべきことは、お祭、お祭、お祭、お祭、――それだけだ」[17] と述べ、天皇にとって最も重要なのは、新嘗祭などの古来からの宗教性や神聖であり[17][18]、日本の「西欧化の宿命」「世俗化の宿命」と闘う最後の悲劇意志の象徴としての皇室(最後のトリデ)というものを理想にしていた皇室論で[17][18]、明治維新や二・二六事件の時のような革命の象徴にもなりえる天皇というものを想定していたものである[18][11]。

なお『WiLL』2008年8月号で「これが最後の皇太子さまへの御忠言」にて、会田雄次が1968年に語った「いまの皇太子(上皇明仁)は、あんな不自由な寒くてしょうがないところはいやだといって、都ホテルへ泊まられるのですよ。この点は、訓練の相違もあるんでしょう。これは大きな問題だと思うのです」を引用しているが、宮内庁報道室から当時の資料からはそのような事実はないとの注意を受けて訂正を求められ[19]、著書「皇太子さまへのご忠言」(84ページ)でその旨を記している。


その他の主張

ドイツ思想・ドイツ哲学の専門家として、同国の文化、社会の現状や言論事情などにも精通しているが、ドイツに対しては批判的な発言もある。『異なる悲劇・日本とドイツ』(文藝春秋)をはじめとする著作や寄稿[要出典]において、ナチス・ドイツへの批判とあわせて、「戦後ドイツが戦後日本よりも大戦を反省している」と言った戦後ドイツの政治的狡猾さを批判している。このことに関して「想像を絶するジェノサイド国家だったナチス・ドイツと、通常の戦争遂行国家であった日本を同一の次元で論じることがそもそも間違いであること」「戦後ドイツ人は、ナチスという団体をドイツ人が選んだことの反省を表明しているだけであって、実は自分たち自身の反省を表明しているのではないこと」などの批判をおこなっている。1995年に起きたマルコポーロ事件においても「ナチスのすさまじい極悪さを少しも理解していない」と言う理由で、旧知の間柄である文藝春秋を批判した[20]。

慰安婦問題に対しては「性奴隷説」に異議を唱える立場であり、2007年7月13日に米国大使館に手渡された米下院121号決議全面撤回を求める日本文化チャンネル桜主導の抗議書[21]にも賛同者として名を連ねている[22]。

現代中国に対しては一貫して批判的立場をとっており、とりわけ2010年に起きた中国漁船の尖閣諸島近海での日本領海侵犯事件後、『尖閣戦争・米中挟み撃ちにあった日本』(青木直人との共著)などの著作で中国の対日侵略計画、対世界侵略計画に注意すべきと主張している。

アメリカの覇権に対しても批判的であり、米中両国の世界戦略の狭間で日本が独立的な政治路線を採れていない現状に対して警鐘を鳴らしている。また、GHQが終戦後の日本占領に際して、緻密かつ広範囲に当時の日本の文献を焚書していたという言論統制の事実があったと主張している[23]。さらに、日米戦争がアメリカ側から仕掛けられたある種の「宗教戦争」であるというという歴史論を著書『天皇と原爆』(新潮社、2012年1月)で展開している。

核武装の推進論者である。一方原子力発電に対しては、かつては肯定派的立場であった[要出典]が、福島原発事故を受けて、段階的に縮小し最終的には全廃するという否定的立場に転じた[24]。原発推進を事故後も唱える保守派言論界を「思慮の欠如、ないし思考の空想性を覚えるだけでなく、ある種の「怪しさ」や「まがまがしさ」を感じている」と批判している。竹田恒泰との近著『女系天皇問題と脱原発』では、原発推進派に潜在している体質的な問題構造を多面にわたり指摘している。例えば「安全保障の面から見ても、原発というのは非常にやっかいな存在なんですよ。単純に言うと原発があるだけでもって、そこに核地雷があるようなものですから。上空からバンカーバスター(地中貫通爆弾)を直撃させれば、そこが核爆発するということです」「日本の原発は、いわゆる海上から迫ってくるテロに対して、まったく無力、無防備なんですな。なんと驚くべきことに、日本は原発の防衛について、民間の警備会社に依存しているんですよ。考えられない話です」「再稼働に関して地震と津波への対策のことは盛んに言われているんだけれども、テロ対策については一言も触れられないんですよ」と述べ、とりわけ国土に原発を置くことに対する国防・安全保障上のリスクに警鐘を鳴らしている[25]。この件について中川八洋から著書など[26]で中傷されたとして、中川本人、当該書籍の出版元である日新報道、文章を『撃論』に載せたオークラ出版を名誉毀損で提訴した[27]。
生前の三島由紀夫は、西尾の才覚に早くから注目し高く評価していた。西尾の処女作である『ヨーロッパ像の転換』について「この書は日本人によってはじめて書かれた「ペルシア人の手紙」である」と帯文で絶賛している。西尾もまた、三島の文学と思想に強く惹かれ、両者には交流があった。交友期間は三島の自決事件により短期間で終わったが、三島の親友であった澁澤龍彦は、三島の死後さまざまな論者によって書かれた三島論の中で、本質を把握した三島への考察は西尾の三島論だけであったと評し、この澁澤の評価がきっかけで西尾と澁澤の間にも、澁澤の死に至るまでの交友が続いた。一方、三島について、侮蔑に近い軽視を三島事件前後に言っていた江藤淳に対しては、西尾は相当な違和感を江藤の死に至るまでもっていたと『三島由紀夫の死と私』で表明している[7]。

2011年より、全22巻・数年にわたる計画で、「西尾幹二全集」の刊行が国書刊行会より開始された。

インターネットの力を高く評価している[28]。自身のブログの執筆に力を入れており、またインターネットで秀逸な論考を発見すると自身のブログで紹介することもある。21世紀は現実的出版とインターネット世界の相互協力、棲み分けの時代になると主張している[29]。


著書


単著

『ヨーロッパ像の転換』新潮選書, 1969
『ヨーロッパの個人主義 人は自由という思想に耐えられるか』講談社現代新書, 1969 増補改題 『個人主義とは何か』 PHP新書, 2007

『悲劇人の姿勢』新潮社, 1971
『情熱を喪った光景』河出書房新社, 1972
『懐疑の精神』中央公論社, 1974
『地図のない時代 反時流的考察』読売新聞社〈読売選書〉, 1976
『ニーチェ』(第1・2部)中央公論社 1977年5月・6月 『ニーチェ』 筑摩書房 全2巻, 2001年4月・5月-初版書評を巻末解説とした。

『ニーチェとの対話 ツァラトゥストラ私評』講談社現代新書 1978
『新開国のすすめ 日本文化再生の条件』日本経済新聞社 1979
『ヨーロッパの閉鎖性』三修社 1981
『ソ連知識人との対話』文藝春秋 1979、中公文庫, 1986
『鎖国の跫音 現代日本の精神的諸相』PHP研究所 1981
『西欧の無知 日本の怠惰』文藝春秋 1982、PHP文庫, 1990
『日本の教育 ドイツの教育』新潮選書 1982
『日本の教育−智恵と矛盾』中央公論社, 1985
『行為する思索』中央公論社 1987
『戦略的「鎖国」論』講談社 1988、講談社文庫, 1992 増補改題 『中国人に対する「労働鎖国」のすすめ』 飛鳥新社, 2013

『「労働鎖国」のすすめ 外国人労働者が日本を滅ぼす』光文社, 1989、『労働鎖国のすすめ』 PHP文庫, 1992
『智恵の凋落』福武書店 1989
『日本の不安 世界史の転機に考えること』PHP研究所 1990、PHP文庫, 1993
『自由の悲劇 未来に何があるか』講談社現代新書 1990
『日本の孤独 誇りある国家であるために』PHP研究所 1991
『教育と自由 中教審報告から大学改革へ』新潮選書 1992
『全体主義の呪い 東西ヨーロッパの最前線に見る』新潮選書 1993 増補改題 『壁の向うの狂気 東ヨーロッパから北朝鮮へ』 恒文社21, 2003

『確信の喪失』学習研究社 1993 改題 『あなたは何を信じて生きるのか』 PHP文庫, 1996

『立ちすくむ日本』PHP研究所 1994
『異なる悲劇 日本とドイツ』文藝春秋 1994、文春文庫, 1997 改題 『日本はナチスと同罪か 異なる悲劇』 ワック, 2005 ISBN 4898315399

『教育を掴む 論争的討議の中から』洋泉社 1995-対談も含む
『自由の恐怖 宗教から全体主義へ』文藝春秋 1995
『人生の価値について』新潮選書 1996/ワック, 2006
『歴史を裁く愚かさ 新しい歴史教科書のために』PHP研究所 1997、PHP文庫, 2000
『現代について』徳間文庫「教養シリーズ」 1998
『沈黙する歴史』徳間書店 1998、徳間文庫, 2001 改題 『日本人はアメリカを許していない』 ワック, 2007

『わたしの昭和史 少年篇』(1・2)新潮選書 1998
『国民の歴史』(新しい教科書をつくる会編)、産経新聞ニュースサービス 1999 『決定版 国民の歴史』 文春文庫(上・下), 2009

『超然たる人生』PHP研究所 2001 (一章ごとの形式の選文集)
『歴史と科学−日本史を歩く』PHP新書 2001
『国を潰してなるものか−憲法・台湾・教科書問題』徳間書店 2001
『歴史と常識 ものの見方の一元化を排す』扶桑社 2002
『日本の根本問題』新潮社 2003
『私は毎日こんな事を考えている−西尾幹二の公開日誌』徳間書店 2003-ブログ日誌が元
『男子、一生の問題』三笠書房 2004
『日本がアメリカから見捨てられる日』徳間書店 2004
『日本人は何に躓いていたのか 勝つ国家に変わる7つの提言』青春出版社 2004
『人生の深淵について』洋泉社 2005/改題 『人生について』新潮文庫 2015
『で日本は大丈夫か』PHPソフトウェア・グループ 2005
『民族への責任 皇室・領土・企業買収・歴史教科書』徳間書店 2005
『江戸のダイナミズム-古代と近代の架け橋』文藝春秋 2007 ISBN 4163688307
『国家と謝罪 対日戦争の跫音が聞こえる』徳間書店 2007-ブログ記事を含む
『GHQ焚書図書開封 米占領軍に消された戦前の日本』徳間書店 2008、徳間文庫 2014
『皇太子さまへのご忠言』ワック 2008 / 同・選書判(改訂版) 2012 ISBN 489831659X
『真贋の洞察 保守・思想・情報・経済・政治』文藝春秋 2008 ISBN 4163703705
『三島由紀夫の死と私』PHP研究所 2008
『GHQ焚書図書開封2』徳間書店 2008、徳間文庫 2014。文庫判は副題に「バターン、蘭印・仏印、米本土空襲計画」
『GHQ焚書図書開封3』徳間書店 2009、徳間文庫 2014。文庫判は副題に「戦場の生死と「銃後」の心」
『「権力の不在」は国を滅ぼす 日本の分水嶺』ワック 2009 ISBN 4898311342
『日本をここまで壊したのは誰か』草思社 2010 ISBN 4794217609
『GHQ焚書図書開封4 「国体」論と現代』徳間書店 2010、徳間文庫 2015
『西尾幹二のブログ論壇』総和社 2010−ブログ記事に上記の著作書評などを含む。
『GHQ焚書図書開封5 ハワイ、満洲、支那の排日』徳間書店 2011、徳間文庫 2015
『GHQ焚書図書開封6 日米開戦前夜』徳間書店 2011、徳間文庫 2016
『平和主義ではない「脱原発」』文藝春秋 2011
『天皇と原爆』新潮社 2012、新潮文庫 2014
『GHQ焚書図書開封7 戦前の日本人が見抜いた中国の本質』徳間書店 2012
『憂国のリアリズム 感傷を排して世界を見よ』ビジネス社 2013 ISBN 4828417168
『GHQ焚書図書開封8 日米100年戦争〜ペリー来航からワシントン会議〜』徳間書店 2013
『同盟国アメリカに日本の戦争の意義を説く時がきた』ビジネス社 2013
『GHQ焚書図書開封9 アメリカからの「宣戦布告」』徳間書店 2014
『アメリカと中国はどう日本を「侵略」するのか 「第二次大戦」前夜にだんだん似てきている、今』ベストセラーズ 2014
『GHQ焚書図書開封10 地球侵略の主役 イギリス』徳間書店 2014
『GHQ焚書図書開封11 維新の源流としての水戸学』徳間書店 2015
『日本、この決然たる孤独 国際社会を動かす「平和」という名の脅迫』徳間書店 2016.6
『GHQ焚書図書開封12 日本人の生と死』徳間書店 2016.8
『保守の真贋 保守の立場から安倍政権を批判する』徳間書店 2017.9
『あなたは自由か』ちくま新書 2018.10


著作集

『西尾幹二の思想と行動』(全3冊)、扶桑社、2000年 著作選集、1.ヨーロッパとの対話、2.日本人の自画像、3.論争の精神

『西尾幹二全集』[30] 国書刊行会、2011年10月 - (約10年予定) (全22巻予定)、函入で約数ヶ月ごとに刊行予定、一部論考は初書籍化。

翻訳[編集]
『悲劇の誕生』 ニーチェ、初版「世界の名著46」中央公論社, 1966年(第1回配本) / 中公文庫, 1974年 / 中公クラシックス, 2004年
『意志と表象としての世界』 ショーペンハウエル、初版「続 世界の名著10」中央公論社, 1975年 / 中公クラシックス(I・II・III), 2004年 - 鎌田康男解説
『ブルクハルト−歴史の中に立つ人間』 カール・レーヴィット、瀧内槙雄共訳 TBSブリタニカ, 1977年/ちくま学芸文庫, 1994年。※第一部「ブルクハルトとニーチェ」を担当
『ニーチェ全集 1巻(第1期) われわれの教育施設の将来について』(6回の公開講演)、白水社, 1979年 - ※各全集の担当訳・解説は一部
『ニーチェ全集 2巻(第1期) ギリシア人の悲劇時代における哲学』(他に4篇を担当)、 白水社, 1980年
『ニーチェ全集 4巻(第2期) 遺された著作 1888 − 89年』 白水社, 1987年 - 下記の元版 『この人を見よ』 新潮文庫, 1990年、改版2015年
『偶像の黄昏 アンチクリスト』 白水社〈イデー選書〉, 1991年。解説吉本隆明


共著

(宮下啓三)『ドイツの言語文化――思想と文学を中心に』(旺文社, 1980年)
『思想の出現 西尾幹二対談集』 (東洋経済新報社, 1994年)
(藤岡信勝)『国民の油断――歴史教科書が危ない!』(PHP研究所, 1996年)
(小室直樹・市川宏)『韓非子の帝王学』(プレジデント社, 1998年)
(中西輝政)『日本文明の主張――『国民の歴史』の衝撃』(PHP研究所, 2000年)
(長谷川三千子)『あなたも今日から日本人―『国民の歴史』をめぐって』(致知出版社, 2000年)
(池田俊二)『自由と宿命――西尾幹二との対話』(洋泉社新書, 2001年)
(三浦朱門)『犯したアメリカ愛した日本――いまなお敗戦後遺症』(ベストセラーズ, 2002年)
(金完燮)『日韓大討論』(扶桑社, 2003年)
(石破茂)『坐シテ死セズ』(恒文社21, 2003年)
(八木秀次)『新・国民の油断――「ジェンダーフリー」「過激な性教育」が日本を亡ぼす』(PHP研究所, 2005年)
(平田文昭)『保守の怒り 天皇、戦争、国家の行方』(草思社, 2009年)
(青木直人)『尖閣戦争 米中はさみ撃ちにあった日本』(祥伝社新書, 2010年)
(青木直人)『第二次尖閣戦争』(祥伝社新書, 2012年11月)
(竹田恒泰)『皇室問題と脱原発』(飛鳥新社, 2012年12月)
(福井雄三・福地惇・柏原竜一)『自ら歴史を貶める日本人』(徳間書店〈徳間ポケット〉, 2012年12月)
(川口マーン惠美)『膨張するドイツの衝撃 日本は「ドイツ帝国」と中国で対決する』(ビジネス社, 2015年8月)
(呉善花)『日韓 悲劇の深層』(祥伝社新書, 2015年10月)
(中西輝政・柏原竜一)『日本の「世界史的立場」を取り戻す』(祥伝社, 2017年11月)
(渡部昇一)『対話 日本および日本の課題』(ビジネス社, 2018年10月)


編著

『ドイツ文化の基底――思弁と心情のおりなす世界』(有斐閣, 1982年)
『ドイツ語シンフォニー――初級読本』(朝日出版社, 1990年)
『地球日本史』(産経新聞ニュースサービス, 1998年-2005年) 地球日本史〈1〉日本とヨーロッパの同時勃興 産経新聞ニュースサービス、のち扶桑社文庫
地球日本史〈2〉鎖国は本当にあったのか 産業新聞ニュースサービス、のち扶桑社文庫
地球日本史〈3〉江戸時代が可能にした明治維新 産経新聞ニュースサービス、のち扶桑社文庫
新・地球日本史〈1〉明治中期から第二次大戦まで 産経新聞ニュースサービス
新・地球日本史〈2〉明治中期から第二次大戦まで 産経新聞ニュースサービス

『新しい歴史教科書――「つくる会」の主張』(徳間書店, 2001年)
『すべての18歳に「奉仕義務」を――「教育基本法見直し会議」緊急報告』(小学館文庫, 2000年)
『迫りくる「全体主義」の跫音――歴史教科書「12の新提案」』(小学館文庫, 2001年)
『新しい歴史教科書 次なる戦い』(小学館文庫, 2002年)


共編著

(渡邊二郎)『ニーチェ物語――その深淵と多面的世界』(有斐閣, 1980年) 改題 『ニーチェを知る事典』(ちくま学芸文庫, 2013年)

(高松敏男)『ニーチェ全集 別巻(第1期) 日本人のニーチェ研究譜』(白水社, 1982年)−資料文献篇を担当
(藤岡信勝・小林よしのり・高橋史朗) 『歴史教科書との15年戦争―「侵略・進出」から「慰安婦」問題まで』(PHP研究所, 1997年)
(渡部昇一・竹村健一・岡崎久彦・西部邁・堺屋太一・田久保忠衛・石原慎太郎ほか) 『日本の正論―21世紀日本人への伝言』(産経新聞ニュースサービス, 2001年)
(路の会編)『日本人はなぜ戦後たちまち米国への敵意を失ったか』(徳間書店, 2002年)
(青木直人責任編集・佐藤優ほか) 『中国の黒いワナ』(別冊宝島・宝島社, 2007年/宝島社文庫, 2009年)
(大原康男・小林よしのり・小堀桂一郎・高森明勅・中西輝政・長谷川三千子・百地章) 『日本人なら知っておきたい靖國問題』(青林堂, 2007年)
(西村幸祐責任編集)『ぼくらの核武装論』(オークラ出版, 2007年)
(責任編集)『中国人国家、日本 日本人排除の移民政策』(ビジネス社, 2014年)

テレビ
GHQ焚書図書開封(2007年2月5日 - 、日本文化チャンネル桜)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%B0%BE%E5%B9%B9%E4%BA%8C
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/589.html#c1

[政治・選挙・NHK264] 神出鬼没!山本太郎はマレーシアで勉強中だった!  赤かぶ
6. 中川隆[-8624] koaQ7Jey 2019年8月28日 14:38:30 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4128]
山本太郎はドイツ経済を復活させた演説の天才ヒトラーの再来、在日で北朝鮮のエージェント、世界革命を目指す日本赤軍派後継者

「山本太郎」支持率がすごいことに!
http://mainichibooks.com/sundaymainichi/column/2019/09/01/0901-09.html
サンデー毎日 2019年9月 1日号

OL400人は考える・それってどうよ!?/610 

 先の参院選で「投票に行った」と答えたOLさんは46%と半数を割りましたが、れいわ新選組の山本太郎さんが人気です。

   ◇   ◇   ◇

「ずっと小泉進次郎押しだったのですが、いまはがぜん山本太郎。顔が好き。声が好き。これまでの経験上、顔と声そろって好みの人に悪い人はいません」(商社・26歳)

「これまで破天荒な人としか思っていなかったのですが、今回の選挙を経て、とてもクレバーな人なのだなと思い改めました。障害者の方々が議員になる、目からうろこ。いいトコついてくるなぁと思いました」(コンサル・31歳)

「この間、夕食のときに"山本太郎ってかっこよくない?"と言ったら、両親が"昔はパンツ一枚で踊ってたけどな"とか"あのままお笑い芸人になると思ったら化けたね〜"と昭和の逸話で盛り上がっていました」(損害保険・26歳)

「参院選のとき、会社のそばの駅で演説をしていたのですが、あまりのオーラに私たち(同僚ともども)立ち止まってしまいました。思わず手を振ったら、振り返してくれて、それだけで、私たちの票は山本太郎に(笑)」(IT・26歳)

「会社の先輩女子の押しメンは山本太郎。先日、宴会でいかに山本太郎が素晴らしいかを熱弁していて、それを聞くのが面倒になった新人クンが『でも、あの人、高校中退ですよね』とつぶやいたら、『それがなんなのよ!』と先輩のボルテージは上がりまくり、『じゃあ、学歴ある政治家で誰が仕事してる?』と問い詰め、山本太郎高校中退とつぶやいただけの新人クンに『あなたの出身校(T大)は立派だけど、うちの社のT大卒業生は仕事できないヤツばっか』と言いきって、そちらの大学出身の上司たちにも睨(にら)まれていました(失笑)。あの人たち、学歴だけが自慢なのに」(都市銀行・26歳)

「山本太郎って分かりやすくて嫌いじゃないけれど、これからが正念場に感じます。どんな人や政党と組んでいくのか。具体的にどんなことをしていくのか。最初は良くても後でがっかりのパターンも多いから、よ〜く見ていようと思っています」(広告・27歳)

「会社からの帰り道に偶然、山本太郎の演説に出くわして、同僚と共に聞き入ってしまいました。だって、分かりやすくて面白いのです。特に『死にたくなる社会から生きていたい社会へ』という言葉につかまれました。具体的なことは分からなかったのですが、そうだ、それが大事だなって。1000円募金して、記念写真も撮ってもらいました。いい思い出〜」(コンピューター・25歳)

「友達に勧められて演説の動画を見たら一瞬で引き込まれました。分かりやすい。政治家っていつも言っていることがよく分からない人が多い中で、こういう人を待っていました! という印象です」(通信・27歳)

「山本太郎と小泉進次郎とでテレビ対談してほしい。司会は櫻井翔クンで。それを見れば若い人もきっと政治に興味を持つはず」

(自動車・24歳)

   ◇   ◇   ◇

「山本太郎が好き」と答えたOLは77%。高支持率ですね〜。

▲△▽▼

ヒトラーを独裁者にしたのは、一つには彼の性的魅力であったらしい。
彼の姿を一目見ただけで卒倒する女性が続出したそうだ。

ある女性などは、ヒトラーが通り過ぎたあと、彼が踏んだ小石を持っていたガラスびんに入れ、それを大切に抱きしめた。

彼女はそのまま恍惚としてしまい、力が入りすぎてガラスびんが割れた。血がだらだら流れるが、それでもなお彼女は陶然と立ち尽くしていたという。

当時、世界でもっとも進歩的と言われたワイマール憲法下で、ヒトラーがあくまでも合法的に政権の座についたことを考え合わせると、民主主義って本当に大丈夫なの、とつい思ってしまう。
http://www.c20.jp/p/hitler_a.html


ヒトラーというとほとんどの日本人はドイツの独裁者でユダヤ人を虐殺した恐ろしい人とだけしか知らないのではないだろか。

ヒトラーに関して我々がしっかりと知っておかなければならないことは、

ヒトラーは当時、世界で最も民主主義的と言われたワイマール憲法の下で、合法的に独裁者になったということである。

ヒトラーの行くところはどこでもドイツ国民が、「ハイル、ハイル!」の大合唱。ドイツ国民のすべてがヒトラーに心酔していた。

そんな時、「私に全権を与えていただければ、もっと豊かなドイツを実現してみせます!」とヒトラーは言った。

ドイツ国民は将来悲惨なことが起こるなんてことは誰も疑わずに、あっさりとヒトラーに全権を与えてしまった。

1935年にドイツ国内で国民投票が行われた。

そしてなんと国民の90パーセント以上という圧倒的支持で、首相と大統領の兼任(行政権の完全な掌握)、立法権、軍隊の指揮権といった、司法権を除くすべての権力をヒトラーに渡してしまったのである。

こうして三権分立という鎖がはずされ、リバイアサンという怪物が解き放たれたのである。

その後は、皆さんもご承知のように、誰もヒトラーの暴走をくい止めることができなくなり、世界は人類がいまだ経験したことのない第二次世界大戦という大惨事に突入していったのである。
http://kaichan.cocolog-nifty.com/diclongman/2007/09/post_e4df.html


▲△▽▼


山本太郎はドイツ経済を復活させた演説の天才ヒトラーの再来、在日で北朝鮮のエージェント、世界革命を目指す日本赤軍派後継者

れいわ が障害2議員を入れたのは山本太郎を介護者として代弁させて国会に出ずっぱりで演説させる為だよ


山本太郎=演説だけでドイツを変えた名優ヒトラーの再来、斎藤まさし =ゲッペルス


▲△▽▼


れいわ新撰組の選挙参謀は森大志、斎藤まさし。

森氏の父親は連合赤軍派最高幹部田宮高麿。
母親は森順子、ヨーロッパで有本恵子さんら3人を拉致し北へ連れて行った主犯。

森氏は北で生まれ、「日本革命村」でスパイ教育を受けた。

斎藤まさしは菅直人らと活動。大虐殺したポルポト崇拝者。ヤバいだろ?


国会に難病議員2人入れて介護者という名目で山本太郎が二人の代わりに代弁してれいわの名を売るんだろ

すべて斎藤まさしのアイデアさ

素人の山本太郎が4億円も寄付を集めたり、わざわざ難病議員を立候補させる訳がないというのがわからないアホが多過ぎるんだな

山本太郎は世界同時革命を目指すキチガイ斎藤まさし(酒井剛)の書いた台本通りに演技してるだけだよ


____


斉藤まさし(2018、8最高裁にて公職選挙法違反で有罪)が山本太郎の街宣に現れた!

やはり山本太郎は操り人形だったのね。


山本太郎の選挙を指揮していると言われてる斉藤まさしが新宿西口で行われた「山本太郎の街頭演説」の場に現れた。

元俳優の山本太郎を使って革命を目指す斉藤まさしの姿が良くお分かりになったでしょう。

監督の指示に従って演技をする、山本太郎は未だに役を演じているように見えますね。

しかし、その俳優は色々問題のある人物だった。

週刊新潮に強姦魔だと書かれても、名誉棄損で訴えることが出来ない。法廷で争う事が出来ない山本太郎という男を担いでしまった。

ME TOO のプラカード持ってパフォーマンスしていた議員達は山本太郎に強姦されたと勇気をもって告発した女性にはダンマリか!

未成年の女の子を強姦しても、革命家斉藤まさしの書いたシナリオ通りを演じておけば、参議院議員にもなれるか。

もし、事実じゃなないのなら、何故週刊新潮を訴えないのか?

____


無知な一般大衆が知らない山本太郎・斉藤まさしやヒトラー、レーニンを操っていた黒幕


ソ連成立とその成長、ナチスヒトラー勃興、ベトナム戦争、左翼運動の背後に同一一貫した組織(秘密結社)が画策し資金と技術をグループワークで提供していた。私たちが教えられ、表でみているのは、彼らの情報操作のたまものだった。


右翼・左翼の対立を使った分割統治政策 _ 左翼運動・マルクス主義運動は国際金融資本が資金提供していた
重信房子、田宮高麿、山本太郎・斉藤まさし、北朝鮮、オウム真理教の深い関係

2011年4月に行われた第17回統一地方選挙の三鷹市議会議員選挙に、代表を務める市民の党からよど号ハイジャック事件を起こしたよど号グループの元リーダー田宮高麿と、石岡亨・松木薫を欧州から北朝鮮に拉致した結婚目的誘拐容疑で国際手配を受けている森順子の長男、森大志が立候補しているが斉藤まさしは市議選に擁立した背景について取材で

「10年ほど前に北朝鮮に行き、よど号の人間や娘たちと会った」
「その中には(三鷹市議選に出馬した)長男の姉もいた」
「そうした縁もあって、長男が帰国してきてからつながりがあった」

と述べている。 北朝鮮や田宮との関係について「救う会」会長の西岡力は「酒井(斎藤まさし)代表がよど号犯やその子供らと会えたことは、北朝鮮が酒井代表を同志と考えたか、対日工作に利用できると判断して許可を出したことになる。酒井や市民の党が北と密接な関係にあったのは明白だ」と批判している


山下太郎、田中清玄…。かつて日本から実力者たちが何人もアラブ世界に飛び、交流を高めわが国の政治経済に貢献した。日本赤軍の重信房子もこうした流れの中でアラブに渡ったものであり、彼女が中東に飛ぶ際に CIA工作員の岸信介(当時首相)は当時のカネで500万円を手渡したと伝えられる。


よど号リバプールZ48という感じであの時も北朝鮮だダッカだテルアビブだと子供ながらにハラハラさせられたが
重信房子がばばあになって帰ってきて娘が平気でテレビに出るとか
不自然でこの親子もなんちゃって一座の団員でスーチー型やダライラマ型という感じがする

重信房子ってのは、戦前の大物≪右翼≫の娘だよ。
父親(重信末夫)は鹿児島県出身であり、戦前の右翼の血盟団のメンバーであり、四元義隆とは同郷の同志である。


要するに≪反体制がかっこいい≫というレベルの遺伝子の持ち主。
思想・信条は関係ない。


重信末夫は、四元義隆を通じて佐々弘雄と友人関係にあった。
つまり重信房子は佐々淳行と昔から知り合いだった。

連合赤軍のテロ事件は、警視庁や日本政府と組んだ茶番だった。
オメ-ラのやり方は、昔からキッタネーなぁ...?

ハマスは、パレスチナをイスラエルが攻撃する口実作りの為に、被害が最小限のテロを行っている。

ハマスは実はモサドが作り、支援している似非テロ組織。
その実体は日本の連合赤軍にそっくり。


 あの安保闘争では、デモを指導していた全学連の上層部が、右翼の田中清玄やCIAから資金援助を受けていた。そして、彼らは後に米国に留学し、中曽根康弘の手先として自民党の御用学者となった(西部邁、香山健一、佐藤誠三郎など)。安保闘争はデモを指導していた学生がCIAに取り込まれ、ガス抜きに利用された(当時の岸信介首相は、CIA工作員)。

 学生運動や極左運動では、凄惨なリンチやテロが相次いだ。だが当時の極左指導者も、裏では公安とツーカーだった。よど号事件では、犯人が北朝鮮(旧日本軍の残地諜者が建国した国)に亡命し、人質の一人が日野原重明(笹川人脈)だった(聖路加国際病院は戦時中は空襲に遭わなかったし、地下鉄サリン事件では被害者の搬送先となった)。

重信房子は、父・重信末夫が右翼の大物で、四本義隆や佐々弘雄(佐々淳行の父)とつながりがあった。当時、数々の極左テロ事件の鎮圧を指導したのが佐々淳行と後藤田正晴だ(佐々と後藤田は、後に中曽根首相の側近となった)。冷戦期のグラディオ作戦の日本版が、日本の極左テロ事件だ(西欧で起きた数々の極左テロは、実は民衆の世論を反共へ誘導するためNATOが仕組んだもの、というのがグラディオ作戦)。

 オウム事件では、オウムは裏で統一教会や北朝鮮と関わりがあったが、当然、CIAの関与もあったはずだ(オウムが撒いたとされるサリンは、米軍製のサリンとなぜか成分が同じだ)。麻原は拘置所で薬漬けにされ、口封じされた。

 安保闘争も、学生運動や極左テロも、オウム事件も、裏では支配層が巧妙に運動や組織をコントロールしていた。そして、これらの政治的事件の顛末は、日本人に「政治には無関心でいるのが無難」という意識を植えつける、悪影響をもたらした(それが、属国日本の支配層=米国の手先の狙いだったのだから)。

http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/873.html#c6

[政治・選挙・NHK264] <山本太郎代表、立憲の若手有志議員>消費税を廃止したマレーシアの経済財政状況を視察!  赤かぶ
50. 中川隆[-8623] koaQ7Jey 2019年8月28日 14:39:17 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4129]
山本太郎はドイツ経済を復活させた演説の天才ヒトラーの再来、在日で北朝鮮のエージェント、世界革命を目指す日本赤軍派後継者

「山本太郎」支持率がすごいことに!
http://mainichibooks.com/sundaymainichi/column/2019/09/01/0901-09.html
サンデー毎日 2019年9月 1日号

OL400人は考える・それってどうよ!?/610 

 先の参院選で「投票に行った」と答えたOLさんは46%と半数を割りましたが、れいわ新選組の山本太郎さんが人気です。

   ◇   ◇   ◇

「ずっと小泉進次郎押しだったのですが、いまはがぜん山本太郎。顔が好き。声が好き。これまでの経験上、顔と声そろって好みの人に悪い人はいません」(商社・26歳)

「これまで破天荒な人としか思っていなかったのですが、今回の選挙を経て、とてもクレバーな人なのだなと思い改めました。障害者の方々が議員になる、目からうろこ。いいトコついてくるなぁと思いました」(コンサル・31歳)

「この間、夕食のときに"山本太郎ってかっこよくない?"と言ったら、両親が"昔はパンツ一枚で踊ってたけどな"とか"あのままお笑い芸人になると思ったら化けたね〜"と昭和の逸話で盛り上がっていました」(損害保険・26歳)

「参院選のとき、会社のそばの駅で演説をしていたのですが、あまりのオーラに私たち(同僚ともども)立ち止まってしまいました。思わず手を振ったら、振り返してくれて、それだけで、私たちの票は山本太郎に(笑)」(IT・26歳)

「会社の先輩女子の押しメンは山本太郎。先日、宴会でいかに山本太郎が素晴らしいかを熱弁していて、それを聞くのが面倒になった新人クンが『でも、あの人、高校中退ですよね』とつぶやいたら、『それがなんなのよ!』と先輩のボルテージは上がりまくり、『じゃあ、学歴ある政治家で誰が仕事してる?』と問い詰め、山本太郎高校中退とつぶやいただけの新人クンに『あなたの出身校(T大)は立派だけど、うちの社のT大卒業生は仕事できないヤツばっか』と言いきって、そちらの大学出身の上司たちにも睨(にら)まれていました(失笑)。あの人たち、学歴だけが自慢なのに」(都市銀行・26歳)

「山本太郎って分かりやすくて嫌いじゃないけれど、これからが正念場に感じます。どんな人や政党と組んでいくのか。具体的にどんなことをしていくのか。最初は良くても後でがっかりのパターンも多いから、よ〜く見ていようと思っています」(広告・27歳)

「会社からの帰り道に偶然、山本太郎の演説に出くわして、同僚と共に聞き入ってしまいました。だって、分かりやすくて面白いのです。特に『死にたくなる社会から生きていたい社会へ』という言葉につかまれました。具体的なことは分からなかったのですが、そうだ、それが大事だなって。1000円募金して、記念写真も撮ってもらいました。いい思い出〜」(コンピューター・25歳)

「友達に勧められて演説の動画を見たら一瞬で引き込まれました。分かりやすい。政治家っていつも言っていることがよく分からない人が多い中で、こういう人を待っていました! という印象です」(通信・27歳)

「山本太郎と小泉進次郎とでテレビ対談してほしい。司会は櫻井翔クンで。それを見れば若い人もきっと政治に興味を持つはず」

(自動車・24歳)

   ◇   ◇   ◇

「山本太郎が好き」と答えたOLは77%。高支持率ですね〜。

▲△▽▼

ヒトラーを独裁者にしたのは、一つには彼の性的魅力であったらしい。
彼の姿を一目見ただけで卒倒する女性が続出したそうだ。

ある女性などは、ヒトラーが通り過ぎたあと、彼が踏んだ小石を持っていたガラスびんに入れ、それを大切に抱きしめた。

彼女はそのまま恍惚としてしまい、力が入りすぎてガラスびんが割れた。血がだらだら流れるが、それでもなお彼女は陶然と立ち尽くしていたという。

当時、世界でもっとも進歩的と言われたワイマール憲法下で、ヒトラーがあくまでも合法的に政権の座についたことを考え合わせると、民主主義って本当に大丈夫なの、とつい思ってしまう。
http://www.c20.jp/p/hitler_a.html


ヒトラーというとほとんどの日本人はドイツの独裁者でユダヤ人を虐殺した恐ろしい人とだけしか知らないのではないだろか。

ヒトラーに関して我々がしっかりと知っておかなければならないことは、

ヒトラーは当時、世界で最も民主主義的と言われたワイマール憲法の下で、合法的に独裁者になったということである。

ヒトラーの行くところはどこでもドイツ国民が、「ハイル、ハイル!」の大合唱。ドイツ国民のすべてがヒトラーに心酔していた。

そんな時、「私に全権を与えていただければ、もっと豊かなドイツを実現してみせます!」とヒトラーは言った。

ドイツ国民は将来悲惨なことが起こるなんてことは誰も疑わずに、あっさりとヒトラーに全権を与えてしまった。

1935年にドイツ国内で国民投票が行われた。

そしてなんと国民の90パーセント以上という圧倒的支持で、首相と大統領の兼任(行政権の完全な掌握)、立法権、軍隊の指揮権といった、司法権を除くすべての権力をヒトラーに渡してしまったのである。

こうして三権分立という鎖がはずされ、リバイアサンという怪物が解き放たれたのである。

その後は、皆さんもご承知のように、誰もヒトラーの暴走をくい止めることができなくなり、世界は人類がいまだ経験したことのない第二次世界大戦という大惨事に突入していったのである。
http://kaichan.cocolog-nifty.com/diclongman/2007/09/post_e4df.html


▲△▽▼


山本太郎はドイツ経済を復活させた演説の天才ヒトラーの再来、在日で北朝鮮のエージェント、世界革命を目指す日本赤軍派後継者

れいわ が障害2議員を入れたのは山本太郎を介護者として代弁させて国会に出ずっぱりで演説させる為だよ


山本太郎=演説だけでドイツを変えた名優ヒトラーの再来、斎藤まさし =ゲッペルス


▲△▽▼


れいわ新撰組の選挙参謀は森大志、斎藤まさし。

森氏の父親は連合赤軍派最高幹部田宮高麿。
母親は森順子、ヨーロッパで有本恵子さんら3人を拉致し北へ連れて行った主犯。

森氏は北で生まれ、「日本革命村」でスパイ教育を受けた。

斎藤まさしは菅直人らと活動。大虐殺したポルポト崇拝者。ヤバいだろ?


国会に難病議員2人入れて介護者という名目で山本太郎が二人の代わりに代弁してれいわの名を売るんだろ

すべて斎藤まさしのアイデアさ

素人の山本太郎が4億円も寄付を集めたり、わざわざ難病議員を立候補させる訳がないというのがわからないアホが多過ぎるんだな

山本太郎は世界同時革命を目指すキチガイ斎藤まさし(酒井剛)の書いた台本通りに演技してるだけだよ


____


斉藤まさし(2018、8最高裁にて公職選挙法違反で有罪)が山本太郎の街宣に現れた!

やはり山本太郎は操り人形だったのね。


山本太郎の選挙を指揮していると言われてる斉藤まさしが新宿西口で行われた「山本太郎の街頭演説」の場に現れた。

元俳優の山本太郎を使って革命を目指す斉藤まさしの姿が良くお分かりになったでしょう。

監督の指示に従って演技をする、山本太郎は未だに役を演じているように見えますね。

しかし、その俳優は色々問題のある人物だった。

週刊新潮に強姦魔だと書かれても、名誉棄損で訴えることが出来ない。法廷で争う事が出来ない山本太郎という男を担いでしまった。

ME TOO のプラカード持ってパフォーマンスしていた議員達は山本太郎に強姦されたと勇気をもって告発した女性にはダンマリか!

未成年の女の子を強姦しても、革命家斉藤まさしの書いたシナリオ通りを演じておけば、参議院議員にもなれるか。

もし、事実じゃなないのなら、何故週刊新潮を訴えないのか?

____


無知な一般大衆が知らない山本太郎・斉藤まさしやヒトラー、レーニンを操っていた黒幕


ソ連成立とその成長、ナチスヒトラー勃興、ベトナム戦争、左翼運動の背後に同一一貫した組織(秘密結社)が画策し資金と技術をグループワークで提供していた。私たちが教えられ、表でみているのは、彼らの情報操作のたまものだった。


右翼・左翼の対立を使った分割統治政策 _ 左翼運動・マルクス主義運動は国際金融資本が資金提供していた
重信房子、田宮高麿、山本太郎・斉藤まさし、北朝鮮、オウム真理教の深い関係

2011年4月に行われた第17回統一地方選挙の三鷹市議会議員選挙に、代表を務める市民の党からよど号ハイジャック事件を起こしたよど号グループの元リーダー田宮高麿と、石岡亨・松木薫を欧州から北朝鮮に拉致した結婚目的誘拐容疑で国際手配を受けている森順子の長男、森大志が立候補しているが斉藤まさしは市議選に擁立した背景について取材で

「10年ほど前に北朝鮮に行き、よど号の人間や娘たちと会った」
「その中には(三鷹市議選に出馬した)長男の姉もいた」
「そうした縁もあって、長男が帰国してきてからつながりがあった」

と述べている。 北朝鮮や田宮との関係について「救う会」会長の西岡力は「酒井(斎藤まさし)代表がよど号犯やその子供らと会えたことは、北朝鮮が酒井代表を同志と考えたか、対日工作に利用できると判断して許可を出したことになる。酒井や市民の党が北と密接な関係にあったのは明白だ」と批判している


山下太郎、田中清玄…。かつて日本から実力者たちが何人もアラブ世界に飛び、交流を高めわが国の政治経済に貢献した。日本赤軍の重信房子もこうした流れの中でアラブに渡ったものであり、彼女が中東に飛ぶ際に CIA工作員の岸信介(当時首相)は当時のカネで500万円を手渡したと伝えられる。


よど号リバプールZ48という感じであの時も北朝鮮だダッカだテルアビブだと子供ながらにハラハラさせられたが
重信房子がばばあになって帰ってきて娘が平気でテレビに出るとか
不自然でこの親子もなんちゃって一座の団員でスーチー型やダライラマ型という感じがする

重信房子ってのは、戦前の大物≪右翼≫の娘だよ。
父親(重信末夫)は鹿児島県出身であり、戦前の右翼の血盟団のメンバーであり、四元義隆とは同郷の同志である。


要するに≪反体制がかっこいい≫というレベルの遺伝子の持ち主。
思想・信条は関係ない。


重信末夫は、四元義隆を通じて佐々弘雄と友人関係にあった。
つまり重信房子は佐々淳行と昔から知り合いだった。

連合赤軍のテロ事件は、警視庁や日本政府と組んだ茶番だった。
オメ-ラのやり方は、昔からキッタネーなぁ...?

ハマスは、パレスチナをイスラエルが攻撃する口実作りの為に、被害が最小限のテロを行っている。

ハマスは実はモサドが作り、支援している似非テロ組織。
その実体は日本の連合赤軍にそっくり。


 あの安保闘争では、デモを指導していた全学連の上層部が、右翼の田中清玄やCIAから資金援助を受けていた。そして、彼らは後に米国に留学し、中曽根康弘の手先として自民党の御用学者となった(西部邁、香山健一、佐藤誠三郎など)。安保闘争はデモを指導していた学生がCIAに取り込まれ、ガス抜きに利用された(当時の岸信介首相は、CIA工作員)。

 学生運動や極左運動では、凄惨なリンチやテロが相次いだ。だが当時の極左指導者も、裏では公安とツーカーだった。よど号事件では、犯人が北朝鮮(旧日本軍の残地諜者が建国した国)に亡命し、人質の一人が日野原重明(笹川人脈)だった(聖路加国際病院は戦時中は空襲に遭わなかったし、地下鉄サリン事件では被害者の搬送先となった)。

重信房子は、父・重信末夫が右翼の大物で、四本義隆や佐々弘雄(佐々淳行の父)とつながりがあった。当時、数々の極左テロ事件の鎮圧を指導したのが佐々淳行と後藤田正晴だ(佐々と後藤田は、後に中曽根首相の側近となった)。冷戦期のグラディオ作戦の日本版が、日本の極左テロ事件だ(西欧で起きた数々の極左テロは、実は民衆の世論を反共へ誘導するためNATOが仕組んだもの、というのがグラディオ作戦)。

 オウム事件では、オウムは裏で統一教会や北朝鮮と関わりがあったが、当然、CIAの関与もあったはずだ(オウムが撒いたとされるサリンは、米軍製のサリンとなぜか成分が同じだ)。麻原は拘置所で薬漬けにされ、口封じされた。

 安保闘争も、学生運動や極左テロも、オウム事件も、裏では支配層が巧妙に運動や組織をコントロールしていた。そして、これらの政治的事件の顛末は、日本人に「政治には無関心でいるのが無難」という意識を植えつける、悪影響をもたらした(それが、属国日本の支配層=米国の手先の狙いだったのだから)。

http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/860.html#c50

[近代史3] 哲学者だった西尾幹二は何時から頭がおかしくなったのか? 中川隆
2. 中川隆[-8622] koaQ7Jey 2019年8月28日 14:54:24 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4130]

西尾幹二のインターネット日録
https://ssl.nishiokanji.jp/blog/
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/589.html#c2
[近代史3] 哲学者だった西尾幹二は何時から頭がおかしくなったのか? 中川隆
3. 中川隆[-8621] koaQ7Jey 2019年8月28日 14:57:58 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4131]

“歴史の偽造屋”西尾幹二の妄言狂史(T)a
2014年02月07日 | 歴史資料
https://blog.goo.ne.jp/maryrose3/e/2ce5edfd159288d8f2931eb1d7423c4f

中川八洋掲示板 @中川八洋
http://yatsuhironakagawa.blog.fc2.com/blog-entry-6.html

のサイトに中川八洋氏の論考が投稿されていました。西尾幹二氏に対する批判ですが、現在の保守論壇で西尾幹二氏の果たされている大きな功績はもちろん否定されるものではありません。が、しかし、この中川八洋氏の批判も全く無意味であるとはいえません。西尾幹二氏といえども、もちろん完全無欠ではないからです。とくに西尾幹二氏の最近の論考に戦前の「国家社会主義」の評価に弱点がないか、検討の余地があるとも考えられるからです。いずれにしても、西尾幹二氏や中川八洋氏らの優れた論考を、個人的な参考資料として引用させていただくものです。著作権上に問題があれば削除いたします。

“歴史の偽造屋”西尾幹二の妄言狂史(T)   
――「東京裁判史観」より百万倍有害な「西尾史観」

筑波大学名誉教授 中 川 八 洋
 
西 尾幹二氏(以下、敬称略)と言えば、「新しい教科書をつくる会」の会長として、その勇名をとどろかせた老耄評論家である。しかし西尾幹二とは、高校生の時 に生涯の職業として小説家を目指そうとしたように、肩書きだけは「学者」になったが、本人の告白どおり、「世間に目立つことが第一」の売文業者として、そ の生涯を終えようとしている。
 中学生用の西尾版『新しい歴史教科書』(扶桑社刊)を、二〇〇一年、西尾幹二から贈呈されて一読した時、その余りのひどさ、つまり洪水のような歴史事実の歪曲と改竄、そして共産党と変らぬ極左一色の立ち位置に、思わず絶句した。
この西尾版『新しい歴史教科書』は、西尾幹二が“歴史音痴”であるのを広く世間に知らしめるものとなった。西尾幹二とは、ニーチェ哲学が全く理解できないように、典型的な“哲学音痴”だから、歴史と併せると“ダブル音痴”ということになる。
歴史と哲学の知見がかくもハチャメチャだから、「知識人」の範疇に入れることはできない。客観的な評価において、「売文業者」に分類するしかない。
本 稿では、西尾幹二の“歴史音痴”を論う積もりはまったく無い。「西尾幹二の歴史関連の大量の雑文が、一言で表現すれば<西尾史観>が、日本国にとっていか に害毒はなはだしいか」を剔抉して、読者・国民の前に提示したいだけである。西尾の歴史にかかわる記述には、歴史破壊の衝動に生きたニーチェと同様に、日 本人から歴史を剥奪する“歴史の脱構築”が基底に潜んでいる。“紛い物のポスト・モダン”であり、「反人間」「反国家」が、無意識だろうが、西尾史観の核 を形成している。
歴史とは、民族の魂を世代を超えて紡いでいくものである。これなくしては、人間は文明の人間ではありえず、その人格に高貴な倫理 道徳は形成されえない。だが、西尾幹二は、この歴史の本義を根底から破壊して、日本国を腐蝕的に溶解・亡国させようとの強い潜在意識が、その走るような速 筆のエネルギー源となっているようである。

第一節 スターリンの世界共産化を擁護する、西尾流詭弁
                ――西尾幹二の“狂妄”大東亜戦争論T 

西尾幹二と同じく、(人間の動物化・野蛮化につながる)歴史を人間から剥奪することに全力をあげたのは、誰でもが知っているように、まずは「ルソー→マルク ス/エンゲルス→レーニン→スターリン」の系譜上の哲人群。このほかでは、フランスのポスト・モダン思想系のフーコー/デリダ/ドウルーズらの系譜が重要 だろう。
後者のポスト・モダン系の現代思想家(哲学者)に決定的な影響を与えた一人が、(ルソーやハイデッカーとともに)ニーチェである。ニー チェの『善悪の彼岸(=道徳を廃滅する)』や『道徳の系譜』を読むと、人間をボルトナットか何かの金属にでも改造したいのか、「反人間」「反文明」のニー チェの狂気の情念が迸っていて戦慄する。これと同種の怖さを(中学校用)『新しい歴史教科書』と、その主著者である西尾幹二に感じたのは私だけではあるま い。
現に西尾幹二は、ニーチェと同じく、倫理道徳を憎悪する。日本民族から歴史を剥奪したい西尾は、さらに日本人の人格から倫理道徳も剥奪したいと、彼の極限の異常へと繋がっていく。

スターリンの世界征服・共産化戦略を擁護する西尾幹二 

ほんの少しだが、具体的な例を挙げる。西尾の『新しい歴史教科書』の二八六頁に、次のようなデッチアゲ、つまり“偽造の嘘歴史”が記述されている。

「ルーズヴェルトは、ドイツとの戦争が終わってから三ヶ月以内に、ソ連が対日参戦することをスターリンに求めた」
「このような対日戦争の擬制の一部をソ連に負担させる代償として、ルーズヴェルトは、太平洋憲章の領土不拡大方針に違反して、ソ連に日本領の南樺太と千島列島を与え、」(注1)。

(ス ターリンとルーズヴェルトの私的な合意書である)ヤルタ秘密協定(注2)のことを指しているようだが、日本と満洲の「戦争後」にかかわるヤルタ秘密協定に ついては、一九四五年二月四〜十一日の「ヤルタ会談」八日間のうち、二月八日に行なわれ、わずか三十分間で済んだ(午後三時半〜四時)。通訳の時間を除け ば、実質的には数分間であった。
つまり、クリミア半島の保養地ヤルタでの米英ソ三巨頭会談は、その一週間のほとんどを、ヤルタ協定(注3)として 発表される、ポーランドなど東ヨーロッパ問題に費やした。実は、ヤルタ秘密協定の内容は、すでに一九四四年十二月十四日、(対日参戦の代償という名目で) スターリンがハリマン米国大使とのモスクワでの協議で、ルーズヴェルトに公式に要求していた(注4)。ヤルタでは、ルーズヴェルトが、このスターリンの要 求(十二月十四日)に「了解する」の旨を発言しただけと解するのが事実に即している。
しかも、ヤルタ秘密協定の内容は、「(ソ連の植民地になって いた)モンゴルは現状維持」の一項目を除き、実は、すべてテヘラン会談(一九四三年十一月)で、スターリンからルーズベルトに提案されていた。それ以前に 米国がソ連に対日参戦を求めていたのは事実だが、その時期を米国の方が「ドイツ降伏後三ヶ月以内」としたり、米国の方が「南樺太やクリル諸島の割譲」を提 案したなどは、余りにひどい創り話である。それらはすべて、スターリンの口から発せられた。いわんや、この捏造内容を前提としての「米国は太平洋憲章に違 反」に至っては、悪質な米国誹謗のための創り話。まるで共産党が書いたもののようである。
日本の領土を不当かつ不法に奪取したヤルタ秘密協定の罪 のすべてが、“悪のソ連(ロシア)とスターリン”にあるのは、疑問の余地なき事実である。スターリンが、このような要求を(脳腫瘍で歩くこともままならず 痴呆症状すら見せる)ルーズベルトに突きつけなければ、南樺太もクリル諸島も日本領土であり続けており、日本が非難すべき対象はスターリンとソ連のみなの は自明すぎる。
また、ヤルタ密約の主犯がソ連・スターリンである事実を転倒してまで擁護する西尾幹二は、日ソ中立条約を侵犯して、満洲や朝鮮北部 そして南樺太から国後・択捉島にまで侵略してきたソ連を非難することが決してない。マルクス・レーニン主義者でない西尾幹二の、この異様なスターリン擁護 /ソ連一辺倒の思考は、どこから形成されたのか。分裂症的思考の問題はいったん脇におき、もう少し西尾幹二の頭の中を覗き込むことにしよう。

ロシアの樺太侵略を正当化する、“ロシアの犬”西尾幹二 

西 尾幹二は、共産党や土居たか子/福島瑞穂の社会党と同じで、心底に、日本を“ロシアの属国”にしたい熱情を強度に秘めている。そうでなければ、次のような 荒唐無稽な嘘歴史/創り話をデッチアゲルことなどしない。なぜなら、この捏造歴史は、ロシアの樺太侵略を何としてでも無実で無関係な英米に転嫁して、侵略 国ロシアの犯罪を隠蔽し無罪放免しようとの意図なしにはできないからだ。『新しい歴史教科書』で、西尾は、こう嘘記述した。

「アメリカやイギリスは、もし日本がロシアと戦争すれば、樺太はおろか北海道まで奪われるだろうと明治政府に警告してきた。…明治新政府はロシアとの衝突を避けるため、一八七五年、ロシアと樺太・千島交換条約を結んだ」(注1)。

このようなデタラメ歴史は、目を疑う。(基本的にはクリミヤ戦争以来、直接的には一八六一年から、一九〇五年の日露戦争の日本勝利までの)十九世紀後半の英国は、アフガニスタンやチベット防衛と同様、“日本国をロシアから防衛すること”が至上の国策だった。
だから、一八六一年に対馬がロシアに占領された時、英国は支那艦隊(のち東洋艦隊/極東艦隊と名称変更)の軍艦を出動させ、無償でその奪還をしてくれた。
香 港を母港とする英国の支那艦隊。それは、日本にとっての“救国艦隊”で、真正の「第二の神風」だった(注5)。ロシアがウラジヲストック(露語発音は「ウ ラジヴォストーク」で、「日本征服」という意味、注6)を太平洋進出の軍港としたのは、一八六〇年十一月に北京条約で沿海州を獲得したのと同時だった。翌 六一年三月、ロシアは直ちに南下策を決行。対馬(芋崎浦)に侵攻し(上陸し)、この地の割譲を要求した。
一九六二年六月、英国公使オールコックは支那艦隊司令官・ホープ提督に諮り、ホープは軍艦二隻(エンカウンター号とリングダブ号)を対馬に派遣し、ロシア軍艦ポサドニック号の対馬退去強制に成功した(同年九月)。
また、日露戦争にあたり、英国は、日本の戦費の工面に全面協力し、日本が新造軍艦を入手できるよう智慧と情報と援護を無償で提供し(注7)、さらにはバルチック艦隊の戦場(東シナ海&日本海)到達を遅らせるべくスウェーズ運河の利用を拒絶した。
日英同盟なくして、日本の対露勝利はなかった。
こ のような英国が、「ロシアに与して、日本に樺太放棄」など万が一にも進言するはずもなかろう。ただ、英国公使パークスが、樺太や北海道の対露防衛に対する 日本の熱意の低さに唖然として、歯がゆさ故に、一八六九年、「せめて北海道の防衛に日本の国力を集中せよ」と助言したことは事実である(注8)。つまり、 パークスの真意は、“樺太も北海道も全力挙げて守れ”というものだった。
“日本一の国賊”川路聖謨が、日本の固有の領土である樺太をロシアの言いなりに下田条約を締結したばかりに、樺太はロシアに半分貢納された。「日露雑居の地」、すなわち「日露共同主権の地」とすることに川路が合意したからである。
下田条約締結の一八五五年二月時点、樺太の居住者は、アイヌ原住民を除けば、“日本人四千名、ロシア人ゼロ名”であった。ロシア人の初の入植は一八五七年の、下田条約の二年後で、しかも、たったの一家族六名だった。
勘定奉行で次席全権(形式上、実際上は首席全権)の川路聖謨は、プチャーチンとの下田交渉で、樺太の実態も情況などもいっさい調べない、(勝海舟や小栗上野介などの本物の大秀才とは異次元の)“学校秀才型の無能な馬鹿”だった。
で きたてホヤホヤの明治新政府が、間宮林蔵や最上徳内などの働きに代表される十九世紀前半の江戸幕府並みに、樺太防衛を再び真剣に考え出すのは、パークス助 言の翌年一八七〇年からである。だが、ロシアは、国内の政治体制づくりで多忙な新政府の弱みにつけこんで樺太を日本に放棄させるべく、囚人や軍隊を投入し て、樺太居住の日本人へのレイプ/掠奪/放火などの暴虐を計画的に繰り返した。新政府の基盤が確立するまで十年ほどはそのままほっとけばよいものを、日本 側は、次第に、樺太を南北で日露二分割できまいかと思案するに至る。“外交音痴”黒田清隆らであった。
日本が米国と接触したのは、この樺太を南北 二分割する外交仲裁を依頼するためだった。だが、米国公使デロングは、樺太について、川路聖謨と同じくチンプンカンプン。そればかりか、太平洋に海軍力も ない(英国のような大国ではない、新興の)まだ準中級国家の米国に、日露仲介力など存在しないのは初めからわかっていたはずだ。
デロングは、意味 不明な回答をして、この仲裁を断った。パナマ運河の開通は一九一四年、米国が初めて太平洋に海軍基地をハワイ(パール・ハーバー)に造ったのが一九一九 年。それより五十年も昔の一八七〇年とはアメリカが、マゼラン海峡の向こう側の国で“非太平洋国家”だった時代。南北戦争が一八六五年に終わったばかり で、国内の再統一がアメリカ政治のすべてであった時代。そんなアメリカに日露仲介を依頼した、その自体、明治新政府の国際感覚が幼児並みの論外だったこと になる。

ところが、西尾幹二は、小説家クズレの面目躍如と、「日本がロシアと戦争すれば…」の嘘話を創作する。日ロ間の外交交渉で樺太を主権分割することが、どうして樺太争奪をめぐる日ロ間の戦争なのか。
歴 史事実をすべて無視してかかる虚言癖が強く、その上デッチアゲを常習とする“歴史の偽造家”西尾幹二は、『偶像の黄昏(=死滅する真理)』のニーチェと同 じく、真実への憎悪が強度である。真実のない世界を夢遊的に彷徨している西尾幹二は、歴史という学問分野には最も不適合な人物である。
上記の教科書記述は、次に続く。

「樺太在住の日本人とロシア人の間では、紛争がたびたびおこった」(注1)。

  ロシアが背後に軍隊を配置した「ロシア暴民による計画的な日本人襲撃」が、どうして「紛争」なのか。西尾は、殺人をした加害者の犯罪行為とそれに抵抗しな がら殺された被害者のこの抵抗を同列・同等なものに扱う。善悪の区別を破壊し、正義・不正義の区別を破壊する狂人ニーチェと同じである。だから西尾は、糾 弾され加罰されるべき加害者(ロシア人)と同情されるべき被害者(日本人)とを差別ができず、それをルソー的な「平等」に扱い、その闘いを「紛争」だと歪 曲する。狂人的に善悪を区別できない者の日本歴史は、必ず「反日」性が濃縮されている。

初期明治日本の迷走外交が屈した、ロシアの樺太侵略 

話が脱線するが、一八七五年の樺太・千島交換条約にいたる、日本国内の対露政策の大混乱の情況と主因とを少し触れて
おこう。樺太に渡航した日本人の最初は、松前藩の藩士、佐藤加茂左衛門と蠣崎蔵人で、一六三五年である。松前藩の樺太統治は、クシュンコタン(大泊)に陣屋を設けた一六七九年が最初である(注9)。
日 本人の(ロシアに対する)樺太防衛論は早く、工藤平助『赤蝦夷(=ロシア)風説考』(一七八三年刊)、林子平『三国通覧図説』(一七八五年刊)、林子平 『海国兵談』(一七九一年刊)、松前平角ほか『蝦夷唐太(=樺太)島之記』(1791年刊)などは、日本の中学生全員が知っておくべきである。日本人作成 の地図が書かれており、日本で樺太防衛意識が高まったかの時期がよくわかる。
もう一つ、日本国民すべてが未来永劫に知っておくべきは、間宮海峡を発見して(一八〇八年)樺太が島であるのを世界初に確定した間宮林蔵の功績や、樺太探検だけではなく樺太防衛で六百名の会津藩兵クシュンコタン駐兵監察になった
(一八〇八年)、最上徳内の功績も忘れてはなるまい。

さ て、話を川路聖謨が締結した(不平等どころではない)“反日の極み”下田条約によって、その後、ロシア兵が大挙して樺太に進駐するばかりか、同条約の 「(北半分がロシア、南半分が日本という)従来のしきたり遵守」条項に反して、次第に樺太南部に公然と出没し日本人を執拗に襲うようになった。さらには日 本側が被護的に統治していたから、従来どおりの生活と慣習堅持の自由が完全に保障されていたアイヌ原住民に対して、ロシア側は“ロシア人の奴隷”として扱 う暴力が日常となった。日本側に助けを求めるアイヌ原住民の事件数は、年々急増した。
これらロシア側の暴力に対して小競り合い対抗を、あと十年ほ どし続けていれば、「樺太の日本単独領有」で完全解決したものを、逆さにも、交渉すれば平和的な共存ができるとの日本国内の紛争解決の日本人感覚で、江戸 幕府は幕府倒壊前夜の一八六七年三月、二名の全権大使(小出大和守/石川駿河守)をもって、わざわざロシアの首都ペテルブルグまで派遣した。
その 結果、なんと逆にロシアに言いなりの、もっとひどい「樺太の潜在主権はロシア、ただし日本側が認めない場合は、日露の雑居の地」という暫定協定「樺太島仮 規則」に調印する破目になった(注10)。日本は“ロシアの属国です”を合意しに行ったも同然のアホバカ外交の典型。この江戸幕府の不要・不急の逆走外交 は、江戸城の明治新政府への明け渡しが一八六八年四月だったから、その一年前だった。

明治新政府は、日本の国益を破壊した「下田条約→樺 太島仮規則」の延長上に、実効支配を目指すロシアの樺太侵略に直面した。が、樺太・択捉・国後島の実態的な防衛参謀本部の任にあった会津藩が鶴ヶ城の落城 (維新政府への開城、一八六八年九月)とともに消滅した日本では、対露防衛・外交の専門家はゼロとなっていた。
しかも明治新政府は、樺太や国後・ 択捉・得撫島などに関心のない薩摩と長州が牛耳っていた。彼らは、コメ生産のための台湾攻略やトロツキー的な朝鮮への革命輸出などマイナーな問題や転倒外 交と、ロシア侵略に対する国土防衛としての樺太防衛という最重要な国防とを天秤にかける、国策の軽重がわからぬお粗末な連中がほとんどだった。
と りわけ、西郷隆盛は、征台論と征韓論を優先すべく、次元が異なる樺太防衛を「せずに放棄せよ」と、反日の暴論をぶつ狂気を一段と濃くしていた。一八七四年 五月の台湾征伐は、翌一八七五年の日本の樺太放棄とコインの裏表の関係にあるのは、いずれも西郷が推進したからだ。西郷の樺太放棄論は、韓国併合をした山 縣有朋とともに、日本の安全毀損では群を抜いて最凶である。
黒田清隆もまた、西郷隆盛と同罪だろう。薩摩藩出身で樺太に無知・無関心でありなが ら、黒田が開拓次官となったそのこと自体、明治新政府の人事の腐敗がかなりのものだったことを示している。黒田清隆は、早々と樺太放棄論の意見書を政府に 出した(一九七一年二月)。明治天皇への上奏文も提出した(一八七三年二月)。
ロシア駐箚公使の榎本武揚による樺太・千島交換条約の締結は、黒田 の樺太放棄論の延長のものであった。ロシアの罠に落ちた川路聖漠の下田条約が、その二十年後、一直線に樺太喪失へとつながっていったことになる。明治新政 府の中で、樺太死守論を主張し続けた“愛国者”丸山作楽(外務大丞)こそ、われわれ日本人が二十一世紀においても学ぶべき対露外交の鑑である。
明治新政府が、「下田条約」と「樺太島仮規則」を、江戸幕府が調印したものだからを理由に全面破棄してさえいれば、いや、それらをそのまましてただ「樺太は日本の固有の領土であるので、ロシアは一兵残らず撤退せよ」と宣言さえしていれば、すべてが解決していた。
なぜならロシアは、クリミヤ戦争の敗北を取り戻すべく、露土戦争(第二次クリミヤ戦争、一八七七〜八年)の準備に全ての国力を集中させており、(シベリア鉄道がまだないことからも当たり前すぎるが)樺太での紛争(日本人への暴虐な犯罪行為)を戦争にエスカレートする余裕など全くなかった。アラスカを米国に売却せざるを得なかったのも(一八六七年、七百二十万j)、露土戦争のために軍備調達・整備のためだった。
露土戦争の勃発と同時に、樺太からのロシア兵はことごとく消えた。この機を捉えて、(弱小国の米国ではなく、大国の)英仏と共同さえすれば、樺太の日本単独領有を定める新・日露条約なんか容易に締結できた。日英仏の対ロ「逆・三国干渉」である。
し かし、初期明治政府には、一九五六年の鳩山一郎・河野一郎の対ソ叩頭外交を肇とする戦後日本と酷似して、国際情勢やロシア情況を機敏に活用してダイナミッ クに国益擁護する、外交の根幹を堅持できる人材が、政府中枢には不在だった。陸奥宗光や小村寿太郎らは際立つ外交逸材だが、明治中期以降に登場した。
明治維新政府において薩長が要職を独占した弊害が、会津藩の消滅とともに樺太防衛参謀本部も消滅した事態と一緒になって、日本が樺太を喪失していく主因となった。

第二節 「個人の蔵書/図書館の蔵書は、没収してはいけない」が、どうして“焚書”になるのか 

『GHQ焚書』を七巻も出したことにおいて、狂妄の嘘で固める西尾幹二の歴史偽造の「業績」は、他の追随を許さない。歴史偽造では日本最大最凶の量を誇る共産党に対してすら、西尾幹二だけは例外的に優劣を争っている。
まず、本のタイトル『GHQ焚書』からして、極端にキワモノの歴史偽造がわかる。西尾幹二の歴史偽造癖は、確信犯の犯罪のレベルで、万引き犯や放火犯の常習者などに見られる精神医学上の病気と同じだと診てよい。
七年間占領行政を行ったGHQにかかわる歴史において、真実は、GHQは日本において“焚書”など全くしてない。“焚書”を断じてしなかったGHQを虚構「焚書犯」に仕立て上げて執拗な糾弾をするとは、冤罪をでっち上げようとの悪意の“犯意”なしにはできない。
事実や真実を憎悪する西尾幹二はまた、無実の他人や他国を中傷誹謗する病的な常習者であって、その中傷誹謗のレベルは、ならず者ですら足元に及ばない。

「焚書となる爆撃は絶対に禁止する」ーー米軍の東京空襲B29部隊への命令

個人蔵書や教育機関などの蔵書を人類の中でもっとも重視し尊重するアングロサクソンの書籍文化の系譜にある米国は、洋食が日常の食事の過半を占めてもなお日本人が箸でご飯を食べ続ける文化が強固であるように、書籍の焚書など決してできない。
だ から、大東亜戦争の戦争中、東京を焼け野原にするのだから必ず焚書に至るはずの東京空襲において、米軍は、神田の古本街や日比谷図書館など、本があるとい う理由で、それらのある地域を「B29の空襲(ナパーム弾による焼却)の対象から外せ、との爆撃命令」を出した。これは(風向きによっては爆撃しなくとも 延焼が起きるので)爆撃射手としては極めて難しい技術だが、全機・全パイロット全員が、この命令を忠実に履行した。だから、神田の古本屋街は無傷・無焼 だった。高度一万bからの爆撃能力も高いのにも驚くが、「本を焼くな!」のアングロサクソンの書籍文化/米国の書籍文化にも敬意の念をもって驚かざるを得 ない。
だから、GHQが叛乱防止を主眼としての“占領行政として図書没収”という占領検閲行政において、「個人蔵書は対象外」「教育機関・公共図書館の蔵書も対象外」とした。個人と図書館からは、一冊も図書没収をしなかった。占領期の日本人で、戦前・戦時中のいかなる図書であれ読みたくて読めなかった者は、七千万人の中、ゼロであった。

だが、生来の虚言癖がひどい上に、何らかの精神上の錯乱症状が顕著な西尾幹二は、市販本のみを対象としてGHQ(軍事諜報部参謀部民間検閲支隊)が“秘密裏の没収”を命じた、いわゆる「市販本に限る没収指定図書」について、「焚書だ!」「焚書だ!」と大騒ぎをする。「流通機構に乗せてはならない」「販売してはならない」「読みたいならば、日本人は図書館などから借りて読め」との命令が、どうして“焚書”なのか。
粗にして雑もここまで書けないレベルで、この(真赤な嘘ばかり以上に)歴史の巨大偽造を意図した、非学問の低級な嘘宣伝本七冊が、“日本人の恥さらし”西尾幹二著『GHQ焚書図書開封』である。

GHQの市販禁止通達は秘密――「市販禁止」など知らない国民は誰でも、学校の図書館で該当本を読んでいた 

GHQからこの「指定図書の没収」を担当させられた文部省は、一九四八年、「文部次官通達」を各県知事に出した。次のように書かれている。

 「没収は書店、発行所、印刷所等の販売および輸送経路上にあるものについて行なうのであって、個人や図書館のもの(蔵書)は除外されるのは今まで通り」(注1)。

つ まり、戦前・戦中に発行された本のうち数千冊が、この通達によって、“市中の書店での販売が禁止された”。が、もともと一九四五年八月の玉音放送を境に、 これらの本の多くは全く売れないので書店ではすでに販売していなかった。いや、都市や街が空襲のナパーム弾で焼けた以上、本屋の多くは他の商店や住宅とと もに焼けて存在していなかった。
だから、GHQの「市販禁止」で特段困った書店がそもそも存在しなかった。また、日本人は食うことと瓦礫の片付け や復興に忙しく、本を買ってまで読書する、そんな余裕はなかった。この市販禁止で不自由したものは、焼け残った倉庫に在庫を保管していた出版社を除いて、 実は日本中一人もいなかった。

GHQは何という無意味・無駄きわまる占領政策をしたものかと首を傾げざるを得ない。また、上記の「文部次 官通達」を知る国民など、各都道府県の警察幹部と業務命令を受けた県庁・市町村役場の職員から選ばれた「没収官」を除き、誰もいなかった。なぜなら、この 「市販本没収」そのものが、一般国民には知らせてはならない「秘密」に指定されていたからだ。
そもそも、戦前・戦中の八千冊ほどの本を読む/ チェックするものは、現代史を職業とする私のような大学人に限られている。おそらく、全国で、これらの「市販禁止図書」を次から次に読み漁る必要があった (私と同等・同様な研究者の)日本人は、戦後約七十年間を通じて、百名もいまい。
なお私は、これらのGHQ市販禁止図書の多く(ほとんどは荒読み で二千点近く)を読破・チェックした。これら二千点は、三つ四つの図書館と古本屋からすべてを手にすることができ、手にすることのできない本など一冊とし てなかった。日本中の現代史の研究者で不自由したものも一人もいない。
「焚書だ!」と叫ぶ西尾幹二自身、それが真赤な嘘で事実無根の妄想なのは、とくと自覚している。歴史の真実は守られなければならず、焚書でないのに「焚書だ!」との嘘を意識して流言した罪で、西尾幹二の方を焚刑に処す方を検討すべきある。
GHQ による秘密(非公然、covert)の“市販本に限る没収”措置によって、日本人が特定の知見を奪われたなどという事態は、万が一にも発生しなかった。福 島セシウムでだれ一人として発癌しない科学的真理と同じく、これらの本はすべて図書館にあるから、日本人の誰も不都合がなかった。これが現実だったし、歴 史の真実である。
だが、西尾幹二は、次のような、あからさまな嘘と創り話を吼える。

a「図書館でも没収が行なわれていた」「図書館からも消された」「公の場から突如いっせいに消えた」
b「たまに見つかっても、この本は読んではいけない禁書だとお達しによって、厭戦感情と食糧難にあえぐ国民の心に縛りがかけられてしまった」(注2、五四頁)。

aが嘘なのは、図書館の蔵書は容認だから、言わずとも明白。bが創り話なのも、「この本は読んでいけないお達し」そのものを国民全員がいっさい知らないのだから、言わずとも明白。“狂気の売文業者”西尾幹二の狂史は、妄言・暴言の何物でもない。
「市販してはいけない」は、「読んでもよいが売ってはいけない」の意味であるように、「読んではいけないお達し」など、GHQ七年史に存在しない。西尾の創り話は、狂犬の襲われた時の戦慄ほどに怖い。

図書館の没収はゼローー西尾が在籍した東京大学総合図書館は、その好例 

aについて西尾がどんなハチャメチャな大嘘をつくか、西尾幹二が通学していた東京大学を例にとって証明しておこう。
彼 が在学した時期の図書目録をつぶさに調査すると、東京大学総合図書館において、西尾幹二が「焚書!」と叫ぶ本で、廃棄されたり処分されたりした本は一冊も ない。当時の東大の学長も図書館長も、「市販禁止本の没収」というGHQ指令それ自体をおよそ知らなかったし、知ればそれは「図書館の蔵書はいっさい従来 のままでよし」だから、それらを廃棄や書棚から外したりをするわけがない。
だが、事実や真実を憎悪し破壊し尽したい、この世はオレ様の嘘だけが存在すればよいのだの狂気に生きる西尾幹二の創り話は、さらに荒唐無稽な妄想へと膨らむ。こうだ。

「東京大学の総合図書館や文学部の図書館は、一九四五年以来、瓦礫に埋まっていた。が、エジプトの王家のミイラの発掘と同じく、ついに二〇〇五年、オレ様によって<発掘された>」(五五頁をわかり易く再記述)、と。

(僕 が人類で初めて月を発見したよと叫ぶ)「月の発見」と同じ、三歳の童子のはしゃぎである。いや、上記の妄想が三歳の童子の言なら、確かにはしゃぎや興奮だ からでことは済む。だが “民族系の知識人”を自認する七十歳を越えた老耄評論家の言説を、はしゃぎとみなすことはできない。狂人による狂気の創り話だと冷静に正しく判定を下す必 要がある。
そもそも、西尾幹二とは、“学術的な本をいっさい読まない/史料をいっさい研究しない”ナラズモノ評論家。学者などとはほど遠い野卑な人種。西尾のような跳びぬけて愚劣・低級な売文業者がどう形成されたかは、かなり永年の疑問だった。
が、東大文学部在学中に、GHQ指定の市販禁止本が東大の図書館に所狭しと並んでいるのを知らない、西尾が典型的な超劣等生であることがかくも鮮やかに照明されて、なんとはなく氷解した。
二〇〇五年の『正論』誌上で西尾が、「オレ様が、二〇〇五年に発掘した」と豪語して列挙した十五冊のうち、次の十二冊は、西尾が在学中の一九五四〜六一年でも、それ以降の現在にいたるまで、東大総合図書館に書棚に陳列してあった。

・大東亜戦争調査会『米英挑戦の真相』、毎日新聞社、一九四三年。
・岩田省二『アメリカの反撃と戦略』、三協社、一九四二年。
・大川周明『米英東亜侵略史』、第一書房、一九四二年。
・大東亜戦争調査会『米英の東亜撹乱』、毎日新聞社、一九四三年。
・B・クラーク『真珠湾』、鱒書房、一九四三年。
・加藤長雄『印度民族運動史』、東亜研究所、一九四二年。
・櫻井匡『大東亜回教発展史』、三省堂、一九四三年。
・楊井克巳『蒙古資源経済論』、三笠書房、一九四一年。
・清澤洌『第二時欧洲大戦の研究』、東洋経済出版、一九四〇年。
・朝日時局読本『戦時体制下のソ連』、朝日新聞社、一九三七年。
・ペエツ『対英封鎖論』、中央公論社、一九四一年。
・白柳秀湖『日本民族論』、千倉書房、一九三四年。

東大総合図書館になかったのは、次の三冊のみだが、他の図書館に存在していた。

・神田孝一『思想戦と宣伝』、橘書房、一九三七年。国会図書館にもあった。
・一宮房治郎『大東亜海戦論』、昭和刊行会、一九四三年。国会図書館にもあった。
・棟田博『分隊長の手記』、新小説社、一九三九年。国会図書館に、『続・分隊長の手記』(一九四〇年)『続々・分隊長の手記』(一九四二年)とともにあった。
 
西尾幹二が七年間在籍した東大の図書館でこれらを一冊も手にしなかった事実は、次の西尾の述懐が、心にもない真っ赤な嘘なのを暴露する。

「戦時中の数千点の本がそのまま流通に乗っていたら、やっと開かれた本屋の店頭でわれわれはやはりそれを買って読んだだろう」(五四頁)。

超 劣等生だった西尾は、七年間も東大キャンパスをブラブラしていながら、図書館に行かず、行ってもこれらの本を一冊も読まなかった。とすれば、仮に市販され ていても、西尾幹二がそれをわざわざ買ってまで読むことなど万が一にもありえまい。それなのに、「それを買って読んだはずだ」とは、うすら寒い虚言も度が すぎている。

戦時中からの図書館蔵書本は、「西尾幹二が、二〇〇五年に発掘した」???

歴 史破壊の衝動に生きる西尾幹二は、歴史に関心がない。一九九七年の「新しい歴史教科書をつくる会」の立ち上げの時、本人が私(中川八洋)に明瞭な言葉で傲 然と語ったことだが、「教科書の偏向是正が目的ではない。自分の定年後の評論活動の新しいテーマとして選んだ。僕は何かをいつも書いていないと落ち着かな い」であった。
西尾はまた、二〇〇〇年、私にこう語った。「(自分が作った教科書について)採択など僕はまったく関心はないよ!」と。西尾がつ くった扶桑社版教科書が、五万冊ではなく、たった五二一冊(〇・〇三九%、二〇〇一年九月文部省発表)しか採択されなかった。教科書づくりにおける大敗 北、しかし西尾はしらっとして落ち込まなかった。採択などどうでもいいという、西尾の真意・深層意向とは矛盾していなかったからだ。
それはともか く、まったく「焚書」されなかったが故に、戦後日本に捨てるほどの数で今に至るも手にすることのできる書籍群を、「オレが発見した」「オレ様が発掘者だ」 と狂言する西尾幹二の「俄か考古学者」ぶりには、ほとほと絶句する。次の大言壮語の虚偽宣言には、絶句どころか、誰でも嘔吐を催すだろう。

「今回はじめて世に問う七千七百余点の焚書ほど、<閉ざされた言語空間>をはずした外の広さと底深さをありありと示すものはない」(五八頁)。

私 事だが、私が大東亜戦争に本格的に関心をもったのは一九六五年(大学三年生、二十歳)。それ以来、読み慣れてきた数千点の書籍群が、西尾幹二によって「二 〇〇五年、初めて世に問う」書籍だと言われると、私はなんと形容すればよいのか。一九六五年から二〇〇五年までの四十年間に私が手にした約二千冊の 「GHQの市販禁止本」は、幽霊や蜃気楼だと、西尾は主張しているからである。
「オレ様が灰の中から発掘した数千冊の本を初めて世に問う」など、 狂人・西尾幹二の狂言だから、我慢して目を瞑り無視ればよいのだろうか。いや、それでは虚偽歴史が後世に伝染するから、「西尾幹二とは発狂状態の狂言癖者 であって、とてつもなく有害な歴史の偽造に邁進している」との恐ろしい事実を、世間に正しく警告しておくのが、知識人としての私の果たすべき義務であるよ うにも思う。

「GHQが日本人を戦前・戦中の<閉ざされた言語空間>から解放した」
――これが、正しい歴史の真実ではないのか

一 九三二年の五・一五事件以降、日本人の頭は、『朝日新聞』や『改造』『中央公論』その他無数の赤い出版物による洗脳によって「閉ざされた言語空間」(一九 六〇年まで党籍をもつ日本共産党員・江藤淳の「反米」運動スローガン)に監禁されていた。日本人が、それから解放されたのは、一九四五年夏のポツダム宣言 受諾とその後七年間のGHQの占領行政によってであった。これが、歴史の真実で歴史事実であろう。
それなのに西尾は、この歴史事実を逆立ちさせ る。西尾は、マルクス・レーニン主義とスターリン崇拝の「閉ざされた言語空間」に日本人を閉じ込めていた一九三二〜四五年の極左思想全盛時代を「正常」だ と考えている。だから、そこから解放されない方が、「外界の世界の広さと底深さを知ることになる」と、“刑務所に収監されている方が、自由の謳歌である” との、ニーチェ的狂気の倒転した言説を嘯ける。
GHQが市販禁止処分に附した七千七百余点の書籍は、すべてではないが、その多くは、日本の国益を 害する“悪魔の書籍”群である。日本人を外の世界と隔絶させて視野狭窄的にマルクス・レーニン主義に洗脳し、スターリンを崇拝させ、東アジア全体を共産化 して、日本国を領土と国民とともにソ連に貢がんとする、怖ろしい“悪の反日カルト宗教”の教宣本。
惜しむらくは、GHQが、このようなスタンスに 立って、「市販禁止命令」を出さなかったことだ。GHQの「市販禁止本の没収」の目的は、占領行政への何らかの暴力を伴う叛乱防止のためだったが、そのよ うな懸念は一九四八年にはすでに必要がなかった。とりわけ西尾幹二によって、かくも怖ろしい歴史偽造に悪用されるのだから、GHQは、杞憂に過ぎない「市 販禁止本の没収」などすべきでなかった。
GHQの目的がかくもお門違いだったことが、戦後日本で、逆に「市販禁止本」をイデオロギー的に継承する岩波書店ほか無数の極左出版社による洪水のような大量の共産主義系の書籍が出版されるのを放任する状況をつくった。すでに三世代を経た今も日本人が「市販禁止没収本の呪縛」 から洗浄されず、二十一世紀に入ってなお国防を忘れ、日本国の未来への永続と繁栄への努力を弊履のごとく捨て、亡国への道である放蕩的な堕落を享楽し続け ているのは、「市販禁止本」とされた悪書の赤化思想を継承した、その二代目三代目の“悪魔の書籍”群の成果ではないか。
この意味で、GHQが去っ た後、直ちに日本国としては、これら「市販禁止本」の約半分ぐらいは異論なく該当するが、「市販禁止本」の対象とならなかったほぼ同数の「反日」極左本を 新たに追加して、それらの著者と出版社を「国家反逆罪」に類する法律で処罰する法令を立法して断罪しておくべきだった。

•2014-01-31

続く

※ 出典

中川八洋掲示板  @中川八洋

http://yatsuhironakagawa.blog.fc2.com/blog-entry-6.html


https://blog.goo.ne.jp/maryrose3/e/2ce5edfd159288d8f2931eb1d7423c4f
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/589.html#c3

[近代史3] 哲学者だった西尾幹二は何時から頭がおかしくなったのか? 中川隆
4. 中川隆[-8620] koaQ7Jey 2019年8月28日 14:59:37 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4132]

“歴史の偽造屋”西尾幹二の妄言狂史(T)b
2014年02月07日
https://blog.goo.ne.jp/maryrose3/e/35d349bcd305e3566635322f5da4294d


第三節 民族系論客はなぜ、スターリン史観の狂信者なのか
――西尾幹二の“狂妄”大東亜戦争論U

二 〇〇五年の『正論』誌発表のエセーにもとづき、その三年後から西尾が出版したのが、シリーズ本『GHQ焚書図書開封』である。『GHQ焚書図書開封』と は、かいつまんで言えば、二十一世紀の日本人にマルクス・レーニン主義への回帰を説き、時代錯誤の「社会主義万歳!」「共産主義万歳!」「東アジア全体を 共産化しよう!」に傾倒する極左イデオロギーの復活への雄たけびである。
西尾幹二は、日本を今でも骨の髄まで汚染しているマルクス・レーニン主義が、まったく理解できない。むろん、それらの本を、識別・判別するのができない。西尾幹二の知性レベルは、自動車と飛行機の識別ができず、「動くもの」として一緒にする野蛮人並みである。
だ から西尾幹二は、GHQが「市販を禁止し市場から没収させた本」の多くが、教条的なマルクス・レーニン主義の書籍群なのが、とんと理解できない。マルク ス・レーニン主義が瞬時に識別できない“哲学超音痴”の西尾は、それなのに感性でマルクス・レーニン主義に傾倒する。小学校の時に共産主義にかぶれた赤い 教師に洗脳されたのだろうか。

反学問・反歴史の“世紀の有害図書”『GHQ焚書図書開封』をどう焚書するか

それはともあれ、西尾幹二の『GHQ焚書図書開封』は、“世紀の歴史捏造書”。なぜなら、次のような真赤な嘘を絶対前提に論を立てているからである。
 
「(大東亜戦争の)戦意形成の背後を知るに値する昭和史の文書類は根こそぎアメリカに運び込まれたままになっているのが事実のようです」
「<焚書>されて本がなくなってしまったために、戦後を『自分でなくて』生きている事実にすら気がつかなくなっている」(注1、三八頁、四三頁)。

いかなる本も、数千部が印刷される。そのうち、「市販禁止本」に限り、おそらく五冊づつほどが米国に送付されたようだから、九十九%は日本国内にそのままある。それがどうして「根こそぎアメリカに運び込まれた」となるのか。嘘としても限度を超えていよう。

ま た、日本人の人格を形成する書籍は、万葉集や平安文学や江戸文学あるいは過去千五百年間に出版された無数の古典的な歴史関連書である。一九二八〜四五年間 のわずか十七年間の出版物を読まずとも、日本人の人格形成にはなんら問題はない。しかも、この十七年間ぶんの本は、読もうと思えば、複数の図書館を利用す れば、一冊残らずすべてが読める。それがどうして、「焚書されて本がなくなってしまった」になるのか。事実を愚弄する真赤な嘘話も、ここまでの嘘は聞いた ことがない。
さて、西尾幹二の七冊にもなる『GHQ焚書図書開封』シリーズは、大東亜戦争とその前夜の歴史をあらん限りに歪曲し恣意的に改竄するのが目的。だが、こんな荒唐無稽な嘘の大掛かりな舞台までつくってまで、なぜ歴史の捏造をする必要があるのだろうか。
答 えの一つとして、人格が分裂的に浮遊する西尾幹二が、七十歳になった二〇〇五年を契機に、自分を大東亜戦争とその前夜の「ゼロ歳から小学校児童」であった 時代に仮構的に回帰し、対英米戦争をパソコン・ゲーム(蜃気楼)で楽しむ妄想に耽ることにした、と考えれば、西尾の真黒い思考の深層とその著の真相を抉る ことができるのではないか。
つまり、大東亜戦争そのものを歴史学的・学問的に考察するのではなく、「読者よ!二〇〇五〜一三年の今も、日本は七十 年前の大東亜戦争をやっているのだ。帝国陸軍・帝国海軍の対英米戦争を、もっと大声でフレー/フレーと応援したらどうだ!」と檄を飛ばしている狂書、それ が“世紀の有害図書”『GHQ焚書図書開封』である。
紙幅が足りなくなったので、『GHQ焚書図書開封』全七巻の具体的な解剖は、次回に省察する。ここでは、これらがなぜ、『GHQ焚書図書開封』が、反学問で反歴史の有害図書なのかを、少し説明しておきたい。

大衆への教宣本を分別せず読む西尾型の雑想では、歴史は全くの暗闇のまま

大東亜戦争の真相に迫るには、陸海軍を含めた時の政府の意志決定を詳査して正確に再現する作業をすることであり、当然、最低限、内閣/外務省/陸軍省/海軍省の部内資料を渉猟するほかない。だが、驚くことに、西尾幹二は、これら政府部内資料の引用が全くのゼロ。
つまり、西尾は、大東亜戦争を意志決定していった政府の、その史料を一点として読んでいない。西尾幹二とは、歴史に関して“超ズブの素人”であるだけでなく、自分なりに歴史を明らかにしようとする最小限の意思もない。
次 に、渉猟すべきは、これらの政府の意志決定に少なからず影響を与えた、当時の三大メディア媒体の『朝日新聞』『中央公論』『改造』は、一九三二年以降、手 抜きすることなく読破され研究しつくされねばならない。大東亜戦争を決定し推進した、当時の日本の政治家・官僚・軍人は、これら三大紙・誌を欠かさず読ん でいた。
だが、『GHQ焚書図書開封』がとりあげている、一般庶民を洗脳・煽動するための大衆駄本などは、日本国の戦争決定を左右するものではな い。それらは、国益に反する「反日」戦争だった大東亜戦争の政府・軍部の決定に対して、良識ある国民が批判や非難をする思考を麻痺させるプロパガンダ本が 過半である。
つまり西尾幹二は、政府の戦争決定の影響を与えた書籍と戦争遂行への批判封じ込めの洗脳書籍との峻別作業をいっさいしない。そのような学問的な発想が、学者ではない“売文業者”で大衆煽動家の西尾幹二には、欠けて存在しないからだ。
学 問は、方法論で、その成否が決まる。歴史学は、体系的・分類的な史料分析が生命である。私事を明かすのは趣味ではないが、大東亜戦争の考察・分析にあたっ て、徹底的に研究したのは、(対英米戦争を御前会議で最初に決定した総理)近衛文麿の側近であった尾崎秀実の検事・予審判事の尋問調書であった。これを踏 まえて、尾崎秀実の発表した雑誌論考をすべて読破して、この訊問調書との比較検討をおこなった。ついで、尾崎以外の近衛周辺のかなりの数の知識人(学者・ ジャーナリスト)の著作を雑誌論文はもとより(経済学を含めた)学術書にいたるまで、広く深く渉猟した。
これらの作業を通じて、当時の言語「東亜 秩序」とか「大東亜共栄圏」とかの正確な意味を把握した。言葉の意味は、時代、時代で大きく変遷する。だから、大東亜戦争前夜の一九三二〜四一年の時代を 理解するには、自分の頭を“一九三二〜四一年の日本人”に改造するしかない、と考えた。むろん、大衆の日本人ではなく、総理官邸のエリート政治家の頭への 転換、陸軍・海軍の中枢で政策を立案するエリート軍人の頭への転換である。後者のためには、『戦史叢書』全百巻を丸暗記しておくぐらいは最低条件である。
ところが『GHQ焚書図書開封』の西尾幹二ときたら、大東亜戦争の意志決定過程について何ら関心がない。当時の国際政治や国際情勢がどうあったかについても関心がない。日本を地獄へと導いた日ソ中立条約や日独伊三国同盟への批判はおろか言及そのものがない。
この事実は、ソ連(ロシア)やドイツが日本の国防や国益とどう関係していたかなど不在だったとする虚構が、西尾幹二の前提になっているのを示す。すなわち、西尾幹二は、初めから嘘歴史を捏造することを企図し、その手段として『GHQ焚書図書開封』を書いたのである。
つまり、『GHQ焚書図書開封』は、西尾が表向きにいう「一九二八〜四五年の、日本人の歴史再発見」のためではない。意識して「一九二八〜四五年の歴史を日本人から剥奪・抹殺するための偽情報・洗脳工作本」として、“ニーチェ的狂気の人”西尾はそれを書いた。
GHQの「市販本禁止」などより数千倍も数万倍も過激また濃密に、日本人を歴史の真実から隔離・監禁し、日本人から正しい歴史知見を剥奪するためである。西尾幹二著『GHQ焚書図書開封』は、日本人にとって最凶の危険本である。
 

第一節
1、西尾幹二責任編集『新しい歴史教科書』、扶桑社、二八六頁、二〇〇頁。
2、 ルーズヴェルトの署名には米国大統領という「肩書き」がない。また「米国政府を代表して」の語句もない。また、発表されず、秘密だった、副大統領トルーマ ンすら一九四五年四月下旬、ルーズベルトの死去に伴い大統領に昇格し、ルーズヴェルトの個人金庫を開け初めて知った。卒倒するほどの衝撃を受けたという。
3、ステチニアス/モロトフ/イーデンの米英ソの三外相が、その公的立場で署名した協定。調印後、公表。
4、藤村信『ヤルター戦後史の起点』、岩波書店、一八二〜四頁。
5、 支那艦隊の後継である英国の極東艦隊(東洋艦隊)は、一九七一年十月三十一日、母港のシンガポールを去り、その歴史に幕を閉じた。私(中川)は、このと き、日本政府がこの式典に特使を派遣しなかったこと、(東京か対馬かでの)英国極東艦隊への感謝と惜別の式典を日本政府が主催しなかったことに、英国への 非礼を怒るとともに、自国国防を忘失した日本の病のひどさに愕然とした。「日本は、滅ぶ」、と。
6、日露戦争の直前(一九〇二年)、これを意識し て対抗したわけのではないが、胃腸薬「(忠勇)征露丸」が発売され、当時もその後も、「これでやっとウラジヲストック(日本征服)とバランスした」と日本 人は喜んだ。一九四六年に敗戦で、この薬品メーカーは、「正露丸」に商標名を変更した。が、「正しいロシア」など存在しない。「正露丸」の商標はやめても らいたい。
7、アルゼンチンがイタリアに発注し完成したばかりの二隻の新鋭軍艦「日進」「春日」を日本に斡旋したのは英国だった。しかも、回航に あたってロシア海軍に撃沈されないよう、両艦とも艦長を英国海軍大佐にし、かつ英国海軍の一万四千dの当時世界トップの巨大な装甲巡洋艦をセイロン島のコ ロンボまで護衛した。事実上、英国海軍による日本への回航だった。また、ロシアがチリから購入しようとした軍艦二隻は、英国が急いで高額で落札して、ロシ アに売却されるのを寸前に防いだ。
  そればかりか、戦争遂行の財政力がない日本は、日露戦争の戦費の四割を英米二ヶ国での外債によってまかなったが、このとき英国国王はイギリスの資産家を国王晩餐会に招待しては、日本公債の購入を勧誘する営業マンに徹したのである。
8、『日本外交史』第三巻、鹿島研究所出版会、二四九〜五〇頁。
9、西鶴定嘉『樺太史の栞』、樺太庁「樺太叢書」第六巻、二四〜八頁。
10、秋月俊幸『日ロ関係とサハリン島』、筑摩書房、一七三〜八一頁。全国樺太連盟『樺太沿革・行政史』、一四二〜五六頁。 
第二節
1、文部省社会教育局『没収指定図書総目録』、今日の話題社、六頁。
2、西尾幹二「知られざるGHQの焚書と現代の焚書」『正論』、二〇〇五年九月号、引用頁は本文。
第三節
 1、西尾幹二『GHQ焚書図書開封1』、徳間書店、二〇〇八年、頁数は本文。
                                           (つづく)
正誤表

△ 民族の魂を世代を超えて紡いでいくものである
○ 民族の魂を、世代を超えて紡いでいくものである

△ さらに日本人の人格から倫理道徳も剥奪したいと、
○ さらに日本人の人格から倫理道徳も剥奪したいとの、

× 「このような対日戦争の擬制の一部をソ連に負担させる代償として
○ 「このような対日戦争の犠牲の一部をソ連に負担させる代償として

× 太平洋憲章の領土不拡大方針に違反して
○ 大西洋憲章の領土不拡大方針に違反して

△ ルーズベルト
○ ルーズヴェルト
注:他行の表記に統一した

× その時期を米国の方が「ドイツ降伏後三ヶ月以内」としたり、
△ その時期を米国の方が「ドイツ降伏後三ヶ月以内」とした、としたり、

× 米国の方が「南樺太やクリル諸島の割譲」を提案したなどは、
△ 米国の方が「南樺太やクリル諸島の割譲」を提案したなどというのは、

× 「米国は太平洋憲章に違反」に至っては、
○ 「米国は大西洋憲章に違反」に至っては、

× デッチアゲル
○ デッチアゲる

△ 日本の固有の領土である樺太をロシアの言いなりに下田条約を締結したばかりに、樺太はロシアに半分貢納された。
○ ロシアの言いなりに下田条約を締結したばかりに、日本の固有の領土である樺太はロシアに半分貢納された。
注:文意を損なわない程度に文を整えた

△ 米国が初めて太平洋に海軍基地をハワイ(パール・ハーバー)に造ったのが一九一九年。
○ 米国が初めて、太平洋のハワイ(パール・ハーバー)に海軍基地を造ったのが一九一九年。
注:文意を損なわない程度に文を整えた

△ それより五十年も昔の一八七〇年とはアメリカが、マゼラン海峡の向こう側の国で"非太平洋国家"だった時代。
○ それより五十年も昔の一八七〇年とは、アメリカがマゼラン海峡の向こう側の国で"非太平洋国家"だった時代。
注:文意を損なわない程度に文を整えた

× その自体、
○ それ自体、

△ 同情されるべき被害者(日本人)とを差別ができず、
○ 同情されるべき被害者(日本人)とを差別できず、
注:または「同情されるべき被害者(日本人)とを差別することができず、」

× 主因とを少し触れて
おこう。樺太に渡航した日本人の最初は、
○ 主因とを少し触れておこう。
樺太に渡航した日本人の最初は、
注:改行ミス。「樺太に渡航した日本人の最初は、」は文頭となる。

△ 工藤平助『赤蝦夷(=ロシア)風説考』(一七八三年刊)
○ 工藤平助『赤蝦夷風説考』(一七八三年刊、「赤蝦夷」とはロシアのこと)

△ 松前平角ほか『蝦夷唐太(=樺太)島之記』(1791年刊)
○ 松前平角ほか『蝦夷唐太島之記』(1791年刊、「蝦夷唐太」とは樺太のこと)

× クシュンコタン駐兵監察になった
(一八〇八年)、
○ クシュンコタン駐兵監察になった(一八〇八年)、
注:改行ミス

× さて、話を川路聖謨が締結した(不平等どころではない)"反日の極み"下田条約によって、
○ さて、川路聖謨が締結した(不平等どころではない)"反日の極み"下田条約によって、
注:「話を」を削除

× さらには日本側が被護的に統治していたから、
○ さらには日本側が庇護的に統治していたから、
注:“消極的な”統治、の意味に解した

× これらロシア側の暴力に対して小競り合い対抗を、
○ これらロシア側の暴力に対しての小競り合い対抗を、
注:または、
○ これらロシア側の暴力に対する小競り合い対抗を、

× 日本は"ロシアの属国です"を合意しに行ったも同然
○ 日本は"ロシアの属国です"と合意しに行ったも同然

× いや、それらをそのまましてただ
○ いや、それらをそのままにしてただ

× 対ソ叩頭外交を肇とする戦後日本と酷似して
○ 対ソ叩頭外交をはじめとする戦後日本と酷似して

× 『GHQ焚書』を七巻も出したことにおいて
○ 『GHQ焚書図書開封』シリーズを八巻も出したことにおいて
注:『GHQ焚書図書開封8』(徳間書店、2013年)

× まず、本のタイトル『GHQ焚書』からして、
○ まず、本のタイトルの“GHQ焚書”からして、
注:記事後半では、タイトルが正しく『GHQ焚書図書開封』となっている

× 非学問の低級な嘘宣伝本七冊が
○ 非学問の低級な嘘宣伝本八冊が
注:上掲の注を参照のこと

△ 西尾のような跳びぬけて愚劣
○ 西尾のように跳びぬけて愚劣

× 所狭しと並んでいるのを知らない、西尾が典型的な超劣等生であることがかくも鮮やかに照明されて、
○ 所狭しと並んでいるのを知らない西尾が、典型的な超劣等生であることがかくも鮮やかに照明されて、
注:「照明されて」は「証明されて」のあやまりか

△ 心にもない真っ赤な嘘なのを暴露する
○ 心にもない真赤な嘘なのを暴露する
注:「真っ赤」はあやまりではないが、他行の用例に統一した

× それらの本を、識別・判別するのができない。
○ それらの本を、識別・判別することができない。

× おそらく五冊づつほどが
○ おそらく五冊ずつほどが

× この十七年間ぶんの本は、
○ この十七年間分の本は、
注:変換ミスか

× さて、西尾幹二の七冊にもなる『GHQ焚書図書開封』シリーズ
○ さて、西尾幹二の八冊にもなる『GHQ焚書図書開封』シリーズ

× 『GHQ焚書図書開封』全七巻の具体的な解剖は
○ 『GHQ焚書図書開封』全八巻の具体的な解剖は


× 日露戦争の直前(一九〇二年)、これを意識して対抗したわけのではないが、
○ 日露戦争の直前(一九〇二年)、これを意識して対抗したわけではないが、


追記:
一部、正誤表というよりは校正/修正に該当する記載がございます。非礼の段、平にご容赦くださいますとさいわいです。

by 「中川八洋文献目録」管理人


[11]
正誤表のうち、一か所訂正いたします。

△ 松前平角ほか『蝦夷唐太(=樺太)島之記』(1791年刊)
○ 松前平角ほか『蝦夷唐太島之記』(1791年刊、「唐太」は樺太のこと)

「蝦夷唐太島」は「蝦夷」(北海道)と「唐太島」(樺太島)のことであり、「蝦夷唐太」を「樺太」とした正誤表の記載は誤りでした。おわびして訂正いたします。

by 「中川八洋文献目録」管理人
2014-01-31


※ 出典


中川八洋掲示板 @中川八洋
http://yatsuhironakagawa.blog.fc2.com/blog-entry-6.html

※追記20140406

上記の

中川八洋掲示板 @中川八洋 は以下の「はてなブログ」に移行されたそうです。

http://nakagawayatsuhiro.hatenablog.com/

https://blog.goo.ne.jp/maryrose3/e/35d349bcd305e3566635322f5da4294d
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/589.html#c4

[近代史3] 哲学者だった西尾幹二は何時から頭がおかしくなったのか? 中川隆
5. 中川隆[-8619] koaQ7Jey 2019年8月28日 15:01:03 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4133]

“歴史の偽造屋”西尾幹二の妄言狂史(U)
2014年02月08日
https://blog.goo.ne.jp/maryrose3/e/aaa285fef1a5958f0a1d0c26f1dbf340


※先の投稿に引き続き、中川八洋氏の論考を記録しておきます。今更言うまでもないことですが、中川八洋氏の見解に同意するかどうかということとは無関係です。様々な観点から検証するための一つの参考意見です。

論考の中で中川氏は西尾幹二氏について、「ソ連は天使、米国は悪魔」として冤罪化を試みているかのように主張されていますが、中川八洋氏の断定は、逆にむしろ「ソ連は悪魔、米国は天使」と主張しているかのような神学論争に堕しかねない感想ももちます。そうであれば愚劣な議論でしょう。知者、知に溺れる。

いずれにしても歴史認識とは神ならぬ利害にとらわれる人間の行うことですから、一筋縄には行かないことはわかります。

「人は心で謀事をするが、物事を決めるのは神である。人の目には自分の行く道はすべて正しいかのように思うが、ただ神のみが真実を裁定される」(箴言16:1、2)

中川八洋掲示板
@中川八洋


“歴史の偽造屋”西尾幹二の妄言狂史(U)
――“冤罪捏造”の<西尾史観>と分裂症の妄想・幻覚
                    
筑波大学名誉教授 中 川 八 洋 

西尾幹二の作品はことごとく、妄想性思考と論理障害が顕著である。特に、強度の妄想性思考(幻覚)において、西尾幹二の職業は、サイケデリック・アート(psychedelic art)の画家なら問題はなかっただろうが、史料に基づく歴史事実を積み重ねていく歴史学には最も不向きな人物である。歴史に係わる西尾の大量の雑文すべてが、歴史事実を歪曲した大捏造の噴飯物なのは、西尾の病的な妄想性思考の産物。余りに当然。
『GHQ焚書図書開封』全八巻の分析に入る前に、西尾が昵懇な北朝鮮工作員・金完燮との対談本『日韓大討論』(注1)に、少しばかり脱線する。この対談でデッチアゲに狂奔する西尾流妄想の偽造歴史が、西尾特有の病気である“冤罪づくりの犯罪”という悪意の意図(malicious intent)に発生しているのを端的に明らかにするからだ。
蛇足。一定以上の教養さえあれば、諜報情報など無くとも、誰でもこの対談をすれば「金完燮とは<親日>演技を通じて、日本人を“反・韓国”に誘導洗脳し日韓分断を工作する北朝鮮の対日工作員」だと見破れる。だが西尾は、国際政治や歴史を洞察する知見も能力も欠く、水準以下の低級な売文業者。この程度の判別すらできない。

「北海道を守る代償に、米国は日本男児のシベリア強制労働をスターリンに承認する協定に署名した」だって?????

『日韓大討論』で、西尾は、ここまで嘘だらけの創り話ができるものかと絶句するほど、真赤な嘘をでっち上げる。 

「米国大統領トルーマンが、それ(=ソ連の北海道南北分断と北側占領要求)をさせない交換条件として、シベリアにいた日本人を約八十万人を強制労働につかせることをソ連のスターリンに対して認めてサインをしたのです。日本人の頭越しで行われた協定で、日本には知らされませんでした」
「収容所に入れられ恐怖の強制労働に従事させられた日本人約八十万人のうち、約十万人が亡くなりました。それは北海道が守られた犠牲であるということを、戦後三十年ぐらい経って知らされました。歴史の非情です」(注2)。

スターリンがトルーマンに対し発した(留萌と釧路を結ぶ線で)北海道北半占領要求の通知は、一九四五年八月十六日。日本は前日十五日正午の停戦に合意したが、この時点、降伏はしていない。十六日は、日米はまだ相互に交戦状態の戦争相手国だった。日本の連合国への降伏は、九月二日、東京湾に停泊する戦艦ミズーリー艦上。“戦闘停止”を指す「停戦」は、「降伏」(戦争終結、戦勝国の敗戦国の占領開始)ではない。
だから、九月二日以降の日本軍の降伏相手国&占領地域をめぐる一九四五年八月十六〜二十五日の米ソ間のやり取りを、米国は日本側に連絡する義務などない。それなのに西尾は、「一九四五年八月」時点で、米国は日本側への協議義務が発生する日米同盟を締結していたと主張する。
分裂症の狂気がひどい西尾幹二とは、時間軸が非在の、時間経過の識別ができない。だから、このように、「一九四五年八月」を、七年後の日米安保条約が発効した「一九五二年四月二十九日以降」だと“妄想”する。西尾における「一九四五年八月=一九五二年四月二十九日以降」のような症状を、分裂症患者に特有な“幻覚”ともいう。
産経新聞社やワック社は、西尾幹二が重度の分裂症罹患者だと知ったうえで付き合っているようだ。精神分裂症の文筆家の作品の方が、正常な論客や学者のより、よく売れて商売になるからだ。絵画と同じである。分裂症の画家ゴッホ、ムンク、ゴヤ、ボッシュなどを思い出せばわかるだろう。
画家に限らず文筆家(文学者、哲学者、思想家)もまた、分裂症患者の作品の方が、日本では高い評価を受け読者も多い。ルソー、ヘルダーリン、フーコー、ドウルーズ、コント、保田與重郎、サイード、ハイデカー、ヴィトゲンシュタインなど挙げるときりがない。なお、ニーチェの狂気は、分裂病と酷似した症状を示す脳梅毒であって、分裂病ではない。
話を戻す。トルーマンは、上記スターリン要求をにべもなく拒絶回答した。二日後の八月十八日だった。代りに、国後・択捉島およびその北に位置するクリル諸島へのソ連軍の進駐・占領を認めた。このとき米国は、択捉島に米国のB29爆撃機用の航空基地を設置させる条件を附けた。
八月二十二日、スーターリンは、択捉島のアメリカ軍航空基地建設を拒否した。これは、北海道北半占領を断念する旨の間接的な通知でもあった。二十五日、米国は米軍基地拒絶への抗議文をソ連に発信し、これをもって本件に絡む米ソ間交渉は終了した(注3)。
このソ連の北海道北半占領要求について、日本側(外務省)は、占領開始後の一九四五年九月にGHQ(米国)から詳細に聞かされており、西尾幹二の意味不明な「戦後三十年ぐらい経って」(一九七五年頃)は、妄想上に浮かんだ真赤な嘘話。医学的には“分裂病の幻覚”。西尾幹二のこのような狂気の妄想には、限度がない。
すなわち、「北海道北半のソ連軍への降伏・ソ連の占領地域」という純粋に戦勝国・米ソ間の問題は、日ソ間の問題でポツダム宣言違反のシベリアへの日本男児百五万人強制連行・強制労働事件(四十〜五十万人大量殺戮事件)とは、ひとかけらも関係しない。だのに、世界中でただ一人西尾幹二だけは、上記引用文のように、全く無関係な両問題が結びつき連結してしまう。西尾幹二が幻覚(妄想性思考)に浮遊する重度の分裂症患者でないとすれば、この異常な“連結”が発生する狂気の思考メカニズムを説明できない。
シベリア強制連行は、共産主義者(ソ連工作員)の牙城となっていた帝国陸軍参謀本部や近衛文麿らが、一九四五年四月頃から、ソ連大使館と打ち合わせていたもので、“半ばスターリンの対日要求、半ば日本側の同意”から生まれた世紀の蛮行である。
このことは、近衛の代理としてソ連大使館(の中の、ベリアが直轄するNKGB部局)との間を頻繁に行き来していた酒井鎬次(予備役陸軍中将)が近衛と二人で執筆したと詐称する「近衛文麿の対ソ仲介案」に明記されている(注4)。このところは、「近衛らが、ソ連大使館のNKGB将校と一緒に執筆した」と正しい歴史事実に修正されるべきだ。
また、在満州の関東軍(帝国陸軍の在満洲総軍)のソ連軍への降伏とシベリアへの連行が合意されたジャリコーワでの日ソ間の協議は、一九四五年八月十九日(注5)。
すなわち、北海道北半をめぐる米ソ間の応酬があった八月十六日〜十八日、日本陸軍(関東軍)とソ連軍は、まだ満洲の荒野で最後の戦闘中であった。日本の将兵は誰一人としてシベリアなどにはいない。しかし、西尾幹二は、「シベリアに八十万人いた」という。
重度の分裂症の西尾幹二にとって、「満洲」と「シベリア」が同一だし、「一九一八年のシベリア出兵」と「一九四五年のシベリアへの拉致連行」とが同一である。論理障害で妄想性思考の症状である。なお、引用文の「八十万人」とか「十万人」とかの数字ミスは、西尾が歴史音痴で文献を渉猟しないズブの素人だからであって、西尾の分裂症とは関係しない。

ついでにシベリア拉致強制連行・大量殺戮事件について、その基本概要を述べておこう。八月十九日から武装解除が始まった関東軍の将兵が、鉄格子つきの貨車に載せられシベリアへと北送されていく強制抑留は、九月二日の降伏の日から開始された。八月十八日に事実上終了した北海道北半占領問題から二週間たった後。シベリアへの強制連行の最盛期は一九四五年十月〜十一月で、翌年春まで続いた。
シベリアに拉致・強制連行された日本人男児はおよそ百五万人。帰還した数を差し引けば、四十〜五十万人が殺害された。死亡したのではなく、ホロコーストの大量殺戮である。これが、ほぼ正確な確定数字である。
これに関して多くの資料があるが、最も学術的に高い評価を得ているのは『シベリア強制抑留の実態』(注6)。この本への言及がないシベリア抑留問題の書物など、信用が措けない。
さて、上記の引用文には「トルーマンは、在シベリアの日本人八十万人を強制労働させることをスターリンに同意し協定に署名(サイン)した」との、西尾幹二の真赤な嘘創作がある。そのような「米ソ協定」など、幽霊ですら実態物に思えるほど、むろん存在しない。西尾幹二の分裂症の幻覚は、これほどひどいのである。
西尾幹二が、強度の幻覚症状の中で嘘歴史を綴っていく様は、チェーホフの小説『第六病棟』の主人公さながら。戦慄するほかない。
なお、米国こそは、ソ連に抑留された日本人男児の解放に全力あげてソ連に圧力をかけ続けた最高の偉大な友邦であった。米国の援護なしに、約半数の五十万人帰還は、ありえなかった。

西尾幹二を精神病院に入院させなくて、本当に大丈夫か

『日韓大討論』は、西尾幹二が重度の精神異常者であることを示す多くの嘘歴史の陳列館だが、事例をもう一つ。次の荒唐無稽な嘘話は、馬鹿馬鹿しくて読む気になれないだろうが、我慢して読んでいただきたい。
 
「(米国は、日本の)真珠湾攻撃より前に東京空襲が計画されていました。使用しようとしていた飛行機がドイツの方に必要になったので取りやめになったのですが、いきなり東京を攻撃する計画でした。ですからもし日本が真珠湾をやらなければ、アメリカが日本に先制攻撃していました」(注7)。

幻覚で歴史をデッチアゲル西尾幹二の、上記の嘘歴史は、私立中学を受験する東京の小学生五年生でもわかるもので、わざわざ解説するのは気が重い。が、以下の通り。
一九四一年末までの米国には、政府にも軍にも東京空襲などの計画は全く不在で煙ほどにも無い。そんな渡洋爆撃(空襲)ができる武器=航空機が存在せず、計画検討すら発想する以前だった。
どうやら西尾幹二は、一九四四年秋に実戦配備になったB29爆撃機が、一九四一年に米国に存在していたと“幻覚”している。そして、一九四一年の半ば、米国はB29爆撃機の大部隊で横須賀軍港を先制攻撃することができたと“妄想=幻覚”している。
だが、B29の初飛行は、一九四二年九月二十一日。運用開始は、一九四四年五月八日。シナの成都から九州への爆撃は、一九四四年六月十六日が最初。東京への最初の爆撃は、一九四四年十一月二十九日の二十九機。その発着基地はテニアン島。
要は、西尾幹二は、「一九四一年」と「一九四四年」の相違が、“分裂病の狂人”らしく、識別できない。だから、「一九四四年に初めて戦場に現れた米国のB29の爆撃機は、一九四一年に実戦配備されていた」と妄想し、「この対日用B29が、ドイツ空爆に転用され、一九四一年に使われた」とのもう一つの大妄想(幻覚)を重ねている。

西尾の“妄想”は、一九四二年四月十八日のドーリットル中佐が率いるB25爆撃機十六機と空母「ホーネット」による東京ほかへの対日空襲を、「米国は一九四一年に実行する予定だった」の“妄想”とも考えられるので、不必要かもしれないが、補足しておく。
ルーズベルト大統領は、真珠湾の奇襲攻撃で意気消沈する米軍の士気を昂揚させるべく、東京を含めた日本本土攻撃の研究を命じた。一九四二年一月十六日だった。だが、日本近海に米国の航空基地がなく、また艦載機の爆撃では効果が弱すぎるので、陸軍の双発爆撃機B25十六機を空母から離艦させ(帰還のための着艦はできないので、空襲終了後は)支那大陸に逃避してその沿岸にパラシュートで着地する(爆撃機は全機墜落自壊)というサーカスのような戦術を思いついた。
勇敢さで歴史に名を遺した「ドーリットル空襲」で日本側が蒙った被害は、横須賀の軍港が破壊されたわけではなく、若干の人命喪失と家屋被害が出たのみで、パールハーバーの被害とは比較にならない軽微なレベル。米国が喪失した爆撃機やシナ大陸に不時着した乗員の処刑等による犠牲に比すれば割りの合わない、軍事合理性のまったく無いもの。パールハーバー・ショックから米軍の士気を立ち直らせる目的がなければ考案されることはなかった。
それなのに西尾ときたら、「米国は一九四一年、パール・ハーバーより先に、先制的な横須賀奇襲攻撃/東京空襲をしたはず」と主張する。狂気の幻覚や妄想なくして、とても発想できるものではない。西尾幹二の偽造歴史は、“嘘づくり妄想の連鎖”ででっち上げられている。

日露間の明快な国境(ロシアが侵略している日本国領土)が、はっきりしない???
――「ロシアへの日本の北方領土返還要求の根拠は無い」と主張する西尾幹二 

西尾の歴史偽造には、一貫しているものがある。それは、真偽を越えて何事であれ、「米国が悪魔、ソ連が天使」という構図。これは、虚偽歴史を書きなぐる厖大な数の雑文すべての基本構造となっている。

「アメリカ政府は、ソ連と日本が永久に仲が悪くなるように、アメリカ政府は、サンフランシスコ講和条約において、北方領土の境界をはっきりさせず、あえて国境線を不明確にし、どこまでが日本領なのかをわからないようにしました。これは永遠の争いのタネにするためです」(注7)。
 
これを読んだ時、思わず、西尾幹二はロシアの情報工作員かと思ったが、たまたま彼をよく知るので、それはありえない。つまり、ロシア工作員でないが、西尾とは、過激な親ロ人士で、ロシア一辺倒の“反日の言論ボス”。
日本国にとって、日本固有の領土である樺太を奪い、ニコライエフスク港で日本の一般邦人七百名を虐殺し(一九二〇年三月)、満洲で(一九四五年八月〜四六年四月)日本人婦女子二十万人を殺害した“永遠の敵性国家”ロシアとは、日本は万が一にも仲良くなってはいけない。
ところが、日本の国益が転倒的に見える“狂気の非国民”西尾幹二は、逆さにも「日本はロシアと仲良くすべきだ」を強い信条とする。西尾幹二に“性悪の売国奴”を感じない日本人は、共産党員でないなら、自らが売国奴の資質濃厚だと猛省されたい。
上記の引用文は誤謬満載の放言暴言のたぐいともいえるが、それ以前に、このように、西尾幹二とは、シベリア追放処分が急がれる、祖国叛逆の犯罪者的な思考しかできない人物。
なぜなら、日露間の係争は、樺太や国後・択捉・千島列島の領土問題だけではない。ロシアによる残虐極める日本人大量殺戮問題がある以上、万が一にも、日本はロシアと友好関係をもつことはできない。もし仮に、日本がロシアと友好な関係をもつならば、それこそ人倫の道に違背し祖先を足蹴にする、祖国を冒涜する行為ではないか。日本国の存続のレーゾン・デートルすら瓦解する。

ロシアは、一九四五年八月、日ソ中立条約を蹂躙しての満洲侵略・朝鮮北部侵略・樺太侵略を今なお詫びてはいない。この時、日本人男児百五万をシベリアに拉致して極寒の中での強制労働で四〜五十万人を殺戮したことを今なお詫びてはいない。このとき、満洲や樺太で日本の婦女子に対して言語に絶する陵辱をなし殺戮を縦にしたが、これについてもロシアは一言も詫びてはいない。
満洲で十歳以上の日本人女性はほぼことごとくレイプされた。とりわけ、十代の日本女性に対するレイプは、阿鼻叫喚の地獄絵であった。例えば、一週間で百名から二百五十名のロシア兵に犯され、そのまま死亡した者は数知れず。また多くは、レイプされた後、自殺した。母親や祖母が発狂した日本人の女児・女子を殺してあげた。レイプ殺戮の日本女性の被害者数の総計は、一万人を超える。
ために、満洲から十代の女学生で生きて福岡県博多港に引き揚げてきた者はわずかであった。また、博多港の岸壁では、レイプされて妊娠した日本女性の掻爬が行われたが、この掻爬の順番待ちをして長々と並ぶ光景は、鬼気迫るものがあったという。

ロシアと仲良くするのが良いなどとは、西尾幹二が悪魔すらたじろぐ人間性皆無(ヒューマニズム欠如)の人格の持ち主だからである。西尾が、事の理非や善悪を弁えない無道徳・反倫理の人間以下の犯罪者精神の人格だからである。
米国は、日本の北方領土返還問題では、絶えず日本側を応援した。例えば、「ヤルタ秘密協定は、米国政府はいっさい関与していない、ルーズベルトが大統領ではなく個人としてスターリンと交わした私文書である」との国務省声明(一九五六年九月)まで発出したように、あらゆる手を尽くしてくれた。また、国後・択捉島は日本領土である旨の公文書をロシアに突きつけたり、その奪還にかける情熱は、日本人以上である(注8)。
サンフランシスコ講和会議において、ロシアは、「南樺太とクリル諸島(得撫島以北の千島列島)と国後・択捉・歯舞・色丹の領有を講和条約に明記しろ」「宗谷海峡/根室海峡などに面する北海道側を非武装化する旨を明記しろ」などを要求したが、これをすべて拒絶したのが米国政府であった。
ダレス全権は、サ講和条約をヤルタ秘密協定の無効宣言をかねるものとするぞと意気込んでいたが、日本国へのこの約束を完全に守りぬいた。怒ったソ連の全権グロムイコ外相は退場し、講和条約を調印しなかった。ために、南樺太とクリル諸島は日露間では今なお“日本領土”である。
上記の引用文での西尾幹二の主張は、“北方領土をロシアに譲渡し、海峡に面した北海道の一部の主権をロシアと共同主権とせよ”とのことだから、西尾幹二とは、まさに反日の非国民である。そればかりか「日ロ間の国境の境界は、はっきりしない」との西尾幹二の謂いは、「日本の対ロ北方領土返還要求には、正当な根拠が存在しない」との意味だから、「対ロ領土返還要求をするな!」との西尾の真意が言外に露である。
日本領土をすべてロシアに貢がんとした帝国陸軍参謀本部のコミュニスト種村佐孝大佐の継承者のような西尾幹二は、潜在意識では“スターリン万歳のロシア人”だと断定してよかろう。

「ソ連は天使、米国は悪魔」
――“西尾流偽造の嘘歴史”を貫く米国冤罪化

これまで『日韓大討論』の三ヶ所を引用したわけだが、一番目と三番目は、西尾のもう一つの異常な歴史観を暴いている。それは、ロシアがなした明々白々な対日領土侵略や日本人大量殺戮事件を「米国がなしたもの」と米国に転嫁する、米国に冤罪の濡れ衣を着せる歴史捏造がパターン化していること。換言すれば、「敵国ロシア、友邦アメリカ」を異論なく示す明らかな歴史事実を転倒して、日本人が「ソ連は天使、米国は悪魔」の構図に洗脳されるよう嘘歴史をデッチアゲルのが、西尾流歴史偽造の手口だということだ。
要は、米国を無実の罪で糾弾するための、嘘歴史への歴史事実の転倒である。このような悪意の冤罪づくりは、共産主義者なら当然の行為だろう。だが西尾は、マルクス・レーニン主義者ではない。とすれば、分裂症患者では常態の、善悪を転倒させて入れ替える思考だと考えざるを得ない。西尾幹二は、重度の精神分裂症の狂気によって、善者と悪者のすり替え妄想に遊んでいる。
 

1、『日韓大討論』で、西尾幹二は、私(中川八洋)の著『歴史を偽造する韓国』からかなりの量の知見を“盗用”している。学術論文または学術性のある著作の場合は、引用箇所を明記すれば済むが、一般向きの対談本などでは、他人の作品から一定以上の分量を利用する場合、法律も「許諾が必要」だと定めている。西尾幹二は、著作権法に明白に違反する「許諾なき無断利用」、つまり“盗用”事件を犯している犯罪者である。
また、歴史の偽造のトンデモ本を売りまくる卑しく下劣な売文業者・西尾幹二に、私は、学者としてまた平成日本を代表する知識人として、私の学術的な研究成果を“許諾する”ことは決してしない。そのようなことをすれば、日本国の国益一途の私の学問研究が冒涜的に穢れることになるし、何よりも私個人の名誉と信用が毀損される。すなわち、幻覚と嘘つき常習の“狂気の人”西尾幹二による拙著盗用事件は、私に対する名誉毀損事件でもある。
2、『日韓大討論』扶桑社、三四頁。
3、南方同胞援護会『北方領土の地位』、一三四〜六頁。この他にも多くの文献があるが、皆同じ。
4、江藤淳監修『終戦工作の記録 下』、講談社文庫、二三四〜九頁。近衛文麿がスターリンに提案する予定の『和平交渉にかかわる要綱案』には、「賠償として一部の労力を提供するころには同意す」との一文がある。
戦後、シベリア抑留問題で、“日本側の主犯”近衛文麿が糾弾されないのは、朝日新聞などソ連や共産党に支配された極左マスメディアの情報工作・洗脳工作の成果である。だが、忘れてはならないのは、これに加えて、西尾幹二のような“歴史の偽造家”のトンデモ著作を面白がって読む“民族系の売国奴集団”がソ連側・日本側の極左を支援し擁護するからである。
5、コワレンコ『対日工作の回想』、文藝春秋、三〇頁下段。
6、阿部軍治『シベリア強制抑留の実態』、彩流社、二〇〇五年刊。
7、上掲『日韓大討論』、一六二頁、一七七頁。
8、中川八洋『尖閣防衛戦争論』、PHP、二一〇〜三三頁を参照のこと。

※出典

中川八洋掲示板
@中川八洋

http://yatsuhironakagawa.blog.fc2.com/blog-entry-7.html


https://blog.goo.ne.jp/maryrose3/e/aaa285fef1a5958f0a1d0c26f1dbf340
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/589.html#c5

[近代史3] 哲学者だった西尾幹二は何時から頭がおかしくなったのか? 中川隆
6. 中川隆[-8618] koaQ7Jey 2019年8月28日 15:06:36 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4134]

2019年7月30日 投稿者: 吉田寿太郎
ニーチェ系の狂気が一段と進む西尾幹二 ──“新皇后テロルの狂書”を未だ焚書しない西尾幹二とワック社
筑波大学名誉教授   中 川 八 洋
http://nakagawayatsuhiro.com/?p=813

【blog再掲の理由】

 本稿は、タイトルは若干変更したが、2017年1月25日に「掲示板」にupしたブログ「“歴史の偽造屋”西尾幹二の妄言狂史(35)」の再掲。再掲の理由を、以下に簡略に触れる。

 去る5月1日、新天皇陛下が践祚され、同時に、新皇后陛下も立后され、洵に慶賀に堪えず、私は余りの嬉しさに一日中、神棚に「二礼二拍一礼」を何度も繰り返していた。作業室の近辺に著名な神社があればそこに参拝したかったが、あいにくと心当たりが無く、結局、このような一日となった。一ヶ月ほど経って、「やはり5月1日の午後、新幹線に飛び乗り、5月2日早朝に伊勢神宮、その午後に熱田神宮に参詣し、新天皇・皇后両陛下に《神の特段のご加護》を祈るべきだった」と、悔やんだ。

 この5月1日から丸三ヶ月、今日の7月30日まで私はある動きを待っていた。が、未だにそれがない。よって、本稿を再掲することに決めた。何を待っていたか。ワック社が西尾幹二著『皇太子さまへの御忠言』を絶版にし、また古本屋や市中在庫から徹底的に残部を回収し焚書(裁断を含む)して、その後、ワック社が責任をとって閉店する措置(動き)のこと。

 なぜ、ワック社とその社長・鈴木隆一の動きを待ち、西尾幹二の動きには期待しなかったか。それは、このブログ論考を一読すれば氷解する。西尾幹二は、ニーチェと同じ精神分裂病の最終段階で、良心がカラカラに乾き空洞と化し、善悪の区別も混然・朦朧とできなくなり、新皇后陛下の立后に合わせ『皇太子さまへの御忠言』を絶版し、その後に自裁する判断力を既に持ち合わせていない。

 当然、日本史上、空前絶後の“不敬の狂書”『皇太子さまへの御忠言』の出版の責任は、ワック社社長の鈴木隆一がとるしかない。ついては本ブログ読者諸兄へのお願い。本稿を読破された後、ワック社社長・鈴木隆一に対し、@西尾幹二著『皇太子さまへの御忠言』を直ちに絶版にせよ、A古本屋や市中在庫から徹底的にその残部を回収し焚書(裁断を含む)せよ、とfaxして頂ければ、幸甚至極に存じ上げます。

(2019年7月30日記)

【以下は、2017年1月のblog論文】

 日本人が、断然トップで「世界一」を誇るようになったものがある。残念ながら、自慢する性格のものではなく、その逆。実に憂慮堪えない恥ずべき状態での「世界一」。それは、世界標準において“国民の非国民度”を示すバロメーターに基づく日本人の順位。

 今や日本には、「あるべき理想の国民」が評価基準なら、それとは最もかけ離れた「一億総“国賊”の日本人」「一億総“非国民”の日本人」しかいない。つまり、日本人とは一億総“国賊”/一億総“非国民”だから、二位を大きく引き離して、人類史上“最低・最悪の国民(民族)”に成り果てたのである。そのような国民からなる国家は、究極の腐敗がフル・スピードで進むから、春の残雪のごとくに、遠からず、日本という国家は不可避に地球上から溶けて消えてなくなる。

第一節 精神病院に入院した“末期ニーチェ”に酷似してきた西尾幹二

ルソー/マルクス/ニーチェ──日本国存続の生命源を腐蝕的に根絶する三大“悪魔の思想”

 具体的には、正常な国家なら断じて排除する、国家を溶解的に自壊させていく最強の疫病力をもつ“悪魔の思想”を最高の「知」として崇める、“思想における異常国家”は、世界190ヶ国のうち日本だけである。日本ほど自国損傷/破壊に狂騒乱舞する国家は、世界に他に例を見ない。

 この自国の溶解・崩壊を促す最凶イデオロギーと言えば、世界中、誰しもがルソーを挙げる。日本でも、拙著『正統の哲学 異端の思想』『保守主義の哲学』二冊によってやっと、世界標準の常識である、諸悪の根源ルソーについて理解が広がった。そして、「ルソー→マルクス→レーニン/スターリン」という基幹“悪魔思想の系譜”についても、ようやく常識となった。

 特に、バークやアクトン卿のみならず、ベルジャーエフ/ミーゼス/ハイエク/レプケ/ポパー等を読む、私に刺激されて日本でやっと萌芽した保守主義の傾向を持つごく少数者が、ルソーとマルクスを“悪魔の思想”の元祖だと、(日本国の救済にはむろん余りに遅きに失し、また微力であり過ぎるが)この排除を考えるようになったことは、大正時代にルソーやデューイなどが猖獗して、その後は極左思想のみが支配する日本を正常化するメルクマールとなった。

 だが、ルソー/マルクスに次ぐ、“悪魔の思想”銅メダル保持の狂人思想家は誰か、と問われて即座に「ニーチェ」だと回答できる者は、僅少しかいない保守主義の日本人のうちでも、まだ限りなくゼロに近い。「“悪魔の思想”銅メダル保持の狂人思想家」については、『正統の哲学 異端の思想』『保守主義の哲学』に続く、その三部作として出版した『福田和也と〈魔の思想〉』(注1)で、私は間接的にすでに指摘していた。

 『福田和也と〈魔の思想〉』は、フーコー/ドゥルーズ/デリダ/リオタール等のポスト・モダンを、ドゥルーズ系の福田和也に焦点を当てて外科解剖的に批判的批評をしたものだが、フーコー/ドゥルーズ/デリダ/リオタール等のポスト・モダンの主源流である「ニーチェ思想の解剖」の附章については、纏める時間がなく収録できなかった。いいわけになるが、上掲の拙著では、従的な「ヘルダーリン→ハイデカー→フーコー等のポスト・モダン思想」の系譜を研究し言及したが、それに時間を食ってしまい、主的な「ニーチェ→フーコー等のポスト・モダン思想」(注2)の附章の方を割愛した。ともあれ、「ルソー/マルクスに次ぐ、“悪魔の思想”銅メダル保持の狂人思想家“とはニーチェ」という常識が日本で共有されていない現況は、日本国の存続にとって由々しい事態といえる。

 なぜなら、日本人がもつべき正常な人間性を破壊し、日本という国家を溶解的に破滅させる、エイズ・ウィルスより猛毒のニーチェ思想の危険性を日本人が知らない無知は、日本国から未来を確実に剥奪するからである。なお、質問「マルクスとニーチェの思想は、何れが強い極左度を持つか」への学的回答は、「ニーチェの方が、マルクスより十倍は左の“スーパー極左思想”」となろう。

ニーチェ精神分裂病の「中度→重度→超重度」への進行こそ、ニーチェ哲学の精髄

 国籍を持たなかったニーチェの精神分裂病について、日本の共産革命家や北朝鮮人アナーキスト達は、ニーチェを美化するために、精神病院に入院した1889年1月(46歳)をもって発症したとする。だが、素人の目でも『ツァアラトゥストラはかく語りき』(1884年、40歳)の作品が正常でない(=狂気)のは明白にわかる。いや、それ以前の作品群の、「神は死んだ」で悪名高い『悦ばしき知識』(1882年)も、さらにその前の『曙光』(1881年)も、充分に正気でないのは明白。

 よって、ニーチェの分裂病の完全発症は『曙光』の執筆時から、と断定できる。だが、それ以前のニーチェが正常であったかといえば、そうではない。『人間的な、余りに人間的な』(1878年、増補1880年)なども、精神分裂病者でない限り書けない著作。とすれば、1881年の年頭に上梓した『曙光』以降は「重度の精神分裂病」で、それ以前が「中度の精神分裂病」だったと見做すほかない。1889年1月から死没(1900年8月)までの十一年間余は、無執筆の精神病院暮らしで“生きた屍”だったから、「超重度」ということ。

 これを、ニーチェと同じ重度の精神分裂病哲学者だったミシェル・フーコーと比較しておく。フーコーの場合は、青年期からエイズで死亡(1984年)するまで、一貫して「重度」で安定していて進行も変化もなかった。ニーチェの方は、「中度→重度→超重度」と進行・悪化し続けた。

36歳で完全発狂のニーチェ精神分裂病は、フーコー級から一気にヘルダーリン級へ

 ニーチェは、著作のほとんどを重度の精神分裂病者の状態で執筆している。万人がニーチェを狂人と見做すに至った1888年末〜1889年年頭に当たる、1889年1月3日付けヴァーグナーの「第二の妻」コージマ宛て手紙(A)と同種の、自分を神だと幻覚する妄想(次のBは、ほんの一例)は、それよりほぼ十年昔からずっと常態だったからだ。

A コージマ・ヴァーグナー宛て手紙(1889年1月、44歳)


「私が人間であるというのは、一つの偏見です(=私は神もしくは準・神です)。・・・私は、インド人の間では仏陀で、ギリシャでは(酒神の)ディオニソスでした。アレクサンダーとシーザーは私の化身・・・。最後にはなお私は(無神論の巨魁)ヴォルテールであったし、ナポレオンであった・・・。・・・私はまた(キリストと同じくor新しいキリストだから)十字架にかかってしまった」(注3、丸カッコ内中川)。

B 『悦ばしき知識』(1882年脱稿、37歳)  


「おれたちが神を殺したのだ・・・おれたちはみな神の殺害者だ。・・・神を埋葬する墓掘人たちのざわめきがまだ何も聞こえてこないか・・・神の腐る臭いがまだ何もしてこないか。…神は死んだ!神は死んだままだ!おれたちが神を殺したのだ!・・・(神を殺害する資格があるとされるために)おれたち自身(=ニーチェ自身)が神々にならなければならない・・・」(注4、丸カッコ内中川)。  

 ニーチェの主著『ツァラトゥストラはかく語りき』(1883年執筆、39歳)とは、ニーチェが自分自身をゾロアスター教の開祖ツァラトゥストラ(ザラスシュトラ)に擬え、準・神として人間たちに語りかける形式の書である。つまり、『ツァラトゥストラはかく語りき』は、ゾロアスター教の根本経典『アヴェスター』に対応させている。このような形式の書は、ニーチェが自分を神だと考えていない限り発想されないから、『ツァラトゥストラはかく語りき』それこそが、ニーチェが重度の精神分裂病者であることの証左となっている。本稿では論及を割愛するが、『ツァラトゥストラはかく語りき』を細部にわたって分析すると、分裂病の幻覚と妄想ばかりで満載の“狂気の書”なのが明確に明白。ニーチェ自身が、『ツァラトゥストラはかく語りき』を、ニーチェ自身を神とする新しい宗教の聖典だと妄想しているのは、『この人を見よ』において、次のように書いているから、異論はあるまい。


「私は『ツァラトゥストラはかく語りき』で、(キリスト教の聖書やイスラム教のコーランを越える)これまで人類に贈られた最大の贈り物をした。(人類の新しい宗教の教典となって、これから)何千年の未来へ響く声を持つこの書は、およそこの世にある最高の書…であるばかりでなく、真理のもっとも内奥の豊かさから生まれた最深の書であり、つるべを降ろせば必ず黄金と善意とがいっぱいに汲みあげられてくる無尽蔵の泉である」(注5、丸カッコ内中川)。

「梅毒による進行性麻痺」と「遺伝性分裂病」の、“ダブル精神分裂病”だったニーチェ

 ニーチェの精神障害に関して、少し古い書籍だが、宮城音弥『天才』は、こう分析している。ニーチェの精神障害は、外因性の「梅毒による進行性麻痺」とともに、(精神分裂病とは言えない)遺伝性(内因性)の「分裂質を土台とした偏執質」がある(注6)。後者の「分裂質を土台とした偏執質」については、他の専門医の多くは、「分裂質」ではなく「分裂病質」としており、そう訂正されるべきだろう。ニーチェは、精神分裂病Schizophreniaの妄想型paranoid type だからである。

 序なので、ニーチェが交友関係をもっていた、同時代のもう一人の重度の精神分裂病で有名な、スウェーデンの作家ストリンドベリ(備考)について、宮城音弥は被害妄想型の精神分裂病だとしている(注6)。ニーチェのストリンドベリ宛て手紙の一部を、以下に紹介する。ニーチェが、被害妄想と誇大妄想の精神分裂病の二症状を炸裂させているのがはっきりわかる。

(備考) アウグスト・ストリンドベリ(1849〜1912年)の文學作品には、『父』『令嬢ジュリー』『死の舞踏会』などの戯曲や小説『痴人の告白』『チャンダラ』『ゴシックの朝』『黒い旗』など多数。


「私の著作『この人を見よ』は、世界を支配する者の言葉が語られています(=神である私の福音の書です)。この本はドイツを全滅に至らしめるほどの反ドイツ的です。・・・(ドイツがこの書を差し押さえることから)わが身を守るために、私は最初の数冊を、発行以前に、宣戦布告の書面を添えてビスマルク侯と幼帝に送ることでしょう。・・・私は人類の歴史を二分してしまうほども十分に強力なものですから(=私ニーチェを境に、人類は、「キリストを神とする過去の人類史」から「ニーチェを神とする未来の人類史」に転換される)」(1888年12月8日付け、注7)。

 余談だが、本稿を書くに当り、ニーチェのストリンドベリへの手紙を久しぶりに読み直した時、西尾幹二の『正論』連載「戦争史観の転換」をふと思い出した。杜撰と嘘八百と間違いだらけの、西尾幹二の荒唐無稽な“妄想”歴史評論「戦争史観の転換」の実態は、法螺話・つくり話のお粗末雑文に過ぎないものだが、西尾幹二が自らを“「神」級の世界的歴史家”だと自認する狂気がない限り書けないものでもある。すなわち、「戦争史観の転換」は、西尾幹二がニーチェ同様な誇大妄想の精神分裂病を発病している証拠だと鑑定できる。

 もっと正確に言えば、西尾幹二は、十歳の少年期より誇大妄想の精神分裂病を発症していたから、同類のニーチェの作品に共振し、その翻訳家になった。ニーチェがストリンドベリに親近感を懐いたように、精神分裂病は同病者同士が群れることもその顕著な症状の一つ。

保守主義思想と極左思想の対決は、医学的に正常な哲人と精神分裂病者の対決

 ニーチェに関して、日本は異常と非常識の国である。英国でも米国でも、ニーチェをまともな哲学者とはせず、または害虫思想家としてニーチェを排斥するのが一般的。この事実は、ハイエクが、ニーチェを批判の対象にすら値しないとすることで端的に明らか。

 たとえば、保守主義者チェスタトンは、ニーチェの精神分裂病とその作品を次のように評している。これが英米での常識。これとは逆に、極左思想しかない日本では、ニーチェをさも一流哲学者であるかに持て囃す。日本ではニーチェに関して、度の過ぎた非常識が罷り通っている。まず、チェスタトンのニーチェ精神分裂病については、次のごとし。


「ニーチェには生まれながらの嘲笑の才能があったらしい。哄笑することはできなくても、冷笑することはできたのだ。ニーチェは晩年 脳軟化症に憑りつかれた・・・孤立した傲慢な思考は白痴(=精神分裂病のこと)に終わる。柔らかい心を持とうとはせぬ者は、ついには柔らかい脳(=脳梅毒の症状)を持つことに到りつく」(注8、カッコ内中川)。

(備考) 精神分裂病は、昔は「早発性痴呆」が医学界の公式病名。チェスタトンの時代、現在では精神薄弱児などを指す語彙「白痴」には、「精神分裂病患者」の意味もあった。

 次は、チェスタトンのニーチェ思想批評。これが英米における、ごく普通のニーチェ評。


「ニーチェは、(怖れを知らぬアリストテレスやカルヴィンやマルクスとは対極的で)自分の主張の意味するところを比喩の衣をはぎ取った素裸の言葉で定着し直視することができない。いつでも物理的な比喩に頼って問題を避けて通る…この点では気楽な二流詩人と同じことである。…ニーチェは明確な観念を恐ろしくて用いることができず、代わりに『上の人間』『超えた人間』などという。軽業師が登山家から借りてきた物理的な比喩である。ニーチェの実際は極めて臆病な思想家」(注8)。

 英米系保守主義が断固として排斥・排撃するルソー/フランス革命/マルクス/レーニン/ヒトラーにおいて、このヒトラーと同類のニーチェが排斥・排撃されるのは自明だが、実態は、排斥排撃以前のレベルで、無視されるのが通常だった。

 広義の英米系保守主義とは、バークやハイエクをはじめとして、人間の設計主義的な理性を排徐して人間行為の自然的な積み重ねで形成発展してきた「自生的秩序」を政治経済社会の根幹に据えるイデオロギーである。が、英米系保守主義者の間では、マイナーだが、ある特性が共通している。「精神分裂病の思想家/哲学者を徹底排除する」のを無意識の暗黙指針としている特性のこと。

 確かに、バークやハミルトンなど保守主義者には、一人として医学的に分裂質/分裂病質の者がいない。一方、デカルト/ホッブス/ルソーに始まる、彼らを含めマルクス/レーニンなどの全体主義者の多くは分裂病罹患者。ニーチェやヒトラーなど廃墟主義アナーキストは全員がそうだ。保守主義者がなす極左思想家批判は、医学的正常者が精神分裂病の思想家を排撃する構図になっている。

 この事実は、バークの『フランス革命の省察』やハイエクの『自由の条件』『法と立法と自由』を読むだけで、一目瞭然に確認できる。本ブログの読者には、以上の医学的視点において、もう一度『フランス革命の省察』『法と立法と自由』を読んでみたらどうだろう。

第二節 ニーチェ「反・歴史/反・真理(真実)」宗教の狂信徒・西尾幹二

 ところで、日本では、ニーチェ翻訳家でドイツ語屋の西尾幹二について、「ニーチェの専門家」だとの先入観的な誤解が一般的である。西尾幹二の主著『ニーチェ』を読んでみるがいい。どこにもニーチェ哲学やその思想について語っていない。IQが度外れに低い“唯の売文専業評論家”西尾幹二が、哲学を論じることは、どだい無理な話。西尾の大著『ニーチェ』は、『評伝ニーチェ』と改題すべき“ニーチェ伝記”になり下がっている。

“歴史偽造の天才”フーコーも、“矮小な歴史偽造屋”西尾幹二も、ニーチェ教徒

 ニーチェ哲学について論文一つ書けない西尾幹二だが、ニーチェから絶大に影響を受けている。それ以上に西尾幹二は、ニーチェの狂気に深く共振している。「西尾幹二は、ニーチェ崇拝者だ」と見做してよかろう。そのニーチェ崇拝者ぶりは、嘘と歪曲と改竄ばかりの、西尾幹二のトンデモ歴史評論において顕著に表れている。

 ニーチェは“歴史をもたない人間”“真理・真実が一掃され不在となった国家社会”を夢想・妄想した狂人だったし、西尾幹二も同様で、『GHQ焚書図書開封』『戦争史観の転換』(『正論』連載中)ではニーチェ流に、意図的に歴史改竄を旨として執筆している。『国民の歴史』も、この範疇に入る。これらの作品群では、核心部分“歴史の真実”が欠如している。というより、それを剥奪・破壊している。

 歴史改竄を是認し奨励した哲学的思想家はルソーが嚆矢だが、歴史と真理・真実を徹底排撃したニーチェの作品群が、この歴史偽造や反・真実をドグマ化して、後世に決定的な影響を与えた。

 本ブログの読者もそろそろニーチェの言説引用には飽きてきた頃だろうから、具体的な引用はここでやめる。代わりに、「歴史と真理・真実を徹底排撃した」ニーチェ作品群──『善悪の彼岸』『道徳の系譜』『偶像の黄昏』『権力への意思』の四著──を是非とも読んでほしい。このニーチェ四著に刺激されて、歴史学における“歴史”とは真逆と言える、歴史の真実を排除するに効果覿面の猥雑な歴史事実ばかりを矢鱈目鱈に集めて、近代以降の科学的知と学問一般を、爆撃機から投下する大量の焼夷弾の猛爆撃で焼き尽くしたのがフーコー。

 フーコーの『狂気の歴史』『臨床医学の誕生』『言葉と物』『監獄の誕生』『性の歴史』は、歴史の真実の追求など、一切していない。むしろ、歴史の真実を遠ざけ隠蔽すべく、末梢的で信憑性ゼロの、史実とは言えない「歴史事実」を大量に蒐集して、核心をなす最重要な歴史真実を徹底的に排除し破壊する目的あらわに執筆したもの。“歴史を持たない人間”“真実を喪失した人間”“正常な知を剥奪された人間”(=非人間)に、人類を改造して、人類もろとも人類が構築してきた文明社会を消滅or廃滅するのが、人間死滅教/文明国家廃滅教の開祖ニーチェの嫡弟子フーコーが目指したものであった。フーコーの著作に代表される“新型の極左カルト宗教”思想を、一般に、「ポスト・モダン(反・近代)」思想という。

 ミシェル・フーコーに比すれば、歴史偽造においては同種の犯罪的著作を垂れ流す西尾幹二の作品の、何と哀れに矮小で貧弱すぎることか。ここでいう西尾作品とは、『GHQ焚書図書開封』『戦争史観の転換』『国民の歴史』のこと。ニーチェ哲学を自家薬籠中の物にしたIQ抜群の分裂病狂人フーコーと比較されては、感性でニーチェ思想に洗脳され共振するだけの“醜悪な猿レベルIQ”の分裂病狂人・西尾幹二だから、当然か。

 ところで今、歴史偽造における西尾幹二の精神分裂病を論じるに、紙幅が足りないことに気が付いた。恐縮だが本稿の方針を変更させて頂き、西尾幹二の最近の雑文を俎上に載せることにする。

脳から日本が消えたニーチェ的“無国家”西尾幹二は、地球放浪型?空中浮遊型?  

 そう思って探したら、近頃はめっきり寡作になった西尾幹二の雑文は、『月刊Hanada』に掲載された意味不明エセー「世界の《韓国化》とトランプの逆襲」(注9)と、『産経新聞』紙上の「世界に渦巻く《恨》の不気味さ」(注10)しかなかった。一読して、西尾幹二の脳内がいつの間にか干乾びて、ぼろぼろと崩れるスポンジになっていたのには、心底から驚愕した。 

(備考) 『産経新聞』紙上の短いエセーは、『月刊Hanada』論稿の要約版だから、ここでは敢えて論及しない。

 西尾の奇々怪々な詭言「世界は《韓国化》している」と聞いて、意味不明と感じたなら正常だが、「そうなのか」と思った者は、無学・無知・無慮ぶりにおける朝鮮人化していると猛省されたい。「ルサンチマン(怨恨)」は、18世紀後半以降に世界に広く拡散・蔓延した(ルソー/フランス革命発祥の)“新奇な創造イデオロギー”の土台となった「感情」のこととするのが思想史である。「朝鮮文化から伝播した」など、摩り替えのこじつけ。

 なぜなら、「ルサンチマン 怨恨」と「ジェラシー 嫉妬」は、ルソー『人間不平等起源論』とそれに基づくフランス革命が、それまで人類は“道徳に悖る”としてきた、そんな恥ずべき非道徳の感情を暴発しても「人間の権利」だと正当化し解放し、さらに、ナポレオンの欧州制覇戦争を通じて世界に伝播した。朝鮮文化から伝播したのではない。また、これら卑しい非道徳感情の、道徳律では否定されることからの解放は、十八世紀後半に起きたから、従軍慰安婦問題が日韓の棘となった「1992年以降」より二百年以上も昔のもの。

 要は、時間の経過や地理空間が認識できない精神分裂病が重い西尾幹二には、「1755〜1815年」が「1992〜2016年」となる。「フランス→ヨーロッパ→世界」が「韓国→世界」に置き換わる。

 序に、ルソー/フランス革命で「人間の権利」となった「王侯貴族に対する庶民のルサンチマン」を、マルクスは「ブルジョアジーに対するプロレタリアートのルサンチマン」に改変した。このマルクス主義の爆発的蔓延で、二十世紀の地球は労働運動や共産革命が席巻する血塗られたものとなった。

 河上肇の弟子で教条的コミュニスト近衛文麿がおっぱじめた大東亜戦争とは、マルクス主義を吸引した日本が、「持てる富裕の英米に対する、持たざる貧しき日本のルサンチマン」の暴発行動であった。西尾幹二とは、このアジア共産革命を目指した大東亜戦争の狂信的な崇拝者だから、対英米ルサンチマンを体現することに人生を賭けた“ルサンチマンのお化け”の何者でもない。

 そればかりか、“醜悪な猿め!”と、二年間の青年期ドイツ滞在中に罵られた復讐なのか、西尾幹二は強度な“白人へのルサンチマン”に生きる人種差別主義者である。“21世紀初頭日本におけるルサンチマン暴発常習の巨頭”西尾幹二が、ルサンチマンを批判するとは笑止も甚だしい。

 体全部がルサンチマンで出来上がっている西尾幹二のルサンチマン批判は、重症の麻薬中毒患者の麻薬批判のようなものだし、他者と自己の間に境界がなく自己が他者に憑りついて同一化する精神分裂病者特有の思考でもある。なお、ルサンチマン狂の西尾幹二が、朝日新聞を指して「ルサンチマンの塊」(60頁)とは、「眼糞、鼻糞を嗤う」の類で、呆れて物が言えない。

対英米ルサンチマンが日本の対外政策であるべきと、歴史を改竄しまくる西尾幹二

 上記の西尾幹二の雑誌論稿は、「ルサンチマン」をキーワードにして、韓国批判と米国批判とドイツ国批判をしている。だが、異様なことに、どこにも日本国への言及が一文字もない。日本擁護のリットン調査団を逆さに罵倒し“日英同盟の代替”国際連盟から脱退した1932〜33年以降、「ルサンチマン」で反英・反米闘争にのみ明け暮れた過去八十五年間にも及ぶ、日本人の対英米ルサンチマンを批判しないどころか言及すらしないのは、西尾幹二に、日本国が存在しないからである。

 西尾幹二の視点も思考も、日本国から浮遊して地球を放浪している。国籍がなかったニーチェの思考ではドイツ国が不在だったし、本人も自認しているように、ニーチェは過激な「反ドイツ」で自国憎悪主義が渦巻いていた。ニーチェは、生まれた祖国をヘイトする、地球放浪/空中遊泳型のアナーキストだった。西尾幹二もまた、ニーチェの忠実な信徒だから、日本をヘイトし、日本国がその脳裏に存在しないのである。  

 西尾幹二は、1960年の日本の安保騒動を思い出させてくれた、韓国の朴槿恵大統領を弾劾するソウルのデモを、次の様に「紅蓮の炎に包んだ」などと大仰しく酷評する。だが、首相の岸信介を退陣に追い込んだ1960年の日本のデモと比較をすれば、韓国の今般の2016年末デモは「大規模」とは程遠い。おとなしく可愛い感じが濃い「小〜中規模」デモだった。蝋燭の灯はあったが、紅蓮の炎などどこにもなかった。   


「朴槿恵を巡る国家と国民を紅蓮の炎に包んだ、2016年末の凄まじい政変は、この国の国民ひとりびとりがルサンチマンの虜になり、しかも韓国と言う国家も、国際世界の中でルサンチマンの自家中毒的情念を持て余し、それに振り回されている半近代国家である」

「自分の力で独立国家をかち得ていない韓国」(60〜1頁、ゴチックは誇大表現以上の事実捏造)。

 そもそも、朴大統領の金銭不正や国政情報の民間人への漏洩は、法治国家なら退陣が責任の取り方としては正しい。盗聴のウォーターゲート事件でニクソン米国大統領は辞任した。退陣しないから、それ相当のデモが起きただけ。法治主義の退陣要求が、どうして「ルサンチマン」なのか。「ルサンチマン」とは全く無関係な話。

 学問的知見が貧困と言うより限りなくゼロである西尾幹二は、朝鮮民族文化の「恨」を呉善花から聞き、翻訳で覚えたニーチェのキーワードの一つ「ルサンチマン」に短絡的に結び付け、さも何か高邁な学的化粧をした積りでいる。従軍慰安婦「少女像」問題には「ルサンチマン」が関係しているが、朴大統領退陣要求デモは、法的正義や政治家の道義的責任問題の追及が基幹になっており、「ルサンチマン」のふわふわ概念で論じてはならない。

朝鮮人以下に劣化した日本人、韓国以下の無能国家に成り下がった日本

 それ以上に西尾幹二には、病的な思考の空洞化(脳内スポンジ化)が進んでいる。自国である日本の外交能力が韓国の百分の一以下の小学生レベルとなった由々しい問題について、僅かにも脳裏をかすめないからだ。西尾幹二の分裂病と不可分の自国不在病は重篤になってきている。

 退陣を迫られる最低大統領・朴槿恵に比してすら、無能を極める日本国の首相・安倍晋三は外交交渉で全く歯が立たず完敗したほど、日本は“世界最低の国家”というより、ニーチェの言葉を借用すれば、“国家もどきの烏合の畜群”になっている。なのに、“無国籍人”だからだろう、西尾の思考には、自国のこの深刻な問題が全く存在しない。

 2015年12月28日、岸田文雄・外務大臣を通じ、安倍晋三が朴大統領に同意した「従軍慰安婦問題」の最終合意談話は、河野洋平・官房長官談話(1993年夏)をそのまま踏襲する、「反日」もここまでひどいものは滅多にない、真赤な嘘歴史(偽造歴史)を世界広くに頒布宣伝するものだった。しかも、A嘘歴史に加え、さらに韓国に、B無実の日本国に賠償させる冤罪捏造および、C現実遊離の妄想というボーナスまで差し出していた(注11)。

 “スーパーお馬鹿”の安倍晋三は、逆効果いちじるしい、韓国に少女像を世界中に建立してよい口実を与える、屈辱的な対韓全面降伏の“嘘歴史+10億円”を提供した。安倍晋三はIQが欠如するから、そうすれば「韓国のヒステリックな日本非難が消え、大使館前の少女像が撤去され、自分の政治家としての名声が残る」と考えたのである。これほど安倍晋三の知的能力は低く、「小学校三年レベル」が実態である。

 だが日本では、従軍慰安婦「嘘歴史」問題で逆走外交を行い日本国の名誉を永遠に毀損した安倍晋三に対する退陣要求のデモは起きていない。朴槿恵に対して退陣要求デモが起きる法治主義が活発な韓国と、安倍晋三に対して退陣要求運動すら起きない、法治主義も正義も逼塞した日本と、何れが健全な国家と言えるのか。

 日本人の質的劣化はひどく、朝鮮人より人材がはるかに劣等化し、世界に冠たる馬鹿民族に成り下がった。当然、そのような民族からなる日本国が、韓国以下の劣等国家になるのは必然。外交で、日本は韓国にすら太刀打ちできないのは、当然なこと。そんな日本だから、吉本興業の滑舌芸人レベルの“スーパーお馬鹿”が、四年以上も総理の座に居続けられる。日本人の頭がアヒルや豚並みの畜群になったから、安倍晋三の“スーパーお馬鹿”が気にならないし気付かない。  

 西尾幹二は、「自分の力で独立国家をかち得ていない韓国」(60〜1頁)と述べ、韓国に対し、もう一つの中傷誹謗をなしている。国防に関し米国に大きく依存する実態では、韓国より日本の方がはるかに度外れにひどい。韓国の対北朝鮮の軍事力と、日本の対ロシアの軍事力とを比較すれば、この事実は一目瞭然。西尾幹二は、他国や他人に罵詈讒謗を加えることの常習性で、ニーチェの生まれ代わり。自国不在や「自国がどうなろうと俺の知った事か」の、自国をヘイトする感情においても、西尾幹二はニーチェのクローンに他ならない。

西尾幹二を刑法・名誉棄損罪で懲役三年に処す法治主義を捨てた“腐敗国家”日本

 稿「“不敬の罪人”西尾幹二と加地伸行は《正論》メンバー」でも指摘したが、ニーチェ系アナーキスト西尾幹二は、クロポトキン系アナーキスト幸徳秋水と同じ天皇制廃止主義者で、北朝鮮人アナーキスト花田紀凱とともに現代日本の急先鋒の一人。彼の著書『皇太子さまへのご忠言』は、その他のエセーを含め、刑法の名誉毀損罪を犯したことは明らか。しかし安倍晋三を始め、日本の首相は西尾幹二を刑事告訴しない。日本は、法治主義の放棄において、韓国にも劣る低級国家である。韓国は、朴槿恵大統領の金権腐敗を、法律に従い粛々と裁いているからだ。

 また、不敬の狂書『皇太子さまへのご忠言』を放置する安倍晋三を糾弾する声がない現実もまた、日本国が国家として末期症状を呈していることの証左だろう。

北朝鮮人が編集長の、“日本憎悪”を日の丸で包み隠す北朝鮮系『月刊Hanada』

 日本人の質は、1972年に田中角栄が首相になった頃から、一気に劣化し始めた。この劣化はそれ以降、留まるところを知らない。日本人劣化は、極左支配のマスメディアと教育界の洗脳による制度悪化の成果だが、誤解しないでほしいことがある。前者の「極左支配のマスメディア」に、朝日新聞やNHK/TBSとともに、産経新聞や『月刊Hanada』が含まれているのであって、朝日新聞やNHK/TBSと対決的に存在する反・左翼の保守系メディア媒体などと誤解すべきではない。

 産経新聞や『月刊Hanada』は、共産党やコミュニストが編集に少ないことで、朝日新聞やNHKなどと多少の色違いをみせる。だが、つぶさに精査すると、後者の「真赤」に比して前者は「赤黒 アナボル」であるだけで、差異はほとんど存在しない。後者は日の丸を嫌悪するが、前者は日の丸を擬装に悪用する。だが、双方とも日の丸を冒涜することで一致している。

 前者は日本の国防力の強化や実体経済の発展の政策については決して報道しないよう/語らないよう自己検閲して、日本国の存続を憎悪し衰退させようとする。結果から見れば、国防反対を声高に叫ぶ後者と全く同一となる。

 なぜこうなるのか。理由は簡単。産経新聞も『月刊Hanada』も、その編集は、北朝鮮人が中核を成しているからだ。例えば、『月刊Hanada』は、表1から明白なように、北朝鮮人アナーキストが編集の全権を握っている。

表1;アナーキストの三類型(血統が北朝鮮人はゴチック)

備考;ヘルダーリン/ニーチェ/ヒトラー系を「プレ・ポストモダン・アナ―キスト」に、1968年以降のフーコー/ドゥルーズ/デリダ/リオタール/ボードリアール/ラカン系を「ポストモダン・アナーキスト」に分類する場合がある。 なお、「在日」北朝鮮人のほとんどは、アナーキストではなく、北朝鮮労働党(共産党)に所属するコミュニスト。その一部を注12に掲載。

 話を戻せば、産経新聞が民族系論客を活用・利用するのは、彼らを表向きラベルにしておけば、実際には『週刊金曜日』や朝鮮総連と通じ合っている、本当の産経新聞の正体がバレにくくなるからだ。産経新聞が民族系論客を擬装用の上着に活用しても決して保守主義者を利用しない理由は、二つ。

 第一は、保守主義者は、志操堅固な上に圧倒的に教養が高く、イデオロギー擬装を直ちに見破るからである。第二は、保守主義者は祖国日本の真正の愛国者だから、決して“「在日」北朝鮮人の走狗”にはならないからである。具体的な事例でいえば西尾幹二のように、北朝鮮人アナーキスト花田紀凱に媚びへつらう“準・北朝鮮人”になるようなことを、保守主義者は断固として拒絶するからである。 紙幅が限界。この問題、別の機会にじっくり論及することにしたい。  

(2017年1月25日記)

1、中川八洋『福田和也と魔の思想』、清流出版。

2、ポスト・モダン思想がニーチェを主源流とすることについては多くの論文がある。差し当たり、フーコー著「ニーチェ、フロイト、マルクス」「ニーチェ、系譜学、歴史」『第二次エピステーメー創刊0号』(朝日出版社、1984年)、ドゥルーズ『ニーチェと哲学』(河出文庫)などを読んでみるとよい。  

3、『ニーチェ書簡集U』(ニーチェ全集 別巻2)、ちくま学芸文庫、282〜3頁。

4、『悦ばしき知識』(ニーチェ全集8)、ちくま学芸文庫、219〜221頁。  

5、ニーチェ『この人を見よ』、岩波文庫、11頁。  

6、宮城音弥『天才』、岩波新書、135〜8頁、146〜52頁。

7、上掲『ニーチェ書簡集U』、249〜50頁。  

8、『G.K.チェスタトン著作集』第一巻、春秋社、66頁、188頁。  

9、『月刊Hanada』2017年2月号(2016年11月26日発売)。引用頁は、本文に記載。

10、『産経新聞』2016年12月19日付け。  

11、 A嘘歴史;「慰安婦問題は当時の軍の関与の下に、多数の(コリアン)女性の名誉と尊厳を深く傷つけた」、

B無実の日本国に賠償させる冤罪捏造;「かかる観点から、日本政府は責任を痛感している」「安倍内閣総理大臣は、慰安婦として幾多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負わされたすべての方々に対し、心からお詫びと反省の気持ちを表明する」、

C現実遊離の妄想;「今回の発表により、この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認」。

12、略

http://nakagawayatsuhiro.com/?p=813
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/589.html#c6

[リバイバル3] 高温調理したジャガイモを食べると癌になる 中川隆
3. 中川隆[-8617] koaQ7Jey 2019年8月28日 15:44:25 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4135]
食品の中に「老ける物質」が発生…電子レンジの使いすぎで老化促進?
文春オンライン 2018年10月30日
http://news.livedoor.com/article/detail/15521198/


チンすると老ける物質が発生する? 電子レンジとの上手なつきあい方

 冷凍食品やレトルトをはじめ、ストックしたごはんや作りおきおかず、コンビニで買った弁当などを温める際に欠かせない電子レンジ。しかし、時に”レンジでチン”は食品の中に老ける物質を発生させる。頼りすぎると体の老化を促進する恐れがあるという。

出典:『老けない最強食』(文春MOOK)
https://www.amazon.co.jp/%E9%80%B1%E5%88%8A%E6%96%87%E6%98%A5%E8%80%81%E3%81%91%E3%81%AA%E3%81%84%E6%9C%80%E5%BC%B7%E9%A3%9F-%E6%96%87%E6%98%A5MOOK-%E7%AC%B9%E4%BA%95-%E6%81%B5%E9%87%8C%E5%AD%90/dp/4160086810


 健康検定協会理事長で管理栄養士の望月理恵子氏はこう話す。

「タンパク質が糖と結びついて劣化する反応(糖化)によって、AGEという老ける物質が生まれます。これが体内に蓄積されると、肌の弾力が失われて、シミやシワ、たるみを作ったり、血管を老化させて認知症や動脈硬化の一因になるのです。

 AGEは、唐揚げやステーキなど、こんがりとした焼き色がつく食品に多く含まれるため、かつては焦げ目がつかない食品ならAGEが含まれる可能性は低いと考えられていました。しかし、電子レンジ調理の場合は焼き色がつかなくても、高温になるため同じような化学反応が起こりやすく、AGEが増えてしまうことがわかってきたのです」

老ける要因「糖化」も「酸化」も

 海外には多数の研究報告があり、米ニューヨーク州にあるマウントサイナイ医科大学の研究者が549食品のAGE含有量を調べたものでは、豚肉を7分炒めると100グラムあたり4752kU(キロユニット)のAGE発生量に対し、電子レンジに3分間かけると9023kUと報告されている。

 さらに電子レンジ調理は脂質劣化も進めやすい。電子レンジ加熱と、従来の加熱法(煮る、焼く)でサバを調理し、魚肉脂質の変化を比較した研究では、電子レンジ加熱が短時間で脂質劣化を進めると報告されている(北海道教育大学の研究より)。ソウル大学校農業生命科学研究所が行った肉の再加熱を調理法によって比較する研究でも、電子レンジによる加熱は、ほかの調理法と比較して油脂の酸化を進めやすいとあるのだ。


「AGE発生と脂質劣化のダブルパンチの食品では血管に良くないでしょう」(望月氏)

 もちろん、どんな食品でもAGEが大量発生し、脂質の酸化、劣化を進めるわけではない。まず避けるべきものは、調理済の肉や魚。特に焼く・煮る・揚げたメニューを電子レンジで再加熱するのは避けたい。

 東京大学名誉教授の加藤信介氏は「電子レンジの電磁波は食品中の油分・水分に集中しやすい」と話す。

「電子レンジは、WiFi通信などで用いられるものと同じ周波数帯の電磁波(マイクロ波)を用いて加熱します。マイクロ波は食品中の油分、水分を原子レベルで激しく振動させる。その摩擦で熱が発生し、食品が加熱されるのです」

 そのため、水分を含む食品は蒸発過多になればパサつきやすく、マイクロ波を吸収した油分(脂質)は酸化する。

「マイクロ波加熱によって劣化したタンパク質を食べると、体内であまっている糖と結びついて糖化しやすくなります」(望月氏)

 それでは糖質を含む炭水化物、とりわけ身近なごはんをレンジでチンするのはどうだろうか。日本アンチエイジング・ダイエット協会理事で管理栄養士の伊達友美氏が語る。

「あまり知られていませんが、ごはんにも少量のタンパク質が含まれています。ですから、ごはんのタンパク質を栄養素として活かすなら、電子レンジで加熱をしないほうがいい。炊きたてか、常温で数時間程度なら温め直さずにそのまま食するのがおすすめ」


 温め直さない冷えたごはんには、消化しにくいでんぷん「レジスタントスターチ」が増え、血糖値の上昇をゆるやかにする利点もある。

 朝に弁当箱に詰めたごはんは、昼にレンジでチンしないで常温で食べるのがベスト。

「家庭で冷凍庫にストックするようなごはんは、レトルトごはんと比べると密閉性が低く、水分が多少蒸発しますから、電子レンジ加熱をしたい際は表面がしっとりするぐらい霧吹きで湿らせるといいでしょう。もしくは、鍋やフライパンを使ってリゾットやチャーハンにするとパラパラ感が出ておいしくなります。

 冷凍食品のピラフ類も電子レンジではなくフライパンで炒める、焼きおにぎりもトースターを使うほうが、ゆっくり温められ糖化しにくくなります。しかもお米のおいしさが引き出されるのです」(伊達氏)

 ごはんと同様、糖質を多く含むサツマイモ、トウモロコシも“じっくり加熱”が向いている。「電子レンジで短時間で作ると、麦芽糖という糖質が増えず、甘みが出ない」(望月氏)という。電子レンジで加熱したい場合は、水で濡らしたクッキングペーパーに包み、「弱」の機能で加熱したほうがいい。

 つまり電子レンジのマイクロ波は、「ゆっくり加熱」と対極にある「短時間で高温加熱」が特徴なのだ。AGEは高温で調理することで大きく増える。

揚げ物の温め直しは最もダメ

 そのため、最もレンジでチンが向いていないのは「揚げ物の温め直し」といえるだろう。揚げ物をするとき、そして電子レンジ加熱と、2回にわたって食品中のAGEを増やすことにつながる。


「揚げ物を再加熱するなら、テフロン製のフライパンにクッキングシートを敷き、その上にフライを置いてフタをし、弱火で5分程度温めるといいでしょう。その方法でも糖化は起きますが、低温かつマイクロ波がない分、電子レンジ加熱よりはAGE発生を抑えることができます」(同前)

 出来合いの惣菜も油を含んでいることが多いため、再加熱するなら同じ方法で温めよう。

 油分の多いカレーやシチューを調理翌日に食べたい場合は、電子レンジではなく鍋を使って弱火でコトコト温めるといい。マイクロ波による油の劣化を抑える観点からはもちろん、夏場は食中毒対策を兼ねられる。マイクロ波が油分に集中するということは、加熱ムラができやすくなり、均一に温めるなら鍋のほうが優れている。特に死滅するのに80度20分も要するような赤痢菌の場合は、電子レンジ加熱での滅菌が難しいのだ。

ビタミンが流れ出ないという利点も

 それでは電子レンジが役立つ時はないのかというと、そんなことはない。短時間で高温加熱を利用できるのは、ビタミンを豊富に含む野菜類だ。


「ゆでるなど長時間火にかけると、水溶性ビタミンが流れ出てしまいます。電子レンジ加熱は逃げる水分が少ないため、水溶性ビタミンを保持しやすい。ビタミンが豊富なブロッコリーや葉物などの野菜類は、基本的に電子レンジ調理がいい。

 ただし菓子メーカー、カルビーらの研究で、もやしを電子レンジで加熱調理すると、5分経過後からアクリルアミド(AGEの一つ)の生成が見られるため、やはり電子レンジは“短時間”が原則」(望月氏)

 忙しい現代社会ではもはや電子レンジなしの生活は考えられないが、ちょっと時間があるときは電子レンジの“加熱”ではなく、スイッチをひねって“オーブン”に切り替えよう。

「マイクロ波加熱は内部の細胞から破壊されていくため、特にタンパク質は性質が変わりやすい。オーブンのような焼く加熱なら表面から細胞が徐々に壊れていくため、食品本来の性質を壊しにくい」(伊達氏)

 元厚生労働省健康局栄養・食育指導官で、現在は和洋女子大学教授の古畑公氏は、「食品に対して作用が優しいのは、蒸す、煮る、焼く、揚げる、電子レンジ加熱の順」と話す。

「5つの調理法の中で温め方が集中的でなく、蒸気によって四方八方から平均的に温められ、かつ栄養価も失いにくいのは蒸す方法。ただし、時間がかかる」

 前述した揚げ物や惣菜も、陶器に移して“蒸す”方法での再加熱がおすすめだ。
“手軽にチン”の前に、その必要性と手段をいま一度見直したい。

(笹井 恵里子/文春ムック 老けない最強食)
http://news.livedoor.com/article/detail/15521198/  

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/984.html#c3

[近代史3] 我々は「自分の老い」に向き合ってきたか? 中川隆
12. 中川隆[-8616] koaQ7Jey 2019年8月28日 15:48:35 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4136]

◆女性によってまったく違う膣圧。それはベッドに入るまで分からないこと

整形手術にもいろいろあるのだが、容姿を整える手術の他に「膣縮小手術(膣壁形成術)」というのがあって、少なからずの女性が受けているようだ。

この手術は「膣のゆるみ」を改善するためのものだが、もともと体質的に膣がゆるい女性もいれば、出産が原因で膣がゆるくなってしまった女性もいる。出産によってはゆるんで広がってしまった膣壁が戻らなくなってしまったり、膣壁を構成する筋肉が断絶してしまったりする。

こうした女性たちの悩みを膣縮小手術は改善する。個人差や症状もあるが、日本ではだいたい相場的に60万円くらいかかる手術だ。

驚くほど高い手術代ではないが、決して安いものでもない。そのため、膣のゆるみを意識しながら放置する女性も当然いる。ゆるくても日常生活に支障がなければ、ほとんどの女性は放置するのは想像できる。

膣圧の強さや弱さは個人差もあるし、どこが標準であるかも分からない。そもそも、膣圧の強さや弱さは他人と比較できるものはないので、よほどの「ゆるさ」でない限り自覚症状がなくて当然なのかもしれない。

もし、それに気付くとしたらセックスの相手をした男だが、男もそれを女性に言うことはないだろう。女性を傷つけないためだ。
https://blackasia.net/?p=14388
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/446.html#c12

[リバイバル3] 女性の“甘い香り”35歳が「曲がり角」 加齢で減少…見た目の印象も変化 中川隆
4. 中川隆[-8615] koaQ7Jey 2019年8月28日 15:50:05 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4137]
◆女性によってまったく違う膣圧。それはベッドに入るまで分からないこと

整形手術にもいろいろあるのだが、容姿を整える手術の他に「膣縮小手術(膣壁形成術)」というのがあって、少なからずの女性が受けているようだ。


この手術は「膣のゆるみ」を改善するためのものだが、もともと体質的に膣がゆるい女性もいれば、出産が原因で膣がゆるくなってしまった女性もいる。出産によってはゆるんで広がってしまった膣壁が戻らなくなってしまったり、膣壁を構成する筋肉が断絶してしまったりする。

こうした女性たちの悩みを膣縮小手術は改善する。個人差や症状もあるが、日本ではだいたい相場的に60万円くらいかかる手術だ。

驚くほど高い手術代ではないが、決して安いものでもない。そのため、膣のゆるみを意識しながら放置する女性も当然いる。ゆるくても日常生活に支障がなければ、ほとんどの女性は放置するのは想像できる。

膣圧の強さや弱さは個人差もあるし、どこが標準であるかも分からない。そもそも、膣圧の強さや弱さは他人と比較できるものはないので、よほどの「ゆるさ」でない限り自覚症状がなくて当然なのかもしれない。

もし、それに気付くとしたらセックスの相手をした男だが、男もそれを女性に言うことはないだろう。女性を傷つけないためだ。
https://blackasia.net/?p=14388

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/829.html#c4

[昼休み54] 女の停年は35歳 中川隆
12. 中川隆[-8614] koaQ7Jey 2019年8月28日 15:50:53 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4138]
◆女性によってまったく違う膣圧。それはベッドに入るまで分からないこと

整形手術にもいろいろあるのだが、容姿を整える手術の他に「膣縮小手術(膣壁形成術)」というのがあって、少なからずの女性が受けているようだ。


この手術は「膣のゆるみ」を改善するためのものだが、もともと体質的に膣がゆるい女性もいれば、出産が原因で膣がゆるくなってしまった女性もいる。出産によってはゆるんで広がってしまった膣壁が戻らなくなってしまったり、膣壁を構成する筋肉が断絶してしまったりする。

こうした女性たちの悩みを膣縮小手術は改善する。個人差や症状もあるが、日本ではだいたい相場的に60万円くらいかかる手術だ。

驚くほど高い手術代ではないが、決して安いものでもない。そのため、膣のゆるみを意識しながら放置する女性も当然いる。ゆるくても日常生活に支障がなければ、ほとんどの女性は放置するのは想像できる。

膣圧の強さや弱さは個人差もあるし、どこが標準であるかも分からない。そもそも、膣圧の強さや弱さは他人と比較できるものはないので、よほどの「ゆるさ」でない限り自覚症状がなくて当然なのかもしれない。

もし、それに気付くとしたらセックスの相手をした男だが、男もそれを女性に言うことはないだろう。女性を傷つけないためだ。
https://blackasia.net/?p=14388

http://www.asyura2.com/17/lunchbreak54/msg/252.html#c12

[近代史3] 社会主義マジック _ 中共が GDP 世界第二位の超大国になれた理由 中川隆
17. 中川隆[-8613] koaQ7Jey 2019年8月28日 17:06:17 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4139]
グローバリズムがしたのは、アメリカ経済の中国移転
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2019/08/post-76340c.html
2019年8月28日 マスコミに載らない海外記事


2019年8月21日
Paul Craig Roberts

 アメリカ経済における主な問題は、グローバリズムがそれを破壊してきたことだ。アメリカ雇用の海外移転は、アメリカの製造と産業能力、関連する革新、研究、開発、サプライチェーン、消費者購買力や国家や地方自治体の課税基盤を弱体化した。企業は、これらの長期費用を犠牲にして、短期利益を増やした。その結果、アメリカ経済は第三世界へと押しやられつつある。

 関税は解決策ではない。トランプ政権は関税は中国が支払うと言うが、アップルやナイキ、リーバイや海外移転した企業の全てが関税免除を得なければ、関税は、アメリカ企業に海外生産されアメリカ消費者に売られる製品にかけられる。関税はアメリカ企業の利益を減らすか、より高い価格の製品を購入するアメリカ人が支払うかだ。関税はただ、アメリカ市場向けのアメリカ商品生産のための中国人雇用を減らすことで、中国を傷つけるに過ぎない。

 経済マスコミは、アメリカ/中国「貿易戦争」の結果に関する暗鬱な予言に満ちている。貿易戦争などではない。貿易戦争というのは、ある国が、外国からのより安い製品輸入に対して関税障壁を設定し、自分たちの産業を守ろうとするものだ。だが中国からの輸入の2分の1かそれ以上が、アメリカ企業による輸入だ。トランプの関税、あるいはその大部分は、アメリカ企業か、アメリカ消費者が負担させられる。

 トランプ政権や連邦準備銀行や、ワシントンの他のどこにも、状況を理解し、トランプ大統領に理解したことを伝えることができる経済学者が一人もいないことをいぶかしく思うべきなのだ。

 ワシントンに遍在する経済的無知の結果の一つが、経済マスコミが「トランプ関税」がアメリカのみならず、世界全体を景気後退に陥れたという物語をでっち上げたことだ。どういうわけか、アップルコンピュータとiPhone、ナイキの靴、リーバイ・ジーンズに対する関税は世界を景気後退に陥れるか、もっと悪いことなのだ。これは途方もない経済的結論だが、アメリカでは思考能力は、おおかた消滅してしまったのだ。

 経済マスコミにおける疑問は次のことだ。トランプ関税は、トランプ再選をだめにするアメリカ/世界不況を起こすだろうか? これは実に愚かな疑問だ。アメリカの製造/産業/エンジニアリング能力が外国に移転されるにつれ、アメリカは20年かそれ以上の間、不況なのだ。アメリカの不況は、世界ではアジア地域にとっては非常に良かった。中国が予想以上に早く世界強国になれたのは、労働経費を下げて生産することで、アメリカ人株主がキャピタル・ゲインを受け取れ、アメリカ経営者がボーナス給与を受け取れるようにするためだけに、中国にアメリカの雇用、資本、技術と事業ノウハウを移転したおかげだ。

 どうやら新自由主義経済学者は、これは矛盾する表現だが、アメリカ企業が、アメリカ市場で売る商品やサービスを外国で生産すれば、その経済活動で恩恵を受けるのは、移転先の国であることを理解できないのだ。

 海外生産は、ソ連が崩壊し、インドと中国が欧米に彼らの経済を開放して、本格的に始まった。グローバリズムは、アメリカ企業がアメリカの労働力を放棄することで、より多くの金をもうけられることを意味する。だが個別企業について言えることは、全体にとっても言えるわけではない。なぜだろう? 答えは、多くの企業がアメリカ市場のために、彼らの生産を海外移転する際、失業するか、より低賃金の仕事で雇用されるアメリカ人は、海外生産された商品を購入する力を失うためだ。

 私は何年も、アメリカの雇用は、もはや中産階級の雇用ではないと報じてきた。仕事は付加価値と給料の点で、何年もの間下落している。この下落とともに、総需要も下落する。実際、何年にもわたり、アメリカ企業は、自社株の買い戻し以外、新しい生産設備に対する投資に、利益を使っていなかったという証明があるのだ。企業が投資ではなく、自社株を買い戻している時には、企業が生産増加に対する需要を見ていないことを経済学者の名に値する人物なら誰でも直ちに認識すべきなのだ。そのため、その過程で、彼らはボーナスのために、自社を略奪し、資本を希薄化する。これが実際に起きていることだという完全な認識があるが、それ経済成長とは全く一致しない。

 労働力参加率も同様だ。通常、経済成長は、仕事につこうとして、人々が労働力に加わるから、労働力参加率の上昇をもたらす。だが好況とされている期間を通じて、得られる仕事がないので、労働参加率は低下している。

 21世紀にアメリカは資本が希薄化され、生活水準が低下した。しばらく、この過程は負債拡大により継続したが、消費者収入は維持されず、消費者負債拡大は限度に達した。

 F連邦準備制度理事会/財務省の「株価急落予防チーム」は、S&P先物を購入することで株式市場を維持できる。連邦準備制度理事会は金融資産価格を上げるため、より多くの金を注ぎ込める。だが雇用と雇用による経済活動は外国に移転されているので、お金は生産高を上げない。グローバリズムがしたのは、アメリカ経済の中国移転だった。

 本当の統計分析は、公式宣伝とは対照的に、好景気に沸く経済という幸せな構図は統計上のペテンによってもたらされた錯覚であることを示している。インフレが過小評価され、名目GDPをデフレートすると、結果は、本当の生産増加として、より高い価格を数えることとなり、インフレが本当の経済成長になってしまう。失業は計算されない。もし人がこれまでの四週間で仕事を探さなければ、その人は公式に労働力の一部ではなく、その人の失業は数に入れられないのだ。政府が失業を計算する方法が実にとんでもないものなので、アメリカがゼロ失業率でなくとも、私は驚かない。

 今敵として悪者にしている外国に、その経済を与えてしまっている時、国は一体どのように回復するのだろう? 企業のお仲間が短期的な富を懐に入れられるよう、敵に経済を与え、手足を縛られる以外全く能がない支配階級のこれ以上どんな好例があるだろう?

 我々はこれをトランプのせいにすることはできない。彼は問題を引き継いだのであり、彼には問題を理解するのを手伝い、解決を見いだすことができる顧問はいないのだ。そのような顧問は、新自由主義経済学者中にはいない。私はトランプに手を貸すことができる四人の経済学者を思いつけるだけだが、その一人はロシア人だ。

 結論は、アメリカは、60年前の第三世界に直接向かう道に固定されているということだ。トランプ大統領は、それについてどうすることもできない。

 Paul Craig Robertsは元経済政策担当財務次官補で、ウオール・ストリート・ジャーナルの元共同編集者。ビジネス・ウィーク、スクリップス・ハワード・ニューズ・サービスとクリエーターズ・シンジケートの元コラムニスト。彼は多数の大学で教えた。彼のインターネット・コラムは世界中の支持者が読んでいる。彼の新刊、The Failure of Laissez Faire Capitalism and Economic Dissolution of the West、HOW AMERICA WAS LOST、The Neoconservative Threat to World Orderが購入可能。

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/203.html#c17

[リバイバル3] 最近のオーディオ業界の状況 中川隆
120. 中川隆[-8612] koaQ7Jey 2019年8月28日 19:52:09 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4140]
コメント
https://green.ap.teacup.com/pekepon/551.html#comment


2018/9/14 18:28
投稿者:ロケットサラダ


いえ、自作派といっても何もわかってない初心者のまま全然進歩がないんです。80年代初頭くらいに発売されたBOSE101MMをいまだにパソコンにつないで使ってまして、パソコンとしてはこれで十分なんだけど、ヤフオクとか見てたら、JBL、タンノイ、B&Wなど目についてこれらは一体どんな音がするんだろうと確かめてみたくなるんです。アンプだとスレッショルド、ゴールドムンド、ボンジョルノ、金田式、窪田式、クリスキット、管球アンプ、デジタルアンプ、色んなものが出品されてますよね。人力さんはある程度一通り回って来たんじゃないですか? 私は、まだ入り口辺りをうろうろしてるままなので興味津々です。聴力はかなり悪くなっているはずなのに。ノーチラスって言うのが、スピーカーらしからぬ形をしていて、200万くらいで落札されるのを見たことがありますが、あれ2000円で買えたらなと思います。昔、ヤマダ電機でJBLのバカでかい重量級のスピーカーでエリック・クラプトンをかけていましたが、豊かな低音でした。あんなの家庭で鳴らせませんよね。10年以上前に8センチのフルレンジを大音量で鳴らしてたら、向かいのおばさんが何事かと思って家に来ましたよ。家の中で人が暴れてるのかと思ったらしいです。何をやっても、結局、防音室がなければ思うように鳴らせません。かといって、ヘッドフォンは何だか、抵抗がありますし…。寮に住んでた時、ゼンハイザーのを使ってましたが、あれって、スピーカーのウレタンエッジと同じで経年劣化でボロボロになりますね。音は良かったのですが。スピーカーだと視覚的にああこれから音が出てるのかと思うことができるけど、ヘッドフォンは見えないのが辛いです。それと、私は全然マニアじゃないから、カタログスペック見ても何のことやらわかりません。なので、聴いてみて、この音好きとか、そんな感じです。BOSE101MMの音ですら、さすがと思ってしまうんです。35年くらい使ってるけど、未だに現役なのがすごいし。なんたる耐久力かと感心します。人力さんが仰っていましたが、私もフルレンジ好きなんです。とにかくヤフオクは目に毒で恐ろしいです。見なくなったら全然見ないんだけど、一旦見だしたら次から次へと目移りしてしまって。では、ちょっとヤフオク見に行ってきます。

http://ivory.ap.teacup.com/ikiru/

2018/9/12 8:18

投稿者:人力


ロケットサラダ さん

自作派の方でしたか。尊敬しちゃいます。

色々不要な接点が増えるからプリアンプは要らないというのはCD時代からの流れですが、実はプリアンプって音色を作る役割が有ったりしますよね。歪が増えているだけなのですが、個人的には「心地よい歪」を付加する装置は大歓迎です。偶数次の歪が増えると音が艶やかになるとの説も。ケーブルにしても、電源にしても固有の歪が付加され、それが音質の変化として認識されます。

結局、オーィオ道って、「自分の好きな歪」を作る行為なのだと私は考えています。「原音」なんて、そもそも存在しないのですから。

ドイツのジャーマンフィジックス社のクリスマスの帽子の様な振動版のスピーカーの音を聞くと、ダイナミック型のスピーカーが発する音が如何に偽物かが良く分かります。静電型やアポジーの様なフルリボン型とも違う、異様なリアリティーを持った音に鳥肌が立ちます。

お金に糸目を付けなければ、泥沼に落ちるのも楽しいオーディオですが、「この程度で十分」と線引きする事で、楽しく音楽と付き合う事の方が大事だと私は考えています。


2018/9/8 17:54

投稿者:ロケットサラダ


はい、私が使ってた真空管アンプはエレキットの300Bのアンプで7Wでしたが、それでも、最大音量にできませんでした。昔のなので、検索しても同じやつ出てきませんね。縦長のやつです。プリアンプつないだ方がいいという方もいますね。可変抵抗も仰られてる様にそうだと思います。でも、私はどちらかと言うと排除の方向です。プリアンプまで買うとその分お金が飛びますし。イコライザーもいじったら何が何だかわからなくなるから、使ったことないです。どうにでもなるから、逆に迷路に入りそうで怖い。できるだけシンプルにしないと泥沼でお金がいくらあっても足りなくなるという考えです。でも、人力さんの考え方は勉強になります。そう言えば、私が若い頃使っていた、ヤマハのプリメインアンプは低音が全然出てなくて、薄っぺらい音でした。友達の家に行くとモリモリと力強い音が出ていましたが、実は彼はラウドネス・スイッチを使っていたのです。その方が迫力ある音に聞こえるのですから、それでいいのだと思います。私は長岡鉄男さんの影響を受けているので、今更路線変更できません(;^_^A モアイのインピーダンスは2Ωを切ることがあると言われてるけど、よくアンプが昇天しないものだと感心してます。

http://ivory.ap.teacup.com/ikiru/

2018/9/6 1:20

投稿者:人力


ロケットサラダ さん

可変抵抗には「美味しいゾーン」がある様で、プリとパワーでそれぞれ美味しいゾーンが使用出来るパワーアンプの出力ワット数というのも重要な要素だと思います。一般家庭ではスピーカーの効率にもよりますが100Wなんてパワーは持て余すかと・・。

スピーカーの箱が小さくなって、効率を犠牲にする事で低音を確保する現在のオーディオ技術は根本的に何か間違っている気がします。出力トランジスターを多数並列にして出力抵抗を下げる方法も、個々のトランジスターの特性の微妙な違いで、音楽の鮮度を下げているだけ。

シングルプッシュフルのトランジスターアンプは素直で良い音がする物が多い。ただ、組み合わせるスピーカが低効率のローインピーダンスのタイプだとアンプの良さが全く生かせません。

2018/9/2 13:08

投稿者:ロケットサラダ


なるほど。よくわからないけど、デジタルボリュームはとにかく最大にしていればいいのですね。ビット落ちするって知りませんでした。私は右に回しきって短絡させた状態で、長岡式パッシブアッテネーターをつなげばいいかなと思っているのですが、昔、小さな真空管アンプでしてた時、音が大きすぎて、短絡状態では無理でした。普通の家ですのでお隣さんに怒られちゃいます。固定抵抗の抵抗値を変更すればいいのだろうけど、ちょっと今はめんどくさくて。その時は、なんだか、音が痩せて聴こえました。固定抵抗だとそのような音の傾向になるのですね。

http://ivory.ap.teacup.com/ikiru/

2018/8/25 15:10

投稿者:人力


ロケットサラダ さん

すみません、コメントを見落としてお返事が遅くなりました。

アナログボリューム
1)抵抗によて信号電圧を無段階に変化さる
2)小音量にしてもアナログ波形は微細に見れば滑らか
3)抵抗値が上るとノイズが混入したり、歪が発生する

デジタルボリューム
1)6db信号を減衰させると1bit削る事になる
2)通常の視聴音量では11bitの信号になっている事も
3)但し、アナログボリュームで処理してもデジタルで切り捨てられた小音量の部分はノイズに埋もれて聞こえない信号領域


では、デジタルで音量を調節しても問題無いかと言えば、入力信号を絞った場合、D/A変換以降のアナログ回路でノイズや歪の影響を受け易くなると私は考えています。

パワーアンプに入力ボリュームが付いているスタジオ用の器材が便利なのは、プリアンプやミキサーからの信号出力を最大出力で受けて、パワーアンプ側で音量をコントロールできる点。プリ-パワ−間での信号劣化が少ない事がメリットです。

最近は32bitに返還して処理する器材も在りますから、デジタルボリュームのbit落ちに神経質にならなくても良いのかも知れませんが、やはり、電流の少ない信号は外部ノイズの影響を受けやすいので、デジタルボリュームはMAXにしてプリアンプやパワーアンプでボリュームコントロールする事がベターかと思います。

尤も、デジタルイコライザーなんてものは、周波数毎のデジタルボリュームに過ぎませんから、音質に影響が無いかと言えば大有りなのですが、イコライジングのメリットの方が多きいと判断しています。

2018/8/10 0:42

投稿者:ロケットサラダ


お久し振りです。またまた、初心者的な質問よろしいですか? 私は50代ですので、ボリュームは可変抵抗もしくは固定抵抗のパッシブ・アッテネーターのアナログ人間でした。なのでデジタルの電子ボリュームの是非がわかりません。このことについて何かご教示頂ければありがたいです。あれは私には何がどうなのか全然わからないのです。

http://ivory.ap.teacup.com/ikiru/

2017/10/19 8:10

投稿者:人力


ロケットサラダ さん

長くなってしまったので下から続きます

尤も、ジッタによる歪は本来は人間の認識出来ない程度の微細な揺らぎみたいなものなので、何故、人がこれを音の差として認識できるのかは謎ですが、ジッターを低減すれば音が良くなるというのが最近のデジタルオーディオの常識となっています。

ただ、ノイズや歪というのは不思議なもので、気持ちの良い歪というのも存在します。ここら辺がオーディオの面白い所で、徹底的に歪を低減した音が心地よい音かと聞かれたら答えはNOとなります。

ローファイの時代から、音の良い器材が有るのは、この歪による味付けの上手い下手が大きく影響している様です。

そもそも、音の入り口であるマイクと、出口であるスピーカーは歪の塊であり、原音などというものは存在しない事を考えると、オーディオは所詮は「好みの音」を再生する趣味という事になります。

そして、オーディオ地獄で大金を失わない為には・・・私はフルレンジスピーカーの音から外れない様に気を付けています。下手に低音、高音を伸張すると・・・大金が飛びます。中域を厚くして、低音・高音は脳内補完・・・これで幸せなオーディオライフが送れるハズ。

久しぶりのオーディオの話題に、ついつい長くなってしまいました。


2017/10/19 8:10

投稿者:人力


ロケットサラダ さん

USBケーブルによるデータ転送はエラー時にデータの再送を要求しないアイソクロナス転送という方式ですが、普通のUSBケーブルを用いる限り、エラーの発生頻度はそれ程高く無い様です。

データ転送時にCRCによるエラー検出を行っているので、エラーの発生した箇所は捨てられ、データは何等かの方法で補完されます。

実はCDのデータ規格ではデータはある程度分散して配列される為、ある特定のデータが消失しても、データは問題無く再生される様です。

「70cmを越えるUSBケーブルでエラーが増える」というのはメーカー担当者が語った事の様ですが、多くの人が検証すると、エラーの発生確率は無視できる程低いという事が分かって来ています。

しかし、実際にはUSBケーブルによる音質劣化をほとんどのPCオーディオマニアは経験しており、やはりUSBの質や長さは音に影響を与える様です。

そうなると、原因はやはりジッターという事になります。出始めの頃や安価なのUSB-DACはクロックを外部クロックに頼っていたので、転送によってクロックに揺らぎが生じていてジッタという歪が生じる可能性高い。これは同軸ケーブルや光ファイバーによる転送でも発生します。

昨今のある程度高性能なDACは転送されたデータを一度内部のバッファに溜め込み、正確な内蔵クロックによってデータを読み出すので、ジッタが低減される様です。

2017/10/18 10:13

投稿者:ロケットサラダ


初めまして。記事、大変興味深く読ませていただきました。USBケーブルが70cm以上になるとエラーが多くなるって知らなかったです。それ以下のケーブルを買わないといけないんですね。オーディオは素人なので、これからも参考にさせてもらいます。

http://ivory.ap.teacup.com/ikiru/


2016/6/8 16:23

投稿者:人力


通りすがりの者です さん

高効率のスピーカーシステムって本当に音楽がイキイキ
と鳴りますよね。低能率スピーカー+ハイパワー低イン
ピーダンスアンプの緻密な描写とは真逆。

どちらも凄いのですが、安価に楽しめる点では高効率な
SEスピーカーは半ばオーディオの盲点でした。

尤も、その両方のイイとこ取りをする小型スピーカーも
存在する訳で、箱庭オーディオの世界も盆栽同様に奥が
深いものが有ります。


2016/6/5 0:49

投稿者:通りすがりの者です


能率(感度)が99〜100dBくらいあり、2kHz前後まで出力帯域を持たせられるSR用38cmスピーカーは鳴り方いいですね。コンプレッションドライバーとホーンの組み合わせは本当に良く出来ている。

2011/10/18 0:08

投稿者:人力


mさん

本当は空洞化の例として書き始めた記事だったのですが、書き始めたらオーディオ話になってしまいました。

こんなに拍手を頂くとは思ってみみませんでした。隠れオーディオファンが大勢いらっしゃる様ですね。

昔からBOSEファンには音楽ファンが多いですよね。基本フルレンジで音楽の美味しい所がしっかりと聞こえるからでしょうか。

デジタルオーディオは謎だらけですよね。あるスタジオでは、真夜中に裸電球の光でミックスダウンするとか・・・意外にデジタルは外来ノイズに弱いのかも知れません。

それとPC音源は、PCのOSの構成が変わると音が変わってしまいます。

AirmacはDAコンバートとアンプはAirmac側にあって、音源のデジタル信号をiTunesが加工しないで転送していれば、音が変わるはずが無いので、iTuseは音源を加工して出力しているのでしょう。「原音主義者」は抵抗がありそうですが、CDプレーヤー自体各機種、独自の音色の色付けがありますから、「原音」などというのは、やはり幻想なのでしょう。

2011/10/17 21:25

投稿者:m


人力さん、こんにちは。

昔々は 20kg ぐらいあるアンプと、小型冷蔵庫ほどある中古で買ったスピーカーを使っていました。

iTunse が出る前から、Linux サーバーで CD をリッピングして CD チェンジャー代わりに使い始め、当時のサウンドカードは電源 ON/OFF 時のプッツンノイズ入るので、奮発して(?)デジタル入力のある AV アンプを買いフルデジタル化。その後、501x の頃からあこがれていた bose の AM5-III を買って、そこからはオーディオにお金をつぎ込まなくなってしまいました。

だからどうしたというわけではないのですが、人力さんの話を読んでいたら、つい書きたくなりまして (^^;

http://www.co-mind.info/cgi-bin/mt/mt-search.cgi?tag=VSX-D3&blog_id=4

2011/10/17 16:38

投稿者:人力


鍛冶屋さん

音なんて、気にしない方が何百倍も幸せになれます。
ところが、一度気になり出すと、気になってしまいます・・・。

世の不幸は、きっと、この様にして始まるのでしょう。
オーディオの音質差なんて、掛けたお金にある意味比例しますから、車の優劣を気にする事と差は無いのでしょう。

ただ、科学的な実験としは、非常に楽しい世界でもあります。アナログ時代のオーディオは、「振動制御」が決め手でした。

デジタオーディオの時代は、PCの作動環境や、ソフトの相性などで音が変わる様です。デジタルという再現性の高い技術で音質差が生じる事自体、不思議ではありますが。

XPのSP3はCPU負荷が高いのだろうと、勝手に想像しています。

2011/10/17 15:41

投稿者:鍛冶屋


音の良し悪しなんてさぁ〜っぱり分からない耳音痴な自分には、
まったく理解できないお話でした^^;)。

しかし、最近XPをsp-2→sp-3にアップした所(・・・今頃って)
なんか重いわ不安定だわで・・・やっぱ止めときゃ良かったっと
後悔していました。


https://green.ap.teacup.com/pekepon/551.html#comment
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/845.html#c120

[リバイバル3] ブリティッシュ・サウンドとは何か? _ 安物スピーカー スペンドール BCII から奇跡の音が… 中川隆
108. 中川隆[-8611] koaQ7Jey 2019年8月28日 20:30:30 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4141]

2011/10/16
日曜の午後は優雅にJAZZなど聞きながら・・・最新技術でレトロを再現する 
https://green.ap.teacup.com/applet/pekepon/msgcate11/archive


オーディオマニアはイコライザーの使用を嫌います。

「レコードやCDには生の音源が入っているのだから、手を加えるのは言語同断」という
原音至上主義の方達が多くいらっしゃいます。
最高の録音であれば、良い音源は優れた再生音を生み出してくれます。

ところが実際には「録音」は千差万別です。
クラシックでも酷い録音は存在しますが、それでもバランスは取れています。

これが、80年代以降のロックやポップスやJ-POPSでは悲惨な録音状態です。
CDの登場によってオーディオ機器は小型化し、ラジカセ全盛の時代になりました。

CDを購入する多くの人々が、ラジカセで音楽を聴くので、
当然、録音スタジオではラジカセで格好良く聞こえる様な録音をする様になります。

ミキシングスタジオから大型スピーカーが消え、
YAMAHAの10Mという、白いウーファーの小型スピーカーが大増殖して行きました。
ラジカセは大型スピーカーの様には低音が出ませんので、
ミキシング時に低音を思い切り持ち上げて録音される様になりました。
さらには、小型スピーカーではあまり聞こえない重低音は、
管理されていないような録音も現れ始めました。

80年代前半のアナログレコードに時代までは、
それでも多くの人が大型のオーディオスピーカーを使用していたので、
録音はそれを考慮して、まともなバランスを保っています。

しかし、90年代以降はPOPSやROCKはそれこそ「悲惨」な状況です。

■ 曲毎、アルバム毎にイコライザーカーブをプリセットできるiTunse ■

イコライザーを使用すれば、部屋の音響特性と録音バランスを補正できるのですが、
録音バランスの違うCDにあわせてその都度イコライザーを操作するのは面倒です。

しかし、iTunseには、曲毎にイコライザーを設定する機能が付いています。
iTunesにプリセットされているイコライザーは、派手な演出でクソですが、
iTunseはバンド数が少ないながらも、自分で複数のイコライザーカーブを作って登録できます。

もう、これを使ってしまったら、病み付きになります。
古いジャズも、最新のロックも、最適なバランスに調整する事が出来ます。

■ ルームアコースティックを機材で調整する愚 ■

私は先日、コンクリートにクロス直貼りのマンションから、
ボード貼りのマンションに引越しました。

コンクリートにクロス直貼りの部屋では、低音がだぶ付いて始末に負えませんでした。
iTunseのイコライザーが無ければ、大型スピーカーは絶対に使えません。
ところが、ボード貼りの部屋では、ボードが丁度良いアンバイに低音を吸収してくれます。

これが、木造の和室では、今度は低音が不足するかも知れません。

このようなルーム・アコースティックの違いを機材で調整する事は至難の業ですが、
イコライザーでは比較的容易に調整できます。

■ 大型スピーカーの衰退 ■

AMラジオの様なフルレンジの小型スピーカーは
高音も低音も出ませんが、ストレスの無い聞きやすい音がします。

今な無き長岡鉄夫というオーディオ評論家は、
小さなフルレンジユニットを使って、高効率の自作スピーカーを発表し続け、
一部のオーディオマニアから神的な扱いを受けていました。

長岡鉄夫のファンはらはオーディオマニアと言うよりは、音楽マニアが多く、
高効率のスピーカーからは、生きた音楽が聞こえる来る事を知っていました。

一方、所謂オーディオマニアはJBLのマルチユニットのモニタースピーカーなどに嵌りますが、
これは上手く鳴らす事が非常に難しいシステムで、まともに鳴らした人は少ないでしょう。

大型のマルチユニットではユニット間の繋がりで、周波数特性が乱れ、
さらには日本人はタンスの様な巨大スピーカーを6畳間に押し込んだりしていましたから、
ユニット間の音が混じる事も無く、音場再生などという概念もハナから無視していました。

一時期、録音のワイドレンジ化に伴って導入されたJBLのマルチモニターは、
その後、UREIの同軸2ウェイユニットにその座を奪われます。
ホーン先端の青色のスポンジも鮮やかなUREIのモニターは、
同軸2ウェイ故に、音の繋がりも良く、大型ながら音場再現にも優れていました。

JBLはその後、2ウェイのモニターシステムに移行すると同時に、
UREIを買収して、UREIモニターを市場から消し去りました。(アメリカ人の発想ですね)

ところが、時代はラジカセの時代になり、
大型モニターは少なくなり(当然、楽器個々の録音確認には使用されますが)、
YAMAHAの10Mが大増殖し行きます。

■ 小型スピーカーブーム ■

1985年頃だと思いますが、イギリスのセレッションというメーカーが
SL600という小型密閉方スピーカーを発売します。
(マーシャルのギーターアンプのスピーカはセレッション製です)

SL6という、中級スピーカーのユニットはそのままに、
箱の共振を抑える為に、航空機に用いられていたアルミのハニカム材を
エンクロージャーに用い、レーザー解析で振動を最適化するという
現代的スピーカー設計の原型とも言える製品でした。

SL600は鳴らし難いスピーカーとして名を馳せました。
非力なアンプでは全く鳴らないのです。
ところが、マークレビンソンなどアメリカの純A級のパワーのあるアンプで鳴らすと豹変しました。

スピーカーの存在が消え、そこであたかも演奏していうかの様な空間が生まれたのです。

■ 地獄の一丁目、小型低能率ワイドレンジ・スピーカー ■

SL600の登場までは、スピーカーの効率は90dB以上はありました。
ところがSL600以降は、80dB程度の効率しか無いスピーカーが続々と登場します。

低音が出難い小型のスピーカーなので、
低音の効率に、システムの効率を揃える事で、帯域のバランスを確保したのです。

さらに小型スピーカーで低音を得る為に、ウーファーのユニットは重くなり、
さらに強力な磁気回路の中に設置されました。

これでは、非力なアンプでは、ウーファーから逆流する電流に押されて
まともな再生が出来ません。

さらに、ハイパワーでウーァーを叩き出さなければ、音に勢いが生まれません。

NFBを最小に抑えながらも、出力インピーダンスを小さくして駆動力を稼ぐ為に、
現代の高級アンプは、出力段のトランシスターを多数並列にして、
スピーカーの駆動力を確保しながら、低インピーダンスに対応しました。

小型低能率スピーカーの登場は、アンプの巨大化と高価格化をもたらしましたが、
住宅事情から、大音量の出せない日本のオーディオマニアの多くは、
結局、スピーカーとアンプの実力を出す事なく、買い替えを繰り返していきました。

(この時代のパワーアンプの最高傑作が、初期型KRELLのKSA50やKSA100でしょう。
 2Ωまでを楽々と駆動しながら、繊細で力強く、さらにマッタリとクリーミーな味わい。
 しかしながら、陽炎が立つ程の発熱と、月の電気代が3000円アップに耐えなければなりません。
 エコを目指し、クラーの無い我が家では、半年で売りに出されました。

 でも、人生で最後に聞きたい音を挙げろと言われたら、
 私は間違い無く「初期型のKSA50の音を聞きたい」と答えます。
 スピーカーは・・・SL600・・・いや、APOGEEのフルリボンか・・・)

■ 小型スピーカーが悪いわけでは無い ■

小型スピーカーの先鞭を付けたセレッションですが、
SL3という非常に鳴らしやすい小型スピーカーを発売していました。
今でも実家で使っていますが、FMラジオを聞き流すには最適なスピーカーです。

SL3の上位機種の、SL600の原型であるSL6も素晴らしいスピーカーでした。
小型密閉型のスピーカーですが、低音も結構出たので、
これをどう料理するかが、鳴らす人の腕の見せ所でもありあました。
LINNの黒箱に繋いで鳴らすと、弦楽器は張りがあって、艶やか、躍動感一杯に鳴ります。
又、この組み合わせの、ビートルズは絶品でした。
アメリカのスピーカーでは鳴らし難いビートルズですが、
イギリスのスピーカーとアンプの組み合わせでは、生き生きと鳴ります。

最近ではKEFFのiQ3などは、とても良く出来たスピーカーです。
DALLIのロイヤル・メヌエットも、音楽がとても楽しく聞こえるスピーカーです。

これらの小型スピーカーを使っている内は、オーディオマニアも幸せで居られます。
高音がどうの、低音がどうのと、細かい事も気になりません。

■ 38cm小型2ウェイという選択肢 ■

ご存知の方も多いと思いますが、名古屋のProcableという通販ショップが、
iPodやiTuneのオーディオ活用に一役買いました。

ホームページが強烈なので、アンチ・プロケーブルを量産しましたが、
そこに書かれている事は、技術的には間違いも多いのですが、
結構、従来の常識を外れると、楽しいオーディオライフが返って来る事を証明しています。

先ず、高効率スピーカーを使う事。
問題はほとんどコレで解決します。
生き生きとした音楽が聞こえてきます。

38cmのPAスピーカーを推奨しているので、
私もエレクトロボイスの「Foce i」という比較的小さなPAスピーカーと、
クラウンの25Wの小型アンプD45を購入してみました。

これが意外と素性が良いのですが、
38cmと言えども箱が小さいので低音が出ない。
小型スピーカーよりも低音は少ないのでは無いでしょうか?

ただ、103dBという高効率スピーカーなので、
25Wのアンプで軽快に鳴ります。
とにかく、ドラムなどの音の立下りは早い。
ロックのドラムが、パッシっと決まるのは快感です。

低音を出す秘訣は・・・
私はスピーカーケーブルをステージ用の端子を用いずに
スピーカーのネットワークに直接半田付けしたら、低音のバランスが取れました。

ネットワークとユニットの間も、スピーカーケーブルと同じケーブルで半田付け。
多分、半田の適度な抵抗が、スピーカーに丁度良い負荷になったのではと考えています。
(某サイトでは、電線(Fケーブル)を何百メートルも使ってバランスを取る人も居ましたが、
 単に、それって抵抗じゃなイカ?)
昔からJBLなどの大型SPに抵抗を繋ぐと鳴らしやすいというウワサは聞きます。

因みにスピーカーケーブルはウェスタンエレクトリック社の14Gという錫メッキ線です。
高域が適度にシャラシャラして、ホーンのキツサを抑えてくれます。
クラシックまで聞こうとするならば、錫メッキ線は便利です。

■ BOSEという選択肢 ■

その頃、カフェバーのスピーカーと言えばコレ。

クリックすると元のサイズで表示します

BOSE 301。
白いカフェバーに、白いBOSE。
何となく軟派なイメージがしてヘビーデュティー嗜好の私などは、
あまりBOSEが欲しいとは思えませんでしたが、
友人達の部屋で聞くBOSEは、101も、301も、楽しい音で鳴っていました。

「この高音が」とか、「コンバスの弦の解像度が」などという点ではダメなのですが、
音楽を聴いていて楽しいスピーカーでした。
音楽の「うねり」の様な物を良く表現し、
ボーカルの表情が良く伝わる。

当時を振り返ると、
音楽好きはBOSEや自作フルレンジ(長岡式)を選択し、
機械好きは、国産をカタログスペック重視で選んでいた様に思います。

さて、時代が30年経ち、どちらが優れていたかは自ずと結論が付いていると思います。
国産オーディオはほぼ絶滅の状況にあり、
ミニコンポと一部愛好家向けの高級機だけの市場になってしまいました。

一方、BOSEはホームシアターというフィールドにも進出し、
今でも楽しい音を鳴らし続けています。

■ ハイファイは疲れる ■

私もオーディオに随分と散財しました。
しかし、結局行き着く先はラジオの音。

先日までは、仕事用のデスクトップシステムに、
カナダのスタジオ用のアンプ(BRYSTON B−60)と
イギリスのMONITOR AUDIOの小型スピーカーを組み合わせていましたが、
結局、殆ど使用しませでした。
何故か・・・眼前にミニチュアの音像が並ぶと、煩わしいのです。

そもそも、ステレオ自体が擬似音場でしかありません。
脳は多分、その擬似的な音場を補正して尤もらしく聞かせる為に、
結構な労力を使うのでしょう。

低音も高音も、現実のものとは違います。
すると、脳は又イコライジングでこれに対応しようとします。

ですから、仕事中になまじなハイファイ(死語ですが)を聞くと、
仕事に集中出来ません。

■ yahooオークションで間違って落札したギターアンプ ■

クリックすると元のサイズで表示します

いきなりギターアンプです。
yahooオクでオーディオのアンプのコーナーに間違って出展されていました。

何の気無しに\3,000で入札したら、落札してしまいまいした。
息子にでもあげようと思い、送金したら、商品が届きました・・・。
日本フェンダーの小型のギターアンプです。
5インチのスピーカーが2個搭載されています。
何と、これがセレッションです。

かつて、マーシャルのギターアンプはセレッションを使用していました。
セレッションはイギリスの老舗のスピーカーメーカです。
レーザーによる振動解析を駆使して開発されたSL−600は、
現代スピーカーの原点と言っても過言ではありません。

私もセレッションの音は大好きです。
今でもSL−3を所有していますし、
SL−6とLINNの黒箱で鳴らすビートルズは最高です。

決して鳴りすぎる事が無く、されど聞きたい音は聞こえて来る。
それがセレッションです。

現在は台湾当たりのメーカーに商標を売却してしまって、
名ばかりセレッションですが・・・何となく嬉しい。


http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/690.html#c108

[近代史3] チャンネル桜の常連の三橋貴明はチャンネル桜関係者の受け売りしかできないアホだった 中川隆
15. 中川隆[-8610] koaQ7Jey 2019年8月29日 04:45:07 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4142]


自己崩壊=自滅した三橋貴明 2018-01-11
https://ameblo.jp/kinakoworks/entry-12343741164.html


[2255]三橋貴明(みつはしたかあき)の自滅、崩壊の記事。 私は、大丈夫です(笑)
http://www.snsi.jp/bbs/page/1/

北朝鮮のICBMの実験(大陸間弾道弾。去る11月29日に、1万キロ飛ぶことに成功して、アメリカの首都ワシントンを正確に照準にとらえた)の、次の実験のことを含めて、私の最新の 北朝鮮の核ミサイルを、世界(=国際社会)が、どのように取り除くか、の分析と予測(予言)の続きを、もうすぐ書きます。

それと、私は、今もずっと、ユダヤ教(Judaism ジュダイズム。ユダヤ思想とも訳せる)と イスラーム教との、長い歴史での絡(から)まり合い、こんがらがりをずっと研究しています。

最新の新聞記事で、以下に載せるとおり、経済評論家で右翼言論人の三橋貴明(みつはしたかあき、48歳)が、若い奥さん(19歳)に傷害を加えて警察に逮捕された、という事件があった。

今日は、このことについて書きます。

○「 経済評論家、妻の腕にかみつく…傷害容疑で逮捕 」

2018年01月07日 読売新聞

http://www.yomiuri.co.jp/national/20180107-OYT1T50044.html

私は、三橋貴明という人が書いた本たちのことを、10年前から知っている。 

彼が、経済の本を、見よう見まねで、書き始めたとき(2007年)から知っていた。

なぜなら、彼の初期の本の文の書き方は、私、副島隆彦の本から、たくさんのことを学び、私の金融本に書き方を、徹底的に真似することで、自分の経済評論の本を書くことを、身につけた人だ、と私は、当時、すぐに分った。

「こういう若手がこれからはどんどん現れるだろうなあ。なるほどなあ、私の本から、こんなに上手に盗用、剽窃するとは、器用なものだな 」と、当時(10年前)に、私は思った。 

私の手元に、三橋が、私の本からどのように盗文したかを、私の本と見開きにして並べて、細かく赤いペン入れした彼の本を今も持っている。

そのうち彼、本人に指摘しようと、私は、ずっと考えてきた。

「こんなに私の本を、丁寧に、熱心に読んでいる、ということは、君は、私、副島隆彦の弟子なんだよ」と言ってやろうと思っていた。

他の若手の保守評論家たちも同様だ。

出版社の編集者たちは、書籍編集部は、東京の出版社では、全体では狭い業界だから、「副島先生の本を、(この人も)よく読んでいますよ」、「(副島)先生の本を、書棚の奥に隠すのを私は見ましたから」と、よく話している。

その後、三橋は、「韓国経済は崩壊する。中国も崩壊する」という内容の右翼本を、執念深く書き続けた。

おそらく40冊ぐらい書いただろう。

そして、自分が崩壊した。

彼の脳がすり切れたのだ。

この「脳がすり切れる」という言葉が重要であって、もの書き、言論人(小説家=作家 も) は、いつか、自分の脳がすり切れるのだ。

それは、すべての種類のスポーツ選手が、自分の体を限界まで酷使して、筋肉や筋を痛めて、文字通り、「肉体をすり減らす」ことと似ている。 

この世の、どんな業種も、職業病(しょくぎょうびょう)というのが有って、それで、やられる。

自営業種であっても、上手に80歳まで働くと、「もうオレも終わりにする」と廃業する。

だから、私、副島隆彦も自分の脳(=思考力)が、すり切れることは他人事(ひとごと)ではない。

私は、三橋貴明の脳が崩壊したのは、何よりも、自分が書き続けた、「中国、韓国崩壊論」が、崩壊したからだ、と判断する。

そうではないのか、と、今からでも、本人に聞いてみたいと思う。

自分の脳が、恐慌状態になって、追い詰められて、切迫して、「日本は、このままでは、(もっともっと強大になる)中国の属国民にさせられてしまう・・・」と、悲鳴をあげる、反共右翼(はんきょううよく)特有のヒステリー症状を起こす。

三橋が、ついに48歳で、発狂したのはこの症状だ。

このあと他の若手の右翼言論人たちにも同じような症状が続くだろう。

私、副島隆彦は、冷酷にそのように予測する。

この三橋に起きた、自分の書いてきた本の、大破産の現実の前に、自分の脳が荒廃する、という症状は、病理学(パソロジー)では、パーセキューション・マニアック persecution maniac 被害妄想(ひがいもうそう )という精神病(=頭の病気)である。

この被害妄想 を拗(こじ)らせて、一番、自分の近くにいる家族を痛めつけてしまう。

そして、ついに哀れな状態に到達した。

三橋のこの頭の病気はもう治らないだろう。

私は、昨年、2つの出版社に、「三橋君と何とか対談をしてみたい。中国や韓国の将来について。それから、日本経済のこれからについて、激突対談本が出来ませんか」と、お願いしていたのだが、もう遅かった。

彼の方が先に勝手に崩壊して自滅した。

この他の、反共右翼の若手の言論人たちとも、私は、対等の立場でこれから対談、激論したいと思っている。

そういう機会がいくらでも欲しい。

私はどんな人との対論もいやがらない。

すすんで応じる。

三橋貴明の自滅、崩壊の2つ目の理由とされるのは、最新の彼の『財務省が日本を滅ぼす』(小学館、2017年10月刊)という本だ。 

この本でも、安倍晋三政権の経済政策(エコノミック・ポリシー)への厳しい批判を続けている。

以下に載せる新聞記事の通りだ。
 
「財務省が、プライマリーバランス(副島隆彦割り込み、注記。 基礎的出費と 税収 だけでも均衡させたい。双方45兆円ぐらい。 )の目標にしがみつくから、だから、財政出動(積極財政)が出来ない。だから、日本はデフレのままなのだ。だから、悪いのは財務省だ」

で、安倍総理と三橋たち反共右翼たちの意見(考え)は、合っている、ピタリと一致している。 

彼らは、自己の信念としても、ずっと、自分たちの反共イデオロギーに忠実に、ずっと政治活動家だ。

とても、一国を代表するに相応(ふさわ)しい人間とは思えない。

安倍晋三は、自分の言うことを聞かない財務省と、ずっと闘っているのだ、とするのが、安倍晋三の自己弁護であり自己信念であり(その軽いオツムで)だ。

そしてこの安部の自分勝手な確信は、そのまま、同時に安部を熱烈に応援しているネトウヨや反共右翼たちの考えだ。

この考えは、安倍晋三自身が持っている考えなのだ。

このことは明らかであり、あからさまと言えるほど、はっきりしている。

安倍晋三と三橋貴明 およびその周辺の、右翼言論人たちは、この「財務省、憎し。財務省が、国賊だ 」で、ずっと、自分たちの言論を作ってきている。

それと、朝日新聞が、反日分子、売国奴だ 論だ。

それに対して、私、副島隆彦は、「そうではない」と はっきりと、反撃する。

財務省が、財政出動( 国家の 真水(まみず)である重要な財政資金を、景気対策として、各種の公共事業に投入すること)が、どうしても、できないのは、それは、アメリカ政府に、密かに、強制的に貢がされているからだ。

アメリカに奪われている 日本の資金は、 日本財務省が管轄するだけで、これまでの累積で、1200兆円である。

この40年間に渡って、毎年、30兆円 。

掛ける 40年 で、 = 1200兆円だ。

これらは、財務省の子分の、「7つの政府系金融機関」が、密かに、米国債や、カリフォルニア州債や、NY市債などを、もの凄い量(金額)で、買わされ続けたからだ。

私、副島隆彦は、このことを、自分の金融本で、もう20年間、ずっと書き続けている。

「それは、本当か」と今頃になって、その ボケた頭で、私に問いかける人は、自分が持っている私の金融本を読み返してみなさい。

アメリカに、日本国の国富(こくふ)を、1200兆円も強制的に貢がされているから、だから、日本に景気回復がないのだ。

だから、日本財務省からの、安倍晋三首相への反論(反撃)は、「首相。そんなに言うなら、アメリカから資金を取り返して下さいよ。米国債を売ることを許可して下さい」である。

この 大きな真実を、日本の御用(ごよう)経済学者も、経済評論家も、官庁エコノミストも、財政学者も、誰ひとり言わない。

それで、三橋のような、大きな真実を知らない、で、謎が解けない、若手の低知能のヒョーロンカが、気が狂うのだ。

ただし、財務省がする財政政策(フィスカル・ポリシー)の不全、機能麻痺状態と違って。

今の日銀を握っている、黒田東彦(くろだはるひこ)日銀総裁(以前は、財務省のNo2の財務官という職)は、金融政策(マネタリー・ポリシー)で、まだまだ、お札と国債引き受けのジャブジャブ・マネー(QE キュー・イー。クオンティテイテイヴ・イージング・マネー 量的緩和)をやるぞ、で、「(酒ーけは 飲め飲め、飲ーむならば・・・やーると思えば)どこまで(も)やるぞー、の黒田節(くろだぶし)」状態だ。

それでも、黒田が日銀総裁の任期を延長して、そのときには、周囲にバレないようにこっそりと、政策を逆転させてコソコソ、引き締め(ジャブジャブの停止)を密かに始めるだろう。 

アメリカに奪われている日本の財政資金(国のお金)の合計1200兆円(10年前には、これは800兆円ぐらいだった)日本の財政資金(ざいせいしきん)の、ことは、日本財務省から、獅子身中(しししんちゅう)の虫として放逐(ほうちく)され、今も、財務官僚たちから、蛇蝎(だかつ)のごとく嫌われている、高橋洋一(たかはしよういち。私、副島隆彦と同年齢 )が、公然と、ベラベラと、自分の本にずっと書いている。

『今すぐ使える650兆円の国家資金がある』(講談社刊)などだ。

この巨額の、属国・日本から 帝国、アメリカさま への貢ぎガネ(だから、これを朝貢国からも朝貢=ちょうこう=)と言う。 

この一番、大きな裏ガネに 較べたら、一年間に(毎年)、6500億円ぐらい、在日米軍(陸海空の他に海兵隊=マリーン・コー=の 4軍)に払っている 思いやり予算=在日米軍駐留経費の負担などは、目くらましのような少額だ。

今、北朝鮮の核ミサイル対策で、すでに、3基のSAHHD 「サード」高高度迎撃ミサイルが、すでに、「米軍が勝手にやっている」ということで、東北と、長野と、中国地方の山にすでに据え付けられている。

三沢、横田、岩国の米空軍基地を防衛するためだ。

このサードとか、イージス・アショア(地上型イージス)などは、一基2千億円ぐらいのものだから、本当に、安いものなのだ。 

先の米国債買いの1200兆円に較べれば。

こういう重要なことが日本国民には、何も知らさないことになっている。

韓国では、騒ぎになっているだけ、まだ、ましなのだ。

韓国は、敗戦国でない(連合国側の戦勝国と自称している)ので、駐韓米軍が遠慮する。 

日本は、このように韓国よりも、哀れな国だ。

皆さん、分ります? 

ただし高橋洋一は、自分が、アメリカの手先であって、アメリカ(当時の、バーナンキFRB議長)によって、丹念に洗脳され、飼育された人間なのだと、ということに、今も自覚がない。

いや、生来、もっと悪質な人間なのだろう。 

自分が東大の理学部、数学科を出ているものだから、「東大の法学部を出た 財務官僚たちは、数学、経済学が出来ない、馬鹿ばっかり。バカ、バカ、バーカたちだ」と、本当に、高橋洋一は、この「法学部出の、バカ、バカ、バーカ」を日頃、連発している。

この、高橋の決まり文句(自分の古巣への呪詛=じゅそ=の言葉)を目の前で聞いた人は多い。

高橋洋一が、東大で学んだ数学というのは、統計学という数学で、本物の数学者たちからは、「ああ、高橋さんは、統計学だからね」とバカにされているのだ。 

統計学( Statistics , スタティスティックス)というのは、とんでもないインチキ数学だ。 

数学の世界の 邪道で下等 なのだ。

統計学というのは、官僚や御用(ごよう)学者たちが、自分たちに都合のいいように、数式や公式をを弄(いじ)くって、ウソの結論を出すための「高等数学」だ。 

統計学が、インチキ数学であることを、大学で、まじめに数学を勉強した人たちは皆、知っている。

このことで、私、副島隆彦は、今から、高橋洋一を細かく、叩くだろう。

高橋洋一も、安倍晋三のお気に入りのひとりだ。

ということは、麻生太郎副総理・財務大臣が率い財務省とは、憎しみの関係だが、それでも、安部晋三は、自分の政治活動家(ポリティカル・アクティヴィスト )としての信念で、財務省と激しく敵対し続けるのだ。

「財務省よ、お前たち官僚が、国賊だ」と安部たちは、自分の政権担当者としての最高責任を回避して、「人の所為(せい)」にすることで、憂さを晴らして、こういう三橋貴明や高橋洋一のような、手軽な、ペラペラ言論人を、呼び寄せては、ご飯を食べて、「総理は悪くありません」と、宥(なだ)めてもらって、自分の脳のキズを修復する。

その見返りに、内閣官房機密費(領収書が要らない)から、それなりの金額を渡す。

それでも、なぜ、今頃になって、突然、三橋が、「(私は、財務省を批判しているので) もうすぐ、国税(庁。財務省のビルの5階に在る)にやられるー」と、喚(わめ)きだして発狂したのか、である。

去る12月12日に、藤井聡(ふじいさとし)が取り持って安部首相と夕食を食べて、そのときに、当然、安部から、「私も君の考えに同感です( 悪いのは、財務省だ)」と言っただろうに、その直後、翌日から、狂躁(きょうそう)状態になって、以下の産経新聞の記事にあるとおり、「「私にスキャンダルが出るか、痴漢冤罪で捕まる…」とブログに書いたのか、だ。 

ここには、これから判明する、もっと奥の深い、政治の闇の部分がある。

三橋は、何をそれほどに脅されたのか?  

今からもう9年前だ。

高橋洋一が、財務省の裏切り者、内部告発者として、財務省の激しい怒りを買って、東京の豊島区の豊島園(としまえん)の、大衆温泉から出てくるときに、脱衣箱の中に置かれていた、ブルガリの時計と財布を、そのまま持って、温泉から出たら、読売新聞の記者と警察がいて、逮捕された。 

新聞に載ったのは、2009年3月24日のことだ(その後、不起訴処分)。 

この時は、まだ麻生政権で、麻生太郎は、財務省の強力な味方だ、今も。 

そして、このあと、8月30日に、鳩山由起夫、小沢一郎の民主党が選挙で大勝して、政権を作る。

この2009年の、 高橋洋一を、策略で、嵌(は)めた事件は、警察トップにまで影響力を持つ、財務省の命令であることが明らかだ。 

私は、この日の朝、港区のホテルで、原稿書きの泊まり込み(カンヅメという)をしていて、編集長がやってきて、朝食を食べながら、「高橋洋一が、やられたね」と話した。 

ほとんど誰も居ない、朝のホテルのレストランで、私の、向こう側に、大柄の男がひとり、私に背中を向けるように座っていた。 

「ほら、(編集長よ)、こういう風に、私のところにも、こういうのを送ってくるんだよ。もう少し、遠くに座れよ」と、言った。 

私は、この男に聞こえるに言ったのだ。

これが、私、副島隆彦も、何かあったときは、警察に監視されていることの証拠のひとつだ。

携帯電話の 中に、GPSの特殊なチップが入っていて、GPSで、私がどこに居るかが、分るらしい。

これが、今も監視社会の現状だ。 

最近は、 「顔認証(かおにんしょう)」というセンサーの技術が進んで、通りを歩いている人間の 識別(アイデンティフィケイション)の出来るようだ。

だから、高橋洋一が、権力者に「目障(めざわ)りだ」で、痛めつけられたのと、今回、三橋貴明が、やられたのは、共通性がある。 

だから、副島隆彦の読者の人たちが、直感的に、「副島隆彦は大丈夫か」と、反応を示したのだ。

ちなみに、この2009年の2月14日に、中川昭一(なかがわしょういち)財務大臣が、ローマのG7のあとの記者会見で、酩酊(めいてい)事件を引き起こされて、失脚した(そして、不可解な死去)。

読売新聞の越前谷智子(えじぜんやともこ)、お前たちがやったのだ。


愛国者・中川昭一は、「アメリカに預けている 1兆ドル(100兆円)の 外貨準備高(フォーリン・リザーブ)のうちの、1000億ドル(10兆円)をIFMに、渡して、東欧諸国の金融危機の救済資金に、回したい」と、G7で、表明したからだ。

小沢一郎へに激しい、秘書逮捕などの、検察庁からの 攻撃が起きていたのも、この2009年の3月3日だ。

植草一秀氏への、痴漢えん罪攻撃の、2回目が、起きたのは、それよりも早い、2006年の9月13日だ。

安倍晋三の周辺というのは、恐ろしい悪魔が棲(す)み着いている世界だ。

だから、近寄るだけでも危険なのだ。

このことを知らないで、気軽に「総理との夕食」などにのこのこと出掛けてゆくと、どんな、ひどい目に遭うか、この軽率な男は、分らなかったのか。

もっと何か、が隠されている。

「三橋貴明容疑者「近い将来、私にスキャンダルが出るか、痴漢冤罪で捕まるか…」 事件の3週間前、自身のブログで「予言」?」

2018年1月7日 産経新聞

http://www.sankei.com/affairs/news/180107/afr1801070013-n1.html

今日のところは、もう、これぐらいにしましょう。

三橋貴明程度の、頭の軽い 若手評論家(48歳)が、38歳の時の2007年から、10年書き始めて、そして、ついに自己崩壊=自滅した、というだけのことだ。

ただ、私、副島隆彦が、この三橋自滅 のことで、不愉快に思うのは、「副島さんは、大丈夫か。(三橋貴明と)同じようなことにならないのか」と、私の読者の人たちが、心配してくれた、というか、そういう反応を示した(であろう)ことだ。

私は、大丈夫だ。

もう30年も、もの書き、言論人をやってきて、ちっとも恵まれない(それでも商業出版の枠の中で本だけはしぶとく書き続けた)まま、ここまで来た。

私は、我慢に我慢の忍耐力がある。

「人生、我慢だ」で、厳しい状況にずっと堪(た)えることを知っている。

だから、私は大丈夫です。

ご心配なく。

最後に、一貫したリベラル派で、反安部の言論を作り続けている リテラ誌 の この三橋事件への、よく纏(まと)まった記事を載せます。

「安倍首相と会食したネトウヨ経済評論家・三橋貴明が10代妻へのDVで逮捕! 会食が税金による接待だったことも発覚」

2018年1月7日 リテラ
http://lite-ra.com/2018/01/post-3724.html

どうして安倍首相の周りには、こういう事件ばかりが頻発するのか。

山口敬之氏の準強姦事件が海外メディアで改めて大きく取り上げられているさなか、今度は、安倍首相が昨年末、会食したばかりのネトウヨ経済評論家・三橋貴明が妻へのDVで逮捕された。

三橋は5日、自宅で10代の妻を転倒させて腕にかみついたり、顔を平手で殴り、妻が110番通報。

傷害容疑で高輪署に逮捕されたのだという。

三橋は取り調べに容疑を否認しているというが、DVで警察沙汰になったのはこれがはじめてではなく過去に二度、警告を受けていたという情報もある。

周知のように、三橋は経済評論家という肩書きをもっているが、2ちゃんねらー出身で、経済的側面から韓国を攻撃するヘイト本を多数出版。

ネトウヨ読者から熱狂的な支持を得てきた。

政治的にも、財務省批判はともかく、夫婦別姓反対や排外主義、原発推進など、極右丸出しで、安倍首相についても、第一次政権から第二次政権発足当初まで、熱狂的に支持。安倍批判のマスコミを「人権侵害」と攻撃するなど、応援団的役割を果たし、2010年、三橋が参院選に自民党から出馬した際には安倍首相が応援演説を行っている。

もっとも、この三橋氏、当初はあれだけ安倍首相とアベノミクスを支持していたのに、昨年くらいから、なぜか安倍批判に転じ、「安倍政権の経済政策はすべて間違っている」などと攻撃するようになっていた。

そこで、昨年末の12月12日、懐柔のために、会食に同席した西田昌司参院議員、藤井聡内閣官房参与が仲裁に入る形で、安倍首相と会食の席がもたれたということらしい。

ちなみに、三橋はこの安倍首相との会食について自身のオフィシャルブログやメルマガ『三橋貴明の「新」経世済民新聞』で報告。

「そんなことで懐柔されない」と大見得を切りつつ増税政策への批判めいた文章を書いていたが、そのトーンは以前とは比べものにならないくらい弱くなっていた。

しかも、〈何で税金で1回ご飯を食べさせてもらったくらいで〉と、会食が税金による接待であったことを認める始末だった。

今回の逮捕はそんな矢先のことだった。

ちなみに、三橋はやはりブログで、自分がいかに財務省批判をしているかを自慢げに語り、〈近い将来、わたくしに何らかの「スキャンダル」が出るか、痴漢冤罪で捕まるか、弊社に国税が来るのは避けられないでしょう。〉などと警戒心をあらわにしていた。

にもかかわらず、そのすぐ後に10代の妻にDVをはたらいたのだ。

これは、このネトウヨ論客が女性に対していかに抑圧的であるか、という証明だろう。

そして、こんな人間に税金を使って懐柔のために接待をしていた安倍首相。

まったくグロテスクというしかない。

https://ameblo.jp/kinakoworks/entry-12343741164.html
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/374.html#c15

[リバイバル3] スピーカーの歴史 _ 何故、過去に遡る程 スピーカーもアンプも音が良くなるのか? 中川隆
18. 中川隆[-8609] koaQ7Jey 2019年8月29日 04:59:49 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4143]
オーディオ用ではないテレビ管なんかでも昔の全盛時代のものはプレートに良い素材使っていたりするから音が良いんですね。今はオーディオが儲からない時代になった上、人間の考え方も進歩するようで、コストの概念が取り入れられてコストダウンで球の製造工程も省略されたり、構造も簡素化されたりする

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/858.html#c18
[リバイバル3] 古いアンプやスピーカーにはリスクが有る 中川隆
59. 中川隆[-8608] koaQ7Jey 2019年8月29日 05:01:36 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4144]


ヴィンテージアンプは整備が出来ていないと貴重なトランスが断線したりするから、骨董愛好家は神経質だとかそういう話ではないですね。先日も整備済み品を再度見てもらったけど、電源部ブロックコンデンサー 三個中一個容量抜け→交換 Volにガリ→交換 電解C左右違い→交換 などボロボロ出てくる(爆)

有名店でも基本はちゃんとメンテしてるんでしょうけど、商売の効率からすれば仕入れた古物を右から左に流した方がいい訳じゃないですか。フルオリジナルと謳っても絶対にそんなものはないのだから100%ウソになるんだけど、買う方もパーツが新しいものに換えられていると価値が下がると非常に嫌うから


ヴィンテージは本当に痛い目にあった経験則からでしょうけど、販売店ではなく整備した修理工房に問い合わせて詳しく整備内容を聞いたり、整備のやり直しをさせる人はザラにいると聞きました。驚きますよね。奥が深いですよ。それだけメンテ済み品でも必要な整備が出来てないケースが多いってことです。


優良店が『フルオリジナル』と謳って商品化したもの。元論オリジナルな訳がない。『整備済み』と商品化したもの。古物を仕入れて"そのまんま"で出している場合がよくある。マニアも実体をよく分かってて、修理工房にどんな整備をしたか問い合わせたり、やり直しさせたりしてる人が結構いる。


復刻版がオリジナルに勝つ事はほぼ無い。しかし、ヴィンテージスピーカーは大半の個体が多少なりとも劣化して眠い音(ボンヤリした音、ボケた音)を出している。オークションでは安く買えるけど全く違う音というくらい年代物は個体差と整備内容で音が異なる。とは言え、優良店との価格差は二倍強にもなる




http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/832.html#c59

[近代史02] 白人はなぜ白人か _ 白人が人間性を失っていった過程 中川隆
200. 中川隆[-8607] koaQ7Jey 2019年8月29日 07:12:24 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4145]

地方局司会者が謝罪、共演の黒人男性に「ゴリラ似」 米
2019.08.28 Wed posted at 19:12 JST
https://www.cnn.co.jp/showbiz/35141884.html


ジェイソン・ハケットさんと視聴者に謝罪するアレックス・ハウスデンさん/KOCO


(CNN) 米オクラホマ州のテレビ局が放送する番組で、共同司会者の1人がもう一方の黒人男性についてゴリラに似ていると発言し、翌日の放送で涙ながらに謝罪した。

同州のCNN系列局KOCOテレビで朝の番組の司会を担当する男女2人のうち、白人女性のアレックス・ハウスデンさんが22日の放送中、オクラホマ市動物園のゴリラを取り上げたコーナーの後でもう一方の黒人男性、ジェイソン・ハケットさんに対し、「(ゴリラは)ちょっとあなたに似ている」と発言した。

ハウスデンさんは翌日の番組で「配慮に欠けた不適切な発言で皆さんを傷つけた」と視聴者に謝罪。ハケットさんにも「あなたは大好きな親友の一人。わざと傷付けるようなことは決してしない」と語り掛けた。

ただし、黒人の容姿をゴリラに例える言葉が人種差別的な意味を持つという問題には、直接言及しなかった。

ハケットさんは謝罪を受け入れ、「私も多くの皆さんも深く傷付いた」と率直に語った。ハウスデンさんと手を差し伸べ合い、自分にとっても親友の一人だと話した。

ハケットさんはさらに、この出来事が「言葉の大切さ」を知らせる「学びの機会」になるよう願っていると述べ、「私たちはお互いに相手が傷付く言葉、胸にこたえる言葉を理解し合わなければ」と呼び掛けた。
https://www.cnn.co.jp/showbiz/35141884.html

サブリミナル実験から、白人の潜在意識では「黒人≒類人猿」であることが判明(米研究)


「Not Yet Human: Implicit Knowledge, Historical Dehumanization and Contemporary Consequences(人間未満:暗黙知、非人間化の歴史、そして現代への影響)」

と題された研究レポートは、スタンフォード大学、ペンシルバニア州立大学、カリフォルニア大学バークレー校の心理学者らによる6年にわたる共同研究の集大成である。

それによると、多くのヨーロッパ系アメリカ人(白人)は意識下でアフリカ系アメリカ人(黒人)を類人猿と結びつけて見ていることが判明した。


サブリミナル実験に参加した被験者のほとんどは、白人の男子学生だ。

実験は、彼等に黒人男性あるいは白人男性の顔をスクリーン上でほんの一瞬見せた後、ぼやけた類人猿のスケッチを見せて、それが何か識別させるというもの。

黒人男性の顔のフラッシュを先行して見せられた場合、白人男性のそれを見せられた場合に比べ、被験者はずっと早くそのスケッチが類人猿のものであることを識別したという。

次セクションで少し詳しく説明するが、米国ではかつて黒人を類人猿になぞらえ、黒人差別を正当化していたのだが、被験者たちはこの黒人ー類人猿アソシエーションを知らない。

にもかかわらず、被験者たちの潜在意識の中にはこのアソシエーションが存在していることが、同実験から判明したわけである。


「黒人はいまだに人間として認められていないのです。

この国では、我々は今でも類人猿と同列に見られているのです。」


同研究では米ローカル紙の一つ『Philadelphia Inquirer』が1979年ー1999年の20年間に掲載した数百のニュースを調べているが、極刑の有罪判決を受けた黒人は、同じく極刑判決を受けた白人に比べて「野蛮な」「けだもの」「凶暴な」「残酷な」「気の荒い」等、類人猿と関連性のある言葉で表現される頻度が4倍もあったという。

また、「これらのニュースで、暗に類人猿であるかのように描写された者たちは、そうでない者たちに比べ、州政府により処刑されやすい傾向にあることも判明している。


「黒人≒類人猿」と本人が考えているというのではなく、無意識にそう捉えているというのは、差別される側にとって、かなり厳しい現実である。

意識下ということは、本人もコントロールしにくい領域であるからだ。
http://omoroid.blog103.fc2.com/blog-entry-177.html

http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/390.html#c200

[近代史3] プチエンジェル事件の顧客と噂されている秋篠宮・高円宮はロリコンなのか? 中川隆
42. 中川隆[-8606] koaQ7Jey 2019年8月29日 07:39:05 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4146]
 2019.08.29
不可解なエプスタインが死んだ情況
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201908280000/


ジェフリー・エプスタインが8月10日に死亡してから不可解な現場の状況が明らかになってきた。死の前日に同房者はほかへ移動、エプスタインが死んだときに看守は過労で居眠りしていただけでなく、監視カメラの映像は問題の部分が利用できない状態になっているのだとう。しかも房のシーツは紙のように弱く、首をつることは困難だという人もいる。首の骨が何カ所か折れているとも伝えられている。

 この事件はエプスタインの個人的に未成年者に犯罪的な行為をしたというだけでなく、未成年の男女を有力者に提供し、その様子を映像などで記録して脅しに使っていたということが問題になっている。ある種の勢力が国、あるいは世界各国の政策を恐喝でコントロールしていた可能性があるということだ。

 エプスタインが今回と同じ容疑で2005年に逮捕されているが、その時に事件を地方検事として担当したアレキサンダー・アコスタによると、​エプスタインは「情報機関に所属している」ので放っておけと言われた​という。

 エプシュタインの背後に情報機関の影がちらつくは事実で、例えば彼の妻だったギスレイン・マクスウェルの父親であるロバート・マクスウェルはミラー・グループの総帥だったと同時に、1960年代からイスラエルの情報機関モサドのエージェントだったとも言われている。このロバートは1991年11月、カナリア諸島沖で死体となって発見された。

 エプスタインが親しくしていた「友人」の中にはビル・クリントンやドナルド・トランプも含まれているが、トランプの顧問弁護士だったロイ・コーンもスキャンダルを探り、恐喝に使っていたと言われている。

 コーンはジョセフ・マッカーシー上院議員の顧問で、ルイス・ローゼンスティールなる人物と親しくしていた。この人物は禁酒法の時代に密造酒で大儲けし、後に大手酒造メーカーを経営している。このローゼンスティールもスキャンダルを使った恐喝をしていたという。ローゼンスティールの同業者で親しい間柄だったのがサミュエル・ブロンフマン。その息子であるエドガー・ブロンフマンも情報機関とつながっている、あるいは動かしていると言われている。

 政治を動かすために恐喝を使っていたと言われている人物はほかにもいた。そうしたひとりが犯罪組織のボスだったミッキー・コーエン。バグジー・シーゲルのボディーガードだったが、1947年6月にシーゲルが殺された際、コーエンは現場から姿を消していた。メイヤー・ランスキーから事前に話を聞いていたと言われている。

 ユダヤ系の地下武装集団だったイルグンの幹部で後にイスラエルの首相になるメナヘム・ベギンとコーエンは親しく、またシーゲルと同じようにコーエンもハリウッドに大きな影響力を持っていた。

 その力を利用して有名俳優を有力者に提供する一方、その事実を利用して脅していたと言われている。コーエンが親しくしていた人物の中にはジェイコブ・ルベンスタイン、通称ジャック・ルビーも含まれている。ジョン・F・ケネディ大統領暗殺の実行犯にされたリー・ハーベイ・オズワルドを警察署で殺したことになっている人物だ。

 ルビーは1964年4月に死刑が宣告されたが、上訴裁判所はそれを取り消している。その年の6月にウォーレン委員会のメンバーとダラスで面談したルビーはテキサスにいては命が危ないという理由でワシントンDCへ移すように強く求めている。

 自分は真実を話す用意があるが、テキサスでは無理だとしていたのだが、結局、ワシントンDCへの移送は認められない。そして1967年1月にパークランド病院でガンのために死亡したとされている。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201908280000/
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/362.html#c42

[日本の事件17] プチエンジェル事件の真相
80. 中川隆[-8605] koaQ7Jey 2019年8月29日 07:40:02 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4147]
 2019.08.29
不可解なエプスタインが死んだ情況
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201908280000/


ジェフリー・エプスタインが8月10日に死亡してから不可解な現場の状況が明らかになってきた。死の前日に同房者はほかへ移動、エプスタインが死んだときに看守は過労で居眠りしていただけでなく、監視カメラの映像は問題の部分が利用できない状態になっているのだとう。しかも房のシーツは紙のように弱く、首をつることは困難だという人もいる。首の骨が何カ所か折れているとも伝えられている。

 この事件はエプスタインの個人的に未成年者に犯罪的な行為をしたというだけでなく、未成年の男女を有力者に提供し、その様子を映像などで記録して脅しに使っていたということが問題になっている。ある種の勢力が国、あるいは世界各国の政策を恐喝でコントロールしていた可能性があるということだ。

 エプスタインが今回と同じ容疑で2005年に逮捕されているが、その時に事件を地方検事として担当したアレキサンダー・アコスタによると、​エプスタインは「情報機関に所属している」ので放っておけと言われた​という。

 エプシュタインの背後に情報機関の影がちらつくは事実で、例えば彼の妻だったギスレイン・マクスウェルの父親であるロバート・マクスウェルはミラー・グループの総帥だったと同時に、1960年代からイスラエルの情報機関モサドのエージェントだったとも言われている。このロバートは1991年11月、カナリア諸島沖で死体となって発見された。

 エプスタインが親しくしていた「友人」の中にはビル・クリントンやドナルド・トランプも含まれているが、トランプの顧問弁護士だったロイ・コーンもスキャンダルを探り、恐喝に使っていたと言われている。

 コーンはジョセフ・マッカーシー上院議員の顧問で、ルイス・ローゼンスティールなる人物と親しくしていた。この人物は禁酒法の時代に密造酒で大儲けし、後に大手酒造メーカーを経営している。このローゼンスティールもスキャンダルを使った恐喝をしていたという。ローゼンスティールの同業者で親しい間柄だったのがサミュエル・ブロンフマン。その息子であるエドガー・ブロンフマンも情報機関とつながっている、あるいは動かしていると言われている。

 政治を動かすために恐喝を使っていたと言われている人物はほかにもいた。そうしたひとりが犯罪組織のボスだったミッキー・コーエン。バグジー・シーゲルのボディーガードだったが、1947年6月にシーゲルが殺された際、コーエンは現場から姿を消していた。メイヤー・ランスキーから事前に話を聞いていたと言われている。

 ユダヤ系の地下武装集団だったイルグンの幹部で後にイスラエルの首相になるメナヘム・ベギンとコーエンは親しく、またシーゲルと同じようにコーエンもハリウッドに大きな影響力を持っていた。

 その力を利用して有名俳優を有力者に提供する一方、その事実を利用して脅していたと言われている。コーエンが親しくしていた人物の中にはジェイコブ・ルベンスタイン、通称ジャック・ルビーも含まれている。ジョン・F・ケネディ大統領暗殺の実行犯にされたリー・ハーベイ・オズワルドを警察署で殺したことになっている人物だ。

 ルビーは1964年4月に死刑が宣告されたが、上訴裁判所はそれを取り消している。その年の6月にウォーレン委員会のメンバーとダラスで面談したルビーはテキサスにいては命が危ないという理由でワシントンDCへ移すように強く求めている。

 自分は真実を話す用意があるが、テキサスでは無理だとしていたのだが、結局、ワシントンDCへの移送は認められない。そして1967年1月にパークランド病院でガンのために死亡したとされている。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201908280000/
http://www.asyura2.com/0505/nihon17/msg/722.html#c80

[近代史3] プチエンジェル事件の深すぎる闇 中川隆
56. 中川隆[-8604] koaQ7Jey 2019年8月29日 07:40:38 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4148]
 2019.08.29
不可解なエプスタインが死んだ情況
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201908280000/


ジェフリー・エプスタインが8月10日に死亡してから不可解な現場の状況が明らかになってきた。死の前日に同房者はほかへ移動、エプスタインが死んだときに看守は過労で居眠りしていただけでなく、監視カメラの映像は問題の部分が利用できない状態になっているのだとう。しかも房のシーツは紙のように弱く、首をつることは困難だという人もいる。首の骨が何カ所か折れているとも伝えられている。

 この事件はエプスタインの個人的に未成年者に犯罪的な行為をしたというだけでなく、未成年の男女を有力者に提供し、その様子を映像などで記録して脅しに使っていたということが問題になっている。ある種の勢力が国、あるいは世界各国の政策を恐喝でコントロールしていた可能性があるということだ。

 エプスタインが今回と同じ容疑で2005年に逮捕されているが、その時に事件を地方検事として担当したアレキサンダー・アコスタによると、​エプスタインは「情報機関に所属している」ので放っておけと言われた​という。

 エプシュタインの背後に情報機関の影がちらつくは事実で、例えば彼の妻だったギスレイン・マクスウェルの父親であるロバート・マクスウェルはミラー・グループの総帥だったと同時に、1960年代からイスラエルの情報機関モサドのエージェントだったとも言われている。このロバートは1991年11月、カナリア諸島沖で死体となって発見された。

 エプスタインが親しくしていた「友人」の中にはビル・クリントンやドナルド・トランプも含まれているが、トランプの顧問弁護士だったロイ・コーンもスキャンダルを探り、恐喝に使っていたと言われている。

 コーンはジョセフ・マッカーシー上院議員の顧問で、ルイス・ローゼンスティールなる人物と親しくしていた。この人物は禁酒法の時代に密造酒で大儲けし、後に大手酒造メーカーを経営している。このローゼンスティールもスキャンダルを使った恐喝をしていたという。ローゼンスティールの同業者で親しい間柄だったのがサミュエル・ブロンフマン。その息子であるエドガー・ブロンフマンも情報機関とつながっている、あるいは動かしていると言われている。

 政治を動かすために恐喝を使っていたと言われている人物はほかにもいた。そうしたひとりが犯罪組織のボスだったミッキー・コーエン。バグジー・シーゲルのボディーガードだったが、1947年6月にシーゲルが殺された際、コーエンは現場から姿を消していた。メイヤー・ランスキーから事前に話を聞いていたと言われている。

 ユダヤ系の地下武装集団だったイルグンの幹部で後にイスラエルの首相になるメナヘム・ベギンとコーエンは親しく、またシーゲルと同じようにコーエンもハリウッドに大きな影響力を持っていた。

 その力を利用して有名俳優を有力者に提供する一方、その事実を利用して脅していたと言われている。コーエンが親しくしていた人物の中にはジェイコブ・ルベンスタイン、通称ジャック・ルビーも含まれている。ジョン・F・ケネディ大統領暗殺の実行犯にされたリー・ハーベイ・オズワルドを警察署で殺したことになっている人物だ。

 ルビーは1964年4月に死刑が宣告されたが、上訴裁判所はそれを取り消している。その年の6月にウォーレン委員会のメンバーとダラスで面談したルビーはテキサスにいては命が危ないという理由でワシントンDCへ移すように強く求めている。

 自分は真実を話す用意があるが、テキサスでは無理だとしていたのだが、結局、ワシントンDCへの移送は認められない。そして1967年1月にパークランド病院でガンのために死亡したとされている。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201908280000/
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/358.html#c56

[近代史3] 天皇一族だけでなく日本人の大人の幼児化も進行している 中川隆
45. 中川隆[-8606] koaQ7Jey 2019年8月29日 09:03:16 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4146]

喜本奈津子容疑者を“あおり事件”の凶行に駆り立てた「歪んだ母娘関係」

"あおり運転"宮崎文夫容疑者の交際相手、喜本奈津子容疑者 母とは険悪な仲とも
2019年08月27日 21時35分 週刊女性PRIME
https://news.nifty.com/article/domestic/society/12283-383941/


あおり運転殴打事件で逮捕された宮崎文夫容疑者の交際相手、喜本奈津子容疑者
小・中学校の同級生は「まじめで曲がったことが嫌いなタイプだった」と語る
事情通によれば、約10年前に父親が肝臓がんで亡くなり、母娘関係が険悪になったとも


「■なっちゃんのお母さんが3年前に施設に入るまで、母娘はよくケンカしていた。家を閉め出されたお母さんをうちに泊めてあげたことも。さすがに迎えに来るだろうと思っていたら、なっちゃんは知らんぷり。でも、まさか、こんな事件で有名になるなんて」

 と近所の女性は話す。

 なっちゃん、とは犯人蔵匿・隠避の疑いで茨城県警に8月18日に逮捕された会社員・喜本奈津子容疑者(51)のこと。

 常磐自動車道であおり運転をし、24歳男性ドライバーを殴って傷害の疑いで同日逮捕された宮崎文夫容疑者(43)の交際相手だ。

 助手席に乗っていた喜本容疑者は高速道路上をつかつかと歩いて被害者の車にガラケーのレンズを向け、宮崎容疑者が暴力をふるっても、制止しようとしなかった。

 冒頭の女性は「なっちゃんはスマホは持っていないのかしら?」と、いぶかしがりながらも、喜本容疑者と母親の関係について話を続ける。

「■お母さんは家に入れてもらえず近所の大型商業施設のベンチによく座っていた。営業時間が終わっても動こうとせず、通報されてパトカーに乗って帰宅したこともある」

■「まじめで曲がったことが嫌いなタイプだった」

 喜本容疑者は神奈川県川崎市出身で2人姉妹の長女。地元関係者らによると、自宅兼店舗でパン・菓子店を営む父親は厳格な性格で、母親はそれに従順だった。

 近所の事情通は、

「■父親は毎朝4時に起床して店の前に水をまき、午後8時には寝る。近所のピアノの音がうるさいといって母親を使って抗議させたことも。喜本容疑者はそんな家庭で育った普通の女の子」

 と振り返る。

 地元の小・中学校で同級生だった男性は、「■むしろ、まじめで曲がったことが嫌いなタイプだった」と記憶の片隅にある人物像をたぐり寄せる。

「■僕らの中学は荒れていて、不良グループが教室で消火器を振り回すなど学級崩壊寸前だった。喜本はそういうグループには近づかなかったし、まじめな女子生徒と仲よくしていた。優等生でもブリっ子でもなかった」(同級生)

 県立高校を卒業後、地元で就職。病院の食堂など長続きしない仕事もあったが、周囲からは意欲的に働いているようにみえた。約10年前、父親が肝臓がんで亡くなり、母娘ふたりで暮らすようになってから母娘関係は険悪に。

「■母親は数年前から軽い認知症を患っており、それも喜本容疑者を苛立たせたのではないか。隣宅の自転車が自宅前にはみ出すのを許さず、直接言わずにすぐ警察を呼ぶことが何度もあった」

 と前出の事情通。

 閉め出しという陰湿な虐待を受けた母親もまた、やられっぱなしではなかった。

「■ある日、なっちゃんがカギをなくして家に入れなくなったことがあった。自宅のお母さんは玄関のドアを開けてくれず、頼まれて別の出入り口のワイヤーを切断してあげたことがありました。翌日、“おかげで助かりました”と本人がわざわざお礼に来ました。基本的には礼儀正しい人なんです」(前出の女性住民)

 母親は、すっかり有名になった娘の悪行をどう思っているだろうか。
https://news.nifty.com/article/domestic/society/12283-383941/
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/120.html#c45

[近代史3] 天皇一族だけでなく日本人の大人の幼児化も進行している 中川隆
46. 中川隆[-8605] koaQ7Jey 2019年8月29日 09:47:50 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4147]

43歳あおり男、宮崎文夫と喜本カップルは【シャブ中】異様な言動は【覚せい剤だろう】
裏の犯人は【麻薬密売】の元締=安倍晋三一家!
日本成人の40人に1人が覚醒剤、合成麻薬乱用者=13年調査!
2019-08-21
https://blog.goo.ne.jp/kimito39/e/96c41bbd9314a066f50e87f6ae8b65d1

43歳あおり男、宮崎文夫と喜本カップルは【シャブ中】異様な言動は【覚せい剤だろう】裏の犯人は【麻薬密売】の元締=安倍晋三一家!日本成人の40人に1人が覚醒剤、合成麻薬乱用者=13年調査!宮崎容疑者には逮捕歴がある!


43歳あおり男の凶暴歴 近隣トラブルや監禁事件での逮捕も|日刊ゲンダイDIGITAL(記事は下記に)

宮崎・喜本カップルのおかげで、世直しが! : richardkoshimizu's blog(記事は下記に)

麻薬密売の元締は【安倍晋三一族】覚せい剤、コカイン、大麻、合成麻薬 !政権危機隠しに著名人を逮捕する!安倍一族は明治維新からブッシュ一族と戦争・麻薬・武器【死の商人】満州国で安倍の祖父・岸信介もアヘンで大儲けし、巨大な富を築いた!日本成人40人に1人が覚醒剤、合成麻薬乱用者=13年調査!- みんなが知るべき情報/今日の物語

閲覧、現在できずに、真実だからでしょう。
宮崎・喜本カップルのおかげで、世直しが! : richardkoshimizu's blog

宮崎・喜本カップルのおかげで、世直しが!

richardkoshimizu's blog

2019年 08月 20日

「とにかく社会的影響が大きい事件。傷害罪を固めてから、道路交通法違反、暴行罪、代車を返却しなかったことによる横領罪の適用も視野に入れる。挙動不審で薬物摂取疑惑も浮上しており、毛髪からの薬物の簡易鑑定も行われる予定だ」(警察庁関係者)

傷害罪、道交法違反、暴行罪、横領罪、そして、薬物摂取。

希代のお騒がせカップルの奇行には、お薬が起爆剤になっていたと国民が知る。

51歳叔母ちゃん、毛髪鑑定対策で、断髪、毛染めしてた?

いいですね。斜部公への怒りが、国民間に湧き上がる。一気に、斜部公への関心が高まる。

ついでに、宮崎さんが親の資産を相続した経緯にも注目が!親の死に方に不審な点は?HKKNはいくらおりた?

宮崎・喜本変態カップルのおかげで、HKKNSJN団裏社会への包囲網が!

■>保険会社へ HKKSJN団裏社会の手口を 知らせないといけませんね。 保険会社の損出を防止の為に イヒヒヒヒ。 : richardkoshimizu's blog

richardkoshimizu's blog

>保険会社へ HKKSJN団裏社会の手口を 知らせないといけませんね。 保険会社の損出を防止の為に イヒヒヒヒ。

2019年 07月 31日

>保険会社へ HKKSJN団裏社会の手口を 知らせないといけませんね。 保険会社の損出を防止の為に イヒヒヒヒ。

そうですね。保険会社は、疑惑のある契約事案でも、証拠がないとなかなか動けない。

KMR−母のケースでも、旦那の生命保険が下りるのに7年掛かったけれど、結局は、おりている。まあ、ヤクザの圧力もあったのでしょうけれど。

裏社会直属のHKKSJN団の存在と概要を業界が知ることは、「調査」に大きな武器となるでしょうね。保険会社の審査部は、自社の扱う個々の案件には情報を持っていても、横のつながりはなかなか解明できないはず。それが、一気につながれば、業界全体で動き出すかも。

特定の保険外交員、保険会社、保険代理店、医師などが浮かび上がってくる。HKKSJNリングが見えてくる。"(-""-)"

面白いですね。なにか気に入らないことや不穏な動きがあったら、即座に、この業界にアプローチしましょう。どこからはいったらいいかな?諸氏のお知恵拝借。

ま、あんまり、拙速でやると面白くないので、ゆっくり、じわじわね。

43歳あおり暴行犯の“凶暴歴” 近隣トラブルや監禁事件での逮捕も - ネタりか

43歳あおり暴行犯の“凶暴歴” 近隣トラブルや監禁事件での逮捕も

逮捕された時、あおり男は帽子を目深にかぶり、サングラス姿でマスクを着け、スカーフで首元を隠し、背中にはリュックサック、手提げカバンを持っていたが、変装したつもりだったのか――。

  ◇  ◇  ◇

 茨城県守谷市の常磐自動車道で起きた「あおり運転暴行事件」で茨城県警は18日、指名手配していた住所、職業不詳の宮崎文夫容疑者(43)を傷害の疑いで逮捕。

 車に同乗し、暴行の模様を携帯電話で撮影していた交際相手で会社員の喜本奈津子容疑者(51)も犯人蔵匿と隠避の疑いで逮捕した。

 午前11時前、捜査員が自宅マンションから出てきた宮崎容疑者に声を掛け、本人であることを認めたため、警察車両に乗せようとしたが「出頭させてください」と懇願し、約30分にわたって抵抗を試みた。2人で高飛びするつもりだったのか、「ガラケー女」の喜本容疑者もすぐにスーツケースを持って現場に現れ、「ひど過ぎる」とわめいていた。抵抗むなしく、宮崎容疑者は捜査員によってワンボックスカーに押し込まれ、取手署に移送された。

 宮崎容疑者のあおり運転をめぐっては、これまで数々の目撃情報が寄せられていた。茨城以外にも大阪、神奈川、愛知、静岡で会社名義のポルシェ・カイエンターボと代車のBMWのSUVで少なくとも5回、危険運転を行っていた。さらに6月8日には新東名高速を走行中、カイエンがトラックと追突事故を起こしている。

■タクシー運転手を車内に半日…

 各地であおり運転を繰り返した宮崎容疑者は、いったいどんな男なのか。本人のものとみられるSNSなどによると、大阪市の超難関進学校の天王寺高、関西学院大を経てキーエンスに就職。すぐに退職し、塾の英語教師、自動車販売業などを行っていた。

 その後、祖父所有のマンション一棟を相続してから、生活が一変。2018年2月、東住吉区に不動産会社を設立すると、同8月には大阪市中央区にコンサルタント会社を立ち上げ、派手な生活を送るようになった。それなりの賃貸収入があったようで、カイエンは新車価格で2000万円弱。その他、SNSにはフェラーリやベンツなど高級外国車を乗り回し、高級ブランドを買い漁り、一流ホテルに宿泊して豪華な外食をする様子や、元プロ野球選手とのツーショット写真が投稿されている。

 近隣住民がこう言う。

「今年6月、宮崎容疑者が所有するマンション1階部分の駐輪場が突然、駐車場になり、高級外車を何台も止めるようになったんや。住民からは『何の説明もない』いう不満が挙がったんやが、『オレのマンションや。何しようと勝手やろ』みたいな感じやったそうや。車が道路へはみ出しとったり、通り掛かりの人に『邪魔なんじゃ、このボケが』と悪態をつくこともあった。近所のモンもイチャモンつけられたらかなわんから会うても目を合わさんようにしとった。マンション最上階の7階部分に住んどったんやけど、数年前、2階から隣の家の屋根に飛び降りて、逃げたことがあったそうや。警察かなんかに追われとったみたいや」

 実際、宮崎容疑者には逮捕歴がある。

「昨年3月、朝、大阪市内でタクシーに乗り、そのまま夕方までタクシーに乗り続け、運転手を車から降ろさへんかったんや。タクシー会社から警察に通報があり、京都市内のコンビニにおるところを見つかり、監禁容疑で逮捕されたんや。あんな何をしでかすか分からんようなヤツに狭い密室で半日も閉じ込められたら、そら怖かったはずやで」(捜査事情通)

 相手に恐怖を与える宮崎容疑者のあおり運転は、周到で計画的、手慣れたものだった。相当の余罪が出てくる可能性がある。

43歳あおり男の凶暴歴 近隣トラブルや監禁事件での逮捕も|日刊ゲンダイDIGITAL


麻薬で安倍自民、政治資金を調達!893麻薬資金をカルト創価学会・統一教会が裏社会の麻薬利潤の運用を委任され自民・公明議員に配る!安倍晋三は麻薬密売家系!これが日本の真の構造!トランプ氏を攻撃するのは麻薬密輸業者である!薬物汚染が蝕む米国!薬物業界=1%オリガーキ・ユダヤ人– richardkoshimizu official website - みんなが知るべき情報/今日の物語


売国奴【安倍晋三一族】明治からの死の商人!武器、麻薬密売人!祖父・岸信介は満州でアヘンで巨万の富!悪魔の生体実験【細菌兵器731部隊】の指揮官!東日本大震災、福島原発事故の主犯!人工気象兵器の一味!世襲した暴力団人脈とパチンコ御殿!謀略工作や裏社会との関係を先代から受け継いでいるのだ!オウム真理教サリンテロの黒幕!不正選挙ムサシの株主は父・安倍晋太郎! - みんなが知るべき情報/今日の物語


高齢者交通事故、薬害と麻薬ヤク中も多いのではないか!薬で眠気、意識を失う程の副作用!飲酒運転のように!降圧剤、睡眠導入剤、花粉症薬、風邪薬、鎮痛剤など、麻薬ヤク中!薬好きの日本人、麻薬ヤク経験者は日本成人40人に1人!- みんなが知るべき情報/今日の物語

【睡眠薬の甘い罠】睡眠薬・睡眠導入剤、その一錠が病気をつくる、脳をダメにする!睡眠薬による眠りは麻酔薬と同じ!高齢者交通事故や殺傷事件の一部は薬の副作用か!薬を使わない薬剤師が教える本 /宇多川久美子著- みんなが知るべき情報/今日の物語

https://blog.goo.ne.jp/kimito39/e/96c41bbd9314a066f50e87f6ae8b65d1
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/120.html#c46

[近代史3] 天皇一族だけでなく日本人の大人の幼児化も進行している 中川隆
47. 中川隆[-8604] koaQ7Jey 2019年8月29日 09:50:07 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4148]
2019-08-22


DS裏社会が、RKブログを必死なって消した理由!
https://plaza.rakuten.co.jp/richardkoshimizu/diary/201908220001/

実は、宮崎・喜本煽り運転カップルに対するRKの分析が、ディープ・ステート裏社会残党にとって非常にまずい事態を呼び起こしているから、緊急避難的に、ブログ抹消に動いたと見ます。
https://ameblo.jp/kinakoworks/entry-12510120440.html

1.宮崎・喜本の夏の盛りの厚着とマフラー:覚醒剤が切れたときに、体温の調整機能が働かずに、非常に寒く感じることがある。(覚せい剤が利いているときは、逆に厚く感じて、薄着になる。新陳代謝が激しくなり、痩せているのに、冬でも発汗する。)


2.高速道路で、追い抜かれると「発病」して、煽り運転:酷い被害妄想。常に、誰かに追われているという妄想。覚せい剤中毒が酷く進んだ患者の典型的症状。タクシーに乗車して、十数時間もあちこち回らせて、逮捕?された時も、追われているという被害妄想。


3.宮崎は、母親の不動産を相続して、マンションのオーナーになったらしい。家賃収入がどれだけあるか?派手な生活には、足りないのでは?母親は、半年前に死亡したというが、死因は?保険金はおりているのか?「保険金殺人」組織の関りは?


4.喜本は、結婚願望のある女。8歳年下の宮崎と結婚をしたかった?自分よりかなり年上で魅力があるとも思えない喜本を、宮崎はなぜ交際相手に選んだのか?近い将来の「籍を入れて保険金殺人」が視野にあったのではないか?


5.宮崎・喜本は、逮捕前、宮崎所有のマンションの喜本の部屋に潜伏していた。警察は、所在を把握していなかった?一番、注目すべき自分所有マンションにいたのに?覚醒剤は、摂取後、数日間たてば、尿検査では検出されなくなる。警察は、「その筋」の指示で、両名に「シャブ抜き」の機会を与えたのでは?また、喜本が髪を短く切り、染色しているように見える。覚醒剤の毛髪検査の結果が出にくい。


6.当初、警察関係者は、両名が覚せい剤を使用している可能性に言及。だが、、以後は、テレビ報道でも、シャブに一切触れない。強い違和感がある。警察関係者も、過去の経験から「シャブだ!」と分かっているはず。宮崎は、喜本に30万円の高級バッグをプレゼントさせて、すぐに置き忘れてなくしている。シャブ代欲しさに、鞄を現金化したのでは?


以上から、宮崎・喜本が、安倍晋三一味に近い、保険金殺人団・覚醒剤常習リングに属した「正規構成員」であるため、組織を防衛するために、両名の「単純な煽り運転事件」であったと偽る工作が行われていると見ます。政府、警察、メディアが総動員で、真相隠蔽に駆り出されていると。


安倍の周囲には、クズとカスしかいません。

https://ameblo.jp/kinakoworks/entry-12510120440.html
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/120.html#c47

[近代史3] 朝鮮人は頭がおかしい _ あるのはウソだけのめんどくさい国 中川隆
13. 中川隆[-8603] koaQ7Jey 2019年8月29日 11:17:33 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4149]

2019年08月29日
結局、朝鮮を助ける日本 / 自ら貧乏くじを引く日本人(前編)
黒木 頼景
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68778358.html


南鮮の没落を無邪気に喜ぶ保守派知識人
Moon & Kim 1Moon & Trump 1


  最近、「南鮮がGSOMIA(軍事情報包括保護協定)を破棄する !」との報道を受けて保守派知識人や雑誌があれこれ騒いでいる。雑誌『正論』の9月号は、「韓国崩壊寸前」という特集を組んでいたし、『Hanada』10月号は「韓国という病」を目玉にしていた。ライバル誌の『WiLL』10月号は『Hanada』に負けまいと奮闘し、「No韓国 絶縁宣言!」というタイトルを以て対抗した。また、それと並行して「さよなら韓国 !」という別冊まで出している。しかし、こうした“保守派”雑誌でも、肝心な争点は避けていた。すなわち、南鮮人の「来日」、あるいは日本への移住・避難である。

  南鮮批判を得意とする保守派国民は、「韓国の反日侮蔑発言」や「韓国経済の低迷」ばかりに目を奪われ、日本がどのような“危機”に曝されるのか、という論点を見逃している。なるほど、南鮮が日本との情報共有を遮断すれば、南鮮軍は偵察衛星からの情報に疎くなり、軍事的窮地に陥るかも知れない。だが、それは文政権の方針であり、ひいては南鮮国民の意思である。南鮮が北鮮に吸収されるのは地政学的な脅威だけど、我々には文在寅を排除することはできないし、南鮮人にクーテータを嗾(けしか)けることもできない。正式な「軍隊」を持たない日本としては、南鮮が既に支那の勢力下に入ったと考え、対馬海峡が新たな38度線になったのだ、と自覚するしかない。言うまでもなく、「自分の身は自分で守る」のが国際政治の常識だし、昔の日本人もそう思っていた。丸腰になれば平和が訪れると考えるのは日本人くらいだ。今回の件について言えば、南鮮の将来は絶望的である。そもそも、米軍が見捨てる南鮮を我々が助ける事はできないし、また無理に助けようとすれば、日本が厄介な泥沼に嵌まってしまうから、ここは賢く最初から傍観した方がいい。

Koreans 3211Koreans 1231


(左 : 日本文明に浴さない昔の朝鮮人 / 右 : 感情的な朝鮮人の群れ)

  朝鮮人というのは、「馬鹿の10乗」というか、矛盾を矛盾と思わない自己中心的民族で、論理性とか誠実性(integrity)というものが全く無い。というか、それが何なのかすら解らない低級な種族とも考えられる。朝鮮は悲惨な時代があまりにも長すぎた。朝鮮文化と言えば、クズ野菜を利用したキムチくらいしかなく、あとは人糞を使った薬とか、苦痛に堪える処世術くらい。これほど“みすぼらしい”民族も珍しいけど、そんな民族が我々の隣国に住んでいる、という方が問題だ。共産主義に鈍感な朝鮮人が、栄養ドリンク無しでも元気になれるのは、日本に対して恨みをぶつける時だけ。日本人からすると、「他に楽しみはないのか?」と訊きたくなるが、彼らの眼中には我々の姿しかない。まぁ、日本人は何を言っても反論しないし、毎回「そうだよねぇ〜」と愚痴を聞いてくれるから、どうしても我々に対して甘えたくなる。それに、日本への憧れが極端に強いぶん、我々に対する嫉妬心や対抗心も激しい。一方、支那人に対しては別の態度を取る。朝鮮人は支那人の前では至って従順だ。どれほど馬鹿にされても怒らない。もし、支那人に対して生意気な口を利いたら、思いっきり棍棒でぶっ叩かれる。だから口答えは禁物。大昔から朝鮮人は支那人にド突かれてきたから、野蛮人の恐ろしさを身に沁みて分かっている。(支那人の仕置きは容赦ないからねぇ。)

  日本のマスコミや評論家は、何が何でも「朝鮮第一」。徳島に行っても阿波踊りじゃなくてアリラン祭。甲子園で高校野球となれば、通名を持つ朝鮮系選手の応援だ。いしだあゆみの「ブルーライト・ヨコハマ」を聞いても、「釜山の夜景だって綺麗だぞ」と反論する始末。朝鮮人のどこが素晴らしいのか解らないが、井上陽水が名曲『傘がない』を唄えば、あの連中は「朝鮮学校の生徒はどうなんだろう? 傘を寄贈しようかなぁ〜」と考えてしまう。それはともかく、地上波テレビは南鮮側からのGSOMIA破棄に関し、「てえへんだぁ〜、どうしよう?!」と南鮮側を心配しているが、一般国民にしたら「それがどうしたんだ? 自衛隊の方は一向に困らないぞ」と言いたくなる。だいたい、自衛隊が南鮮側から如何なる機密情報、ないし軍事的メリットを得るというのか? 我が国は米軍から情報をもらっているので、三流国の南鮮軍と手を切っても大丈夫。日本人は対馬か竹島に出かけて笑顔を示し、目くじらを立てた朝鮮人に向かって「じゃあね、バイバイ!」と言えばいい。NHKや朝日新聞、フジテレビの連中と違って、一般の日本人は「朝鮮人と係わらなくて済むんだ」と思えば、何となく嬉しくなる。

  TBSとか共同通信の反日左翼は胃が痛くなるほど南鮮人を心配しているが、正常な日本人は晴れ晴れとした気持ちになり、酒やご飯がいつもより美味(おい)しくなる。そもそも、朝鮮人が「困った状態」になるのは、歴史上、別に珍しい事ではない。朝鮮は常に「不幸な状態」にあるのが自然だ。日本統治が朝鮮史上“稀に見る”黄金期であったから、朝鮮人は“つい”日帝時代と比較して、「あぁ〜あ、どうしてこうなっちゃうんだろう?」と嘆く。一度「幸せ」を味わった乞食民族は、それが脳裏に焼き付いてしまい、ちょっとした不景気や軍事的脅威でも大騒ぎする。言っちゃ悪いが、朝鮮人には李朝時代が似合っているんじゃないか。昔は、日本の乞食より貧しい朝鮮人が普通で、支配者に隷属するのが当たり前だった。両班が不正行為をはたらき、庶民から金を巻き上げるのも“恒例行事”で、朝鮮の政治が腐敗するのは自然の法則だ。朝鮮人は否定するが、細部にまで気配りが行き届いた行政とか、厳粛で公平な裁判、希望に満ちた未来、というのは日本人がもたらした文明である。ところが残念なことに、敗戦で日本人が去ってしまったから、朝鮮半島は“昔の朝鮮”に戻ってしまった。今さら批判しても始まらないが、「韓国は大変なことになる!」と騒ぐジャーナリストや大学教授は、朝鮮人の行動様式を理解していない愚者である。どんな肩書きを持っていようが、単に朝鮮の過去を知らないだけ。朝鮮史に詳しい専門家が見れば、「朝鮮人らしい例の愚行かぁ・・・」と呟くはずだ。

日本へ押しかけてくる朝鮮人

Koreans 8Koreans 99


(写真 / 日本にやって来そうな朝鮮人のタイプ)

  とにかく、我々が早急に態度を決めなければならないのは、如何にして朝鮮人の入国を阻むかだ。朝鮮人の頭には、「困った時は日本人に頼るべし」という考えが常にある。普通の日本人からすれば、「何いってんだ、この野郎 ! あれだけ日本人の悪口を世界中にバラ撒き、嘘八百のイチャモンをつけて罵倒したのに、朝鮮が厭になったから、という理由で日本に移住してくるなんて言語道断。冗談じゃない。図々しいにも程がある ! どのツラ下げて日本に来るんだ? テメエらなんか、絶対入国させないからな !」と言いたくなる。気の短い江戸っ子なら「つべこべ抜かすとひっぱたくぞ ! おととい来やがれ ! さぁ、とっととけえれ(帰れ)!」と怒鳴りつけて、門前払いにするだろう。しかし、日本語を理解できないボンクラ鮮人だと、キョトンとした顔で「あなたの言っていること、じぇんじぇん分かりません。ワタシ、二日前にここへ来たことはありませんよぉ〜」と答える。こんな鮮人に会えば、少年ジャンプで頭をひっぱたきたくなる。(UFCのスティーペ・ミアシッチみたいな格闘家消防士がいれば、膝蹴りか右フックを頼むんだけど。堀口恭司や所英男じゃ心が優しすぎる。) 日本人の感覚だと、あれだけ日本人を侮蔑すれば、いくら困っていても日本へ移住するなどできないし、恥ずかしさで足が重くなる。

  ところが、朝鮮人はスキップするほど足が軽く、平気な顔でやって来る。朝鮮人に「恥」という概念は無い。彼らは「韓国の景気が悪いから日本の会社に就職した」とか、「北鮮との併合は嫌だから日本に住むことにした」、あるいは「大阪に親戚がいるので、それを頼りに来日しました」と口にする。こんな言い草を聞けば、大抵の日本人は堪忍袋の緒が切れて、「ふざけんな ! このド阿呆!」と机を叩くだろう。たぶん、「お前らは散々反日を叫び、天皇陛下の御真影や日の丸を燃やしてきたじゃないか ! そして、ありもしない従軍慰安婦を言い立てて、アメリカにまで慰安婦像を設置し、戦後賠償まで求めてきた。条約を結んでもそれを破棄し、政府間の合意を作成しても、時が過ぎればと引っくり返す。もうウンザリだ。お前らとは係わりたくない !」と言うはずだ。しかし、朝鮮人の精神構造は日本人のものとは根本的に違っている。「あれはあれ。これはこれ」というのが朝鮮人や支那人の考え方だ。朝鮮人は自分の都合によって言論と態度を変えてしまうし、過去との一貫性が無くてもいい。「二枚舌じゃないか!」と怒るのは、日本人の倫理観があまりにも高すぎるからで、アジア人に我々の水準を要求するのは端っから無理だ。

  日本人は根が優しいので、冷酷な現実から目を背けてしまうが、世界中の民族が全て平等ということはない。率直に言えば、朝鮮人というのは民族序列の中でも底辺に属する劣等種族だ。こんな民族に国籍や入国を許す方がおかしい。「区別」を「差別」と勘違いしている日本人は結構多く、誰にでも入国を許すのがいいと思っている。だが、現実を見てみよ。差別なんか堂々と罷り通っている。例えば、高級なディスコやナイト・クラブでは、入り口のところに用心棒と審査係がいて、入店するお客を選んでいる。ハンサム青年やセクシーな女性はウェルカムだが、雰囲気を損なうダサイ奴やブスは入店拒否。民間の娯楽施設だって来場者を選ぶのに、日本国は反日分子でも、放火魔、強姦魔、詐欺師、窃盗犯、ヤクの密売人でもOKだ。防諜組織を持たない日本は、移民や難民に紛れて潜入する工作員にも鈍感で、国内に危険分子が増えることに気づかない。たとえ、派遣された破壊工作員じゃなくても、勧誘されてスパイの代理人や協力者になる者だっているだろう。だから、もっと入国条件を厳しくすべきである。

  また、厳しい入国審査を経た者であっても油断はならない。というのも、帰化鮮人の子供や孫が北鮮のエージェントになるケースだってあるからだ。例えば、普通の帰化鮮人三世が国会議員となり、政治献金を集めて行くうちに北鮮や支那の協力者になる場合だってある。それに、帰化鮮人の手引きで北鮮に渡った日系議員が女を斡旋されて、金王朝のエージェントになる虞(おそれ)だってあるはずだ。朝鮮人の味方をする石破茂を見れば分かるじゃないか。「拉致議連」の会長を務めた中山正暉(まさあき)も同類で、彼が平壌訪問から帰ってくると、急に態度を変え、あろうことか拉致事件を疑う態度を示し、すっかり北鮮の擁護者になってしまった。朝鮮人の女にメロメロとなった前原誠司や、朝鮮人の秘書を抱えてニヤついた小沢一郎たって同じ穴のムジナだ。自民党には朝鮮人の犬がウジャウジャいる。例えば、 小泉純一郎首相は北鮮を訪問した時、ありもいない日本の罪を認めて1兆円以上の経済援助を約束してしまった。こんな取決めは決して赦せない。小泉総理は本当に日系の日本人なのか? 彼の父親である鮫島純也(小泉防衛長官)は謎めいた人物で、 どんな家系なのか、彼の両親や祖父母はどんな人物だったのか、さっぱり分からない。これじゃあ、蓮舫と同じだ。公職者は日本の命運を左右するから、三代か四代前の祖先を全て公表すべきである。

Koizumi Junichiro 3Koizumi Junya 1Koizumi Junya 2Bok 1

(左 : 首相になった小泉純一郎 / 新人議員時代の小泉純一郎 / 父親の小泉純也 / 右 : 南鮮大統領の朴正熙 )

  日本人が国防意識を放棄・喪失してから久しい。敗戦後の日本人は軍隊を持たない、核兵器の開発をしない、僻地の国土を守らない、拉致された国民を見殺しにする、など唖然とするほど情けない状態になっているが、もっと恐ろしい病気に冒されている。すなわち、国民の遺伝子を守らないという怠慢病だ。沖縄や対馬、竹島、北方領土などが侵食されても平気な日本人は、民族的遺伝子の変質に気づかない。一部の国民は、出生率の低下には多少の関心があるものの、朝鮮人や支那人との混血で日系人が減っているとは思っていないのだ。敗戦後、朝鮮人は確実に増えている。闇市で儲けた朝鮮人は祖国に帰らず日本に居坐った。さらに、大量の朝鮮人が朝鮮戦争を嫌って日本へ潜り込み、在日鮮人と化して子孫を増やし、結婚や帰化申請で「日本国民」になっている。官報を見れば分かるけど、南北を問わず在日鮮人は次々と日本国籍を所得し、日本名に切り替えて「日本人」のように生きてきた。今では、かなりの国民が朝鮮人の血統に属し、日本人意識を失っている。こうなれば、日本の国土が昔のままでも、そこに暮らす国民の“質”が変わっているのだから、侵略を受けたのと同じである。

  南鮮経済が傾き、北鮮へと靡けば、小賢しい朝鮮人はいち早く国外脱出を図る。移住先は米国が理想なんだけど、トランプ政権で段々と難しくなっているから、直ぐ近くにある「甘っちょろい日本」へ逃れるのがベストだ。なんと言っても、日本には同胞が大量に住んでいる。それに、人種的にも見分けがしにくいから、あからさまな差別に遭わなくてすむ。普段、朝鮮人は鼻水を垂らしながら反日を叫ぶが、心の底では日本文化に憧れており、日本に来ると反日言説は何処へやらで嬉しくなる。まぁ、いくら南鮮のTVドラマや歌謡曲が「ウリジナル(独創)」と称しても、所詮は日本のコピーでしかないんだから当然だ。彼らは中々認めないけど、アメリカと比べれば日本は断然暮らしやすい。建前では「朝鮮人差別がある !」とわめくが、実際はたいしたことがなく、日本企業に勤めれば実力次第で出世できるし、失業したって社会福祉が充実しているからハッピーだ。

Korean baby 1Korea 03

(左 : 朝鮮人の赤ん坊 / 右 : 朝鮮でよく見かける露天商)

  平和ボケの日本人には、民族の存続という意識が無く、「今が楽しければ、それでいい」という考えの人が多い。グローバリスト教育のせいか、「日本語を話せれば誰でも日本人」という考えが各世代に浸透している。「インド系でもアフリカ系でも、日本国籍を持っていれば日本人よ」と思う人が増えてきた。しかし、正常な日本人なら本能的に「日本人の血統でありたい」と望むんじゃないか。心の奥でアジア系混血児に違和感を持つ人は、今でもかなり居ると思う。一般人は口に出さないが、「朝鮮系の子孫は、ちょっと嫌だなぁ」と思う人は結構いるはずだ。

  昭和の頃だと、娘が連れてきた交際相手に不審な点があると、親は興信所に調査を依頼したものである。人権屋の学者は綺麗事ばかり並べているが、我が子の将来と家門の誇りを大切にする人は、大金を払ってでも探偵に相手側の素性を調べさせていた。もし、交際相手が“いかがわしい”奴なら、娘に諦めるよう説得するし、相手方の両親に圧力を掛けて破談に持ち込むことさえ厭わない。ところが、リベラル教育を受けた現在の親は、左翼学者が吹き込む「個人の自由」とやらを鵜呑みにする。子供が紹介する恋人がどんな人間であっても、「本人の意思だから」と諦め、渋々ながらも受け容れようと考えてしまう。本当に悲しい時代となってしまったが、巷の一般人が「血統」を気にするのは、飼っている犬や猫だけで、自分の子孫となる家族の血筋はどうでもいい。でも、自分の娘が産む赤ん坊より、ペットショップで購入する猫ちゃんの方に、厳しい注文があるなんておかしいよねぇ〜。人間の赤ん坊は成長すると、鏡に映った姿を自覚するんだぞ。

  後編に続く。 
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68778358.html
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/193.html#c13

[昼休み52] 日本人女性2人、リゾート地・セブ島で知り合った韓国人の男2人と飲酒→集団強姦される…フィリピン 中川隆
330. 中川隆[-8602] koaQ7Jey 2019年8月29日 11:25:38 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4150]
2019年08月29日
結局、朝鮮を助ける日本 / 自ら貧乏くじを引く日本人(前編)
黒木 頼景
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68778358.html

南鮮の没落を無邪気に喜ぶ保守派知識人
Moon & Kim 1Moon & Trump 1

  最近、「南鮮がGSOMIA(軍事情報包括保護協定)を破棄する !」との報道を受けて保守派知識人や雑誌があれこれ騒いでいる。雑誌『正論』の9月号は、「韓国崩壊寸前」という特集を組んでいたし、『Hanada』10月号は「韓国という病」を目玉にしていた。ライバル誌の『WiLL』10月号は『Hanada』に負けまいと奮闘し、「No韓国 絶縁宣言!」というタイトルを以て対抗した。また、それと並行して「さよなら韓国 !」という別冊まで出している。しかし、こうした“保守派”雑誌でも、肝心な争点は避けていた。すなわち、南鮮人の「来日」、あるいは日本への移住・避難である。

  南鮮批判を得意とする保守派国民は、「韓国の反日侮蔑発言」や「韓国経済の低迷」ばかりに目を奪われ、日本がどのような“危機”に曝されるのか、という論点を見逃している。なるほど、南鮮が日本との情報共有を遮断すれば、南鮮軍は偵察衛星からの情報に疎くなり、軍事的窮地に陥るかも知れない。だが、それは文政権の方針であり、ひいては南鮮国民の意思である。南鮮が北鮮に吸収されるのは地政学的な脅威だけど、我々には文在寅を排除することはできないし、南鮮人にクーテータを嗾(けしか)けることもできない。正式な「軍隊」を持たない日本としては、南鮮が既に支那の勢力下に入ったと考え、対馬海峡が新たな38度線になったのだ、と自覚するしかない。言うまでもなく、「自分の身は自分で守る」のが国際政治の常識だし、昔の日本人もそう思っていた。丸腰になれば平和が訪れると考えるのは日本人くらいだ。今回の件について言えば、南鮮の将来は絶望的である。そもそも、米軍が見捨てる南鮮を我々が助ける事はできないし、また無理に助けようとすれば、日本が厄介な泥沼に嵌まってしまうから、ここは賢く最初から傍観した方がいい。

Koreans 3211Koreans 1231


(左 : 日本文明に浴さない昔の朝鮮人 / 右 : 感情的な朝鮮人の群れ)

  朝鮮人というのは、「馬鹿の10乗」というか、矛盾を矛盾と思わない自己中心的民族で、論理性とか誠実性(integrity)というものが全く無い。というか、それが何なのかすら解らない低級な種族とも考えられる。朝鮮は悲惨な時代があまりにも長すぎた。朝鮮文化と言えば、クズ野菜を利用したキムチくらいしかなく、あとは人糞を使った薬とか、苦痛に堪える処世術くらい。これほど“みすぼらしい”民族も珍しいけど、そんな民族が我々の隣国に住んでいる、という方が問題だ。共産主義に鈍感な朝鮮人が、栄養ドリンク無しでも元気になれるのは、日本に対して恨みをぶつける時だけ。日本人からすると、「他に楽しみはないのか?」と訊きたくなるが、彼らの眼中には我々の姿しかない。まぁ、日本人は何を言っても反論しないし、毎回「そうだよねぇ〜」と愚痴を聞いてくれるから、どうしても我々に対して甘えたくなる。それに、日本への憧れが極端に強いぶん、我々に対する嫉妬心や対抗心も激しい。一方、支那人に対しては別の態度を取る。朝鮮人は支那人の前では至って従順だ。どれほど馬鹿にされても怒らない。もし、支那人に対して生意気な口を利いたら、思いっきり棍棒でぶっ叩かれる。だから口答えは禁物。大昔から朝鮮人は支那人にド突かれてきたから、野蛮人の恐ろしさを身に沁みて分かっている。(支那人の仕置きは容赦ないからねぇ。)

  日本のマスコミや評論家は、何が何でも「朝鮮第一」。徳島に行っても阿波踊りじゃなくてアリラン祭。甲子園で高校野球となれば、通名を持つ朝鮮系選手の応援だ。いしだあゆみの「ブルーライト・ヨコハマ」を聞いても、「釜山の夜景だって綺麗だぞ」と反論する始末。朝鮮人のどこが素晴らしいのか解らないが、井上陽水が名曲『傘がない』を唄えば、あの連中は「朝鮮学校の生徒はどうなんだろう? 傘を寄贈しようかなぁ〜」と考えてしまう。それはともかく、地上波テレビは南鮮側からのGSOMIA破棄に関し、「てえへんだぁ〜、どうしよう?!」と南鮮側を心配しているが、一般国民にしたら「それがどうしたんだ? 自衛隊の方は一向に困らないぞ」と言いたくなる。だいたい、自衛隊が南鮮側から如何なる機密情報、ないし軍事的メリットを得るというのか? 我が国は米軍から情報をもらっているので、三流国の南鮮軍と手を切っても大丈夫。日本人は対馬か竹島に出かけて笑顔を示し、目くじらを立てた朝鮮人に向かって「じゃあね、バイバイ!」と言えばいい。NHKや朝日新聞、フジテレビの連中と違って、一般の日本人は「朝鮮人と係わらなくて済むんだ」と思えば、何となく嬉しくなる。

  TBSとか共同通信の反日左翼は胃が痛くなるほど南鮮人を心配しているが、正常な日本人は晴れ晴れとした気持ちになり、酒やご飯がいつもより美味(おい)しくなる。そもそも、朝鮮人が「困った状態」になるのは、歴史上、別に珍しい事ではない。朝鮮は常に「不幸な状態」にあるのが自然だ。日本統治が朝鮮史上“稀に見る”黄金期であったから、朝鮮人は“つい”日帝時代と比較して、「あぁ〜あ、どうしてこうなっちゃうんだろう?」と嘆く。一度「幸せ」を味わった乞食民族は、それが脳裏に焼き付いてしまい、ちょっとした不景気や軍事的脅威でも大騒ぎする。言っちゃ悪いが、朝鮮人には李朝時代が似合っているんじゃないか。昔は、日本の乞食より貧しい朝鮮人が普通で、支配者に隷属するのが当たり前だった。両班が不正行為をはたらき、庶民から金を巻き上げるのも“恒例行事”で、朝鮮の政治が腐敗するのは自然の法則だ。朝鮮人は否定するが、細部にまで気配りが行き届いた行政とか、厳粛で公平な裁判、希望に満ちた未来、というのは日本人がもたらした文明である。ところが残念なことに、敗戦で日本人が去ってしまったから、朝鮮半島は“昔の朝鮮”に戻ってしまった。今さら批判しても始まらないが、「韓国は大変なことになる!」と騒ぐジャーナリストや大学教授は、朝鮮人の行動様式を理解していない愚者である。どんな肩書きを持っていようが、単に朝鮮の過去を知らないだけ。朝鮮史に詳しい専門家が見れば、「朝鮮人らしい例の愚行かぁ・・・」と呟くはずだ。

日本へ押しかけてくる朝鮮人

Koreans 8Koreans 99


(写真 / 日本にやって来そうな朝鮮人のタイプ)

  とにかく、我々が早急に態度を決めなければならないのは、如何にして朝鮮人の入国を阻むかだ。朝鮮人の頭には、「困った時は日本人に頼るべし」という考えが常にある。普通の日本人からすれば、「何いってんだ、この野郎 ! あれだけ日本人の悪口を世界中にバラ撒き、嘘八百のイチャモンをつけて罵倒したのに、朝鮮が厭になったから、という理由で日本に移住してくるなんて言語道断。冗談じゃない。図々しいにも程がある ! どのツラ下げて日本に来るんだ? テメエらなんか、絶対入国させないからな !」と言いたくなる。気の短い江戸っ子なら「つべこべ抜かすとひっぱたくぞ ! おととい来やがれ ! さぁ、とっととけえれ(帰れ)!」と怒鳴りつけて、門前払いにするだろう。しかし、日本語を理解できないボンクラ鮮人だと、キョトンとした顔で「あなたの言っていること、じぇんじぇん分かりません。ワタシ、二日前にここへ来たことはありませんよぉ〜」と答える。こんな鮮人に会えば、少年ジャンプで頭をひっぱたきたくなる。(UFCのスティーペ・ミアシッチみたいな格闘家消防士がいれば、膝蹴りか右フックを頼むんだけど。堀口恭司や所英男じゃ心が優しすぎる。) 日本人の感覚だと、あれだけ日本人を侮蔑すれば、いくら困っていても日本へ移住するなどできないし、恥ずかしさで足が重くなる。

  ところが、朝鮮人はスキップするほど足が軽く、平気な顔でやって来る。朝鮮人に「恥」という概念は無い。彼らは「韓国の景気が悪いから日本の会社に就職した」とか、「北鮮との併合は嫌だから日本に住むことにした」、あるいは「大阪に親戚がいるので、それを頼りに来日しました」と口にする。こんな言い草を聞けば、大抵の日本人は堪忍袋の緒が切れて、「ふざけんな ! このド阿呆!」と机を叩くだろう。たぶん、「お前らは散々反日を叫び、天皇陛下の御真影や日の丸を燃やしてきたじゃないか ! そして、ありもしない従軍慰安婦を言い立てて、アメリカにまで慰安婦像を設置し、戦後賠償まで求めてきた。条約を結んでもそれを破棄し、政府間の合意を作成しても、時が過ぎればと引っくり返す。もうウンザリだ。お前らとは係わりたくない !」と言うはずだ。しかし、朝鮮人の精神構造は日本人のものとは根本的に違っている。「あれはあれ。これはこれ」というのが朝鮮人や支那人の考え方だ。朝鮮人は自分の都合によって言論と態度を変えてしまうし、過去との一貫性が無くてもいい。「二枚舌じゃないか!」と怒るのは、日本人の倫理観があまりにも高すぎるからで、アジア人に我々の水準を要求するのは端っから無理だ。

  日本人は根が優しいので、冷酷な現実から目を背けてしまうが、世界中の民族が全て平等ということはない。率直に言えば、朝鮮人というのは民族序列の中でも底辺に属する劣等種族だ。こんな民族に国籍や入国を許す方がおかしい。「区別」を「差別」と勘違いしている日本人は結構多く、誰にでも入国を許すのがいいと思っている。だが、現実を見てみよ。差別なんか堂々と罷り通っている。例えば、高級なディスコやナイト・クラブでは、入り口のところに用心棒と審査係がいて、入店するお客を選んでいる。ハンサム青年やセクシーな女性はウェルカムだが、雰囲気を損なうダサイ奴やブスは入店拒否。民間の娯楽施設だって来場者を選ぶのに、日本国は反日分子でも、放火魔、強姦魔、詐欺師、窃盗犯、ヤクの密売人でもOKだ。防諜組織を持たない日本は、移民や難民に紛れて潜入する工作員にも鈍感で、国内に危険分子が増えることに気づかない。たとえ、派遣された破壊工作員じゃなくても、勧誘されてスパイの代理人や協力者になる者だっているだろう。だから、もっと入国条件を厳しくすべきである。

  また、厳しい入国審査を経た者であっても油断はならない。というのも、帰化鮮人の子供や孫が北鮮のエージェントになるケースだってあるからだ。例えば、普通の帰化鮮人三世が国会議員となり、政治献金を集めて行くうちに北鮮や支那の協力者になる場合だってある。それに、帰化鮮人の手引きで北鮮に渡った日系議員が女を斡旋されて、金王朝のエージェントになる虞(おそれ)だってあるはずだ。朝鮮人の味方をする石破茂を見れば分かるじゃないか。「拉致議連」の会長を務めた中山正暉(まさあき)も同類で、彼が平壌訪問から帰ってくると、急に態度を変え、あろうことか拉致事件を疑う態度を示し、すっかり北鮮の擁護者になってしまった。朝鮮人の女にメロメロとなった前原誠司や、朝鮮人の秘書を抱えてニヤついた小沢一郎たって同じ穴のムジナだ。自民党には朝鮮人の犬がウジャウジャいる。例えば、 小泉純一郎首相は北鮮を訪問した時、ありもいない日本の罪を認めて1兆円以上の経済援助を約束してしまった。こんな取決めは決して赦せない。小泉総理は本当に日系の日本人なのか? 彼の父親である鮫島純也(小泉防衛長官)は謎めいた人物で、 どんな家系なのか、彼の両親や祖父母はどんな人物だったのか、さっぱり分からない。これじゃあ、蓮舫と同じだ。公職者は日本の命運を左右するから、三代か四代前の祖先を全て公表すべきである。

Koizumi Junichiro 3Koizumi Junya 1Koizumi Junya 2Bok 1


(左 : 首相になった小泉純一郎 / 新人議員時代の小泉純一郎 / 父親の小泉純也 / 右 : 南鮮大統領の朴正熙 )

  日本人が国防意識を放棄・喪失してから久しい。敗戦後の日本人は軍隊を持たない、核兵器の開発をしない、僻地の国土を守らない、拉致された国民を見殺しにする、など唖然とするほど情けない状態になっているが、もっと恐ろしい病気に冒されている。すなわち、国民の遺伝子を守らないという怠慢病だ。沖縄や対馬、竹島、北方領土などが侵食されても平気な日本人は、民族的遺伝子の変質に気づかない。一部の国民は、出生率の低下には多少の関心があるものの、朝鮮人や支那人との混血で日系人が減っているとは思っていないのだ。敗戦後、朝鮮人は確実に増えている。闇市で儲けた朝鮮人は祖国に帰らず日本に居坐った。さらに、大量の朝鮮人が朝鮮戦争を嫌って日本へ潜り込み、在日鮮人と化して子孫を増やし、結婚や帰化申請で「日本国民」になっている。官報を見れば分かるけど、南北を問わず在日鮮人は次々と日本国籍を所得し、日本名に切り替えて「日本人」のように生きてきた。今では、かなりの国民が朝鮮人の血統に属し、日本人意識を失っている。こうなれば、日本の国土が昔のままでも、そこに暮らす国民の“質”が変わっているのだから、侵略を受けたのと同じである。

  南鮮経済が傾き、北鮮へと靡けば、小賢しい朝鮮人はいち早く国外脱出を図る。移住先は米国が理想なんだけど、トランプ政権で段々と難しくなっているから、直ぐ近くにある「甘っちょろい日本」へ逃れるのがベストだ。なんと言っても、日本には同胞が大量に住んでいる。それに、人種的にも見分けがしにくいから、あからさまな差別に遭わなくてすむ。普段、朝鮮人は鼻水を垂らしながら反日を叫ぶが、心の底では日本文化に憧れており、日本に来ると反日言説は何処へやらで嬉しくなる。まぁ、いくら南鮮のTVドラマや歌謡曲が「ウリジナル(独創)」と称しても、所詮は日本のコピーでしかないんだから当然だ。彼らは中々認めないけど、アメリカと比べれば日本は断然暮らしやすい。建前では「朝鮮人差別がある !」とわめくが、実際はたいしたことがなく、日本企業に勤めれば実力次第で出世できるし、失業したって社会福祉が充実しているからハッピーだ。

Korean baby 1Korea 03

(左 : 朝鮮人の赤ん坊 / 右 : 朝鮮でよく見かける露天商)

  平和ボケの日本人には、民族の存続という意識が無く、「今が楽しければ、それでいい」という考えの人が多い。グローバリスト教育のせいか、「日本語を話せれば誰でも日本人」という考えが各世代に浸透している。「インド系でもアフリカ系でも、日本国籍を持っていれば日本人よ」と思う人が増えてきた。しかし、正常な日本人なら本能的に「日本人の血統でありたい」と望むんじゃないか。心の奥でアジア系混血児に違和感を持つ人は、今でもかなり居ると思う。一般人は口に出さないが、「朝鮮系の子孫は、ちょっと嫌だなぁ」と思う人は結構いるはずだ。

  昭和の頃だと、娘が連れてきた交際相手に不審な点があると、親は興信所に調査を依頼したものである。人権屋の学者は綺麗事ばかり並べているが、我が子の将来と家門の誇りを大切にする人は、大金を払ってでも探偵に相手側の素性を調べさせていた。もし、交際相手が“いかがわしい”奴なら、娘に諦めるよう説得するし、相手方の両親に圧力を掛けて破談に持ち込むことさえ厭わない。ところが、リベラル教育を受けた現在の親は、左翼学者が吹き込む「個人の自由」とやらを鵜呑みにする。子供が紹介する恋人がどんな人間であっても、「本人の意思だから」と諦め、渋々ながらも受け容れようと考えてしまう。本当に悲しい時代となってしまったが、巷の一般人が「血統」を気にするのは、飼っている犬や猫だけで、自分の子孫となる家族の血筋はどうでもいい。でも、自分の娘が産む赤ん坊より、ペットショップで購入する猫ちゃんの方に、厳しい注文があるなんておかしいよねぇ〜。人間の赤ん坊は成長すると、鏡に映った姿を自覚するんだぞ。

  後編に続く。 
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68778358.html

http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/334.html#c330

[リバイバル3] 苗場スキー場の元高級リゾートマンションが遂に10万円になった 中川隆
542. 中川隆[-8601] koaQ7Jey 2019年8月29日 13:06:02 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4151]

日本で急増する「住所を喪失」した人たち〜車上生活、漂流女子、8050問題が行き着く地獄=鈴木傾城 2019年8月29日
https://www.mag2.com/p/money/750924


いま日本で住所を喪失する人が増えている。車上生活者・ネットカフェ難民が溢れている。いったん住所を失うと、不安定な生活から抜け出せない蟻地獄にハマる。

決して他人事ではない住所喪失、社会的に「存在しないも同然」に

住所を失って途方に暮れる人たち

2019年8月20日。群馬県でひとつの事件が起きていた。

58歳の女性から「92歳の母親が車の中で死亡している」という110番通報があったのだが、警察が調べると確かに後部座席には座ったまま死んでいた92歳の母親の遺体があった。すでに死後4日が経っている状態だった。

実はこの58歳の女性は住む家がなく、92歳の母親と27歳の長男と3人で車上生活をしていたのだった。この三世代の一家は住むべき家を失っていた。その車上生活の最中で92歳の母親は寿命が尽きた。


事件が起きた時は、すでに1年近く車上生活をしていた。車上生活と言っても、キャンピングカーのようなものではなく、ごく普通の軽自動車である。

92歳の母親が死んでもすぐに届け出することも病院に駆け込むことがなかったことも衝撃だが、それよりも狭い軽自動車で三世代が1年近くも生活していたということに驚く。

住所を失っても行政の支援や救済を求めない。問題解決の方法が分からず、どうしていいのか分からないまま車で1年暮らす。今の日本で家を失って途方に暮れている人たちが確かに存在する。

車上生活と『死にゆく妻との旅路』

家を失って籠もるように車上生活をする。あるいは、家を捨てて逃げるように車上生活に入る。今、日本の社会の底辺で「誰にも助けを求めずに気が付いたら車上生活に入ってしまった」という人たちが少しずつ増えているというのが分かっている。

道の駅や、高速道路のサービスエリア・パーキングエリアでは、キャンプ気分で車上泊する人たちとは別に、ひっそりと車上生活をしているのではないかと思われる人や家族がいることを係員が報告している。

あるいは目立たない道路の側道で車を停めて、隠れるように車上生活し続けている人たちもいる。

彼らは様々な事情を抱えて車上生活をしているのだが、その多くは「借金から逃れるための車上生活」だったり、「家賃が払えなくなって家を失って車上生活」だったりする。

通常、そうなった場合は然るべき機関に相談に行って最適な処理をするのが普通なのだが、途方に暮れたまま何もしないで流されるように車上生活に追い込まれる人も存在するのだ。

借金から逃げ、車上生活のあげく癌だった妻を車内で死なせ、保護責任者遺棄致死で逮捕された哀しい事件が1999年にあった。清水久典氏が起こした事件だった。

彼は知人の保証人になって4,000万円の借金を背負い、さらにバブル崩壊で工場の経営も悪化して人生を投げた。彼は自分を慕って離れようとしない11歳年下の妻と共にワゴン車でひたすら日本を回り、9ヶ月に渡って車上生活をしていた。

清水久典氏は車上生活と大腸癌によって急激に弱っていく妻と片時も離れようとせず、最後に車の中で妻を看取る。その経緯と旅路は

『死にゆく妻との旅路』
https://www.amazon.co.jp/%E6%AD%BB%E3%81%AB%E3%82%86%E3%81%8F%E5%A6%BB%E3%81%A8%E3%81%AE%E6%97%85%E8%B7%AF-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%B8%85%E6%B0%B4-%E4%B9%85%E5%85%B8/dp/4101186219


という書籍で私たちは読むことができる。

カネもなく未来も失った一組の夫婦が、すぐにやってくる死を予感しながら車上生活を続ける姿は心が張り裂けそうな哀しみに満ちていた。この清水久典氏の哀しい手記は、2011年には映画化もされている。


私たちはこれを「稀少な出来事」のように思っていたのだが、今の日本では必ずしも「稀」とは言えなくなりつつある。経済的に追い込まれ、住所を失い、日本の底辺を這い回っている人たちがいる。

漂流女子〜住所を持たず、大都会を漂流する

2018年5月。新宿歌舞伎町のコインロッカーで赤ん坊が捨てられているのが発覚し、防犯カメラの映像からひとりの女性が逮捕されたことがあった。25歳の女性だったが、彼女はネットカフェに寝泊まりする25歳の「漂流女子」だった。

父親は誰だか分からない子供で、彼女はネットカフェの中で赤ん坊を産み落としていた。その赤ん坊を歌舞伎町の中にあるコインロッカーに捨てた。

すでにネットカフェ難民が忘れられて久しい。しかし、彼らは消えたわけではない。東京を代表する歓楽街である歌舞伎町には十数件ものネットカフェが林立しているのだが、どのネットカフェにも、そこに「住み着いている人たち」が大勢いる。

男性だけでなく女性も多い。そのため、女性専用のフロアを用意しているネットカフェも普通になった。

早朝、歌舞伎町をぼんやりと佇んでいると、ネットカフェから出てきてキャリーバッグを2つほど引きずって疲れた足取りで人気のない雑居ビルの入口に座り込み、暗い顔でスマートフォンの画面をのぞき込んでいる若い女性を見ることもある。

彼女たちも住所がない。仕事は日雇いの派遣などが多いのだが、いつも仕事があるわけでもないので資金が乏しくなる。そのためネットカフェに24時間いることもできず、寝る時だけ入って目が覚めたらチェックアウトしている。そしてキャリーバッグを2つほどを転がして、どうしたらいいのか思案しているのである。


帰るべき家も助けてくれる家族もない

こうした女性たちの一部は性風俗の店で働いているのだが、容姿や精神的な理由で性風俗からも弾かれる女性もいる。そんな女性がラブホテルが林立する区域にある大久保公園の周囲に座り込んでいる。

そこまで経済的に追い込まれているのであれば、実家に戻ればいいという人もいるのだが、彼女たちの多くは実家と折り合いが悪くて家を捨てており、帰るべき家も助けてくれる家族もない。

住所を持たず、大都会のどん底を這い回っている。こうした女性を支援する行政の相談窓口もあれば、NPO団体も存在するが、彼女たちがそこに助けを求めることはない。彼女たちは自ら孤立してさまようだけだ。


今の日本ではネットカフェに泊まり込む人たちは1日約4,000人いるとも言われている。決して少ない数ではない。


8050問題〜増え続ける中年「引きこもり」

2019年5月28日。神奈川県の川崎市登戸でひとりの男が小学生の児童や保護者らを次々と刺すという通り魔事件が起きた。この事件の犯人は中年の「引きこもり」だったのだが、日本には推定200万人近い引きこもりがいることが報道された。

この200万人近い引きこもりは親の家や資産で生きているのだが、貧困と格差が広がっていく今の日本では親もまた困窮し始めている。

そこで起きているのが「8050問題」である。80代の親が50代の引きこもりの子供を抱えてどちらも共倒れする。親が子供を殺したり、子供が親を殺したり、親が死んだまま子供が数ヶ月も何もしないで過ごしたり、8050問題から派生する悲惨な事件が次々と起きている。

社会的には「存在しないも同然」の人間と化す

ところで、この8050問題の行く末に待つものは何か。

引きこもりの子供が親の貯金を食い潰したら、最後に起きるのは「住所の喪失」なのである。親が持ち家でなければ貯金が底をついて年金だけではどうしようもなくなった時、親も子も住所を失う。

行政とうまく連携して生活支援や生活保護が受けられる人もいるのだが、こうした問題を「人に相談するようなものではない」「自業自得」「不徳の致すところ」として一身に抱えて自滅していく。


このように俯瞰して見ると、今の日本で起きている「車上生活」「漂流女子」「8050問題」はそれぞれタイプは違うのだが、その根っこの部分ではつながっている、あるいはつながっていくことが見て取れるはずだ。

日本の貧困と格差の問題は、いよいよ「住所喪失」の問題になっていくのである。

住所喪失が深刻なのは、現代社会のすべての行政サービスや社会システムは住所に紐付いているからだ。住所がなければ行政サービスを受けることができない。住所がなければ企業のサービスを受けることもできない。住所がなければ就職することすらもできない。


住所を失えば、社会的には「存在しないも同然」の人間と化す。貧困の統計からも、その存在が消える。


当たり前さえ維持できないほど不安定な状況に

皮肉なことに、いったん住所を失うと新しい住所を手に入れることが困難になる。なぜなら、新しい住所を手に入れるためには不動産の手続きの中で今の住所を記載する必要があったり、家賃保証会社の契約が必要だからだ。

家賃保証会社はボランティアでやっているわけではないので、きちんと家賃を支払ってくれそうにない人の保証をすることはない。現時点で住所を持たない人は、言うまでもなく信用が著しく欠如しているので契約が難しい。

そう考えると、この時代に生きる私たちはどんな困難に落ちても何が何でも守らなければならないのは、どんなに小さくてみすぼらしい場所でもいいから、「自分の住所を持ち続ける」ことを死守することだと分かる。

住所を持つことによって、行政サービスが受けられ、きちんとした仕事を得ることができ、プライバシーと安心と安眠が得ることができるようになる。

住所がなくなると、そのすべてが吹き飛んでいく。

住所がなければ通常の仕事を得るのは難しい。せいぜい日雇い労働くらいしか得られなくなる。その必要最小限の賃金では、そこから這い上がることすらも難しくなってしまう。


日雇いは不安定な仕事だ。どんな長期契約でも2ヶ月がせいぜいだ。それ以上雇い続けると社会保険を支払う義務が発生するからだ。実態は2ヶ月も雇ってくれることはなく、せいぜい2週間である。

だから、いったん日雇いにまで落ちると、いくら長期で働きたいと思っても向こうから切り捨てられて、不安定な生活から抜け出せない蟻地獄となる。

決まった住所を持つというのは、社会生活を送る人間として当たり前以前のことであると普通は考える。

しかし、「車上生活」や「漂流女子」や「8050問題」の存在を見ても分かる通り、その当たり前さえ維持できないほど不安定な状況に追い込まれている人が増えているのが今の社会の現状である。

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/565.html#c542

[リバイバル3] ブリティッシュ・サウンドとは何か? _ 安物スピーカー スペンドール BCII から奇跡の音が… 中川隆
109. 中川隆[-8600] koaQ7Jey 2019年8月29日 15:32:45 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4152]
2011/10/18 0:08 投稿者:人力
昔からBOSEファンには音楽ファンが多いですよね。基本フルレンジで音楽の美味しい所がしっかりと聞こえるからでしょうか。


2016/6/5 0:49 投稿者:通りすがりの者です
能率(感度)が99〜100dBくらいあり、2kHz前後まで出力帯域を持たせられるSR用38cmスピーカーは鳴り方いいですね。コンプレッションドライバーとホーンの組み合わせは本当に良く出来ている。


2016/6/8 16:23 投稿者:人力
通りすがりの者です さん
高効率のスピーカーシステムって本当に音楽がイキイキと鳴りますよね
低能率スピーカー+ハイパワー低インピーダンスアンプの緻密な描写とは真逆。

どちらも凄いのですが、安価に楽しめる点では高効率なSEスピーカーは半ばオーディオの盲点でした。

尤も、その両方のイイとこ取りをする小型スピーカーも存在する訳で、箱庭オーディオの世界も盆栽同様に奥が深いものが有ります。

ノイズや歪というのは不思議なもので、気持ちの良い歪というのも存在します。ここら辺がオーディオの面白い所で、徹底的に歪を低減した音が心地よい音かと聞かれたら答えはNOとなります。

ローファイの時代から、音の良い器材が有るのは、この歪による味付けの上手い下手が大きく影響している様です。

そもそも、音の入り口であるマイクと、出口であるスピーカーは歪の塊であり、原音などというものは存在しない事を考えると、オーディオは所詮は「好みの音」を再生する趣味という事になります。

そして、オーディオ地獄で大金を失わない為には・・・私はフルレンジスピーカーの音から外れない様に気を付けています。下手に低音、高音を伸張すると・・・大金が飛びます。中域を厚くして、低音・高音は脳内補完・・・これで幸せなオーディオライフが送れるハズ。

2018/9/6 1:20 投稿者:人力

一般家庭ではスピーカーの効率にもよりますが100Wなんてパワーは持て余すかと・・。

スピーカーの箱が小さくなって、効率を犠牲にする事で低音を確保する現在のオーディオ技術は根本的に何か間違っている気がします。出力トランジスターを多数並列にして出力抵抗を下げる方法も、個々のトランジスターの特性の微妙な違いで、音楽の鮮度を下げているだけ。

シングルプッシュフルのトランジスターアンプは素直で良い音がする物が多い。ただ、組み合わせるスピーカが低効率のローインピーダンスのタイプだとアンプの良さが全く生かせません。


2018/9/12 8:18 投稿者:人力

色々不要な接点が増えるからプリアンプは要らないというのはCD時代からの流れですが、実はプリアンプって音色を作る役割が有ったりしますよね。歪が増えているだけなのですが、個人的には「心地よい歪」を付加する装置は大歓迎です。偶数次の歪が増えると音が艶やかになるとの説も。ケーブルにしても、電源にしても固有の歪が付加され、それが音質の変化として認識されます。

結局、オーィオ道って、「自分の好きな歪」を作る行為なのだと私は考えています。「原音」なんて、そもそも存在しないのですから。

ドイツのジャーマンフィジックス社のクリスマスの帽子の様な振動版のスピーカーの音を聞くと、ダイナミック型のスピーカーが発する音が如何に偽物かが良く分かります。静電型やアポジーの様なフルリボン型とも違う、異様なリアリティーを持った音に鳥肌が立ちます。

お金に糸目を付けなければ、泥沼に落ちるのも楽しいオーディオですが、「この程度で十分」と線引きする事で、楽しく音楽と付き合う事の方が大事だと私は考えています。
https://green.ap.teacup.com/pekepon/551.html#comment
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/690.html#c109

[リバイバル3] スピーカーの歴史 _ 何故、過去に遡る程 スピーカーもアンプも音が良くなるのか? 中川隆
19. 中川隆[-8599] koaQ7Jey 2019年8月29日 15:34:32 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4153]
2011/10/16
日曜の午後は優雅にJAZZなど聞きながら・・・最新技術でレトロを再現する 
https://green.ap.teacup.com/applet/pekepon/msgcate11/archive

オーディオマニアはイコライザーの使用を嫌います。

「レコードやCDには生の音源が入っているのだから、手を加えるのは言語同断」という
原音至上主義の方達が多くいらっしゃいます。
最高の録音であれば、良い音源は優れた再生音を生み出してくれます。

ところが実際には「録音」は千差万別です。
クラシックでも酷い録音は存在しますが、それでもバランスは取れています。

これが、80年代以降のロックやポップスやJ-POPSでは悲惨な録音状態です。
CDの登場によってオーディオ機器は小型化し、ラジカセ全盛の時代になりました。

CDを購入する多くの人々が、ラジカセで音楽を聴くので、
当然、録音スタジオではラジカセで格好良く聞こえる様な録音をする様になります。

ミキシングスタジオから大型スピーカーが消え、
YAMAHAの10Mという、白いウーファーの小型スピーカーが大増殖して行きました。
ラジカセは大型スピーカーの様には低音が出ませんので、
ミキシング時に低音を思い切り持ち上げて録音される様になりました。
さらには、小型スピーカーではあまり聞こえない重低音は、
管理されていないような録音も現れ始めました。

80年代前半のアナログレコードに時代までは、
それでも多くの人が大型のオーディオスピーカーを使用していたので、
録音はそれを考慮して、まともなバランスを保っています。

しかし、90年代以降はPOPSやROCKはそれこそ「悲惨」な状況です。

■ 曲毎、アルバム毎にイコライザーカーブをプリセットできるiTunse ■

イコライザーを使用すれば、部屋の音響特性と録音バランスを補正できるのですが、
録音バランスの違うCDにあわせてその都度イコライザーを操作するのは面倒です。

しかし、iTunseには、曲毎にイコライザーを設定する機能が付いています。
iTunesにプリセットされているイコライザーは、派手な演出でクソですが、
iTunseはバンド数が少ないながらも、自分で複数のイコライザーカーブを作って登録できます。

もう、これを使ってしまったら、病み付きになります。
古いジャズも、最新のロックも、最適なバランスに調整する事が出来ます。

■ ルームアコースティックを機材で調整する愚 ■

私は先日、コンクリートにクロス直貼りのマンションから、
ボード貼りのマンションに引越しました。

コンクリートにクロス直貼りの部屋では、低音がだぶ付いて始末に負えませんでした。
iTunseのイコライザーが無ければ、大型スピーカーは絶対に使えません。
ところが、ボード貼りの部屋では、ボードが丁度良いアンバイに低音を吸収してくれます。

これが、木造の和室では、今度は低音が不足するかも知れません。

このようなルーム・アコースティックの違いを機材で調整する事は至難の業ですが、
イコライザーでは比較的容易に調整できます。

■ 大型スピーカーの衰退 ■

AMラジオの様なフルレンジの小型スピーカーは
高音も低音も出ませんが、ストレスの無い聞きやすい音がします。

今な無き長岡鉄夫というオーディオ評論家は、
小さなフルレンジユニットを使って、高効率の自作スピーカーを発表し続け、
一部のオーディオマニアから神的な扱いを受けていました。

長岡鉄夫のファンはらはオーディオマニアと言うよりは、音楽マニアが多く、
高効率のスピーカーからは、生きた音楽が聞こえる来る事を知っていました。

一方、所謂オーディオマニアはJBLのマルチユニットのモニタースピーカーなどに嵌りますが、
これは上手く鳴らす事が非常に難しいシステムで、まともに鳴らした人は少ないでしょう。

大型のマルチユニットではユニット間の繋がりで、周波数特性が乱れ、
さらには日本人はタンスの様な巨大スピーカーを6畳間に押し込んだりしていましたから、
ユニット間の音が混じる事も無く、音場再生などという概念もハナから無視していました。

一時期、録音のワイドレンジ化に伴って導入されたJBLのマルチモニターは、
その後、UREIの同軸2ウェイユニットにその座を奪われます。
ホーン先端の青色のスポンジも鮮やかなUREIのモニターは、
同軸2ウェイ故に、音の繋がりも良く、大型ながら音場再現にも優れていました。

JBLはその後、2ウェイのモニターシステムに移行すると同時に、
UREIを買収して、UREIモニターを市場から消し去りました。(アメリカ人の発想ですね)

ところが、時代はラジカセの時代になり、
大型モニターは少なくなり(当然、楽器個々の録音確認には使用されますが)、
YAMAHAの10Mが大増殖し行きます。

■ 小型スピーカーブーム ■

1985年頃だと思いますが、イギリスのセレッションというメーカーが
SL600という小型密閉方スピーカーを発売します。
(マーシャルのギーターアンプのスピーカはセレッション製です)

SL6という、中級スピーカーのユニットはそのままに、
箱の共振を抑える為に、航空機に用いられていたアルミのハニカム材を
エンクロージャーに用い、レーザー解析で振動を最適化するという
現代的スピーカー設計の原型とも言える製品でした。

SL600は鳴らし難いスピーカーとして名を馳せました。
非力なアンプでは全く鳴らないのです。
ところが、マークレビンソンなどアメリカの純A級のパワーのあるアンプで鳴らすと豹変しました。

スピーカーの存在が消え、そこであたかも演奏していうかの様な空間が生まれたのです。

■ 地獄の一丁目、小型低能率ワイドレンジ・スピーカー ■

SL600の登場までは、スピーカーの効率は90dB以上はありました。
ところがSL600以降は、80dB程度の効率しか無いスピーカーが続々と登場します。

低音が出難い小型のスピーカーなので、
低音の効率に、システムの効率を揃える事で、帯域のバランスを確保したのです。

さらに小型スピーカーで低音を得る為に、ウーファーのユニットは重くなり、
さらに強力な磁気回路の中に設置されました。

これでは、非力なアンプでは、ウーファーから逆流する電流に押されて
まともな再生が出来ません。

さらに、ハイパワーでウーァーを叩き出さなければ、音に勢いが生まれません。

NFBを最小に抑えながらも、出力インピーダンスを小さくして駆動力を稼ぐ為に、
現代の高級アンプは、出力段のトランシスターを多数並列にして、
スピーカーの駆動力を確保しながら、低インピーダンスに対応しました。

小型低能率スピーカーの登場は、アンプの巨大化と高価格化をもたらしましたが、
住宅事情から、大音量の出せない日本のオーディオマニアの多くは、
結局、スピーカーとアンプの実力を出す事なく、買い替えを繰り返していきました。

(この時代のパワーアンプの最高傑作が、初期型KRELLのKSA50やKSA100でしょう。
 2Ωまでを楽々と駆動しながら、繊細で力強く、さらにマッタリとクリーミーな味わい。
 しかしながら、陽炎が立つ程の発熱と、月の電気代が3000円アップに耐えなければなりません。
 エコを目指し、クラーの無い我が家では、半年で売りに出されました。

 でも、人生で最後に聞きたい音を挙げろと言われたら、
 私は間違い無く「初期型のKSA50の音を聞きたい」と答えます。
 スピーカーは・・・SL600・・・いや、APOGEEのフルリボンか・・・)

■ 小型スピーカーが悪いわけでは無い ■

小型スピーカーの先鞭を付けたセレッションですが、
SL3という非常に鳴らしやすい小型スピーカーを発売していました。
今でも実家で使っていますが、FMラジオを聞き流すには最適なスピーカーです。

SL3の上位機種の、SL600の原型であるSL6も素晴らしいスピーカーでした。
小型密閉型のスピーカーですが、低音も結構出たので、
これをどう料理するかが、鳴らす人の腕の見せ所でもありあました。
LINNの黒箱に繋いで鳴らすと、弦楽器は張りがあって、艶やか、躍動感一杯に鳴ります。
又、この組み合わせの、ビートルズは絶品でした。
アメリカのスピーカーでは鳴らし難いビートルズですが、
イギリスのスピーカーとアンプの組み合わせでは、生き生きと鳴ります。

最近ではKEFFのiQ3などは、とても良く出来たスピーカーです。
DALLIのロイヤル・メヌエットも、音楽がとても楽しく聞こえるスピーカーです。

これらの小型スピーカーを使っている内は、オーディオマニアも幸せで居られます。
高音がどうの、低音がどうのと、細かい事も気になりません。

■ 38cm小型2ウェイという選択肢 ■

ご存知の方も多いと思いますが、名古屋のProcableという通販ショップが、
iPodやiTuneのオーディオ活用に一役買いました。

ホームページが強烈なので、アンチ・プロケーブルを量産しましたが、
そこに書かれている事は、技術的には間違いも多いのですが、
結構、従来の常識を外れると、楽しいオーディオライフが返って来る事を証明しています。

先ず、高効率スピーカーを使う事。
問題はほとんどコレで解決します。
生き生きとした音楽が聞こえてきます。

38cmのPAスピーカーを推奨しているので、
私もエレクトロボイスの「Foce i」という比較的小さなPAスピーカーと、
クラウンの25Wの小型アンプD45を購入してみました。

これが意外と素性が良いのですが、
38cmと言えども箱が小さいので低音が出ない。
小型スピーカーよりも低音は少ないのでは無いでしょうか?

ただ、103dBという高効率スピーカーなので、
25Wのアンプで軽快に鳴ります。
とにかく、ドラムなどの音の立下りは早い。
ロックのドラムが、パッシっと決まるのは快感です。

低音を出す秘訣は・・・
私はスピーカーケーブルをステージ用の端子を用いずに
スピーカーのネットワークに直接半田付けしたら、低音のバランスが取れました。

ネットワークとユニットの間も、スピーカーケーブルと同じケーブルで半田付け。
多分、半田の適度な抵抗が、スピーカーに丁度良い負荷になったのではと考えています。
(某サイトでは、電線(Fケーブル)を何百メートルも使ってバランスを取る人も居ましたが、
 単に、それって抵抗じゃなイカ?)
昔からJBLなどの大型SPに抵抗を繋ぐと鳴らしやすいというウワサは聞きます。

因みにスピーカーケーブルはウェスタンエレクトリック社の14Gという錫メッキ線です。
高域が適度にシャラシャラして、ホーンのキツサを抑えてくれます。
クラシックまで聞こうとするならば、錫メッキ線は便利です。

■ BOSEという選択肢 ■

その頃、カフェバーのスピーカーと言えばコレ。

クリックすると元のサイズで表示します

BOSE 301。
白いカフェバーに、白いBOSE。
何となく軟派なイメージがしてヘビーデュティー嗜好の私などは、
あまりBOSEが欲しいとは思えませんでしたが、
友人達の部屋で聞くBOSEは、101も、301も、楽しい音で鳴っていました。

「この高音が」とか、「コンバスの弦の解像度が」などという点ではダメなのですが、
音楽を聴いていて楽しいスピーカーでした。
音楽の「うねり」の様な物を良く表現し、
ボーカルの表情が良く伝わる。

当時を振り返ると、
音楽好きはBOSEや自作フルレンジ(長岡式)を選択し、
機械好きは、国産をカタログスペック重視で選んでいた様に思います。

さて、時代が30年経ち、どちらが優れていたかは自ずと結論が付いていると思います。
国産オーディオはほぼ絶滅の状況にあり、
ミニコンポと一部愛好家向けの高級機だけの市場になってしまいました。

一方、BOSEはホームシアターというフィールドにも進出し、
今でも楽しい音を鳴らし続けています。

■ ハイファイは疲れる ■

私もオーディオに随分と散財しました。
しかし、結局行き着く先はラジオの音。

先日までは、仕事用のデスクトップシステムに、
カナダのスタジオ用のアンプ(BRYSTON B−60)と
イギリスのMONITOR AUDIOの小型スピーカーを組み合わせていましたが、
結局、殆ど使用しませでした。
何故か・・・眼前にミニチュアの音像が並ぶと、煩わしいのです。

そもそも、ステレオ自体が擬似音場でしかありません。
脳は多分、その擬似的な音場を補正して尤もらしく聞かせる為に、
結構な労力を使うのでしょう。

低音も高音も、現実のものとは違います。
すると、脳は又イコライジングでこれに対応しようとします。

ですから、仕事中になまじなハイファイ(死語ですが)を聞くと、
仕事に集中出来ません。

■ yahooオークションで間違って落札したギターアンプ ■

クリックすると元のサイズで表示します

いきなりギターアンプです。
yahooオクでオーディオのアンプのコーナーに間違って出展されていました。

何の気無しに\3,000で入札したら、落札してしまいまいした。
息子にでもあげようと思い、送金したら、商品が届きました・・・。
日本フェンダーの小型のギターアンプです。
5インチのスピーカーが2個搭載されています。
何と、これがセレッションです。

かつて、マーシャルのギターアンプはセレッションを使用していました。
セレッションはイギリスの老舗のスピーカーメーカです。
レーザーによる振動解析を駆使して開発されたSL−600は、
現代スピーカーの原点と言っても過言ではありません。

私もセレッションの音は大好きです。
今でもSL−3を所有していますし、
SL−6とLINNの黒箱で鳴らすビートルズは最高です。

決して鳴りすぎる事が無く、されど聞きたい音は聞こえて来る。
それがセレッションです。

現在は台湾当たりのメーカーに商標を売却してしまって、
名ばかりセレッションですが・・・何となく嬉しい。




コメント

2011/10/18 0:08 投稿者:人力
昔からBOSEファンには音楽ファンが多いですよね。基本フルレンジで音楽の美味しい所がしっかりと聞こえるからでしょうか。

2016/6/5 0:49 投稿者:通りすがりの者です
能率(感度)が99〜100dBくらいあり、2kHz前後まで出力帯域を持たせられるSR用38cmスピーカーは鳴り方いいですね。コンプレッションドライバーとホーンの組み合わせは本当に良く出来ている。


2016/6/8 16:23 投稿者:人力
通りすがりの者です さん
高効率のスピーカーシステムって本当に音楽がイキイキと鳴りますよね
低能率スピーカー+ハイパワー低インピーダンスアンプの緻密な描写とは真逆。

どちらも凄いのですが、安価に楽しめる点では高効率なSEスピーカーは半ばオーディオの盲点でした。

尤も、その両方のイイとこ取りをする小型スピーカーも存在する訳で、箱庭オーディオの世界も盆栽同様に奥が深いものが有ります。

ノイズや歪というのは不思議なもので、気持ちの良い歪というのも存在します。ここら辺がオーディオの面白い所で、徹底的に歪を低減した音が心地よい音かと聞かれたら答えはNOとなります。

ローファイの時代から、音の良い器材が有るのは、この歪による味付けの上手い下手が大きく影響している様です。

そもそも、音の入り口であるマイクと、出口であるスピーカーは歪の塊であり、原音などというものは存在しない事を考えると、オーディオは所詮は「好みの音」を再生する趣味という事になります。

そして、オーディオ地獄で大金を失わない為には・・・私はフルレンジスピーカーの音から外れない様に気を付けています。下手に低音、高音を伸張すると・・・大金が飛びます。中域を厚くして、低音・高音は脳内補完・・・これで幸せなオーディオライフが送れるハズ。


2018/9/6 1:20 投稿者:人力

一般家庭ではスピーカーの効率にもよりますが100Wなんてパワーは持て余すかと・・。

スピーカーの箱が小さくなって、効率を犠牲にする事で低音を確保する現在のオーディオ技術は根本的に何か間違っている気がします。出力トランジスターを多数並列にして出力抵抗を下げる方法も、個々のトランジスターの特性の微妙な違いで、音楽の鮮度を下げているだけ。

シングルプッシュフルのトランジスターアンプは素直で良い音がする物が多い。ただ、組み合わせるスピーカが低効率のローインピーダンスのタイプだとアンプの良さが全く生かせません。


2018/9/12 8:18 投稿者:人力

色々不要な接点が増えるからプリアンプは要らないというのはCD時代からの流れですが、実はプリアンプって音色を作る役割が有ったりしますよね。歪が増えているだけなのですが、個人的には「心地よい歪」を付加する装置は大歓迎です。偶数次の歪が増えると音が艶やかになるとの説も。ケーブルにしても、電源にしても固有の歪が付加され、それが音質の変化として認識されます。

結局、オーィオ道って、「自分の好きな歪」を作る行為なのだと私は考えています。「原音」なんて、そもそも存在しないのですから。

ドイツのジャーマンフィジックス社のクリスマスの帽子の様な振動版のスピーカーの音を聞くと、ダイナミック型のスピーカーが発する音が如何に偽物かが良く分かります。静電型やアポジーの様なフルリボン型とも違う、異様なリアリティーを持った音に鳥肌が立ちます。

お金に糸目を付けなければ、泥沼に落ちるのも楽しいオーディオですが、「この程度で十分」と線引きする事で、楽しく音楽と付き合う事の方が大事だと私は考えています。
https://green.ap.teacup.com/pekepon/551.html#comment


http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/858.html#c19

[リバイバル3] 最近のオーディオ業界の状況 中川隆
121. 中川隆[-8598] koaQ7Jey 2019年8月29日 15:49:04 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4154]
2008/12/6
最強のオーディオ・・・iTunes  オーディオ
https://green.ap.teacup.com/pekepon/32.html


■プロケーブルの音

「プロケーブル」というネットショップをご存知でしょうか?
従来のオーディオ理論を覆す方法論で、
一昨年あたりからネットを賑わすオーディオショップです。

実は私もオーディオにずいぶんと散財した挙句に
プロケーブル仕様に落ち着いた一人です。

詳細はプロケーブルさんのサイトに譲るとして、
プロケーブルの面白かった所は、
2チャンネルや個人のブログを巻き込んだ賛否両論の一大実験が、
驚異的なスピードでのトライ&エラーを繰り返して、
プロケーブル・システムを進化させた点です。

サイトの記述内容に技術的な誤謬も多く、
詳しいオーディオマニアの方は、音を聞く前に
その誤りを指摘して、駄システムであると決め付けてしまいますが、
我が家のプロケーブル・システムは総額35万程度で、
以前使用していたカミサンには言えない金額のシステムを軽々と凌駕しています。

この秋、大阪の日本橋にプロケーブルのショップもオープンして、
ようやく実音も聴けるようになり、
プロケーブル論議も、ある結論に至ると思われました・・・。

先日、私も大阪に出かけた折にその音を聴いてきました。
ある程度、予測された事ですが、ジャズ喫茶の音がしていました。
高域のレンジが狭く、ダンゴ状態の音。

私があえてブログでプロケーブルを取り上げたのは、
プロケーブルの機材や方法論がもたらす音が、
あの程度だと認識されたく無いからです。

■オーディオの最大の問題点は録音にある

プロケーブルさんが世の中に知らしめた事の中で、最も重要な事は、
録音される国によってスタンダードなケーブルが異なり、
当然録音バランスが違う・・・という事です。

オーディオマニアは良く原音・原音と言いますが
実は原音なんて、どこにも無いんです。

クラシックを除けば、ポピュラー系のソースは
その時代の最も一般的なシステムで最も良く聞こえるバランスで録音されています。

60年代ジャズは、フルレンジや2ウエイのナローレンジ向け。
70年代、80年代ロックは大型システムが普及しただけに、比較的良いバランス。
90年代以降のはラジカセやミニコンポ向けの音。(ドンシャリ)

これを、なまじ広帯域でフラットバランスのシステムで再生すると、
単なる録音バランスのチェックになってしまいます。
優秀録音以外、まともに聴ける訳がありません。
それをシステムが悪いと思って、調整するから
ますます泥沼にはり、どんどん高価なシステムやケーブルを購入してしまいます。

例えば、アメリカ録音とイギリス録音のロックは
年代が同じでも大分違います。
ベルデンとカナレの違いが音に出てしまうのです。

LPの時代は、カートリッジを交換すれば、
こういった録音の違いを相殺する事が出来ました。

しかし、CDの時代がもたらした、再生環境の均質化が
むしろ、録音の違いを顕にし、
オーディオマニアを無間地獄に突き落としたのです。

■iTunesのイコライザーで全ては解決

本家、プロケーブルはこの問題をケーブルの選択と
マルチ駆動によるドライバーとウーファーの独立した
音量調節で解決しようとしています。

しかし、それはなかなか面倒ですし、システムも複雑になります。
さらに、ユニットの帯域内での微調整が出来ません。
結果的に、過剰気味の高域を抑えようとしてドライバー全体の音量を絞ってしまうので
12KHz辺りから上の倍音成分が不足して、
ジャズ喫茶の音になてしまうのでしょう。
中域が厚いので、一聴するとリアルで迫力がありますが、
音はダンゴ状になて、繊細さや軽やかさを失います。

しかし、iTunesのプリセットイコライザーを活用すれば
録音バランスの問題を簡単に解決する事ができます。

iTunesのプリセットイコライザーをは、
いくつかのイコライジングカーブを自作して名前を付けて記憶する事ができます。
さらに、曲毎、アルバム毎に、プリセットを関連付ける事が出来ます。
この機能を活用すれば、アルバム毎の録音バランスの問題を
簡単にキャンセルする事が出来ます。

さらに、再生システム自身やルームアコースティックの影響も低減できます。

アナログのグラフィックイコライザーは位相の乱れを生じますが、
デジタルでは位相の問題は発生しません。
ビット落ちの懸念もありますが、それも極く高い帯域の問題ではないでしょうか。

例えば、古い録音時代のJAZZをは当時の中域主体のシステム用に録音されています。、
それを、現在のワイドレンジシステムで再生すると逆に中域が薄くなって
迫力が無くなってしまうのです。
又、高域も低域も延びきっていないので、無理に再生すると、
レンジの狭さが強調されて、詰った音に聞こえてしまいます。
そこで、中域を盛り上げ、低域と高域にちょっとスパイスを効かせて
イコライザーカーブを作ります。
すると、あら不思議。
JBLやALTECの世界が現れます。暑く、迸るようなJAZZが再生されます。


TIME盤のソニー・クラーク・トリオは
ブルーノート盤に比べてナローで詰った録音ですが、
上手にイコライジングしてあげると、
途端に生き生きとした迫力ある演奏に豹変します。

「鬼才トリスターノ」は1オクターブ低く録音して、早く再生して録音という
とんでもなくトリッキーな録音で、無機質な音を作り出していますが、
これも、問題無く再生できます。

ビートルズを始めとするブリテッュロックの録音は、
通常胸焼けのするような、まったりとした再生音が特徴ですが、
(LPはクラシック用の高域が伸張したカートリッジでスカ!と決まります)
これもブリティッシュロック用のイコライジングカーブで
切れのある迫力の再生音を実現できます。
ドラムもスカ!!、ドスッ!!と決まりいますし、
ギターもカリ!!とした音を出してくれます。
正に、ライブの音です。

クラシックに関しては、大体良い録音ですが、
38cmの小型のPAスピーカーでは不足する125Hz以下の低音を増強すれば
オーケストラはコンサート会場の迫力で迫ってきます。


■位相制御にも活用

私はiTunesのイコライザーは位相制御にも使えると思っています。
ALLEN & HEATH のDJミキサーには3バンドか4バンドのイコライザーが付属します。
このイコライザーの位置によって、音楽が生き生き聞こえるポイントがあります。
低域をやや絞り、中、高域やや上げてあげます。

これは、スピーカーであるForce-iの各ユニットの
クロス付近の位相特性を整えているのでは無いかと思っております。

当然、再生バランスに影響を与えますので、
この分のバランスの変異も予めiTunesのイコライザーでキャンセルします。

■ラウドネス効果を無視して何が原音か?

さらに我が家はマンションですから、再生音量は小さめです。
当然、耳の生理的特性で低音と高音が低下して聞こえます。

原音再生を目指すオーディオマニアは、イコライザーを嫌いますが、
実用的な音量ではむしろ耳自体にフィルターが掛かっている訳ですから、
むしろイコライザーなりラウドネスを通した音の方が遥かに原音に近い訳です。

iTunesのイコライザーはラウドネスを兼ねる事も当然可能です。

■高価な外付けイコライザーはいらない

AD変換→デジタルでイコライジング→DA変化といった手順を踏む
高価な外付けイコライザーもありますが、
不要なAD変換、DA変換を経由するよりも
デジタル演算だけでイコライジングする方が
音に関する悪影響は少ないはずです。

又、ituneseのイコライザーは曲やアルバム毎に最適にプリセット出来るので、
単なるルームアコースティックの調整だけでは無く、
録音状態による影響もキャンセルできる点だけでも数段優れています。


■プロケーブル・システムの真価

プロケーブル・システムの真価は次の点です

@大口径で高効率のスピーカー
 高効率なスピーカーは微細な音を漏らさず再生します。
 又、音離れが良く、軽やかな音も良く表現します。
 
 38cmウーファーは、イコライザーに良く反応してローエンドが伸びて行きます。
 バスレスポートで無理に作った低音で無いので、
 イコライザーの懸かり方も自然でクセがありません。

A高ダンピングファクターのアンプ
 高いダンピングファクターのアンプは音が窮屈になるとも言われていますが、
 高能率スピーカーとの組み合わせでは生き生きした音を聞かせます

Bスピーカーケーブルは短くして高いダンピングファクターを維持
 結局、ダンピングファクターの高いアンプを使っても、
 スピーカーケーブルを何十mも伸ばしたら、ダンピングファクターは真空管アンプ並み。
 聴きやすくはなりますが、ハイスピードなドラムの音は絶対に聴けません。

 高域の上昇を抑える為には、錫メッキの太いより線が有効。
 私はウエスタン・エレクトリックの14Gを2.5mで使用。
 ウエスタンのケーブルは高域がしなやかで、なんとも言えない音の微粒子感があります

Cパワーアンプに入力ボリューム装備
 ミキサー(プリアンプ)を最適ゲインで使用出来、
 伝送経路での信号ロスを最小限に抑える事が出来ます。
 結局、微弱信号はなるべくレベルを落とさないでパワーアンプ直前の
 ボリュームまで到達させる事がどんなに大事か再認識します。
 (ピュアーネスを追求してプリアンプの代わりにパッシブアッテネーターを用いると
  悲惨な音になるのはこの為)

DALENN & HEATH のDJミキサーをプリアンプとして活用
 プリアンプの名機は数える程しかありません。
 ALLEN &HEATH の音は、フォノイコライザーも含め、
 プリアンプの名機と肩を並べるものがあります。
 ALLEN無くして、プロケーブルシステムは有らず。

EiTunesは是非プリセットイコライザーを活用して
 一度コツを掴んでしまえば、もう手放せません。
 イコライザー無くして音楽再生は有らず。

F200Vとダウントランス
 アース管理された200V電源の安定感は格別です。
 トランスですから、電源のアイソレーション効果があるのでは?

以上が私が考えるプロケーブルシステムのコアです。

さらに、iTunesのバージョンによても、
Windowsのバージョンによっても音はガラリと代わります。

私はiTunesはバージョン7.6.0.29が音がしっかりしていて好きです。
WindowsXPはSP2はまともですが、SP3は悲惨でした。
ここら辺、何が原因か分かりませんが、
安易なバージョンアップは音のバランスを崩します。

さらに、PAスピーカー(EVのFoce-i)のスピコン・プラグは百害あって一利無し。
多分、電力伝達能力が低いのでしょう。
低音が無くなってしまいます。
ネットワークにスピーカーコードを直接半田付けで
全く別のスピーカーに生まれ変わります。

ついでに、ドライバーの保護用ランプは百害あって一利無し。
低い抵抗値のランプが直列でドライバーの直前に入っています。
端子式なので簡単にパスできます。

以上、長々と書いてしまいましたが、
興味の無い方には、何が何だかチンプンカンプン。
それで良いのです。
オーディオの世界は底無沼です。
これを読んで分かってしまう方は、沼に落ちないようにお気をつけ下さい。
https://green.ap.teacup.com/pekepon/32.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/845.html#c121

[リバイバル3] スピーカーの歴史 _ 何故、過去に遡る程 スピーカーもアンプも音が良くなるのか? 中川隆
20. 中川隆[-8597] koaQ7Jey 2019年8月29日 16:21:14 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4155]
2008/12/6
最強のオーディオ・・・iTunes  オーディオ
https://green.ap.teacup.com/pekepon/32.html

■プロケーブルの音

「プロケーブル」というネットショップをご存知でしょうか?
従来のオーディオ理論を覆す方法論で、
一昨年あたりからネットを賑わすオーディオショップです。

実は私もオーディオにずいぶんと散財した挙句に
プロケーブル仕様に落ち着いた一人です。

詳細はプロケーブルさんのサイトに譲るとして、
プロケーブルの面白かった所は、
2チャンネルや個人のブログを巻き込んだ賛否両論の一大実験が、
驚異的なスピードでのトライ&エラーを繰り返して、
プロケーブル・システムを進化させた点です。

サイトの記述内容に技術的な誤謬も多く、
詳しいオーディオマニアの方は、音を聞く前に
その誤りを指摘して、駄システムであると決め付けてしまいますが、
我が家のプロケーブル・システムは総額35万程度で、
以前使用していたカミサンには言えない金額のシステムを軽々と凌駕しています。

この秋、大阪の日本橋にプロケーブルのショップもオープンして、
ようやく実音も聴けるようになり、
プロケーブル論議も、ある結論に至ると思われました・・・。

先日、私も大阪に出かけた折にその音を聴いてきました。
ある程度、予測された事ですが、ジャズ喫茶の音がしていました。
高域のレンジが狭く、ダンゴ状態の音。

私があえてブログでプロケーブルを取り上げたのは、
プロケーブルの機材や方法論がもたらす音が、
あの程度だと認識されたく無いからです。

■オーディオの最大の問題点は録音にある

プロケーブルさんが世の中に知らしめた事の中で、最も重要な事は、
録音される国によってスタンダードなケーブルが異なり、
当然録音バランスが違う・・・という事です。

オーディオマニアは良く原音・原音と言いますが
実は原音なんて、どこにも無いんです。

クラシックを除けば、ポピュラー系のソースは
その時代の最も一般的なシステムで最も良く聞こえるバランスで録音されています。

60年代ジャズは、フルレンジや2ウエイのナローレンジ向け。
70年代、80年代ロックは大型システムが普及しただけに、比較的良いバランス。
90年代以降のはラジカセやミニコンポ向けの音。(ドンシャリ)

これを、なまじ広帯域でフラットバランスのシステムで再生すると、
単なる録音バランスのチェックになってしまいます。
優秀録音以外、まともに聴ける訳がありません。
それをシステムが悪いと思って、調整するから
ますます泥沼にはり、どんどん高価なシステムやケーブルを購入してしまいます。

例えば、アメリカ録音とイギリス録音のロックは
年代が同じでも大分違います。
ベルデンとカナレの違いが音に出てしまうのです。

LPの時代は、カートリッジを交換すれば、
こういった録音の違いを相殺する事が出来ました。

しかし、CDの時代がもたらした、再生環境の均質化が
むしろ、録音の違いを顕にし、
オーディオマニアを無間地獄に突き落としたのです。

■iTunesのイコライザーで全ては解決

本家、プロケーブルはこの問題をケーブルの選択と
マルチ駆動によるドライバーとウーファーの独立した
音量調節で解決しようとしています。

しかし、それはなかなか面倒ですし、システムも複雑になります。
さらに、ユニットの帯域内での微調整が出来ません。
結果的に、過剰気味の高域を抑えようとしてドライバー全体の音量を絞ってしまうので
12KHz辺りから上の倍音成分が不足して、
ジャズ喫茶の音になてしまうのでしょう。
中域が厚いので、一聴するとリアルで迫力がありますが、
音はダンゴ状になて、繊細さや軽やかさを失います。

しかし、iTunesのプリセットイコライザーを活用すれば
録音バランスの問題を簡単に解決する事ができます。

iTunesのプリセットイコライザーをは、
いくつかのイコライジングカーブを自作して名前を付けて記憶する事ができます。
さらに、曲毎、アルバム毎に、プリセットを関連付ける事が出来ます。
この機能を活用すれば、アルバム毎の録音バランスの問題を
簡単にキャンセルする事が出来ます。

さらに、再生システム自身やルームアコースティックの影響も低減できます。

アナログのグラフィックイコライザーは位相の乱れを生じますが、
デジタルでは位相の問題は発生しません。
ビット落ちの懸念もありますが、それも極く高い帯域の問題ではないでしょうか。

例えば、古い録音時代のJAZZをは当時の中域主体のシステム用に録音されています。、
それを、現在のワイドレンジシステムで再生すると逆に中域が薄くなって
迫力が無くなってしまうのです。
又、高域も低域も延びきっていないので、無理に再生すると、
レンジの狭さが強調されて、詰った音に聞こえてしまいます。
そこで、中域を盛り上げ、低域と高域にちょっとスパイスを効かせて
イコライザーカーブを作ります。
すると、あら不思議。
JBLやALTECの世界が現れます。暑く、迸るようなJAZZが再生されます。


TIME盤のソニー・クラーク・トリオは
ブルーノート盤に比べてナローで詰った録音ですが、
上手にイコライジングしてあげると、
途端に生き生きとした迫力ある演奏に豹変します。

「鬼才トリスターノ」は1オクターブ低く録音して、早く再生して録音という
とんでもなくトリッキーな録音で、無機質な音を作り出していますが、
これも、問題無く再生できます。

ビートルズを始めとするブリテッュロックの録音は、
通常胸焼けのするような、まったりとした再生音が特徴ですが、
(LPはクラシック用の高域が伸張したカートリッジでスカ!と決まります)
これもブリティッシュロック用のイコライジングカーブで
切れのある迫力の再生音を実現できます。
ドラムもスカ!!、ドスッ!!と決まりいますし、
ギターもカリ!!とした音を出してくれます。
正に、ライブの音です。

クラシックに関しては、大体良い録音ですが、
38cmの小型のPAスピーカーでは不足する125Hz以下の低音を増強すれば
オーケストラはコンサート会場の迫力で迫ってきます。


■位相制御にも活用

私はiTunesのイコライザーは位相制御にも使えると思っています。
ALLEN & HEATH のDJミキサーには3バンドか4バンドのイコライザーが付属します。
このイコライザーの位置によって、音楽が生き生き聞こえるポイントがあります。
低域をやや絞り、中、高域やや上げてあげます。

これは、スピーカーであるForce-iの各ユニットの
クロス付近の位相特性を整えているのでは無いかと思っております。

当然、再生バランスに影響を与えますので、
この分のバランスの変異も予めiTunesのイコライザーでキャンセルします。

■ラウドネス効果を無視して何が原音か?

さらに我が家はマンションですから、再生音量は小さめです。
当然、耳の生理的特性で低音と高音が低下して聞こえます。

原音再生を目指すオーディオマニアは、イコライザーを嫌いますが、
実用的な音量ではむしろ耳自体にフィルターが掛かっている訳ですから、
むしろイコライザーなりラウドネスを通した音の方が遥かに原音に近い訳です。

iTunesのイコライザーはラウドネスを兼ねる事も当然可能です。

■高価な外付けイコライザーはいらない

AD変換→デジタルでイコライジング→DA変化といった手順を踏む
高価な外付けイコライザーもありますが、
不要なAD変換、DA変換を経由するよりも
デジタル演算だけでイコライジングする方が
音に関する悪影響は少ないはずです。

又、ituneseのイコライザーは曲やアルバム毎に最適にプリセット出来るので、
単なるルームアコースティックの調整だけでは無く、
録音状態による影響もキャンセルできる点だけでも数段優れています。


■プロケーブル・システムの真価

プロケーブル・システムの真価は次の点です

@大口径で高効率のスピーカー
 高効率なスピーカーは微細な音を漏らさず再生します。
 又、音離れが良く、軽やかな音も良く表現します。
 
 38cmウーファーは、イコライザーに良く反応してローエンドが伸びて行きます。
 バスレスポートで無理に作った低音で無いので、
 イコライザーの懸かり方も自然でクセがありません。

A高ダンピングファクターのアンプ
 高いダンピングファクターのアンプは音が窮屈になるとも言われていますが、
 高能率スピーカーとの組み合わせでは生き生きした音を聞かせます

Bスピーカーケーブルは短くして高いダンピングファクターを維持
 結局、ダンピングファクターの高いアンプを使っても、
 スピーカーケーブルを何十mも伸ばしたら、ダンピングファクターは真空管アンプ並み。
 聴きやすくはなりますが、ハイスピードなドラムの音は絶対に聴けません。

 高域の上昇を抑える為には、錫メッキの太いより線が有効。
 私はウエスタン・エレクトリックの14Gを2.5mで使用。
 ウエスタンのケーブルは高域がしなやかで、なんとも言えない音の微粒子感があります

Cパワーアンプに入力ボリューム装備
 ミキサー(プリアンプ)を最適ゲインで使用出来、
 伝送経路での信号ロスを最小限に抑える事が出来ます。
 結局、微弱信号はなるべくレベルを落とさないでパワーアンプ直前の
 ボリュームまで到達させる事がどんなに大事か再認識します。
 (ピュアーネスを追求してプリアンプの代わりにパッシブアッテネーターを用いると
  悲惨な音になるのはこの為)

DALENN & HEATH のDJミキサーをプリアンプとして活用
 プリアンプの名機は数える程しかありません。
 ALLEN &HEATH の音は、フォノイコライザーも含め、
 プリアンプの名機と肩を並べるものがあります。
 ALLEN無くして、プロケーブルシステムは有らず。

EiTunesは是非プリセットイコライザーを活用して
 一度コツを掴んでしまえば、もう手放せません。
 イコライザー無くして音楽再生は有らず。

F200Vとダウントランス
 アース管理された200V電源の安定感は格別です。
 トランスですから、電源のアイソレーション効果があるのでは?

以上が私が考えるプロケーブルシステムのコアです。

さらに、iTunesのバージョンによても、
Windowsのバージョンによっても音はガラリと代わります。

私はiTunesはバージョン7.6.0.29が音がしっかりしていて好きです。
WindowsXPはSP2はまともですが、SP3は悲惨でした。
ここら辺、何が原因か分かりませんが、
安易なバージョンアップは音のバランスを崩します。

さらに、PAスピーカー(EVのFoce-i)のスピコン・プラグは百害あって一利無し。
多分、電力伝達能力が低いのでしょう。
低音が無くなってしまいます。
ネットワークにスピーカーコードを直接半田付けで
全く別のスピーカーに生まれ変わります。

ついでに、ドライバーの保護用ランプは百害あって一利無し。
低い抵抗値のランプが直列でドライバーの直前に入っています。
端子式なので簡単にパスできます。

以上、長々と書いてしまいましたが、
興味の無い方には、何が何だかチンプンカンプン。
それで良いのです。
オーディオの世界は底無沼です。
これを読んで分かってしまう方は、沼に落ちないようにお気をつけ下さい。
https://green.ap.teacup.com/pekepon/32.html

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/858.html#c20

[リバイバル3] 原音とは何か? 中川隆
3. 中川隆[-8596] koaQ7Jey 2019年8月29日 16:30:53 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4156]
■ 崩壊する録音環境 ■

オーディオマニアはイコライザーの使用を嫌います。

「レコードやCDには生の音源が入っているのだから、手を加えるのは言語同断」という
原音至上主義の方達が多くいらっしゃいます。
最高の録音であれば、良い音源は優れた再生音を生み出してくれます。

ところが実際には「録音」は千差万別です。
クラシックでも酷い録音は存在しますが、それでもバランスは取れています。

これが、80年代以降のロックやポップスやJ-POPSでは悲惨な録音状態です。
CDの登場によってオーディオ機器は小型化し、ラジカセ全盛の時代になりました。

CDを購入する多くの人々が、ラジカセで音楽を聴くので、
当然、録音スタジオではラジカセで格好良く聞こえる様な録音をする様になります。

ミキシングスタジオから大型スピーカーが消え、
YAMAHAの10Mという、白いウーファーの小型スピーカーが大増殖して行きました。
ラジカセは大型スピーカーの様には低音が出ませんので、
ミキシング時に低音を思い切り持ち上げて録音される様になりました。
さらには、小型スピーカーではあまり聞こえない重低音は、
管理されていないような録音も現れ始めました。

80年代前半のアナログレコードに時代までは、
それでも多くの人が大型のオーディオスピーカーを使用していたので、
録音はそれを考慮して、まともなバランスを保っています。

しかし、90年代以降はPOPSやROCKはそれこそ「悲惨」な状況です。

■ 曲毎、アルバム毎にイコライザーカーブをプリセットできるiTunse ■

イコライザーを使用すれば、部屋の音響特性と録音バランスを補正できるのですが、
録音バランスの違うCDにあわせてその都度イコライザーを操作するのは面倒です。

しかし、iTunseには、曲毎にイコライザーを設定する機能が付いています。
iTunesにプリセットされているイコライザーは、派手な演出でクソですが、
iTunseはバンド数が少ないながらも、自分で複数のイコライザーカーブを作って登録できます。

もう、これを使ってしまったら、病み付きになります。
古いジャズも、最新のロックも、最適なバランスに調整する事が出来ます。

■ ルームアコースティックを機材で調整する愚 ■

私は先日、コンクリートにクロス直貼りのマンションから、
ボード貼りのマンションに引越しました。

コンクリートにクロス直貼りの部屋では、低音がだぶ付いて始末に負えませんでした。
iTunseのイコライザーが無ければ、大型スピーカーは絶対に使えません。
ところが、ボード貼りの部屋では、ボードが丁度良いアンバイに低音を吸収してくれます。

これが、木造の和室では、今度は低音が不足するかも知れません。

このようなルーム・アコースティックの違いを機材で調整する事は至難の業ですが、
イコライザーでは比較的容易に調整できます。
https://green.ap.teacup.com/applet/pekepon/msgcate11/archive


2008/12/6
最強のオーディオ・・・iTunes  オーディオ
https://green.ap.teacup.com/pekepon/32.html

■プロケーブルの音

「プロケーブル」というネットショップをご存知でしょうか?
従来のオーディオ理論を覆す方法論で、
一昨年あたりからネットを賑わすオーディオショップです。

実は私もオーディオにずいぶんと散財した挙句に
プロケーブル仕様に落ち着いた一人です。

詳細はプロケーブルさんのサイトに譲るとして、
プロケーブルの面白かった所は、
2チャンネルや個人のブログを巻き込んだ賛否両論の一大実験が、
驚異的なスピードでのトライ&エラーを繰り返して、
プロケーブル・システムを進化させた点です。

サイトの記述内容に技術的な誤謬も多く、
詳しいオーディオマニアの方は、音を聞く前に
その誤りを指摘して、駄システムであると決め付けてしまいますが、
我が家のプロケーブル・システムは総額35万程度で、
以前使用していたカミサンには言えない金額のシステムを軽々と凌駕しています。

この秋、大阪の日本橋にプロケーブルのショップもオープンして、
ようやく実音も聴けるようになり、
プロケーブル論議も、ある結論に至ると思われました・・・。

先日、私も大阪に出かけた折にその音を聴いてきました。
ある程度、予測された事ですが、ジャズ喫茶の音がしていました。
高域のレンジが狭く、ダンゴ状態の音。

私があえてブログでプロケーブルを取り上げたのは、
プロケーブルの機材や方法論がもたらす音が、
あの程度だと認識されたく無いからです。

■オーディオの最大の問題点は録音にある

プロケーブルさんが世の中に知らしめた事の中で、最も重要な事は、
録音される国によってスタンダードなケーブルが異なり、
当然録音バランスが違う・・・という事です。

オーディオマニアは良く原音・原音と言いますが
実は原音なんて、どこにも無いんです。

クラシックを除けば、ポピュラー系のソースは
その時代の最も一般的なシステムで最も良く聞こえるバランスで録音されています。

60年代ジャズは、フルレンジや2ウエイのナローレンジ向け。
70年代、80年代ロックは大型システムが普及しただけに、比較的良いバランス。
90年代以降のはラジカセやミニコンポ向けの音。(ドンシャリ)

これを、なまじ広帯域でフラットバランスのシステムで再生すると、
単なる録音バランスのチェックになってしまいます。
優秀録音以外、まともに聴ける訳がありません。
それをシステムが悪いと思って、調整するから
ますます泥沼にはり、どんどん高価なシステムやケーブルを購入してしまいます。

例えば、アメリカ録音とイギリス録音のロックは
年代が同じでも大分違います。
ベルデンとカナレの違いが音に出てしまうのです。

LPの時代は、カートリッジを交換すれば、
こういった録音の違いを相殺する事が出来ました。

しかし、CDの時代がもたらした、再生環境の均質化が
むしろ、録音の違いを顕にし、
オーディオマニアを無間地獄に突き落としたのです。

■iTunesのイコライザーで全ては解決

本家、プロケーブルはこの問題をケーブルの選択と
マルチ駆動によるドライバーとウーファーの独立した
音量調節で解決しようとしています。

しかし、それはなかなか面倒ですし、システムも複雑になります。
さらに、ユニットの帯域内での微調整が出来ません。
結果的に、過剰気味の高域を抑えようとしてドライバー全体の音量を絞ってしまうので
12KHz辺りから上の倍音成分が不足して、
ジャズ喫茶の音になてしまうのでしょう。
中域が厚いので、一聴するとリアルで迫力がありますが、
音はダンゴ状になて、繊細さや軽やかさを失います。

しかし、iTunesのプリセットイコライザーを活用すれば
録音バランスの問題を簡単に解決する事ができます。

iTunesのプリセットイコライザーをは、
いくつかのイコライジングカーブを自作して名前を付けて記憶する事ができます。
さらに、曲毎、アルバム毎に、プリセットを関連付ける事が出来ます。
この機能を活用すれば、アルバム毎の録音バランスの問題を
簡単にキャンセルする事が出来ます。

さらに、再生システム自身やルームアコースティックの影響も低減できます。

アナログのグラフィックイコライザーは位相の乱れを生じますが、
デジタルでは位相の問題は発生しません。
ビット落ちの懸念もありますが、それも極く高い帯域の問題ではないでしょうか。

例えば、古い録音時代のJAZZをは当時の中域主体のシステム用に録音されています。、
それを、現在のワイドレンジシステムで再生すると逆に中域が薄くなって
迫力が無くなってしまうのです。
又、高域も低域も延びきっていないので、無理に再生すると、
レンジの狭さが強調されて、詰った音に聞こえてしまいます。
そこで、中域を盛り上げ、低域と高域にちょっとスパイスを効かせて
イコライザーカーブを作ります。
すると、あら不思議。
JBLやALTECの世界が現れます。暑く、迸るようなJAZZが再生されます。


TIME盤のソニー・クラーク・トリオは
ブルーノート盤に比べてナローで詰った録音ですが、
上手にイコライジングしてあげると、
途端に生き生きとした迫力ある演奏に豹変します。

「鬼才トリスターノ」は1オクターブ低く録音して、早く再生して録音という
とんでもなくトリッキーな録音で、無機質な音を作り出していますが、
これも、問題無く再生できます。

ビートルズを始めとするブリテッュロックの録音は、
通常胸焼けのするような、まったりとした再生音が特徴ですが、
(LPはクラシック用の高域が伸張したカートリッジでスカ!と決まります)
これもブリティッシュロック用のイコライジングカーブで
切れのある迫力の再生音を実現できます。
ドラムもスカ!!、ドスッ!!と決まりいますし、
ギターもカリ!!とした音を出してくれます。
正に、ライブの音です。

クラシックに関しては、大体良い録音ですが、
38cmの小型のPAスピーカーでは不足する125Hz以下の低音を増強すれば
オーケストラはコンサート会場の迫力で迫ってきます。


■位相制御にも活用

私はiTunesのイコライザーは位相制御にも使えると思っています。
ALLEN & HEATH のDJミキサーには3バンドか4バンドのイコライザーが付属します。
このイコライザーの位置によって、音楽が生き生き聞こえるポイントがあります。
低域をやや絞り、中、高域やや上げてあげます。

これは、スピーカーであるForce-iの各ユニットの
クロス付近の位相特性を整えているのでは無いかと思っております。

当然、再生バランスに影響を与えますので、
この分のバランスの変異も予めiTunesのイコライザーでキャンセルします。

■ラウドネス効果を無視して何が原音か?

さらに我が家はマンションですから、再生音量は小さめです。
当然、耳の生理的特性で低音と高音が低下して聞こえます。

原音再生を目指すオーディオマニアは、イコライザーを嫌いますが、
実用的な音量ではむしろ耳自体にフィルターが掛かっている訳ですから、
むしろイコライザーなりラウドネスを通した音の方が遥かに原音に近い訳です。

iTunesのイコライザーはラウドネスを兼ねる事も当然可能です。

■高価な外付けイコライザーはいらない

AD変換→デジタルでイコライジング→DA変化といった手順を踏む
高価な外付けイコライザーもありますが、
不要なAD変換、DA変換を経由するよりも
デジタル演算だけでイコライジングする方が
音に関する悪影響は少ないはずです。

又、ituneseのイコライザーは曲やアルバム毎に最適にプリセット出来るので、
単なるルームアコースティックの調整だけでは無く、
録音状態による影響もキャンセルできる点だけでも数段優れています。


■プロケーブル・システムの真価

プロケーブル・システムの真価は次の点です

@大口径で高効率のスピーカー
 高効率なスピーカーは微細な音を漏らさず再生します。
 又、音離れが良く、軽やかな音も良く表現します。
 
 38cmウーファーは、イコライザーに良く反応してローエンドが伸びて行きます。
 バスレスポートで無理に作った低音で無いので、
 イコライザーの懸かり方も自然でクセがありません。

A高ダンピングファクターのアンプ
 高いダンピングファクターのアンプは音が窮屈になるとも言われていますが、
 高能率スピーカーとの組み合わせでは生き生きした音を聞かせます

Bスピーカーケーブルは短くして高いダンピングファクターを維持
 結局、ダンピングファクターの高いアンプを使っても、
 スピーカーケーブルを何十mも伸ばしたら、ダンピングファクターは真空管アンプ並み。
 聴きやすくはなりますが、ハイスピードなドラムの音は絶対に聴けません。

 高域の上昇を抑える為には、錫メッキの太いより線が有効。
 私はウエスタン・エレクトリックの14Gを2.5mで使用。
 ウエスタンのケーブルは高域がしなやかで、なんとも言えない音の微粒子感があります

Cパワーアンプに入力ボリューム装備
 ミキサー(プリアンプ)を最適ゲインで使用出来、
 伝送経路での信号ロスを最小限に抑える事が出来ます。
 結局、微弱信号はなるべくレベルを落とさないでパワーアンプ直前の
 ボリュームまで到達させる事がどんなに大事か再認識します。
 (ピュアーネスを追求してプリアンプの代わりにパッシブアッテネーターを用いると
  悲惨な音になるのはこの為)

DALENN & HEATH のDJミキサーをプリアンプとして活用
 プリアンプの名機は数える程しかありません。
 ALLEN &HEATH の音は、フォノイコライザーも含め、
 プリアンプの名機と肩を並べるものがあります。
 ALLEN無くして、プロケーブルシステムは有らず。

EiTunesは是非プリセットイコライザーを活用して
 一度コツを掴んでしまえば、もう手放せません。
 イコライザー無くして音楽再生は有らず。

F200Vとダウントランス
 アース管理された200V電源の安定感は格別です。
 トランスですから、電源のアイソレーション効果があるのでは?

以上が私が考えるプロケーブルシステムのコアです。

さらに、iTunesのバージョンによても、
Windowsのバージョンによっても音はガラリと代わります。

私はiTunesはバージョン7.6.0.29が音がしっかりしていて好きです。
WindowsXPはSP2はまともですが、SP3は悲惨でした。
ここら辺、何が原因か分かりませんが、
安易なバージョンアップは音のバランスを崩します。

さらに、PAスピーカー(EVのFoce-i)のスピコン・プラグは百害あって一利無し。
多分、電力伝達能力が低いのでしょう。
低音が無くなってしまいます。
ネットワークにスピーカーコードを直接半田付けで
全く別のスピーカーに生まれ変わります。

ついでに、ドライバーの保護用ランプは百害あって一利無し。
低い抵抗値のランプが直列でドライバーの直前に入っています。
端子式なので簡単にパスできます。

以上、長々と書いてしまいましたが、
興味の無い方には、何が何だかチンプンカンプン。
それで良いのです。
オーディオの世界は底無沼です。
これを読んで分かってしまう方は、沼に落ちないようにお気をつけ下さい。
https://green.ap.teacup.com/pekepon/32.html



http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/890.html#c3

[リバイバル3] 原音とは何か? 中川隆
4. 中川隆[-8595] koaQ7Jey 2019年8月29日 16:49:43 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4157]

最近のモニタースピーカ−はラジカセを対象にしている

モニタースピーカとは何者でしょうか?


40年くらい前にはアルテックやJBLも使われていました.我が国では,三菱電機がNHKと共同開発した「2S305」が有名です.

この時代のモニタースピーカは人の音声や楽器の音を本物らしく聞かせることに重点を置いていたように思います.

三菱のP610 で再生される人の声や,2S305 での楽器の音は実にリヤルです.国内外の有名スピーカでは聞き取れないアンプの欠点も,P610 や 2S305 で聴くと誰でも(多分)分かります.こういったスピーカこそがモニタースピーカではないでしょうか.

このため,モニタースピーカは通常音楽を聴くためには不向きとも言われていました.いわば厳しすぎるのでしょう. そのため,民生用では多少色づけされたタンノイ,グッドマン,ローサー,ヴァイタボックスなどのスピーカが好まれたと思われます.

しかるに,最近のモニターと称せられるスピーカは,聴けば聴くほど疑問が出てきます.楽器の音が聞こえない,演奏が見えない,音が耳障りで「曲」が解らない,

何を「モニター」しているのでしょうか?


ある時,懐かしい歌の復刻版CDを買ってきて,main system で聴くと,中低音(低音ではありません)がボコボコいってまともに聴けない物がありました.このCDをサラウンド用の8cmや10cmのスピーカで聴くと,摩訶不思議,そこそこに良い音として聞こえます.

そこで,ハタと気が付きました.どうもこれら最近のモニターはラジカセを対象にしているのではないかと思われてきました.

これらのモニターを採用している放送局,スタジオは,本来?のモニターすべき楽器や音声が対象ではなく,特定の,いわば,もっとも使用数が多いラジカセやミニコン機器でいかに聞こえるかを確認しているように思われます.

それはそれで音楽を送り出す場合は価値あることと思いますが,どうせまともに再生できない機器のためにモニターすることもないように思います.100Hz以下を切って,いかに低音らしく聴かせるかは技術ですが,よく聴けば,やはり出てないのは解ります.

こんなモニター?スピーカで,と言っても途轍もなく高いのですが,自宅で音楽を聴こうという方が間違っているように思えます.このような音が好みならば,数千円のスピーカで聴いた方が利口です.

有りの儘に録音した音楽,それはほとんど無いし,録音した時点で生とは異なりますが,それに近い音質を求める場合はそれなりのスピーカを使わなければいけません.その様な,新しい,良いスピーカが安く出ることを期待します.

それまでは,やはり,好みに合わせて,タンノイ,グッドマン,ローサー,ヴァイタボックス,アルテック,JBLやクオードなどのスピーカを使うほかなさそうです.

家庭で小編成や人の音声の曲を聴く場合は,我が顧問のM氏推薦の三菱P610Aは外観(相当に見窄らしい)からは想像できないほどの音が出ます.これで十分です.ただし,高音過多のきらびやかな(うるさい)音は出ません.あくまでも,バランスの良い音です!!

http://triodeamp.web5.jp/talk/sp.html

■モニタースピーカーは、いつのまにやら、堕落してしまいました。


優れたモニタースピーカーが製造されなくなって、その代わりが出来るほどの優秀なモニタースピーカーが、その後、たったの一つも出てこなかったというのが、その原因です。

1950年代から60年代の、マイルス・デイビスの時代までさかのぼってみます。マイルス・デイビスやジョン・コルトレーンが、レコーディング・スタジオでプレイバックされる音を聞いていた、そのモニタースピーカーは、アルテック(altec)612A(通称、銀箱)です。38センチ口径の604という型番のアルテックの同軸ユニットが入ったものです。その612Aモニタースピーカーを設計開発したチームの中には、誰もが知る人物がいました。当時、アルテック(altec)社に勤めていた、JBLさん、James B.Lancingさんです。

アルテック社は、WE社、つまり、ウェスタン・エレクトリック社の技術部門が独立して出来たメーカーです。アルテック社内で往年のウェスタンエレクトリックの技術を勉強したJBLさんが、その後アルテック社を退職してから作ったメーカーがJBL社ですが、この話は本論からはずれます。

アルテックのチームとその一員だったJBLさんは、そのとき一点の曇りもない、完璧なスタジオモニタースピーカーを設計することに成功しました。それが、アルテック612Aという604という型番のユニットの入ったモニタースピーカーです。604ユニットは、38センチ口径です。モニタースピーカーには、38センチ口径のユニットが必要不可欠であったということです。

38センチというと、低音を思い浮かべるかたが多いと思います。それは大きな間違いであって、当時のモニタースピーカー用途の38センチという口径のユニットは、中域をしっかり出して、「生音と等身大の音」を出し、間違いのないミックスダウンをするためのモニタースピーカー、つまりそれが、38センチ口径のモニタースピーカーです。勿論、低周波も出す能力もありますので、低域以下の低周波数帯域のミックスダウンにも失敗はあり得ませんが、中域はそれ以上に重要です。中域再生のため、ウーファー部は1500ヘルツ、ボーカル帯域までをも、しっかり出す能力を持っています。

上記のアルテック612Aスタジオモニタースピーカー(銀箱)は、1940年代から使われはじめ、その後長年に渡って米国スタジオの標準となり、その後、日本国内も、それに習って、アルテック612A(銀箱)が標準となりました。米国のジャズのほとんど、その後のロックなども、アルテック612A(銀箱)をモニタースピーカーにしており、それが基準です。1970年代頃までは、米国では、それが続いていたものと思われます。

日本の音楽の黎明期は、それよりずっと遅れてスタートしています。アルテック612Aとそのユニット604のモニタースピーカーが標準になったのは、1960年代後半くらいからでしょうか。604Eか、604-8Gユニットくらいの時代からでしょう。アルテック612Aモニタースピーカーが使われていたのは、1980年代くらいまででしょう。
実は今でもマスタリングスタジオが使っているモニタースピーカーは、アルテック604ユニットであったりします。最終的には、今でもアルテック604をモニタースピーカーにして音を聞いて、マスターを作る段階で、スタジオの間違ったミックスを修正しているというのは、本当のことです。これはマスタリングスタジオにもよるものと思われますが、東京四ツ谷にある、多くのレコード会社が信頼しているマスタリングスタジオは、今もアルテック604がモニタースピーカーに入っていると、そのオーナーさんと仲の良いエンジニアのかたから聞いています。

その後のスタジオモニタースピーカーは、おそらくJBLに移行したものと思われます。別のメーカーも入っていたのかもしれませんが、そのあたりは、詳しくありません。

重要なことは、メインモニタースピーカーの信頼性が、アルテック612Aに比較して、低くなっていったのと併行して、YAMAHA NS10Mがスタジオに入っていったということです。当時、「ラジカセ」というものが、非常に多く使われるようになり、非常に多くの若者はじめ米国国民がラジカセで音楽を聴くようになっていました。NS10Mの役割は、当時、二つありました。


■YAMAHA NS10Mがモニタースピーカーとして使われた本当の理由


1)ラジカセで聞く人たちがいかなる音で聞くのかを、チェックするためです。

つまり、ラジカセの代表、それに近いものとして、割と素直な性質のYAMAHA NS10Mが、それ専用のモニタースピーカーとして選ばれたということです。これがNS10Mがスタジオに入っていった最たる理由です。


2)おおざっぱな音決めのためです。


卓の上に置いて、至近距離でミックスダウンするわけですから、使いやすいのです。おおざっぱな定位などを最初に決めるため、NS10Mは「簡・易・的・な」モニタースピーカーとして使われました。もちろんNS10Mくらいのモニタースピーカーでは、信頼性が全くありませんので、最後には、ラージモニタースピーカー、ミドルモニタースピーカーなど、いろいろな種類のモニタースピーカーで検証して、音決めしていたものと思われます。

このあたりの時代で、モニタースピーカーを取り巻く環境が、すでに何かがおかしくなってきていることが分かります。というのは、1959年のマイルスやコルトレーンのジャズが、つまり、アルテック612Aモニタースピーカーでミックスダウンされた完璧な録音が、ラジカセでしっかり鳴らないなどということは、あり得ないことだからです。それが鳴らないのであれば、それはラジカセメーカーの責任なのですから、そんなことを、NS10Mなどをモニタースピーカーにしてまでチェックしていること自体、時間の無駄でしかなかったはずです。

メインモニタースピーカーを全面的に信頼できなくなってきていたからこそ、無意味なことでも、せざるを得なかったと言えます。

その後、さらにメインモニタースピーカーの信頼性は、時代とともに低くなっていき、ミドルモニタースピーカーにもろくなものがなくなってしまいました。というより、ミドルサイズには、最初からろくなモニタースピーカーは、一つたりとも、歴史上、登場していないのが実態です。

そして現代に至って、YAMAHA NS10Mだけが、無惨にもスタジオに取り残されてしまいました。役に立というが立つまいが、取り残されてしまった。だからNS10Mなのです。

■ミックスダウンの課程


自宅録音のかたも、プロのかたも、NS10Mをモニタースピーカーにしてのミックスダウン時には、次の課程を経ているはずです。


1)非常に録音の良い、優れたミックスダウンのイメージ、数枚のリファレンスCDの音が、頭の中にあります。理想とする録音です。それはおそらく数枚のCDでしょう。

2)そのリファレンスCDの音に近くなるように、モニタースピーカーの音を「目を凝らすように神経質に聞いて」、ミックスダウンしていきます。

3)プレイバックして、何度も聞き直し、良く分からなくなった時には、リファレンスCDを、そこでプレイバックしてみて、1枚で分からなければ、二枚のCDをプレイバックしてみて、ボロであろうがなかろうが、とにかくそこにあるモニタースピーカーを通して、どこがそれと違うのかを確認して、リファレンスCDの音に、時間をかけて似せていきます。


上記の方法を、NS10Mをモニタースピーカーに使う場合のミックスダウン時には、100%の確率で、取られていることと思います。頭の中は、音の足し算と引き算で埋め尽くされているはずで、そこにエネルギーの大半が吸い取られていきます。
その作業をしていること、しなければならないことこそ、そのモニタースピーカーが信頼できない品質のものである証拠です。

優れた本物のラージモニタースピーカーは、聞いた通りの音に録音されます。最も音楽が素晴らしく聞こえるようになる、まさにそのポイントに向かって録音するだけで、リファレンスの必要などありません。モニタースピーカーで聞いた通りの音が、マスターに刻まれていくからに他なりません。

また、NS10Mのように、爆音でミックスダウンする必要もありません。普通の音でプレイバックしたときにこそ、生音に近い等身大の音が出てきますから、全く無理がありません。等身大の生音という概念は、ミックスダウンには、非常に重要です。モニタースピーカーから「生音」が出ていれば、それイコール、完全に信用できるという、誰にでも分かる非常に単純なことです。ということは、NS10Mくらいのものではモニタースピーカーとは言えないということです。

そこにある音、人の存在、又は楽器の存在、音楽全体の存在が、よりいっそう気持ち悪いほどに生々しくなるように、さらに音楽が最も魅力的になるように、イコライジングしながらミックスダウンしていくだけです。

そして、その通りの生々しい信号が、マスターに刻まれていきます。それを再現しきれるオーディオ装置の有無などは、関係のないことで、間違いのないミックスダウンこそが最重要です。プロはどなたも最良のミックスダウンを望んでおられます。

ミックスダウン時の失敗や後悔、あそこはこうしておいたほうが良かったかな、というような、あとから来る迷いも、優れたモニタースピーカーさえあれば、一カ所もあり得ないミックスダウンになるであろうことは、プロのレコーディングエンジニアのかたならば、即座に理解されますでしょうし、作業が非常に早く、まったく合理的であることも、理解されますでしょう。

優れたラージモニタースピーカーが、早く出現することを願って止みません。プロのレコーディングエンジニアのかたは、集中力、気力等、並はずれて非常に優秀なかたがたばかりなのですが(今まで出会ってきたプロのかたは例外なくそうでした)、いかんせん、モニタースピーカーの環境が悪すぎます。一億五千万円もするニーブやスチューダーの卓(ミキサー)に、YAMAHA NS10Mしか接続されていないなどということは、異常事態です。

例えスタジオの経営側が、ラージモニタースピーカーは、これこれの46センチウーファーのものを壁に埋め込んで、背後からの反射をも防いでいる、これは米国のどこそこのメジャースタジオと同じであるなどと宣伝していたところで、レコーディングエンジニアのかたがた本人が、それらを全く信用できないものとして見限っており、全くあてにもせず、気分転換にしか使われていないようなことでは、それらは、ろくなモニタースピーカーではなく、使い慣れたNS10Mのほうがまだましだということで、今もNS10Mだけがスタジオに取り残されているのです。

■結論

「多くの人がラジカセだから、それにミックスダウンの音を合わせておこう。」

又は、

「多くの若者がiPODでイヤフォンで聞いているから、それに合わせてミックスダウンの音を合わせておこう。」


それは、非常に問題のある、「ムダ」、「ムラ」、「ムリ」、トヨタ生産方式で言えば、仕事の三大悪であり、絶対に許されない考え方です。真のプロフェッショナルのかたは、今まで書いたことから、すでに理解されていることと思います。そのような考え方は、二流の考え方です。プロフェッショナルは、責任を持って、徹底的に正確な信号をマスターに刻み込むこと、それが最高の仕事であり、最高の結果を生みます。皆が使う音源、風潮に合わせるなどということは、どうでも良いことです。プロのかたは、100年後にも、その音源が最高の音源であって欲しいはずです。

そのときに使われているものがラジカセなのかiPodなのか、そんなことは分かりません。完璧なフラットが出るものを誰もが使う時代が来ているのかもしれません。そのような時代は来ていないかもしれませんが、そんなことはどうでも良いことです。最高の録音を再現できないとしたら、それはラジカセ側の責任であい、iPod側の責任、未来の再生機材の責任であるということです。

レコード会社側の、二流の考え方に、プロのかたは妥協してはなりません。それでは二流の録音しかできません。


■さらに、上記の二流録音がもたらす結論を明確にしておきます。

徹底的に正確な信号を録音した一流の音源があるとします。かたや、iPodやラジカセに合わせた録音があるとします。両者をiPod、ラジカセで聞くとします。いづれが良い録音に聞こえるかは、明白なことです。

誰が聞いても前者を選びます。これで、十分でしょう。

http://www.procable.jp/setting/07.html

                          > 

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/890.html#c4

[リバイバル3] 最近のオーディオ業界の状況 中川隆
122. 中川隆[-8594] koaQ7Jey 2019年8月29日 16:50:03 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4158]

最近のモニタースピーカ−はラジカセを対象にしている

モニタースピーカとは何者でしょうか?


40年くらい前にはアルテックやJBLも使われていました.我が国では,三菱電機がNHKと共同開発した「2S305」が有名です.

この時代のモニタースピーカは人の音声や楽器の音を本物らしく聞かせることに重点を置いていたように思います.

三菱のP610 で再生される人の声や,2S305 での楽器の音は実にリヤルです.国内外の有名スピーカでは聞き取れないアンプの欠点も,P610 や 2S305 で聴くと誰でも(多分)分かります.こういったスピーカこそがモニタースピーカではないでしょうか.

このため,モニタースピーカは通常音楽を聴くためには不向きとも言われていました.いわば厳しすぎるのでしょう. そのため,民生用では多少色づけされたタンノイ,グッドマン,ローサー,ヴァイタボックスなどのスピーカが好まれたと思われます.

しかるに,最近のモニターと称せられるスピーカは,聴けば聴くほど疑問が出てきます.楽器の音が聞こえない,演奏が見えない,音が耳障りで「曲」が解らない,

何を「モニター」しているのでしょうか?


ある時,懐かしい歌の復刻版CDを買ってきて,main system で聴くと,中低音(低音ではありません)がボコボコいってまともに聴けない物がありました.このCDをサラウンド用の8cmや10cmのスピーカで聴くと,摩訶不思議,そこそこに良い音として聞こえます.

そこで,ハタと気が付きました.どうもこれら最近のモニターはラジカセを対象にしているのではないかと思われてきました.

これらのモニターを採用している放送局,スタジオは,本来?のモニターすべき楽器や音声が対象ではなく,特定の,いわば,もっとも使用数が多いラジカセやミニコン機器でいかに聞こえるかを確認しているように思われます.

それはそれで音楽を送り出す場合は価値あることと思いますが,どうせまともに再生できない機器のためにモニターすることもないように思います.100Hz以下を切って,いかに低音らしく聴かせるかは技術ですが,よく聴けば,やはり出てないのは解ります.

こんなモニター?スピーカで,と言っても途轍もなく高いのですが,自宅で音楽を聴こうという方が間違っているように思えます.このような音が好みならば,数千円のスピーカで聴いた方が利口です.

有りの儘に録音した音楽,それはほとんど無いし,録音した時点で生とは異なりますが,それに近い音質を求める場合はそれなりのスピーカを使わなければいけません.その様な,新しい,良いスピーカが安く出ることを期待します.

それまでは,やはり,好みに合わせて,タンノイ,グッドマン,ローサー,ヴァイタボックス,アルテック,JBLやクオードなどのスピーカを使うほかなさそうです.

家庭で小編成や人の音声の曲を聴く場合は,我が顧問のM氏推薦の三菱P610Aは外観(相当に見窄らしい)からは想像できないほどの音が出ます.これで十分です.ただし,高音過多のきらびやかな(うるさい)音は出ません.あくまでも,バランスの良い音です!!

http://triodeamp.web5.jp/talk/sp.html

■モニタースピーカーは、いつのまにやら、堕落してしまいました。


優れたモニタースピーカーが製造されなくなって、その代わりが出来るほどの優秀なモニタースピーカーが、その後、たったの一つも出てこなかったというのが、その原因です。

1950年代から60年代の、マイルス・デイビスの時代までさかのぼってみます。マイルス・デイビスやジョン・コルトレーンが、レコーディング・スタジオでプレイバックされる音を聞いていた、そのモニタースピーカーは、アルテック(altec)612A(通称、銀箱)です。38センチ口径の604という型番のアルテックの同軸ユニットが入ったものです。その612Aモニタースピーカーを設計開発したチームの中には、誰もが知る人物がいました。当時、アルテック(altec)社に勤めていた、JBLさん、James B.Lancingさんです。

アルテック社は、WE社、つまり、ウェスタン・エレクトリック社の技術部門が独立して出来たメーカーです。アルテック社内で往年のウェスタンエレクトリックの技術を勉強したJBLさんが、その後アルテック社を退職してから作ったメーカーがJBL社ですが、この話は本論からはずれます。

アルテックのチームとその一員だったJBLさんは、そのとき一点の曇りもない、完璧なスタジオモニタースピーカーを設計することに成功しました。それが、アルテック612Aという604という型番のユニットの入ったモニタースピーカーです。604ユニットは、38センチ口径です。モニタースピーカーには、38センチ口径のユニットが必要不可欠であったということです。

38センチというと、低音を思い浮かべるかたが多いと思います。それは大きな間違いであって、当時のモニタースピーカー用途の38センチという口径のユニットは、中域をしっかり出して、「生音と等身大の音」を出し、間違いのないミックスダウンをするためのモニタースピーカー、つまりそれが、38センチ口径のモニタースピーカーです。勿論、低周波も出す能力もありますので、低域以下の低周波数帯域のミックスダウンにも失敗はあり得ませんが、中域はそれ以上に重要です。中域再生のため、ウーファー部は1500ヘルツ、ボーカル帯域までをも、しっかり出す能力を持っています。

上記のアルテック612Aスタジオモニタースピーカー(銀箱)は、1940年代から使われはじめ、その後長年に渡って米国スタジオの標準となり、その後、日本国内も、それに習って、アルテック612A(銀箱)が標準となりました。米国のジャズのほとんど、その後のロックなども、アルテック612A(銀箱)をモニタースピーカーにしており、それが基準です。1970年代頃までは、米国では、それが続いていたものと思われます。

日本の音楽の黎明期は、それよりずっと遅れてスタートしています。アルテック612Aとそのユニット604のモニタースピーカーが標準になったのは、1960年代後半くらいからでしょうか。604Eか、604-8Gユニットくらいの時代からでしょう。アルテック612Aモニタースピーカーが使われていたのは、1980年代くらいまででしょう。
実は今でもマスタリングスタジオが使っているモニタースピーカーは、アルテック604ユニットであったりします。最終的には、今でもアルテック604をモニタースピーカーにして音を聞いて、マスターを作る段階で、スタジオの間違ったミックスを修正しているというのは、本当のことです。これはマスタリングスタジオにもよるものと思われますが、東京四ツ谷にある、多くのレコード会社が信頼しているマスタリングスタジオは、今もアルテック604がモニタースピーカーに入っていると、そのオーナーさんと仲の良いエンジニアのかたから聞いています。

その後のスタジオモニタースピーカーは、おそらくJBLに移行したものと思われます。別のメーカーも入っていたのかもしれませんが、そのあたりは、詳しくありません。

重要なことは、メインモニタースピーカーの信頼性が、アルテック612Aに比較して、低くなっていったのと併行して、YAMAHA NS10Mがスタジオに入っていったということです。当時、「ラジカセ」というものが、非常に多く使われるようになり、非常に多くの若者はじめ米国国民がラジカセで音楽を聴くようになっていました。NS10Mの役割は、当時、二つありました。


■YAMAHA NS10Mがモニタースピーカーとして使われた本当の理由


1)ラジカセで聞く人たちがいかなる音で聞くのかを、チェックするためです。

つまり、ラジカセの代表、それに近いものとして、割と素直な性質のYAMAHA NS10Mが、それ専用のモニタースピーカーとして選ばれたということです。これがNS10Mがスタジオに入っていった最たる理由です。


2)おおざっぱな音決めのためです。


卓の上に置いて、至近距離でミックスダウンするわけですから、使いやすいのです。おおざっぱな定位などを最初に決めるため、NS10Mは「簡・易・的・な」モニタースピーカーとして使われました。もちろんNS10Mくらいのモニタースピーカーでは、信頼性が全くありませんので、最後には、ラージモニタースピーカー、ミドルモニタースピーカーなど、いろいろな種類のモニタースピーカーで検証して、音決めしていたものと思われます。

このあたりの時代で、モニタースピーカーを取り巻く環境が、すでに何かがおかしくなってきていることが分かります。というのは、1959年のマイルスやコルトレーンのジャズが、つまり、アルテック612Aモニタースピーカーでミックスダウンされた完璧な録音が、ラジカセでしっかり鳴らないなどということは、あり得ないことだからです。それが鳴らないのであれば、それはラジカセメーカーの責任なのですから、そんなことを、NS10Mなどをモニタースピーカーにしてまでチェックしていること自体、時間の無駄でしかなかったはずです。

メインモニタースピーカーを全面的に信頼できなくなってきていたからこそ、無意味なことでも、せざるを得なかったと言えます。

その後、さらにメインモニタースピーカーの信頼性は、時代とともに低くなっていき、ミドルモニタースピーカーにもろくなものがなくなってしまいました。というより、ミドルサイズには、最初からろくなモニタースピーカーは、一つたりとも、歴史上、登場していないのが実態です。

そして現代に至って、YAMAHA NS10Mだけが、無惨にもスタジオに取り残されてしまいました。役に立というが立つまいが、取り残されてしまった。だからNS10Mなのです。

■ミックスダウンの課程


自宅録音のかたも、プロのかたも、NS10Mをモニタースピーカーにしてのミックスダウン時には、次の課程を経ているはずです。


1)非常に録音の良い、優れたミックスダウンのイメージ、数枚のリファレンスCDの音が、頭の中にあります。理想とする録音です。それはおそらく数枚のCDでしょう。

2)そのリファレンスCDの音に近くなるように、モニタースピーカーの音を「目を凝らすように神経質に聞いて」、ミックスダウンしていきます。

3)プレイバックして、何度も聞き直し、良く分からなくなった時には、リファレンスCDを、そこでプレイバックしてみて、1枚で分からなければ、二枚のCDをプレイバックしてみて、ボロであろうがなかろうが、とにかくそこにあるモニタースピーカーを通して、どこがそれと違うのかを確認して、リファレンスCDの音に、時間をかけて似せていきます。


上記の方法を、NS10Mをモニタースピーカーに使う場合のミックスダウン時には、100%の確率で、取られていることと思います。頭の中は、音の足し算と引き算で埋め尽くされているはずで、そこにエネルギーの大半が吸い取られていきます。
その作業をしていること、しなければならないことこそ、そのモニタースピーカーが信頼できない品質のものである証拠です。

優れた本物のラージモニタースピーカーは、聞いた通りの音に録音されます。最も音楽が素晴らしく聞こえるようになる、まさにそのポイントに向かって録音するだけで、リファレンスの必要などありません。モニタースピーカーで聞いた通りの音が、マスターに刻まれていくからに他なりません。

また、NS10Mのように、爆音でミックスダウンする必要もありません。普通の音でプレイバックしたときにこそ、生音に近い等身大の音が出てきますから、全く無理がありません。等身大の生音という概念は、ミックスダウンには、非常に重要です。モニタースピーカーから「生音」が出ていれば、それイコール、完全に信用できるという、誰にでも分かる非常に単純なことです。ということは、NS10Mくらいのものではモニタースピーカーとは言えないということです。

そこにある音、人の存在、又は楽器の存在、音楽全体の存在が、よりいっそう気持ち悪いほどに生々しくなるように、さらに音楽が最も魅力的になるように、イコライジングしながらミックスダウンしていくだけです。

そして、その通りの生々しい信号が、マスターに刻まれていきます。それを再現しきれるオーディオ装置の有無などは、関係のないことで、間違いのないミックスダウンこそが最重要です。プロはどなたも最良のミックスダウンを望んでおられます。

ミックスダウン時の失敗や後悔、あそこはこうしておいたほうが良かったかな、というような、あとから来る迷いも、優れたモニタースピーカーさえあれば、一カ所もあり得ないミックスダウンになるであろうことは、プロのレコーディングエンジニアのかたならば、即座に理解されますでしょうし、作業が非常に早く、まったく合理的であることも、理解されますでしょう。

優れたラージモニタースピーカーが、早く出現することを願って止みません。プロのレコーディングエンジニアのかたは、集中力、気力等、並はずれて非常に優秀なかたがたばかりなのですが(今まで出会ってきたプロのかたは例外なくそうでした)、いかんせん、モニタースピーカーの環境が悪すぎます。一億五千万円もするニーブやスチューダーの卓(ミキサー)に、YAMAHA NS10Mしか接続されていないなどということは、異常事態です。

例えスタジオの経営側が、ラージモニタースピーカーは、これこれの46センチウーファーのものを壁に埋め込んで、背後からの反射をも防いでいる、これは米国のどこそこのメジャースタジオと同じであるなどと宣伝していたところで、レコーディングエンジニアのかたがた本人が、それらを全く信用できないものとして見限っており、全くあてにもせず、気分転換にしか使われていないようなことでは、それらは、ろくなモニタースピーカーではなく、使い慣れたNS10Mのほうがまだましだということで、今もNS10Mだけがスタジオに取り残されているのです。

■結論

「多くの人がラジカセだから、それにミックスダウンの音を合わせておこう。」

又は、

「多くの若者がiPODでイヤフォンで聞いているから、それに合わせてミックスダウンの音を合わせておこう。」


それは、非常に問題のある、「ムダ」、「ムラ」、「ムリ」、トヨタ生産方式で言えば、仕事の三大悪であり、絶対に許されない考え方です。真のプロフェッショナルのかたは、今まで書いたことから、すでに理解されていることと思います。そのような考え方は、二流の考え方です。プロフェッショナルは、責任を持って、徹底的に正確な信号をマスターに刻み込むこと、それが最高の仕事であり、最高の結果を生みます。皆が使う音源、風潮に合わせるなどということは、どうでも良いことです。プロのかたは、100年後にも、その音源が最高の音源であって欲しいはずです。

そのときに使われているものがラジカセなのかiPodなのか、そんなことは分かりません。完璧なフラットが出るものを誰もが使う時代が来ているのかもしれません。そのような時代は来ていないかもしれませんが、そんなことはどうでも良いことです。最高の録音を再現できないとしたら、それはラジカセ側の責任であい、iPod側の責任、未来の再生機材の責任であるということです。

レコード会社側の、二流の考え方に、プロのかたは妥協してはなりません。それでは二流の録音しかできません。


■さらに、上記の二流録音がもたらす結論を明確にしておきます。

徹底的に正確な信号を録音した一流の音源があるとします。かたや、iPodやラジカセに合わせた録音があるとします。両者をiPod、ラジカセで聞くとします。いづれが良い録音に聞こえるかは、明白なことです。

誰が聞いても前者を選びます。これで、十分でしょう。

http://www.procable.jp/setting/07.html

                          > 

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/845.html#c122

[リバイバル3] スピーカーの歴史 _ 何故、過去に遡る程 スピーカーもアンプも音が良くなるのか? 中川隆
21. 中川隆[-8593] koaQ7Jey 2019年8月29日 16:50:51 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4159]

最近のモニタースピーカ−はラジカセを対象にしている

モニタースピーカとは何者でしょうか?


40年くらい前にはアルテックやJBLも使われていました.我が国では,三菱電機がNHKと共同開発した「2S305」が有名です.

この時代のモニタースピーカは人の音声や楽器の音を本物らしく聞かせることに重点を置いていたように思います.

三菱のP610 で再生される人の声や,2S305 での楽器の音は実にリヤルです.国内外の有名スピーカでは聞き取れないアンプの欠点も,P610 や 2S305 で聴くと誰でも(多分)分かります.こういったスピーカこそがモニタースピーカではないでしょうか.

このため,モニタースピーカは通常音楽を聴くためには不向きとも言われていました.いわば厳しすぎるのでしょう. そのため,民生用では多少色づけされたタンノイ,グッドマン,ローサー,ヴァイタボックスなどのスピーカが好まれたと思われます.

しかるに,最近のモニターと称せられるスピーカは,聴けば聴くほど疑問が出てきます.楽器の音が聞こえない,演奏が見えない,音が耳障りで「曲」が解らない,

何を「モニター」しているのでしょうか?


ある時,懐かしい歌の復刻版CDを買ってきて,main system で聴くと,中低音(低音ではありません)がボコボコいってまともに聴けない物がありました.このCDをサラウンド用の8cmや10cmのスピーカで聴くと,摩訶不思議,そこそこに良い音として聞こえます.

そこで,ハタと気が付きました.どうもこれら最近のモニターはラジカセを対象にしているのではないかと思われてきました.

これらのモニターを採用している放送局,スタジオは,本来?のモニターすべき楽器や音声が対象ではなく,特定の,いわば,もっとも使用数が多いラジカセやミニコン機器でいかに聞こえるかを確認しているように思われます.

それはそれで音楽を送り出す場合は価値あることと思いますが,どうせまともに再生できない機器のためにモニターすることもないように思います.100Hz以下を切って,いかに低音らしく聴かせるかは技術ですが,よく聴けば,やはり出てないのは解ります.

こんなモニター?スピーカで,と言っても途轍もなく高いのですが,自宅で音楽を聴こうという方が間違っているように思えます.このような音が好みならば,数千円のスピーカで聴いた方が利口です.

有りの儘に録音した音楽,それはほとんど無いし,録音した時点で生とは異なりますが,それに近い音質を求める場合はそれなりのスピーカを使わなければいけません.その様な,新しい,良いスピーカが安く出ることを期待します.

それまでは,やはり,好みに合わせて,タンノイ,グッドマン,ローサー,ヴァイタボックス,アルテック,JBLやクオードなどのスピーカを使うほかなさそうです.

家庭で小編成や人の音声の曲を聴く場合は,我が顧問のM氏推薦の三菱P610Aは外観(相当に見窄らしい)からは想像できないほどの音が出ます.これで十分です.ただし,高音過多のきらびやかな(うるさい)音は出ません.あくまでも,バランスの良い音です!!

http://triodeamp.web5.jp/talk/sp.html

■モニタースピーカーは、いつのまにやら、堕落してしまいました。


優れたモニタースピーカーが製造されなくなって、その代わりが出来るほどの優秀なモニタースピーカーが、その後、たったの一つも出てこなかったというのが、その原因です。

1950年代から60年代の、マイルス・デイビスの時代までさかのぼってみます。マイルス・デイビスやジョン・コルトレーンが、レコーディング・スタジオでプレイバックされる音を聞いていた、そのモニタースピーカーは、アルテック(altec)612A(通称、銀箱)です。38センチ口径の604という型番のアルテックの同軸ユニットが入ったものです。その612Aモニタースピーカーを設計開発したチームの中には、誰もが知る人物がいました。当時、アルテック(altec)社に勤めていた、JBLさん、James B.Lancingさんです。

アルテック社は、WE社、つまり、ウェスタン・エレクトリック社の技術部門が独立して出来たメーカーです。アルテック社内で往年のウェスタンエレクトリックの技術を勉強したJBLさんが、その後アルテック社を退職してから作ったメーカーがJBL社ですが、この話は本論からはずれます。

アルテックのチームとその一員だったJBLさんは、そのとき一点の曇りもない、完璧なスタジオモニタースピーカーを設計することに成功しました。それが、アルテック612Aという604という型番のユニットの入ったモニタースピーカーです。604ユニットは、38センチ口径です。モニタースピーカーには、38センチ口径のユニットが必要不可欠であったということです。

38センチというと、低音を思い浮かべるかたが多いと思います。それは大きな間違いであって、当時のモニタースピーカー用途の38センチという口径のユニットは、中域をしっかり出して、「生音と等身大の音」を出し、間違いのないミックスダウンをするためのモニタースピーカー、つまりそれが、38センチ口径のモニタースピーカーです。勿論、低周波も出す能力もありますので、低域以下の低周波数帯域のミックスダウンにも失敗はあり得ませんが、中域はそれ以上に重要です。中域再生のため、ウーファー部は1500ヘルツ、ボーカル帯域までをも、しっかり出す能力を持っています。

上記のアルテック612Aスタジオモニタースピーカー(銀箱)は、1940年代から使われはじめ、その後長年に渡って米国スタジオの標準となり、その後、日本国内も、それに習って、アルテック612A(銀箱)が標準となりました。米国のジャズのほとんど、その後のロックなども、アルテック612A(銀箱)をモニタースピーカーにしており、それが基準です。1970年代頃までは、米国では、それが続いていたものと思われます。

日本の音楽の黎明期は、それよりずっと遅れてスタートしています。アルテック612Aとそのユニット604のモニタースピーカーが標準になったのは、1960年代後半くらいからでしょうか。604Eか、604-8Gユニットくらいの時代からでしょう。アルテック612Aモニタースピーカーが使われていたのは、1980年代くらいまででしょう。
実は今でもマスタリングスタジオが使っているモニタースピーカーは、アルテック604ユニットであったりします。最終的には、今でもアルテック604をモニタースピーカーにして音を聞いて、マスターを作る段階で、スタジオの間違ったミックスを修正しているというのは、本当のことです。これはマスタリングスタジオにもよるものと思われますが、東京四ツ谷にある、多くのレコード会社が信頼しているマスタリングスタジオは、今もアルテック604がモニタースピーカーに入っていると、そのオーナーさんと仲の良いエンジニアのかたから聞いています。

その後のスタジオモニタースピーカーは、おそらくJBLに移行したものと思われます。別のメーカーも入っていたのかもしれませんが、そのあたりは、詳しくありません。

重要なことは、メインモニタースピーカーの信頼性が、アルテック612Aに比較して、低くなっていったのと併行して、YAMAHA NS10Mがスタジオに入っていったということです。当時、「ラジカセ」というものが、非常に多く使われるようになり、非常に多くの若者はじめ米国国民がラジカセで音楽を聴くようになっていました。NS10Mの役割は、当時、二つありました。


■YAMAHA NS10Mがモニタースピーカーとして使われた本当の理由


1)ラジカセで聞く人たちがいかなる音で聞くのかを、チェックするためです。

つまり、ラジカセの代表、それに近いものとして、割と素直な性質のYAMAHA NS10Mが、それ専用のモニタースピーカーとして選ばれたということです。これがNS10Mがスタジオに入っていった最たる理由です。


2)おおざっぱな音決めのためです。


卓の上に置いて、至近距離でミックスダウンするわけですから、使いやすいのです。おおざっぱな定位などを最初に決めるため、NS10Mは「簡・易・的・な」モニタースピーカーとして使われました。もちろんNS10Mくらいのモニタースピーカーでは、信頼性が全くありませんので、最後には、ラージモニタースピーカー、ミドルモニタースピーカーなど、いろいろな種類のモニタースピーカーで検証して、音決めしていたものと思われます。

このあたりの時代で、モニタースピーカーを取り巻く環境が、すでに何かがおかしくなってきていることが分かります。というのは、1959年のマイルスやコルトレーンのジャズが、つまり、アルテック612Aモニタースピーカーでミックスダウンされた完璧な録音が、ラジカセでしっかり鳴らないなどということは、あり得ないことだからです。それが鳴らないのであれば、それはラジカセメーカーの責任なのですから、そんなことを、NS10Mなどをモニタースピーカーにしてまでチェックしていること自体、時間の無駄でしかなかったはずです。

メインモニタースピーカーを全面的に信頼できなくなってきていたからこそ、無意味なことでも、せざるを得なかったと言えます。

その後、さらにメインモニタースピーカーの信頼性は、時代とともに低くなっていき、ミドルモニタースピーカーにもろくなものがなくなってしまいました。というより、ミドルサイズには、最初からろくなモニタースピーカーは、一つたりとも、歴史上、登場していないのが実態です。

そして現代に至って、YAMAHA NS10Mだけが、無惨にもスタジオに取り残されてしまいました。役に立というが立つまいが、取り残されてしまった。だからNS10Mなのです。

■ミックスダウンの課程


自宅録音のかたも、プロのかたも、NS10Mをモニタースピーカーにしてのミックスダウン時には、次の課程を経ているはずです。


1)非常に録音の良い、優れたミックスダウンのイメージ、数枚のリファレンスCDの音が、頭の中にあります。理想とする録音です。それはおそらく数枚のCDでしょう。

2)そのリファレンスCDの音に近くなるように、モニタースピーカーの音を「目を凝らすように神経質に聞いて」、ミックスダウンしていきます。

3)プレイバックして、何度も聞き直し、良く分からなくなった時には、リファレンスCDを、そこでプレイバックしてみて、1枚で分からなければ、二枚のCDをプレイバックしてみて、ボロであろうがなかろうが、とにかくそこにあるモニタースピーカーを通して、どこがそれと違うのかを確認して、リファレンスCDの音に、時間をかけて似せていきます。


上記の方法を、NS10Mをモニタースピーカーに使う場合のミックスダウン時には、100%の確率で、取られていることと思います。頭の中は、音の足し算と引き算で埋め尽くされているはずで、そこにエネルギーの大半が吸い取られていきます。
その作業をしていること、しなければならないことこそ、そのモニタースピーカーが信頼できない品質のものである証拠です。

優れた本物のラージモニタースピーカーは、聞いた通りの音に録音されます。最も音楽が素晴らしく聞こえるようになる、まさにそのポイントに向かって録音するだけで、リファレンスの必要などありません。モニタースピーカーで聞いた通りの音が、マスターに刻まれていくからに他なりません。

また、NS10Mのように、爆音でミックスダウンする必要もありません。普通の音でプレイバックしたときにこそ、生音に近い等身大の音が出てきますから、全く無理がありません。等身大の生音という概念は、ミックスダウンには、非常に重要です。モニタースピーカーから「生音」が出ていれば、それイコール、完全に信用できるという、誰にでも分かる非常に単純なことです。ということは、NS10Mくらいのものではモニタースピーカーとは言えないということです。

そこにある音、人の存在、又は楽器の存在、音楽全体の存在が、よりいっそう気持ち悪いほどに生々しくなるように、さらに音楽が最も魅力的になるように、イコライジングしながらミックスダウンしていくだけです。

そして、その通りの生々しい信号が、マスターに刻まれていきます。それを再現しきれるオーディオ装置の有無などは、関係のないことで、間違いのないミックスダウンこそが最重要です。プロはどなたも最良のミックスダウンを望んでおられます。

ミックスダウン時の失敗や後悔、あそこはこうしておいたほうが良かったかな、というような、あとから来る迷いも、優れたモニタースピーカーさえあれば、一カ所もあり得ないミックスダウンになるであろうことは、プロのレコーディングエンジニアのかたならば、即座に理解されますでしょうし、作業が非常に早く、まったく合理的であることも、理解されますでしょう。

優れたラージモニタースピーカーが、早く出現することを願って止みません。プロのレコーディングエンジニアのかたは、集中力、気力等、並はずれて非常に優秀なかたがたばかりなのですが(今まで出会ってきたプロのかたは例外なくそうでした)、いかんせん、モニタースピーカーの環境が悪すぎます。一億五千万円もするニーブやスチューダーの卓(ミキサー)に、YAMAHA NS10Mしか接続されていないなどということは、異常事態です。

例えスタジオの経営側が、ラージモニタースピーカーは、これこれの46センチウーファーのものを壁に埋め込んで、背後からの反射をも防いでいる、これは米国のどこそこのメジャースタジオと同じであるなどと宣伝していたところで、レコーディングエンジニアのかたがた本人が、それらを全く信用できないものとして見限っており、全くあてにもせず、気分転換にしか使われていないようなことでは、それらは、ろくなモニタースピーカーではなく、使い慣れたNS10Mのほうがまだましだということで、今もNS10Mだけがスタジオに取り残されているのです。

■結論

「多くの人がラジカセだから、それにミックスダウンの音を合わせておこう。」

又は、

「多くの若者がiPODでイヤフォンで聞いているから、それに合わせてミックスダウンの音を合わせておこう。」


それは、非常に問題のある、「ムダ」、「ムラ」、「ムリ」、トヨタ生産方式で言えば、仕事の三大悪であり、絶対に許されない考え方です。真のプロフェッショナルのかたは、今まで書いたことから、すでに理解されていることと思います。そのような考え方は、二流の考え方です。プロフェッショナルは、責任を持って、徹底的に正確な信号をマスターに刻み込むこと、それが最高の仕事であり、最高の結果を生みます。皆が使う音源、風潮に合わせるなどということは、どうでも良いことです。プロのかたは、100年後にも、その音源が最高の音源であって欲しいはずです。

そのときに使われているものがラジカセなのかiPodなのか、そんなことは分かりません。完璧なフラットが出るものを誰もが使う時代が来ているのかもしれません。そのような時代は来ていないかもしれませんが、そんなことはどうでも良いことです。最高の録音を再現できないとしたら、それはラジカセ側の責任であい、iPod側の責任、未来の再生機材の責任であるということです。

レコード会社側の、二流の考え方に、プロのかたは妥協してはなりません。それでは二流の録音しかできません。


■さらに、上記の二流録音がもたらす結論を明確にしておきます。

徹底的に正確な信号を録音した一流の音源があるとします。かたや、iPodやラジカセに合わせた録音があるとします。両者をiPod、ラジカセで聞くとします。いづれが良い録音に聞こえるかは、明白なことです。

誰が聞いても前者を選びます。これで、十分でしょう。

http://www.procable.jp/setting/07.html

                          > 

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/858.html#c21

[リバイバル3] スピーカーの歴史 _ 何故、過去に遡る程 スピーカーもアンプも音が良くなるのか? 中川隆
22. 中川隆[-8592] koaQ7Jey 2019年8月29日 16:53:34 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4160]

モニター・スピーカは音楽を愉しむ為には作られていない


モニターの音はどうあるべきなのか!!


大阪のMusic Well studio の○○○○と申します。

私は常に “フラット” な音環境を切望し、そこを追究する事がリスナーの皆様に対しての責任だと日々考えております。目指すは良いものと悪いものをしっかり聴き分ける事が出来るフラットな環境です。その様な着色のない環境での制作を可能にしないと最終アウトプット(流通商品)時点では大変な事になります。

制作初期段階で少しでもピーキーなものが出来上がってしまうと、その後段階での作業で段々としわ寄せが積み重なり、ごまかしごまかしで最終的にはろくなものにはなりません。

制作スタジオに求められるのは限りなくフラットな音響環境です。
決して良い音も悪い音も『立派な音にしてしまう再生環境』ではありません。


Studioで自然に出来た“音の印象”がどの様な再生環境(ヘッドフォン、ラジカセ、カーステ、喫茶店の天井スピーカーそして高級オーディオ等)においても“同じ印象”で聴く事が出来れば、制作環境としては最高の状態と言えます。

歴史的に、あまり良い環境で制作出来なかった頃に“エンジニアの勘”というものが生まれ、そしてそれが重要視されてきた気がします。

フラットな再生環境では無いため“見越”の技術が必要だったんですね。なんとも恐ろしいですね。

“音”が解りにくければ、音楽制作は大変困難になります。

今、目の前では今までに感じた事の無い“素晴しい音”が鳴っております。

しかし、それだけではありません。制作段階では各トラックに色々な補正処理を施します。その中にEQ処理や音圧処理があります。 リニューアル後、特にEQ処理には大きな変化が出てます。パラメーターを動かす幅が大幅に減少しました。変化がとても良く見えるからです。処理後のEQカーブを見ても今までの様に大きくはなりません。なだらかで微妙な曲線です。

“自然に聴こえるまま”で、何の見越も必要なく作業出来ています。不安になるくらい。。。(笑)

これで大正解なのだと思います。大きく変化させる事はピークを生みます。振り返って、今までどれだけピーキーなものを創って来たのかと思うとゾッとします。音をCD-Rに納め、いつもの様に色々な再生環境で聴いてみました。実験です。ここが私にとって “肝” となります。 ドキドキです。

http://www.procable.jp/setting/07.html

オーディオは、プロのレコーディングとは違います。

アルテック612A(銀箱)というモニタースピーカーの名前、アルテック604ユニットというモニタースピーカー用のユニットの名前を出さざるを得ませんでしたが、素人のかた、オーディオのかたは、WEのフィールドスピーカーと同様、これにも近寄らないでください。これによって、いかに多くの熟練したオーディオマニアのかたが泥沼に陥ってしまわれたことか、それはまさしく吸血鬼のごとしです。
一生涯かけてもセッティングできないかもしれない、非常に危険なプロの道具です。

セッティングしきれるのはプロだけと想像します。アルテック612Aというモニタースピーカーは、セッティングしきってこそ、はじめて上記のような、聞いた通りの録音がしていけるものであり、セッティングが不完全ですとかえって混乱してしまうことになります。

あまりにも正確に信号を増幅してくるからこそ、一個のXLRプラグ、一本のケーブル、一個の電源プラグ、アンプ、卓などの選択ミス等、一つも許されません。もろにその間違いを出してきますので、その原因はプロのかたにしか皆目分からないはずですし、オーディオ用のプリアンプやパワーアンプくらいのものでは、とうてい鳴るものではありません。

したがって、アルテック612A(銀箱)の本当の音、本当の能力は、オーディオ界では、オーナーであれオーディオ店であれ、ただの一人も知らないはずです。 趣味に使うには、あまりにも過酷で、かつ、デリケート過ぎる、本物中の本物のモニタースピーカーなのです。

http://www.procable.jp/setting/07.html


http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/858.html#c22

[リバイバル3] 最近のオーディオ業界の状況 中川隆
123. 中川隆[-8591] koaQ7Jey 2019年8月29日 16:53:58 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4161]

モニター・スピーカは音楽を愉しむ為には作られていない


モニターの音はどうあるべきなのか!!


大阪のMusic Well studio の○○○○と申します。

私は常に “フラット” な音環境を切望し、そこを追究する事がリスナーの皆様に対しての責任だと日々考えております。目指すは良いものと悪いものをしっかり聴き分ける事が出来るフラットな環境です。その様な着色のない環境での制作を可能にしないと最終アウトプット(流通商品)時点では大変な事になります。

制作初期段階で少しでもピーキーなものが出来上がってしまうと、その後段階での作業で段々としわ寄せが積み重なり、ごまかしごまかしで最終的にはろくなものにはなりません。

制作スタジオに求められるのは限りなくフラットな音響環境です。
決して良い音も悪い音も『立派な音にしてしまう再生環境』ではありません。


Studioで自然に出来た“音の印象”がどの様な再生環境(ヘッドフォン、ラジカセ、カーステ、喫茶店の天井スピーカーそして高級オーディオ等)においても“同じ印象”で聴く事が出来れば、制作環境としては最高の状態と言えます。

歴史的に、あまり良い環境で制作出来なかった頃に“エンジニアの勘”というものが生まれ、そしてそれが重要視されてきた気がします。

フラットな再生環境では無いため“見越”の技術が必要だったんですね。なんとも恐ろしいですね。

“音”が解りにくければ、音楽制作は大変困難になります。

今、目の前では今までに感じた事の無い“素晴しい音”が鳴っております。

しかし、それだけではありません。制作段階では各トラックに色々な補正処理を施します。その中にEQ処理や音圧処理があります。 リニューアル後、特にEQ処理には大きな変化が出てます。パラメーターを動かす幅が大幅に減少しました。変化がとても良く見えるからです。処理後のEQカーブを見ても今までの様に大きくはなりません。なだらかで微妙な曲線です。

“自然に聴こえるまま”で、何の見越も必要なく作業出来ています。不安になるくらい。。。(笑)

これで大正解なのだと思います。大きく変化させる事はピークを生みます。振り返って、今までどれだけピーキーなものを創って来たのかと思うとゾッとします。音をCD-Rに納め、いつもの様に色々な再生環境で聴いてみました。実験です。ここが私にとって “肝” となります。 ドキドキです。

http://www.procable.jp/setting/07.html

オーディオは、プロのレコーディングとは違います。

アルテック612A(銀箱)というモニタースピーカーの名前、アルテック604ユニットというモニタースピーカー用のユニットの名前を出さざるを得ませんでしたが、素人のかた、オーディオのかたは、WEのフィールドスピーカーと同様、これにも近寄らないでください。これによって、いかに多くの熟練したオーディオマニアのかたが泥沼に陥ってしまわれたことか、それはまさしく吸血鬼のごとしです。
一生涯かけてもセッティングできないかもしれない、非常に危険なプロの道具です。

セッティングしきれるのはプロだけと想像します。アルテック612Aというモニタースピーカーは、セッティングしきってこそ、はじめて上記のような、聞いた通りの録音がしていけるものであり、セッティングが不完全ですとかえって混乱してしまうことになります。

あまりにも正確に信号を増幅してくるからこそ、一個のXLRプラグ、一本のケーブル、一個の電源プラグ、アンプ、卓などの選択ミス等、一つも許されません。もろにその間違いを出してきますので、その原因はプロのかたにしか皆目分からないはずですし、オーディオ用のプリアンプやパワーアンプくらいのものでは、とうてい鳴るものではありません。

したがって、アルテック612A(銀箱)の本当の音、本当の能力は、オーディオ界では、オーナーであれオーディオ店であれ、ただの一人も知らないはずです。 趣味に使うには、あまりにも過酷で、かつ、デリケート過ぎる、本物中の本物のモニタースピーカーなのです。

http://www.procable.jp/setting/07.html


http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/845.html#c123

[リバイバル3] 原音とは何か? 中川隆
5. 中川隆[-8590] koaQ7Jey 2019年8月29日 16:55:47 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4162]

モニター・スピーカは音楽を愉しむ為には作られていない


モニターの音はどうあるべきなのか!!


大阪のMusic Well studio の○○○○と申します。

私は常に “フラット” な音環境を切望し、そこを追究する事がリスナーの皆様に対しての責任だと日々考えております。目指すは良いものと悪いものをしっかり聴き分ける事が出来るフラットな環境です。その様な着色のない環境での制作を可能にしないと最終アウトプット(流通商品)時点では大変な事になります。

制作初期段階で少しでもピーキーなものが出来上がってしまうと、その後段階での作業で段々としわ寄せが積み重なり、ごまかしごまかしで最終的にはろくなものにはなりません。

制作スタジオに求められるのは限りなくフラットな音響環境です。
決して良い音も悪い音も『立派な音にしてしまう再生環境』ではありません。


Studioで自然に出来た“音の印象”がどの様な再生環境(ヘッドフォン、ラジカセ、カーステ、喫茶店の天井スピーカーそして高級オーディオ等)においても“同じ印象”で聴く事が出来れば、制作環境としては最高の状態と言えます。

歴史的に、あまり良い環境で制作出来なかった頃に“エンジニアの勘”というものが生まれ、そしてそれが重要視されてきた気がします。

フラットな再生環境では無いため“見越”の技術が必要だったんですね。なんとも恐ろしいですね。

“音”が解りにくければ、音楽制作は大変困難になります。

今、目の前では今までに感じた事の無い“素晴しい音”が鳴っております。

しかし、それだけではありません。制作段階では各トラックに色々な補正処理を施します。その中にEQ処理や音圧処理があります。 リニューアル後、特にEQ処理には大きな変化が出てます。パラメーターを動かす幅が大幅に減少しました。変化がとても良く見えるからです。処理後のEQカーブを見ても今までの様に大きくはなりません。なだらかで微妙な曲線です。

“自然に聴こえるまま”で、何の見越も必要なく作業出来ています。不安になるくらい。。。(笑)

これで大正解なのだと思います。大きく変化させる事はピークを生みます。振り返って、今までどれだけピーキーなものを創って来たのかと思うとゾッとします。音をCD-Rに納め、いつもの様に色々な再生環境で聴いてみました。実験です。ここが私にとって “肝” となります。 ドキドキです。

http://www.procable.jp/setting/07.html

オーディオは、プロのレコーディングとは違います。

アルテック612A(銀箱)というモニタースピーカーの名前、アルテック604ユニットというモニタースピーカー用のユニットの名前を出さざるを得ませんでしたが、素人のかた、オーディオのかたは、WEのフィールドスピーカーと同様、これにも近寄らないでください。これによって、いかに多くの熟練したオーディオマニアのかたが泥沼に陥ってしまわれたことか、それはまさしく吸血鬼のごとしです。
一生涯かけてもセッティングできないかもしれない、非常に危険なプロの道具です。

セッティングしきれるのはプロだけと想像します。アルテック612Aというモニタースピーカーは、セッティングしきってこそ、はじめて上記のような、聞いた通りの録音がしていけるものであり、セッティングが不完全ですとかえって混乱してしまうことになります。

あまりにも正確に信号を増幅してくるからこそ、一個のXLRプラグ、一本のケーブル、一個の電源プラグ、アンプ、卓などの選択ミス等、一つも許されません。もろにその間違いを出してきますので、その原因はプロのかたにしか皆目分からないはずですし、オーディオ用のプリアンプやパワーアンプくらいのものでは、とうてい鳴るものではありません。

したがって、アルテック612A(銀箱)の本当の音、本当の能力は、オーディオ界では、オーナーであれオーディオ店であれ、ただの一人も知らないはずです。 趣味に使うには、あまりにも過酷で、かつ、デリケート過ぎる、本物中の本物のモニタースピーカーなのです。

http://www.procable.jp/setting/07.html


http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/890.html#c5

[リバイバル3] 超お買い得 イシノラボのトランス式パッシブ・プリアンプ 中川隆
45. 中川隆[-8589] koaQ7Jey 2019年8月29日 18:57:24 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4163]

2018/8/10 0:42 投稿者:ロケットサラダ
私は50代ですので、ボリュームは可変抵抗もしくは固定抵抗のパッシブ・アッテネーターのアナログ人間でした。なのでデジタルの電子ボリュームの是非がわかりません。

このことについて何かご教示頂ければありがたいです。あれは私には何がどうなのか全然わからないのです。

2018/8/25 15:10 投稿者:人力

アナログボリューム

1)抵抗によて信号電圧を無段階に変化さる
2)小音量にしてもアナログ波形は微細に見れば滑らか
3)抵抗値が上るとノイズが混入したり、歪が発生する

デジタルボリューム

1)6db信号を減衰させると1bit削る事になる
2)通常の視聴音量では11bitの信号になっている事も
3)但し、アナログボリュームで処理してもデジタルで切り捨てられた小音量の部分はノイズに埋もれて聞こえない信号領域


では、デジタルで音量を調節しても問題無いかと言えば、入力信号を絞った場合、D/A変換以降のアナログ回路でノイズや歪の影響を受け易くなると私は考えています。

パワーアンプに入力ボリュームが付いているスタジオ用の器材が便利なのは、プリアンプやミキサーからの信号出力を最大出力で受けて、パワーアンプ側で音量をコントロールできる点。プリ-パワ−間での信号劣化が少ない事がメリットです。

最近は32bitに返還して処理する器材も在りますから、デジタルボリュームのbit落ちに神経質にならなくても良いのかも知れませんが、やはり、電流の少ない信号は外部ノイズの影響を受けやすいので、デジタルボリュームはMAXにしてプリアンプやパワーアンプでボリュームコントロールする事がベターかと思います。

尤も、デジタルイコライザーなんてものは、周波数毎のデジタルボリュームに過ぎませんから、音質に影響が無いかと言えば大有りなのですが、イコライジングのメリットの方が多きいと判断しています。

2018/9/2 13:08 投稿者:ロケットサラダ
なるほど。よくわからないけど、デジタルボリュームはとにかく最大にしていればいいのですね。

ビット落ちするって知りませんでした。私は右に回しきって短絡させた状態で、長岡式パッシブアッテネーターをつなげばいいかなと思っているのですが、昔、小さな真空管アンプでしてた時、音が大きすぎて、短絡状態では無理でした。

普通の家ですのでお隣さんに怒られちゃいます。固定抵抗の抵抗値を変更すればいいのだろうけど、ちょっと今はめんどくさくて。その時は、なんだか、音が痩せて聴こえました。固定抵抗だとそのような音の傾向になるのですね。


2018/9/6 1:20 投稿者:人力
ロケットサラダ さん
可変抵抗には「美味しいゾーン」がある様で、プリとパワーでそれぞれ美味しいゾーンが使用出来るパワーアンプの出力ワット数というのも重要な要素だと思います。一般家庭ではスピーカーの効率にもよりますが100Wなんてパワーは持て余すかと・・。

スピーカーの箱が小さくなって、効率を犠牲にする事で低音を確保する現在のオーディオ技術は根本的に何か間違っている気がします。出力トランジスターを多数並列にして出力抵抗を下げる方法も、個々のトランジスターの特性の微妙な違いで、音楽の鮮度を下げているだけ。

シングルプッシュフルのトランジスターアンプは素直で良い音がする物が多い。ただ、組み合わせるスピーカが低効率のローインピーダンスのタイプだとアンプの良さが全く生かせません。

2018/9/8 17:54 投稿者:ロケットサラダ
はい、私が使ってた真空管アンプはエレキットの300Bのアンプで7Wでしたが、それでも、最大音量にできませんでした。昔のなので、検索しても同じやつ出てきませんね。縦長のやつです。

プリアンプつないだ方がいいという方もいますね。
可変抵抗も仰られてる様にそうだと思います。

でも、私はどちらかと言うと排除の方向です。プリアンプまで買うとその分お金が飛びますし。イコライザーもいじったら何が何だかわからなくなるから、使ったことないです。どうにでもなるから、逆に迷路に入りそうで怖い。できるだけシンプルにしないと泥沼でお金がいくらあっても足りなくなるという考えです。

でも、人力さんの考え方は勉強になります。そう言えば、私が若い頃使っていた、ヤマハのプリメインアンプは低音が全然出てなくて、薄っぺらい音でした。友達の家に行くとモリモリと力強い音が出ていましたが、実は彼はラウドネス・スイッチを使っていたのです。その方が迫力ある音に聞こえるのですから、それでいいのだと思います。私は長岡鉄男さんの影響を受けているので、今更路線変更できません(;^_^A モアイのインピーダンスは2Ωを切ることがあると言われてるけど、よくアンプが昇天しないものだと感心してます。

2018/9/12 8:18 投稿者:人力
色々不要な接点が増えるからプリアンプは要らないというのはCD時代からの流れですが、実はプリアンプって音色を作る役割が有ったりしますよね。

歪が増えているだけなのですが、個人的には「心地よい歪」を付加する装置は大歓迎です。偶数次の歪が増えると音が艶やかになるとの説も。

ケーブルにしても、電源にしても固有の歪が付加され、それが音質の変化として認識されます。

結局、オーディオ道って、「自分の好きな歪」を作る行為なのだと私は考えています。「原音」なんて、そもそも存在しないのですから。

ドイツのジャーマンフィジックス社のクリスマスの帽子の様な振動版のスピーカーの音を聞くと、ダイナミック型のスピーカーが発する音が如何に偽物かが良く分かります。静電型やアポジーの様なフルリボン型とも違う、異様なリアリティーを持った音に鳥肌が立ちます。

お金に糸目を付けなければ、泥沼に落ちるのも楽しいオーディオですが、「この程度で十分」と線引きする事で、楽しく音楽と付き合う事の方が大事だと私は考えています。
https://green.ap.teacup.com/pekepon/551.html#comment


パワーアンプに入力ボリューム装備
 
ミキサー(プリアンプ)を最適ゲインで使用出来、
 伝送経路での信号ロスを最小限に抑える事が出来ます。

 結局、微弱信号はなるべくレベルを落とさないでパワーアンプ直前の
 ボリュームまで到達させる事がどんなに大事か再認識します。

 (ピュアーネスを追求してプリアンプの代わりにパッシブアッテネーターを用いると
  悲惨な音になるのはこの為)
https://green.ap.teacup.com/pekepon/32.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/689.html#c45

[リバイバル3] CD/SACDプレーヤーからPC・ネットワークオーディオへ 中川隆
41. 中川隆[-8588] koaQ7Jey 2019年8月29日 19:14:45 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4164]
2011/10/16
日曜の午後は優雅にJAZZなど聞きながら・・・最新技術でレトロを再現する https://green.ap.teacup.com/applet/pekepon/msgcate11/archive
 


■ デジタルオーディオの薦め ■

80年代、90年代に青春時代を過ごした男子ならば、
オーディオセットに大枚を叩いた経験があるでしょう。
かつて日本のオーディオ機器は、世界を席捲しました。

AKAI
AIWA
Aurex(東芝)
DENON
DIATONE(三菱)
KENWOOD
Lo−D(日立)
MARANTZ
Nakamichi
ONKYO
PIONEER
SANSUI
SONY
TEAC
Technics(松下)
YAMAHA
Victor

さらに
OTTO(サンヨー)
OPTONICA(シャープ)


こんな小さな国に、結構規模の大きなオーディオ・ブランドが
ひしめいていたのです。

■ プラザ合意と日本製品 ■

日本のオーディオーメーカーが世界ブランドになったのは
1970年代後半からではないかと思いますが、
これは、日本車が世界市場に受け入れられていく時期と重なるかと思います。

かつて1ドル360円だった為替レートは、
1971年のニクソンショック以来円高になり、
1985年プラザ合意で、240円から一気に120円となりました。
そして、現在は1ドル80円代が当たり前の時代となりました。

1) 360円時代・・・戦後、繊維産業が輸出産業として外貨を稼ぐ
2) 240円時代・・・1970年代前半までは、鉄鋼・造船・化学が輸出産業として成長
3) 120円時代・・・自動車、電機産業が輸出を延ばす
4)  80円時代・・・材料・部品 (円建て輸出も多い)

これはイギリスやアメリカの経済成長の歴史ともリンクしますし、
現在のアジアの経済成長の姿とも被ります。

■ 戦後は米英、その後は日本、そしてアジアへ・・ ■

プラザ合意後で日本のオーディオと自動車は明暗を分けます。
自動車は実用品的価値を持つので、ある意味、
コストバリューが適当であれば、売れます。

アメリカではプラザ合意後の日本車は、決して安い車ではありませんでした。
サニーやカローラーだって、アメリカでは外車です。
それでも故障の少ない日本車は、アメリカで人気がありました。

大柄のアメリカ人が、体を畳む様にして、
ちょっと年代物の日本車に乗っている光景を良く目にしました。


一方、オーディオは嗜好品でありステータスシンボルです。
ライフスタイルの変化と共に、オーディオの需要は変化をします。
かつては大型のオーディオセットを所有する事は男のロマンでしたが、
現在はiPodやiPhonにその座を奪われてしまいました。
或いは、大型TVとホームシアターに変化したとも言えます。

戦後の経済成長で、最初にオーディオを楽しむ余裕が生まれたのは米欧でした。
アメリカにもヨーロッパにも色々なオーディオメーカーが誕生しましたが、
ガレージメーカーが多いので、新旧のメーカーが目まぐるしく入れ替わりながら、
全体のパイとしては、どんどん縮小しています。

日本はさらに衰退が激しく、80年代に全盛を極めた大手メーカーは、
今ではラジカセかホームシアターシステムをメインに生産しています。
(一部高級オーディオも残っていますが、趣味みたいな規模です)

一方、新興国では、ちょっとしたオーディオブームが発生している様です。
シンガポールでちょっとオーディオ店を覗いてみましたが、
BOSEと並んで、アジアの名前は知らないけれども、
デザインも造りも悪く無いシステムが販売されていました。
(もしかすると、欧米でデザインしてアジアで生産かも知れません)

■ 「質より量」が生きている新興国市場 ■

SONYはアフリカやインドなどの市場に力を入れている様で、
それらの国では圧倒的なブランド力を維持しています。

それらの国では未だに「質より量」の文化レベルなので、
スピーカーユニットが沢山付いていて、低音がガンガン出るシステムが売れる様です。
ちょっと大型のミニコンポを想像すると良いかも知れません。

■ オーディオ機器からPCへ ■

一昔前なら、コンピューターのデータを再生するデジタルオーディオは
オーディオファンからは冷たい目で見られていました。
デジタルノイズだらけのPCからは、良い音は得られないと思われていたのです。

ところが、1千万円もする高級オーディオに
iPodを繋いでみた人が現れました(外人)
マークレビンソンというメーカーの数百万円するCDシステムと聞き比べると・・・
何と、iPodの方が音が良いように感じてしまったのです。

このオーディオ記者のレポートがサイトに載ってから、
ジワリ、ジワリと、PCを音源にするデジタルオーディオが浸透し始めました。

■ 高音質を再現できなかったCDプレーヤー ■

CDは1980年代のオーディオ全盛期に、
高音質を売り物に、華々しくデビューします。

それまでレコードしか聞いた事が無かった人々は、
針音のしない「無音の曲間」や、「クッキリした音」にビックリしました。
「これがデジタルの音なんだ・・・」と。

ところが、アナログレコードのマニアは根強く残りました。
彼らは「CDの音は何か変だ」と主張します。
「サンプリングレートが44KHzなので、
20KHz以上の可聴域以上の音が再生出来ないのが原因だろう」
そうオーディオメーカーの開発者も考えました。

ところが、サンプリングレートを高くした高音質CDも
やはり「何かが違った」のです。

アナログレコードの音を追い求めて、
CDの読み取り部分ーとDAコンバータ部分を別々の機材に分けたり、
CD読み取り部を鉄の塊で固めて防振を徹底するなど、
だんだんとアナロぐレコードの様なアプローチが試みられるようになり、
最後には100万を軽々と越える鉄の塊の様なCDプレーヤーまで出現しました。

■ ジッターというデジタル揺らぎ ■

一方で「ジッターと呼ばれるデジタル特有の時間的な揺らぎが音を濁す」と主張する人も居ました。

CDプレーヤーのピックアップ(光学読み取り部)は、
振動などの外乱に抗してサーボ(調整)を掛けながら、
微細な音楽信号(ピット)を読み取るっていきます。
この時、サーボによる電圧変動がCDのクロック信号を乱す為に、
クロックのタイミングに微細な時間変動が生じる事が確認されています。
クロックのタイミングの揺らぎは、ジッターと呼ばれ、
音質に影響を与えると考えられています。

現在でも、測定すらも難しい微細なデジタルの時間変動が、
どうして音質に影響するのかは、正確には解明されていません。

■ ローテクでジッターを減らしていたフィリップス ■

CDの開発者はフィリップスとソニーです。

直系12cmのCDを東京ドームのグラウンドの大きさにすると、
CDのピックアップがデジタル信号の溝(ピット)をトレースするスピードは、
マッハ4の速度で砂粒を数え上げる事に等しいと言われています。

ちょっとの揺れでも、ピックアップは砂粒の列を見失ってしまいます。
その為にCDプレーヤーは絶えず溝の真ん中にピックアップが来る様に、
ピックアップを制御し続けています。

SONYなど日本のメーカーは技術力が高かったので、
ピットの真ん中と左右をトレースする3本のレーザービームの反射光の出力差を
サーボ回路に瞬時にフィードバックしてモターを駆動し、
ピックアップが絶えずピットの中心をトレースするという技術を生み出しました。

一方、フィリップスは3ビームの技術が開発出来なかったので、
何とレコードプレーヤーのアームの様なスイングする機構の先端に、
ちょっと「おもり」を付けたピックアップを搭載しました。
何と、外的振動を重さで吸収してしまおうというローテク作戦だったのです。

さらに初期のフィリップスのDAコンバーターは、
CDの16Bitのうち14Bitしか処理で出来ませんでした。

ところが明らかに技術的に劣るフィリップスのCDプレーヤーは音が良かったのです。
日本のメーカーがデンドン、シャリシャリと今思えば拷問の様な音を出していたのに対して、
フィリップスのCDプレーヤーの音は「まろやか」で「弾力に富み」
それでいて「絹の様な肌合い」の音を出していました。

永年アナログレコードに慣れ親しんだ、耳の肥えたファン達は、
フィリップスのメカニズムが搭載されたCDを買いました。

日本のメーカーはスペック重視ですから、
エラーの発生率をピックアップの優劣と考えていました。
ですから強力にサーボを効かせてトレース精度を高めていましたが、
その結果、サーボによる電圧変化が電源からクロック信号に周り込んで、
悲惨な音を作り出していたのです。

一方フリップスはレコードメーカーでもあったので、
徹底した視聴でCDプレーヤーを作り上げたのでしょう。
その結果、トレース制度が落ちてもサーボが弱い方が音が良い事に気付いたのでしょう。
そこで彼らは「重り」という慣性重量をサーボの変わりに用いたのでしょう。

■ iPodは音が良かった ■

CDの音を汚すのは「ジッター」の存在では無いかと気付いた海外の技術者達は、
実にスマートな方法でジッタを解決していきました。

元々、レコーディングスタジオでは、デジタル機器間のクロックの同期を取る為に
精度の高い外部クロックを使用していました。
正確なクロックが機器の誤動作を防ぎ、音質向上に繋がる事は常識でした。

これらの事実を知る技術者達が、クロックとバッファーメモリーを搭載した
小さなDAコンバーターを開発し始めました。

CDからのデジタル信号を、一旦バッファーメモリーに貯め、
メモリーの読みだ出しと、DACのチップを同じクロックで動作させたのです。

2000年頃、日本の若いオーディオファンは住宅事情もあって、
高級ヘッドホンで音楽を楽しんでいました。
DAコンバーターとヘッドホンアンプを合体させたヘッドホンアンプは、
「音が良い」と評判になり、若者達に浸透して行きます。


■ 光ケーブルこそが音質を損なっていた ■

ところが、私はどうもこれらの製品の音も馴染めませんでした。
なんだか、音がクッキリし過ぎてウソクサイ・・・。

これらの機器の音楽信号はPCから取り出す場合が多かったので、
多くの機器では同軸ケーブルか、光ケーブルでDACとPCを繋いでいました。

光ゲーブルは、PCとオーディオ機器との間のアースを切り離せるので、
PCのデジタルノイズがアース経由でオーディオに混入する事を防げる為、
オーディオ的には最適と考えられていました。
・・・しかし、「光ケーブルは音が悪い」と言うオーディオマニアは沢山いました。

これは光ケーブルの内部の乱反射によって、クロックのタイミングがズレル事が原因とも、
「電気 - 光」、「光 - 電気」という複雑な変換が原因とも言われています。
「電気 - 光」、「光 - 電気」でデータにエーラーが生じては、光通信は成り立ちませんので、
私は原因は前者のクロックの揺らぎにあると思っています。
光ファイバーの内部反射で、デジタル信号のエッジが鈍るので
ちょっとした電圧の変動でも、時間的揺らぎは大きくなってしまうのでしょう。
要は、光ケーブル接続は「ジッター」が大量に発生するのです。

■ さらにUSBケーブルでも音質は劣化していた ■

最近のデジタルオーディオ機器にはUSBケーブルを用いる物が多いのですが、
実は最近になってUSBケーブルは70cmを超える長さになるとエラーが増える事が分かって来ました。
ハードディスクやプリンターの接続に便利なUSBケーブルですが、
コンピューターの接続では、エラーチェックを常時しながら、
信号がやり取りされますので、
ケーブルの長さによるエラーの増大は、通信時間の差となって表れますが、
データーに損傷は起こりません。

ところが、オーディオフォーマットのUSBケーブル転送では、
PCはデータを送りっぱなしという方式を取られています。
USBケーブルは70cm程度まではエラーが少ないそうですが、
それを過ぎると、エラーの発生率が増大します。

CDの書き込みデータは、非常にエラーに強い変換方法が採用されていますが、
PCから出力される音楽データは時系列のデータですから、
エラーには弱くなっています。
当然、補完によるエラー訂正が頻発する事が予想されます。

■ ジッター解決の最適解であった、iPod ■

ここで先に紹介した「iPodは数百万のCDプレーヤーよりも音が良かった」に戻ります。

iPodはPCからデータ通信で、内臓HDか内蔵メモリーにデータを転送します。
この転送は当然コンピューター間のデータ転送ですからエラー訂正され、
iPodには正確なデジタルデータが転送されます。

次にiPodは携帯プレーヤーですからHDのデータは随時メモリーに記憶され、
そこから再生する事で、振動などによるHDの読み込みエラーを防止します。

バッファーメモリーの吸い上げられたデータは、DAコンバーターに送られますが、
メモリー駆動用のクロックと、DAコンバーター動作用のクロックは同一です。
さらに、iPodは小さいので、クロックとメモリーやDAC間の配線は最短の長さです。
ですから、外的要因による時間揺らぎは、ほぼ発生しません。

この様な理由から、何とiPodは理想的なCDPの要件を満たしていたので音が良かったのです。

■ 昔のAppleには音の分かるエンジニアが居た ■

しかしiPodの素晴らしいのはそれだけではありません。

ヘッドホン出力用のアナログ回路の音が良いのです。

国産のMP3プレーヤーはドンドン・シャリシャリという音がしていましたが、
iPodの音は「ふくよか」で「弾力に富」、「なめらか」な音でした。
専用イヤホンも、帯域を欲張らずに、中域を厚く再生します。

これは生演奏の音を良く知っている技術者が開発に携わっていたからだと言われています。

■ iTunesこそが最高のプレーヤーだった ■

iPodは音が良くないと言われる方の多くは、
iTunesにCDなどの音源を録音する際に、データを圧縮して取り込んでいます。
その方が、iPodに大量の音楽が入るからです。

ところが、iPodに取り込む時、非圧縮のWAVデータやACCデータで取り込むと、
iPodから聞こえる音は激変します。
特にクラシックなどでは情報量が圧倒的に増えて、弦が滑らかに再生されます。
(ロックやポップスでは圧縮音源の方が、低音の輪郭がはっきりしてノリが良いです)

しかし非圧縮データはデータサイズが大きいので、
iPodに大量のデータを格納する事が出来ません。

そこで、PCのiTunesから、直接音楽信号を取り出そうとする試みが為されました。
PCのサウンドボードかUSB音楽プレーヤーを使用するのが一般的です。

Appleから「Airmac exples」という小型の無線LANのターミナルが発売されています。
何と、このAirmacにはDAコンバーターが内臓されるのです。
PCから無線LANで音楽信号を飛ばし、Airmacで受信した部屋で好きなように音楽が聴ける
そんな目的で造られた商品ですが、これが思いの他、便利だったのです。

AirmacにはUSB入力とLANケーブルの入力もあります。
さらに、ヘッドホンジャック(ミニピンジャック)と光デジタル出力まで付いています。

始めにAirmacに注目した人達は、無線LANと光出力で、
PCとオーディオの間のアース回路を完全に分離出来る事に着目しました。
PCからのデジタルノイズを、オーディオ機器と分離する手段としたのです。
彼らはAirmacの光出力を、高額なDACのデジタル入力として活用しました。

ところが、Airmacのミニピンジャックの出力を、直接オーディオに繋いで見ると、
iPodよりも、厚い音がして、アナログファンを唸らせてしまった。

さらに、無線LNAでは無く、LANケーブルでPCと繋いで、
接続の設定をちょっと細工してあげると、
データ転送エラーは発生しない事が分かってきました。

(Airmacの表示LEDを緑色点灯さる事がミソ。

 1) AirmacとPCをLANケーブルd接続する
 2) Airmacの管理ソフトを立ち上げる
 3) 無線LNAをオフにする
 4) AirmacのIPアドレスを手動で入力する
    IPアドレスは、管理ソフト立ち上げ時に表示しあれたアドレス。
 5) IPアドレスの自動取得をオフにする。 
 この手順で、Airmacの「緑色点灯」が確立出来ます。)


■ Airmac Expres は高音質なのでは無く、低音質だから良い ■

ここまで読むと、Airmac Expres は高音質だと思われるでしょう。

実は逆です。
Airmac Expresは実は音質が悪いのです。
先ず、上限のレンジが狭い。
さらに、左右のチャンネルのクロストーク(音の混入)が多いのです。

「なんだ、全然ダメダメじゃん」とお思いでしょう・・・。

いえいえ、これこそがアナログの音なのです。
アナログレコードは1本の溝に左右の信号を刻んでいます。
当然、左右のチャンルは音が混ざり合います。(これをクロストークと呼びます)

さらに、レコード針が樹脂のレコードに溝を引っかきながら音を再生するので、
歪みを低減する事は、根本的に困難です。
ところが、レコードの音は、人の耳には自然に聞こえます。
これは「生音」と同じ肌合いの音・・・そう言い変える事も出来ます。
ですから生のコンサートに足を運ぶ人程、レコードファンが多いのです。
(1/f揺らぎが自然な歪みだとか、
 偶数次の歪みは、人間を心地よくさせるという説があります)

私も経験的に、イギリスの小型アンプなど、クロストークの多いアンプは、
充実した音がする事を知っています。
さらに、左右のスピーカーを重ねて設置すると、
ステレオの音場こそ消失しますが、
生の演奏会に近い音の勢いが得られる事も経験していました。

ですから、Airmac Expresの音の良さは、
アナログ的な歪みの多さと、クロストークによるものでは無いかと思っています。

さらにはジッターという、人間の聴覚ではどうしても不自然に感じる
ノイズ元が無い事も大きいでしょう。

■ 崩壊する録音環境 ■

オーディオマニアはイコライザーの使用を嫌います。

「レコードやCDには生の音源が入っているのだから、手を加えるのは言語同断」という
原音至上主義の方達が多くいらっしゃいます。
最高の録音であれば、良い音源は優れた再生音を生み出してくれます。

ところが実際には「録音」は千差万別です。
クラシックでも酷い録音は存在しますが、それでもバランスは取れています。

これが、80年代以降のロックやポップスやJ-POPSでは悲惨な録音状態です。
CDの登場によってオーディオ機器は小型化し、ラジカセ全盛の時代になりました。

CDを購入する多くの人々が、ラジカセで音楽を聴くので、
当然、録音スタジオではラジカセで格好良く聞こえる様な録音をする様になります。

ミキシングスタジオから大型スピーカーが消え、
YAMAHAの10Mという、白いウーファーの小型スピーカーが大増殖して行きました。
ラジカセは大型スピーカーの様には低音が出ませんので、
ミキシング時に低音を思い切り持ち上げて録音される様になりました。
さらには、小型スピーカーではあまり聞こえない重低音は、
管理されていないような録音も現れ始めました。

80年代前半のアナログレコードに時代までは、
それでも多くの人が大型のオーディオスピーカーを使用していたので、
録音はそれを考慮して、まともなバランスを保っています。

しかし、90年代以降はPOPSやROCKはそれこそ「悲惨」な状況です。

■ 曲毎、アルバム毎にイコライザーカーブをプリセットできるiTunse ■

イコライザーを使用すれば、部屋の音響特性と録音バランスを補正できるのですが、
録音バランスの違うCDにあわせてその都度イコライザーを操作するのは面倒です。

しかし、iTunseには、曲毎にイコライザーを設定する機能が付いています。
iTunesにプリセットされているイコライザーは、派手な演出でクソですが、
iTunseはバンド数が少ないながらも、自分で複数のイコライザーカーブを作って登録できます。

もう、これを使ってしまったら、病み付きになります。
古いジャズも、最新のロックも、最適なバランスに調整する事が出来ます。

■ ルームアコースティックを機材で調整する愚 ■

私は先日、コンクリートにクロス直貼りのマンションから、
ボード貼りのマンションに引越しました。

コンクリートにクロス直貼りの部屋では、低音がだぶ付いて始末に負えませんでした。
iTunseのイコライザーが無ければ、大型スピーカーは絶対に使えません。
ところが、ボード貼りの部屋では、ボードが丁度良いアンバイに低音を吸収してくれます。

これが、木造の和室では、今度は低音が不足するかも知れません。

このようなルーム・アコースティックの違いを機材で調整する事は至難の業ですが、
イコライザーでは比較的容易に調整できます。

■ 大型スピーカーの衰退 ■

AMラジオの様なフルレンジの小型スピーカーは
高音も低音も出ませんが、ストレスの無い聞きやすい音がします。

今な無き長岡鉄夫というオーディオ評論家は、
小さなフルレンジユニットを使って、高効率の自作スピーカーを発表し続け、
一部のオーディオマニアから神的な扱いを受けていました。

長岡鉄夫のファンはらはオーディオマニアと言うよりは、音楽マニアが多く、
高効率のスピーカーからは、生きた音楽が聞こえる来る事を知っていました。

一方、所謂オーディオマニアはJBLのマルチユニットのモニタースピーカーなどに嵌りますが、
これは上手く鳴らす事が非常に難しいシステムで、まともに鳴らした人は少ないでしょう。

大型のマルチユニットではユニット間の繋がりで、周波数特性が乱れ、
さらには日本人はタンスの様な巨大スピーカーを6畳間に押し込んだりしていましたから、
ユニット間の音が混じる事も無く、音場再生などという概念もハナから無視していました。

一時期、録音のワイドレンジ化に伴って導入されたJBLのマルチモニターは、
その後、UREIの同軸2ウェイユニットにその座を奪われます。
ホーン先端の青色のスポンジも鮮やかなUREIのモニターは、
同軸2ウェイ故に、音の繋がりも良く、大型ながら音場再現にも優れていました。

JBLはその後、2ウェイのモニターシステムに移行すると同時に、
UREIを買収して、UREIモニターを市場から消し去りました。(アメリカ人の発想ですね)

ところが、時代はラジカセの時代になり、
大型モニターは少なくなり(当然、楽器個々の録音確認には使用されますが)、
YAMAHAの10Mが大増殖し行きます。

■ 小型スピーカーブーム ■

1985年頃だと思いますが、イギリスのセレッションというメーカーが
SL600という小型密閉方スピーカーを発売します。
(マーシャルのギーターアンプのスピーカはセレッション製です)

SL6という、中級スピーカーのユニットはそのままに、
箱の共振を抑える為に、航空機に用いられていたアルミのハニカム材を
エンクロージャーに用い、レーザー解析で振動を最適化するという
現代的スピーカー設計の原型とも言える製品でした。

SL600は鳴らし難いスピーカーとして名を馳せました。
非力なアンプでは全く鳴らないのです。
ところが、マークレビンソンなどアメリカの純A級のパワーのあるアンプで鳴らすと豹変しました。

スピーカーの存在が消え、そこであたかも演奏していうかの様な空間が生まれたのです。

■ 地獄の一丁目、小型低能率ワイドレンジ・スピーカー ■

SL600の登場までは、スピーカーの効率は90dB以上はありました。
ところがSL600以降は、80dB程度の効率しか無いスピーカーが続々と登場します。

低音が出難い小型のスピーカーなので、
低音の効率に、システムの効率を揃える事で、帯域のバランスを確保したのです。

さらに小型スピーカーで低音を得る為に、ウーファーのユニットは重くなり、
さらに強力な磁気回路の中に設置されました。

これでは、非力なアンプでは、ウーファーから逆流する電流に押されて
まともな再生が出来ません。

さらに、ハイパワーでウーァーを叩き出さなければ、音に勢いが生まれません。

NFBを最小に抑えながらも、出力インピーダンスを小さくして駆動力を稼ぐ為に、
現代の高級アンプは、出力段のトランシスターを多数並列にして、
スピーカーの駆動力を確保しながら、低インピーダンスに対応しました。

小型低能率スピーカーの登場は、アンプの巨大化と高価格化をもたらしましたが、
住宅事情から、大音量の出せない日本のオーディオマニアの多くは、
結局、スピーカーとアンプの実力を出す事なく、買い替えを繰り返していきました。

(この時代のパワーアンプの最高傑作が、初期型KRELLのKSA50やKSA100でしょう。
 2Ωまでを楽々と駆動しながら、繊細で力強く、さらにマッタリとクリーミーな味わい。
 しかしながら、陽炎が立つ程の発熱と、月の電気代が3000円アップに耐えなければなりません。
 エコを目指し、クラーの無い我が家では、半年で売りに出されました。

 でも、人生で最後に聞きたい音を挙げろと言われたら、
 私は間違い無く「初期型のKSA50の音を聞きたい」と答えます。
 スピーカーは・・・SL600・・・いや、APOGEEのフルリボンか・・・)

■ 小型スピーカーが悪いわけでは無い ■

小型スピーカーの先鞭を付けたセレッションですが、
SL3という非常に鳴らしやすい小型スピーカーを発売していました。
今でも実家で使っていますが、FMラジオを聞き流すには最適なスピーカーです。

SL3の上位機種の、SL600の原型であるSL6も素晴らしいスピーカーでした。
小型密閉型のスピーカーですが、低音も結構出たので、
これをどう料理するかが、鳴らす人の腕の見せ所でもありあました。
LINNの黒箱に繋いで鳴らすと、弦楽器は張りがあって、艶やか、躍動感一杯に鳴ります。
又、この組み合わせの、ビートルズは絶品でした。
アメリカのスピーカーでは鳴らし難いビートルズですが、
イギリスのスピーカーとアンプの組み合わせでは、生き生きと鳴ります。

最近ではKEFFのiQ3などは、とても良く出来たスピーカーです。
DALLIのロイヤル・メヌエットも、音楽がとても楽しく聞こえるスピーカーです。

これらの小型スピーカーを使っている内は、オーディオマニアも幸せで居られます。
高音がどうの、低音がどうのと、細かい事も気になりません。

■ 38cm小型2ウェイという選択肢 ■

ご存知の方も多いと思いますが、名古屋のProcableという通販ショップが、
iPodやiTuneのオーディオ活用に一役買いました。

ホームページが強烈なので、アンチ・プロケーブルを量産しましたが、
そこに書かれている事は、技術的には間違いも多いのですが、
結構、従来の常識を外れると、楽しいオーディオライフが返って来る事を証明しています。

先ず、高効率スピーカーを使う事。
問題はほとんどコレで解決します。
生き生きとした音楽が聞こえてきます。

38cmのPAスピーカーを推奨しているので、
私もエレクトロボイスの「Foce i」という比較的小さなPAスピーカーと、
クラウンの25Wの小型アンプD45を購入してみました。

これが意外と素性が良いのですが、
38cmと言えども箱が小さいので低音が出ない。
小型スピーカーよりも低音は少ないのでは無いでしょうか?

ただ、103dBという高効率スピーカーなので、
25Wのアンプで軽快に鳴ります。
とにかく、ドラムなどの音の立下りは早い。
ロックのドラムが、パッシっと決まるのは快感です。

低音を出す秘訣は・・・
私はスピーカーケーブルをステージ用の端子を用いずに
スピーカーのネットワークに直接半田付けしたら、低音のバランスが取れました。

ネットワークとユニットの間も、スピーカーケーブルと同じケーブルで半田付け。
多分、半田の適度な抵抗が、スピーカーに丁度良い負荷になったのではと考えています。
(某サイトでは、電線(Fケーブル)を何百メートルも使ってバランスを取る人も居ましたが、
 単に、それって抵抗じゃなイカ?)
昔からJBLなどの大型SPに抵抗を繋ぐと鳴らしやすいというウワサは聞きます。

因みにスピーカーケーブルはウェスタンエレクトリック社の14Gという錫メッキ線です。
高域が適度にシャラシャラして、ホーンのキツサを抑えてくれます。
クラシックまで聞こうとするならば、錫メッキ線は便利です。

ALLEN&HEATHというイギリスのDJミキサーをプリアンプ変わりに使うと、
帯域を程よく真ん中に集めてくれて、さらにALLENマジックとも言える
独特の艶と響きが加わって、ちょっと手放せなくなります。

使いこなしのミソは、とにかくミキサーで音を絞らずに、
パワーアンプのボリュームで絞る事。
ミキサーのLEDインジケーターはオレンジがチョコチョコ点滅するくらいが、
音が生き生きします。

結局、一般のオーディオでは、パワーアンプに入力する前で
音楽信号を絞ってしまうので、SN比も落ちてしまいますし、
微小信号を扱うプリアンプが、理想的な動作範囲で再生出来ていない事が良く分かります。

■ iTunseはVer7.6 , Windows Xp はSp2 がベスト ■

さて、なんでオーディオの話を長々と書いたかと言うと、
一昨日、出来心で、iTunseのバーションを10.3に上げてしまったのです。

色々なバージョンを試した結果、Ver7.6以降は、中域が薄く、
CDプレーヤーの様なすっきりした音になるのは分かっていましたが、
Appleがあまりに執拗にバージョンアップを薦め、
とうとうiTunseストアーにも入れななくなり、
iTunseの操作画面の下半分もバージョンアップの広告に占拠されるという
Appleのイヤガラセに、とうとう根負けしてのバージョンアップでした。

ところが、何と今度はXPのサービスパック2ではiTunesの10.3は外部スピーカーに音だし出来ない。
XPのサービスパック3は、やはりスカスカの音になるので、
オーディオ用のPCは、苦労してSP3をSP2に戻していました。

結局、HDを一台買い足して、オーディオ用にXPのSP2環境とiTunseのver7.6を再構築する事に。
これが、バックアップファイルを流すだけでは上手く行かず、
結局一晩かけて、ようやく先程、アナログの様なふくよかな音が戻って来ました。

その感動が、ここまで長文を書かせる原動力でしたが・・・そろそろ指が痛いです。
では、秋の夜長を、ビルエバンスの枯葉でも聞きながら・・・。

投稿者: 人力 2009/10/21
i-Podオーディオの決定版  

■ オーディオの夢の時代 ■

私達が中学、高校の頃は、オーディオのフルセットを揃える事が夢でした。
80年代日本は、オーディオ天国でした。

\79,800のプリメインアンプは激戦区でした。
サンスイのAU−607シリーズを筆頭に、
各社がこの価格帯に利益度外視の様な物量を投入していました。

\59,800のスピーカーも熾烈な争いでした。
30cmのウーファーをベースにした3ウェイが基本でしたが、
大体、前述の\79,800のプリメインアンプで鳴らしていました。
ONKYOのD-77が分野の先駆者でしょうか。

クリックすると元のサイズで表示します

CDというデジタルソースの出現で、
ひたすら広帯域、低歪という測定データ重視、
「物量=価値」という単純な時代でした。

■ BOSEという選択肢 ■

その頃、カフェバーのスピーカーと言えばコレ。


BOSE 301。
白いカフェバーに、白いBOSE。
何となく軟派なイメージがしてヘビーデュティー嗜好の私などは、
あまりBOSEが欲しいとは思えませんでしたが、
友人達の部屋で聞くBOSEは、101も、301も、楽しい音で鳴っていました。

「この高音が」とか、「コンバスの弦の解像度が」などという点ではダメなのですが、
音楽を聴いていて楽しいスピーカーでした。
音楽の「うねり」の様な物を良く表現し、
ボーカルの表情が良く伝わる。

当時を振り返ると、
音楽好きはBOSEや自作フルレンジ(長岡式)を選択し、
機械好きは、国産をカタログスペック重視で選んでいた様に思います。

さて、時代が30年経ち、どちらが優れていたかは自ずと結論が付いていると思います。
国産オーディオはほぼ絶滅の状況にあり、
ミニコンポと一部愛好家向けの高級機だけの市場になってしまいました。

一方、BOSEはホームシアターというフィールドにも進出し、
今でも楽しい音を鳴らし続けています。

■ ハイファイは疲れる ■

私もオーディオに随分と散財しました。
しかし、結局行き着く先はラジオの音。

先日までは、仕事用のデスクトップシステムに、
カナダのスタジオ用のアンプ(BRYSTON B−60)と
イギリスのMONITOR AUDIOの小型スピーカーを組み合わせていましたが、
結局、殆ど使用しませでした。
何故か・・・眼前にミニチュアの音像が並ぶと、煩わしいのです。

そもそも、ステレオ自体が擬似音場でしかありません。
脳は多分、その擬似的な音場を補正して尤もらしく聞かせる為に、
結構な労力を使うのでしょう。

低音も高音も、現実のものとは違います。
すると、脳は又イコライジングでこれに対応しようとします。

ですから、仕事中になまじなハイファイ(死語ですが)を聞くと、
仕事に集中出来ません。


■ yahooオークションで間違って落札したギターアンプ ■


いきなりギターアンプです。
yahooオクでオーディオのアンプのコーナーに間違って出展されていました。

何の気無しに\3,000で入札したら、落札してしまいまいした。
息子にでもあげようと思い、送金したら、商品が届きました・・・。
日本フェンダーの小型のギターアンプです。
5インチのスピーカーが2個搭載されています。
何と、これがセレッションです。

かつて、マーシャルのギターアンプはセレッションを使用していました。
セレッションはイギリスの老舗のスピーカーメーカです。
レーザーによる振動解析を駆使して開発されたSL−600は、
現代スピーカーの原点と言っても過言ではありません。

私もセレッションの音は大好きです。
今でもSL−3を所有していますし、
SL−6とLINNの黒箱で鳴らすビートルズは最高です。

決して鳴りすぎる事が無く、されど聞きたい音は聞こえて来る。
それがセレッションです。

現在は台湾当たりのメーカーに商標を売却してしまって、
名ばかりセレッションですが・・・何となく嬉しい。

さらに、このアンプ、RCAのライン入力が付いている。
スピーカーが2発だから、ステレオ入力に対応する様です。

さらに、ディストーション回路を搭載している。
早速、息子のエレキギターを拝借して、ギュイイイーーンとやったら、
超気持イイ(ギター、弾けません・・・。)
ギュイーーンとアメリカ国家を下手ながら弾けば、気分はジミヘンです。

■ 最高のi-Pod用オーディオ ■

さて、せっかくRCA入力が付いているのでi-Podを繋いでみました。
コードは自作のベルデンのマイクケーブルと、ノイトリックの端子の物です。
ギターアンプでは音量調整出来ないので、i-Pod側で音量調整をします。

・・・イイ・・・凄くイイ・・・。
楽器の音も、ボーカルも自然で聞きやすい。
レンジが狭いので、最近のJ−POPSも破綻無く再生できる。
ボーカルと演奏とのバランスも絶妙。
何と言っても、ギターの音が艶っぽくてGOOD。(そりゃーギターアンプですから)

という事で、フェンダーのギターアンプは私の愛用品となってしまいました。


投稿者: 人力 2009/6/6

iPodを侮るなかれ  オーディオ

最近は秋葉原はアニメオタクの街になってしまいましたが、
私が学生の頃は、オーディオの専門店が沢山ありました。
大学生になるとオーディオセットを揃えるのが夢でした。

そんな青春時代を過ごしたオヤジの現在のオーディオがこれ。
サブシステムですが、PC用としては結構良い音がします。

■iPodを侮るなかれ■

ソースは何とiPodです。
iPodって実は侮れないんです。
同じ音をCDプレーヤーで再生しようとすると、
もしかすると100万円を越えてしまうかも知れません。

ウッソーとお思いかも知れませんが、
私はWADIAのDAコンバーターを使用していましたが、
iPodをオーディオに繋いだ瞬間売り払いました。

バッファーから読み出される信号を、最短距離でDAコンバーターに送り込み、
それぞれが同じクロックで作動するメリットは絶大です。

デジタル信号の最大の敵はジッターという時間的揺らぎです。
高価なCDプレーヤーやDAコンバーターはジッターをいかに抑えるかが技術の鍵です。

ところが、iPodはモーターの様な駆動部がありません。
ハードディスクモデルも殆どメモリーから再生していて、
モーターが回転している時間は一瞬です。
電力消費を低減させるアイデアがジッターの低減に寄与しています。

さらに、ピックアップやモーターの回転をサーボで制御する必要もありません。
これも電源を揺さぶる要因から開放されています。

そして、最大のメリットはバッテリー駆動である事。
オーディオの電源は電源の揺らぎの無いバッテリー駆動が理想です。
バッテリー駆動は、電源からのノイズの混入とも無縁です。

高級CDプレーヤーが100万以上を費す対策を、
iPodは1万円くらいで出来てしまっています。

■WADIAが認めたiPodの高性能■

日本のオーディオ屋さんは、「iPodなんてオモチャですよ」って切り捨てていましたが、
アメリカ人は合理的で、良いものは良いと認めるようです。
高級CDPの専門メーカーのWADIAがiPodをトランスポートとするシステムを発売してしまいました。

DACはWADIA製で高価ですが、
従来50万以上していたトランスポートをiPodで代用してしまいました・・・。
WADIAの魅力は、輪郭の明確な揺ぎ無い低音ですが、
CDトランスポートよりもiPodの方がジッターが無いのでWADIAの理想とする音になるのでしょう。

これには、専業オーディオメーカーは参ってしまいます。
しかし、将来的に音楽ソースがネット配信に置き換わって行く事を考えると、
CDというフォーマットがかつてのアナログレコードのような立場になります。
WADIAの選択は、実は将来を考えれば、正しい判断です。

■非圧縮ファイルの実力■

iPodに音楽を転送する時、あるいはiTunesに音楽を取り込む時、
ファイルサイズを節約する為にMP3など圧縮ファイルを選択する事が一般的です。

しかし、iPodの実力を発揮する為には、
ファイル形式は非圧縮のWAVファイルが必須条件です。
CD一枚で1Mくらいのファイルサイズになってしまうので、
ハードディスクの容量を浪費しますが、現在の大容量のハードディスクなら、
1000枚程度のCDも入ってしまいます。

非圧縮ファイルで、質の良いヘッドホンでクラシックを聞いてみて下さい。
iPodの高性能に驚愕する事必至です。


■高音質の為のケーブル■


さて、こうして高音質の再生環境が簡単に手に入りました。
ネットでは、「iPod内蔵のアンプは低音質だから、
音楽信号はiPodのヘッドホン端子からオーディオに繋いでも低音質」という人も居ます。

騙されたと思って、BELDENの88760というマイクケーブル使用してみて下さい。
密度の高い、素晴らしい音がします。
私は秋葉原でケーブルを購入して、ノイトリックの端子で自作しましたが、
ネットで評判(賛否両論ですが)の、プロケーブルのネット通販で、
5000円くらいで手に入ります。
https://green.ap.teacup.com/applet/pekepon/msgcate11/archive

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/854.html#c41

[リバイバル3] CD/SACDプレーヤーからPC・ネットワークオーディオへ 中川隆
42. 中川隆[-8587] koaQ7Jey 2019年8月29日 19:22:47 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4165]

コメント


2011/10/17 16:38 投稿者:人力

アナログ時代のオーディオは、「振動制御」が決め手でした。

デジタオーディオの時代は、PCの作動環境や、ソフトの相性などで音が変わる様です。デジタルという再現性の高い技術で音質差が生じる事自体、不思議ではありますが。

XPのSP3はCPU負荷が高いのだろうと、勝手に想像しています。

2011/10/18 0:08 投稿者:人力
デジタルオーディオは謎だらけですよね。あるスタジオでは、真夜中に裸電球の光でミックスダウンするとか・・・意外にデジタルは外来ノイズに弱いのかも知れません。

それとPC音源は、PCのOSの構成が変わると音が変わってしまいます。

AirmacはDAコンバートとアンプはAirmac側にあって、音源のデジタル信号をiTunesが加工しないで転送していれば、音が変わるはずが無いので、iTuseは音源を加工して出力しているのでしょう。「原音主義者」は抵抗がありそうですが、CDプレーヤー自体各機種、独自の音色の色付けがありますから、「原音」などというのは、やはり幻想なのでしょう。

2017/10/18 10:13 投稿者:ロケットサラダ

USBケーブルが70cm以上になるとエラーが多くなるって知らなかったです。
それ以下のケーブルを買わないといけないんですね。


2017/10/19 8:10 投稿者:人力
ロケットサラダ さん

USBケーブルによるデータ転送はエラー時にデータの再送を要求しないアイソクロナス転送という方式ですが、普通のUSBケーブルを用いる限り、エラーの発生頻度はそれ程高く無い様です。

データ転送時にCRCによるエラー検出を行っているので、エラーの発生した箇所は捨てられ、データは何等かの方法で補完されます。

実はCDのデータ規格ではデータはある程度分散して配列される為、ある特定のデータが消失しても、データは問題無く再生される様です。

「70cmを越えるUSBケーブルでエラーが増える」というのはメーカー担当者が語った事の様ですが、多くの人が検証すると、エラーの発生確率は無視できる程低いという事が分かって来ています。

しかし、実際にはUSBケーブルによる音質劣化をほとんどのPCオーディオマニアは経験しており、やはりUSBの質や長さは音に影響を与える様です。

そうなると、原因はやはりジッターという事になります。出始めの頃や安価なのUSB-DACはクロックを外部クロックに頼っていたので、転送によってクロックに揺らぎが生じていてジッタという歪が生じる可能性高い。これは同軸ケーブルや光ファイバーによる転送でも発生します。

昨今のある程度高性能なDACは転送されたデータを一度内部のバッファに溜め込み、正確な内蔵クロックによってデータを読み出すので、ジッタが低減される様です。


尤も、ジッタによる歪は本来は人間の認識出来ない程度の微細な揺らぎみたいなものなので、何故、人がこれを音の差として認識できるのかは謎ですが、ジッターを低減すれば音が良くなるというのが最近のデジタルオーディオの常識となっています。

ただ、ノイズや歪というのは不思議なもので、気持ちの良い歪というのも存在します。ここら辺がオーディオの面白い所で、徹底的に歪を低減した音が心地よい音かと聞かれたら答えはNOとなります。

ローファイの時代から、音の良い器材が有るのは、この歪による味付けの上手い下手が大きく影響している様です。

そもそも、音の入り口であるマイクと、出口であるスピーカーは歪の塊であり、原音などというものは存在しない事を考えると、オーディオは所詮は「好みの音」を再生する趣味という事になります。

そして、オーディオ地獄で大金を失わない為には・・・私はフルレンジスピーカーの音から外れない様に気を付けています。下手に低音、高音を伸張すると・・・大金が飛びます。中域を厚くして、低音・高音は脳内補完・・・これで幸せなオーディオライフが送れるハズ。


2018/8/10 0:42 投稿者:ロケットサラダ
私は50代ですので、ボリュームは可変抵抗もしくは固定抵抗のパッシブ・アッテネーターのアナログ人間でした。なのでデジタルの電子ボリュームの是非がわかりません。
このことについて何かご教示頂ければありがたいです。あれは私には何がどうなのか全然わからないのです。


2018/8/25 15:10 投稿者:人力

アナログボリューム

1)抵抗によて信号電圧を無段階に変化さる
2)小音量にしてもアナログ波形は微細に見れば滑らか
3)抵抗値が上るとノイズが混入したり、歪が発生する


デジタルボリューム

1)6db信号を減衰させると1bit削る事になる
2)通常の視聴音量では11bitの信号になっている事も
3)但し、アナログボリュームで処理してもデジタルで切り捨てられた小音量の部分はノイズに埋もれて聞こえない信号領域


では、デジタルで音量を調節しても問題無いかと言えば、入力信号を絞った場合、D/A変換以降のアナログ回路でノイズや歪の影響を受け易くなると私は考えています。

パワーアンプに入力ボリュームが付いているスタジオ用の器材が便利なのは、プリアンプやミキサーからの信号出力を最大出力で受けて、パワーアンプ側で音量をコントロールできる点。プリ-パワ−間での信号劣化が少ない事がメリットです。

最近は32bitに返還して処理する器材も在りますから、デジタルボリュームのbit落ちに神経質にならなくても良いのかも知れませんが、やはり、電流の少ない信号は外部ノイズの影響を受けやすいので、デジタルボリュームはMAXにしてプリアンプやパワーアンプでボリュームコントロールする事がベターかと思います。

尤も、デジタルイコライザーなんてものは、周波数毎のデジタルボリュームに過ぎませんから、音質に影響が無いかと言えば大有りなのですが、イコライジングのメリットの方が多きいと判断しています。


2018/9/2 13:08 投稿者:ロケットサラダ
なるほど。よくわからないけど、デジタルボリュームはとにかく最大にしていればいいのですね。

ビット落ちするって知りませんでした。私は右に回しきって短絡させた状態で、長岡式パッシブアッテネーターをつなげばいいかなと思っているのですが、昔、小さな真空管アンプでしてた時、音が大きすぎて、短絡状態では無理でした。

普通の家ですのでお隣さんに怒られちゃいます。固定抵抗の抵抗値を変更すればいいのだろうけど、ちょっと今はめんどくさくて。その時は、なんだか、音が痩せて聴こえました。固定抵抗だとそのような音の傾向になるのですね。

2018/9/6 1:20 投稿者:人力
ロケットサラダ さん
可変抵抗には「美味しいゾーン」がある様で、プリとパワーでそれぞれ美味しいゾーンが使用出来るパワーアンプの出力ワット数というのも重要な要素だと思います。一般家庭ではスピーカーの効率にもよりますが100Wなんてパワーは持て余すかと・・。

スピーカーの箱が小さくなって、効率を犠牲にする事で低音を確保する現在のオーディオ技術は根本的に何か間違っている気がします。出力トランジスターを多数並列にして出力抵抗を下げる方法も、個々のトランジスターの特性の微妙な違いで、音楽の鮮度を下げているだけ。

シングルプッシュフルのトランジスターアンプは素直で良い音がする物が多い。ただ、組み合わせるスピーカが低効率のローインピーダンスのタイプだとアンプの良さが全く生かせません。


2018/9/8 17:54 投稿者:ロケットサラダ
はい、私が使ってた真空管アンプはエレキットの300Bのアンプで7Wでしたが、それでも、最大音量にできませんでした。昔のなので、検索しても同じやつ出てきませんね。縦長のやつです。

プリアンプつないだ方がいいという方もいますね。
可変抵抗も仰られてる様にそうだと思います。

でも、私はどちらかと言うと排除の方向です。プリアンプまで買うとその分お金が飛びますし。イコライザーもいじったら何が何だかわからなくなるから、使ったことないです。どうにでもなるから、逆に迷路に入りそうで怖い。できるだけシンプルにしないと泥沼でお金がいくらあっても足りなくなるという考えです。

でも、人力さんの考え方は勉強になります。そう言えば、私が若い頃使っていた、ヤマハのプリメインアンプは低音が全然出てなくて、薄っぺらい音でした。友達の家に行くとモリモリと力強い音が出ていましたが、実は彼はラウドネス・スイッチを使っていたのです。その方が迫力ある音に聞こえるのですから、それでいいのだと思います。私は長岡鉄男さんの影響を受けているので、今更路線変更できません(;^_^A モアイのインピーダンスは2Ωを切ることがあると言われてるけど、よくアンプが昇天しないものだと感心してます。


2018/9/12 8:18 投稿者:人力
色々不要な接点が増えるからプリアンプは要らないというのはCD時代からの流れですが、実はプリアンプって音色を作る役割が有ったりしますよね。

歪が増えているだけなのですが、個人的には「心地よい歪」を付加する装置は大歓迎です。偶数次の歪が増えると音が艶やかになるとの説も。

ケーブルにしても、電源にしても固有の歪が付加され、それが音質の変化として認識されます。

結局、オーディオ道って、「自分の好きな歪」を作る行為なのだと私は考えています。「原音」なんて、そもそも存在しないのですから。

ドイツのジャーマンフィジックス社のクリスマスの帽子の様な振動版のスピーカーの音を聞くと、ダイナミック型のスピーカーが発する音が如何に偽物かが良く分かります。静電型やアポジーの様なフルリボン型とも違う、異様なリアリティーを持った音に鳥肌が立ちます。

お金に糸目を付けなければ、泥沼に落ちるのも楽しいオーディオですが、「この程度で十分」と線引きする事で、楽しく音楽と付き合う事の方が大事だと私は考えています。
https://green.ap.teacup.com/pekepon/551.html#comment


http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/854.html#c42

[リバイバル3] ジャズ喫茶「ベイシー」の選択 _ JBLの本当の音とは 富山誠
146. 中川隆[-8586] koaQ7Jey 2019年8月29日 20:08:27 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4166]

■ 大型スピーカーの衰退 ■

AMラジオの様なフルレンジの小型スピーカーは
高音も低音も出ませんが、ストレスの無い聞きやすい音がします。

今な無き長岡鉄夫というオーディオ評論家は、
小さなフルレンジユニットを使って、高効率の自作スピーカーを発表し続け、
一部のオーディオマニアから神的な扱いを受けていました。

長岡鉄夫のファンはらはオーディオマニアと言うよりは、音楽マニアが多く、
高効率のスピーカーからは、生きた音楽が聞こえる来る事を知っていました。

一方、所謂オーディオマニアはJBLのマルチユニットのモニタースピーカーなどに嵌りますが、
これは上手く鳴らす事が非常に難しいシステムで、まともに鳴らした人は少ないでしょう。

大型のマルチユニットではユニット間の繋がりで、周波数特性が乱れ、
さらには日本人はタンスの様な巨大スピーカーを6畳間に押し込んだりしていましたから、
ユニット間の音が混じる事も無く、音場再生などという概念もハナから無視していました。

一時期、録音のワイドレンジ化に伴って導入されたJBLのマルチモニターは、
その後、UREIの同軸2ウェイユニットにその座を奪われます。
ホーン先端の青色のスポンジも鮮やかなUREIのモニターは、
同軸2ウェイ故に、音の繋がりも良く、大型ながら音場再現にも優れていました。

JBLはその後、2ウェイのモニターシステムに移行すると同時に、
UREIを買収して、UREIモニターを市場から消し去りました。(アメリカ人の発想ですね)

ところが、時代はラジカセの時代になり、
大型モニターは少なくなり(当然、楽器個々の録音確認には使用されますが)、
YAMAHAの10Mが大増殖し行きます。


■ 小型スピーカーブーム ■

1985年頃だと思いますが、イギリスのセレッションというメーカーが
SL600という小型密閉方スピーカーを発売します。
(マーシャルのギーターアンプのスピーカはセレッション製です)

SL6という、中級スピーカーのユニットはそのままに、
箱の共振を抑える為に、航空機に用いられていたアルミのハニカム材を
エンクロージャーに用い、レーザー解析で振動を最適化するという
現代的スピーカー設計の原型とも言える製品でした。

SL600は鳴らし難いスピーカーとして名を馳せました。
非力なアンプでは全く鳴らないのです。
ところが、マークレビンソンなどアメリカの純A級のパワーのあるアンプで鳴らすと豹変しました。

スピーカーの存在が消え、そこであたかも演奏していうかの様な空間が生まれたのです。

■ 地獄の一丁目、小型低能率ワイドレンジ・スピーカー ■

SL600の登場までは、スピーカーの効率は90dB以上はありました。
ところがSL600以降は、80dB程度の効率しか無いスピーカーが続々と登場します。

低音が出難い小型のスピーカーなので、
低音の効率に、システムの効率を揃える事で、帯域のバランスを確保したのです。

さらに小型スピーカーで低音を得る為に、ウーファーのユニットは重くなり、
さらに強力な磁気回路の中に設置されました。

これでは、非力なアンプでは、ウーファーから逆流する電流に押されて
まともな再生が出来ません。

さらに、ハイパワーでウーァーを叩き出さなければ、音に勢いが生まれません。

NFBを最小に抑えながらも、出力インピーダンスを小さくして駆動力を稼ぐ為に、
現代の高級アンプは、出力段のトランシスターを多数並列にして、
スピーカーの駆動力を確保しながら、低インピーダンスに対応しました。

小型低能率スピーカーの登場は、アンプの巨大化と高価格化をもたらしましたが、
住宅事情から、大音量の出せない日本のオーディオマニアの多くは、
結局、スピーカーとアンプの実力を出す事なく、買い替えを繰り返していきました。

(この時代のパワーアンプの最高傑作が、初期型KRELLのKSA50やKSA100でしょう。
 2Ωまでを楽々と駆動しながら、繊細で力強く、さらにマッタリとクリーミーな味わい。
 しかしながら、陽炎が立つ程の発熱と、月の電気代が3000円アップに耐えなければなりません。
 エコを目指し、クラーの無い我が家では、半年で売りに出されました。

 でも、人生で最後に聞きたい音を挙げろと言われたら、
 私は間違い無く「初期型のKSA50の音を聞きたい」と答えます。
 スピーカーは・・・SL600・・・いや、APOGEEのフルリボンか・・・)

■ 小型スピーカーが悪いわけでは無い ■

小型スピーカーの先鞭を付けたセレッションですが、
SL3という非常に鳴らしやすい小型スピーカーを発売していました。
今でも実家で使っていますが、FMラジオを聞き流すには最適なスピーカーです。

SL3の上位機種の、SL600の原型であるSL6も素晴らしいスピーカーでした。
小型密閉型のスピーカーですが、低音も結構出たので、
これをどう料理するかが、鳴らす人の腕の見せ所でもありあました。
LINNの黒箱に繋いで鳴らすと、弦楽器は張りがあって、艶やか、躍動感一杯に鳴ります。
又、この組み合わせの、ビートルズは絶品でした。
アメリカのスピーカーでは鳴らし難いビートルズですが、
イギリスのスピーカーとアンプの組み合わせでは、生き生きと鳴ります。

最近ではKEFFのiQ3などは、とても良く出来たスピーカーです。
DALLIのロイヤル・メヌエットも、音楽がとても楽しく聞こえるスピーカーです。

これらの小型スピーカーを使っている内は、オーディオマニアも幸せで居られます。
高音がどうの、低音がどうのと、細かい事も気になりません。

■ 38cm小型2ウェイという選択肢 ■

ご存知の方も多いと思いますが、名古屋のProcableという通販ショップが、
iPodやiTuneのオーディオ活用に一役買いました。

ホームページが強烈なので、アンチ・プロケーブルを量産しましたが、
そこに書かれている事は、技術的には間違いも多いのですが、
結構、従来の常識を外れると、楽しいオーディオライフが返って来る事を証明しています。

先ず、高効率スピーカーを使う事。
問題はほとんどコレで解決します。
生き生きとした音楽が聞こえてきます。

38cmのPAスピーカーを推奨しているので、
私もエレクトロボイスの「Foce i」という比較的小さなPAスピーカーと、
クラウンの25Wの小型アンプD45を購入してみました。

これが意外と素性が良いのですが、
38cmと言えども箱が小さいので低音が出ない。
小型スピーカーよりも低音は少ないのでは無いでしょうか?

ただ、103dBという高効率スピーカーなので、
25Wのアンプで軽快に鳴ります。
とにかく、ドラムなどの音の立下りは早い。
ロックのドラムが、パッシっと決まるのは快感です。

低音を出す秘訣は・・・
私はスピーカーケーブルをステージ用の端子を用いずに
スピーカーのネットワークに直接半田付けしたら、低音のバランスが取れました。

ネットワークとユニットの間も、スピーカーケーブルと同じケーブルで半田付け。
多分、半田の適度な抵抗が、スピーカーに丁度良い負荷になったのではと考えています。
(某サイトでは、電線(Fケーブル)を何百メートルも使ってバランスを取る人も居ましたが、
 単に、それって抵抗じゃなイカ?)
昔からJBLなどの大型SPに抵抗を繋ぐと鳴らしやすいというウワサは聞きます。

因みにスピーカーケーブルはウェスタンエレクトリック社の14Gという錫メッキ線です。
高域が適度にシャラシャラして、ホーンのキツサを抑えてくれます。
クラシックまで聞こうとするならば、錫メッキ線は便利です。

ALLEN&HEATHというイギリスのDJミキサーをプリアンプ変わりに使うと、
帯域を程よく真ん中に集めてくれて、さらにALLENマジックとも言える
独特の艶と響きが加わって、ちょっと手放せなくなります。

使いこなしのミソは、とにかくミキサーで音を絞らずに、
パワーアンプのボリュームで絞る事。
ミキサーのLEDインジケーターはオレンジがチョコチョコ点滅するくらいが、
音が生き生きします。

結局、一般のオーディオでは、パワーアンプに入力する前で
音楽信号を絞ってしまうので、SN比も落ちてしまいますし、
微小信号を扱うプリアンプが、理想的な動作範囲で再生出来ていない事が良く分かります。
https://green.ap.teacup.com/applet/pekepon/msgcate11/archive


http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/402.html#c146

[政治・選挙・NHK264] 特別会計崩壊前夜 安倍支持=ヒトラー支持  赤かぶ
2. 中川隆[-8585] koaQ7Jey 2019年8月30日 05:36:54 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4167]
山本太郎支持=ヒトラー支持

が正しいよ:

山本太郎はドイツ経済を復活させた演説の天才ヒトラーの再来、在日で北朝鮮のエージェント、世界革命を目指す日本赤軍派後継者

「山本太郎」支持率がすごいことに!
http://mainichibooks.com/sundaymainichi/column/2019/09/01/0901-09.html
サンデー毎日 2019年9月 1日号

OL400人は考える・それってどうよ!?/610 

 先の参院選で「投票に行った」と答えたOLさんは46%と半数を割りましたが、れいわ新選組の山本太郎さんが人気です。

   ◇   ◇   ◇

「ずっと小泉進次郎押しだったのですが、いまはがぜん山本太郎。顔が好き。声が好き。これまでの経験上、顔と声そろって好みの人に悪い人はいません」(商社・26歳)

「これまで破天荒な人としか思っていなかったのですが、今回の選挙を経て、とてもクレバーな人なのだなと思い改めました。障害者の方々が議員になる、目からうろこ。いいトコついてくるなぁと思いました」(コンサル・31歳)

「この間、夕食のときに"山本太郎ってかっこよくない?"と言ったら、両親が"昔はパンツ一枚で踊ってたけどな"とか"あのままお笑い芸人になると思ったら化けたね〜"と昭和の逸話で盛り上がっていました」(損害保険・26歳)

「参院選のとき、会社のそばの駅で演説をしていたのですが、あまりのオーラに私たち(同僚ともども)立ち止まってしまいました。思わず手を振ったら、振り返してくれて、それだけで、私たちの票は山本太郎に(笑)」(IT・26歳)

「会社の先輩女子の押しメンは山本太郎。先日、宴会でいかに山本太郎が素晴らしいかを熱弁していて、それを聞くのが面倒になった新人クンが『でも、あの人、高校中退ですよね』とつぶやいたら、『それがなんなのよ!』と先輩のボルテージは上がりまくり、『じゃあ、学歴ある政治家で誰が仕事してる?』と問い詰め、山本太郎高校中退とつぶやいただけの新人クンに『あなたの出身校(T大)は立派だけど、うちの社のT大卒業生は仕事できないヤツばっか』と言いきって、そちらの大学出身の上司たちにも睨(にら)まれていました(失笑)。あの人たち、学歴だけが自慢なのに」(都市銀行・26歳)

「山本太郎って分かりやすくて嫌いじゃないけれど、これからが正念場に感じます。どんな人や政党と組んでいくのか。具体的にどんなことをしていくのか。最初は良くても後でがっかりのパターンも多いから、よ〜く見ていようと思っています」(広告・27歳)

「会社からの帰り道に偶然、山本太郎の演説に出くわして、同僚と共に聞き入ってしまいました。だって、分かりやすくて面白いのです。特に『死にたくなる社会から生きていたい社会へ』という言葉につかまれました。具体的なことは分からなかったのですが、そうだ、それが大事だなって。1000円募金して、記念写真も撮ってもらいました。いい思い出〜」(コンピューター・25歳)

「友達に勧められて演説の動画を見たら一瞬で引き込まれました。分かりやすい。政治家っていつも言っていることがよく分からない人が多い中で、こういう人を待っていました! という印象です」(通信・27歳)

「山本太郎と小泉進次郎とでテレビ対談してほしい。司会は櫻井翔クンで。それを見れば若い人もきっと政治に興味を持つはず」

(自動車・24歳)

   ◇   ◇   ◇

「山本太郎が好き」と答えたOLは77%。高支持率ですね〜。

▲△▽▼

ヒトラーを独裁者にしたのは、一つには彼の性的魅力であったらしい。
彼の姿を一目見ただけで卒倒する女性が続出したそうだ。

ある女性などは、ヒトラーが通り過ぎたあと、彼が踏んだ小石を持っていたガラスびんに入れ、それを大切に抱きしめた。

彼女はそのまま恍惚としてしまい、力が入りすぎてガラスびんが割れた。血がだらだら流れるが、それでもなお彼女は陶然と立ち尽くしていたという。

当時、世界でもっとも進歩的と言われたワイマール憲法下で、ヒトラーがあくまでも合法的に政権の座についたことを考え合わせると、民主主義って本当に大丈夫なの、とつい思ってしまう。
http://www.c20.jp/p/hitler_a.html


ヒトラーというとほとんどの日本人はドイツの独裁者でユダヤ人を虐殺した恐ろしい人とだけしか知らないのではないだろか。

ヒトラーに関して我々がしっかりと知っておかなければならないことは、

ヒトラーは当時、世界で最も民主主義的と言われたワイマール憲法の下で、合法的に独裁者になったということである。

ヒトラーの行くところはどこでもドイツ国民が、「ハイル、ハイル!」の大合唱。ドイツ国民のすべてがヒトラーに心酔していた。

そんな時、「私に全権を与えていただければ、もっと豊かなドイツを実現してみせます!」とヒトラーは言った。

ドイツ国民は将来悲惨なことが起こるなんてことは誰も疑わずに、あっさりとヒトラーに全権を与えてしまった。

1935年にドイツ国内で国民投票が行われた。

そしてなんと国民の90パーセント以上という圧倒的支持で、首相と大統領の兼任(行政権の完全な掌握)、立法権、軍隊の指揮権といった、司法権を除くすべての権力をヒトラーに渡してしまったのである。

こうして三権分立という鎖がはずされ、リバイアサンという怪物が解き放たれたのである。

その後は、皆さんもご承知のように、誰もヒトラーの暴走をくい止めることができなくなり、世界は人類がいまだ経験したことのない第二次世界大戦という大惨事に突入していったのである。
http://kaichan.cocolog-nifty.com/diclongman/2007/09/post_e4df.html


▲△▽▼


山本太郎はドイツ経済を復活させた演説の天才ヒトラーの再来、在日で北朝鮮のエージェント、世界革命を目指す日本赤軍派後継者

れいわ が障害2議員を入れたのは山本太郎を介護者として代弁させて国会に出ずっぱりで演説させる為だよ


山本太郎=演説だけでドイツを変えた名優ヒトラーの再来、斎藤まさし =ゲッペルス


▲△▽▼


れいわ新撰組の選挙参謀は森大志、斎藤まさし。

森氏の父親は連合赤軍派最高幹部田宮高麿。
母親は森順子、ヨーロッパで有本恵子さんら3人を拉致し北へ連れて行った主犯。

森氏は北で生まれ、「日本革命村」でスパイ教育を受けた。

斎藤まさしは菅直人らと活動。大虐殺したポルポト崇拝者。ヤバいだろ?


国会に難病議員2人入れて介護者という名目で山本太郎が二人の代わりに代弁してれいわの名を売るんだろ

すべて斎藤まさしのアイデアさ

素人の山本太郎が4億円も寄付を集めたり、わざわざ難病議員を立候補させる訳がないというのがわからないアホが多過ぎるんだな

山本太郎は世界同時革命を目指すキチガイ斎藤まさし(酒井剛)の書いた台本通りに演技してるだけだよ


____


斉藤まさし(2018、8最高裁にて公職選挙法違反で有罪)が山本太郎の街宣に現れた!

やはり山本太郎は操り人形だったのね。


山本太郎の選挙を指揮していると言われてる斉藤まさしが新宿西口で行われた「山本太郎の街頭演説」の場に現れた。

元俳優の山本太郎を使って革命を目指す斉藤まさしの姿が良くお分かりになったでしょう。

監督の指示に従って演技をする、山本太郎は未だに役を演じているように見えますね。

しかし、その俳優は色々問題のある人物だった。

週刊新潮に強姦魔だと書かれても、名誉棄損で訴えることが出来ない。法廷で争う事が出来ない山本太郎という男を担いでしまった。

ME TOO のプラカード持ってパフォーマンスしていた議員達は山本太郎に強姦されたと勇気をもって告発した女性にはダンマリか!

未成年の女の子を強姦しても、革命家斉藤まさしの書いたシナリオ通りを演じておけば、参議院議員にもなれるか。

もし、事実じゃなないのなら、何故週刊新潮を訴えないのか?

____


無知な一般大衆が知らない山本太郎・斉藤まさしやヒトラー、レーニンを操っていた黒幕


ソ連成立とその成長、ナチスヒトラー勃興、ベトナム戦争、左翼運動の背後に同一一貫した組織(秘密結社)が画策し資金と技術をグループワークで提供していた。私たちが教えられ、表でみているのは、彼らの情報操作のたまものだった。


右翼・左翼の対立を使った分割統治政策 _ 左翼運動・マルクス主義運動は国際金融資本が資金提供していた
重信房子、田宮高麿、山本太郎・斉藤まさし、北朝鮮、オウム真理教の深い関係

2011年4月に行われた第17回統一地方選挙の三鷹市議会議員選挙に、代表を務める市民の党からよど号ハイジャック事件を起こしたよど号グループの元リーダー田宮高麿と、石岡亨・松木薫を欧州から北朝鮮に拉致した結婚目的誘拐容疑で国際手配を受けている森順子の長男、森大志が立候補しているが斉藤まさしは市議選に擁立した背景について取材で

「10年ほど前に北朝鮮に行き、よど号の人間や娘たちと会った」
「その中には(三鷹市議選に出馬した)長男の姉もいた」
「そうした縁もあって、長男が帰国してきてからつながりがあった」

と述べている。 北朝鮮や田宮との関係について「救う会」会長の西岡力は「酒井(斎藤まさし)代表がよど号犯やその子供らと会えたことは、北朝鮮が酒井代表を同志と考えたか、対日工作に利用できると判断して許可を出したことになる。酒井や市民の党が北と密接な関係にあったのは明白だ」と批判している


山下太郎、田中清玄…。かつて日本から実力者たちが何人もアラブ世界に飛び、交流を高めわが国の政治経済に貢献した。日本赤軍の重信房子もこうした流れの中でアラブに渡ったものであり、彼女が中東に飛ぶ際に CIA工作員の岸信介(当時首相)は当時のカネで500万円を手渡したと伝えられる。


よど号リバプールZ48という感じであの時も北朝鮮だダッカだテルアビブだと子供ながらにハラハラさせられたが
重信房子がばばあになって帰ってきて娘が平気でテレビに出るとか
不自然でこの親子もなんちゃって一座の団員でスーチー型やダライラマ型という感じがする

重信房子ってのは、戦前の大物≪右翼≫の娘だよ。
父親(重信末夫)は鹿児島県出身であり、戦前の右翼の血盟団のメンバーであり、四元義隆とは同郷の同志である。


要するに≪反体制がかっこいい≫というレベルの遺伝子の持ち主。
思想・信条は関係ない。


重信末夫は、四元義隆を通じて佐々弘雄と友人関係にあった。
つまり重信房子は佐々淳行と昔から知り合いだった。

連合赤軍のテロ事件は、警視庁や日本政府と組んだ茶番だった。
オメ-ラのやり方は、昔からキッタネーなぁ...?

ハマスは、パレスチナをイスラエルが攻撃する口実作りの為に、被害が最小限のテロを行っている。

ハマスは実はモサドが作り、支援している似非テロ組織。
その実体は日本の連合赤軍にそっくり。


 あの安保闘争では、デモを指導していた全学連の上層部が、右翼の田中清玄やCIAから資金援助を受けていた。そして、彼らは後に米国に留学し、中曽根康弘の手先として自民党の御用学者となった(西部邁、香山健一、佐藤誠三郎など)。安保闘争はデモを指導していた学生がCIAに取り込まれ、ガス抜きに利用された(当時の岸信介首相は、CIA工作員)。

 学生運動や極左運動では、凄惨なリンチやテロが相次いだ。だが当時の極左指導者も、裏では公安とツーカーだった。よど号事件では、犯人が北朝鮮(旧日本軍の残地諜者が建国した国)に亡命し、人質の一人が日野原重明(笹川人脈)だった(聖路加国際病院は戦時中は空襲に遭わなかったし、地下鉄サリン事件では被害者の搬送先となった)。

重信房子は、父・重信末夫が右翼の大物で、四本義隆や佐々弘雄(佐々淳行の父)とつながりがあった。当時、数々の極左テロ事件の鎮圧を指導したのが佐々淳行と後藤田正晴だ(佐々と後藤田は、後に中曽根首相の側近となった)。冷戦期のグラディオ作戦の日本版が、日本の極左テロ事件だ(西欧で起きた数々の極左テロは、実は民衆の世論を反共へ誘導するためNATOが仕組んだもの、というのがグラディオ作戦)。

 オウム事件では、オウムは裏で統一教会や北朝鮮と関わりがあったが、当然、CIAの関与もあったはずだ(オウムが撒いたとされるサリンは、米軍製のサリンとなぜか成分が同じだ)。麻原は拘置所で薬漬けにされ、口封じされた。

 安保闘争も、学生運動や極左テロも、オウム事件も、裏では支配層が巧妙に運動や組織をコントロールしていた。そして、これらの政治的事件の顛末は、日本人に「政治には無関心でいるのが無難」という意識を植えつける、悪影響をもたらした(それが、属国日本の支配層=米国の手先の狙いだったのだから)。

 
http://www.asyura2.com/19/senkyo264/msg/916.html#c2

[リバイバル3] カルトの世界 中川隆
29. 中川隆[-8584] koaQ7Jey 2019年8月30日 05:52:11 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4168]

凶悪犯・麻原彰晃を持ち上げた実名リスト
松井 清人 2019/08/29
http://www.msn.com/ja-jp/news/national/%e5%87%b6%e6%82%aa%e7%8a%af%ef%bd%a5%e9%ba%bb%e5%8e%9f%e5%bd%b0%e6%99%83%e3%82%92%e6%8c%81%e3%81%a1%e4%b8%8a%e3%81%92%e3%81%9f%e5%ae%9f%e5%90%8d%e3%83%aa%e3%82%b9%e3%83%88/ar-AAGuz1M?ocid=ientp#page=2


オウム真理教 家族と信者ら13人とともにニューヨークから帰国したオウム真理教麻原彰晃教祖は、記者会見で坂本弁護士一家失踪事件との関与を否定=1989年12月4日、千葉・幕張メッセ© PRESIDENT Online

オウム真理教 家族と信者ら13人とともにニューヨークから帰国したオウム真理教麻原彰晃教祖は、記者会見で坂本弁護士一家失踪事件との関与を否定=1989年12月4日、

千葉・幕張メッセ 1989年、坂本一家失踪事件により疑いの目が向けられたオウム真理教は、その世間の関心度の高さを利用して数多くのバラエティ番組に出演。逆に「好感度」を上げてしまう。特に罪深かったのは、若い世代に人気のあったチベット仏教の専門家だった――。


※本稿は、松井清人『異端者たちが時代をつくる』(プレジデント社)の第1章「『オウムの狂気』に挑んだ6年」の一部を再編集したものです。

罪深き文化人たち

坂本一家殺害事件(当時は、失踪事件)でオウム真理教に世間の関心が集まると、オウムはそれを巧みに利用した。あるワイドショーに麻原彰晃が生出演して潔白を主張すれば、別の番組では麻原の単独インタビューをタレ流す。さらに別の番組には、教団施設の内部を撮らせるといった具合だ。

報道は事件の本質を見失い、麻原夫妻に馴れ初めを語らせたり、「空中浮揚」や「水中クンバカ」など、麻原の超能力とやらを面白おかしく取り上げる。果てはビートたけしやとんねるずの番組に出演させるなど、バラエティータレントのような扱いに変質していく。オウムの潔白を印象づけるばかりか、何も知らない視聴者に「オウムって面白そうだ」というイメージを与えかねないハシャぎようだった。

テレビ局やタレントも無責任だったが、一部の宗教学者が、麻原を宗教的に優れていると評価し、オウムにお墨付きを与えたことはさらに罪深い。島田裕巳、吉本隆明、山折哲雄、栗本慎一郎といった学者諸氏だ。

とりわけ問題なのが、チベット仏教の専門家として、若い世代にも人気のある中沢新一氏だった。たとえば坂本事件発生直後、麻原が西ドイツのボンへ向かう前夜に、成田市内で対談。その内容は、『週刊SPA!』と『週刊ポスト』に掲載された。

史上最悪の対談記事

『週刊SPA!』12月6日号では、

〈【中沢】例の弁護士さん一家失踪という不可解な事件のことです。これについて、本当のところをお聞かせ願えませんか。オウム真理教をいまの時期、弁護しなきゃならないという義務を感じているものですから(笑い)、その点だけハッキリしていないと、どうも腰のすわりが悪いのです。

【麻原】それについては、私たちのほうこそ、狐につままれたような気分なのです。先日の記者会見で説明しましたように、あの事件についてはオウム真理教はまったく関係がないとしか、言いようがないのですよ。(中略)たとえその人がいなくなったとしても「被害者の会」がなくなることもありません。だとすると、オウム真理教が(そんな事件を)やる意味は、まったく見当たらないのです

【中沢】では“尊師”は“先生”を前に、はっきり否定されるわけですね。

【麻原】はい。もちろん否定します。

【中沢】それなら“弁護士”としても気が楽になりますけどね。くどいようですけど、かりに若い連中が、麻原さんの気づかないところでやっちゃったということも、ないですよね(笑い)。

【麻原】もちろんですよ。

【中沢】管理不行き届きだったりして(笑い)。〉

1歳2カ月の子どもを含む一家3人が行方不明になっている切迫した事態を、この学者はどう受け止めていたのか。私は、これほど愚劣な対談を後にも先にも読んだことがない。

「オウム真理教のどこが悪いのか」

『週刊ポスト』12月8日号は、中沢氏へのインタビューという体裁で、「オウム真理教のどこが悪いのか」というタイトルをつけている。

〈僕が実際に麻原さんに会った印象でも、彼はウソをついている人じゃないと思った。むしろいまの日本で宗教をやっている人の中で、稀にみる素直な人なんじゃないかな。子供みたいというか、恐ろしいほど捨て身な楽天家の印象ですね。〉

〈いま問題になっている横浜の弁護士失跡事件で、もし、万が一、オウム真理教の組織の末端が、家族ごと拉致するというバカな犯罪行為を犯していたとしたら、『困るんだなぁ』と麻原さん本人は無邪気に語ってましたけど、そうなるとオウム・バッシングは正義を得て致命的なものになってしまうでしょうね。これは、僕にとっても日本の社会にとっても非常に残念で、困ったことなんですよねェ。〉

一連の事件で麻原が逮捕されたあと、島田裕巳氏のように過ちを認め、自分なりに総括を行った学者もいる。だが中沢氏には、反省のかけらもないようだ。

宗教家というよりも、革命家である

麻原の一審における弁護側最終弁論は、麻原が宗教家として高い評価を得ていた証拠として、『週刊プレイボーイ』に掲載された中沢氏のインタビュー記事を長々と引用している。

〈聖なる狂気(デヴァイン・マッドネス)という言葉を出したとたんに、あれほどすばやい反応と正確な理解をしめしたのは麻原さんがはじめてでした。この言葉は、宗教の本質に触れているものです。人間のなかには、社会の常識によって囲い込まれた、狭い枠を破っていこうとする衝動がひそんでいます。より高いもの、より純粋なもの、より自由なものに向かっていこうとする衝動です。その衝動を、現実の世界の中で実現しようとすれば、まずは社会の常識と衝突することになります。(中略)

麻原さんは、日本人の宗教に欠けているのは、そういう反逆のスピリットなのだ、と強調しました。そのときの麻原さんは、宗教家というよりも、革命家のような口調でしたが、私はそのとき、ああ、これで現代日本にもラジニーシ(インド生まれの宗教家。渡米し、世界規模で弟子を集めるが、国外退去を命じられる。90年、死亡)のようなタイプのラジカルな宗教家が、はじめて出現することになったのだな、この人はなにか新しいことをしでかす可能性を持った人かも知れないな、と思ったのです。〉

なんと『週刊プレイボーイ』の記事は、地下鉄サリン事件が起こってオウムに一斉捜査が行われ、5月16日に麻原自身が逮捕された直後の、95年5月30日号に掲載されている。
http://www.msn.com/ja-jp/news/national/%e5%87%b6%e6%82%aa%e7%8a%af%ef%bd%a5%e9%ba%bb%e5%8e%9f%e5%bd%b0%e6%99%83%e3%82%92%e6%8c%81%e3%81%a1%e4%b8%8a%e3%81%92%e3%81%9f%e5%ae%9f%e5%90%8d%e3%83%aa%e3%82%b9%e3%83%88/ar-AAGuz1M?ocid=ientp#page=2
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/215.html#c29

[外国人参政権・外国人住民基本法01] トヨタの為に毒塗オレンジを食べさせられている日本人 _ 日本を農業の無い国にして良いのか? 中川隆
113. 中川隆[-8586] koaQ7Jey 2019年8月30日 06:54:33 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4166]
『売り渡される食の安全』 著・山田正彦
書評・テレビ評2019年8月29日


https://www.amazon.co.jp/%E5%A3%B2%E3%82%8A%E6%B8%A1%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%8B%E9%A3%9F%E3%81%AE%E5%AE%89%E5%85%A8-%E8%A7%92%E5%B7%9D%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E5%B1%B1%E7%94%B0-%E6%AD%A3%E5%BD%A6/dp/4040822986

 著者は弁護士で元農水大臣。現在TTPや種子法廃止の問題点についての講演や勉強会をおこなっている。

 安倍政府は、日本人の主食であるコメ、麦、大豆の安心、安全の確保や安定供給を国に義務づけていた種子法を、昨年4月をもって廃止した。それと同時に政府は、種子法が民間の優良品種の普及を妨げているといって、F1品種(大量生産・大量消費にはうってつけだが一代限りの種子)である三井化学の「みつひかり」や日本モンサントの「とねのめぐみ」などを全国に推奨して回っている。

 それが将来どうなっていくかは、野菜の種子を考えればわかりやすい。かつて野菜の種子も今のコメや小麦、大豆と同様、すべて伝統的な固定種(地域ごとの土壌や気候に適応させながら長年月かけて品質を受け継がせるなかで固定化させた品種)で、ほぼ100%国産だった。ところが今では、野菜の種子はほとんどがF1種になって農家は毎年企業から買わなければならず、しかもその大半は海外の多国籍企業が生産している。種の値段も高騰し、イチゴはかつて1粒2円だったのが、今では40〜50円になっている。また、政府は種子法廃止と同時に、農業競争力強化支援法を決定した。それは現在286あるコメの品種を絞り込み、最終的にはみつひかりやとねのめぐみなど数種類に集約すること、これまで都道府県の農業試験場が蓄積してきた種子の知見を外資を含む民間企業に提供することを盛り込んでいる。

 さらに政府は、次の国会で種苗法を改定し、自家採種の原則禁止、つまり自分の畑や田んぼで採れた種を翌年に使うことを禁止する。すると農家は毎年企業から種を買い続けなければならなくなり、私たちが毎日食べる食物の味も安全も値段も企業に握られることになる。しかもこの種苗法に違反すれば10年以下の懲役と1000万円以下の罰金が科され、共謀罪の対象にもなるという。

 以上の問題についてアメリカは長年にわたり、日本の主要農作物の種子が公共のものとして保護され、民間に開放されていないと非難し続けてきた。著者は、その背後にいるのが世界の種子生産の70%を独占するモンサントなどの多国籍アグリ企業だと指摘する。

 これまでもアメリカは、北米自由貿易協定に加盟しているメキシコに対して、種子の一部を保存して次の年の栽培に備える伝統的な自家採種を犯罪行為として原則禁止にし、政府指定の多国籍アグリ企業の種子を毎年購入することを義務づける法律(批判を込めて「モンサント法」と呼ばれる)を成立させようとし、その後この「モンサント法」をラテンアメリカ全域に、さらにアフリカ諸国に広げようとして、強烈な拒絶反応に直面してきた。そして今、最後の未開拓市場の日本に殴り込みをかけようとしている。

 つまり「モンサント法」を完全な形で機能させ、日本の農家を、農薬や化学肥料とセットでモンサントの高価格の種子を買わざるを得ない状況に追い込むために、種子法廃止、農業競争力強化支援法、種苗法の改定という三つの法律が必要なのであり、種苗法改定はその総仕上げである。

 あわせて著者は、2017年12月に厚労省が突然、グリホサート(除草剤ラウンドアップの主成分)の残留基準を最大400倍に緩和したこと、食品表示も23年から変更になり、「遺伝子組み換えでない」という表示ができなくなることも指摘している。また住友化学(モンサントと業務提携)のつくばSD1号というコメの種子を生産する農家が、台風やゲリラ豪雨で予定通りの収量を出荷できず、出荷先のセブン・イレブンに損害を与えた場合、損害賠償金はその農家が負担しなければならないという契約書を結ばされていたことも暴露している。何事も外資企業に至れり尽くせりなのだ。

世界中と逆行する日本 押しつけられるラウンドアップ

 だが、世界の農業を席巻してきたモンサントも、今、落日を迎えている。そのことを著者は後半で詳しく展開している。

 それまでの流れを一変させる出来事が、昨年8月10日に起こった。末期の悪性リンパ腫と診断されたカリフォルニア州の男性が、原因は除草剤ラウンドアップにあるとしてモンサントを訴えた裁判で、サンフランシスコの陪審がモンサントに損害賠償金2億8920万j(320億円)の支払いを命じる評決を全会一致で下したことだ。内部告発によるものと見られるが、モンサントががんを引き起こす可能性があることを知りながら十数年にわたって隠してきたこと、水面下で政治家への献金や政府高官・科学者への賄賂を仕掛けていたことなどが暴露された。

 このニュースは世界を駆け巡り、アメリカやEU諸国や南米、中東の諸国など世界中でラウンドアップの即時販売禁止や使用制限の動きが一気に広がった。同様の訴訟は今年5月に1万3000件をこえている。ラウンドアップが使用されなくなれば、ラウンドアップへの耐性を持った遺伝子組み換え作物も栽培できなくなる。関係者は「アメリカとEUでは、モンサントは終わりました」とのべた。モンサントの業績は悪化の一途をたどり、株価は五割も下落した。

 世界の流れはこの2、3年で変わり、アメリカでは遺伝子組み換え作物の作付けが減少して、有機栽培が年に10%の割合で、EUでは年に7%の割合で増えている。ロシアでも法律で遺伝子組み換えの農産物は輸入も生産も禁止し、中国でも有機農業が成長している。お隣の韓国・清州市では、合計180の小中高校に通う約11万人の児童や生徒全員に、有機農法で育てた地元の食材でつくった給食を、毎日無償で提供している。

 こうした世界の流れに逆行して、日本では、モンサント敗訴のニュースをメディアが黙殺し、ラウンドアップが普通に売られ、政府がモンサントを歓迎して自国農業の壊滅に手を貸している。こんな国は他にない。国民の食の安全も食料自給も売り飛ばして恥じない売国政府に対して、子どもや孫たちの未来のためになにができるかを考えさせる一冊だ。
 (角川新書、236ページ、定価860円+税)
https://www.chosyu-journal.jp/review/12919

http://www.asyura2.com/09/gaikokujin01/msg/518.html#c113

[近代史3] 日本や中国のバブルは簡単に崩壊するけれど、アメリカのバブルだけは絶対に崩壊しない理由 中川隆
23. 中川隆[-8588] koaQ7Jey 2019年8月30日 07:13:55 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4164]
トランプ大統領の関税政策は米国にとって逆効果?
ドルは1/2に切り下げざるを得なくなる=吉田繁治 2019年8月29日
https://www.mag2.com/p/money/751441


基軸通貨である限り、膨らみ続ける米国の対外赤字。その対策とは逆を行くトランプ大統領の政策、このままいけばどんな結末が待ち受けているのでしょうか

世界の経済波乱の兆候が、いま一斉に現れたのはどうしてか?

米国の対外負債は、36兆ドル(3,780兆円:2018年)と巨大

<国際収支はゼロ:経常収支の赤字=金融収支の黒字の仕組み>

米国の経常収支の赤字とは、海外に対する「貿易収支+所得収支」がマイナスになることです。外貨準備(海外への支払い準備金)である基軸通貨のドルが、経常収支の黒字国にいくことです。

【経常収支の黒字国】

1位ドイツ(2,943億ドル:ユーロ内が多い)、2位日本(1,741億ドル)、3位ロシア(1,149億ドル)、4位オランダ(899億ドル)、5位韓国(764億ドル)6位、スイス(688億ドル)、7位台湾(685億ドル)、8位サウジ(654億ドル)、9位シンガポール(639億ドル)、10位イタリア(534億ドル)、11位中国(432億ドル)などが、経常収支の黒字の11大国です(2017年)。

中国は、世界に対する貿易黒字では4,195億ドルと世界1(2位はドイツの2,813億ドル)ですが、海外からの進出企業への所得収支(海外への所得と金利の支払いの収支)と対外負債の利払いで、3,600億ドルくらいの赤字なので経常収支の黒字は大きくはない。


【日本の経常収支】

日本は、年間では半分の月が赤字になるくらい、貿易の黒字は少なくなっていますが、対外資産が生む海外からの所得が、20兆円/年くらいはあるので、経常収支は1,741億ドルの黒字になっています(2017年)。2011年の東日本大震災のあと、貿易では赤字の年度もあります。黒字の年度でも、その金額は小さい。

【経常収支の赤字は、2大国】

経常収支の赤字国は、1位が米国(4,687億ドル)、2位が英国(1,090億ドル)です。米国と英国が、世界の、経常収支の赤字のほとんどを占めています。この構造は、石油危機のあと約40年も、変わっていません。なお世界全体では、「経常収支の黒字=赤字」であり、両者は一致します。

米国などの経常収支の赤字国からは、日本などの黒字国へ、ドルの支払いが超過します。米国から、1年に約4,687億ドル(49兆円:2017年)の、ドルが流出しているのです。

【経常収支の黒字国での、ドルの処理】

黒字国では、企業や金融機関が得たドルを銀行で円に交換します。国内での支払いのためです。銀行に溜まったドルの一部または多くを中央銀行または政府が、自国通貨と交換に、買い上げます。

買い上げた分が、政府の外貨準備です(日本は1.2兆ドル:世界では13兆ドル)。


外貨準備は、普通は、貿易の決済のために使う準備金です。世界の外貨準備は、13兆ドル(1,365兆円)に増えています。60%がドル、30%がユーロです。


経常収支の黒字=対外的な金融収支の赤字

米国から海外に支払われたドルは、紙幣のままもたれるのはわずかです。

多くが、
・金融機関による米国の債券(国債、社債、株式)買い、
・またはドル預金になるか、
・企業の海外不動産や工場への直接投資、
・あるいはM&Aの株買いのマネーになります。

経常収支の黒字国は、金融収支(マネーの流れ)では、赤字国になるのです。

つまり、経常収支国の赤字は、マネーの流入である金融収支の黒字でファイナンス(海外からお金が払われること)されます。金融収支の黒字とは、マネーが流入することであり、対外負債が増えることです。

逆の金融収支の赤字とは、日本のように、経常収支の黒字として受け取ったドルが、主に米国に行って対外資産が増えることです。(注)中央銀行が、最終的な決済を行う国際収支は、国単位のバランスシートで管理されてるので、こうなります。

【日本の経常収支の、継続的な黒字】


日本のように、米国に対して経常収支の大きな黒字を40年も続けている国では、日本からのマネー流出の残高が、米国にもつ対外資産、つまり証券投資と直接投資になっていて、毎年増えています。

日本は1年に約20兆円、海外にマネーが流出する国です。逆に、米国は40兆円から50兆円が海外からマネーが還流しなければならない国です。マネーは支払い、受け取り、外貨交換として世界をめぐっています。

とくに1990年代から金融経済化した世界の、外為銀行の店頭での外貨交換(外貨の売買)は、1日に約500兆円(世界貿易の100倍)と巨額です。

最終的な決済は、通信のSWIFT手順で、BIS(スイスのバーゼルにある国際決済銀行)で行われています。世界の中央銀行の上に君臨するBISは、対外支払いの決済用の外貨が不足した中央銀行に対して、貸付をする機能ももっています。(注)BISでの決済は、銀行間の手形交換所と同じ、「最終支払い−最終受け取り」を相殺する仕組みで行われています。

【金融収支の赤字の累積は、対外資産になる】

経常収支で約20兆円の黒字を続ける日本は、海外(主は米国)に対して、累積で1,018兆円の対外資産をもっています。


直接投資が181兆円、国債・社債・株式の証券投資と外貨預金837兆円、合計で1,018兆円です。GDPの2倍もの対外資産であり、断然、世界1位です。一方、海外(主に米国)が日本に投資した対外負債は、676兆円です。対外純資産が341兆円です(2018年末:財務省)。この341兆円は、日本から海外への、マネーの純流出の累計残を表します。

※参考:平成30年末現在本邦対外資産負債残高の概要‐外務省(2019年5月24日公開)
https://www.mof.go.jp/international_policy/reference/iip/2018_g.htm

経常収支が大きな赤字の米国は、その累積額が対外負債になる

1年に40兆円〜50兆円くらいの経常収支の赤字を続けてきた米国の対外負債は、2018年で36兆ドル(3,780兆円)になっています。

対外負債には利払いが必要です。平均で年3%として、1年間に113兆円という大きさです。経常収支が構造的に赤字の米国の対外負債は、基軸通貨(世界の貿易の決済通貨)を続ける限りは増え続けます。

米国が海外にもつ対外資産は、27兆ドルです(2018年)。対外純負債は、9兆ドルです。問題は、この純負債が、大幅な減税をしたトランプ大統領になって、財政赤字とともに年間6,000億ドルにくらい増え続けていることです。

【米国の対外負債の臨界点は、40兆ドルだろう】

試算では、対外負債が40兆ドル(4,200兆円:米国のGDPの約2倍)になるころから、「毎年の対外的な利払いが、対外負債を増やす」という、対外破産モードにはいっていきます。金利の支払いで、元本の負債が増えるようになった企業と同じです。

日本が、対外負債をGDPの2倍(1,100兆円)もかかえるようになったときのことを想定すると、利払い(金利が低くても30兆円/年)が難しくなっていくことからもわかるでしょう。


対外デフォルトが間近と認識される時期に近づくと、米国は、第二のプラザ合意を開いて、「ドルを1/2に切り下げる(1ドル=55円付近)」対策をとらざるをえないでしょう。

米国の対外負債は、ドルが基軸通貨なのでドル建てです。ドル建ての債務は、ドルの切り下げで減らすことができます。

【1985年のプラザ合意の原因も、同じだった】

1985年のプラザ合意(G5:米国・英国・ドイツ・フランス・日本)では、日独がドル売りに協調したので、250円から120円にまで、1/2に切り下げられました。ドルの1/2への下落で大きな損をしたのは、ドル建ての対外資産をもっていた日本とドイツでした。

プラザ合意も、「米国の貿易赤字(国際不均衡ともいう)」が原因で、実行されたものです。当時も、ドルが米国の経済力に対して高すぎるため、米国が貿易赤字を続けるとされました。

その後、34年経ちました。再び「プラザ合意の時期」が近づいています。米国の対外負債は増えつづけるので、ドル切り下げは必然です。

【その時期】

数年後、
・米国の対外負債が40兆ドルに近づき、
・ドルの金利が今より上がったとき、
・ドル切り下げは、米国側が選択できるオプションではなく、増えた金利の支払いができなくなることからの必然でしょう。

150兆円以上に増える、金利の支払いができないからです。

負債が大きくなった企業が、銀行に利払いができなくなると、銀行は不良債権を増やす追い貸しをするか、その負債を不良債権の処理として、カットしなければならない。これと同じです。

国家は、対外的な支払いができなくなっても、対外貿易ができなくなるという倒産はしません。その国の通貨が世界から売られ、切り下がるだけです。

異常なことではなく、金融では常識です。米国が、今のドルの水準では貿易が黒字になることはないので、対外負債は増え続けます。その速度の違いだけであり、「いずれは必然」です。

【世界の外貨準備(1兆ドル:1365兆円)になっているドル】

世界が貿易で使う基軸通貨は、世界貿易の増加とともに、海外の持ち高(米国にとって対外負債:海外が持つ外貨準備)が増えるので、ドルが基軸通貨を降りない限り、米国の対外負債の増加は続きます。

米国は、対外赤字に対しドルを増発すればいいという特権をもっています。しかし通貨増発の特権の有効は、いつまでも続くものではない。借り入れである対外負債には、海外がドルの先行きの価値(期待価値)を信用しなくなる臨界点があるからです。

「債権国の通貨である円とスイスフラン」とは違い、ドルが「安全通貨」と金融市場から認識されていないのは、対外債務がもっとも大きな国の増発通貨だからです。安全通貨ではないということの意味は、「債務国の通貨は、将来の下落リスク」があるという含意です。

ドルは、世界の店頭でも使える基軸通貨として、海外からの買いが多いために強く、しかし、もっとも債務が大きな国の負債通貨です。

1998年のアジア通貨危機のとき、GDPに対する対外負債(海外からの借入金)が大きかったタイ、マレーシア、インドネシア、韓国で起こった通貨危機と同じです。


ロシアは、政府が「旧1,000ルーブル=新1ルーブル」にして、ルーブルを1/1000に切り下げました。これも、通貨の世界では「普通に起こること」です。


トランプが、中国に対して仕掛けた貿易戦争の帰結

2018年から米中貿易戦争をしかけ、関税品目の幅と関税率を高くしてきたトランプ大統領が、米国の対外負債の問題を認識しているかどうか、不明です。

しかしトランプは「虎の頭脳」で、本能的に、「ドルが海外に流出する貿易赤字」を問題にしました。このため、貿易額を減少することによって、世界経済を不況にもする中国関税を発動したのです。

ところが米国では、40年前の1980年から国内製造業は空洞化しています。食品以外では、ウォルマート(50兆円)と米国の店舗で売る消費財(衣料、住関連、IT機器、家電)の95%は、海外産です。米国産は、コンピュータやスマホにもない。関税をかけても、海外輸入が減り、国内生産が増えることはないのです。(注)米国の生産がある自動車、兵器、戦闘機、航空機だけが例外です。このため、日本に、黒いF-35ステルス戦闘機を100機売るのです(100億円×100機=1兆円)。

【米国のマネーにとって致命的なドル安政策】

それに、トランプは「中国の元安」を非難しています。米国の金利をゼロに近く下げることで、ドルのチープマネー政策をとるとも言っています。

1990年代のルービン財務長官(元ゴールドマン・サックス(政商的銀行)の会長)は、「ドル高」を言っていました。海外からのドル国債、社債、株の買いを増やすには、ドルが下がらないドル高が条件だったからです。このドル高で、米国のIT株は上がりました。2000年4月に、長短金利(イールドスプレッド)が逆転して、崩壊しています。米ドルをもっとも買ったのは日本です。


トランプが、FRBに金利0%への利下げを強要し、誘導目標が0%に下がったらどうなるか?

【ドル安ヘッジのコストは2〜3%】

海外から、米国債、株、社債を買うときのリスクは、ドル安です。米国債は現在、ユーロや円より約2%高い金利がついています。ドル金利は、米ドルを買うときの「ドル安ヘッジ」の保険になっています。

日本、ユーロと2%の金利差がなくなると、ドルへの投資(ドル買い)は「裸のドル安リスク」に晒されます。このリスクは海外からのドル買いを減らすことになり、「ドルの買い超の減少(=ドル売り)によるドル安」に向かうことになるでしょう。

海外に売ることが必要な、年40兆円の米国債が売れにくくなるのです。

結果は、
・ドル安と、
・米国金利の上昇(米国債の価格の下落)です。

今はドルの長期債が売れて、長期金利は1.5%にまで下がっていますが、ドル安になるとともに、ドルの長期金利が上がる(ドル国債の価格が下がる)ようになっていくでしょう。

対外負債が大きく、経常収支が赤字続きの米国にとっては、
・海外がドル国債を買ってくれるには、
・日欧より2%は長期金利が高く、ドル高が維持されることが必要
だからです。

トランプの中国関税に加えた、
(1)ドル金利の利下げ要請、
(2)輸入の減少と、輸出の振興のためのドル安の要求は、
(3)米国の経常収支の赤字をファイナンスする資金不足を招き、
逆に、米国の期待金利を上昇させ、国債価格を下げてしまうのです。

金利下げと通貨安のマネー政策は、
(1)国内の製造業がしっかりしている国(供給超過の国)、
(2)経常収支の赤字が大きくない国に、とって有効です。

米国のように、
(1)消費財の国内製造業がなくなった国、
(2)経常収支が大きな赤字で、海外からのドル買いの40兆円超過が
必要な国にとっては、ゼロ金利とドル安は、自滅行為になります。

米国には、1990年代の株価が上がっていたクリントン時代のルービン財務長官の「ドル高政策」が必要です。

パウエル議長を「白痴」とまで言って、逆を行おうとしているトランプ氏のために忠告しておきます。「米国の金利が0%に下がれば、米国は、ひどいことになるからです…」

ドル安とは、世界の外為市場でのドルの売り(ユーロ買い、円買い、元買い)の超過です。ドル売りの超過は、経常収支が赤字の米国では、国債や株を買うドルが不足させます。

債権国の中国や日本なら、通貨安という選択肢があります。米国では、ドル安というオプション(選択肢)は、奈落に落ちることでしかない。


「経常収支が構造的に赤字の米国には、海外がドルを買ってくれることが必要」という知識は、トランプと政権幹部にはないのでしょうか。


トランプ関税とドル安は、世界の不況を促進する

【ドイツのGDPはマイナスになった】

・輸出が1.33兆ドル(140兆円:日本の1.7倍)、
・輸入が1.08兆ドル(113兆円:日本の1.5倍)のドイツのGDPは、3.66兆ドル(384兆円:日本の0.7倍)です。

GDPに占める貿易額が、日本の約2倍大きい。ドイツとフランスは、歴史的にも中国との関係が深く対中貿易は大きい。これが、トランプの対中関税の余波で減少し、2%から3%は成長していたドイツのGDPは、ついにマイナスになりました(-0.2%:19年4−6期)

ドイツ国内より、中国とアジアに債券と貸付が多いドイツ銀行は、関税で売上が急減した中国企業への債権の不良化に直面しているでしょう。

【日本は、GDPの集計の前にGDPの構成要素である上場企業の利益が15%減った】

日本の上場会社の純利益は、15%減少しています(19年4−6期)。特に製造業が不振です。石油-73%、鉄鋼-56%、非鉄金属-56%、機械-21%、電気機械-74%、自動車部品-21%です。製造業の合計では、純益が-45%(半減)しています。非製造業は+32.8%です。


製造業の減益は、リーマン危機のあとに似ています。10月の消費税増税のあと、景気は下がるでしょう(とくにポイント還元が切れる6か月後)。

世界のGDPは、2019年秋、冬、2020年と、明確に不況に向かっています。対策は、金利がまだ1.5%(短期誘導金利は2%)はある米国の利下げしかない。

しかし、このドルの利下げは、ドル安と米国のマネー不足を招くのです。すでにマイナス金利の欧州と日本には利下げの余地はなく、通貨の増発も大きくはできない。

FRBが米国債を買って、ドルを増発すればいい。そうすると、一層のドル安になり、世界は、米国への貸付金(=米国の対外負債)の36兆ドル(3,780兆円)を売るでしょう。

結果は…大変なドル安に向かいます。米国は、このドル安(ドルの売りの超過)により、大きな資金不足になります。なにせ、対外負債が3,780兆円、GDPの2倍だからです。

【対策も逆転している】

米国には、実はGDPを増やす金融緩和策としては、長期金利の利上げしかない。以前に当メルマガで述べた「長短金利の逆イールド」では、短期金利で調達し、長期金利で運用する銀行の利ザヤがマイナス(運用の赤字)になります。

赤字の運用は、拡大できない。逆に、減らさねばならない。銀行が運用を減らすことは、
・証券(国債、社債、株式)の売りであり、
・長期貸付金の引き揚げであって、企業と世帯からの貸付金のマイナスになります。

負債の臨界点では、金利とマネー量の動きが逆になるのです。

長期金利の利上げ→銀行の長期金利での、証券運用と、貸付の増加
長期金利の利下げ→銀行の長期金利での、証券運用と、貸付の減少


http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/121.html#c23

[近代史3] 日本や中国のバブルは簡単に崩壊するけれど、アメリカのバブルだけは絶対に崩壊しない理由 中川隆
24. 中川隆[-8587] koaQ7Jey 2019年8月30日 07:17:46 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4165]
マネー増発に支えられる2,000兆円の潜在不良債権、世界の上場企業の現状=吉田繁治 2019年8月16日
https://www.mag2.com/p/money/746262


世界の上場企業には、2,000兆円の潜在不良債権が隠されているというニュースがありました。この増発されたマネーは、世界経済にどんな影響を与えるのでしょう

世界経済の減速の指標が見え始めている

世界の上場企業の、問題ある負債は2,100兆円

2008年のリーマン危機のあと、負債の大きさの問題を抱えるのは、中国だけではない。

日経新聞の野口記者が、「世界のゾンビ企業が倍増し、上場5,300社になった」というコラムを、朝刊トップに書いています(8月11日)。営業キャッシュフローでは、借金の金利が払えない上場企業数です。

これらの企業の有利子負債の合計、20兆ドル(2,100兆円)、支払利息が7,500億ドル(82兆円:平均金利は約4%)という。

世界的な低金利と金融緩和の10年で、負債は2008年に対して55%増えています。増えた負債に対して、営業キャッシュフロー(現金の利益)での利払いができなくなっている企業数です。


まだ不良債権とはされていないので、銀行からは、不足する利払いの「追い貸し」が行われているでしょう。銀行の帳簿上では利払いがあったようにして、その分を貸し付ける行為です。総負債の2,000兆円は、潜在不良債権です。

地域別には、以下です。上場企業が提出義務を負う有価証券報告書等から集計されたものです。非上場の企業のP/L、B/S、キャッシュフロー計算書は、銀行の融資案件の内部資料でしか分らない。このため、不良債権の発現は、いつも遅れます。

<有利子負債の利払いが営業利益を上回る企業数>

合計上場企業数は、2万6,000社(金融業を除く)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
欧州  1,439社(企業数構成比27.4%:ユーロのゼロ金利にかかわらずイタリア、スペイン、ギリシアに多い)
米国   923社(同32.1%)
インド  617社(同26.3%:不良債権の多さが、すでに問題になっている)
中国   431社(同10.8%:実際にはもっと多い:推計30%以上)
台湾   327社(同19.1%)
日本   109社(同3.3%:ゼロ金利策のため世界比較では最も少ない)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
出典:ゾンビ企業、世界で5300社 規律緩み10年で2倍‐日本経済新聞(2019年8月11日公開)

上場2万6,000社の支出は、投資とM&Aの投資キャッシュフロー、配当・自社株買いを含むと6兆ドル(630兆円)。それらの2万6,000の企業が事業で稼いだ営業キャッシュフローを1兆ドル(105兆円)上回っているという(2018年)。

2018年から、(1)トランプ関税、(2)世界的なサプライチェーンの分断、(3)英国のEU離脱と、その波及を理由にして、2018年、19年、20年の世界のGDPは、低下に向かっています。

メディアと金融市場は、今もトランプがしかけた対中貿易戦争の早期終結を想定しています。このため、GDPの低下予想はまだ低い。

トランプの政策の目的は、2020年の再選に収斂します。対中強硬策が、国民の支持を得るからです。このため経済の論理からは計ることができない。

米国のGDPを下げるからとして、株価が先行して下がっても、矛を収める気配は見えません。

2019年のGDP見通し

IMFは、世界の2019年のGDP(約8,000兆円)の増加を3.2%としています(2019年4月発表)。この見通しも、IMFの世界経済への役割を意識した「甘い」ものでしょう。IMFは米国が支配しています。

米国の投資家でも、2019年の米国経済の低下を予想しているのは34%(3人に1人)です(バンカメ・メリルリンチの調査)。IMF同様、まだ楽観的です。

中国やインドでの自動車販売の急減など、世界の成長の減速を示す具体的な指標が出始めています。19年7月のインドは、自動車販売29.9%減。中国は、19年1月から7月の7か月で、前年比13.5%減です。これらの実態データには、偽りはない。

2017年までは年間15%くらい増えていました。トレンドに対しては、中国では3割減です。

代表的な消費財の自動車の販売台数が前年比で13.5%も減っているのに、中国のGDPが6%台の成長(実質+6.2%:19年4月〜6月:国家統計局発表)というのは、普通「ありえないこと」です。自動車の販売は、小売り需要の中の28%と食品の15%、石油製品の13%、衣類の10%よりはるかに大きいからです。


中国は国家統計では、普通の国ではありません。中国の実質GDPの増加は3%以下、悪くすると1%以下でしょう。


2019年、20年の成長要因はない

負債で上がってきた不動産価格の世界的なピークアウトと重なって、2019年、2020年の経済の成長を促す要因は見当たりません。

世界のGDPの成長がIMFの3%台という予想より低下すれば、上記の2万6,000社の潜在不良債権(負債総額では2,000兆円)は膨らみつづけます。銀行の追い貸しが増加するからです。

今回の負債の劣化は、世界的です。日本の資産バブル崩壊(1990年代の10年)、リーマン危機(2008年から2011年)、南欧危機(2011年〜12年)のようには国を特定できず、集計も難しい。マネー移動のグローバル化の進展により、危機は世界に分散しているからです。

どうとらえたらいいのか。1929年からの世界恐慌の推移に似ています。これから数年、世界恐慌を再現するというのではない。

中央銀行のマネー増発策は、限定的な幅になった

中央銀行のマネー増発の対策において、違いがあるからです。

しかし、すでにマイナス金利の欧州(ユーロ)と日本には、金融危機のときの通貨増発の余力が乏しい。米国も利下げの余地は、最大でも1%くらいしかない(現在の短期金利は2.01%:10年債は1.67%と逆転している)。


今後の中央銀行の「通貨増発策」は、限定されたものでしょう。リーマン危機のあとのように、20兆ドル(米国、ユーロ、日本、中国の合計:2,100兆円)のような、通貨の緊急増発は難しくなったのです。(換算は、従来の1ドル=110円から、105円に変更しています)

金融危機を通貨の増発、つまり中央銀行からの銀行への貸付増で乗り切っても、不良債権化した負債が大きくなるだけで、いずれは、先送りされたカタストロフが訪れます。負債が増えているからです。

中央銀行のマネー増発は、企業の借り入れによってマネーが補充されて、危機を先送りする効果をもっていますが、危機をなくす機能はないからです。

不良債権というものの性格

不良債権は、借りた企業や金融機関が支払金利より多くの利益を出せるようにならないと解決には向かわない。これが不良債権の本質ですが、MMT論(現代貨幣論)と中央銀行万能論の陰で、忘れられています。

貸付金による資金繰りの助力は一時的です。金利と返済分を借り増した企業が、金利より大きな利益を出せるようにならないときは、銀行の不良債権の増加になるだけだからです。

以上の観点から、大恐慌の推移を振り返ることに意味があるでしょう。

それぞれのイベントに、現代との違いを示していきます。Financial Times紙にも、「大恐慌との類似」を指摘する論が現れはじめました(「データが示す恐怖の夏」:ラナ・フォルーハー氏」。


大手新聞やメディアは、銀行の不良債権を調査して報じることはしません。預金者の不安をあおり、金融を崩壊させる取り付け発生の恐れが生じるからです。危機が事実になったあと、報じます。まだ一部の記事ですが、新聞も金融危機に向かっていることを伝えるように変わってきています。

第一次世界大戦での、マネーの増発

記憶している人は、90歳を超えています。110歳のごく少数の人も当時は幼少期であり、記憶にはない。記録で見るしかない。

第一次世界大戦では政府が国債の増発を行うため、金本位(正確には金準備制)は停止されていました。金準備制なら、通貨の増発は金準備高に縛られて、GDPの100%やそれ以上を使う戦費の調達ができないからです。

19世紀末から20世紀初頭にかけて、英国にならって中央銀行を作ったあとの国では、税金ではマネーが足りない戦争は、通貨の大増発を行うものに変わっていました。

(無限にも思える)通貨増発による戦費のため、戦争が国民の財を集結する「国家総力戦」に変化し、初めての世界大戦になったのが、第一次世界大戦です(1914年〜1918年)。

大戦のとき増発されたマネー(財政支出)は、戦争の被害を受けなかった米国で株式と不動産のバブルを引き起こします。新しい産業としては、自動車、家電、電力、鉄道があったのです。国民の間には、投資信託が普及し、高い株価を背景に、資本調達のための株式の分割が盛んになっていました。

ワニや巨大な蛇が出て、蚊も多い湿地帯の温かいフロリダ(日本で言えば沖縄にあたる)では、空前の不動産ブーム(リゾートブーム)が起こっていたのです。フロリダの不動産バブルは1928年、29年に崩壊し、31の銀行を破産させました。


金融危機の原因になるのは、過剰なマネーが貸付金になって引き起こす資産バブルだということが分かります。古今東西、普遍の原理でしょう。

ただし、マネーの増発と資産バブルの発生から崩壊には、ほぼ10年の複雑系の負債債券と貸付増加の波及の期間を置くため、経済学は「マネーの過剰な増発が、金融危機とその後の、実体経済の恐慌の原因だった」とはしていないのです。


http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/121.html#c24

[近代史3] 日本や中国のバブルは簡単に崩壊するけれど、アメリカのバブルだけは絶対に崩壊しない理由 中川隆
25. 中川隆[-8586] koaQ7Jey 2019年8月30日 07:38:58 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4166]
2019年秋のGDP低下で…ドイツ銀行が抱えるリスク、デリバティブ契約は銀行平均の8.3倍=吉田繁治 2019年7月19日
https://www.mag2.com/p/money/728414


ドイツ銀行の破たんがあらためて懸念されています。そこで今回は日銀より早くゼロ金利からマイナス金利を敷いた、ユーロの金融機関がかかえる問題を解説します。


世界的な株高のなか、異常に低い株価から見えるドイツ銀行の危機

ユーロの銀行危機を集約するドイツ銀行

19か国で構成する、ユーロ最大の銀行であるドイツ銀行(総資金量1.77兆ドル=運用資金195兆円)に集約された「ユーロの銀行の危機」をとりあげます。三菱UFJの総資金量が2.79兆ドル(307兆円)ですから63%の規模です。

ドイツ銀行は民間の銀行です。名前から間違えやすい中央銀行ではありません。統一通貨ユーロの加盟する、ドイツの中央銀行はユーロのECBです。ユーロはドイツが加盟したというより、ドイツが作ったと言うのが正しい。

矛盾した統一通貨の中の、ドイツ銀行

ユーロは経済の生産性と水準が異なり、財政赤字が3%以上の南欧を抱え、矛盾を内包した統一通貨です。ドイツが、「経常収支の構造的な赤字」(=ドルの増刷になる)から、価値を下げ続ける基軸通貨のドル」から逃れるために作った通貨がユーロです。

欧州が、再び、第二次世界戦のような国家間の大戦争を起こさないための統一通貨とされていますが、それは名目上の目的にすぎません。ドイツが、対外的な貿易黒字によって貯めていたドルが、プラザ合意(1985年)で、マルクに対して1/2に切り下げられ、ドルを貯めていたドイツ(と日本)が大きな損をしたことがきっかけでした。1985年から、15年かけてじっくりとユーロを作ったのです。このときは、ことあるごとに。ドイツには反対するフランスも、ドルの価値低下に苦しんでいたため、賛成したのです。


「最適通貨圏の理論」を作ってノーベル賞を得たマンデルは、国家を超えて統一通貨(最適通貨)にするには、生産性の水準を同じに向かわせるために「労働の移動の自由」が必要としていました。

しかし、EU内で移民風な労働の移動があっても、ドイツ、フランス、南欧のGDP生産性(GDP÷労働者数)の格差は解消しなかったのです。そして南欧では、ユーロ加盟条件を満たさない3%以上の財政赤字が続きました。

成立上の矛盾をかかえていても、統一通貨なら、加盟19か国のユーロの内の貿易決済は、ドルを使わずユーロで決済できます。

ユーロの為替レートは、{(ドイツ)マルク+(フランス)フラン+(南欧)南欧通貨}として、GDPの構成比をかけて平均化されるため、ドイツにとっては常にマルクより安い。南欧諸国にとっては常に高い。このためドイツの貿易黒字は、恒常化します。貿易黒字のため、ドイツにユーロが集まり続けるということです。


1999年の統一通貨のあと、ユーロはドイツ銀行に集まりました。ドイツ銀行は、そのユーロを国内より高い金利をもとめて、南欧、東欧、中東、アジア(中国)、アフリカ、つまり海外に貸し付けていたのです。

まず4年前だった

ドイツ銀行の危機が最初にいわれたのは、2015年の7月から16年9月にかけて17ユーロ台から6ユーロ台に下がったときでした。
※参考:Investing.com ドイツ銀行

ドイツ銀行の株価は、リーマン危機の前の2007年にはおよそ100ユーロでした。

08年9月のリーマン危機のあとは、
・米国MBS(不動産ローンの回収権を担保とする証券)の下落と、
・CDSとCDO(債権の回収を補償する保険)の保険料の高騰と、保険金支払いリスクの上昇が、
・それらを売買していた欧州の銀行に波及し、ドイツ銀行の株価も20ユーロ(1/5)に下がっていたのです。

ECBによるユーロ増刷(4兆ユーロ:484兆円)という対策

米国大手銀行の実質的な同時破産(支払い不能からのデフォルト)の波及の危機は、加盟19か国の金融政策を実行している中央銀行(ECB)が、
・緊急の貸付、
・下がっていた南欧債の買い(金利は上昇)、
・ゼロ金利策の3セットを実行し、
ドイツ銀行の株には、再び投資家の買いが起こって30ユーロ台に回復していました。

16年9月には6ユーロ台に下がったのです。そのあとは例によって、再びECBからユーロ増発の救済策がとられ、17年3月には16ユーロ台に上がりました。

【19年7月の株価】

しかし19年7月には、再び6ユーロ台に下がっています。コメルツ銀行との合併策が、相手の拒否によって破談したためでもあります。


その後は、政府がお金を出した旧国鉄の清算事業団(不良債務30兆円)のように、「不良債権を切り離すバッド・バンク構想(600億ユーロの資金)」が出ています。

ただし、メルケル首相は、政府はドイツ銀行を救済しないと言ってきました。しかしいざとなれば、「大きすぎてつぶせない」という、リーマン危機のときの非論理を繰り返し、バッド・バンクにマネーを出す可能性はあるでしょう。可能性は70%でしょうか。

【20%の雇用カット】

ドイツ銀行は、全職員の20%にあたる1万8,000人の解雇を発表しています(19年7月7日)。世界の大手銀行は、普通、顧客からの信用を維持するため、経営危機を示すことになる社員の大量解雇は行いません。

預金取り付けの恐れがあるので、銀行危機は言われない

債務超過(不良債権の金額が、自己資本を上回ること)の危機があるという市場の認識が広がると、預金取り付け(預金の一斉非引き出し)になる可能性が生じるからです。


大衆の預金取り付け、または多くの大口預金者の預金引き出し(送金)があると、銀行は、自己資本がいくらあっても短期間で潰れるからです。


預金のペイオフの上限は、242万円と低い

ドイツにも、銀行が破産したとき預金の引き出しを保証するペイオフの制度はあります。上限は、2万ユーロ(242万円)であり、日本のペイオフ(1銀行で1,000万円が上限)よりはるかに低い。ペイオフでは、米国が上限10万ドル(1,100万円)、英国が最大3万1,700ポンド(427万円)です。日米が高く、欧州は低い。

企業等の決済性の預金(金利のつかない当座預金)は、銀行が破産しても政府が全額を補償します。企業の、大きな支払いに対してペイオフをすれば。経済が回らなくなるからです。

10ユーロ以下の大手銀行株

ユーロの銀行の株価では、10ユーロ台以下は経営破産を示す水準でしょう。

銀行は、公表するバランスシート(B/S)は、いつも正常としかしません。世界中の銀行で不良債権の自己開示はない。実質的に不良債権であっても、自己評価はしないのです。

外部から検査するしかない(これがストレス・テスト)。投資家は、不良債権を推計して、株価を6ユーロの破産水準に下げています。ストレス・テストにも、危機の銀行に対しては、政府と銀行間で取り付けをふせぐための「お手盛り」があるからです。

【海航集団の王健会長の、不審な死】

ドイツ銀行の大株主は、中国の航空会社グループというより、共産党が直轄している海航集団になっています(7.6%の持ち株)。ドイツ銀行の貸付が中国にも多いからです。


海航集団の王健会長(56歳:共産党員)は、フランスの海につづく15メートルの断崖で、なぜか不自然に、写真撮影のためのポーズをとっていたとき脚を滑らし転落したとして死亡しています(19年7月4日)。落ちる危険のある、危ない断崖で写真を撮る人がいるでしょうか?

奇妙な事故です。海航集団の負債は、7,400億元(12.3兆円)と言われ、資金繰りに窮しているとされます。王健会長は、習近平主席の盟友である王岐山国家副主席と、共産党内で深い関係がある人と言われます。

ドイツと南欧の大手銀行の株価は、軒並み、破産水準

ユーロの大手銀行の株価は、共通に低くなっています(19年7月)。左が2007年以降の最高価格の水準、右が現在の株価です。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
フランス BNPパリバ     80ユーロ → 43.2ユーロ
イタリア ウニクレディト  374ユーロ → 11.7ユーロ
イタリア モンテパスキ   566ユーロ → 1.6ユーロ
スペイン サンタンデール  14ユーロ → 4.2ユーロ
ドイツ コメルツバンク   300ユーロ → 6.6ユーロ
ドイツ ドイツ銀行     100ユーロ → 7.2ユーロ
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

フランスの最大手BNPパリバは、若干ましです。

しかし、イタリアのウニクレディト(11.7ユーロ)、モンテ・デイ・パスキ・デイ・シエナ(1.6ユーロ)は、破産水準の株価です。スペインのサンタンデールも4.2ユーロでしかなく、破産水準です。

【コメルツ銀行もバッド・バンク】

ドイツ銀行との合併が進んでいたコメルツバンクも、株価が6.6ユーロであり、これも破産水準です。ドイツ銀行と合併しても、救うことはできなかった。バッド・バンク同士の合併だからです。

株を買う投資家は、見誤れば損をするので、銀行バランスシートと損益計算書に隠れた嘘を見抜いて、真剣に価格をつけています。


その国の大手銀行は、資産の検査をする政府・中央銀行とも一体であり、中国の銀行のように、不良債権を進んで公表することは、ないからです。


2019年の世界経済の減速という要素

英国のユーロ離脱と、米中貿易戦争からの波及により、世界経済が減速に向かっています。

これはリーマン危機期のあと、ゼロ金利と中央銀行の通貨増発から、負債が返せないくらい大きくなった、中国を筆頭にした世界中の企業債務の悪化を意味します。

現在、銀行の貸付金の不良債権は、全体のマクロ経済から増える要素はあっても、減る要素はない。世界経済の、近い問題(2019年秋)は、ドイツ銀行、銀行史上最大のデリバティブが、世界のGDP低下予想のなかでどうなるかです。

IMFは、2019年は3.3%に減速し、2020年は3.6%に回復としています。世界銀行は、2019年の世界の実質GDPは2.6%に減速するが、2020年は2.7%に上がるとしています。

両者の見通しにも、無視できない乖離があります。原因は、「英国のユーロ離脱と米中貿易戦争からの波及」を誰も見通せないからです。トランプ自身も、中国関税の結果をわかっているとは思えません。

デリバティブは、不良債権の隠れ蓑(みの)

ドイツ銀行の危機の内容を判定するには、デリバティブの仕組みと内容を知る必要があります。メディアとエコノミストが、十分な解説ができていないので本稿で行います。


本当なら、大きな損害をもたらす大地震の、まだ先の確率より大きく、報道の必要があるものです。自主規制しているのかも知れません。

リーマン危機のときも同じでしたが、資産の連鎖的な縮小を生んだ銀行のデリバティブの内容については、経済学者の発言もない。

【デリバティブは、金融リスクをマネー化した証券】

理由は、ブロックチェーンの仮想通貨とおなじように、
・ブラックショールズ方程式の確率計算に基づいて作られ、
・金融機関の相互がお互いに、確率的なリスクを負っているデリバティブの仕組みについて知識をもつ経済学者が、少ないことが第一です。

第2の理由は、多くの経済学者は体制側に立っていて、現代通貨論(MMT)のような通貨の増発を推進し、賛成する側だからです。

どこまで行っても「金融資産=別の誰かの金融負債」である

通貨の増発は、誰かの負債の増加になるものです。ゴールド以外のペーパーマネーは、「金融資産=誰かの金融負」という本質的な構造をもつからです。

預金者の銀行預金は、銀行にとっては負債です。国債は、持ち手にとっては金融資産ですが、発行した政府にとっては負債です。中央銀行が発行した通貨は、その持ち手にとっては金融資産ですが、発行した通貨は中央銀行にとっては負債です。

【20兆ドルの通貨増発】

米、欧、中国、日本の中央銀行は、2009年以降、合計で20兆ドル(2,200兆円)の通貨を増発しています。


増発されたマネーは、国債や債券のマネタイゼーションによって、金融機関の現金資産になると同時に、金融機関の間の借り入れ、企業の社債と借入、世帯の借り入れにおいて、6,000兆円以上の負債の増加になっているでしょう(2019年時点)。


世界の債務が急増した10年

2008年の世界の総債務は150兆ドル(1京6,500兆円)でした。10年あとの18年末は、世界のGDP8,000兆円の3.44倍の250兆ドル(2京7,500兆円)です(国際金融協会:JI.JI.com)。

最近10年で1京1,000兆円(67%)も増えています。リーマン危機のあとは、まさに、「大きな負債の上の、経済の宴」です。

【返せない負債の上の、宴の経済】

借金が過剰になっても、不良化せず借り入れを増やすことができるあいだは、使うお金(投資+消費+利払い)を増やすことができます。「GDP=企業所得+世帯所得」ですから、世界の所得の3.44倍の負債になっていると考えていい。

とんでもない金額の所得者も、世界中に現れています。アマゾンのジェフ・ベゾスの離婚(財産分与)では、4兆円が支払われています。自社株の時価総額が9,323億ドル(103兆円:19年6月)もあるからです。創業者として相当な株数をもっているからです。

株式は、返済の必要な借り入れではありませんが、会社にとっては資本の負債です。金利の代わりに、配当の支払い義務があります。株価が上がると、利払いにあたる配当額を増やさねばならない。

決済がなく、無限に使えるクレジットカードがあれば、生活は豊かになり続けますが(負債の上の饗宴)、決済のときが来ると、所得からは払えず(銀行債権の不良化)、一挙に、財産が差し押さえられて破産になることと同じです。


株価の上昇での金融資産の増加は、返済の要る負債の増加ではない。代わりに、「CEOが株価を上げ続ける義務」があるでしょう。米国の株価時価総額は、日本の6倍の3,000兆円です。

米国株の1,200兆円(40%)以上が、自社株買いによるバブル株価でしょう。この株価は、世界の負債にははいっていません。自社株を社債発行で買った$4兆(440兆円)は負債の一部です。

家計でいえば、年収1,000万円の世帯が平均で3,440万円(所得の3年分)の負債です。

借入金は平均化するものではない。ほぼ50%の大きな負債のある世帯だけでは、2倍の6,880万円(6年分)になっているでしょう。企業では、年間粗利益(付加価値という)に対して6年分の負債です。

これが日本、中国、米国、欧州の「政府+企業+世帯」の世界平均ですから恐れ入ります。250兆ドル(2京7,500兆円)の総負債は、返済と利払いがムリな金額です。ところが、世界の銀行の、不良債権の増加はまだ見えないのです。


CDSやCDO(両方とも債権の回収を補償する保険)するというデリバティブがかっている債権は正常債権になりますが、不良化するときは、6か月以内の短期でしょう。リーマン危機ときがこれでした。

デリバティブ=債権の回収や将来収入に対する保険

危ない債権に対してはCDSやCDOとして、地震保険と同じ機能をもつデリバティブがかかっていてます。このため、借り手が返せない額に増えている銀行債権が、正常とみなされています。

地震が起こらないときは、保険料が収入(利益)になるCDSやCDOの販売がもっとも多いのが、ドイツ銀行です。CDSやCDOをかけた債権に不良債権が増えるとドイツ銀行は、破産保険金の支払いができず破産します。

衣料の売り上げに所得保険がかかっている「天候デリバティブ」も、同じ仕組みです。数%の保険料を払って天候デリバティブを買っていれば、異常気象が原因になって衣料の売上が減ったとき、その減少分を補償されます。保険料は、異常気象が起こる確率で決まります。

地震保険でも広範囲の大地震が起こると、支払いができず、保険会社は破産します。このため、政府の再保険がかかっているのです。

BISが集計した、世界のデリバティブの総体

中央銀行の上の中銀行とされているBIS(国際決済銀行:スイス:バーゼル)が集計したデリバティブを、内容別に示します。

デリバティブは、金融機関の間の店頭の密室(Over The Counter)という意味で、契約されるものです。バランスシートには出ず、簿外の債権・債務です。


        相互契約額      現在の時価価値
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
・通貨関連   $ 90兆(9900兆円)   $2.3兆(253兆円)
・金利関連   $436兆(4京7960兆円) $6.4兆(704兆円)
・株式関連   $6.4兆(704兆円)   $0.6兆(66兆円)
・コモディティ $1.8兆(198兆円)   $0.22兆(24兆円)
・CDS/CDO    $8.3兆(913兆円)   $0.19兆(21兆円)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 合計     $544兆(5京9840兆円) $9.6兆(1056兆円)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
出典:BIS


通貨、金利、株式のそれぞれに、先物、スワップ(交換)、買う権利・売る権利のオプション、その他の4種があります。


【先物】

先物は、債券、株、通貨などの先物を売買するものです。ボラティリティ(確率的な変動率=標準偏差の2倍)が上がり、
期待金利が上がると、先物の時価価値は上がります。逆なら下がります。

【スワップ】

スワップは、外貨や金利の、その時点の相場での等価交換(売買)の契約です。金利では、変動する短期金利と、固定金利の交換が行われます。

A銀行がもつ短期金利がたとえば0.8%、B銀行がもつ固定金利が3%のとき、交換したとします。A銀行は、3%の固定金利を受け取る(または支払う)ことになるので金利が高くなった代わりに、金利の変動リスクはなくなります。

一方で、B銀行は3%の固定金利の代わりに、A銀行がもっていた0.8%の変動金利を受け取る(または支払う)ことになります。直近の金利が下がった代わりに短期金利の、変動リスクをかかえることになるのでです。

金融機関の間のデリバティブ契約の中で、金利スワップが$326兆(3京5,860兆円)ともっとも多い。その時価価値は、いまは$5.6兆(616兆円)とされています。この時価価値は、中央銀行が金利を上げるとる上がり、金利を下げると下がります。

金融機関の中に、スワップ契約で損をするところと得をするところが等分に出ます。金利スワップの契約が、何重にもかかっていて、世界の金融資産額以上に大きくなっているので、中央銀行の金利政策が金融機関の利益を大きく左右しているのです。


この金利スワップは、従来の銀行間のコールローンに代わる機能も果たしています。

通貨交換(通貨スワップ)も、金利交換とおなじ仕組みです。通貨変動もこれにより、金融機関の収益を大きく左右しています。

ファイナンスの用語では、通貨の将来変化を確率的なリスクとしますが、通貨交換の増加により($24兆:2,640兆円)、通貨変動のリスクが金融機関の間で大きくなってます。

三菱UFJグループの、円での資金量の10倍もの通貨交換額があるからです。この通貨交換の増加により、どの国の銀行も海外通貨の変動リスクを浴びやすくなったのです。

世界の銀行が通信回線(お金の瞬間輸送路)で結ばれているので、銀行の立地する国は、あまり関係がなくなったと言ってもいい。世界同時に、ドルリスク、ユーロリスクに晒されています。

【オプション】

オプションの仕組みは、先物と似ていますが、将来の一定期間に、決めた金額で、通貨、金利、株、国債、社債などの債券を買う契約、または売る契約です。

予想がはずれると損をしますが、予想が当たると利益になるギャンブルと同じです。

【予想を戦わせるギャンブル】

デリバティブである先物、スワップ、オプションの契約の増加により、銀行のファイナンス(金融)は、
・クラシックな、貸付金利で稼ぐものから、
・将来予想を買い手・売り手が戦わせる、エキゾチック金融のギャンブルと同じになってきたのです。

金利、株価、外貨は、価格の傾向は持ちますが、短期では、上下にランダムウォークするので、次のサイコロの目が1と出るか、2と出るかという勝負と同じになります。

明日の株価がいくらになるか、世界中の誰も「原因→結果」の根拠をもった予想はできないからです。当たっても、サイコロの目と同じ偶然のものです。


昨年、日経平均の過去20年5,000日の終値を集計すると、上がった日と下がった日は、きれいに50:50になっていました。ルーレットの白/黒や、奇数/偶数の丁半博打と同じです。


デリバティブ契約が、歴史上でも世界1大きなドイツ銀行

ドイツ銀行が、他の銀行との間に交わしているデリバティブの契約額は、7,500兆円といわれています。世界のデリバティブの総契約額、$544兆(5京9,840兆円)のうち、12.5%と多い。

(注)7,500兆円の負債というわけではありませんので、念のために。7,500兆円は、デリバティブをかける対象(原資産)となるマネーの契約の増額です。

【デリバティブが他行の8.3倍】

ドイツのGDPは3.7兆ドル(407兆円)であり、世界の5%です。ドイツ銀行の資金量(1.77兆ドル:195兆円)のシェアはドイツ国内の30%くらいでしょう。

そうすると、世界の銀行での、ドイツ銀行の資金量のシェアは「5%×30%=1.5%」くらいです。資金量で1.5%のドイツ銀行が、デリバティブ契約では8.3倍の12.5%(7500兆円)です。平均的な銀行の8.3倍のデリバティブ契約です。

ドイツ銀行がデリバティブに奔走した理由

どうして、こんなに異常なことになったのか?というより、首脳が、なぜデリバティブ契約を推進したのかということです。

【ドイツ国内のユーロのゼロ金利】

第一の理由は、リーマン危機のあとの、ECBによるユーロのゼロ金利策です。マイナス金利でも、2016年かの日銀に先行しています。


金利が低いと、0.5%から1.5%の銀行の貸付金利では収益が出ません。このため、金利、通貨、株価の上昇または下落の予想に依存するデリバティブ契約を増やしたのです。

【補償保険のCDS、CDOの発行、売却を増やした】

2番目の理由は、貸付債権、債務の、回収を保証するCDS、CDOを多く作って、世界の銀行に売却したことです。目的は、金利に代わる、数%〜10%の保険料の収入です。

ある債務にCDS(保証保険)をかけると、その債務の連帯保証をしたことと同じになります。

【CDS、CDOは、債務の連帯保証】

企業が借金や社債を返せなくなったとき、ドイツ銀行が、代わって返済しなければならない。ただし、その債務が不良化しないときは、数%の保険料が収入(ドイツ銀行の利益)になります。

【リーマンとAIG】

リーマン危機のときは、AIGとリーマンブラザースが、住宅・不動産証券(MBS、ABS)に、大量のCDSをかけていました。住宅・ローン・不動産ローンのデフォルトが増えていったとき、AIGとリーマンブラザースは、保険金の支払いができなくなって(デフォルト)、2週間で破産しています(08年9月)。

このデフォルトは、CDSを買っていた銀行の損失に連鎖し、カウンター・パーティー(契約の相手)の銀行も、同時破産になったのです。2008年9月の当初、100兆円の不良債権の発生と言われましたが、後に、400兆円くらいに拡大しています。FRBは、これを公表していません。


ドイツ銀行のデリバティブ契約(7,500兆円)の中で、いくらがCDSやCDOの契約か、公開されていません。推計では、500兆円以上はあるでしょう。金利スワップや、外貨交換も、利益と得るため、高いリスクの契約が多いでしょう。


【海外貸付が大きなドイツ銀行】

ドイツ銀行が大きな利益を必要とした理由は、ドイツ国内は低金利ですが、金利の高い南欧、東欧、中近東、アジア、アフリカへの融資の焦げ付きが、増えていたからです。

貸付の金利が高いことはデフォルトのリスクが高いことです。リーマン危機あと、ドイツ銀行は世界中の高い金利で運用しようとしていました。

【まず、2019年秋が危険】

2019年秋の世界のGDPの低下から、大きすぎる負債の不良債権は増えるでしょう。ドイツ銀行は、保険料を得る目的で後発国企業に債務の連帯保証のCDSを売っています。

後発国の破産が増えたとき、同時にデフォルトするのが、連帯保証をしているドイツ銀行になったのです。CDSやCDOの面ではリーマンやAIGと全く同じです。この確率は50%でしょうか。

問題はドイツ銀行がデリバティブから破産したとき、相手銀行の連鎖破産になることです。ドイツ政府はいままでの発言をまげて、「つぶすには大きすぎる」として救済するでしょうか。

【政府の支援はあるか?】

ドイツ銀行は、債権の時価評価をすれば、実質的には自己資本比率8%(金額では16兆円)はなく債務超過に近いと推計されます。


倒産のジャンク債の水準とはいえ、7.2ユーロという株価はついています。7.2ユーロを安いと見て、買う投資家がいるからです。これらの投資家は、「ドイツ政府、またはECBが、数十兆円の救済資金を投入する」と見ています。

国民の支持を失っているメルケル首相は、2021年に退陣すると表明しています。アルコールの中毒症状が出て、公式の場でも手が震えているのが、TVの映像でもわかります。昔から、1日と酒を欠かすことのない酒豪と言われていました。公式のパーティーでも、抑制が効かずワインを大量に飲むひとかもしれません。

メルケル首相の決断にかかっています。ドイツ政府が支援の発言をしないと、2019年秋には、デリバティブからのリーマン危機と同じ規模の、他の銀行に連鎖する金融危機が、今度はユーロ発で起こる可能性がでてきました。デリバティブのデフォルトが連鎖するのは、銀行間の双務契約だからです。

以上は、リーマン危機の経験から、ユーロの首脳にもわかっています。ドイツ政府は、新任の、シャネルを着こなす悪魔ではありませんが、元IMFの理事長クリスティーヌ・ラガルドECB総裁を通じてドイツ銀行への金融支援(増発のユーロ投入)を促すと見ています。彼女は、フランスの元財務大臣です。

EUの新しい委員長もドイツ国防省の大臣だった、リリー・マルレーンとも見紛う顔のウルズラ・フォンデアライエン女史です。政治家の顔は、意外に政策にも見通しを与えます。

【その後のユーロ】

ドイツ銀行のデフォルトの危機が発現したあとは、どうなるか。ユーロは売られて、大きなユーロ安になるでしょう。

シティという、米国のウォール街に次ぐ金融センターをもつ英国のEU離脱と重なるので、30%程度は下げるかもしれません(121円→最安値85円)。

(注)域内の関税がなく、労働移動自由な経済連合であるEU28か国(英国を含む)のうち、19か国が、統一通貨のユーロです。

そのあとです。独自の通貨政策と財政政策がとれないことを理由に、南欧のユーロからの離脱の動きが表面化するかもしれません。

【ユーロの命運】

いまイタリアとスペインも、大手銀行には通貨の増発・供給が必要だからです。ユーロ加盟のままでは、ECBに従属せねばならず、通貨の供給ができないからです。

19か国の生産性と財政が異なるユーロは、最適通貨圏を形成していない矛盾をかかえる通貨です。結成20年目に、解体に向かうかも知れません。確率は40%でしょうか。問題は、ともにポピュリズム政権になった、イタリアとスペインです。



http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/121.html#c25

[近代史3] 日本や中国のバブルは簡単に崩壊するけれど、アメリカのバブルだけは絶対に崩壊しない理由 中川隆
26. 中川隆[-8585] koaQ7Jey 2019年8月30日 07:42:57 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4167]
安倍政権が選択したリフレ政策は間違っていた?
なぜ、なかなかインフレにならないのか=吉田繁治 2019年7月16日
https://www.mag2.com/p/money/725460


米国ノーベル賞学者クルーグマンが書いた『流動性の罠』をベースに、安倍政権は拡大するリフレ政策をとりました。この政策は正解だったのでしょうか。

安倍政権の経済・金融政策の中核にあるのは、円の増発

日本政府がリフレ政策をとった理由

安倍政権は、米国ノーベル賞学者クルーグマンが2001年に書いていた『流動性の罠』を日本経済のベースとして、財政赤字の縮減ではなくむしろ拡大するリフレ政策をとりました。

事業仕分けの「ムダな支出はなかった」という失敗を、傍らで見ていたからです。

方法は財政赤字の削減、つまり新規国債発行の減少ではなく、日銀が年間60兆円規模の国債を買い取る、通貨増発策でした。

2015年には、金融機関が新規国債を買っていた原資である国民の預金が、退職後人口の増加によって増えなくなる、むしろ減る傾向でした。


預金が増えない金融環境の中で、
・政府が毎年、40兆円規模の国債を発行すれば、
・売れない国債価格が下がって金利が上がり、
・財政資金は不足して、政府はデフォルトに向かいます。

2012年の時点で、2015年にはそうなる恐れがあったのです(拙著『国家破産』:2011年)。民主党政権の中でも、日銀は預金の増加ではまかなえない20兆円の国債を買い続けていました。

リフレ政策としての円の増発

安倍政権は、これに対して、2年後に2%のインフレの実現を目標にした異次元緩和策をとっています。短期金利は0%に誘導し、日銀がインフレ率が2%になるまで国債を60兆円/年買い続けることでした。

社会保障費(121兆円:2018年)の増加が主因だった財政赤字は縮減せず、金利を下げて国債を買って、円を増発するリフレ策をとったのです。

流動性の罠からの脱出論

クルーグマンは、金利がゼロになった経済では流動性選好が起こる。罠とは預金や現金を使わず、貯めることです。

しかしインフレになれば、預金通貨と現金の価値(=商品購買力)が、年々、目減りするから、現金を貯めることを増やさず、消費や投資に使おうとするだろう。借入金利を下げれば、実質金利(名目金利−期待物価上昇率)はマイナスになるので、企業の借り入れの増加による投資も起こるはずだ。


世帯の消費と企業の投資の増加によって、インフレとともに経済は潜在成長率を発揮して盛んになり、潜在成長率を超えた需要と、投資がインフレを加速する。このインフレによって、日本が1998年からかかっている金融の病であるデフレと流動性の罠から脱出できるとしたのが、クルーグマンでした。


社会保障費の赤字は削減しない:事業仕分けの愚を避ける

安倍政権は、国民から不人気になる財政赤字の削減は必要がない。インフレのためなら、むしろ財政を拡大したほうがいい。借入需要が増えても金利が上がらないようにするには、日銀が政府の負債である国債を買って、日銀の負債である通貨に換えればいいだけだとしたのです。

安倍政権には、「これが現代エコノミーだ」と自称するリフレ派エコノミストの進言がありました。政府通貨の発行を説いている「現代貨幣論」にもなっています。中央銀行による国債のファイナンス、つまり政府負債のマネタイゼーションは、大きなインフレになるまでは積極的に行うべきだとするものです。

政府は、「ゼロ金利で生じる流動性の罠」から脱出するための「2%のインフレ目標」を掲げることによって、財政赤字を堂々と日銀にファイナンスさせたのです。これは、通貨の増発を原資にした、社会民主主義の政策でもありました。

(※注)社会民主主義ではありませんが、共産主義のソ連では、「政府通貨が、返さなくてもよく、金利も要らない借金」として国有企業に貸しつけられていました。ソ連の偽装GDPは、政府通貨によって作られていたのです。日銀が行っている国債のマネタイゼーションは、政府通貨の発行とおなじことです。

経済の潜在成長力(潜在的な生産力)が高いときに需要を増加させ、十分に生産力を発揮させる政府通貨の増発は効果を上げます。しかし潜在成長力が低いときは、政府通貨の増発も効果を生まず、単に、通貨安とインフレになるだけです。

(※注)潜在成長力とは、その国の経済の、商品生産力の100%を言います。日銀が試算してる潜在成長率は1%です(2018年)
※参考:需給ギャップと潜在成長率


インフレ目的の、円安誘導ためのドル買い

自民党が政権につくことが確実視されていた2012年末からは、政府系金融(とくに郵貯とかんぽ生命)を使って、ドル国債を買わせ「円安誘導」も行っています。

円安はドル建ての輸出物価を下げ、輸入物価を上げます。輸入物価の上昇分、国内の物価は上がる(円安インフレ)。輸出物価が下がる分、輸出は増えてGDPが増える。

副次的には、ドル高によって、対外資産1,000兆円(2018年末)に為替差益分が400兆円くらいはいっています。10%(当時は約8円)のドル高(円安)でも、全体では50〜60兆円/年の評価益ですから巨大でした。

(※注)円高/ドル安のときは、逆の評価損になります。

政府系金融による[隠されたドル買い]は2012年11月からであり、金額は30兆円スケールでした。政府の連結のバランスシートにしか現れないようにように隠すのは、中国のような為替操作国と言われるからです。

日銀が、ゆうちょ銀行とかんぽ生命がもつ国債を発行価格より高く買いあげて円を供給する。→ゆうちょ銀行とかんぽ生命はこの円をもとにして、30兆円の「ドル買い/円売り」をして円安を誘導するという方法でした。

円は、2012年の80円から、2013年は100円台、15年には120円台という50%の円安になったのです(19年7月は108円台)。この間のドル建て対外資産の評価益は、ピークで400兆円だったでしょう。

金融機関と、海外に工場をもつ輸出企業、120兆円の外貨準備をもつ政府の評価益です。注意すべきは「評価益」であることです。実際に、ドル建ての対外資産が増えたのではない、GDPの潜在成長力増加の要素ではないことです。国の経済の潜在成長力は、資本の投下、つまり設備投資の増加によってしか増えません。

ところが2000年代の企業は、人口問題からの将来GDPの成長の低下を予想していて、営業キャッシュフロー以下の投資しかしていません。日銀による増加マネーは、世帯の住宅ローンの増加と、企業の借り入れによる設備投資の増加にはなっていないのです。世帯と企業の、借り入れの増加のなさが、日銀が国債の現金化(財政ファイナンスとマネタイゼーション)を約400兆円行ってもインフレになっていない理由です。


クルーグマンの「流動性の罠」から離脱するための、ゼロ金利と財政ファイナンスの処方箋は、人口の高齢化と減少予想から有効需要の増加が見込めない日本経済に対しては、誤っていたのです。


日銀を含む政府系金融による株買い

2014年10月からは、日銀が公的年金を運用している政府系のGPIFのもつ国債を買いあげて、GPIFは国債と振り替わった現金で、日本の株式を36兆円に、海外株式(ほとんどが米国株)を37兆円にふやしています。郵貯もかんぽも、内外の株を買いました。

この政府金融(郵貯銀行の総資産208兆円、かんぽ生命76兆円、GPIF159兆円:合計は443兆円と資金量が巨大)の日銀に国債を売って得た現金での株買いが、アベノミクス株価の上昇の主導をしたものです。

これに、日銀の株ETFの買い26兆円も加わっています(年間6兆円の枠で継続中)。

70兆円の買いが、株の時価総額を直接に210兆円はふやした

日銀の26兆円を含む政府系金融による国内の株買いは、2012年末以降の6年間で70兆円にはなるでしょう。

70兆円の買いは、年間12兆円、月間1兆円です。現在のちょうど600兆円の時価総額(東証一部:19年7月)のうち、株価への直接のレバレッジ率を米国の自社買い並みの3倍と低く見ても、210兆円分(35%)に相当するでしょう。

民間の株買いの誘導分を含むと50%の300兆円

平均指数の日経平均株価で言えば、2万1,500円のうち6,500円分です。ただし、政府系金融が誘導した民間の株買いが上げた分を含むと、ほぼ50%(1万円:時価総額では300兆円)が、政府系金融が惹起した株価と推計します。


前号で述べたように米国株は、2011年から18年に社債で調達した4兆ドル(440兆円)が、株価の時価総額では12兆ドル(1,320兆円)を上げています。現在の時価総額3,000兆円の44%分です。

<リーマン危機後のFRBのドル供給4兆ドル(440兆円):元になったこと>

<社債発行への波及>→低金利の社債発行(負債の増加)による、株買い4兆ドル(440兆円)
<株価上昇への波及>→株価時価総額3,000兆円→米国経済の高成長説が生じる。

これは、もとをたどればFRBのドル発行の増加、つまりFRBの負債の増加が上げた株価です。

日本では、元になったのは日銀の負債増加になる国債の現金化です。

<日銀の国債の買い400兆円により400兆円の現金を増加供給:元になったこと>

<波及(1)>→ゼロ金利の円での2%から3%の金利がつくドル買い(円売り)→40%の円安→対外資産の評価が40%上昇した

<波及(2)>→政府系金融機関の、手持ち国債が、日銀によって現金化された→その現金による株買い(70兆円)→日本の株価を35%(210兆円)は上げた。

以上のように、日米の株価はいずれも中央銀行の通貨増発がもとになったものであり、「大きな負債の上の饗宴」です。宴(うたげ)は、飲み会であり終わりが来ます。いつまでもつづけることはできない。この点が、GDPの潜在成長力を高める設備投資とは違います。


http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/121.html#c26

[近代史3] 日本や中国のバブルは簡単に崩壊するけれど、アメリカのバブルだけは絶対に崩壊しない理由 中川隆
27. 中川隆[-8584] koaQ7Jey 2019年8月30日 07:46:56 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4168]

リーマン危機から10年、膨らみ続ける世界の借金の先に見える崩壊の危機=吉田繁治 2019年4月19日
https://www.mag2.com/p/money/668681


デリバティブ証券の下落をきっかけに起きたリーマン危機から10年、米国を中心に再び世界の借金が膨らみ続けています。この借金はどこまで許容されるのか。


自社株買いで上げた米国株、上昇できるのは秋までが限界?

主要国の中央銀行による、2,000兆円の増発の経緯と結果

リーマン危機は、米銀の連鎖危機をひきおこし、79年目の「大恐慌」になるスケールのものでした。

<2000年からの米国不動産バブル>

不動産のバブル化(全米平均価格は7年で2倍)を支援する金融政策(利下げ)を実行してきた元FRB議長グリーンスパンも、「100年に一度の危機。資産バブルは崩壊してはじめてわかった(言外:現役中はわからなかった)」といっていたくらいです。

広大な土地がいくらもある米国の住宅は、宅地が狭い日本と違い、90年代まではGDPを上回る価格の上昇はなかったからです。

不動産価格の年率平均7%(大都市の商業地やリゾート地では10%以上)の上昇の陰で、どんどん大きくなっていた証券化商品がAAA格でも40%下がり、BBB格以下は価格がつかなくなって、銀行資産の縮小がチェーンのように連なり、全部の大手銀行の同時破産までが想定されていました。


<2009年1月からの株価の回復>

金融資産の喪失において、もっとも重みがあった株価の底値は、リーマン危機の日から6か月あとでした。

無限信用をもつとされていることから、銀行のシステミックな連鎖の危機を救うミッションを与えられているFRBは、
・95年の歴史ではじめての3度の緊急QE(ドルの増刷)を行い、
・400兆円規模のマネーを投入し、銀行システムを救済しています。

予定されていなかった3度のQE(いわば3度の手術)になったのは、100兆円以上を投入した1回では、銀行のデフォルトの危機をおさめることができなかったからです。

FRBが行った、米国の大手銀行の救済

この金融危機は、不動産ローンの「回収権を証券化」しているMBS(不動産ローン担保証券)、CDO(資産担保証券)、ABS(資産証券)などの、銀行の間の双務契約であるデリバティブ証券の下落から起こったものです。AAA格の証券でも、下落率は40%と大きかった。

それらを、米国の大手銀行が保有していました。ほかに、金額が大きなものとして、債務の回収を補償する保険の機能をもつCDSがありました。


対比すれば、7,500兆円という銀行間デリバティブをもつ、ドイツ銀行の5倍以上のリスクのスケールだったでしょう。

リーマン危機のあとの、米国の負債の大きな増加

他方で、リーマン危機のあとの米国の総負債は、その前の08年の33.8兆ドル(3,780兆円)から、18年には50.1兆ドル(5,510兆円)に増えています。これは、リーマン危機のあとの、銀行が10年間続けて行ってきた、貸付金の増加である信用創造(貸付行動)を示すものです。

米国、日本、欧州の銀行が、米国の政府・企業・世帯に対して貸付金をふやし、社債・国債の購入の合計で、10年間で1,730兆円(1年平均173兆円)の信用創造、つまり貸付金をふやしたのです(米国の部門別負債:BIS)。

FRBのマネー投入(418兆円)に対しては、4.1倍の信用乗数です。FRBが1兆ドルを投入するにつき、銀行の貸付金が4.1兆ドル増えたという意味です。

2018年でのGDP比の政府・企業・世帯の総負債は、危機のあとの10年で2.5倍(246%)に増えています。平均年率では9.4ポイント(%)増加です。借り入れの増加を助けたのは、株価と不動産価格の上昇です。

不動産価格の動きは株価に遅れ、上昇も下落も株価よりはおだやかです。全米20都市の住宅価格指数は06年がピークの206でした(ケース・シラー住宅価格指数)。これがリーマン危機後の09年1月には、141へと約30%下がっています。

株価に3年遅れて2012年から上がり始め、そのあと株価を追って直線的に上げ続けて、2019年の1月には、06年の金融危機前のピーク価格を越える最高の214(基準の00年の2.1倍)に上げています。

住宅価格の上昇は、住宅と商業用の不動産のローンと貸付金の増加と健全化も示しています。不動産の価格という要素だけなら、2018年で完全に回復しました。1992年からの資産バブル崩壊から、日本の不動産が価格で回復していないのは、日米の人口構造の違いがあるあるからです。わが国では不動産需要が減り、米国では、海外からの買いもあり、価格下落のあとも増え続けたからです。

2009年からは、株価と不動産の価格をバブル的に上げてきた時代

・米国の証券化商品の下落が、直接に影響した欧州のECB、
・中国の輸出経済をひっぱる対米・対欧の輸出が、急減した中国の人民銀行、
・そして、適用を間違えたクルーグマンの「流動性の罠」論を採用して、インフレ目標をとったアベノミクスの日銀も、FRBに時間をおきながら合計で18兆ドル(2,000兆円)の通貨をふやしてきました。

世界のGDPの85%を占める主要国の中央銀行の銀行に対する増発マネーが元になって、銀行の貸付金をその約4倍は増やして、リーマン危機のあと半年後からは株価を、2012年からは不動産を上げてきたのです。

【日本】
2015年には、2011年に対して50%の円安になり、円安になるとドル高の為替利益が増える輸出と海外生産が多い東証1部の株価指数(日経平均とTOPIX)は米国並みに3倍に上がっても(2015年)、不動産の価格があがらなかった例外は、年0.4%(50万人)の人口減の日本だけです。

人口減は、必要な住宅の総面積を減らし、人口増が続く東京圏以外では、空き家を大きく増やしているからです。

<負債バブルが、金融的商品の高騰を生んでいる>

2010年ころからの9年間、われわれは世界の総マネー量がバブル的に増えてきた時期のただなかにいます。経済に対して過剰なマネー量が、株価を高い水準に上げています。

21世紀は、通貨、生産コスト、賃金の低い国でのグローバル生産の進展により、
(1)主要国での消費者物価の上昇率が低いため、
(2)主要国の、高くとも3%という低い名目GDPの成長を超える通貨量の過剰(マネー量×流通速度)が、原理的にもたらすインフレが、
(3)消費財から金融的な資産(不動産・株式・国債・債券など)に移ったことが見えにくいだけです。


フィッシャーの交換方程式(M<(マネーサプライの増加)×V(預金の回転率)=P(物価)×T(実質GDP)>は、金融的な資産の領域で働いています。

名目GDPは、消費される商品だけの「生産=需要=所得」です。消費者物価の上昇は、消費財だけを対象にしています。不動産・株式・国債・債券などの多種の金融的資産は、GDPの物価上昇、需要額、所得額には含まれていません。

ところが、2010年代からはとりわけ、これらの金融的な資産にマネーが向かっています。2019年もそのただなかにあります。

「中央銀行+銀行」が借り手に対し増やしたマネーが向かうのは、時代を超え、価格が上がると人々から期待される対象物であることに違いがない。人類の5000年の歴史の普遍原理でしょう。

〔通貨発行の増加→貸し付けの増加→負債の増加→資産価格高騰〕マクロ経済で合成していえば、「中央銀行+銀行」の通貨発行の増加は、借り手の「負債=預金」を増やします。その増えた負債マネーは、「多種の金融的資産」に向かって価格を上げます。価格が上がった金融的資産は、「借り入れの担保になって→借り手の負債能力を増やし→借り入れを増えていき→投資されて→金融的資産の価格を一層上げる」という螺旋階段状の上昇にはいってバブルを作ります。

以上のマネー現象が、金額の大きな順にいえば、
(1)ゼロ金利から2%台の低い金利の、国債価格の上昇(金利は下落)
(2)シラー10年PERが、30倍というバブル株価、
(3)人口減の日本を除く、世界の不動産の高騰です。

これらの価格の上昇は、投資家(金融機関、企業、世帯)の負債の増加によって生じたものです。マネー量増加の根源には、順にいうとFRB、ECB、人民銀行、日銀による合計2,200兆円の通貨量(マネタリーベース)の増加があります。その増加が、銀行の貸しを増やし、投資家の借り入れが増えて、金融的資産への買いを大きくしているのです。


【金融資産=金融負債の原理】
問題は「金融資産=他の人の金融負債」であるため、ゼロから3%以内の低い金利のなかで金融負債が増え続けて、2018年末では250兆ドル(2京7,500兆円:国際金融協会)になっていることです。


負債はいずれの日か臨界点に達し、資産バブルが崩壊して金融危機になる

2000年から18年までの世界の総負債は、250兆ドルに増えています。

世界の総負債は、2000年には80兆ドル付近でした。当時はまだ、穏やかでした。この総負債は、2018年の250兆ドルまで3.1倍に増え、年率の6.5%と世界のGDPの平均増加率より高い増えかたをしてきました。2018年の残高は、世界の8,000兆円のGDPの約3倍に達しています。

【その原因と結果】
世界の負債の増加額は、名目GDPの増加率より数ポイントは高いことが18年、途中でのリーマン危機という金融危機を挟みながら続いて、この負債の増加こそが世界の「金融的な資産のバブル価格」を生んできたのです。

返済と利払いが必要な負債が、1年プラス6.5%で負債が増え続ければ、必ず達する臨界点にきた前後には、金融的資産のバブルは崩壊する宿命にあることです。

(1)1990年は、日本5年で5倍になった資産バブル崩壊でした。
(2)10年後の2000年は、米国の11年間で13倍になったドットコムの株価バブル崩壊、
(3)8年後の2008年は、米国の10年で2倍に上がった住宅の下落からの、サブプライムローンの下落がデリバティブの証券化商品の全面的な崩壊に波及したことからの金融危機(リーマン危機)でした。

そのリーマン危機から10年目の2018年は、世界で250兆ドル(2京7,500兆円)というイマジネーションを超える金額の負債が世界の金融的な資産の高騰を生んでいます。


このバブルが崩壊すると、貸し手の中央銀行と銀行の不良債権になり、今度は全世界的な金融危機にも至るでしょう。


〔「時期」だけの問題〕
その年度、時期がいつかというだけです。負債の増加と金融的商品の価格上昇が続くと、価格が上がり過ぎたという原因から、金融危機に至ることは確定しています。〔早ければ2020年、遅くとも2022年〕


米国のこれからの懸念は、対外負債と株価のバブル

<増え続けている対外負債の問題>

米国についていえば、まず、2017年に36兆ドル(3,960兆円:日本の政府負債の3倍)を超えた対外負債です。これは、2017年からのトランプ減税、2019年度予算で500億ドル増える予定の軍事費(8,500億ドル)、増え続ける社会保障費(公的年金+公的保険の医療費)から、毎年、過去より大きな傾向で増えます。

米国の対外資産が26兆ドルなので、対外純負債は10兆ドルです。しかし、これは2018年の米国の利上げによる金利上昇で、海外からの債権引き揚げがおこっています。

2018年度、19年から米国の対外純債務は、年1兆ドルを超える増加になるでしょう。以下のサイトに、正確な、米国の対外資産と債務の総体の数字があります。他は、タックスヘイブンから負債(米国債と株式投資)が入っていません。

この対外債務が問題なのは、増える一方であることです。米国債と米国株を買って、米国に貸す第一は日本です。

日銀の異次元管緩和による円国債買いの代金は、金融機関の現金になり円国債を売った4大メガ銀行、GPIF(公的年金の運用:151兆円:18年12月末)、郵貯(資金量約180兆円)、かんぽ保険(同80兆円)は、その円をドルに換えて米国債、米国株を買い増して運用しています。問題は、これをいつまで「前年比で増やして」続けることができるかです。

日本からのドル買い、ドル国債買い、ドル株の買いが減ると、ドル安になり、金利は上がって、米国の株価は下がります。


中国は3.4兆ドルの米国債を外貨準備として持っていましたが、すでに2018年の輸出が大きく減ったことからのドル売りによって、これを3.1兆ドルに減らしています。

大きなドル買いができるのは日本と中国ですが、これが危うくなっています。これが、米国を対外デフォルトに向かわせる要素になってきたのです。(2020年から2022年)

米国は過去、
・1871年の金・ドル交換停止による、FRBの金の引き渡しのデフォルト(金兌換のドルは、金を渡すという約束手形です)
・1985年のプラザ合意による、ドルの1/2への切り下げという形をとった、ドイツと日本への1/2デフォルトを経験しています。ドルの切り下げは、ドイツと日本のドル資産を、1/2に減らすというデフォルトです。

2020年から2022年も、米国の対外デフォルトの可能性が、日本と中国のドル買いの減少から起こる可能性が高くなっています。

米国は新興国のような、対外負債超過の国です。対外負債が超過している国は、
・海外からのその国の、通貨の買いの、前年比での減少、
・または、海外がもつドル資産の売りの超過で、あれ?と思うくらい簡単にデフォルトになります。

トランプの方法は、借金で買った不動産で3回行った借金の踏み倒しです。不動産はもったまま、債務を返さず、利払いもしないという方法です。


借金の金額が数千億円を超えると、トランプが破産すれば貸した銀行も連鎖で破産するので、やむなく追い貸し(追加の貸し出し)をして、銀行が毎年、資産を失っていくのです。


自社株買いによって、上げてきた米国株の問題

内部では、時価総額が3,000兆円の株価資産の崩壊です。3,000兆円は企業の金融資産、株主の金融資産、金融機関の金融資産になっています。2018年秋(10月から12月)のように20%下がると、600兆円が失われます。FRBのパウエルは、この株価下落を見て不安になり、2019年に予定していた3回の利上げと、国債の売りを停止しました。この2つとも、株価を下げた要素になっていたからです。

ところが、重要なことをいえば、18年秋の20%下落は18年の自社株買い1.2兆ドル(130兆円)にもかかわらず起こったことでした。高所恐怖症にかかっていた投資家の売りが大きかったからです。

幸い、FRBの3回の利上げと国債の売りの停止を好材料として、3回の利上げと国債の売りを織り込んでいた株価は20%戻しています。

社債の発行(借金)で行うものが多い自社株買いは、「借金の自社株買いで、買った以上に株価を上げる」ことがないと行えません。株価が上がらないと、社債の借金を増やしただけになり自己資本比率は下がって、CEOは株主から首をきられるでしょう。従業員と同じファイアです。

金融資産の60%以上が株価である社会の米国では、株価を下げるCEOは、存在が難しくなります。日本で言えば、個人の預金を減らした銀行と同じだからです。米国世帯の60%は株をもち、個人金融資産の60%が株だからです。

問題は、2019年に前年並みの1.2兆ドル(130兆円)の自社株買いが行えるかどうかです。最大限でも、1兆ドルをこえることは無理でしょう。株価が思うように上がらず、0.8兆ドルに減る可能性も高い。


2018年までの8年間、主導因が自社株買いだった米国の株価の下落の可能性は、今年の秋からでしょうか。もちろんこれも確率的な可能性です。

次回の、世界的になることが必然の金融危機でのもっとも大きな問題は、10年でふくらみきったB/Sをかかえしまった米・日・欧・中の4大中央銀行が、下がった債券や株を買い上げて、マネーを銀行に供給する「信用の余力」が乏しいことです。

このため、仮にこの金融危機が起こったとき、その先がどうなるか、いまは不明瞭。奈落か、あるいは4大中央銀行がペーパーマネーを1,000兆円増発しても、通貨を下落させない方法はあるのか。淡路の夕日を眺めながら、夢想したことでした。


http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/121.html#c27

[近代史3] 日本や中国のバブルは簡単に崩壊するけれど、アメリカのバブルだけは絶対に崩壊しない理由 中川隆
28. 中川隆[-8583] koaQ7Jey 2019年8月30日 07:51:30 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4169]
NYダウが30%下げると金融危機が起こる?
米国経済の弱点は高すぎる株価にあった=吉田繁治 2019年3月26日
https://www.mag2.com/p/money/655982


世界一の負債国である米国は、このままにしておけばどうなってしまうのか。負債の内訳や影響などを詳しく紹介しながら、将来の米国経済の状況を解説します。


米国の負債は経済破綻を引き起こすか?そのとき世界に与える影響

負債額世界一の米国の主体別負債

世界の中央銀行の中央銀行と言われるBIS(国際決済銀行)は、世界の経済主体別負債の統計を4半期毎にとっています。負債のデータは、統計によって相当に異なりますが、BISのデータが実態に近いでしょう。

※注:中国の金融統計では、900兆円のノンバンク分(規制外のシャドーバンク)が入っていないとか、いろんな事情があります。

米国の政府、民間企業、世帯に分けた主体別の負債からです。2008年以降を簡略化して2年毎に示します。原表は巨大なエクセルで、見にくいのです。リーマン危機のあとの10年間です。

<米国の主体別負債:BIS:単位10億ドル>

    政府部門 世帯部門 企業部門 合計(名目GDP比)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
2008年  9,198 14,283 10,313 33,794(229%)
2010年 12,240 13,683 10,004 37,341(249%)
2012年 15,631 13,346 10,365 39,342(242%)
2014年 16,915 13,566 11,461 46,942(268%)
2016年 18,767 14,618 13,408 47,070(251%)
2018年 19,674 15,466 14,962 50,102(248%)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(08年比 218% 106% 145% 148%
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
※参照:https://www.bis.org/statistics/totcredit.htmより抜粋


米国でもっとも増えたのは、政府負債です(これは中央政府のみ:州の負債は含まない)。2008年の9.2兆ドル(1,012兆円)から、2018年は20兆ドル(2,200兆円)に増えています。2018年の名目GDP(20兆ドル)に対してちょうど100%です。これ自体は、問題になる水準ではない。

<比較:日本の政府負債>

日本の政府債務は、1,284兆円(国債1,079兆円+借入金155兆円など:2018年9月末:資金循環表)です。名目GDP(546兆円:18年8月)に対しては235%と、世界一大きい。日銀が敷くゼロ金利のため、この負債が無事に済んでいます。国庫からの利払いは8兆円にすぎないのです。


金利が2%、3%と上がって行く過程で、政府は金利を一層上げる新規国債を発行できなくなります。同時に、国債をもつ金融機関はゼロ金利国債の価格下落のため、総資産の8%は必要な自己資本を失って国債を買えなくなる。政府は、赤字財政を支払う資金が枯渇し、年金、医療費、公務員給料にデフォルト(=約30%の支払い遅延)が起こります。国債の発行で、財政支出の35〜40兆円くらいをまかなっているからです。日銀が、長期金利もゼロ金利誘導を続けることができるという条件で、デフォルトはしていないのです。


米国の世帯負債と企業負債が増えていない理由

連邦政府の財政赤字を原因にして、毎年10年で10兆ドル(110兆円)増えて2倍以上になった政府負債に対して、世帯の負債は1.06倍、企業は1.45倍であり、さほど増えていません。※注:米国連邦政府の赤字の第一は、軍事費の80兆円です

10年で1.4倍になった名目GDP(=商品生産額=国民所得)に対して、2018年の世帯負債は1.06倍、企業負債は1.48倍です。GDPに対する割合は、増えていません。

むしろGDPに対する世帯の負債は減っています。
※注:日本の世帯負債のGDP比60%よりは、46ポイント多い。ローンでの買い物が多いためです。

世帯負債、企業負債が増えていない原因は、08年の時価総額1,000兆円から3,000兆円(2019年2月)に上がった株価のためです。

<45%の中から上位世帯にとって、株は金融資産>

米国世帯の45%は株を持っています。2,000万円分もっていた株が、平均的に3倍の6,000万円に上がれば、半分の3,000万円分を売って、3,000万円を負債の返済に充てることができるからです。

住宅ローンの借入金の返済を3,000万円一括で行っても、株の持ち高は3,000万円残ります。これが米国の、主として上位20%の所得に属する世帯の負債が、増えなかった理由です。


3倍に上がった株価が助けたのです。米国のリーマン危機のからの回復は、株価の3倍への上昇によって果たされています。このとき、大きな働きをしたのが4兆ドルの自社株買いです。

<企業>

企業も3倍への株価上昇の恩恵を受けて、銀行借り入れ依存を減らすことができます。株価が上がる中で、増資新株の発行を行うと、投資家が払う現金が入るからです。

このため企業の負債も、10年でGDPの増加に見合う148%にしか増えていません。

米国の世帯と企業負債の弱点

株価の上昇によって負債を減らしてきた米国世帯と企業は、「株価が下落したとき金融危機」になるという弱点を抱えています。

<18年10月から12月>

3,000兆円の時価が2018年10月から12月24日のように20%下げると、600兆円の不足がでます。30%なら900兆円の金融資産の喪失であり、これは、銀行危機、世帯危機、企業危機になるレベルの損です。

FRBが4兆ドルのドル増刷で作り、日銀がゼロ金利の円で支援した過剰流動性バブルにより時価総額が3,000兆円と大きくなり過ぎているため、周期的・サイクル的な株価の変動幅とも言える30%の下落になると、金融危機が起こってしまいます。

2018年秋の、2か月間での下落幅は20%でした。

<予定していた利上げの停止を発表>

18年秋に、20%の株価バブル崩壊があったため、2018年9月と12月には利上げをしたFRBの議長パウェルが2019年1月末に、「予定していた19年の利上げを停止」と慌てて発表したのです。

<バブル株価のリスク>


米国経済の弱点は、高すぎる(と当方は判断している)株価です。投資家の悲観的な見方が増えると、20%や30%は2か月から3か月で下がる範囲だからです。


4.36兆ドル(3,960兆円)に増えている米国の対外負債

<統計のいろいろ>

米国の対外負債と、対外資産を引いた対外純債務については、統計によって大きな違いがあります。

おそらくWikipedia等で示されている公的な統計(純債務)には表れないタックスヘイブンから借り入れを、米国の対外負債に含むかどうかの違いです。

<BAEの対外負債と対外資産の統計>

BEA(経済分析研究所)は、米国の対外負債(海外からの米国投資)と、米国からの対外投資に対して、以下のようなデータを公表しています。このグラフのデータが正しいと判断します。
※参照:International Investment Position

それによると、米国の対外負債は2018年第3四半期で36兆ドル(3,960兆円)です。日本の対米国が多い対外資産が1,040兆円ですから(財務省ではなく日銀データ)、ユーロ、中国、産油国を含む世界から投資され、米国にとっては、負債になるものが36兆ドルあることは、当然でしょう。

BEAが集計する米国の対外資産は26.4兆ドル(2,904兆円)です。その結果、2018年の米国の対外純負債は、9.6兆ドル(1,056兆円)になっています。

米国の対外負債36兆ドルのリスク

問題は、36兆ドルの対外負債です。長期金利を現在の3%として、米国から対外的な金利の支払いは約1兆ドルになります。


対外負債は、対外資産の増加速度より速く、1年に1兆ドルは増えます。40兆ドルになるのは2022年です。実際にはもっと加速します。

<急激に増えていく公的年金と医療費>

8,000万人もいる第一次戦後ベビーブーマーの巨大なカタマリ(日本は1,000万人)が、毎年400万人ずつ、年金世代、医療費世代(医療費は日本の3倍以上)になって行き、政府の財政赤字が、1兆ドル、1.2兆ドル…2兆ドルと膨らんで、国債の増発になるからです。

米国は、日本の10年遅れで、高齢化に突入しています。米国の財政赤字拡大は、日本同様、必然的なものです。
※注:中国は15年遅れです。

<海外は、米国債の半分を買う>

米国は、国内の貯蓄(銀行預金)が少ないため、金融機関は全部の国債を買い切れず、海外に50%の国債を売らねばならない。これが、米国の対外負債の増加になります。

2021年に、仮に5%への金利の上昇があると、米国の対外利払いは40兆ドル×5%≒2兆ドル(220兆円)になります。このときが、金利払いで対外債務が膨らみ続ける、破産サイクルにはいるのです。


35兆ドルという、米国の対外債務は、以上のような意味を含んでいるのです。


米国がデフォルトになる可能性とは

まとめれば、米国は2021〜22年までに、
(1)株価の30%下落
(2)金利の5%への上昇
があると、対外デフォルトして破産します。

デフォルトの寸前になると、米国が呼び掛ける第二のブラザ合意により、米ドルを1/2に切り下げることになるでしょう。

<対外負債はドル建て>

米国は基軸通貨国の特権として、対外負債はドル建てですが、海外株などの対外資産は現地通貨です。たとえば、日本株は30%の150兆円、ヘッジファンドがもっていますが、それは円建てです。

<対外資産は現地通貨建て:円建て、ユーロ建て、元建て>

ドル建ての対外負債は、ドルの1/2への切り下げにより、半分の20兆ドルの価値に下がります。一方で、26.4兆ドルの現地通貨建ての対外資産は、そのままです。1/2へのドル切り下げ(ドル安)を行うと、米国は一夜で、6.4兆ドルという世界最大の対外債権国に浮上するのです。

ドル切り下げのとき、ドル基軸体制も、順次、終焉に向かうでしょう。新たな国際通貨は、中国が提案しているIMFの通貨、SDRのようなものになるでしょう。

<中国の、国際通貨の提案は、IMFのSDRのようなもの>

中国の提案が通りやすいのは、中国がもっとも多くの米国債(3.1兆ドル)を買って、保有しているからです。債権者は債務者より強い。


1/2へのドル切り下げで、金額は同じ3.1兆ドルでも、価値は1.6兆ドルに下がります。損を甘んじて受ける債権者の立場は強くなります。日本も米国に対する債権者ですが、米国に支配されていて従属することでしか発言力はありません。

<日本の立場>

プラザ合意のとき、NYプラザホテルの会議に出席していた、竹下大蔵大臣は「友人がドル高で困っているから、助ける」と国会同答弁していました。このときも、日本はドル建て対外資産の価値低下で損をしています。

<日本の損害は260兆円>

次回のドル切り下げのときの、日本(外貨準備をもつ政府、米国の株、国債、外貨預金をもつ金融機関やファンド、直接投資した対外資産をもつ企業、外貨預金をもつ世帯)の損は巨大です。

対外資産1,040兆円のうち、65%はドル建てでしょうから、損は「1,040×65%×50%=260兆円」です。ドル切り下げは、米国の金融危機を、日本に移転させる効果をもちます。ドル債を買ってドル基軸体制を支えてきた日本の、自己責任になるでしょう。

2021年から2022年に、このリスクが発現するかもしれません。米国の対外負債は、米国の経常収支は、構造的な赤字ですから、返すことはなく、毎年、確実に累積します。

米中貿易戦争や、これからの日米貿易協議によって減らせる赤字は、米国を黒字に転化させるには、程遠いものです。

米国の経常収支の赤字(2018年は1兆ドル以上)が、米国の対外債務の増加になるのは、以下の、国際金融のメカニズムによってです。

(1)米国への輸出企業と、投資からの所得がある企業は、米国の企業からドルを受けとる。
(2)国内の仕入れ代金と給料の支払いのため、日本企業は受け取ったドルを銀行で円に交換する。(注)これが、ドル売り/円買いです。
(3)銀行に貯まったドルは、財務省が国庫短期証券を発行した円で、買い上げる。(注)財務省による、ドル買い/円売り。
(4)財務省に、ドルが溜まる。これが、対外資産の一部でもある外貨準備です。
(5)海外の債券を買う企業は、銀行で円をドルに交換する。(円売り/ドル買い)
(6)そのドルで、米国の不動産に直接投資をし、工場をつくる。
(7)または、米国株、米国債、社債を買う。
※注:この(6)と(7)が対外投資であり、米国にとっては対外債務になります。

経常収支が構造的に赤字の米ドルを、他の通貨より価値が変わらない基軸通貨として認め、支えてきた世界は、米国の対外債務の増加から危機に向かっています。いずれ、しかし、必ず起こることを想定していたユーロ19か国は、ドイツを先頭にしてドル圏かから2000年に逃げていたのです。ドル切り下げの被害がもっとも大きな国は日本、2位が中国、3位が産油国です。

本号はここまでとします。次は、経済メディアでも取り上げられ、ドルに次いで世界に大きな影響を及ぼすリスクとして浮上してきた、中国の債務の問題と予想です。


http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/121.html#c28

[近代史3] 日本や中国のバブルは簡単に崩壊するけれど、アメリカのバブルだけは絶対に崩壊しない理由 中川隆
29. 中川隆[-8582] koaQ7Jey 2019年8月30日 07:58:35 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4170]
30代世帯の純貯蓄はマイナス735万円…米国を下回った日本の世帯貯蓄率の背景=吉田繁治 2019年6月21日
https://www.mag2.com/p/money/713972


国会で「65歳以降、2,000万円が足りない」という論争が話題になっていますが、この論争は無益です。今回はその本質とその背景について詳しく解説していきます


社会保障の財源を知ると財政問題がわかる

2019年6月19日: 年金・医療費・介護費の30%財源は国債

国会では「65歳以降、2,000万円が足りない」をめぐって、選挙目当ての無益な論議が起こっています。

麻生大臣が、
・諮問会議の「報告書」を拒否すること、
・野党が「100年安心できる年金ではない」として非難すること
の両方が、今後の社会保障についての真正な論点をはずしているからです。

麻生大臣を筆頭にした不勉強が根にある問題か、あるいは知ったうえでの答弁と質問なら、ともに国民を欺いています。

年金を含む社会保障では、財源の問題が本筋です(121兆円:2018年度:年金、医療費、介護他の公的保険給付)。


【社会保障費不足は50.8兆円】

個人と会社が払っている社会保険料(70.2兆円)では、給付額121兆円に、50.8兆円(42%)も足りていません。足りないということは年金、医療費、介護費の、制度で決めた額の100%支給ができない。

このため政府は、
・国債(33.1兆円)と地方債(13.8兆円)を合計で46.9兆円発行し、その収入を給付に充てています。
・加えて、年金と医療費の積立金(特別会計に所属)の運用収入から3.9兆円を入れて、不足分を補っています。
※参考:日本の財政関係資料:財務省:2018年

GPIFの運用と、最近の結果

年金受給者が少なく、公的年金が黒字だったときの積立金を、GPIFが預かって運用している金額は151兆円です(18年12月末)。国内株で36兆円、海外株(主は米国)で37兆円の運用です。合計73兆円が「リスクマネー」になっています。

2018年の第3四半期には、米国株・日本株の約20%の下落が原因になり、14.8兆円の損をしています。GPIFは、金利が上がらない限りは価格が下がらない運用ができていた円国債を日銀に売って、安倍政権の株価上昇策に促され(あるいは命じられて)、「国民に諮(はか)ることなく」、日米の株式に振り替えています。

2014年からはGPIFが日銀に国債を売り、その代金で約20兆円の日本株を買ったとき、当然のこととして、株価が上がりました(2014年10月1万5,700円→15年7月2万500円:日経平均)。


しかし、有限な資金のGPIFが、日本株に振り当てた30兆円で、買い増しをやめたとき、株価が下っています(2016年)。GPIFのあと、今度は、日銀が年間6兆円の特例の株買いで、支えています(19年6月には、26兆円の株価指数(株ETF)の所有)。

官製相場が30%(時価総額では150兆円)

今日は2万1,333円の日経平均で、その約30%分(6,000円)くらいが、官製相場によるものでしょう(郵貯+かんぽ生命+GPIF+日銀の買い)。官製相場は、永久に続けることはできない。しかし、政府系金融機関が売ると暴落の契機をつくるので、売ることもできない。

株価が暴落したときは、国民の年金マネーが減ってしまう運用構造になっています。GPIFのお金は、政府でなく国民が年金保険でおさめたものです。GPIFが、勝手に運用方法を決めていいものでしょうか?

【日銀も、株を買い続けることはできない】

日銀が、1年に6兆円の株の買い増しをやめるときは、ほぼ100%の確率で、日本株は下落します。そのとき、官製相場を作ってきた政府系金融機関(ゆうちょ、かんぽ、GPIF、日銀)には、大きな損がでます。結果責任は、誰が負うのでしょう。ゆうちょ、かんぽ、GPIF、日銀のマネーは、いずれも国民が所有者です。政府は所有者ではない。

【政府系金融機関の株買いの意味】

わが国では、個人で株を買う人は700万人しかいません(成人の7%)。40%の米国より、はるかに少ない。ところが、国民のマネーを運用している政府系の金融機関が、個人の代わりに株を買っています。

間接的ではあっても、国民が株を買って自分の年金基金を長期運用しているのとおなじことになっているのです。

日銀の発行マネー(日銀の負債)も、民間金融機関と国民が所有者であるマネーです。日銀のものではない。郵貯、かんぽ生命、GPIFのマネーも所有者は、国民です。政府に、こうした認識があるでしょうか。


【保険支払額より、給付額が少なくなる40歳以下の世代】

50歳以下の世代は、保険料の支払額に対して、年金・医療費・介護費を含む受益額は、赤字です。

社会保険料は会社が50%負担とはいいますが、会社側にとっては、人件費と同じです。個人分は、所得税と同じように会社が天引きして支払っています。

財政赤字の主因(33兆円分)は、足りない社会保障費の補填

【政府の税収+金融収入は、63.9兆円】

中央政府の総税収は、
・個人所得税(19.0兆円)、法人税(12.2兆円)、消費税(17.6兆円:8%)、物品税等10.3兆円、合計で59.1兆円しかない。
・その他の金融収入等が4.8兆円です。合計では63.9兆円が、政府の収入です。

【一般会計の財政支出は、97.7兆円】

一方で、中央政府の「一般会計」の支出は97.7兆円です(2018年度)。一般会計のなかに、特別会計の社会保障費(年金・医療費・介護費)を補填する33.0兆円が、もっとも大きな支出として含まれています。

【国債の発行が、33.6兆円】

中央政府の赤字国債の発行は、33.6兆円です(2018度)。社会保障費の、中央政府からの必要な補填33.0兆円は、税収ではまかなえず、財政赤字になり、2018年は33.6兆円の国債の発行、売却です。

家計と政府の双方で、赤字とは、お金の不足です。不足分は、国債の増発として借入金で調達されています。借入金でも、資金収支(キャッシュフロー会計)では収入になります。

【大福帳会計という方法】

政府の一般会計は、奈良時代の昔から損益会計ではなく、家計簿と同じ大福帳会計です。このため、国債の売りを、政府の売上収入と誤解しているふしも見えます。


政府は、借換債120兆円を含むと、1年に150兆円〜160兆円の新発国債を発行して、金融機関と日銀に売っているのです。国債は利付き借用証ですが、それが売れれば、資金の収入にはなります。


1990年代の財政赤字(400兆円)の原因

1990年代までは、米国が日本経済の構造改革として要求した公共事業費1年40兆円が、財政赤字の主因でした。この赤字が、10年間で約400兆円の国債の発行になって、いまも残っています。

【構造協議開催よる米国の要求】

日本の貿易黒字(=米国の貿易赤字)の原因は、日本が貯蓄額以上には、国内投資をしていないからである。米国は、「構造協議」を開催し、対米貿易黒字を減らすための内需拡大策として、1年に40兆円の公共投資を要求したのです。

日本政府はこれに応じ、国債を増発して、10年間で400兆円(40兆円/年)の公共投資を行ったのです。官庁の建物、高速道路、ダム、橋、河川整備、港湾整備、森林整備…などです。

リフレ派の政府系エコノミストは、国債という負債の裏に、政府が管理(専有)する公共資産があるから、資産を引けば、実質的な政府の負債は少ないと、政府のB/Sを作って、今も、主張しています。

専有と所有という概念は、違うものです。専有は管理、所有は自分のものとしてもつことです。公共資産は、政府が専有するものであっても、所有するものではない。公共資産は、税を払う国民が所有しているものです。

これらの公共投資は、帳簿上では名目的な資産として見なすことはできても、民間に売って換金できるものではない。政府間で売っても、政府のマネー増加にはならない。森友学園に対して行った、国有地払い下げのように、民間に売らなければマネーにはならない。


一体誰が、公共投資で整備された河川、港湾、橋、高速道路、森林を買うでしょうか。国会や、官庁の建物、設備、美術館、博物館も買う人がいるかどうか。

不動産会社は買いません。官庁の建物を買っても、政府にリースしなければならないからです。

換金できない資産は、会計上、負債と相殺できる有効な資産ではありません。企業が、「買い手がなく売れない土地」を所有していても、銀行が「担保価値があると見る有効な資産」でないのと同じです。公共投資の不動産は買うことの意味がない「月や火星の土地」と同じです。

【中国への米国の要求】

現在、トランプ政権は、中国輸入に対して関税をかけ、対中貿易赤字を減らそうとしています(3,752億ドル:41兆円:世界に対する米国の貿易赤字の50%)。これも90年代の日本に対して要求した「構造協議」とおなじ筋のものです。米国は勝手な国家です。

日本は、公共事業は官僚の権益になるので、進んで財政赤字を拡大し、国債発行して10年間で400兆円を使いました。400兆円の国債として残っています。国債の返済は1円もなく、借り換えていて(手形の期日を伸ばすジャンプともいう)、現在の負担になっています。


一方では、年40兆円の公共事業が、資産バブル崩壊のあとの、90年代のGDPの減少をとめていたのです。


2000年代の財政赤字の原因は、退職世代に増加によって増えた社会保障費

【生産年齢人口の減少は、24年も前からだった】

日本は、1995年に生産年齢人口(15歳〜64歳)が、8,716万人でピークを迎え、その後は、減少する時代になりました。

2016年には7,656万人へと1,060万人減っています(内閣府)。働く世代は、1年の平均で50万人減っています。生産年齢の人口が減った分、自然に、65歳になっていく人口は増えます。

この人口構造の変化を見れば、経済(GDP)が2%以上成長するわけがないことがわかるでしょう。GDP=1人当たり生産性×労働人口、だからです。1人当たり生産性は、1年に0.5%から1%しか上がっていないからです。

(注)働く世代の減少を補うAIの利用が、進み始める2025年ころまでは経済(GDP)の3%以上の成長は、期待できません。2030年ころから「GDP(=総所得)の増加より、1人当たりの所得が増える時代」に向かうでしょう。ただしAIの利用では、職を失ったひとが、別の職に移動する期間の、生産性の低下が必要です。なおAIは、増える医療での生産性を上げる効果をもちます。たとえば、画像診断や診療でAIを使うと、医療の生産性が上がります。AIをみていると、人類は、困難と思われることを克服する技術を準備することもわかります。

【公共投資は半減されたが、社会保障費が増えた】

2000年代からは(小泉内閣の構造改革)、40兆円の公共投資は20兆円レベルに削減され、公共投資が多かった地方の建設・土木の不況をもたらしました。20兆円の公共事業(建築・土木需要)が減ったのですから、公共投資が多かった地方が不況になるのは当然でしょう。

代わりに増えたのは、
(1)社会保障費を使う(受給する)、65歳以上の人口の増加と、企業の利益の減少によって、個人所得税、法人税が減ったことが重なったことからの、
(2)社会保障費の赤字(1年に30兆円から35兆円)です。


【所得税の低下原因】

個人の所得税が減った理由は、生産年齢人口(働く人)が減ったことから、世帯所得が1995年を頂点に減ってきたからです。

世帯所得の減少とともに、1995年までは高かった日本の世帯の貯蓄率は、信じられないことですが、米国を下回ったのです。(1995年10.1%→2007年3.3%→2017年2.5%)。

このため、財投債(国債と同じ)を買っていた郵貯と国債を買っていた郵貯と銀行預金は、増えなくなっていきました。

ところが社会保障費の赤字から、国債の増発は続いたのです。

【1998年から、日銀による国債の買いが始まった】

金融機関が買えない分(当時は10兆円〜20兆円:現在は30兆円)を、日銀が買うしかなくなったのは1998年からです。

日銀が買わないと、国債の金利が上がって、財政赤字のため増加発行をつづけなければならない国債価格が、売れる価格になるまで下がるからです。日銀の国債買いは、わが国の資産バブル崩壊後の金融危機だった1998年から始まっています。

2019年6月の日銀の国債所有額は481兆円であり、普通国債の約50%です。中央銀行が、戦時国債以外の国債の半分をもつ国は、日本だけです。

【法人税の減少】

法人税が減ったのは、名目GDPの成長がなく企業の利益が減少したからです。名目GDPは、商品を生産する企業の付加価値額に一致します。これがふえなくなると、260万社の合計での企業利益は、当然に減少します。


所得税と法人税収の減少と、65歳以上の人口がふえたことによる社会保障費の増加が、2000円年代の財政赤字であり、国債の増発の原因になって残高が1,000兆円規模になったのです。


「年金は100年安心」の内容は、安心できない

政府は「100年安心の年金」といっています。この安心には、3つの、前提となる政策があります。

(1)公的年金の支給額を、モデル世帯の平均収入の50%に抑えること。これが基本です。
(2)50%に抑えるため、「マクロ経済スライド」として、賃金と物価の上昇率より、年金の増額を低くすること。
(3)もっとも肝心な条件は、政府が年30兆円以上の国債を増発し続けても、金利が上がらず、国債価格が下がらないことです。

安倍首相は、(1)(2)の条件は言っても、(3)の条件は絶対にいいません。

理由は、「日銀が国債を買い続ければ、金利は上がらない」という「MMT(現代貨幣論)」の、自国通貨イデオロギー的な主張を、信じているからでしょう。財務省も、当然に言わない。日銀も言いません。第二次世界大戦につきすすんだ陸軍に似ています。付記すれば、国民世論に対して戦争をもっともあおったのは、いまは「反政府」の傾向がある朝日新聞でした。

100年安心とは、「65歳のあと95歳までの、平均的な生活費は年金で足りる」ということではない。この点で、野党(蓮舫議員)の質問と非難は、的はずれです。

現役時代の平均所得の半分に「基礎年金+厚生年金」の支給額を抑え続けることができれば、年金制度の赤字が今より拡大することはないので、「制度が破綻することはない」という意味のものです。賃金が下がると、年金も下がる仕組みにしたからです。


つまり、年金の100年安心は、「年金の赤字が増えると、年金額を政府が減らすから」というものです。「年金支給が増えても安心」というものではない。

現在の貯蓄額から見える、驚嘆の内容

金融庁の諮問会議は、65歳で無職世帯の、平均的な必要貯蓄額は30年で2,000万円と報告しました。現在の貯蓄額を見て行きましょう。民間の委員を招集する諮問会議は、官僚が政策を作るための、素案を提供します。行政の民主化のための制度です。

【世代別の、純貯蓄額】

世帯主が60歳以上の、2人以上の勤労者世帯の、負債を引いた純貯蓄額の平均は、1,837万円です(2018年)。50代以下も示します。
・50代 1,014万円、
・40代  499万円、
・30代は住宅ローンのため、マイナス735万円、
・29歳以下は、マイナス297万円です。
全世代の平均の純貯蓄は499万円です。(家計調査)

注目すべきことは、全部の世代で、普通なら増えるべき純貯蓄額が減り続けていることです。全世代平均では、2002年から30万円くらい減っています。原因は、「所得が減って余裕が減り、貯蓄率が下がったこと」からです。GDPの伸びのなさは、同じ世代の世帯の貯蓄の減少という、先進国で唯一の結果を、もたらしています。

とくに30代の世帯の、純貯蓄の減少は激しく、2002年の30代世帯は、純貯蓄は、ほぼゼロでした。貯蓄と負債がバランスしていたということです。

ところが2018年の30代世帯は、純貯蓄がマイナス735万円です。大きな負債の超過です。これが、「必要な生活費が増える子供を作らない」ということの、もっとも大きな原因でしょう。びっくりしました。

30代以下の世代は、将来の社会保障費の受給においても、保険料の支払いが、1人当たりで1,000万円くらいは、超過する世代です。政府は、社会保障において、世界一の、世代間の生活格差の社会を作ったのです。30代の海外旅行が少ない理由も、はっきりわかりました。海外の観光旅行では、60歳以上の人が多いのです。

いまの傾向での社会保障費からは、現在の30代は、65歳を超えて退職したとき、平均的な預金額が、ゼロである可能性が高い。しかも社会保障では支払い超過の損をつづけます。政府は、ここを見ているでしょうか?見ていないと思えます。生活は100年安心ではない。30年先すら危ないのです。

30代の世帯の本人も、純貯蓄の大きなマイナスを知っているでしょうか。知れば、叛乱を起こしてもいいくらいのものです。加えて、ローンで買った住宅価格が上がって、資産ができることもないからからです。

65歳以上の世代は、子供たちに対して、遺産を2,000万円以上残す「義務」があるでしょう。当方からの提案です。国債は、後世の世代の負担です。その負担が生じるのは、社会保障費の赤字です。その社会保証費では、今の65歳以上、支払った保険以上に受益しています。


受益分は、社会保障の負担をする一方の40代、30代、20代に還元する義務があるでしょう。


【厚生年金の平均額】

厚生年金の対象者の、2018年の平均支給額は夫婦2人で平均21万円/月です。国民年金(基礎年金ともいう)の夫婦は、1か月13万円です。2人の厚生年金は、「基礎年金(13万円)+厚生年金(約8万円)」です。これは、平均の支給額です。

現役時代の所得が高かった人(=所得大に対しし一定率の保険料を多くおさめた人)と、共済年金がプラスされる公務員は、1人が平均20万円(年間240万円)くらいです。

共稼ぎのときは、夫婦2人で、平均が月30万円(年間360万円)です。月30万円の年金の公務員なら、確かに「100年の生活安心」になるでしょうか。

【2000年代からの、財政赤字の原因は、増えた社会保障費】

年金(56.7兆円支給)、医療費(39.2兆円)、介護費他(25.3兆円)、合計では121.3兆円にふくらんだ社会保障費での、
・保険料ではまかなえない赤字(46.7兆円:お金の不足)が、
・国債と地方債発行の主因になっています。

◎政府の赤字財政が持続可能かどうかの問題は、65歳以上の人口増加から、支給額が同じなら1年に3%(約3.6兆円)は増えていく社会保障費をどうするかに、かかっています。

◎財政赤字の継続が、長期間、可能であること、言いかえれば国債の増発がどこまでもできるということがない限り、いまの「社会保障制度」も安心ではない。


【65歳以上の人口】

年金、医療費、介護費の対象者になる65歳以上は、2016年で3,459万人です。同年の総人口1億2,683万人での構成比は、27.3%でした。

21年後の2040年には、65歳以上の人口は、3,901万人へと442万人増加します。年間で18万人増えることは、確実です。人口は確定した未来です。(国立社会保障・人口問題研究所:2017年推計)

65歳以上が増えるなかで、総人口は、2040年には1億1,003万人へと、1,680万人も減ります。1年間で「1680÷24年=70万人平均」で減って行きます。

【生産年齢人口の減少は続く】

総人口のうち、社会保険料を支払う現役世代が多い生産年齢人口(15歳〜64歳)は、2016年では7,648万人です。2040年には5,978万人へと、1,670万人も減ります。減少は毎年平均69万人です。総人口の減りかたより、生産年齢人口の減少のほうが多い。

2040年では、総人口1億1,003万人に対する65歳以上の構成比は、35%に上がります。文章で読んだだけでは、ごちゃごちゃになっているかもしれません。表にします。

           2016年    2040年    増減
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
・65歳以上の人口   3,459万人   3,901万人  +442万人
・生産年齢人口    7,648万人   ,5978万人 −1,670万人
・総人口     1億2,683万人  1億1,003万人 −1,680万人
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

以上のように、日本の人口問題とは、生産年齢人口の大きな減少(年間70万人)であることがわかるでしょう。この世代は、働いて年金・医療保険を払っていて、まだ受け取らないひとたちです。

一方で、年金・医療保険を、払った累積額以上に大きく受けとる65歳以上は増えるのです。

65歳以上の世代が受け取っている年金・医療費・介護費のうち約30%が、政府の財政赤字(33.6兆円)になり、国債の増発になっています。

再確認すると、政府が「年金制度は100年安心」という理由は、3つです。
(1)社会保障費の30%の国債を、金利を上げることなく、増加発行し続けることができること(2018年は+33.6兆円)
(2)「マクロ経済スライド」という減額の方法により、年金の支給額額を、現役時代の平均の約50%を超えないように抑えること(つまり所得代替率50%)
(3)政府は財政赤字の国債発行を、いつまでの可能としていること。

意味が分かりにくい「マクロ経済スライド」は、
・物価と賃金の上昇があっても、年金はその分は増やさず、
・年金を受け取る平均余命の、伸び率の分を減額して(年0.3%の減額で固定)、わずかしか増やさないという方法です。

【2019年度支給年金のマクロ経済スライド】

具体的にいうと、2018年では消費者物価は1%上がり、働く人の名目手取り賃金の総平均は、0.6%上がっています(実質所得は-0.4%です)。

これに対して、年金額の改定は+0.1%でした(2019年度支給分)。物価上昇を引いた実質では、2018年に対して0.9%下がったことになります。これは、4年ぶりの改定でした。

なお物価が1%下がるときは、年金は1%減らされます(実質額は同じです)。

「社会保障制度は100年安心」ということの本質にあるもの

政府からは安心とされている社会保障制度の、財政での問題は、
・中央政府の、財政赤字の分(2018年は33.6兆円)、国債を増加させつづけても、
・金利が3%に上がるときはないかという問題です。

つまり金利が、「社会保障制度への安心」の、本質的な課題になるものです。国債問題の本質は、金利です。

2018年12月で1,304兆円の政府部門の負債があるわが国では、試算すると、(うち国債・地方債は1,096兆円)
・金利が2.5%から、財政支払いの危機に向かい、
・3%になると、価格が下がる国債の発行難が起こって、財政予算の100%支払いができないというデフォルトになるからです。


国債の増加発行ができないと、121兆円の社会保障費も、70%しか払えなくなります。30%は未払い、または時期を決めない延べ払いになるのです。これをデフォルトといいます。


【政府の破産とは、デフォルトのことである】

なお、政府は、債務超過になって、借り入れができなくなった企業のような倒産と破綻はしません。倒産した企業は、その日から企業活動ができなくなります。しかし、政府の行政は、続きます。

国会と公務員組織も残ります。倒産会社の社長とはちがい、首相や大臣という職業も存在しつづけます。革命が起こらないかぎり、政府は存在し続けます。

政府の破産とは、革命や倒産ではなく、デフォルトのことです。

デフォルトとは、法令で決めたまたは予算とした支出の支払いが、100%はできなくなることです。120兆円発行しなれればならない借換債の発行にも困難をきたすので、満期がきた国債の返済と、利払いもできなくなります。これが国債のデフォルトです。

▼MMT(現代貨幣理論)の主張

ここでMMT(現代貨幣理論)の主張です。政府の子会社が中央銀行である。このため両方を資産・負債を統合して、連結で見なければならない。中央銀行は、政府の国債を買って、国債を通貨に換えることができる。通貨は、国債と違い、返済と利払いが要らない。「政府紙幣」を発行したことと同じになります。


中央銀行が、財政赤字から発行する国債を買い続ければ(政府紙幣を発行すれば)、銀行借り入れのクラウディングアウトにはならず、金利も上がらない。

つまり政府の破産(デフォルト)は永久にない。ただし、インフレの可能性はある。大きなインフレの時は(想定は7%以上か?)、増税するか、財政支出を絞れば、短期で収まる。

以上の原理から、政府は「完全雇用」を目的に、積極的に財政赤字を作って、財政支出を増加させるべきである。

以上が、自国通貨をもつ国の政府財政についての、MMT(現代貨幣理論)の主張です。果たして、これは正しいでしょうか。当メルマガの前号でもとりあげました。

▼米国での論争

トランプ財政(減税と軍事費の増加)で、赤字が1兆ドルに増えている米国で、論争が起こっています。

米国連邦政府の財政の累積赤字は22兆ドル(2,420兆円)に達して、連邦国債の発行額になっています。FRBは2.15兆ドル(236兆円)の米国債を買って、ドルに変換しています。
※参考:Quarterly Report on FederalReserve Balance Sheet
Developments

(注)米国では、州の赤字(州債や市債の発行)も連邦に匹敵します。NY市は何回か、夕張市のように破産しています。市が破産すると、警察官や公務員は、ドライに、その日からレイオフになります。カリフォルニア州の、豊かなひとたちが住んでいて税収が多いオレンジ・カウンティ(郡)も、デリバティブによるマネー運用の失敗から1994年には破産していました(損失17億ドル)。


オレンジ郡の財政予算の規模は、37億ドルでした。日本では、政府の破産をこの世の終わりのようにいう人が多いのですが、そうではありません。

MMT(現代貨幣論)の財政モデルは、異次元緩和を行った日本だった

日本は、世界のなかで、もっともGDP比の累積財政赤字が大きい。
()内は世界の順位です。

▼世界のGDP比の累積財政赤字(=政府の負債)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(1)日本 GDP比 237%(長期金利マイナス0.13%)
(2)ギリシア 183%(2010年に破産:当時の金利30%:現在3.4%)
(3)ベネズエラ 175%(ハイパーインフレ:81万%)
(6)イタリア 132%(2011年の長期金利7%:現在は2.29%)
(11)シンガポール 108%(長期金利2.09%)
(12)米国 106%(長期金利2.077%)
(18)フランス 98%(長期金利0.108%)
(29)英国 86%(長期金利0.853%)

※出典:世界の政府債務残高対GDP比 国別ランキング・推移
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(注)各国政府の債務は、その内容をみると一律には順位をつけて比較することができない性格ももっています。

【米国と中国についての注記】

(1)米国は、政府負債GDP比106%と、日本より少ない代わりに、海外が米国に貸しつけたことになる対外負債が36兆ドル(名目GDP比163%:3,960兆円)と大きい。

(2)中国は、政府負債がGDP比54%と少ない代わりに、政府に代わって住宅投資、設備投資を行ってきた企業部門の、国有銀行からの負債が、GDP比184%と大きい(18年3月)。中国では、連結で見なければならない国有企業が、共産党政府の代わりに、GDP比110%(企業負債の60%)の負債を抱えてきたからです。政府紙幣を発行している共産主義では、たとえば、携帯電話のファーウェイに対する政府の支配に見るように、全部門も政府とみてもいいものです。

負債の大きな中国企業の破産と、企業の不良債務の少なさの理由は、国有銀行が、不足した政府紙幣を貸し付けているからです。


(3)米国、中国とも、ほんとうは、日本と同じレベルの政府負債が、実質的にはあるとみなければならない。

米国の36兆ドルの対外負債は、FRBが発行したドルベースの負債だからです(海外からの米国債の買い、米国企業の株の買い、社債の買い、証券化商品の買い)。

(注)日本は、政府管理の金融資産を引いた純負債でもGDP比153%で世界1位です。イタリアは120%、ポルトガルは108%、フランスは87%、米国は80%、英国は77%です。
※参考:世界の政府純債務残高対GDP比 国別ランキング・推移

【政府紙幣】

政府紙幣とは、政府が財政支出のとき、国債の代わりに発行するものです。日本では、明治初期の、米価3倍のインフレを起こした太政官札が政府紙幣でした。

江戸時代の、改鋳されて量が増えていた小判も、紙幣ではない政府貨幣です。政府紙幣は、税収以上の財政支出になって、必ずインフレを起こしていました。

19世紀からは中央銀行を作って、政府は金融機関に売る国債を発行するようにして、(1)紙幣は中央銀行が、(2)預金通貨は貸付金を増やす能力をもつ銀行が発行するように、変わってきたのです。

中央銀行は、通貨量と金利の調節を行い、通貨の価値(商品の購買力)を下げるインフレを起こさないことが、公的なミッションでした。

数年の準備を経てやおら登場した「現代貨幣論」は、政府と中央銀行を連結して統合政府とすることよって、財政支出に政府紙幣を使うということを主張するものです。

政府紙幣なら、国債とは違い、満期の返済と、毎年の利払いがない。政府が財政赤字(支出−税収)を増やしても、支出は政府紙幣で決済できるから、政府が破産(デフォルト)に陥ることはない主張しています。

じつは、リフレ派のエコノミストにも、政府紙幣の発行を要請するがひとたちが混じっていました。現代貨幣論は、理論的な装いをとって政府紙幣を根拠づけたのです。


(注)現代貨幣論の前は、中央銀行が国債を買うことは、国債を現金化する「マネタイゼーション」であり禁止事項だと言われていました。


米国では「バーナンキの逆説」があった

【国債のマネタイゼーション】

元FRB議長のバーナンキは、恐慌学者ですが、リーマン危機のQE(量的緩和4兆ドル)のとき、記者に問われ、以下のように答えてしました。

政府の発行する国債をFRBが買って「マネタイゼーション(国債の現金化)」をすれば、政府紙幣の発行と同じになる。政府紙幣の発行が有効なら、政府は、財政支出を税収でまかなう必要なくなるだろう。つまり、無税国家も誕生できることになる。

【税金は、民間の商品需要を減らす】

税は、国民の購買力を削減するものである。税金を払った分、商品は買えなくなるから。しかし、無税にすれば、民間経済が、「GDP=生産力=所得=需要」になるだろう。

【政府紙幣】

その中で、政府が政府紙幣の増加発行により、財政支出という需要を作ると、民間需要で100%になっている生産力に対して、超過需要を作ることになる。

つまり「需要量(国民の無税所得+財政支出)>商品生産力」である。その結果、大きなインフレになっていく。インフレとは、金利の上昇であり、同時に政府紙幣の価値の下落であり、自由な外為市場では通貨の暴落になる。

【金融危機への効果的な対策は、政府紙幣だけではない】

不良債権により銀行の資産が縮小したことからの、マネーサプライの減少という金融恐慌が、実体経済の需要を減らす恐慌に波及する恐れのときは、
・中央銀行が国債を買って、マネーを増発はしても、
・政府紙幣の発行は、行うべきではない。


【プラチナコインの政府通貨のアイデアは、MBSの買いになった】

じつはリーマン危機のあと、オバマ内閣の議員からは、「政府が、1枚で1兆ドルのプラチナコインをFRBに発行し、FRBは1兆ドル増発して政府に与え、政府はそれを財政支出(=銀行の資本支援)につかえばいい」というアイデアもあったのです。

これは政府通貨の発行と同じです。さすがに実行はされませんでした。10年前に、現代貨幣論が登場していれば、FRBも行ったかもしれません。

当時は、クルーグマンが日本に勧めた「ケインズの流動性の罠論」しかなったのです。「復活だぁっ!日本の不況と流動性トラップの逆襲」(山形浩生訳)2001年:(クルーグマンの金融理論です)。
※参考:復活だぁっ! 日本の不況と流動性トラップの逆襲

FRBは、オバマ大統領の顔を刻印した1兆ドルのプラチナコインの代わりに、AAA格で60%に下落してBBB格は価格がゼロになっていたMBS(住宅ローン担保の回収権の証券)を約2兆ドル(220兆円)、市場の時価ではなく発行額面で買って、金融機関に無償でマネーを与えました。

【米国の金融危機からの離脱は、株価の上昇によって果たされた】

この2兆ドルの増発マネーが、同じFRBによる国債のマネタイゼーション(2兆ドル)と一緒になって、
・社債での借り入れから、株の購入(自社株買い4兆ドル:2011年〜18年)に向かい、
・株価は3倍に上がって(時価総額3,000兆円)、株を資産としてもつ米国の銀行は、資本を回復しました。

ドル増発は、米国では、「社債による4兆ドルの調達→自社株買い4兆ドル(440兆円)→S&P500社の株の時価1,200兆円上昇→株価時価総額3,000兆円→3倍に上がった株をもつ銀行の自己資本の回復→銀行の債権購入→企業と世帯のマネーサプライの増加」と波及して、金融危機は収まったのです。

これが、米国経済が好調(需要が好調)といわれてきたことの内容です。1980年代以降の米国経済は、日本より激しく「金融化」しています。

「FRBの4兆ドルのドル増刷→社債発行による自社株買い4兆ドルを主導因として、S&P500社の株価が1,200兆円上がった→米国経済が好調」という逆転した論が興ったのです。犬のしっぽが、犬を振り回したことと同じです。


リーマン危機のあと、所得で下位90%の世帯の物価上昇率を引いた所得は、伸びていません。株価の上昇で、所得が大きくなった人が、下位の所得も増やすというトリクルダウンという奇妙な経済論すら出ています。米国は、(長期間の維持はできない)超絶的な所得格差の国になっています。


米国の企業文化(企業の行動様式)のなかで…

企業文化の面での原因は、株を買うヘッジファンドが促した株主ガバナンスの強さから、株価の上昇がCEOの義務になったことがあります。

日本では、米国よりはるかに、企業経営に対する株主のガバナンス(経営への支配)は弱い。株主ガバナンスとは、株式投資に対する高い配当と、株価上昇の要求です。

ただし経済紙は、その論説で、日本企業にも株主ガバナンスの強化を要求しています。社外取締役増加に要請も、その一環です。

米国の、リーマン危機のあとの、商品物価ではなく、株価と不動産のインフレを生んだ資金循環(増発されたお金の流れ)は重要です。米国に特有といえるものです。増発マネーの効果は、それぞれの国の企業文化と価値観でちがいます。

日本・欧州では、米国風の資金循環(お金の流れ)は、起こりません。同じ資本主義といっても、マネーに対する伝統文化が混じる企業行動様式には、違いがあります。

(注)日本の自社株買いは、増えたとはいっても年7兆円レベルです。


米国では、株のオプション権を簿外報酬としてもらうCEOが、強欲化したのです。オプション権とは、上がった株を一定価格で買う権利です。100ドルで買う権利を100万株貰っていれば、株価が220ドルに上がっても、100ドルで買えるので、120ドル×100万株=1.2億ドル(132億円)の、個人所得になります。

この個人所得は、会社のオプション料以外は人件費にはならない。オプション権の増加が、自社株買いが4兆ドル(440兆円)にまでふえた(増え過ぎた)、主な理由です。米国では、CEOの所得は数十億円から数百億円です。カルロス・ゴーン氏が、不正までして所得を増やした原因がこれです。数億円の年収では、我慢ができなかったからです。

【健康だった、アメリカ資本主義の時代】

ヘンリー・フォードは、世界で最初に標準デザインのT型フォードを量産したとき、従業員の給料を上げています。自動車を量産するには、それを買える人が増えなければならない。そのために、社員の給料を他社よりはるかに高くする。

自分たちが作った車を、社員が買えるようにするためであると書いています(『藁のハンドル』)。110年前です。米国の資本主義は、オプション株を含むデリバティブ開発以降の金融工学化(1980年代〜)で、変質してしまっています。オプション権を買うオプション料を決めるのが、公式化さていて誰でも計算ができる、ブラックショールズ方程式です。

【過去のボラティリティの延長という間違い】

ブラックショールズ方程式は、標準偏差よる確率的な未来を示すものです。20日間の過去の標準偏差をそれから先1年に延長するという、本質的な欠陥をもっています。神ではない人間にとっては過去(記憶)しかないからです。

明日になっても、明日はまた明日です。明日は変化するというのが未来の本質です。その証拠に、標準偏差の2倍で、2.5%の確率を短期計算するボラティリティ(価格変動の確率)は、毎秒変化しています。

【数学的なこと】

この確率的な未来は、確率的にもっとも出現率の高い平均を出す指数平滑による計算として、オプションと同じ構造の先物の短期売買のシステムトレードに応用してはいますが…統計学は、いろいろな平均の計算法の学でしょう。

標準偏差は、過去の数値の変動幅の平均です。マネー運用のプログラムを作るクオンツが使う統計学とデリバティブ(=オプション料)の、ファイナンスの関係は深くなっています。



http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/121.html#c29

[近代史3] 日本や中国のバブルは簡単に崩壊するけれど、アメリカのバブルだけは絶対に崩壊しない理由 中川隆
30. 中川隆[-8581] koaQ7Jey 2019年8月30日 08:01:51 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4171]
異次元緩和から6年目、ついに地銀が赤字となる段階に来た=吉田繁治 2019年2月27日
https://www.mag2.com/p/money/643676


1997年に世界の先頭を切って国債のゼロ金利を行った日本。6年経った現在、さまざまな副作用ともいえる出来事が顕在化されつつあります。詳しく見ていきましょう。


原因は1997年からの日本が世界の先頭を切った国債のゼロ金利

危機状態になったわが国の地銀

地銀は海外情報網が少なく、メガバンクのような海外運用はできない。マイナスからゼロ金利の円国債と、平均金利で0.76%の貸し金が本業の利益です。このため、105行の地銀のうち、2期連続で「本業が赤字」になっているのが半分です。

メディアは「銀行の危機」は破産になるまで報じません。報道されると預金取り付けになることがあるからです。銀行の信用は「情報」で作られています。

それにしても1995年まで、「銀行の赤字や危機」は非常識なことでした。1997年以降、変わったのです。原因は、1997年からの日本が世界の先頭を切った国債のゼロ金利です。

銀行にとって「本業以外の利益」は、買ったときより価格が上がって含み利益がある国債を売る益出しでした。ところがこれも、マイナス金利〜ゼロ金利で、国債価格が上がりきっているので、2018年からは買ったあとに価格が上がることでの含み益はなく、益出しにならなくなったのです。


期待金利で価格が決まる国債は、低金利に向かうときは、価格が上がって売却利益も出ます。しかし金利は、マイナスや0%以下には下げることができない(0%の限界という)。

・金利が横ばいになると、国債価格も買ったときと同じです。
・金利が0.1ポイントでもでも上がる傾向になると、保有している国債価格は下がって、売却損が出ます。

国債をもつ金融機関は、「円国債は満期までもつ」として、市場の時価での決算計上を逃れています。ところが証券業協会のデータで主体別の売買高を見ると、民間金融機関からは年間で130兆円の売りがあり、平均残存期間8年の国債を3年で売っています。
満期まで持つというのは、およそ、嘘の申告です。
※参考:日本証券業協会

決算書の偽装ですが、国債を発行している財務省の下部機構である金融庁が認めているので、問題になってはいません。お手盛りの決算書です。

<2016年8月が起点だった>

マイナス金利が導入された2016年8月以降、国債で損が出るようになってきたのは地銀、メガバンク、保険会社に共通です。マイナス金利のとき、国債は最高価格になるからです。

(1)長期金利が下がっていた2016年8月までは、国債の益出しができました。

(2)マイナス金利に日銀が誘導した2016年の8月以降に買った国債は、金利がわずかに上がっても価格は下がって、逆に、損を出すようになっています。

現在の8年債までのマイナス金利と10年債のゼロ金利は、国債での「今後、これ以上はないバブル価格」を示すものです。


日銀が5年で400兆円も買い上げたことが原因で、「バブル価格」になってしまったのです。(10年債金利:09年〜18年)
※参考:日本相互証券株式会社


<異次元緩和の副作用>

地銀の赤字、保険会社の利益難は、2%のインフレを目的にしている異次元緩和の副作用です(2013年4月から約6年になります)。

2017年2月に出した『財政破産からAI産業革命へ(PHP研究所』で、日銀が異次元緩和を続けることができるのは、ゼロ金利により「銀行が赤字になるときまで」と書きました。

2018年には実際に、地銀の半分が2期連続の赤字になっています。今後、本業が黒字に転換する見込みは、(全く)ありません。

銀行と保険会社は、「海外と国内の投資信託の販売手数料」に希望を託していまが、これは「一時的な幻」で終わることです。

<ヘッジファンドの元本も減少>

世界の投資家と金融機関から300兆円の元本資金を集め、約10倍のレバレッジで3,000兆円の投資信託を作っているヘッジファンドの元本資金に「引き揚げ」が起こっているからです。

原因は、簡単なことです。「ヘッジファンドが5%以上の利益を出せず、世界の株価が下がった昨年10月からは、運用益がマイナス」だからです。


損をする投資信託からは、投資家が預託資金を引き揚げるのが当然でしょう。投資信託も、株価が上がるとき増えるものです。

<メガバンクは円高の損>

仮に1ドル105円の円高(5%)になると、円安で恩恵を受ける三大メガバンクも「本業+本業外の経常利益」が赤字になるでしょう。

米国債の2%の金利利益(イールドスプレッド)が、「5%のドル安/円高」だとマイナス3%になり、一瞬で吹き飛んで2%の損が出るからです。

メガバンク合計で150兆円の米国での運用があるとすると、「5%のドル安/円高」での損は3兆円です。金利の利益の実現には、時間がかかります。しかし通貨変動の利益と損は、一瞬で生じます。

総じて言えば、異次元緩和のマイナス金利、ゼロ金利の副作用から「銀行が赤字から脱却できない時代」になりました。

金利が上がれば銀行と保険会社の利益が回復するかと言えば、そうではない。そのときは、2016年までは益出しができた国債600兆円の価格が下がるからです。銀行の赤字は、金融危機の新たな火種です。

金利の上昇と国債価格に問題(偽装)がある、内閣府の『中長期の経済財政に関する試算』

日銀は異次元緩和を停止して、米国FRBの2014年10月以降のように「利上げ」をしなければならない時期に来ています。

ところが異次元緩和を停止して、金利を上げることはできせん。ゼロ%の金利が上がることは国債価格が下がることです。8年債未満はマイナス金利、10年債の0%金利は、今後、(時期は別にして)上がるしかない。

<金利上昇と国債価格の関係>

(1)1%の金利上昇;
1%金利が上がると、長短合計の国債価格(1,000兆円)は7.5%下がって、日銀に3.3兆円の損、金融機関に4.2兆円の損が出ます。

(2)2%の金利上昇:
2%上がると、保有国債の損は13.8%に拡大し、日銀に5.52兆円、金融機関に7.92兆円の損が出ます。

(3)3%の金利上昇:
3%上がると、保有国債の損は19.4%に拡大し、日銀に7.76兆円、金融機関に11.64兆円の損が出ます。

(注)損の計算は、1÷(1+金利上昇率×平均残存期間8年)です。現在の10年債の金利がほぼ0%で、長短国債の平均残存期間が8年なので計算は単純です。日銀が1000兆円の国債の約40%、「金融機関(海外が11%)+保険会社」が、60%を持っています。


日銀は、「ゼロ金利からの離脱」ができないのです。


成長実現ケース:経済財政諮問会議提出

内閣府が作っている、『中長期の経済財政に関する試算』は、政府の財政の方針を決める根幹になるものです。この内容が、基礎数値においてゆがんでいます。厚労省の賃金統計どころではない。

楽観的シナリオでは名目成長を2019年2.4%、20年2.9%、21年2.8%、22年3.0%、23年以降は3.4%としています。まずこれに問題があります。ひどいのは、長期金利です。

<これから先10年の長期金利>

2021年までは0.1%、22年0.4%、23年0.9%、24年1.4%、25年2.1%、26年2.6%、27年3.1%、28年3.4%としています。

これは今後、国債価格が上がることはなく、下がる一方ということを政府が表明したことと同じです。

2024年ころから、政府シナリオの金利なら財政破産になっていくということも意味しますが、結論はそうなっていいません。

加えて穏やかな金利の上昇は、長期金利を政府・日銀がコントロールすることを示しています。長期金利のコンロールとは、金融機関の国債の市場での売買に政府が介入することです。どんな方法でそれを行うのでしょう。


<金利が下がっていた時期は、国債価格は上がっていた>

日銀の政策短期金利が下がり長期国債の金利も下がって、国債価格が上がっていた時期(2016年8月まで)は、政府は金融機関に「(利益が出る)国債を買ってくれ」と言えたでしょう。

しかし金利上昇を政府が想定し、国債価格は下がることを予定しているときに「(損をするが)国債を買ってくれ」と、どんな手段で要請できるのでしょうか。

<金利が上がる時期になると、国債価格のコントロールができなくなる>

市場の実勢では、政府シナリオに沿って「金利が上がり国債価格は下がる」という市場の予想になると、
・売りが増えて買いは減り
・国債価格は下がって
・金利は短い期間で、一層上昇
します。

すぐに、3%くらいには上がり、3%に上がると7%までは上がる期間は短いのです。誰でも、損の確定はイヤだからです。株価と同じですが、国債価格も下がるときは急速、上がるときはゆっくりです。下がるときの売りは、損の恐怖に駆られた、一斉の売りになるからです。

銀行の国債マネジャーは、益出しができなくなった保有国国債に対して恐怖心に駆られているでしょう。個人のマネーではなく銀行のマネーですが、担当の恐怖心は個人のマネー以上のものです。自殺者すら想定できます。(注)統計偽装の厚労省では、自殺防止のため、窓の鉄枠を強化しています。

低い経済成長率のベースラインシナリオ

名目成長は、成長ケースより低く、2019年2.4%、20年2.3%、21年1.6%、22年1.7%、23年以降は1.7〜1.5%とされています。


対応する長期金利は、2021年までは0.1%、22年0.2%、23年0.6%、24年1.2%、25年1.6%、26年1.8%、27年1.9%、28年2.0%とされています――



http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/121.html#c30

   前へ

▲このページのTOPへ      ★阿修羅♪ > 中川隆 koaQ7Jey > 100334  g検索 koaQ7Jey

★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/  since 1995
 題名には必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
掲示板,MLを含むこのサイトすべての
一切の引用、転載、リンクを許可いたします。確認メールは不要です。
引用元リンクを表示してください。