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中川隆 koaQ7Jey コメント履歴 No: 100396
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[リバイバル3] スピーカーの歴史 _ 何故、過去に遡る程 スピーカーもアンプも音が良くなるのか? 中川隆
56. 中川隆[-13064] koaQ7Jey 2020年3月05日 01:15:30 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[469]

G「CDしか聴かない人には、プリアンプの代わりにボリューム付セレクターを薦めるのは何故?」


店長「プリアンプのCD入力では、プリアンプの送りだしアンプを通ることになる。この送り出しアンプは音量調整が行い易いように付けられたもので、実質的には不要だ。通す事により音質の劣化が起こる。

そこで、高価なプリアンプを止めて、アンプの無い安価なボリューム付セレクターにすることでパワーアンプに資金が使える。そうしてパワーアンプを真空管シングルパワーアンプにでもすればトランジスタの超高級品にも負けない音質に変身するのだ!殆んどの方がびっくりされる(^^)

前に言ったシンプル イズ ベストにあたる。」

G「アンプの回路に基盤を使用しない理由は?」

店長「基盤を使う事でアンプの量産は可能になるが、耐久性に問題があり、直接お客様に販売する以上なかなか使用できない。

特に真空管アンプの場合は電圧が高いため、基盤は使わずに丁寧なラグ配線にすることで耐久性があがり音質を確保できる。」

M「アンプに使用している真空管が殆んどUSA製の理由は?」

店長「真空管の製造はアメリカが非常に高い技術をもっている。耐久性が良く、品質や特性が揃っている。

真空管を比較する事でも大きな差が出てくる。
その代わり価格は数倍になるが、アンプ全体からするとそんなに大きな割合ではない。アメリカの真空管を使わずに良い真空管アンプと言ってしまうと嘘つきになる。」


営業部長「何故真空管アンプを進めているのですか?」

店長「簡単に言えば音を一番良くすることが出来るし、理論的にも良くなることが分かっているからだ。

一番大事なことは真空管の電子速度がトランジスターの5000倍以上と速い事、

次が電圧を高く使用出来る為信号増幅が素直に行える。

その他、アンプ同士、又はスピーカーに対してもインピーダンス特性上の都合が良い。

都合の悪いところは素子の大きさやヒーター電力が必要である事などで、音質に対する不都合な点は非常に少ない。

ただし、出力インピーダンスが高いことにより、トランスを必要とする事だ
真空管の特性は素晴らしいが、このトランスにより周波数帯域が制限されてしまう。そこで良質な出力トランスを使う必要がある為に、真空管アンプを安く作ろうとしても、ある程度の能力を出すにはある程度高価になってくる。

ここで断っておくが真空管がトランジスターやICよりも良いと言っているだけで、世間にある真空管アンプがトランジスターやICを使って作られたアンプよりも良いと言っている訳ではない。

真空管アンプは最近になり良さを認められ良く売れるようになった為、心無いメーカーが多く出てきている。これは聴き分ける力を持つことで災難を逃れる事が出来る。

安い国産品のものや、新しい高価な海外品には気をつけた方が良い。

真空管アンプも昔の物と違って最近では技術が発展しています。音のエジソンのアンプも昔の物とは違い無帰還でも特性表からはみ出すほどのものです。」
https://www.otono-edison.com/audionosinjitu/urabanasi.html#12
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/858.html#c56

[リバイバル3] 3万円のドイツ製プロ用パワーアンプ thomann S-75mk2 と数百万円のハイエンドアンプとでは電源ケーブルを変えた位の差しか出ない 中川隆
31. 中川隆[-13063] koaQ7Jey 2020年3月05日 01:16:02 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[470]

G「CDしか聴かない人には、プリアンプの代わりにボリューム付セレクターを薦めるのは何故?」


店長「プリアンプのCD入力では、プリアンプの送りだしアンプを通ることになる。この送り出しアンプは音量調整が行い易いように付けられたもので、実質的には不要だ。通す事により音質の劣化が起こる。

そこで、高価なプリアンプを止めて、アンプの無い安価なボリューム付セレクターにすることでパワーアンプに資金が使える。そうしてパワーアンプを真空管シングルパワーアンプにでもすればトランジスタの超高級品にも負けない音質に変身するのだ!殆んどの方がびっくりされる(^^)

前に言ったシンプル イズ ベストにあたる。」

G「アンプの回路に基盤を使用しない理由は?」

店長「基盤を使う事でアンプの量産は可能になるが、耐久性に問題があり、直接お客様に販売する以上なかなか使用できない。

特に真空管アンプの場合は電圧が高いため、基盤は使わずに丁寧なラグ配線にすることで耐久性があがり音質を確保できる。」

M「アンプに使用している真空管が殆んどUSA製の理由は?」

店長「真空管の製造はアメリカが非常に高い技術をもっている。耐久性が良く、品質や特性が揃っている。

真空管を比較する事でも大きな差が出てくる。
その代わり価格は数倍になるが、アンプ全体からするとそんなに大きな割合ではない。アメリカの真空管を使わずに良い真空管アンプと言ってしまうと嘘つきになる。」


営業部長「何故真空管アンプを進めているのですか?」

店長「簡単に言えば音を一番良くすることが出来るし、理論的にも良くなることが分かっているからだ。

一番大事なことは真空管の電子速度がトランジスターの5000倍以上と速い事、

次が電圧を高く使用出来る為信号増幅が素直に行える。

その他、アンプ同士、又はスピーカーに対してもインピーダンス特性上の都合が良い。

都合の悪いところは素子の大きさやヒーター電力が必要である事などで、音質に対する不都合な点は非常に少ない。

ただし、出力インピーダンスが高いことにより、トランスを必要とする事だ
真空管の特性は素晴らしいが、このトランスにより周波数帯域が制限されてしまう。そこで良質な出力トランスを使う必要がある為に、真空管アンプを安く作ろうとしても、ある程度の能力を出すにはある程度高価になってくる。

ここで断っておくが真空管がトランジスターやICよりも良いと言っているだけで、世間にある真空管アンプがトランジスターやICを使って作られたアンプよりも良いと言っている訳ではない。

真空管アンプは最近になり良さを認められ良く売れるようになった為、心無いメーカーが多く出てきている。これは聴き分ける力を持つことで災難を逃れる事が出来る。

安い国産品のものや、新しい高価な海外品には気をつけた方が良い。

真空管アンプも昔の物と違って最近では技術が発展しています。音のエジソンのアンプも昔の物とは違い無帰還でも特性表からはみ出すほどのものです。」
https://www.otono-edison.com/audionosinjitu/urabanasi.html#12
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/983.html#c31

[リバイバル3] 最高の音を一番安く手に入れる方法 _ パソコンの iTunes ファイル + プリ機能付き DAC + フルレンジスピーカー 中川隆
104. 中川隆[-13062] koaQ7Jey 2020年3月05日 01:16:28 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[471]

G「CDしか聴かない人には、プリアンプの代わりにボリューム付セレクターを薦めるのは何故?」


店長「プリアンプのCD入力では、プリアンプの送りだしアンプを通ることになる。この送り出しアンプは音量調整が行い易いように付けられたもので、実質的には不要だ。通す事により音質の劣化が起こる。

そこで、高価なプリアンプを止めて、アンプの無い安価なボリューム付セレクターにすることでパワーアンプに資金が使える。そうしてパワーアンプを真空管シングルパワーアンプにでもすればトランジスタの超高級品にも負けない音質に変身するのだ!殆んどの方がびっくりされる(^^)

前に言ったシンプル イズ ベストにあたる。」

G「アンプの回路に基盤を使用しない理由は?」

店長「基盤を使う事でアンプの量産は可能になるが、耐久性に問題があり、直接お客様に販売する以上なかなか使用できない。

特に真空管アンプの場合は電圧が高いため、基盤は使わずに丁寧なラグ配線にすることで耐久性があがり音質を確保できる。」

M「アンプに使用している真空管が殆んどUSA製の理由は?」

店長「真空管の製造はアメリカが非常に高い技術をもっている。耐久性が良く、品質や特性が揃っている。

真空管を比較する事でも大きな差が出てくる。
その代わり価格は数倍になるが、アンプ全体からするとそんなに大きな割合ではない。アメリカの真空管を使わずに良い真空管アンプと言ってしまうと嘘つきになる。」


営業部長「何故真空管アンプを進めているのですか?」

店長「簡単に言えば音を一番良くすることが出来るし、理論的にも良くなることが分かっているからだ。

一番大事なことは真空管の電子速度がトランジスターの5000倍以上と速い事、

次が電圧を高く使用出来る為信号増幅が素直に行える。

その他、アンプ同士、又はスピーカーに対してもインピーダンス特性上の都合が良い。

都合の悪いところは素子の大きさやヒーター電力が必要である事などで、音質に対する不都合な点は非常に少ない。

ただし、出力インピーダンスが高いことにより、トランスを必要とする事だ
真空管の特性は素晴らしいが、このトランスにより周波数帯域が制限されてしまう。そこで良質な出力トランスを使う必要がある為に、真空管アンプを安く作ろうとしても、ある程度の能力を出すにはある程度高価になってくる。

ここで断っておくが真空管がトランジスターやICよりも良いと言っているだけで、世間にある真空管アンプがトランジスターやICを使って作られたアンプよりも良いと言っている訳ではない。

真空管アンプは最近になり良さを認められ良く売れるようになった為、心無いメーカーが多く出てきている。これは聴き分ける力を持つことで災難を逃れる事が出来る。

安い国産品のものや、新しい高価な海外品には気をつけた方が良い。

真空管アンプも昔の物と違って最近では技術が発展しています。音のエジソンのアンプも昔の物とは違い無帰還でも特性表からはみ出すほどのものです。」
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http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/1002.html#c104

[リバイバル3] 真空管アンプについての よく有る誤解 中川隆
13. 中川隆[-13061] koaQ7Jey 2020年3月05日 01:17:57 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[472]
G「CDしか聴かない人には、プリアンプの代わりにボリューム付セレクターを薦めるのは何故?」


店長「プリアンプのCD入力では、プリアンプの送りだしアンプを通ることになる。この送り出しアンプは音量調整が行い易いように付けられたもので、実質的には不要だ。通す事により音質の劣化が起こる。

そこで、高価なプリアンプを止めて、アンプの無い安価なボリューム付セレクターにすることでパワーアンプに資金が使える。そうしてパワーアンプを真空管シングルパワーアンプにでもすればトランジスタの超高級品にも負けない音質に変身するのだ!殆んどの方がびっくりされる(^^)

前に言ったシンプル イズ ベストにあたる。」

G「アンプの回路に基盤を使用しない理由は?」

店長「基盤を使う事でアンプの量産は可能になるが、耐久性に問題があり、直接お客様に販売する以上なかなか使用できない。

特に真空管アンプの場合は電圧が高いため、基盤は使わずに丁寧なラグ配線にすることで耐久性があがり音質を確保できる。」

M「アンプに使用している真空管が殆んどUSA製の理由は?」

店長「真空管の製造はアメリカが非常に高い技術をもっている。耐久性が良く、品質や特性が揃っている。

真空管を比較する事でも大きな差が出てくる。
その代わり価格は数倍になるが、アンプ全体からするとそんなに大きな割合ではない。アメリカの真空管を使わずに良い真空管アンプと言ってしまうと嘘つきになる。」


営業部長「何故真空管アンプを進めているのですか?」

店長「簡単に言えば音を一番良くすることが出来るし、理論的にも良くなることが分かっているからだ。

一番大事なことは真空管の電子速度がトランジスターの5000倍以上と速い事、

次が電圧を高く使用出来る為信号増幅が素直に行える。

その他、アンプ同士、又はスピーカーに対してもインピーダンス特性上の都合が良い。

都合の悪いところは素子の大きさやヒーター電力が必要である事などで、音質に対する不都合な点は非常に少ない。

ただし、出力インピーダンスが高いことにより、トランスを必要とする事だ
真空管の特性は素晴らしいが、このトランスにより周波数帯域が制限されてしまう。そこで良質な出力トランスを使う必要がある為に、真空管アンプを安く作ろうとしても、ある程度の能力を出すにはある程度高価になってくる。

ここで断っておくが真空管がトランジスターやICよりも良いと言っているだけで、世間にある真空管アンプがトランジスターやICを使って作られたアンプよりも良いと言っている訳ではない。

真空管アンプは最近になり良さを認められ良く売れるようになった為、心無いメーカーが多く出てきている。これは聴き分ける力を持つことで災難を逃れる事が出来る。

安い国産品のものや、新しい高価な海外品には気をつけた方が良い。

真空管アンプも昔の物と違って最近では技術が発展しています。音のエジソンのアンプも昔の物とは違い無帰還でも特性表からはみ出すほどのものです。」
https://www.otono-edison.com/audionosinjitu/urabanasi.html#12
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/923.html#c13

[リバイバル3] 株で儲ける方法教えてあげる(こっそり) 新スレ 中川隆
273. 中川隆[-13060] koaQ7Jey 2020年3月05日 07:56:04 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[473]

平野憲一の株のお話
http://kasset.blog.fc2.com/


2020.03.04 世界で高まる期待と不安。
 3日のNY株。
 ダウは785.91ドル安の2万5917.41ドル、ナスダックも268.08ポイント安の8684.09ポイントと大幅反落。

 FRBは緊急の連邦公開市場委員会(FOMC)を開き、政策金利を0.50%引き下げると発表しました。発表直後のダウは381ドル高となる場面もありましたが、その後材料出尽くしの売りが強まり、逆に下げ幅が997ドルに及ぶ場面もありました。日中値幅は1378ドルで、VIXショックの2018年2月5日以来の大きさでした。

 イングランド銀行のカーニー総裁もイギリス議会委員会で、イギリスの経済と金融システムを支えるため必要なあらゆる措置を講じる事を明らかにしました。IMF(国際通貨基金)と世界銀行も共同で声明を発表し、必要に応じて緊急の措置に乗り出す姿勢を強調しました。これで世界の主要な中央銀行が景気の下支えに向けて足並みをそろえたことになりました。それだけ厳しいと言う事でもあり、世界中で不安と期待が高まっています。

2020.03.05 ひとまず落ち着く。
 4日のNY株。
 ダウは1173.45ドル高の2万7090.86ドル、ナスダックも334.00ポイント高の9018.09ポイントと大幅反発。

大統領選の民主党候補指名の天王山スーパーチューズデーでの穏健派のバイデン前副大統領の勝利を歓迎して一斉の買い戻しとなりました。
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/822.html#c273

[リバイバル3] 株で儲ける方法教えてあげる(こっそり) 新スレ 中川隆
274. 中川隆[-13059] koaQ7Jey 2020年3月05日 07:58:40 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[474]
暴落する時はあくまで”暴落”であって、それは一気に急落する、信用売りも仕掛けられないほどの暴落なんです。

言ってみれば、急勾配の坂を下る様な個人が信用売りでコントロール出来る様な代物ではなく、足元に突然大きな深い穴が開いて、真下に真っ逆さまに穴の中に落下する様な”暴落”なんです。

だから、暴落時に信用売りを仕掛けても、何しろ値が全然付かないのですから信用売りも約定する事はあり得ません。それほどの恐ろしいものなんです。

暴落の怖いところは、下がるだけではなく、その翌日は逆に値ごろ感を持った投資家が一挙に買いに殺到して反転暴騰して、今度は買いを入れても値が付かず、買い約定も出来ない・・・

そんな状況を総じて”暴落”というのです。

仮に暴落時に信用売りを仕掛けて”運良く”約定しても、その翌日は、逆に一気に全株全面暴騰し、日経平均で何千円も踏み上げられるのです。
そんな状況でも信用売りを仕掛けるのは、余程の”勇者”か余程の”資産家”か余程の”素人”なんでしょう。

ブラックマンデーの様な、又日経39000円からのバブル崩壊の様な ”暴落”はいわば一方方向の暴落なんていう代物ではなく、暴落と暴騰を日替わりで繰り返しながら株価が急落して行く、”ダッチロール”の墜落の様な”暴落”である事を是非理解しておいて下さい。

ネット系の個人投資家は 逆に行け行けドンドンの 横並び体質がありますので、一転暴落が起こったら、過去の暴落以上に売りが売りを呼んで、サーバーダウン等も相まって、過去の暴悪以上の凄まじい想像以上の暴落になると私は思ってます。

_________________

暴落時に空売れると思っている人間が多いよね。
S安貼り付きに売りで並ぶつもりなのだろうか。

本格的な下げか、押し目か判断してから参加するとか言っている人間は一番ダメだな。 暴落の一番オイシイ所を逃すばかりか、押し目だった場合、大底で空売るハメになる。

または「まだ早い、ただの押し目だ」と言い続けて売り遅れ涙目になるのがオチ。
暴落始まったら損切りしたくてもできない。 売れないから。
今現在、株トレードにおいて自分が勝ち組だと思ってるやつも大半はやがて自分も負け組であることを実感する時が来る。 有名なアナリストも株相場はトランプのババ抜きみたいなものといっているくらいだから利益確定してさっさと勝ち逃げするのが賢明

___________________

ビルに飛行機がつっこんだ。
東証は臨時に値幅制限を半分に。当然のようにS安連発。

自分の持ち株はマーケットメークだったので、1日で確か20%ぐらい下げた。
当時はまだ優良企業であると信じられていた某ソニー。
自分も期待しながらわずか200株だけだけど買ってました。

糞決算発表。確かその翌日は比例配分すらできないような大幅な売りを浴びてS安。その次の日も比例配分のS安。 一応国際優良株と言われ馬鹿でかい規模、こんな株が2日連続でS安っていう衝撃はあまりにもでかかった。

一番すごかったのはメガバンの売られっぷりだけどね。 100万ぐらいしてたのが1年もたたないうちに5万台まで売られた。

そのとき買っとけばよかったじゃんと言うかもしれないけど、とてもじゃないけど買える雰囲気じゃなかった。 某ドイツ証券の人が「東証を閉鎖せよ」っとまじで言ってるのw

自分はみずほ5万台で買ったのが自慢。だけど1株だけな。あのとき100株とか買えるような人がいたら天才か大ばか者のどっちかだな。

_____________________

90年バブルの方はブラックマンデー以降も2年くらいは好景気で株式相場も活況だった。逃げる気になれば逃げられた。もつとも当時は株と土地は長期的に下がることはないと思われていたから「逃げる」と言う感覚がなかった。

ITバブルの方は本当にバブル。一気にはじけた。あれは逃げるのが難しかった。
それでも全銘柄が急落したわけではない。逆張りでオールドエコノミーといわれたセクターに投資した人(バフェットもその一人)はむしろ儲けた。

87年に起こった、ブラックマンデー・ショック直前に、持ち株全部処分してノーポジを自慢してた香具師もいたが、その後の相場にはしっかり乗り遅れた。
現在のような、13年の長きにわたる下げ相場だと、弱気になるのも無理からぬことではある。

弱気筋も、売った持ち株が更に上伸していくさまを何度も見せ付けられて徐々に強気に変わっていくのさ。

そして、誰もが強気を唱えるようになるとき・・・
「桐一葉 落ちて天下の 秋を知る」 ようになる。
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/822.html#c274

[近代史4] ミラン・クンデラの世界

ミラン・クンデラの世界


天上の歌声 _ メリー・ホプキン
02. 2011年6月10日 14:20:41: MiKEdq2F3Q
2) 映画『存在の耐えられない軽さ』
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/488.html


存在の耐えられない軽さ _ 参考資料 _ 舊約聖書 傳道之書
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/550.html

http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/452.html

[リバイバル3] 酷い音のインチキ・レプリカを量産して伝説の評価を落とした Goodmans Axiom80 中川隆
64. 中川隆[-13058] koaQ7Jey 2020年3月05日 08:12:04 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[475]
「スピーカーは買い換えを考える必要のない素晴らしい物を」
https://www.otono-edison.com/original/speaker/prominent.htm


当店は営業25年目になります。当初は他のお店と変わりはなく、有名な海外のスピーカーを並べていました。そして良いスピーカーを選ぶ為に、展示している中から色々なスピーカーを自宅に持ち帰り、試聴していました。

当時はさすがにどのスピーカーも良いところがある等と楽しんでいましたが、自分専用のスピーカーが決まりません。そこで、生産が完了している古いスピーカー(昔の名器)といわれるものを次々と取扱い、試聴すると新しいものに勝るものばかりでした。

しかし、決定的なものはありませんでした。そしてスピーカーの歴史を調べ、行き着いたところが60年以上前の最高級フルレンジスピーカーです。

ウエスタンやジェンセン、RCA等、これらのスピーカーは現代のスピーカーとは大違いです。見かけは気にせずに本格的に考え抜かれた部分が多く、素晴らしい部分を沢山持っています。

簡単に言うと励磁型、フィクスド、ベークダンパーで、正当な考え方として最高のものです。現代のスピーカーユニットでは足元にも及びません。

コーン紙の作りでも非常にこだわりが有り、鉄の素材や紙の材料や糊の量や形成方法が全く違ったのです。現代の技術と大きな能力の違いを感じさせられました。

調べるうちにスピーカーは60年も前から衰退している事を実感したものです。

当時、このような高級フルレンジスピーカーは一般的に販売されていなかったようです。(販売されていたとしても購入できる金額ではなかったと思われます。)素晴らしい物を発見してしまいました。後にも先にももう探すところはありません。「これらのユニットを使わないで何を使う」と考えて作り始めたのです。

そして、当時の多くのスピーカーシステムを調べてみて、箱型では頂点を目指すことは出来ないことも分かりました。このように、これらのユニットに大きな可能性を感じたのですが、

現代の無難な考え方のスピーカーとは全く異なり、低音の量感は少なく、じゃじゃ馬で、そのままではスピード感や実在感はあるものの雰囲気や繊細さはありません。音質は良いのですが周波数特性上の暴れや、インピーダンスの暴れ、大きな共振には悩みました。

そして、色々な方法を考えました。最初はツイーターを組み合わせバッフルの形やネットワークで調整する事で何とか目的を果たす事が出来ました。その頃はこれらのユニットに見合うようなツイーターもなかったのです。

その後、発売されたエレクトロボイスの新製品(最も高価なドライバー+ホーン)DH-3を当店の大型システム(ホーン型)に使用しテストして決定しました。しかし、このツイーターをこのシステムに利用してみると前よりは良くなっていますが、完全に納得がいきません。

他の名器といわれるスピーカーと似たように原音に近いものでなく、オーディオの再生音に感じます。

試行錯誤すること5〜6年、やっと原因を突き止めたのです。その原因はアッテネーターであり、音量を絞ることで音質が劣化する事を発見したのです。

そして劣化のない新型のアッテネーターを考案する事が出来て、やっと思い続けていた音を出すスピーカーシステムが出来上がりました。
https://www.otono-edison.com/original/speaker/prominent.htm


▲△▽▼


スピーカーについて
http://www.otono-edison.com/edisonkyo/speaker.htm

スピーカーといえば皆さんはすぐに箱に入った四角いものを想像されると思います。そして、販売されているカタログを見るとすべてのものが素晴らしい考えのもとに設計し製造されているかのように書いてあります。スピーカーの設計は非常に難しく、素晴らしいと言えるようなスピーカーはなかなか存在しないものです。そこで、良いものを探すには知識が必要になってくるのです。
スピーカーシステムには使用されているスピーカーユニットの種類、またはエンクロジャー(箱)の種類などで目的の音質が異なり、本当に良いものが現在生産されているかということまで考えないと見つける事が出来ないかもしれません。


スピーカーユニットの種類には

●フルレンジ
 単体のスピーカーで全ての帯域を受け持つように設計されています。ユニットの中でこれほど簡単なものから高価なものまで数多く作られたものはありません。スピーカーユニットの設計の基本となるもので今でも最高級の低音用として用いられます。また、フルレンジとツィーターを一緒にした同軸2ウェイのユニットもあります。一般的な大きさのものでは同軸方のほうが非常に有利です。このフルレンジユニットがスピーカーの基本になると考えられても良いと思います。


●ウーハ−
 低音を重視して設計されたもので口径が大きくストロークが大きく取れるように設計されています。しかし、低音が伸びているとか大きさだけでは良い音質の判断材料にはなりません。同じ箱の大きさならば設計理由から判断すると口径の小さいウーハーの方が音質的に有利になります。
小さい箱で低音を伸ばすにはコーン紙の質量を重くします。低音の共振周波数が下がり、小さい箱の割には低音がよく出るようになりますが、注意するべき事は音質の低下です。重くなったウーハーはスピードが遅くなります。歯切れの良い低音は出てこなくなりますので音楽的には重ったるい鮮度の低い音質となります。
良質な原音再生を意図したウーハーは大口径でも軽い強いコーン紙で出来ています。そして能率が高く、高価なものは100dB以上もあるのです。


●スコーカ−
 中音用に設計されたユニットですが箱に取り付けた小型のものは今までに良いものはありませんでした。比較的に良いものとしては小型のフルレンジが使用されています。

大型のものではホーン型が使用されていますが、ドライバー単独では良いものかもしれませんが一般的に販売されているものではホーンの設計が設置する都合に合わせてあり、低音や高音との音の位相や定位が上手く取れないのが殆どです。見た感じ凄そうに見えますが家庭用としては不完全でしょう。しかし、低位と位相が合わせられたものは予想を越える素晴らしさがあります。


●ツィーター
 高音を再生するために設計されたもので多くの種類があります。能率の高いホーンタイプは高級品に利用されますが指向性に問題があることがあります。コーンタイプは最もポピュラーなツィーターでウーハートの相性も良く安価です。最近はソフトドーム型が良く使われていますが能率が低いため小型システムに利用されます。指向性は非常に良い。音質重視のシステムにはホーンタイプが多く利用され、バスレフ型にはコーンタイプ、密封型にはドームツィーターが多いようです。


エンクロジャー(箱)の種類は


●平面バッフル型

一番古くから使用されているものでスピーカーの前と後の音を混合させないように広い板で仕切るものです。最近は板の共振を無くすため形が工夫されています。最高の音質が得られますが使用できるユニットは比較的に高価です。バッフルが大きくなるところが欠点ですが、低域の音質は他の方法で勝るものはありません。低音のよさは全体域につながり、原音再生を目的とされる場合は特にお薦め致します。現在のメーカーさんでは作っているところは有りませんが成功すると箱型での音作りは時間の無駄ということが良くわかります。バランスよく広帯域を再生するには非常に経験と技術が必要です。


●バスレフ型

 平面バッフル型をなるべく小さくするために考えられたもので、ユニットの後から出る音を箱で封じ込めながらある程度の背圧を抜き、特性の降下している低音のみを位相反転させ前に開けたポートの共振で持ち上げる設計です。一般的な大きさのシステムでしたらこちらの方が有利でしょう。


●密封型

 スピーカーの後から出る音を箱で封じ込め、その音を箱に詰められた多量の吸音材で消去しようと考えて設計されたものです。当然スピーカーは空気の圧力を受けますので動きにくくなり能率が低下します。この空気の背圧を利用しウーハーの振動系に重りを付け、または重くして共振値を下げて低音を再現する方法です。また、ボイスコイルを大きくしてもかまわない設計であり100W以上の入力に耐えます。しかし全体的に背圧を受けながら振動しているために楽器のように開放感のある音は望めません。箱の内部を調整する事により自然な感じの音ではありませんが綺麗な音の感覚の音作りにしたり、音質重視でなく音圧で圧倒するような音楽として聴かれたい方には向いているかも知れません。


大きく分けて分類しましたがお解かりの方も多いと思います。上記を基本にして説明を書いていきます。


大まかな音質の良いスピーカーの選び方

スピーカーを判別するに特性表が表示されていると思いますが、この表がメーカーや国や用途によりまちまちになっています。プロ用は(−3dB)を基準に、アマチュア用は(−10dB)を基準に測定するなど、全てを信じて評価すると大きな失敗に結びつきます。特性表の中で信用できて音質的な参考に出来るものがスピーカーの能率です。この能率は電気信号をどれほどの効率で音に変換できるかを表しています。車で言えば1000ccのエンジンで何馬力出せるかの表示と同じものです。これを音圧として表示されています。平均的には約90〜93dB(デシベル)位でしょう。これが3dB変化すると半分かまたは倍の効率になります。悪い数値のものは表示されてないものもあり、だいたい85dB前後でしょう。良いものは100dB以上にもなります。この数値はアンプの出力を1W入力した時、スピーカーから1m離れたところの音の大きさを表します。数値が100dBのスピーカーの場合は1Wの入力で録音された原音の音量が出ます。そして変換効率は5%です。90dBの場合は0.5%ということになります。

良いスピーカーを作るには構造や理論が自然でなくてはなりません。音質の良いものは小さな信号までも効率的に音に変換できるようにする為に、振動系は軽くて強いものを選びます。その為に自然と能率が良くなり100dBを越えるか近いものになります。このように音質重視で設計されたスピーカーユニットは背圧のかからないバッフル型またはバスレフ型に取り付け使用します。しかし、最近では平面バッフル型は大きさが敬遠されて小型のバスレフ型や密封型が多くなりました。しかしこのことは背圧が加わるために低音を出そうとして設計すると振動系の部分を重くする必要があります。こうして箱内の空気圧と振動系の重さにより原音再生の考え方から離れていったのです。バスレフの場合は90〜93dB程度のユニットを使用するためまだ良い方ですが、密封型の箱では振動系に重りを付けた物が多く良質な再生音は得られないでしょう。最近では、更に小型で重低音をうたい文句に別のスピーカーユニットを箱の中に取り付け共振を利用して低音を増強しようとしたスピーカーシステムがあるようですが原音再生には全く無縁のものと思います。

ここで上手くいった一例として当店の409システムをご紹介いたします。このシステムは一見バスレフにも見えますが、バスレフポートを縦長にすることで共振を少なくしてボックス内の背圧を抜いています。ユニットは能率が20センチでは世界一の97.8dBもあります。上手に鳴らすことで平面バッフル型に近い良い音質が得られるのです。


ここで誤解の無いように「良い音質とは」の説明をしておきます

 良い音質とは録音される前の音のように感情の入った色々な微細な音を正確に再現するもので、綺麗な音や汚い音、太い音、細い音、激しい音、やさしい音、明るい音、暗い音などを表現する事が出来ます。演奏家が楽器などによって音で表現しようとしている意味が聞き取れるものであり、何でもきれいな音で表現するものではありません。最近は音楽としての音質を忘れてオーディオとしての勝手な音作りが先行している製品の方が多くなっています。少し視野を広げる事で素晴らしいオーディオの世界があることに気付いて頂けると思います。


スピーカーシステムの形から見た性質

 平均的な小型のスピーカーシステムには2ウエイや3ウエイが多く見かけられます。どちらが音質的に有利かといえば2ウエイの方です。帯域的には3ウエイの方が有利でしょう。しかし、予算を同額にすると2ウエイが非常に良い結果になります。その理由は2ウエイのウーハーとツイーターに3ウエイにするため中音のスコーカ−を入れますがスコーカ−の能率は非常に悪く、ウーハーの効率を揃えるためにウーハーの振動系を重くして共振点を下げて低音を伸ばすのが一般的です。こうする事で3ウエイの帯域は広くなります。しかし能率が悪くなり音質が劣化し2ウエイに劣るのです。そのほかにもネットワークという音を分ける部分も3ウエイの方は部品数が多くなり高価になりますので、2ウエイのままで予算をかけたシステムの方が音質は非常に有利になるのは明白です。
http://www.otono-edison.com/edisonkyo/speaker.htm


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「バッフルシステムは何故バッフルにしたの?」
スピーカーを他の形にしたのは人の都合によるもので音の為ではない。歴史を見ると、最初スピーカーが発明された時、取り付けられたものは大きなバッフルであった。

スピーカーは前後に動く空気の気圧の山谷を発生させることにより、音を作る。しかし、小さな面積のユニットだけでは後に作った気圧と前に作った気圧は打ち消され、波長の長い音(低音)は聴こえてこない。そこで、スピーカーユニットの作った前の音が後の音で打ち消される事が無いように広い板に付けられたのがスピーカーの始まりなのだ。

この時この広い板は頑丈に作る必要があった。音によって板が振動し、板の固有の音を発生させる事を防ぐ為です。これを完全にすることで、そのユニットのもつ最大限の音質と帯域を実現出来るのだ。

バッフルは劇場のようなところで使用しない限り持ち運びには非常に不便です。そこで考えられたのは、当初は後の板が無い箱で後面開放型BOXと呼ばれていたものです。

こうすることである程度の低音まで維持できますが、箱の中の共鳴が起こります。これは頑丈に作っても同じ事です。

次の時代はバスレフが作られました。これは箱の中にスピーカーを入れると低音が出難くなるので、前面にダクトをつくり出難くなった低音部分をダクトによって強調するスピーカーBOXです。

そして近年は、密封された箱の中に吸音材を沢山詰めて後ろの音を消そうとしているが、そう上手くいかないのでウーハ−の振動板を重くして共振を下げて低音を強調している。

音質にとっては良くない方法に段々変わってきたのです。

スピーカーユニットはコーン紙を振動させ空気の密度を変えることで音を作ります。その時コーン紙には空気の密度を変化させるための圧力が加わりますが、バッフル以外のBOX型ではその他に、箱の中でユニットから出た後ろの音が跳ね返り連続的にユニットに悪影響を与えます。

又、箱の中では共振が起こり非常に複雑な問題も発生するのです。

音のエジソンの中型のスピーカー(プロミネント)は、大きなバッフルではないが箱状でもない。試聴の結果こういう形になり、板の音も消え低音も出てきた。

原音追求の為、正しく再生するには平面バッフルの形式を取り、人の都合を最大に譲歩して理論的な音の都合に合わせることにした結果なのです。
https://www.otono-edison.com/audionosinjitu/urabanasi.html#12


http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/686.html#c64

[リバイバル3] スピーカー自作は時間と金の無駄 _ 自作ではまともな音にならない 中川隆
6. 中川隆[-13057] koaQ7Jey 2020年3月05日 08:12:50 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[476]

「スピーカーは買い換えを考える必要のない素晴らしい物を」
https://www.otono-edison.com/original/speaker/prominent.htm


当店は営業25年目になります。当初は他のお店と変わりはなく、有名な海外のスピーカーを並べていました。そして良いスピーカーを選ぶ為に、展示している中から色々なスピーカーを自宅に持ち帰り、試聴していました。

当時はさすがにどのスピーカーも良いところがある等と楽しんでいましたが、自分専用のスピーカーが決まりません。そこで、生産が完了している古いスピーカー(昔の名器)といわれるものを次々と取扱い、試聴すると新しいものに勝るものばかりでした。

しかし、決定的なものはありませんでした。そしてスピーカーの歴史を調べ、行き着いたところが60年以上前の最高級フルレンジスピーカーです。

ウエスタンやジェンセン、RCA等、これらのスピーカーは現代のスピーカーとは大違いです。見かけは気にせずに本格的に考え抜かれた部分が多く、素晴らしい部分を沢山持っています。

簡単に言うと励磁型、フィクスド、ベークダンパーで、正当な考え方として最高のものです。現代のスピーカーユニットでは足元にも及びません。

コーン紙の作りでも非常にこだわりが有り、鉄の素材や紙の材料や糊の量や形成方法が全く違ったのです。現代の技術と大きな能力の違いを感じさせられました。

調べるうちにスピーカーは60年も前から衰退している事を実感したものです。

当時、このような高級フルレンジスピーカーは一般的に販売されていなかったようです。(販売されていたとしても購入できる金額ではなかったと思われます。)素晴らしい物を発見してしまいました。後にも先にももう探すところはありません。「これらのユニットを使わないで何を使う」と考えて作り始めたのです。

そして、当時の多くのスピーカーシステムを調べてみて、箱型では頂点を目指すことは出来ないことも分かりました。このように、これらのユニットに大きな可能性を感じたのですが、

現代の無難な考え方のスピーカーとは全く異なり、低音の量感は少なく、じゃじゃ馬で、そのままではスピード感や実在感はあるものの雰囲気や繊細さはありません。音質は良いのですが周波数特性上の暴れや、インピーダンスの暴れ、大きな共振には悩みました。

そして、色々な方法を考えました。最初はツイーターを組み合わせバッフルの形やネットワークで調整する事で何とか目的を果たす事が出来ました。その頃はこれらのユニットに見合うようなツイーターもなかったのです。

その後、発売されたエレクトロボイスの新製品(最も高価なドライバー+ホーン)DH-3を当店の大型システム(ホーン型)に使用しテストして決定しました。しかし、このツイーターをこのシステムに利用してみると前よりは良くなっていますが、完全に納得がいきません。

他の名器といわれるスピーカーと似たように原音に近いものでなく、オーディオの再生音に感じます。

試行錯誤すること5〜6年、やっと原因を突き止めたのです。その原因はアッテネーターであり、音量を絞ることで音質が劣化する事を発見したのです。

そして劣化のない新型のアッテネーターを考案する事が出来て、やっと思い続けていた音を出すスピーカーシステムが出来上がりました。
https://www.otono-edison.com/original/speaker/prominent.htm


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スピーカーについて
http://www.otono-edison.com/edisonkyo/speaker.htm

スピーカーといえば皆さんはすぐに箱に入った四角いものを想像されると思います。そして、販売されているカタログを見るとすべてのものが素晴らしい考えのもとに設計し製造されているかのように書いてあります。スピーカーの設計は非常に難しく、素晴らしいと言えるようなスピーカーはなかなか存在しないものです。そこで、良いものを探すには知識が必要になってくるのです。
スピーカーシステムには使用されているスピーカーユニットの種類、またはエンクロジャー(箱)の種類などで目的の音質が異なり、本当に良いものが現在生産されているかということまで考えないと見つける事が出来ないかもしれません。


スピーカーユニットの種類には

●フルレンジ
 単体のスピーカーで全ての帯域を受け持つように設計されています。ユニットの中でこれほど簡単なものから高価なものまで数多く作られたものはありません。スピーカーユニットの設計の基本となるもので今でも最高級の低音用として用いられます。また、フルレンジとツィーターを一緒にした同軸2ウェイのユニットもあります。一般的な大きさのものでは同軸方のほうが非常に有利です。このフルレンジユニットがスピーカーの基本になると考えられても良いと思います。


●ウーハ−
 低音を重視して設計されたもので口径が大きくストロークが大きく取れるように設計されています。しかし、低音が伸びているとか大きさだけでは良い音質の判断材料にはなりません。同じ箱の大きさならば設計理由から判断すると口径の小さいウーハーの方が音質的に有利になります。
小さい箱で低音を伸ばすにはコーン紙の質量を重くします。低音の共振周波数が下がり、小さい箱の割には低音がよく出るようになりますが、注意するべき事は音質の低下です。重くなったウーハーはスピードが遅くなります。歯切れの良い低音は出てこなくなりますので音楽的には重ったるい鮮度の低い音質となります。
良質な原音再生を意図したウーハーは大口径でも軽い強いコーン紙で出来ています。そして能率が高く、高価なものは100dB以上もあるのです。


●スコーカ−
 中音用に設計されたユニットですが箱に取り付けた小型のものは今までに良いものはありませんでした。比較的に良いものとしては小型のフルレンジが使用されています。

大型のものではホーン型が使用されていますが、ドライバー単独では良いものかもしれませんが一般的に販売されているものではホーンの設計が設置する都合に合わせてあり、低音や高音との音の位相や定位が上手く取れないのが殆どです。見た感じ凄そうに見えますが家庭用としては不完全でしょう。しかし、低位と位相が合わせられたものは予想を越える素晴らしさがあります。


●ツィーター
 高音を再生するために設計されたもので多くの種類があります。能率の高いホーンタイプは高級品に利用されますが指向性に問題があることがあります。コーンタイプは最もポピュラーなツィーターでウーハートの相性も良く安価です。最近はソフトドーム型が良く使われていますが能率が低いため小型システムに利用されます。指向性は非常に良い。音質重視のシステムにはホーンタイプが多く利用され、バスレフ型にはコーンタイプ、密封型にはドームツィーターが多いようです。


エンクロジャー(箱)の種類は


●平面バッフル型

一番古くから使用されているものでスピーカーの前と後の音を混合させないように広い板で仕切るものです。最近は板の共振を無くすため形が工夫されています。最高の音質が得られますが使用できるユニットは比較的に高価です。バッフルが大きくなるところが欠点ですが、低域の音質は他の方法で勝るものはありません。低音のよさは全体域につながり、原音再生を目的とされる場合は特にお薦め致します。現在のメーカーさんでは作っているところは有りませんが成功すると箱型での音作りは時間の無駄ということが良くわかります。バランスよく広帯域を再生するには非常に経験と技術が必要です。


●バスレフ型

 平面バッフル型をなるべく小さくするために考えられたもので、ユニットの後から出る音を箱で封じ込めながらある程度の背圧を抜き、特性の降下している低音のみを位相反転させ前に開けたポートの共振で持ち上げる設計です。一般的な大きさのシステムでしたらこちらの方が有利でしょう。


●密封型

 スピーカーの後から出る音を箱で封じ込め、その音を箱に詰められた多量の吸音材で消去しようと考えて設計されたものです。当然スピーカーは空気の圧力を受けますので動きにくくなり能率が低下します。この空気の背圧を利用しウーハーの振動系に重りを付け、または重くして共振値を下げて低音を再現する方法です。また、ボイスコイルを大きくしてもかまわない設計であり100W以上の入力に耐えます。しかし全体的に背圧を受けながら振動しているために楽器のように開放感のある音は望めません。箱の内部を調整する事により自然な感じの音ではありませんが綺麗な音の感覚の音作りにしたり、音質重視でなく音圧で圧倒するような音楽として聴かれたい方には向いているかも知れません。


大きく分けて分類しましたがお解かりの方も多いと思います。上記を基本にして説明を書いていきます。


大まかな音質の良いスピーカーの選び方

スピーカーを判別するに特性表が表示されていると思いますが、この表がメーカーや国や用途によりまちまちになっています。プロ用は(−3dB)を基準に、アマチュア用は(−10dB)を基準に測定するなど、全てを信じて評価すると大きな失敗に結びつきます。特性表の中で信用できて音質的な参考に出来るものがスピーカーの能率です。この能率は電気信号をどれほどの効率で音に変換できるかを表しています。車で言えば1000ccのエンジンで何馬力出せるかの表示と同じものです。これを音圧として表示されています。平均的には約90〜93dB(デシベル)位でしょう。これが3dB変化すると半分かまたは倍の効率になります。悪い数値のものは表示されてないものもあり、だいたい85dB前後でしょう。良いものは100dB以上にもなります。この数値はアンプの出力を1W入力した時、スピーカーから1m離れたところの音の大きさを表します。数値が100dBのスピーカーの場合は1Wの入力で録音された原音の音量が出ます。そして変換効率は5%です。90dBの場合は0.5%ということになります。

良いスピーカーを作るには構造や理論が自然でなくてはなりません。音質の良いものは小さな信号までも効率的に音に変換できるようにする為に、振動系は軽くて強いものを選びます。その為に自然と能率が良くなり100dBを越えるか近いものになります。このように音質重視で設計されたスピーカーユニットは背圧のかからないバッフル型またはバスレフ型に取り付け使用します。しかし、最近では平面バッフル型は大きさが敬遠されて小型のバスレフ型や密封型が多くなりました。しかしこのことは背圧が加わるために低音を出そうとして設計すると振動系の部分を重くする必要があります。こうして箱内の空気圧と振動系の重さにより原音再生の考え方から離れていったのです。バスレフの場合は90〜93dB程度のユニットを使用するためまだ良い方ですが、密封型の箱では振動系に重りを付けた物が多く良質な再生音は得られないでしょう。最近では、更に小型で重低音をうたい文句に別のスピーカーユニットを箱の中に取り付け共振を利用して低音を増強しようとしたスピーカーシステムがあるようですが原音再生には全く無縁のものと思います。

ここで上手くいった一例として当店の409システムをご紹介いたします。このシステムは一見バスレフにも見えますが、バスレフポートを縦長にすることで共振を少なくしてボックス内の背圧を抜いています。ユニットは能率が20センチでは世界一の97.8dBもあります。上手に鳴らすことで平面バッフル型に近い良い音質が得られるのです。


ここで誤解の無いように「良い音質とは」の説明をしておきます

 良い音質とは録音される前の音のように感情の入った色々な微細な音を正確に再現するもので、綺麗な音や汚い音、太い音、細い音、激しい音、やさしい音、明るい音、暗い音などを表現する事が出来ます。演奏家が楽器などによって音で表現しようとしている意味が聞き取れるものであり、何でもきれいな音で表現するものではありません。最近は音楽としての音質を忘れてオーディオとしての勝手な音作りが先行している製品の方が多くなっています。少し視野を広げる事で素晴らしいオーディオの世界があることに気付いて頂けると思います。


スピーカーシステムの形から見た性質

 平均的な小型のスピーカーシステムには2ウエイや3ウエイが多く見かけられます。どちらが音質的に有利かといえば2ウエイの方です。帯域的には3ウエイの方が有利でしょう。しかし、予算を同額にすると2ウエイが非常に良い結果になります。その理由は2ウエイのウーハーとツイーターに3ウエイにするため中音のスコーカ−を入れますがスコーカ−の能率は非常に悪く、ウーハーの効率を揃えるためにウーハーの振動系を重くして共振点を下げて低音を伸ばすのが一般的です。こうする事で3ウエイの帯域は広くなります。しかし能率が悪くなり音質が劣化し2ウエイに劣るのです。そのほかにもネットワークという音を分ける部分も3ウエイの方は部品数が多くなり高価になりますので、2ウエイのままで予算をかけたシステムの方が音質は非常に有利になるのは明白です。
http://www.otono-edison.com/edisonkyo/speaker.htm


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「バッフルシステムは何故バッフルにしたの?」
スピーカーを他の形にしたのは人の都合によるもので音の為ではない。歴史を見ると、最初スピーカーが発明された時、取り付けられたものは大きなバッフルであった。

スピーカーは前後に動く空気の気圧の山谷を発生させることにより、音を作る。しかし、小さな面積のユニットだけでは後に作った気圧と前に作った気圧は打ち消され、波長の長い音(低音)は聴こえてこない。そこで、スピーカーユニットの作った前の音が後の音で打ち消される事が無いように広い板に付けられたのがスピーカーの始まりなのだ。

この時この広い板は頑丈に作る必要があった。音によって板が振動し、板の固有の音を発生させる事を防ぐ為です。これを完全にすることで、そのユニットのもつ最大限の音質と帯域を実現出来るのだ。

バッフルは劇場のようなところで使用しない限り持ち運びには非常に不便です。そこで考えられたのは、当初は後の板が無い箱で後面開放型BOXと呼ばれていたものです。

こうすることである程度の低音まで維持できますが、箱の中の共鳴が起こります。これは頑丈に作っても同じ事です。

次の時代はバスレフが作られました。これは箱の中にスピーカーを入れると低音が出難くなるので、前面にダクトをつくり出難くなった低音部分をダクトによって強調するスピーカーBOXです。

そして近年は、密封された箱の中に吸音材を沢山詰めて後ろの音を消そうとしているが、そう上手くいかないのでウーハ−の振動板を重くして共振を下げて低音を強調している。

音質にとっては良くない方法に段々変わってきたのです。

スピーカーユニットはコーン紙を振動させ空気の密度を変えることで音を作ります。その時コーン紙には空気の密度を変化させるための圧力が加わりますが、バッフル以外のBOX型ではその他に、箱の中でユニットから出た後ろの音が跳ね返り連続的にユニットに悪影響を与えます。

又、箱の中では共振が起こり非常に複雑な問題も発生するのです。

音のエジソンの中型のスピーカー(プロミネント)は、大きなバッフルではないが箱状でもない。試聴の結果こういう形になり、板の音も消え低音も出てきた。

原音追求の為、正しく再生するには平面バッフルの形式を取り、人の都合を最大に譲歩して理論的な音の都合に合わせることにした結果なのです。
https://www.otono-edison.com/audionosinjitu/urabanasi.html#12


http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/1005.html#c6

[リバイバル4] 買ってはいけない 300B ダメ・アンプ _ SUNVALLEY AUDIO(旧キット屋) SV-91B 中川隆
16. 中川隆[-13056] koaQ7Jey 2020年3月05日 08:18:16 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[477]
安物のトランスを使った真空管アンプより 3万円のトランジスタ・アンプの方が音がいい

3万円のドイツ製プロ用パワーアンプ thomann S-75mk2 と数百万円のハイエンドアンプとでは電源ケーブルを変えた位の差しか出ない
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/983.html


真空管パワーアンプの選び方

アンプの種類にはトランジスターアンプと真空管アンプに別れ、トランジスターアンプは20年前から大きく変化して、最近は出力段にFETが、ドライバー段やプリアンプにはIC(集積回路)が使用されています。

このことが音質を大きく変えてきた原因と見ています。

出力段のFETはスピードも上がりNFB(負帰還)量も少なくて済み良くなったと思いますが、全段のICは回路が非常に小さく小型化され低電圧低電流でオーディオ向きとは言えなくなったようです。

昔のトランジスターアンプをご存知の方は分かると思いますが、昔の3本足のディスクリート型のトランジスターアンプに比べ音質が細く力が無くなったようです。昔のトランジスターアンプの一部は、真空管アンプを脅かすような清涼感や力感と質感を備えていました。

一方の真空管アンプは、人気が出始めた10年前頃から新しいメーカーが出来たり輸入品が多くなったりして、良心的な良いアンプの比率が下がり、人気を下げるような結果を招いています。

最近、5万円ほどで300Bシングルアンプとして売り出されている物がありますが、このようなアンプは一昔前の50万から100万円したアンプに使用されているトランス1個の価格ぐらいにしかならず、良い物に名を借りた貧相な製品です。同じ価格ならばトランジスタアンプの方をお薦めします。

しかし、良い音のアンプを選ぶなら真空管アンプの方がお薦めです。LPレコードが一般的な生産対象ではなくなっても、アナログのLPレコードの人気は続いているように、真空管が一般的に製造中止になって30年程になりますが、20年前には5%に落ちていた真空管アンプの人気が、現在高級機では50%を越える程の人気ぶりです。このことは、トランジスターアンプの3本足のトランジスターがICに変わり、集積回路に変わることで音質の劣化が原因になったとも考えられます。そこで、良い真空管アンプの選び方を考えてみましょう。

真空管パワーアンプの回路的には種類があり、それぞれの目的があります。

種類はシングルアンプ、プッシュプルアンプ、OTLアンプ、BTLアンプなどです。

普通のシングルアンプは2本の出力管で右と左の音を出すため、1本の出力管が片チャンネルの音の全体を受け持ち素直に増幅するため大きな出力はありませんが音質は非常に素直です。しかし、出力管やトランスで性能に差があり、周波数特性は出力トランスの使用方法や質で大きな差が出てきます。

普通のプッシュプルアンプは出力管を4本使用し、2本で片チャンネルの信号を上下に分けて受け持ち出力トランスで合成する方法を取っています。その為、大出力には向いていますが小出力時や細かい音の変化には弱い部分もあります。

一般的に販売されている物はシングルとプッシュプルが殆んどです。真空管そのものは非常に良い特性をもっていますがこの2種はトランスの性能に大きな影響を受けます。

最近の安い真空管アンプはトランスに費用をかけられていませんので出力特性は負帰還に頼り、真空管らしい音に欠け柔らかい音ですが魅力が乏しくなります。実はこれらの真空管アンプは増幅の半分はトランスが受け持っています。真空管アンプと言うよりは真空管トランスアンプと言った方が正解かもしれません。
そこで考えられたのが出力トランスを使用せず、全てを真空管で増幅する真空管OTLアンプです。またはインピーダンス変換だけをトランスにした真空管BTLアンプです。

この2種は製品化するには非常に難しいところがありますが、これらの良いアンプを手に入れると2度とシングルやプッシュプルには戻れないと言う方が以外に多いものです。アンプのメーカーを選ぶにはこのOTLやBTLを候補に入れるか、又はこのようなアンプを作れるメーカーと考える事も一つの策ではないかと思います。それは真空管や回路の事を熟知している証拠となるからです。

かつて、大手のメーカーが真空管アンプの生産をやめる時に、最高級のアンプを競った時代があります。実力のある数メーカーがそれまでは作っていなかったOTLアンプを最後にして生産を完了したのです。しかし当時は出力を競っていたせいか、その真空管の寿命は短く、安定しているとは言えませんでした。現在では真空管規格表を見直し非常に安定の良い長寿命のOTLアンプが出来ています。

良い真空管アンプを選ぶ事は非常に難しいのですが、いろいろと見てきているうちに分かった事があります。

アンプの中を覗いてみて下さい。

良い真空管アンプはプリント基板を使わず、全体がラグ板の配線で部品の一つ一つが絡げて配線されています。この方法は一見古いように見えますが、一つ一つ確実にハンダを行い長期の耐久性があり、熱を出す真空管から部品を保護しています。
次に良いのは出力管部分がラグ板配線され、全段の入力やドライバー段だけをプリント基板に乗せた物です。

最後が全てプリント基板上にした物で耐久性は考えず、早く作ることを重視した物です。

このようなことでメーカーの姿勢を見るのも一つの方法です。

また真空管アンプには安くて良いものは無いと考えるべきです。

良い真空管アンプを作るには良いトランスが必要で、ある程度高価になります。

製品化されると10万円を切ることは難しく、真空管の種類やメーカーにこだわると15万円を切る事が難しくなります。それ以上に安いものを求められるなら量産向きのトランジスターアンプの方が良い結果になる場合が多くなると思います。

もう一つの方向からお話してみます。アンプとスピーカーは切り離しては考えられません。そこで、同じ技術で2種のスピーカーを作ったとします。

一つは高能率のスピーカーで能率が100dBで耐入力が10Wあります。
一つは並の能率で90dBで耐入力が100Wのスピーカーです。

音質を重視して振動板を軽量化し磁力を強力にした物が能率100dBで10Wのスピーカーで、出力や帯域を重視して振動板を重くしボイスコイルを太くした物が能率90dBで100Wのスピーカーです。

ここが重要なところで100dBのスピーカーに10W入力した時の音の大きさは90dBのスピーカーに100W入力した時と同じ大きさです。

また、アンプの場合は同じ大きさの電源トランスを使って10Wのアンプを作る場合と100Wのアンプを作る場合では、10Wが音質重視のもので100Wが出力重視の物と考えるべきです。
そこで、音質を選ばれる方は100dBのスピーカーに10Wのアンプを組み合わせ、帯域や出力を選ばれる方は90dBのスピーカーに100Wのアンプになると思います。

しかしこの両者の場合、最大の音量は同じです。同じ場所、同じ音量でボーカルでも聞かれたとしたら、その音の魅力でたぶん90%以上の方が10Wのアンプにされるでしょう。また能率100dBのスピーカーがあれば一般家庭では3W以上のアンプがあれば生演奏を越える大きな音量が楽に出せるのです。

始めてオーディオを購入される方が音質の良さを求め、耐入力の大きなスピーカーや出力の大きなアンプを選ぶと大きな失敗につながることもあるのです。
そのほかにも経験の少ない方が測定データを重視していると失敗する事が多くあります。例えば、

NFB無で40〜15000Hzの特性を持った真空管アンプがあったとします。これでは特性が悪く現代のオーディオ用のアンプとは言えませんが、NFBをかけて25〜20000Hzのアンプにすると何とか使用できるアンプになるでしょう。

しかし、もともと良い部品を使いNFB無で25〜20000Hzの特性をもった良質のアンプに、NFBをかけて20〜25000Hzにすると測定では更に良くなりますが、実際の試聴結果は狭くなった感じがして音質も少し劣化した感じがするものです。

要するに特性を満足しているアンプにNFBをかけるとカタログに書ける特性が更に良くなったとしても音質的に悪くなってしまいます。

この場合は真空管から出力トランスまでオールオーバーにNFBをかけた為に位相にかかわる問題が発生したと考えられます。この場合に測定器では良くなった面しか測る事が出来ないのです。NFBをかける理由は他にもあり、ハム等を除去したり、増幅度を調整したりできます。しかし、手作りの高級機パワーアンプはNFBをかけないで完成させるものが多いのです。結果的には、NFBは薬にも毒にもなり、上手に使えば非常に良い結果も生む事がありますので、何でもかんでもNFBが悪いわけではありません。

当店では音質重視で最高のオーディオシステムをご希望の方には、高価でもある程度の広い帯域を持った100dBを越えるスピーカーと、音質を重視した大型で小出力の真空管アンプをお薦めしています。

システムを安く組まれたい方には、高能率のフルレンジスピーカーに真空管(米国製純三極管)シングルアンプをお薦めしています。

アンプを検討する場合はスピーカーを切り離しては考えられず、またオーディオとは自分自身が思った良い音を作る事だと考えます。色んなタイプのスピーカーに色んなタイプのアンプを繋ぎ鳴らしたとき、最高の音が出たと思う組み合わせのアンプとスピーカーが自分にとって一番良いものと思います。

このときスピーカーの種類としては高能率と低能率、アンプの種類としては同価格での低出力と高出力に分かれると思います。

原音再生を目的とされ、音楽は演奏家の意図する音に一番近いものが感動できるという考え方をお持ちの方は、高能率スピーカーに低出力アンプの組み合わせが良いと思われ、

一方で原音再生は出来るわけがないので、何か素晴らしい綺麗な音と広帯域の音を創造したいと思われる方には、低能率スピーカーと高出力アンプの組み合わせが合うように感じています。
http://www.otono-edison.com/edisonkyo/amp.htm


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なぜ真空管アンプをお薦めするのか
https://www.otono-edison.com/original/amp/sinosusume.htm

いろいろな増幅素子の中で真空管が最も優れているからです。その事は下記に述べて証明します。では何故メーカーが本気に真空管アンプを製造しないのでしょうか、その理由は儲からないからです。

真空管アンプはある程度の性能を出そうと思うと費用がかかり、大衆に販売できるコストを超えてしまいます。

第二は真空管やトランスを他社に依頼すると利益率が低い。

第三には輸送コスト、高電圧部品の調達が難しい、イメージが良くないなどでしょう。

1,真空管の中を電子が通過する速さはトランジスターの数千倍もあります。ということは、アンプの状態では数百万倍以上にもなるのです。このことは高域の裸特性に現れるのです。(裸特性:何も補正をしない状態)

真空管アンプの特性を決定するものはトランスであり真空管そのものの特性は、ほぼゼロヘルツから数十万ヘルツまであるのです。最近はトランスも非常に優れたものがあり負帰還(補正)なしで素晴らしい特性のものができます。

トランジスターの場合はトランスを必要としません。また、トランジスターは非常に安く、高出力のものでも費用は節約できます。しかし、トランジスターそのもののもつ特性はアンプにすると2000ヘルツの高域までしか再生できず。多量の負帰還(補正)を必要とします。

この負帰還は特性を良くしたりノイズを消したりする事ができ便利ですが、実際の試聴感では音が薄くなり伸びやかさが無くなったり、音に力がなくなったり、細かいニュアンスが感じられなくなったりします。負帰還そのものが理論上に解決しているとも思えません。(生演奏すり替え実験は無帰還アンプが使用されています。)


2,次はインピーダンスに対する出力特性の問題です。

トランジスターアンプのカタログを見て下さい。

例えば8オームのスピーカーの場合は100Wとすると4オームでは160W、16オームでは60Wとスピーカーのインピーダンスが大きくなれば出力は小さくなります。

しかし、真空管アンプの場合は倍のインピーダンス変化くらいではあまり出力の変化はありません。

スピーカーシステムのカタログを用意してください。そこには、周波数特性が表として掲載されています。その他にインピーダンスの特性も表として掲載されています。載せていないものもあるかと思いますが、どのスピーカーも同じようなものです。特性表の両方を重ね合わせると周波数特性が劣化し始めたところあたりからインピーダンス特性は上昇し始めます。よく考えてください。

トランジスターアンプを使用した場合はスピーカーの特性が悪くなるあたりになるとスピーカーのインピーダンスも上がるためアンプの出力も下がり、更に周波数特性が悪くなるということです。ところが、真空管アンプではほとんど影響がないのです。

一般的なスピーカーの周波数特性とインピーダンス特性

真空管アンプとトランジスタアンプのスピーカーに繋いだ時の裸特性

3,トランジスターアンプは真空管アンプと比較して同じ出力表示でも、スピーカーをつないだ場合の本当の出力は約1/3になります。

(スピーカーにインピーダンス補正というものが付けられているものがありますがほとんど意味をなしません。なぜなら、インピーダンスは下がっても分圧された状態になっているから結果は同じです。

8オームと表示されているスピーカーは最低インピーダンスが8オームということです。そして、インピーダンスの特性表にはなだらかな線を使ってわかりやすいように簡略化してありますが本当は気象庁の地震計のようにギザギザの状態になります。

それの影響をまともに受けるということは半分しか音が出ていないことと判断しても良いと思います。)
https://www.otono-edison.com/original/amp/sinosusume.htm


▲△▽▼

G「CDしか聴かない人には、プリアンプの代わりにボリューム付セレクターを薦めるのは何故?」

店長「プリアンプのCD入力では、プリアンプの送りだしアンプを通ることになる。この送り出しアンプは音量調整が行い易いように付けられたもので、実質的には不要だ。通す事により音質の劣化が起こる。

そこで、高価なプリアンプを止めて、アンプの無い安価なボリューム付セレクターにすることでパワーアンプに資金が使える。そうしてパワーアンプを真空管シングルパワーアンプにでもすればトランジスタの超高級品にも負けない音質に変身するのだ!殆んどの方がびっくりされる(^^)

前に言ったシンプル イズ ベストにあたる。」


G「アンプの回路に基盤を使用しない理由は?」

店長「基盤を使う事でアンプの量産は可能になるが、耐久性に問題があり、直接お客様に販売する以上なかなか使用できない。

特に真空管アンプの場合は電圧が高いため、基盤は使わずに丁寧なラグ配線にすることで耐久性があがり音質を確保できる。」


M「アンプに使用している真空管が殆んどUSA製の理由は?」

店長「真空管の製造はアメリカが非常に高い技術をもっている。耐久性が良く、品質や特性が揃っている。

真空管を比較する事でも大きな差が出てくる。
その代わり価格は数倍になるが、アンプ全体からするとそんなに大きな割合ではない。アメリカの真空管を使わずに良い真空管アンプと言ってしまうと嘘つきになる。」


営業部長「何故真空管アンプを進めているのですか?」

店長「簡単に言えば音を一番良くすることが出来るし、理論的にも良くなることが分かっているからだ。

一番大事なことは真空管の電子速度がトランジスターの5000倍以上と速い事、

次が電圧を高く使用出来る為信号増幅が素直に行える。

その他、アンプ同士、又はスピーカーに対してもインピーダンス特性上の都合が良い。

都合の悪いところは素子の大きさやヒーター電力が必要である事などで、音質に対する不都合な点は非常に少ない。

ただし、出力インピーダンスが高いことにより、トランスを必要とする事だ
真空管の特性は素晴らしいが、このトランスにより周波数帯域が制限されてしまう。そこで良質な出力トランスを使う必要がある為に、真空管アンプを安く作ろうとしても、ある程度の能力を出すにはある程度高価になってくる。

ここで断っておくが真空管がトランジスターやICよりも良いと言っているだけで、世間にある真空管アンプがトランジスターやICを使って作られたアンプよりも良いと言っている訳ではない。

真空管アンプは最近になり良さを認められ良く売れるようになった為、心無いメーカーが多く出てきている。これは聴き分ける力を持つことで災難を逃れる事が出来る。

安い国産品のものや、新しい高価な海外品には気をつけた方が良い。

真空管アンプも昔の物と違って最近では技術が発展しています。音のエジソンのアンプも昔の物とは違い無帰還でも特性表からはみ出すほどのものです。」
https://www.otono-edison.com/audionosinjitu/urabanasi.html#12


▲△▽▼


「真空管アンプと音の響きについて」のネット記事の紹介
https://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/2c67fa684e71ad82afe94a6cfedd509c


「真空管アンプは、真空管の差し替えで音が変わります。最近私は真空管アンプに注目していますが、それは音源がPC/ネットワークオーディオになると、ますます潤いや音を作る楽しみが小さくなってしまうからです。

たしかに、PC/ネットワークオーディオでもケーブルを変えたり、再生ソフトを変えると音が変わるのですが、カートリッジの交換だけで1枚のレコードがまるで違う歌のように雰囲気までがらりと変わってしまったアナログ時代の音の変化とは、何かが根本的に何か違うように感じています。

デジタル時代の音の変化は、音の細やかさや透明感、立体感など「音質」に関わる部分で、音楽の雰囲気つまり「情緒」に関わる部分での変化が少ないように思います。

また、アナログ時代には「再生時の音作り」で生演奏よりも素晴らしい雰囲気で音楽を楽しめたのに対し、デジタル時代ではどう頑張っても生演奏を超えられないように思うのです。このアナログとデジタルの根本的な違いは、「響きの差」から生まれていると考えています。

音楽は響きの芸術です。音楽は、音の響きが多いか少ないかで情報量が変化します。良い例が「クラシック・コンサート」で、響きの美しいホールでなければ情緒深く美しい演奏が奏でられません。

演奏をより美しくするためには、楽器そのものの響きをさらに「響かせる」ことが必要です。音源がアナログオーディオの場合、再生プロセスではレコード盤そのものの響き、カンチレバーの振動など録音されていない「響き」が盛大に発生します。それを「味方」に付けることで音楽的な情報量を増やしたり、演奏の味わいを深められるのだと私は考えています。

ところが音源がデジタルになると、この「響き」が生み出されなくなります。アップサンプリングやビット伸長を行うことで音の細かさは向上しますが、響きが増えることはありません。

これが再生プロセスの芸術性でデジタルがアナログを超えられないと考える理由です。デジタルの音はアナログよりもあっさりしている、アナログのような暖かさや情緒深さが感じられない、立体感に乏しい、これらはすべて「響きが足りない」からだと考えられます。

このデジタルで不足する「響き」を補えるのが、真空管アンプです。今回のテストから明らかなように、真空管が音楽信号に呼応して響き、音楽の味わいを深めます。プレーヤー(音源)で響きを作るすべを封じられた今こそ、真空管アンプに注目すべきだと私は考えています。」

つまり、CDにしろSACDにしろさほどの変化を感じられなかった原因は「音の響き」がプアなせいだったのか、と思い当たった。

我が家の場合は、いまさらレコードに戻るのも億劫だしデジタルの音を「真空管アンプ+昔の高能率のユニット」で鳴らす方が「音の響き」にとって丁度いい塩梅だと勝手に思っている。

デジタルもアナログもそれぞれ長所もあれば弱点もあるので、長所をいかに伸ばし、弱点をいかにカバーするかが、ありふれたことだがオーディオの王道なのだろう。

そういえばオーディオ誌などを見ているとシステムや機器の「弱点」に触れている記事はまず見かけないのでうかつに信用できない。

たとえば「響きが足りないデジタルの音を響きの少ないTRアンプで鳴らす」風潮などがそうで、オーディオが衰退の一途をたどっている一因もその辺りにあると推察している。

https://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/2c67fa684e71ad82afe94a6cfedd509c





http://www.asyura2.com/18/revival4/msg/124.html#c16

[リバイバル3] 買ってはいけない SUNVALLEY AUDIO(旧キット屋) の真空管アンプキット 中川隆
23. 中川隆[-13055] koaQ7Jey 2020年3月05日 08:19:02 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[478]

安物のトランスを使った真空管アンプより 3万円のトランジスタ・アンプの方が音がいい

3万円のドイツ製プロ用パワーアンプ thomann S-75mk2 と数百万円のハイエンドアンプとでは電源ケーブルを変えた位の差しか出ない
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/983.html


真空管パワーアンプの選び方

アンプの種類にはトランジスターアンプと真空管アンプに別れ、トランジスターアンプは20年前から大きく変化して、最近は出力段にFETが、ドライバー段やプリアンプにはIC(集積回路)が使用されています。

このことが音質を大きく変えてきた原因と見ています。

出力段のFETはスピードも上がりNFB(負帰還)量も少なくて済み良くなったと思いますが、全段のICは回路が非常に小さく小型化され低電圧低電流でオーディオ向きとは言えなくなったようです。

昔のトランジスターアンプをご存知の方は分かると思いますが、昔の3本足のディスクリート型のトランジスターアンプに比べ音質が細く力が無くなったようです。昔のトランジスターアンプの一部は、真空管アンプを脅かすような清涼感や力感と質感を備えていました。

一方の真空管アンプは、人気が出始めた10年前頃から新しいメーカーが出来たり輸入品が多くなったりして、良心的な良いアンプの比率が下がり、人気を下げるような結果を招いています。

最近、5万円ほどで300Bシングルアンプとして売り出されている物がありますが、このようなアンプは一昔前の50万から100万円したアンプに使用されているトランス1個の価格ぐらいにしかならず、良い物に名を借りた貧相な製品です。同じ価格ならばトランジスタアンプの方をお薦めします。

しかし、良い音のアンプを選ぶなら真空管アンプの方がお薦めです。LPレコードが一般的な生産対象ではなくなっても、アナログのLPレコードの人気は続いているように、真空管が一般的に製造中止になって30年程になりますが、20年前には5%に落ちていた真空管アンプの人気が、現在高級機では50%を越える程の人気ぶりです。このことは、トランジスターアンプの3本足のトランジスターがICに変わり、集積回路に変わることで音質の劣化が原因になったとも考えられます。そこで、良い真空管アンプの選び方を考えてみましょう。

真空管パワーアンプの回路的には種類があり、それぞれの目的があります。

種類はシングルアンプ、プッシュプルアンプ、OTLアンプ、BTLアンプなどです。

普通のシングルアンプは2本の出力管で右と左の音を出すため、1本の出力管が片チャンネルの音の全体を受け持ち素直に増幅するため大きな出力はありませんが音質は非常に素直です。しかし、出力管やトランスで性能に差があり、周波数特性は出力トランスの使用方法や質で大きな差が出てきます。

普通のプッシュプルアンプは出力管を4本使用し、2本で片チャンネルの信号を上下に分けて受け持ち出力トランスで合成する方法を取っています。その為、大出力には向いていますが小出力時や細かい音の変化には弱い部分もあります。

一般的に販売されている物はシングルとプッシュプルが殆んどです。真空管そのものは非常に良い特性をもっていますがこの2種はトランスの性能に大きな影響を受けます。

最近の安い真空管アンプはトランスに費用をかけられていませんので出力特性は負帰還に頼り、真空管らしい音に欠け柔らかい音ですが魅力が乏しくなります。実はこれらの真空管アンプは増幅の半分はトランスが受け持っています。真空管アンプと言うよりは真空管トランスアンプと言った方が正解かもしれません。
そこで考えられたのが出力トランスを使用せず、全てを真空管で増幅する真空管OTLアンプです。またはインピーダンス変換だけをトランスにした真空管BTLアンプです。

この2種は製品化するには非常に難しいところがありますが、これらの良いアンプを手に入れると2度とシングルやプッシュプルには戻れないと言う方が以外に多いものです。アンプのメーカーを選ぶにはこのOTLやBTLを候補に入れるか、又はこのようなアンプを作れるメーカーと考える事も一つの策ではないかと思います。それは真空管や回路の事を熟知している証拠となるからです。

かつて、大手のメーカーが真空管アンプの生産をやめる時に、最高級のアンプを競った時代があります。実力のある数メーカーがそれまでは作っていなかったOTLアンプを最後にして生産を完了したのです。しかし当時は出力を競っていたせいか、その真空管の寿命は短く、安定しているとは言えませんでした。現在では真空管規格表を見直し非常に安定の良い長寿命のOTLアンプが出来ています。

良い真空管アンプを選ぶ事は非常に難しいのですが、いろいろと見てきているうちに分かった事があります。

アンプの中を覗いてみて下さい。

良い真空管アンプはプリント基板を使わず、全体がラグ板の配線で部品の一つ一つが絡げて配線されています。この方法は一見古いように見えますが、一つ一つ確実にハンダを行い長期の耐久性があり、熱を出す真空管から部品を保護しています。
次に良いのは出力管部分がラグ板配線され、全段の入力やドライバー段だけをプリント基板に乗せた物です。

最後が全てプリント基板上にした物で耐久性は考えず、早く作ることを重視した物です。

このようなことでメーカーの姿勢を見るのも一つの方法です。

また真空管アンプには安くて良いものは無いと考えるべきです。

良い真空管アンプを作るには良いトランスが必要で、ある程度高価になります。

製品化されると10万円を切ることは難しく、真空管の種類やメーカーにこだわると15万円を切る事が難しくなります。それ以上に安いものを求められるなら量産向きのトランジスターアンプの方が良い結果になる場合が多くなると思います。

もう一つの方向からお話してみます。アンプとスピーカーは切り離しては考えられません。そこで、同じ技術で2種のスピーカーを作ったとします。

一つは高能率のスピーカーで能率が100dBで耐入力が10Wあります。
一つは並の能率で90dBで耐入力が100Wのスピーカーです。

音質を重視して振動板を軽量化し磁力を強力にした物が能率100dBで10Wのスピーカーで、出力や帯域を重視して振動板を重くしボイスコイルを太くした物が能率90dBで100Wのスピーカーです。

ここが重要なところで100dBのスピーカーに10W入力した時の音の大きさは90dBのスピーカーに100W入力した時と同じ大きさです。

また、アンプの場合は同じ大きさの電源トランスを使って10Wのアンプを作る場合と100Wのアンプを作る場合では、10Wが音質重視のもので100Wが出力重視の物と考えるべきです。
そこで、音質を選ばれる方は100dBのスピーカーに10Wのアンプを組み合わせ、帯域や出力を選ばれる方は90dBのスピーカーに100Wのアンプになると思います。

しかしこの両者の場合、最大の音量は同じです。同じ場所、同じ音量でボーカルでも聞かれたとしたら、その音の魅力でたぶん90%以上の方が10Wのアンプにされるでしょう。また能率100dBのスピーカーがあれば一般家庭では3W以上のアンプがあれば生演奏を越える大きな音量が楽に出せるのです。

始めてオーディオを購入される方が音質の良さを求め、耐入力の大きなスピーカーや出力の大きなアンプを選ぶと大きな失敗につながることもあるのです。
そのほかにも経験の少ない方が測定データを重視していると失敗する事が多くあります。例えば、

NFB無で40〜15000Hzの特性を持った真空管アンプがあったとします。これでは特性が悪く現代のオーディオ用のアンプとは言えませんが、NFBをかけて25〜20000Hzのアンプにすると何とか使用できるアンプになるでしょう。

しかし、もともと良い部品を使いNFB無で25〜20000Hzの特性をもった良質のアンプに、NFBをかけて20〜25000Hzにすると測定では更に良くなりますが、実際の試聴結果は狭くなった感じがして音質も少し劣化した感じがするものです。

要するに特性を満足しているアンプにNFBをかけるとカタログに書ける特性が更に良くなったとしても音質的に悪くなってしまいます。

この場合は真空管から出力トランスまでオールオーバーにNFBをかけた為に位相にかかわる問題が発生したと考えられます。この場合に測定器では良くなった面しか測る事が出来ないのです。NFBをかける理由は他にもあり、ハム等を除去したり、増幅度を調整したりできます。しかし、手作りの高級機パワーアンプはNFBをかけないで完成させるものが多いのです。結果的には、NFBは薬にも毒にもなり、上手に使えば非常に良い結果も生む事がありますので、何でもかんでもNFBが悪いわけではありません。

当店では音質重視で最高のオーディオシステムをご希望の方には、高価でもある程度の広い帯域を持った100dBを越えるスピーカーと、音質を重視した大型で小出力の真空管アンプをお薦めしています。

システムを安く組まれたい方には、高能率のフルレンジスピーカーに真空管(米国製純三極管)シングルアンプをお薦めしています。

アンプを検討する場合はスピーカーを切り離しては考えられず、またオーディオとは自分自身が思った良い音を作る事だと考えます。色んなタイプのスピーカーに色んなタイプのアンプを繋ぎ鳴らしたとき、最高の音が出たと思う組み合わせのアンプとスピーカーが自分にとって一番良いものと思います。

このときスピーカーの種類としては高能率と低能率、アンプの種類としては同価格での低出力と高出力に分かれると思います。

原音再生を目的とされ、音楽は演奏家の意図する音に一番近いものが感動できるという考え方をお持ちの方は、高能率スピーカーに低出力アンプの組み合わせが良いと思われ、

一方で原音再生は出来るわけがないので、何か素晴らしい綺麗な音と広帯域の音を創造したいと思われる方には、低能率スピーカーと高出力アンプの組み合わせが合うように感じています。
http://www.otono-edison.com/edisonkyo/amp.htm


▲△▽▼


なぜ真空管アンプをお薦めするのか
https://www.otono-edison.com/original/amp/sinosusume.htm

いろいろな増幅素子の中で真空管が最も優れているからです。その事は下記に述べて証明します。では何故メーカーが本気に真空管アンプを製造しないのでしょうか、その理由は儲からないからです。

真空管アンプはある程度の性能を出そうと思うと費用がかかり、大衆に販売できるコストを超えてしまいます。

第二は真空管やトランスを他社に依頼すると利益率が低い。

第三には輸送コスト、高電圧部品の調達が難しい、イメージが良くないなどでしょう。

1,真空管の中を電子が通過する速さはトランジスターの数千倍もあります。ということは、アンプの状態では数百万倍以上にもなるのです。このことは高域の裸特性に現れるのです。(裸特性:何も補正をしない状態)

真空管アンプの特性を決定するものはトランスであり真空管そのものの特性は、ほぼゼロヘルツから数十万ヘルツまであるのです。最近はトランスも非常に優れたものがあり負帰還(補正)なしで素晴らしい特性のものができます。

トランジスターの場合はトランスを必要としません。また、トランジスターは非常に安く、高出力のものでも費用は節約できます。しかし、トランジスターそのもののもつ特性はアンプにすると2000ヘルツの高域までしか再生できず。多量の負帰還(補正)を必要とします。

この負帰還は特性を良くしたりノイズを消したりする事ができ便利ですが、実際の試聴感では音が薄くなり伸びやかさが無くなったり、音に力がなくなったり、細かいニュアンスが感じられなくなったりします。負帰還そのものが理論上に解決しているとも思えません。(生演奏すり替え実験は無帰還アンプが使用されています。)


2,次はインピーダンスに対する出力特性の問題です。

トランジスターアンプのカタログを見て下さい。

例えば8オームのスピーカーの場合は100Wとすると4オームでは160W、16オームでは60Wとスピーカーのインピーダンスが大きくなれば出力は小さくなります。

しかし、真空管アンプの場合は倍のインピーダンス変化くらいではあまり出力の変化はありません。

スピーカーシステムのカタログを用意してください。そこには、周波数特性が表として掲載されています。その他にインピーダンスの特性も表として掲載されています。載せていないものもあるかと思いますが、どのスピーカーも同じようなものです。特性表の両方を重ね合わせると周波数特性が劣化し始めたところあたりからインピーダンス特性は上昇し始めます。よく考えてください。

トランジスターアンプを使用した場合はスピーカーの特性が悪くなるあたりになるとスピーカーのインピーダンスも上がるためアンプの出力も下がり、更に周波数特性が悪くなるということです。ところが、真空管アンプではほとんど影響がないのです。

一般的なスピーカーの周波数特性とインピーダンス特性

真空管アンプとトランジスタアンプのスピーカーに繋いだ時の裸特性

3,トランジスターアンプは真空管アンプと比較して同じ出力表示でも、スピーカーをつないだ場合の本当の出力は約1/3になります。

(スピーカーにインピーダンス補正というものが付けられているものがありますがほとんど意味をなしません。なぜなら、インピーダンスは下がっても分圧された状態になっているから結果は同じです。

8オームと表示されているスピーカーは最低インピーダンスが8オームということです。そして、インピーダンスの特性表にはなだらかな線を使ってわかりやすいように簡略化してありますが本当は気象庁の地震計のようにギザギザの状態になります。

それの影響をまともに受けるということは半分しか音が出ていないことと判断しても良いと思います。)
https://www.otono-edison.com/original/amp/sinosusume.htm


▲△▽▼

G「CDしか聴かない人には、プリアンプの代わりにボリューム付セレクターを薦めるのは何故?」

店長「プリアンプのCD入力では、プリアンプの送りだしアンプを通ることになる。この送り出しアンプは音量調整が行い易いように付けられたもので、実質的には不要だ。通す事により音質の劣化が起こる。

そこで、高価なプリアンプを止めて、アンプの無い安価なボリューム付セレクターにすることでパワーアンプに資金が使える。そうしてパワーアンプを真空管シングルパワーアンプにでもすればトランジスタの超高級品にも負けない音質に変身するのだ!殆んどの方がびっくりされる(^^)

前に言ったシンプル イズ ベストにあたる。」


G「アンプの回路に基盤を使用しない理由は?」

店長「基盤を使う事でアンプの量産は可能になるが、耐久性に問題があり、直接お客様に販売する以上なかなか使用できない。

特に真空管アンプの場合は電圧が高いため、基盤は使わずに丁寧なラグ配線にすることで耐久性があがり音質を確保できる。」


M「アンプに使用している真空管が殆んどUSA製の理由は?」

店長「真空管の製造はアメリカが非常に高い技術をもっている。耐久性が良く、品質や特性が揃っている。

真空管を比較する事でも大きな差が出てくる。
その代わり価格は数倍になるが、アンプ全体からするとそんなに大きな割合ではない。アメリカの真空管を使わずに良い真空管アンプと言ってしまうと嘘つきになる。」


営業部長「何故真空管アンプを進めているのですか?」

店長「簡単に言えば音を一番良くすることが出来るし、理論的にも良くなることが分かっているからだ。

一番大事なことは真空管の電子速度がトランジスターの5000倍以上と速い事、

次が電圧を高く使用出来る為信号増幅が素直に行える。

その他、アンプ同士、又はスピーカーに対してもインピーダンス特性上の都合が良い。

都合の悪いところは素子の大きさやヒーター電力が必要である事などで、音質に対する不都合な点は非常に少ない。

ただし、出力インピーダンスが高いことにより、トランスを必要とする事だ
真空管の特性は素晴らしいが、このトランスにより周波数帯域が制限されてしまう。そこで良質な出力トランスを使う必要がある為に、真空管アンプを安く作ろうとしても、ある程度の能力を出すにはある程度高価になってくる。

ここで断っておくが真空管がトランジスターやICよりも良いと言っているだけで、世間にある真空管アンプがトランジスターやICを使って作られたアンプよりも良いと言っている訳ではない。

真空管アンプは最近になり良さを認められ良く売れるようになった為、心無いメーカーが多く出てきている。これは聴き分ける力を持つことで災難を逃れる事が出来る。

安い国産品のものや、新しい高価な海外品には気をつけた方が良い。

真空管アンプも昔の物と違って最近では技術が発展しています。音のエジソンのアンプも昔の物とは違い無帰還でも特性表からはみ出すほどのものです。」
https://www.otono-edison.com/audionosinjitu/urabanasi.html#12


▲△▽▼


「真空管アンプと音の響きについて」のネット記事の紹介
https://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/2c67fa684e71ad82afe94a6cfedd509c


「真空管アンプは、真空管の差し替えで音が変わります。最近私は真空管アンプに注目していますが、それは音源がPC/ネットワークオーディオになると、ますます潤いや音を作る楽しみが小さくなってしまうからです。

たしかに、PC/ネットワークオーディオでもケーブルを変えたり、再生ソフトを変えると音が変わるのですが、カートリッジの交換だけで1枚のレコードがまるで違う歌のように雰囲気までがらりと変わってしまったアナログ時代の音の変化とは、何かが根本的に何か違うように感じています。

デジタル時代の音の変化は、音の細やかさや透明感、立体感など「音質」に関わる部分で、音楽の雰囲気つまり「情緒」に関わる部分での変化が少ないように思います。

また、アナログ時代には「再生時の音作り」で生演奏よりも素晴らしい雰囲気で音楽を楽しめたのに対し、デジタル時代ではどう頑張っても生演奏を超えられないように思うのです。このアナログとデジタルの根本的な違いは、「響きの差」から生まれていると考えています。

音楽は響きの芸術です。音楽は、音の響きが多いか少ないかで情報量が変化します。良い例が「クラシック・コンサート」で、響きの美しいホールでなければ情緒深く美しい演奏が奏でられません。

演奏をより美しくするためには、楽器そのものの響きをさらに「響かせる」ことが必要です。音源がアナログオーディオの場合、再生プロセスではレコード盤そのものの響き、カンチレバーの振動など録音されていない「響き」が盛大に発生します。それを「味方」に付けることで音楽的な情報量を増やしたり、演奏の味わいを深められるのだと私は考えています。

ところが音源がデジタルになると、この「響き」が生み出されなくなります。アップサンプリングやビット伸長を行うことで音の細かさは向上しますが、響きが増えることはありません。

これが再生プロセスの芸術性でデジタルがアナログを超えられないと考える理由です。デジタルの音はアナログよりもあっさりしている、アナログのような暖かさや情緒深さが感じられない、立体感に乏しい、これらはすべて「響きが足りない」からだと考えられます。

このデジタルで不足する「響き」を補えるのが、真空管アンプです。今回のテストから明らかなように、真空管が音楽信号に呼応して響き、音楽の味わいを深めます。プレーヤー(音源)で響きを作るすべを封じられた今こそ、真空管アンプに注目すべきだと私は考えています。」

つまり、CDにしろSACDにしろさほどの変化を感じられなかった原因は「音の響き」がプアなせいだったのか、と思い当たった。

我が家の場合は、いまさらレコードに戻るのも億劫だしデジタルの音を「真空管アンプ+昔の高能率のユニット」で鳴らす方が「音の響き」にとって丁度いい塩梅だと勝手に思っている。

デジタルもアナログもそれぞれ長所もあれば弱点もあるので、長所をいかに伸ばし、弱点をいかにカバーするかが、ありふれたことだがオーディオの王道なのだろう。

そういえばオーディオ誌などを見ているとシステムや機器の「弱点」に触れている記事はまず見かけないのでうかつに信用できない。

たとえば「響きが足りないデジタルの音を響きの少ないTRアンプで鳴らす」風潮などがそうで、オーディオが衰退の一途をたどっている一因もその辺りにあると推察している。

https://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/2c67fa684e71ad82afe94a6cfedd509c





http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/1008.html#c23

[リバイバル3] 真空管アンプ自作は時間と金の無駄 _ 自作では まともな音にならない 中川隆
10. 中川隆[-13054] koaQ7Jey 2020年3月05日 08:19:48 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[479]

安物のトランスを使った真空管アンプより 3万円のトランジスタ・アンプの方が音がいい


3万円のドイツ製プロ用パワーアンプ thomann S-75mk2 と数百万円のハイエンドアンプとでは電源ケーブルを変えた位の差しか出ない
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/983.html


真空管パワーアンプの選び方

アンプの種類にはトランジスターアンプと真空管アンプに別れ、トランジスターアンプは20年前から大きく変化して、最近は出力段にFETが、ドライバー段やプリアンプにはIC(集積回路)が使用されています。

このことが音質を大きく変えてきた原因と見ています。

出力段のFETはスピードも上がりNFB(負帰還)量も少なくて済み良くなったと思いますが、全段のICは回路が非常に小さく小型化され低電圧低電流でオーディオ向きとは言えなくなったようです。

昔のトランジスターアンプをご存知の方は分かると思いますが、昔の3本足のディスクリート型のトランジスターアンプに比べ音質が細く力が無くなったようです。昔のトランジスターアンプの一部は、真空管アンプを脅かすような清涼感や力感と質感を備えていました。

一方の真空管アンプは、人気が出始めた10年前頃から新しいメーカーが出来たり輸入品が多くなったりして、良心的な良いアンプの比率が下がり、人気を下げるような結果を招いています。

最近、5万円ほどで300Bシングルアンプとして売り出されている物がありますが、このようなアンプは一昔前の50万から100万円したアンプに使用されているトランス1個の価格ぐらいにしかならず、良い物に名を借りた貧相な製品です。同じ価格ならばトランジスタアンプの方をお薦めします。

しかし、良い音のアンプを選ぶなら真空管アンプの方がお薦めです。LPレコードが一般的な生産対象ではなくなっても、アナログのLPレコードの人気は続いているように、真空管が一般的に製造中止になって30年程になりますが、20年前には5%に落ちていた真空管アンプの人気が、現在高級機では50%を越える程の人気ぶりです。このことは、トランジスターアンプの3本足のトランジスターがICに変わり、集積回路に変わることで音質の劣化が原因になったとも考えられます。そこで、良い真空管アンプの選び方を考えてみましょう。

真空管パワーアンプの回路的には種類があり、それぞれの目的があります。

種類はシングルアンプ、プッシュプルアンプ、OTLアンプ、BTLアンプなどです。

普通のシングルアンプは2本の出力管で右と左の音を出すため、1本の出力管が片チャンネルの音の全体を受け持ち素直に増幅するため大きな出力はありませんが音質は非常に素直です。しかし、出力管やトランスで性能に差があり、周波数特性は出力トランスの使用方法や質で大きな差が出てきます。

普通のプッシュプルアンプは出力管を4本使用し、2本で片チャンネルの信号を上下に分けて受け持ち出力トランスで合成する方法を取っています。その為、大出力には向いていますが小出力時や細かい音の変化には弱い部分もあります。

一般的に販売されている物はシングルとプッシュプルが殆んどです。真空管そのものは非常に良い特性をもっていますがこの2種はトランスの性能に大きな影響を受けます。

最近の安い真空管アンプはトランスに費用をかけられていませんので出力特性は負帰還に頼り、真空管らしい音に欠け柔らかい音ですが魅力が乏しくなります。実はこれらの真空管アンプは増幅の半分はトランスが受け持っています。真空管アンプと言うよりは真空管トランスアンプと言った方が正解かもしれません。
そこで考えられたのが出力トランスを使用せず、全てを真空管で増幅する真空管OTLアンプです。またはインピーダンス変換だけをトランスにした真空管BTLアンプです。

この2種は製品化するには非常に難しいところがありますが、これらの良いアンプを手に入れると2度とシングルやプッシュプルには戻れないと言う方が以外に多いものです。アンプのメーカーを選ぶにはこのOTLやBTLを候補に入れるか、又はこのようなアンプを作れるメーカーと考える事も一つの策ではないかと思います。それは真空管や回路の事を熟知している証拠となるからです。

かつて、大手のメーカーが真空管アンプの生産をやめる時に、最高級のアンプを競った時代があります。実力のある数メーカーがそれまでは作っていなかったOTLアンプを最後にして生産を完了したのです。しかし当時は出力を競っていたせいか、その真空管の寿命は短く、安定しているとは言えませんでした。現在では真空管規格表を見直し非常に安定の良い長寿命のOTLアンプが出来ています。

良い真空管アンプを選ぶ事は非常に難しいのですが、いろいろと見てきているうちに分かった事があります。

アンプの中を覗いてみて下さい。

良い真空管アンプはプリント基板を使わず、全体がラグ板の配線で部品の一つ一つが絡げて配線されています。この方法は一見古いように見えますが、一つ一つ確実にハンダを行い長期の耐久性があり、熱を出す真空管から部品を保護しています。
次に良いのは出力管部分がラグ板配線され、全段の入力やドライバー段だけをプリント基板に乗せた物です。

最後が全てプリント基板上にした物で耐久性は考えず、早く作ることを重視した物です。

このようなことでメーカーの姿勢を見るのも一つの方法です。

また真空管アンプには安くて良いものは無いと考えるべきです。

良い真空管アンプを作るには良いトランスが必要で、ある程度高価になります。

製品化されると10万円を切ることは難しく、真空管の種類やメーカーにこだわると15万円を切る事が難しくなります。それ以上に安いものを求められるなら量産向きのトランジスターアンプの方が良い結果になる場合が多くなると思います。

もう一つの方向からお話してみます。アンプとスピーカーは切り離しては考えられません。そこで、同じ技術で2種のスピーカーを作ったとします。

一つは高能率のスピーカーで能率が100dBで耐入力が10Wあります。
一つは並の能率で90dBで耐入力が100Wのスピーカーです。

音質を重視して振動板を軽量化し磁力を強力にした物が能率100dBで10Wのスピーカーで、出力や帯域を重視して振動板を重くしボイスコイルを太くした物が能率90dBで100Wのスピーカーです。

ここが重要なところで100dBのスピーカーに10W入力した時の音の大きさは90dBのスピーカーに100W入力した時と同じ大きさです。

また、アンプの場合は同じ大きさの電源トランスを使って10Wのアンプを作る場合と100Wのアンプを作る場合では、10Wが音質重視のもので100Wが出力重視の物と考えるべきです。
そこで、音質を選ばれる方は100dBのスピーカーに10Wのアンプを組み合わせ、帯域や出力を選ばれる方は90dBのスピーカーに100Wのアンプになると思います。

しかしこの両者の場合、最大の音量は同じです。同じ場所、同じ音量でボーカルでも聞かれたとしたら、その音の魅力でたぶん90%以上の方が10Wのアンプにされるでしょう。また能率100dBのスピーカーがあれば一般家庭では3W以上のアンプがあれば生演奏を越える大きな音量が楽に出せるのです。

始めてオーディオを購入される方が音質の良さを求め、耐入力の大きなスピーカーや出力の大きなアンプを選ぶと大きな失敗につながることもあるのです。
そのほかにも経験の少ない方が測定データを重視していると失敗する事が多くあります。例えば、

NFB無で40〜15000Hzの特性を持った真空管アンプがあったとします。これでは特性が悪く現代のオーディオ用のアンプとは言えませんが、NFBをかけて25〜20000Hzのアンプにすると何とか使用できるアンプになるでしょう。

しかし、もともと良い部品を使いNFB無で25〜20000Hzの特性をもった良質のアンプに、NFBをかけて20〜25000Hzにすると測定では更に良くなりますが、実際の試聴結果は狭くなった感じがして音質も少し劣化した感じがするものです。

要するに特性を満足しているアンプにNFBをかけるとカタログに書ける特性が更に良くなったとしても音質的に悪くなってしまいます。

この場合は真空管から出力トランスまでオールオーバーにNFBをかけた為に位相にかかわる問題が発生したと考えられます。この場合に測定器では良くなった面しか測る事が出来ないのです。NFBをかける理由は他にもあり、ハム等を除去したり、増幅度を調整したりできます。しかし、手作りの高級機パワーアンプはNFBをかけないで完成させるものが多いのです。結果的には、NFBは薬にも毒にもなり、上手に使えば非常に良い結果も生む事がありますので、何でもかんでもNFBが悪いわけではありません。

当店では音質重視で最高のオーディオシステムをご希望の方には、高価でもある程度の広い帯域を持った100dBを越えるスピーカーと、音質を重視した大型で小出力の真空管アンプをお薦めしています。

システムを安く組まれたい方には、高能率のフルレンジスピーカーに真空管(米国製純三極管)シングルアンプをお薦めしています。

アンプを検討する場合はスピーカーを切り離しては考えられず、またオーディオとは自分自身が思った良い音を作る事だと考えます。色んなタイプのスピーカーに色んなタイプのアンプを繋ぎ鳴らしたとき、最高の音が出たと思う組み合わせのアンプとスピーカーが自分にとって一番良いものと思います。

このときスピーカーの種類としては高能率と低能率、アンプの種類としては同価格での低出力と高出力に分かれると思います。

原音再生を目的とされ、音楽は演奏家の意図する音に一番近いものが感動できるという考え方をお持ちの方は、高能率スピーカーに低出力アンプの組み合わせが良いと思われ、

一方で原音再生は出来るわけがないので、何か素晴らしい綺麗な音と広帯域の音を創造したいと思われる方には、低能率スピーカーと高出力アンプの組み合わせが合うように感じています。
http://www.otono-edison.com/edisonkyo/amp.htm


▲△▽▼


なぜ真空管アンプをお薦めするのか
https://www.otono-edison.com/original/amp/sinosusume.htm

いろいろな増幅素子の中で真空管が最も優れているからです。その事は下記に述べて証明します。では何故メーカーが本気に真空管アンプを製造しないのでしょうか、その理由は儲からないからです。

真空管アンプはある程度の性能を出そうと思うと費用がかかり、大衆に販売できるコストを超えてしまいます。

第二は真空管やトランスを他社に依頼すると利益率が低い。

第三には輸送コスト、高電圧部品の調達が難しい、イメージが良くないなどでしょう。

1,真空管の中を電子が通過する速さはトランジスターの数千倍もあります。ということは、アンプの状態では数百万倍以上にもなるのです。このことは高域の裸特性に現れるのです。(裸特性:何も補正をしない状態)

真空管アンプの特性を決定するものはトランスであり真空管そのものの特性は、ほぼゼロヘルツから数十万ヘルツまであるのです。最近はトランスも非常に優れたものがあり負帰還(補正)なしで素晴らしい特性のものができます。

トランジスターの場合はトランスを必要としません。また、トランジスターは非常に安く、高出力のものでも費用は節約できます。しかし、トランジスターそのもののもつ特性はアンプにすると2000ヘルツの高域までしか再生できず。多量の負帰還(補正)を必要とします。

この負帰還は特性を良くしたりノイズを消したりする事ができ便利ですが、実際の試聴感では音が薄くなり伸びやかさが無くなったり、音に力がなくなったり、細かいニュアンスが感じられなくなったりします。負帰還そのものが理論上に解決しているとも思えません。(生演奏すり替え実験は無帰還アンプが使用されています。)


2,次はインピーダンスに対する出力特性の問題です。

トランジスターアンプのカタログを見て下さい。

例えば8オームのスピーカーの場合は100Wとすると4オームでは160W、16オームでは60Wとスピーカーのインピーダンスが大きくなれば出力は小さくなります。

しかし、真空管アンプの場合は倍のインピーダンス変化くらいではあまり出力の変化はありません。

スピーカーシステムのカタログを用意してください。そこには、周波数特性が表として掲載されています。その他にインピーダンスの特性も表として掲載されています。載せていないものもあるかと思いますが、どのスピーカーも同じようなものです。特性表の両方を重ね合わせると周波数特性が劣化し始めたところあたりからインピーダンス特性は上昇し始めます。よく考えてください。

トランジスターアンプを使用した場合はスピーカーの特性が悪くなるあたりになるとスピーカーのインピーダンスも上がるためアンプの出力も下がり、更に周波数特性が悪くなるということです。ところが、真空管アンプではほとんど影響がないのです。

一般的なスピーカーの周波数特性とインピーダンス特性

真空管アンプとトランジスタアンプのスピーカーに繋いだ時の裸特性

3,トランジスターアンプは真空管アンプと比較して同じ出力表示でも、スピーカーをつないだ場合の本当の出力は約1/3になります。

(スピーカーにインピーダンス補正というものが付けられているものがありますがほとんど意味をなしません。なぜなら、インピーダンスは下がっても分圧された状態になっているから結果は同じです。

8オームと表示されているスピーカーは最低インピーダンスが8オームということです。そして、インピーダンスの特性表にはなだらかな線を使ってわかりやすいように簡略化してありますが本当は気象庁の地震計のようにギザギザの状態になります。

それの影響をまともに受けるということは半分しか音が出ていないことと判断しても良いと思います。)
https://www.otono-edison.com/original/amp/sinosusume.htm


▲△▽▼

G「CDしか聴かない人には、プリアンプの代わりにボリューム付セレクターを薦めるのは何故?」

店長「プリアンプのCD入力では、プリアンプの送りだしアンプを通ることになる。この送り出しアンプは音量調整が行い易いように付けられたもので、実質的には不要だ。通す事により音質の劣化が起こる。

そこで、高価なプリアンプを止めて、アンプの無い安価なボリューム付セレクターにすることでパワーアンプに資金が使える。そうしてパワーアンプを真空管シングルパワーアンプにでもすればトランジスタの超高級品にも負けない音質に変身するのだ!殆んどの方がびっくりされる(^^)

前に言ったシンプル イズ ベストにあたる。」


G「アンプの回路に基盤を使用しない理由は?」

店長「基盤を使う事でアンプの量産は可能になるが、耐久性に問題があり、直接お客様に販売する以上なかなか使用できない。

特に真空管アンプの場合は電圧が高いため、基盤は使わずに丁寧なラグ配線にすることで耐久性があがり音質を確保できる。」


M「アンプに使用している真空管が殆んどUSA製の理由は?」

店長「真空管の製造はアメリカが非常に高い技術をもっている。耐久性が良く、品質や特性が揃っている。

真空管を比較する事でも大きな差が出てくる。
その代わり価格は数倍になるが、アンプ全体からするとそんなに大きな割合ではない。アメリカの真空管を使わずに良い真空管アンプと言ってしまうと嘘つきになる。」


営業部長「何故真空管アンプを進めているのですか?」

店長「簡単に言えば音を一番良くすることが出来るし、理論的にも良くなることが分かっているからだ。

一番大事なことは真空管の電子速度がトランジスターの5000倍以上と速い事、

次が電圧を高く使用出来る為信号増幅が素直に行える。

その他、アンプ同士、又はスピーカーに対してもインピーダンス特性上の都合が良い。

都合の悪いところは素子の大きさやヒーター電力が必要である事などで、音質に対する不都合な点は非常に少ない。

ただし、出力インピーダンスが高いことにより、トランスを必要とする事だ
真空管の特性は素晴らしいが、このトランスにより周波数帯域が制限されてしまう。そこで良質な出力トランスを使う必要がある為に、真空管アンプを安く作ろうとしても、ある程度の能力を出すにはある程度高価になってくる。

ここで断っておくが真空管がトランジスターやICよりも良いと言っているだけで、世間にある真空管アンプがトランジスターやICを使って作られたアンプよりも良いと言っている訳ではない。

真空管アンプは最近になり良さを認められ良く売れるようになった為、心無いメーカーが多く出てきている。これは聴き分ける力を持つことで災難を逃れる事が出来る。

安い国産品のものや、新しい高価な海外品には気をつけた方が良い。

真空管アンプも昔の物と違って最近では技術が発展しています。音のエジソンのアンプも昔の物とは違い無帰還でも特性表からはみ出すほどのものです。」
https://www.otono-edison.com/audionosinjitu/urabanasi.html#12


▲△▽▼


「真空管アンプと音の響きについて」のネット記事の紹介
https://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/2c67fa684e71ad82afe94a6cfedd509c


「真空管アンプは、真空管の差し替えで音が変わります。最近私は真空管アンプに注目していますが、それは音源がPC/ネットワークオーディオになると、ますます潤いや音を作る楽しみが小さくなってしまうからです。

たしかに、PC/ネットワークオーディオでもケーブルを変えたり、再生ソフトを変えると音が変わるのですが、カートリッジの交換だけで1枚のレコードがまるで違う歌のように雰囲気までがらりと変わってしまったアナログ時代の音の変化とは、何かが根本的に何か違うように感じています。

デジタル時代の音の変化は、音の細やかさや透明感、立体感など「音質」に関わる部分で、音楽の雰囲気つまり「情緒」に関わる部分での変化が少ないように思います。

また、アナログ時代には「再生時の音作り」で生演奏よりも素晴らしい雰囲気で音楽を楽しめたのに対し、デジタル時代ではどう頑張っても生演奏を超えられないように思うのです。このアナログとデジタルの根本的な違いは、「響きの差」から生まれていると考えています。

音楽は響きの芸術です。音楽は、音の響きが多いか少ないかで情報量が変化します。良い例が「クラシック・コンサート」で、響きの美しいホールでなければ情緒深く美しい演奏が奏でられません。

演奏をより美しくするためには、楽器そのものの響きをさらに「響かせる」ことが必要です。音源がアナログオーディオの場合、再生プロセスではレコード盤そのものの響き、カンチレバーの振動など録音されていない「響き」が盛大に発生します。それを「味方」に付けることで音楽的な情報量を増やしたり、演奏の味わいを深められるのだと私は考えています。

ところが音源がデジタルになると、この「響き」が生み出されなくなります。アップサンプリングやビット伸長を行うことで音の細かさは向上しますが、響きが増えることはありません。

これが再生プロセスの芸術性でデジタルがアナログを超えられないと考える理由です。デジタルの音はアナログよりもあっさりしている、アナログのような暖かさや情緒深さが感じられない、立体感に乏しい、これらはすべて「響きが足りない」からだと考えられます。

このデジタルで不足する「響き」を補えるのが、真空管アンプです。今回のテストから明らかなように、真空管が音楽信号に呼応して響き、音楽の味わいを深めます。プレーヤー(音源)で響きを作るすべを封じられた今こそ、真空管アンプに注目すべきだと私は考えています。」

つまり、CDにしろSACDにしろさほどの変化を感じられなかった原因は「音の響き」がプアなせいだったのか、と思い当たった。

我が家の場合は、いまさらレコードに戻るのも億劫だしデジタルの音を「真空管アンプ+昔の高能率のユニット」で鳴らす方が「音の響き」にとって丁度いい塩梅だと勝手に思っている。

デジタルもアナログもそれぞれ長所もあれば弱点もあるので、長所をいかに伸ばし、弱点をいかにカバーするかが、ありふれたことだがオーディオの王道なのだろう。

そういえばオーディオ誌などを見ているとシステムや機器の「弱点」に触れている記事はまず見かけないのでうかつに信用できない。

たとえば「響きが足りないデジタルの音を響きの少ないTRアンプで鳴らす」風潮などがそうで、オーディオが衰退の一途をたどっている一因もその辺りにあると推察している。

https://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/2c67fa684e71ad82afe94a6cfedd509c





http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/1006.html#c10

[リバイバル4] ウェスタン・エレクトリック 300B を使ったアンプ 中川隆
31. 中川隆[-13053] koaQ7Jey 2020年3月05日 08:21:05 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[480]

安物のトランスを使った 300Bアンプより 3万円のトランジスタ・アンプの方が音がいい

3万円のドイツ製プロ用パワーアンプ thomann S-75mk2 と数百万円のハイエンドアンプとでは電源ケーブルを変えた位の差しか出ない
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/983.html


真空管パワーアンプの選び方

アンプの種類にはトランジスターアンプと真空管アンプに別れ、トランジスターアンプは20年前から大きく変化して、最近は出力段にFETが、ドライバー段やプリアンプにはIC(集積回路)が使用されています。

このことが音質を大きく変えてきた原因と見ています。

出力段のFETはスピードも上がりNFB(負帰還)量も少なくて済み良くなったと思いますが、全段のICは回路が非常に小さく小型化され低電圧低電流でオーディオ向きとは言えなくなったようです。

昔のトランジスターアンプをご存知の方は分かると思いますが、昔の3本足のディスクリート型のトランジスターアンプに比べ音質が細く力が無くなったようです。昔のトランジスターアンプの一部は、真空管アンプを脅かすような清涼感や力感と質感を備えていました。

一方の真空管アンプは、人気が出始めた10年前頃から新しいメーカーが出来たり輸入品が多くなったりして、良心的な良いアンプの比率が下がり、人気を下げるような結果を招いています。

最近、5万円ほどで300Bシングルアンプとして売り出されている物がありますが、このようなアンプは一昔前の50万から100万円したアンプに使用されているトランス1個の価格ぐらいにしかならず、良い物に名を借りた貧相な製品です。同じ価格ならばトランジスタアンプの方をお薦めします。

しかし、良い音のアンプを選ぶなら真空管アンプの方がお薦めです。LPレコードが一般的な生産対象ではなくなっても、アナログのLPレコードの人気は続いているように、真空管が一般的に製造中止になって30年程になりますが、20年前には5%に落ちていた真空管アンプの人気が、現在高級機では50%を越える程の人気ぶりです。このことは、トランジスターアンプの3本足のトランジスターがICに変わり、集積回路に変わることで音質の劣化が原因になったとも考えられます。そこで、良い真空管アンプの選び方を考えてみましょう。

真空管パワーアンプの回路的には種類があり、それぞれの目的があります。

種類はシングルアンプ、プッシュプルアンプ、OTLアンプ、BTLアンプなどです。

普通のシングルアンプは2本の出力管で右と左の音を出すため、1本の出力管が片チャンネルの音の全体を受け持ち素直に増幅するため大きな出力はありませんが音質は非常に素直です。しかし、出力管やトランスで性能に差があり、周波数特性は出力トランスの使用方法や質で大きな差が出てきます。

普通のプッシュプルアンプは出力管を4本使用し、2本で片チャンネルの信号を上下に分けて受け持ち出力トランスで合成する方法を取っています。その為、大出力には向いていますが小出力時や細かい音の変化には弱い部分もあります。

一般的に販売されている物はシングルとプッシュプルが殆んどです。真空管そのものは非常に良い特性をもっていますがこの2種はトランスの性能に大きな影響を受けます。

最近の安い真空管アンプはトランスに費用をかけられていませんので出力特性は負帰還に頼り、真空管らしい音に欠け柔らかい音ですが魅力が乏しくなります。実はこれらの真空管アンプは増幅の半分はトランスが受け持っています。真空管アンプと言うよりは真空管トランスアンプと言った方が正解かもしれません。
そこで考えられたのが出力トランスを使用せず、全てを真空管で増幅する真空管OTLアンプです。またはインピーダンス変換だけをトランスにした真空管BTLアンプです。

この2種は製品化するには非常に難しいところがありますが、これらの良いアンプを手に入れると2度とシングルやプッシュプルには戻れないと言う方が以外に多いものです。アンプのメーカーを選ぶにはこのOTLやBTLを候補に入れるか、又はこのようなアンプを作れるメーカーと考える事も一つの策ではないかと思います。それは真空管や回路の事を熟知している証拠となるからです。

かつて、大手のメーカーが真空管アンプの生産をやめる時に、最高級のアンプを競った時代があります。実力のある数メーカーがそれまでは作っていなかったOTLアンプを最後にして生産を完了したのです。しかし当時は出力を競っていたせいか、その真空管の寿命は短く、安定しているとは言えませんでした。現在では真空管規格表を見直し非常に安定の良い長寿命のOTLアンプが出来ています。

良い真空管アンプを選ぶ事は非常に難しいのですが、いろいろと見てきているうちに分かった事があります。

アンプの中を覗いてみて下さい。

良い真空管アンプはプリント基板を使わず、全体がラグ板の配線で部品の一つ一つが絡げて配線されています。この方法は一見古いように見えますが、一つ一つ確実にハンダを行い長期の耐久性があり、熱を出す真空管から部品を保護しています。
次に良いのは出力管部分がラグ板配線され、全段の入力やドライバー段だけをプリント基板に乗せた物です。

最後が全てプリント基板上にした物で耐久性は考えず、早く作ることを重視した物です。

このようなことでメーカーの姿勢を見るのも一つの方法です。

また真空管アンプには安くて良いものは無いと考えるべきです。

良い真空管アンプを作るには良いトランスが必要で、ある程度高価になります。

製品化されると10万円を切ることは難しく、真空管の種類やメーカーにこだわると15万円を切る事が難しくなります。それ以上に安いものを求められるなら量産向きのトランジスターアンプの方が良い結果になる場合が多くなると思います。

もう一つの方向からお話してみます。アンプとスピーカーは切り離しては考えられません。そこで、同じ技術で2種のスピーカーを作ったとします。

一つは高能率のスピーカーで能率が100dBで耐入力が10Wあります。
一つは並の能率で90dBで耐入力が100Wのスピーカーです。

音質を重視して振動板を軽量化し磁力を強力にした物が能率100dBで10Wのスピーカーで、出力や帯域を重視して振動板を重くしボイスコイルを太くした物が能率90dBで100Wのスピーカーです。

ここが重要なところで100dBのスピーカーに10W入力した時の音の大きさは90dBのスピーカーに100W入力した時と同じ大きさです。

また、アンプの場合は同じ大きさの電源トランスを使って10Wのアンプを作る場合と100Wのアンプを作る場合では、10Wが音質重視のもので100Wが出力重視の物と考えるべきです。
そこで、音質を選ばれる方は100dBのスピーカーに10Wのアンプを組み合わせ、帯域や出力を選ばれる方は90dBのスピーカーに100Wのアンプになると思います。

しかしこの両者の場合、最大の音量は同じです。同じ場所、同じ音量でボーカルでも聞かれたとしたら、その音の魅力でたぶん90%以上の方が10Wのアンプにされるでしょう。また能率100dBのスピーカーがあれば一般家庭では3W以上のアンプがあれば生演奏を越える大きな音量が楽に出せるのです。

始めてオーディオを購入される方が音質の良さを求め、耐入力の大きなスピーカーや出力の大きなアンプを選ぶと大きな失敗につながることもあるのです。
そのほかにも経験の少ない方が測定データを重視していると失敗する事が多くあります。例えば、

NFB無で40〜15000Hzの特性を持った真空管アンプがあったとします。これでは特性が悪く現代のオーディオ用のアンプとは言えませんが、NFBをかけて25〜20000Hzのアンプにすると何とか使用できるアンプになるでしょう。

しかし、もともと良い部品を使いNFB無で25〜20000Hzの特性をもった良質のアンプに、NFBをかけて20〜25000Hzにすると測定では更に良くなりますが、実際の試聴結果は狭くなった感じがして音質も少し劣化した感じがするものです。

要するに特性を満足しているアンプにNFBをかけるとカタログに書ける特性が更に良くなったとしても音質的に悪くなってしまいます。

この場合は真空管から出力トランスまでオールオーバーにNFBをかけた為に位相にかかわる問題が発生したと考えられます。この場合に測定器では良くなった面しか測る事が出来ないのです。NFBをかける理由は他にもあり、ハム等を除去したり、増幅度を調整したりできます。しかし、手作りの高級機パワーアンプはNFBをかけないで完成させるものが多いのです。結果的には、NFBは薬にも毒にもなり、上手に使えば非常に良い結果も生む事がありますので、何でもかんでもNFBが悪いわけではありません。

当店では音質重視で最高のオーディオシステムをご希望の方には、高価でもある程度の広い帯域を持った100dBを越えるスピーカーと、音質を重視した大型で小出力の真空管アンプをお薦めしています。

システムを安く組まれたい方には、高能率のフルレンジスピーカーに真空管(米国製純三極管)シングルアンプをお薦めしています。

アンプを検討する場合はスピーカーを切り離しては考えられず、またオーディオとは自分自身が思った良い音を作る事だと考えます。色んなタイプのスピーカーに色んなタイプのアンプを繋ぎ鳴らしたとき、最高の音が出たと思う組み合わせのアンプとスピーカーが自分にとって一番良いものと思います。

このときスピーカーの種類としては高能率と低能率、アンプの種類としては同価格での低出力と高出力に分かれると思います。

原音再生を目的とされ、音楽は演奏家の意図する音に一番近いものが感動できるという考え方をお持ちの方は、高能率スピーカーに低出力アンプの組み合わせが良いと思われ、

一方で原音再生は出来るわけがないので、何か素晴らしい綺麗な音と広帯域の音を創造したいと思われる方には、低能率スピーカーと高出力アンプの組み合わせが合うように感じています。
http://www.otono-edison.com/edisonkyo/amp.htm


▲△▽▼


なぜ真空管アンプをお薦めするのか
https://www.otono-edison.com/original/amp/sinosusume.htm

いろいろな増幅素子の中で真空管が最も優れているからです。その事は下記に述べて証明します。では何故メーカーが本気に真空管アンプを製造しないのでしょうか、その理由は儲からないからです。

真空管アンプはある程度の性能を出そうと思うと費用がかかり、大衆に販売できるコストを超えてしまいます。

第二は真空管やトランスを他社に依頼すると利益率が低い。

第三には輸送コスト、高電圧部品の調達が難しい、イメージが良くないなどでしょう。

1,真空管の中を電子が通過する速さはトランジスターの数千倍もあります。ということは、アンプの状態では数百万倍以上にもなるのです。このことは高域の裸特性に現れるのです。(裸特性:何も補正をしない状態)

真空管アンプの特性を決定するものはトランスであり真空管そのものの特性は、ほぼゼロヘルツから数十万ヘルツまであるのです。最近はトランスも非常に優れたものがあり負帰還(補正)なしで素晴らしい特性のものができます。

トランジスターの場合はトランスを必要としません。また、トランジスターは非常に安く、高出力のものでも費用は節約できます。しかし、トランジスターそのもののもつ特性はアンプにすると2000ヘルツの高域までしか再生できず。多量の負帰還(補正)を必要とします。

この負帰還は特性を良くしたりノイズを消したりする事ができ便利ですが、実際の試聴感では音が薄くなり伸びやかさが無くなったり、音に力がなくなったり、細かいニュアンスが感じられなくなったりします。負帰還そのものが理論上に解決しているとも思えません。(生演奏すり替え実験は無帰還アンプが使用されています。)


2,次はインピーダンスに対する出力特性の問題です。

トランジスターアンプのカタログを見て下さい。

例えば8オームのスピーカーの場合は100Wとすると4オームでは160W、16オームでは60Wとスピーカーのインピーダンスが大きくなれば出力は小さくなります。

しかし、真空管アンプの場合は倍のインピーダンス変化くらいではあまり出力の変化はありません。

スピーカーシステムのカタログを用意してください。そこには、周波数特性が表として掲載されています。その他にインピーダンスの特性も表として掲載されています。載せていないものもあるかと思いますが、どのスピーカーも同じようなものです。特性表の両方を重ね合わせると周波数特性が劣化し始めたところあたりからインピーダンス特性は上昇し始めます。よく考えてください。

トランジスターアンプを使用した場合はスピーカーの特性が悪くなるあたりになるとスピーカーのインピーダンスも上がるためアンプの出力も下がり、更に周波数特性が悪くなるということです。ところが、真空管アンプではほとんど影響がないのです。

一般的なスピーカーの周波数特性とインピーダンス特性

真空管アンプとトランジスタアンプのスピーカーに繋いだ時の裸特性

3,トランジスターアンプは真空管アンプと比較して同じ出力表示でも、スピーカーをつないだ場合の本当の出力は約1/3になります。

(スピーカーにインピーダンス補正というものが付けられているものがありますがほとんど意味をなしません。なぜなら、インピーダンスは下がっても分圧された状態になっているから結果は同じです。

8オームと表示されているスピーカーは最低インピーダンスが8オームということです。そして、インピーダンスの特性表にはなだらかな線を使ってわかりやすいように簡略化してありますが本当は気象庁の地震計のようにギザギザの状態になります。

それの影響をまともに受けるということは半分しか音が出ていないことと判断しても良いと思います。)
https://www.otono-edison.com/original/amp/sinosusume.htm


▲△▽▼

G「CDしか聴かない人には、プリアンプの代わりにボリューム付セレクターを薦めるのは何故?」

店長「プリアンプのCD入力では、プリアンプの送りだしアンプを通ることになる。この送り出しアンプは音量調整が行い易いように付けられたもので、実質的には不要だ。通す事により音質の劣化が起こる。

そこで、高価なプリアンプを止めて、アンプの無い安価なボリューム付セレクターにすることでパワーアンプに資金が使える。そうしてパワーアンプを真空管シングルパワーアンプにでもすればトランジスタの超高級品にも負けない音質に変身するのだ!殆んどの方がびっくりされる(^^)

前に言ったシンプル イズ ベストにあたる。」


G「アンプの回路に基盤を使用しない理由は?」

店長「基盤を使う事でアンプの量産は可能になるが、耐久性に問題があり、直接お客様に販売する以上なかなか使用できない。

特に真空管アンプの場合は電圧が高いため、基盤は使わずに丁寧なラグ配線にすることで耐久性があがり音質を確保できる。」


M「アンプに使用している真空管が殆んどUSA製の理由は?」

店長「真空管の製造はアメリカが非常に高い技術をもっている。耐久性が良く、品質や特性が揃っている。

真空管を比較する事でも大きな差が出てくる。
その代わり価格は数倍になるが、アンプ全体からするとそんなに大きな割合ではない。アメリカの真空管を使わずに良い真空管アンプと言ってしまうと嘘つきになる。」


営業部長「何故真空管アンプを進めているのですか?」

店長「簡単に言えば音を一番良くすることが出来るし、理論的にも良くなることが分かっているからだ。

一番大事なことは真空管の電子速度がトランジスターの5000倍以上と速い事、

次が電圧を高く使用出来る為信号増幅が素直に行える。

その他、アンプ同士、又はスピーカーに対してもインピーダンス特性上の都合が良い。

都合の悪いところは素子の大きさやヒーター電力が必要である事などで、音質に対する不都合な点は非常に少ない。

ただし、出力インピーダンスが高いことにより、トランスを必要とする事だ
真空管の特性は素晴らしいが、このトランスにより周波数帯域が制限されてしまう。そこで良質な出力トランスを使う必要がある為に、真空管アンプを安く作ろうとしても、ある程度の能力を出すにはある程度高価になってくる。

ここで断っておくが真空管がトランジスターやICよりも良いと言っているだけで、世間にある真空管アンプがトランジスターやICを使って作られたアンプよりも良いと言っている訳ではない。

真空管アンプは最近になり良さを認められ良く売れるようになった為、心無いメーカーが多く出てきている。これは聴き分ける力を持つことで災難を逃れる事が出来る。

安い国産品のものや、新しい高価な海外品には気をつけた方が良い。

真空管アンプも昔の物と違って最近では技術が発展しています。音のエジソンのアンプも昔の物とは違い無帰還でも特性表からはみ出すほどのものです。」
https://www.otono-edison.com/audionosinjitu/urabanasi.html#12


▲△▽▼


「真空管アンプと音の響きについて」のネット記事の紹介
https://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/2c67fa684e71ad82afe94a6cfedd509c


「真空管アンプは、真空管の差し替えで音が変わります。最近私は真空管アンプに注目していますが、それは音源がPC/ネットワークオーディオになると、ますます潤いや音を作る楽しみが小さくなってしまうからです。

たしかに、PC/ネットワークオーディオでもケーブルを変えたり、再生ソフトを変えると音が変わるのですが、カートリッジの交換だけで1枚のレコードがまるで違う歌のように雰囲気までがらりと変わってしまったアナログ時代の音の変化とは、何かが根本的に何か違うように感じています。

デジタル時代の音の変化は、音の細やかさや透明感、立体感など「音質」に関わる部分で、音楽の雰囲気つまり「情緒」に関わる部分での変化が少ないように思います。

また、アナログ時代には「再生時の音作り」で生演奏よりも素晴らしい雰囲気で音楽を楽しめたのに対し、デジタル時代ではどう頑張っても生演奏を超えられないように思うのです。このアナログとデジタルの根本的な違いは、「響きの差」から生まれていると考えています。

音楽は響きの芸術です。音楽は、音の響きが多いか少ないかで情報量が変化します。良い例が「クラシック・コンサート」で、響きの美しいホールでなければ情緒深く美しい演奏が奏でられません。

演奏をより美しくするためには、楽器そのものの響きをさらに「響かせる」ことが必要です。音源がアナログオーディオの場合、再生プロセスではレコード盤そのものの響き、カンチレバーの振動など録音されていない「響き」が盛大に発生します。それを「味方」に付けることで音楽的な情報量を増やしたり、演奏の味わいを深められるのだと私は考えています。

ところが音源がデジタルになると、この「響き」が生み出されなくなります。アップサンプリングやビット伸長を行うことで音の細かさは向上しますが、響きが増えることはありません。

これが再生プロセスの芸術性でデジタルがアナログを超えられないと考える理由です。デジタルの音はアナログよりもあっさりしている、アナログのような暖かさや情緒深さが感じられない、立体感に乏しい、これらはすべて「響きが足りない」からだと考えられます。

このデジタルで不足する「響き」を補えるのが、真空管アンプです。今回のテストから明らかなように、真空管が音楽信号に呼応して響き、音楽の味わいを深めます。プレーヤー(音源)で響きを作るすべを封じられた今こそ、真空管アンプに注目すべきだと私は考えています。」

つまり、CDにしろSACDにしろさほどの変化を感じられなかった原因は「音の響き」がプアなせいだったのか、と思い当たった。

我が家の場合は、いまさらレコードに戻るのも億劫だしデジタルの音を「真空管アンプ+昔の高能率のユニット」で鳴らす方が「音の響き」にとって丁度いい塩梅だと勝手に思っている。

デジタルもアナログもそれぞれ長所もあれば弱点もあるので、長所をいかに伸ばし、弱点をいかにカバーするかが、ありふれたことだがオーディオの王道なのだろう。

そういえばオーディオ誌などを見ているとシステムや機器の「弱点」に触れている記事はまず見かけないのでうかつに信用できない。

たとえば「響きが足りないデジタルの音を響きの少ないTRアンプで鳴らす」風潮などがそうで、オーディオが衰退の一途をたどっている一因もその辺りにあると推察している。

https://blog.goo.ne.jp/jbltakashi/e/2c67fa684e71ad82afe94a6cfedd509c





http://www.asyura2.com/18/revival4/msg/107.html#c31

[番外地7] 日本人の「おもてなし」の精神の起源

日本人の「おもてなし」の精神の起源


2020年03月05日
「おもてなし」やサービス精神の弊害 もともと日本には無かった


「おもてなし」が始まったのは平成以降、日本の文化ではない


画像引用:おもてなし研修サービス、おもてなしスクール | つなぐひろげるおもてなし協会https://omotenashi.fun/service/

「おもてなし」日本文化は幻想

2013年ごろから日本政府は観光立国を目標にし訪日外国人を増やそうとしてきました。

その時のキャッチコピーが「おもてなし」で、手厚いサービスを受けられると宣伝していた。

おもてなしに代表される作業は人間の手作業で、容量を増やしたりコストを上げなくても済むのが味噌だった。



おもてなしをするのはホテルなどの従業員だが、サービス残業させて人件費カットすれば企業はコスト負担ゼロで売り上げを増やせる。

おもてなしをドライな言葉に言い換えると過剰サービスで、牛丼やハンバーガーを買う客に笑顔でお辞儀したりする。

外国ではハンバーガーショップの店員は笑わないし、コンビニ店員はいらっしゃいませなどと言わない。


いわゆる先進国のコンビニでは「店員が神様」で、店員が電話していたり他の用事をしていたら終わるまで待たないといけない。

マクドナルドで「スマイル¥0」なのは日本だけで、お金をたくさんくれる人にしか笑顔を見せない。

これは日本の文化だという人も居るが、日本でも昭和の時代は外国と同じ「店員が神様」でした。


個人商店がほとんどだったので店主が店員であり、腰の低い人も居れば客を「おい!」と呼び捨てにする人も居たりする。

店主の機嫌が悪いとサービスも悪く、旨く買うには店主や店員の機嫌をとらなくてはならない。

これが昭和の日本のサービス業で、おもてなしを受けられるのは高い金を払う人だけでした。


ところがバブル経済で消費経済に代わってから事情は一変しました

お得な日本企業ほどブラック労働になる

日本中の個人商店は潰れてコンビニになり、レストランもファーストフードも全部チェーン店に替わりました。

チェーン店は全国同一の均質なサービスが行われ、たとえ100円の買い物でもお辞儀をして笑顔で「いらっしゃいませ」というサービスが始まった。

一度こうしたサービスが定着したらそれが当たり前になり、客は「おまえは客にお辞儀もできないのか!」と自分が神様気取りになった。


店員が神様だったのがお客様が神様に変わったのは、単に消費者と販売者の力関係の変化で日本文化とは関係ない。

90年代中ごろから平成デフレになり、物やサービスの値段がどんどん下がり、消費者の立場が無限に強くなった。

お客様の立場はますます強くなり、店員はしぬまで働くのが当たり前という風土になった。


コンビニでは24時間連続勤務が当たり前になり、オーナーを違約金で縛り上げて文字通り「しぬまで働かせる」行為が横行した。

大震災や豪雨や豪雪でもコンビニが空いているのは閉店したら100万円単位の違約金を請求されるからで、日本人が勤勉だからではない。

デフレが過剰サービスを産んだが、過剰サービスとは「物やサービスの値段が下がる」事なのでデフレを悪化させた。


デフレの反対はインフレですが、インフレは物やサービスを値段が上がる事なので、同じ値段ならサービスが低下します。

日本政府が外国人観光客を増やすためにやらせた過剰サービスが、ますます物価を下げてデフレにしてしまいました。

物やサービスには適正な価格があり、100円の商品を買った客にお辞儀しなくていいし、牛丼の客に高級レストランの「おもてなし」をしなくて良い。
http://www.thutmosev.com/archives/82357749.html
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/534.html

[近代史4] 日本人の「おもてなし」の精神の起源

日本人の「おもてなし」の精神の起源
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/534.html

日本女性のホスピタリティーは世界一
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/133.html

http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/453.html

[番外地7] 日本人の「おもてなし」の精神の起源 中川隆
1. 中川隆[-13052] koaQ7Jey 2020年3月05日 08:46:05 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[481]

日本女性のホスピタリティーは世界一
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/133.html
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/534.html#c1
[近代史4] 日本人の「おもてなし」の精神の起源 中川隆
1. 中川隆[-13051] koaQ7Jey 2020年3月05日 08:48:32 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[482]

フィリピン女性が男を狂わせる理由
http://www.asyura2.com/17/lunchbreak54/msg/143.html

フィリピン女性が男をメロメロにする理由
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/170.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/453.html#c1

[番外地7] 日本人の「おもてなし」の精神の起源 中川隆
2. 中川隆[-13050] koaQ7Jey 2020年3月05日 08:48:56 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[483]

フィリピン女性が男を狂わせる理由
http://www.asyura2.com/17/lunchbreak54/msg/143.html

フィリピン女性が男をメロメロにする理由
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/170.html
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/534.html#c2

[番外地7] 日本人の「おもてなし」の精神の起源 中川隆
3. 中川隆[-13049] koaQ7Jey 2020年3月05日 08:51:37 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[484]

サルはなぜサルか 2 _ タイ人が微笑む理由
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/398.html

タイは天国に二番目に近い国 3 _ 鴨ネギにされる日本人
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/379.html

タイは天国に二番目に近い国 1
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/377.html

タイは天国に二番目に近い国 2 _ 誰が私をこんな女にした
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/378.html

サルはなぜサルか 1 _ 白人崇拝がタイ人を猿にした
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/396.html


http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/534.html#c3

[近代史4] 日本人の「おもてなし」の精神の起源 中川隆
2. 中川隆[-13048] koaQ7Jey 2020年3月05日 08:52:03 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[485]

サルはなぜサルか 2 _ タイ人が微笑む理由
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/398.html

タイは天国に二番目に近い国 3 _ 鴨ネギにされる日本人
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/379.html

タイは天国に二番目に近い国 1
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/377.html

タイは天国に二番目に近い国 2 _ 誰が私をこんな女にした
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/378.html

サルはなぜサルか 1 _ 白人崇拝がタイ人を猿にした
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/396.html


http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/453.html#c2

[近代史4] ヴィヴァルディ

ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲 イ短調 Op. 3, No. 6, RV 356
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/918.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/454.html
[近代史4] ヴィオッティ

ヴィオッティ ヴァイオリン協奏曲 第22番 イ短調
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/922.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/455.html
[近代史4] ラフマニノフ

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/943.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/456.html
[近代史4] ドヴォルザーク

ドヴォルザーク

アントニン・ドヴォルザーク 交響曲第9番 ホ短調 作品95 『新世界より』
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/872.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/457.html

[近代史4] グリーグ

グリーグ

グリーグ 『ペール・ギュント』
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/933.html

グリーグ 『ペールギュント ソルヴェイグの歌』
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/932.html

http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/458.html

[リバイバル3] スピーカーの歴史 _ 何故、過去に遡る程 スピーカーもアンプも音が良くなるのか? 中川隆
57. 中川隆[-13047] koaQ7Jey 2020年3月05日 09:11:27 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[486]
ドイツの小型の家庭用安物スピーカーは何故あんなに音がいいのか?

ドイツ SABA のフルレンジ SPユニット
https://vintage-audio.jp/?p=390

メーカー:SABA
モデル名:Permadyn 5298U8
生産国:ドイツ
生産時期:1952〜1958年
型式:シングルコーン
口径:8inインピーダンス:5Ω
マグネット:アルニコV


鮮やかなグリーン色のコーン紙が特徴のドイツ名門SABAのフルレンジSPユニットです。

超軽量コーン紙に小型の磁気回路、ペラペラのプレスフレーム・・・

1950年代の家庭用ドイツ製ユニットの特徴なのですが、これを上手に鳴らすと、英国やアメリカのユニットでは出すことの出来ない、ナチュラルで透明度の高く、繊細で分解能が高いサウンドを奏でるので、見た目じゃ判断できないのです。

そして、これらドイツのユニットを研究すると非常に合理的に作られている事に気が付きます。

超軽量なコーン紙を使用している為に、それを駆動する磁気回路は小さくでき、よってフレームもダイキャスト等大掛かりでなくプレスフレームで十分な強度が取れる訳です。

実に合理的でしょ!

しかも、超軽量コーンはユニットの設計だけでなく、サウンドにも大きなメリットがあります。

軽量だから信号に対しての反応が圧倒的に速いのです。

これにより、全帯域で分解能が高く、小音量時に音が潰れないのです。

小口径・軽量コーンのユニットは、家庭用(家庭用HiFi)ユニットに分類されますので、ドイツ業務用と混同して考えては駄目です。

また、構造上ハイパワーユニットではありませんから、駆動するパワーアンプも、2〜3Wのシングル(またはP-P)管球アンプが適当です。音量が足りないからといって、ハイパワーなアンプを繋いだりしてはいけません、音量を稼ぐ場合は、ユニットを複数個使用します。そして、適度な音量で鳴らすことで、超軽量コーンユニットのメリットが最大限発揮できます。

この事を踏まえてシステムを構築します。

まず、特徴である軽量コーンにあまりプレッシャーを掛けずに使用したい為、平面バッフルか後面開放型が適当だと思います。

密閉型、バスレフ型になるとバックプレッシャーのコントロールが難しくなる事とエンクロージャーの影響を受けやすくなりますので、今回は1940年代の米PHLCO社のAMラジオのキャビネットを利用することにしました。

後面開放型になります。

バッフル板をキャビネットに合わせて製作します。適度な鳴りを考え、9mm厚のフィンランドバーチ合板を使用しました。ユニットのインピーダンスは5Ωなので、2本をシリーズに接続し、トータルインピーダンス10Ωで使用します。それを組み込んで完成です。

そのサウンドですが・・・ユニットの特徴を上手く活かせたシステムになったと思います。決してワイドレンジではありませんが、全帯域に渡って癖がなく明瞭度が高いサウンドです。長時間聴いても聴き疲れすることもなく、部屋の中に音楽が自然に広がっていきます。これ1本で十分か?と言われると、私の場合はそうはいきませんがサブシステムとして、または音楽鑑賞用としてなら十分な能力があります。

ドイツ家庭用シングルユニットは、見た目ではなく実質的な能力の高さを、国内の皆さんも評価して欲しいと思います。

このユニットは、ドイツ(ライプチッヒ)のコレクターからの出物で大変状態の良いユニットでした。同等ユニットも多数ありますので、これらSPユニットをお探しの方は下記までお問い合せ下さい。
https://vintage-audio.jp/?p=390

ドイツ古典フルレンジユニット
http://www.soundstage.jp/Full_Range.html

1950年代のドイツ製フルレンジは、超軽量コーンを強力アルニコマグネットでドライブ。
96〜97dB/W/mの高能率を得ています。

コーンの実効質量は、何と5〜6g!
(fostex FE203等の代表的な軽量ユニットに比べても半分以下です)


*この時代のユニットは同一モデルでもロットの違いによるバリエーションがございます。磁石、フレーム形状等が写真の物と一致しない場合がございますが予めご了承ください。同一品質基準、同一工場で生産されたコーン紙の優秀性は、全てのユニットに共通です。


声、木管がリアルなことは、ドイツヴィンテージユニットに共通の特徴と思いますので、以下の個別ユニットの説明では省略させて頂きました。


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Telefunken 20cmフルレンジユニット


同社Opusシリーズの大型ラジオ、コンソールに多用されたユニットで、この時代のドイツの情感を伝えてくれる代表的ユニットと言えばこれでしょう。


弾むような低音にクリアな中域と少し華やかな高域を乗せ、


どこまでも楽しく音楽を聴かせてくれます。


特性の暴れが上手く高域のレンジ感に結びついている一面がありますため、


単体で十分楽しめるユニットである反面、ツィータの追加で大幅にグレードアップいたします。特に弦楽の倍音の豊かさ、艶等が顕著に改善され、どなたにも安心してお勧めできるシステムになります。


____


Telefunken 楕円フルレンジユニット


背面放射音が華やかな傾向がありますので、後面開放キャビネットに用いるにはデッドニング等のチューニングが必要ですが、


コーンの材質、面積が同じなので最終的には円形20cmユニットと同じ音色傾向にまとめることが可能です。


ツィータの追加で本領発揮となるのも同じです。


円形20cmユニットより新しい時代のものなので全般に保存状態がよいのも利点かと思います。


_____


SABA 22cmフルレンジユニット Permadyn25


ほぼ20cm口径ながら一回り大きいSABA製のユニットです。


帯域バランスが実に巧みで、 造り手のセンスと技術の高さをうかがい知ることができる HiFi指向の正統派ユニットです。


ハッタリの無い落ち着いた雰囲気の再生音は、


小編成のジャズや男性ボーカルにマッチするかと思いますが、


クラシックでしたらピアノソロもありだと思います。


SABA(Schwarzwälder Apparate-Bau-Anstalt)社は現存しませんが、


Telefunkenの対向メーカーとして一時代を画した総合電機メーカーです。


____


ラーヴェオプタ(LoeweOpta) 20cmフルレンジユニット


ややプレスの効いたコーン紙による張りのある明晰な鳴りっぷりが特徴です。中域を基軸とする表現のためレンジ感は今ひとつですが、その分、弦楽の切れ込み感や、金管の輝き、ピアノのアタック感等が小気味よく出るユニットかと思います。


勿論レンジ感についてはツィータの追加で改善されますので、


最終的なシステムの完成度は他の兄弟銘柄(Graetz、 Telefunken 、 Grundig、 等々)に全く引けを取りません。


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ローレンツ(Lorenz) 20cmフルレンジユニット


下手なツィータなら付けない方が良いくらいよく伸びて歪の少ない高域を持ち、それが躍動感溢れる中低域と見事に一体化しています。


ヴィンテージの味わいは薄いかも知れませんが、


音源を選ばないオールマイティなユニットで、


この時代のフルレンジユニットの最高傑作の一つでしょう。


_____


グルンディヒ(Grundig) 20cmフルレンジユニット


ベークダンパならではの硬質でハイスピードな音のユニットです。


帯域は上下に若干狭い傾向がありますので、これをセッテイングで補う工夫が求められます。具体的には、高音をよく反射する硬質の壁面(窓ガラス等)を背にすることや、 部屋のコーナー近くに配置して低音を増強すること、等の工夫になります。


鳴らすのが難しいユニットではありますが、


セッテイングが決まった時には背面音を最大限に利用した後面開放キャビネットの理想形が完成しています。


特にピアノ曲などでは、他のシステムでは得られない生々しい説得力や典雅な余韻表現が可能です。


_____


グレーツ(Graetz) 20cmフルレンジユニット


コルゲーション補強されたコーン紙にNT4クラスの大型マグネットを組み合わせた強力ユニットです。


中域以下に厚みがありチェロのゴリッとしたところの表現などは秀逸です。


高域は出ませんが元々低域がよく伸びていますので、アドオンツィータとの組み合わせで最もワイドレンジなシステムが完成します。


フルオケ再生も迫力十分です。
http://www.soundstage.jp/Full_Range.html


▲△▽▼


粋音舎 ドイツ古典フルレンジユニット用の後面開放型エンクロージャー
http://www.soundstage.jp/OpenBack.html

ヴィンテージの味わい


この時代のドイツ製ユニットを鳴らすということは、単に昔の音を甦らせるということではありません。

その枯れて乾いた音色は、約60年の歳月をかけた熟成の結果でもあるからです。


歳月という試練に耐える素材、構造、
それを現実の姿にする優れた製造技術、
そして熟成という時間の魔法・・・


全てが結集された再生音は、60年貯蔵の美酒を開封するが如く、今この時のために流れ出すのです。


現代の代表的な軽量ユニットに比べても半分以下という超軽量のコーン紙は空気との親和性が極めて高く、録音マイクがスタジオやステージの空気と交わした会話を
まるでリスニングルームの空気に口移しするように、優しく、熱く、伝えてくれます。


裏板のない開放型キャビネットとの組み合わせは、超軽量振動板の軽快な動きを妨げないための工夫。


最新のハイレゾ音源をも活かす音楽再生の完成形が、60年前のドイツで既に極められていたのです。


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粋音舎 ドイツ古典フルレンジシステム(受注生産品)


ユニット

口径 20センチ
搭載数 1個

形式 コーン型フルレンジユニット

能率 96dB/W・m

耐入力 5ワット

製造国 ドイツ


キャビネット

寸法 幅38cm×高さ58cm×奥行30cm

形式 後面開放型

材質 フィンランドバーチ材

( 前面グリルは別売となります。)


※ユニット製造元は、テレフンケン、グルンディッヒ、ローレンツ等々の銘柄を取り揃えています。


※ステレオの片側に2個または4個のユニットを用いたタンデム仕様の大型システムも特注製作承ります。


(注記)

 本製品は、背後の壁による反射を利用いたします。このため壁との間に50センチ以上の距離が必要です。

壁の材質も反射音の音質に大きく影響しますが、一般的な木質の建築内装材であれば良好な結果が得られます。背後が石膏ボードやガラス板などの場合には、薄手(6ミリ前後)の合板を壁に立て掛けて設置することをお薦めいたします。


 本製品に搭載のユニットは、1950年前後にドイツで製造された家庭用ラジオから取り出した使用済みのヴィンテージユニットです。動作良好なユニットを検査厳選の上、 極力外見を揃えてステレオ左右のペアを組んで おりますが、モノラル再生が主流だった当時のラジオ1台からは1つのユニットしか取り出せないため、製造年や保存環境の違いにより細部の形状や色合いが微妙に不揃いな場合があります。


 本製品は極めて高能率なため、数ワット程度の小出力真空管アンプとの組み合わせを推奨いたします。 大出力アンプとの組み合わせでは、誤入力等により破損する場合があります。
http://www.soundstage.jp/OpenBack.html


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合同会社 粋音舎(すいおんしゃ)

E-mail suion@soundstage.jp

Web http://www.soundstage.jp

TEL   03- 6271- 5760

所在地 東京都練馬区


事業内容 音響機器の企画、製造および販売


製造委託先 株式会社 サカエ工芸


株式会社 サカエ工芸
http://www012.upp.so-net.ne.jp/strata/SAKAE.html

▲△▽▼


4、5年前、捨てられていたラジオから外したような、ボロボロのドイツスピーカーがネットオークションなどで出回ったが、こうした事を積み重ねた結果がドイツスピーカーの評判を落としてしまったのではあるまいか。
あの手の8pほどのスピーカーはおそらくラジオから外したものと推察され、もしそうなら所詮人の声さえ満足に聴く事が出来れば事足りるので、其れなりの性能にしか造られていないだろう。それを50円か100円か或いは1000円か知らないが塵の山から安く拾って来て、オーケストラを鳴らし「フィールドスピーカーで御座い。付いては20万円頂きます。此方は上等のテレフンケンなので100万円頂きます」、これでは評判が落ちるのも無理はない。

スピーカーで一番難しいのは箱だという事は今更めく話で、とうに皆様御承知の通りである。

ただ造るだけなら大工仕事でも出来るが、ユニットの実力を実力通りに鳴らす事はそう簡単に出来ることではない。

指定の寸法で造ったから音になるかといっても、まずまともな音になった例を僕は知らない。無論素人仕事でも偶然の大当たりが無いとは言えないが、エンクロージャーの自作ばかりは決してお勧めできるものではない。

尤も、どう造ったって、音は出るに決まっているので、願望から僕らはつい錯覚する、出来たてのほやほやの時は「なんて良い音だ」と思いたいのである。

そして、JBLやアルテックのユニットを使っているんだから良い音に決まっているというブランドに対する先入観がまた僕らの耳を錯覚させる。

回路図通りに組み上げれば一応回路図通りの音が出るアンプなどとはわけが違って(これだって部品配置や配線方法等で俄然音は違ってくるが)目に見えない空気の振動に関する計算と現実の音の間には大きなギャップがあるようだ。

だが逆の事もあるだろう、コーラルのスピーカーユニットだって、箱を旨く造れば素晴らしい音に仕上がるかもしれない。今も云った通り偶然の産物が成功をおさめないとは云えないから、つい期待するし箱造りに嵌るのである。

この事は自作エンクロージャーに限った事ではなく、他社製造の箱つまり指定寸法に依る本職の仕事だってユニットがまともな音を出した例を聴いた事が無い。
まして、他社独自の設計によるエンクロージャーをや、である。

タンノイ然り、JBL,アルテック然りオリジナルとの音質の差は歴然としている。

古くはヴァイタボックスのコーナーホーンに物凄い奴があった。大メーカーともあろうものがよくぞここまでやってくれたものだとほとほと愛想が尽きて、以来このメーカーの物は何によらず買った事が無い。こういう音造りを平気でやる音響メーカーを信用出来ないのである。指定寸法という触れ込みながら、どう造ったってここまで酷い音にはなるまいと思うが、それがちゃんとそうなっているのだから驚く。

件のラジオ用スピーカーも当然箱を作らねばならないが、素人仕事も本職仕事も含めてちゃんと音になった例があるんだろうか、甚だ疑わしい。

僕の知っている限りでは、自称スピーカーの専門家の造ったへんてこりんなバッフルなど随分杜撰でいい加減なものだった。言うまでもなく音は出ていたが音にはなっていなかった。

会社の大小を問わず、どういうものを造るかというメーカーのコンセプトは、要は経営の先見性に加えて教養とセンスとモラルを根本とする筈だから、これが無いメーカーは気楽なものである。何でも有りなのだ。要は「だからこのスピーカーは良いのですよ」という話を造ってしまえば良い。

僕らはだから自分の耳をしっかり信じて、良い悪いもさることながら、好きか嫌いかをしっかり耳で判断したら良いのだろう。JBLだから好きなのではなくて、眼をつぶって聞けば自分の好き嫌いは誰に教えてもらわずとも基よりはっきりしている筈だ。

その耳で是非ともちゃんと整備されたドイツスピーカーの音を聞いてみては如何だろう。

ただし、どうしてもオイロダインをというなら、閉館した映画館を買ってしまうのが早道だろうから相当の費用も必要になるに決まっている。だが、価値はあると思う。勇者の出現を期待して、是非とも聴かせて頂きたいものだ。
http://audio-file.jugem.jp/?eid=34

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/858.html#c57

[リバイバル3] スピーカーの歴史 _ 何故、過去に遡る程 スピーカーもアンプも音が良くなるのか? 中川隆
58. 中川隆[-13046] koaQ7Jey 2020年3月05日 09:13:09 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[487]

ドイツの小型の家庭用安物スピーカーは何故あんなに音がいいのか? _ 2

VINTAGE AUDIO
ドイツ製のAUDIOを中心に紹介及び販売を致します。
https://vintage-audio.jp/?cat=8

Q&A

Q1: ドイツのヴィンテージスピーカーの特長は何ですか?

音の違いから言いますと、まず聴きやすい、聴き疲れしにくい音だと思います。
決してつまらない音では有りません。多くのスピーカーはかまぼこ型の特性になっており高域と低域を欲張っておりません。音楽や人の声などの核となる中域重視となっております。

構造の違いから言いますと、まず軽いコーン紙にて能率が高いユニットがほとんどです。

レスポンスが大変良く、真空管アンプとの相性も抜群です。またコーンの素材であります紙の質がダントツ的にすばらしいという事でしょう。タンノイなども古いユニットはドイツのコーン紙を使用しております。このコーン紙が最大の特徴です。 


Q2: 古いスピーカー達のコンディション、また使用していて壊れないですか?

エッジに関しましては年間にして100ペア以上のユニットを見て来ておりますが、アメリカや日本のユニットのようにエッジがボロボロという物は見たことが有りません。約40〜50年以上前の物ですが有っても故意によるものや縦方向の切れが殆どです。一部のユニットにはガスケットと一緒に外れて切れてしまった物、
Grundigなどはガスケットにスポンジが使われている物がありスポンジを貼り付けていた

接着剤と一緒に硬化してボロボロになっている物も見られます。いずれにしろ
エッジ素材そのものによる劣化ではりません。ウーハーの一部には布エッジも見られますがほとんがフィックスドエッジであり問題なく使用出来ており、よほどの事がなければこれからも問題ないでしょう。                                 
ボイスコイルの擦れに関しましては、やはり物によっては見られます。
保存状態が悪く、錆による物、ゴミが入ってしまった物などです。

ドイツのユニットはボイスコイルとマグネットとの隙間が非常に狭く出来ております。よってレスポンスの良いサウンドを奏でます。日本やアメリカのユニット達はアロワンスをみて広めにとっております。当時のドイツの基本的な技術力、精度の確実さを裏つけております。

Grundigに多く見られるセンターキャップにスポンジを使っている物はスポンジがボロボロになっている物がほとんで要注意でも有ります。ボロボロになっていたら取ってしまった方が安心です。                                         
また蝶ダンパーの物はボイスコイル擦れの物も布ダンパーに比べると多いようです。

音の良いとされている蝶ダンパーから布に変わった点からも布の方が長期間の安定
が望めるからだと思われます。一部の蝶ダンパーはネジの調整によりセンター位置を変える事が可能になっておりますので、簡単に直す事も出来ます。 
   
使用に関しましては、よほどの事がなければまず壊れないでしょう。
これからもずっと使えるスピーカーだと理解しております。        


Q3: 最近のAMPに繋げることは可能ですか?

まず,入力インピーダンスになりますが、ドイツのユニットは殆どが4〜6Ωとなっております。

最近のAMPには4Ω端子も付くようになって来ましたが、殆どのトランジスタアンプは4Ω以上であれば問題なく繋げる事が可能です。真空管AMPの場合も出力端子がついていれば問題ありませんが8Ωに繋げても大きな問題はなく、普通に聴く事が可能です。厳密に言うと動作位置が多少狂い、定格より多少パワーが入ります。                                        
スピーカーの最大入力パワーですが、ヴィンテージの物はユニット本体にて10W以下、システムにて25W以下の物が殆どでしょう。50W,100Wのアンプにて聴いていてユニットが壊れるかというと普通に使用している限りでは問題なく使用出来ます。通常、オーディオショップでの音量にて5W程のパワーを使用していると言われますので、自宅でしたら5Wも出せないでしょう。


Q4: どのようなAMPと相性が良いのですか?

真空管AMPかトランジスタなど使用するAMPにてサウンドは変わります。

基本的にはどのAMPでも十分な表現力にて楽しめるかと思いますが当方のシステムでの比較にて参照下さい。

真空管AMPはドイツのBraun EL84PP,2A3シングルを試聴室では使用しておりますが
やはり年代的にも実際に当時も真空管にて鳴らしていたことでしょうから相性は良いと思います。能率が良いので1WクラスのシングルECL82でも十分に鳴ってくれます。 
         
トランジスタはテクにクスのSU-V7を使用しておりますが、低域特性がやはり真空管AMPよりは良いので低音の出方がかなり違います。サイズの割には低域が出ますので
驚ろかれる事でしょう。サウンドも古臭くはあまり感じないでしょう。
https://vintage-audio.jp/?cat=8

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/858.html#c58

[リバイバル3] スピーカーの歴史 _ 何故、過去に遡る程 スピーカーもアンプも音が良くなるのか? 中川隆
59. 中川隆[-13045] koaQ7Jey 2020年3月05日 09:14:56 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[488]

ドイツの小型の家庭用安物スピーカーは何故あんなに音がいいのか? _ 3


1950年代のドイツ製音響機器


 1950年代のドイツのオーディオ機器に目を向けると、意外にシンプルなシステム構成であることに気付く

そもそも100dB/W/m の高能率スピーカーを鳴らすことを前提としているので、家庭用はおろか、小規模PA装置でさえも5W〜10Wで十分な音圧が得られた

そしてスピーカーはフィックスド・エッジでベークライト製のスパイラル・ダンパーを用いているため、小音量でも反応スピードが早く、EL84やEL82(6BM8)のシングルで十分に鳴るし、そもそも大入力を入れることはできない。

当時のほとんどの人は、AM放送規格に適合した8kHzまでが限界のフルレンジ・スピーカーで十分だと感じていただろうし、実際にドイツ製フルレンジは、ドイツ語の発音の特性から4〜8kHzが強く出るように調整されているので、高域の不足はほとんど感じないだろう。

以下は戦前のスピーカーの特性であるが、最初の2way化によるワイドレンジ化からはじまり、1930年代にはシングルコーンのフルレンジで十分な高域特性が得られている。

Siemens&Halske社の2way特性(1928年)
Isophon P25の周波数特性

 これを普通のフラットな特性で聞く場合は、ヴァイオリンとピアノの音色の違いが気になるだろう。

ヴァイオリンは中高域が強いのに、ピアノは高域の落ちたカマボコ型である。

このことの原因も、ドイツ製スーピカーの 2kHzの落ち込みと 4〜8kHzの盛り上がりで説明できる。この強く出るのは単純に音圧が強いだけでなく、反応も早い特徴がある。なのでイコライザーで上げて調整してもどこか不自然なところが残るため、あくまでもスピーカーの機能で補うべきものである。

これにEL84やEL34などのビーム管を合わせることで、帯域が狭くても切れ込みの強いサウンドが得られる。

 また当時に良く行われたレコード鑑賞会というのも注目して良いと思っている。ようするに公民館の映画鑑賞会の延長のようなもので、そのときに使われたのはオイロダインのような立派な劇場用スピーカーではなく、スーツケースに入れた25cm程度のフルレンジスピーカーで、アンプもEL84プッシュプルで十分な音量が得られた。

フルレンジでも10kHzまでの再生周波数でサービスエリアが約50度得られることから、ちょっとしたホールでも十分に鳴り渡る。必要な機能を絞った現実主義から学ぶべき点は多いように思う。


Klangfilm社の移動式映画館
Siemens社 スーツケース・スピーカー
2000型映写機用


 当時のドイツでは、小学校などを巡回する移動映画館やレコードコンサートがよく行われ、LPレコードはそうしたところで使われる教育的な用途もあったと思われる。

そもそもドイツ・グラモフォンはジーメンス社の傘下にあり、レコード・コンサートは当然ジーメンス社のPAシステムで行われたと考えられる。もちろんKlangfilmも擁する大企業であるため、高級オーディオ機器の製造もあるにはあったが、戦後霹靂としたドイツ人が新たにオーディオを購入できるわけもなく、こうしたサービスを通じて新しいHi-Fi機器を知ってもらおうという意図も感じられる。

巡回用の簡易PAは、25cm程度のフルレンジスピーカーをスーツケースに治めたものを、10W程度のEL84アンプで鳴らしていた。50名強の人数なら、これで十分な音響が得られた。


 注意したいのは、ドイツ・グラモフォンのLP発売は1952年からで、それ以前はVARIABLE GRADE という78rpmのシェラック盤だったことである。

1941年からテープ録音を実用化していたドイツにおいて、意外に思えるかもしれないが、

テープ録音 → ラッカー盤

という工程を終えるとテープが破棄されることもしばしばあった。その後、LP用にテープにダビングされ保存されたものもある。例えば、フルトヴェングラーの1951年セッション録音、ケンプのベートーヴェン ピアノ・ソナタ全集のうち1951年録音は本来ラッカー原盤だとされる。

逆に戦中からテープ録音での放送を楽しんでいたドイツ家庭において、Hi-Fiという文字はあまり意味がなかったらしく、LPの表示は「LANGSPIELPALTTE 33」という規格を示すのみである。このことからも、ドイツの放送規格とのグレーゾーンを辿っていたことも十分に考えられる。

このラジオ音源も曲者で、最近オリジナル・テープからリマスターされた、ベルリンのRIASやウィーンのRot-Weiss-Rotの録音は、1940年代でも驚くほど鮮明である。マイクの生音に近いので、人によっては高域がうるさいと感じるだろう。要は一般に流布する媒体に、これまで該当するものがなかっただけなのである。


15. 2013年9月05日 11:24:58 : W18zBTaIM6


家庭用オーディオについては、当時のドイツの状況からすると、以下の3タイプに分かれよう。


1.ほとんどの庶民はラジオで試聴し、LPを聴く機会はレコード鑑賞会も多かったと思われる。また一体型コンソール(Kombination:コンポ)も多数あった。これらの場合、ほとんどの場合フルレンジのみが基本である。

2.海外向けの高級オーディオ機器では、高域拡散用にコーン・ツイーターが幾つも付いているタイプが多い。これは1950年代のドイツにしかみられない様式である。

3.スタジオモニターで有名なLorenz社のポリエチレン製ツイーターは、英米のスタジオ機器で持て囃されたことから一目置かれているが、強烈な高域特性で、いわばF1レーシングカーのようなものである。


 このように当時のどのような立場で試聴するのかでも、録音に対する印象が違うと思う。それほどに、1950年代のドイツ・グラモフォンの録音は評価が定まりにくいのである。


はっきり言えることは、高能率だからと1970年代以降の重たいウーハーをEL156で鳴らすことはあり得ないと思うし、高域が足らないからと10kHz以上の再生周波数を無闇に伸ばす必要もない。

モノラル期のドイツ・グラモフォンは、もっと広い階層のユーザーに開かれた再生方法があるのだと思う。 ここでは個人的なプランで組んだ低予算システムを以下に示す。


1.95dB/W/m以上の高能率で、高域の4〜8kHzが落ちないフルレンジ・スピーカー1本

2.EL84(6BQ8)、EL82(6BM8)などの小型ビーム管のシングルアンプ

3.録音品質のばらつきが大きいためイコライザーは必須

4.CD再生の場合は古いライントランスで微妙な味付け


 フルレンジスピーカーでは、私の所有しているのは米Electro Voice社のSP8Bという20cmユニットをBaronetというコーナー型バックロードホーンに納めている。

当時のエレクトロボイス社はPatricianという4wayシステムを筆頭にHi-Fi再生の先端を行っており、アメリカ製でクラシック再生ではトップを行くメーカーと考えていいと思う。

一方で、Baronetのような小型システムでは、小音量で快適に聴けるように高域の扱いを変えていて、SP8Bはアメリカ製では珍しくダブルコーンを使い4〜8kHzを持ち上げている。

これはテープ録音がドイツから移入された初期の、Hi-Fiらしさを演出する工夫であり、このことが1950年代の家庭用システムを知る鍵であるように思われる。

これと同じ傾向の音では、サブコーンが付いたイギリスのLowther PM6、最近の製品ではイタリアのSICA社のPA用フルレンジも同様の特性を持っていて有用だと思う。


 1950年代のエレクトロボイス社がドイツ的なサウンドポリシーを持っていたと言える理由のもうひとつは、同時代のIsophon社のカタログとの比較でも明らかになる。

当時はモニタースピーカーとして開発され、テレフンケンのスタジオ等で用いられたOrchesterスピーカーには、姉妹品のPH2132/25/11があり、2つのユニットの特性の違いは、エレクトロボイス社の説明と同じとみられる。また小型スピーカー"Cabinet"のインストール方法にも類似性が指摘できよう。SP8Bも1960年代初頭の第3世代となると、フラット志向に集約されるので、Hi-Fiの過度期におけるビンテージ・オーディオの一断面である。

アンプはあえてキット製品で使われるようなEL84シングルアンプを使ってみた。実際、高能率スピーカーをつないだ場合、普通の家庭用であれば1Wもあれば十分である。小型ビーム管のほうが、低音は弾むように鳴るし、中高域のほのかなツヤが美音を演出する。

ただし、録音品質にばらつきが大きいためイコライザーは必須である。グラフィック・イコライザーのように仰々しいものではなく、3バンドあれば十分で、BEHRINGER社の製品が安くてカッチリした音で相性も良い。

 古いライントランスでは、10kHz以上を落としてあげたほうが響きが澄んで聞こえるという逆転現象もみられる。多分、トランスの磁気ヒステリシスで中域にコクと粘りが出るのと、ビーム管特有の高域のツヤ(小さいリンギング)が純粋に乗るからだと思う。

ちなみに私の所有しているのは、1950年代の米UTC社の軍用マイク・トランスで、50Hz〜10kHzがフラットというナロウレンジであるが、レンジ感はピタリと納まってビロードのような肌触りがでてくる。

裏技として1920年代の英国製ラジオ用インターステージ・トランスを使ってみると、5kHz以上が丸まって上品なHMVの音に変わる

これもイコライザーでハイ・カットした音とは違う伸びやかさが出るので不思議だ。こうしたアナログ時代には存在した電気的なトラップを重ねていくことで音の熟成度が増すと思われる
http://quwa.fc2web.com/Audio-105.html#deutche

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/858.html#c59

[リバイバル3] スピーカーの歴史 _ 何故、過去に遡る程 スピーカーもアンプも音が良くなるのか? 中川隆
60. 中川隆[-13044] koaQ7Jey 2020年3月05日 09:21:43 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[489]

世界のあらゆるスピーカー・ユニットの中で日本のアシダボックスが一番音が良い?

i氏山荘オーディオ訪遊記
https://801a-4242a.blog.so-net.ne.jp/archive/c2304761631-1


i氏山荘のオーディオ部屋の出来事を中心に綴ります。16cmや20cmのSPユニットを取り付けた平面バッフルの音場感、自然な広がり感、臨場感、目の前で演(や)ってる感など、再現される音響空間が感動的です。

頼りない感じの16cmから、耳を圧する大音量が飛び出すことに驚き、それでも破綻しない再生音の品位に感激です。平面バッフルのすばらしさを、さらに追求していきます。


(1)i氏山荘オーディオ訪遊記(第1話) http://801a-4242a.blog.so-net.ne.jp/2013-10-14
   **激安ダイドーボイス16cmSPのよさを発見**

(2)i氏山荘オーディオ訪遊記(第2話) http://801a-4242a.blog.so-net.ne.jp/2013-10-14-1
   **箱型では得難い平面バッフルの感動的な音場**。

(3)i氏山荘(第3話)改造! 背面開放型ウーハー http://801a-4242a.blog.so-net.ne.jp/2013-10-19
   **密閉型ウーハーの大胆改造**

(4)i氏山荘(4)755E、Golden8T新設、訪問雪解け待ち編 http://801a-4242a.blog.so-net.ne.jp/2014-03-28  **往年の20cmSP、755E・New Golden 8T・8P-HF1が加わり、高まる期待**

(5)i氏山荘(5)圧巻ASHIDAVOX、755E GOLDEN8 CD408 403A 他を圧倒 http://801a-4242a.blog.so-net.ne.jp/2014-05-26 **「美濃和紙」の超軽量コーンASHIDAVOX 20cmが往年の内外著名SPを圧倒**

https://801a-4242a.blog.so-net.ne.jp/archive/c2304761631-1


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20cmコーン型フルレンジユニット ASHIDAVOX(アシダボックス)8P-HF1。

「ダイナミック型フルレンジスピーカーの世界的傑作」程度の賞賛では、とても足りない。

まさに「超」を付けるべき傑作と見た(いや、この耳で確かに聴いた)。

今回の試聴において、ASHIDAVOXの前に、各種著名ビンテージ・スピーカーは色を失った。

それぞれのユニットの、いい点・悪い点などを比較して・・、などと比べている状況ではなかった。

今日の日記の冒頭に、品の悪い言葉ではあるが、と断った「ぶっちぎり」であり、その他のユニットの評価や比較など意味がないほどの圧巻であった。

冒頭の繰り返しになるが、なぜこれほどのユニットが埋もれているのか。

まちがいなく、この手の20cm前後のビンテージスピーカーでは、世界の超一級品であり、真のオーディオファンには、きっと高く評価されるに違いないユニットである。


なぜこのASHIDAVOXが「マイナーな傑作」で終わったのか。
高く評価したオーディオ評論家はいた。

しかしそれがなぜ、「幻の傑作」などと言われる経過を辿ったのか。
数量が出なかったのか、生産が間に合わなかったのか?

発売は1957年、その頃はまだ日本のオーディオ環境は貧しく未成熟であった。
早く生まれすぎたのかもしれない。

しかし、かなりの長期間、市場にあったはずである。

当時のオーディオ・ジャーナリズムは、どのような反応をしたのだろうか。

ダイナミック型フルレンジの「音質世界一」のユニットがどこかにあるとしよう。
ASHIDAVOX 8P-HF1は、それに勝るとも劣ることは決してないだろう。

Made in Japan。

使われているのは、コーンの最適素材を追い求めて辿り着いた日本古来の美濃紙。
この純日本madeの「世界に冠たる」はずであったスピーカーユニットが、なぜ埋もれたのか。

なぜ埋もれさせたのか。
まったく残念であり不可解である。

しかしASHIDAVOX 20cmフルレンジが、山荘に用意されたいくつかの錚々たる「世界の名器」を、下品な表現ではあるが「ぶっちぎり」の差で圧倒した事実。
https://801a-4242a.blog.so-net.ne.jp/2014-05-26


▲△▽▼


ASHIDAVOX 8P-HF1

フルレンジスピーカーのお手本のようなアシダボックスの20cmユニットです。コアキシャルや巨大マグネットのユニットに隠れて発売当時はあまり人気がなかったようです。今では、高能率で真空管アンプにぴったりのユニットですが、中古品でもめったにお目にかかれません。軽量コーンでフィックスドエッジです。


型式 20cmコーン型フルレンジユニット

インピーダンス 8Ω

最低共振周波数 50Hz
再生周波数特性 fo〜14000Hz

出力レベル 96dB
最大入力 8W

マグネット アルニコ
重量 1.5kg
http://www5b.biglobe.ne.jp/~tritium/8phf1.htm


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i氏山荘オーディオ訪遊記(第1話) [i氏山荘オーディオ訪遊記]
https://801a-4242a.blog.so-net.ne.jp/2013-10-14


恐るべし平面バッフルとP-610

■序

場所はi氏山荘のオーディオルーム
夜も更けて日付が変わった午前1時すぎ。

二人の大人がもう何時間も、ああだこうだとやっている。
ガタガタ、ゴトゴト、それにキュルキュルと電動ドリルの音もする。
期待と予想を遥かに超えるいい感じになってきたのでやめられない。

16cmSPユニット平面バッフルの音場感、その自然な広がり感、臨場感、目の前で演(や)ってる感など、音響空間がすばらしく感動的である。

16cmのこんな柔なもので、耳を圧する大音量が飛び出すことに驚き、それでも破綻しない再生音の品位に感激する。

三菱ダイヤトーンP-610DB。
竹集成材平面バッフル。

ただしこのスピーカーシステムは構築途上であり、まだ数段は向上するだろう。
今回ようやく「基本形はこれでいける」と確信が得られた状況にある。

取りあえずのバラック設置であるが、それでも音源をとっかえひっかえ聴きまくるほど音楽が楽しい。
オーナーも私も、聴くのが嬉しくてしょうがない状態であった。
おそらくこの時、氏の脳裏には次のステップがイメージされ、耳にはその音が響いていたに違いない。

簡単に工作できるなら、今すぐ試みたい改造箇所もあったが、さすがにそれは明日やろう、ということになった。


深夜

静寂が支配する深い雑木林。
木の精の眠りを妨げる不逞な輩の、やかましい騒ぎもようやく収まる。
灯りを消した山荘の天窓から、黒々とした枝葉を縫って、ちらちらと星が見えていた。

「i氏山荘オーディオ訪遊記」は、この山荘の音空間の出来事を中心に綴ろうと思う。
山荘が舞台なので、たまにしか更新できないがお許し願いたい。

私がブログを開設するのはこれが最初であり、そのファーストライト (first light)の対象をi氏山荘に向けさせていただいた。

氏の勧めと、ブログや各種の発信・コミュニケーションツールの薀蓄(うんちく)を聞かせてもらい、ようやく決心した次第である。

ちなみにfirst lightとは、氏の第一の道楽(天文と望遠鏡)に敬意を払ったもので、天文台などで新望遠鏡が完成したときの、最初の試験観測のことである。


■山荘の音空間

広葉樹に囲まれた山荘のベランダに出て、梢を渡る風の囁きに耳を澄ます。
コンコンコンと遠くに啄木鳥(きつつき)の木を打つ音が、僅かなエコーを伴って聞こえる。
他に音はない。

時折、あちらこちらから、ポトッとか、カサッとか、突発的な単発音が届く。
落ち葉の上には沢山の団栗(どんぐり)が撒かれている。
自然に落ちた茶色玉の中に、先日の台風で吹き飛ばされたのか、青い玉が新鮮な色合いを添える。

もう9月も下旬。
「今まで経験したことのない」豪雨や猛暑の夏も、ようやく衰えた2013年の初秋である。

余談であるが、屋根のひさしの裏側の板に啄木鳥が穴を開け、その中に大きな蜂が巣を作ったとのこと。
穴は2階屋根の非常に高い位置にあり、それをいかなる方法で塞いだか、氏の苦労話がおかしかった。


こういった雰囲気の山荘の2階、間仕切りを開け放った40畳ほどのフロアの半分をオーディオルームが占めている。

この空間なら、音も好き勝手に飛び回ることができるだろう。


今回の訪問の目的は、氏が数年前から構築中のスピーカーシステムの試聴である。


i氏山荘SP全景
https://801a-4242a.blog.so-net.ne.jp/2013-10-14

<写真1:山荘のスピーカーシステム>

**今回山荘に到着した時点の、あれこれ変更する前のbefore状態。
今回この配置等を少し変更し「これでいける」感を共有**


■進化の原点

もう1年以上にもなるが、前回訪問した時の話を少しさせていただきたい。

この部屋で、ああだこうだ言いながら、大小何種類かの箱型スピーカーを聴いた。
密閉、バスレフ、大小、いろいろある。

箱型以外にも、氏は以前から平面バッフル型のよさを語っており、いくつかの試作品があちこちに置かれている。

その中で「なにこれ」と、思わず口を衝いて出るようなものが大容量密閉箱30cmウーハーの天板の上に乗っていた。

ちょとした悪戯で作ってみたような「板切れバッフル16cm4連スピーカ」である(写真1のウーハーの箱の上に片側だけ見える)。

幅30cmもない板に、スピーカ穴を4つ一列に開けただけのもの。

ユニットは16cmダブルコーン、作りはシンプルの極みであり、コーン紙を指先て触れると、いかにも薄く軽量であることが分かる。

DS-16F(写真2)。

ユニットにメーカー名は記されていないが「ダイドーボイス」らしい。

単価はえらく安い。
普通に考えれば、オーディオファイルが相手にするようなものではない。
どんな音が出るのかお楽しみ、の感覚で音を出してみる。

「板切れ」の置き方などあれこれ試みながら、大容量密閉箱30cmウーハーとの2Wayとして聴く。

自身の不覚と反省をこめて、「オーディオを探求する者、形や価格、風評など、あらゆる偏見に囚われてはならない」。

なんとその板切れからは、実に新鮮、活き生きとして明瞭自然な音場がワッと広がった。

音楽を楽しむ装置として、ここにあるスピーカーシステムの中では、この板切れ平面バッフルが「No.1」である。

多少耳につく音域はあるが、いっぱいに広がる音場間は何にも勝る。

先に聴いた箱型には、大汗をかいた労作や、少なからず散財したもの、定評のユニットを装着したものなど、氏のいろいろな思い入れがあるに違いない。
でもやはり「激安16cmユニットの板切れ」がベストである。

氏が平面バッフルを基本形にしよう、と決めたのはこの時らしく、それが今回の訪問で聴く竹集成材平面バッフル実現のきっかけとなっている。


ダイドーボイス16cmと団栗

<写真2:ダイドーボイス16cmダブルコーンSPユニット>
**i氏山荘のスピーカーシステムの基本形を決めるきっかけとなったSPユニット**

(第1話 おわり)

https://801a-4242a.blog.so-net.ne.jp/2013-10-14

▲△▽▼


i氏山荘オーディオ訪遊記(第2話) [i氏山荘オーディオ訪遊記]
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平面バッフルの音空間とSTAX ELS-8Xの音空間


■竹集成材平面バッフル

i氏山荘の現状のスピーカーシステムの基本構成は「竹集成材の平面バッフル3Way+大容量密閉箱ウーハー」である。

氏の描く基本形は、この平面バッフルを主放射源とするものである。
低域を補完するウーハーの最終形態は今後の課題としている。


これらは氏のオリジナルな自作であり、特に平面バッフルに竹集成材を採用したことや、その工作の巧みさは、今まで他に製作例がないと思われる。

またそのセッティングには、日常の家庭生活を考慮する必要のない山荘の「自分だけスペース」ならではの豪快さがある。

スピーカーの背壁は、急勾配の2階屋根に沿って傾斜した板張り。

その最奥に大容量密閉箱型ウーハが置かれ、その1mほど手前に平面バッフル型3Wayスピーカーシステムが、床と天井の梁との間に設けた強固な支柱に取り付けられている(第1話の写真1)。

i氏山荘SP全景
https://801a-4242a.blog.so-net.ne.jp/2013-10-14


この「1mほど手前」の間隔が問題を起こしているのであるが、その解決はのちほど。

上下が固定された丈夫な太い支柱に、バッフルをがっちりと取り付けた構造が、このスピーカーシステム全体の音響を左右する大きな要素の一つになっているのだろう。

いずれにしてもこのスピーカーシステムが感動的な音場を形成する要因は、音の主放射源の平面バッフル方式にあると思われる。

平面バッフル方式のよさを評価する先達は大勢おられるが、ここの場合はそれが顕著に現れた好例だろう。


この平面バッフルスピーカーにはつぎの特徴がある。

・バッフルの材料に竹の集成材を採用した3Way方式。
構成はツイーター1、16cmフルレンジ1、16cmウーハー2。

・スピーカー開口部のエッジに滑らかな R付け加工。

・表側全面のニス塗装。


穴あけ加工等、すべて自作である。
木工の腕は本職跣(はだし)であり、プロの指物師(さしものし)や大工の見習いとして即決採用かもしれない。
オーディオ道楽だけでなく、年中次々と発生する山荘の補修等の大工仕事を、各種の電動工具を揃えてやっているらしい。


i氏山荘SP平面バッフルのアップ
https://801a-4242a.blog.so-net.ne.jp/2013-10-14-1

<写真1:竹集成材平面バッフル3Wayシステム>

**構成は上からツイーター1、16cmフルレンジ1、16cmウーハー2。
この写真の16cmフルレンジは DS-16F が付いている。SPの穴の周囲のみごとなR加工**


■「箱」では得難いこの感動はなにか


山荘訪問初日、ああだのこうだの、CDをとっかえひっかえしながら配置を工夫した。

どうも位相的な微妙な違和感が付きまとうように聞こえる。

ウーハーと平面バッフルとの前後の間隔が1m強ある。
どうやらウーハーの直接音が、平面バッフルの背面放射と干渉しているのではないかと見当をつけ、とりあえずの荒仕事で位置を変える。

平面バッフルを上下逆さまにして、ウーハーの箱の天板の高さに持ち上げる。
そしてウーハーを平面バッフルと同じ面まで前に出す。

フルレンジユニットはDS-16Fから三菱ダイヤトーンP-610DBに取り替えた。

さて、この取って付けの仮配置で音を出す。

この時の感激は、当訪遊記(第1話)の冒頭「序」のとおりである。
このような音の空間に入った時が、音楽好きオーディオファイルの至福の瞬間である。

聴き慣れた音源から発見される新たな音響的感動、それによって初めて感じ取ることができた音楽的感動が次々と出現し、涙腺を刺激する。

ああ、このステージはこうだったのか。
この演奏はこういう響きだったのか。
この楽器はそこで鳴っていたのか。
この歌手は、この演奏家は、ここまで微妙・精妙な表現をしていたのか。

その時、氏もこの境地にいたと思う。
あれはどうか、これはどうだろうと、次々とCDを取り替えては聴いている。

いやー、すばらしい。
これほどの音場感が出るシステムは本当に稀である。
お金を掛ければ実現できるものでもない。

この音響はどこから、どういう理屈で出てくるのだろう。
やはり平面バッフルに何らかの要因があるのだろう。


i氏山荘SP全景 after
https://801a-4242a.blog.so-net.ne.jp/2013-10-14-1

<写真2:第1話の写真1の配置では微妙な違和感があったので、このような応急処置をして音を出してみる>

**さてbefore→after の結果は・・。

竹集成材平面バッフルのフルレンジユニットは、三菱ダイヤトーン P-610DB に取り替えてある**


■STAX ELS-8Xとの共通点

今回の山荘訪問は、都合で氏に送り迎えしてもらった。

山荘に向かう前に、拙宅の修復成ったSTAXの大型コンデンサースピーカーELS-8Xの試聴をしてもらう目的もあった。

20数年ほど前から、氏はこの8Xを何度か聴いているのであるが、オーディオ道楽に染まってからは聴いていない。
8Xは片側に8個の発音ユニットがあるが(写真2)、ここ10年来、その半数近くの能率が下がり、使用できなくなった。
いつの日にか、なんとかしようと、納戸の小部屋に押し込めてあった。


8Xの代替機はALTECのMODEL 19を選んだ。
大型であるが、家庭に設置するタイプとして音響的に最高の器の一つだろう。
8Xとの音の質感の違いは当然ながら大きいが、これはこれで「大したものだ」と思う。

8Xを製造したSTAX工業株式会社はその後会社の形態が変わり、今後とも8Xが修理を受けられる可能性は完全に断たれている。
でもいつの日か、耳の聞こえるうちに、目がなんとか利くうちに、手先が自由に動くうちに、そして気力があるうちに修復したいと思っていた。
そうこうしているうちに自適生活に入り、怠惰な日々を2年も送っていたが、今年になってあるスピーカーを聴くにおよび、8X修復への「緊急決起ボタン」が押された。

この話は当ブログの別テーマ、「甦れSTAX ELS-8X」で綴ろうと思うが、かなりオーバーに言えば4・5ヶ月の寝食を忘れた苦楽の結果、3ミクロン厚のポリエステルフィルムを使った振動膜の張り替えに成功した。

オリジナル8Xは、ツイータ4ミクロン厚、フルレンジとウーハーは6ミクロン厚である。
それをすべて3ミクロン厚で張替えた。

その3ミクロン厚の超軽量振動膜の威力だと思うが、長年の8Xオーナーである自分が腰を抜かすほどの音響空間が再現されるようになった。
これを氏に聴いてもらった。


さて、氏は8Xの前に立つや、「これ平面バッフルですよね」、と一言。

「あっ!」。
迂闊であった。

発音原理や形がまったく異なるため、コーン型SPユニットを取り付けた平面バッフルと同一であることの意識が希薄であった。
氏の言うとおりである。

8Xは畳1畳ほどの木材の分厚いバッフルに、8個のSPを取り付けた平面バッフル型スピーカーそのものだ。

私は修復成った8Xから、今まで体験したことがないすばらしい音場の広がりと明確な定位が再現されることを知ったが、氏の山荘の音場も、これと類似の効果なのだと思っている。


「逆相になるが背面からも前面と同じ音が放射される」。

「背圧がかからないため、ダイアフラム(振動板)がもっとも自由に動く形態」。


事実としてこの平面バッフルの効果を、どのように理論づければいいのか分からないが、音場の再現や音響の品質に極めて有効に働いているに違いない。

余談であるが修復成った8Xを聴いた「蛙の子」の息子が、その音に驚いて、すぐさま同じ8Xを手に入れた。
ちょうどその時期、奇跡的タイミングで売りに出たらしく、二度とない幸運にめぐり合ったといえる。

片側の音が小さいという不具合がある出物だったが、私の8Xと比べられないほどの美品であり、不具合の原因だった高電圧発生部を修理して完動している。
よほど環境のよい部屋で、大切に使われていたのであろう。


この8Xも氏に聴いてもらった。

すべての発音ユニットが、これもまた奇跡的に健全な状態を保っており、オリジナル8Xの音が聴ける。

氏は一言、「これはこれでアリですね。少し力強いかな」。

部屋も置き方もアンプも異なるが、確かに3ミクロン厚の音と少し違う。


新旧2組の8XDSC_6847
https://801a-4242a.blog.so-net.ne.jp/2013-10-14-1

<写真3:修復作業がほぼ終わった8Xの裏側と(左寄り)、息子が入手した同じ8X(右寄り)>

**左右それぞれ8個の発音ユニットから成る平面バッフル型であることが分かる。

上下シンメトリー。
内側から外側に向かって高域ユニット×2、全域ユニット×2、低域ユニット×4の3Way構成**


8X振動膜張り

<写真4:8Xの発音ユニットの振動膜の張替え作業>

**3ミクロン厚のポリエステルフィルムを、かなり強い張力をかけた状態で、ユニットのフレームに貼り付ける工程**


■山荘SPシステムの次のステ―ジ余談が長くなったが、山荘2日目の朝は早起きし、朝食も早々に音を出した。
昨日と同じく、本当にすばらしい音響と音場感である。
音楽に深く入り込める至福の再生音だと思う。

しかし少し気になる。
ウーハーの箱の天板が音を反射し、どうもその悪影響があるような感じがする。

天板の上に布団などを重ねて置くと、かなり改善されるので多分そうだろう。
ほんの僅かな違和感であるが、これがなくなれば良い方向の相乗効果で、格段の向上があるかもしれない。

とりあえずの実験としてウーハーの箱を分解し、前面パネルだけの平面バッフルの形で音を出してみよう、ということになった。

電動ドライバーを片手に、氏は箱と格闘を始めた。

しかし「大工見習いもどき」の氏の手に成る箱は、頑丈に作りすぎて簡単には分解できないことが分かった。

薄手の長袖の上着が必要な山荘の朝であるが、30分ほど汗をかいて、とりあえずの実験は諦めた。

さてこの課題を氏はどう解決するだろうか。
来年の春頃かな。

冬の氷点下で冷凍庫と化した山荘でも厭わない。
そのときは次のステージにグレードアップされた、さらにすばらしい音響空間に浸ることができるだろう。

(第2話 おわり)
https://801a-4242a.blog.so-net.ne.jp/2013-10-14-1

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i氏山荘(第3話)改造! 背面開放型ウーハー [i氏山荘オーディオ訪遊記]
https://801a-4242a.blog.so-net.ne.jp/2013-10-19


■密閉箱を背面開放型ウーハーに大胆改造

豪快というか、大胆というか、ウーハーの大容量密閉箱を、水平に切断し、上半分・下半分に分けてしまった。

「大工見習いもどき」のi氏に電動工具を持たせたら、何をやらかすか分からない。

私の提案は、ウーハーの大容量密閉箱の前面パネルを取り外し、平面バッフルのウーハーとして、どんな音が出るか聴いてみよう、ということだった。

ところが氏は、「前面パネルをどうしても外すことができなかった」、「だから考えたあげく、水平に半分に切断した」、という。

もちろんウーハー本体は取り外しての工作であるが、内部の補強材や吸音材に阻まれて、大変な作業だったらしい。。

私はこの衝撃的な方法を発想することができなかった。
なんと乱暴な、いやいや実にみごとな発想の転換。
このアイデアごっこは、完全に私が負けた。


2つに分けられた長細い箱。

その2つを左右に分けて立て、背面開放箱とする。
その後の余計な工作の手間がかからない、一石二鳥の方法である。

つまり片側は以前の天板が前面パネル、反対側は底板が前面パネルになるわけだ。
なんと合理的な方法だろうか。
平面バッフルとは少し異なるが、まあ試してみる価値は大いにある。


10月の3連休、i氏は山荘に篭った。
最終日に写真付きのメールが来た。

「結論から先に言うと、やって大成功でした!」から始まる文面から、氏の喜びと興奮が直に伝わってくる。
全文を公開したいほどであるが、氏の体面とイメージが損なわれそうなのでやめます。

低音の量感が見違えるように増し、深みも加わって分解能も大きく向上した、とのこと。
CDにこんな低音が入っていたのかと驚いた、ともある。

どんな音場が展開されたのか、だいたい見当がつくが、そうこなくてはいけない。
次のステージに上る階段がしっかり出来上がったようだ。
本当によかった。


i氏山荘SP全景
https://801a-4242a.blog.so-net.ne.jp/2013-10-14

**第1話の写真1の転載。

前回、氏の山荘を訪問した際の最初の状態。平面バッフルから1mほど後方の密閉箱ウーハー。その「1mほど後方」が音響的問題の発生源であった**


i氏山荘SP全景 after
https://801a-4242a.blog.so-net.ne.jp/2013-10-14-1

**第2話の写真2の転載。

山荘に滞在中に配置を変更した。ウーハーの箱を平面バッフルの面まで前に出す。問題点が大きく改善された。しかしまだウーハーの天板による反射(?)が少し気になる**


I氏山荘3ステップ目の全景写真
https://801a-4242a.blog.so-net.ne.jp/2013-10-19

<写真1:10月の3連休に作業したという、氏のアイデアによるウーハー密閉箱の大胆改造>

**大変な喜びと興奮。大成功だったらしい**

(第3話 おわり)

https://801a-4242a.blog.so-net.ne.jp/2013-10-19

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i氏山荘(4)755E、Golden8T新設、訪問雪解け待ち編 [i氏山荘オーディオ訪遊記]
https://801a-4242a.blog.so-net.ne.jp/2014-03-28


前回、i氏山荘を訪ねたのは昨年の秋であった。
冬に向かう山は、季節の訪れが都会にくらべてかなり早い。
あたり一面に敷き詰められた枯葉が、そこ、ここ、と、落ちてくる団栗(どんぐり)をやさしく受け止める。

梢の高みには、そよぐ風があるのだろう。
その団栗の音がポツン、コソッ、カサッっと微かに聞こえ、遠くから啄木鳥(きつつき)のコンコンコンコンという連打が、残響を伴って落葉樹の林の中を響きわたる。

10月2日の山荘は、そのような風景であった。


豪雪

今年の冬は、全国の広い範囲で過去に記録が無いほどの豪雪となり、大きな被害が出た。
特に2月の大雪は、i氏山荘方面も地元の人が経験したことがない積雪となり、山荘付近の山あいでは2mに迫るほどであったという。

山荘に通じる山道は除雪もできず、人が踏み入ることが不可能となり、長期にわたり完全に遮断されていた。


屋根は、オーディオルームは、大丈夫か

お気の毒ではあるが、i氏はたぶん、2mの雪が屋根を押し潰し、2階のオーディオルームをペシャンコにしている悪夢を見たかもしれない。
私なら夢どころではなく、胃がおかしくなっていたと思う。

あの不思議なほどに、音場や響きの具合がいいオーディオ部屋を失うのは、いかにももったいない。
豪雪以来、私も気になっていたが、確認する方法がないという。


雪に埋もれた山荘へのアタック決行

心配していても始まらない。
3月後半の連休の前に、「何とか登れるかもしれない」、という情報を得て、i氏夫妻はついに山荘へのアタックを決行するに至った。

車高が高く悪路に強い4WDも出番はなく、数100m下のベースキャンプに置き、足元はアイゼン、いや「かんじき」で固めた出で(いで)立ちで、山腹を目指して登攀を開始した。


「かんじき」の効果は抜群

どこで調達したのか聞きそびれたが、わりあい小さな「かんじき」が、未踏の雪中を歩くのに、抜群の威力を発揮するらしい。

夫妻揃って「かんじき」の効能に、感激しきりであったという。


山荘は目立った被害なし

とのことで、そのときの写真を数枚いただいた。

この雪が融けて車で登れるようになるのは、いつ頃になるだろう。
この写真からも、日に日に力を増してきた太陽の光を感じる。

草も木も、あらゆるものがいっせいに芽吹き、山全体が萌黄色(もえぎいろ)に染まるのも間近だろう。


*雪山荘初アタック

<写真1:大雪もだいぶ融け、ようやく辿り着いた山荘の無事を確認>


あれれ! ビンテージもののスピーカーが付いている
いただいた写真から、i氏山荘の現時点のスピーカーシステムは写真2のようになっている。

ご無沙汰している間に、いろいろやっていたようである。

「i氏山荘(第3回)」からの変更個所は、中央寄り上部に取り付けられた新設の平面バッフル3連の20cmSPである(作りはバラックとのこと)。

また、両脇のウーハーが、以前のテスト用バラックの背面開放型から、きちんと作ったパイン集成材の平面バッフルに取り替えられている。


*14年3月時点SP 2014-03-23
https://801a-4242a.c.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_dda/801a-4242a/EFBC8A14E5B9B4EFBC93E69C88E69982E782B9SP202014-03-23201020212036.jpg


<写真2:現時点のi氏山荘スピーカーシステムの様子>


新設の20cm3連の平面バッフルは「テスト用のバラック」であり、穴の細工も「いいかげん」ということです。

そのことでオーナーは、この写真をお見せするのをイヤがっていたことを、読者の方々にお伝えしておきたいと思います。 (^ ^;


新しく加わった20cmスピーカーは、上から順に、

・CD408-8B Altec (同軸2Way)
・New Golden 8T  Richard Allan (ダブルコーン)
・755E Altec (パンケーキ型)

その下段は、前回の日記で紹介した竹集成材の平面バッフル16cmスピーカーであり、上から順に

・P-610DB ダイヤトーン
・DS-16F ダイドーボイス
・FE166 フォステックス

である。


ビンテージSPがこの場所でどのように鳴るか

新規参入の CD408-8B と 755E は、本来、館内・構内におけるアナウンス放送が目的のスピーカーであり、人の声の明瞭度に重きを置いて設計されているはずである。

一方のNew Golden 8T はオーディオ用のハイファイ目的のスピーカーである。
これらの実際の音の対比はとても興味がある。

さて、新規参入組のスピーカーは、いずれも古い時代のものであるが、i氏山荘のオーディオルームの平面バッフルから、i氏の耳に、そして私に、どのように響くのだろうか。
これはかなり面白い試聴になると思う。


昨年10月からのi氏山荘スピーカーシステムの変遷

参考までに「i氏山荘」(1)〜(3)で紹介したスピーカーシステムの変遷を、写真でざっと追ってみたいと思う。


*SP変遷1
https://801a-4242a.c.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_dda/801a-4242a/EFBC8ASPE5A489E981B7EFBC91_12-08-18201520202054.jpg

*SP変遷2
https://801a-4242a.c.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_dda/801a-4242a/EFBC8ASPE5A489E981B7EFBC93_PA142159.jpg

                       
<写真3:Ver.0 と Ver.1>

一番最初のVer.0では、平面バッフルとウーハーの音の放射面の距離が離れており、再生音も位相的に問題があると思われるため、Ver.1のように配置換えを行った。


*SP変遷3
https://801a-4242a.c.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_dda/801a-4242a/EFBC8A14E5B9B4EFBC93E69C88E69982E782B9SP202014-03-23201020212036.jpg
                      
<写真4:Ver.2 と 現時点Ver.3>

Ver.1のウーハーBoxの天板が、音を反射して悪影響があるように思われ、大胆にもウーハーBoxを水平真半分に「ぶった切り」、両サイドに立てた。
Ver.1の天板と底板が正面になる背面開放型の箱としてテスト的に使用。
写真右は先の写真2と同じ現時点の状態。


さてさて、改めてこれらの変遷写真を見ると、このステージ上の大勢のスピーカーたちを、どのように整理し、うまくまとめていくか、いろいろと「楽しみが多すぎる」状況になっている様子である。

さて何から、と言っても、まずは聴かなければ。


往年のRichard Allanやパンケーキが待っている。
古い時代の傑作スピーカーが、現代に、どんな音を響かせるか。

さあ、雪が融け、i氏山荘を訪問できる「山の春」はいつ訪れるのだろう。


(「i氏山荘(4)755E、Golden 8T新SP増設、雪解け訪遊予告編」 おわり)

コメント 8


I氏山荘無事で良かったです!
ガーデンテーブルが埋まっている写真には驚きました
この先どう進化されるのか目が離せませんね。
自分はビンテージと真逆の方向ですが(^^;;;
by いちあい (2014-03-29 11:48)


i氏山荘の音を聴くと、SPユニットやアンプなどの個々の音の違い以前に、部屋そのものが勝手に作り出してくれる音響が、いい方向に作用しているように感じます。

アハハ、確かにRichard Allanとは真逆ですね。でも、超最新鋭JOB225(255?)で、けっこう曲者のRichard Allanを鳴らしてみたいですね。
by AudioSpatial (2014-03-29 17:42)


実はつい最近、アシダボックスの 8P-HF1 という日本のビンテージSPを1本だけ手に入れました。

自宅の簡易バッフルでの視聴ですが、とにかくやさしく澄んだ音にびっくりです。
コーンSPに関しては、時代は進化ではなく退化してきたんだと思えます。
こうご期待。
by I氏 (2014-03-30 13:01)


I氏さん、ASHIDAVOX の 20cmを入手されたとのこと。
「とにかくやさしく澄んだ音」との感想は、「やはりそうか」、と思いました。

あのユニットの第一の特徴は、コーン紙が軽いことですよね。
その軽さの効能ですね。
「ダイヤフラムは極力軽くあるべし」が、いいスピーカーの「お約束」だと思います。

いやいや、試聴の楽しみがさらに増えましたよ。
by AudioSpatial (2014-03-30 17:32)


コーン紙は美濃紙で作られていて、質量は1.3gしかないそうです。
by I氏 (2014-03-30 20:30)

I氏さん、美濃紙で1.3g。これも「やっぱり」ですね。

軽いことは覚えていたのですが、美濃紙で1.3gは知りませんでした。
SPのコーン用に、現地で特別に作らせたんでしょうね。
そうなると、コーン紙の張替えは、おそらく絶望ですね。

ASHIDAVOX のヘッドフォンは、昔、現場で使ってたんですよ。今もそうかも、です。
by AudioSpatial (2014-03-30 22:18)


1.3gは16cm(6P-HF1)のほうで、8P-HF1(20cm)は2.7gでした。
それでもすごく軽いですが。
by I氏 (2014-04-01 05:52)


往年の20cmSPで、「超軽量」と言われているコーンが 5g程度。
現代SPの軽量クラスが10g程度らしいので、ダントツに軽いですね。
さて、その音は・・・期待が高まる。
by AudioSpatial (2014-04-01 12:57)

https://801a-4242a.blog.so-net.ne.jp/2014-03-28

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i氏山荘(5)圧巻 ASHIDAVOX、755E GOLDEN8 CD408 403A 他を圧倒 [i氏山荘オーディオ訪遊記]
https://801a-4242a.blog.so-net.ne.jp/2014-05-26

ASHIDAVOX(アシダボックス)8P-HF1。

「ダイナミック型フルレンジスピーカーの世界的傑作」程度の賞賛では、とても足りない。
まさに「超」を付けるべき傑作と見た(いや、この耳で確かに聴いた)。

i氏山荘のオーディオ部屋の、平面バッフルに取り付けたいくつかの著名ビンテージ・スピーカー。

この試聴環境において、ASHIDAVOX 8P-HF1は圧巻であり、他のすべてを圧倒した。

なぜこのASHIDAVOXが「マイナーな傑作」で終わったのか。


高く評価したオーディオ評論家はいた。
しかしそれがなぜ、「幻の傑作」などと言われる経過を辿ったのか。
数量が出なかったのか、生産が間に合わなかったのか?

発売は1957年、その頃はまだ日本のオーディオ環境は貧しく未成熟であった。
早く生まれすぎたのかもしれない。
しかし、かなりの長期間、市場にあったはずである。
当時のオーディオ・ジャーナリズムは、どのような反応をしたのだろうか。

ダイナミック型フルレンジの「音質世界一」のユニットがどこかにあるとしよう。
ASHIDAVOX 8P-HF1 は、それに勝るとも劣ることは決してないだろう。


Made in Japan。

使われているのは、コーンの最適素材を追い求めて辿り着いた日本古来の美濃紙。

この純日本 made の「世界に冠たる」はずであったスピーカーユニットが、なぜ埋もれたのか。
なぜ埋もれさせたのか。
まったく残念であり不可解である。


しかし ASHIDAVOX 20cmフルレンジが、山荘に用意されたいくつかの錚々たる「世界の名器」を、下品な表現ではあるが「ぶっちぎり」の差で圧倒した事実。

そして、このスピーカーの素晴らしさをよく知っている方々が、現在、少数ながらも厳として存在すること知り、多少は溜飲を下げた次第である。

いまだからこそ、オーディオ環境が整った現代であるからこそ、聴く人にこのスピーカーユニットの秀逸さが分かるのかもしれない。


感動の幕開けは満天の星

ゴールデンウイークに入った4月の末、夜9時前。
道は思ったより順調で、予定より早く山荘到着。
助手席から枯れた芝に降り立ち、反って背を伸ばす。

おお!すごい。
視界には、思わず息を呑む光景が私たちを出迎えてくれた。

満天の星ぼし。
林に囲まれ、頭上の一角だけが開けた天空は、白い微細な粒子を撒き散らしたような星屑で埋め尽くされていた。
無数の星というより、もはや白い粉が薄く撒かれているように見える。
このような光景を見たのは何十年ぶりであろうか。

そして天頂を少し下ったあたりに、驚くほど赤く輝く火星があった。
赤い!
火星って、こんなにも赤いのか。
都心を離れた郊外でも、火星の赤みは誰にもよく分かる。
しかし、このような赤い色に見えることはない。

標高1,100mほどのi氏山荘の空。
無窮をゆびさす北斗の針が天高く舞い上がり、感動の天体ショーが今回の訪問の幕開けであった。


前回訪問時の興奮、まず三菱ダイヤトーンP-610DBを聴く

コーヒーとお菓子でドライブ疲れを癒すのもそこそこに、2階のオーディオ部屋に上がった。

今回の2階は、写真のように、前回の日記「i氏山荘(4)」の状況よりもバッフルが増えて、取り付けられているスピーカーユニットの数も増えている。

どうやらi氏は、近頃、内外のビンテージの20cmをいくつか集め、なにやら思案している様子である。


              
<写真1:今回の各ユニット試聴用の平面バッフルの配置>

https://801a-4242a.c.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_dda/801a-4242a/EFBC8AEFBC91DSC_9970EFBC88E69687E5AD97EFBC89.jpg
https://801a-4242a.c.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_dda/801a-4242a/EFBC8AEFBC91DSC_9967EFBC88E69687E5AD97EFBC89.jpg
              

**TANNOYの口径の謎については後段で説明あり**


前回の訪問では、竹集成材バッフルに取り付けた三菱ダイヤトーンP-610DBの鳴りっぷりに驚嘆した。
このユニットから出るはずがないほどの大音量と、それでも破綻しないすばらしく素直な音質、それに雄大な音場と明確な定位に夢中になり、CDをとっ替えひっ替え聴きまくったものであった。


スピーカーは、鳴らし方により、発揮できる性能に大きな違いが生じる

50年ほど昔のことであるが、P-610は、私が最初に手に入れたスピーカーユニットであり、学生時代はそれを薄型の「標準箱もどき」に入れて聴いていた(「甦れSTAX ELS-8X(第2回)」の写真1に、その箱の一部が写っている)。

P-610はかなり長く聴いていたので、素性はそこそこ分かっているつもりであったが、ここでの体験は、結局、P-610について、何も分かっていなかったことを思い知らされることになった。

私の反省であるが、上記の太字のことは肝に銘じておく必要がある。

もちろんこのようなことはスピーカーの初歩であり、誰もが知っている常識である。

しかし、ここで鳴っているP-610と、私の鳴らしてきたP-610と、同じP-610のユニットの音であるとは誰も信じない。
かなりの「耳」の持ち主でも、信じられないだろう。
それほどの違いが出る、ということである。


メインスピーカー選びのためのバッフル仮配置

この配置には問題があるかも・・。

2階のオーディオ部屋に入ったときの第一印象。

写真1のように取り付けられたスピーカーの全体配置を見て、左右の両端が白木のバッフルで塞がれていることに、何となく「閉塞感」があった。

というのは、前回、P-610DBやその他のスピーカーの音場の広がりや定位の素晴らしさに驚いたときの配置は、下の写真2の状況である。

バッフルの配置の変遷写真は、前回の「i氏山荘(4)」に載せたが、その前回の写真3Ver.1が、下の写真である。

前回の訪問時に、竹集成材バッフルを、ああだこうだと配置がえをして、「とりあえずのベスト」とした位置がこれである。

両脇が新しいバッフルで塞がれている前回の日記の写真3Ver.2とVer.3は、写真を送ってもらっただけで、私はまだ聴いていない。


*SP変遷2
https://801a-4242a.c.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_dda/801a-4242a/EFBC8ASPE5A489E981B7EFBC92_image.jpg


<写真2:前回の訪問時、「とりあえずのベスト」としたバッフルの位置>
**平面バッフルの左右にも広く空間があることに注目**


前回の訪問時、この配置の平面バッフルの、あまりにも素晴らしい音の広がりと定位の「謎」は、バッフルの背面放射の音が、後ろの壁や床・天井に反射して、それが抵抗なくリスナーの耳に届いているからだろう、と推察していた。

それが今回の配置では、両側が塞がれている。
中央のリスニングポイントの椅子に沈むと、音を出す前から、一種の圧迫感のようなものが感じられた。

さあ、P-610DBから音が出た。


広がった音場と甘くなった定位

私が持ち込んだ聞き慣れたCDの音が、オーディオ部屋いっぱいに広がった。
「満ち満ちる」という感じであり、あそこのスピーカーから音が出ている、という感覚がまるでない。

このような「広がり感」は想像していなかったが、定位は思ったとおり曖昧になり、ピンポイントにならない。

やはり推測していたとおり、「定位」には、背面の音の反射が重要な要素になっているのだろう。

ただし、いまここで話していることは、スピーカーの再生音のかなり高度なレベルのことであり、先の「Ver.1」の状態のときの定位感を知っていて、それを基準にしての評価である。

オーディオファンが初めてこの席に座れば、このままでもおそらく驚きの再生音であり、音場であろう。

いずれにしろ、スピーカーユニット単体の評価に支障がある問題ではない。


いよいよ全ユニットの試聴開始

さて、前回の訪問で素晴らしい音響を聴かせたP-610DBをしばらく鳴らし、これをレファレンスにして耳慣らしと感覚の較正を行った。

フルレンジ・ユニットの20cmが7本、25cmが1本、16cmが3本、いよいよ試聴開始である。


            
<写真3:今回試聴した各ユニットが取り付けられたバッフルの表・裏>

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25cmの1本は、TANNOY Monitor HPD/315/8と銘板に印刷されているが、奇妙なことに25cmである。

バッフルの表側と裏側の様子は、下の写真3であり、そのTANNOYのユニットの最後部の銘板は紛れもなく正規のもので、デザインも正規「TANNOY Monitor HPD/315/8」とあった。

このユニットは、TANNOYの小型スピーカーシステム「EATON」から、i氏が自ら取り外したものであり、何も手は加えていないという。
製造工程の何らかの間違いなのか、何なのか、まったくの謎である。


試聴で分かったこと 世間の「評判」どおりではない

これらの内外の著名ユニットの試聴は実に楽しく、二人でi氏のCD、私のCD、様々なジャンルを聴きまくった。
私は今回、「ここぞ」とばかり、試聴の際のレファレンスにしているCDをたくさん持ち込んだ。


そこで分かったこと。

「定評」は当てにできない。

ALTEC 755Eはこのように素晴らしい。

TANNOY同軸25cmはこの音色が他にはない良さ。

Richard Allan NEW GOLDEN EIGHTはこの鳴り方が絶品。

それぞれの著名ユニットには、古くから「このユニットの音はこうだ」のように、「定評」のようなものがある。
そして音色は違えど、どれも魅力ある素晴らしい音のユニットだと言われてきた。
私も、「そういうものだろう」と思っていた。


スピーカーユニットの真の性能を聴く唯一の方法は

あくまでi氏山荘の写真1の平面バッフルでの試聴であるが、各ユニットの音は、昔から言われていた「定評」、そしてその評判から、私が想像していた音とはかなり違っていた。

各種のユニットの中には、ある容量の密閉箱に入れたり、指定されたバックロードをかけたりすることを前提に設計されたユニットがあるかもしれない。
そのようなユニットは、平面バッフルでは本領を発揮できない可能性もあるだろう。

しかし平面バッフルには、箱に入れるよりも、はるかに平等な試聴ができるメリットがある。
それぞれの「箱」固有の様々な「クセ」(音響的パラメーター)にくらべ、平面バッフルの「クセ」は圧倒的に少ないと思われる。

なお、平面バッフルの取り付け位置による差異も心配であったが、実験の結果、その違いによる再生音への影響は問題になるレベルではなかった。


試聴の音量は大き目で

そしてここでの試聴は、かなり大きな音である。

ある程度の大きな音を出さなければ、「音」の機微を聞き取ることはできないし、ユニットの真の能力を知ることはできない。

音量を上げていくと、耳につく付帯音が出てくるとか、明らかに歪っぽくなるユニットがいくつかあった。

もちろんユニットのビビリなどの不良ユニットの話ではなく、オーディオに興味がない人には、おそらくわからないほどの違いのことを言っている。


i氏山荘の体験から、「広い部屋」、「平面バッフル」、「大き目の音量」。

この3つの要素が、ダイナミック型スピーカーの試聴に最適な条件ではないかと思える。

この試聴環境下で各ユニットは、逃げも隠れもできない誤魔化しようのない状況に置かれる。
これがそれぞれの「裸のユニット」の、真の性能を聴く唯一の方法ではないかとさえ思える。


「評判」とちがうじゃない

今回のバッフル配置での試聴は、私は始めてであるが、当然ながら、この試聴用バッフルを自力で作り上げたi氏は、すでに十分聴きこんでおり、各ユニットの評価は済んでいる。
しかしそれは口にしない。


夜も更けて、01時を回った。
標高1100mの山中、4月末でもまだまだ肌寒い。

一通りも二通りも十分に聴き、試聴の結論はとっくに出ている。

「定評」があり、オークションでも高値がつくユニットが、まったくの期待外れであったりすることに、いちいち驚いてはいられない。
先の段の小タイトル「試聴で分かったこと 世間の「評判」どおりではない」の意味がこれである。


松下電器Technicsの「げんこつ」が意外

今回試聴した各ユニットの「特別な一つ」を除き、今後自分が使うスピーカーとして、どれか1つを選ぶ。

とすれば、私はTechnicsの「げんこつ」を手許に置きたい。
たいへん素直でありバランスもいい。

大音量では、少し何か限界のようなものを感じるが、今回の各ユニットの中では「迷うことなく」この松下電器 20PW49Sを選ぶ。

<写真4:とてもいい感じで印象に残った「松下20PW49S」ゲンコツ>

https://801a-4242a.c.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_dda/801a-4242a/EFBC8AEFBC94DSC_9983.jpg


さて、今回試聴した海外の著名ユニットが、意外にも評判どおりではなかった。

ただし、先にお断りしたように、あくまでここの環境における平面バッフルでの試聴である。
何らかの箱に入れ、別の環境で鳴らせば、また別の話になるだろう。


圧巻、圧倒、圧勝、ASHIDAVOX

今回の試聴において、ASHIDAVOX の前に、各種著名ビンテージ・スピーカーは色を失った。

それぞれのユニットの、いい点・悪い点などを比較して・・、などと比べている状況ではなかった。

今日の日記の冒頭に、品の悪い言葉ではあるが、と断った「ぶっちぎり」であり、その他のユニットの評価や比較など意味がないほどの圧巻であった。


冒頭の繰り返しになるが、なぜこれほどのユニットが埋もれているのか。

まちがいなく、この手の20cm前後のビンテージスピーカーでは、世界の超一級品であり、真のオーディオファンには、きっと高く評価されるに違いないユニットである。

                      
<写真5:ASHIDAVOX 8P-HF1>

https://801a-4242a.c.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_dda/801a-4242a/EFBC8AEFBC95DSC_9975.jpg
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**背面の写真のコーンをよく見ると、紙の表面の状態が少し観察できる。
エッジ部(フィックスド・エッジ)は繊維が粗になっており、向こうの光が透けて見えている**


この8P-HF1は、とにかく音が際立って明瞭である。
自然で、素直で、バランスがいい。

そして絶え入る微弱音から、鼓膜を圧し、窓ガラスをビリつかせる最強音まで、何の苦もなく簡単に出る。

弦楽器の微妙なニュアンス、ボーカルのリアル感、アタックの弾ける反応、大オーケストラの重厚な響き、20cmでは出るはずのない深くて厚い低音。

高域も、不足というほどの不満は感じない。
私ならツイーターはいらない。


ASHIDAVOX 8P-HF1 から、本当に信じがたい音が再現された。
実体験の私でさえ、信じがたいユニットであり音である。

まして、この話をブログで見ただけで、にわかに信じられる話ではないだろう。
しかし真実であり、実話である。


ASHIDAVOX 20cmフルレンジスピーカーの秘密

ASHIDAVOXのHF1シリーズには、ここでの20cm(8P-HF1)と16cm(6P-HF1)の2種類があった。

国の内外を問わず、他のどのユニットにもない顕著な特徴は、「コーン紙」が圧倒的に軽いことである。

16cmの6P-HF1ではコーン質量1.3g、振動系実効質量2.9g。
20cmの8P-HF1ではコーン質量2.7g、振動系実効質量5.3g。


とある。

ビンテージものの20cmSPの中で、「超軽量」と言われているコーン質量が 5g程度。
現代SPの軽量クラスが10g程度なので、ダントツの軽さである。


奈良時代から伝統の軽くて強い美濃和紙を採用

この常識を覆した軽量コーンが実現できたのは、その素材にある。

ASHIDAVOX 6P-HF1、8P-HF1のコーン紙は「美濃紙」である。

美濃和紙。
美濃の国、現在の岐阜県において、奈良・平安の時代から生産されていた、古来より最高級と珍重されてきた和紙である。

漉(す)き方に特徴があり、一般的な縦揺りに、横揺りを加えた独特の複雑な漉き方により、繊維がむらなく整然と絡み合い、「柔らかくて強い」紙になるという。

軽い、柔らかい、強い。

この特徴を持つ紙を、スピーカーのコーンに漉き上げ、最適な磁気回路を与えたのが6P-HF1、8P-HF1である。

コーンは、エッジを含めて一体成形(フィックスド・エッジ)であり、エッジ部は光が透けて見えるほど繊維の密度が粗に漉かれている。

もちろん、コーンが軽ければいい音が出るわけではない。

しかし私は、いいスピーカーの条件として、「コーン紙の質量」と「振動系実効質量」がともに極力小さいこと、が最大の要素ではないかと思っている。

その上で、最適な磁気回路を設計する。

いずれにせよ、美濃紙コーンを採用することにより、世界の超一級の20cmフルレンジ・スピーカーユニットが誕生したことは事実である。


取説に「低音再生能力は30センチを上廻る性能です。」とある

写真6は、今回試聴した8P-HF1に同梱されていた「取扱い説明書」を写真撮影したものであり、不鮮明であるが、参考までにお見せしたい。

その「周波数特性について」の項目に、「低音再生能力は30センチを上廻る性能です。」と書かれている。

このような「タワゴト」は、誰もが誇大広告ならぬ「誇大説明文」と思って読み飛ばす。

『8P-HF1のエフゼロ(最低共振周波数)は45Hz、その点のQが0.56であり、25Hzからの低音再生ができ、他のウーハーの及ぶところではない』云々。

確かにエフゼロやそのQ値は、20cmでは驚異的である。
しかし30cmや他のウーハーに勝つ、と言ってしまうと、これはもはや「大ボラ」と言われてもしかたがない。

ところが・・。


*アシダボックス説明書
https://801a-4242a.c.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_dda/801a-4242a/EFBC8AE382A2E382B7E38380E3839CE38383E382AFE382B9E8AAACE6988EE69BB8EFBC91EFBC88E38388EFBC89.jpg
https://801a-4242a.c.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_dda/801a-4242a/EFBC8AE382A2E382B7E38380E3839CE38383E382AFE382B9E8AAACE6988EE69BB8EFBC93EFBC88E38388EFBC89.jpg
https://801a-4242a.c.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_dda/801a-4242a/EFBC8AE382A2E382B7E38380E3839CE38383E382AFE382B9E8AAACE6988EE69BB8EFBC94EFBC88E38388EFBC89.jpg
https://801a-4242a.c.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_dda/801a-4242a/EFBC8AE382A2E382B7E38380E3839CE38383E382AFE382B9E8AAACE6988EE69BB8EFBC95EFBC88E38388EFBC89.jpg

            
<写真6:ASHIDAVOX 8P-HF1に添付されていた取扱い説明書>


説明文は真実を語っていた

しかし、この説明文は真実を語っていた。

「他のウーハーの及ぶところではない」などは言葉の綾として、まったく信じがたい低音が、この20cmから湧き出てきた。
この不思議な現象を、私は初めて体験した。
30cmのウーハーから出る低音に、勝るとも劣らない音量の、深い低音が本当に出る。


ダイナミック型スピーカーファン必読の「JBLが書いた解説書」

この不思議な事実は、あり得る話であることを解説した興味深い資料がネットにある。

JBLのサイトであるが、ダイナミック型コーンスピーカーについて、原理や構造、使いこなし方まで網羅した、非常に分かり易くて丁寧な解説が、図解で載っている。
ダイナミック型スピーカー・ファンには「必読」と言っていいだろう。

JBLのホームページの下にある「JBLテクノロジー解説|JBL by HARMAN」の項目には、「JBLコーンユニットの基本構造」から「インピーダンスとアンプとの組み合わせ」までの5項目がある。

その「低音再生能力」の項目(下記URL)に目を通していただきたい。

http://jbl.harman-japan.co.jp/about/tech.php?id=4

「[4] スピーカーシステムの低音再生能力について」の下の「■大口径システムへのこだわり」という小タイトルの部分である。

そこには、

(上記URLから一部引用)

『小口径システムには小口径システムなりの低音の表現があり、設計やチューニングの巧みさから、大きさ(小ささ)を感じさせない豊かな低音を再生するシステムもあります。』

というくだりがある。

「低音再生には大口径システムが有利であることは物理的事実であり、JBLは大口径スピーカーにこだわっているが、小口径でも、豊かな低音を再生できるシステムもある」と言っている。

その豊かな低音を再生できる小口径スピーカーの極め付けが、まさに ASHIDAVOX 8P-HF1である。

i氏は、今後のバッフルの「本設置」の計画に、低音はどうやらウーハーを使わずに8P-HF1だけで行こうとしている気配がある。

「これだけ(低音が)出るんだからいらないでしょう」などと言っている。

まあ、8P-HF1を本番用の平面バッフルに取り付け、そのバッフルのみを最良の位置に配置してから、低音・高音を補足する必要があるかないか、ゆっくり聴きくらべればいいだろう。


翌朝
いろいろな小鳥の鳴き声が、微かに聞こえてくる。
少し曇っているようであるが、空は明るい。


https://801a-4242a.c.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_dda/801a-4242a/EFBC8AEFBC97DSC_9923.jpg
            
<写真7:オーディオ部屋の天窓から。ようやく芽吹いた木々の梢>


昨夜は02時頃まで 8P-HF1に夢中であった。

i氏から「凄いです」とは聞いていたが、聴いた音は想像を超えていた。

せっかく苦労して集めた銘ユニットの聞き比べもそこそこに、関心は 8P-HF1 の一点のみ。

メインにするスピーカーユニットが、あれこれ迷うことなく決まってしまったのは楽でよかったが、どうも「不条理感」が残る。

繰り返しになるが、なぜこの超傑作スピーカーユニットが、「知る人ぞ知る」などの属性を付けて語られるのか。

性能のよいものが、必ずしも商売上の勝者にはならないことは世の常である。
私もよく知らない古い時代のことであるが、まことに残念な話である。

そんなことをボンヤリ考えながら起き出し、まず機器の電源を入れる。
コーヒーを一杯、そしてすぐさま、各ユニットを鳴らしてみる。

やはり 8P-HF1 は「圧巻」である。

その後の会話は、各ユニットの試聴話しではなく、8P-HF1で聴く自分の好きな曲やアーティストの「押し売り」になってしまった。

なにを聴いても楽しい、素晴らしい。

クラシックがどうの、ジャズがどうの、ボーカルがどうのといった、合う合わないなど、まったく意味はない。
8P-HF1はそういう鳴りっぷりであった。


後日談

20cmユニット取り付け本番用の、竹集成材バッフルを発注したとのこと。
もうそろそろ出来上がる頃かもしれない。

今回訪問時の、各種スピーカーユニット試聴のためのバッフル配置については、両脇が塞がれていることに、何となく閉塞感があったことを、先のどこかの段で書いた。
この件について先日、i氏からうれしいメールが来た。

ところで、ご指摘のことをやってみました。

両脇のバッフルを取り去り、アシダが付いているバッフル1枚だけにし、さらに床上げをしました(つまり、元の位置です)。

何と、前回より圧倒的にクリアーで臨場感が出ました。
ご推察通り、後ろからの音が大きく影響していたのですね。

ありがとうございました。
というわけで、また聴いてもらわなければなりません(笑)。

次の訪問時には、晴れて20cmユニット本番用の、新たな竹集成材平面バッフルを聴くことができるだろう。

とても楽しみである、が、ウーハーとツイーターをどうするか、それをどのように検証するか、まだいい案が浮かばない。


(「i氏山荘(5)圧巻ASHIDAVOX、755E GOLDEN8 CD408 403A 他を圧倒 」 おわり)


コメント 8


JOB225使い
by いちあい (2014-05-26 20:46)


でもこの「美濃紙SP」には驚きましたよ。
私の「最終アンプ」ならぬ、この手の「最終スピーカー」ですね(笑)。
そのうちJOB225で鳴らしてみたいです。
by AudioSpatial (2014-05-27 03:43)


アシダボックス試してみたいです。
先日オークションで8P-HF2を落札しましたが、ジャンク品でエッジの破れがあるのですが、何とか音出しが出来ればと思っています。

商品はまだ届いていないのですがエッジの補修を参考にしたいと思います。
8P-HF2については、ネットで調べても殆んど情報が無くどなたかご存知の方あれば教えてください。
by 七村 (2016-10-22 12:17)

茨城県に住んでいるものです。アシボックスのユニットでジャズを聞いています。

6P−HF1は自作のダブルバスレフの箱に入れて、
又、8P-HF1は1975年にビクターから販売したFB-5というバックロードホンに入れて

両方ともフルレンジで300Bに真空管アンプで鳴らしています。

特に8P-HF1とバックロードホンとの組み合わせもとても良いと思われました。
by オカダ (2016-10-23 11:42)

七村さん、8P-HF2はダブルコーンですよね。
私は聴いたことがないのですが、きっとHF1の高音を補うために開発されたのでしょうね。よかったら、音の傾向を教えてください。
by I氏 (2017-03-31 07:15)


オカダさん、バックロードホーンだと、さらに低音が強化されますね。
私もハセヒロのエンクロージャを持っているので、いつかやってみます。
by I氏 (2017-03-31 07:18)


HPD315A愛用

アシダボックスはぜひ入手して、じっくり聴いてみたくてウズウズしてきました。
が、近頃はオークションにも出てこないので、手に入りませんね。
アシダ音響でも復活させる気はないようでして、残念。

ところで、HPD295A に HPD315A と銘打ってしまったメーカー側の珍しいミスの件ですが、次のような事例がありましたので、魚拓に取りました。
https://megalodon.jp/2017-0707-2328-40/https://page.auctions.yahoo.co.jp:443/jp/auction/j440969465


これを見ますと、DEVONのHPD315A付属のスピーカー端子プレートに HPD295A とプリントされています。

これを見ますと

@組み立てている職人がいい加減で検品体制も甘い
A余った部品を流用したり欠品部品を他の部品で代用したりしていた・・

ことが推察できます。

Aに似た話ですが、モニターゴールドからモニターレッドに移行するときなど、
両者の過渡的な個体もあったようです。

HPD時代は創業者が心臓発作で3回も倒れたそうで、@の原因も捨てきれません。
今となっては謎ですね。
by HPD315A愛用 (2017-07-07 23:52)

https://801a-4242a.blog.so-net.ne.jp/2014-05-26

詳細は


超軽量の美濃漉き和紙コーンを使った芸術品、世界最高峰のロクハン アシダボックス 6P-HF1
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/956.html

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/858.html#c60

[近代史4] 日本のスピーカー 中川隆
1. 中川隆[-13043] koaQ7Jey 2020年3月05日 09:35:39 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[490]

北関東蓄音機倶楽部 Sogaphon _ SP録音の CD復刻盤 は Sogaphon を取り付けた蓄音機で聴こう
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/473.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/114.html#c1
[リバイバル3] スピーカーの歴史 _ 何故、過去に遡る程 スピーカーもアンプも音が良くなるのか? 中川隆
61. 中川隆[-13042] koaQ7Jey 2020年3月05日 09:43:34 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[491]

色々調べたのですが、結局オーディオ史上で一番音が良いスピーカーは


北関東蓄音機倶楽部 Sogaphon _ SP録音の CD復刻盤 は Sogaphon を取り付けた蓄音機で聴こう
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/473.html

超軽量の美濃漉き和紙コーンを使った芸術品、世界最高峰のロクハン アシダボックス 6P-HF1
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/956.html

まるで細密画を思わせる奇跡の描写力 _ スタックスの静電型スピーカー ELS-8X
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/954.html

伝説の ソナス ファベール ガルネリ・オマージュ
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/684.html

酷い音のインチキ・レプリカを量産して伝説の評価を落とした Goodmans Axiom80
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/686.html

伝説の静電型スピーカー QUAD ESL57・ESL63
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/682.html


でしょうか。

現在でも手に入るのは QUAD ESL57・ESL63 の復刻版だけです:


Q: 最高に音の良いスピーカー教えて下さい。 2012/2/15 rollingcyukunさん
最高に音の良いスピーカー教えて下さい。
音の良し悪しは個人差があると思いますがあなた様が良いと思うスピーカーを教えて下さい


A: papageno_eulenspiegelさん

クラシックを聴く場合に限定すれば、QUADのコンデンサー型を超えるものはまだ存在しないと思っています。

数ミクロンという極薄の振動膜に数千ボルトの高電圧をかけたうえ、それを挟む形の電極板に+と―の音楽信号を与えて振動膜を震わせ音を発生させる仕組みで、一般的な、ラッパを箱に取り付ける形式と違って、音楽信号に固有音の色付けがされる要素を極限まで排除したスピーカーです。

拙宅では現在、旧いタンノイのGRF(モニターゴールド)、最近導入したハーベスのHL-P3ESRを含めて3種類をおいていますが、結局、ほとんどQUADのESL57しか使わなくなってしまいました。

ESL57 は1957年頃に発売され、’80年代半ばごろに生産終了となったいわば骨董品ですが、世界中に根強いファンがいて、リストアして使い続けている人たちが大勢います。

ドイツの QUAD代理店では、振動膜を枠に張る機械を英国のQUADから買取って、「新品」を供給しているので(金属製のグリルだけは中古品を塗りなおしたものですが)、ドイツに住んでいたころにわざわざコブレンツに近いQUAD代理店まで行って買ってきました。外観のデザインも大変気が利いていますので、グリルをくすんだ緑色に塗装してもらった我が家のセットは私の最も愛するオーディオ・コンポーネントです。

ドイツQUADでは、ESL57 の改良型である ESL63 の新品も、さらに現在も QUAD本社が量産している ESL2805/2905 も販売していましたが、じっくり聴き比べたところ、音そのものの魅力ではやはり原点である ESL57を超えられていないと思います。改良型では音像の定位や空間表現を改善する措置が加えられているのですが、やはりそのために音質への影響が避けられなかったのでしょう。

QUAD のコンデンサー・スピーカーの唯一の問題点は、その発音方式に必然的に起因する低音の不足と言われてきました(私自身は、主に聴く音楽の種類からあまりそう感じていませんでしたが)。ところがドイツ QUAD では最近、ESL63、ESL57 向けにそれぞれ専用のサブウーファーを独自に開発したとのこと。従来は、既存のサブウーファーをQUADのコンデンサー・スピーカーとうまくマッチさせる事は不可能と言われてきましたが、このESL57専用サブウーファーをドイツに注文してみようかと、近頃悩ましい日々を送っております(きっと近々注文しちゃうんだろうなァ〜〜)。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1181575751

サウンドボックス

ドイツQUAD Musikviedergab GmbH 社QUAD ESL57 復刻新品(受注生産品)
* QUAD ESL57QA ¥1,300,000 ペア(税別)
2 つの違ったスタイル、前面メタル・グリル色は3色から選択してください。
https://www.soundbox.co.jp/QUAD_ESL57QA_Cata_a.pdf

ドイツQUAD Musikviedergab GmbH 社QUAD ESL63 復刻新品(受注生産品)
* QUAD ESL63QA ¥1,600,000 ペア(税別)
フレーム木の材質、色を指定してください
https://www.soundbox.co.jp/QUAD_ESL63QA_Cata_a.pdf


復刻品 QUAD-II 真空管モノラル・アンプ 
(ドイツ QUAD MusikWiedergabe GmbH) 製 ¥500.000/ペア
オプション KT66/GEC、EF86/Mullard、GZ32/Mulalrd +\120,000より
https://www.soundbox.co.jp/QUAD/QD-II.htm


復刻品 QUAD 33/2プリアンプ  QUAD 303QR パワーアンプ 
(オランダ QUADREVISIE社製)
https://www.soundbox.co.jp/QUAD/QD_33_2_303QR.htm
https://www.soundbox.co.jp/QUAD/Quad%20Revisie_JP_left.pdf


QUAD ESL57,ESL63 ESL63Pro 修理受付中 
https://www.soundbox.co.jp/quad63repair.html

サウンドボックス
https://www.soundbox.co.jp/


東京都調布市仙川町2−13−32
Tel: (03) 5577-5227 

サウンドボックスへの地図
https://www.google.com/maps/d/viewer?mid=10SwyUNIYBG0FdAFxBfQZSf_iNdw&ie=UTF8&hl=ja&msa=0&ll=35.66216900000003%2C139.58260799999994&spn=0.004184%2C0.006866&z=17&source=embed


営業時間:月曜日−土曜日11:00−19:00/日曜・祝日休み
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/858.html#c61

[リバイバル3] スピーカーの歴史 _ 何故、過去に遡る程 スピーカーもアンプも音が良くなるのか? 中川隆
62. 中川隆[-13041] koaQ7Jey 2020年3月05日 09:56:13 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[492]

一番音が良いパワーアンプは


Western electric 124 amplifier _ すべてのアンプの中で最も艶やかな音の WE350B プッシュプルアンプ
http://www.asyura2.com/18/revival4/msg/133.html

WE350B _ ウエスタン・エレクトリックの真空管の中でも特に濃厚な音がするビーム管の最高傑作
http://www.asyura2.com/18/revival4/msg/132.html

一番音が良いパワーアンプは VT-52 シングルアンプ?
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/440.html

英国の気品 PX4 シングルアンプ 
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/443.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/858.html#c62

[リバイバル3] スピーカーの歴史 _ 何故、過去に遡る程 スピーカーもアンプも音が良くなるのか? 中川隆
63. 中川隆[-13040] koaQ7Jey 2020年3月05日 10:03:27 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[493]

一番音が良いプリアンプは


真空管プリアンプ

オールド マランツ _ マランツ#7
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/635.html

EAR の真空管アンプ _ 真空管プリアンプ EAR 912
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/947.html


___


トランジスタ プリアンプ

Burmester _ プレーヤー、アンプ、スピーカーはもちろん、、オーディオラックまで作ってしまう超高級セット・コンポーネント
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/1028.html

チェロ AUDIO SUITE + Performance
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/1032.html

ゴールドムンド _ その奇跡の音色の秘密 _ Mimesis 2
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/948.html

ボッタクリ アンプ _ FM Acoustics の世界
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/754.html

_____


プリアンプに金をかけなさい
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/1027.html


http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/858.html#c63

[リバイバル3] スピーカーの歴史 _ 何故、過去に遡る程 スピーカーもアンプも音が良くなるのか? 中川隆
64. 中川隆[-13039] koaQ7Jey 2020年3月05日 10:31:51 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[494]

一番音が良い DAC は


(公示)最も優れたCDプレーヤーは、iPod/iPhoneです。歴代史上最強CDプレーヤー

iPodを越えるCDプレーヤーは、永久に出て来ないと思われます。
おそらく、パソコンの世界、音楽はそちらに移行していくのでしょう。
https://procable.jp/setting/25.html


CDプレーヤーの音を遥かに超える、iPod/パソコン用ケーブル/超高性能!- プロケーブル
https://procable.jp/ipod

▲△▽▼


Yoshii9 へのiPodの接続…iPodは高音質か?
posted by Yoshii9 ユーザー 小提琴奏者 at 2007年10月
https://web.archive.org/web/20130312141851/http://shyouteikin.seesaa.net/article/63516831.html

Yoshii9 へのiPodの接続
 これについては私も
 色々と探求したこともありました。

iPodは高音質か?

 これについては私は
 一定の条件下では高音質だと思います。

その条件とは
 こちらのページの前半部分にも書きました様に
 http://shyouteikin.seesaa.net/article/126358939.html

 CD→iTunes→iPod

 ただしiTunesの画面で、編集→設定→詳細→インポートと選び
 (なおiTunesの最新版は編集→設定→一般→インポート設定と選びます)
 インポート方法において、WAVエンコーダを選び
 設定において、カスタム サンプルレート44.100kHzと選択し
 http://shyouteikin.seesaa.net/article/324088346.html

 その画面上で
 オーディオCDの読み込み時にエラー訂正を使用するにチェックを入れる
 そして
 iPod のヘッドフォン・ジャックからLineを取るのではなく
 UniversalDockのLineOutから音を採り
 UniversalDock.JPG UniversalDockLineOut.PNG

 (もっとも最近では
  何やら余計なリモコンがセット販売になってしまいましたが)
 http://store.apple.com/jp/product/MB125
 SONY RK-G129を使って接続する…というものです。
 http://www.ecat.sony.co.jp/avacc/cord/acc/index.cfm?PD=1749

(なお
 高音質でAV機器へ接続するには、iPod のヘッドフォン・ジャックからではなく
 UniversalDockのLineOutからSONY RK-G129を使って接続しますが
 UniversalDockよりも
 フォーカルポイントコンピュータのdin SIK-IP-000002から
 SONY RK-G129に繋ぐとさらに高音質ですが
 SIK din for iPod.jpg
 http://www.focal.co.jp/product/detail.html?id_product=92

 ただし
 UniversalDockの際の様にUSB電源アダプタで給電しながらの再生は出来ません)

そもそも私は
 Yoshii9 に出会う前から
 秋葉原を何十年も徘徊し続けるオーディオマニアでしたので(笑)
 CDプレーヤーについても
 やれ、トランスポーターは、どうするか…
 やれ、D/Aコンバータは、どうするか…
 やれ、クロックジェネレーターは、どうするか…などと
 本業のヴァイオリンと楽弓の価格を超えることはないものの
 本業のヴァイオリンと楽弓の価格の1/10程度の金額にはなる装置にまで
 探求の範囲を広げていましたが
(とはいえ考えてみれば
 それでも、マンションくらいは簡単に買えてしまえる計算になりますが(笑))

それほど高額なCDプレーヤー群…といいますよりも
それほど本格的なCDプレーヤーとて、上述の方法で聴くiPod の前には惨敗で

私が行きつけのヴァイオリン店でも

 私が上述の方法でiPodの音を店内スピーカで再生すると
 そのお店の社長さん以下全店員さん方が驚き
 その場で購入が決まり

私が行きつけのヴァイオリン工房の職工の方も
 私が上述の方法でiPodを再生すると
 驚きのあまり「それを買います」と仰られ
 翌日には買いに出かけられたほどです。

などと書きますと
「あんなオモチャみたいな装置の再生音に驚くほど
 ヴァイオリン弾きや
 ヴァイオリン店の社長や店員や
 ヴァイオリンの職工は、耳が悪いのか?」と思われる方も居るかもしれませんが
 それは大きな誤りです。

そもそも
 長年に渡り海外から楽器を買い付け販売して信用を築いて来た店の
 社長や従業員が、良い音が判らないはずがなく
さらには
 日本を代表する名奏者が集う名工であるとともに
 自ら大変なオーディオマニアとして
 オーディオマニアならば誰もが知る垂涎の的である一流機器を取り揃えている
 ヴァイオリンの職工が、耳が悪いはずがありません。

これは
ひとつには
 iPodに付属しているイヤフォンは
 かつての製品よりは改良が加えられ
 数千円程度のイヤフォンよりは高音質とはいえ
 必ずしも最良の音とはいえないのに対して
 上記の再生の場では、いずれも相当本格的な再生機器に接続していたこと以上に
ひつには
 CDのデータを取り込むiTunesの設定が
 各種圧縮ファイルではなく
 WAV44.1kHzエラー訂正ありで取り込んだデータをiPodに入れ
 http://shyouteikin.seesaa.net/article/324088346.html

 (iTunesの画面で、編集→設定→詳細→インポートと選び
  iTunesの最新版は編集→設定→一般→インポート設定と選び
  インポート方法において、WAVエンコーダを選び
  設定において、カスタム サンプルレート44.100kHzと選択し
  その画面上で
  オーディオCDの読み込み時にエラー訂正を使用するにチェックを入れる
  という設定のことです)

そしてさらにiPodとAV機器の接続に際しては
 iPod のヘッドフォン・ジャックから接続するのではなく
 UniversalDockや既出のdin SIK-IP-000002を使いLineOutから接続し
接続ケーブルとしては
 各種ケーブルや高級ケーブルなどではなく
 むしろ
 こちらのページでも書いています様に
 http://shyouteikin.seesaa.net/article/129742623.html

 こちらの
 SONY RK-G129でつなぐと波形の乱れが少ない良い音がします。
 http://www.ecat.sony.co.jp/avacc/cord/acc/index.cfm?PD=1749

この様な設定・接続にすることで
CDプレーヤーの場合は
 CD盤面の情報の一発撮りであるために
 CD盤面の情報の読み落としが発生した分は、読み返しがかけられず
 CDプレーヤー側が補完するのに対して
iTunesの上記の設定であれば
 CD盤面の情報に対して、直接再生してしまうのではなく
 まず一旦PCのHDD上に読み込むリッピング動作において
 より正確にCD盤面の情報が読み込める様で
 それをiPodに移行した音は
 CDプレーヤーよりも高音質で聴ける…等々

色々な説明を見聞きし
この様な原理説明に対しては

 やれ、CDプレーヤーはレッドブックという規格なので、その通り…ですとか
 やれ、CD盤面情報の読み落としなど、ごく僅か…ですとか
 やれ、CDのトランスポーターからの読み出し音も差が無い…ですとか
 やれ、iTunesのエラー訂正は、本当にCD盤へ読み返をしているか?…ですとか
 やれ、その様な設定でiPodを実際に聞いてみたものの、音が良くなかった…等の
色々な意見も見聞きしましたが
そうした感想の一部については
 iPod のヘッドフォン・ジャックからLineを取ってしまっていて
 UniversalDockやその他の接続ケーブルを使った
 LineOutからの再生であれば解決する場合もあることを
 ご存知ないが故の誤解によるものでありそうなケースもあるのですが

基本的には
 そうお書きになられていらっしゃる方が
 ほんとうにその様に設定されてみて、なお
 ほんとうにその様に「iPodの音は良くない」と感じていらっしゃるらしいことに
 私もいまだに「どうして、その様にお感じになるのだろう?」と判らないほど
 既述の様に

 iPod←iTunesWAV44.1kHzエラー訂正あり←CD

 それを
 UniversalDockやその他の接続ケーブルを使ったLineOutから
 SONY RK-G129で接続して聴く音のほうが
 いかに安価・シンプルなポータブルのCDやDVDプレーヤーでの再生は勿論 
 いかに高額・高度なCDプレーヤーでの再生音よりも
 はるかに高音質であることは
 べつにYoshii9 につなぐ…ということではなくとも
 私において可能な限りの再生機器での比較・試聴において
 聴感上、紛れも無い事実であると私は感じています。

(なお「エラー訂正」といいましても

  PCであれCDプレーヤーであれ、ドライブが有するエラー訂正の機能と
  iTunesがソフトとして有するエラー訂正の機能は、全く異なるものであり
  iTunesがソフトとして有するエラー訂正の機能は
  CD-DAを読み込む際に、少しずつ重複して読み込むことでズレが無い様に
  チェックする機能であるので
 CDプレーヤーでの読み込みデータも
 iTunesでの「エラー訂正」ありの読み込みデータも
  データの違いは生じることがなく
  データの違いとは別の聴感上の問題として、事実音質が異なるため
 私はiTunesで

 「エラー訂正」=「オーディオ CD の読み込み時にエラー訂正を使用する」
  の機能にチェックを入れ、その機能を使っています)

そして
既述の様な
 今にして思えば詐欺商法にひっかかっていた…とまでは言いませんが(笑)
 お金の無駄使いであった
 各種CDプレーヤー関連機器への浪費から解放されただけではなく
 CDプレーヤーなどでCDを聴いていると

 ひとつには、細かいニュアンスが再生されないために、音楽的センスが鈍感になり
 ひとつには
 主音としての音程は合ってはいるものの
 倍音としての成分が乱れているために、器楽演奏上においては有害なレベルで
 音程感覚が悪化するといった
 音楽学習上有害な、悪魔の機械と縁を切るべく
 iPodのその様な素晴らしさ
 iPodをその様な素晴らしい音で聴ける方法を示唆いただけた由井社長には
 今でも深く感謝しています。
(私が「示唆」と書きましたのは
 当時は東京・南青山にタイムドメイン社の試聴室があり
 そこで由井社長に初めてお会いした際に
 由井社長は、私との会話の中で、私が一定のオーディオマニア(笑)と判断されると
 iPodのその様な設定や原理については一言もお話しになられず
 (きっと、その様な言葉の説明では、にわかには信じないと
  お考えになられたのだと思います)
 ただ単にiPodをYoshii9 につなぎ
 そこから流れる圧倒的な高音質ぶりに私が驚く様を見て
 笑っていらっしゃるだけでいらしたからですが
 その様な試聴の機会を与えていただけた日のことは
 今でも昨日のことの様に鮮明に覚えています)

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

けれども私は
もはや
 iPodは、移動中の車中で
 BOSEのノイズキャンセリング・ヘッドフォンQuietComfort2で聴くことはあっても
 iPodを、Yoshii9 に繋いで聴くことは、今は全くありません。
(ノイズキャンセリングとは
 音楽以外の周囲の雑踏の喧騒などをヘッドフォンに内蔵されたマイクが拾い
 それを逆の波形に生成し音楽信号と交ぜて流すことで
 結果的に
 音楽以外の周囲の騒音だけが打ち消されて聞こえる仕組みです)
 BOSE QuietComfort2.JPG
(ちなみに
  数あるノイズキャンセリング・ヘッドフォンの中でも標記の製品は
  ノイズキャンセリングの性能としては他に優れた製品もあるものの
  総合的な音質の観点では、その様な移動中の車中で聴くには最良の製品で
  同じBOSEの
  QuietComfort3が、いかにもBOSE的な誇張に満ちた音であるのに対して  
  QuietComfort2であれば、そうした傾向も幾分かは少ないことも
  私が移動中にそのヘッドフォンで聴いている理由のひとつです
 また

  BOSEのノイズキャンセリング・ヘッドフォンQuietComfort2に使用する乾電池は
  こちらのFUJIFILM単4リチウム電池で聴く音がもっとも高音質でしたし
  FUJIFILM LithiumFR03 4B.JPG
  http://fujifilm.jp/personal/supply/battery/lithium002.html
  http://shyouteikin.seesaa.net/article/96937294.html 
 
 さらに
  下記にも書きました様に
  http://shyouteikin.seesaa.net/article/63501104.html

  AV機器自体の電源ケーブルや各種ケーブルにフェライトコア・クランプをつけると
  音質が変化してしまいますが
 (具体的には力感が減少してしまいますし
  何より
  Yoshii9 での聴取に際しては
  Yoshii9 一流の克明でありながら自然な音場感という再生が損なわれます)
  QuietComfort2の接続ケーブルについてのみは
  フェライトコア・クランプのやや大きめのサイズのものを選び(NF-59S)
  http://www2.elecom.co.jp/cable/accessory/nf-s/index.asp

  フェライトコア・クランプにケーブルを8重にも巻きつけることで
  更に明瞭な音で聴くことが出来ていましたが
 (フェライトコア・クランプを開いた状態で左右夫々に4重に巻き
  閉じ合わせることで8重に巻きつけることが出来ます))
  FerriteCore.JPG

 ただし現在は
  下記ページにも書きました様に
  http://shyouteikin.seesaa.net/article/102259371.html
  より圧倒的なノイズキャンセリング効果のある
 SONY MDR-NC500D で聞いていますが
  既述の様に
  フェライトコア・クランプのAV機器自体のケーブルへの装着は避けるべきですが
  こちらもYoshii9 ではないので
  フェライトコアクランプ装着による音質の変化・音場感の喪失感は極めて軽微ゆえ
  むしろiPodからのノイズの遮断の有効性に鑑みて
  こちらの接続ケーブルのみはフェライトコア・クランプに8重巻きにしています)
 MDR-NC500D.jpg
 http://www.sony.jp/products/headphone/special/mdr-nc500d_report/index.html

いえ
既述の様に

 CD→iTunes→iPod

 ただしiTunesの画面で、編集→設定→詳細→インポートと選び
 インポート方法において、WAVエンコーダを選び
 設定において、カスタム サンプルレート44.100kHzと選択し
 その画面上で
 オーディオCDの読み込み時にエラー訂正を使用するにチェックを入れる
 そして
 iPod のヘッドフォン・ジャックからLineを取るのではなく
 UniversalDockやその他の接続ケーブルを使いLineOutから音を採り
 SONY RK-G129を使って接続する…という方法で聴けば
 どれほど本格的なCDプレーヤーとて、iPod の前には惨敗です。
ですから
通常の音楽鑑賞ということであれば、それで十分だとは思います。

しかしながら
 更なる高音質を追求してしまう私としては
 iPodを、Yoshii9 に繋いで聴くことは、今は全くありません。
何故ならば
 iPodとYoshii9 の接続方法を、いかに工夫してみたところで
 iPodの設定自体についても、 いかに新しい方法を導入してみたところで
 構造上は勿論のこと
 聴感上も、決して超えることの出来ない「壁」としての限界が存在することに
 気付いてしまったからなのです。

それは決して
上掲の写真にある
 2006年9月に発売された
 iPodの80GBモデルの製品が
 今から思えば、近年のモデルとしては最高峰の音質であったのに比べ
 2007年9月に発売された
 iPod classicの音質が
 明らかに精彩を欠く音質になってしまった…ですとか
あるいは
 2007年9月に発売された
 iPod touchならば
 それに比べて高音質
 などという問題ではありません。
iPodには
その構造上、音質面で限界があることに気付いてしまったのです。

では
iPodの、その様な音質面での限界とは?
 それについては
 次項で詳しく書いています。
 http://shyouteikin.seesaa.net/article/129279700.html

そして
それでは私は
 何で…といいますよりも
 どうやって
 CDを聴いているのか?
これについて順次書いていこうと思っていますが
 これについては複数の項目になるので、少しずつ掲載していくつもりですが
 これについて掲出することで
 このブログの2つめの項目で書いた様に
 http://shyouteikin.seesaa.net/article/106520852.html

ひとつには
 「CD<LP」(LPのほうが音が良い)と言われていたのが
 実は
 ある方法で再生すると

 「CD>LP」(CDのほうが音が良い)となることや

ひとつには
 「Win<Mac」(マッキントッシュのほうが音が良い)といわれていたのが
 
実はある方法で再生すると

 「Win>Mac」(ウインドウズのほうが音が良い)となる再生方法ついてなども
 お判りいただけると思っています。

 (なお
  Macでの試聴感については、こちらに詳しく記述しました
  http://shyouteikin.seesaa.net/article/65905723.html

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

なお       
 Yoshii9 は、本格的なオーディオ機器での電源ケーブル数本分程度の価格ながら
 Yoshii9 は、買って来て、ポン!と置くだけで相当素晴らしい音がしますし
 Yoshii9 は、何につないでも良い音を聴かせてはくれますが
 http://shyouteikin.seesaa.net/article/137025338.html
 http://www.timedomain.co.jp/product/yoshii9.html
 http://www.timedomain.co.jp/craft/craft_tuneup.html
 http://www.timedomain.co.jp/listen_room/td_keihanna.html
 Yoshii9.jpg

まずは
 Yoshii9 自体を
 01/58 〜 10/58 で更に高音質化しつつ
さらにPC関連では
 11/58 〜 24/58 で
 「Win<Mac」(マッキントッシュのほうが音が良い)と言われていたのを
 「Win>Mac」(ウインドウズのほうが音が良い)と出来たこと以上に
 (なお
  Macでの試聴感については、こちらに詳しく記述しました
  http://shyouteikin.seesaa.net/article/65905723.html

何よりPCオーディオにおいて遂に
 25/58 〜 35/58 で

 「CD < LP」(LPのほうが音が良い)と言われていたのを
 「CD > LP」(CDのほうが音が良い)という状況に至ることのできた

全体のまとめは
こちらのページに一覧として掲げてあります。
http://shyouteikin.seesaa.net/article/242159169.html

https://web.archive.org/web/20130312141851/http://shyouteikin.seesaa.net/article/63516831.html

▲△▽▼


2008/12/6
最強のオーディオ・・・iTunes  
https://green.ap.teacup.com/applet/pekepon/msgcate11/archive

■プロケーブルの音

「プロケーブル」というネットショップをご存知でしょうか?
従来のオーディオ理論を覆す方法論で、
一昨年あたりからネットを賑わすオーディオショップです。

実は私もオーディオにずいぶんと散財した挙句に
プロケーブル仕様に落ち着いた一人です。

詳細はプロケーブルさんのサイトに譲るとして、
プロケーブルの面白かった所は、
2チャンネルや個人のブログを巻き込んだ賛否両論の一大実験が、
驚異的なスピードでのトライ&エラーを繰り返して、
プロケーブル・システムを進化させた点です。

サイトの記述内容に技術的な誤謬も多く、
詳しいオーディオマニアの方は、音を聞く前に
その誤りを指摘して、駄システムであると決め付けてしまいますが、
我が家のプロケーブル・システムは総額35万程度で、
以前使用していたカミサンには言えない金額のシステムを軽々と凌駕しています。

この秋、大阪の日本橋にプロケーブルのショップもオープンして、
ようやく実音も聴けるようになり、
プロケーブル論議も、ある結論に至ると思われました・・・。

先日、私も大阪に出かけた折にその音を聴いてきました。
ある程度、予測された事ですが、ジャズ喫茶の音がしていました。
高域のレンジが狭く、ダンゴ状態の音。

私があえてブログでプロケーブルを取り上げたのは、
プロケーブルの機材や方法論がもたらす音が、
あの程度だと認識されたく無いからです。

■オーディオの最大の問題点は録音にある

プロケーブルさんが世の中に知らしめた事の中で、最も重要な事は、
録音される国によってスタンダードなケーブルが異なり、
当然録音バランスが違う・・・という事です。

オーディオマニアは良く原音・原音と言いますが
実は原音なんて、どこにも無いんです。

クラシックを除けば、ポピュラー系のソースは
その時代の最も一般的なシステムで最も良く聞こえるバランスで録音されています。

60年代ジャズは、フルレンジや2ウエイのナローレンジ向け。
70年代、80年代ロックは大型システムが普及しただけに、比較的良いバランス。
90年代以降のはラジカセやミニコンポ向けの音。(ドンシャリ)

これを、なまじ広帯域でフラットバランスのシステムで再生すると、
単なる録音バランスのチェックになってしまいます。
優秀録音以外、まともに聴ける訳がありません。
それをシステムが悪いと思って、調整するから
ますます泥沼にはり、どんどん高価なシステムやケーブルを購入してしまいます。

例えば、アメリカ録音とイギリス録音のロックは
年代が同じでも大分違います。
ベルデンとカナレの違いが音に出てしまうのです。

LPの時代は、カートリッジを交換すれば、
こういった録音の違いを相殺する事が出来ました。

しかし、CDの時代がもたらした、再生環境の均質化が
むしろ、録音の違いを顕にし、
オーディオマニアを無間地獄に突き落としたのです。

■iTunesのイコライザーで全ては解決

本家、プロケーブルはこの問題をケーブルの選択と
マルチ駆動によるドライバーとウーファーの独立した
音量調節で解決しようとしています。

しかし、それはなかなか面倒ですし、システムも複雑になります。
さらに、ユニットの帯域内での微調整が出来ません。
結果的に、過剰気味の高域を抑えようとしてドライバー全体の音量を絞ってしまうので
12KHz辺りから上の倍音成分が不足して、
ジャズ喫茶の音になてしまうのでしょう。
中域が厚いので、一聴するとリアルで迫力がありますが、
音はダンゴ状になて、繊細さや軽やかさを失います。

しかし、iTunesのプリセットイコライザーを活用すれば
録音バランスの問題を簡単に解決する事ができます。

iTunesのプリセットイコライザーをは、
いくつかのイコライジングカーブを自作して名前を付けて記憶する事ができます。
さらに、曲毎、アルバム毎に、プリセットを関連付ける事が出来ます。
この機能を活用すれば、アルバム毎の録音バランスの問題を
簡単にキャンセルする事が出来ます。

さらに、再生システム自身やルームアコースティックの影響も低減できます。

アナログのグラフィックイコライザーは位相の乱れを生じますが、
デジタルでは位相の問題は発生しません。
ビット落ちの懸念もありますが、それも極く高い帯域の問題ではないでしょうか。

例えば、古い録音時代のJAZZをは当時の中域主体のシステム用に録音されています。、
それを、現在のワイドレンジシステムで再生すると逆に中域が薄くなって
迫力が無くなってしまうのです。
又、高域も低域も延びきっていないので、無理に再生すると、
レンジの狭さが強調されて、詰った音に聞こえてしまいます。
そこで、中域を盛り上げ、低域と高域にちょっとスパイスを効かせて
イコライザーカーブを作ります。
すると、あら不思議。
JBLやALTECの世界が現れます。暑く、迸るようなJAZZが再生されます。


TIME盤のソニー・クラーク・トリオは
ブルーノート盤に比べてナローで詰った録音ですが、
上手にイコライジングしてあげると、
途端に生き生きとした迫力ある演奏に豹変します。

「鬼才トリスターノ」は1オクターブ低く録音して、早く再生して録音という
とんでもなくトリッキーな録音で、無機質な音を作り出していますが、
これも、問題無く再生できます。

ビートルズを始めとするブリテッュロックの録音は、
通常胸焼けのするような、まったりとした再生音が特徴ですが、
(LPはクラシック用の高域が伸張したカートリッジでスカ!と決まります)
これもブリティッシュロック用のイコライジングカーブで
切れのある迫力の再生音を実現できます。
ドラムもスカ!!、ドスッ!!と決まりいますし、
ギターもカリ!!とした音を出してくれます。
正に、ライブの音です。

クラシックに関しては、大体良い録音ですが、
38cmの小型のPAスピーカーでは不足する125Hz以下の低音を増強すれば
オーケストラはコンサート会場の迫力で迫ってきます。


■位相制御にも活用

私はiTunesのイコライザーは位相制御にも使えると思っています。
ALLEN & HEATH のDJミキサーには3バンドか4バンドのイコライザーが付属します。
このイコライザーの位置によって、音楽が生き生き聞こえるポイントがあります。
低域をやや絞り、中、高域やや上げてあげます。

これは、スピーカーであるForce-iの各ユニットの
クロス付近の位相特性を整えているのでは無いかと思っております。

当然、再生バランスに影響を与えますので、
この分のバランスの変異も予めiTunesのイコライザーでキャンセルします。

■ラウドネス効果を無視して何が原音か?

さらに我が家はマンションですから、再生音量は小さめです。
当然、耳の生理的特性で低音と高音が低下して聞こえます。

原音再生を目指すオーディオマニアは、イコライザーを嫌いますが、
実用的な音量ではむしろ耳自体にフィルターが掛かっている訳ですから、
むしろイコライザーなりラウドネスを通した音の方が遥かに原音に近い訳です。

iTunesのイコライザーはラウドネスを兼ねる事も当然可能です。

■高価な外付けイコライザーはいらない

AD変換→デジタルでイコライジング→DA変化といった手順を踏む
高価な外付けイコライザーもありますが、
不要なAD変換、DA変換を経由するよりも
デジタル演算だけでイコライジングする方が
音に関する悪影響は少ないはずです。

又、ituneseのイコライザーは曲やアルバム毎に最適にプリセット出来るので、
単なるルームアコースティックの調整だけでは無く、
録音状態による影響もキャンセルできる点だけでも数段優れています。


■プロケーブル・システムの真価

プロケーブル・システムの真価は次の点です

@大口径で高効率のスピーカー
 高効率なスピーカーは微細な音を漏らさず再生します。
 又、音離れが良く、軽やかな音も良く表現します。
 
 38cmウーファーは、イコライザーに良く反応してローエンドが伸びて行きます。
 バスレスポートで無理に作った低音で無いので、
 イコライザーの懸かり方も自然でクセがありません。

A高ダンピングファクターのアンプ
 高いダンピングファクターのアンプは音が窮屈になるとも言われていますが、
 高能率スピーカーとの組み合わせでは生き生きした音を聞かせます

Bスピーカーケーブルは短くして高いダンピングファクターを維持
 結局、ダンピングファクターの高いアンプを使っても、
 スピーカーケーブルを何十mも伸ばしたら、ダンピングファクターは真空管アンプ並み。
 聴きやすくはなりますが、ハイスピードなドラムの音は絶対に聴けません。

 高域の上昇を抑える為には、錫メッキの太いより線が有効。
 私はウエスタン・エレクトリックの14Gを2.5mで使用。
 ウエスタンのケーブルは高域がしなやかで、なんとも言えない音の微粒子感があります

Cパワーアンプに入力ボリューム装備
 ミキサー(プリアンプ)を最適ゲインで使用出来、
 伝送経路での信号ロスを最小限に抑える事が出来ます。
 結局、微弱信号はなるべくレベルを落とさないでパワーアンプ直前の
 ボリュームまで到達させる事がどんなに大事か再認識します。
 (ピュアーネスを追求してプリアンプの代わりにパッシブアッテネーターを用いると
  悲惨な音になるのはこの為)

DALENN & HEATH のDJミキサーをプリアンプとして活用
 プリアンプの名機は数える程しかありません。
 ALLEN &HEATH の音は、フォノイコライザーも含め、
 プリアンプの名機と肩を並べるものがあります。
 ALLEN無くして、プロケーブルシステムは有らず。

EiTunesは是非プリセットイコライザーを活用して
 一度コツを掴んでしまえば、もう手放せません。
 イコライザー無くして音楽再生は有らず。

F200Vとダウントランス
 アース管理された200V電源の安定感は格別です。
 トランスですから、電源のアイソレーション効果があるのでは?

以上が私が考えるプロケーブルシステムのコアです。

さらに、iTunesのバージョンによても、
Windowsのバージョンによっても音はガラリと代わります。

私はiTunesはバージョン7.6.0.29が音がしっかりしていて好きです。
WindowsXPはSP2はまともですが、SP3は悲惨でした。
ここら辺、何が原因か分かりませんが、
安易なバージョンアップは音のバランスを崩します。

さらに、PAスピーカー(EVのFoce-i)のスピコン・プラグは百害あって一利無し。
多分、電力伝達能力が低いのでしょう。
低音が無くなってしまいます。
ネットワークにスピーカーコードを直接半田付けで
全く別のスピーカーに生まれ変わります。

ついでに、ドライバーの保護用ランプは百害あって一利無し。
低い抵抗値のランプが直列でドライバーの直前に入っています。
端子式なので簡単にパスできます。

以上、長々と書いてしまいましたが、
興味の無い方には、何が何だかチンプンカンプン。
それで良いのです。
オーディオの世界は底無沼です。
これを読んで分かってしまう方は、沼に落ちないようにお気をつけ下さい。
https://green.ap.teacup.com/applet/pekepon/msgcate11/archive



▲△▽▼


2009/6/6
iPodを侮るなかれ
https://green.ap.teacup.com/applet/pekepon/msgcate11/archive


最近は秋葉原はアニメオタクの街になってしまいましたが、
私が学生の頃は、オーディオの専門店が沢山ありました。
大学生になるとオーディオセットを揃えるのが夢でした。

そんな青春時代を過ごしたオヤジの現在のオーディオがこれ。
サブシステムですが、PC用としては結構良い音がします。

■iPodを侮るなかれ■

ソースは何とiPodです。
iPodって実は侮れないんです。
同じ音をCDプレーヤーで再生しようとすると、
もしかすると100万円を越えてしまうかも知れません。

ウッソーとお思いかも知れませんが、
私はWADIAのDAコンバーターを使用していましたが、
iPodをオーディオに繋いだ瞬間売り払いました。

バッファーから読み出される信号を、最短距離でDAコンバーターに送り込み、
それぞれが同じクロックで作動するメリットは絶大です。

デジタル信号の最大の敵はジッターという時間的揺らぎです。
高価なCDプレーヤーやDAコンバーターはジッターをいかに抑えるかが技術の鍵です。

ところが、iPodはモーターの様な駆動部がありません。
ハードディスクモデルも殆どメモリーから再生していて、
モーターが回転している時間は一瞬です。
電力消費を低減させるアイデアがジッターの低減に寄与しています。

さらに、ピックアップやモーターの回転をサーボで制御する必要もありません。
これも電源を揺さぶる要因から開放されています。

そして、最大のメリットはバッテリー駆動である事。
オーディオの電源は電源の揺らぎの無いバッテリー駆動が理想です。
バッテリー駆動は、電源からのノイズの混入とも無縁です。

高級CDプレーヤーが100万以上を費す対策を、
iPodは1万円くらいで出来てしまっています。

■WADIAが認めたiPodの高性能■

日本のオーディオ屋さんは、「iPodなんてオモチャですよ」って切り捨てていましたが、
アメリカ人は合理的で、良いものは良いと認めるようです。
高級CDPの専門メーカーのWADIAがiPodをトランスポートとするシステムを発売してしまいました。

DACはWADIA製で高価ですが、
従来50万以上していたトランスポートをiPodで代用してしまいました・・・。
WADIAの魅力は、輪郭の明確な揺ぎ無い低音ですが、
CDトランスポートよりもiPodの方がジッターが無いのでWADIAの理想とする音になるのでしょう。

これには、専業オーディオメーカーは参ってしまいます。
しかし、将来的に音楽ソースがネット配信に置き換わって行く事を考えると、
CDというフォーマットがかつてのアナログレコードのような立場になります。
WADIAの選択は、実は将来を考えれば、正しい判断です。

■非圧縮ファイルの実力■

iPodに音楽を転送する時、あるいはiTunesに音楽を取り込む時、
ファイルサイズを節約する為にMP3など圧縮ファイルを選択する事が一般的です。

しかし、iPodの実力を発揮する為には、
ファイル形式は非圧縮のWAVファイルが必須条件です。
CD一枚で1Mくらいのファイルサイズになってしまうので、
ハードディスクの容量を浪費しますが、現在の大容量のハードディスクなら、
1000枚程度のCDも入ってしまいます。

非圧縮ファイルで、質の良いヘッドホンでクラシックを聞いてみて下さい。
iPodの高性能に驚愕する事必至です。


■高音質の為のケーブル■


さて、こうして高音質の再生環境が簡単に手に入りました。
ネットでは、「iPod内蔵のアンプは低音質だから、
音楽信号はiPodのヘッドホン端子からオーディオに繋いでも低音質」という人も居ます。

騙されたと思って、BELDENの88760というマイクケーブル使用してみて下さい。
密度の高い、素晴らしい音がします。
私は秋葉原でケーブルを購入して、ノイトリックの端子で自作しましたが、
ネットで評判(賛否両論ですが)の、プロケーブルのネット通販で、
5000円くらいで手に入ります。
https://green.ap.teacup.com/applet/pekepon/msgcate11/archive



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2011/10/16
日曜の午後は優雅にJAZZなど聞きながら・・・最新技術でレトロを再現する  オーディオ
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■ デジタルオーディオの薦め ■

80年代、90年代に青春時代を過ごした男子ならば、
オーディオセットに大枚を叩いた経験があるでしょう。
かつて日本のオーディオ機器は、世界を席捲しました。

AKAI
AIWA
Aurex(東芝)
DENON
DIATONE(三菱)
KENWOOD
Lo−D(日立)
MARANTZ
Nakamichi
ONKYO
PIONEER
SANSUI
SONY
TEAC
Technics(松下)
YAMAHA
Victor

さらに
OTTO(サンヨー)
OPTONICA(シャープ)


こんな小さな国に、結構規模の大きなオーディオ・ブランドが
ひしめいていたのです。

■ プラザ合意と日本製品 ■

日本のオーディオーメーカーが世界ブランドになったのは
1970年代後半からではないかと思いますが、
これは、日本車が世界市場に受け入れられていく時期と重なるかと思います。

かつて1ドル360円だった為替レートは、
1971年のニクソンショック以来円高になり、
1985年プラザ合意で、240円から一気に120円となりました。
そして、現在は1ドル80円代が当たり前の時代となりました。

1) 360円時代・・・戦後、繊維産業が輸出産業として外貨を稼ぐ
2) 240円時代・・・1970年代前半までは、鉄鋼・造船・化学が輸出産業として成長
3) 120円時代・・・自動車、電機産業が輸出を延ばす
4)  80円時代・・・材料・部品 (円建て輸出も多い)

これはイギリスやアメリカの経済成長の歴史ともリンクしますし、
現在のアジアの経済成長の姿とも被ります。

■ 戦後は米英、その後は日本、そしてアジアへ・・ ■

プラザ合意後で日本のオーディオと自動車は明暗を分けます。
自動車は実用品的価値を持つので、ある意味、
コストバリューが適当であれば、売れます。

アメリカではプラザ合意後の日本車は、決して安い車ではありませんでした。
サニーやカローラーだって、アメリカでは外車です。
それでも故障の少ない日本車は、アメリカで人気がありました。

大柄のアメリカ人が、体を畳む様にして、
ちょっと年代物の日本車に乗っている光景を良く目にしました。


一方、オーディオは嗜好品でありステータスシンボルです。
ライフスタイルの変化と共に、オーディオの需要は変化をします。
かつては大型のオーディオセットを所有する事は男のロマンでしたが、
現在はiPodやiPhonにその座を奪われてしまいました。
或いは、大型TVとホームシアターに変化したとも言えます。

戦後の経済成長で、最初にオーディオを楽しむ余裕が生まれたのは米欧でした。
アメリカにもヨーロッパにも色々なオーディオメーカーが誕生しましたが、
ガレージメーカーが多いので、新旧のメーカーが目まぐるしく入れ替わりながら、
全体のパイとしては、どんどん縮小しています。

日本はさらに衰退が激しく、80年代に全盛を極めた大手メーカーは、
今ではラジカセかホームシアターシステムをメインに生産しています。
(一部高級オーディオも残っていますが、趣味みたいな規模です)

一方、新興国では、ちょっとしたオーディオブームが発生している様です。
シンガポールでちょっとオーディオ店を覗いてみましたが、
BOSEと並んで、アジアの名前は知らないけれども、
デザインも造りも悪く無いシステムが販売されていました。
(もしかすると、欧米でデザインしてアジアで生産かも知れません)

■ 「質より量」が生きている新興国市場 ■

SONYはアフリカやインドなどの市場に力を入れている様で、
それらの国では圧倒的なブランド力を維持しています。

それらの国では未だに「質より量」の文化レベルなので、
スピーカーユニットが沢山付いていて、低音がガンガン出るシステムが売れる様です。
ちょっと大型のミニコンポを想像すると良いかも知れません。

■ オーディオ機器からPCへ ■

一昔前なら、コンピューターのデータを再生するデジタルオーディオは
オーディオファンからは冷たい目で見られていました。
デジタルノイズだらけのPCからは、良い音は得られないと思われていたのです。

ところが、1千万円もする高級オーディオに
iPodを繋いでみた人が現れました(外人)
マークレビンソンというメーカーの数百万円するCDシステムと聞き比べると・・・
何と、iPodの方が音が良いように感じてしまったのです。

このオーディオ記者のレポートがサイトに載ってから、
ジワリ、ジワリと、PCを音源にするデジタルオーディオが浸透し始めました。

■ 高音質を再現できなかったCDプレーヤー ■

CDは1980年代のオーディオ全盛期に、
高音質を売り物に、華々しくデビューします。

それまでレコードしか聞いた事が無かった人々は、
針音のしない「無音の曲間」や、「クッキリした音」にビックリしました。
「これがデジタルの音なんだ・・・」と。

ところが、アナログレコードのマニアは根強く残りました。
彼らは「CDの音は何か変だ」と主張します。
「サンプリングレートが44KHzなので、
20KHz以上の可聴域以上の音が再生出来ないのが原因だろう」
そうオーディオメーカーの開発者も考えました。

ところが、サンプリングレートを高くした高音質CDも
やはり「何かが違った」のです。

アナログレコードの音を追い求めて、
CDの読み取り部分ーとDAコンバータ部分を別々の機材に分けたり、
CD読み取り部を鉄の塊で固めて防振を徹底するなど、
だんだんとアナロぐレコードの様なアプローチが試みられるようになり、
最後には100万を軽々と越える鉄の塊の様なCDプレーヤーまで出現しました。

■ ジッターというデジタル揺らぎ ■

一方で「ジッターと呼ばれるデジタル特有の時間的な揺らぎが音を濁す」と主張する人も居ました。

CDプレーヤーのピックアップ(光学読み取り部)は、
振動などの外乱に抗してサーボ(調整)を掛けながら、
微細な音楽信号(ピット)を読み取るっていきます。
この時、サーボによる電圧変動がCDのクロック信号を乱す為に、
クロックのタイミングに微細な時間変動が生じる事が確認されています。
クロックのタイミングの揺らぎは、ジッターと呼ばれ、
音質に影響を与えると考えられています。

現在でも、測定すらも難しい微細なデジタルの時間変動が、
どうして音質に影響するのかは、正確には解明されていません。

■ ローテクでジッターを減らしていたフィリップス ■

CDの開発者はフィリップスとソニーです。

直系12cmのCDを東京ドームのグラウンドの大きさにすると、
CDのピックアップがデジタル信号の溝(ピット)をトレースするスピードは、
マッハ4の速度で砂粒を数え上げる事に等しいと言われています。

ちょっとの揺れでも、ピックアップは砂粒の列を見失ってしまいます。
その為にCDプレーヤーは絶えず溝の真ん中にピックアップが来る様に、
ピックアップを制御し続けています。

SONYなど日本のメーカーは技術力が高かったので、
ピットの真ん中と左右をトレースする3本のレーザービームの反射光の出力差を
サーボ回路に瞬時にフィードバックしてモターを駆動し、
ピックアップが絶えずピットの中心をトレースするという技術を生み出しました。

一方、フィリップスは3ビームの技術が開発出来なかったので、
何とレコードプレーヤーのアームの様なスイングする機構の先端に、
ちょっと「おもり」を付けたピックアップを搭載しました。
何と、外的振動を重さで吸収してしまおうというローテク作戦だったのです。

さらに初期のフィリップスのDAコンバーターは、
CDの16Bitのうち14Bitしか処理で出来ませんでした。

ところが明らかに技術的に劣るフィリップスのCDプレーヤーは音が良かったのです。
日本のメーカーがデンドン、シャリシャリと今思えば拷問の様な音を出していたのに対して、
フィリップスのCDプレーヤーの音は「まろやか」で「弾力に富み」
それでいて「絹の様な肌合い」の音を出していました。

永年アナログレコードに慣れ親しんだ、耳の肥えたファン達は、
フィリップスのメカニズムが搭載されたCDを買いました。

日本のメーカーはスペック重視ですから、
エラーの発生率をピックアップの優劣と考えていました。
ですから強力にサーボを効かせてトレース精度を高めていましたが、
その結果、サーボによる電圧変化が電源からクロック信号に周り込んで、
悲惨な音を作り出していたのです。

一方フリップスはレコードメーカーでもあったので、
徹底した視聴でCDプレーヤーを作り上げたのでしょう。
その結果、トレース制度が落ちてもサーボが弱い方が音が良い事に気付いたのでしょう。
そこで彼らは「重り」という慣性重量をサーボの変わりに用いたのでしょう。

■ iPodは音が良かった ■

CDの音を汚すのは「ジッター」の存在では無いかと気付いた海外の技術者達は、
実にスマートな方法でジッタを解決していきました。

元々、レコーディングスタジオでは、デジタル機器間のクロックの同期を取る為に
精度の高い外部クロックを使用していました。
正確なクロックが機器の誤動作を防ぎ、音質向上に繋がる事は常識でした。

これらの事実を知る技術者達が、クロックとバッファーメモリーを搭載した
小さなDAコンバーターを開発し始めました。

CDからのデジタル信号を、一旦バッファーメモリーに貯め、
メモリーの読みだ出しと、DACのチップを同じクロックで動作させたのです。

2000年頃、日本の若いオーディオファンは住宅事情もあって、
高級ヘッドホンで音楽を楽しんでいました。
DAコンバーターとヘッドホンアンプを合体させたヘッドホンアンプは、
「音が良い」と評判になり、若者達に浸透して行きます。


■ 光ケーブルこそが音質を損なっていた ■

ところが、私はどうもこれらの製品の音も馴染めませんでした。
なんだか、音がクッキリし過ぎてウソクサイ・・・。

これらの機器の音楽信号はPCから取り出す場合が多かったので、
多くの機器では同軸ケーブルか、光ケーブルでDACとPCを繋いでいました。

光ゲーブルは、PCとオーディオ機器との間のアースを切り離せるので、
PCのデジタルノイズがアース経由でオーディオに混入する事を防げる為、
オーディオ的には最適と考えられていました。
・・・しかし、「光ケーブルは音が悪い」と言うオーディオマニアは沢山いました。

これは光ケーブルの内部の乱反射によって、クロックのタイミングがズレル事が原因とも、
「電気 - 光」、「光 - 電気」という複雑な変換が原因とも言われています。
「電気 - 光」、「光 - 電気」でデータにエーラーが生じては、光通信は成り立ちませんので、
私は原因は前者のクロックの揺らぎにあると思っています。
光ファイバーの内部反射で、デジタル信号のエッジが鈍るので
ちょっとした電圧の変動でも、時間的揺らぎは大きくなってしまうのでしょう。
要は、光ケーブル接続は「ジッター」が大量に発生するのです。

■ さらにUSBケーブルでも音質は劣化していた ■

最近のデジタルオーディオ機器にはUSBケーブルを用いる物が多いのですが、
実は最近になってUSBケーブルは70cmを超える長さになるとエラーが増える事が分かって来ました。
ハードディスクやプリンターの接続に便利なUSBケーブルですが、
コンピューターの接続では、エラーチェックを常時しながら、
信号がやり取りされますので、
ケーブルの長さによるエラーの増大は、通信時間の差となって表れますが、
データーに損傷は起こりません。

ところが、オーディオフォーマットのUSBケーブル転送では、
PCはデータを送りっぱなしという方式を取られています。
USBケーブルは70cm程度まではエラーが少ないそうですが、
それを過ぎると、エラーの発生率が増大します。

CDの書き込みデータは、非常にエラーに強い変換方法が採用されていますが、
PCから出力される音楽データは時系列のデータですから、
エラーには弱くなっています。
当然、補完によるエラー訂正が頻発する事が予想されます。

■ ジッター解決の最適解であった、iPod ■

ここで先に紹介した「iPodは数百万のCDプレーヤーよりも音が良かった」に戻ります。

iPodはPCからデータ通信で、内臓HDか内蔵メモリーにデータを転送します。
この転送は当然コンピューター間のデータ転送ですからエラー訂正され、
iPodには正確なデジタルデータが転送されます。

次にiPodは携帯プレーヤーですからHDのデータは随時メモリーに記憶され、
そこから再生する事で、振動などによるHDの読み込みエラーを防止します。

バッファーメモリーの吸い上げられたデータは、DAコンバーターに送られますが、
メモリー駆動用のクロックと、DAコンバーター動作用のクロックは同一です。
さらに、iPodは小さいので、クロックとメモリーやDAC間の配線は最短の長さです。
ですから、外的要因による時間揺らぎは、ほぼ発生しません。

この様な理由から、何とiPodは理想的なCDPの要件を満たしていたので音が良かったのです。

■ 昔のAppleには音の分かるエンジニアが居た ■

しかしiPodの素晴らしいのはそれだけではありません。

ヘッドホン出力用のアナログ回路の音が良いのです。

国産のMP3プレーヤーはドンドン・シャリシャリという音がしていましたが、
iPodの音は「ふくよか」で「弾力に富」、「なめらか」な音でした。
専用イヤホンも、帯域を欲張らずに、中域を厚く再生します。

これは生演奏の音を良く知っている技術者が開発に携わっていたからだと言われています。

■ iTunesこそが最高のプレーヤーだった ■

iPodは音が良くないと言われる方の多くは、
iTunesにCDなどの音源を録音する際に、データを圧縮して取り込んでいます。
その方が、iPodに大量の音楽が入るからです。

ところが、iPodに取り込む時、非圧縮のWAVデータやACCデータで取り込むと、
iPodから聞こえる音は激変します。
特にクラシックなどでは情報量が圧倒的に増えて、弦が滑らかに再生されます。
(ロックやポップスでは圧縮音源の方が、低音の輪郭がはっきりしてノリが良いです)

しかし非圧縮データはデータサイズが大きいので、
iPodに大量のデータを格納する事が出来ません。

そこで、PCのiTunesから、直接音楽信号を取り出そうとする試みが為されました。
PCのサウンドボードかUSB音楽プレーヤーを使用するのが一般的です。

Appleから「Airmac exples」という小型の無線LANのターミナルが発売されています。
何と、このAirmacにはDAコンバーターが内臓されるのです。
PCから無線LANで音楽信号を飛ばし、Airmacで受信した部屋で好きなように音楽が聴ける
そんな目的で造られた商品ですが、これが思いの他、便利だったのです。

AirmacにはUSB入力とLANケーブルの入力もあります。
さらに、ヘッドホンジャック(ミニピンジャック)と光デジタル出力まで付いています。

始めにAirmacに注目した人達は、無線LANと光出力で、
PCとオーディオの間のアース回路を完全に分離出来る事に着目しました。
PCからのデジタルノイズを、オーディオ機器と分離する手段としたのです。
彼らはAirmacの光出力を、高額なDACのデジタル入力として活用しました。

ところが、Airmacのミニピンジャックの出力を、直接オーディオに繋いで見ると、
iPodよりも、厚い音がして、アナログファンを唸らせてしまった。

さらに、無線LNAでは無く、LANケーブルでPCと繋いで、
接続の設定をちょっと細工してあげると、
データ転送エラーは発生しない事が分かってきました。

(Airmacの表示LEDを緑色点灯さる事がミソ。

 1) AirmacとPCをLANケーブルd接続する
 2) Airmacの管理ソフトを立ち上げる
 3) 無線LNAをオフにする
 4) AirmacのIPアドレスを手動で入力する
    IPアドレスは、管理ソフト立ち上げ時に表示しあれたアドレス。
 5) IPアドレスの自動取得をオフにする。 
 この手順で、Airmacの「緑色点灯」が確立出来ます。)


■ Airmac Expres は高音質なのでは無く、低音質だから良い ■

ここまで読むと、Airmac Expres は高音質だと思われるでしょう。

実は逆です。
Airmac Expresは実は音質が悪いのです。
先ず、上限のレンジが狭い。
さらに、左右のチャンネルのクロストーク(音の混入)が多いのです。

「なんだ、全然ダメダメじゃん」とお思いでしょう・・・。

いえいえ、これこそがアナログの音なのです。
アナログレコードは1本の溝に左右の信号を刻んでいます。
当然、左右のチャンルは音が混ざり合います。(これをクロストークと呼びます)

さらに、レコード針が樹脂のレコードに溝を引っかきながら音を再生するので、
歪みを低減する事は、根本的に困難です。
ところが、レコードの音は、人の耳には自然に聞こえます。
これは「生音」と同じ肌合いの音・・・そう言い変える事も出来ます。
ですから生のコンサートに足を運ぶ人程、レコードファンが多いのです。
(1/f揺らぎが自然な歪みだとか、
 偶数次の歪みは、人間を心地よくさせるという説があります)

私も経験的に、イギリスの小型アンプなど、クロストークの多いアンプは、
充実した音がする事を知っています。
さらに、左右のスピーカーを重ねて設置すると、
ステレオの音場こそ消失しますが、
生の演奏会に近い音の勢いが得られる事も経験していました。

ですから、Airmac Expresの音の良さは、
アナログ的な歪みの多さと、クロストークによるものでは無いかと思っています。

さらにはジッターという、人間の聴覚ではどうしても不自然に感じる
ノイズ元が無い事も大きいでしょう。

■ 崩壊する録音環境 ■

オーディオマニアはイコライザーの使用を嫌います。

「レコードやCDには生の音源が入っているのだから、手を加えるのは言語同断」という
原音至上主義の方達が多くいらっしゃいます。
最高の録音であれば、良い音源は優れた再生音を生み出してくれます。

ところが実際には「録音」は千差万別です。
クラシックでも酷い録音は存在しますが、それでもバランスは取れています。

これが、80年代以降のロックやポップスやJ-POPSでは悲惨な録音状態です。
CDの登場によってオーディオ機器は小型化し、ラジカセ全盛の時代になりました。

CDを購入する多くの人々が、ラジカセで音楽を聴くので、
当然、録音スタジオではラジカセで格好良く聞こえる様な録音をする様になります。

ミキシングスタジオから大型スピーカーが消え、
YAMAHAの10Mという、白いウーファーの小型スピーカーが大増殖して行きました。
ラジカセは大型スピーカーの様には低音が出ませんので、
ミキシング時に低音を思い切り持ち上げて録音される様になりました。
さらには、小型スピーカーではあまり聞こえない重低音は、
管理されていないような録音も現れ始めました。

80年代前半のアナログレコードに時代までは、
それでも多くの人が大型のオーディオスピーカーを使用していたので、
録音はそれを考慮して、まともなバランスを保っています。

しかし、90年代以降はPOPSやROCKはそれこそ「悲惨」な状況です。

■ 曲毎、アルバム毎にイコライザーカーブをプリセットできるiTunse ■

イコライザーを使用すれば、部屋の音響特性と録音バランスを補正できるのですが、
録音バランスの違うCDにあわせてその都度イコライザーを操作するのは面倒です。

しかし、iTunseには、曲毎にイコライザーを設定する機能が付いています。
iTunesにプリセットされているイコライザーは、派手な演出でクソですが、
iTunseはバンド数が少ないながらも、自分で複数のイコライザーカーブを作って登録できます。

もう、これを使ってしまったら、病み付きになります。
古いジャズも、最新のロックも、最適なバランスに調整する事が出来ます。

■ ルームアコースティックを機材で調整する愚 ■

私は先日、コンクリートにクロス直貼りのマンションから、
ボード貼りのマンションに引越しました。

コンクリートにクロス直貼りの部屋では、低音がだぶ付いて始末に負えませんでした。
iTunseのイコライザーが無ければ、大型スピーカーは絶対に使えません。
ところが、ボード貼りの部屋では、ボードが丁度良いアンバイに低音を吸収してくれます。

これが、木造の和室では、今度は低音が不足するかも知れません。

このようなルーム・アコースティックの違いを機材で調整する事は至難の業ですが、
イコライザーでは比較的容易に調整できます。

■ 大型スピーカーの衰退 ■

AMラジオの様なフルレンジの小型スピーカーは
高音も低音も出ませんが、ストレスの無い聞きやすい音がします。

今な無き長岡鉄夫というオーディオ評論家は、
小さなフルレンジユニットを使って、高効率の自作スピーカーを発表し続け、
一部のオーディオマニアから神的な扱いを受けていました。

長岡鉄夫のファンはらはオーディオマニアと言うよりは、音楽マニアが多く、
高効率のスピーカーからは、生きた音楽が聞こえる来る事を知っていました。

一方、所謂オーディオマニアはJBLのマルチユニットのモニタースピーカーなどに嵌りますが、
これは上手く鳴らす事が非常に難しいシステムで、まともに鳴らした人は少ないでしょう。

大型のマルチユニットではユニット間の繋がりで、周波数特性が乱れ、
さらには日本人はタンスの様な巨大スピーカーを6畳間に押し込んだりしていましたから、
ユニット間の音が混じる事も無く、音場再生などという概念もハナから無視していました。

一時期、録音のワイドレンジ化に伴って導入されたJBLのマルチモニターは、
その後、UREIの同軸2ウェイユニットにその座を奪われます。
ホーン先端の青色のスポンジも鮮やかなUREIのモニターは、
同軸2ウェイ故に、音の繋がりも良く、大型ながら音場再現にも優れていました。

JBLはその後、2ウェイのモニターシステムに移行すると同時に、
UREIを買収して、UREIモニターを市場から消し去りました。(アメリカ人の発想ですね)

ところが、時代はラジカセの時代になり、
大型モニターは少なくなり(当然、楽器個々の録音確認には使用されますが)、
YAMAHAの10Mが大増殖し行きます。

■ 小型スピーカーブーム ■

1985年頃だと思いますが、イギリスのセレッションというメーカーが
SL600という小型密閉方スピーカーを発売します。
(マーシャルのギーターアンプのスピーカはセレッション製です)

SL6という、中級スピーカーのユニットはそのままに、
箱の共振を抑える為に、航空機に用いられていたアルミのハニカム材を
エンクロージャーに用い、レーザー解析で振動を最適化するという
現代的スピーカー設計の原型とも言える製品でした。

SL600は鳴らし難いスピーカーとして名を馳せました。
非力なアンプでは全く鳴らないのです。
ところが、マークレビンソンなどアメリカの純A級のパワーのあるアンプで鳴らすと豹変しました。

スピーカーの存在が消え、そこであたかも演奏していうかの様な空間が生まれたのです。

■ 地獄の一丁目、小型低能率ワイドレンジ・スピーカー ■

SL600の登場までは、スピーカーの効率は90dB以上はありました。
ところがSL600以降は、80dB程度の効率しか無いスピーカーが続々と登場します。

低音が出難い小型のスピーカーなので、
低音の効率に、システムの効率を揃える事で、帯域のバランスを確保したのです。

さらに小型スピーカーで低音を得る為に、ウーファーのユニットは重くなり、
さらに強力な磁気回路の中に設置されました。

これでは、非力なアンプでは、ウーファーから逆流する電流に押されて
まともな再生が出来ません。

さらに、ハイパワーでウーァーを叩き出さなければ、音に勢いが生まれません。

NFBを最小に抑えながらも、出力インピーダンスを小さくして駆動力を稼ぐ為に、
現代の高級アンプは、出力段のトランシスターを多数並列にして、
スピーカーの駆動力を確保しながら、低インピーダンスに対応しました。

小型低能率スピーカーの登場は、アンプの巨大化と高価格化をもたらしましたが、
住宅事情から、大音量の出せない日本のオーディオマニアの多くは、
結局、スピーカーとアンプの実力を出す事なく、買い替えを繰り返していきました。

(この時代のパワーアンプの最高傑作が、初期型KRELLのKSA50やKSA100でしょう。
 2Ωまでを楽々と駆動しながら、繊細で力強く、さらにマッタリとクリーミーな味わい。
 しかしながら、陽炎が立つ程の発熱と、月の電気代が3000円アップに耐えなければなりません。
 エコを目指し、クラーの無い我が家では、半年で売りに出されました。

 でも、人生で最後に聞きたい音を挙げろと言われたら、
 私は間違い無く「初期型のKSA50の音を聞きたい」と答えます。
 スピーカーは・・・SL600・・・いや、APOGEEのフルリボンか・・・)

■ 小型スピーカーが悪いわけでは無い ■

小型スピーカーの先鞭を付けたセレッションですが、
SL3という非常に鳴らしやすい小型スピーカーを発売していました。
今でも実家で使っていますが、FMラジオを聞き流すには最適なスピーカーです。

SL3の上位機種の、SL600の原型であるSL6も素晴らしいスピーカーでした。
小型密閉型のスピーカーですが、低音も結構出たので、
これをどう料理するかが、鳴らす人の腕の見せ所でもありあました。
LINNの黒箱に繋いで鳴らすと、弦楽器は張りがあって、艶やか、躍動感一杯に鳴ります。
又、この組み合わせの、ビートルズは絶品でした。
アメリカのスピーカーでは鳴らし難いビートルズですが、
イギリスのスピーカーとアンプの組み合わせでは、生き生きと鳴ります。

最近ではKEFFのiQ3などは、とても良く出来たスピーカーです。
DALLIのロイヤル・メヌエットも、音楽がとても楽しく聞こえるスピーカーです。

これらの小型スピーカーを使っている内は、オーディオマニアも幸せで居られます。
高音がどうの、低音がどうのと、細かい事も気になりません。

■ 38cm小型2ウェイという選択肢 ■

ご存知の方も多いと思いますが、名古屋のProcableという通販ショップが、
iPodやiTuneのオーディオ活用に一役買いました。

ホームページが強烈なので、アンチ・プロケーブルを量産しましたが、
そこに書かれている事は、技術的には間違いも多いのですが、
結構、従来の常識を外れると、楽しいオーディオライフが返って来る事を証明しています。

先ず、高効率スピーカーを使う事。
問題はほとんどコレで解決します。
生き生きとした音楽が聞こえてきます。

38cmのPAスピーカーを推奨しているので、
私もエレクトロボイスの「Foce i」という比較的小さなPAスピーカーと、
クラウンの25Wの小型アンプD45を購入してみました。

これが意外と素性が良いのですが、
38cmと言えども箱が小さいので低音が出ない。
小型スピーカーよりも低音は少ないのでは無いでしょうか?

ただ、103dBという高効率スピーカーなので、
25Wのアンプで軽快に鳴ります。
とにかく、ドラムなどの音の立下りは早い。
ロックのドラムが、パッシっと決まるのは快感です。

低音を出す秘訣は・・・
私はスピーカーケーブルをステージ用の端子を用いずに
スピーカーのネットワークに直接半田付けしたら、低音のバランスが取れました。

ネットワークとユニットの間も、スピーカーケーブルと同じケーブルで半田付け。
多分、半田の適度な抵抗が、スピーカーに丁度良い負荷になったのではと考えています。
(某サイトでは、電線(Fケーブル)を何百メートルも使ってバランスを取る人も居ましたが、
 単に、それって抵抗じゃなイカ?)
昔からJBLなどの大型SPに抵抗を繋ぐと鳴らしやすいというウワサは聞きます。

因みにスピーカーケーブルはウェスタンエレクトリック社の14Gという錫メッキ線です。
高域が適度にシャラシャラして、ホーンのキツサを抑えてくれます。
クラシックまで聞こうとするならば、錫メッキ線は便利です。

ALLEN&HEATHというイギリスのDJミキサーをプリアンプ変わりに使うと、
帯域を程よく真ん中に集めてくれて、さらにALLENマジックとも言える
独特の艶と響きが加わって、ちょっと手放せなくなります。

使いこなしのミソは、とにかくミキサーで音を絞らずに、
パワーアンプのボリュームで絞る事。
ミキサーのLEDインジケーターはオレンジがチョコチョコ点滅するくらいが、
音が生き生きします。

結局、一般のオーディオでは、パワーアンプに入力する前で
音楽信号を絞ってしまうので、SN比も落ちてしまいますし、
微小信号を扱うプリアンプが、理想的な動作範囲で再生出来ていない事が良く分かります。

■ iTunseはVer7.6 , Windows Xp はSp2 がベスト ■

さて、なんでオーディオの話を長々と書いたかと言うと、
一昨日、出来心で、iTunseのバーションを10.3に上げてしまったのです。

色々なバージョンを試した結果、Ver7.6以降は、中域が薄く、
CDプレーヤーの様なすっきりした音になるのは分かっていましたが、
Appleがあまりに執拗にバージョンアップを薦め、
とうとうiTunseストアーにも入れななくなり、
iTunseの操作画面の下半分もバージョンアップの広告に占拠されるという
Appleのイヤガラセに、とうとう根負けしてのバージョンアップでした。

ところが、何と今度はXPのサービスパック2ではiTunesの10.3は外部スピーカーに音だし出来ない。
XPのサービスパック3は、やはりスカスカの音になるので、
オーディオ用のPCは、苦労してSP3をSP2に戻していました。

結局、HDを一台買い足して、オーディオ用にXPのSP2環境とiTunseのver7.6を再構築する事に。
これが、バックアップファイルを流すだけでは上手く行かず、
結局一晩かけて、ようやく先程、アナログの様なふくよかな音が戻って来ました。

その感動が、ここまで長文を書かせる原動力でしたが・・・そろそろ指が痛いです。
では、秋の夜長を、ビルエバンスの枯葉でも聞きながら・・・。
https://green.ap.teacup.com/pekepon/551.html#comment


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最高の音を一番安く手に入れる方法 _ パソコンの iTunes ファイル + プリ機能付き DAC + フルレンジスピーカー
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/1002.html

プロケーブル社長は音楽も音も全くわからないパラノイアのカルト教祖
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/987.html

プリアンプに金をかけなさい
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/1027.html


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CD プレーヤーは進歩しているのか? 
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/842.html

CD/SACDプレーヤーからPC・ネットワークオーディオへ
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/854.html

滅びゆくSACD
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/1030.html

CD 専用プレーヤー EAR Acute Classic _ ティム・デ・パラヴィチーニの世界
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/853.html


http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/858.html#c64

[近代史3] シベリウス 『ペレアスとメリザンド』


ジャン・シベリウス 『ペレアスとメリザンド』(Pelléas et Mélisande)



Jean Sibelius, Pelléas et Mélisande incidental music, Op 46



1. At the Castle Gate
2. Mélisande
3. At the Sea
4. By a spring in the park
5. The three blind sisters
6. Pastorale
7. Mélisande at the spinning wheel
8. Entr'acte
9. The death of Mélisande


Lilli Paasikivi, mezzo-soprano
Solveig Kringelborn, soprano
Ellerhein Girls’ Choir
Estonian National Male Choir
Estonian National Symphony Orchestra
Paavo Järvi, conductor


▲△▽▼


Sibelius - Pelléas et Mélisande, Op 46 - Beecham - YouTube


Royal Philharmonic Orchestra
Sir Thomas Beecham, conductor


Live recording, London, December 1955


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Sibelius “Pelléas et Mélisande” Herbert von Karajan • Berliner Philharmoniker, 1982



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Berglund
Bournemouth Symphony Orchestra


Pelléas and Melisande (Suite) , Op. 46: I. At the Castle Gate (Grave e largamente)


Pelléas and Melisande (Suite) , Op. 46: II. Mélisande (Andantino con moto)


Pelléas and Melisande (Suite) , Op. 46: III. At the Seashore (Adagio)


Pelléas and Mélisande (1997 Remastered Version) : No. 4: A Spring in the park



Pelléas and Mélisande (1997 Remastered Version) : No. 5: The three blind sisters


Pelléas and Melisande (Suite) , Op. 46: No.6 Pastorale (Andantino pastorale)


Pelléas and Mélisande : No. 7: Mélisande at the spinning wheel


Pelléas and Mélisande : No. 8: Entracte


Pelléas and Mélisande : No. 9: The death of Mélisande


▲△▽▼
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『ペレアスとメリザンド』(Pelléas et Mélisande)は、ジャン・シベリウスが1905年に作曲した劇付随音楽および管弦楽組曲(作品46)。今日ではもっぱら組曲が演奏される。


劇付随音楽
モーリス・メーテルランクの戯曲『ペレアスとメリザンド』は1893年にパリで初演された。この戯曲はベルテル・グリペンベリ(Bertel Gripenberg)のスウェーデン語訳によりヘルシンキでも上演されることになったが、その付随音楽の作曲がシベリウスに依頼された。


シベリウスは1905年1月にベルリンから帰国後、交響曲第3番の作曲とヴァイオリン協奏曲の改訂を中断して作曲に取り組み、2月中旬頃にはほぼ作曲が完了した。


劇の上演は1905年3月17日、ヘルシンキのスウェーデン劇場で行われ、シベリウス自身が音楽を指揮した。その後15回の公演が行われたが、そのうち数回の指揮も自身が行っている。


劇付随音楽として書かれたのは、7曲の前奏曲と間奏曲、2曲のメロドラマ、1曲の歌曲である。


管弦楽組曲
劇の上演後、シベリウスは付随音楽を8曲からなる組曲に編曲した。その際、原曲とは曲順の入れ替えなどが行われている。


編成


フルート(ピッコロ持ち替え)、オーボエ(コーラングレ持ち替え)、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、ティンパニ、大太鼓、トライアングル、弦五部


構成


全曲は約27分である。括弧内は各曲の原題をスウェーデン語、フランス語の順に記載する。


第1曲「城門にて」(Vid slottsporten / Devant la porte du château) 第1幕第1場への前奏曲。
第2曲「メリザンド」(Mélisande) 第1幕第2場への間奏曲。
第3曲a「海辺にて」(På straden vid havet / Devant la château) 第1幕第4場のメロドラマ。
第3曲b「庭園の噴水」(En källa i parten / Une fontaine dans le parc) 第3曲aから続いて演奏される。第2幕第1場への前奏曲。
第4曲「3人の盲目の姉妹」(De tranne blinda systrar / Les trois sœurs aveugles) 第3幕第2場で歌われる歌曲。組曲では独唱のパートがクラリネットに置き換えられた。
第5曲「パストラーレ」(Pastorale) 第3幕第3場への間奏曲。
第6曲「糸を紡ぐメリザンド」(Mélisande vid sländen / Mélisande au rouet) 第3幕第1場への前奏曲。
第7曲「間奏曲」(Mellanaktsmusik / Entr'acte) 第4幕第1場への間奏曲。
第8曲「メリザンドの死」(Mélisande död / La mort de Mélisande) 第5幕第2場のメロドラマ。


なお、「パストラーレ」までを第1組曲、「糸を紡ぐメリザンド」以降を第2組曲とする出版譜も存在する。


その他の編曲
「3人の盲目の姉妹」は独立した管弦楽伴奏およびピアノ伴奏の歌曲としても出版された。その際、元のフランス語歌詞の版も作られている。「間奏曲」はヴァイオリンとピアノのための小品として「ガヴォット風」という題名で出版された。この他、ピアノ独奏や連弾、ハルモニウムとピアノなどのための編曲として、様々な構成の組曲に編曲された。ただし、これらの中にはシベリウス自身の手によらない編曲も含まれている。


備考
スウェーデン語は今日でもフィンランドの公用語の1つであるが、長らくスウェーデンの支配下にあったフィンランドでは、少なくともこの時代にはまだ、文化面ではフィンランド語に対してある意味で優位に立っていた。


シベリウスも母語としてスウェーデン語を話す家庭に育っており、また歌曲の多くをスウェーデン語の詩に作曲している。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9A%E3%83%AC%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%81%A8%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%B6%E3%83%B3%E3%83%89_(%E3%82%B7%E3%83%99%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9)

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/944.html

[近代史4] シベリウス

シベリウス

シベリウス 『ペレアスとメリザンド』
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/944.html

http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/459.html

[近代史3] シベリウス 『ペレアスとメリザンド』 中川隆
1. 中川隆[-13038] koaQ7Jey 2020年3月05日 12:04:46 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[496]

クラシック音楽 一口感想メモ
ジャン・シベリウス(Jean Sibelius, 1865 - 1957)
https://classic.wiki.fc2.com/wiki/シベリウス


20世紀を代表する作曲家の一人。冷たく厳しい冬を連想させるような曲が多い。
交響曲作家のイメージが強いが、交響詩の方が分かくて印象的な曲が多いのでお勧めである。

交響曲

クレルヴォ交響曲 ホ短調 op.7
3.8点
5楽章80分近い長大さで独唱と合唱付きという初期の大作。長いが、初期らしい輪郭が明確で力強い骨太の音楽であり、流れに身を任せて楽しく聴ける非常に魅力的な作品。緊密ではない代わりに、広大な大地を旅するような開放的な大きな音楽に胸が膨らむ。伝説的叙事詩の物語の中に一緒に入って体験出来るような感覚になれる。そんな独自な曲だが、シベリウスらしさはバッチリ。

交響曲第1番 ホ短調 op.39
4.0点
既に重要な交響詩を完成してからの作品なので、1番にしてなかなかの完成度と魅力である。1楽章の熱血、2楽章の厳冬期のような壮大な氷の世界、3楽章は動物達が大地で活動しているような野性味、4楽章はさらに壮大。いずれも印象的で素晴らしい。

交響曲第2番 ニ長調 op.43
3.5点
1番より晦渋。野太くて熱い血潮を感じるが、茫洋とした感じも強い。成熟に向かう過渡期的な作品であり、4楽章は確かに分かりやすいが、この曲がシベリウスの交響曲の中で一般的に一番メジャーなのはあまり納得できない。もちろんいい曲ではあるが。

交響曲第3番 ハ長調 op.52
3.5点
2番と似たような感じだが、純度の高い後期に移行し始めていて、2番の熱血が控えめになり後期の純美の世界がたまに顔を覗かせる。2楽章が聴きやすい。全体には茫洋としていて分かりやすくないが、交響詩のような描写的な場面も時々あるので、ずっとよく分からないまま曲が続くことにはならない。

交響曲第4番 イ短調 op.63
3.5点
描写的な場面がほぼ無い。晦渋な心理的描写が続く。従って親しみやすさは全然無いのだが、荘厳さや大自然の厳しさなどのシベリウス音楽の特質の上に立った心理描写なので、音の世界に浸る楽しみがある。雰囲気は暗いのだが、陰鬱ではなく、薄い光の中をさ迷う感じ。

交響曲第5番 変ホ長調 op.82
4.0点
明るく平明な雰囲気は前作とは大きく異なる。50歳記念の祝典の為の曲であり祝典的だが、シベリウスの曲はそれ程明るくは無いが。1楽章は溜めに溜めて爆発的明るさ持っていくような曲。3楽章は眩しい陽光を浴びて、草木も育っていき、心が晴れ晴れとするような感じ。

交響曲第6番 ニ短調 op.104
4.0点
宗教的な奥深い精神性や教会的な響きとそれまでのシベリウスが培った大自然の描写力や骨太さが合わさった曲。前半は分かりやすくないが聴きごたえがすごい。後半は耳につくフレーズが増えて分かりやすくなるし、充実感は前半同様にある。

交響曲第7番 ハ長調 op.105
4.0点
長尺の1楽章制ならではの陶酔や儀式的な雰囲気はこの曲ならでは。純粋さや宗教的な雰囲気が推し進められている。素敵な体験を提供する曲だが、ただし、曲が終わった後に曲のメロディーを思い出そうとしても何も思い出せない不思議な曲でもある。


交響詩

レンミンカイネン組曲(4つの伝説曲) op.22
交響詩『レンミンカイネンとサーリの乙女たち』 op.22-1
3.3点
伝説の雰囲気がカッコいい。曲が18分と長すぎて冗長であり段々飽きてくる。とはいえ、素敵な格好良さに浸りながら聴けるので、聴いた後の印象は良い。

交響詩『トゥオネラのレンミンカイネン』 op.22-2
3.0点
非常にカッコ良くて長めであるにも関わらず飽きないが、メロディーに主張がなく雰囲気だけで曲が成り立っており、まるで映画音楽のようである。

交響詩『トゥオネラの白鳥』 op.22-3
4.0点
川を渡る白鳥を表した曲。イングリッシュホルンのメロディーは透明感がすごい。命の儚さと輝きに満ちておりあまりにも美しい。ロマンティックの極みであり、心を虜にされてしまう。

交響詩『レンミンカイネンの帰郷』 op.22-4
3.0点
躍動感があって格好良いが、曲の展開は平板に感じた。とはいえ、短く引き締まった曲なので締めの曲としては聞きやすい。


その他

交響詩『エン・サガ』 op.9
3.8点
18分程度という長さながら、充実した低音域の演出するゾクゾク感と、古代の伝説に想いを馳せるようなロマンティックなメロディーにうっとりとしているとあっという間である。かなり楽しめる。

交響詩『森の精』 op.15
3.3点
初期らしい骨太さと描写力が魅力の交響詩。中間部から終わりまでの展開は、SF映画のように不思議な世界を冒険しているような感覚で聴けてゾクゾクする。やや洗練度が低い感じはあるものの、マイナー曲にしては魅力的な力作。

交響詩『春の歌』 op.16
3.0点
喜ばしい春が訪れた大自然の壮大さが現されている。しかし音楽に洗練度が足りず発展途上の印象。メロディーの魅力がそこそこであり、管弦楽にも関わらずあまりにも多声的でなくずっと伸ばした音で伴奏をしているのが気になった。

交響詩『フィンランディア』 op.26
3.5点
シベリウスで一番有名な曲との事だが、シベリウスっぽくない。愛国心を鼓舞する熱気につつまれた音楽であり、高揚感と愛国心が見事に表現されたフィンランディア讃歌のメロディーもあり、聴き映えはするものの、極寒の厳しさなどの特色は出ていない。

交響詩『森の精』 op.45-1
3.0点
前半は断片的なフレーズで神秘的な情景を描いた曲。それが段々とリズムを持ってきて、独特の神秘的な舞踏性を帯びて、また元に戻る曲。複数部分のつなぎ方が面白い。

舞踏的間奏曲 op.45-2
2.8点
間奏曲として、コンパクトにまとめられている。シベリウス独特の、奥ゆかしさのある舞踏曲の愉しみがあるものの、やや平凡だと思う。

交響幻想曲『ポホヨラの娘』 op.49
3.0点
伝説をテーマにしておりストーリーがある力作ではあるが、起伏が激しく無骨な感じで甘さに浸れないため、音楽についていくのが大変である。

交響詩『夜の騎行と日の出』 op.55
3.0点
前半の執拗な動機の繰り返しはあまり面白くない。後半のメロディーは魅力があるが、他の交響詩のように伝説をテーマにしなかった代替となるほどの何かを感じない。

交響詩『吟遊詩人』 op.64
3.8点
前半はずっと静謐であり、ハープの悲しい調べが素敵。後半にぱっと世界が広がるが、やはり前半の雰囲気を引きずっており、元に戻って終わる。ロマンティックで甘美の情念の世界に浸れる。

交響詩『ルオンノタル』 op.70 ※ソプラノ独唱付き
3.3点
女声の独唱が入った交響詩。伴奏はいかにも交響詩であるため、歌が入っていても分類として違和感はない。力強い独特の歌のメロディーは面白いし、伴奏は伝説的な雰囲気で他の交響詩と同様の魅力がある。

交響詩『大洋の女神(波の娘)』 op.73
3.5点
古代ギリシャを想起させること、音によるイメージの詩的表現でありパンチが効いた場面はなく柔らかい表現が続く点で、ドビュッシーを連想する。海と女神のイメージが美しく見事に表現されている。

交響詩『タピオラ』 op.112
3.5点
緻密な構成の最後の交響詩で、交響曲の最高傑作ともいわれる。しかし、深い神秘的なもやのかかったような曲であり、かなり難解に感じる。交響曲7番とよく並べて語られるが実際印象は似ている。自分が深く理解力できるのはまだ先になりそうだ。

劇音楽

『カレリア』序曲 op.10

『カレリア』組曲 op.11
3.5点
劇音楽からの抜粋。ワーグナーの影響を感じる。普通に良い曲だが、独創的という感じはしない。3曲目は行進曲風の楽しい気分になれる小品でなかなか良い。

組曲『歴史的情景』第1番 op.25
3.5点
3曲あるが、どれも英雄的な勢いがあり気持ちよいし、表情の明確さと、シベリウス独特の伝説的な響きがあり、楽しめるものになっている。名曲というほどではないにしても、構成は充実しており一本調子ではなく、聴いてよかった、楽しかったという満足感や充実感がキッチリとある。

『悲しきワルツ』 op.44-1
4.0点
劇音楽《クオレマ》の中の1曲。死の病床の場面で夢の中の踊り子と踊る曲だそうだが、上品で複雑な和声を使った陰影や静と動のバランスが絶妙である。短調で悲しみ一辺倒の曲ではない。非常にセンスの良い小品。

『鶴のいる情景』 op.44-2
3.0点
大自然の厳しさを感じさせるワンシーンという感じの短い曲。中間の何度も繰り返される複雑な和音が印象的。

『カンツォネッタ』 op.62a
3.8点
伝説的物語のような響きによる、物悲しい哀愁がたまらない。似たメロディーが例えばチャイコフスキーなら甘くなってしまい、ドボルザークならボヘミア的田舎臭を発するところ、シベリウスが書くと極寒により厳しい環境のなかに生命の息吹を宿すことで洗練されて、ロマンティックで素敵になるから面白い。

『ロマンティックなワルツ』 op.62b
3.3点
シベリウスのワルツには独特の味がある。決して分かりやすく明るくパッと心が開放されないまま、心の中にそっと楽しさを残しておくようなワルツ。雰囲気は良い。

その他管弦楽曲

組曲『歴史的情景』第2番 op.66
3.0点
素晴らしい描写的な作品群の中にあって、この曲はやや地味で描写力や主張が弱いと感じる。あまり感動的ではなかった。しかし、彼の管弦楽曲のファンならば聴いて損がない程度には楽しめると思う。

協奏曲

ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 op.47
4.5点
1楽章が素晴らしい。厳しくカッコいいヴァイオリン独奏が自由奔放に暴れまわるような趣でありながら、緊密で交響的であるという困難な事を実現している独創的な楽章。壮大で極寒の世界を想像させる音楽も凄い。曲の真ん中にあるカデンツァも効果的。

2楽章は柔らかくいメロディーが美しくて感動する。
3楽章は雪の中で行われる宴のよう。ノリが良くて楽しい。

ピアノ曲

6つの即興曲 op.5

ピアノ・ソナタ ヘ長調 op.12
3.0点
初期シベリウスの骨太で民族的な魅力、シベリウスの多楽章の曲の魅力を十分に持っていて案外楽しめる。聞いた感じではピアノ書法は確かにあまり洗練されていないようだが、聴きにくい訳ではないため、メロディーや和声の雰囲気を楽しむ分にはあまり問題ない。

3つのソナチネ op.67
2.3点
最初は全く理解出来なかったが、ロマンティックなシベリウスの管弦楽の響きを頭で補完しながら聴いてみたら少し良さが分かった気がした。とはいえ、正直なところ管弦楽曲のような素晴らしさはあまり感じない。独特の音楽世界の片鱗を楽しめるのみである。

10の小品 op.58
3.0点
シベリウスらしい、交響詩で存分に見せているロマンティックな伝説的な雰囲気を、ここでもピアノに翻訳して見せている。名曲というほどの作品はないが、瞬間的な美しさや素敵さはどの曲にもある。ただし、他の作品集にも共通するが、ピアノ書法がぎこちないので10曲も聴くと疲れてしまう。

5つの小品 op.85
3.0点
花の組曲と呼ばれていて、花の題名が各曲についている。1から2分の短い曲ばかり。聞きやすく可愛らしさのなかに小さな命の美しさを表していて詩的であり、シベリウスならではの儚い美しさでなかなか感動できる。

5の小品 op.101
3.0点
ロマンティックで明快ではあるが、壮年らしい鎮静の世界で懐の深さを持った小品が並んでいる。懐かしい気分になる場面が多いが、それだけでなく新しい事にチャレンジする精神を併せ持っている気がする。

5の小品 op.114
3.3点
シベリウス最後のピアノ作品集。独特の茫洋とした音の塊が生み出す美の世界は、分かりやすいロマンティックさとは違うが、心を掴む他にはない独特の魅力がある。北欧の極寒が心を鍛えるとこうなるのだろうか。ピアノ書法は最後まで十分な洗練には至らなかったが、この独自世界に到達したことは充分な業績だと思う。

室内楽曲

弦楽四重奏曲 変ロ長調 op.4(1890年)

弦楽四重奏曲 ニ短調「親しき声」 op.56(1909年)
3.3点
シベリウスらしい晦渋な難解さである。分かりやすいメロディーはほとんど登場しない。あまり室内楽っぽくなくて、交響的な響きの充実が志向されていると感じる。内容は盛りだくさんであり、切れ目なしに演奏される5つの楽章で扱われる楽想はダイナミックに展開し、聞き所を多く提供している。晦渋すぎて十分に理解できないと思いつつも、なんとなく心を惹かれるものがあるから、やはり魅力的な曲だと思う。交響曲に準じる大作と言っていいだろう。木管の柔らかい色彩がないため、骨太でモノクロの原石からシベリウスの魅力を削りだしたような音楽である。

https://classic.wiki.fc2.com/wiki/シベリウス
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/944.html#c1

[リバイバル3] ハイエンド・スピーカーの世界 中川隆
142. 中川隆[-13037] koaQ7Jey 2020年3月05日 12:22:30 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[497]

スピーカーの歴史


1) 蓄音機・電蓄と劇場用 PAスピーカー

@ 蓄音機

・ Victor Talking Machine Company Victrola Credenza (1925)
・ HMV HMV203 (1930)

▲△▽▼

A 電蓄(All Electric Phonograph)

・ アメリカ ジェネラル・エレクトリック(GE)の Chester W. Rice と Edward W. Kellogg が紙を振動板にしたコーン型スピーカーを考案 (1925)
・ Brunswick Panatrope with Radiola PR-6 (1926-27)
(Rice & Kellogg が世界で最初に考案した6インチ コーン型スピーカーを搭載)
・Decca Decola (1947) : モノラル仕様, スピーカー Goodmans×3, 出力管 PX25(Osram)×2
・Decca Decola (1953) : モノラル仕様, スピーカー Tannoy 同軸型ユニット, 出力管 PX25(Osram)×2
・Decca stereo Decola (1959) : ステレオ仕様, スピーカー EMI, 出力管 EL34(MULLARD)×2

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⓷ 蓄音機の系統の劇場用 PAスピーカー

・ Western Electric WE551 Driver
http://mikami.a.la9.jp/audio/551/551.htm

・ Western Electric WE555 Driver (1926)
http://mikami.a.la9.jp/audio/starplayer/starplayer.htm
http://mikami.a.la9.jp/audio/we555_r1/we555_r1.htm
http://mikami.a.la9.jp/audio/we555_r2/we555_R2.htm
http://mikami.a.la9.jp/audio/expr2023/expr2023.htm


・ G.I.P.Laboratory GIP-555 - 555W : WE555 ドライバーのレプリカ
http://www.gip-laboratory.com/seihin555.html

G.I.P.Laboratory Western Electric WE555 のレプリカ・ドライバーを使ったスピーカーシステム

@) G.I.P.Laboratory GIP-12A horn system : Western Electric WE555 のレプリカ・ドライバー使用
片チャンネル寸法: W:1143 × H:1715 × D:1194, 片チャンネル重量 92kg
http://www.gip-laboratory.com/seihin12system.html

A) G.I.P.Laboratory GIP-30154 horn system : Western Electric WE555W のレプリカ・ドライバー使用
片チャンネル寸法: W:1735 × H:1336 × D:660, 片チャンネル重量 280kg
http://www.gip-laboratory.com/seihin30154hornsystem.html

▲△▽▼

C 劇場用 PAスピーカー

・ Western Electric 594A Driver (1933)
http://mikami.a.la9.jp/audio/we594a/we594a.htm?.tok=bcwjY6SBu.hmxIxe&.dir=/594A&.src=ph
http://mikami.a.la9.jp/audio/24a594a/24a594a.htm
http://mikami.a.la9.jp/audio/freqadjust/freqadjust.htm

・ G.I.P.Laboratory GIP-594A : WE594A ドライバーのレプリカ
http://www.gip-laboratory.com/seihin594.html


G.I.P.Laboratory Western Electric WE594A のレプリカ・ドライバーを使ったスピーカーシステム

@) G.I.P.Laboratory GIP 7396 system : Western Electric WE594A のレプリカ・ドライバー使用
片チャンネル寸法: W:1735 × H:1336 × D:660 , 片チャンネル重量 280kg
http://www.gip-laboratory.com/seihin7396system.html


A)G.I.P.Laboratory GIP-7331 system : Western Electric WE594A のレプリカ・ドライバー使用
片チャンネル寸法 : W660 × H1130 ×D950, 片チャンネル重量 100kg
http://www.gip-laboratory.com/seihin7331system.html


B) G.I.P.Laboratory GIP-7003 system : Western Electric WE594A のレプリカ・ドライバー使用
片チャンネル寸法 : W1410 ×H1150 ×D1097
http://www.gip-laboratory.com/seihin7003system.html


C) G.I.P.Laboratory GIP-5003 system : Western Electric WE594A のレプリカ・ドライバー使用
6〜10畳のリスニングルーム用
http://www.gip-laboratory.com/seihin5003system.html

・ ALTEC LANSING The Voice of the Theater A5system (1945)
・ ALTEC LANSING The Voice of the Theater A7system (1954)
・ ALTEC LANSING 615B (1968)
・ Western Electric LONDON 2080-A、2090-A
・ VITAVOX BASS BIN (1980年)

・ KLANGFILM Early systems (1928 - 1931)
http://www.klang.jp/index.php?f=&ci=10392&i=10505

・ Klangfilm Europa (early version, 1932) 
https://www.klang.jp/index.php?f=&ci=10392

・ Klangfilm Eurodyn (1945)
https://www.klang.jp/index.php?ci=10392&i=10396

・ Siemens Wide Angle
http://audio-heritage.jp/SIEMENS/speaker/c70233-b5016-a11.html
https://www.hifido.co.jp/sold/?KW=&G=0201&LNG=J&O=0&L=10&C=08-38901-24205-00


適合アンプは Western Electric, Westrex, Klangfilm, Telefunken の真空管アンプ

▲△▽▼

2) 劇場用 PAスピーカーを家庭で使える様に変更したスピーカー

@ Western Electric の系統

・Western Electric 755A (1947) : インピーダンス 4Ω, フィックスドエッジ, 列車の車内放送用として開発, 建物の壁や天井に埋め込んで使用する
http://mikami.a.la9.jp/audio/we755a/we755a.htm

・Western Electric KS-14703 (1950) : インピーダンス 4Ω, フィックスドエッジ, ALTEC でアッセンブルした 755A 同等品
http://www.jupiteraudio.com/2145/2145.html

・ALTEC LANSING 755A (1954) : KS-14703 でインピーダンス を 4Ω から 8Ωに変更

・ALTEC LANSING 755B (1954) :インピーダンス 8Ω, 755A のフィックスドエッジからフリーエッジに変更

・ALTEC LANSING 755C (1963) : インピーダンス 8Ω, 755B のアルニコマグネットをフェライトマグネットに変更

・ALTEC LANSING 755E (1968) : インピーダンス 8Ω, フリーエッジ, フェライトマグネット
通称”パンケーキ”
https://blog.goo.ne.jp/kobmina/e/c003aa45613620602ef65da5e4ed65f5

・ SUNVALLEY AUDIO(旧キット屋) LM 755A (2012) : Western Electric 755A の粗悪なレプリカ, 12万円・ペア/税抜
中国 Line Magnetic社製
(WE755A が KSランドセル(KS12046)ボックスと組み合わされた事は過去には無い)
https://www.kit-ya.jp/products/detail/723

・JENSEN G-610B Triaxial (1950年代頃)
・Electro-Voice Patrician 800 (1950)
・Electro-Voice Georgian (1950年頃)
・Electro-Voice Baronet (1952)
・JBL D130(1948)
・JBL LE15A (1962)
・JBL LE8T (1962)

・ JBL Hartsfield D30085 初期型 (1954) : 2 wayシステム, ドライバー 375SIG + ウーファー 150-4C
・ JBL Hartsfield D30085 中期型 (1959〜1963) ; 3 wayシステム, ドライバー 375SIG + ウーファー LE15A + トィーター 075
・ JBL Hartsfield D30085 replica 1 (1970年頃) : 外見だけ同じで中身は別物
http://island.geocities.jp/umanose8818/harts/hartsfield.html

・ JBL Hartsfield D30085 replica 2 (2017) ケンリックサウンド復刻版 : 630万円・ペア/税抜
http://jbl43.com/?pid=57641713

・JBL Paragon D44000 (1957)
http://audio-heritage.jp/JBL/speaker/paragon.html
http://fukuroo3.com/paragon1.html
http://fukuroo3.com/paragoninfo.html
http://fukuroo3.com/paragon55.html

・ JBL Paragon D44000 replica (2013) ケンリックサウンド復刻版 : 548万円・税抜
http://jbl43.com/?pid=49469572

・JBL Olympus (1960年)
・BOZAK B-410 Moorish The Concert Grand (1951)
・BOZAK B-4000 Symphony No1 (1966)

適合アンプは Marantz, Machintosh の真空管アンプ

▲△▽▼

A Western Electric LONDON の系統

・Goodmans Axiom80 prototype (1934) : 軍事施設内での PA用スピーカーユニット
・Goodmans Axiom80 origina (1948) : E.J.Jordan が Axiom80 をオーディオ用に転用する為に ARU付エンクロージャーを開発し、再生産
・Goodmans Axiom80 replica 1 (1970年代) : 補修部品で復刻。オリジナルと同等のコーン紙を使用している。
・Goodmans Axiom80 replica 2 (1984) : オーディオ・ニックスで復刻(約1000本)。 カンチレバーの材質(ベークライト)を変更、コーン紙はオリジナルより厚くしている。

・VITAVOX CN-191 Corner Horn (1947)
http://audio-heritage.jp/VITAVOX/speaker/cn-191.html

・VITAVOX CN-191 Corner Horn 復刻版(2012) : 400万円・ペア/税抜
http://www.imaico.co.jp/vitavox/
https://audiodripper.jp/vitavox-cn191-used


・PARMEKO LS/1
・Tannoy Monitor Black (1947〜53)
・Tannoy Monitor Silver (1953〜57)
・Tannoy Monitor Red (1957〜67)
・Tannoy Monitor Gold (1967〜74)
・Tannoy HPD385 (1974〜76)
・Tannoy HPD385A (1976〜79) :タンノイ最後のアルニコ仕様
・Tannoy HPD315 (1974〜79) :タンノイ最後のアルニコ仕様
・Tannoy DC386 (1979〜 : この時期からアルニコからフェライトへ変更になる
・Tannoy K3808 (1979〜 : この時期からアルニコからフェライトへ変更になる
・Tannoy Corner York 15in (1950)
・Tannoy Corner York 12in (1950年代後半)
・Tannoy Autograph (1953) : 15in
・Tannoy Autograph Millennium (2001) : 500万円・ペア/税抜
・Tannoy Landsdown (1954) : 12in
・Tannoy GRF (1955) : 15in
・Tannoy Canterbury (1950年代後半): 12in
・Tannoy Chatsworth U (1950年代後半) : 12in
・Tannoy V-LZ in Cabinet (1961) : 10in
・Tannoy Rectangular York (1967) : 15in
・Tannoy Rectangular GRF (1968) : 15in
・Tannoy Arden (1976) : 15in
・Lowther TP-1 typeA (1954) : 16cmコーン型(PM3)
・Lowther TP-1 typeD (1968) : 16cmコーン型(PM3)
・Lowther Acousta (1957) : 16cmコーン型(PM6)
・Lowther Audiovector (1958) : 16cmコーン型(PM2mk1、PM4)
・Lowther Dual-position Acousta (1966) : 16cmコーン型(PM6)
・Lowther Mini Acousta (1967) : 16cmコーン型(PM6mk1)
・Lowther Auditorium Acousta (1972) : (前面)16cmコーン型(PM6mk1), (背面)16cmコーン型(PM6)

・Lowther Super Acousta (1972) : 16cmコーン型ラ2 (PM6、PM6mk1)

・Wharfedale Super 15, Super 12, Super 8, Super 3 (1950年代)

・Wharfedale Airedale (1950年代中頃)

・Wharfedale W70 (1950年代後期)

・Wharfedale SFB/3 Deluxe (1960年代)

・Hartley Concert Master VI

適合アンプは Lowther, Leak, Tannoy, QUAD の真空管アンプ

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3) モニター・スピーカー

@ アメリカ

・Western Electric TA7388 (1930年代) :  映写室用モニタースピーカーシステム , フルレンジスピーカーユニット TA4189 + TA7355メタルキャビネット + WE95A アンプ
https://blog.goo.ne.jp/kobmina/e/660c449fabb8b587763c63e6ac6199f9
http://www43.tok2.com/home/temasumo/article/2006/r-tec0601_(03)WE398A-single-monitor-power-amp_AtarashiT.pdf

・G.I.P.Laboratory GIP-225 system : フルレンジスピーカーユニット TA-4189A のレプリカを使った2ウェイ 2スピーカー・フロントロードホーンシステム
片チャンネル寸法 : W:480 × H:940 × D:460
http://www.gip-laboratory.com/seihin225system.html


・ALTEC LANSING 601 (1943)

・ALTEC LANSING 604 (1945)

・ALTEC LANSING 604E (1967)

・ALTEC LANSING 605B (1967)

・ALTEC LANSING 601-8D (1970)

・JBL 4320 (1971)

・JBL 4350 (1973)

・JBL 4343/4343WX (1976)

・JBL 4344 (1982)

・JBL 4348 (2002)

・JBL 4311B/4311BWX (1979)

・JBL 4312 (1982)

・UREI 811B (1984)

・UREI 813 (1984)
・Westlake Audio TM-1 (1971)

・Westlake Audio TM-2 (1974)

・Westlake Audio HR-1/HR-2/HRV-2 (1979)

・Westlake Audio TM-3/TMV-3/TM-4 (1981)

・Westlake Audio TM-1/TM-2mkII/TMV-2mkII (1982)

・Westlake Audio TM-6 (1982)

・Westlake Audio HR-7F (1982)

・Westlake Audio BBSM-6 (1982)

・Westlake Audio BBSM-10 (1984)

・Westlake Audio BBSM-15 (1990)

・Westlake Audio Referenceシリーズ Tower SM-1 : 4100万円・ペア/税抜

・Westlake Audio Referenceシリーズ SM-1F

・Westlake Audio Referenceシリーズ TM-3
http://www.avseartron.com/Referencer_series.html

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A イギリス

・QUAD ESL57 (1953) : BBC でモニター・スピーカーとして使用

・QUAD ESL63pro (1986) : Philips でモニター・スピーカーとして使用

・BBC Monitor LSU/10 (1950年代): Parmeko 15in 同軸2ウェイユニット + Lorentz LPH65ツィーター + LEAKアンプ

・BBC Monitor LS3/1 (1958) : Plessey 又は Parmeco の15in ペーパーコーンウーファー, ツィーター Celestion HF1300

・BBC Monitor LS3/1A :ウーファー Goodmans OODMAN C129/15pr, ツィーター Celestion HF1300

・BBC Monitor LS5/1 (1958) : ウーファー Goodmans OODMAN C129/15pr, ツィーター Celestion HF1300

・BBC Monitor LS5/1A (1960) : ユニットを KEF製に変更

・BBC Monitor LS5/1AC (1960) : ユニットを KEF製に変更、アンプ内蔵

・BBC Monitor LS5/5 (1965) : ベクストレーンコーンの (12in ウーファー + 8in ミッドレンジ) + ツイーター Celestion HF1400

・BBC Monitor LS3/M (1967) : Goodmans社製 MAXIMスピーカーシステムをモニターシステムとして使用

・BBC Monitor LS3/6 (1969): Celestion製, スーパー・ツイーターは Celestion HF2000

・Rogers ExportMonitor (1976) : LS3/6 をベースにコンシューマー用として開発されたスピーカーシステム

・Stirling Broadcast LS-3/6 (2011) : 70万円・ペア/税抜
http://kakaku.com/kaden/speaker/itemlist.aspx?pdf_ma=3748
https://www.ippinkan.com/quad_11l_signatuer.htm

・BBC Monitor LS3/5 (1974) : ウーファー KEF B110, ツィーター KEF T27, デバイディングネットワーク BBC製 FL6/16

・BBC Monitor LS3/5A (1975) : 製造は Rogers, デバイディングネットワークを FL6/23 に変更

・Rogers LS3/5A (1980)

・Spendor LS3/5A pro (1980年代後半頃)

・HARBETH LS3/5A (1987)

・Harbeth Mastering Monitor20 (2006):BBC のグレード2音声モニター用(ナレーションなどのチェック用モニター)に開発された LS3/5A のリプレイス・モニタースピーカー

・KEF LS3/5A Signature Model (1994)

・KEF LS50 standard (2012) : LS3/5Aのモダンバージョンとして作られたモデル, 14.5万円・ペア/税抜
http://kakaku.com/item/K0000604179/


・Stirling Broadcast LS-3/5A V2 (2011) : 28万円・ペア/税抜
http://kakaku.com/kaden/speaker/itemlist.aspx?pdf_ma=3748
https://www.ippinkan.com/quad_11l_signatuer.htm
https://www.ippinkan.com/LS35_59_58.htm


・AIRPULSE A200 (2017) : アクティブスピーカー, Acoustic Energy AE1 と同じ設計者、9.2万円・ペア/税抜
https://airpulseaudio.jp/


・Rogers LS3/5A BBC モニタースピーカー : ウーファーのサイズ、コーン紙の材質などが新しくなり音質はオリジナルと変わっています。 28.8万円・ペア/税抜
http://ippinkan.jp/shopdetail/000000003426/BC013500/page1/order/
http://www.rogers-japan.com/1_1.html

・Rogers LS3/5A XLR BBCモニタースピーカー: ウーファーのサイズ、コーン紙の材質などが新しくなり音質はオリジナルと変わっています。28.8万円・ペア/税抜
http://ippinkan.jp/shopdetail/000000003426/BC013500/page1/order/
http://www.rogers-japan.com/1_4.html

・Rogers LS3/5A (65th Anniversary Edition) (2011) : 16.2515万円・ペア/税抜
http://www.rogers-japan.com/1_5.html
https://www.ippinkan.com/quad_11l_signatuer.htm

・Rogers LS3/5A (70th Anniversary Edition) (2016): 42.984万円・ペア/税抜
http://www.rogers-japan.com/1_250.html

・BBC Monitor LS3/7 : Audax製ドームトゥイーター HD12

・BBC Monitor LS5/8 (1976) : Chartwell社製 12in ポリプロピレンコーンウーファー + Audax製ドームトゥイーター + QUAD405アンプ

・Rogers LS5/8(AM8/16) (1988)

・Rogers PM510 (1988) :LS5/8 からパワーアンプを除きネットワーク経由で駆動する民生用


・Graham Audio LS5/8 (2015) : 170万円・ペア/税抜
http://ippinkan.jp/shopdetail/000000001826/

・BBC Monitor LS5/9 (1985) 

・Rogers LS5/9 (1985)


・Rogers LS5/9 (65th Anniversary Edition) (2011) : 43.2万円・ペア/税抜
http://www.rogers-japan.com/1_7.html

・Graham Audio LS5/9 (2014) : 65万円・ペア/税抜
http://ippinkan.jp/shopdetail/000000001830/


・Harbeth Mastering Monitor30 (2003) : BBC の LS5/9 のリプレイス・モニターとして開発されたスピーカーシステム。

・BBC Monitor LS5/12A (1995) : BBCモニターの最終モデル, Harbeth社製, ユニットは Dynaudio

・Spendor BC1 (1969) : スーパー・ツイーターは Coles STC 4001

・Harbeth Monitor HL (1980)

・Harbeth HL TypeIV

・Harbeth HL5 (1988)

・Tannoy Windsor (1980)

・Tannoy Buckingham Monitor (1980)

・Tannoy Super Red Monitor (1980)

・B&W 801 (1979)

・B&W 801F (1982)

・B&W 808 (1984)

・B&W Nautilus (1995)

・B&W Nautilus 801 (1998)


・B&W 800 D3 (2016) : 425万円・ペア/税抜
http://kakaku.com/item/K0000910821/


・Acoustic Energy AE1 (1990)
・Acoustic Energy AE1 Signature (1996)
・Acoustic Energy AE1 mk3 (2004)
・Acoustic Energy AE1 Classic (2006) : AE1の復刻モデル, 35万円・ペア/税抜
http://www.yoshidaen.com/AE.html
http://www.acoustic-energy.co.uk/

・Acoustic Energy AE2 (1990)
・Acoustic Energy AE2 Signature (1996)


・Acoustic Energy Reference 1 (2013) : 40万円・ペア/税抜
http://www.yoshidaen.com/AE.html
http://www.acoustic-energy.co.uk/

・AIRPULSE A200 (2017) : アクティブスピーカー, Acoustic Energy AE1 と同じ設計者、9.2万円・ペア/税抜
https://airpulseaudio.jp/


・ATC SCM100 (1991)
・ATC SCM100A (1990) : 3チャンネルパワーアンプをビルトインしたアクティブ・スピーカーシステム
・ATC SCM100P
・ATC SCM200 (1991)

・ATC SCM100Tsl (2005): 270万円・ペア/税抜

・ATC SCM100SL PT : 230万円・ペア/税抜
http://www.homeshokai.jp/product/atc.html


・ATC SCM150SL PT: 350万円・ペア/税抜
http://www.homeshokai.jp/product/atc.html


▲△▽▼


⓷ ヨーロッパのモニター・スピーカー

・ Schulz O18

・ Siemens Coaxial

・ Isophon Orchester

・ PHILIPS RH545 (1979)

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C 日本
・YAMAHA NS-1000M (1974)

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4) ソースには入っていない低音、倍音成分や残響音で色付けされた民生用スピーカー

@ アメリカ

・AR(Acoustic Research) AR-3a (1966)

・AR(Acoustic Research) AR-4x (1967)

・BOSE 901 (1967)

・BOSE 901 WestBorough (2004)

・BOSE 101 (1982)

・BOZAK B-4000A Moorish Symphony (1977)

・BOZAK B-302A Moorish Concerto V (1977)

・McIntosh XRT20 (1979) : 197.6万円・ペア/税抜

・McIntosh XRT22s (1986) : 180万円・ペア/税抜

・McIntosh XRT26 (1995) : 220万円・ペア/税抜

・McIntosh XRT2K (2012) : 1100万円・ペア/税抜

・INFINITY IRS (1980) : 1000万円・ペア/税抜

・INFINITY IRS-V (1988) : 1200万円・ペア/税抜

・UREI 813Bx (1985)

・JBL L110 (1978)

・JBL EVEREST DD55000 (1986)

・JBL Project K2 S9500 (1989)

・JBL Project K2 S5500 (1993)

・JBL Pjoject K2 S9800 (2001)

・JBL Project K2 S9900 (2009) : 370万円・ペア/税抜

・JBL Project EVEREST DD66000 (2006) : 560万円・ペア/税抜

・JBL Project EVEREST DD67000 (2012) : 600万円・ペア/税抜

・Wilson Audio System5 (1994) : WATT/PUPPY と同じ形態・サイズ

・Wilson Audio Sophia (2001)

・Wilson Audio Sophia 3 (2010): 220万円・ペア/税抜
http://kakaku.com/kaden/speaker/itemlist.aspx?pdf_ma=3297

・Wilson Audio Sasha Series-2 (2014): 440万円・ペア/税抜
http://kakaku.com/kaden/speaker/itemlist.aspx?pdf_ma=3297


▲△▽▼

A イギリス

・KEF Cantata (1965)

・KEF Model 104aB(SP1038) (1976)

・Jordan Watts STEREOLA DSP-100 (1967)

・Jordan Watts FLAGON (1974)

・VITAVOX Bitone Major (1970年代前半頃)

・VITAVOX DU-121 (1970年代前半頃)

・Spendor BC-V (1970)
・Spendor BC-II (1973)

・spendor Classic 100 (2017) : 120万円・ペア/税抜
・spendor Classic 1/2 (2017) : 75万円・ペア/税抜
・spendor Classic 2/3 (2017) : 50万円・ペア/税抜
・spendor Classic 3/1 (2017) : 34万円・ペア/税抜
・spendor Classic 3/5 (2017) : 25万円・ペア/税抜
http://kakaku.com/kaden/speaker/itemlist.aspx?pdf_ma=2685
http://www.triode.co.jp/spe/introduction.html

・Celestion Ditton25 (1975)
・Celestion Ditton66 (1975)

・Harbeth Monitor HL (1980) : 27.6万円・ペア/税抜

・Harbeth HL-Compact (1987) : 23.6万円・ペア/税抜

・Harbeth HL-Compact 7ES-3 (2006) : 最安価格:32万円・ペア/税抜
http://kakaku.com/item/K0000221461/

・Tannoy Westminster (1982) : 190万円・ペア/税抜

・Tannoy Westminster Royal-GR (2013) : 600万円・ペア/税抜

・Tannoy Stirling (1983) : 39.6万円・ペア/税抜

・Tannoy Stirling-GR (2013) : 76万円・ペア/税抜

・Tannoy Autograph Millennium (2001) : 500万円・ペア/税抜

・B&W Silver Signature 25 (1993) : 116万円・ペア/税抜

・B&W Signature Diamond (2007) : 260万円・ペア/税抜

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⓷ ヨーロッパ
・Sonus Faber Electa Amator (1988) : 66万円・ペア/税抜

・Sonus faber Minima (1990) : 24万円・ペア/税抜

・Sonus faber Minima Vintage (2008) : 45万円・ペア/税抜

・Sonus Faber Guarneri Homage (1993) : 155万円・ペア/税抜

・Sonus Faber Guarneri Memento (2006) : 175万円・ペア/税抜

・Sonus Faber Stradivari Homage (2003) : 560万円・ペア/税抜

・Studio Franco Serblin Accordo (2011) : 123万円・ペア/税抜

・ELAC 213-4π (1990)

・Acustik-Lab SYSTEM 1.2 (1990) : 9.8万円・ペア/税抜

・Acustik-Lab Stella Elegans (1996) : 268万円・ペア/税抜

・Acustik-Lab Stella Opus (1999) : 86万円・ペア/税抜

・Acustik-Lab Stella Harmony (1999) : 24.8万円・ペア/税抜

・Acustik-Lab Bolero Nuvo (2007) : 12.4万円・ペア/税抜, Acustik-Lab の最終製品


適合アンプは
・Mark Levinson, CELLO, Mcintosh, Krell, Goldmund, Viola, First Watt, Burmester, FM Acoustics のトランジスタ・アンプ
・Counterpoint, Conrad-Johnson, EAR, Unison-Research, OCTAVE の真空管アンプ

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5) プレーナー型スピーカー

@アメリカ
・ACOUSTAT Model 2M (1980)
・ACOUSTAT Model 3M (1980)
・Apogee SCINTILLA (1984): 176万円・ペア/税抜
・Apogee APOGEE (1987) : 335万円・ペア/税抜
・Apogee DIVA (1987) : 198万円・ペア/税抜
・Apogee DUETTA (1987) : 98.5万円・ペア/税抜
・Apogee Caliper Signature (1987) : 53万円・ペア/税抜
・Martin Logan CLSII (1990) : 78万円・ペア/税抜
・Martin Logan CLS IIz (1996)
・Martin Logan Statement Evolution II (2001) : 1480万円・ペア/税抜

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A イギリス
・QUAD ESL57 (1953)
・QUAD ESL63 (1981) : 72万円・ペア/税抜
・QUAD ESL63pro (1986) : 86万円・ペア/税抜
http://www.geocities.jp/soundpoint55/index.html

・QUAD ESL989 (2000) : 150万円・ペア/税抜
・QUAD ESL988 (2000) : 136万円・ペア/税抜
・QUAD ESL2905 (2006) : 180万円・ペア/税抜
・QUAD ESL2805 (2006) : 140万円・ペア/税抜
・QUAD ESL2912 (2013) : 260万円・ペア/税抜
・QUAD ESL2812 (2013) : 210万円・ペア/税抜
http://www.rocky-international.co.jp/quad/esl/esl28122912.html

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⓷ ドイツ
・QUAD Musikviedergab GmbH ESL57QA (2017) : 130万円・ペア/税抜
・QUAD Musikviedergab GmbH ESL63QA (2017) : 160万円・ペア/税抜
・QUAD Musikviedergab GmbH ESL63 QA Desk Top (2017)
・QUAD Musikviedergab GmbH Braun LE1 (2017)
http://www.soundbox.co.jp/
http://www.quad-musik-shop.com/epages/62919310.sf/en_GB/?ObjectPath=/Shops/62919310/Categories/Elektrostaten

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C 日本
・STAX ELS-F83 (1983) : 96万円・ペア/税抜

・STAX ELS-8X (1985) : 100万円・ペア/税抜

・STAX ELS-F83X (1989) : 100万円・ペア/税抜

・STAX ELS-8X・BB (1990) : 170万円・ペア/税抜

・SONY SS-R10 (1996) : 300万円・ペア/税抜

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6) 現行の人気スピーカー

@ アメリカ
・JBL Project K2 S9900 (2009) : 370万円・ペア/税抜
http://kakaku.com/item/K0000021389/spec/

・JBL Project EVEREST DD67000 (2012) : 600万円・ペア/税抜
https://www.ippinkan.com/SP/jbl_page1.htm

・McIntosh XRT2K (2012) : 1100万円・ペア/税抜
http://www.ippinkan.com/mcintosh/mcintosh_page1.htm

・Westlake Audio Towerシリーズ TOWER HR-7 : 1800万円・ペア/税抜

・Westlake Audio Towerシリーズ TOWER-12 : 1100万円・ペア/税抜
http://www.avseartron.com/Tower_series.html

・Westlake Audio BBSMシリーズ BBSM-15SWP:1200 万円・ペア/税抜

・Westlake Audio BBSMシリーズ BBSM-15F :1100万円・ペア/税抜

・Westlake Audio BBSMシリーズ BB10VF : 496万円・ペア/税抜

・Westlake Audio BBSMシリーズ BBSM-6F : 216万円・ペア/税抜

・Westlake Audio BBSMシリーズ BBSM-4F : 98万円・ペア/税抜
http://www.avseartron.com/BBSM_series.html


・Westlake Audio Lcシリーズ Lc3W12VF

・Westlake Audio Lcシリーズ Lc3W10VF

・Westlake Audio Lcシリーズ Lc24.75F

・Westlake Audio Lcシリーズ Lc8.1F : 98 万円・ペア/税抜

・Westlake Audio Lcシリーズ Lc6.75F : 84万円・ペア/税抜

・Westlake Audio Lcシリーズ Lc5.75F : 77.8万円・ペア/税抜

・Westlake Audio Lcシリーズ Lc4.75F : 69.8万円・ペア/税抜
http://www.avseartron.com/Lc_series.html

・Wilson Audio WATT3 + PUPPY2 (1991): 255万円・ペア/税抜

・Wilson Audio Sophia 3 (2010): 220万円・ペア/税抜
http://kakaku.com/kaden/speaker/itemlist.aspx?pdf_ma=3297

・Wilson Audio Sasha Series-2 (2014): 440万円・ペア/税抜
http://kakaku.com/kaden/speaker/itemlist.aspx?pdf_ma=3297


・Magico Ultimate III (2014) : 1億円・ペア/税抜
https://www.phileweb.com/review/article/201407/10/1259.html

・Magico M3 : 1048万円・ペア/税抜

・Magico Q1 (2011) : 400万円・ペア/税抜 生産完了
https://www.ippinkan.com/magico_q1.htm
http://kakaku.com/kaden/speaker/itemlist.aspx?pdf_ma=7461


・MAGICO Q7 MKII (2015) : 3600万円・ペア/税抜
http://ippinkan.jp/shopbrand/BC009100/
http://kakaku.com/kaden/speaker/itemlist.aspx?pdf_ma=7461


・MAGICO S3 (2014) : 320万円・ペア/税抜
・Magico S3 Mk2 (2017) : 400万円・ペア/税抜
http://kakaku.com/kaden/speaker/itemlist.aspx?pdf_ma=7461
https://www.ippinkan.com/event_news/3goukan/2017-12-3_magico/20171203_magico.htm

・YG Acoustics Sonja XV jr (2017) : 2700万円・ペア/税抜
http://e.ippinkan.com/shopbrand/BC018000/


▲△▽▼


A イギリス

・Harbeth HL-Compact 7ES-3 (2006) : 最安価格:32万円・ペア/税抜
http://kakaku.com/item/K0000221461/

・Acoustic Energy AE1 Classic (2006) : AE1 の復刻モデル, 35万円・ペア/税抜
http://www.yoshidaen.com/AE.html
http://www.acoustic-energy.co.uk/

・Acoustic Energy Reference 1 (2013) : 40万円・ペア/税抜
http://www.yoshidaen.com/AE.html
http://www.acoustic-energy.co.uk/

・AIRPULSE A200 (2017) : アクティブスピーカー, Acoustic Energy AE1 と同じ設計者、9.2万円・ペア/税抜
https://airpulseaudio.jp/


・Rogers LS3/5A BBC モニタースピーカー : ウーファーのサイズ、コーン紙の材質などが新しくなり音質はオリジナルと変わっています。 28.8万円・ペア/税抜
http://ippinkan.jp/shopdetail/000000003426/BC013500/page1/order/
http://www.rogers-japan.com/1_1.html

・Rogers LS3/5A XLR BBCモニタースピーカー: ウーファーのサイズ、コーン紙の材質などが新しくなり音質はオリジナルと変わっています。28.8万円・ペア/税抜
http://ippinkan.jp/shopdetail/000000003426/BC013500/page1/order/
http://www.rogers-japan.com/1_4.html


・Rogers LS3/5A (65th Anniversary Edition) (2011) : 16.2515万円・ペア/税抜
http://www.rogers-japan.com/1_5.html
https://www.ippinkan.com/quad_11l_signatuer.htm

・Rogers LS3/5A (70th Anniversary Edition) (2016): 42.984万円・ペア/税抜
http://www.rogers-japan.com/1_250.html


・ATC SCM100SL PT : 230万円・ペア/税抜
http://www.homeshokai.jp/product/atc.html


・ATC SCM150SL PT: 350万円・ペア/税抜
http://www.homeshokai.jp/product/atc.html

・Stirling Broadcast LS-3/5A V2 (2011) : 28万円・ペア/税抜
http://kakaku.com/kaden/speaker/itemlist.aspx?pdf_ma=3748
https://www.ippinkan.com/quad_11l_signatuer.htm
https://www.ippinkan.com/LS35_59_58.htm

・Stirling Broadcast LS-3/6 (2011) : 70万円・ペア/税抜
http://kakaku.com/kaden/speaker/itemlist.aspx?pdf_ma=3748
https://www.ippinkan.com/stirling_broadcast_36.htm


・KEF LS50 standard (2012) : LS3/5Aのモダンバージョンとして作られたモデル, 14.5万円・ペア/税抜
http://kakaku.com/item/K0000604179/

・Graham Audio LS5/9 (2014) : 65万円・ペア/税抜
http://ippinkan.jp/shopdetail/000000001830/

・Graham Audio LS5/8 (2015) : 170万円・ペア/税抜
http://ippinkan.jp/shopdetail/000000001826/

・Tannoy Kingdom Royal-GR (2013) : 960万円・ペア/税抜
http://kakaku.com/item/K0000608077/

・Tannoy Westminster Royal-GR (2013) : 600万円・ペア/税抜
http://kakaku.com/item/K0000584701/

・Tannoy Stirling-GR (2013) : 76万円・ペア/税抜
http://kakaku.com/item/K0000584705/

・QUAD ESL2912 (2013) : 260万円・ペア/税抜
http://kakaku.com/item/K0000453876/

・QUAD ESL2812 (2013) : 210万円・ペア/税抜
http://kakaku.com/item/K0000453875/

・QUAD Musikviedergab GmbH ESL57QA (2017) : 130万円・ペア/税抜

・QUAD Musikviedergab GmbH ESL63QA (2017) : 160万円・ペア/税抜

・QUAD Musikviedergab GmbH ESL63 QA Desk Top (2017)

・QUAD Musikviedergab GmbH Braun LE1 (2017)
http://www.soundbox.co.jp/
http://www.quad-musik-shop.com/epages/62919310.sf/en_GB/?ObjectPath=/Shops/62919310/Categories/Elektrostaten

・B&W 800 D3 (2016) : 425万円・ペア/税抜
http://kakaku.com/item/K0000910821/


・B&W 802D3 (2016) : 340万円・ペア/税抜
http://www.bowers-wilkins.jp/Speakers/Home_Audio/800_Series_Diamond/802-D3.html#close


・B&W 805 D3 (2016) : 88万円・ペア/税抜
http://kakaku.com/search_results/805d3/?category=0002_0019

・VIVID audio GIYA G1 SPIRIT (2016) : 900万円・ペア/税抜
http://www.stella-inc.com/02vividaudio/lineup.html

・Monitor Audio  Platinum Series II PL500II (2016) : 320万円・ペア/税抜
http://kakaku.com/kaden/speaker/itemlist.aspx?pdf_ma=722&pdf_so=p2

・Monitor Audio  Platinum Series II PL300II (2016) : 160万円・ペア/税抜
http://kakaku.com/kaden/speaker/itemlist.aspx?pdf_ma=722&pdf_so=p2


▲△▽▼


⓷ ヨーロッパ


・German Physiks Gaudi MKII front(2002) : 60畳以上の部屋でないと上手く鳴らない, 2800万円・ペア/税抜

・German Physiks PQS 402 (2006) : 980万円・ペア/税抜

・German Physiks Troubadour 80 (2006) : 290万円・ペア/税抜

・German Physiks Unicorn MK II (2006) : 250万円・ペア/税抜
https://tannoy.exblog.jp/26699188/
http://www.german-physiks.com/

・Studio Franco Serblin Accordo (2011) : 123万円・ペア/税抜
http://www.arkgioia.com/index.html

・Goldmund Apologue Anniversary (2013) : 9500万円・ペア/税抜
・FM Acoustics XS-1 (2014) : 3000万円・ペア/税抜

・KHARMA Exquisite シリーズ Grand Grand Exquisite : 現地価格33万ユーロ・ペア/税抜
・KHARMA Ceramique シリーズ Grand Ceramiqe Midi 1.0 (2008) : 580万円・ペア/税抜
・KHARMA Ceramique シリーズ Ceramique 2.3 (2008) : 250万円・ペア/税抜
・KHARMA Ceramique シリーズ Kharma3.2 (2002) : 170万円・ペア/税抜
・KHARMA Ceramique シリーズ Kharma3.2.2 (2008) : 375万円・ペア/税抜
http://www.soundimport.co.jp/kharma.html
http://www.u-audio.com/html/page26.html
https://www.phileweb.com/news/audio/200808/07/8234.html

▲△▽▼


C 日本

a) G.I.P.Laboratory Western Electric WE555 のレプリカ・ドライバーを使ったスピーカーシステム

・ G.I.P.Laboratory GIP-555 - 555W : WE555 ドライバーのレプリカ
http://www.gip-laboratory.com/seihin555.html

@) G.I.P.Laboratory GIP-12A horn system : Western Electric WE555 のレプリカ・ドライバー使用
片チャンネル寸法: W:1143 × H:1715 × D:1194, 片チャンネル重量 92kg
http://www.gip-laboratory.com/seihin12system.html

A) G.I.P.Laboratory GIP-30154 horn system : Western Electric WE555W のレプリカ・ドライバー使用
片チャンネル寸法: W:1735 × H:1336 × D:660, 片チャンネル重量 280kg
http://www.gip-laboratory.com/seihin30154hornsystem.html

____

b)G.I.P.Laboratory Western Electric WE594A のレプリカ・ドライバーを使ったスピーカーシステム

・ G.I.P.Laboratory GIP-594A : WE594A のドライバーのレプリカ
http://www.gip-laboratory.com/seihin594.html

@) G.I.P.Laboratory GIP 7396 system : Western Electric WE594A のレプリカ・ドライバー使用
片チャンネル寸法: W:1735 × H:1336 × D:660 , 片チャンネル重量 280kg
http://www.gip-laboratory.com/seihin7396system.html


A)G.I.P.Laboratory GIP-7331 system : Western Electric WE594A のレプリカ・ドライバー使用
片チャンネル寸法 : W660 × H1130 ×D950, 片チャンネル重量 100kg
http://www.gip-laboratory.com/seihin7331system.html


B) G.I.P.Laboratory GIP-7003 system : Western Electric WE594A のレプリカ・ドライバー使用
片チャンネル寸法 : W1410 ×H1150 ×D1097
http://www.gip-laboratory.com/seihin7003system.html


C) G.I.P.Laboratory GIP-5003 system : Western Electric WE594A のレプリカ・ドライバー使用
6〜10畳のリスニングルーム用
http://www.gip-laboratory.com/seihin5003system.html

_____


c) G.I.P.Laboratory Western Electric の映写室用モニタースピーカーシステム TA7388 のレプリカ

・G.I.P.Laboratory GIP-225 system : Western Electric のフルレンジスピーカーユニット TA-4189A のレプリカを使った2ウェイ 2スピーカー・フロントロードホーンシステム
片チャンネル寸法 : W:480 × H:940 × D:460
http://www.gip-laboratory.com/seihin225system.html

______

d) G.I.P.Laboratory オリジナル・スピーカーシステム

・G.I.P.Laboratory GIP-9700A system : GIP flagship model, GIP-9101ドライバー使用
片チャンネル寸法: W:1240 × H:1800 × D:1210, 片チャンネル重量 260kg
http://www.gip-laboratory.com/seihin9700system.html

・G.I.P.Laboratory GIP-5005 system : GIP-5015ドライバー使用
片チャンネル寸法: W:1200 × H:1600 × D:995
http://www.gip-laboratory.com/seihin5005system.html


・G.I.P.Laboratory GIP-5006 system : GIP-5015ドライバー使用
片チャンネル寸法 : W:900 × H:1600 × D:1055
http://www.gip-laboratory.com/seihin5006system.html


・G.I.P.Laboratory GIP-FS300 system : 4インチ振動板 コンプレッション・ドライバー使用
片チャンネル寸法: W:780 × H1455 × D665, 片チャンネル重量 85kg
http://www.gip-laboratory.com/seihinfs300.html

・G.I.P.Laboratory GIP-Monitor1 system : GIP-D5016 ドライバー使用
片チャンネル寸法 : W:570 × H:1350 × D:630, 片チャンネル重量 70kg
http://www.gip-laboratory.com/seihinmonitor1.html

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/697.html#c142

[リバイバル3] ハイエンド・スピーカーの世界 中川隆
143. 中川隆[-13036] koaQ7Jey 2020年3月05日 12:55:14 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[498]

色々調べたのですが、結局オーディオ史上で一番音が良いスピーカーは

北関東蓄音機倶楽部 Sogaphon _ SP録音の CD復刻盤 は Sogaphon を取り付けた蓄音機で聴こう
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/473.html

超軽量の美濃漉き和紙コーンを使った芸術品、世界最高峰のロクハン アシダボックス 6P-HF1
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/956.html

まるで細密画を思わせる奇跡の描写力 _ スタックスの静電型スピーカー ELS-8X
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/954.html

伝説の ソナス ファベール ガルネリ・オマージュ
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/684.html

酷い音のインチキ・レプリカを量産して伝説の評価を落とした Goodmans Axiom80
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/686.html

伝説の静電型スピーカー QUAD ESL57・ESL63
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/682.html


でしょうか。

現在でも手に入るのは 北関東蓄音機倶楽部 Sogaphon と QUAD ESL57・ESL63 の復刻版だけです:


Q: 最高に音の良いスピーカー教えて下さい。 2012/2/15 rollingcyukunさん
最高に音の良いスピーカー教えて下さい。
音の良し悪しは個人差があると思いますがあなた様が良いと思うスピーカーを教えて下さい


A: papageno_eulenspiegelさん

クラシックを聴く場合に限定すれば、QUADのコンデンサー型を超えるものはまだ存在しないと思っています。

数ミクロンという極薄の振動膜に数千ボルトの高電圧をかけたうえ、それを挟む形の電極板に+と―の音楽信号を与えて振動膜を震わせ音を発生させる仕組みで、一般的な、ラッパを箱に取り付ける形式と違って、音楽信号に固有音の色付けがされる要素を極限まで排除したスピーカーです。

拙宅では現在、旧いタンノイのGRF(モニターゴールド)、最近導入したハーベスのHL-P3ESRを含めて3種類をおいていますが、結局、ほとんどQUADのESL57しか使わなくなってしまいました。

ESL57 は1957年頃に発売され、’80年代半ばごろに生産終了となったいわば骨董品ですが、世界中に根強いファンがいて、リストアして使い続けている人たちが大勢います。

ドイツの QUAD代理店では、振動膜を枠に張る機械を英国のQUADから買取って、「新品」を供給しているので(金属製のグリルだけは中古品を塗りなおしたものですが)、ドイツに住んでいたころにわざわざコブレンツに近いQUAD代理店まで行って買ってきました。外観のデザインも大変気が利いていますので、グリルをくすんだ緑色に塗装してもらった我が家のセットは私の最も愛するオーディオ・コンポーネントです。

ドイツQUADでは、ESL57 の改良型である ESL63 の新品も、さらに現在も QUAD本社が量産している ESL2805/2905 も販売していましたが、じっくり聴き比べたところ、音そのものの魅力ではやはり原点である ESL57を超えられていないと思います。改良型では音像の定位や空間表現を改善する措置が加えられているのですが、やはりそのために音質への影響が避けられなかったのでしょう。

QUAD のコンデンサー・スピーカーの唯一の問題点は、その発音方式に必然的に起因する低音の不足と言われてきました(私自身は、主に聴く音楽の種類からあまりそう感じていませんでしたが)。ところがドイツ QUAD では最近、ESL63、ESL57 向けにそれぞれ専用のサブウーファーを独自に開発したとのこと。従来は、既存のサブウーファーをQUADのコンデンサー・スピーカーとうまくマッチさせる事は不可能と言われてきましたが、このESL57専用サブウーファーをドイツに注文してみようかと、近頃悩ましい日々を送っております(きっと近々注文しちゃうんだろうなァ〜〜)。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1181575751


サウンドボックス

ドイツQUAD Musikviedergab GmbH 社QUAD ESL57 復刻新品(受注生産品)
* QUAD ESL57QA ¥1,300,000 ペア(税別)
2 つの違ったスタイル、前面メタル・グリル色は3色から選択してください。
https://www.soundbox.co.jp/QUAD_ESL57QA_Cata_a.pdf

ドイツQUAD Musikviedergab GmbH 社QUAD ESL63 復刻新品(受注生産品)
* QUAD ESL63QA ¥1,600,000 ペア(税別)
フレーム木の材質、色を指定してください
https://www.soundbox.co.jp/QUAD_ESL63QA_Cata_a.pdf


復刻品 QUAD-II 真空管モノラル・アンプ 
(ドイツ QUAD MusikWiedergabe GmbH) 製 ¥500.000/ペア
オプション KT66/GEC、EF86/Mullard、GZ32/Mulalrd +\120,000より
https://www.soundbox.co.jp/QUAD/QD-II.htm


復刻品 QUAD 33/2プリアンプ  QUAD 303QR パワーアンプ 
(オランダ QUADREVISIE社製)
https://www.soundbox.co.jp/QUAD/QD_33_2_303QR.htm
https://www.soundbox.co.jp/QUAD/Quad%20Revisie_JP_left.pdf


QUAD ESL57,ESL63 ESL63Pro 修理受付中 
https://www.soundbox.co.jp/quad63repair.html

サウンドボックス
https://www.soundbox.co.jp/


東京都調布市仙川町2−13−32
Tel: (03) 5577-5227 

サウンドボックスへの地図
https://www.google.com/maps/d/viewer?mid=10SwyUNIYBG0FdAFxBfQZSf_iNdw&ie=UTF8&hl=ja&msa=0&ll=35.66216900000003%2C139.58260799999994&spn=0.004184%2C0.006866&z=17&source=embed

営業時間:月曜日−土曜日11:00−19:00/日曜・祝日休み

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/697.html#c143

[近代史3] エルガー チェロ協奏曲


エルガー チェロ協奏曲


エルガー チェロ協奏曲 ホ短調 作品85 2015 NOV by 東 賢太郎
https://sonarmc.com/wordpress/site01/2015/11/19/エルガー-チェロ協奏曲ホ短調-作品%EF%BC%98%EF%BC%95%EF%BC%88今月のテ/

冬の気配が近づいてくると、ああ日本だなあと思う。今の家を建てて6年、海外転勤族で引っ越しを24回もしている我が家が最も長く住んだ家になった。そして迎える6回目の冬である。


日本を除いて6回の冬をこしたのは英国だけだ。この国で娘がふたり産まれ、仕事でも私生活でも忘れられない思い出の地となった。長い海外生活から戻って味わう日本の四季のうつろいはそれはそれは素晴らしく、五感に劇的に訴えるのだが、英国のそれは趣が違う。


夏が蒸し蒸しして熱帯夜ということもなく、冬が氷点下で凍てつくこともない。我々日本人にとってむしろ由々しきは、夏は白夜のようであり、冬は朝も夕方も真っ暗という日照時間の振幅だろう。これはこれで劇的なのである。盛夏はずいぶん短くて9月始めには知らないうちに朝晩が秋めいてきて、毎日目に見えて日が短く太陽が低く弱々しく見えるようになるなあと寂しい気持ちになっていると、あっという間に実は冬でしたという塩梅だ。


英国人が北欧の音楽に魅かれ、シベリウスを愛し、自らも北欧の音楽に親近性のある独特の薄明かりとほろ苦さや渋みを纏った音楽を生んだのはわかる気がする。それは冬なのだ、あの暗くて湿って光に乏しく、営々と終わらぬ冬。それを耐え忍んで、何度か過ごすうち、それも人生の節目みたいに慈しむ気持ちが芽生えてきて初めて知るものかもしれない。


この時期になると、英国の冬を思い出して僕が感慨にふけるのはエルガーの音楽だ。


サー・エドワード・ウィリアム・エルガーは楽器商の息子で正式の音楽教育を受けていない。ヴァイオリンを父から習い、図書館で教則本や理論書を独学し、ライプツィヒ音楽院に留学を目ざしたが父にその財力がなかった。弁護士事務所の事務員という不遇の道に進むがそれを断って音楽に身を投じ、アマチュアの楽団でヴァイオリンやファゴットを演奏し指揮をして、いわばたたきあげで音楽に習熟していった人だ。シェーンベルグもそうだが、麝あれば香しである、 才能を持つ者は自然と世に認められるのだろう。


「威風堂々」や「愛の挨拶」ばかりが有名だがエルガーの真骨頂は2曲の交響曲、ヴァイオリン協奏曲、エニグマ変奏曲、ヴァイオリン・ソナタ、弦楽四重奏曲、ピアノ五重奏曲、オラトリオ「ゲロンティアスの夢」、そしてなかんずく、今回のチェロ協奏曲にある。


この曲は1918年、エルガー晩年の最高傑作であるばかりでなく、古今東西あらゆるチェロ協奏曲のなかでドヴォルザークと人気を二分する最高峰と書いてもあんまり反論は出てこないのではないか。


音楽史上、最初にチェロ協奏曲を書いたのはヴェネチアのヴィヴァルディ(1678年)と思われるが、現在も良く演奏されるものとなるとヨゼフ・ハイドン(1732)を待たなくてはならない。モーツァルトは作曲を試みた形跡が残るが完成はせず、ベートーベンは書かなかった。


注目されるのはシューマン(1810)であり、彼はエルガーの憧れの人だった。そしてもう一人の彼のアイドル、ブラームスは書かずに終わったが、それはドヴォルザークを聴いて「こんなコンチェルトがチェロで書けたとは・・・」と語ったことと関係あるかもしれない。


ブラームスがもしエルガーを聴いたら何と言ったろう?そう想像したくなるほどこの曲はブラームスの色調を感じる。結尾に曲頭のテーマが回想されるのはドヴォルザークもそうだが、この悲壮感はブラームスのクラリネット五重奏曲の方をより強く想起させる。いや、むしろ、ホ短調で号泣するように始まるテーマは、同じ調性で悲痛な響きに終わった第4交響曲の苦悩をいきなりぶつけられたように僕にはきこえる。これがその号泣テーマだ。


エルガーは「僕が死んだ後に、もし誰かが口笛でこの旋律をモールヴァーンの丘で吹いていたなら、怖がらなくていいよ。それはきっと僕なんだから」と語ったという。


第3楽章Adagioはこう始まる。


ため息のように休符で途切れるメロディー。夢見るように、何かを諦めるように・・・。これはエルガーの人生への憧憬と惜別かもしれない。彼はこの時61才、昔から好きだったこの楽章だが、僕もだんだんそう聞こえる年齢になってきてしまった。


この素晴らしいメロディー、3つ目のppでシ♭、ラ、ファとひっそり囁きながら終わりを告げるチェロにB♭、C7、Fと和声がつくが、C7には7thのb♭にaが短7度でぶつかり、忘れえぬときめき感がある。昔の恋なのだろうか?僕はここにシベリウスのヴァイオリン協奏曲の第2楽章の暗示を見る。そして、この秘めやかで官能的なぬくもりのある楽章は終結に至って、再度そのシ♭、ラ、ファで幕を閉じる。何という感動的な瞬間だろう。


そして上の楽譜のあと、オクターヴの跳躍を伴った「夢見るような、回想するような主題」が続く。
そしてそして、全曲の終結、冒頭のチェロの号泣主題が再現する直前に、この「夢見るような、回想するような主題」が『回想』されるのだ!ここの素晴らしさはもう拙文の力など到底および得るところにない。これを聴いて何も感じない人がいるのだろうか。


僕が初めて買ったレコードはピエール・フルニエ(アルフレート・ウォーレンシュタイン/ベルリン・フィル)のものだ(右)。


Elgar Cello Concerto Pierre Fournier Berlin Philharmonic Alfred Wallenstein (1966/2017)




Pierre Fournier
Berliner Philharmoniker
Alfred Wallenstein
Recording 20-23 Oct. 1966


これは後述するデュプレ盤におされて本来の評価がなされていないように思うが、とんでもないことだ。ドヴォルザークと同じく至高のチェロ演奏であり、音の美しさと格調ではデュプレを上回る。技術できかせる人でなく、第2楽章はやや不安定だが真骨頂は冒頭と第3楽章だ。軽々と鳴っている高音のあでやかな色つや、転調に添ったミとシの音程の取り方を聴いてほしい。深い。オケの弦が下手に聞こえる(ベルリン・フィルだ)。ほんとうにうまいチェロがどういう音がするのか?簡単だ、フルニエをお聴きになることだ。


1983年にフィラデルフィア管の定期にフルニエ(1906−86)が来た。ところが、渋滞か何かで遅れてタッチの差で最初のプログラムだったフルニエを聞き逃してしまった。フィラデルフィア・オペラの首席チェリストのお姉さんにチェロを習い始める前のことだったが、そう簡単に鳴ってくれない。 低いcとgの弦をフルニエがどうしてヴァイオリンみたいに羽毛のように楽々と歌えるのか、見てみたかった。今でも悔しい、痛恨の思い出だ。


忘れもしない、ホールの入り口の扉の向こうから微かに響いてくる曲が、このエルガーだった。

ジャクリーヌ・デュ・プレ / ジョン・バルビローリ / ロンドン交響楽団
Elgar Cello Concerto / Jacqueline Du Pré / Sir John Barbirolli, LSO (ASD 655) 1965





Jacqueline du Pre, cello, with London Symphony Orchestra, Sir John Barbirolli, conductor


____


J. du Pré - J.Barbirolli: Live at Prague 03-01-1967: Elgar: Cello Concerto


BBC Symphony Orchestra: Sir John Barbirolli - Jacqueline du Pré


ジャクリーヌ・デュ・プレ(1945−87)はこの曲で有名になり、この曲はデュプレによって有名になった。基本パブリック・ドメインであるクラシック音楽においてそういう例はあまりない。ジャケットは右のものばかりでなく、手をかえ品をかえ別の装いで市場にある。今後も永遠に消えることはないだろう。


この有名すぎる録音についていまさら何か書くのは面はゆいばかりだが、この曲について書こうという時にこれをはずすという選択肢は存在しない。彼女以外のいかなる歌手が歌っても節回しやコブシや裏声がああはならないという意味において、これは津軽海峡冬景色における石川さゆりのようなものだ。


エルガーはジャッキーの持ち歌になった。僕がこれでなくフルニエで曲を覚えたのは実にラッキーだったということだ。このデュプレ節は耳に残る。一度知ってしまうともう他はだめだろう。


この凄まじい集中力はなんだろう?エルガーの霊が口笛で飽き足らなくなって彼女に乗りうつったのだろうか。入魂の演奏とはよくいうが、彼女はこの音楽に魂を捧げて入りきってしまっており、作曲家の耳に響いてはいたが楽譜に書きこめていない霊感のようなものを抉りだしている。たとえば第1楽章冒頭、オケが sf で高潮するなか、何かを求めて悲痛に駆け登るジャッキーのチェロだ。


あらゆる音楽の中でこんなに悲しい色をおびた響きがどこにあるだろう?モーツァルトのレクイエムもかくやの大事件の瞬間だ。僕はもうここを聴いただけで彼女のオーラにくぎづけになり、わけもなく悲しくなり涙があふれてくるのである。ここをフルニエと比べてみてほしい、なんと彼ですら普通の美しい音楽に聞こえてしまう。こんなチェロを弾いた人は後にも先にもいない。


そして、 全曲の終結、冒頭のチェロの号泣主題が再現する直前の「夢見るような、回想するような主題」にじっと耳を澄ましてほしい。これぞ魂から絞り出された音楽だ。彼女のバイオリズムがエルガーの音楽の振幅と完全に調和、共鳴しており、奇跡的なバランスで最高潮の感動に導いてくれる。これは指揮者バルビローリの腕でもあり、「入ってしまっている」このハタチの娘がはみださないように包み込む老練の業だ。


ちなみにこのデュ・プレのエルガーは、デュ・プレのエルガーで世界に通用するブランドと化しており、「世界で最も売れたクラシック・レコード」ランキング(CD含む)で、グールドのゴールドベルク変奏曲(17位、200万枚)、カラヤンの第九(18位、150万枚)を抑えて堂々の12位(210万枚)なのである(出典「クラシックレコードの百年史」ノーマン・ブレヒト著)。


まぎれもない歴史的、記念碑的名盤ということだが、同書によると、1965年8月、ロンドンのホルボーンにあるキングズウエイ・ホールでの録音は険悪な空気の中で行われたらしい。二十歳の娘が無礼だったようで、オーケストラは冷ややかで指揮者も助けず、半分録り終えたところでジャッキーは非礼をオケに詫び、街の薬局に頭痛薬を求めて飛び出した。ところが戻ってみると録音スタジオは見物人であふれていた。事件が起きているぞという噂で地下鉄駅の近くにいた演奏家たちがフィナーレを見届けようと大挙して押しかけていた。終了後、彼女は録音のプレイバックを聴くと泣きだしてこう言ったそうだ。「やりたかったことと全然ちがうわ」。


チェロ界の王様であったロストロポーヴィチは、このデュ・プレの録音をきいて、自分のレパートリーからこの曲を外した。驚くべきことだ。プロにとってそれほどの録音であり、愛好家にとっても一家に一枚の勢いでレコードが売れた。この地味な曲が!


やりたいことをやって歴史に名を刻んだデュ・プレは多発性硬化症により42才の若さで世を去った。87年10月19日のことだ。僕はロンドンにいて、その4日後に初めて父親になって幸せだった。その直前の悲しいニュースにこの女性が気の毒でならず、少しく落ち込んでいたことを覚えている。じっくりお聴きいただきたい。


https://sonarmc.com/wordpress/site01/2015/11/19/エルガー-チェロ協奏曲ホ短調-作品%EF%BC%98%EF%BC%95%EF%BC%88今月のテ/

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/945.html

[近代史4] エルガー

エルガー

エルガー チェロ協奏曲
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/945.html

http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/460.html

[近代史3] エルガー チェロ協奏曲 中川隆
1. 中川隆[-13034] koaQ7Jey 2020年3月05日 13:50:02 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[500]

イギリス - クラシック音楽 一口感想メモ
エドワード・エルガー(Sir Edward William Elgar、1857 - 1934)
https://classic.wiki.fc2.com/wiki/イギリス


交響曲

交響曲第1番 変イ長調 作品55
4.0点
イギリスを代表する交響曲。最後に第一主題が戻ってくるところは感動してしまう。

交響曲第2番 変ホ長調 作品63

交響曲第3番 ハ短調 作品88(未完成。A.ペインによる完成稿あり。)


管弦楽曲

独創主題による変奏曲(「エニグマ(謎)」変奏曲)(Variations on an Original Theme("Enigma")) 作品36

行進曲「威風堂々」第1 - 6番(Military Marches "Pomp and Circumstance") 作品39-1 - 6(第6番は未完成。A.ペインによる完成稿あり。)

協奏曲

ヴァイオリン協奏曲 ロ短調 作品61
2点
雰囲気はいいのだが、メロディーがぜんぜん印象に残らず、大曲なのになんとなく聴き流していたら終わってしまった。

チェロ協奏曲 ホ短調 作品85

室内楽曲

「愛の挨拶」("Salut d'Amour" ("Liebesgruss")) 作品12
5点
愛らしくていい小品。個人的な思い入れもあり5点。

ヴァイオリン・ソナタ ホ短調 作品82

弦楽四重奏曲 ホ短調 作品83

ピアノ五重奏曲 イ短調 作品84

声楽曲

オラトリオ「ゲロンティアスの夢」("The Dream of Gerontius") 作品38


https://classic.wiki.fc2.com/wiki/イギリス
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/945.html#c1

[近代史3] ディーリアス ブリッグの定期市


ディーリアス ブリッグの定期市


ディーリアス ブリッグの定期市 ビーチャム


Frederick Theodore Albert Delius (1862-1934)
Brigg Fair


(00:05) Introduction (Slow. Pastoral)
(01:55) I. Theme (With easy movement)
(02:24) Variation 1
(02:44) Variation 2
(03:02) Variation 3
(03:23) Variation 4
(03:44) Variation 5
(04:02) Variation 6
(04:38) II. Interlude (Slow and very quietly)
(07:45) III. Variation 7 (Rather quicker but not hurried)
(08:07) Variation 8
(08:34) Variation 9 (With easy movement)
(08:58) Variation 10
(09:50) Variation 11 (Slow. With solemnity)
(10:35) Variation 12 (Maestoso)
(11:03) Transition
(12:10) IV. Variation 13 (Gaily)
(12:29) Variation 14
(12:45) Variation 15
(13:08) Variation 16
(13:28) Transition (Rather quicker)
(13:42) Variation 17 (Rather slower. Very broadly)
(14:44) Coda (Very quietly)


Sir Thomas Beecham (1879-1961), Conductor
Royal Philharmonic Orchestra


Rec. October 1956 & April 1957


フレデリック・シーオドア・アルバート・ディーリアス
イギリス狂詩曲「ブリッグの定期市」


指揮:サー・トーマス・ビーチャム
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団


録音:1956年10月,1957年4月


▲△▽▼


フレデリック・ディーリアス 「ブリッグの定期市」 2015 MAY 4 by 東 賢太郎
https://sonarmc.com/wordpress/site01/2015/05/04/フレデリック・ディーリアス-「ブリッグの定期市/

GWはいつも家でのんびりして、天気が良ければジョギングがてら多摩川に出ます。この川で育ったので、ここへ来て呼吸するとなにか五感に訴えるものがあります。
川辺の匂いは川藻のような何処の川とも違う昔の儘で、草いきれと混じりあうと一気に50年前に戻るのは不思議です。耳を澄ますと聞こえてくる音。鳥の声、せせらぎ、風、草、子供、遠くの犬の声。


こういう所に座って、ぼんやりと1時間ぐらい過ごしていると、
そういう音が、遠くから近くから、360度あちこちの方向から、大きかったり微かだったり空気を縫ってきこえてくる。これにはどんな劇場も敵いません。
海外に長いこといて欧米アジアの有名なリゾート地はほとんど行ってみましたが、今となるともうこの多摩川に勝るものなしです。僕にとってはこれぞおふくろの味、お茶漬けの味であります。


天空を何種類もの鳥が飛んで鳴き交わすと、素晴らしいオーケストラになります。重たい空気を切ってピッピ、ピヨピヨと遠く鳴る声は、光が音になったみたいに軽い。


昔からこういう名もない雑草をしげしげと見るのが好きで、こんなものばかり撮って歩いてると不思議な眼で見られますが、このなかに幼いころの記憶がぎっしりつまっています。トンボやバッタをとったり、ボールをさがしたり。

人間がきれいに見えるように植え育てた草花は、きれいですが味気なく感じます。人がきれいに見せているものがそう見えるというのと、何でもない物に美を見出すというのとはぜんぜん違う行為です。

これを味噌汁に入れればいいだろうと思っていつも持って帰っては、必ずお袋に捨てられてましたね。野蒜は玉ねぎみたいでマヨネーズでおいしかった。でもこれとザリガニはだめでした。

ねこがでかい。でもこのメスはすり寄ってきて甘えます。猫好きはすぐに見抜かれます。ほんとうにかわいいですね。

今日はお月さんもでかかった。


こんな環境で育ったなんて、まさに野生児だったと思います。ここは東京都ではありますが、東京育ちっていうのはウソですね。都会は今もとても嫌いであります。どこか田舎でネコ300匹ぐらい飼ってネコに埋もれて住みたいものです。


今日のムードにぴったりの音楽があります。これを聴いてゆっくりと眠れそうです。
フレデリック・ディーリアスの「ブリッグの定期市」です。
音楽の事、何も書きませんが、むすかしいことは似合わない曲です。


Delius: The Walk to the Paradise Garden (Intermezzo from "A Village Romeo and Juliet") - The Walk to the Paradise Garden


Philharmonia Orchestra
Owain Arwel Hughes
_______


Frederick Delius "La Calinda" (from "Koanga")


Frederick Delius "La Calinda"
the Halle Orchestra
Owain Arwel Hughes
Recorded in BBC Studio 7, Manchester, July 1985.


僕が好きな演奏はオウェイン・アーウェル・ヒューズ / フィルハーモニア管弦楽団です。
指揮はとても繊細で音楽に感じきっており、オケがセンシティブに反応して大変美しい。
この曲は水彩画のように淡い色彩ですから録音がいいのがおすすめですね。
イギリスの風景画ですが、これを夕方に多摩川を歩きながら聴くのはハマりです。


ちなみに、ディーリアスの権威で彼の音楽を広く世に紹介したトーマス・ビーチャムがロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団を振った録音がほぼ万人が推すこの曲の代表盤でしょう。


ディーリアス 春初めてのかっこうを聞いて ビーチャム


小管弦楽のための2つの小品 第1曲 春初めてのかっこうを聞いて


指揮:サー・トーマス・ビーチャム
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1956年10〜11月
_________


Delius: Sea Drift - 1959 Beecham (Complete)


On this vinyl album recorded 1959 :-
(CBS Classics 61224)
The Royal philharmonic Orchestra under Sir Thomas Beecham.
Bruce Boyce - Baritone.
BBC Chorus under Leslie Woodgate.
_________


Delius: Brigg Fair - Beecham 1958


Delius: North Country Sketches (Conducted by Sir Thomas Beecham, 1949)


Conductor: Sir Thomas Beecham
Royal Philharmonic Orchestra
Studio Recording, 1949


On this 1958 recording, the best exponent and champion of Delius' music Sir Thomas Beecham conducts the Royal Philharmonic Orchestra.


ディーリアスは米国で黒人音楽に影響を受け、フランスのフォンテンブロー近郊のグレ=シュル=ロワンに住み没した人です。
ジャンルとしてはイギリス音楽なのですが、むしろ彼しか書き得ない非常に詩的で個性的な作風で、彼の音楽が「イギリス音楽」と呼ばれるようになる芸術音楽の特徴の一部を形作ったといっても過言ではないでしょう。


https://sonarmc.com/wordpress/site01/2015/05/04/フレデリック・ディーリアス-「ブリッグの定期市/




http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/946.html

[近代史4] ディーリアス

ディーリアス

ディーリアス ブリッグの定期市
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/946.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/461.html

[近代史3] ディーリアス ブリッグの定期市 中川隆
1. 中川隆[-13032] koaQ7Jey 2020年3月05日 14:32:21 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[502]

イギリス - クラシック音楽 一口感想メモ
フレデリック・ディーリアス(Frederick Theodore Albert Delius CH 1862 - 1934)
https://classic.wiki.fc2.com/wiki/イギリス

交響曲・協奏的作品

チェロ協奏曲(1921年)

管弦楽曲

管弦楽組曲『フロリダ』(Suite "Florida", 1886年 - 1887年)

夜想曲『パリ』(管弦楽曲)(Paris: The Song of a Great City, 1898年)

古い黒人奴隷の歌による変奏曲『アパラチア』(合唱つき)(Appalachia: Variations on an old slave song, 1902年)

イギリス狂詩曲『ブリッグの定期市』(Brigg Fair, 1907年)
3.3点
凡庸でない独特の美しさのある田園的な序奏と主題の変奏。息の長い変容と、少しの違和感をうまく使いこなす音使いと、しなやかで流麗なオーケストレーションのディーリアスの特長が端的に楽しめる。民謡的でありながら浮遊感と密かな陰影を持つ主題がよく作風とマッチしているし、変奏曲の聴きやすさもあって楽しめる。

幻想曲『夏の庭で』(In a summer garden, 1908年)

高い丘の歌(ヴォカリーズの合唱つき)(The Song of the High Hills, 1911年)
3.0点
大作であるがゆえに密度がうすくなり、スケールの大きさがプラスに働いていないと感じた。時間の流れの悠然としたのが物足りなく感じる。時間の流れは違うものの、小品を引き伸ばしたようなイメージである。ただし聴き込めばもっとよい曲と感じられる予感はある。

小オーケストラのための2つの小品 (2 Pieces for small orchestra)

春初めてのカッコウの声を聴いて (On hearing the first cuckoo in spring, 1911年 - 1912年)
3.5点
カッコーの鳴き声が何度も出てくるところが聴きやすい。4分の小品で独特の息の長い音楽を紡ぎ出す明るい光に包まれたような流麗さと自然の美しさの表現や音の使い方を堪能できる。ディーリアス入門にちょうど良い。なかなかの名品だと思う。

楽園への道 (The walk to the paradise garden, 1911年 - 1912年)(歌劇『村のロメオとジュリエット』 の中の間奏曲)
3.0点
美しいが、重さがなくて軽いバックミュージックの映画音楽のようである。クラシック音楽としてはあまり楽しめなかった。

(管弦楽組曲)『北国のスケッチ』(North Country Sketches, 1913年 - 1914年)

夏の歌(A Song of Summer, 1931年)
3.5点
かなり美しい交響詩。独特の幻想的な風景が、空気感と光彩と匂いを伴って、ヒースの生い茂る崖に腰掛けて海を見渡している場に本当にいるかのように感じさせるほど見事に表現している。没入感を感じさせる管弦楽の音色と使い方のうまさに感心する。音の流れを重ねていきながら積み重ねて息の長い大きな時間の流れを作るのに身を委ねるのが楽しい。


https://classic.wiki.fc2.com/wiki/イギリス
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/946.html#c1

[近代史3] ヴォーン・ウィリアムズ トマス・タリスの主題による幻想曲


レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ トマス・タリスの主題による幻想曲



Leonard Bernstein "Tallis Fantasy" Vaughan Williams


Fantasy on a Theme by Thomas Tallis
for Double String Orchestra
by Ralph Vaughan Williams
New York Philharmonic
Leonard Bernstein, conductor


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Fantasia on a Theme by Thomas Tallis (Eugene Ormandy & Philadelphia Orchestra)


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BBC Masterworks Vaughan Williams Fantasia on a theme of Thomas Tallis at Gloucester Cathedral 2006


Part of BBC Masterworks series on Vaughan Williams re-living the first performance of the Fantasia on a Theme Of Thomas Tallis. Colin Davis and BBC Symphony Orchestra.


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《トマス・タリスの主題による幻想曲》(英語:Fantasia on a Theme of Thomas Tallisもしくは《タリス幻想曲》(同:Tallis Fantasia)は、レイフ・ヴォーン・ウィリアムズがスリー・クワイアーズ・フェスティヴァルに出品するため1910年に作曲した作品であり、作曲者の最初の出世作である。


1910年9月6日にグロースター大聖堂において作曲者自身の指揮と、ロンドン交響楽団員の演奏により初演された。後に1913年と1919年に2度にわたって改訂された。


本作品で用いられている楽器編成は、3群に分けられた弦楽合奏である。即ち、典型的な弦楽オーケストラから成る第1アンサンブル、1パートにつき譜面台1台(つまり2人)ずつの小編成による第2アンサンブル(第1アンサンブルから離れた空間に置くのが望ましいとされている)、それと弦楽四重奏である。


印象的なのは、ヴォーン・ウィリアムズが弦楽合奏のこのような空間配置を採ってオルガンに似た響きの印象を作り出していることであり、それによって弦楽四重奏に(オルガンの)スウェルボックスの役割をさせている。本作を鑑賞すれば、必ずや教会内部の音響効果を想像することになる。


本作は、楽曲構造においてエリザベス朝の「ファンシー」または「ファンタジー」に似せられている。「タリスの主題」は、全曲を通して3度にわたって聞こえるが、楽曲の大部分は主題の構成素となる断片ないしはモチーフを基礎としており、従ってそれらに変奏も依拠している。楽曲が3分の1ほど進むと、主題に基づく副次的な旋律が最初ヴィオラ独奏で現れる。この副次主題が、最後の5分間におけるクライマックスを形作るのである。


トマス・タリスのフリギア旋法による原曲は、イングランド国教会の初代カンタベリー大主教マシュー・パーカーのために捧げた、1567年の9曲の詩篇のうちの1つである。ヴォーン・ウィリアムズは1906年に『イングランドの賛美歌 English Hymnal 』を校訂した際、その詩篇を第92曲として取り上げた。タリスの原曲には以下のような英詩が付けられていた。

"Why fum'th in fight the Gentiles spite, in fury raging stout ?
Why tak'th in hand the people fond, vain things to bring about ?
The Kings arise, the Lords devise, in counsels met thereto,
against the Lord with false accord, against His Christ they go." [1]


https://ja.wikipedia.org/wiki/トマス・タリスの主題による幻想曲

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/947.html

[近代史3] ヴォーン・ウィリアムズ トマス・タリスの主題による幻想曲 中川隆
1. 中川隆[-13031] koaQ7Jey 2020年3月05日 15:01:52 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[503]

クラシック音楽 一口感想メモ
レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ(Ralph Vaughan Williams, 1872-1958)
https://classic.wiki.fc2.com/wiki/ヴォーン・ウィリアムズ


交響曲

海の交響曲(A Sea Symphony、交響曲第1番) 管弦楽、ソプラノ、バリトン、合唱
3.5点
交響曲というよりは完全にオラトリオである。交響曲と称されているのは4楽章構成であるからというだけに聞こえる。華やかで立派だし初期らしいネチッこさのない純朴な爽やかさが心地いい。大規模さも音楽にうまく生かして非常に壮大になっており、音楽てんこ盛りのゴージャス感が楽しい気分になる。逆にいえばRVWらしさには欠けるとも言える。近代イギリスのオラトリオは素晴らしい。

ロンドン交響曲(A London Symphony、交響曲第2番)
2.5点
幻想的な音の雰囲気は好きだ。しかしながら、曲の長さと比較して、どう考えても密度も内容も薄い。ロンドンという題名であるが、都会を感じられない音楽で昔旅行したあの街と全くイメージが重ならない。現代の映画音楽らしい雰囲気だが、密度さえも映画音楽レベルになってしまい、BGM的だと思う。

田園交響曲(A Pastral Symphony、交響曲第3番) ソプラノ
3.0点
田園をあまり連想しない。神秘的な深い森といったところか。5音階や低音の持続音が印象的。後半の一部を除いて、静けさに包まれて瞑想的。聴きやすいし、この雰囲気に浸るのは楽しいが、前半はドラマが少なく交響曲としては物足りない。しかし後半になり鎮魂の雰囲気から大いなる感情の高まりのドラマが展開されて満足できる。とはいえ、いい音楽なのに何かが物足りない、名曲になりきれない曲というのが全体の印象。

交響曲第4番ヘ短調(Symphony No.4 in F minor)
2.5点
この曲だけ聴いてしまうと、とても20世紀を代表する作曲家とは感じられないレベルの曲と感じた。不協和音を使った刺激的な短調の1楽章なのだが、かなり不自然さを感じる。2楽章以降は何をしたいのかよく分からない、何を感じてほしいのか伝わらない曲だと思った。それでいて、心地よさや幻想性といった美点はスポイルされてしまっている。失敗作だと思う。

交響曲第5番ニ長調(Symphony No.5 in D major)
3.8点
全4楽章。冬の薄明のような透き通った空気と幻想的な世界の美しさを堪能出来る。近代管弦楽の壮麗さとRVW一流の流麗さや作曲技術が合わさり、どっぷりと世界観に浸れる音楽になっている。踊りの要素が殆どなく、生身の感覚が非常に少ない代わりに、超越的で大自然と宇宙を音にしたようである。この曲は9曲の交響曲の中で、バランスが良くて表題に縛られず本格的で充実しており楽しみやすい。

交響曲第6番ホ短調(Symphony No.6 in E minor)
2.5点
戦争交響曲とも呼ばれる、不協和音が使われた激しい作品とされているようだが、それはあくまで本人の曲の中での比較。現代の耳で聞くと激しい曲と感想を持つ人は少ないだろう。まさにSF系の映画音楽そのもののような曲であり、現代の耳で聴くと、音の目新しさに欠けており、構成も弱いように感じてあまり面白くない。ただ、映画の中では動きの多い場面に合いそうだとはいえる。

南極交響曲(Sinfonia Antartica、交響曲第7番) ソプラノ、合唱
3.3点
映画音楽を再構成して作った交響曲。映画音楽としての純粋な楽しさがある。かなり古い曲にも関わらずやや古い映画音楽にそっくりで現代的とすら感じるのは、むしろ現代が彼の音楽の真似をしているのだろうか。自分の耳には目新しくは感じない。随所に工夫が見られる幻想的で冒険的な雰囲気に、未知の世界への好奇心をかき立てられながら聴ける。

交響曲第8番ニ短調(Symphony No.8 in D minor)
2.8点
小規模な交響曲。編成も小さくて、軽快さが目立つ。その中にも、卓越した技術を生かした詩情が込められている。はっとするような美しさとか、強い印象みたいなものはないのだが、マイナー交響曲としてのそれなりの魅力はある。でも、何度も聴きたいほどではない。

交響曲第9番ホ短調(Symphony No.9 in E minor)
3.3点
最後の交響曲ということで、作曲者もそれに少し気付いていたかのような切ない場面が多い。一方で大衆音楽の影響を受けたかのような軽快な場面もある。8番同様にコンパクトな作品だが、聴き応えはこちらの方がずっとある。名作とまではいかないが、交響曲では超然としていた作風の作曲者が最後に作曲者がたどり着いた境地として、私的な感情を盛り込んだ曲として感慨深い。

管弦楽曲

グリーンスリーヴスによる幻想曲(Fantasia on Greensleeves)
3.5点
美しいオーケストレーションによるグリーンスリーブスの編曲。RVW一流の美点が最大級に活かされている。中間のオリジナル部分も雰囲気を壊さず悪くない。

合奏協奏曲(Concerto Grosso)
3.0点
弦楽器だけなので、協奏曲らしい華やかさとは違うものがあり、想像していたもの違ってがっかりした。しかし、彼の独特の音像を弦楽器をたくさん重ねて音を動かして表現するさまは、案外と独創性が高いものであり、刺激も強い。それが理解できたら楽しめた。一級品の作品ではないと思うが。

イギリス民謡組曲(English Folk Song Suite)
3.0点
小さな曲集。現代ではNHKスペシャルなどのバックミュージックに聞こえてしまう。規模が小さすぎるし、旋律が特段優れているわけでもない。だが、軽快で楽しく聞くことはできる。

弦楽合奏曲
トマス・タリスの主題による幻想曲(Fantasia on a Theme by Thomas Tallis)
3.3点
3つの事なる規模の弦楽の組み合わせの響きは神秘的で教会的でもあるとともに、近代的でイギリス的な端正かつ端麗な弦楽の使い方を楽しめる曲。

協奏曲
ピアノ協奏曲ハ長調(Piano concerto in C)
3.0点
彼らしい音響空間と音像でピアノ協奏曲を書いたらどうなるかという予想の範疇にはある。ただ、ピアノは重音が多くて重おもしく、野蛮さも感じさせるところは驚いた。現代的なピアノ協奏曲の一つの解としての聴く楽しみはある。ただ、やや平板でリズムやフレーズのダイナミックさに欠ける欠点はここにもあり、協奏曲の華やかさを活用しても交響曲と同様という結果になってしまっている。凄いというほどではないが、楽しめる曲だと思う。

2台のピアノのための協奏曲 ハ長調(Concerto for Two Pianos and Orchestra)
3.3点
1台のピアノ協奏曲からの改作。楽器の使われ方としてはこの方が適切な感じがする。ピアノの音の厚さと管弦楽とのバランスが良くなっている。ピアノの音数もより増えて、迫力が増しているし、無理に酷使されず、表情も増えている。そうなると、曲としてより魅力的に聞こえてくる。2楽章なんてなかなか素敵に聴こえる。

揚げひばり(The Lark Ascending)
4.5点
前半部分の5音階に近い音階による夕映えの中の大空を飛ぶひばりのような雰囲気は大変に美しい。中間部分の活気のある部分もまた美しい。強烈な郷愁を誘い、幼い時に感じていた大自然の美しさを呼び起こしてくれる。大変に美しく感動的であり、通俗性は気になるのだが、それを吹き飛ばす圧倒的に強烈な印象を残してくれる。

バス・テューバと管弦楽のための協奏曲(Concerto for bass tuba and orchestra、テューバ協奏曲)
3.3点
まあ普通の曲ではあり個性的という感じではないが、チューバの楽しさを満喫できる。とくに前半は素直な音楽であり、チャーミングでもあり、とても楽しくチューバの魅力に酔える。作曲者の音楽性ととてもマッチしている。コンパクトで聴きやすいのも良い。後半すこしひねりが入って魅力が落ちてくると思った。

オーボエと弦楽合奏のための協奏曲イ短調(Concerto in A Minor for Oboe and Strings)
2.5点
オーボエらしい魅力も協奏曲の魅力も足りない。なんというか、ずっとオーボエが鳴っている管弦楽という印象しかない。これは期待はずれである。


室内楽曲

幻想五重奏曲 (Phantasy Quintet)
3.0点
前半はあまり創意を感じなかった。彼としてはありきたりの音楽と思う。後半の郷愁の強い念を音にしたような音楽は心をぐいっと掴むものがある。この場面ではが無ければかなりつまらない曲になっていたところ。しかしすぐ終わってしまう。展開としめくくりは予想の範疇を大きく出ない。

弦楽四重奏曲第1番ト短調 (String Quartet No.1 in G minor)
3.8点
1楽章は浮遊感や抽象画のような曖昧な色使いと形状の分かりにくさのなかに身をまかせるのが心地よい。室内楽の響きに適合していて素晴らしい出来だと思う。2楽章のエキゾチックな音形はメヌエットと言われると不思議だが、印象派を受け継いだような響きと思うとスッキリした。面白くてかなり楽しめる楽章。3楽章は感動した。灰色の孤独さの中で、不安な妄想が広がっていき、それが自由空間をあてもなく動いて旅をするような、パーソナルな精神世界の曲。4楽章もこれまでの流れと同じでよいし、最後の終わり方は鳥肌が立った。

弦楽四重奏曲第2番イ短調「ジーンの誕生日に」 (String Quartet No.2 in A minor "For Jean on her birthday")
4.0点
1楽章は強烈なパンチを喰らわせられる。前衛的なぐしゃぐしゃとした音楽で打ちのめされる。

2楽章は、雨の中の孤独とでも呼びたい。人間が生活していて、人は周りにいても、心が繋がらないまま、傘をさして歩くような気分を連想した。これは音が動くようになっていくにつれ、雨は止むが環境音も消える。そこでは違和感と疎外の音楽になる。

3楽章はエキゾチックな音楽で、心を疎外から動かして展開させる。

4楽章は未来への希望が見えた感動的なアンダンテで始まる。ジワジワと押し引きを繰り返し、感動を強く呼ぶ。弦楽四重奏は1番もよかったが2番はさらに芸術性が高く驚異的な作品である。交響曲より好きだ。

https://classic.wiki.fc2.com/wiki/ヴォーン・ウィリアムズ
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/947.html#c1

[近代史3] ヴォーン・ウィリアムズ 『揚げひばり』
レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ 『揚げひばり』


Vaughan Williams: The Lark Ascending




Vaughan Williams: The Lark Ascending
Hilary Hahn
London Symphony Orchestra
Sir Colin Davis


▲△▽▼
▲△▽▼


『揚げひばり』(または「舞い上がるひばり」、英: The Lark Ascending)は、レイフ・ヴォーン・ウィリアムズが書いたヴァイオリンとオーケストラのための作品である。副題は「ヴァイオリンと管弦楽のためのロマンス」(Romance for Violin and Orchestra)。


作曲の協力とともに、初演もおこなったイギリスの女性ヴァイオリニスト、マリー・ホールに献呈されている。


イギリスの作家ジョージ・メレディスによる122行の同名の詩に触発されたのをきっかけに、1914年に草稿が書き上げられたが、作曲者が第一次世界大戦に従軍していたため完成されなかった。戦後の1920年にマリー・ホールの協力を得て完成し、同年の11月15日に彼女の独奏により、ピアノ伴奏版でグロスタシャーにて初演された。


さらに翌年の1921年の6月14日に現在の「ヴァイオリンと管弦楽のためのロマンス」として、再びマリー・ホールのヴァイオリンとエイドリアン・ボールトの指揮により、ロンドンにて再初演された。


作品全体を通じて、作曲年代の近い《田園交響曲》に似た、民謡風の旋律を用いた美しい牧歌的雰囲気が流れており、現在でもコンサートなどで演奏されることが多くなっている。またイギリスのインターネットラジオ「Classic FM」では、投票で2007年、2008年、2009年と「栄誉の殿堂(Hall of fame)」の第1位を果たした。


楽器編成
独奏ヴァイオリン、フルート2、オーボエ1、クラリネット(イ調)2、ファゴット2、ホルン(ヘ調)2、トライアングル、弦楽5部。
またスコアには作曲者の手により、以下のような1管編成の室内オーケストラ版でも演奏できるよう、キューが書かれている。
独奏ヴァイオリン、管楽器それぞれ1、トライアングル、第1ヴァイオリン3または4、第2ヴァイオリン3または4、ヴィオラ2、チェロ2、コントラバス1。


構成
自由な三部形式で書かれている(A - [B - C - B'] - A')。


Aは8分の6拍子のアンダンテ・ソステヌート。短い静かな序奏に続いて、独奏ヴァイオリンがヒバリの鳴き声を模倣したメリスマ的なカデンツァを奏した後、空高く飛翔するヒバリの姿を想起させる美しい主題旋律を歌う。


4分の2拍子・アレグレット・トランクイロ(クアジ・アンダンテ)のB部に入ると、やや雰囲気が活発化する。この中間部を三浦淳史は『最新名曲解説全集17』で、あたかもひばりが人間たちの営むにぎやかな定期市を空から眺めているといった印象を受ける、と評している。


C部分のアレグロ・トランクイロでは、繊細なトライアングルの音色を背景に独奏ヴァイオリンが技巧的な旋律を歌う。短縮されたB'、A'と進み、最後は無伴奏となり静かなエコーとともに消え去って行くように終わる。



スコアの冒頭には、メレディスの詩から抜粋した以下の部分が引用されている。


He rises and begins to round,
He drops the silver chain of sound,
Of many links without a break,
In chirrup, whistle, slur and shake.


For singing till his heaven fills,
’Tis love of earth that he instils,
And ever winging up and up,
Our valley is his golden cup,
And he the wine which overflows
To lift us with him as he goes.


Till lost on his aerial rings
In light, and then the fancy sings.


備考
「揚げひばり」は元来は、俳句の春の季語である。たまたま意味が重なることから、The Lark Ascending の訳に用いられている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/揚げひばり

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/948.html

[近代史3] ヴォーン・ウィリアムズ 『グリーンスリーヴスによる幻想曲』
レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ 『グリーンスリーヴスによる幻想曲(Fantasia on Greensleeves)』


Fantasia on Greensleeves by Ralph Vaughan Williams


the Philidelphia Orchestra
Eugene Ormandy


▲△▽▼


Vaughan Williams: Fantasia on "Greensleeves", Barbirolli (1954)
(ラルフ・グリーヴズ編曲)


指揮:サー ジョン・バルビローリ
ハレ管弦楽団


録音:1954年6月5日 マンチェスター


▲△▽▼


Fantasia on Greensleeves


Fantasia on Greensleeves
· Sir Malcolm Sargent
The London Symphony Orchestra


▲△▽▼
▲△▽▼


『グリーンスリーヴスによる幻想曲』(英:Fantasia on Greensleeves)は、レイフ・ヴォーン・ウィリアムズが作曲した小管弦楽のための小品である。


本作は、ヴォーン・ウィリアムズの作品の中でも最も有名なものであり、イングランドの古い歌『グリーンスリーヴス』に基づく。


『グリーンスリーヴス』はエリザベス朝時代から知られており、シェイクスピアの喜劇『ウィンザーの陽気な女房たち』の中でも言及されている。


ヴォーン・ウィリアムズはこの喜劇を基にしたオペラ『恋するサー・ジョン』(Sir John in Love)を1928年に完成したが、その第3幕の間奏曲でこの旋律を用いた。


この間奏曲をラルフ・グリーヴズ(Ralph Greaves)が編曲し、独立させた作品が『グリーンスリーヴスによる幻想曲』である。初演は1934年9月27日、ロンドンにおいてヴォーン・ウィリアムズ自身の指揮で行われた。


なお、このグリーヴズの編曲以外にも、様々な編成のための編曲が数多くの人の手で行われているほか、作曲者自身によるピアノ独奏版も存在する。


楽器編成
弦楽合奏、ハープ(またはピアノ)、フルート1または2(または独奏ヴァイオリン)


楽曲構成
主に3つの部分からなる。


ヘ短調、レント、8分の6拍子でフルート独奏の導入部の後、ヴァイオリンとヴィオラが「グリーンスリーヴス」を奏でる。


イ短調、アレグレット、4分の4拍子の中間部ではヴィオラとチェロに新たな旋律が現れるが、これはヴォーン・ウィリアムズがノーフォークで採集した民謡『ラブリー・ジョーン』(Lovely Joan)である。


フルート独奏のカデンツァをはさんで再び導入部と「グリーンスリーヴス」に戻り、静かに曲を閉じる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/グリーンスリーヴスによる幻想曲



http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/949.html

[近代史4] 国民楽派の音楽 中川隆
7. 中川隆[-13030] koaQ7Jey 2020年3月05日 15:25:43 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[504]

ヴォーン・ウィリアムズ トマス・タリスの主題による幻想曲
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/947.html

ヴォーン・ウィリアムズ 『グリーンスリーヴスによる幻想曲』
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/949.html

ヴォーン・ウィリアムズ 『揚げひばり』
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/948.html

http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/162.html#c7

[近代史4] ヴォーン・ウィリアムズ

ヴォーン・ウィリアムズ

ヴォーン・ウィリアムズ トマス・タリスの主題による幻想曲
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/947.html

ヴォーン・ウィリアムズ 『グリーンスリーヴスによる幻想曲』
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/949.html

ヴォーン・ウィリアムズ 『揚げひばり』
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/948.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/462.html

[近代史3] ヴォーン・ウィリアムズ 『グリーンスリーヴスによる幻想曲』 中川隆
1. 中川隆[-13029] koaQ7Jey 2020年3月05日 15:38:58 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[505]
グリーンスリーブス Greensleeves
イングランド民謡/もう一度ここに来て 私を愛してください
http://www.worldfolksong.com/songbook/england/greensleeves.html


『グリーンスリーブス(グリーンスリーヴス/Greensleeves)』は、エリザベス朝時代(16世紀後半頃)によく歌われてたイングランドの最も古い民謡。

シェイクスピアの劇中でも言及され、1962年のアメリカ映画「西部開拓史」の挿入歌となったほか、ビートルズ『愛こそはすべて』のエンディングでも一部引用されている。


ヘンリ8世を揶揄していた?!

「グリーンスリーブス」とは、ある女性の名前として用いられているようだ。

中世・ルネッサンス期では、「緑」には「不倫」の意味があり、当時のヘンリ8世による女性遍歴を揶揄(やゆ)した曲であるとの解釈もなされている。

【参考】 王妃の闘い―ヘンリー八世と六人の妻たち
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4896420330/asyuracom-22


クリスマスソングとしてもおなじみ

クリスマスキャロル『What Child Is This/ 御使いうたいて』
http://www.xmas-carol.com/song/whatchild.htm

は、グリーンスリーブスのメロディーで歌われるクリスマスソング。

このクリスマスキャロルの歌詞は、1865年頃にイギリスの詩人ウィリアム・チャタトンディックス(William Chatterton Dix/1837-1898)が発表した詩集『The Manger Throne』の中の詩があてられている。

なぜイングランド民謡『グリーンスリーブス』のメロディーで歌われ始めたのか明らかではないが、一説によると、編曲者のJohn Stainer (1840-1901)ではないかと推測されているようだ。


『グリーンスリーブス幻想曲』としてオーケストラに

イギリスの作曲家ヴォーン・ウィリアムズは、イングランド民謡『グリーンスリーヴス』に基づく小管弦楽のための小品『グリーンスリーブス幻想曲』を作曲した。
『グリーンスリーブス幻想曲』は、当初はヴォーン・ウィリアムズによる1928年のオペラ『恋するサー・ジョン(Sir John in Love)』の第3幕の間奏曲として用いられた。

その後、この間奏曲をラルフ・グリーヴズ(Ralph Greaves)が編曲し、独立させた作品が『グリーンスリーヴスによる幻想曲』である。1934年9月にロンドンで初演され、ヴォーン・ウィリアムズ自身の指揮で行われた。


グリーン・スリーブス  歌詞・日本語訳(意訳)

Alas, my love, you do me wrong
To cast me off discourteously
For I have loved you well and long
Delighting in your company.

ああ愛する人よ、残酷な人
あなたはつれなく私を捨てた
私は心からあなたを慕い
そばにいるだけで幸せでした

Greensleeves was all my joy
Greensleeves was my delight
Greensleeves was my heart of gold
And who but my lady greensleeves.

グリーンスリーブスは私の喜び
グリーンスリーブスは私の楽しみ
グリーンスリーブスは私の魂そのもの
私のグリーンスリーブス、貴方以外に誰がいようか

Your vows you've broken, like my heart
Oh, why did you so enrapture me?
Now I remain in a world apart
But my heart remains in captivity.

貴方は誓いを破った、私の心のように
ああ、なぜ貴方は私をこれほど狂喜させるのか?
離れた場所に居る今でさえも
私の心は彼女の虜だ


I have been ready at your hand
To grant whatever you would crave
I have both wagered life and land
Your love and good-will for to have.

貴方が望むものすべてを差し出そう
貴方の愛が得られるなら
この命も土地のすべても差し出そう

If you intend thus to disdain
It does the more enrapture me
And even so, I still remain
A lover in captivity.

貴方が私を軽蔑しても
私の心は変わらず貴方の虜のまま

My men were clothed all in green
And they did ever wait on thee
All this was gallant to be seen
And yet thou wouldst not love me.

私の家来はすべて緑に身を包み
彼らはこれまで貴方に仕えてきた
それらはすべて紳士的で親切だったが
それでも貴方は私を愛してはくれない

Thou couldst desire no earthly thing
but still thou hadst it readily.
Thy music still to play and sing
And yet thou wouldst not love me.

貴方は世俗的な物を望むことはできない
しかし貴方は今もなおそれを進んで得ようとしている
貴方の美しい調べは今もただよい続ける
でも貴方は私を愛してはくれない

Well, I will pray to God on high
that thou my constancy mayst see
And that yet once before I die
Thou wilt vouchsafe to love me.

私は天高い神に祈ろう
彼女が私の忠誠に気付き
死ぬ前に一度でいいから
彼女が私を愛してくれることを

Ah, Greensleeves, now farewell, adieu
To God I pray to prosper thee
For I am still thy lover true
Come once again and love me.

ああ、グリーンスリーブスよ、さようなら
貴方の繁栄を神に祈ります
私は貴方の真の恋人
もう一度ここに来て、私を愛してください

http://www.worldfolksong.com/songbook/england/greensleeves.html
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/949.html#c1

[リバイバル3] ジャズ喫茶「ベイシー」の選択 _ JBLの本当の音とは 富山誠
166. 中川隆[-13028] koaQ7Jey 2020年3月05日 16:03:29 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[506]

JBLのツィーター比較 - Mr.トレイルのオーディオ回り道 2020年03月05日
https://blog.goo.ne.jp/nishikido2840/e/4e3395a39ee04658b5b7a6afbae96369


昨日は近所の常連さんがお持ちのJBLの2種のツィーターの比較試聴をしていました。ご本人曰く「どちらが良いか?良く分からない」との事で、サブシステムのJBL#4425の上に追加して試聴をしました。

1956年発売のJBL#075ツイーター。現品は8Ω品です。このツイーターは良くも悪くもアルミのホーンの音が負荷音として付いてきます。(アルミホーンが振動してシンバルの質感を出してきます) JAZZの演奏ではこのエネルギッシュなサウンドが好まれる事でしょう。JAZZには良く合います。

もう一方は同じJBLの#077ツイーター。(1974年発売) このツイーターはプロ用の#2405のコンシュマーバージョンとしてL300などに使われています。個人的に#2405を50年近く使っています。この#077は#2405と殆ど変わらない「スキっとして高域が良く伸びています」ね。変な癖が無い分、どんな曲にも合いますね。

比較試聴している時の写真を撮り忘れたので、実際にどうやってやっていたのかをお見せ出来ませんが、評価は変わらないと思います。

1971年に発売されたばかりの#2405と#075の比較試聴を名古屋のオーディオショップで体験しました。#075は独特の「響き」の世界を持っています。それに対して#2405は癖の少なくスッと伸びた高域が印象的です。私の好みは#2405の方です。

https://blog.goo.ne.jp/nishikido2840/e/4e3395a39ee04658b5b7a6afbae96369
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/402.html#c166

[近代史3] アメリカの支配層はサンダースを嫌っている
アメリカの支配層はサンダースを嫌っている

2020.03.05
民主党の大統領候補選びでバイデン潰しはこれから本格化する

 アメリカの15州と1自治領で民主党の大統領候補を決めるための投票が3月3日にあった。いわゆるスーパーチューズデーだ。そのうち10州でジョー・バイデンが第1位になり、アメリカ全国の世論調査で最も人気のあるバーニー・サンダースが勝利したのは4州だった。獲得した代議員の数はバイデンが380人に対し、サンダースは328人。サンダースはカリフォルニア州を押さえたことから州の数ほど差は開かなかった。

 本ブログでも繰り返し書いてきたが、アメリカの支配層はサンダースを嫌っている。有力メディアは彼を「左翼」と表現するが、政策を見る限り、それほど左とは思えない。トゥルシ・ガバードほど戦争に強く反対しているわけでもない。ただ庶民の立場に理解を示しているだけだ。つまり、支配層やその代弁者である有力メディアはそこが許せない。彼らが考えているのは支配層の利益だけだ。

 金融資本や戦争ビジネスもサンダースを嫌っているが、もうひとつ重要なファクターがある。シオニストだ。その代理人として最前線で活動しているのがイスラエル・ロビーのAIPAC。国内問題では弱者の立場から発言するエリザベス・ウォーレンも国際問題や安全保障問題ではシオニストに従属している。

 サンダースは2016年の大統領選挙の時から支配層や有力メディアに攻撃されている。本ブログでは繰り返し書いてきたが、2015年の段階で彼らは次期大統領としてヒラリー・クリントンを内定していた。それが揺らいだ理由のひとつは、2014年から15年にかけてシオニストの一派であるネオコンが行った強硬策の失敗にあるだろう。ドナルド・トランプが浮上した一因もそこにある。

 2016年に入ってもクリントンを民主党の候補者にし、そして大統領にしようとしていたDNC(民主党全国委員会)はサンダースの足を引っ張るのだが、その実態を明らかにする電子メールをウィキリークスが明らかにしてしまう。そこで始まったのがロシアゲート騒動だ。

 今回の候補者選びは2月3日のアイオワ州から始まったが、その際に開票作業が大幅に遅れた。作業は「シャドウ」という会社が開発したスマホのアプリが使われているのだが、この会社に疑惑の目が向けられている。

 そして3月3日には​投票開始が大幅に遅れた​。カリフォルニア州では開始が数時間遅れた投票所が少なくなかったようだが、テキサス・サザン大学では遅れが6時間に達したという。システムの不調が原因らしいが、​事前に信頼度が低いと警告する人がいた​ようだ。これだけ遅れると投票を諦めて帰った人もいるだろう。

 ジェフリー・エプスタインのスキャンダルに関係していると言われる富豪のマイケル・ブルームバーグはここで撤退、支配層や有力メディアはバイデンに絞って支援するのだろうが、この人物はウクライナを舞台とした汚職事件で捜査対象になった人物だ。この事件の揉み消しにめどが立ったのだろうか。
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202003040000/
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/950.html

[リバイバル3] 中川隆 _ 欧米文化関係投稿リンク 中川隆
139. 中川隆[-13027] koaQ7Jey 2020年3月05日 16:59:35 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[507]

アメリカの支配層はサンダースを嫌っている
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/950.html

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/464.html#c139
[近代史3] ジュール・マスネ 『タイスの瞑想曲』


ジュール・マスネ 『タイスの瞑想曲』


クライスラー


Fritz Kreisler plays Meditation from Thaïs (1928)




This recording was made in RCA Victor's studios in Camden, New Jersey in late 1928. Kreisler's usual American accompanist, Carl Lamson, is at the piano.


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Fritz Kreisler - Meditation from Thaïs, the earliest of his 4 recordings


Recorded in 1910, 16 years after Thaïs was composed. George Falkestein, piano.


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チボー


Jacques Thibaud; MASSENET ''THAIS


Original issue: Fonotipia XPh524
1905, Paris


Sogaphon system and HMV
CD player: Sony Diskman
Amplifier: Lepai LP2020 digital amplifier


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エルマン


Mischa Elman plays Massenet - Meditation de Thais 1913





Mischa Elman (violin) Percy B. Kahn (piano)
Recorded: 1913
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Thais 'Meditation' - Mischa Elman 1919




Victor 'Red Seal' record #74341
Thais- Meditation
Mischa Elman -violin
Percy B. Kahn -piano
Recorded on November 10, 1919.


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Massenet: Meditation from "Thais" (Elman, violin)


Massenet: Meditation from "Thais"
Mischa Elman, violin; Leopoid Mittman, piano
From EP - RCA ERA 29
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Mischa Elman plays Massenet Meditation From 'Thais' 1959





Mischa Elman (Violin)
Joe Seiger (Piano)
Date of Recording: 10/1959


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Mischa Elman plays Massenet Meditation from Thais 1962



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ムター


Anne Sophie Mutter "Thais"- Meditation (Massenet)




Massenet: Thaïs - Meditation · Anne-Sophie Mutter · Lambert Orkis
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Anne-Sophie Mutter plays Méditation from Thaïs


Anne-Sophie Mutter & Lambert Orkis plays the Méditation from Thais


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タイスの瞑想曲("Méditation" (発音: [meditasjɔ̃]) )は、ジュール・マスネが作曲した歌劇『タイス』(1894年3月16日ガルニエ宮で初演)の第2幕第1場と第2場の間の間奏曲。


その甘美なメロディーによって広く知られている。
本来はオーケストラと独奏楽器(ヴァイオリン)にコーラスの形であるが、室内楽編曲も多い。


オペラ『タイス』での使用例


詳細は「タイス (オペラ)」を参照
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%82%B9_(%E3%82%AA%E3%83%9A%E3%83%A9)


「タイスの瞑想曲」は、オペラ『タイス』の第2幕の第1場と第2場の間で演奏される器楽の間奏曲(w:entr'acte)である。


第2幕第1場で、修道僧アタナエルは、美貌の快楽主義の高級娼婦(クルチザンヌ)でヴィーナスの巫女の、タイス(アレクサンドリアの聖タイス)に対峙して、豪奢で享楽的な生活から離れ、神を通じた救いを見出すように彼女を説得する。


出会いの後のタイスの熟慮の間に、「瞑想曲」が管弦楽によって演奏される。 「瞑想曲」の後の第2幕の第2場で、タイスはアタナエルに、自分は砂漠へと彼を追っていくことを告げる。


『瞑想曲』


マスネは宗教的意図を伴った作品として書いた。
彼の、本作は宗教的雰囲気で(厳密な速度で、あるいは文字通り宗教的な感情でのどちらを意味しうる) 、歩くようなテンポで演奏されるべきであるという意図を表して速度の指示は「宗教的なアンダンテ("Andante religioso")」である。


ハープによる短い導入部をともない始まり、ヴァイオリンの独奏ですぐに、Fis-D-A-D-Fis-H-Cis-Dのメロディで有名な主題に入る。ヴァイオリンが2度メロディを演奏した後、「やや緩やかに(animato)」と指示された部分へと中間部へ入り次第に情熱的になっていく(マスネはpoco a poco appassionatoと書いている)。中間部は平行調ニ短調におさまらない複雑なものである。クライマックスは「すこし情熱的に(poco piu appassionato)」と指示された部分へと到達し、それからソロによる短いカデンツァのようなパッセージへと続き、主題へと戻る。これは形式に通りの再現部である主題が2度演奏された後、ハープと、弦が静かにソロラインの下支えし、ソロヴァイオリンは和声の上に当たる部分を演奏し、ソロはオーケストラと一緒になる。コーダはヴァイオリンのフラジオレットなどを使用した優美なもので「甘美で静かに("dolce e calmato")」終わる。


オーケストラ
本作は、ヴァイオリン独奏、フルート2、オーボエ2、イングリッシュホルン、クラリネット、バスクラリネット、ファゴット、コントラファゴット、ホルン2、コーラスSATB、ハープ2と弦5部で演奏される。


ソロバイオリンは、総じてコンサートマスターによって演奏されるか特別なソリストがオーケストラの前に立って演奏する。


コーラスはマスネによって、オペラのセットのカーテンを後ろで歌うフルコーラスと演奏会場のオーケストラの間に座った5人から8人のソロによって歌うように指示されている。


演奏と翻案
アンコール曲の定番として知られ、ジョシュア・ベル、サラ・チャン、アンネ=ゾフィー・ムター、イツァーク・パールマン、マキシム・ヴェンゲーロフといった世界的なバイオリニストが各地の有名オーケストラとの共演でこの曲を演奏している。


ピアノ伴奏用に編曲された版や、バイオリン以外の楽器に編曲された版もあり、ジュール・デルサールがチェロ用に編曲した版をヨーヨー・マがキャサリン・ストットのピアノ伴奏で録音しているほか、フルートのジェームズ・ゴールウェイ、ユーフォニウムのアダム・フレイ、トランペットのセルゲイ・ナカリャコフといったソリストが、オーケストラ伴奏で演奏した実績もある。


著名な録音


1985 – イヴリー・ギトリス – 練木繁夫 – EMI Classics
1993 – アンネ=ゾフィー・ムター – ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 – ドイツ・グラモフォン
1996 – ジェームズ・ゴールウェイ – ナショナル・フィルハーモニック管弦楽団 – RCA
1999 – リンダ・ブラーヴァ – ジョン・レネハン – EMI Classics
2001 – マキシム・ヴェンゲーロフ, Vag Papian – EMI
2002 – サラ・チャン – ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 – EMI
2003 – ヨーヨー・マ, キャサリン・ストット – EMI
2004 – ジョシュア・ベル – ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 – Decca
2009 - ニコラ・ベネデッティ - ロンドン交響楽団 - Decca


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%81%AE%E7%9E%91%E6%83%B3%E6%9B%B2

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/951.html

[近代史4] 国民楽派の音楽 中川隆
8. 中川隆[-13026] koaQ7Jey 2020年3月05日 19:08:20 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[508]

ジュール・マスネ 『タイスの瞑想曲』
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/951.html

http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/162.html#c8
[リバイバル4] AI には客観的で公正な判断はできない 中川隆
7. 中川隆[-13025] koaQ7Jey 2020年3月05日 19:28:49 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[509]
2020年03月05日
ツイッター凍結とAi社会の危うさ


政府の仕事がAI化されて、ある日このように免許証や資格が剥奪されるかも知れない。

引用:http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/41/0000162941/69/img4c912df1zikdzj.jpeg


10年以内に多くの職業が人間からAIに変わると言われているが、AIは言われるほど良い物だろうか。


Twitterの自動凍結システム

2016年にTwitterの人気スポーツライター、ジム・ウェーバーがアカウントを凍結され削除されていました。

数年前からTwitterはテロリストやヘイト行為、ネットストーカー、ネット上の虐めなどで大量のアカウント凍結をしている。

凍結されると停止とは違い、2度と復活することはないとされている。


ジム・ウェーバーは2012年から6万9000件ツイートし、100万人以上のフォロワーが居た。

2016年8月5日から8月21日までブラジルでオリンピックが開催されていて、彼はその写真と動画を何度も投稿していた。

8月20日の午後7時55分に動画一件を削除した通知があり、「受信後10分以内に他の違反動画も削除せよ」と書かれていた。


だが受信した3分後にはアカウントが停止され、数日後にアカウント凍結になり、完全に削除された。

この間の数日、ジム・ウェーバーはメールで何度もTwitterと連絡を取ろうとしたが「人間からの」応答は一回もなかった。

Twitterからの返信はすべてAIやボットと呼ばれる自動返信システムで、凍結を防止するのに役立たなかった。


Twitterはそれまでの半年間で、テロやイタズラなど23万5000件の不正アカウントを「自動的に」凍結したと発表している。

それだけではなく、自動化によって不正ツイートを高速に、短時間に削除し凍結できるようになったと、自画自賛していた。

ジム・ウェーバーもこうした自動化されたAIの犠牲になったのだった。

AIで人間が消される日

ベネズエラ人の人気活動家Luigino Bracciも、同じようにオリンピックの動画を投稿して凍結された。

Luigino Bracciは4万3000人のフォロワーを持ち、やはりオリンピック期間中に競技の動画を投稿した。

Twitterで投稿できる動画は数十秒の短い物だが、国際オリンピック委員会(IOC)からクレームを受けた。


彼は法律上合法であると反論して動画の削除をしなかったところ、ジム・ウェーバーと同じように凍結された。

ジム・ウェーバーの例からは、例え指示に従って全ての動画を削除しても、やはり凍結されただろうと想像できる。

このようにAIや自動プログラムによる判断は、人間の言い分や抗議を受け付けず、自分の判断で処分する。


Twitterだから大した事ではなく思えるが、これが運転免許の処分だったらどうだろうか。

ある日自分が速度探知機などに引っ掛かり、警察のAIから「あなたの処分を数日後に決定します」という電話やハガキが届く。

電話は自動音声でこちらが何を言っても反応せず、数日後に罰金の納付通知書と免許停止のお知らせが届く。


AIは人間の判断が介入しないので公平だと言われているが、逆に言うと人間の言い分を聞いてはくれない。

速度探知機のような機械はごくたまにエラーを起こし「制限速度200キロ超過」となっているかも知れない。

そんな時でもAIは抗議を受け付けず、警察の窓口で訴えても「担当が違うから分かりません」などと追い返されるでしょう。


役所や銀行、郵便局やコンビニなど、今まで当たり前のように人間がやっていた仕事が、今後10年くらいでAIに変わると言われています。

Twitterとかネット上のAIを見ていると、言われているほどAIは利口ではないし、無害でもない気がします。

将来は裁判もAIで自動化され、人間による不公平がなくなると言われているが、AIの不公平は誰が裁くのだろうか。


中國では既に多くの権利がAIで管理され、人間生活すべてがスコア管理されています。

交通違反は違反の重要度に応じてマイナススコアが付き、ネット上の政府批判も同様に減点される。

家賃不払いや債務状況もスコア化され、減点が一定以上になると「バスに乗れない」「就職できない」「ネット利用禁止」などペナルティを受けます

冗談ではなく現実に、ネットで習近平の悪口を書いたら交通機関利用停止や免許没収、ネット接続禁止で公的企業(9割の大企業)に就職禁止になっています。


http://www.thutmosev.com/archives/65383670.html#more
http://www.asyura2.com/18/revival4/msg/122.html#c7

[近代史3] 監視国家 中国 中川隆
4. 中川隆[-13024] koaQ7Jey 2020年3月05日 19:29:31 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[510]
2020年03月05日
ツイッター凍結とAi社会の危うさ


政府の仕事がAI化されて、ある日このように免許証や資格が剥奪されるかも知れない。

引用:http://image.space.rakuten.co.jp/lg01/41/0000162941/69/img4c912df1zikdzj.jpeg


10年以内に多くの職業が人間からAIに変わると言われているが、AIは言われるほど良い物だろうか。


Twitterの自動凍結システム

2016年にTwitterの人気スポーツライター、ジム・ウェーバーがアカウントを凍結され削除されていました。

数年前からTwitterはテロリストやヘイト行為、ネットストーカー、ネット上の虐めなどで大量のアカウント凍結をしている。

凍結されると停止とは違い、2度と復活することはないとされている。


ジム・ウェーバーは2012年から6万9000件ツイートし、100万人以上のフォロワーが居た。

2016年8月5日から8月21日までブラジルでオリンピックが開催されていて、彼はその写真と動画を何度も投稿していた。

8月20日の午後7時55分に動画一件を削除した通知があり、「受信後10分以内に他の違反動画も削除せよ」と書かれていた。


だが受信した3分後にはアカウントが停止され、数日後にアカウント凍結になり、完全に削除された。

この間の数日、ジム・ウェーバーはメールで何度もTwitterと連絡を取ろうとしたが「人間からの」応答は一回もなかった。

Twitterからの返信はすべてAIやボットと呼ばれる自動返信システムで、凍結を防止するのに役立たなかった。


Twitterはそれまでの半年間で、テロやイタズラなど23万5000件の不正アカウントを「自動的に」凍結したと発表している。

それだけではなく、自動化によって不正ツイートを高速に、短時間に削除し凍結できるようになったと、自画自賛していた。

ジム・ウェーバーもこうした自動化されたAIの犠牲になったのだった。

AIで人間が消される日

ベネズエラ人の人気活動家Luigino Bracciも、同じようにオリンピックの動画を投稿して凍結された。

Luigino Bracciは4万3000人のフォロワーを持ち、やはりオリンピック期間中に競技の動画を投稿した。

Twitterで投稿できる動画は数十秒の短い物だが、国際オリンピック委員会(IOC)からクレームを受けた。


彼は法律上合法であると反論して動画の削除をしなかったところ、ジム・ウェーバーと同じように凍結された。

ジム・ウェーバーの例からは、例え指示に従って全ての動画を削除しても、やはり凍結されただろうと想像できる。

このようにAIや自動プログラムによる判断は、人間の言い分や抗議を受け付けず、自分の判断で処分する。


Twitterだから大した事ではなく思えるが、これが運転免許の処分だったらどうだろうか。

ある日自分が速度探知機などに引っ掛かり、警察のAIから「あなたの処分を数日後に決定します」という電話やハガキが届く。

電話は自動音声でこちらが何を言っても反応せず、数日後に罰金の納付通知書と免許停止のお知らせが届く。


AIは人間の判断が介入しないので公平だと言われているが、逆に言うと人間の言い分を聞いてはくれない。

速度探知機のような機械はごくたまにエラーを起こし「制限速度200キロ超過」となっているかも知れない。

そんな時でもAIは抗議を受け付けず、警察の窓口で訴えても「担当が違うから分かりません」などと追い返されるでしょう。


役所や銀行、郵便局やコンビニなど、今まで当たり前のように人間がやっていた仕事が、今後10年くらいでAIに変わると言われています。

Twitterとかネット上のAIを見ていると、言われているほどAIは利口ではないし、無害でもない気がします。

将来は裁判もAIで自動化され、人間による不公平がなくなると言われているが、AIの不公平は誰が裁くのだろうか。


中國では既に多くの権利がAIで管理され、人間生活すべてがスコア管理されています。

交通違反は違反の重要度に応じてマイナススコアが付き、ネット上の政府批判も同様に減点される。

家賃不払いや債務状況もスコア化され、減点が一定以上になると「バスに乗れない」「就職できない」「ネット利用禁止」などペナルティを受けます

冗談ではなく現実に、ネットで習近平の悪口を書いたら交通機関利用停止や免許没収、ネット接続禁止で公的企業(9割の大企業)に就職禁止になっています。


http://www.thutmosev.com/archives/65383670.html#more
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/888.html#c4

[近代史4] 中川隆 _ 映画史関係投稿リンク 中川隆
4. 中川隆[-13023] koaQ7Jey 2020年3月05日 20:44:18 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[511]

アイドルの起源は軍隊だった? 戦意高揚で女優を偶像化
http://www.asyura2.com/18/revival4/msg/136.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/191.html#c4
[近代史4] 中川隆 _ テレビ・ドラマ関係投稿リンク 中川隆
1. 中川隆[-13022] koaQ7Jey 2020年3月05日 20:44:58 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[512]

アイドルの起源は軍隊だった? 戦意高揚で女優を偶像化
http://www.asyura2.com/18/revival4/msg/136.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/195.html#c1
[近代史4] 日本人の「おもてなし」の精神の起源 中川隆
3. 中川隆[-13021] koaQ7Jey 2020年3月05日 20:47:40 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[513]

アイドルの起源は軍隊だった? 戦意高揚で女優を偶像化
http://www.asyura2.com/18/revival4/msg/136.html


昭和天皇は、なんと東京裁判のキーナン検事に宮廷筋から上流階級の女性たちを提供し、自分が戦犯に指名されないよう工作した。キーナンはいい気になって、しきりに良い女を所望したと鬼塚氏は書いている。

キーナンに戦争の責任は全部東条ら陸軍軍人におっかぶせるからよろしく、との意向を女を抱かせることで狙った。

女優・原節子がマッカーサーに提供されたという噂は、噂ではあるが、当時から根強くあったのは有名である。おそらくそういう悲劇が多数あったのだろう。
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/312.html

http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/453.html#c3

[リバイバル4] アイドルの起源は軍隊だった? 戦意高揚で女優を偶像化 中川隆
1. 中川隆[-13020] koaQ7Jey 2020年3月05日 20:48:19 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[514]

昭和天皇は、なんと東京裁判のキーナン検事に宮廷筋から上流階級の女性たちを提供し、自分が戦犯に指名されないよう工作した。キーナンはいい気になって、しきりに良い女を所望したと鬼塚氏は書いている。

キーナンに戦争の責任は全部東条ら陸軍軍人におっかぶせるからよろしく、との意向を女を抱かせることで狙った。

女優・原節子がマッカーサーに提供されたという噂は、噂ではあるが、当時から根強くあったのは有名である。おそらくそういう悲劇が多数あったのだろう。
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/312.html

http://www.asyura2.com/18/revival4/msg/136.html#c1

[近代史4] 日本人の「おもてなし」の精神の起源 中川隆
4. 中川隆[-13019] koaQ7Jey 2020年3月05日 20:50:11 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[515]

こんな女に誰がした_1 (天皇陛下を恨んでね)
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/332.html

http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/453.html#c4
[リバイバル4] アイドルの起源は軍隊だった? 戦意高揚で女優を偶像化 中川隆
2. 中川隆[-13018] koaQ7Jey 2020年3月05日 20:58:28 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[516]

こんな女に誰がした(パンパン編)__天皇陛下を恨んでね


日本女性への忠告  一米軍将校からの手紙

 1952年4月7日 読売 軽すぎる貞操観念 清浄な本来の姿に還れ

 私は日本占領軍としてこの国に駐屯している一米軍将校です。近く帰米するに当りどうしても日本の人々、ことに一部の助成にお話したいことがあります。

 私は日本に赴任以前はこの国のもつ伝統文化などに深いあこがれをもっていました。しかし占領軍の一員としてこの国に来たとたん日本女性の生き方と考え方について強い幻滅を感じました。この手紙に私が取り上げたいのは日本女性のモラルのことなのです。

日本は戦争に負けました。戦いをのろう日本人の心はよく理解出来ます。しかし日本の女性のみなさん、戦争中誤った指導によるとはいえ国を愛するがために戦った兵隊たちは皆あなたたちの父であり夫、兄弟、息子、そして恋人だったのではないでしょうか。戦闘を日本本土に近づけまい。妻、母、姉妹、そして恋人を戦いの中にまきこまぬよう必死に戦ったこの日本の兵隊は、南太平洋の孤島で、あるいはシャングルの中で傷つき、飢え、身を腐敗させて死んで行ったのではないでしょうか。

だがいま日本女性の多くはこの犠牲と言うべき男性に対して感謝の念を一片でも持っているのでしょうか。数千、数万の日本女性か終戦直後から現在まで、むしろ自分から進んで、喜んで外国兵の腕に抱かれ、戦いに勝ったために使えるわずかの品物、虚栄心の強い彼女たちには何物にもかえがたい品物なのでしょうか、そのために易々と肉体を売っているのです。私は職業的な特殊婦人のことよりもむしろ良家に育ち教養の日本女性がどんなに簡単に外国人に近よって行くかをこの眼で見てあえて苦言を呈するのです。

 彼女たちは羞恥の観念持っていません。戦後の欧州にももちろん同様な道徳的頽廃は起こりました。しかし“貞節”といわれた日本女性古来の美徳が忘れられてよいのでしょうか。もし戦死した日本兵たちがこのこと事を知ったなら“こんなことのために死んだのではない”と地下で泣き悲しむことでしょう。こういう彼女たちの態度は外国人に、“日本の女性はほとんど不義な肉体的快楽の対象物だ”と認識されているのです。そして数万の国連軍将兵は世界のすみずみにまでこういう日本女性の印象を持ち帰るのです。日本という国は品性も道徳もわきまえぬ動物的な女性ばかりの国だと。

 本当の日本の姿はそんなものではないことを私自身よく知っています。もはや独立国として面目を一新する日も近いのです。どうぞ日本の女性よ、一日も早く本来の姿に立ちかえり、富士山のような清浄な美しさを示して下さい。

東京にて一米軍将校 
http://www004.upp.so-net.ne.jp/imaginenosekai/yokota-letter.html


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1.こんな女に誰がした(パンパン編)__天皇陛下を恨んでね

 『新日本女性に告ぐ!
 戦後処理の国家的緊急施設の一端として、駐屯軍慰安の大事業に参加する新日本女性の率先協力を求む。女事務員募集。年齢十八歳以上二十五歳まで。宿舎、被服、食糧当方支給。』


 敗戦直後の昭和20年8月22日、この広告が新聞などに張り出される。「新日本女性に告ぐ!」などと勇ましいことを書いているが、これは単なる事務員の募集の求人広告ではない。

 この前日、近衛文麿国務相が「婦女子を性に飢えた占領軍兵士から守る」という狙いのもと「特殊慰安施設協会(RAA)」の設置を決めた。上の広告はこの施設で占領軍相手の売春をする女性を集めるものであった。大抵の女性は、はじめからこれがただの事務の仕事ではないことは気付いていたようだが、中にはやはり単なる事務の仕事だと思って応募してくるものや、慰安とは「歌でも歌えばいい」と思って応募してきた良家の子女もいたと言う。

 この売春施設の目的は性のハケ口を設けることによって、占領軍がレイプ事件などを起こさないためにという「性の防波堤」とも言うべきものであった。が、実際は占領軍によるレイプ事件は日常茶飯事であった。

 さてRAAであるが、東京の大森を皮切りに各地に作られ全盛期にはそこで働く「パンパン」と呼ばれた女性は7万人を数えるようになった。しかしその後占領軍兵士が持ち込んだ性病が蔓延し、GHQは21年3月10日慰安所への兵士の立ち入りを禁止し、RAAは崩壊する。パンパンの彼女たちの多くは私娼となって街で客を求めるようになる。

 そのころ吉原はというと、戦時中に東京大空襲で焼け野原になるも政府の援助によってすぐに復興。そして終戦を迎えると、前述のRAAの慰安施設となる。

 GHQは占領軍のRAAの立ち入りを禁止すると同時に、日本政府に対して公娼廃止を求める。日本政府はこれを受けて公娼を廃止するが、実際は特殊飲食街を指定しその地域内での売春行為は取り締まらないようになった。これが「赤線」の始まりである。

 赤線地帯は吉原や新宿二丁目など戦前は貸座敷があったところが指定され、風俗営業取締法(以下風営法)によって「カフェー喫茶」などが営業されていた。この「カフェー喫茶」であるが、もちろん「喫茶」といってもただ単にお茶を飲むのではない。かつて花魁として働いていた女性が今度は女給という呼称で売春をしていたのである。その後赤線は朝鮮戦争の特需景気により営業する店が急増した。そのころの泊まりの料金は1000〜3000円。

 赤線が一応風営法というかたちで許可をとっていたのに対し、その許可を取らないで売春行為をしていたのが青線である。青線は表向き料理屋の形をとっているが客と交渉が成立したときは店を閉め売春をする。青線のほうが基本的に価格は安く、比較的所得・階層の低い人が利用していたと言う。

 しかし、赤線・青線地帯もやがて崩壊する。昭和33年4月1日売春防止法(以下売防法)が施行される。これはこれまで黙認してきた売春行為を禁止するものであった。なぜこの次期に売防法が公布・施行されたのか。それは日本が国連に加盟するためである。国連は昭和24年「人身売買及び売春行為の搾取禁止のための条約」を決議しており、国連に加盟するためには娼婦をなくすことが必要であったからである。

 売防法について、赤線で働いていた女性は猛反対していた。もし赤線がなくなれば彼女達は生きる術を失うことになる。政府は何も生活の保障や仕事の斡旋などはしてくれない。東京では「東京都女子従業員組合連合会」を結成し、売防法に反対するビラまきなどを行った。

 しかしながら売防法は施行され、そして吉原をはじめとする赤線地帯は消えていったのである。職を失った女性たちは、厚生施設に通い手に職をつけようとした者もいたが、白線・黒線と呼ばれる結婚相談所の形をとった売春組織で働く者もいたし、それ以外の性風俗で働く者もいた。 
http://www.hit-press.jp/column/shakai/shakai26.html


赤線地帯 溝口健二監督 撮影・宮川一夫

出演者 若尾文子
三益愛子
町田博子
京マチ子
木暮実千代

動画
https://www.youtube.com/watch?v=l_I23VwgKkY

「戦争が終わってアメリカさんが来たら、素人さんを守ってくれ、防波堤になってくれなんて、いーい調子でおだてられちまってね」というセリフ!

映画のラスト。初めて吉原の店に出る生娘の少女が、ようやくのことで男を誘う呼び声を出すが、すぐに柱の陰に隠れてしまう。

彼女は、これから男に体を売って生きていかなければならない。その未来の始まりが映画の終わりだ。何という終わり方!

また、それが溝口監督の映画の最後のシーンになった
http://bojingles.blog3.fc2.com/blog-entry-682.html


記録映画「赤線」  官許遊郭の実態
http://www.youtube.com/watch?v=WOZEV7sh_TU&feature=related

赤線
http://www.youtube.com/watch?v=Czjvt2wB3Z8

記録映画『赤線』・ネオンきらめく吉原 1958
http://www.youtube.com/watch?v=w3b6A9fxSE0&feature=related

記録映画『赤線』・東京パレス(小岩) 1958
http://www.youtube.com/watch?v=tM45aDtaU-4&feature=related

記録映画『赤線』・洲崎パラダイス 1958
http://www.youtube.com/watch?v=I9iF39c-Hdk&feature=related


怒れる占領軍を親日家に変えたこの手腕__昭和天皇は偉大だった


昭和天皇は主席検事キーナンに戦争の責任は全部東条ら陸軍軍人におっかぶせるからよろしく、との意向を女を抱かせることで狙った(?)。女優・原節子がマッカーサーに提供されたという噂は、噂ではあるが、当時から根強くあったのは有名である。おそらくそういう悲劇が多数あったのだろう。http://blog.goo.ne.jp/hienkouhou/e/bd61d9d5c3085df3fddc6adf68c4c7d2


田中隆吉は、すぐに、主席検事キーナンに親しいボディーガードとなった。二人は、両者に共通するフランス語を使い、田中はバーボンをあたかも「特級酒」ように楽しむことを覚えた。田中が出版した回顧録によれば、キーナンは田中を日本暮らしのガイドのように使った。

もし、キーナンが女性関係を望んだ時は、彼はただ会話に「Je suis fort. (私は強い)」 とだけ言えば、田中は電話をかけてその段取りをととのえた。

実際、田中は何事にも明るく、靴を脱ぐのを嫌うキーナンが、靴のまま畳の間に入り込んでも問題を起こさないような、そんなくつろぎの場をも手配した。キーナンは、アメリカ人将校と日本の上流婦人との間の関係を良しとしていなかった。彼はよく言った。

「私もちょっとしたあそびは好きだが、素人に手を出したりはしない。それはよくない。」
http://www.retirementaustralia.net/rk_tr_emperor_13_3_4.htm


マッカーサーの部下職員の宿泊所として徴用された旧東京記者クラブでは、22人のメイドと電話交換手が、夜、そうした職員の部屋で過ごしているところを発見された。占領後半年までに、少なく見積もっても、半分以上のアメリカ軍将校たちが日本人の愛人を持つと見られていた。

 10月、幣原内閣が発足しようとする頃、特殊慰安協会はその供給について、下士官と将校を分離し、50万人の占領軍全体がすべて同じように魅力的なサービスが受けるのは難しいと強調し始めた。そしてその日より、下士官には下級のホステスバーが、兵卒には「ウィロウ・ラン」となり、上等な老舗旅館は将校向けとなった。つまり、もはやだれもが十分に満足しえるものではなくなっていた。

みごとな庭園を持つ豪奢な別荘の幾つかにはアメリカ式浴室が設けられ、そして人々の視界からは消えた。米軍士官にもっとも人気のあったのは、東京中心部のネオン街にある、招待客のみを受け入れる、プライベートクラブだった。

 そうしたクラブの筆頭が「大安」で、裕仁の弟、海軍大佐の高松宮の親友、安藤明が経営しており、戦時に便乗して暴利を稼いできていた。

トラック運送あるいは建設業界のボスとして、最初の占領軍の着陸に際し、厚木基地のまたたくうちの修復工事を成し遂げて名を売っていたのが安藤だった。

そのクラブ「大安」では、米軍の高級将校に、活発で英語の話せる貴婦人を紹介し、夜ごと、その記念にと、御木本の真珠のネックレスが贈呈されていた。

彼の気前の良い商風は、幾度も彼を倒産の崖淵に追い込んでいたが、地下商売で大当たりを上げては再起していた。そして最後に短期の刑務所暮らしをした後は、引退して安楽な生活を楽しんだ。

 そうしたクラブとは別に、内閣官房楢橋渡や東久邇元首相の別荘では、極めて興味深い享楽が繰り広げられていた。東久邇のパーティーの様は余り記録に残されていないが、楢橋のそれは、見るからに露骨な誘惑そのもので、今日。老いたアメリカ人将軍たちが当時を思い出して顔を赤らめるものとなっている。

楢橋は熱海に別荘をもっていた。熱海の入江や山々、そして名高い温泉やホステスたちと、当地はその持ち味をあえて強調する必要もなく、かつ、楢橋は名うてのもてなし上手だった。その裕福な弁護士は、戦争中、北京で最大かつ最も儲けの良い情報収集源ホテル〔北京飯店〕を経営していた。

その彼の部下の鳥尾〔鶴代〕子爵夫人が、コトニー・ウィットニー准将に仕える将官〔民政局次長チャールス・ケーディス〕の愛人となった。ウィットニーは、連合軍最高司令部民政局を動かし、日本の法制改革の草案作りをしていた。その元ホテル経営者の楢橋は、自分と自分の「貴婦人」たちが、最後にはウィットニーの部下たちすべてを「とりこ」にするだろうと豪語していた。

 性的わいろに加えて、さらに特異な投資機会も存在していた。

マッカーサーの会計担当ハロルド・R・・ルース大佐は、占領軍将兵たちは、毎月、支払われる給料より800万ドルも余計に故国に送金をしているとの報告を行った。

日本人が中国から略奪してきた数々の骨董品は、日本産の秘蔵品とともに、米国へ送られる雑のうの中に入れられていた。

天皇の叔父、東久邇宮自身も骨董業を手がけ、後になって、要職にあるアメリカ軍士官たちに安売りし過ぎて破産したと、よく語っていた。http://www.retirementaustralia.net/rk_tr_emperor_13_3_1.htm


8月15日の降伏の日、近衛宮は警視庁長官、伴信也を呼んで言った。「我々は日本の娘たちを守らなければならない。特に君にはそれを理解してもらいたい」。用意周到な中産階級の人々は、女たちを山中に隠れさせ、いざという時のために青酸カリ剤を持たせていた。

スラム街には、貞淑であろうとする権利も、国を思って自ら愛国者であろうと考える暇すらも与えられたことのない数千人の女たちが残されていた。今や、そうした女たちの出番であった。

伴長官は、東京の主要な娯楽業界――旅館、レストラン、麻雀荘、お茶屋、バー、売春宿など――の代表を招集した。

8月23日、こうしたお歴々によって、連合軍下士官のための「特殊慰安施設協会」が設立された。この団体は、勧業銀行による二百万ドル相当の株発行を資本とし、その株券は天皇の友人たちに販売された。数週間のうちに、同協会は、東京で33個所、地方で5個所、そして二つの婦人専門病院での事業を始めた。 

また同協会の別事業として、東京下町にあった軍需品工場がホテルに改造された。刀を鍬に作り直す事業などより、はるかに儲かるビジネスだった。

後にこの施設が最終的に廃止されるまでに、 「ウイロー・ラン」 と呼ばれたその工場は、250人の女たちによる生産ラインを持ち、一日に平均3,750人の兵士たちを受け入れるという生産高をあげた。

 特殊慰安施設協会とその付属組織は、 「一年一円」衆と称して天皇に仕える工業界人団体によって支援され成長した。

この団体は、化学、海運業界の重鎮であり、過去十ヶ月、和平派に属し、木戸内大臣と幾度も会談を重ねてきた、山下太郎によって組織、統率されていた。山下とその賛同者は、二億円、およそ1,400万ドルの基金を集め、天皇に献上した。

この贈呈が、その受け入れに木戸内大臣が二日を要したところからみて、何らかの見返りが要求されていたことが伺える。


 山下と 「一年一円」衆が引き受けた仕事のうち、最も難しかったものは、マッカーサー及びその側近との間の連絡業務であった。

宮中のご婦人たちの助言によれば、無能な国内警察による通訳用務が放棄され、外国語に通じたそうした国際経験ある婦人たちがそれを代行するようになれば、連合軍司令部との関係ははるかに円滑になる、というものであった。そこで、パリやロンドンに暮らしたことのある王妃や侯爵夫人たちの一団は、米国での良好なコネを持つビジネスマンの一団と協力し合うことに同意した。折角の貯蓄も目減りして見る影もない戦争未亡人には、新しい着物を買うための資金も用意された。名家の別荘は、その品格と遊興施設の程度によってランク付けされた。西洋の首都で見られるようなものをまねて、会員制のクラブが作られた。

裕福な才女たちのグループは名うての芸者を招き、男たちをもてなす芸に取り組んだ。

 日本は、マッカーサーが自分の兵隊たちに予測していた気の緩みにつけ込むための準備を万全に整えていた。和平派の特殊慰安施設協会は、まさしくその目的のために、国をあげての娼婦力を動員していた。

最初に米軍の機動部隊が東京に到着し、所定の兵営や工場に収まり、そこに検問所を設置した時より、兵員たちは、幾台ものトラックに満載されてきた女たちが検問所前で下車して準備が整い、通訳から「特殊慰安施設協会からの御挨拶です」と説明されてびっくり仰天した。

この最初の進呈は受け取りを拒絶され、そのトラック満載の贈り物は未開封のまま返品された。だが数週間のうちに、それが日本側の騙し打ちではないと判ると、アメリカ人たちはそれに打ち解け始めた。そしてすぐににマッカーサーは、「広がっていると報じられる占領軍メンバーと不品行な日本女性との間の乱れた関係に大きな懸念と深い困惑」を表すこととなった。

 戦前、日本の売春婦は、その小柄さ、その恥じない快楽主義、そして彼女たちの自尊と誠実さを込めた甘美なサービスで、国際的な評判を得ていた。

彼女たちは、主要都市の街外れにある、壁で囲まれ、飾り立てられた街区に住み、働いていた。その最も著名なものは、東京の吉原で、きらめく提灯とごった返す小路を持つ40エーカー〔16万m2〕ほどの治安の良い一画を形成し、金張りの龍と朱塗りの門、着飾った客引きや曲芸師と砂糖菓子売り、格子を通して垣間見える池や庭と縁側や格子窓の向こうの女たちといった、集積された東洋の魅惑と悪徳の場であった。

 空襲を生き延びたそうした女たちは、首都圏全体に霧散していた。少しでも英語が話せるものは、特殊慰安施設協会に雇われ、郊外の古びた宿屋や、同協会が下町に作ったキャバレーや売春宿で、そのサービスを提供するのを待ち構えていた。

アメリカ人による需要は、ついには、横浜の「ビック・ティッツ〔「大きなおっぱい」の意〕・バー」や。東京の「ハード・オン〔「勃起した」の意〕・カフェ」のような目立った歓楽場所を生みだし、占領が始まって1ヶ月も経たない時点で、歓迎されるとみられる所では、目立たないようにながら、あたかも偶然を装い、そうした女たちが商売を始めていた。

 米兵のうちには、まるで麻薬の幻覚であるかのような、そうした初期の出来事を経験したものがいる。日本の地方で、武器の隠し場所を捜索していた元第8軍団の軍曹が、1945年10月末のある日の経験を述べている。


 彼と同僚は、その日、東京の東方にある小さな海辺の町のほこりっぽい広場に、彼らの乗るジープを止めた。そこで彼らが、昼食のためにK号携帯糧食を開こうとしていた時、シルクハットを被り、黒く盛装した一人の紳士がやってきて、たどたどしい英語で、粗末な場所だがその屋根の下で、食事を摂ったらいかがかと申し出てきた。彼は、ジープの後方バンパーに立ち、海を見下ろす崖の上へと、砂利道を案内した。竹藪の前で車を止めさせ、崖の淵にある、古い宿屋へと小道を下った。

その玄関では、着物を着た四人の麗しい娘が、彼らの靴を脱がせ、二階の、漆塗りの食卓の置かれた畳敷きの部屋へと通した。座布団が差しだされ、ふすまが開けられると、素晴らしい景色がそこに広がり、眼下では波が磯に砕け散っていた。女中が、K号携帯糧食に加えるべく、ビール、おひつに入ったほかほかのご飯、数々の前菜を持って入ってきた。娘たちは、間違った英語をにぎやかにしゃべり、はしを使って米兵たちにそれを食べさせた。そして、指やマッチ棒やビール瓶をもちいた接客ゲーム――言葉を超越した遊び――を彼らに教えた。とっくり入りの燗のついた酒も出され、それを杯で飲んだ。

やがて、食事と歓談に満腹したところで、娘たちが言った。「お風呂に入りましょう」。

 折り返した階段を下りて、崖下のほら穴状の部屋へと案内された。その岩の床はおだやかに傾斜し、一方の壁は海に向かった開口部だった。その床の中央に、タイル張りの湯気をあげる浴槽があった。

娘たちは着物を取り、男たちの服を脱がせ始めた。娘たちは、手おけで火傷しそうなその熱いお湯を自らあびた。その行為は繰り返され、兵士たちは大喜びしてそれをまねた。皆がそうして洗い終わった時、娘たちは浴槽の中に身を沈めた。男たちは、それに従い、その40度を越える熱いお湯に体を入れ、ゆっくりと首までつかったが、火傷はしないようだった。彼女たちは、兵士たちの顔を手ぬぐいでふいて、女中が運んできたビールを小さなグラスで飲ませた。遠くでは、崖の影が、海面の上に長く延びていた。

 皆がよく浸かった頃、女中が清潔な木綿の浴衣を持ってきて、男たちはそれを着て、その帯を前で結び、その結び目を背に回すことを教わった。そして娘たちは、彼らを、二階の個室へと案内した。そこでは、畳の床の上に厚い布団が敷かれ、またしても、ビールが幾本か、食膳の上に並べられていた。

一人の娘が、「アメリカ風の愛し方をして」と、軍曹に手を巻きつけながら言った。軍曹は、一瞬息をのみ、圧倒され、夢中となって、そして、それを拒むには自分が余りに誇らしくなっているのを感じていた。

翌朝、彼は一人で眼を覚ました。隣の部屋の仲間を起こし、そのぜいたくな遊びの代金を請求された場合を心配して、彼らの手持ちの金をかき集めた。

女中がお茶とご飯をもってきた。朝食の後、彼らは、その黒の盛装の男にそれでよいかを尋ねた。その男は、その代金は、一人につき、煙草二箱で結構と言った。玄関では、昨夜の相手をしてくれた娘たちが、靴べらを手にして待っており、満面の笑みをうかべて礼をして、彼らが帰途につくのを見送った。


 そのような、初期の接触がもたらした体験や物語は、親密関係無しといった公式占領政策をアメリカのMPによって徹底させることを不可能にした。ジャングルで闘ってきた精鋭部隊が、すべて「米国内」に帰還し終わるまでに、そうした女たちは、米国人宿泊所や定期的な一掃取締についてのあらましを知っていた。

連合軍隊員によって占められたかつての日本軍兵舎や武器改造工場は、消灯時ともなると、ヒールの音や漂う香水の香り、溜息や何かのきしみ音などが響く、不可思議な時間帯となった。http://www.retirementaustralia.net/rk_tr_emperor_13_3_1.htm


「米軍の本隊がまもなく到着する。宿舎は内村旅館である。

どのくらいの期間滞在するかわからないが、
署長は米軍から知覧の町民を守るようにとの中央の命令を受けている。

一番怖いのは婦女暴行であるが、これについては各方面の協力を得て、
彼らに当てがう女たちを確保した。

その女たちは、いわゆる慰安婦である。
 (赤羽礼子 石井宏著「ホタル帰る」草思社p188)

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   ゙'!,,,い:    ,‐ .,!.gl,,|i,,j,,\  .,l 私のせいで多くの女性が犠牲になった?
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     ll,  ゜,,l゙`:;,,,,l,ll,,、.゚ト.,,i   あ、そう! だから何?
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米兵は日本の「慰安婦」を常用していた

エリック・タルマッジ
AP通信 2007年4月25日18時44分

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この日付のない写真は横須賀市によって公開された。東京の南に位置する横須賀の安浦遊郭前に集まる米水兵。日本の降伏後米兵に売春を提供するために日本側によって設置された多くの慰安所の一つ(提供:AP通信/横須賀市)

【AP通信:東京】 第二次大戦中、軍のために女性を奴隷化した日本の忌まわしい行いには、余り知られていない続編がある。降伏後日本は米兵に対しての同様な「慰安婦」を提供したのである。米占領当局の黙認の下に。

 これまで英訳されてなかったものを含むAP通信の史料再調査は、女性が売春を強要されていると言う内部報告に関わらず、米当局が公的な売春システムを許可していたことを明らかにした。またアメリカ側は、日本が戦時中に占領したアジア諸国で女性に残忍な扱いをしていた事も熟知していた。

 1946年春にダグラス・マッカーサー司令官が売春宿を閉鎖させたが、それまでに何万人もの女性が安値で米軍相手の売春婦として雇われていた。1945年8月に米軍の日本進駐を期に多くの売春宿が営業を開始した事が記録には書かれている。

 東京の東北に位置する茨城県警の公式記録には「遺憾ながら、我々警察は占領軍のために慰安所を設けなければならなかった。それが経験豊富な女性の特別任務であったのは、一般の女性や少女を守るための防波堤とする目的であった」とある。

 日本の降伏と占領に関して協議するため日本の代表団がフィリピンに発つ前日の1945年8月18日に、内務省の指令があった。茨城県警は直ちに準備に取りかかったが、丁度良い施設は独身警察官の寮であり、それはすぐに売春慰安所に模様替えされた。20人の慰安婦と共に海軍施設から寝具が運び込まれた。慰安所は9月20日に営業を開始した。


売春宿は大繁盛
http://c.fc2.com/imgsa/http%3A%2F%2Fblog-imgs-13.fc2.com%2Fr%2Fe%2Fd%2Fredfox2667%2F2007050102564097_1.jpg/


記録には「慰安所が開設されて以降予想通りに大繁盛だった。慰安婦たちは...昨日の敵に自らを売ることに抵抗があり、言語や人種の違いなど彼女達にも最初は大きな戸惑いがあった。しかし彼女達は高額の賃金を受け取り、徐々にその仕事を受け入れるようになった」と書かれている。

 政府の財源で運営された「保養慰安協会」(RAA) の援助の下に、警察と東京の業者は売春宿のネットワークを設立した。1945年8月28日、東京の南隣の厚木へ進駐軍の先行隊が到着、その日の夕暮れまでに軍は最初の売春宿を見つけることになる。

 RAAの情報課長だった鏑木清一氏は「私はRAA幹部と共にそこに急いで向かったが、路上に500-600人の米兵が列を作っているのを見て驚いた。アメリカの自治警察が兵達をコントロール出来ない状態だった」と1972年の回想録でそう書いている。

 警察と民間によって運営されていたとしても、このシステムは戦時中の海外の日本軍によって設立された慰安所を手本にしている。

 鏑木氏はまた「進駐軍の兵は前払いでチケットとコンドームを与えられた」と書いている。最初のRAAの売春宿「小町園 - The Babe Garden」は当初38人の売春婦だったが、必要に迫られててすぐさま100人に増員した。女性一人当たりが一日に15-60人を相手にした。

 アメリカ人の歴史学者ジョン・ダウアー氏の著書『敗北を抱きしめて 第二次大戦後の日本』によると、売春婦との一回が15円で、タバコ一箱の半額であり、「突然の高需要のために売春宿の運営者は、認可された売春婦でない女性をやむなく公募した」とある。

 戦争で身内を失った小町園の滝田ナツエさん (当時19) は、事務職募集広告で応募したが、空いてる唯一の職が慰安婦であると言われ、仕事につくように説得された。1952年の占領終了後に出版された鏑木氏の回想録によると、滝田さんは売春宿開業の数日後に列車に身を投げたとのことだ。「最悪の犠牲者は...『新日本女性』の広告に応募して来た、未経験の女性であった」とダウアー氏は書いている。

 鏑木氏によると、1945年の末までに35万人の米軍が日本に駐留し、米兵のためにRAAは最高時7万人の売春婦を雇っていたとある。そのためにそこに日本人以外の慰安婦が海外から来たと言う説があるが、それに関する明確な証拠はない。

 広島歴史研究所の田中利幸教授は、鏑木氏の提示した数字は根拠に乏しいとしているが、RAAはそのごく一部であり、公式記録に載っていない民間売春業者の数は更に多いであろうとしている。田中氏が発見した記録によると、米駐留軍幹部は、進駐軍の相手をする慰安婦のためにペニシリンを日本政府に提供し、RAAの売春宿のそばに予防施設を作り、兵隊達に使用を許可したとある。

 旧日本軍のための慰安婦と、進駐軍のために募集された慰安婦の類似性を駐留軍幹部は見過ごさなかった。GHQ衛生福祉厚生部のヒュー・マクドナルド上級士官の1945年12月6日の回想録によると、日本の慰安婦はしばしば強要されていたことを米進駐軍は把握していたと言う。「貧困の極致の両親に促され少女は契約を無理強いされた。時には自ら進んで家族のために犠牲になったとあるが、しかしながらそれは情報提供者の主観であり、かつてよりは一般的ではなくなったにせよ、都市部では少女の奴隷化の習慣はまだ存在している」と書いている。


RAAの崩壊

 従軍牧師達の苦情と、売春宿の発覚が米国に帰国後の進駐軍に不名誉となる懸念から、1946年3月25日、マッカーサーは全ての売春宿や慰安所その他の売春所への立ち入り禁止を指令し、間もなくRAAは解散した。

 マッカーサーの主な心配事はモラルの問題ではなかった。田中氏によると、進駐軍の米兵の1/4以上がその時点までに性病に感染していたとのことだ。「全国規模の立ち入り禁止令は、15万人以上の日本人女性を突然失職させた」と田中氏は2002年の性奴隷に関する著書でそのように書いている。元慰安婦の大半が兵士相手の違法ビジネスを続けたが、その多くが性病を持ち貧困であったとある。
http://redfox2667.blog111.fc2.com/?mode=m&no=2


 アメリカの朝鮮戦争時における慰安婦施設について

 朝鮮戦争が始まると横浜、大阪(のち奈良)、小倉の三カ所に日本人女性の売春婦(慰安婦)を集めた米軍管理の「センター」を設置した。

朝鮮の戦場から一定期間毎に交代で米軍の兵隊が送られてきた。
 (中川八洋「歴史を偽造する朝鮮」徳間書店p225) 
http://www.tamanegiya.com/iannfudoitu18.5.302.html


「国体護持」へ国策売春

『新日本女性に告ぐ!
 戦後処理の国家的緊急施設の一端として、駐屯軍慰安の大事業に参加する新日本女性の率先協力を求む。女事務員募集。年齢十八歳以上二十五歳まで。宿舎、被服、食糧当方支給。』


 敗戦直後の昭和20年8月22日、この広告が新聞などに張り出される。「新日本女性に告ぐ!」などと勇ましいことを書いているが、これは単なる事務員の募集の求人広告ではない。


 この前日、近衛文麿国務相が「婦女子を性に飢えた占領軍兵士から守る」という狙いのもと「特殊慰安施設協会(RAA)」の設置を決めた。上の広告はこの施設で占領軍相手の売春をする女性を集めるものであった。大抵の女性は、はじめからこれがただの事務の仕事ではないことは気付いていたようだが、中にはやはり単なる事務の仕事だと思って応募してくるものや、慰安とは「歌でも歌えばいい」と思って応募してきた良家の子女もいたと言う。
 http://www.hit-press.jp/column/shakai/shakai26.html


 1945年8月18日、俗に言う終戦の日の三日後、内務省警保局長は進駐軍用に慰安施設を整備するように全国に無電を発した。9月4日には内務省保安課長も同様の命令を出している。内務省警保局というのは今日で言う警察庁のような物であり、全国の警察の元締めである。

「これを受けて各警察は慰安所の設置や慰安婦確保に奔走する。その模様を詳述しているのが『神奈川県警察史』だ。それによると空襲で焼けた花街に女性は残っておらず、警察が業者に公務乗車証明書を発給し、疎開先を回って勧誘させた。また、慰安所の布団や衣類、化粧品、消毒薬などの手配や運搬には、直接警察官が携わったという。」
とある。

 東京では警視総監坂信弥が指示して売春業者と飲食店経営者に「特殊慰安施設協会」を作らせ対応したという。この特殊慰安施設協会には、後に吉原などのソープランド経営者に連なる者達が沢山いたという。更に当時の大蔵省主計局長池田勇人(後の総理大臣)が日本勧業銀行に指示を出して資金を提供した。

「警察と大蔵省がバックの国策事業ゆえ、協会は堂々と新聞広告まで出して慰安婦を募っている。」

「進駐軍売春作戦の発案者とされる坂は、国務大臣近衛文麿から国体護持のために婦女子対策をと指示され、慰安所設置を決めたと生前語っている」
のである。占領下では米兵による強姦事件なども多かったために、反米感情が爆発して折角天皇制を存続させることに成功したのにそれが元の木阿弥となることを未然に防ぐためである。花街の女性を強姦に対する防波堤とした訳だ。

 で、特殊慰安施設協会に参加した売春業者達が戦時中に何をしていたかというと、当然の話であるが大日本帝国陸海軍の将兵相手に商売をしていた訳である。つまり従軍慰安婦=戦時性奴隷の手配に手を染めていたものも多数いた。

米軍相手に政府機関が売春婦を斡旋するという政策を取った背景には、日本軍将兵の間に強姦事件によって性病が蔓延したり占領地での人心掌握に支障が出ないように配慮した経験が生かされていた。

実際には日本軍の士気やモラルは非常に劣悪で、強姦殺人は日常茶飯事であった。毎日のこの記事だけでは従軍慰安婦=戦時性奴隷に日本政府や軍部が関わっていたことに対する状況証拠でしかないが、軍人に女性をあてがうという発想が、当時の日本人の感覚として極々普通の物であったことが分かるだろう。 
http://rounin40.cocolog-nifty.com/attenborow/2007/08/post_cfe5.html


「江東区女性軍」強制連行……。
「本土決戦が叫ばれた昭和二十年(一九四五年)に、国土防衛軍である「江東区女性軍」の編成にくりこまれた女性青年団埼玉第一中隊の百三人は、終戦の日に帰してもらえなかった。

「耐えがたきを耐えて、全日本婦人の楯となるべき……」

 と、お上が手早くつくった「国際親善協会RAA」(占領軍慰安婦)のうち、都内の四カ所に強制連行され、やみくもに米軍との交接を強いられた。
 そのことは埼玉らず、広島の女子青年団、そして川崎のM軍軍需工場など、他地区にも多くみられた。
 当時−−天皇のために捧げてたてまつると、血の宣紙を捧げてあった娘たちは、

「血書を捧げた君たちの忠誠を、天はみそなわしたもうたものであろう。君たちでなければ、日本人の操を、進駐軍の手から守り通すことはできない」

 占領軍慰安婦の持ちかけがお上からだされたのは敗戦直後の八月二十一日、RAAの誕生とともに二十六日には慰安婦の徴募がなされ、二十八日はRAAが宮城前で誓詞をなし、同日は厚木進駐の米兵に横浜の小町園が開所した。
 RAA発表による占領軍慰安婦は、昭和二十年十一月まで二万人、最盛期七万、閉鎖時の昭和二十一年(一九四六年)三月二十七日、五万五千であり、閉鎖は性病兵が増えたという米軍側の主張によった。」


横須賀……。

「横須賀に上陸した兵は、バイラーと呼ばれる客引きに案内された。−略−
 街は建物のかげ、ボートの中、神社、学校、いたるところで性行為が見られた。
「外人が船に乗ってくるから、パンパンがよってくる。横須賀へ来た船の着くところをこわした方がいい」(『日本の売春問題』神崎清)」

子どもたちが目撃して、作文にしている……。
−−小泉はこんな環境で育ったのだろうか?

自己責任は小泉政権のスローガンでしたね。直接は関係ですが……。

「閉鎖までの慰安所料金は、ショートで百円、オールナイトで三百円であり、RAAは充分にもうかっていた。政府融資の国策事業なのに、慰安婦たちからは部屋代、食費、衣裳、雑品、化粧品などと、昔からの廓のしきたりをむしろ越えるほど取り上げ、揚句の果てに、病気や怪我も、慰安婦の自己払いであった。」


閣議より前に、業者たちを集めたという。
「前述の慰安婦指令は、閣議よりも四日も早く、広尾小学校の警視庁保安課より出されてたのだ。高橋保安課長と大竹風紀係長らが、さっそく業者を集めてかたりかけた。」


調布、三鷹……。
「RAAの仕事では、立石は黒人用慰安所とされた。
 調布の日本楽器の建物は「調布園」として、九月十日に慰安婦三十人で開店し、三鷹はキャバレー慰安所として、ニューキャッスルが開所した。」

「娘を売る光景」
「人売は昭和二十三、四、五年と、売春婦に売られたが一番多いとされている(労働省婦人少年局の調査による)。」

http://blog.goo.ne.jp/ryuzou42/e/0b9d55f0b563f7420ee0432b3a409d22


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三ミ| |:::|        /⌒ / ̄ ̄ | : ::::::::::|  
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 彡 | |::|    __,ノ   | ミソ     :..`ト-'
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    | |::|       ノ / ヾ\i、   :.:.:.:.:|
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   ノ .| |:::|  _/   /   /  |:. :.:.:.:.:.:.:|


確かに売春婦ですが一般の女性を米兵によるレイプから守るためでもありました。
進駐軍がモラルがあったから日本は幸せだったというのはGHQの報道管制のたまもの
白人は昔から現地の女性をレイプし生まれた混血児をその植民地の支配層にするという政策を取り続けていました
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1430857764


進駐軍犯罪史

 読売新聞の調べによる昭和32年の国内10大ニュースのトップはジラード事件。これはちゃんとした世論調査に基くものなので、当時の国民が最も関心を示したニュースが直接、反映されるものだ。ジラードとは進駐軍の兵士の名前である。ジラード事件とは進駐軍の兵士が村議夫人を射殺したという事件であった。
 
 進駐軍犯罪といえば大規模なものでは松本清張が「黒地の絵」で描いた、小倉の黒人兵大量脱走劇に伴う地域住民への大規模なレイプ、暴力沙汰がある。昭和25年7/11、およそ160人の黒人兵による祗園祭の日の犯罪事件は進駐軍によって厳重な報道規制が行われ、事件をうかがわせるような記事は当時の在京各紙にはまるで見えない。結局、この事件は7/15に進駐軍による鎮圧で市街戦となるまで続いた。この市街戦についても徹底した報道規制が行われた。
 
 昭和20年8/15から昭和27年4/28の平和条約発効までの間、日本はアメリカ進駐軍の支配下にあった。この間、都内での進駐軍犯罪被害の届出は318件、全国では2万5500件であったが、この数字は「氷山の一角」とされていた。なぜなら進駐軍犯罪被害の届出は非常に困難だったので、実際の犯罪被害は届出件数の数倍はあったのではないかと当時の人の生活感覚では感じられていたのである。
 
 進駐軍犯罪被害で役所に届出を出すと、まず加害者が本当に進駐軍という証明書を要求される。さらに市町村長の証明書、警察の証明書正副5通を要求され、少しでも不備があれば受理されない。これをようやく揃えて、やっと届出が受理される。その数字が全国で2万5500件であった。つまり届け出なかった、書類に不備がありつき返された、揉み消されたなどの犯罪被害の件数は2万5500件の中には入っていないのである。
 
 届出が受理されても、その審理は粗末なものだった。子供が酔っ払いのアメリカ兵のジープに轢殺された母は被害届をようやくCID(陸軍犯罪調査部)に受理されるも、何の連絡もなく放置され、呼び出されて「裁判でお前が負けた」と言い渡されて終わり。裁判があったのかなかったのか、あったとしたらどんな審理がされたのか何も伝えられないというシロモノだった。さらには仕事帰りにアメリカ兵にジープに拉致されて走行中に道に飛び降りて死んだ娘は「身元不明の売春婦」として処理され、家族が訴え出てもまともにとりあってもらえぬという酷さ。他にも道路を横断しているのが誰の目にも明らかなのに、アメリカ兵の運転するトラックがスピードを落さずにそのままその歩いて道を渡っている日本人をひき殺すという事もあった。あるいは突然、理由なくアメリカ兵に射殺されたり、道を歩いていて殴り殺されたり、強姦されたりなどの犯罪被害は総計3万4000件と言われたが、うち2万件は泣き寝入りしたとされている。
 
 終戦直後、進駐軍の到着に備えて政府は婦女子に警戒を呼びかけてはいた。「婦女子は淫らな服装をせぬこと、また人前で胸をあらはにしたりすることは禁物である。外國軍人が『ハロー』とか『ヘイ』とかあるいは片言まじりの日本語で呼びかけても、婦女子は相手にならず避くること」。
 
 しかしアメリカ兵によるレイプ事件は昭和20年8/30、占領部隊の日本上陸第1日目にすでに発生している。これはワシントンの米政府機関が保管していた当時の日本の内務省警保局「米兵の不法行為」に記載されており、8/30午後1時30分には神奈川の横須賀市旭町で車運転手の家にアメリカ兵2人が押し入り、留守番をしていた運転手の妻(36)と長女(17)をピストルを手にレイプした事件が起きている。このアメリカ兵2人は午前11時30分に件の家を下見しており、中に女性しかいないのを確認して犯行に及んだのだった。また同日午後6時には横須賀市の鎮守府正門にあったガラス商の家で、女中(34)が1人で留守番をしていたところをアメリカ兵2人にレイプされている。アメリカ兵は交互に見張りに立ってレイプしたという。
 
 アメリカ兵の上陸したところにレイプ事件あり。9/1にはアメリカ兵による日本人女性レイプは房総に飛び火した。千葉の安房郡の漁村の漁師の家に3人のアメリカ兵が押し入って、出征中に戦死した漁師の息子の妻(28)が留守番中に輪姦されたのをはじめ、同じ村では押し入ったアメリカ兵4人のうちの1人が別の漁師の妻(36)をレイプする事件が起きた。同日午後6時には横浜市中区でアメリカ兵2人と日本人2人に連れ出された女中(24)が野毛山自然園の中の米軍宿舎でアメリカ兵27人に輪姦される事件が起きている。この女中は翌日、意識不明となっているのを元の家へと送り返されている。
 
 アメリカ兵の理不尽な暴力の被害に遭ったのは女性ばかりではない。9/15午後10時30分には川崎市木月の国民酒場で、店主の田中(47)と長男(16)が酔ったアメリカ兵3人によって射殺される事件が起きている。特に深い理由もなくアメリカ兵に突然、射殺されて泣き寝入りという実例となる事件であるが、こうした事件はほとんどが表沙汰となる事はなかったのである。
 
 アメリカ兵による犯罪が公に報じられたのは、9/9に事もあろうに葉山の御用邸に乱入して略奪の限りを尽くしたというニュースが最後であった。9/10よりGHQの報道管制が始まったため、それ以降は進駐軍のレイプ、強盗、暴行殺人などの犯罪は全く報じられず、こうした犯罪に対しては日本警察も手が出せないという状態が続いた。政府は性の防波堤としてRAA(特殊慰安施設協会=進駐軍相手の売春公社)を設置したが、当の進駐軍から廃止にされて街頭には米兵相手のパンパン(売春婦)が溢れるようになった。こうしたパンパンは蔑視の対象にされたが、米兵の一般婦女子への際限ないレイプへ歯止めをかけた功績は大きい。
 
 このようにしてアメリカ兵による犯罪はどんな些細な事件でも新聞での報道は厳禁とされたので、総じて日本人のアメリカ進駐軍への感情は悪くはなっていない。占領中のアメリカ進駐軍犯罪には損害賠償法令がなかったため、日本独立後の昭和31年5/22、進駐軍被害者連盟が結成されて政府に補償とそれまで報道が控えられていたアメリカ兵の犯罪事実の公表へ向けて活動するなどとした。
 
 ジラード事件は昭和32年であるから進駐軍犯罪への報道はタブーではなくなっていたものの、日本の裁判管轄権が進駐軍には通用しないという構図が日本国民の前にさらされてこうした事が反米感情などに火をつける事となっていく。
 
 1/30の事であった。アメリカ軍の群馬県相馬ヶ原演習場はアメリカ軍が演習中には立ち入り禁止区域となっていて、それを破った者には刑事特別法による懲役1年以下、罰金2000円以下という罰則規定まであった。しかしこの相馬ヶ原は地元住民らが地べたに落ちている銃弾の薬莢を拾って生計の足しとするのが慣わしで、この日も相馬村議の妻、坂井なか(46)が仲間らと薬莢拾いのために相馬ヶ原に立ち入っていた。
 
 なかと一緒にいた男性(30)ら5人の証言によれば、なかは米兵に追われて逃げる最中に突然、撃たれてそのまま絶命した。この事件は当初、伏せられていたものの、2/2に5人の目撃者の中から社会党の茜ヶ久保重光衆院議員に相談を持ちかけた者があり、一気に政治問題化していく。一般の国民が事件の概要を知ったのは2/3の新聞報道によってであった。
 
 なかを撃った米兵は第1騎兵師団第8連隊第2大隊のウィリアム・S・ジラード特務三等兵(21)で、なかには2発銃弾を浴びせていた事も判明。1発目が外れて2発目を発射したというから、事故などではなく完全な確信犯である事は明らかであった。
 
 事件が表に出されて慌てたアメリカ進駐軍は2/4、熊谷の籠原キャンプの憲兵隊から群馬県警へジラードが事件を自供したと報告、その後、ジラードは地裁に告発されたものの、日米行政協定がネックとなってジラードは公務中なので裁判権はアメリカにあるというアメリカ軍の主張に押し切られそうになる。日本の反米感情の激化を恐れたアメリカが結局は裁判権不行使という裏技で、ようやく日本側の手でジラードは起訴された。これが5/18である。アメリカではジラードの日本への身柄引き渡しを認めないよう訴訟が起こされ、7/11にアメリカ最高裁によってようやく日本での裁判権が認定された。11/19に前橋地裁は傷害致死で懲役3年、執行猶予4年の判決を下し、控訴されずに12/6、ジラードはアメリカへ帰国して事件は日本国民に割り切れない感情を残したまま幕を下ろした。
 
 ジラードがなかを撃つ前にも別の弾拾いの住民に向けて発砲していた事や、なかと小野関英治に「パパサン大丈夫、ママサン大丈夫」と話しかけて近くの壕を指して「ママサン、タクサンネ」と言っていた事が明らかになったのは公判によってであった。ジラードは発砲時にはビクター・ニール・ニクル特務三等兵と一緒におり、最初は小野関に向けて空砲を発砲、続けて「ゲラルヒヤ」となかを誘い、逃げたところを背中から撃っていた。さらになかが倒れた後、ジラードはなかに近寄って触っており、なかを殺害した事は認識していたものと思われた。
 
 ジラードは7/5に日本人女性と結婚、帰国の際には同伴しており、味噌樽を土産にアメリカに持ち帰った。昭和33年4月にオタワのジラード邸を訪問した松田ふみ子によれば、ジラード邸はペンキが剥げ落ちて板は腐って2間きりの狭い家だったが、当時、日本では珍しいテレビ、電気冷蔵庫、ガスレンジが完備していた。ジラードは帰国後、工場で荷物運びをしていたが失業し、妻のハルは英語が下手なのでジラードと意思疎通が出来ず、さらに5ヶ月でわずか5ドル(1800円)しか貯金がたまらない事もあり日本に手紙も出せない状態だったという。
 
 相馬ヶ原は榛名山の南側に広がる原野で大正9年に陸軍の演習場となり、周辺住民の薬莢拾いはその頃から軍に黙認された「権利」であった。周辺住民の土地を一部強制収容して演習場にしたため、周辺住民の生計の足しのための薬莢拾いについて陸軍でもとやかく言えなかったのである。演習場は戦後はアメリカ進駐軍に接収されたが、旧日本陸軍時代と違って実弾射撃で農家の萱などに被害が出るようになり、戦前よりかえって周辺住民の生活は圧迫されてしまう。
 
 相馬村の上新田地区では地域住民全員が薬莢拾いを主な収入源としており、桃井村住民と合わせ3、400人が薬莢拾いを行っていた。1日に2、3貫(7.5キロから11キロ)を拾い、週に1度来る鉄くず屋に1貫(3.75キロ)を7、800円で売り、いい稼ぎとなっていた。月平均で1人あたま2万円の収入となったという。勢い、薬莢拾いにも熱が入り、演習の最中に演習場の中に立ち入ったり、演習場の中に穴を掘って潜み、演習中の砲弾の爆発を待つ者までいた。こんな事をすれば生命の危険にさらされるのは無理もなく、1月には砲弾の破片で薬莢拾いの住民に死者が出ている。アメリカ軍側では再三にわたって危険だからと地域住民の演習場立ち入り規制を日本側に求めていたが、地域住民は送検されても過去に起訴された事はなかった。
 
 薬莢拾いは相馬ヶ原だけの風習ではなく、演習場のある地域ではどこでも行われていた普通の事であった。静岡の御殿場にあるアメリカ軍の東富士演習場の狐塚でも昭和31年9/7午前7時30分に地元の農婦(31)が演習中のアメリカ兵に撃たれて重傷を負っている。農婦が立ち入り禁止区域にいた事から農婦側の過失として事件は処理されていたが、ジラード事件では被害者女性が死んでしまった事や社会党が政治問題化した事から一気に国民の反米感情に火をつける事となったのである。ところが相馬村ではジラード事件調査に訪れた社会党県議団には非協力的な姿勢で、今回の騒動で薬莢拾いの「特権」が奪われる事を村民らは恐れていた事も当時の報道には記されている。事件後も相馬ヶ原では地域住民ら100人が毎日、薬莢拾いを続けていた。
 
 ジラードがなぜ薬莢拾いの村議夫人を撃ったのかは、演習の最中に手袋をはめてまだ熱い薬莢を拾ったりする地元住民らの姿をジラードの所属する部隊の中でどのように感じてどういう話題にしていたかがわかれば、その理由のいくばくかが見えてきそうな気はする。禁止された区域に立ち入ってくるのだから非は向こうにあるという意識がジラードの中にはなかったか。或いは薬莢拾いの地元住民だって家に戻れば人並みの暮らしをする普通の人間であるというところまでジラードの意識が思い及ばなかったか。
 
 このジラード事件で日本の対米世論が硬化する最中の昭和32年8/2午後3時、茨城の那珂湊市前浜の県道で工員の北条清(24)が母親のはる(63)を自転車に乗せて走行中、突然、低空飛行の飛行機が2人に接触してはるは胴体を真っ二つにされ即死、清は重傷を負った。この飛行機の正体はアメリカ軍水戸補助飛行場から飛来したL22型連絡機で、2人は尾翼に引っかけられたのだった。
 
 目撃者の男性(35)の証言によれば、アメリカ軍機は機首を落として畑すれすれに飛んできてそこで曲がりかけた後、再び地面すれすれを超低空飛行、尾翼を芋畑でバウンドさせて上昇する最中に2人を引っかけたのだという。2人は阿字ヶ浦に向かう途中であった。
 
 このアメリカ軍機を操縦していたのはジョン・L・ゴードン中尉(27)、ほかに下士官も同乗していたとされる。現場に飛来する直前にこのアメリカ軍機は近くの海水浴場でも低空飛行をして海水浴客が驚くさまを楽しんでいるかのようだったというから、故意に危険な飛行をしていたのは明らかであった。しかしアメリカ軍側は異常気流で操縦不能になったための事故と主張、茨城県警ではこのアメリカ軍側の主張を斥けて8/8、ゴードンを書類送検としたが8/21には不起訴となっている。
 
 ゴードンはなぜ危険な低空飛行をしたのか?実は類似の事件は戦前にもあった。操縦士が無意味な低空飛行を地上に人がいる場所で試みて、飛行機に人を引っかけて死なせてしまう事件である。昭和2年10/21、東京の芝区愛宕小学校で運動会が行われている最中、下志津飛行学校生徒の操縦する飛行機が低空飛行をして校庭の小学生のうち3人が引っかけられて1人が死亡した。この件では操縦士は後に不時着を試みたなどと弁明している。ゴードンの例も、この飛行学校生徒の例も、自らの操縦の腕を得意がっていたのではないか。衆人環視の場所で低空飛行を繰り返して地上の人たちが騒いだり驚くのを面白がる、そういう心理から危険極まりない行為に及んだのではないか。
 
 ジラード事件、低空飛行殺傷のゴードンの事件の記憶さめやらぬ昭和33年9/7午後2時、西武線下りの飯能行き列車が埼玉の狭山市入間川ジョンソン基地内の武蔵藤沢−稲荷山公園間を走行中、1両目に銃弾が飛び込み、乗客の武蔵野音大絃楽科1年の宮村祥之(21)の背中に命中、午後3時に運ばれた基地内の病院で死亡した。列車を撃ったのはジョンソン基地憲兵隊臨時勤務のピーター・E・ロングブリー三等航空兵(19)で、「空射ちの練習をしていたところ実弾が入っているのを忘れて撃った」としたがすぐさまアメリカ軍に逮捕された。
 
 宮村は母子家庭で、母は郷里の熊本の荒尾で日雇人夫をしながら女手一つで宮村を育て、音楽家を夢見ていた息子を東京の大学へと進ませていた。宮村は昭和30年に上京、初めは東洋音楽短大に通っていた。事件の直前にはコントラバスのバイトが見つかり、母に仕送りをもう受けなくても大丈夫と連絡があったばかりであったという。
 
 アメリカ軍では当初、公務中の出来事で事故だとしたものの、いくら空射ちのつもりだったと主張しても列車に向けて発砲したのでは言い逃れのしようがなく、公務時間中の出来事ではあるが列車を撃ったのは公務とは到底認められないという見解を出した。早速埼玉県警はロングブリーを書類送検、昭和34年5/11に地裁で禁固10ヶ月の判決が出ている。
 
 アメリカ進駐軍がらみの事件ではこうして全国的な話題になった事件以外にも無数の犯罪が起きているが、それらは公にされる事は稀であった。昭和34年4月には青森の上北郡六ヶ所村で三沢基地の米軍機が訓練に際して爆弾を誤って落としていく事が頻繁となり、東京でも報道されている。六ヶ所村は米軍三沢基地の天ヶ森演習場と高瀬川を隔てた場所にあり、以前より米軍機が爆弾を誤って落としていたが、およそ3ヶ月に1発の割合だったので特に問題化していなかった。3ヶ月に1発のレベルでは報道すらされていなかったという事で当時はこの手の米軍の無法ぶりが基地の近くでは日常的だった事がわかる。
 
 しかし昭和33年9月より米軍ジェット機の練習用爆弾が昭和34年4月までに六ヶ所村に30発落下しており、うち10発は民家から2、30メートル以内の場所で爆発していた。米軍機の速度が向上して爆弾を標的に当てにくくなり誤爆しやすくなったらしい。昭和33年12月には125キロ爆弾が六ヶ所村倉内の農家の近くに落下し馬小屋に穴が開いて山火事となったほか、昭和34年3月下旬には農作業中の男性の3、4メートルの場所に爆弾が落ちて男性は気絶、さらに3/20、同じ男性の水田に爆弾が落下し爆発して5、6メートル四方の穴が開く出来事があった。米軍は模擬爆弾なので大丈夫だなどと説明していたが、死傷者が出ないのが不思議なほどであった。六ヶ所村では米軍機が爆弾を落とす標識を海上にするように陳情していた。
 
 昭和35年3/10午前10時、沖縄の伊江島の伊江村の米軍演習場の立ち入り禁止区域で弾拾いをしていた農業の島袋武盛(20)と大城敏一(19)が、米空軍ジェット機から機関砲で砲撃されて島袋は右足を銃創貫通、大城は右腕切断という重傷を負った。米軍演習場での弾拾いは沖縄に限らず内地でも付近の農民の「特権」として暗黙の了解事項になっており、伊江島ではそのための信号旗を持って農民は弾拾いをしていたが砲撃されたのだった。
 
 昭和36年11/20午後3時30分には茨城の那珂湊市釈迦町の旅館など民家8軒が、アメリカ軍水戸射撃場からの機関砲弾13発を浴びた。米軍機の誤射によるもので、旅館では窓ガラスが撃ちぬかれて座布団に直径20センチ、長さ75センチの砲弾が突き刺さっていた。ほかにも家の中や庭先などに被弾しており、旅館の女将は寝ていたら音がして、座布団や畳から煙が出ていたという。過去にも被弾事件は200件起きていた。
 
 昭和37年5/5午前3時30分、神奈川の横須賀市汐入町巡査派出所に私服の米兵5人が酔って市民を暴行していると通報があり巡査2人が駆けつけたが、うち遠藤寛巡査(37)が米兵1人に蹴られ倒れそうになったので警棒で押し返したところ、警棒を奪われたのでピストルで威嚇しながら交番へと連れて行こうとした。しかし50メートルの途中で遠藤巡査は5人の米兵に組み伏せられ、奪われたピストルで頭と右腕を撃ち抜かれて死亡、犯人の米兵はそのまま逃走した。午後7時30分、在日米海軍は20歳4人、19歳1人の二等水兵が遠藤巡査殺害の際の5人であったと発表、いずれも横須賀港に入港していたLST(戦車揚陸艦)トモグリー号の乗員で、裁判は日本で行われるとされた。
 
 昭和39年7/20午前1時30分には静岡の御殿場市中畑の米海兵隊キャンプ・フジで近所の農家の妹、勝又(45)が立ち番中の米兵に小銃で下腹部を撃たれ死亡する事件があった。この女性は酔っており、うずくまっていて米兵の日本語、英語の呼びかけに答えなかった。3回呼んでも返事がない時は撃ってもいいという管理規則だった。この女性は独身で知恵遅れ、酔うと放浪癖があったという。アメリカ軍は撃った兵士は不明であるとし、また公務中なので裁判管轄権はアメリカにあるとした。この事件については報道はなされたものの、ジラード事件と違って社会問題化せず、実際に事件自体について知らない人がほとんどである。
 
 昭和47年9/20午後には沖縄の米海兵隊基地キャンプハンセンで、米海兵隊第4師団第3大隊のジェームス・S・ベンジャミン上等兵(25)の部屋で靴を磨いていた基地従業員の栄野川盛勇(37)にベンジャミンが10ドル紙幣が消えたと難癖を付けて口論となり、ベンジャミンがライフル銃で栄野川を射殺した事件があった。9/21に警察庁がベンジャミンは公務中ではないと見解を出してアメリカ軍に犯人引き渡しを要求したが、アメリカ軍は公務中として応じなかった。9/22、インガソル米駐日大使は1次裁判権は日本にあるとし、在沖縄米海兵隊基地司令部もベンジャミンは公務中ではなかったと認め、9/23午後11時50分、沖縄県警はベンジャミンを書類送検した。10/3、ようやくベンジャミンの身柄は日本に渡されて殺人罪での起訴となった。しかしその後、ベンジャミンには心神喪失で無罪の判決が出ている。

http://www.geocities.jp/showahistory/history04/32c.html


占領時、米軍も「慰安婦」調達を許可 

【ワシントン=古森義久】終戦直後の日本国内で占領米軍の許可により売春施設が多数、開かれ、日本人「慰安婦」数万人が米軍に性の奉仕をして、その中には強制された女性もいたことが米側にいまになって伝えられ、米議会下院に慰安婦問題で日本を糾弾する決議案を出したマイク・ホンダ議員は4日、議会調査局に調査を依頼した。しかし同議員は戦争中の日本の慰安婦は旧日本軍が政策として一様に拘束し、強制した女性ばかりだった点が米軍用慰安婦とは異なると述べた。

 AP通信の4日の報道によると、終戦直後の1945年9月、日本当局が占領米軍からの許可で東京都内などに多数の米軍用の売春施設を開き、合計数万人の日本人「慰安婦」が雇用、あるいは徴用されたことを証する日本側書類が明るみに出て、ホンダ議員は米軍用慰安婦に関して米軍自体がどんな役割を果たしたかなどの調査を議会調査局に依頼したという。

 AP通信は4月26日、東京発で米占領軍が進駐直後、日本の政府や旧軍当局に売春婦の調達や売春施設の開設を許可した一連の日本語書類が発見されたと報じ、その内容として(1)1945年8月末から9月にかけ、米軍の命令を受けて日本政府の内務省などが東京はじめ茨城県などの地方自治体に「慰安婦」集めを指示し、合計7万人以上の女性が売春に従事した(2)米軍当局はそれら女性の一部は強制徴用されたという報告があることを知りながら、慰安所開設を認め、連日連夜、米軍将兵が詰めかけることを許した−と報道した。同報道はこの米軍慰安所にかかわって当時の日本側関係者数人を実名で紹介し、その談話をも引用した。しかしこれら日本の米軍用慰安所は連合軍最高司令官のマッカーサー元帥の命令で1946年3月末には閉鎖されたという。

 日本側でも終戦直後に米軍から売春施設開設を許可されたことについては旧日本軍が米軍進駐受け入れの準備組織として結成した「有末機関」のメンバーたちの証言が残っている。
(19/05/06 03:21)
http://tamezou.at.webry.info/200705/article_1.html


1945年9月28日、進駐軍は都衛生課に慰安施設の開設を要求した
『占領秘録』 中公文庫 住本利男著

坂信弥氏の話

それから婦女子の問題は内閣でも非常に心配した。私は内閣に呼ばれ近衛公から

『日本の娘を守ってくれ、この問題は一部長に任せず君が先になってやるように』

と言われた。一般の婦女子を守るために防波堤を築くことも考えました。慰安施設を作り、そうしたところで働く女性を集める。こう言う矢面に立とうという人があったればこそ、あとの若い人たちが救われたのだと思う。

なにしろ、米軍が進駐したその晩に、早くも左官級の人々がジープを飛ばして東京にきた。そして丸の内警察署を警視庁と間違えてか、入ってきて、女を世話しろという。そういうものはないと答えると、あの辺に大勢いるではないかといって、日比谷辺りを歩いている女の人たちを指さした。あれは良家の子女だといって納得させるのに骨が折れたようだった。

良家の子女が間違われる心配は多かったのです。

とにかく警視庁で、この際国民のためになるならという人を集め、向島や大森などに設備をした。それからすぐに特殊慰安施設協会(RAA)というものが料亭SやYの主人達によって作られ、資金は三百万円を勧銀から借り出して経営したわけです。


ペニシリン 東京へ

都衛生課が一番はじめに受けた命令は、「女」の問題だった。

九月二十八日に総司令部に来い、というので、与謝野博士がでかけてゆくと、軍医総監のところへつれてゆかれた。総監は、大きな東京の地図を前にしていて、女の問題を持ち出したのだった。その時に公衆福祉局長のサムス准将(当時は大佐)に紹介され、それから同氏との交渉がはじまった。

赤坂は焼けてしまい、新橋は休業、柳橋はない、という有様で、都内の花柳界で残っていたのは五ヶ所きりだった。それに特飲街が十七ヶ所あったが、博士は先方の要求で進駐軍用としての割ふりをやった。

葭町は将校用とか、向島はなに、というふうに決めたのだが一番困ったのは黒人兵の割当てであった。与謝野博士は、業者からやみ打ちをうける覚悟で、五、六ヶ所を考えて相談した。初めは女たちも泣いて嫌がったようだが、黒人兵のほうからすれば、日本人は「白人」の部類に入る。だから女に対しては親切をきわめ、サーヴィスにつとめたものだった。それでニ、三日すると、黒人兵大歓迎ということになり、博士も心配していただけにホッとしたものである。
その時の命令は、

「都知事の責任において進駐軍の兵隊を性病にかからせてはならない。だから都の責任で検診を厳重にやるように・・・」

ということだった。週一回の検診では不足だという。「花柳病予防法」というものがあったが、それではやれないので、すぐに「性病予防規則」を作り、花柳界、特飲街、それから「特殊慰安施設協会」(RAA)などに検診や治療をやったのである。もっとも都側は、日本には治療するにも薬がない、完全に命令を履行するため薬をもらいたい、と申し出た。その結果、ダイヤジンやペニシリン、梅毒のマハルゾールの三種の薬品が大量に与えられたのであった。ただその代償として女から治療費などをとってはならぬ、無料でやれ、ということだった。

こうして、進駐軍用に、焼け残った都内の花柳界、特飲街が割りあてられてしまい、日本人用はたった一つ特飲街の千住があるだけだった。

引揚者や家族を疎開させた単身者が多かったので、風紀上何か問題が起きはしないかと心配されたのだが、事故も起こらなかった。ニ、三ヶ月後には千住だけでなく、ニ、三の場所もよいことになったが、こんどは、日本人の客があまり歓迎されない、という妙な現象が起こった。

翌年の四月ごろになると、進駐軍兵士で性病にかかるものが多くなってきた。これが理由で、総司令部は全部の花柳界を「立ち入り禁止」(オフ・リミット)にしてしまった。

病気のことも原因だが、花柳界のことが米国の新聞特派員によって本国に報道されたため、兵士の母親や家族では大問題となったからであった。我々の師弟が、そういういかがわしい特飲街に行っているのは怪しからん、という非難がサムス准将のところへ殺到したものだった。花柳病は実際はそんなに多くはなく、むしろ減っていたのだが、これを口実にして、サムス准将は政策の切りかえをやったのである。


「パンパン」の発生

占領下にできた新しい社会現象は「パンパン」であろう。軍隊の後には女が行進する、ということは歴史が語る事実である。進駐してから形もかわり、場所も移ったが、いつも軍隊の後を追っていた。
米国の軍人や軍属などが日本に落とす金は一億八千五百万ドルといわれるが、「パンパン」のかせぐドルは、その半ばに達するだろうという。

パンパンの発生は二十一年の夏頃であった。最初は立川、東京市内の日本劇場の周り、有楽町などで、数も五百人ぐらいだったが、そえがまたたく間に二千人、三千人になろうという有様だった。「パンパン・ガール」は健康診断を受けないから性病の罹患率が高くなってきた、と言うので、進駐軍の方が困ってしまった。

東京都が性病予防規則をつくった時、厚生省は、自治体だけでああいう規則をつくるのはけしからん、というので叱ったことがあった。しかし、都側は進駐軍から命ぜられたから仕方がない、という立場をとっていた。与謝野課長はハーグの陸戦法規に、「出先官憲は占領軍の命令を守らなければならない」と書いてあるのを見て、厚生省に説明し、そこで初めて厚生省は、花柳行予防特例によって、全国府県知事の責任で検診をやることにした。占領軍当局は、進駐軍を相手とするダンスホールのダンサー、ビャホールの従業員まで検診をやれ、といいだした。ダンサーも気の毒だったが、ビヤホールの従業婦などは、年少の人たちが多くて、ひどい飛ばっちりを受けたものだと、関係者は言っている。

特例の規定にしたがって、検診をしたものは、写真入のカードを持たせたが、これを思っていれば安全、というわけで、ヤミ屋がカードを売り出すような始末となった。そこで進駐軍はカード制はだめだといいだし、特例はすぐに廃止するわけにも行かないので、「申合せ」で発行を中止してしまった。

「パンパン」に対しては無検診だからというので進駐軍は一斉検挙を日本側に申し入れた。日比谷にあった憲兵司令官とか軍医関係のものがやればよかったのだが、東京には十一の憲兵分隊があり、分隊では下士官が命令し、警察官が協力して逮捕したものだから、場合によっては行きすぎもあった。とうのは何人捕まえたという報告を出さなくてはならなかったので、数をあげようとする傾向があった。

社会的な問題となったのは、東上線大山駅で、電車をとめて、乗っていた若い女たちを全部引っ張った事件だった。日本の警察官がついていたのだから、これはそうじゃない、といえばよかったのだし、またその意見もきけばよかったのだが、先方は日本の警察はヤミ取引があるのではないかと疑う。それで商売女でないことが判っていながら、みすみす吉原病院に送るというようなことがあった。病院のほうは、きたものは検査する義務を持っていたから、送られて来たものはすべて検査した。普通のお嬢さんがそうした目にあうことはしばしばだった。警視庁に、負けたとはいえ日本は法治国家ではないか、という抗議がいくたびかきた。


与謝野光氏の話

「我々のほうは進駐軍の命令にしたがった、国際公法によってやったのだとい理屈はある。しかし、これはやり方の問題で、やはり警官が弱かった。私は、なるべく前によく聞きただせ、といっておいたし、幾人かは帰しもしたけれど、ひどい目にあった人が相当あったと思う。米軍は自分の国の兵隊を守ることに急なため、日本の女性に迷惑をかけることになった。

進駐軍が性病を持ち込んだこともあったろう。しかし特に悪性のものもでなかった。むしろ米兵から、どこで遊んだら病気になったというような報告が多かったので、日本側は信用されず、米軍の軍医が直接検診に乗り出したこともある。

たとえば日本橋のどこで、目が黒いとか、背丈がどのくらいだが、というだけで名前も判らない。これを探すのは容易ではなかった。

 『パンパン狩り』は、狩り込みを先方がやってこちらが検診するというやり方だったが、後に、二十六年の九月からは、先方が検挙するのはやめて、日本側でやることになった。総司令部の公安課から、日本の法務府検務局長に対して、今後は日本でやること、ただし今までの成績を落とすようなことがあったら、責任者を即刻クビにする、という強い命令がでた。検務局長と警視庁、それに私が総司令部によばれて、依頼をうけた。しかしどうして検挙するかが問題だった。私のほうでやるには性病予防法の第十一条でやるほかない。

第十一条というのは、常習売淫の疑いあるものは、地方長官が検診の命令を出すことができる、というものでした。私は検務局長に対し、私のほうでやれといっても、第十一条は検診の命令で、検挙してもよいとは書いていないがいいのか、と聞いたものです。いいからやってくれ、というので警視庁は暴力で妨害するものを防ぐために『売春班』をつくった。ところで警察のほうは、検挙すると調書をとらなくてはならない。事務手続きが厄介で、そうしないと人権蹂躙になる。とにかく、今でも周一回、警視庁、私のほう、それから混成の三種類でやっていますが、私たちのほうはやめたいのです。

おかしなことに総司令部も二つに意見が分かれていた。公衆衛生局と憲兵司令官は病気をなくしたいといって我々に強く要求してくるが、法務局のアップルトン検務局長は、私をよびつけて、

『怪しからん、人権蹂躙ではないか。君は連れて行く権限は無い。第十一条は禁止命令で、lつれていく権限は書いていない。文化国家のやるべきことではない。また常習淫売というのは、一回だけではだめで、二回以上行わなければなりたたない。しかも現行犯だけをつかまえること、また検診命令も即刻出頭なんていう命令ではいけない。四十八時間のうちに出頭するように命じ、納得ずくでやれ』というのだが、四十八時間内に出頭しろといっても、来るものではないのです。

検務局長の意見に従っていても、たとえば立川基地などの現地の司令官は軍人なのだから、こちらのいうことなどはききはしません。週一回やらない限り、『立入禁止』(オフ・リミット)にするという。業者などは、これをやられると困るので、我々のほうになんとかやってくれ、といってくる。占領下では先方の命令でやられたのだが、独立したこれからは、法律的な根拠がなければやれないのであって、法の改正を厚生省などに要望してもなかなか実現しないのです。

性病が増えたように思う人が多いが、戦前に比べるとぐんと減っています。性病についての統計は今までは発表してはいけないというので公にされていないが、減少しています。東京だけをみても終戦当時に比べて四分の一位に減っている。これからもますます減ると思います。パンパンのよな野放しのものも減っているのです。初め彼女らの罹病率は60パーセントくらいだったが、今は10−15パーセントくらい。まして花柳界は減っている。いずれにしろ、占領行政のうちで、我々公衆衛生に関係した部門は一番めぐまれていたといえましょう。積極的に援助を受け、総司令部が先にたってやってくれたので、業績は大いにあがったのでした。」
http://urara225.iza.ne.jp/blog/entry/203155/


堕ちた大和撫子たち

 パンパンが街を闊歩する

 アメリカ軍が進駐して来て、大方の兵隊は市民には危害を加えないということが分かってくると、ようやく街も落ち着きを取り戻し、市民の表情にも安心感が現れ始めた。

 この頃、パンパンという言葉が流行った。パンパンというのは、進駐軍の兵士を相手にして、春を売る日本女性のことである。これには、オンリーというのがあって、兵隊の中でも上級階級専属で、このクラスになると住居も与えられ、いわゆるダンナから手当てをもらい、アメリカの、当時の一般の日本人がとても手にすることの出来ない衣食物を供与されて、贅沢な生活をしていた。

そうでない、不特定多数の下級の兵士を相手にするクラスの彼女らは、街角に立ってアメリカ兵の袖を引いていた。当時は、小倉には米軍の24師団が駐屯していたので、街にはアメリカ兵が多く、商売相手には事欠かなかったらしい。小倉の真ん中を流れる紫川にかかる常盤橋(当時)のたもとには、夜になると彼女たちがズラリと並んでいたものである。

 彼女たちの化粧や服装は、完全にアメリカナイズされていた。今なら普通と言えるかも知れないが、当時、人々は目をみはった。茶色に染めた髪、真赤な口紅、ピンクや紫などの手足の爪、肩をあらわにしたドレス、踵の高いカラフルなハイヒール、どれをとっても昨日まで、「撃ちてし止まむ」と化粧気もなく、耐乏生活に耐えていたモンペ姿の日本女性だとは思えなかった。

 人々は「大和撫子も堕ちたもんよ」と眉をひそめた。しかし、中には「あれらのおかげで、普通の家庭の娘が、アメ公(アメリカ兵の蔑称)どもに悪さをされなくて済んでるんだから」とそれなりの評価をする大人もいたが、ほとんどは陰で「パン助」と言って白い目でみていた。

 しかし、彼女たちは、そんな視線を尻目に、ハイヒールの音を響かせて、アメリカ兵の片腕にすがって街を闊歩した。それは夜だけでなかった。昼間も堂々としていた。敗戦という現実に心身ともに打ちひしがれた市民のなかにあって、彼女たちだけが生き生きとしていた。

 パンパンの語源は定かでないそうである。英語のpompom(これは性交という意味があるそうだが)が基になったという説もあるし、単純にペンペンという三味線の音、つまり芸者を意味しているというのもあったりする。しかし、広辞苑には原語不詳とあるが、「第二次大戦後の日本で、街娼、売春婦のことを指した」とある。

 私は、最初に彼女たちを目の当たりに見た時にはとても驚いた。それまで接してきた女性と言えば、母であり、姉、近所のおばさんたち、学校の教師などの通常の女性であったから、まるで異国人を見る思いがしたものである。しかし、それにはすぐに慣れた。彼女たちは、戦後の風俗となって、一時期世間に定着していた。

 確かに売春というのは、道徳的ではない。しかし、終戦を境に、彼女たちは自分の女体を武器にして、それまで鬼畜と喧伝されてきたアメリカの兵士といち早く関わり、その持てる金やモノを吸い取って、人々が一夜にして変わった混乱の中で、空腹を抱えて打ちひしがれている時に、図太く生きていた。大人たちは、彼女たちを口では軽蔑していながら、心のどこかで羨望していた。一見しただけで、その服装や持ち物が違っていた。物資の豊富なアメリカがそこにあったのである。

 常盤橋の両側には、靴磨きが多く並んで客待ちをしていた。中には、戦災孤児と言われた少年もいたが、戦闘帽を目深に被った白衣の傷痍軍人も多くいた。その中には義手を着けた人もいて、椅子に座って客が片方づつ履いたまま磨き台に載せる靴をかがみ込んで器用に磨いている。客のほとんどは、アメリカ兵や彼らと手を組んで歩くパンパンたちであった。日本の大人たちには、金を払って靴を磨かせる余裕などなかったということだ。

 あの白衣の傷痍軍人たちは、昨日まで誇り高き天皇陛下の軍隊として、日の丸の下で、聖戦完遂に命を賭けて鬼畜アメリカ兵と戦っていたに違いない。それが今日はその元敵兵の足元に膝を屈して靴磨きをせねばならないように、一夜にして世の中が変貌してしまった、ということだ。同時に私は、少年の幼い心情ではあったかも知れないが、そのアメリカ兵が磨き終わり、交替して椅子に座ったパンパンが、その元軍人の鼻先に足に履いたままの真っ赤なハイヒールを突き出して磨かせる光景に、何かしら義憤めいたものを覚えたものである。

 彼女は、普通では手に入らない洋モク(当時、憧憬を込めて外国のタバコをこう呼んだ)を、チュウインガムを噛みながら紅い唇に咥えてくゆらし、隣のアメリカ兵と何やら片言の英語を交わしながら、時にキャッ、キャッと甲高い笑い声を発している。その靴磨きは、下を向いたまま、黙々と彼女の靴を磨いている。私は、こんな光景に出くわす度に、なんだかこのような元軍人が可哀想で、同国人にいささかの遠慮もなく、思いやりを示さないそのパンパンが心から嫌いになった。
http://enjoynaming.cocolog-nifty.com/sudou34/2008/11/post-f3d2.html


パンパン狩り

性病が蔓延したため、強制検査のために街娼の狩込みを強化する警察やMP。有病者は強制入院させられる。池袋でもよく行われた西口闇市での取締りの光景。

RAA慰安所(米兵相手の慰安施設)や花柳街・特殊飲食街では GHQの要請で米兵を性病から保護するため 公娼や私娼に強制検診が行われていた 公娼制度廃止でRAAの慰安婦たちが何の補償もなく解雇されると 街娼(戦後自然発生)が急増 性病罹患数も増え
 強制検査のために「パンパン(米兵相手の街娼)狩り」が行われるようになる
http://com-support.co.jp/war_and_peace/after_johoku-daikusyu/index7.html


パンパンの狩り込みは、昭和二十一年(一九四六年)一月二十八日から東京ではじまった。GHQの要請でだが、占領軍の性病防止のためといえた。

京都は昭和二十三年の検挙者は二千四百二十二名であった。年齢は大正生まれが七十八名、昭和生まれがほとんどで、彼女のように十九歳から二十四歳ぐらいまでが百三十六名と一番多かった。(国家地方警察本部防犯課の資料による)


昭和21年、パンパンの一斉手入れ。こんな女に誰がした?

昭和21年の朝日新聞に、品川駅付近のホテルに出没する売春婦、いわゆるパンパンの一斉取り締りが報じられているそうです。

全部で300人が検挙されたが年齢は16歳から38歳までいた。けっこう若いじゃんと思われるかもしれません。暮らしに困って売春をなさる方の中には、恐ろしいほどの年配の方もいます。 専業は少なく、官庁や会社の事務職の者も混ざっていた。 参考資料によれば、「ダンサー、女給」など、売春業に手を染めやすい方々もおいでですが、「女工や会社の事務職、公務員」など、いわゆる堅気の女性もいたらしい。

300人のうち、性病にかかっていた者が60人いた。2割ほどの確率で病気をもらって帰るのでしょうか。当時、一番恐れられていたのは梅毒です。HIVと比べれば可愛い病気かもしれません。

「どうせ日本は負けたのだから、私たちが好きなことをするのは勝手だ」と取調べで煙草を吸う女もいた。
http://blog.q-q.jp/200702/article_17.html

http://www.asyura2.com/18/revival4/msg/136.html#c2

[近代史3] 昔の日本映画は熱かった _ 溝口健二 赤線地帯 (大映 1956年) 中川隆
2. 中川隆[-13017] koaQ7Jey 2020年3月05日 21:01:08 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[517]
溝口健二 赤線地帯 (大映 1956年)

動画
A Rua da Vergonha (1956), de Kenji Mizoguchi, filme completo - ative as legendas em português
https://www.youtube.com/watch?v=l_I23VwgKkY
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/155.html#c2

[近代史3] シベリウス 『恋人』
ジャン・シベリウス 『恋人』


Sibelius : Rakastava (The Lover) - Hallé / Barbirolli


▲△▽▼
▲△▽▼


『恋人』(フィンランド語: Rakastava) 作品14は、ジャン・シベリウスが作曲した組曲。
1912年に弦楽合奏、打楽器、トライアングルのための楽曲として書き上げられた。
これは1894年に作曲された無伴奏男声合唱のための4曲からなる同名の連作歌曲集を基にしている。作品は『カンテレタル(英語版)』第1巻のフィンランド語のテクストを素材としている。


シベリウスは1894年に無伴奏男声合唱のための連作歌曲集『恋人』を、フィンランドの伝承詩集『カンテレタル』の第1巻のテクストから作曲していた[1][2]。この1894年の作品は地元のコンクールに出品されて2等賞を獲得している。この時の優勝者は彼のかつての師だった[3]。シベリウスはこの歌曲集を1894年に件弦楽伴奏つきの男声合唱、1898年に混声合唱のために編曲している[1]。


シベリウスは歌曲集を下敷きに弦楽合奏、打楽器とトライアングルのための管弦楽組曲『恋人』を仕立て上げ、作品番号14を与えた。完成は1912年、彼が交響曲第4番に取り組んでいた時期にあたる[1][4]。


彼は本作が「聴衆を魅了した」からという理由で、1920年代までしばしば自作の交響曲を指揮する際にこの組曲を同時に取り上げていた[1]。


楽曲構成


歌曲集
Miss' on kussa minun hyväni
Eilaa, eilaa
Hyvää iltaa lintuseni
Käsi kaulaan, lintuseni[1]


組曲
Rakastava, Andante con moto 4/4拍子 ヘ長調
Rakastetun tie (恋人の道), Allegretto 3/4拍子 変ロ長調
Hyvää iltaa ... Jää hyvästi (こんばんは、さようなら), Andantino 4/4拍子 ヘ長調[1]


第1曲では弦楽器が明るく美しく響く。
第2曲の合唱部分は「弦楽器の囁きと素晴らしく柔軟な旋律展開」に変更されている[1]。
第3曲は原曲と同様に感情に深く訴えかける[1]。
https://ja.wikipedia.org/wiki/恋人_(シベリウス)

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/952.html

[リバイバル3] 株で儲ける方法教えてあげる(こっそり) 新スレ 中川隆
275. 中川隆[-13015] koaQ7Jey 2020年3月06日 07:48:06 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[519]
平野憲一の株のお話 2020.03.06 厳しい週末か。

5日のNY株。
 ダウは969.58ドル安の2万6121.28ドル、ナスダックも279.49ポイント安の8738.60ポイントと大幅反落。

前日とは反対に反落して始まり、次第に下げ幅を拡大しました。
新型コロナウイルスのまん延が米景気の停滞を招くとの懸念が強くなっています。

前日のダウ1173ドル高と過去2番目の上げ幅となった反動安となりました。

 米国での新型コロナの感染拡大に歯止めがかからず、4日にはカリフォルニア州が州全域に非常事態宣言を出し、人やモノの移動を制限する動きが広がっています。1〜3月期決算への影響は避けられず、VIX指数は40前後に上昇しています。

10年債利回りは前日比0.14%低い(価格は高い)0.91%。
一時は0.89%と過去最低を更新しました。

結果、ドル円は106円13銭と円高が進み、CME日経平均先物は再び2万1000円割れ。
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/822.html#c275

[リバイバル3] 株で儲ける方法教えてあげる(こっそり) 新スレ 中川隆
276. 中川隆[-13014] koaQ7Jey 2020年3月06日 07:53:35 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[520]

2020年03月06日
乱高下の時ほど積み立て投資で儲かる


分散積立投資ならリーマンショックも大した出来事ではない

画像引用:https://frogkablog.com/wp-content/uploads/2017/02/1-15.png


新型コロナウイルスで投資チャンス

新型コロナウイルスが世界中に感染拡大し、世界の株式市場や金融市場が乱高下しています。

多くの個人投資家は暴落してはうろたえて損切り決済し、上昇を見て買っていると思います。

これが人間の本能として自然な投資行動ですが、これをやると100%損失をこうむります。



人間は高いところから落ちると「危ない」と思って着地に備え、高いところにははより高く登ろうとします。

この本能に忠実だと高値で買って安値で売る典型的な損切り貧乏投資家になります。

反対に「安値で買って高値で売る」のが最上ですが、これが出来たら簡単にビルゲイツやバフェットになれる。


そんな事が出来るのは人類数十億人のなかで数人しかおらず、出来ないので多くの人は投資で負けています。

凡人が投資で勝つには勝つシステムが必要で、才能や技術や幸運に頼ってはお金を失うことになります。

凡人には猿がやっても必ず勝つシステムが必要で、現在最も確実とされているのが積み立て投資です。


積立投資の考え方は世界経済に分散して毎月積み立てて投資する事で、相場変動の影響を受けません。

考え方としては年金運用のGPIFと同じだが、GPIFは規模も大きくより優れたシステムで行っています。

GPIFは運用資産が約170兆円で、20年間で約70兆円、年間約3%の利益をあげています。

「暴落は買い」を実行できる積み立て投資

世界経済の平均成長率は3%以上なのでGPIFの年間利益3%は、ほぼ世界全体の成長率に近い。

高成長株を買えば5%や10%の利益を上げることが出来るが、その代わりマイナスになるリスクが高まる。

GPIFのシステムでは世界経済が成長する限り、世界全体よりやや低い利益を得ることが出来ます。


これを個人で真似することは出来ないが、同じような考え方で世界全体の成長率を得るには積み立て投資が良い。

毎月同じ金額を積み立てる事で買値は必ず過去の平均価格になり、世界経済が成長すればその分の利益を得られる。

リーマンショックのような大暴落では一時的な含み損が出るが、株価が回復すれば利益も回復する。


株価が暴落している時は安く買えるので、暴落すればするほど安く購入でき、積み立て投資では儲かる。

ただし暴落の途中では含み損が出るので「やっぱり積立なんかダメだ」と解約したら本当の損失になる。

積立投資は株式だけではなく、国債などの債券投資に分散し、さらに国内と外国に分散します。


株式が暴落すると国債が値上がりするので、下落時に含み損を抑える効果があります。

日本は為替変動を受けるので、国内投資だけではダメで、外国の株式や債券投資と分散する必要があります。

新型コロナウイルスで世界経済が打撃を受け、株式市場が暴落するほどこの積み立て投資法が有利になります。


暴落すればするほど安く購入でき将来の利益になるので、暴落大歓迎といったところです。

「大投資家は暴落で買う」という格言があり、一代で巨万の富を築いた人は必ず大恐慌で買っています。

普通の人は大投資家になれないが、堅実に積み立てをすればいくらかの利益を手に出来る。
http://www.thutmosev.com/archives/82366291.html#more
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/822.html#c276

[リバイバル3] 優良株の長期投資以外はすべてギャンブル 中川隆
19. 中川隆[-13013] koaQ7Jey 2020年3月06日 07:54:29 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[521]

2020年03月06日
乱高下の時ほど積み立て投資で儲かる


分散積立投資ならリーマンショックも大した出来事ではない

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新型コロナウイルスで投資チャンス

新型コロナウイルスが世界中に感染拡大し、世界の株式市場や金融市場が乱高下しています。

多くの個人投資家は暴落してはうろたえて損切り決済し、上昇を見て買っていると思います。

これが人間の本能として自然な投資行動ですが、これをやると100%損失をこうむります。



人間は高いところから落ちると「危ない」と思って着地に備え、高いところにははより高く登ろうとします。

この本能に忠実だと高値で買って安値で売る典型的な損切り貧乏投資家になります。

反対に「安値で買って高値で売る」のが最上ですが、これが出来たら簡単にビルゲイツやバフェットになれる。


そんな事が出来るのは人類数十億人のなかで数人しかおらず、出来ないので多くの人は投資で負けています。

凡人が投資で勝つには勝つシステムが必要で、才能や技術や幸運に頼ってはお金を失うことになります。

凡人には猿がやっても必ず勝つシステムが必要で、現在最も確実とされているのが積み立て投資です。


積立投資の考え方は世界経済に分散して毎月積み立てて投資する事で、相場変動の影響を受けません。

考え方としては年金運用のGPIFと同じだが、GPIFは規模も大きくより優れたシステムで行っています。

GPIFは運用資産が約170兆円で、20年間で約70兆円、年間約3%の利益をあげています。

「暴落は買い」を実行できる積み立て投資

世界経済の平均成長率は3%以上なのでGPIFの年間利益3%は、ほぼ世界全体の成長率に近い。

高成長株を買えば5%や10%の利益を上げることが出来るが、その代わりマイナスになるリスクが高まる。

GPIFのシステムでは世界経済が成長する限り、世界全体よりやや低い利益を得ることが出来ます。


これを個人で真似することは出来ないが、同じような考え方で世界全体の成長率を得るには積み立て投資が良い。

毎月同じ金額を積み立てる事で買値は必ず過去の平均価格になり、世界経済が成長すればその分の利益を得られる。

リーマンショックのような大暴落では一時的な含み損が出るが、株価が回復すれば利益も回復する。


株価が暴落している時は安く買えるので、暴落すればするほど安く購入でき、積み立て投資では儲かる。

ただし暴落の途中では含み損が出るので「やっぱり積立なんかダメだ」と解約したら本当の損失になる。

積立投資は株式だけではなく、国債などの債券投資に分散し、さらに国内と外国に分散します。


株式が暴落すると国債が値上がりするので、下落時に含み損を抑える効果があります。

日本は為替変動を受けるので、国内投資だけではダメで、外国の株式や債券投資と分散する必要があります。

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普通の人は大投資家になれないが、堅実に積み立てをすればいくらかの利益を手に出来る。
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http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/907.html#c19

[リバイバル3] 資産を増やすには ほったらかし投資法が断然優れている 中川隆
33. 中川隆[-13012] koaQ7Jey 2020年3月06日 07:55:56 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[522]

2020年03月06日
乱高下の時ほど積み立て投資で儲かる


分散積立投資ならリーマンショックも大した出来事ではない

画像引用:https://frogkablog.com/wp-content/uploads/2017/02/1-15.png


新型コロナウイルスで投資チャンス

新型コロナウイルスが世界中に感染拡大し、世界の株式市場や金融市場が乱高下しています。

多くの個人投資家は暴落してはうろたえて損切り決済し、上昇を見て買っていると思います。

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反対に「安値で買って高値で売る」のが最上ですが、これが出来たら簡単にビルゲイツやバフェットになれる。


そんな事が出来るのは人類数十億人のなかで数人しかおらず、出来ないので多くの人は投資で負けています。

凡人が投資で勝つには勝つシステムが必要で、才能や技術や幸運に頼ってはお金を失うことになります。

凡人には猿がやっても必ず勝つシステムが必要で、現在最も確実とされているのが積み立て投資です。


積立投資の考え方は世界経済に分散して毎月積み立てて投資する事で、相場変動の影響を受けません。

考え方としては年金運用のGPIFと同じだが、GPIFは規模も大きくより優れたシステムで行っています。

GPIFは運用資産が約170兆円で、20年間で約70兆円、年間約3%の利益をあげています。

「暴落は買い」を実行できる積み立て投資

世界経済の平均成長率は3%以上なのでGPIFの年間利益3%は、ほぼ世界全体の成長率に近い。

高成長株を買えば5%や10%の利益を上げることが出来るが、その代わりマイナスになるリスクが高まる。

GPIFのシステムでは世界経済が成長する限り、世界全体よりやや低い利益を得ることが出来ます。


これを個人で真似することは出来ないが、同じような考え方で世界全体の成長率を得るには積み立て投資が良い。

毎月同じ金額を積み立てる事で買値は必ず過去の平均価格になり、世界経済が成長すればその分の利益を得られる。

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株価が暴落している時は安く買えるので、暴落すればするほど安く購入でき、積み立て投資では儲かる。

ただし暴落の途中では含み損が出るので「やっぱり積立なんかダメだ」と解約したら本当の損失になる。

積立投資は株式だけではなく、国債などの債券投資に分散し、さらに国内と外国に分散します。


株式が暴落すると国債が値上がりするので、下落時に含み損を抑える効果があります。

日本は為替変動を受けるので、国内投資だけではダメで、外国の株式や債券投資と分散する必要があります。

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暴落すればするほど安く購入でき将来の利益になるので、暴落大歓迎といったところです。

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普通の人は大投資家になれないが、堅実に積み立てをすればいくらかの利益を手に出来る。
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[近代史02] 鈴木傾城 _ アメリカ株で儲けるほど簡単な事は無い 中川隆
76. 中川隆[-13011] koaQ7Jey 2020年3月06日 07:56:32 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[523]

2020年03月06日
乱高下の時ほど積み立て投資で儲かる


分散積立投資ならリーマンショックも大した出来事ではない

画像引用:https://frogkablog.com/wp-content/uploads/2017/02/1-15.png


新型コロナウイルスで投資チャンス

新型コロナウイルスが世界中に感染拡大し、世界の株式市場や金融市場が乱高下しています。

多くの個人投資家は暴落してはうろたえて損切り決済し、上昇を見て買っていると思います。

これが人間の本能として自然な投資行動ですが、これをやると100%損失をこうむります。



人間は高いところから落ちると「危ない」と思って着地に備え、高いところにははより高く登ろうとします。

この本能に忠実だと高値で買って安値で売る典型的な損切り貧乏投資家になります。

反対に「安値で買って高値で売る」のが最上ですが、これが出来たら簡単にビルゲイツやバフェットになれる。


そんな事が出来るのは人類数十億人のなかで数人しかおらず、出来ないので多くの人は投資で負けています。

凡人が投資で勝つには勝つシステムが必要で、才能や技術や幸運に頼ってはお金を失うことになります。

凡人には猿がやっても必ず勝つシステムが必要で、現在最も確実とされているのが積み立て投資です。


積立投資の考え方は世界経済に分散して毎月積み立てて投資する事で、相場変動の影響を受けません。

考え方としては年金運用のGPIFと同じだが、GPIFは規模も大きくより優れたシステムで行っています。

GPIFは運用資産が約170兆円で、20年間で約70兆円、年間約3%の利益をあげています。

「暴落は買い」を実行できる積み立て投資

世界経済の平均成長率は3%以上なのでGPIFの年間利益3%は、ほぼ世界全体の成長率に近い。

高成長株を買えば5%や10%の利益を上げることが出来るが、その代わりマイナスになるリスクが高まる。

GPIFのシステムでは世界経済が成長する限り、世界全体よりやや低い利益を得ることが出来ます。


これを個人で真似することは出来ないが、同じような考え方で世界全体の成長率を得るには積み立て投資が良い。

毎月同じ金額を積み立てる事で買値は必ず過去の平均価格になり、世界経済が成長すればその分の利益を得られる。

リーマンショックのような大暴落では一時的な含み損が出るが、株価が回復すれば利益も回復する。


株価が暴落している時は安く買えるので、暴落すればするほど安く購入でき、積み立て投資では儲かる。

ただし暴落の途中では含み損が出るので「やっぱり積立なんかダメだ」と解約したら本当の損失になる。

積立投資は株式だけではなく、国債などの債券投資に分散し、さらに国内と外国に分散します。


株式が暴落すると国債が値上がりするので、下落時に含み損を抑える効果があります。

日本は為替変動を受けるので、国内投資だけではダメで、外国の株式や債券投資と分散する必要があります。

新型コロナウイルスで世界経済が打撃を受け、株式市場が暴落するほどこの積み立て投資法が有利になります。


暴落すればするほど安く購入でき将来の利益になるので、暴落大歓迎といったところです。

「大投資家は暴落で買う」という格言があり、一代で巨万の富を築いた人は必ず大恐慌で買っています。

普通の人は大投資家になれないが、堅実に積み立てをすればいくらかの利益を手に出来る。
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http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/895.html#c76

[近代史02] 幻の柴田罫線 中川隆
138. 中川隆[-13010] koaQ7Jey 2020年3月06日 07:58:21 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[524]

2020年03月06日
乱高下の時ほど積み立て投資で儲かる


分散積立投資ならリーマンショックも大した出来事ではない

画像引用:https://frogkablog.com/wp-content/uploads/2017/02/1-15.png


新型コロナウイルスで投資チャンス

新型コロナウイルスが世界中に感染拡大し、世界の株式市場や金融市場が乱高下しています。

多くの個人投資家は暴落してはうろたえて損切り決済し、上昇を見て買っていると思います。

これが人間の本能として自然な投資行動ですが、これをやると100%損失をこうむります。



人間は高いところから落ちると「危ない」と思って着地に備え、高いところにははより高く登ろうとします。

この本能に忠実だと高値で買って安値で売る典型的な損切り貧乏投資家になります。

反対に「安値で買って高値で売る」のが最上ですが、これが出来たら簡単にビルゲイツやバフェットになれる。


そんな事が出来るのは人類数十億人のなかで数人しかおらず、出来ないので多くの人は投資で負けています。

凡人が投資で勝つには勝つシステムが必要で、才能や技術や幸運に頼ってはお金を失うことになります。

凡人には猿がやっても必ず勝つシステムが必要で、現在最も確実とされているのが積み立て投資です。


積立投資の考え方は世界経済に分散して毎月積み立てて投資する事で、相場変動の影響を受けません。

考え方としては年金運用のGPIFと同じだが、GPIFは規模も大きくより優れたシステムで行っています。

GPIFは運用資産が約170兆円で、20年間で約70兆円、年間約3%の利益をあげています。

「暴落は買い」を実行できる積み立て投資

世界経済の平均成長率は3%以上なのでGPIFの年間利益3%は、ほぼ世界全体の成長率に近い。

高成長株を買えば5%や10%の利益を上げることが出来るが、その代わりマイナスになるリスクが高まる。

GPIFのシステムでは世界経済が成長する限り、世界全体よりやや低い利益を得ることが出来ます。


これを個人で真似することは出来ないが、同じような考え方で世界全体の成長率を得るには積み立て投資が良い。

毎月同じ金額を積み立てる事で買値は必ず過去の平均価格になり、世界経済が成長すればその分の利益を得られる。

リーマンショックのような大暴落では一時的な含み損が出るが、株価が回復すれば利益も回復する。


株価が暴落している時は安く買えるので、暴落すればするほど安く購入でき、積み立て投資では儲かる。

ただし暴落の途中では含み損が出るので「やっぱり積立なんかダメだ」と解約したら本当の損失になる。

積立投資は株式だけではなく、国債などの債券投資に分散し、さらに国内と外国に分散します。


株式が暴落すると国債が値上がりするので、下落時に含み損を抑える効果があります。

日本は為替変動を受けるので、国内投資だけではダメで、外国の株式や債券投資と分散する必要があります。

新型コロナウイルスで世界経済が打撃を受け、株式市場が暴落するほどこの積み立て投資法が有利になります。


暴落すればするほど安く購入でき将来の利益になるので、暴落大歓迎といったところです。

「大投資家は暴落で買う」という格言があり、一代で巨万の富を築いた人は必ず大恐慌で買っています。

普通の人は大投資家になれないが、堅実に積み立てをすればいくらかの利益を手に出来る。
http://www.thutmosev.com/archives/82366291.html#more
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/429.html#c138

[近代史02] 幻の柴田罫線 中川隆
139. 中川隆[-13009] koaQ7Jey 2020年3月06日 08:07:40 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[525]
>>126
今回の暴落で損しなかったのはバフェット指数を投資基準にしているバフェットだけ

>相場の予測はこういう様にやるもの:
>平野憲一の株のお話 2020.01.14 壁を抜けるか。

 週明け13日のNY株。
ダウは83.28ドル高の2万8907.05ドル、ナスダックも95.07ポイント高の9273.93ポイントと反発。ナスダックは先週末の下げを取り返し、再び史上最高値を更新しました。 

昨日機関投資家の強気観が高まっていると言う話をしましたが、
名目GDPに対する米国株の時価総額の倍率(バフェット指数)が、過去最高を超えました。

それに合わせてバフェット氏が率いるバークシャー・ハサウェイの資産の現金比率が過去最高になり、株安に備えていると言われています。


平野憲一の株のお話 2020.01.15 ゆっくり見守りましょう。
http://kasset.blog.fc2.com/

 14日のNY株。
 ダウは32.62ドル高の2万8939.67ドル、ナスダックは22.60ポイント安の9251.33ポイントとマチマチの動き。NYSE出来高は9億5835万株。
ダウ、ナスダックとも一時取引時間中の史上最高値を更新しました。

昨日話したバフェット指数は米国1.6倍に対し日本は1.23倍(東証1部661兆円、2部8兆円、JQ10兆円、マザーズ6兆円、名目GDP 557兆円)で、割安です。
ここにも、2020年相場は「米国株より日本株」が見えます。

http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/429.html#c139

[近代史02] 幻の柴田罫線 中川隆
140. 中川隆[-13008] koaQ7Jey 2020年3月06日 08:14:27 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[526]
柴田罫線の様なドテン売買法では今回の様な暴落には対応できない:


平野憲一の株のお話 2020.02.26
続落ダウの下げ率は史上最高値からマイナス8.35%。
http://kasset.blog.fc2.com/

 25日のNY株。

 ダウは879.44ドル安の2万7081.36ドル、ナスダックも255.67ポイント安の8965.61ポイントと大幅続落。

新型コロナウイルスの不安は、経済渋滞を引き起こし世界株安が続いています。
ダウは昨年10月31日以来約4カ月ぶりの安値。

 ダウが史上最高値から現在−8.35%ですが、昔からのダウの習性で12%下がるとトレンドが変わると言われます。

ダウが12%下がったら上昇トレンドが終わった事を意味しますがまだまだ余裕があります。

 投資会社バークシャー・ハザウェイCEOウォーレン・バフェット氏はダウ1000ドル下げの中で、新型コロナウイルスの感染拡大に懸念を示しながらも、株式を売る時ではないとの見方を示しました。CNBCのインタビューでバフェット氏は、新型ウイルスは「恐ろしいものだ」と述べた上で、「株式の取引に影響することではないと思う」と語りました。

2020.02.28 ダウ、弱気相場突入
 27日のNY株。
ダウは1190.95ドル安の2万5766.64ドル、ナスダックも414.29ポイント安の8566.48ポイントとクラッシュ的下げ。

ダウは6営業日連続で、下げ幅としては2018年2月の1175ドルを上回り、過去最大。今まで世界一の強さを示していたNY株は下げが止まりません。

つい2週間前の史上最高値2万9551.42ドルからの下げ率は12.8%となり、NY市場で、上昇相場の終わりを意味すると言われる12%の下げを超えました。

2020.03.01 いよいよ急所を迎えました。

 欧米の投資家は、国境封鎖まで検討されたイタリアでの新型コロナウイルス感染拡大の事態になって、今まで無視していた態度を一変させパニック的売りを出しました。その前から不安感に陥っていた日本市場は一方的な売り方市場になり、なすすべも無い1週間でした。

前の週末の終値が2万3386.74円、先週末の終値が2万1142.92円でその差2243.82円。100年に一度と言われるリーマンショックに匹敵する下げでした。

 ファンドのリスクパリティ(年金マネーなど海外機関投資家が使っている方法で、ポートフォリオに占める各資産のリスク割合が均等になるように分散してリスク低減を図る運用手法)の調整売りにAIの短期ファンドの売りが重なったと思われます。

 年金筋の手口が現れる信託銀行が11週連続売り越しになっていますが、この間株価上昇と共に上がった組み入れ比率を落としていた事が窺えますが、この下げで予定以上に比率が下がってしまったと思います。今後は組み入れ比率を下げ過ぎた年金筋の買いが予想されます。

 さて昨日中国国家統計局から2月の製造業PMIが発表されました。前月比14.3ポイント減の35.7ポイントと、100年に1度のリーマンショックの08年11月の38.8を下回るとんでもない数字でした。あの時日本の中小企業の社長さんの言葉が思い出されます。「注文が減ったんじゃない、注文が消えたんだ」と。

 今回の数字をどう取るか。100年に1度を超える1000年に1度のショックと取るのか、「リーマンショックの時のような受注消滅ではなく、春節からずっと工場がまともに動いていないのだから当然の数字。動き出せば一気にV字回復」と取るのか。

 FRBやECBは支援策発動を示唆し、日本政府も支援追加策に動き出し、そして突然飛び出した「米国とアフガニスタンの和平合意」。ボラティリティの高い相場ですが、いよいよ急所を迎えたと思います。引き続き気持ちをしっかり持って対応しましょう。

2020.03.03 日銀動く!ETF買い1002億円。
 週明け2日のNY株。
 
ダウは1293.96ドル(5.09%)高の2万6703.32ドル、
ナスダックも384.80ポイント(4.49%)高の8952.17ポイントと大幅反発。
ダウは1日の上げ幅としては過去最大となりました。

 OECD(経済協力開発機構)は、世界全体の実質経済成長率が2.4%になり、2.9%だった去年から0.5%ポイント減速するという予測を発表した為、新型コロナウイルスの感染拡大に対して、世界各国の中央銀行が協調利下げに踏み切るとの期待で、一斉に短期筋が買い戻しに走りました。

 ダウ構成銘柄すべてが上昇し、S&P500種株価指数も業種別全11種がプラスでした。VIX指数も18%安の32台となりましたが、まだ不安心理の境界線の20は上回っています。

 日本株。

 2日の日経平均は一時300円超に下げましたが、その後、中国2月財新製造業PMIや日銀の黒田総裁の緊急談話で逆に400円高になるなど、上げ下げの激しい1日でした。

結局日銀はこの日、今までの703億円から299憶円(なぜ300憶円でないのか分かりませんが)多い1002憶円を買って、ようやく日銀が動いてくれました。
今後この1002憶円が日銀ETY買い一回の定額になれば、かなりの下支えになります。

 2月28日のFRBに続き、この日は日銀の追加金融緩和で、新型コロナウイルスとの闘いは中央銀行を巻き込んで総力戦の様相(日経)を呈してきました。また、フランスのルメール経済相は、新型コロナウイルスの感染拡大による世界経済への影響と対策を話し合うため、G7主要7か国の財務相による電話会談が今週、開催されることを明らかにしました。

 ただ、北海道全域で先月25日の時点で感染した人はおよそ940人に上る可能性がある(北海道大学の西浦博教授)事や、鎌倉市職員の内300人(感染者が出たホットヨガの利用者を含め)が出勤できなくなるなど、全国の混乱は続いています。終息への道にまだまだ不安はありますが、PBR 一倍にワンタッチで日経平均はひとまず一番底を付けたと思います。


平野憲一の株のお話 2020.03.04 世界で高まる期待と不安。

 3日のNY株。
 ダウは785.91ドル安の2万5917.41ドル、ナスダックも268.08ポイント安の8684.09ポイントと大幅反落。

 FRBは緊急の連邦公開市場委員会(FOMC)を開き、政策金利を0.50%引き下げると発表しました。発表直後のダウは381ドル高となる場面もありましたが、その後材料出尽くしの売りが強まり、逆に下げ幅が997ドルに及ぶ場面もありました。日中値幅は1378ドルで、VIXショックの2018年2月5日以来の大きさでした。

 イングランド銀行のカーニー総裁もイギリス議会委員会で、イギリスの経済と金融システムを支えるため必要なあらゆる措置を講じる事を明らかにしました。IMF(国際通貨基金)と世界銀行も共同で声明を発表し、必要に応じて緊急の措置に乗り出す姿勢を強調しました。これで世界の主要な中央銀行が景気の下支えに向けて足並みをそろえたことになりました。それだけ厳しいと言う事でもあり、世界中で不安と期待が高まっています。


2020.03.05 ひとまず落ち着く。
 4日のNY株。
 ダウは1173.45ドル高の2万7090.86ドル、ナスダックも334.00ポイント高の9018.09ポイントと大幅反発。

大統領選の民主党候補指名の天王山スーパーチューズデーでの穏健派のバイデン前副大統領の勝利を歓迎して一斉の買い戻しとなりました。

2020.03.06 厳しい週末か。

5日のNY株。
 ダウは969.58ドル安の2万6121.28ドル、ナスダックも279.49ポイント安の8738.60ポイントと大幅反落。

前日とは反対に反落して始まり、次第に下げ幅を拡大しました。
新型コロナウイルスのまん延が米景気の停滞を招くとの懸念が強くなっています。

前日のダウ1173ドル高と過去2番目の上げ幅となった反動安となりました。

 米国での新型コロナの感染拡大に歯止めがかからず、4日にはカリフォルニア州が州全域に非常事態宣言を出し、人やモノの移動を制限する動きが広がっています。1〜3月期決算への影響は避けられず、VIX指数は40前後に上昇しています。

10年債利回りは前日比0.14%低い(価格は高い)0.91%。
一時は0.89%と過去最低を更新しました。

結果、ドル円は106円13銭と円高が進み、CME日経平均先物は再び2万1000円割れ。


http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/429.html#c140

[近代史02] 幻の柴田罫線 中川隆
141. 中川隆[-13007] koaQ7Jey 2020年3月06日 08:15:38 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[527]

柴田罫線の様なドテン売買法では今回の様な暴落には対応できない _ 2


暴落する時はあくまで”暴落”であって、それは一気に急落する、信用売りも仕掛けられないほどの暴落なんです。

言ってみれば、急勾配の坂を下る様な個人が信用売りでコントロール出来る様な代物ではなく、足元に突然大きな深い穴が開いて、真下に真っ逆さまに穴の中に落下する様な”暴落”なんです。

だから、暴落時に信用売りを仕掛けても、何しろ値が全然付かないのですから信用売りも約定する事はあり得ません。それほどの恐ろしいものなんです。

暴落の怖いところは、下がるだけではなく、その翌日は逆に値ごろ感を持った投資家が一挙に買いに殺到して反転暴騰して、今度は買いを入れても値が付かず、買い約定も出来ない・・・

そんな状況を総じて”暴落”というのです。

仮に暴落時に信用売りを仕掛けて”運良く”約定しても、その翌日は、逆に一気に全株全面暴騰し、日経平均で何千円も踏み上げられるのです。
そんな状況でも信用売りを仕掛けるのは、余程の”勇者”か余程の”資産家”か余程の”素人”なんでしょう。

ブラックマンデーの様な、又日経39000円からのバブル崩壊の様な ”暴落”はいわば一方方向の暴落なんていう代物ではなく、暴落と暴騰を日替わりで繰り返しながら株価が急落して行く、”ダッチロール”の墜落の様な”暴落”である事を是非理解しておいて下さい。

ネット系の個人投資家は 逆に行け行けドンドンの 横並び体質がありますので、一転暴落が起こったら、過去の暴落以上に売りが売りを呼んで、サーバーダウン等も相まって、過去の暴悪以上の凄まじい想像以上の暴落になると私は思ってます。

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暴落時に空売れると思っている人間が多いよね。
S安貼り付きに売りで並ぶつもりなのだろうか。

本格的な下げか、押し目か判断してから参加するとか言っている人間は一番ダメだな。 暴落の一番オイシイ所を逃すばかりか、押し目だった場合、大底で空売るハメになる。

または「まだ早い、ただの押し目だ」と言い続けて売り遅れ涙目になるのがオチ。
暴落始まったら損切りしたくてもできない。 売れないから。
今現在、株トレードにおいて自分が勝ち組だと思ってるやつも大半はやがて自分も負け組であることを実感する時が来る。 有名なアナリストも株相場はトランプのババ抜きみたいなものといっているくらいだから利益確定してさっさと勝ち逃げするのが賢明

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ビルに飛行機がつっこんだ。
東証は臨時に値幅制限を半分に。当然のようにS安連発。

自分の持ち株はマーケットメークだったので、1日で確か20%ぐらい下げた。
当時はまだ優良企業であると信じられていた某ソニー。
自分も期待しながらわずか200株だけだけど買ってました。

糞決算発表。確かその翌日は比例配分すらできないような大幅な売りを浴びてS安。その次の日も比例配分のS安。 一応国際優良株と言われ馬鹿でかい規模、こんな株が2日連続でS安っていう衝撃はあまりにもでかかった。

一番すごかったのはメガバンの売られっぷりだけどね。 100万ぐらいしてたのが1年もたたないうちに5万台まで売られた。

そのとき買っとけばよかったじゃんと言うかもしれないけど、とてもじゃないけど買える雰囲気じゃなかった。 某ドイツ証券の人が「東証を閉鎖せよ」っとまじで言ってるのw

自分はみずほ5万台で買ったのが自慢。だけど1株だけな。あのとき100株とか買えるような人がいたら天才か大ばか者のどっちかだな。

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90年バブルの方はブラックマンデー以降も2年くらいは好景気で株式相場も活況だった。逃げる気になれば逃げられた。もつとも当時は株と土地は長期的に下がることはないと思われていたから「逃げる」と言う感覚がなかった。

ITバブルの方は本当にバブル。一気にはじけた。あれは逃げるのが難しかった。
それでも全銘柄が急落したわけではない。逆張りでオールドエコノミーといわれたセクターに投資した人(バフェットもその一人)はむしろ儲けた。

87年に起こった、ブラックマンデー・ショック直前に、持ち株全部処分してノーポジを自慢してた香具師もいたが、その後の相場にはしっかり乗り遅れた。
現在のような、13年の長きにわたる下げ相場だと、弱気になるのも無理からぬことではある。

弱気筋も、売った持ち株が更に上伸していくさまを何度も見せ付けられて徐々に強気に変わっていくのさ。

そして、誰もが強気を唱えるようになるとき・・・
「桐一葉 落ちて天下の 秋を知る」 ようになる。

http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/429.html#c141

[番外地7] チュチェ思想は共産思想ではなく典型的な儒教思想 中川隆
2. 中川隆[-13006] koaQ7Jey 2020年3月06日 08:41:07 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[528]
そもそもこの現代に左翼なんか存在しないよ
日本共産党は典型的な保守反動政党だし、現在の中国・北朝鮮・韓国は古来の儒教思想が現在まで続いている国だよ。 習近平も毛沢東も昔ながらの中国皇帝だしね。
チュチェ思想が共産主義だと言っているアホがいるけど、チュチェ思想というのは天命を受けた支配者をみんなで支えなければいけないという儒教思想だよ
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/502.html#c2
[近代史3] グリーグ 『ペール・ギュント』 中川隆
3. 中川隆[-13005] koaQ7Jey 2020年3月06日 08:50:59 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[529]

メンゲルベルク

Grieg “Peer Gynt Suite No 1” Willem Mengelberg, 1943






http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/933.html#c3
[近代史3] グリーグ 『2つの悲しき旋律』
グリーグ 『2つの悲しき旋律』


Willem Mengelberg - Grieg : 2 Elegiac Melodies (1931)





グリーグ:2つの悲しき旋律
1,Heart Aches 胸の痛み 
2.The Lost Spring 過ぎた春
Concertgebouw Orch, Amsterdam, Recorded 6/3, 1931
transfer from Jpn Columbia, J-8002 (WAX-6140/1)


▲△▽▼


Grieg : 2 Elegiac Melodies Op.34 - GSO/Jarvi


0.00 Heart Wounds
3.20 Last Spring
Gothenburg Symphony Orchestra
Neeme Järvi


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EDVARD GRIEG, 2 Elegiac melodies Op. 34: No.1. Sir Neville Marriner / ASMF




EDVARD GRIEG, 2 Elegiac melodies Op. 34: No.2 "Last Spring". ASMF. Old Cemetries ~ Gniezno




Sir Neville Marriner
Academy of St. Martin in the Fields


▲△▽▼
▲△▽▼


2つの悲しき旋律 Op.34 1883
弦楽
12の旋律(Op.33)から2曲を編曲
https://ja.wikipedia.org/wiki/グリーグの楽曲一覧


グリーグがノルウェーの詩人ヴィニエの詩によって書き上げた歌曲集の中の2曲[傷ついた心/最後の春]を弦楽アンサンブルに編曲した作品で、この編成のために書かれたロマンティックな名作の一つです。


__________


12 melodier til Digte af A.O. Vinje ヴィニエの詩による12の旋律       Den Saerde   Op.33-3  傷心  
http://www7b.biglobe.ne.jp/~lyricssongs/TEXT/S2341.htm


Den Saerde (1858)
詩: ヴィニエ (Aasmund Olavsson Vinje,1818-1870) ノルウェー
曲: グリーグ (Edvard Grieg,1843-1907) ノルウェー   
歌詞言語: ノルウェー語


Mitt hjarta har vore i livsens strid,
og mangt eit sår hev det fengi;
det låg sjukt og sårt i so mang ei rid,
men endå har det til denne tid
frå leiken med livet gjengi.


Men ær på ær etter sår på sår
der er på kvar einaste sida,
og upp dei brjota kvar evig vår,
når lauvet spretter og isen går
og gauken gjeler i lida.


Men blomar bløma i desse ær,
og blømande blom er tåret.
Det soleis også med jordi er:
når regn og dogg ho frå himlen fær,
so veksa blomar i såret.


私の心は人生の戦いの中にあり
たくさんの傷を受けている
病んで横たわり、苦しむことも数知れない
だがそれでも今まで続けている
人生の再生のための戦いを


けれど傷に傷を重ね、傷口の上の傷口が
体中に見えている
毎春、それはぱっくりと口を開けるのだ
葉が芽吹き、氷が割れ
そしてカッコウが丘でさえずるときに


傷口からは花が咲き
花盛りには涙があふれる
この大地も同じなのだ
雨や露が空から降り注ぐとき
花が傷口に咲き出でるのだ


もうひとつの「春」の方があまりに有名で影が薄いですが、この曲も弦楽合奏のための「2つの悲しい旋律」に取り上げられています。「春」と同じように長調のメロディなのですが聴いていての悲痛なことは類を見ず。こうして訳してみるとそれも納得できるような歌詞ですね。傷つき、ぼろぼろになった体から花が咲き出でて春になるというなかなかに凄まじい光景ですが、死と再生の物語としてほのかな希望を感じられなくもありません。
( 2009.09.01 藤井宏行 )
http://www7b.biglobe.ne.jp/~lyricssongs/TEXT/S2341.htm


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12 melodier til Digte af A.O. Vinje ヴィニエの詩による12の旋律
Våren   Op.33-2  春(過ぎた春)
http://www7b.biglobe.ne.jp/~lyricssongs/TEXT/S147.htm
    


詩: ヴィニエ (Aasmund Olavsson Vinje,1818-1870) ノルウェー
      Våren (1859)


曲: グリーグ (Edvard Grieg,1843-1907) ノルウェー   
歌詞言語: ノルウェー語


Enno ein Gong fekk eg Vetren å sjå for Våren å røma;
Heggen med Tre som der Blomar var på,Eg atter såg bløma.
Enno ein Gong fekk eg Isen å sjå frå Landet å fljota.
Snjoen å bråna og Fossen i Å at fyssa og brjota.
Graset det grøne eg enno ein Gong fekk skoda med Blomar;
Enno eg høyrde at Vårfuglen song mot Sol og mot Sumar.


Så giddren endå meg unntes å sjå på Vårbakken dansa,
Fivreld å fløksa og fjuka ifrå der Blomar seg kransa.
Alt dette Vårliv eg atter fekk sjå,som sidan eg miste.
Men eg er tungsam og spyrja meg må:Tru det er det siste?
Låt det so vera: eg mykje av Vent i Livet fekk njota;
Meire eg fekk,enn eg hadde fortent og Allting må trjota.


Eingong eg sjølv i den vårlege Eim,som mettar mit Auga,
Eingong eg der vil meg finna ein Heim og symjande lauga.
Alt det,som Våren imøte meg bar og blomen,eg plukka,
Federnes Ånder eg trudde det var,Som dansa og sukka.
Derfor eg fann millom Bjørkar og Bar i Våren ei Gåta;
Derfor det Ljod i den Fløyta eg skar,meg tyktes å gråta.


また再び冬が逃げ去り春に時を譲るのを私は見る
去年花で一杯だったサクランボの木も また花で一杯だ
また再び氷が消えて 大地が姿を現すのを見る
雪が溶けて滝のような水は ほとばしり流れる
緑に萌える草はまた再び 花と共に現れ出でて
また聞こえてくる春の鳥たちの声は 太陽に、そして夏に向かっていく


輝く光が再び春の丘で踊っているのを私は見る
蝶たちはひらひらと飛び交い花を揺らしている
私がこの春の息吹に見るのは長い間なくしていたもの
だが私は憂鬱に自分にこう問いかけるだろう「これで最後なのか?」
なるようになればいい、私はそれでも生命の息吹を感じるのだから
この春を味わいつくし そしてすべてが終わるのだ


一日中、春の香りに浸って わが目をうるおし
一日中くつろいで 春を体一杯に浴びる
春が私にもたらしてくれるのは 摘み取った一輪の花
祖先の魂が踊り、吐息をついている そんな風に思える
だから白樺ともみの木の間には 春には謎があり
私の削り出した笛の音は すすり泣くように訴えてくるのだ


弦楽合奏のための「2つの悲しい旋律」の一曲としてグリーグの作品の中でも有名な曲のひとつですが、元は歌曲です。
明るい春の息吹を感じながら、なぜか悲しい気持ちになるのは、人生の無常に思いを馳せているからでしょうか。旋律は決して短調にはならないのに、にじみ出てくる悲しさはとても深いものがあります。
日本人だと「桜散る」ときの感覚でしょうか。
歌は余韻を残しながら静かに終わります。


 フォン・オッターの深みのある歌唱(DG)
 バーバラ・ボニーの淡々とした味わい(Decca)、
 アルネセンの清楚ななかに無垢な悲しみを湛えた歌(Naxos)


どれも素敵な春の贈り物です。
ピアノ伴奏でなく、弦楽合奏によるものも味わいが深くて良いです。これだと往年の大歌手、フラグスタートのものがありましたっけ。かなり歳を取ってからの録音なのでまさに人生の深みの味わいかと。
このスタイルの録音では、他に私はノルウエーのベテラン、レファースの入れたものが気に入っています。


(2004.05.16)


ノルウェー語を付け焼刃で勉強したので、過去の訳も見直そうということでこの「春」も手を付けてみたものの全く歯が立ちませんでした。といいますのも実はノルウェー語には大都市部を中心に9割近い国民によって話されているプークモール(リクスモール)というデンマーク語に近い言葉と、主として各地の方言を元に作られたニーノシュク(ランスモール)という言葉の2種類があり、この「春」は後者で書かれているのでした。ですから日本語で言えば標準語レベルの勉強を小学校1・2年レベルまでしかやっていない人間がいきなり津軽弁バリバリの民謡を訳そうとするようなものですから辞書を一所懸命引いても???となってしまうのは必然と言えましょう。
このヴィニエという詩人はこのニーノシュクで詩を書くことにこだわった人のようです。
このグリーグの付けた12曲に使われているのもこの言葉、たぶん他のヴィニエの曲にはもう手がでないだろうな、とすっかり怖気がついてしまっているところです。


更にまいってしまったのは、この詩、ネットで検索すると4連からなっているのですね。通常はこのうち最初と最後の連だけが歌われるのですが、まれに第3連が間に入って歌われることがあります(私の手持ちではロジェストヴェンスキー指揮ストックホルム響の伴奏にソプラノのクリンゲボルンが歌ったChandos盤がそうでした)。そこでこれを訳そうとしたら更に悩ましい状況になってしまいました。何しろ第3連に関しては原詩の字の綴りさえも出典によってまちまちなのでどれが正しいか分かりませんし、よしんば分かっても訳せません。ChandosのCDの英語や独語の対訳は手抜きでPeters版の楽譜の歌える訳詞を引っ張ってきているものですから、全然原詞と対応が取れていないのは素人目にも分かります。


ということで2重にも3重にもハンデを背負いながら、色々な情報も集めつつ何とか訳してみたのが上のものです。特に確かな情報が少ない真ん中の連はとんでもなく珍妙な訳になっている可能性が高いですが、私が苦労したのと同じように多くのノルウェー語のわからないグリーグ歌曲のファンの方は歌詞にこだわろうとすると同じように苦労されるところかと思いますので、ちょっとはお役に立てるかということでUPします。もっとノルウェー語に詳しい方の添削をぜひともお待ちしております。


( 2007.03.16 藤井宏行 )
http://www7b.biglobe.ne.jp/~lyricssongs/TEXT/S147.htm

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/953.html

[番外地7] チュチェ思想は共産思想ではなく典型的な儒教思想 中川隆
3. 中川隆[-13003] koaQ7Jey 2020年3月06日 09:29:47 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[531]
そもそもこの現代に左翼なんか存在しないよ
日本共産党は典型的な保守反動政党だし、現在の中国・北朝鮮・韓国は古来の儒教思想が現在まで続いている国だよ。 習近平も毛沢東も昔ながらの中国皇帝だしね。
グローバリズムは左翼思想だとか、チュチェ思想が共産主義だと言っているアホがいるけど、

・グローバリズムは20世紀型の帝国主義で典型的な資本主義思想

・チュチェ思想は天命を受けて統治している天子をみんなで支えなければいけないという儒教思想
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/502.html#c3

[近代史3] マスネ 『エレジー』

マスネ 『エレジー』


マスネ: エレジー (悲歌)マイスキー 1987




Mischa Maisky, Violoncello 1987年10月8-10日
Pavel Gililov, Piano


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The Great Chaliapin Sings Massenet's "Élégie" 1931


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Mischa Elman with Enrico Caruso - Massenet Elegie





Enrico Caruso recorded in 1913 with Mischa Elman on violin and Percy Kahn on piano. One of my all-time favorite Caruso recordings.


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Plácido Domingo & Itzhak Perlman; "O doux printemps"; Elégie; Jules Massenet


Plácido Domingo--Tenor
Itzhak Perlman--Violin
Jonathan Tunick--Conductor
New York Studio Orchestra
1991


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Massenet: Elégie · Elly Ameling · Rudolf Jansen · Michel Dispa


Released on: 1988-12-29


▲△▽▼
▲△▽▼


Élégie  エレジー  
http://www7b.biglobe.ne.jp/~lyricssongs/TEXT/S265.htm


詩: ガレ (Louis Gallet,1835-1898) フランス
曲: マスネ (Jules-Emile-Frederic Massenet,1842-1912) フランス   
歌詞言語: フランス語


O doux printemps d’autrefois,
Vertes saisons,vous avez fui pour toujours!
Je ne vois plus le ciel bleu,
Je n’entends plus les chants joyeux des oiseaux!...


En emportant mon bonheur,
O bien-aimé,tu t’en es allé!
Et c’est en vain que revient le printemps!
Oui! sans retour,avec toi,le gai soleil,


Les jours riants sont partis!
Comme en mon cœur tout est sombre et glacé!
Tout est flétri! Pour toujours!


おお甘き春よ 過ぎ去った昔の
緑の季節よ、お前は永遠に去ってしまった!
あの青空をもう見ることはない
あの鳥のさえずりを聴くことも!


私の幸せをみな持って
おお恋人よ、お前は行ってしまった!
春が戻ってもむなしいだけ!
そうなのだ!帰ってこないのだ、お前も、太陽の輝きも


微笑みの日々は消え去ってしまった
私の心の中は暗く凍り付いている!
すべては終わった! 永遠に!


マスネの歌曲の中ではたぶん一番有名な曲で、器楽やオーケストラの曲にも編曲されていますから耳にされた方は多いのではないかと思います。しかし、この曲を聴いていると、あのシャンソンの名曲「枯葉」と詩も旋律もほとんど違わない世界が広がっているなあということを感じます。こういうのを目のあたりにするとクラシックとそれ以外のジャンルの分け方などあって無いが如きだと思うのですがいかがでしょうか。


曲はマスネの作品の中でも比較的初期のもので、その臆面のないセンチメンタリズムが心地よいですけれど、この人の歌曲は晩年の作品でもそんなに枯れておらず、蕩けるようなメロディがてんこ盛りですから、初期後期こだわらずまとめてBGMに聴くとハマる人はハマれます(嫌いな人は徹底的に嫌いでしょうが)
残念なことにそういう歌曲集があまりないのが難点ですけれども。


しかしこの曲のひときわ凄いところは詩もセンチメンタルの極致なところで、この徹底した嘆きのステレオタイプが私の訳から伝わればよいのですが。


この阿片のようなマスネ歌曲集を私はフランスのSONPACTというレーベルから出ているPRUETTのテナー(かなりバリトン)の歌で聴いています。もっとリリックなテナーのやつを探しているのですがまだ発見には至っていません。でもこの歌の一番のポイントはクサいほどにフランス語のイントネーションを強調すること、この点ではPRUETTの歌はなかなかです。


( 1999.08.06 藤井宏行 )
http://www7b.biglobe.ne.jp/~lyricssongs/TEXT/S265.htm

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/954.html

[近代史4] ジュール・マスネ

ジュール・マスネ 『タイスの瞑想曲』
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/951.html

マスネ 『エレジー』
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/954.html

http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/463.html

[近代史4] ミラン・クンデラの世界 中川隆
1. 中川隆[-13001] koaQ7Jey 2020年3月06日 10:39:28 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[533]

フィリップ・カウフマン 存在の耐えられない軽さ
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/140.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/452.html#c1
[近代史4] エレニ・カラインドルー (Ελένη Καραΐνδρου、1941年11月25日 - ) 中川隆
1. 中川隆[-13000] koaQ7Jey 2020年3月06日 10:45:23 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[534]

エレニ・カラインドルー
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/121.html

テオ・アンゲロプロス 『ユリシーズの瞳』
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/145.html

テオ・アンゲロプロス 『シテール島への船出』
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/128.html

テオ・アンゲロプロス 『蜂の旅人』
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/127.html

テオ・アンゲロプロス 『こうのとり、たちずさんで』
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/126.html

テオ・アンゲロプロス 『エレニの旅』
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/125.html

テオ・アンゲロプロス 『永遠と一日』
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/124.html




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[近代史3] 5G電波の危険性 _ 5G導入をベルギーが見送り決定! 中川隆
3. 中川隆[-12999] koaQ7Jey 2020年3月06日 11:10:05 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[535]
電磁放射線公害について  古庄弘枝氏が下関のお話会で講演
2020年3月5日

 電磁放射線公害問題にとりくみ、「5G問題を考える会」の共同代表を務めるノンフィクションライターの古庄弘枝氏を囲んだ「お話会」が1日、下関市のしものせき環境みらい館でおこなわれた。主催は宇部市の豊かな暮らしを考える会(村川博司代表)。古庄氏は電磁放射線や芳香柔軟剤の害や5Gの危険性について最新の知見やデータを示しながら一人でも多くの人々がまず知り、行動を起こす必要があることを訴え、警鐘を鳴らした。小さな子どもを連れた女性をはじめ約30人が集まり、熱心に耳を傾け、率直に疑問点を出しあった。

 村川氏は「これから5Gが全国で始まりつつある。古庄氏はどういうことが起こる可能性があるか、身体への影響などいろいろな方に取材されている。私の子どもも小学校1年生。全員タブレットを持たされ、電子黒板で授業するというのがどんどん進んでいる。まず第一に考えるのは子どもたちの健康で、電磁波は危険なことがあるのではと先生や保護者に話している。この社会はお金を中心に回っていて、学校などもいろんな利権がある。誰かが被害を受けるとか誰かが悲しい思いをするならやめていける大人でありたい。そういう大人が増えれば社会が変わっていくのではと思う」と挨拶した。

 続いて古庄氏が電磁放射線、芳香柔軟剤、5Gについて具体的な実例やデータにもとづいてくわしく報告した。今回は電磁放射線の被害について紹介する(5Gについては本紙で今年1月20日付8451号の古庄氏の「5G推進にストップを」と題する投稿を参照していただきたい)。

女性の参加が目立ったお話会(3月1日、下関市)

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古庄弘枝氏
 電磁波は英語でラジエーションといい、放射線ということだ。携帯電話やスマホから出ている電磁放射線は、福島原発から放出され続けている放射線(電離放射線)と同じ仲間だ。違いは物質の電子を電離させるほど強いエネルギーを持っているか、そうでないか(非電離)だけだ。

 「電離放射線」にはγ(ガンマ)線、X(エックス)線、紫外線の一部が含まれる。「非電離放射線」には「光の仲間」と「3T(テラ)ヘルツ以下の電磁放射線」(電波)にわけられる(3Tとは3兆のこと)。

 電磁放射線は「電界(場)」と「磁界(場)」が交互にからみあって進むエネルギーで、その速さは光と同じ「秒速30万`b」だ。電磁放射線はその周波数(1秒間に振動する回数・単位はヘルツ)によって「高周波」「中間周波数」「低周波」にわけられる。

胎児や幼児への影響大

 電磁放射線の生体への影響には、強力な電磁放射線が引き起こす「熱作用」と、微弱な電磁放射線が引き起こす「非熱作用」がある。近年になるほど「非熱作用」が重要視されており、とくに胎児や赤ちゃんに与える影響が大きいことがわかっている。

 「イライラ」「不眠」「頭痛」「耳鳴り・頭鳴」「筋肉痛」「記憶力減退」などは、電磁放射線の非熱作用によるものだ。電離放射線以上に日常的に浴びているスマホや基地局からの電磁放射線にもっと注意を向ける必要がある。

 携帯電話の電磁放射線が人間の脳に与える影響についての実験では、携帯電話を耳にあてた場合、大人の脳よりも10歳の子どもの脳、さらに五歳児の脳の方が深部まで貫かれている。5歳児では脳の8割以上を貫く。5歳児よりも1歳児、それより胎児のやわらかい脳の方が危険だ。

 もし赤ちゃんや小さな子どもが1日を過ごす部屋に無線LANがある場合、とり外すことをすすめる。無線LANには電子レンジに使われているものと同じ電磁放射線が使われている。電子レンジは、食べ物に含まれている水分を1秒間に24億5000万回振動させることでモノを温める。この電磁放射線が充満する室内にいれば、電磁放射線にあたった細胞は、1秒間に24億5000万回振動させられ、さまざまな「異変」を起こす。細胞分裂が活発な組織ほど、遺伝子配列が正常でなくなるなど、深刻な影響を受ける。

 どうしても無線LANが必要でとり外せない場合には、せめて夜寝るあいだだけでも一時的に切ることをすすめる。人間は起きているあいだよりも、寝ているあいだの方が電磁放射線に無防備になり、より悪影響を受ける。寝ているあいだ頭の近くに携帯電話やスマホを置いて寝るのも危険だ。端末機器からはつねに電磁放射線が出続けている。

人工的電磁波全て有害

 アメリカの医師ロバート・ベッカーは著書のなかで「すべての異常な人工的な電磁波は、周波数に関係なく、同様の生理的影響をもたらす。これらの影響は正常な機能を逸脱させ、明らかにあるいは潜在的に有害である」と指摘している。

 彼が指摘する「有害性」とは、@成長中の細胞への影響(がん細胞の成長促進など)、Aある種のがん発生のひきがね、B胎児(胚)の異常発育、C神経化学物質の変化(自殺のように異常行動を引き起こす)、D生理的周期の変容、Eストレス反応(継続すると免疫システム機能の低下を招く)、F学習能力の低下、などだ。

 電磁放射線によって引き起こされる人体の異常はすべての臓器、神経系に及んでいる。

 仙台市で「丸山アレルギークリニック」を開き、毎日150人以上の患者を診察していた丸山医師は「電磁波が原因で何らかの病気になっている人や電磁波のせいで治りにくくなっている人は、病気全体の9割におよぶ」(2014年)と発言している。また、「電磁波が、がん、アトピー性皮膚炎、うつ病、不眠病、関節リウマチなどの原因だ」「病気を治すには、電磁波の害をなくすことが絶対不可欠だ」と断言している。

生命の誕生を脅かす

 携帯電話やスマホに使われる電磁放射線は、「生命の誕生」そのものを阻害し、死に至らしめる可能性をもっている。1998年にフランスのユービシエール・シモ博士らがおこなった実験が証明している。孵卵器に60個の鶏の卵を並べたものを2セット用意し、一つは中央部の卵から上部1aの位置に携帯電話を「オン」の状態で置くと、卵の平均死亡率が約72%になった。携帯電話を置いていない方の死亡率は約12%であり、携帯電話の電磁放射線を浴び続けたことで卵の死亡率が6倍になった。

 この実験はお腹にいる胎児に携帯電話やスマホの電磁放射線を浴びせ続けたら、妊娠初期に胎児が死んでしまう(流産する)可能性が高いことを意味しているのではないか。携帯電話やスマホはスイッチを「オン」にしているかぎり、つねに近くの基地局や無線LANアクセスポイントなどと通信するために電磁放射線を出し続けている。

 2008年のアメリカ・カリフォルニア大学での調査では、「出産の前にも後にも携帯電話を使っていた母親から生まれた子どもは、携帯電話をまったく使わなかった母親から産まれた子どもより“集中できない”“多動性”“衝動性”などの行動障害を1・8倍引き起こす」との結果が出ている。また、2012年のアメリカ・イエール大学でのマウスを使った実験結果では、「母体内の胎児を携帯電話の電磁放射線にさらすと、胎児の脳の発達に影響をおよぼし、“多動性”“記憶力のわずかな劣り”をうむ可能性がある」としている。

 携帯電話やスマホの電磁放射線が男性の精子に悪影響を及ぼすこともわかっている。2004年のハンガリー・セゲド大学の研究では、「ほぼ1日中携帯電話を身の回りに持つヘビーユーザーは、13カ月で精子が約30%減少する」との結果が出ている。また2006年のアメリカでの報告では、「携帯電話を使う時間が長くなればなるほど“精子の数”“運動している割合”“正常な形”が少なくなる」「携帯電話を1日4時間以上使う人の精子は、まったく使わない人の3分の2以下になる」としている。

世界一緩い日本の規制

 2013年に世界の10カ国29人の科学者が、2006年から2011年にわたって発表された「無線技術や電磁放射線がもたらすリスク」に関する1800以上の最新研究論文を検証しまとめた「バイオイニシアティブ報告書2012」を公表した。「環境中の電磁放射線発信源が著しく増加し、低レベルで恒常的な曝露の度合いがますます高まっている」とし、高周波の基準値を「0・0003〜0・0006μW/平方ab」にすべきだとしている。さらに「将来はさらに低くする必要があるだろう」とものべている。それは「胎児や乳幼児をはじめとする感受性の高い人々への影響を示す証拠を含めて、その要求を裏付ける科学的証拠が以前よりも増大し、確かなものになってきている」からだとしている。

 これに対して日本の高周波の規制値は「1000μW/平方ab」で、これはアメリカと並んで世界一高い。もっとも厳しいオーストリア・ザルツブルク州の規制値は「0・0001μW/平方ab」であり、日本はこれの1000万倍だ。しかし、「0・0001μW/平方ab」でも安全ではない。2005年にドイツの医師グループが、当時のドイツ首相に「0・0001μW/平方abでさえ30%の人は病気になっている。0・01μW/平方ab以上であれば約95%の人が悪影響を受けている」との報告書を送っている。日本の規制値は早急に「0・0001μW/平方ab」に変更すべきだ。

世界の医師が妊婦に警告

 2014年6月、「電磁放射線が胎児の脳の発達に悪影響を及ぼす」ことを深く認識し、憂慮した世界の医師・科学者たちが妊婦に警告を発した。「自分自身とお腹の子どもを守るために携帯電話やワイヤレス機器からの電磁放射線被曝を避けること、制限すること」と警鐘を鳴らした。

 中心となった医師の一人は『携帯電話 隠された真実』の著者のアメリカのデヴラ・デイヴィス博士で、彼女らは「ベビーセーフ・プロジェクト」という公共キャンペーンを立ち上げ、妊婦が電磁放射線被曝を制限するためにできる簡単な方法を以下のように提唱している。

 @身体に携帯電話などの端末を密着させるのを避ける、A端末を身体に密着させなければならないときは、背面を密着させない、B端末で話すときは、スピーカーかイヤホンマイクを使う、C車、電車、エレベーターのなかで携帯電話などを使わない、Dコードレスの電話子機は遠ざける。とくに睡眠時、Eインターネットは有線でつなぐ、FWi―Fiを使うなら、ダウンロードのときだけにする、G長時間の電磁放射線被曝、Wi―Fiルーター近くでの被曝は避ける。とくに睡眠時、H使わないときは家庭用Wi―Fiのプラグを抜く、I寝るときはスマートメーターなどのワイヤレスのメーターからできるだけ離れる。

汚染される日本の学校

 日本の学校は電磁放射線でどんどん汚染されている。文部科学省の調査によると、2014年3月現在、全国の公立学校の約86%が普通教室に校内LANを整備し、そのうち約25%が無線LANを選んでいる。学校の無線化は国が進める「教育のICT(情報通信技術)化」にもとづいたもので、総務省は2010年から「フューチャースクール推進事業」を、文科省は2011年から「学びのイノベーション事業」を推進してきた。

 文科省は「教育の情報化ビジョン」(2011年)のなかで、2020年までに「全学校で1人1台の情報端末による学習を可能にするため、超高速の校内無線LAN環境を構築する必要がある」としている。

 一方欧州では、学校敷地内の無線LANは禁止する方向だ。オーストリアのザルツブルク州では2005年から「州内すべての学校・保育園・幼稚園で無線LANとコードレス電話の使用を禁止」している。

 2011年には欧州評議会議員会議が加盟47カ国に対して、「学校の敷地内では無線LANを有線にすること」と指摘し、2015年にはフランスが法律で「3歳以下の子どもが過ごす空間でのWi―Fiの禁止」「小学校では、Wi―Fiを授業の使用に限定し、それ以外のときは電源を切る」ことを決めている。

 電磁放射線被曝に苦しむ子どもを出さないために、校内のLANは有線にするべきだ。

 福岡県太宰府市の太宰府東小学校では、校舎から100bのところにNTTドコモの基地局がある。2012年、保護者が調査すると基地局と同じ高さにある3階の教室の子どもたちがたくさんの症状を出していた。そこで保護者たちは、基地局の撤去に向けて行政に働きかけるとともに、基地局に面した窓に電磁放射線を防ぐシールドフィルムをはることで、子どもの症状を改善させた。

 宮崎県のある保育園では、近くに2つの基地局(約60bにKDDI、約120bにNTTドコモ)があることで、園児たちが頻繁に鼻血をだしていた。原因が近くの基地局からの電磁放射線だと気づいた経営者は、2013年にまず園舎の窓ガラスをシールドフィルムで覆うことで園児を守った。同時にKDDIとNTTドコモに対しては基地局の撤去・移転を、行政に対しては条例の制定などを求めて運動をしてきた。幼い子どもたちを守るには大人たちが電磁放射線に対する知識を持つことが不可欠だ。

発達障がい児が増加

 「携帯電話普及率」が増えるにしたがって、比例するかのように「特別支援学級在籍者数」が増えている。携帯電話は1995年から急カーブを描いて上昇している。特別支援学級在籍者のうち「知的障がい」「情緒障がい」も1995年から上昇を続けている。とくに「情緒障がい」のカーブは上昇率が大きい。また、携帯電話の普及率と比例して「自閉症」「学習障がい」「注意欠陥多動性障がい」の児童が増えている。

 これらの「発達障がい」児の増加は、携帯電話の普及率が高まり、それにともなって基地局の数が増え、大気中の電磁放射線が増え続けていることと深い関係がありそうだ。電磁放射線は子どもの柔らかい脳に深く浸透し、学習や情緒にかかわる海馬や扁桃体などに「小さな異常」を引き起こす。

基地局のない所に住む

 沖縄県那覇市では、2000年に屋上に基地局のあるマンションに住んでいたSさん一家が、3階から10階に移ったときに、健康被害が増えた。「意識喪失」や「精神錯乱」、子どもは「視力低下」「鼻血」「不整脈」などに苦しみ、マンションを出ることで症状はなくなった。その後住民の働きかけで基地局も撤去できた。

 妊娠中か赤ちゃんのいる人で、屋上に基地局があるマンションに住んでいるか、近距離に基地局がある場所に住んでいる場合、すぐに転居することをすすめる。どうしても引っ越せない場合は、電磁放射線を測定し、シールドクロスなどで外からの電磁放射線を防ぐと同時に、基地局の撤去に向けて、近隣住民の方と行動を起こそう。さらに将来的にその地域を安全に保つためには、広く電磁放射線公害の事実を知らせ、電磁放射線公害防止条例などをつくることが必要だ。

幼児には使わせない

 スマホは、さまざまな種類の電磁放射線を使って、基地局、無線LANアクセスポイント、GPS衛星などとつねに交信している。そのため幼い子どもにスマホを持たせたり、身体の近くで操作したりすると、子どもを被曝させてしまうことになり、とても危険だ。

 スマホから出ている電磁放射線はWHO(世界保健機関)の専門組織であるIARC(国際がん研究機関)が「発がんの可能性がある」と認めた発がん性物質で、脳の「学習・記憶」にかかわる海馬を傷つけることもわかっている。

 幼い子どもの頭は小さく柔らかいため、大人より何倍もたくさんの電磁放射線を吸収する。世界各国では、子どもたちを携帯電話やスマホの電磁放射線から守るためにさまざまな規制・勧告・要請をおこなっている。

 ロシアやアイルランド、インドなどでは、16歳以下の子どもが携帯電話を使うことを禁止したり、子どもへの販売を禁止したりしている。フランスでは6歳以下の子ども用携帯電話の販売を政府が禁止した。ベルギーでも政府が7歳以下の子どもへの販売は店頭でもインターネットでも禁止した。

https://www.chosyu-journal.jp/shakai/16041
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/340.html#c3

[近代史3] ベートーベン ピアノ・ソナタ第18番変ホ長調 作品31−3 _ 何故この曲だけこんなに人気が有るのか? 中川隆
20. 中川隆[-12998] koaQ7Jey 2020年3月06日 11:40:48 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[536]
ベートーヴェン論

ベートーヴェンはクラシック音楽の金字塔となる大傑作を数多く作曲した。

彼によって生み出されたクラシック史上の最高峰となる作品群は、後年の多くの作曲家の目標になり、道しるべとなった。

作曲者の生涯の全作品を総合的に比較すると、後の作曲家は誰一人として太刀打ちできていないと思う。

他の作曲家と比較して、ベートーヴェンは何が違ったのだろうか?


まずは、彼にはずば抜けた才能に加えて、厳しい英才教育を施されたおかげで強固に固められた基礎があったことが挙げられる。

若いときの作品は地味で面白くないと感じるところがあるが、よく聞けば既に同時代のトップレベルであると思う。


そして、音楽と芸術に対する徹底的な妥協のない真摯さがあったからこそ、成熟してからさらに異次元の飛躍を遂げることができたのである。

飽くなき高い理想の追求をし続けることができたのは、彼の真摯さと空気を読まない性格の強さゆえだろう。


とはいえ、理想の高さの魅力以上に、ベートーヴェンの音楽は根底的な音の響きや使い方それ自体に尽きない魅力があり、それこそが重要であると私は考えている。

彼の音楽は、シンプルでいくら聴いても飽きない魅力的な要素を多くもっていて、それが強固な骨格と筋肉になっている。

だからこそ、何か画期的な世界を目指したて冒険をしたときにも土台が崩れず、聴いていて楽しめるような音楽としての魅力を保ち続けることができたのである。

•音楽の魅力

彼の音楽の魅力を簡潔に書くというのは無理難題だと思うが、あえて挙げてみよう。


まず、音楽的な品格の高さが重要な要素として挙げられる。

ベートーヴェンの音楽は高貴な精神を宿しており、純度の高い高潔さがある。


伸びやかに音を鳴らして音それ自体の生の魅力が活かされていることも特長である。

特に若い時の音楽は伸びがあり、聞いていて気持ちよくなる。

ベートーヴェンはシンプルな音形を使って、音そのものを高らかに響かせて存分に歌わせ、それにより素敵さを演出することに長けていた。


たとえば、「皇帝」協奏曲の1楽章の伸びの良さと品のよさはどうだろう。

ロマン派の音楽は、何かしらの気分を音楽に含ませており、「感情の支配下」にある。

それが音楽の表現の幅と、聞き手にとっての気分の幅を狭めている。

それと比較して、ベートーヴェンの音楽の音自体のシンプルさの中に魅力をこめて、聞く人を楽器が奏でる音それ自体に魅了させる。

とにかく、聞いている人の気分をよくさせることが得意である。


他にも手もちの芸風は多く持っており、例えば長調の曲でよく見せる竹を割ったようなすっきりとした割り切りの明快さの魅力もある。

胸が膨らむような広がりを持った壮大さもある。


一方で激情性もまた、ベートーヴェンの一面としてやはり重要である。

ベートーヴェンは冷静さを保ったまま、様々な種類の激情を表現し、それをコントロールしながら楽曲の構築を行うことが出来た。

後世のクラシック作曲家はベートーヴェンとしう先例を知っていながら激情を完全にコントロールして表現する音楽を作れなかった。

対抗馬となるのはショパンくらいだろうか。


晩年に至って、ずっしりと精神的な重みや手ごたえのある音楽を書けるように成長したことは、さらに驚異的なことである。

これは、ベートーヴェンの音楽がもともと持っていた親密性の魅力を発展的に肥大化させたものと考える。

中期の傑作の森では外面的な巨大な構築性を見せているが、もともとかなりパーソナルな精神をも表現できる人だった。


また、彼はエンターテイナーでもある。

音楽において、観客を楽しませて気持ちよくさせることに配慮が行き届いている。

盛り上がってほしい時にはちゃんと盛り上げる。聞き手の気持ちをちゃんと汲んで、演奏会というショーが成り立つように曲を書いている。

だから、非常に激情的だったと言われるベートーヴェンだが、決して独りよがりの人ではなかったのだろうなと想像させられる。

激情性すらも、彼の中ではエンターテイメントとしてうまくコントロールされている。


晩年の作品はその色が薄くなった。そのおかげで作り物っぽさが希薄になり、人間精神の中で一人一人の個人が心の奥の方で本当に大事に持っているパーソナル領域を生々しく表現できた。

その代償としてとっつきにくく、曲を理解できるまでに時間がかかるようになってしまったのだが。

•形式性


ベートーヴェンの音楽は古典派の形式性を保っていることも重要である。

ロマン派に入り、時代が下るほど崩れて迷走していった形式性は、ベートーヴェンにおいてはまだ十分に機能していた。

精神的な内面性の表現に音楽の比重が逆転してしまった時代においては存在しえない、音楽の構造性それ自体の価値が楽しさを持っている時代であった。

個別の曲が、自立した個別的に精神的内面とそれに適合する形式の両方を創造しなければならない時代になると、相対的に形式の力が弱まった。


創造性はえてして、まず形式に束縛されて表現の範囲に制約があり、その中での自由を追求する時代にもっとも発揮される。

表現の幅の制約は、創作性の妨げにはならないのである。

テレビゲームにおいてゲーム製作者は、ファミコン時代はまったく貧弱な表現力しか持たなかった。

しかし、その枠内でもプレーヤーを熱狂させる自由さがあり、充実感があった。

時代が下って表現力が高くなると、むしろ無茶な設定が出来なくなり、表現が目的になり、束縛物となってしまった。


また、現代の日本のポピュラー音楽は、Aメロ、Bメロ、サビというワンパターンの形式に枠内にすっぽり収まった曲が多い。

しかし、その制約の中で生み出されたメロディーや楽曲の表現力は、90年代にすばらしい黄金時代を築いた。

それと同じようなことが発生していたのが、ハイドンやモーツァルトからベートーヴェンの時代であると思う。


彼はいろいろな事が出来る器用さがあったが、それを実現する音楽のフォーマットとしての応用性の高さも才能の発揮を後押しした。

その自由度におぼれすぎず、一つひとつの曲を作りこんで、形式的にも技法的にも内面的にも完成度の高い際立った個性のある作品を作成した。

晩年は、やや自由度におぼれてしまい破綻しかけているが、その分の精神性の高みが魅力を高めている。


総合力は、さまざまな事を高いレベルで実施できることから生まれる。

出来ることの幅広さは、天才性の大きな要素である。

ベートーヴェンと比較してしまうと、後世の作曲家は全員、狭い範囲のことしか表現できなかった。

一部の能力では上回っていても、それ以上に多くの点で劣っていた。

だから総合的にはベートーヴェンに勝てなかったのである。


なお、ベートーヴェンの音楽の素晴らしさは、フルトヴェングラーの「音と言葉」に素晴らしい文章で詳細に語られている。

さすがベートーヴェンを振らせたらナンバーワンなだけある。きわめて説得力があり、深いレベルで納得感の高い説明である。

https://classic.wiki.fc2.com/wiki/%E4%BD%9C%E6%9B%B2%E5%AE%B6%E8%AB%96
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/680.html#c20

[近代史3] モーツァルトで本当にいいのは 歌劇「ドン・ジョヴァンニ」だけ 中川隆
4. 中川隆[-12997] koaQ7Jey 2020年3月06日 11:42:02 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[537]
モーツァルト論

神がかり的なバランス感覚、天真爛漫さ、悪魔的な魅力、メロディーメーカーとしての才能、ロマンチックさなど、天才的な愛される要素を多くもっていた、古今のクラック音楽家の中でもっとも素晴らしい作曲家の一人。

オペラのように自由に楽器を活躍させて、歌わせる事にも長けていた。


現代楽器との相性がよいのも、現代における人気の源泉のひとつだと思う。


モーツァルトの得意分野はオペラと協奏曲とよく言われる。

18世紀後半のオペラと協奏曲で現代でもメジャーなレパートリーになっているのはモーツァルトの作品だけである。

ハイドンとの差がもっとも大きな分野といってもよい。

結局、ベートーヴェンが1800年以降に主要な曲を書き、一方でバロックの大作曲家達は1750年ごろまでに主要な曲を書いている。

ある意味で1750年〜1800年は谷間の世代である。

ただし、モーツァルトとハイドンという大巨匠がいるために、音楽的遺産は決してものたりないものではないのだが。


モーツァルトは多くの音楽をよく勉強し、自分の音楽の中に取り込んでいた。


モーツァルトは形式的な厳格さ、単純な和声という古典派時代における制約の厳しさをむしろ逆用し、シンプルな中であるからこその豊かさを実現した。


形式的な整備の完璧さ、バランスの良さと外面的な手持ちの表現手段の豊富さ故に、モーツァルトは最も芸術的に純度の高い結晶として、深い段階に到達した作品を書いた作曲家といえる。

音楽に限らず、相対的な評価は、同じような高いレベル同士で比較するからこそ可能である。モーツァルトは基礎的なレベルが高く、その中でさらに厳選されたさらに高いレベルに到達する音楽を作り上げることが出来た。


モーツァルトの軽やかさと気軽さは、モーツァルトの人気の高さの大きなウェイトを占めている。

モーツァルトの音楽は、本当に聴きやすい。

次の世紀に入ると気軽さが薄れて芸術音楽としての側面が強くなっていく。

バランスにおける絶妙な天才性があるため、軽さだけで終わっていない。これてあわせて軽さが成り立っているところはある。


モーツァルトの音楽におけるフットワークの軽さと、人間の生理的感覚との一体感は、非常に優れた面のひとつである。

息継ぎするように一瞬の休憩を入れたり、気分転換したり。ちょっと急いでみたり、立ち止まってみたりというような当意即妙な身体感覚と適合する音楽は、楽しさの大きな理由となっている。

一方で、ロマンチックさや芸術性ももっている。彼の音楽は同時代の多くの音楽と比較して複雑であり、次の時代に近いものがある。

https://classic.wiki.fc2.com/wiki/%E4%BD%9C%E6%9B%B2%E5%AE%B6%E8%AB%96
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/815.html#c4

[近代史3] フランツ・ヨーゼフ・ハイドン 交響曲 第100番ト長調「軍隊」 中川隆
4. 中川隆[-12996] koaQ7Jey 2020年3月06日 11:43:11 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[538]
ハイドン論

ハイドンの曲は非常に沢山ある。

いくら現役が長かったからとはいえ、この曲数を書いたのであるから、サクサクと新曲を量産していたわけである。

それにも関わらず、明白な駄作や手抜きが少ないのはすごい。


簡単には聞き終わることが出来ない大量の作品はさながら宝の山のようである。順番に聴いていくと、次の曲を聴くたびに新しい魅力に出会えること、曲に仕込まれた機知に富んだ仕掛けを楽しめること、これがハイドンを聞く楽しみの中の最大の点だと思っている。


単独の曲を、腰を据えて何度何度も繰り返し聞き込むための曲としては、同時代においてもモーツァルトに劣る。

ハイドンは、歌うような忘れがたいメロディーを曲の中心にもってきておらず、機知とか雰囲気的な温かみが主な魅力であるため、中毒のように同じ曲を聞き込み口ずさむようなことにはあまりならない。


しかし、沢山の曲を順番に聴くような聴き方をする場合においてハイドンはモーツァルトに負けない。

CDというフォーマットによりマーラーやブルックナーのよう長い曲を中断なしで聴けるようにしてくれた点で時代にマッチした。

ハイドンは現代のMP3プレーヤーのように超大量の音楽を好きなだけ聴けるデバイスに向いており、まさに今の時代に新しい真価を見せるようになった作曲家と思っている。


ハイドンの作品の中では、やはり交響曲が入門として最適である。管弦楽であるから華やかであり、分かりやすく聴きやすい。

聴き手を意識した華やかな曲が多い。特にザロモン交響曲はエンターテイメント性が高い。爽快で心地よくて、気持ちよく聞ける。


しかし、心の宝物になりそうな感動的な名品が数多くあるという点で、弦楽四重奏曲こそがもっとも驚異的な作品群であるだろう。

交響曲作曲家としてのハイドンと弦楽四重奏曲作家としてのハイドンは全く別の作曲家であると言っても過言ではないと思う。

私は弦楽器のみの室内楽は何重が最適であるかが作曲家によって異なると考えているが、ハイドンの場合は四重奏にピッタリはまっている。

簡潔でキレが良いハイドンの音楽は、音が厚すぎない方が良いのである。

バランスが完璧であるし、さばさばとして、はっきり言い切る音楽性も相性が抜群である。特に晩年は、練達の驚異的な作曲技術の高さをじかに感じることが出来る。

弦楽四重奏曲は一つ一つの作品のクオリティーの高さが抜群に高く、心の宝物になりうるような素敵さを備えているうえに、そのような作品が大量に書かれていている。

1曲書けただけでも凄いと思えるレベルの曲が数10曲もあるのだから、畏敬の念を感じる。

(このWikiでは、あまり高い点ばかり付けるのもいかがなものか、と考えて点数を控え目にし過ぎてしまったと反省している。いつか時間が出来たら一通り聴きなおして点数を上げるつもりである)

そして、作品を追うごとに品質が少しずつ確実に上がっていくのである。数十年かけて書いた作品群がだんだん品質が上がって最後のあたりが一番すばらしい作品になるとは、なんともすばらしい話である。

https://classic.wiki.fc2.com/wiki/%E4%BD%9C%E6%9B%B2%E5%AE%B6%E8%AB%96
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/877.html#c4

[近代史3] フレデリック・ショパン 『幻想即興曲』 中川隆
2. 中川隆[-12995] koaQ7Jey 2020年3月06日 11:44:17 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[539]
ショパン論

ショパンのピアノ作品における質と量の掛け算としての成果の巨大さは、他の作曲家を完全に圧倒している。

他の作曲家は傑作から駄作までいろいろだが、ショパンは初期の曲を除いてほぼすべてが素晴らしい傑作である。 


過大評価もしれないが、クラシックの全ピアノ曲の現代の音楽鑑賞のにおける価値の観点での質と量の掛け算をした場合に、ショパン一人の作品が、その中の1割以上を占めているのではと思われるほどである。

それだけの価値のある音楽を書いたということは、ピアノという楽器自体を演奏すること自体の魅力に対しても、何%かの影響を与えているかもしれない。


そのような圧倒的な成果を出せたのは、他の作曲家と比較してそもそもピアノ音楽作曲家としての才能があるうえに、その才能を浮気せずにほぼピアノのみに注ぎ込んだ結果であろう。

フルトヴェングラーがピアニストにはショパンが居るからうらやましい、というような意味のことを書いていた記憶があるが、まったくそのとおりである。


ショパンのピアノ作品は、一般的な楽曲としての素晴らしさと、ピアノ書法の素晴らしさの両方を兼ね備えている。

それらは、お互いに関連しており、一体となって高い価値のある結晶体としての作品に結実している。

ピアノの楽器の機構が出す音自体と、精神的な表現芸術である音楽の内容が一致しており、無駄がない。鳴らすべき音がそのまま表現と一体になっている。それが他の作曲家には欠けており、表現したいこととピアノという楽器が出す音に乖離があるのである。この点において、ショパンの音楽は完璧な理想系のひとつである。


天才的な書法の素晴らしさとともに、丹念な作り込みを音楽的にも、ピアノの響きをつくり上げる点でも実によく磨きをかけているのが素晴らしい。

細かなニュアンスを繊細に織り交ぜており、一つ一つの音に高い価値が与えられている。


ただし、ショパンの音楽は病的な陰鬱さの深い影を常に帯びている音楽である。

それが、曲にはずれがない理由のひとつになっている。

生々しいマズルカは、大変根暗な音楽となっている。これがショパンの本質なのであろう。

外面的な聴き手を重視した曲や、形式的な作りこみをした曲ではある程度隠されているが。

このため、健康的な精神に基づく古典派の巨匠の音楽には、総合的に見て芸術的な普遍的な文化遺産としての価値がどうしても一歩及ばなかった感はある。

これはショパンの音楽の構造的な限界になっている。

https://classic.wiki.fc2.com/wiki/%E4%BD%9C%E6%9B%B2%E5%AE%B6%E8%AB%96
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/861.html#c2

[近代史3] ドイツ人にしか理解できないブラームスが何故日本でこんなに人気が有るのか? 中川隆
95. 中川隆[-12994] koaQ7Jey 2020年3月06日 11:45:33 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[540]

ブラームス論

ジャンルとしてはオペラを除く多くの分野で傑作を残しているのは確かである。

ロマン派を代表する大作曲家であることも異論はない。

しかしながら、ドイツ3Bの一人に挙げられていること、演奏頻度が非常に高いことのせいで、どうしても過大評価の作曲家という印象を持ってしまっている。


ドイツ3Bの一人というのは、ブラームスに対する誉め言葉であるという以上に真剣にとらえない方がよいと思っている。

バッハやベートーヴェンと比較してしまうと、さすがにブラームスがワンランク落ちるのは否めないだろう。

しかし、生涯の創作活動において何度か到達した頂点の頂の高さにおいては、ブラームスも2人とかなり近いレベルにある。

その点では、ドイツ3Bというのも伊達ではない。


チャイコフスキー、ドヴォルザークとともに、後期ロマン派の中では音楽的なバランスを保って総合性を発揮し、ほとんどのジャンルで傑作を残した代表的な作曲家の一人ではある。


過大と感じる最大の理由は、彼の創造した音楽の、芸としての範囲の狭さである。

厚ぼったい音空間がずっと継続する中で、ターーラララのような手癖フレーズを連発するつなぎ部分を織り交ぜながら、強奏の爆発と沈静を繰り返すような基本的枠組みをベースに、ひとつの作品をまとめられたような作品が多い。

はっきり言いたいことを言えずに、自分の感情を十分に表現しないまま、ふさぎこんでしまっているような印象をも持ってしまう。


そのような多くの作品は、そこそこの長さの多楽章の曲であるにも関わらず、期待値を上回ることなく、予想範囲をはみ出すことなく、終わってしまう。

テクニックを駆使して細かい部分の複雑度を上げているので、どの作品もある程度の水準には達しているが、それだけである。


格別の思い入れをもってロマンチックな感情や多くのアイデア注ぎ込んでを完成度を高めた曲に関しては、大変素晴らしい出来である。


ベートーヴェンとの比較

ブラームスと、彼が尊敬し模範としたベートーヴェンを器楽曲で比較してみる。


交響曲  ベートーヴェン>ブラームス

協奏曲  ベートーヴェン<ブラームス

室内楽  ベートーヴェン>ブラームス

ピアノ曲 ベートーヴェン>>ブラームス

•交響曲

交響曲に関しては、ベートーヴェンの5番、6番、9番はあまりにも究極的に優れていて、ブラームスは太刀打ちできていないと個人的には考えている。

その3曲を除いたベートーヴェンの3番、7番とブラームスの1番、4番を比較するなら、これはブラームス優位。

さらに、ベートーヴェンの4番、8番とブラームスの2番、3番の比較なら、いい勝負だと思う。

しかしベートーヴェンは2番も魅力的だ。

•協奏曲

協奏曲に関しては、ブラームスのピアノ協奏曲1番、2番、ヴァイオリン協奏曲の方が、ベートーヴェンのピアノ協奏曲1番〜5番曲、ヴァイオリン協奏曲よりも優れていると思う。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲5番とブラームスのヴァインリン協奏曲の魅力はそれぞれの構成で古今の協奏曲でも屈指のすばらしさ。

それ以外で比較した場合にブラームスは2曲はどちらも力の入った力作揃いで素晴らしい。ベートーヴェンはそのレベルではない。

ブラームスのダブルコンチェルトとベートーヴェンのトリプルコンチェルトの比較も、ブラームスが上だろう。

こうして比較しても分かるが、ブラームスはロマン派でもおそらく最大の協奏曲作曲家である。

一方でベートーヴェンは他の分野と比較して協奏曲は弱いと思う。

•室内楽

室内楽に関しては、ヴァイオリンソナタやチェロソナタは両者いい勝負だと思うが、ベートーヴェンのほうがやはり魅力がやや上か。3重奏曲以上で見るとブラームスもクラリネット五重奏曲は大変優れているし、弦楽六重奏曲などいい曲はいくつかあるが、ベートーヴェンの大公トリオと弦楽四重奏の傑作の量や孤高の世界と比較すると、やはり分が悪い。

•ピアノ曲

ピアノ曲に関して、ブラームスも決して悪い作曲家ではないが、創作活動の中の大きな割合はないので、名作を多く残しているベートーヴェンとは比較にならないだろう。


ブラームスの協奏曲について

ブラームスの協奏曲は、形式的な自由さ、楽曲の外面的な華やかさ、ロマンチックな感情表現の容易さと気兼ねなくたっぷりと感情表現できる気楽さ、オーケストレーションの問題点の隠蔽など、ブラームスの不得意な範囲を補うことが出来ていた。

それでありながらどの作品も、交響的な充実感と重厚さを持ち、個人的な強い思い入れを感じされた大作となっている。

このため、交響曲以上に充実しているといっても過言ではないロマン派を代表する作品群となっている。
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/681.html#c95

[近代史3] バッハ 『マタイ受難曲』 中川隆
4. 中川隆[-12993] koaQ7Jey 2020年3月06日 11:46:27 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[541]

バッハ論

バッハは非常に人気がある作曲家である。

多くの作曲家の曲が発掘された現在は、昔ほどバロック時代の中で人気の差はなくなってきていると思うが、それでも今でもずば抜けて人気がある。


その理由は挙げてみると多くある。

音楽に父性と豊饒さと複雑さと温かみがあること、音感が優れていること、メロディーに分かりやすく耳を捉えるキャッチーさがあること、雰囲気がバラエティーに富んでいること、器楽曲が多いこと、古今のさまざまな音楽を取り込んでおりバラエティ豊かであること、出来が良い曲においてみせる完成度の高さと凄み、このあたりであろう。


一方でルネッサンスからバロックの大きな流れがバッハのにおいて集大成として最高峰の音楽として結実した、バッハを聞けば全てが分かる、のような評価は過大評価であろう。

バッハがバロック作曲家の中でも非常な芸術的高みに長い時間と努力の末に到達したのは確かである。

しかし、バッハが集大成だというような評価に基づく音楽の聴き方は、バロック時代の多様性をスポイルしてしまう。


例えば、今後ロック、ソウル、ポップス、ヒップホップ、ヘヴィーメタルの要素を持つ素晴らしいアーチストが仮に現れたとする。それが20世紀半ばからのロック・ポップスの流れ全てを総合したような偉大な音楽家であり、その音楽家を聞けばすべてが分かるなどということがあり得るだろうか。20世紀の音楽は、たとえどんなに偉大な音楽家であっても、一人ですべてを代表できるようなことはあり得ないというのは誰もが納得だろう。


ごく普通の仕事のためにさらっと書いたような大量の曲もある。

まあ、全曲が最高という作曲家はいないのはバッハも同様であり、それらの曲は同じバッハであるだけにとっつきやすいのだが、魅力はそれほどたいしたことがないと思う。

出来れば、それらを聴く時間を省略して、他の多くの多彩なバロック作曲家の曲を聴いたほうがよいと思う。


他のバロック作曲家より人気がある理由

バッハが他のバロック時代の作曲家と比較して人気がある理由は複合的である。もう少し詳しく書いてみる。

•音楽が複雑である


バロック時代の通奏低音による音楽は、現代からみて単純すぎるものが多く、飽きたり物足りなかったりする。しかしバッハは当時としては極めて複雑な音楽であり、また現在でも有効な複雑さであるために、飽きずに聴ける。

•音楽性自体に分かりやすい特徴がある。(例えば、豊饒さ、温かみ、父性など)


音楽自体の明確な個性の魅力があり、一般的な鑑賞者に訴求するものがある。

例えばヴィヴァルディの活力やヘンデルのようなキラキラとした輝かしさのように、個性は人それぞれであるが、バッハの魅力は単純に「いいなあ」と大抵の人に思わせるものがある。

•曲に明確な個性を持たせている


個別の曲に対して、それぞれに明確な個性を意図的に与えており、順番に聴く場合に刺激が多い。バロックの作曲家にありがちな、同工異曲で似たような曲ばかりの、曲に強い個性を与える意思を感じない作曲家よりも、鑑賞していて楽しい。

•メロディーに分かりやすく耳を捉えるキャッチーさがある


曲の個性と同様であるが、バッハの音楽は、分かりやすく印象に残りやすいメロディーを配置した曲が多い。

美メロディーを量産するようなタイプではないのだが、他のバロックの音楽家と比較して、聴き手の印象に残るようなインパクトのあるメロディーを選択する傾向がある。まるで現代のヒットメーカーのようだ。

•雰囲気がバラエティーに富んでいること


これも、現代のヒットメーカーのようだ。

他のバロックの音楽家と比較して、様々な雰囲気を作り出す。そのため、いろいろ聴いた時に飽きないのである。

いい曲ではあるが同じような曲ばかりという多くの作曲家よりも、現代においては価値が高いのである。

•器楽曲が多いこと


バロック音楽は声楽が重要であるが、声楽は歌詞が分からないことと、現代のポピュラー音楽がライバルになるために一般性を持ちにくいところがある。

ヘンデルはバロックを代表する素晴らしい作曲家だが、声楽が中心であるために人気の点で不利になっている。

その点、声楽の教会音楽が一番重要であるものの、器楽曲でも重要作を多く書いたバッハは有利である。

•古今のさまざまな音楽を取り込んでおりバラエティ豊かであること


同じような形式の音楽ばかり聴いていては、同じ作曲家ばかり聞いているとしまいには飽きてしまう。

バッハは古今の音楽を取り込んだので、形式的に豊富で刺激が多い。

•出来が良い曲においてみせる完成度の高さと凄み


例えば無伴奏ヴァイオリンのためのシャコンヌなどが挙げられる。

通常作品とは隔絶した世界遺産級の文化遺産となる完成度の高さをもった作品だと思うのだが、バッハの時代は、まだ完成度の極めて高い作品を作ろうという発想自体がほとんど無かったと思う。

明らかに本人が意識して特別に高いレベルの作品を作成しようとしたのは、文献が残っていなくても作品自体を見れば明らかだ。

そして、そのような作品を本当に作ることが出来たことが、多くの音楽家から特別な尊敬を受けることとなった。

•音感が優れていること


優れた作曲家はそれなりに音感が優れているものだが、最も優れた人が必ずしも最も優れた作曲家になるわけではない。

バッハは、そこに音が欲しいという箇所に確実に音を配置したり、単純な中にちょうどよい複雑さや刺激を配置できるような、優れた音感を持っていた。

それが、普通の鑑賞者にも音楽的に優れているとなんとなく感じさせるものになっている。

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/827.html#c4

[近代史3] ブルックナーの作品は日本の男のためにある _ 日本でのブルックナー人気は宇野功芳のカリスマ評論が唯一の原因 中川隆
15. 中川隆[-12992] koaQ7Jey 2020年3月06日 11:47:39 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[542]
ブルックナー論

ブルックナーの音楽は、精神的に禁欲的でありながら、一方で楽しみ方としては快楽主義的な音楽であり、その点で矛盾を内包している音楽である考えている。


ブルックナーの音楽は直接的な肌感覚や華やかさや直接的な感動に欠ける音楽である。まったく女性に受けそうにない。


しかしながら、若い時に書かれた曲を聴くと、晩年の作品ほど地味で超然とした世界ではなく、もっとずっと人間的である。

確かに考えみれば、あまりに特殊な音楽感覚しか持っていなかったら、オルガニストとして高名になることは出来なかったであろう。

直接的な感覚的刺激にあふれたワーグナーの楽劇の熱烈な信者であったわけだから、音楽鑑賞者としては超然としたものを極端に好むわけではなかったと推測できる。


やはり、長年の積み重ねの中で特異な方向性をガラパゴス的に伸ばしていき、個別的な特殊進化をしたことでたどり着いた音楽世界なのだろう。


ブルックナーの音楽は、豊富で繊細な色とりどりのニュアンスを聞かせる音楽ではないため、一見するとシンプルで素朴な音楽に聞こえる場合が多い。

しかし、実は内部的にはかなり複雑な和声の動きを見せている。


後期ロマン派らしい、落ち着かない複雑な転調が、漂う霧のようなあいまいな雰囲気を作っているともいえる。

逆に霧の深さが転調の複雑さを見えにくくしている面もあると思う。

ブルックナーの音楽は、細かいことを気にしないおおらかさで聴くものであるため、内部構造の複雑さに着目する必要はないのである。


ブルックナーの音楽は、超越的で宇宙的な感覚によるものである。

なにより、ゆったりとして、人間的な肌感覚に訴えるものが希薄なフレーズを積み重ねて構成されている。

その最たる例が、ブルックナー・リズムによる5つの音の繰り返しである。

たいていの場合、繰り返される5つの音に精神に訴える明確な意味が感じられない。

次のメロディー演奏に向かうためのつなぎである場合が多い。


しかし、同じ音形を執拗に積み重ねながら、次にどの方向に音楽が向かおうとしているかが重要なのである。

エネルギーを溜め込んで爆発に向かっているのか、エネルギーを吐き出して力を緩めているのかといったことである。


変容と積み重ねにより、通常の音楽の数倍に引き伸ばされて希薄化された時間間隔の中で音楽は書かれている。

大曲であることはその必然的帰結となっている。

ラフマニノフの音楽が感情の力学に基づいているとするなら、ブルックナーの音楽はエネルギーの蓄積や放出といった力学に基づいてかかれている。

その結果生み出される巨大エネルギーのダイナミクスこそが最大の魅力だ。

特に、圧倒的な大管弦楽のユニゾンや、ブルックナー休止は、かっこいい。

音形が優れたセンスであるとは限らないが、聞き手を激しく翻弄するには効果的なものである場合がほとんどだ。

長い時間をかけてエネルギーを溜め込み、圧倒的な迫力でもって爆発的に放出することである。


普通の作曲家がサッカーボールがポンポン動くような音楽とするなら、ブルックナーはボーリング玉のようである。

質量が大きいゆえに慣性が働くため、動き出すのに時間がかかるが、動き始めると強いエネルギーを保持し、何かにぶつかれば激しい衝突を起こすのである。

https://classic.wiki.fc2.com/wiki/%E4%BD%9C%E6%9B%B2%E5%AE%B6%E8%AB%96
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/684.html#c15

[近代史3] グスタフ・マーラー 『アダージェット』 中川隆
4. 中川隆[-12991] koaQ7Jey 2020年3月06日 11:48:45 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[543]

マーラー論

マーラーは確かに後期ロマン派屈指の交響曲作曲家である。そして、クラシック史上の大作曲家の一人である。

しかし、世の中の多くのマーラーファンが、マーラーのどこに強烈な魅力を感じて熱心なファンになっているのか、自分には掴みきれていないところがある。

ファンの書いている評論を読んでも、自分の心に十分に響いてこないのである。

それどころか、ファンが本当に心の奥深いところで共感しているようにすら、文章から感じ取れないのである。

そもそも、深い共感を得ることを求めること自体が、マーラーの聴き方として的外れなのかもしれない。


マーラーの交響曲には、お下品なところがある。

ヒステリックな高音の多用、金管の多用、激しさと静けさの強烈すぎでかつ突発的すぎる対比などである。

構築性の脱却によるカオスのような統制の無さも、その印象を強くしている。

ベートーヴェンやシューマンに感じられる音楽的品格には、マーラーはほとんど興味が無かったのだろうと思われる。


とはいえ、一方で特に緩徐楽章では、純化し昇華した精神の独特の高貴さが感じられる瞬間も多い。

したがってお下品なだけではないし、そのような多様性が魅力なのであろう。


どんちゃん騒ぎで騒々しく、底の浅さや無駄さが散見される。

統一感がなく、構成において突発的なものや、癇癪をおこしたかのような不安定さがある。

聞く側には、多様性を清濁併せ呑むような寛容さが必要であり、すべてを受け入れるのは相当な精神的な強靭さを要求されると思う。

マーラーファンは、どうやら強靭な精神を発揮しているわけではなく、多様性や多面性をそのまま楽しんでいるようだ。


マーラーの作品は、ほぼ交響曲と管弦楽伴奏の歌曲であるが、歌曲作曲家として、ロマン派を代表する作曲家である。

自分以外も多くの人が認めるところと思うが、トップレベルの作曲家ということに文句はない。

これは、旋律美の才能、独特の節回しが管弦楽伴奏にマッチしていること、管弦楽の表現の巧みさや表現の幅広さとの融合が理由である。

それに加えて、交響曲に見られるお下品さが、歌曲ではあまり発揮されないことがかなり重要である。

また冗長さもかなり少ない。

余計なものがなく、否定的要素が少ないからこそ、素直に才能あふれる音楽として楽しめる。


マーラーの音楽で面白いなといつも思うのは、時間感覚がそれまでの他の作曲家と違う点である。

音楽には永遠の世界に近いようなゆったりとした時間が流れている。

ときとして時間は止まりそうになることすらある。


音楽表現におけるマーラーの開拓精神は素晴らしい。

新しい音楽表現を追及し、それまでには存在していなかった新しい音楽を作り上げた功績自体は否定できない。

20世紀にも、その遺産はある程度受け継がれている。


交響曲のバラエティーの豊かさは、素晴らしい。新しいことにチャレンジし続けたマーラーは、初期と中期と後期ではそれぞれかなり違う作風となっている。また、個別の作品に与える個性も非常に強いものとなっている。

このため、初期の2番から4番には若干似た雰囲気はあるももの、基本的にすべての交響曲が別世界であることで、全曲聴くことのモチベーションや、語ることの多さにつながっている。


マーラーのメロディーメーカーとしての才能はかなりのものだ。特に、夢の中の世界のような童話的な世界においては他に類をみないような個性をもっている。

https://classic.wiki.fc2.com/wiki/%E4%BD%9C%E6%9B%B2%E5%AE%B6%E8%AB%96
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/882.html#c4

[近代史3] メンデルスゾーン 交響曲 『スコットランド』 中川隆
8. 中川隆[-12990] koaQ7Jey 2020年3月06日 11:50:51 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[544]

メンデルスゾーン論

天才的な神童としては歴代最高というのは自分も同感である。

モーツァルトも凄いのだが、10代前半にして既に一流作曲家といえる完成度に達していたのは、メンデルスゾーンだけである。


ロマン派の一理由作曲家としてはやや地味で軽く見られている感がある。

しかし、よく聞くとロマン派の作曲家の中でも正統派感は実は一番かもしれない。

少なくとも室内楽においてはブラームスよりも正統的と感じる。

音の絡ませ方、音感とセンスの良さと構成の品の良さやバランスの良さが、実に良い。

ブラームスは手癖をすぐに繰り出す。音の重厚さに逃げる。そういう欠点がない。

そして大半の分野で成功作を作った作曲家の一人でもある。


ただし、残念ながら交響曲が軽い内容であるのが痛い。ベートーヴェンのような渾身の交響曲を残さなかったのだから。

その辺りは、指揮者としての活動が中心だったためなのだろう。もったいないことだと思う。

協奏曲も、ヴァイオリン協奏曲の完成度はものすごいが、どっしりとした大作というよりも端正ながらも線の細い感じである。

彼の細身の体型を思い出してしまうような音楽である。

https://classic.wiki.fc2.com/wiki/%E4%BD%9C%E6%9B%B2%E5%AE%B6%E8%AB%96
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/894.html#c8

[近代史3] ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番 中川隆
6. 中川隆[-12989] koaQ7Jey 2020年3月06日 11:52:25 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[545]

ラフマニノフ論

自分が生まれて初めて強く心を揺さぶられるような感動を体験したクラシック音楽は、ラフマニノフのピアノ協奏曲2番である。

したがって、今でも彼の音楽には自分の音楽鑑賞の原点という想いを持っている。


メランコリックなメロディーの魅力と、感情の力学という他に類を見ない独特の音楽構成において、彼の音楽は高い価値がある。

大衆迎合的ということで生前は高く評価されなかったラフマニノフであるが、完成度が傑出して高い作品もあるし、表現力の高さはやはり特筆するべきものがある。

同時代には古くさいとされたロマンティシズムを保ち続けて、時代を超えた本質的品質の高い音楽を作ったことは、特筆するべきことであろう。


しかし一方で、いかにも感覚が鈍く野暮であり、なんとなく作ったようなぼんやりとした雰囲気をだらだらと続けたりするなど、芸術を鑑賞する際に刺激してほしい感性を刺激しない、つまらない音楽である作品が多いことは、認めざるをえない事実だと思う。

したがって、生前に大衆的人気はあったが専門家からはあまり高く評価されなかったのは、当然であるといえよう。

自分はラフマニノフの音楽は基本的に好きだが、そのような欠点は目をつむって聴いているのは認める。その欠点がほとんど無いと言っていいのは、ピアノ協奏曲2番くらいのものだ。


とはいえ、ラフマニノフ独特の感情力学やメランコリーが、ラフマニノフにより発見され前人未踏で後継者もいないほどの孤高のレベルに到達したことの価値が、その欠点よりもはるかに重要である故に、現在においても高い人気と評価を得られていると考えられる。


もうひとつの重要点は、ピアノに楽器としてのスケールの大きさを最大限に生かす音楽を書いたことだ。

ピアノ協奏曲3番における、オーケストラと対峙し、極端な音数による圧倒的なピアノの潜在的な器の大きさ開拓したことは、特別な成果である。

ピアノはさまざまな面がある楽器である。作曲家によって使い方が大きく異なってくる楽器であり、多くの作曲家が新しい楽器の可能性を開拓してきた。

ラフマニノフの場合は、たとえば重音による鐘のような効果や、音数によるテクニカルな圧倒性による巨大さを開拓した。


この2点を追求しなければ、ラフマニノフの評論にはならないだろう。

https://classic.wiki.fc2.com/wiki/%E4%BD%9C%E6%9B%B2%E5%AE%B6%E8%AB%96
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/943.html#c6

[近代史3] 誰にも理解されなかった超天才ショスタコーヴィチの人格の歪とは 中川隆
43. 中川隆[-12988] koaQ7Jey 2020年3月06日 11:53:43 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[546]

ショスタコーヴィチ論

自分は、この人はやはり交響曲を高く評価できる人だと思う。

室内楽は、いい曲が少しあるが、メインとなる弦楽四重奏が交響曲と比較すると高く評価していない。


交響曲において、ショスタコーヴィチは社会性、大河性という新しいものを音楽に持ち込んだ。

20世紀の歴史書としての音楽という点では非常に高く評価したい。

20世紀の交響曲作曲家はいろいろいるが、テーマの分かりやすさ、深刻さと壮大さ、投入された精神力の強靭さの総体において、やはり最大の交響曲作曲家であろう。

歴史書的な音楽としての素晴らしさは見事だ。

ロシアが実践した共産主義社会という人類史的な実験の時代に生きたことや、狂気の独裁者スターリンによる悲劇と恐怖の時代に生きたことが、ものの見事に音楽化されている。

狂騒、錯乱や根暗さ、闇黒、悲劇、国家、群像を、これほどまでに表象している音楽というのは、ショスタコーヴィチ以前には思い当たらない。


ショスタコーヴィチの音楽は諧謔、皮肉、深刻さとユーモアなど、音楽の中に強烈な対比を内包している。構成上もそうだし、内容的に幅広い強烈さを対比させて、お互いを強調している。

その振幅の広さや、幅広さを表現できること自体が人気の秘密であろう。


しかし一方で、自分はショスタコーヴィチの音楽は機械的な書法が気になる。わざとらしく、印象を残そうとして作ったように聞こえてしまうオスティナートや、不自然なほどの鋭い対比などはその例である。

楽譜上の音の列を組み合わせただけであり、音楽におけるちょっとしたフレージングや、楽器が出す音以外のノイズや倍音、演奏しにくいことによるゆがみなどの、楽譜には現れない音楽演奏の生々しい音への配慮が感じられない時があるのも気になる。

https://classic.wiki.fc2.com/wiki/%E4%BD%9C%E6%9B%B2%E5%AE%B6%E8%AB%96
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/716.html#c43

[近代史3] 監視国家 中国 中川隆
5. 中川隆[-12987] koaQ7Jey 2020年3月06日 12:56:18 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[547]
2020年03月06日
武漢はどうなっているか 外出禁止でグループ購入、ユーチューバーは拘束


伯曼児は美人女子大生として動画サイトで人気者だった
動画で政府批判したため治療を拒否され、最期は「党に感謝する」と言わされてなくなった

画像引用:https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/news.guo.offload.media/wp-content/uploads/2020/02/18011354/image0-198.jpg

武漢はどうなっているか

2020年1月23日に封鎖された武漢は外部と遮断され情報が途絶えたが、現在はどうなっているのでしょうか。

インターネットの書き込みや投稿は監視され、不用意に不満を書き込むと当局に拘束される。

マンションごとや区画ごとに封鎖され、公安や警察、兵士が立っていて外出すると逮捕される。

以前は2日に一度家族の1人だけ買い物に外出できたが、現在は商店が閉まっているので買い物はできない。

それではどうしているのかというと、武漢や湖北省では「グループ購入」によって食料や生活品を得ている。

2月25日から買い物は週1回のみ、グループ購入が義務化され、区画ごとにグループで通販購入しています。


先日ネットに投稿された動画ではグループ購入した肉に虫が湧いていて、売り手市場であることから品質が低下している。

共産党は住人が買い物に行くことが感染機会を増やしているとして買い物の外出を禁止した。

生鮮食品や薬、ベビー用品など週1回グループ購入を行い、購入した商品はグループで分配する。


グループに加入していない人は買い物できず、そもそも商店が開いていないし、開いていても購入できるのはグループだけです。

感染者が出た汚染区域でなければ外出は可能だが、ほとんどの店は閉まっていて工場も操業していない。

こんな中でも動画を見ると自動車が走っていて、推測では共産党や地方幹部がこの状況下でも車を乗り回している。

中国でユーチューブするとこうなる

1月から武漢市内の病院などに潜入しユーチューブに投稿していた市民が相次いで当局に拘束された。

弁護士の陳秋実は2月4日の投稿を最後に行方不明になり、2月7日には医師の李文亮が亡くなり、呉服商の方斌は2月10日に拘束された。

伯曼児は中国の動画サイトウェイボーで人気の女子大生だったが新型コロナに感染し、「入院したのに治療を受けられない」など政府批判動画を投稿した。


伯曼児の投稿は2月2日に途絶えたが、2月12日に瀕死の状態で「党に感謝する」という不自然な動画を投稿した。

伯曼児は2月17日にも投稿したが文字だけで、やはり党や国家への感謝の言葉を書いている。

噂では伯曼児は政府批判動画を投稿したため治療を拒否され、ひん死の状態になって当局から脅されて「党への感謝」を表明させられた。


そして12日から17日までなくなり、アカウントは共産党に乗っ取られて感謝の文字だけを投稿したという。

2月12日の伯曼児は自撮りできる状態ではなく、誰かが撮影した動画を投稿しているが、誰が撮影したのかは分からない。

コロナ患者の隔離施設では親族や付き添いは入れないので、友人や家族が撮影するのはあり得ない。


2月7日に亡くなった医師の李文亮は19年12月に動画サイトで最初に新型ウイルスを告発し、一度当局に逮捕されていました。

新型コロナウイルスを当局が認めて釈放されたが、目を付けられており公安が監視していたと思われる。

李文亮自身がコロナウイルスに感染し、2月6日夜に亡くなったという情報がSNSで流れた。


当局は一度これを否定したのに翌7日になって亡くなったと発表し、その不自然さから「当局に始末された」という噂が流れた。

中国では政治的意見やニュースを投稿するのは違法であり、動画サイトで政府批判をするのも違法です。

ユーチューブなど外国サイト見るのも違法だし、ユーチューブに投稿すること自体も違法です。


中国人がユーチューブで政府批判するのは国内動画サイトが監視されているからで、外国サイトにしか投稿できない。

しかし投稿したのがばれると逮捕されるのは時間の問題で、逮捕されたら「行方不明者」にされ裁判を受ける権利はない。

中国で裁判を開くのは有名な事件だけで、9割以上の逮捕者は裁判を受けられず、どのような刑なのか発表すらされない。
http://www.thutmosev.com/archives/82373953.html
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/888.html#c5

[近代史3] チャイコフスキー バレエ音楽 『くるみ割り人形』

ピョートル・チャイコフスキー バレエ音楽 『くるみ割り人形』


Tchaikovsky - The Nutcracker - Leningrad / Mravinsky Leningrad 1981




The Nutcracker op.71


Scene 6 - Departure of the guests. Night 0:00
Scene 7 - The Battle 3:16
Scene 8 - Pine wood in winter 11:16
Scene 9 - Waltz of the Snow Flakes 15:03
Scene 14 - Pas de deux. Fairy Dragee and Prince Orchade 21:39
Scene 15 - Finale Waltz and apotheosis 27:27


Leningrad Philharmonic Orchestra
Yevgeny Mravinsky
Live recording, Leningrad, 31.XII.1981


▲△▽▼


Tchaikovsky: Nutcracker-Suite (Mravinsky)




▲△▽▼


Tchaikovksy - The Nutcracker - Leningrad / Mravinsky Tokyo 77




The Nutcracker op.71


Scene 6 - Departure of the guests. Night 0:00
Scene 7 - The Battle 3:18
Scene 8 - Pine wood in winter 11:00
Scene 9 - Waltz of the Snow Flakes 15:15
Scene 14 - Pas de deux. Fairy Dragee and Prince Orchade 21:50
Scene 15 - Finale Waltz and apotheosis 27:33


Leningrad Philharmonic Orchestra
Yevgeny Mravinsky
Live recording, Tokyo, 12.X.1977


▲△▽▼
▲△▽▼


『くるみ割り人形』(露(原題): Щелкунчик, 仏: Casse Noisette, 英: The Nutcracker)は、E.T.A.ホフマンの1816年の童話『くるみ割り人形とねずみの王様』を原作にした、ピョートル・チャイコフスキーの作曲したバレエ音楽(作品番号71)、およびそれを使用した2幕3場のバレエ作品である。


チャイコフスキーの三大バレエの一つであり、初演から100年以上を経て数多くの改訂版が作られている。ちなみにくるみ割り人形とは、元々人形の形をしたくるみを割る道具のことである[1]。


チャイコフスキー作曲・プティパ振付で成功を収めた 『眠れる森の美女』(1890年)の次作として、マリンスキー劇場の支配人であったイワン・フセヴォロシスキーはドイツのE.T.A.ホフマンの童話 『くるみ割り人形とねずみの王様』 を原作とするバレエを構想し、再度チャイコフスキーに作曲を依頼した。


直接に参照したのはホフマンの原作ではなくデュマによるフランス語版の小説[2]とされており、これらの筋立てをバレエでは大幅に簡略化している。マリウス・プティパが台本を手掛け、振付も担当する予定であった。しかしプティパはリハーサル直前に病に倒れてしまい、振付は後輩のレフ・イワーノフに委ねられることになった。プティパとフセヴォロシスキーの要求の板挟みになったイワーノフは苦心惨憺して完成させ、初演は1892年12月18日(ユリウス暦では6日)、サンクトペテルブルクのマリインスキー劇場にて行われた。


観客の反応はまずまずであったものの、主題が弱いと考えられたことなどから大成功とまでは言えず、ポピュラーな作品となるまでにはやや時間を要したという[3]。


初演が大成功と呼べるものでなかったことから、定番となる演出・振付がなく、21世紀に入った現在も新演出・新振付が作成されている。


主な演出・振付についてはen:List of productions of The Nutcracker参照。
https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_productions_of_The_Nutcracker


現在では大きく分けると、1幕の主役であるクララと2幕の主役である金平糖の精を同じダンサーが踊る演出と、クララは子供が演じ金平糖の精は大人が踊る演出の2パターンある。後者では1幕にそのバレエ団のトップダンサーであるプリンシパルは登場せず、プリンシパルが踊るのは2幕の後半のパ・ド・ドゥのみと登場時間の短い演出になる。


細かく見ると、次のバリエーションがある[4]。


主人公の名前 – マリー クララ マーシャ
連れて行かれる先 – おとぎの国 お菓子の国
踊りの見せ場 – 主人公が踊る 金平糖が踊る


あらすじ


第1幕
とある王国にて、王子が誕生する。しかし、その場にいた人間がねずみの女王を踏み殺してしまったために王子は呪われ、くるみ割り人形になってしまう。


第1場
クリスマス・イブの夜、ドイツのシュタールバウム家の大広間ではパーティーが行われている。少女クララはドロッセルマイヤー老人からくるみ割り人形をプレゼントされる。ところが、取り合いになり弟のフリッツが壊してしまったので、ドロッセルマイヤー老人が修理する。


客も帰りみんなが寝静まってから、クララは人形のベッドに寝かせたくるみ割り人形を見に来る。ちょうど時計の針が12時を打つ。すると、クララの体は人形ほどの大きさになる(舞台ではクリスマスツリーが大きくなることで表現される)。そこに、はつかねずみの王様が指揮する、はつかねずみの大群が押し寄せる。くるみ割り人形の指揮する兵隊人形たちがはつかねずみ達に対し、最後はくるみ割り人形とはつかねずみの王様の一騎討ちとなり、くるみ割り人形あわやというところで、クララがスリッパをつかみねずみの王様に投げつけ、はつかねずみたちは退散する。倒れたくるみ割り人形が起きあがってみると、凛々しい王子になっていた。王子はクララをお礼に雪の国とお菓子の国に招待し、2人は旅立つ。


第2場
雪が舞う松林に2人がさしかかる(雪片の踊り - 雪の精たちのコール・ド・バレエ)


第2幕
お菓子の国の魔法の城に到着した王子は女王ドラジェの精(日本では「こんぺい糖の精」と訳されてきた)にクララを紹介する。お菓子の精たちによる歓迎の宴が繰り広げられる。劇末はクララがクリスマスツリーの足下で夢から起きる演出と、そのままお菓子の国にて終わる演出がある。


楽器編成


全タイトル(バレエ音楽)


全曲の演奏時間は約1時間25分(第1幕約45分、第2幕約40分)である。
録音や演奏会などでは組曲や抜粋で演奏されることもある。
以下、譜面に明記された各曲のフランス語名称[5]の日本語訳と、【 】内に音盤などで慣例的に用いられている名称、[ ]内に説明を記す。


序曲 (Ouverture)


第1幕
第1曲 情景 (Scène) 【クリスマスツリー】
第2曲 行進曲 (Marche)
第3曲 子供たちの小ギャロップと両親の登場 (Petit galop des enfants et entrée des parents)
第4曲 踊りの情景 (Scène dansante) 【ドロッセルマイヤーの贈り物】(Distribution des cadeaux)
第5曲 情景と祖父の踊り (Scène et danse du grand-père)
第6曲 情景 (Scène) 【招待客の帰宅、そして夜】(Départ des invités - Nuit)
第7曲 情景 (Scène) 【くるみ割り人形とねずみの王様の戦い】(La Bataille)
第8曲 情景 (Scène) 【松林の踊り】(Une forêt de sapins en hiver)
第9曲 雪片のワルツ (Valse des flocons de neige)


第2幕
第10曲 情景 (Scène) 【お菓子の国の魔法の城】(Le Palais enchanté du Royaume des Délices)
第11曲 情景 (Scène) 【クララと王子の登場】(L'Arrivée de Casse-noisette et de Clara)


第12曲 ディヴェルティスマン (Divertissement) [登場人物たちの踊り]
1.チョコレート (Le Chocolat - Danse espagnole) 【スペインの踊り】 [ボレロ]
2.コーヒー (Le Café - Danse arabe) 【アラビアの踊り】 [コモード]
3.お茶 (Le Thé - Danse chinoise) 【中国の踊り】
4.トレパック (Trépak - Danse russe) 【ロシアの踊り】
5.葦笛[6] (Les Mirlitons) 【フランスの踊り】
6.ジゴーニュ小母さんと道化たち (La Mère Gigogne et les Polichinelles)


第13曲 花のワルツ (Valse des fleurs)


第14曲 パ・ド・ドゥ (Pas de deux) 【金平糖の精と王子のパ・ド・ドゥ】
1.【アダージュ】
2.ヴァリアシオン I (Var. I)[タランテラ]
3.ヴァリアシオン II ドラジェ(日本では金平糖)の精の踊り (Var.II Danse de la Fée-Dragée)
4.コーダ (Coda)


第15曲 終幕のワルツとアポテオーズ (Valse finale et apothéose)



バレエ組曲「くるみ割り人形」


バレエ組曲「くるみ割り人形」作品71aは、チャイコフスキーがバレエ音楽から編んだ組曲である。
「くるみ割り人形」作曲中のチャイコフスキーはこの頃、自作を指揮する演奏会を企画していたが、あいにく手元に新作がなく、また作曲する暇もなかったため、急遽作曲中の「くるみ割り人形」から8曲を抜き出して演奏会用組曲とした。
バレエの初演に先立ち、1892年3月19日初演された。
組曲版の演奏時間は約23分。
作曲家自身のセレクトということもあり、「白鳥の湖」「眠れる森の美女」の組曲[7]と異なって、この構成は大抵の演奏において不変である。以下は慣例名による。


第1曲 小序曲 (Ouverture miniature)Allegro giusto、変ロ長調、4分の2拍子(複合2部形式。
展開部を欠くソナタ形式とも取れる)。この小序曲のみ編成から低弦、つまりチェロとコントラバスが除かれ、Tacetを指示されている。このバレエ全体のかわいらしい曲想を感じさせる。おとぎ話のような主題がヴァイオリンにより提示される。これらはクラリネット、フルートなどに引き継がれ、次第に大編成化する。すると一転してオーボエによる叫びがあり、メロディックで優雅な第2主題(ヘ長調)が提示される。この後、第1主題・第2主題(変ロ長調で再現)はそのまま反復される。


性格舞曲 (Danses caractéristiques)


第2曲 行進曲 (Marche)Tempo di marcia viva、ト長調、4分の4拍子(ロンド形式)。
A-B-A-C-A-B-Aの形を取る。


第3曲 金平糖の精の踊り (Danse de la Fée Dragée)Andante non troppo、ホ短調、4分の2拍子(複合三部形式)。
タイトルの原題は「ドラジェの精の踊り」だが、日本ではドラジェは一般的でなかったためにこの邦題が定着して現在に至っている。同様に英語圏ではクリスマスのキャンディーである「シュガープラムの精の踊り(Dance of the Sugar Plum Fairy)」となっている。当時、発明されたばかりであったチェレスタを起用した最初の作品として広く知られる。当初、このパートは天使の声と喩えられた珍しい楽器アルモニカ(または別種の「ガラス製木琴」)のために書かれており、後に旅行先でチェレスタと出会ってから楽器指定を変えたことが明らかになっている。なお、チャイコフスキーは初演まで、チェレスタを使用することを公言しなかった。チャイコフスキーはパリから楽器を取り寄せる際、モスクワの業者に送った手紙の中に「他の作曲家、特にリムスキー・コルサコフとグラズノフに知られないように」と言う趣旨のことを書いており、先に使われるのを防ぐ目的があったようである。


第4曲 ロシアの踊り(トレパック) (Danse russe (Trepak))Tempo di Trepak, Molto vivace、ト長調、4分の2拍子(複合三部形式)。


第5曲 アラビアの踊り (Danse arabe)Allegretto、ト短調、8分の3拍子(変奏曲形式)。
この曲のベースになった曲はグルジア民謡の子守唄である。


第6曲 中国の踊り (Danse chinoise)Allegro Moderato、変ロ長調、4分の4拍子(小三部形式)。


第7曲 葦笛の踊り (Danse des mirlitons)Moderato Assai、ニ長調、4分の2拍子(小ロンド形式)。
A-B-A-C-Aの形を取る。おもちゃの笛「ミルリトン」が踊る。


第8曲 花のワルツ (Valse des fleurs)Tempo di Valse、ニ長調、4分の3拍子(複合三部形式)。
クラシック音楽の全体の中でも非常にポピュラーな曲であり、単独で演奏されることも多い。
序奏にはハープが効果的に用いられる。ハープのカデンツァののちに、ホルンにより主題が提示される。続くワルツは弦による有名な旋律である。さらにウィーン風の旋律がフルートに、情熱的な旋律がヴィオラ・チェロに提示される。前者2つは結尾部でまとめられ、大交響楽的なクライマックスを迎える。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8F%E3%82%8B%E3%81%BF%E5%89%B2%E3%82%8A%E4%BA%BA%E5%BD%A2

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/955.html

[近代史4] チャイコフスキー 中川隆
1. 中川隆[-12986] koaQ7Jey 2020年3月06日 13:24:25 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[548]

チャイコフスキー バレエ音楽 『くるみ割り人形』
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/955.html
 

http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/448.html#c1
[近代史3] 安倍首相が意図的にどんな質問にもまともに答えない、平然と嘘をつく理由
安倍首相が意図的にどんな質問にもまともに答えない、平然と嘘をつく理由


「打って一丸」の危うさ - 内田樹の研究室 2020-03-06
http://blog.tatsuru.com/2020/03/06_1314.html

 ある媒体のロングインタビューの中で「打って一丸となる」ことの危うさについて語った。日本人が「打って一丸」となるとだいたいろくなことはないのである。では、国難的状況でわれわれはどうしたらいいのか。

──内田さんの『生きづらさについて考える』を読んでいて目から鱗だったのは、政権与党側が、わざとまともに質問に答えなかったり、ヤジを飛ばしたり強行採決したりして、もはや議会制民主主義が機能していないという印象を与えることで、計画的に投票率を下げている、という分析でした。

 立法府に対する信頼を掘り崩してゆくことが自民党の長期的な狙いで、それは成功しています。国会審議は無意味な政治ショーに過ぎない、国会議員というのは知性においても徳性においても優れた人間ではないというイメージを広めてゆけば、有権者は選挙に関心を失います。投票率が下がれば、今の選挙制度では、組織票を持っている政党が勝ち続ける。

 安倍政権はその計画的な国会審議の空洞化にはみごとに成功したと思います。どんな質問にもまともに答えない、平然と嘘をつく、前言と矛盾してもまったく気にしない、与党が出す法律はどれほど野党が反対しても最後は強行採決される・・・そういうことを7年繰り返していれば、国民も「国会には存在理由がない」と思うようになります。結果的に、閣議決定や内閣の恣意的な法解釈が国会での審議や立法を代行するようになりつつある。「法の制定機関」と「法の執行機関」が同一である政体を独裁制と呼びますから、その定義を適用すると、安倍政権はすでになかば事実上の独裁制になっています。

 これまでの憲政の常識を当てはめればもう10回くらいは内閣総辞職していないとおかしいくらいに失政・不祥事が続いているにもかかわらず、安倍政権は何ごともないように延命して、憲政史上最長記録を日々更新しています。

 ふつうは内閣支持率が6割近くないと円滑な政権運営はできないので、どんな内閣も国民のマジョリティの同意をめざして政策を立案するものですけれど、安倍内閣は違います。30%ほどいる自分のコアな支持層だけに受ける政策を採り続けている。そして、確かにそれで十分なのです。というのは、残り70%の有権者は自分たちの意志はしょせん国政には反映しないという無力感に蝕まれているので、投票のインセンティブを失っているからです。「自分たちの意志が国政に反映されている」と感じる30%と「何を訴えても国政には反映されない」と感じる70%に有権者を二分すれば、30%が選挙では勝ち続ける。そういう仕掛けです。

──それにより安倍政権は歴代最長の政体になりましたが、いまの政権や自民党の状況は、これまでの日本の政治のなかでどのように位置づけられるでしょう?

 末期です。安倍政権が終わった時に同時に自民党という政党も終るでしょう。自民党がかつてのような国民政党としてもう一度党勢を回復するということはないと思います。

 70%が反対する政策であっても、30%が支持すれば実施できるという成功体験に自民党は慣れ過ぎました。国民を分断して敵味方に分けて、味方を優遇して敵を冷遇するというネポティズム政治しか彼らは知らない。立場の違う人たちと対話して、譲るところは譲って、「落としどころ」を探るというような高度な交渉技術を持っている政治家はもう自民党内にはいません。かといって野党政治家にそれだけの力量があるかと言えば、これも心もとない。でも、ポスト安倍期に必要なのは、60年安保闘争で岸信介が国民を二分してしまった後に登場してきた池田勇人が「寛容と忍耐」を掲げましたけれど、あれと同じような「国民の再統合」だと思います。

──そのような状況が変わる可能性はあると思いますか?

 分断された国民の再統合が果たさなければ日本に未来はないですから。でも、「打って一丸となる」ということを勘違いしないで欲しいんです。高度経済成長期もバブルの時もそうでしたが、どちらの時期も、日本人は金儲けに夢中でしたが、国民的な分断はなかった。僕のような反時代的な、生産性も社会的有用性のまるでない人間のことも構わず放っておいてくれた。「なんで金儲けをしないんだ。バカじゃないか」と冷笑はされましたけれど、していることを「やめろ」と言われることはなかった。みんな自分の仕事に忙し過ぎて、隣の人がやっていることに口を出す暇がない。それが僕の考えるとりあえず現実的な国民再統合のイメージです。

 今日本は分断されていますけれど、それは隣の人間のやっていることをうるさく詮索して査定して、気に入らないと「非国民」とか「反日」とかレッテル貼りをするバカが湧いて出ているからです。「日本人は一つにまとまるべきだ」と言い立てながら、国民的分断を進めている。そのせいで日本はここまで国力を失った。

「自分がほんとうにやりたいことに専念する」というのが一番生産性を高めるふるまいであることはどなたでも同意して頂けると思いますけれど、ただし「専念する」には「他人のことに構ってる暇がないほど」という条件がつくんです。

 隣の人間が何しようとどうだっていいんです。自分が何をするかだけが問題なんだから。幕末のころには「志士」というのが大挙して登場しましたけれど、あの人たちは「オレが頑張らないとこの国はダメになる」と思っていた。個人の努力が国の運命を左右する、と。そういう一種の関係妄想を病んでいる人間の人口比率が一定の値を超えると、国力は増大し、国運が向上する。逆に、その比率が少ないと(つまり「オレが何をしようと、国の運命には影響がない」と思っている人ばかりだと)、国運は衰える。明治の日本が東アジアで例外的に短期間に近代化に成功したのは、その比率が例外的に高かったからだと思います。

 でも、安倍政権は70%の国民に対して、「自分が何をしても世界は変わらない」という無力感を刷り込み続けて、ついにそれに「成功」してしまった。残り30%は「オレが別に頑張らなくても、あっちの方からぜんぶお膳立てしてくれる」という居心地のよいネポティズム政治に居着いてしまった。「オレが頑張らないとこの国はダメになる」という使命感に身を焦がす・・・というタイプの人間を減らすことを制度的に推進したのです。それでは国力も低下します。

 安部政権は個人の努力が国運向上にリンクするという幻想をみごとに粉砕しました。そうすることで、無気力な、権威に尻尾を振るだけのイエスマンの大量育成には成功しましたけれど、そんな人間をどれほど頭数揃えても、国は衰えるばかりです。
http://blog.tatsuru.com/2020/03/06_1314.html
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/956.html

[近代史3] 浜崎洋介 _ 安倍「器」論 中川隆
12. 中川隆[-12985] koaQ7Jey 2020年3月06日 13:55:09 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[549]
安倍首相が意図的にどんな質問にもまともに答えない、平然と嘘をつく理由


「打って一丸」の危うさ - 内田樹の研究室 2020-03-06
http://blog.tatsuru.com/2020/03/06_1314.html


 ある媒体のロングインタビューの中で「打って一丸となる」ことの危うさについて語った。日本人が「打って一丸」となるとだいたいろくなことはないのである。では、国難的状況でわれわれはどうしたらいいのか。

──内田さんの『生きづらさについて考える』を読んでいて目から鱗だったのは、政権与党側が、わざとまともに質問に答えなかったり、ヤジを飛ばしたり強行採決したりして、もはや議会制民主主義が機能していないという印象を与えることで、計画的に投票率を下げている、という分析でした。

 立法府に対する信頼を掘り崩してゆくことが自民党の長期的な狙いで、それは成功しています。国会審議は無意味な政治ショーに過ぎない、国会議員というのは知性においても徳性においても優れた人間ではないというイメージを広めてゆけば、有権者は選挙に関心を失います。投票率が下がれば、今の選挙制度では、組織票を持っている政党が勝ち続ける。

 安倍政権はその計画的な国会審議の空洞化にはみごとに成功したと思います。どんな質問にもまともに答えない、平然と嘘をつく、前言と矛盾してもまったく気にしない、与党が出す法律はどれほど野党が反対しても最後は強行採決される・・・そういうことを7年繰り返していれば、国民も「国会には存在理由がない」と思うようになります。結果的に、閣議決定や内閣の恣意的な法解釈が国会での審議や立法を代行するようになりつつある。「法の制定機関」と「法の執行機関」が同一である政体を独裁制と呼びますから、その定義を適用すると、安倍政権はすでになかば事実上の独裁制になっています。

 これまでの憲政の常識を当てはめればもう10回くらいは内閣総辞職していないとおかしいくらいに失政・不祥事が続いているにもかかわらず、安倍政権は何ごともないように延命して、憲政史上最長記録を日々更新しています。

 ふつうは内閣支持率が6割近くないと円滑な政権運営はできないので、どんな内閣も国民のマジョリティの同意をめざして政策を立案するものですけれど、安倍内閣は違います。30%ほどいる自分のコアな支持層だけに受ける政策を採り続けている。そして、確かにそれで十分なのです。というのは、残り70%の有権者は自分たちの意志はしょせん国政には反映しないという無力感に蝕まれているので、投票のインセンティブを失っているからです。「自分たちの意志が国政に反映されている」と感じる30%と「何を訴えても国政には反映されない」と感じる70%に有権者を二分すれば、30%が選挙では勝ち続ける。そういう仕掛けです。

──それにより安倍政権は歴代最長の政体になりましたが、いまの政権や自民党の状況は、これまでの日本の政治のなかでどのように位置づけられるでしょう?

 末期です。安倍政権が終わった時に同時に自民党という政党も終るでしょう。自民党がかつてのような国民政党としてもう一度党勢を回復するということはないと思います。

 70%が反対する政策であっても、30%が支持すれば実施できるという成功体験に自民党は慣れ過ぎました。国民を分断して敵味方に分けて、味方を優遇して敵を冷遇するというネポティズム政治しか彼らは知らない。立場の違う人たちと対話して、譲るところは譲って、「落としどころ」を探るというような高度な交渉技術を持っている政治家はもう自民党内にはいません。かといって野党政治家にそれだけの力量があるかと言えば、これも心もとない。でも、ポスト安倍期に必要なのは、60年安保闘争で岸信介が国民を二分してしまった後に登場してきた池田勇人が「寛容と忍耐」を掲げましたけれど、あれと同じような「国民の再統合」だと思います。

──そのような状況が変わる可能性はあると思いますか?

 分断された国民の再統合が果たさなければ日本に未来はないですから。でも、「打って一丸となる」ということを勘違いしないで欲しいんです。高度経済成長期もバブルの時もそうでしたが、どちらの時期も、日本人は金儲けに夢中でしたが、国民的な分断はなかった。僕のような反時代的な、生産性も社会的有用性のまるでない人間のことも構わず放っておいてくれた。「なんで金儲けをしないんだ。バカじゃないか」と冷笑はされましたけれど、していることを「やめろ」と言われることはなかった。みんな自分の仕事に忙し過ぎて、隣の人がやっていることに口を出す暇がない。それが僕の考えるとりあえず現実的な国民再統合のイメージです。

 今日本は分断されていますけれど、それは隣の人間のやっていることをうるさく詮索して査定して、気に入らないと「非国民」とか「反日」とかレッテル貼りをするバカが湧いて出ているからです。「日本人は一つにまとまるべきだ」と言い立てながら、国民的分断を進めている。そのせいで日本はここまで国力を失った。

「自分がほんとうにやりたいことに専念する」というのが一番生産性を高めるふるまいであることはどなたでも同意して頂けると思いますけれど、ただし「専念する」には「他人のことに構ってる暇がないほど」という条件がつくんです。

 隣の人間が何しようとどうだっていいんです。自分が何をするかだけが問題なんだから。幕末のころには「志士」というのが大挙して登場しましたけれど、あの人たちは「オレが頑張らないとこの国はダメになる」と思っていた。個人の努力が国の運命を左右する、と。そういう一種の関係妄想を病んでいる人間の人口比率が一定の値を超えると、国力は増大し、国運が向上する。逆に、その比率が少ないと(つまり「オレが何をしようと、国の運命には影響がない」と思っている人ばかりだと)、国運は衰える。明治の日本が東アジアで例外的に短期間に近代化に成功したのは、その比率が例外的に高かったからだと思います。

 でも、安倍政権は70%の国民に対して、「自分が何をしても世界は変わらない」という無力感を刷り込み続けて、ついにそれに「成功」してしまった。残り30%は「オレが別に頑張らなくても、あっちの方からぜんぶお膳立てしてくれる」という居心地のよいネポティズム政治に居着いてしまった。「オレが頑張らないとこの国はダメになる」という使命感に身を焦がす・・・というタイプの人間を減らすことを制度的に推進したのです。それでは国力も低下します。

 安部政権は個人の努力が国運向上にリンクするという幻想をみごとに粉砕しました。そうすることで、無気力な、権威に尻尾を振るだけのイエスマンの大量育成には成功しましたけれど、そんな人間をどれほど頭数揃えても、国は衰えるばかりです。
http://blog.tatsuru.com/2020/03/06_1314.html  

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/688.html#c12

[近代史3] 安倍晋三は会う人ごとに「相手が望むこと」を言っている 中川隆
19. 中川隆[-12984] koaQ7Jey 2020年3月06日 13:55:52 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[550]

安倍首相が意図的にどんな質問にもまともに答えない、平然と嘘をつく理由


「打って一丸」の危うさ - 内田樹の研究室 2020-03-06
http://blog.tatsuru.com/2020/03/06_1314.html


 ある媒体のロングインタビューの中で「打って一丸となる」ことの危うさについて語った。日本人が「打って一丸」となるとだいたいろくなことはないのである。では、国難的状況でわれわれはどうしたらいいのか。

──内田さんの『生きづらさについて考える』を読んでいて目から鱗だったのは、政権与党側が、わざとまともに質問に答えなかったり、ヤジを飛ばしたり強行採決したりして、もはや議会制民主主義が機能していないという印象を与えることで、計画的に投票率を下げている、という分析でした。

 立法府に対する信頼を掘り崩してゆくことが自民党の長期的な狙いで、それは成功しています。国会審議は無意味な政治ショーに過ぎない、国会議員というのは知性においても徳性においても優れた人間ではないというイメージを広めてゆけば、有権者は選挙に関心を失います。投票率が下がれば、今の選挙制度では、組織票を持っている政党が勝ち続ける。

 安倍政権はその計画的な国会審議の空洞化にはみごとに成功したと思います。どんな質問にもまともに答えない、平然と嘘をつく、前言と矛盾してもまったく気にしない、与党が出す法律はどれほど野党が反対しても最後は強行採決される・・・そういうことを7年繰り返していれば、国民も「国会には存在理由がない」と思うようになります。結果的に、閣議決定や内閣の恣意的な法解釈が国会での審議や立法を代行するようになりつつある。「法の制定機関」と「法の執行機関」が同一である政体を独裁制と呼びますから、その定義を適用すると、安倍政権はすでになかば事実上の独裁制になっています。

 これまでの憲政の常識を当てはめればもう10回くらいは内閣総辞職していないとおかしいくらいに失政・不祥事が続いているにもかかわらず、安倍政権は何ごともないように延命して、憲政史上最長記録を日々更新しています。

 ふつうは内閣支持率が6割近くないと円滑な政権運営はできないので、どんな内閣も国民のマジョリティの同意をめざして政策を立案するものですけれど、安倍内閣は違います。30%ほどいる自分のコアな支持層だけに受ける政策を採り続けている。そして、確かにそれで十分なのです。というのは、残り70%の有権者は自分たちの意志はしょせん国政には反映しないという無力感に蝕まれているので、投票のインセンティブを失っているからです。「自分たちの意志が国政に反映されている」と感じる30%と「何を訴えても国政には反映されない」と感じる70%に有権者を二分すれば、30%が選挙では勝ち続ける。そういう仕掛けです。

──それにより安倍政権は歴代最長の政体になりましたが、いまの政権や自民党の状況は、これまでの日本の政治のなかでどのように位置づけられるでしょう?

 末期です。安倍政権が終わった時に同時に自民党という政党も終るでしょう。自民党がかつてのような国民政党としてもう一度党勢を回復するということはないと思います。

 70%が反対する政策であっても、30%が支持すれば実施できるという成功体験に自民党は慣れ過ぎました。国民を分断して敵味方に分けて、味方を優遇して敵を冷遇するというネポティズム政治しか彼らは知らない。立場の違う人たちと対話して、譲るところは譲って、「落としどころ」を探るというような高度な交渉技術を持っている政治家はもう自民党内にはいません。かといって野党政治家にそれだけの力量があるかと言えば、これも心もとない。でも、ポスト安倍期に必要なのは、60年安保闘争で岸信介が国民を二分してしまった後に登場してきた池田勇人が「寛容と忍耐」を掲げましたけれど、あれと同じような「国民の再統合」だと思います。

──そのような状況が変わる可能性はあると思いますか?

 分断された国民の再統合が果たさなければ日本に未来はないですから。でも、「打って一丸となる」ということを勘違いしないで欲しいんです。高度経済成長期もバブルの時もそうでしたが、どちらの時期も、日本人は金儲けに夢中でしたが、国民的な分断はなかった。僕のような反時代的な、生産性も社会的有用性のまるでない人間のことも構わず放っておいてくれた。「なんで金儲けをしないんだ。バカじゃないか」と冷笑はされましたけれど、していることを「やめろ」と言われることはなかった。みんな自分の仕事に忙し過ぎて、隣の人がやっていることに口を出す暇がない。それが僕の考えるとりあえず現実的な国民再統合のイメージです。

 今日本は分断されていますけれど、それは隣の人間のやっていることをうるさく詮索して査定して、気に入らないと「非国民」とか「反日」とかレッテル貼りをするバカが湧いて出ているからです。「日本人は一つにまとまるべきだ」と言い立てながら、国民的分断を進めている。そのせいで日本はここまで国力を失った。

「自分がほんとうにやりたいことに専念する」というのが一番生産性を高めるふるまいであることはどなたでも同意して頂けると思いますけれど、ただし「専念する」には「他人のことに構ってる暇がないほど」という条件がつくんです。

 隣の人間が何しようとどうだっていいんです。自分が何をするかだけが問題なんだから。幕末のころには「志士」というのが大挙して登場しましたけれど、あの人たちは「オレが頑張らないとこの国はダメになる」と思っていた。個人の努力が国の運命を左右する、と。そういう一種の関係妄想を病んでいる人間の人口比率が一定の値を超えると、国力は増大し、国運が向上する。逆に、その比率が少ないと(つまり「オレが何をしようと、国の運命には影響がない」と思っている人ばかりだと)、国運は衰える。明治の日本が東アジアで例外的に短期間に近代化に成功したのは、その比率が例外的に高かったからだと思います。

 でも、安倍政権は70%の国民に対して、「自分が何をしても世界は変わらない」という無力感を刷り込み続けて、ついにそれに「成功」してしまった。残り30%は「オレが別に頑張らなくても、あっちの方からぜんぶお膳立てしてくれる」という居心地のよいネポティズム政治に居着いてしまった。「オレが頑張らないとこの国はダメになる」という使命感に身を焦がす・・・というタイプの人間を減らすことを制度的に推進したのです。それでは国力も低下します。

 安部政権は個人の努力が国運向上にリンクするという幻想をみごとに粉砕しました。そうすることで、無気力な、権威に尻尾を振るだけのイエスマンの大量育成には成功しましたけれど、そんな人間をどれほど頭数揃えても、国は衰えるばかりです。
http://blog.tatsuru.com/2020/03/06_1314.html  

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/629.html#c19

[番外地7] メモ帳 _ 国会で桜問題しか取り上げない日本の野党はまともだった 中川隆
3. 中川隆[-12983] koaQ7Jey 2020年3月06日 13:57:42 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[551]
安倍首相が意図的にどんな質問にもまともに答えない、平然と嘘をつく理由


「打って一丸」の危うさ - 内田樹の研究室 2020-03-06
http://blog.tatsuru.com/2020/03/06_1314.html


 ある媒体のロングインタビューの中で「打って一丸となる」ことの危うさについて語った。日本人が「打って一丸」となるとだいたいろくなことはないのである。では、国難的状況でわれわれはどうしたらいいのか。

──内田さんの『生きづらさについて考える』を読んでいて目から鱗だったのは、政権与党側が、わざとまともに質問に答えなかったり、ヤジを飛ばしたり強行採決したりして、もはや議会制民主主義が機能していないという印象を与えることで、計画的に投票率を下げている、という分析でした。

 立法府に対する信頼を掘り崩してゆくことが自民党の長期的な狙いで、それは成功しています。国会審議は無意味な政治ショーに過ぎない、国会議員というのは知性においても徳性においても優れた人間ではないというイメージを広めてゆけば、有権者は選挙に関心を失います。投票率が下がれば、今の選挙制度では、組織票を持っている政党が勝ち続ける。

 安倍政権はその計画的な国会審議の空洞化にはみごとに成功したと思います。どんな質問にもまともに答えない、平然と嘘をつく、前言と矛盾してもまったく気にしない、与党が出す法律はどれほど野党が反対しても最後は強行採決される・・・そういうことを7年繰り返していれば、国民も「国会には存在理由がない」と思うようになります。結果的に、閣議決定や内閣の恣意的な法解釈が国会での審議や立法を代行するようになりつつある。「法の制定機関」と「法の執行機関」が同一である政体を独裁制と呼びますから、その定義を適用すると、安倍政権はすでになかば事実上の独裁制になっています。

 これまでの憲政の常識を当てはめればもう10回くらいは内閣総辞職していないとおかしいくらいに失政・不祥事が続いているにもかかわらず、安倍政権は何ごともないように延命して、憲政史上最長記録を日々更新しています。

 ふつうは内閣支持率が6割近くないと円滑な政権運営はできないので、どんな内閣も国民のマジョリティの同意をめざして政策を立案するものですけれど、安倍内閣は違います。30%ほどいる自分のコアな支持層だけに受ける政策を採り続けている。そして、確かにそれで十分なのです。というのは、残り70%の有権者は自分たちの意志はしょせん国政には反映しないという無力感に蝕まれているので、投票のインセンティブを失っているからです。「自分たちの意志が国政に反映されている」と感じる30%と「何を訴えても国政には反映されない」と感じる70%に有権者を二分すれば、30%が選挙では勝ち続ける。そういう仕掛けです。

──それにより安倍政権は歴代最長の政体になりましたが、いまの政権や自民党の状況は、これまでの日本の政治のなかでどのように位置づけられるでしょう?

 末期です。安倍政権が終わった時に同時に自民党という政党も終るでしょう。自民党がかつてのような国民政党としてもう一度党勢を回復するということはないと思います。

 70%が反対する政策であっても、30%が支持すれば実施できるという成功体験に自民党は慣れ過ぎました。国民を分断して敵味方に分けて、味方を優遇して敵を冷遇するというネポティズム政治しか彼らは知らない。立場の違う人たちと対話して、譲るところは譲って、「落としどころ」を探るというような高度な交渉技術を持っている政治家はもう自民党内にはいません。かといって野党政治家にそれだけの力量があるかと言えば、これも心もとない。でも、ポスト安倍期に必要なのは、60年安保闘争で岸信介が国民を二分してしまった後に登場してきた池田勇人が「寛容と忍耐」を掲げましたけれど、あれと同じような「国民の再統合」だと思います。

──そのような状況が変わる可能性はあると思いますか?

 分断された国民の再統合が果たさなければ日本に未来はないですから。でも、「打って一丸となる」ということを勘違いしないで欲しいんです。高度経済成長期もバブルの時もそうでしたが、どちらの時期も、日本人は金儲けに夢中でしたが、国民的な分断はなかった。僕のような反時代的な、生産性も社会的有用性のまるでない人間のことも構わず放っておいてくれた。「なんで金儲けをしないんだ。バカじゃないか」と冷笑はされましたけれど、していることを「やめろ」と言われることはなかった。みんな自分の仕事に忙し過ぎて、隣の人がやっていることに口を出す暇がない。それが僕の考えるとりあえず現実的な国民再統合のイメージです。

 今日本は分断されていますけれど、それは隣の人間のやっていることをうるさく詮索して査定して、気に入らないと「非国民」とか「反日」とかレッテル貼りをするバカが湧いて出ているからです。「日本人は一つにまとまるべきだ」と言い立てながら、国民的分断を進めている。そのせいで日本はここまで国力を失った。

「自分がほんとうにやりたいことに専念する」というのが一番生産性を高めるふるまいであることはどなたでも同意して頂けると思いますけれど、ただし「専念する」には「他人のことに構ってる暇がないほど」という条件がつくんです。

 隣の人間が何しようとどうだっていいんです。自分が何をするかだけが問題なんだから。幕末のころには「志士」というのが大挙して登場しましたけれど、あの人たちは「オレが頑張らないとこの国はダメになる」と思っていた。個人の努力が国の運命を左右する、と。そういう一種の関係妄想を病んでいる人間の人口比率が一定の値を超えると、国力は増大し、国運が向上する。逆に、その比率が少ないと(つまり「オレが何をしようと、国の運命には影響がない」と思っている人ばかりだと)、国運は衰える。明治の日本が東アジアで例外的に短期間に近代化に成功したのは、その比率が例外的に高かったからだと思います。

 でも、安倍政権は70%の国民に対して、「自分が何をしても世界は変わらない」という無力感を刷り込み続けて、ついにそれに「成功」してしまった。残り30%は「オレが別に頑張らなくても、あっちの方からぜんぶお膳立てしてくれる」という居心地のよいネポティズム政治に居着いてしまった。「オレが頑張らないとこの国はダメになる」という使命感に身を焦がす・・・というタイプの人間を減らすことを制度的に推進したのです。それでは国力も低下します。

 安部政権は個人の努力が国運向上にリンクするという幻想をみごとに粉砕しました。そうすることで、無気力な、権威に尻尾を振るだけのイエスマンの大量育成には成功しましたけれど、そんな人間をどれほど頭数揃えても、国は衰えるばかりです。
http://blog.tatsuru.com/2020/03/06_1314.html  

http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/439.html#c3

[近代史3] 安倍首相が意図的にどんな質問にもまともに答えない、平然と嘘をつく理由 中川隆
1. 中川隆[-12982] koaQ7Jey 2020年3月06日 13:59:54 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[552]
国会で桜問題しか取り上げない日本の野党はまともだった


国会で法案の中身が議論される事は少なく、政府のスキャンダルの追及に野党は明け暮れています。これをして「くだらない野党」とか「無力な野党」と揶揄する人がネトウヨに限らず大勢居ます。しかし、これが少数派の野党に精一杯の抵抗だという事を知っている国民は少ない。 「多数決が正義」の国会で野党は「時間闘争」しか対抗手段を持たない 

「民主主義」は単純に言ってしまえば「多数決」が全てです。国会で多数派の与党は、審議などせずとも強硬採決によって、どんな法律も成立させる事が出来ます。

しかし、それでは「数による独裁」となってしまうので、形だけでも国家で与野党が充分に法案について話し合って採決するというポーズを取ります。法案の内容を審議した所で、最後は「数の力」で法案は成立してしまいます。国民も「充分内容を審議した」と納得してしまいます。

そこで、少数派の野党は「時間切廃案」という「時間闘争」で抵抗するしか手が有りません。

本来、時間稼ぎは法案の内容の審議であるべきですが、国民はこんな細かい事に興味はありません。国民を見方に付けない限り「審議は充分尽くされた」として採決に持ち込まれてしまいます。だから野党は「国民が興味を示し易いスキャンダル」で審議時間を使い尽くし、「強硬採決を許さない空気を醸成」して、法案をまとめて「時間切れ廃案」に持ち込む「時間闘争」を常套手段にしています。

■ 国会は既に法案の中身を審議する場では無くなっている ■

そもそも日本の国会は法案の中身を審議する場では無くなっています。その理由は「議員が勉強不足」だから。

日本の法律は「議員立法」が少ない事は皆さんもご存じだと思います。法律の多くは「閣法」です。「閣法」は、内閣が閣議決定して国会に提出される法案の事です。

1) 官僚が法案の雛形を作る

2) 自民党内の政務調査会の部会で法案の内容が審議される(利権の調整)

3) 自民党の「総務会」で法案の内容が検討される(さらなる利権の調整)

4) 国会への法案提出が閣議決定される

5) 国会内の委員会で法案が審議される(野党との調整)

6) 法案が本会議に提出され、審議後に採決される

自民党は「政治主導」の名の元に小泉政権時代から国会議員の国会での自由な裁量を制限して来ました。議員は国会で自民党が提出した議案に反対すると、次の選挙で党の公認が得られなくなるのです。だから、現在の国会議員は「数合わせ」に過ぎないのです。

当然、国会議員の質も低下します。かつては政策に精通した議員も多く居ましたが、現在では「選挙で勝てる議員」が「良い議員」です。世襲議員で後援会の基盤がしかかりしていたり、或いは話題性があって当選が見込める人が党の推薦を受け易くなります。

かくして国会で法案の中身を審議出来る議員が居ない、いえ必用無くなったのです・・・。

イギリス議会にしても、アメリカ連邦議会にしても、民主主義は形骸化しており、民主主義の理想とは大きくかけ離れた物になっていますが、日本の国会の形骸化はその最たるものかも知れません。「民主主義」が本当に機能する為には「理知的で公平な国民」が必須ですが、実際には国民は「利己的な集団」に過ぎません。結果的に民主主義を国民の手に委ねると国家は滅亡します。だって、税金払う人、居なくなりますから・・・。

「民主主義」は近代政治が生み出した「妥協案」ですが、様々な手段を使って「民主主義を制約」する事で機能して来ました。日本の国会システムも、長い年月をかけて作られた「妥協案」の一つです。

国民から見ると「理解不能」な国会システムですが、これも先人の知恵(と欲望)の結晶と思えば、評価する点もあるのかも知れません。  
https://green.ap.teacup.com/pekepon/2451.html
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/956.html#c1

[近代史3] 安倍首相が意図的にどんな質問にもまともに答えない、平然と嘘をつく理由 中川隆
2. 中川隆[-12981] koaQ7Jey 2020年3月06日 14:07:26 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[553]

桜を見る会再論 - 内田樹の研究室 2020-02-01
http://blog.tatsuru.com/2020/02/01_1152.html

 もうこの話をするのにも飽き飽きしている。「桜を見る会」についての話である。

 どうして「飽き飽き」しているかというと、ふつうの人間の受忍限度を超えて、この話が続いているからである。

 続く理由は簡単で、ふつうは申し開きのできない証拠をつきつけられて「申し訳ありませんでした。私がやりました」として「犯人」が白状して、火曜サスペンス劇場が終わるところで、ぜんぜんドラマが終わらないからである。

 でも、「私がやりました」と言わないというのは、ある意味では「合理的な」ふるまいなのである。

 昔、東京地検に勤めていた友人から、推理ドラマはあれは嘘っぱちだという話を聴いたことがある。検察官に供述の矛盾を衝かれて、顔面蒼白となって、「もはやこれまで」と自白するのは「自分が知性的な人間である」ということにおのれの存在根拠を置いている人間だけだというのである。

「そんな人間は実はめったにいないんだよ。そんなのはね、ウチダみたいな『自分は頭がいい』と思っているやつだけなんだよ。そういうのは、落すの簡単なんだ。供述のわずかな矛盾を指摘しただけで、がたがたっと崩れちゃうから。」
 なるほど。

 だから、ヤクザなんかは供述の矛盾をいくら指摘しても、平気で、「オレ、そんなこと言いましたっけ。あ、それ間違いですから、消しといてください。今日話したのがほんとの話です」と済ませてしまうのだそうである。

 彼らは供述の矛盾や変遷は、それだけでは有罪性の根拠とならないことをよく知っている。

 だから、誰も信じないようなでたらめを言い続ける。「そんなことあり得ないだろう!」と怒っても、「世の中、そういうことがあるからびっくりですよね」と平気で言う。

 自分は矛盾とか、因果とか、蓋然性とか、そういうことはぜんぜん気にならない人間なんです。「ふつうに考えて」という想定ができないんです。「論理的に言って」ということがわからないんです。

 そう言い続けると検察官に「敗けない」ということを彼らは知っているのである。

 自分の知性が健全に機能していないということを「切り札」にしている人間を「理詰め」で落とすことはできない。

「桜を見る会」の国会審議でわれわれが見せられているのは、「ヤクザと検察官」の戦いのひとつの変奏である。

 官僚たちも政治家たちも、平然と自分の知性がふつうに機能していないことを認めている。

「桜を見る会」の招待者名簿にしても、ホテルニューオータニの「前夜祭」領収書にしても、それを「はい」と提示すれば、首相の潔白が満天下に明らかになる文書を、なぜか官僚たちも安倍講演会の人たちも、全員があっという間に捨ててしまった。それが「桜を見る会」と「前夜祭」の合法性を何よりも雄弁に証明できる書類である以上、仮に廃棄期限が来ても、官僚でも後援会員でも少しでも論理的に思考できる能力があるなら、「もしものことがあったら困るから、一応とっとこう」と思うはずである。

 そう思った人間がなんと一人もいないのである。

 つまり世にも例外的に頭の悪い人たちだけで内閣府や安倍後援会は組織されていたというきわめて蓋然性の低い主張によって、首相は「不正が証明できない以上、私は潔白だ」という言い続けているのである。

 こういうドタバタがもう3ヶ月も続いている。

 もう終わりにしたいと思う人は自民党内にもいるらしく、先日は参院自民党に示達された「招待者名簿は公開請求の対象であるので取り扱いに注意」という内部書類が共産党議員によって委員会で暴露されてしまった。

 だが、これほど「申し開きのできない証拠」を突きつけられても、首相の「申し開き」は続いている。

 首相は数日前に、招待者について「幅広く募っているという認識」ではあったが、「募集しているという認識ではなかった」という没論理的な答弁をしたが、今回は招待者名簿について「公開の対象とは書いてるけど、公開されるとは書いてない」という小学生のような答弁をしてみせた。

「開示請求があった場合に公開しなければならない」という注意なのだから、要するに「人選には配慮すること。開示請求があったときに『捨てました』というような無様なことがないようにちゃんと管理すること」というお達しである。自民党総裁としては自民党が示達した注意を二つながらまるまる無視して招待者を選定した上に、書類をさくさくとシュレッダーにかけた内閣府の役人については殺してやりたい「気分」になっていいはずだが、そんな気配もない。

 首相は「自分は論理的に思考しないので、『論理的にあり得ない』ことがあっても別にそれが不思議だと思わない。言葉の語義はわかるけれども、それが含意しているコノテーションはわからない」という「おのれの知性が普通の人よりも不調である」という主張によって有罪性を免れようとしている。

 裁判において弁護人が被告の「心神耗弱」で無罪を勝ち取ろうとするのと同じである。

 この「愚者戦略」はこれまでのところ成功している。

 それは社会制度は世界どこでも「ふつうの人はわりと論理的にものを考える」ということを基準に設計されているからである。だから、その基準にはずれる人間については対処するマニュアルがないのである。

 これから後も首相は有罪を免れるために、あらゆる「申し開きのできない証拠」に対して、「論理的に思考できないふり、日本語がわからないふり」をしてみせるだろう。

 この成功体験が広く日本中にゆきわたった場合に、いずれ「論理的な人間」は「論理的でない人間」よりも自由度が少なく、免責事項も少ないから、生き方として「損だ」と思う人たちが出て来るだろう。
 いや、もうそういう人間が過半数に達しているから、「こういうこと」になっているのかも知れない。
http://blog.tatsuru.com/2020/02/01_1152.html

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/956.html#c2

[近代史3] 表に出始めた明治維新の真実 中川隆
4. 中川隆[-12980] koaQ7Jey 2020年3月06日 14:25:31 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[554]

高度経済成長期もバブルの時もそうでしたが、どちらの時期も、日本人は金儲けに夢中でしたが、国民的な分断はなかった。僕のような反時代的な、生産性も社会的有用性のまるでない人間のことも構わず放っておいてくれた。「なんで金儲けをしないんだ。バカじゃないか」と冷笑はされましたけれど、していることを「やめろ」と言われることはなかった。

みんな自分の仕事に忙し過ぎて、隣の人がやっていることに口を出す暇がない。それが僕の考えるとりあえず現実的な国民再統合のイメージです。

 今日本は分断されていますけれど、それは隣の人間のやっていることをうるさく詮索して査定して、気に入らないと「非国民」とか「反日」とかレッテル貼りをするバカが湧いて出ているからです。「日本人は一つにまとまるべきだ」と言い立てながら、国民的分断を進めている。そのせいで日本はここまで国力を失った。

「自分がほんとうにやりたいことに専念する」というのが一番生産性を高めるふるまいであることはどなたでも同意して頂けると思いますけれど、ただし「専念する」には「他人のことに構ってる暇がないほど」という条件がつくんです。

 隣の人間が何しようとどうだっていいんです。自分が何をするかだけが問題なんだから。幕末のころには「志士」というのが大挙して登場しましたけれど、あの人たちは「オレが頑張らないとこの国はダメになる」と思っていた。個人の努力が国の運命を左右する、と。そういう一種の関係妄想を病んでいる人間の人口比率が一定の値を超えると、国力は増大し、国運が向上する。逆に、その比率が少ないと(つまり「オレが何をしようと、国の運命には影響がない」と思っている人ばかりだと)、国運は衰える。明治の日本が東アジアで例外的に短期間に近代化に成功したのは、その比率が例外的に高かったからだと思います。

 でも、安倍政権は70%の国民に対して、「自分が何をしても世界は変わらない」という無力感を刷り込み続けて、ついにそれに「成功」してしまった。残り30%は「オレが別に頑張らなくても、あっちの方からぜんぶお膳立てしてくれる」という居心地のよいネポティズム政治に居着いてしまった。「オレが頑張らないとこの国はダメになる」という使命感に身を焦がす・・・というタイプの人間を減らすことを制度的に推進したのです。それでは国力も低下します。

 安部政権は個人の努力が国運向上にリンクするという幻想をみごとに粉砕しました。そうすることで、無気力な、権威に尻尾を振るだけのイエスマンの大量育成には成功しましたけれど、そんな人間をどれほど頭数揃えても、国は衰えるばかりです。
http://blog.tatsuru.com/2020/03/06_1314.html  

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/742.html#c4

[近代史4] サン=サーンス 『動物の謝肉祭 白鳥』

サン=サーンス 『動物の謝肉祭 白鳥』
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/911.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/464.html
[近代史4] アルビノーニのアダージョ

レモ・ジャゾット 『アルビノーニのアダージョ』
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/919.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/465.html
[近代史4] パッヘルベルのカノン

『パッヘルベルのカノン』
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/920.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/466.html
[近代史4] ジョゼフ・コズマ 『枯葉』
ジョゼフ・コズマ 『枯葉』


CORA VAUCAIRE - LES FEUILLES MORTES Autumn Leaves





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Edith Piaf - Autumn Leaves (Les Feuilles Mortes)




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Juliette Greco - Les Feuilles Mortes


live in Berlin 1967


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枯葉【訳詞付】- イブ・モンタン



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Autumn Leaves Roger Williams 1955




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『枯葉』(仏題:Les Feuilles mortes )は、シャンソンの代表的な楽曲である。


1945年にジョゼフ・コズマが作曲し、後にジャック・プレヴェールが詞を付けた。
ミディアム・スローテンポの短調で歌われるバラードで、6/8拍子の長いヴァース(序奏部)と、4拍子のコーラス部分から成り、プレヴェールのフランス語原詩の内容は、若いころお互いに愛し合っていたふたりが別れざるを得ず、それぞれの人生を送ったあと、再び出会った時には北風に吹かれて舞う枯葉のようだったと慨嘆し、海岸の砂浜を歩くふたりの足跡も波が静かに消し去っていくという余情の溢れるものである。 [1]


第二次世界大戦後のシャンソンとして、世界的にも有名なスタンダードである。 また、いち早くジャズの素材として多くのミュージシャンにカバーされ、数え切れないほどのレコーディングが存在することでも知られる。


フランス語の原詞のほか、日本語をはじめ各国語の歌詞を与えられ、広く歌われている。 ヘンデルのパッサカリアと曲想が類似しているとの研究がある[2]。


オリジナル「Les Feuilles mortes」


1945年、ローラン・プティ・バレエ団のステージ「Rendez-vous」の伴奏音楽の一つとしてコズマが作曲したメロディーが原型である。
このステージからモチーフを得て翌1946年に製作されたマルセル・カルネ監督の映画「夜の門」(Les Portes de la Nuit )で挿入歌として用いられることになり、映画の脚本にも携わったプレヴェールが新たに詞を付けた。なお、プレヴェールとコズマは、戦時中に製作されたカルネ監督の名作映画「天井桟敷の人々」にもそれぞれ脚本と音楽で携わっていた。歌自体は1947年に出版登録されている。


映画「夜の門」は戦後の世相を背景とした群像劇で、映画に出演した新人歌手イヴ・モンタンによって劇中で歌われたのが歌曲としての「枯葉」のオリジナルとなったが、このバージョンは映画共々ヒットしなかった。しかし、これに続いて当時人気があった知性派の女性シャンソン歌手ジュリエット・グレコが歌ったことで「枯葉」は世に認知されるようになり、1940年代末から1950年代にかけ広まって、シャンソン界のスタンダード曲となった。


女性歌手コラ・ヴォケールは1948年にこの曲を取り上げて歌うようになり、何度か録音も行っている。彼女の抑制された端整な歌唱によるヴァージョンはこの曲のもっとも優れた解釈の一つであり、アメリカの大学においてフランス語の授業に「フランス語の美しい発音のサンプル」として使われたというエピソードもある。
他にも戦後に活躍した多くのフランス人歌手たちによって歌われており、反骨のアーティストであるセルジュ・ゲンスブールもこの歌を歌っている。


英語版「Autumn Leaves」


フランス語歌曲の「枯葉」が、ポピュラー音楽大国のアメリカ合衆国に持ちこまれたのは1949年である。しかし、フランス語の歌詞ではアメリカの一般大衆相手に売れるはずもなく、アメリカでこの曲を売り出そうとしたキャピトル・レコードの方針で、英語歌詞が付けられ、"Autumn Leaves"という英語題で発表された。


英語詞を作詞したのはキャピトル・レコードの創立者でもあったジョニー・マーサーである。彼はそれ以前から「P・S・アイ・ラブ・ユー」「ワン・フォー・マイ・ベイビー」「ザッツ・オールド・ブラック・マジック」など数々のヒット曲を作詞し、後にはヘンリー・マンシーニとのコンビで「ムーン・リバー」「酒とバラの日々」の作詞も手がけた作詞家であるが、「枯葉」についてはプレヴェールの原詞に比してかなり感傷過多な内容の歌詞を書いている。


この際、マーサーはなぜか、歌の前説となるヴァースの部分に歌詞を付けず、後半のコーラス部分のみを作詞した(「枯葉」のヴァース部分は、ポピュラー音楽としては地味で長いのは確かである)。その結果、アメリカではこの曲のヴァースの部分が(たとえインストゥルメンタルであっても)省略され、なおかつ若干引き延ばされた形で流布してしまい、誰もヴァースを知らないという状況になってしまった。


最初にこの英語詞を歌ったのは、1950年のビング・クロスビーであった。以後、1952年のナット・キング・コールのバージョンなどボーカルを中心に何種かのバージョンが送り出されたが決定打にはならず、本格的に広まったのはインストゥルメンタル版でポピュラー・ピアニストのロジャー・ウィリアムズ(Roger Williams)がヒットを飛ばしてからであった。


ウィリアムスのバージョンは、枯葉の舞い散る様をピアノで模したきらびやかなアレンジが大衆に大受けして1955年に全米ヒットチャートで4週連続第1位を達成している。


以後、アメリカのポピュラー音楽界におけるスタンダードナンバーとして広く歌われるようになり、フランク・シナトラをはじめとする多くの有名歌手のレパートリーとなった。外国から移入された曲でアメリカのスタンダードナンバーとなった曲では、おそらく「ベサメ・ムーチョ」「イパネマの娘」「イエスタデイ」等と並んでもっとも人気を博した曲の一つであろう。


ウィリアムズの影響で、この曲は以後もムード音楽分野では、ストリングスやピアノを用いて無闇に甘ったるく切々と演奏されるのが定番のスタイルとなった。


有名無名を問わず無数のオーケストラやピアニストに演奏されるこの種の俗流「枯葉」は、エレベーターミュージック(elevator music:エレベーターの中で流すようなBGM)の大スタンダードナンバーとなり、現在でも全世界のデパート、スーパーマーケットやコーヒーショップのBGMとして頻繁に流されている。その結果善し悪しは別として日夜新たな聴き手を開拓し、「誰でも聴いたことのある曲」として「枯葉」の知名度を高めている。


ジャズの分野では1952年にスタン・ゲッツが録音したのが先駆だったが、ポピュラー界でスタンダードとなったことと、コーラス部分の独特のコード進行がアドリブの素材として好まれたことから、1950年代後半以降、多くの有名なジャズメンによって取り上げられた。


ミディアム・テンポで演奏されるキャノンボール・アダレイのブルーノート盤『サムシン・エルス』(1958年録音、実質的にはマイルス・デイヴィスのリーダーアルバム)、急速調のピアノで多彩なアドリブを展開するビル・エヴァンスのリバーサイド盤『ポートレイト・イン・ジャズ』(1959年録音)は独自の解釈を持ち込んだモード・ジャズを代表とする演奏として殊に有名であり、キース・ジャレット、チック・コリア等、コンテンプラリー・ジャズを代表するピアニストに大きな影響を与え続けている。またサラ・ヴォーンのパブロ盤(1982年録音)は原曲の姿をまったく留めないまでの縦横無尽な超高速スキャットで歌われ、その過激さから激しい賛否両論を呼んだ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/枯葉_(歌曲)

http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/467.html

[近代史4] ジョゼフ・コズマ 『枯葉』 中川隆
1. 中川隆[-12979] koaQ7Jey 2020年3月06日 15:11:32 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[555]

枯葉 [歌詞和訳]:Les Feuilles Mortes、Autumn Leaves
http://www.magictrain.biz/wp/blog/2010/11/05/%E6%9E%AF%E8%91%89-%E6%AD%8C%E8%A9%9E%E5%92%8C%E8%A8%B3%EF%BC%9Ales-feuilles-mortes%E3%80%81autumn-leaves/


イブ・モンタンとジュリエット・グレコのフランス語バージョン
エディット・ピアフの英語バージョン。

これが私にとっての「枯葉」のベスト3です。


「枯葉」(Les Feuilles Mortes、Autumn Leaves)は、ジョゼフ・コズマ(Joseph Kosma)の曲に映画「夜の門」(Les Portes de la Nuit )の挿入歌のためにジャック・プレヴェール(Jacques Prévert)が詩を付けました。映画では若きイブ・モンタンが歌っていました。

そして後に、この歌をジュリエット・グレコが歌いヒットさせ、それによりアメリカに移入され、「ムーン・リバー」などの作詞家ジョニー・マーサー(Johnny Mercer)が「Autumn Leaves」として英語の詩を付けました。

英語のバージョンはナット・キング・コールやフランク・シナトラなど多くの歌手にカバーされ、スタンダード・ナンバーとなりました。ジャズではスタン・ゲッツが最初に取り上げました。

英語バージョンではヴァースの部分が省かれ、歌詞も過去の恋愛の思い出として訳されています。本当はヴァースにこの歌の味わい深さがあると思うのですが…。

また、ジャック・プレヴェールの原詩は過去の恋愛のみを書いたものではなく、秋の枯葉や海に消える砂の上の足跡に託して、人生の秋を表現しています。この歌が単なる失恋や思い出の歌以上に味わい深いのは、その人生の余情を感じさせるからで、それがヴァースの部分です。

フランス語の原詩もフル・バージョンで歌われることは少ないのですが、省略された2番目のヴァースには、過去の思い出や悔恨からの決別を書いた部分があります。ヒット曲には少し複雑な感情の部分であり、恋愛にテーマを絞ったほうが売れるため省略されるのだと思いますが、ジャック・プレヴェールが詩人であることを示す重要なヴァースなので少し残念です。

とは言え、この曲はシャンソンの名曲中の名曲です。

Les Feuilles Mortes フランス語歌詞

Oh je voudrais tant que tu te souviennes
Des jours heureux ou nous étions amis
En ce temps là, la vie était plus belle
Et le soleil plus brûlant qu’aujourd’hui
Les feuilles mortes se ramassent à la pelle
Tu vois je n’ai pas oublié
Les feuilles mortes se ramassent à la pelle
Les souvenirs et les regrets aussi
Et le vent du nord les emportent
Dans la nuit froide de l’oubli
Tu vois, je n’ai pas oublié
La chanson que tu me chantais

C’est une chanson, qui nous ressemble
Toi tu m’aimais, et je t’aimais
Et nous vivions, tous deux ensemble
Toi qui m’aimait, moi qui t’aimais
Mais la vie sépare ceux qui s’aiment
Tout doucement sans faire de bruit
Et la mer efface sur le sable
Le pas des amants désunis

C’est une chanson, qui nous ressemble
Toi tu m’aimais, Et je t’aimais
Et nous vivions, tous deux ensemble
Toi qui m’aimait, moi qui t’aimais
Mais la vie sépare ceux qui s’aime
Tout doucement sans faire de bruit
Et la mer efface sur le sable
Le pas des amants désunis.


枯葉(意訳)

ああ私はあなたを忘れはしない
私たちが友人でいた幸せな日々を
あの頃、今日よりも人生は美しく
そして、太陽は明るかった
枯葉がシャベルに集められる
あなたは私が忘れていないことを知っている
枯葉がシャベルに集められる
想い出と後悔とともに
そして、北風がそれらを運び去る
忘却の冷たい夜へ
あなたは私が忘れていないことを知っている
あなたが私に歌ってくれた歌を

それは、私たちのような歌
あなたは私を愛し、私はあなたを愛して
そして、私たちは二人一緒に暮らしていた
私が愛したあなた、私を愛したあなたと
しかし、人生は愛する人たちを離れさせる
緩やかに、音も立てずに
海は砂の上の分かれた恋人たちの足跡を
消し去ってしまう

それは、私たちのような歌
あなたは私を愛し、私はあなたを愛して
そして、私たちは二人一緒に暮らしていた
私が愛したあなた、私を愛したあなたと
しかし、人生は愛する人たちを離れさせる
緩やかに、音も立てずに
海は砂の上の分かれた恋人たちの足跡を
消し去ってしまう


Autumn Leaves 英語歌詞

The falling leaves drift by the window
The autumn leaves of red and gold
I see your lips, the summer kisses
The sun-burned hands I used to hold

Since you went away the days grow long
And soon I’ll hear old winter’s song
But I miss you most of all my darling
When autumn leaves start to fall

C’est une chanson, qui nous ressemble
Toi tu m’aimais et je t’aimais
Nous vivions tous, les deux ensemble
Toi que m’aimais moi qui t’aimais
Mais la vie sépare ceux qui s’aiment
Tout doucement sans faire de bruit
Et la mer efface sur le sable les pas des amants désunis

http://www.magictrain.biz/wp/blog/2010/11/05/%E6%9E%AF%E8%91%89-%E6%AD%8C%E8%A9%9E%E5%92%8C%E8%A8%B3%EF%BC%9Ales-feuilles-mortes%E3%80%81autumn-leaves/

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[近代史4] エディット・ピアフ 『愛の讃歌』

エディット・ピアフ 『愛の讃歌』



愛の讃歌【訳詞付】ー エディット・ピアフ




▲△▽▼


Édith Piaf L'hymne A L'amour 1949



▲△▽▼


「愛の讃歌」(仏: Hymne à l'amour、フランス語発音: [imn a lamuʁ])は、フランスのシャンソン歌手:エディット・ピアフの歌。
作詞はピアフ、作曲はマルグリット・モノー(フランス語版、英語版)による。シャンソンを代表する楽曲として世界中で親しまれている。


本作の歌詞はピアフの恋の相手であったプロボクサー、マルセル・セルダンが飛行機事故で亡くなったのを悼んで作られたと言われてきたが、セルダンの生前に書かれたものであることが判明している。


相思相愛で誰もが知る仲ではあったが、妻子を持つセルダンとの恋愛に終止符を打つために書いたものだと考えられている。
レコーディングは1950年5月2日。


本作は人気を集め、ピアフの後も幾度も別の歌手に唄われた(ジョニー・アリディのように歌詞を男性に合わせた場合もあった)。
ピアフのトリビュート・アルバムでは、カナダのロック歌手コリー・ハートが歌唱しており、ケベックでは歌手ニコール・マルタンが1976年にアルバムの表題曲にしてヒットした。米国の歌手ジョシュ・グローバンもフランス語歌詞で本作を唄っている。


2007年にはエディット・ピアフの伝記映画が『エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜』のタイトルで公開された[1]。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9B%E3%81%AE%E8%AE%83%E6%AD%8C



http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/468.html

[近代史4] エディット・ピアフ 『愛の讃歌』 中川隆
1. 中川隆[-12978] koaQ7Jey 2020年3月06日 15:36:19 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[556]
2016年 10月 10日
エディット・ピアフの「愛の賛歌」
日本語訳詞では、本当のところが実感できないのです、の巻。(笑)
https://mitchhaga.exblog.jp/26048894/


日本では越路吹雪さんが歌われて有名ですよね。
日本語訳詞は岩谷時子さん、まことに見事な訳であります。


越路吹雪 愛の讃歌 歌詞 - 歌ネット
http://www.uta-net.com/song/42573/


その名訳でなぜ実感できないのか。

まずは、状況を整理してみましょう。


時は1949年10月27-28日です。フランスは、パリ・オルリー空港を飛び立ったニューヨーク行き定期便ロッキード・コンステレーションが、中継地アゾレス諸島サンタマリア空港近くの島に墜落し、乗員・乗客全員が死亡する事故が発生します。

この機の乗客の一人が、当時フランス中を湧かせていたボクシングの世界チャンピオン、マルセル・セルダンでした。彼は妻と3人の子がいましたが、エディット・ピアフと恋仲であり、ニューヨークで二人は会う予定でした。

ピアフはそれでも予定されていたステージに立ちます。彼女の親友である、女優マレーネ・ディートリッヒは「愛の賛歌」を歌うのを思いとどまるように頼みますが、ピアフは敢えて歌うのです。


なお「愛の賛歌」自体はこの事故が起きる少し前に作られており、1949年9月14日にニューヨークのキャバレー・ヴェルサイユでピアフが歌ったのが初演だそうです。(彼女がこの歌を吹き込むのは翌年の5月2日です)


ではなぜ、ディートリッヒはピアフが「愛の賛歌」を歌うのを止めようとしたのでしょうか。それは、『危険な歌詞であったから』です。

ここが日本語訳詞では分からない所ですね。日本語訳詞は熱烈な愛の歌ではあるが、危険な匂いはありません。


まずはオリジナルのフランス語歌詞


『 Hymne à l'amour


Le ciel bleu sur nous peut s’effondrer

Et la terre peut bien s’écrouler,

Peu m’importe si tu m’aimes,

Je me fous du monde entier.


Tant que l’amour inondera mes matins,

Tant que mon corps frémira sous tes mains,

Peu m’importent les problèmes,

Mon amour puisque tu m’aimes.


J’irais jusqu’au bout du monde,

Je me ferais teindre en blonde,

Si tu me le demandais.

J’irais décrocher la lune,

J’irais voler la fortune,

Si tu me le demandais.


Je renierais ma patrie,

Je renierais mes amis,

Si tu me le demandais.

On peut bien rire de moi,

Je ferais n’importe quoi

Si tu me le demandais.


Si un jour la vie t’arrache à moi,

Si tu meurs que tu sois loin de moi,

Peu m'importe si tu m’aimes

Car moi je mourrai aussi.


Nous aurons pour nous l’éternité,

Dans le bleu de toute l’immensité.

Dans le ciel, plus de problèmes.

Mon amour crois-tu qu’on s’aime ?

Dieu réunit ceux qui s’aiment.』


つづいて、みっちのお粗末なる日本語訳詞(汗)


『 愛の賛歌


もしも蒼空が崩れ落ち

そして地が割れようとも

私は気にしない、あなたが愛してくれるなら

私は気にしない


私の朝が愛で溢れるかぎり

私の体があなたの腕の中で震えるかぎり

私は気にしない

あなたが私を愛してくれるなら


私は世界の果てまで行くわ

私はブロンドの髪にしてみせる

あなたが求めるなら

私は月にだって行く

私は大金も盗んでみせる

あなたが求めるなら


私は国を捨て

私は友を捨てる

あなたがそれを望むなら

人にどう笑われようと

私は何でもする

あなたが望むなら


もしもある日、運命があなたと私を引き裂き

もしもあなたが死に、遠い存在となっても

構わないわ、あなたが愛してくれるなら

なぜなら、私も一緒に死ぬから


私たちは永遠に一緒

果てしない蒼空に

天国には憂いはない

あなた、お互いの愛を信じてる?

神よ、愛し合う2人を再び結ばせたまえ』


どうでしょう。やっぱり、ちょっと危険な歌詞ですよね。ディートリッヒがピアフの身を心配して、止めたのも分かります。

さて、この事故機には、もう一人フランスの有名人、音楽家のジネット・ヌヴーが搭乗していました。彼女はまだ30歳、将来を嘱望される、天才ヴァイオリニストでした。

偉大な女性ヴァイオリニストとして認められた、世界初の人であったと思います。


今回の記事冒頭の画像は、あの運命の日、問題のエールフランス機に乗り込む直前の2人の姿。ヌヴーがセルダンに愛器ストラディヴァリウスを見せているところです。


なお、ヌヴーのストラディヴァリウスは1730年製、彼女が1935年のコンクールに出場する際に購入され、その後の成功を共にしたものでした。(彼女はこのコンクールで、あのダヴィッド・オイストラフを抑えて優勝しています)

事故により、このストラディヴァリウスは失われたのですが、どうも丈夫に出来ていたヴァイオリンケースと弓は回収されたようです。肝心のストラディヴァリウスともう一挺の予備のガダニーニは遂に回収されませんでした。ただ、何年か後に、ガダニーニの渦巻き部分がパリで発見されたそうです。誰かが残骸を拾ったのでしょうか。
https://mitchhaga.exblog.jp/26048894/

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[近代史4] メリー・ホプキン 『Those Were The Days』

メリー・ホプキン 『Those Were The Days』


Those Were The Days (悲しき天使) [日本語訳・英詞付き] メリー・ホプキン


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Those Were The Days/Mary Hopkin


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Mary Hopkin Those were the days lyrics


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Mary Hopkin - Those Were The Days 1968 HQ


▲△▽▼


「悲しき天使」(Those Were the Days)は、ロシア語の歌謡曲『Дорогой длинною ダローガイ・ドリーンナィユ』を原曲とする英語の歌曲である。
イギリスのメリー・ホプキン(Mary Hopkin)が歌って大ヒットを収めた。


ロシア語原曲


原曲は、コンスタンツィン・ポドレフスキー(Константин Николаевич Подревский、1889年〜1930年)の詩に、ボリス・フォミーン(Борис Иванович Фомин, 1900年〜1948年)がクレズマーないしはジプシー音楽の様式で曲づけした歌「Дорогой длинною」(「長い道」)である。1910-1920年ごろの作品とされる。


歌詞の内容は、昔の思い出を懐かしみ感傷に浸っている様子を描いたものである。


初期のころの録音としては、タマーラ・ツェレテリ(Тамара Семёновна Церетели)の版(1925年)やアレクサンドル・ヴェルティンスキー(ロシア語版)(Вертинский, Александр Николаевич)の版(1926年)が知られる。


英語版
「悲しき天使」は、しばしば、イギリスで活躍したアメリカ合衆国出身の歌手、ジーン・ラスキンの作詞作曲と紹介されている。
これは「Дорогой длинною」がソビエト連邦からの亡命者によって欧米に広められるうち、いつしか作者不詳の「ロシア民謡」と呼ばれるようになり、その後1962年にラスキンが英語版を編曲し自作として発表したために、ラスキンの作品と呼ばれるようになったためとされる。


1968年にポール・マッカートニーが、当時18歳のフォーク歌手メリー・ホプキンをプロデュースして「悲しき天使」のシングルを発表。国際的にヒットし、その後さらにスペイン語版、ドイツ語版、ヴィッキーによるフランス語版(「Le Temps des fleurs」、ただし、邦題は「悲しき天使」のまま)もリリースされた。


なお、シングル盤の「悲しき天使」は、アップル・レコードから発売された最初のレコードであり、B面にはピート・シーガーのカバー「ターン・ターン・ターン」が収録されている。また、この曲はホプキンのアルバム『ポスト・カード』(1969年)のアメリカ盤LPや再発CDにも収録された。

原題「Those were the days」は、「あの頃はよかった・あの頃がなつかしい」という意味であり、歌詞は、壮年期の人間が青春時代を思い返してロマンティックに美化している場面を描いている。


また邦題の「悲しき天使」については、日本で発売された当時、外国の楽曲に邦題を付ける際の常套手段として、「悲しき…」や「恋の…」といった言葉を冠していたことによるものであり、英語歌詞の内容とは特に関係はない。


2005年にはドリー・パートンがメリー・ホプキンとともにこの曲をカバーし、同名のアルバム『Those Were the Days』に収録した。


チャート推移


「ビルボード」誌では、1968年11月2日に最高位の第2位を獲得。同誌1968年年間ランキングでは第17位。
全英チャートにおいては49⇒7⇒2⇒1と4週間で到達し、それまで2週間No.1だったビートルズの「ヘイ・ジュード」を蹴落として6週間No.1に輝き、1968年間では3位になっている。


1968年09月⇒UK週間TOP10
http://www.japan-post.com/music/y1960/68-wuk.php?pnum=9
1968年10月⇒UK週間TOP10
http://www.japan-post.com/music/y1960/68-wuk.php?pnum=10


日本では発売されて約2ヶ月後にピンキーとキラーズ「恋の季節」を抜いて、オリコン・シングルチャートの1位に輝いている。


https://ja.wikipedia.org/wiki/悲しき天使



http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/469.html

[近代史4] メリー・ホプキン 『Those Were The Days』 中川隆
1. 中川隆[-12977] koaQ7Jey 2020年3月06日 16:12:45 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[557]
Those Were The Days

Gene Raskin / Russian Traditionalsung by Mary Hopkin

☆Those Were The Days_1 : Mary Hopkin版


1) Once upon a time there was a tavern
むかし、居酒屋があったじゃない

Where we used raise a glass or two.
みんなでよく軽く飲みにいったあのお店

Remeber how we laughed away the hours,
思い出すわ、何時間もみんなで笑ってすごしたわね

Think of all the great things we would do
やろうとしてた、いろんなステキなことを夢に見て

Those were the days, my friend,
そういう時代だったのよね、

We thought they'd never end.
それが終わってしまうなんてみんな全然考えたりもしなかった

We'd sing and dance forever and a day;
ずうっといつまでも永遠にみんなで歌って踊っているつもりだった

We'd live the life we choose,
自分たちが選びとった人生を生きていくつもりでいた

We'd fight and never lose,
闘っても負けるなんてありえなかった

For we were young and sure to have our way. : 第一節でのみ歌われる
だって、みんな若かったし、自分たちのやり方を持ってたものね

La-la-la-la-la ..........
ララララ・・・

2) Then the busy years went rushing by us.
それから慌ただしい年月がみんなのもとに押し寄せてきて

We lost our starry notions on the way.
そのうちわたしたちは道々きらめくような思いをなくしていった

If by chance I'd see you in the tavern,
もしも偶然、この酒場であなたに会えたりしたら

We'd smile at one another and we'd say,
ふたりともお互いに笑顔でこんなふうに言うでしょうね

Those were the days, my friend,
あゝ、ああいう時代だったんだな

We thought they'd never end.
終わるなんて思いもしなかったもんな

We'd sing and dance forever and a day;
みんなで歌って踊ってずっといつまでもそのままでいられるつもりでいた

We'd live the life we choose,
自分たちで選んだ人生を生きていくつもりでいた

We'd fight and never lose,
闘いながら負ける気なんかしなかった

Those were the days, oh yes, those were the days.
そうだね、そういう時代だったなぁ 懐かしの日々だなぁ

3) Just tonight I stood before the tavern.
ちょうど今夜あたしはそのお店のまえに立ってたの

Nothing seemd the way it used to be.
昔とはすっかり変わってしまってたわ

In the glass I saw strange reflection.
ウィンドーに映る姿を見てヘンな感じだったわ

Was the lonely woman really me ?
この寂しげな女の姿が本当にこのわたしなのかしらって

Those were the days, my friend,
懐かしいわね、あゝ、あれが終わてしまうなんて

We thought they'd never end.
あたしたち思いもしなかったものね

We'd sing and dance forever and a day;
みんなでいつまでも永遠に歌って踊っているつもりだったものね

We'd live the life we choose,
自分たちが選んだ道を生きて

We'd fight and never lose,
闘って、そして負けるなんてありえなかった

Those were the days, oh yes, those were the days.
そうね、懐かしいわね、そういう時代だったわね

La-la-la-la-la ..........
ララララ・・・

La-la-la-la-la ..........
ララララ・・・

4) Through the door there came a familiar laughter.
ドアの向こうから聞き覚えのある笑い声がして

I saw your face and heard you call my name.
あなたの顔が見えたのよ そして、わたしの名前の呼ぶあなたの声が聞こえたの

Oh, my friend, we're older but no wiser,
あゝ、あなた、あたしたちって齢ばっかりとっちゃって、ちっとも賢くなってないのね

For in our hearts the dreams are still the same.
だって、ふたりとも心の中にある夢はいまもおんなじままなんだもの

Those were the days, my friend,
懐かしい時代よね、ねえ、あなた

We thought they'd never end.
あたしたち、あれが終わるなんて思いもしなかったもの

We'd sing and dance forever and a day;
みんなで歌って踊っていつまでもずっとそのままだと思ってた

We'd live the life we choose,
自分たちが選んだ人生を生きて

We'd fight and never lose,
闘ってそして、負けることなく生きていく、

Those were the days, oh yes, those were the days.
そんな時代だったのよね そうね、そういう時代だったわね

La-la-la-la-la ..........
ララララ・・・

La-la-la-la-la ..........
ララララ・・・

http://d.hatena.ne.jp/komasafarina/20050531

_________________


この歌詞は難解です。 一般に行われている上の様な訳は何処か不自然ですが,

@ “my friend” とは誰なのか?

A “For we were young and sure to have our way.” は何故第1節にだけ現れて、それ以降は消えてしまうのか?

B “We'd sing and dance forever and a day” の forever and a day は何を意味するのか?

がわからないと この歌詞の本当の意味もわからないでしょう。

__________


ロシアで歌われ流行していた歌を、アメリカのミュージシャン Gene Raskinが英語にして歌ったのが Those Were The Days の起源であるらしい。 原曲は、ロシア革命の時代に出来たものらしく、メロディーはそのまま、英語の歌詞はロシア語の原曲とは異なるが、Gene Raskin が60年代初頭に出入りしていた居酒屋での思い出を元に詩を書いたらしい。

そう考えて、Those Were The Days の歌詞に戻ってみると、変動の時代に若者が描いた時代を良く反映した歌詞に見えてくる。 全体を見渡すと、現時点から過去を述懐する形で書かれている。形式的に見てほとんど過去形である。 更に物語のほとんどが ‘d となっているのは、would だろうから、物語の時点から望んだ未来である。

物語の舞台は tavern である。これは飲み食いできる店で、辞書には居酒屋とあるが、古いと言うニュアンスを含んだ言葉らしい。店自体も古いし、また古い時代を懐古した店のようである。この点からも、Gene Raskin が若かった頃を想起していると考えると、物語の全体像がなんとなく定まってくる。 また、tavern は北米で使われる言葉だと明記した辞書もあった。
http://www.tagata.org/essays/Those%20Were%20The%20Days

このタイトル 「Those were the days」は、どのように訳せばよいだろうか。
後半のフレーズは、思い出の酒場の前に立った彼女が、懐かしさと寂しさが入り混じった複雑な思いで店内を見ていると、ふと室内に、孤独にグラスを傾ける自分の幻が見え、その寂しげな姿に驚くというシーンを歌っている。
そして、ここからは、2つの解釈が出来る――

(1)思い出の中で過去を呼び覚まし、昔の恋人(?)の笑い声や自分を呼ぶ声を聞き、語り合う、

(2)その酒場から実際に、昔の恋人(?)が現れて、彼女に呼びかけ、語り合う

だが、どう考えても前者が正解だろう。

この歌のタイトルは、簡単な単語が並んでいるのに、極めて難解な訳の典型といえる。実は、何人かの英米人に聞いてみたところ、その解釈はバラバラで、これという訳はみつからなかった。

私自身は「過ぎ去りし日々」あるいは「懐かしき日々」と訳してみたが、いかがだろうか。
http://www.jmca.biz/tape/sokuyaku/recipe22.htm

詳細は

Those Were The Days _ リリアン・ギッシュが独身を通した理由
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/487.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/469.html#c1

[近代史4] メリー・ホプキン 『Those Were The Days』 中川隆
2. 中川隆[-12976] koaQ7Jey 2020年3月06日 16:16:41 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[558]

「悲しき天使」メリー・ホプキン[歌詞和訳]:Mary Hopkin – Those Were The Days
http://www.magictrain.biz/wp/blog/2011/10/09/%E3%80%8C%E6%82%B2%E3%81%97%E3%81%8D%E5%A4%A9%E4%BD%BF%E3%80%8D%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%97%E3%82%AD%E3%83%B3%E6%AD%8C%E8%A9%9E%E5%92%8C%E8%A8%B3%EF%BC%9Amary-hopkin-thos/

「悲しき天使」、この邦題は、歌の内容とメリー・ホプキンの清純なイメージを併せたもの。また当時の日本で「悲しき○○」というタイトルが興行的にヒットしたことにあやかったものです。「悲しき街角」「悲しき雨音」「悲しきインディアン」…等々たくさんありました。で、この邦題から想像すると失恋の歌を連想しがちですが、歌詞の内容はもうちょっと深い、若かりし頃と過ぎ去った人生を描いています。

意訳を読んでいただくと分りますが、自分が年齢を重ねることなど考えることもない若い頃と時を経て友人と再会する時を対比しています。訳してみると、中島みゆきの「時代」のようになってしまいました。それはともかく、学校を卒業してから何年も経ってからの同窓会に出席するとことになり、店のウィンドウに映った自分の淋しげな容貌にハッとしながら、店に入ると、友達や内心憧れていた人、容貌は変っても気持ちは昔と変らない、夢を持ち続けている人との再会で若い頃の自分を思い出す。そんな場面を思い浮かべると歌の内容と感じが分り易くなると思います。けして人生をあきらめている悲しい歌ではありません。



メリー・ホプキンのデビュー・アルバムは1969年にリリースした「ポスト・カード」(Postcard)です。このアルバムでは当時のメリー・ホプキンが好んだ楽曲が集められています。その全て、トラディショナル・ソングや有名な音楽家の作品のカバーです。オリジナルに近いと言えるのはドノバン作の「Voyage Of The Moon」(ドノバンは1971年にリリース)のみとなっています。このアルバムは当時のポップス主流の音楽界に新鮮な驚きと刺激を持って迎えられ、アップル・レコードの知名度もあって、全英チャートの上位にラックされるヒットとなりました。このクラシカルでありながら、フォークソングとポップスの風合いを併せ持った音楽は、メリー・ホプキンの個性的なセンスとして評価されました。本当はこれがメリー・ホプキンの目指した音楽で、その後のポップス調のアルバムは彼女の意に反したもので、結果的にはその音楽性の相違で彼女はアップルとポール・マッカートニーの元を去ることになりました。

アルバム「Those Were The Days」は、ポール・マッカートニーとメリー・ホプキンの音楽的嗜好が混在した形の楽曲が収録されていました。ファンにとってはどちらもメリー・ホプキンの美しい歌声の魅力を引き立て、また幅広い音楽性を感じさせるものでした。

それでもやはり自分自身の求める音楽のために、アイドルの道を捨てたメリー・ホプキンは芯の強い女性だと思います。それは成功(一般的な)よりも自分らしい生き方を選択したからに他なりません。彼女にとってアイドル・スターとしての成功は音楽的な挫折だったのかもしれません。しかし彼女が多くのファンに残したものはけして価値の無いものではありませんでした。もっと多くの活躍を望んでいたファンにとっては、彼女がアップル・レコードを去ったことは残念なことでしたが、結婚により芸能界を去った彼女の生き方には誰もが支持していたと思います。それはきっとメリー・ホプキンらしい彼女の生き方だったから。

失敗したって、挫折したって、自分で選んだ道なら昔の友人に胸を張って再会できますね?

“I have had a wonderful life. I have never regretted what I did.I regret things I didn’t do.”

とイングリッド・バーグマン(Ingrid Bergman)も言っていました。

【Those Were The Days 歌詞】

Once upon a time, there was a tavern
Where we used to raise a glass or two
Remember how we laughed away the hours,
Think of all the great things we would do

Those were the days, my friend
We thought they’d never end
We’d sing and dance forever and a day
We’d live the life we’d choose
We’d fight and never lose
For we were young and sure to have our way

La La La La La La
La La La La La La
La La La La La La La La La La

Then, the busy years went rushing by us
We lost our starry notions on the way
If, by chance, I’d see you in the tavern,
We’d smile at one another and we’d say

Those were the days, my friend
We thought they’d never end
We’d sing and dance forever and a day
We’d live the life we’d choose
We’d fight and never lose
Those were the days, oh yes, those were the days

La La La La La La
La La La La La La
La La La La La La La La La La

Just tonight, I stood before the tavern
Nothing seemed the way it used to be
In the glass, I saw a strange reflection
Was that lonely woman really me?

Those were the days, my friend
We thought they’d never end
We’d sing and dance forever and a day
We’d live the life we’d choose
We’d fight and never lose
Those were the days, oh yes, those were the days

La La La La La La
La La La La La La
La La La La La La La La La La
La La La La La La
La La La La La La
La La La La La La La La La La

Through the door, there came familiar laughter
I saw your face and heard you call my name
Oh, my friend, we’re older but no wiser
For in our hearts, the dreams are still the same

Those were the days, my friend
We thought they’d never end
We’d sing and dance forever and a day
We’d live the life we’d choose
We’d fight and never lose
Those were the days, oh yes, those were the days

La La La La La La
La La La La La La
La La La La La La La La La La

(意訳)

昔のことだけど、一軒の居酒屋があったの
そこで私たちは一、二杯グラスを乾して
私たちは時の経つことなんか笑い飛ばしてたわ
私たちが成すであろう素晴らしいことを考えて

あれはそんな時代だったわね、そうでしょ(友よ)
私たちは、そんなことに終わりはないだろうと思っていた
私たちは歌い踊るだろう、永遠と一日(ずっと変らずに)
私たちは私たちが選んだ人生を生きるだろう
私たちは戦いそしてけして負けないだろう
私たちは若かったし、私たちのやり方を確かに持っていた

ララララララ
ララララララ
ララララララララララ

それから、忙しい年月が私たちの傍を急いで過ぎ去った
私たちは(星空のような)煌めく考え方をその途中で失くしてしまった
もし、偶然、私があの居酒屋であなたにあったなら、
私たちはお互いに微笑んで、私たちは言うでしょう

あれはそんな時代だったわね、そうでしょ(友よ)
私たちは、彼らが終わることがないだろうと思っていた
私たちは歌い踊るだろう、永遠と一日(ずっと変らずに)
私たちは私たちが選んだ人生を生きるだろう
私たちは戦いそしてけして負けないだろう
あれはそんな時代だった、ああそうさ、あれはそんな時代だったね

ララララララ
ララララララ
ララララララララララ

ちょうど今夜、私はあの居酒屋の前に立って
いつもするように何気なくしていると
ガラスの中に、私が奇妙に映ってるのを見たの
あの淋しそうな女性は私だったの?

あれはそんな時代だったわね、そうでしょ(友よ)
私たちは、彼らが終わることがないだろうと思っていた
私たちは歌い踊るだろう、永遠と一日(ずっと変らずに)
私たちは私たちが選んだ人生を生きるだろう
私たちは戦いそしてけして負けないだろう
あれはそんな時代だった、ああそうさ、あれはそんな時代だったね

ララララララ
ララララララ
ララララララララララ
ララララララ
ララララララ
ララララララララララ

ドアを通ったら、馴染み深い笑い声が聞こえて来たの
あなたの顔を見えたわ、そしてあなたが私の名前を呼ぶのを聞いたわ
ああ私の友よ、私たちは年とったけど、賢くならなかったね
それは私たちの心のため、夢はずっと同じままなんだもの

あれはそんな時代だったわね、そうでしょ(友よ)
私たちは、彼らが終わることがないだろうと思っていた
私たちは歌い踊るだろう、永遠と一日(ずっと変らずに)
私たちは私たちが選んだ人生を生きるだろう
私たちは戦いそしてけして負けないだろう
あれはそんな時代だった、ああそうさ、あれはそんな時代だったね

ララララララ
ララララララ
ララララララララララ

http://www.magictrain.biz/wp/blog/2011/10/09/%E3%80%8C%E6%82%B2%E3%81%97%E3%81%8D%E5%A4%A9%E4%BD%BF%E3%80%8D%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%97%E3%82%AD%E3%83%B3%E6%AD%8C%E8%A9%9E%E5%92%8C%E8%A8%B3%EF%BC%9Amary-hopkin-thos/
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/469.html#c2

[近代史4] メリー・ホプキン 『サン・エティエンヌの草原』

メリー・ホプキン 『サン・エティエンヌの草原』


Fields of St. Etienne - Mary Hopkin




Mary Hopkin - Fields of St. Etienne





▲△▽▼


サン・エティエンヌの草原 2010年02月08日
https://blog.goo.ne.jp/nostalgia2014kk/e/811229823bf796954e565bbf3a11f157


 昨年、メリー・ホプキンのCDを買ったので、このところよく聴いています。
 今を去ること40年くらい昔にビートルズが作ったアップルレコードからデビューした女性歌手で、ロシア歌謡を「悲しき天使」と言う題名で世界的に有名にした歌手です。愛らしい少女だったような印象がありますが、もう還暦のオバ(ア)さんです。


 この曲が目当てでCDをこの買いましたが、最近はまってよく耳にしているのは「The Fields Of St. Etienne」。
 元トワ・エ・モアの白鳥英美子さんが自分のレコードに吹き込んだこともあるうたですが、戦争に行って帰らない幼馴染を思い、あのトウモロコシ畑で共に遊んだ日は帰らないと言う反戦歌です。


 よく聴いてみるとバックで演奏しているのがビートルズらしく、エンディングのコーラスにポール・マッカートニーが入っているような気がします。


 時代が違うとは言え、白鳥英美子バージョンのほうが音質はもちろん、演奏も歌唱力も洗練され完成されていますが、メリー・ホプキン版のビミョーな下手さ加減や垢抜けなさが妙に琴線に触れます。



Through the fields of St Etienne
Amidst the corn I wonder
In my hand an ear of corn
The morning dew has kissed


Here beneath the skies
I lay with my lover
While the summer winds gave it clouds of war


Au revoir my love
Though the reasons pass me
Why we can't remain in the fields of St. Etienne


Weaving proudly, singing loudly
Being young and foolish


He was going never knowing
He would not return
Singing songs of war
Filled with God and country
Marching down the road with the boys that day


Au revoir my love
Though the reasons pass me
Why we can't remain in the fields of St. Etienne



サン・エティエンヌの野原をぬけ
とうもろこし畑を私は彷徨う
とうもろこしを手に持ち
朝露がキスをする


この空の下で
私は恋人と寝そべっていた
夏の風が空に戦争の雲を作るまで


さようなら私の愛
理由はわかってはいるけれど
なぜ私たちはサン・エティエンヌの野原に留まることができないのか


誇らしげに手を振り高らかに歌いながら
若くそして愚かにも
二度と戻れないことを決して知ることもなく
神と祖国愛の戦争の歌を歌いながら彼は行った
あの日、若者たちとあの道を行進して


さようなら私の愛
理由はわかってはいるけれど
なぜ私たちはサン・エティエンヌの野原に留まることができないのか
https://blog.goo.ne.jp/nostalgia2014kk/e/811229823bf796954e565bbf3a11f157


サン・エティエンヌの草原を抜け
とうもろこし畑の間を歩く
朝霧にぬれた穂を手にして
この同じ空の下
恋人の傍らに横たわったあのころ
夏の風は戦争と言う名の雲を集めていた


もう帰らない愛
わかってはいるのだけれど、、
どうして、ふたり、あのままでいられなかったの?
このサン・エティエンヌの草原に


誇らしげに手を振り 大声で歌い
幼く、愚かしく、、
二度と帰れぬとは知らず発って行ったあの人
神の名と愛国に彩られた歌を歌い
あの日、沢山の少年たちと並んで行進していた。。


(フランス語)さようなら 私の愛
解ってはいるのだけれど
どうして、ふたり、戻れないの?
この サン・エティエンヌの草原に


さようなら 愛しい人
解ってはいるのだけれど
どうして、ふたり戻れないの?
この サン・エティエンヌの草原に・・
https://ameblo.jp/tadashi999/entry-12140187784.html



http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/470.html

[近代史3] 貧困ビジネスは儲かる 中川隆
4. 中川隆[-12975] koaQ7Jey 2020年3月06日 17:22:20 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[559]
2020年03月06日
生活保護費を騙し取る「囲い屋」の手口


ホームレスに住居を紹介して生活保護手続きを代行するまでは合法だが

日本のホームレスは10年ほどの間に4分の1に減少したが、これには「囲い屋」という商売が関わっていました。

合法的な詐欺師というか、生活保護を受給させてはその金を巻き上げるという商売です。


囲い屋とは何か

「囲い屋」といっても大半の人には無縁だが、電柱や信号柱で「生保請け負います」などの張り紙を見た事があるでしょう。

困った人が生活保護を受給できるよう世話をする人たちで、NGOの承認を得ている場合もある。

生活困窮者の救いの神みたいな存在だが、ボランティアでやっているのではなく、後で受給者を食い物にする場合がある。


そうした囲い屋の一人で、相模原市の不動産会社社長の男が2016年に神奈川県警に逮捕されました。

男は所有する物件に多くの生活保護受給者を住まわせては、支給される保護費を騙し取っていました。

そのうちの59歳男性は公園でホームレスをしていて声を掛けられ、「すぐ入居可、生保申請します」というチラシを渡された。


「住む家を紹介し生活保護を受給させる」と言われついていくと、その日のうちに役所で手続きをして入居しました。

男は慣れた感じで職員との交渉を済ませ、生活保護を受給する事が出来た。

通常役所は生活保護の申請を嫌がり、落ち度を見つけては申請を拒否しようとします。


「65歳以下は申請資格が無いんですよ」「働ける方は働いてください」などと何とかして追い返そうとします。

こういう時にちょっとしたコツや記入の仕方、言い方を知っていると、容易く受給できると言われています。

それを知っているのがプロの「囲い屋」で、何十人、何百人と申請しては受給させているのでした。

プロの手口

入居者によると入居時には多くの書類にサインさせられ、確認出来ないように非常に早く、名前を書くように急がされます。

サインした書類の中には金銭管理契約書があり、生活保護費の管理を任せる事に同意させられていました。

男性が受け取った生活保護費は7万6千円で、家賃と光熱費を引いても4万円は残る筈でした


だが男は全額を没収し、週に5000円を生活費として渡していました。

一日700円なので一食約200円ほどで、スーパーの特売品を纏め買いして少しずつ食べていました。

だが入居者の証言を聞く限り、この神奈川の不動産屋は「囲い屋」の中ではかなり良心的な方です。


今までに逮捕された例では、6畳の部屋に6人以上を住まわせ、一人に月1万円しか渡していなかった例があります。

また全額を没収して、食事は「寮」と称する施設で出すが、カップ麺を一日3回出していた例もあった。

そもそも生活保護費を他の人間が受け取るのは違法なのだが、役所で受け取るときは本人を行かせ、出口で金を取り上げます。


その時は受給者が金を持ち逃げ(本人の金だが)したり、役場に密告しないように「バックには組織が付いている」などと脅します。

囲いのスカウトも行っていて、神奈川の不動産屋のように、公園に座っている高齢者に声を掛ける。

若いホームレスは「まだ働ける」と役所で追い返されるので、足元がふらついている老人が好まれる。

持ちつ持たれつの関係

住居は可能な限り低コストに押さえるため、平均して一畳に一人を「収容」し、一軒家なら数十人住まわせます。

支給された金は役所の出口で没収し、1万か2万を渡したり、全額取り上げて最低限の食べ物を渡したりする。

支給される人は元ホームレスだが、生活保護の制度を知らないし、知らないからホームレスをやっています。


これほどピンハネされても入居者の中には感謝している人も居て、ホームレスより楽だと思っていたりする。

本来は月4万円ほど食費などに使えるはずなのに、1万か2万で満足し、足りなければまたゴミ箱などを漁るのだった。

要するに自分で生活保護の申請をするような知恵がないのだが、そこに付け入るのが「囲い屋」でした。


入居者が被害者なのだが、相手に被害者である事を悟らせないのが、上手い詐欺師なのだという。

http://www.thutmosev.com/archives/61006140.html
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/662.html#c4

[リバイバル3] 高層マンションには住んではいけない 中川隆
58. 中川隆[-12974] koaQ7Jey 2020年3月06日 18:15:05 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[560]

エリート共働き夫婦の末路「タワマンを買った人は五輪後、本当の地獄を見る」
牧野 知弘 2020/03/06


「タワマンだから価値が高い」は本当か?

日本人の生活にマンションという居住形態が誕生しておよそ60年になる。現在ではマンションストックは全国で約650万戸にも及び、いまや日本人にとってごくありふれた住宅になったともいえよう。中でも最近脚光を浴びているのがタワーマンションと呼ばれる超高層のマンションだ。

首都圏(1都3県)でタワーマンションはどのくらいできているのだろうか。タワーマンションという定義はないが、不動産経済研究所では20階建て以上のマンションを超高層マンションとして、分譲用に供給された戸数について集計・発表をしている。

それによれば、2004年以降18年までの15年間に首都圏で供給された超高層マンションは累計で599棟、18万5803戸に及ぶ。同期間に首都圏で供給されたマンション戸数(80万1686戸)の、なんと4戸に1戸が、いわゆるタワマンなのだ。

タワマンはこれまでは「庶民の憧れ」とされ、デベロッパーの販売担当者も「タワマンは資産価値が高い」と公言してきた歴史がある。だが、この15年間で4戸に1戸供給されてきた首都圏のタワマンが「タワマンだから価値が高い」というのは本当だろうか。

タワマンで目立ち始めたのが雨漏りの問題

19年10月に首都圏を襲った台風19号は川崎市の武蔵小杉駅周辺にあるタワーマンションが水害に脆弱であることを露見させた。水害に限らず、実は築15年から20年を迎えるタワマンで目立ち始めたのが雨漏りの問題である。首都圏におけるタワマンの多くが、湾岸エリアに立地している。工場や倉庫の跡地といった広い敷地を活用したものが多いからだ。海沿いは潮風が強い。そして高層であるために強風を受け、常に微小な揺れが生じている。また日本は地震の多い国なので、建物はしばしば強い揺れにも襲われている。

この「潮と風と揺れ」は意外に曲者だ。コンクリートの継ぎ目や窓枠の目地には元来コーキング剤などが充填されているが、経年とともに劣化する。タワマンのとりわけ湾岸エリアはその度合いが通常のマンションなどとは比べものにならないほど激しいのだ。強風によって吹きつけられる潮はコーキング剤の劣化を早め、小さな揺れの連続は亀裂を促進させるからだ。タワマンは、高層であるために修繕にあたって足場を組むことすらできない。したがって雨漏りが起きても、必要な修繕を施せずに放置状態が続くことになる。タワマンで窓枠等から浸水する被害に悩まされている住戸が多いのはこうした要因によるものといわれている。

00年以降に建設されたマンションの多くが、東京五輪以降は築20年を超えて大規模修繕の時期を迎える。外壁の修繕には足場が組めないために、屋上からゴンドラをつりさげての工事になるが、湾岸部で高層建物ともなれば、上空は常に風が強く、作業日は限られ工期は通常マンションの数倍かかるといわれる。

また、多くのタワマンでは大地震等での停電に備え、非常用発電装置が備えられている。いざというとき安心の設備であるがこれも経年劣化が激しい。築15年から20年程度で交換するにあたっては、一基数千万円程度の負担となる。しかもメンテナンスをしっかりと施さないと、その「いざ」というときに役に立たない。あるビル会社が東日本大震災のあと、運営管理しているビルの非常用発電装置を実際に動かしてみたところ、多くの設備が規定通りの時間作動しなかったという。それだけメンテナンスが難しい設備であるということだ。

タワマンに装備されているエレベーターは、超高速のもので、高性能であるぶん、更新工事をする場合、大変な金額となる。今後、これらの問題をすべて負っていくのは、分譲したデベロッパーではなく、一人ひとりの所有者だ。こうしたメンテナンスコストについてデベロッパーが販売時に丁寧に説明する姿をあまり見ることはない。残念ながらタワマン購入者の多くが自分の生涯にわたっての住処を手に入れたと考えたのかもしれないが、このタワマンという住処は高級外車を買ってしまったも同然で、その高額なメンテナンス費用を永遠に負担していくことを覚悟せねばならないのだ。

それでも高級外車と同様に、将来的に高値で売れればタワマンは資産価値が高いといえるかもしれない。だが、人が考えることはみな同じだ。投資の世界でもよく見られる現象だが、価値が上がり始めれば投資家の多くがどこかで利益を出そうと売りに走る。また価値が下がり始めれば、狼狽して売りに出す投資家が増えて価値の下落に拍車をかける。

投資家の購入、所有が多いタワマンはこうしたマーケットリスクには敏感だ。そしてタワマンは普通のマンションと異なり、一棟の戸数が数百戸から1000戸を超えるものもある。つまり希少性は低いのだ。投資家たちが同じ行動をするということは、同じタワマンで一気に売り物件が増えることを意味する。一時にたくさんの売り物件が供給されれば、価格暴落時期などはとりわけ売りづらくなってしまうのは自明のことなのである。

団地とタワマンが重なって見える

タワマンを買った多くの投資家は当初、東京五輪による価格上昇を狙ったとされるが、賢い投資家はすでに売却し、大きな利益を得ている。五輪終了後に景気が悪くなり、あわてて売ろうにも思惑通りにいくとは限らない。

本来不動産が価値を有するのは土地であって豪華な建物ではない。東京のブランド住宅地の多くが実は河川流域や海岸沿いを避けて高台に発達していることは、まさに「台風や地震との闘い」を避けようとする人々の知恵だったのである。そうした意味で麻布や広尾、青山、六本木といったブランドエリアの不動産価値は今後とも保たれていくだろうが、本来高い価値のなかった土地に林立したタワマンの価値が上昇していくとは、少子高齢化が深刻になっていく日本においてはおよそ考えにくい。

むしろ、これらのマンションを買った区分所有者や住民はやがて年をとる。そして建物も老朽化していく。やがてコモディティ(汎用品)と化したタワマンにも空き住戸が目立つようになると、資産価値を保ち続けていくことはますます難しくなっていくだろう。

それではタワマンは将来どんな資産となっているだろうか。日本は高度成長期から平成初期にかけて住宅はどんどん郊外へと拡散した。大量に首都圏に流入する地方からの人々の受け皿として建設されてきたのが団地だった。首都圏の多摩、愛知県の高蔵寺、大阪府の千里などがその役割を果たしてきた代表的なニュータウンだ。当時の企業エリートたちにとって、公団(現在のUR都市機構)などが開発した団地は「憧れの街」だったのである。

今のエリートたちは夫婦共働きが基本

現代のニュータウンこそがタワマンだ。今のエリートたちは夫婦共働きが基本。夫婦ともに大企業に勤めるため郊外に住むことは難しく、通勤に便利な都心のタワマンを買い求める。子どもは保育所に預け、仕事が早く終わったほうが迎えに行く。こんなライフスタイルに応えるのがタワマンだ。

都心はマンション価格が高くなってしまうが、以前と決定的に異なるのは夫婦共働きであるがゆえに世帯年収が高いことだ。パワーカップルといわれる所以である。

だが、こうして無理を重ねて手にしたタワマンは実は災害に弱く、建物維持コストに膨大な負担を強いられ、いざ売却しようにも同様な住戸が多いだけに価値を保ちづらく、資産性が高くないということが露呈するとどうなるのだろうか。

昔のエリートがこぞって住んだニュータウン内の団地が築40年以上の歳月を経て誰からも見向きもされない存在になったのと同じような結末が見えてくるのではないだろうか。夫婦で膨大な借金をしてやっとの思いで手に入れたタワマンが将来、団地化するリスクに実は多くの人たちは気付いていない。

不動産の価値のほとんどは土地にある。タワマンは希少性があったころはともかく、これだけコモディティ化すると、かつての郊外の団地と同じく、やがて価値のない代物になっていく可能性が高いのだ。

かつて表参道にあった同潤会アパートと呼ばれた建物は、それそのものに価値があったわけではなく、表参道にあったからこそ現代になっても価値が保たれていた。ゆえに、ビンテージと呼ばれ、建て替えの際にも高額の評価をされたのである。この法則は将来、タワマンにも間違いなくあてはまることであろう。

https://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/エリート共働き夫婦の末路%ef%bd%a2タワマンを買った人は五輪後%ef%bd%a4本当の地獄を見る%ef%bd%a3/ar-BB10OHaf?ocid=ientp
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/654.html#c58

[] 在日朝鮮人タレント
112. 中川隆[-12973] koaQ7Jey 2020年3月06日 18:36:25 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[561]


2020年03月06日
幽霊の身分証明書 / 安易な国籍付与を許すな !
黒木 頼景
http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68804020.html


祖国を捨てようとする移民
Chinese in Wuhan 32China virus 5

(左 : ウイルスを警戒する支那人 / 右 : 「収容所」で看病される支那人患者)

  ここ最近は、連日連夜、マスコミによる武漢肺炎の話題と政府の失策で、非常に気分が暗くなる。ウイルスに感染した高齢者が亡くなっているのは気の毒だが、今のところ、青年と子供の死亡は報告されていないので、「あと、どれくらい辛抱したら、終息宣言が発表されるのかなぁ〜」と期待しているのが一般人の考えだろう。特に、飲食店や娯楽施設の経営者は、声にならない閑古鳥の嘆きで頭がいっぱいだ。今年のバレンタインデーや雛祭りは知らないうちに終わったから、飲み屋の姉ちゃんらはヤケ酒を飲んでも酔いが覚めちゃう。来月に予定されている桜の見物だってどうなるか判らない。

  日本を呪うテレビ局は「ウイルスに汚染された日本 !」と題してウキウキしているが、巷の歓楽街はゴーストタウンみたいで大打撃。ロック・コンサートは中止になるし、プロ野球は観客抜きで試合続行だ。(柴田直人のAnthemは、三月下旬に表参道でライブがあるんだけど、熱心なファンとしては、とても心配だ。) 林家こぶ平の独演会なら消滅になってもいいけど、「仮面ライダー・スーパーライブ2020」が中止になるとチビっ子たちがガッカリするので可哀想になる。北海道の感染者数なんか、たいしたことがないのに、安倍政権は全国の小中学校を休校にした。一斉休校なんか、どうせ役人の入れ知恵だろうけど、給食に牛乳を納入する酪農家は大迷惑だ。

  (註 : こぶ平は母ちゃんの威光で「正蔵」を襲名したけど、筆者は認めないから未だに「こぶ平」と呼んでいる。よくまぁ恥ずかしくもなく、あんな素人落語で九代目になれたものだ。海老名の母ちゃんが発した「鶴の一声」と親爺の七光りで昇格したなら、「林家鶴光」とでも名乗ればいいのに。でも、笑福亭のパクリになっちゃうかなぁ。)

  今回の武漢肺炎騒ぎで再認識したのは、支那と朝鮮は“やはり”嫌な国ということだ。南鮮ではウイルスの感染者数が六千人を突破したそうで、政府は感染拡大の防止に努め、街中の道路まで消毒しているそうだ。でも、「如何にも朝鮮らしい」と思ってしまうのは、「新天地イエス教会」という新興宗教団体が、大量感染の原因になっていたことだ。同教会の信者たちが濃厚接触して感染してしまったというが、ここの代表者を目にすると、「あぁ、また、こんな奴が騒ぎを起こしたのか !」と笑いたくなる。教団の信者や一般国民から糾弾された教祖の李萬熙(り・まに)は、記者会見の場で土下座して謝ったけど、ソウル市からは感染拡大の罪と殺人の容疑で告発されたらしい。ホント、朝鮮人は激昂すると理性を失い、何かに責任をなすりつけようとする。精神安定剤としての「リンチ劇」がよほど好きなんだろう。日本人からすると、コロナウイルスよりも、劣等民族の朝鮮人が押し寄せる方がよっぽど怖い。朝鮮人の遺伝子が日本人に浸透する方が遙かに深刻である。武漢肺炎は新薬で対処できるけど、朝鮮人には「附ける薬」が永遠に見つからないから、水際作戦で追い払うか、国内に住み着いた鮮人を駆除するしかない。

Lee 2Korean Christians 6


(左 : 李萬熙 / 右 : 熱心な朝鮮人のキリスト教徒)

  ちなみに、「新天地イエス教会」の教義によれば、最期の審判を迎えたとき、教祖が14万4千人を天国に導けるそうだが、その前に牢獄で頓死になる確率の方が高い。異教徒の日本人は死ねば天国に行くと思っているが、キリスト教徒の死者はイエズス・キリストが再臨した時に、「天国行き」か「地獄行き」を判断される。ヤハウエという神様の御前には、主を畏れる者をリストアップした「記録の書」があるというから、普段から敬虔じゃないと名簿に記載されないかも知れないぞ。日本の大学教授は旧約聖書の「マラキ書」なんか読まないで、適当なキリスト教解説で丸め込もうとするから、一般の大学生は気をつけた方がいい。それにしても、キリスト教で不思議なのは、天国の具体的な記述が無いことだ。地獄だと「炉」のような火炎地獄と説明されているが、天国ではどんな楽園があり、何をするのか全く判らない。「義の太陽」が昇ると記されているが、肉体が復活した信者は日光浴でもするのかなぁ〜。

  とにかく、朝鮮人のキリスト教徒なんて“いかがわしい”連中で、歐米人のキリスト教徒を目に浮かべて比較したら大間違い。躊躇せず「別物」と考えるべきだ。筆者もニューヨーク州やニュージャージー州で朝鮮人が集う「キリスト教会」を観察した事があるけど、あれは「民族親睦会」で、信徒は朝鮮系アメリカ人と在米鮮人、および鮮人留学生がほとんど。西歐白人なんてまず居ない、と言っていい。朝鮮人というのは、たとえカトリック信徒でも精神異常者だから、日本人は心の壁を作るべきだ。アメリカ人のキリスト教徒は同じ信仰を持つ者と考えているが、実質的には聖書を手にしたカルト集団にすぎない。朝鮮人の教祖なんか、「奇蹟」を用いる詐欺師に近く、もしそうじゃなかったら、信者の娘を狙うスケベ牧師といったところだ。

Korean Christians 8Korean Christians 5

( 左 : 朝鮮人のカトリック信徒 / 右 :  プロテスタント教会系の朝鮮人信者)

  聖書には様々な物語があって、その中にはイエズスがある盲人を癒やすエピソードがある。ナザレのイエスズが用いた治療法は一種独特で、地面に唾を吐きかけ、その唾で土を捏ね、盲人の目に塗るというものだ。そして、盲人は命令に従い池に行って目を洗う。すると、あら不思議 ! 目が見えるようになってしまうのだ。(「ヨハネによる福音書」9章6節) 救世主の唾なら効能がありそうだけど、朝鮮人の唾だと黴菌だらけで眼球が化膿しそうである。しかも、ニンニク臭いから卒倒しそうだ。たぶん、朝鮮人牧師だと、「ルカによる福音書」の第21章1節を引用して、信者からの献金を巻き上げようとするだろう。朝鮮の教祖は口八丁手八丁で、脅迫も得意ときているから、「天国行きにはプレミアム・チケットがあるんだけど、一枚どう?」と囁くかも知れないぞ。孫正義みたいな牧師もいるから、「家族割り」まであったりしてね。

  それでも、支那大陸と比べたら、朝鮮半島の感染状況の方が遙かにマシだ。日本のテレビ局は現地の真相を伝えないから、一般国民は徐々に感染が減少しているような“印象”を持っている。が、本場の武漢では壮絶な光景となっていた。感染者を収容した「即席病院(絶滅収容所)」だと、苦しむ患者は“もがきながら”死を待つだけ。もっと酷いのは、まだ患者が生きているのに、「ほぼ死人」との判定を受けて死体袋に詰められるケース。厄介払いなのか、特別待遇で「火葬場行き」となるらしい。さらに、焼却炉が足りなくなった武漢には、北京政府から焼却炉を積んだ自動車が投入されていた。この移動式焼却炉は高性能らしく、瞬く間に死体を焼却できる。ジャパネット高田で販売されそうだけど、人道主義の日本じゃ無理。とにかく、この焼却炉は1日5トン程度の死体を灰にしたというから凄い。さすが、支那人 ! 彼らはこうした仕事になれば優れた能力を発揮する。支那人は社会福祉や隣人愛になると怠けるが、大量殺戮とか証拠隠滅になると妙に俊敏だ。なんか、チャーハンを作る時の支那人みたい。物凄い「火力」を巧みに操るところが共通点。中川家の礼二に演じてもらいたい。

  支那と朝鮮は昔から悲惨な国であったが、現代は事情が違い、外国に逃れることが可能となっている。支那大陸では数年おきに飢饉とか戦争、略奪、疫病、災害が起きて、大量の住民が生命、家族、金銭、住居、財産を失い、流浪の民となって落ちぶれる。生き延びることが出来れば、それだけでラッキー。だから、いつも飯を食うことだけ考えている。「飯、食ったか?」という掛け声が挨拶なんだから、どんな世界なのか想像がつく。一方、朝鮮人は乞食生活が当たり前なので、どんな悲劇が起こっても、常に泣き寝入りしかない。太陽や電灯があっても心は真っ暗で、下層階級の“惨めさ”は永遠だ。日本の浮浪者とは違い、生きている喜びが無い。唯一の幸福は日本統治時代。「医学」や「衛生」という概念すら無かった朝鮮に、清潔な街並みとか安全な生活、明日への希望が芽生えた。これだから、「何としても日本人になりたい !」と思った朝鮮人がいても不思議じゃない。

Koreans 776Koreans 6Koreans 921


(写真 / 昔ながらの伝統的な朝鮮人)

  現在の朝鮮人は日本人が朝鮮人を炭鉱でこき使ったと非難するが、当時の朝鮮人にしたら、日本に移住し、賃金を貰えだけでも大満足。朝鮮には痩せた土地と絶望の毎日しかないんだから、鮮人の仲介業者が「日本での就職があるぞ!」と触れ回れば、即座に多くの村人が集まってしまうのだ。でも、家に閉じ込められている女性にはチャンスが無い。亭主が生きていれば一生「下女」扱いだし、未亡人になればスケベ僧侶の餌食だ。仮に百万分の一でも、朝鮮人女性が自由に東京とか神戸に渡航できたら、同胞が羨む憧れの的になっていただろう。日本の歴史教科書は極左分子が書いているので、その内容は過去をねじ曲げた隠蔽となっている。朝鮮の真実なんて微塵も無い。朝鮮統治は日本人による搾取とか弾圧の歴史というのが定説となっている。これだから、日本の子供は歴史の授業を受けても記憶喪失のままなのだ。

「存在しない人」の通帳をもらった朝鮮人

  朝鮮人や支那人は、祖国で日本人を非難するが、故郷で困った事が起きると、即座に我が国へ逃れようとする。彼らは普段、日本人を罵るが、本当は憧れているので、我々が「来るな !」と警告しても構わずやって来る。それなのに、一旦住み着くと梃子でも動かず、逆に「日本人は差別主義者だ !」と喚き散らす。我々を糾弾することで永住権を得ようとするのが目的だ。こんな調子なので、政治に関心の無い一般人でも、「そんなに嫌なら、さっさと祖国へ帰ればいいのに・・・」とボヤいてしまう。

Matsuzaka 2(左 / 松坂慶子 )
  日本人の親から生まれた日系人には、在日朝鮮人や帰化鮮人の複雑な感情は判らない。たとえ、解ったとしても、実感が伴わないから、所詮「他人事」に思えてしまうのだ。ある興味深いエピソードを紹介する書物として思い出されるのは、松坂英明が出版した『娘・松坂慶子への「遺言」』という回顧録だ。松坂慶子といえば、TBSドラマでバニーガールに扮し、主題歌である『愛の水中花』を唄った女優として記憶されている。もう、40年近く経ってしまったが、昭和54年(1979年)頃の彼女は本当に美しかった。当時、お茶の間で歌謡番組を観ていた中高年男性は、黒いドレスのスリットからチラっと見える美脚に“うっとり”していたが、隣で観ている女房の視線が怖くて「無関心」のフリをするのが大変だった。今だと予約録画して後でコッソリ観ればいいけど、1980年代の初期だと、まだビデオ録画機が普及してなかったから、定刻の時間にテレビの前に坐るしかなかった。つくづく思うけど、美人女優は様々な点で有利。多少歌が下手でも、その美貌で観客を魅了できるんだから。もし、久本雅美や泉ピン子が同じことをしたら缶ビールが飛んでくるぞ。

  それはともかく、松坂慶子には触れられたくない過去があり、それは父親が朝鮮人という出自である。父親の松坂英明は妻となる日本人の「つね子」と姫路で夫婦になったらしい。娘が生まれる前、二人は姫路から東京へ移住しようとするが、引っ越し先での命綱となる「米穀配給通帳」が無い。(戦中に食糧管理法が制定され、この手帳で米の配給を受けることが出来た。また、戦後しばらくの間、この通帳が身分証明書にもなっていたという。) そこで、悩んだ夫婦は飯場(はんば)の親方に頼った。当時、建設作業の親方は色々な土方(どかた)を雇っていたから、彼らが残していった米穀通帳を持っていた。何しろ、土方というのは昔も今も下層階級が大半で、中には何時の間にか失踪する者や、ひっそりと亡くなる者が結構多い。こうした筋肉労働者を束ねる親方は、彼らが返納しなかった米穀手帳を保存し、自分の取り分を増やしたり、別人に“融通”することもしばしば。飯場から居なくなった者は「幽霊」と呼ばれたそうだが、松坂夫婦は三途の川を渡ることなく、「幽霊」の米穀手帳を“入手”することが出来た。(松坂英明・つね子 『娘・松坂慶子への「遺言」』 光文社、1993年、p.13)

  ところが、困ったことに、“譲与”された通帳は「幽霊」となった朝鮮人の遺品であった。記載された名前が「金」となっていたので、英明の女房は日本人だけど、朝鮮人になりすまし、本名が「金」で、日本での通名が「清水」であった。「清水つね子」と名乗った女性は、朝鮮移住者を装った日本人。つまり、日本人が朝鮮人にすり替わり、日本人を騙る在日鮮人の偽名を用いて暮らしていた、ということだ。実に“ややこしい”けど、戸籍が無かった「つね子」にはそうするしかなかった。彼女は幼い頃に売り飛ばされたというから、ちゃんとした戸籍に入っていなかったのだろう。米穀通帳と移転証明書を手にした二人は、神奈川の藤沢に移住し、役場で手続きを済ませると、新たな米穀通帳を手にした。その時に用いた名前が「清水」だったので、「清水英明」と「清水つね子」の誕生となった訳だ。(何か名作映画の『ジャッカルの日』で暗殺者が使う手口みたいだが、在日朝鮮人は様々な方法を用いて「日本人」になりすましていた。)

  英明は無学な女房がちゃんと名前を書けるよう、漢字を避け、「つね」と平仮名にしてやり、日本人らしく「子」を附け加えてやったという。(上掲書 p.14) ちなみに、英明の本姓は「韓」で、姫路で暮らす前は「岡田茂」と名乗っていたらしい。そして、「清水」から「松坂」に替えた訳だから、どれだけ名前の「洗浄(laundering)」をしていたことか。彼は昭和13年、15歳の時に来日したというから、「強制連行」された朝鮮人じゃないぞ。“自発的入国者”と呼ぶべきだ。英明は「つね子」を憐れみ、自分達の過去を振り返りながら、次のように述べていた。

  この世に存在しないものとして、日本人の一員だという証しの戸籍すら与えられなかった、つね子。「お前は日本人じゃない。朝鮮人だろう」の声に怯えつづけた、わたし。わたしたちは、社会の底辺で巡り会い、肩を寄せ合うようにして今日までの長い日々を生きてきました。(上掲書 p.15)

  松坂夫婦の人生を眺めていると、得体の知れない哀しさが漂ってくる。もし、つね子が良家の娘であったら、絶対に朝鮮人とは結婚しないだろう。バブル期の昭和でさえ、朝鮮人との婚約となったら大問題だ。両親兄弟はおろか、親戚一同が大反対となる。朝鮮人男性と結婚した日本人女性なんか不幸の代名詞だ。晴れの披露宴には両親すら出席せず、ガラ空きのテーブルに新婦がポツンと坐るだけ。普通の日本人が、チマ・チョゴリ姿のババアを目にすれば、「何じゃ、こりゃぁぁ !」と悲鳴を上げるぞ。でも、可愛い娘を勘当した両親だって辛いものである。せっかく大切に育てたのに、朝鮮人に嫁ぐなんて、「何かの天罰なのか!?」、と嘆きたくなるじゃないか。姉や妹が鮮人と結婚した兄弟も、込み上げてくる怒りが治まらない。「あんな奴と義理の兄弟になるなんて、真っ平御免だ !」とスネてしまう。ということで、朝鮮人と結婚する日本人には下層階級の者が多かった。なぜなら、彼らは家系や血統を重要視しない、あるいは「どうでもいい」と考える家庭の子供であったからだ。1970年代に刊行された朝鮮人向け雑誌に目を通すと、結婚を許されなかった在日鮮人の惨めさがよく分かる。現在は、日本人の野犬化が進んでいるので、朝鮮人との婚約は問題にならない。一般国民は気づいていないけど、左翼知識人はジャン・ジャック・ルソーの人間観を尊び、キツネ程度の日本人を理想としているのだ。貴族のマナーを憎んだルソーは、自由奔放な野生児を讃美して、文明人を野蛮人に変えようと必死だった。情けないけど、大卒の日本人は知らないうちに洗脳され、野良犬程度のセックスで大満足。彼らと比べたら、血統書附のジャーマン・シェパードやラブラドールの方が由緒正しい。

  松坂夫婦の過去を知ると、英明の生活が何となく憐れに思えてくる。名前を何度も変えて素性を隠しても、「いつバレるか分からない」といった不安の中で過ごす毎日。もし、ひょんなことで血筋が暴露されれば、周囲の日本人から「あっ ! 朝鮮人だったのか !!」と驚異の目で見られてしまうから、逃亡者のような生活だ。血統を隠して生きる朝鮮人にとって、戸籍というのは憎しみの対象でしかない。在日鮮人や帰化鮮人が橋下徹や福島瑞穂を支援するのは、血筋を明らかにする戸籍制度を日本人が温存しているからだ。第三国人が大手を振るう闇市時代なら、いくらでも「背乗り」ができたけど、世の中の秩序が恢復(かいふく)されると、不正手段は難しくなる。でも、在日鮮人の家長は、日本で生まれた子供達に恥をかかさぬよう、朝鮮人の出自を消去しようと謀る。彼らにとって、法務省の役所に赴き、頭を下げて「日本国籍」を懇願するのは屈辱的だが、女房子供のためならしょうがない。

  今なら侮辱的な話となってしまうが、昭和の頃だと、息子や娘の就職が気になるから、早いとこ「日本人」になっておこうと考える親が多かった。朝鮮人は口にしないけど、ちょっと賢い者は朝鮮学校なんて馬鹿らしいと思っていた。だいたい、民族学校に子供を通わせ、金日成の崇拝者にしたら幸せになるのか? 「卒業」したって何の資格も得られないし、就職先はせいぜいパチンコ屋か朝鮮料理屋だ。運が良ければ、素性を隠して歌手や俳優になれるけど、失敗すれば人生は台無しで、刑務所で同窓会というオチになる。一攫千金を狙うとすれば、スポーツ選手になるか、高利貸し、または藝能事務所の社長か風俗業者になるしかなく、あとはヤクザの親分か政治家くらいだ。

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( 左 : 餅つきをしている朝鮮人 / 右 : 調整陣の家族 )

  今や、日本には帰化鮮人や日鮮混血児、およびその子孫で溢れかえっている。もし、普通の日本人が官報の束を手にして、「金」とか「朴」「趙」といった帰化鮮人の名前を見れば、「えぇぇっっっ!!! こんなに朝鮮人が日本人に化けているのぉぉ〜」と驚くだろう。そして、「誰が帰化鮮人で、誰が日鮮混血児なんだ?」と疑心暗鬼になってしまうんじゃないか。支那人だって相当潜り込んでいる。朝日新聞を始めとする左翼メディアは、ウイルス汚染の大陸から“戻ってきた”在日支那人を“当たり前”のように報道していたが、本来なら、安倍政権は日本への“再入国”を許さず、直行便で“帰国”するよう命じるべきだった。アジア人に国籍を付与するという事は、日本の命運を左右することに繋がるから、徹底した審査が必要となる。ところが、日本人はレンタル・カードのように与えているから頭が痛い。

  理想を言えば、各申請者の身元を調査し、その思想や行動を吟味した上で、記名投票による国民審査にかけるべきだ。言うまでもなく、厳しい尋問を厭がる申請者には絶対に与えてはならない。支那人や朝鮮人の帰化条件に、町内会単位の連帯責任を附随させれば、安易な国籍付与は少なくなるはずだ。また、朝鮮人や支那人、他のアジア人に帰化申請が下りた場合、誰が許可を与えたのか、その氏名と顔写真を公表すべきである。一般の審査員といえども、その祖先と職業、家族を公表すべきで、公開義務を制度化すれば、多少なりとも、いかがわしい許可を防ぐ事ができるはずだ。それに、こういう作業には、プロの市民活動家が混ざってくるので、危険防止のため、審査を行う日本人には異端審問官のような愛国者を取り揃えなければならない。そもそも、参政権とか年金が欲しい朝鮮人は、つべこべ言わず、愛しい南鮮に戻るべきだ。文句は現地の政府と同胞に要求しろ。納税を滞在の言い訳にする鮮人は、嫌いな日本に税金を納めず、貧民がいっぱい居る祖国に納めればいいじゃないか。「子供が日本語しか喋れない」という朝鮮人は、ちゃんと子供に朝鮮語を習得させ、成人する前に朝鮮へ連れて行き、祖国の復興に貢献させるべきだ。南鮮には徴兵制度もあるじゃないか。南鮮人なら筆者の意見に賛成するぞ。反対するのは、朝鮮人を擁護しながら、心の底で馬鹿にする左翼分子の方だ。

http://kurokiyorikage.doorblog.jp/archives/68804020.html
http://www.asyura2.com/2002/dispute2/msg/515.html#c112

[不安と不健康16] “早死にする人”ランキング 短命にある共通点とは…(ZAK×SPA!)  赤かぶ
164. 中川隆[-12972] koaQ7Jey 2020年3月06日 19:09:39 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[562]

脳の老化を防ぐなら 食事は低炭水化物
テック&サイエンス 2020年03月06日


40代後半から起きる加齢による脳の働きの低下。これを防ぐ方法がある。ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校は、脳の老化は炭水化物の摂取量を減らすことで回避できるといういう研究結果を明らかにした。医療系ニュースサービス「メディカル・エクスプレス(MedicalXpress)」が伝えている。

研究者らは、脳の老化を調べるために18〜88歳の約1000人を対象に調査を行った。彼らの脳をMRIでスキャンしたところ、加齢とともに脳の各領域間でのネットワーク機能の不安定、認知機能の低下、さらに肝臓や、筋肉脂肪細胞などでインスリンが正常に働かなくなる状態(インスリン抵抗性)が高まっていることが判明した。


また前糖尿病および2型糖尿病の被験者には、グルコースを効率的に代謝する能力を神経細胞が阻害している現象が見られた。

さらに研究では、食事における脳の安定性を評価した。被験者らは2つのグループに分けられ、片方には標準的な食事を摂取してもらい、もう一方には肉や魚、サラダは食べるが、糖、穀物、米、デンプン質の多い野菜を含まない低炭水化物の食事を一定期間摂取させた。

すると標準的な食事を摂ると、主にブドウ糖が体全体の代謝の「燃料」となるが、低炭水化物食ではブドウ糖ではなく主にケトンがエネルギー源となることが明らかになった。

このほかにも、脳の老化現象はすでに47歳で現れ、60歳では最も急速に進行していることが判明した。50歳未満の若年者では、低炭水化物食の摂取により、脳全体の活動が活発になり、脳の各領域間でのネットワーク機能の安定もみられた。

https://jp.sputniknews.com/science/202003067249225/

http://www.asyura2.com/13/health16/msg/134.html#c164

[リバイバル3] 糖質制限を何年も続けると廃人になる 中川隆
22. 中川隆[-12974] koaQ7Jey 2020年3月06日 19:20:27 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[560]
脳の老化を防ぐなら 食事は低炭水化物
テック&サイエンス 2020年03月06日

40代後半から起きる加齢による脳の働きの低下。これを防ぐ方法がある。ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校は、脳の老化は炭水化物の摂取量を減らすことで回避できるといういう研究結果を明らかにした。医療系ニュースサービス「メディカル・エクスプレス(MedicalXpress)」が伝えている。

研究者らは、脳の老化を調べるために18〜88歳の約1000人を対象に調査を行った。彼らの脳をMRIでスキャンしたところ、加齢とともに脳の各領域間でのネットワーク機能の不安定、認知機能の低下、さらに肝臓や、筋肉脂肪細胞などでインスリンが正常に働かなくなる状態(インスリン抵抗性)が高まっていることが判明した。


また前糖尿病および2型糖尿病の被験者には、グルコースを効率的に代謝する能力を神経細胞が阻害している現象が見られた。

さらに研究では、食事における脳の安定性を評価した。被験者らは2つのグループに分けられ、片方には標準的な食事を摂取してもらい、もう一方には肉や魚、サラダは食べるが、糖、穀物、米、デンプン質の多い野菜を含まない低炭水化物の食事を一定期間摂取させた。

すると標準的な食事を摂ると、主にブドウ糖が体全体の代謝の「燃料」となるが、低炭水化物食ではブドウ糖ではなく主にケトンがエネルギー源となることが明らかになった。

このほかにも、脳の老化現象はすでに47歳で現れ、60歳では最も急速に進行していることが判明した。50歳未満の若年者では、低炭水化物食の摂取により、脳全体の活動が活発になり、脳の各領域間でのネットワーク機能の安定もみられた。

https://jp.sputniknews.com/science/202003067249225/

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/734.html#c22

[リバイバル3] 糖質制限食がダメな理由・・・・・古代人のミイラが語る・・・・ 中川隆
51. 中川隆[-12973] koaQ7Jey 2020年3月06日 19:20:52 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[561]
脳の老化を防ぐなら 食事は低炭水化物
テック&サイエンス 2020年03月06日

40代後半から起きる加齢による脳の働きの低下。これを防ぐ方法がある。ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校は、脳の老化は炭水化物の摂取量を減らすことで回避できるといういう研究結果を明らかにした。医療系ニュースサービス「メディカル・エクスプレス(MedicalXpress)」が伝えている。

研究者らは、脳の老化を調べるために18〜88歳の約1000人を対象に調査を行った。彼らの脳をMRIでスキャンしたところ、加齢とともに脳の各領域間でのネットワーク機能の不安定、認知機能の低下、さらに肝臓や、筋肉脂肪細胞などでインスリンが正常に働かなくなる状態(インスリン抵抗性)が高まっていることが判明した。


また前糖尿病および2型糖尿病の被験者には、グルコースを効率的に代謝する能力を神経細胞が阻害している現象が見られた。

さらに研究では、食事における脳の安定性を評価した。被験者らは2つのグループに分けられ、片方には標準的な食事を摂取してもらい、もう一方には肉や魚、サラダは食べるが、糖、穀物、米、デンプン質の多い野菜を含まない低炭水化物の食事を一定期間摂取させた。

すると標準的な食事を摂ると、主にブドウ糖が体全体の代謝の「燃料」となるが、低炭水化物食ではブドウ糖ではなく主にケトンがエネルギー源となることが明らかになった。

このほかにも、脳の老化現象はすでに47歳で現れ、60歳では最も急速に進行していることが判明した。50歳未満の若年者では、低炭水化物食の摂取により、脳全体の活動が活発になり、脳の各領域間でのネットワーク機能の安定もみられた。

https://jp.sputniknews.com/science/202003067249225/

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/585.html#c51

[リバイバル3] 私の最近の朝食は「ホットチョコレート」のみ。 中川隆
87. 中川隆[-12972] koaQ7Jey 2020年3月06日 19:22:23 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[562]
脳の老化を防ぐなら 食事は低炭水化物
テック&サイエンス 2020年03月06日

40代後半から起きる加齢による脳の働きの低下。これを防ぐ方法がある。ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校は、脳の老化は炭水化物の摂取量を減らすことで回避できるといういう研究結果を明らかにした。医療系ニュースサービス「メディカル・エクスプレス(MedicalXpress)」が伝えている。

研究者らは、脳の老化を調べるために18〜88歳の約1000人を対象に調査を行った。彼らの脳をMRIでスキャンしたところ、加齢とともに脳の各領域間でのネットワーク機能の不安定、認知機能の低下、さらに肝臓や、筋肉脂肪細胞などでインスリンが正常に働かなくなる状態(インスリン抵抗性)が高まっていることが判明した。


また前糖尿病および2型糖尿病の被験者には、グルコースを効率的に代謝する能力を神経細胞が阻害している現象が見られた。

さらに研究では、食事における脳の安定性を評価した。被験者らは2つのグループに分けられ、片方には標準的な食事を摂取してもらい、もう一方には肉や魚、サラダは食べるが、糖、穀物、米、デンプン質の多い野菜を含まない低炭水化物の食事を一定期間摂取させた。

すると標準的な食事を摂ると、主にブドウ糖が体全体の代謝の「燃料」となるが、低炭水化物食ではブドウ糖ではなく主にケトンがエネルギー源となることが明らかになった。

このほかにも、脳の老化現象はすでに47歳で現れ、60歳では最も急速に進行していることが判明した。50歳未満の若年者では、低炭水化物食の摂取により、脳全体の活動が活発になり、脳の各領域間でのネットワーク機能の安定もみられた。

https://jp.sputniknews.com/science/202003067249225/

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/536.html#c87

[リバイバル3] ココナッツオイルを使うバターコーヒーダイエット 中川隆
29. 中川隆[-12971] koaQ7Jey 2020年3月06日 19:22:45 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[563]
脳の老化を防ぐなら 食事は低炭水化物
テック&サイエンス 2020年03月06日

40代後半から起きる加齢による脳の働きの低下。これを防ぐ方法がある。ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校は、脳の老化は炭水化物の摂取量を減らすことで回避できるといういう研究結果を明らかにした。医療系ニュースサービス「メディカル・エクスプレス(MedicalXpress)」が伝えている。

研究者らは、脳の老化を調べるために18〜88歳の約1000人を対象に調査を行った。彼らの脳をMRIでスキャンしたところ、加齢とともに脳の各領域間でのネットワーク機能の不安定、認知機能の低下、さらに肝臓や、筋肉脂肪細胞などでインスリンが正常に働かなくなる状態(インスリン抵抗性)が高まっていることが判明した。


また前糖尿病および2型糖尿病の被験者には、グルコースを効率的に代謝する能力を神経細胞が阻害している現象が見られた。

さらに研究では、食事における脳の安定性を評価した。被験者らは2つのグループに分けられ、片方には標準的な食事を摂取してもらい、もう一方には肉や魚、サラダは食べるが、糖、穀物、米、デンプン質の多い野菜を含まない低炭水化物の食事を一定期間摂取させた。

すると標準的な食事を摂ると、主にブドウ糖が体全体の代謝の「燃料」となるが、低炭水化物食ではブドウ糖ではなく主にケトンがエネルギー源となることが明らかになった。

このほかにも、脳の老化現象はすでに47歳で現れ、60歳では最も急速に進行していることが判明した。50歳未満の若年者では、低炭水化物食の摂取により、脳全体の活動が活発になり、脳の各領域間でのネットワーク機能の安定もみられた。

https://jp.sputniknews.com/science/202003067249225/

http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/597.html#c29

[近代史4] ジプシー歌謡 『黒い瞳』

ジプシー歌謡『黒い瞳』


Fedor Schaljapin - Ochi chernye (1927)






Fedor Schaljapin
mit Aristiv Chor und Balalaika-Orchester
Ochi chernye (Schwarze Augen)
1927



▲△▽▼


「黒い瞳」(ロシア語: Очи чёрные、オーチ・チョールヌィエ)は、19世紀に生まれたロシアの歌である。

タイトルの「黒い瞳」という言葉はここではロマ(ジプシー)の女性の煽情的な魅力の象徴として用いられており、その魅力に取り憑かれた男性の苦悩と激情がこの歌の主題である。旋律もロマの音楽に特徴的なハンガリー音階に基づいており、ロシアのジプシー歌謡を代表する曲として親しまれている。しかし後述のように民族的な出自からいえば、実際にはウクライナ人とドイツ生まれのロシア人の手になる作品である。


歴史
「黒い瞳」は初め1843年1月17日に「Литературная газета」(文学新聞)に詩として発表された。作者はウクライナの作家、詩人のイェウヘーン・フレビーンカ(ロシア語の発音ではエヴゲニー・グレビョンカ)である。
フレビーンカはポルタヴァ州の貴族の出身で、古典的なジプシー歌謡の作者の多くがそうであるように、教養のある人物である。
フレビーンカによる初稿は、区切りのようなものも設けられていない実質3連程度の作品で、わずかにロマンティシズムの香りが漂うだけの簡素なものだった。


この詩が最初に歌曲として発表されたのは、1884年3月7日のことだった。
これはフレビーンカの詩をС. ゲルデリがフローリアン・ヘルマン作曲のワルツ「Hommage」(オマージュ)にあてはめたものである。
ヘルマンはロシア化したドイツ人であり、この有名なロシアのジプシー歌謡は実際には、ウクライナ人とドイツ生まれのロシア人によって作られたことになる。


この歌を世界的に有名にしたのは、バス歌手のフョードル・シャリアピンである。
シャリアピンはこの歌に自ら詩を書き足してレパートリーに加え、革命後の1922年に出国して事実上の亡命者となってからは世界各地の公演で披露した。これにより「黒い瞳」は、世界で最も有名なロシアの歌の一つとなったのである。


歌詞
フレビーンカによる初稿


原文
Очи черные, очи страстные
Очи жгучие и прекрасные
Как люблю я вас, как боюсь я вас
Знать, увидел вас я в недобрый час


Ох, недаром вы глубины темней!
Вижу траур в вас по душе моей,
Вижу пламя в вас я победное:
Сожжено на нем сердце бедное.


Но не грустен я, не печален я,
Утешительна мне судьба моя:
Всё, что лучшего в жизни бог дал нам,
В жертву отдал я огневым глазам!


日本語訳(大意)


黒い瞳、情熱的な瞳
燃えるような、そして美しい瞳
何と私はお前を愛していることか、何とお前を恐れていることか
きっと私は悪い時にお前と出逢ってしまったのだ


おお、深淵よりもなお暗いのにはわけがある
それは私の魂への喪服なのだ
それは私の哀れな心を焼き尽くす
勝利の炎なのだ


だが私は悲しくはないし、みじめでもない
この運命は私には慰めなのだ
神が与えたもうた全てのよきものは
その燃えるような瞳に生け贄としてくれてやった


シャリャーピンによる補作


原文


Очи черные, очи жгучие,
Очи страстные и прекрасные!
Как люблю я вас! Как боюсь я вас!
Знать, увидел вас я не в добрый час!


Очи черные, жгуче пламенны!
И манят они в страны дальние,
Где царит любовь, где царит покой,
Где страданья нет, где вражде запрет!


Не встречал бы вас, не страдал бы так,
Я прожил бы жизнь улыбаючись.
Вы сгубили меня, очи черные,
Унесли навек мое счастие.


Очи черные, очи жгучие,
Очи страстные и прекрасные.
Вы сгубили меня, очи страстные,
Унесли навек мое счастие…


Очи черные, очи жгучие,
Очи страстные и прекрасные!
Как люблю я вас! Как боюсь я вас!
Знать, увидел вас я не в добрый час!


日本語訳(大意)


黒い瞳、燃えるような瞳
情熱的な、そして美しい瞳
何と私はお前を愛していることか、何とお前を恐れていることか
きっと私は悪い時にお前と出逢ってしまったのだ


黒い瞳、焼けつくように燃え盛っている
それは遠い異国へといざなっている
愛の統べるところ、安らぎの統べるところ
苦しみはなく、憎しみの禁じられるところへと


お前と出逢っていなければこんなに苦しむこともなかったろうに
微笑みながら人生を過ごせただろうに
黒い瞳よ、お前は私を破滅させた
私の幸せを永遠に奪い去ったのだ


黒い瞳、燃えるような瞳
情熱的な、そして美しい瞳
情熱の瞳よ、お前は私を破滅させた
私の幸せを永遠に奪い去ったのだ…


黒い瞳、燃えるような瞳
情熱的な、そして美しい瞳
何と私はお前を愛していることか、何とお前を恐れていることか
きっと私は悪い時にお前と出逢ってしまったのだ


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E3%81%84%E7%9E%B3

http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/471.html

[近代史4] ジプシー歌謡 『黒い瞳』 中川隆
1. 中川隆[-12973] koaQ7Jey 2020年3月06日 23:51:28 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[561]

ジプシー歌謡『黒い瞳』

Ivan Rebroff sings Dark Eyes






http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/471.html#c1
[近代史4] ジプシー歌謡 『黒い瞳』 中川隆
2. 中川隆[-12972] koaQ7Jey 2020年3月06日 23:53:37 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[562]

ジプシー歌謡『黒い瞳』


Вика Цыганова - Очи чёрные(Ochi Chernye)



http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/471.html#c2
[近代史4] ジプシー歌謡 『黒い瞳』 中川隆
3. 中川隆[-12971] koaQ7Jey 2020年3月06日 23:55:37 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[563]

ジプシー歌謡『黒い瞳』

Очи черные





Очи черные · Цыганова Вика

Цыганова В. Романсы

http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/471.html#c3
[近代史4] ジプシー歌謡『二つのギター』
ジプシー歌謡『二つのギター』


【ロシア語】二つのギター (Две гитары) (日本語字幕)


映像は1999年、ロシアのテノール歌手、オレグ・ポグディン(Олег Погудин)による歌唱。


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Irina Slutskaya Gipsy



▲△▽▼


The Unbearable Lightness of Being  存在の耐えられない軽さ  


▲△▽▼


二つのギター(ジプシーの娘)
http://www.worldfolksong.com/songbook/russia/two-guitars.htm


『二つのギター』は、作詞・作曲者不詳のロシア民謡・ジプシー音楽(ロマ音楽)。


歌詞は存在するが、YouTube動画などで検索してみると、歌ありバージョンよりは、ギターやバイオリン(ヴァイオリン)などの歌なし器楽曲(インストゥルメンタル)として人気があるようだ。



特に、『二つのギター』という題名だけあって、二人でギター合奏(デュエット)する動画もよく見られる。ギター独奏曲としても親しまれ、各種アレンジされた楽譜も一般的に市販されている。


ジプシーダンスの曲としても人気


なお、『二つのギター』と同じメロディがジプシーダンス・舞踊のための楽曲として用いられる場合は、『ジプシーの娘 Цыганочка』と題された別の歌詞が用いられる。ただ、こちらも歌詞あり版はあまり用いられないようだ。


YouTubeで『ジプシーの娘』を検索してみると、タイトル通り、比較的若い女の子がジプシー系の衣装を身にまとってジプシーダンスを披露する動画をいくつか見つけることができる。


ポールモーリアのアレンジで世界的に有名に


二つのギター  ポール・モーリア


ジプシーダンス『ジプシーの娘 Цыганочка』


『二つのギター』が世界的な知名度を獲得した背景には、フランスの作曲家ポール・モーリア(Paul Mauriat/1925-2006)による1960年代から70年代頃のイージーリスニング版カバー『Les deux guitares』の存在が非常に大きいと思われる。


同カバー版を収録した音源の解説には、「2つのギターの調べ」が奏でられるロシア民謡曲であることが説明されている。


「ロシアには多くのジプシーが住んでおり、街頭でギターをひいたり踊りをおどったりするほか、トランプ占いなどで生計をたてていますが、 これはそのジプシーの歌の一つで、『黒い瞳』と並んで世界中に知られた民謡曲です。 何ともいえない悲しみをたたえて流れる2つのギターの調べ──それは、若い男女のやるせない愛情を象徴しているのです。」


なお、このポール・モーリアによるイージーリスニング版が発表される以前に、『二つのギター』と呼ばれるロシア民謡・ジプシー歌曲が存在したのかどうか、また、ジプシーダンスに用いられる『ジプシーの娘 Цыганочка』とはどういう関係にあるのか、等の詳しい経緯については定かではない。
http://www.worldfolksong.com/songbook/russia/two-guitars.htm


▲△▽▼



1.
ギターが二丁、壁の向こうで
せつなげに嘆きはじめた…
幼い頃からの忘れがたい節回し、
愛する人よ、君なのかい?
さあ一度、もう一度
それから何度も、何度でも!


2.
これは君だ、と僕にはわかったよ
ニ短調で弾く君の弾き方と
素早い爪弾きかたでやる
君のメロディーの出し方で
さあ一度、もう一度
それから何度も、何度でも!


3.
どうして僕には君のことが分からないんだろう?
君の周りを悲しさが取り囲んでいる
情熱的な朗らかさの〔悲しさが〕
猛烈な二日酔いの〔悲しさが〕
さあ一度、もう一度
それから何度も、何度でも!


4.
君のことさ、がっつり飲むんだ
パンチ酒のそばにゃ、湯たんぽと
ハンガリー風モチーフの
きみのメロディーがある
さあ一度、もう一度
それから何度も、何度でも!


5.
ああ痛い、ああ痛い
二日酔いのせいで頭が…
さあ飲もうよ、僕らはこれから飲むんだ
一週間ずっと!
さあ一度、もう一度
それから何度も、何度でも!


http://ezokashi.opal.ne.jp/russiaframe.html  

http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/472.html

[リバイバル3] 株で儲ける方法教えてあげる(こっそり) 新スレ 中川隆
277. 中川隆[-12973] koaQ7Jey 2020年3月07日 08:56:37 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[564]
平野憲一の株のお話 2020.03.07 3月の数字を待つ?

 週末6日のNY株。
ダウは256.50ドル安の2万5864.78ドル、ナスダックも162.98ポイント安の8575.62ポイントと続落。

ダウの下げは一時900ドル。
同じ材料で1000ドルの上げ下げを繰り返す無機質なAIの空中戦が続いています。
NYSE出来高は17億2127万株。


 新型コロナの世界の感染者数は10万人を超え、死者数も3400人となりました。米国内でも西のカリフォルニア州の非常事態宣言、東のニューヨーク州の感染者数33人など全国的になってきました。アマゾン・ドット・コムやアルファベットは、ワシントン州で在宅勤務を導入しました。米国では外でマスクをする習慣が無く、マスクをすると異様な人物として警戒されるのでなかなか感染を押さえられないようです。

10年債利回りは過去最低の0.69%から0.77%まで上昇しています。


 日本株。

 昨日の日経平均終値のPBRは0.99倍。東証一部企業の56%が1倍を割れました(日経)。

日経平均総合乖離(25、75、200日の合計)はマイナス26.27。騰落レシオも58.13と言う超異常値。

なのに、底値到達観が出ていません。

これでどうだと言う底値目途は、2016年6月国民投票で英ブレグジット決定の日の総合乖離マイナス33%台になる2万0200円、18年12月安値から本年1月高値の76.4%(黄金比61.8%の次の目安)押しの2万0318円になります。
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/822.html#c277

[リバイバル3] 株で儲ける方法教えてあげる(こっそり) 新スレ 中川隆
278. 中川隆[-12972] koaQ7Jey 2020年3月07日 09:01:13 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[565]

2020年03月07日
バフェットの2面性 庶民を装う超富裕層の素顔

「主食はアイスクリームだよ」と女性記者を笑わせるバフェット。
マスコミを操るのがとにかく上手い。

引用:http://www.nikkei.com/content/pic/20140519/96958A88889DE5E3E0E4E7E0EAE2E3E7E2E7E0E2E3E6E2E2E2E2E2E2-DSXBZO7126385015052014000001-PB1-69.jpg


バフェットは個人投資家ではない

投資家のWバフェットは資産数兆円を持つ超富裕層だが、自分を庶民だとアピールしている。

例えば愛車が中古のオンボロ車だとか、住宅も普通の家だとか、食べているものも皆さんと同じだと言っている。

主食はアイスクリームやお菓子だとも言っているが、彼を神として崇拝する人の中には、真に受ける人がいる。



いつか見たニュース記事では、パソコンを所有しておらず、彼のデスクにはPCが無いと写真付きで説明させれていた。

本当に机の上にはPCが無いのかも知れないが、バフェットは数多くの嘘で自分を飾っている。

まずWバフェットは個人投資家と紹介され、自分でもそう名乗っているが、本当の職業はヘッジファンド経営者です。


バフェットが「○○に投資した」と話すのは、自分の金ではなくバークシャーハザウェイに客が預けた金を投資したという意味です。

ヘッジファンドの収益は客から預かった資金を投資して手数料を取る事で、投資に失敗しても手数料を取るのです。

成績に応じて報酬を取り、損をしたら手数料は取らない、などというヘッジファンドはない。


もちろん損失を出したヘッジファンドに投資する人は少ないので、長期的には損を出せば経営が悪化します。

だが短期間とか個別の投資に限れば、客が損をしようが破産しようが、ヘッジファンドにはどうでも良い事です。

有名な銀行に勤めていた日本人有名ディーラーの口癖は「しょせん他人の金、俺には関係ない」だったそうですが、これが業界の常識です。

バフェットは税金を払わない

バフェットは自分の金も投資していたでしょうが、資産を増やした利益の大半は、他人の金を投資した手数料で得ました。

これはもう「個人投資家」なんかではなく、ヘッジファンド経営者と呼ぶべきでしょう。

個人投資家がバフェットの投資法や言動を研究して真似していますが、上手く行くとは思えません。


バフェットはリーマンショックの頃、盛んに「富裕層」や「投資銀行」「ウォール街」を攻撃して、自分は庶民の側なんだと言っていました。

例えば投資銀行のマネージャーが年収数百億円を受け取っているのを、厳しく非難していました。

あるいは富裕層の税金のがれを批判し、増税するべきだとも言っていました。


だが2011年の資料では、バフェットは3980万ドルの収入に税金690万ドルしか払っていない。

1割以上払っているのだが、バフェットの本当の収入はどう考えても、この10倍か50倍はあるのです。

収入のわずか1%程度しか税金を払っていない事になるが、資産の大半を再投資して現金を受け取っていないからです。


毎年収入のほとんどを再投資して現金を受け取らなければ、資産は増えていくのに1%しか税金を払わなくて済むのです。

米連邦法ではこのような行為を行ってはならないと書かれているが、実際には形骸化され、日本の軽犯罪法みたいになっている。

メディアの調査では、バフェット自身が税金をほとんど払っておらず、これから払う気も無いのに「富裕層は税金を払え」と訴えている。


バフェット個人だけではなく、経営するヘッジファンドもほとんど納税していなかった。

バークシャーハザウェイは利益の約10%の税金を納めたが、売上ではなく利益の10%というのは、非常に少ない。

多くのの製造業では利益の半分以上納税をしているのを考えれば、何も払っていないに等しい。


それは法律を上手く利用しているとして、もっと上手く利用しているのが息子への資産相続です。

バフェットは自分の資産全てを慈善事業に寄付すると言っているが、それでいて資産の全てを息子に相続させるのです。

ビルゲイツなどアメリカの金持ちは皆やっているが、慈善事業財団を創設して資産を寄付すると非課税になります。


パソコンを使わず昔ながらの方法でトレードしていると説明するバフェット。
tumblr_m2my25fJaT1rrhk9jo1_1280
引用:http://bondman.jp/wp-content/uploads/tumblr_m2my25fJaT1rrhk9jo1_1280.jpg

山菜が取れる場所は他人に教えない

息子は財団の理事長に就任し、毎月数億円の配当金を受け取り、財団のオーナーになります。

実質的に親父の資産を非課税で相続し、毎月少しずつ受け取れる仕組みです。

慈善財団とはお金を寄付するユニセフみたいな事ではなく、事業をして金を稼いで、稼いだ金の一部を寄付しています。


だからバークシャーハザウェイが恐らく慈善団体になり、息子と娘が理事や理事長になり、重役達は役員になるでしょう。

もし財団が解散するときは理事達は出資比率に応じて、財団の資産を受け取ります。

この時は課税されますが、直接数兆円を相続するよりは少ないでしょう。


これがバフェットが言っている慈善事業で、利権事業でもあるのが分かります。

バフェットは他の投資家のように自分で本を書いて投資指南はしていないが、多くのバフェット本が出版されている。

投資家は自分が稼ぐ手法を決して他人に教えたりしないのは、山菜取り名人が山菜のありかを教えないのと同じです。


バフェットが一般の人に教えているのは長期投資で、価値のある株を安く買えば必ず値上がりすると言っている。

こんなのは「山菜を取ってくれば必ず食べれる」と言うのと同じで、教えにもなっていない。

コカコーラやマクドナルドに集中投資して長期間保有する欠点は、もし当てが外れたらもう取り返しがつかない事です。

バフェットは宝の山を見つけられるが、同じ方法を真似した人は、ゴミの山を掘り当てるのがせいぜいでしょう。

http://www.thutmosev.com/archives/65032607.html
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/822.html#c278

[近代史02] 株式投資の神様「ウォーレン・バフェット」の言葉を真に受けると悲惨な結果になる 中川隆
16. 中川隆[-12971] koaQ7Jey 2020年3月07日 09:02:03 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[566]

2020年03月07日
バフェットの2面性 庶民を装う超富裕層の素顔

「主食はアイスクリームだよ」と女性記者を笑わせるバフェット。
マスコミを操るのがとにかく上手い。

引用:http://www.nikkei.com/content/pic/20140519/96958A88889DE5E3E0E4E7E0EAE2E3E7E2E7E0E2E3E6E2E2E2E2E2E2-DSXBZO7126385015052014000001-PB1-69.jpg


バフェットは個人投資家ではない

投資家のWバフェットは資産数兆円を持つ超富裕層だが、自分を庶民だとアピールしている。

例えば愛車が中古のオンボロ車だとか、住宅も普通の家だとか、食べているものも皆さんと同じだと言っている。

主食はアイスクリームやお菓子だとも言っているが、彼を神として崇拝する人の中には、真に受ける人がいる。



いつか見たニュース記事では、パソコンを所有しておらず、彼のデスクにはPCが無いと写真付きで説明させれていた。

本当に机の上にはPCが無いのかも知れないが、バフェットは数多くの嘘で自分を飾っている。

まずWバフェットは個人投資家と紹介され、自分でもそう名乗っているが、本当の職業はヘッジファンド経営者です。


バフェットが「○○に投資した」と話すのは、自分の金ではなくバークシャーハザウェイに客が預けた金を投資したという意味です。

ヘッジファンドの収益は客から預かった資金を投資して手数料を取る事で、投資に失敗しても手数料を取るのです。

成績に応じて報酬を取り、損をしたら手数料は取らない、などというヘッジファンドはない。


もちろん損失を出したヘッジファンドに投資する人は少ないので、長期的には損を出せば経営が悪化します。

だが短期間とか個別の投資に限れば、客が損をしようが破産しようが、ヘッジファンドにはどうでも良い事です。

有名な銀行に勤めていた日本人有名ディーラーの口癖は「しょせん他人の金、俺には関係ない」だったそうですが、これが業界の常識です。

バフェットは税金を払わない

バフェットは自分の金も投資していたでしょうが、資産を増やした利益の大半は、他人の金を投資した手数料で得ました。

これはもう「個人投資家」なんかではなく、ヘッジファンド経営者と呼ぶべきでしょう。

個人投資家がバフェットの投資法や言動を研究して真似していますが、上手く行くとは思えません。


バフェットはリーマンショックの頃、盛んに「富裕層」や「投資銀行」「ウォール街」を攻撃して、自分は庶民の側なんだと言っていました。

例えば投資銀行のマネージャーが年収数百億円を受け取っているのを、厳しく非難していました。

あるいは富裕層の税金のがれを批判し、増税するべきだとも言っていました。


だが2011年の資料では、バフェットは3980万ドルの収入に税金690万ドルしか払っていない。

1割以上払っているのだが、バフェットの本当の収入はどう考えても、この10倍か50倍はあるのです。

収入のわずか1%程度しか税金を払っていない事になるが、資産の大半を再投資して現金を受け取っていないからです。


毎年収入のほとんどを再投資して現金を受け取らなければ、資産は増えていくのに1%しか税金を払わなくて済むのです。

米連邦法ではこのような行為を行ってはならないと書かれているが、実際には形骸化され、日本の軽犯罪法みたいになっている。

メディアの調査では、バフェット自身が税金をほとんど払っておらず、これから払う気も無いのに「富裕層は税金を払え」と訴えている。


バフェット個人だけではなく、経営するヘッジファンドもほとんど納税していなかった。

バークシャーハザウェイは利益の約10%の税金を納めたが、売上ではなく利益の10%というのは、非常に少ない。

多くのの製造業では利益の半分以上納税をしているのを考えれば、何も払っていないに等しい。


それは法律を上手く利用しているとして、もっと上手く利用しているのが息子への資産相続です。

バフェットは自分の資産全てを慈善事業に寄付すると言っているが、それでいて資産の全てを息子に相続させるのです。

ビルゲイツなどアメリカの金持ちは皆やっているが、慈善事業財団を創設して資産を寄付すると非課税になります。


パソコンを使わず昔ながらの方法でトレードしていると説明するバフェット。
tumblr_m2my25fJaT1rrhk9jo1_1280
引用:http://bondman.jp/wp-content/uploads/tumblr_m2my25fJaT1rrhk9jo1_1280.jpg

山菜が取れる場所は他人に教えない

息子は財団の理事長に就任し、毎月数億円の配当金を受け取り、財団のオーナーになります。

実質的に親父の資産を非課税で相続し、毎月少しずつ受け取れる仕組みです。

慈善財団とはお金を寄付するユニセフみたいな事ではなく、事業をして金を稼いで、稼いだ金の一部を寄付しています。


だからバークシャーハザウェイが恐らく慈善団体になり、息子と娘が理事や理事長になり、重役達は役員になるでしょう。

もし財団が解散するときは理事達は出資比率に応じて、財団の資産を受け取ります。

この時は課税されますが、直接数兆円を相続するよりは少ないでしょう。


これがバフェットが言っている慈善事業で、利権事業でもあるのが分かります。

バフェットは他の投資家のように自分で本を書いて投資指南はしていないが、多くのバフェット本が出版されている。

投資家は自分が稼ぐ手法を決して他人に教えたりしないのは、山菜取り名人が山菜のありかを教えないのと同じです。


バフェットが一般の人に教えているのは長期投資で、価値のある株を安く買えば必ず値上がりすると言っている。

こんなのは「山菜を取ってくれば必ず食べれる」と言うのと同じで、教えにもなっていない。

コカコーラやマクドナルドに集中投資して長期間保有する欠点は、もし当てが外れたらもう取り返しがつかない事です。

バフェットは宝の山を見つけられるが、同じ方法を真似した人は、ゴミの山を掘り当てるのがせいぜいでしょう。

http://www.thutmosev.com/archives/65032607.html
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/886.html#c16

[近代史02] 幻の柴田罫線 中川隆
142. 中川隆[-12970] koaQ7Jey 2020年3月07日 09:09:12 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[567]
柴田罫線の様なドテン売買法では今回の様な暴落には対応できない _ 3

柴田罫線は AI には絶対に勝てない時代錯誤の投資技術

平野憲一の株のお話 2020.03.07 3月の数字を待つ?

 週末6日のNY株。
ダウは256.50ドル安の2万5864.78ドル、ナスダックも162.98ポイント安の8575.62ポイントと続落。

ダウの下げは一時900ドル。
同じ材料で1000ドルの上げ下げを繰り返す無機質なAIの空中戦が続いています。
NYSE出来高は17億2127万株。


 新型コロナの世界の感染者数は10万人を超え、死者数も3400人となりました。米国内でも西のカリフォルニア州の非常事態宣言、東のニューヨーク州の感染者数33人など全国的になってきました。アマゾン・ドット・コムやアルファベットは、ワシントン州で在宅勤務を導入しました。米国では外でマスクをする習慣が無く、マスクをすると異様な人物として警戒されるのでなかなか感染を押さえられないようです。

10年債利回りは過去最低の0.69%から0.77%まで上昇しています。


 日本株。

 昨日の日経平均終値のPBRは0.99倍。東証一部企業の56%が1倍を割れました(日経)。

日経平均総合乖離(25、75、200日の合計)はマイナス26.27。騰落レシオも58.13と言う超異常値。

なのに、底値到達観が出ていません。

これでどうだと言う底値目途は、2016年6月国民投票で英ブレグジット決定の日の総合乖離マイナス33%台になる2万0200円、18年12月安値から本年1月高値の76.4%(黄金比61.8%の次の目安)押しの2万0318円になります。

http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/429.html#c142

[リバイバル3] 原油価格の底値は 30ドルから 40ドル前半 中川隆
1. 中川隆[-12969] koaQ7Jey 2020年3月07日 09:46:15 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[568]

新型肺炎で暴落中の原油価格、ロシアが減産拒否で安値更新2020年3月7日
https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/8928


中国武漢発の新型コロナウィルス肺炎で金融市場が荒れている。株価は急落し、ドル円も下落しているが、下がっているものは他にもある。新型ウィルスによって飛行機が飛ばず、陸上輸送も減少しているため需要減少を織り込んで原油価格が急落している。

原油価格の下落

どのくらい下落しているかと言えば、このくらいである。

40ドル台前半と言えば2018年の世界同時株安の時と同じ水準まで下がっている。もう少し長期で見ると次のようになる。

ここ数日、市場では下落に歯止めがかかる期待もあった。サウジアラビアやイランを始めとする産油国で構成されるOPEC(原油輸出国機構)が原油の減産を議論していたからである。

新型ウィルスによって需要が減少する分供給を減らして価格下落を抑えようということである。OPECを含む産油国は元々減産を行なっていたが、新型ウィルスを受けて更なる減産がOPECの間で合意された。

問題はこのOPEC間の合意に「非OPEC国であるロシアが減産に合意する場合」という条件が付いていたことである。ロシアは産油国だがOPECには加入していない。それでここ数日原油市場ではロシアの反応が待たれていたが、ロシアがこれを蹴ったのである。それで6日の相場では原油価格は10%近い大幅下落となった。

原油価格の動向予想

さて、1月から繰り返し言い続けていることだが、来年になれば新型ウィルスのことなど皆忘れている。投資家としてはパニックで売られたものは買っていきたいところだが、現在の原油価格は安いのだろうか? 原油価格の水準については2月前半の記事で過去の下落相場に触れながら既に説明しているので再び引用したい。

•新型肺炎で原油価格暴落、今後の動向と推移予想 (2020/2/10)


2016年の安値では30ドルを下回ったが、シェール企業が生存できないことは既に試験済みであると言える。したがってそこまで下がればファンダメンタルズ的には下げ過ぎだろう。

また、2018年の底値は40ドル前半だが、この辺りは米国のシェール企業の損益分岐点でもある。つまり、ここより下がるとシェール企業は利益がほとんど出せなくなる。シェール企業が立ち行かなくなれば供給が減少し、価格はいずれ上がり始めるだろう。

よって原油価格は30ドルから40ドル前半で安い水準だと言えるだろう。

この記事を書いた当時は原油価格は50ドル程度だったが、今回の下げでようやくこの「安い水準」に入ってきた。チャートをもう一度掲載しよう。

ただ、ファンダメンタルズ的に安いことと底値が何処かということは別の問題である。安いものが更に下がる可能性があるからパニックなのである。株式市場も原油相場もアメリカの利下げで回復しなかったところを見ると、やはり焦点は金融政策ではなく新型ウィルスの動向であり、どちらも流行のピーク近辺が底値になりそうである。

•米国、新型肺炎対策で0.5%の緊急利下げ実施も米国株大幅安
•サマーズ氏: 利下げは新型肺炎相場には効かない、中央銀行は弾切れの危機に

新型コロナウィルス最新情報

では新型コロナウィルス肺炎の流行状況がどうなっているかと言えば、ヨーロッパでは状況はかなり深刻になっている。各国の患者数は以下の通りである。

•イタリア: 4,636人
•ドイツ: 670人
•フランス: 653人
•スペイン: 400人
•スイス: 214人

特にドイツやフランスでは1日に50%近い勢いで増加している。これらの国で患者数が数千人規模に膨らむのは時間の問題だろう。

一方で金融市場に一番影響の大きいアメリカでの流行だが、現在の患者数は260人でヨーロッパほどの数ではないものの、少し前まで緩やかだった増加率がここ数日で急増している。アメリカでの大流行もやはり避けられそうにないようである。レイ・ダリオ氏の予想していた通りである。

•世界最大のヘッジファンド: 米国では次の数週間で感染者数が劇的に増加へ

ヨーロッパでは来週が正念場になるだろう。アメリカでは再来週が山場といったところだろうか。その後患者数がどうなるかによって原油市場を含む株式市場の動向が決まるはずである。

基本的には原油価格を含め流行のピークが資産価格の底値という方針を維持したいが、懸念はやはり金融政策の弾切れである。3月18日のFOMC会合では恐らくアメリカ国内の流行状況が最悪の状態で中央銀行は利下げの判断を強いられる可能性が高い。

•新型肺炎で株式市場の暴落が近づいた

金利先物市場はついにアメリカのマイナス金利の可能性を織り込み始めた。そのことについても記事を書くつもりである。

https://www.globalmacroresearch.org/jp/archives/8928
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/1040.html#c1

[番外地7] チュチェ思想は共産思想ではなく典型的な儒教思想 中川隆
4. 中川隆[-12968] koaQ7Jey 2020年3月07日 10:05:40 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[569]
一番基本的な事が全くわかっていない人がいるので書いておきます:
チュチェ思想は共産思想ではなく典型的な儒教思想
中国も北朝鮮も共産主義国ではなくて儒教国家です。
世界で本当の共産主義に近かった国はバブル前の日本だけです。
それは、終戦後、共産主義者・ニューディ−ラーばかりだった GHQ が農地改革したり、意図的にインフレを起こして資産家の財産を取り上げて日本を無階級社会にしたからなのです。

日本共産党や労働組合もGHQが合法化しました。
一方、自称共産国家の中国はそんな事はしていません。
本来の共産主義国には、現在の中国みたいな階級も極端な貧富の差は絶対に存在しません。つまり、 中国共産党員は共産主義者ではなく正統派の儒教者なのです。

そもそもこの現代に左翼なんか存在しないよ
日本共産党は典型的な保守反動政党だし、現在の中国・北朝鮮・韓国は古来の儒教思想が現在まで続いている国だよ。 習近平も毛沢東も昔ながらの中国皇帝だしね。
グローバリズムは左翼思想だとか、チュチェ思想が共産主義だと言っているアホがいるけど、

・グローバリズムは20世紀型の帝国主義で典型的な資本主義思想

・チュチェ思想は天命を受けて統治している天子をみんなで支えなければいけないという儒教思想
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/502.html#c4

[番外地7] 北海道に移住してはいけない 中川隆
3. 中川隆[-12967] koaQ7Jey 2020年3月07日 10:48:26 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[570]
そもそも日本政府は北方領土を返してもらうと困るんだよ。エリツィンの時代なら簡単に北方領土を買えたんだけど、意図的にやらなかった。というより、日本政府は北方領土だけでなく北海道も中国自治区になった方がいいんです。

日本政府は行政コスト削減のために、北海道を無人の地にしようとしている

日本政府は経済は市場にまかせ、民生は地方にまかせ、国家が店じまいするように、人口減少で地方が末端から消滅するのが必然とばかり、大震災を奇貨として地方消滅の加速を図ろうとしている。北方領土返還なんか金がかかる事は絶対にやらない。 北海道も中国自治区にして貰いたがっている。

地方交付税交付金などを減らし、地方の衰退を加速している安倍政権

そもそも、グローバリズムという「小さな政府」を目指す政策は、国家の店じまいなのです。

国家の店じまいは、様々な分野に及んでいますが、今回のCOVID−19感染症の襲来で明らかになったのは、日本国民の公衆衛生、健康促進が役割の厚生労働省、医療サービスまでもが、国家の店じまいを進めていたという衝撃的な事実になります。日本政府は(第二次安倍政権発足前から)全国の保健所を次々に閉鎖していきました。

さらに、病院の病床数も削減。

安倍総理大臣は2019年10月28日、経済財政諮問会議において、
「持続可能な地域医療体制を構築するため」
とのお題目で、病院の統廃合(=削減)や「過剰な」ベッド数の削減などを進めるよう関係閣僚に指示しています。ただでさえ減っている病床数を、さらに減らせ、と。
もっとも、何しろ日本政府の政策のコンセプトは「国家の店じまい」ですので、非常事態に国民を救う可能性がある医療サービスなど「ムダ」という話です。


21世紀の日本はこれから急激な人口減と高齢化局面を迎えます。予測では、21世紀末の日本の人口は上位推計で6450万人、中位推計で4950万人、最少では3800万人となります。今1億2700万人ですから、中位推計でも7000万人減る。 

人口減局面を生き延びるためには選択肢は都市一極集中。
今の日本の政官財が考えているのはこれです。

すべての資源と人口を首都圏の狭い範囲に集める。人口が減っただけ集住する地域を狭くする。そうすれば、仮に人口が半減しても、都市の風景は今と変わりません。

その代わり首都圏の外には無住の地が広がることになる。無住の地には交通や通信や上下水道のようなインフラを整備する必要がありません。行政コストは限りなく抑制できる。「人を狭いところに集める」、今政府が考えている人口減対策はそれだけです。小泉進次郎環境大臣が先日語った「もう人口減少、嘆くのやめませんか」と言うのは、具体的にはこのことです。 

シンガポールは人口560万人、面積720平方キロ。人口は日本の4%、国土は日本の0.2%しかありませんが、一人当たりGDPは世界8位で、26位の日本の1.6倍です。土地もない、自然資源もない、食糧も飲料水さえ自給できないシンガポールがこれだけ繁栄しているのは「経済成長」が国是だからです。それだけではありません。シンガポールは建国以来一党独裁で、治安維持法があって令状なしに反政府的な人物を逮捕拘禁できて、反政府メディアも労働運動も学生運動も存在しません。この国がおそらく今の政権にとっての「人口減局面でのモデル」だと思います。

 行政コスト削減のために、首都圏以外を無住の地にするというのが基本構想ですから、東日本大震災の復興が進まないのも当然です。「人口が減っていく地域に、そんな施設など作ってどうするのか?」ということです。

 政府は東京オリンピックを「復興五輪」などと言っていますが、隠された目的は東京にすべての資源を集中させて、地方を枯渇させることです。政府は東北の復興に予算を使う気はないし、福島の原発の除染も本格的にやる気はありません。「どうせいずれ誰も住まなくなる土地なんだから、そんなところを『人が住めるようにする』のはまるで無駄だ」と思っているからです。

 地方の無住化・日本のシンガポール化しか政府に策はありません。たしかに人口減局面でなお経済成長しようという無理なことを実現するならシンガポールモデル以外に選択肢はないのです。でも、政府や財界は彼らが「シンガポール化」をめざしていることを決して公言しません。東北復興や福島の除染をだらだら進めているうちに、東北の人口が減ってゆく。やがて「人が減ってゆく地域に予算を投じるのは金をドブに棄てるようなにものだ」という世論が形成されるのを待っているのです。

でも、今それを言ったら地方の選挙区では自民党に入れる有権者はいなくなる。あっというまに政権は倒壊する。だから、その方向に政策を着々と手を打ちながら、自分たちが何を目指しているのかについては口を噤んでいる。
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/532.html#c3

[番外地7] 北海道に移住してはいけない 中川隆
4. 中川隆[-12966] koaQ7Jey 2020年3月07日 10:59:24 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[571]
そもそも日本政府は北方領土を返してもらうと困るんだよ。エリツィンの時代なら簡単に北方領土を買えたんだけど、意図的にやらなかった。北方領土が返還されそうになった時には、外務省の役人はわざわざ、返還されたらそこに米軍基地が作られる可能性が高いとソ連の役人を脅したしね。

日本政府は北方領土だけでなく北海道も中国自治区になった方がいいんです。

日本政府は行政コスト削減のために、北海道を無人の地にしようとしている

日本政府は経済は市場にまかせ、民生は地方にまかせ、国家が店じまいするように、人口減少で地方が末端から消滅するのが必然とばかり、大震災を奇貨として地方消滅の加速を図ろうとしている。北方領土返還なんか金がかかる事は絶対にやらない。 北海道も中国自治区にして貰いたがっている。

地方交付税交付金などを減らし、地方の衰退を加速している安倍政権

そもそも、グローバリズムという「小さな政府」を目指す政策は、国家の店じまいなのです。

国家の店じまいは、様々な分野に及んでいますが、今回のCOVID−19感染症の襲来で明らかになったのは、日本国民の公衆衛生、健康促進が役割の厚生労働省、医療サービスまでもが、国家の店じまいを進めていたという衝撃的な事実になります。日本政府は(第二次安倍政権発足前から)全国の保健所を次々に閉鎖していきました。

さらに、病院の病床数も削減。

安倍総理大臣は2019年10月28日、経済財政諮問会議において、
「持続可能な地域医療体制を構築するため」
とのお題目で、病院の統廃合(=削減)や「過剰な」ベッド数の削減などを進めるよう関係閣僚に指示しています。ただでさえ減っている病床数を、さらに減らせ、と。
もっとも、何しろ日本政府の政策のコンセプトは「国家の店じまい」ですので、非常事態に国民を救う可能性がある医療サービスなど「ムダ」という話です。


21世紀の日本はこれから急激な人口減と高齢化局面を迎えます。予測では、21世紀末の日本の人口は上位推計で6450万人、中位推計で4950万人、最少では3800万人となります。今1億2700万人ですから、中位推計でも7000万人減る。 

人口減局面を生き延びるためには選択肢は都市一極集中。
今の日本の政官財が考えているのはこれです。

すべての資源と人口を首都圏の狭い範囲に集める。人口が減っただけ集住する地域を狭くする。そうすれば、仮に人口が半減しても、都市の風景は今と変わりません。

その代わり首都圏の外には無住の地が広がることになる。無住の地には交通や通信や上下水道のようなインフラを整備する必要がありません。行政コストは限りなく抑制できる。「人を狭いところに集める」、今政府が考えている人口減対策はそれだけです。小泉進次郎環境大臣が先日語った「もう人口減少、嘆くのやめませんか」と言うのは、具体的にはこのことです。 

シンガポールは人口560万人、面積720平方キロ。人口は日本の4%、国土は日本の0.2%しかありませんが、一人当たりGDPは世界8位で、26位の日本の1.6倍です。土地もない、自然資源もない、食糧も飲料水さえ自給できないシンガポールがこれだけ繁栄しているのは「経済成長」が国是だからです。それだけではありません。シンガポールは建国以来一党独裁で、治安維持法があって令状なしに反政府的な人物を逮捕拘禁できて、反政府メディアも労働運動も学生運動も存在しません。この国がおそらく今の政権にとっての「人口減局面でのモデル」だと思います。

 行政コスト削減のために、首都圏以外を無住の地にするというのが基本構想ですから、東日本大震災の復興が進まないのも当然です。「人口が減っていく地域に、そんな施設など作ってどうするのか?」ということです。

 政府は東京オリンピックを「復興五輪」などと言っていますが、隠された目的は東京にすべての資源を集中させて、地方を枯渇させることです。政府は東北の復興に予算を使う気はないし、福島の原発の除染も本格的にやる気はありません。「どうせいずれ誰も住まなくなる土地なんだから、そんなところを『人が住めるようにする』のはまるで無駄だ」と思っているからです。

 地方の無住化・日本のシンガポール化しか政府に策はありません。たしかに人口減局面でなお経済成長しようという無理なことを実現するならシンガポールモデル以外に選択肢はないのです。でも、政府や財界は彼らが「シンガポール化」をめざしていることを決して公言しません。東北復興や福島の除染をだらだら進めているうちに、東北の人口が減ってゆく。やがて「人が減ってゆく地域に予算を投じるのは金をドブに棄てるようなにものだ」という世論が形成されるのを待っているのです。

でも、今それを言ったら地方の選挙区では自民党に入れる有権者はいなくなる。あっというまに政権は倒壊する。だから、その方向に政策を着々と手を打ちながら、自分たちが何を目指しているのかについては口を噤んでいる。
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/532.html#c4

[番外地7] チュチェ思想は共産思想ではなく典型的な儒教思想 中川隆
5. 中川隆[-12965] koaQ7Jey 2020年3月07日 11:16:12 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[572]

一番基本的な事が全くわかっていない人がいるので書いておきます:
チュチェ思想は共産思想ではなく典型的な儒教思想
中国も北朝鮮も共産主義国ではなくて儒教国家です。
自称共産国家は国名に民主主義共和国とか付けて民主主義国みたいに装っているのと同様、実際には民主主義国でも共産主義国でもないのです。

世界で本当の共産主義に近かった国はバブル前の日本だけです。
それは、終戦後、共産主義者・ニューディ−ラーばかりだった GHQ が農地改革したり、意図的にインフレを起こして資産家の財産を取り上げて日本を無階級社会にしたからなのです。

日本共産党や労働組合もGHQが合法化しました。
一方、自称共産国家の中国はそんな事はしていません。
本来の共産主義国には、現在の中国みたいな階級も極端な貧富の差は絶対に存在しません。つまり、 中国共産党員は共産主義者ではなく正統派の儒教者なのです。

そもそもこの現代に左翼なんか存在しないよ
日本共産党は典型的な保守反動政党だし、現在の中国・北朝鮮・韓国は古来の儒教思想が現在まで続いている国だよ。 習近平も毛沢東も昔ながらの中国皇帝だしね。
グローバリズムは左翼思想だとか、チュチェ思想が共産主義だと言っているアホがいるけど、

・グローバリズムは21世紀型の帝国主義で典型的な資本主義思想

・チュチェ思想は天命を受けて統治している天子をみんなで支えなければいけないという儒教思想

http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/502.html#c5

[番外地7] 正論・チャンネル桜関係者の嘘 _ 南京大虐殺は無かった 中川隆
1. 中川隆[-12964] koaQ7Jey 2020年3月07日 11:46:55 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[573]
南京大虐殺30万人は過大評価なのか?
【永久保存版】南京大虐殺の証拠〜当時の記録映像と生存者の確実な証言
https://www.youtube.com/watch?v=uyVeMusrS-k&feature=emb_title

南京事件資料集
http://kk-nanking.main.jp/

南京事件(南京大虐殺)の真実
「否定派の解釈の誤りと、捏造のすべてを明るみにだします」 by タラリ
http://www.nextftp.com/tarari/index.htm

【右派も左派も必見の動画】

南京大虐殺に関する動画は、戦後中国政府が作ったプロパガンダ映像が混じっていることが多いが、これは「1938年」(虐殺直後)に公開された当時のもの。

日本と同盟していたドイツ高官が「総統閣下にも見て欲しい」と公式に送った第一級の資料映像。

しかも生存者の証言が細部まで一致している。女性や子どもも無差別に殺害しており、便衣兵云々の言い訳は通用しない。

また「日本軍がやった」と外国人医師を含め誰もが詳細に語っており、「国民党軍の成りすまし」論がどれほど被害者を馬鹿にしたものか分かる。


番組前半の映像はショッキングだが、それ以上に番組後半の、家族を失った証言者の話「今は日本人と友だちになりたいと思っている」が心に残る。この言葉に対して謙虚でありたい。

※MBSナウ・スペシャル『フィルムは見ていた 検証・南京大虐殺』より(1991年10月放送)※ギャラクシー賞・選奨を受賞

★他の第一級資料動画

●CGで再現した南京大虐殺 https://youtu.be/QJ38Hg7Vdw8

●残念だが南京事件はあった〜当時の陣中日記から(2008) http://goo.gl/d2fGMA (32分)

●当時の一次史料『南京事件・兵士たちの遺言』(2015) http://goo.gl/K0U1Ef (45分)

●日本軍の記録に残る南京大虐殺(軍命令により実施) http://urx3.nu/ouPU (7分)

−−−−−

南京占領軍への当初の命令は「青壮年はすべて敗残兵、又は便衣隊(ゲリラ)と見なし、­すべて逮捕監禁すべし」。つまり、老人と子ども以外の中国人男子は全員逮捕監禁せよと­いう厳命。だが、捕虜10万人の食料も収容する施設もない。やがて命令は「捕虜を処分­(処刑)、殲滅(せんめつ)せよ」に変わった。『ハーグ陸戦協定』では「武装解除した­捕虜の虐殺」を戦争犯罪としている。ネット上では多数のデマが流れているため、よくあ­る質問と答えを以下にまとめる→

・日支事変は国際法上の“戦争”ではないため『ハーグ陸戦協定』は当てはまらない。→­ならば平時の殺人であり戦犯以前に殺人罪。

・便衣兵(ゲリラ)だから処刑していい。→略式でも裁判は必要だし、そもそも南京城内に便衣兵はいなかった(後述)。

・虐殺証言で登場する元日本兵は中国共産党に洗脳された中国帰国者(中帰連)。→南京­戦に投入された部隊(歩兵第66連隊等)は捕虜にならず帰国しており、中国共産党は無関係。

・虐殺を見ていない海外ジャーナリストがいる。→虐殺現場は街から4キロ離れた揚子江­の川岸。中心街で数万人を殺害したのではない。

・南京入りした後発補充部隊は「虐殺はなかったと聞いている」と証言している。→「な­かった」と証言する元兵士は全員が事件後に南京市入りしている。しかも伝聞の証言であ­り説得力なし。何より、軍の公式記録である第66連隊の部隊記録に捕虜殺害の数が記録­されており、その数は加害兵士の陣中日記や証言と一致している。

・捕虜の暴動が起きたので仕方なく殺した→この話は戦後に現場指揮官の1人が戦犯指定を逃れるためにでっち上げたものと2018年に判明。暴動説はデマが確定。

〔まとめ〕南京を占領した日本軍は、各部隊とも自軍の10倍近くの捕虜を得て、その処­理に困って殺害に至った(例えば山田支隊1500人に対して15000人の捕虜が発生­し幕府山事件が起きた)。本来、捕虜ならば軍法会議、捕虜以外は軍律会議の判­決で処断せねばならない。便衣兵が「ハーグ陸戦協定違反」であろうとなかろうと、丸腰­の人間を裁判抜きで殺害するのは戦争犯罪。“南京事件否定派”の意見は国際社会で通用­しない。

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〔補足・通州事件〕

拡散希望【通州事件…ネット右翼が知らない3つの事実】

(1)通州事件は、日本人104名と朝鮮人108名、計212人が殺害された。朝鮮人の死者の方が多いが、当時の朝鮮は日韓併合下にあったため「邦人200人以上」としている。

(2)通州事件は日本軍の誤爆事件が先にあった。襲ってきた中国人部隊は元々親日派で、日本軍が育てた子飼いの部隊。誤爆事件で飼い犬に手を咬まれた。

(3)日本軍は通州からヘロインなど大量の麻薬を大陸に流していた(毒化政策)。その悪行が中国人から反発を買った。

−−−−−−−−−

〔補足2・便衣兵のせいというデマ〕

第一次上海戦では便衣兵(ゲリラ)の攻撃を受けたが、第二次上海戦では便衣兵からの攻撃はないに等しかった。特に南京城内では報告皆無。南京戦では「国際法を違反した便衣兵」は存在せず、虐殺を正当化する理由にはならない。仮に便衣兵がいたとして、日本が他国を武装して占領するから装備に劣る相手側が「祖国を守るため」にゲリラ戦を選んだのであり、加害者がそれを虐殺の理由にするのは酷い話。侵略していなければそもそも便衣兵になる必要もなかった(ここは非常に重要な部分)。

−−−−−−−−−

〔補足3・人口のデマ〕

否定派は「南京の人口が占領前に30万人で占領後40万人増えているのがいい証拠」という。これは簡単に説明できる。南京一帯で戦闘が行われているわけで、南京市の国際安全区になだれ込んでいる。

参考までに以下のやり取りも紹介。

KAZUYA氏「人口20万人の南京で、30万人殺したという。ファンタジー的だ」

記者「20万人というのは南京市の特定地域(国際安全区)の人口の推計で、市全体のものではない」

KAZUYA氏「知っています。耳を引くためにオーバーな言い方をしています」

−−−−−−−−−

〔補足4・犠牲者30万人に根拠はあるか〕

1927年に国民政府が南京を首都に定めて以降、南京市政府は市内の常住人口について統計資料を保存している。1935年に100万人の大台を突破し、虐殺9カ月前の1937年3月の調査では101万9667人で、戸数は20万810戸(南京の首都警察庁調べ)。この3月時点の100万人は、虐殺肯定派、否定派とも見解が一致している。その後、日本軍の連日の空襲で人口が減り始め、11月20日に国民政府が重慶への首都遷都を宣布、さらに日本軍の接近が伝えられたことで住民が激減、11月23日に南京市政府(馬超俊市長)は「現時点で人口は約50万」「ただし今後20万人の周辺難民の流入を予測」と国民政府軍事委員会に報告している。実際、膨大な数の農民が難民となって城内に避難した。南京守備部隊、常住人口、流動人口の合計が約60万人、そして虐殺後の人口が30万人強であることから、中国側が主張する犠牲者30万人は、「最大値としては」あり得る数字だ。

−−−−−−−−−

〔補足5・消えた遺体について〕

南京守備隊(5万人以上)の処刑は揚子江の河岸で行われ、遺体は大河に流されたことが日本軍の記録で明らかになっている。いったい何万人が揚子江に投げ込まれたのか不明ではあるが、墓がない大きな理由のひとつ。次が重要な点。日本側が考える南京事件は、期間が「1937年12月13日の南京陥落から17日の入城式まで」、場所は「南京城内で行われた掃討戦」としているケースが多いのに対し、中国側は期間が「南京戦から3カ月」、場所は「南京周辺の農村を含んだ広大な地域」であり、この時点で両者が主張する数字が合致するはずがない。中国が嘘をついているのではなく、単に期間と場所が異なるだけ。それゆえ、一般市民の墓は点在しており、ここを掘れば数万人の遺体があるといった場所がない。ちなみに埋葬隊記録では155,000体。これは焼き棄てられた死体や、揚子江に投げこまれた死体を計算に「入れていない」。
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/418.html#c1

[番外地7] 武漢肺炎の今後 中川隆
35. 中川隆[-12963] koaQ7Jey 2020年3月07日 12:19:01 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[574]

新型コロナウイルスと空虚な器 2020-03-07
https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12580306419.html



 先日、

【2020年3月時点の安倍政権の意志決定の構造】

 で、現在の安倍政権における意思決定構造を図示化しました。(中国共産党党旗は、ソ連国旗と混同しやすいので、中国国旗に変えました)

 与党の国会議員や官僚を「統制下」に置いているからといって、安倍総理は決して「独裁者」ではないということには注意して下さい。独裁者ならば、何らかの政策目標があり、「主体的」に判断がなされます。


 むしろ、これだけ強固な国会・行政統制システムの上に君臨しておきながら、主体的な意思が「ない」という点が、安倍総理の特徴であり、「空虚な器」たる所以なのです。


 少し、今回のCOVID−19アウトブレイクについて振り返ってみましょう。

 2020年1月23日。武漢封鎖。
 この時点で、さすがに呑気な日本人も、支那大陸で「とんでもないこと」が起きていることを認識します。

 その直後、

「日本で活躍されている華僑・華人の皆様、謹んで2020年の春節の御挨拶を申し上げます。

 今春、桜の咲く頃に、習近平国家主席が国賓として訪日される予定です。日本と中国は、アジアや世界の平和、安定、繁栄に共に大きな責任を有しています。習主席の訪日を、日中両国がその責任を果たしていくとの意思を明確に示す機会にしたいと思います。(中略)

 春節に際して、そしてまた、オリンピック・パラリンピック等の機会を通じて、更に多くの中国の皆様が訪日されることを楽しみにしています。その際、ぜひ東京以外の場所にも足を運び、その土地ならではの日本らしさを感じて頂ければ幸いです。(後略)」

 という安倍総理大臣の祝辞が、北京の日本大使館がホームページに掲載されました。何と、1月30日まで。


 茂木敏充外務大臣は、2月3日の衆院予算委員会で「祝辞は中国側からの依頼を受けて出した。」と説明しています。つまりは、このタイミングでの祝辞掲載に、総理の「主体的な意思」は入っていません。中国が依頼し、外務省が受けて、

「はい、どうぞ」

 とばかりに掲載されたのです。


 次に、小中高全国一律休校の問題。


 2月25日、IOCのディック・パウンド委員の、

「(五輪開催の)可否を判断することは5月下旬まで引き延ばすことができる」

「それまでにウイルスが制御下におかれることがのぞまれる」

「セキュリティーやオリンピック村、食事など、さまざまな分野の対応が強化されなくてはならない」

「それが先に進まないということになれば、キャンセルもありうる」

 という発言が、AP通信から報じられます。


 結果、2月27日に「基本方針(25日リリース)」を覆す形で、小中高全国一律休校要請が発表されました。


 総理の「要請」は、専門家との会議や科学的根拠等に基づき、「自主的判断」されたわけではなく、IOCへの条件反射に過ぎません。総理は国会で「政治的判断」を繰り返していますが、「判断」の理由が説明されることはありませんでした。


 そりゃそうです。「IOCに警告されてパニックになって決めました」とは説明できんでしょう。


『今さら!水際、中国全土を対象――習近平国賓来日延期と抱き合わせ

 安倍首相はようやく中国全土からの入国者全員を規制すると決断した。なんと、習近平国賓来日延期発表と同じ日にだ。今や中国での湖北以外の感染率はほぼゼロに近い。韓国まで抱き合わせないと決意できない習近平への忖度ぶりと安倍政権の失政を考察する。 (後略)』

 COVID−19関連では、遠藤誉さんが良記事を連発され、追いかけているのですが、今回の中国全土からの入国規制が、「習近平国賓来日延期」を受けたものであることは、これはさすがに誰にでも分かります。何しろ、発表されたのが同日なのです。


 つまりは、安倍総理は、

「習近平国家主席を国賓として日本に招く」

 に、政治的(政策的、ではない)なメリットがある(=経団連や媚中派の要望を満たす)と判断し、国賓来日にこだわり、結果的に、これまでは、

「中国全土からの外国人の入国規制に踏み切らなかった」

 ということになります。まさに、国民の健康や生命と引き換えに、「習近平国賓来日」路線を貫いたわけですね。
 スゲー、総理大臣・・・。


 しかも、習近平国賓来日に固執したのにしても、別に総理の主体的な意思に基づいていません。媚中派や経団連という、政治力が強い勢力が強く要望したから。ただ、それだけ。


 ね? 安倍総理は独裁者でも何でもないでしょ? 総理は主体的な意思など持たない、政権維持や東京五輪勇退を目的として「周囲からのインプット」によって動く、単なる空虚な器に過ぎないのです。

 繰り返しますが、安倍政権はもはや長く持たないでしょう。もっとも、総理が退いたところで、上図の構造は変わりません。


 構造が変わらない限り、

1.再び空虚な器が総理の座に就き、アメリカ(グローバリスト、レントシーカー含む)、経団連(及びビジネスで結びついた中共)、そして財務省という、政治力が強い勢力の傀儡政権が続き、日本国の解体が進む

2.主体的な意思を持つ「独裁者」が誕生し、特定の政策目標を達成するための暴走が始まる


 の2パターンしかありえないですが、我が国では「2」はないでしょう。そんな「立派な政治家」は、我が国にはいません。

 つまりは「1」が継続することになるわけですが、この状況を打開するには「構造」を問題視し、「議論」に持ち込む以外に方法がありません(革命でもやるなら別ですが)。


 改めて考えてみると、あれだけ強固に思えた55年体制も、「この体制はおかしい」という議論が始まり、次第次第に世論が変わり、最終的には瓦解したわけです。まあ、55年体制を壊すのが「日本の国益になったか?」と問われると、とても肯定することはできませんが、とりあえず「構造は変わる」ことを証明してくれています。


 というわけで、現在の日本の構造がいかに異様か、周囲に知らしめてください。ちなみに、当たり前ですが、自民党の国会議員(特に地方選出)の多くは、同じ問題意識を持っていますよ。(でも、党中央に歯向かわない)


「中選挙区制に戻せばいい」

 と、言うのは簡単ですし、わたくしもそう思いますが、まずは主権者である国民が「今の構造がおかしい」と認識しない限り、何も変わらないでしょう。


 今回の安倍政権の対応は、我々が「空虚な器」をリーダーとして頂いていることを見事に、明確に証明してくれたのです。この機会を利用させて頂きます。皆様も、ご支援下さいませ。

https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12580306419.html
http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/458.html#c35

[近代史3] 浜崎洋介 _ 安倍「器」論 中川隆
13. 中川隆[-12962] koaQ7Jey 2020年3月07日 12:19:45 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[575]

新型コロナウイルスと空虚な器 2020-03-07
https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12580306419.html



 先日、

【2020年3月時点の安倍政権の意志決定の構造】

 で、現在の安倍政権における意思決定構造を図示化しました。(中国共産党党旗は、ソ連国旗と混同しやすいので、中国国旗に変えました)

 与党の国会議員や官僚を「統制下」に置いているからといって、安倍総理は決して「独裁者」ではないということには注意して下さい。独裁者ならば、何らかの政策目標があり、「主体的」に判断がなされます。


 むしろ、これだけ強固な国会・行政統制システムの上に君臨しておきながら、主体的な意思が「ない」という点が、安倍総理の特徴であり、「空虚な器」たる所以なのです。


 少し、今回のCOVID−19アウトブレイクについて振り返ってみましょう。

 2020年1月23日。武漢封鎖。
 この時点で、さすがに呑気な日本人も、支那大陸で「とんでもないこと」が起きていることを認識します。

 その直後、

「日本で活躍されている華僑・華人の皆様、謹んで2020年の春節の御挨拶を申し上げます。

 今春、桜の咲く頃に、習近平国家主席が国賓として訪日される予定です。日本と中国は、アジアや世界の平和、安定、繁栄に共に大きな責任を有しています。習主席の訪日を、日中両国がその責任を果たしていくとの意思を明確に示す機会にしたいと思います。(中略)

 春節に際して、そしてまた、オリンピック・パラリンピック等の機会を通じて、更に多くの中国の皆様が訪日されることを楽しみにしています。その際、ぜひ東京以外の場所にも足を運び、その土地ならではの日本らしさを感じて頂ければ幸いです。(後略)」

 という安倍総理大臣の祝辞が、北京の日本大使館がホームページに掲載されました。何と、1月30日まで。


 茂木敏充外務大臣は、2月3日の衆院予算委員会で「祝辞は中国側からの依頼を受けて出した。」と説明しています。つまりは、このタイミングでの祝辞掲載に、総理の「主体的な意思」は入っていません。中国が依頼し、外務省が受けて、

「はい、どうぞ」

 とばかりに掲載されたのです。


 次に、小中高全国一律休校の問題。


 2月25日、IOCのディック・パウンド委員の、

「(五輪開催の)可否を判断することは5月下旬まで引き延ばすことができる」

「それまでにウイルスが制御下におかれることがのぞまれる」

「セキュリティーやオリンピック村、食事など、さまざまな分野の対応が強化されなくてはならない」

「それが先に進まないということになれば、キャンセルもありうる」

 という発言が、AP通信から報じられます。


 結果、2月27日に「基本方針(25日リリース)」を覆す形で、小中高全国一律休校要請が発表されました。


 総理の「要請」は、専門家との会議や科学的根拠等に基づき、「自主的判断」されたわけではなく、IOCへの条件反射に過ぎません。総理は国会で「政治的判断」を繰り返していますが、「判断」の理由が説明されることはありませんでした。


 そりゃそうです。「IOCに警告されてパニックになって決めました」とは説明できんでしょう。


『今さら!水際、中国全土を対象――習近平国賓来日延期と抱き合わせ

 安倍首相はようやく中国全土からの入国者全員を規制すると決断した。なんと、習近平国賓来日延期発表と同じ日にだ。今や中国での湖北以外の感染率はほぼゼロに近い。韓国まで抱き合わせないと決意できない習近平への忖度ぶりと安倍政権の失政を考察する。 (後略)』

 COVID−19関連では、遠藤誉さんが良記事を連発され、追いかけているのですが、今回の中国全土からの入国規制が、「習近平国賓来日延期」を受けたものであることは、これはさすがに誰にでも分かります。何しろ、発表されたのが同日なのです。


 つまりは、安倍総理は、

「習近平国家主席を国賓として日本に招く」

 に、政治的(政策的、ではない)なメリットがある(=経団連や媚中派の要望を満たす)と判断し、国賓来日にこだわり、結果的に、これまでは、

「中国全土からの外国人の入国規制に踏み切らなかった」

 ということになります。まさに、国民の健康や生命と引き換えに、「習近平国賓来日」路線を貫いたわけですね。
 スゲー、総理大臣・・・。


 しかも、習近平国賓来日に固執したのにしても、別に総理の主体的な意思に基づいていません。媚中派や経団連という、政治力が強い勢力が強く要望したから。ただ、それだけ。


 ね? 安倍総理は独裁者でも何でもないでしょ? 総理は主体的な意思など持たない、政権維持や東京五輪勇退を目的として「周囲からのインプット」によって動く、単なる空虚な器に過ぎないのです。

 繰り返しますが、安倍政権はもはや長く持たないでしょう。もっとも、総理が退いたところで、上図の構造は変わりません。


 構造が変わらない限り、

1.再び空虚な器が総理の座に就き、アメリカ(グローバリスト、レントシーカー含む)、経団連(及びビジネスで結びついた中共)、そして財務省という、政治力が強い勢力の傀儡政権が続き、日本国の解体が進む

2.主体的な意思を持つ「独裁者」が誕生し、特定の政策目標を達成するための暴走が始まる


 の2パターンしかありえないですが、我が国では「2」はないでしょう。そんな「立派な政治家」は、我が国にはいません。

 つまりは「1」が継続することになるわけですが、この状況を打開するには「構造」を問題視し、「議論」に持ち込む以外に方法がありません(革命でもやるなら別ですが)。


 改めて考えてみると、あれだけ強固に思えた55年体制も、「この体制はおかしい」という議論が始まり、次第次第に世論が変わり、最終的には瓦解したわけです。まあ、55年体制を壊すのが「日本の国益になったか?」と問われると、とても肯定することはできませんが、とりあえず「構造は変わる」ことを証明してくれています。


 というわけで、現在の日本の構造がいかに異様か、周囲に知らしめてください。ちなみに、当たり前ですが、自民党の国会議員(特に地方選出)の多くは、同じ問題意識を持っていますよ。(でも、党中央に歯向かわない)


「中選挙区制に戻せばいい」

 と、言うのは簡単ですし、わたくしもそう思いますが、まずは主権者である国民が「今の構造がおかしい」と認識しない限り、何も変わらないでしょう。


 今回の安倍政権の対応は、我々が「空虚な器」をリーダーとして頂いていることを見事に、明確に証明してくれたのです。この機会を利用させて頂きます。皆様も、ご支援下さいませ。

https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12580306419.html
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/688.html#c13

[近代史3] アメリカの支配層はサンダースを嫌っている 中川隆
1. 中川隆[-12961] koaQ7Jey 2020年3月07日 12:56:09 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[576]
「1% vs 99%」の矛盾を反映 米大統領選サンダース旋風の背景 2020年3月7日
https://www.chosyu-journal.jp/kokusai/16052

 米大統領選における民主党の指名候補者選びは3日、全米14の州で一斉に予備選挙がおこなわれるスーパーチューズデーを迎えた。無償の国民皆医療保険制度や高等教育の無償化など社会保障の拡充とともに富裕層への増税を訴えるバーニー・サンダースが、全米最大人口を持つカリフォルニア州を含む4州で勝利したのに対し、オバマ政権時代の副大統領ジョー・バイデンが「中道派の一本化」などで票を伸ばして10州で勝利し、獲得代議員数でトップとなった。トランプに対抗する民主党の指名候補者争いは、既存政治から脱却を目指す「反主流派」のサンダースと、オバマ政権時代の実績をアピールする「主流派」のバイデンとの新旧一騎討ちの様相を強めている。


 民主党の候補者指名は、全米50州やワシントン特別区などで実施される党員集会や予備選での獲得票に応じて配分される代議員の数によって決まる。代議員は7月の党全国集会で、各州予備選の結果に沿って投票しなければならない。今年各州に割り当てられた代議員数は3979人。この過半数にあたる1991人の代議員を獲得した候補者が党指名を手にすることができるシステムだ。そのため代議員数の多い大都市圏(民主党の地盤)での予備選の勝敗がその優劣を大きく左右する。

 この日に先だって4州で予備選が実施された。初戦となった2月3日のアイオワ州(代議員数41人)党員集会では、元サウスベンド市長のブティジェッジとサンダースがともに25%で拮抗したものの90票差でブティジェッジが勝利。その後のニューハンプシャー州(同24人)とネバダ州(同36人)ではサンダースが、それぞれ25・7%、46・8%の最多得票で連勝した。この時点でサンダースの獲得代議員数は24人となり、バイデン(9人)に大きな差を付けてトップに躍り出た。


 だが、黒人層の多いサウスカロライナ州(同54人)では、オバマ前政権の要職にあったバイデンが圧勝して代議員数トップの座を奪取した。同日、伸び悩んだ中道派のブティジェッジとクロブシャー上院議員は、指名候補者争いからの撤退を表明するとともにバイデン支持を表明。「急進左派のサンダースでは本選でトランプに勝つことができない」として「中道派の一本化」を呼びかけ、それぞれの陣営がそのままバイデン支持に回った。この構図は、4年前にヒラリー・クリントンとサンダースがくり広げた指名候補争いと同じであり、ウォール街をはじめとするエスタブリッシュメント(既得権益層)から多額の献金を受ける民主党主流派が、それら旧来の選挙システムを否定して草の根運動と小口献金によって富豪や金融資本からの干渉を受けない政治の実現を目指す反主流派をつぶすために野合したことを意味する。


 14州と米領サモアで一斉に予備選・党員集会がおこなわれたスーパーチューズデーは、民主党の候補者選びにおける最重要日とされる。全米最大の415人もの代議員が割り当てられているカリフォルニア州や、同じく228人の代議員が配置されるテキサス州などの大票田を含むため、この日だけで全代議員の3分の1にあたる1357人の配分先が決まるからだ。スーパーチューズデーの上位2人の得票結果は以下の通り。カッコ内は獲得代議員数。*印は勝者。


▼アラバマ州(代議員数52人)
 *バイデン(39人)
  サンダース(7人)
▼米領サモア(6人)
 *ブルームバーグ(4人)
▼アーカンソー州(31人)
 *バイデン(14人)
  サンダース(8人)
▼コロラド州(67人)
  バイデン(15人)
 *サンダース(23人)
▼マサチューセッツ州(91人)
 *バイデン(32人)
  サンダース(27人)
▼ミネソタ州(75人)
 *バイデン(36人)
  サンダース(26人)
▼ノースカロライナ州(110人)
 *バイデン(61人)
  サンダース(32人)
▼オクラホマ州(37人)
 *バイデン(20人)
  サンダース(13人)
▼テネシー州(64人)
 *バイデン(32人)
  サンダース(15人)
▼テキサス州(228人)
 *バイデン(102人)
  サンダース(90人)
▼ユタ州(29人)
  バイデン(0人)
 *サンダース(9人)
▼バーモント州(16人)
  バイデン(5人)
 *サンダース(11人)
▼バージニア州(99人)
 *バイデン(66人)
  サンダース(30人)
▼カリフォルニア州(415人)
  バイデン(83人)
 *サンダース(135人)
▼メーン州(24人)
 *バイデン(9人)
  サンダース(9人)
   (6日時点、abcNEWS集計)


 獲得代議員数の合計では、バイデンが568人と躍進したが、最大注目のカリフォルニア州を制したサンダースも495人と譲らず、拮抗している。地元マサチューセッツ州でも勝利できなかった左派のウォーレン上院議員(獲得代議員数41人)は撤退を表明した。ウォーレンがサンダース支持に回ればその数は互角となるが、同議員が4年前にクリントン支持に回った経緯からもその進退の行方に注目が集まっている。


 また、「メディア王」として6兆円の資産を有し、5億j(540億円)もの選挙広告資金を投じて、この日から指名候補者争いに本格参戦したブルームバーグ前ニューヨーク市長(獲得代議員数23人)も結果を残せず撤退を表明した。


 4年前にサンダースがクリントンに勝利したミネソタ州やオクラホマ州、事前調査で好調だったテキサス州でバイデンが勝利したことがセンセーショナルにとりあげられたが、ミネソタ州は直前に候補者指名争いから撤退したクロブシャー上院議員の地元であり、テキサス州も指名争いから撤退してバイデン支持に回ったオルーク元下院議員の地元だ。候補者レースから撤退した有力議員が相乗りして票集めに奔走したことが大きな勝利の要因となった。トランプはこの様子を「民主党の支配階級が結束してバーニー(サンダース)外しに躍起になっている」と皮肉った。

若い世代が戸別訪問 サンダース陣営

 各メディアは「バイデンの復活」「サンダース旋風に陰り」と報じ、医療や高等教育の実質無償化などの「過激」な政策を打ち出すサンダースよりも、オバマ政権時代の実績にもとづいた「穏健」なバイデンが支持されているように描いている。民主党本部もこれまでの選挙常識にもとづき、サンダースの政策を「非現実的な夢物語」「社会主義」と見なし、ウォール街やビリオネア(富裕層)と矛盾を起こさない「現実的な妥協」をしなければ、結果的に「トランプを利する」と内外に振りまいている。


 バイデンの公約はオバマ政権の政策の焼き直しであり、公共投資額を見てもサンダースの16兆3000億j(10年間)に対して、その約10分の1の1兆7000億jにとどまる。サンダースが反対するTPP(環太平洋経済連携協定)やUSMCA(米・メキシコ・カナダ新協定)には賛成し、国民皆保険設立を否定してオバマケアの拡充にとどめ、学生ローンも返済負担は全額免除ではなく「軽減」。さらにウォール街の規制については、サンダースが巨大銀行への証券業務を禁じるグラス・スティーガル法復活を求めているのに対して、オバマ政権が成立させた「ザル法」といわれるドット・フランク法を支持している。それでもサンダースの存在が、これまで地位に安住してきた民主党候補者たちを慌てさせ、党全体の主張を弱者救済と富裕層の規制、「草の根」重視へと促す推進力となっており、有権者の意識の鋭さを物語っている。


 サンダースは「私たちの選挙はただの選挙にはとどまらない政治的ムーブメントだ。バイデンのようにビリオネア(億万長者)から多額の献金も受けないし、むしろ彼らの献金など必要としない全人種と全世代横断型の草の根運動なのだ!」と真っ向勝負の構えを崩さない。また、オバマ政権の下でバイデンがNAFTA(北大西洋貿易協定)やFTAを進めて全米の労働者の職を奪い、アフガン爆撃などの戦争に賛成し、社会保障費削減を進めてきたことなどを痛烈に批判し、「われわれこそがトランプを倒せる」と徹底抗戦の構えを見せている。


 通常、選挙戦が熾烈になると中道寄りに主張を修正する候補者が多い中で、サンダース陣営の主張にブレが見られないのは、民主党主流派が主張する「現実的妥協」がなにをもたらしたかを多くの米国民が経験済みであるからにほかならない。なにより「チェンジ」といいながらブッシュと同じ道を歩んだオバマ政権への失望がトランプ誕生に大きく寄与した経緯からみても、オバマ路線への回帰ではなく、より根本的な変革を求める意識が強まるのは当然といえる。


 サンダース陣営には、ミレニアル世代といわれる10〜40代の支持者が多く、「超格差社会」の底辺に置かれている人々が熱狂的に支えている。スーパーチューズデーの出口調査での29歳未満の投票先を見ても、バイデンの17%に対し、サンダースは65%を獲得するなど圧倒的だ。


 各地の集会でもサンダースは「われわれのキャンペーンの目標はドナルド・トランプを倒すためだけではない」とし、「われわれの国を転換し、経済的、社会的、人種的、環境的正義の原則に基づく政府をつくる政治革命だ」と主張する。そして10〜40代の若い世代がマイクを握り、医療費や学生ローン、家賃の高騰によって苦しむ同世代の思いを代弁し、「搾取されている99%の代表として現在の経済や政治制度を根本的に変革できる大統領候補」としてサンダース支持を訴えている。


 予備選がおこなわれる各州では、若い世代を中心にした無数のボランティアたちが地道な戸別訪問をおこない、その訪問軒数は一カ月で40万とも50万ともいわれる。他の候補者が有給のスタッフを雇う一方で、ボランティアたちは無給で活動に参加する。この熱意とフットワークの軽さがサンダース陣営の最大の強みだ。


 日本のように行政の住民票や戸籍管理のない米国では、選挙前に自動的に投票用紙が届くことはなく、投票希望者は事前に共和党か民主党のいずれかを選んで有権者登録をしなければ予備選の投票権が与えられない。その登録情報が党から各陣営に提供され、ボランティアたちはSNSで発信される情報をもとに各地に集合し、スマホの地図アプリをもとにして有権者の家を回る。


 4年前の大統領選予備選で戸別訪問を基本にした「サンダース旋風」を経験したリーダーが各地で育っていることも大きい。このボランティアに参加した学生や若者、労働者、看護師、帰還兵たちによって各州に運動母体がつくられ、そのノウハウを駆使して中間選挙でもオカシオ・コルテスをはじめ多くの候補者を当選させてきた。「無理にサンダース支持を押しつけず、相手の生活や要望を丁寧に聞く」「最後に“あなたの票に頼ってもいいですか?”と投げかける」などのルールを決め、政治から疎外された下層の人々や移民、ヒスパニックなどの生活実感と切り結びながら対話を広げている。


 その「草の根」の勢いは候補者トップの集金力にもあらわれる。企業などからの巨額の選挙資金を受けとらないサンダース陣営は、一人あたり200j(2万1000円)以下の小口献金のみに頼り、2月だけで4650万j(約50億円)もの政治献金を集めている。バイデンの1800jを大幅に上回る。「ワシントンの政治中枢やウォール街からは一銭も受けとらず、草の根の力にのみ頼る」という姿勢を貫いていることも根強い支持を受ける根拠となっている。


 各地の集会でサンダースは必ず「雨や雪が降る寒さの中を有権者のドアをノックし続けた数千人もの人々に感謝する。あなたの苦労があったからこその勝利だ」とボランティアの労をねぎらう。そして「米国にはすべての米国人が、安全が保障された経済システムの中で生活することができる確かな資源がある。私たちに必要なのは、私たちの経済と政治システムをコントロールする特権階級に立ち向かう政治的な意志だ。この正義のたたかいに勝つために私たちが一緒に立ち上がるとき、達成できないものはなにもない」と呼びかけている。

深刻な格差社会 根本変革要求の高まり

 4年前の指名候補者争いでは、全米得票数でサンダースがクリントンを上回ったものの、民主党本部は、古参の党員や要職にある幹部党員によって構成され、各州予備選の結果に拘束されないスーパー代議員の票を上乗せしてクリントンを指名した。今回も、全米の州に割り当てられた3979人の代議員の他に、771人のスーパー代議員が存在し、現在までにバイデン支持は94人、サンダース支持は24人となっている。財界との癒着に縛られているスーパー代議員に指名権を委ねるならバイデン側に大きなアドバンテージがある。各候補者の獲得代議員数が過半数に達しない場合、このスーパー代議員の票によって指名が決定される制度については、「民主主義とはほど遠い」と多くの批判があがっている。


 労働者階級を代表する候補者が、政財界を牛耳るウォール街やエスタブリッシュメントの意向に反して大統領の地位を奪取する道のりは険しいのが現実だ。


 だが、かつての米国では考えられなかった金融資本主義を真っ向から批判するサンダースが何度も旋風を巻き起こすのは、多くの有権者が諦めることなく、この選挙制度そのものを下から揺り動かす政治的行動に立ち上がっていることが背景にある。


 米住宅都市開発省が1月に発表した全米のホームレスの数は56万7715人で、前年比で2・7%(1万4885人)も増加している。日本国内のホームレス4555人(厚労省)の124倍にのぼり、総人口が3倍であることを加味してもあまりにも多い。


 州別に見ると、全米最大のカリフォルニア州が最も多く、ニューヨーク州、フロリダ州など多国籍資本やIT企業が拠点を置く地域ほど深刻な状態にある。あり余った資金が国民生活に還元されず、株式市場でのバクチや不動産に流れ、住宅価格や物価が高騰し、通常に働き年収数万jを得ている労働者でさえアパートにも入れず路上で暮らしている。また医療保険がないため医者にもかかれず、薬代や医療費破産が過去最高に達し、インフルエンザですら毎年数万人が死亡する。学生はローン返済で首が回らないという現実が米国中に溢れている。


 サンダース旋風が衰えを見せないのは、新自由主義の下で小手先の改良ではどうすることもできないまでに格差が固定化し、貧困が拡大する米国社会において諦めるわけにはいかない人々の根本的な変革要求の高まりを土台にしているからだ。


 もともと共和党員ではないトランプの登場も含め、もはや二大政党制やエスタブリッシュメントの権威は崩壊しており、今回の大統領選もまた「右vs左」や「共和党vs民主党」という旧来の構図では動いていない。民主党主流派によるサンダースつぶしは、「エスタブリッシュメントとの対決」のポーズをとるトランプ共和党にとっては好都合となり、4年前の大統領選を再現することになりかねない。「反主流派」であるサンダースへの圧力や妨害が強まれば強まるほど「1%vs99%」という米国社会の本質的な矛盾をなお一層鮮明にするものとなっている。


 民主党の予備選は今後、残りの37の州や地区で実施され、7月半ばの民主党全国集会で党指名候補を決定し、11月に大統領選本選を迎える。

https://www.chosyu-journal.jp/kokusai/16052

http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/950.html#c1

[近代史3] 南京大虐殺30万人は過大評価なのか? 中川隆
19. 中川隆[-12960] koaQ7Jey 2020年3月07日 13:34:54 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[577]

南京大虐殺の証拠〜当時の記録映像と生存者の確実な証言 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=NTpDR85cpZU
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/129.html#c19
[番外地7] 正論・チャンネル桜関係者の嘘 _ 南京大虐殺は無かった 中川隆
2. 中川隆[-12959] koaQ7Jey 2020年3月07日 13:36:29 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[578]

南京大虐殺30万人は過大評価なのか?

南京大虐殺の証拠〜当時の記録映像と生存者の確実な証言 - YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=NTpDR85cpZU

南京事件資料集
http://kk-nanking.main.jp/

南京事件(南京大虐殺)の真実
「否定派の解釈の誤りと、捏造のすべてを明るみにだします」 by タラリ
http://www.nextftp.com/tarari/index.htm

【右派も左派も必見の動画】

南京大虐殺に関する動画は、戦後中国政府が作ったプロパガンダ映像が混じっていることが多いが、これは「1938年」(虐殺直後)に公開された当時のもの。

日本と同盟していたドイツ高官が「総統閣下にも見て欲しい」と公式に送った第一級の資料映像。

しかも生存者の証言が細部まで一致している。女性や子どもも無差別に殺害しており、便衣兵云々の言い訳は通用しない。

また「日本軍がやった」と外国人医師を含め誰もが詳細に語っており、「国民党軍の成りすまし」論がどれほど被害者を馬鹿にしたものか分かる。


番組前半の映像はショッキングだが、それ以上に番組後半の、家族を失った証言者の話「今は日本人と友だちになりたいと思っている」が心に残る。この言葉に対して謙虚でありたい。

※MBSナウ・スペシャル『フィルムは見ていた 検証・南京大虐殺』より(1991年10月放送)※ギャラクシー賞・選奨を受賞

★他の第一級資料動画

●CGで再現した南京大虐殺 https://youtu.be/QJ38Hg7Vdw8

●残念だが南京事件はあった〜当時の陣中日記から(2008) http://goo.gl/d2fGMA (32分)

●当時の一次史料『南京事件・兵士たちの遺言』(2015) http://goo.gl/K0U1Ef (45分)

●日本軍の記録に残る南京大虐殺(軍命令により実施) http://urx3.nu/ouPU (7分)

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南京占領軍への当初の命令は「青壮年はすべて敗残兵、又は便衣隊(ゲリラ)と見なし、­すべて逮捕監禁すべし」。つまり、老人と子ども以外の中国人男子は全員逮捕監禁せよと­いう厳命。だが、捕虜10万人の食料も収容する施設もない。やがて命令は「捕虜を処分­(処刑)、殲滅(せんめつ)せよ」に変わった。『ハーグ陸戦協定』では「武装解除した­捕虜の虐殺」を戦争犯罪としている。ネット上では多数のデマが流れているため、よくあ­る質問と答えを以下にまとめる→

・日支事変は国際法上の“戦争”ではないため『ハーグ陸戦協定』は当てはまらない。→­ならば平時の殺人であり戦犯以前に殺人罪。

・便衣兵(ゲリラ)だから処刑していい。→略式でも裁判は必要だし、そもそも南京城内に便衣兵はいなかった(後述)。

・虐殺証言で登場する元日本兵は中国共産党に洗脳された中国帰国者(中帰連)。→南京­戦に投入された部隊(歩兵第66連隊等)は捕虜にならず帰国しており、中国共産党は無関係。

・虐殺を見ていない海外ジャーナリストがいる。→虐殺現場は街から4キロ離れた揚子江­の川岸。中心街で数万人を殺害したのではない。

・南京入りした後発補充部隊は「虐殺はなかったと聞いている」と証言している。→「な­かった」と証言する元兵士は全員が事件後に南京市入りしている。しかも伝聞の証言であ­り説得力なし。何より、軍の公式記録である第66連隊の部隊記録に捕虜殺害の数が記録­されており、その数は加害兵士の陣中日記や証言と一致している。

・捕虜の暴動が起きたので仕方なく殺した→この話は戦後に現場指揮官の1人が戦犯指定を逃れるためにでっち上げたものと2018年に判明。暴動説はデマが確定。

〔まとめ〕南京を占領した日本軍は、各部隊とも自軍の10倍近くの捕虜を得て、その処­理に困って殺害に至った(例えば山田支隊1500人に対して15000人の捕虜が発生­し幕府山事件が起きた)。本来、捕虜ならば軍法会議、捕虜以外は軍律会議の判­決で処断せねばならない。便衣兵が「ハーグ陸戦協定違反」であろうとなかろうと、丸腰­の人間を裁判抜きで殺害するのは戦争犯罪。“南京事件否定派”の意見は国際社会で通用­しない。

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〔補足・通州事件〕

拡散希望【通州事件…ネット右翼が知らない3つの事実】

(1)通州事件は、日本人104名と朝鮮人108名、計212人が殺害された。朝鮮人の死者の方が多いが、当時の朝鮮は日韓併合下にあったため「邦人200人以上」としている。

(2)通州事件は日本軍の誤爆事件が先にあった。襲ってきた中国人部隊は元々親日派で、日本軍が育てた子飼いの部隊。誤爆事件で飼い犬に手を咬まれた。

(3)日本軍は通州からヘロインなど大量の麻薬を大陸に流していた(毒化政策)。その悪行が中国人から反発を買った。

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〔補足2・便衣兵のせいというデマ〕

第一次上海戦では便衣兵(ゲリラ)の攻撃を受けたが、第二次上海戦では便衣兵からの攻撃はないに等しかった。特に南京城内では報告皆無。南京戦では「国際法を違反した便衣兵」は存在せず、虐殺を正当化する理由にはならない。仮に便衣兵がいたとして、日本が他国を武装して占領するから装備に劣る相手側が「祖国を守るため」にゲリラ戦を選んだのであり、加害者がそれを虐殺の理由にするのは酷い話。侵略していなければそもそも便衣兵になる必要もなかった(ここは非常に重要な部分)。

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〔補足3・人口のデマ〕

否定派は「南京の人口が占領前に30万人で占領後40万人増えているのがいい証拠」という。これは簡単に説明できる。南京一帯で戦闘が行われているわけで、南京市の国際安全区になだれ込んでいる。

参考までに以下のやり取りも紹介。

KAZUYA氏「人口20万人の南京で、30万人殺したという。ファンタジー的だ」

記者「20万人というのは南京市の特定地域(国際安全区)の人口の推計で、市全体のものではない」

KAZUYA氏「知っています。耳を引くためにオーバーな言い方をしています」

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〔補足4・犠牲者30万人に根拠はあるか〕

1927年に国民政府が南京を首都に定めて以降、南京市政府は市内の常住人口について統計資料を保存している。1935年に100万人の大台を突破し、虐殺9カ月前の1937年3月の調査では101万9667人で、戸数は20万810戸(南京の首都警察庁調べ)。この3月時点の100万人は、虐殺肯定派、否定派とも見解が一致している。その後、日本軍の連日の空襲で人口が減り始め、11月20日に国民政府が重慶への首都遷都を宣布、さらに日本軍の接近が伝えられたことで住民が激減、11月23日に南京市政府(馬超俊市長)は「現時点で人口は約50万」「ただし今後20万人の周辺難民の流入を予測」と国民政府軍事委員会に報告している。実際、膨大な数の農民が難民となって城内に避難した。南京守備部隊、常住人口、流動人口の合計が約60万人、そして虐殺後の人口が30万人強であることから、中国側が主張する犠牲者30万人は、「最大値としては」あり得る数字だ。

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〔補足5・消えた遺体について〕

南京守備隊(5万人以上)の処刑は揚子江の河岸で行われ、遺体は大河に流されたことが日本軍の記録で明らかになっている。いったい何万人が揚子江に投げ込まれたのか不明ではあるが、墓がない大きな理由のひとつ。次が重要な点。日本側が考える南京事件は、期間が「1937年12月13日の南京陥落から17日の入城式まで」、場所は「南京城内で行われた掃討戦」としているケースが多いのに対し、中国側は期間が「南京戦から3カ月」、場所は「南京周辺の農村を含んだ広大な地域」であり、この時点で両者が主張する数字が合致するはずがない。中国が嘘をついているのではなく、単に期間と場所が異なるだけ。それゆえ、一般市民の墓は点在しており、ここを掘れば数万人の遺体があるといった場所がない。ちなみに埋葬隊記録では155,000体。これは焼き棄てられた死体や、揚子江に投げこまれた死体を計算に「入れていない」。

http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/418.html#c2

[近代史3] 飯島愛が殺された理由 _ ジャニーズ・プチエンジェル事件との関係 中川隆
19. 中川隆[-12958] koaQ7Jey 2020年3月07日 14:25:43 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[579]
2020.03.07
米国大統領選挙に対するエプスタイン事件の影響は小さくない

 アメリカは大統領選挙の最中にある。2016年の選挙でもそうだったが、この国の支配層にとってバーニー・サンダースをいかに排除するかが大きな問題になっている。トゥルシ・ガバードも嫌われているが、彼女はそれほど支持率が高くないので、人びとに知られないようにしていれば問題にならない。メディアから無視されてきたのはそのためだ。ロシアゲートなる「フェイクニュース」もサンダース潰しの一環だ。今回の選挙でもサンダースの存在は支配層にとって目障りだろう。

 すでに忘れてしまった人もいるだろうが、昨年(2019)年7月に逮捕され、拘留中の同年8月に房の中で死亡たジェフリー・エプスタインという人物がいる。この人物は今年の大統領選挙に少なからぬ影響を及ぼしているはずだ。

 エプスタインの妻はギスレイン・マクスウェル、その父親はイギリスのミラー・グループを率いていたロバート・マクスウェル。ロバートは生前、イギリスの情報機関と関係していると言われていたが、イスラエル軍の情報機関ERDに所属、イツァク・シャミール首相の特別情報顧問を務めた経験のあるアリ・ベンメナシェによると、3名ともイスラエル軍の情報機関、つまりAMAMに所属していた。

 ジェフリーとギスレインが知り合ったのは1990年代の前半だとされているが、アリ・ベンメナシェによると、ふたりは1980年代の後半から軍の情報機関に所属、知り合いだったとしている。(Zev Shalev, “Blackmailing America,” Narativ, Septemner 26, 2019)

 ジェフリーとギスレインは未成年の女性などをアメリカをはじめとする世界の有力者に提供する一方、全ての行為を盗撮し、それを利用して有力者たちをコントロールしてきたと言われている。情報機関による美人局、ハニートラップだ。

 ジェフリーの事件ではビル・クリントン、ドナルド・トランプ、アンドリュー王子、ウディ・アレン、ケビン・スペイシー、クリス・タッカーを含む名前が表面化しているが、大多数の「顧客」の名前は伏せられたままだ。そうした顧客の名前と連絡先が記載された手帳を2009年に持ち出し、5万ドルで売ろうとした人物がいる。その手帳のコピーが一部に流れ、話題になった。

 その4年前、ある女性がフロリダの警察を訪れ、14歳になる義理の娘がエプスタインの自宅で猥褻な行為をされたと訴えている。捜査の過程でエプスタインが有力者へ少女を提供、その行為を秘密裏に録音、撮影して恐喝の材料に使っていたことが浮かび上がり、有罪になるのだが、軽い刑罰ですんだ。刑務所へは入っていない。

 その時に事件を担当した地方検事はトランプ政権で労働長官を務め、昨年7月に辞任したアレキサンダー・アコスタ。​エプスタインは情報機関に所属しているので手を出すなと言われた​という。

 エプスタインは情報機関の仕事をする前、有名人の子弟が通う予科学校のドルトン・スクールで数学や物理を教えていた。大学を中退していたのだが、その学校の校長に雇われたのだ。

 その校長とはドナルド・バー。ウィリアム・バー司法長官の父親だ。ウィリアムはCIA出身でジョージ・H・W・ブッシュの部下、ドナルドはCIAの前身であるOSSに所属していた。

 エプスタインは1976年に学校を解雇され、大手投資会社のベア・スターンズで働き始める。教え子の中に同社の会長だったアラン・グリーンバーグの子どもが通っていた縁だという。そこで顧客だったシーグラムのエドガー・ブロンフマンと知り合う。ブロンフマンはイスラエルの情報機関と深い関係にあった。

 エドガーの父親、サミュエル・ブロンフマンは密造酒を売る傍ら、スキャンダルを使って有力者を脅すということをしていたと言われている人物。サミュエルの密造酒仲間で仲が良かったというルイス・ローゼンスティールも同じことをしていたとされている。

 そのローゼンスティールと親子のようだったと言われている人物がロイ・コーン。赤狩りの時代にはジョセフ・マッカーシーの法律顧問を務めていた。マッカーシーはFBIに君臨していたJ・エドガー・フーバーの手先として活動していた。フーバーが長期にわたってFBI長官を務められたのは、有力者のスキャンダルを握っていたからだと言われている。

 コーンは犯罪組織のガンビーノ・ファミリーのメンバー何人かの法律顧問でもあり、そのひとりがジョン・ゴッチだった。その後、コーンはトランプの法律顧問になる。

 アメリカという国を動かしているのは買収と脅迫であり、支配システムの中で選挙は民主主義を装うためのフェスティバルにすぎないと言えるだろう。右派、中道、左派、リベラル、保守といったタグをメディアはつけるが、それは支配層が庶民に信じさせたいイメージにすぎない。心理を操るための手法。買収と脅迫の網に絡め取られていない人物が選挙で人気を集めるとフェスティバルではなくなってしまうので、支配層はそういう人物を排除するため、あらゆる手段を使ってきた。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202003060001/
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/720.html#c19

[近代史3] プチエンジェル事件の顧客と噂されている秋篠宮・高円宮はロリコンなのか? 中川隆
56. 中川隆[-12957] koaQ7Jey 2020年3月07日 14:26:41 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[580]
2020.03.07
米国大統領選挙に対するエプスタイン事件の影響は小さくない

 アメリカは大統領選挙の最中にある。2016年の選挙でもそうだったが、この国の支配層にとってバーニー・サンダースをいかに排除するかが大きな問題になっている。トゥルシ・ガバードも嫌われているが、彼女はそれほど支持率が高くないので、人びとに知られないようにしていれば問題にならない。メディアから無視されてきたのはそのためだ。ロシアゲートなる「フェイクニュース」もサンダース潰しの一環だ。今回の選挙でもサンダースの存在は支配層にとって目障りだろう。

 すでに忘れてしまった人もいるだろうが、昨年(2019)年7月に逮捕され、拘留中の同年8月に房の中で死亡たジェフリー・エプスタインという人物がいる。この人物は今年の大統領選挙に少なからぬ影響を及ぼしているはずだ。

 エプスタインの妻はギスレイン・マクスウェル、その父親はイギリスのミラー・グループを率いていたロバート・マクスウェル。ロバートは生前、イギリスの情報機関と関係していると言われていたが、イスラエル軍の情報機関ERDに所属、イツァク・シャミール首相の特別情報顧問を務めた経験のあるアリ・ベンメナシェによると、3名ともイスラエル軍の情報機関、つまりAMAMに所属していた。

 ジェフリーとギスレインが知り合ったのは1990年代の前半だとされているが、アリ・ベンメナシェによると、ふたりは1980年代の後半から軍の情報機関に所属、知り合いだったとしている。(Zev Shalev, “Blackmailing America,” Narativ, Septemner 26, 2019)

 ジェフリーとギスレインは未成年の女性などをアメリカをはじめとする世界の有力者に提供する一方、全ての行為を盗撮し、それを利用して有力者たちをコントロールしてきたと言われている。情報機関による美人局、ハニートラップだ。

 ジェフリーの事件ではビル・クリントン、ドナルド・トランプ、アンドリュー王子、ウディ・アレン、ケビン・スペイシー、クリス・タッカーを含む名前が表面化しているが、大多数の「顧客」の名前は伏せられたままだ。そうした顧客の名前と連絡先が記載された手帳を2009年に持ち出し、5万ドルで売ろうとした人物がいる。その手帳のコピーが一部に流れ、話題になった。

 その4年前、ある女性がフロリダの警察を訪れ、14歳になる義理の娘がエプスタインの自宅で猥褻な行為をされたと訴えている。捜査の過程でエプスタインが有力者へ少女を提供、その行為を秘密裏に録音、撮影して恐喝の材料に使っていたことが浮かび上がり、有罪になるのだが、軽い刑罰ですんだ。刑務所へは入っていない。

 その時に事件を担当した地方検事はトランプ政権で労働長官を務め、昨年7月に辞任したアレキサンダー・アコスタ。​エプスタインは情報機関に所属しているので手を出すなと言われた​という。

 エプスタインは情報機関の仕事をする前、有名人の子弟が通う予科学校のドルトン・スクールで数学や物理を教えていた。大学を中退していたのだが、その学校の校長に雇われたのだ。

 その校長とはドナルド・バー。ウィリアム・バー司法長官の父親だ。ウィリアムはCIA出身でジョージ・H・W・ブッシュの部下、ドナルドはCIAの前身であるOSSに所属していた。

 エプスタインは1976年に学校を解雇され、大手投資会社のベア・スターンズで働き始める。教え子の中に同社の会長だったアラン・グリーンバーグの子どもが通っていた縁だという。そこで顧客だったシーグラムのエドガー・ブロンフマンと知り合う。ブロンフマンはイスラエルの情報機関と深い関係にあった。

 エドガーの父親、サミュエル・ブロンフマンは密造酒を売る傍ら、スキャンダルを使って有力者を脅すということをしていたと言われている人物。サミュエルの密造酒仲間で仲が良かったというルイス・ローゼンスティールも同じことをしていたとされている。

 そのローゼンスティールと親子のようだったと言われている人物がロイ・コーン。赤狩りの時代にはジョセフ・マッカーシーの法律顧問を務めていた。マッカーシーはFBIに君臨していたJ・エドガー・フーバーの手先として活動していた。フーバーが長期にわたってFBI長官を務められたのは、有力者のスキャンダルを握っていたからだと言われている。

 コーンは犯罪組織のガンビーノ・ファミリーのメンバー何人かの法律顧問でもあり、そのひとりがジョン・ゴッチだった。その後、コーンはトランプの法律顧問になる。

 アメリカという国を動かしているのは買収と脅迫であり、支配システムの中で選挙は民主主義を装うためのフェスティバルにすぎないと言えるだろう。右派、中道、左派、リベラル、保守といったタグをメディアはつけるが、それは支配層が庶民に信じさせたいイメージにすぎない。心理を操るための手法。買収と脅迫の網に絡め取られていない人物が選挙で人気を集めるとフェスティバルではなくなってしまうので、支配層はそういう人物を排除するため、あらゆる手段を使ってきた。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202003060001/
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/362.html#c56

[近代史3] プチエンジェル事件の深すぎる闇 中川隆
71. 中川隆[-12956] koaQ7Jey 2020年3月07日 14:27:37 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[581]
2020.03.07
米国大統領選挙に対するエプスタイン事件の影響は小さくない

 アメリカは大統領選挙の最中にある。2016年の選挙でもそうだったが、この国の支配層にとってバーニー・サンダースをいかに排除するかが大きな問題になっている。トゥルシ・ガバードも嫌われているが、彼女はそれほど支持率が高くないので、人びとに知られないようにしていれば問題にならない。メディアから無視されてきたのはそのためだ。ロシアゲートなる「フェイクニュース」もサンダース潰しの一環だ。今回の選挙でもサンダースの存在は支配層にとって目障りだろう。

 すでに忘れてしまった人もいるだろうが、昨年(2019)年7月に逮捕され、拘留中の同年8月に房の中で死亡たジェフリー・エプスタインという人物がいる。この人物は今年の大統領選挙に少なからぬ影響を及ぼしているはずだ。

 エプスタインの妻はギスレイン・マクスウェル、その父親はイギリスのミラー・グループを率いていたロバート・マクスウェル。ロバートは生前、イギリスの情報機関と関係していると言われていたが、イスラエル軍の情報機関ERDに所属、イツァク・シャミール首相の特別情報顧問を務めた経験のあるアリ・ベンメナシェによると、3名ともイスラエル軍の情報機関、つまりAMAMに所属していた。

 ジェフリーとギスレインが知り合ったのは1990年代の前半だとされているが、アリ・ベンメナシェによると、ふたりは1980年代の後半から軍の情報機関に所属、知り合いだったとしている。(Zev Shalev, “Blackmailing America,” Narativ, Septemner 26, 2019)

 ジェフリーとギスレインは未成年の女性などをアメリカをはじめとする世界の有力者に提供する一方、全ての行為を盗撮し、それを利用して有力者たちをコントロールしてきたと言われている。情報機関による美人局、ハニートラップだ。

 ジェフリーの事件ではビル・クリントン、ドナルド・トランプ、アンドリュー王子、ウディ・アレン、ケビン・スペイシー、クリス・タッカーを含む名前が表面化しているが、大多数の「顧客」の名前は伏せられたままだ。そうした顧客の名前と連絡先が記載された手帳を2009年に持ち出し、5万ドルで売ろうとした人物がいる。その手帳のコピーが一部に流れ、話題になった。

 その4年前、ある女性がフロリダの警察を訪れ、14歳になる義理の娘がエプスタインの自宅で猥褻な行為をされたと訴えている。捜査の過程でエプスタインが有力者へ少女を提供、その行為を秘密裏に録音、撮影して恐喝の材料に使っていたことが浮かび上がり、有罪になるのだが、軽い刑罰ですんだ。刑務所へは入っていない。

 その時に事件を担当した地方検事はトランプ政権で労働長官を務め、昨年7月に辞任したアレキサンダー・アコスタ。​エプスタインは情報機関に所属しているので手を出すなと言われた​という。

 エプスタインは情報機関の仕事をする前、有名人の子弟が通う予科学校のドルトン・スクールで数学や物理を教えていた。大学を中退していたのだが、その学校の校長に雇われたのだ。

 その校長とはドナルド・バー。ウィリアム・バー司法長官の父親だ。ウィリアムはCIA出身でジョージ・H・W・ブッシュの部下、ドナルドはCIAの前身であるOSSに所属していた。

 エプスタインは1976年に学校を解雇され、大手投資会社のベア・スターンズで働き始める。教え子の中に同社の会長だったアラン・グリーンバーグの子どもが通っていた縁だという。そこで顧客だったシーグラムのエドガー・ブロンフマンと知り合う。ブロンフマンはイスラエルの情報機関と深い関係にあった。

 エドガーの父親、サミュエル・ブロンフマンは密造酒を売る傍ら、スキャンダルを使って有力者を脅すということをしていたと言われている人物。サミュエルの密造酒仲間で仲が良かったというルイス・ローゼンスティールも同じことをしていたとされている。

 そのローゼンスティールと親子のようだったと言われている人物がロイ・コーン。赤狩りの時代にはジョセフ・マッカーシーの法律顧問を務めていた。マッカーシーはFBIに君臨していたJ・エドガー・フーバーの手先として活動していた。フーバーが長期にわたってFBI長官を務められたのは、有力者のスキャンダルを握っていたからだと言われている。

 コーンは犯罪組織のガンビーノ・ファミリーのメンバー何人かの法律顧問でもあり、そのひとりがジョン・ゴッチだった。その後、コーンはトランプの法律顧問になる。

 アメリカという国を動かしているのは買収と脅迫であり、支配システムの中で選挙は民主主義を装うためのフェスティバルにすぎないと言えるだろう。右派、中道、左派、リベラル、保守といったタグをメディアはつけるが、それは支配層が庶民に信じさせたいイメージにすぎない。心理を操るための手法。買収と脅迫の網に絡め取られていない人物が選挙で人気を集めるとフェスティバルではなくなってしまうので、支配層はそういう人物を排除するため、あらゆる手段を使ってきた。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202003060001/
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/358.html#c71

[近代史4] プチエンジェル事件

プチエンジェル事件


プチエンジェル事件の顧客と噂されている秋篠宮・高円宮はロリコンなのか?
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/362.html

プチエンジェル事件の深すぎる闇
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/358.html

中国美女も日本男性が大好き _ 皇族・政治家を中国のハニートラップにかけたプチエンジェル事件の黒幕は小沢一郎だった?
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/290.html

飯島愛が殺された理由 _ ジャニーズ・プチエンジェル事件との関係
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/720.html

http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/473.html

[近代史4] 日本人の「おもてなし」の精神の起源 中川隆
5. 中川隆[-12955] koaQ7Jey 2020年3月07日 15:00:46 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[582]

滝川クリステルさんの「おもてなし」プレゼンの中身はカラッポ
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/412.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/453.html#c5
[番外地7] 日本人の「おもてなし」の精神の起源 中川隆
4. 中川隆[-12954] koaQ7Jey 2020年3月07日 15:02:00 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[583]

滝川クリステルさんのプレゼンテーション IOC総会(13/09/08)




滝川クリステルさんの「おもてなし」プレゼンの中身はカラッポ
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/412.html


http://www.asyura2.com/17/ban7/msg/534.html#c4
[近代史4] 日本人の「おもてなし」の精神の起源 中川隆
6. 中川隆[-12953] koaQ7Jey 2020年3月07日 15:02:40 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[584]

滝川クリステルさんのプレゼンテーション IOC総会(13/09/08)


http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/453.html#c6
[近代史4] ジュリー・ロンドン 『いるかに乗った少年』

ジュリー・ロンドン 『いるかに乗った少年』



Julie London - Boy on a dolphin - YouTube





There's a tale that they tell of a dolphin
And a boy made of gold.
With the shell of the pearls in the deep
He has lain many years fast asleep.
What they tell of the Boy on A Dolphin
Who can say if it's true.
Should he rise from the depths of the ocean
And wish that you wish will come true.


You say he is only a statue
And what can a statue achieve.
And yet while I'm gazing at you
My heart tells my head to believe.
If the boy whom the God have enchanted
Should arise from the sea
And the wish of my heart could be granted
I would wish that you loved only me.


http://www.geocities.jp/artanisjp/920dolpj.htm



「島の女 (Boy On A Dolphin)」は、ギリシャのエキゾチックな風景をバックに、秘宝をめぐる冒険とロマンスを描いたドラマである。ソフィア・ローレン初のアメリカ映画主演作であり、シネスコ画面にソフィアの若い肢体も魅力的な作品である。主題歌の「イルカに乗った少年(Boy on a Dolphin)」が大ヒット。スタンダード・ナンバーとして知られている。ローレンの歌のシーンはアメリカのジャズシンガー、ジュリー・ロンドン(Julie London)が吹替えで歌った。


原曲はギリシャの「ティナフト」という歌で、映画の中でジュリー・ロンドンは「これは、人びとが、いるかについて語り伝える物語...」とギターの伴奏でしっとり歌った。


ソフィア・ローレンが映画の中でギリシャ語で歌う主題歌の原曲は、ギリシャのタキス・モラキス(Takis Morakis)の「ティナフト(Tinafto)」という曲で、それをアメリカの作曲家ヒューゴ・フリードホファ(Hugo Friedhofer)がアレンジしたものである。ギリシャ語の作詞は J. Fermanglouである。


歌の中に出てくる"S'agapo"というのはギリシャ語で、英語の "I love you"という意味だそうだ。
"Tinafto" は"何?"という意味、"agapi"は"愛"という意味で、
Tinafto pu to lene agapi は、"愛って、いったい何?"という意味になる。


「島の女」は、ソフィア・ローレンが歌うギリシャ語の歌「Tinafto」と、その英語版であるジュリー・ロンドンが歌う映画の主題歌「A Boy on A Dolphin」の歌詞を織り交ぜた歌だったそうです。
http://ameblo.jp/spring1990/page-5.html


▲△▽▼


Takis Morakis 『Tinafto』


Sophia Loren, Tonis Maroudas - Ti 'ne afto pou to lene agapi (1957)




Alternative title: "S' agapo". Composer: Takis Morakis / Lyrics: Danai Stratigopoulou, Giannis Fermanoglou. From the film "Boy on a dolphin".


JimmyTheGreek2000 sent me the Greek lyrics:


Τι είν' αυτό που το λένε αγάπη


Τι είν' αυτό που το λένε αγάπη
τι είν' αυτό, τι είν΄αυτό
που κρυφά τις καρδιές οδηγεί
κι όποιος το 'νιωσε το νοσταλγεί


Τι είν' αυτό που το λένε αγάπη
τι είν' αυτό, τι είν΄αυτό
γέλιο, δάκρυ, λιακάδα, βροχή
της ζωής μας και τέλος κι αρχή


Ποτέ ποτέ κανένα στόμα
δεν το 'βρε και δεν το 'πε ακόμα


Τι είν' αυτό που το λένε αγάπη
τι είν' αυτό, τι είν΄αυτό
που σε κάνει να λες το σκοπό
σ' αγαπώ, σ' αγαπώ, σ' αγαπώ


Τι είν' αυτό που το λένε αγάπη
τι είν' αυτό, τι είν΄αυτό
στο λεπτό που σου δίνει φτερά
κι είναι λύπη μαζί και χαρά


Τι είν' αυτό που το λένε αγάπη
τι είν' αυτό, τι είν΄αυτό
γέλιο, δάκρυ, λιακάδα, βροχή
της ζωής μας και τέλος κι αρχή


Ποτέ ποτέ κανένα στόμα
δεν το 'βρε και δεν το 'πε ακόμα


Τι είν' αυτό που το λένε αγάπη
τι είν' αυτό, τι είν΄αυτό
που σε κάνει να λες το σκοπό
σ' αγαπώ, σ' αγαπώ, σ' αγαπώ.


S'agapo, s'agapo, s'agapo.
Ti neafto pouto lene agapi Ti reafto-ti
neafto-pou krifa tis kardies odigi
Pou krifa tis kardies odigi Ki opios toniose
toniose to nostalgi
Ti neafto pouto lene agapi Ti neafto-ti neafto neafto
Gelti darki liakada vrohi Tis jois mas ke telos kiarhi
Pote pote kanada stoma Den toure ke den tope akoma
Ti neafto pouto lene agapi Ti neafto-ti neafto
Pou se kanis nakes to skopo
S'agapo, s'agapo, s'agapo.


▲△▽▼


Boy on a Dolphin Adventure 1957 Alan Ladd, Clifton Webb & Sophia Loren - YouTube


『島の女』 Boy on a Dolphin (米) 1957制作
監督 ジーン・ネグレスコ
音楽 ヒューゴー・フリードホーファー
主演 ジェームズ・コルダー … アラン・ラッド
    フェドラ … ソフィア・ローレン
    パーマリー … クリフトン・ウエッブ
主題歌 『イルカに乗った少年』 ( Ti neafto ) 唄・ソフィア・ローレン


デイヴィッド・ディヴィアン原作のイルカに乗った少年の彫像をめぐる冒険ロマンス作品。
エーゲ海の漁夫の娘フェドラが海底に沈んでいたイルカに乗った少年の彫像を発見する。
フェドラはこれを引き上げて弟の学資のために古美術商のパーマリーに売ろうと考えるが、
噂を聞いてやって来た考古学者のコルダーは国宝なので私物化せずに国に収めるように諭す。
フェドラはそれに同意するが、パーマリーは何としてもそれをわが物にしようとして争いを仕掛ける。


主題歌はギリシャの原曲で、J・フェーマノグロウ作詞、タキス・モラキスが作曲した『ティ・ナフト』。
タイトルバックのサウンドトラックからは、ポール・フランシス・ウェブスターが英詩をつけた
"Boy on a Dolphin"が流れています。
また、終盤の酒場でソフィア・ローレンがギターの伴奏で原語の『ティ・ナフト』を唄っています。
レコードはソフィア・ローレンの『ティ・ナフト』も『イルカに乗った少年』と題してRCAで発売されています。
なお、MCAのオリジナルサントラ盤の歌手はメアリー・ケイのクレジットになっています。
( タイトルバックはジュリー・ロンドンの唄という話もありますが、ジュリー・ロンドンもこのレコードを
リリースしているために間違えられているのかもしれません。)


Sagapo,sagapo,sagapo
Ti neafto pouto lene agapi
Ti neafto, ti neafto
Pou krifa tis dardiers odigi
Ki opios toniose to nostalgi


https://blog.goo.ne.jp/chochi4510/e/10e662a78f5c830df24bf01333733b01

http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/474.html

[近代史4] ルイス・ボンファ 『カーニバルの朝』
ルイス・ボンファ 『カーニバルの朝』


Luiz Bonfa MANHA DE CARNAVAL



Perry Como and Luiz Bonfa - Manha de Carnaval


from the film "Black Orpheus"
Music by Luiz Bonfa and lyrics by Antonio Mariz, 1960
English lyrics by George Weiss, Hugo Peretti and Luigi Creatore ( Hugo & Luigi )



Carnival
I’ll sing to the sun in the sky,
I’ll sing ‘till the sun rises high,
Carnival time is here,
Magical time of year,
And as the time draws near,
Dreams lift my heart!

I’ll sing as I play my guitar,
I’ll cling to a dream from afar,
Will love come my way,
This Carnival day,
And stay . . . here in my heart?

< instrumental bridge >

I’ll sing as I play my guitar,
I’ll cling to my dream from afar,
Will love come my way,
This Carnival day,
And stay here in my heart?

Will true love come my way,
On this Carnival day,
Or will I be alone with my dream?

~ from the film "Black Orpheus"
Music by Luiz Bonfa and lyrics by Antonio Mariz, 1960
English lyrics by George Weiss, Hugo Peretti and Luigi Creatore ( Hugo & Luigi )
http://www.kokomo.ca/pop_standards/carnival_lyrics.htm


▲△▽▼


MANHA DE CARNAVAL | Luiz Bonfá- Antonio Maria


Manhã tão bonita Manhã
Na vida uma nova canção
Cantando só teus olhos teu riso e tuas mãos
Pois há de haver um dia em que veras


Das cordas do meu violão
que só teu amor procurou
Vem uma voz falar dos beijos perdidos nos lóbios teus


Canta o meu coração alegria voltou,tão feliz a manhã desde amor


朝よ、こんなにも美しい朝よ
この世に新しい歌が生まれる
あなたの瞳を、その微笑みを
その手を歌うためだけ の歌が


そして、新しい日の光が訪れ
あなたと出会う一日が始まる


あなたの愛を探そうと爪弾く
僕のギターの調べのなかから
口づけを語る言葉が聞こえて
あなたの唇へと消えるだろう


僕の心は歌う、甦った喜びを
この愛に包まれた至福の朝を


http://shinagawa-lunch.blog.so-net.ne.jp/2010-12-05-13

http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/475.html

[近代史4] ルイス・ボンファ 『カーニバルの朝』 中川隆
1. 中川隆[-12952] koaQ7Jey 2020年3月07日 17:35:59 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[585]

黒いオルフェ(1959) ORFEU NEGRO, BLACK ORPHEUS

監督: マルセル・カミュ
音楽: アントニオ・カルロス・ジョビン, ルイス・ボンファ
出演: ブレノ・メロ, マルベッサ・ドーン, ルールデス・デ・オリヴェイラ

http://www.nicovideo.jp/watch/sm10398721
http://www.nicovideo.jp/watch/sm10398652
http://www.nicovideo.jp/watch/sm10398326
http://www.nicovideo.jp/watch/sm10398220
http://www.nicovideo.jp/watch/sm10398110


 オルフェウス伝説を描いたレリーフをぶち破って響く、圧倒的音量のサンバにたまげて、即、この素晴らしい音楽劇の虜となってしまった。ひとまずそれが収まって、流れるタイトル・ソングがまた美しい。そのジョビンのボサノヴァを世界に知らしめた映画でもある本作は、ギリシア神話のオルフェとユーリディスの挿話に基づき、ブラジルの詩人ヴィニシウス・デ・モライスが書き下ろした物語を映画化したもので、カルナヴァルに沸くリオを踊り手たちの視点からいきいきと描いて、その地を旅した、いや、それ以上の感慨--彼らと共に唄い踊る夢み心地--に浸らせてくれる。

 カルナヴァル見物に田舎から従姉セラフィナを訪ねた美少女ユーリディスは、彼女を乗せた市電の運転手オルフェと、祭りのリハーサルで再会。子供たちから“太陽”と慕われるオルフェには、派手好きなグラマーの婚約者ミラがいたが、ユーリディスの清純な美しさにすっかり参ってしまう。その夜、彼女を従姉宅に送ったオルフェだったが、恋人の水兵シコと睦み合うセラフィナにすっかりあてられて、ユーリディスを抱き寄せると、彼女はそれを待ち受けていたかのように唇をくれた。そして、愛しあって迎えた朝、彼は自作曲をギターで弾き語る(ルイス・ボンファによる『カルナヴァルの朝』)。と、どうだろう、子供たちに約束した通り、その音と共に朝日が上がった。

祭は本番。ユーリディスも従姉の好意で、彼女の衣装を着て、ミラの目をごまかしオルフェと共に踊るが、やがてバレてしまい争いが起きる。泣いてその場を逃げ出したユーリディスは、自分に影のようにつきまとっていた死神の装束の男に追い込まれ、事故死。翌朝、その亡骸を抱きかかえ、彼女と恋を語らった高台に来たオルフェは嫉妬に狂ったミラの投げた石を頭に受け、そこから墜落死してしまう。
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=6622


異民族の混在国家アングロ・アメリカなどでなく混血国家ラテン・アメリカのブラジルの驚異的な生命力が漲っている。『オルフェオとエウリディーチェ』なるギリシア神話のプロトタイプを損ねるどころか映像美と相俟って鮮烈な息吹を与えている。そして何よりも音楽。「ボサ・ノヴァ」の神々たるトム・ジョビン、ヴィニシウス・ヂ・モライスという名を目にするだけで胸が熱くなる。

そしてギタリストの鑑ともいえるルイス・ボンファの大ヒット曲「カーニヴァルの朝」。理屈ぬきで南米の民衆の底力を思い知らされる。

差別的用語も差別的に響かないところが本作の名作の名作たる所以でもあろう。人種などを超えて「ブラジルを心底愛する人間」にとって「リオのカーニヴァル」で踊り狂って死ねれば本望なのだ。毎年のように死者が出るのも頷ける。それがよく判るような気にさせてくれる。
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=6622

http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/475.html#c1

[近代史4] ルイス・ボンファ 『カーニバルの朝』 中川隆
2. 中川隆[-12951] koaQ7Jey 2020年3月07日 17:37:21 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[586]

シャンソン版 『カーニバルの朝』


La chanson d'Orphée Christelle Ciari






http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/475.html#c2
[近代史4] ルイス・ボンファ 『カーニバルの朝』 中川隆
3. 中川隆[-12950] koaQ7Jey 2020年3月07日 17:44:36 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[587]

ダリダ


Dalida - La chanson d'Orphée (1959)









Dalida - La chanson d'Orphée.(live)


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Auteurs - Compositeurs:
- Antonio Araujo De Moraes
- Luiz Bonfa


Paroles
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La, la, la, la, la, la, la, la, la...

Le ciel a choisi mon pays
Pour faire un nouveau paradis
Au loin des tourments
Danse un éternel printemps
Pour les amants

Chante chante mon cœur
La chanson du matin
Dans la joie de la vie qui revient

Matin fait lever le soleil
Matin à l'instant du réveil
Mais dans le cœur battant
De celui que j'attends
Un doux rayon d'amour
Beau comme le jour

Chante chante mon cœur
Dans la splendeur du jour
Fait lever le soleil de l'amour

La, la, la, la, la, la, la, la, la...


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ダリダ(Dalida、1933年1月17日 - 1987年5月3日)は、エジプト出身のイタリア系フランス人歌手。

家族はイタリアからの移民としてエジプトに住んでおり、そのため彼女はエジプトの首都カイロに生まれた。幼少期はエジプトで暮らしていたが、その後はフランスに帰化しフランスに住んでいた。本名は Iolanda Cristina Gigliotti (ヨランダ・クリスティーナ・ジリョッティ)で兄と弟がいる。彼女は1954年度の「ミス・エジプト」に選ばれたほどの美貌を持ち、1956年から歌手活動を開始した。歌手・女優の仕事は、基本的にはフランス語で行っていたが、イタリア語、アラビア語、英語、スペイン語そしてドイツ語でも行っていた。

バルビツールを服用し1987年5月2日夜自殺をはかり、翌3日に死亡した。彼女の墓はパリのモンマルトル墓地にある。

彼女は全世界で1億4,000万以上のレコード(ディスク)を売り上げた。

なお、「18才の彼(Il venait d'avoir 18 ans)」は彼女自身が日本語でカバーしたバージョンもある。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%AA%E3%83%80




http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/475.html#c3
[近代史4] パブロ・カザルス カタルーニャ民謡 『鳥の歌』

パブロ・カザルス カタルーニャ民謡 『鳥の歌』
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/927.html
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/476.html

[近代史4] ルイス・ボンファ 『カーニバルの朝』 中川隆
4. 中川隆[-12949] koaQ7Jey 2020年3月07日 21:45:34 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[588]

ダニエル リカーリ

Danielle Licari - Orfeu Negro


http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/475.html#c4
[近代史3] レモ・ジャゾット 『アルビノーニのアダージョ』 中川隆
2. 中川隆[-12948] koaQ7Jey 2020年3月07日 21:47:42 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[589]

ダニエル リカーリ


Danielle Licari- Adagio in Gm by Albinoni | ダニエルリカーリ


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[近代史4] the sweetest voice of France ダニエル・リカーリ名唱集


ダニエル・リカーリ名唱集
Danielle Licari, the sweetest voice of France!


Danielle Licari - Mal de toi Ennio Morricone | ダニエル リカーリ


Danielle Licari - Orfeu Negro


Danielle Licari - Romeo et Juliette


B-104 Danielle Licari [Best Collection 01]


B-120 Danielle Licari [Best Collection 02]-R


B-121 Danielle Licari [Best Collection 03]


B-202 Danielle Licari [Best Collection 04] - Only for Japanese


Danielle Licari, Golden Prize sideA, ダニエル・リカーリ、ゴールデンプライズ A面/Technics SL-Q6


Danielle Licari, Golden Prize sideB, ダニエル・リカーリ、ゴールデンプライズ B面/Technics SL-Q6


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ダニエル・リカーリ(Danielle Licari、1942年11月11日-)は、フランスの歌手。


フランスのブローニュ=シュル=メール生まれ。
父親はオーケストラの楽団員と伝えられている。
12歳でフランス国営放送のコーラス・グループに加入。
18歳でレ・バランティーヌという女性歌手トリオの一員としてリズム・アンド・ブルースを歌っていた。


1963年、ミュージカル映画「シェルブールの雨傘」でカトリーヌ・ドヌーヴの吹き替えを担当して知名度を上げ、1970年に「ふたりの天使」で人気を決定付ける。


代表曲


ふたりの天使 (Concerto pour une voix)
1970年作。サン・プルー作曲。当初はダニエル・リカーリの曲としてリリースされた訳では無く、名前の扱いは小さかったが、スキャットがリスナーに強い印象を与え、リカーリがクローズ・アップされるに至り、リカーリ名義で再録音された。この再録音のものが現在一般的に聞かれている音源である。日本では、テレビ番組で耽美的なシーンや状況(例えば叶姉妹の出演シーンなど)のBGMとして使用される事が多い。


シェルブールの雨傘 (Les parapluies de cherbourg)
1964年作。同名映画の主題歌。この映画はカンヌ国際映画祭でパルム・ドールを獲得した。


エーゲ海の真珠 (Penelope)
ポール・モーリア・グランド・オーケストラの演奏による1971年のヒット曲(エーゲ海の真珠)で、初回録音版のスキャットをダニエル・リカーリが担当している。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%8B%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%AA



Danielle Licari Fans - ホーム Facebook
https://www.facebook.com/DanielleLicariFans/

http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/477.html

[近代史4] シセル・シルシェブー名唱集

シセル・シルシェブー名唱集



『グリーグ ソルヴェイグの歌』


Sissel Kyrkjebø - Solveigs Song - 1991


London Philharmonic
at a TV-concert in 1991,


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Sissel Kyrkjebø: Solveig's Song


Concert "A bouquet of roses for the King and the Queen"
Norway, 21-jun-91
From: NRK, Norwegian tv
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Sissel Kyrkjebø - Solveigs sang - 1993 [CC]


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Solveig's Song - Sissel Kyrkjebø (With English Subtitle)


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SOLVEIG S SONG Sissel Kyrkjebø


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アメリカ民謡 「シェナンドー」


Sissel Kyrkjebø - Shenandoah - 2001


Sissel Kyrkjebø. Shenandoah.


Shenandoah ~ Sissel


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シセル(Sissel、1969年6月24日 - )は、ノルウェー出身の女性歌手。


もともと母国・ノルウェーで国民的歌手として人気があったが、近年は「クリスタル・ボイス」とも評せられる透明感溢れる歌声と安定した歌唱力が世界的に高い評価を受け、国際的に広く精力的な音楽活動を続けている。


もともとシセル・シルシェブー(Sissel Kyrkjebø)名義で長らく活動を続けてきたが、近年はファーストネームのみで登場する事が多くなった。


略歴
1969年6月24日、ノルウェー西岸に位置する第2の都市ベルゲンに生まれる。8歳の時に聖歌隊に入り、徐々に歌唱力を磨く。やがてその歌唱力がノルウェー内で評判となり、1985年、アルバム「シセル」でCDデビュー、一躍国民的人気歌手となる。


そして1994年、リレハンメル冬季オリンピックで同オリンピックのテーマ曲“Fire in your Heart”を歌うと共に、開会式と閉会式で「オリンピック賛歌」の冒頭部分を民族衣装姿でアカペラで独唱。その澄んだ歌声が評判となり世界にその存在を知らしめる。さらにプラシド・ドミンゴの目にも止まり、シャルル・アズナヴールを交えてのクリスマス・コンサートが行われるなど、実力派シンガーとしての評価を国際的に急上昇させていく。


更に、1997年には映画「タイタニック」のサウンドトラックで、ヒロインの回想場面で使用されるスキャットを担当するなどして、より存在感を大きな物としており、一方、それまで数多く発売されたアルバムによって、ジャンルもクラシックからポップス、ジャズと幅広く対応できる事も証明している。


日本においても、TBS系のドラマ「Summer Snow」の主題歌や、日産自動車のCMでその歌声はおなじみである。


2003年4月には六本木ヒルズでオープニングのコンサートを行い、2005年9月には京都の仁和寺で開かれた第18回JAL音舞台シリーズに参加している。


デンマーク人のタレントと結婚し、2児の子供を出産したのちは、本国ノルウェーをはじめとする北欧諸国とアメリカ以外では積極的にコンサート活動を行っていないが、来日を待つファンも多い。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%82%BB%E3%83%AB

http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/478.html

[近代史4] the sweetest voice of France ダニエル・リカーリ名唱集 中川隆
1. 中川隆[-12947] koaQ7Jey 2020年3月07日 22:33:05 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[590]


ふたりの天使(version 95)〜 ダニエル・リカーリ 2019-05-12
https://ameblo.jp/utrillo-714/entry-12460552192.html


 ダニエル・リカーリといえば、映画『シェルブールの雨傘』(1964年)でカトリーヌ・ドヌーヴの吹き替えをしたことで一躍有名となった。

Danielle Licari & Jose Bartel - Les parapluies de Cherbourg


そしてその人気を決定づけたのが、サン・プルー楽団に起用された「ふたりの天使(Concerto pour une voix)」(1970年)である。

Saint-Preux & Danielle Licari - CONCERTO POUR UNE VOIX - Saint-Preux



 その後は、フランシス・レイが音楽を担当した映画『ある愛の詩』の中の「雪の戯れ(Snow frolic)」(1970年)、ポール・モーリアの「エーゲ海の真珠(Penelope)」(1971年、1988年の再録音)等々、様々なアーティストから引っぱりだことなった。

Snow Frolic --- Francis Lai e Danielle Licari


PAUL MAURIAT PENELOPE Original



私は1982年にピエール・ポルト楽団の来日公演で、初めてD.リカーリの「天使の歌声」(シェルヴールの雨傘、ふたりの天使)に接したのだが、それ以前にもレイモン・ルフェーヴル楽団やフランシス・レイ楽団のゲストとして来日したことがある(どちらも来日ステージのライヴ盤として発売された)。

 しかしながら私が一番待ち望んだポール・モーリア楽団と共に来日し、「エーゲ海の真珠」のヴォカリーズを聴くという「夢」はついに実現しなかった。



 ダニエル・リカーリは1942年生まれで、現在76歳。南仏の音楽学校で声楽を教えていると聞いたことがある(ネットで確認できず...)。

 動画サイトにはD.リカーリと「超」有名アーティストとの貴重な映像がいくつか残されているので、ご覧いただきましょう。

 まずはシャルル・アズナヴールの「声のない恋(Mon émouvant amour )」をどうぞ。

Mon émouvant amour | Aznavour feat. Danielle Licari


 この曲を収録したアズナヴールのアルバム『自叙伝』はポール・モーリアがプロデュースして、D.リカーリの名前も大きくクレジットされていた。


 そしてD.リカーリのファンサイト(Facebook)には、何とミシェル・ルグランとの共演で、「シェルブールの雨傘」のメドレーがありました!

 https://www.facebook.com/pg/DanielleLicariFans/posts/

 ピエール・ポルト作曲の「恋のプレリュード」をどうぞ。

DANIELLE LICARI Live - Prelude pour un amour


 レイモン・ルフェーヴルと共にアルビノーニのアダージョをどうぞ(ピアニストはジャッキー・カスタン)。圧巻!!!

Danielle Licari "Adagio"


 本日、ダニエル・リカーリを取り上げた理由は二つ。

 一つは『Ni Pour Ni Contre』という2003年のフランス映画の主題歌に「ふたりの天使」が使用されていたことを発見!



《追記 5.16》 サントラ盤をフランスから取り寄せて聴いてみたら、「ふたりの天使」は入っていませんでした。調べてみると、1974年にSom Orlando Silveiraが発表したアルバム《Band it》というアルバムに収録されていました。単にYouTubeのバックに映画のスチールを使用しただけでした(騙された!)。

Som Orlando Silveira - Concerto pour une voix de Saint Preux (remix)


 ちょっと「微妙」な感じではあるが、2008年にはフランスでサン・プルーの娘のクレマンスとJ.P.モニエ少年とのデュエットで、「ふたりの天使(ここでの原題はConcerto pour deux voixとなる)」がリバイバルヒットした。

 Jean-Baptiste Maunier & Clemence - Concerto Pour Deux Voix


 もう一つは、久しぶりにD.リカーリの1995年のアルバム(今のところ、このカナダ録音が「最新」となっている)を引っ張り出して「ふたりの天使(version 95)」を聴いたことによる。

Danielle Licari - Concerto Pour Une Voix (Version 95)


このアルバムはカナダのQuality Musicというレーベルから発売されたもので、「枯葉」「行かないで」「バラ色の人生」「ラ・メール」といったシャンソンや、「イエスタディ」「オネスティ」といったポップスが並ぶ。そしてD.リカーリの専属ピアニストであったジャッキー・カスタンの作品が6曲収録されている。私は渋谷にあった〈M...in France〉で探してもらい、海外より取り寄せてもらった。

 このアルバムの発売はつい最近のような気がしていたが、まもなく録音から「四半世紀」になろうとしている。

 フランスのAmazonからは現在でも購入可能です!

https://www.amazon.fr/gp/product/B000QWBXC6/ref=ppx_yo_dt_b_asin_title_o01_s00?ie=UTF8&psc=1

https://ameblo.jp/utrillo-714/entry-12460552192.html

http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/477.html#c1

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